文教科学委員会 第17号
- 発言数
- 236 件
- 登壇者
- 18 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 2007/06/05
会議録
○委員長(狩野安君) ただいまから文教科学委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 昨日までに、松村祥史君、木村仁君、山本香苗君、荻原健司君及び林久美子君が委員を辞任され、その補欠として小泉顕雄君、風間昶君、岸信夫君、坂本由紀子君及び那谷屋正義君が選任されました。 また、本日、井上哲士君が委員を辞任され、その補欠として小林美恵子君が選任されました。 ─────────────
○委員長(狩野安君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 学校教育法等の一部を改正する法律案外六案の審査のため、本日の委員会に、理事会協議のとおり、内閣官房内閣審議官山中伸一君外十名を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(狩野安君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ─────────────
○委員長(狩野安君) 学校教育法等の一部を改正する法律案、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案、教育職員免許法及び教育公務員特例法の一部を改正する法律案、日本国教育基本法案、教育職員の資質及び能力の向上のための教育職員免許の改革に関する法律案、地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案及び学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案、以上七案を一括して議題とし、質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○中島啓雄君 おはようございます。自民党の中島啓雄でございます。 教育三法の質疑も大分佳境に入ってまいりましたが、今日は、第一回の審議でもかなり出ておりましたが、教育に対する財政支出について少しまずお伺いをしたいと思います。 OECDの二〇〇三年の発表によると、公財政による教育支出というのは日本はGDPの三・五%だということで、OECD二十九か国中の二十九番目という極めて不名誉な地位にありますんで、そこは是非、文科大臣、頑張っていただきたいと、こう思っておりますけれども、まあ私どもも頑張らなきゃいかぬのかもしれませんが。 中身を見ると、どうもいろいろこれから課題があるのではないかという気がいたしております。財務省みたいなことを言って恐縮でございますが、八九年から二〇〇四年までの小中学校の教育支出というのを見ますと、児童生徒数は少子化に伴ってこの十五年間で三〇%減っているんですね。公教育費の方はほぼ横ばいというか、プラス六%になっていると。そうしますと、一人当たりの小中学校の教育支出というのは五十七万三千円から八十七万三千円ということで五一%増えてしまっていると、こういうことで、増えていればよっぽどいい教育がなされているかなというと、どうも残念ながら、学力低下とか、いじめとか、学校の荒廃とか、いろんな課題がありますんで、この辺の事情についてどのように考えておられるか、まずお伺いしたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 中島先生がわざわざ財務省のようなことを言って恐縮だとおっしゃった、正にそれが財務省の困ったところなんですよ。つまり、森を見ることは上手なんだけれども、木を見ていないからそういう話になるわけでしてね。 児童数が例えば減っていきましても、クラスは四十人クラスを標準として動かしておりますから、二十人減らない限りはクラスの統合はできないですよね、現実問題としては。だから、児童数が減ったのに応じて予算が減るということは、本来やっぱりあり得ない。一方、物価の上昇その他がございますから、あるいは新規施策がありますから、一人当たりの、児童一人当たりの予算額が増えていくというのは、これは先生、私は当然のことだと思います。 ただ、おっしゃっている中で私が同意をいたしたいのは、例えばお金を増やしたら教育水準が上がるかというと、これは直には結び付かないですよね。お金というのは非常に大切なもので、お金がなければ仕事はできませんが、お金があったからいい仕事ができるという保証はないんですね。ですから、その辺の法律の整備、意識改革ということを伴ってやっていかねばなりませんので、私も予算の獲得は今御指示があったように努力をいたしますが、同時に、そのお金を有効に使えるような、時代とともに変化している状況に適合できる法律、制度を組み立てていく、そして、私を含め、教育に携わる現場の先生まで意識を変えてやっていくと。 ですから、お金があったからいい教育ができるものではないということはそのとおりですが、お金がなければいい教育はできないということもまた真実だと思います。
○中島啓雄君 ありがとうございます。やや次の質問を先回りして言われてしまったような感じでございますけれども。 確かに、教育支出を増せばいいとか、授業時間数を増やせばいいとか、あるいは学級の人数を減らせばいいとか、それが直ちに学力に結び付くわけではないというのを、今言ったOECDの話からいいますと、例のPISAのいろいろな調査で上位ランクというのはどの辺かなというと、何といってもフィンランドが断トツですね。それから韓国、それからその次に香港とかリヒテンシュタインとか小さなところが来て、日本はベストファイブに入るか入らないかというちょっと怪しげな地位にあると思うんですが。 香港、リヒテンシュタインはちょっと統計がないんで別でございますけれども、例えばフィンランドと比べますと、さっきGDPの三・五%だと、これはどんけつだと、こう申し上げましたが、在学者一人当たりの教育支出ということでいうと日本の場合は七千七百八十九ドルということで、二十九か国中の十一番目ということですから中の上ぐらいかなと、まあまあかなと。ところが、フィンランドは二十九か国中の十二番目ということで、日本よりちょっと少ないんですね。それから、授業時間数、これはフィンランドは二十八か国中の二十八番目ということで一番少ない。日本は二十八か国中の十八番目ですから、これは中の下ぐらいかなと、そんな感じでございまして、どうもフィンランドと比べると、フィンランドはお金も少ないし授業時間数も少ないねと、しかし成績はいいねと、こういう話であります。それから、少人数学級ということについては、フィンランドの統計はないんですけれども、韓国が一番、三十三・四人、それから日本が二十八・六人と、これはワーストワンとワーストツーで、やっぱり多少詰め込みなのかなと、こういう気がいたしますが。 面白い調査があって、ベネッセコーポレーションというところでやった調査では、小中学生に聞いた感じと教員の方に聞いた感じが全く反対で、小学生の方はむしろ少人数教育ということに反対だと、どちらかといえば反対というのは五六・八%あると、それから中学生は四五・七%あると、それから教員の方は九十数%は少人数教育賛成だと、どうも評価が非常に違うと、こういうようなこともあって、私はフィンランドの話もいろいろ聞いておるんですけど、何が決め手かなというのはなかなか教育問題というのは難しいなと、こういう気がしておりますので、もちろん教育支出というのはなくてはならないものでありますが、その辺の、一体何が学力低下云々のポイントなのかという辺りを大臣の説をお聞かせいただければ有り難いと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) これは先生、誠に難しい御質問でございます。私の考えていることを申しますと、社会が非常に豊かになりまして、核家族化が進んで子供を取り巻く環境も随分変わってきましたですね。なかなか地域社会の友達と遊べないとか、こういうこともあります。だから、従来と比べると、家庭と地域の教育力は非常に落ちているということがまず一点。 それから、やはり、これはまあ評価の分かれるところですが、子供の主体性というか、子供の意見というものを尊重する余り、教えるべきことをきちっと学校現場で教えられない雰囲気があるということ。 それから、これは私たちの責任でもあるわけですが、学校の先生が非常にお忙しくて児童生徒と向き合う時間がやっぱり取れないと。これはもう文部科学省の調査でもその数字は明らかに出ております。 それから、授業時間数が十分かどうかという問題、この四点が考えられますので、私なりに言えば、この四点を是正していけば学力は上がっていくんじゃないかと思うんですが、この四点の是正をするに当たって、教育だけでは、文部科学省だけではできない。かなり長期的にやらないと、日本のシステムや構造を変えていくようなものがあります。それから、個人の価値観、主観にかかわる部分があるので、どこまで政治が入っていけるかという部分がございます。そういう制限の中で、できるだけ共通にやれることを現在、取りあえず三つの法案としてお願いしているという位置付けと御理解いただければと思います。
○中島啓雄君 ありがとうございました。まあ、大臣としてもなかなかいろいろな決め手はないと、いろいろやっていくということなんでしょうが。 私は、やっぱり、教員の質をどう上げるかというのは一つの、質というかやる気というか、それが一つのポイントかなと。同時に、教員の質を高めることを通じて、子供のやる気とか家庭のやる気とか、そういうのを促進をしていくことが必要なのかなというような気がしております。韓国が割と成績がいいというのは、やっぱりハングリー精神がかなりあるということなんでしょうが、フィンランドの場合は、一人当たりGDPも二〇〇四年は日本よりちょっと上なんですね。 だから、その辺、教育問題というのは非常に人の心の問題でもありますから難しいんですけれども、是非文科省でも、お金の問題、時間数の問題、その他もろもろ、一体、学力なり教育力なりとの結び付きがどうなっているかというようなことを、もう少しその実証的な研究も積み重ねていただいて、何かそのときの風でもってあっちへ揺れたりこっち揺れたりということのないようにお願いしたいというのが私のお願いでございます。 一つ、私、日本の教育で特徴的なことは、高等教育に対する金の掛け方、これは非常に少ないんじゃないかという気がいたします。OECDの調査でも、日本の場合は高等教育に掛けるお金が一万一千五百五十六ドル、一人当たりですね、大体百四十万ぐらい。ところが、アメリカの場合は二万四千ドル、二百九十万円ぐらい。倍以上掛けているんですね。それで、OECDのランキングでも、日本のお金の掛け方というのは十四番目ということで正に真ん中辺にうろうろしていると、こういうことなんで、その辺については是非今後の重点施策にしていただきたいと思いますが、そのお考えを聞かせていただければと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) おっしゃるとおり、高等教育に出しております国民の税金は非常に少ない。国民の税金だけではなくて、私費を含めても日本は非常に低いですよね。ですから、先生がおっしゃるとおりだと思います。 で、結局、資源もないこの日本がここまで来れたというのは、やはり勤勉な労働力と、それから新しい技術開発を生み出す人材を得ていたからだと思うんですが、現在、大変私は残念な風潮は、すぐに産業化できるもの、すぐにイノベーションとして経済成長率を上げるものがいいものでという風潮があります。しかし、実は今、産業化できるもの、イノベーションに結び付くものをやっている人たちは、幼稚園から初等教育の間にそういうマインドを植え付けられて、そして、大学で基礎研究、基礎教育を受けられて初めてその立場におられるわけですから、教育は正に先行投資というのはそういう意味だと思うんですね。 ですから、目先の利益だけを追求して、効率的か効率的でないかという判断をするのは、特に大学の基礎をないがしろにするということは私は非常に危険なことだと思いますので、その辺りも十分先生方の御議論もいただきながら私は充実を図っていきたいと思います。
○中島啓雄君 ありがとうございました。 もう一つお金の話で、公の方がいろいろな事情でなかなか予算が増えないとすれば、私の方をどうやって増やすかと。授業料を増やすというのはそれは限界があるでしょうから、寄附というのをもう少し何か奨励できないかなと、こう思うわけであります。 これは、ある調査では、企業の寄附は二〇〇四年、アメリカの場合は一兆三千億ぐらいあったと、日本は五千四百億だということですから、アメリカの三分の一ぐらいと。これはまあまあしようがないのかなという気もいたしますが、個人の寄附は全然違うんですね。アメリカが二十二兆五千億、日本はわずか二百五十億と、千分の一というような全然けた違い。 だから、個人が、例えば安田講堂とか慶応の工学部は藤原記念工学部と言っているとか、そういう何か個人の寄附を奨励するような文化というのが日本じゃ非常に希薄なんじゃないかというような気がいたします。是非寄附文化を育てて、寄附をしてくれた人は顕彰をして、もっと教育を高めようというようなことを是非考えていただきたいというのが一つ。 それから、税制の面では、所得税制、所得の三〇%までというのが四〇%になったとか、一万円の控除が五千円になったとか、随分税制改正でも御尽力をいただいていることは承知をしておりますが、個人の寄附でもってアメリカの場合は所得の五〇%まで寄附ができるということになっているようでありますし、法人の寄附についてもアメリカは一〇%まで、日本は所得の二・五%プラス資本の〇・二五%の半分だと、所得の二・五%程度と、こういう話なんで、この辺も含めて、今後の寄附文化に対する取組についてお考えを聞かせていただけませんですか。
○国務大臣(伊吹文明君) 税制面では、私もそういう仕事を党でやっておりましたので、今先生がおっしゃったように、個人については所得のあれ四〇%までだったと思いますが、寄附をしてすべて所得控除になりますし、小さいといえば小さいんですが、五千円以上の寄附はすべて所得控除の対象になります。法人についても、国立大学法人等に対する寄附はこれ損金算入は認められているわけですが。 実は先生、もっと大きな問題があるのは、今例にお挙げになった安田講堂とか藤原記念工学部というときの日本の相続税制、所得税制と現在の所得税制、相続税制は全く違うんですね。これは戦後の平等意識というのを受けて、ある意味ではこれは、あるケインズとマルクスの対話という冗談があるんですが、最も成功した社会主義国は日本じゃないかとマルクスとケインズが話し合ったというように、日本はほとんど相続が収奪的に取られちゃうと。それから、高い所得については累進所得課税が非常に高いですね。ですから、個人の寄附文化というのはなかなか育ちにくい、戦後はね、ということが一つあると思います。 それをじゃ戻すということになると、これはまた格差の拡大だとか金持ち優遇だとかいろいろな話になってきますので、寄附ということだけから考えると、今の税制でアメリカ並みの個人寄附をしろというのはちょっと私はもう限界だと思いますが、所得の四〇%までは損金算入を認めておりますから、できるだけやはり、どうなんですかね、遺産なんか残して子供にけんかする種を与えるより公共的な寄附をするという文化をやっぱり育てていきたいものですよね、と思います。
○中島啓雄君 ありがとうございました。是非よろしくお願いいたします。 次に、ゆとり教育問題を若干御質問したいと思いますが、六月一日に教育再生会議の第二次報告ということで、「社会総がかりで教育再生を」と。そのトップに来ているのが「学力向上にあらゆる手立てで取り組む—ゆとり教育見直しの具体策—」というようなことで、いろいろ書いてあるわけであります。 ゆとり教育についてはいろんな評価があると思うんですが、有馬元文部大臣、参議院議員が九六年に中教審の会長をやられたんですが、そのときの思想は、とにかく基礎、基本は徹底的に覚えさせるんだと、量は減らしても徹底的にやるんだと、その上に総合学習というようなことで、自ら学び、考え、調べ、まとめる力を付けるんだと、こういうようなことで始めたというようなことがインタビューに出ていたんですが、どうも両方とも中途半端になってしまったんではないかというような気がいたしますが、まず再生会議の事務局の方から、ゆとり教育の評価ということについて再生会議でどんな議論があったのか、簡単にお聞かせいただければと思います。
○政府参考人(山中伸一君) お尋ねのゆとり教育の評価ということでございますけれども、教育再生会議第一次報告におきましては、先生今御指摘のように、基礎、基本をしっかりと徹底させると、これと併せてその知識を生かしていく応用力を身に付ける、これを目指したところでございます。第二次報告におきましても、基礎、基本的な知識、技能、これをしっかりと身に付けた上でこれを応用し、課題を発見、自ら考え、判断、解決する、こういう能力を引き出していこうということでございます。このように、基礎、基本の徹底、その上に立ってしっかりと自ら学ぶ力を身に付けるという考え方自体、これは教育再生会議の議論においてもそのとおりでございます。 ただ、いわゆるゆとり教育というものがゆとりを強調する余り、基礎、基本を徹底的に教えるというそういうところがおろそかに、あるいはちゅうちょしたといった風潮なり傾向があったのではないかと。その辺りしっかりと基礎、基本というものは繰り返し教える、いろんな授業の工夫をするといった形、そういうことで徹底していこうということで、今回ゆとり教育の見直しというものについての第二次報告というものでもその具体策が盛り込まれたというところでございます。
○中島啓雄君 大臣から。
○国務大臣(伊吹文明君) 今、再生会議の事務局から参考人が申し上げたとおりだと思いますが、総合学習というのはいわゆる評価をしないんですね。点数を付けないんですよ。ですから、アイデアは非常に私は良かったと思いますし、この考えは、基本的な考えは私はこの学校教育法の改正案が参議院でお認めをいただいた後の学習指導要領でも大きく変えるつもりはございません。 しかし、学校現場で何が行われていたかということは検証しなければなりませんので、結果的に子供を遊ばせるだけのために総合学習を使ったということであれば、指導要領を少しやはりその辺りは手を入れて、もう少し学力が上がっていくように、そして本来の目的に沿う運用になるようには変えたいと思っております。
○中島啓雄君 ありがとうございました。 この再生会議の報告書の提言の一は、授業時数一〇%増とか夏休み等の活用、朝の十五分授業、四十分授業にして七時間目の実施など弾力的な授業時間設定、必要に応じ土曜日の授業も可能にするとか、何か相当細かい話がいろいろ書いてあるんですけれども、この辺についてどう具体化されるかというのは今後の話でしょうが、再生会議事務局でも文科省でもどちらでも結構でございますが、その辺の考え方を。
○国務大臣(伊吹文明君) それは先生、再生会議事務局に聞いても、いろいろ御意見をおっしゃっているだけだから答弁はできないと思いますよ。 それは、第一次報告がございまして、私は第一次報告も非常にいい内容の御提言だったと思います。ですから、今これを教育三法にして国会の御審議にゆだねているわけですが、いい提言だけれども、現実の法律の制約だとか予算の制約の中でどういうやり方でこれを実現していくかというのは、それは再生会議に聞いても無理なんで、私は、再生会議の細やかに言っておられるとおりできないものはやりませんし、しかしそのアイデアはきちっと受け止めて実現をしたいと思っているわけです。 ですから、土曜日の授業等も、これは非常にいいことだという世論調査の結果が多いですが、現在、週四十時間労働という労働法規がまずありますよね。そして、その中で、労働基準法はもちろん地方公務員には適用されませんが、同じように地方公務員法の中でいろいろな規制があります。その中でどういうふうにやっていくのか。これは、法律を変えずにやるのであればある程度限定的になりますね。法律を変えてやるということまで踏み切るのであれば、それは定数と予算を増やさない限りはできません。そのことは再生会議に私はきちっと申し上げてあります。
○中島啓雄君 ありがとうございます。 再生会議を受けた具体化というのは今後の話ですね。是非、文科省として、今までのいろいろな御経験を踏まえて、いい学習指導要綱なりなんなりを作っていただきたいと思っておりますが。 例えば土曜日授業、これは全部土曜日授業をするんだということではないと思いますけれども、サラリーマンの勤務形態というのは大体もう土曜日は休みと、こういうことになっておりますから、やっぱり家族と触れ合っていろいろな経験をするというのは土曜日は貴重な時間だと思いますし、先ほど総合学習の話についてもちょっと触れられましたけれども、やっぱり総合学習というのはいい意味で本当に利用すべきだと思うんですね。日本の教育というのはとかく詰め込みで暗記だと。これだけでは正に考える力とか想像力とかまとめる力とかそういうのが付かないんで、そこをうまく誘導していくということで、総合学習についても具体的な消化のプログラムがなかなかできていなかったというのが一つの欠点ではなかったかと思います。 そういう意味で、日本は学校から帰って勉強する時間がどうも国際的に少ないんじゃないかと。PISAのアンケートでは、OECDの平均は八・九時間、一週間ですね。日本の場合は六・五時間しかないというようなことで、塾通いの人はもうそれどころじゃないと、こう言っているかもしれませんけれども、塾に通っていない人はもう遊んじゃうと、こういうようなことなんだと思いますが。 そんなことも含めて、総合学習なり学校外の勉強時間というのを自発的に増やすような知恵というのは何かあるのかどうか、お聞かせをいただければと思いますが。
○政府参考人(銭谷眞美君) ただいま先生からお話ございましたように、OECDのPISA調査では我が国の子供たちの学校外での勉強時間はOECDの平均よりも短いわけでございます。特に、データを更に分析いたしますと、宿題をやっている時間というのが非常に短いという結果が出ております。 これまで文部科学省におきましても、子供たちに学習意欲を持ってもらって学習を家庭で進めるために「学びのすすめ」というものを実は公表いたしまして、学ぶことの楽しさを体験させるとか、朝の読書活動、あるいは適切な宿題や課題など、家庭における学習の充実を推奨してきているところでございます。 日本の子供たち、校外の学習時間、学校外の学習時間が少ないということと、その教科が好きだとか、その教科を勉強して将来役立てたいとか、こういう面での肯定的な子供もOECDのデータでは少ないという結果が出ておりますので、こういった観点から、私ども、学習意欲の向上、学習習慣の向上ということは大きな課題だと思っております。 結果的には、最近の調査では学習時間は、校外での学習時間は増加傾向にございますけれども、今回の学校教育法の改正案におきましても、三十条の第二項で主体的に学習に取り組む態度を養うという旨の規定を設けておりまして、こういう観点から、国会での御審議も踏まえまして、子供たちの学習意欲を高めるといった観点から指導要領の改訂の作業にも当たっていきたいと思っております。
○中島啓雄君 ありがとうございました。 もう一つ、六月一日に観光立国推進戦略会議というところから提言が出ておりまして、「地域が輝く「美しい国、日本」の観光立国戦略」と。ここで観光の議論をするつもりはないんですけれども、その中に面白いのが載っていまして、国、地域、産業界、教育関係者等は、観光の意義等について小中学校のレベルから長期的な教育を行い、旅行を通じて子供たちの文化・教養力の向上を図る旅育を進めると、旅の教育ですね、面白いことが出ていたんですけれども、ちょっとその辺の事情について内閣官房の方からお聞かせいただけますでしょうか。
○政府参考人(若林陽介君) お答えいたします。 観光立国推進戦略会議におきましては、昨年来、安倍内閣としての観光立国戦略につきまして精力的に議論を重ねてまいりました。先生御指摘のように、先週の六月一日に「地域が輝く「美しい国、日本」の観光立国戦略」を取りまとめたところでございます。 先生御指摘の旅育でございますけれども、これは、今回の報告書で初めてこれは提言されたものでございます。この旅育とは、旅を通じて人々と触れ合うことによって、自分が住んでいる地域と異なった文化であるとか伝統であるとか生活様式があるということを実感してその違いを理解するであるとか、また逆に、地域に訪れる方々に対して自分の地域の良さを伝えることを通じて、自分のふるさとの歴史、伝統、文化を言わば再発見すると、こういった点を始めといたします観光の意義を小中学生のレベルから教育すべきではないかという観点から提唱されましたものでございます。また、旅育には、俗にかわいい子には旅をさせよではございませんが、例えば時刻表を見ながら自分で旅を企画して、そして体験することを通じて自らを鍛えるといった観点もございます。 このような旅育の意義が社会全体に広く浸透していくべきということがこの報告書の趣旨でございます。
○中島啓雄君 ありがとうございました。 今おっしゃったように、正に子供に何かお仕着せの旅行ではなくて、自ら計画をして、時刻表を見、電車やバスを使い、マイカーじゃなくて電車やバスを使って、地域の地理なり歴史なり伝統、文化というのを体験していろいろ学ぶというのは正に総合学習とも一致するのではないかと思いますんで、もうお答えは時間の関係で省略させていただきますが、是非文科省のところでも推進をしていただきたいと思っております。 それから、ゆとりの問題に関して、最前からの御質問にもいろいろ出たんですが、水岡先生などは例を挙げて非常に先生が忙しいんだということを言っておられましたが、正に今非常に必要なことは教員のためのゆとりではないかという気がいたしまして、そういう意味で、報告とか雑用とかいうことはなるべくなくしていくという方向が望まれると思うんですが、その辺の教員のためのゆとり確保方策についてお考えを聞かせていただければと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) いろいろやらなければならないことはありますが、人を増やすということも根本にやっぱりあると思いますね。同時に、今先生が御指摘になったように、調査だとか会議だとかなんかが多過ぎるという指摘もよく伺います。 ですから、文部科学省もできるだけ調査等は必要最小限に抑えて、都道府県教育委員会もまた市町村教育委員会に、そして学校現場に対する調査を最低限に抑えていただくように促していきたいと思いますし、これは重要なことだったんだから仕方のないことなんですが、いじめ問題に端を発して、未履修その他国会の御要請の調査も非常に多かったわけですね、昨年の末は。それから、その他個別のお問い合わせ等もございましたので、国政調査権の中でも、できるだけひとつ御協力をいただきたいと思っております。
○中島啓雄君 ありがとうございました。是非よろしくお願いをいたします。 次に、教員免許について少し伺いたいと思います。 質の高い教育をするには、質の高い教員をどうつくり上げていくかというのが一番大事な話なんで、今回十年の更新制ということが取り入れられたわけですが、民主党案には、これについて非常に意欲的な、もう原則修士の学位であると。それに教育実習が一年、それから更新についても百時間やりなさいというようなことで、確かにそこまで行ければいいのかもしれませんが、なかなか今の時代、まだまだ大学院に進学するというのが非常に少ない時代の中で、ここまで意欲的にやるというのは現実問題としてかなり厳しいのではないかと思いますが、ここをあえて法制化しようというふうにされた意図について、民主党の発議者、西岡先生からお聞かせいただきたいと思います。
○西岡武夫君 お答えいたします。 ただいま理想としてはという委員のお話でございますけれども、この問題は前も御答弁申し上げたんですけれども、かなり長い、二十年、三十年前からこうあるべきだということは議論されてきたことでございまして、今回政府が更新制というものを導入するということによって教師の資質を向上させるというのは、これちょっと、ちょっと話が逆なのではないかと。優れた教師をやはり学校現場に送り込むためには養成制度をきちっとしなければいけないのではないかということを私どもとしては考えているわけでございまして、やはり大変、安倍政権の下で教育は国政の最重要課題であるということをおっしゃっているのであるならば、当然そういう理想に向かってこれを実現させるということが政府におかれてもお考えになってしかるべきではないかというふうに考えておりまして、私どもが御提案申し上げております教員養成制度の抜本的な改革の方向というものは、決して時期が早過ぎるということではなくて、むしろ私自身は遅過ぎたのではないかとさえ思っているわけでございまして、これは正に政治的な決断によって実行でき得るものであると、このように考えております。
○中島啓雄君 ありがとうございました。 私もこれはそういう方向に持っていくべきかなと、こう思っておりますが、今回の政府案では、免許の更新を除いて、一体初任者の養成制度をどうするかというのはどうも触れられていないんですね。 調べてみますと、今、原則、大学において所要の教職課程の単位を取れば免許は自動的に与えられると、まあ自動的にと言うと語弊があるかもしれませんが。その後、初任者研修ということで、実際の採用になって学校に配置されて、言ってみればオン・ザ・ジョブ・トレーニングで初任者研修をやると、こういうシステムになっているんですが、これは学校によっていろいろ差はあるでしょうけれども、やっぱりオン・ザ・ジョブということになれば、周りでどれだけそれを、その初任者研修をうまくやる体制になっているかというのが非常にポイントなんで、私は、むしろ大学院の初歩みたいな課程で大学院に所属をして教育を受けながら授業も実施をするとか、もう少し養成課程そのものを変えるべきではないかと。 特に、免許の取得者というのは毎年二十数万人あると、まあ二十数万人といってもダブっている人がいますから実際は十万人ぐらいかと、こういう話もありますが、ところが小中高の教員に採用される方は公立学校で二万人程度ですから、せいぜい二割ぐらいしか採用されないということなんで、やっぱり採用される方をきちっと養成をしていくというやり方がいいのではないかと思う。 それからもう一つ、更新について、三十時間というのは、これ入口としては一週間ぐらいの講習ということですからまあいいのではないかと思いますが、ちょっと今後の教員の養成システムについてどういうふうに考えておられるか、お聞かせいただきたい。
○政府参考人(銭谷眞美君) 教員の養成制度、それから初任者研修にかかわってお尋ねがございました。 今回、私ども、免許更新制の導入とともに、教員養成につきましても昨年七月の中教審の答申を踏まえましてその改善充実を図ることといたしております。 ちょっと具体的に四点ほど申し上げさせていただきますと、第一点は、教職課程の総仕上げの科目として教職実践演習という科目を必修化をいたしまして、教職の意義や生徒理解、教科指導力等、教員に必要とされる基礎的な資質能力について最終的に養成課程で確認をしていただくということをやろうと思っております。それから第二点は、大学等における教員養成課程の質の向上を図るために、教員養成を行う大学に対する是正の勧告や認定の取消し等の制度化を行いまして、教員養成課程をしっかりと運営していただくということを考えております。これらは免許法の施行規則の改正というものを予定をいたしております。さらに、大学と学校、教育委員会が教育実習につきまして十分な機会の確保に努められるよう連絡協議会の設置等を促すということを考えております。最後に四点目でございますけれども、高度な専門性を備えた力量ある教員を養成するために、平成二十年度から教職大学院を開設すべく既に必要な所要の改正を実施をしているところでございます。こういったことを通じまして教員養成課程につきましても充実を図っていきたいと思っております。 なお、初任者研修は平成元年度から実施をされているものでございまして、既に相当研修の積み重ねがあるわけでございますけれども、モデルカリキュラムを示したり詳細な研修の目標、内容例を示したりしながら、引き続きこの初任者研修の内容に関する充実に努めていきたいと思っております。
○中島啓雄君 先ほども申し上げましたように、免許を持っている人と実際に採用される人というのはかなり差があるわけですから、やっぱり実際に採用される人を徹底的に養成するというようなシステムをもう少し考えていただければ有り難いと思っております。 それから、十年の更新講習の件でございますけれども、入口として、先ほど言いましたように、三十時間というのは恐らく一週間ぐらい講習するのかなと、こう思いますが、これは法律上は知識、技能その他事項を勘案して免許状更新講習を受ける必要がない者は除外なんだと、こう書いてありますけれども、私のサラリーマンの経験でも、やっぱり時々こういう研修に参加することはリフレッシュになるし、幾ら自分がベテランだと思っていても、やっぱり違う空気に触れ、違う知識を得るというのは非常に大事なことだと思いますので、私は原則としては全員に履修をさせるべきではないかと思っておりますが、いかがでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 免許更新制は、生徒に教えるべき最新の知識と、それと同時に、生徒を把握して効果的に教える技能を刷新することによりまして、すべての国公私立の教員の方が自信と誇りを持って教壇に立って、社会の尊敬と信頼を得ることができるようにするための制度でございます。 このような更新制の目的を考えれば、既に知識、技能が最新であると認められる方についてまで免許更新講習を受講させなくても制度の目的が達せられるのではないかということで、改正法案の九条の二の第三項において講習の受講の免除について規定を設けているところでございます。 具体的なこの免除の対象者をどうするかということは、国会での御審議も参考にし十分検討してまいりたいと考えておりますけれども、現在私どもで想定しておりますのは、優秀教員として表彰されたような方とか、校長、教頭等教諭を指導する職にある方、この方は実際、校長、教頭になる時点でいろいろな選考等を行われているわけでございますので、そういった教諭を指導する職にある者、それから勤務実績を勘案して受講する必要がないと認められた者を考えているわけでございますが、いずれにいたしましても、更新講習の免除というのはこういう意味で特に認められる方ということで、これから国会の議論を参考にして省令の内容について十分詰めていきたいと思っております。
○中島啓雄君 ありがとうございました。 副校長とかあるいは主幹教諭とか、そういう上級の職へ行くために研修を受けた方というのは免除というのはもっともかもしれませんが、これが、御質問にも出ておりましたけれども、何かいい子悪い子を分けるような感じになってはこれは運用としては非常に間違いだろうと思いますので、私は、ごくごく免除というのは例外で、原則みんなが受けるんだということで是非運用をしていただきたいと思っております。 もう一つ、教員免許の件でありますが、現在の免許取得というのは原則学卒者が教職課程を取って、単位を取って、試験に受かって、初任者研修を受けてということで上がっていくと、こういうシステムなんで、正に日本の生涯ずっと教員一筋というような、サラリーマン一筋と同じようなことで考えられていたんじゃないかと思いますが、今後、社会人になったけれども、社会人の中で例えば企業研修で私はどうも教える方に非常に向いているんじゃないかというのでもう一回教職に挑戦してみたいとか、あるいは五十五歳なり六十歳になってもう一回社会奉仕という意味でも生徒を教える、あるいは補助的な業務を含めていろいろやってみたいというようなこともたくさんあると思います。 今特別免許という制度があるのは承知はしておりますけれども、どうも実態を見ると、特別免許を授与された方というのは非常に少数だ。今恐らく百人に足らないんじゃないかと思いますけれども、その程度の話では余り今後の社会の流動性という意味で、広く教職と一般の企業人との交流というような意味ではまだまだ足りないと、こう思いますので、是非、社会人になっても、何か特殊な技能がなくても、もう一回教職免許を取るという道をつくっていただけないかと思いますが、その辺についてはいかがでしょうか。発議者の方からも御意見があればお聞かせをいただきたいと思いますが。
○政府参考人(銭谷眞美君) 教員免許には普通免許と特別免許状があるわけでございます。普通免許状は大学における単位修得が前提となっているわけでございますので、社会人の方であっても、既に修得している単位を確認をした上で、足りない単位は追加的に修得をしてもらって普通免許状を授与されるというのが原則でございます。それから、特別免許状につきましては、優れた知識経験を持つ方を、そういう社会人の方を教育界に受け入れるために設けられている制度でございますけれども、まだ特別免許状の交付件数が少ないというのは御指摘のとおりだと思います。 今後、社会人を教育の場でその持っている経験や能力を生かしていただくという観点からも、特別免許状の取扱いについては今後考慮すべきことがあると思っております。ただ、この特別免許状を授与された方につきましては、普通免許状取得について単位が減免をされまして優遇をされるという措置もございますので、その活用もしていただければと思っております。 なお、なかなか常勤というわけにはいかないけれども、いろいろな面で教育の場に幅広い人材を活用するという意味で特別非常勤講師という制度もございまして、これはかなり幅広く活用されているところでございます。
○委員長(狩野安君) 発議者の方はよろしいですか、何か。
○中島啓雄君 何か御意見があれば。もっともっと免許を広く社会人にも開放するということについて。
○西岡武夫君 お答えいたします。 私ども民主党の案におきましても、ただいまお話がございました特別免許という制度はそのまま存続をさせているわけでございます。ただ、根本的に現行の免許制度と違っておりますのは、私ども民主党の案におきましては、普通免許を一般免許と専門免許に分類をいたしておりまして、一般免許を取った先生方が八年たった時点で更に大学院で一年学んでいただいて、その上で専門免許を取られると。 その場合に、専門免許の内容でございますけれども、教科指導の分野、それと生活・進路指導、そしてカウンセラー等々、この分野は特に最近非常に社会的な要望といいましょうか、要求が非常に強くなっている分野でございまして、委員御承知のとおりに、なかなか専門家を早急に養成すると申しましてもかなりハードルが高うございまして、学校現場にカウンセラーの専門の方を配置するということはなかなか現実問題としてはできていないと、むしろ学校にこれを必置させるということが必要ではないだろうかということで専門免許の分野を三つに分けまして、その一つに生活、そして進路指導、カウンセラーというものを専門に学んでいただきまして、その専門の免許を持っていただくのが一つ。 もう一つは、学校経営というのは非常に大事でございまして、その分野を一つ設けているというふうに、私どもとしては免許状の在り方というのをそういう方向に改革することによって、将来はすべての教職員の方々が専門免許を持っていただくようにいろいろな施策を講じてそれを奨励していくと。もちろん、予算も人員もということになるわけでございますけれども、思い切った手当てをして、そういう専門免許をほとんどの先生方に持っていただくのが理想であると。そうなりますと、教員の、何と申しましょうか、政府が今出しておられるような更新制というものは、専門免許を持った方には十年に一度ずつの講習を受けていただくということについては、私どもの案としてはそれは受けなくてもいいというふうに専門免許を取得された方については考えているわけでございます。 そして、民主党の案としましては、今回、免許状を文部科学大臣が授与するということにいたしておりまして、ただ、先ほどから委員御指摘の特別免許につきまして、多くの社会的ないろいろな経験を積んだ方々を幅広く起用していくということを考えまして、都道府県知事がこの特別免許についてはこれを交付するというふうに分類をして、特別免許の分野を広げることができるというふうな形を考えているところでございます。 以上です。
○中島啓雄君 ありがとうございました。 今おっしゃったようなカウンセラーとか学校経営の専門家とか、こんな道も是非考えていただきたいと思いますし、やっぱり学生のときは教職取るつもりはなかったけれども、少したってから是非また教職を取りたいというような方に門戸を開けるような制度というのも是非今後検討をしていただきたいと思います。 時間が参りましたので終わらせていただきます。 ありがとうございました。
○坂本由紀子君 自由民主党、坂本由紀子でございます。 まず、私は、初めに幼児期の教育についてお伺いしたいと思います。 幼児期の教育は、生涯にわたる人格形成の基礎を培う極めて重要なものだと考えます。今次の改正におきましては、幼稚園の規定が整備をされました。そして、家族等への信頼感を深める、あるいは規範意識の芽生えを養うなどの目標が追加されたことは、私は評価をするものであります。 加えまして、学校教育法の二十四条が追加をされておりました。これが全国の幼稚園で実際行われるようになりますと、家庭でありますとか地域の教育力の回復につながることが期待をされるわけですが、具体的にどのようにこの条文に基づいた施策を展開していくおつもりなのか、お伺いしたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) お話ございましたように、改正教育基本法では、第十一条で幼児教育の規定が設けられまして、さらに改正教育基本法十三条に家庭、学校、地域の相互の連携協力という規定が設けられたところでございます。とりわけ幼児期におきましては、家庭や地域と幼稚園、保育所等が連携をして子育てをしていくということは重要な課題だと認識をいたしております。こういう観点から、今回の学校教育法改正案の第二十四条におきまして、幼稚園は、家庭、地域における幼児期の教育支援に努めるものとするとの規定を新たに設けたところでございます。 文部科学省といたしましては、この規定を踏まえまして、幼稚園が地域の実情に応じまして、一つには、未就園児等を抱える家庭に対する幼児教育に関する情報提供、相談活動の実施、二つには、地域の子育てサークルに対する助言や地域のボランティア団体との連携などに積極的に取り組んでいただき、家庭や地域と相協力した幼児教育の充実が図られるように努めていきたいと考えております。
○坂本由紀子君 今おっしゃったような取組を幼稚園等で行うために、国として積極的な財政的な支援も含めた支援を行っていかれるというふうに理解してよろしいんでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) お話しの幼稚園の子育て支援活動の推進のために、現在、私立学校の経常費助成費補助金の中で、特別補助として、幼稚園の子育て支援活動について助成を行っております。この額は、平成十八年度五億四千万でございましたが、平成十九年度におきましては七億四千七百万という具合に充実を図っているところでございます。 こういった支援を通じまして、引き続きこの二十四条の趣旨が実現できるように私ども努めていく必要があると思っております。
○坂本由紀子君 ありがとうございます。 昨今の教育をめぐる問題というのは、やはり家庭の教育力が低下したことによる面が大きいと思います。学校の先生方が一人一人の子供たちに手の掛かる子供さんが多くなったということをおっしゃっているのも、よく聞くところであります。 そういう意味で、私は、家庭教育の再生なくして教育の再生というものは十分な成果を上げ得ないだろうと思うのであります。特に、保護者が子供の教育の第一義的責任を負いますし、もちろん主体的にやっていただくことが第一に重要でありますが、なかなか親として十分な情報を持ち得ていない、あるいは対応し切れていないという親御さんが多い中では、保護者に対する情報提供をするほか、様々な支援措置が十二分に講じられる必要が不可欠だろうと思うのであります。 先ほど申し上げた二十四条以外に、文部科学省が地方公共団体とも協力しながらこの点についてのお取り組みをしっかりしていただきたいと思うのでありますが、この点についてはいかがでしょうか。
○政府参考人(加茂川幸夫君) 家庭教育の充実策についてのお尋ねでございます。 委員のお話にもございましたが、改正教育基本法第十条第一項には、保護者は子の教育について第一義的責任を有すると規定されたところでございます。また、同条第二項では、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援するために必要な施策を講じるよう努めなければならない、これは国と地方公共団体がでございますが、こう規定されたところでございます。 文部科学省といたしましては、この規定を踏まえまして、保護者の役割あるいは家庭教育の重要性にかんがみまして、家庭教育の自主性を尊重するということはございますけれども、まずこれまで講じられてきております施策、すなわち、幾つか例を申し上げますが、子育て講座等の親に対する学習機会の提供、さらには家庭教育手帳の作成配付、そして最近取組が盛んになってきております「早寝早起き朝ごはん」運動の推進などといったこれまでの施策の充実をまず図ってまいりたいと考えておるところでございます。 さらに、家庭教育支援のために新たにどのような方策が講じられるかということにつきましては、中教審での御審議あるいは教育再生会議の御提言等を踏まえながら慎重に検討してまいりたいと思います。
○坂本由紀子君 家庭教育の問題については、例えば、よく言われますが、父親は長時間働いていてなかなか家庭のことにかかわれない、あるいは本来両親が果たすべき役割がそれぞれに果たせられていないということがあるわけでありまして、そういう点では産業界、経済界の協力を得るというようなことも重要なことだと思います。これまでの枠組みにとらわれず、文部科学省が広く多くの方たちに呼び掛けてこの問題に積極的にお取り組みいただきたいことを重ねてお願いをしておきます。 次に、教育職員の問題についてお伺いいたします。 教員の養成や免許制度の改革というのは、ほかの改革の出発点に当たるものだろうと思います。先ほど、同僚の中島議員から、教員養成課程の充実についてのお話がございました。重複をしておりますので重ねて申し上げるのもとは思いますが、やはり多くの議員がそういう問題意識を持っているということを申し上げることも必要だろうと思いまして、重ねて申し上げます。 現行の教員養成課程について、これが本当に十分かどうかということについては多くの議論があります。講義を中心としていて、現場で実際教えることに必要な能力が十二分に身に付くものになっていないのではないか、あるいは様々な面での質的な改善が求められておるわけでございます。先ほど幾つかの点で改善を図っていきたいというお話がございました。可能であれば、およその時期的なめども含めて、この点でのお取組について伺いたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) 教員の問題を考えたときには、やはり養成、採用、採用後の研修等大変重要な課題があるわけでございます。 教員養成につきましては、昨年七月の中教審答申の基本的な考え方は、学部段階で教員として必要な資質能力を確実に身に付けていただくとともに、大学院段階でより高度な専門性を備えた力量ある教員を養成をするという考え方でございます。 そこで、まず学部段階の改善でございますけれども、一つは、教職実践演習の新設、必修化ということでございます。これは省令改正により行おうとしておりますが、教員として最小限必要な資質能力の全体について確実に身に付けさせるとともに、その資質能力の全体を確認できるような、そういう科目にしたいと思っております。 二点目が教育実習の改善充実ということでございまして、大学が学校や教育委員会と連携しながら責任ある指導を行っていただくと。その一環として、教育実習の履修に際して、きちんと到達目標に到達していない学生は例えば教育実習に出さないといったような、そういった厳格な対応、こういうことも行っていただくとともに、大学、学校、教育委員会との連絡協議会の設置などによりまして教育実習の改善充実を図っていこうとするものでございます。 三点目が、大学の教員養成課程そのものにつきまして、その質の向上を図るために、教員養成を行う大学に対します是正の勧告や認定の取消し、これを制度化していこうと考えております。これは省令の改正で行いたいと思っております。 そして、四点目でございますけれども、大学院段階の改善といたしまして教職大学院制度の創設でございます。これは、平成二十年の四月に開学をできるように既に省令改正を行っております。実践的な指導力を備えました教員の養成、あるいは現職教員を対象にスクールリーダーとなるような方の養成を行うものでございまして、二年以上在学をし、四十五単位以上を修得をしていただき、そのうち十単位以上は実習をもって充てるという内容の教職員大学院構想、これを実施をしていきたいと思っております。 こういったことによりまして、優秀な教員の確保のための教員養成課程の改善充実に引き続き努めてまいりたいと思っております。
○坂本由紀子君 次に、そのようにして養成された方をどう採用するかという点でありますが、現実の都道府県等の採用試験を見てみますと、ペーパーテストに重きが置かれているのではないか。教員として最も必要なのは、全人格的に子供たちに向き合って子供たちを教育していくというその人間性のようなものが大事だと思うのですが、これはなかなかペーパーテストでは測り切れないだろうと。そうすると、ペーパーテストができないとそういう人たちが幾らいい方でも入ってこれないとか、あるいはペーパーテストができたり、最近ではいろいろな予備校もありますので、面接等での対応等事細かく教えてもらえるので、そういうところの評価がいい点を取るのは容易になっているという話も聞きます。 そういう意味では、本当に最も大事な学校の先生方というのは慎重の上にも慎重に人物を見極めるということをやっていかなきゃいけないと思うのですが、この点について文部科学省としてどうお考えになっていらっしゃるでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 教員採用におきまして、ただいま先生がお話しのような観点から各都道府県、指定都市の教育委員会においてやはり様々な工夫改善を行っているわけでございます。本当に教員としてふさわしい資質や使命感、意欲、適格性、実践的な指導力が評価をされて、本当にいい方に教員に来ていただけるように、実際の採用に当たります六十二の各都道府県、指定都市の教育委員会ではいろいろな工夫をしているというのが実態でございます。 ちょっと一、二例を申し上げますと、採用試験、一次試験、二次試験とあるのが通例でございますけれども、一次、二次両方で面接試験を実施をするというところが四十四県市ということで大分増えてきております。それから、面接官に民間人を起用いたしまして採用に当たっていただくと、これが四十二県市でございます。それから、面接官に臨床心理士などの他分野の専門家の方を起用しているという県市も二十四県市ございます。それから、実際の模擬授業とか場面指導を実施をする教育委員会が増えてきておりまして、模擬授業は四十八県市で実施をいたしております。あるいは、場面指導は二十七県市で実施をしているという状況でございます。このほか、受験年齢制限の緩和、あるいは社会人経験者を対象とした特別選考などの工夫改善も見られることでございます。いい方に教職に就いていただきたいというのは採用側の願いでございます。 文部科学省としても、こういった取組につきまして毎年取組事例を作成をし、各都道府県・指定都市教育委員会に配付をしているところでございます。いいやり方は共有できるようにしようということでございます。 引き続き、教員採用選考の工夫改善を促してまいりたいと思っております。
○坂本由紀子君 今回の法改正によって導入されることとされております免許状の更新制の導入について、私の地元でも様々な意見があります。多くはこの趣旨を必ずしも正確に理解されておらないことが多いように思われまして、つまり十年で不適格な人を排除するということをねらいにしているんだというふうなとらえ方が一部にされておることもありますが、これまでの議事録等を拝見、あるいはその趣旨、大臣の御説明とか伺っていると、必ずしもそういうことではないだろうと思うので、この点について、制度を導入しようとされているところの趣旨、目的をしっかりと御説明いただけますでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) これは法案の提案の理由そのものにかかわることでございますので、私からお答えを申し上げます。 今先生の御質問の中に誤解をしている方々もいらっしゃると、正に私、そのとおりだと思います。しかし、誤解を生じせしめるような議論がこのことの当初、再生会議であったということにやっぱり大きな原因が私はあると思うんですね。 この制度は、提案理由に御説明を申し上げておりましたように公立、私立を含めて、十年ごとに新しい知識、技能をもう一度ブラッシュアップしていただくという目的のためにやっているわけです。ただ、何度も何度も、この研修の認定を五回やっても六回やっても受けられないというようなケースの場合は、結果的にこの教育公務員特例法の分限の対象になってくるということはあると思いますが、このこと自体が、いわゆる駄目教師という言葉も私は余り適当な言葉じゃないと思いますが、排除のための法律であるということは全くございません。
○坂本由紀子君 誠に大臣がおっしゃったとおりで、こういうことをしっかり皆さんに分かっていただかなくてはいけないだろうと思います。 そして、その上で、やはり私たちの時代というのは随分変化が激しくなっておりますから、教員の方に限らず、様々な面でやはり働いている人たちも自己啓発に取り組み、必要な能力を身に付けようというふうに頑張っている方が多いわけです。教員の方にも本当に必要な、教育現場で必要な能力をしっかり身に付けていただく、あるいはしっかりそういう情報を知っていただくということが大事なわけですが、それでは、具体的に行われる更新講習の中身としてどういうものを考えておられるのか。また、教員の数は膨大でございますので、そういう方たちに確実に十年に一度受けていただくためには方法等も工夫をしていかなきゃいけないと思うのですが、その点はどのようにお考えでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 免許更新講習の内容につきましては、昨年七月の中央教育審議会の答申の中では、すべての教員に共通的に必要な事項として、使命感や責任感、教育的愛情等に関する事項、社会性や対人関係能力に関する事項、幼児児童生徒理解や学級経営等に関する事項、教科・保育内容等に関する事項の各事項を含めることが必要とされているところでございます。具体的には、例えば、教職の今日的な役割、社会性や対人関係、子供理解や学級経営、教育課程や教科の内容、教科の指導法などに関する事項などが考えられているところでございます。 また、免許更新制のための講習の実施方法でございますけれども、改正法案の第九条の三の規定に従いまして、教員養成課程を有する大学を中心に文部科学大臣の認定を受けて開設していただくことといたしております。また、その実施の方法につきましても、受講者の負担や受講機会の確保等も考慮をいたしまして、夜間や週末における講習やサテライト教室の開設による講習の実施、放送やインターネット等多様なメディアを活用した遠隔教育、通信教育の実施など、弾力的な履修形態について検討していきたいと思っております。 国会における御審議も踏まえまして、更に詳細を今後詰めてまいりたいと考えております。
○坂本由紀子君 今の御説明を伺っていると、本当にそれを受ければ十年間その後大丈夫という内容にはやや抽象的に過ぎるかなという嫌いがありまして、これはまた後ほど申し上げることとも関連しますので、三十時間というような短い時間、三十時間以上ではありますが、決して長くはない時間の中で、現実的に多くの教員の方に共通して役に立つ、あるいは共通して必要なものをお届けするということであろうかと思いますが、是非この点は、何というか、現場の声も聞き、あと、この講習だけでよしとするのではなくて、様々なまたサポートを組み合わせることによって学校現場で教職に従事する方々に本当に必要なものが身に付くような手だてをこれからも工夫し重ねていっていただきたいというふうにお願いをしておきます。 次に、不適格教諭に対する措置というものであります。 指導力に問題のある教諭がおられるというのは、これは一部ではありますが事実であります。私は、これはこれまででも人事システムをしっかりと活用していけば手当てできた問題ではないのかなと思います。この点が必ずしも十分しっかりと講じられてこなかったという運用の問題というのが大変大きいんだと思います。 今回、法律が改正されるわけですが、今回の法律の改正は、そういう点での心配をどのように除去するものなのか、つまり具体的に運用面も含めて真に実効あるものになっているのかどうかというような点についてお伺いしたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) 多くの教員の方はそれぞれのお立場で職務に励んでおられるわけでございますが、中にその指導が不適切な先生がいるのではないかということも指摘をされているわけでございます。 そこで、今回、指導が不適切な教員に対する措置の実効性が上がるようにするために、指導が不適切な教員に関する認定の基準や手続の明確化を図るということが必要と考えております。このため、今回の教育公務員特例法の改正案第二十五条の二第六項におきまして、事実の確認の方法その他認定の手続に関し必要な事項を教育委員会規則で定めるということといたしております。 また、あわせて、文部科学省として、今回の教育公務員特例法の改正案をお認めいただいた後には、できるだけ早くガイドラインを作成をいたしまして、認定基準の在り方等関連する仕組みについて各教育委員会に周知することを通じまして、各任命権者が実施をしている指導が不適切な教員に対する人事管理システムの運用の改善を促してまいりたいと考えております。
○坂本由紀子君 今ガイドラインをお示しになるという御説明でしたが、ガイドラインとして考えていらっしゃるのは具体的にどういうことでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) これは、今後、調査研究会議等を設けて作成をしていきたいと思っておりますけれども、指導が不適切な教員の定義や認定基準、それから指導が不適切な教員の認知、それから任命権者に申請が届くまでの手続、それから指導が不適切な教員の認定及び専門家や保護者等による意見の聴取の在り方、これは法律上専門家や保護者の意見を聴くということになっておりますので、そういった委嘱等の在り方、さらには指導改善研修の在り方、それから指導改善研修終了時の認定の在り方、指導改善研修終了後の措置の在り方、こういった一連の人事管理システムに関する流れというものに関しましてガイドラインを作成をしていこうと今考えているところでございます。
○坂本由紀子君 分かりました。 学校現場というものは、校長先生がいらして、あと各先生方がそれぞれ御自分が教材を作ったり、様々な形で子供たちと向き合って教育をされるわけですが、一般的な組織体に比べると、組織としての、何というんでしょうか、様々な遂行能力というのはやや弱いように思うのであります。 私も静岡におりましたときに、それまでの行政で経験していた組織として様々な物事に取り組むということから見ると、学校現場というのはすごく特異なところだなと。でも、組織には組織の良さがあって、そうすることによって一人一人の先生方の負担が軽くなるというのもあるわけですので、そういう意味でこの学校現場の中に組織体として機能するような仕組みをきちっと整えることが大事ではないかというふうに随分前から思っておりました。そういう意味で、今回、改正の中でこの点のものが盛り込まれたのは私は大変いいことだと思っているんですが、具体的なものを少し御説明いただけますでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 学校の組織は、今先生がお話しございましたように、校長、教頭先生以外は同じ教諭という、いわゆるなべぶた型の組織となっているわけでございます。この在り方については、長所、短所いろいろ御指摘ありますけれども、組織的な学校運営にとってこれでいいのかという指摘はかねてからあったところでございます。 今回の学校教育法の改正案の第三十七条におきまして、副校長、主幹教諭、指導教諭という新たな職を設置することができる旨の規定を設けることといたしております。これは、学校が抱える課題に組織的、機動的に対応する体制を整備をするとともに学校内における言わば指導体制の充実、組織としての学校の力の充実を図るためにこういった職を設けるものでございます。
○坂本由紀子君 この点に関しては、授業をしない先生が増えるとほかの先生の負担が増えて大変だというような意見を言われる方もありますが、私はやはり一人一人の先生方の教育力を高めるという意味で、今おっしゃったようなそういう仕組みを設けて組織として有効に力が発揮できるようにするということは学校現場においても非常に大切なことだと思いますので、決して授業をしない先生が増えて学校現場がかえって困ることになるというようなことにならないように、この点でのきちっとしたお取り組みをお願いしたいと思います。 先ほど中島議員のお話にもありましたように、学校の先生方は大変忙しいというのは事実でございます。本当に、あの忙しさは正に使命感があればこそやっておられることで、誠に頭が下がります。ただ、先生方のそういう使命感にだけ頼っていて、これをもう放置しておくのはできないというところまで学校現場は来ているのではないか、ここのところを抜本的に改正しないと意欲のある先生方が新しく入ってきてくれなくなってしまうのではないかという危機感をまた私は感じているところでございます。 この点について、とにかくやれることはすぐに、そして抜本的な対策を講じていただかなくてはいけないと思うのですが、大臣のお考えをお伺いしたいと存じます。
○国務大臣(伊吹文明君) まず、先生その前に、今回、学校教育法の改正案の三十七条で、先ほど政府参考人が申し上げました副校長、主幹教諭等ですが、これは教頭の中のある人を副校長に任命するということ、それから主幹教諭その他は授業を持たないというわけではありませんので、むしろ先生がずっと御質問になっているように、一般の組織であればやはり組織体として校長をトップにきちっと仕事ができるし、先輩は後輩を教え、そして学ぶより慣れろという中で仕事を覚えていくということは、なかなか特異なとおっしゃったように、どちらかというと職員会議ですべてを決めるのがいいような雰囲気がありますが、それは違うということを今回法律上明確にしたいということです。 そこで、忙しいというのは、これはもう文部科学省の実態調査でもその数字は出ておりますし、いろいろな先生方と私は個別にお話ししてもみんな異口同音にそういうことをおっしゃいます。ですから、いろいろやり方があると思いますが、一番やはり根本的にやろうとしますと、少し教員あるいは職員を増やしてあげないと無理なんですね。これは行革推進法と毎年毎年のいわゆる経済財政諮問会議の閣議決定によって縛られているという面があります。ですから、そこのところをどうするかというのは一つありますし、それから予算をどういうふうに考えていくかということですね。 ですから、政治をやって行政を預かっているということは、国民負担をどの程度求めるのか、その国民負担をどのような公共サービスに提供するのか、その公共サービスを提供された中の文教科学費と言われるものの中で教員のものをどう配慮していくのか、要するにその国民的バランスを取っていく仕事ですから。しかし、安倍内閣として教育再生を最重要の課題と言っている限りは、予算の提出について共同の責任を持つ内閣の一員として私は今先生のおっしゃったことを強く主張したいと、こういう気持ちでおります。
○坂本由紀子君 大臣、ありがとうございます。 先ほどの中島議員のときのやり取りにありましたように、様々な報告もので先生方が忙殺されるとか、あるいは特別支援教育を教育基本法に新たに規定されたわけですが、こういうものをしっかりやろうとなればやはり先生方の数を必要としているわけですし、きめ細かに一人一人に向き合うことが子供たちの成長にとって本当に大事なことだと思いますので、そういう意味で教職員の定数の改善というのは何物にも増して必要なことだろうと思います。 治安が悪くなって警察官の増員を随分図りました。それで治安は大分改善してきたと言われておりますが、これだけ教育再生が叫ばれておるわけですから、そういう意味で、しっかりと先生方の定数の増員を図り、あるいは事務の補助の方々を増やす等々の工夫をして、この点での改善をしっかりと進めていただきたいと強くお願いをする次第であります。 次に、障害児の教育について伺いたいと思います。 今回の学校教育法等の一部改正の中では条文移動として出ているところでありまして、内容的に変更があるものではないんですが、ただ、障害児も障害のない人と同じように様々な教育を受ける必要があるという点では同じなわけでございます。そう考えて既存の条文を見ると、果たしてこれで十分なのだろうかと思うところが幾つかございます。 一つは、就学前の教育の充実についてであります。特に発達障害者について、早期に発見して早期に支援をすることが子供たちの成長にとって極めて重要だということはもう周知のことであります。そう考えると、障害児についてはとりわけ就学前からしっかりとした教育が受けられるということが大事ではないかと思うのですが、この点についてどのようにお考えでいらっしゃいますでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 障害のある幼児につきましては、特別支援学校の幼稚部や幼稚園、保育所等において教育が行われているわけでございますが、これらいずれにも在籍しない未就園の子供も多数家庭にいるのも事実かと存じます。 昨年六月に学校教育法の改正をお認めをいただきまして、この四月から特別支援教育ということで障害を持つ子供に対する教育が実施をされているところでございます。私ども、特別支援学校の幼稚部はもとより、幼稚園におきましてもこういう特別支援教育の考え方に立って教育を推進をする必要があると思っているところでございます。 文部省で調査をいたしましたら、幼稚園では特別支援教育に関する教員の研修はかなり積極的に取り組んでいる状況が見られます。一方で、特別支援教育の体制整備が遅れていたり、あるいは地域による差も大きい等の課題も明らかになっているところでございます。 このため、文部科学省では、この四月一日付けで障害を持つ子供につきまして早期発見、早期支援が重要であることなどを盛り込みました局長通知を発出をしますとともに、本年度から新たに、保健、医療、福祉関係機関と連携をして、乳幼児期からの一貫した支援を行う発達障害早期総合支援モデル事業というものを実施をする予定といたしております。障害のある幼児のいわゆる就学前教育の一つのモデル事業として地域を指定をして、その展開をしていただくということで、この新規の事業に力を入れているところでございます。
○坂本由紀子君 特別支援教育で充実していること自体は私は大変いいことで、その御努力に対しては感謝をしているのでありますが、この条文を見ましても、例えば特別支援学校に寄宿舎を設けなければならないということで、寄宿舎があることを前提にした義務教育なわけです。そうすると、障害があるがゆえに親と離れなければ学校教育が受けられないというのは、これはやはり私は本来の姿なんだろうか、本来の姿とは違うのではないかというふうに思いまして、そういう意味で、特別支援教育で一人一人に合った教育を充実するという理念ですね、教育基本法の中に書かれている理念と、これまでやってきた施策との整合性をもう一度見直していただく必要もあるのではないかということを申し上げておきたいと思うんです。 それに関連して、例えば教育期間ですが、義務教育の期間は九年です。発達障害あるいは知的障害の子供さんたちは少し発達に時間が掛かる、そうすると、普通の子供さんだったら九年間の義務教育だけれども、それをもう少し延ばしてやればある程度のところに到達できる。つまり、教育の目的は何年間教育をするということではなくて、その子供が到達する目標というのをそれぞれに定めて、そこに到達するようにしっかりとした教育をするということではないかと思うのです。 そうすると、一律に教育期間を定めるとかあるいは一律な教育しか受けられないというのは、これはやはり特別支援教育のそもそもの目的からして違うのではないかと思うのですが、この点についてはいかがお考えでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) インクルーシブという本来の精神からいえば、先生がおっしゃっているとおりでしょうね。私はそれで正しいと思います。 しかし、先ほど申し上げていたように、政治をやりながら行政を預かるという者は、やっぱりいろいろなもののバランスの中で理想へ一歩一歩近づいていくわけですから、先生がおっしゃっているような形で特別支援教育を完全に実施していくという理想に到達するためには、やはりかなり納税者の理解を得ながらいろいろなものの準備をしていかないと、結果的に障害を持っている児童生徒がかえって困るということがあってもいけませんので、先生のおっしゃっていることを全否定するつもりは全くありませんが、精神としてはおっしゃっていることで正しいと思いますし、それをどう実現するかということが政治家の腕なんじゃないでしょうか。
○坂本由紀子君 私が静岡におりましたときに、小学校の空き教室を使って養護学校の分校を設けたのがあるのです、これは全国で初めての例だと言われましたが。最初は養護学校の先生方は、安上がりの教育を県はやろうとしているというような言われ方をされたんですが、でも結果としては、障害のない子供たちと同じ校舎の中で学べる、休み時間なんかは一緒に遊べる。そして、すぐ近くに通えますので、障害のない子供たちと一緒に学校に通えるということで、あるいは障害のない子供たちが障害児に対しての理解が深まるということでとてもいい効果があって、安上がりの教育だと思ったのは間違いだったというふうに言われました。 ですから、私は身近でそういう機会を設けるということは必ずしもお金が掛かるということとイコールではないと思っておりますので、是非そういう視点も入れてお考えいただけると有り難いと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 障害のある児童生徒の障害の程度によりまして今おっしゃっているようなことは可能となると思いますし、正に先生のようなリーダーを副知事として静岡県が持っていたからこれは私はできたんだと思いますよ。 つまり、先ほどいわゆる不適格教員の話もされましたけれども、これは教育長がしっかりしておる教育委員会はこんな法律改正をしなくても分限をうまく使っててきぱきやっているんですね。ですから、私どもも、今教えていただいた静岡の成功例なども各県に是非通知をいたしたいと思いますし、各県も、安上がりという表現はいけませんが、みんなインクルーシブでやれる障害の程度の人たちを、お金を余り掛けずにそういう形で進めていくということを促していきたいと思います。
○坂本由紀子君 ありがとうございます。 もう一つ、大学における障害学生の修学支援についてお伺いしたいと思います。 今回の法律の中では、幼稚園からそれから高等部までは支援が法律上しっかり書かれておるんですが、大学については法律上の規定はないのであります。今ほとんどの子供さんが大学に行っている時代でございますので、そういう意味で大学でも必要な支援をするということを、できれば今後法律に書くことも含めて対応を強化していただきたいと思うのですが、いかがでございましょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 大変残念な数字だと思いますが、全学生に対する全国の大学で学んでおられる障害を持つ大学生の数というのは約五千人で、全体の〇・一六%しかおられないんですね。ですから、施設の在り方、あるいは、それは学校側としては余分の経費が掛かる部分があると思いますけれども、例えばノートテーカーを置かなければならないとか、点字の問題、それから要約筆記の問題その他いろいろありますが、そういうことをやっておられる大学については私学助成あるいは運営交付金で配慮をするということは必要なことだと思います。そのように措置さしていただきたいと思います。
○坂本由紀子君 是非、障害があっても当たり前に大学に行ける状況を実現していただきますようお願いをいたします。 次に、先ほど中島議員から非常に丁寧に予算の問題についての御質疑がございました。私も、やはり様々、定数を改善するにしてもあるいはいい教育を現場で実現するについても、財源が必要だろうと強く思うのでございます。 安倍内閣は教育再生を最も重要な政策課題として取り上げているわけでございますが、予算の骨格を決めます骨太の方針には、これまで項目を立てて教育についての記述があるということが行われてきませんでしたし、現在の案もそういうふうな状況になっているように聞いております。これでは骨太ではなくて骨粗鬆症で歩けなくなってしまうことにもなりかねないわけでありまして、そういう意味では私は二〇〇七年の骨太の中にはしっかりと教育を柱立てしてやっていただきたいと思うのですが、この点についての考えを伺いたいと思います。
○政府参考人(松山健士君) お答え申し上げます。 ただいま御質問のいわゆる骨太方針、基本方針二〇〇七というふうに申しておりますけれども、その取りまとめに関しまして、昨日、経済財政諮問会議におきましてこの基本方針二〇〇七の素案の検討がなされたところでございます。その素案におきましても、教育再生の項目、これをしっかり設けて記述をするということで、その項目を明記させていただいているところでございます。 ただ、その内容につきましては、伊吹大臣の御出席もいただきました昨日の諮問会議、この御審議を踏まえて記述する必要があることから、現時点では空白ということにさせていただいているところでございます。 基本方針二〇〇七におきます教育再生の記述につきまして、昨日の諮問会議で安倍総理から御発言、御指示がございました。これを受けまして、私ども、その総理の御発言、御指示に沿って文案を準備していると、そういう状況でございます。
○坂本由紀子君 それでは、今度は基本方針二〇〇七の中に教育問題がしっかりと位置付けられるというお答えだと受け取りましたので、そのようにしていただきたいと思います。 それで、ついては、伊吹大臣に頑張っていただく必要があるのでございますが、財源という問題についていえば、例えば先生方は部活動に出ても本当にわずかな手当しか受け取っておられない。これでは、幾ら子供たちのためとはいえ、きちっとした評価をしなければ優れた教員を確保することが無理なわけでございまして、そういう部活手当の抜本的拡充なども含めて、教員の処遇改善にしっかりとお取り組みいただきたいと思います。 また、自由民主党では幼児教育の無償化を掲げております。最初に申し上げましたように、幼児期の教育というのは大変重要でございまして、家庭教育を補強するものとしても、これをすべての子供たちが受けられるということが大事であろうと思います。そういう意味で、この無償化の問題、もちろん財源の問題があるわけでございますが、是非踏み込んでしっかりとお取り組みをいただきたいと思いまして、大臣の御決意を最後にお伺いしたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) まず、今内閣府の参考人が申しましたように、いわゆる骨太方針二〇〇七には、教育再生という項目を従来とは違って一項目を立てるというところまでは行ったわけです。その内容をどう書くかについては、昨日いろいろなやり取りがございました。 率直なところ、先生を含め、ここにいらっしゃる委員の皆さんは教育に対して大変な熱意を持っていらっしゃるので教育についての歳出増のお話が多うございますが、また場所を変えると、公共事業だとか農業だとかいろいろ、これはもうみんな自分の分野、フィールド、価値観で歳出増の圧力は強いんです。 私も主計局という場所で予算編成をやっておりました経験からいいますと、個別の事情を一つ一つ伺い始めると、すべてがもう収拾が付かなくなるということがやっぱりあるんです。ですから、予算は別に経済財政諮問会議に編成権があるわけじゃなくて、憲法の決めるところによって、内閣が責任を持って立法府に提出をして、立法府の議決をもって執行されるわけですから、昨日私はそのことを申し上げてございます。 それで、内閣として最重要の課題として何を取り上げるかは、これは内閣を構成する一人一人の国務大臣の意見もあろうと思いますし、同時に、総理の最終的な御決断もありますから、それにやっぱりまつより仕方がないわけで、総理が決断をされたときに、従来のものと違うじゃないかとかどうだとか、またいろいろ揚げ足を取られると総理も決断がしにくうございましょうから、どうぞ応援をして見守っていただきたいと思います。
○坂本由紀子君 正に国民的な課題である教育再生のために必要な人員、予算を確保し、そして、これらの改正で予定されている制度がしっかりと機能するように御尽力いただきますことをお願い申し上げまして、私の質問を終わります。
○委員長(狩野安君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時まで休憩いたします。 午前十一時五十九分休憩 ─────・───── 午後一時一分開会
○委員長(狩野安君) ただいまから文教科学委員会を再開いたします。 委員の異動について御報告いたします。 本日、岸信夫君が委員を辞任され、その補欠として松村祥史君が選任されました。 ─────────────
○委員長(狩野安君) 休憩前に引き続き、学校教育法等の一部を改正する法律案外六案を一括して議題とし、質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○広中和歌子君 民主党の広中和歌子でございます。 今日、日本の学校制度について、広く教育について質問するチャンスをいただきましたこと、本当にありがとうございます。大臣からの忌憚のない御意見をお伺いできればと思います。 古いことで恐縮なんでございますが、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という本が出版されました。アメリカ人のエズラ・ヴォーゲルという方が書いた本でございますが、ともかく日本の様々なシステム、制度について非常にポジティブな、前向きなお褒めの言葉がちりばめてある本でございます。 私は教育の部分を思い出しながら読んでみたわけでございます。そういたしますと、日本の学校制度のことを非常に褒めている。まず、共通の基礎知識を持っていて、その程度が非常に平均的に高いということ。それから、地方と都会との格差が少ないということ。それは、教師の給料がほとんど同じであることからくる、要するに給料の高いところに先生が流れていくというようなアメリカのような状況がないということです。それから、図書館とかプールとか体育館など学校の施設も非常に良くできているということが褒めて書いてあるわけですけれども。 私も現地を見ておりますと、非常に優れた豊かな学校があるかと、設備のいい学校があるかと思えば、本当に貧しいところもある。同じ例えばボストンならボストンで、ほとんど隣り合わせの町でも教員の給料が二倍、三倍と、いい先生でしょうけれども、違うというようなこともあるわけでございます。 そういう中で日本の教育を非常に褒めている。まあ大学についてはいろいろ批判もあるようでございますけれども。それだけじゃなくて、道徳とかしつけも学校で行う。そして、反省会というのがあって、私はこれは大嫌いなんですけど、反省会というのもあって、そしてお互いが一種の一体感を持ってお互いを規制していると。クラブ活動なんかもその一つであるというようなふうな褒め方をしております。 もし三十年前、四半世紀ですね、二十五年前の日本の学校の教育が外国人の目からそう映ったとしたらば、それから日本は、日本の学校教育はどうなってしまったのか。伊吹大臣、私と同世代でございますので、いろいろ思いも同じだろうと、同じことを体験しているんではないかと思いますけれども、大臣はどのように思われますか。
○国務大臣(伊吹文明君) 私がまだ政治の世界に入る前でございますし、一九七九年ですか……
○広中和歌子君 八年。
○国務大臣(伊吹文明君) 八年。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」というのは先生の名訳で読ませていただいたこともございますけれども、ちょうどこの一九七八年の十年ぐらい前に、日本はライジングサンということを言われて、昇る太陽と言われた時代、つまり高度成長が本格的に軌道に乗り出したときですね。そして、一九七八年というのは、日本がやっぱりこのまま行けばアメリカを追い越すんじゃないかなんというようなことをみんなが言っていたぐらい日本人ものぼせ上がっていたし、外国人もそういう評価を日本にしておられたと思います。ちょうど今の中国とよく似た状況だったのかも分かりませんね。内面に非常にもろいものをたくさん持ちながら、周りの物の流れに人間の成長が追い付かないような、そんな時代であったのかも分かりません。 ですから、外面的には経済成長を支えていたのは何かということから見ると、おっしゃったとおりの評価をエズラ・ヴォーゲルさんがしたというのも、当時成長を牽引していたのは何かという検証としては私はあながち当たっていなかったとは思いません。 その後三十年が経過いたしましたので、率直に言うと、豊穣の中の精神の貧困というのか、豊かになった社会にはどこにでも大体起こる現象なんですけれども、残念ながら、ありていに言えば、物の成長に日本人そのものがうまく合っていかなかったということが起こったんじゃないでしょうか。 ですから、二十一世紀を切り開いていく、しかも長寿・消費社会という成長率が落ちて非常にお金が要るというこの時代に日本人がどうあるべきかという教育の基本のようなものを考えたいと思って教育基本法の改正に安倍さんは取り組んだというのは、ビジネスマンでは政治家はないわけですから、私は一つの安倍さんの見識であったとやはり評価をしております。 今回の教育三法というのは、そういう中で、この新しい時代に合う教育の内容をつくり替えていきたい、そしてまた学校現場の組織も整備していきたい、そして何よりも先生方の資質も向上していきたい、これら一連の流れを管理している文部科学省から現場の校長先生に至るまでの教育行政の責任の所在を明確にしたいと、こういうことで今三つの法案をお願いしているわけですが、もちろんこれだけで、法律改正をしなければやはり法治国家ですから物は動きませんが、法律改正をしたから物が動くというわけではないんで、先ほど来御指摘がある予算の問題、何よりもそれに携わる者の意識の問題、こういうものをすべてもう一度やっぱり見直すべきときで、エズラ・ヴォーゲルさんの評価は評価として有り難い評価ですが、当時からかなり日本人も変わってしまったんじゃないかという気がいたしております。
○広中和歌子君 つい最近安倍内閣になりまして、憲法に始まり、教育基本法も戦後体制の改革ということで始まっているわけでございますけれども、憲法にしても確かに教育基本法にしても、アメリカの影響を非常に受けていることは事実でございます。 しかしながら、事教育に関しますと、アメリカの制度をまねているようで決してまねていないということ、そしてそれが、今の硬直化した教育制度と言ったら申し訳ないんですけれども、それがグローバリゼーションとか高齢社会、つまり人が長く生きるといったようなこと、それからIT時代といった、ともかく新しい時代に対応し切れていないんではないかなと思うわけでございます。 そういう中で、むしろアメリカのもうちょっといいところを今採用した方がいいんではないかということが幾つかございます。 例えば六三制なんていうのも、たまたまアメリカの教育委員会の方の出身が六三制であった。アメリカ全体としては六二四もございますし、五三四もあるし、いろいろなわけですね。 それから、まず教育委員会ですね、教育委員会にいたしましても、これは選挙でございますし、立候補して、そして自分のこの町の、あるいは市の、あるいは県の教育行政はどうあるべきかと、そういうことを住民に訴えて当選すると。教育長もしかりでございます。そういう中で、地元の人たち、つまり保護者と学校との連携というんでしょうか、その理解が非常に高いということが言えるわけでございますけれども、今度の改革は、教育三法でございますけれども、相変わらずの文部省、そして教育委員会というふうに来て、そして保護者の意見というものがほとんど反映されていない。地元の意見も反映されていない。それだけじゃなくて、地元は何を学校がしようとしているかということも十分に分からないと、そういうことが問題ではないかと。その点についてはアメリカの制度を学ぶべきではないかと、そのように思うわけでございますけれども、いかがでしょう。
○国務大臣(伊吹文明君) これはアメリカに長くおられた先生に私が申し上げるのもいかがかと思いますが、アメリカのいいところは大いに学んだらいいと思います。しかし、アメリカと日本は文化が違いますね。アメリカは人工的に作られた多民族国家ですよ、移民によって。日本は自然発生的にできている国です。そして、非常に多民族から成り立っているあの国は、ユナイテッドステーツですね。日本は一つの国なんですよ。ですから、アメリカ合衆国という国だとあの国を文化的に考えるのか、それとも州のユナイテッドの国だと考えるのかということを思いますと、私は、必ずしもアメリカの制度を日本にすべて適用するのがいいとは思いません。いいところは先生がおっしゃるとおり入れたらいいと思います。 ですから、教育委員会制度は正にそういうところから入ってきたわけで、最初、公選制になっておりましたね、委員は。しかし、合議制の公選制、つまり、我々の言葉で言えば中選挙区時代の選挙とよく似た選挙ですから、必ず党派が割れてしまうんですね、教育委員会の中で。そして、それでうまくいかないような歴史があって、今のような任命制になってきたという経緯もあるわけです。 ですから、アメリカのいいところは私は大いに学んだらいいと思いますけれども、日本には日本のやはり国の成り立ち、伝統、文化の在り方というものがありますから、むしろ、戦後、日本の本来の国の成り立ちと違うものを入れた結果うまく機能していない部分について、しかし、政府という立場からいうと、大きく変えるということで現状を混乱させないようにと考えながら知恵を絞ったのが今回の法案なので、西岡先生に言わせると誠にシャビーなものだという御批判をやっぱり受けてしまうんですが、先生のおっしゃっている、いいところは大いに受け入れたらいいと思いますが、アメリカの具体的にいいところというのはどういうところかおっしゃっていただければ、少しいいか悪いかを私なりに御議論させていただきたいと思います。
○広中和歌子君 要するに、今度の改革で、今悪いとされている、問題とされている部分が良くなるんだろうかということが、もう率直な疑問なんですね。いじめがなくなるんですか、自殺がなくなるんですか。それから、学校での私語がなくなるのかとか、そういったしつけの問題もございますよね。どういうふうに良くなるかというのが全然見えてこないんですよ。 そして、学校の先生にもうちょっと頑張っていただくとか教育委員会が多少変わるとか、それから学校が今まで校長先生と教頭さんで、あとは先生でしたよね。生徒にとって先生というのは階級がない、つまり先生というのは大切なものですよね。その先生が今度の法改正によっていろいろ、この先生は偉い先生、中間の先生とか、そういうような階級が付いてしまうというようなこと、余り意味のないようなことを改革なさっているような気がするんですね。それから、先ほど言いましたように、保護者の意見が反映されていないということ。 それから、ついでにアメリカの制度を、実を言うと私が経験しただけではなくて、アメリカの教育委員会の制度について詳しい方から聞いたわけですけれども、そうした選挙だけではなくて、先生、その採用された先生というのの平均年齢が大体二十九歳だそうです。様々な人生体験を得ながら先生となると。そして、先生は絶えず、何というんでしょう、研修をすることが求められていて、毎年単位を持つことが必要であると。ところが、今度の日本の改革では十年に一度、三十単位取るんですか。 大学を出た方が先生になって、人生経験も何もなくて教師を始められて、あっ、しまったと思う方もあるかもしれないのに、十年待って、そこで駄目教師であるというようなレッテルを張られて追い出されると、そういうようなことになったときに、その先生というのは社会性の点からいって、再就職の可能性というのは、少なくとも今の日本では終身雇用制が主流ですから、先生の身の振り方というのも非常に難しいだろうと思う。もうちょっとそういうところに流動性を入れてもいいんじゃないかというようなこともアメリカから見た日本の教育制度であるんではないかと。むしろ、今までは平均的にいい人材を輩出する、教育していくということが主眼であった教育をもうちょっと新しい時代にふさわしいように変えていくという、そういう方向の改革であれば私は、少なくとも私は大賛成でございますけれども、そのように見えていないわけです。 教育委員会制度ではなくて、民主党は別の案を出しているわけでございますけれども、その案について西岡先生に御説明していただき、どういうふうに具体的に違って、どういうふうにいいのかということを言っていただくと大変有り難いと思います。
○西岡武夫君 お答え申し上げます。 私ども民主党がさきの国会以来提案をいたしておりますのは、教育行政の責任の所在を明確にすると、そういう意味では今回政府が御提案になりましたこの学校教育法の改正等々では私は明確にならないというふうに考えておりまして、民主党の案におきましては教育委員会を、これは教育委員会を廃止するというのはちょっと誤解が生ずるおそれがありますからちょっと御説明させていただきますけれども。 現在の教育委員会のスタッフの皆さん方は大変よくやっていただいているわけですね。この教育委員会の事務当局の皆さん方は知事の下における行政としてきちんと位置付けられるわけでございますから、教育委員会なくするといっても、教育委員会の事務方の皆さん方はそのまま教育行政に携わっていただくということには何ら変わりがないわけでございまして、民主党が今回提案をいたしておりますのは、教育委員というのは一体こういう状況で果たして教育行政に責任持てるのかと。委員御承知のとおりに、依然として教育委員は非常勤でございますから、非常勤の教育委員の皆さん方に一体どうやって義務教育を中心とする教育行政全般について責任を取っていただけるのかというところに大きな疑問を持っているわけでございまして、これはやはり地域の住民の皆様方から選ばれた首長の責任でやってもらうと。これまでも何回も答弁申し上げてきたところでございますけれども、責任の持ち方というのは、やはり予算の編成権、執行権、人事権、この三つがきちっとそろっておりませんと行政の責任は取れないわけでございますから、私どもは首長が責任を持つという仕組みに変えるべきであるというふうに御提案を申し上げているわけでございます。 これに対して余りにも政治的なのではないかという御批判がございます。しかし、委員御承知のとおりに、現在の教育委員も首長がこれを選ぶわけでございますから、もちろん議会の承認が必要でございますけれども、これはむしろ責任の所在をオブラートに包んだような形にしてあいまいにしていると。しかも、政治的中立性とは称しながら、そこのところは非常にぼかされた形になっているところに問題があると。 むしろ、首長に教育行政の責任を持ってもらうということになりますと、選挙で選ばれるわけでございますから、正にその地域の住民の皆様方の厳しい監視下に置かれると。やはり地域の住民の皆様方の民意というものを、教育行政も信頼をし、そして首長に任せると。そして、いろいろな問題が現実問題として教育現場に起こってくるわけでございますから、そういう中で、全国の教育行政全体についての結果責任について、いろんな問題が起こったときには最終的に文部科学大臣がこれを責任を持つということを私どもの日本国教育基本法の中には明記してあるわけでございまして、そういう形で教育行政は進められるべきものであると、このように考えて御提案を申し上げているところでございます。
○広中和歌子君 伊吹大臣はイデオロギーの対立がそのまま教育に反映されることを非常におそれていらっしゃると。確かに戦後の一時期におきましてはそういうことはあったと思うんですけれども、冷戦後、日本におきましても、むしろ政党間の対立というのはイデオロギーの対立というよりはどのようにして住民の意見を反映さすかと、それは国政レベルでも、ましてや地方のレベルにおいてはそういうような形に変わってきておりますから、教育委員や教育長を任命する場合でも十分に機能すると、そのように思うんでございますけれども、いかがでしょう。
○国務大臣(伊吹文明君) どういう形で地域住民の声を反映させていくかというのは、いろいろその国の成り立ち、その国の文化を考えながら知恵を絞らねばなりませんから、今回は、まず我々の提案は、学校協議会というものを、それから教育委員会に保護者の代表を入れるということ、学校評価、教育委員会の評価を行ってそれを公表させると。そして、それを日本の自治の本来の在り方から言えば、地域住民の代表である議会がしっかりと見極めないといけないんですよ。見極めて議会がやはりその機能を果たすというのが本来の私は地方自治の在り方だと思います。 民主党の御提案につきまして、これは西岡先生はもう御専門家ですからよく分かっていらっしゃるんだと思うんですけども、国に教育の責任があるということは御提案になった法案に明記されているわけでしょう。そして、その法案の、国に責任がある、その国の権限の執行者として知事、自治体の長を想定していらっしゃるわけですから、今の自治法の規定から言えば、想定された自治体の長が果たす仕事は、地方自治事務ではなくて、先生がおっしゃっている地方に任すという地方自治事務ではなくて、法定受託事務でなければならないんですよ。国のものだけれども、法律でゆだねると。法定受託事務の範囲の中で、どの程度の地方の裁量権が出てくるのかと。多分そのときの自治体の長の姿として想定されるのは、旧帝国憲法下の地方長官的知事あるいは首長であればそのことは可能かも分かりません。 西岡先輩、よくそのことは分かっていらっしゃるから、自民党におられたときに我々にずっと教えてくだすったのは、教育権は国にあると、そして義務教育に携わる教員は国家公務員であるべきだと。これなら一本ぴちっと、いいか悪いかは別として筋が通っておりますよ。しかし、法定受託事務を執行する地方長官的自治体の長で地方自治にゆだねるんだという論理は、私は少しやっぱり難しいんではないかと。 一番大切なことは、地方議会の機能が十分発揮されて、住民の意向を背景にして地方にゆだねている。自民党案だと、国と地方とが分担して教育を行うと、こう書いてあるわけですから、先般、佐藤先生が御質問になった例えば犬山市の例が私はいい例だと思うんですね。統一学力テストに市長は参加をすると言って選挙で当選したわけですよ。しかし、教育委員会は参加しないと言ったときに、教育委員会のやっぱり意見が通っているわけですね。これが教育委員会を置いているやっぱり意味合いだと私は思います。
○広中和歌子君 それでは、教育委員会から離れて、ちょっと別の角度から大臣にお聞きしたいんですけれども、現在、日本には世界に誇るべきトップクラスの人材が輩出しておりますね。それは映画監督であったり、作家であったり、デザイナーであったり、画家であったり、建築家であったり、音楽家であったり、漫画家であったり、それからスポーツ選手など、いろいろ世界的に活躍しているんですよね。 こういう人たちはどうやって出てきたのかなと思うんですけれども、こう言っては失礼なんですけど、どうも日本の文部省、教育行政のメーンストリームからは出てこないと。どこか、はぐれ雲というんでしょうか、外れたところから出てきている人たちが世界的に活躍しているんじゃないかなというような思いがするわけなんでございますけれども、大臣としてお答えにくければ、一人の政治家としてどういうふうにこれを理解なさっていらっしゃいますか。
○国務大臣(伊吹文明君) 例えばフィールズ賞をお取りになった先生の御夫君も、やはり日本の教育の中で育たれたんじゃないんでしょうか。 だから、もちろん日本の教育のシステムというのは、小学校から幼稚園、大学を出て大学院で教育を受けたからという意味ではなくて、日本の初等教育、中等教育あるいは高等教育の中でいろいろ押しくらへしくらしながら自分の才能を開花されたわけで、いや、もっと別の方法があるよと、外国で有名になった人もたくさんいますよね。しかし、日本でしかるべく評価を受けて外国へ出た人もたくさんいるわけですから、私はそんなに日本の教育は捨てたものじゃないと思いますし、これをこれから少しずつ、まだ、先生の御意見も一つの御意見だと思いますから、いい方向にみんなで向けていくという努力をしていくべきだと思います。
○広中和歌子君 確かに、こういう方たちも日本で生まれ育って、日本の文化の中で、何か分からない中で育って、そして自分の道を見いだしながら才能を伸ばしている人たちだろうと思います。 私は、どうも教育に対してある種のスケプティシズムというんでしょうかね、があるのは、戦争中に小学校に行きまして、集団疎開でした。そこで教わったことというのは読み書き算数で、時間が一杯ありました。田植もいたしましたけれども。時間が一杯あって、その空いた時間、空想にふける時間が一杯あったということ。それから、世界文学全集という子供用のがありまして、それ片っ端から読んだというようなことがありますけれども。それから戦争で習ったこと、そして終戦になってまた別のことを習ったこと、そういうことから批判精神を身に付けるようになったとか、いろいろ、教育というのはフォーマルな、いわゆる正式の文部省という枠組みの中の教育も一つございますけれども、様々な形で子供は学んでいく。 特に、これからの世の中というのは、先ほど、非常に優れた人材が育つような教育制度であった戦後ですけれども、そこからもうちょっと離れて、世界の中で羽ばたく、発言ができる、ユニークなことを提言できる、そういった人材ですよね。何も学問の世界だけのことじゃございません。そういうような人材を育てるときに、上からきっちりした文部省行政というのは世界に誇るべきものかもしれませんけれども、組織という点では。ただ、もうちょっと自由度があっていいんじゃないか。地方地方でそれぞれ変わったことをやって、それで駄目だったら修正する。そして、それがすばらしいんだったらほかのところもまねてみる、あるいはモディファイしてみる。そういうような形で、日本がもうちょっと分権的に教育の面でもなっていくのがこれからの方向ではないかなと、そんなふうに思うわけでございますけれども、両大臣、西岡大臣もそれから伊吹大臣、お考えを聞かせていただければ有り難いと思います。
○西岡武夫君 お答えをいたします。 委員御指摘の点も一理も二理もございまして、私、賛成するところが多いんでございますけれども、あえて申し上げますと、日本の教育のこれまでの歩みの中で、アメリカ的な教育制度、教育委員会に代表されるような制度を持ち込んだと、このことによって若干日本の教育行政に私は混乱を来したというふうに思っております。 おっしゃるように、それぞれの地域、それぞれの学校でもっと濶達にいろんなことができるようにすべきだと、それは、日本の次の世代を育成するという基本的なところはきちんと押さえた上でそれぞれの地域の特徴を生かしていくということは大事だと私も思います。 したがって、私ども民主党の案の中では、学校理事会というものを新しく設けて、ここにかなり日常の学校運営の責任を持ってもらうという、そういう制度設計をしているわけでございまして、そこには学校の、保護者の皆さん方と学校の先生も、校長先生、先生の代表、地域の代表の方、あるいは教育の学識経験者の方々で構成されるところに日常の学校運営はお任せすると。これが一番、学校現場でいろんなことが起こっているわけですけれども、これは例えば、駄目教師なんて私は余り言葉はいいとは思いませんけれども、教師の問題についてもそういう学校理事会において日常的にきちんと見ることができるんじゃないかということも考えながら学校理事会というのを提案しているわけでございますけれども。 一方、これは委員に申し上げるのはちょっと釈迦に説法を超えた大変失礼な言い方になるかもしれませんけれども、教えてむしろいただかなきゃいけないんですけれども、アメリカは文部科学省に相当する役所はないわけですね。ところが、どうも私が最近ちょっと調べたところによると、アメリカも合衆国としてやっぱり文部省的なものを必要なんじゃないかなという議論が起こっているというふうに私は仄聞しているわけでございますけれども、これはむしろ委員からお教えをいただかなきゃいけない問題でございますけれども、そこのところは両々相まって教育行政は進めていってしかるべきではないだろうかと、このように考えております。
○国務大臣(伊吹文明君) 西岡先輩がおっしゃったことに補足することは余りないんですが、今の御発言の中で、まず、日本のこれからを担っていってくれる子供として必要なところをまず押さえてとおっしゃっているわけですね。その押さえる範囲がどの程度かというのが多分先生と私の意見の違いであり、それは国というものをどう考えるのか、個人の自由というものをどう考えるのか、自治の権利と義務というのはどこまであるのかという、これは各々の、難しく言えば政治理念というか国家観によって違ってくることだと思います。 あえて私が申し上げるまでもないことですが、今、西岡先生とのやり取りであったように、アメリカの生い立ちの歴史をずっとやっぱりひもといて十三の州から始まったときのことをフォローしてみますと、やはりある州はある民族で成り立っていたわけですよ、当時は。そして、南の方にはフランスの旗が立ち、ボストン近くにはイギリスの旗が立ち、そしてカリフォルニアは自由の大地だったと。だから、州によっていろんな宗教的背景、教育の内容がすべて違っていたと思うんですね。ですから、各々の州に教育権があって、そして連邦政府には教育省に当たるものがないと。 しかし、ユナイテッドステーツじゃないほかの国は、どこを見ても、教育に関する役所がない、省庁がない国はございませんですよね。だから、そこのところのやっぱり日本と諸外国の違いということも考えて、日本には日本のやっぱり制度をつくり上げていくということだと思います。
○広中和歌子君 お言葉を返すようで大変恐縮なんでございますけれども、我が国の生い立ち、成り立ちというんでしょうか、明治の初めからではございませんで、例えば京都でもそうでございますし、日本各地でそれぞれ塾というんでしょうか、それができたときは、正にボランティアみたいな形でやっていたわけでございまして、そして特に京都なんかですと、町衆が集まって小学校をつくると。文部省ができる前にそういうところから始まったというところでは、ほかの国の歴史と余り変わらないんではないかと。アメリカも確かに移民のボランティアから、特に女性が先生になって始まったということは聞いております。 そのことはさておきまして、要するに時代とともに変わっていくということはあると思いまして、エズラ・ヴォーゲルさんが言うように、日本のスタンダード、標準化された層の厚い教育というのはすばらしいんだと。多分、あの方はアメリカに帰ってそういうことを言われているんじゃないかと思います。そういう中で、アメリカも日本に見習うべきところがあるんだということでこういう本をわざわざ書かれたんだと思います。 ただし、日本でも問題がないわけじゃなくて、それは、かなり幅は広いんですけれども、その中間層から外れている人がいるわけですよね、おっこっている人、それから退屈がっている人、両方退屈しているんですけどね。だから、もうちょっと多様化してもいいんじゃないんですかと。そうすれば、教室のおしゃべりもなくなるかもしれない。もちろん先生が厳しくやればおしゃべりなんてなくなるかもしれないけれども、授業が成り立たないような現状というものを考えたときに、もうちょっと工夫のしようがあるんではないか。それは、文部省というのは遠い存在ですよね、それぞれの学校にとっては、地理的にも、それから何というんでしょう、構造的にも。そうではなくて、もっともっと自由度を持って、それぞれの先生がそれぞれの学校で対応できるようなシステムにすると。そして、授業の先を行っちゃって退屈している優秀な子供、それから付いていけなくて退屈しているそういう子供たちに対応するような、そうした授業なんかも考えられるんじゃないかと。そうすると、塾に行く子供も減ってくる。日本みたいに塾に行かなくちゃ教育が成り立たない国というのも珍しいんじゃないかと思うんですけれども。 そういうことを考えましたときに、やはり文部省も、これは我が国のやり方だというふうに胸を張っていただくのも結構なんですけれども、やはり変える必要があると。それで、その変える方向性というのは、申し訳ないけれども、この教育三法ではないような気がするんですよね。
○国務大臣(伊吹文明君) まず先生、これは、今度は私の方からお言葉を返すようで恐縮なんですが、確かに明治維新前は読み書きそろばん、私塾でみんな教えておりましたね。しかし、それがやっぱりできたのは、非常に多くの、何百という民族が移民をしてつくった国ではなかったからなんじゃないんですか。まあ今でいえば、結婚式は教会で、七五三はお宮参りで、そしてお葬式はお寺で、日本人みんなそうですよね。そして、日本語がどこへ行っても通用しますよね。ちょっとやっぱりアメリカとは生い立ちが違ったからそういうことが私は可能だったんだと思います。そのことを申し上げたということです。 それから、今の点については、先生のおっしゃることは分かりますけれども、今の学校のカリキュラムの組み方あるいはクラスの分け方、これは全く自由なんですよ、学習指導要領の範囲の中で。もちろん、地方の学校の校長先生がやられた教科の組み方だとかクラス分けについて当該教育委員会がチェックはすると思いますが、文部科学省が平均的な点数でクラスを組まなければならないとか何かを指示をするというようなシステムにはなっておりません。 ただ、現実には先生がおっしゃっているようなクラス編制が行われて、両方の極端な人がというのは、多分、そういうクラス編制をしたら、野党の皆さんも与党の皆さんも、エリート教育だとか落ちこぼれ放置だとか言ってまた今度は非難されますよ。つまり、日本のそういう結果平等の文化が戦後育ってきているということに大きな問題がむしろ先生のお立場からすればあるんであって、それは文部科学省がそういうことをしろということは、指示をしているということはございません。
○広中和歌子君 日本人が単一民族というのは、いろんなところから来た人たちが、島国であったために、そして徳川時代、鎖国をしていたために独自の文化が育ったということは、それはすばらしいことだと思います。 ただ、今は国際社会に向けて物を言わなければならない時代になってきているわけですよね。そういう時代の人材教育というのは、もうちょっと自由度があってもいいんじゃないか、才能を好きに伸ばせるようなシステムじゃなければいけないんじゃないかと。落ちこぼれて、自分は勝手にやりますということですばらしいスケーターができたり、それから、野球選手のすごい人がいますし映画監督もいるし、そういうような人たちが本当に学校を楽しんで才能を伸ばせるような、そういう形が望ましいんじゃないかなと、そういうふうに思っている次第でございます。 ひところは平等主義というのが非常に日本の学校ではやったと、それが大切だということ、分かるんですけれども、やはり生徒の立場に立ってみれば、いつまでも同じところにとどめ置かれるのは嫌ですし、できる子は先へ行きたいし、それから、分からない、数学が分からない子にこうだろう、こうだろう、こうだろうと言われても、もう苦痛以外の何物でもないわけですよね。だから、もうちょっと親切な教え方というのがあってもいいんじゃないか。 そうなってくると、やはり習熟度別のクラス編成ができるぐらいのゆとりのある、そうした先生の配置というのが必要なんではないか。必ずしも私は少人数じゃなくてもいいけれども、同じようなレベルの子だったら五十人いても大丈夫だろうと思いますけれども、しかし本当に落ちこぼれている子には個別に対応するといったような。そういたしますと、今度の改革で予算も先生の数も増えないで、ただ、しかも経験のない先生、十年後に研修するといった制度の中で、どのような効果的な教え方ができるのかなと大変疑問に思うんですね。 またアメリカの例を挙げて恐縮です。必ずしもすべてのアメリカがいいと言っているんじゃございませんから、お断りしておきますけれども。アメリカの先生は、この前、水岡先生おっしゃいましたように、掃除の監督から給食から、それから放課後のスポーツから、授業以外にもうありとあらゆることをしなくちゃならないといった先生ではございません。教授に、教えることに専心できるんですね。しかも、雇われている期間というのは九か月です。年俸制ですからぼんともらうわけですけれども、それは九か月教えている間に渡されて、それから後の三か月というのは自分で研修、自己研修してもいいし、それからほかの仕事に就いてもいいと。つまり、社会性を、お金を稼ぐと同時に社会性も身に付けるといったようなこともあるわけですよね。 ですから、予算が非常に限定されている中で、何というんでしょう、日本の先生にこれ以上の過酷なノルマを課しても、それはもうちょっとお気の毒としか言いようがない。もうちょっと先生にもゆとりを持っていただく。 別の委員会でワーク・ライフ・バランスということを私たちやっているわけでございますけれども、働き過ぎであった日本人が家族一緒に夕食が食べられて、夕食の団らんの中で親から、親との会話の中で子供が学んでいくというような、そうした世の中というんでしょうか、社会を取り戻すためにも、先生を土曜日出勤さすとか、あるいはもう夜十時まで学校のために献身的に働かせるとか、そういうようなことは是非是非是正していただきたいなと思う次第ですけど、いかがでございましょう。
○国務大臣(伊吹文明君) まず、先生その前に、今先生から日本が単一民族というお言葉が出ましたが、私はそういう言葉は使っておりません。これは極めてセンシティブなことですから。日本にはアイヌの方もいらっしゃるし、在日外国人で日本国籍をお取りになった方もいらっしゃいます。私が申し上げているのは、アメリカという国に比べれば日本は相対的に極めて等質的な国だから、いろいろなことがやりやすかったんじゃないかということですね。 そして、今おっしゃっていることは、私は何ら反対ではございません。そのためには、先般来いろいろ各委員から御質問がありましたように、予算をやはり取って、そして人員をどうしてというやっぱり努力をしないといけないわけで、今回は予算は増えないしノルマを課すと、まだそうなっているわけじゃないんじゃないでしょうか。各先生からいろいろな御注文があったりなんかをして、まあどうなるか分かりませんよ、分かりませんけど、先ほどの経済財政諮問会議担当の審議官は、今年は初めて教育再生という項目を二〇〇七骨太方針の中に立てることに決定いたしましたと、そこまではまあ私がやってきたわけです。これからどうするかは、ここにいらっしゃる先生方のお力添えもいただいて、今、広中先生もそういうお気持ちを持っていらっしゃるんなら、少しは後ろから私を押していただければ有り難いと思います。
○西岡武夫君 今大臣が政権の中の一大臣というお立場で、非常にもっといろいろおっしゃりたいんだと思いますけれども、なかなかそこまでおっしゃるのは難しいということなので私からあえて申し上げますけれども、やはり行革推進法の中で、私どもが、学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律の中で、委員御承知のとおりに、附則において行革推進法の四条を、四つの条文を削除するということを御提案しているわけでございまして、そこのところがきちんとしなければ、幾ら安倍政権がいろんなことをおっしゃってもこれは絵にかいてもいないもちだろうと私は思うわけでございまして、そのことを是非伊吹大臣にも一緒に、それこそ与野党が一緒になってやりましょうよと、この委員会でこの条文を削除するということを是非やっていただきたいなと、これは委員の皆様方にお願いするわけでございますが。 それともう一つ、必ず予算という問題が出てくるわけですね。あらゆることは最終的に予算ということになる。これが縛られているからどうにもならないと。伊吹大臣のお言葉をかりれば、どこから持ってくるんですかと。そこで、私のこれまでの経験の中で一部申し上げますけれども、私は長いこと、教育くらい、教育投資くらい先行投資と位置付けるにふさわしい投資はないというふうに主張をしてきたわけでございます。 したがって、教育に関する予算は建設国債の対象にしていいのではないかという議論を長いことやってまいりました。これはなかなか当時大蔵省、現在の財務省がとてもこれを受け入れるところではなくて、これはコンクリートとかそういう、公共事業、公共事業というふうな形で建設国債の対象にしてきたわけでございますけれども、教育についての費用は正に日本の将来をつくる建設投資であろうと、こういうことの発想の転換をすれば教育予算は十分確保できると、このように考えておりまして、これはこの委員会の皆様方のお力によって是非実現をしたいなと、このように考えております。
○広中和歌子君 私も同様の期待を持っております。 それから、前回でしたか、ちょっとの時間でございましたけれども、もうちょっと語学教育をちゃんとやるべきだということを申し上げて、伊吹大臣はたしか小学生ぐらいでは早過ぎるというようなことをおっしゃったわけですけれども、まあそれはそれでよろしいと思います。 ただ、前回も申しましたように、いろんな音に慣れるというんでしょうか、それは非常に大切なことだと思うと同時に、外国人を積極的に日本の学校の中に取り入れるということ。現在、これは水岡議員がいつか御質問になったわけですけれども、正規、非正規を含めまして大勢の外国人が今、日本に来て働いています。ちゃんとした収入のある方は外国人学校に行くんですね。そうじゃない人たち、一部はもちろん日本の学校制度の中に取り込まれていますけれども、多くの人たちが学校に行かないという状況です。これはゆゆしき問題で、人道問題でもあります。 それから、私たちは、こうした外国の文化を持った人たちを放置することによって、そして健全に日本文化を学んでいただかないことによって多くのものを失っているんではないかと思います。一番のいい国際性を養う教育というのは、外国人が隣にいたり、そういうようなことだろうと思うんですけれども、その点についてもっともっと積極的に、外国人が住んでいる、働いている町などで、ちゃんとしたリーガルステータスを持っているか持たないかは別として、ともかく現地にいる子供たちは学校で預かると、学齢に達した子ですよね、そう方向で是非大臣に努力していただきたいんですが、いかがでしょう。
○国務大臣(伊吹文明君) これは、さっきから先生と御議論を申し上げている、やや国家観、価値観にかかってくることでして、日本の国、日本の国民、日本の文化と異なる文化を持つ人たちとの接触によって日本の国の文化をどういうふうに維持していくかというのは、これはフランスの例えば大統領選挙でも大きな争点になっていることなんですね。 だから、リーガルステータスをきちっと維持している方については、日本の法務行政の中で位置付けられている人については、先生がおっしゃったようなことを私は十分考えなければならないと思います。しかし、そうじゃない方々を結果的に日本に長くとどめておくということについて、いいか悪いかはこれは価値観の問題ですので、私の言っていることはけしからぬとおっしゃっても私は別に反論しませんし、私の言っていることがいいよとおっしゃっていただいても私は別にそれでその方に拍手を送るつもりもないんですけれども、これは価値観の問題、国家をどう見るかという問題にかかってくることですから、きちっとしたリーガルステータスのある方については、先生のおっしゃっていることはよく受け止めさせていただきます。
○広中和歌子君 先日、EUの議員たちと日本の国会の議員たちと交流する、会議をする場があったわけですけれども、そこで伺ったのは、EUというのはまた新しい形の発展を遂げているわけですよね。アメリカは移民から成り立ってああいう多国籍国家ができているわけですけれども、EUも新しい方向に向かいつつあります。そういう方向の中で日本がどういう立場に立つかということなんですけれども、一言彼らが言っていたのは、自分たちが学校で強調するのは愛国心ではなくて、むしろ妥協であるとか協調であるとか理解であると、そういうようなことを言っていました。 私たちは日本人であることを非常に誇りに思うと同時に、今のこれからの世界、ただでさえ温暖化とかそのほか環境問題で大変な中で、やはり最悪の環境問題というのは戦争でございますから、本当にそういう戦争が起こらないような調和した世界を築いていくという、そういうための、そういう教育を是非是非強調していただきたいと、そういうことを申し上げて、時間が参りましたのでこれで質問を終わらせていただきますが、よろしくお願いいたします。
○那谷屋正義君 民主党の那谷屋正義でございます。 この部屋で、そしてこの委員会での質問というのは大変久しぶりでございまして、また身の引き締まる思いでございますけれども、是非よろしくお願いしたいというふうに思います。 また、この大変重要な審議を、実りのある審議を長いこと、長い間このようにずっと頑張られていらっしゃる大臣を始め、また西岡提案者を始め、本当に御苦労さまでございます。また、こうして質問の機会を与えていただきました同僚の議員の皆さんにもまず御礼を申し上げたいと思います。ありがとうございます。 それで、早速ではございますが、まず法案の質問の前に幾つか御質問をさせていただきたいんですが、最近の子供たちを取り巻く状況といいますか教育環境といいますか、そういう中にあって非常に、まあどちらかというとというよりも、むしろ悪い方向に影響が与えられているなということを私の方から指摘させていただきたいと思うんですが、例えばブラウン管、ブラウン管はもう古いですね、テレビですとか新聞ですとか、そういうところの中で、残念ながら多くの方が自殺をするというような、自ら命を絶つというようなことがございます。 これは、やはり子供たちはテレビを見たりすると、あっ、自分も苦しくなったら死んじゃっていいのかなとか、あるいはもっと小さい子になりますと、ゲームじゃないけれども、どうにかするとまた復活するんじゃないかとか、いろんなことを考えるというふうに思うんですけれども、こうした自殺が本当に多くなってしまっているという現状、これが教育、子供たちに与える影響というものを大臣はどのようにお考えか、よろしくお願いいたします。
○国務大臣(伊吹文明君) それはもう、今先生がおっしゃったとおりだと思います。メディアが大変発達をしてきていることと、それから残念ながら核家族化が進んで共働きが常態化するということは、これは社会の進歩とともにごくどの国でもあり得ることですが、その結果、学校が終わった後、子供たちは両親あるいはおじいさん、おばあさんと一緒に暮らす時間がないというのが現実ですよね。その本来家庭と地域社会に期待されていた教育力、しつけの力というのを今みんな学校の先生に押し付けて、どうだという話になっているというのが日本の私は一番つらい現状だと思います。 子供は帰ってくるとテレビ見ますよね、両親がいないわけですから。テレビを見ると、今おっしゃったように、人を殺すというのはよくテレビゲームなんか出てきますね。死んだ後、また生き返ったりするわけですよ、おっしゃったとおり。大人もまた、苦しければすぐに死によってそれを解決しようと。もちろん、キリスト教文化という文化が日本にはありませんので、自殺というものについての危機感がキリスト教文化の国に比べると少ないという点もあるんだと思いますが、今度の教育基本法の改正の中にも生命の尊さとかいうことを明記しておりますので、学習指導要領その他でどういうことを教えていただくかということは、やっぱり先生の今の御注意を踏まえて、もう一度やはり法案が成立したら見直さないといけないと思います。
○那谷屋正義君 命の大切さということで共通の理解かなというふうに思いますが。 もう一つ、自分が間違いを犯した、あるいは人に迷惑を掛けた、そしてそのことが自分に責任があると、こうしたときに、いろいろな方法、表現の仕方はあるのだというふうに思いますけれども、やはり、まず相手に自分の今のその思いを伝えるときには、いわゆる陳謝するというか謝るというか、そうしたことがまず大事なんではないか、自分の思いを相手にまず最初に理解していただくためには大事ではないかなというふうに思うんですが、なかなかこれが最近、やっぱりこれもテレビ等を見ながら、あるいはもう少し言うと、政治家の中にもなかなかそういうふうなことが表れてこない。 私は、政治家だから絶対に間違えないという、そういう認識は絶対にあり得ないというふうに思いまして、やはり間違いは間違いとして、それは本当に国民の皆様には、不安をあおるというか、不安を持たせて、不安な心、安心できない思いをさせてしまって申し訳ないというようなことはまずあって当たり前だろうと思うんですが、まあ昨日、全然違いますけれども、厚労大臣の方は陳謝をされたというようなことがあります。 時期がこれで良かったのかどうかという問題はありますけれども、しかし、一国の総理であります安倍総理は、責任は感じているというふうにはおっしゃっていますが、そうした陳謝という意味のものは全く今回表されていないわけで、そういう意味では子供たちには非常に分かりにくい、むしろ謝るよりも開き直った方がいいんじゃないかというような思いさえ教育上出てきてしまうような、そういうようなことがあるんではないかと思うんですが、この点についてはいかがでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 私はヨーロッパで四年ばかり生活をしてきたことがありますが、何か例えば事故を起こしたとかいろいろなことがありますと、日本人はすぐにごめんなさい、申し訳ないと言いますが、本当にそれを例えば補償だとか何かで表すことになるとごねるんですよ。ところが、イギリス人だとかは、やはり自分を正当化する、権利を主張するということは非常に強い文化を持っていますから、簡単にごめんなさいとは言わないですね。しかし、いったん決着が付くと誠実にそれを表していくと。 ですから、政治の分野について言えば、これはありていに言うと、いろいろ、与野党がありますよね、主張の違い。そして、目睫の間に参議院選挙が迫っておりますよね。ですから、つくられた疑惑、つくられた、何というのか、失敗ということなのか、本当の失敗なのかというのは、これはいろいろ見る立場によっていろいろ意見があると思います。ですから、今先生が正におっしゃった、厚労大臣は謝罪したけれども安倍さんはどうだという、これは私は御党の菅、当時の厚生大臣が例の年金番号を入れたというのは私は大いに評価をしているんですよ。あれを入れるまで約三億件の職場ごとのいろいろな保険の支払件数があったんですよ。あの年金番号を入れて名寄せを始めたから二億五千がなくなったわけです。あと五千件残っているんです。(発言する者あり)あっ、五千万件。この五千万件をどう処理していくかというのは、実は歴代の厚生労働大臣をも含めて、すべての人たちが国民に対して責任を負うべきことなんですよ。私は、安倍さんも負わなければならないと思いますよ。しかし、安倍自公政権が悪いとか安倍さんがけしからぬということだけを言うということになると、これはそれで謝れという、謝らないのはおかしいということは、選挙の前にはお互いに少しこれは慎まないといけないことじゃないかと思いますね。
○那谷屋正義君 これは本当は深入りしないつもりだったんですが。 一つ目は、先ほどヨーロッパの話をされました。だけれども、私の質問の前に、広中委員のときには日本には日本の文化があるというふうな物の言い方をされておいて、今回の謝るという形についてはヨーロッパのことを引き出されるということはちょっと一貫性が、ちょっといま一つ疑問があるなと。 いや、私は大臣の言われることは分かります、ヨーロッパの方たち、アメリカの方たちは交通事故があっても決して最初に謝らないというのはよく分かります。それはよく分かっていますが、しかし私の言ったこと、つまりそれは日本人の文化というか、日本人の今までの文化の中で、やはりすぐ謝っちゃうけれどもということがありますけれども、やはり謝る中でもうすぐお互いのそこの緊張感が一瞬和らぐというか、解けるんだろうと思うんです。本当にそれから悪いなと思ったときには、それに対して償いというものが今度行われてくるんだろうと思うんですけれども。その部分が、やはり今の政治的ないろんな背景というのは子供たちは分かりませんから、ですからやっぱりこういうふうな状況なんだなといったときに、やっぱり謝らなきゃいけないときには謝るべき、この方が分かりやすいんじゃないかなというふうに私は思うということを、これはこれ以上はお聞きしませんけれども、そんなふうに思っているところであります。 それで、実は最初にお話しした命の大切さ、それから今、何か間違えたときにごめんなさいと言う、謝るというやり方という、こういう方法、こういうことはもちろん学校の中でもしっかりとこれまで指導はされてきたというふうに思いますけれども、これは、先ほど午前中に中島委員の方から御指摘ありましたように、学校だけではこれはやはり子供たちを、しっかりとこのことを身に付けていただくというわけにはいかない、なかなか難しいというふうに思います。やはり、いわゆる社会あるいは大人たちが、あるときには子供たちのそうした良き見本になってやっていくというようなことも大事だろうというふうに思いますし、一緒に話をしながら子供たちが理解を深めていくということが一番大事なんだろうというふうに思うわけであります。 そんな中で今回は、そうはいうものの学校の教育力を高めることもその要因の一つであるということの中で多分法案が出されたと私は理解をしているところであります。 そこで、いよいよ本題に近いところに行くわけですが、まだ本題じゃないんですけれども、実は十年目といいますと、今十年次研修が行われております。実は二〇〇一年、今から六年前でしょうか、行政機関が行う政策の評価に関する法律を適用してきちんと政策評価をしていくということがこの文教の中で話があって、これは私の今の部屋の先輩である山本正和さんがその話をされたようで、そのときに文科省の方としてもそれはきちんとやるというふうなお答えをされたというふうに聞いていますけれども、この十年次研修というものについて、その政策評価をどのように今されているのか、お尋ねをしたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) 十年経験者研修の評価についてのお尋ねでございますけれども、私どもは、今年の二月に都道府県、政令都市、そして中核市の教育委員会にアンケート調査を実施をいたしました。今申し上げました教育委員会で実際に十年経験者研修を実施をしていただいているわけでございますので、実施をしてどうだったかということをお聞きをしたわけでございます。 アンケートの結果でございますが、研修の効果という意味では、教員の専門性を高めることができたというのが全体の九割以上の回答でございました。それから、それ以外に教員の研修意欲を高めることができた等の回答をいただいているところでございます。 一方、実施上の主な課題ということもお聞きをいたしましたら、やはり研修の質の向上、それから指導体制の充実、研修中の校務の円滑実施といったようなことを更に工夫をしていく必要があるといったような回答が寄せられているところでございます。 私どもとしては、それぞれの教育委員会におきまして、公立学校の各教員の得意分野づくりを促すための制度として今運用されているというふうに認識をいたしております。
○那谷屋正義君 今、この十年次研修が制度として入ってくる、そのときの目的の中に、今言われた専門性を高めるというか、得意分野を伸ばすというような、その当時、言葉が使われていたかというふうに思いますけれども、そういう部分においては一定の成果があったというふうなお答えだったかというふうに思います。それから、課題として更なる研修のということですよね、質の向上とか、そういうふうな指導体制の問題だとかいろいろお話がございました。 私の方の、これは実際に十年次研を受けた方の感想なんですけれども、これは校外と校内とに分かれているわけですけれども、いわゆる校外での二十日間、これは一応二十日間となっていますが、各県によって多少ずれがあるようでございますが、非常に日にちが、日数が多過ぎるというような話もありましたし、それから、特に夏休み中なんというのは、逆にいろいろと部活あるいは水泳指導等々の中で大変厳しかったという、まず日程的な問題について相当課題があったということと、それからもう一つは、一つの県の中で行われるこの十年次研修が、幾つかに分かれてその土地土地でやられるわけですけれども、やはりその研修の会場に行くのに大変不便であったということで、私がこのことを思って、そして今の局長のお話を聞いていると、先生方は研修の質について、それは大変良かった、あるいは向上を求めたいという、その思いというのに異論はないんだと思うんです。ただし、参加をするためのその体制でありますね、場所だとか、あるいはその時間だとか、そういったところに非常にやはり苦労をされているという、こういったことが浮き彫りにされてきているんではないかなというふうに思うところであります。 ところで、昨今、この委員会あるいは衆議院の委員会のやり取りを聞いておりましても、実は、言葉として、指導力不足、あるいは指導不適切、あるいは指導不適格というようなこの言葉が幾つか混乱して使われてしまっている部分があるのかなというふうに思うんでありますけれども、その辺をちょっと整理をしていただけたらと思うんですが、お願いいたします。
○政府参考人(銭谷眞美君) 今三つの言葉について整理をしてほしいというお話がございました。 今回の御提案申し上げております教育公務員特例法の改正案におきましては、指導が不適切という言葉を使っております。この指導が不適切の定義につきましては、一般には、教科に関する専門的知識、技術等が不足をしているため学習指導を適切に行えないこと、指導方法が不適切であるため学習指導を適切に行えないこと、児童生徒の心を理解する能力や意欲に欠けて学級経営や生徒指導を適切に行えないことなどの場合があると考えております。 それから、指導力不足という言葉でございますけれども、これは現在、都道府県の教育委員会等が実施をしております指導が不適切な教員に関する人事管理システムにおいて、現実に指導力不足教員の人事管理システムといったような形で使われている例がございます。ですから、意味としては、指導が不適切な教員に関する人事管理システムとほぼ同義に使われていると受け止めております。 それから、指導不適格という言葉は余り使われないとは思いますけれども、地方公務員法の第二十八条第一項三号では、分限処分の事由として、その職に必要な適格性を欠く場合と、こう規定をいたしておりますので、そのことと併せて指導不適格という言葉を使う場合もあるかもしれませんけれども、分限処分の事由として適格性を欠くといったような場合に適格性という言葉が使われているということでございます。
○那谷屋正義君 言葉の整理をしていただきたいということでして、大変丁寧に言っていただいたんですが、逆に長いなというか、非常に分かりにくくなっちゃったなというふうにちょっと思っていまして、私の整理の中では、指導不適格というのは、今言われたように分限処分の対象になる方がそういうふうな状況にあるときに不適格というふうに言うのかなと。 それから、指導不適切というのは、指導不適切な場合は、研修しても改善されない場合にいわゆる転職の対象になるというような方、これが指導不適切というふうな、そんなようなことをちょっと調べたところ出てきたんですね。 指導力不足というのは、正にその指導力が不足をしているということの中で、この方は研修をしなさいよというか研修の対象者だと、こんなふうに私の中では整理をしておこうと思ったんですが、不適格の部分は一緒ですけれども、指導力不足と指導不適切はほぼ同じだというような今の局長の御説明だったかというように思います。 さて、いよいよ本題、本論でありますけれども、先ほど来この教員の免許更新制の目的というのも議論がされたわけでありますけれども、決してその指導が不適格あるいは指導が不適切な人たちを排除するということを主なる目的として出てきた制度ではないというようなこともお話がありましたけれども、もう一度大臣の方からこの更新制の目的についてお伺いをしたいというふうに思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 三十時間のこの更新研修というのは、提案理由で御説明を申し上げましたように、時代は刻々と変わりますので、一応十年を節目として公立、私立にかかわらず教員免許を持っていらっしゃる先生方に新しい研修を受けていただいて、その認定をもって自信と誇りを持って教壇に立っていただくという目的のために行うのであって、これでいわゆる指導の不適切な教員を発見して排除をするという目的のものではありません。ただ、この十年研修をお受けになって三度、四度と認定を受けられないような場合をどうするかというのは、研修の結果としてではなくて、あくまでそれは分限の中で措置されるべきものだと考えております。
○那谷屋正義君 だとすると、やはりこの更新制の今出てきている制度の姿そのものが本当にこれでいいのかなというか、いわゆる資質の向上というふうなこと、資質については前回、水岡委員の方とやり取りをされたというふうに記憶しておりますけれども、更新制というものがいろんな免許の中で持たれている中で、やはり本当にまだその技能をお持ちなのかどうかということを客観的に測定するという場合には更新制という文言が使われるんだろうというふうに思いますけれども、資質を向上させるという場合には、やはり直接この免許更新ということではなしに、正に研修制度、そしてそれで何度もそれをやって駄目だったというような今お話がありますけれども、その場合にも別な形で分限に当てるようなことは現在の法律の中でも適用できるんではないかなというふうに思うわけでございますけれども、いかがでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) もちろん、教員につきましては、様々な研修制度を通じてその資質を磨くということは、これは必要なことだと思います。公立学校の教員については、特に初任者研修などを始めといたしまして、様々な研修が随時行われているところでございます。 一方、この免許更新講習は、国立、公立、私立、すべての教員につきまして、教員としての仕事をする場合の免許そのものに着目をいたしまして、最新の知識、技能を共通的に身に付けていただいた方に、正に免許制度の一環として十年に一度そういう講習を受けた方に更新という形で、免許制度の問題として考えているというものでございます。 各教員の状況に応じまして随時行われるこの研修と、免許そのものについて今回御提案をしております更新講習、これが両々相まって教員の質の向上に資するものと考えております。
○那谷屋正義君 これは、これから質問させていただきながらもう一回いろいろなことをたださせていただきたいというふうに思いますけれども、やっぱり免許制というものと、その資質を向上させるためのある意味では研修というか、この場合は講習という言葉を使っていますけれども、それを絡めるということが様々な問題をも巻き込むというか、そういうふうな状況があるというふうに私としては思っているところでありまして、まず更新の講習の内容についてお尋ねをしたいというふうに思います。 御案内のように、教員に求められる研修というものは、教員の崇高な使命を自覚し、絶えず研究と修養に励むための仕組みというふうにあるわけでありますけれども、この更新講習の内容というのは、正に教員に必要な研修の一部というものを構成しているんではないかというふうに思うんですけれども、これはいかがでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) ただいま先生教育基本法をお引きをいただきまして、教員は絶えず研究と修養に努めなければならないということはそのとおりだと思っております。 そこで、この更新制でございますけれども、これは、先ほど大臣からも御答弁ございましたように、その時々で必要とされる最新の知識、技能を刷新をするということを目的とするものでございまして、教員として共通に求められる内容を中心に構成をするということを考えているところでございます。例えば、教職の今日的な役割ですとか、社会性、対人関係、子供理解や学級経営、教育課程や教科の指導法などに関する事項が考えられるわけでございまして、これによりまして教育指導に必要な最新の知識、また子供と接し指導するための技能と、こういうものをブラッシュアップをしていただくという内容を考えているわけでございます。
○那谷屋正義君 ブラッシュアップする内容というのは本当にどれも重要なことだなというのは私も理解をするところでありますが、先ほど来からずっと言われていますように、それが三十時間の中でというふうなことが本当に可能なのかというのは、これは最後の最後まで付きまとうものだろうというふうに思います。何時間あれば足りるということかどうかという問題も実はあるというふうに思います。むしろ、私の現場経験からいえば、やはり教師は現場で育つというような言葉もよくあるわけで、子供たちと向き合っていて、そして仲間の先生たちとそこで教育活動する中で、自然と教員というのはどういうふうにいったらいいのかなということを学んでいく部分だろうというふうに思うわけであります。 ところで、時代に応じた刷新というかリニューアルというか、そういうお言葉があったので、ちょっと私、眠っていたわけじゃないんですが、急に目覚めたんですが。先日の本会議で、安倍総理が教育現場の刷新という、このような言葉を使われたのに対して非常な違和感を私、持ちました。この教育現場の刷新というのは、刷新という言葉の意味から考えたときに、全く今の教育現場を否定をしているというふうに受け取ることができるんだろうというふうに思います。 そして、新たに時の政府の意図なるものが教育現場にぼっと吹き込んでくるんじゃないかというような、そんな誤解を招かないとも限らない言葉だったんだろうというふうに思うんですけれども、もう一度、このリニューアルというか刷新ということの中身について簡単に、簡単にお触れいただけたらと思いますけれども。
○国務大臣(伊吹文明君) 安倍総理がどういう意図で刷新という言葉を使ったのか分かりませんが、先生がおっしゃったような時の政府の意図が教育現場にどさっと入ってくるという意味で使ったのではないと思います。
○那谷屋正義君 文科大臣のこの間のいろいろな答弁をお聞きしていると、正にそうではないというふうに思うわけでありますが、総理大臣と文科大臣と二人で話し合ったときには、どうしても引いてしまう部分があってはいけないなと、この部分については教育論であるから譲れないということで、是非そこのところは篤と言葉の使い方からを含めて、しっかりと誤解を招かないような逆に指導をしていただけたら大変有り難いというふうに思うところであります。 時代に応じた技術というか知識の中でどんなことが考えられるのかなというふうに思うんですけれども、昨今、学校における子供たちの安全というものが非常に危惧されているということの中で、学校にいろいろな防犯用具がいろいろと購入されてその使い方を研修するとかということもあるんですが、私はかねてからずっと思っていたんですが、是非これは内容として入れていただきたいことは、スクールセクハラ、これの研修を絶対にやっていただきたい。 これはもうどんなにすばらしい先生でも、そのノウハウを知らないと、私はそこに落ち込まないで済んだんですけれども、本当に、例えば女生徒、中学校、小学校でもいいんですけれども、女生徒あるいは子供が相談に乗ってきたと、これ教室で乗ったときに、教室でその相談をするときに、机を間に置いて向かい合って座るのか、あるいは隣になって座るのか、あるいはドアを開けたまま座らなきゃいけないのか、あるいは閉めてはいけないか、まあ同じことですけれども、そういうようなそのノウハウが実は分かっていない方もたくさんいらっしゃるんです。そのことによってとんでもないぬれぎぬというか、いろんな誤解がある中で、残念ながら職場を去らなければならないような人たちも出てきてしまっているという例を私は少なからず見ています。 そしてもう一つは、これは後ほど触れますが、この間の受講免除者にも入っていますが、実はスクールセクハラで最も多いのは管理職なんです。この部分について言うならば、やはり管理職が免除されていいものかどうかという問題も含めてもう一度お考えいただかなきゃいけないなというふうに思うんですけれども、正にこの部分については、是非この内容の中にやはり入れるべきではないかというふうに思うんですけれども、いかがでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 更新講習においてどういう内容をやるかというのは、大まかな点は先ほど申し上げたわけでございますけれども、細事項といいましょうか、これはこれから詰めていくわけでございますが、例えば教育をめぐる最新状況に加えまして、教職についての考察といったような中で、服務等に係る内容ですとか、あるいは子供理解あるいは発達心理学をもう一回学習をするとか、教育方法、技術の最新知見、教育政策の動向、学校の危機管理とか、あるいは先ほど先生からお話がありました学校の安全確保の問題とか、学校教育の今抱えておりますこういった課題についてやはり学ぶことができるようにしていくということは十分検討していきたいと思っております。
○那谷屋正義君 スクールセクハラについてのそうした講習も含まれるというふうに理解してよろしいですか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 服務等の中で考えられるところだと思います。
○那谷屋正義君 研修の中身については、何かお聞きしますと、これからいろいろな絵をかいていくというようなお話でもございますので、是非その絵の中に入れていかなければいけないんだろうというふうに思っていますが、ただ、今お話を伺っていて、中身を聞けば聞くほど、先ほど冒頭にお尋ねをした十年次研修というものに非常に重複してくるんじゃないかなというような、そういうふうに思えて仕方がないんですね。 十年次研修の内容の中には、例えばこれから本当に大事であろう国際理解教育ですとか、あるいはコーチングを生かした生徒指導、教育相談、そして正に今というか昨年からずっと問題になってきておりますいじめの諸問題など、こうしたものをやはり内容の中に入れているというふうなお話も伺ったところでありまして、だとすると、この講習の中身と十年次研修の中身というのがほとんど重なるなという、そんな思いを払拭できないんでありますけれども、いかがでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 十年経験者研修は、公立学校の教員につきまして、十年を経た方について各教員の得意分野づくり、専門性を高めるといった観点からの研修として運用されているところでございます。実施の主体は教育委員会でございまして、また校外研修の場所も主として教育センター、都道府県の教育委員会の教育センターなどが中心でございます。また、主な指導者としては指導主事の方などが中心でございまして、特に修了認定というのはないわけでございます。 これに対しまして更新講習は、十年までの、免許を取得して十年までの国公私立すべての教員に基礎的な資質能力を共通的に身に付けていただくと、そして、また自信を持って教職生活を送っていただくための制度でございまして、研修の時間は更新講習の方が十年経験者研修と比べて短いわけでございますが、国公私立すべての教員が対象になり、また研修を実施をするところも教員養成大学を中心とした大学が中心でございますし、また講習の修了認定もあるということで、それぞれ十年経験者研修と更新講習は目的を異にしているものでございます。
○那谷屋正義君 それを受けないと免許が失効するという、簡単に分りやすく言うとそういうふうなことの中で目的が違ってくるというふうに思うんですが、しかし、受けて教員の資質の向上を図るという意味ではどこも違わないだろうと。専門分野を伸ばすものももちろん必要だろうし、それから時代、その時々の必要なものというものを身に付けるというこのことも、十年次研においてはそれはやらなくていいのかと、そういう話にはならないわけでありまして、やはりそのことは本当に同じではないかという意味では、私はやはり、今回の制度の導入というよりも、むしろこれまでの研修をしっかりと充実させるということの方が、この制度導入そのものに物すごいリスクを私は感じますから、そのリスクから考えたならば、やはり研修の充実というものの方がはるかにいいのではないかというふうに私は思っているところであります。 ところで、もう少し中身についてお尋ねをしたいと思うんですけれども、現在、先生方が持たれている免許というのは、一つは教科による免許がございます。あるいは小学校、中学校、その学校による、幼稚園もそうですけれども、学校による免許があります。様々こうしたものが物すごい多岐にわたって免許があるわけでありますけれども、こうした、ある意味、技能というお話がありましたけれども、技能の部分というものについてどんな講習を考えられているのか、お尋ねをしたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) 免許更新講習は、まず一つには、先ほど来申し上げておりますように、教員として共通に求められる内容を中心に構成されるわけでございます。このうち、各教科の指導方法など技能の部分に係る講習内容につきましては、これは必ず講習に含まれるものと考えるわけでございますけれども、今先生からお話ございましたように、教科や学校段階によってこれは様々な講習内容が必要になろうかと思います。 そこで、各教科の指導法などの技能の部分につきましては、多様な講習を用意をいたしまして受講者が選択できるようにするということが必要ではないかと考えております。具体的には、例えば講習の対象となる学校種や教科の種類、講習内容の概要、開設の時期などをあらかじめ開設者において明らかにするということや、それらの情報について文部科学省のホームページ等において広く周知をするといったようなことを考えております。 いずれにいたしましても、この免許更新講習の内容につきましては、改正法の第九条の三におきまして省令において定めるとされておりますので、改正法案をお認めいただいた後は、国会における御審議を踏まえまして、どういう工夫が可能か検討していきたいと思っております。
○那谷屋正義君 免許の種類もさることながら、実はお一人の方が複数免許を持っておられる方もいらっしゃいますし、それを余儀なくさせられたという方もいらっしゃいます。これは前、衆議院の方で話があったのかもしれませんが、いわゆる現在免許外教科ということの中で、免許を持っていないけれども、どうしても校内の都合の中でそれをやらざるを得ないような状況というのが実際にはあるということで、それを実際に研修を受けながらその免許も取るような形で取られた、一生懸命頑張って取られた方もいらっしゃるわけですけれども、そういう方たちもその更新するのにどうしたらいいのか。一教科だけの更新をすれば、それが必然的にほかのもくっ付いてくるのかどうかというような問題も実はあるんだろうというふうに思いますけれども、この部分についてはまた、細かいことについてですのでちょっと後ほどまた、後ほどといいますか、後日そういう機会がありましたらお尋ねしたいというふうに思います。 次に、講習の免除をされる方ということについて幾つかお尋ねをしていきたいというふうに思います。 まず、この講習免除者というものは、対象はどういう方たちになるのか、改めてお尋ねをしたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) 改正法の九条の二第三項では、知識、技能その他の事項を勘案して免許状更新講習を受ける必要がないものとして文部科学省令で定めるところにより免許管理者が認めた者は、免許更新講習を受講することなく更新ができることとなっております。 この免除規定を設ける目的は、既に知識、技能が最新であると認められる者に重ねて免許更新講習を受講させることを回避をするということにあるわけでございますが、対象者といたしましては、具体的には、優秀教員として表彰された方、校長、教頭等教諭を指導する職にある方、勤務実績を勘案して受講する必要がないと認められた方などが考えられているところでございます。
○那谷屋正義君 管理職の方についても入っているということですのでお尋ねをしたいと思いますが、正に学校を経営していく校長、あるいは今度設けられることができるようになった副校長、あるいは教頭、あるいは指導教諭ですね、こうした方たちは、その時点では、その時点ではそうした新しい知識、技能を持ち合わせているというふうなことで免除になるのかもしれませんが、これはあれですか、そのときは免除されるけれども、次の十年後にはという、管理職で十年になる人はなかなかいないんですけれども、しかし、例えば若くして管理職になられた方もいらっしゃるわけです。四十の前半で管理職になられる方もいらっしゃいますから、そういう方たちというのが十年後も、もうずっと未来永劫これを受けなくていいのかどうかということについてはいかがでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 管理職に、管理職といいますか、校長等の職に就いているときは免除の対象者とすることを検討しておりますけれども、その職を外れた場合には更新講習の対象にこれはなり得るというふうに今は考えております。
○那谷屋正義君 今は考えていらっしゃるということですから、是非変えていただきたいと、こういうふうに思うわけであります。 なぜならば、やはり先ほども議論がされていましたように、校内の中でやはり、いわゆるよく局長はなべぶた型のシステム云々ということの中で今回の学校教育法も改正をされたというお話だったわけですけれども、それは何も管理を強めるためだけのものであるとすれば、それは全く学校現場には不要なものでありまして、そうではなくて、やはり先輩からいろいろな知識、技能を学ぶんだというふうなことだとするならば、正にその知識、その学ぼうとする校長や管理職が免除者であるということは、十年前の知識は持っているけれども、そのときの知識はもう既にどこかへ行っちゃっているというようなことだってあり得るわけなんですよね。 ですから、やはり何のために免除があるのかなということについては私、相変わらず分からないんですけれども、やはりその辺については是非お考えを変えていただきたいなというのが一つございます。 それから、私学の成績優秀で表彰された者というような形で今お話があったかと思うんですけれども、これ実は、公立と私立ではこの表彰基準というのが非常にまちまちなんですね。それで、そういう表彰基準がまちまちであって、片やその教員としての生涯を問われるかもしれないその研修を受けなければならないのと、あるいはそこで免除を受けるというふうな方が出てくるということは、これは一体この制度そのものが本当に公平と言えるのかどうかということについては大いに疑問を持つところなんですけれども、それはいかがでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 優秀教員として表彰された者と先ほど申し上げました。例えば、今年、文部科学大臣表彰というのを初めて行いました。こういう方は、それぞれ各都道府県から御推薦をいただいて、文部科学大臣が優秀教員として表彰させていただいたわけでございますけれども、こういった方とか、あるいはそれぞれの県で、都道府県で優秀教員としての制度いろいろあろうかと思いますので、どの範囲でどのように免除の対象者としていくかは、これは私ども更に検討していきたいと思っております。
○那谷屋正義君 これは、もう本当にこれは御案内だというふうに思いますけれども、やはりこのことは、一人の教員として、生涯教員で頑張ろうと言っている方たちがずっとこの道に入られているわけでありますから、あるいはこれから入ろうとするわけでありますから、そういう意味では、どこかにというよりも、今のような形で基準が余り一定になっていないような形の中で、そのことが免れる人と免れない人が出てくるというようなことがあっては絶対にいけないんだろうというふうに思うんですけれども、その辺がまだこれから御検討されるというふうなことであるとすると、ちょっと不安だなと言わざるを得ない部分でございます。 それから、この間のやり取りの中で、議論の中、更新講習を認定されるに当たって、普通の教員であれば特段の準備をしなくても合格するというような形のものになるということがたしか議論の中にあったのかというふうに、これ、ごめんなさい、衆議院だか参議院だかちょっと自分の中ではないんですけれども、そういうふうにあったというふうに思うんですね。 しかし、じゃ、そういうものを強制をする必要が本当にあるのかなという、またそこに疑問が出てくるんですけれども、それはいかがでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 通常、日々職務に励んでおられて、そして三十時間の講習をしっかりとお受けになられた方は、そういう方であれば通常は修了の認定が考えられる、そういう講習でよろしいんではないかというふうに私どもは思っております。
○那谷屋正義君 そのことによって、それによって多くの先生方は大体今の身分も含めて保てますよということなのかもしれないんですけれども、しかし、それをもって免許の取消しというか、要するに有効期限云々という話というのは、ちょっとこれもまたいかがかなというふうにも思うところであります。 ところで、この更新講習というのはその有効期間が残り二年間になったときに受講することができるということになっているというふうに思うんですけれども、例えば一年目に不合格科目があった教員というのは、その結果というものがまず、何というんですか、講習開設者から通知されるのかどうか、そして教育委員会が開設した講習の場合には不合格の結果というのはどのように扱われるのか、お尋ねをしたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) まず、講習の修了の結果というのは本人に通知されることになると思います。 それから、先ほどちょっと私、言い方が不正確だったかもしれませんが、更新制の基本的性格ということで、昨年七月の中教審の答申では次のように書いてございます。「今回の更新制は、いわゆる不適格教員の排除を直接の目的とするものではなく、いわば、教員として日常の職務を支障なくこなし、自己研鑽に努めている者であれば、通常は更新されることが期待されるものである。」と、こういう講習にしたいというのが中教審の考え方でございます。 それから、免許の更新講習は文部科学大臣の認定を受けて開設されるものでございます。各講習の修了の認定は、各講習開設者が国が定めた修了認定基準に基づいて行うということになります。免許更新講習は、基本的には教員養成課程を有する大学を中心に開設をしていただくことを予定をしておりますので、その場合は各大学が修了認定基準に基づいて修了認定を行うということになるわけでございます。なお、教育委員会が開設の認定を受けて免許更新講習を開設する場合には、修了認定を行う者は講習を開設した教育委員会ということになるわけでございます。 なお、冒頭申し上げましたように、講習の修了の結果というのは本人に通知をされるということになります。
○那谷屋正義君 その通知を出す更新講習の評定者について幾つかお伺いをしたいと思いますけれども、評定者はどなたがどんな形で決まっていくのかということ、それから、例えば評定者としての何か訓練みたいなものは行うのかどうか、そうしたことについていかがでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) これは、具体的には国がこれから修了認定基準というものを定めていくということになりますので、その中で明らかにしていくわけでございますが、今、基本的に考えておりますのは、講習の開設をし、実際の講習に当たった大学なら大学のその指導者等、これはできるだけ複数が望ましいと思いますけれども、そういう方が国が定めた修了認定基準に基づいて修了認定を行うということになると思います。
○那谷屋正義君 もっと評定者についてもお尋ねをしたいんですが、時間がどんどん迫っていますので、この免許制度について、いわゆる臨時職員というか、臨時採用者の更新講習の受講機会というものは保障されるのかどうかということでございます。 といいますのは、私は横浜出身なんですけれども、横浜には常にリスト登録者が千名おります。千名おります。しかし、この四月から五月を終える段階になるころになると、この千名はすべて各学校に配置されてしまいます。それだけ各学校現場で残念ながら健康を害される方、あるいは産休、育休、そうした方々でこの千名のリストが全部出払っちゃうんです。その後でもしも人が欲しいということを学校から教育委員会に要請しても、それはもううちではリストはありませんから、校長先生、自分で見付けてくださいと、こういう言い方になってくるわけですよ。こういうふうな状況の中にあって、この臨採の人たちが更新講習というものを受けなければならないというふうなことになったときにそういう機会が保障されるのかどうか、お尋ねをしたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) まず、免許更新講習の受講対象者につきましては、現に教員として採用されている方がまず原則受講対象者になります。これに加えまして、採用内定を有するなど、教育職員に任用され、又は雇用されることとなる方も受講が可能というふうに考えております。 さらに、これらの者以外にも、今お話がございましたけれども、各教育委員会において非常勤教員の候補者リストに登載されている方など、非常勤教員等として採用される可能性がある方についても免許更新講習の受講を可能とする方向で検討をしていきたいと考えております。断続的に非常勤講師として採用される可能性があるわけでございますので、そのリスト登録者というのはそういうことで考えていきたいというふうに思っております。
○那谷屋正義君 今の学校教育において、この臨時採用者あるいはそのリストに登録されている方というものが非常にもう欠かせない、なくてはもう本当に教育活動が成り立たないような状況になっているんですが、残念ながらこの方たちには今研修の機会が保障されておりません。これはちょっと今回の免許とは違うことなんですけれども、その辺について、その保障というものについてどのようにお考えか、お尋ねをしたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) いわゆる常勤の教員のような研修の体系というのは非常勤の教員の場合はまだ整備をされていない状況にあろうかと思いますが、実際の仕事を通じまして先輩からいろいろ指導を受けたり、そういうことで是非そういう非常勤の方々も資質の向上に努めていただければというふうに思っております。
○那谷屋正義君 次に、これも午前中ちょっと話が出てきましたが、特別免許状、先ほどはそんなに多くないというお話でありまして、ちょっと私、昼の間に調べさせていただきましたら、〇五年度のときには確かに全国で百八十四名というふうな数字だったかというふうに思います。しかし、これも全国的にそういう数字ではありますが、昨年それから今年と、例えば横浜の場合は二十五、六人採用されているんです。率でいうと大体全採用者の三%ぐらいかなということで、しっかり枠を設けてされているわけですけれども、この方たちがいわゆる教壇に上がる場合に、大学で単位を取って免許を取られたという場合とまた全く違う形で今は教壇に立たれているわけですけれども、この方たちの更新というものはどのようにお考えでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 特別免許状を授与されまして教壇に立っておられる教員についても、普通免許状保持者と同様に十年に一度講習を受けていただくということを考えております。 今回の更新制は、その時々で必要とされる最新の知識、技能を身に付けていただくということを目的とするものでございますので、講習内容はおよそ教員として共通に求められる内容が中心の構成となります。したがって、特別免許状保持者につきましても、普通免許状保持者と同様の更新講習を受けていただくということを考えております。
○那谷屋正義君 残りが十一分になってしまいまして、申し訳ございません、今日はせっかく総務大臣にもおいでいただいておりまして、地教行法にかかわって今回出されている法案と、それから地方自治法との関係ということで是非お尋ねをしたいというふうに思います。 地方自治法の第二百四十五条の五によるいわゆる是正の要求というものが行われる要件として、「事務の処理が法令の規定に違反していると認めるとき、」、そして「著しく適正を欠き、かつ、明らかに公益を害していると認めるとき」というふうに定められています。その部分について、提案されております地教行法の第四十九条の是正の要求の方式というところでは、前半の「違反する」というものは同じでありますけれども、後半の部分の文言で、「当該事務の管理及び執行を怠るものがある場合」というふうに定められています。しかし、著しく適正を欠き、かつ、明らかに公益を害する場合というのと、それから怠る場合では、その行為上の差だけでなくて、あるいは違いだけではなくて、内実においても明白に違いがあるというふうに思うわけであります。 こうした問題意識から、どうしても、今日長い間お待ちいただいたんですが、総務大臣に御質問をしたいんですけれども、地教行法の改正案第四十九条とは、地方自治法第二百四十五条の五に規定されている是正の要求について、その方式を単に定めただけだというふうに言えるんではないかと思います。地方自治法第二百四十五条の五の是正の要求にかかわる法的効果の及ぶ範囲についての真っ当な解釈ということになりますと、対象となった自治体は要求に従う義務はある一方、要求にこたえるための具体的な措置については当該自治体の裁量に任されている、このことは先ほど大臣、文科大臣の方もお話しされたというふうに思いますけれども、であるならば、第四十九条の中で「当該教育委員会が講ずべき措置の内容を示して行うものとする。」という規定がなぜ必要なのかなということが大いに疑問になるところであります。 地方自治法第二百四十五条の五に関する私の解釈というものがもしそれでいいということになったとすれば、措置の内容を示して行うことに、こうしたことが本当に、文科省が幾らこういうことをしてもらいたいというか、そういう是正をしろということを執念を燃やされても、その措置内容に当該自治体が拘束される必要はないというふうに私は理解をするところでありますけれども、総務大臣、いかがお考えでしょうか。
○国務大臣(菅義偉君) 基本的に今回の改正法の中で、私どもは自治事務に認められる関与の範囲内、このことについて私は文科大臣とこの法案の中で議論をしました。今回、今、那谷屋議員から指摘のありましたこの二百四十五条の五に基づく是正の要求、これについても私どもはその範囲内であるというふうに思っていますし、その要求を受けた地方公共団体は、是正又は改善のための必要な措置を講じなければならない義務は負いますけれども、しかし改善の具体的な措置内容については地方公共団体の裁量にゆだねられると、そのように私どもは考えております。 この中で、地方教育行政法四十九条に規定する措置内容を示して行う是正の要求は、この二百四十五条の五に規定をする是正の要求であり、これが行われた場合、教育委員会は必要な是正措置を講じなければならない義務を負うものでありますけれども、具体的な措置の内容については最終的には当該教育委員会の裁量にゆだねると、このように私どもは考えております。
○那谷屋正義君 今日、総務大臣に来ていただいたかいがあった答弁をいただいたなと、こういうふうに思うわけであります。つまり、その措置等々は当該の自治体に任されているということでありまして、正に地方分権の理念というものがそこにはしっかりと生かされているというふうに私は理解をするところであります。 したがって、例えばその措置の内容を示して行うというふうに言われても、そのことについては、法的な拘束力というふうな言葉を言うとちょっと強いかもしれませんが、そこはない、持たないというふうに私としては思うところでございますけれども、なぜこの四十九条の措置の内容を示して行うということに対してこのようにわざとここに入れられたのかということについては、非常に私としては、何か他意があるのではないかなというふうに、ちょっと疑り深い性格か何か分かりませんけれども、ちょっとそんなふうに思ってしまうのでありますけれども、例えば、「講ずべき措置の内容を示して行うもの」というのは、これはいついつまでに何をするかという、そういったことを指すのかというふうな理解でいいのかどうかということですね。 それから、文科省があれこれ指示するということに対して、結果として許容するに等しく、またそれは従来の指揮命令型行政の復活に戻るんではないかというふうな、そういうような危惧もするわけであります。 したがいまして、地教行法にそういったことをあえてここに規定したということについて、理由といいますか、その意図をお聞かせ願いたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) この是正要求は、ただいま総務大臣がお答えになった地方自治事務の範囲の中で結構だと思いますが、文科省があれこれ指示するのではございません。国会の意思をお伝えするんです。国会がお決めになった法律どおり行われていない場合に是正の要求をするわけです。それと同時に、是正の要求の内容を当該教育委員を任命された自治体の長と、そして議会にお示しをするわけですから、あとは議会が地方自治の力を発揮していただいて、我々が申し上げている是正の内容どおりじゃなくてもいいという御判断をなさればそれで結構ですが、多分、国会で決められた法律どおり動いていないことについて、それでいいということを地方自治体、地方議会がおっしゃることは私はないと思っております。
○那谷屋正義君 本日、実は資料も用意をさせていただいて、それを使う時間がなかなかなくなってまいりましたけれども、申し訳ありません、もう一度更新制の方に戻らせていただきたいと思うんですが、今配っていただいていますか。 「夏季休業中の職員勤務実態表」というのがお手元にあるかというふうに思います。この間、この免許更新の講習について、夏休みだとか、あるいは土日を使えばというような、そうした答弁がされてきたわけでありますけれども、この夏休みというもの、これは東海地方の某小規模小学校でありますけれども、個人名等々については個人情報ということの中で控えさせていただいておりますが、ちょうど水色の網掛けがしてある方たち、担任のA、B、Cの方たちは、これはちょうど法定十年研修対象者であります。 この方たちを見ていただきますと、実は勤務実態のありようというのが一番下の表の枠外に出ていますが、出勤、出張、研修、年休、振替、夏季休暇と、こういうふうな種類分けがされるわけでありますけれども、いわゆる自己研修というか、そういったものについて研修、二重丸なんですけれども、この十年次研の方たちにはこの自己研修というものをする時間が全くないというふうな状況になっています。 こういう状況の中で、新たに三十時間の免許更新制というふうな形の中での講習が本当に組み込まれることができるのかどうか。もしこのような形の中で夏が無理だということになったときには、当然今度は課業期間中の土日になってくるんだろうというふうに思いますけれども、その際は、土日というのは本来休まなければならない日でありますから、そのときに出たときに、その振替というふうな形に本来はなるべきだろうというふうに思います。 ただし、これはこの研修が勤務であるというか、そういうふうに位置付けられた場合にはそういうふうになるんだろうというふうに思いますけれども、私はこれ、免許がなければやはり勤務に就けないわけでありますから、そういう意味ではもう限りなく勤務に近いものではないかというふうに思いますし、これを勤務でないとする、自分で勝手に行きなさいというふうな形でするとするならば、それは余りにも冷たい話だろうというふうに思いますし、教員が本当にどんどんどんどんいなくなってしまうというようなことも起こり得るのではないかというふうに思うわけでありますが、そういう意味では、是非三十時間のものをまず、限りなく勤務、私は勤務とみなしていただきたいと思っていますけれども、限りなく勤務というふうな形を取れるのかどうか。 もう時間がありませんので、最後にもう少し言いますと、実は衆議院の附帯決議の中でこの部分についての財政的な措置について検討するというようなこともうたっています。財政的な措置を検討するということは、やはり自分で勝手にそうやって行かれる部分について、服務というものを考えたときに、やっぱり限りなくこれは勤務に近いんだろうというふうに思うわけでありますけれども、その辺いかがでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 教員免許は個人の資格でございますので、基本的には免許更新講習の受講についても夏季休業中あるいは休日、年次休暇等を利用して行うべきものだと考えるわけでございますけれども、これは国が新たに制度としてつくる講習という意味合いもございますので、いわゆる職専免の研修扱いとか、そういうことができるのかどうか、その辺は御議論も踏まえましてよく検討していきたいと思っております。
○委員長(狩野安君) 那谷屋正義君、時間です。
○那谷屋正義君 もう時間ですので、これで終わりたいと思います。 総務大臣、どうもありがとうございました。
○風間昶君 公明党の風間です。 大臣におかれましては、西岡先生にもおかれましては、本当に世代が僕よりも上ですので、姿勢崩さず、ずうっと座っていらっしゃる、本当に敬服いたしました。質問の前に済みません。 それで、ちょっと法律案とは直接関係ないんですけれども、十年前にアイヌの方々の伝統文化を啓発するとか、アイヌ文化を振興するためにアイヌ文化振興法というのが成立したんです。成立したんですよね、十年前に。そのときに、いろいろアイヌ語に関する総合実践的研究とか、アイヌ語の振興とか、アイヌ文化の振興とか、アイヌの伝統的生活空間の再生とかという項目について国土交通省と文部省と、当時文部省と、それからアイヌ文化振興財団というところと協議をして、どういうふうに進めていくかという会議を持ったのが二年前でありました。おととしの夏です。 その中で、アイヌの伝統的生活空間、これイオルという言葉なんですが、伝統的生活空間ってなかなか難しいんですけれども、私も何かぱっと説明しづらい部分があるんですけれども、単なる、何というんですか、住居とか何かだけじゃなくてすべてを含まれたものなんですが、このイオルを再生していく事業について議論なされたんですけれども、二年たって、その取組状況がまずどうなっているのか教えてもらいたいと思います。
○政府参考人(高塩至君) お答え申し上げます。 今先生御指摘ございましたように、平成九年五月に制定されましたいわゆるアイヌ文化振興法に基づきまして、文部科学省といたしましては、アイヌに関します総合的かつ実践的な研究の推進、さらにアイヌ語の振興、アイヌ文化の振興など、様々な施策に推進しているところでございます。 先生御指摘のございましたアイヌの伝統的生活空間の再生に関する基本構想、これは平成十七年に推進会議がまとめたものでございますけれども、その伝統的な生活空間、イオルの再生に関しましては、国土交通省が中心となりまして、昨年度、平成十八年度からアイヌ文化の保存、それから継承発展に必要な樹木や草木などの自然素材を確保するための環境整備事業が進められているというふうに承知しております。私ども文部科学省といたしましては、今年度からこのイオルにおきますアイヌの文化の体験交流のための指導者育成事業ということを行っているところでございます。 私どもといたしましては、今後とも、国土交通省やアイヌ文化振興・研究推進機構、さらには北海道、地元の関係市町村とも連携協力いたしまして、アイヌの伝統的生活空間でございますイオルの再生に関する施策を推進してまいりたいというふうに考えている次第でございます。
○風間昶君 何でこんなことを聞いたかというと、来年日本で行われるG8サミットで総理を中心にした首脳国会議が北海道の洞爺湖を中心に行われるわけですけど、そのちょうど下に白老町という、白く老いるという字を書くんですけど、白老町周辺にアイヌの方々が相当いらっしゃって、アイヌ文化を伝統的に継承していこう、あるいは学校の先生もこのアイヌ語を勉強していると、そこの小学校。そして、生徒たちも一部分勉強していると。と同時に、観光に来た方々にも、言わば日本の少数民族の一つとしてきちっとやっぱりこれは知っていただこうということで今やっているわけですけれども、それが、ですから今度、来年のいつになるか分かりませんが、恐らく夏場と思います、北海道の気候のいいときに行われるわけで、きっとここが各国首脳が訪れることになると思うものですから。 このいわゆる十年前にできた法律の中で、なおかつ今説明があったように、二年たって、このアイヌの伝統的生活空間の再生事業がもっと各国の首脳に分かってもらうようなそういう措置を必要だと私は思うからお聞きしたんで、どうも今聞いている限りでは国交省が中心となっているということだけれども、むしろアイヌの文化伝承ということになると、正にこれは文部科学省の文化庁がもっと積極的に予算を付けて推進していかなきゃならないというふうに思っているものですから、この点について、大臣、一言お願い申し上げます。
○国務大臣(伊吹文明君) 私も白老地域にはお伺いしたことがございます。それで、率直なところ、やや観光目的のためにアイヌ文化を利用しているような雰囲気があって私は余り関心したことじゃないなと思って見たことがあるんですが、先般、ウタリの理事長もお見えになりましていろいろ御要請を受けております。 サミットで各国首脳が来られますので、そのためにやるというわけじゃなくて、日本という国は、先ほど広中先生とのやり取りでありましたけれども、単一民族国家ではないんだということをやっぱりしっかりと受け止めて、少数の人たちの文化も守っていかなければなりませんから、今先生の御注意もよく承ってやらせていただきます。 国土交通省が主になっているのは箱物その他地域の整備ですから、どうしてもお金はそちらの方が多いということですけれども、文化庁が決してこれを軽んじているということはないと思いますし、私もよく指導してまいりたいと思います。
○風間昶君 分かりました。それでは本題の法案について伺いたいと思います。 まず、学校教育法について、午前中にも、また先ほど那谷屋さんも御質疑をされておりましたけれども、学校の自主性それから創意工夫を促すために昨年の三月にガイドラインを示されたわけでありますけど、私はこれで十分だと思っているんですけれども、十分でないからこそあえて規定を今回したんだというふうに思うんですが、その規定をしたことで評価の取組がどのように進むというふうに考えているのか、これをまず一点伺いたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) 今回、学校教育法におきまして、第四十二条において、学校運営の改善を図る上で学校評価が重要であるということにかんがみまして、その一層の促進を図るために学校評価に関する規定を法律上位置付けたものでございます。 現在、各学校でいろいろ学校評価については取り組んでいただいておられまして、特に自己評価については九割以上の学校で実際実施をしていただいているわけでございますが、公表率がまだ低いとかそういった状況がございます。それから、教育委員会に対しましてその結果の報告、あるいは父兄の方などもまだそういうことをよく御存じないといった状況もございます。 こういった点を踏まえまして、今回の規定を法律上位置付けることによりまして各学校が学校運営の状況について評価を行い、その結果に基づいて学校運営の改善を図ることが期待をされているところでございます。
○風間昶君 なるほど。 公表率が低いからということだけで規定するというのは、私はちょっと乱暴だなと思いますよ。もうちょっと丁寧な説明してください。
○国務大臣(伊吹文明君) 先生、これはちょっと言葉が足りなかったのかも分かりませんが、学校評価の大切さということは十分お認めいただいていると思います。ですから、学校評価というものを法律上やはり位置付けて、そして公表を促し、そしてその結果が、どのように利用してもらうのか、これが正に学校が良くなっていただくための大切なポイントであると。ですから、法律上これを明確にしたということであって、評価の具体的な内容、項目について、先ほどの学校評価ガイドラインを超えて一々文科省が介入するというために規定をしたものではないということです。
○風間昶君 分かりました。 それから、これはもう大分前の新聞記事でありますけれども、二〇〇三年ですから四年もたっている記事でありますけれども、東京都の教育委員会が、学力向上のため、あるいは不登校対策のかなめとして、公立高校に中間管理職であります主幹という、これは主幹教諭と言っていいんでしょうか、どういう名前か分かりませんけれども導入したと。しかし、現実にはなかなかこのなり手が少なくて、当初は二千二、三百人いらしたのが、〇五年には、これは棒グラフですから、七百人ぐらいですかね、相当減っているということで、なり手が少ないということで、そのために配置が遅れているという記事が載っていました。 まず、この原因をどうとらえたらいいのか、どうとらえているのか、教えてください。
○政府参考人(銭谷眞美君) 東京都で実施をされている主幹制度につきましては、ただいまお話ございましたように、主幹の配置数が計画の七割程度というふうに承知をいたしております。それから、受験者数が減少している傾向にあるということも承知をいたしております。 東京都におきましては、この主幹の質及び量の確保が課題であって、選考方法の見直しや処遇の在り方の検討を行っていると承知をいたしております。具体的には、主幹の配置を少し見直して、学校規模に応じた配置に改善するといったようなことも今検討しているというふうに承知をいたしております。 ただ、東京都の教育委員会が都立の校長先生や区市町村立の校長先生等を対象に行った調査によりますと、回答者の八六・九%の校長先生方が、主幹制度の導入の結果、学校の組織的課題解決能力が向上したと評価をするなど、主幹制度の導入により、より質の高い教育につながっていると、こういうふうに評価をしているというふうにも承知をいたしております。 東京都、いろいろと改善を加えながら主幹が適切に機能するように今取り組んでいるというふうに承知をいたしております。
○風間昶君 御丁寧な答弁、ありがとうございます。 私は、むしろ、魅力をどうやってアップさせていくかということが最も大事だと思っております。それに対する取組支援というのを真剣に考えたことありますか、どうですか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 東京都におきましても、今先生お話しのございましたように、やはり主幹の職務に魅力を持たせ、また主幹がより機能するような、そういうことをやはり検討しなきゃいけないということは考えていると承っております。処遇の改善、それから任務の明確化といったようなことを今後検討しているというふうに承知をいたしております。
○風間昶君 なぜ聞いたかというと、今回の法案で、副校長、主幹教諭、指導教諭ということで、主幹教諭という言葉があったから同じかなと思って私は聞いたんです。違うんでしょうね、きっと、本質的には。どうなんですか、そこは。ちょっと教えてくれますか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 名称は県によりまして主幹と呼んだり主幹教諭と呼んだりいろいろありますけれども、基本的な位置付けとしては、これまで校長、教頭を補佐する一定の職務を担って、そして学校運営の中核的な役割を果たす、そういう職のことを私ども主幹教諭として今回位置付けたわけでございますので、これまで幾つかの県で試みられております主幹とほぼ同様のものと御理解いただければと思います。
○風間昶君 それじゃ、ちょっと同じような感覚であるというふうにとらえましてお伺いしますけれども、学校が抱えている様々な課題に対応して、処理という言葉は悪いですが、対応できる、そういう組織体制の一つだと思って私はいるわけですけれども、この副校長さんや主幹教諭さんや指導教諭さんがどんな役割をどういう形でやるかという、分担制というとおかしいんですけれども、権限と責任をどう持つのかということがこの法案の中ではちょっと見えないんですよね、役割分担、どうしていくのかということが。それが見えないと、むしろ学校運営上に学校力が高まらないと私は思うんですけれども、ばちっと言ってください。
○政府参考人(銭谷眞美君) 今回新たに三つの職を設けるわけでございます。まず、副校長でございますが、副校長は、校長から任された校務を自らの権限で処理をするという職務権限を有しております。それから、主幹教諭は、校長から任された校務の一部を取りまとめ、整理するほか、児童生徒の教育を担当することを職務といたしております。指導教諭は、児童生徒等の教育を担当するとともに、他の教諭等に対しまして教育指導に関する指導、助言を行うことを職務といたします。 よく似たことで、副校長と教頭の関係ということがよく言われますけれども、教頭が校務を整理するにとどまるのに対しまして、副校長は校務の一部を自らの権限で処理することができる職でございます。学校によりまして副校長と教頭が併せて置かれた場合には、教頭は校長及び副校長を補佐する立場に立ちます。それから、主幹教諭とこれまでございます主任の関係でいいますと、主幹教諭は担当校務について一定の責任を持って取りまとめ、整理し、他の教諭等に対して指示する職でございます。指導教諭につきましては、これは自ら授業を行うとともに、具体的な授業方法等につきまして各教諭に指導、助言をする、そういう職として考えているところでございます。
○風間昶君 そうお伺いしますと、指導教諭の方の役割というのは極めて大事で、教員間での連帯感を、あるいは連携を取る上でも、ある意味では事務総長的な、事務総長という言葉がいいかどうか分からないけれども、非常にいいコーディネーターにならないと学校力は高まらないと。そのために、もう少し私はこの指導教諭の方に対する国としての基本的な考え方、つまりメリットをですね、使命感が出るようなそういうことを発信していくことが大事だと思うんです。そこはどうですか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 私ども、指導教諭を含めまして今回の新しい職が適切に機能するためには、この職について十分に各教育委員会、学校の御理解をいただくことが必要だと思っております。法案をお認めをいただいた後に、これまでもいろいろ試みが各地域であるわけでございますので、この各地域の成功事例の周知等を通じまして新しい職の役割分担等の明確化を図りまして、この制度が適切に運営されるよう取り組んでいきたいと思っております。
○風間昶君 今は学校内の話ですが、問題は、その指導教諭を任命されるのは都道府県の教育委員会だと僕は思っているんですけれども、違ったら教えてください。 それで、もう一つは、都道府県の教育委員会に指導主事という方がいらっしゃいますよね。指導主事の方とこの学校現場における指導教諭の方の、要するにすみ分けという言葉はちょっと、職場が全然別だからすみ分けにはならないのかもしれないけど、相当ラップすることもあると思いますし、その連携をどう取るかということが物すごく大事だと思うんですけど、関係がぎすぎすならないようにしていくことが極めて大事なんで、ここについてはどういうふうに考えていったらいいですかね。
○政府参考人(銭谷眞美君) 指導教諭は、先ほど来申し上げておりますように、学校教育法の改正案の三十七条十項により、学校に置かれる職の一つでございます。その学校の児童生徒の教育をつかさどり、他の教諭等に対しまして教育指導の改善充実のために必要な指導、助言を行う学校の中の職でございます。 それから、指導主事は地教行法の十九条の三項により教育委員会に置かれる学校教育に関する専門的職員でございまして、指導主事は教育委員会の職員として、当該教育委員会所管の学校全体の状況を踏まえまして、校長先生や指導教諭も含めた教員を対象として、教科指導あるいは学校の組織編制、教科書の取扱い等々専門的事項について指導、助言を行うという仕事でございます。それぞれ置かれるのが学校と教育委員会という違いがございますし、職務内容についても指導主事の方が教科指導以外の幅広い分野に及ぶ、事務的な分野にも専門的観点から及ぶことがあるわけでございます。 いずれにいたしましても、法案が認められました後には、指導教諭と指導主事の違い、かかわり方を含めまして、十分周知を図っていきたいと思っております。
○国務大臣(伊吹文明君) まず、指導主事というのは、これは校長先生だって指導できるわけですから。今の指導教諭は、正に先生がおっしゃったように、学校内の非常に大切なチームのかなめになる可能性のある役割と、こういうふうに考えていただいたらいいと思うんですが。そこで、先ほど来御指摘になっていることが一番ポイントなんですね。このポストに就いた人が、やる気を持って、そして指導力を発揮してもらうことによって学校が活性化してくるわけです。 これは、まず、いつも西岡先輩がおっしゃるように、予算と人事権を行使して、やる気を持たさないとやっぱりいけないと思いますね。ですから、まず教育委員会が指導教諭になった人をその後の人事でどういうふうに扱っていくかということですね。固定的に扱うのはよくないと思うんですけれども、役所でも大体このポストの課長になると局長になるとか、この局長になると次官になりそうだとかというポストがあるんですが、そういう運用をどうするかということが一つ。 それから、お金の問題は、お金で教育を考えちゃいけないということをおっしゃる方もいらっしゃいますが、やっぱり待遇をどうするかというのは非常に大切なポイントだと思います。ここになると、またもう午前中来いろいろ私が責められておった予算措置にかかわってくるんですが、その辺のことは念頭に私も置いて物は考えております。
○風間昶君 分かりました。 大臣の今おっしゃっていることを聞いて、正に指導主事の方によって、ある意味では地域の教育力が高いか低いかということが決まってきそうな私は今印象を受けました。非常にそういう意味では、だから、指導主事の方に対する……
○国務大臣(伊吹文明君) 指導教諭ね。
○風間昶君 ああ、失礼、指導教諭の方に対するあれっていうのは期待感が大きいから、本当にそういう意味では待遇面、処遇面でのやはりメリットを、きちっとインセンティブを与えていくことが大事だというふうに思います。 次に、履修証明制度について伺います。 学生さんがだんだんだんだん少なくなってきていますから、この少子社会で、大学なんかはそういう意味では学生さんをたくさん取りたいためにいろんなプログラムを提唱することも当然考えられるわけでありまして、そういう意味では、これまでの履修証明制度の質を担保することがより一層重要になってくると思いますけれども、このプログラムの認定基準をどう作っていくのかということが大きなこれは私、課題だと思っていますが、ここについてお伺いしたいのと、もう一つは、社会人なんかでも、そろそろ六十になった、じゃもう一回法学部の勉強したいなと思っている、自分で、私自身。そうすると、何とかどこかの大学で週に一回か二回勉強したいなと思う。そういうことも含めて、社会人が、再チャレンジされる方もいると思うんだけれども、大学で研修を受けて単位をいただいて、そのことがまた、そういう社会人がそこの大学から出ればそこの大学のステータスも上がるし、もちろん人材がたくさん出ていくことによって社会の発展に寄与するということにもなりますんですが、社会人が受けたメリットがあるようにどう活用していくかという二つの問題点で、まずは、ですから、根本になるのはプログラムの認定基準をどう作るかということなんですけど、これについてのお考えを伺いたいと思いますけれども。
○政府参考人(清水潔君) 御指摘の履修証明制度については、正に各大学の教育研究の成果というものを活用しながら、それぞれの創意工夫で社会人を対象として、種々の目的、内容、程度のプログラムが開設されることを期待するという観点から、各大学における取組を前提として、法令上必要最小限の枠組みを規定する予定でございます。 御指摘のように、質の担保をいかに確保するかは重要な視点であり、学教法改正案第百五条における文部科学大臣の定めとして、まずプログラムの評価のための学内組織を設けて質を保証するための仕組みを設けること、そしてプログラムの内容、方法あるいは全体の計画、履修資格等をあらかじめ公表すること、そして履修証明にプログラムの内容あるいは名称、総時間数等を記載することということを規定することを想定しておりますけれども、あわせて、プログラムの開設あるいは運営に当たっては、その職の必要な資格、あれとのかかわりで職能団体や地方公共団体との連携を行っていくということも、質の担保あるいは社会的評価の定着という観点から見れば大切なことであるというふうに考えております。 例えば、先般御審議いただきました国立大学法人法の改正案では、新生、大阪外語大学と大阪大学を統合して新しい大阪大学におきましては、例えば司法通訳というようなこれからの我が国社会にとって必要な、そういう方々の養成という観点から、裁判所、あるいは弁護士会、あるいは検察庁等と連携を取って準備を進めていくというふうなことでございます。 さらに、大学の認証評価の仕組みの中で、各大学における履修証明の質の保証の取組が機能しているかどうかということについても評価の対象となることが期待されるところでございます。
○風間昶君 余りたくさん言ってくれると分からなくなるから、ストレートに、単純に答えてもらいたいんです。聞いているうちに分からなくなる。 それでは、次に地教行法について伺います。 〔委員長退席、理事中川義雄君着席〕 首長が教育委員の方を任命するわけで、その任命権を持つ、任命したらもう教育委員会については日常的に首長さんは関与しないわけですよね。ところが、法文上、教育委員会が怠っている、何を怠っているかということを書いてないんだけれども、怠ることによって緊急に生徒の命、体を保護する必要が生じた場合には、是正を図ることができないような場合、文部科学大臣が指示できるというふうになっていますね。なっていますよね、なっていますよね。 それで、この指示というのは、まあ取りようによっては命令とも取れるんだけれども、いや、取りようによってはね。そういうことにまず私は違和感を覚えるので、覚えないようにしてもらいたいんですよ。違和感を覚える人がいるんだから、その説明をまずきちっとしてもらいたいということ。 もう一つは、一生徒さんの命にかかわるような突発的、緊急的なことではあるものの、住民全体に危害が加わるような突発、緊急的なことが起こった場合は、私はやっぱり知事さんや市長さんが緊急的にこれは直さなきゃならないということを指示することが必要でないかと思っているんです。考え方違う顔していますけれども、大臣、私と違う顔していますが。 まずは、私は、大臣が首長に対して通知を行う指示が命令だと感じている人がいるので、これは命令でないんだということをきちっと理解をさせてもらいたいと思う。それがまず一点です。
○国務大臣(伊吹文明君) そう思っておられる先生をそう思わないようにするというのは、これはなかなか難しいと思いますね、各々の人の解釈の仕方ですから。ただ、国というものは、これは物の考え方ですが、国民なんですよね。これは正に憲法に書いてあるように、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、」「主権が国民に存することを宣言」云々とありますから、この国会で国民は法律を決めるわけですね。 ですから、その法律をきちっと教育現場で守られない、あるいはその憲法に書いてある生命、財産のような基本的人権が侵されている場合、侵されるおそれがある場合、本当はこれは当該教育委員会、学校現場を管理しておられる教育委員会が機動的に動いて直してくだされば一番いいわけです。それはもう当然のことなんです。直さなければ、当該教育委員を任命された首長、又はその任命を承認された地方議会が地方自治の本来の力を発揮して直させるべきなんですよ。それを直させないことが未履修の問題として起こって、これは未履修の方は是正ですけれども、あるいは、例えばいじめの自殺の問題等で起こってきた緊急の場合に緊急的な措置としてやるということであって、極めてこれはやっぱり限定的に行わねばならない、これは私が再三申し上げていることでございますが、さっき先生がおっしゃった御心配は解消できたんでしょうか。
○風間昶君 いや、ですから、直させない場合があったからこういう問題になったんだけど、直させればいいんだとおっしゃるんなら、首長も指示が出せるようにしてあげた方が私はスムーズにいくのではないかと思う。──ちょっと、大臣ちょっと待ってください。ここで斜めに手を挙げているの見えるから。 もし首長がそれをやった場合、法律には書いてないことだけれども、やった場合、ペナルティーが掛けられるのかなと思うんですけれども、人を助けるためならそれはやっても僕はいいと思っているんだけれども、そこまでちょっと聞いておききます。
○国務大臣(伊吹文明君) まず、教育を受けさせる義務、義務というんでしょうか、を担保するのは、憲法上はやっぱり、憲法に書かれているわけですから、これは国なんですね、国。そして、今の日本の行政の在り方としては、教育委員会は首長から独立をした行政委員会というか執行機関として位置付けられているわけですから、先生のお考えはある意味では民主党案の知事に教育の執行権をゆだねるというのと少し似たお話になってくると思いますが、教育委員会制度と知事というものは独立した存在であるという現行の法制を考えれば、あるいは市長と教育委員会は独立した、政治的介入を排するという意味で独立させているということを考えますと、今先生がおっしゃったことを緊急のときにするということと、それから、それをやることによって教育に対して地方自治、例えばある特定政党が推薦したそこの首長が介入するということに対する危険と両々バランスに掛けながら、どちらにするかというのはこれは立法政策上の問題なんだと思います。
○風間昶君 これはやっぱり、堂々巡りになるというとおかしいんですけれども、一方では、ですから独立しているということが担保されなきゃならないから、恣意的にあっては絶対ならないわけで、ですから、そこは現実の事態に直面したときに、本当に住民に危害が加わるような状況になったとき、私は少なくとも首長が判断で、これは同じレベルじゃないけど、例えば突然の災害が起こったときに、そこのやっぱり現場の市長さんとかなんかがとっさに機動的な判断をして、そして国に防衛出動、災害出動とかなんか要請するのと同じじゃないんだけれども、僕はそういうあれがあっていいのかなと思っているんです。認めてもらえない。
○国務大臣(伊吹文明君) いわゆる超法規的措置ですよね。 それは、後であのとき機転を利かせてやってくだすったから良かったなという評価を受ける場合もあるかも分かりませんね。しかし、それを私が認めるということを言ってしまえば、超法規がまかり通る限り日本は法治国家として存在しなくなると思います。
○風間昶君 そこは理解できました。分かりました。 次の問題に移らしていただきます。 指導主事の認定については首長さんがやるわけですよね、教育委員会の指導主事さんを任命、指導主事、ちょっと教えてくれますか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 指導主事は教育委員会に置かれる職員でございまして、教育委員会が任命をするものでございます。
○風間昶君 分かりました。 それで、じゃ、いろんな人がいらっしゃるから、どんな人も指導主事になれるかどうか分からないと思うんですけれども、指導主事にもしなった人が学校の教育者、先生出身、教育者である場合のデメリットって何があるのかなと思います。それから、例えばその地域のことを一生懸命やっていらっしゃる世話役さんとかあるいは民生委員の方とかという方も僕はなり得ると思うんですけれども、そういう方がなった場合のメリットって何があるのかなとちょっと考えてみたんですけれども、教えてくれます。
○国務大臣(伊吹文明君) 指導主事という立場は地方公務員でございますから、これは地方公務員試験を少なくとも受けて採用されている方、実態的にいうと教育委員会に置かれている指導主事というのはほとんど教職にあった方々がおなりになっているわけです。 地域の皆さんのお声を反映するというのは、例えば学校協議会だとか、あるいは今回お願いしている法案の中に教育委員会には地域の代表を入れるとかあるいはPTAの代表を入れるとか、こういう形で地域のお声は反映していきますし、先ほど来先生から御質問のあった学校評価の結果を公表することによって、地域の方々はそれを受け止めて、また、例えば当該市町村の自分たちの代表である議員の方々にお話をしていただいて、議会で議論を活性化していくというのが本来のやはり教育委員会を動かしていく筋だと思いますね。
○風間昶君 分かりました。ちょっと私、理解度が足らなくて済みませんでした。 それから次に、私学の自主性、独自性尊重については、前回の教育改革特別委員会でも改正教育基本法の私は大事な理念であるというふうに思っているわけでありまして、そういう意味で、二十七条の二について、この本当の趣旨は何なのかということをまずお話し願えれば有り難いと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 私学が大変大きな役割を日本の教育の中に果たしておられるということは、もうこれは紛れもない事実です。私学自身も建学の精神というものがありますから、特に戦前、大変つらい思いをされた私学もあるようで、その私学の方々のこの点に対する思いは私はよく理解しているつもりです。 ただ、特に昭和三十年代かな、私学助成が始まったのは、四十年代の後半ですね、後半になってから私学助成制度って始まっていますね。私学助成は、これ全国民の血税なんですよ。これでもって私学の運営が支えられていると。 それから、同時に、私学といえども日本の法律の下にやはりあるということでございますから、国会で決められた法律だけはやはりきちっと守っていただきたい。その守っていただくのは、具体的な例を言うと、先般、例えば義務教育である中学校の未履修について調査をしたところ、国立、公立は一校も未履修はありません。しかし、私立は非常に多うございます。こういうことは、やはり公教育の一端を担っていただいて、そして、何というんでしょうか、国民の税金を入れながら運営している私学にあってはやはり困ると。 したがって、しかし、これは私学の責任だけじゃ、先生、やっぱりないんですよ。それはなぜかというと、戦前のいろいろな反省があって、教育委員会に所管をさせずに知事部局に所管さしておるわけですね。知事部局は各自治体のいろいろな人繰りその他がありますから、先生が先ほど御質問になっていたような学校のカリキュラムやその他について指導する指導主事をほとんど置いていないわけです。ですから、私学の方も教育委員会が公立を指導しているような指導を受けておられないわけです。 ですから、必要が生じた場合は、知事は私学とよく話し合って、私学の了解を取って専門家がいる教育委員会の助言、援助を求めることができると、こういう規定にしたわけでして、このことによって建学の精神に介入されるということがないように十分留意をして運用をしていただくことを期待いたしております。
○風間昶君 今の大臣のお話ですと、日本の法の下で、知事部局にあるにもかかわらず、教育委員会の指導が私学側になされることについては、私学の了解を取ってということであるならば私学の自主性を損なわないのではないかということですよね。そうですよね。要するに、このことに関する明確な歯止めというのは法律上どこかにあるんですか。 〔理事中川義雄君退席、委員長着席〕
○政府参考人(銭谷眞美君) 今回の地教行法の二十七条の二におきましては、教育委員会が有する学校教育に関する専門的知見を知事が活用するために、専門的事項について知事は教育委員会に助言、援助を求めることができるといった規定ぶりだけでございますけれども、その運用に当たりましては、私立学校の建学の精神を尊重する観点から、知事は私立学校に協議するとともに、教育委員会も私学の自主性を尊重するなど適切な配慮を行うことが望ましいと考えております。 このことは国会等でもこれまでいろいろと御議論いただいておりますので、私ども、この法案をお認めをいただきました後は、このような趣旨を知事や教育委員会に周知をしてまいりたいと考えております。
○風間昶君 ちょっと、もう一回言ってください、済みません。最初、立法趣旨を聞いたら大臣が、二十七条の二、直接のお話はしなかったけれども、今あるんですかと聞いたら、今おっしゃった、それが二十七条の二ですか。ちゃんと言ってください。
○政府参考人(銭谷眞美君) 地教行法改正案二十七条の二は、「都道府県知事は、第二十四条第二号に掲げる私立学校に関する事務を管理し、及び執行するに当たり、必要と認めるときは、当該都道府県委員会に対し、学校教育に関する専門的事項について助言又は援助を求めることができる。」と、こういう規定でございます。 この二十七条の二の規定の運用に当たりましては、私立学校の建学の精神を尊重する観点から、知事は私立学校に協議をするとともに、教育委員会は私学の自主性を尊重するなど適切な配慮を行うことが望ましいと考えておりまして、この法案を国会でお認めをいただきました後には、このような趣旨を知事や教育委員会に周知をしてまいりたいと考えているところでございます。
○風間昶君 もう時間がないからあれですけれども、やめさせていただきますけれども、今のお話を聞いている限りでは、本当に私学の自主性というのが損なわないということが私はちょっと理解度が悪いのかよく分からない。運用に当たっては、それは通達の中で明らかにするというふうにおっしゃっているけれども、本当に私学の自主性あるいは独自性が尊重されるというふうにはどうも理解し難いんだけれども。
○国務大臣(伊吹文明君) 今の、まず先生、これは大前提としてやっぱり確認しておかないといけないのは、建学の精神、私学の自主性ということと、日本国の法律を守らなくていいということはやっぱり違うんですよ。それはやっぱりきちっと守っていただかないと困るんです。 そういうケースが生じた場合は、知事さん、知事部局には、教育の専門家が残念ながらほとんどおられないわけですよ、現実問題としては。ですから、教育委員会に知事さんが助言を求めると、法律を守っていただくように助言を求めるときにはどうしたらいいんだということを教育委員会に知事さん、知事は教育委員会と独立しておりますからね、伺うということ、それだけを法律には規定しているわけです。 しかし、知事が伺うときは、私学の人たちに、あなたはこういうところで困ったことがあるから教育委員会の専門家に話をしてもらったらどうだろうというようなお話をした上で、教育委員会に助言を求めるということにするので、知事が一方的に私学とは関係なしに助言を求めるということはしないようにという運用指針を出しますよということを申し上げているわけでして、これは与党内での法案審議のときもそういうお話をよく公明党さんともしておりますし、衆議院の各委員会の御答弁でも今の趣旨を私は答弁しておるということです。
○風間昶君 分かりました。 終わります。
○小林美恵子君 日本共産党の小林美恵子でございます。 私も、本委員会、大変久しぶりでございますけれども、今日は学校教育法一部改正案にございます副校長、主幹教諭、指導教諭の新たな職種制度について質問いたします。 午前中にも議論がございましたけれども、まず大変基本的な問題でございますけれども、この新たな職種を導入する目的というのは何なんでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 今回の新たな職の設置は、学校の必要に応じまして新たな職を置くことによりまして、学校の組織運営体制の充実を図り、各教員が適切な役割分担と協力の下で子供たちと向き合い、保護者や地域社会の期待にこたえることができる学校を目指すものでございます。 学校の組織については、従来、校長、教頭以外は同じ教諭というなべぶた型と呼ばれる組織でございましたが、こういう組織について責任体制が不明確ではないかとの指摘もございまして、今回の学校教育法改正案第三十七条によりまして副校長や主幹教諭の職の設置が実現できれば、これらの者が権限と責任を持って校務を組織的に取りまとめることによりまして組織運営体制の充実が図られるものと考えております。 また、指導教諭につきましては、高い指導力を有して他の教諭等に対して教育指導に関する指導、助言を行うことを職務とする職でございまして、このことによりまして学校内の指導体制の充実を図ることにより、各学校や個々の教員の創意工夫を生かした充実した教育実践が展開されることを期待をしているところでございます。
○小林美恵子君 では、この新たな職種でございますけれども、法案を拝見しますと二十七条そして三十七条に「置くことができる。」となっております。逆に言えば、置かないでもいいわけですよね。大臣は衆議院の答弁の際にもそのようにおっしゃっておられました。 それで、私は、置くか置かないか判断する場合、学校の現場の実情とか意見、十分に酌み尽くされるのかどうか。そして、置かないというふうに判断された場合、文科省は、いやいや、設置してくださいとか、こういうことは絶対にないですか。
○国務大臣(伊吹文明君) まず、いやいや、設置してくださいということはございません。しかし、学校現場ということを先生がおっしゃいましたが、学校現場の意見を十分聴いて教育委員会が私は判断すべきことだと思っておりますが、学校現場が置かないと決めたというのが、例えば職員室の会議でということは我々は考えておりません。学校現場の責任者は、管理責任者は校長です。ですから、校長と教育委員会がお話の上置かないとお決めになったときに、いやいやということは申しません。
○小林美恵子君 いずれにしても、いわゆる学校の意見はきちっと聴いた上で判断をするということですね。
○国務大臣(伊吹文明君) いや、ちょっと待ってください。
○小林美恵子君 分かります。おっしゃっている意味は分かりますので、よろしいです。いずれにしても、置かないという判断の場合は文科省は絶対に口出しはしないということでございました。 それで、条文でいきますと、改めてお聞きしたいんですけれども、副校長は、校長を助け、命を受け校務をつかさどると。主幹教諭は、校長、副校長及び教頭を助け、命を受けて校務の一部を整理し、並びに児童生徒の教育などをつかさどるとあります。 そこでお聞きしますけど、この命を受けてと、先ほどから局長は任せてとかいうお言葉をお使いだったんですけど、法案を見ますと命を受けてというふうに明記をされています。一体、この命を受けてというのは、だれからの命なんでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 副校長や主幹教諭にどのような校務を担当させるかは、一般的にはこれらの職員の上司であり学校の校務をつかさどる校長が校内の職務、校務分掌を適切に分担させる観点から命ずることとなると考えております。
○小林美恵子君 では、その校長の命を受けてでございますけれども、その命が、受ける例えば主幹教諭の先生が自らの意に反する場合、その命というものは意見を言ってお断りすることはできるんでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) それはできません。それは学校の管理体制、上司の命令に服する義務に反しますから、それはできません。
○小林美恵子君 命を受けてとなりますと、それは意見を言って断ることはできないということがはっきり答弁をされました。 そこで、私は改めてお伺いをしたいと思います。 先ほど局長は、このいわゆる新たな職種を導入する目的について、例えば学校の組織体制の確立でありますとか、適切な教員の役割を分担をしてとか、子供と向き合うとか、保護者の期待にこたえるそういう学校づくりをするとか、また指導教諭を配置をして、いわゆる指導力を高めていくと、そういうお話がございました。そういう目的を目指すんでありましたら、果たしてその命を受けてということでいいのかどうかというふうに私は思うわけでございます。 そこで、改めてお伺いしたいと思いますけれども、五月三十一日に本委員会で京都の堀川高校の校長先生が御意見を述べられておられました。私は大変その御意見、貴重だなというふうに思ったんですけれども、改めて読み上げさしていただきたいと思います。 そこを読み上げさしていただきますと、フラットな教員組織、いわゆるなべぶた組織に対する批判につきましては、私は必ずしもそう的を得たものばかりではないというふうに思っております、教員は一人一人が教室に行って授業をいたします、様々な組織のありようというのがあろうかと思いますけれども、教員組織というのは納得というのが非常に重要な要素になっております、単に命ずるだけでは、教室に行ったときの教員のモチベーションが上がりません、教員のモチベーションを上げていく、そのためには徹底的に話し合って具体的に納得をするという状態で教室に行ってもらわなければなりませんというふうにございました。 私、大変貴重な御指摘だというふうに思います。この堀川高校の校長先生の御指摘、大臣はどのように受け止められましたか。
○国務大臣(伊吹文明君) 荒瀬さんは私はよく存じ上げておりますし、堀川高校は私の選挙区の中の高等学校です。 それで、参考人が述べられたのは、まず、先ほど先生が御質問になっているように、この職は任意設置なんですね。先ほど来、どうですかどうですかとお聞きになっていますが、文部科学省がこうしろああしろと言うべきものでもないし、文部科学省がこうしろああしろと、何というんですか、今の教育行政の流れからいえば、教育委員会に命令をする権限はないんですよ、地教行法上は。ですから、荒瀬さんの言っているのは、任意設置で設けるということにまず賛成をしておられるわけですよ、荒瀬さんは。 そこのところをネグって御質問になると困るんで、賛成をされた上、学校の組織運営の在り方についてはその学校や地域にふさわしいものを選択すべきであるということをおっしゃっているわけですから、私はいい意見だと思いますよ。何も文部科学省が置けと強制するべきものでもないし、どういう形で置くかは校長とそれから教育委員会が協議をしてお決めになればいいことです。
○小林美恵子君 私は、この参考人の校長先生のお話をあえて出さしていただきましたのは、いわゆる学校の組織の在り方というのはどういうものかという根本的な点をこの先生は御指摘をされているということを申し上げたかったわけでございます。 要するに、単に命ずるだけでは教室に行ったときの教員のモチベーションは上がらないと、やっぱり徹底的に話し合って具体的に納得をすると、ここは本当に大事だと思うんですね。ただし、今お話をお聞きしました主幹教諭等は命を受けてというふうになります。その点からいきますと大変矛盾もあるなというふうに私は思うわけです。 それであえて校長先生のお話を出さしてもらったわけでございますけれども、改めて、単に命ずるだけでは教員のモチベーションは上がらないんだと、徹底的に話し合って具体的に納得をするということが大事だという、この点、大臣、いかがですか。
○国務大臣(伊吹文明君) 命令に、命ずることに反するということは組織としては服務義務に反しますから、そういうことはあってはならないんですけれども、命ずるまでにいろいろ話し合うということは、これは各組織じゃ当たり前のことなんですよ。何も話し合わずに頭から命ずるなんというような人は私はいないと思いますよ。 ただ、問題は、徹底的に話し合って自分たちのグループ、自分の主張に相手が歩み寄ってこない限りはオーケーを出さないんだということなら物事は決まりませんし、組織は動きませんから、それは先生、ちょっと無理というものじゃないんですか。
○小林美恵子君 大臣はいわゆる命を受けるまでに、命を出すまでによく話し合うということをおっしゃいました。それはそれで私は大変大事なことだと思いますので、そういう話合いもなされないで一方的に命ぜられるということはまずないんだろうなというふうに理解をするわけでございます。
○国務大臣(伊吹文明君) これは何度も申し上げているように、私に教育委員会の仕事のしぶり、校長の仕事のしぶりについて確認をされても、文部科学大臣がそういうことについて答弁ができるような日本の教育行政の流れになっていないんですよ、先生。
○小林美恵子君 なぜ私がこういう質問をさせていただきますかといいますのは、法案に書いてあるからですよ。法案に書いてあることを大臣に質問するのは当然のことでございます。──いえ、もう結構でございます。そのことにおいて……
○国務大臣(伊吹文明君) 法案に書いてないですよ、そんなことは。
○小林美恵子君 命を受けてというのは書いておりますので、それを私は考えて質問をさせていただきました。その点で大臣に対して質問することも当然でございますし、その点について責任を持ってお答えすることも当然だということを強く申し上げておきたいと思います。 それで、この新たな職種を法制化する前に、既に各地で導入されているのがございますよね。私は、それらの検証があってしかるべきだというふうに考えます。衆議院では導入して四年の東京都の例が出されておりましたけれども、私は大阪の例を少し挙げたいと思います。 特に、大阪府が設置主体の府立高校ですね、二〇〇六年度から導入をされました。名称は主幹教諭ではなく首席でございます。名称は少し違うんですけれども、首席でした。〇七年度の府教委が通知した資料でいきますと、府立高校百四十校、盲・聾・養護学校二十三校でございましたけれども、じゃ、ここでどういうふうなことが現場で起こっているかということを事例として申し上げていきたいというふうに思うんです。 例えば、ある学校ですけれども、従来の生徒指導部と保健部を各グループに変更し、グループ長も任命制としました。両グループを生徒部首席が統括をされています。教務部と進路指導部も各グループに変えて、これもグループ長任命制、教務部首席がその両グループを統括する。要するに、複数の首席体制を取ったわけでございますね。しかし、東京のようになり手がなかったということでございまして、一人配置になったと。 その点でどうなっているかということでございますけれども、教務グループの長になった先生が首席の代行をして、その首席の仕事に追われて本来の教務の仕事ができなくて、それでその仕事が他の新任の先生に教務の仕事が回ったと。新任の教員が負担増になったわけですね。本来、新任の先生ですから、それこそ生徒に向き合って、それに専念するぐらいの私は体制であってもいいかと思いますけれども、それで負担増になっていると。 この新たな職種の導入といいますのは、教職員のいわゆる多忙化の軽減をしなくちゃならないと政府は、文科省はおっしゃっておられますけれども、こういう事例を見ますと、なかなか多忙化の軽減にはなっていない、新たな負担を増やしていると私は思いますけれども、この点、どういうふうにお受け止められますか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 今、文部科学省で把握している限り、副校長という職名を置いているところは二十三の教育委員会がございます。主幹教諭あるいはこれに類する職を置いている地域は十三の教育委員会がございます。指導教諭あるいはこれに類似する職を置いている地域は十四の教育委員会がございます。 これら先行事例を見ますと、それぞれ、副校長については学校全体のマネジメント体制の強化が図られた、主幹教諭につきましては学校の組織的な課題対応力の向上の面で効果を上げた、指導教諭については若手教員の授業改善の面で大きな成果を上げているなど、いろいろな報告がなされております。 ただいま大阪の事例がお話がございましたけれども、やはり各学校の実情に応じて、主幹教諭、指導教諭、あるいは副校長、こういうものが配置され機能していくものだと思っております。あくまでも、学校という組織の中でそれぞれが適切に役割分担をし、学校のマネジメントを改善をしていくという観点からその設置がやはり図られるべき事柄であろうかと思っております。 今お話しの件も、たまたま、お二人首席を配置すべきところ、当初の計画がそのとおりいかなくてお一人配置になったという場合に、具体的なことを申し上げるわけではありませんけれども、そういう体制にまたふさわしいやり方というのがあったのではないかというふうに、これはただお聞きをして言うだけでございますけれども、そういう感じは持ちました。
○小林美恵子君 私は、例えばこれ大阪もなり手がなくてこうだったんですけれども、東京もなり手がないというお話がありましたよね。それで見直しをされているというお話がありました。 そういう中で、この制度というのは結局多忙化を新たに生んでいるということは実際としてあるということは、それはそれでお受け止めになりますか。どうですか。
○政府参考人(銭谷眞美君) これは、新しい職というのがそれぞれ権限と責任を持って校務を組織的に取りまとめ、効率的に処理をするということが可能になるものでございますので、私どもとしては、こういう効率的な処理、責任体制の明確化によりまして、教員の事務負担というのはかえって軽減されることにつながるのではないかと思っております。 なお、もちろん、教員の負担の軽減のためには、こういった組織的な職の整備のほかに、教職員の増員とか事務的職務のアウトソーシング、あるいは学校外のいろんな力の活用とかいろいろあろうかと思いますけれども、こういう組織の整備ということも学校運営の改善に当然資するものであるというふうに考えております。
○小林美恵子君 先ほどいみじくも増員というお話がございました。ずっとこの間の議論の中でも、大臣も人員を増やすことがもっともだという御答弁をされておられました。 私は、それは大変大事なことなんですけれども、改めてお伺いしたいんですけれども、例えばこの大阪の場合の首席や指導教諭の定数内の配置です。法案でいきます主幹教諭やそれから指導教諭も定数内の配置ですよね。定数外ではありませんね。現場の学校の定数内配置はこのほかにもございます。例えば、退職された先生が再任用される場合ありますよね。再任用、この場合も定数内ですよね。期限付の講師の方も定数内の配置になっています。そうした先生には、現場の話を聴きますと、例えば高校の場合などは担任をお持ちにならないようにしているそうでございます。 例えば、定数枠内の教諭から首席として、法案でいくと主幹教諭ですね、主幹教諭として例えば複数引き上げられるという言い方はあれかもしれません、引き上げられるとしますと、その枠内の集団が少なくなると。一人一人の負担が増えるのはもちろんなんですけれども、そういう中で担任集団の編成も困難になるというのが現場から出ておりました。実際に、大阪の首席の活用実態の文書でいきますと、校長先生が、いわゆる現場の一教員の先生たちではなくて、校長先生の回答で百四十二校中百二十一校で定数外配置を求めています。 私は、こうした意見というのは大臣はどう受け止めているかなということをひとつお聞きしたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) 今回、新しい職の設置に当たりましては、教職員定数につきましては特段のまだ措置がないわけでございます。現在の定数の中で新たな職の方が権限と責任を持って校務を組織的に取りまとめ、効率的に処理をすると。このことを可能にすることによって一般教員の事務負担が軽減をされ、子供と向き合える時間の確保につながるということをむしろ期待をしているものでございます。 ただ、もちろん、教職員定数の改善ということが今後望まれるというのは、これはこのことに限らず、私ども検討課題ではあるわけでございまして、三月十日の中央教育審議会の答申におきましても、新たな職の設置の状況に応じて教職員定数の改善などの条件整備を図ることが望まれるということは答申されているわけでございます。 ただ、このことは、現在の状況の下でどう取り組んでいくか、これは私ども大きな課題だと思っているところでございます。
○小林美恵子君 そういう課題を抱えながら、なぜあえて今法制化しなくてはならないのかと私は思うんです。それは矛盾を更に広げるだけだというふうに思うんですね。 例えば、主幹教諭や指導教諭の皆さんへの負担も本当に問題です。先ほど命を受けての話がございましたけれども、とにかく──おっしゃいました、命だから断っては駄目だという話でしたよね。だから、意に反したことをやらされるので苦しい、なるんじゃなかった、後悔していると、目まぐるしく変わるいわゆる上からの指示どおりに動かす任を担うのはつらいというふうに、現場からそういう、主幹教諭とかそういう部署に就かれた方々の実際の声でございます。 こうした中で、こうした部署に就かれた先生がやっぱり意欲を失わせていくと。しかし、この主幹教諭というのは、主幹になったらずっと主幹で降りることもできないと。これでは、私、先生自身を本当に苦しめていくというふうに思うんです。それでもこの法制化、この制度、進めていくんですか。
○政府参考人(銭谷眞美君) ちょっと繰り返しになって恐縮でございますけれども、主幹教諭や指導教諭は、それぞれもちろん授業を行う者でございまして、授業を行いつつ、それぞれ役割分担を担って、主幹教諭でございますと命ぜられた校務の一端を担って、また指導教諭につきましては他の教職員等の授業の指導等の役割を分担をしていくという、そういう職でございます。 したがいまして、学校全体の校務については、このように明確に権限と職務を持った職が設置されることによりまして役割分担をはっきりさせて校務運営の効率化ということが図れると、まず私ども思っているわけでございます。 そのために、こういう主幹教諭や指導教諭には、やはり資質能力を持った適切な方を、ふさわしい方を任用されるということが必要でございますし、今後、こういう方の処遇につきましても、私ども、給与を含めまして適切なものとなるように検討していく必要があると思っております。教育委員会や校長などの管理職がこういった主幹教諭や指導教諭の勤務状況等につきましては適宜把握をし、もちろん校務を分担し役割を担うわけですけれども、これらの方に校務が集中することがないように、校長等の管理職は必要に応じた適切な指導、助言も行う必要があると考えております。
○小林美恵子君 私は、全体の学校の先生が、人員が増員されない状況でこういう新たな職種を設けて、そしてまた主幹教諭とか指導教諭の先生というのは、それこそ授業も受け持っていくわけですよね、で、命を受けて校務をつかさどる。主幹教諭はそうでございます。それは本当に、局長はそういうふうに期待を述べておられますけど、その期待というのは現場に全く即してないですよね。 改めて申し上げたいと思いますけれども、例えば大阪でいきますと、首席の先生とか指導教諭の先生は、特に首席の先生ですね、例えば周りの先生から見ると、大阪の場合って授業時間も配慮されている面がございます。そして、一定給料もプラスがあります。そういう中で、周りの先生から従来とは違う目でその先生が見られるという面もあります、職場の空気ですね。逆に、指導教諭の先生は、ほかの教諭の指導力の面で指導するというのがその指導教諭の立場になりますよね。そうしますと、自らの指導、自らの指導についてはもうだれにも相談できなくなる状況に追い込まれていくと。他の先生を指導する限りは、自分の指導についてはどうのこうのというふうに周りに打ち明けることはできないというふうな、これも現場の声です。こうした中で、例えば首席を降りられたりとか、定年を待たずに辞めていった先生が現場では起こっています。 そこで、私は大臣にお伺いしたいと思いますけれども、例えばこの法案にあります主幹教諭であれ指導教諭であれ、それこそ教育委員会ですとか校長先生からすれば優秀な先生というふうになるんだろうと私は思うんですね。そういう人たちがこうした制度の下で結局職を離れていくということになりますと、それはそれで教育委員会とか校長にとっても私は大きな損失になるというふうに思うんです。その点はどのようにお考えになりますか。
○国務大臣(伊吹文明君) まず、先生、ずっと質問の流れからすると、定数内を主幹教諭や指導教諭のために引き上げられてクラス編制が難しくなるという御質問をしておられましたけれども、授業をするということは今お分かりいただいたわけですね。ですから、これは定数内で引き上げてクラス編制が難しくなるということはございません。 それから、主幹教諭、指導教諭に校長先生や教育委員会が優秀と認めた人を一般の評価と違って任用するなどというようなことを校長が例えば頼めば、その校長が今度は教育委員会に評定されるわけだし、そんな人事をやった教育委員会は、本来地方議会がチェックをすべきことなんじゃないんですか。 一方的に自分がいいと思っている人を任用するということではなくて、やっぱり全体のバランスの中から任用をされるのが私はふさわしいことだと思いますし、同時に、自分の意見と違うような意見あるいは運用があれば、それを、口を極めて非難するというのとよく似たことだと思いますけどね。
○小林美恵子君 私、これは、地方議会のことをおっしゃいましたけれども、そもそも、今こういう主幹教諭とかそれから指導教諭の新たな職種を設けるという、そういう法案を御提案してきたわけでございますから、そのことにおいて、例えば地方議会がどうのこうのというふうな話に展開されるのは私はおかしいというふうに思います。 それで、例えば優秀な人材がどうのこうのという話でございましたけれども、私は、問題は、こういう職を置くことによって、本来力がもっともっと発揮できる先生を力を失わしていくことが実際の例でありますよということを申し上げているわけでございます。そのことを問題視をしなければならないということを強く申し上げているわけでございますね。 それで、時間も参りましたけれども、こういうふうにして、子供にとっても先生が途中でリタイアするということは決していいようには映りません。ましてや、教職を夢見て現場で御奮闘されてきた先生が、例えば国のつくる仕組みでプレッシャーが与えられて負担が多くなって離職しかねないということになりますと重大なことになります。私は、こうした制度を逆に設置をしないで、それこそ現状の下で先生方が力を大いに発揮してもらうと、その方が学校にとっても生徒にとっても私は財産だということを申し上げて、質問を終わります。 ありがとうございました。
○委員長(狩野安君) この際、お諮りいたします。 委員外議員後藤博子君から学校教育法等の一部を改正する法律案外六案についての質疑のため発言を求められておりますので、これを許可することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(狩野安君) 御異議ないと認めます。 それでは、後藤君に発言を許します。後藤博子君。
○委員以外の議員(後藤博子君) 朝から大変お疲れさまでございます。また、委員外発言をお許しいただきました委員の皆様、ありがとうございます。 もうずっとお聞きしておりまして、私は、現場の声といいますか、素朴な質問になるかと思いますので、庶民の声、そしてなぜそうなんだろうという、そういう素朴な質問をさせていただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。 申し遅れました。国民新党の後藤博子でございます。よろしくお願いいたします。 今、世界のこの現象の中で、私は今自分で病んでいる社会とか病んでいる日本という言葉を使わせていただいていますけれども、物があふれて豊かで自由になった現在、よく見ると若者の派遣や請負が増えて貧富の格差は広がるばかり、ストレスは子供から大人までをむしばみ、自殺は毎年三万人を超える、これは大分の地元紙に載っていた新聞の記事を引用いたしましたけれども、今の若者たち、多くは、まあ一部かもしれませんが、やはりどんなふうに生きていけばいいのかという指針を失っている子供たちがさまよい続けております。 こういう実態を、この社会の現象を、このたびの教育基本法あるいは教育三法でどう変わっていくんだろうか、この法で何を変えようとしているんだろうかと。そういうことで、現場はなかなか待っていられないというのが今の現状です。 大臣、私は二〇〇一年に希望と夢にあふれて初めて国会議員になりました。その間いろんなことがありましたし、この五年間の私の体験する中で矛盾に思うことや、先がよく読めない、何が起こるか分からないという中で、私も文教科学委員会の委員としてこの五年間活動をさせていただきました。だから、今日は久しぶりに文教科学委員会に戻りまして質問させていただきますので、非常にうれしく、また緊張もしております。 そういう中で、今日の、皆さん方も含めて、今私たちが抱えるこの教育の問題というのは非常に大きいものがあると思っております。この五年間で教育の何が変わったんだろうかとか、私たちも文教科学委員として取り組んできたんですけれども、現場を取り巻く環境は果たして良くなったんだろうか、子供たちを取り巻く環境や先生の環境、ともに本当に良くなったんだろうかということが実感としてなかなか私自身がつかめておりません。 一つの例を挙げさせていただきますと、今こちらの、東京での若者の実例は、コインロッカーに自分の荷物を預けて、わずか数百円のお金を持ってジョブカフェとかネットカフェで一晩を過ごし、女の子はもう背中が曲がってしまっているような現実をこの前テレビで放送されておりました。 こういう社会状況をどうとらえていながらこの教育を改革されようとしているのか、ちょっと通達しておりませんけれども、質問に入る前に大臣にその御見解をお伺いしたいんですが、よろしいでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 五年前に先生が希望を持って国会にお出になったときは私も何度か応援に行きましたので、今、自民党の議員としてここで御質問していただけないのを大変残念に思っております。 しかし、先生がおっしゃっている現実の認識を同じように我が党も持っているからこそ、教育の再生ということを安倍総理は言ったんだと思います。これは、現在の今先生がお挙げになったような現状は極めて複合的な要因ですから、教育だけで変えられるものではありませんし、またそこへ政治がすべて手を入れるということが、人の価値観にかかわってくるものがございますから、適当かどうかは私はにわかには即断できません。 しかし、まずやらねばならないことは、やはり豊穣な世の中の精神の貧困と言われるような状況ですね。これは、サッチャーがやはり教育改革に取り組んだときに、豊かになった大英帝国の中で、あれほど精神的に貧困をしてきた英国をもう一度ビクトリア朝時代の精神規範を取り戻すために自分は教育改革をやるんだといってやったということがございますが、そこまで復古的に考えなくても、人間が人間として必要なやっぱり素養を身に付けて、国際社会で生きていく最低限の学力を確認すると。そのために教育基本法を六十年ぶりに改正して新しい時代に合う新しい教育の理念を国会として確立していただいたわけですから、それを実現するために何を教えるのか、そして教えていただく先生はこういう先生であってもらいたい、そして同時に、その教育行政を担当している文部科学省から学校現場の校長先生、先生に至るまでの責任の所在を明確にするという三つの法案を今回取りあえず国会へ出したということです。 法律だけではもちろんできませんから、今日も皆さんから御質問があった予算のこと、何よりもその予算と法律を動かす人間の意識、やる気、能力、こういうものを変えていかなければならないと思っております。
○委員以外の議員(後藤博子君) そうです。私たちも、今大人の責任が問われているこの時代の中で、今大人の規範、モラル、そういういろんなものが低下していると。この国会内でも最近いろんな問題が生じておりますし、報道されていること、痛ましいこと、いろんなことが挙げられます。そういうことを見ながら今の若い人たち、子供たちが育っているわけですね。 ですから、そういう中で、もちろん教育だけではできないこと、国ができること、それから家庭ができること、もちろん学校現場ができること、そういうことがたくさん挙げられますけれども、今だからまたそれを強力に結んでいって、連携しながら子供たちを包み込むような方策で育てていかなければならないと考えております。 先ほど大臣がもうサッチャーの教育改革について若干触れられましたので、私も安倍総理が今イギリスの教育改革を参考にしているのではないかと思っておりますし、全国学力テストの実施や学校評価あるいは学校選択制など、競争的な制度を導入して公教育を再生しようとの考え方が見受けられるような気がします。しかし、イギリスの教育改革については、現在の評価は必ずしも成功したというモデルとしては受け止めているわけではありません。先行している事例を参考として、またその検証を踏まえた上で後発の利点を生かした改革が必要だと考えております。 良い意味での競い合いを促すにしても、低い評価がなされた学校への支援、これは先ほど大臣が言われた予算や人員の裏付けということがセットになっていなければ更にまた格差が生じるという悪循環も懸念されます。そういう点で政府はどのような姿勢で教育再生を進めていきますかということをお聞きしたかったんですが、大臣がもうお答えしていただきました。 ということで、少し具体的に中身についてのお考えをお聞きしたいと思うんですが、我が国と郷土を愛する態度の考え方についてなんですけれども、私も教育基本法について自民党にいた時代に先生方と一緒に取り組みました。また、第二条においても公共の精神や我が国と郷土を愛する態度を養うなどの教育の目標が規定されました。これを受けて、今回の学校教育法改正案において、義務教育の目標の中にこれらの規定が盛り込まれています。 今後、具体的な教育内容を提示していくことになるんでしょうけれども、我が国と郷土を愛する態度を養うというときに、学校教育の中で何をどのように教えていくのかという、私は、態度を養うことについて学校がどのような教え方をするんだろうということをお聞きしたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 改正教育基本法のときにも今先生がおっしゃったことは大変議論になりました。そして、今回御提示申し上げております学校教育法改正案の二十一条の三号に我が国と郷土を愛する態度についてということが書かれています。 ですから、心と態度というのは非常に関係は難しいですね。心にもないことを言うという言葉もありますし、すぐに気持ちが態度に出るという言葉もありますから、二様の言葉があるんですけれども、例えば、元寇の乱のときに日本人はどのようにして国を守ったのか、黒船が来たときに日本人はどういう対応をしたのか、こういうことをやはり教えるとか、あるいはどういう態度で日本人は対応したかとか。あるいは、日本の仮名文、仮名というのは日本で初めてできたものですね。これがあったから、女性の紫式部や清少納言の文学はみんな仮名の上に成り立っている。日本人というのはそういう立派な文化遺産を持っている。あるいは、伝統芸能について調べてみる。 こういう上に誇りを持つ心が自然に養われてくるということを期待しているわけでして、心をあらかじめ政府があるいは政党が教えるということは私は否定的でございます。
○委員以外の議員(後藤博子君) そう、心を教えるということ、教えるということ自体が難しくて、心というのは自然にはぐくむんであって、例えば家庭の中において、家族の中において自然に身に付くものだと。だから、理屈で心を心ということで教えるということは非常に難しいと思います。 しかし、心があって態度が出てくる。じゃ、心がなければ態度がどうなのか、その態度は、じゃつくられた態度なのかどうなのかということでもう議論が分からなくなってしまいますけれども。そういう態度には心は付いてこないという場合もあるのではないかとの指摘もありました。今大臣がおっしゃっていただきました。 でも、例えば国旗の問題にしては、国民の中にやはり様々な考え方があるわけです。ですから、一定の考え方に基づいて学校で教えることはこれまた容易なことではないんですけれども、価値観の違いを超えた内容を教えるということが、今も、心もそうですが、態度もそうですけれども、これからの教育基本法の議論の中に、その態度とか心とかいうことの中に我が国と郷土を愛する態度ということが入っておりますから、それを教えるためには、やはり何らかの教科書なりなんなりを使って教えなければならないんですけれども、そこにまた価値観の違いがあると。 だから、価値観を超えた、先生方のいろんなイデオロギーとか、いろんなものを超えた価値観として教えるということが果たして可能なんだろうかということをちょっと疑問に思いますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 例えば、元寇の乱があったときに日本人はどう対応したかということを教えるのは心の問題ではありませんよね。それから、黒船が来たときに、いろいろな考え方があった中で、尊王の人も攘夷の人もやはり日本の国というものを考えていたわけでしょうから、この歴史的事実を教えるということは何ら心に入っているわけではありませんね。 こういう事実を教えることによって、またそれを学んでいく態度を養っていくことによって心はおのずから決まって、その学びの中から出てくるものじゃないんでしょうか。
○委員以外の議員(後藤博子君) そうです。非常に難しいです。 では、もう一つ、教育再生会議の道徳の教科化ということの提案がありました。となると、今度、道徳というものはどういうふうなことで教えていけばいいんだろうかと。 再生会議の第二次報告では、道徳を教科として位置付ける旨の提案がなされるとの報道がありました。教育再生会議ではなぜ見直しが必要とされ、新たな提案は現在の教育課程の中の道徳教育とどのような点が異なるんだろうかとか、成績の評価は行わないものの教科書は作成すると言っているわけですね。教科書を使用する教育内容、それから実施方法にどのような違いが出てくるんだろうかとか、またどのような内容の教科書を使用するんだろうかと。 だから、道徳ということも、やはり心あるいは道徳の道、武士道だとか華道、茶道という日本の伝統文化の中にもそういう道というものがある。じゃ、その道徳の道という道ということについては、日本人が今まではぐくみ育ててきたものというのがあるし、それは例えば、私は華道、花をやりますけれども、花ということで、生けるときに一々先生が理屈では教えない。花の向き、花の動き、それが一番美しく見せること、それから静かに生けること、精神を統一しながら生きている花をどう生かしていくかというようなそういうことがあるんですけれども、今大臣の言った心ということに引っ掛けて、今度、道徳の教科化についてのことをお尋ねしたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) ちょっと、花を生ける華道のことは池坊副大臣に聞いていただかないと、私も余り生意気なことは言えないんですが、再生会議がおっしゃっていることをどうするかということは、各々必要に応じて中教審にかけねばなりません。そして、ここでの御議論も伺いながら学習指導要領にどう書くかということだと思います。 したがって、私が申し上げておいたのは、またそのとおりしてくだすったわけですけれども、道徳というのは人間共通のルールというものを教えるということであっても、あっても、アナーキーの人は、おれたちはそんなのは嫌だという人もいないとは限らないわけですね。ですから、教える者の価値観、主張によって教えられる者の点数を付けるということは非常に難しいんで、点数を付けるということはまずなじまないだろうと。それで、例えばワシントンと桜の木のように、こういうことをワシントンはしたとか、二宮尊徳はこういう行動をしたとか、こういうことを教えるんだと思うんですね。それを学んで自分も、そういう規範というのか在り方を子供たちが身に付けていってもらうと。 ですから、何を参考例に出すかは、国がある価値観を持って決めるというような検定教科書的なものを作るということはやっぱり非常に難しいんじゃないかなと私は思っておりまして、その趣旨は再生会議に申し上げてありますから、再生会議の方も極めて慎重に教科書等についてはあの報告の中にお書きになっていると思います。
○委員以外の議員(後藤博子君) 道徳の教科化ということについて、どういう教科書を上げてくるんだろうかと。いろんな過去の歴史の中で、総理も吉田松陰を尊敬されているというふうに私、見たことがありますけど、私も吉田松陰が大好きで、幕末のころの本を読んだり松下村塾のことを読んだり、今そういう塾が逆に日本の中にあったら今の日本人はどうなるんだろうかとか考えたこともあります。 実際、本当、何をどこにどう手を付けていいのか分からないんですけれども、そうは言っていられませんので、何とか道徳というものを、規範的なものを教えていかなければならないし、その教え方も考えていかなければならない。 それと並行して、私たち大人が見せる態度、大人が見せるもの、国会議員として子供たちに見せること、筋を通していくこと、あるいは立ち向かっていくこと、それからエネルギーを持って何かに立ち向かっていくことの大変さ、あるいは長いものに巻かれたり、おかしいことはおかしいと言ったときに、おかしいと言ったことが逆に正義ではなかったりというふうなものを発信してしまったりとかいろんな現象があるわけで、子供は教育の中、教科書の中で見るよりも、今の、現在社会の私たちの態度、私たちの生き方、生きざまを見ていると思うんですね。その生きざまそのものが、それこそ規範をと言いますけれども、今現在の、じゃ大企業の人たちがいろんな問題を起こし平謝りに謝っているようなテレビの報道があり、その中で果たして子供たちにすばらしい大人の見本を今現在見せているのかというと、見せていないなと思います。 そういうことがありますので、是非是非、教育再生会議の中でしっかりと議論をしていただきたい。そして、中教審を中心に教育の専門家や関係者の意見、議論を十分に踏まえた上で、更に国会においてやはり議論を積み重ねていくということが大事なことだと思っておりますので、政策決定のプロセスを是非大臣、大事にしていただきたいと考えております。よろしくお願いいたします。 ゆとり教育の見直しということで少し質問させていただきます。 私も、二〇〇一年、国会議員になってから、遠山大臣でしたか、ちょうどゆとり教育ということが挙げられまして、あのときも随分議論をした記憶があります。そもそもゆとり教育というのは、現在の学習指導要領というので批判されていると思うんですけれども、基礎とか基本を身に付けた上で自ら学び、考える力を養う、生きる力をはぐくむという方向性については私は間違っていないと理解しております。それでも批判が絶えないのは、子供の学力低下傾向や二極化が明確になりつつあるという国民の不安の表れと言えます。国際学力調査の結果を受けて、盛んに学力低下論議が交わされた際にも指摘されていたことですけれども、理念や目標に間違いはないんだが学習指導要領のねらいが十分に達成されていないという旨の文科省の認識が保護者や学校現場の不信感をぬぐえないのが原因なのではないかと私はちょっと思っております。 今年一月の教育再生会議第一次報告でもゆとり教育の見直しが提言されています。二年前の国会論議と同じような指摘がなされていること自体がその証左であると思いますけれども、今後の学習指導要領の見直しに取り組むに当たり、文科省としてどのような反省の上に進めていくのか、やり方をどう変えるのか、そういうことについてお尋ねしたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) 現在の学習指導要領の考え方というのは、単なる知識の詰め込みではなくて、基礎的、基本的な知識を身に付けた上でそれを実生活で活用する力を育成をすると、こういう考え方に立っていたわけでございます。私ども、その学習指導要領に基づく結果の検証ということをきちんとやっていかなければならないとまず思っております。 このような観点から見ますと、国際的な学力調査による比較をしますと、OECDの調査などで、学力は国際的にはやや低下傾向にある、それから特に中間層の子供たちが下位層にシフトする傾向があるといったようなことがございます。それから、子供たちの学習意欲、それから宿題等を行う家庭での学習時間等が十分ではないといったような反省点もございます。 こういったことを踏まえながら、国会の御審議も踏まえまして、今学習指導要領の改訂の作業を進めているところでございます。議論としては、やはり基礎的、基本的な知識の定着、これをどう図っていくか、それから今回の学習指導要領で取り入れました総合的な学習の時間、これは継続をしたいと思っておりますが、その内容、在り方等についてどのように改善をしていくか、こういったことを中心に今議論を進めているところでございます。
○委員以外の議員(後藤博子君) そうですね、ゆとり教育、あれだけ時間数を削り、五日制をつくり、そして子供たちにさせたかったことは何だったんだということなんですね。 方向性は間違っていないと思うのに、こうやってまたゆとり教育を見直すとなると、国民は、お母さんたちは特にやっぱり文科省に対する不信感が募る、どこをどう信じていけばいいんだろうということになってしまいますので、そこはしっかりと、もうこれでゆとり教育の見直しの方向性をしっかりと打ち出していくということで進めていっていただければと考えておりますけれども。 教育再生会議では、授業時間数の一〇%増とか土曜スクールの実施などの提案もあります。これはなかなか具体性が伴わない内容が報道によって広まってしまったということもあるんですけれども、そういう再生会議のことが先に新聞にばっと出ていってしまうから余計国民の皆さんは不安になってしまって、再生会議の言うことと文科省の言うことはどっちがどうなんだろうというふうになってしまうんじゃないですかね。そういうことも含めて慎重に進めていっていただきたいと思います。 もう少しお聞きしたかったんですけれども、ちょっと通達していることがありますので時間の範囲でお聞きいたしますが、学校教育法の一部を改正する法律案の概要の中に、学校種の規定順について、幼稚園を最初に規定するということがありまして、幼児教育という、充実ということも入っておりましたけれども、幼稚園を先に規定するという、この順番をどうしてということを聞くつもりはありませんが、私もかかわってきましたように、認定こども園というのができました。 大分県もそうですけれども、各地を回っておりますと、地方によって全然認定こども園が普及しているところと普及していないところがあって、普及していないところは、お母さんが働かなければ保育園に預けられない、幼稚園に預けられないということがあるわけですね。でも、お母さんは働きたくないんだけれども、その地域に住んだ、あるいは引っ越ししたがために、お母さんは子供を預けたい、しかし預けるためにはいわゆる働かなければならないということがあるんですね。だから、子供にとってはどこに行こうと、無認可であろうと認可であろうと、どこに行っても一律の保育、幼稚園のことができるということで認定こども園を広めようということになったと思うんですけれども、今現在の認定こども園に対する現状を教えてください。 それから、これからの、今の私の意見を踏まえて、今後のこともお尋ねしたいと思いますが、よろしくお願いします。
○政府参考人(銭谷眞美君) 昨年、法律をお認めいただきまして、十月から認定こども園制度が創設されたところでございます。 この四月一日現在でございますけれども、九十四件の認定こども園の認定が行われております。各都道府県からの報告によりますと、本年度更に約五百四十件程度の申請が見込まれておりまして、来年度以降は更に多くの申請が見込まれているところでございます。 私ども、認定こども園制度が適切にかつ柔軟に運用されますように、幼保連携推進室を文部科学省と厚生労働省が連携して設置をし、関係者への業務説明、個別対応、パンフレットの配付などを今行ってきているところでございます。 多様化する幼児教育に対するニーズに柔軟かつ適切に対応できるよう、地域の実情に応じまして認定こども園制度が活用されますよう、制度の普及に更に努めてまいりたいと思っております。
○委員以外の議員(後藤博子君) お母さんによっては、本当に二人、三人と産みながらしっかりと育てたいという人たちにとってみれば、子供を預けなければならないということは非常に残念なことで、今この少子化の中で一生懸命やっている家族、家庭、そしてお母さんということを考えていただければと思います。 先ほど大臣にもお尋ねしましたように、私は自分で作っている、「たくましい日本人」というリーフレットを作っております。私はこの中に日本の心ということを書かせていただきました。朝、昇ってくるお日様に感謝し、風や水や土に感謝する心、人や物を大切にする心、人間も自然の一部だと感じる生命感、この日本の心こそが二十一世紀以降の地球環境を守る理念だと私は信じております。 日本の心を大切に、そういう思いで教育行政に当たっていただき、私たちも一人一人の責任の上でしっかりと子供たちを育て、若い方々に、次世代に譲っていける誇れる文部科学であり教育でありたいと考えておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。 本日はありがとうございました。
○委員長(狩野安君) 本日の質疑はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。 午後五時四分散会