教育基本法に関する特別委員会 第11号
- 発言数
- 317 件
- 登壇者
- 21 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 2006/12/13
会議録
○委員長(中曽根弘文君) ただいまから教育基本法に関する特別委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 昨十二日、鴻池祥肇君、近藤正道君、仁比聡平君、広中和歌子君、福山哲郎君及び下田敦子君が委員を辞任され、その補欠として西島英利君、福島みずほ君、井上哲士君、浅尾慶一郎君、岡崎トミ子君及び山根隆治君が選任されました。 また、本日、鰐淵洋子君が委員を辞任され、その補欠として山本保君が選任されました。 ─────────────
○委員長(中曽根弘文君) 教育基本法案、日本国教育基本法案、地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案及び学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案、以上四案を一括して議題とし、質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○西島英利君 自由民主党の西島でございます。 本当に大臣の皆様方、連日御苦労さまでございます。 私、本業は今、国会議員でございますけれども、副業は精神科医でございまして、まさしくこの精神科医としての心理学的な面から教育を考えるということで、ちょっと質問をさせていただきたいというふうに思います。 今回の法律の中で、前文では、「豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、」というふうに書かれております。また、「教育の目的」、第一条でも「教育は、人格の完成を目指し、」というふうに書かれているわけでございますが、この人格の形成、豊かな人間性というところで、今回の法律にも第十条に家庭教育が入ったわけでございますけれども、家庭教育とはいかに重要なのかということをちょっと精神科医的にお話をさせていただきたいというふうに思いますが。 資料を配付をさしていただいております。これは、「子は親の鏡」という文章でございますけれども、「子どもが育つ魔法の言葉」という本の中に書かれている内容でございます。これを書かれた方はドロシー・ロー・ノルトという方でございまして、家庭教育に生涯をずっと捧げてきた教育家でございます。アメリカ人でございますけれども。そして、それをサポートしたのがレイチャル・ハリスという精神科医の方でございます。まさしく、この精神科的に裏付けされた文章であるということを前提といたしまして、少しだけこれを読まさせていただきますと、 けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる 不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる 「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる 子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる 親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる 叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう 励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる 広い心で接すれば、キレる子にはならない 誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ 愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ 認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる 見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる 分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ 親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る 子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ やさしく、思いやりを持って育てれば、子どもは、やさしい子に育つ 守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ 和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる こういう文章でございます。 まさしく、実はこういうような育て方を小さいころから家庭の中でしてない結果が、今のいじめの問題や家庭内暴力、校内暴力の問題、それから自殺というふうな、そういうような今の大きな問題を起こしているのではないかというふうに思います。このような環境で育つことで初めて学校での知識を学ぶということの重要性が分かってくるようになりまして、向上心が自然に生まれて、創造性も身に付くようになるだろうというふうに思っております。 ただ、今の家庭での問題は何なのかといいますと、過干渉、過保護がこれは大きな問題になっております。そして、愛情とそれから過保護というのが間違ってどうも理解をされているところがあるのではないかなというふうに思います。 過保護というのは、子供の欲求の先取りをして、子供の都合のいいようにやってしまうのが過保護だというふうに思います。愛情というのは、場合によったらば子供が嫌がることもきちんと対応しなければいけない部分があるわけでございます。そして、もしこの過干渉が非常に多いと、神経質な性格の子供になってしまう。また、過保護で育てられますと、耐える力、つまり耐性ですね、この耐性が育たずに自己中心的になって、集団の中での生き方が非常に困難になってしまうということは、これはもう精神科的には実は証明をされているわけでございます。 この文章で、先ほどの文章で見ますと、この過干渉というのは、「けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる」、「叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう」という、こういうふうな問題が実は生じてくるんだということはこの文章の中で言われているわけでございます。 それから、人間には人格的な欲求というのがございまして、これは集団の中で尊敬され認められたいと、こういう集団的な、これはもう小さい子でもみんなございます。この欲求が認められないということは、実は本当に大きなストレスになってしまうわけでございます。 先日、学校で、学校の先生が子どもに対して、その先生はからかったんだという言い方をされます。しかし、それは、この集団の中で尊敬され認められたいというこの人格的な欲求を完全につぶしてしまった結果だろうというふうに思っております。そこまでの重要性を恐らくあのときの先生はお分かりになってなかったんだろうというふうに思います。 そして今、まさしくこういう状況が家庭の中でなされていない。ですから、家庭教育の重要性というのをこの学校教育の中で教えなければいつまでも変わらない。教育を受けた者が、これは親になって、親が子を育てるわけでございますから、まさしく家庭教育の重要性をやっぱり学校教育の中で教えていかなければならないのではないかというふうに思うんでございますけれども、大臣、いかがお考えになりますでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 今、先生がおっしゃったとおりだろうと思います。基本的には、人間というのは、学校と地域社会とそして家庭の中で大きくなって、人格の形成をし、知識を付けていくわけです。 先生がおっしゃったことはすべてそのとおりだと思いますが、残念ながら、時代の進展とともに、まあ今から六十年前、現教育基本法が初めて制定されたときは、農業で自分の生活を支えている人は五割を超えておりましたね。ですから、土に定着をして三家族一緒に住んでいるという形態が非常に多く、そのことはコミュニティーができやすいということですね。ところが、今は農業で生活を支えている方はもう一けたというか、五%以内になっておりますし、多くの人たちは職を求めて都会に出てきておりますし、共働きが始まっておりますから、確かに家庭教育は大切なんですけれども、共働き、核家族という状態ではなかなか家庭が昔のようには機能しないと。その実は役割を学校の先生にやや期待し過ぎていると。学校の先生もいろいろなことをおっしゃりたい場面がたくさんあると思うんですよ、いじめの問題だとかいろいろなことがあると。しかし、教師のお立場としては言えないこともあるんでしょう。だから、私がここでこういうことを言っておるわけですが。 人間は、よく言われるように、母親の子宮の中にいたときに一番穏やかな状態にあるわけですから、家庭教育が根本であるということは大切ですし、またそういうことを大切にしていかなければならないということを学校教育の場でも教えなければいけないし、今回の教育基本法には家庭教育という条をわざわざ起こしたということもそういう意味ではございますが、現実はなかなか、社会の進展に伴って家庭教育が従来のようには十分ではないということは認めなければいけないと思います。
○西島英利君 是非、せっかくこの家庭の教育というのが法律の中に書き込まれたわけでございますし、恐らく、これから学校に来て、そしてその子供たちがそれを学び、そしてそれが親になったときに初めてこれが生きてくるだろうというふうに思いますので、是非そういう視点は重要かなというふうに思っているところでもございます。 次に、教育の目標で第二条第三項に男女の平等ということが言われているわけでございます。男らしさとか、それから女性らしさとか、父親の役割、母親の役割、こういうことは人格形成には非常に重要だろうというふうに思うわけでございます。 人間は、成人して結婚をし、そして子供が生まれますと、親はその子供を育てなければなりません。女の子は実は父親にあこがれるんですね。そして、男の子は母親を独り占めしようというふうにするという、そういう傾向があるわけでございます。 そこで、先ほどのドロシーさんの文章の中で、「和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる」という文章がございますが、この和気あいあいというのは実は夫婦が仲がいいということなんですね。 そこで、父親と母親が仲が良ければ、女の子は母親のようになって父親に好かれたいというふうに思う、そういうふうな傾向が出てくるわけです。また、男の子は、この父親の権威をまねして母親に好かれたいというふうに考えるようになる。ですから、そういう意味で、まずは夫婦が仲がいいということがポイントでございます。 私、いつも、PTAで呼ばれて講演するときには、子供の前では夫婦げんかしないでくださいと、こう言うんですね。隠れたところではしても構いませんけれどもというふうに言うわけでございますが、そういう意味で、この和気あいあいとした家庭が子供の成長には非常に重要だというふうに思うわけでございます。 そして、よく言われるんですが、じゃ、母子家庭はどうなのかと、父親がいないじゃないかということを言われますが、このときは、子供に向かって、あなたの父親は本当こんなすばらしい人だったんだよという話をずっとしていけば、実はそれが子供のイメージとしてしっかりと植え付けられるということでございます。 しかし、よくこの家庭の話を見ますと、本当あんたのお父さんはもうお酒ばっかり飲んで、そして女の子をつくってどこか行っちゃったのよと、こう言われますと、一体自分の親というのは何なんだというふうに思いまして、これは家庭教育どころではなくなってしまうんだろうというふうに思っております。 そういう意味で、男らしさ、女らしさ、それから父親の役割、母親の役割というのは非常に大事だと思うんですけれども、日教組の方針の中に、ジェンダーフリーというこの方針を掲げていられる部分がございます。 新聞記事でも、これは去年の新聞記事でございましたけれども、日教組教研集会ジェンダーフリー報告というので、ひどい内容がここに書かれているわけでございますが、まさしくこのジェンダーフリーというのは、この今私がお話ししたこの考えを否定するようなものだというふうに私自身は思っているわけでございますが、こういうことも含めて大臣の御見解をお聞かせいただければと思います。
○国務大臣(高市早苗君) 現在はジェンダーフリーという言葉を使用しない方がいいということで地方の方にも国から文書を送っております。 このジェンダーフリーという用語を使用することについては、第二次男女共同参画基本計画にも明確に書かせていただいておりまして、この用語を使用して、性差を否定したり、男らしさ、女らしさや男女の区別をなくして人間の中性化を目指すこと、また、家族やひな祭り等の伝統文化を否定することは、国民が求める男女共同参画社会とは異なるということで、例えばということで、児童生徒の発達段階を踏まえない行き過ぎた性教育、男女同室の着替え、男女同室の宿泊、男女混合騎馬戦などの事例は極めて非常識であると、ここまで書いているところでございます。
○西島英利君 これは決して男女の差別、男が上で女性が下とか、そういうことではないんですね。やはりこれは非常に必要なことです、家庭の教育という意味では。ですから、そういう視点からこのジェンダーフリーの考え方というのはやはりしっかりと議論をしていかないといけないんだろうというふうに思っております。 次の質問をさせていただきたいと思うんですが、帰属意識がやっぱり今この日本には薄くなってきておるのではないかなというふうに思います。この国に生まれ、この国で育ち、この国で自分たちは守られているんだと、こういう意識が非常に大事なんですね。たとえグローバルな社会といえども、実はこの帰属意識というのが安心につながるわけでございます。 特に外国に行きますと、非常に孤立感といいますか孤独感を感じるわけでございますが、しかし、私が今年ちょっとスイスに参りましたときに、ガイドさん、日本人のガイドさんでございました。その方のお話を聞いて、ああ、これ大事だなと思ったのは、空港にお客さんを迎えに行ったときに日の丸を付けた飛行機を見ると、そうするとほっとすると言われるんですね。まさしくそういう意味で、この帰属意識をやっぱり子供たちに持ってもらうという意味では、国歌、歌ですね、国歌とか国旗に対する教育というのは非常に重要ではないかなというふうに私自身は思うわけでございますけれども、大臣、コメントをいただければと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 国際化すればするほど、外国で尊敬を受ける人間は、自国のやはり固有の文化をしっかりと身に付けている人なんですね。同時にまた、他国の文化を身に付けている人をそれなりに評価ができるだけの知的レベルがなけりゃ当然いけないわけです。ですから、日本の伝統文化を尊重し、そしてそれをはぐくんできた我が国を愛する態度を養うと、こう書いているのは、正に国際時代においてそういうことだということです。と同時に、他国を尊重する態度ということを言っておりますね。ですから、そのようなものの象徴として国旗・国歌は尊重をしていただきたいし、また尊重をしていただくような人間に育っていただくというのが学習指導要領の中にうたっていることでございます。
○西島英利君 是非、これは非常に重要な部分でございますので、是非しっかりとした御指導をお願い申し上げたいというふうに思います。 もう一つ、この法律の中に宗教教育が一項目ございます。まさしく宗教というのは何のためにあるんだろうと思いますと、実は常に人間というのは死に対する不安があるわけでございます。しかし、日本の今の教育には、特にこの死の準備教育といいますか、それがなされていないというふうに思うんですね。欧米諸国はこの死の準備教育をしっかりなされているわけでございます。そういう意味で、この宗教教育というのは非常に重要だろうというふうに思うんですが、自分が死んだ後の世界に対しての恐怖感を取るという意味でも、この宗教というのは非常に大事だろうというふうに思っております。そして、これらの教育がなされることによって、例えば祖先に対する尊敬の念も、これ自然に生まれてくると。死が何を意味するのかという教育がないがゆえに、子供たちが安易に自殺をしていっているんじゃないかなというふうにも感じるところでございます。 この死の準備教育という視点から、大臣、何かコメントいただければと思うんですが。
○国務大臣(伊吹文明君) 宗教教育という言葉は、今回の基本法にはそのままの言葉としては使っておりません。宗教に対する寛容の態度、宗教に関する一般的な教養及び宗教の社会生活における地位という記述をしております。 これは、やはり特定の宗教を布教の目的でもって教えるということ、布教の目的かどうかは実は教える人の心の中にあるものですから、慎重にありたいということでこういう表現になっておるわけですが、宗教一般の情操としては、先生がおっしゃったように、やはり命、自分の命、そして相手の命、そして人間だけではなくて、動物も植物もみんな命があるという命に対する謙虚さというか、命に対する認める意識というんでしょうかね、それと同時に、大自然に対する謙虚な姿勢、それから長い歴史の中で見ると、たまたま七、八十年生きるという自分はいかにちっぽけなものかと、こういうのが宗教一般の情操のようなものだと思いますから、そういうものはやっぱりしっかりと身に付けていくということだと思います。
○西島英利君 時間が参りましたので、これで終わりますけれども、六十年ぶりの改正と、さらには本当に長い時間を掛けて議論をした結果の今回の改正案だというふうに私は思っております。早期の成立を願いまして、質問を終わらせていただきます。 ありがとうございました。
○浅尾慶一郎君 民主党・新緑風会の浅尾慶一郎です。 まず初めに、タウンミーティング調査委員会の調査報告書というものが本日出ております。この点、様々なやらせ質問というものもありましたが、簡潔に、まとめられました官房長官、責任ではないんですけど、ある種の所管という意味で官房長官に、どういう認識を持っているかということについて、まずお伺いしたいと思います。
○国務大臣(塩崎恭久君) 大変長い間掛かりましたが、百七十四回のタウンミーティングすべてについての調査を一区切り付けて、今日、林委員長の方から十二時半から発表させていただきました。 既に、様々な委員会の質疑等々で出ているわけでありますけれども、全体として、これまでの教育改革タウンミーティングに加えて、十回のタウンミーティングでいわゆるやらせ質問というものがあったということでもあり、これ実は延べ人数にしますと六万八千人ぐらいが参加をしていただいたタウンミーティングでありますが、その他謝礼の問題、それから発言の内容は依頼しないでも、発言をしてほしいという依頼をした、そういったケースもかなり、これはかなりあったということで、元々国民との双方向での対話の場ということであったはずのものが、その基本から外れていたんではないかというおそれが間々見られるということで、また一方で、この委員会でも大分御指摘をいただきましたけれども、契約の中身について、まあ世間の常識では考えられないような貴重な税金の使い方をしている、無駄遣いが行われているということを見て、これは大いに反省をし、そして国民との双方向の対話というのはやはり必要であります。政策をつくるにはやっぱり必要でありますから、新しいやり方を、今回の教訓を引き出した後につくっていくべく早急に対応をしていきたいと、このように考えているところでございます。 総理からも、官房長官中心に新たなやり方を早急につくるようにということでもございますが、その原点は、総理からも、今回の問題についての国民に対して不信感を招いてしまったことについては大いに反省をするようにと、こういうことで我々としても担当する各大臣反省をしてけじめを付けていきたいと、このように思っておるところでございます。
○浅尾慶一郎君 今官房長官から対話の場というお言葉がございました。実は先般、平田オリザさんという劇作家の人と話をしていまして、会話と対話の違いということを私も改めて認識をしたんですが、会話というのは仲間うちですると。対話というのは、意見が違う場合にその意見の違いを、あなたの考え方はこういう意見ですねと、私の考え方はこういう意見ですと、それぞれに了解した上でその接着点を図るというのが対話だということで、そういう定義をしていまして、そういう定義の対話の場だとすると、やらせ質問というのは非常に問題があるということを改めて指摘をさせていただきたいんですが。 そこで、教育改革で五回、そしてその他で十回あるということでありましたが、こちらの厚い方の報告書を読ませていただいたところ、その他の中の大部分は実は司法制度改革であります。司法制度改革のタウンミーティングでなぜやらせ質問をしたかというと、そもそも司法制度改革というものに余り一般的な国民がまだなじみがないと。なじみがないから質問がなかなか出ない可能性があるのでやらせの質問を頼んだというのが、この報告書に書いてあります。それはまあ、そういうこともあってはいけないと思いますが、なじみがないなら、そういう発想というのも致し方ないとまでは言いませんが、そういう発想もあり得なくはないかなと思います。 ところが、問題は教育改革の方でありまして、教育改革の方は何て書いてあるかというと、こうした教育改革あるいは教育基本法改正に関して、文部科学省が過去に主催したフォーラム等の状況から見て、教育基本法改正に反対する者のみが発言する可能性があり、賛否両論幅広い意見が出るよう配慮する必要があると考えたとはっきり書いてあります。 今申し上げましたように、反対の人しか発言しないんだったら反対の人しか事実上はいないということなんだと思うんですよ。つまり、力強く賛成だったら、そういう人が出てきて賛成すればいいと。何となく賛成というのは、その強さとは違う。それから申し上げたいのは、対話ということで言えば、その主催者側と考えが違うんだったら、その人たちの考え方はこうですと、政府の考え方はこうですということを本来説明すべきだったんではないかというふうに思いますが、そういう観点から質問をこれ、伊吹文科大臣にさせていただきますけれども、要約しますと、反対の人しか来ないから賛成側でやらせ質問をしたというのは、全くもってけしからぬというふうに思いますが、そういう認識を文科大臣も持つかどうか、伺いたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 私は当時、率直なところ文部科学大臣をしておりませんから、当時の模様を事務局に伺いますと、反対の人ばかり来るからではないんですよ。ある意味では逆で、要するに逆やらせというのか、動員のようなことが過去に行われて、そしてそれらの人たちだけで会場が埋まっちゃって、一方的な意見が次々と述べられるという事実がかつてあったと。であるから、バランスの取れた構成にしたいということであったと伺っています。
○浅尾慶一郎君 いや、私の質問の趣旨は、動員かどうかは別として、まあ動員であったとしても、もし賛成の人がいれば自然に賛成の人も来てやればいいということなんではないかと。それをあえて反対しかいないから賛成側を動員するというのもおかしな話ではないでしょうかという質問なんです。まあそう思われないというなら思われないで結構です。
○国務大臣(伊吹文明君) 議員会館の前に今大勢の人たちが来ておりますね。しかし、同時に賛成の人たちも世論調査でたくさんおられるわけですよ。そうすると、あの人たちだけの意見だけを聞いて物事を決めたらいいんじゃないかということになると、どうもそうとは思わないですね。
○浅尾慶一郎君 私が申し上げていることはそういうことじゃないんです。もし本当に賛成なら、なぜ賛成の人がそういうところに行って賛成だと言わないんですかという質問です。
○国務大臣(伊吹文明君) それはやはり、なぜ言わないといっても、大勢の人が動員されて来ちゃったら入れませんよね。
○委員長(中曽根弘文君) 速記を止めてください。 〔速記中止〕
○委員長(中曽根弘文君) 速記を起こしてください。
○浅尾慶一郎君 私が申し上げているのは、強く反対しているからその会合に出る人がいるかもしれない、しかし何となく賛成しているからいないということ、という認識を持っておられるかどうかということをまず伺います。
○国務大臣(伊吹文明君) 例えば自分たちの今までやってきたこと、仕事に関係が非常にある人は、これは制度だとか仕組みが変わることに対してどちらかといえば非常にやはり不安を持ちますから、そういう人たちはたくさん出てくると思いますし、そうじゃない人たちは、気持ちの上では賛成であってもそれほど熱意はないかも分かりませんね。
○浅尾慶一郎君 ということは、それほど熱意がないからお金を使って依頼をするしかなかったという認識を持っておられるかどうかです。
○国務大臣(伊吹文明君) それは全く違うでしょう。やはりそれは、それは全く違うと思いますよ。それはバランスが取れた意見を聞きたいということであったから、それは行き過ぎがあったということは私は認めますよ。認めますが、しかし、文部科学省の当時の職員としては、例えば会場にこのバランスの取れた人たちが入ってもらいたいと思ったってそれは当然のことじゃないんでしょうか。
○浅尾慶一郎君 実は、質問をされた方の中に文部科学省から出向されていた方もいるという報道もありますが、その点について文部科学大臣、確認されておられますか。
○国務大臣(伊吹文明君) 具体的にはどこの報道でしょう。
○浅尾慶一郎君 日経新聞にそういう報道が出ているというふうに聞いております。
○国務大臣(伊吹文明君) 私は出向者が質問したということは伺っておりません。
○浅尾慶一郎君 仮に、出向者がその質問をしていたとしたら、さすがにそれは行き過ぎだというふうに思われますか。
○国務大臣(伊吹文明君) 事実関係を確認しておりませんので、お答えは控えさせていただきます。
○浅尾慶一郎君 いや、仮定の話です。仮に出向者が質問したらどうだということです。
○国務大臣(伊吹文明君) 仮定の話にはお答えはできません。(発言する者あり)
○委員長(中曽根弘文君) 速記止めてください。 〔速記中止〕
○委員長(中曽根弘文君) 速記を起こしてください。
○浅尾慶一郎君 それでは、質問の仕方を変えさせていただきたいと思います。 役所から出向している人が、これは法案を作っている立場というふうに定義をすれば、その人がその立場を明らかにしないでタウンミーティングという場で一般の人のように仮に質問していたとしたら、それは問題があるというふうに私は認識をいたしますが、大臣はそういう認識を持たれないということでよろしいんですか。
○国務大臣(伊吹文明君) まず、出向者は法律を作っている立場じゃないんじゃないでしょうか。出向者は地方の吏員になっておるはずですよ。ですから、その人が仮に出向者であっても、タウンミーティングに参加するのは自由ですし、発言することは自由だと思いますが、私は先ほど先生に、新聞の報道にということを先生はおっしゃって、どの新聞ですかと聞いたら、日経新聞とおっしゃいましたね。私の手元にあるのは日経新聞じゃないんですよ。そのことが書いてあるのは朝日新聞です。 ですから、それほど事実関係がやっぱりはっきりしないから、だから具体的にどこの教育委員会でどうだということをおっしゃっていただければ必ず政府委員に答えさせますし、私が知っていることはお答えをいたします。
○浅尾慶一郎君 それじゃ、政府委員の方に伺いますけれども、政府委員が、過去のそのタウンミーティングで質問された人のリストはあると思いますが、その中に文部科学省から出向された人はいましたでしょうか。
○政府参考人(田中壮一郎君) 文部科学省から出向者、出向しておる者が発言をしたというような事実はございません。
○浅尾慶一郎君 じゃ、そういうふうに最初から答えていただければよかったと思うんですけれども。 それでは、次の質問に移らさせていただきたいと思います。(発言する者あり)そういう質問をしてくれればって、その質問の途中をいつも遮って答えられる方がいるからそういうふうに申し上げた次第であります。 質問、次の質問、条文にのっとって質問をさせていただきたいと思いますけれども、この条文の第二条のところに定められております自律の精神というのがありますけれども、これは具体的に、様々この委員会の中でも質疑があったと思いますけれども、どのような精神かということを伺いたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) いろいろな解釈があると思いますが、法案の提出者として提出者の意思をお示しするという極めて大切な作業としてお答えをしたいと思うんですが、自律の精神とは、自分で自分の行為を規制して、外部からの制御というんですか、外部からの力ではなく、自分の立てた規範に従って自分で行動できる精神ということだと思います。
○浅尾慶一郎君 そうすると、そういうことができない人が自律の精神に欠ける子供ということになりますでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) そういう、そういう精神に欠けないように教育をするということです。
○浅尾慶一郎君 それはそうなんですけど、その次の質問でもあるんですが、なかなか、何というんですか、自分で決められるということを教育していくというのは難しいと思うんですね。具体的にどういうふうにすればそれが達成できるか、学習指導要領に、現在の内容でできるかどうか、あるいは書き加える必要性があるのかどうかも含めてお答えいただきたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 私が完全に自律の精神を持っているかと言われたら、私は持っておりません。先生が一〇〇%持っておられるかどうかも私は分かりません。しかし、できるだけそれに近づくように努力をするということですから、現在の学習指導要領に書いてあることは、例えば自分のことは自分で考えるような姿勢を身に付ける、責任を持って決めて行動するという態度を養っていく、また、生徒会や学校の問題を自分たちで話し合って決めるような活動をすると、こういうことがいろいろ書かれております。 これで十分かと言われれば、不十分であるから、現在、規範意識の低下だとか自己統制の面でいろいろ社会的な問題が出ているんだと思いますから、今おっしゃった教育基本法の二条が含まれているこの法案をお認めいただければ更に今の学習指導要領に何がしかのものを加えていくということになろうかと思います。
○浅尾慶一郎君 もし、事務方でも結構ですけれども、具体的に書き加える、その今おっしゃった何がしかの部分というのは具体的にどういうものになるか、お答えいただけますでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) そうですね、例えば国際社会の、これはそれを書き加えるかどうかというのはまだ何も決めていないんですよ。だけど、私の感じをお聞きになっているから私の感じを申し上げれば、先生のお父さんもそうだったように、国際社会の中で活躍をしていくためには、相手の歴史、相手の宗教的背景、そのようなものを認めた上で、自国のことを自国で判断していたような人の過去の業績を教えていくとか、こういうことは非常に大切になろうと思いますし、あるいはまた、苦難のときにあっても相手と迎合せずに、最後は自分を貫いた人はこういう人だったとか、いろいろやり方があるんだと思います。
○浅尾慶一郎君 先ほどもちょっと、なかなか教えるのは難しいんじゃないかというふうに申し上げました。私も、その自律の精神の必要性はそのとおり感じております。私自身が自律しているかどうかというのは、大臣おっしゃったとおりで、そうでない部分もあると率直に認めますが、その上で今教えるというふうに御答弁されていたんで、これは法案と直接関係するかどうかは別として、むしろ課題を、問題点を言って、その人だったらどう解決するか考えさせた方が教えるというよりかはいいんではないかなと思うんですが、その点についてはどう思われますか。
○国務大臣(伊吹文明君) その学習指導要領に沿って現場の教師が取るべき態度としては、今先生がおっしゃった方がよろしいと思います。
○浅尾慶一郎君 それでは、次の質問に移らせていただきたいと思いますが、第五条の二号の国家及び社会の形成者としての必要な素質、これもどういう素質かということをお答えいただけますでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 提案者としての考えを申し上げますと、まず我々はやはり国家の一員であるわけですから、当然のことでありますが知徳体、これのまずバランスが取れて、生涯にわたって自己実現を目指す、今言った自律的な人であり、同時に、国家の一員でありますから、国家や社会の形成に主体的に自分も参画していく人であり、同時に、その国家や社会を維持していくに必要な自己規制と義務を果たせる人であり、さらにまた、この日本の伝統と文化を基盤とした上で国際社会で生きていける人間、まあこういう資質というのが必要だと思いますが、それはなかなか難しいねと、多分おっしゃるでしょう。私も、今の資質が完全に身に付いているとは思いません。しかし、一歩一歩そこへ近づいていくように努力をするから目標と書かれているわけです。
○浅尾慶一郎君 今、正に言われた、なかなか難しいと思います。これもこの委員会で、この間やり取りを、質疑をさせていただいた中で、過去の、例えばそういう素質を持っていられた人の例を教えられるというようなことをまた言われる、御答弁になるのかもしれませんが、それはそれで大切だと思いますが、それ以上に、今申し上げましたように、自分で考えてそういうところに達する方がもっと自発的なんではないかなというふうに思いますが、そのことも含めて、現在の学習指導要領の記載内容で足りるか、あるいは書き加えるとしたらどういうことになるのか、お答えいただきたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 今言ったような、やはり日本の国が、あるいは世界の中でいろいろな国民が自国のために果たしてきたような事例を示して、君ならどうすると、まあ先生の言葉で言えば、そういうことを重ねていくということ以外にはないと思いますね。
○浅尾慶一郎君 次に、第五条の三号の中に、「国及び地方公共団体は、義務教育の機会を保障し、その水準を確保する」と。この水準というのを、まず学力というふうに理解したらいいのか、あるいは学力も含めてその他のものもあるのか、その点についてお答えいただきたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 私は、学力は結果だと思います。 やはり大切なことは、教育の内容ですね、それから教員の質と数、それから教育の条件、つまり、教職員の数、学校の施設設備、これは義務教育においてはやはり基本的に日本のどこに住んでいても同じようにすると、そのために義務教育国庫負担金や交付税の中の算定基準があるわけです。それが確保されるように努力をすると。そして、その結果として児童が一定の水準の学力を身に付けるということだと思います。
○浅尾慶一郎君 そうすると、これ、質問通告させていただいております次の質問になりますけれども、今の現状の義務教育、まあ、地方分権の中で知事会がいろいろ主張したこともありますけれども、現状の国庫負担金制度の中で、それを国が担保する今の仕組みを変えずに、全国一律でその水準が維持されるものをこの教育基本法を改正した後も続けていくという理解でよろしいですか。
○国務大臣(伊吹文明君) これは、まず今回の我が方の政府が提案した教育基本法は、国と地方とがその役割を分担するということを書いていることは御承知のとおりです。そして、義務教育国庫負担金が先生がおっしゃったような背景があって三分の一になったということは確かなんですが、これはあくまで国庫負担金ですから、国庫が負担しているのは三分の一であって、これに見合う税源は当然地方へ移譲しているわけですから、地方が三分の二を持っておられると。 しかし、そのような形で今後もいいかどうかということについては、例えば、この場でもいろいろ御議論がありましたし、民主党案にもいろいろなるほどと私は思って聞かせていただいているところもございますから、これは、やはりこの委員会も最終的に法案の結論が出た段階で、衆議院の委員会、参議院の委員会で各先生がお述べになった意見も参考にして、今のままやるのか、あるいは地方自治法をこれ変えなければいけませんからね、やる場合は、そういうことまで踏み込むのか、これは少しやはり議論を要すると思います。
○浅尾慶一郎君 今の御答弁を伺っていまして、第五条三号の、国、その次、及び地方公共団体は、で、水準を確保するためというふうに書かれておりますが、この地方公共団体は、先ほどの水準の定義は教員の質とか数あるいは学校その他の条件だというふうにおっしゃっていました。 今の制度でいうと、三分の二は地方、基準財政需要の中で実質的に地方交付税で面倒を見るところが多いということになると思いますが、御案内のとおり、地方交付税で面倒を見た場合には、交付税の使途は自治体が自由に決められるということになっておりますが、この政府案の法案が可決すると、そこは、今正におっしゃった交付税であっても、地方自治法を改正するかどうか、その先のことも含めてですけれども、縛りが掛かると、水準という意味で縛りが掛かるという理解をしてよろしいかどうか、伺いたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 先生、まずこれは交付税で担保されるという、必ずしもそうはならないと思いますね。義務教育国庫負担金は、二分の一であったのを地方分権のときにああいう議論で、国は三分の一になって地方へ渡したわけでしょう。だから、二分の一と三分の一の差の六分の一は税源移譲しているわけですね、独自の。ですから、交付税で必ずしも担保されているわけじゃなくて、交付税と地方税と両方で担保されていると。しかし同時に、全国一律の学校の基準というもの、法律で示しておりますので、両々相まってその基準が保たれていくと。 もちろん、先生の思っておられることをはみ出してお答えすることになるのかも分かりませんが、財源が非常に豊かな地方自治体はその基準を上回って単費で何か措置をされるということは、これはもう国と地方とが役割を分担してということですから、それは構わないことなんですよ。しかし、最低限のところは、義務教育は私は同じに、地方財源と交付税と国からの補助金できちっと守っていただかないと困る。 守れないような、例えば、守れないという表現はよくないかも分かりませんが、北海道のああいう破産に瀕したような自治体がございますから、そういうところは、例えば学校がもう一斉に少なくなっちゃって、通学の距離が非常に長くなりますね。そういうときはやはり国がある程度責任を持って、通学バスの補助だとか何かをやっぱりやっていくということを組み合わせて守っていくんじゃないでしょうか。
○浅尾慶一郎君 確認で、守れない、守りたいんだけれども守れないところですね、まあまあ北海道の夕張市は守りたいという意思はあるだろうけれども、もしかしてそれは財政破綻で守れないと。 一方で、固有財源あるいは地方交付税も、御案内のとおり、こういう使途については一応制限が掛からないということになっています。ですから、学校の先生の数を減らすというようなことは恐らくされないと思いますが、建物なんかで基準を守らないというところは出てくる可能性はなきにしもあらずかなと思います、何をもって基準かというのはありますけれども。そういうところについても、文科省あるいは文部科学大臣としては、自治体に対して指導命令をするということなのか、それともそこは自然体でいかれるのか、それを伺いたいと思いますが。
○国務大臣(伊吹文明君) 多分、建物を建てるときは、御承知のように別に国庫の補助を入れておりますね。そして、建築基準法が当然かかっておりますから、今の先生の御質問でいえば生徒当たりのスペースとかそういうことになってくるんだと思いますが、それは、やはり基準的なことは守っていただかないと困るんで、教育にお金を入れずに他のことにお金を回すという自治体があれば、それは少し違うんじゃないかということはやっぱり申し上げないといけないんじゃないでしょうか。
○浅尾慶一郎君 法律的には、自治体にそういうことを仮に文科省、文科大臣が伝えられたとして、それを強制できる担保というのは今後考えられるというふうに思ったらいいのか、それは変えてくれというふうに依頼をする形になるのか、その点の確認をお願いしたいと思いますが。
○国務大臣(伊吹文明君) 学校の設置者というのか、建設をする方は市町村あるいは都道府県ですから、それはそこが予算権を持っているわけですね。ですから、こちらとしては基準をお示ししてそのとおりやっていただきたいと、そのとおりでなければこちらから勧告をすると。それに対して、それは困るよというところはないと思いますけれども、ぎりぎり詰めた議論をしますと、それに対する強制権がどこまで担保されているか。十一年の前、十一年、地方分権以前は改善措置命令権がございましたからね。今はそれは地方自治法の一般法則の中へ御承知のように入ってしまっていますから、地方自治法の一般法則を使って是正命令を出すということは可能なことは可能です。
○浅尾慶一郎君 そうならないようにしていかないといけないと思っています。 次の質問に移りますが、第六条のところで、二項に「学校生活を営む上で必要な規律を重んずる」というふうに書いておりますが、これは例えば校則を作って遵守させるというふうに聞いておりますけれども、その校則を作って遵守させる義務は学校長が新たに負うことになるんでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 今も多くの学校では校則があるということは御承知のとおりですが、この六条の二項というのは、一般論として、学校生活という集団生活を行う上にはやはり集団としての規律をしっかり守って、そして規律を重んじて生活をしていくということですから、集団生活の中で、どういう表現がいいんでしょう、集団生活を送っていく決まりとか秩序みたいなものを指しているわけで、学校長が校則を作らなければならないという義務を課している規定ではないと私は考えております。
○浅尾慶一郎君 そうすると、必要な規律はあるけれども、それを遵守させる主体がないということですか。
○国務大臣(伊吹文明君) これは、もう集団生活を営んでいく上に、例えばこの委員会だってルールを守って、みんな理事の指導の下に答弁したり質問したりしておられるわけですから、それと同じようなことを一般的にそういうルールの下でやっていこうということを理念法として規定しているわけでして、校則を作らなければならないという義務を課していないから集団の秩序を教えられないかといったら、それはそうじゃないんじゃないでしょうか。
○浅尾慶一郎君 いや、つまり、「必要な規律を重んずる」ということについて言えば、その必要な規律を重んじさせるのは理念として重んじるということであって、そのやり方は各学校の独自性に任せるという理解でよろしいですか。
○国務大臣(伊吹文明君) 基本的にはそういうことになるでしょうね。学校の校長先生が校則を作ろうと作らまいと、この理念に従ってうちの学校はこういうふうに運用していこうと、しかし、秩序を守らずにやっていこうということは、この法律がある限り国民の意思には反しますよね、国会で議決をされれば。
○浅尾慶一郎君 秩序の中身については立ち入らないという、確認ですけれども。
○国務大臣(伊吹文明君) そうそう。
○浅尾慶一郎君 そういうことですね。分かりました。秩序の中身については立ち入らないということで、その文言だけが入っているということだというふうに理解いたしました。 九条の「自己の崇高な使命」というのは、旧法、今の現の法律の「自己の使命」とどこがどう違うんですかね。
○国務大臣(伊吹文明君) 崇高の方が立派なんじゃないでしょうか。立派なお仕事をしていただいている先生方には、単に使命というよりも崇高なという方が私はいいと思います。 ただ、多分重荷に感ずる人も出てくるよという御質問をされるのかも分かりませんが、やはりこういうものを入れておくからこそ人確法だとか何かをこちらも主張する、その基盤ができるということですよ。
○浅尾慶一郎君 次に、その第九条の同じく、「絶えず研究と修養に励み、」と書いてあるんですが、現行制度で行われている研究、修養の水準を上回る内容になるのか、現行制度とここは変わらないのか、その点を伺いたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) これは、その時々のやはり社会情勢、国民の教育に対する判断、判断というか評価、そういうことを考えて行政上決めていくということになろうと思いますし、現在の水準で十分であるということであれば現在の水準どおりになるでしょうし、それ以上の場合も以下の場合も当然起こってくるんじゃないでしょうか。
○浅尾慶一郎君 じゃ、同じく九条の第二項の「前項の教員については、その使命と職責の重要性にかんがみ、その身分は尊重され、待遇の適正が期せられるとともに、」の後に、「養成と研修の充実が図られなければならない。」ということになっておりますが、これは今以上に研修、養成のプログラムが増やされるということでいいですか。
○国務大臣(伊吹文明君) 例えば、養成という面からすれば、これは民主党の皆さんも非常に熱心にバックアップをしていただいている例えば教職大学院をつくるとか、そういうことは当然起こってくるでしょうし、あるいは、今初任研修、十年研修というのが行われていますけれども、それをどういう形で研修を行っていくか、内容を深めていくか、いろんなことがあると思います。免許制の問題もございますね。 これは、中教審は中教審の意見を言い、再生会議は再生会議でいろいろな意見を言っておられますが、最終的には、ここを動かすときは、私が判断して、国会の、これは法律事項ですから、御審議をいただかなければならないとか、いろいろやらねばならないことがあると思います。
○浅尾慶一郎君 少し時間の関係で質問を飛ばさせていただきたいと思いますが、第十六条の、先ほどの議論とも絡みますけれども、国と地方公共団体との適切な役割分担ということが十六条で定められておりますけれども、これは現行制度と変わるのか変わらないのかということ、そして、変わるとすれば教育委員会や学校長の権限がどう変わるかをまとめてお答えいただけますか。
○国務大臣(伊吹文明君) これは、正にこの教育基本法に書いておりますことは、教育行政は国と地方自治体で分担して行うという原則論を書いておりまして、民主党案は、普通教育の責任は国にあると書いておられるんだけれども、自治体の長に今教育委員会の果たしている役割を譲るという案になっていますから、これでも結局我々の考えているのと同じことになる可能性もあるわけです。国にあることをどう担保をしながら法制的に地方自治体の長に任せていくかということでありますから、ここは我々は分担をしてやるんだということを書いているわけで、今回の未履修の問題、いじめの問題等を見て私は私なりの実は考えがありますが、広く御意見を伺って、今先生がおっしゃったことは、学校教育法や、あれは何というんですか、地方教育行政の組織及び運営に関する法律、こういうものの改正を国会の御審議にゆだねることによって決めていきたいと思っております。
○浅尾慶一郎君 現行と比べて変えていこうという意思はあるということですか、現行制度と。
○国務大臣(伊吹文明君) 私は今行政権を持っている責任者でございますので軽々な発言はちょっと差し控えたいと思うんですが、現在のままでは、教育委員会の在り方を変えるということと、同時に、国と教育委員会との関係をどうするのかということは、現在のままでは、今日、民主党の中井筆頭理事が衆議院でも御質問になっていたように、私も全く同意見だということを申し上げたんですが、現在のままではちょっとやっぱりいろいろ難しい問題があるんじゃないかなという感じは持っております。
○浅尾慶一郎君 民主党案の提案者も来ておりますので、民主党案の中でのその国、地方の役割分担についてちょっとお答えいただければと思います。
○鈴木寛君 お答えを申し上げます。 今、大臣も個人的というお立場ではございましたが、民主党は明白に地方教育行政法については変えるべきだということを考えておりまして、正に地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案をもう既に今提出をさせていただいているところでございますが、基本的には、やっぱり学校現場における問題発見、そしてそれに対する解決、これが非常にスムーズにいくようなガバナンスをつくっていきたいと、こういうことでございます。 しかしながら、これは国、これは地方、これは現場と、こういうことをこれからきちっと腑分けをしていくわけでありますけれども、どうしてもポテンヒットといいますか、どこにもはまらない話というのはこれは出てまいります。今回の夕張のような事件もそうでありますし、いじめのような問題、ここまで急速に蔓延をしていく、群発をしていくというのは大変な非常事態だと思いますが、こうしたときには国がそうした漏れないようにきちっとあらゆる問題を最終的には担当をしていくと。こういう制度設計で新しい学校教育制度をつくり上げていきたいと、こういうふうに考えているところでございます。
○浅尾慶一郎君 十六条二項の確認でありますが、ここに教育水準というのがまた出てきまして、先ほどは水準でありましたが、今度は教育水準ということですが、ここでも学力というのは結果であって、その前提として教員の質等々、数とかという理解でよろしいですか。
○国務大臣(伊吹文明君) 基本的には先生の御理解で結構だと思います。文部科学省としても、全国学力調査をやり、そしてアンバランスがある場合にどうするかとか、そういうことは考えながら対応していきたいと思います。
○浅尾慶一郎君 ということは、教育水準の維持向上という中には学力の維持向上も含まれるということですか、全国的に。
○国務大臣(伊吹文明君) 学力の維持向上になるように先ほど申し上げた諸条件を整備していくということです。
○浅尾慶一郎君 それでは、時間の関係で、前回この委員会で質問させていただいたことと重なるところを少し質問をさせていただきたいと思いますが、前回の御答弁の中に幾つか私の方でも確認したいことがありまして、まず第二条二項に関して、大臣はニートが増えないように教育するというふうにたしか御答弁いただいたわけですが、どういうふうに具体的にニートが増えないように教育していくのか。そのときには指導要領はどういうふうにするのか。お答えいただきたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) もちろん、指導要領をどうするかというのは、これは教育というのは多様な価値観の対象ですから私の独断で決めるわけにはいきませんので、中教審その他の御意見も伺いながら決めていきますので予断を与えてはいけませんが、結局、望ましい勤労観ですね、それから職業観、それから主体的に自分の進路を決められる能力、態度、それからさっきの先生とのやり取りの中であった自律性、こういうものを養って本人の修学意識を高めていくとか、そういう学校教育をやると。そのための学習指導要領を作っていくと。それが結果的にニートが増えないような教育につながっていくと。一〇〇%そうはなりませんよ、先ほど来お互いに議論しているように。だけれども、その目的に向かって努力をするということです。
○浅尾慶一郎君 次に、我が国を愛する態度というのがこの第二条五項に出ておりますが、まずこの態度というのは、当然のことだと思いますが、上辺の態度ということではなくて心の中もそう思っていると、たしか以前にもそういう答弁をいただいていると思いますが、心からの態度という理解でよろしいかどうか、伺いたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) これは、心にもないことを言うという言葉もありますし、すぐに気持ちが態度に出るという言葉もありますから、この態度と心というのは非常に難しいことだと思いますが、そういう態度を養うことによって結果的にそういう心を持ってもらえばいいわけであって、その心の質がどういうものであるかということは、これは小泉総理以来ずっと答弁をしているように、だれも判断できないことなんですね。 ですから、あくまでそういう気持ちを持つというその気持ちに、これならいい、これなら悪いという気持ちはありませんから、そういう気持ちを持ってもらうような素地、基盤をつくっていくということだと思います。
○浅尾慶一郎君 先日ここの委員会で議論さしていただいたときには、我が国を愛する態度という中で、真に我が国を愛しているがゆえに、例えば合法的なデモに参加する場合はどうだろうか、国会の周りでやっている障害者自立支援法のデモに参加するのはどうかということについて伺ったところ、大臣としては、それはその態度ではないというふうに思うというようなお答えだったと思います。翻って、ガンジーのインドの非暴力であれば、それはそういう態度だったということなんですが。 今、正にお話があったことで、心の中は分からないわけなんだと思うんですね。心の中で本当に国を思って、そして障害者の方がかわいそうだと思って、その考えで自立支援法に反対するというのは、やはりある種我が国を愛する態度に含まれるというふうにした方が、何というんですか、心の中の判断につながらないんではないかなと。つまり、合法的なものであればすべてそういう解釈をした方がいいんではないかなというふうに思いますが、確認ですけれども、大臣はそういう考えにならないかどうか、伺いたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) まず法治国家ですから、法律で許可をされて、法律、条例で許可をされてそして現に動いているものという前提でお答えをしますと、やはり国というものとの結び付きが個々の、例えば今のデモとの関係で、非常に希薄なものと近いものとある。だから、先生のこの前の例でいえば、ガンジーのときには、ああ、そういう意図でおっしゃっているんなら分かったということを私申し上げたんであって、これはその人がどう思っているかということよりも、そのデモの対象が国というものとの結び付きで全く関係がないかどうかというのも、これもまた判断が難しくなるわけですが、やはりそこは濃淡があるんじゃないでしょうか。
○浅尾慶一郎君 時間になりましたんで終えたいと思いますが、私の考えを最後に申し上げさせていただきたいと思いますけれども、まず大前提は法律にのっとった形での意思表示という上で、あるときにはその意思がもしかしたら世論の中で過半数でないかもしれない。しかし、政権が替わればそれは過半数になるということもあり得る。ですから、障害者自立支援法について言えば、政権が替わった瞬間にこれが我が国を愛する態度になるというのはちょっとおかしい話になってしまうんではないかなというふうに思うもんですから、だから態度にはそれは、そこを評価するということ自体がおかしいんではないかなということを申し上げたいんですが、もし何かあれば御答弁いただきたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 政権が替わったからどうというんではなくて、やはりデモに来ている人たちの心が変わるかどうかという問題だと思いますよ。何も自由民主党と公明党の政府だから、あれは愛国のデモじゃないとか愛国のデモだとか判断するということは私は一度も申し上げていないんですよ。私が申し上げているのは……(発言する者あり)さっき申し上げているのは、障害者自立支援法と日本という国を愛するということの結び付きでデモをしておられるのか、それとも自分たちの今までの障害者としてのサービスを受ける度合いが少なくなるからデモをしておられるのかという、その各々の濃淡によって違ってくるんではないですかと申し上げているんで、今不規則発言がありましたが、不規則発言のようなお考えがあっても、だから心の問題だからいいんですよ。だから、他人に対して不規則発言をすることも自由だし、そうじゃない、私の意見を主張させていただいて、不規則発言を浴びる権利も私にはあるということですよ。
○浅尾慶一郎君 終わります。
○岡崎トミ子君 お疲れさまでございます。続きまして、民主党・新緑風会の岡崎トミ子でございます。 現在、ニューヨークの国連本部で総会が行われておりまして、本日中に、今日、国連の障害者の権利条約が採択されるという大変に画期的な日でありますし、私も感慨深いものがございます。 おととしですね、私も参加をさせていただきましたが、そのときに、外務省の角参事官、そのわきに東弁護士、DPIの金さんというふうに横に並ばれて、国連の歴史始まって以来のNGOの参加ということでございました。そのときに、角さんが発言をされるときに必ず左右に御意見を伺って、そして発言をされるということに私、大変感激をいたしまして、戻ってきましてから内閣委員会でその評価を外務省にも伺いましたところ、NGOの方々から当事者としての経緯に裏打ちされた専門的な知見も得ながら、この条約交渉に積極的に取り組んだと。こうした我が国の取組が実は各国から評価をいただいているというふうに自覚していると。今後とも、NGOの緊密な協力関係を生かして条約交渉に当たっていきたいということでしたが、そういう経過を経て、今日、採択されるということでございます。 この記念すべき日に教育基本法の審議に参加をさせていただいたということでございます。ノーマライゼーションを目指して、もう一日も早く障害のある人ない人にかかわらず、ともに生きることのできる社会を目指していきたい、そう願って質問をしてまいりたいと思います。 今回の教育基本法の提案理由のところで、安倍総理大臣が触れられたことが大変気になったことがございました。それは、我が党の小沢代表の質問に答えてお話をされたものだったわけなんですけれども、小沢代表は、政府案を成立させるとどこにどういうふうにそれがなっていくのかという質問でありまして、二つ答えがありまして、一つは、政府の改正案におきまして、自らを律することの重要性について書いたと。また、だれかをいじめたいというよこしまな気持ちを抑えなければいけない、あるいは道徳心についても、これは教えていくという必要が書いてあるんですよと。それから、家庭が、お父さん、お母さんあるいは保護者が教育において一義的な責任を負っていると、子供たちに対して調和の取れた生育を目指してその責任を果たしていくべきだという、こういう趣旨などを答えたほかに、もう一つ、これはどうしても言いたかったんでしょうね、こんなことでいいのかなってちょっと思ってしまったんですけれども、海水浴に行った子供が平気で空き缶を捨てる、その子に対してこれは注意をするわけなんでありますが、しかし、その規範を身に付けさせる必要があるんだと。基本法の改正案の中には公共の精神を培っていく、あるいは社会に参画する、そして道徳や自律の精神、そうしたものが子供たちにしっかり教えていかなければならない、その必要があるんだろうと。それが現在の、現行の教育基本法には欠けているということで、私は、ちょっとこの話を聞いて、ええっ、これ一応、法律を変えなくてもそんなことについてはできるんじゃないかなと。二つの大きな答弁の形がこれでございまして、大変気になった発言でございました。 子供たちは大人社会の環境から大変な影響を受けます。家庭、学校、社会、そしてメディアなど、いろんなものを通して価値観が形成されていくものだというふうに思いますが、いじめを始めといたしまして、学校を取り巻く昨今の状況を考えますと、我が国の目指すべき姿、あるいは大人社会のかくあるべき姿というものが見えなくなってきているというふうに思います。これは、基本法の改正をしたからといってなかなか実現できるものではない、なかなか難しいものではないかというふうに思っているところですが、我が国の目指すべき姿、共生社会ということで大変にすばらしい提言をしておられます。 その担当者でもいらっしゃいます高市大臣に、共生社会について、日本のかくあるべき姿ということの提唱についてお伺いしておきたいと思います。
○国務大臣(高市早苗君) 内閣府では、先生十分御承知の共生社会形成促進のための政策研究会において、我が国の目指すべき社会像についても有識者の方々に御議論いただきまして、ここで共生社会について五つの視点というものが書かれてあります。この共生社会というのは論者によってとらえ方が様々ですから一律に定義付けるのではなくて、五つの視点ということで、例えばですけれども、「異質で多様な他者を、互いに理解し、認め合い、受け入れる」など、五つの視点というものを御提案いただきました。 それからまた、障害者基本計画におきましても、「二十一世紀に我が国が目指すべき社会は、障害の有無にかかわらず、国民誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合う共生社会とする必要がある。」としております。 ともに生きる、その名のとおりだと思うんですけれども、この二つの書きぶりから、違い、その違いというものにかかわらず、ともに生きることができる社会という形で私はとらえております。
○岡崎トミ子君 大変にこの平成十七年六月に出されました共生社会形成促進のための政策研究会、「「共に生きる新たな結び合い」の提唱」ということで、これからも私はこれは大事にしていきたいというふうに思っているところでございます。 文部科学省、こちらの方は、この法律ではこの理念がどこに位置付けられておりますでしょうか、反映されているか、お伺いしたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 私もボランティアとして障害者団体連合会の会長を十数年やっておりますので、障害者の特に人たちの持っている気持ちというのは、正に車座になって話したりしますのである程度分かっているつもりなんですが、同時に、この現実の社会の中で理想の旗を掲げながらどういうふうに現実を忘れずに進んでいけるかというところにやはり政治の難しさがあるわけです。理想を語らなければ政治をやっている値打ちはありません。しかし、現実を忘れては政治はできません。そのバランスだと思いますね。 ですから、この法案について言えば、まず、男女の平等ということが書いてあるわけですね、異質のもの、自他の敬愛や協力、公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画する、二条三号。生涯学習の理念、教育の機会均等、こういうものがやっぱり共生社会を形成していく大切な概念の基礎になっていくものだと思います。
○岡崎トミ子君 国連の障害者年、この十年を通しましても、二十五年前に始まったことでありますけれども、それでもこの国では完全参加と平等ということが実現されておりませんで、障害を持つ人たちが大変厳しい状況で生きてきている、その光が当たっていない、それが現実でございます。 今おっしゃったことはそうですけれども、今、障害のあるなしにかかわらず、障害差別を受けることなく生きていくということのその理念、今、高市大臣がおっしゃったようなことが、正に国連でも障害者の権利条約が採択され、日本もこれを批准していくだろうという、そして今正に教育基本法が改正になるというこのときに、理想を語って、そして今現実で変えることができるときに障害者の問題について共生社会を、これが本当に理想の社会だというふうに思いますけれども、そういうことがすぐに分かるという項目がなかったなと。 今おっしゃったいろいろ羅列をされましたことは、それが基本になっていくということが分かりますけれども、実は二本のただいまの共生社会のビジョンの中にははっきりと、年齢、障害の有無、性別の属性に排除や差別をしない、支え、支えられながら、すべての人が様々な形で参加、貢献するとか、あるいは様々な接触機会が豊富に見られる社会とか具体的に語っていて、共生社会を目指していると。殊に、障害者のための施策の様々な政策分野をこれが貫いていくんだということについて触れてあったものですから、本当にどこにこの理念が位置付けられ、反映されているのかというのをただいまの御答弁では余りはっきりしなかったなという思いを私いたしておりますが。 日本の社会に暮らし、また日本の社会を形成していく私たちがこの共生社会の意味を理解し、進んでいけば様々な問題は解決していくだろうというふうに思いますが、学校における少数弱者への対応と制度が共生社会への筋道という、道筋というものを決めていくのではないかと思います。大人社会が光の当たらない子供へどのようなまなざしを向けていくのか、どう接するかが重要だと思いますが、まず、不登校の対策について伺いたいと思います。 一年で三十日以上の欠席をした子供ということでありますけれども、全国に十二万人以上ですね、率にして一・一%、百人に一人の割合ということで生じておりまして、八年連続十二万人をずっと続けているという状況なわけですね。この子供たちには光が当たっておりません。少なくなったというお話もございますが、中学校は横ばい、小学校は〇・〇〇一減ったということですけれども、子供の数も減っているという現状だと思います。 我が民主党の教育基本法では、第三条で、子供の尊厳を大切にする教育、何人も、その発達の段階及びそれぞれの状況に応じて、適切かつ最善な教育の機会及び環境を享受する権利を有すると。最善な教育をうたっているわけですが、政府案にはその考え方はどこに徹底されているでしょうか。第四条ではその点が明確になっていないと思いますけれども、いかがですか。
○国務大臣(伊吹文明君) 第四条はもちろんのことですが、この日本国教育基本法十三条、先生の方の党の提出された、それと四条の、我が方の四条の二項ですね、それから四条は、先生の御判断ではこれは反映されていないと、そういう御解釈はそれはあると思います。我々は、しかし、この理念法を受けて、今おっしゃったようなことを各法で担保をしていくという立法形式を取っているということです。
○岡崎トミ子君 各法といいますと、具体的に。
○国務大臣(伊吹文明君) それは例えば学校教育法とかですね。これはあくまで、御承知のように、教育でいえばこれは教育の憲法的なものですからすべてのことを書き込んでいるわけじゃないんですよ、基本的な理念法として基本原則を書いているわけですから。あと三十数本の法律があるわけです、これの下位法として。その三十二本の法律を各法と私は申し上げているわけです。
○岡崎トミ子君 現在それらにすべて光が当たっていないということを後に申し上げたいと思いますが、この不登校の児童生徒についてはどのように認識をし、対策を取っているんでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 今申し上げた教育基本法四条というのは教育の機会の均等ということをきちっと書いているわけですから、不登校の児童の学ぶ権利というものも当然この条文で保障をされている。ただし、ただしですね、その保障を具体的にどのように実現していくかということになりますと、これは打ち出の小づちがあるわけじゃありませんから、国民の血税ですべて教育は賄われているわけですから、納税者の、納税の、何というんでしょうか、負担とのバランスでやっぱり考えていかざるを得ない面があると。 だから、先ほど先生がおっしゃった障害者権利条約、今正に国連で、これの案も読んでみると、何が書いてあるかというと、すべての教育段階において障害のある子供の教育をインクルーシブな制度の下で実施すること、個々の障害者が必要とする合理的な配慮を講ずること等について盛り込んでおり、これらの漸進的な実現を求めるという項がやっぱり付いているんですよ。 だから、私がさっき申し上げたように、私はむしろ積極論なんですよ、私自身は。だけれども、理想だけでは現実の政治はできませんから、納税者の理解を得ながら、できる範囲で一歩一歩と進んでいきたいということを申し上げているわけです。
○岡崎トミ子君 完全参加と平等をうたってから二十五年たっているんですよ。こんなに長くたって、その間に障害者基本法も作った、自立を阻害する障害者自立支援法も作った。まあ、いろいろ作ってはいるんですけれども、それらがうまく回っていないんです。 じゃ、適応指導教室やフリースクールの全国の設置状況はどの程度か、全国の市町村は大体何割ぐらいそれがありますか。
○政府参考人(銭谷眞美君) まず、適応指導教室、教育支援センターとも呼ばれておりますけれども、この数でございますけれども、現在、全国で千百六十一か所設置をされております。これは教育委員会が設置をするわけでございますが、全国の市町村の数が約千八百でございますので、まあ全部の市町村ではないという状況でございます。 それから、いわゆるフリースクール等の、その民間の施設で不登校の子供が相談、指導を受けている例があるわけでございますが、その数については、施設の数については網羅的な調査はないわけでございますが、平成十五年度において不登校児童生徒の在籍校で出席扱いの実績があるいわゆる民間の施設、フリースクール等の数は二百四施設ということになっております。
○岡崎トミ子君 つまり、全市の市町村にないとなれば、住んでいる町によって学ぶ環境があるかないかということが変わってしまうということだと思いますが、もう光の当たらない子にもそれはまたそこの面でも差があるんですね。で、もっと目が行き届かない子供がいるということは、教育を受ける権利というのが保障されていないという現実がこの不登校の子供にはございます。 で、先ほどの御答弁ではなかったんですけれども、第四条では学校に来た子供だけを対象にしているのではないということでよろしいでしょうか。よろしいですね。──はい、確認をいたしました。 で、実態は、適応指導教室、フリースクール、これは研究事業として行っているわけですけれども、予算を投入しているだけという声が聞こえてまいります。どの子供にも学ぶ機会を与えるという姿勢が必要なわけですけれども、市町村、全国に、少なくとも一か所は設置する支援、これをしていくべきではないかと思いますけれども、いかがですか。
○国務大臣(伊吹文明君) 先ほど政府参考人が申し上げましたように、全国の市町村の数は千八百ですね。そのうち千百六十一に設置されている。これはもうどんどん増やしていけば、それはいいに決まっておりますよ、それは。 で、これは今のところ、この制度の仕組みをよく御存じだと思いますが、これはその地方の教育委員会がやる事業なんですよ。国は補助金は出しておりません、今のところ、残念ながら。そして、地方自治事務になっておるわけですよね。ですから、その辺りの抜本的な法律をすべて変えて、そして増税か何かを国民が引き受けてくだすって、あるいはどこかの公共サービスを落として、その財源をこちらへ振り向けるという決定をすれば国でできます。 だから、先生のおっしゃっている方向へできるだけやっていただけるように我々は地方自治体にお話をしお願いをするという今立場なんです、財源を我々が配分しているわけじゃありませんのでね。そこの仕組みもよく御理解をいただきたいと思います。
○岡崎トミ子君 税源移譲がしっかりとされていなくて、やろうと思ってもお金がないというのが地方自治体の声なんですよ。そこが重要なんですよ。 宮城県の場合には、去年、宮城県障害児教育将来構想ということで打ち出されておりまして、ここでは同じ地域社会の中で生活すること、そこでは様々な人々とかかわること、ともに学び活動するという経験を通して、社会は障害のある人も含めて多様な人々から構成されていくことを学んでいく、そのことが大変必要だと。可能な限り障害のある子供と障害のない子供と同じ地域の小中学校でともに学ぶこと、これが人間形成の上で大変に大事であるということを言っておりまして、で、これをやろうと思ってもやれない市町村、お金がなくてできない、優先順位というのはそれぞれあろうかと思いますけれども、十分にお金が回っていないということを、これは是非とも自治体の声として言っていただきたいということでございましたので、まずそのことは申し上げておきたいというふうに思います。 さきの百六十四国会では、教育基本法、学校教育法の改正が審議されました。その中でも、衆参ともインクルーシブな教育について盛んに議論され、大臣はそれを理想というふうにおっしゃっているわけなんですけれども、今申し上げました宮城県で統合教育は十九校ですね、二十三人の子供たち、大変少ないんですけれども、統合教育で学んでいる。それは自治体でお金を出している。そして、補助教員、介助員、そういう人たちも付けている。看護師ですね、医療的な配慮も必要だということで、そういうこともやっているわけなんですけれども、もう少し本当に税源移譲、そういうものがあればいいなと。これはやっぱり国の方で考えるべき点だというふうに思っていまして、やろうと思えばできるのではないかなというふうに思っております。 そこで、第四条第二項、最初にこれを読んだときには、障害のある子供たちだけが別に規定したものかなというふうに思ったわけなんですけれども、審議の過程では必ずしもその解釈ではない、変わってきているというふうに感じておりますが、改めてこの二項を特別に限定した意味ですね、目指すはインクルージョンというふうに、大臣は位置付けはしっかりとおっしゃっておられますけれども、それでよろしゅうございますか。
○国務大臣(伊吹文明君) 先生、まずそのことにお答えする前に、そもそも論を少し、地方財政、国の財政のことを少しお話ししておかないといけないと思いますが、もしも地方に税源を譲らずに、その代わり国に補助金を残しておけば、国に入ってきた税金で不足をしているところの自治体の補助ができるんですよ。ところが、地方分権という大きな言葉の中で、民主党さんもそういう御意見が非常に強いわけですけれども、税源を移譲しているわけですよ。そして、補助金もその代わり地方へ渡しちゃったと。 そうすると、税源を移譲するとどういうことが起こるかというと、税目をもらっているわけですから、経済活動が非常に濶達なところには税収が上がってくるわけですよ。必要以上にという言葉はいけないかも分かりませんが、十分に税収が上がる。ところが、そうじゃない自治体は、税目はもらったけれども税収は非常に少ないという自治体が出てくるわけです。 ですから、税源移譲をやったら物が解決するということでは私はこれは基本的にはないんだと思いますね。やはり、こういうことについて先生がおっしゃっているような御意見が地方自治体で非常に強いんであれば、その地方自治体の意思決定は強い御意見によって左右されるというのが地方自治の本来の姿なんじゃないでしょうか。それが一つ。 それから、後の御質問のインクルージョンというのは、私も、前の大臣ですね、理想だということを、前の大臣の答弁を私調べてみましたが、目指すものはインクルーシブということを言っておりますね、議事録を読んでみると。私もそのとおりだろうと思います。 だから、今前段でるる申し上げたような財源構成その他のことも少し考えながら、現実を忘れずにやっぱり進んでいくという努力は私はさせていただきます。
○岡崎トミ子君 その予算のことについて後ほどお伺いしようと思ったんですが、今そういうふうに強くおっしゃいましたので予算のことについて触れたいと思うんですけれども、今国会の答弁でもインクルーシブ教育の方向へ確認されて、財政上の困難があるというふうに今大臣もおっしゃっていらっしゃって、もしインクルージョンの方向性に進んだ場合、どのぐらいの予算が必要と想定しているのか。その場合、一人当たり幾ら掛かると予想されているのかをお聞きしたいのと、昨年、今年、来年度と養護学校への予算は毎年増えております。養護学校への就学者を増やして、予算配分も増えております。養護学校の予算なら増やす、でも小中学校に行くのは増やせないというふうになるのはおかしいと思いますので、このインクルージョン教育ということに関しまして、取り組む文部省の決意も含めて、その点についてまずお答えいただきたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) インクルージョンの教育をすればどの程度のお金が掛かるかというのは、これは申し訳ないですが、私は的確なお答えができる資料を持っておりません。 それは、養護学校をつくるという、養護学校というか、例えば盲聾等の養護学校は、先生おっしゃるとおり、一人当たりの学校教育費というのは九百万円ぐらい掛かっているんですよ。ところが、小学校じゃ大体九十万円ですよね、一般の。そして、中学校じゃ約百万円。だから、これをそれじゃインクルージョンにしちゃえば九十万円や百万円で済むかというと、それはそうじゃないんですよね、やはり。ハンディキャップのある人とそうじゃない人とを共生させながら授業をしていくわけですから。そのための費用がどれぐらい掛かって人員がどの程度掛かるかというのは、率直なところ非常に推計が難しい。それから、障害の程度によってこれすべて違ってまいりますから、だから一概には私はその点は言えないと思いますが、私はしかし、先生の御意見に反対しているんじゃないんですよ。私は同じような気持ちを持って努力はしたいということを申し上げているわけです。
○岡崎トミ子君 私の認識では、今おっしゃった一人当たりのコストは、盲・聾・養護学校に通う生徒におよそ年間九百万掛けて、そしてこれに対して、通常学級に通う障害児に対しては年間一人九十万ですか百万辺り、そのぐらいというふうに言われているわけですね。仮に今後、特別支援という形で介助やあるいは補助教員を配置したとしても、プラス年間数百万円というふうに思います。しかも、インクルーシブ教育の実現で共生社会の第一歩になるし、障害児を分けていればいくほどお金が掛かるというのが現状なんですよ。 そう、そうなんです。だって、九百万掛けて、こっち百万ですよ。まあ、それは単純にはそうはいかないというのは私も分かります。でも、今掛けているのがそうで、この子供たちが増えていけば増えていくほど費用はかさむというのは現実の問題だというふうに思います。 そして、手厚く世話を受けた障害児はうちに帰ると近所の友達や大人たちとの接点が少ない。そして、就労ということになりますと、手厚く世話を受けた障害児はうちに帰る、あるいは受皿がないから、デイケアセンターやあるいは就労施設を造らなければいけない。それでまた支援費を増大させるというようなことの、今ずっとそういうことが行われてきて、多分、大臣の頭の中にはいろんな学校教育法施行令、これから権利条約が採択されると、批准されると変わっていくだろうと思いますけれども、私は変わっていってほしいと思いますけれども、今のところでいくとそういうような循環が繰り返されていて膨大にお金が掛かるとおっしゃるんですけれども、統合教育、共生の社会を目指す、そういうものをつくっていけば私は障害児のお金の掛け方というのはもっと違ってくるんじゃないかなというふうに考えているものですから申し上げておきたいと思いますが。 自治体でも、埼玉県では予算を付けてしっかりと、障害のある子供のための補助教員の配置への予算措置ということで、全会一致で環境整備を求める意見書を採択して、やっております。一般会計から補助教員や介助員の経費を捻出しているというのが実態なわけですが。 総務大臣にもおいでいただきました。環境整備のための予算は法案の趣旨からいえば交付税措置にすべきではないかと思いますけれども、この点はいかがですか。今、現実としてそれが必要という意味でお願いしたいと思います。
○国務大臣(菅義偉君) 先般の学校教育法の改正によって、いわゆるLD、ADHDなども含めて、障害のある児童生徒等に対しては適切な教育を行う、このことが明確になっております。この改正が来年の四月から施行されることを踏まえまして、小中学校におけるこの介助職員の配置に要する経費については平成十九年度から地方交付税で措置をしていきたい、こう考えております。
○岡崎トミ子君 是非、交付税ということに関してしっかりと取組をお願いしたいというふうに、重ねてお願いをしておきたいと思います。 ところで、ちょっと今日そちらの方にお知らせをした順序と違っているんですけれども、パブリックコメント、学校教育法施行令の改正について十二月五日まで募集されました。内容が大ざっぱで分かりにくいという意見が多く寄せられたわけなんですが、しかもさきの百六十四国会の議論よりも後退した感がございます。 保護者の意見聴取の義務付けということについてお聞きしたいと思いますが、ここでは、十八条の二ですね。専門的知識を有する者の意見聴取というところでございますが、市町村の教育委員会は、認定就学者としての小学校に就学させるべき者又は盲・聾・養護学校の小学校に就学させるべき者について入学の通知をしようとするときは、教育学、医学、心理学、そのほか心身の故障のある児童生徒等の就学に関する専門的知識を有する者の意見を聴くものとすると。この条文がいろいろ問題がありまして、障害児を分ける、さらには心身の故障という差別的表現、文科省の時代から指摘してずっと直らなかったわけですけれども、二〇〇四年五月内閣委員会、障害者基本法改正審議の際に、この余りにも差別的な表現ということでただしまして、それから二年半、やっと変わったという思いがございますけれども、しかし、附帯決議にもあったともに学ぶ教育というのは進んでおりません。 そこで、保護者の意見の聴取のこの義務付けを新たに規定するということが今回文科省の方からも提示されたわけなんですけれども、保護者の意見はただ聴いただけということでは何も前進しない、進展しないと思います。この保護者の意見はどういうふうに扱われるんでしょうか。保護者の希望というものは受け入れられるんだというふうに解釈してよろしいでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 今先生が御指摘になったようなことはございますので、政令の改正作業は現在進めております。したがって、当然保護者の意見は十分聴かなければならないということになります。 その意見に、いろいろやっぱり現実に制約がありますから、できる限り、やはり特別支援学校と一般の小学校それぞれの教育内容の特色や整備状況に自治体によって違いがあるでしょうから、そういうことも御説明をして、そして御理解を得ながら、最終的にはその市町村の教育委員会が学校を決めていくという運びになると思います。 ですから、まあ普通の答弁ならここで終わってしまえばいいわけですが、やはり、何というんでしょうか、誠実にお答えした方がいいと思いますから。例えば、先ほど先生が一緒にした方がはるかに安く付くよとおっしゃるけれども、そのときのその障害のある方というのはどういう方を念頭に置いておられるのか。例えば、障害の度合いもみんな違います。それから、障害の起こっている場所もみんな違います。それから、知的発達障害の方も障害者ですね。精神障害の方も障害者です。こういう方々をインクルーシブな教育をした場合に、どの程度の人手が要って、どの程度のこの教育のカリキュラムの内容が変わってくるのかというのは、みんな違ってくるはずなんですね。ですから、一概に私は一緒に、インクルーシブにした方がうんと安く付くよということには私はならないんじゃないかという危惧を持っているわけです。 ですから、障害の度合いによってはインクルーシブをどんどん進めた方がいい障害の方もおられます。そして、その方は多分先生が今、先ほどおっしゃったような非常にいい状態に行きますし、支援費も少なくて済む状態に行く方と、そうじゃない方とがやっぱりおられます。私が障害者団体の会長していても、いろんな障害者がおりますからね。だからその辺で、必ずしも一〇〇%その保護者の御意見と合わないことが出てくる可能性はあるということを付け加えておきたいと思います。
○岡崎トミ子君 保護者の意見がどう聴かれるのかという点についたら、今そういうお話になったんですが。 それでは、大臣、例えば言葉、コミュニケーションを取ることができない、寝たきりになっている、固形物を食べることができない、そして頭も首も据わらない、ぐらぐらしている、そういう子供は養護学校ではこれは駄目ですと、ノーと言われますが、そういう子供は統合教育としてどう思われますか。できるかどうか、ちょっとお答えいただきたいと思いますが。
○国務大臣(伊吹文明君) これは、日本国憲法とそれから今の教育基本法の四条がある限り、最大限の努力をするということでしょう。
○岡崎トミ子君 最大限の努力をするということは、統合教育が可能だということでございますね。
○国務大臣(伊吹文明君) インクルーシブ教育でやれるかどうかについては、最大限の努力の中へ入るかどうかは、私は何も申しておりません。
○岡崎トミ子君 それでは、私どもの宮城県では、この少女、伊勢知那子ちゃん、小学校四年生、このモデル教育ということでやろうとする前に、浅野前知事が保護者の声を聴いて、つまり囲ったところだけで、あるいは我が家で訪問教育となったときに、将来この子は友達とあるいは社会と何の接点もないということで訴えたら、この保護者の意見が通って、石巻市立湊小学校にこの四年間通っているわけですね。 子供の世界は大変すばらしいもので、大人は垣根をつくってしまったり、今の大臣のようなお考えで、全部考えていると大変なことになるということだけで、一歩本当に進めて、そうするとだれにはどんな対処をして、どのぐらいお金が掛かるのかということを本当にやっていただきたいと思いますけれども、その一歩はモデル的なそういう学校をつくって始めていくことだというふうに思いますが、可能になっているんですね。そして、この子は子供たちと一緒に、本当に子供の声を聞き分けることができる、この子は怒ることもある、笑うこともある、会話はできないけれども、そういうことを子供が受け取って、うちに帰ってから、知那子ちゃんはこうして笑った、こうして怒った、手を頭をなでたらうれしそうだった、嫌なときには体が硬直した、そういうことが現実よく分かって、とても教育上いいということを言っているわけですね。 ですから、養護学校ではじかれても可能になっているところがある。一生懸命やる。それは、国はそういうことについてもっと前向きに大臣には御答弁をしていただきたいなというふうに思うわけなんですけれども、毎国会ごとに、何か理想はインクルーシブな教育と、しかし現実をごらんなさいと。私、安く上がるという表現は全然使っておりませんので、それは訂正させていただきたいと思いますけれども、掛け方がもうちょっと違ってくるのではないかということを申し上げているわけでございますけれども、非常に、今まで議論をずっと積み重ねてきて、ただいまここに来て、私は後退しているというふうに思うんです。何のためにずっと議論をしてきたのか。 学校教育法の施行令、この問題で差別をしてきたということについて、これはべき論で言えば、こういうふうな養護学校に行くべき、盲学校に行くべき、聾学校に行くべきのべきを取ったわけですよね。今回、取ったわけでしょう。取ったらば、もっと前向きに保護者の意見も聴いていくという、尊重するというふうになればよろしいんじゃないですか。それは、どうしてそれができないんですか。今まで議論をして何年もそういうふうにやってきたことがここに来て暗礁に乗り上げてしまうというのは、私は本当に許されないことだというふうに思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 先生の理想と情熱はよく分かります。しかし、現実問題として、先生のおっしゃっていることは、まあ安く付くかどうかということは別として、すべての人を、すべての障害者に保護者の希望どおりした場合にどれだけの国民負担が要るかということをやはり算定をしないと、納税者にこたえられないんじゃないんですか。
○岡崎トミ子君 やってください。
○国務大臣(伊吹文明君) だから、それ、その作業をやっぱり十分やってみない状態で、今、先生の情熱と理想に私が相づちを打つということは、私は行政の責任者としては非常に難しいということを言っているんで、先生のお気持ちだとか理想だとかに何ら反対しているわけではありません。
○岡崎トミ子君 いえ、私はこの国会の中で今、見直しということで議論をするのであれば、障害者の権利条約のその採択というこの日に、大臣がもう少し今までと違う前向きの答弁がいただけたら本当にいいなという思いを強く持ったものですから、改めて権利条約の中でうたっていることについて頭を整理していただきたいと思いますが。 第二十四条が教育なんですが、障害のある者が障害を根拠として一般教育制度から排除されないこと、障害のある子供が障害を根拠として無償のかつ義務的な初等教育並び中等教育から排除されないこと、障害のある人が、自己の住む地域社会において、他の者との平等を基礎として、インクルーシブで質の高い無償の初等教育及び中等教育にアクセスすることができること、完全なインクルージョンという目標に即して、学業面の発達及び社会性の発達を最大にする環境において、効果的で個別化された支援措置が提供されることということで、私はこういうことが国連においては、約束していきましょうよということを世界の皆さんとで約束をした日本は、これを批准する方向になっている。 そうすると、この後で学校教育法施行令が改正されていくわけですから、この基本的な考え方の中においても、もう少し今までと違った答弁というのが私はあってしかるべきではないかと思いますので、再度、この点についてお伺いしておきたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 今先生がお読みになった四条の……
○岡崎トミ子君 二十四条。
○国務大臣(伊吹文明君) いやいや、権利条約の四条の一般責務の二項というところがございますね。ここには、締約国は、経済的、社会的及び文化的な権利に関し、国際法に従って即時に適用可能な本条約に示される義務を果たしつつ、これらの権利の完全な実現をプログレッシブリーに図る観点から、各国における利用可能な資源の限りにおいて、トゥー・ザ・マキシマム・オブ・イッツ・アベイラブル・リソーシスと書いてありますね。 だから、これをやはり考えながらやるということは、この条約も前提にしているんですよ。ですから、この条約が今日、国連で採択をされれば、御承知のように、来年の三月三十日ですか、以降、サインをすることは可能になりますから、今日、先生の御意見も含めて外務大臣にもよく話をして、そして国内法の整備をできる範囲でできるだけのことは私はしたいと思っております。
○岡崎トミ子君 文部科学省は各都道府県にこの権利条約に対して説明する紙を配っております。それを一字一句読みませんけれども、その中身は、これまでの議論の到達点、議論に加わった当事者やあるいは支援する皆さん、私たち国会議員の期待から比べて信じられないくらい後退した印象を与えるものになっているわけなんです。大事なことですので、中身を精査して改めて議論をしていきたいと思います。政府とNGOが一緒になって取り組んできたこれまでの何年間かが何だったのかということになりますので、そのことについては申し上げておきたいと思います。 最後に、前国会の多くの委員の意見をいただいて、私の知るところでは少なくとも五人以上の委員の方が取り上げているんですけれども、その中で、家庭の教育ですね、第十条、「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るように努める」ということでありますが、私はこの十条というのは法案の目玉だなというふうに思いました。 でも、これは、第一義的責任、法律に書き込んでしまいますと、親は本当に大変なんだなというふうに思いました。保護者がこの条文にのっとりまして、自立のためには地域でともに学ぶ教育を受けさせるべきというふうに考えて一生懸命努力をした、障害を持つ子供のためにこうあったらいいということで一生懸命努力をした。それには理由があるんですね。盲・聾・養護学校、特別支援教育ですよね、この卒業者の一%しか民間の就職先には就職できない。たった一%です。そういうデータがございますね。本当に子供のころから地域で暮らし学んでいるということでないとお客さんになっちゃうんですよ。ですから、本当はその子供たちがそうして学んでいれば、地域の商店街でありますとかあるいは小さな企業であるとか、こういう口があるよという、大人との交流も子供との交流も起きるので、そういう将来の仕事の面までいろんな配慮をされるということがあるだろうと思いますけれども、なかなかそれができにくい状況にある。それを大臣の方は、お金がないから、そういうことについて何回も答弁をされて、今回もそういう答弁をされてしまいましたけれども、親がどんなに愛情を掛けて子供に社会の中で自立させようというふうに頑張っても、これ、認められないというふうに言われたと同じ気持ちになるんじゃないかなというふうに思うんですね。 親が努力しても仕方がない、国の言うことを聞いていればいいんだということになりかねない、この法律の矛盾ですね、共生社会ということには逆行しているという、今日の質問をしてトータルにそういうような私は意見を持ちましたけれども、是非この子供のことについて、第一義的な責任というと多分、お父さん、お母さんというふうに答弁されているんですけれども、その親、殊に母親というところにその責任が行っていく可能性があります。そしてその中で、例えばいじめで大変悩んでいる子供もいる、親もいる。自殺に追い込まれた子供がいて親がいる、家族がいる。そういう中で大変に苦しんでいる、そういう人たちを第一義的というふうに言ってしまうと、落ち度とかなんとか含めて、条文にあるということによって本当に追いやってしまうのではないか、条文に書かないで幾らでもやれることがあったのではないか。私はここのところが大変心が痛んでおりますので、その点に関して、共生社会とは逆行しない、親たちを追い詰めるということではないということで御意見をお聞かせいただければ有り難いというふうに思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 先生、その前に、私はお金がないということを言っているわけじゃないんですよ。
○岡崎トミ子君 お金があるんですか。
○国務大臣(伊吹文明君) いやいや、お金があるということも言っているわけじゃないんですよ。 申し上げていることは、封建時代じゃないんですから、我々がお金を持っているわけじゃないんですよ、政府は。みんな納税者の血税をお預かりしているだけなんですよ。その使い方として、どこかに、先生の理想の方向にそのお金を投入するのであれば、ほかのところに投入するものを抑えていただかなければならないんですよ。あるいは、先生の理想をほかのところを動かさずにやろうとすれば、納税者にもう少し税金を払っていただかないとできないんですよ。そのことを申し上げているんであって、私は封建時代のお殿様のように、自分が金を持って、政府が自由に勝手なことをできるわけじゃなくて、今の時代は正にお殿様は主権者なんですよ。だから、主権者がその判断をしなければできないことですから、そのことを申し上げているわけです。 そして、ここの、今おっしゃった家庭教育の、我々が提案している十条ですね、これは何も先生が御心配になっているように親を追い詰めるというような条項ではございません。これは子供にかかわっていく一番最初の者は当然両親なんですから、そのことをここに書いているということです。ですから、本来親がやるべきこと、あるいはかつてはやることが可能であったことが、今やっぱり学校現場の先生に余りにも多く押し付けられているわけですから、そこのところは少し家庭も考えてもらいたいという意味にむしろ理解していただいたら結構だと思います。
○岡崎トミ子君 やはり、もう終わりですね。 学ぶ権利、そして最大限の努力、子供たちには最善の利益、障害のある子もない子も共生社会をつくっていくというために、教育の現場でこれからも最大限の努力をしていただきたいというふうに思っております。よろしくお願いします。 ありがとうございました。
○山根隆治君 私は、まず大臣に冒頭お伺いいたしたいのは、十一月の十七日に自殺問題に対応する、そのことの意味合いで大臣がアピールを出されたわけでありますけれども、大臣自身、政治家としての経歴を少し調べさせていただきますと、非常に気骨のある政治家だなと、そういう印象を私自身はございます。そういう大臣の人生観、そして死生観というものはどのようなものか、簡単にお尋ねします。
○国務大臣(伊吹文明君) 大変難しい御質問だと思いますが、命というのはやはり両親から授かったものであって、両親が授けてくれた命というのは悠久の歴史の中で綿々と続いてきているものですから、自分一人の判断で左右さるべきものではなくて、できるだけ大切に今を生きながら次の世代に命を渡していく義務が私にはあるなと思いますし、ですから、いずれ人間というのは長く、そんなに長くは生きておれないわけですから、それだけの生きている間に自分としてのこの地球社会での役割を果たすというのが私の死生観でございます。
○山根隆治君 アピール文は大臣自身がお書きになったんですか。
○国務大臣(伊吹文明君) 最初、役人が書いたのを持ってきましたが、子供に訴えるにしてはやや少しやっぱり硬いかなと思いまして、せっかく書いてくれたのに申し訳なかったんですが、私の筆で書きました。
○山根隆治君 反響はいかがでしたか。
○国務大臣(伊吹文明君) 今日そういう御質問があるということで調べてみましたが、私のホームページには約千ぐらいの賛成論、あるいはこういうことをやると連鎖的なことがかえって起こるからというような御注意、いろいろありましたし、文部省のホームページには約九千五百ほどの御意見が寄せられています。 それから、これは非常にうれしいことだったんですが、こういう手紙をたくさんの小さな子供が書いてきてくれまして、自分が独りぼっちじゃないんだということが分かったから、これから苦しんでいる人がいれば自分も積極的に助けたいということもありましたし、中には、こういうアピールなどを出すんじゃなくて、もっとほかにやることがあるんじゃないかというおしかりもございました。
○山根隆治君 アピール文を大臣は朗読の形式をもってマスコミ、テレビの前でお述べになりましたけれども、これは適当だと思いましたか。
○国務大臣(伊吹文明君) 私はできるだけ、この私からのお願いは学校の先生あるいは御父兄にお渡しをして、そしてお伝えしてもらうのがいいと思っておりましたが、文部科学省のクラブへ発表に行きましたら、ここのカメラの前で全国の人たちに一応それを自分の言葉で語ってくれないかという御要請がありましたので、その御要請に従ったということです。
○山根隆治君 私は、冒頭、大臣の人生観というか死生観をお尋ねをいたしました。そして、例えば自社連立政権のときも海部さんに投票されたりと、そういう気骨を持っている方の割にアピール文そのものも私はもっと心揺さぶる内容であってもらいたかったというふうに思いますし、そして、あれ朗読するということじゃなくて、御自身の私は、心の中から子供たちに訴えたい、そういう思いをもっとダイレクトにカメラの前で私はアピールすべきだったと思うんですね。 ですから、今大臣が反響があったということで、いろいろなお手紙等もお持ちですけれども、私は、大臣がもっと自分の心の中、そして御自身の幼少年期のいろいろな思い出、そうした経験、人生観、そういうものを頭の中で推敲し切ってアピールしたら、もっと私はすごい反響があったと思うんですね。私は非常に、テレビを見ておりまして、これは逆にもったいない、失敗だったなというふうに思えてならないんですね。 大臣自身、あのアピールに対しては後悔は今ないですか。
○国務大臣(伊吹文明君) まず、まずですね、一番最初に自殺予告の手紙が来たんですよ。そのときは私は何も書いたものを持っていなかったんです。しかし、テレビの前で直接話してくれないかと。私は原稿なしでそのときお話をしました。そのときもやっぱり賛否両論五百通ぐらいの返事が来ましたね。 今回、いろいろな御意見があります。先生のような御意見もあって当然だと思います。しかし、何かをやらなければ事態は改善しないわけですから、多分そういう御批判もあるだろうと、それはポジションにいるものは、結果論と言うと大変失礼ですが、何か事をやった場合には必ず賛否両論にさらされる立場だと思って私はあえてやったわけです。それは私のポジションデューティーでございます。
○山根隆治君 私は、直接このメッセージというものをお読みになっていたその姿を見ておりまして、やはりもったいないなというふうな思いが実はいたしました。やはり、ああした訴えというのは乾坤一てき、私は政治家としてのある種真剣勝負の瞬間だったなというふうに思うんですね。つまり、子供にとって、いじめで悩んでいる子供たち、そして自殺まで考えている子供たちに訴えるということを考えてみれば、私はもっと、大臣の心の中にある今日まで培ってこられた思いというものをもっとダイレクトに表現する必要があったんではないかと。そのことは非常に残念でございます。 しかし、これからまた何らかのいろいろなアピールされる機会があるいはあるかもしれません。是非そのときには自分の思いというものをもっとダイレクトに伝えられるような、そういうメッセージの発信を是非この点についてはお願いをいたしておきたいと思います。 さて、法文について、政府案についてまずお尋ねをさせていただきたいと思います。 第十五条の「宗教に関する寛容の態度、宗教に関する一般的な教養及び宗教の社会生活における地位は、教育上尊重されなければならない。」と、こういうことで記述がここはあるわけでありますけれども、この宗教に関する寛容の態度ということでありますけれども、日本には今、調べてみますと十八万二千六百四十一の最新の統計では宗教法人がある。その中には様々な実は宗教団体もあるんだろうと思うんです。 私も委員の派遣で三年ほど前に中東各国を訪問させていただきました。そして、イスラム教の指導者の方々ともお話を聞く機会がございました。どうもやっぱり欧米発の情報に、政治的なのか分かりませんけれども、イスラム原理主義というふうな言葉もございますけれども、しかしイスラムも含めて世界の五大宗教と言われるところの宗教の教義というのは、大体皆寛容な宗教だろうというふうに思いますね。 しかし、申し上げましたように、十八万幾つも宗教団体が日本の中にあれば、非常にその中にやはり排他的な宗教もあるわけですね。自分たちの教義あるいは宗教団体以外を全部否定すると、そういうふうな宗教もあるでしょうし、そして世界各国も、それは当然いろいろな原理主義というふうな言葉で非寛容のやっぱり宗教もあるんだろうと思うんですね。 その中で、ここに書いてある宗教に対する寛容の態度ということが尊重されなくてはいけないというのは、逆に読むと、それではそうした他教、他宗教を否定する、そういう宗教を否定するというふうな読み方になるんでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) いや、そうではないんじゃないでしょうか。あらゆる宗教に対して、宗教というのは心の中の問題ですから、自分がある宗教を信じているからといって自分以外の宗教に対して排他的な態度は取らないということを書いているわけです。 〔委員長退席、理事保坂三蔵君着席〕 ですから、何というんでしょうか、ある宗教が排他的な宗教だからその宗教を排除するという趣旨で書かれている条文ではございません、これは。
○山根隆治君 一つのある種の矛盾がそこで出てくると思うんですね。 というのは、例えば自由という問題についても、自由を否定する自由もあるということの考え方ありますね。そして、自由を思想的に否定するだけではなく、それは行動に表れて、国家を転覆のぎりぎりのところで自由を否定する政権ができそうなときに、それでも自由を認めるのかという古典的な論議がございます。そういう論議と対照させて考えた場合、この宗教の寛容性ということについて矛盾はありませんか。
○国務大臣(伊吹文明君) これは、例えばサリン事件で日本を騒がせたような集団、宗教集団は、国会の意思である法律によって非合法になっておりますね、今。 ですから、どの宗教が日本で認められるか認められないかというのは、その宗教的観点よりも、むしろ公益上、国民の安全とか安心とかという立場から、これは国会が決める法律によって判断していくわけですから、そうじゃないものについてはやはりこれを認めていくという理念法、一般法としての立法技術で書いていると。だから、例えば今の先生の例でいえば他国を尊重するという言葉が入っていますよね、基本法には。それじゃ、拉致をした北朝鮮を尊重するのかというのとよく似た御議論になってくると思いますね。
○山根隆治君 この議論というのは非常に難しい部分もたくさんあるんだろうと思うんです。ですから、なかなか深められるようで深められない議論にもなりますけど、そういった問題というのがはらまれているというか含まれている、そういうことは是非御認識をしておいていただきたいと思います。 民主党案についてお尋ねをさせていただきたいと思います。 政府案ですと十五条でございますけど、民主党案ですと第十六条に「生命及び宗教に関する教育」ということが、記述がございますけれども、この政府案との違いということは、まあ文章の中よく表れているというふうに私自身は承知いたしておりますけれども、今後この基本法が何らかの形で、まあ日本国教育基本法案も成立というふうなことになっていった場合、これは政府案とそして民主案ではどのような展開、どのような違いが現象として現れてくるものなのかどうか、お尋ねいたします。
○西岡武夫君 お答えいたします。 私ども民主党の日本国教育基本法案におきましては、まず政府の提出しておられます教育基本法の改正案と違っておりますところは、まず生と死ということについて冒頭に触れているわけでございます。これは最近のいろいろな社会の出来事、あるいは子供をめぐるいろいろな出来事を考えたときにおきましても、生に対する意義、死に対する意味というものをやはり学校教育を通じて、これは非常に難しいことでございますけれども、教えていく必要があると、このように考えて書き込んだわけでございます。それと、これまでどちらかといいますと、我が国の教育におきましては、宗教教育についてはできるだけ避けるといいましょうか、余り積極的に取り組んでこなかったということは事実であろうと思います。 しかし、これからの教育を考えますときに、やはり宗教、先ほど委員は五大宗教と言われましたけれども、世界の主な、代表的な宗教についての内容について子供たちにやはり教えるべきではないだろうかと。これを押し付けるということではもちろんございませんけれども、そういう知識として教える必要があるのではないだろうかと。そして、宗教的な感性というものをやはり涵養していくということが必要ではないだろうか。これは教育現場におきまして、それではどうやって死と生を教えるのか、あるいは宗教の問題について具体的にどのように教えるのかということになりますと非常に先ほど申し上げたように難しい問題でございますけれども、学校教育においてもこれは避けるべきではないと、このように考えております。 以上でございます。
○山根隆治君 すばらしい御答弁をいただきました。 世界の五大宗教と言われたこのすべてが自殺というものについては否定をいたしております。ですから、私は、今、西岡先生お話にあったように、世界の五大宗教と言われる宗教がこういうような教義があるということだけでも教えることによって私は随分自殺というものに対する子供たちの認識というのは変わってくるんだろうというふうに思っております。一刻も早く日本国教育基本法案が成立することを私も心より願っているところであります。 さて、次に河合文化庁長官の休職の問題についてお尋ねをさせていただきます。 後任人事が決定もされたというふうに聞いておりますけれども、その経緯について、若干短く御答弁をお願いいたします。
○国務大臣(伊吹文明君) 河合先生は私は大変個人的には親しくして、長年お付き合いをしていた方でございますので、一刻も早い御回復を祈っております。 ただ、残念ながら、意識不明の状態が今に至るもずっと続いておりますので、河合先生の任用契約期間は一月の半ばだったと思います。それまでの御回復を願って現在休職に、解職ではなくて休職にお願いをして、御承知のように、十一月にはいろいろ文化庁長官が直接出なければならない会合がたくさんございますので、陛下がお出ましになる会合を始めですね、いつまでも空席にしておくわけにいきませんので、近藤信司文部科学審議官をこれに充てたということでございます。
○山根隆治君 これに充てたという意味は、近藤信司文部審議官が文化庁長官ということとは違うんですか。
○国務大臣(伊吹文明君) これに充てたということは、文化庁長官に御就任いただいたということです。
○山根隆治君 そうしますと、休職扱いにされているということで矛盾を私は感じるんですけれども、特に矛盾感じませんか。
○国務大臣(伊吹文明君) 文化庁長官というお立場で休職にしているわけではございません。
○山根隆治君 そうすると、復職の可能性があるというふうに見ていらっしゃる、期待をされているということでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 一応期限付の契約に採用はなっておりますので、例えば一月の十五日までにお元気におなりになってお帰りになった場合は、どのような公務員としての職で働いていただくかは任命権者である私が判断すべきことでございます。
○山根隆治君 お伺いするところによりますと、現在も意識の不明の状態が続いていらっしゃるということでございますけれども、任期一月十七日までに回復というのは現実的には考え難いんじゃないでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 非常に難しいことだと思いますが、しかしお元気におなりになる可能性は否定はできないわけですね。 ですから、普通こういう場合は、余り長期になった場合は、その時点で御家族の御同意を得て、解職というんですか、職を引いていただくというのが本来のやり方なんです。しかし、得難い方に、御迷惑であったのかも分かりません、河合先生は私よく知っておりますから、時々一緒に飲んだりしておりましたから。あの方の御性格からすると、まあ随分務めてやってここまで御努力をいただいたわけですから、やはり契約期間の間は御回復を願って休職扱いにするというのがまあ普通の日本人の考え方じゃないかと思っております。
○山根隆治君 一般職であれば、それはよく理解できます。しかし、一つの省庁のトップの方ということを考えてみると、いかがなものかという思いがしなくありません。 お給料については支払われているということで理解させていただいてよろしいんでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 休職期間中の給与の扱いについては、必要であれば参考人からお答えをさせますが、減額その他の措置は講じられる可能性があると思いますが、全くお払いしていないというわけではありません。
○山根隆治君 私は、惻隠の情も分かります。 ただ、先生の御経歴等を見させていただいたり、あるいはいろいろのお話聞くと、本当に評価が高い方ですし、国際的な学者でいらっしゃったり、それから非常に美意識の強い先生だというふうにお伺いしているんですね。であれば、私はやはり、規約上のいろんな措置というのは十分分かりますし、法的にも問題はないということも分かります。私も、給与等についても一応規則上はどうなっていくのかというのも自分なりに少し調べさせていただきました。 しかし、行政のトップにある方のやはり人事ということになると、それはやはり国民の目から見て国民の税金でのお支払ということになるということ、そして先生自身の美意識ということから考えて、私は、ダブル発令になるのではないかというふうな見方も一つはできますし、国民の目から見て非常に分かりづらさがあるのではないかということからすると、辞令といいましょうか、御辞職といいましょうか、そういうふうなことを、恐らく御本人がしっかりと意識を回復されたらそんなふうな措置を私自身は河合先生は考えられたんじゃないかなというふうな思いがするんですね。 そこのところについて、やはり御家族の皆様とも少し話し合われて、私はしかるべき措置をとられるのがいいのではないかなというふうな思いがございます。
○国務大臣(伊吹文明君) やはり先生、失礼でございますが、御家族と十分話し合った上でのことでございますよ、これは。そして、河合先生の美意識からするとどうであるかということは、御本人は昏睡状態なんだから分からないわけですよ。ですから、一番それが詳しくやっぱり分かるのは奥様なんです。 失礼ですが、公務員の人事のことについては御通暁だと思いますが、御本人から辞表が出ない限りは解職という手続しかできません。これは河合先生の美意識に合うんでしょうか、今の先生のお言葉でいえば。ですから、奥様のお気持ちも十分伺って、そして河合先生のこの今までの御業績その他も勘案して、しかも、これが、一月の十七日と今先生おっしゃった、これまでの期間が非常に長いんであれば私もしかるべきことを考えたと思うんですけれども、まあ文化庁長官を発令いたしましてから三か月のことでございますので、奥さんのこのお気持ちを十分お話合いをした上でとった措置でございます。 あとは人事権者としての私の判断でございますから、いい悪いということは結果論としてポジションにいる者は常に、いいという褒めてくださる方もいられれば、悪いといって御批判をされる方もおられるでしょう。それは私が甘んじて受けるというのがポジションにある者の義務だと思っております。
○山根隆治君 これは価値観の問題でございますから、私があえて指摘させていただいたのは名誉をどう守るかということでのやっぱり措置の問題で、それはもう判断は別のところありますけれども、問題を提起させていただいたということであります。 さて次に、今道徳教育の教科書を読ませていただきます、全部に配付しているのが、心のノートというものが各校、そして生徒に全部配られております。読ませていただきましたけれども、なかなかいいことは書いてあるけれども、しかし心になかなか届かないというふうな思いがいたします。それは、明治三十七年から、まあいろいろな分析ございますけれども、五期に分けて、一つの期が何年から何年かというのは必ずしも全部が明確ではありませんけれども、大体五期に分けられて修身教育というものが今日までいろんな改正される中で行われてきました。 修身というと非常にイデオロギッシュなイメージというのを私自身も持っていたんですけれども、しかし自分自身で少し読んでみましたら非常に心が揺さぶられるような、そういう記述もかなりやっぱりあります。それはどういうことかというと、修身そのものは日本人の先達の方々の伝記ですね。これを非常にコンパクトにまとめたもので、これを読んで、将来自分もこういうふうな人間になりたいというふうな思いが私は非常に出てくるものではないかというふうに思うんですけれども、道徳教育と修身教育についての違い、効果、これについてはどのようにお考えですか。
○国務大臣(伊吹文明君) 今おっしゃった、いわゆる戦前の修身教育ですか、これは、この中を読みますと、家族愛だとか友情だとか博愛だとか、いいことはたくさん書いてあります。それは現在においても何ら間違ったことでは私はないと思います。 問題は、戦前の教育は一時期非常に不幸な事態があったということ以前に、日本の戦後の教育基本法と憲法の下では戦前の立憲君主国じゃなくなったということですね。そして、修身教育というものの根底は、当時、立憲君主国であった、天皇陛下の個人的なお言葉である教育勅語というものをベースにいわゆる修身の内容が構成されていると。 〔理事保坂三蔵君退席、委員長着席〕 ですから、極めて形式的な私は議論だと思うんですが、やはり戦後の民主主義の時代においては、国民が選んだ国会によって決められているものを基本に教育を組み立てるべきだという考えがあったということだけであって、修身の中に記述されている今に当然通用する徳目というものは、当然それは尊重して現在の教育をやるべきだとは思います。
○山根隆治君 多分大臣はそんなに修身の教科書をごらんになってない、昔はどうだったか、御自身はどうか分かりませんけれども。 今、天皇の話がされましたけれども、それは本当にごく一部といいましょうか、例えば上杉鷹山、これは、ケネディ大統領が日本の記者に記者会見でだれを尊敬するか、日本人でと、上杉鷹山と。ほとんど記者は知らなかった、私もその当時知りませんでしたけれども。しかし、ある年齢以上の方はみんな知っていらっしゃる。それは修身の教育で出ていたからですね。 これはやっぱり、吉田松陰であるとか本居宣長だとか二宮金次郎だとか、そういうふうな日本の偉人と言われる人たちの伝記集ですよね。ですから、今、教育勅語云々なんというと、全くそういうふうなイメージのものとはやっぱり私は違うんだろうと思うんですね。 例えば、今現在でいうと、野球選手であれば野茂だとかイチローだとか、それから美空ひばりだとか。私は埼玉県ですけれども、渋沢栄一とか塙保己一とか、そういうすばらしい先輩がたくさんいらっしゃるわけで、それらの方々がどのように生きて、そして死んでいったかということを読むと、私は魂を揺さぶられるような思いというのは、子供たち自然に起きるんだと思うんですね。これは、今の道徳教育ではとてもちょっと考えられないと私は思っているんです。 実は、明治の四十一年にロンドン大学で国際道徳教育会議というのが開かれまして、そこで提出された日本の修身教育というのがもう各国の絶賛を浴びたという、これは歴史的な事実としてあるんですね。ですから、天皇云々ということとは全く違う角度からこれは見られたものですし、修身の教科書を見てみれば、私自身も非常にそれは感動して見ているんですね。ですから、こういうところについてどのように、これをそのまま、昔のものをそのまま復活するというわけには当然いかないわけですけれども。 私は、アメリカでも、レーガン時代にアメリカが荒廃している中で、レーガン大統領が日本の教育制度というものを勉強に来て調査して、調査団を出して、ベネットという代表の方が日本の修身教育をまねるように本をまとめられたものが実はあるわけですね。それが非常にベストセラーになって、一千万あるいは三千万とも言われる道徳読本というものができたという経過があるんですね。 これは、今大臣からも御答弁いただきましたので、この点について、修身教育について、日本国教育基本法との絡みの中で、提出者の方からお考えあれば聞かせていただけますか。
○国務大臣(伊吹文明君) ちょっと済みません。誤解があるといけないから。 私は、修身の本はたくさん持っているんですよ、ああいう話は好きですから。ただ、私が先生にお答えしたのは、修身という、この戦前の修身教育というものとおっしゃったから、修身という言葉を現在の教育からなくしてしまった理由は、修身という言葉をですよ、なくしてしまったのは、さっき言っていたような、教育の、言うならば戦前は教育基本法に当たるものが教育勅語であったわけですよね。そういう経緯がありますよということを申し上げただけです。
○西岡武夫君 お答えいたします。 委員御指摘の点は、私ども日本国教育基本法案におきましても、これから日本を背負って立つ子供たち、この子供たちがどのように育っていくかと。そして、その子供たちが、やはり今の現在の現代文明というのは病んでいるだろう、病に侵されているだろうと。これを抜け出ていくためには次の世代の子供たちの力によるしかない、その子供たちを育てていくのは正に教育の力にまつしかないと、こういうことを込めて、私どもの日本国教育基本法案におきましては前文において教育の方向というものを明記したわけでございます。 委員、先ほどお話がございましたように、修身をどう教えるかと、これは非常に難しいことであろうと思いますけれども、修身という言葉を使う使わないは別といたしまして、やはりこの社会を構成していく一人一人の国民が、非常に誤解を恐れずに申し上げますと、強い個人でなければいけないと。すなわち、自ら立ち、自ら律する、自立し、自律した精神を持った子供たち、そしてそれが成長した真の主権者、これによって初めて自由主義社会というものは保ち得るだろうと。ただし、世の中には自分の責任ではない不条理な、自分の責任ではない不条理な出来事によって不幸な立場におる方々がおられると。こういう方々に対しては、正に国民全体が連帯をして協力し合って生きていくんだと、こういう社会をつくっていくという気持ちを教育を通じて子供たちに教えていかなければいけないと。そして、その材料としては、教材としては、委員御指摘のように、既に歴史的に評価の定まった人物の伝記というのは非常に有効な教材であろうと、このように思います。 最後に申し上げたいのは、そういう中で、今の日本の社会あるいは世界の状況というものが子供たちにどれだけ悪い影響を与えているのかと、私ども国会議員一人一人の自らの姿勢も含めて反省していかなければ、子供たちに修身を説く、身を修める修め方を説くということは非常に難しいと、これは社会全体の問題であると、また政治の責任であると、このように痛感をしております。 以上です。
○山根隆治君 ありがとうございました。 例えば、中国の古典でいえば大学とかあるいは小学というものがございます、相当膨大な本でありますけれども。そこまで古典として認められるところまで行けば我が国の道徳の教科書もすばらしいと思うんですが、なかなかやはり感情移入しづらいというものがありますんで、そういう意味では今後、大臣、是非修身ということについてもひとつ御研究いただきたいというふうに思います。 それでは続きまして、教職員の免許状の更新の問題についてお尋ねをさせていただきたいというふうに思っております。 実は、今、中央教育審議会の部会でこの更新制の導入について議論がされているんだろうと思いますけれども、しかし歴史もありまして、明治年間では小学校の教員について更新制というものを導入をいたしていましたけれども、その後やはりそれが不安定というふうなこともあって、いろいろな問題が惹起されてきましたので、それをやはり更新制というものをやめたという経過が実は歴史的にはございます。今どのようなやはり視点で議論がされているか、あるいは政府として持っていこうとしているのかよく分かりませんけれども、その更新制とあわせて教員の士気の問題、これについてはどう考えるのか。 例えば、アメリカですと、教育改革に成功したというふうに言われていますけれども、それはやはり教員に対する待遇の逆に改善というふうな方向に走ったわけですね。この辺のところ、アメリカの例、諸外国の例と比べていかがなものかと。まあ私たちはどうも何か欧米に少し後れてから行くから、何か一周後れみたいな感じで、また変なことを追っ掛けるということが結構ありますよね。ですから、そこのところが少し、アメリカ等が逆の方向で教員を待遇というのか厚遇していくということで教育を取り戻そうと、そして取り戻してきたというところに、今度は我が国は逆の方向に走ろうとする。この辺の問題というのは矛盾じゃないんですか。
○国務大臣(伊吹文明君) まず、基本的に私の思いを申し上げますと、私は制度を変えるということは余り好きじゃないんです。本来、その制度の中で活動をしている人が十分の自己抑制と規範意識を持って制度を動かしてもらい得れば、制度なんて変えなくていいんです。ところが、制度を変えると……(発言する者あり)ところが、いろいろ不規則発言がありますが、残念なことに、制度を動かしている人たちにそうじゃないことが起こった場合に、制度改正という議論は必ず起こってくるんですよ。そうすると、ある部分では改正の目的が達成されるんですけれども、別の部分で必ずサイドエフェクトというんですか副作用が出てくるということが、これは繰り返しなんですね。 ですから、まずなぜこの免許の更新制という議論が出てきたのかということ、これをやっぱり当事者がしっかりと受け止めねばならない、これがまず第一点ですね。そして、確かにこれをやるとメリットとデメリットが出てきます。まあ云々、端的に言えば、時代のスピードが非常に速過ぎますから、今。免許を取られたとき以後の研修あるいは自己成長の努力が不十分であると、現実にやっぱり追い付けないという部分が出てきますから、そこで免許の更新時点でその能力を測定するということが一つあります。しかし同時に、もう一つの観点は、先生がおっしゃったデメリットの部分でいえば、極めて教師という職は見方によっては非常に不安定になってきていますね。それが教える者の心情にどういう影響を与えるかということ、これもよく考えておかねばならないし、今年の予算編成で教員給与をどうするかということがあるんですけれども、やはりこの辺りの問題が決着を付くまでは、私は文部科学大臣をお預かりしている限りはそう簡単に人件費を削減するということはできないというのが私の基本的な立場です。
○山根隆治君 前総理は米百俵の話をして教育改革に燃えるということ、まあ全然実績なかったですけれども、その後、安倍さんになって、教育改革なんだか改悪だか分からないような、将来を本当に展望してのこれは検討事項なんだろうかということが非常に私自身は心配、憂慮するものでございますので、取り返しの付かないことですから、教育で失敗しますと。ですから、この辺は是非逆なやはり措置、どのような制度を変えてどうなるか分かりませんけれども、逆にやはり、もう少し教員というものを大事にしてやっていく、働きやすい環境をつくる、あるいは給与面でもそれなりのやはり待遇等を確保するというような逆な検討というのは僕はあり得るんだろうと思うんですね。そういうのは是非トータルに見ていただきたいというふうに思います。 具体的に、ペーパーティーチャーのことをちょっとお尋ねをいたします。 大体、ペーパーティーチャーの方、一千万人いらっしゃるというふうに言われているわけですね。もし更新制というふうなことになりますと、その事務量というのも大変な手続が必要となってくるわけですね。この辺の問題。 そして、もう時間がないからまとめてお尋ねいたしますけれども、民間に勤めている場合、更新制があった場合に、有給休暇で実際やっていくという可能性が高いんだと思うんですけど、民間の人たちの措置ということについてはどのように考えるか。民間企業に対しての何らかの措置というものを要請するのか。あるいは公務員の場合に、講習、研修の期間というものが、一定、何日間か求められるとすると、その間の扱いというのはどのように、その日程、時間を確保するというふうなことを考えられるのか。その点についてお尋ねいたします。
○国務大臣(伊吹文明君) まず、いわゆるペーパーティーチャーというんでしょうか、免許は持っておられるけれども教職に就いてない方、これは六十歳以下の先生に限って言うと四百万人と言われておりますね。 中教審がこの免許制のことについて答申をした内容を読んでみますと、ペーパーティーチャーについては、定期的に免許状を更新する必要はなく、新たに教職を志望するなど免許状の再取得が必要になった時点で講習の受講を修了することが適当であるという答申をしておられます。ですから、ペーパーティーチャーでいる限りは実質的な対象にはならないというふうに考えていただいて、中教審のお考えはですよ、結構だと思いますし、それからどういう形で児童と接していただく時間に影響を与えずに研修を受けられるかということについては、これは、夏休み、冬休みをどういうふうに利用するかと同時に、研修の場所が必要ですから、全国の旧師範学校ですね、教育大学を使って、できるだけ授業その他に支障の来さないようにやるということですが、それ以前に、やるかやらないか、やるなら何年でやるかということをまず国会で決めていただかなくちゃいけないわけですよ。ですから、ちょっとまだそこまでお話をするにはまあ早いだろうと私は思っております。
○山根隆治君 終わります。
○山本保君 公明党の山本保です。 教育基本法の内容でございますが、短い時間ですので絞った質問をしたいと思っております。 最初に、いじめ問題に関連でございます。 今、九五年からですか、文科省は、各学校、特に中学校にスクールカウンセラーを置くということで導入されているわけであります。ほぼ、多くの、ほとんどのですか、学校に置かれているようでありますけれども、ただ、いろいろちょっと耳にしますと、カウンセラーの方がやはり問題の重さに倒れてしまっているとか、また先生が、これはいろんな問題があるかもしれませんが、報道を見る限り、私はひとつ善意で、自分で抱え込んでしまったんじゃないかなというような気もする事件もあると思っているんです。 つまり、こういう問題というのは一人で、臨床心理の方では、これをすべて自分で受け止めるということはこれは大変危険なことでありまして、普通、スーパーバイザーという、一人一人の相談員のまたそのお気持ちを支えて、解きほぐしていくような専門家というのが置かれなくてはならないと思っております。もちろん臨床心理士会などにはそれがあるわけですけれども、スクールカウンセラーというのはまた特殊な、特殊といいますか、特別なものがあります。 一般的な臨床心理ですと、インドアで相手が自主的に来るのを待っていると、こういうのが基本的な相談の姿勢なのでありますけれども、またいろんな指示などはしない、またその知ったことは当然そのカウンセラー一人の心の中にとどめておかなければならないというようなことはもうこれカウンセリングの基本なんですけれども、しかし学校運営の中では、それはなかなかそうなりますと今度は学校自体が動きません。 様々な問題がありますので、私は、まずこのカウンセラーに対してのスーパーバイザーというような方をきちんと置かなければならないのではないかなということを以前から主張しているのでありますけれども、まず大臣にこの辺をお聞きしたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 児童の心を扱うお仕事でございますので、やはりかなり、大学で勉強しただけではやっぱりできない、人生経験だとかいろいろな経験を持っておられないといけませんので、そういうスクールカウンセラーという方々をそういう方向に、自分の経験や何かを含めてしっかりと指導していただくスーパーバイザーですか、を置くということは、これはもう誠にそのとおりなんですね。 それで、今、都道府県とそれから政令市の中で先生がおっしゃったスーパーバイザーを置いているのは十九しかないんですよ。ですから、まだ六十という数字と比べますと、まだまだ足りません。文部科学省でも、スクールカウンセラーは週八時間から十二時間を補助対象としておりますけれども、スーパーバイザーを置いていただいたところでは三十時間までを補助対象として、先生がおっしゃっているような方向を促進するために努力をしているというのが現状でございます。
○山本保君 是非、もう既に少しずつ置かれてきていると思います。これは、必ずやはりこういう方がいませんと、現場でこれは本当に善意で抱え込んで、それが逆にその方自身も大変になるし、また対応の遅れを生むということが今のいじめ問題の要因の一つに、重くなっている一つにあるんじゃないかなということからお伺いいたしました。 それで、それと関連しまして、先ほどちょっと申し上げたんですが、実は学校というところは一般的な臨床心理の場と違いまして、非常に集団的、又は学校の先生方とチームを組んでやっていくというようなこともあります。そういうことを考えますと、私は、もちろんカウンセラーということと教員という仕事はこれは本質的なところが違うんですけれども、しかしカウンセリングマインドといいますか、その子供たち、また悩んでいる方の心を支え、受け入れて支えると、こういうことは教育者としては当然やらなくてはならないことだと思っておりまして、つまり学校に本来置くべきなのは、先生方とは別にそのカウンセラーを置くというよりは、本来先生方がカウンセラーの仕事を、全部はできないが、しかしその上に専門家を置くと、こういう体制ではないかなという気がするんです。 そうしますと、今の学校の職務分掌からいきましても、カウンセラーさんというのは今お話あったように非常勤講師なわけでありまして、この方たちに学校全体の運営について校長にアドバイスするとか、また個々の先生にアドバイスするということは、これは言うは簡単ですが、実際にはその組織の中ではできません。私は、こういうカウンセリングを行う方を、免許状のあるなしにかかわらず、例えば主任さん級にちゃんと位置付けるとか、教育委員会の中の指導主事の仕事としてきちんと置いていくと、こういうことにすることによって、公務員の形と同じですが、人材がきちんと育っていくという気もするわけでありますけれども、この辺についてはどうでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 先生御承知のように、主任とか指導主事というのは、これは学校や教育委員会に置かれている常勤の職員の肩書ですよね。ですから、もちろん各学校に常勤のスクールカウンセラーを置ければ非常にいいんですけれども、今八時間から十二時間といういわゆる非常勤という形でやっと全国一万校の中学校へ大体の配置が終わったと。ですから、今後、小学校の高学年等についても同じような問題がございますから、あるいは高等学校ですね、まずそこへ配置を進めて、ある程度配置が進んだ段階で常勤化のことをやっぱり考えていきませんと、これ膨大なお金が掛かりますので。そして、スクールカウンセラーという方の、一週間の間に児童の相談を受けてくださる時間との兼ね合いでやっぱり決めていくことでしょうから、アイデアとしては先生のおっしゃっている方向は決して間違っていないと思うんですけれども、なかなか現実に一足飛びにそこまで行けるかというと、これは難しい問題を含んでいると思います。
○山本保君 おっしゃることは分かります。 ただ、指導主事さんでありますと教育委員会でございますし、また何校かを掛け持ちでやりながら、しかし正規の職員にするということもできるんじゃないかと。既にそういう例もあるようでございますから、是非ここは一度考えていただきたいと思っております。 それから次に、時間がないので児童福祉の方だけにちょっとお聞きしようと思っておるんですが、今回のこういう問題、以前から私も厚生省で担当しておりまして、児童福祉施設とか児童相談所という機関をもっと有効に活用していただきたいなと思っております。 以前から学校というところは、そういうところへ子供を送り出しますと何か自分の責任を放棄した、若しくはそれは失敗であるというような風潮が実はあるようでありまして、そうではなくて、正に専門家と連携をしていただいてということが今回の十三条にもたしかあったわけでありまして、是非この十三条に言うその他の関係者、これはもうまず最初に児童福祉関係の専門家というのが入ってくるというふうに思っております。 ただ、実際に、私も中におった者として言えば、それをお受けするような学校との関連というのがなかなかうまくいっていないということも実はありまして、これは是非この機会に、この法律が整備されると、教育基本法に書かれるということは大きなこれは進歩ですので、これで是非児童福祉の側からも応援をしていただきたいと思っておりまして、そちらの担当の意見を聞きたいと思います。
○政府参考人(村木厚子君) いじめ問題を含めまして子供が抱える各種の問題に適切に対応していくためには、委員が御指摘をなさいましたように、児童福祉施設ですとか児童相談所といった児童福祉の専門の機関と学校がきちんと連携をしていくということが不可欠だというふうに私どもも認識をしております。 こういった意味合いもありまして、平成十七年の児童福祉法改正によって法定化をされました要保護児童対策地域協議会がございます。この地域協議会が大変関係機関の連携という意味で有意義な組織であるというふうに私ども考えておりますので、実は今年の秋には厚生労働省から全都道府県に担当者を派遣をいたしまして、全市町村にできるだけ早くこの協議会をつくっていただくようにお願いをしてきたところでございます。 いずれにしましても、大変重要な問題が山積をしているこの分野でございますので、児童相談所、児童福祉施設が学校としっかり連携をして適切な対応が取れるように私どもも努力をしてまいりたいというふうに考えております。
○山本保君 そこで、今度はちょっと道徳のことについて、先ほども議論がありましたが、これが先ほど出た心のノート中学生版なんです。昭和三十三年から道徳、特設ということで行われてきたわけですが、私は先ほどのお話、いわゆる徳目というものをきちんと教えるということが大事だということはもうこれは当然なんですけれども、しかし、例えばこのいじめが出てくる学校の環境といいますか、そういうものとこの道徳の時間というものが本当に結び付いていなければ特設道徳を行う意味がないわけでありまして、学校全体でやればよろしいという批判は元々からあったわけです。そうではなしに、ある以上、ここでよりそのことについての指導性を持った、また効果的な授業が行われなくちゃいけないだろうと思っております。 そこで、この心のノートをちょっと拝見いたしますと、大変美しいことが、いわゆる理念が書いてございます。価値が書いてあります。 しかし、例えばなぜいじめをするのか。私、非行少年の関係をずっとやっておりますと、彼らは悪いことといいことが分からないわけではないんです、ほとんどの例の場合。ほとんどは分かっております。しかし、分かっておりますが、いわゆる、大人であれば分かるように、忠と孝の昔から、歌舞伎のありましたように忠ならずんば孝ならずという、正に同じような心の葛藤、価値基準というものの中で、その判断が大人から見ればまた間違っていってしまうと、こういうことになってきておりまして、これが実態なんですね。 そうなりますと、これは徳目を教えるというのは、一つの方法ですが、アメリカなどのコールバーグという実は学者が、以前勉強したのですが、調べていただきましたら、いまだにやはり権威なようでありまして、つまり子供の発達段階の中で、幼児から小学生に関してはもちろん徳目を教えなくちゃいけませんが、だんだんと大きくなってまいりますと、なぜそういう問題が起こってくるのか、そしてその気持ちは何なのか、その中にいろんな価値観というものがだんだんだんだんと広くなり、そしてその中で自分の心の中にその価値基準ができていくという、こういう教育論があるわけであります。今回、大学のシラバスを見せていただきまして、幾つかの大学では少し入っているようでありますけれども。 しかし、どうもこの心のノートを見ておりますと、これを子供が読んで、うん、そうだなと思うようにはなっていない、きれいなことしか書いてない。これではせっかくの、国定教科書みたいなものなんですから、もうちょっと中身を今の子供たちに、今のダイナミックな子供の心に合うように直さなくちゃいけないんじゃないかなと思いますが、いかがでございましょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 心のノートについてお話がございました。この心のノートは、子供たちが身に付ける道徳の内容を子供たちにとって分かりやすく表して、子供たちが道徳について自ら考えるきっかけとなるように文部科学省で作成をしているものでございます。 今先生、単に読んで徳目を理解させるようなそういうものではいけないのではないかというお話でございましたが、正にそういう趣旨で作って実はいるわけなのでございます。手掛かりとなる言葉とか身近な場面を示しまして、例えば思いやりとか友情とかにつきまして、価値葛藤をさせて、話合いをさせて、そして何が本当に価値なのかということを子供たちに考えさせる、そういう手掛かりになるような趣旨で作っているわけでございますが、さらに内容の改善というのは逐年図っていきたいというふうに思っているところでございます。
○山本保君 これはお願いをしておきまして、次の問題に移ります。 次は、家庭との連携といいますか、家庭教育のところの問題なんですが、十条に、改正案の、子供の教育、父母その他の保護者が子の教育について第一義的責任を有すると、こういう条文がございます。これは私、非常に重要なことだと思っております。教師にとっては、私は、ある面では救われるようなものでもないかなという気もするわけであります。 ここで、ちょっと文部科学省にきちんと有権解釈を示していただきたいと思っておりまして、今までの答弁を見ていますと、第一義的というのは子供の生まれたときだからなんという、こういう答弁では困るわけでありまして、この条文はどう見ましてもこれは国連の児童の権利条約の中の十八条に、父母は、児童の養育及び発達について第一義的責任を有すると、こういうのがございます。この条文は実は戦後の国連の中で、国に教育の権利があるのか、家族に、親に教育の権利があるのかと、こういう大論争の中で、いわゆる旧共産主義国は全然これは国でしたけれども、やっと共産主義国がなくなって認められた条文なんです。これが今度の法律にも書かれたと、これは非常に重要なことであります。 また一方、我が民法の中には、これも有名な、親権者は、子の監護及び教育について、権利を有し義務を負うと、こういう条文がございます。 この辺について、この三つの法律、片方は条約ですけれども、この関係をどのように理解しておられるのか、整理されているのか、お聞きしたいと思います。
○政府参考人(田中壮一郎君) 改正法案第十条の規定でございますけれども、先生がおっしゃられるとおり、これは現在の民法の八百二十条、それから児童の権利に関する条約の第十八条、それから近年に作られましたものの中には、次世代育成支援対策推進法という中でも、父母その他保護者の責務について書かれておるところでございますけれども、これらとも平仄を合わせたものというふうに私どもとしては解釈をしておるところでございます。
○山本保君 そうしますと、大臣、例えば中教審の意見なども余りそうでないんですよ、これに関しては。学校へ来るまでなんだという意識が見え見えなんです、そうじゃないんです、これは。あくまで学校へ行こうが、まあ言うならば成人になるまでは基本的に親に責任があるんであると。 ですから、これについて担当とお話ししていても、学校が、先生が親を教育するとか、今日そんな話もありました。これは結構なことなんですが、これは言わば親の社会的な社会教育、自己教育の応援をしていることでありまして、これと学校との連携というか、又は保護者に第一義責任があるということとは、これは関係ありません。保護者に責任があるということはもっと重いものでありまして、学校に入ろうが、これはあるんでございます。 以前、教育権の論争などで国の教育権か教員の教育権かというような議論があったわけですけれども、肝心な保護者が抜けております。ですから、ここはきちんとこれは整理されたというふうに思っておりまして。 そこで、例えばそのことから、私は、親に責任がある、教師というのはこれは教育の専門家であると。そうなりますと、例えばその教師は、当然、その子供について親がどのような希望を持っているか、また子供によっては、もう六年生とか五年生以上の子であればどういう将来計画とか希望を持っているか、こういうものをきちんととらえて、もちろん個々の先生は全部それはやっていると思っております。 ただ問題は、それに関する帳簿がないんですね、公簿が。今、国にありますのは戦前の学籍簿が基になった児童生徒の指導要録というものがございます。これは見ていただければお分かりになると思いますが、これは成績の結果記録と言ってよろしい。明治から変わっておりません。 こうではなくって、ダイナミックに子供たちの問題若しくは伸ばしたい能力というものの問題設定、正にプランを立て、どのように実践していき、その結果はどうであったかということをきちんと書いていくような、そういうものに指導要録というものを改めるべきではないかと私は思っておりますけれども、これについてはいかがでございましょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 指導要録は指導の文字どおり記録でございまして、その子の学業あるいは生活の記録を引き継いでいくという性格のものでございます。その様式は文部科学省において参考例を示しているわけでございますけれども、そういう観点から考えた場合に、指導要録は学習指導要領に定められた学習内容、これがどういうふうに実際実施をされて評定されているかということがどうしても中心になるわけでございます。 ただ、学校においては、やはり子供一人一人の実態を踏まえて個に応じた指導に配慮するということも必要でございますし、また親のいろいろな要望がどういうのが出ているかとか、そういうことも記録をしていくということも必要なのは先生お話しのとおりかと存じます。 現在でも、指導要領、国の示す参考様式においては指導上参考となる諸事項欄というものを設けて、今申し上げました保護者や子供たちから聞いた提案等を記入することはできるようになっているわけでございますけれども、各学校において、そういった記入に当たって、いろいろ今のような観点からの工夫をまたしていくということは必要かなというふうに思っているところでございます。
○山本保君 実際的に補助簿などであるとは思うんです。ただ、私が申し上げたいのは、親に基本的に子供の養育の権限、権利があるということをまずここで明確にした以上、その親と学校の専門家との間の関係というものが、これが教育の中で非常に重要なものになると。そのことから、公簿としてあるのはまず要録である。もう一つは通知表なんですね。これは法律には何もありません。しかし、我々の中で一番身近な親と学校との関係といいますものの連絡簿というと通知表でございます。これは今正に成績で、成績悪いからもっと勉強してくださいなんて書いてあったりして、どっちが教えるんだと、こういうことになるわけですけれども。 こうなりますと、通知表を別に法定化しろという意味で言っているわけではありませんが、正に子供をめぐって、親とそして専門家である教師の間の、それにプラン・ドゥー・シーと、これのきちんとその流れが分かるようなものとして、この法律条文を基にして、もう少し内容をしっかりしていただきたいなということを申し上げておきます。 それで、例えば、実は、いわゆる特殊教育と言われていた特別支援教育では、一人一人の子供の、その障害を持った子供さんの指導計画については個別のものをきちんと書くことになっております。これはもちろんそうなんですが、ということは、もうこれはすべての子供に当然書いてよろしいわけでして、もちろんその中身の濃淡はあるにしても、そして何も形式的に全部同じように書く必要はないかもしれませんが、一人一人の子供についての教育計画というものがきちんと親にも分かる、もちろん校長先生には当然分かると、こういうふうにしていかなくちゃならないと思っておりますので、この辺を申し上げました。 次に、それとも関連するわけでございますが、十三条の地域社会との連携についてお伺いしたいと思っております。 連携といいますと、どちらが主体でということがありますので、最初に、これはおとといの参考人の御意見の中にもあったんですけれども、学校というのは基本的にやはり地域のニーズにこたえるということがまず大事な学校の本質だと思っております。地域の伝統的な文化でありますとか経済産業を継承したり発展させる、その人材形成を行うと、こういうことが一つの学校教育、その地域の学校の意味であります。 そうなりますと、具体的にちょっと問題点を申し上げたいんですが、例えば県立高校というものは、各県見ておりまして、これは県全体で計画を立てます。そうしますと、どうしても人口が少ないとかいろんなことで、どんどん分校などがなくなってしまう。最近、特に大規模な合併などがありますと、その地域地域の分校がなくなっていく。 これは私はどうも残念だなと思っておりますし、もっと言えば、高等学校というのは、いつも申し上げるんですが、法律にはどこにも子供が行く学校とは書いてありませんで、高等学校、ハイスクールというのは、本来アメリカ型のものは大人が行くものであります。ですから、前回の予算委員会でも大臣に私は一つのちょっととっぴな話として、高等学校以上の学校には保育所を造ってくださいと、こう申し上げたのは、ニーズがあるんです。しかし、保育所がなければ出てきません。造れば、必ず赤ちゃんを抱いたお母さん、お父さんが来ますよと、こういうことを申し上げたんですよ。 この中で、一番そうするとちょっと問題が多いのが県立高校ではないかなという気がしておりまして、例えばこれは経済特区、構造特区の方で、既に高等学校と幼稚園に関して、つまり県ですね、県の教育委員会所管ですが、これについては、今までの公立か又は私立かという概念ではなくて、つまりベースとかその建物若しくは基本的なところを県なり市がお金を出し、そして実際の運営は民間の学校であったり若しくはNPOであったり、もちろんそれはその市町村が造ったものであればこれは特にいいかもしれません。そういうものにやらせるという形の、たしか公私連携学校法人というのが既に認められているんですよ。しかし、なかなかこれは高等学校で、私も県内でいろいろやっているんですが、なかなか難しいところがあって進まない。 これは私、是非、次の振興計画などで、このような形で高等学校を本当に地域住民のニーズにこたえるものにすべきではないかというふうに考えておりますけれども、この辺についての御意見を伺いたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) 高等学校についてのお話がございましたけれども、地方公共団体と民間主体が連携協力をいたしまして協力学校法人を設立をして公私協力学校を設置するということが特区の中では認められているわけでございますけれども、残念ながら現在まで認定はまだないという状況でございます。 この制度は、地方公共団体の判断によりまして、民間の創意工夫を生かしつつ、地域のニーズに的確に対応した特色ある学校の設置が行われるということを期待しているものでございますので、またこういったことを希望するところが出てくることを私どもも期待をしているところでございます。 一方、高等学校につきましては、生徒数の減等の要因から今、統廃合がかなり進みつつあるのは事実だと思っております。ただ、高等学校も、それぞれ今特色ある高等学校づくりということをそれぞれの都道府県進めておりまして、そういった中で、より地域に開かれた高等学校づくりということでいろいろな試みが行われているところでございますので、そういった動きをまた私どもも見守っていきたいというふうに思っております。
○山本保君 振興計画の中で高等学校の性格付けにそういうものをきちんと書いていただきたいなと思っておりますので、大臣、よろしくお願いいたします。 次に、今度は、地域の側といいますか学校の側ですね、学校の側からいいますと、この連携の条文によりまして、最近、キャリア教育と言われたり、またインターンシップと言われたり、職業の体験学習と、こういうものを是非地域の中でも受けてくださいという、一つの私は法律的な基礎ができたなと思っておりまして、これは是非今まで以上に進めていただきたいと思っているんです。 その場合、特に、これは実は労働分野の方で、この前の法律、できたばかりの、私も知ったんですが、実習併用職業訓練というような制度がありまして、余り文部省の方は知らないんですが、これは、高校を出て会社に入ったときに即、専門学校の生徒になりまして、いわゆる社会人、又はその基礎的な職業教育の訓練を学校で行うと。これ夜学では厳しいですから、三か月とかそれぐらい行ったり来たりしながら進めるという制度であります。 この制度なども一つの例としまして、つまり専門学校、専修学校というのはいわゆる一条校ではないということで今までどうも軽んじられてきているようでありますけれども、ここはもっときちんと今度の振興計画の中でもこの条文などを考えて位置付けていただきたいと、もっと積極的な対応をしていただきたいとお願いしますが、いかがでございましょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) お話のございました実習併用職業訓練、これからスタートをするわけでございます。高校を卒業した専修学校生等が、企業に雇い入れて実習を組み合わせて行うということでございますので、私どもとしても、こういう実習併用職業訓練、これの周知ですね、これについては高校に対して十分行っていきたいと思っております。また、この事業を進めるいろいろな協議会等ございますけれども、そこにも教育関係の方からも積極的に加わっている状況でございます。 なお、高等学校の場合はもう一つ、いわゆる日本版デュアルシステムということの事業を行っておりまして、工業高校と例えば企業の実習を組み合わせて行うといったようなキャリア教育のための事業も行っております。 こういったことの経験も積み重ねながら、実習併用職業訓練の周知も図っていきたいというふうに思っているところでございます。
○山本保君 言わばこれまで学校はなかなか消極的でして、何かやってあげますよとか、こういうことは言うんだが、地域なり親の意見が入ってくることをどうも嫌った。しかし、私はもっとプライドと自信を持って専門家として対応していただきたいと思っておりますので、これを申し上げました。 最後に、保護者との連携というのは私、前から言っていたんであります。実は、今までの学校教育法などでほとんど、保護者というのは一か所です。それは、六歳になったら、コンパルソリーですね、義務的という意味、強制的に学校へ行けと、行かなければ罰則を掛けるぞと。これは明治にできた法律がそのままずっと残っているわけです。そのほかにはありません。 つまり、これが学校の今までの性格だったわけで、これを今回基本法に直したわけでございますから、で書いたわけですから、私は是非、これは基本法だけの、骨の法律にあってもほかになければ何の意味もありませんので、是非いわゆる下位法といいますか、学校運営にかかわるような法律にきちんとこれを位置付けた具体化をすることを今後していただきたいと思っておりますので、これは最後にお聞きして、終わりたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 先生がおっしゃったことは非常に大切なことだと思います。ですから、学校が例えば保護者に対して積極的に情報を開示していくとか、そういうことも含めて十分考えさせていただきたいと思います。
○山本保君 ありがとうございました。 終わります。
○井上哲士君 日本共産党の井上哲士です。 今日、タウンミーティングの最終報告書が出されました。やらせ質問に加えてサクラの動員など、国民の声を聴くと言いながら、実は世論の捏造が行われていたということが明らかになりました。しかし、文部科学省が広く国民の声を聴くと言っていたのはこれだけではありません。私は今日は文部科学省が主催した教育改革フォーラムについてお聞きをいたします。 まず、田中生涯学習政策局長にお聞きしますが、あなたは十一月十四日の衆議院での質疑で、このフォーラムについて、これまで当時の担当者等に確認をしたところ、発言候補者の確保や発言のための資料の作成はなかったと答えておられますが、この認識、今でもお変わりないか、フォーラムに不適当なことはなかったと、こういう認識か、まずお答えください。
○政府参考人(田中壮一郎君) お答えを申し上げます。 ただいま御指摘いただきましたように、平成十五年の教育改革フォーラムにおきまして、あらかじめ発言者を依頼したりあるいは発言メモを用意したような事実はございませんでした。
○井上哲士君 全体として不適当なことはなかったという認識ですか。
○政府参考人(田中壮一郎君) 不適当なことがあったという認識は持っておりません。
○井上哲士君 じゃ、お聞きしますけれども、私どもはこの改革フォーラムが開催された各都道府県の教育委員会にお聞きをいたしました。やらせ、サクラについて聞き取り調査をしましたが、例えば回答があった中で、二〇〇三年五月に開催された山口県と熊本県、ここではサクラの組織が行われたことが明らかになっています。 山口では、文部科学省から、当日会場に関係者席を設けるので県の職員や関係団体等から百人程度確保していただきたいと、こういう口頭の依頼があったと県の教育委員会が回答しております。それから、熊本、これも県の教育委員会の回答によりますと、文部科学省から開催県分、傍聴者の確保の依頼があって、教育委員、教育長、各課、各教育事務所、各地域の市町村教育委員会連合会、高校、小中学校の校長会などから募集したと、こういうふうに回答しておりますけれども、事実でしょうか。
○政府参考人(田中壮一郎君) 平成十五年の教育改革フォーラムにつきましては、平成十五年三月二十日に出されました、新しい時代にふさわしい教育基本法と教育基本計画の在り方についてという中央教育審議会の答申、これを広く周知し……
○井上哲士君 端的に。
○政府参考人(田中壮一郎君) はい。教育関係者を始め、国民的議論を深めるために開催したものでございます。 したがいまして、これらの会場におきましては、一般からの傍聴者を募集するとともに、教育関係者のための教育関係者席を設けまして、教育関係者の積極的な御参加を呼び掛けたと承知いたしております。
○井上哲士君 それがサクラなんですよ。今日のタウンミーティングの報告書でも、一般公募の趣旨にかんがみると、公平性、透明性の観点から問題のある運営方法だったと、こういう動員するのが、こう言っているのに、あなたはそれね、問題ない、不適当なことはなかったという認識ですからね、全く反省してないんです。 しかも、更に聞きますが、この教育委員会の関係者を集めながら、一般を装っていたんじゃないかと。お手元に二〇〇三年の十月四日の教育改革フォーラムの宣伝物を配付しておりますが、これは東京をメーン会場にして、石川と香川を衛星放送で結んで開催したものです。このフォーラムのときに、香川県の会場で一人だけ女性が発言をしておりますが、この方の職業は何でしょうか。
○政府参考人(田中壮一郎君) 御質問のございました香川県でその発言をした人の職業でございますけれども、この日の各会場とも挙手をした方の中から司会者が発言者を名指しした、指名したところでございますけれども、このときにおきまして、名前を明らかにして御発言くださいということは申し上げましたけれども、職業についてはお聞きをしなかったもので、職業については言及をされなかったというふうに聞いておるところでございます。 ただ、ちょっと御説明をさせていただきますが……
○井上哲士君 簡潔に。
○政府参考人(田中壮一郎君) 平成十五年のエル・ネット教育改革フォーラムにつきましては、東京と石川、香川、これを会場といたしまして、これを衛星通信で結んで実施したわけでございますけれども、これはこの三会場と同時に、各地域に、全国で九百八十六の公民館、図書館等でこのエル・ネットを受信して、そこで一般の多くの国民の方に聴取できるようにして開催したものでございまして、特に香川と石川に関しましては会場が大変狭かったということがございまして、香川と石川に関しましては一般公募は行っておりません。教育関係者の方から御参加を募ったということでございます。
○井上哲士君 そんなこと、おかしいでしょう。 今も言われましたように、この香川と石川の会場は一般公募していないんですね。そして、来ているのは教育委員会の関係者だけですよ。 ところが、その中で当てて質問をした人を私たち調べましたら、小学校の校長先生でした。石川の方の質問者は、私たち調べましたら、県の教育委員会の指導主事の方でありました。その人が名前も名のらずに一般人のような顔をして手を挙げて、当てるんです。東京の会場で見ている人は、それはあたかも一般の人が発言したと思っているわけですよ。これは、実際は来ているのは教育委員会の関係者だけ、それに当てたわけですから、私は、これは組織的やらせ、集団やらせだと思いますよ。 しかも、当時、全国紙に七百万使って広告出しているんです。で、国民は衛星放送を使って、なるほど広く意見を聴いているかと思いますけれども、実際に発言をしたのは組織をされた教育委員会の関係者だけと。税金大量につぎ込んで衛星放送使って中身はやらせ、これでもあなたは不適当なことなかったと言うんですか。
○政府参考人(田中壮一郎君) エル・ネットを使いました教育改革フォーラムにつきましては、ただいま申し上げましたように、そういう三会場を衛星中継で結びまして、全国九百八十六会場でこの、公民館、図書館等でございますけれども、その状況が視聴可能な状況にあったところでございまして、当日は約四千百人の方々がこれらの会場で参加されたというふうに認識をいたしております。
○井上哲士君 質問に答えていない。(発言する者あり)
○委員長(中曽根弘文君) 速記を止めてください。 〔速記中止〕
○委員長(中曽根弘文君) 速記を起こしてください。
○政府参考人(田中壮一郎君) お答えを申し上げます。 この平成十五年のエル・ネット教育改革フォーラムにつきましては、当初より、石川、香川会場においては一般公募はしないということで実施をしたものでございます。(発言する者あり)
○委員長(中曽根弘文君) じゃ、大臣。(発言する者あり)伊吹文部科学大臣。
○国務大臣(伊吹文明君) 井上先生ね、こうやらせ、やらせと決め付けますけれどもね……
○井上哲士君 だから、事実関係を聞いている。
○国務大臣(伊吹文明君) 教育のフォーラムですから、教育委員会の人がそれを主に聞きに行くっていうことはどうしてやらせなんですか。(発言する者あり)いやいや、専門的な人たちがそれを聞きに行くっていうことはあっても構わないんじゃないんですか。
○委員長(中曽根弘文君) 質疑者以外は発言しないでください。
○井上哲士君 さっきも言いましたけれども、今日の報告書でそういうやり方は問題のある運営方法だったと言っているんですよ。ところが、局長は不適当なことはなかったと言っているから、おかしいと言っている。そして、いいですか。(発言する者あり)それは違いますよ。いいですか。この間、大臣は繰り返し、教育改革フォーラムあるいは教育改革タウンミーティングなどを開催して国民の意見を聴くと。同列に並べているんです、同じように。 更に聞きますけれども、さっき千会場で、約千会場で四千人近くが参加をしたと言いました。一か所当たり四人ぐらいですよ。そこは一般公募をしたのに、なぜ、この石川や香川では一般公募が狭くてできないんですか。理屈が通らないじゃないですか。ちゃんと答えてください。
○政府参考人(田中壮一郎君) エル・ネットを受信可能な公民館、図書館等におきましては、当日ここでその教育改革フォーラムが視聴できる旨のPRはいたしましたけれども、公募自体はいたしておりません。
○井上哲士君 それが適切な答弁。
○国務大臣(伊吹文明君) タウンミーティングと教育フォーラムというのは、そもそも性格が違うんじゃないんですか。
○井上哲士君 それは違いますよ。
○国務大臣(伊吹文明君) いやいや、それは違いますよって一方的に決め付けちゃ違いますよ、それは。 ですから、教育関係のセミナーをやるとか教育関係のフォーラムをやるときに、教育関係の人が主になって聞きに行くというのは当然のことじゃないですか。むしろ問題は、僕は先生の言っておられることにある程度理があるとすれば、それをもって国民すべての意見を聴いたということを言えばそれは問題ですよ。(発言する者あり)ですけれども、だって、例えばマルクス・レーニンの思想を聞こうなんていうときには、みんなそういう人たちは来るじゃないですか。何で関係者が来ちゃいけないんですか。何で関係者が来ることがやらせなんですか。それは違うでしょう。(発言する者あり)
○委員長(中曽根弘文君) お静かに願います。
○井上哲士君 いいですか、今日のタウンミーティングのあれでも、一般公募の趣旨に、こういうやり方は問題のある運営方法だと言っているんですよ。いいですか。そして、いいですか、小坂文部大臣、当時の文部大臣、全国各地で教育改革フォーラムあるいは教育改革タウンミーティングなどを開催いたしまして国民の意見を聴く機会を設けてきたと。並べているじゃないですか。国民の意見を聴くということ、並べているじゃないですか。そのフォーラムのこのやり方が適当と考えるのかと。もう一回答えてください。
○政府参考人(田中壮一郎君) お答えを申し上げます。 教育改革フォーラムにつきましては、先ほど申し上げましたように、中央教育審議会の答申を踏まえまして、この周知を図るために開催しておるわけでございますので、教育関係者の積極的な御参加を求めたものでございます。
○井上哲士君 大臣の答弁は、国民の意見を聴く機会を設けてきたと言っているんです。大臣の答弁と違うじゃないですか。こんなことだったら、質疑できませんよ。おかしいじゃないですか。
○政府参考人(田中壮一郎君) したがいまして、教育関係者の積極的参加を求めて、関係者席をつくっておりますけれども、一般公募も、香川と石川以外は一般公募をやっておるところでございます。(発言する者あり)
○委員長(中曽根弘文君) 静かにしてください。
○井上哲士君 ですから、じゃ、もう一回答えてください。 ほかの施設では一般の人が来ているのに、この会場だけ、ほかは全部やったのに何で石川と香川だけは一般公募ができなかったのか。狭かったらですね、そういうことによって一般の人が来れないようなやり方は問題だと言っているんです、今日の報告でも。その認識をもう一回言ってください。
○政府参考人(田中壮一郎君) 香川と石川の会場につきましては、会場が非常に狭くて入れる人数に非常に制限がございましたために、一般公募は行わなかったものでございます。
○井上哲士君 ビデオで見ていますけれども、十分に広い会場があって、そして空席もあったんです。そんなうそ言ったら駄目だ。ほかのところは来ているんだから、一般の人が。なぜこんなことができないんですか。なぜここで一般公募ができなかったのか、ちゃんと、きちっとした答弁してください。
○政府参考人(田中壮一郎君) 再三のお尋ねでございますけれども、私どもが当時の関係者から聞いたところでございますけれども、その会場が狭くて、一般公募すると混乱を招きかねないということで一般公募はしなかったと聞いておるところでございます。
○井上哲士君 結局、当時のことをかばうだけなんですよ。 ほかではやっていないんですか、一般公募。答えてください。
○政府参考人(田中壮一郎君) ほかの会場は香川や石川と比べるとかなり広い会場でございます。
○井上哲士君 これ、大臣、結局こうやって責任逃れをするんです。そして、あなたは、タウンミーティングについては、当時の人に聞いたらこれは真実が分からないかもしれないということで、現在そのラインに乗ってない総括審議官に、トップにして調査をさせると言いました。これ、しかし、結局同じことが起きているんです。ですから、私はフォーラムについても、別の、正にこれに直接かかわってないちゃんとした調査チームをつくって調査すべきだと思いますけれども、どうですか。
○国務大臣(伊吹文明君) 今の参考人が答弁しているように、狭い会場では主に教育関係の人が教育フォーラムだから来るのは当然じゃないですか。そして、広いところでは公募の人たちも入る余地があるんなら入っていただくということでやっているわけですから、タウンミーティングとは違いますよ、教育フォーラム。違いますよ、それは。 だから、先生は何かタウンミーティングと教育フォーラムは全く同じだという前提でお話をしておられますが、それは私は違うと思いますね。
○委員長(中曽根弘文君) 質疑者以外は静かにしてください。
○井上哲士君 これは小坂大臣が繰り返し答弁しているんです、横並びにして。これが法案提出の根拠だと言っているんです。それを、今になってまた違うことを言うのは本当に問題ですよ。 では、もう一つ言いますが、問題はこれにとどまりません。 この教育改革フォーラムの中で一番大規模に行ったのは、今、手にありますこの十月四日のものですが、これは東京、香川、金沢を衛星放送で結んでおりますから、実に二千九百二十四万八千七百十八円掛かっているんですね。このうち、衛星通信ネットワーク業務にどれだけの費用が掛かったか。お手元の資料の中にそのときの請求書が付いておりますけれども、これはこの衛星通信ネットワーク業務を請け負ったところからの請求書で一千百四万六千円、莫大なお金が掛かっているわけですね。これは、タウンミーティングでいえば一回分、フォーラムでいくと二回半分ぐらいのお金なんです。非常にタウンミーティングで無駄遣いありましたから、私は詳細に検討してみました。 資料、今の資料の見ていただきますと、例えばディレクターの人件費、一日七万五千円なんです。これを三人、リハーサルも含めますと六十七万五千円。制作スタッフを見ますと、アシスタントディレクター一人五万円、カメラマン一人六万五千円、合計二百九十四万なんですね。私は、ちょっと業界の方にも聞いてみました。大体相場でいいますと、ディレクターは五万円前後ということであります。カメラマンも三万五千円、大体通り相場の一・五倍から二倍ぐらい掛かっているというお話でありました。これ、国民の税金なんですね。こういう大変高い人件費が請求されていると。これは、これも不適当だとはお考えにならないんですか。
○政府参考人(玉井日出夫君) お答え申し上げます。 これは向こうの見積り、それから請求、それぞれの金額でございますから、それぞれについて市場価格等を勘案しながら精査をし、総価、全体の額が一千百四万六千円でございます。皆さんお配りになられているお手元の資料で、単価もございますが、一番下の方に値引きというものもあるわけでございまして、そういうことでトータルで総価として私どもが契約をしたものでございます。
○井上哲士君 あのね、一千百万で、三十二万の値引きされていますけど、そんな話しちゃ駄目ですよ。今精査したと言いましたけれども、私は、栃木や岡山の見積り見ていますけれども、このときはディレクターは一人二万五千円なんです。アシスタントディレクターは一人二万円なんです。このときだけ物すごく高くなっているんですよ。精査なんかしてないんじゃないですか。 そして、なぜ私はこういうことが起きているのかと大変疑問に思いましたが、これは衛星通信教育振興協会でありますけれども、これは受注者ですね、文科省の生涯学習政策局が管轄している財団法人ですけど、この請負責任者、理事長の齋藤諦淳さんとなっておりますけれども、この方は文部科学省からの天下りだと思いますけれども、最終役職は何だったんでしょうか。
○政府参考人(玉井日出夫君) お答えを申し上げます。 その前に、先ほどの金額でございますけど、その一枚目のその三十二万だけじゃなくて、その次にもそれぞれ三十二万ずつ引かれております。それでトータルということがあるわけでございます。 そこで、今お尋ねの理事長の文部科学省における最終役職でございますけれども、御指摘の財団法人衛星通信教育振興協会理事長、これ非常勤でございますが、最終役職は文部省の生涯学習局長を最後に退官をしているところでございます。
○井上哲士君 私はこの協会の役員を見て驚きましたけれども、設立当時の理事長は元文部事務次官であります。以来、この元生涯学習局長始めこの協会の役員には別の文部科学事務次官、この方は元生涯学習担当の審議官、元広島大学の事務局長など、文部科学省のOBが次々と天下りしているんですね。 お聞きしますけれども、この教育改革フォーラムの業務のこの受注は入札が行われたんでしょうか。
○政府参考人(玉井日出夫君) お答えを申し上げます。 この協会との契約でございますけれども、これは随意契約でございます。すなわち、会計法第二十九条の三第四項を適用し、随意契約を行ったものでございます。
○井上哲士君 それも適切だとお考えなんですか。不適当なことはないとお考えですか。
○政府参考人(玉井日出夫君) 先ほどの役員のところも、全体でたしか現員で二十六名の非常勤の理事長、理事がいらっしゃるわけでございますけど、その中でそれぞれの知識とか経験を買われて要請を受けて就任したものというふうにまず理解をしております。 それから、契約でございますけれども、この契約は東京、石川、香川の三会場、いわゆるエル・ネットを結んで同時双方向により開催し、そして併せて全国の公民館、図書館等の受信施設でも聴講しておられて、大変大きな事業でございまして、この通信トラブル等のない円滑な運用が求められていたものでございますから、したがってエル・ネットを活用した双方向の生中継を実施してきた実績があり、併せてエル・ネットを活用した番組制作、エル・ネットシステムに関する知識等を有している者でなければなかなか安定かつ円滑な事業の実施が困難である、こういう考え方から随契という形にしたわけでございます。
○委員長(中曽根弘文君) 速記を止めてください。 〔速記中止〕
○委員長(中曽根弘文君) 速記を起こしてください。
○政府参考人(玉井日出夫君) お答えを申し上げます。 先ほど申し上げました理由で随契にしておりますので、特段の問題があったとは考えておりません。
○井上哲士君 その結果、非常に高い単価になっていることも問題ないとおっしゃるんですか。国民の税金ですよ。
○政府参考人(玉井日出夫君) 先ほど事業の概要も御説明申し上げました。こういう事業に必要なディレクター等の技術ということでの金額であったわけでございます。そして、総価、トータルの金額として私どもは適切なものと考えたわけでございます。
○井上哲士君 さっき、あなた、精査したと言ったじゃないですか、それぞれを。精査をしてみたら、例えばディレクターなどが大変相場よりも高いことになっているんです。そして、三会場結ぶぐらいだったらいろんな業者できるんですよ。エル・ネット流すと言いますけれども、そんなものはビデオで流したら、こんなの同時に見る人はほとんどいないんですから。全然理屈になっていません。 私、この財団の今年度の事業計画を見ましたけれども、その中に、衛星通信を活用した教育を取り巻く状況は極めて厳しくなっており、当財団としても業務分野の拡大について検討すると、こういう記述もあるんですね。大学分野の衛星については使用が余りにも少ないということで会計検査院からも指摘を受けているんです。結局、私は教育基本法をこの財団の業務拡大に利用したんじゃないかと。しかも、この財団にはずっと生涯学習局長をした人などが文部科学省から天下りをしているんですね。こんなんじゃ生涯学習じゃなくて生涯金もうけに使うということになるんですよ。 私は、教育フォーラムで国民の声を聴いて提出されたと言いながらこういうことが起きていると、タウンミーティングと同じような事態が起きているんですね。今日の報告にもあったように、いわゆるサクラの動員があった。そして、単価も問題だということになれば、私は独自の、やはり文部科学省として独自の調査を別途するべきだと思いますけれども、それができない理由があるなら、大臣、言ってください。
○国務大臣(伊吹文明君) できない理由があるわけではありません。先生がおっしゃっていることがやや一方的であるから調査に至らないということです。
○井上哲士君 はっきり示しているじゃない。
○国務大臣(伊吹文明君) 示してはおりません。 いいですか。今ビデオを撮って持っていけばいいじゃないかとおっしゃっているけれども、その当時やろうとしたことは、ライブですべての会場をつないで、そして一緒にやろうという企画を立てているんですよ。だから、一会場でやっている単価とそれだけの会場をすべて結んでやるときの単価は当然違うわけで、それは適切であるとは私は断言しませんよ。決め付けは私は嫌ですから。しかし、三会場をライブでしっかり結んでやっているものと一会場のものの単価が違うというのは当たり前のことなんですよ。それをいかにも何か決め付けて単価がめちゃめちゃに高いというようなことを言っておられるのは、それは正しいかどうかということは私はもう少し専門家の意見を聞いてみなければいけない。 それから、いいですか、それから、この会場には教育委員会の人が行くということは、私は何もやらせだとか動員だとか思いませんよ、それ以外の会場にたくさん一般公募の人が入っているわけですから。それを一方的にやらせだとか動員だとかと言って決め付けて調査をしろとおっしゃるから、それは私はにわかには同意はできないと申し上げているんです。
○井上哲士君 東京で見ていた人は、石川会場も香川会場も教育委員会の関係者ばっかり来ているなんてだれも思っていないんです。どこも全部一般公募があると思って、そこで発言をしたから、ああ、国民の声を聴いていると思ったら、実はそれは動員された人だと。こういうやり方がおかしいということを今日の最終報告書に出しているんですよ。 ですから、私は、全く文部科学省は反省がないということが明らかになりました。国民の声を聴いて提出したと言いながら、実際はこういうことが起きたわけですから、私は、法案そのものの前提も崩れていると思いますし、やらせ、サクラに加えて天下り先の利益確保という疑いもあるわけですから、徹底した調査もしていただきたいし、こういうことがあいまいなまま、こんな重大な問題を持った法案を採決などをさすことはできないということも改めて申し上げまして、質問を終わります。
○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。 今、教育改革フォーラムで問題があるという指摘がありました。東京で見ていた人はちゃんと議論をしていると思うわけですね。でも、実はそうではなかった。自分は演劇、作られたものに、見ているだけなのにもかかわらず、その本性を現さない。こんなインチキライブ、うそつきライブを国家がやってきたということで、これは駄目ですよ。全く駄目ですよ。 本日、タウンミーティングについての報告書が出ました。衆議院の三時間の質疑が終わった後、私たちのこの委員会の直前に出されたと。この時期についてもまず抗議を申し上げます。 それから、問題なのは──じゃ、まずお聞きをします。このタウンミーティングの報告書を見て分からないことが山ほどあります。教育基本法を変えるべきではないと質問依頼したケースはありますか。あるとしたら何件ですか。
○政府参考人(金森越哉君) お答えを申し上げます。 教育改革タウンミーティングにおきましては、私ども、賛否両論、教育基本法の改正についていろいろな議論が出るようにということで、賛成の立場からの御意見のお願いをしたことがございます。
○福島みずほ君 教育基本法を変えるべきではないという立場で質問を依頼したというケースがあるわけですね。どこですか。
○政府参考人(金森越哉君) お答えを申し上げます。 教育基本法の改正をすべきでないという形で質問のお願いをしたことはございません。
○福島みずほ君 なぜですか。いや、そうではなくて、教育基本法を変えるべきだという質問はしていらっしゃいますよね。何件ですか。で、なぜ教育基本法を変える、変えるべきだという質問だけ依頼したんですか。
○政府参考人(金森越哉君) お答えを申し上げます。 今日公表されました調査報告にもございますけれども、当時、一般の方の参加が予定されている中で、教育基本法の改正につきましては、過去に開催された文部科学省主催のフォーラムなどの状況から見まして、改正に反対する方の発言が可能性としてございましたものですから、賛否両論幅広い意見が出るように配慮する必要があると考え、賛成の立場からの御意見をお願いしたということでございます。
○福島みずほ君 賛否両論を得るために発言を依頼したという、そういう文科省の認識では納得できません。要するに、うそを言わせていたわけじゃないですか。事前にない意見をなぜつくるんですか。
○政府参考人(金森越哉君) お答えを申し上げます。 私どもといたしましては、当時、教育改革フォーラムで教育基本法の改正について賛否両論幅広い意見が出るよう配慮する必要があると考えたものですから、改正に反対する方の御意見というのはこれまでのフォーラムなどの状況から見まして出ておりましたものですから、賛成の方の御意見をむしろお願いをしたということでございます。
○福島みずほ君 答弁に納得できません。賛否両論取るために依頼したと。破廉恥ですよ、今日そんなこと言うのは。おかしいじゃないですか。税金使って国の言いなりになる意見を言わせる、そして違う意見、政府に反対する意見は封殺をしていく、これがタウンミーティングの本質ですよ。 今日、タウンミーティングについての報告書、納得ができません。これの教訓、何にとっての教訓かと思いますが、本調査の結果得られた教訓、五十二ページ、ここですね、「国民の立場から見たときに「世論誘導」ではないかとの批判を招く結果となった。」、これでよろしいんですか。世論誘導ではないかとの批判を招く結果となったのではなく、世論を捏造したわけでしょう。問題の本質に迫っていません。官房長官、どうですか。
○国務大臣(塩崎恭久君) 何度も繰り返し申し上げているように、このタウンミーティングで、本来は国民の生の声を聞かしてもらって国民と双方向で対話をしようと、こういうことでタウンミーティングをやっていたわけでありますけれども、その基本にもとるようなことが数々あったということで、深く反省をしているわけであります。 したがって、今お話がございましたように、捏造というようなことがありますが、そういうことも考え得るようなケースもあったということは私たちは認めないといけないと思っています。率直に我々の過ちは過ちとして認め、そしてその他の様々問題が出てきているわけでありますから、それについてもしっかり認めて、その上で、じゃこの教訓からどういう次なるやり方をつくり上げていくのかということでやっているわけであります。 捏造、捏造とおっしゃいますけれども、実は、例えば賛成、教育基本法にしてみれば、例えば山形県の米沢でやったときは賛成というのは一つも出ていないんですね。反対ばっかり四つぐらい出ていると、こういうことでありますから……
○福島みずほ君 いいじゃないですか、国民の声なんだから。
○国務大臣(塩崎恭久君) いや、私、悪いって言ってないんです、全然。前言ったように、障害者自立支援法のあのとき、やったときは大体ほとんどの人が反対で、でもそれでも非常に勉強になりました。だから、それはそれでいいんです。
○福島みずほ君 いいじゃないですか。
○国務大臣(塩崎恭久君) いやいや、まだ終わってないんです。待ってちょうだい。 ですから、その賛成をやらせでやったというのも確かに教育では五回あったわけですね。ですから、それは極めて不適切だと言っているわけで、しかし、じゃ全部が捏造で行われてきたかと、それも全く違っていて、反対の人一色というところも何度もあって、ほかのところでも同じようにあったわけであります。 ですから、全部が良かったというようなことはもうとても言える状態ではないことは今日の報告書でも明らかでありますから、そこはもうしっかりと過ちは認めていますが、それらが全部が捏造だということではないということだと思います。
○福島みずほ君 全部が捏造なんて言っていません。ただ、この問題は根が深くて、その会場に来た人たち、それからその報告を聞いた人たち、それから青森の件がばれるまでは、国会議員はみんなタウンミーティングや教育フォーラムでまともに声を聴いたというふうにみんな思っていたんですよ。だまされていたんですよ。というか、もっと言いますが、だましたんですよ、はっきり。税金使ってだましたんですよ。そういううそに付き合わされた国民はどうなるのかと思いますよ。そのうその上にこの教育基本法改悪法案出てきて、通そうとしたんじゃないですか。 官房長官、反省をするとおっしゃいました。国民に対して謝罪をしてください。
○国務大臣(塩崎恭久君) 先ほど記者会見で既に国民の皆様方に深くおわびを申し上げましたけれども、この件は過ちは過ちとして認め、国民に対して深くおわびを申し上げたいと思います。
○福島みずほ君 国会の中で何度もこのタウンミーティングと教育改革フォーラムについて引用し、国民の声を聴いてきたとおっしゃいました。国会、私たち議員に対しても謝罪をしてください。
○国務大臣(塩崎恭久君) 国会議員は国民の代表だと思っております。したがって、国民におわびを申し上げたということは国会議員に対してもおわびを申し上げたということだと思います。
○福島みずほ君 うそで塗り固めたこのタウンミーティング、全部ではないけれど、でもこの反省は生ぬるい、本質に全然迫っていない。しかし、官房長官が謝罪をしなければならないほどひどい問題です。教育基本法改悪法案、もう一度国民の声を聞き直すべきだ。いかがですか。
○国務大臣(塩崎恭久君) 先ほど来、このタウンミーティングのこの過ちはしっかりと認めているわけであります。それと、しかしこの法案審議、つまり国民の代表たる国会議員の集まっている、国権の最高機関である国会で審議をして通すところでありますから、そこで皆さん方に御議論いただいてお通しをいただくというのがこの法律の通し方であり、成立の仕方でありますから、国会で是非御議論いただいてお決めをいただきたいと思います。
○福島みずほ君 おかしいです。駄目です。 というのは、国会の中で大臣は繰り返し繰り返し、前大臣のときから、このタウンミーティング、そして教育改革フォーラムでこういう意見が出た、意見を聞いてきたと言ってきました。ばれなければ、みんなそんなものかと思っていたんですよ。でも、ちゃんと悪事がばれました。だから、そのことについて、国民の意見を聞いたという前提そのものが壊れているんです。だから、教育基本法改定法案、国会の中で成立するわけにはいきません。 次に、先日お聞きした松江のケースについて再度お聞きをいたします。 先日、局長は、自殺の件数につきましては警察庁と直接突き合わせをしたことはないというふうに答弁を、十二月七日、私の質問に対してされました。文書では連絡を取ってやると木村さんに対して回答しながら、なぜ一年以上何の連絡も取らなかったんですか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 小中高の自殺の件に関しまして、文部科学省と警察庁の間で連絡を取っていなかったという点については、先般御答弁申し上げましたように、全く私どもが十分対応しなかったということであって、大変申し訳ないことだと思っております。 十七年の三月十日に回答文書を出したわけでございますけれども、以後、警察との連携、私立学校に関する実態把握、それから実態を正確に把握するように都道府県教育委員会に対する指導を行うというようなことにつきまして十分な取組をしなかったのは、私どもとして大変遺憾なことであったと反省をいたしております。
○福島みずほ君 文書ではっきり書いているのに、なぜ連絡を取らなかったんですか。
○政府参考人(銭谷眞美君) その点につきましては、私どもの取組に甘さがあったということを申し上げるしかないと思っております。
○福島みずほ君 いじめの問題は深刻です。文科省は一九九九年から七年間、いじめによる自殺死ゼロと言ってきました。そんなのおかしいぞと声が上がっていたわけです。みんな子供の自殺をなくしたい、そう思って、子供が苦しんだ現実に全く文科省が向き合わない、それに対してみんなは問題だと言ってきました。 木村さんに現に文書出しているんですよ、ちゃんとやりますと。結果的に文科省はうそをついていたということでよろしいですか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 十七年の三月十日付けで文部科学省の方から、先ほど申し上げましたような回答を申し上げて、以後、結果的に取組が十分でなかったということについては、私ども、回答したことをそのとおりやっていないという意味で反省をしているところでございます。
○福島みずほ君 回答して、でも実は何もやらなかった、連絡も取らなかったということがあるわけですね。 私は、これについては、この間、子供たちたくさん亡くなっています。文科省が子供の自殺に一切向き合ってこなかったと、その意味では。だって、文書出しているんですよ、担当名で。で、やらない、一年半放置した。どうですか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 私ども、子供の自殺につきましては、その原因がいじめに起因するものを含めまして、やはり幼い子供が自ら命を絶つということは大変深刻に受け止めるべき事態だと考えておりまして、今年の夏から省内に自殺の問題を考える専門家の会議を立ち上げまして、子供の自殺の背景分析、あるいは今後の自殺防止の対応といったようなことについて検討を始めているということで、子供の自殺について軽く考えているとか、そういうことでは決してございません。
○福島みずほ君 文科省の対応のまずさが子供の自殺を放置した、あるいは増やしたかもしれない、生んだかもしれない。その点はいかがですか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 私ども、子供の自殺というのは、小学生、中学生、高校生について見ますと、文部省の調査における経年的な変化という意味で見ますと、実は数としてはそれほど増えていないわけでございます。それは文部省の調査における経年的な変化という意味でございます。 もちろん、不登校の問題、いじめの問題、子供をめぐる問題が依然として深刻な状況にあるということはもちろん把握をしつつ、いろいろな対策も講じているわけでございますけれども、今年の夏にこの自殺の問題について、先ほど申し上げました専門家による検討会を行うということからお分かりのように、数は減っているけれども、私どもとしては、この問題は大変重要な問題だと認識はして取り組んでいるつもりでございます。
○福島みずほ君 質問に答えていません。質問に答えてください。 一年以上前、三月十日にこういうふうにやりますと文書で回答しているんですよ。一切何もしなかった、連絡も取らなかった。文科省は子供の自殺は減っていると豪語してきたんですよ。現実に全然直面していない。文科省の対応が、文科省の不手際が子供の自殺を防止しなかったかもしれない、できなかったかもしれない、有効でなかったかもしれない。その点についてどうですか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 私どもとしては、数について警察と開きがあるのは事実でございますが、自殺の状況等について毎年調査をし、その原因についても公表するという作業はずっと続けてきたわけでございまして、私どもが、お手紙をいただいた方に対する回答以後、その方とのコンタクトあるいは警察との連携等、お約束したことをやっていなかったということは、これは私ども先ほどから認めて反省をしているわけでございますけれども、そのことが子供の自殺を誘引したとか、そういうことではないというふうに思っております。
○福島みずほ君 質問ができません。(発言する者あり)答えてないよ。 というのは、文科省は、自殺の実態の把握がおかしかったわけですよね。教育委員会から上がってくることをただただやっているだけで、指摘を受けても、文書は出してもそれに対応しなかったと。一年半以上放置したり、この期に及んでも実際何もやってないんですよ。この特別委員会が始まるまでもやってないんですよ。だって、連絡一切取ってないと、この間も今日もおっしゃったじゃないですか。この間もおっしゃった。 文科省は、子供のいじめの問題について根本的に欠陥がある、それでよろしいですか。
○政府参考人(銭谷眞美君) まず、御説明申し上げたい点が二点ございまして、一つは、文部科学省としてこの夏から小学校、中学校、高等学校の子供の自殺の問題について、その背景分析、対応策等について検討する専門家会議を始めて検討しているというのがまず一点申し上げたい点でございます。 それから二点目は、このいわゆるいじめ自殺の問題が報道され、非常に大きな問題になりまして、文部省の自殺の調査において平成十一年以降自殺の原因としていじめというものがなかったというのが大変これはおかしいではないかという御指摘もいただきまして、この平成十一年以降の自殺につきまして、その背景にいじめがなかったかどうか、今全部調査を再度行っているところでございます。それについてはできるだけ速やかに集計をして、また御報告もしたいと思っているところでございます。
○福島みずほ君 市民から根本的な問い合わせがあり、文書も出してちゃんとやりますと言ったんですね。でも、一年半以上何もしなかった。結果的にうそをついていたんですよ。やる気がなかったのか、やるつもりもなかったのか、子供の問題に向き合うつもりが文科省はなかったのか。さっき、特に責任はない、感じてない、特にないというふうにおっしゃいました。はっきり言いますが、文科省に教育行政をやる資格はないと思いますが、いかがですか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 先ほど来繰り返しておりますけれども、昨年にその文部科学大臣あてにお手紙をいただいた方に対して昨年三月十日に回答を申し上げて以降、その方にお答えをした内容について誠実に対応していなかったことにつきましては私ども深く反省をしているところでございます。 私ども、この自殺の問題につきましては先ほど来申し上げました二つの対応を今取っているわけでございますが、警察との連携等につきましても今後しっかり取っていきたいと思っているところでございます。
○福島みずほ君 教育基本法改悪法案では教育振興基本計画を作るとか教育行政のことがずらっと書いてありますが、文科省の今日の答弁を聞き、この間の答弁を聞き、担えないというふうに思います。担えないですよ。だって、現実に言われて向き合えといって向き合わないんですもの。たまたま木村さんから私たちが連絡をもらって事情が分かったけれど、通常はこの市民の声を踏みつぶしてきたのが文科省じゃないですか。子供のことがかわいいなんて思ってないですよ、いじめの問題に全然向き合ってないんだから。文科省に教育行政、教育基本法を改悪する資格はない、そのことをまず申し上げます。 次に、自民党新憲法草案と教育基本法の整合性をチェックし、自民党新憲法草案に合わせて非常に字句、文言含めて今度の教育基本法改定法案、自民党新憲法草案と対になっている、整合性があるという答弁に仰天をしています。これは一政党が作った案で、日本国憲法が最高法規であり、日本国憲法の下での教育基本法であるべきです。日本国憲法と自民党新憲法草案は考え方が百八十度哲学が違います。教育基本法と教育基本法改定法案も百八十度違います。主権者を主体と見るか客体と見るか、名あて人がどこかという点が全く違います。 私たちが教育基本法改悪法案に反対をするのは、子供を教育を受ける主体ではなくて客体と見ることです。子供たちを道徳、愛国心、倫理、規範という形で上から押し付けていく。子供たちの自発性という、そういう文言を外して、子供を客体と見ていくという全く教育に関する哲学が教育基本法と教育基本法改定法案では違います。自民党新憲法草案に整合しているということは、むしろ日本国憲法に明確に反している。人権審査基準も日本国憲法と自民党新憲法草案では違います。自民党新憲法草案では、公益及び公の秩序によって基本的人権が制限できると、非常に幅広く基本的人権が制限できるようになっております。 教育基本法改悪、改定法案は日本国憲法に反する、いかがですか。
○国務大臣(伊吹文明君) 先生の価値観で先生が御発言になることは自由ですが、余り決め付けられますとこれは議論にならないですよ。当時の議事録をよく精査してください。日本国憲法とすべて整合性を取っているなんて私は一度も答弁していませんよ。私が申し上げたのは、(発言する者あり)いやいや、そうじゃないですよ、ちゃんと聞いてください。 私が申し上げたのは、当然のこととして、現在の日本国憲法の精神にのっとってこの教育基本法案は提出はしておりますけれども、だけれども、念のために、例えば自民党が憲法草案を作っているわけだから、例えば教育を受ける権利だとか、そういうところの適合性をチェックはしておりますということを申し上げたんであって、すべての条項を何かこの自民党の憲法草案とすべて整合性を取って出しているというようなことは、私は何も一度も言っておりませんよ。
○福島みずほ君 議事録、十一月二十七日に、新しい自民党新憲法草案が国民の御了解を得られても、十分堪え得る内容になっていると理解している、十一月二十七日の議事録では事細かに文言、条を挙げて、どのように文言がタイアップしているかについて答弁をされています。 じゃ、逆に、大臣、お聞きします。この教育基本法改定法案で自民党新憲法草案に反するところはありますか。
○国務大臣(伊吹文明君) 反するところは我々のチェックの範囲ではございません。 しかし、先ほどおっしゃった、いいですか、先ほどおっしゃった権利が幅広く制限されているというのは、それは先生の御解釈はそうかも分かりませんが、現行憲法においても権利というのは公共の福祉の範囲内で認められているということは同じじゃないんですか。
○福島みずほ君 公益及び公の秩序によって基本的人権を制限できるというのが自民党の新憲法草案です。自民党新憲法草案と日本国憲法は哲学が違います。国家に対して権利を制限するなという日本国憲法から、自民党新憲法草案は国民の責務、国民の責任というのを非常に言って、国家と個人の関係を百八十度変えています。 ですから、自民党新憲法草案と反しない教育基本法改定法案とおっしゃいましたが、正に教育基本法、私たちの立場では改悪法案ですが、それは正に国家と個人の関係を変えるものです。これは明確に日本国憲法に反しています。内心の自由を、愛国心を教えること、愛国心を法律の中に規定する、教育に関する法律に規定することは、明確に個人の内心を侵害し、憲法十三条などに明確に反すると。 私は、この委員会の中で教育基本法改定法案がまだ存在していない自民党新憲法草案に合致し、それとチェックをして作ったということが、あっ、存在か、成立していないという意味でですね、一政党の新憲法草案と整合性をチェックをし、それは結果的に日本国憲法に明確に反しているということを申し上げ、このような教育基本法改定法案は、憲法違反の法律を成立させることは立法者としてできない。このことを国会、今官房長官はよしと言ってくださいましたけれども、それを国会議員は重く受け止めて、日本国憲法にのっとった教育基本法の実践をすべきだというふうに考え、私の質問を終わります。
○国務大臣(伊吹文明君) 先生の価値観で先生の現行憲法の解釈に自民党憲法草案の解釈をおっしゃることは自由ですが、私は先生のような解釈は取っておりません。
○委員長(中曽根弘文君) 時間です。
○福島みずほ君 でも、新憲法草案と日本国憲法の両方に合致するなんていうことはないですよ。
○委員長(中曽根弘文君) 時間ですから。
○福島みずほ君 両方に合致する教育基本法改定法案なんて存在しません。 終わります。
○亀井郁夫君 国民新党の亀井郁夫でございますが、連日御苦労さまでございます。最後のバッターでございますので、どうぞよろしくお願いします。 大分議論が激したところで登場したわけでございますけれども、私は今日は教育に一番大事な体育の問題で是非ともお尋ねしたいと思います。 私、文教科学委員会の委員じゃないものですから、発言の機会がないものだから、大臣のお考えを是非聞きたいと思います。 この前、私自身が広島県の陸上競技協会の会長をしているものですから、で、いろいろ会議やっていましたら、競技の日程調整の際に、高体連の方から、県の教育委員会の指示によって祝日を競技会に充てることはできないと、休日や日曜日や土曜日ならいいんだけれども祝日にはできないということになっているんで非常に困っているという話がありました。びっくりしました。 その原因についていろいろと調査しましたら、全国都道府県体育・保健・給食主管課長協議会と財団法人の全国高等学校体育連盟と、また日本中学校体育連盟、さらには全国連合の小学校長会の間で、平成十三年に「児童生徒の運動競技について」ということで約束してその文書を配っているんですね。 それで、児童生徒の運動競技の取扱いについての文書がありましたけれども、それには本人の健康状態を考えて、そして保護者の了解も得て、小学校は都道府県内と、中学校は年に一回、全国大会や地方ブロック大会に出れると、高等学校は年二回程度、地方ブロックと全国大会に出れるというようなことを決めているんですね。 これが全国に流されて、地方の高体連や中体連や小体連では厳格に、県によって違いますけれども、守っているところが多いんですけれども、そのことを文部科学省は御存じですか。
○政府参考人(樋口修資君) お答え申し上げます。 御指摘のとおり、児童生徒の運動競技会の開催・参加につきましては、高等学校体育連盟を始めといたしました関係団体四者による申合せがなされておりまして、この四者の申合せに沿いましてそれぞれ各都道府県団体等に通知が行われ、この申合せに基づいて運動競技会が実施されていると承知しております。 なお、同申合せは、児童生徒が参加する運動競技について、児童生徒の発達段階等を考慮するとともに、勝利至上主義に陥らないように運動競技会の参加回数等の基準を申し合わせたものと理解しております。
○亀井郁夫君 この四者協議の文書は、文科省の通達が出ておったのと同じような内容のものが出ておったのが、十三年に廃止されたのを契機にして、同じ日にこの四者協定になったんですけれども、片方で不思議なのは、平成十五年十二月に、もう少し調べましたら、文科省の政令として、公立義務教育諸学校の教職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合の基準を定める政令という、まあ長ったらしいものなんですけれども、それができておって、教職員に対して時間外勤務させちゃいけないということですね。 そして同時に、やる場合には、実習だとか学校行事だとか職員会議、非常災害と、四つに限定しておって、原則時間外は認めないということになっておるわけですから、実は問題なのは、この政令が出てから学校の先生は放課後、子供たちの指導が全くできないと。まあやってもそれはもういわゆる調整金のうちだということになってしまっているわけですが、この時期にわざわざ平成十五年にこういう文書を出さざるを得なかったのはどういうわけですか。これがちょっと分からないんですね、これまでなかったんだからね。何かあったんですか。
○政府参考人(銭谷眞美君) ちょっと長くなりますけれども、御説明させていただきます。 公立学校の教員について時間外勤務を命ずる場合は、これまでは国立学校の教員について定められた例を基準としていたわけでございます。つまり、国立学校の教員に時間外勤務を命じる場合として四項目に限定して命じることができるとされていたわけでございますけれども、公立学校の教員もその例を基準として運用してきたわけでございます。これに対しまして、平成十六年度から国立大学が法人化しましたものですから、国立学校の教員というのが言わばいなくなった、国家公務員たる教員がいなくなったわけでございますので、この国立学校の教員の例がなくなったわけでございます。それで、公立学校の教員について独自に条例を制定する必要が生じたために、時間外勤務を命じる場合について政令で定めるその基準に従って条例で定めるとの法律の改正が行われたわけでございます。 この法改正を受けまして、平成十五年十二月にただいまお話がございました公立義務教育諸学校等の教職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令というものが制定をされまして、平成十六年四月一日から施行されたわけでございます。 この政令の中で定めております時間外勤務を命じる場合の四項目というのは、それ以前の国立学校を基準としていた場合の四項目と全く同じでございまして、校外実習、修学旅行、職員会議、非常災害という、この四項目というのは変わっておりません。そういう事情でございます。
○亀井郁夫君 今のお話だと、国立学校の場合に準じて公立学校をやっておったという話でございますけれども、公立学校でのそういう時間外の指導は意外とルーズになっている面がたくさんあったわけですけど、そのことをわざわざ十五年から非常に厳しくなって、今言われたように十六年から国立大学がなくなったということですが、非常に厳しくなってきてこういう文書が出されるものですから、そういう意味で地方の方は困っているんですね。だから、私の郷里の広島県でも同じようにまじめに是正指導されたものだから今度はまじめにやっているものですからね。だから、そうすると、非常に困って、スポーツしようと思ってもできないし、文化行事をやろうと思ってもなかなかできないと。我々は土日も祝日も同じような感覚でおるわけですけれども、祝日はいけないよ、土日はいいよと言われると、どうも私、常識で考えてもおかしいんですけれどもね、大臣、どう思われますか。
○国務大臣(伊吹文明君) まあ、ちょっと私も先生と同じような感じを持ちますね。それで、法令上というんでしょうか、法律、労働基準法その他の法律も含めて祝日に競技大会や行事をやっちゃいけないなどということはありませんよね。広島県ではどういう条例になっているのか、私よく分かりませんけれども、祝日に、例えば文化の日に文化行事をやるとか体育の日に体育行事をやるとかいうことを別に制限をしているということでは私はないんじゃないかと思います。 ですから、これはやはり広島県の教育委員会が先生がおっしゃった大会の事務局と御相談になって、自主的にお決めになればよろしいことじゃないかと私は思いますが。
○亀井郁夫君 ありがとうございます。 大臣もおかしいと思われるわけですが、そのおかしいことが現実に行われているんですよね。広島だけじゃなくて、山口も同じだと言っていましたからね。だから、そういう県が幾つもあるわけですね。 だから、そういうのは文科省としては指導、助言して直していくのがやっぱり大事だと私は思うわけでございますけれども、そういうことで、今大臣言われたように、文化の日に文化行事ができない、体育の日に走っちゃいけないということじゃ非常に困るんですよね、正直言いまして。だけど、それがばかまじめに行われているのが地方の高等学校なり中学校の団体だと。その原因は、今言ったことで文科省が心ならずも出していることが、文科省が出している政令とそれから四者協の話でそういうことになっているというふうに取っているんですよね。 だから、違うんならやはり違うように、やはり是正指導を是非してほしいと思うんですね。だから、文科省から青少年のそういったスポーツのためだとか文化行事のためにはいろいろ考えていかなきゃいかぬということで、そういう政令を出してもらえれば一遍に解決するんですけれども、その政令を出す道はあるんだろうと思うんです。どうでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) ちょっと細かなことは経緯がありますから政府参考人から答弁させますが、今の文部科学省の先生がおっしゃった心ならずもということも、振替休日だとかいろいろな問題は当然あると思いますけれども、祝日に行事をやっちゃいけないということを政令上言っているわけじゃ私はないと思います。その辺の経緯はもう一度説明させますけれども。
○政府参考人(銭谷眞美君) まず、ただいま大臣からもお話ございましたように、政令上、祝日に行事やっていけないとか、そういうことを定めていることは全くございません。 それから、この新しい政令によりましてまたいわゆる超過勤務を命ずることができる四項目が決まったというふうに言いましたけれども、これは前と変わっていないわけでございます。今までと超勤を命ずる四つの項目というのは全く変わっていないというのをまず御理解賜りたいと思います。 すなわち、公立学校の教員に時間外勤務を命ずることができるのは、先ほど言いましたように、実習とか職員会議等のいわゆる超勤四項目に限られているわけでございますが、例えば祝日の部活動のような、こういった超勤四項目に該当しない業務について教員が時間外に自発的に活動するということを妨げるというものではこれはございません。このように、祝日に教員が部活動の引率を行うというようなことにつきましては、超勤四項目があるからできないということではないわけでございます。それをまず申し上げておきたいと思います。 それで、今回のその祝日の行事の件でございますけれども、これは広島県教育委員会とその大会事務局の関係者間で十分協議をしていただければ解決できるものだと私は考えております。広島県においてこれは適切に対処していただければよろしいんではないかと思っております。
○亀井郁夫君 今、広島県でやればいいんだと投げられましたけれども、現実に今また土日や休みの日にできるんだと言われましたけれども、土日は給料もらってないからそれなら振替休日でやれると。だけど、祝日は給料は出ているんですよね。給料は出ているから振替できないんだとかいう、何かよう分からぬけれどもね。だから、非常に難しいことを言って認めないんですよね。だから、それじゃちょっと困るんで、やはりその辺を文部省の方できれいにひもどいてもらえませんでしょうかね。 そういうことで、子供たちの指導のためには非常に大事なことなものですから、是非よろしくお願いしたいと思います。大臣どうですか。
○国務大臣(伊吹文明君) 担当者と広島県の教育委員会で協議をさせてみたいと思いますが、逆の、先生、見方をしますと、じゃ、これがあるから広島と山口以外のところでもみんなできていないのかというと、そうじゃございませんでしょう。だから、それは、超勤をくれない限りは動かないというんですかね、そういうことの方にむしろ原因があるんであって、本来、他の県ではきちっと文化の日だとか体育の日に行事が行われている例もあるわけですから、広島県のためだけに政令を変えるというわけにはいかないと思いますから、むしろ実態的に他の県と同じようにやったらどうだという話合いはさせてみたいと思います。
○亀井郁夫君 多分、日教組が強いところは、強かったところはそうなっているんで、それを引き継いでそのままやってきているからこういうことになっているんだろうと私は思うんですけれども、そこはよく考えてやってほしいし、ほかのところ調べておりませんから調べてみますけれども、よろしくお願いしたいと思います。 そして、休みの日でも子供を連れてやっぱり行っている先生たくさんおられるんですよ。それで、安い給料で、四時間以上やると幾らもらえると思いますか。千三百円出るんですよね。時間給は千三百円を四時間で割ると三百何十円、三百ちょっとの手当をもらって行っておるわけで、この手当についても安過ぎると私は思うんですけれども、聞いたら文科省は各県でやればいいと言うけれども、文科省がこれ基準出しているんですよ、千三百円という基準をね。これをもうちょっと高くしてやっぱりあげるべきだと思いますけれども、その辺、どうお考えでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 部活動手当についてのお話でございましたけれども、各都道府県の条例によりまして、土曜日、日曜日などに子供たちに対する部活動の指導を四時間程度行った教員に対しまして、今先生お話ございましたように、日額千二百円程度が支給されているという状況でございます。 この部活動手当につきましては、今、教職員給与について見直しの検討を進めているところでございますが、その中でも話題になっておりまして、教育水準の維持向上と優れた教員の確保という観点から検討を進めているわけでございますが、その検討の中で十分に私ども実情を踏まえて検討しているところでございます。また、検討してまいりたいと思っております。
○亀井郁夫君 府県の問題だとか、そして今検討しているということだったからいいんですけれども、そういうことで投げないで、やはりかわいい子供たちを連れて土曜日、日曜返上し、祝日も返上してやってくれている先生方がおるわけですから、それについての報酬はそれなりに考えなきゃいかぬと思うんですけれども、それがやっぱり体育の向上になると思いますから、是非とも考えてほしいと思いますんで、大臣、ひとつそういう通達も考えるように言ってください。ひとつよろしく。
○委員長(中曽根弘文君) 本日の質疑はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。 午後五時五十四分散会