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170回国会参議院2008/11/26

国民生活・経済に関する調査会 第1号

発言数
13
登壇者
5
会派数
2
開催日
2008/11/26

会議録

矢野哲朗自由民主党

○会長(矢野哲朗君) ただいまから国民生活・経済に関する調査会を開会いたします。  委員の異動について御報告をいたします。  昨日までに、愛知治郎君、加納時男君、橋本聖子君、山田俊男君及び舟山康江君が委員を辞任され、その補欠として岩城光英君、吉田博美君、若林正俊君、松山政司君及び植松恵美子君が選任をされました。     ─────────────

矢野哲朗自由民主党

○会長(矢野哲朗君) 理事の補欠選任についてお諮りをいたします。  委員の異動に伴い現在理事が二名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。  理事の選任につきましては、先例により、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

矢野哲朗自由民主党

○会長(矢野哲朗君) 御異議ないと認めます。  それでは、理事に岩城光英君及び吉田博美君を指名いたします。     ─────────────

矢野哲朗自由民主党

○会長(矢野哲朗君) 国民生活・経済に関する調査を議題といたします。  先般、本院から、スーダン共和国、ケニア共和国、タンザニア連合共和国及びフランス共和国における経済・社会保障・労働・貧困問題等国民生活に関する実情調査並びに各国の政治経済事情等視察のため、海外派遣が行われました。  この際、派遣議員から報告を聴取し、本調査会の参考にしたいと存じます。  議事の進め方でございますが、まず私から総括的な報告をいたしました後、参加された方々からも順次御報告をいただき、あわせて、現地の様子について調査室長から写真を用いて補足説明をいたします。その後、これらの報告を基に、委員の皆様方で午後二時半ごろまでを目途に意見交換を行いたいと思います。  それでは、まず私から総括的な報告をさせていただきます。  座ったまま報告をさせていただきます。  今回の議員派遣でありますけれども、中谷委員、藤原委員、舟山委員と私、そして環境委員長の松山議員五名で、去る七月十二日から二十二日までの十一日間の日程で実施いたしました。なお、海外派遣をより実り多きものとするために、出発前にアフリカ三か国の在京大使から各国の概況説明を聴取し、意見交換を行いました。  一行は、スーダンへの乗り継ぎ時間を利用し、ドバイにおいて小林総領事から概況説明を聴取した後、人工島の建設や、世界一をテーマにした様々な開発、新たな国づくりに励むドバイの姿を視察をいたしました。  次に、スーダンでありますけれども、周囲を九か国と接するアフリカ最大の国であります。一九八九年に現大統領のバシール氏が無血クーデターで政権の基盤を築き、現在に至っております。二十年余の南北内戦を経て、二〇〇五年に南北包括和平合意が成立した際、南部政府との一国二制度を採用し、二〇一一年には北部からの分離独立を問う南部の住民投票が実施されることになっております。  また、西部に位置するダルフール地域では、二〇〇三年以降、アラブ系民兵の攻撃によりアフリカ系住民約二十万人が死亡、二百五十万人もの難民が生じたとも言われております。また、二〇〇六年に和平合意が成立し国連の平和維持活動が開始されましたが、今年の七月八日、国連要員が襲撃され七名が死亡するなど情勢が悪化したために、難民キャンプ等の視察は断念をいたしました。  一行は、首都ハルツームに滞在し、まずサッカー協会を訪問しました。スーダンでは、近年、サッカーに対する人気が高まりつつありますが、サッカーボールを贈呈し、ユース20の代表選手を激励してまいりました。  次に、我が国の衆議院に当たる国民議会を訪問いたしました。スーダンの国会はエジプトに次ぐ古い歴史を持ち、議員四百五十名から成る国民議会と、二十五州から各二名の議員とオブザーバー二名の五十二名から成る州代表評議会との二院制であります。ターヒル議長から、スーダンの和平プロセスにおける日本の支援に対する感謝の言葉が述べられ、混乱時に議会が果たす役割、資源国としての将来とダルフール問題の解決策、両国の議会交流等について意見を交わしました。  また、ナーフィア大統領補佐官は、国際刑事裁判所によるバシール大統領の訴追の動きに強い懸念を示すとともに、植民地支配を行ってきた西欧諸国に対する根強い不信感から、食糧増産プロジェクトの実施についても、日本の直接援助を強く求められたことが印象に残りました。  次に、バシール大統領との会談でありますけれども、国際刑事裁判所による大統領訴追の直後に行われました。容疑は、ダルフール紛争における住民の大量虐殺等でありますが、大統領は訴追を強く批判した後、労働力の国外依存体質を解消する高レベルの職業訓練と南部支援基金に対する援助、農業振興等の開発計画に対するJICAの支援等に強い期待感を示すとともに、TICADⅣの成功をたたえ、福田総理に対する感謝の意が表明されました。  次に、ウンマ党のマハディ党首は、バシール大統領に政権の座を奪われた元首相でありますけれども、スーダンの和平実現の在り方、現職の大統領を訴追した問題性、一国主義の危険性について述べ、一行と両国間の緊密な関係の構築、女性や若者同士の交流の必要性、農業の生産性向上と国の安定における国民自身の努力の必要性等について意見を交わしました。  また、アロル外務大臣は、南北境界線近辺のアビエ地域について、帰属問題と石油資源との関係、毛布やテント、医薬品等の支援の必要性、また、大統領訴追の国内的な影響と諸外国からの援助や投資の停止に対する懸念について述べるとともに、我々一行がこの時期に訪問した意義を強調いたしました。  さらに、サルヴァ・キール第一副大統領は、二〇〇九年の総選挙に向け、大統領が選挙法に署名したこと、その二年後に行われる南部の住民投票の結果がもたらす意味、家を焼かれ木の下で暮らさざるを得ない南部の現状、石油や金属資源の配分と住民同士の和解プロセスの重要性等について意見を述べられました。  また、オスマン大統領顧問は、中国の急速なアフリカ進出に反発を示す一方、日本との協力関係がより重要であるとして、かんがい用ダムの機能回復に対する支援を要請するとともに、日本の農業技術がスーダンのみならずアフリカ全体の発展にも貢献すると強調いたしました。  次に、南部スーダンの首都ジュバに移動し、まず、南部政府のベンジャミン地域協力大臣と会談を行いました。大臣は、南部はインフラ基盤がすべて破壊され、三年掛けても道路は凸凹で未整備であるとして、南部政府に対する直接援助を求めるとともに、議会間交流に対する期待を示し、一行と、南スーダンの発展における農業の意義、JICAによる技術支援の継続等について意見を交わしました。  会談後、JICAの職業訓練センターを視察をいたしました。ここでは、技術者の育成による国の復興と人々の生計向上を目指し、建築や車両整備、水道やコンピューター技術等について訓練と指導員の育成を行い、卒業生の約八割が新たなる職を得るなど成果を上げておりました。しかし、建築労働者の日当が八百円という現状や、働いていない大人の多さを目の当たりにして、戦争や紛争がもたらすもの、雇用や社会保障の意義について思いを新たにした次第でもあります。  次に、マシャール副大統領は、ジュバ港の改修や都市開発計画等におけるJICAの多大な貢献、ダルフール地域への自衛隊の派遣決定に謝意を示すとともに、道路、空港、水田管理等のインフラ整備や、西側諸国の石油採掘に係る環境問題の解決に対する日本の支援に大いなる期待を寄せました。  会談後、JICAのナイル川河川港事業について、桟橋や取付け道路の整備状況を視察をいたしました。道路事情の劣悪な南部では、河川物流の有用性は高く、我が国の支援事業が南部住民の暮らしの基盤整備に高く貢献していることが確認できたと考えております。  次に視察した日本国際ボランティアセンターですけれども、難民帰還と復興支援のため、自動車整備工場の運営を通じ、車両整備技術を教育しております。支援事業の終了後は自主運営に移行するとのことでありましたが、大学で高度な技術の習得を目指す研修生が育つなど、技術が生きる希望と意欲を与え、国の復興に貢献することを再認識した次第でもあります。  次に、ケニア共和国であります。  対アフリカ支援で日本が最も重視している国の一つでもありますが、昨年の大統領選挙をめぐる争乱により千人以上が死亡、三十万人もの国内避難民を生じ、我が国が緊急食糧支援を行う事態に陥りました。しかし、キバキ大統領とオディンガ首相が和解して今年の四月に大連立政権が成立し、市民も平静を取り戻しておりました。  一行は、ナイロビ国立公園を訪れ、ケニア野生生物公社に対するJICA支援事業の実情等を視察した後、ミチュキ環境・鉱物資源大臣兼財務大臣代行を訪問し、ナイロビ川の汚染問題、違法伐採で面積の二五%が消失したとも言われるマウの森の問題など、現下の重要課題やナイロビ市清掃事業の環境ビジネス化と若者の雇用確保策をめぐり意見を交わさせていただきました。また、大臣から、円借款によるソンドゥ・ミリウ水力発電所の二期工事の完成に対し謝意の言葉が述べられましたが、第三期工事が中国企業に落札されたことは、我が国のODAの在り方に再考の余地を残したものと考えております。  次に、ムショカ副大統領は、大統領選挙後の争乱時や、インフラ整備を始め様々なプロジェクトにおける時宜を得た日本の支援が両国の信頼関係を強固にしていると述べ、また、貧困はケニアの脅威であるとして、トヨタの工場建設などによる若者の雇用確保を要請されました。さらに、両国間の貿易不均衡の解消策として、日本の投資促進や観光誘致を求めましたが、一行からは、その前提として政治の安定構築が不可欠であるとの指摘がされました。  また、ムダバディ副首相からは、マウの森には主力電力を供給しているソンドゥ・ミリウ水力発電所があり、森林伐採により発電に支障を来す不法侵入者の排除が必要であること、また、ナイロビ市のごみ収集など、都市浄化や渋滞解消を始め、日本から多くの資金援助が行われたが、今後は調査や技術面でのフォローアップが必要になるとの意見が述べられ、貧困と環境問題、経済成長と国民生活の安定等について意見が交わされました。  次に、キバキ大統領は、モンバサ港改修計画に対する日本の協力に謝意を示すとともに、地熱発電計画やナイロビ川の浄化問題についても日本の協力と助言が引き続き必要であるとし、我が国の環境技術やエネルギー技術の活用、マウの森問題の円満な解決等について非常に有意義な意見交換が行われました。  次いで、円借款供与により今春完成したソンドゥ・ミリウ水力発電所を視察しました。本院のODA調査班が二年前に視察したときはまだ工事中でありましたけれども、現在は既に最大六十メガワットの電力を供給しております。一行は、完成を祝って地元議員ら関係者とともに記念植樹を行い、発電所建設に伴い改築されたサーディブオロ中学校を訪問いたしました。多数の生徒と御両親たちの熱烈な歓迎を受けた後、サッカーボールと世界地図の贈呈をし、生徒たちを激励してまいりました。  視察後ナイロビに戻り、オディンガ首相との会談に臨みました。首相は、ケニア独立以来、多くの日本企業が多くの分野でケニア人を教育し、技術移転したことに謝意を示されました。また、中所得国を目指し、ビジョン二〇三〇という長期プランを策定しましたが、その実現には、ソンドゥ・ミリウ発電プロジェクトが非常に重要であること、援助を求めるだけではなく、海外からの投資増や汚職防止、治安問題に取り組む新しいケニアの創造が必要であると強調をされました。  次に、タンザニア連合共和国に移動し、無償資金協力により建設されたダルエスサラーム市のソコイネ小学校を訪問いたしました。この支援事業は、一教室当たりの平均生徒数を引き下げて就学状況等を改善するもので、タンザニア政府が非常に重視しているものでありました。歓迎式の後、サッカーボールと文具等を贈呈し、生徒を激励した後、空路でザンジバルに渡り、JICAの都市地域の水供給計画事業を視察をいたしました。当地では、水道料金の支払意識を醸成するという独特の課題にも取り組んでおりますが、地元主婦の皆様からは浄水の供給に対する感謝の言葉が聞かれ、水道料の支払が当然視されるようになった現状を見聞し、長年の懸案が解決されたとの思いを強くいたしました。一方、近年の資材高騰など、ODA事業遂行の難しさも認識したわけであります。また、カルメ・ザンジバル大統領は、水供給事業と食料自給に資するかんがい事業の成功と日本の支援に謝意を示すとともに、道路整備の支援と無償資金協力の継続を要請されました。  最後の訪問国はフランス共和国でありますが、年金の専門家であられるドゥニ・ジャカ国民議会議員と年金改革と国民の暮らしをテーマに、サルコジ大統領が目指す社会の内容、フランスにおける年金改革をめぐる実情と年金財源の在り方、暮らしの保障に対する考え方とその仕組み、社会保障制度における公平性について活発に意見が交わされました。  以上が概要でありますけれども、今回の派遣を通し、貧しくても豊かさと魅力を感じさせてくれるアフリカと、豊かなようで実は貧しくなりつつある日本というような対照的な姿が浮かんできたように思われました。これは「幸福度の高い社会の構築」を考える上で一つのヒントになるのではないかと考えた次第であります。  最後に、多大なる御協力をいただきました大使、在外公館の方々、快く会談に応じてくださった各国の元首、政府要人の皆様に対し、深く謝意を申し上げ、報告とさせていただきます。  御清聴ありがとうございました。  引き続きまして、他の派遣議員の方々からも御意見をちょうだいしたいと存じます。  なお、御発言は着席のままで結構でございます。  藤原良信君、お願いします。

藤原良信民主党・新緑風会・国民新・日本

○藤原良信君 座ったまま御報告いたしますが、まずもってごあいさつだけ申し上げます。  この度、参議院の御配慮で貴重ないろんな意味でのこれからの政治活動に大変重要になると思うことを目で見る機会をいただきましたことを心から感謝申し上げたいと思いますし、あわせて、矢野団長の下で五名で行ったわけでございますが、大変な人間関係の多さを持った団長の下で、大統領、首相はもちろんでありますけれども、閣僚の皆様方とどの国でもお会いできたということは、大変貴重なことでございました。そういうことを含めまして御報告をしたいと思います。  それでは、座ったままで御報告させていただきます。  結論から申し上げますけれども、百聞は一見にしかずという言葉がございますが、まさしくそれをかいま見たことが結果としてございました。といいますのは、まず、今総括的な団長からの御報告がありましたけれども、ドバイに関しましてはそのとおりでございますし、主な目的は特にアフリカ諸国、スーダン、ケニア、タンザニアということが主たる目的というふうに位置付けられておりましたので、そのことを中心にお話をさせていただきますけれども。  私どもが着いた日にスーダンで大統領にお会いする時間が午後二時でございました。その二時に、大統領とお会いする時間に、実は今御報告のとおり、ICC、国際裁判所から逮捕状が請求され、その伝達する時間がその日の二時でございました。私どもは大統領の官邸にお邪魔をしておりまして、もちろんでありますが、大使等を含めまして日本のスタッフも付いておりまして、多分お会いするかどうか分かりませんねということでありましたけれども、二十分待たされてお会いしていただきました。このことがすべてに行き着くんでありますけれども、実は平静のままで、穏やかな対応で大統領はお会いをし、そして意見交換とか様々ありました。  それから、先ほど団長からもお話ございましたけれども、反対党のいわゆる政権を奪われた方の代表ともお会いをいたしまして、したがいまして、それぞれの立場の方々とずっとお会いしていくんですが、結論から申し上げますと、スーダンの反対党の人もそうですし、政権を奪われた人もそうでありますし、ケニアの大統領も、それから敵対していて今首相となった方もそうなんですが、タンザニアのトップリーダーもそうなんですが、大統領もみんなそうなんですが、逮捕状の請求についてはこれは否定的な見解をずっと言われました。これは反対であると。理由は、それぞれが申し上げておりましたけれども、これはかえってアフリカが混乱するよ、結果として混乱するよということを言うわけでありますが、もっと根底な意味合いを、百聞は一見にしかずで、見させていただいたわけでありますが、それは元々アメリカ並びに西欧諸国がこの原因をつくったのじゃないかということでございました。  スーダンの特色だけ言いますと、面積は日本の七倍でございます。人口は、ケニアもスーダンもそうなんですが、四千万人を切っております。そのクラスだと思っていただいて結構でございます。実はスーダンは国土の半分北側がイスラム圏でありまして、アラブ語でございます。南は、すぽっと半分南というのが、宗教はキリスト教で英語圏なんです。これをつくったのが実は西欧諸国でございます。そういうことがすべての民族紛争の根底になっていっているということを、行かなきゃ分からない現実でございまして、百聞は一見にしかず、何回も言うようですけれども、三か国だけでありますけれども、しかし、立場上の違う方々、政治であれば闘っている方々のところを両方とも行って、両方とも同じ意見を言うということでございました。これは事実でございます。紛れもない事実でございます。  もっとさかのぼりますと、スーダンは、エジプトのピラミッドを造るときから奴隷としてスーダンの地域から人々が連れていかれていたと。そして、歴史上、オバマ大統領が生まれましたけれども、今回そういう話題も材料になったわけですが、アフリカからの奴隷がずっと続いていた。タンザニアに行きましたときに海岸から見える島がございまして、あれが奴隷島ですということでございました。そういう現実の中で歴史上歩んできた結果、今日の様々な問題が、部族間の争いが根底にあるということをかいま見ることができたと思ってございます。  それと、改めて感じましたのが、日本がそういう中で歴史上アフリカに対してお世話はするけれども、いろんな意味での弊害やらいわゆるいじめとか、そういうことは歴史上やってこなかったということ、そして今日もさらに、ODAだけではないんだけれども、そういうことを含めたアフリカに対する様々な貢献と協力をしているという感謝の気持ちがこれは満ちあふれていたように感じました。ですから、今後の日本の歩むべき姿ということを暗示をしているような状況下が見えたわけでございます。  もう一点申し上げますけれども、これも私自身が知らなかったことで、それほど知っていなかったということの方がいいと思うんですけれども、まだまだ危険な、環境条件的には、安全上だけじゃなくて衛生上も危険な状況下の地域に日本の様々な立場の方々が行って地域の協力をしているということをかいま見ました。  これはJICAだけではなくてNGOの方々が随分行っておりまして、その方々と昼と夜と分けて懇談をもしたわけでございますけれども、特に女性の方が非常に多い、若い方々が多いと。二十代そこそこで行っているんですね。それで、看護師さんをやり、一人しかいないところで、日本人が一人しかいなくて看護師さんをやっている二十三歳の女性の方ともお会いをしましたし、スーダンでは榛葉参議院議員の政策をしていた女性の秘書の方とも、そういうボランティア手伝いをしている方ともお会いをしましたけれども、いずれにしろ、その方々の発言で、一言でいいますと、こういうことでございました。  私どもは、スーダンでは予防接種は黄熱病、それからA型肝炎、それからもう一つは何でしたっけ、三つ予防接種して、それから蚊に刺されないようにその薬も飲んでいきましたけれども、しかしその働いている女性いわく、あいさつをそれぞれ一人ずつ言ったんですが、こういうことでございました。夜になると、目を開いていても目をつぶっていても真っ暗なんですと、そういうところに一人でいると。それで、バケツ一杯で全部体を洗うことができるようになりました。極め付きは、そういう不衛生なところで、ようやく泥水を飲めるようになりましたと言うんであります。私はちなみに、お父さん、お母さん、そういう環境のこういうところへ来ているのをあなた教えているのと言ったら、いや、スーダン行っているのは分かっていますが、全部は教えていませんというお話でございまして、私の娘がそういうところで働くと言ったらどうしようかなとは思いましたけれども、そんな状況下でたくさんの日本の若い、特に女性の方々が多いように目に付きましたけれども、地域で貢献をしている姿もかいま見ました。  私は、日本の食事、日本のもので何か食べたいものありますかと言いましたら、その人いわく、どん兵衛を食べたいですと言うから、帰ってきまして、どん兵衛と言うからどん兵衛と、あと、もう一つ言ってもいいですかとその女性が言いましたので、何ですかと言ったら、ふりかけと言うから、どん兵衛とふりかけを段ボールで送ってやりました。  そういうようなことも、これは日本の若い人たちがよく頑張ってそういう地域でいるなということをケニアでもそれからタンザニアでも感じた次第でございます。政府の関係者だけじゃなくて、日本国民、いろんな意味でまだまだ元気にそういう思いを持っている方々がたくさんいるんだなということを感じております。そのことが日本国という国に対して地域の方々が理解度を深めていく、あるいは貢献の重さを感じていく材料にもなっているようにも思いました。  いずれ、たくさんのことをお話をしたい気持ちでいっぱいでありますが、後で御質問等々もあると思うし、ほかの委員の方々からの御報告があると思います。私からはかいつまんだ、特に私にとって目に付いたことを皆様方に御報告を申し上げたいと思いまして、今のことを触れさせていただきました。  以上でございます。

矢野哲朗自由民主党

○会長(矢野哲朗君) ありがとうございました。  それでは、松山政司君、お願いします。

松山政司自由民主党

○松山政司君 今回このような機会を与えていただきましたこと、また多くのことを学ばせていただきましたこの派遣に参加をさせていただきましたこと、会長を始め委員の皆様に心から感謝を申し上げる次第であります。  それでは、座ったままで報告させていただきます。  派遣当時、私、環境委員長ということでございましたので、そのような立場で感じたことにつきまして、スーダン、ケニアについてお話をさせていただこうかと考えます。  まず、スーダンですけれども、御承知のようにアフリカでは最大の石油埋蔵量があるということですので、産出国としてもアフリカ第六位でしたか、でありますが、このようなことで中国を先頭に、中国の企業の技術によって多くの石油が産出されています。ここのマシャール副大統領との会談で、石油の採掘で化学薬品を使う、あるいは採掘後にできる巨大な穴というのが問題になっておりまして、ここに水がたまって、それが放置をされたままになって環境問題化しているということでございました。  問題は、その採掘が行われている地域が貴重な野生の動物が生息をしているということ、もう一つは、住民もその飲み水を得ているというところでありますので、健康被害のおそれがあるということでございました。  スーダンの経済成長がこの石油の生産に支えられていることは確かでありますけれども、結局そのツケを地域住民が払うことになるという構造は、近代化の過程においては避け難いことなのかもしれません。ここではやっぱり一工夫必要ではないかというふうに思った次第であります。  また、日本の高度な環境技術を駆使すればこれは完全に解決ができるというふうに思ったわけでありますけれども、中国を始めとする外国企業の後始末のみをするということも、貴重な我が国の国民の税金を使って支援するという意味では、やはり開発全体の計画に我が国として参画をしてお互いの国益につながるような努力をしていく必要があるというふうに感じた次第であります。  ケニアでありますけれども、スーダンとはかなり事情が違うということに理解をしました。ミチュキという環境・鉱物資源大臣と会談をさせていただきましたが、首都ナイロビの河川の水質汚染、大気汚染、ごみ問題といったいわゆる都市型の環境問題、またそれとは多少質が違う、先ほど会長からもお話ありましたマウの森、この森林伐採問題があるということでありました。  特に大気汚染については、主として交通渋滞によるものが考えられます。我が国の一昔前の大都市と似ているというふうに感じました。この問題はアフリカ全般に言えることでありますけれども、中古車が多い、この排ガス規制が難しいということで、都市計画の見直しとともに環状道路の建設などが必要ではないかというふうに思いました。  次に、キバキ大統領が懸案としてずっと以前から挙げていることですけれども、ケニアの水質汚染問題、これについては随分前からの話ですので対策がなされているはずでありますけれども、ナイロビ川一つ取ってもまだ解決を見ていないところにケニアの様々な深刻さがあるというふうに感じました。  ミチュキ大臣も、カバが下水に逃げていくほどの水質汚染というふうに言われていましたけれども、ナイロビ市の有名なごみ捨て場から染み出る化学物質が原因とも思いますけれども、もう一つは、巨大なスラム街、ここからの汚水も大きな原因だというふうに考えられておりまして、ごみ処理とスラムの解消というものが最優先かというふうに感じた次第であります。  先ほどお話ありましたマウの森でありますが、この森林破壊でございますけれども、木炭を作るために不法伐採が問題になっています。やはり、近代化に乗り遅れた人々や貧困層の暮らしが根っこにあると思いますので、このマウの森が解決できても、またほかの森に広がる要素もあるということで、この貧困問題の解消という根本的な対応策が必要だというふうに感じた次第であります。  大くくりのお話を駆け足でさせていただきましたけれども、国民の暮らしを守り向上させるためには経済の発展が不可欠で、産業化、近代化が進められていると思いますけれども、その過程で起きる環境問題、どれだけ減らすことができるか、あるいは経済成長とのバランスをいかに取りながら進めていくことが必要かと、我が国にも言えることでありますけれども、改めて感じた次第であります。  我が国の技術支援、経済援助がアフリカ国民の命と暮らしを守る上で非常に重要であるということもよく理解ができました。また、我が国の同時に国益ともしっかり照らし合わせながら、重視をしながら、民間ベースの支援も含めて有効、適切なものにするということが大変大事なことかなというふうに思った次第であります。  最後に、先ほど藤原先生からもお話ございましたけれども、スーダンを始めアフリカでは、JICAの活動やあるいはNGOの方々の活動、本当に感銘を受けました。先ほどの彼女のバケツ一杯で体全体が洗えるように、すべてを洗えるようになりましたと、本当にさわやかな笑顔でいろんなお話を聞いたときには、涙が込み上げてきたのは私だけでは多分なかったんだと思います。こんな活動が本当に人と人あるいは国と国を結ぶきずなになっていくんだなということを改めて感じたことも付け加えさせていただいて、報告に代えさせていただきたいと思います。  大変お世話になりました。ありがとうございました。

矢野哲朗自由民主党

○会長(矢野哲朗君) ありがとうございました。  それでは、中谷智司君。舟山君の報告も併せてお願いできるんですね、よろしくお願いします。

中谷智司民主党・新緑風会・国民新・日本

○中谷智司君 皆さん、こんにちは。中谷智司です。  今回は、経済・社会保障・労働・貧困問題等国民生活に関する実情調査として、主にアフリカに行かせていただきました。  次から次へと各国大統領や副大統領といった要人との会談を分刻みでこなしていくような大変厳しいスケジュールでしたけれども、矢野会長を始め御一緒させていただいた議員の方々、そしてスタッフの皆様、そして現地の皆様のおかげでこの調査を無事終えることができました。まずはお礼を申し上げたいと思います。  それでは、座って御報告をさせていただきます。  私からは、国と国の交流も少なく、ここにいらっしゃる皆様にとって私たちが訪問した国で多分一番遠い存在であって、かつ日本と文化や生活環境などが一番大きく異なるスーダン共和国のことに絞ってお話をさせていただきます。  先ほど矢野会長からも概要についてはお話がありましたけれども、スーダンは、九か国と隣接をし、アフリカ最大の国土を有しているエジプトの南部に位置する国です。南北統一問題やダルフール問題といった大きな懸案がございますが、産油国であって、二〇〇五年には八%、二〇〇六年には一三%と高い経済成長率を達成しています。また、ナイル川周辺の農地を使って、小麦、トウモロコシなど農業が大変盛んな国です。北部は首都ハルツームを中心に比較的開発が進んでいますが、南部は南部スーダンの首都ジュバを始めとして未開発な地域を多く抱えています。  スーダンでは、私たちはハルツームとジュバを訪ねましたが、特にジュバのことが印象に残りました。車で移動いたしましたけれども、道は本道からそれると急に悪くなって、未舗装で路面は凸凹で穴だらけ、小さな橋もありましたが、今にも崩れそうなのにまず驚きました。町中の家は、そのほとんどが土の壁に草ぶきの屋根でした。日本にあるような建築物はほとんど目にすることができませんでした。電気や水も、先ほど藤原議員からもお話がありましたけれども、十分ではありませんでした。  スーダン国民の八〇から九〇%が国連が定義した貧困ラインである一日当たりの収入が一米ドル以下を下回っていると言われていますけれども、町中に昼間から仕事もしないでいる老若男女があふれ返っている、このことにも私は驚きました。日本で当たり前だと思っていることがスーダン、特に南部スーダンでは当たり前ではありませんでした。スーダンには、道路、橋梁、建築物を始めとする社会基盤整備、教育、医療、働く場所の確保などあらゆるものが不十分であって、基礎インフラを一つ一つ整備していくことが必要だと思いました。  しかし一方、このスーダンは、アフリカ最大の国土を有し、原油、鉄、銅、金などの鉱物資源、そして肥沃な耕地に恵まれていて、経済的潜在力は非常に高いと思いました。また、私たち日本人からすると大変厳しい生活環境の中でも、明るく、力強く、そして幸せそうに生活しているスーダンの人たちにもたくさん出会うことができました。  私たちの国日本とスーダンは相互に補完し合えるすばらしい関係を築けるのではないかと思いました。日本は、建物や道路などを造る建築や土木の技術、太陽光エネルギーを始めとする新エネルギーや省エネルギー技術は世界でもトップクラスです。教育、医療、農業なども非常に優れています。一方、スーダンは、石油を始めとする資源が豊富にあって、農産物を作ることができる肥沃で広大な土地もあります。お互いにないものを持ち合っている、そういうふうに感じました。  今回、私たちは政府関係者とお会いする機会が多かったのですが、これからは、そういう方々だけではなくて、女性や若い方々も含めた人的な交流を活発にすることが必要だと感じました。  本調査会では、「幸福度の高い社会の構築」を調査項目としています。本調査会の議論を通して、私たち人間が幸福を感じるかどうかは、周りの環境よりも私たちの心の部分、心の持ち方にあるということがだんだんここにいる皆さんの中でも共通認識としてできてきていると思います。一方、今日の生活、明日の生活に困るという状況、もっと言うと、貧困にあえぐような状況の中では、幸福感が幾ら心の持ち方にあるといっても、幸せを感じられにくいのではないか、そういうふうに私は思っていました。  しかし、スーダンを始めとするアフリカの国を訪問し、決して国も個人も裕福ではなくても、生きがいを持って生活をしている、夢に向かって前進している人たちにお会いをして、夢や希望といった定量的に表しにくいものが幸福を感じるには必要なんだなと私は改めて感じさせていただきました。今回の調査を本調査会の議論に生かすことはもちろん、これからの私の活動にも生かしていきたいと思います。  本当にありがとうございました。  続いて、今回の調査に同行した舟山康江議員から報告書を預かっていますので、読ませていただきます。  本日は、三か月ほど前から依頼を受けていた国連大学主催のゼロエミッションシンポジウム出席のため、本調査会を欠席させていただきますこと、まずはお許しいただきたいと思います。  七月十二日から二十二日までのスーダン、ケニア、タンザニア、フランスへの調査、視察は、私にとって大変意義深く、様々なことを考えさせられました。アフリカについては、私にとっては、夫が青年海外協力隊で二年間滞在した地であり、また新婚旅行の地でもあったことから、非常に身近に感じておりましたが、一般的には、地理的にも遠く、経済的結び付きもさほど強くないことから、なじみの薄い存在だったと思います。しかし、今年五月のTICADⅣを契機に、にわかに注目が高まりました。また、食料をめぐる状況は総じて厳しい反面、天然資源に恵まれた国も多く、各国が政治的にも注目を始めているような状況にもあります。今後、大いなる発展の可能性をたくさん秘めている地域だと思います。  さて、今次の調査会のテーマである「幸福度の高い社会の構築」の原点、それは何といっても平和であることを内戦の傷跡が生々しいスーダンを視察する中で痛感いたしました。現在、スーダンは、二十数年間続いた内紛の後、三年前に南北包括和平合意に至り、ようやく復興に向けて動き出そうとしていますが、一方で、西部のダルフール地方ではいまだ緊迫した状況が続いており、今回訪問する予定であったダルフールの難民キャンプについては国連の指示により訪問を断念せざるを得ませんでした。  合意に至った南北問題についても、完全に和平が実現されたわけではなく、現在暫定措置として北部政府と南部自治政府とに分かれており、三年後の国民投票によって南北統一が果たせるか、それとも南部が独立するのかが決まります。現在は暫定的に一国二政府の状態にある中で、何とかバランスを取り、南北間での大きな紛争は起こっていませんが、南部と北部の中間地点にあるアビエ地域、石油が多数埋蔵されている地域の帰属をめぐって対立が続いていて、先行きはまだまだ不透明です。  また、バシール大統領との会談が行われたのと同じ時間に、国際刑事裁判所が大量虐殺と人道に対する罪での容疑で大統領の訴追を発表するなど、非常に緊迫した場面に直面しましたが、大統領を始め多数の閣僚、南部の政府関係者との会談、夕食会などを通じて、現状や課題、日本に期待することなどについて意見交換を精力的に行うことができました。  この中で、和平に向けたスーダン政府の取組、膨大な資源開発の可能性について説明を受けたほか、我が方からは、二国間の友好協力関係を拡充する決意、農業分野を中心とする技術支援などを申し出ました。植民地支配後の民族間、宗教間の対立、資源をめぐる利権争いなど、難しい問題を多く抱えていますが、インフラ整備、農業開発など、日本が貢献できる分野はたくさんあると改めて感じました。  そして、大統領訴追をめぐって感じたこと、日本における報道等では、大統領はとんでもない、訴追を受けて当然だ、そんな論調ですが、実際に歴史的背景を含めた現地の情勢を詳しく聞き、視察し、政府関係者と懇談する中で、いわゆる西側諸国の論理のみで物事を判断するのはいかがなものか、そんな疑問を感じたのも事実です。実は大量虐殺については国連も否定しています。民主主義国家実現のためにどのようなプロセスが必要か、これは国によって過去の歴史や価値観、発展段階が異なるため、それぞれ異なると思います。  今回、多数存在する少数民族の民族間対立、宗教間対立、地域間格差の問題など、スーダンの現状を知れば知るほど、このような状況をまとめていくためには、ある段階においてはある程度強い指導力、強制力も必要なのではと感じました。いずれにしても、和平の実現に向けて、アフリカでの植民地支配の歴史もなく宗教上の対立もない日本だからこそできることがたくさんあるはずです。  また、ケニア、タンザニアにおいては、既に日本の援助により様々なプロジェクトが進んでいます。日本の海外協力案件の中には、現地のニーズにこたえていない、つくりっ放しで維持管理がうまくいっていないなどの批判も聞かれるところですが、今回視察したケニアの発電所、タンザニアでの給水事業、同じくタンザニアでの学校建設事業などは現地にもしっかり溶け込んでいるようであり、またそれぞれ大きな効果を上げており、喜ばれていました。  アフリカ各国で感じたこと、それは子供たちの目が生き生きと輝いていることです。決して裕福ではないはずなのにやる気と希望で満ちあふれている感じです。ふと、今の日本の子供たちってこんなに生き生きしているだろうか、どちらが幸せなのだろうか、そんなことを考えさせられました。アフリカと日本、経済的には圧倒的に日本がリードしていますが、アフリカには日本が失ってしまったものがまだまだたくさん残っているような気がします。お互いに足りないところを補い合って良好な協力関係を築いていきながら、豊かさ、幸せを考えていきたいと思います。  最後に、今回の派遣に当たり、細々とした段取りをしていただいた調査室、委員部の皆さん、個性豊かな調査団員を団長としてまとめてくださった矢野会長、そして同行議員の皆様に感謝とお礼を申し上げ、私からの報告とさせていただきます。  舟山康江議員からの報告書を読ませていただきました。  以上です。

矢野哲朗自由民主党

○会長(矢野哲朗君) どうもありがとうございました。  引き続きまして、同行いただいた調査室長から補足説明を願いたいと思います。今井第二特別調査室長。

今井富郎第二特別調査室長

○第二特別調査室長(今井富郎君) それでは、ただいま会長、そして派遣された先生方のお話を踏まえまして、その裏付けとなる写真をお見せしたいと思っております。  座ったままで恐縮でございますが、よろしくお願いいたします。(資料映写)  まず、ルートでございますけれども、関空を夜中に立ちまして、十三日、ドバイに着いております。午前四時四十五分という未明に着いております。そして、その間に、先ほど申し上げましたように多少視察をいたしまして、ハルツームに夕方に着いております。そして、ここで二日間、実質二日間過ごしまして、十六日からジュバに参りました。そして、ここでも二日間を過ごしまして、ケニア・ナイロビに参りまして、さらにタンザニアのダルエスサラーム、そしてザンジバル、こちらに渡りまして、最後はスキポール空港を経由しましてパリ、そして成田と、これが我々のルートでございます。  一応、訪問しました国々の基礎データをちょっとまとめてみましたけれども、日本がこちらにございまして、三十七・八万平方キロメートル、一億三千万。フランスはこういうことでございますけれども、スーダン、ケニア、タンザニア、ドバイ、これを比べてみますとGDPがこのような形になっておりまして、日本の四兆四千億ドル近く、そして首長国連邦が千九百億ドルではございますけれども、一人当たりに引き直しますと日本が三万四千ドル余、ドバイが四万二千ドルということで、かなりその違いというのが歴然としております。  それから、日本との比較をいたしますと、日本を一〇〇にしますとスーダンが二・五%、ケニアが一・六%、タンザニア一・〇%、ドバイが一二三%と、こういうことになっております。経済成長率も、御覧のようにスーダンが一三・〇%と、先ほどお話がございましたように石油の増産による経済成長率が非常に高くなっている、ケニアでも六%、タンザニア五・九%、ドバイはこれは別格でございまして一六・五%と、こういうことになっております。  これはドバイで、ナヒール社といいまして政府系企業のボートで、これから、よく御存じのパームアイランドを見ながら、これは模型でございますけれども、ザ・ワールドという、今会長がおっしゃいました人工島の建設現場に上陸いたしました。ここはイギリスというふうになっておりまして、大体値段といたしましては十五億以上ですが、インターネットで募集をしたら二週間程度でもうすべて売り切れたと、予約済みと、こういう活況を呈しております。  そして、これが海辺の近くのマンションでございますけれども、これも奥までずっと続いておるわけでございまして、これもかなり売行きがよろしいと、こういうふうに経済的に活況を呈しているのがドバイでございます。  続いて、スーダンでございますけれども、大まかな位置関係を確認していただきますと、今問題になっておりますダルフール地域がこちらに、西部の方にございます。そして、首都ハルツームがここにございまして、ここからが南部になるわけでございますけれども、アビエ地区、それからジュバと、こういうような形になっております。隣がエチオピア、更に下に行くとケニア、さらにタンザニアと、こういう形になるわけでございます。  これは、実は我々の行動、スーダンにおきましては、特にハルツームにおきましてはすべて白バイに先導していただきまして、なおかつバシール大統領差し回しの車も提供されていたわけでございます。  そして、これがスーダンのサッカー協会でございます。非常にまだ弱いチームでございますので、サッカーボールをたくさん贈りまして、頑張っていただきたいという激励をしたところでございます。ユース20でございますが、比較的体格はスマートでございますので、分厚い胸というイメージは余りございませんでした。  これが国民議会議長のターヒル議長でございます。そしてナーフィア大統領補佐官。そしてオスマン大統領顧問ですけれども、彼はアフリカは中国のためにあるのではないというふうに非常に強いお言葉を述べておりました。  ここは会談が行われましたスーダンの大統領府でございますが、これは多分歴史的な写真になると思いますけれども、刑事訴追を受けた直後のバシール大統領でございます。この表情をどう御覧になるかと思いますけれども。  そして、これがアロル外務大臣。南部出身でございます。先ほど申し上げた、非常に今、医薬品等の援助を必要としているアビエ地区の出身でございます。  そして、これがサルヴァ・キール第一副大統領。実は南部政府の大統領でございます。概して南部出身の方は背が高くて、色がこういうふうに黒い。しかも、サルヴァ・キール第一副大統領はいつもテンガロンハットをかぶっているという、右上ですね、こういうキャラクターでございます。  そして、これが先ほどバシール大統領に政権の座を奪われましたウンマ党党首のマハディさんの御自宅で写した写真でございます。これが秘書でお嬢様のマリアさんでございます。  そして、これが実はアメリカのトマホークで破壊された製薬工場でございます。アフリカにあるアメリカ大使館の爆破事件を契機に、アメリカがアラビア湾の方からトマホークを撃って破壊された工場が十年たってもこのまま残っております。  これが、藤原先生のお顔をちょっとお借りいたしましたけれども、実はハルツームの市場がどんなものかということを、ちょっと小さいんで恐縮でございますけれども、見ていただくために用意した写真でございます。物はいろいろ結構あります。しかし、昔の戦後の日本のように屋根はトタン屋根、廃墟のようなところを活用して市場に使っているというところでございます。ちなみに、ここにいらっしゃる方は外務省の経済協力関係の企画をしている非常に優秀な女性でございます。  これが、ハルツームの市場の子供の写真を撮っております。多分御覧になってお分かりになるように、着るものはちゃんとしております。といいますのは、ハルツームのこの市場に出てこれる方はまだいい方だということが多分お分かりになると思いますし、ここで売っているお菓子ですね、これも非常にアメリカ的なお菓子が出回っております。  これはお肉屋さんでございますけれども、日本のように切り刻んで値段を付けて売っているというところはございませんで、ブロックで売っております。当然のことながら、写真には写っておりませんが、ハエが飛び交っております。そういうハルツームのお肉屋さんでございます。  これがスナップでございまして、ここにあるのは実は三輪車といいますか、タクシーでございまして、全体が写っていなくて大変恐縮なんですけれども、昔の日本でいえばミゼットのような三輪車でございますし、ここに馬もいるということで、ハルツームの交通事情というのがおおむね御理解いただけるのではなかろうかというふうに考えております。  そして、これがナイル河畔で撮りました魚市場の写真でございますけれども、実はスーダンはナイル川の白身魚であるナイル・パーチというのが非常に有名なわけでございますけれども、本日の漁獲量はそう大したことはなかったということでございます。  次に、ジュバに移りまして、ちょっと地図が小さくて申し訳ないんですけれども、位置関係、まずハルツームがここにございまして、大分下に下がりましてジュバがございます。ここでJICAがいろいろ緊急生活支援事業をやっているわけでございます。  これはベンジャミン地域協力大臣でございます。そして、こちらがマシャール南部スーダン副大統領でございます。  そして、これはJICAの職業訓練センターの校長先生でございますけれども、いろいろ概況を伺いました。これは実際に訓練をしているところでございますが、多分お分かりになるかどうか分かりませんけれども、のこぎりを使っているわけでございます。日本ののこぎりは引いて切るのこぎりでございますけれども、ここで使っているのこぎりは押して切る、要するにヨーロッパタイプののこぎりでございまして、なるほどかつてのイギリスの影響が強い地であるなという感想を持った次第でございます。  これはJICAの職員たちとそれからNGOの皆さん方でございます。  そして、これが日本国際ボランティアセンターで自動車整備事業の研修をしているところでございます。女性がいることにお気付きになったと思いますけれども、彼女は、ここで勉強して、大学に行って高度なやはり技術を学びたいということを主張しておりました。年齢は十五歳でございます。  そして、これがかつての地雷原でございまして、会長がいろいろ御説明をされているところでございますけれども、ここに安全のためには道を歩けというふうに書いてございますけれども、実は、先ほどの中谷先生のお話にもございましたけれども、ジュバは道路よりもこういったところが平らであるというふうに見た方がよろしいと思いまして、本当はこっちの方を歩きたい、走りたいわけでございますが、こちらは本当に凸凹道でございまして、車に乗りますとロデオをやっているような感じになるわけでございます。  そして、これがJICAの白ナイル河畔の河川港でございまして、ここに見えているのがバージという運搬船でございます。何となく日本の農村に似ているような風景でございますけれども、このクレーンで積卸しをして、先ほど申し上げましたあの取付け道路を使って移動するということになっております。  これがジュバの民家でございますけれども、車内からちょっと撮ったものでピンぼけで恐縮でございますけれども、ここは泥ですね、泥塀、そしてここはわらか何かの屋根になっております。こういうのが一般的なジュバの民家でございます。多分ここにごみが見えていると思いますけれども、ビニールのごみとかいろんなごみが散乱しておりまして、ある意味では掃除嫌いなのかなというところでございます。  これはジュバの子供ですけれども、結構険しい顔をしておりますが、テストの成績が悪かったのかもしれませんけれども。  そして、これがJICAの訓練センターの前でひなたぼっこをしていた親子でございますけれども、身なりを見ましてもまだ普通かなというところがございますけれども、実は、先ほどのお話にありましたように、道に行き倒れている人もいるところでございまして、あした、あさって、一年後は彼らがどうなっているのかということは非常に関心のあるところでございました。  これはジュバの一般的な光景でございますけれども、バイクはもちろん日本製でございます。羊が至るところで遊んでいるというのどかな風景でございます。  続きまして、ケニアでございますけれども、位置関係はナイロビがここにございまして、先ほどのお話のソンドゥ・ミリウ水力発電所が西部のこちらにございます。ビクトリア湖があるということでございます。  そして、これはナイロビの国立公園でございますけれども、ここだけでも百十二平方キロメートルというかなりの面積を持っております。ここでJICAが野生動物の保護等についての支援事業をしているということでございます。残念ながらライオンとは遭遇できなかったということでございます。  これがミチュキ環境大臣、そしてムダバディ副首相、キバキ大統領ということで御紹介させていただきましたが、チャーターヘリでソンドゥ・ミリウに向かうところでございまして、実は、この飛行場があるのはウィルソン空港と申しますけれども、そこにたまたま見学に来ていた小学生がおりましたのでちょっとスナップを撮らせていただきましたけれども、こういう表情をしております。  そして、これが上空から見たナイロビ市の有名な、多分、人口密集地帯と上品な表現をしておりますけれども、実はスラム街でございます。一説に、今ケニア・ナイロビだけでも八十か所、百万人以上いるというふうに言われておりまして、これがそこの有名なスラム街とはちょっと特定できなかったわけでございますけれども、最大のスラム街では人口八十万から百万人がそこに住んでいると。しかし、ナイロビの人口は大体三百万というような関係でございます。  そして、これが先ほど来お話にありましたマウの森でございまして、面積は四十万ヘクタールと申しますから、多分滋賀県がすっぽり入るぐらいの巨大な森でございまして、十二の河川の水源地になっております。  これがその森林破壊の現状でございまして、ここに今犯人らしき方がいるわけでございますけれども、やはり森林を伐採して炭にして暮らすというのは、何もケニアだけではございませんで、タンザニアもそれを売って暮らしを立てるというようなことがございまして、それが実は問題になっているということでございます。  これがソンドゥ・ミリウ水力発電所の一番上の方、取水口でございます。ここはダム形式を取っておりませんで、ここでいったん水を、これはソンドゥ川なんですけれども、ここから実は内部に管が走っていまして、これは環境破壊を防ぐためでございまして、トンネルをくりぬいて下の方に導水管で水を持っていくという形になりまして、これが二基の水力発電機で六十メガワットを発電して、ケニアの水力発電量の約一割をここで供給しております。変電所と送電施設によりまして、五十キロ先まで供給をしていると。  これは、そういう非常に地元にとって重要なものを与えてくれる発電所の完成を大変歓迎してくれまして、御婦人たちが歌と踊りで歓迎をしてくださったと、こういうことでございます。  これは、実は水力発電所を建設するに当たりまして、土地の補償問題等で造りましたサーディブオロ中学校でございますけれども、マサイ族の戦士のような服を着て歓迎をしてくださっております。ここに見えるのが講堂でございます。立派な講堂もできておりまして、手に世界地図とボールを持っておりますけれども、このような歓迎を受けたということでございます。  実は、近くに小学校がございまして、いろいろぞろぞろ集まってきているわけでございますけれども、先生方の表情を見ていただけばどういうひとときだったかということは多分お分かりになるとは思います。非常にかわいい生徒たちでございます。  そして、ナイロビに戻りまして、オディンガ首相との会談を行ったわけでございます。  次いで、タンザニアでございますけれども、ダルエスサラームがここに、海辺の近くにございまして、そのちょっと北の方ですか、ここにザンジバルという島がございます。そこに行く前にソコイネ小学校を見学いたしました。これは、実はタンザニアでは非常に子供が多くて教室が足りないということもございまして、二部制の授業を取っているわけでございます。  ここは、土曜日でございましたけれども補習授業ということで、低学年のクラスでございます。歓迎式典もやっていただきまして、校歌も斉唱して大いに盛り上がったというところでございます。多分お分かりになると思いますけれども、Tシャツにズボン、スカートという、これも制服の一種でございます。  そして、ザンジバルでございますけれども、こういうチャーター機でちょっと出かけてまいりまして、大体二十分ぐらいの距離にあるところでございます。  これが上空から見たところでございますけれども、給水プロジェクト、今回見たのはこの辺の近辺、海辺に近い部分でございます。一期工事、二期工事というところでございますけれども、やはり資材の高騰が非常に支障になっている場面でございます。  そして、ここが、浄水施設と書いてございますけれども、浄水池という施設でもございます。ここで塩素消毒をいたしまして、各戸に供給をするということになっております。これがザンジバルの給水プロジェクトで非常に重要な役割を持っている給水ポンプでございます。ちゃんと日の丸が付いております。  そして、これが、先ほど会長も申し上げたように、この給水プロジェクトがどうだったかということを直接確認に行った場面でございます。  これが、カルメ大統領の会談に臨む前に、ストーンタウン、これは世界文化遺産でございますけれども、そこをちょっと歩いて通ったというところでございます。  そして、カルメ・ザンジバル大統領、親子二代ザンジバルの大統領を務めております。  そして、ダルエスサラームまで戻りまして、ティンガ・ティンガの工房といいますが、絵を作っているところでございますけれども、エナメル系の塗料でこういう絵を描いて売っているわけですけれども、やはりスーダンと違いまして、こういう美術を楽しむゆとりというのがタンザニアにはあるということでございまして、これはたまたまそのホテル、宿泊先でありました結婚式のスナップをちょっと撮らせていただいたんですけれども、やはり、こういう形で結婚式をできるという、そういう裕福さというものがタンザニアにはあるのかなということで写真を撮らせていただきました。  子供たちの表情をちょっと見比べていただきたいんですが、ここに水たまりがございますけれども、これはまだいい方でございまして、もっと大きくて深い水たまりがたくさんありまして、先ほど申し上げたような道路事情になるということでございます。この貧困地帯と言われますジュバでも小学校はやはり制服を着ております。  そして、これは先ほどもお見せしましたケニアの小学生でございますね。ケニアも高度千七百メートルでございますので、大変涼しいことからこういうコートを着ているということでございます。非常に人懐こい生徒たちでございます。これはタンザニアでございますけれども。  こういう表情の違いというのを見ていただきながら、最後、フランスでございますけれども、これが、先ほどお話がありましたドゥニ・ジャカ国民議会議員との意見交換をしてまいりました。  フランスでもやはり社会保障が非常に、自由、平等、博愛という主義がございまして、手厚い保護がされているわけですけれども、逆に、例えば税金を払いながら一生懸命仕事をしている方との逆格差というようなものが実は問題になりつつございまして、その辺も今後の課題であるというような話をされておりました。  大変駆け足で恐縮でございますけれども、以上で補足説明を終わらせていただきます。  どうもありがとうございました。

矢野哲朗自由民主党

○会長(矢野哲朗君) ありがとうございました。  以上で報告の聴取は終わったわけであります。本来ですならば、これから委員間の意見交換ということなんでありますけれども、予定された時間が二時半であります。筆頭間で御協議をいただきまして、今日は意見交換は割愛をさせていただくということで御了解をいただきました。委員の皆様にも御了解をいただきたいと思います。  加えまして、報告書でありますけれども、議運に報告書を提出してあります。同等のものを各委員の先生方にお手元に配付させていただきたいと思いますので、御一読後、もし何かありましたらひとつ御意見もちょうだいしたいと思います。  よろしいですね。──ありがとうございます。     ─────────────

矢野哲朗自由民主党

○会長(矢野哲朗君) この際、本調査会の二年目の調査につきまして御報告を申し上げます。  理事会等で御協議をいただきました結果、昨年の調査項目の選定の際に御提案がありましたように、仮説検証型の調査を行いたい。  仮説でありますけれども、「休日・休暇が多い国が国の経済力を伸ばし、国民幸福度を高める」、仮説その二、「高負担・高福祉国家の国民は総じて国民幸福度が高い」、仮説三、「人口減少によって一人当たり国民所得は高まり、国民幸福度も向上する」といった三つの仮説を基本として調査を進めていくことといたしたいと存じます。  なお、委員の皆様から更に御提案があれば、理事会で検討させていただきたいとも存じます。  委員各位の御協力をお願い申し上げます。  本日はこれにて散会いたします。    午後二時四十三分散会

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