教育基本法に関する特別委員会 第1号
- 発言数
- 344 件
- 登壇者
- 21 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 2006/11/22
会議録
○佐藤泰三君 ただいまから教育基本法に関する特別委員会を開会いたします。 本院規則第八十条により、年長のゆえをもちまして私が委員長の選任につきその議事を主宰いたします。 委員の異動について御報告いたします。 本日、広中和歌子君が委員を辞任され、その補欠として那谷屋正義君が選任されました。 ─────────────
○佐藤泰三君 これより委員長の選任を行います。 つきましては、選任の方法はいかがいたしましょうか。
○佐藤泰介君 委員長の選任は、主宰者の指名に一任することの動議を提出いたします。
○佐藤泰三君 ただいまの佐藤君の動議に御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○佐藤泰三君 御異議ないと認めます。 それでは、委員長に中曽根弘文君を指名いたします。(拍手) ───────────── 〔中曽根弘文君委員長席に着く〕
○委員長(中曽根弘文君) 一言ごあいさつを申し上げます。 ただいま委員各位の御推挙によりまして、本委員会の委員長に選任されました中曽根弘文でございます。 委員会の運営に当たりましては、公平かつ円満な運営に努めてまいりたいと存じますので、委員各位の御支援と御協力のほどよろしくお願い申し上げます。(拍手) ─────────────
○委員長(中曽根弘文君) ただいまから理事の選任を行います。 本委員会の理事の数は七名でございます。 理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(中曽根弘文君) 御異議ないと認めます。 それでは、理事に岸信夫君、北岡秀二君、保坂三蔵君、佐藤泰介君、櫻井充君、蓮舫君及び木庭健太郎君を指名いたします。 暫時休憩いたします。 午前八時三十四分休憩 ─────・───── 午前八時四十五分開会
○委員長(中曽根弘文君) ただいまから教育基本法に関する特別委員会を再開いたします。 委員の異動について御報告いたします。 本日、佐藤泰三君が委員を辞任され、その補欠として中島啓雄君が選任されました。 ─────────────
○委員長(中曽根弘文君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 教育基本法案、日本国教育基本法案、地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案及び学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案、以上四案の審査のため、必要に応じ政府参考人の出席を求めることとし、その手続につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(中曽根弘文君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいます。 ─────────────
○委員長(中曽根弘文君) 教育基本法案、日本国教育基本法案、地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案及び学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案、以上四案を一括して議題といたします。 まず、教育基本法案について、政府から趣旨説明を聴取いたします。伊吹文部科学大臣。
○国務大臣(伊吹文明君) このたび、政府から提出いたしました教育基本法案について、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 現行の教育基本法については、昭和二十二年の制定以来、半世紀以上経過いたしております。この間、科学技術の進歩、情報化、国際化、少子高齢化など、我が国の教育をめぐる状況は大きく変化するとともに、様々な課題が生じており、教育の根本にさかのぼった改革が求められております。 この法律案は、このような状況にかんがみ、国民一人一人が豊かな人生を実現し、我が国が一層の発展を遂げ、国際社会の平和と発展に貢献できるよう、教育基本法の全部を改正し、教育の目的及び理念並びに教育の実施に関する基本を定めるとともに、国及び地方公共団体の責務を明らかにし、教育振興基本計画について定める等、時代の要請にこたえ、我が国の未来を切り開く教育の基本の確立を図るものであります。 次に、この法律案の内容の概要について御説明申し上げます。 第一に、この法律においては、特に前文を設け、法制定の趣旨を明らかにいたしております。 第二に、教育の目的及び目標について、現行法にも規定されている「人格の完成」等に加え、「個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い」、「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養う」こと、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」ことなど、現在及び将来を展望して重要と考えられるものを新たに規定いたしております。また、教育に関する基本的な理念として、生涯学習社会の実現と教育の機会均等を規定いたしております。 第三に、教育の実施に関する基本について定めることとし、現行法にも規定されている義務教育、学校教育及び社会教育等に加え、大学、私立学校、家庭教育、幼児期の教育並びに学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力について新たに規定しております。 第四に、教育行政における国と地方公共団体の役割分担、教育振興基本計画の策定等について規定いたしております。 以上が、この法律案の提案理由及びその内容の概要でございます。 何とぞ、十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願いいたします。
○委員長(中曽根弘文君) 次に、日本国教育基本法案、地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案及び学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案について、発議者佐藤泰介君から趣旨説明を聴取いたします。佐藤泰介君。
○佐藤泰介君 ただいま議題となりました日本国教育基本法案、地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案及び学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案の三法案につきまして、民主党・新緑風会を代表し、その提案の理由及び内容の概要について御説明申し上げます。 人なくして国なしであります。民主党・新緑風会は、明日を担う人間を育てることこそが最重要課題と位置付け、新たな文明の創造を希求し、未来を担う人間の育成について教育が果たすべき使命の重要性にかんがみ、このたび日本国教育基本法案等三法案を提出いたしました。 我が国の教育は様々な問題に直面しています。すなわち、人生のスタート段階における格差問題、いじめを原因とする痛ましい自殺や不登校、学力低下の問題、受験第一主義の行き過ぎによる未履修問題、さらには昨今、小中学生をめぐる悲惨な事件も続発しています。 こうした教育の問題を抜本的に改善するためには、日本国教育基本法において、新しい時代に対応した新たな教育の理念を明示するとともに、この理念を具体化するため、子供たちとじかに接する教育現場における民主的、自律的な運営を行うための教育行政の抜本的な改革と、学校教育の環境整備のために必要な財源の確保が不可欠と言わなければなりません。私たち民主党・新緑風会は、これらの要請にこたえるため、日本国教育基本法案等三法案を取りまとめた次第です。 まず、日本国教育基本法案につきまして、以下、主な内容を申し上げます。 第一に、我々は物質文明を脱し、コミュニケーションや知恵や文化を重視する情報文化社会の創造を目指し、その担い手を育成するために重要なアイデンティティーの醸成を図るため、前文において、教育の使命は、「人間の尊厳と平和を重んじ、生命の尊さを知り、真理と正義を愛し、美しいものを美しいと感ずる心を育み、創造性に富んだ、人格の向上発展を目指す人間の育成である。」とし、同時に、日本を愛する心を涵養し、祖先を敬い、子孫に思いを致し、伝統、文化、芸術を尊び、学術の振興に努め、他国や他文化を理解し、新たな文明の創造を希求することを明記しております。 第二に、何人に対しても生涯にわたって学ぶ権利を保障することとしております。 第三に、国及び地方公共団体は、それぞれの子供に応じた教育機会及び環境の確保、整備を図るものとし、国は普通教育の最終的責任を有するものとしております。 第四に、幼児期の教育及び高等教育について、無償教育の漸進的な導入に努めることとしております。 第五に、生命及び宗教に関する教育については、生の、命の意義や死の意味を考察し、宗教的な文化や伝統に関する基本的な知識の修得及び宗教の意義の理解、そして宗教的感性の涵養は教育上尊重されなければならないとしております。 第六に、インターネット社会の光と影について正しく理解するための教育を推進するとしております。 第七に、地方公共団体が行う教育行政はその長が行わなければならないと規定するとともに、地域の子供は地域で育てていくとの考えから、その設置する学校には学校理事会を設置し、主体的、自律的運営を行うものとしております。 第八に、教育予算を安定的に確保するため、公教育財政支出について、国内総生産、GDPに対する比率を指標とすることを規定しております。 このほか、建学の自由、私立学校の振興、障害を有する子供への特別な状況に応じた教育、職業教育等についても規定しております。 なお、義務教育期間等については、今後検討を加え、施行後三年以内に必要な措置を講ずることとしております。 続きまして、地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案につきまして、御説明申し上げます。 本法律案は、日本国教育基本法の理念を具体化し、地方公共団体における教育行政の適正な運営を図るため、地方公共団体による教育機関の設置及び学校理事会、教育監査委員会等に関し必要な事項を定めようとするものであります。 以下、主要な内容について、御説明申し上げます。 第一に、責任の所在が不明確な教育委員会を廃止し、その事務を地方公共団体の長に移管することとしております。 第二に、地方公共団体に新たに教育監査委員会を設置し、地方公共団体の長に移管された事務の実施状況に関し、必要な評価、監視を行い、長に対しその改善のために必要な勧告をすることとしております。 第三に、地方公共団体の設置する学校ごとに保護者や地域住民、校長等から構成される学校理事会を設置し、各学校において主体的、自律的運営を行うこととしております。 第四に、公立学校の教職員の任命は、すべて設置者である地方公共団体の長が行うこととしております。 最後に、学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案につきまして御説明申し上げます。 本法律案は、日本国教育基本法の理念を具体化するため、子供たちがその発達段階及びそれぞれの状況に応じた適切かつ最善な環境で学校教育を受けることができるよう、学校教育の環境の整備に関する指針等を策定するとともに、その着実な達成を図ることにより、教育の振興に資することを目的としております。 以下、主な内容について御説明申し上げます。 第一に、学校教育の環境の整備は、子供たちがその発達段階及びそれぞれの状況に応じた適切かつ最善な環境で学校教育を受けることができるよう、多様な教育機会の提供、きめ細かな教育指導の充実、安全・快適な学校教育のための諸条件の整備、心身の健康・職業選択等に関する相談体制の充実等を旨として行うことを基本方針とすることとしております。 第二に、国は、この基本方針に基づき、学校教育の環境整備に関する施策を総合的に策定、実施する責務を有することとしております。 第三に、地方公共団体は、この基本方針に基づき、学校教育の環境整備に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、その区域の特性を生かした自主的な施策を策定、実施する責務を有することとしております。 第四に、教職員の配置、学級編制、学校の施設設備など学校教育の環境の整備に係る重要項目についての目標水準、その達成の目標年次等に関し、日本国教育基本法第十九条の教育の振興に関する計画の一部として、政府は整備指針を、地方公共団体は整備計画を、それぞれ策定することとしております。 第五に、国及び地方公共団体は、日本国教育基本法第十九条に規定する教育予算の確保・充実の目標を踏まえ、整備指針及び整備計画を達成するため、必要な財政上の措置等を講ずることとしております。 政府・与党は、教育基本法改正案を提出しただけで、その後の具体的な教育の在り方については何ら明らかにせず、無責任な態度に終始しており、新しい教育の具体像が全く見えません。地図を示さず、やみくもに前に進めと言われても、国民は信用できません。 私たち民主党・新緑風会は、責任政党として、国民の切実な要請にこたえるため、これら三法案を併せて提案した次第であります。 何とぞ、十分御審議の上、速やかに御賛同くださいますようお願い申し上げます。
○委員長(中曽根弘文君) 以上で四案の趣旨説明の聴取は終わりました。 速記を止めてください。 〔速記中止〕
○委員長(中曽根弘文君) 速記を起こしてください。 これより質疑に入ります。 質疑のある方は順次御発言願います。
○舛添要一君 おはようございます。参議院自民党政策審議会長の舛添要一でございます。 まず、教育基本法改正案の審議を始めます前に、総理、APEC訪問、大変お疲れさまでございました。まず簡単に、APEC訪問の成果について、まず一言、お述べいただきます。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 先般、十七日から二十日にかけましてハノイで開催をされましたAPEC首脳会合に出席をいたしました。首脳会合におきましては、地域におけるテロ対策あるいは感染症対策等、地域共通のこの課題に協力して対応をしていくことが確認されました。そしてまた、現在中断をいたしておりますWTOの再開、妥結に向けて強い政治的なメッセージを出しました。政治声明を出しました。そしてまた、北朝鮮の問題におきましては、議長声明におきまして、この北朝鮮の核問題に対する懸念が表明され、そして国連決議一七一八を履行していくことの重要性について、これは確認したわけであります。また、この議長声明に先立つ議長の総括において、拉致問題のこの懸念を共有するという発言もあったわけであります。 また、この首脳会談の合間を縫いまして、ブッシュ大統領、あるいはまたチリ、シンガポールの首脳、そして中国、豪州、韓国、ロシア各国の首脳と会談を行いました。先ほど申し上げました北朝鮮の問題におきましても、六者協議出席メンバーの国々とは特にこの問題に対して平和的な解決に向けて協力をしていくことにおいて確認することができたことは有意義ではなかったかと思います。 そして、このAPECの会合出席と併せてベトナムを公式訪問もしたわけでありますが、ドイモイ政策以降発展の著しいベトナムに対して、今後とも日本は戦略的なパートナーとして関係を強化をしていくということをベトナムと認識を一つにし、今後とも連携を深めていくことで一致をしたところでございます。 ベトナムは大変勤勉で、そして実直な国民性の下に発展を遂げています。日本もこのベトナムの発展に貢献すべくこれからも努力をしていきたいと思っておりますし、また、今回、経済界の方々、百三十名の方々に同行をしていただきまして、更に民間レベルでの投資を促すなど、官民挙げての協力を前進をさせてまいる所存でございます。
○舛添要一君 大変御苦労さまでございました。 実は、そのAPECの話を私はお伺いしたのは、今総理お話しなさったように、ベトナムという場所を舞台にして、これが日本の教育を考えるのに大きなヒントになると思ったからでございます。 ドイモイ政策が始まったこのベトナム、目覚ましく伸びています。私も参りました。総理は首脳外交をたしか八回ぐらいおやりになったんでお時間なかったと思いますけれども、私は町を歩いて夜店を見たりしている。そうすると、夜店の店番というか、そのお手伝いをしながら子供たちが裸電球の下で一生懸命英語の勉強をしているんですね。目が輝いている、何かやってやろうと。こういう、その輝いた目を持った子供たち、そして一生懸命そういうお手伝いしながら勉強している、そういう子供の姿を見て、はっと日本を見たときに、あの目の輝きがあるんだろうかと、そういう思いをいたしまして、私は、なぜこういうようなことになったか。今聞こえてくるニュースは、いじめ、それによる自殺。 先般、私は北九州市の八幡の生まれですけれども、ここの小学校の校長さんがこの一連の問題で自殺をすると。大変痛ましい事件が起こって、この真相は、実は校長先生、一生懸命やっておられたんだと、いろんなマスコミからの批判があったとか、いろいろございますけれども、もうこういうニュース、未履修の問題、いろんな問題が起こってきていて心を痛めております。 そこで総理、まず、じゃ豊かになったらこうなるのかと。私は決して貧しい時代が良かったとは思いません。私は団塊の世代です。ほとんど戦後とともに歩んできた。非常に苦労しました。だから一生懸命みんな働いてこんな豊かな社会をつくり上げた。ところが、その豊かな社会で子供の目の輝きはうせている。いろんな問題が起こっている。これはなぜなんだろうかと。まずこの大きな問題、戦後の日本の教育、何が問題だったんだろうか。大きな大所高所に立った御所見をまず総理にお伺いします。それから、同じことを文部科学大臣にもお伺いいたします。 総理、お願いします。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 確かに委員の御指摘のように、ベトナムにおいては、道端で人々が読書をしたり、あるいは子供が本当に勉強している姿を拝見をいたしました。私の家内も学校を視察をし、子供たちが本当に生き生きと貧しい中でも将来に夢を持って努力をしている姿に感銘を受けたという話を聞いております。 また、私が視察をいたしましたキヤノンの工場で大変感銘を受けたわけでありますが、この工場においては、ベトナムの人たちの工夫を生かしていくという方針で、例えば物を運ぶキャスターは、日本ではスチール製でありますが、ベトナムではもうベトナムの人が自分たちですべて竹で作っている。これはもちろん自然にも優しいわけでありますし、大きなこれはコストダウンにもなっている。そして、電力を使わずにいろんなからくりを使っていろんな仕事を効率化を図っている。それはすべてベトナムの人たちの創意工夫による。それは、やはり創意工夫とともに、そういう意欲が満ちあふれているということではないだろうかと、このように思います。 現行の教育基本法の下で、教育の機会均等、その中で学力の水準は大幅に向上したと、このように思うわけであります。しかし、それと同時に、この六十年間、言わば核家族化が進みました。あるいはまた、世の中には、豊かになるとともに、また情報化の中で情報がはんらんをしているわけであります。その中で間違った情報を受け取ってしまう。自分だけがよければ、物事に勝ってしまえばすべてそれでいいんだと、そういう情報もはんらんをしている中にあって、また地域社会もかつてのような温かいぬくもりのある地域社会が姿を消しつつある中で、新たな問題が生じてきているのも事実であります。 そういう変貌を遂げた日本の社会の中において、新しい時代に合った理念、原則を定めたものが現在政府で提出をしている教育基本法の改正案であると、こう考えています。 その中におきましては、例えば公共の精神の重要性、道徳心の重要性、社会に参画をしていって、そして積極的な役割を果たしていくことの重要性等々についても書いてあるわけでございまして、そういう意味におきましては、正にこの戦後六十年たった今こそこの教育基本法を改正をして、新しい理念の下に再スタートを切る必要があると考えております。
○舛添要一君 文部科学大臣には若干ちょっと質問を変えます。 今総理おっしゃったんですが、私、ベトナムと比べたのは、本当にこの貧しい中から、日本が戦争に負けて、日本を復興しようと、そういう意気込みの中でやった。今豊かになりました、そのせいか。 こういう今の教育の問題は、今総理は情報化ということをおっしゃいました。豊かな社会とか国際化とか情報化とか、そういう言わば国際化できる問題なのか、それとも我が国特有の問題なのか。例えば、私が学生のときは、一九六八年、各地で学生の紛争起こりました。パリでも起こりました。それからシカゴでも起こりました。東京、日本でも起こりました。これ一般化された。教育の問題というのは、豊かな社会の一般的な問題なのか、そういう面もあるでしょう、日本独特の問題もあるでしょう。そういう観点からの質問にいたしますんで、文科大臣、お答えください。
○国務大臣(伊吹文明君) ローマ時代といいますからもう今から二千年以上前ですが、その洞窟に落書きがありまして、おれたちの時代はこうだったが、このごろの若い者は困ったもんだというのは二千年前から言われることなんですよ。ですから、一般的にはやはり豊穣の中の精神の貧困というのは、これは総理が今いろいろ客観的な変化をお述べになったように、ある程度やはり私は世界各国共通の問題だと思います。 しかし同時に、日本には、これは北条時代に元寇というのがございましたし、明治維新のときには黒船が押し寄せてきまして、大変日本も危うい時代があったことは確かなんですが、日本の歴史の中で日本民族以外に日本が統治をされたということは戦後の一時期をおいてしかないんです。 したがって、日本は日本独自の文化を形成し、そしてその文化の中で、暗黙の約束事というんでしょうか、規範、安倍総理の言葉で言えば規範意識という、英国流に言えばコモンローですね、こういうものをずっと醸成をしてきた。それがある意味では、あの十年ほどの占領下で一時途絶えたということは、大変日本人の文化、その後の行動に大きな影響を与えたと思います。 世界的に国際的にこの流れというものは当然受け止めて、そしてその中で最大限努力をして、その国特有の規範意識を復活させ、同時にまた世界共通の人間としてのモラルを維持して、少しでも今先生がおっしゃっているような状況に近づくように努力をすると、これが今回の法律の一番の私は根本哲学だと感じております。
○舛添要一君 今、伊吹大臣から外国による占領と、この時期について言及がありました。 総理、私は、外国軍隊が占領している時期に日本の国の根幹である憲法を定める、そしてまた教育の根本であるこういう教育基本法を定める、こういうこと自体がおかしいというふうに思っています。 したがって、我が党は、昨年、立党五十周年を記念して我々の憲法草案をまとめました。そして、この今教育基本法の改正をやろうとしている。私は、教育基本法の改正と憲法の改正、これは表裏一体できちんとやる。今総理おっしゃったように六十年たった、日本国民がしっかりといいものは残す、しかし占領下に行われたということは事実でありまして、そういう占領的、占領下の意識というものをいつまでも引きずっちゃ駄目だと、もう戦後六十年たちました。そういう思いで我々はこれはワンセットでしっかりやるべきだと思っていますが、この点についての総理の御所見をお伺いいたします。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 現行のこの教育基本法が策定されたのは、委員御指摘のように占領下であります。しかし、もちろん形式的には内閣総理大臣の下に教育刷新委員会が設けられまして、そこで議論を重ね、そして帝国議会における議論を経てこれは成立をしたわけであります。この刷新委員会において案を練り、政府が提出をし、帝国議会で議論を重ねた後に成立をしたということでございます。また、この現行の教育基本法の理念において、教育の機会均等という考え方の下に教育水準の向上を図り、一定の役割を果たしてきたのも私は事実であろうと、このように思うわけでございます。 しかしながら、それと同時に、今委員が御指摘されましたように、占領下にこの法律、基本的な法律ができたのも事実でございます。言わば、大切な大切な基本法でありますから、やはりその成立過程ということも我々は指摘せざるを得ないと、このように思います。 そして、何よりも、先ほど申し上げましたように、この戦後六十年を経て、大きな変化の中で新しい時代にふさわしいものに変えていくときがやってきたと、このように認識をいたしております。
○舛添要一君 占領下においてこういう基本的な法律作られたということは、アメリカのGHQは戦前の日本を否定すると、そういう立場に立っていますから、もちろん大変いい要素も、今機会均等を含めて教育の、いいことはありますけれども、伝統の全否定、日本文化の全否定、日本の古いシステム全否定というのが前提だったわけでありますから、やはりこの今日においていいものは復活させる、残す、そして悪いものは見直すと。 これも六十年やってきたらめどが付くと思うんで、そういう思いで我々も取り組みたいと思いますけれども、文部科学大臣、今の考え方でよろしゅうございますか。
○国務大臣(伊吹文明君) 基本的には結構だと思います。 そして、今は占領下でこの法律ができたという、現行の教育基本法ができたということはまあ歴史的事実でございますが、私がむしろ申し上げたのは、この法律にかかわらず、初めて日本民族以外の支配を受けたあの十年の時期というのは、日本のやはり文化、日本人の生き方に対して大きな影響があったという一般的な比較文化論のようなことと理解していただきたいと思います。
○舛添要一君 分かりました。 ちょっと観点を変えますが、私がその豊かな社会と日本独特の問題という分け方をしたのは、どうもやっぱり少子化ということが今日の教育の問題に相当影響を与えていると感じます。比較の基準としては、どうしても自分の子供のころというのを思うものですから、我々団塊の世代ですから、子供は一杯いて五人家族、十人家族ってざらだったわけですね。もう地域の中で、子供たちの中で遊びを覚える。いじめというかそういう、言葉は悪いですけれども、けんかの仕方を覚える。しかし、だれかがどこかで止める。それから、町内でしっかりおじいちゃん、おばあちゃんが見てくれている。こういうのが壊れた。それはやっぱり少子化が非常に原因であると思うんです。ですから、一人っ子、一人っ子、一人っ子。そうすると、ピアグループというか、同世代の子供たちでの間のコミュニケーションとか組織とかいうことを訓練する機会が失われてきている、こういうふうに思うわけですが。 高市大臣、少子化担当大臣だと思いますが、やっぱり少子化というのはこういうところにも大きな影響を与えていると私は考えます。どういうふうに分析され、そしてまたどういう施策をお取りになるか、簡単にお述べ願います。
○国務大臣(高市早苗君) 少子化が子供たちに及ぼす影響ですけれども、例えば一学級当たりの人数が減って割ときめ細かなゆとりのある教育ができるという点もあるかと思います。一方で、やはり同世代の子供たちと切磋琢磨しながら健全に育っていくというようなことがかなわなくなったり、それから学校の統廃合なんかで地域の活力は低下するというデメリットもこれは非常に大きいと思うんですね。 そこで、少子化傾向を反転させるための少子化対策というのはきちっと打ってまいります。それに加えまして、例えば具体的な施策では、すべての小学校区に放課後に子供たちが過ごせる場所をきちっと設置するということで放課後子どもプランの実施、これは着実に進めてまいりますし、また教育基本法の改正によりまして、道徳心ですとか公共の精神ですとか、あと社会教育、家庭教育、そして学校教育の充実、こういったこともきちっと行われていけば、また少子化の中でも子供さんたちが健全に育っていく環境というのはつくっていけるものと考えております。
○舛添要一君 今三十人学級とかゆとり教育とおっしゃいましたけれども、私は実はそれ非常に疑問に思っていまして、常に我々の時代を思うんです。私たちは六十人から六十五人です、一学級。十一組ありました。それでね、一つの学級に入れなくて、いすを、教室の外にはみ出すぐらいだった。だけれども、今のような問題は起こっていません。そして、そして先生たちの顔を思い浮かべれば、私が豊かな社会云々と言っているのは、ガリ版刷りで一生懸命トレーニングペーパー的なものを作ってくれて、一人一人にちゃんと赤でコメントを付けてくれていたんですよ。今はカラー刷りの立派なトレーニングペーパーがある。三十人だ。私は教員に頑張れと言ったら、とてもじゃないけど忙しくて三十人も見たくない、十五人でも大変だって言う。何が問題なんですか。 あっ、それはむしろ文科大臣に聞きましょう。ゆとり教育でいいんですか。
○国務大臣(伊吹文明君) ゆとり教育というのは、本来、基礎をマスターした中で、それを実社会にうまく適用できるということを目指して実は学習指導要領を作ったものなんですが、現実は残念ながら少し運用に私は誤りというか行き過ぎがあると思います。しかし、そのことでゆとり、今、当初考えたゆとり教育を否定するということは、少し私は慎重でありたいと思います。 衆議院の審議の際に、民主党のある委員の方から、教師はやはり天職であるから、その職に就くときは宣誓をさせたらどうだという御提案がありました。事実、今回の九条でも、絶えず研究と修養に励むとか、養成と研修の充実を図るということを、今回御提案した法律には教師について書いております。 しかし同時に、ひとつ是非、六十人学級の先生の時代の例をお引きになりましたが、これは教師のために考えてあげないといけないことは、当時はやはり三世代一緒に住めた時代だったんですよ。そして、まあ共働きというのは非常に例外でございました。だけど、今は核家族でお母さんもお勤めに出ておられますね。そうすると、帰ってきて子供が家庭の中で、従来家庭教育として受けていたものがほとんど受けられない状態になっている。そのことは同時に地域社会の崩壊という現象にもつながっているんですね。その地域社会で果たしてきた役割、そして家庭で果たしてきた役割がやや今毀損されている。それをみんな学校の先生に期待をして、けしからぬ、けしからぬと言っているだけではなかなか私は解決方法にならないと思いますので、長い目で見て、やはり地域社会と家族を復権させるということ。で、当面は、この法律にもそのことを明記してございますけれども、例えば地域の協議会のようなものと学校の教師が連携をしてやると。それから、家庭教育ということをやはり一条設けて書いておるのは、今申し上げたようなつらい状況にあるけれども、やはり原点は両親のしつけであるということをわざわざ明記したというのは、そういう状況を理解した上でこの法案を作っているということでございます。
○舛添要一君 よく分かりました。 総理、まだ私が人数にこだわるのは精神論かもしれないけども、三十人学級、四十人学級、五十人学級、こういうそのサイズについてはどういうふうに総理はお考えですか。それがどういう影響を与えるのか。今、伊吹文部大臣がおっしゃって、だから、今の時代だとやっぱり三十人ぐらいじゃないと先生方も大変でやっていけないのか、もっと少なくすればいいのか。 私は、だから余りそこに入り込みたくないのは、教員の質の問題は後で質問いたしますけれども、教員の質の問題を、質を上げなさいという質問をするときに返ってくる答えが、いや、努力はしているんだけれども、数が多くて無理ですよということなんです。 ですから、その点は、私はそれだけじゃないだろうと。だから、サイズを変えれば済む問題じゃなくて、むしろサイズが三十人が四十人になろうが五十人になろうが、むしろ十五人に減ろうが、基本的には教員の質ですよということを申し上げたいんですけど、いかがですか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) もちろん、教員の質は極めて重要であって、子供のときにどういう先生に巡り合えるか、これはその人の人生に大きく私は影響するだろうと、このように思います。すばらしい先生もいれば、そうでない先生もいるかもしれません。 例えば、私の場合は、小学校のときの担任の先生は本当にすばらしい先生でありました。先般、この小学校の卒業四十周年というのがございまして、この先生はもう八十九歳でありますが、この方が、私たちが五十歳になったときに心の授業というのをそのときの生徒をみんな集めてやっていただきました。私は、残念ながら選挙と重なったものですから出席できなくて、そのテープをいただき、それを拝見し、また本当に改めて感動したわけであります。その先生のモットーというのは、子供を自分は信じると、子供の能力と可能性を信じるというのが原点で、そのことを何年たっても繰り返しておられると。本当に信念だったんだなあと改めて感じたような次第であります。 このクラスのサイズの問題なんですが、もちろん人数、担当している人数が少ない方が目配りも利くでしょうし、一人の子に使うエネルギーもそれだけ大きなものになっていくのかもしれない。しかし、他方、やはり子供たちにとって学校というのは一つの社会で、クラスが一つの社会で、社会を構成するに足る人数がいて、そこでいろんな経験をし、ある意味ではいろんなことを学んでいく、ある意味ではまた鍛錬を受けていく、いろんな問題にもぶつかっていくということを言わば疑似社会的なクラスの中で経験をしていくということもやはりこれは必要であろうと。そこのところの議論は専門家にお任せをしたい。 ですから、少なければ少ないほどいいということでもないでしょうし、まずはとにかく、少なくとも大切なことは、質の高い教員を養成確保することではないかと思います。
○舛添要一君 もう一点、情報化、IT化という観点からの今の問題、切り込みたいと思うんですけど、私、実は東大で教えているときに、理科系を担当していたものですから、残念ながら私の教え子でオウム真理教に走ったのがいた。オウム真理教に走った連中はほとんどみんなコンピューターがよくできた。そうすると、コンピューターがどういう影響を与えるんだろうということをずっと私は自分の問題意識として研究し続けてきたんですね。 そうすると、例えば今、ゲームのようなものを子供たち、我々はもう野原に出て自然を相手に遊んでいた、それが子供の遊びだった。今はもうむしろゲーム、そういうもので遊ぶ。そうすると、ゲームで人を殺したら、リセットボタンを押したら生き返るわけですね。我々は、生きたカエルでもチョウチョウでもいい、それを殺しちゃったらもう二度と生きてこない、死んだら終わりだと、血が出ると、そういうことを体験として学んできて、どこまでけんかしていいのか、いかに生命が大事かというのはずっと子供の中でも学んできた。ところが、少子化であって、今言ったコンピューター社会、これがかなり教育に影響を与えると思います。 だから、これが先進国共通なのか、それは是非文科大臣にも研究テーマにしていただきたいんですけど、ITについては高市大臣担当だと思いますから、私のこの問題意識、どういうふうに思われますか。
○国務大臣(高市早苗君) 情報通信技術の発展ですとか、それを使いこなす能力を皆さんが持たれるということは、ある意味では経済活動の効率化でございますとか、それから生活の利便性、それから今でしたら学校の安全を守るとか交通安全、そういった意味でも大きな可能性を広げるものであるとは思います。 ただ、一方で、今まででしたら対面で会話していたものがEメールでしか対話できないですとか、それから、そのITを通じて非常に有害な情報が子供を取り巻いていると。まあ、ゲームの問題もそうなんでございます。こういったことは確かに悪い影響になるんだろうと思います。 例えば、先週、私から菅総務大臣の方にお願いをいたしまして、子供たちが持つ携帯電話のフィルタリングです。もっともっと有効に子供たちを有害情報から守れるように携帯関係の企業に対しての申入れも含めてお願いをいたしまして、総務大臣、早速動いていただきました。 また、文部科学省の方でも、御家庭で子供さんたちが携帯電話やパソコンに触れる、これに対してお父さん、お母さん方がどんなふうにその使い方をしつけていくかということに関します家庭教育手帳、こういったものも作っていただいております。 それから、警察庁で今年特に頑張っていただいたのが、ゲーム依存ですとかインターネット依存、こういったものの子供たちへの悪影響、論点はどういうところがあるかという取りまとめの作業をしていただいておりますので、またこの結果に基づきまして、特にゲームですとかそういったものに関しましては、憲法の表現、言論の自由とその兼ね合いもありますけれども、それでも公共の福祉に反しない限り認められている自由でございますから、法的な可能性も含めまして、できるだけ子供さんたちを有害な情報から守っていく、そういった取組を進めてまいりたいと思います。 総務省の方でも、インターネットの、特にメディアリテラシーの教材の開発など今年行っていただいておりまして、来年から普及というようなことになっております。その負の部分をできるだけクリアしていくということに力を尽くしたいと思っております。
○舛添要一君 私は、コンピューターを否定するわけじゃなくて、自分でも物すごく使いますし、例えば子供の安全を守るために携帯電話でGPS機能を付けてやるとか、いろんなことがある。それから、高齢化社会でITがどんなに役立つかとよく分かっていますが、総理、やっぱり内閣全体の課題として、一度この今、高市さんがおっしゃったマイナスの側面の方もちょっと検討していただいて、私の提案を申し上げますと、子供が一時間パソコンで遊ぶと、そうしたら一時間自然の中へ出て、脱パソコンというか、そういうようなことを、押し付けるわけにいきませんけれども、大きな教育改革の一環としてお考えになられたらどうかなと思いますけれども、総理の御所見、簡単にお願いたします。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 子供たちにITの活用、また、もちろんコンピューターの活用も含めてですが、ITの活用等について学習させることも必要でしょうし、しかし、それと同時に、その副作用、弊害について私どもがあらかじめ検討していく必要もあるんだろうと。ただいまの委員の御指摘を踏まえて検討してみたいと思います。
○舛添要一君 先ほどの法案の趣旨説明で情報化という、踏まえてということをおっしゃったものですから、私はそれに対する問題意識を申し上げました。 さて、なぜこの改正を、教育基本法、しないといけないかというのは、大体もう皆さん方の御答弁で明確になりつつありますので、個々の問題に、改正案のポイントについて参ります。 国を愛する態度、郷土を愛する態度、心、こういうものについてどうするのかということなんですが、私はもう常に思っていますのは、スポーツの大会で国旗が揚がる、日本国民全体感動する、そして国歌を歌うと、当たり前であって、私は外国でずっと若いころ勉強していましたけれども、自国の国旗と国歌に対してきちんとした尊敬の念を持てない、それを絶えず示さないような人間は完全にばかにされて、国際人じゃないんです。したがって、他国の、例えばよその国が柔道のオリンピックでトップになると、日本が二位になると、そうしたら、例えばフランスがなればフランスの国旗が掲揚されると、みんなきちっと他国の国民も起立をして敬意を表するわけです。日本国民全部それをやりました。ところが、学校の中においてそれがずっと行われてこなかった、教育において行われてこなかった。大変残念なことであります。 池坊議員がおられますけれども、平成十一年、野中広務さんが、我々の先輩ですが、国旗・国歌法、これを制定した。もう簡単ですね、日の丸が国旗であって君が代が国歌であると。なぜこれをやったかということは野中先生の回想録にも書いておられますし、私がここに持っているのは、当時の衆議院内閣委員会、文教委員会の連合の委員会で、平成十一年七月二十一日、池坊委員が御説明したことに対して、伊吹先生、京都ですけれども、こういうふうに野中さんは答えているんですね。 特に戦後の京都の教育の荒廃や、その事象を眺めてき、また、自ら経験してきた一人でございますと。そして、実は、広島の世羅高校の石川校長が現場の職員のこの日の丸・君が代に対する猛反発で自殺なさった。そこで、誠にこの問題について非常に深刻な影響を与え、また、この問題について、教員組合だけでなく解放同盟が交渉の場にあったということは、非常に今日のこの問題に深刻な影を落とし、第二、第三の石川校長、これ自殺した、校長をつくりかねない問題を残してきたことを私は深刻に考える次第でございますと。そこで、何としてもこの法律で決めようと、こういうことで決めたと。 私は、これ、驚くなかれ、平成十一年ですよ、七年前。戦後五十年、総理、掛かったんです。どう思いますか、この現実を。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 六十年前に戦争が終わり、このさきの大戦に対する深刻な反省の上から戦後の歩みが始まったわけでございますが、しかしその中で、国家という存在あるいは我が国の歴史や、そしてまた日の丸・君が代に代表される我が国を象徴するものに対する、これはある意味では拒絶反応を一部の国民が持った。そしてまた、それを慫慂する人たちがいたのも事実だろう。つまり、その拒絶反応を慫慂する人たちがいた、そしてまた学校教育の現場の中でそうしたことがかなり風潮として大きなこれは影を落としていたのも事実であろうと、このように思います。なかなか自由な議論も実は恐らく学校現場ではしにくいという現実もあったのではないか。つまり、国旗・国歌を国の旗、国の歌として認めるまでに五十年の歳月を費やさざるを得なかったという現実があったのだと、このように思います。
○舛添要一君 この平成十一年の夏の、さっきも申し上げましたけれども、池坊委員が御質問になったのは七月ですね。だから、その前、十一年の春の入学式において、義務教育である小学校、中学校でどれぐらい国旗を掲揚して君が代を歌ったか。関東で最悪は神奈川県。関西で最悪は大阪府です。十一年ですよ、七年前ですよ。まだ国旗はそれでも、悪いところでも八割ぐらい揚げています。ところが、平成十一年、この法律できる直前ですよ、神奈川県、入学式で国歌を歌ったのは四四・八%の小学校しかありません。それで、大阪府も四六・三%しかありません。中学校も同じようなものですよ。 半分以下が自分の国の国歌を小学校の入学式のときに歌わせないという、こういう状況が、こういう状況があって、愛国心も何もないでしょう。国際人になれませんよ、恥ずかしくて。そういう状況を、私は、野中さんが決断して、特に自分のところの京都ひどいと、伊吹先生も京都ですけれども。ちなみに、京都がいいと言っているんじゃないんですよ。京都だって一〇〇%じゃないんですよ、申し訳ないけれども、先生のところの。 ですから、大臣にお伺いしますけれども、この法律、国旗・国歌法ができてどういう改善がなされたか、改善なされていない県があるとすればなぜなのか、データに基づいてお答え願います。
○国務大臣(伊吹文明君) 数字を、それじゃその前に。
○舛添要一君 じゃ、数字は政府委員で構いませんから。
○政府参考人(銭谷眞美君) 入学式、卒業式における国旗掲揚、国歌斉唱の実施状況でございますけれども、平成十一年の状況と十二年度以降の状況を比べますと、国旗掲揚につきましてはほぼ一〇〇%となっておりまして、一方、国歌斉唱につきましては、平成十一年当時、全国的な平均は九割に満たない状況であったわけでございますけれども、その斉唱率につきましても九八%、九%というふうに大幅に上昇はしているわけでございます。 なお、大変残念でございますが、いまだに一部の地域におきまして実施をされていないという状況もございます。この点につきましては、個別に都道府県の教育委員会等に対しまして指導を行っている状況でございます。
○国務大臣(伊吹文明君) 国際人である舛添先生がおっしゃったように、国際化が進めば進むほど、日本人としてのパスポートといいますか、アイデンティティーを持っていなければ諸外国で相手にされないということは、もう御指摘をまつまでもありません。 そこで、国権の最高機関である国会が国旗・国歌を正式に定めていただいた法律ができてから学習指導要領を変えているわけではないんです。しかし、学習指導要領は従来から、社会、それから音楽、特別指導、つまり卒業式、入学式ですね、今おっしゃった、ここで国旗・国歌を掲げること、教えることを明示しております。これが大変やりやすくなったことは確かですが、今政府参考人が申した数字の中では、なるほど国旗は掲げているけれども見えないところへ掲げているとか、そういう事例があるんです。 ですから、これは教育委員会、当該教育委員会に対して、学習指導要領に沿って、きちっとやはり国会で決めていただいたことはいただいたとおり実施するということを指導しているわけで、かなりやりやすくなったことは事実でございます。
○舛添要一君 これ、一〇〇%にならないというのは大変な問題で、国民の代表であって国権の最高機関が決めた法律を現場が守っていないわけですから。これは、ただの指導じゃなくて、きちんとやっていただきたい。 そして、私は、今回、新しいこの教育基本法の改正で、十六条に、「教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、」と。法律違反を学校の現場でやっていいんですか。総理、もっときちんと、これは一〇〇%やらなきゃ国際人になりませんて。 そういう学校があると今おっしゃったように、陰に隠れて日の丸をやるんですか。オリンピックのときは堂々と掲げてみんな涙流しながら感激するのに、学校の現場で陰に隠れてやるんですか。どうですか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 正に学校の場において、これは国際人を教育をしていくという意味においては、自国の国旗・国歌に対する態度について学ぶ機会を提供する私は必要があるんだろうと思います。 これは、自国の国旗・国歌に対する、これは尊重し、またこの国旗・国歌に対しての態度を養っていく、と同時に、他国の国旗・国歌に対してこれを尊重するという態度を養っていくことに私はつながっていくだろうと、このように思います。これは正に、むしろ日本人の中でも、海外で生活をされた方々にはそういう感慨というのが非常に私はむしろ強いのではないだろうかと、このように思うわけでございます。 そういう意味におきましては、学校のそうしたセレモニーを通じて自国の国旗・国歌に対する敬意、尊重の気持ちを育てる、涵養するということは極めて私は重要であろうと思うわけでありますし、また、例えば国歌の歌詞についても、そこで子供たちが自分たちの国歌の歌詞について学ぶ機会が失われることになってはならないと、このように思うわけでございまして、そういう意味におきましては、例えば教室、また学校の現場において、言わば政治的闘争の一環としてこの国旗の掲揚や国歌の斉唱が行われないとすれば、それはやはり私は問題ではないかと思います。
○舛添要一君 是非、文部科学大臣、これをきちんとやっていただきたい。 それで、とにかく現場でどうなっているかというのをきちんと見て、校長先生がこう言った、だからそのとおりだというのは、だから私は文部省のデータは余り信用しないんですよ、悪いけど。いじめによる自殺ゼロ、ゼロ、ゼロと書いてあるけど一杯あったと。それはもう、だからやっぱりちゃんとチェックする、本当にやっているのかと。掲げました、人の見えないところに掲げました、これじゃしようがないので、何かそれをチェックして、本当にやってくれるのかと。それをちゃんとやってくださいよ、大臣。
○国務大臣(伊吹文明君) 先生、二つのことを申し上げて、お互いに政治家として、これから御審議をいただき、考えていただきたいことを申し上げたいと思います。 一つは、法理上はいろいろ説がありますが、学校教育法という国会で議決した法律があります。それに従って政令が定められ、告示があるんですね。その告示がいわゆる学習指導要領、そしてこの告示は法律の一部であるという理解と、いや、そうじゃないんだという説がないことはありません。しかし、この法律の一部であるこの学習指導要領に書いていることに従って行われることは、これはきちっとやるべきだというのが今先生がお読みになった今度の改正法案に書いてあることなんですよ。まず、そこをこの法律で担保をするということは、まず一つですね。 それからもう一つは、文部科学省のデータは確かに不十分でございます。しかし、文部科学省は現行の教育委員会に関する法律の中で各学校を指導することはできません。これは人事権もありません、予算権もありません、法令の指示権もありません。ここのところをやり過ぎると教育の国家管理という批判を受けますが、今回のような事案ができますと、例えば未履修の問題、いじめの問題等について教育委員会に対しても要請をする、調査をする、あるいはまた指導すると。しかし、それに従わない場合にどうするかという権限がないんですね。ここのところはどうするかということは、これはもう与野党を超えて、教育の根幹にかかわる問題として是非御論議をいただきたいと思います。
○舛添要一君 これは、我々、与野党を含めて良識の府の参議院でございますから、これ皆さん方とともに議論をしていきたいというふうに思います。 そこで一点、改正案の本質的な中身じゃないんですけど、官房長官に一点お伺いしておきたいのは、現行の教育基本法も新しい改正案も、政治教育という項目が第十四条、現行だと八条、改正案で十四条にあるんですが、私はやっぱりちゃんと教育上、どの政党を支持するとかそういうことじゃなくて、一般的に憲法の仕組み、これはもう義務教育で教えるし、国の政治の仕組み、教えているはずなんですけれども、私非常に驚いたのは、選挙のときに街頭で演説していたら、選挙であるということを知らなくて、舛添さん、何でそんなところでマイク持ってあなたはしゃべっているのと言われて愕然ときたことがあるんです。で、あなた何歳なのと言ったら二十四歳と言うから、ああと思って、まあしかしこの方の一票も一票だなと思ったんですが。これは極端な例として、やっぱり少しこの政治教育、そういういい意味でのレベルを上げる必要があると思う。だから、これは受験科目にないから上がらないのか、まあそういうことも含めて、官房長官としてもこの問題をちょっと念頭に置いていただきたいんですが、どうですか。
○国務大臣(塩崎恭久君) 今回の基本法は、基本的に現行法と同じようにこの政治教育についての重要性というのが書いてあるわけであります。今、舛添先生が御経験されたように、十分政治意識を持たない若い人たちが多いということで、必ずしも若くなくてもそうなのかも分からないところがまた問題かと思いますが、まあやはり我々、憲法に主権在民と民主主義ということを我々はたたき込まれてきているはずでありますけれども、政治に正しく向かい合う、あるいは参加をする、主体的に参加をすると、こういうようなことが教育現場で十分教育されてこなかったんではないかという、そういう懸念もこれあり、今先生御指摘のように、法律上はこの政治教育についての重要性の記述は余り大きくは変わっておりませんけれども、むしろこれは現場で先生が主体的に子供に対して、主権はやはり国民にありということで民主主義の基本というものを学校現場で教えることを更に推し進めていく、それも正しく教えるということが大事なんじゃないかなというふうに思いますので、我々としても心してこれを見ていきたいと、このように思っております。
○舛添要一君 是非、その点は総理にもお願いをしておきたいと思います。 それで、今文科大臣の権限の話がありました。これは教育委員会をどうするかというのにかかわります。実はこれも質問したかったんですけれども、時間がございませんので、北岡先生の方が後ほどやっていただけると思います。 そこで、私、どうしても最後取り上げたい問題は、占領下でこの教育改革含めて行われた、ずっと疑問に思っているのは、六三三四という学制の問題を放置していていいのかな。もちろん心の問題、それから家庭教育、いろんなことについてやらぬといかぬことは分かります。しかし、制度を変えることによって世の中を変えるという方法もあるんではないかと。 六三、義務教育だけについて言いますと、やっぱりいろんな問題が起こっています。つまり、学級担任制小学校から教科担任に移る、このギャップどう埋めるのか。それから、指導の仕方も違う。やっぱり小学校と中学校が断絶があることによる問題点があるんで、できれば小中一貫教育、そしてその後の三四の方もあって、今のままでいいかありますが、取りあえず義務教育について申し上げますと、例えば品川区小中一貫教育って今やっています。それから、香川県の直島小学校と中学校、私、ここの研究開発実施の状況を見たんですけど、ケース・バイ・ケースで、六三の方がいい場合もある、五四にした方がいい場合もある、四五にした方がいい場合もある。やっぱり子供の発達段階によって非常に違うと思うんですね。 ですから、小中連携して、中学校の先生が小学校を教えるというようなことも、相互乗り入れもやる、こういう実験は特区でもやっていると思いますけれども、一度まず、総理、この六三三四制というのを是非内閣の課題として見直してみる。もちろん、プラスマイナスあります。だけど、今申し上げたようなところで実験をして、かなりの成果を上げていると思うんです。いかがですか、それは。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 現在のこの六三三四制は、これは戦後六十年、かなり定着もしているのも事実であります。ですから、これを例えば根本的に変えていくということになれば、国民的な議論や理解も必要であろうと。しかし、この社会の変化の中で、委員が御指摘されたように、いろいろな問題点も指摘をされているわけでありまして、各小学校と中学校の連携、あるいはまた中学校と高校の連携、一貫教育による利点等々の議論があります。 その中で、構造改革特区を利用した品川区での試み、四三二制の小中一貫教育を始め、様々な取組が行われています。そうした取組による成果をまずは分析、検証しなければならないと。こうしたものを分析、検証しながら、実験的な取組を進めていく中において検討をしていきたいと思います。
○舛添要一君 伊吹大臣、私、実はそれを質問したのは、学校に行かない不登校、この数字見ますと、小学校六年生と中学校一年生で二・五倍、小六の二・五倍増えるんですよ、急に、中学になると。つまり、それだけ問題があるんだなと。 それで、実はこれは文部省にお願いして、児童生徒の自殺の状況の数字を下さいと。そうしますと、単純に小学校と中学校を比べると、例えば小学校三人なのに、昨年ですけど、中学二十八。その前の年、四人に対して三十一人。その前、五人に対して三十四人。だから、小学生は二人、三人、四人ぐらいなんですけれども、中学生は多い年だと六十とか七十になっている。だから、やっぱり自殺者の数でもこれは有意に変わってくるんですね。 それで、これは社会心理学的にいろんな研究をしても、やっぱり中学生というのは非常に不安定な時期、それをたった三年間で、前と切っちゃう、後と切っちゃうことに問題があるんじゃないかと。それで、その点についての御所見と、それからもう一つ、さっきは私は文部省のデータは余り信用ならないと言ったんですけど、もう一つ、信用ならないんではなくて、もっと精緻なのを作ってくれと申し上げたのは、小学校、中学校じゃ駄目なんです。小学校何年が何人。つまり、私の仮説で言うと、小学校高学年、中学校の一、二年、この間に集中しているだろうと。したがって、そこにギャップをやっちゃ駄目だということを、まあ論証したいというか、これは総理おっしゃったように分析することは必要ですが、ところが小学校、中学校しかくくりないんですよ。で、これは調べれば分かりますから。全体、三十人とか五十人ぐらいはデータ残って、何町の何小学校何年生が死んだぐらいは分かると思うんで。だから、こういうデータをまずきちんとやって、是非ともこの参議院で審議やっている間に出していただきたい。そうすると、中学校一年が多いのか二年が多いのか、小学校五年なのか六年なのか三年なのか。 それで、それともう一つ、不登校、不登校を今の学年ごとに、小一から中三まで義務教育、全部出していただきたい。そうすると問題点が明らかになる。 だから、そういうデータもそろえないで何やっとるんですかと。それは大臣、指揮して、何千人やれというのはあれだけど、せいぜい五十人ですよ。だからやってください。それで、それをまずやった上にもっと議論をしたいと思いますが。 今の私の問題意識、小中一貫教育、そしてこれを四五とか五四と、こういうふうに変えていくという試みをやって。それ、なぜ申し上げるかというと、幕末、明治維新に変わったときに、やっぱり廃藩置県ということをやって、今道州制の議論もありますけど、そういう制度を大きく変えることによって人々の魂を揺すぶり態度を変えるということは非常に大きな意味があると思います。だから言っているんですけど、いかがですか。
○国務大臣(伊吹文明君) まず、六三三四というこの区割りについてどうするかということについては、かなり、まあいい悪いは別として、現在定着をしておりますので、これを変えるについては、やはり今先生がおっしゃった心理学的な観点、子供の成長過程の問題、いろんなことを検討してみないといけないと思いますが、六三のまま一つにくくるということは考えられるやり方だと思いますね。特に中学になると激変、激増するとおっしゃいましたが、これは心理的に、精神的な発達段階があるから激変するのか、それとも、小学校から中学校という全く違う仲間も入ってくる、違う学校へ行くわけですから、そこの情緒的な安定感とかということにも関係するのか、その辺も少し検討して、総理が御答弁申し上げましたように、特区の状況をよく見ながら検討さしていただきたい。 それから、データですね。これはできるだけ先生のお尋ねにお答えしていきたいと思いますが、何せ未履修の問題がございまして、そしてそれを今度はさかのぼって調査をしろと言われまして、それが、今やっておるんですが、そうすると、今度は中学校をやれと、こういうことに今なっておるわけです。我々の方は調査を頼む側なんですが、現場が年末の進路指導のときと、それから、もう一つはこの未履修の後の処理、これは与野党の政審、政策担当者の御了解を得て処理方針を発出したわけですが、これで今地域の教育委員会がごった返しております。ですから、できるだけ早く今のような御質問にお答えできるようにいたしたいと思います。
○舛添要一君 もう時間がなくなりましたので最後に申し上げたいのは、やっぱり高齢化社会で生涯学習って、これは必要です。それから幼児教育も必要だし、家庭教育もきちんとやらないといけない。それから宗教教育というのも必要だし、まあ政治教育の話もしました。ですから、改正案には、今の時代に合った、国民のニーズにこたえる、そして新しい理念を求めるいい点がたくさんあると思います。 それから、民主党の方から改正案出されました。例えば、私はもう、国や郷土や他国を尊敬するというのは、態度よりも心って言った方がはっきりするんじゃないかという気もありますからね。ですから、私は民主党案の中にも非常に学ぶべき点はたくさんあるし、こういう建設的な議論を特に参議院の場では進めていきたいんで、何でもかんでも反対という政党とこんな建設的な案を出される政党が共闘して動くということが私には理解できないんでございます。 ですから、そのことを訴えまして、参議院は良識の府として、きちんと審議をすることによって国民の負託にこたえ、そしてこれは与野党を超えて、オール日本で、みんなが力を合わして本当にいい国をつくっていく、そのための基本である人材を育てる、その教育をしっかりやっていきたいと、そういうふうに思いますんで、そのことを申し述べまして、私の質問を終わります。 ありがとうございました。 それでは、関連を北岡先生に譲ります。 ─────────────
○委員長(中曽根弘文君) この際、委員の異動について御報告いたします。 本日、長谷川憲正君が委員を辞任され、その補欠として亀井郁夫君が選任されました。 ─────────────
○北岡秀二君 おはようございます。自由民主党の北岡秀二でございます。 今日は参議院の審議初日でございますので、基本的なところから、私の方からも質問を続けてさしていただきたいと思います。 安倍総理、総理就任以来、教育の再生、内閣の最重要課題であるということを強く強調をされていらっしゃいます。私は、安倍総理のその基本的な姿勢、大変大きく評価をするものでございます。 先ほどからいろいろ議論がございますとおり、昨今の教育を取り巻く環境、あるいは社会で起こるいろんな事件や事故等々社会現象ですね、いろいろ見ておりましても、果たしてこの日本がこの繁栄を維持発展できるのかという観点から見てみますと、非常に疑問と申しますか、不安を抱いておる方々、私も含めて多くの国民が不安を抱いておるだろうというふうに私は感じておる次第でございます。 先ほど舛添委員からも、富めることからの宿命みたいないろいろな話もございましたが、私は、こういう状況の中にあっても、国家、国民としてのはっきりとした意思によりその方向というのは切り替えることが可能であるというふうに考えております。そしてまた、私どもの我が国が生きる道ということを考えてみましても、かつてからそうであったように、人材立国、ここが大きな私は生きる道だというふうに考えておることから併せても、教育の再生に取り組むことは私どもの使命であるというふうに私は考えるものでございます。 そこで、基本的なところの認識をお伺いしたいんですが、前段の舛添委員からの質問で、現状と戦後六十年の評価等々ございましたので、まだ言い足りないところも含めてお伺いしたいのと、通告しております二点目も併せて、教育基本法改正が目指すべき人間像、どういうふうにお考えをいただいておるのか、総理の所見をまずお伺いしたいと思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 戦後六十年の中での一つの風潮として、価値を計る基準として損得が大きなこれは比率を占めているということになってしまったのではないかと、つまり損か得かで自分の行動を計っていく。損なことはしない、得なことはする、うまくいけばいいけれども、うまくいかなかったときにはその間の努力の価値は認めない、あるいは人のために尽くしたり、公共の利益になるという観点から奉仕をしたり、自分のやりたいことも少し我慢しよう、そういう思いに対する言わば尊重とか敬意、そういう点について教育の現場で重点的に教えてこられたかどうかという私は反省はあると、このように思います。 そういう中から、今回の教育基本法の改正において、公共の精神あるいは道徳心、自律の精神ということを盛り込んでいるわけでありまして、損得を超える価値についても、やはり子供たちに教えていくことによってすばらしい人格を形成していくことに私はつながっていくのではないかと、このように思っています。 今回の教育基本法の改正案におきましては、目指すべき教育について、その前文や第二条各号の「教育の目標」に示しているわけでありますが、知徳体の調和が取れ、生涯にわたって自己実現を目指す自律した人間、そして、公共の精神を尊び、国家社会の形成に主体的に参画をする日本人、我が国の伝統と文化を基盤として国際社会を生きる日本人など、二十一世紀を切り開く心豊かでたくましい日本人の育成を目指すものであると言えると思います。 教育再生に向けた第一歩として、この政府提出法案の早期成立を目指してまいりたいと思っております。
○北岡秀二君 今いろいろお話をいただきましたが、私、先ほど申し上げましたとおり、こういう状況の中にあって、私は、改めて国家としての意思というのをしっかり持っていかなければ、今の現状というのはなかなか変えることはできないんじゃないかというふうに感じておりますので、その辺りも是非ともよろしくお願いを申し上げたいと思うわけでございます。 それと同時に、総理、就任してから教育再生の具体的な検討の場として教育再生会議を設けられました。 教育基本法の改正というのは、今後の我が国の教育の根本理念を明確に指し示すという領域だろうと思うんですが、一方で、いじめによる自殺や高校の未履修、あるいはその他規範意識の問題や学力の低下等々、これをどう高めていくかとか、教育の喫緊の課題、これに対応して取り組む必要もございます。その辺り、教育再生会議というところで取り組んでおられるんだろうと思うんですが、このたびの教育基本法改正と今の教育再生会議、関係、どういうふうにお考えられておられるか、お伺いしたいと思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 教育基本法の改正につきましては、先ほど来申し上げておりますように、この二十一世紀、新しい時代を迎えた中にあって新しい時代にふさわしい教育の理念、そして基本的な原則を定めるものであります。今までの教育基本法に欠けていたもの、そして、新しい時代において子供たちにしっかりと学んでもらう、その基本的な原則を盛り込んだのが現在私どもが出している教育基本法であります。 まず、この基本原則、基本理念を明確にした上において、そのためにはこの法律を是非とも成立をさせていただきたいわけでありますが、その上において今種々の問題がございます。具体的な問題があります。その問題に具体的にこたえていかなければならない。制度を変えていく、あるいは個々の法律について検討をしていく必要があります。未履修の問題もありました、また、いじめの問題もあった。そうした問題等々についても対応していくために、この教育再生会議、こうした問題は待ったなしであると考えております。 この教育再生会議において、未履修の問題が二度と起こらないような、そういう、これはやはり基本的な仕組みにしていく必要がありますし、また、根本的に考え方を、やはり今までの考え方を変えてもらう必要もあるかもしれない。そして、いじめに対応できる体制を取っていく必要もあるでしょう。そうしたことについて、この教育再生会議において議論をしてもらいたいと思います。 質の高い教育を提供し、学力の向上を図る方策、規範意識や情操を身に付けた美しい人づくりのための方策、家庭や地域の教育力を高め、地域ぐるみの教育を再生するための方策、学校で生じる様々な問題に対する現場の教員による対応の在り方、あるいはきちんとしたチェック機能が働く教育委員会の在り方などについて、幅広い視野から教育再生のための抜本的な施策、改革案について検討をしていただきたいと思っております。
○北岡秀二君 続いて、教育に関連して、今の社会事情をかんがみて大事だなと思う課題について私なりに考え方を述べるとともに御所見をいただきたいと思います。 まず、よく言われていることなんですが、我が国にあってあしき平等が蔓延しておると。私は、このことに関連して、非常に世の中で大きな、間接的に日本社会の大きな弊害をいろんな分野で巻き起こしておるというふうに感じておる者の一人でございます。 もう当然、平等という意識の中には二つあると。機会平等と結果平等、入口の平等と出口の平等。しかし、残念なことに我が国社会、特に戦後そうなんだろうと思うんですが、国民の多くの中、私どもの多くの中には、平等といえば結果平等であると、そういう意識がややもすると蔓延しておるというふうに私は感じております。 ここの結果平等で私は非常に大きな弊害が出てきておると感じることの一つに、最近のいじめ問題にも関連してそうなんですが、日本人の大きな短所の一つでもありますけど、違いを認める、違いを認めることは私は結果平等思想が蔓延しておればまずできないと。なおかつ、結果平等が蔓延している状況の中で、一個の社会人、人格を持った個人として、自立意識というか独立意識も出てこない。私はここで特に申し上げたいのは違いを認めるということなんですが、違いを認めるというところから初めて他者に対する思いやり、こういう状況からでないと私は出てこないんじゃなかろうかというふうに考えておる者の一人です。 今このいじめ問題に関連しても、ややもすると、結果平等の環境の中で他者に対して思いやりを持ちなさいよということを申し上げたところで、ちょっと言葉は荒っぽいですが、薄っぺらい傲慢な同情心しか出てこない。 本来の意味からいうと、私は、教育現場の中にチャンス平等と結果平等をいかに織り交ぜるか。ある意味でいうと、結果平等の領域というのは、セーフティーネットとしてここからここまでは共々に何とか支え合おうというライン、この分野において私は結果平等というのは大事だろうと。しかし、個性を伸ばしていく、独創性をつくっていく、こういう領域の中にあっては、チャンス平等の趣旨が生かされなければ、教育現場の中にですね、なかなか本当の意味での人格形成はできないんじゃなかろうかというふうに私は考えております。 こういったところで、今のチャンス平等、結果平等の領域に関して、総理としての御所見、そしてまたなおかつ、文科大臣、実際に運営されるサイドとして、教育現場を見越した中でその辺りの打開をどういうふうに図っていかれるのか、御所見を併せてお伺いしたいと思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 教育の目的は、それぞれの個性、能力に応じてできる限り調和的に発展を図っていくことにあるだろうと、そうした能力を伸ばしていく、また個性を尊重しながら能力を伸ばしていくということにあるのではないかと、このように思います。 よく結果平等の典型的な例として、例えば徒競走をして、最後は全員が手をつないでゴールするということが実際に行われていたということでございますが、人にはそれぞれ得意な分野があって、自分はどうも算数は苦手だけれども、駆けっこなら負けないという子供もいると思います。その子においては、その場は正に活躍の場なんだろうと思いますし、また、今回は残念ながらうまく走れなかったけれども、努力を積み重ねていくことによって、あるいは先生に指導してもらったり教えてもらって、実は最初の駆けっこではうまくいかなくても、次には能力を発揮をする人もいるのではないかと、このように思います。そういう意味においては、こうしたあしき結果平等主義というのは私はもう間違いであろうと、このように思います。それぞれの得意分野、またそれぞれの個性があるのではないか。 私の地元の詩人の金子みすゞの歌に、「鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。」という歌があります。それぞれがそれぞれの個性と能力があるということでありますから、そしてその中でやはり他人をまた尊重するということも大切なんだろうと、そのバランスがやはり私は重要ではないだろうかというふうに思うわけでありまして、結果平等にすれば結果として他人を尊重することにつながるということは、それは決してそんなことではなくて、むしろそれぞれの能力で、それぞれがいろいろと能力を持っているんだと、十分にそういう能力を有していて、そして可能性に満ちているんだということをお互いに認識し合う、そういう教育を行っていくことが大切ではないかと思っております。
○国務大臣(伊吹文明君) 今先生がおっしゃいました機会の平等と結果の平等というのは、これは長い政治思想の中で常に論じられてきていることで、私たちの社会は基本的に自由競争原理で動いております。しかし、やはりその社会では努力をした者が報われるという人間の基本的な本性に立って創意工夫がなされ社会が発展してきていると。結果の平等を取ってきたイズムの社会主義社会は結果的に発展をできなかったというのは、これは歴史の証明をしているところなんですね。 ところが、この二つのイズムのバランスを取るというのが今先生がおっしゃった一番大切なところで、我が日本社会においても、例えば義務教育に対する機会の均等を今回の御提案した法律の四条で規定いたしておりますが、これはまずスタートの機会の平等を保障しているわけですね。そして同時に、社会保障制度、年金、医療、この辺りは国が積極的に介入をして、市場の自由に任さずに、個人の自由に任さずに平等を保障していると。 しかし、多くの場面は競争原理によって動かされているわけですね。競争原理というのは、結果的に、先ほど総理がおっしゃったように、駆けっこをすれば一番に入る子供がいるわけです。これが社会の現実なんですよ。これをみんなお手々をつないで一緒に入るといって、社会に出たってこれは通用しません。 しかし、しかし大切なことは、駆けっこが一番であったから偉いのかというとそうじゃないという気持ちが持てるかどうかと、そして点数がいいということだけですべてが判断されるということじゃないんだという気持ちが持てるかどうかと、これが日本人がずうっと長い祖先の営みの中から持ってきた規範なんですよね。 今回の教育基本法の改正の一番の眼目は、競争社会になっても、なおかつその結果についてお互いに共生をしながらいたわり合って住んでいこうよというところを強く打ち出している、これが教育の根本であるということでこの法律ができているということを是非理解していただきたいと思います。
○北岡秀二君 ありがとうございました。 今、徒競走の部分でいろいろなやじが出てきておりますが、あえてもう一点申し上げると、確かに今運動会でも一等、二等、三等付けるところ、まあ大勢いらっしゃるけれども、また違う状況で、全国津々浦々、賞品は一緒なんですよ、一等であろうが四等であろうが五等であろうが。昔は、昔はよかったということを言うつもりはございませんが、一等はノート三冊、二等はノート二冊、三等はノート一冊、四等以下は鉛筆と。私は鉛筆組でございましたが、どういうふうに感じたかといったら、来年は何とかしてノートもらいたいなと、一生懸命頑張ろうというような環境もございました。 私は、いろんな分野において、結果平等を錯誤しながら大変各種各般にまたがって非常に阻害している要因があるということだけは認識しながら、是非とも今後教育現場の中で、正確というか正常に運営をしていただきたいなというふうに感じております。 もう一点、私は気になることが社会現象の中に一つございます。それはどういうことかというと、現在もそうですが、我が日本においては、かつてから積み上げられてこられて、自治会、町内会あるいは婦人会、老人会、青年団、まあ青年団は最近ほとんどなくなりつつありますけど、消防団とか、近年においては、PTAもそうですが、ある意味でいうと、日本にはボランティアがなかなか根付かないと言われる方もいらっしゃるかも分かりませんが、私は、ある意味でいうと、我が日本というのは世界に冠たるボランティア大国であったと。ところが、もう既に御承知のとおり、最近そういう領域に入りたがる人ほとんどいなくなってきた。なおかつ、長ですね、リスクを背負って社会奉仕をしようとする長、まあ一部はまた別なんですが、もうほとんどの地域の中にあってなり手がいない。なり手がいないどころか押し付け合いをしていると、こういう現象が進行しております。 私は、今申し上げた状況の中で、行政やいろんな公式のシステムで補完できないところの地域社会のいろんな部分を見事に支えてきておった部分が崩壊を始めてきておると。これは私は、教育がすべてとは申し上げませんが、一つの大きな要因の中には、自分さえよければという戦後教育のあしき部分の一つの成果だろうと思うんです、マイナスの。この部分を、先ほども総理おっしゃられましたが、教育基本法の改正の大きな大きな柱の一つとして個人と公のバランスをもう一度取り直そうというような柱もございます。 私は今申し上げたような現状の中で、どういうふうに総理自身考え、感じられるか。そしてまた、今度の改正、理念法でございますから、その解消を目指して取り組んでいかなければならないんですが、御所見をお伺いしたいと思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 先ほど、戦後六十年の風潮に際してお話を申し上げましたときに、戦後六十年の風潮の一つとして、やはり損得を価値の基準に置いているという問題点についてお話をさしていただきました。 人のために、あるいは社会のためにというのは、損得でいえばこれは一見自分の得には全くならないような、そういう恐らく考え方に至ってそういうことをするのはなるべくやめておこうということになってしまうのではないかと、このように思います。しかし、この損得を超える価値、人のために尽くす、それによっていかに大切なものを得ることができるかと、その価値についてやはり子供たちに教えていくことは私は重要ではないかと思います。 今までも、北岡先生が御指摘になられましたように、奉仕活動に頑張っておられる方々はたくさんいます。そもそも、NPO等々で活躍をしている人もいれば、今までかつて消防団等々で地域の活動に熱心に取り組んでおられた方々がいて初めて地域社会が成り立っていたという側面もあるのではないか、このように思います。 そういう中で、今回の法案におきましても、教育の目標として、「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度」を掲げております。こうした考え方の下に、子供たちが自分たちがやはり社会の一員として参画することによってこの社会は、国は成り立っているんだということをしっかりと教えていかなければならないと思っております。 また、現在、学校教育における奉仕・体験活動の実施や地域におけるボランティア活動の全国的な展開等の施策を展開をしているわけでありますが、この奉仕活動、ボランティア活動をすることの喜びを知ってもらう、子供たちに知ってもらう機会を提供していくことも重要ではないだろうかと思っております。
○北岡秀二君 今のことに関連して、私はもう教育基本法、直接関係ございませんので、お願いなんですが、特に長、長というか、中核になって社会活動、奉仕をされる場合、今の世の中、今言ったような人種が少なくなって、不平不満、批判、反対する人たちは、まあこれは私は決して否定するものではないんですが、そういう人たちが一杯出てきていると。で、ややもすると、リスクを背負って社会奉仕をされる方が袋だたきに遭うというような現状がございます。ですから、これはもう法律には直接関係ございませんが、何とか我が国社会の中でそういったリスクを背負って社会奉仕をする方々をバックアップするシステムもつくっていかなければ、ますますなり手がいないという現状というのもございますので、その辺りも是非ともお考えをいただきたいと思う次第でございます。 このことに関連して、総理、よく就任以来、さすが山口御出身、吉田松陰のふるさとであるだけに、志という言葉をよく使われます。もう私もよくそれは使う言葉なんですが、今正に日本国の大きな大きなこの改革の節目、日本民族の志が問われておるというふうに私は感じております。 教育基本法に絡めて、総理が思われておる志の真髄、どういうふうに思われているのか、ちょっとお述べをいただきたいと思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 教育におきましては、志ある国民を育て、そして品格ある国家をつくっていきたいと考えております。 志のある国民というのはもちろん、自分はこの世に生まれたからには人々のために役に立ちたい、あるいは地域や社会を今より明日、いい地域や社会にしていきたい、そのために役に立つ人間として自分はこの日本で生きていきたい、あるいは世界の中で活躍をしたい、そういう思いを抱く国民をつくっていくことが、養成をしていくことが私は大切であろうと、このように思うわけでございます。 そういう意味におきましても、この教育基本法におきまして、自律の精神、あるいは社会に参画をする、国際社会において平和と発展のために寄与する態度を養っていくということが書き込んであるわけでありまして、広く地域、社会だけではなくて国やあるいは世界のために役に立っていく、そういう大きな夢や希望や志を抱く、そういう心を、気持ちを涵養していく、そういう教育のためにも私はこの教育基本法の改正は必要ではないかと考えております。
○北岡秀二君 官房長官、記者会見があるようでございまして、退席をされるということでございますので、後ほど聞こうと思った部分、先にお伺いしたいと思います。 あの例のタウンミーティングの問題。私は、経過いろいろお聞きすると、いろんな部分、理解する部分もございますが、ある意味で申し上げると、これだけ、事件と言ったらおかしいんですが、国民の中で話題になって、大きくある意味でいうと不信感を招く結果になってしまったと。私は、こういう状況になった以上、けじめはしっかり付けなければならないというふうに感じております。今いろいろ検討中、調査中というようなお話もございますが、今の段階でどういったけじめを付けられるのか、お伺いいたします。
○国務大臣(塩崎恭久君) この教育改革タウンミーティングにつきましては、内閣府で今調査をさせて、既に衆議院の特別委員会で御報告をいたしたわけでありますけれども、八回行われたうちの五回において本来の趣旨からして明らかに逸脱をしているような行為があったということで、大変残念であり遺憾に思っているところでございます。すなわち、質問を作って渡すという、そういうことがあったということであります。 この結果を踏まえて、林副大臣、内閣府担当の副大臣をヘッドといたします、そして有識者、外部の有識者を入れて調査委員会、タウンミーティング調査委員会というのを発足をいたしまして、この際、もう百七十四回、これまでやってきたタウンミーティングすべてについて調査を行おうということで、今精力的に調査をしていただいているところでございます。この結果につきましては、できる限り早期に結論を得ていただいて、国民の前にすべてを明らかにしていこうということにしておるわけでありますが、今お尋ねのけじめの問題であります。 これは調査結果をやはりすべて見た上で、国民の信頼を得られるタウンミーティングの新たな運営方法を確立するためにも、やっぱりけじめというのは今お話しのとおり必要だと思っておりますし、この調査結果を待って判断をしたいと、このように思っているわけであります。 何分にも相手も、参加をしていただいた相手の方々のプライバシーの問題もありますので、ここはきっちり調べた上で判断を、けじめについての判断をしてまいりたいと、このように考えているところでございます。
○北岡秀二君 マスコミ等のいろんなアンケート調査によりましても、このたびの一連の事件に関連して大変な不信感を最終的に国民の中に植え付けてしまったと。これはもう是非ともしっかりとしたけじめはけじめとして付けていただきたい、思います。よろしくお願い申し上げます。 続きまして、教育基本法に関連して何点かお伺いしたいんですが、まず私は、先ほど舛添委員の方からも話がございましたが、愛国心、この問題について関連してお伺いしたいと思います。 私は、実はこの五月に自民党の派遣でヨーロッパへ教育視察に行ってまいりました。ここで、教育基本法関連ということでいろいろ現地調査をさせていただいたんですが、一つ非常に印象に残るやり取りがございました。それはどういうことかというと、イギリスだったかと思うんですが、学校現場で校長先生にお伺いをしたときに、学校現場で愛国心についてどういうふうに教えられていますかという質問をされました。そのときにまず最初に返ってきた言葉、教えていませんということだったんです。続いてこの言葉が出てきました。私どもは我が国の歴史と伝統をしっかり教えていますと、我が国の歴史と伝統をしっかり教えれば、おのずと国に対する自信と誇りというのは付いて回ってくるものですというような御答弁を私はいただきました。ある意味でいうと、私はもうカルチャーショックを覚えた部分もあるんですが、これは正当な私は意思表示だろうと思うんです。 で、我が国にかんがみて考えてみたときに、これは依然として付き回るんですが、六十年前の戦争問題がある。特に、これはもう私は歴史の問題を語るつもりはございませんから、余り複雑なことを申し上げるつもりはございませんけど、よく言われることの一つに、明治維新以降の我が国の歴史にあってはなかなか教えづらいと、またなおかつ教えられないというような問題もあります。非常に、まあ自虐史観等々、あるいは国民の中でもその辺りの見方、二分、三分されているというような一つの絶対的な現状としての認識、現状がございます。 片や、先ほども議論がございましたが、伝統の部分にあっても、占領下から影響してきたのかどうか分かりませんけど、特に私の経験からいうと、昭和四十年代から五十年代にかけて、かつての日本の伝統的ないろんな風習、これは悪いんだというような大きな大きな文化がございました。 私は、よく翻って考えてみますと、日本のかつての風習の中にはすべての分野において道が付いていた。華道、茶道、剣道、あるいは経営、商いであれば商い道というのもあった。すべての分野において道というのを付けて人格形成の裏打ちを我々は伝統的にやってきた文化を持っていました。ところが、すべての分野において、すべてとは言いませんけど、伝統の分野においてもかなり大きな私どもは痛手というか厳しい現実を抱えております。 先ほどのイギリスの話に戻りますが、私どもは歴史と伝統をしっかり教えています、それによって国に対する誇りを、あるいは自信をしっかりと培っていますという部分と、かなり日本は状況は違う。こういう一つの大きな壁を乗り越えた中で、我々は国を愛する心、あるいは国を愛する態度をはぐくんでいかなければならないという現実がございます。このことをかんがみた上で、どういうふうに今後のこの方面の分野で対処をされるのか、お考えをお伺いしたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 今回御審議にゆだねております法律には、我が国の伝統と文化を尊重し、これをはぐくんできた国と、そして郷土を愛する態度を養うということが書いてあります。これは正に先生がおっしゃったことそのことです。 そして今、日本史の必修は中学校、そして問題になっている未履修の世界史が高等学校で、日本史は選択制と、高等学校ではですね。これを必修にしてほしいという強い要望も各地の都道府県議会から請願が来ております。 やはり、例えば先ほど舛添先生の御質問にお答えしたように、日本は国として二度、日本民族以外に支配される危機が過去にあったんですね。それは、中国を支配していたモンゴル族の元朝が日本に押し寄せてきたときと、明治維新のときの黒船のときです。そのときにどういう態度で日本人がそれに対処したかということ、これを教えることによって、我々は今、この国土の中で生をうけ、国土の中で営みを続けているということが分かると。 だから、歴史的な事実を教える、積み重ねることによって、今先生のおっしゃったような、結果的に国を愛する態度が養われてくると。であればこそ、今回の教育基本法の改正をお認めいただければ、この教育基本法の理念に従って学校教育法を改正し、学校教育法に付随する学習指導要領である告示を変えていくということになるんだと思います。
○北岡秀二君 私は、この問題、非常にこのたびの改正の一番大きな目玉の一つであり、なおかつ、これから将来の日本ということを考えていったときに、総理も先ほどおっしゃられましたけど、我々が国家に対してどれだけ自信と誇りをいま一度、もう一度持つか、非常にこれはもう大事な分野でございますので、私は私の認識の中で、先ほど申し上げましたとおり、宿命として大きな現実を我々は抱えておると、それを乗り越えていかなきゃならぬという状況の中でいろんな工夫が必要だろうと思います。是非とも、法改正実現した暁には、その辺り、いろんな角度から、私は、研さんを積んでいただきながら実効ある形で取り組んでいただきたいなというふうに感じます。 もう一点、法改正に関連して質問をいたしたいことの一つに、現行法でよく議論をかつてからされてきたことの一つに、現行法の第十条にございます「不当な支配に服することなく、」云々というような条項がございます。これはもう本当に現行法成立以来ずっと学校現場あるいは教育現場と論争があって、私は混乱の大きな一つの要因のかぎだろうと思います。 で、文面読ませていただいても、不当な支配に服することなく、国民に責任を云々ということでございますが、主体がどこか分からないと。じゃ、国家って一体何なんだと、行政って一体何なんだと、もう本当に不毛の議論が、組合との議論があったり、あるいは学校現場の先生と議論があったり、何かあったらこれは不当な支配だという部分で、私は教育の混乱を起こしてきた大きな大きな今の現行法のキーワードの一つだろうと思います。 で、自民党内でもこの法改正議論の中では、この不当支配という文言を削除すべきというような意見も大勢、大勢ございました。私も、まあ中途半端な状況だから、もうあえてこの言葉は削除した方がいいかなというような主張の一人なんですが、結果的にはこの法改正の中にはこの言葉というのはそのまま残りました。で、後の文章で、法律でということで、また何とか修正するような形で文言が残されておりますが、これ実際、これ改正になって実行されるときに、この不当支配を残された意味合い、そしてまた、なおかつどういうふうな形で正常化に向けてこの問題を解決をしていくのか。お考えをお伺いしたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) まず、「不当な支配に服することなく、」というのを残した意味ですが、これはいろいろ御意見があったことは私も存じております。しかし、例えば、民主党さんが今出しておられる対案の中には、現在の教育委員会の持っている権限を都道府県知事に移すという案になっております。都道府県知事の政治的思想あるいはイズムによって国民全体の判断とは違う教育が当該地域に行われるということは、やはりこの法律があることによって私は防止できると思います。 ですから、いろいろ自民党内、公明党内で御議論のあったことは承知いたしておりますが、国会内で民主党さんの対案を見た結果、私はこの不当な支配に属することなくっていうのを入れておいたっていうことは正解だったなという感じがしているんです。 それからもう一つ、もう一つは、国会において制定される法律によって、つまり国権の最高機関である国会が定めた法律、その法律の一部を構成する告示、つまり学習指導要領ですね、これで行われるこの教育というものは不当な支配に当たらないということを今度の法律で明記しているわけです。この点が司法で争われて、旭川の事件についてはなるほどそのとおりだという、国の主張が認められているわけですが、国旗・国歌について、東京の事案については一審は別の判決が出ておりますね。これは今、東京都は当然控訴して争うという、上級審に控訴して争うということになりますが、この辺りを法律的に明確にしたというのが今回の十六条の記述でございます。
○北岡秀二君 私は、国際社会の中にあっても、国家としてのアイデンティティーあるいは主体性というのをしっかり持ってなければ本当の意味での信頼関係はなかなか醸成されない。そういう観点からいうと、私は、義務教育の領域の中には国家の位置というのをしっかりと私は持っていなければならない。 先ほどから申し上げておりますこの不当な支配という領域の中でいろんな混乱があったと、今大臣おっしゃられたとおり、これからは、その分野において、本当に健全な日本国の教育現場の環境づくりのために最善の努力を尽くしながら、今申された趣旨で対応を是非ともしていただきたいというふうに思います。 続いて、先ほど舛添委員の方からも示唆がございましたが、教育委員会制度についてお伺いしたいと思います。 最近の一連のいじめ自殺等々の関連で、あるいは学校の未履修問題もそうだろうと思いますが、教育委員会の問題というのがかなり議論をされております。 私どもも、つい先日、参議院の文教科学委員会で北海道の滝川市へお邪魔をさしていただいて、現地調査いろいろやらしていただきました。私の一つのそのときの印象、それぞれの分野でそれぞれの趣旨に基づいてそれなりに一生懸命対応していらっしゃる。しかし、滝川の事件は、去年の九月に小学校六年生の女の子が自殺をされた、で、そのいじめが原因であったというのがなかなか認められない。で、なかったと、あるいは調査中ということで、今年の十月になって初めていじめがあったようだということを認めたと。その経過を調査に行ったわけでございますが、今申し上げたようなことで、それぞれの分野でそれなりに取り組んでいらっしゃるんですが、結果的にはいじめの一つの現実というのを社会的に認知するに至るまで一年掛かっている、無責任極まりない一つの結果になっていると。 私は、まあ教育委員会がすべてでございませんし、教育委員会の問題だけでもございませんが、教育委員会制度に関連して思うことの一つに、最近、教育委員会無用論も出てまいっております。そしてまた、なおかつ教育委員会を何とか大改革をしなければならないという議論もございます。 そういう中で、まず第一点、私は、思うことの一つには、教育委員会無用論というのは、これは非常に、先ほど大臣も答弁でるる答えられたとおり、ちょっと危険なところもあると。で、そういう面からいうと、国としては教育委員会制度というのは堅持すべきだと。ただ、取り組んでいかなければならないことは、教育委員会制度の抜本的な大改革、この無責任体制をどう打破していくか、この責任ある体制をどういま一度つくり上げていくか。人事権の問題とか、あるいは教育委員の選任の手法に問題があるとか、あるいは教育長の選任をもうちょっと扇のかなめとしてしっかりとした選任をするような何らかのシステムを採用しようとか、いろいろ議論ございますが、この一連の事件の流れで教育委員会の問題が指摘されていること、そしてまた、なおかついろんな分野から教育委員会無用論が叫ばれることと併せて、どういう姿勢で臨んでいかれるのか、その辺りの決意をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 今回の未履修、いじめの問題に私は直面しまして、いろいろなことを感じさせられました。そして、骨太の方針の二〇〇六で、先生御承知のとおり、教育委員会の抜本的改革を行うということを決めております。 しかし、この抜本的改革ということの意味が教育委員会そのものの改革というのが一つありますね。それから、都道府県教育委員会、政令市教育委員会と政令市以外の市町村教育委員会との関係というのが一つございます。義務教育については市町村に学校の開設権はあります。しかし、人事権は都道府県が握っております。そして、もう一つ大切な視点は、文部科学省というか、国とこの都道府県教育委員会との間の教育行政の筋をどう通すのかということがあります。 今の状況でございますと、私は国会でるる御答弁申し上げますが、予算権、人事権、法律の執行権が実は私にはございません。この問題も一つ考えなければいけません。私が今日御提案者の席に座っておられます西岡先生が自民党の我々の大先輩として御指導いただいたときには、義務教育の教職員はむしろ国家公務員であるべきだと、これも私一つの御見識だと思います。 いろいろな、ここはこれから考えていかねばならないことはありますので、先ほど舛添先生に私申し上げたように、与野党の枠を超えて子供のためにどういう結果責任をだれが取るんだということだけはきちっと明確に一本筋の通ったシステムに是非していきたいなと思っております。
○北岡秀二君 長年、教育委員会の問題についてはいろんな角度から、機能が十分果たされてないんじゃないか、あるいは無責任極まりないんじゃないかというような御意見もございます。やれるようでなかなかやれない現実の中で、今おっしゃられた地方行政教育法ですか、法改正、あるいはいろんな分野の根本的なところの法改正も含めて、私は問題になっている、問題解決をしなければならない、そしてまた基本法も改正を取り組んでいるこの時期に是非とも私は強力な改正をお願いをいたしたいと思います。 このことにも関連してなんですが、以前から、先ほど大臣もおっしゃられました、文科省としては限界があるんだと、なかなか掌握しようにもし切れない一つの壁がある、報告十分になされなければそこから先の実行力もなかなかないというような一つの今の制度的なあるいは法的な限界もあることも私は承知しております。 片や、これは私は一つの提案なんですが、文科省の中で以前からこれはやるべきだというような意見もございましたが、文科省職員の学校現場への人事交流、今文科省としては各都道府県並びに自治体への教育委員会への派遣はございます。しかし私は、文科省として実態の学校現場がどうなっているのか、どういうところで苦しんでどういうところで課題を抱えておるかと。 これは私はいろんな、人的ないろんな問題や定員の問題やあるいは予算的な問題等々あろうかとは思いますが、私はこれだけ教育が大きく注目をされて、なおかつ総理も内閣の目玉の柱として今後取り組んでいこうと、教育再生に取り組んでいこうというような環境でございますので、是非とも文科省の職員が実際学校現場を経験しながらその経験に基づいて文科行政の施策をいろいろ対応していくということは非常に大事なことだろうと思いますので、この辺りについて、大臣、ちょっと突っ込んだ意見をいただきたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) とかく、やはり霞が関のお役人というのは霞が関の机の感覚で現場のことは分からないという批判をよく受けておるのはそのとおりだと思います。 そこで、文部科学省は平成三年から今先生がおっしゃったことを実はやっております。そして、教育委員会に出て、特にⅠ種の採用の職員は全員教育委員会に出しておりますが、しかし同時に、その中でも、その中でも補助教員として教壇に立たせるということを実はやっております。これをやってある程度現場の感覚を持たずに机の上で踏ん反り返って行政というものはできませんので、これは御注意をもう拳々服膺して、更に今やっていることを充実させたいと思います。
○北岡秀二君 今取組、更に充実した形で本当に今後の施策に更に更に的確に反映できるような体制組み、これは私はいろんな角度から工夫しながら是非ともお取り組みをいただきたい、その辺り再度お願いを申し上げまして、時間が来ましたので私の質問は終了させていただきたいと思います。 ありがとうございました。
○小泉顕雄君 ありがとうございます。自由民主党の小泉でございます。 既に御承知かもしれませんが、実はこの参議院に小泉アキオという人間が二人おりまして、しかも自民党の中におりまして、しかもこの委員会の中に今おるということで非常に紛らわしいわけでありますが、私は比例の小泉顕雄でございまして、もうお一方はあちらにいらっしゃいます神奈川選挙区の小泉昭男先生でございます。何とぞお二人ともよろしくお願いを申し上げたいと思います。 さて、私は大変今感激というか、光栄な気持ちを一杯持ちながらこうしてここに立たせていただいています。中山元文部科学大臣の下で政務官として仕事をさせていただく中で、実はこの教育基本法の改正についていろいろ議論に参加をさせていただきました。非常に私としてもその意味で思い入れの深い法案でもあります。しっかりこれから質問をさせていただいて、本当に一日も早く成立するように協力をしていきたいというふうに思っています。 最初に、人間の心というか、その辺りのことについて少しお話をさせていただきたいと思いますが、アメリカにおきましては大統領の就任式で新しい大統領が聖書に手を当てられて宣誓をされるということが伝統的な儀式になっているというふうに承知しております。クリントン大統領もそうでありましたし、ブッシュ大統領もそうであったと思うわけでありますけれども、ブッシュ大統領は、就任のその演説の中で、神あるいはキリスト教とか、そういった非常に宗教的な言葉というものを盛んに用いられて、そして最後には神よアメリカに祝福を与えたまえと、こういう形で宣誓を結ばれたわけであります。 こういうことにつきまして、ある識者が、政教分離ということを憲法の上で非常に大切にしているアメリカ合衆国の最高権力者の就任式でアメリカ国民が大統領の演説に期待をしているのは経済政策でもなければ国防でもない、市民宗教の大祭司、祭司というのは祭りの司でありますが、大祭司として国民を導いてくれる理念をこそ求めている、こういう表現をしているわけであります。つまり、新しい大統領がこれからの国の姿についての理念の表明の中で宗教的な敬けんさというものを加えて非常に厳粛な雰囲気をつくり出して、そして国民もそれに対して非常に大きな期待を持っている、政教分離と言いつつもその点について異を唱える人は極めて少ないと、こういう話を聞くわけであります。私は非常にそのことについて大きな感銘を持っておる人間でありますが、やはり一国の指導者が国民の前に敬けんな姿というものを、まあ宗教的敬けんとまでは言い過ぎと、問題があるかもしれませんが、敬けんな姿というものを示すということが私は非常に重要なことだと、こういうふうに思います。 そこで、この我が国におきまして新しい総理が誕生された場合にこういった敬けんな総理の姿というものを国民の前に示していただく場が果たしてあるのかどうかと考えると、なかなか私ははっきり思い付くところがないわけであります。それよりも、総理の御見解として、国民の前に新しい指導者がそういう敬けんな姿勢というものを示すということがどういう、そのことの意義というものについてどのようにお考えか、またそのアメリカの就任式についてどういう御感想をお持ちか、御紹介をいただければ有り難いと思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 私も、今から十数年前、大統領の就任式に列席をしたことがあるわけでございますが、大統領は聖書に手を置き、宣誓をいたします。大統領として職務に忠実に、そしてまたあらん限りの努力で尽力をしていくことを誓うわけでございます。 これはアメリカの国の成り立ちにも私は深くかかわっていることではないかと、このように思うわけでありますが、宣誓する言葉の中身におきましては、これは憲法によって規定されている中身であります。しかし、最後のソー・ヘルプ・ミー・ゴッドのところは、これはジョージ・ワシントン大統領が最初の宣誓でおっしゃった言葉で、それを慣用的にその後の大統領もおっしゃっているということではないだろうかと、このように思うわけでありますが、あの就任式において人知を超えるものに対する畏敬の念を表しながら、謙虚な姿勢と同時に国民の前で誓いをする、この厳粛な行為の中において責任感を持ち、自らの職責の重大さを再認識をするということではないだろうかと、このように思うわけであります。 私も九月の二十六日に国会において首班として指名をいただきました。国会において指名されることのこれは職責の大きさ、責任の大きさを感じるとともに、その後、宮中において、皇居においての親任式がございました。その親任式におきましては、やはり日本の長い歴史と伝統の中での総理への就任の意義、意味において、この責任の重さを改めて認識をいたしました。 そして、その後の記者会見において、私の考え方を最初の記者会見で述べるに際しましては、これはもうカメラの向こうに国民がいる、その国民の前で総理としての職責を全うする、このことを宣言をしたわけでございます。国民に対しての責任を改めて実感をいたしたような次第でございます。
○小泉顕雄君 ありがとうございました。 皇居にお出掛けになられてその認証をお受けになるときのお気持ち、私は極めて敬けんなものがあったろうというふうに思いますし、その今の御発言の中に、その式の中に日本の伝統文化といったものの、何といいましょうか、価値というようなものがあるというようなお話であります。常に総理には、私は、敬けんな姿勢というものを国民の前にも示していただいて職務をお続けいただきたいというふうにお祈りを申し上げたいと思います。 さて、なぜ今私、いきなりこの敬けんというような言葉、心というところにこだわったかと申しますと、今の日本のいろんな問題を考えたときに、正にこの敬けんな心、まあ伊吹大臣、御就任早々でしたか、おてんとうさまに恥ずかしくないというふうな言葉をおっしゃられましたけれども、平易に言えばそういうことになろうかと思いますが、本当に敬けんな気持ちがない、おてんとうさまを恐れないという、おてんとうさまというものに対して恥ずかしくないということが一つの規範としてなくなっておる。先ほど舛添先生とのやり取りの中にもありましたけれども、暗黙の中に培われてきた日本人のその規範意識というものが本当に薄れてきておると、そのことによってもう様々な問題が起きているということを私は思うから、冒頭からこのような質問をしたわけでありますけれども。 私もあちこちからいろいろお招きをいただきましてお話をさせていただく機会が多いんですが、最近必ずといってお話をするのは、秋田県の能代市、今年の四月の末でありましたか、母親が自分が産み育てた子供を橋の上から突き落としたというような事件、まだこれ裁判中の話でありますから私が断定的に話をするというのもいかがかと思いますけれども、これはいずれにしても大変恐ろしい行為を母親が子供に対して起こした。恐らく彼女がその娘を落とそうとしたとき、私は恐らく右も見たと思いますし、左側も見たと思いますし、もちろん後ろも見て前も見たと思うわけであります。そして、人の目はだれもない、だれも見ていないんだということで、その娘を突き落とすという行為に及んだのではないかと思うわけでありますが、返す返すも残念なのは、なぜそのときに、その彼女の耳にあるいは彼女の心に、おてんとうさまが見ていらっしゃるじゃないかと、だれも人は見ていないけれども、おてんとうさまが見ていらっしゃるんだ、あるいは神様であってもいいし、仏様であってもいいし、御先祖でもあっていいわけだけれども、だれも見ていないということはあり得ないんだと、昔から天知る地知る己知るということが言われてまいりましたけれども、なぜそのことに彼女が私は気付かなかったのかと思うと、本当に残念であります。 私は、もちろん彼女が十二年間の教育を受けてきたということもあるわけでありまして、やはり彼女に教育をしてきた人たちも十分反省をしなきゃならぬと思いますし、まあ御承知かもしれませんが、私は僧侶という立場があります。我々僧侶あるいは宗教家も、こういう事件をきっかけとして本当に大いに反省をしなきゃならぬ、そういう時代になっているというふうにつくづく思うわけであります。 さて、法案でありますけれども、まず前文について少し質問をさせていただきたいと思いますけれども、この前文の中に、我々日本国民は民主的で文化的な国家を更に発展させると、こういうことがあるわけでありますが、私が今言いましたような様々な問題を見たときに、本当に天の声も聞こえずに、平気で人間として超えてはならない一線を超える人たちがこんなに続発をする世の中の中で、文化的な国家を更に発展させなければならないと、そんな悠長なことでいいのかなと、今正に日本の文化が本当に問われている中で、文化的な国家というふうに、果たしてこういうふうに書かれていることについて素直に受け取っていいものかどうかなと、こういう気持ちを持つわけでありますが、これについて総理並びに伊吹大臣の御見解をお伺いしたいと思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 文化的な国家とは、正に個人の尊厳をこれは重んじる国家でなければならないと、このように思います。そして、先ほど先生が御指摘になったように、つまりこれは、人間の行動というのは、法律以前に守るべきこれは徳目あるいは規範の中でのこれは行動でなければならないのではないだろうかと、このように思うわけでありまして、かつてはそんなことしたら恥ずかしいという思いがあったわけでございます。 そういう思いを多くの国民が共有することによって、外国からやってきた人たちから見て、なかなかこの日本人というのは品格ある民族だな、国民だなと、このような印象を受けるのではないだろうか、たとえ貧しくてもこれは文化的な国家であると、こういう印象を持って帰ってくれるのではないだろうかと、こう思うわけでありまして、正にだれも見ていなければいいやというような行為が蔓延するようであれば、これはどんなに物質的に栄えたとしても、これは真の意味で豊かな国ではないだろうかと、このように思うわけでありまして、だからこそ、この文化の重要性についてこの改正案においては触れているということで御理解もいただきたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 文化というのは何だろうということだと先生思いますね。つまり、比較文化論とか国によって文化が違うということはよく言われる。この正に文化というのは、その国土の中でその国民が営々として営みを続けてきた中から醸し出されてきたものという抽象的な表現しか私はできないと思うんですが、その一つが先生がおっしゃったおてんとうさまであり、今総理が申し上げましたような法律以前の規範意識、日本特有の規範意識ですね。これがやはり先ほど舛添先生の御質問にあった、私がお答えしたように、戦後のやはり敗戦からサンフランシスコ条約の批准によって国際社会、日本が主権を持って復帰するまでの間、やや途絶したということ、これが今のやっぱり日本人の形成に非常に大きな私は影響を与えていると思います。 今回、日本の歴史と伝統を尊重し、これをはぐくんできた国と郷土を愛する態度ということを正に明記しているわけですから、これに従ってこれから学習指導要領などにも手を加えられると。 外国では、御承知のように、やっぱり宗教というものがその国のアンリトゥン・ローというんでしょうか、法律以前の約束事について大変大きな影響を持っているんですよ。ところが日本の場合は、御承知のように、キリスト教で結婚式をして、子供が生まれたら七五三のお宮参りをして、そしてお葬式はお寺にお願いするという国でしょう。 ですから、先ほど北岡先生の御質問にあったように、日本のやっぱり規範として大切なものは道なんですよ。商人道であり、武士道なんですね。だから、新渡戸稲造さんが、自分の奥さんが、こんなに宗教心の薄い日本人がなぜこんなに秩序正しく仲良く暮らしているんだろうということに対して、愛する妻に英語で、アメリカ人ですから、英語で書いて日本人の規範意識を教えたのが「武士道」という本なんですね。 ですから、そういうことを大切に、小泉改革、経済的な小泉改革を補完していきたいと、これが安倍改革の基本なんですね。ですから、小泉改革、安倍改革を合わせて日本全体の改革が完成していくと、そういうとらえ方をしていただければ大変有り難いと思います。
○小泉顕雄君 ありがとうございました。 安倍改革というのが、本当に今問われている日本人の心というものに焦点を合わせながら進められていくものだというふうに理解をさせていただきました。 伊吹大臣も私もあちこちでごあいさつとかお話を聞かせていただく機会があるわけでありますけれども、本当に、和魂洋才とかいろいろ本当に私、学ばせていただく言葉が次々出てくるわけでありますし、先生の文化論とか文明論とかいうものには私もやはりいたく、何といいましょうか、感銘を覚えておりますので、これからもよろしく御指導いただきたいと思います。 それで、前文に同じくかかわりまして、この前文の中に個人の尊厳を尊重しという表現があるわけであります。いろいろ文言が、要するに、教育の理想を実現するためにいろいろなことが、事柄が並べておるわけでありますが、個人の尊厳を尊重するということが一番最初に来ているわけであります。最初にあるから、最後にあるからどうのこうのということは、それはないのかもしれません。恐らくみんな同じ扱いを受けられるんだろうと思いますが、ただいま日本が問われておるのは、戦後の中で余りにも個人というもの、あるいは個人主義というものがもてはやされる中で、ややもすれば公というものが軽視されてきたのではないのかという反省が、私は、新しい教育基本法を作ろうという動きの背景としてあるというふうに今考えているわけであります。 私は、かつて、「自由民主」という月刊誌がありますが、その中に「「個」から「縁」へ」という、個人の個から縁というもの、「「個」から「縁」へ」という一文を寄稿させていただいたことがありますが、自分の口で言うのもなんでありますけれども、これについては非常に大きな評価をいただきました。あちこちから激励のお便りやらお電話をいただきまして、満更自分も捨てたものじゃないなというようなことも思ったわけでありますけれども。 私は、「「個」から「縁」へ」というタイトルで文章を書いたのは正にそのことでありまして、我々、一人で生きているのではないと。やはり縁というものの中に、おかげというものの中に生かされておるんだと。こういう気持ちというものが本当に欠如してきた、そのことが今の混乱の、社会の混乱の背景にあるんだ、心の貧困の背景にあるんだと。だから、もう一度、我々は縁というもの、あるいは公というものにもっともっとこだわって考えてみなきゃこの国は大変なことになる、そういう気持ちを持っておるわけであります。 そこで、この配列の前後ということには意味はないというふうにおっしゃるだろうとは思いますけれども、もう一度、やっぱり個人と公ということの問い直されていることについて御見解を、できれば総理並びに大臣からお聞かせをいただきたいと思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 先ほど、文化的な国家をこれはつくっていくためには、まず個人の尊厳が重んじられていなければならないと。つまり、個人の尊厳が重んじられることによってその個人の能力が開花をしていき文化的な創造が行われると、また文化が培われていくと、こういう意味において先ほど申し上げたわけでございますが、この個人の尊厳を重んじるとは、これは、教育において、すべての個人が他をもって代えることができない人間として有する人格を尊重する趣旨でございまして、自分の意見を無条件に主張することを容認するものではもちろんないわけでございます。 これは、どちらがこれは優先するかということではなくて、正にこの個人の尊厳と公共の精神というのはこれは当然並び立つ基本的な考え方ではないだろうかと、このように思うわけでありまして、個人の尊厳という意味については先ほど申し上げたような意味であるわけでありますが、しかしそれを別の意味に理解してはならない。つまり、個人の尊厳というのは個人個人が自分の主張に沿って何やってもいいんだということではもう全くないということであって、やはりそれは個人の尊厳が重んじられるという社会を構築をしていくという責任をみんなが負っているのも事実であり、そういう努力の中において初めて個人の尊厳もこれは尊重されるのではないだろうかと、このように思うわけでありまして、個人の尊厳を重んじつつ公正なルールを形成、遵守しながら社会全体のために行動する公共の精神を尊ぶ人間をはぐくむことが必要であると、このように考えております。
○国務大臣(伊吹文明君) まあ先生、これは余り深く考えていただかずに、やはり人間があるからグループができて国家ができて社会ができるわけですから、まずやはり人間が先に、個人が先に来るんですよ。そして、憲法、現行憲法の十三条も、やはり個人の権利は尊重されねばならない。しかし、それは、公共の福祉に反しない限りというのはやっぱり後で出てくるんですね。ですから、先生のお気持ちはもう私十分理解しておりますが、まあ前後関係はそう深くお考えいただかなくても結構だと思います。
○小泉顕雄君 どうもありがとうございました。 それでは次に、第一条の方の関係に移りたいと思いますけれども。 一条の「教育の目的」、さらに二条に「教育の目標」というものがいろいろこう示されているわけでありますが、まず一条で、教育の目的とは、人格の形成を目指して心身ともに健康な国民の育成を期すと。そのために今いろいろ二条の中であれこれの取組といいましょうか、目標が示されているわけでありますが、やはりその教育の中にできるだけ幅広く多くのものを盛り込んでいくことによって人格の総合的な形成というものを願うというのが教育の、そもそもそれが教育であるというふうに思うわけであります。 で、考えてみれば、人間の心というのは豊かであれば豊かであるほどいいわけでありますけれども、その豊かな心というものはどうすれば豊かになるのかと。これは、私は豊かな体験、もっと言えば豊かな直接体験というものをできるだけ多くすることによってしかかなわないものだというふうに思っています。 ですから、学校教育においても教育内容の中にできるだけ直接体験ができるものをどんどん取り入れていく。例えば、芸術体験であるとか、あるいは自然体験であるとか野外体験であるとか、社会体験であるとか、そういったものをどんどんどんどん取り入れていくことによって子供たちの心というものをできるだけ豊かにはぐくんでいく、こういうことが必要だというふうに思うわけでありますけれども、これは参考人の方にこれありますけれども、実際そういうその直接体験を重視をするというような取組が現在教育現場においてどの程度に展開されているのか、御教示をいただきたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) お話がございましたように、学校教育の中で、いわゆる机上の学習だけじゃなくて直接的な体験活動を取り入れるということは、豊かな人間性や社会性をはぐくむ上で大変重要な意義があると思っております。 現在の学習指導要領でも総合的な学習の時間、あるいは特別活動において体験的な学習の充実ということをうたっております。各学校でも体験活動に充てる時間数が伸びているところでございまして、抽出の調査でございますけれども、小学校五年生の場合、平成十二年度は年間三十時間ぐらいの体験活動の実施状況でございましたけれども、平成十六年度では三十九・三時間ということで、体験活動の時間は増えている状況にございます。 文部科学省といたしましても、こういった様々な体験活動を推進するために、例えば長期宿泊体験活動とか、社会奉仕活動を行う豊かな体験活動推進事業の推進でございますとか、あるいは優れた舞台芸術の鑑賞機会を提供する本物の舞台芸術に触れる機会の確保の事業でございますとか、中学校における五日間以上の職場体験を進めるキャリア・スタート・ウイーク事業等、いろんな施策を講じまして、各学校における体験活動を支援をしているところでございます。
○小泉顕雄君 増加はしているような感じがするという話でありますが、とにかく心を豊かにするためには絶対直接体験がなきゃ駄目なんです。一番必要なのは、私は、感性を陶冶する芸術体験というか芸術教育、それからやっぱり、さっき敬けんという言葉がありましたが、これは宗教だけでなしに、やっぱり自然というものに対する畏敬の念を持つということもこれは非常に大切なことでありまして、自然体験というのは物すごく大切なんです。私は、芸術と自然を徹底的に体験をさせておくとかなり豊かな人間が育つと、こういう信念を持っておる人間であります。 今、体験学習は増えているという話がありましたけれども、特に芸術については非常に厳しい状況にあるということを私、政務官当時、スクールミーティング、タウンミーティングじゃないですよ、スクールミーティング、そこで聞いてきました。芸術の先生、音楽の先生、美術の先生、本当に悲痛な声を聞いてきた。もうこんなことじゃ子供たちの感性に私たちは責任持てませんという話を聞いてきました。 せんだって、あるお便りをいただきましたが、これ中学校の美術の先生でありますけれども、とにかく今の中学校の学力論が五教科を中心で、しかも受験学力にかかわるものが中心で、大人たちはもう子供たちが真に学ぶことの大切さを忘れているような感がありますと、美術教育は中学校では中一が週一時間プラスアルファ、二、三年が週一時間、小学校も高学年ではとうとう二時間続きの授業が毎週はできなくなりましたと、こういうお便りをいただきました。現場で聞いた声、そしてこのお便りと見事に一致をするわけであります。 私は、こういう声を本当にしっかり聞き届けていただいて、ここに添付をしていただいた資料に本当に目を輝かせながら創作活動に取り組んでいる子供たちの写真も見ましたけれども、本当にその目の輝きの中から、こういう教育が私は心を豊かにしていく上で本当に大切だということを改めて痛感をしました。これからも私もいろいろ文科省の皆さん方に御指導をいただきながら、また御意見を申し上げながら、豊かな心を育てるために、とりわけ自然教育、芸術教育の充実のために力を合わせたいと、こういうふうに思います。 また、これは余談ですけれども、社会科の中でも、今世界史の話がいろいろありますけれども、地理教育、これも随分軽視されているということを頻繁に聞きます。北朝鮮がどこにあるか分からない学生がたくさんいる、イラクなんていうのはもう全くどこにあるか、もう正解が出せない子供が非常にたくさんいる。こういう現状、これも私は随分問題があるというふうに思います。 確かに、授業時数が減る中で、またゆとり教育というものが議論をされる中で、すべてのことに緻密な配慮ができないということはこれは分かるし、また現場の先生の忙しさということも私は十分理解をしているけれども、やっぱり子供たちの心を豊かにしなければこの国は駄目になるんだと、そこのことをしっかり念頭に置いていただいて、できるだけ幅広い教養を子供たちに育てられるような努力を今後も傾けていただきたいと、こういうふうに思います。 あわせて、心を豊かにするということで、岐阜県でこころの日推進運動という運動があります。毎月八日をこころの日としてということで毎月八日に、今日は環境の日とかなんとか、先祖を敬う日とか、いろんなことが書かれておるわけでありますが、こういう運動を全国的に広めていきたいというような熱意のある方々がいらっしゃいまして、これは鈴木官房副長官にも直接お話をされてお訴えもされたことがありましたし、官房副長官からは大変激励の言葉もいただかれて、感激してお帰りになられたこともあります。 また、大会が開催されるたびに文部科学大臣からの激励の言葉も寄せていただいておりまして大変励みにはなっておるわけでありますけれども、是非こういう運動、まずあるということを御承知をいただいて、やっぱりこういう方々としっかり連携をしながら、失われた日本人の心というものを取り戻す、せめて年に十二回、月に一度ぐらい日本人の心というものを考えてみようじゃないかと、そういうような運動でありますから、是非いろいろ話を聞いていただいて、支援できるところについてはどしどし御支援をいただきたいと。官房副長官、今後ともよろしくお願いを申し上げておきたいと思います。 以上、第一条の関係について質問をさせていただきました。 次に、第六条関係の問題について質問をさせていただきたいと思います。 ここでは、学校というのは子供たち、生徒の心身の発達に応じて、体系的な教育を組織的に行わなければならないと、こういうふうに書いてあるわけであります。これは要するに、教育課程というものを編成をせよと、指導要領の中にそういう文言があるわけでありますからそういうことを示しているのではないかと思うわけでありますが、いろいろ考えてみますのに、教育課程というのは、私も実は現場にいた人間でありますけれども、ちょっと理解があいまいといいましょうか、ばらばらな感もあるわけであります。 ここで誠に申し訳ありませんが、基本的なことで失礼なんですけれども、教育課程とは何ぞやという定義についてお教えをいただきたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) ただいま先生、改正法案の第六条二項をお読みをいただいたわけでございますけれども、そこにありますように、教育課程というのは、学校において教育の目的や目標を達成をするために教育の内容を児童生徒の心身の発達に応じまして体系的に組織した教育計画ということになります。編成をするのは学校ということになります。 具体的には、学習指導要領に基づきまして各学校で教育目標をまず作り、学年ごとの各教科や道徳などの指導内容を配列をし組織をし、それにどういう授業時数が必要かということまで含めて計画を立てるというものが教育課程ということになるわけでございます。
○小泉顕雄君 私もそのように解釈をしているんですけれども、先生方の中には、要するに時間割を立てればそれが教育課程であるというような考え方を持っていらっしゃる方もあるようでありまして、いや、それはやっぱり非常に困ったことであって、一つの学校の中でこの一年を掛けてこの子供たちをどういうような子供たちに変えていくのか、どういう子供たちに育てていくのかという目標があって、そしていろんな学校行事の兼ね合わせを考えながら、あるいは地域との兼ね合わせをいろいろ考えながら、そういうものを踏まえた上で個々のクラスの時間割を作っていくんだと、こういう流れになっていかなきゃならぬと思うんですね。そういう組織的な仕事というものが、私の印象ではですよ、私の印象では必ずしも十分にされていないのではないのかな、こういうふうに思うんですよね。 学習指導要領というものをしっかり踏まえながら、きちっとした授業計画を立て、きちっとした目標を持っておれば、例えば未履修の問題なんということは起こってこないんですよ、絶対に。未履修問題が起こってくるというのは、その辺のところを極めてあいまいにしておると、そういうことによって私は起こってくるんじゃないのかなと、こういうふうに思っているわけでありますけれども。 さて、ここでお尋ねをしたいのは、この未履修の問題というものが起こってきた背景というのは本当はどこにあるというふうにお考えなのか、御答弁をお願いしたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) これはいろいろな側面があると思いますが、まあ率直に言えば、高等学校で修めるべき基礎学力の水準、それは全国統一的にこうしてほしいということを学習指導要領でお示ししているわけですね。 ですから、本来、それがどこまでできたかということの習熟度はきちっと校長さんが、校長先生が責任を持っておやりいただくと。つまり、卒業証書をお渡しされるわけですから。この権限は校長にあるわけです。ところが、一方で大学入試というものがございます。大学入試が必ずしも文部科学省が学習指導要領でお示ししたものどおりの試験をしておられずに、その中の一部の試験をしておられると。ですから、まあ規範意識がないといえばそれまでなんですが、こちらの、卒業に有利なように動こうとすればこちらを守らないということから起こっているわけですね。 ですから、ただ、そういう現実があるから大学の入試に合わせて指導要領を変えてしまえということは私は絶対にやるつもりはありません。しかし、逆に習熟度は、お願いしている習熟度がどこまでかということは、校長先生に任しておけば一〇%以上の学校でそうじゃない事実が起こっているわけですから、これはどこかでチェックをすることをやっぱり考えないといけないなという気持ちは私は今強く持っております。どういう形がいいのか、これは大学の入学試験や高校の、児童生徒のすべての将来にかかわってくることですから、ちょっと独断ではすぐにはやれないなという気持ちも同時に持っておるわけです。
○小泉顕雄君 本当に難しい話でありますし、それは今大臣がおっしゃるように、指導要領はそれをいじくるつもりはないというお話、そうであると思います。私は、指導要領というものが幼稚園からずっと高等学校まで書かれている中で、やはり最終的にはその指導要領の道筋を進むことによって日本人としてふさわしい人格というものを形成できるんだということがあるわけでありますから、そのとおりやらなきゃならぬわけであります。しかし、テストというのは、これは人格を測るんじゃないですからね。学力だけを測るわけであるわけで、ここのところが本当に大切なこと。 文部科学省としては、私は、やっぱり指導要領というものを、これをしっかり守って、指導要領というものを中心としながら学校の教育課程にしても個々の授業にしても進められるように、やはりきちんと私は方向を指し示していただかなきゃならぬと、こういうふうに思っているわけでありますけれども、その指導要領によって学習が進められていく、その成果を測ろう、そして子供たちの学力というものがその指導要領から見たときにどの程度の水準まで行っているのか、こういうことを測ろうということで、来年ですか、全国の一斉学力テストをやると。中三、小六ですかね。これはどういうのか、どういう内容でどういうような方法でおやりになるのか、細かなことでありますけれども、ちょっと教えていただきたい。
○政府参考人(銭谷眞美君) 来年度から実施を予定をいたしております全国学力・学習状況調査について御説明を申し上げます。 この調査は、全国的な義務教育の機会均等と水準の向上のために、児童生徒の学力、学習状況を把握をし、分析をし、教育の結果を検証し、改善を図るということがねらいでございます。また、各教育委員会、学校等が全国的な状況との関係において自分の教育委員会あるいは学校の教育の結果を把握をして、比較をしながら改善を図るということもできる、そういう調査にしたいと思っております。 具体的には、小学校六年生と中学校三年生の原則として全児童生徒を対象に、国語、算数、数学について実施をする予定にいたしております。問題としては、文字どおり知識に関する問題とそれを活用する問題ということを予定をいたしております。あわせて、今回の全国学力・学習状況調査では、児童生徒の生活習慣とか学習環境等に関する質問紙調査も実施をすることといたしておりまして、これらと学力との相関関係を様々な角度から分析をして施策や指導の改善に役立てるということも考えているところでございます。
○小泉顕雄君 とにかく、全国一斉の学力テストというものができるということですね。そして、何を測ろうとしているかというものの根底にあるものは学習指導要領であると、こういうことになりますよね。 今、これ未履修の話ですが、盛んに問題にされているわけでありますが、これは教育水準ということから見れば要するにばらつきがあるということを示しているわけですよね、こっちでは履修してないとか。ところが、指導要領としてはやれと言っているけれども、やってないためにばらつきが生じておると。つまり、水準が維持されていないということ。 ならば、私は、例えば高等学校の期末テストであってもいいし中間テストであってもいいけれども、全部一斉に同じ問題でやればいいんじゃないのかなと、全国一律でやればいいんじゃないかと。そうすると、手を抜いたところの成績というのは当然落ち込んでくるでありましょうし、頑張ったところの成績というのは上がってくるし、そもそも全国統一にしておけば学校によって内申書の扱い、評価の扱いが違うということもこれは起こってこないわけでありますから、やっぱり本当に客観性のある内申書というものを書いていただくことができるし、これは私は生徒にとって非常に幸せなことじゃないのかなと、本当に正当な評価を得ることになるのじゃないのかなと思うし、また学校間でもいろいろな、まあ競争という言葉はよくないかも分からぬけれども、切磋琢磨というものが生まれてくるんじゃないのかな、また先生方のやっぱり努力というものにも一層磨きが掛かってくるんじゃないのかなと、こういうふうに私は思います。 ですから、もしそういう小中で全国学力一斉テストをやれる、そしてそういう体制があるとするならば、私は高等学校においてもきちっと学力というものが、学力の水準が維持されているのか、あるいは指導要領が求めるとおりの教育が実際にされているのか、どこかで手抜きがないのかということもはっきりとつかめるということで、是非そういうようなものについても御検討をいただければ有り難いと、こういうふうに思っておりますので、一つの提案としてお聞きをいただければ有り難いと思います。 それから次に、第九条の関係に移らしていただきますが、ここは教員について書かれております。 実は私も恥ずかしながら学校の先生をしておったわけでありまして、振り返ってみれば反省することばかりであるわけでありますけれども、私は教員養成制度というものは今本当に見直していただかなければならないとつくづく思うんです。その免許制度の前に今先に先行している議論は、更新の話が先に行っているわけですね。私は更新を否定するつもりも何もないし、更新制度、講習というものはやっていただいたらいいと思うわけでありますが、まず、今考えられています更新ということについて、基本的な枠組みとか考えをお教えいただきたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) 免許更新制でございますけれども、教員がその時々で必要な資質能力を確実に保持していくように、定期的に知識や技能の刷新、いわゆるリニューアルを図る方策として今年七月の中央教育審議会の答申で提言をされているものでございます。 具体的には、教員免許状に十年間の有効期限を付しまして、有効期限満了前の直近二年間程度の間に三十時間程度の講習を受講いたしまして、修了認定を受けることで更新をされると。講習を受講しないあるいは講習を修了できないといった更新要件を満たさない場合は免許状は失効するという考え方でございます。 今、私どもとしては、この提言を踏まえまして法案提出等を検討しているところでございます。
○国務大臣(伊吹文明君) 今参考人がお答えをいたしましたのは、中教審から私あてに出てきている答申の骨子です。現下のいろいろな状況がございますから、これでよろしいのかどうなのか、この参議院の教育特の御意見も伺わねばいけませんし、また文部科学委員会でも御審議もあるでしょうから、いろいろな事情を勘案して、そして国会の御意見を伺うときにはどのような形がいいかは私が最終的に判断をしたいと思っております。
○小泉顕雄君 是非すばらしい判断をお下しいただきますようにお願い申し上げたいと思いますが。 私はずっと言い続けているんですけれども、良い先生に出会うということが子供たちの幸せにつながると。だから、国はやはり良い先生を責任を持ってつくらなきゃならぬと、こういうふうにずっと言ってきました。こちらにも先生の出身の議員の先生たくさんいらっしゃる。こういう良い先生に本当に、私は落ちこぼれでありますけれども、こういうすばらしい先生方に出会った子供たちは本当に幸せだろうというふうに思うわけでありますが、逆に言えば、更新で、講習で切られてしまうような先生に出会った子供というのは極めて不幸なわけであります。 だけど、新採で学校の現場に立ちました、十年間勤務をしました、それで更新に行きました。ところが、あなた駄目と、ペケ、あなたは駄目だと言われた。じゃ、その十年間の間にそのペケと言われた先生、駄目と言われた先生が教えてきた子供たちの、何といいましょうか、不幸、それ、だれが取るんだ、どういうふうに取るんだと。それはでも残念ながら取れないですよね。 だからこそ養成ということが大事なんですよ。更新よりも養成が大事なんですよ。そして、研修が大事なんですよ。私はそう思う。それから採用ね。だから、養成、採用、研修ということをやはりきちっとしないと、いざこの先生は駄目だから、十年間、あなた方は本当にかわいそう、不幸だったわねで済まされて捨てられてしまうような子供があり得るわけだから、そこはやっぱり駄目なんですよ。(発言する者あり)恥ずかしながら。 このことについて、何というんですか、答弁を求めようと思わぬけれども──ああ、そうですか。それじゃどうぞお願いします。
○国務大臣(伊吹文明君) 教育再生会議でもいろいろな方々の御意見が自由に出しておられて、総理も私ももうここへ張り付けですからほとんど出られてないんですが、後で拝見しますと、先生がおっしゃったように、まず教員の養成学校のカリキュラム、内容の充実、それから試験任用期間をかなり置くべきだという意見もあります。 確かに、十年の間どうだというあれありますよ。しかし、今だったら永久にそれじゃどうなるんですか、十年ということを置かなかったら。それはもっと困りますからね。その期間が短い方がいいかどうかということもありますから、さっき参考人が申し上げた答弁ではなくて、私が判断をすると申し上げたのはそういうことです。
○小泉顕雄君 私は更新が要らないということを全く言っているんじゃないのでありまして、それはきちっとそれもやっていただいたらいいわけだけれども、更新のときにバツが出る先生がある可能性ということが私は大変悲しいということを申し上げておるわけで、要するにやっぱり養成ということをやっていただきたい。 それは例えば人間の命にかかわるお医者さん、看護師さんあるいは薬剤師さんというような、そういう仕事に携わる方々のやっぱり要件というのはだんだんだんだん厳しくなったり、本当しょっちゅう見直しがされているわけですよね、充実を図るために、良い人材を確保するために。だって、教員みたいな本当に人間をつくるという、そういう一番大切な仕事にかかわる方々の、何というのかな、養成制度について、必ずしも私は命にかかわる方々と同じように大切にされているかというと、大変疑問が残ると、これはもう率直に私は思っております。 私は教育学部の出身です。先生方の中にも教育学部の出身の方はたくさんいらっしゃいますが、それはかつての師範の伝統を受け継いで都道府県すべてに教員養成の学部というものが設けられておったと。だけど、現実に今母校に帰ってみてどうなるというと、昔の妄想になって、栄光はもう跡形もなく消えてしまいまして、だから本当に細々と教員養成をしてみたり、あるいはもう教員養成やめましたというようなところもあるわけであります。私は、この事実は私にとりまして、まあそれは私の出身校であるという偏見もあるかも分からぬけれども、大変悲しいことだと思うし、何か国が、さっき言いましたように、良い先生をつくるということが国の責任だという意識というものがいささか希薄ではないのかなということを想像させてしまう、そういう気持ちを持っております。 さて、それで例えば中学校の理科の教員というのを例に挙げますけれども、これは理科の専門家なのか教育の専門なのか、どちらなんでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 中学校の理科の教員は一体どっちの専門家かというお話でございますが、答えを申し上げれば教科の専門家でもあり教育の専門家でもあると、こうお答えするしかないと思います。
○小泉顕雄君 まあそのとおりしかないでしょうね、これは。それはそうなんでしょうね。だけど、そこが問題なんですよ。じゃ、聞きますけど、中学校理科の教員を養成するのに教科として必修すべき単位数と教育学として必修すべき単位数というのはどういうバランスになっていますか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 教員養成段階で中学校の理科の教員になるために、例えば学部卒レベルの一種免許状を取得をするという場合でございますけれども、物理学とか化学実験などの教科に関する科目、これは二十単位以上取得をする必要がございます。それから、教職の意義や教育課程、教科の指導法、生徒指導、教育相談、進路指導などの教職に関する科目、これは三十一単位以上取得をする必要があります。さらに加えまして、この教科に関する科目と教職に関する科目、いずれかその中で選べるわけですけれども、更に八単位以上を取得をするということが義務付けられております。 ですから、中学校の理科の先生は、これは中学校の理科の先生に限らないわけでございますけれども、教員になる方は各教科の専門的な知識に加えまして、それを基盤に教育の専門家としての教育実践を行うための教職に関する科目、これを身に付けることが必要であるということでございます。
○小泉顕雄君 教科が二十単位の、教職が三十一ということですね。それでもそれは最下限ですよね。これは、教員養成の大学だけで教員を養成しているんじゃなしに、一般大学における、例えば理科ならば理学部の学生さんとか工学部の学生さんとかにも当然そういう免許を、理科の免許を出していくわけですから、このところは非常に微妙な問題があるということは理解をします。 それはちょっとおきまして、私自身は中学校の理科の課程に在籍した人間であります。やっぱり単位の比重を考えると明らかに教科の単位の方が多いんです。物理、化学、生物、地学というのがもうあっている、それぞれの細かな専門の勉強をさせられて、どちらかというと教育関係の単位はまだ少なかった。でも、理科の免許をもらうと、すべての先生はそういう自分の持っておる教科というものに自信を持って、おれは理科の教員だということで子供たちに接するわけですよ。 さあ、それで、理科の、何というかな、授業をしようと思うけれども、それはそうは簡単にいかぬわけでありまして、学級をどうつくっていくのか、子供たちとのコミュニケーションをどうつくっていくのか、あるいは視聴覚器具をどういうふうに使っていくのか、あるいは子供たちの心理状態がどうであるのかとか、あるいは学級がどういう状態であるのかという、教科の学習を進めていくまでにいろんな問題に直面をするわけですよ。これは全部教育学の課題なんですよね。 そうすると、私は、中学校の教員というのはどちらとも言えるんだとおっしゃったけれども、やはり教育学の方にウエートを置いて、教育という、理科というものは一つの、これを武器として私は教育者として子供たちに接していくんだと、そういう自信を与えてやるために、私は、教育心理学であるとか教育原理であるとかあるいは教育方法であるとか、そういったところをしっかり免許の要件として書き込んでいかなきゃならぬと。そうでないと、何というのかな、本当に求められる教師というものが育たないのではないのかな、こういうふうな気持ちを持っておりますが、何か御感想がありましたらどうぞ。
○政府参考人(銭谷眞美君) 先ほど併せて御説明申し上げればよかったわけでございますけれども、実は平成十年に教育職員免許法の改正を行っておりまして、それまで中学校の一種の免許状につきましては、その教職に関する科目、これが十九単位以上ということだったわけでございますけれども、これを先ほど申し上げましたように三十一単位以上に改めまして、言わば教職に関する科目の格段の充実を図ったということでございます。その分、若干教科に関する科目の単位数は減じているわけでございますけれども。 いずれにいたしましても、教科についての力量を持った上で、ただいま先生からお話がございましたように、教育者として教職について十分な高い意識を持った教員というものをやっぱり養成していく必要があるということだと思っております。
○小泉顕雄君 教員の養成あるいは更新といったことをめぐりましていろいろやり取りがあったわけでありますが、最後に伊吹大臣に、今までのやり取りを聞いていただいて、やっぱり私は本当に教育というものに熱心な教育者を育てなきゃならぬという認識を持っておるわけでありますが、この辺りの教員論について御所見をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 従来の日本の教育は、やはり家庭で基本的な人間としての生きていく知恵をしつける、そして学校では知識を教える、地域社会が社会としてそれを温かくくるむという三点セットで行われてきたのが古典的な考え方ですよね。 しかし、先ほど来、舛添先生の御質問にもありましたけど、日本社会は大きく変わってきておりますから、学校に対するウエートが非常に高くなってきております。それだけに、教師の方々も御苦労が多いということはみんなでやはり認めてあげなければいけないんですが、その中で、やはりウエートが増えてくるというのは知識を教えることよりもむしろ人間としての規範、社会の一員としての行動の基本、こういうことにある程度のウエートを置けというのが先生の先ほど来の御主張だろうと思いますし、それは我々もよく拳々服膺して対応させていただきたいと思います。
○小泉顕雄君 ありがとうございました。もう時間が残り少なくなってまいりましたので、最後に、宗教教育というか、宗教と政治というか、そのことについて少しお尋ねをしたいと思います。 このことはこれからも何度か質問のチャンスを与えていただくかもしれませんので、また細かな話をしますが、(発言する者あり)ありがとうございます。 先日、国会議員の先生方と、これは与野党問わずです、国会議員の先生方と全日本仏教会という会の懇談会がありました。その席で、ある有名なお坊さんが、三木武夫元総理の御発言として御紹介いただいた言葉があります。 三木先生が、政治というものは、とにかく法というものを、法の網をつくる、法の整備をしていく、それが仕事であると。しかし、網である以上はどうしても抜け穴があると。そして、その法の網の目をくぐろうとする不心得な者が後を絶たない。しかし、そのような人たちの心にまで我々は入り込むことはできない。法の目をくぐり抜けようとするような不心得な者をつくり出さないというのが、これはもう仏教者に、あるいは宗教者に求められていることだと。だから、政治家はしっかり法律の網をつくります。その網をくぐらないような人間をしっかり仏教者の方々、宗教者の方々はつくってくださいと、こういうふうにおっしゃって、私は非常に感銘を受けました。 私自身が今両方に軸足を置かしていただいておるから、私自身、私への本当に励ましというか、方向を示していただいたお言葉としてとりわけ感激をしながら聞いたわけでありますけれども、私はやっぱり正にそのとおりだと思う。なるほど、政教分離ということはこれは厳しく守っていかなきゃならぬけれども、しかしやっぱりこの国を総理が求められる本当に美しい国にしていくんだ、本当に豊かで明るい国にしていくんだということを考えますと、政治家と宗教者がどこかでやっぱりスクラムを組む、そういうことが大変大切だというふうに思います。 総理は、私、お盆のお参りということで総理の御自宅に伺われたある高僧から、本当にお盆の、大変渦中の人でありながら、本当にきちっとお仏壇をお守りしていらっしゃる姿に感銘を受けましたという話を聞いたわけでありまして、私も大変心を打たれたわけでありますが、そういう総理であります。決して宗教を軽視をしていらっしゃらないわけでありますが、政治と宗教としっかり手を携えることについて、最後に御所見をお伺いしたいと思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 私と小泉先生は同じ宗派に属しているんだろうと、このように思うわけでありますが、三木先生のお言葉ではありますが、この法律という網をつくっていく、その土台というか、その網以前の問題として、先ほど文化の議論のときに申し上げましたように、法律以前に人間として守るべき規範があり、それをどこで学ぶか。それはやはり家庭であり地域であり、あるいはまた宗教的な情操教育、それは学校で行われるということではなくて、いろいろな場面でそういう体験をしていくということではないんだろうかと思います。 人間の人知を超えた神秘なるものに対する畏敬の念という、そういう謙虚な人間を育てていく上においては、そうした精神文化をつくっていく意味においても、宗教というのは極めて重要な役割を私は担うのではないんだろうかと思います。かつては、こういう行為をしたら恥ずかしい、あるいは伊吹先生に言わせれば、おてんとうさまが見ているのではないかと、こういう認識をやはり持つ。そのためにも精神文化を、そうした精神文化を養っていく上においての宗教という役割は私は重要であると、このように認識をいたしております。
○委員長(中曽根弘文君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時まで休憩いたします。 午前十一時五十六分休憩 ─────・───── 午後一時一分開会
○委員長(中曽根弘文君) ただいまから教育基本法に関する特別委員会を再開いたします。 この際、委員の異動について御報告いたします。 本日、林久美子君が委員を辞任され、その補欠として松岡徹君が選任されました。 ─────────────
○委員長(中曽根弘文君) 休憩前に引き続き、教育基本法案、日本国教育基本法案、地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案及び学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案、以上四案を一括して議題とし、質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○佐藤泰介君 民主党の佐藤泰介であります。何か自民党の中に手配書が回った一人でございますが、佐藤泰介でございます。 通告した質問に入る前に、答弁でちょっと気になったところがあるので文科大臣に聞かせていただきますが、その不当な支配はだれがだれを不当な支配をするのかという部分で、知事が不当な支配をすると、こう答えられましたが、それはそうですか。 また、民主党案にある、教育行政を首長に移管するというのに合わせて、首長によって勝手にやられる、その歯止めとしてこの不当な支配が置いてあるんだと、ゆえに、よって首長が不当な支配をすると、そのように答えられました。その見解、お伺いします。
○国務大臣(伊吹文明君) 速記を起こして正確に文字をなぞってお答えしたらいいと思いますが、民主党案のように知事に教育委員会の持っている権限を移した場合に、知事、選挙で選ばれている知事の判断によって教育が行われるということがあってはならないということを申し上げたわけです。
○佐藤泰介君 じゃ、私も記録を見ながらもう一度精査をしてみますが、とするならば、不当な支配というのは一体、民主党案ならこうだけれども、政府案の言う不当な支配というのは、じゃ何ですか。
○国務大臣(伊吹文明君) それは国民全体が民意の従うところに沿って国会に代表を送っているわけですから、国会で決められた法律、あるいは国会で決められた法律に従って作成されている政令、あるいは大臣告示、これは国民の意思として決められているものです。国民全体の意思として決められたものでない力によって教育が行われる場合を不当な支配と言っております。
○佐藤泰介君 具体的にだれがだれをどういうふうに、国民がということですけれども、この政府案に書いてあるんですよね。教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担、相互の協力の下と、これうたってあるんですよ、全部。「地方公共団体は、その地域における教育の振興を図るため、その実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施しなければならない。」と書いてあるんですよ、もう。それと今の答弁との関連をお願いします。
○国務大臣(伊吹文明君) もう一度、先生、そこを正確に先生がおっしゃったことをなぞりますと、適切に国と地方とがお互いの役割を分担するわけですから、その分担はあくまで法律にのっとって地方の実情によってやっていただかねばならないわけです。だから、国で決めていることと違うことをやられては困るということです。
○佐藤泰介君 その部分はその後にあるんじゃないですか、法律に基づいてという部分で。不当な支配というのはその前にあって、政府案では更にその下に法律に基づいてとあるわけですよ。 そうすると、不当な支配というのは、今すり替えられましたけれども、だれがどういう状態になったときに、民主党案ではなくて、政府案で聞いているわけです。
○国務大臣(伊吹文明君) 今先生がお尋ねになったのは、国と地方が適切に役割を分担するということを挙げてお聞きになったので、それについて私はお答えをしたわけです。
○佐藤泰介君 じゃ、最後までだれがどういう状態になったら不当な支配かということが、法律で、国民だと言われましたけれども、その部分は、先ほど述べたように、もう地方公共団体と国の役割は明確になっておるんですよ、政府案では。それを民主党案を例に挙げられてあのように答えられたことについて、また速記が来ましたら精査して再度質問させていただきますけれども、もう少し具体的に答えることはできませんか、だれがどういう支配をするんだというのを。
○国務大臣(伊吹文明君) これは国民全体の意思と違う意思によって教育が動かされては困るということを規定しているわけですから、そのようなことが行われた場合には、当然、不当な支配に当たるということです。
○佐藤泰介君 先ほど来質問を聞いておりました。与党の皆さん方は多分政府内でも議論ができるでしょうから、是非、私も発議者の一人なんで民主党案に聞くことができませんけれども、やはり民主党案こそここに上げていただいて、質疑をしていただけるものならしていただきたいというふうに要望をしておきます。 さらに、選挙でという今、話でございましたけれども、知事も選挙で選ばれますよ。そうですよ。それとどういう関係がありますか。
○国務大臣(伊吹文明君) 知事も選挙で選ばれます、確かに。しかし、国の、義務教育については、学校教育法という国の法律で政令あるいは告示が決められているわけですから、これに、これに従ってもらわないとそれは困るということです。(発言する者あり)
○佐藤泰介君 いやいや、今そちらからも、櫻井議員からも、同僚議員からも話がありましたが、第三章の教育行政の第三項にそのことが書いてありますよね、そこに。その地域における教育の振興と、その地域における教育の振興を図るため、実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施しなければならないと。ここと今言われたところとは一体違うじゃないですか。(発言する者あり)
○国務大臣(伊吹文明君) 不規則発言をせずに聞いていただきたいと思います。 全く私は違わないと思います。法律に従う中で地方の実情に合わせてやっていただければいいわけで、法律に決められたことと違うことなら、地方の実情という言葉で何ができる、何でもできるということではございません。
○佐藤泰介君 いや、じゃ不当な支配というのは一体なぜ必要なんですか、ここへ。法律に基づいてというのは、その不当な支配の後に出てまいりますよね、法律に基づいて教育施策を行うというのが。そうすると、不当な支配というのは一体どういう意味で政府案では位置付けられているのか分からないわけですよ、私には。 不当な支配というのは、何かが何かを支配するんでしょう。そういう意味でしょう、日本語で言えば。日本語で言えば私はそういう意味だと思うんですけれども、何か法律のどうの、選挙のどうのと言えば、きちっとこの三項に書いてあるんですよ。お互いに協力して相互の関係の下に進めるということならば、不当な支配というのは、やっぱり不当というのはだれかがだれかを支配する、団体が支配するのか何が支配するのかという想定があって議論がされているはずでございますね、これ。 与党間で何十回という討議を経てここに至ったということは聞いておりますけれども、じゃその前段の討議は、どういう形で来て、何が何って議論されたはずだと私は思いますよ。それは明らかにされておみえになりませんが、議論されたものと、私はそう思うわけですけれども、じゃ何のためにこの不当な支配を置いた。法律の中で行う、待ってください、法律の中で行う、法律に基づいて行うということは書いてあるわけですから、もう、その下に。私どもはそれはちょっと危険性があるなというふうには思っていますけれども、一応政府案には書いてあるわけですよ、法律に基づいてやると。不当な支配を排除するというのは、やっぱりだれがどういうふうにして不当な支配をするか、そこのところを答えていただかぬとちょっと前へ進めませんね。
○国務大臣(伊吹文明君) それは、先ほど来お答えしているように、国民全体の意思でないグループあるいは国民全体の意思でない思想によって教育を行うという場合、これはもう当然それに当たるわけです。だから、国と地方は相協力をして教育の役割を分担するというのは、これは当然のことです。しかし、相協力してという中でですよ、自分、例えばある人が不当だと思っていないことでも国全体として見れば不当だということは起こるわけですから、だから司法でいろいろなことが争われているわけですね。 ですから、今回も、例えば一地域である政党の支持を受けた地方の知事が、仮にこれは選挙で選ばれていたとしても、国全体の意思と違うことをなさった場合には、それはやはり不当な支配ということになります。
○佐藤泰介君 そういう意味ですか、この不当な支配というのは。そんな、やっぱり、そうすると、最後、民主党案を引き合いに出されましたが、知事が不当な支配をする場合というのも入るわけですね。そういう意味でとらえさせていただいていいわけですよね、今の話だと。 首長は選挙で選ばれて、そこの住民が全体として意思を表したにもかかわらず、その首長が不当な支配をするということは、それは政府案と違うということをやった場合、今各々言われていることは、ともかく地域、協力して、子供たちを連携して育てていこうということを言っておるわけですよ。そうすると、国が、違う政党の知事が誕生したら、あなたの県の知事さんは駄目ですよという、その不当な支配、それが不当な支配になるわけですか。
○国務大臣(伊吹文明君) 全く、これはテレビが今全国へ中継しておりますから、ここでやり取りをしている、どちらが正しいかということをテレビを通じて全国の有権者に判断してもらわねばなりません。 選挙で選ばれているのはその地域の住民の意思ですから、その知事さんが別に不当だとか何か言っているわけではありません。しかし、選挙で選ばれても、義務教育の範囲の中で、学校教育法に定められている学習指導要領に従って地域の実情に応じて教えていただくのは結構です。しかし、地域の実情だからといって、学校教育法に定められている指導要領と違う教え方、違うことをされるということは困るということです。
○佐藤泰介君 だんだん答えるたびに内容が変わっていくんですけれども、ということは、要するに学校教育法その他、国の法律に従って知事が、例えば知事が、あるいは教育委員会がそういう学習指導要領を逸脱した場合を不当な支配という意味ですか、これは。それだけの意味ですか。
○国務大臣(伊吹文明君) いろいろなケースがございます。それは、先ほど言っているように、それはケース・バイ・ケースです。しかし、総論として言えば、国民の意思と違う教育を、国民の意思と違う、違う教え方、違う内容を一部の人たちが教育に押し付けるということを不当なと申し上げているわけです。
○佐藤泰介君 まあそろそろ、もう一度速記録を見て質問をしますけれども、意思というのは、結局、それは地方分権といいますか、地方自治を否定する考えにつながるんじゃないですか。完全に否定しているんじゃないですか。伺います。
○国務大臣(伊吹文明君) それは先生、地方分権というのは地方が何をやってもいいということではないでしょう。これはテレビを見ておられる方が御判断なさることですよ。 地方は国の仕組みの中で自分たちの創意工夫をしておやりいただくわけであって、国の法律、国の仕組みを逸脱したことは地方分権とは申しません。
○佐藤泰介君 それは理解するとして、例えば選挙公約、今マニフェスト選挙が各地で行われているわけです。知事選が戦われている場合に、例えば三十人学級を実現というマニフェスト、公約を掲げてその知事さんが当選した場合に、その県は三十人学級はしてはいけないわけでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 先生、失礼ですが、巧みにその話題を変えておられます。私が申し上げているのは、教える内容のことを申し上げているわけですよ。地方の実情に合わせていろいろなことを、三十人学級にするとかっていうのは財政が許せばおやりになればいいことですよ。 むしろ問題は、学習指導要領に書かれていることと政治信条、思想等によって違うことは、これは日本全体の法律の枠の中でやっていただかないと困るということを言っているわけです。
○佐藤泰介君 だんだんとすり替わっているようですが、もう一度前へ戻らせていただきます、もうそろそろこれやめますので。 だれがだれを支配するのか。それは、知事がそういう学校教育法とかそういうものを逸脱した場合には、それは知事が不当な支配をしたと。その知事は、選挙公約で様々な教育政策を訴えて選挙に勝った知事さんですね。それは、やはり国の中の枠の中から外れた政策だから、それは駄目ですよと。それは地方分権と何も関係ないわけでしょうか。知事はそこの住民が選んだんですよ、その決められた範囲で。そこまで国が介入するということは、果たしてそれが真意なのかどうか、この不当な支配の。国が介入するということですか、知事に。
○国務大臣(伊吹文明君) これは、むしろテレビをごらんになっている全国の視聴者はどう御判断になるか分かりませんが、これは先生、私は制度のことを議論しているわけじゃありませんよ。教える内容のことを言っているわけですよ、先ほど来。だから、学習指導要領と申し上げているわけですよ、学習指導要領。だから、学習指導要領によって全国一律の教育の内容を担保しているわけですから、それと違う、それと違う内容をイズムによって教えたり、あるいは特定の団体が、結局その団体の考え方でもって教育を支配するということを排除する条項だということです。
○佐藤泰介君 これは、私申し上げたのは、教育行政のところを申し上げたんですよ。中身じゃなくて行政ですよ。学習指導要領じゃないですよ。関係ないんじゃないですか、ここでは。 それと、今特定の団体と言われましたけれども、その特定の団体とはどんなことを想定されて考えておみえになりますか。
○国務大臣(伊吹文明君) 例えば自分たちの政治結社あるいは自分たちの特定のイズム、そういうものを持っている団体が政治に介入するということを排除したいということです。(発言する者あり)
○佐藤泰介君 今こっち側からもありましたが、政治に介入するんじゃなくて、教育ですよ、これは。教育ですよ。 その特定だという、例えば、じゃ、どんなことを想定しておみえになるのか、はっきりさせていただきたいと思います。 それは、要するに、例えば県の場合だと、知事を選んだグループと敗戦したグループとあるわけですよね、負けたグループと。そうすると、その知事が勝ったとしても、それが大きな漠とした法律にはまらぬから、その知事さんは不当な介入をしているということになるわけでしょうか。教育内容というのは、指導要領に書いてあることを逸脱しちゃいかぬという意味なんですか、この不当な支配は。
○国務大臣(伊吹文明君) つまり、例えば今、これは法律上違法な団体に指定されましたが、例えばオウム真理教という団体があって、その団体が例えば自分たちの考えによって教育に影響を与える、教育を不当に支配する、こういうことはあってはいけないわけであって、何も当選された知事さんがその教育行政上の、例えば三十人学級にするとかどうだとかということは、そんなことを私、先ほど来言っているわけじゃありませんから、それは先生もお認めいただかないと困りますよ。 学習指導要領という教える内容について、特定のイズムによって、だから、例えばオウム真理教ならオウム真理教が影響を与えるというようなことは国民全体の意思ではありませんから、それを排除しているということです。
○佐藤泰介君 ちょっとまた分からなくなったんですけれども、奇異なそのオウム真理教なんというのを出して挙げられると、それは当然そうだと私も思いますよ。 そんな例を聞いているのではなくて、既にこの法案を作るときに何か想定されて作られたんではないかと私は思っているわけですよ。その思われて作った不当な支配というのは、オウム真理教を頭に置いて作られたんですか。
○国務大臣(伊吹文明君) いや、これは将来のことですから、どういうことが起こってくるか分かりませんが、国民の意思と違う考えの団体がという、全体の国民意思と違う団体がということです。
○佐藤泰介君 ということは、今よりも相当地方の教育を、結局介入を強めるというふうに私は理解をしますが、そこのところはやっぱり民主党案をちょっと読んでいただくと、もっともっと自治体に権限をあるいは首長に移して、教育委員会は発展的な解消を図って、教育監査委員会というのを置いて、知事に、しっかりと知事のやる教育行政を監視するように教育委員会を発展的に解消しようというのがうちの案です。不当な支配よりはよっぽどその方が実質的だと思います。先ほども大体うちの日本国教育基本法をベースにしての質問もありました。教育委員会はなくした方がいいんではないかという話も与党の皆さんから出てまいりました。また、不当な支配はなかったんで、ない方がいいと私は思うというような発言もありました。(発言する者あり)そういう話もありますですよ。そういう質問をされた方もおみえです。 そういうことを総合して考えると、やはり私どもが考えている教育というのは、もっと地方が、とりわけ学校を中心にして移管していくべきものだと私は考えております。それがどんどんと国が、選挙を経た知事であろうと、当然それは不当な支配に当たると、そこへ介入してきて、国の方向どおりに進めるのか。あるいは知事さんが、当然そういう不当な教育が行われれば、当然四年先にはまた選挙があるわけですので、当然にそうした不当な支配を教育にする知事さんはやはり選ばれないんじゃないかというふうに私は思いますね。 それと、三十人規模の学級については、それは私は国がもっと手当てすべきだと思いますけれども、県費あるいは何かでやればできるということは私も承知した上でございます。だから、その三十人学級というのを例えばの例として出しましたけれども、私は、結局、政府が地方の教育に相当介入してくるんだなと。そして、不当な支配と同時に、法律の枠内でというふうに変わっていますよね、あそこが。相当な、これは安倍内閣の目玉だと言っておみえになりますので、相当これは教育に介入してくるんだなと、そう理解させていただきますが、総理、これまでのやり取りを聞いて、お願いします。
○委員長(中曽根弘文君) 安倍内閣総理大臣。
○国務大臣(伊吹文明君) 総理は後からお答えになりますから。(発言する者あり)
○委員長(中曽根弘文君) 伊吹文部科学大臣。
○国務大臣(伊吹文明君) 委員長の御指名によってお答えを申し上げております。 まず、先生のおっしゃっていることも、私も民主党案をずっと読ませていただいていますからよく理解しております。同時に、民主党案は、教育の最終責任は国にあるということを書いておられますね。 ですから、今のどうも民主党案の構成では、現在教育委員会の持っている権限を知事に譲ると、発展的に譲るという前提で作られていると思います。その場合、最終的な教育の責任は国にあるとおっしゃっているその国が責任を取るための担保を具体的にどうするのかということは、今の民主党案では明記されておりません。これはこれからの議論です。もちろん、政府提案にも国と地方との役割分担ということを書いているだけで、これは各法に譲られているわけです。 ですから、民主党案は、地方分権とは言っているけれども国に最終責任があるとおっしゃっているわけですから、そこの方向性をどういうふうにするかということを、かなり衆議院では建設的な意見交換ができております、ここをやはりこの場で具体的な肉付けをして議論していけば、民主党案も自民党案もなるほどと思うところにあるいは行き着くのかも分からないと私は思っております。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 教育行政、我が党、与党・政府が出している政府案十六条についてでありますが、この「不当な支配」、これは現行の教育基本法の中にも書いてあるわけでありますが、この「不当な支配に服することなく、」、これは、極めてこれはもう当たり前のことであって、不当な支配が学校や教室に及んではならない、これはもう委員にも御同意いただけるのではないかと、このように思いますが、この中で、詳しくこの政府案には説明がしてあるわけでありまして、「この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。」と、このように書いてあり、このように正に教育行政が行われることは当然望ましいと、このように思っております。 当然、これは国が国家管理を強めることにはならないと、これはもう書いてあるとおりであります。
○佐藤泰介君 全然私には理解できませんので、また後日、速記録を見ながらこの問題については議論をさせていただきたいと、こう思っております。 いま一点でございますけれども、日本が外国に二回支配される危機があったと、こういう答えを先ほどされました。その二回というのは何を指しておみえですか。
○国務大臣(伊吹文明君) 私は、そのとき申し上げたと思いますが、当時中国の王朝であった元朝が日本へ来たとき、それからもう一つは、明治維新のときに日本に開国を迫り日本を砲撃をした黒船が来たとき、この二度のことを申し上げています。
○佐藤泰介君 それは、私もそういうふうに聞きましたので、その上に立ってじゃ質問をさせていただきますが、第二次世界大戦のときはそういう危機はなかったと、しかし元と黒船のときにそういう支配が、危機があったと、こうとらえるものですか。
○国務大臣(伊吹文明君) ちょっと、第二次とおっしゃったんですか、第一次と……
○佐藤泰介君 第二次です。
○国務大臣(伊吹文明君) 第二次。第二次のときはもう日本は占領されておったと私は申し上げております。
○佐藤泰介君 そうすると、戦後それは、ただ、占領されている、今はどうですか。
○国務大臣(伊吹文明君) 国際法によれば、日本がサンフランシスコ条約に批准をして国際社会に復帰した時点で日本は占領はされておりません。
○佐藤泰介君 沖縄が返還されましたんで、とはいいつつ、北方領土の問題は、じゃどのように考えておみえになりますか。固有の領土であるはずですね。しかし、そこの行政権等はまだロシアが持っているというこの状況は、統治されているのか、統治はされていない不当な占拠だと、こう理解すればいいわけですか。
○国務大臣(伊吹文明君) 北方四島は日本固有の領土であるというのは日本の従来からの主張です。 しかし、これは先生も国際法を学んでおられるから当然御理解しておられると思いますが、日本の国会が、国会が日本の占領下ではなく機能しているというのはサンフランシスコ条約を批准された後。それまでは、確かに国会は機能はしておりました。おりましたが、日本の主権が日本に返還をされたのはサンフランシスコ条約が批准された時点です。
○佐藤泰介君 その部分はそのようにはちょっと取れなかったんであえて確認をさせていただきましたが、やはり日本もその分割統治という危機はあったわけですので、やはり日本が外国に支配される危機があるとするならば、今日のそのサンフランシスコの条約の前の時点も加えていただかないとちょっと話が矛盾してくるんじゃないかというふうに思って確認をさせていただきました。 じゃ次に、やっぱり午前中の質疑を聞いていて、五十人集まれば五十通りの考え方があるなと、そんな感じをして聞いておりました。とりわけ舛添委員の質問で、クラスサイズが六十、六十五で当時は問題は何もなかったと、しかし、今四十人クラスになったのになぜ問題が起きるのかという質問がございました。それに的確な答えはなかったですが、最終的には教員の質の問題だと、ここへ落とされて結論付けられたように思います。 同じことが言えるわけですよ。例えば、教員には転勤がありますので、小中学校の方は高等学校より短い期間で転勤をしていきます。そうすると、ある学校、A校からB校へ替わります、B校からA校に替わると、こういう交流があります。そうすると、教員の資質だけではないですね、教員は動くわけですから。それと同じ教科書で、まあ教科書でか教科書をか分かりませんけれども、教科書で同じ時間数授業をやりながら、A校とB校の平均点が変わるわけですよね。今度は一層それが学力テストで明確になるわけですよね、公表するしないは別にして。 ということは、先ほどの六十人なら問題はなかった、四十人でも問題は起きないはずだと、これ地域差にも同じことが言えるわけです。地域の皆さん方は、なぜうちの学校は平均点が低いんだ、先生も替わってきておると、それからさらに同じ教科書で教えていると、同じ時間教えていると、にもかかわらずA校、B校で平均点が変わってくる。 それを学力テストで測って、むしろ私は平均点の悪い方へ財源や定数を打つべきだと、こう考えております。そのことによって、めり張りの付いたやり方で、いいところへ多数の予算が行って、そういうことも言っておみえですよね、総理も、めり張りの付いたと。それを、元の財源は同じわけですから、めり張りを付けようと思ったらどこか減らさないかぬですよね。減らした分をどこか平均点のいいところへ乗せるわけですよね。これがいわゆる政府の考え方であり、より私は差別化を図るものだと、こう思っておりますけれども。 その辺り、六十人や六十五人、当時私は何人だったか、五十五か六十弱だったと思いますけれども、そのころも問題はあったですよ、いろいろ。全然ないということではないです。今のような問題はなかったにしても、その当時はその当時としてのいろいろな問題がありました。とはいいながら、先生方にもう少しゆとりがありましたので、課外で先生と課外活動をやったり、いろんな交流ができました。私はそういう中で育ってまいりました。 総理も非常に学校の先生に恵まれたと、こう先ほど言われましたね。言われましたね。私も教員出身ですので、やっぱり教員というのは、それは確かに子供と出会うのは偶然ですよ。子供はやっぱり教師を選択することはできない。そういう中で、したがって転勤等でいろいろあるわけですよね、ずっとその先生が一生その学校にいないように、そういう措置が講じられていると思うんですよ。 しかし、出会いは偶然であっても、やっぱり総理が言われるように、総理の小学校の先生は必然的な出会いであったわけですね、そこで。現場の教師はみんな、出会いは偶然であっても、必然的な出会いである、そうなりたいと願って頑張っておるんですよ。しかし、いろんな、教育委員会を通じて、いじめが起きれば直ちに報告書、いじめに対応するよりも報告書に対応せにゃいかぬですよ。そういうシステムに今なっておるんです、現実に、四重構造みたいになって。 したがって、教員の質の問題だというところへ結論付けられるというのは、そういう考え方ですか。私の申し上げた、そうした地域差やいろんな条件があって当時にも問題があったというように思うんですけれども、最終的に先ほどの答弁は教員の質が問題であったというように私には取れたわけですが、待ってください、規模が六十人から六十五、あるいは四十になったときに、それはなぜじゃ四十になって今日いろんないじめや不登校の問題が出てきているのか。いじめや自殺あるいは未履修等々いろんな問題が起きているわけですが、こういう問題と、当時は問題なかったというそことの関係、あるいは地域差含めた関係でお答えいただきたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) それは先生、ちょっと私には無理なお話なんじゃないんですか。今先生がおっしゃったことが舛添先生の御質問の中で言われたことをなぞらえたわけであって、私は、舛添先生、それはね、今、先生の時代とは随分時代が変わっておりますよと。核家族になり、そして共働きになっているわけですから、家庭の教育力も随分落ちてきている、そして地域社会の力も落ちてきている、その中で多くの負担が教員に掛かっているわけですから、一概にそうは言えないんじゃないですかという御答弁を私はしたはずです。
○佐藤泰介君 ありがとうございました。それはそのように受け止めさせていただきます。 次に、よく徒競走の例を出されるんですけれども、現場を見られたんでしょうか、書物で読まれたんでしょうか。総理あるいは文科大臣が現場にお出掛けになったことは、今までこの教育基本法改正を論ずる中で直接現場を見られたことが、四人の大臣の方にお伺いしますが、現場を見られてそう言われたのか。とりわけ徒競走、最後手をつないで入ろうなんて、僕はやったことがありませんし見たこともありませんし、当然それぞれの工夫がされると思いますが、多分それをやれば保護者から相当な異論が出ると私は思っていますよ。 いつも、小泉内閣以来、結果平等か何とかかんとかって出てくる例が毎回手をつないでゴールですよ。そのほかに例はないんですかね。それを見られたんですかね。四方にお聞きします。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 今のその徒競走の例については、私はたしか新聞等で読んだ記憶がありますが、現場でそれを目撃したということではございません。
○国務大臣(伊吹文明君) 私は、文部科学大臣になってから現場を見たことは、申し訳ないですが、ありません。しかし、国会議員として私は何度も何度も学校の運動会も学校教育の現場も拝見に行っております。特に京都は私の地元ですが、随分教育委員会がしっかりやっているんで、モデルケースとして是非見てほしいという要請がありますから行っております。 徒競走の話は、先ほど舛添先生もそれを例に出されましたが、私が見に行った学校の運動会ではそういう例はありませんでした。しかし、総理がおっしゃったように、私も新聞でそういうことがあるということを読んで、面白いものだなということを感じた記憶はございます。
○国務大臣(塩崎恭久君) 私も現場で手をつないでゴールインしたというのは見たことはございませんが、話はいろいろなところで聞いたことがございます。
○国務大臣(高市早苗君) 私が見た徒競走は、手をつなぐ形式ではなくて、ゴールの直前まで当然速さに差は付いているんですが、結局、順番を付けなかったといったものでしたら見たことがございます。一等賞から何等賞というような形で順番を付けずに、はい、それで終わりといったものでございました。
○佐藤泰介君 やっぱり、我々が新聞情報しか知り得ぬ部分を、それを基に質問すると、政府が、それはあくまで情報であって違うんだということが、答弁が返ってくることが多いです。したがって、その例を、これ何年間になるわけですよ、徒競走で手をつないでゴールしたというのは。私は、その中にいろんな工夫があると思います。今、高市大臣が言われたのも一つの工夫でしょう、それは。で、当然分かっているわけですよ、一、二、三は。しかし、順位は付けないということですから、それはその方がいいと学校が判断したんだと思います。 私は、経験上言うと、速い順に並べてより競わせたということも経験があります。めちゃめちゃ遅いのとめちゃめちゃ速いのとやればめちゃめちゃ距離が開くから、最近、それが一般的な例だというふうに私は思っておりますが、私の実践もかなり前ですので、今はどうなっているか知りません。しかし、これ、この論議が始まり、あるいは小泉内閣から絶えず、結果平等だということで徒競走は手をつないでゴールしていると、質問者も言われますし答弁者も言われます。それはちょっともう変えていただいた方が、現実に見られたらそれはそのように答えていただければ結構ですけれども、やや、四人、四方の大臣お見えになって、高市大臣だけが違う方法を見たと言われました。あとお三人は見ていないわけです。何かを読んでそう思ったんだということでございます。 これから、その結果平等、手をつないでゴールインというのはやめていただけませんか。どうですか。
○国務大臣(伊吹文明君) 例として適切ではなければ、私が見たことを正確にこの次はお伝えしたいと思います。
○佐藤泰介君 総理、返事していないよ。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) あのときは質問者とのやり取りの中で例えばという話で申し上げたわけであって、それは実例に即した方がいいという委員の御指摘でありますから、実例に即した説明にするべきであろうと、このように思います。
○佐藤泰介君 やっぱり、これ教育基本法、政府案、日本国教育基本法、民主党案、そこに終始しておりますが、うちは三本、合わせて、あと二本ありますので、文科大臣もそちらもしっかり読んでいただければ、先ほどの言った問題は解決するんじゃないかと思っています。 私どもが義務教育を最終、国が有するというのは、あくまで地方、学校に主権を置くけれども、じゃ、今、未履修の問題始め、自殺の問題始めいろんなことが、じゃ、どこが責任が最終的にあるんだと言われたら、どこが責任であるんでしょう。義務教育は最終的には国が責任を持つものだということで、うちの民主党案はそうなっておるわけでございまして、何も先ほど大臣が答えられたように、介入を強めるという意味ではありません。あるいは、だから、したがって、北海道のどこか地方自治が破綻した場合がありますね。そういった場合は、その経費が保障されないですよね、義務教育だといえども。そういう場合は、国立にしてでも我々は国が最終責任をそういう場合には負うんだと。今回のいじめや未履修の問題も、最終的に義務教育で起きる問題は国が責任を持つんだと。それが大きな傘であって、その中ではそれぞれ学校が自立、独立してやっていくということなんですよ。 だから、例えば地方自治が破綻した場合は国立小学校になるのかもしれない、国立中学校になるかもしれません。相当財政が締められますので、教育の機会均等がそこでは起きないんじゃないかと。そういう考えから、最終的に、最後に義務教育の責任を持つのは国ですよと、そういうことを明示しているんであって、先ほど大臣言われた、国が介入を強めるということでは決してありませんので、誤解のないようにお願いしますが、何か御所見があれば。
○国務大臣(伊吹文明君) 先生の御主張は御主張としてよく分かります。しかし、国が最終責任を持つという場合、例えば、義務教育についてはばらばらのことを教えちゃやっぱりいけないということには当然民主党の案もなると思います。そうすると、国が指導要領的なものをやはり発出しなければいけませんね。で、発出したけれども、今回、高等学校についてはそれが担保されなかったわけですよ。担保されなかったわけです。ですから、民主党案で最終的に国が責任を持つというんであれば、その担保はどういう力によって担保をするのかという議論をいずれさせていただきたいと思います。
○佐藤泰介君 それは本当、本来ならここで民主党の提出者に伺うのが一番いいわけですけれども、先ほど申し上げたように私は発議者の一人でありますので、向こうに座る場合もありますので、ちょっと私が質問するとルール違反になると、こう聞いておりますが、委員長、そうですか。
○委員長(中曽根弘文君) 余り望ましくはないということだと思います。
○佐藤泰介君 望ましくはないけれどもやっていいと、そういうふうに理解をさせていただいて、今の問題について民主党案、お願いします。
○西岡武夫君 お答えいたします。 今委員の御質問の点につきましては、このたびの日本国教育基本法の附則におきまして三年以内に学校教育法を改正すると。この中身は六三制等の改革、学制改革もございますけれども、今御指摘の点も、どのような仕組みをつくるのが適当であるか、それが、国がどのような責任を取ることができるかというその手段を、仕組みをつくり上げるということを学校教育法において書き込んでいきたいと、このように考えております。 以上です。
○国務大臣(伊吹文明君) だから、結局今は何にもない。
○佐藤泰介君 したがって、今は何にもないじゃないかというふうに今お座りのままの発言がございましたが、したがって、我々は明示しているわけですよ、三年以内にはそれを整えますよと。政府案にはそれがないんですよ。全部改正だと言いつつ、新法なのかどうかも分からぬのですよ。例によって公布文もどうなるか分からぬわけですよ、私どもには、朕はというふうに始まるのは。またこれは差し替えで西岡議員が後日質問させていただきますけれども、それも分からぬわけですよ。 やみくもに将来の姿が見えないから、大変国民の皆さんは不安に思っておるわけですよ。そして、これが変わるとどこが変わって、いじめがなくなるのか未履修がなくなるのか、そっちの方が身近な問題ですよ。だから、世論調査しても、ほとんど賛成の人でもこの国会で成立させるべきでないという人が半分以上ですよ。だから、本当に成立させるべきだと考えておるのは一割ちょっとだと私思います、最近のNHK調査で。これも私が調べたんじゃないんで申し訳ありませんが、NHKが調査したものでそういう数字が出ております。これは十月、十一月の調査でも同じような結果が出ております。 それで、当初この教育基本法が出てきたときには、五〇%、六〇%、新聞によっては違っておりましたが、賛成がありました。しかし、このいじめや未履修あるいはタウンミーティング等の話が出てくる中で、今私は四一ぐらいだという記憶をしておりますが、なぜこんなに国民が不安になるかというと、今申し上げたように、政府案、全然期限が切ってないわけですよ、どこまでやるかというのは。ともかくこの法案を通せばいい通せばいいとしゃにむにやっているわけですよ。もう少し、根本法である憲法の附属法であるこの教育基本法、理念を変えるとするならば、もっともっと丁寧な質疑をしていかなきゃ私は駄目だと思っています。 質疑をするに当たっても、直接法案に関係のないところで話をされる、その答弁が私どもにはどうしても受け入れない。私も通告した質問を一問もやっておりませんけれども、どうしてもそうなるわけですよ。それだけ幅広い問題なんですよ、これ。 どうですか、それ。官房長どうですか。
○委員長(中曽根弘文君) どちら。もう一回指名してください。──安倍内閣総理大臣。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) この教育基本法改正、この政府案につきましては、もちろんこの政府案を提出する過程で相当の議論を展開をしてまいりました。また、衆議院におきましても百時間を超える議論を重ねた結果、大変多い方で十六回質問に立たれた方もおられるわけでありまして、そうしたかなりの深い議論を行った結果、採決を行って、今参議院で正にこうして議論がスタートしたわけでございますので、参議院におきましてより広く深く議論を行って、速やかな成立を目指していきたいと思っております。
○西岡武夫君 委員にお答えいたします。 先ほど申し上げたのは、教育行政におきまして国がどういう責任を取るのかという仕組みのことを申し上げましたが、今回、私どもが提案をいたしております日本国教育基本法と同時に、学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案を提案をいたしております。 これは皆様方のお手元に配付をしてあるわけでございますが、その中におきまして具体的に、ちょっと時間が掛かりますが読み上げますが、第三条でございますけれども、第一に、「多様な教育の機会を提供すること。」、二番目に、「よりきめ細かな教育指導を充実させること。」、三番目に、「安全かつ快適な学校教育のための諸条件を整備すること。」、四番目に、「安全かつ容易な通学のための諸条件を整備すること。」、五番目に、「心身の健康、進学、職業選択等に関する相談体制を充実させること。」、六番目に、「情報化、国際化等社会の変化に対応した教育を充実させること。」、七番目に、「障がいを有する児童生徒等については、共に学ぶ機会の確保に配慮しつつ、その特別な状況に応じた教育を充実させること。」。これを第四条におきまして国の責務として、ただいま七項目挙げたんでございますけれども、これは、国は学校教育の環境の整備の基本方針に基づいて学校教育の環境の整備に関する施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有することとこの法律では定めているところでございます。 以上です。
○佐藤泰介君 したがって、政府の方も、私どもは教育基本法だけ提出しているんでないということを御理解いただいて、簡単に言えば新地教行法といいますか、教育委員会の問題を取り上げた法案も出していますし、教育の振興法、簡単に言えば振興法、財源確保の問題も出しておりますので、よくそれをお読みになって、そっちの方もお読みいただければ国の責務というのは御理解いただけるんではないかということを申し上げて、通告した質問を一問もやっておりませんので、また後日やらせていただきますので、よろしくお願い申し上げます。 ありがとうございました。
○蓮舫君 民主党・新緑風会の蓮舫でございます。 まず、佐藤委員の関連で、冒頭、伊吹大臣に一点だけ確認をさせていただきたいんですが、不当な支配、先ほど審議がございました。この定義を教えていただけますか。
○国務大臣(伊吹文明君) まず、民意の反映というのは、やはり選挙によって民意の上に立って選ばれた国会が民意だと思います、最終的な。その国会で決められた法律と違うことを先ほど申し上げた特定のグループあるいは特定の団体が行う場合を不当な支配と、こう言っているわけです。
○蓮舫君 ありがとうございました。 次に、ちょっと今、私、資料をいただいて驚いたんですけれども、文部科学大臣にお伺いをいたします。 高等学校の未履修の状況ですけれども、十一月一日に政府・文部科学省が発表したのは国公私立合わせて五百四十校とありましたが、最新では幾つになったんでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) これは、衆議院の教育基本特で民主党の野田先生から再三御質問がありまして、三つのことを我々言われました。一つは、調査が漏れて、その後、新聞社の調査でいろいろ漏れているから、それをはっきりしろということが一点。それから、過去にさかのぼって高等学校の未履修のことを調べてくれと。それから、それが終われば、今度は中学校の未履修の可能性があるんならそれを調べてくれ。取りあえず、御指示のあった件についてやっと現場の教育委員会、知事部局から数字を、調査を依頼して、強制調査権はございませんから、依頼して取りました数字が多分先生の今お手元に行っている数字だと思います。一応、テレビが入っておりますので、私から口頭で御説明いたします。 まず、国立は二千八百二十六人の生徒がおりますが、これは前回の調査も今回の調査も……
○蓮舫君 合計で結構です。
○国務大臣(伊吹文明君) 合計でいいですか。 まず、前回の調査では……
○蓮舫君 ここですね。真ん中ですね。ここが、五百四十が六百六十三に。
○国務大臣(伊吹文明君) ああ、ごめんなさい。ああ、学校数ですね。
○蓮舫君 はい、学校数ですね。
○国務大臣(伊吹文明君) 学校数は、十一月一日時点での学校数が五百四十校。国立、公立、私立合わせまして、これは五千四百八校のうち五百四十校。今回、もう一度知事部局及び都道府県教育委員会に尋ねまして出てまいりました未履修校が六百六十三校、百二十三校増えております。
○蓮舫君 ありがとうございます。初見だったんでしょうか。 五百四十校だとしていた未履修の学校数が二十日間で百二十三校増えているんですね。児童数はどれぐらいかというと、約四万一千人。新たに四万一千人もの高校三年生が未履修だった事態が明らかになっているんですよ。やっぱりこの問題もっともっと、調査を進めているとしているんですけれども、じゃ、すぐさまどういうふうに、文部科学省が指導していた学習指導要領がこれだけ守られていなかったという大きな問題の部分での審議も併せてしていかなければいけないんだということを改めて御指摘をさせていただきたいと思います。 今日から参議院での教育基本法改正案をめぐる審議が始まりました。冒頭、安倍総理大臣にお伺いしたいんですが、総理が掲げておられる教育改革、当然これ、私たちも大切だと思っておりますし、今ほど多くの国民の間で教育に対する関心が高まっているときはないと思うんですね。ただ、残念ながら、それは総理がおっしゃっている規範意識ですとか学力という問題以前に、いじめの自殺ですとか、未履修の問題ですとか、あるいはもっと前提にさかのぼると、政府自身が主導してやらせのタウンミーティングを行っていたんではないかという疑いとか、残念ながらまだ総理が目指しておられる本体の改革にはなかなかいっていないと思うんですよ、国民の声というのが。 そこで、お伺いをいたしますが、衆議院で与党が単独で採決を強行しましたが、そこまでして総理が進めたいとする教育基本法改正案、与党案が改正されたら、今保護者が抱えているいじめに関する問題、あるいはいじめられている子供たちの悲痛な心の叫びを解消することができるんでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 教育基本法の改正は、新しい時代にふさわしい教育における基本的な理念、原則を定めるものでありまして、今個々に起こっている、例えば未履修の問題あるいはいじめの問題にこれはすぐに対応するための法律ではもちろんないというのはもう委員御承知のとおりだろうと、このように思います。しかし、この理念あるいはこの原則を定めることによって、新たに現在起こっている問題に、種々の問題について対応していくための制度あるいは法律の改正について議論を深めていくことはできると、このように思います。 例えば、このいじめの問題につきましても、道徳心を涵養するということもあるでしょうし、あるいはまた豊かな情操をはぐくんでいくという中において、このいじめという行為自体が恥ずかしい行為であるということを教えていくことにも私はつながっていくのではないだろうか、あるいは、いじめられている子供を傍観、他の子供が傍観をしない、それは正にある意味では公共の精神ということにも私はつながってくるのではないだろうかと、このように思います。 また、このいじめの問題につきましても、学校だけで解決する、できる問題ではないわけでありまして、保護者が一義的に負っている責任もあるでしょうし、また家庭や地域や学校が一体となって、教育委員会も含めてですが、対応していくということについての重要性についてもこの教育基本法の中に触れているわけでございまして、そういう意味におきましても、このいじめの問題に対応していくためのいろいろな原則についてもこの教育基本法の改正案には盛り込まれていると私は考えています。
○蓮舫君 今の安倍総理の御答弁ですと、確かに理念法を改正しただけではすぐさまいじめの問題に対応できないと、ただ原則は定めることができるということだったと思いますが、原則だけでは親御さんの不安ですとか、あるいは実際に困って悩んで本当に追い詰められているお子様の声にこたえることはできない。ここが私は政府・与党案と民主党案の違いだと思うんです。 私たちは、もちろん理念は大切で改正したいという気持ちは共有しておりますけれども、同時に、今ある問題に緊急性を持って政治が責任を持って対応するんだという姿勢で三法、新法を出させていただいておりますが、民主党法案提出者に伺います。 民主党の法案を提案された理由として、今の学校の問題にどうやって対応できるのかを端的にお答えいただけますか。
○鈴木寛君 お答えを申し上げます。 私どもは、正に今起こっているこのいじめの問題への解決の第一歩にここで行われている議論がならなければ、何の意味もないというふうに考えております。 例えば、衆議院で教育基本法の議論が行われている間だけ取りましても、実に九名の若いお命が自ら絶たれる、あるいは三名の校長先生が自殺をされるという痛ましい事件が続発をしているわけでありまして、本当に亡くなられた方々に我々は申し訳ない、そういう思いで一杯でございます。心からお悔やみを申し上げたいと思いますけれども、正にこの参議院の審議の中で、こうした問題に対して我々国会はどうしていくんだと、そういう議論を私は全力を挙げてさせていただきたいというふうに思っております。 私も、民主党のいじめ調査団の団長としていろんな現場を議員とともに一緒に歩かせていただいております。私どもは、いじめ問題解決のポイントは三つほどあろうかなというふうに思っております。 まず第一点は、やはり迅速な対応を、少しでも兆候が表れたときにやらなければいけないというのが一点。それから二つ目は、いじめの問題というのはケース・バイ・ケースでございます。したがいまして、やはりそのケースに応じてきめ細かな対応を綿密にやっていくということが第二点。それから三つ目は、最近残念な事件はございますけれども、やはり子供のことを一番愛しているのはやっぱり親御さん、お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさんです。そうした方々が心配、不安を抱えたときに、きちっと学校、行政の側がそれをどれだけ受け止められるかと。 こういう制度にしていくということがいじめ問題に対する重要なポイントだということで、我々は、今回の日本国教育基本法案、それから関連して出しました新地方教育行政法、教育振興法、この三法の中で三点のことについてうたわせていただいております。 第一点目は、民主党の日本国教育基本法の十八条、それから新地方教育行政法の七条で、すべての学校に学校理事会というものを設けるということを盛り込まさせていただいております。 学校理事会と申しますのは、保護者、地域、学校関係者、教育の専門家が入って、学校で起こった問題は基本的にこの理事会が解決をしていくと、しかも保護者と地域の方々が過半数を占めると、こういう機構にさせていただいております。 私も瑞浪に、岐阜の瑞浪の例を岐阜まで行ってお伺いをいたしましたが、お母様、中学校の二年生の女の子が亡くなられた件でございますが、お母様はもう兆候に気付いておられて、そして学校の担任に相談に行っておられるんですね。しかし、その相談がその中二の学年では検討されたけれども学校長まで上がってなかったと、こういうことであります。例えば、学校理事会があれば、こうしたときに十分に学校に対応してもらえなかった場合には、保護者代表の、大体副理事長になると思いますが、副理事長に直接この問題をきちっと対応してくれということをお願いに行けば、学校理事会がきちっと学校として動くということがこれ可能になるわけであります。 それから二点目、民主党の二点目は、これまた十八条の二項でございますが、やや文部科学大臣誤解されているところがありますが、我々は、現在の教員の人事権は、給料を県が三分の二、国が三分の一払っているということもありまして、市立とか区立の教員であるにもかかわらず、県の教育委員会が人事権者になっております。この人事権者を県の教育委員会ではなくて市長さんや区長さんに移譲をしていくというのが我々の考え方であります。知事に移譲をするわけではありません。市長や区長に移譲をしていくということでございます。 今回の例えば福岡の事例を見ますと、これは教員の子供に対するいじめを端緒とするいじめ事件というところでありまして、正にその教員の人事権者である県の教育委員会が初動をしなければならない。私は事件が起こりまして三週間たったところで福岡県の教育委員会にお邪魔をいたしました。しかし、この問題、私たちの感覚であれば、毎日徹夜をしてでも対応するというのが我々の感覚、皆様方もそうだと思いますけれども、福岡県の教育委員会は三週間にただの一回、しかも数時間しか開かれてないと、これが実情でございます。 したがいまして、親御さんやあるいは近所の方が心配があったときにその県の教育委員会に言っても、そもそも教育委員長は非常勤であります。基本的には教育長がその職務を代行しているわけでありますが、教育長はお役人であります。これ、我々もよく分かったわけでありますけれども、結局は組織の維持、自己保身、これに走らざるを得ないというのが、これは残念ながら実態であります。 私たちは、例えば福岡の事例で申し上げますと、その中一のときの担任に会ったんですかと、話を聴いたんですか、事情聴取したんでしたか、三週間たって一回もしておりません、それは入院されているということでありましたが。であれば、私から、病院に行かれて医師立会いの下でその事情聴取をされたらどうですかと御提案をしたところ、あっ、それはいいお考えですねと。 こういうのが県の教育委員会の無責任、形骸体制の実態でございますから、私どもは今回、そうした事案があった場合には、一番近い、正に市立小学校であれば市長さんにこういう問題を何とか解決をしてくれということをちゃんと言いに行って、きちっと対応ができる。今回も、町長さんは分かっておられるんですね。しかし、教育委員会の壁があるのでできないと、こういうことでございまして、正に今の教育委員会制度というのは形骸化していますし、保護者の皆さんからすると正に鉄の壁だと、ここをきちっと対応していきたいということでございます。 それで三点目は、先ほど来出ております国の責務でございますけれども、今非常事態です。全国で連鎖が起こっています。この問題を文部省にきちっと解決をしてくださいということを我々文教科学委員会でも申し上げました。伊吹大臣は、文部省にはその権限が十分に与えられていないという御答弁をされます。これ、正しい御答弁であります。 だから、ここを我々は変えなければいけない。そのためには、日本国教育基本法案できちっと国の最終的な責務ということをうたって、こうした問題については、やはり非常事態でありますから、全国連鎖を止めなければいけないわけでありますから、国が全面的にありとあらゆるこうした事態には対応できると、こういうふうな制度改革を具体的に盛り込まさせていただいているというところでございます。
○蓮舫君 子供の命がかかわっている問題ですから、本来であれば安倍総理から、今の民主党法案提出者のような具体的で熱い思いのある答弁があってしかるべきだと私は思っております。その声が聞こえないのが非常に残念なんですが。 極めてもう一つ大きな問題は、教育改革といいながら、実は政府主催のタウンミーティングでやらせが行われていた。あるいは、青森県八戸市で九月に開かれたタウンミーティングを始めとして、教育改革は、タウンミーティングが八回行われて、そのうち五回でやらせがあった。ここでの声というのは国政政策に反映されるとされているんですが、政府がタウンミーティングを通じて世論だとした教育改革、教育基本法改正への賛成意見というのは、実はもう原稿から人選から発言から、すべて用意された中で行われた演出だったと。 総理は所信表明で、私は、国民との対話を重視します、タウンミーティングを充実しますと言っています。でも実際は、充実すべきタウンミーティングはやらせで、国民との対話は作られた原稿だった。だったら、優先すべきは法改正ではなくて、一体だれがこのやらせのタウンミーティングを行ったのか、責任のある方は責任を取っていただき、原因をしっかりと究明していただき、そして、新たにタウンミーティングをやって本当の国民の声を聞いた上での教育基本法の改正の審議というのが私は筋だと思いますが、いかがでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) いじめの問題につきましても、私としても政府としても、今直ちにできることに、文部省に与えられている権限の中でその権限を最大限活用して責任感を持って対応するように指示をいたしております。学校におけるスクールカウンセラーを始めとした相談体制をフル活用するように、そしてまた、やはりいじめられているという状況の中で御両親や御本人がどこに相談すればいいのかという相談先についても周知徹底するようにいたしておりますし、また、いじめている子供たちに対しては、これはやはり厳しい指導をするように、これも与えられている範囲の中で、権限の範囲の中で徹底的に指導をしているわけでありまして、我々も現在やるべきことは、命が掛かっているわけでありますから、全力で取り組んでいることは申し上げておきたいと、このように思います。 そこで、このタウンミーティングのやらせの問題でありますが、タウンミーティングというのは国民の皆様と双方向で、政府が実施をしている、あるいは実施をしようとしている政策について対話をする貴重な対話の場であると思います。ですから、私もこの場を生かしていきたいと、このように申し上げていたわけでありますが、このタウンミーティングにおきましてあらかじめ答弁者を用意をしておく等々の問題が起こったことは、極めて残念であり遺憾である、また、これは情けないと、このように思うわけでありまして、この問題につきましては、まずは林副大臣を長とした調査チームに徹底して調査をさせ、その結果については国民の皆様に御報告を申し上げたいと。その上で、あるべきタウンミーティングの姿について検討し、実施をしていきたいと、このように思っております。
○蓮舫君 総理、あるべきタウンミーティングの姿って明確なんですよ、やらせがないことです。これは考えるまでもないんじゃないですか。 これは、内閣府大臣官房タウンミーティング担当室から八戸市の教育委員会に送られたメールです。(資料提示)赤い線の部分、資料でお配りを、委員長の許可をいただいてお配りをさせていただいていますのでごらんいただきたいんですが、「文科省依頼分は必ず当たります。」、発言者になるということですね。「それ以前にお願いした四名についても、たぶん当たります。(特に学生は当たります)」。当日の受付で、「文科省依頼の三名については文科省の担当者が追っていき、位置を確認」する、座った位置確認するんですよ、文科省の職員が。わざわざこのために出張しているんでしょうか。それから、当日受付が、何ですか、「残りの四名については、受付の方でマークするような形」になる。受付で依頼をしたやらせの発言をしていただく人を確認をして、その人の座る位置も受付がマークをして、そして司会者に通じて、そして司会者がその人に当てるという、随分ときめ細やかな指示を出されているんですけれども、大臣は、総理大臣は今、残念で遺憾だとおっしゃいました。人ごとじゃないですか。この当時の官房長官はどなたですか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 私は、官房長官として、このタウンミーティングについては当時の私の所管であったわけであります。この所管であった、所管である事柄につきましては責任感を持って当たっていくという考え方の下に、この問題についても事実関係をしっかりと究明していかなければならないと、このように考えておりますと同時に、やはり具体的に運営に携わった者たちの責任というのは、これはやはり明確にしていかなければならないんだろうと、このように思うわけであります。 そしてまた、先ほど蓮舫委員がおっしゃったわけでありますが、あるべきタウンミーティングの姿というのは極めて、こういう出来事を参考に、運営方法においてこうしたことがシステムとして、まあ当たり前なんですが、起こらないようにしていくことが大切であろうと考えております。
○蓮舫君 タウンミーティングで参考にするという言葉を日本語で使うのであれば、それは制度として瑕疵があったとか、あるいはこういうふうな制度に変えた方がもっと合理的だとか、そういうときに使われるんであって、やらせがあったことを参考にして、ないようにするというのは、これは余りにも総理として私は認識はいかがなのかと。 内閣法では、「内閣官房長官は、内閣官房の事務を統轄し、所部の職員の服務につき、これを統督する。」、タウンミーティングは内閣官房の事務で、職員の行動を統一して監督するのは官房長官の仕事です。総理は今責任感を持って当たっている。じゃ、責任はどうされるんですか。当時の官房長官にはなかったということなんでしょうか、教えてください。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 当然、官房長官としては、その所掌する事柄について責任を持っているという考え方の下に事柄に当たっているわけでありまして、基本的にその考え方の下にこの問題について徹底して更に調査をして事実を解明をしていく、そしてそのことを国民の皆様に明らかにしていく、そしてそういうことが二度と起こらないようなタウンミーティングとして国民との双方向の対話の場として再スタートを切っていくということを行うことによって責任を果たしていきたいと思っております。
○蓮舫君 ごめんなさい、分かりづらいんですけれども。 当時の官房長官に、じゃ、責任はあったんですね。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 例えば、今私は総理でありますが、私が総理として、政府が行うことにつきましては基本的に最終的には責任を負っているという基本的な心構えで対応しているわけであります。それは当然そのとおりでありまして、当時の官房長官として、私の所掌の中でこういう事柄が起こったこと、こういうことが起こったことは、私は大変遺憾な出来事であったと、このように申し上げているとおりであります。
○蓮舫君 責任あるお立場にある方は、当然責任感という心構えはお持ちだと思います。私が伺っているのは、官房長官は当時このやらせタウンミーティングが行われたことについて責任を有していたんですね。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 先ほど申し上げましたとおり、官房長官というのは、その所掌をしている中において、その所掌している事柄においては責任を負っているというふうに先ほど申し上げているとおりであります。
○蓮舫君 その責任の処理方は実態の解明であり、再発防止であると。自分のそのときの職責というのは、自分が辞めるとかもうできないわけですから、その当時の内閣はないわけですから、そういうことではないということでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 先ほど申し上げましたとおり、この問題について現在、林副大臣を長にこの問題の調査のチームを立ち上げを指示をいたしまして、徹底的な調査を行っているところであります。 その中身について国民の皆様の前に明らかにする、そしてそれと同時に、その調査結果をしっかりと踏まえて責任の所在を明らかにする。これは実際に運用に当たった人たちの責任というものもあるわけでありまして、そこは明確にしなければならないということでございます。 そして、それと同時に、先ほど申し上げましたように、こうしたことを踏まえまして、今後、タウンミーティングの運営方法について、こうしたことが二度と起こらないような運営をしっかりと行っていくことによって、国民との対話の窓口として活用をしていきたいと思っております。
○蓮舫君 やらせタウンミーティングでは、平成十四年から十六年間の三年間で政府主催のタウンミーティングで計二十五回、六十五人の質問者に謝礼が払われていたことが明らかになりましたが、官房長官は全く問題視していないと御発言をされていますが、総理はどう思われていますか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 今、その謝礼等の関係について正に今調査をしているところでありまして、その実際に因果関係等々をまず詳細に調べたいと思っております。
○蓮舫君 明らかになった分について総理はどうお考えですかと伺っているんです。計二十五回、六十五人の質問者に一回五千円の謝礼金が払われていたと、これ政府発表で明らかになった事実です。この事実について総理はどうお考えでしょうか。 総理です、総理です、総理です、総理です。総理のお答えをお願いします。
○委員長(中曽根弘文君) 安倍内閣総理大臣。(発言する者あり)総理、総理、総理ですか。
○蓮舫君 総理にお伺いします。
○委員長(中曽根弘文君) 総理、答弁してください。 じゃ、総理にもやってもらいます。総理もやります。先やって。塩崎内閣官房長官。
○国務大臣(塩崎恭久君) 今の謝礼のことにつきましては、今、先ほどはやらせの話が続いていたものですから、今テレビでごらんになっていらっしゃる方は、あたかもやらせに対してお金が払われたのではないのかという誤解を招くといけないので、あえて私が発言させていただきたいと思います。 先ほど蓮舫議員がおっしゃった二十一回分でしょうか、この分についての、二十五回、二十五回、失礼しました。このかつて払われた、今はそういうことはやっておりませんが、当時は、発言をまずお願いをして、司会者が、どこどこのどういうお仕事で、どういう頑張り方をしている方に、どういう問題についてまず御意見を壇上で言っていただきます、ないしは会場で言っていただきますということをあえてお願いをして、紹介をして御発言をしていただいた方々、この方々、まあ言ってみれば意見発表をわざわざお願いをした、その人に対する謝礼を五千円お渡しをしたという時期があったということでございます。 したがって、こういう質問をしてくださいと言って質問事項を渡して、その人にお金を渡したということでは全くないということをまず国民の皆様方にも知っていただいて、その上で今の御質問にお答えを総理からしていただくべきではないのかなと思って、あえてあのお話をさせていただきました。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 今官房長官が答弁をいたしましたように、いわゆるこの謝礼を払っていた対象者につきましては、いわゆる例として挙げられたやらせとは一線を画しているものだということで御説明を申し上げたわけでありますが、いずれにいたしましても、こうした政府主催の会を行う中におきまして、謝礼の在り方についても当然検討はしていく必要はあるかもしれないと、このように思っております。
○蓮舫君 意見発表をお願いしないとタウンミーティングで国民の声が上がってこないというのは極めて貧相な話だと思うんですね。声が上がってこないから、じゃ、発言依頼者をお願いして、お願いしたから謝礼を払うと。その謝礼を払った方の声が国民の声だと。その国民の声を基本に、じゃ、教育基本法政府・与党案に賛成の声が高いんだ、そして今の審議になっていると思うんですね。その前提が崩れているんではないですかということをお伺いしているんですが、残念ながらなかなか答えていただかない。 これまでのタウンミーティングに使われた税金は総額で約二十億円です。その中で、教育改革タウンミーティングでも一回平均で大体九百万円から一千万円のお金が使われている。(資料提示)この中の黄色い文字のところはやらせ発言があった場所です。五か所です。足しても五千万円。大変な税金が使われている。 実は、これに関して内閣府が細やかなお金を指示した。つまり、タウンミーティング業務を広告代理店と契約する際に、仕様書として契約単価内訳表を作られていたんですね。 内閣府にお伺いします。この内訳単価はどうやって決められたんでしょうか。
○政府参考人(山本信一郎君) お答えいたします。 タウンミーティング運営業務の請負契約につきましては、年度当初に一般競争入札を実施して一年間の請負業者を決定しております。その入札方法ですが……
○蓮舫君 違う、違う。内訳表です。
○政府参考人(山本信一郎君) はい。今それを御説明します。 一回当たりの総価での競争を行い、決定をいたします。その際、落札業者からその落札金額の単価内訳書、これは大体百項目前後にわたっておりますが、その単価内訳書を提出してもらいまして、その単価内訳書に基づく単価で契約を締結しているというところでございます。 以上でございます。
○蓮舫君 つまり、広告代理店で何社か一般競争入札をして、それで適当な仕事内容を、まあ一般の民間の感覚で言うと、より安価に提案した方たちが普通こういうタウンミーティングを受注されるんだと思うんですが、ずっと一社なんですよね、一般競争入札でも、この受注をしている広告代理店というのは。しかも、その値段でちょっと驚いたことがあるんですけれども。会場費や舞台設営、ポスター、パンフレットの製作なんかは分かるんですよ、これはお金が掛かるというのは。 ただ、分からないのは、やらせ質問があった、これは岐阜でのタウンミーティングの経費です。(資料提示)内閣府が広告代理店に指示をした最低コスト表です。 空港又は駅までの送迎に一人当たりの係の報酬経費一万五千円を指示している。仕事内容は何か。仕事内容は、空港又は駅まで大臣をお迎えして、車寄せに来ているハイヤーまでお送りするだけの仕事です。その報酬が一万五千円。ほかには、会場で着くハイヤーをお待ちして、大臣が降りてきたらお招きをして、エレベーターまで案内するだけで一万五千円。エレベーターを降りて控室まで案内するだけで五千円。あっ、ごめんなさい、間違えました、会場入口でお迎えしてエレベーターまで誘導するのは四万円です。 これ、実際にこの回受注した広告代理店は、ここに八名雇って三十二万円掛けて大臣をお迎えしているんです。これ、何で分けなきゃいけないんでしょうか。駅まで迎えに行った方が会場までお送りして、会場からエレベーターに御案内して、エレベーターから控室に御案内すれば一人で済むものを、わざわざ人数を分けて単価一万五千、四万円とする理由が分からないんですね。 これ、どうしてこんな必要経費を計上されたんでしょうか。
○政府参考人(山本信一郎君) 蓮舫委員に、ちょっと今のお答えの前に、先ほど、大体、入札をいたしますと、最近ですと、四社ないし五社が応札をしておりまして、その中の最低価格の社と契約をいたしておるところでございます。 で、今委員が御指摘のような単価につきましても、こういう単価表の事項は示しますけれども、その単価に入った額自体はその落札業者が自ら入れた額でございます。これは業者の方で入れた額であるということを御理解いただきたいと思います。 それから、今おっしゃいましたように、確かに我々から示した仕様書の中には、閣僚ですとかそういう有識者をお迎えするに当たりまして、空港から会場まで、それから会場からエレベーターに乗って控室まで、控室から実際の会場までという具合に分けて仕様書を示しておりました。そういうところに、ポジションに人が要るという意味で入れておったのが実情でございます。しかしながら、平成十七年度からはこのエレベーター手動という項目は削除をいたして、節減化を図っておるところでございます。
○蓮舫君 ごめんなさい、じゃ、端的に伺います。 この一番高いやつですね、会場でハイヤーから降りられた大臣をお迎えしてエレベーターまで誘導するのに一人四万円。五分も掛かんないでしょう。五分で四万円もらう。この単価は適正だったんでしょうか。
○政府参考人(山本信一郎君) 今申し上げましたように、入札をするときに、全体の百項目前後の項目につきましてそれぞれの業者が単価を入れまして、それで総トータルで一番安いところに落としているわけでございます。その会社がその一項目について入った額が、今、蓮舫委員が御指摘になった額でございまして、その額自体が適切かどうかというのはちょっと分かりませんけれども、トータルで、トータルで一番安い額として入札し落札をしているというところで、これは業者の方で入れた額だと、トータルで判断しているということを御理解いただきたい。
○蓮舫君 ではお伺いします。 ここにありますエレベーター手動って何でしょうか。
○政府参考人(山本信一郎君) 内閣府の仕様書の中に、平成十六年度まではエレベーター手動という項目がございます。この意味は、先ほど委員も御指摘のように、タウンミーティングの開催のときに、閣僚等登壇者が来場された際にエレベーターを待機をさせておいて操作する人員が必要となることから、そのための項目を設けていたというものでございまして、十七年度からは削除しております。
○蓮舫君 エレベーターのボタン係ですね、端的に言うと。大臣が来場されるときにエレベーターを一回押す、大臣が退出されるときにエレベーターを一回押す。極端な話、二時間のタウンミーティングで二回エレベーターのボタンを押すだけで一万五千円の報酬を経費としてお示しをしているのは、これは適正かと聞いたら、多分同じ答えなんでしょう、広告代理店が提示してきた。広告代理店が提示すれば、民間の発想と違うお金の会計の判を押していいんでしょうか。 今、東京でいったら、アルバイト、ファストフードでやる、時給八百円から九百円が一番高いですよ。正社員になりたくてもなれなくて、しようがなくてアルバイト、パートをしている人たちが一時間八百円で頑張っているのに、二時間でボタンを二回、エレベーターを二回押すだけで一万五千円をもらうのが本当に適正だとお考えなんでしょうか。(発言する者あり)
○政府参考人(山本信一郎君) お答えします。 ただいまの額自体についてのコメントというのはなかなか難しい、まあ高いなという感じもあるかと。しかし、申し上げましたように、全体のトータルの単価をいろいろ入れていただいて一番安い価格のところに落札をしているわけでございます。その業者がそれぞれの単価に入れた、それが今のエレベーター手動のところに額を入れている、こういう具合に御理解をいただきたいと思います。
○蓮舫君 エレベーターのボタンを二回押すとか、会場でお迎えしてエレベーターまで御案内するのに四万円とか、それが一番安いという発想で税金は使わないでいただきたいんですよ。しかも、このタウンミーティングというのは、税金を使っても本当に国民の貴重な声が聞けて、大臣と直接対話ができて、それが政策に反映できるんであれば意味のあるお金なんです。ただ、ここでやらせがあったことでこの一千万円もの経費が全く無駄になってしまって、税金の無駄遣いになっているということが問題だと私は御指摘をさせていただいているんですけれども。 細かいことを決め過ぎたという質問が、やじが先ほど自民党からありましたけれども、じゃ、ざっくりとしたお金もちゃんと項目付けされているんですね。 内閣府との事前調整という項目。平成十四年の四月から七月にはこれ七十六万でした。八月から翌年度の三月までは九十四万円でした。平成十五年度が四十二万八千円。ほかにも現地警察との事前調整とかいろんな事前調整費があるんですが、一番高いのが内閣府との事前調整、これは何に使われたんですか。
○政府参考人(山本信一郎君) お答えします。 今の内閣府との事前調整という項目、これも内訳書に一つの項目として示されているものでございますけれども、この項目でございますが、タウンミーティングを実際開催するまでには、会場選定から始まりましていろんな、会場整理、会場設営などの会場計画、それから進行台本の作成、それから出席閣僚の導線作成、まあいろんな、参加者募集も含めまして様々な準備作業を行う必要がございます。 こういったような多様な準備作業につきまして、委託業者の方は私ども内閣府の方と入念に事前に打合せをしまして、調整をしながら進めていく必要がございます。そういった項目でございます。
○蓮舫君 今おっしゃった開催会場候補リスト作成ですとか会場計画ですとか進行台本作成ですとか運営マニュアル作成は全部別に項目立てて、二万円、二万円、五万円、十万円でそれぞれ予算付けられています。どう違うんですか。
○政府参考人(山本信一郎君) 個々の項目は別途、今委員のおっしゃったような項目がございます。ここの内閣府との事前調整といいますのは、スタートから最後まで含めまして総合的な進行管理も含めた総合調整、企画担当というものでございまして、相手業者のいろんなそういった面でのスタッフの経費でございますとか資料作成費用、それから打合せに掛かる経費、こういったものを含むものでございます。
○蓮舫君 済みません、最初言われている御答弁と二回目に言われた御答弁の内容が激しく違うんですが、相手業者のスタッフなんですか、使われたんですか。 これ、何に使われたのかお示しくださいと言っているんです。もう会計が終わっていますでしょう。これ、契約書では、イベントが一回終わったごとに広告代理店から請求書が来て、請求書を受理して、内閣府は三十日以内に決算をして、振り込みをしなきゃいけない。もう会計が十七年度までは全部終わっております。 じゃ、この四十二万八千円は何に使われたのかをお示しくださいと言っているんです。
○政府参考人(山本信一郎君) 先ほども申し上げました項目の趣旨は、準備作業、事前調整に要するというものでございまして、具体的な経費といたしましては、相手業者のそういった全体の総合調整、企画担当、営業担当等のスタッフの経費でございますとか資料作成でございますとか、そういったような諸経費を言うものでございます。 したがいまして、これは相手業者の、多くはもう社内経費でございます。そういったような経費が中心となった調整費という具合に御理解いただきたいと思います。
○蓮舫君 ごめんなさい、私の理解する力が低いのかもしれませんが、今の答弁では納得できないので、委員長にお願い申し上げます。 何に使われたのか、領収書等も当然お持ちでございますので、関連資料、だれとどこで打合せをして、どれどれに幾ら掛かったのかの領収書の資料提供をお願いいたします。(発言する者あり)
○委員長(中曽根弘文君) 後刻理事会で協議をいたします。 質疑者以外は御静粛にお願いいたします。
○蓮舫君 安倍総理にお伺いします。 小泉前総理大臣の時代から私ども与野党で共通認識で持っていたのは、もう無駄遣いはやめようと。行政改革を進める上で無駄を省いて、そしてお金を、税金を、いただいた保険料、預かった保険料を大切に使っていこうという意識は共有さしていただいていると思うんですが、足下の内閣府で行われているタウンミーティングでさえも、ほとんどでたらめな値段付けが当たり前に使われていて、で、通常の恐らくタウンミーティングの額よりも膨らんでいると思うんですね。 こういうお金の使われ方はよしとされるんでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 競争入札で行ってきたところでありますが、先ほど来議論を伺っており、また、この明細を拝見をさしていただきまして、やはりこれは節約できるところはもっともっとあるんだろうと、このように思うわけでございまして、私ども政治家もよく地元でいろんな会を開いて、いろいろと地元の方々と意見の交換を行うわけでありますが、それはもちろん、パイプいす等もみんなで運びながら最小限の経費で行っている中において意見交換も活発なものが当然できるわけでありますから、そういう精神でもう一度このタウンミーティングの、先ほど申し上げましたように運営を見直しをしてまいります。
○蓮舫君 お金の使われ方は教育改革の本質の議論ではないんですよ。ただ、タウンミーティングのやらせがあった。調べていくうちに、余りにも看過できないような経費付けが各項目に使われていた。こういう小さなことから正していかないと本当の改革はできないんだということを再度御指摘をさしていただきたいと思います。 で、学校で今広がる問題として、実際に私も子供を持っているんですが、今、学校に子供を朝送り届けるときに、学校でいじめられてないか、いじめてないか、事件事故に巻き込まれないか、笑顔で帰って来られるのか。学力の心配以前に子供の命を心配しなきゃいけないような、何でこんな時代になったのか。学校というのは本来子供の健やかな育ち、成長を支えて、学びを教えて、そして育てていくところだと思ったのが、今は決してそうではなくなってきているんだ。 じゃ、実際教育現場はこうした子供の声に対応しているのか。 北海道で自殺をした中学二年の男の子、いじめられてもう生きていけないという遺書を残していました。でも、この事件から一か月たっても教育委員会は、自殺の原因はいじめではなくて、いじめは数回確かにあっただけという報告をして、で、調査はまだ続けていると。あるいは、北海道で小学校六年生が教室で首をつって自殺をした事件、七通もの遺書があった。でもこれは、学校も教育委員会も一体となって、組織となって、一年間隠し続けてきたんですよ。 そして、これを文部科学省が全く把握できないという、このやっぱり教育行政の在り方をきっちりと議論をして改革をしていかなければ、いじめの問題というのは、私は、本当に政治が本気になっても解消することはできないんだと思いますし、亡くなったお子さんの思いを酌み取ることも、あるいはいつまでも真実を知らされないで、ただ悲しみを持っている御遺族の気持ちを和らげることもできないと思うんですね。 総理は、衆議院の教育特では教育改革に関しての思いはいろいろ御答弁をされておりますけれども、具体的に伺わせていただきたい。いじめ問題はどうすれば解消できると、どういう指導力を持って、どういうリーダー力を持って、すべての保護者に安心してもらいたい、悩んでいる子供に安心してもらいたいと、文部科学大臣はアピールを出しましたが、総理はどうしたいと思っておられるのか、聞かせていただけますか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) このいじめの問題につきましては、いじめというのは、これは私が子供のころからもいじめはありました。昔からあるわけでありますが、しかし、いじめによってこのように小学生が自殺をするというようなことは起こっていなかったのは事実であります。そして、近年このような自殺が相次いでいる。これは何としても、これはいじめられている子供たちが自ら命を絶つ、このことに対しては、何とかこういうことはもう起こらないようにしていく、そのために全力を私たち傾けていかなければならないと、こう思っています。 その意味におきまして、私はまず、いじめはだれにでも起こり得る、これはいじめられる側になることもあるし、またいじめる側に立つこともある。つまり他人事と思わずに、これもうみんなで当事者意識を持って対応していくことが大切だろうと、このように思いますし、また、いじめられている子供が発する危険信号を見落とさないように、これは家庭においても、また地域においても学校においても、そういう信号に対して注意深くこれは見ていく必要があると、このように思います。 そしてまた、先ほども申し上げましたが、いじめている児童に対しては、やはりこれは毅然として指導していくという姿勢が私は大切だろうと思います。そして、いじめは恥ずかしいことであるということを、やはり学校の先生がクラスでホームルームを開いて、一度は少なくとも生徒に呼び掛けていくことも大切であろうと、このように思います。 また、こうしたいじめによる事案が発生したら速やかに事態を把握することが大切でありますので、緊急に対応するべきこととして、この把握に対して全力を尽くすように指示をいたしております。 また、各教育委員会におきましても教育委員会を緊急に招集をいたしました。いじめはどの学校でも、どの子にも起こり得るという認識の下に、こうしたことが起こったら、これは決して隠さずに速やかに報告をし、そしてまた対応し、また連携を取って対応していかなければならないと、このように指導しているわけでありますが、更に文部省においてもフォローアップをしていかなければならないと思っております。 今後は、先ほども申し上げました悩んでいる子供たちが相談できる体制を構築をしていく必要があります。スクールカウンセラーの活用や学校における相談体制を充実をしていく必要があるだろうと思いますし、また学校や家庭や地域が連携した未然防止の取組を推進をしなければならないと思っております。また、体験活動等々、また道徳教育等規範意識等の教育を、これは中長期的にはしっかりと行っていくことによって防止につなげていかなければならない。 当然、教育委員会においても、これはやはり決してそうしたいじめがあったことを隠すということがあってはならないわけでありまして、大切なことは、とにかくそれを正確に把握をして対応していく、学校やそして家庭や地域と連携を取って対応していくことが大切だろうと。 そしてまた、この子供たちがどこに相談すればいいか。先ほどスクールカウンセラーの話もしました。しかし、全部まだこれが整備されているわけではございませんので、どこに電話すればいいかということについては、我々も広告等を通じて今周知させるべく努力をいたしております。
○蓮舫君 今総理がおっしゃったことは、もう十年間、文部科学大臣が教育委員会に指導助言してきていることなんです。でも、いじめ自殺が出ているんですよ。 総理は、今、スクールカウンセラーを活用するとおっしゃいました。現状、御存じですか。小学校、中学校合わしても半分にも配置されてないんですよ。しかも、スクールカウンセラー一人の担当している学校は約一・八校、ぱんぱんですよ、もう。だから、そんな、新しいことをやっぱりきっちり具体的に取り組んでいくんだ、予算を付けるんだ、それで動いていくんだ、人を配置するんだと、もっとちゃんとしたメッセージを訴えてくれないと。 よく総理は子供に規範意識と言います。でも、私は、その規範意識の前に心を救済する制度を今まず作るべきではないのかということを改めて言わせていただきたいのと、それとやらせタウンミーティングを主催していたということが明らかになった今、総理が所信表明で言っている品格ある国家とか子供に規範意識を身に付ける機会を提供という以前にやらなければいけないことを証左に表しているんではないかということを再度強調させていただき、私の質問に代えさせていただきます。 ありがとうございました。
○水岡俊一君 民主党の水岡俊一でございます。兵庫県選出、そして元中学校の教員であります。 某新聞によりますと、自民党では、この教育特において要注意、日教組五人組、指名手配というようなことで、御丁寧に顔写真、プロファイル入りで印刷をいただいたと、こういうようなお話がございました。本当かどうか分かりませんが、もし本当であればかえって感謝を申し上げなきゃいけないかもしれません。 私たちは、子供たちの声、そして教職員の悩み、そして保護者の不安、そういったところに最も注目をして、これからの教育改革に向けて教育問題の本質に切り込んでいくという、そういう審議を民主党の仲間、そしてさらには野党の仲間と一緒に全力でやっていくんだという決意を持っている人間でありまして、これまでにも文科委員会では大臣にも質疑をさせていただきました。決して私たちは不審な人物ではないということを御理解いただいておると思いますので、総理にも誤解のないようにお願いをし、また自民党、与党の皆さんにも御理解をいただきたいと、こういうふうに思います。 さて、早速質問に入りますが、先ほどの質疑の中でどうしても私、理解が及ばなかった点がございますので、まず伊吹文部科学大臣にお尋ねをしたいんですが、大臣は先ほど、教育の最終的な責任は国にあると民主党は言っていると、そういった中で、政府案にも民主党案にも政府の責任、地方の責任、そういう辺りが明確でない、そういうふうに私は思っていると、ですから、これはそういった部分をすり合わせて新しい案を作るというような考え方も私は持っているというふうに大臣はおっしゃったかのように感じたんですが、その点についてはいかがでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 先ほど、我が党におられた西岡先生がお答えになっておりましたように、もちろん、政府案も教育行政の一本の筋、国、教育委員会、あるいは民主党さん案でいえば地方自治体、それから市町村教育委員会それから学校ですね、これの関係は、この基本法が通れば、やはり当然、こういう形にしたいということをまた法律に作って国会へお諮りしなければならないです、当然。先ほど、西岡先生の御答弁でも、必ずしも、所掌の事務はこういうことだということを書いておられますが、国が例えばこの持っている、学校教育法によるこの指導要領の実施を、自治体を通じて、あるいは学校理事会もあるのかも分かりませんが、こういうところを通じて教育現場でどう担保するかということですね。 行政はもう、これは当然のことですが、法律の執行権と予算の配分権と人事権を持っていなければできません。ですから、その辺りは、西岡先生の先ほどの御答弁でも、いずれ附則で書いてと、こういうことをおっしゃっているわけですから、双方ともまだ明確ではないんですよ、国の権限の担保の仕方は。ですから、その辺りは我々は我々の腹案みたいなものはありますから、いずれ法案が通れば、これまた衆議院でも、衆議院では、法案が通る前にこういう作業をしていたのはけしからぬという御批判があるわけですよ。だけど、私は当然その作業はしているべきだと思いますが。だから、そういうことをお互いにこれからすり合わせていけばいい案ができるんじゃないのかなということを申し上げたわけです。
○水岡俊一君 民主党案には、先ほど鈴木議員からも説明があったように、教育振興法、それから新地教行法なるものを作り上げる中で、国の責任というものを明確にしているという立場があると私は感じます。大臣のお考えは分かりました。 それでは、早速いじめの問題に入ってまいりたいというふうに思いますが、大変痛ましく悲しい事件が続発をしている中で、調査が進んでいるのも一方あります。そういった調査が進む中で、私、どうしても気になることがあるんですね。それはどういうことかといいますと、いじめはなぜ起こるんだ、いじめはだれがやっているんだということを考える中で、いじめは子供同士あるいは教職員がやっているんじゃないか、あるいは学校がよく見ていないからだ、あるいは教育委員会が全然指導していない、あるいは文部科学省はどうなんだというような論議がされる中で、責任をどこかに持っていこうとしている、そういうような論議がされているというのは、これはゆゆしきことではないかなというふうに思っているわけです。やっぱりこれは真摯にいじめの原因というのがどこにあるのか、これをみんなで徹底的に究明をしていかなきゃいけないというふうに私は思っています。 大臣、私は、いじめあるいは自殺、こういった問題が教育の在り方に問題があるという考え方、これは教育病理という考え方ですが、そうではなくて、やっぱり社会病理として原因究明を政府として、文部科学省としてきちっとやっていくということが今物すごく求められているんではないかなと私は感じるんですが、大臣はいかがでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) その点は、私は先生と意見は違わないと思います。先ほど、何か五人組とかおっしゃいましたけれども、私は参議院の文部科学委員会で先生のけいがいに付して、穏やかにお話しになり、他人を常に厳しくつるし上げるような言動を一度もお使いになっていないということに対して感服をいたしております。 今、やっぱり、いじめの問題について言えば、やはりこれは大きな社会病理の中の一つなんですよ。ただ、学校現場を預かっている我々としては、学校で起こったことについては対応を逃げるわけにはいかないということなんです。ですから、大きな社会の中で、午前中もお話があったように、バーチャルな世界に入っちゃうとか、核家族化が進んできて家族の触れ合いが非常に少なくなってきているとか、そういう中で、子供が子供同士で遊べる機会も非常に少なくなってきている。そして、日本全体がやはりこの物質的豊かさの中で一人で暮らしていける国になっちゃったという中で社会的な病理として起こっているということは、私はもう全く先生と同じ意見です。 ただ、学校現場を預かっている立場としては、それは逃げるわけにはいかないんで、総理と御相談して、私の名前で、いじめる子、いじめられている子、それからその子供たちをしっかり見守っていただかなければならない御家族、先生方にもこの前アピールを出したということです。
○水岡俊一君 総理にお伺いをしたいんですが、今の同じ問題ですけれども、実際、私たちも考えるところ、大臣がよく言われる子供の家庭というところに目を向けてみると、随分昔とは違って核家族、核家族化になっていて、あるいはお父さん、お母さんも働きに出ておられる、そういうような家庭の変化というのが大きいと思いますね。それから、ITであるとか、あるいはテレビ、ラジオ、そういったものから刺激的で、そして誘惑に満ちた情報もどんどんと出ている。それから、都市化社会になっている。いろんな状態が変わってくる中で、子供たちが置かれている環境というのは非常に苦しいものに変わってきているわけですね。 そういった意味で、社会病理という話を今大臣からもいただいたところでありますが、今朝ほどの答弁の中にも、これは日本だけの問題ではないというふうにお答えになった部分があって、これは事実、アメリカでもノルウェーでも、そしてイギリスでも起こっているというふうに思っています。そういったことについて、今総理はそういったことについて何か感じておられることがあればお聞かせをいただきたいと思いますが、いかがでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) このいじめの問題というのは、これは先ほども答弁で申し上げたんですが、元々従来からあったわけでありまして、また世界各国にも恐らく学校でそういういじめが発生をしているだろうと、このように思います。 しかし、その中で自殺に至る、小学生が自殺する、自らの命を自らが絶つ、こういう悲惨な出来事については、これは日本においてもかつてはなかったことであります。何とかこの現象を我々は食い止めなければならない、こう考えておりますし、また、いじめの問題というのは、発生したらそれをすぐに把握をして対応していくことが大切であり、対応することによって、それ以上このいじめが進んでいかない、あるいはそれが自殺に結び付くことを何とかこれは食い止めることが私はできるのではないかと、このように思います。ですから、先ほど申し上げましたように、すぐできることについては直ちに我々も取り組んでいるつもりであります。 私も例えば子供時代を思い出しますと、やはり先生がクラスの生徒を集めて、いじめというのは恥ずかしいことだということについて話をしたことがあります。しかし、それはやはり、これは決して効果がないということではなくて、私はそれなりの効果があるというふうに思っています。 ですから、そういう取組を、例えばすべての学校で取り組んでいくということも、とにかくできることは何でもやっていくということが大切ではないか。すぐに効果が出る出ないは別として、このいじめの問題については、学校においても家庭においても、もちろん教育委員会においても地域においても、自分たちにできることについてできる限り取り組んでいくと。我々も政府として、また文部省としてもできる限りのことには取り組んでまいる所存であります。
○水岡俊一君 いじめの、そして自殺に至った事件を調査する中で、学校の教員が不適切な対応であったというような事実も若干報告をされる中で、大変残念に私も思いますし、反省もしなけりゃいけない部分もあろうかというふうに思っております。 しかしながら、先日の文教科学委員会でも私申し上げたとおり、多くの学校の教職員の仲間は、自分の授業も投げ出して、子供のいじめの問題、子供の少しの変化を見逃さないように必死になって学校で取り組んでいるという実態があるということは是非ともお認めをいただきたいし、そういった取組がこれからもなされていけるような、そういう体制を是非政府を挙げて御支援をいただきたいと私は思うところであります。 そんな中で、今総理から、すぐにできることは何か、そういったことを今やろうではないかというふうに考えているというふうにおっしゃっていただきました。文科大臣として、いじめ対策調査研究会議というのを先日招集をされて、様々な方々がその会議に参加をされたというふうに聞きました。その中には、精神科医の香山リカさんとか、俳優の牟田悌三さんとかいう方もいらっしゃるというふうにお聞きをしたところであります。 そういった方々がどんなことをおっしゃっているか、私調べてみますと、香山リカ先生は、自殺の連鎖が起きないよう過度に詳細な報道を控えるガイドラインを作るべきではないかというようなお話をされているように聞きました。また、牟田悌三さんは、NPO法人として、チャイルドラインといいますか、子供からのそういったシグナルを受け止める、そういったものをNPOだけじゃなくて国の支援もいただいてやっていこうじゃないかというようなお話もいただいた。 正に官民一体となって、そういった子供を救うために取り組んでいくことが今必要だろうというふうに多くの方が思っていらっしゃるというふうに思うんですが、総理、そういったことがなされる中で今総理が、今、私二人の御意見を紹介をいたしましたが、そういったことにかかわって官民一体でやれることという観点において、総理のお考えがあればお聞きをしたいと思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) いじめられて悩んでいる子供というのは、これは親にはなかなか、プライドがあって自分がいじめられているという事実について相談できにくいということがあるんだろうと思います。ましてや、また、学校で先生にその話を相談すると、何か言い付けに行っているというふうにとらえられはしないかということで、どんどんこれは悩んでいくということになる。 ですから、どこに相談すればいいか。先ほどスクールカウンセラーの話をいたしました。もちろん、この人数において十分でないということは承知をしておりますが、何とかこの活用と充実を先ほど申し上げましたように図ってまいりたいと思っております。 また、民間の電話相談センターがございますので、そうした民間の電話相談センター、あるいはこういうことに取り組んでいるNPOの方々と連携を取って相談体制を充実をしていくということも考えたいと思っておりますが、この悩んでいる子供たちが相談できる窓口について、今、私どもいろんな一応窓口がございますので、これを広告等を通じて周知をするように努力をしておりますが、一般の新聞では子供たちも読まないでしょうから、いかにすれば子供たちの目に入る広告ができるかということで今検討をして、できるだけ早く実施をしたいと、このように思っております。 また、御両親が悩んでいるということもあるでしょう。ですから、そういう意味におきましても、我々、民間の力もかりながら、できるだけその相談体制を充実をさせていきたい。そして、悩んでいる子供たちに対しては、どう対応すべきかという知見についてもそういう専門家の方々の英知も結集をしていきたいと思います。
○水岡俊一君 官民一体となってという話の中で、官でできることをとにかくやろうではないかという部分は非常に大切だというふうに思います。 その中で私思うのは、ちょっと、どなたでもいいんですが、人権擁護局が行っている子ども人権一一〇番という、これ政府がかかわってやっている電話相談だというふうに思いますが、それに関しては今どんな状態になっているかというのはどなたか御存じでしょうか。どなたかあれば。
○委員長(中曽根弘文君) 参考人でいいですか。
○水岡俊一君 はい、結構です。はい、どうぞ。
○政府参考人(銭谷眞美君) 法務局、地方法務局の子ども人権一一〇番でございますけれども、今大変にたくさんのいじめの相談を受け付けていただいております。 先般も、政府広報の中でこの法務局、地方法務局の子ども人権一一〇番の番号等も御紹介を申し上げておりますけれども、法務省の方でその番号を書いたカードを全国の子供たちにこれを配ろうじゃないかということで、たしか数百万だったと思いますけれども、カードを準備をして、それを今配布しているところと承知をいたしております。
○水岡俊一君 ありがとうございました。 私もラジオでそのカードを今配ろうとしているんだという話を聞いたところであります。 総理、そこで私は思うのは、実は私も兵庫県にいるときに子供の電話相談を受け付けるという、そういった取組をしたことが、教職員の仲間としたことがございます。そういった中で私が感じてきたことを申し上げるならば、実は、私調べたのが間違いでなければ、今の子ども人権一一〇番というのは受け付けている時間が平日の午前八時半から午後五時十五分までなんです。総理、どう思われます、これ。こんな時間にだれが電話します。小学生であれば多少とも夕方の時間があるかもしれません。しかし、中学生になってはこの時間には家には帰れません。 そして、本当に思い悩んで苦しむ時間はいつか。やっぱり夜ですよ、そして明け方なんですよ。私たちは、そういう取組をする中で、電話が掛かってくる時間というのはやっぱり規定の時間、夕方までにはとどめておこうと思うんですが、夜に電話が鳴ると見捨てることができないんですよ。どんな電話かな、心配になって取らざるを得ない。取ると一時間、二時間と話をするんです。 そういった取組をなぜ政府がこの今、大変だ、緊急事態だと言っているときに政府が取り組んで二十四時間、何十回線もつないで日本全国の子供たちを守ろうと、こういう取組ができないのかなと私は感じましたが、総理はいかがでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) この法務局、地方法務局のこの人権一一〇番については、確かに今委員が御指摘のように平日の午前八時から午後五時十五分であります。私もこの時間を見たときに同じ感想を持ったわけでありますが、この問題については法務省のこの地方法務局だけの責任ではございませんので、そういう意味におきましては、今こうした相談窓口としては全国の児童相談所あるいは文科省の国立教育政策研究所あるいはまた各県警本部の少年サポートセンターの少年相談窓口等々がございます。こういうところと連携を取りながら、おっしゃったように、そうした深夜あるいは土、日も含めての対応体制が取れないかということについても検討をさせたいと思います。
○水岡俊一君 私は今緊急性が求められているんではないかなと私は思うんですね。ですから、地方の法務局、それは一生懸命頑張っていただきたいと思いますが、これは政府でこのときとばかりリーダーシップを発揮していただいて、子供を救うためのこのチャイルドラインといいますか電話相談を政府でとにかく一刻も早く始めるというふうにおっしゃっていただきたいと思うんですが、総理、いかがでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) これは文科省のホームページにもございますが、チャイルドライン、これは十八歳までの子供たちが掛ける電話でございますが、それと日本いのちの電話連盟がこの相談機関として、これはこのホームページに載っているわけであります。今現在相談体制がどうなっているかということについても早急にこれは問いただしまして、今委員の御指摘のあったような点を踏まえて対応できる体制を構築をしてまいりたいと、そのように思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 私も実はそのいのちの電話というののサポーターをしているんですよ。ですから、先生のおっしゃることはよく分かります。だから、チャイルドラインはこれは民間ですよね、いのちの電話も。だから、民間にどのような手を入れていけるのかということが一つ。 それから、法務省の今おっしゃったようなものですね。これは総理もそういうお気持ちを今ここで明らかにしておられるわけですから、我々も法務省に、法務大臣に同じ大臣としてお願いしておきたいと思いますので、ただ、官公労の職員でございますから、先生方もひとつ、是非御協力をするようにお願いします。
○水岡俊一君 総理からここで方法、時期、いろいろあるけれどもとにかくやろうと、こういうポーズを、そういう姿勢を示していただいたら本当に有り難いなというふうに思うんですが、総理、もう一度お願いします。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 先ほど申し上げました民間の方々との連携協力もいただきながら、政府でいろいろな窓口がございます。また、各都道府県も含めて、各県警もあります。そうしたところと連携を取りながら、相談体制がこれは深夜に及ぶ、あるいは土、日という体制も構築できるようにこれは指示をしたいと思います。
○水岡俊一君 やらせのタウンミーティングに掛けるお金がどうだこうだと、こういう話とこの話とは並べたくはないんですが、政府としてやはりその姿勢を示す、子供たちにどう対面していくのか、その姿勢を是非とも政府一丸となって示していく中で子供たちを救っていきたい、ともに頑張りたい、こういうふうに思うところであります。 そこで、大臣、十月十九日に文部科学省は「いじめ問題への取組の徹底について」という通知を出しました。これについて、いじめを許さないという、そういった姿勢を貫いてというものでもあるというふうに私は感じましたが、これについて大臣は何かお考えはございますか。
○国務大臣(伊吹文明君) このときは、実は北海道で、大変残念なことでしたが、自殺をした子供の遺書をたらい回しをしているということが一年後に分かってきたと。それから、福岡で、残念だけれども、あのときは、まあ例外的なことだと思いますが、教師の対応についてもいろいろ批判がある事案があり、それについて先ほど来も御指摘があったように、福岡県の教育委員会の対応も非常に後手後手に回ったと。 そこで、全国の教育委員会の担当者に来てもらって、いじめをうまく事前に分かって、そして自殺に至らずに処理をした成功事例が随分あるんですね。そういうことは表に出ませんから、だれも褒めてくれないわけですよ。先生が先ほどおっしゃったように、地道に一生懸命やっている教師がたくさんいると、そのとおりだと思いますよ。だけれど、それは、うまくいったことはだれも褒めてくれないわけです。何か出るともうみんな、だれの責任だというようなことばかりになる。だから、成功事例も含めて、そしてそのときにいろいろ各教育委員会から出たお話をまとめて、局長がこういう形で全国にお知らせしたと。 その際に、いじめられている子供はプライドがあって、なかなかその兆候がつかめないんで、これについてある程度書くことはいいだろうと。しかし、同時に、いじめている方の子供についてどこまで書くかというのは、これは非常に難しいんですね。それは余り深入りはして書かなかったけれども、やはりいいことではないんだよということだけははっきりしないといけないと。 それで、心理学者の方々に伺うと、やはり毅然とした態度を取っていじめている子供に対処した方が大体は成功するということのようですね。
○水岡俊一君 いじめられる側だけじゃなくて、いじめる側にいる子供たちに目を向けなきゃいけないということは、僕はそのとおりだというふうに思うわけですね。 子供というのは、今、家庭の中で親の目を気にしているんです。親に嫌われたくない。そして学校に行くと勉強でも置いてきぼりにされたくない、できないというところを見られたくない。また、友達関係においても嫌われたくない、仲間外れにされたくない、そういうものが渦巻いているんですね、子供たちの中に。それは、いじめられている子だけじゃなくていじめる子の側もそうなんですよ。一夜にして立場が逆転してしまう子供たちもたくさんいるわけですね。 そういったことから見ると、私はこの通知の中で厳しく対応というのはそのとおりで正しいと思うんですが、そういった観点で子供たちを見るということも必要だというふうに思うんです。ですから、家庭に帰るとお父さんもお母さんもいない。極端な例ですが、出席停止にするというようなことまで書いてあります。出席停止にしちゃったら子供どこに行くんですか。そういった部分というのも本当に考えていかなきゃいけない重要な問題だというふうに私は感じますので、そういった点の視点からも是非とも対応をお願いをしたいというふうに思うところであります。 時間が余りなくなってまいりましたので、少し質問を飛ばしたいというふうに思いますが。 未履修の問題で、既に文教科学委員会で大臣にも何度もお尋ねをしたところであります。細かいことは少し省きまして、少しそのときにお尋ねをしたことの関連を申し上げたいというふうに思っています。 受験に関係ないから履修すべき科目の授業をしない高校が公立で三百十四校、私立で二百二十六校、計五百四十校で明らかになったと。で、全国の国公立校の合計は五千四百余りというふうに聞いておりますから、約一割に上った学校がこういったことが行われていた。そして、発覚した高校の校長も自殺をされるというような痛ましい事態まで起こっているという、こういった状況の中で、なぜこういう問題が起こったのかということを徹底的に考えていかなきゃいけないということは文科委員会の中で共通した理解だったというふうに私は思っています。 そこで、各都道府県の教育委員会の中で、こういった高校に対して、競争をあおるようなそういう指導が行われていないかという問題は、これはかねてから指摘をされていた問題なんですね。競争をあおるという言い方が当たっているかどうか分かりませんが、私調べたところ、実は岩手県の教育委員会で十八年度の教育委員会主要事業というのの情報がありましたので、ホームページで見ました。 そうしますと、岩手県の教育委員会では学力向上プロジェクトというのが合計四つ今年度行われている。その中の二つを見ますと、一つは県政課題貢献人材育成事業一千八百万円。これは何をやっているかというと、医学部や難関大学・学部への進学希望を実現できるよう、高校の取組を支援します。つまり、一校当たり三百万円。そしてもう一つ、県北沿岸地域人材育成事業一千五百万円。これは何をしているかというと、高い専門知識を習得するための大学進学を実現できるよう、高校の取組を支援します。一校当たり三百万円。そして、これは対象高校が初めのが六校、次のは五校。この十一校を調べてみますと、これ何とすべての、この十一校すべての学校が未履修なんです。 つまり、こういったことで少しでも大学、有名大学、難関大学へ進学をする生徒を増やすために、頑張りなさいと県が奨励をしながら、支援をしながら、お金を出しながら未履修の実態をつくっていったという、そういう背景がないか、こういう視点では、大臣、どういうふうにお考えになりますか。
○国務大臣(伊吹文明君) やはり、文部科学省の立場としては、高等学校で必修としてお願いしているものをマスターして高校を卒業していただく、その習熟度の判定を現制度の下では校長先生にゆだねているわけですね。ところが、それが守られていなかった。その動機として今先生がおっしゃったようなことがあるだろうということですが、まあ大学の進学率というのは、父兄の立場からすると、できるだけ自分の子供たちをいい大学へ入れ、いいところへ就職させたいという気持ちがあるということは、これはけしからぬといって抑えられない人の気持ちですよね。だけど、私はやはり行政としては、大学の進学率もだから一つの高等学校の判断の基準としてもいいとは思いますが、それですべての予算を配分するとかということはあってもらいたくないと思いますね。
○水岡俊一君 本日の質疑の中でも、実際には県当局が、首長が教育内容についての国の考え方とは違う部分については厳しく対応しなきゃいけないというような意味の御発言もありました。今私が指摘を申し上げた点は、まあ奨励という、あるいは難関校へ進んで、そしてそれが県に帰ってきていただいて県の人材として活躍してほしいという願いがあったかもしれません。しかしながら、そういった中で実際に指導要領で決められた一つのルールを破っていったという事実はそこにあるわけですね。これについては、今まで明らかになった事実、そしてこれからの指導としては大臣はどういうふうにお考えになりますか。
○国務大臣(伊吹文明君) これは率直に言っていろいろこれから制度的に少し考えなくちゃいけないと思います。つまり、必修としているものが今の大学受験と合わないからこれを変えるという考えを私は取りません。しかし、時代の変遷とともに今必修としているものの中で何が必要かどうかというのは、これは公平な中教審なりなんなり第三者が判断していただくということに対しては私は別に異論はないんです。それがまず一つ。 それから、高等学校でそういう形で決まった必修科目についての習熟度は、これは何らかの形でやはりチェックしないといけませんですよね。それが指導センターの試験なのかどうなのか、あるいは全国一律の学力テストのようなものを行うのか、まあいろいろなやり方があると思います。 それからもう一つは、やはり大学の入試の在り方をどう見ていただくかという、いろいろな面をやはり総合的にこれ勘案しなくちゃいけませんので、やはり一番いいのは国民が広い立場で審議会で決めていただいた指導要領に沿いながら進学競争をしていただくというところへやっぱり持っていかなければいけないと思います。
○水岡俊一君 総理、実は文科委員会の中で私、大臣に質問をいたしまして、今の問題についても若干質疑をさせていただいたところなんですね。それで、教育界にいる多くの人間が、いろんな問題の中で、この大学進学という問題、大学入試制度という問題、ここを何とか変えないと今の教育界に蔓延している様々な問題を解決していくことは難しいと、こういうふうに感じているということを申し上げると、大臣もそのとおりだと、これについては考えていかなきゃいけないというふうにもお答えをいただいたところであります。 もう少し詳しく言いますと、一九九一年に第十四期の中央教育審議会答申というのが出ております。そこでは、新しい時代に対応する教育の諸制度の改革で、高校教育が大学準備を中心としたものになりがちなことであるということを指摘をしているんですね。 十一月九日の文教科学委員会で伊吹文部科学大臣に、私、未履修問題をなくすために大学入試の問題をお尋ねをした。そのときに私は、センター試験を変えていくことを考えませんかと、こういうお話をしたところ、大臣は、これは幾ら何でも私だけで考えて答えるわけにはいかないと、今お答えのように、いろいろやり方があるから、今のままでいいかどうかを問題意識を持ってみんなで考えていきたい、こういうお話をされました。 そこで、今日はせっかく総理がいらしていることですから、総理にこの問題についてのお考えを是非聞かしていただきたいと、こういうふうに思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 大学入学者選抜については、高校生にとって必要な幅広い知識や教養とは何かという観点にも十分にこれは留意しながら、大学入試センター試験の在り方を含め、文部科学省において総合的にこれは検討していく、そのように大臣が答弁をしているというふうに承知をしております。 この問題についても、そういう観点から文部省において検討していくことになると、このように思います。
○水岡俊一君 ありがとうございます。 大学資格試験というような制度をアメリカでもそしてヨーロッパでも導入をされているという事例もありますので、今大臣がおっしゃった習熟度をどういうふうにして図るのかということが大学の入学試験制度に生かされるような、そういう方向性が私は望ましいし、多くの教育関係者がそういうふうに望んでいるというふうに思いますので、総理にも文科大臣の後押しを是非していただいて、そういった方向が早く実現できるようにお願いをしたいというふうに思っているところであります。 今日は、実際にはいじめの問題、そして未履修の問題ということに時間の関係で限らざるを得ませんでしたけれども、是非ともこの問題は教育基本法を語るその前提として非常に重要な問題だというふうに私は感じております。そういった意味では、教育特で、出口のことを考えるんではなくて、是非とも十分な審議をしていくんだということを是非とも自民党、与党の皆さんも賛同いただいて、これからの審議が充実するということでお願いをしたいということで私の質問を終わりたいと思います。
○松あきら君 公明党の松あきらでございます。どうぞよろしくお願いいたします。 総理、先日のベトナムでのAPECにおける御活躍は、連日日本でも報道されておりました。積極的に各国のトップ会談を進められて、大きな成果であったというふうに伺っております。大変にすばらしいことであるというふうに思っております。御苦労さまでございました。 それでは、質問に入らせていただきます。私も、まず、いじめの問題から入りたいというふうに思います。 大変に痛ましい、悲しいことではありますけれども、今もいじめによると思われる自殺が後を絶ちません。毎日私は、今日はこうした事件が起こりませんように、ありませんようにと祈る気持ちでおります。子供たちにアンケートを取りますと、いじめられた経験があるという子供は六十数%、これは平均でいいます、小学校から高校まで。いじめた経験がある、首謀者ではなくともいじめた経験がある、これも実は六十数%、同数なんですね。つまり重なっているのであります。 精神的ないじめの場合、被害者と加害者が容易に入れ替わるという調査結果が先日も報告をされました。私は、その加害者のほかに傍観者、つまり見て見ぬふりをする子供たちもこのいじめをエスカレートさせる一因ではないかというふうに思っております。いじめが発覚した場合に、被害者の心のケアあるいは加害者への徹底した指導は言うまでもなく重要でありますけれども、傍観者がなぜいじめられている子供の心に寄り添えなかったのか。いじめを割って入って、駄目だよと、こう言う勇気はなくても、例えばそっと、名前は書かなくても、実は応援しています、あるいは名のれなくてごめんね、頑張ってねというメールを送る、あるいは手紙を渡す、こういうこともほとんどの子供はできないんですね。 こういうことに目を向けなければ、いじめの問題解決あるいはエスカレートを止めることはできないのではないかというふうに思います。自殺した子供たちへのいじめも、身体的な暴力というよりは仲間外れ、言葉の暴力、あるいは無視、こういうような精神的ないじめが中心であるわけでございます。加害者、被害者が容易に入れ替わり、傍観者が多数いる状況では、いじめの当事者だけの問題ではないというふうに思います。 〔委員長退席、理事保坂三蔵君着席〕 文部科学省が十月十九日付けの通知に添付をした「いじめの問題への取組についてのチェックポイント」では、この傍観者への記述がないんですね。総理、大多数のこの傍観者についての率直な御所見を伺いたいと思います。それから伊吹大臣、是非このチェックポイントの中に傍観者への指導あるいは対策も盛り込むべきと思いますけれども、いかがでしょうか。総理、大臣にお伺いをさせていただきます。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 確かに、教室においてはいじめる子といじめられる子だけではなくて、それを傍観をしている子供たちもいるわけでありまして、やはりクラスでだれかが、君、そういうのをやめろよと、こう言う子供が出てくることによって、このいじめがエスカレートをせずにこれは止まるということはよく今までもあったことだろうと思いますし、我々子供のときにもそういうことも経験をしてきました。 しかし、それはそれなりに勇気が要ることかもしれないし、そういう行為をして今度は自分がいじめられるのではないかという心配をする子も多いかもしれない。しかし、傍観をしていることはいじめていることと同じだ、少し勇気を出そう、そういう呼び掛けは当然私は必要だろうと思いますし、教育再生会議の有志の、池田座長代理を始め有志の方々がこのいじめに対してのアピールを出しました。その中で、学校において勇気を出していじめては駄目だという声を上げようと、何人かの勇気ある君たちが出てくればいじめは止まるというアピールも出しているわけでございまして、そういう意味におきましては委員の御指摘のとおりだろうと、このように思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 先生がおっしゃるとおりだと思います。 局長が出しました通知には、あるいはそのことを入れておいた方がよかったのかなと、今お話を伺って、聞いておりましたが、実はあの通知を出します前に、先ほどお話ししたように、北海道と九州の事案を踏まえて、各県の教育の委員会の責任者を文部科学省へ来てもらって、このいじめ対策のための会議をやったんです。その席上では、いじめる子それからいじめられている子への対応と同時に、傍観をしてもそれも結局いじめに加担していることになるということを指導するようにということはその席では話しておったんですが、確かに通知にも念を入れて、入れておけばよかったかも分かりません。
○松あきら君 ありがとうございます。是非よろしくお願いをいたしたいと思います。 実は、五、六歳までに子供の全人格の九〇%が決まるそうであります。これは専門家がそういうふうに発表しております。性質というのは生まれたいろいろな親から受け継ぐもの、性格というものは後でつくられるそうでございます。子供は心で、耳で目で皮膚で、全五感で、一番身近な大人、つまり親から受け取る。これが実は五、六歳までで九〇%決まってしまう、だから家庭が大事だというふうに私は思っているのであります。 しかし、いじめている子供も実は心に深い傷や、あるいは悲しみを持っている子が多いわけであります。自分は愛されているという実感がない、あるいは自分の家族にですら注目をしてもらえない、そうした様々なストレスの先にいじめがある場合が多いわけであります。 先ほど来、種々出ております。スクールカウンセラーの全小中学校への配置、あるいは第三者機関の設置、あるいは教員の増員、私、チャイルドラインの議連の一人でありますけど、そういうことの支援もある、また教員への適切な評価、いろいろありますけれど、しかしいじめの特効薬というものは残念ながらないわけでございます。 私たちは、家庭、教師、学校、地域、国、もう一体となってあらゆる手を尽くしてこのいじめに対処していかなければいけないと、私自身も議員の一人として心に深く誓っております。 それでは、次に行きたいと思います。教育の地方分権についてであります。 あらゆる分野で地方分権が進められております。既に市町村費の負担教職員制度の導入や、あるいは義務教育費国庫負担金の負担率の引下げ、これも行われておりまして、教育についても例外ではありません。 何で市町村費負担教職員制度の導入があったかと申しますと、大分昔、前になりますけれども、これは長野県の小海町のある小学校が子供たちにきちんと目を行き届かせたいということで町が予算を立てて担任を増やした、チームティーチングにしたんですね。ところが、文科省、文部省ですね、当時の文部省がこれに大変お怒りで、勝手に教師を増やしてはいかぬと、そんなことしたら義務教育費の国庫負担は下げるぞみたいな、お金やらないぞみたいなことになりまして、泣く泣く町が負担した、結局チームティーチングをやめざるを得なかったという問題がありまして、それからも二、三こういう問題がありまして、私も当時の文科委員会等で御指摘をした覚えがあります。これなどを文部省は反省してくださって、やはりそういう独自の取組はやってもらおうということで私はこの制度ができたのだというふうに思っております。 これまで行われてきました教育の地方分権について、安倍総理、率直な御意見がございましたらお伺いをさせていただきたいというふうに思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 先ほど御答弁した際に、教育再生委員会で緊急アピールをした、池田座長代理というお話をしたんですが、野依座長と池田座長代理と義家事務局長の三名の連名で出させていただきました。補足をさせていただきたいと思います。 ただいまの御質問でございますが、憲法第二十六条は国民の教育を受ける権利を保障をしています。この権利を保障するための法律により国と地方が適切に役割分担をし、協力して教育を実施していくべきであると考えています。 具体的には、国は、全国的な教育制度の構築、全国的な基準の設定、教育条件の整備、地方に対して必要な指導、助言、援助を行う役割と責任を担っています。一方、地方では、地域の実情に応じて実際に教育を実施する役割と責任を担っています。国は、全国的な教育水準の確保と教育の機会均等についての責任、責務をしっかりと担いつつ、市町村や各学校が保護者や地域住民の声にこたえ、創意工夫を行えるように、市町村費負担教職員任用事業の全国化等を実施してきたところであります。 今後とも、市町村や学校の創意工夫が生かされる施策の充実に努めてまいりたいと思います。
○松あきら君 ありがとうございます。地方の創意工夫は大事であるという総理のお言葉をいただきました。 私は、教育の地方分権を進めることは非常に重要であると思っております。しかし、国による規制を弱めて地方分権を進めるべき分野がある一方で、文部科学省がしっかりと責任を持って全国的に施策を行うべき分野もあるというふうに私は思っております。 地方分権を進めることでより大きな成果が得られる施策としては、例えば地方それぞれ、あるいは学校それぞれ、独自の取組を推進することもあります。例えば、私の地元の横浜市では、十七年度からパイオニアスクールよこはまという教育改革のモデル校を指定しているんですね。これは、このモデルに指定した学校、各学校からの提案に基づいて、従来の制度や運用の枠組みにとらわれない新たな取組に挑戦するモデル校なわけですけれども、それぞれ、うちの学校はこういうところを伸ばそうということで市にお願いをすると、集中的に予算を付けてくれるというわけであります。今、特区を活用して小中一貫校教育なども行われておりますけれども、長崎県の五島市では、来年度から小中高の十二年間の一貫教育を特区として行うということであります。 私は、そうした各地域の事情あるいは特性に応じて様々な取組を行う学校が現れて、学校同士で切磋琢磨していくことは良い意味での競争になるというふうに思っております。このような学校の取組について、大臣、地方のこうしたエールを送るという意味で、一言お願いを申し上げます。
○国務大臣(伊吹文明君) 特区制度を使って地方独自の、それこそ先ほど来いろいろ議論になっておりました指導要領を超える授業を特区という形でおやりになっているところもありますし、地方の創意工夫でどんどんそれは進めていただいて、いい事例があれば、もちろん国も逆にそれをちょうだいして全国的なものの中に組み込んでいくということが必要だと思います。 それから、先生が非常に大切なことを御発言いただいたのは、やはり地方分権は進めていくべきだけれども、責任を持ってやる分野は何であるかということはやはりもう一度確認しておきませんと、今回の未履修のような問題が起こったときの責任の所在がやっぱり非常に不明確です。 具体的には、私は、やはり平成十一年の地方分権法の中で義務教育に関する事務が地方自治事務になっているんですね。この辺りがいいかどうかということは、やはり少し国会としてももう一度御議論いただけるかなという気持ちを持っております。
○松あきら君 ありがとうございます。 正に、今私がこれから質問をしようかなと思いました未履修問題とも絡んでくると。やはりしっかりと国として義務教育の水準確保、今回の改正案でも盛り込まれたわけでございます。きちんとそうした必修科目を教えなければ、やはりこれは不公平が出てしまうわけであります。やはりこれは、この学習指導要領に盛り込まれた教育内容を子供に教えていかなければいけないし、そのための工夫が必要。 文科省には管理権、人事権がないとよく大臣もおっしゃって苦労されておられるようでありますけれども、文科省は学習指導要領を各学校にどうやって守ってもらうか、あるいは教育の地方分権、現場主権と教育水準の確保、どう両立をしようとなさっているのか、大臣にお伺いをしたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) これは、民主党案もよくお互いに検討し合って、教育のことですから、どこか一つの政党が考えている教育行政の理想像だけで私は押し通すのがいいかどうかということはやっぱり話合いの余地があると思います。 そこで、大切なのは、安倍総理が所信表明で発言をしておられるように、すべての国民に規範意識とそれから基礎学力を保障するための機会を与えたいということを言っておられるわけです。 すべての国民ということになりますと、その責任はやはりすべてを見ているのは国だと私は思いますね。その中で地方の特色をどこまで生かせるか、現場の裁量権をどこまで拡大できるか、これがやはりバランスの問題で、何事も一長一短ございますから、今回の未履修のような問題が起こったからといってぱっとあることをやると、なるほど未履修の問題については強い指導力を持つんだけれども、かえって逆のマイナス面が出てくるとか、いろいろそういうことがございます。選挙制度でも同じようなことがあったわけですから、よくここは落ち着いて国民的な議論をして私は決めたらいいと思います。
○松あきら君 大変大事なことであると思いますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます。 それでは、次に高等学校卒業程度認定試験をお伺いしたいと思うんですけれども、まずその前に、認定制度そのものに移る前に、その前提となる高校の状況について伺います。 高校の進学率は平成十七年度では九七・六%、ほぼ全入ですね。そういう感じであります。また一方、大学、短大、専門学校など、高等教育機関への進学率も七六・二%に上って、多くの学生が高校を卒業しても引き続き学校へ通っているわけであります。学校教育法第四十二条では、高校の教育の目標について、例えば、将来の進路を決定させることや、社会について広く深い理解と健全な批判力を養うことなどが書かれております。この条文は、昭和三十六年以降一度も改正されていない。しかし、その三十六年と今ではかなり状況が大きく変わってきております。当時の高等教育機関進学率は一二%、今はもう七六%。その大学が、未履修問題もいろいろこれあったんですけれども、例えば高校が大学の準備のための機関なのか、あるいは一定の能力を身に付けさせ保障するための機関なのか、社会の受け止め方も少し変わってきているのかなというふうに思います。 学校の位置付けというのは非常に難しい問題でありますが、やはり私は学校教育全体の中で現状における高校の果たす役割あるいは高校の位置付けをどう文科大臣はお考えになっているのか、お伺いをしたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) これはやはり義務教育というのは六三ですが、高等学校までを入れて普通教育と、こう称しているわけですね。ですから、やはり高等教育とは違いますが、国民が身に付けるべき素養を身に付けていただくと。 ただ、先生がおっしゃっているように、高校進学者がもう一〇〇%近くになっているという現実を考えますと、多分、先生のお考えは、これを義務教育の中に組み入れるのか、それとも普通教育の一部として義務教育からは外しておくのかということだと思いますが、単に一〇〇%近くの人が高等学校へ行っているという事実だけではなくて、義務教育にするためにはこれ膨大な費用が掛かります。その税負担に国民が耐えられるかどうかということもまず一つありますし、諸外国において義務教育は何年なのかということを考えると、少しやっぱり国民の国民負担への覚悟も含めて少し議論が必要じゃないかと私は思います。
○松あきら君 なかなか難しい問題ではあると思いますけれども、高校全入時代とはいえ、不登校となってしまった子供、あるいは高校中退を余儀なくされた子供、高校を卒業できない子がたくさんいるんです。平成十七年度の高校の不登校生徒約五万九千人、中途退学者は七万七千人であります。約十四万人近くいるわけであります。 平成十七年四月から、大学入学検定試験、いわゆる大検ですね、これに代わって高等学校卒業程度認定試験、高卒認定制度が始まったわけであります。 大検は文字どおり大学や専門学校の入学資格としての位置付けでありましたけれども、高卒認定制度の創設によりまして、より幅広く就職、資格試験などに活用できるようになりました。 受験者からのアンケートを読みますと、十代の男性からは、今はこの試験に合格することで一杯ですが、将来に対して夢を持てるようになりましたとか、三十代の女性からは、娘が今年高校に入学したので、自分は高校を出ていないと、この試験があってとっても感謝しています、せめて娘より早くこの試験を通って資格を取りたいという、こんな希望の、感謝の声が寄せられております。不登校で高校に行けない者あるいはやめてしまった者に夢と希望を与える制度であると思っております。 実は、私は平成十年九月からこの高校卒業試験をつくれと最初から提案した者でありまして、もう何回となくこの質問をさせていただいていたんです。なぜというふうに申しますと、当時でも不登校の子供は十三万人くらいいたんですね。今と余り変わらないんです。その子供たちがもう今更高校には行きたくない、あるいはもう勉強したくない、こう思って、じゃ、もう高校には行きたくないけど、手に職は付けないとやっぱりこれは生きていかれない。その思いの中で、じゃ、よし、専門学校行こうと、こう思って、あのカリスマ美容師がいいとかいろいろあるんですけど、専門学校の入学願書を取りますと、ほとんどの専門学校が高卒かあるいは大検を合格していなければいけないというふうになっているんですね。 〔理事保坂三蔵君退席、委員長着席〕 私は文科委員会で、当時二十教科あったんです、試験、少し選択もありましたけれど。こんなに高校行かない、勉強したくない、でも専門学校行って手に職を付けたいという子が、こんなにたくさん全部受からないと専門学校にも行かれないんですか。だって文科省は、もしも挫折しても新たな希望を持って生きろ、あるいは生き直す勇気を持て、あるいは個性を伸ばせ、いろいろおっしゃっているわけですから、それに相ふさわしい後押しをやっぱりしてあげる必要があると私は思ったんですね。 それで、せめて、それではこういう専門学校に行けるように主要科目だけで最低限高校生として知っておけばいいという、そういう高校資格だけの資格でいいですからつくってください。そうすれば、子供たちに新たな勇気や希望を与えられますよというふうにずっと申し上げていたんです。 二〇〇〇年にはこの受験科目が九科目にまで減りました。そして、当時の河村文部大臣が、松議員がずっと取り組んでおられたこの高卒認定試験、これをどうするか検討委員会をつくるというお言葉をいただきまして、そしてめでたく、まあこれは私の言っていた認定試験とは少し違うんですけれども、七割方、六、七割方の思いが通じて、大検が改組されてというか、これになったと。当時から、もうこれからは子供たちが少なくなる、まだ以前は少子化とか高齢化って余り出ていなかったときです。でも、少なくなるんだから本来は私の考えは、大学はあなたは受ける資格がありますよ、あなたは受ける資格がありませんということは、これから少子化時代、変ですねと。駄目ならば大学が、仮に試験を受けて駄目ならば落とせばいいんだから、そこでもうまず線を引くのはおかしいという私の持論があったんですけれども、しかしこの大検が改組をされてこの高校卒業程度認定試験というものができました。 安倍総理は再チャレンジを重要施策の一つとされておられます。私はこの高校卒業程度認定試験もその再チャレンジにも生かせるんじゃない、こういうふうに思っておりますけれども、御所見を是非お聞かせをいただきたいというふうに思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 再チャレンジという観点から申し上げますと、例えば高校を卒業できなかった、途中である意味やめてしまった人たちが、やっぱり自分は将来を考えればこういう道に進みたいと、こう考えることは私はあると思います。また、例えばある程度社会人として仕事をしながら、もう一度やはり勉強してみようと、こう思った人たちが勉強することによって社会で新しい可能性をつかめる社会こそが私は機会に恵まれた、機会に満ちた活力ある社会になっていく、また人生もより豊かに、人生のいろんな節目節目でチャンスのある、より豊かな社会になっていくのではないだろうかと、このように思うわけでありまして、先生が御提案のこの高校卒業資格の試験、これにつきましては文部大臣からお答えをいたしますが、そういう観点からも、いろいろな可能性について我々も探ってまいりたいと思います。 いずれにいたしましても、この学ぶ、学び直し、あるいはもう一度いろんな資格を取っていこうという意欲を生かしていく、そういう社会にしていくためにも、この再チャレンジ可能な複線化の社会を目指していきたいと。 また、それだけではなくて、例えば団塊の世代の人たちが定年を迎えた後に経験を生かして教壇でその経験を生かす、子供たちにいろいろと教えていくことについて貢献できる、そういう体制をつくっていくことも必要だろうと思いますし、また子供たちにとっても、地域で勉強する、いろいろな経験を積む上においても、これは充実をさせていく上においてもそれはプラスになるのではないかと。いろいろなことを考えてまいりたいと思っております。
○松あきら君 ありがとうございます。大変非常に大事な再チャレンジができる日本の社会にしなければいけないという思い、多分国民の皆様に伝わっているのではないかというふうに思います。 この高卒認定制度なんですけれども、大学の試験では社会人向けの制度がございますよね。社会の経験を、どういう経験があるか、あるいは活躍、経験した後に大学に入り直したいと思ったときにそれを見てくれる、試験の中に、あるいは見てくれる、その人の経験を。しかし、高卒のこの試験は、残念ながら社会人としての経験や知識は全く加味されないで、きちんと科目を受験することになるんですけれども、今総理もおっしゃってくださった、例えば社会人になってから幾つになってもこの高卒の認定制度を受ける人、この社会人枠といいましょうか、社会人としての経験、活躍、こういうものを経歴を評価して科目の免除などを行うことというのはできるでしょうか、あるいは無理なのでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) これは、先生、基本的結論から言うと、私は非常に難しいと思いますね。大学はその大学の入学試験でございます。ですから、例えばもう大学の入学者の五割近くを試験をせずに入れている九州大学のような大学もあるんですね。しかし、これは認定試験でございますから、一種の資格試験ですから。 ただ、今先生がおっしゃったことと非常に近いのは、例えば英検というのがありますよね、英語の検定試験。こういうものを受けていると単位のある程度が免除されるとか、こういうことはやっておりますし、またこの範囲を少し御指摘に従って広くするというようなことは検討課題だと思いますが、社会経験というと、これやっぱり高等学校のそのカリキュラムに準じてやらねばなりませんので、それは結論的には非常に難しいんじゃないかと思います。
○松あきら君 よく分かりました。 ところで、文科省はその高卒認定に合格しても最終学歴は高等学校卒業にはならないという説明をしているんです。ここが実は私が七割方という、思いの一〇〇%ではないと申し上げたところがこれなんです。せっかく新しい制度を立ち上げてかじを切ったわけですね。実は文科省は、この高等学校卒業程度認定試験が受かれば職場やいろんなところで高卒程度と認めてあげてくださいということはおっしゃっているんですけれども、例えばペーパーで最終学歴となると、中卒なら中卒になってしまうんですね。やっぱり私はこの「程度」という二文字、これを何とか外していただけないかなという思いがあるんです。 ちょっと話は飛びますけれども、安倍総理は御著書の中でイギリスの教育改革、サッチャー政権の教育改革、成功事例というふうに書いておられました。私もそうであるというふうに思っております。イギリスの初等中等教育では、我が国と違いまして各学校が個々の生徒の卒業を認定するという制度を取ってないんですね。二つの試験に合格することが必要になっている。 何でこういうような話をするかというと、私のうちの娘が中学からイギリスへ行きまして、正に経験をいたしました。ここではちょっと時間がないのでいろいろ話せませんけれど、本当に私はすばらしいと思いました。これは、うちの子供がたまたまボーディングスクール、まあパブリックスクールですけど、公立の子であっても私立の子であっても関係ない、全英で学んでいる子は、十六歳ではGCSEという中等教育修了の一般試験、それから十八歳の後期中等教育が修了した時点でAレベルの試験があるんですね。 何ですばらしいかというと、GCSEでもそうなんですけれど、例えば風邪引いちゃって熱がある、あるいはおなかが痛い、いろんなことで調子が悪かった、その試験がうまくいかなかった、成績が悪かった。ところが、成績が悪いところは後で半年後にもう一回試験が受けられるんですね、悪い科目だけ。そしてまた、腕に覚えがある子は半年前にも試験が受けられるんです。 まだあるんです。それだけじゃない。ふだんのペーパーテストですとかふだんの宿題とか、そういう全部いいところを、いいところ、A、B、C、D、E、Fってこう成績が付くんですけど、全部いいところが、ピックアップをして、この一回の試験で決まらないんです。たった一回の試験じゃない。これが私はGCSEもAレベルもすごいことだなと。Aレベルはもう少し厳しくなりますけど、でもやっぱり半年前、半年後も受けられる。 そして、こういう例があるんです。例えば、オックスフォード大学のあるカレッジであります。このカレッジのロースクール、法学部ですね、ローに三つのA、例えばあちらはAを三つ取ればオックスブリッジあるいはロンドン大学、こういうところを受けられますよとか、いろいろあるんですね、Aが幾つとかBが幾つとか。大体そこで自分で目安として受けてみるわけですけれども、例えばその今の例は三つのA、音楽、美術、歴史、これであるカレッジの法学部に入った子がいます。 何で私はすばらしいかなというふうに思ったといいますと、実はうちの娘も弁護士をイギリスでしておりますけれども、あちらの学校は十八歳ぐらいまでで将来のことを決められないのが普通だという考えなんですね。だから、それまでは自分の好きなことを伸ばしなさい。ですから、数学が得意な子も、クッキング、料理が得意な子も美術が得意な子も音楽が得意な子も、みんな同じレベルで評価されるんです。主要科目だけができる子がいい、頭がいい子、成績がいい子ではないんですね。そして、それがなぜ端的に表れているかということで、私、この今のオックスフォードの法学部の話をしたんですけれど、そうすると、自分の好きなことを伸ばせるんですね。伸ばして入ることができる。 ただし、これはもう総理も大臣もよく御存じのように、欧米の大学は入るのは比較的簡単ですけれど、出るのは大変です。ですから、例えばこういう形で法学部へ入ったら、毎学期ごとにその学部として必要な試験をもうがんがんされて、どんどん落とされます。ですから、もう大変必死な思いでみんな勉強するんですね。やはり、まあしかし、向こうは大学三年ですけれども、イギリスは、例えばまともに三年で出る子なんていうのはほとんど少ないぐらいで、少し留年するなんていうことは全然気にしない。その辺も日本と違うなというふうに私は思うんですけれど。 やはり、二つ私はここでお願いしたい。大学の入試の試験、これを抜本改革をする時期がもう日本にも来ているのではないか。先ほどもちょっとそういうお話が出ましたけれども、何もそのGCSEやAレベルを全部すぐにやれというのは無理です、根本的にいろいろ違いますから。だけど、そういう方向に持っていくことが私は必要ではないか、こう思う点が一点。 それから、そういうことを、大学の受験のシステムそのものを変えなければ、小さいときから針の穴を通るような、つまり小中学校はゆとり教育、高校になると急に大学受験があって、針の穴を通さなきゃいけない。あの未履修の問題が起きたり、あるいはテクニックを教えると、受験のための。そういうことが起きる。あるいは、いじめという問題もかかわってくるというふうに思います。 ですから、大学の抜本改革を考えていただきたいということと、高校卒業程度の程度を是非取っていただきたい。この二点をお願い申し上げます。
○国務大臣(伊吹文明君) まず、これはやっぱり先生、卒業資格でございますので、程度を取るというのはちょっとなかなか私は難しいんじゃないかと思いますが、最終学歴は中学、何々中学を卒、ただし高校認定試験合格ということは明記をされて、それで高校と同じ扱いをするようには文科省として最大限の努力はいたしたいと思います。 それから、先ほども水岡先生の御質問にもありましたけれども、やっぱり大学入試をどうするかというのはこれからの大きなテーマで、少子化時代になっていますから大学の方もこのままじゃ困ると思いますよ、もうとても大学運営ができなくなりますから。だから、よく言われるのは、入れるのは比較的楽に入れるけれども、出るときどうするかという議論がこのごろかなり多く出てきているのはそういうことだろうと思います。 いずれにしろ、目先の大学入試のテクニックのようなものに左右されて教育の本筋を誤らないように、常に謙虚に自戒して考えてみたいと思います。
○松あきら君 よろしくお願いいたします。それから、是非、中学括弧高校卒業認定試験合格じゃなくて、中卒というのはやめて、高校卒業試験を受かっているという、それで済むように、是非この点はよろしくお願いを申し上げます。 それでは、教育基本法の条文について総理にお伺いをしたいと思います。 教育基本法改正案では、現行法に引き続きまして、教育の目的として人格の完成というものを掲げております。昭和二十二年の文部省訓令を見ますと、この文言は、個人の価値と尊厳との認識に基づく人間の備えるあらゆる能力をでき得る限り、しかも調和的に発展せしむることと説明をされております。この説明自体は非常に普遍的なものであると私も思っております。 政府は、教育基本法を改正する理由として、教育をめぐる状況が大きく変化したことを挙げております。これは事実であると思います。今日における人格の完成とはどういうものであるか、ちょっと非常に大きなテーマでございますけれども、何とぞよろしく総理、お願い申し上げます。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) この人格の完成につきましては、ただいま先生から御指摘がございましたように、現行法にも書いてあるわけでありますが、現行法においても教育の目的とされております。 ただいま御指摘になったように、各個人の備えているあらゆる能力を可能な限りかつ調和的に発展させることを意味するものでありますが、教育は個性の異なる個人に対して行われるものであります。個人の能力を調和的に発展させるということは、万人を同様に教育するということではなくて、それぞれの個性を重んじ、また個性や能力に応じて様々な能力を発展させることを意味するものでございます。また、教育は人格の完成を目指して行われるものであって、教育を受ける者の生涯を通じ、その人格の向上が図られるべきものであると。つまり、生涯を通じて我々は人格の完成を目指していくということではないだろうかと、このように思います。 正にこれは目的としては普遍的な原理であると、こういうふうに認識をいたしております。
○松あきら君 大変に少し大きな観点からの御質問をさせていただいたんですけれども、人格の完成というのは非常に難しい、そのために私どもは日々それぞれの立場で努力をしていくということであるというふうに思っております。ありがとうございました。 この人格の完成という教育の目的を達するために、第二条では具体的な目標を定めております。二条につきましては、国家から国民への押し付けである、あるいは内心の自由の侵害であると、こういう批判も一部には聞かれるわけであります。しかし、私は、改正案に盛り込まれた教育の目標は国家から国民へ押し付けるものではなく、国民が国家へこういう教育を実現してほしいという希望を書いてあるものだと理解をしております。いわゆる教育宣言的なものだというふうに私は思っております。決して国家が押し付けるものではないと。これはよく読んでいただければ私は皆様にも理解をしていただけるというふうに思っている次第でございます。 一方、内閣府が本年二月に行った社会意識に関する世論調査で、全般的に見て国の施策に国民の考えや意見がどの程度反映されていると思うかというのを聞きましたところ、反映されているとする割合が二四・一%、反映されていないとする者の割合が七一・二%あったわけであります。昨年の調査に比べて反映されていると答えた人が増えているんです、これは昨年よりも。しかし、まだまだ数字を見ただけでも低いものであるということがお分かりいただけると思います。もちろん、この世論調査がそのまま教育基本法に関するものではありません。もちろんそれは承知しております。 また、教育改革国民会議、中教審はもちろんのこと、私は、自民、公明で三年間に及ぶ、七十回にも及ぶ長い議論を重ねてさきの国会で教育基本法の改正案が提案をされたわけでございます。この改正案における教育の目標は現行法より具体的に定めてあるわけであります。そして、これにより教育現場は国民の望む方向へ変わることができるのか、この改正案でですね、これをしっかりと国民の皆様に、大臣、是非お話をいただきたいというふうに思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 再三お答えしておりますように、これは教育に対する理念法というか基本法でございます。約六十年現在の法律が続いておりますから、やはり現行法律では現在いろいろ噴き出してきている、耐用年数にややがたが来ているような教育の諸問題には対応できないというのは、これは民主党さんも同じ意見であるから対案をお出しになっているんだと思います。 ですから、この法律を国会でお認めいただければ、我々はこの法律に従って、この法律の下位法というんですか、下に付いている各種三十数本の法律がございますが、これらの法律の改正に着手をして、そしてそれについてはまた国権の最高機関である国会にお諮りをしながら進めていくと。それによって教育現場は変わると思いますし、国民の負託にこたえなければならないと思っております。
○松あきら君 大臣、ありがとうございます。 これから来る法律、これによって私はここの理念法では書けなかった細かいことをしっかりと決めていくのがこれからの法律であるというふうに思いますし、多分時がたてば、こうした細かいいろいろな法律が作られた時点で国民の皆様にも御理解をいただけると私自身は思っております。 それから、改正案では、第四条二項で障害者教育に対して国と地方公共団体は支援を講じなければならない旨も規定をされました。私は、政府がその重要性をよく認識をしていることを表したものであるというふうにこれも思っております。 それから、これも大事です。幼児期教育も明記がされました。学校教育を所管するのは文部科学省であります。しかし、幼児期教育は文部科学省が所管する幼稚園以外にも保育所、家庭、あるいは様々な場所で行われるわけであります。改正案では、第十一条に幼児期の教育の重要性や国と地方公共団体が幼児期教育の振興に努めなければならない旨が明記をされたわけでございます。幼児期教育が文科省だけにとどまらない施策である以上、教育基本法の中にその位置付けが明記されたことは私は非常に重要な意義があると思っております。 さきの国会で成立をしました法律に基づき、この十月から幼稚園と保育所の両方の機能を併せ持つ認定こども園制度が始まりました。これも私が長年幼保一元化等々で訴えておりましたけれども、これが始まりました。大変うれしいことであるというふうに思っております。認定こども園は、保護者が働いているか働いていないかにかかわらず利用が可能なわけであります。しかも、認定こども園は、相談活動などを通じて地域の子育て支援を行うことで、各家庭の中で行われる幼児教育に対しても重要な役割を果たすことになるわけです。この認定こども園制度は始まったばかりでありますけれども、教育基本法が改正されれば、その振興と今後の発展に大きな追い風になるのではないかと私は思っております。 文部科学省は、すべての子供が幼児教育の機会を得られるようどのように幼児期教育の振興を図っていくのか、教育基本法改正後の展望を伺いたいと思います。また、認定こども園の現状と展望を、あわせて幼児期教育に対する文部科学省の意気込みを是非池坊副大臣にお答えをいただきたいと思います。
○副大臣(池坊保子君) さきの通常国会で皆様方のお力によって認定こども園、成立いたしました。今二十一都道府県で条例が策定されました。随時これは作られていく予定でございます。また、十一月十六日には、秋田県で五つの施設が認定こども園として認定されました。今六百の認定申請が行われておりますので、考えてみますと、一人の子供が省庁が違って保育園に行くあるいは幼稚園に行く、おかしなことですから、子供たちの視点に立って、あるいは通わせる親の視点に立って、この認定こども園というのは法律ができましたからどんどん進めていきたいと思っておりますし、進められる状況にあると思っております。 委員がおっしゃいますように、幼児教育というのは、日本にも三つ子の魂百までという言葉がございまして、私はこれは真理ではないかと思っております。先ほども体験活動が大切だというお話がございましたが、小さいときに知らない間に体験活動したりそれから感動する、文化や芸術に触れるということは、大きくなったときの人間形成に大きな役割を果たしていくのではないかと思っております。 今回、十一条の中にも、国、地方公共団体は幼児教育の振興に努めなければならない。それは、もちろん経済的な負担をなくす、奨励費をもっと強固にするとか、あるいはまた地域の私は力が是非必要なんだと思います。幼児教育はもう家庭だけではやっていけない、家庭をサポートする地域の協力というのがなければなりませんし、また委員がやっていらっしゃいますような子供の読書活動推進における読み聞かせ、こうした地味な努力が私はいじめなんかをなくす一つの要因になっていくと思いますので、この教育基本法が通りましたら、本当に幼児教育にも力を注ぐことができてうれしいと思っております。
○松あきら君 ありがとうございました。 終わります。
○井上哲士君 日本共産党の井上哲士です。 まず、衆議院で与党の単独での採決が強行された、その上で送付されたことを厳しく批判をしたい。与党は審議が尽くされたと言いますけれども、国民は納得をしておりません。どの世論調査でも今度の国会で急いでやるべきじゃないというのが多数であります。 法律家の団体である日本弁護士会連合会も、全国五十二の弁護士会のうち三十五を超える弁護士会が反対を表明をしております。東大が全国の小中学校、公立の校長先生で行ったアンケートでも六六%が改定に反対と言っておりますし、日本教育学会の歴代四代の会長も反対の表明をされております。 世論の多数は拙速な成立になぜ反対をしているのか。それは、一体なぜ改定をする必要があるのか、そして現に起きている様々な問題が本当に解決をするのかと、このことに疑問を抱いているからだと思います。 そこで総理に聞きますけれども、現に起きているこのいじめの問題、未履修の問題など、現在学校で起きている問題がこの教育基本法の改定によって解決するとお考えなんでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) この教育基本法は、正に教育の理念、そして原則を定める法律、基本法でございますから、この法律が直ちにいじめに対応できる、いじめがなくなることにつながるというものではございません。しかし、この理念、原則に盛り込まれた条文、考え方、そうしたものはいじめをなくしていく上で私は必要だろうと、このように考えております。 例えば、いじめたい、いじめよう、そういう気持ちを自ら抑えるためには自律の精神が、自らを律する精神が大切であります。そして、やはりみんなで社会に参画をしていこう、みんなで社会を構成しているんだという気持ちを養っていくことも大切だろう。また、その中でいじめを止めなければならないという意思も生まれてくるかもしれないわけでございまして、また道徳について教えていくことも大切でしょう。いじめは恥ずかしいことであるということを教えていくことにもつながります。もちろん、現在でもそれは教えていくことはできるわけでありますが、そうしたことをしっかりと私は書き込んでいる。 あるいはまた、第一義的にはやはり家庭がこの教育においては責任を持っている、そしてまた、家庭だけではなくて、家庭や地域や教育委員会あるいは学校が連携をして対応していくことの大切さにも教育基本法のこの改正案には触れられているわけでございまして、そうした基本的な理念、考え方をこの新しい時代にふさわしいものに変えていくことによってさらに具体的にいじめに対応していく、またいかなければならないと考えております。
○井上哲士君 直ちに解決にはつながらないということは認められました。そして、理念、原則を示すんだと言われました。しかし、私は現行法に十分にそれは示されていると思うんですね。第一条には、現行法ではこう書いてあります。教育は、人格の完成を目指し、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ、自主的精神に満ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならないと。 先ほど、この人格の完成という目標は普遍的なものだと、こう大臣もおっしゃいました。私は、現に起きている問題を解決するときに、ここで今、現行一条で示されているこの教育の目的、これは非常に大事だと思いますけれども、総理も同じお考えでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 教育の目的は、家族、地域、国、そして命を大切にする豊かな人間性と創造性を備えた規律ある人間を育成することであります。これは、ひいては品格ある国家、社会をつくることにつながると考えています。このことは、教育基本法に則して言えば、第一条にあるように、各個人のあらゆる能力を可能な限り調和的に発展させ、同時に国家や社会を形成する国民を育成することであり、同法はその趣旨を明らかにしていると、この我々の改正案も明らかにしていると、このように思います。 一方、戦後六十年が経過し、社会が豊かになっていく中で、地域社会の変質や情報のはんらんなど、我が国の社会や学校、家庭の姿など、教育をめぐる状況が大きく変化をしてきております。このような中で、道徳心、自らを律する精神、公共の精神、国際社会の平和と発展への貢献などについて、今まで以上に教育の基本として重視することが求められていると、こう考えておりまして、このため、この教育基本法を改正し、現行に規定されている普遍的な理念は引き続き規定する、まあ先ほどの人格のこれは完成がそうであります。先ほど申し上げましたのは、現行法にも書いてありますが、我々の改正案にも書いてあるわけでありまして、国民の共通理解を図りながら、新しい時代の理念を明確に提示をして国民の共通理解を図りつつ、社会全体による教育改革を着実に進めようとするものでございます。
○井上哲士君 人格の完成が普遍的なものだということは言われました。これをどうやって実現をするのか。一人一人の成長というのは様々でありまして、テストの点数だけで測られるものではありません。計算は遅いけれどもじっくり深く考えるのが得意という子供もいるし、論理立って考えるのはちょっと苦手だけれども、だれも思い付かないような発想をするという子供もいます。テストの点数はもう一つでも、今日より明日、今年より来年と努力するということはだれにも負けないという子供もいる。 そういう子供たちの個性を生かしつつ、基本的な学力を保障をしていく。そして、そのための教育条件を整備をして、自然と社会の仕組みを考えさせる知育、市民道徳、豊かな情操、そして体力、こういうものを学校教育の中心に据えるということが必要だと思うんですね。 ところが、現実はこれと逆行することが様々起きております。今日朝から議論になっています高校の未履修問題、大学の受験に関係ない科目は履修しなかったと、こういう問題ですね。正に予備校化をしているという事態がありますが、じゃなぜこういう未履修の問題が起きたと総理はお考えでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) この未履修の問題においては、言わば必修科目が大学の入試科目になっていないという中において、そういうケースにおいて、より受験勉強のための科目に集中させようと、そして言わばそういうなるべくいい大学により多くの子を進学させると、その結果、高校のその学校の名声を高めようということが基本的な動機かもしれません。 しかし、もちろんそれはあってはならないわけでありまして、学習指導要領どおり、これはルールですから、ルールにのっとって子供たちに履修をさせるという義務が学校長にはあるわけでありますが、学校においてそういう守るべきルール、本来、学校において、そういう規範意識を教えなければならない学校においてそういうことが行われたということは誠に残念でございます。つまり、学校においては正にそうした規範意識についてもう一度再確認する、教育の崇高な使命についてもう一度再確認しなければならない。 また、予備校化しているという指摘もございます。やはり高校には高校段階で達成すべきこれは言わば人格の形成もあるでしょうし、備えるべき知識や教養、それをやはり重視するべきではないかと思います。
○井上哲士君 いろいろ言われました。 じゃ基本法を変えたらどうなるんだろうか。この改定後に進められる教育振興計画のトップには全国一斉学力テストがあります。総理は学校選択制の全国的展開も併せて主張をされているわけですが、既にこの学力テストと学校選択制が併せて行われている自治体で一体どういうことが起きているのかと。 要するに、学校同士の点数競争が激しくなって、例えば点数を上げるために過去の問題を何回も何回もやらせるとか、そのためにできない子は学校に来づらい雰囲気をつくられている。実際に自分が学校の平均点を下げることを苦にして休む子もいると、こういうことが起きています。 衆議院でもこれをお聞きしたときに、総理はゆとり教育でカリキュラムが薄くなり過ぎたという声もあるという、言わば違うことを答えられましたが、そういう学校間のテストの点数教育でこういうゆがみが起きているという事態についてはどうお考えか、お願いします。総理、総理の答弁ですから。
○国務大臣(伊吹文明君) まず私の考えを述べてから総理からお答えがあると思いますが、これは先生、全国の学力テストというのは、文科省の実施する学力テストというのは習熟度がどこまでかということを確認するためにやっているわけでして、これを公表する、しないは、それは各学校、自治体の自由ですけれども、それによって学校の格付をするという気持ちは、私たちはありません。 ただ問題は、先ほど来も議論が出ておりますが、進学率が高いから補助金を増やすとか、そういうことは私はやっぱり余り感心しないと。競争はやっぱり学校間でしてもらわなければいけないんですよ。競争という言葉はいろいろな意味がありますが、国民の税金を使ってやっているわけですから、競争という言葉はともかく、国民の税金を効率的に使うということだけはやっぱりこれは避けて通れないんですね。そのことと進学率によって補助金を分けるなどということは、私はちょっと別の観点からやっぱり深く考えるべきだと思います。
○井上哲士君 しかし、現実には学校間のテストの競争があり、その中で予算の配分さえ変えようというような自治体が現れているわけですね。 しかも、それだけじゃないんですね。今、もうテストに追われまして、例えば運動会などの特別活動が廃止、縮小されるという事態が起きております。こうした活動というのは、子供たちにとって大きな成長の場であって、私は人格の形成にとって欠かすことができないと思います。(資料提示) これは、東京で学力テストと学校選択制が取られているある区の例でありますけれども、例えば遠足、文化祭などがそれぞれで廃止、縮小されている例があります。それから自然教育、いわゆる林間学校ですね、二泊三日、これが廃止されているところもあります。音楽鑑賞が廃止されているところもある。それから、運動会など、これ準備時間を減らすために秋から春に変えている。そして、ここでできた時間が一斉学力テストのための補習授業に使われているということがあるんですね。 私は、こういう遠足、文化祭、自然教育、人格形成にとって本当に欠かすことができないものだと思うんですが、これが現に削られて、学校間の点数競争に使われているところが現にあるという実態、これが全国に広がるということを総理は好ましいとお考えなのかどうか、総理のお考えを聞きたいと思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 私は、そういう実態については現在承知はしておりませんが、遠足や文化祭やあるいは林間学校等は本当にいい思い出になるわけでありますし、それはそれで本当に大切な私は教育の機会だろうと、このように思います。 そういう意味におきましては、この学力テストの補習のためにそういうものがなくなるということは私は決していいことではないと、このように思っておりますが、しかし、この学力テストというのは、習熟度の現状について調査をして、むしろ子供たちの学力の向上に資するための資料に使う。ある学校においてこの習熟度が低いということであれば、その習熟度を上げるべく努力をしていくということは当然私は必要なのではないかと、このように思います。
○井上哲士君 答弁されますけれども、実際にはそういうあるべきでないことが現に先行的に自治体で行われているわけですね。私は、これが全国的に行われますと、例えば、今未履修の問題というのは義務教育段階でも発覚をしております。長野などの五府県十九校で未履修があったと。香川などでは入試に不要な教科の時間を削減したと、こういうお話もあるわけで、やっぱりこういうことが起きていることを考えるならば、やっぱりこういう教育の問題をもたらすような形での競争をあおるような改定ではなくて、これはもう廃案にして、現行教育基本法をしっかり生かす、このことが必要だと申し上げまして、質問を終わります。
○近藤正道君 社民党・護憲連合の近藤正道でございます。 最初に、タウンミーティングのやらせのことについてお尋ねをしたいと思います。 衆議院のさきの教育特で小坂前文科大臣、タウンミーティングを開催して国民の意見を聴いた、あるいはタウンミーティングで賜った意見を踏まえてこの法案の提出に至ったと、こういう答弁を実に九回もやっておられます。ところが、今回、このタウンミーティングにやらせ、この事実があったことが明らかになった。教育関係では実に八回のうち五回だと。今日も、このことについて本当にでたらめな実態が明らかになりました。 政府は、この間、このタウンミーティングをこの法案を成立させる大きな柱立てにしてきたわけでありますが、ここへ来てタウンミーティングのやらせが明らかになった。ならば、この柱立てがやっぱり崩れたわけでありますし、結果としてその答弁がやっぱり間違っていたわけでありますので、総理としては政府全体の責任の名において、この間の九回も小坂前文科大臣がやっていた答弁、これが誤っていたと、このことをしっかり認めて、そして撤回をしてやっぱり訂正をする、そういう答弁をきちっとすべきなんではないかと私はまず思いますが、総理、いかがでしょう。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) この教育基本法の改正に当たりましては、改正するまで例えば与党の間で相当の議論がございました。そしてまた、このタウンミーティング以外にも、中教審において、審議の過程において関係団体からヒアリングを実施したり、中教審の答申について各種会議の説明等々を実施したことも事実でございます。ですから、このタウンミーティングだけがこれは国民への説明の場であったということではございません。 確かに、タウンミーティングにおいて言わばあらかじめ質問者に質問内容を依頼するという行為があったことは、これは大変遺憾でありますし、私はこれは情けないと、このように思っておりますが、しかし、そのタウンミーティング自体が根っこから全くおかしなものであったかといえば、それはやはりそこで、大臣からも種々の説明が国民に対してオープンな場でなされたのも私は事実であろうと、活発な意見の交換があったことも事実であると、このように思うわけでありまして、しかしタウンミーティングはタウンミーティングの問題として、先ほど申し上げましたようにしっかりと事実関係を徹底的に調査をしてまいり、そして国民の前に明らかにしていく考えでございます。その上において、それを踏まえてタウンミーティングを再開をしていくべきであると。 また、運用においても、当然そういうことが起こらないような運用にしていかなければいけないと、このように思っておりますが、しかし、国民的な議論を、また長い時間掛けた深い議論を行ってきたということについては、私はそれは変わりがないと思っております。
○近藤正道君 私は、このタウンミーティング、根っこから腐っている、腐っていたと、そういう思いさえしております。正に世論を偽装したと、こういうふうに思っています。 そういう意味では徹底的にうみを出していただきたいと、こういうふうに思うわけでありますが、しかしタウンミーティングの調査会の林委員長は、中間報告、二十四日に予定していたけれども、これを明らかにしないと、最終報告もいつになるか分からない、こういう状態でございます。 私は、是非、調査会に集まった資料、集めた資料、これをこの本委員会に出していただきたい。ささやかに出した資料でも、今日も含めて大変な事実が明らかになってきている。是非、調査会に出された資料を全部この委員会に出していただきたい。それが総理の私は指導性だと思うんですが、いかがでしょうか。──いや、総理、総理。
○国務大臣(塩崎恭久君) 林委員長にお願いをして、今調査会やっていただいているのは私からの依頼に基づいておるものですから、少し私の方から説明させていただきたいと思いますが、先ほど総理から答弁申し上げたように、百七十四回、もうすべてを調査をして徹底的に、今先生おっしゃったように正にうみを出そうと、そういう覚悟で今調査をやっているところでございます。 それで、できる限り早いタイミングでこれをまとめたいと、こう思っておりますが、二十四日に中間報告というか中間的な調査がまとまるということでありますけれども、これをすぐ出すべきではないかというお話が今ございました。これについては、まだそのあらあらの調査で、おまけに相手のあることであります。つまり、先ほどお話が出ました謝礼のお話とか、そういうのは相手があって、その方のプライバシーにもかかわるものですから、どういう形でどういう内容のものをお出しできるかというのは調査委員会において判断をしようということにしておるわけであります。 相手にこのことで、こちらの不行き届きで御迷惑を掛けるというのもいけませんので、そこのところは判断をし、なおかつ最終的な報告をできる限り早くしようということで、今大車輪で、内閣府の職員、それから有識者、それから内閣府以外の役人にも加わってもらって調査をしているところでございますので、そこは調査委員会をひとつ信頼していただいて調査結果をお待ちをいただきたいと、このように思うわけでございます。
○近藤正道君 私は、結果として隠ぺいと言われてもしようがないんではないか、こういうふうに思っています。 委員長にお願いをしたいと思いますが、せめて教育関連、タウンミーティングの委員会に、調査会に出された資料、そして報告、そしてどういう項目を今調査しているのか、そのことについては是非この委員会に提出していただくようにやっていただきたいと、こういうふうに思います。
○委員長(中曽根弘文君) ただいまの件も後刻理事会で協議をしたいと思います。
○近藤正道君 法案についてお尋ねをいたしますが、現行の教育基本法の十条、これは、教育は、国民全体に対して直接に責任を負って行われるべきものである、こういう文章があったんですが、これが削除されまして、代わって「この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべき」との文言が導入されました。 このことによりまして、教育行政に関する規定の意味が百八十度転換して、これまで政府、教育行政の教育に対する不当な支配を制限する規定であったものが、政府、教育行政が教育内容や方法に無制限に介入する根拠に変わったと、こういう指摘があるわけでございます。 そこで、一点お尋ねをいたしますが、政府や教育行政は合理的かつ相当の範囲を超えて教育内容に介入することはできない、教育内容に対する国家的介入は可能な限り抑制的であるべきだ、これが憲法の要請だ、これが教育行政に関するいわゆる学テ最高裁判決の立場、論理でございます。 お聞きしたいのは、この学テ最高裁判決の論理は今回の政府の改正案でどうなるのか、これからも維持されるのか、改正案では教育行政の教育内容への不当な支配にどう歯止めが掛かっているのか、文科大臣にお尋ねをしたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 教育行政による不当な介入というお言葉がありましたが、例えば旭川のあの学力テストに対する判決等を見ても、国の法律によって行われている教育行政上の要請は不当な介入ではないという判決を下しておりますね。 ですから、しかし同時にまた、東京都の国旗・国歌については、下級審でございますが、違う判決を今出しております。したがって、これは当然東京都は上級審である高裁に出しておられますので、国家が教育行政上やるということについて不当な介入であるという解釈は我々は取っておりません。
○近藤正道君 学テの最高裁判決、よく読んでくださいよ。この学テの最高裁判決の中では、法令に基づく教育行政も不当な支配の主体足り得る、こういうことを明確に言っていますよ。 ですから、今度の法案、法改正で、この教育行政も不当な支配の主体足り得る、このことはどうなるんですか、維持されるんですか、あるいは維持された場合どんな歯止めが掛かっているんですか、こういうふうに聞いているんですよ。
○国務大臣(伊吹文明君) それは、ですからその判決の中にある法律によって行われる、そのような判決がありますから、そこのところは明確にしなければいけませんから、法律によって行われる行政は不当な支配には当たらないということを明記しているわけです。
○近藤正道君 全然答弁になっていない。これは時間もありませんので、後でまたお聞きをしたいというふうに思っています。 ちょっと通告をしたやつが時間がありませんので飛ばしまして、私は、今回の法案改正によって、通りますと学習指導要領の見直しが行われると、こういう御答弁を大臣されておりますので、そのことについて総理にお聞きしたいというふうに思っています。 学習指導要領の見直しが行われるということになりますと、これがその教科書の検定基準にどうかかわってくるのか、教科書の検定基準がどう変わるのか、このことでございます。 総理は、著書の「美しい国へ」の中で自虐史観からの脱却を強調されております。そういう運動も議員のときに一生懸命やっておられたわけでございますが、一連の改正、つまり法案が通って学習指導要領が今度は変わる、そして検定基準も変わる、こういう一連の改正の中で、歴史教科書を総理の言う自虐史観から脱却させるというねらいもあるのか。こういうことでございますが、国を愛する、こういう態度の法制化は歴史教科書の今後にどんな影響をもたらすのか、総理にお尋ねしたいと思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 教科用の図書検定基準の見直しについては、学習指導要領の見直しの内容を踏まえて、今後文部科学省において必要な検討が行われると思います。 なお、教科書の検定は、教科用図書検定基準に基づいて教科用図書検定調査審議会の専門的な審議を経て実施されるものであり、今後も適切に行われるものであると考えております。
○近藤正道君 質問は、どういうふうに影響を及ぼしていくのかと。総理は、この間、この国の歴史教科書について様々な御意見を言っておられた。そして、学習指導要領をやっぱり変えて、そしてさらに法案の中に、徳目の中に国を愛する態度、まあ態度も心も同じだと、これは小泉前総理の話でございますが、こういうことをやっぱり入れる、そのことが子供たちに自分の国の歴史、伝統に誇りを持たせる、国を大事に思う気持ちを持たせると。そういうことが今の歴史教科書にどういう形で出てくるのか、そのことを聞いておられるわけでございます。 「美しい国へ」の中では非常に饒舌に語っておられるわけでございますが、どうですか、もっと率直にお話しになったらどうですか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) ただいま申し上げましたように、この学習指導要領を見直しを行うわけでありまして、まだこの見直しは行われておりません。その学習指導要領を見直した上において、この教科用図書検定基準を見直しをしていくということになるわけでありますが、これは今申し上げましたように、教科用図書検定調査審議会の専門的な審議、この専門家の方々が審議をされるということでございますから、今私がこの専門家の方々が審議をされる前にどうなるかということを申し上げる立場にはないということでございます。
○近藤正道君 質問が後先になりましたけれども、まあこれは通知表のことでございますが、小泉前総理は国を愛する心の評価項目、これは必要ないと、こういうふうに前国会で申されておられました。 ところが、安倍総理は、内心への評価はしない、こういうふうに言いながら、調べたり勉強したりする姿勢、学習する態度を評価するということだということで、評価項目の必要それ自体は認め、子供たちにその国を愛する態度を競わせる、こういうことを認めておられると、私はそういうふうに思っておりまして、そういう意味では小泉前総理よりもかなり踏み込んでいろいろお考えなんではないかと、こういうふうに、議事録を見てそういうふうに思う。まあ小泉前総理は余り細かくはお話しになりません。ワンフレーズでありますので、それを私が誤解しているのかも分かりませんけれども。 そういう意味では、小泉前総理と安倍総理との間で随分スタンスの違いがあるのではないか、こういうふうに思えてならないわけでございますが、いずれにいたしましても態度と心は同じ、態度を通してやっぱり人の心の中に、子供たちの心の中に入っていくんではないか、そういう懸念が非常にやっぱり私は高まっていると、私自身もそういうふうに思っているわけでございますが……
○委員長(中曽根弘文君) 時間が参りました。
○近藤正道君 この小泉前総理との比較との、私の質問についてお答えいただけますでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 委員に私がそのように見られているというのは私の不徳の致すところでございますが、これは、私が答弁を申し上げておりますのも小泉総理が答弁をしておりますのも同じでございまして、小泉前総理も国を愛する心情についての評価ということは通知表においてはしない、どれくらい国を愛しているかということを通知表で評価すると、これは当然しないということを前総理はおっしゃったわけでありまして、私も全くそれはそのとおりであります。 そのとおりに私も答弁をいたしておりますが、しかし、そうした態度をこれは養うために、我が国の例えば歴史や文化や伝統あるいは偉人の業績等々について……
○委員長(中曽根弘文君) 簡潔に御答弁願います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) また故郷の地域のすばらしさ等々を調べる、そういう調査をする、学習するという態度についての、それは評価をするというのはこれは当然ではないだろうかと、このように思います。
○近藤正道君 終わります。
○亀井郁夫君 総理、あと最後の番でございますので、ひとつ、お疲れでございましょうけれども、よろしくお願いしたいと思います。 まず最初に総理にお聞きしたいのは、四十年ぶりの改正であり、憲法に次ぐ最重要法案と位置付けておられるわけでございますけれども、それだけ重要と認識されておられるなら、もっと開かれた形で国民各層の各界の意見を十分聞いたものとしなければならないと思いますけれども、総理はどのように思われますか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) この政府案ができる過程においては、与党において相当の議論があったこと、また自由民主党においても、委員がかつて所属しておられました自由民主党におきましても長い議論があったことはもう随分、それは御承知のとおりであろうと思います。 その中で今度この改正案ができたわけでございまして、そして中教審においても議論がなされました。そして、衆議院におきましても百時間を超える議論がなされているわけでございまして、その中で、例えば世論調査においても、この教育基本法に興味を持っているという方も、六割を超える方々が興味を持っているというふうに答えておられるのも国民的な議論が浸透しているということではないだろうかと、このように認識をいたしております。 さらに、この参議院におきまして広く深い議論をしていただきまして、速やかなる成立を目指していきたいと思っております。
○亀井郁夫君 総理のおっしゃったように、自由民主党でもかねてから、私も所属しておりましたけれども、随分この教育基本法については議論したわけでございますけれども、十五年の春、中央教育審議会の答申案が出てから、与党の自由民主党と公明党で研究会をトップでつくってからは一言も議論できないという形になりまして、その間ではオフレコそのもので、配付資料も回収されるというふうな状況が三年近く続いたわけです。そういう意味では、総理が御存じないことはないと思うんだけれども、そういう意味では、途中で保利座長から審議経過はあったことはありますけれども、ほとんど分からないままに来ました。そういう意味では、当選一、二回の議員はこの問題についてはほとんど議論してないのが実態であります。 このような重要な法案がこういう形で、文科省が、いろいろ検討したんだろうけれども、作った案でございますけれども、こういう形でいいんでしょうか。総理にお尋ねしたいと思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 亀井委員ともこの教育基本法の改正についてお話をしたことがございます。長い間党内で議論されていたことの多くは私はこの教育基本法の中に盛り込まれていると、このように思うわけでございまして、それはやはり長い間の党内での議論を踏まえた上であろうと、このように思います。その上で与党間で議論をし、そして与党でまた政府の政府案としてこの案を成案を得たわけでございまして、我々はそういう意味におきましては、党で、また与党の中での議論を経た上での改正案であると、私はそのように認識をいたしております。
○亀井郁夫君 総理も入っておられました、入っておられるんでしたっけ、日本会議という団体がございますけれども、それの議員懇談会では今、平沼先生が会長ですけれども、また改正促進委員会までつくっていろいろやってきたわけでございますが、三百七十八名の方が入っておりまして、自民党は三百十九名、民主党が四十一名、国民新党その他が十八名でございますけれども、現在の法案はどうもおかしいんではないかと思うわけでございますけれども、もっといい方向に直すべきだということで、百九十名の議員でこの前陳情もしたわけでございますが、自民党で、百四十三名も自民党の議員です。そして、民主党二十八名、国民新党八名、無所属十三名。そういう人たちがこの問題を真剣に考えておるわけでありまして、特に、国を愛する心とか宗教的情操教育を入れてほしいと、あるいは「不当な支配に服することなく、」を削除すべきだということがみんな同じ考え方でございまして、このことを陳情もしたわけでございまして、いい方向に向いてはいないという認識でございますけれども、総理はどうお考えですか。
○国務大臣(伊吹文明君) 亀井先生、自民党におられたころ、いろいろな議論の中に参画しておられましたから、その経緯はよく御存じだと思います。 そして、やはり理想の教育論とか理想の国家論というのは、百人いれば百人とも、その人の価値観あるいはその人の人生観によって違います。しかし、物事をまとめていかなければ現実にはいかないわけですから、今御指摘の平沼先生をも含めてこの案には衆議院で賛成をしていただきました。
○亀井郁夫君 平沼先生が賛成されたということは、いろいろなことがあるから、一つの、このことだけじゃありませんからね。復党問題もありますからね。まあ一概に言えませんからなんですけれども。 この問題は、確かに百人集まれば百人意見が違うというのは分かりますけれども、ただ、国を愛する心だとか宗教的情操教育の問題。あと、あるいは「不当な支配に服することなく、」という問題はやはり何とか外してほしいという気持ちでみんな議論してきたわけでありまして、現在なお、半分はいきませんが、三分の一以上の自民党の先生方が実際にサインし、判こを押しておるんですから、そのことは十分考えてやっていただかなければならないことだと私は思うんです。そういう意味で、原案がこれだからいいじゃないかという格好で押し通さないでやってほしいと思いますけれども、総理はどうお考えでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) ただいま委員が御指摘になった三点については、自民党でいろいろと議論があったのは私も承知をいたしております。その中で、例えば国を愛する、我が国を愛する態度という言葉でございますが、この態度は、国を愛する心があって、その発露としての態度があるということでございます。これは正に態度だけをこれは養うということではないということは申し上げておきたいと、このように思うわけでございます。 また、宗教的情操につきましては、その内容が多義的なことから特定の宗教、宗派を離れて教えることは困難ではないかという指摘があり、今回の改正案の中身になったわけであります。 また、「不当な支配に服することなく、」と、これは今日の朝からこれは議論になっているわけでありますが、教育の中立性、不偏不党性を確保することを適切に表すものとして引き続き規定するとともに、「法律の定めるところにより行われるべき」と新たに規定をいたしております。これにより、法律の定めるところにより行われる教育は不当な支配に服するものではないということを明確化しているわけでございまして、これは正に委員の御懸念にこたえているのではないだろうかと、このように思います。
○亀井郁夫君 この問題についてはいろいろ意見がありますけれども、改めてまた質問させていただきたいと思いますけれども、よろしくお願いしたいと思います。 この作案過程においては、もちろん民間教育臨調のメンバーだとか、教育者や専門教育者の意見を聞いて十分この法案を作られなきゃいけないと思いますけれども、そういう過程があったのかどうか、もし聞いたのであればどういう方から聞いたのか、教えてほしいと思います。文部科学大臣、お願いします。
○国務大臣(伊吹文明君) これは、むしろ亀井先生は我が自由民主党で文教政策の大変な有力者でありましたから、そのプロセスはよく御存じだと思いますが、小渕内閣、森内閣とずっと流れてきた過程で、多くの有識者の方々を集まっていただいて、そして答えが出て、そしてそれを中教審にかけて、ここにも大勢の人たちがいらっしゃいます。そして、一番民意を反映しているのは選挙によって選ばれた国会でございますから、その国会では既に総理が申し上げているように衆議院では百時間の審議を経ているわけで、参議院でもまた充実した国民の代表としての御審議をいただきたいと思っております。
○亀井郁夫君 今、森内閣のときからと言われましたけれども、あのころはいろいろと意見が言えたんですけどね。実際、小泉さんになったら全く言えないという状況でこの法案は動いてきたことが事実なんですね。今年ちょっと、本当一、二か月の間、自民党の人たちのところで、政務調査会で議論されたと思いますけれども、ほとんど議論されてないんですよ。だから、私はもっと議論してほしいと思いますが、よろしくお願いしたいと思います。 それから、民主党の方がちょっと退屈そうでございまして、一言お尋ねしますけれども。本当に対案、立派な対案を作られて、ありがとうございます。ただ、よく民主党を支持している支持団体、日教組なんかがこれを納得したものだなと思うんですけれども、その辺の経過はどうでした。
○西岡武夫君 お答えいたします。 日本の教育の置かれている現状について、これではいけないということについては国民全体が共通の認識を持っておられると、このように思っております。そうした御意見というものを背景として、民主党として日本国教育基本法案をまとめることができたと、このように御理解をいただきたいと思います。
○亀井郁夫君 民主党として立派な案を作られたと思いますけれども、私も驚いたわけですけど、中身見てですね。だけど、こういう立派な案ができたんだから、対案出たんだから、自由民主党としては、この民主党の声も聞いてもっといい案にするということを考えたらいいんではないかと思いますけれども。原案にこだわらないで、両方いい案ができたんだから、足して二で割ればいいじゃないかと思いますけどね。よろしくお願いします。
○国務大臣(伊吹文明君) 衆議院も参議院も、自民党も、当然ですが民主党さんも一つの政党だと思います。これは院によって党が分かれているわけではありませんから。衆議院段階で私どもが伺っているところでは、今先生がおっしゃったような動きがあったようですが、結果的にはそれが実現できなかったいろいろな事情もあったようでございます。しかし、これは現場でおやりになっていることでございますから、提案者としてはそこへ深く立ち入って御答弁ができる立場ではございません。
○亀井郁夫君 是非、参議院は参議院らしく審議を進めるわけですから、総理も心を広く持って、やはり民主党の案も取り入れてもらったらいいんではないかと思いますが、ここで変えましょうなんという話は言えないかもしれませんけれども、ひとつよろしくお願いしたいと思いますけど、いかがでしょうか。文科大臣の考え方は分かりましたけど。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 政府としては、私ども政府案として現在のこの改正案を提出をいたしておりますので、政府としてはこれがベストな案だと、この考え方の下に提出をしているわけでございます。 あとはこの委員会において、広く深く議論をしていただきまして、速やかな成立を目指していきたいと思っております。
○亀井郁夫君 よく分かりました。 参議院としては、この委員会では委員会として考えを決めていくということですから、しっかり議論していい案作っていきたいと思います。原案に余りこだわらないように、よろしくお願いしたいと思います。 これをもって終わります。
○委員長(中曽根弘文君) 本日の質疑はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。 午後五時六分散会