少子高齢社会に関する調査会 第2号
- 発言数
- 73 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 2005/10/26
会議録
○会長(清水嘉与子君) ただいまから少子高齢社会に関する調査会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 昨日までに、主濱了さんが委員を辞任され、その補欠として島田智哉子さんが選任されました。 ─────────────
○会長(清水嘉与子君) 少子高齢社会に関する調査のうち、「少子高齢社会への対応の在り方について」を議題といたします。 本日は、少子高齢社会の課題と対策に関する件のうち、団塊世代の諸課題について参考人から意見を聴取いたします。 本日は、作家・元経済企画庁長官堺屋太一さん、株式会社博報堂生活総合研究所エグゼクティブフェロー・東京経済大学コミュニケーション学部教授関沢英彦さん及び株式会社大和総研資本市場調査部主任研究員鈴木準さんに参考人として御出席をいただいております。 この際、参考人の皆様方に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、大変御多忙なところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。 参考人の方々から、少子高齢社会の課題と対策に関する件のうち、団塊世代の諸課題につきまして忌憚のない御意見をお述べいただきまして、調査の参考にいたしたいと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。 議事の進め方でございますけれども、まず、参考人の皆様方からそれぞれ二十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。 なお、質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行っていただきます。 また、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございますので、よろしくお願いいたします。 それでは、堺屋参考人からお願いいたします。堺屋参考人、どうぞ。
○参考人(堺屋太一君) 堺屋でございます。よろしくお願いします。 私は、今からちょうど三十年前、一九七五年に「団塊の世代」という小説を書きました。これが皆様方御存じの普通名詞になったわけですけれども、私はその数年前から、一九七〇年、六九年のころからこの人口問題に大きな関心を持ってまいりました。そして、この団塊の世代、日本特有の大きく膨れ上がった世代がどのような影響を日本の社会と経済、そして文化に与えるだろうかというのを綿密に予測した予測小説「団塊の世代」を発表しました。 この小説は、今読み返していただいても、一九八〇年代前半、七五年にかけまして七、八年刻みに四つの物語で構成されているんですけれども、今読み返しましてもほとんど修正するところがないと。例えば、九〇年代の経済成長率が二・〇%というのはきちっと当たっておりまして、非常に我ながら驚くほど明確です。ということは、人口問題を切り口にすれば相当の予測ができるということであります。 それに比べまして、各時代に官僚機構が出しました予測はことごとく外れています。例えば、団塊の世代が就職をする一九六〇年代末から七〇年初めにかけまして、官僚機構の文章は、これほど大勢の人が一遍に就職すると非常な就職難になるというので、就職難対策に非常に力を入れたんですが、実際この人たちが就職したときというのは大変好景気でございまして、求人倍率が史上最高、一・五を上回るような状態でございました。 また、この人たちがニューファミリーと言われる、結婚したときには、これでは住宅難になるというので、お役所は住宅公団や自治体の住宅供給公社に何兆円ものお金を掛けましたけれども、実際には民間のマンションや郊外住宅の開発が進みまして、住宅公団は遠くて狭くて高いというので非常にたくさんの空き家ができました。 また、八〇年代に入ったころ、官僚機構から出た言葉は窓際族という言葉でございまして、この団塊の世代が中年になって高給取りになると、この窓際族、仕事のない高給取りに会社は食いつぶされるんじゃないかということを申しました。大変危機感をあおったんでございますけれども、実際はこの世代がそれぞれ窓際で物すごい闘志をわかし勤勉に働いたものですから、日本国じゅうにプロジェクトがたくさんできまして、大好景気になって土地が値上がりし、株が上がりバブル景気になり、企業はかつてない史上空前の利益を上げ、倒産件数は近年最低になるという好景気になりました。 それを見まして、八〇年代の末から九〇年ぐらいにかけて、日本の官僚たちは、日本の官民協調の経済政策は世界一である、日本式経営、終身雇用と年功賃金の日本式経営は最も高い文化であり日本的人本主義だと、これある限り日本経済は限りなく成長すると言い出したんですが、途端にバブルがはじけて駄目になりました。ことごとく予想が外れてきているわけです。 それはなぜかというと、官僚機構は縦割りに自分の構造だけを考える。例えば、経産省、当時の通産省でございますと産業経済の面だけを考える、大蔵省、今の財務省、金融庁でございますと金融問題だけを考える、あるいは厚生労働省でございますと年金問題、医療問題だけ考える。そういたしますと、他の条件に変わりなかりせばこうだという、人口のところだけ変数を入れるものですから、このシミュレーションをやりますと必ず悪い結果が出るんです。ところが、人口構造の変化というのは社会全体を変えるものですから、必ずそれに対応した産業が生まれ、需要が生まれ、人々の生き方が変わってくる。ここが読み切れないものですから、また、読んではならない、その官庁の所管以外のことは考えてはいけない仕組みになっておりますから、常に大きく外れていく。私たちがささやかなシミュレーションを、コンピューターシミュレーションを組みますと、そういうことを総合的に考えますから、かなり当たる率が高い、ここが大きな違いではないかと思うんです。 その後、一九八五年になりまして、私は「知価革命」という本を書きました。この書物では、人類の文化を決定するもの、人類の文化を決定する要素というのは科学技術と資源環境と人口構造である、この三つが人類の文化の形態を決めるものだという仮説を立てまして、これを太古の歴史に上って論証することをいたしました。この「知価革命」は大変、世界九か国語で翻訳をされまして、世界じゅうに非常に反響を呼びました。今日でも、ジョージ・ギルダーの「テレコズム」とか、パインとギルモアの書きました「経験経済」とか、私の書物が大変よく引用されておりまして、日本人の出した経済学説では唯一有名になっているわけでございますけれども、この人口構造が人類文化の主要な変動要因である、このことを十分考えなければならないと思います。 したがいまして、この団塊の世代の話を議論するときに、団塊の世代という五年間だけの人々の動向を議論するのか、それとも、世界的に起こっております人類全体の、そして日本にとってはより長期的に深刻な問題、重大な問題であります人口構造の変化全体を議論するのか、これが実は大変大きな問題でございまして、今私たちは人口構造の概念の変化に直面しております。 お手元に配付いたしました資料の中で「近代工業社会の想定と現実の人口構造」ということを書いておりますが、近代工業社会というのは科学技術が非常に発展し、生産力が拡大し、人口が爆発的に増加する、この三つが特徴であり、同時に、これを前提として行われてきた、仕組まれてきた社会であります。二十世紀の百年間に世界の人口は十六億人から六十五億人に四倍に増加いたしました。何十万年人類が積み上げてきた数を一挙に四倍にしたわけですから、物すごい爆発的増加であります。 ところが、近代工業社会、つまり、現在ございます制度はすべてこの人口構造、つまり、どんどんと人口が増加する、そして常に若者が高齢者より多い、人口ピラミッドはピラミッド型である、末広がりである、こういう条件の下にできておりまして、現在の財政、年金、雇用慣行、教育及び国土政策はすべてそれを前提にしております。したがって、今先進国全体で人口構造が変わりました、そのことを考えるならば、長期的なこの知価社会に対応した発想を持たなければならないのではないかと思います。その中で日本は最も極端でございます。日本の人口構造には大きなゆがみといいますか、異質な構造がございます。 お手元の資料の第二図を見ていただきますと、日本の二〇一〇年に想定される、一九八〇年と二〇一〇年に想定される人口構造が書いてありますが、このように、六十前後と三十代の後半に、これ二〇一〇年でございますから、大きな膨らみがある二段傘の形になっております。こういうような状態に対して日本はいかになすべきかということを、まず短期的といいますか十年間ぐらいの形で、短期的といっても一般には長期と言われる十年でございますが、十年ぐらいの形で考えますと、これはやはり何といっても年齢観をシフトする必要があります。 大体、日本社会は、官僚主導業界協調、日本式経営、職縁社会・核家族という三つを土台といたしまして、強固な近代工業社会、規格大量生産社会をつくってまいりました。この社会というのは、この三番目の図にございますように、まず最初に、若いころには大いに会社のために貢献して会社に投資をしている、そして、中年を過ぎますと給与の方が働きより高くなってきて、若いころに蓄積されたものを払い戻してもらっている、そういう構造になっているんですね。したがいまして、払戻しが進み過ぎないように、体力や意欲にかかわらず、ある段階で定年、年限を切らなければ高給が続くという仕掛けになっております。ここから六十定年というのが戦後、全民間企業に非常に普及したわけであります。 こういった特殊戦後型の中で生きてきたわけですが、それにもかかわらず、日本の平均寿命は戦後十五年ほど延びまして、教育平均年限も五年以上延びました。つまり、人生が後ろにシフトする、就職する年限が平均して五年遅くなり、平均寿命が十五年遅くなった、これに対応した年齢観を変えていかなければならないと思います。つまり、私の閣僚時代から申し上げております七十歳まで働くことを選べる社会、これをどのようにつくっていくかということです。 定年は、この七十歳まで働けることを選べる社会を、決して、定年延長とかあるいは高齢者雇用比率の固定、何%以上高齢者を使わなきゃいけない、そういうような強要的な手段で、強制的な手段でつくってはならないと思います。むしろ定年は、終身雇用から離脱して、自由なる労働者、自由なる労働力として市場に参入する門出であります。したがって、それ以降は、その人の体力や意欲や経済的必要に合った多様な雇用形態、勤労形態が選べるような、そういう状態でなければならないと思います。定年延長の強制的な方法は、各職場にいてほしくない存在をつくり上げまして、高齢者に対するイメージを損なうばかりでなく、労働力の適切な移動を妨げて経済的にも疲弊を招くことになるでしょう。 高齢労働者には、年金兼業型の収入構造を維持できること、それから子育てと職縁的な支出が減少する、この両面があります。高齢になりますと、企業年金その他等の年金と現在働いている収入との兼業型になる。それから、子育てや職場のえにしで使うお金、例えば職場の近くで高価な飲食や買物をすることが減ってまいります。この両面で、支出が減り、収入はそれほど減らない、したがってこの高齢労働力は価格競争力を持つはずであります。 このことは既にタクシーの運転手さんを見れば明らかでございまして、タクシーの運転手さんは、三十年間に二十五歳高齢化をいたしまして、今や東京都内でも平均年齢五十五歳、地方へ行きますとそれを更に上回るような年齢で、六十代、七十代の人が非常に多くなっています。これは、タクシーが自由化されたことによって非常に高齢者の人の職場になっているということです。もう一つ追加の例を挙げますと、開業医でございまして、開業医は今、平均年齢六十歳に近い形になっておりますが、これも高齢化市場に対応した形でどんどんと高齢者の職場が広がっております。 そういったことから、自由な労働競争の中で、賃金は下がってもそれぞれの人が自由な形態、例えばある人は一日に六時間だけ働く、ある人は週に三日だけ働く、ある人は年に十か月だけ働く、ある人は一日八時間週五日、十二か月全部働く、これが選べるような形になるべきだと思います。 そういたしますと、企業の方もその多様な労働条件、これを取り入れて上手に運用するところが経営状態が良くなる。九〇年代の勝ち組は、世界じゅうの安いものを集めて、安い生産要素を集めて現在の日本のマーケットあるいは欧米のマーケットに許容できるぎりぎりの品質のものを作った会社でございました。中国の労働力、アメリカの牛肉、アラブの石油、そういう安いものを全部集めてぎりぎりの品質を作った。恐らく二〇一〇年代の勝ち組企業は、この多様な高齢労働力を上手に運用した、そういう会社が勝ち組企業になるのではないかと思っています。 したがって、これを実現するためには、多様な勤務形態を推進するための諸法令の整備、例えば社会保険関係に関する自由な加盟、ポータブルな加盟をすることとか、あるいは税制上、働いた人はやはり報われるような税制をするとか、そういったことが必要です。二番目には、多様な勤務形態を活用する対人技術、ヒューマンウエアの開発が大切です。三番目には、歩いて暮らせる街づくり。高齢になりまして短時間勤務するのに、わざわざ通勤時間二時間が掛かるというのは大変でございます。したがって、それぞれの街に、オフィスもあれば、住宅もあれば、商店もあれば、病院もあれば、学校もある、娯楽施設もあるという、歩いて暮らせる街づくりをつくる。そういったことを金融財政面、情報システム面で実現することが必要です。それから四番目には、高齢者対応の産業機器。特に、コンピューターなどは非常にアイコンが小さくて見えにくい、こういったことも改善しなければならないと思っております。 なお、年金について付言させていただきますと、年金は、現在の賦課方式の年金でございますと、現役世代の保険料率、そして受給する受給金額、これの現役世代の比率、これをA、Bといたしまして、そうすると、Cの保険支払者と受給者の数の比率が重要な問題になります。したがって、A、Bともに、Aを低くしBを高く維持するためには、この保険支払者の数が多くて受給者の数が少ない、そういう状態をつくる必要があります。このためには、やはり現役世代を延長してこの比率を長くする。この意味からも、七十歳まで働くことを選べる社会が必要だろうと思います。 次に、長期対策として移民の問題です。移民には経済的、社会的理由があります。所得の低いところで働いている人たちが、所得の低いところに住んでいる人たちが所得の高いところで働く。したがって、短期間つらい労働をしても、故郷へ帰りますと、故国に帰りますと豊かな生活ができる。この意味で、日本の国内における労働力と非常に違った意味があります。また、その人たちが日本の技術と習慣を持ち帰ることによって、その故国に日本の産業、日本の技術や文化、そして産業が根付く、新しい産業が興る、そういう大きな意味があります。したがって、労働移民の規律ある導入とその同化教育について早期に検討をしていただきたいと考えております。 最後に、最も重要なポイントでございますが、人口減少を止めるための政策です。この少子化議論をいたしますと、マスコミなんかは、学者も含めて、皆さん近代工業社会の概念が入り込んでおりますからしばしば誤解を招きますので、皆さん余り明確なことをおっしゃいません。しかし、今日本はもうはっきりした議論をしなきゃいかぬところへ来ていると思いますので、あえて申し上げさせていただきますけれども、これまであらゆる国々がいろんな対策を取りました。およそ考えられる限りすべての対策はどこかの国が取っております。育児資金とか育児休暇とか、あるいは非摘出子の公認であるとか、様々な政策を取りましたけれども、その効果はすべて極めて限界的で余り効果がありません。短期間に消えてしまいます。 お手元の第六図を見ていただきますと分かりますように、大体、現在の出生率、合計特殊出生率は四群に分かれておりますけれども、ドイツやイタリア、あるいはスペインなどは、様々な政策を取りましたが余り効果がありません。それに比べてアメリカは政策を取っておりませんが、比較的高い。特に、このアフガニスタン、サウジアラビア、この西アジアとアフリカ諸国が非常に高いという状態になっております。 これは結局、唯一相関性が高いのは、次の第七図に見ていただきますように、女性の初婚、初産年齢と合計特殊出生率の関係は、あらゆる国で極めてパラレル、相関性が高いんでございます。現在の近代工業社会では、教育、就業、結婚、出産、この順序を守らなけりゃいけないという社会的概念がございます。これを、概念を守る限り、女性の高学歴化が進むとどんどん出生年齢が遅くなるんですね。この近代概念、近代特有の概念を打ち破って、教育と出産との順序は問わない、こういう形をつくり出さなければならないと思います。 その下にそれが書いてございますけれども、現在のように高齢出産になりますと、大体、出産して子育ての時期が四十ぐらいになってくる。一番社会で活躍する、管理職になるようなときにこれが回ってまいります。それで、親がまた四十歳上ですから、四十のときに子育てと介護と、そして社会的責任とがかぶってくる形になるんですね。これでは子供が育てにくい。もう夫婦で育てようが何しようが、これはなかなか難しい。 ところが、日本でも自由業の方々、有名人も大勢おられますが、そういう方々は出産が非常に早いです。野球の選手とか将棋を指している方とか、そういう方々は二十歳代で、二十歳までにもう出産をしておられます。そういう形になりますと、この下に書いてありますように、出産期が教育期間とダブるように、かぶるようになってくると非常に出産がしやすい。だから、各学校で、大学で託児所を設けまして、国の方も親が二十四歳になるまで奨学資金、育児資金を出す。そういう形に概念を変えなければ、これは絶対にこの少子化問題は解決しないだろうと思います。 そうしますと、四十歳になったときは、子供さんはもう二十歳、十代の上から二十歳ぐらいになっている。そして、お母さん、お父さん、両親の方はまだ六十代。だから、八十代の介護は、六十代の子供と四十代の孫と二十歳代のひ孫ができるわけですから、非常に余裕があるだろうと。これは笑い話のように思われるかもしれませんが、非常に過去の歴史ずっとさかのぼってみますと、やはりそれが最良の人類の生き方ではないかという気がいたします。 これからの日本は、高齢者が自由なる労働者として登場することによって非常にローコストな社会になって日本は大いに繁栄する可能性があると思います。団塊の世代自身も、消費の可能性、市場性が減りますから、それ相応に豊かな生活ができる。そこに高齢市場と高齢者の労働との一つのサイクルができてくるでしょう。これを妨げないようにしていただきたい。国は妨げないようにしたいと思います。 十五世紀にイタリア半島の人口は大幅に減少いたしました。一三五〇年に九百三十万人いたイタリア半島の人口が、一五〇〇年には五百五十万人に四割も減っていました。この四割減ったときにこそ、あのルネッサンスの文化が花開いたんです。それは、減少した人口が生産性の高いところに集中したからです。ところが、同じ期間、ドイツでも人口減少がありましたが、ドイツは封建諸侯の力が強くて、減少した人口を農奴化して農地に縛り付けた。その結果、ドイツの経済は疲弊いたしまして、後にドイツ農民戦争が爆発するところまでいきます。 これからの日本においてこの封建諸侯に当たる労働力の移動を妨げるのは、権限と利権を持った官僚機構等でございます。そういったことが妨げにならないで、労働力がスムーズに動く、そして年齢観がスムーズに変わる、そして最後にこの近代的な、近代工業社会的な人生観が変わって、より若年出産が教育年限と重なってできるような、そういう社会モードをつくれば、日本の将来は非常に明るいのではないかと思っております。 どうもありがとうございました。
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。 次に、関沢参考人にお願いいたします。関沢参考人、どうぞ。
○参考人(関沢英彦君) よろしくお願いいたします。 私は、両参考人がマクロのお話をなさいますので、消費、ミクロな視点から消費の動向についてお話をしたいと思います。 最近の再開発地を、例えば東京駅前のオアゾですとか、汐留ですとか品川プリンスの辺りですとか秋葉原ですとか、歩いて、特に平日の昼間お歩きになりますと、団塊の世代あるいはそれよりもう少し上の特に女性がたくさん歩いていることにお気付きになるかと思います。秋葉原の場合は男性も大変多く、再開発された後、歩いておられます。連れ立って歩いているんですね。六本木ヒルズもそうでした。丸ビルもそうでした。私たちは、彼女たちのすごい元気な様子を見て、還暦ギャルであるというふうに名付けて、略せば還ギャルでございますが、この人たちはとても元気である。 考えてみますと、彼女たちが二十代のときにアンアンとかノンノという女性のライフスタイル雑誌が七〇年、七一年に登場しておりまして、彼らは、そうしたサブカルチャーといいましょうか、良くも悪くも消費文化の第一線で出てきたわけでございますね。彼女たちが今、その夫は退職、自分も退職の年齢になってきたということでございます。 レジュメにございますように、人が消費するときの条件というのは非常に単純でございます、内実は複雑ですが。まず、欲しいものがあるのかどうかということが重要でございます。 団塊の世代に焦点を当てますと、欲しいもの、男性の場合も女性の場合もございます。男性の場合、消費、余り熱心ではなかったんですけれども、大型テレビが大変売れております、御承知のとおり液晶、プラズマ。そのおかげで、かなり今度の景気の回復といいましょうか経済の回復にも消費面で寄与したわけでございます。女性の場合は、もう言うまでもなくいろいろ買っておられまして、ブランド品、その他の支えているパワーでございます。どちらかというと、女性の方がサービス消費、コンサートに行くとか旅行に行くといった局面が強いかと思います。後で申し上げますように、男性も退職をしますと旅にもっと行くと思います。男性の場合は、中高年になりましてもオタク的な嗜好が非常に強くて、物のメカニズムとか、そういうのが凝ったものを欲しがるというところがございます。 欲しい何かというときには、それが良いことを増やす商品か悪いことを減らす商品か。つまり、プラス面を増やしてくれる、楽しさ、ディズニーランドなんかそうですね。もっと楽しくしてくれる。悪いことを減らすというのは、病とか不安感を消してくれるものですね。年齢が高くなりますと、この不安感を消す、悪いことを消してくれるという消費に、ソリューション、解決ですね、何か解決してくれるという商品に大変注目が集まるかもしれません。最近は、チョコレートなども脳のストレスを下げるという形で缶入りのものをキヨスクに行くと売っております。最初、何だろうと思いましたら、それはチョコレートなんですね。ですから、若い女性に向けて何か夢物語のように売るというのはなくて、脳のストレスを下げる、だからビジネスマン買いなさいというアプローチに変わっています。 言うまでもなく、消費の場合、基本的に買うお金がないと駄目なわけですね、可処分所得でございますが。家計調査などからのデータで分析されたものを見ますと、六十代前半の場合、働いておられる勤労世帯の場合は大体毎月三十四万とか五万が入ってくる。年間三百万から四百万ぐらいは入ってくる。ただ、無職であると年金だけ、貯蓄の切り下ろし、切り崩しということで十七万円ぐらいということで、言うまでもなくこの退職された段階においては、階層とまでいきますかどうかは別として、可処分所得が高い層と低い層に分かれてまいります。 そして、貯蓄でございますけれども、貯蓄は日銀の世論調査などですと、五十代で金融資産が千五百万から千六百万、これは世論調査の結果ですが、六十代が千八百万ぐらいございますが、それに退職金が全体で、後でお話しあると思いますが、五十兆円ぐらい三年間で団塊の世代には下りるだろう。一人当たり、これはいろいろな統計ありますが、厚生労働省によれば二千万ぐらいであろうと。既に持っている全体、これは別な統計から出ていますが、百十兆円ぐらいの金融資産と足していくと百六十兆円ぐらいのストックが団塊世代の元にあるとも言われております。これはいろいろな推計がありまして、ずれはあるかと思いますが。 私が申し上げたいのは次のポイントで、買う時間があるかどうかというのは非常に重要であります。消費というのは、デパートに行ったときも、あの中を歩くというのは大変時間が掛かります。特に、今男性がデパートなどに行かないのは、サラリーマンであればやはり時間がないんですね。それだけの長期の時間がない。あるいは旅行を、一週間休むということができない。 かつて経済企画庁が作った言葉で時間消費型消費というのがございます。時間消費型消費というのは、消費をするのに時間が要る商品ということですね。テレビですと、見る時間がなくても買ってしまいます。買ってみようかと。車も乗らなくても買ってしまうわけですね。特に男性たちは、それで買って、使うのは奥さんや子供たちということが多いです。しかし、旅行の場合には、絶対休みを取れないにもかかわらずハワイ旅行の切符は買いません。つまり、時間が、きちっとゆとりを持って前もって予定が組めないとサービス消費は増えないんでありますが、今の日本はサービス消費の比率が非常に高くなっている。そうした結果、女性ばかりが消費するということですね。女性も働いておられますけれども、ある意味で男性よりは少し時間的に余裕、融通が利くということで、そういう結果になっています。 現在、五十代後半が九〇%以上働いておられるか職を求められている状況でありますけれども、六十歳を超えますと七割ぐらいが働いていて、六十五歳以上だと四六%ぐらいになります。今後、この年代ももっと働くとは思いますが、第一の職場に比べれば少しゆとりが出てまいりますので、そうすると旅その他、いろいろな可能性が出てくるかと思います。 それで、団塊の世代はこういう形でいろいろな条件を満たしているわけでございます。 団塊世代の引退で期待される市場として四つのトラと書いてございますが、まずトラベルでございます。国内旅行、海外旅行、これは旅行会社は今、一生懸命であります。これからお金を使いたいことという世論調査では、男の一番は国内旅行、二番が海外旅行、三番がインターネットでもっといろいろな情報を集めたい。女性の場合は、第一位が国内旅行、第二位が海外旅行、第三位が音楽、映画など文化的な需要ということであります。サービスにかなり偏っていますが、お金を掛けたいという意味では、今まで掛けてなかったので掛けたいということでしょう。 国内旅行ということでは、例えば二〇〇四年の京都への観光客が四千五百五十四万人で過去最高になりました。かなり、ですから年配の方々が京都その他の場所に行っていらっしゃるということであります。 それから、海外旅行でございますが、JTBやHIS等、その他の旅行会社が銀座地区に大変高級な旅、やや高いファーストクラス、ビジネスクラスを使った航空機の移動による旅行会社をつくっていたりします。それから、北欧の家具をオーダーメードする旅とか、それからシルクロードを巡る旅とか、そういうことが伸びております。現在、既に海外旅行は五十歳以上が三四%を占めております。人口で五十歳以上、今四割ですから、人口にほぼ比例して伸びているということでございますね。 この際、夫婦二人で行く、あるいは一人旅、最近は男性の一人旅も増えてまいりました。退職すればもっとそれは増えると思いますし、旅行に関しましてはクラブツーリズムというような形で団塊の世代から上を組織化しております。で、帰ってくるとみんなで集まって同窓会を開くわけですね。それでまた、リピーターと申しますか、また行きましょうねと、盛り上がってまた行くということになっております。 それからドライブでございますが、車、ハイブリッドカーとかコンパクトカー、スポーツカーなどが、この団塊の世代、大好きであります。モータリゼーションの第一期生ですね。逆に、今若い層は車に余り興味を持っていません。つまり、げた代わりであるんだからそんなに凝った車は要らないということですね。それから、大排気量のオートバイなどもこうした層が、団塊世代などが買っております。スポーツカーなども、夫婦で乗るかどうかは別として、オープンカーなどが大変売れておりますね。半分以上が団塊の世代が購入しているスポーツタイプの車もあります。 それから、トライというのは何らかのものに挑戦するということですが、インターネットのアクセスといいましょうか、もうやっている方は非常に多くなっております。インターネットというのは、退職してから遠く離れた人たちとつながっていく意味ではすごくいいメディアでありますね。インターネットが出てきたときに、駄じゃれでございますが、我々は引退ネットであると言ったんですが、引退してからの方がいいぞというぐらいのネットですね。 それから、健康関連食品は、団塊の世代は二割が大変健康に自信がある、六割がまあ健康に自信があると、八割ぐらいは健康でありますが、やはりいろいろ不安を抱えておりますから、健康関連の商品は大変売れております。テレビでこの商品がいいというとそちらになびくという、ここら辺はいろいろ過熱の状態が起きることもございますが、すべての商品が、さっき申し上げたようにチョコレートが脳のストレスを下げるとか、何らかの健康的な健康のメッセージを売るようになってきたわけですね。例えば、住宅であっても健康に悪いガスは出ませんとかいう売り方になってまいりました。 学習は、先ほどございましたようにその働く時期、出産の時期、いろんな時期をずらして大学などに行くということがあってもいいわけでございますし、どんどんこれから教育を受けたいという人が増えております。 それから、趣味。趣味は、ヤマハなどの音楽メーカーなどがかつて団塊の世代が若者のときに急成長したわけですけれども、再び音楽レッスンなどをしませんかとか、それから、難しいものにもう挑戦できませんからなかなか難しい場合もあるので、トランペットなどは口笛を吹くとそれがメロディーになる商品とか、いろいろなものを工夫しておりますですね。楽器メーカーは非常に熱心にこの趣味の部分を開発しようとしております。 それから、留学。短期留学などで日本旅行の場合、短期留学に、語学留学ですね、行くという人が五十歳以上の人数が四割をもう占めているということで、年配の人が英会話などを勉強に行くということでございます。 それから、これは消費ではありませんけれども、投資ですね。ただ、現在も、株式などは人口でいえば団塊の世代の三割程度で、額としても多くはないわけでございます。しかし、その可能性ということをねらっていろいろ金融機関は頑張っているということであります。 それから、ドラマ。消費におけるドラマというのは何かというと、少しドラマのあるシーンを持ちたい、外食ですね。外食産業は今この層に、居酒屋も含めて非常に熱心でございます。若い人ではなくて年配の人が来てくれるように。今後を考えますと、ファストフードや居酒屋などが午後の二時から午後五時とかいうアイドルタイム、暇な時間にこの層が来てくれて、孫と一緒にいてくれる。そして、孫の面倒は資格を持った人が見ていて、団塊の世代はおしゃべりをする、ビール一杯ぐらい飲むみたいな、地域の中で過ごす場というものをつくっていくことが大変重要だと思われます。 それから、おしゃれ。大阪に最近できましたそごうの心斎橋店などは、この年代層をターゲットにしまして大変伸びております。あるいは、再生に向かうカネボウ化粧品なども、十二万円のクリームですね、アンチエージングのクリームなどが大変売れておりますね。 それからリフォームでございますが、家庭の改築でございますね。おふろ場を直す。おふろ場を直して外の風景が見えるようにする。ある種、家の中に、温泉気分になりたい。それからサンルームを造る。もちろんバリアフリーもございますが、リフォーム需要が大変伸びております。 これに関連して、団塊の世代の今後を、まだ五年、十年はいいですが、もっと先を考えますと、大きな問題で浮上しますのが首都圏四十キロ圏とかにできました団塊の世代が多く買った住宅でして、子供の世代は遠過ぎて住まないんです。そうすると、その世帯のところは、車も運転できなくなりますと、公共交通機関もない、どうなるんだろう。特に団地などは一人減り、二人減りです。団地の明かりが夜になると半分ぐらいしか付いていないというような状況が出てくる。団地など、あるいは建て売りの郊外をどう再生するか、これは自治体にとっても今問題になってきております。 それからAV機器、オーディオビジュアルですね。さっき申し上げたように、秋葉原の再開発でここも元気になっていますが、団塊の世代などが買いたくなる昔のレコードも聴ける機器ですとか、いろいろなものが伸びておりますですね。大きなテレビもそうです。 それから、ドラマを生むという意味では、国内外に移住したいと。北海道その他はIターンといいましょうか、故郷ではないけれどもこの町に来て暮らしましょうということで、様々な誘致策をやっております。どのぐらいそれが成功するか分かりません。Uターンで地方から出てきた人は意外に帰らないだろうと言われていますが、東京生まれの人はかえって逆に自然の中に住みたいというケースも出てくるかもしれません。 こうした中で、今後の全体の流れでございますけれども、ここに「「三万日の大冒険」としての人生と団塊世代」と書いてございますが、現在、日本の平均寿命は、昨年の段階で男性が八十六歳、女性が七十九歳でございますね、大体でございますが、(発言する者あり)ああ、ごめんなさい、女性が八十六歳ですね、七十九歳は男性でございます。そうです、女の方の方が長生きですから。それで、平均しますと八十二年ちょっとですね。 第一ステージ、つまり二十歳ちょっとまでが七千五百日ございます、日にちにすればですね。つまり子供から青年期にかけてであり、教育の期間ですね。先ほどございましたのは、この期の中に出産なども組み込めるように、あるいはこの第二ステージの初期に組み込めるようにという御提案がございました。 第二ステージが現在は一万五千日、つまり六十歳ちょっとまで二十歳ちょっとからずっと働き続けと社会的な役割としての出産、子育てがあるわけですが、この第一ステージと第二ステージの間を少し境界線を緩くして、大学に行くのももう少し第二ステージに行ってでもいいし、出産も早くてもいいではないかということもございますでしょう。 で、人生五十年の時代は少数の人だけがこの第三ステージ、七千五百日以上を経験することができたわけですね。 全部足しますと、大体平均寿命は三万日ぐらいであると。きんさん、ぎんさんですと四万日近くなるかもしれませんが、普通の我々は三万日程度でありまして、この第三ステージに団塊の世代が入るということが消費その他どうなっていくのかということです。 私たちが行いました調査ですと、消費だけではなく、ほかの局面もしたいという意向は当然ございます。例えば、先ほどございましたように、仕事をしたい、ボランティアをしたい、趣味をしたい。この仕事、ボランティア、趣味を三項目全部やりたいという人は、調査では四三%がそういうことをしたい、三つやりたい。仕事と趣味だけで生きていきたい一三%、ボランティアと趣味という人が二二%で、多数派は仕事、ボランティア、趣味をうまくバランスを取っていきたいと。ですから、直接的な社会貢献であるボランティアもしたい、趣味にも生きたいということであります。その方が人生としてもバランスが取れるのかなという気がいたします。 この第三ステージで一番重要なことは、消費その他も含めて元気よくといいましょうか、打ちひしがれないで生きていく上で一番重要になりますのは、人との付き合いがあるかどうかということであります。健康はもちろん重要です。しかし、健康を害していても、人との付き合いがある方は助けたり助けられたりがあります。人との付き合いのない方はどうしてもこもってまいって、家にこもる。そして、夫婦いらっしゃるときはいいですが、お一人になった場合非常にいろいろと生きていく上で困難が伴うと。人との付き合いがすごくある方は消費も活発であります。ボランティアその他も活発でございました。これは第三ステージを過ごすための条件でございます。 あともう一つは、夫婦仲ということですが、いろいろな調査、我々の調査を見ても、引退を楽しみにしている団塊世代の夫というのは八五%、夫のうちの八五%が楽しみにしておりますと。団塊世代の妻は六割、六一%しか楽しみにしていません。一日じゅううちにいられるのかということが返ってくるんですね。それで、その残りの人は憂うつと答えている女性もいました。これは別な調査でも、生まれ変わったときに今の妻と結婚するかという率は、男性は七割であります。女性は、妻は五割でありまして、五割は違う人と、嫌だということでございます。 この夫婦で行動するかどうかというのは、日本は必ずしもカップルで行動しなくてもいい社会なので、まあ仲間集団でうまくやっていけばいいと思いますが、夫婦でいろいろやりたいという場合は、第一位がやはり国内旅行、第二位が海外旅行、第三位が食べ歩きであります。第四位が散歩、第五位がガーデニング、第六位がコンサートという結果でございました。 退職直後はさほどでもございませんが、もっと長期的に考えますと、さっき女性八十六歳、男性七十九歳と申し上げましたが、女性百人に対しまして、ゼロ歳、生まれたときは男は少し多めに生まれますから百五人いるわけですね。それが六十歳ですと九十四・六人になります。七十歳は男が八十六・七人になります。九十歳は三十二人になります。どんどんどんどん男はいなくなってきまして、百歳代になりますと、一対八が、一対七から八ぐらいでしたね、ちょっと忘れましたが、非常に比率が変わります。 ですから、高齢化社会というのは、介護する側、介護される側も含めましておばあちゃん社会である。女性の社会として消費をどう考えるのか、社会構成をどうするのかということも一つのテーマになってまいります。 以上で終わります。ありがとうございました。
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。 次に、鈴木参考人にお願いいたします。鈴木参考人、どうぞ。
○参考人(鈴木準君) 大和総研の鈴木でございます。よろしくお願いいたします。(資料映写) 私からは団塊世代の雇用問題などにつきまして、主として企業ですとか、場合によっては株主といったような視点から意見を述べさせていただきます。 私の資料の二ページ目に、今日お話し申し上げたいポイントを挙げさせていただきました。以下、資料に沿いまして、若干数字が多い点、恐縮でございますが、進めさせていただきます。 まず、三ページ目でございますが、団塊世代は人口構成上で突出したウエートを持っているわけでございますので、これは当然労働力としても同様です。左側のグラフはその人数を示していますが、この統計はまあ五歳刻みとなっている関係で、二〇〇一年時点の五十歳代前半層、これを見ますと、全体で一三%を占めていると。右のグラフは、それに賃金を掛け算いたしました賃金総額のシェアを見ております。人数では一三%ですが、賃金を掛けますと全体で一六%強、大企業に限定しますと一七・四%になるということです。 その要因は言うまでもなく、その年功的な賃金カーブでございます。平均的に見れば、日本的雇用慣行が崩壊しているというのはちょっと言い過ぎでございまして、団塊世代の方々というのはここ数年、現在まで非常に年功賃金カーブの高いところにいらっしゃる、たくさんいらっしゃるということです。しかも、団塊世代の方々というのは、それ以前の世代と比べましてやはり高学歴化が進んでおりますし、それから基本的には非常に長い勤続年数、転職されずに過ごされておりますので、当然賃金が高いということです。そうだといたしますと、二〇〇七年、定年退職をお迎えになりますと、これは言わばこういう状況、賃金のウエートが高いという状況が解消されていくだろうと予想されるわけです。 五ページ目、お開けいただきまして、左上が、私が少し前にその団塊世代が退職することによってどのぐらい企業の人件費負担が減るんだろうかという計算をしたものでございます。すぐ下のものは今年の七月に内閣府から出されております経済財政白書の中での試算でございますが、いずれをごらんいただきましても大体六%という数字でございます。六%というのは大きいのか小さいのかというのは非常に分かりにくいかと思いますけれども、私はこれは一時的なものではなくて非常に構造的なものだと思いますので、これは大きいという評価でございます。 例えば、財務省の法人企業統計という統計がございますが、これで二〇〇三年度の資本金十億円以上の企業の人件費総額見てみますと、これは福利厚生費を含めまして約五十一兆円でございまして、その六%としますと三兆円と。このとき企業の利益、幾らかと見てみますと、営業利益で二十二兆ちょっとでございます。それも二〇〇三年度というのは非常に好決算でございましたから、厳しい二〇〇一年度などで見ますと十七兆円でございます。こういった利益の水準と先ほど申し上げた三兆円というものを比べていただきますと、これはかなり大きいインパクト。 五ページの右側のグラフは、これはやはり七月でしょうか、厚生労働省の労働経済白書の中の試算値でございますが、やはりこれは全規模ベースで、十年間で六%、十四兆円、金額にして、賃金総額が減ると。ちなみに、全規模ベースでの営業利益といいますのは、二〇〇四年度で四十四兆円、二〇〇一年度で三十兆円にすぎないわけでございますから、この十四兆円というのはいかに大きいかということでございます。 要しますに、これは団塊世代が何か悪いということを私申し上げているつもりは毛頭ございませんけれども、日本の企業は、これは学歴が非常に高くて、勤続年数が長くて、年功賃金のピークですごいたくさんの従業員の方を雇うという状況が、これは歴史的必然で直面したと。しかも、九〇年代後半以降の厳しい景気の中でそういう状況に直面したと。これが日本企業だということでございます。 経済は、人と金、労働と資本を投入して営まれるわけでございますけれども、そこで生み出した所得といいますか、パイの分け方という意味では、最近の株式市場などでは、今まではちょっとやはり労働の方に手厚過ぎたのではないか、これが団塊世代の退職の方、退職ということを契機にして、その労働の方に手厚かった分、ちょっとこう資本の方にシフトする、こういう構造変化が起きるんじゃないかということがかなり株式市場などでは話題になっているということでございます。 ただ、こういうことを申し上げますと、そうはいっても労働力が減るわけですから、これはもうそもそも付加価値生産がそれで減るんじゃないかと、アウトプットがそもそも減るんじゃないかと。したがって、もっと働いてもらわなければいけないとか、それから個々の団塊世代の方にとっても年金の支給開始年齢の問題がございますから、働かなければいけない、辞めるわけにはいかないという反論は当然にあるわけでございます。私も、もちろん年齢とか性別とか関係なく人々が働けるような社会ということが是非とも必要というふうに考えておりますし、それが企業とか経済とかにとってプラスであることは間違いないわけですが、ただ、実際問題として団塊世代が今後どのぐらい雇用されていくのかということは、もう少し労働需要側の、つまり企業側の状況も見ておかなければ現実的ではないのではないかと思うわけでございます。 六ページ左側のグラフは、これは、左側でございますが、縦軸が「雇用判断」と書いてありまして、上に行けば行くほど雇用が過剰だと企業が考えているということでございまして、横軸は五十歳代の従業員のウエートでございます。つまり、五十歳代従業員のウエートが高い業種ほど雇用が過剰だというふうに企業が考えているわけでございます。 本日は詳細な説明をする時間がないかと思いますけれども、私の分析によりますと、これは一九九七年ぐらいからこういう状況が発生しておりまして、一九九七年と申しますのは、これは金融危機が発生した年として非常に象徴的ですが、人口の面ではやはり一九四七年生まれの方が五十歳代に入られた、入られ始めた年でございます。つまり、実は五十歳代でこうやってかなり関係があるという説明は九七年以降できる話でございまして、それ以前は実は四十代でこういう説明ができるということでございますから、私はその雇用過剰感の背景にやはり団塊世代というのが常にあったのではないかと考えております。ですので、少なくとも年功的な賃金を伸ばすような形で雇用延長というのはかなり難しいのかなと。 それから、雇用過剰がもたらした効果、あるいは今後もそういうことが仮に続いた場合の効果を考えてみますと、例えば、これは企業収益を圧迫いたしますので設備投資抑制的になる。それから、これは今年の経済財政白書でかなりページが割かれておりましたけれども、どうもその団塊世代の雇用あるいは雇用過剰感という問題と若年雇用、これが何らかの因果関係があるというようなことが示唆されております。つまり、団塊世代がお辞めになるということはこれはマイナスでございますが、確かにマイナスでございますが、それによって例えば設備投資や若年雇用が抑制されていたとすると、これはネットアウトして将来どうなるかというのはまた別な問題だというふうに思うわけでございます。 もう少し生の数字で、七ページでございますが、左側、これは定年引上げの課題として企業が考えておることですが、七割以上の企業が給与体系の見直しを挙げておりますし、それから右側、これはかなりの企業がここ数年、希望退職ということでいわゆるリストラを行ったわけでございますが、その効果としてやはり人件費の減少ということを挙げておられるということです。 それから、八ページの右上でございますが、既に七割以上の企業、これは統計によっては八割ぐらいの統計もございますが、いわゆる継続雇用制度、これは再雇用ですとか勤務延長とかそういう制度でございますが、そういう制度はもう既にかなりの企業お持ちなわけでございます。ただ、すぐその下でございますが、継続雇用適用者種類というグラフでございますが、原則として希望者全員としている企業というのはおおむね二割前後でございまして、大多数は一定の制限を置いて極めて限定的に運用しているというのが実態でございます。 じゃ、先行きはどうかということで、九ページをお開けいただきたいと思いますが、九ページ右側が、これがやはり夏ごろ発表されました厚生労働省の調査を引用させていただいておりますが、全体でごらんいただきますと、今後六十歳以上の雇用を増やすとお答えになっている事業所というのは全体の一一%にとどまっているということでございます。それから、これは資料をちょっとお示ししておりませんが、やはり七月に内閣府の研究会の報告書が出されておりますけれども、ここでその高齢者雇用の方針についてのアンケート、これ見ますと、最も多いのが、当面、社会的に要請される範囲内での最小限の対応にとどめたいと、これが四一・六%でございます。六十五歳までの本格的な就労の場を積極的に確保したい、こちらは二一・一%にとどまっているという状況でございます。ですので、労働力が減って大変だという議論があるわけでございますが、労働需要がない可能性というようなものがあるということでございます。 じゃ、どうすればいいかということでございまして、十ページをお開けいただきたいと思います。ちょっと発想を変えまして、私の基本的な考え方をここで申し述べさせていただきたいと思うんですが、まず労働力が減って困るというときに、まずその前に現在でも使われていない労働力がかなりあるということでございます。雇用情勢というのは、最近はかなり良くなってきてはおりますが、直近でも二百九十万人程度の完全失業者がいらっしゃる。それから、この失業者には含まれていない、就業希望だけれども求職活動を行っていない、こういう方が数百万人単位でいらっしゃいます。ですので、確実に起こる団塊世代の退職を余り心配するよりも、その時点その時点にいる人たちができるだけ成長性のある産業や企業に雇用されるということを考える方が私はよほど重要かなと、まず考えているわけです。 特に最近は、若年雇用の厳しさは御案内のとおりでございます。十ページ右側でごらんいただきますように、若年層の厳しさというのは婚姻率とも私は関係していると思っておりまして、つまり日本の場合、婚姻率が低下すれば出生率も低下するということでございますから、実は若年雇用対策というのは少子化対策でもあるというふうに思います。 それからもう一点、人口減少と高齢化と経済の関係について十一ページの方で申し上げさせていただきたいのは、まずそもそも日本の生活水準がこれまで向上してまいったのは、人口が増えたからとか労働力が増えたからというのは私は少し違うのではないかと。これは当たり前でございますが、人口が増えた分だけ国民所得が増えても、一人当たりでは何も変わらない。これは経済成長とは呼べないわけでございます。過去五十年を振り返りましても、人口というのは一・四倍ぐらいに増えたわけですが、一人当たりの実質の所得が七倍以上増えておりまして、それで日本経済は十倍以上に拡大したということでございますから、今後の人口減少を考えてみましても、五十年、今からかけて五十年前に戻るぐらいのスピードでございます。これは速いわけでございますが、それにしても、率にして年率で〇・六とか〇・七のマイナスでございますから、一人当たりの所得というのは、常識的には、年率で二%ぐらいは増えるというのが私は常識的だと思いますので、日本経済がそれでマイナスになるという話は少しちょっと変かなと思っております。 それから、もちろん高齢者が増えますので、人口に占める働く人の比率が下がってしまう、これが問題だというのはそのとおりでございます。ただ、これにつきましても、いろいろ数字をきちんと見てみますと、経済成長にとってやはり働く人の比率の寄与というのは非常に小さくて、基本的には働いている人の生産性の向上の度合い、これが経済成長を決めているということに帰着すると思います。つまり、頭数ではないということでございまして、そういう意味で、人が増える、減るということを余り過大に評価すべきではないという意見でございます。 それでは、残された時間で政策面についてちょっと申し上げたいと思います。 私が申し上げるまでもないわけでございますが、来年四月から、年金改革と一体的に改正が成立いたしまして、改正高年齢者雇用安定法が来年四月から雇用延長の部分が施行されるわけでございますが、二〇一三年までかけて企業に対して六十五歳までの雇用確保を義務付けるということでございます。 これに対して企業はどう対応するだろうかという予測をしてみますと、まず、解雇が厳しく日本は制限されておりますし、定年制というのはやはり労使双方にとってかなりメリットが大きい制度でございますから、これの廃止というのはちょっと考えにくいわけです。それから、六十歳定年というのはかなり幅広く中小企業も含めて定着をしておりますので、何というんでしょうか、それを前提にいろいろな給与制度ですとか人材戦略ですとかを運営しておりますから、直ちに定年自体を延ばすということも難しい。そうなりますと、大部分は再雇用制度という形で継続雇用制度ということになります。 そして、今回の制度、新制度の中でも希望者全員を対象としない。これは労使協定で決めるとか、労使協定が残念ながら調わない場合には企業が決められると。そういうことが許容されておりますし、先ほどごらんいただきましたように、現状既にそういう制度をかなりお持ちの企業が多くて、限定的に運用されているということでございますから、私は来年の四月から何か六十歳前半の雇用システムが劇的に変わるという見通しは持っておりません。ですから、かなりゆっくりと労使双方模索しながら進むのが現実的なシナリオではないかと思うわけです。 もちろん、新制度が始まってみないとはっきりしないわけでございますが、一点付言をさせていただきますと、これは堺屋先生も先ほどおっしゃっておられましたけれども、仮に企業に対して一律的、強制的に高齢者雇用を義務付けるような政策運営がいろいろな面からなされることになりますと、これは企業側あるいは資本の出し手として企業を評価しております株式市場などはかなりネガティブな評価を恐らくするだろうというふうに思います。ですから、そういうことは避けるべきであろうということでございます。 それから、雇用確保を六十五歳までというのは、言うまでもなく年金の支給年齢の問題でございますが、これも私はやや疑問に思いますのは、一階部分について所得の空白期間が生じてしまうというのはそのとおりでございますが、二階部分は、これは六十歳支給、団塊世代の方はお受けになるわけでございます。 九四年だったと思いますが、年金改革で一階部分だけにその引上げがとどまってしまった。この理由の一つは、六十歳定年が一般的だからというのが一つの理由だったというふうに思いますので、私は現状の雇用と年金の接続の問題の、まあ制度を見てみますと、現状はどうも雇用も年金も両方というようにちょっと見えてしまう、そういう感じがいたしております。 時間の関係もございますので、ちょっと飛ばさせていただきまして、十四ページで技能承継の問題に対する対策ということで少し申し上げたいと思います。 これは非常に最近話題になっておりまして、二〇〇七年問題の一つというのは、仮に団塊世代の方だけがお持ちの技術とかノウハウとか、そういうものが伝承されていないと、非常にそれこそ生産性の低下につながるという懸念でございます。ただ、よくよく考えてみますと、技能を承継するという話は特定の世代に限った話ではなくて、企業では脈々と普通はやっている話でございますし、それから団塊世代の定年というのは、これは相当前から分かっていたことでございます。 つまり私は、そういうことが問題となり得る企業ですとか職種、産業というものがあり得るとは思いますけれども、日本全体でどういうことになっているのかということ、そんなに言われているほどなのかということについては十分な証拠はないように思うわけです。個別的にも、そういうことは十分対応しているという企業のお話も耳にしておりますし、そういうことが例えば経済団体ですとか労働組合ですとかでかなり体系的、組織的に議論されているという話も余り聞かないわけでございまして、既にごらんいただいたように、六十歳代前半の雇用の需要というものがそんなに強くはなさそうであるということでございますから、若干そういうところはあるかもしれませんけれども、それを大上段に構えて見通しを立ててしまうと、ちょっとミスリードかなというのが私の意見でございまして、むしろ六十歳で辞められるはずだったとお考えになられる方も大勢いらっしゃるという話も聞いておりまして、企業は、退職されて困るようでしたら、それなりの待遇を提示をして、正に再雇用を法律で義務付けられるまでもなくするということで対応が可能だということでございます。 最後に、まとめという感じで、私は活力のある明るい高齢化社会ということの実現が十分可能だというふうに考えておりまして、十五ページは、これは団塊世代御自身が就労のためにどういう条件整備が必要かと。一言で申し上げれば、非常に勤労意欲は高いわけですし、その理由としては、社会とつながっていたいですとか、社会に貢献したいですとか、そういうことでございますから、私は、これからの働き方というのは、正規社員としてフルタイムということではなくて、短時間の労働と余暇を組み合わせるですとか、先ほど来お話あるボランティアですとかNPOですとか、そういう多様な雇用形態を提供して、お一人お一人のライフスタイルに合わせて選択できるような、そういう形の方向だというふうに思います。 政府ですとか企業が画一的にこういう働き方をしなさいということを強制しても、これはワークしないというふうに思うわけでございますので、何というんでしょうか、高齢者の能力を発揮していただくためにも、なかなか無理が利かないとか、そういうことが現場ではあるわけでございますから、個々人、様々な事情を持つ個々人の選択にゆだねるというのが基本的なスタンスであるべきではないかと思います。 それから、十六ページは、これまでの高齢者とこれからの高齢者は、働き方にしろ生活スタイルにしろ、恐らくまるで違うということでございます。先ほどモータリゼーションというお話がございましたけれども、恐らく団塊世代の方というのは、これはもう自動車が大衆化した中で生活されてきておられますから、一生恐らく自動車乗り捨てないわけですね。それから、ITに関しましても、これ企業で相当訓練を積まれておりまして、退職されてもITリテラシーというのは中年、若年層と遜色がないわけでございます。ですから、かなりこれまでの高齢者のイメージで見ると違ってくるだろうと。 最後、十七ページは、これも一つのデータの御提供ということでございますが、これは二つ調査をお示ししておりますけれども、大体二割ぐらいの人が起業、業を起こす方の起業でございますね、これを二割ぐらいの方が考えていらっしゃる。つまり、団塊世代という方は人数が多いわけですから、これは相当のシニアベンチャーといいますか、シルバーベンチャーといいますか、そういう予備軍が相当いらっしゃる。例えばこういうところに自治体がサポートするというようなことも、これは活力ある働き方あるいは活力ある社会という意味で非常に有効な取組ではないかということでございまして、最後まとめさせていただきますと、高齢者を無理やり企業に張り付けるというような発想ではなくて、非常にアクティブさを持ったこれからの高齢者の自由な発想と選択にゆだねる。 それから、六十歳代前半というのは、これはもうライフサイクルでいいますと一番資産残高が高くて、本来一番楽しむべきライフステージです。ですから、何かがむしゃらに働き続けるということではなしに、先ほど関沢先生からたくさん詳細なお話ありましたような消費をむしろ楽しんでいただくということの方が、これは、残された現役層はそれで需要が増え、生産性も上がって、経済成長もすると。それはまた年金の制度の運営もそれでかなり厳しさがかなり緩和するということでございますから、そういう好循環をつくるということが私は二〇〇七年を起点に十分可能ではないかと考えておるものでございます。 以上でございます。御清聴ありがとうございました。
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。 以上で参考人からの意見聴取を終わります。 これより参考人に対する質疑を行います。質疑はおおむね午後四時をめどにさせていただきます。 なお、質疑者及び各参考人にお願い申し上げます。質疑及び御答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから御発言いただくようにお願いいたします。 また、多くの方が御発言できますよう、一回の発言はおおむね三分程度とさせていただきます。 なお、質疑の際は、最初にどなたに対する質問であるかお述べいただきたいと存じます。 それでは、質疑のある方は挙手をお願いします。 中原爽さん。
○中原爽君 自民党の中原でございます。 堺屋先生にお尋ねしようと思いますが、先生のレジュメの二ページ、テーマ三がありますが、その一番最後のところですけれども、二十二歳から六十九歳までを生産年齢とすれば、二〇一〇年で生産年齢の人口が六三・八%と、こういうふうにお書きになっておられます。 この六十九歳までという概念で考えますと、現在の労働人口という概念はなくなるわけでありまして、すなわち、六十九歳までの間に定年の年齢があり、それから年金支給の年齢があるわけであります。現在、この年金支給と定年の間の問題もありますけれども、いずれにしても、先生が十月号の月刊誌でお書きになっておられますが、タクシー業界が年金兼業であるということでありますけれども、こういう年金兼業の業態が増えていくということについては、恐らく団塊の世代が進行する中でこういう現象が起こるんだろうというふうに思います。 そうしますと、今後、労働人口とか従属人口とか、そういう概念ではなくて、全体の日本の社会の流れの中で六十九歳までのこういう生産年齢をどのように考えていくかということが問題であって、一番その中で、国といいますか、政府の問題としてはやはり年金の支給年齢をどうするかということに恐らくなるのではないかというふうに考えておりますが、このような意見申し上げて、いかがでございましょうか。
○会長(清水嘉与子君) 堺屋参考人、どうぞ。
○参考人(堺屋太一君) 私の資料の第二図を見ていただきますと、そのことが示されているんでございますけれども、現在、厚生労働省などは生産年齢という言葉を使っておりますが、これが十五歳から六十四歳まで。現在、十五歳から働いて家計を立て税金を払えるという人はよほど運のいい少女タレントぐらいでございまして、めったにおりません。現実に見ると、やはり二十二歳ぐらいが平均。十八歳から働ける方もおられるけれども、医師、弁護士等大学院に行く人はもっと遅いわけですから、それで二十二歳から六十九歳までを取ってみますと、まだ大変、十数年、平成三十年ぐらいまでは高い比率を占めていると。したがって、この年齢が働けるようにするにはどうすればいいか、これがこの七十歳まで働くことを選べる社会ということだと思うんです。 年金との関係ですが、私は、あくまでもこれは働くことを選べる社会であって、働かねばならない社会であってはならないと思います。したがって、今言われている六十五歳からの年金支給というのはそのままとどめまして、ただし、年金で受けた所得も働いて受けた所得も合算して課税すると。そうすると、働いてくれる人が増えれば、年金は出ますけれども税収が増えますから、それでバランスを取るように考える方がいいんじゃないか。働いたら年金が止められるから損だとか、あるいは扶養家族から外れるというようなことで、働きたいけれども働かないという人がいるのは非常に不幸なことだと思いますので、やはり年金は余りいじらないで、そして年金併用型で六十五歳から六十九歳まで五年間は働けると、そういう形の方がいいんじゃないかと考えております。
○中原爽君 ありがとうございます。
○会長(清水嘉与子君) よろしいですか。
○中原爽君 はい。
○会長(清水嘉与子君) ほかにいかがでしょうか。 それでは、加藤敏幸さん。
○加藤敏幸君 ありがとうございます。民主党の加藤でございます。 まず鈴木参考人にお伺いいたしますけれども、お話を端的に少しまとめてみますと、団塊世代については速やかに非労働力化を図りと、そういうことによって設備投資なり潜在化している労働力が開発されるとか、あるいは若年雇用問題の解決が、そのことが少子高齢化対策につながっていくと、こういうふうな印象を受けたんですけれども、ということは結果として、こういう調査会で議論をするのはいいけれども、政策的にはもう余り手を掛けない、特に団塊世代の対策については余り考えなくてもいいんではないかと、そういうふうな総体的な受け止め方でいいのかどうかということについてお伺いをしたいということが一つ。 それからもう一つは、堺屋参考人にお伺いしたいんですけれども、私も団塊の世代ですから、名付け親に会ったような、そういうことですけれども、先ほども中原委員の方からも質問がありましたけれども、タクシー運転手のことが事例にのっていますけれども、私どもの立場からいうと、年金を受給しながら労働市場に参入されている方は、ある意味でそうでない方に対して価格競争力があるというのか、そういう側面もあるということから、大阪の場合は最低賃金問題にまで、タクシー運転手の賃金水準が相当火を噴いているというふうに我々も観測をしておるわけであります。 そういうようなことから、やはり年金受給なり、それを労働市場、本人の労働による所得と年金との所得の取扱いの問題をどうするとか、それから先ほど鈴木参考人の方から言われた、ある意味で速やかに退場いただきたいという世代が年金をもらいながら労働市場に残っていくというふうなことが、結果として正に現役世代の公正労働基準という、そういう分野に対してマイナス面の影響を与えることについて、それも放置するべきなのか、あるいは政策的に何かお考え、ヒントがあるのかということ等についてお伺いをしたいと、こういうことですけれども、よろしくお願いします。
○会長(清水嘉与子君) それでは、鈴木参考人からどうぞ。
○参考人(鈴木準君) 今先生おっしゃられた大体お話を私は今日させていただいたというつもりでございます。私、株式市場の関係者なんかと話しておりますと、やはり速やかに退出すべしというようなことを資本の出し手は非常に今言っていると思います、実際。 私が申し上げたいのは、例えば年金と雇用の接続の問題というのも、これは、私が今日申し上げた話というのはあくまでも平均の話でございますから、実際は政策でもう少しきめ細かく、要するにばらつきが相当大きいわけでございますから、そのばらついたところを何かサポートするということは必要でございますが、やはり基本的には政策は平均というのが私は重要だと思いまして、その平均を考えますと今日申し上げたようなことが言えるのではないかと。 それから、ばらつきのところへ対策を打つためにも、これは基本的には、今ある例えば所得をどう分配するかというこのゼロサムの議論ではなくて、やはり我々これから人が減っていく経済でございますから、いかにパイを増やすかということをもっと考えないと、例えば一千四百兆円金融資産あるというふうに言いますけれども、結局このリターンというのは物すごい小さい、つまり宝の持ち腐れのようになっているわけでございますね。お金の使い方もうまくいっていない。 そういう意味では、どういうふうにやればパイを増やして、パイを増やせばそれはまたいろんな形で皆さんで分配し合うことができるわけでございますから、私は必ずしも経済成長とかGDPは何かすばらしいものだとは全く思っておりませんけれども、ただ、そういうことを考えていった方がやはり、全体がやはりうまくいく。私は、今年金の水準というのは私は非常にまだ高いと、給付水準高いと思っておりまして、そういったものを維持しながら実際の労働者に非常に過重な保険料負担を、この秋もまた上がりましたけれども、ずっと保険料を上げていくというこのシナリオが一番最悪だというふうに考えております。 ちょっとお答えになっているかどうか分かりません。以上でございます。
○参考人(堺屋太一君) かつては兼業農家というのがありました。兼業農家というのは農業所得がある上に実物がある、住宅がある。それで、かなり安い賃金で働く人がおりまして、これが地方に工場分散をしたり、あるいは日本の下請企業を支えたり、いろんなことがありました。労働市場というのは、いろんな条件の人々が相互に生活して、それでバランスが取れているものです。 年金を国が支払う、例えば六十五歳から支払うというのは、やはりそれだけの健康的な、肉体的なハンディがあると認めておるわけですから、三十代、四十代の人と同じ条件で競争するということにはならないと思うんですね。だから、最低賃金の問題は別にございますけれども、この年金兼業の方が入ってくることでそういう労働市場が最も適切に、年金兼業型の六十五歳以上の人が働けるところはその人たちが、そして若い人でなければならぬところは若い人たちがというようなすみ分けが起こってきて、日本社会全体が、私は資本の取り分とは申しませんけれども、全体がローコスト社会になる。そうすると、生活費も下がるし、その中でまたローコストな商品、これは今は随分百円ショップが出てまいりましたけれども、そういうようなものを楽しむ。そして、そういう人も時には豪華な旅行をするとか豪華な食事をするとか、そういう消費の選択性、労働の選択性と消費の選択性、企業の側からいうといろんな種類の雇用が雇える、そういった中で日本社会全体が再び活力を持って、ローコストの部分、国際競争に耐えられる部分、あるいは高齢者、所得の低い人も文化的に暮らせる、そういった社会が、多様な社会が生まれると思いますね。
○会長(清水嘉与子君) 加藤さん、よろしいですか。
○加藤敏幸君 今日は。
○会長(清水嘉与子君) それでは、ほかに。 では、中島啓雄さん、どうぞ。
○中島啓雄君 自由民主党の中島啓雄でございますが、今日はありがとうございました。 まず、堺屋先生にお尋ねしたいんですが、七十歳まで働くことを選べる社会というのは私も大賛成でありますし、逆に言えば七十歳まで働くことが魅力ある社会をつくることが必要じゃないかと思うんですが、この三ページの方で、そのために四つの政策が必要だと。これは大変ごもっともだと思いますが、ただ現実問題として、給与面は年金と一緒、年金と併せて多少下がるぐらいでやむを得ないのかもしれませんが、部長とか重役とかいった経歴を持った方はなかなかメンタリティーを改造するのが難しいとか、あるいはIT時代になってミスマッチがあるとか、いろんなバリアがあると思うんですが、その辺について、一番メンタル的なバリアを解消するにはどうしたらよろしいか。年金制度も本当は私は七十歳ぐらいで受け取るようにするのが一番有利になるような、必ずしも七十歳からとは言いませんが、有利になるような制度をつくるべきではないかと思うんですが、その辺についてももしコメントがあれば伺わせていただければと思います。 鈴木先生に、同じ質問といいますか、七十歳まで働ける社会というのを積極的につくっていったらどうだというような堺屋先生の御意見についてどんな御感想をお持ちか、教えていただければと思います。
○参考人(堺屋太一君) まず、年金の制度を、いつからもらったら得かという、それはおっしゃるとおり、七十歳ぐらいからもらった方が早くもらうより得な制度にするというのは、これは非常に賛成でございますけれども、年齢、幾つまで生きるかということでどう計算するかというのは非常に難しい問題ですが、それはそのとおりだと思います。 問題は、我々団塊の世代、もうちょっと上の者からずっと年功序列の世界に生きてまいりました。そして、その中で特にお勤めの方にはサラリーマン特有の序列があるんです。それは、大企業の方が格が高い、それから会社の中では部長とか課長とか役職が付いている方が格が高い、それから長く勤めている人の方が格が高いという概念が、これは戦後生まれたんですね、戦前はそういうことはなかったんですけれども。戦前はもう財界人あるいは有名な人の職歴を見ても転々と移りながら、動いている人が多いんですが、戦後はそういう序列ができてしまいました。 定年になって勤めると、大変これが落ちたような感じをお持ちになる方が多うございます。例えば私の事務所で、大銀行にいた人を採用しようという試験をしたことがあるんでございますけれども、やはり私のところでございますと職員が二人しかおりませんから、帰るときには掃除をして帰ってくれと言ったら大変抵抗があって、掃除ぐらいだれかにさせたらどうですかと。いや、あなたと私の二人しかいないんだから、私が半分するからあなたも半分してくれと言ったら、嫌だと言うんです。そういうところが確かにあります。 けれども、自分で業を起こすつもりでお考えいただくと、やはりそれが、それだけ権限範囲が広くなる、そういうような思想を持ってもらう。それで社会的一つの風潮として、自ら小さな事務所であれ新興企業であれ都心でない企業であれ、そういうところに働くことの楽しみを植え付けていく、これを一つの社会風潮として、私は社会的運動として行う必要がある。戦後ずっと、規格大量生産を定着するために、大企業に終身雇用していることがいいことだという宣伝してきたわけですね、戦前はそんなことなかったんですが。だから、これは本人の問題でもありますが、社会の主観、いわゆる社会主観の問題として変えていく、そういう運動は必要だろうと思っております。
○参考人(鈴木準君) 先ほどの加藤先生の御質問のときにちょっと言葉足らずだったかもしれませんけれども、私は、正に能力と意欲をお持ちの方であれば年齢に関係なくいつまでも働けるようなそういう社会というものをやはりいろんな形で実現していくべきだというふうに思っております。 現状ですと、公的年金というのは、本来、所得稼得能力がなくなったときのための社会保険だというふうに私は理解しておりますので、現状のように非常に潤沢な年金ですね、これは私は三割ぐらいもう高いんじゃないかと、必要な支出と比べて三割ぐらい高いんじゃないかと思っておりますし、ちょっと今スクリーンに出させていただきました、これ左側のグラフは、何と既受給者、もう既に受給されている方の半分以上は生活費を十割以上賄えるとお答えになっている、こういう年金ですね。こういう年金を、非常に若年の高い年金保険料負担でやっていくという形ではなくて、こういう潤沢な年金を供給していますと結局働かずに済むという側面も出てまいってしまいますので、これは中島先生がおっしゃった、七十歳で選択できるようなというのは正にすばらしい私はアイデアだと思います。働けなくなったら年金を受給すると、そういう仕組みというのは私も一番よろしいのではないかと。働ける間は、働きたい人は能力に応じて働くということだと思います。
○会長(清水嘉与子君) よろしいですか。 それでは、ほかに。 円より子さん、どうぞ。
○円より子君 民主党の円より子でございます。 今日はお三方の大変いいお話を伺いまして、ありがとうございました。 是非、お三方にお聞きしたいんですが、例えば鈴木先生のところでは、団塊の世代はその前の世代に比べて高学歴化したと書いていらっしゃいます。確かにそうなんだろうと思いますが、私も実は団塊の世代でございまして、堺屋先生の御本はもうずっと読ませていただいてきたんですが、私の世代は、四年制大学に入ったパーセンテージは、女性の場合は多分六%台です。今はその六倍ぐらいになっておりますから、まだまだ大変少なくて、そして団塊の世代は専業主婦率が大変高い世代だったんですね。 働き続けた方でもほとんど昇進せず、男女雇用機会均等法のずっと前ですから、昇進もせず昇給もせず、ずっと同じような単純作業を続けてきて、私が、堺屋先生のように柔軟な、七十ぐらいまで働けて、それも多様な働き方できる社会だといいわねなんて周りじゅうに、よく同窓会なんかで話しましたら、こんなつまらない仕事早く辞めたいと。そしてまた、そこから、六十、五十八ぐらいで辞めて起業するというのも大変だとおっしゃる方々が多かった。逆にまた、専業主婦の人は子離れした後で様々なNPOですとかボランティア活動をなさって、大変有意義には生きがい持って暮らしていらっしゃるんですが、例えば市町村の教育委員会などでイベントやいろんなカルチャーセンターなどやっても、正職員じゃありませんから物すごく収入は低いんですね。大学にまた行き直して非常勤の講師になってもまた収入が低くて、とても食べていけるような状況じゃない方が多い。それから、働き続けた人も、同じ厚生年金でも男女差が大変大きいです。 そうしたこと様々考えますと、是非専門の三人の参考人の方々にお聞きしたいんですが、団塊の世代の問題というときに、何だか私にはいつも男性だけの問題しか入ってないような気がいたしまして、これからどっと出てくる女性の独り暮らしや老後の暮らし、収入、年金、どういう生き方をしていったらいいのか。そうしたものに対するちょっと青写真みたいなものと、政策的にはどんなものが必要なのかといったことをもしお話しいただければうれしいんですが、よろしくお願いいたします。
○会長(清水嘉与子君) それでは、鈴木参考人からでよろしいでしょうか。どうぞ。
○参考人(鈴木準君) 私の本日申し上げたお話は、実は暗黙のうちに、これはおっしゃるとおり男性を想定しております。四ページの左側のこの学歴も、これは男性労働者についてのグラフでございまして、先生おっしゃったことは正にそのとおりだというふうに思います。 やはり女性の団塊世代のお話というのはまた別な切り口でやらないと、団塊世代よりも上の世代と御結婚されていらっしゃる方が相当いらっしゃって、それは家計という単位で見た場合でもやはりちょっと違うということでございますね。 ですから、高齢、無職の単身の女性世帯の生活が非常に厳しいというようなことは言われておりますし、私は今日は、あくまで申し上げたのは男性の平均のお話でございましたから、それはやはり別途、ちょっと今直ちに何かアイデアはないわけでございますが、それは別途きちんと見ていく必要があるというのはそのとおりだと思います。
○参考人(関沢英彦君) おっしゃるとおり、女性、私は、いただきましたタイトルは団塊世代の引退と消費行動と。引退することが発生するのは男性が非常に多いわけですが、女性のフルタイム、さっきおっしゃったように大変厳しい状況の中で働いてこられた、その方々を集めてインタビューをずっと続けたことがあります。 男性と違うのは、先ほど御指摘があったように、確かに単純労働だったので辞めたいということもあるかもしれませんが、極めて意識的に今後の人生設計をきちっと持っておられます。日本社会においては、男性はそういう人生、自分の人生を長く考えるという視点がございませんで、定年間際になって慌てて考えるわけですね。女性の場合は結婚した時点、それから子供を、第一子を産んだ時点、第二子を産んだ時点、そこで就業を続けるかどうか、その他いろいろ人生上の決断をなさって生きてきているんですね。それに比べますと、男性の場合、初めて定年間近になっておろおろするわけですけれども、女性の場合、そういう意味で非常に前向きの退職後のプランを立てておられました。 私に与えられています消費の局面でいいますと、女性の場合はパートタイマーなどが多いので、五十代も働いておられる方非常に高いですが、パートが多いですね。時間的余裕があるということで、男性が消費する時間がないのに比べるとございます。女性の場合の特徴は、自分のモデルというか、消費の目標が年下の娘とかそういう若い人の、さっき御指摘があったように、どんどん女性は自由に動けるようになってきて、私が今娘の年だったらこういうことできるのになと常に思っていまして、そういうのがモデルになっていますね。ですから、非常に若向きの、そういう行動も、若い人の雑誌を見るとかそういう傾向がございます。男性の場合は年下の息子を消費モデルにするということはほとんど考えられませんで、自分自身の若いころのノスタルジーに浸るという傾向が非常に強うございまして、これは違いますね。 今、鈴木参考人からもありましたように、年齢差、現在の日本でも夫婦の年齢差は男が三歳上というのがなぜかずっと続いております、平均値にしますと。さっきの、女八十六、男七十九、つまり七歳差と足しますと十年。つまり、女性は確率的に言えば十年独りで暮らすということがございます。したがって、消費だけではなく様々な人生プランをきちっと考えておられて、ですから六十前後に起こる節目というのはほとんど大きなものとしてとらえてないんですね。男性の場合はその時点でおろおろすると、どうしようかという辺りが大分あるんですが、女性の場合はそういうのがない、もうちょっとロングプランの中で考えておられる。 一つ大きなテーマは、さっきも申し上げましたが、親が大体、団塊の世代、生きていらっしゃる方、これはきちっとした統計ありませんが、二割から三割ぐらいだと思いますけれども、その場合に親の介護の問題が、まあなかなか男が手伝わないということもあるんですけれども、最近は実母を見るケースが増えていますけれども、そうした介護の問題が女性の場合入ってまいります。当然男性も入ってくるんですが、女性の方が生き残るということもありまして介護の問題を発生するという、ここに別な側面があるかと思います。
○参考人(堺屋太一君) 今、関沢さんがおっしゃいましたように、非常に女性は器用に年を取っていきます。それに比べて男性は不器用で、定年を迎えて浦島太郎みたいにがっくりそこで年を取る、そういう例は多いんです。けれども、この問題と委員の御指摘の問題とはちょっと本質が違うんですね。 私は、今まで、近代工業社会の中で終身雇用の正社員優先だという前提があったんですね。だから、それをずっと続けてきた男性と、まあ男性の中でもそうでない人いますけれども、それも比率が少なくて、パートタイマーや時給設定の女性と、こういう過去の勤め方で今区別する思想が非常に広がっておるんですね。これからは団塊の世代がどっと出ます。今まで定年の人は何十万人ずつ出たんですけれども、大体男性の定年は過去の勤めを引きずって、あの人は何とか省に長年いたとか、何とか会社に長年いたとか、どこやらの支店長をしていたとか、そういうのを引きずって就職していたもんですから、非常に終身雇用の中にいた、そういう見方をしていた。 ところが、これから団塊の世代が定年になりますと、現役世代に比べて大きいもんですから、この人たちは過去の職歴を引きずるよりも、本当に自由な労働者として新しいところへ出てくる。そうしますと、過去にパートタイマーだった女性も正規社員だった男性も、非常に急速にこの概念が変わってきて、むしろずっとパートをしておられた女性の方がこれからは勤めやすい。銀行で支店長をしていた人なんてかさ高いだけだというような逆の局面が起こってきて、むしろなだらかな加齢化が女性の方が進む。そういうことをまた社会的雰囲気としてつくり出していく運動が必要だと思うんですね。そうなりますと、女性はやはり器用に年取る状態が七十歳まで、後々まで続くんじゃないか、そういう期待を持っております。
○会長(清水嘉与子君) よろしいですか。
○円より子君 ありがとうございました。団塊の世代は常にいろんなものを変えてきましたので、その数でまたそうした形に変えていきたいと思います。 どうもありがとうございました。
○会長(清水嘉与子君) ほかにいかが。 それでは、小林美恵子さん、どうぞ。
○小林美恵子君 日本共産党の小林美恵子でございます。今日は貴重な御意見、本当にありがとうございました。 私は、団塊の世代の問題といいますのは、その世代の退職後の生活でありますとか、企業における労働力、技術継承の問題、それに応じて経済社会がどう変化をするのかということが大変重要な問題だというふうに思います。 それで、まず堺屋参考人にお伺いしたいと思いますけれども、お話をお伺いしておりますと、団塊世代の今後の生活といいますのは、豊かになって日本も繁栄していくというふうに私はちょっとお聞きをしたように感じております。しかし、確かにそうなればいいというふうに思いますけれども、実際は生活基盤は厳しいのではないかというふうに考えます。 それで、団塊世代約八百万人が年金を受給されるというときには、先ほど一階部分、二階部分の違いのお話ございましたけれども、全体として、六十三歳とか六十四歳で、その年齢の平均受給年額は昨年度末でいきますと約百八十九万四千円ですかね、月額でいきますと十五万七千円だったと思います。貯蓄も、直近の総務省の家計調査でいきますと五百万未満が四四・一%になっておりました。さらに、健康の不安、それに付加して医療や介護の負担というのも不安材料だと思うんですね。 私は、やっぱりそういう団塊世代の方々の今後の生活を豊かにするためにも、こうした生活基盤を改善するということは政府として求められているというふうに思いますけれども、その点について堺屋参考人、まずお伺いしたいと思います。
○参考人(堺屋太一君) おっしゃるとおり、団塊の世代といいますか、高齢になるほど個人差が大きいものですから、平均値だけで見られないという問題があると思いますね。 この改善の問題というのは、二つ面があると思います。 一つは、収入の面でございますけれども、やはり、収入の面で年金を積み上げていくという形ではなかなか解決できない。やはり、若い世代の負担もございますし、財政の問題もございますから、できるだけ団塊の世代の方々から、六十代になっても働く場所をどうしてつくるか、これが政策の主要なものだと思うんです。そうすると、先ほどから申しておりますように、その人たちの健康状態、技術状態、経験、あるいは勤労意欲に応じてそれぞれに収入が得られる。だから、年金プラスアルファ、あるいは給与プラス年金というような形で生計を保つ、そういうことが第一だろうと思うんです。 もう一つ、是非皆さん方にお聞きいただきたいのは、定年になりますとやはり家計の見直しが必要だと思うんですね。今、国も自治体も企業も財政見直しをやっておりますけれども、家計見直しも必要だと思うんです。 現在の六十代の家計を見ますと、かなり子供の世代、若い世代にお金が流れているんですね。社会的、財政的には、現役世代から保険料をいただきまして、それを高齢世代に年金で分けております。ところが、家計的に見ますと、高齢世代から若い世代に相当大きな還流が起こっています。したがって、今、若い世代が、特に大都市、東京に出ている若い世代が地方にいる高齢世代にお金をもらうのが当たり前になっております。それがおれおれ詐欺の原因なんですね。逆に、昔は地方にいる高齢者に都会に出た若者が仕送りしておりました。ところが、今、地方の高齢者が都会の若者にわしじゃわしじゃ詐欺をやったというのは聞いたことがないんですね。 これは、社会的資金の流れと家計的資金の流れ、逆転している。これは、年功賃金の社会、そして地方に公共事業や米価でお金が流れた時代の名残なんですよ。やっぱりここは、世界じゅう、年金もらっている人が年金の中から働いている社会人の若者にどんどんお金を送っているなんという国ないんです。それはやっぱり日本人も見直さなきゃいけないんじゃないか。これを続けている限り、どんどん保険料が上がる、保険料が上がると若い人は苦しくなるから親から金もらう、親は年金を上げてもらって金やる、でも、また足りない、その都度、社会保険庁の手数料が取られるという形になりましてね、やっぱりそれぞれの人格が独立しているという新しい状態をつくり出さなきゃいけない。 それでも、もちろん生活できない方々が残りますから、それはある厳しい一定の条件によって生活保護というのは残ると思いますけれども、全体として、年金をどんどん上げていったらというのは、今の家計をやっぱり見直した後、ちょうど増税と思ったので、見直した後に考えたいと思いますね。
○会長(清水嘉与子君) 小林さん、よろしいですか。──じゃ、続けてどうぞ。
○小林美恵子君 済みません。 先ほど働く場の確保というふうにおっしゃったと思いますけれども、おっしゃられるとおりに、私たちも、雇用の継続といいますか、団塊世代を、退職という言い方は継続したら退職にならないかもしれませんけれども、そういう方々の雇用継続というのは非常に大事なことで、いずれにしても、高齢者の方が幾つになっても自らの能力とか条件を生かして仕事に就けるという、そういう社会や企業の環境づくりというのはとても大切なことというふうに私たちも思います。 それで、しかし、先ほどからも議論があったと思いますけれども、働くということは本人のやっぱり希望でございますから、どうしても生活が大変だから働かざるを得ないというふうな状況に追い込んでいってはいけないというふうに思います。ですから、やっぱり年金の支給開始年齢というのは、これは遅らされてきましたけれども、先ほど六十五歳、もうそれ以降にはならないようにとおっしゃいましたけれども、私はこの今の六十五歳の開始もやっぱり是正すべきじゃないかというふうに一つは思っているところです。 その点、一つ改めてお聞きしたいのと、あと、済みません、鈴木参考人にお伺いしたいんですけれども、先ほど、若者の関係なんですけれども、団塊の世代の方の退職後の企業の労働力といいますか、その点は今の完全失業者や若年の、若い雇用の労働力が必要なんだという点をおっしゃったと思うんですけれども、それは本当に私、日本の未来にとっても、企業の未来にとっても重要だと思うんです。 それで、そういう若い労働力を確保する上で今政府として何が必要かという点を、お考えがあったら教えていただきたいと思います。
○会長(清水嘉与子君) それでは、堺屋参考人、どうぞ。
○参考人(堺屋太一君) 年金を幾らにするかというのは、一階部分、二階部分、いろいろ、会社との契約あるいは社会との、政府との契約、いろいろあると思うんですが、年金を余り低くしますと、そこから高齢者というか、そういう意識も出てくるんですよ。 だから、やっぱり私は、人生八十年時代、七十歳まで働ける社会をつくることに努めて、まあ六十五歳、公的年金は六十五歳ぐらいから。それで、人によって、例えば今のように知価社会、知恵の値打ちの社会になりますと、コンピューターのソフトやっている人とかデザインやっている人なんというのは老化が速い人もいますよね、そういう人は民間の保険をお掛けになって所得の平準化するとか、いろんな選択肢が人生に得られるようにするのがいいんじゃないかと思っております。
○参考人(鈴木準君) 若年雇用の問題でございますが、私は、今、雇用過剰感というのがどうしても中高年のところでここ十年ぐらい強かったですので、その裏返しということで、若年の雇用が非常に悪かったということがあるというふうに思っております。 今後、団塊世代の方がそれなりに、勤め続ける方もいらっしゃいますけれども、お辞めになる方もかなりいらっしゃるということによって、企業がやや、ややといいますか、かなり人件費の面で身軽になると。それが若年雇用にかなりプラスに効果を及ぼしてくるという見通しをある程度持っております。ただ、若年雇用の問題は若年自身のエンプロイアビリティーといいますか、若年自身の問題というものもかなりあるわけでございますね。それで、長期的には例えば中学校とか高校とか、そういう段階から非常に職業意識といいますか、働くことの意味といいますか、そういった意識の涵養を何らかの形でやるということは必要だと思いますし、短期的にもう既にフリーターとかニートの形でかなりの時間を過ごしてしまった方というのは、これはもう要するに、失った時間はどうしても取り戻せないですね。二十代、三十代というのはいかに貴重な時間かということは後になってようやく分かるというのが現実で、ジョブカフェの取組とかかなりいろいろやっていただいておりますが、もう失った時間については、これは本当どうしようもなくて名案がない。 ですから、もうこれは地道に若年の失業を何とか、求職と求人をマッチングさせるような仕組みをやっぱりもっとやっていく、地道にやっていくということ以外にはなかなか名案がない。長期的にはもっと若い、子供のころからこういう職業意識あるいは働くことの意味ということをきちんともっと教育の現場でやっていくということが必要ではないかと思います。
○会長(清水嘉与子君) それでは、山本保さん、どうぞ。
○山本保君 公明党の山本保です。どうもありがとうございました。 今日は大変共感するところがたくさんございまして、七十歳まで働けることが選べる社会とか、明るく活力ある高齢社会とか、楽しみながら第三ステージ、これからいよいよ花開くと。私も全く同感なんですが、今ちょうど小林委員からもお話がありましたように、一方、そんなふうにはいかないぞという意見もたくさんあるわけですね。 そこで、本来はそこをもう少しお聞きしたいんですが、時間も短いものですから、もう少しお話を、同じ内容になるかもしれないなと思いつつ、ちょっと逆の観点から先生方お三人に同じ質問をしたいと思うんですが。 今日お話あったのは、私たちも、それぞれ話も非常に分かりやすく楽しいというか、いいパターンなんですけれども、最悪のパターンはどうなるかというか、同じことの裏返しかもしれませんし、また最悪でなくてもよろしいんですよ、気にされているところでもいいんですが、今日は大変明るい未来像が見えてきたんですけれども。こういうようなことになれば、意識なのか規制なのか、規制、いろんな社会の仕組みなのか。何かこれがこのままでいけば、若しくはこうなってしまってこれが変わらなければ、最悪のパターンだとこうなってしまいますよというようなふうにちょっとお話を展開していただけないかなと思うんですが、どうでしょうか。
○会長(清水嘉与子君) それでは、堺屋参考人からどうぞ。
○参考人(堺屋太一君) 労働力が固定されるというのが一番怖いと思うんですね。例えば定年延長だ、定年延長する代わりに幾らか賃金下げてもいいよというようなことも言う人あるんですけど、そうすると、適切でない職場に人が置かれる。終身雇用が延長しますと、適切でない職場に置かれる。そしたら、職場の方から見たら、いてほしくない高齢者がいることになるんですよ。これは必ず陰惨ないじめとかいろいろ不自由なことが出てきて、しかも高コスト社会がどんどん上がっていく。これはちょうど十五世紀の南ドイツで起こった現象で、封建諸侯が農奴にして農民をその土地に縛り付けた。そうすると、生産性の高いところに労働力が流れなくて、低いところに張り付く。そうすると高コスト社会になって悪循環が起こったんですね、最後にまあ農民反乱が起こっちゃうわけなんですけども。 今、日本でもミクロで見ますと、非常に部分的に見ると、それぞれの会社にそのまま定年延長した方がその人には幸せそうに見えますが、マクロで見ると、それは大変硬直した社会をつくり出して不幸なことになる。そして、皆さんが利権意識を持ち、利権に対して支払う方は反発するというような形が生まれる可能性がある。そうしますと、日本だけならまだしもいいんですけれども、国際競争の中で日本がどんどんと後れていく状態が生まれまして、結局、発展途上国に逆戻りする。いわゆる日本のアルゼンチン化が進むんじゃないかというような感じがいたします。 この問題の危険性は、それぞれの局面で見ると、短期的、部分的に見るとそれが良さそうに見えますので、役所から考えると、各役所が自分のセクションで考えると、何かそうしたいような意識が漂うんですね。だから、ここは勇気を持って労働の移動性を高めていく、それでどういう具合に最低限の保障をするかという問題に考えが至っていただきたいと思っています。
○会長(清水嘉与子君) 関沢参考人、どうぞ。
○参考人(関沢英彦君) 私は二点の、マイナスの方のというか悪い方のシナリオですが、一点は、御承知のとおり、九八年から日本の自殺者数は三万人台の大台に乗っているわけです。九七年までは二万人少しだったわけで、それから三万三千人ぐらいでずうっと一定であります。九七年に北海道拓殖銀行、山一証券がつぶれ、日本は九八年金融ビッグバンで、ある意味、勝つ者、生き残れる者は生き残れと、駄目な者は落ちていけという社会になった結果、最近の景気の回復も大企業中心に回復したという状況がございますが。 そこで、三万人台自殺者が出ていた多くが年配、十年ごとに切っていきますと五十代の男性というのが大変多く亡くなっておられるわけですね、団塊世代含むわけですが。現時点では、六十代に入りますと少し明るい展望を持つ人も多いんですが、しかし、これがもし世代的特性であるとすると、退職後、孤独とか、さっき、お金以上に今後の問題になりますのは孤独という問題で、都市化の進む中における孤独の中で大丈夫なんだろうかということはちょっと心配であります。 二点目は、これも団塊世代の特に男性なんですけれども、私ども食生活の調査をずうっと続けていますが、この十年間を見ただけでも、特に団塊世代の男性たちは非常に脂っこいものを好む、年配になっても好んでおります。母の味がハンバーグなんですね、大体。ですから、野菜の煮物などはほとんど食べない。女性は相変わらず野菜の煮物などが三位ぐらいに入っています、一位は男女ともおすしですけれどもね。男性の方は非常に脂っこい物が上位に上がってきて、沖縄で、御承知のとおり男性の平均寿命が一気に短くなっておりますですね。これは、米軍統治下で缶詰が放出されて非常に脂っこい物を食べて、それでゴーヤチャンプル食べてもそういうものになって、要するに心臓疾患などが増えているわけですが、本土よりも早くそれがモデル化されていると。今後、十年以内、本土もそうなる、本土というか本州その他もなるであろうという予測が出ています。 ですから、今後、団塊世代は長寿ではないという確率も出てきまして、これはまあ財政上はプラスなのかマイナスなのか、でありますが、個人問題としては、大変今までの長寿社会のプランは崩れる可能性も一方では、一部で言われておりますですね。
○会長(清水嘉与子君) 鈴木参考人、どうぞ。
○参考人(鈴木準君) ちょっと経済のフレームワークを使って悪いシナリオということを考えてみますと、やはり私は、一律に強制的に例えば雇用延長ということを強いていくと、企業にですね、そうしますと、やはり企業は人のところでかなりの負担を負いますから、例えば設備投資というのはしていけなくなるわけですね。過去十年、十五年ぐらい、日本企業というのは非常に設備投資を抑制してまいりましたので、今、設備って物すごい陳腐化をしておりまして、これは非常に、一人当たりの設備の効率性が非常に低いわけですね。 ですから、設備投資をしませんと、これは仮に継続雇用をずっとしていったとしても労働力が減ることは確実でございますから、労働が減る以上はもう資本をこれまで以上に活用しないといけない。つまり、設備投資をして生産性を上げていくということを考えなければならないわけですが、そこで雇用の方をずっと続けてしまう、無理やりこれは続けてしまうと、先ほど堺屋先生がおっしゃったような状況が職場では起きるでしょうし、それで、若年の方はそれでなかなか雇用が良くならなくて、非常に人的資本蓄積されない人たちが長期的に増えていって、例えばこれは最終的には治安の問題とかそういうところまで波及する懸念もありますし、それから働いている若者、これは年金の負担がどんどんどんどん、働きながら高齢者が年金を受給されるということを考えますと、年金の負担がどんどんどんどん上がっていくと、これはもう高齢化のコストということで、非常に、何というんでしょうか、どんよりした形になります。 懸念しますのは、六十五歳までと、今回なったわけですが、なかなか社会保障のところのサスティナビリティーが完全に確保されないゆえに、六十五まで行くと今度、またちょっと高齢化が進んで少子化も進んでということで、じゃ今度、六十七だとか七十だとか、無理やりに強制的に雇用延長みたいな話になっていくということになりますと、最終的には例えば定年廃止なんということになりますと、物すごい高い賃金で死ぬまで雇うということになりますので、これは非常に企業の活力を奪うことになります。 それから、私は、ある程度のもし増税が今後必要だとしますと、やっぱり消費課税と所得課税のバランスということが非常に重要だと思うんですが、例えば高齢者がある程度社会でどんどん増えていって、そうなりますと、そういう人たちに非常に利害が被る消費税ではなくて所得課税の方に非常にウエートを置こうとか、それはバランスを非常に失うことに私はなると思いますので、悪いシナリオを考えますと、そんなようになりますでしょうか。
○会長(清水嘉与子君) よろしいですか。 それでは、山谷えり子さん、どうぞ。
○山谷えり子君 自由民主党、山谷えり子でございます。 三人の諸先生方、示唆に富むお話ありがとうございました。 堺屋参考人に三点お伺いしたいと思います。 一つは、税の在り方についてなんですが、年を重ねると、自分が楽しむこともいいんですけれども、生きる意味が見えてきて、人に与えることとか役立つこと、人の幸せを祈ることが生きがいとなる面が大きくなってくると思います。そんな中で、コミュニティー活動や文化、福祉プログラムを支えたいというような、自助、互助、公助のバランスの中でこの互助のプログラムを支えるというようなものを支援していくということが大切ではないかと思うんですが、アメリカやフランスなどでは文化や福祉、育児、介護プログラム支援、NPOなんかに税を直接自分が好きなところに、団体に選んで払えるとか寄附控除とかいろいろあるわけですが、日本ではなかなかそこまでの議論にいっておりませんが、その辺どう思うのかということですね。 二点目は、関沢参考人が孤独や自殺の話をなさいましたけれども、歴史や文学に詳しい堺屋先生に宗教の果たす役割というものをお聞きしたいと思います。 欧米では高齢者で何が一番大切かというと、宗教がトップに来るわけですね、日本はお金がトップに来るんですけれども。欧米では老人ホームなんかに必ず宗教プログラムが入っている。だけど、恐らく日本の老人ホームに宗教プログラムをやっているところというのは少数になってくるんだと思うんですけれども、日本も神社とかお寺さんとか、何か積極的にもっと働き掛けられる、ソフトな部分を支えるこうしたもの、それに対して何かできる方法が、支援があるかどうかお聞きしたいと思います。 それから三点目は、若年出産の勧めというのに大変共感をいたしました。これまでの議論というのは、仕事と子育ての両立を図れば出生率が上がるというような議論だったんですけれども、そしてまた、よく引用されるOECD諸国データから女性の労働力率と出生率が正の関係にあるというのがあるんですが、実はあれメキシコやトルコなど当てはまらない国々が外されていて、本当に相関関係があるのかというのがもう学者の間で話題になっているくらいで、実は余り相関関係がないんじゃないかと。むしろ、堺屋先生が出された、世界の合計特殊出生率に見る、初婚年齢が早いほど出生率が上がるという、こちらの方が私は自然なのではないかという感じを持つんですが、そういうような情報発信とか教育の在り方というのは、なかなか今の社会ではメッセージ出しにくい部分があるんだと思うんですね。 それで、堺屋先生はひ孫とハッピープロジェクトみたいなプレゼンテーションをなさったんだと思いますけれども、私も赤ちゃんを何とかする赤ちゃん応援プログラムみたいなのを作りたいとは思っているんですが、具体的に大学の託児所や育児者の奨学金など具体的な政策もおっしゃいましたけれども、何か、どういうふうにしたらこのメッセージが分かって無理なく受け止めてもらえるか、あるいはもっとほかに政策的な、具体的な提案等ありましたら教えてください。
○会長(清水嘉与子君) 堺屋参考人、どうぞ。
○参考人(堺屋太一君) まず第一に、税の在り方ですけれども、日本は大変官僚主導でございまして、税金をまず払えと、そうしたら賢い財務官僚が一番良く上手に使ってやると。君たち民間人、一般の人々が国のため世のためと思って使っても、我々ほど賢くないから下手に使って失敗するに違いない、だからまず税金を払え、こういう理論がずっと通っております。税調なんかでも堂々とそういうふうに言われるわけです。 外国は、自分のお金を使う者は他人のお金を使うより利口であるという前提があるんですね。だから、寄附者は自分のお金で寄附しますから、他人のお金を使っている役人よりもずっと利口だと、だから寄附者の意向を重視するのがいいという状況にあります。 私もこれまで幾つかのプロジェクトで寄附をしてきましたけれども、あれ寄附をするのは大変です。寄附許可書というのを出すんですね。寄附願というのを出すんですね。寄附願というのは、寄附してほしい方からこっちへ来るんだと思ったら、寄附したい人の方が寄附願というのを出さなきゃいけないという、税務署に出さなきゃいけない、で、審査してもらってというような仕掛けになっておりまして、大変です。 だから私は、寄附、特に福祉、福祉はまああれですが、文化事業、それから互助事業については全面的に寄附税制を活用できるような、そういう制度を取るべきだとかねがね主張しております。是非そういう、この参議院でも寄附税制についてお考えいただきたい。そうしますと、自分の好きな、例えば今東京に住んでいても、故郷に寄附してやろうとか、あるいは自分の好きな美術館に寄附する、福祉団体に寄附するということで、かなりの程度自らの意見が通るようになります。また、特に相続の場合、この寄附制度を大いに活用しやすい、遺書によって寄附できるような制度も活用していただきたいと考えております。 二番目の宗教の問題は大変難しい問題ですが、近代工業社会は科学的、客観的だ、したがって宗教のように科学的に証明されないものは古いんだと言ってきたんですね。ところが、一九八〇年代になりまして、世界的に宗教の復活ということを言われて、非常に宗教は主観的な価値として認められてきました。ブランドなんかもあれは一種の宗教でございまして、科学的、客観的には発見できない、けれどもみんながいいと思っている社会主観があるからいいんだ、その流れの中で、知価革命の流れの中で宗教が非常に復活してまいりました。 だから日本においても、どの宗教がいいか、それはもう好き好きでございますけれども、こういう宗教活動という観点から福祉制度に乗り出すところがもっとあってもいいんじゃないか。いろいろとそういう宗教活動の観点を税制その他でも認めておりますから、そういうことは起こっていいんじゃないかと思います。 三番目に、若年出産の問題でございますけれども、サラリーマンは大体大学を卒業して学歴を積んで就職をいたします。したがって、どんどん教育年限が長くなると就職が遅くなる。そして就職してからでないとなかなか結婚しない。それで結婚してから出産する。ところが、学歴に関係のない仕事をしておられる方々は昔と同じぐらいの出産年齢なんですね。例えば、プロの将棋指し渡辺竜王さんは二十歳で子供さんがおられます。そういう例がたくさんあります。 私は、むしろ成人式なんかのときに、既に子供を持っておられる成人になられた方は市長さんが表彰するとか、そういう美意識と倫理観を変えるような、健全に二十歳でお子さんを産んで育てておられる方は金一封、表彰するような、そういうような世の中になったらいいなと思うんですよ。それで、大学生でお子さんを連れてきたら、各大学で学生の育児をするような機関がある、そしてその間は奨学資金で、補助金じゃなしに貸付金で、将来その方が就職されたら返ってくる。そうしますと、どんどんと親子の年齢差が詰んでまいりますから社会の循環が変わると思うんですね。そうすると、介護の問題も非常に楽になるし、子育ての問題も楽になる。 どうも近代工業社会が生みました、最初に一般教育があって後に専門教育がある、これは近代教育の特徴なんですね。昔の教育は先に専門教育、農民の子はまず親と一緒に農場へ出て、それから寺子屋へ通った。今は逆になっておりますが、こういう近代工業社会の人生の序列という美意識を変えるようなひとつ運動があっていいんじゃないか。差し当たり、成人式でお子さんが生まれて、適正に生まれた方については市長さんがお褒めの言葉をいただくような、そういう事態をどこかの市町村が取り入れてくれないかなと思っている次第でございます。
○会長(清水嘉与子君) よろしいですか、山谷さん。 ほかにいかがでしょうか。 後藤博子さん。
○後藤博子君 ありがとうございます。自由民主党の後藤でございます。 堺屋参考人にお尋ねしたいことがあります。三ページに書いておられますが、労働移民の件なんでございますけれども、いわゆる団塊の世代の、私もそうなんですが、本当に一気に人口が、労働人口が減っていきますので、これからの日本は海外からの労働力をどうしてもやっぱり入れなければならない時代が来るのではないかと思っております。 今、私は、海外の日系移民社会の労働問題協議会というのがございまして、特にブラジル、中南米で、私もブラジルに移住しておりましたので、その関係から顧問をさせていただいております。どうせ、どうせと言ったら悪いんですけれども、海外の労働力を日本が必要とするんであれば、逆に移住した方々が三百万人ですかね、もうおられるんですけれども、今出稼ぎで日本にもたくさんの方々が来ておられますけれども、その方々の問題は連れてきたお子さんの教育の問題です。 非常にその文化、言葉が合わないがために非行に走ったり、すごいたくさんの問題を起こしておりますので、そういうことを含めて、逆に日本がそういう、これから海外の労働者、労働者と私は言いたくないんです。頭脳もそうです。対子供、あわせて。逆に日本が例えばブラジルへ出掛けていってそういう日本の文化や生活習慣を教えて日本に来てもらえるような、そういうシステムが今後は必要じゃないかと思っております。日本における、国内における社会保障の問題等々もあるかと思うんですが、その辺のお考えがあればお聞かせ願いたいと思っております。 それと、今もう一つ山谷先生もお話しされましたけれども、もう本当、こういう若年出産の時代がいよいよ来るかなというふうに今思っておりまして、今、最後の方に育児者奨励金ということで、これは非常にいい私はアイデアだと思っておりますが、親というよりも、一緒に住む祖父母、家族に対する奨励金。だから、大学生で出産しますと、まだ親と一緒に同居しておりますので、家族が、若いおじいちゃん、おばあちゃんに対する何か奨励金のようなものが必要ではないかと思うんですけれども、私はもう子供を産んだらまずは自分たちで育てるのが一番だと思っておりますので、そういうことを併せましてお考えをお聞かせ願いたいと思います。 それと、皆様にお伺いしたいんですけれども、今、青少年の問題がたくさん起こっておりまして、私は今の話と同じように子供の時代の親の愛情不足による問題行動が多いと思っております。関沢参考人が書かれております第一ステージ、子供、青年の前期というこの時代が非常に私は大事であって、これ、この過ごし方によって第二ステージ、第三ステージが、人生が決まってくるのではないかと思っておりますが。 まず、先ほど申し上げたように、まず子供産んだら社会が育てるとか、まず託児所に預けて女性は仕事をするのがもう当然だというような社会のような今気がしておりますけれども、まず家族が育てることということに対する皆様方のお考え、これちょっと今日のあれと少し、余りに一般的な質問で申し訳ないんですけれども、先生方、皆さん方が今いろんなところでいろんなお話をされている中で、家族の大切さというのをもっともっと私はうたっていいと思うんですね、親の責任とか。その辺が関沢先生や鈴木先生の何か御講義の中にも入れていただければなと思うものですから、その辺のお考えをお聞かせ願いたいと思います。よろしくお願いいたします。
○会長(清水嘉与子君) では、堺屋参考人、いかがでございますか。
○参考人(堺屋太一君) 大変いい御質問をいただきまして、ありがとうございます。 私は、この団塊の世代の問題を、団塊の世代という五年間、三年ないし五年間の問題ではなしに、世界的に先進国の人口が減り出している、この重大な文明的変化の中でとらえないと、この問題を解決したらまた次の問題が起こってまいります。だから、どうやってこの新しい人生観、人口観というものをつくり出すか、これが重要なことだと思っております。 そういう中で、この移民の問題と若年出産の問題、それから青少年問題についてお話をしたいと思うんですが、どうも世の中では子供嫌いの世の中になっているんじゃないか。子供好きの世の中から子供嫌いの世の中。それを、年金を上げるよとか育児補助金を出すよとか、お金で買うというのはそもそもどこか間違っているんじゃないか。やっぱり子供好きの世の中をつくらなきゃいけないんじゃないかと考えております。そういう意味で、この全体の社会のムードを変えていく運動、これが今必要なのかと思っています。 まず、移民の問題でございますけれども、日本は現在移民はしないという前提で政策を立てています。だから、例えば外国へ行って、ブラジルへ行って、あるいはフィリピンへ行って、どこかの国へ行って、日本移民用の教育というのはないんですね。だから、もしこれを、移民を一定の数でこういう条件で入れるということなら、そのブラジルなりフィリピンなりどこかの国に日本向けの移民になる人の教育機関をつくって、そういう私立学校をつくって、そして日本の言葉、日本の習慣、そういうものを教えてから連れてくるというようなことも可能なんですね。そうすると、今よりもトラブルがすごく減ると思います。 日本は、歴史的に見ますと三回大きな移民がありました。聖徳太子のころに一回、そして十六世紀、十七世紀の初め、明朝が滅んだときに物すごい数の移民が来ました。それから、昭和の初めに移民が来ました。この中で日本は非常に上手に同化しております。だから、今私たちが日本古来の文化だと思っている演劇や歌謡やスポーツで外国人及びその子孫の比率は物すごく高いんですね。だから、日本文化というのはそういう人たちを加えて成長してきたものですから、私は、日本文化は移民が来たから変になるような柔なものじゃなしに、もっと強力なものだ。 それから、秩序ある移民を考えたらいい。一部には、移民が来られて帰国しても、年金払わないかぬから負担が多いと言う人がありますが、それは間違いでございまして、次の移民が払ってくれるわけですから、年金は、日本人と同じなんですね。ドイツでトルコに帰った人に送り続けているというけれども、次にトルコから来た人が掛金を払ってくれているわけですから、それはどこの国の人でも同じであります。そういう意味で、私は、秩序ある移民のことをそろそろ真剣に考えるべきではないか。私、閣僚のときに一つだけ国民生活白書にその言葉を入れたんですが、その後立ち消えになっておりますけれども、是非お考えいただきたい。 あわせて、来る前の教育、それから帰った人が日本の文化、日本の技術を持っていって祖国で起業、業を起こされる、そういう援助をどうするか。この両方をやはり政策的に立案していくべきだと考えております。 それから、若年の出産の問題は、やはり家族、触れ合いというのは大変重要だと思うんですね。スウェーデンなんかでも、暖炉の火の消えた家に子供を帰していいのかという一つのテーマが出ております。大体、北欧とか福祉社会の強い国は非常に孤独の強い民族性でありますし、またキリスト教のプロテスタント、特にルター派というのはもう、最後は神の裁きにただ独り立つんだ、そのときは親も子も家族も何もいないところへ立つんだという発想ですから、我々と大分違うと思うんですね。 だから、私たちの世界においては、やはりおばあちゃんが育ててくれるとか、またひいおばあちゃんを、おばあちゃんを子供が、孫が面倒を見るとか。そうすると、子供のある親に奨学金、子育て金を出しておきますと、それはおばあちゃんの収入になるか、それは家族でお考えいただくと。そういう仕組みの復活がやはりあっていいんじゃないか。これは、女性がする、男性がするということでは全然ございません。家族みんなの話として考えていきたいと思いますね。 そういう温かい世の中、子供好きの文化をどうしてつくるかということをやはり考えていきたいと思っております。 最後に、青少年の問題でございますけれども、これはまたそれぞれお答えいただけると思いますが、やはり親の代に、親が勤労が大事だ、健全な家庭をつくることが大事だという姿が見えなくなってきました。サラリーマンの家では、親が働いているところというのは見ないんですね。だから、そういう意味で、家庭の教育あるいは学校でも、現在の親が働いている産業の教育というのをもっとやってほしい。今、私、早稲田大学のファイナンス大学院をやっておりまして、子供の教育も毎年夏にやっておるんですが、おやじが金融機関に勤めて何しているか知っている子供はほとんどいませんね。だから、そういうことをもっと身近に知らせることが大事だと思いますね。
○会長(清水嘉与子君) 関沢参考人、どうぞ。
○参考人(関沢英彦君) 若年といいますか家族の問題ですが、私どもいろいろ調査等をしていましても、一番の問題はまず男が家族の生活に関与してないという点が最大の問題だと思います。つまり、夫が家で何をしているのかを調査しますと、していると答えるんですね。答えはごみ出しなんですね、ごみを出している。分別と、燃えるごみを分けているということ、燃えないのと。三歳児でもできることしかしていないと。 やはり、育児の部分に関与していない。それは男がいけない部分と、あとは労働時間が特に九一年のバブル崩壊後非常にこの結婚世代のがきつくて、そんな暇がないという問題があります。私の私見では、フランス、ドイツも労働時間をやや長くする方向ですが、日本は逆に長期休暇制度というのを取り入れて、賃金は下げてもいいんですが、そこで父と子が出会う場、家族が出会う場みたいなものを、夏休みとかを設定できるような社会にした方がいいと思います。 それから、育児の問題ですけれども、今後は高齢化が進むということは単身世帯が物すごく増えます。つまり、標準家族と言われ世帯と呼ばれる、父、母、子供がいるというのはもう少数派になってまいります。そうした中で、育児というのは、もちろん家族が担う機能として非常に重要でありますが、同時に、社会的介護、人生の出口を社会が保障するようになったのと同じように社会的育児という概念を取り入れて社会でもう少しきちっと子供を育てると、支援するというシステムが必要かと思います。 その際、単身の家族が増える中で、公共的なアパートあるいは普通の民間の集合住宅においても一部革新的なところは出ていますが、独りで暮らしていらっしゃる年配のおばあちゃま、それから若くして未婚で子供を産んだ母、それから男性の下宿人、全部が同じアパートにいて一階に食堂があってみんなで食べられるという、まあ一種昔の同潤会アパートの理想みたいものが復活しているところがありまして、ある種そうした社会的な住まいという概念を出していく必要があるかと思います。 あと、最後に教育の部分なんでございますが、第一ステージ、重要であります。第一ステージは、今教育受けると第二ステージで社会で頑張るための教育、そこで落ちこぼれないための教育が中心でございますが、今後、長期を考えますと、第三ステージ、長い七千五百日を退屈しないでちゃんと自分で一つのことを追求できる教育が第一ステージでできるのかどうなのか。まあ肥料でいえば速効性肥料に対して遅効性の肥料みたいな教育というのが、今はすぐ役立つ教育が重視されていますが、改めてそうした、昔もありましたけれども、長期的な視野の教育というものが戻ってくるんではないかと思います。 以上です。
○会長(清水嘉与子君) 鈴木参考人、どうぞ。
○参考人(鈴木準君) 全く勉強したことないものですから的外れなことを申し上げるかもしれませんけれども、まあ私の実感で、私は東京都下のある市に住んでおりますが、八歳と四歳の子供二人おりまして、御近所付き合いなんかもさせていただいておりますけれども、子供に対する愛情みたいなものは非常に強いといいますか高いといいますか、地域でかなりいろいろな活動もやっておりますし、昔とそんなに変わってないという、まず私の実感がございます。 家族が育てるというのは、正にそういう必要性は常々感じておりますし、今日の団塊世代というテーマで申し上げれば、今もちょっとお話ありましたけれども、地域で育てるという意味では、団塊世代の方々、これから地域で活躍といいますか、いろいろされようという方、かなり多いというふうに聞いております。それはNPOであったりボランティアであったり、いろいろな形でございますけれども、実はそういうところで地域で子供を育てていくということはかなり期待していいのではないか。保育ママという制度がどのぐらいあれなのかとか、どういう規制があるかとか、私、今存じ上げずに申し上げておりますけれども、団塊世代がその地域で子供を育てるということは非常に期待されると。 それから、余りお金のことばかり申し上げると誤解を招いてあれなんですけれども、やはり私は、個々人は働きたい、しかし子供を出産すると働けないという現実があるわけでございまして、子供を出産されて年功賃金カーブからいったん降りて、出産、育児をされて元に戻ろうと思っても戻れないわけでございますね、女性の場合。 それで、女性のM字カーブという形がよく言われますけれども、その場合の機会費用というのは二億四千万とかそういう金額で言われておるわけでございまして、私は、やはりそもそもは固定的なあるいは年功的な雇用のシステムというものをもう少し柔軟化していかないとなかなか、働きたいという欲求が別にある、あるいは働くニーズがある、あるいは働いていただきたいという需要もあるということを考えますと、そういう雇用のシステムと併せて考えていただいて、それは家族が育てるということとはちょっと反対かもしれませんけれども、やはり待機児童の問題ですとか保育のコストの問題ですとか、やはりその辺総合的に考えていただいて、働きたい人はやはり働きながらきちんと育てられる、そういう仕組みもないと少子化というのはなかなか厳しいのかなと思っております。
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございます。 ほかに御発言ございますか。 坂本由紀子さん。
○坂本由紀子君 自由民主党、坂本由紀子でございます。本日は三人の参考人の方、大変ありがとうございます。 私も団塊の世代で、団塊の世代の行動パターンについて大変貴重な御意見いただきまして、それで、世代を考えた際には、団塊のジュニアというのがこれからどのような、社会の中で行動していくか、どういうことを社会に及ぼしていくかということは大変大きな問題だろうと思いますが、この点について、三人の参考人の方、団塊ジュニアについてどのようなものとしてとらえ、どのような課題があるとお考えか、教えていただけると有り難いと思います。
○会長(清水嘉与子君) 堺屋参考人、どうぞ。
○参考人(堺屋太一君) 団塊のジュニアの問題というのは大変重要な問題でございまして、我々の予想をかなり裏切りました。 その第一は、団塊の世代は親の数が多かったから子供の数が多くて、団塊ジュニアという年間出生率が二百万人を超えるのが四年続くほど増えました。ところが団塊サード、団塊ジュニアの方々が今三十代になっているにもかかわらず、団塊サードは全く増えておりません。ここで出生率ががくっと落ちて、二段傘になって三段傘にはならなかったんですね。これがまず第一の問題です。 二番目には、統計を見ますとだんだんと若年失業者が増えてきている。特に、団塊ジュニアが社会に登場いたしました二十一世紀になってから、二十歳代、二十歳から二十四歳の失業者の率がだんだんと年齢によって、まあ昔から若い人の失業率高いんですけれども、その開きが、一番高いのが二十歳から二十四歳、それから高齢者の方の、五十歳ぐらいの失業率が低くなって、差がどんどん開いているんですね。これは一体何物かという、この点についての研究はまだ十分できておりませんけれども、なぜか若い人の失業率がこの一九九〇年代から急激に上がっている。これも気になることです。 それからもう一つは、ニートと言われる方々でございますが、これは最近になりまして二十五歳から三十四歳のニートが非常に増えている、特に三十代のニートが増えている。これは団塊のジュニアでございますが、団塊のジュニアには大変そういう特徴的な違いがあります。この団塊の世代と団塊ジュニアの心理的な問題、これの研究が余り進んでおりません。児童心理という学問はあるんですけれども、高齢者の場合には、高齢者の病気している人とか、そういうのには非常に心理学はあるんですけれども、健常な高齢者の心理学というのは余りないんですね。それと同じように、今の団塊の世代の心理学とか団塊ジュニアの心理学の研究が余り進んでおりません。 やはり一つ言われることは、欲望格差というのが非常に広がりまして、団塊ジュニアになりますと大変大きな夢を持って活躍しておられる方、まあホリエモンさんも団塊ジュニアなんですが、そういう方々と、それから余り欲望を高く持たない方々との開きが大きくなってきているんではないか。これが結局、団塊の世代が将来年金をもらうにしても何にしても、団塊ジュニアが払ってくれないとできないわけですから、この世代に対する教育、まあ教育既に終わっているんですが、普通の教育は終わっているんですが、社会的な教育、そういったものは相当用心深く考える必要があろうかと思います。 団塊の世代は戦後教育を受けた最初の世代でしたが、団塊ジュニアは戦後教育を受けた教師から教育を受けた世代なんですね。だから、この団塊ジュニアがこれからの日本にどういう思想を振りまいていくのか、それはもう一度、団塊の世代の消える次の版を書かなきゃいかぬのかなと思ったりすることがございます。大変特徴的な世代だと思っています。
○参考人(関沢英彦君) 最初に、団塊ジュニアという言葉が流布しておりますが、現実に団塊世代の子供かということを調査しますと、当然分かりますが、いつ結婚するか、団塊世代がということによってずれてまいります。ですから、団塊ジュニアと呼ばれている層は、正確に言えば第二次ベビーブームの世代でありまして、その親が団塊世代である率というのはまあ半数ぐらい、あるいはもっと切るかもしれません、調査で違いますが。でも、いずれにせよ人数が多いということは大変な意味を持っています。羽生さんの世代になりますかね、非常にパワーがある人もいます。 今御指摘がありましたように、しかしなかなか結婚はしません。都内であれば三十代前半の今未婚率は男五割女四割、後半で男三割女二割、大体未婚と考えていただいていいと思います。なかなか結婚しない、ですから今御指摘があったように団塊サードがなかなか登場しないという状況がございます。 一つ、ただ彼らだけの責任ではなくて、我々年長者がつい忘れがちでありますが、九一年以降のバブル崩壊後にこの団塊ジュニアあるいはその下の世代というのはずっと子供時代からその右肩下がりの時代の中を生きてくる。団塊ジュニアはまだましですね。ある年齢まではいい時期を見ておりますが、団塊ジュニアの方がその下の世代よりひ弱かもしれません。摩擦を回避してなるべくトラブルがないようにしている。逆に、今の二十歳ぐらいの層は生まれたときから何となく不況感、そしてこう下がっていくという感じを感じておりまして、だから落ちないために頑張るという非常にパワーのある人も出てきます。それから、もう何もしないという人も出てきます。団塊ジュニアはそれよりはましですが、やはりある時期その右肩上がりの夢を描けないというところがあって、まあ時代のせいにしてはいけないんですが、つい上の世代は厳しく言いますが、彼らの立場からすれば、結構それでも必死に生きているということだと思います。 御指摘がありましたように、なかなか結婚しないこの部分がどうなるのか、この団塊ジュニアに懸かっている部分は結構大きいと思いますですね。消費の部分でも、しかしこの部分はかなり大きな役割を果たしていることも事実です。未婚であるということで逆に可処分所得が高い、ファミリーユースとはちょっと違うものを買っているのも事実でございます。 以上でございます。
○参考人(鈴木準君) 人口のその波を考えてみますと、団塊世代がこれから六十代に入られて、非常に、先ほどプレゼンで申し上げたように、消費を楽しむライフステージに入られると。それから、団塊ジュニア、七〇年代前半ぐらいにお生まれになった方というのは、まあ結婚していないとかいろいろありますけれども、これからライフステージ的には結婚をされて住宅を持たれたり、あるいはお子さんをおつくりになったりと、非常に消費がかさむ時期でございます。例えば、住宅金融公庫の今主な利用客というのは例えば団塊ジュニアだとかということを言われておりますけれども、そういう意味では非常にこれからの五年、十年というのは、人口の波がその消費の非常に山に重なるといいますか、消費のブームをもたらすという意味で、これはただそれぞれに内容が違いますので、こういったことに非常に注目をしている方が非常に多いのではないかというふうに思います。企業がそこにどういうふうにマッチしているか、いけるかという点でございますね。 それから、これは御質問にはございませんでしたけれども、世代ということで申し上げますと、私が実は注目しておりますのは、団塊世代の方というのは、先ほど小林先生でしたでしょうか、生活基盤が不十分だというところがあるというお話でございましたけれども、それでも例えば退職金は、これはもうフルに日本的雇用慣行プロファイルを歩いてきましたので退職金がかなりいいとか、それから一般にやはり逃げ切り世代と言われております。年金なんかは減らされるにしてもそんなに減らないということ、それから貯蓄の残高などを見ても、これは結構まあいいといいますか、そんなに悪くはないわけでございます。 むしろ、一九五〇年代中ごろといいますか、団塊世代のちょっと次の世代の方々でございますね。ここの方々というのが、ちょうど団塊ジュニアとの谷ということになるのかもしれませんけれども、例えば九〇年代、非常に経済が悪いときに、本当だったら年功賃金で賃金が上がるところで上がっていないんですね。ですから、貯蓄が積み増されてないですとか、あるいはバブルのときに住宅を購入されて物すごい負債をお持ちだとか。 団塊世代というのは、私はかなり楽観視といいますかしておりまして、団塊世代の次の世代の方がかなり厳しい可能性があるのではないかと。これは、団塊世代の次の問題意識として持っておりまして、世代のその波という意味ではそんな見方をしております。
○会長(清水嘉与子君) 坂本さん、よろしいですか。 ほかに御発言ございますでしょうか。よろしいでしょうか。 それでは、ほかに発言もなければ、以上で参考人に対する質疑は終わりたいと思います。 参考人の皆様方には、長時間にわたりまして貴重で有意義な御意見をお述べいただきまして、本当にありがとうございました。ただいまお述べいただきました御発言につきましては、今後の調査の参考にさせていただきます。本調査会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。 ありがとうございました。(拍手) ─────────────
○会長(清水嘉与子君) 継続調査要求に関する件についてお諮りいたします。 少子高齢社会に関する調査につきましては、閉会中もなお調査を継続することとし、本件の継続調査要求書を議長に提出したいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(清水嘉与子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 なお、要求書の作成につきましては会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(清水嘉与子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ─────────────
○会長(清水嘉与子君) 委員派遣に関する件についてお諮りいたします。 閉会中の委員派遣につきましては、その取扱いを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(清水嘉与子君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいます。 本日はこれにて散会いたします。 午後三時三十八分散会