国際・地球温暖化問題に関する調査会 第4号
- 発言数
- 75 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 2007/12/05
会議録
○会長(石井一君) ただいまから国際・地球温暖化問題に関する調査会を開会いたします。 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 国際問題及び地球温暖化問題に関する調査のため、本日の調査会にLCA大学院大学学長山崎正和君、東京大学大学院法学政治学研究科教授北岡伸一君及び日仏メディア交流協会(TMF)会長・パリ日本文化会館初代館長磯村尚徳君を参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(石井一君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ─────────────
○会長(石井一君) 国際問題及び地球温暖化問題に関する調査を議題といたします。 本日は、「日本の国際社会における役割とリーダーシップの発揮」のうち、日本の発信力の強化に関し、発信の哲学について参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。 この際、一言ごあいさつ申し上げます。 各参考人におかれましては、御多忙のところ本調査会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。 本調査会では、「日本の国際社会における役割とリーダーシップの発揮」について重点的かつ多角的に調査を進めておりますが、本日は、日本の発信力の強化に関し、発信の哲学について各参考人から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、何とぞよろしくお願い申し上げます。 本日の議事の進め方でございますが、まず、山崎参考人、北岡参考人、そして磯村参考人の順でお一人二十分程度御意見をお述べいただいた後、午後四時ごろまでを目途に質疑を行いますので、御協力をよろしくお願いいたします。 なお、御発言は着席のままで結構でございます。 それでは、山崎参考人から御意見をお述べいただきたいと存じます。山崎参考人。
○参考人(山崎正和君) かいつまんで四点ばかりお話を申し上げます。 日本文化あるいは文明、さらには日本の国民性を世界に向かって説明していく場合に、その重点の置き方は、日本の特殊性ではなくて、国際的かつ普遍的な性格に重点を置いて説明していくべきであると多年考えております。 私は、国際交流基金の創立のときにお手伝いをしたり、あるいは現在、政府の国際広報雑誌ジャパンジャーナルというものの監督に当たっております。その前身でありますルックジャパンという雑誌がございましたが、これを含めて約三十年間、この方針に基づいて事を進めてまいりました。 とかく日本は、内外ともに、つまり外から見られても、また内から発言があっても、日本は特殊な国である、悪く言えば分かりにくい、良く言えば非常に個性的な他に類を見ない国であるという言い方がなされがちでありました。これが極端に走ったのが、第二次大戦の直前からその最中にかけてでありまして、我が国は神国であるなどという言葉が横行いたしました。 そうでなくても、戦後になっても、例えば日本人の、何といいますか、一様性といいますか、純粋性、つまり多民族国家ではないというようなことに重点を置いて説明する向きもございました。あるいは、日本は和の文化であって争いを避けるというのが特性である、それが日本的経営に反映されて、そして日本の今日の繁栄を見たのであるといった言論が横行しがちでありました。 しかし私は、仮にそういう要素はあるとしても、日本が国際社会に伍してその中で認められていくためには、むしろ日本人の持っている国際性、普遍性を強調すべきであると考えております。 例えば、日本は決して単一民族ではないのでありまして、その文化の中にはアイヌもあれば、あるいは中国の影響を受けた沖縄文化もございます。さらに、西洋から近代になって入ってきた文明も全く自分のものとして消化されております。そうした多様な文化を日本が持っていて、そのゆえに他文化に耳を傾ける力も持っているという点を強調すべきであると考えております。 二番目に、日本の持っている国際的な優越性ということを強調して、我が国は世界に冠たる国だというような言い方は厳に慎むべきであると考えております。むしろ、世界諸国と共有する問題点、苦悩というものを紹介して、我々が世界とともにその普遍的な問題に取り組んでいるという姿を紹介すべきであろうと考えております。 いささかペダンティックな申しようになりますが、共感という言葉は、つまり感情を同じくする共感という言葉は、英語で申しますとコンパッションと申します。ところが、コンパッションという言葉は元々苦痛をともにするという意味であります。パッションというのは、御存じのようにキリストが受難をしたということもパッションと呼ばれておりますように、本来苦痛を含む感情であり、それをともにすること。 つまり、我が国がいろいろな社会問題を持っていないということを強調するのではなくて、例えば環境問題一つにしましても、かつて東京の空は真っ暗で、富士山の姿も見えないほど汚染に苦しんだ。そして、それを乗り越えて今日すがすがしい東京の空を今私ども見ているわけでありますけれども、しかしその背後にまだまだ隠れた環境問題を幾つも抱えております。 CO2の排出減少ということ一つ取り上げても、なかなか日本自体が京都議定書の結論に従うということは難しいので、そういう難しさを世界とともにしているということをまず表明して、そしてその下で日本がどれだけ独自の努力をしてその解決に努めているか、あるいはさらに、日本の技術を海外に移転してCO2削減問題に取り組もうとしているか。 また、例えば少子化問題、これは社会的にも大きな問題でありますけれども、日本がある意味でいえば、これは悪い意味での最先端を走っているわけでありまして、その問題に政府を先頭に各界で今取組が行われております。なかなか解決する問題ではありません。そういう解決できない問題を抱えながら、日本人があるいは日本の政府がいかに苦労しているかということを世界に発信していくべきであるというふうに考えております。 三番目に、実は近年に至って日本文明ないしは文化の国際的な地位というものは著しく変わりました。 振り返りますと、三十年前に私がルックジャパンの活動に参加したころ、あるいは国際交流基金にお手伝いしたころ、日本文化というのは全く海外に知られておりませんでした。そこで、交流基金を始めとして外務省あるいは文部省が非常な努力をして日本の伝統文化を海外に紹介しようとしたものであります。歌舞伎も派遣しました。能も派遣いたしました。相撲も派遣いたしました。しかし、残念ながら、その効果は余り大きいとは言えませんでした。 日本の例えば食文化、食べ物について申しましても、はしを操って食事のできる人間というのは東北・東南アジアにわずかいるだけ、わずかではありません、中国も含めますと数は多いんですが、しかし決して世界の隅々に及んでいたわけではありませんでした。どうしても日本は特殊な国だという印象がそこで強化されました。 しかし、今日、俗にクール・ジャパン、格好いいジャパンという言葉に象徴されますように、日本の大衆文化は世界の隅々におのずから流れ出しております。御存じのように、世界の大抵の大都市ではすし屋が開業しておりますし、ニューヨークなどに至りましてはいわゆるラーメン屋まで開業している。そこで白人や黒人や、つまり非東洋系の人たちがはしを操って食事をいたしております。さらに、いわゆる漫画、日本の大衆的音楽、さらには婦人雑誌ですね、特に写真のたくさん載ったグラフ雑誌というのはアジアを中心に世界じゅうに広がっております。 これは、実は日本にとってもかつてなかった現象でありますが、少し視野を広げますと、実は人類史の中でも珍しい現象なのであります。 と申しますのは、中世以来、かつての文明史の中では、国際化するものはエリート文化でありました。大衆文化はローカルなものでありました。それは、ヨーロッパ諸国においてラテン語を操るのはいわゆる選ばれたインテリであり、大衆はそれぞれの国語を話していた。アジアにおきましても、エリートたちが漢語、つまり中国伝来の漢字文明を駆使し、一般民衆は仮名というものを使い、これは日本のみならず韓国や東南アジアでもそうでありました。ですから、かつては普遍的、国際的なものは高級文明でありました。生活文明あるいは大衆文明というものはばらばらであったわけです。 ところが、このクール・ジャパンという現象は非常に面白い現象で、まず大衆レベルで広がってしまいました。目に一丁字ない人でも日本の漫画を見て楽しんでいる。あるいは日本の歌謡曲、雑談めきますが、例のNHKが放送しております中国鉄道旅行というものがございます。その中で、日本の旅行者になっている俳優がいわゆる、何というんですか、大衆的な、日本でいえば二等車というんでしょうか、普通席に乗り込みまして、そして「北国の春」という流行歌を歌いますと、中国人が一斉に中国語で「北国の春」を合唱しておりました。 そういう具合に、つまり大衆文化が先に広がっております。このことは大変日本の文化的発信にとって喜ばしいことなのでありますけれども、しかし実は、それだけで終わりますと、日本という国は誤解を招きかねません。日本には大衆文化しかないのか、あるいは現代の、今の流行文化しかないのかという誤解を招きかねない。かえって侮りを招く心配さえございます。 かつて、いわゆる日本が文化的孤立を嘆いていたときに、例えば歌舞伎を国際交流基金が世界各国へ持っていきますと、一部の外国人たちはむしろ混乱を見せました。日本は産業国家であって、輸出してくるものは自動車であり、カメラであり、テレビである。そういう近代産業とこの歌舞伎とはどういう関係があるんだと。日本人は分裂した精神生活を送っているのではないかという誤解さえあったわけであります。 そのときに必要だったものは、実は解説でありました。歌舞伎公演に、私も若干関係しておりますが、日本の有能な演劇学者あるいは歴史学者を公演に随伴させまして、そこで歌舞伎というものがどういう演劇であり、そして現代日本人にとって歌舞伎がどういうものかということを説明させますと、その誤解の大部分は解けたのであります。 今必要なことは、その逆であります。この大衆文化というものがどうして日本でこんなに発達し、かつ世界的にも理解されるようになったかという、逆に現在の大衆文化、流行文化の歴史的背景を解説する必要がございます。 端的に申しますと、日本でなぜこんなに漫画が盛んであるか。実は、振り返りますと、平安朝以来、日本には物語絵という大きな伝統がありまして、物語を絵にして、そしてそれを読み、かつ見せるという太い流れがございます。さらに、今漫画と呼ばれている絵は、ほぼ輪郭線によって物事を表現する絵画であります。陰影とか凹凸とかいうものがない、平たい絵であります。しかし、この輪郭線で描かれた平面的な絵というものは、実は浮世絵というれっきとした歴史を持っているのであります。そういう現代と過去のつながり、これを説明することは非常に重要だと私は思っております。 例えば、面白いことに、今日本食と呼ばれて世界に広がっているもの、すしがあり、てんぷらがあり、すき焼きがあります。しかし、これらはすべて実は大衆的な食品であったわけであります。これは、例えばフランス料理が世界化したのとは正反対であります。フランス料理というのはルイ王朝以来のフランスの宮廷文化であり、それが、革命によって宮中で職を失った料理人たちがパリの町の中で開業し始めて料理店を開いた、そしてこれが民衆に広がり、かつは外国にも広がったわけであります。 それに引き換え、てんぷらやすしというものは、江戸時代以来、屋台でつまんで食べる大衆食であります。すき焼きに至っては、これは明治に入って、いわゆる書生、若者でありますね、貧乏な学生たちが食べ始めたものであります。いずれも大衆的な食品が、さほど上層階級、言わばエリートに拒否されずに自然に広がった、こういうのはやはり日本文明の一つの特色でありまして、かつ、これは世界にも別の流れとして見られるものであります。こういう点をきちっと説明していくということが大切であろうかと思っております。 と申しますのは、これは世界の多くの国々、アジア、あるいはいわゆる発展途上国はもちろんのことでありますが、欧米、アメリカやヨーロッパにおいても、日本と比べてはるかに強い影響力を持っているのが知識人であります。 この参考人席に並んでいる三人は、それぞれ物を書いたりあるいは知的な情報を発信することを業といたしておりますが、正直申しまして、日本ほど知識人の影響力の少ない社会はございません。この点について詳しくは申しませんが、実はアジア諸国においてはいわゆる知識人、エリートと言われる人たちが社会を動かしております。 ヨーロッパにおいても同じことで、これは、私は数十年前にヨーロッパを旅行しまして、当時、EUという観念、これを口にしているのはインテリだけでありました。庶民はみんな反対でありました。農民はもちろんのこと、その辺の小さな店を運営しているショップキーパーに至るまで、EUなどというものは本当に敵対感情を持つ相手でありました。それが、二、三十年の間に知識人のリーダーシップの下にEUはでき上がってしまいました。こういうことはなかなか日本では起こらないのでありますが、私たちはこの世界の事情というものに目を向けなければなりません。 そして、先ほど来、説明とか解説とか申しておりますが、それはすべて知識人をまずは相手にして語り掛けるということであります。この点も日本の国際交流の立場にある方々が意外に御理解になっていないのであります。とにかく、クール・ジャパンで日本文化は今ちやほやされている、これでいいんだという人があるかと思えば、ただただ伝統文化を紹介していればそれでいいんだという方々があると。それがどう理解されどう解釈されているかと、そしてそれを解釈しているのは知識人であるということを我々はもっと意識しなければなりません。 具体的なことを最後に申し上げますが、それは、日本ではとかく今軽視されがちな活字文化、文字の文化というものを再認識することであります。今、文字文化について詳しいことは申し上げませんけれども、物を読んで理解するということは、単に現象を目で見て理解するということと引換えにできるものではございません。私たちは目で見たものを言葉で説明されて初めて真に物を見ることができるのでありまして、その点、我が田に水を引くようでありますけれども、活字文化、つまり私のしている仕事の部分も申し上げれば、ジャパンジャーナルのような活字媒体というものをもっと大事にすべきである。 実は、もし御質問があれば申し上げますけれども、近年、この雑誌は大変な危機に瀕しております。政府あるいは官僚の皆さんの中にも、もはや活字文化は時代遅れだとおっしゃる方もあるようでありまして、なかなかうまくいかず苦労いたしております。 しかし、私は、何も自分がかかわっているからというのではなくて、世界の現実を見れば、知識人を相手に活字で訴えることというのは依然として大事であり、あるいは映像文化や生活文化が普及すればするほど、逆にますますこのメディアが必要になっていると思っております。 以上でございます。
○会長(石井一君) ありがとうございました。 次に、北岡参考人から御意見をお述べいただきたいと存じます。
○参考人(北岡伸一君) 北岡でございます。 私は、日本の政治外交の歴史を専門にしておりまして、その立場から様々な外国の有識者と長年対話をしてまいりました。また、二〇〇四年四月から昨年、二〇〇六年の九月まで、国連に次席大使として参っておりました。その経験を踏まえまして、両参考人の先輩の先生方となるべく重複を避けながら、お話をさせていただきます。 最初に、私は今、日中歴史共同研究というものの日本側座長というのをやっております。それは、今、歴史問題というのが世界で話題になることが物すごく多いからでございます。実際のところ、過去の歴史、歴史問題を対象とする国際会議があるから出席してくれないかというようなものは月に一度ぐらい依頼が来るぐらいでございます。 なぜそれほど歴史が問題になるのかと思うわけなんですけれども、私、この点でちょっと関連して思い出すのは、かつて沖縄返還がなされたときに、一九六九年に沖縄の返還が佐藤首相とニクソン大統領の間で合意されたときによく言われましたが、同時に繊維問題についての密約というのがございまして、よく糸で縄を買ったなどという卑俗な表現がされたのですが、キッシンジャーなんかは言っておりますが、そうした大きな領土問題というようなものと小さな経済問題が一緒になるはずがないというのですが、一緒になった、そういうことが起こったのが実際でございます。 すなわち、かつて外交というのは大きなハイポリティクス、領土とか安全保障とかそういうものについて、それを主たる対象としておりました。しかし、このころから経済問題が外交の非常に大きな関心事項になり、エネルギーを割くべき対象になりました。今や更にそれを超えて、イメージの問題、歴史の問題、そうしたものが非常に大きなエネルギーを割くべき対象になってきているわけでございます。 これは、私がこういうことを申し上げるのは、つまり現代の発信、情報の交換というとき、考えるときに、我々はどういう場においてこれをしているかということを考える必要があるからでございます。こうしたイメージの問題は決して軽視できないというのが現代の現状ではないでしょうか。 一つの理由は、既に大きな戦争はなくなった。それからまた、経済紛争もWTOなどを通してかなりの程度自動的に解決される。そこで、一種のぜいたくと言うと語弊がありますが、イメージの問題が大きな関心をとらえるわけでございます。 しかも、そこに現代の価値観が持ち込まれます。我々歴史学者は現代の価値観を過去に持ち込んではいけないと言うのでありますが、現代の気の短いメディアや現代の人々はそうは申しません。現代の基準で過去を判断して、過去の慰安婦問題について説明しようとするとすぐ、慰安婦問題を正当化しているというふうに短絡した批判をするというのが現状でございます。 国連で、例えばPKOをやっている、そこで売春がある、あるいはPKO関係者が犯罪を犯す、そういうときのその対処の仕方も極めて現代的な価値基準で、私などは率直に申しまして、アフリカの非常に貧困地域の犯罪に現代ヨーロッパの最高水準の人権感覚を持ち出して裁判するのが本当にいいことなのかと思うのですが、しかしそれはだれも反論を許さない勢いで席巻しておるわけであります。その結果、例えばユーゴとかルワンダの国際法廷というのは極めて洗練された制度でできておりまして、結果的に物すごく高いわけですね。運転手から通訳から全部含めて平均五万ドルの給与が必要だというようなことになっておりまして、日本はその一六%のお金を負担するということになっておるわけであります。 こういうのは少し行き過ぎではないかと思うのでありますが、しかしそれが現代の実情であります。我々はイメージの問題は決しておろそかにすべきではないと思うのであります。 ところで、これに関連して、二のところにございますが、パブリックディプロマシーということが最近非常に言われております。政府あるいはその関係機関でよく説明をする、他の国に向けて説明しておくパブリックディプロマシーということを言うのですが、私はこれに若干の留保を感じているものでございます。 第一に、パブリックディプロマシーというのは良い政策の代わりにはならないということでございます。これはアメリカで最も人気があるテーマでありますが、アメリカがイラクでまずい政策をやりますと、幾ら説明しても説明できるものではないわけでありまして、良い政策、良い外交政策が一番であります。 ただ、私はこれに触れたいのは、こういうことでございます。政府が、さっき申し上げたようないろんな視線、批判、監視にさらされているところで政府がイメージづくりをするというのにちょっとした難しさがあるわけであります。そこに何らかの歪曲はないか、イメージをゆがめていないかという批判は常にあるわけでありまして、それは実際ないこともないのであります。 私は、したがって、このパブリックディプロマシーを追求すると、つまるところ、セカンドトラック、有識者対話とか、政府の政策を大変よく知ってはいるけれども政府から独立の立場にある、責任は負わない、無責任という意味ではございません、知的一貫性では責任を負うわけでありますが、そういう人々が行動するということは非常に重要ではないかと思うのであります。 実際、私も二年半役人をやっておりましたが、他の外交官の方よりは勝手なことを言っておりましたけれども、それでもそうそう自由なことは言えないわけでございます。自由に物を言って自由に議論をする、そして相手の言うことがもっともならそれを受け入れてどんどん話を進めるというのが実は魅力ある知識人の最低条件だと思うのですが、それは実は政府の役人には非常に難しいことでございます。 ですから、こうしたセカンドトラック、有識者対話を強化していく、そしてその基盤にあるべきシンクタンクを充実しておくということは、この時代、特に重要なことでございます。この点、やや遺憾ながら、日本のシンクタンク、例えば政府系で著名なシンクタンクでありました国際問題研究所などは予算、人員その他において甚だ活動が小さくなっているというのが実態でございます。 それからまた、このセカンドトラックというものはずっと継続してやることが大事でありまして、最初にそういう有識者対話とか行ったときは私も余りよくしゃべれませんでしたが、だんだん慣れてきて、また顔になってきますと、ああ、あいつが何か言うからちょっと皆聞いてみようというふうなそういう雰囲気が出てくるわけでございます。こういうところに、いろんな有識者対話に出せる人をたくさんつくることというのが非常に重要だと思っております。 不幸にして、こうした多くの有識者会議は日本のお金でやることが多かったです。ところが、日本のお金は九〇年代にこの方面の資金が非常に減りましたので、この有識者対話というのは非常に減っているんですね。最も重要な日米間の対話も非常に減っております。その結果、私どもよりもっと下の若い世代の方はこうした、そこで顔になるほど出席する機会に恵まれなかったというのが実態だろうと思います。 他方で、政府はより限定された仕事を迅速に機動的にやるという仕事があると思います。それは、日本に対して不当な批判や報道がなされたときに直ちに反論する仕組みをもっときちっと備えてやってほしいと思うわけでございます。これは私、長年主張しておりまして、ちょっとずつ外務省も変わっているんですが、なかなか、何か批判を、ニューヨーク・タイムズなりなんなりに日本に対して批判的な誤った報道がある、それに対する反論が常に遅い。それから、一般的に向こうの論点に全部反論する、結果的に効果的でない、そういうものが多いんですね。そういう反論というのは、手短に相手の一番おかしいところだけをぴしっと言って、この記事は信用性がないということを明らかにすればいいわけでありまして、手短で機動的で、そしてポイントをついた反論をするというのが大事なんですけれども、こういうことに、どうせ日本批判のポイントというのは決まっているわけでございます、教科書か靖国か慰安婦か、何でしょうか、鯨か、大体、たくさん数えても二十はないわけであって、こんなの大体、模範答案を用意しておいてすぐ出せばいいんでありますが、なぜか問題が起こると一からやるということが慣例になっておりまして、最近少し良くなったかもしれませんが、そんなに変わっていないという気がいたします。 さて、この発信という場合に、結局それは人の問題に帰着するわけでございます。 個人の発信能力という点で申しますと、遺憾ながら日本は世界の上の方にいるとは言えないと思います。これはいろんなことがございまして、磯村先生のものにも出てくるようでありますが、訓練も足りませんし、もっともっと改善の余地はございます。大学教育もいけませんし、もう下からずっと、大学の先生は高校が悪いと言う、高校は中学が悪いと言うんですけれども、全部直す必要があるのは確かでございまして、例えば、言葉は悪いんですけれども英語でけんかする経験とか、あるいはパブリックスピーチとか、そういうことはやろうと思えばできるわけでございますが、やっておりません。 これもまた人次第でございまして、確かに帰国子女で本当に上手な人もおります。しかし、在外経験が三、四年だというのにすごくうまい人もいるんですね。長年いても下手な人もいます。これはやっぱり本人の自覚と能力、能力というか訓練の問題ですね。本当にあいつうまいなと思ったら、まだ四年ぐらいしかいないと。しかし、本当にうまいんですけれども、まだ三十代後半で、達人なんですよ。しかし単語帳を作っているんですよ、自分で。そういう努力しているんですよね。 そういうことをエンカレッジすることは非常に重要で、また一言余分なことを付け加えますと、外務省も大変忙しいものですから有能な人を国内で使うわけですね。同じ有能な人が国内に十年いると、するとやっぱり多少語学能力もさび付いてまいります。この辺は何とかならぬかなというふうに思うわけでございます。 それから、学歴の不足というのはこれは大変重要でありまして、国際機関に行きますと必ず競争になります。採用のときにロングリストを作って、ショートリストを作って比べます。そのときに、ある人はドクター、ある人はマスターだったら、絶対マスターは勝てません。マスターと、それからバチェラーでは絶対に勝てません。どんないい加減なドクターでも優秀なマスターより優遇されます。 日本は客観的に言って学歴は非常に低いです。外務省の方には最終学歴高卒という方もいらっしゃるわけですが、それは中退の方がおられますから、それは最近減りましたが、大体学卒なんですよね。ドイツなんかはむしろドクターぐらいは取っている人の方が多いんじゃないでしょうか。 ですから、国際社会で発言力強化しようと思ったら、そういうところにポストを取らなくちゃいけません。そしたら、役所の採用はまずマスター修了者を主とする、そして留学中にドクターを取ってくる、あるいはミッドキャリア・プログラムを充実して、短期間、一年とか二年とかフルタイムで、あるいは二、三年、一日二日でもいいですから、例えば東京大学に通ってドクターを取ってくると、そういうことをしないと競争に負けてしまいます。 かつてはアジア人だけでやや優遇されるところがありました。今はもうございません。国際機関で途上国がみんななりたがる、これはドクターを持っている、英語、フランス語ができると、そこに割り込んでいくのは相当大変でございます。ですから、採用面における大学院との連携というのを是非強化していただきたいと思っている次第でございます。 四番のところで書こうとしたのは、二行目の政治指導というのは政治主導の間違いでございまして申し訳ございませんが、ここで一言で時間もありませんので簡単に申しますと、現場にいる外交官にもっと自由な手腕を振るわせたらどうかということでございます。他の国と比べて日本の外交官ほどあらゆる指示を受けている人間は少ないと思います。あれを言うな、これを言うな、これを言え、あれを言えと、安保理の中の発言でも事細かに指示がありまして、そうするとどうでしょうか、外国の人と議論していて、自由な発想で物を言う人と決まったことしか言わない人とどっちが魅力的でしょうか。これは結局、日本人の発信力とそれから、まず日本人の魅力を殺しており、そして、自分の裁量で言えと言ったら、みんな頭絞って頑張るわけです。そうして人は鍛えられるわけであります。 ですから、私は、日本の官僚制、それの上に政治家がいていいところもあるんでありますが、それが個人のイニシアティブを抑え付けるような方向で作用し過ぎてはいないだろうかということをしきりに感じるものでございます。そうすると楽なんですよね。怠けようと思えば、言われたとおりにしていればいいわけです。この仕事やれってぽんと任されたら、自分でやるわけですね。 例えば、国連代表部には社会部というのがございまして、そこはいろんな人権事項をやっております。そこにいる人たち、多くは女性でありましたが、まあ実に生き生きとやっているんですね。これは余り課題が多過ぎて上から全部指示する余裕がないと、そうするともう任せちゃうんですね。そうするとこの人たちは結構活躍して伸びるのでございまして、是非その末端における現場の裁量の余地を増やして活動できるようにしていただきたいなというふうに思う次第でございます。 五番に書こうとしましたのは、少しはもう申しましたので、一部だけ申し上げますと、今、国連職員は日本は過去と比べても非常に少ない。事務次長に一人、赤坂さんという方がいらっしゃいますが、あとは幹部クラスにゼロでございます。若い方にはいますが、それでも比率からいうと非常に少ないんですね。これはさっき言った学歴面で日本が低いと、能力が低いわけではありませんが、そういうこと等々からきているんですが、そういうところに食い込むためには、長い目で考えて、戦略的に若いうちに例えば外務省の中の人を早めに送り込んでおくと、そこで、中で能力発揮させて上に上がるとか、いろんなことを考えるべきであろうと思います。 それから、PKOと書いていますのは、私は安保理のミッションで何度か紛争地の視察に参りました。そうすると、そこで各国のPKOの方に会うんですね。そこに行って、この人たちの給料の二割は日本が払っている、しかし日本人はいないと、寂しい思いをするわけですね。PKOというのはいろんな側面がありますが、一つはやっぱり日本の顔なんですよね。そこに日本人がいて、まじめに仕事をして信頼を受けると、これ自身すごいアピールだと思うんですね。巨額のお金を出して、そして日本のプレゼンスはないと、こんなばかなことはないわけでありまして、是非PKOも日本の発信という意味からもやっていただければいいのではないか。 自衛隊だけではございませんで、警察も、日本の警察はとてもしっかりして信用ございます。これは行けばとても評価されるのではないかというふうに思うわけでございます。 日本研究につきましては、一言だけ申し上げますと、私は一九九〇年前後に、海外における日本研究の新しい兆候、つまり現代政治や経済についての研究をいかにてこ入れすべきかというプロジェクトを、レポートを出したことがございますが、改めてそのとき思ったのは、やはり外国研究の基本は歴史や文学や思想だなというふうに思ったわけでございます。ある先生にそう言われました。現代研究のお金を出してくれるのは有り難いけれども、歴史や文学や思想のような基礎的なところを削減して出すのはやめてくれと経済学のイエールの浜田先生に言われて、大変感心したことを覚えております。 これは、全体に日本研究は数も質も低下しております。是非ここは戦略的に考えて、優秀な人や組織やなんかに集中的に援助すると、あるいは空白地点を集中的に援助すると。大体アメリカでいけば、日本研究をやっているのはワシントンより北かロッキー山脈より西しかないんですね。あとは余りないんです。そこに、広く薄くではなくて、重点的に考えると。他方で、一例でありますが、ジュニアカレッジクラスの先生をたまに日本に呼んでくるというのも大変大事なことではないかと思っております。 雑誌、出版、ウエブサイトは既に触れられましたので言いませんが、この点では、日本を知るための百冊の本というのを選んで方々に寄贈しようではないかということを日本財団が取り組んでおられまして、私はそのセレクションにかかわっております。こういうことは是非広げたいものだと思っております。 ウエブサイトの効用は、即座に公式の記録、オフィシャルな立場が出せるということで、比べてみれば日本のウエブサイトは更新も遅い、内容も少ないのではないかと思います。 例えば、国連はすごく情報の宝庫なんですけれども、国連のウエブサイトは当然、英、仏、その他の公用語でできておりますが、実はドイツ語のウエブサイトというのがございます。それはドイツとオーストリアとスイスがお金を出し合って作っているんですね。そういうウエブサイトの利用でもまだまだできることはあるのではなかろうかと考えます。 最後になります。 私が書こうとしました東西の懸け橋クエスチョンというのは、実は日本の存在それ自体が大変魅力的なものだということでございます。 国連百九十二の加盟国の中で、多くの国にとって日本というのはすばらしい国なんですね。多くの国は途上国です。まだ貧しい、遅れてきた国々から見ると、多少の誤解もあるんですが、同じように十九世紀に国際社会に入ってきてこんなに発展した日本、一度戦争でぺちゃんこになってまた発展してきた、そして伝統文化もキープしている、そういう国が活力を持って存在しているということ自体が大変な魅力なのでございます。私が日本研究者であるにもかかわらず方々の国に呼ばれてよく講演依頼されるのは、ひとつ、その話をしてくれというのが多いんですね。ですから、私は、今日の日本の在り方を生き生きと活力を持って続けること自体が非常に重要な貢献だと思っております。 ただ、現在の財政事情等もございまして、その場合には、是非戦略的なアプローチ、どこに重点的に投資するかということを考えていく必要があると考えております。 この点で、私は、昨年の十一月に設置されまして、今年の二月に提言が出ました官邸の国家安全保障機能強化会議というのがございまして、そこで日本版NSCをつくろうということの提言をした人間でございますが、その際にも、例えば文化発信、どういうところに重点的に日本研究に投入するかというようなこともこういうところで是非議論していただきたいというふうに考えておりまして、これが是非早期に設立されることを願っておる次第でございます。 どうもありがとうございました。
○会長(石井一君) ありがとうございました。 次に、磯村参考人から御意見をお述べいただきたいと存じます。磯村参考人。
○参考人(磯村尚徳君) お二人の参考人の方から大変学究的なお話がございましたが、私はNHKに三十八年おりまして根っからのジャーナリストでございますので、事実に即したお話、とりわけ一九九五年から二〇〇五年まで、パリに日本とフランスの官民の四者で設立をいたしました文化会館の館長、初代館長を十年間務めましたので、その経験を基に具体的なお話を申し上げたいと存じます。 第一に、まずそういうものを、文化会館のようなものをパリにつくるに至った経緯、委員の皆様方は若干は御存じかとも思いますけれども、簡単になぞらせていただきますと、バブルのころに日本に対するいろんな通商摩擦が深刻化いたしまして、その中でオランダのロッテルダムの有名な新聞が、日本列島がある日、海中に没しても世界でだれも涙を見せる者はいないであろうと、メイビー・エクセプト・オーストラリアンズ、オーストラリアの人は泣くかもしれないという大変厳しい表現をいたしました。その論拠というのは、日本は、なるほどいいエレクトロニクスとか車とかを作るけれども、しかし、例えばパリが、ある日、壊滅的打撃を受けたら全人類が涙を流す、それは文化があるからだ、日本に文化があるのかというのがそのオランダの新聞の論点だったわけですね。 これに日本のその当時の政府の首脳を始めとする方々が大変な一種の問題意識をお持ちになって、総理官邸に私的懇談会、といいましても、総理官邸で何回か会議を行われまして、私も末席を連ねて、特にテレビの面からの話をいたしましたけれども、その際に、一つの文化発信必要の哲学というので、これは確か梅棹忠夫先生がおっしゃったことだと思いますが、文化は最上の安全保障であるというお言葉がございまして、この梅棹さんの説をだれよりも好き好んで非常に、度々私におっしゃったのが中曽根総理大臣と、そして竹下総理大臣でした。特に竹下さんは日仏議員連盟の会長もなさっていらっしゃいまして、この竹下総理の時代にこうした一つのテストケースとして、フランス政府との間で協議をしてパリに日本文化会館をつくるということが合意されたわけですね。 というのは、なぜパリかということなんですけれども、御承知のように、パリが第二次大戦末期、ドイツ軍が占領しておりまして、ヒットラーは敗戦の色濃くなったときに、パリにいるドイツ軍の総司令官にパリを焼き払ってから撤退せよという命令を下します。これは、皇帝ネロとともに有名な話でありまして、映画にもなっておりますね、「パリは燃えているか」と。ところが、そこのドイツ軍の司令官にコルティッツという将軍がおりまして、これが今のムーリスホテルの最上階に陣取っていたんですけれども、ここから見るパリの光景は正に一幅の絵であって、こういうものを破壊するというのは人類の文化遺産を破壊することになるとして抗命をして、結局パリは戦火を免れたわけですね。 同じようなことが、ランドン・ウォーナー博士という有名なハーバード大学の東洋美術の専門家がおりますが、その方の進言で京都と奈良が空襲を免れたといったようなことも同じコンテキストでありまして、こういうのをよくヨーロッパでは法王の師団という言い方で言っております。 なぜ法王の師団かというと、ある日、独裁者のスターリンが、君たちはすぐローマ法王の話をするけれども、そいつは一体何個師団持っているんだと。こういう、唯物主義者でかつ力というものしか分からないようなヨゼフ・スターリンの言葉をよくヨーロッパのマスコミは使います。 つまり、この冷戦を終結せしめたのはもちろんアメリカ軍の圧倒的なソビエトに対する軍事的優位、レーガン路線というものであったということは自明の理なんですけれども、しかしその裏に、結局、連帯労組、ワレンサの率いる連帯労組がポーランドで火の手を上げて、そしてさしも固かった鉄のカーテンを崩していくわけですが、その背後にポーランド出身であったヨハネ・パウロ二世の偉大な影響力があったということは、これまたヨーロッパでは常識になっていることですね。つまり、スターリンはいみじくも変な予言をしたわけで、ローマ法王というのは何個師団にも勝る影響力を冷戦の解消について発揮したということだろうと思います。 そういうことを何よりもよく知っておりますのはフランスでございまして、フランスの場合には、フランス語というものがフランス文化の中心だという考え方が根強くございますので、まず対外発信をする場合にはフランス語の拠点をつくっていく。 日本の場合ですと、一九二五年、関東震災明けたすぐのときに渋沢栄一男爵と話をいたしまして、ポール・クローデルという詩人大使が日仏会館というものをつくりました。そしてまた、第二次大戦終わった五年とたたない一九五〇年に、今、飯田橋にもございます日仏学院というものをつくりました。これらはいずれも政府が直接に関与しておりますけれども。そのほか、アリアンス・フランセーズ、アテネ・フランセ、あるいは各地方にもございますそうしたいろいろなフランス語教育にフランス政府が大変な力を入れてそういうことをやっている。 しかも、政府というよりは、大統領自らがそういうものの指揮を執っておりまして、閣僚のポストにフランス語を守るフランコフォニー担当大臣というものが必ず一人おります。そして、私も、フランス語、日本でいえば国語審議会に当たりますが、フランコフォニーの最高委員会というのがございまして、そこにシラク大統領からアジアでは一人指名されてメンバーになっておりましたけれども、ただ単なる国語審議会なんですけれども、必ず大統領自らが主宰をしてエリゼー宮にいろんな学者、国語学者やなんかを呼んで、そして外国の人も招いてフランス語を大事にしていくということをやっているわけですね。それぐらい文化が最上の安保であるという観念が徹底しているんだと思います。 こういうことで来まして、次の問題である、じゃなぜ日本の発言力が弱いのかというお問い合わせがございましたので、これにもお答えしたいと思います。 これは、先ほど来、山崎先生も大変いいことをおっしゃいましたし、北岡さんもおっしゃったとおりで、すべて私、賛意を表しますが、より具体的に申しますと、北岡さんのお書きになったものにもあるんですけれども、例えば今イギリスでオックスブリッジというエスタブリッシュメントがやや力が弱くなって、したがって、イギリスの代表は国際場裏では、もうイートン、高校のときから鍛えに鍛えたエリート中のエリート、フランスの場合には名門校のグランゼコールというものを出た名門中の、エリート中のエリートが出てきてちょうちょうはっしとやるのが、イギリスの発信能力がエスタブリッシュメントの低下とともに少し衰えたというようなこともお書きになっていらっしゃいますが、フランスの場合には依然としてまだそういうことを非常に強く意識しておりまして、御承知のように、大体皆様御存じのフランス人の名前を挙げれば、サルコジ大統領を除いてほとんどの人は名門校の出身であります。 例えば、ベルナール・アルノーというフランス一の金持ちでルイ・ヴィトンの総帥は、エコール・ポリテクニーク、理工科系でありました。このエコール・ポリテクニークの私、講師を十年間やっておりましたけれども、本当に頭脳のいい連中がわずか一学年三百人、しかも軍からお金をもらって、国がそういう者を育てているわけですね。 そこで、何が違うかというと、例えば口頭試問というものを非常に重視します。筆記試験でいい成績取っても口頭試問で通らなければ駄目だということですね。そのために、数学ですら、広中先生がおいでになるんですが、広中平祐さんのような方はよく御存じだと思いますけれども、数学のような、何か式さえ立てていればいいというのですら、最後の決め手は、自分の計算なり定理なりをきちんとしたフランス語できちんと表現できるという能力を育てているということですね。 二番目には、リベラルアーツと言っておりますけれども、フランスやヨーロッパでエリートたるには、ラテン、ギリシャの古典、あるいはフランス人の場合にはフランス文学の古典的なものを小学校のころからさんざん暗記をさせられます。丸暗記をしていつでもそのクオーテーションができるような、引用ができるような、そういう教養面というものを非常に重視する、これが二番目でありまして、三番目が、哲学というものを、今フランスで話題になっておりますのは幼稚園のころから哲学を始めようと、こういうんですね。なぜ幼稚園かというのは、哲学というのはそう難しく考えることじゃなくて、あらゆることに疑問を持つと。 私がメディアの人間として非常にショックを受けましたのは、フランスの小学校の社会科四年の教科書テキストの中に、テレビのニュースというのは物事の真実の一面しか示さないものだから、これを疑って掛かるようにということをちゃんと先生が教えているわけですね。これはテレビニュースにかかずらった者としては大変耳の痛いことなんですが、そういうような疑う心みたいなものを非常に養う、そして必ず自分の意見を持たせるということですね。 これは松浦ユネスコ事務総長が私にこの間も言っていらっしゃいましたけれども、日本の例えばユネスコの職員、それに事務総長が、この問題はどうなっているということを聞いたときに、日本人ぐらいきちんと筋道立てて説明できる官僚はそれほどいない。ところが、どうしたらいいのと聞くと、日本のそういう優秀なる官僚は、偏差値の高いところを通ってきた人ほどうっと詰まってしまうわけですね。これはもう教育の問題であろうと。北岡先生の責任ではないかと思うわけです。 そういう、つまりことからやはり物事を、その中で政治家というものを見てみますと、これは委員の先生方を前に大変恐れ多いんですが、私が接しました政治家でフランス人に例えばすぐに名前が出てくる人、それはムッシュ・ナカソーネであります。なぜ中曽根さんということになるかというと、あの方は非常にサービス精神がおありになる。 例えば、フランスにおいでになったときに、たまさか七月十四日の大革命記念日に遭遇して、閲兵式にフランス大統領の横に立つ。そこへ沛然と雨が来て、すぐ俳句を詠まれるわけですね。その俳句をすぐテレビを通じてこれを発表するというようなことをなさる。 あるいはまた、有名なパスカルのアフォリズムで、もしクレオパトラの鼻がもう少し短かったら世界の歴史は変わっていたろうにというのがあります。それはみんなちょっとした学のある人なら知っていることなんですけれども、その前後を少し引用して、自分はちゃんとブレーズ・パスカルのパンセを全部読んでいるということをちゃんとひけらかしたい。ですから、磯村君といって、いきなり官邸から電話が掛かってきて、君、フランスだからちょっと調べてくれと。パンセのあのアフォリズムの前後の引用をしたいからちょっと知らせろというようなことをお手伝いした覚えもございます。これ、あの大勲位に怒られるかもしれませんが。そういうような、やっぱり政治家もそういうあれがある。 一方、高級官僚はと申しますと、非常に皆さん、日本の官僚は、今たたかれていますけれども、私がNHKに三十八年おりまして、そのうちの半分の二十年を、ワシントンに七年、あとパリに二回、八年ぐらいになりますか、それからアジア、中東におりましたけれども、いずれも優秀な方が多くて、非常にミッションオリエンテッド、自分の使命感というものを非常にお持ちになっていらっしゃる。しかし、およそ、クライアントオリエンテッドといいますか、そういうものを受ける相手の気持ちになることは少ないんですね。 例えば、パリ日本文化会館である出し物をいたしまして、そこに何人来たか、どういう評判になったかということよりも、どういういいものをやったか、これで自己満足。お能の例えば観世榮夫さんのこういうものをやったらもうそれで満足、能事終われりで、閑古鳥が鳴いてもいいということがあるんではないかというふうに思います。 今度は具体的な話で、語学力ということになりますと、これは長くなりますから簡単に言わせていただくと、北岡先生は、ネーティブじゃないからなかなか日本人はハンディだとおっしゃいますが、これはまた先生がおっしゃっているように個人の能力別もありまして、別に海外で子供時代を過ごさなくてもすばらしく英語なりフランス語の達者な方がいらっしゃいますが、しかし、一般的に言えることは、日本人は割合発音とか文法のディテールにこだわって、したがって何を言っているか分からないということがあります。 これは笑い話じゃなくて本当の話ですけれども、日本の全日空、JAL通じて機内アナウンスぐらい何を言っているか分からない。あるいはまた、国連の演説で日本の代表の演説を聞き終わったある国の代表が、何か日本語というのは非常にちょっと英語に似た発音があるんだけれども、何をおっしゃっているのかよく分からない。 それに対して、私、国連で一番強い印象を受けたのはバルーディというサウジアラビアの大使がおりまして、この人はパレスチナ人なんですけれども、この人の演説、一時間ぐらいなんですけれども、その当時のサウジアラビアというのは今の産油国のサウジアラビアとは違いまして、およそ国連の中で影響力のある人じゃない。ただ、物すごいブロークンイングリッシュで、いわゆるアラブ人の巻き舌の英語なんですけれども、大変面白いメッセージが一杯あるので、これはもう弁論大会を聞きに行くようなあれで、その会場も結構満員になるんですね。そういう人は日本には残念ながらいない。ブロークンイングリッシュでいいから、余り細かいことを言わないであれすべきだというのが私の考えでございます。 結論というのではございませんけれども、では何を発信すればいいかというのを、パリ日本文化会館でちょうど私が館長をしております間に三千百ぐらいのイベント、大小のイベントをいたしました。その中で成功したベストファイブというものを挙げますと、一に草間弥生さんの展覧会があります。二番目が縄文展。 三番目が、これが大変私どもも、また皆さんもあっと言われたんですが、平家物語の展覧会でございました。これは要するにいろんな、成功自体が、なぜ何万という人が平家物語の何でもない三十二の場面に、壇ノ浦とか一谷の合戦とか、そういうのを紙で作った、和紙で作った人形で物語をしたものなんですね。あと、平家びわが伴奏として使われまして、そして祇園精舎の鐘の声というあれが出る。フランス人のマスコミの解釈は、今アメリカが余りにもユニラテラリズムで、イラクなんかで無謀なことをしているから、おごれる者久しからずと、こういうことで言ったんだということがありますが、一般的な解釈は、今、禅というのが非常にフランス語になっているぐらい関心がありまして、そうした無常観みたいなものを知りたいということだろうと思います。 それと反対の例で大成功を収めましたのはロボットでございますが、ここら辺は別に私は国際交流基金の悪口を言うわけじゃないんですが、文化に携わっている方に言わせると、ロボットというのは、磯村館長、あれは経産省の所管ですよと言うんですよね。こういう感覚で大いに本部に反対されましたが、強行いたしまして、これが大成功した一つの例でございました。 このほか、例えば女性問題のセミナーですね。これも、日本の女性の地位は低いという抜き難い、抜き難いというかある程度本当ですが、フランス人の考えがございますので、これを、ウーマンリブのような激しい人たちを含めて、三日間日本の女性問題を日仏の学者で討議をいたしまして、これも大使館並びに交流基金本部には大反対を受けたんですが、強行いたしまして、これも大変大成功いたしました。 これは先ほどの北岡先生のお話とちょっと絡みますけれども、一種のセカンドトラックでありまして、実際上は、よく聞いている日本の女性の地位はそれほど低くないよということを、フランスのウーマンリブの指導者が納得させるような内容になってしまうんですね。ですから、あえて、何といいますか、ちょっと傷に触れる方がかえって広報という意味では成功だったということになると思います。 そして最後に、山崎先生が大変見識のあることをおっしゃったのでこれは重複を避けますけれども、フランスにおけるクール・ジャパン、これは私は、クール・ジャパンというのは、ブレア・イギリス首相が、クール・ブリタニアと言いまして、イギリス格好いいという運動をやったのにちなんでクールという、格好いいという言葉をクール・ジャパンと、こう今言っているわけなんですが、私はむしろネオジャポニズムという言い方の方を好んで使っておりました。 というのは、第一回のジャポニズム、十九世紀末から二十世紀初めのジャポニズムと非常に共通点とまた相違点があるからなんですね。共通点は、何といっても浮世絵という市井の文化が、日本自体で評価されないものがフランスとかヨーロッパで評価をされる。しかも、印象派にも強い影響を与えるような影響力があった。そういうことで逆に、逆輸入されて日本でも浮世絵の価値が高まるというようなことがありますが、クール・ジャパン現象と言われている今の漫画、アニメ、テレビゲームみたいなものも、むしろ外国で騒がれて、そして日本がようやく気付いて、麻生大臣のように大変それを推奨される方もいらっしゃいますし、現在では恐らく外務省の首脳も皆さん、その推進に力を尽くしておられると思いますが。 むしろ、先ほど山崎さんがおっしゃったように、何か日本の高級なハイカルチャーのイメージを下げるんじゃないかという御心配をお持ちの方がいらっしゃるんですけれども、私が感じているところでは、ジャポニズム同様、ネオジャポニズムもむしろ新しい現象だというふうに考えております。つまり、そこが第一回のジャポニズムと違う点ですが、今、日本の漫画、アニメなどのポップカルチャーに心酔しておりますのは、年のころ十二歳から二十歳まで、そして圧倒的に六五%が女性、そしてほぼ圧倒的に下層階級、よくパリ郊外で騒ぎを起こすような連中でありまして、こういう連中が非常に熱中してジャパン・エキスポというような催物に殺到をいたします。これも御質問もあれば、どういうものをやって、どういうのが熱狂的な人気を呼んでいるのかということをお話し申し上げられますけれども。 とにかく、衣食住ということでいきますと、今やミシュランという、いわゆる料理、レストランの格付をするところまで、一応いろんなねらいもございます、これも御質問があれば申し上げますけれども、ミシュランのようなところまで今やパリよりも日本の方のフランス料理に軍配を上げているような、そうしたことがございまして、私の結論は、発信の哲学がそれほどまだ確立もされていないのに事態はどんどん進んでいて、ル・モンドという有力新聞の見出しは、日本、ポップカルチャーの超大国、ついにハリウッドを王座から引きずり降ろすという大きな記事を書いておりまして、それが現在のフランスにおける日本文化の存在感であるというふうに感じております。 以上、ちょっと時間がオーバーいたしましたが、以上でございます。
○会長(石井一君) どうもありがとうございました。 これより質疑を行います。 本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに行いますので、質疑を希望される方は、挙手の上、会長の指名を待って御発言くださいますようお願い申し上げます。 なお、質疑の時間が限られておりますので、委員の一回の発言は三分程度となるように御協力をお願いしたいと思います。 それでは、質疑のある方は挙手をお願い申し上げます。 喜納昌吉君。
○喜納昌吉君 山崎先生に、その日本の文化の、国民性を、特殊性ではなく、国際的、普遍的な性格に重点を置いて説明するというのがあるんですけど、日本のその国民性の特殊性と国際的な普遍性のその断層を結ぶものはあるのか、それを聞きたいのが一つね。 それから、北岡先生には、一つは従軍慰安婦問題であるとか南京虐殺問題、それから沖縄集団自決問題、それから言わば拉致問題も含めて、日米首脳会談の陰の主役は中国であったかもしれないという形で、その東西の懸け橋にするためには、この歴史的トラウマ、アジアが持っている歴史的トラウマね、あるいは民族的トラウマをどういう形で乗り越えるのかを聞きたいですね。 それから、磯村先生には、文化発信、日本人はなぜ発信が下手であるかという点を、ブロークンイングリッシュがパワーを持っているという、それならばブロークンジャパニーズね、それとどういう感じで、一つの大衆文化ということなんですけどね、私は音楽家ですから音楽からその言葉を見ていくんですけど、その辺はどういうお答えなのか聞きたいですので、よろしくお願いします。
○会長(石井一君) どなたからお答えいただきますか。はい、順次、山崎参考人。
○参考人(山崎正和君) ちょっと御質問を聞き落としたというか、耳が悪いので、申し訳ありません。普遍性と何をつなぐものとおっしゃいましたか。
○喜納昌吉君 日本人が持っている特殊性と、特殊性、文化ね、それからその国際的な普遍的なものとには必ず一つのブリッジがあると私は思うんですね。その断層をどうして埋めるのかね、そこに文化運動があると私は思っていますけどね、これを聞きたいと思います。
○参考人(山崎正和君) 何であれ、物事はいろいろな角度から見られると思います。日本人の国民性とか、あるいは日本文明の特性というものについても、それを殊更に特異なものとして、世界の中で善かれあしかれ違うものとして光を当てて、それを日本人が発信するか、あるいは同じ現象であっても、つまり日本文明というものを同じく対象としていても、世界と共通するもの、普遍的な要素に光を強く当てて説明するかと、その選択の問題を申し上げたわけです。 もちろん、できるだけ実情に対して忠実に、つまり正直に語ることは大事ですけれども、しかし、正直といいましても、どの角度から見て正直なのかということは常にあるわけでございますね。一時期、例えば日本の経済発展が著しかったころに日本的経営という言葉がスローガンになりまして、これは、日本が例えば労使協調がうまくいっているからとか、会社の中の年功序列制で人々が安心しているからであるとか、まあまあそういったいろいろな、これはすべて日本の和の精神である、伝統的な和の精神が現代の経済発展を生んでいるんだというふうに説明したわけですね。 しかし、私は、そういうことを言えば、それでは、日本でない国々がアジアの中でも大変な速度で成長してきたことをまず説明できなくなりますし、あるいは発展に困難を感じている国々は日本というのは嫌なやつだというふうに思うかもしれないわけですね。そうではなくて、日本人がやってきたことというのは実はごく普通のことであって、特に日本人に和の精神があったからというのではなくて、例えば、例の企業におけるクオリティーコントロール、それも、しかも現場でいろいろと職員たちがあるいは生産者たちが心を配っているということは、実は元はアメリカの思想なんですね、QCという。 ですから、それを日本人は上手にやりました、日本人が上手にやれるんだから世界じゅうでやれるはずですと、私たちの経験をお伝えしますと、こういうふうに同じことを説明すれば、ああそうか、日本人というのはおれたちと同じ問題を抱えて、同じ人間で、しかしちょっと努力したんだなと。そのちょっとのところに感心してもらえるだろうというのが私の考え方です。
○参考人(北岡伸一君) お尋ねの点は、私が言及しましたのは国際問題であって、かつ過去の問題について言及したつもりでございます。 拉致の問題は現在なお影響がございますので、ちょっと違いますが、私は、過去の問題は今の政治家が幾ら議論しても過去は変えようがないわけでございます。ですから、加害、被害関係があったら必ず被害者の方がそのことはよく覚えておりますし、共通のイメージに、理解に到達するのは難しい。それは専門家はよく議論をして、それを尊重するというふうにして、政治はすべからく現在と未来の問題に直接集中するのがよいのではないかというのが私の意見でございます。
○参考人(磯村尚徳君) 喜納先生の御質問がちょっと聞きそびれたんでございますが、ブロークンイングリッシュが……
○喜納昌吉君 ブロークンイングリッシュというのがあるならば、ブロークンジャパニーズもあると思うんですよね、沖縄の言葉でね。そういう一つ、そこから生まれてくるこのエネルギーをどうとらえているのかね。
○参考人(磯村尚徳君) 私の感じでございますけれども、具体的な例を挙げさせていただきますと、例えば靖国問題とか、そういうものに関してフランスなんかで報道される場合、どうも、慰安婦問題も同様なんですけれども、日本側の言い方というのが非常にはっきりしない、メッセージがはっきりしないんですね。日本のやっぱり習性として、はっきり言うことは損に決まっているので、大体わざとぼやけて言ったり、しっぽをつかまれないような発言をするということをあらゆる分野でやっておりまして、それが習い性になって、日本人は何を言っているか分からない。 例えば、テーベーサンクというフランスのテレビが靖国問題のあれをいたしまして、解説をいたしまして、そしてフランス人にインタビューをしているわけですね。例えば、記者が質問するときに、あなたはってフランス人に対して聞いているわけです。あなたは、例えばドイツの首相が、メルケル首相が、メルケルさんじゃありませんでしたけれども、前の首相ですけど、首相がヒットラーの祭っている神社へ行って頭下げたらどう思うか。そうすると、日本の大使館の広報も困りますね。東条とヒットラーは違うというような議論にまで、それこそ大使館としては踏み込めませんから。あるいは南京虐殺事件、三十万、三十万というのがずっと通っていますけれども、それに対する日本大使館の答えというのは、三十万という数字に必ずしも根拠はない、そんなに多くないかもしれないというような返事しかできないわけです。そうすると、もう一般的に与える印象としては、日本はただ逃げ回っているだけで、クリアなメッセージがなくて、そして英語だけ聞いたりフランス語だけ聞いていると、ちょこっとした発音は何か気取っていてきざだけれども、しかし何言っているか分からない。 つまり、先生の御質問の、クリアなブロークンイングリッシュという意味は、英語の発音が下手でも、バルーディというサウジアラビアの代表が言っていることはメッセージがはっきり聞き取れるわけですね、何を言いたいかが。日本の代表の場合は官僚、政治家を問わず、なかなかそのメッセージがはっきり伝わりにくい。つまり、そもそものメッセージがはっきりしていないと。つまり、それが先生のおっしゃるブロークンジャパニーズじゃないかと私は考えるわけです。
○喜納昌吉君 ミュージシャンで、特にサザンオールスターズの方々の歌い方が非常に英語的な日本語でしょう。そういうものとの関連性はないですか……。
○会長(石井一君) それじゃ次に、川口順子理事。
○川口順子君 三人の参考人の方にお伺いをしたいと思います。大変興味深くお話を伺わせていただきまして、ありがとうございました。 私の質問は、大きくは、だれがだれに対して何を発信するかという全体の話になるんですが、もちろん万人が万人に対していろんなことを発信すればいいに決まっているわけですが、政府がお金を出したときに何を発信すべきかということで。 かつて私が、今から三十年ぐらい前ですけれども、ちょうどそのころ今の経産省の役人をいたしておりまして、広報にちょっとかかわっていたことがあるので、アメリカ大使館に話を聞きに行ったことがあります。そのときに、アメリカ大使館、アメリカンセンターというのがございますけれども、そこの方針は、アメリカ政府が考えていることを半分、それでアメリカ政府に反対する人の意見を半分、それを広報することがアメリカンセンターのミッションであるというお話があって、目のうろこが落ちたという気持ちがそのときにしたんですけれども。 予算に制約があって、まあいろいろあるんですが、数年前に基金がニューヨークかどこかでシンポジウムをやりまして、ちょっと具体的なテーマは忘れましたけれども、日本の歴史に関することで、そこで、そのシンポジウムに出た日本側の人が十分に日本の立場、オフィシャルな立場といったらいいかもしれませんが、それを代表して物を言わなかったということで、新聞で取り上げ、若干問題になったことがあります。 そういうことも頭に置きながら、先ほどのセカンドトラックとか、それが大事だという話にも関連するんですが、私も個人的にセカンドトラックは大いに充実すべきだというふうに思いますけれども、そうやって広げれば広げるほど、政府の意見を直接に言うということではなくなるということですね。 同時に、山崎先生のおっしゃった、山崎参考人のおっしゃった共有をするということで考えると、オフィシャルな立場と同時にそうでない立場、例えば、何が例としていいのか分かりませんけれども、何でしょうか、靖国なら靖国の閣僚の参拝についてのオフィシャルな立場、あるいは東京裁判についてのオフィシャルな立場とそうでない立場ということを言うことの方が、日本に対しての理解というのを全面的により丸い形でというか全体を見る形で提供できるという意味で意味があるのか。 ここをいろいろ、それに関連する仕事をやりながら常に私も考え、悩むところなんですが、お三方、参考人の御意見を伺わせていただければ幸いです。ありがとうございます。
○参考人(山崎正和君) 日本の立場というもの、これは申し上げるまでもなく、政府が国会を通じて与えられた権限によって代表しているという側面があります。ここで総理大臣ないしは外務大臣、あるいは各省大臣が内閣の意見としてお話しになることというのは、これはストレートに一つの一義的な正しさをお話しになるべきだろうと思います。 ただ、今、北岡さんのおっしゃった意味のセカンドトラック、あるいは私が現実にかかわっている政府広報誌のような場合には、むしろ日本国民が何を真剣に議論しているかということを伝えるべきだろうと思います。その際、うそをついてはいけないのですから、多数意見、少数意見は区別しなきゃいけませんし、議論が伯仲しているときには伯仲していると伝えるべきであろう。そして、例えば靖国の問題などにつきましては、これは何といいましょうか、大多数の意見と少数意見が対立しているケースだと思いますし、インド洋における給油問題については議論が伯仲しているという認識を持つのが常識だと思います。それをそのとおり私は政府広報誌というものは提出して、しかし、それをいかに知的に理性的にそれぞれの立場を説明して、何が問題点であって、今何を日本国民は選択しようとして苦労しているのかということを伝える。 これは、この問題に関して世界にはいろいろな意見がありましょうけれども、どの意見を持っている人、例えばアメリカの最も戦闘的な人たちにも、少なくとも日本国民の苦渋というものは理解されるだろう。その上で政府がどういう政策を取るかという、この二重奏で理解されることを目指すべきであろうと私は思っております。 もっとも、私が今直接かかわっているジャパンジャーナルでは、それほどホットな、今、国会で争点になっているような議論は余り扱いません。それ以前に、もう少し広く日本社会が、何というんでしょうか、苦闘している問題、先ほど環境を例に挙げましたけれども、あるいは少子化問題も例に挙げましたけれども、それ以外にもいろいろとあるわけで、経済格差の問題もありましょうし、都市集中という問題もあります。こういうことについて正確に伝えながら、日本人が今答えを模索しつつあるということを報道する。 先ほど私は、特に外国の受け手を知識人に絞る、絞るというか中心に据えておくということを申しました。したがいまして、この人たちは、そういう国論の分かれといいますか、対立というものを含めて理解し、多分、日本は立派な民主的な国だなというふうに受け止めるだろうと思うんですね。ですから、それはやはり国益にかなうことであって、例えばジャパンジャーナルの場合に、政府資金によって助けられておりますけれども、十分それにおこたえすることになっていると考えております。
○参考人(北岡伸一君) 私は、川口先生言われました、国際交流基金が関係した事業において一定の日本の立場に批判的な人を呼んだことは良かったと思っております。これを排除するのは好ましくないと思っております。ただ、それにも多少のバランスはあると思いますので、そういう人が多数を占めていいかどうかというのはよく分かりませんが、政府と意見が違う人でも、政府の立場をよく知り理解しているということを条件にすれば、そういう方を入れるのはむしろ好ましいというふうに思っております。 私が今関係しております日中歴史共同研究あるいは前に関係しておりました日韓歴史共同研究におきましても、歴史家の意見というのは、皆専門家ですから、詳しいところに来るといろいろ意見が違います。ただ、政府がどういう立場であるかは知っていると。それは極端に離れてはいないというのが条件かもしれませんが、その辺はある程度の多様性はございまして、私が人選をお願いしたときも、学問的に立派な業績を上げておられる方、それから、一つの問題だけやっているのではなくていろんな幅広い視野をお持ちの方というのを条件に何人かの方にお願いしたという経緯がございます。
○参考人(磯村尚徳君) 具体的な例で二つほど申し上げます。 先ほど女性問題を取り上げたということを申し上げましたが、アメリー・ノトンという、駐日ベルギー大使をやっておられた方のお嬢さんがフランスで小説を書きまして、これが超ベストセラー、ロングセラーになりまして、日本の企業における女性蔑視並びにその上役のいじめみたいなものをした小説なんですね。これは映画にもなりまして、そのさなかに、ちょうど日仏女性史研究学会というものがパリ日本文化会館で女性問題に関するセミナーをやりたいという要望があったわけです。 私は、文化会館というのは、大使館が持っている別館に、何といいますか、文化施設をやっぱり駐仏大使館は持っているわけですね。そうした純粋な政府の機関ではないので、もっと自由な立場からそういうものを取り上げたいということで、結局、アメリー・ノトンさんをお招きして言いたい放題言っていただくというのが私の構想だったんですが、それはさすがに実現できませんでしたけれども、相当な女権拡張論者が、名立たる人たちがパリ日本文化会館に来まして、日本から来たかなりやはり戦闘的な方も含めた方と討論をして、そうしてその結果として出てきた結論は、少なくとも日本には八人の女帝が古代においていたし、そして、ヨーロッパのフランスなんかがまだ片田舎であったころに、既に源氏物語のようなユネスコが人類の誇りとして指摘しているようなすばらしい文学作品もあったと、プラス女性の手によって成ったというようなことや、結局最後のフランス側座長の締めは、何か、日本はいかに女性問題で遅れているかというものを糾弾するつもりにしていたんだけれども、何となく結論として、日本の女性の地位はそれほど低くないということになったということを言って、これは磯村館長にだまされたというようなことを言われたんですけれども。 つまり、逃げてばかりいないで、そういうアメリー・ノトンというような人が、心底は非常に親日的なんですよね、お父さんもそうでしたけれども。しかし、それは小説ですから、かなり面白おかしく漫画的に書いている日本の女性の地位をかえってそういうことによって非常に矯正して、これはある意味で成功だったと思っております。 もう一つ、長引く不況という問題が私がおりました十年間、何度もフランスのテレビに登場するわけですが、やっぱり大使館のお立場で出られる方は、いや、そんなに日本の経済は悪くないよというどうしても弁解になるわけですね。 ところが、文化会館は、御承知のように、日本とフランスの官と民、四者協議でできております。これは何か皆さん誤解しておられて、国際交流基金だけが専管的に持っておられるというのは、少なくとも私の館長時代には大いに抵抗したところでございまして、むしろ日本の外務省と交流基金と、それから民間の経団連と、そしてフランスの民間と政府と、こういうようなあれで、そういう立場を使って、例えば長引く不況は、確かに不況でこういう構造的な苦しい問題があるというようなことを我々の立場でセミナーを開きますと言えるわけですね。 ところが、大使館で主催する、大使館のティルシット通りというところにあります大使館分館のカルチャーセンターで行う場合には、一切そういうことじゃなくて、きれい事だけで済ませようとすると、かえってフランス人のようにかなりいろんな意味で物事を懐疑的に見る人たちを説得することはできない。 ですから、委員がおっしゃいましたように、そのアメリカンセンターでお聞きになったことは、私はその二つの例から見ても正しいので、あえて我が田に水を引かせていただきますと、そのパリ日本文化会館がやはり官民の非常に第三者的な、セクター的な性格を持ち続けることがある意味では一番その国益にもかなうものだと、私は少なくとも個人的には思っております。
○会長(石井一君) それじゃ、西田昌司君。
○西田昌司君 自民党の西田でございます。 今日は、三人の先生方に非常に示唆に富んだお話を聞かせていただきまして、本当にありがとうございました。 それで、まず山崎先生がおっしゃいました、クール・ジャパンという形でなっているけれども、本来、その背景にある文化、伝統、特に国際広報に関しては知識人を相手にすべきだと、こういう話をされたんですが、正にそのとおりだと思うんですが、問題はその日本側の知識人が果たして知識人足り得ている方をつくれているのかと。 先ほど先生おっしゃったように、知識人が非常に影響力が弱いんだと、まあ謙遜しておっしゃいましたけれども、そうじゃなくて、本来影響力があるんですけれども、その知識人を日本人自身が大切にまた育てることをしっかりしてこなかったんじゃないかなと。したがいまして、結果的に相手の国の知識人に対して発信できる能力が非常に乏しくなったんじゃないかなという気がするんです。 そこで、三人の先生方に共通してお聞きしたいんですけれども、山崎先生のそういうお話もあり、そして北岡先生からは、歴史観の話も含め、結局日本研究をもう少し充実させて、その基になるのは歴史なり文学、思想なり、そういう根本的な教養の部分のことがないと駄目だということをおっしゃっていましたけれども、これは正に日本人が日本人としてのアイデンティティーをどこに置くのかということになるんでしょうし、そして磯村先生のおっしゃいました、文化は最上の安全保障だと。しかし最終的には、最後に、ウエー・オブ・ライフだとすれば既にもう日本は文化超大国だとおっしゃっていましたけれども、それはつまり逆説的に言えば、そうなんだけれども、果たしてそれで、それが本当の文化国と言えるのかという意味だと思うんでありますけれども。 〔会長退席、理事川口順子君着席〕 詰まるところ、三人の先生方のおっしゃいましたことは、やはりこの日本のコアとしてのそういう日本人自身のアイデンティティー、そしてまたそれをしっかり外国に発信できるだけの教養人、知識人が非常に今不足しておりますし、その教育をかなり戦後の教育の中ではおとしめてきたところがあるのかなというのが私の三人の先生方からお聞きした印象なんです。 そこで、私が質問したいのは、そういうふうに解釈を私はしたわけですけれども、じゃ、その知識人をしっかり育てていくためには何が必要なのかと。特に私自身は、やはり歴史観なり非常に高い、真実を追求しようとする意識でしょうね。思考停止にならず、形にとらわれず、物の真実を追求しようというそういう姿勢、そういうことが、戦後の教育の中では余りにも画一的なことばかり教えて、どうも普遍的な価値の追求をすることができなかったんじゃないかなという気がするんです。 そこで、それは戦後の私は特に教育の中に問題があったというふうにも思うんですけれども、そうじゃなしに、戦前から日本の教育にあった問題なのか。特に明治維新以降、ある種の教養が西洋の教養一本にかぶれてしまいまして、いわゆる日本の伝統的な東洋的な思想が随分軽んじられてきまして、戦後は特にその傾向が強いと思いますし、そういうことも含め、知識人をしっかり育てていって、その中で、大衆文化だけじゃなくて本当の意味で外交的な対等のやり取りができる、そういう日本でありたいと思いますので、その辺のところについて、どのようにすればいいのかということを、それぞれの先生方から是非お聞かせいただきたいと思います。
○理事(川口順子君) それでは、山崎参考人お願いします。
○参考人(山崎正和君) ただいまの御質問は広く教育にかかわることだと思いますが、私たまたま今、文部科学省の中央教育審議会の会長という仕事を与えられておりまして、日夜それについて考えないではありません。 ただ、やはり知識人をつくるというのは、ある一定の知識を大量につぎ込むとか、あるいは一定の立場を小さいときから植え付けるということではないというふうに私は思っております。正に、今磯村参考人がおっしゃいましたように、コミュニケーションの能力、意識や意欲を育てるメソッド、そして調和を求めながらも違いを恐れない人間を育てる、これが一番、何といいますか、喫緊の問題であろうと思います。 その点から申しますと、実は問題はむしろ戦前の方にありまして、戦前は、御存じのように思想統制が行われ、学校教育も極端に画一化いたしました。戦後、今度はそれが逆になりまして、多様化あるいは、何といいますか、自由ということを強く教えたのですけれども、そこで両者に欠けていたのは、自分の考えをどのように整理するか、あるいはどういう言葉で表現するかということはどちらでも無視されたわけであります。 戦前は考え方を統一されました。戦後は思ったことを何でも自由に言いましょうというふうに学校で教えました。ところが、人間、思ったことと言われたって、自分を振り返ってはっきり分かるものではないのでありまして、これにはやはり表現、言葉の能力というものを高めなければならないわけです。ですから、広く言えば国語でありますし、もう少し広げて言えば、その言葉を駆使するような精神の働き、そしてその場合必ず大事にしなければいけないのは、その言葉が当面は日本語で考えられているにしても、翻訳できる言葉で考え直すということであろうと思うんですね。 例えば、日本の文化は幽玄であるとか哀れであるとか、そういう言葉で自己認識をしている限り、永久にこれは特殊性の中に沈むわけですね。一体、日本人が哀れと言ってきたものは、英語でもフランス語でもいいんですけれども、どういうことであったか、あるいは幽玄も同じことです。そういう感情とか精神にかかわる事柄を言葉にして教える。これも先ほど磯村参考人がおっしゃいましたが、古典の暗唱あるいは近代古典の暗唱ということは、私は小学校段階から非常に大切だと思っております。現在そういうことは、何か機械的教育であるとか、あるいは暗唱させるなどというのは自由な発想を妨げるという誤解がありまして、なかなか教育現場で実行されておりませんけれども、私はとにかく、コミュニケーションのメソッドといいますか方法論をしっかり教えていくことが将来の知識人の育成につながると考えております。
○理事(川口順子君) ありがとうございました。 北岡参考人、お願いします。
○参考人(北岡伸一君) 私の教えております東京大学でも近ごろオープンキャンパスというのがありまして、大学に入りたいという学生を相手に、どういう授業をしているか、大学の中を見せたりすることがございます。私も一度やったことがあるんですが、最初に申しました。君たちは東大を受けようというんだから多分能力はあるんでしょうと。しかし、君たちは、同世代の、同年代の世界のエリートと比べて学力は極端に低いと言ったことがあります。それは理由は明らかでありまして、受験問題のレベルが決まっているからであります。一定程度以上難しい問題は出ないのであります。そのレベルは年々下がっております。昭和、恐らく川口大臣と私の間ぐらいが一番難しかったと思いますが、その後どんどん易しくなりまして、今の試験問題というのはとても易しいけれども成績は余り良くないというような実態でございます。 他方、イギリスやフランスでは非常に難しい問題が出るわけなんですが、その難しいという意味は正解がないということなんですね、一つの正解がないと。自分のロジックで事実に即して議論を展開しなくてはいけないという長大な問題が出るわけでございます。これは日本のある種の客観病とでもいいますか、客観的に唯一の正解がない問題は出しちゃいけないとか、客観的な基準が必要だという何かオブセッションがあるんですね。それが私は非常に問題だと思います。 私の演習ではよく学生にちょっと質問をするんです。例えば、フジモリさんが日本に亡命しようとしたことがございました。そのときに、君ならどう判断するかということを学生に当てて答えさせるんですね。そうすると学生は、えっ、私が答えるんですかと言うんですよね。そう、君が答えるんだと。個人的にはと言うから、君は一介の学生で個人以外どういう立場があるんだと、こう言うんですが、こういうこと非常に多いんですね、個人的にはと。つまり、自分の意見を言うことをはばかる風潮があるんですね。自分の頭で考えて答えを出してみろと。 あるいは、李登輝さんが訪日するときに、これを認めるかどうか、どう思うか、メリット、デメリットを過去の先例調べて答え出してみろというのをもっとやっておけば、あるいは、君がもし総理大臣だったら今どういう顔ぶれの閣僚をつくるかというようなことを時々ゼミでやるんですけれども、そういうことをやっておけば、これはやっぱり大分練習にはなるんですね。つまり、そうした実験をする。能力は決して低くはございませんで、アメリカの大学に留学して、卒業一番だった、二番だったって結構いるんですね、アメリカ人と競争してでございます。 ですから、やればできるんですけれども、そうした、やっぱり大学の教育が悪いのかなという気がしますが、その以前から悪くて、私も山崎先生と同じで、小学校の国語で小学生の作文を読ませてどうすると私は思っているんですね。せっかく日本には百人一首という伝統がありながらあんなもの読ませる。つまり、表現する技法をきちっと教えないで自由に書けなんというのは論外だと思います。 一つ、併せて付け加えたいのですが、先ほど磯村参考人が言われたことは、私の何を読まれたのか、ちょっと違っていたかもしれないのですが、国連で痛感しましたのは、主要国の外交官はみんな本当によくできるということであります。それは、語学でいいますと、それは当たり前ですけれども、書いてきた紙がぱっと、英語の紙が二秒で分かるかと。私は二秒で分からないんです、四、五秒掛かるんですよ。イギリス人やアメリカ人なら二秒で分かるんですけれども。これはまあしようがないとして。 私の親しくしていたイギリスの次席大使は、お父さんは首席大使、おじいさん、ひいおじいさんはともにノーベル物理学賞という男であります。趣味は十七世紀の政治思想の本を集めること。やはり親しくしていたフランスの次席大使は、奥さんもENAの出身で、奥さんは日本でいえば芥川賞作家、若いころから判事とかいろんなことをやっていて超エリートなんですね。だんなももちろんそれと匹敵するエリートで、アジアの美術に目覚めたといって、もう大変日本美術に興味を持った男でした。ドイツの次席大使は、家に行きますと非常に立派な家具がありまして、その話を、その由来を聞きますと、ナポレオン戦争のときに祖先はこれを担いで逃げたという男なんですね。 つまり、アメリカを除いて諸外国は、主要国はみんなえり抜きのエリートを送り込んでいるんですね。えり抜きの連中を徹底して鍛えて、優遇して送って、よく働かせなかったら国益が損なわれると、当たり前のことですよね。それを実は日本はやっていないのであります。 昨今の官僚制度改革におきましても、何かアメリカだけがモデルとなっているような気がするのですが、アメリカというのは極めて例外的な国でありまして、大部分の国はいかに優秀な官僚を使って働かせるかということを考えているわけでありまして、この点ちょっと逸脱するかもしれませんが、是非御一考を煩わしたいと思っております。
○理事(川口順子君) ありがとうございました。 磯村参考人。
○参考人(磯村尚徳君) もう両参考人から私の申し上げたいことはほとんど尽きていると思いますが、一つだけ、ジャーナリストとして。 海外で日本からおいでになる知識人の代表の方、この両先生じゃもちろんございませんが、両参考人じゃございませんけれども、国内ではお帰りになって、いや、ユネスコの本会議でこういうことをぶってきたよとおっしゃっているに違いないんですが、現場の感覚から、実は読売新聞がそのことを記事にいたしましたけれども、日本の知識人の多くは、もう紙に書いたものができていて、それをただ、しかも余りお上手でない英語なり余りお上手でないフランス語でただただ棒読みなさるだけなんですね、つまりコミュニケーションの心、何を伝えたいのかという、信念があって言うはずな方が。 ですから、知識人が影響力がなくなったとすれば、大体そういう、学校の先生は同じ授業を十年一日のごとくやるし、もちろん先生じゃございませんけれどもね、そしてそのインテリと称する人たちも実は種本があったりなんかして、余り確信もないことを、ただ紙に書いたものを読み上げるだけでどこのシンポジウムに参加したよと、ダボス会議に行ってきたよと言うけれども、実はそれほどの効果は全く外に及ぼしていない。 ただ、帰ってきたときに、それじゃちょっと具合が悪いので、何か出張旅費をただで無駄遣いしたみたいにあれなんで、実力以上に何か成果があったことに言うということをあまた見聞きしておりますので、これは本当に残念なことだと思いますが、これからの、もちろん政治家の方にも例外ではない。そういう方が選挙区に向かっては、こういう会議でフランス人相手にこうやってぶってきたよとおっしゃる方がいるかもしれません。ここの先生方おられないでしょうが。 そういったコミュニケーションギャップみたいなものを、一私人として、ジャーナリストとして非常に悲憤慷慨しております。これは教育の罪というよりは一種のモラルであって、そして逆に言うとコミュニケーションというものをべっ視しているお気持ちがどこかにあるんじゃないか。つまり、自分がちゃんとした博士論文書いていれば、まあユネスコの会議なりアメリカの会議に行ってセミナーでちょっとした発言なんというのは余技であって、本業はおれはしっかりしているんだというおごりかもしれませんし、そこらはもう少し本当にお互い考えるべきじゃないかなと思っております。
○理事(川口順子君) ありがとうございました。 手の挙がった順番がここに記録されておりますので、浜田先生、それから山内先生、そして広中先生の順番で行きます。 浜田先生、どうぞ。
○浜田昌良君 公明党の浜田でございます。 今日はとても貴重なお話ありがとうございました。今、日本が直面している外交課題に即して先生方に質問させていただきたいと思います。 最初に、北岡先生でございますが、今もお話ございましたように、国連代表部の方におられたということで、日本にとって常任理事国入りという課題はまだまだ続いているわけでございますけれども、外務省は外務省でその努力をしていくということでありますが、それ以外のいわゆる主体が、だれがだれにどのようなことを伝える、発信するという、そういう連携をつくることが重要とお考えか、これについてお考えをお聞かせ願いたいと思います。
○理事(川口順子君) どなたに。
○浜田昌良君 今のは北岡先生です。 山崎参考人には、お聞きしたいと思いましたのは、今日本が取り組んでいるもう一つの課題といたしまして、東アジア共同体というものをつくっていくということがあるわけですね。とはいいましても、EUのように制度的なものをどんどん進めて、かちっとつくってやっていくということよりも自然と、経済であったりまた文化であったりそういうものが広がりながらデファクトで広がっていくという、こういう共同体をつくっていく上で、先生の御説明では、この日本文化の紹介については特殊性でなくて国際性、普遍性を強調するという話がございましたが、ともすると我々、国際性というのを欧米性といいますか欧米流のとらえ方という感じをしてしまうこともあるんですが、そういうEACをつくっていく上で日本の紹介というのを、そういういわゆるインターナショナルなスタンダードで紹介していくという形の方がいいのか、それともむしろアジアの一員というそういう普遍性という形での紹介をしていくのがいいのか、この点についてお聞かせ願えればと思います。
○理事(川口順子君) それでは、北岡先生からお願いします。
○参考人(北岡伸一君) 安保理の常任理事国には是非なりたいものだと思っております。それは、日本が様々な情報を収集する上でも、あるいは日本が日本の発信力の点においても、安保理で日本はどういう立場を出しているかというのももちろん今のままでは駄目で、もう少し発信力、ユニークなメッセージを出せるようにした方がいいと思うんですけれども、しかし、そこで発信することは非常に大きな影響を持つだろうと思いますので、発信という観点からも重要だと思います。 さて、これはもちろん大変難しい課題でございますが、そもそも、これは川口大臣時代から大変、始まったものでございますが、政府が本当に一体で全力を挙げて取り組んでいるかという疑問がそもそもあるわけでございます。 それは、例えば財政負担の問題がございます。それから、PKOの問題がございます。PKOは現在三十数名、主要国の最低、世界の八十番ぐらいであります。ODAも間もなく世界の五位ぐらいになろうかと思います。どんどん下がっている。現在、世界で第二の経済大国がODAの額で世界で五番目、六番目なんていうのはとても通らない理屈でございまして、この辺もサポートしていく。また、外務省の中でも必ずしも全員が協力してやったとも思えない、必ずしも協力的でないセクションもございました。この辺を取りまとめてやっていくのは、なかんずくやっぱり最終的には最高指導者の意思ではなかろうかというふうに感じております。
○理事(川口順子君) 山崎参考人、お願いします。
○参考人(山崎正和君) アジアの一国として日本が生きているということは、これは経済的に見れば客観的な事実でありますし、私どもがある種の共通性を自然に持っている。早い話が、顔の色がよく似ているというようなことは私は全く否定いたしません。ただ、文明、文化という点でアジアという立場がそもそもあるかといいますと、これは私はヨーロッパの場合と比べれば大いに疑わしいと思っております。 かつて中華大帝国があったころに、日本も韓国もベトナムもその周辺国として存在して大きな影響を受けたことは事実でありますが、しかし、それぞれの文明の内容を見ますとかなりの程度に違っております。最も分かりやすい生活のレベルで言いましても、日本人は畳の上に布団を敷いて寝ますが、中国人はベッドといすで暮らしている。数え上げれば切りがありませんが、実はアジアは一つ一つばらばらであったわけです。 では、どうして、あるいはどこにアジアの共通点を見いだすかといえば、これは私の持論でございますが、近代化というところでお互いを認め合い、かつ同じトラックを走っているのだと思うのであります。 近代化ということがしばしば西洋文明というふうに翻訳されまして、何だ日本はいつも西欧の代弁者ではないかというふうに国内外から非難をする人が現れますが、私はそれは当たらないと思っております。つまり、近代化というのは、ここでそれをるる文明論的に申し上げる時間がございませんが、やはり人類の普遍的な原理なのですね。普遍的な要素があればこそ、かくも広く文明は世界に広がっているわけであります。 現在、その近代化の恩恵に浴していない人たちでも、基本的には近代化の価値意識に立ってそれを求めているというのが世界的な現状だと私は考えております。 ですから、その枠組みで見ますと、実はアジアというのは奇跡的な成功を収めているわけであります。日本は二十世紀のほぼ前半に近代化の基礎をつくりました。戦争という不幸がありましたけれども、それを乗り越えて続けたものはやはり近代化だったわけです。第二次大戦以後に中国、韓国、東南アジアという国々が、言わば雁行する形で近代化を進めて、今やそれが一線に並びつつあるわけです。 この中で私たちは相互の近代化という苦労もともにしたわけですね。いろいろと国内的な摩擦も乗り越えてやってきたわけです。時には失敗もいたしました。そういう失敗やあつれきの苦痛、これも我々は共有しているわけで、これは先ほど申し上げましたコンパッションで、同じパッションを経験し、そして同じ成果にたどり着きつつある近代化というところで協調すれば、このアジアは決して欧米を排除するものとしてではなく、むしろ積極的に欧米を迎え入れながら仲良くしていくと、そういうものとしてやっていけると思うんですね。 仮に、アジアの中でいろいろな問題が起こるといたします。例えば、中国やビルマの人権問題であるとか、あるいはマレーシアやインドネシアの宗教問題であるとかいうことが起こったときにも、日本としてはそれを常に近代性というか近代化という観点から計って、そしてその方向に解決するように援助をする、助言をするということが日本のアジア外交の立場であろうと私は考えております。
○理事(川口順子君) ありがとうございました。よろしいですか、浜田先生。 それでは、山内先生どうぞ。
○山内徳信君 山内徳信でございます。 私は、御三名の先生方のお話を伺いまして、南の沖縄出身でございますが、参議員になった喜びを今日はかみしめております。ありがとうございます。 山崎先生のお話から、知識人の影響の問題が指摘されました。私は、今こそ日本の知識人の影響力を具体的に示していく、そういう時期だろうと思っています。私の提言は最後に申し上げますが、北岡先生のお話の中に、日中歴史共同研究のお話がございました。このことについても私はかねて大変興味と関心を示しておる者の一人であります。今日はその中身については質問することは避けておきます。 さらに、日本の外交官の問題の御指摘がございました。私は何度、日本政府、外務省、防衛、当時の施設庁等々にお願いしても聞いてもらえませんでしたから、自らホワイトハウスやペンタゴンやあるいは国務省、ハワイの司令部に五回通いまして読谷村の抱えている問題の解決に努力しましたときに、今先生の御指摘にありましたような、いわゆる本省からの主導的な話だなと思いました。ワシントンへ行っても、ニューヨークへ行っても、ハワイへ行っても、どうして同じことを言うんだろうと、こう思いましたね。 私は、日本の外交官に、やはりダイナミックなその人の持っておる力を、日米関係であってもあるいはその他のアジア関係であってもやはり発揮してほしいと。かつてそういう外交官が日本にもいらしたわけです。そういうふうなことを感じながら、最後、磯村先生のお話を聞いておりまして、京都や奈良のお話も出ました。そして、パリへの放火を聞かなかった、命令聞かなかったドイツのその司令官のお話も伺いまして、これはやはり軍人であっても、あるいはどういう人であっても、その人の持っている能力あるいはエネルギーとかダイナミックな力を発揮していけば、やはりもっとこの地球というのは良くなっていくと、こういうふうなお話を伺って力強く思いました。 私は読谷の村長でしたから、二十四年間、私のところに訪ねてくる在沖米軍と在日米軍の司令官は、小さい村でしたが、全部美術館と歴史民俗資料館に連れていきまして、文化問題で、文化で読谷の基地問題を解決を相当やってきたつもりです。歴史とか文化は国境はありません、壁はありませんから、そこに立っている日本人の一人の男とアメリカの一人の司令官、お互いに胸を割って、腹を割って話せる、そういうところから問題解決ができたと思っております。 そこで、戦後二十七年間、沖縄は日本から切り離されて本土への渡航も自由にならない時代がありました。そのとき、当時の沖縄の知識人たち、リーダーたちは、ノーベル賞をもらった湯川博士を始め、朝永振一郎博士とか東京大学の総長を次々と異民族統治下の沖縄にお招きをして講演をしていただいて、とりわけ琉球大学にはこういう先生方ずっとお招きして御講演をいただいたわけです。沖縄の日本復帰への大きな道は、こういう当時の日本の知識であり知性であり理性であると言われた人々がやはり沖縄に足を運んでいただいて、それが実現の方向に向いていきました。 さて、私が提起を申し上げたいことは、先生方のお話をお伺いしていまして、今、地球全体の問題、温暖化の問題にこの部会は精力的に学び、そして実践しようという動きであります。そういうときに、日本の今最も不幸な出来事はやはり北朝鮮との問題です。拉致された人々のあの悲痛な状況を見るにつけ、あるいは日本の政治にもなかなか思うように前進しない、そういうときに、それ以外の道はないんだろうかというふうに私はかねて考えていたわけであります。
○理事(川口順子君) 済みません、時間が過ぎていますので、御質問をおまとめください。
○山内徳信君 はい、終わります。 そういうことで、日本の知識人、あるいは政治以外の人々が話合いをして朝鮮半島への道を、知識人による道、あるいは日本の良識と言われる人々による問題解決のための道が開かれる、そういう方法はないんだろうかと、こんなことを感じたわけでございます。 時間の制約ありますからこれで終わりますが、どうぞ先生方の、突然の質問で難しい点もあろうかと思いますが、ひとつよろしくお願いをいたします。
○理事(川口順子君) ただいまのは御意見として承ってよろしいわけですね。御質問ですか。
○山内徳信君 いや、先生方お一人お一人のそのことについての先生方のお答えをお願いしたいと思います。
○理事(川口順子君) では、コメントがございましたらお願いいたします。
○参考人(山崎正和君) 私への御質問は、なぜ日本の知識人は社会に対してリーダーシップを十分に発揮していないかという御質問であったと思います。それにつきまして、根本的にはそれは私どもの努力不足であると深く反省するしかございません。 〔理事川口順子君退席、会長着席〕 ただ、一つ申し上げますと、歴史的な事情もございます。洋の東西を問わず、そして日本を含めまして、かつて知識人というものはすべて何らかの意味で政治にかかわっておりました。日本の場合でいいますと、ただ一例挙げておきますが、横井小楠という熊本の学者が、これは福井へ行ったり全国を回ったわけでありますが、彼が説いたのは、やはりあの幕末の困難において日本の運命をどうするかという国論でありました。十分にこれは影響があったと思います。 ただ、明治以後の日本におきましては、学者が政治にかかわらないという一つの暗黙の倫理のようなものができてしまいました。これは、一つには明治権力というものが余り学者の意見を重用しなかったということもあるんですが、一つには戦前の日本が非常に強いドイツの影響を受けていたからだと思います。日本のこれは法学部から医学部まで、すべてドイツを手本にして勉強してまいりました。そうしますと、第二次大戦以前のドイツというのは、ある意味で非政治的であることが美徳だという学風がございました。これは有名なトーマス・マンという小説家が言っていることですけれども、非政治的であるということが文化人であったわけです。フランスは違いましたし、イギリスもアメリカも違いました。政治について知識人が発言する習慣が残っておりましたが、ドイツにはそれが急速に衰えた、あるいは生まれなかった。したがって、学問の水準は高いのですが、世俗に背を向けるといいますか、この世に背を向けるという風習がいつの間にやら日本の学者の間にも浸透しました。 もう一ついけないのは、日本の、昔は帝国大学しかなかったわけでありますが、この国立大学の先生たちというのは政府から丁重に扱われ、大変優遇されておりまして、例えばジャーナリズムと接触して生活する必要は全くなかったわけです。だから、象牙の塔に閉じこもるということはまず道徳的に正しいし、その上に経済的にも十分見合うことでありましたので、次第次第に知識人が政治から離れたということがあろうかと思います。これは例外はございますが、主流はそうでした。 戦後になりまして、今度は知識人はその反省から極めてイデオロギー的な、特に冷戦下において一方の陣営に身を寄せる人たちが主に発言をいたしました。少なくとも、政府あるいは中央官庁と協力する学者というものは極めて少なかったわけです。これが徐々に変化したのが佐藤内閣以後でありますけれども、やはり過去の蓄積というのが大きくて、知識人が政治に対する影響力ないしは少なくとも発言ということを盛んにやる風潮がないというのは事実であります。
○参考人(北岡伸一君) 私は、今のに付け加えますと、山崎先生御自身はおっしゃりにくいでしょうが、確かに戦後しばらくの間まで、特に学界に、政治に、特に実務的、政府レベルの政治に携わり関係するのを潔しとしない風潮が多数であったのは確かだと思います。戦前より、より反政治的になった、あるいは革新的でなくてはならないというふうになったと思いますが、そうでなくなった最初は山崎先生たちではないかと思いまして、佐藤内閣の六〇年代の後半から、亡くなりました高坂先生、山崎先生等は以後ずっと一貫して政府の中枢に相当な影響力を持っておられました。 例えば沖縄返還について見ても、これは主たる原動力は外務省ではありませんでした。むしろ、在野の方々、それから革新側の運動、そして政府の中枢では高坂先生たちのようなインプットが結構大きかったと思います。 今、私は先ほど、政府はよりセカンドトラックとかシンクタンクを重用すべきだと申しました。これは逆に言えば、知識人は政府の立場も理解して一定の範囲でそれぞれ努力すべきだということだろうと思います。私どもにそういう責任があるだろうと。それはなぜなら、今政府に任せておけば何とかなる、あるいは政府は実際何でもやっていて、飾りで知識人を審議会に入れれば済むという時代ではなくなっているからでございます。 実際、目の前が見えなくて、我々が何か意見を言うことによって展望が開けることも時にはあるだろうと思いますが、まだ十分世間は変わっておりませんでして、私が教えております東京大学では、政治家は基本的にいろんな記念講演、大きな講演には呼ばないというのが原則なんですね。五月祭とかそういうのは呼びますが、大きなところに呼ばない。戦後来たのは、たった一人、インドのネルー首相であります。これは中立だからよかったんですね。アメリカの大統領とかロシアの大統領とか来たことないんです。最近は、実に、コフィー・アナン、私が国連にいたとき、ちょっと工作しまして来てもらったんですが、このときも反対論があったんですね、ちょっと考えられないんですけれども。それほど距離を置いているんですが、これはもう時代遅れも甚だしいものでございまして、大学自体そういうものにかかわっていかなくてはいけないと思っております。 ただ、難しいのは、そうしたもの以外に活字メディア自体の、外では大事なんですけれども、国内における影響力が極めて低下していると。何といっても、政治の動向は日曜日の朝の討論番組で決まるようなところございまして、どうも我々が何を言っても、役人と政治家の方は社説とかオピニオン読んでくださるんですが、普通の人はまず読まないというのが現状でございまして、ここに何ができるかはまだまだ検討課題でございます。 知識人の対話から何かが出てくるかということを拉致の問題についてお尋ねかと思うのですが、これは実は、日本、アメリカ、中国、韓国、ロシア等の知識人の間では、どういうことが可能かというような議論は時々やっております。ただ、問題は、一番の当事者である北朝鮮の知識人の自由な参加がないということなんですね。これはほとんど不可能なものでございまして、これは大きなネックになっているし、当面この点は克服し難い。しかし、周りで、五か国で議論するのはそれなりに意味があろうというふうに思っております。
○参考人(磯村尚徳君) 特に、私の場合は、コルティッツというドイツの軍人が文化的な素養があったという関連での御指摘があったと思いますが、それに関しては特に付け加えることはございません。 一言だけ、今両参考人の驥尾に付して申し上げたいことは、フランスにおいては知識人の政治的地位が非常に高いということですね。 一点だけ日本との関連で申しますと、シラク前フランス大統領は私が親しく接したフランスの政治家の一人ですが、彼の日本文化に対する認識というのは恐らく並の日本の政治家の倍以上のものでございまして、例えば、私がいつもシラク大統領の訪問を受けるときには、二日ぐらい徹夜で本を読んで勉強しておいてもなかなか答えられない。 例えば、楽長次郎という人の器の前で、ああ、この人は千利休の茶器を作った人でしょうと、この没年を見ると一五九二年になっているけれども、千利休が切腹を仰せ付かったのより二年早いねというような指摘があって、これは専門家でも答えられない。そういうような、政治家でもそれぐらいの知識人であり、かつあれだということが言えると思うんですが、そのシラクさんをそこまで知日派、親日派にさせたのは、何といってもアンドレ・マルローという二十世紀が生んだ行動する文化人、この人の日本文化に対する造詣の深さ、百済観音を称揚したり、藤原隆信は浮世絵ではないといって藤原隆信という肖像画家を発見したり、非常にそういう意味で高い日本文化に対する見識が政治家にまで及んだということでありまして、それとの関連で申し上げればそうかと思います。
○山内徳信君 ありがとうございました。
○会長(石井一君) それでは、広中和歌子さん。
○広中和歌子君 ありがとうございます。お三方、すばらしい問題提起をしていただいて心から感謝申し上げます。 私どもがなぜこのテーマ、すなわち日本の発信力強化というテーマを取り上げたかというと、やはり今、日本には国としての存在感がないのではないか、発信能力がないとは言わないけれども、少なくとも少ないんではないかといったような雰囲気というんでしょうか、そういう感覚が広がり始めているので、私たちとしてはこういう問題に真正面から取り組むということで始まったというふうに私としては理解しております。 冒頭、いろいろな局面でおっしゃいましたけれども、個人としてはすばらしい仕事をしている人はいる。スポーツの世界、漫画の世界、学問の世界、料理、それから建築、デザイン、いろいろあるわけでございますけれども、これは日本人としての功績なのか、本当に一個人としての功績なのかということが今問われるんではないかと思います。こうした個人を増やしていくということがすばらしいことだと社会として考えるのか、それとも国家の威信に結び付けるのかというのが分かれるところでございますけれども、国としてあるいは社会として何ができるかということについてまずお伺いしたいと思います。 メセナとか何かございますけれども、まだまだ少なくともアメリカに比べては少ないですよね。ミュージアム、美術館にしても、それからコンサートにしても、ほとんどが、アメリカというのはヨーロッパに比べて文化予算は少ないけれども、そういうところで支えられている部分が非常にあるということ。それから、片や日本では文化予算が非常に少ないんではないんですか、ヨーロッパに比べて。磯村先生、たしか三倍ぐらいフランスは日本の文化予算よりもあるというふうに伺っているわけです。それについても触れていただきたいと思います。 それから、国として意識的に、何というんですか、国威発揚のためにもっともっと主導していくのか、方向性を決めていくのかといったような、そのために教育をどういうふうにかかわらせていくのか、いった方がいいのか、それについてもお考えがあれば教えていただきたいと思います。 それから、何を発信するかなんですけれども、個人レベルではそれぞれ自分たちの個性に応じて、これをやりたい、あれをやりたい、あるいは職業として選んでいくということで、今まではそういう形が、戦後少なくともそういう形が多かったと思うんですけれども、そうした個人がした仕事を今まではいろいろ世界が発見してくれた部分もあるんですけれども、個人が発信しやすいような会議とかイベントをもっと増やしていく必要があるのかどうかということについてもお伺いしたいと思います。 それからもう一つ最後、非常にこれは大きな問題だと思いますけれども、今グローバル時代と言われている中で、ですから個人の仕事、例えば昨日、日本が野球でオリンピック出場権を得ましたけれども、あれは個人のあるいはチームの業績なのか、日本の国威発揚のあれなのかというようなこともございますけれども、もっと政治的にグローバル時代にふさわしい発信能力ですよね、例えば私ども日本も参加いたしましたけれども、地雷を世界からなくしましょうとか、平和憲法を、まあできるかどうか分からないけれども、世界に広げましょうとか、あるいは環境問題で正にリーダーシップを発揮しましょうとか、今人口問題、日本では減っておりますけれども、世界的には増えている中で、貧困解消の問題にどういうふうに日本が手をかしていくかといったような政策ですよね、そういう面での発信能力というのも、それなりに予算も伴い、それから国の意思というんでしょうか、そういうものがはっきり発信できなければ日本としての存在感、国際社会における存在感は少ないんではないかなと思っている次第でございまして、どこまでが質問なのかちょっと分かりにくい、コメント的なことになってしまいましたけれども、お三方、それぞれのお立場からよろしくお願いいたします。
○会長(石井一君) それじゃ、今度は磯村参考人からひとつお始めください。
○参考人(磯村尚徳君) 大変重要な御指摘があったと思いますので、先ほど時間の関係で、フランスで大変な人気を呼んでおりますジャパン・エキスポということを一言だけ御説明させていただきます。 今年で八回目になりますジャパン・エキスポという催しは年々拡大しておりまして、去年、おととしの場合には、大体、日本でいえば晴海とか幕張のような大きな展示場で三日間にわたって行われまして、七、八万の人出がございます。これは言わば日本の巨大な縁日といった感じでございまして、金魚すくいから七夕様の短冊の飾りから、そしてすしの屋台からソース焼きそばの屋台までもうありとあらゆるものがございます。 それに加えて、風俗的にも、ルーズソックスって委員御存じかどうか知りませんが、私は知らなかったんですが、ルーズソックスとか、コスプレというのも私のようなジェネレーションには何のことだか分からなかったんですが、そういうもののコンクールとか、正に日本文化のデパートでありまして、そしてそこには、先ほど申し上げたように、十二歳から二十歳ぐらいの下層階級の、かつ女性が六五%、そしてもう押すな押すなの人出なわけですね。 しかも、この催しがフランス人のフランス人によるフランス人のための催しであって、日本大使館も我が文化会館も、そして日本の企業もほとんどタッチしておりません。これはボランティアだけで全部組織して運営しているものでございまして、先ほども申し上げましたように、クール・ジャパンというのはそういう下から盛り上がってきている運動なんですね。これが一世紀前のジャポニズムの、第一回のジャポニズムのときのような一部の有識者、目利き、エリートの運動ではない。 ですから、これからどういうふうにこれが展開していくかというのが問題なんですが、そこから委員の御説明に入っていくんですが、つまり、これは日本大使館も日本文化会館の人間も余り自慢にできたことじゃない、労せずして日本のそういう大衆文化というものがもう今やフランスのようなお高く止まっている国にもしっかり定着してきている。 これは日本人の功績というより、だれも国威発揚のためにやったことではなくて、フランス人が今、日本に魅せられているわけですね。アガニョークというロシアのこの間の雑誌の見出しをかりますと、日本文化にはまった世界なんですね。はまったという言い方は私は余り好きじゃございませんけれども。ですから、こうなると日本不在であって、問題は二つあると思います。 一つは、先ほど山崎参考人が御指摘になったように、日本というのは、ソース焼きそば、あるいは七夕様、金魚すくいだけの国じゃございませんね。当然もっと深い、いい文化というものがある。ですから、そのために説明をすべきか、そのためにどうしたらいいのかということですね。 例えば、今、すし屋がパリ近郊で七百軒から八百軒ございます。そのうちで、しかし日本人の舌に合う、日本の板前さんがやっている店は、私、この間も数えて十二軒に満ちません。ですから、ほとんどがつまり外国の人がやっている日本料理と称するおすしなんですね。 そのために、私個人は大変愚かなことだと思いますが、日本料理が本当のものかどうかという、つまり認定証みたいなものを大使館がお出しになる。これは、フランス人をこれほど笑わせたあれはございません。この関係者もおられるからここだけにとどめておきますが。そのフランス料理の、フランス人が言いますのは、フランス料理が日本に紹介されて百五十年近くになる、いつフランス政府がこのフランス料理屋は真正であるとお墨付きを出したかと、レジオン・ドヌール出したかと言うわけですね。 そんなことは自然の勢いに任せて、百何年かによって日本の大衆に本当のフランス料理というものが浸透してきたんで、恐らく百年たてばすし屋も本当においしいすし屋とそうじゃないものは分かるはずだということで、私の結論的なものは、やっぱりそういう意味で自然に勢いに任せたいということ。 説明をするということが、ここだけちょっと山崎参考人と意見が違うんですが、若干問題がございまして、例えば我が文化会館でやった行事の中で一番成功しなかったのは漫画展なんです。これは、漫画展やるんでもう大勢来るの間違いないと思ったんですが、ただ、私どもの文化会館の顧問の中には高名なる文化人が一杯いらっしゃいまして、そういう方が、文化会館でやる品位の、ディーセンシーのためには鳥獣戯画からずっと日本の漫画の歴史みたいなものをきちんと解説しなければ駄目だよ。ところが、今、日本の漫画に魅せられている世代というのはそういうものは大嫌いなんですね、説教とか説明とか解説みたいなものは。ですから、全然閑古鳥になっちゃったわけです。 もう一つ、歌舞伎の解説が必要と山崎参考人おっしゃったんですが、この間、今年の初めに団十郎一座が歌舞伎、オペラ座に参りまして大成功いたしました。その二年前にシャイヨー宮殿でやはり団十郎、海老蔵のあれがあった。もう二年間で大衆の見る目が変わってきております。例えばくま取りをやったりなんかいたしますね、あれが二年前あるいは十年前は気持ちが悪い、おかしいというようなことだったんですが、あの漫画の影響ですね、くま取りとかなんかがむしろ大変に若い人にも受けて、今回は文字どおり超満員でございました。 ですから、私は、そういう意味では、日本人だというようなことで余り意識過剰に政府が援助したり認定制度をやったりするのはかえって逆効果ではないか。特に、フランス人のように人が右と言えばおれは左と言うような人たちに政府が余り過剰なそういうことを関与してくることは正にやぼの骨頂ではないかと私、個人的には思っております。
○参考人(北岡伸一君) 何のために日本文化を外に持っていくかというのですが、一つは、我々、いいと思うものを外国人にも知ってほしいし、その結果、彼らは日本に対して自然な好意を持つだろうと。それは日本のいろんなこと、他の部門、他の政策やいろんなことを理解してもらうのにも役に立つだろうというのも一つあるんですけれども、もっと素直に考えて、我々が良いと思うものを世界に広く知ってもらうことは、それだけ世界の人類の文化を多様にすることだというふうに単純に考えればよろしいのではないかと私は思っておりまして。 ですから、ニューヨークは本当におすしが盛んで、たまにレセプションですしを出さないと、なぜ今日はすしがないのかと苦情が来ますし、中には、このごろニューヨークでは中華料理屋にまですしバーがあってちょっと気持ち悪いんですけれども、それはそれで日本料理もフュージョンもいろいろあればいいのではないかと私は思っております。 他方で、もう少し違ったところを申し上げますと、日本はアジア大陸における周辺にあり、また西欧世界に対してはレイトカマーであったこともあって、実に世界じゅうのいろんな文化をよく知っております。例えば、私どもの法学部の比較法という部門がございますが、これは多分世界一ではないかと思うんですね。古くはローマ法、新しいところだとEU法からイスラム法まで全部あります。そのレベルは非常に高いです。 私は世界じゅういろんな大学へ行きましたけれども、その中のトップクラスの学者の人たち、特に日本の場合は当然ですが、日本やアジア研究なんかを中心にして見ますと世界の間違いなくトップクラスです。日本というのは、文化大国として学術の分野でいっても明らかに世界のベストファイブには入る国です。したがって、日本の大学も当然それぐらいであるべきなんですけれども、そうなっていないのはちょっと予算等々もありまして問題なんですが、それには非常に自信を持っていいと思います。 我々は、さっき書いたことに関係するんですが、後から来たという面のメリットもございまして、先進国のおごりというか自己中心性がよく見えるというところがございまして、それは他の途上国に非常に受けるところでございます。ニューヨークにおりましたときに、宮本亜門さんが演出された「パシフィック・オーバーチャー」という、「太平洋序曲」というミュージカルのリバイバル公演がありまして、これを私どもは諸外国の、途上国の大使を呼んで招待しました。当然、こういう招待ですからもちろん奥様も呼んで、食前の軽いディナーを付けて、プリシアターのディナー付きの、呼ぶんですけれども。 これは、ペリー来航で日本は大変苦労して開国して、その後発展するという、後は最後、戦争で負けるんですけれども、そういう話で、これは非常に受けたんですね。みんな、ああ、日本もこういう苦労をしたんだなというんでとても良かったんですけれども、ただ、この予算を出すのに結構大変だったんですね、日本の予算制度になかなか乗らないものですから。それでも、ちょっと一断面として申し上げる次第です。 私、もう一つ日本ができるんじゃないかなと思っているのは、今大きな問題で一つ、広中先生お触れになりましたけれども、地球温暖化以外に今目に見える悲惨としてやはり貧困の問題ってあるわけですね。昨今のサミットでいつも話題になるのは、最近、ちょっと地球温暖化の方に関心が行って貧困の方は十分手当てされていないんじゃないかという批判がございまして、私は、ここは日本も今度、来年はTICADがあるわけですね、TICADとサミットが一緒にあるわけですから、是非アフリカの貧困なんかに十分な注意を向けたいものだと思っております。 私も個人的に関係しておりますものの一つにミレニアムビレッジというのがございまして、国連でやっていますミレニアム・ディベロプメント・ゴールズという中の貧困削減目標の中に、それを達成しようということの一つでコロンビアのジェフリー・サックスという教授と一緒に相談してやっているんですけれども、彼がやっているのは一種のアフリカの村おこしなんですよ。 アフリカに援助しても、独裁国家だとお金は下手をするとスイスの銀行に行くだけなんですけれども、もっと直接村にお金行くような方法はないかと。それで、農業と、それから初等教育、病院、井戸、こういうものに力を入れるのをやりましょうと。そうすると、比較的小さい額で、ある村が急に発展したりするんですね。そうすると、それを見た周りの村は一緒に競争して発展するということがございまして、しかも、衛生の部門で非常に活躍しているのは日本製の蚊帳なんですね。蚊帳を使うことでマラリアにならない。それは大変労働力の点でもコストの点でもいいことだというので、これは、日本の蚊帳というのは大変なブランドになっているわけです。その他のことも、初等教育とか病院とか衛生とか農業から発展するというのは、実は日本が明治以後やってきたことなんですね。ですから、この日本のアプローチで、サックス自身も、これは日本がやってきたことなんだと言って方々で宣伝しているんです。 そしてまた、日本が国連に出しておりますヒューマン・セキュリティー・ファンドというのを使ってやっているんですが、結構よその国もこれに乗ってきまして、私は別にパテントを主張するわけではないんですが、せっかく日本のアイデア、日本がやってきたようなことをやっているのを、もっと日本がお金出して、日本の貧困克服のアプローチを世界でもアフリカでやりましょうというのをもっとやれば、もっと日本の顔が売れるのになと思ってちょっと残念な思いをしているんですけれども、是非、この辺なんかも来年力を入れてやっていただければ有り難いなというふうに思っております。
○参考人(山崎正和君) お二人の意見でほぼ尽きていると思うのですけれども、私は、やはり日本の各層の文化があるいは発言が世界に届くことが大切だと思っております。 冒頭にも申しましたけれども、今や大衆文化あるいは若者文化というレベルでは、これはほうっておいても流れていくわけですね。むしろ、変な解説付け加えると嫌がられるよという磯村参考人の御意見はもっともだと思うんです。 ただ、それだけでいいかというとやはり問題がございまして、例えば日本人は、アメリカの雑誌、イギリスの雑誌、フランスになると若干数が落ちますが、自由に読めるわけですね。ですから、何も政府がお金を出して知的情報を発信しなくても勝手に向こうから雑誌でも何でも入ってきます。それに引き換え、やはり日本語の言語バリアというものは高いものですから、これはそのうちに日本語が国際語になるかもしれませんが、それまではやはり知的なオーディエンスを相手に努力して発信を続けるべきだと思うんです。 その場合に、私は先ほど冒頭にちょっと申しましたけれども、活字媒体というものを忘れてはならないと思うんですね。活字媒体というのは、これは印刷した物になって外国へ届きます。その受け手の人たちは、必ずしも日本文化に同情的であったり理解に意欲を持っているわけではないんですね。そういう人たちに読んでもらうためには、とにかく手元に物を届けて、暇なときに開けてもらうと。人間、そこに物があればちょっとのぞいて見るものなんです。 ところが、今、これはこの席ですからかえって申し上げた方がいいと思いますが、政府、官僚の一部にも、もう活字媒体の時代は過ぎた、どうするか、すべてをEブックスにするとおっしゃっているんですね。そのEブックスというものは、御存じのように実際は活字なんです、中身は。それを紙にしないでエレクトロニクス媒体、つまりインターネットに載せるということなんですが、そういう情報が今世界じゅうに流れていますよということを相手の読者に知らせるために、またはがきを出さなきゃいけないわけです。全くの二重手間でありまして、そのくらいであれば、むしろ私は雑誌を送るべきだと。 しかも、私がかかわっておりますジャパンジャーナルの場合にはかなり工夫をいたしまして、日本側に、これは学者から実業家から政治家まで、外国に友達をお持ちの方にお願いして、その人からその相手の友達に対するコンプリメント、つまり贈物として送るわけです。もちろん、費用は国家の予算からいただいている会社の金で出すわけです。お手数も掛けません。しかし、受け取った人は、個人的なメッセージだと思って読んでくださるわけです。そういうふうな方法を講じているんですが、なかなかこれも御理解いただけなくて、活字媒体なんか時代遅れだという声だけが今独り歩きしております。 これは是非、この中で委員の皆様は影響力をお持ちなのですから、活字文化をお助けいただきたいというふうにお願い申し上げておきます。
○丸山和也君 どなたにということでは特にないんですけれども、今、今回特に知識人の重要性についていろんな意見を出されているんですが、それはもっともだと思うんですけれども、むしろ、むしろというか、言いにくいかもしれませんけど、忌憚のないところをお聞きしたいんですけれども、政治家のかかわり方ですよね。政治家の資質というか、文化に対する造詣度というか、文化人レベルというか、そういうことがかなりやっぱり本当は問題なんじゃないかと思いますね。 磯村参考人がおっしゃったように、シラク大統領の話とかいろいろおっしゃいましたけど、まず日本の場合、これはもう非常に常識的な意見であれなんですけど、まず文化的レベルが高い人で政治家になる人はいないですよ、いや、正直言って。そういうことを思われていると思う。よく今日来られたなと私は思っているんですけどね。しかも、そういう一流の知識人で政治家になったという人はまず少ないと思います、まあまず皆無に近い状況と。しかも、政治家になった後、いわゆる今までの政治家の歴史の中で、そういう人たちが重要なポストになって日本の総理大臣とか大臣になっていくという例も正に少ないと。むしろ、そういう文化とか言っていて、いわゆる出世というと変ですけれども、そう偉くなるというような組織、仕組みには恐らくなっていないと、日本の政治が、僕はそういうふうに思うんですけれども。 そういう意味では非常に絶望的なんでありますけれども、政治の世界というのは、そこら辺を一流の文化人の方々から見て、日本の政治というのはこうなきゃ駄目だと、あるいはここが本当にもう駄目なんだと、あるいはフランスやいろんなアメリカを比べていただいて結構ですけれども、あるいは政治家としてこうあるべきだ、こういう人を期待すると、こういうことを我々に向かって忌憚なくおっしゃっていただきたいと思うんですよ。 だから、もう本当、日本の政治家は駄目だというようなことをのどから出るまであると思うんですけれども、そういうことも含めて、政治家と文化のかかわり、ここら辺をずばっと言ってもらわないと気付かないと思いますよ。
○会長(石井一君) それじゃ、これは北岡参考人ぐらいからやってもらいますか。
○参考人(北岡伸一君) 石橋湛山という近代日本最高のジャーナリストが総理大臣になりました。ですから、例が皆無ということはないと思います。 ヨーロッパの例で、ああすごいなと思うのは、人材供給の面で、相当な地位の人が相当な力、学識、文化を持って国連の高位高官になることがございます。今、高等難民弁務官をやっていらっしゃるグテーレスさんという方はポルトガルの総理大臣やられた方で、安保理に来られたんですけれども、フランスの質問にはフランス語で、イギリスの質問には英語で、アルゼンチンの質問にはスペイン語で、彼の言葉はポルトガル語なんですけど、アシスタントもメモもなしにだだだだだっと答えるんですね。これはやっぱりなかなか日本には難しいというふうに思いました。 それは、もう一つは、そうですね、総会議長をやっていたエリアソンという人がおりまして、これはスウェーデンの外務大臣兼国連の総会議長をやって、これもすごい迫力だったですね。 これはどうすればいいのかというのは、それは私も政治学者なので多少意見がないわけではないんですけれども、これはしかし、結局デモクラシーの基本は選挙ですから、それはもう仕方がないですね。アメリカの政治家がみんな立派かというとそうでもないわけでありまして、どうもこれは政治家の方の中で変えていただくしか仕方がないと。ただ、個人的には私は、文化の好きな方、知性の高い方は随分おられると思いますけれども、それがその後のコースに必ずしも影響を持たないことになっているのかなという気がいたしますけれども。 ちょっとこの辺で勘弁していただければ。
○参考人(磯村尚徳君) 政治家の資質の問題というよりも、やっぱり国民の選ぶ方のあれだということで申しますと、私が経験したのでは、ミッテラン大統領の隠し子騒動というのがございました。そのときにフランスでは、ミッテラン大統領の夫人との間ではない女性との間にできた子供が大変に良くできる子で、知性を尊ぶフランスのような国で、その最高学府中の最高学府というのは、一年に四十人しか採らないエコール・ノルマル・シューペリウールという文系ではもう最高の学府があります、それに四番で受かったんですね。 大統領自身も非常に文化的な、もう書斎の中に埋まって執務をしているような人でしたから、ミッテラン大統領はうれしくなって、そのお子さんを連れてレストランに行ったところをパリ・マッチというのが写真に撮りまして、これをフランスのマスコミは、そういうアングロサクソンのような低劣な人間とは違って、我々はそういうものは人間の本性に基づくものだからプライバシーには触れないと言い張っていたのを、写真出してしまったわけですね。 それで大問題になりまして、そのとき、かんかんがくがくの議論があった中でフランスのインテリが言ったことは、フランスでは政治家たる者は隠し子の一人や二人、恋人の一人や二人いるのがむしろ器量のうちである、またインテリでない政治家などは我らフランスには必要がないと。だから、ミッテランさんのように、もう直ちにいろんなものを、万巻の書を読んでいてすらすらと出てくるような人が政治家にふさわしいんだということを言って、これに対してアングロサクソンはと、こう言っているんですね。ちょうどダイアナさんの事件や何かいろいろありましたので、逆にインテリであることはアメリカの場合にはえてして政治家になる障害になる、そして、もちろん離婚をしたり隠し子なんかがいれば、もうアメリカの政治家の場合にはこれ自殺行為である、どっちが文化的に高い度合いかというのはおのずから明らかであろうとフランスのインテリは言っております。 あとは御判断にお任せいたします。
○丸山和也君 ありがとうございました。
○会長(石井一君) 山崎参考人、何かございますか。
○参考人(山崎正和君) もう申し上げることはございません。
○会長(石井一君) そうですか。 それでは次に、室井邦彦君。
○室井邦彦君 参考人の先生方には、今日は本当にお時間をいただきましてありがとうございます。また長時間、恐縮をしております。 一点だけ端的に御質問したいんですが、磯村参考人にお願いしたいんですが、こういう説明の中で、発言要旨の中に、日本は沈んでも世界は悲しまないというような発言があったわけでありまして、パリ、フランス・パリが沈むと世界は悲しむだろうと、こういうお言葉をいただいたんですが、非常に残念には思っておるわけでありますが、じゃ逆に、日本というと京都といえばいいのか奈良といえばいいんですか、日本が沈むと世界は悲しむと、こういうふうに切り替えていくためには今後、我々といいますか、どういうところに、今るるいろいろと御意見、またいろいろと勉強させていただいたんですが、そういうふうに世界の国々から思われる、このような国にしていくためにはどのように努力していけばいいのか。 もう一度、重複するところもあろうかと思いますが、その部分と、もう一つ最後に、磯村参考人の発言要旨の中で、一番最後ですね、文化とは、芸術文化のハイカルチャーだけではなく、続いて、既に日本は労せずして文化超大国であると、このようにまとめられておられるんですが、この部分をもう一度きめ細かくお教えいただければ有り難く思います。 お願いします。
○参考人(磯村尚徳君) 今、日本列島が、そんなことは考えもされないことですけれども、例えば大地震なりなんなりで惨禍に沈むというようなことがあれば、少なくとも世界じゅうの若者のこういうテレビゲームとかアニメとか漫画とかに酔いしれている人たちが嘆き悲しむ。 それからまた、衣食住にわたって、衣の場合には、ファッションのいろんな、あの三宅一生とかそういう人たちが輩出しておりますし、食の場合には、先ほど来出ておりますおすしとか、そしてフランス料理も今や日本がある意味では本場をしのぐようないいシェフが一杯出てきておりますし、そしてまた、住という意味では、建築とか日本庭園とかそういうものもあって、もうそれだけの存在感は十二分にあると思いますけれども。 更に欲を言えば、委員御質問にお答えいたしますと、パリと京都がどこが違うかといいますと、御承知のように、両方ともに世界文化遺産に登録をされております。世界が認めているわけなんですが、フランスのパリの場合には、パリ全体の都市が、いわゆるミクロな小さな部分だけじゃなくて都市計画全体がすばらしいと。これが人類の文化遺産だという認定を受けているわけですね。ところが京都の場合には、京都の神社仏閣が文化遺産に認定されているんであって京都市全体が認定されているわけじゃないんですね。 ここら辺は細かくなりますけれども、なぜかというと、京都の町で今度ようやく景観条例というものができて建築規制やなんかも行われるようになりました。ですから、日本に問題意識はあったと思うんですが、京都の町を上から見た場合に、パリの町をドイツ軍の司令官のコルティッツが上から見て、あっ、これは壊せないと思ったようなものじゃなくて、少なくとも、どこか差し障りがあったらあれなんですけれども、京都にふさわしくない建物とかいろんなものございますよね。これが、だからようやく遅まきながらもパリ並みに京都にも景観条例ができて、そういう歴史や伝統にそぐわないものの建築を許さないようなことが市民レベルで行われるということは、我々の子孫がパリのような全体としてもすばらしい、もちろん個々の神社仏閣の持っている文化遺産的なものがすばらしいというふうになってくれることを望むものでございます。 それから、最後の委員の御質問にございました、私の書いた中で、労せずしてというのは、衣食住ということはもうお分かりいただけたと思いますが、さらにプラスアルファがございまして、今世界で日本がどういうふうな点で称賛されているかというと、広い広い意味の文化ですけれども、まずこんなに清潔な国はないということですね。これは、フランスの雑誌なんかで日本の清潔度を特集をしておりますし、この間、台湾の李登輝前総統が見えて、とにかく新幹線に乗ってごみ一つ落ちていないというので驚嘆しているんですが、そのこと。あるいは、犯罪が少ないこと。これも、徐々に増えているという意見はありますけれども、とにかく二十四時間お金が引き出せて、いわゆる宅急便という世界に冠たる制度、タクシーがどこでも拾えるというようなことを挙げて、ジ・エコノミストというイギリスの新聞は、これは天国でなくて何であろうかと、ユー・マイト・コール・イット・ア・パラダイスということをちゃんとエディトリアルにも出しておりますね。 ですから、先ほど北岡参考人もおっしゃいましたけれども、そういう意味では、見る人はかなり見ていて、やっぱり国際的にも私は、目明き千人目の不自由な人千人という言い方がありますけれども、国際的なものは結構目利きが多いので大変力付けられるものがございます。 その天国論に加えて、この間、NHKが手本ともしておりますBBCというイギリスの公共放送とメリーランド大学の共同調査で、三十三か国の三万人を対象としたアンケートがございまして、これは去年の二月発表になったものですけれども、その中で、三十三か国の重立った国の中でほかの国に良い影響を与えている国をどこかというのを調査しているんですが、うれしいことに日本がトップでございます。その三十三か国の中で日本は良くない国だと答えたのは、お隣の中国と韓国だけでありまして、あとのところはもう圧倒的に日本がいい、インドネシアに至っては八七%が日本はすばらしい国だと答えているわけですね。 ですから、先ほど来、北岡参考人のお話にもございましたし、山崎参考人もおっしゃっていらっしゃいましたけれども、日本の自虐趣味的な感じで、日本は駄目だ駄目だと思う割には、立派にやっぱり見る人は見ているんであって、それは必ずしも日本人があるいは日本政府が努力したというよりも、かなり外国の知日派、親日派の努力によるものが大きいということはこの際強調しておきたいということでございます。 どうも長くなりました。失礼いたしました。
○会長(石井一君) それじゃ次に、野村哲郎君。
○野村哲郎君 ありがとうございます。 時間もなくなりましたので、一つだけ質問さしていただきたいと思います。 今、磯村参考人のお話で、三十三か国のアンケートの結果、日本が一番だったというのは非常にもううれしいお話でございまして、大変有り難く聞かしていただきました。 そこで、北岡参考人からも先ほど来ありますように、やはり日本というのは環境問題、特にCO2では、今年の六月、安倍総理がサミットで美しい星50というので提唱されまして、洞爺湖サミットでその具体策が出てくるわけでありますが、そういう意味では、この環境問題に対する、地球温暖化に対する取組は私は日本はやっぱり先進国だと、こういうふうに思うわけですよ。 そういうことやら、あるいはまた北岡先生がおっしゃいましたTICADの問題も、いよいよアフリカ問題と今度のそのサミットが同時に開催来年される、非常にいいチャンスだと思うんです。 ですから、そういう意味では非常に発信する材料は私は一杯あると思うんですね、一杯あると思うんです。ですから、北岡参考人でしたか、パブリックディプロマシーの中で、やっぱりその活動の中身としては情報発信があるだろうし、それから先ほど来お話がありますような国際文化交流もあるだろうと、あるいはまた磯村参考人がいらっしゃったNHKの国際放送、いろんな活動のカテゴリーはあると思うんですけど、日本がやっぱりどこに力を入れていかなきゃいけないのか。いろんなカテゴリーがあると思うんですけど、この発信力という視点から見たときにどういったものに力を入れていかなきゃならないのか、あるいはどこが弱いのか、逆に言えば。 特に磯村参考人には、ヨーロッパにずっとおられるわけです、もうフランスにおられるわけですが、そこで見た日本のこういった、ほかの国はこういうところにやっぱり力を入れているんで発信力が強いよと、日本はやっぱりここが弱いよという、外から見た目で教えていただければ非常に有り難いと思うんですが。
○会長(石井一君) どなたからでも、御意見がありましたら。
○参考人(北岡伸一君) やらなくてはいけないことはたくさんあるんですが、私は、日本のアイデア、日本のアプローチ、日本のもの、いいものはたくさんあります。でも、できればそれを日本人がやってほしいなと思いますね。日本人の顔が足りないような気がいたします。 それから、これを更に論理化したメッセージが足りないと。これは山崎先生のおっしゃること、私とても賛成でありまして、きちっとした、日本の様々な特殊性と言われるものも実はいろんな普遍的な要素の組合せの結果できているものでありまして、日本がなぜ、どういうふうに発展してきたかなんということも十分説明可能なものでありまして、そうしたロゴス化したメッセージが足りないと。その二つが特に足りないのではないかと思っています。
○参考人(磯村尚徳君) 日本の強みは何かということなんでございますが、今、日本を含めまして六十四か国が一応パリに文化施設を持っております。日本は新しい順ではびりから二番目でございまして、一番新しいのが中国文化会館でございます。これは日本文化会館の成功にかなり刺激を受けまして、これは、日本文化会館については余り私が言うと嫌みなんでございますが、今、六十四か国の中で来場数については断トツの一番でございます。 なぜ日本文化に興味を持つかというアンケートをしたことがございますが、もう決まった答えは、日本ぐらい多様な文化を持っている、つまり、伝統的な文化、縄文文化もあればロボットもあるという、そういう多様な文化を持った、アニミズムの自然尊重の、何かすべて、針供養をやるようなお国で、かつ、同時に物すごい先端的なものがある、これが魅力だというのが一般の答えでございます。 それに対して、今、昇り竜の中国文化会館の開館式に私、日本会館長として招かれまして、大変びくびくだったんですね、強力なる競争相手ができた。もちろん、私どもよりまた更に超一等地を買いまして、これは新しい日本文化会館方式で、土地の提供をフランス側から受けて、ホスト国から受けて、その上に建物を建てるというのは時間もお金も掛かるということで、既存のものをこれは一番一等地に買いまして、そこで派手な開館式をいたしました。 私、びくびくで行ってきたんですが、入った途端に、とにかくずらっと美形が並んでおりまして、全部シャンパンを持って、ああ、これはやっぱり昇り竜にかなわぬかなと思ったら、すっと入りまして、私の危惧は一瞬のうちに消えました。玄関に大きな毛沢東の胸像がまず置いてあるんですね。そして、ずらっと並べたものは、毛沢東著作選集、こっち側にはトウ小平語録。やっぱりこの国はまだ共産党が統治しているんだと。これをやっているうちは、日本の強みである伝統から革新に至るまでの多様な文化というんじゃなくて、やっぱりマルクス・レーニン主義なり毛沢東主義なり、そういうまだイデオロギーのあれを受けて、まだ時間の余裕があるなという安心をいたしましたけれども。 日本の強みはという委員の御質問でございますから、私は、やはりそうした伝統と革新の双方を備えたのが日本の強みであり、これを大いに伸ばすべきだというふうに考えております。
○会長(石井一君) それじゃ、特に挙手がなければ閉じさせていただきますが、何か全般的に付け加えることは三人の御参考人ございますか。北岡参考人、どうぞ。
○参考人(北岡伸一君) 後段、特に日本の魅力が世界で理解されていると、そして好かれているということがございまして、それは大変結構なことで、私もうれしく思っております。 ただ、国際社会は様々な競争が他方でございます。好かれると同時に一目置かれると、日本の言うことはやっぱり聞いた方がいいというふうになることも必要でございまして、その面の話が今日ちょっと十分できなかったかなということを私自身少し気にしておりますので、今日の話でもし日本の発信力が十分だと思われたら、それはちょっと私どもの本意ではないと。日本の政策的な立場等々が十分伝わっているとは必ずしも私は思っておりませんので、国際社会では好かれるだけがすべてではなくて、一目置かれる、恐れられるとまでは言いませんが、そういうところも大事だろうということを最後に付け加えさせていただきたいと思います。
○会長(石井一君) それでは、予定の時間が参りましたので、本日の調査はこの程度といたします。 一言ごあいさつ申し上げます。 山崎参考人、北岡参考人及び磯村参考人におかれましては、長時間にわたりまして大変貴重な御意見をお述べいただき、おかげさまで大変有意義な調査を行うことができました。さすがは豊かな国際的な経験というものが、あるいは高い哲学的な見識というものがにじみ出ておりまして、委員一同、大変深い感銘を受けたところであります。調査会を代表し、各参考人のますますの御活躍を祈念いたしまして、本日のお礼とさせていただきます。 どうもありがとうございました。(拍手) 本日はこれにて散会いたします。 午後三時五十九分散会