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166回国会衆議院2007/05/29

法務委員会 第21号

発言数
75
登壇者
9
会派数
4
開催日
2007/05/29

会議録

七条明自由民主党

○七条委員長 これより会議を開きます。  内閣提出、犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案を議題といたします。  本日は、本案審査のため、参考人として、中央大学大学院法務研究科・法学部教授椎橋隆幸君、弁護士・全国犯罪被害者の会(あすの会)代表幹事岡村勲君、北海道大学大学院法学研究科教授白取祐司君、被害者と司法を考える会代表片山徒有君、以上四名の方々に御出席をいただいております。  この際、参考人各位に委員会を代表して一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、いろいろとありがとうございました。お忙しい中、いろいろと御指導賜っておりますけれども、よろしくお願いを申し上げます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただければ幸いかと思います。よろしくお願い申し上げます。  次に、議事の順序について申し上げます。  まず、椎橋参考人、岡村参考人、白取参考人、片山参考人の順に、それぞれ十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。  なお、御発言の際はその都度委員長の許可を得て発言していただくようお願いを申し上げます。また、参考人から委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、御了承願います。  それでは、まず椎橋参考人にお願いいたします。

椎橋隆幸中央大学大学院法務研究科・法学部教授

○椎橋参考人 おはようございます。中央大学の椎橋でございます。  本日は、こういう機会を与えていただきまして、大変光栄に存じております。時間がありませんので、早速お話をさせていただきたいと思います。  私は、この犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案、以下、法律案と言わせていただきますが、これについては基本的に賛成する立場から意見を申し上げたいと思います。  我が国の被害者につきましては、忘れられた存在とか疎外された存在あるいは軽視された存在と言われた犯罪被害者につきまして、保護、支援あるいは参加というような形での取り組みがなされたのは昭和五十年代の半ばになってからのことであります。そして、よく言われますように、欧米の同じ対策から比べると、二十年、三十年おくれてきているというふうに言われました。  しかし、関係各機関等の取り組みによって、このところ、大変目覚ましい被害者対策の進展がありまして、私は、今度の一連の改革が成就したときには、大変それは日本の特色ある、世界に誇れる、そういうような犯罪被害者対策になり得るものだというふうに考えております。それで、この法案も、その中の一環としてとらえるべきだというふうに考えております。  まず、その出発点ということでありますけれども、これはいろいろな関係各機関の取り組み、あるいは民間ボランティア団体の取り組みがありまして、そして、平成十二年に犯罪被害者保護関連二法というのができました。そこで、かなり法律制度的には被害者対策が進んだというふうに言われましたけれども、それでもまだ犯罪被害者の方々にとっては不十分だということで、そして、それは国民の支持をも得まして、やはり犯罪被害者等基本法の成立は必要だということで、それが平成十六年十二月、国会の御努力によりまして成立いたしました。そして、これは全会派の賛成により成立したということでございます。  そして、その十八条には、「刑事に関する手続への参加の機会を拡充するための制度等必要な施策を講ずるものとする。」というふうに規定されておりまして、さらに、この基本法を具体化するために、犯罪被害者等基本計画というものが策定されて、平成十七年十二月に閣議決定を見たものであります。  そこでは、公訴参加制度を含めて、犯罪被害者が刑事裁判手続に直接関与することのできる制度について、我が国にふさわしいものを新たに導入する方向で必要な検討を行い、その結論に従った施策を実施する、こういうふうに書かれてございます。  私は、これは、今度の法律案をどういう内容のものにするかということを考える場合に、まさに出発点になるものだと思います。ですから、一定の幅があると思いますけれども、ここで書かれておりますように、刑事手続に直接関与することのできる制度というものをつくらなければ、基本法、基本計画の趣旨を満たすことにはならないだろうというふうに考えます。これが、まずスターティングポイントだというふうに思います。  基本計画といいますのは非常に広範な内容を含んでおりまして、そして、特色がありますのはそれだけではなくて、横のつながりを持って全体として考える、だけれども、それぞれの担当各省庁は責任を持って各施策を推進していく、こういうような形になっておるわけでございますが、法務省関連の施策、求められている施策を今度の法律案で具体化しようということでございます。  その内容は、四つの柱からできております。ここに書いてありますように、損害賠償命令、公判記録の閲覧及び謄写の範囲の拡大、犯罪被害者等に関する情報の保護、それから刑事裁判に直接関与する制度ということでございます。  ただ、この二点目、三点目はそれほど議論は大きくないというふうに聞いておりますので、まず、第四の参加の制度についてお話をさせていただき、少し第一の損害賠償命令の制度についても触れてみたいというふうに考えております。  私のレジュメの、第四のところをごらんいただきたいと思います。「犯罪被害者等が刑事裁判に直接関与することのできる制度」。  これは、事件の当事者であります犯罪被害者が事件の推移に関心を持つ、場合によっては直接参加したい、こういう思いは自然な気持ちでありますし、尊重すべきものだと思います。そして、適切な手続への関与は被害者等の名誉の回復や、あるいは立ち直りに資するものだということは、これは諸外国の研究も含めて、いろいろな研究によって実証されているところでございます。  さらに、事件の利害関係者の意見をより反映した刑事裁判になると言うことができますし、それによって国民の信頼が増し、場合によっては、被害者等の意見を直接聞くことによって被告人の反省の気持ちが強くなってその更生に資する可能性もあるということが言えると思います。  それから、他方で、これは批判のあるところでございますけれども、参加の形態をどうするかということですが、ドイツのような、公判請求権ですとか訴因設定権、さらには証拠調べ請求権あるいは上訴権というような、訴訟の当事者が持つような権利はこの法律案の中には認められておりません。したがって、訴訟の当事者というよりも事件の当事者に由来する限定されたものだということが言えるわけでございます。  そして、具体的にどういうようなものがあるかといいますと、まず、被害者参加人というふうになって、そして証人尋問をする、被告人に対する質問をする、そして最終陳述をするということがその内容でございますけれども、まず申し出をして、そして裁判所が相当と認めた場合に被害者参加人という特別な地位で手続に参加できるということになります。  被害者参加人は、公判期日に出席して、そして証人尋問、被告人質問、意見陳述をするということができますけれども、それぞれについて一定の要件が課されているということで、よく批判がなされますような、法廷が報復の場になって混乱するとか、あるいは被告人の権利が侵害されるとか、そういったようなことは私は現実には起こらないだろうというふうに考えます。それは、後で理由も述べます。  それから次に、被害者参加人として認められますと、その方は法廷のさくの中に入るということになります。そして、恐らく検察官の近くに座るということになると思います。これは、従来も、積極的な被害者の方は法廷に傍聴に来ておられるということはありますけれども、傍聴席からバーの中に入るということは、ちょっと位置が違うだけじゃないかというふうに思われるかもしれませんけれども、これは大変被害者御本人にとっては重要なことで、非常に象徴的な意味があるというふうに思います。  しかも、前提として、被害者は検察官と十分なコミュニケーションをとりながら訴訟にかかわっていくということですので、したがって、そばにいれば、検察官との緊密なコミュニケーションもより可能になるということであります。ただ、これも、仮に被害者が法廷の秩序を乱すおそれがある場合には、相当でないということで参加自体が認められないということであります。  それから、被害者参加人による証人尋問というのが認められておりますけれども、しかし、これはいわゆる一般情状に関する事項、示談や謝罪の状況などに限定されているということで、非常に限定されたものだということになります。  それから、被告人質問が認められることになりますけれども、被告人質問につきましても、これは意見陳述をする前提として、そういう意味では質問の内容も限定されるということになりますし、それから、被告人の防御権を侵害するかどうかということが問題になっておりますけれども、被告人は黙秘権を有しておりますので一切答える必要はございませんし、それから、それでは萎縮して何も言えなくなるのではないかということも言われますけれども、しかし、これも別の機会に任意に供述するということが認められておりますので、被告人の防御権が不当に侵害されるというところまでは言えないだろうというふうに思います。  それから、被害者参加人は、心情を中心とする従前の意見陳述に加えて、この法律案では事実または法律の適用について意見の陳述が認められるということになっておりますけれども、これは証拠とはなりません。証拠とならないけれども、裁判員裁判の場合にはそこら辺のところはどうだろうかという御懸念もあるところでございますけれども、これは裁判官が評議の場等において十分に説明するということによって、裁判の適正を確保することは可能だというふうに思います。  それから、量刑が不当に重くなるということにつきましても、以前から意見陳述の制度がとられてきておりますけれども、これも相当多数実施されておりますが、それによって不当に量刑が重くなったというふうにはなされていないと考えます。  いずれもすべてについて、これは岡村参考人によればむしろ不満だというところだと思いますけれども、すべての参加の形態について検察官を経由して、そして相当かどうかを裁判所が判断して、ですから、前もって協議して対応することが可能ですし、もし相当だと認めた後にその範囲を超えた場合には裁判長が制止できるということで、不当な混乱が起きるということもないだろうというふうに考えます。  それから、少し戻りまして、損害賠償命令ということですけれども、これについて一言だけ申し上げますと、財産的被害の回復というのも犯罪被害者にとっては重要なことでございます。それを、迅速簡易な救済の方法ということで、一定の犯罪に限定して、迅速簡易な処理による回復が可能な罪種に限定して、それにふさわしい簡易な手続をもって、そして安い費用のもとで財産的な回復を図ろうという制度をつくるということにも、私は基本的に賛成でございます。  繰り返しになりますけれども、これができれば、私は、日本の非常に特色のある被害者の救済、支援、保護、参加、そういうような体制ができ上がるものというふうに考えております。  これで終わらせていただきたいと思います。(拍手)

七条明自由民主党

○七条委員長 どうもありがとうございました。  次に、岡村参考人にお願いいたします。

岡村勲弁護士/全国犯罪被害者の会(あすの会)代表幹事

○岡村参考人 全国犯罪被害者の会(あすの会)代表幹事の岡村勲でございます。  本日は、意見を述べる機会を与えていただきまして、まことにありがとうございます。  私が初めて公訴参加、附帯私訴の必要性を新聞で訴えたのは、平成十年十二月のことでした。当時は、だれも取り上げてくれませんでした。それから八年間、いろいろと運動を行って、この法案がこの法務委員会で審議されるということになりました。今までの運動を振り返ってみて、まことに感無量なるものがございます。  私は、被疑者、被告人の人権を尊重する美しい憲法にあこがれて、昭和三十四年、弁護士になりました。弁護士の使命は国家権力から被疑者、被告人の人権を守ることにあり、新しい刑事訴訟法こそそのとりでであると信じて弁護士活動を行ってまいりました。  裁判官に対する罷免訴追請求を行ったこともあり、日米安保条約改定に反対して国会に突入した学生や、大学紛争で安田講堂に立てこもった学生の弁護もしたことがございます。  弁護人として性犯罪の被害者との示談交渉をまとめたときにも、ああよかった、これで執行猶予がとれるという思いが先に立ち、被害者の心情には全く理解を示しませんでした。性犯罪の被害者は十年も二十年も重い傷を引きずって生きていくのでありますが、当時の私は、それが全くわからない、冷たい弁護士でございました。今振り返って、本当に申しわけないことをしたと、ただただ恥じ入るばかりでございます。  その私が、犯罪被害者の遺族になって、美しいと思った刑事司法がいかに被害者を苦しめているものであるかということを身をもって体験したのでございます。企業を恐喝してきた男が要求に応じなかった代理人の私を逆恨みして、自宅に押しかけ、不在だった私のかわりに妻を殺害するという事件に遭遇したのです。弁護士になって三十八年目のことでした。  加害者には憲法、刑事訴訟法で多くの権利が認められているのに、被害者は何の権利もありません。法律家としてそのことは当然知っており、別に疑問も持たないで過ごしておりました。しかし、遺族になってみますと、この制度が被害者をいかに苦しめる制度であるかということを身をもって知らされたのでございます。  当時は、今と違って捜査情報の提供も少なく、新聞で捜査状況や事件の内容を知るという時代でございました。遺族が事件の真相を知ろうとするためには、法廷傍聴しか手段がありませんでした。しかし、法廷でのやりとりや証人尋問は聞くことができても、目撃者や被告人の捜査官に対する供述調書はその全文を朗読されることもありませんし、実況見分調書や現場写真も傍聴席には回ってきませんから、傍聴しただけではその詳細を知ることができませんでした。  そこで、裁判所に公判記録の閲覧をお願いしたのであります。すると、裁判長には、心情は理解できますが、今の法律では被害者には公判記録を閲覧する権利がありませんのでできませんと断られました。私はそのとき、加害者側は自由に見られるのに被害者にはなぜ見せないのか、公開の法廷で出た記録を見せてくださいと言っているだけではないか、私が見てどんな不都合があるというのだということで、悔しくて涙が出たのであります。  私は、この被告人と会ったことも話をしたこともありませんでした。文書で応酬しただけでありますから、顔を見たのは法廷が初めてであります。前科九犯、逮捕歴十五回の被告人は、法廷でもうそのつき放題、捏造に捏造を重ね、私の妻が突然飛びかかってきたから刺したのだとか、妻の精神状態がおかしかったから飛びかかってきたんですよとか、名誉を傷つけることを平気で繰り返し発言しておりました。傍聴席にいる私は、妻のために反論することはもちろん、何の発言をすることもできませんでした。事件の当事者、最大の利害関係人である遺族を蚊帳の外に置く刑事司法に対して、一体だれのための裁判だと深い憤りを感じたのでございます。  ほかにも、同様の苦しみを抱いている被害者はたくさんございます。山口県光市で奥さんと赤ちゃんを殺された本村洋君も私たちの会の幹事として一緒に行動しているのですが、会えば必ず、この悔しい思いを述べております。  今から十七年前の最高裁判決は、刑事司法は公の秩序維持のためにあるのであって、被害者のためにあるのではないと言っております。本当にそうでしょうか。強姦の被害者が検察に届けをし、恥を忍んで法廷で証言するのは、公の秩序を守ってもらいたいからでしょうか。自分を犯した男性を処罰してもらいたい、そういう目的で出廷しているのではないでしょうか。  刑事司法は、公の秩序維持のためにだけあるのではありません。犯罪被害者のために存在してこそ、刑事司法であるのであります。私は、刑事司法を犯罪被害者のために取り戻す決意をいたしました。  平成十二年一月、私が新聞に書いた論文を読まれた被害者四人とともに、全国の犯罪被害者に呼びかけてシンポジウムを開きました。そこで次から次へと立ち上がって述べられる意見は、司法に対する不信に満ちあふれておりました。そして、被害に苦しむ実情を切々と訴えられたのであります。私はそれを聞いて、その場で全国犯罪被害者の会(あすの会)を設立し、犯罪被害者の権利と被害回復制度の確立を目指して本格的な運動を始めた次第でございます。  あすの会は、平成十四年にドイツとフランスに調査団を派遣し、公訴参加、附帯私訴の調査を行いました。そして、その報告書に基づいて、犯罪被害者のための刑事司法、訴訟参加、附帯私訴、この三つの創設を求める署名運動を全国的に展開いたしました。最終的には、五十五万七千二百十五人の方が署名してくださいました。この運動の途中の平成十五年七月、小泉総理に直接陳情し、また自由民主党も取り上げてくださり、平成十六年十二月一日には、犯罪被害者等基本法が全政党一致の議員立法として成立いたしました。  この基本法は犯罪被害者等の権利を明確に認めた画期的なものであり、初めて被害者が権利主体としてこの世に姿をあらわした誕生日となったのであります。そして、刑事手続への参加の機会の拡充、損害賠償と刑事手続の有機的関連を基本的施策に定めており、私たちの願いをかなえてくれました。  平成十七年十二月に閣議決定された犯罪被害者等基本計画では、刑事司法は犯罪被害者等のためにもあると言えようと記載していただき、犯罪被害者のための刑事司法という私たちの主張も通りました。  これまで、被害者や遺族は、刑事裁判の場では証拠としてしか扱われてきませんでした。この法案によって、被害者は被害者参加人として法廷の中に入り、検察官の近くに座り、訴訟に参加することができるようになります。あすの会の制度案要綱とは違って、被害者ができる事柄は相当に絞り込まれており、また、厳しい要件のもとではありますが、被告人質問や証人尋問ができるということは、被害者にとって大変ありがたいことであり、また立ち直りにも寄与することでございます。  父親を殺されたある被害者家族の話です。公判の始まる前に、加害者の妻が被害者の家族に対して、私たちは賠償する義務も意思もありませんと言いながら、情状証人として法廷に出廷するや、一転して前言を翻し、誠心誠意賠償しますと証言しました。殺された父親から、常々、人間はうそをついてはいけないと言われて育った中学二年の娘さんは、それを聞いて、大人はうそをつく、信用できないと言って深い人間不信に陥り、登校拒否すれすれまで行ったのでございました。母親は、証人に対して、私のところへ来たときには賠償する意思もありませんとはっきり言ったではありませんか、ここでは違ったことを言う、大人がうそをついていいのですかと一言追及してやれば、娘はこんなに落ち込まなかったであろうと言って残念がっております。今回の法案は、こういう場合にも利用できるのです。  被害者の家族は、真実を知り、被害者の名誉を守り、適正な刑罰が科せられることを願っています。意見陳述の制度を含む本案は、犯罪被害者等にとって大変有意義で、立ち直りにも役立つことになります。  この法案に反対する人の中には、被害者は参加することでさらに傷つくと言う人もいますが、しかし、被害者は既に十分傷ついているのです。たとえ少しでも真実を知るような機会に恵まれれば、心はどんなに救われるかわかりません。  日本弁護士連合会は、被害者の参加について、国民的議論が始まったばかりだ、慎重に審議しなければならないと言いますが、これは明らかに間違いであります。  平成十五年十月の日弁連人権大会では、訴訟参加の是非及びあり方について早急に論議を深めるという決議をし、翌年から始まった自由民主党の基本法の検討会や基本計画策定の検討会にも、日弁連の責任者や日弁連推薦の委員が検討に加わっているのであります。ところが、平成十七年六月、突然、理事会決議をもって反対を表明し、議論を封印してしまいました。今になって議論が始まったばかりだと、どうして言えるのでしょうか。  また、法制審議会の審議回数が少ないという批判もありますが、基本計画策定であらわれた議論や資料を踏まえて審議したのでありますから、決して性急に出した結論ではございません。  日弁連会員にも多数の法案賛成者がおり、私たちに激励や資金カンパをしてくださる弁護士もおります。  新聞等の中には、法案に反対する被害者団体があり、被害者の意見が分かれていると報道するところもありますが、私たちが今日まで運動してくる過程の中で、反対する被害者や被害者団体に会ったことは一度もありません。現に、十五の被害者団体や多数の被害者から、内閣総理大臣、法務大臣、政党に対する法案成立の要請書があすの会あてに届いております。激励電話をくれる被害者もたくさんおり、反対を述べる人は一人もおりません。また、全国被害者支援ネットワークを初め、全国各地の支援センターもこの法案の成立を求めているのであります。  附帯私訴については、あすの会の制度案要綱と違ったものになっておりますが、法制審で議論した結果であり、納得いたしております。  私たち犯罪被害者の会の運動は、多くの人々の支持を得て今日まで続いてまいりました。これは、私たちの運動の目的が、私たち会員の利益のために行っているのではないということを理解していただいたからであります。この法案が通っても、既に裁判が終わった会員には何の利益もないし、適用されないことでしょう。しかし、私たちはひどい苦しみをなめさせられました。この苦しみをこれからあらわれるであろう被害者に味わわせたくない、そういう一念でこの運動を進めてきたのでございます。  犯罪は、だれが遭うかもしれません。その潜在的犯罪被害者のために、私たちは安全ネットを何とかつくりたいという思いでやっております。これが、亡くなった人に対する私たちの義務であると思っているのであります。  被害者参加制度、損害賠償命令の制度は、全国民のためのものなんです。どうか、一日も早い成立をよろしくお願い申し上げます。  ありがとうございました。(拍手)

七条明自由民主党

○七条委員長 どうもありがとうございました。  次に、白取参考人にお願いいたします。

白取祐司北海道大学大学院法学研究科教授

○白取参考人 北海道大学の白取でございます。  今、岡村先生のお話を間近でお聞きいたしましたが、私自身、これまで刑事訴訟法の教師あるいは研究者としてやってまいりましたが、被害者の問題について従来の法制度あるいは研究者として十分配慮してきたか、よく考えていたかということについて、反省すべきことはいろいろございます。  そして、今お話がございましたけれども、被害者の方たちの発言の重みというのも十分踏まえているつもりでございます。ただ、法制度として一たんできてしまった場合には、その制度というのは平等にどんな人にでも適用されるわけですので、制度の設計にはやはり限りなく慎重であってほしいというふうに思うわけです。  ある場合には、制度のつくり方が十分うまくいっていなかったために、かえって被害者の方を、今ちょっと岡村先生も言われましたけれども、傷つけてしまう可能性もなくはない。それから、刑事裁判はやはり公のものですから、被疑者、被告人の人権というものもあわせて考慮しなければいけない。その調和、バランスがうまくいっていない場合、日本の刑事司法というのは、非常にゆがんだ、あるいはうまく機能しないものになってしまうというふうに思うわけです。  そういった意味で、被害者保護、それからさらに進んで被害者参加へのいろいろな立法、運用の流れそのものに私は賛成するものでありますけれども、今回の法案については、その幾つかの点でいろいろ心配な点がある、慎重にもっと考えてみる必要があるのではないかという立場でお話ししたいと思います。  法案自体は、読ませていただきましたけれども、いろいろな事柄が定められております。刑事裁判に被害者が参加する制度のほかに、損害賠償請求について刑事手続の成果を利用する制度、そのほか、刑事手続において犯罪被害者等の氏名等の情報を保護するための制度、刑事訴訟における訴訟記録の閲覧及び謄写の範囲拡大、民事訴訟におけるビデオリンク等の導入。これらの中には、当然今までに立法化すべきだったこともたくさん含まれておりますが、ここで私が特に慎重に考えるべきであると思いますのは、刑事裁判に被害者が参加する制度の、この法案の中身についてであります。  法案を見たときに、諸外国の制度と比べて、まず私が気がついて首をかしげたところは、被害者参加制度と損害賠償命令制度が分離しているということです。そういう法制度もありますが、それが一体化している制度というのもございます。  分離しているということは、損害賠償を求める被害者の方は、刑事裁判が終わるまで待っていなければならない、刑事裁判の途中ではおよそかかわることができない。それに対して、被害者参加人の方は、その立場に立って、公判廷、バーの中に入って証人尋問をしたり、被告人質問をしたり、いわゆる論告求刑のようなことを検察官と並んですることができるというふうになったわけです。  この制度というのは、よく考えてみると、被害者はどういう立場で手続に参加しているのか、やや専門的に聞こえるかもしれませんけれども、どうもちょっとはっきりしないところがあります。  簡単に言うと、フランスのように訴訟の民事当事者として参加するというわけでもない。被害者の方は、当事者ではなくて、幾つかの権限を付与されて、その権限を行使するために検察官の近くに席を占める。言ってみれば、検察官の補助者的なのかというと、必ずしもそういうふうにも読み取れないところもございます。そういう形で、いわば据わりの悪い状態で被害者の方が法廷の中にいるという状態を強いられることになります。  では、被害者参加人の方は、検察官がいろいろ主張、立証した後で何をするのか。これは、いろいろ心情を訴えたり、被告人に対する質問をするということでありますが、検察官が本来の役目を果たして、主張すべき点、立証すべき点、情状も含めて、職責を果たし、やるべきことをやった後で、被害者がやるべきことというのはどこまで残されているんだろうか。そのことは、被害者が、プラスアルファの、検察官のもしかしたらやり残したかもしれないことを負担するということになると、それは被害者にとってむしろ大きな負担にならないか。  確かに、今回の法案は、この場合には弁護人とは言いませんけれども、弁護士が被害者につくことが制度的には可能になっています。ただ、すべてつくことになっているわけではない。弁護士が法律の専門家として被害者にかわって質問することもできる、そういうふうになっています。しかし、弁護士がもしそういうふうにするのであれば、それは法律家としてやるわけで、検察官が本来すべきことではなかったのか。そういった点で、今回の制度は、どうも趣旨がいま一つはっきりしていないところがございます。  被害者といいましても、いろいろな事件、いろいろな犯罪の被害者があるわけですが、今回の制度はかなり罪種に絞りがかかっております。この例はどうも余り外国にはなくて、例えば自宅に放火された被害者については、この被害者参加制度は使えない。かなり絞られた罪種にしかこの制度が使えない理由は何なのか、これもどうもはっきりしない。  先ほどフランスの制度を少しだけ申し上げましたが、フランスの制度というのは、これはあすの会の先生方も調査されたところでありますけれども、被害者が刑事手続を開始させることまで認められている。多分、欧米諸国の中では最も被害者の権利の強い国であります。検察官の近くに席を占めている。私訴原告、民事の損害賠償を請求する当事者として立場が認められている。そういう点では、被害者の権利というのは今回の法案よりはよほど強い。  ただ、この制度は、他方で、いろいろこの私訴原告に対する責任というのもございます。それから、この私訴というのは非常に公的な性格を持っておりまして、例えば薬害エイズの事件のときには、この私訴制度によって関係機関の責任が追及されたというようなこともございました。  この私訴あるいは附帯私訴的なもの、いわば被害者が刑事手続に参加するというのはヨーロッパのものであって、アメリカなどにはないものです。ヨーロッパの制度の特徴というのは、裁判長の権限が非常に強い、職権主義の国なんです。  職権主義というのは専門用語ですけれども、実際の法廷をごらんになったらわかるんですが、専ら裁判長が訴訟をリードし、被告人質問、証人尋問もすべて裁判長がやります。ですから、そこに被害者の方あるいは被害者の弁護士がついていても、実際に当事者として質問したり、被告人とやり合う場面は基本的にはないんですね。もちろん、裁判長を介して質問などもできますし、一定の権利が手厚く認められていますけれども、すべて裁判長を介して、かなりソフトな、ワンクッション置いたやり方での制度設計になっている。制度設計というよりは、フランスの私訴制度はナポレオンの時代から二百年の歴史があって、国の制度として定着しているものです。  日本は、戦後、アメリカの影響もあって、当事者主義がとられ、弁護士も、どちらかというと、アメリカ的なという言葉はちょっと変ですけれども、被疑者、被告人の権利を重視して、いわば検察官と闘う弁護士です。もし弁護士の付き添いもなくて被害者がそこの席を占めたときに、本当に被害者は自分自身を守れるんだろうか。もちろん、ケース・バイ・ケースですから、強い被告人もいれば弱い被告人もいるかもしれない。  しかし、いずれにしても、当事者同士が法廷の場で直接やり合う、歯どめのない形でやり合う。もちろん、検察官もおります、被告人の弁護人もおります、それから裁判長もおりますから、そういう激しい大変な事態になるということは普通は考えにくいとは思いますけれども、そこで本来なされるべき適正な裁判、真相解明にブレーキがかけられないか、ゆがまないかという心配があります。  すなわち、当事者主義をとる検察官と弁護人、被告人との間の攻撃、防御、やりとりが裁判の進行の中心になる、そういう中に被害者参加人が入るというのは、外国と比べてもかなり特異な、慎重に検討すべき、そういう制度を我々は今考えているんだということであります。  レジュメの最後に死刑の話をちょっと載せましたけれども、これは死刑だけに特有のことではありませんけれども、シンボリックなこととしてちょっとだけ申し上げます。  刑事裁判は、日本の場合には死刑制度があります。ヨーロッパにはもちろんありませんけれども、死刑制度があり、そして二〇〇九年までに裁判員制度が始まる。一般市民が被告人を裁くという制度があり、そこで死刑まで場合によっては言い渡される可能性があります。  今回の被害者参加法案が適用される事件と裁判員裁判が行われる事件というのはほとんど重なっています。そうすると、裁判員裁判の公判審理の中に被害者が登場し、かつ、場合によっては、論告求刑の中で死刑も求刑する。そういう形で、被害者の心情を語る場としてこれまでは意見陳述の場があったわけですが、さらに進んで、当事者ではないにしても、限りなく当事者に近いような形でそのようなことを主張するということが刑事手続として果たしていいのかが問われると思います。  事件によりますけれども、加害者ではない被告人もいるかもしれない。無罪の推定という原則がありますが、被害者参加によって、千に一つ、万に一つでも、間違っても冤罪を生むというようなことがあってはならないというふうに思う次第です。適正な手続というのは、なお日本の刑事裁判では守らなければいけないことであり、来年、日本の刑事訴訟法は公布から六十年、還暦を迎えますけれども、これまでの歴史、蓄積を大事にしていく必要はやはりある。その意味で、私は、法案について慎重に検討していただきたいというふうに思う次第です。  以上です。(拍手)

七条明自由民主党

○七条委員長 どうもありがとうございました。  次に、片山参考人にお願いいたします。

片山徒有被害者と司法を考える会代表

○片山参考人 片山徒有と申します。  きょうは、お話を聞いていただきましてありがとうございます。  私は、今、被害者と司法を考える会という会の代表をさせていただいております。また、九七年の十一月二十八日になりますけれども、息子の隼が交通事故で亡くなりました、その父親でもございます。  きょうは、そういう経験と、司法を考える意味で、被害者と司法を考える会の考え、この二つを少しお話しさせていただきたいというふうに思っております。  私は、もともとは一般の職業をしておりますので、法律の専門家ではございません。しかし、息子が交通事故に遭ってしまい、不起訴処分という形で司法の場に近づくことができないとわかったときに、一体、この国の司法はどういうふうになっているのかという疑問を持った覚えがございます。  検察官のところに話を聞きに行きますと、不起訴処分は決まっているんだ、答える義務はないんだというふうに私に言いました。答える義務はないということは一体どういうことなのですかとお尋ねした覚えがあります。多くの被害者がそうであるように、すべての被害者は公判で有罪、無罪を争い、また、判決が下されるとばかり思い込んでいました。当時の私は、刑事裁判と民事裁判の違いもわかりませんでした。不起訴処分とは一体何なんでしょう、そのように聞いた記憶があります。  当時、検察審査会法というのがありましたけれども、両親の申し立て権はありませんでした。いろいろな方にお願いをして、街頭で署名を集めて、再捜査を求める二十四万人の署名を集めて検察審査会におじゃまをしたときに、お父さん、お母さんには申し立て権がないんですというふうに言われてしまいました。  まだ最近のことだと思うのですけれども、ほんのちょっと前までは、被害者というのはそういう存在だったというふうに思っております。それから犯罪被害者保護法ができて、いろいろな形で被害者の立場、存在をわかっていただけるようになり、きょうでは随分見違えるようになってきたというふうに思っております。  ただ、残念なことに、年間で百十万人もの死傷者が出ている、交通犯罪が多いというのも事実だと思います。毎年毎年多くの方が犠牲になっているわけですので、自分だけは被害に遭わないだろうという思い込みはもはや通用しないのではないかというふうに思っております。  こういう中で、例えば被害者の司法参加ということを考えた場合に、いろいろな問題が出てくるのではないかなというふうに私は思っております。  私は、被害者問題を一生懸命考えようというふうに考えて、二〇〇〇年の被害者保護法の後もいろいろな支援をしてまいりました。例えば、世田谷で一家四人が亡くなってしまう殺人事件も直接支援をいたしましたし、ほかの事件でも、危機介入に属するものであれば、発生当日から支援に入ったこともあります。その中で、被害者がどういうふうに悩み、何を求めているかというのは、非常によく接してきた経験があるのではないかというふうに思います。  その中で、一体、何が事件の原因であったのか真相を知りたい、もっと表現を細かく言いますと、どうして家族が被害に遭わなければならなかったのかを知りたいという声が非常に強いというふうに思っております。この辺は、例えば、被告人を有罪にするための証拠とはもっと違った、より深い意味での根源的な心理洞察も必要になってくるのではないかというふうに思います。  この辺のところは、例えば、公判で被告人に質問をしても答えてもらえるのかどうか、私は非常に疑問に思います。むしろ、矯正過程で、いろいろな形で被害者の声を元被告人に理解をさせ、教育を施すことにより、被害者の気持ちはこういうことなんだよ、そういうふうにわかった後で、実はというような話は出てくる可能性はあるというふうに私は思います。  もう四年ほどになりますけれども、被害者の視点での更生教育ということで、いろいろな少年院、刑務所におじゃまをしております。個別指導やグループワークもさせていただいている中で、最初は被害者のことなんか全く知らない人たちが、一つ一つ、自分のしてしまったことの責任というのはこのぐらい重かったのかということを実感してもらっています。  その中で、やはり多くの場合が、被害者がどういうふうに思っているのか、なかなか矯正段階に情報が行っていないものですから、ぜひとも、これは制度の中で、警察、検察、裁判所で被害者が言った内容は矯正施設に届けていただきたいというふうに思います。これも一つの司法参加の形であるというふうに私は思います。  ほかにも、私は、被害者の気持ちを司法でどういうふうに理解してもらえるかということを考えている中で、裁判員制度の導入に市民団体の代表世話人としてかかわったことがあります。  これは二つの目的がありまして、一つは、被害経験者が裁判員となることで、より被害者の気持ちがわかりやすくなるのではないか、そのためには裁判員の数を多くふやしてもらいたいというふうに思いました。もう一つは、裁判員経験者が被害者の気持ちを聞いたならば、社会に出ていって、より被害者のことを理解しやすい社会ができるのではないかということが二つ目にあります。この両方から、裁判員制度は日本の司法制度としては大変すばらしいものだというふうに思います。  そういうようなことから、被害者としては、同じような被害に遭ってもらいたくないという気持ち、それから真相を知りたいという気持ちが大変強いものですから、これを何とかしてほしいというふうに思っております。  被害者と司法を考える会としての意見は、さまざまな要望を出しておりますけれども、特に、支援弁護士制度、直近からの弁護士制度の導入、それから、できれば直近から警察、検察に証拠として被害者の意見を聞いてもらいたい、そのためのサポートをしてほしいということ、同時に、法廷になかなか怖くて行けないという被害者も大変多いものですから、ビデオリンクで、別の部屋で傍聴できるような制度をつくってもらいたいということもお願いしております。  まだ三月にできて間もない会でございますけれども、北は北海道から九州まで、いろいろなところに会員がふえました。被害者も含めていろいろな意見を交えまして、きょうやっと意見としてまとめ上げることができるというふうに思います。  もう一つ、最後になりますけれども、協力関係にあります学生に、アカデミアというところが今回の法制度についてアンケートをとっております。五問の非常に簡単なものですけれども、この法制度について知っているか知らないか、それから問題があるかないかというところが非常に着目されると思うのですけれども、今回は法学部の学生さんが非常に多かったのですが、その中でも、知っているという答えは一〇〇%ではなかったということ、それから、ほとんどの方がまだまだこの法案には問題が多いというふうにお答えになっていることが、ある意味で、この法案について、期待が大きいけれどもまだまだ詰めるところがあるのではないかなというふうに思っております。  この法案については、いろいろな議論があることは十分承知しております。与野党を問わず慎重な審議をしていただいて、より被害者のために、社会のために、また被害者を出さないために、ぜひともいい制度をつくっていただきたいというふうに心から願っております。  どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)

七条明自由民主党

○七条委員長 どうもありがとうございました。  以上で参考人の方々の御意見の開陳は終わりました。     —————————————

七条明自由民主党

○七条委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。稲田朋美君。

稲田朋美自由民主党

○稲田委員 おはようございます。自民党の稲田朋美でございます。  参考人の方々には、大変貴重な御意見をありがとうございます。特に、被害者の立場から、岡村参考人のお話は、大変心が揺さぶられるような思いをしながらお聞きをしたところでございます。  私も二十年間弁護士をいたしておりました。最初の五年は刑事裁判も国選弁護を初め携わっておりましたけれども、自分の中で、何となく合わないというか、そういうこともございまして、ほとんどは民事裁判をしておりました。そういった数多くはない経験からも、犯罪被害者というのが本当にバーの外に追いやられて、全く被害者の人権というものが考えられていない制度、例えば、起訴状も冒頭陳述も見せてもらえない、公判記録すら閲覧できないというのは、本当に、一体だれのための刑事裁判なのかと思います。  政治家になりましてからも、部会で、起訴状、冒頭陳述を見せないのは被告人のプライバシーだというような当局からの説明を聞きますと、公開の法廷で朗読しているのに何でプライバシーなんだろうというような疑問もわきまして、皆様方の御尽力で今回こういった法案が出される、私もその方向には全く賛成でございます。  ただ、本当に、被告人とか証人に対して被害者の方が質問をされるということの影響ですとか、裁判員制度が導入された場合の影響ですとか、そういった点についてどうなのかなという疑問もありますし、その点を中心にお伺いをいたしたいと思います。  ただ、本当に、刑罰の本質は応報にあると私は思います。なぜなら、あだ討ちも自力救済も認められていないわけですから、単に公の秩序の回復というだけではなく、やはり犯罪被害者が事件の当事者であるという点を私は忘れてはならないと思います。  そこで、岡村さん、片山さん、両名に御質問いたします。  平成十二年に犯罪被害者等の意見陳述の制度が導入されました。これによって、被害者の方々がバーの中に入って意見陳述をするということは制度として認められております。その制度に対して、不十分だから、今回、質問をするということまで認めるべきだということになるのではないかと思っております。  今まで、意見陳述の運用等について、例えば検察庁や裁判所の運用などによって意見陳述の申し出がしにくいというような事情があったのかどうか、また、意見陳述だけではやはり足りないんだというような点があるのか、そしてまた、今まで意見陳述が判決にどのような影響を与えたとお考えでしょうか、そういったこの意見陳述制度に対する評価と、また、もし不十分な点があると思えば、その点についてお二方から御意見を伺いたいと思います。

岡村勲弁護士/全国犯罪被害者の会(あすの会)代表幹事

○岡村参考人 意見陳述制度というのは、被害者の心情、思い、感想等を述べるものでございまして、事実の適用とか証拠の評価とか、そういうことはできないわけでございます。これが裁判所にどういう影響を与えるかということは、統計的な数字は私は存じておりません。しかし、決して悪い影響は与えていない、被害者が面と向かって裁判所に心情を述べるということは、それなりの効果は上がっていると私は思います。  しかし、今度の意見陳述は、事実関係の評価、証拠の評価、それに対することも許される、一歩踏み込んだ、被害者の気持ち、事件の見方を述べることができるものであって、今までの意見陳述でできなかったことが許されるということでございます。  検察官に論告求刑をやっていただくのでありますけれども、その論告求刑と被害者の今度の意見陳述、これはどう違うかということを言われますけれども、やはりそれは見方が違うと思います。被害者は被害者の立場でその事件を見ますし、検察官はやはりどうしても公的な立場で見なければならない部分がありますので、被害者の本当の気持ちをどんなに説明してもわかってもらえないし、また、わかることは難しいところがあります。  そういうわけで、今度の意見陳述というのは、私どもは大変ありがたいと思っております。

片山徒有被害者と司法を考える会代表

○片山参考人 私は、現行の意見陳述で十分だというふうに思っております。といいますのは、いろいろ審理が尽くされた最後に被害者が意見をまとめて言うことができる制度だからです。もし必要であれば検察側の証人として出廷することもできますし、それは反対尋問を受けなければいけないのですけれども、より証拠としては重い扱いになるかと思います。  今、運用の中でいろいろな問題があるかという御質問なのですけれども、支援をしていていろいろな問題があります。  例えば、どういうことを言いたいかということを御遺族に説明しても、いわゆるパニック障害のようになられてしまって、自分が言いたいことが言葉にならない。悲しいということだけでも、遺族間、お父さんとお母さんとおじいちゃんの間で、いや、おれの言い方の方が正しいんだ、私の言い方よということで、非常に細かいことでトラブルになってしまうことも非常に多いです。  ですので、運用の中では非常に難しい問題があるのではないかなというふうに思います。これは心的外傷とも非常にかかわるのですが、やはり傷をなぞらなければいけないという部分で非常につらい。ですから、この制度についても、運用については、質問権、また論告というのは、非常に被害者としてつらいものではないかというふうに思います。  また、研究については、私が知っている限りでは、龍谷大学の吉村先生が意見陳述についての論文をまとめておられて、それが判決に非常に影響があったというような結果を私は読んだことがございます。  以上です。

稲田朋美自由民主党

○稲田委員 片山さんにもう一度お伺いいたします。  片山さんは、新聞記事でも読んだことがあるんですけれども、参加できるのは少数の強い被害者だけで、参加できない被害者が自分を責めるなどの二次被害が出るという御意見を書かれていたのを見まして、私も、ある意味びっくりといいますか、そういう被害者の気持ちもあるのかなと思ったわけなんですけれども、そのように片山さんが主張されている理由といいますか、それをもう少し詳しく、そして、そういった声が被害者の方に多くて、アンケートとかそういう形でとられたということなのかどうなのか、それからまた、では、先ほどの意見陳述だと今言っているような二次被害というのはなくて、今回の被害者参加制度だとあるというふうにお考えなのか、その点についてお伺いいたします。

片山徒有被害者と司法を考える会代表

○片山参考人 ありがとうございます。  まず、今の意見陳述権にしても、年間約千件しか利用がありません。認知件数でいいますと、膨大な被害者の方がいる中での約千件ですので、非常に数としては少ないというふうに思いますし、うち三百件は、自分で読むこともできずに、発言ができずに、検察官に代読をしてもらっています。つまり、それだけ裁判所のハードルは高いのだというふうに思います。  二次被害あるいは裁判で被害をまた受けてしまうおそれについては、今回の法案が損害賠償請求とセットになっているために、被告人側が、賠償したくない、あるいは減額したいという思いから、被害者側の落ち度を追及しなければいけない場合もあるのではないかという予測、また、被害者側が最も嫌うことですけれども、その場だけの謝罪、徹頭徹尾被害者の言い分はわかったというふりをしてしまう、これも大分後になってみると、そういうつもりではなかったんだと、本当に謝ってほしかったんだということがかなえられることにはつながらないのではないかなというふうに思います。  これは、いろいろな私たちのイベントあるいは意見を集めている中から集まった結果です。

稲田朋美自由民主党

○稲田委員 同じ質問を岡村参考人にもしたいんですけれども、片山さんがおっしゃるような、少数の強い被害者だけが参加できて、参加できない被害者に二次被害が出るという御意見についてどう思われるかという点が一点、もう一点は、この被害者参加制度がきちんと機能するためには、被害者に公的な弁護制度を導入しなければならないという意見もございますけれども、この点についての御意見と、もし賛成であれば、その理由もお聞かせください。

岡村勲弁護士/全国犯罪被害者の会(あすの会)代表幹事

○岡村参考人 まず、被害者参加制度ができても強い者しか参加できないのではないか、それがかえって参加できなかった人に二次被害を与えるのではないかという御質問でございますが、私はそれは間違っていると思っております。  今でも、例えば片山さんのように、検察審査会に対して不起訴の場合に審査請求をするという強い方もいらっしゃれば、それができない、そこまでやれない被害者もいっぱいいます。だからといって、その人たちには被害者感情がないといって国民が非難するかというと、決してそんなことはありません。また、できなかった人も、できなかったからといって、いつまでもくよくよしているということはありません。  それから、傍聴についても、とても傍聴さえもできない人がいます。裁判所へ入っただけで吐いてしまう、あんな被告人の顔は見たくないとかいって傍聴しない人もいる。しかし、その人に対して世間の人が、なぜ傍聴しないんだ、娘を殺されて傍聴しないのかというような非難を浴びせたということは、私は一つも聞いておりません。  そして、例えば民事裁判、刑事裁判が済んで民事裁判を起こす、その責任を追及するということは、それは相当エネルギーの要ることでございまして、私自身も、損害賠償請求をしようかと思って、時効の中断までして、その日の前日まで考えたんですけれども、こんなうそ八百つく人間とさらに数年もつき合うのかと思うと、とてもエネルギーがなくてやれませんでした。うちには弁護士がいっぱいいますし、私がやれば当然応援してくれるんですけれども、専門家の私でさえもそのエネルギーがありませんでした。  だからといって、なぜ民事訴訟を弁護士のくせに起こさないんだというような批判をする方はだれもおりません。私はそういう心配はないと思っております。そして、やれる人はやる、やれない人はやれない、それなりにそれぞれ事情があるのであって、それを世間の人はよくわかっていると私は思っております。  それからもう一つ、参加人に公的弁護人の問題でありますが、実は私も、ぜひこれは実現していただきたいと思っております。  私たちは、訴訟参加制度案要綱というのを発表しました。その中には、第一次的には弁護士強制主義をとっておりました。しかし、被害者に対する国選弁護制度というのがないときに弁護士強制主義をとると、予算が伴わないのでこの制度が実現できないことになってしまうのではないかということが一つと、それから、今の損害賠償の請求でも、私費で弁護士を雇って訴えを起こしている人が大勢いるわけでありまして、少なくとも、やれる人からやってみようということで、第二次案で国選弁護制度というものを外しました。  だけれども、実際は私は何とかこれを実現していただきたいと思っておりますし、そして、今内閣府で行われております経済的支援の検討会でも、この法案の成否の行方を見て、国選弁護人、公的弁護人制度が実現する方向で考えようということに現在なっておりますので、ぜひ先生方のお力をいただいて、国選弁護制度を実現していただきたいと存じます。

稲田朋美自由民主党

○稲田委員 ありがとうございます。  次に、椎橋先生、白取先生、両先生にお伺いをいたします。  当事者主義、陪審制度をとっているアメリカ、イギリスでは、被害者の参加制度はないとも聞いております。その理由は、当事者の直接の尋問や意見が陪審員に影響を与えるからだというような意見も聞いているんですけれども、日本でも今度裁判員制度が導入をされることになります。被害者参加制度を導入して、また裁判員制度も導入されるということになりますと、裁判員に対して影響を与えるのではないか、こういう危惧についてどのようにお考えなのか、また、そういった場合の裁判所の合議のあり方というものについても加えて御意見を伺えればと思います。

椎橋隆幸中央大学大学院法務研究科・法学部教授

○椎橋参考人 お答えいたします。  英米では陪審制度をとっておりますけれども、やはり被害者の参加制度というのはございまして、いろいろな形で検察官に意見を述べて、検察官がそれをしんしゃくして活動する、それからそれ以外に、直接的な参加の形態といたしましても、犯罪によって影響を受けた被害者が陳述をするという権利が認められております。アメリカとイギリスで若干温度差はありますけれども、これは認められております。  陪審に与える影響でございますけれども、確かに、アメリカで一度、ビクティム・インパクト・ステートメントという制度が違憲にされたということがございました。これは、かなり陳述の内容が扇情的だというようなことも影響していたというふうに思います。ただ、その後、やはり被害者が犯罪によって受けた影響について陳述することは合憲だという判断がされまして、その合憲判断は変わっておりません。ですから、そういう直接参加というものは認められております。  日本が裁判員制度を導入したという場合ですけれども、それにどの程度影響されるかという御心配ですけれども、裁判員は、国民の健全な常識を裁判に反映するということでございますけれども、裁判員は、実際に裁判員になった場合に、事実、証拠を一緒に調べるということによってかなり事実に向き合うということになって、人に有罪判断を下すかどうか、どういう量刑を下すか、真剣に考えられるというふうに思います。  そのときには、裁判官によって、証拠に基づいてのみ判断するんだということを説明されますし、それから、必要なときには参考としてこの種の事件ではどういうような量刑がなされるかということを教えていただけるというふうに思いますので、そういう中で裁判員は常識を反映して適切な判断をする、それが裁判員制度のよって立つ前提でありますので、私は、そういう中にあって、被害者の意見を聞くということも同じように考えていいのではないかと思っております。

白取祐司北海道大学大学院法学研究科教授

○白取参考人 先生は法律家でいらっしゃいますので御存じのことだと思うんですが、ヨーロッパの場合は、民事と刑事の裁判というのがかなり融合的になされるという部分が、ラテン法の影響でまだ残っております。そのために、刑事裁判の中に民事の当事者がいるということ、それから、一回の裁判でけりをつけるということに対して、法制度的に余り違和感はないというようなことがやはりございます。  それに対して、英米の方は、今の日本の制度が大体そうなってきておるんですが、民事裁判、刑事裁判はきちんと分けて、お互いの判決の既判力もないというような形になっておりますよね、そういうのが背景にあると思います。  英米についてのビクティムインパクトの問題については椎橋先生おっしゃったとおりなんですが、ただ、日本の場合に、英米の陪審員と決定的に違うところは、日本の裁判員は量刑までやりますので、被害者の発言の重みというのは、事実認定のところだけではなくて、とりわけ量刑について大きく働く可能性があると思います。そういう点では、英米の場合よりは、被害者の発言の重みというのはより日本にはかかってくるかなというような気がいたしております。  以上です。

稲田朋美自由民主党

○稲田委員 まだまだお伺いしたいんですけれども、時間が参りましたので。  どうもありがとうございました。

七条明自由民主党

○七条委員長 次に、平岡秀夫君。

平岡秀夫民主党・無所属クラブ

○平岡委員 民主党の平岡秀夫でございます。  犯罪被害者の方々の権利利益の保護を図っていくという問題については、私たちも早い段階から取り組ませていただきまして、議員立法でも提案をさせていただいていたというような経緯もございます。そういう意味で、この問題については、本当に私たちも真剣に受けとめて、しっかりと考えていかなければいけない、そういう立場に立っておりますし、きょう参考人に来ていただいた皆様方からは、私たちの党の部門会議でそれぞれお話も伺わせていただいているということで、我々がこの問題について本当に真剣に悩みながら今一生懸命審議しているということをまずお伝え申し上げたいというふうに思います。  時間も限られておりますので、私はどなたに質問するかを先に言ってから質問いたしますので、お答えをいただきたいというふうに思います。  最初に、白取教授と片山さんにお伺いいたしたいと思います。  先ほど、椎橋教授、それから岡村さんの方から、この法案が提出されるに至った経緯についていろいろと詳しくお話がありました。岡村参考人の方からは、決して急に始まった話じゃない、もう既にかなりの議論が尽くされてきているんだというようなお話もありました。白取教授あるいは片山参考人からは余り経緯の方の話がなかったので、ちょっとお聞かせいただきたいと思います。  白取教授には、法制審で十分な議論が行われたというふうに思っておられるかどうかということ、片山参考人には、被害者の方々からの十分な意見を法制審なり法務省なりは聞かれていたのかどうか、この点についての印象をまずお話しいただきたい、こういうふうに思います。

白取祐司北海道大学大学院法学研究科教授

○白取参考人 法制審の議論につきましては、私も雑誌にちょっと書いたことがございますが、実質審議が十月の末から始まって、翌年の一月の末でもう決着がついている。回数からすると八回行われたことになっておりますが、法案の重要性から見て、必ずしも十分ではなかったように私は思っております。  確かに、二〇〇四年の基本法から始まっているということでありますが、やはり、先ほど来申し上げておりますように、日本の刑事司法というか刑事訴訟法の制度枠組みに大きな影響を与えるものでございますので、関係の、すなわち裁判、検察、弁護のそれぞれの観点からのいろいろな、もっと慎重な検討あるいは検証がなされる必要があるし、それを考えると、時間的にはまだまだ足りないのではないかというふうに思っております。  以上です。

片山徒有被害者と司法を考える会代表

○片山参考人 被害者団体からの聞き取りについてなんですけれども、内閣府でヒアリングを受けたことが一度ありまして、そのときはかなり多くの団体の意見の聞き取りをしておりました。ただ、余り団体が多過ぎたために時間が相当かかってしまったこと、それから、余りに緊張してしまったために被害者の方が倒れるというような場面に遭遇したことがあったので、それ以後、やや慎重になったのかなという気もしておりますけれども、ちょうど去年、法務省でヒアリングがございまして、法務省の法制度にかかわる部分、特に今回の被害者参加と思われる部分についての聞き取りはございました。  ただ、その結果もホームページで公開されておりますけれども、積極的に賛成もしくはそれに近いような意見というのはごく少数だったというふうに私は記憶しております。ほかの団体も含めてヒアリングを受けましたけれども、少なくとも素案あるいはたたき台ができた段階でもう一度意見の聞き取りをしていただけるものだとばかり、ほかの団体も思っていたというふうに思っております。  以上です。

平岡秀夫民主党・無所属クラブ

○平岡委員 そうした法案提出の経緯もこの委員会でしっかりとまた議論をさせていただきたいというふうにも思います。  それから次に、椎橋参考人と白取参考人に、制度の専門家といいますか、研究者としてどういうふうにお考えになるかということについてお聞かせいただきたいと思います。  大上段の議論をすると、国家の刑罰権の問題とか、あるいは当事者主義の問題とか、それと今回の制度がどうかかわるのかというようなところをやはりしっかりと整理しておかなければいけないというふうに私は思うわけでありますけれども、先ほど椎橋参考人から、被害者の権利利益の保護については欧米から二、三十年おくれておって、今回の法案は象徴的な意味があるんだ、こういうようなことをちょっと言われたので、どの辺が二、三十年おくれているのかなというのは私もちょっとよくわからないままに聞いておったんです。  私の理解するところでは、今の近代国家における刑法なり、あるいは刑事罰というものは、これまで私的復讐というようなもので行われていたものが公的なものに昇華していくという過程の中で、私的な争いというようなものがどんどんそぎ落とされていっている、そのことが、結果的には報復の連鎖というものをなくしていき、社会の秩序というものを維持していくということにもなっているというふうに思うわけですね。  特に、当事者主義をとったときには、先ほどもお話がありましたけれども、検察官による厳しい追及と、そして活発な弁護というのが行われる中で判断がされていくわけでありまして、こういう場に、加害者と被害者という立場で相対決する、まだ加害者か被害者であるかということも確定しているわけでもないわけでありますね、そういう段階の中で直接対決するというような場をつくるということは、ある意味では、これまでの刑罰権というのは一体どういうものであったのだろうか、復讐の連鎖というものを行わせないという一つの近代国家の知恵というものがあったのではないか。  そういう点から見たときに、こういう形で被害者の方が裁判の場に入ってくるということについてはやはり慎重であるべきではないだろうかというふうに思うんですけれども、この点について、専門家、研究者としてのお二人の御意見をお伺いさせていただきたいというふうに思います。

椎橋隆幸中央大学大学院法務研究科・法学部教授

○椎橋参考人 私は、現在の裁判は当事者主義をとっておりまして、それから、国家刑罰権の行使も、復讐的なものというのはそぎ落として、公的な形で行っている、そういうふうに考えております。  そして、今回の法案の関係でも、今回の法案のような形で被害者がかかわることによって復讐的なものになるというふうには考えておりません。なぜかといいますと、私は、裁判といいますのは、やはり利害関係者のいろいろな利害というものが適切に反映する形で解決されるのが最も望ましい事件の解決だというふうに思っております。  それは、例えば昔であれば糾問主義というふうに言われた、糾問する者と糾問される者とがいて、糾問する者は、捜査もし、それから訴追もし、裁判もするというような形でやっていた。これではやはりおかしい。やはり、捜査する者、公訴する者、裁判をする者、それから裁判を受ける者、それぞれ利害がある。そして、被告人、裁判を受ける者については弁護人というものをつけようという形で、いろいろな利害というものが適切に反映する形で行われるのが最もいい形になるということで現在の当事者主義になってきた。  ですから、その当事者主義の核というものは当然残さなきゃいけない。当事者主義の核というのは、審判の対象はどれにします、その範囲内で検察官が証明する責任を負って証明していく、それに対して、被告人の方は弁護人の助力を受けながら防御していく、そういうような裁判の形態を当事者主義という。その中で、当事者主義の核を害さない範囲内で、非常に重要な利害関係者である犯罪被害者の意見を反映させていくということですので、そういう意味では、当事者主義の枠を外さないという中で、そして、より事件の当事者である被害者の意見を反映させて、より適切な裁判が実現されていくというふうに考えております。

白取祐司北海道大学大学院法学研究科教授

○白取参考人 現行法というか、伝統的な考え方というのは、国家刑罰権対被告人ということで、被害者のいろいろな思いとかそういう利益というのは、検察官がそれを代理、代表するという形で制度がつくられてきたと思うんです。その部分で検察官が十分活動してきたのかということも一つ反省されなければいけないと思うんですが、被害者との関係でいいますと、世界的には、刑事司法の中でどういう位置づけとして被害者に入ってもらうかということについては、大きな流れとして二つぐらいあったと思うんです。  一つは、日本でも少しずつやり始めていますが、刑事和解といいますか、起訴、不起訴のところで被害者の方が加害者と和解をするという形で刑事裁判を回避する、これは世界的な流れですね、ディバージョンというふうにいいます。  それからもう一つは、修復的司法というのがございます。これは、被害者と加害者、それからコミュニティー、地域もあわせて和解して、これも刑事裁判を回避する、国家刑罰権に代替するような解決策。ただ、このような解決策というのは日本では余り人気がありませんで、岡村先生も修復的司法には消極的な論文を書かれております。  ですから、そういう形でいいますと、日本の今とろうとしている今回の法案というのは、そのような世界の流れとはちょっとまた違って、加害者かもしれない被告人に対してより厳しい形をとろうとしているというふうに見ることができると思います。

平岡秀夫民主党・無所属クラブ

○平岡委員 先ほど、岡村参考人と片山参考人、両者が指摘していた問題でありますけれども、現行の裁判において、裁判に至る前も含めてですけれども、検察官とのコミュニケーションが非常に不足していたということについて、岡村参考人と片山参考人にお聞かせいただきたいと思うんです。  今回こういうふうな法制度をつくったわけでありますけれども、その根底には、やはり検察官が、被害者との関係で、十分な情報提供もされていない、あるいは被害者の方々が持っておられる感情なり意見なりというものをしっかりと検察官が受けとめてくれない、そういう不満というものが相当おありになったのではないだろうかというふうに私は思うんですね。  そういう意味でいくと、今回の被害者参加人というのは、非常に限られた範囲の事件、一定の範囲の事件だけを対象にして、その訴訟参加人として認められればかなりいろいろなことができるけれども、そうじゃない、それが制度的に認められない、あるいは裁判所に認められない人たちにとってみれば、今までと同じようなことが続いてしまうかもしれない、そういう仕組みになっているわけですね。  そういう意味でいけば、私は、まず最初に、やはり検察官と被害者の方々とのコミュニケーションとか意見交換とかいうものが大事だと思うんですけれども、これまでの経験から、その点についてはどういうふうにお考えになっているか、特に、経験を踏まえてどんな御意見をお持ちかということを岡村参考人と片山参考人にお聞かせいただきたいと思います。

岡村勲弁護士/全国犯罪被害者の会(あすの会)代表幹事

○岡村参考人 お答えいたします。  確かに、今までは、検察官が被害者に対していろいろな説明をしてくれるということは少なかったです。最近では、かなり改善されてきてはおります。  私の例でいいますと、実に立派な検察官であって、これ以上の検察官にはめぐり会えないと思うくらい、私は感謝しております。しかし、それでもなお参加したいと私は思います。  というのは、こういうことがありました。  被告人がなぜ家内を、私の妻を刺したかというときに、宅配便業者に化けて、段ボール箱にナイフを隠して来たんですね、ピンポンを押した、そして妻を呼び出して、岡村さんいますかと言った、主人はいません、こう言ったら、やにわに刺したということです。ところが、私の妻が、突然、どういうわけか自分に飛びかかってきた、自分は一メーター五十くらい吹っ飛ばされた、だから、思わず段ボールの中からサバイバルナイフを抜いて刺したんだ、こう言ったんですね。しかし、私の家は、一メーター五十も吹っ飛ばされたら階段の下におっこちてしまいます、そう簡単に立ち上がって刺せるものじゃありません。  そういうことは事前に検察官と打ち合わせできるかというと、できないんですね。何を言い出すかわからないことを一々検察官と打ち合わせすることは不可能でありまして、そういうときには、やはり被害者の家族の私が裁判所に頼んで質問させていただければ、私はそこで追及することができた。そういうことがまだほかにもありました。  そういう面で、大変立派に一生懸命やってくださる検察官でもいろいろなことまでは、それは把握することは不可能なことがございますので、やはり被害者自身が許可を得て質問をする、その方が効果的だという場合はあると存じます。

片山徒有被害者と司法を考える会代表

○片山参考人 検察官とのコミュニケーションについてなのですが、二〇〇〇年の犯罪被害者保護法以降は大分よくなりまして、特に裁判員制度が決まってからは、有罪とするために情状証拠となるようなものは被害者側からなるべく丁寧に聞き出したいという姿勢が見られますので、めきめきと最近はよくなっているような気がいたします。  先週も私は、インターネット二次被害事件という形で、息子の亡くなってしまったときの状況がインターネットに開示されてしまって二次被害に遭ってしまったわけですが、それで告訴、告発をしまして、検察側の証人として出廷したのですが、そのときにもコミュニケーションは十分にとれていたと思います。  それでもどうしてこのような参加制度に私は反対するかといいますと、事実認定について被害者側にはどうしても耐えられないことが飛び出す可能性があるからです。  私も、息子が亡くなってしまったときに、検察官と一緒に夜中に頭を抱えたことがございました。それは、どうしても公判に出す必要がある写真をめぐって、どういうふうにお母さんに伝えようか、公判で耐えられるだろうか、片山さんは見られるだろうか、そういうことを検事と話をしました。どういう写真かといいますと、ダンプカーに息子は踏まれて亡くなったわけですから、相当無残な写真なわけです。それが公判に出るわけです、証拠になるわけです。普通の遺族は耐えられません。私も驚きました。もちろん遺体とは対面しておりますけれども、そのような無残な写真は見たことがありませんでした。  そういうところから、どうして家族が亡くならなければならなかったのかの事実部分については、大いに検察官に頑張っていただかなければいけない部分が強いと思います。先ほどの二次被害という部分は、そういう部分も含めまして、遺族には到底見られない証拠も多いということを御理解いただきたいというふうに思います。

平岡秀夫民主党・無所属クラブ

○平岡委員 時間がありませんので、これを最後の質問にしたいと思います。  先ほど、今回の制度、被害者の訴訟参加について言うと、できるできないという場合、精神的余裕、時間的余裕あるいは経済的余裕、そういう問題で不平等ではないかというような指摘がありましたけれども、別の視点でいくと、やはり訴訟参加できない被害者という方も多分おられるんだろうと思うんです。  その場合に、裁判所において被害者感情というのが、出てきていない被害者については軽く見られて、それが裁判に影響を与えるのではないかという指摘があるわけであります。特に裁判員制度が導入されますとその可能性も否定できない面があるだろうというふうに思うんですけれども、この点についてどうお考えになるか、まず片山さんからお答えいただきまして、その後、岡村さんの方から感想をちょっと教えていただきたいというふうに思います。

片山徒有被害者と司法を考える会代表

○片山参考人 これからの裁判制度については、諸外国の制度も含めましていろいろないいところを取り入れていきたいというふうに私たちも過去に考えてきました。それが一つは裁判員制度だというふうに理解しております。  先ほどお話の中で触れさせていただきましたけれども、裁判員制度で重要なのは、事実認定をしっかりやることです。有罪か無罪かをはっきりと見定め、自信を持って、このような犯罪を二度と起こさない、起こさせないような社会をつくることが刑事裁判の目的だというふうに思います。  また、被害者は、同じような被害にだれも遭いたくない、遭ってほしくないんだということをその場でわかってもらいたい。そのためには、必要かつ十分な重みを公判の場で、現行の意見陳述権の内容の中で語り尽くせなければ検察側の証人として出ることで、裁判員にもより理解しやすい方法で参加をするのが一番いいというふうに思います。  以上です。

岡村勲弁護士/全国犯罪被害者の会(あすの会)代表幹事

○岡村参考人 参加しないと被害者感情が薄いと思われるのではないか、こういう御質問だったんでしょうか。(平岡委員「裁判官なり裁判員にそういう印象を与えて、裁判に影響を与えることになるのではないでしょうか」と呼ぶ)はい。  これは、意見陳述をやらないから被害者感情がないというふうには裁判所はとらえていないと思います。意見陳述をしたくてもできない方がいらっしゃいます。私たちの会員の中にもこういう例がありました。  家庭内暴力がひどくて夫が乱暴ばかりするので、妻は十歳の男の子と八歳の女の子を連れて離婚しようとしました。ところが、十歳の男の子は、みんながいなくなったらお父ちゃんの乱暴はますますひどくなるんじゃないか、お父ちゃんを立ち直らせるために僕は残る、こう言ったんです。それで、その妻は八歳の女の子だけを連れて家を出ました。ところが、その二年後に、父親は後に残った男の子を家庭内暴力で殺してしまったんです。  そして裁判が始まりました。妻は、裁判所へ行くこともできない、裁判所へ近づいただけでも気持ちが悪くなる、法廷へ入って夫の顔も見たくない、息子を何で残したかということで自分を責め続けたんですね。そして、証言の途中で失神してしまいました、証人として裁判所に行ったときは。  それが、意見陳述のときになりました。検察官が、裁判所は書面になれているから、できるだけ口頭で意見陳述を言った方がいい、しかし、あなたは失神したくらいだから法廷では言えないかもしれない、それでは書面に書きなさい、私が心を込めて読んであげます、こう言ってくれて、書面にして検察官に読んでもらった、そういう会員がおります。でも、本人がそこに来て述べなかった、だから被害者感情がないということで裁判所は刑を軽くしたということは絶対なかったと私は思っておりますし、本人もそういうふうに思っております。  そういうふうに、したくてもできない、参加したくてもできない人はいっぱいいるんですけれども、それはそれなりの理由があってのことであって、証人として出たときにその説明をすることもできますし、また、それがために、出ないから刑を軽くするとか被害者感情がないとかいう判断は日本の裁判所ではないだろう、私はこう思っております。  以上です。

平岡秀夫民主党・無所属クラブ

○平岡委員 終わります。

七条明自由民主党

○七条委員長 次に、神崎武法君。

神崎武法公明党

○神崎委員 公明党の神崎武法でございます。  参考人の皆様には、御多忙のところを御出席いただき、貴重な御意見を開陳していただきまして、大変にありがとうございます。  私も、政治家になる前に十四年間検事をしたことがございまして、一般の方よりは犯罪被害者に接する機会が多かったように思いますけれども、本日、改めて、岡村参考人、片山参考人のお話を伺いまして、犯罪被害者の思いというものを重く受けとめた次第でございます。  私は、犯罪被害者の権利利益を守るためには、やはり犯罪被害者が刑事手続に参加できるようにすることと、それから犯罪被害者の補償を進める、この二つの側面から、これはしっかり取り組んでいかなければならない、このように思っているわけでございます。そのような観点に立ってお尋ねをいたしたいと思いますが、今回の犯罪被害者参加制度についてはさまざまな批判もあります。そこで、椎橋参考人と岡村参考人を中心にお伺いいたしたいと思います。  まず第一点の批判は、訴訟構造に関連するものでございまして、先ほど白取参考人からも、今回の被害者参加制度というものは現行の訴訟構造をゆがめるんじゃないかという角度からのお話がございました。  この点、やはり現行の刑訴法の本質的な構造であります検察官対被告人、弁護人との二当事者の構造を今回の被害者参加制度は根底から変えてしまうんじゃないか、こういう批判について、どうお考えでございましょうか。椎橋参考人から。

椎橋隆幸中央大学大学院法務研究科・法学部教授

○椎橋参考人 お答えいたします。  現行の刑事裁判の制度は、憲法三十七条で規定されております。それで、当事者主義だということがはっきりわかります。外国の法律家が我が国の憲法三十七条を見ますと、日本は当事者主義の刑事裁判制度をとっているということがわかります。  憲法三十七条には、公開、迅速、公平な裁判を保障する、それから証人審問、喚問権を保障する、それから私選、国選の弁護権を保障しているということで、検察官がまず審判の対象を設定して、その審判の対象の範囲の中で攻撃防御が展開される、こういうような訴訟構造になっています。  そして、検察官は合理的な疑いを超えるまで証明しなければいけない、合理的な疑いが残れば無罪判決をしなければいけない、被告人には弁護人がついて最大限検察官の主張に対して防御する機会が与えられて、それでもなお合理的な疑いを超えて証明されたということでなければ有罪にできない、こういうような訴訟構造をとっております。  この根本は、今度の法律案においても全く変わるところはございません。つまり、フランスのように私訴というものがなされるわけではありませんし、それから審判の対象を、訴因ですね、これを途中で変更するという権限も被害者には認められておりませんし、それから上訴する権利というのもありませんし、それから独自に証拠調べを請求するというような権限も認められておりません。  したがって、当事者主義の基本の枠は堅持しながら、そして被害者の意見をなるべくその範囲内で反映させていこうというものでございますので、全く従来の検察官対被告人、弁護人という対立構造には変化がないというふうに考えてよろしいと思います。

岡村勲弁護士/全国犯罪被害者の会(あすの会)代表幹事

○岡村参考人 お答えいたします。  私たちは、平成十六年に訴訟参加制度案要綱を発表しました。それはまさにドイツ、フランス型のようなものであって、被害者が当事者として刑事訴訟に参加する三当事者制度でありました。特に私どもが主張したのは、訴因の追加でした。例えば、どう見ても殺人事件であると思われるのに傷害致死で起訴するということがあり、被害者を苦しめます。そこで、そういう場合には裁判所の許可を得て参加人が殺人の訴因を追加する、こういう制度もつくっていたのであります。  しかし、そういうような問題につきまして、各委員から大変な御批判がありました。これでは六十年も続いてきた今の訴訟制度を根本から変えることになるのではないかという議論がありまして、私どもも、被害者が当然被告人と同じような立場に立って裁判で争い、その結果公平な裁判をしてもらいたいという思いは変わりませんが、しかし、現時点において根本的に変えることはできないとおっしゃる先生方の話も、これも当然だと思いました。六十年続いたものをわずかの期間にやってしまうということはできないと思いましたので、今の制度に私どもも賛成し、落ちついたわけでございます。  そういうことでございます。

神崎武法公明党

○神崎委員 二点目の批判は、被害者が参加をいたしますと、被告人が自由に発言することは困難になり、結局防御権を十分に行使できない事態に陥り、結果として真実発見を困難にするのではないか、こういう御批判があります。この点について、いかがでしょうか。

岡村勲弁護士/全国犯罪被害者の会(あすの会)代表幹事

○岡村参考人 お答えいたします。  参加しなくても、被害者はほとんど傍聴席で傍聴しております。そして、そこから被告人の顔を眺めております。ところが、そのときには今おっしゃったような批判はどなたもしません。バーの中に入って向かい合った途端に被告人が萎縮して言うことも言えなくなる、そういうことはちょっと考えられにくいのであります。  そしてまた、被告人には必ず弁護人がついております。弁護人というのは、被告人を絶えず励まし、真実を述べさせる、そういう役割を担っているものでございまして、傍聴席から参加人席へ被害者が移ったからといって言いたいことも言えなくなる、そういうしおらしい被告人はいないと私は思っております。

椎橋隆幸中央大学大学院法務研究科・法学部教授

○椎橋参考人 お答えいたします。  確かに、被害者参加人が単に被害者として傍聴席にいるのと、バーの中に入って検察官の近くに座ることになると被告人に対して多少のプレッシャーは与えるだろう、ここは少し違いがあるだろうというふうに思います。ただ、しかし、そのことによってどのくらい違いがあるか、それから被害者の利益との関係をどう考えるかということになりますと、前から傍聴席にはいられたわけですね、それがバーの中に入る、それは被害者にとっては非常に重要だ、しかし多少のプレッシャーは加わる。  ただ、私は、そこに被害者参加人がいて、そのときに被告人は被害者参加人と正面から向き合って、そして、もし質問を受けるというようなことがあっても、それに対して真摯に答えるべきだと思います。もちろん、それは、答えるべきときは答えて、答えないときは答えないでいい黙秘権が保障されているということですので、そういう意味で黙秘権は保障されている。それから、自分のための弁護活動は弁護人にもしてもらえるということであります。それから、被害者参加人がいないときに、また別の機会に自由に任意に供述するということもできますので、そういった意味で被告人の防御権が不当に侵害されるということは当たらないだろうというふうに考えます。

神崎武法公明党

○神崎委員 三点目は、被害者が参加をすると、被告人の防御する対象が拡大し、検察官と異なる主張、立証も行われるから、被告人の防御に困難を来すおそれがあるのではないか、こういう批判がありますが、いかがでしょうか。

岡村勲弁護士/全国犯罪被害者の会(あすの会)代表幹事

○岡村参考人 お答えいたします。  参加する事件につきましては、ほとんど公判前整理手続が行われる事件ばかりでございます。したがって、そこで争点が絞られて、立証の計画も行われてしまいます。だから、被害者が参加するのはその後でありますから、現実に参加して法廷に出るのは後でありますから、もう争点は決まっていると思います。しかし、仮に争点が加わったとしましても、それは整理されたときになかった争点があらわれたということで、私は歓迎すべき問題ではないかと思っております。  というのは、刑事司法の目的は、事案の真相を解明することが第一にございます。争点があればあらゆるものが出てきて、そしてそこを判断して初めて全貌についての公平な裁判ができるわけでありまして、争点が複雑になったとしても、それはそれで刑事裁判の真実発見に貢献することである。  そして、防御権が大変だからやめてくれと言う弁護士がいるとすれば、それは弁護士の怠け者だと私は思っております。堂々とそれも防御すべきものと考えております。

椎橋隆幸中央大学大学院法務研究科・法学部教授

○椎橋参考人 被害者参加人は、被告人に対する質問にしましても、証人尋問にいたしましても、発言する内容というのは一定の制限がございます。それは、例えば被告人質問ですと、意見陳述をするためという限定が加わっております。それから、証人尋問については情状ということがございます。それから、最終の意見陳述にいたしましても、これは訴因の範囲内でという限定が付されております。  そういった意味では、訴因を超えて発言する、それは防御に余り害のないような形の範囲内での、あるいは多少はみ出すということは可能性としてはあり得るかもしれませんけれども、しかし、通常の場合にはないだろう。そして、もしそれが不都合な範囲まで外れる、そしてそれをそのまま取り上げるということになると、防御の範囲が拡大するということになると、それはむしろ裁判長によって制止されるということになりますので、そういった意味では防御の範囲が拡大するということにはならないと考えます。

神崎武法公明党

○神崎委員 あと、少年事件の問題なんですけれども、いわゆる被害者参加人による少年に対する被告人質問等は少年に対して強い萎縮効果を与えてしまうんじゃないか、そこの問題点を指摘する批判の意見もありますが、この点についてはいかがでしょうか。

岡村勲弁護士/全国犯罪被害者の会(あすの会)代表幹事

○岡村参考人 お答えいたします。  少年の被告人については、確かに、成人の被告人よりは圧迫を受ける感じもあるいは大きいかもしれません。しかし、それは、裁判官が十分な訴訟指揮によって参加人の言動に注意を与えることもできるわけでございますし、その質問を制限することもできますし、いろいろな角度で少年を守ることができると思います。だから、それは運用上の工夫であって、避けられる問題だと思っております。  以上です。

椎橋隆幸中央大学大学院法務研究科・法学部教授

○椎橋参考人 私も、少年に対する質問は慎重になされるべきだ、やはり少年というのは脆弱な面もございますので慎重にすべきだ。ですから、やはり運用上、検察官との事前の相談を密にして、こういうようなことを質問したいということで、もしそれが余りにも適さないということになれば、検察官はその旨の意見を裁判長に伝えるということになるでしょうし、事前にそういうことがわからなくても、もしそういう事態に至れば制止されるということになります。そして、実際上、被告人に不当な圧力を与えるというようなことにならないようにしなければいけないというふうに考えております。

神崎武法公明党

○神崎委員 五点目は、被害者が参加いたしますと、被害者の意見や質問が過度に重視され、証拠に基づく事実認定や公平な量刑に強い影響を与えるのではないか、こういう角度からの批判がありますが、この点についてはいかがでしょうか。

岡村勲弁護士/全国犯罪被害者の会(あすの会)代表幹事

○岡村参考人 お答えいたします。  影響を与えるのは、被害者だけでなくて加害者も、裁判官、裁判員に影響を与えるわけであります。  特に裁判員制度をとった場合にそういうような批判が出てくるのでありますけれども、しかし、裁判員というのは、専門家の陥りやすい欠陥を国民の健全な常識で正していくということから始まっておりますので、裁判員制度が生まれた場合に、被害者が出てくると非常に影響を及ぼす、こう言われますけれども、それは制度の否定につながるのではないかと思っております。加害者の影響も与え、被害者の影響も与え、そしてその中で公平に物を判断していく、これが裁判員制度ではないかと思っております。  被害者の影響はだめだ、加害者の影響だけは正しい、こういう議論はまたおかしいではないかなと思っております。

椎橋隆幸中央大学大学院法務研究科・法学部教授

○椎橋参考人 証拠に基づいて事実認定をするということで、今までの裁判官による裁判につきましては、そういう点が問題になったことはないと思います。それから、今までも意見陳述が量刑の一資料となるということとされておりました。  そして、片山参考人は、認知件数からすれば少ないとおっしゃいましたけれども、施行以来、意見陳述はどんどん多くなっておりまして、平成十六年度に口頭とそれから書面で九百件を超えて、十七年度には千件を超えているというふうに思います。そういうような数の意見陳述がされても、不当にこの事件で影響を与えたというふうには私は聞いておりませんし、それから、外国のその手の研究を見ましても、量刑が重くなったということはないという実態調査研究がございます。  裁判員制度になった場合はどうかということでございますけれども、これについても、いろいろな形で裁判長が説明をするということになりますし、それから、繰り返しになりますが、この種の事件についてはどのくらいの量刑になるんだということを参考にする。我が国の場合、特に、検察官の求刑があって、裁判所の量刑の基準というのがあって、二重の基準というのがございますので、そういうようなものを参考に判断すれば量刑が不当に重くなるというようなことは余り考えにくいのではないかと考えます。

神崎武法公明党

○神崎委員 最後に、今お話がありました、裁判員制度が導入された際に、被害者が参加をすると被害者の意見や質問が裁判員の情緒に強く働く、裁判員制度が円滑に機能しなくなるんじゃないか、こういう批判がありますが、この点について簡単にお答えをお願いします。

七条明自由民主党

○七条委員長 時間が迫っておりますから簡単に。

岡村勲弁護士/全国犯罪被害者の会(あすの会)代表幹事

○岡村参考人 それは、同じように、加害者がなぜ犯行に至ったかということについては相当な影響を裁判員にも与えると思います。それは同じではないかな、こう思っております。  以上です。

椎橋隆幸中央大学大学院法務研究科・法学部教授

○椎橋参考人 裁判員裁判についてそのことを過度に強調されるということになりますと、これはむしろ裁判員裁判制度の否定にもつながりかねないということになります。  裁判員は、健全な良識に基づいて、そして事件ごとに証拠に基づいて有罪、無罪を判断し、それにふさわしい量刑の判断をするということですから、そこに国民の健全な良識があらわれるというのは裁判員制度の趣旨にかなっていますし、私は、最終的には、日本人の教育程度の高さとそれから勤勉さということをもってすれば、そういうような心配はむしろ杞憂に終わるのではないかというふうに思っております。

神崎武法公明党

○神崎委員 終わります。

七条明自由民主党

○七条委員長 次に、保坂展人君。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂(展)委員 社民党の保坂展人です。  私、片山さんのお子さんが亡くなった、そして、その事故の現場も非常に近いところ、毎日通っている道路でございましたし、新聞記事を見て、片山さんに会いに行ったのは十年ほど前だったと思います。  話を聞いて、検察庁に赴いて、うちの息子はどうなったんですかと言ったら、教える必要はないんですけれどもねと言われて、検察審査会の用紙のコピーをただ渡された、その対応。それから、検察審査会についても、いや、実はお父さん、お母さんは申し立て権者じゃないんですよ、被害者じゃないんですよと言われて愕然としたということもつい先日のことのように覚えていますが、こういった法案がきちっと審議をされているということは大変な前進だというふうに思うわけです。  ただ、一方で、片山さん自身もおっしゃっているように、いい制度にしてほしいという意味では、ぜひそういうふうにしたいというふうに思いますので、片山さんにちょっと何点かまず伺いたいと思います。  片山さんは、まず、警察や検察に、犯罪被害に遭ったその直後にしっかり聞いてほしいんだ、場合によっては、そのときにサポーターとして突然犯罪の被害に遭った当事者を援助するというような活動も必要だろう、こうおっしゃっていると思います。その理由をお願いします。

片山徒有被害者と司法を考える会代表

○片山参考人 まず、被害に遭いますと、被害者は犯罪の被害に突然巻き込まれるわけですから、自分がどういう状況に置かれているのかわからないことがしばしばです。自分の経験からしましても、あと、犯罪被害者の支援を何件かさせていただいても、直近の気持ちというのはとても大切だろうなというふうに思っております。  それで、刑事裁判に至るまでに何度も何度も被害者は意見を聞かれることになります。最初が警察で繰り返し何度も聞かれ、その後検察庁で聞かれるわけです。相当大きな要素としては、その間に時間がたってしまうこと、繰り返し同じ話をしているために、本当に言いたいことがなかなか伝わらない、聞いてもらえないということがあるのではないかと思います。  また、警察での定型的な聞き取りフォームも非常に問題だというふうに私は思っておりまして、被害者、遺族に対しては、どういうお子さんだったのか、それから加害者が賠償しているか、加害者に対する処罰意識があるのかないのかというようなことしか聞かれないというのも、非常に被害者側の不条理感をあおっているというふうに思います。  被害経験者を含めた支援チームが、できれば即日支援に入ってそういうような聞き取りの場にも立ち会うのが、被害者側の言語化できない不条理感を何とか書面に残すという作業に役立つのではないかと思いますし、実際、一例ではございますけれども、被害当日から支援に入った事例では、非常に御遺族から喜ばれたということがあります。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂(展)委員 被害に遭った方の中には、やはりとても裁判所に行くなんということはできない、あるいはビデオリンクという方法があっても、とてもそれも嫌である。しかし、実際どういう裁判が行われているかは、ぜひ見たいし、知りたい、こういう方たちがたくさんいらっしゃるだろうと思います。これについて、片山さんの御意見を伺いたいと思います。

片山徒有被害者と司法を考える会代表

○片山参考人 被害者が裁判の法廷に行きにくいのは、そこでどういうやりとりがあるかわからないからということも非常に大きな要素だと思います。  先ほど私がお話ししたように、例えば、自分の家族が殺されるありさまをリアルに聞かされたのは、非常にたまらない経験でした。また、そういうことで気分が悪くなってしまった被害者も大変数多くおります。それで何度も入廷、退廷を繰り返して裁判長からおとがめをいただいたケースもありますものですから、できれば別室で安全に、ビデオリンクのような形で傍聴ができるような仕組みも欲しいなというふうに思いますし、中には被害者が入院しているケースもありましょうから、そういう場合は録画等を病室に持っていって、どういうふうな過程で裁判が進んでいるのか知ることができるというのも方法の一つではないかなというふうに思っております。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂(展)委員 わかりました。  次に、白取参考人に伺いたいんですが、先ほどの意見陳述の中で、今回の制度設計の中の被害者参加人の存在がやや不明確ではないかと述べられたと思います。検察官の代理でできることはどこまでなのか、それでできない部分について、あるいは検察官がやり残したことについてやるということなのか、この位置、職権主義のヨーロッパの裁判所の中で実際に在廷している被害者の方たちと、今回の制度設計との違いについてお述べいただきたいと思います。

白取祐司北海道大学大学院法学研究科教授

○白取参考人 制度を設計するときにいろいろな考え方を参考にして最終的にこういう案になったと思うのですが、先ほど来も少し出ておりましたけれども、いわゆるヨーロッパのような当事者という形で被害者が位置づけられているわけではない、個々の権限の一つの集まりとしての立場なのだというようなことを研究者などでも説明する方がいるのですが、どうもちょっとはっきりしない。  もしですけれども、一つ一つの被害者の方に意見陳述権のような権限を認めていくということを採用したとしても、それがバーの中にずっと被害者の方がい続けるということはまたちょっと違うのではないか。  といいますのは、やはり、裁判員に対する影響とかなんとかいろいろあると思うのですが、ヨーロッパの場合は、職権主義というのは、まさに裁判長が中心に審理を進めていく。フランスでいうと予審というのがありまして、そこには被害者も出るのですが、非公開の場所で、被告人の弁護人もついて、公判前整理手続よりはかなり実質的なことをやりますけれども、そこで事件について一通りの洗い出しと整理、それからある程度の証拠の精査なども行われる。それが終わってから、職権主義のもとで、私訴原告という形で被害者が登場する。これは、先ほども言いましたけれども、歴史的ないろいろな背景があり、それから私訴原告という制度自体はもう十九世紀からのものでありますので、それなりのいろいろな制度的な工夫もございます。  そういうものに対して、立場が非常にはっきりしない状態で被害者の方がそこに在廷しているということのいろいろな問題点があるというふうに先ほど申し上げたわけでございます。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂(展)委員 白取参考人のお書きになった論考の中で、一番最後の方ですけれども、従前から日本に存在している死刑制度があります、これは世界の趨勢から見れば、例えばヨーロッパにおいては死刑制度は廃止をされているということになっていますが、日本にはこの制度はあるわけですね、かなり時間をかけて議論をされてきた裁判員制度の導入があと二年後に迫っている、そして今ここで、法廷に犯罪被害者の参加人が参加をするという制度設計、この三つが交錯をしたときにどういうことが起こるだろうかということにやや懸念を感じるというふうにお書きになっていらっしゃいますけれども、この点について、どういう懸念なのかということを少しお話しいただけないでしょうか。

白取祐司北海道大学大学院法学研究科教授

○白取参考人 裁判員制度について、制度設計をなされてきた議論の中では、被害者参加のことというのは一切触れられていなかったと思います。司法制度改革審議会の意見書の中でも、その点については比較的ニュートラルな叙述がなされていたと思います。  裁判員制度というのは、市民が参加して、直接証拠に触れ、そして量刑まで含めてやるという非常に新しい画期的な制度だと思うんですが、ただ、ヨーロッパは、例えばフランスの参審制度、ドイツの参審制度でも、死刑がないというところで、市民に事実認定をゆだねるということについて、一定の歯どめというとちょっと言葉は悪いですけれども、かかっていると思うんですね。  今回の法案ですと、被害者の方が、検察官が有期刑を主張しているときでも死刑を求刑できるということになっています。そのインパクトというのは、非常に大きいと思います。それが裁判員の方に量刑の面で影響を与えるということになったときに、これは先ほど言ったように、死刑に限ったことではありませんけれども、刑事裁判そのものが、被害感情がフィルターを通さないで生の形で、しかも死刑求刑という形で出るというのが、近代的な刑事司法のあり方としていかがなものかというふうに私は思っております。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂(展)委員 もう一点だけ白取参考人に伺いたいんですが、先ほど、加害者でない被告人に対してこの制度が働いたときのことにお触れになりました。実際に法廷が開かれるときには、加害者でないかもしれない被告人ということになるのかもしれませんが、被害者参加人がどのような角度で問いかけることになるのか、その問題について、推定無罪の原則ということがどういうふうに現場に作用するのかということについて、お考えをお願いします。

白取祐司北海道大学大学院法学研究科教授

○白取参考人 お答えします。  今回の法案では、対象の事件として強姦などの性犯罪も入っております。これは、被告人が加害者でないかもしれないということで、実務上も被害者の方と争われるケースというのはあるわけです。そういった場合に、加害者でないかもしれないということは、ひっくり返すと、被害者でないかもしれない。  そういうかなり厳しい対立関係の中で被害者の方がずっと法廷にいるということが、被害者の方にとっても、それから適正な刑事裁判ということにとっても、マイナスの作用を大きく働かせることになるのではないか、そういう懸念を私は持っております。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂(展)委員 次に、椎橋参考人に伺いたいんです。  先ほどから、もし被害者参加人の方が例えば尋問であるとか質問の枠を外れてどんどん発言をしてしまったときに、これは裁判長がコントロールするというふうにおっしゃっていると思うんですけれども、この点、直接痛ましい被害に遭われた当事者がその体験をもとに切々と訴えていることに対して、裁判長はそこからストップというようなことが果たしてできるんだろうかということをちょっと考えてしまうんですが、その辺はどうお考えですか。

椎橋隆幸中央大学大学院法務研究科・法学部教授

○椎橋参考人 まず前提として、被害者参加人のイメージなんですけれども、こういう場面で議論されるときに、非常に被害者というのはどうも応報的で感情的でというようなパターンで考えられることが結構あると思うんですけれども、私は実態はそうではないと思います。  確かに加害者に対して厳しい処罰を求めたいという気持ちは持っている、そういう意味では応報的だというのはあると思うんですけれども、しかし、非常に感情的になってそれが裁判の場にあらわれるかということになると、私は、必ずしもそうでないというか、むしろそうではないんじゃないかと、今までの被害者の意見陳述という経験の中でも言えるというふうに思うんですね。  ですから、まずその前提は、感情的だ、取り乱した行為をするということは余り考えにくいということがありますし、事前に検察官とコミュニケーションをとるということがありますので、そういう中で、果たして尋問をするのに適しているかどうかということを考える、それからどういうようなことを質問するか、尋問するかということを考える、そういうような打ち合わせをした後で尋問、質問をするということであれば、余りそういう事態というのは数としては出てきにくいのじゃないか。しかし、出てきた場合には裁判長としては制止することができるし、やはり不当なことになれば制止しなくてはいけないということだろうと思います。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂(展)委員 お答えいただきましたが、私は、感情的に被害者の方が取り乱して発言をする、そういうふうにだけ考えているわけでは全くありません。そうでない方がほとんどだろうと思います。そこはわかっていただきたいと思います。  岡村参考人に最後に伺いますが、今回、被害者の意見陳述と違って、罪種が限定をされているというお話が白取参考人からもありました。例えば、監禁された被害者が手続参加できるのに対して、自宅を放火された被害者は今回の制度から外されているというようなことについてはどうお考えになっていますか。

岡村勲弁護士/全国犯罪被害者の会(あすの会)代表幹事

○岡村参考人 お答えいたします。  確かに、私たちの案よりも今度の法案の方が罪種は限定されております。放火の問題も審議会の席では出ましたが、しかし、何よりも生命身体に対する被害、これが一番大きい被害でありますから、まずスタートとしてはそこからやってみよう、そして、その成果を見ながらまた徐々に広げていこうということで今の罪種ができたと思っております。  これが、先生方が御心配になられたようなことがなく、円滑にいき始めれば、また罪種の拡大ということもあり得ると思っておりますし、私たちもそういう運動をまた起こしたい、こう思っております。  以上でございます。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂(展)委員 もう一点だけなんですが、裁判員制度が二年後に始まる、そして、この立法もほぼ同時期にスタートをしていく、この二つの異なる制度が実態としては一体化して刑事裁判を変えていくということが今私たちの目の前にあるわけなんですけれども、法制審議会等の議論では、裁判員制度は、素人、くじで選ばれる国民の広範な層が裁判員として裁判員席に座り、そして法廷に参加される参加人の、被害者の当事者の参加人の方の声を聞き、そして、というふうに法廷の構造が変わると思うんですが、その点について突っ込んだ議論はあったんでしょうか。

岡村勲弁護士/全国犯罪被害者の会(あすの会)代表幹事

○岡村参考人 私の記憶では、その辺のところは余り議論にならなかったように思っております。  私の意見を申しておきますと、この被害者参加人というのは、極めて限定された形での参加しかできません。一番大きいのは、犯罪の被害者でありながら蚊帳の外に置かれるというこの悔しさ、これをやはり取り除いて中に入れてもらったという精神的な大きさが非常に大きいと思っております。  質問できる範囲も大変限定されておりますし、意見を述べるにしても、全部検察官に目を通していただいて、そして、それから裁判所の許可を得て意見を述べるというふうに限定されておって、真実の発見とかなんとかということにどれだけ効果があるかということは、これははっきりいってやってみなきゃわかりませんが、しかし、何よりも自分たちを疎外した裁判を受け入れられないという気持ちですね。被害者の意識も最近非常に高まってきました。なぜ傷を受けていない検事、判事、弁護士、それに加害者だけで自分たちを排除して裁判をするのだ、こういうことに対する怒りがやはり私は頂点に達していると思います。それを除くという点で、私は非常にこの制度を評価しております。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂(展)委員 ありがとうございました。これで終わります。

七条明自由民主党

○七条委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。  参考人の方々に対し、貴重な御意見をお述べいただきましたことに厚く御礼を申し上げます。委員会を代表して厚く御礼を申し上げ、御礼にかえさせていただきます。きょうは本当にありがとうございました。(拍手)  次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午後零時一分散会

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