法務委員会 第17号
- 発言数
- 101 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 2005/05/10
会議録
○委員長(渡辺孝男君) ただいまから法務委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 去る四月二十八日、遠山清彦君が委員を辞任され、その補欠として浜四津敏子君が選任されました。 ─────────────
○委員長(渡辺孝男君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律案の審査のため、本日の委員会に中央大学法学部教授藤本哲也君、財団法人矯正協会附属中央研究所研究第一部長・中央大学大学院法学研究科兼任講師鴨下守孝君、東京都立松沢病院リハビリテーション科医長黒田治君、龍谷大学大学院法務研究科(法科大学院)教授浜井浩一君、弁護士・日本弁護士連合会刑事拘禁制度改革実現本部本部長代行西嶋勝彦君及び障害者福祉施設支援スタッフ山本譲司君を参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(渡辺孝男君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ─────────────
○委員長(渡辺孝男君) 刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律案を議題といたします。 本日は、本案の審査のため、お手元に配付の名簿のとおり、六名の参考人から御意見を伺います。 まず、午前中御出席いただいております参考人は、中央大学法学部教授藤本哲也君、財団法人矯正協会附属中央研究所研究第一部長・中央大学大学院法学研究科兼任講師鴨下守孝君及び東京都立松沢病院リハビリテーション科医長黒田治君でございます。 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。 参考人の皆様方から忌憚のない御意見をお聞かせいただきまして、本委員会における今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。 議事の進め方について申し上げます。まず、藤本参考人、鴨下参考人、黒田参考人の順に、お一人十五分程度で順次御意見をお述べいただきまして、その後、各委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。 なお、御発言の際は、その都度、委員長の許可を得ることとなっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いしたいと存じます。 なお、御発言は着席のままで結構でございます。 それでは、藤本参考人からお願いいたします。藤本参考人。
○参考人(藤本哲也君) それでは、刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律案について、参考人としての意見を申し上げます。 今回の法律案について考えるに際し、我が国の歴史をひもといてみますと、我が国は監獄法に関しましてはかなり進歩的な考え方を維持してきたように思います。 例えば、明治五年の段階において、当時諸外国でも監獄に関する統一法はなかったと言われる時代に、少なくとも統一法典の体裁を持った監獄則が制定されておりますし、明治四十一年制定の現行監獄法は、プロイセンの内務省所轄監獄則を模範としつつ、二十世紀初頭の新しい刑事政策思想を導入したものだと言われ、世界の水準に比べても遜色のないものであったと聞き及んでおります。しかも、現行監獄法は、イギリス、フィンランド、オランダに続く、世界で第四番目の国家として制定したことでもよく知られているところです。もちろん、現在の行刑理念からしますと、現行監獄法は犯罪者処遇法というよりも施設管理法の発想が先行していたと言えるかと思います。 今回の法律案は、受刑者の権利義務や職員の権限の明確化、受刑者の社会復帰に向けた処遇の充実、受刑者の生活水準の保障、外部交通の拡大、不服申立て制度の整備、行刑運営の透明化等の受刑者の処遇に関する基本的な理念が盛り込まれていることを考えますと、施設管理法としての監獄法から脱却し、犯罪者処遇法としての改革を目指しているものと思われます。そして、もしこの私の推察が正しいとしますと、今回の法律案の内容を分析、考察する上において重要なキーワードは、近代化、国際化、法律化ということになろうかと思います。 まず、近代化についてでありますが、近代化とは、形式、内容ともに時代に即応したものであるということであります。 今回の法律案は、「第一編 総則」、「第二編 受刑者の処遇」、「第三編 補則」から構成されておりますが、現行監獄法においては、被収容者の権利義務や職員の権限が不明確であること、受刑者の処遇の内容について十分な規定が設けられていないこと等の欠陥があることから考えますと、全体として、今回の法律案は、形式、内容ともに時代に即応するものとなっていると拝察いたします。しかしながら、犯罪者処遇法という側面から考えた場合、「第三編 補則」との関連において、未決拘禁者の処遇等に関する規定がそのままになっておりますことが非常に残念です。一日も早く整備されることを期待しております。 次に、国際化とは、世界の監獄法制の水準を満たすことであると言えるかと思います。具体的には、国際的に承認された被収容者の処遇に関する原理原則の充足と諸方策が基本理論の中に含まれていることが肝要です。 その場合に参照すべき国際的な準則とは、一九五五年の国連被拘禁者処遇最低基準規則でありますが、この一九五五年の国連被拘禁者最低基準規則は、現代の刑事・矯正施設における被収容者処遇の最低限度の在り方を被収容者の人権保護及び矯正処遇の双方から国際的に確認したものでありまして、これは今日まで犯罪者処遇のための国際的指針として世界各国の行刑に大きな影響を与えたものであります。特に、本規則が被拘禁者の法的地位を明確にして、それを尊重することを基本とし、処遇の目的が社会復帰にあるということを表明したことにより、その後の世界各国の行刑立法ないし行刑制度の改革は、いずれも社会復帰思想を犯罪者処遇の基本理念として採用するに至っております。 今回の法律案も、その第十四条において、「受刑者の処遇は、その者の資質及び環境に応じ、その自覚に訴え、改善更生の意欲の喚起及び社会生活に適応する能力の育成を図ることを旨として行うものとする。」と規定して、受刑者処遇の基本原則を掲げ、行刑目標として改善更生を目的とする社会復帰の原則を、その基礎とすることを明言しているのであります。 最後に、法律化という点ですが、法律化とは、受刑者の権利義務や重要事項は法律で明確化するということを意味します。 我が国の行刑は、訓令、通達の行政と言われるごとく、その行刑実務の多くが法的効力を持たない省令や訓令あるいは通達においてその一般的基準や根拠が定められているにすぎず、かつ、具体的な基準は行刑施設の長の裁量にゆだねられていたところが少なくありませんでした。言い換えれば、法律による行政の原理が十分に徹底していなかったことが現行の矯正行政の最大の欠陥であるとされていたのであります。 今回の法律案は、「第六章 宗教上の行為等」と「第七章 書籍等の閲覧」において受刑者の権利義務を明確にしております。法律化が実現されていると考えてよいと思います。特に、第四十四条と第四十六条は、権利制限法的な規定になっているところが評価できると思います。つまり、原則として、これを禁止し、制限してはならないという規定になっているところに意義があります。その意味するところは、原則として権利の自由を認めるが、施設の管理運営上から問題のある場合には制限するという規定になっているところが重要であります。 権利設定法は、何々することができるという形式の規定で、禁止を原則とし、例外的に権利を認めますよという規定の仕方です。これだと施設側は、特に規定がないときには自由に被収容者の自由を制限できるという立場に立つことになります。これに対して権利制限法は、刑務所に集団的に拘束されていることから必然的に要求される自由の制限以外の自由は原則として受刑者にも認めるという考え方です。今回の法律案が権利制限法的な規定になっているのは、法律化という側面からは歓迎すべきものであると私は思います。 御案内のように、アメリカ合衆国の行刑制度は、連邦、州、ローカルに分かれ、それぞれ州政府が管轄し運営しています。そのため、それぞれの州政府の方針や経済力によって受刑者の処遇面において格差が生ずるおそれがあることは否めない事実です。我が国の行刑制度は中央集権による全国単一制度であり、格差が生ずることが少ないと言われています。この行刑が単一組織によって運営されていることの最大のメリットは、分散収容を可能にするという点です。我が国の受刑者はいざというときには日本全国どこの施設にでも収容できることとなっています。行刑が州単位で行われているアメリカなどでは、分散収容などという芸の細かい施策を展開することは極めて難しい組織構造になっていることに注意しなければなりません。 また、今回の法律案の審議では批判されているようですが、工場担当制というものも我が国行刑の特質であると言えます。アメリカでは、保安職員と処遇職員の役割分担がはっきりとできているため、かえって保安職員が処遇職員の業務に無関心になり、時として本来の矯正職員としての一体感が欠如したり処遇に関して統一性を欠く嫌いがあると批判されております。我が国の場合には、行刑に要求される各種の機能が被収容者に対して最も効率的に働くことができるように、すべての対被収容者業務は一人の現場職員に集中する仕組みができ上がっています。 この担当制は我が国独特の施設運営方法であり、少なくともアメリカの矯正施設では、日本のように、工場担当として任命された処遇部門の看守又は看守部長が、朝七時半の工場出場時から夕方五時の舎房点検時まで、わずかな休憩時間を除いて受持ちの受刑者と生活をともにし、作業監督はもとより、受刑者間の人間関係の調整から家族への手紙の発信の相談に至るまでの日常生活の面倒を見るといったシステムにはなっておりません。アメリカは、あくまでも合理性を前提にし、常に明確な理論的思索や自然科学的判断が優先する行刑理念を堅持しております。しかし、アメリカでは刑務所暴動が頻発し刑務所事故等も多いことから、必ずしもアメリカの合理主義的処遇方法が成功しているとは私には思えません。 人の心に訴える矯正、矯正は人なりと申しますが、受刑者が担当職員を担当さん、おやじさんと相手が年下でも親しみを込めて呼ぶのは、それは決して物理的矯正によるものではなく、そこに家族的とも思える情緒的なつながりが存在しているからではないでしょうか。そして、そのことが、日本の行刑は暴動もなく安定しており、世界一であるという国際的な評価を得ている要因ではないかと思います。 もちろん、担当制は情実行刑になるおそれがあるという批判も分からないではありません。しかし、それは、そもそもが担当制に問題があるからではなくて、保安上の要請と矯正処遇上の要請という相矛盾する要請に対して担当一人で全責任を全うするということが果たして一個人の能力をもってして可能であるかという問題に集約されるのではないかと私は思います。保安上の要請を重視すれば、性悪説に立って受刑者の監視を強化する必要があるでしょう。逆に、矯正処遇上の要請に従えば、性善説に立って受刑者を全面的に信用するという態度が期待されます。同じ一人の人間が両者の役割を同時に果たすということにそもそも無理があると思います。 したがって、問題は担当制を廃止することではなく、複数担当制にして、両者の役割を分担して受刑者に対応するという、学校現場におけるチームティーチングと同じような方法を採用すればよいのではないかと思います。 もう一つの日本行刑の特色は、刑務作業であります。つまり、我が国の刑務作業は、これを矯正処遇の一環と見、刑務作業によって単調な刑務所生活における無為から生じる心身の退廃を防ぎ、受刑者に労働に対する尊敬の念と規則的労働の習慣を体得せしめ、職業上の訓練を与え、必要な技能を身に付けさせることによって受刑者の社会復帰を可能ならしめるという考え方を基調としているのであります。 結果として、この刑務作業が各種犯罪者類型に対応した個別処遇を阻害しているという批判も成り立ちます。なぜならば、個別処遇のための時間を取ることができないからであります。しかしながら、我が国の行刑において、刑務作業そのものが受刑者の出所後の職業の確保と行刑施設内の規律維持機能の役割を果たしているという事実も考慮する必要があるのではないかと思います。 今回の法律案では、刑務作業のほかに改善指導及び教科指導が規定され、義務化されておりますし、累進処遇制度の廃止に伴い、アメリカのように二〇%の刑期を削減することが可能な善時制、グッドタイムシステムという方法までは採用していないけれども、改善更生意欲の喚起のために優遇措置を定めています。従来の刑務作業を中心とした矯正処遇から一歩を踏み出し、新しい矯正処遇制度を構築する意気込みが感じられると思います。 また、日本行刑における保安業務の特質は、アメリカのように物的戒護重点方式ではなく、武器の不使用と人的戒護の強調にあると言われておりますが、今回の法律案では、第二編第八章において、規律及び秩序の維持の規定が置かれ、規制措置の限界が明らかにされております。不服申立て制度の整備や行刑の透明化のための刑事施設視察委員会の設置と並んで、受刑者の権利の保障に資するところが大であると思います。 さらに、今回の法律案では、外部通勤制度と外出・外泊制度が導入され、外部交通が拡充され、限定的ではありますが、電話等による通信が認められましたことは、現行の監獄法を超える近代化、国際化、法律化が成し遂げられたものと評価する次第です。 参議院で十分な審議を積み重ねられ、刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律が一日も早く可決、成立されますことを祈念いたしまして、私の参考人の意見といたします。 以上です。
○委員長(渡辺孝男君) ありがとうございました。 次に、鴨下参考人にお願いいたします。鴨下参考人。
○参考人(鴨下守孝君) それでは、私の意見を申し上げます。お手元に一応意見の要旨を差し上げてあるかと思います。それに沿ってお話をします。 近年、行刑では、常識的には考えられないような問題が発生しまして、社会から厳しい批判を受けております。私は、長年、行刑実務と行刑法の改正作業に携わってきた立場から、問題発生の最大の要因は、言われているような刑務官の資質、能力の問題ではなく、被収容者の処遇ないしは刑務官の職務執行の根拠となるべき現行監獄法が制定、施行以来全く実質的な改正がなされないままに百年近く経過しており、行刑に対する社会的な要請や被収容者の権利意識の変化のあらゆる面で対応することができず、刑務官が職務執行を適正に行うことを困難にしていることにあり、そのため、被収容者に対する適切な処遇の実施と適正な規律及び秩序の維持及び被収容者の権利、自由への配慮にバランスを欠く状況が生じかねない危うい状態にあるところに予想を超える高率収容状況が続いていることなどの要因が重なって発生していると考えておりまして、監獄法の全面改正を早期に実現する必要があると繰り返し訴えてまいりました。 今回の法案は、監獄法の全部を改正するものではありませんが、それでもこれが制定、施行されれば、制度面、運用面での改革、改善を大きくかつ速やかに進めることができる契機となることは間違いありませんので、早期の成立を強く望んでいるところであります。 初めに、今回の法案の内容をどのような視点から検証するかについて申し述べます。 昭和五十五年、法制審議会は、監獄法の全面改正を内容とした監獄法改正の骨子となる要綱を答申しました。昭和五十七年には、これを受けて立案された刑事施設法案が国会に提出されました。しかし、改正内容が不十分である、あるいは規律偏重である、あるいは代用監獄制度を存続させている、あるいは弁護人接見交通権を制限しているなどを理由に強い反対があり、同六十三年に衆議院法務委員会で審議が始まりましたものの、平成五年に審議未了のまま廃案となってしまいました。 今回の法案は、法制審の答申から二十五年、刑事施設法案の廃案後十二年を経て提出されたものであり、抜本的な行刑改革を目指すものとして立案、提出されているものであると承知しておりますので、法制審の答申や刑事施設法案の内容を超える改正点がどれほどあるか、強い関心を持っております。なぜなら、この十二年の間に法改正がなされていたならば発生しなかったかもしれない問題が多数発生しており、過剰収容という状況の変化もあって、被収容者にも刑務官にも大変な苦しみや負担を負わせているからであります。 また、今回の法案では、刑事被告人及び死刑確定者の収容処遇に関しては、法律名は変えるものの、現行監獄法の規定を依然として適用することとされております。つまり、未決被勾留者と死刑確定者の処遇の改正は先送りされているのであります。したがって、この法案によって改正される受刑者処遇と現行監獄法が適用される未決被勾留者等の処遇の間に大きな格差が生じることがないかについても検証する必要があります。 これら二つの視点について、これまで行刑法改正の基本理念とされてきた被収容者の権利義務関係の明確化、被収容者の生活水準の向上、受刑者の改善更生及び社会復帰処遇の充実、刑務官の職務執行権限の明確化並びに被収容者の権利救済制度の確立がどのようにバランスよく具体化されているかを考える必要があると考えます。 ここでは、主として権利義務関係の明確化と、それと表裏の関係にある刑務官の職務執行権限の明確化及び被収容者の権利救済制度の確立が法案にどのように具体化されようとしているのか、及びその改正によってどのような問題の発生が考えられるかについて、幾つかの具体例を挙げて述べることとします。 我が国においても批准、発効している市民的及び政治的権利に関する国際規約、いわゆる人権B規約ですが、その第十条三項には、「行刑の制度は、被拘禁者の矯正及び社会復帰を基本的な目的とする処遇を含む。」と規定されています。つまり、改善更生及び社会復帰処遇を受けることは、受刑者にとって義務であるとともに社会復帰するための権利であるとも解されます。 このような視点から法案を見ますと、気になることが幾つか見られます。 まず、法制審の答申第二十八項及び刑事施設法案第八十条には、必要とされる受刑者には生活指導として相談助言を行う旨の規定があります。これに対して、生活指導の規定に相当する今回の法律案第八十二条の改善指導の規定では、相談助言が落ちています。 相談助言は、受刑者が私的な悩み事や相談事がある場合に個別に申し出て、必要があれば民間篤志家の援助を得て面接し、助言を与えることによってその心情の安定を図り、矯正効果を上げることに資するもので、実務上重要な処遇とされています。公表されているように、改善指導が社会復帰を困難にしている問題を改善するための指導として法的に義務付けられるものであるとすると、答申の生活指導よりも内容が限定されていることになるので、相談助言を含むと解するのは無理があるのではないかと思います。少なくとも、法務省令等で相談助言を行うことができる旨を明らかにするべきであると考えます。 これに関連して、今回の法案では第四十五条と四十六条に宗教上の行為を規定し、受刑者について信教の自由を保障しようとしています。他方、未決被勾留者や死刑確定者については、監獄法の法律名を刑事施設ニ於ケル刑事被告人ノ収容等ニ関スル法律に改め、その第二十九条に「被収容者教誨ヲ請フトキハ之ヲ許スコトヲ得」と規定しようとしております。 しかし、監獄法の立案者である小河滋次郎博士の「監獄法講義」によれば、監獄法第二十九条に言う教誨は徳性の教化すなわち専ら精神の修養に関するもので、つまり徳性教育を次の条文の教科教育と並べて規定したもので、信教の自由に関して監獄法は規定しておらず、憲法上の権利として行刑規律に違背ない限り保障されるものであると解説しております。 そうであるとすれば、受刑者について法案の第四十五条二項で「宗教上の教誨」と限定して信教の自由を保障し、受刑者以外の被収容者について裸で「教誨ヲ請フトキハ之ヲ許スコトヲ得」と規定すると、未決被勾留者や死刑確定者を徳性教育の対象とし得ることになり、他方、信教の自由の保障規定はないことになって、権利保障面で受刑者との間に大きな格差が生じることになります。それでよいのかという問題があります。 次に、刑務官の職務執行権限の明確化の面について述べます。 法案では、第五十二条に身体の検査等、第五十四条に制止等の措置、第五十五条に捕縄、手錠及び拘束衣の使用、第五十六条に保護室への収容、第五十七条に武器の携帯及び使用、第五十八条に収容のための連れ戻しなどが規定されることによって、その権限の範囲と責任が明らかにされることになり、適正な職務執行が確保されるものと考えます。 しかし、刑事施設ニ於ケル刑事被告人ノ収容等ニ関スル法律には、第五十二条から第五十六条までの規定に相当する規定がありません。特に、近年大きな問題とされた保護室収容に関し、未決被勾留者や死刑確定者に収容の要件、期間、手続等の法的保障がないことは、法律上大きな格差を生じることになり問題であります。少なくとも、法務省令で受刑者と同様の規定を設ける必要があると考えます。 また、権利救済制度の確立について、法制審は、法務大臣に対する不服の申立てを制度化するよう答申しております。これに対して、今回の法律案は、不服申立て制度として矯正管区の長に対する審査の申請と法務大臣に対する再審査の申請の二審制を採用しようとしております。 ところで、行政不服審査法は、その第四条一項ただし書で、刑務所、少年刑務所、拘置所において「収容の目的を達成するために、被収容者に対して行なわれる処分」を同法の不服申立ての対象から除外し、二項で、前項ただし書の規定は「別に法令で当該処分の性質に応じた不服申立ての制度を設けることを妨げない。」と規定しております。 不服申立て制度を特別立法化する場合には、被収容者の特殊な法的地位及び収容目的を達成するために行われる措置の特殊性、つまりその多くが一過性の事実行為的性質を持ち、措置が終われば権利の回復救済は不可能であることなどを考慮して、実効性のある権利救済制度とするために裁決までの期間や手続が簡易で迅速に行われるものとする必要があります。実効性がない権利救済制度は十分に機能しないことになるからであります。 以下に、法案の問題点三点について述べます。 第一に、受刑者は、確定施設と処遇施設が異なり、矯正管区を越えて移送されることが少なくありません。確定施設の長の措置に不服があり、処遇施設に移送されて後に、その処遇施設を管轄する矯正管区の長に審査の申請が申し立てられたときは、確定施設を管轄する矯正管区の長に調査、裁決の権限を委任することになるのでありましょうが、その点が法律上明らかになっておりません。 第二に、審査の申請に対する矯正管区の長の裁決に不服がある場合には、法務大臣に対し再審査の申請をすることができることとされております。この二審制が採用されることにより、法務大臣の裁決をどうしても得ようとすれば、法定される最大限の期間で計算しますと、刑事施設の長の措置があったときから裁決を得るまでに百八十日、申請期間を含めれば最大二百四十日の期間を要することになります。 対象とされる措置の中で、第五十三条の隔離の期間は三月、以後は一月ごとに更新されます。第百五条の懲罰の期間は、閉居罰で三十日、最大で六十日となっております。さらに、第百九条の隔離の期間は、二週間、最大で四週間とされておりますので、極論を言えば、百八十日後に行った裁決の効力としてどれほど実効性のある権利救済が可能か考えさせられるところであります。もっとも、法案には、行政不服審査法第三十四条に規定する執行停止の規定を準用する旨の規定がありますが、これは、必要があると認めるときは職権で執行停止をすることができるというものでありまして、これで果たして実効性が確保されるか、法律の上でははっきりしません。 第三に、未決被勾留者や死刑確定者は、刑事施設の長の措置に不服があっても、現行監獄法と同じく情願を申し立てることしかできません。受刑者も、未決勾留中の措置に不服がある場合は、苦情の申出の対象にしかなり得ないことになっています。これらの申立て制度の違いは、手続を複雑にするだけではなく、権利救済の面で大きな格差が生じることになるので問題ではないかなと思います。 以上、指摘した被収容者の権利、自由に関する幾つかの問題は、当面、政令あるいは法務省令等に補足的な規定を設けて施行し、問題があれば五年後の見直し等により修正することでもよいのかとも考えられます。もとより、法案全体について異論があるわけではありませんので、できる限り速やかに成立、施行されることを強く期待しているところであります。 ただ、この法案の成立をもって行刑全体の統一ある抜本的な改革が成し遂げられるとは到底思われません。なぜなら、常時一万数千人を超えて収容され、刑事施設の全収容人員の一六から一八%を占める未決被勾留者及び、少数ではありますが、重罪事件の関係者である死刑確定者の処遇が改正されないままに残っているからであります。そして、これまで多くの行刑関係訴訟や告訴、外部の権利救済機関への不服申立てが未決被勾留者や死刑確定者によって行われていることなどを考えますと、権利保護について格別の配慮を必要とするのは、むしろ未決被勾留者であり、死刑確定者であるはずであります。にもかかわらず、今回の未決被勾留者処遇等の改正が見送られているのは、代用監獄制度の存廃や弁護人接見交通権の問題が簡単には解決できない事情があるためと思われます。 関係者は、自らの主張が入れられなければ反対するといった、従前のような被収容者不在、職員不在、国民や被害者不在の一方的な主張の繰り返しはもうやめにして、全体に統一ある行刑改革の実現を図るために、また国民や被害者の声なき声も酌み取った監獄法の全面改正の実現に努力すべきであるということを申し上げて、私の意見といたします。
○委員長(渡辺孝男君) ありがとうございました。 次に、黒田参考人にお願いいたします。黒田参考人。
○参考人(黒田治君) 東京都立松沢病院の精神科の医師で黒田と申します。 本日は、このような機会を与えていただきまして、先生方に感謝申し上げます。 私は、今は都立病院に勤めておりますけれども、数年前まで八王子医療刑務所の方で精神科医として勤務しておりました。今回こちらにお招きいただきました理由というのは、今話題になっています法律案に関して参考意見を述べなさいということだと思いますけれども、私はただの精神科医で、法律について何か意見を述べるような知識もありません、経験もありませんので、実務、現場の実務者の立場から非常に雑駁な話を幾つかさせていただければというふうに思っております。 立場が精神科医ですから、今回の法律案の中での精神医療に関連するであろう部分について意見を述べたいと思うんですが、ただ、法律案を読んでみますと、精神障害者あるいは精神医療に直接関連したような部分というのが見当たりません。今回の法案、法律の改正の原動力の一つになっています行刑改革会議での議論の中でも、精神医療に関して若干触れられたところもありますが、主な論点の中には余り含まれてこなかったように思われます。こういう状況の中で、じゃなぜ精神医療の話を今更しなくちゃいけないのかというふうに先生方いぶかられるかと思いますけれども、これからお話をさせていただきたいと思います。 それで、まず刑事施設の中で提供される医療についてですけれども、皆様のお手元にお配りしましたレジュメに従ってお話をいたします。 まず、刑事施設内の被拘禁者が提供されるべき医療の水準というのはどの程度というのが望ましいのかということですけれども、これはいろいろ議論が重ねられた結果、現状では、理念としては、刑事施設の中の医療も一般社会の中の医療の水準と同程度であるべきであろうということでまとまっているように感じます。ただ、そうはいいましても、それを具体的にどういう形で提供できるのかということについて見ますと、現実的には様々な理由で実現が難しい部分も多いだろうというふうに思われます。 なぜ難しいのかという理由なんですけれども、幾つかあると思いますが、一番主要なものとしましては、そもそも刑事施設の一番大きな目的、主要な目的というのは刑事司法手続の執行でありまして、被拘禁者の逃走とか自傷他害の行為の防止、それから施設内の安全や秩序の維持ということであります。したがって、医療というのは、その目的と比べますと二の次であろうということです。 次に、被拘禁者の特性としまして、疾病利得という言葉がありますけれども、それを目的にして必要以上あるいは不必要な医療を要求する可能性があるのではないかということが懸念されます。 第三に、医療従事者を確保するというのが非常に難しいということであります。刑事施設というのは、医療の従事者にとって決して魅力的な職場ではありません。 それから第四として、医療水準を監視する人がいないということです。まず、医療の利用者である被拘禁者というのは、医療機関や医師を選択する権利が大幅に狭められておりますし、何か不服があったとしても、それを申し立てることが非常に難しい立場にあります。それから、医療の現場の状況というのが一般の人の目に触れにくい。それから、医療行政当局の監査がなかなか行き届かないということもあります。 では、刑事施設内の医療水準を向上させるのが難しいとしたら、その施設の外、一般社会内、地域社会内の医療機関を利用する方法はどうかということが出てくるわけですけれども、それも難しいということです。それが難しい理由というのは、その施設の中にいる被拘禁者を施設の外に連れ出す際には様々な障壁があるということです。 被拘禁者を医療の目的のために施設外に連れ出す根拠としましては、従来、監獄法の中での病院移送の場合と、刑事訴訟法の中の執行停止の場合の二種類があるというふうに思われますけれども、監獄法の場合であれば刑事司法手続がそのまま継続されるんですけれども、一方で被拘禁者の周りをもう一つの刑事施設化しなければいけない、その人の逃亡を防ぐとかそういったことですけれども。一方、もう一方の刑事訴訟法の方では、執行停止という手続があるんですけれども、それはその検察官の指揮次第ですし、その間刑期がストップしてしまいますし、身元引受人が必要である、それから医療費や生活費についての国からの支給も止まってしまうという問題もあります。 さらに、現実的な問題としまして、そういった被拘禁者を受け入れる医療機関というのが非常に限られているわけです。それでも外部の医療機関を利用しなければいけないようなケースは多々あります。したがいまして、刑事施設内の医療水準の向上、それから外部医療機関との連携の強化というのは、どちらも非常に難しい課題ではありますけれども、継続して取り組まなければならない課題であると思います。 では、その刑事施設内の医療水準が向上されることで一般社会が何か関係あるのかということなんですけれども、一般社会もある程度のメリットを受けるのではないかということが言われています。 一つは、刑事施設内の治安というのは、その中の生活環境やあるいはその処遇が良くなければ悪化しやすいということです。ですから、医療を向上させることで施設内の治安の維持に寄与するのではないか。 それから、もう一つの理由としましては、施設内に収容されている被拘禁者の病気をその中で早期に治癒させる、あるいは改善することによって、彼らが社会に出た後、例えばその病気が感染症であれば感染の媒介を防ぐ、あるいは、その人が社会に出た後に例えば生活保護などを受けるときに、病気が軽い段階の方が悪化したときよりも医療費は少なくて済みますので、そういった公的医療扶助制度に対する経済的な負担を減らすことができるのではないかというふうに言われています。 刑事施設内には精神障害者がおります。なぜ彼らに対する医療が問題視されるのかということですけれども、理由が二つあります。一つは、刑事施設内にたくさんの精神障害者が収容されていること、それからもう一つは、精神科医療というのはそれ以外の医療とは違う点があるということです。 どのくらいの精神障害者がいるかということですけれども、法務省の統計では、受刑者の一一%余りが何らかの精神障害を有しているというふうに言われています。さらに、例えば医療刑務所などの専門的な治療、医療を受ける必要があるというふうに言われている人も五百名程度いるということです。一方、未決被拘禁者については精神障害の罹患率ははっきりしません。我々が現場で見ている感覚としてはもっとたくさんいるような印象があります。 では、なぜそのように多くの精神障害者が刑事施設内に収容されているのかということですけれども、これはいろいろ理由が言われていまして、一つは、精神障害と犯罪、それを合併するような人たちというのは、元々、あるいはそういう障害を持った結果として犯罪に結び付きやすいような不利な経済的あるいは社会的な背景を有している。それから、例えば薬物乱用等の精神作用物質使用障害とかあるいは反社会性人格障害といった、その障害自体がそもそも犯罪と親和性があるものの影響があるのではないか。それから、これは日本ではまだ起こっておりませんけれども、脱施設化、精神病床が削減されることの影響があるのではないか。それから、施設内の職員が被拘禁者の精神障害を発見する能力が向上しているのではないか。そういった理由が挙げられています。 さらに、我が国特有の理由としましては、裁判の段階で刑事責任能力の判断が比較的厳格というふうに思われます。さらに、有罪となった場合には刑務所に行くしかないですね。治療処分といった選択肢がありません。したがいまして、統合失調症などのかなり重症な精神病に罹患した方であっても懲役刑を科されていることがあるわけです。それから、司法精神医療の土壌がそもそも一般の精神科医療の中にありませんので、そういう刑事施設の中で入院治療を必要とするような重症の精神障害が発生した場合に、彼らを受け入れてくれるような病院が現時点でありません。今般、心神喪失者等医療観察法が施行されることになりまして、そういった医療を提供でき得るような病院ができるわけですけれども、ただ、刑務所の服役中の被拘禁者というのはその対象者にはなりません。それから、精神障害で受刑している方たちというのは基本的には仮釈放の対象にならない。そういった理由で、刑事施設の中に精神障害を持った方たちがかなり存在しているということです。 もう一方の精神科医療の特殊性についてですけれども、一般の医療と精神科医療、何が違うのかということですけれども、一番大きな点としましては、医師と患者間の治療関係が非常に特殊であるということです。どういうことかといいますと、例えば統合失調症などの一部のものでは、患者さん自身が、自分が病気であるという認識あるいは病気だから治療を受けなくてはいけないという治療意欲、そういったものを欠いています。で、一般的なインフォームド・コンセントの原則が成立しない場合があるということです。したがいまして、必ずしも患者自身の意思に基づいて医療が提供されるとは限りません。場合によっては、第三者の利益を目的にその患者さんが拒否しているような医療を強制的に行わなくてはいけないような場合もあります。 それから、二点目としましては、精神疾患のほとんどのものはその原因がはっきりしませんので、その原因を取り除く、原因を改善して根本的に治療するということが非常に難しい。表面に出ている症状を抑えるような対症療法が中心になっていきます。 それから、三番目に、精神疾患というのは医学的に完全な治癒状態、完全に治った状態まで達しないケースがたくさんあります。したがって、ある程度良くなった状態、寛解状態といいますけれども、そういった状態を維持することも治療上必要というふうに言われます。 それから、四番目に、例えば風邪とか肺炎であれば安静にして横になってお薬を飲んで静かにしていれば良くなっていくわけですけれども、精神障害の場合は薬物療法といった物理的な治療だけでは治療が完結できません。それ以外に精神療法や環境療法、それから様々なケア、生活指導や環境の調整、あるいは家族療法といった多面的な治療が不可欠であります。 こういった精神科医療の特殊性をかんがみまして、一般の地域社会ではインフォームド・コンセントの原則が成立しない場合の医療の在り方の大枠を決めるための法律、特別な法律、これ精神保健福祉法といいますけれども、そういったものが特に存在しているわけです。 それから、精神科医療において区別しなくてはいけないのは、同意能力の障害を招く可能性の高い精神障害、例えば統合失調症といった精神病ですけれども、それと、同意能力の障害を招く可能性が低い精神障害、例えば依存症であるとか人格障害といった障害では、その提供すべき医療の在り方が異なっております。 次に、精神科医療を提供する場としての刑事施設ということについて考えてみたいと思います。 刑事施設は精神科医療を提供する場たり得るのかという設問なんですけれども、これについては、国連の原則あるいは規則を参照いたしましたところ、次のように言われています。一つは、すべての刑事施設で精神医学の知識を有する医師による精神医療を提供すること、二つ目は、精神病に罹患した被拘禁者に対する一般社会と同水準の精神医療の保障、三つ目は、精神病に罹患した被拘禁者の刑事施設から精神医療施設への適正手続に基づく移送の促進、四つ目が、釈放後の医療の継続とアフターケアの提供というものであります。 これを読みますと、国連原則では何を言っているのかということですけれども、一般医療と同水準の精神医療を刑事施設内でたとえ提供できたとしても、精神病に罹患した被拘禁者は刑事施設から精神医療施設へ移送すべきであるというのが基本的な考えになっています。 では、なぜ刑事施設内で精神病の被拘禁者に対して医療を提供すべきではないのかということなんですけれども、刑事施設ではインフォームド・コンセントの原則が成立しない場合の非自発的医療の提供のために必要な適正手続に基づく同意能力の減損の評価であるとか治療の必要性の評価といったものを定義している法律が一般に適用されないというのが一番大きな理由です。さらに、施設内の治安や管理のために精神科医療が悪用されるおそれがあるということ、それから拘禁状況下では真のインフォームド・コンセントが行使できないという問題もあります。 そういったことを考えますと、刑事施設内の医療の水準が上がったとしても、精神病に罹患した拘禁者を移送するための精神医療施設の確立、それからそういったところへ適正手続に基づいて移送できるような手続の設立というのが必要になると思います。 済みません、時間が短くなりましたので飛ばしますけれども、では刑事施設の精神医療が抱える今後の課題ということですけれども、一番大事なのは刑事施設内の精神医療の水準を向上させることです。これにはマンパワーの拡充というのが一番重要です。よく専門医の確保ということが言われますけれども、その以前に刑務官の方々が基本的な精神保健についての知識を獲得するということが最も大事であろうというふうに思われます。それから、二点目としては、精神障害に罹患した被収容者の方たちが不服を感じたときに、もっと簡単な方法で不服申立てをできるような制度というのも必要であろうというふうに思われます。 それで、二点目としましては、刑事施設内に収容されている重症の精神病に罹患した被収容者を適切に精神医療施設に移送できるようなシステムづくりも今後考えていかなくてはいけない課題だと思われます。その一つのアイデアとしては、医療刑務所を精神病院と全く同じような構造にしてしまうということです。二つ目は新しい病院を造るということですけれども、いずれにしても法務省だけでは実現できない課題も少なくありません。厚労省や文部科学省やあるいは医師会等の職能団体、あるいは地方自治体など多くの関係機関の関与が不可欠です。それから、刑事施設の中の精神医療の向上には、それを取り巻く地域の精神医療や司法精神医療などとの連動した底上げというのも欠かせません。 このように、いろいろ言いましたけれども、やはり実現させるには非常に多くの障害が予想されて、前途多難であろうと思われます。 最後に、法案について若干の意見を述べさせていただきます。 今回の法案の中で、三十三条に刑事施設における医療水準を定義されていること、それから三十九条の一項で非自発的な治療、患者が望まない治療は原則禁止するというふうに書かれている点については評価すべきであろうというふうに思います。ただ、一方で、三十三条の社会一般の水準に照らして適切な措置を行うという表現というのは、ややあいまいな印象は否めません。 それから、精神障害について特別な規定はないんですけれども、仮に受刑者の方が精神障害に罹患していたとしてその病気が統合失調症などの重症な病気だとした場合に、同意能力が損なわれているような被拘禁者の場合も非自発的な治療を原則禁止と考えていいのかというようなことも想像します。それから、では、私はそれは特別な別の手続が必要だと思うんですけれども、そういった人たちに対する適切な医療の在り方とはどういうものかということを考えていかなければいけないと思います。 それから、二点目としましては、八章に規律及び秩序の維持というのがあります。それから、十一章に賞罰に関しての規定があるんですけれども、例えば病気のせいで遵守事項に従えない、あるいは病気のせいで大声を出したり暴力を振るったりするような被拘禁者も、それからそういった病気がなくて、ただ単に反社会的な性格傾向があって規律違反に及んだような被拘禁者も、規律及び秩序の維持の名の下に画一的な隔離や戒具の使用や保護房の収容といった行動制限、あるいは懲罰の対象となるようなおそれはないのかというような疑念がわいてきます。 ここで大事になるのは、そういった反規律的、反社会的な行動の原因まで考慮に入れた柔軟な対応がなされるべきであろうということです。そこで大事になってくるのは、やはり現場にいる一般の刑務官の精神保健の知識の程度が問われるのであろうというふうに思います。 結論ですけれども、今回の法案には全く触れられていませんけれども、重症の精神障害に罹患した被拘禁者の人権を守り、彼らに適切な医療を提供し、さらに彼らに対する医療の悪用を防ぐための特別な法的な枠組みというのが必要だったのではないかというふうに考えます。 以上です。 どうもありがとうございました。
○委員長(渡辺孝男君) ありがとうございました。 以上で参考人の意見陳述は終わりました。 これより参考人に対する質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○山東昭子君 三人の参考人の方々、貴重な御意見ありがとうございます。 早速本題に入りますけれども、諸外国での刑罰はいろいろ違いがありますが、麻薬や覚せい剤を運んだだけで逮捕三日後に処刑という東南アジアなどの国もありますし、中国では工場の食事の量に不満を持った工員が、扇動した罪でリーダー三人が一週間後に銃殺などの話を聞きますと、矯正などは全くないのかと考えてしまいます。それに引き換え、日本では、量刑や裁判のスピード化が改正されたとはいえ、国民から見ても事件が風化したころに刑が執行されるのは問題だと思います。 そこで、藤本、鴨下両参考人にお伺いしたいのですが、犯罪の質にもよると思いますが、受刑者が矯正によって更生したことや実際に受刑者が心を開いた例はどんな方法によってあるのでしょうか。
○参考人(藤本哲也君) それではお答えいたします。 実務の点は鴨下先生詳しいんでしょうが、我が国の場合は、諸外国と違いますのは、先ほど言いましたように、人と人との関係において受刑者を処遇するという原則をずっと取ってきたんですね。 例えば、これは非常に著名な例なんですけれども、何度も何度も犯罪を繰り返して懲りない人が一人いました。ところが、当時、それは副典獄という副所長がいたんですが、その副典獄との意気、肝胆照らし合いまして、その副所長の言うことなら何でも聞くという形の処遇効果が出てきたわけですね。結果として彼は仮釈放で出るんですが、そのときに副所長に約束したことは、自分はこれから社会へ出ても二度と犯罪を犯さないという決意をして出ていくわけです。出てみますと、自分の家内は既に他の人と結婚している、親族は全然構ってくれない、刑務所から持ってきた金は全部使い果たした。どうしよう。今までの自分ならまた犯罪を犯したに違いないと。しかしながら、これは副典獄、副所長との約束があるというので彼は投身自殺するんですね。結果として、これを見ていわゆる、静岡の方での、いわゆる犯罪者のための改善更生をした人をなぜ助けられないかということで免囚保護の制度ができてくると。これは我が国の歴史なんですね、静岡の勧善会がその原点ですけれども。 だから、我が国の場合は、先生も御存じだと思いますが、いつも矯正協会で表彰するときに、親子三代の矯正家、職員という、いらっしゃるんです。これは世界にないことでして、サラリーマン化した職員の多い我が国、今全世界には九百万人の受刑者が入っていますね、刑務所に。その中で、二百十六万がアメリカです。百五十八万が中国です。そして、百万がロシアです。ただ、大体世界の刑務所の五三%ぐらいはこの三つの大きな国で占めているんですが、先ほどのように、百五十八万の犯罪者がいれば、中国のようにすぐ処刑をするという方法を取らないと、もう完全に施設が満杯状態に入っていますので、そうした形での処刑が行われているのは中国独特の事情があるということを察していただければと思うんです。 ところが、今我が国は過剰収容といいましても、確かにB級施設は一一九%ですけれども、七万八千なんです。だから、今の九百万の世界の受刑者、そして日本の七万八千ということを考えますと、今カリフォルニア州だけでも二十一万ですから、それから考えれば、我が国は確かに、刑務所のキャパシティーそのものが六万ちょっとですので確かに足らない面はあるんですが、しかしそれでも我が国の行刑の現場では、人が人による感化の中で、それは刑務所という中で一つの我々疑似的な家族関係を築いて、そこで処遇をするということが行われてきたんですね。確かに、これは過剰拘禁になればそこに問題が出てくるということはあると思うんですが、しかし今の勧善会ができた静岡の場合の例を見ても分かりますように、多くの人は、この担当さんのためならば、この職員から今までこれだけお世話になったんだから自分は犯罪を犯さないという形で出所する人が多いということも聞いておりますので、そこが諸外国と違う点だと思います。
○参考人(鴨下守孝君) ただいまの山東委員の御質問ですが、私は三十七年、刑務官を経験しました。しかも、これは人事異動の妙といいますか、非常に難しいところばかりをやらされました。 その経験からいいますと、例えば昨年の犯罪白書を見ますと、一昨年の犯罪データでは、新受刑者、新しく刑が確定した受刑者の、これは三万一千三百五十五人ですが、これはその年の検察庁が終局処理した人員二百数十万いますが、一・四%であります。裁判が確定した人員からしても三・六%。要するに、刑務所に入ってくる人たちはエリート中のエリートなわけですね。その人たちを改善更生させ、社会復帰させるということは容易なことではありません。 ただ、最近の新たに受刑者となる人の内容を見ますと、初めて入ってくる人が五〇%を超えて五〇・九%というのが平成十四年の数字です。ということは、再入者は四〇%台ということになります。さらに、その中で仮釈放で出ていった人は三〇%台という数字が出ております。さらに、職業訓練を受けて出ていった人は、私たちの研究所の調査結果では一七%台ということになっております。 改善更生、社会復帰のための処遇ということは非常に、それだけだとは言いませんが、効果があるのではないかということを一刑務官経験者としても自負しているところであります。 実際にはどうかといいますと、実は社会にいる間はよく分からないのであります。入ってくると分かるわけです。入ってきた人がどのぐらいいるかで再犯率、再入率が分かる。出ていってそのまま社会で何とか暮らしている人、これは改善更生、社会復帰の効果が上がったのか上がらないのか、これはなかなか分かりにくいところがありますが、数字的に見ますと、相当、先ほど藤本参考人もおっしゃっていましたけれども、世界各国から比べれば、再入率、再犯率は非常に低いということが言えると思います。 実際に私どもが一施設を預かって多くの人たちを社会に出していますが、時に担当職員に対して手紙が来る、あるいは所長に対して手紙が来る。まじめにやっている、給料が幾らだ、結婚した、子供が生まれたというふうなことの手紙もよく来ます。そういったことで実務の、携わっている人たちは心のよりどころにしている、励みにしているということが言えると思います。
○山東昭子君 次に、黒田参考人にお伺いしたいのですが、近年、少年の凶悪犯罪が増える中で、日本では研究が遅れている発達障害の問題を取り上げるべきではないかと思います。 思春期に突然起きる異変、黒田参考人がお書きになったアスペルガー症候群についてポイントだけでもお聞かせいただければと思いますが。
○参考人(黒田治君) どうもありがとうございます。ただ、アスペルガーのことを余りここで詳しくお話しするのは難しいように思います。 なぜかといいますと、私が書いた論文にも触れましたけれども、見付かっている特異な犯罪を犯したようなケースというのはありまして、その中ではそのアスペルガー障害との結び付きというのが明らかなケースもあるんですけれども、アスペルガー障害の患者さん全体を見た場合に、彼らは非常に、むしろ規則に縛られているといいますか、非常にまじめに決まり事を守る人たちというふうに言われていますので、アスペルガーだから犯罪傾向が高くなるとか、そういったことは全く言えないわけです。 それから、アスペルガーも含め発達障害の方たちに対する対応ということを考えますと、彼らは障害のせいで周囲との対人関係がうまくいかなかったり、いじめに遭ったり、いろいろな不利益を被って、そのせいで精神的に困るような状況に追い込まれていくケースがあるんですけれども、そういった障害を早い段階で見付けてあげて、適切な治療あるいはケアを与えてあげることでそういった周囲とのぶつかりが少なくなる、それを通して反社会傾向へ向かうことを抑えることができるということも考えていった方がいいと思います。
○山東昭子君 次に、三人の方にお伺いしたいと思います。 最近、特に精神を病んでいる人物の犯罪が横行していると思います。精神病患者は、怨恨もないのにだれかれ構わず犯罪を犯し、なおかつ皆無罪になってしまう。このことは、被害者の家族はもちろん、一般国民も許せない、やりきれない気持ちで一杯でございます。 外国においては普通の加害者と同罪とみなすと聞いたこともございますが、その件に関してもお考えをお聞かせ願いたいと存じます。
○参考人(藤本哲也君) 今の先生の御質問で答えられるのはアメリカのケースですが、我が国の場合は刑事責任能力ということがございますね。結局、その犯罪者がいい悪いが判断できて、その判断に従って行動する能力がある人だけを刑罰を科しましょう、そうでない人は刑罰を科しませんよというのが原則なんですね。 ところが、例えばドイツなんかでは刑罰は科しませんけれども治療をしますよというシステムがあるんですが、日本にはそれがありません。したがって、今のように、精神障害者でいい悪いの判断ができない人こそ実は何らかの処遇をしなくちゃいけないのに、現行の我々の持っている刑法の理論ではそれができないことになります。 アメリカの場合は、そういう場合、裁判が二つに分かれておりまして、事実の認定と、それから量刑が違っておりますね。実際には陪審制を使うのは二%ぐらいですから、九八%はほとんど自分が有罪であるということを宣言するわけです。有罪と宣言しますと、次は施設に収容するかどうかという量刑の問題になります。このときに、アメリカは民事拘禁の制度を持っていますので、刑罰を科すのではない、そのまま精神病院へ収容するわけです。したがって、民事拘禁は十年間と期間が最長決まっておりますから、十年たって治らなければ更に十年という形で、例えばカリフォルニア州の場合にはカリフォルニアのメディカルファシリティーというところで処遇することができるわけです。 先ほど黒田参考人がおっしゃいました、完全な、いわゆる日本でいえば法務省がそういう病院を持っていると考えればいいと思います。そして、それは刑罰ではなくて民事拘禁という形で処遇をしていると考えたらいいと思いますが、そういうふうに、今我々のこの二十世紀の世界の刑法理論そのものが、いい悪いの判断ができてその判断に従って行動できる者だけを処罰する、そうでない者は処罰しないという原則を取っている。これが果たして正しいかどうかというのは大きな問題でして、その辺りは考えなくちゃいけませんが、既に百年間の伝統としてそういう我々は刑法理論を使っておりますので、その点で今のような矛盾が出てくるし、一般国民にとっても非常に分かりにくい制度になっていると思います。
○参考人(鴨下守孝君) 諸外国の制度の件は藤本参考人が説明しました。 私は、また実務的な観点から申し上げたいと思います。 参議院の法務委員会の諸先生もつい最近、府中刑務所を御視察されたと承知しております。私が所長のときも参議院法務委員会の先生方の御視察を受けました。そのときもごらんいただきましたし、また今回も視察していただいたと思いますが、府中刑務所にはレッドゾーンという区画がありまして、二百数十名の精神に障害のある受刑者を収容しております。 そのときに先生方から言われたことは、なぜ医療刑務所に収容しないんだという御質問がありました。ところが、医療刑務所の精神病棟は厚生労働省の認可を得ている精神病院として設立されているものですから、いわゆる暴力を振るう、あるいは単独室で閉鎖的な処遇をやらなければいけない患者を収容できないということになっているわけです。そういう人はどこに入れるかというと、現在は府中刑務所に入れるしかないということで、ごらんいただければお分かりになったと思いますが、改善更生、社会復帰処遇など到底及びも付かない受刑者が、二百人を超える受刑者があそこにじっとしている、あるいは大声を出しているという状況が現在あります。 私もあちこちの諸外国の制度を見ましたが、ほとんどの国では治療的処分の施設を持っている。それは刑罰の代替処分であったり、あるいは藤本参考人言われたような別の処分であったりということになっておりますが、それをすべて刑務所でやれというのは大変問題があろうかと私は思います。ですから、府中刑務所の職員などは、長年勤務していれば、精神病院でも十分に仕事ができる、それぐらいのことになっております。 私は大阪拘置所の所長の経験もございますが、未決のときからどうもおかしいと思われる人がたくさんいるわけです。それらについて、どうして確定して刑務所に入ってくるんだろうかということを常々疑問に思っておりました。それは、医療刑務所に勤務された黒田参考人も申し上げているように、非常に困難を伴う被収容者であります。できれば、そういう制度が今後新たに考えられればよろしいのではないかと思います。
○参考人(黒田治君) 今、山東先生が御質問された件に関しましては、一つは、今回施行されました心神喪失者等医療観察法が実効のあるものとして運用されることで、裁判の段階で責任能力がないということではねられたような触法精神障害者の方の適切な医療の提供ということにはつながっていくものというふうに思います。 一方で、裁判の段階で、元々精神障害があるのだけれども、たまたま犯行時には責任能力が失われていなかったという判断で刑務所に入ってくるような精神障害者の方たちもたくさんおられます。そういった人たちには、これまでは医療刑務所等、あるいは府中刑務所などの大きな刑務所には精神科医がおりまして、その中では精神医療が提供されてきているわけですけれども、様々な限界の中で苦慮しているところです。そういった人たちに対する特別な施設、あるいは特別な治療の提供をするための法制度などを考えていただければというふうに希望しています。
○山東昭子君 ありがとうございました。
○千葉景子君 民主党・新緑風会の千葉景子でございます。 今日は三人の参考人の皆さんにもう何か大変ずっしりと感ずるいろんな御意見をいただいたこと、本当に心から感謝を申し上げたいと思います。 今回の法案、私も大きな前進であろうとは思いながらも、今のお話をお聞きをしながら、これからまだまだ深め、あるいは新たに考え、検討をしていかなければいけない課題がまだまだあるんだなということを改めて感じさせていただいた次第でございます。そんなことを念頭に置きながら、また更なる御意見をお聞かせいただければというふうに思います。 まず、藤本参考人、鴨下参考人、お聞かせをいただきたいと思いますが、先ほどのお話の中で藤本参考人は、国際的な観点も対比をしながら、日本の刑務官の担当制の問題、非常に日本的な制度ではありながらも、これが本当に一人の刑務官の中でうまく機能するんだろうか、その処遇と保安という面がですね、そういう御指摘がございました。また鴨下参考人も、お書きになったものの中に、やはり刑務官が規律秩序維持と処遇の両方の職務を同時に併せ行う、この二重構造が非常になかなか難しい点だという御指摘をされておられます。 改めてこの点について、どのような仕組みといいましょうか、システムにすることが一番適切とお考えか、その辺について御意見がございますればそれぞれお聞かせいただきたいと思います。
○参考人(藤本哲也君) それでは、先生のお答えになりますかどうか分かりませんが、今の担当制の問題ですけれども、そもそも、日本の行刑の特色として私は担当制を挙げましたが、これはやっぱり日本の伝統的な家族、家族構成ですね、我々はこれを間柄主義とか間人モデルという言葉を使うんですが、こうしてそで擦り合うも他生の縁と、知り合った仲で何とかお互いにそれなりの目的を達していこう。アメリカはすべて契約契約で、契約の下で監獄も運営されますから、すべて契約違反で処罰ができるわけですね。そういう意味では、我が国は契約という概念ではなくて何となくあいまいな中での処遇が展開されてきたと見てよろしいと思うんですが、それは、監獄法そのものが非常に大綱だけを定めて細かい規定がなかったと、わずか七十三条ぐらいの条文ですから、そういうことがあったからかえってかなり柔軟に対応できたと思うんですね。 その担当制の非常に意味があると思いますのは、職員とそして受刑者との間でのお互いの信頼関係を築くということなんですね。ただ、問題なのは、こうした日本的なパターナリズムといいますか、温情主義といいますか、あるいは家父長原理と言ってもいいんですが、そういうものが働いてくるときに問題が起こるのは、一人の職員が見れる限度は三十名ぐらいなんですね。我々が大学で指導できるゼミの学生が二十名ということになっていますが、人間が大体相手に対して指導できる限界というのがありますので、それが過剰収容になってこれは六十名になってくる、七十名になってくるとほとんど目が届かなくなってくると。そうすると、今までは担当さんがきちょうめんに面倒を見たという集団の中では問題は起こらなかったのに、そこから外れてくる人が出てくる。そうしますと、人間ですから、その外れた者へ担当は、そちらの、こいつはいけない、違反だけすると、自分の担当制の中では非常に邪魔であるという意識がどこかで感じた場合には、受刑者たちがその人を排除してしまうといういじめの構造が起こってくるわけです。 これが恐らく今の刑務所の中において問題が大きくなって担当制そのものに問題があると言われている点だと思うんですが、それはそもそも、我々、一人の人間が対応できる受刑者の数は限定されているということをまず考えなくちゃいけないということと、同時に、保安とそして処遇という両方の相矛盾するものをやらなくちゃいけないという義務を負わされてきた。 それはそれなりに、我が国は研修制度があって、先輩からのノウハウをずっと持ちながら今まではやれてこれたんですが、だんだんに新しい職員がサラリーマン化してくると、刑務所の中で自分が受刑者を改善更生して社会に出すんだという教育力で感化するという面ではなくて、サラリーマンとして入ってくる側面が強くなってきています。私は、今、矯正研修、府中の矯正研修所で二十五年間そういう看守の方たちを、授業を刑事施設が教えているわけですから、直接の交流から感じたところもそうですけれども、やはりかつてのように、すべてを受け入れて自分で判断して自分の能力で処遇するという方が少なくなってきたような気がするんですね。 その辺りに担当制の問題点が出てきたようですから、今先生のおっしゃった、結論は何、どういうふうにすればいいかというと、学校でのチームティーチングのようにペアを組んで、一方が保安、一方が処遇ということになればいいと思うんです。ただ、アメリカのようにこれをきちっと分けますとまた問題が起こってきますので、今回の法律案の中では専門的知識を活用するとございますから、これを活用することによって処遇というものを、専門的知識を持っている心理学、社会学、教育学あるいは医学を専攻した人たちがこちらを主にプログラムを考えて処遇する、保安の面で従来の担当制とチームワークを組んで対応すれば、今回の法律案が法律になったときに運用が可能ではないかと私は思っています。
○参考人(鴨下守孝君) また実務的な観点から申し上げますと、先ほどから例に出している府中刑務所の例でいきますと、例えば七十人を受け持つ工場、昔であれば累犯、B級と言われている累犯受刑者だけ七十名いた工場が大半でした。最近では、外国人がそのうちの二割ないし三割、多いところは四割を受け持っている。さらに、精神に障害のある人も、寛解状態のときには単独室に入れておくばかりではなくて工場にも出します。さらに、身体に障害のある人あるいは高齢者も集団処遇にできるだけ出さないとぼけが始まるということがありますので出しております。それから本来的な累犯の受刑者と。 それだけの多種類の受刑者を一人の担当職員が全部見れるかというとなかなか難しいということで、私が施設を預かっていたときには、精神科医、もちろん先ほどお話が出ていました精神科医もおりますし、心理の専門家もいる、それから外国人の処遇の専門家もいる、それと工場の担当職員がチームをつくってそれぞれの問題に対応するということで、もう既に、これは平成八年ぐらいから高率収容が始まっておりますけれども、どこの施設でももう一人の担当職員ではどうにもならない状況になってきたということで、先ほど藤本参考人も説明されておりましたチーム行刑あるいは組織行刑ということはもう既に始まっております。そうしなければ対応は難しくなっている。 分類処遇制度というのがありまして、それぞれ等質のグループ化をするんだといっていても、現実のこの高率収容が続いている限りはそういう単一の処遇集団はなかなかできにくい状況がありますので、今申し上げたようなことでやっている。そのためには、もっと全国の施設に先ほどからお話が出ている専門職員、心理の専門職員あるいは精神科医、そういった人たちが配置されませんと、あるいは外国語の通訳、翻訳ができる人が配置されませんと処遇は非常に困難になってくるというふうに思います。
○千葉景子君 ありがとうございます。 次に、黒田参考人にお聞かせをいただきたいというふうに思います。 大変難しい問題だということがよく分かりました。本来であれば、医療、精神医療に対する新たな仕組みというんでしょうか、そういうものも必要なのかなという感じがいたしますが、できる限り今の制度の中でもより良い医療といいますか、それができるように考えていかなければいけないと思いますが、一つ、やはり精神医療の場合に、受刑者が施設内で先生方などの力で医療を行われている。ただやっぱり、釈放されてから、そこのつなぎといいましょうか、その釈放後との関係がなかなかうまくいかないというお話も伺います。それが、先ほど、また次のその本人の不安なりいろんな障害にまたかかわっていくということもあるんだと思うんですね。 その辺についてはどのようにといいましょうか、問題点と、それからそれに対する対処法というので何かお考えがございますれば、お聞かせいただきたいと思います。
○委員長(渡辺孝男君) 黒田参考人、少しマイク近くでお願いします。
○参考人(黒田治君) はい。 今先生おっしゃられた点は非常に重要な点だと思います。それで、刑事施設の中で精神障害の治療をしている方が刑期が満了して釈放される段階でどういう道筋があるのかということなんですけれども、その病気が非常に重い場合は、精神保健福祉法という法律の中に矯正施設長通報という制度がありまして、釈放される時点で、その帰住先の都道府県に対して、これこれこういう病状の方が釈放されますということを通報します。それに応じて、それを受けたその都道府県の方で措置入院ですね、自傷他害のおそれがあるかどうかということの判定なんですけれども、措置入院の必要があるかどうかという判断をして、措置入院に該当すれば精神科、精神病院の方にそのまま移行して入院継続されるという制度があります。 ただ、そこで問題になるのは、その措置入院というのは、精神障害があって、そのせいで自分自身を傷付けたり他人に危害を加えるおそれが確実にあるかどうかということが一つのその選別の基準になっていますので、そこまでその危険性が切迫していないケースの場合、治療によって非常にいい状態を維持できているけれども、例えば自分が病気だという認識がないので、社会に出てしまうとすぐに医療を中断してすぐに悪化してしまうようなケースの場合はそういう制度から漏れてしまうことが多々あります。 そういう場合に、本当に望ましい姿というのは、その地域の精神保健の当局であるとか、あるいは生活が難しいケースであれば福祉ですね、そういったものも含めて、うまくその地域にバトンタッチできるような連携が取れないかということを考えます。法律的にそれを取り決めているものはないんですけれども、運用で何とかやれる領域ではないかというふうに考えます。
○千葉景子君 鴨下参考人にお伺いいたします。 いろいろ実務の経験もお持ちで、大変御苦労も多かったことであろうかというふうに思いますが、今、大変過剰収容状況があって、その中で、要するに独居拘禁と集団的拘禁、これが本来どうあるべきかという問題についてのお考えを聞かせていただきたいと思うんです。 本来は集団処遇で、で、むしろ独居にするのはいわゆる厳しい措置という側面があるんですが、今はそれが逆転しているような、そういう状況もあると。これは、その処遇の観点から考えて一体どちらに向かって進んでいくべきなのか、その辺はどんなふうにお考えでしょうか。
○参考人(鴨下守孝君) 現在のこの古い法律の下でも、受刑者処遇は、恐らく昼間は集団処遇、夜間は単独処遇というのが理想であったのではないかと思います。ただ、いろいろ国家予算等の関係もありまして、施設を造るときには、今、新しい施設でも単独室が五〇%、共同室が五〇%というような比率になっているかと思います。 千葉委員お話しのとおり、昔は、単独室に入るということは非常に不利益を受けるんだといって嫌がるというか、あるいは不服申立ての対象にするというケースが非常に多かったのが事実です。最近は、むしろ単独室に入れてほしいという受刑者の方が多い。要するに、いろいろ社会がそうなのでしょうけれども、いわゆる共同生活あるいは集団生活というのを非常に嫌がる傾向が見えます。ですから、順番待ちで、単独室に入るのを順番を待っているというのが今どこの施設も常態的なことだと思います。 本来は、やはり昼間はやっぱり集団処遇、夜間は単独室の処遇、こういうのが理想だろうと私は思いますが、そうはいっても、このような今の高率収容がまだ当分続くとすると、そんなことはとても言っていられない。単独室にも二段ベッドを入れれば二人の処遇になりますから、結局、単独処遇をやる人というのは、保安的に非常に問題があってどうしても二人では無理だと、あるいは共同室では無理だという人に限られるような感じがいたします。それ、できるだけ新しい施設では単独室の割合を、比率を増やしていくという努力が必要かと思います。
○千葉景子君 もう限られた時間ですので、あと一点鴨下参考人にお聞かせいただきたいと思います。 先ほどのお話でも、社会復帰に向かっての処遇というのは受刑者にとっても権利でもあるというお話でございました。そういう意味で、この施設内での処遇、そして社会内へ復帰をする、そこの橋渡しといいましょうか、そこの部分がやっぱりきちっとしていませんと、本当の意味での社会復帰、なかなか難しいと。 例えば、先ほどお話がありましたように、刑務作業というのが本当に社会復帰への一つの大きな足掛かりになるんだろうか、あるいはそこで得る賞与金などもあの程度でいいんだろうかとか、それから、今度は社会に出ても就業先がなかなかなくてまた再び犯罪に走ってしまうと、こういうようないろんな問題があると思うんですが、その辺の、せっかく施設内で処遇をしながらも社会に復帰をするその条件というものが大変乏しいと。こういう点などについて、簡単で結構ですので、何か御指摘があればお聞かせをいただきたいと思います。
○参考人(鴨下守孝君) 現在、非常に身体、心身ともに健全なる人であれば、この法律案にも規定がありますが、出所時の指導、援助のところで、現在も就職の相談あるいはいろいろなハローワークや何かの人たちに来ていただいて就職についての指導、こういったことはどこの施設でもやっています。ただ、実際に就職までということになると、なかなか時間がない。就職が決まって仮釈放になる人というのもなかなか今は少ないというふうに聞いております。 そうすると、その後がどうなるのかということ、先ほどもちょっとお話ししましたが、再犯率、再入率も、社会にいる間はよく私たちには分からないと、行刑施設の者は分からない状況がある。そういう意味での情報がもっと必要だろうし、また施設の中の情報を社会の方にも伝えていく、そして協力を得るということが必要になろうかと思います。 特に私たちが今実感として持っているのは、高齢者が増えてきている、この人たちに社会復帰といってもなかなかうまくいかない。かといって、福祉施設に一般社会でも順番待ちのところを刑期が終了したから取ってくれというわけには、なかなか難しい問題がある、そういったところ。それから、地方自治体が今福祉の関係をやっておりますが、財政的にも非常に負担が大きいというようなことも聞いております。そういったことを、社会復帰までのことをもっと一体のものにするためには、もっとこの強力な関係が取れるような制度の見直しが必要だろうというふうに思います。 精神障害のある人ももちろんそうなんですが、先ほど出ていましたけれども、措置入院の申出をしても、例えば府中刑務所の場合は一〇%行きません。百数十人申出をしてもほんの数人しか措置入院はできない。そうすると、あとの人たちは表門から出さなきゃいけない。その人たちがどこに行って何をするかということに非常に不安を感じているのが今の行刑の施設の職員だと思います。 そういった意味で、そのつながり、一番求めているのは行刑側だろうというふうに思っています。何かその辺がうまくいけば、今以上にいい結果が出ると思います。
○千葉景子君 ありがとうございました。
○木庭健太郎君 公明党の木庭健太郎でございます。 三人の参考人の方、今日は本当に貴重な意見をありがとうございます。私からもそれぞれ皆さん方に御専門の立場からお聞かせ願いたいと思っております。 まず、藤本参考人にお尋ねでございますが、参考人は、独立監視委員会、これ英国でございますか、それから施設評議会、ドイツ、こういう諸外国の行刑施設の透明性をチェックする体制についていろいろ御研究をなさっているとお聞きしておりますが、これらの諸外国の機関と比較して、本法律案で刑事施設視察委員会というのができるようになります。大変すばらしい一つの制度だと思っておりますが、これをどう評価されておられるか、また課題なり問題はどんなものがあると考えていらっしゃるか、まずお聞きをしたいと思います。
○参考人(藤本哲也君) 今先生のおっしゃいました国以外でも、実はオンブズマンと言われる第三者機関を設けて、どのような矯正が行われ、どのような処遇が行われているかをチェックする機関としては、その今の第三者機関は非常な重要な意味を持っているんですが、アメリカの場合は、やってみますと、実は大きな問題が起こりましたのは、同じようにオンブズマン、プリズンオンブズマンがあって、そこで刑務所に対する受刑者たちの不満を受け付けますね。普通は監視委員会というのは第三者機関であるのに、受刑者訴訟が全部アメリカの場合はこちらへ来てしまったんですね。 だから、今回の刑事施設の視察委員会をどういうふうな性格付けするかというのは、この今の法律案でははっきり分かっておりませんけれども、単なる第三者機関としてそこへ設置して、そしてそれを、刑務所に行っていろんなことを聴くアドバイザー的なものにするのか、それともはっきりと受刑者との対応までを考えて苦情も全部受け付けるようなアメリカ型にするのかというところが問題だと思うんです。 ただ、そのアメリカ型にした場合に問題が起こりますのは、受刑者が次から次へと訴訟を起こしますので、オンブズマンが持っている費用では到底賄い切れない。しかも、大体州においてはオンブズマンは九人ぐらいの編成でやっていますので、それでもうどうしようもなくなってしまってミシガン州はやめてしまったんですね、つい最近。 そういうことがありますので、いわゆる今回のつくられた制度そのものはいいと思うんですけれども、皆さん方がその制度をどのように運用させるかという意味で、法務省令ではほとんど決まっているようですから、法務省令の中身を検討されるときに、もう少し実質的にどうするかということを、単なる名前だけではなくて中身をどうするかということを議論されればよろしいのではないかと。だから、たまたま皆様方の挙げられているドイツやイギリスやフランスのケースはうまくいっているように見えますけれども、実はその組織そのものが必ずしもうまくいっていないという実情を多く聞いておりますので、是非その辺りの検討をしていただければと思っております。
○木庭健太郎君 鴨下参考人にお伺いをいたしたいと思います。 私ども法務委員会も先日、府中、見させていただいて、この過剰収容の問題、大変な問題だなということも深く実感はしたわけでございますが、参考人は特に過剰収容の関係では共同室の環境整備の重要性という問題を指摘されておられたんですけれども、その点についてもう少し詳しい御説明もお願いしたいし、特に、参考人が現場に携わった関係上、その経験から運営に関して特に改善が必要がある点についても更に補足があればお伺いしておきたいと思います。よろしくお願いします。
○参考人(鴨下守孝君) 現在、現状にある設備をどうするかという問題があるわけですけれども、今の共同室、先生方が御視察いただいてお分かりのように、定員が五、六名の部屋、ほとんどそこに布団を敷き詰めて動きが取れないというようなことでは本当は非常に困る。施設を管理する方も、あるいは職員の方も非常に視察が困難であるという問題があります。 そういったことで、この共同室を、以前、古い施設ではベッド型といいますか、ベッドを並べたような形にして一人一・五畳ぐらいのスペースがきちっと確保できるようになっていた施設もあります。どういう形がいいのかは分かりませんが、少なくとも今、先ほども申し上げたように、集団でしかも肌と肌が擦れ合う、接触し合うような生活を非常に嫌う受刑者が多いこの現状ですと、もう少し何か工夫が要るのかなということも感じております。 それと、最近は新しい施設の建設構想も幾つか出ておりますが、古い施設がまだ大半残っているわけでして、これらについてできるだけ充実させる必要があろうかと思います。 その次に肝心なことは、部屋だけを用意しても処遇はできないということであります。教室あるいは集会室、あるいはインフラ関係の炊事場、あるいは体育館、運動場、そういったものがきちっと確保されませんと、新しい法律ができてもなかなかそのすべてに対応することは今難しい状況にあろうかと思います。 そういったことをもう少し考えませんと、法律ができた、制度ができた、しかし職員が足りない、施設も古い、そういうことで一番問題になっている行刑改革がどこまでできるかということをこれまでの経験から非常に不安を感じています。
○木庭健太郎君 黒田参考人にお伺いをいたしたいと思います。 黒田参考人は、八王子の医療刑務所にも勤務をされていたという御経験もお持ちになっていらっしゃると。本当に、今私たち法務委員会のお話をしたんですけれども、実際に府中刑務所を見てみて、これは、本当にその医療体制という問題は大変だなということを正直に実感をしましたし、まだ中央に近いところはいいと、地方におけるともっと問題が深刻だというようなこともお聞きしたんですけれども、この医療体制の整備の問題に関して、医師としてのお立場から、特に地方の問題を含めてどのような対策が必要であるかということをお聞かせ願いたいし、それとともに、もう一つ大変だなと思っている点は何かというと、やはりそういう矯正施設の医師不足の問題だと思うんです。 やはり、ああいう施設に、なかなかこれ、大学を出て医師の資格を取って、じゃ行ってくださるかというと、なかなかこれ厳しい面もあるし、やはり特殊な環境ですから二の足を踏んでいらっしゃる方も多いとも聞いておるんですけれども、この辺も含めて、いわゆる医師不足の問題、施設の対策の問題含めて、御意見を是非お聞かせ願いたいと思います。
○参考人(黒田治君) まず、施設内の医療体制に関しては、やはり現状がどういうふうな状況なのかということについてのきちんとした調査、専門家による調査がまず必要で、何がどれだけ足りないかということすら分からないような状況ではないかというふうに考えます。 それから、足りないものがもしその調査を通じて分かったとしても、それを提供できるだけのやはり人とお金といいますか、そういったものの後ろ盾がなければ絵にかいたもちに終わってしまいますので、そういったところで議員の先生方の御配慮をいただければというふうに希望いたします。いろいろありますけれども、基本的にはそういったことではないかと思います。 それから、医師不足に対する対策ですけれども、これはいただきましたこういった資料の中にも詳しく矯正施設に勤務している医官のアンケート調査の結果なども書かれておりまして、そのとおりなんだろうと思いますけれども、やはり刑事施設というのは非常に特殊な、医師にとっては特殊な環境でして、あえて自ら望んでそこに希望して勤務をするというのは非常に特殊な志向を持った方しかまず、普通はいないんじゃないかというふうにも思われます。あるいは、よほど人間愛にあふれた方なのかというふうに思いますけれども。 ですから、大多数の医師にとってそこが仕事をしてもいいかというふうなある程度の魅力を感じられるような職場になるためにはいろいろなことが必要になってくると思いますけれども、やはり金銭面であるとかあるいは勤務体制であるとか、あるいは実際にその医療をするときの、どれだけ自分のやりたい医療が実践できるかというような、そういう医療体制が充実しているかとか、あるいは被拘禁者ですね、患者さん、目の前にいる患者さんに対するいろいろな恐れ、脅されるんじゃないかとか、出た後に何か仕返しされるんじゃないかというような恐れを抱いていらっしゃる方もたくさんいると思うんですけれども、ただ、そういった方たちは非常に例外的でして、ほとんどの方はそういう心配をしなくても普通に患者さんとして対応できる方だと思いますので、そういう医師の側の恐れとか偏見を少なくできるような対策というのも必要なのではないかというふうに考えます。 八王子医療刑務所などはまあ町中にありまして非常に勤務条件のいい場所なんですが、やはり先生おっしゃられたように、地方の方に行きますと、ただでさえ地域社会の中の医師すら確保できない状況というのがあると思うんです。やはり、だからそういう面では大都市と地域との医師の条件というのはやはり実際変えざるを得ないのではないか。あるいは、医師に強制的にそこに勤務するような命令とか、勤務することで何か例えば専門医の資格が取れるとか、そういうメリットを付けるとか、そういった特別な待遇というのがやはり必要なのではないかというふうに考えます。
○木庭健太郎君 藤本参考人に外部交通の問題について御意見を伺っておきたいと思うんです。 今回、この外部交通の問題も随分いろんな点ができてきたとは思うんですけれども、面会の問題、電話の問題は先ほど少しお話をされておりましたが、外部交通の重要性という、もうこれは大事なことなんですけれども、その立場から、今回の法案が外部交通の保障という点に関して見るならば十分なのかどうか、十分でないとするなら、どの点を少し見ていった方がいいというように思っていらっしゃるのか、伺っておきたいと思います。
○参考人(藤本哲也君) 今回の法律案の場合の外部交通ですが、既に諸外国ではすべて認められている制度なんですね。しかも、先ほど矯正と保護との連携をどうするかというときに、やはり自由を縛っておいて自由社会にそのまま帰したんでは問題がありますので、ある程度矯正の中で自由を縛っておきながら少しずつ自由を拡大していこう、そのために開放処遇が生まれましたし、今回の外部通勤制度は既に早くから市原刑務所等で実行されているわけですね。 そして、確かに刑務所の中で作業をさせますし、職業訓練をさせますが、どうしてもその機械類というものは古いものですから、釈放前の六か月ぐらい前にはやはり現場に出て新しいものを扱う技術を覚えないと就職はできないということもありますので、早くから現行の監獄法の中で既に外部通勤制度を行っていたんですね。 そういう意味では、中間処遇制度と言いますが、我々は、その半分ぐらいに自由にして、自由社会に帰るステップを踏ませるという、これはハーフウエーハウスと言いますけれども、日本にないのはこの中間処遇センターなんですよ。だから、矯正と保護とを連携しよう、連携しようと言っても中身何もありませんので、できないと。せいぜい我が国にありますのは百一か所の更生保護施設という民間団体だけなんです。しかも、そのキャパシティーが二千三百ですから、これではどうしようもない。東京でもわずか二十しかございませんので。 そうすると、刑務所からぽっと自由社会に出してしまえば、当然、自由社会で悪いことをして入ってきたわけですから、しかも、その入ってきた受刑者は、先ほどお話が出ましたように一・四%で、百人のうち九十八人は既に社会内で処遇されているわけですよ。それで、そのうちの二名だけを刑務所に入れて、そして処遇して、また出したら、帰ってくるのが元々考えられることなんですよ。 そうしますと、大切なのは、この外部交通を拡大していって徐々に社会に帰していくという手法と、それを介するためには実は、社会復帰センターと呼んでもいいですし、あるいは更生保護センターと呼んでもいいんですが、中間的な矯正と保護の間にまたがる設備を造らなくちゃいけないんで、諸外国はこれを持っているわけですよ。アメリカはこれをハーフウエーハウスと言うんですが、そういうものが日本にはないということなんです。したがって、矯正と保護との連携ができない、そのために今回、苦肉の策として外部交通を考える。しかも、外出、外泊を考えて、良好な者には、開放処遇で良好な者にはまず外出を認めましょう、あるいは七日間を限度に外泊を認めましょうと。 これは元々、ファーローフという制度が既に、新兵さんが軍隊に行って、帰ってきたら休暇をもらうという制度から来たものですから、それと同じものが今回考えられたと。これも徐々に自由というものを少し拡大していって自由社会に帰そうという施策の一連の流れですから、今のこの現行法だけで十分だとは思いませんけれども、少なくともこの程度のことはやっておかないと国際化という面でははるかに立ち後れた法案になってしまうと私は考えています。
○木庭健太郎君 最後に、鴨下参考人に。 論文も幾つか読ませていただいたんですけれども、PFIの問題について一言お伺いしておきたいと思うんです。 PFIによって今後この刑務所の建設、運営という問題が具体化今していこうとしておるわけでございまして、この問題について対症療法だというような御意見も述べられたようですけれども、この問題について御意見があれば一言伺って、私の質問を終わりたいと思います。
○参考人(鴨下守孝君) PFIを利用した施設の整備ということは私も現職のときから提唱して推進をお願いしてきたところですが、ただ、諸外国で行われているような民営刑務所が非常に弊害があるということは、もうこれまでいろんなところにも書かれておりますし、現実に私も見て知っております。そういう意味で、その辺のことを考えた、現在、山口県の美祢の社会復帰センターがあります。構想が具体化されつつありますけれども、私の個人の考えとすれば、これからの改善更生、社会復帰処遇を多様化し、充実化するという意味からすると、施設の職員だけではそれは到底実現できない。やはり民間の最新のそういったものを持っている方々の参加がどうしても必要であろうということを、それが地域と行刑との一つのつながりになるだろうというふうには思っています。 ただ、どうしても、私どもが現場の実務の経験がどうしても先に立つもんですから、問題が起きたときにだれが責任を取るのかというのは、やはり国が責任取ることになるだろうと。そうすると、おのずと限界があるのかなと。その辺のことを考えながら現在の新しい方向を見ております。従来から民間にいろんな業務を委託することは、どこの施設ももう苦肉の策で、職員が足りませんからやってはいるんです。それを総合的にやる場合に、じゃ、そこで起きるいろいろな問題をどこが責任をどのように取るのかということについては、当然これから考えられていくと思うんですけれども、私どもも注目していきたいと思っています。
○木庭健太郎君 ありがとうございます。
○井上哲士君 日本共産党の井上哲士です。 今日は、三人の参考人の皆さん、本当にありがとうございます。 この行刑改革の問題は名古屋の事件を機に当委員会でも随分何度も議論をしてまいりましたし、鴨下参考人には、たしか衆議院の審議で参考人で来られたときの議事録も読ましていただきました。 まず、藤本参考人と鴨下参考人にお伺いをするんですが、この審議の過程で、例えば私も革手錠問題を質問をしたことがあるんですが、当時の当局は、これは長い百年の歴史があるもので、なかなかなくせないんだというような答弁があったのも覚えておるんです。そういう中でも、この行刑改革会議というのを立ち上げられて、様々な外部の意見を入れる形でこの改革が進んできて、そしてああいう提言が出されたわけですが、こういう行刑改革の、この間の様々なやっぱり外部の意見を聴いた上で進められてきたこの経過と、そして提言についての全般的な評価といいましょうか、御感想といいましょうか、それをまずそれぞれお伺いをしたいと思います。
○参考人(藤本哲也君) 私自身も実際に革手錠を府中刑務所の所長に掛けたことがあるんですが、といいますのは、革手錠がどれだけダメージを与えるかということ自体が問題になっておりましたので、是非見せてほしいということで、矯正研修の方で私講師をしてますので、それで一応見せていただいて、これはそのまま正常の状態で掛けてもやはり幾らかの擦り傷が付くなということを考えて、果たしてこれは暴れているときにどういうふうにして掛けるんだろうということで、いろいろと疑問に思った点がございます。 今先生のおっしゃっているように、この革手錠で制圧するかどうかというのは大きな問題だというので、実は、つい最近ですが、府中の保護房とそれから防声室を見せていただきました。これはかなり改良されておりまして、多分先生方の御意見が反映されたんだと思いますけれども、今までは全部壁であったものが、一辺窓を切っておりまして、それで中庭が見えて、しかも時計とカレンダーが付いているんです。これは、やっぱり時間が分かるということと、何月何日であるということは、我々、日常生活では当たり前のことなんですが、受刑者にとってはそれを見ることによって精神的な安定が得られるという意味では、名古屋事件を契機としていろいろと問題が提起され、もちろん国際会議等においても問題になった部分で、皆さん方が国会で議論されてこうして新しい制度として生まれ変わろうとしておりますので、そういう意味ではかなりの成果があったと、だからいい方向に動いていると私は推察いたします。
○参考人(鴨下守孝君) ただいまの御質問ですが、私は行刑実務の経験三十七年と先ほど申し上げました。そのうち、累犯の刑務所は甲府、長崎、広島、府中とずっとやってきました。いずれも過剰収容で大変な施設でもありました。ただ、私の三十七年の経験で申し上げますと、革手錠も防声具も、一度も掛けた記憶がありません。それをしなくても処遇はできます。それができないようでは私は行刑マンではないと思っております。 今、保護室の話が出ました。保護室は改良に改良を重ねております。それでもなかなか難しい問題があります。例えば、部屋の温度の管理、換気の管理、こういった問題について、府中刑務所を御視察になってどこまでごらんになったか分かりませんが、府中刑務所の職員は温度管理について非常に苦心をしまして、屋根にスプリンクラーを付けて、しかも周りにすだれを、よしずのすだれを付けて、温度を二度下げるのに、私が所長のとき、物すごい時間を掛けて努力しました。 そういうふうなことをやっておりますので、全国どこでもというわけにはいきませんけれども、今度の改正でいろいろな点、法律で明らかにされ、手続要件も限定されている。しかし、それでも実際の実務ではそれを使用するということは、私はない方向で実務が動いていくことを期待しています。
○井上哲士君 鴨下参考人に更にお聞きしますけれども、この行刑改革会議の提言について、全体として異論はないけれども、社会復帰処遇の在り方などについては十分な論議がなされておらず、また行刑実務は現行法の枠内という制約を受けながらもずっと先を行っているところもある、その点でやや物足りないというようなことを新聞紙上で書かれていたわけですが、この実際の実務が先を行っているという部分の具体的な点、そして、やや物足りないと言われるならば、どこをもう少し踏み込むべきだったというお考えでしょうか。
○参考人(鴨下守孝君) 受刑者は一人一人非常に問題が別でありまして、ですから、改善更生、社会復帰処遇というのは一律のものではない。ですから、実務の上では、もう長年の間、処遇類型別指導というのをやってきました。それは、例えば常習性のある累犯窃盗はどうしたら防げるか、あるいは性犯罪者はどうしたら常習化しないように向けられるか、あるいは覚せい剤の薬害はどう防止したらいいか、そういったことの長年のものの実績があると私は信じています。 そのことについてがどこまでその改革会議の中で実際に評価され、それを具体化されようとしたのかという点が提言だけでは十分に私は理解できなかったものですから、そういう御意見を申し上げました。 今度の法律案の中で、先ほどもちょっと触れましたが、改善指導というのが出てきました。これは、問題性のあるものについてはかなり積極的に義務付けるということは確かに分かるんですが、もっと広い問題、例えば、先ほどちょっと教誨のところで申し上げましたけれども、徳性教育というのはちょっと言葉はどうかと思いますが、人権教育だとか、そういったものについても、元々人の人権を侵害して入ってきた人たちにまず第一にやらなければいけないことがあるんじゃないかというようなことも含めて、先ほどちょっと申し上げたのは、法制審の答申は生活指導という幅広いものを出していましたが、それが何らかの形でやはり今度の法律の体系の中でも具体化される必要があるんじゃないかというふうに感じます。その意味で、ちょっと若干提言は、人権関係については非常に配慮をしていると思いますが、処遇関係がちょっと弱いのかなという、そういう印象を持ったということです。
○井上哲士君 次に、黒田参考人にお聞きをいたします。 私たちも何度か刑務所の視察をしましたけれども、果たして今この人は刑務所にいるという自覚があるんだろうかと思われるような受刑者の姿も見たり、これで本当に矯正という機能が果たされているんだろうかということもしばしば見たわけですね。 それで、精神医療の抜本的な改善ということをおっしゃっているわけですが、かなり重くて現実に外部の医療機関などに入れるのが必要だというような方も出てくるだろうと思うんですが、いろんなケースがあると思います。そういう言わば病気の重さに対して、それぞれの処遇の在り方、改善すべき点があると思うんですね。それと、入ってきた段階、それから、いろんな処遇の段階、出ていく段階、それぞれまた必要なことがあろうかと思うんです。そういう段階に応じて何がそれぞれ必要とお考えか、お聞かせいただきたいと思います。
○参考人(黒田治君) 今の先生の御質問、非常に幅広い御質問で、多分すごくお答えするのに手間取ってしまうのではないかというふうに心配します。それで、もしそれがうまく説明できたら、今日お話ししたかったことのすべてをもう一度繰り返さなくてはいけなくなってしまうので、どこかに要点を絞ってお話をした方がいいのかというふうに思いますけれども。 そうですね、まず病気の重さとか病気の性質に関してですけれども、それは一般社会の中で、例えばある患者さんが外来通院で対応できる、治療を継続できるレベルか、あるいは入院が必要なぐらいの重症かというところでまず二段階ぐらいに分けられるのであろうと思います。それで、一般社会で通院治療で対応できるような方たちであれば、今の刑事施設の中での医療の体制、一般の刑務所は医師に対して治療が必要な方たちの比率が非常に高いというふうに聞いておりますのでそれは難しいのかもしれませんけれども、例えば医者を増やすとか、そういったことをすれば何とか対応できるのかなというふうに思います。ただ、一般社会で入院治療が必要な方たちに対する医療を刑事施設の中で提供しようとすると、刑事施設の中の医療の体制そのものをやはり全く別の視点から考え直していく必要があるのではないかというふうに考えます。 それから、施設の中にいる時期に関してですけれども、施設に入所した時点でのスクリーニングですね、きちんとその方の経歴を聞いて、その中には病歴も含まれれば、病歴もきちんと把握した上で、その時点での状態をまず評価することは必要です。そこでふるい分けて、必要な治療を提供できるような場所に移していくということも必要かと思います。 それから、途中の経過は省きますけれども、釈放されて社会に戻る時点というのは、やはり医療の継続という点から考えれば、刑事施設から出て地域に戻される時点で、これまではそこで医療がぶっつり途切れてしまうわけですけれども、医療の継続の確保のためにでき得ることを考えていく。それにはいろいろなマンパワーとかお金とか制度とかが必要なんだろうと思いますけれども、刑事施設の中にいる期間だけをその人の人生から完全に区切ってしまうのではなくて、その人の一生の中のたまたま刑事施設の中にいる期間の医療の継続をどう考えるかという視点から見直した方がいいのではないかというふうに考えます。
○井上哲士君 次に、鴨下参考人と藤本参考人にお伺いしますけれども、先ほど鴨下参考人のお話の中にも、性犯罪者に対する矯正処遇ということについてもいろんな蓄積があるんだというお話がありました。今この問題が大変大きな注目を集めており、そして法務省なども研究会なども立ち上げられておられるようですが、これまで積み上げられてきたものとしてこれは効果的であるという点、そして今後更に研究すべき点としてはどういうことをお考えなのか。それから、藤本参考人には、そういう点で諸外国の例も含めましてお考えをお伺いしたいと思います。
○参考人(鴨下守孝君) 私、唯一非常に改善更生が容易な施設として佐賀少年刑務所を経験しております。ただ、改善更生が容易な施設といいながら、そこに入っている若年の受刑者の多くはやはり性犯罪者でありました。ということで、必然的にその性犯罪を防止するための、再犯を防止するための指導というのをやらざるを得ないわけですが、そこで大事なことは、女性、異性ですね、異性の人権をいかに尊重するかということ。相手も喜んでいるんだというようなことを言うばか者もいるわけですね、中には。そうではないんだということを教えることに非常に重点を置いたことは間違いありません。ただ、それによって彼が再犯をしないようになったかならないかというのは、先ほど言いましたように、なかなかこれを検証するのは難しいわけです。ただ、再入しない限りは何とかやっているのかなということであります。 そのためにも、何か自信を持たせるということで、要するに性犯罪者の防止指導プラス職業訓練、あそこは総合職業訓練施設で、何らかの職業訓練を受けさせる、それによって資格を取らせる、それが社会に出る自信を持たせる、そういったことの要するに複合的なものとして社会復帰の効果というものは出てくるんだろうというふうに思います。 ただ、私たちが実際に取り扱った者は、健全な、ある程度の意味では健全な受刑者。精神に障害のあるもし性犯罪者であれば、これは容易なことではなかろうというふうに思います。 そんなことで、やることはやってきているんですが、その成果はと言われるとなかなか難しいと思います。
○参考人(藤本哲也君) 私自身、先ほど出ましたPFIの美祢の社会復帰促進センターの委員で、法律家として私だけが入っていました。今回の性犯罪者処遇プログラム研究会も、法律家として私だけで、あとは精神科医、心理学者で、実は四月二十八日に第一回会議がありまして、発言はしちゃいけないということになっているんですが、といいますのは、これは国会だからいいと思うんですが、マスコミの方には余り中身を全部しゃべってしまったらまずいということが言われていますのは、途中でいろんなことを言いますと、十二月までにいろんなプログラムを組み立てて、来年の四月から実行しようと思っていますので、その辺りが問題になるかもしれません。 ただ、現状から先にお話ししますと、これは今現在法務省では十三施設で性犯罪者の処遇プログラムを実行しています。特に成果が上がっているのは奈良の少年刑務所と川越少年刑務所です。といいますのも、実を言いますと、これは、少年刑務所には心理学、社会学、教育学を専攻した専門家がおりますので、そういう意味ではカウンセラーの資格を持った人もいるわけですね。一万七千三百いる矯正職員の中で今百名程度しか心理学を専攻した職員はおりませんけれども、少年院の中にはかなりそういう人が入っているわけですね。法務教官として入っています。 そういうこともありまして、少年の方ではまだ対応はできるんですが、奈良の場合には、今世界的に認められています性犯罪者の処遇としては認知行動療法というのがあります。この認知行動療法という一つのテクニックは、奈良の刑務所の場合にはロールレタリングという方法を取っているんですね。 ロールレタリングといいますのは、例えば加害者が被害者に対して手紙を書く、もちろんこれは出しませんけれども、手紙を書くについて、つらいところ、書きにくいところがあるわけですね。その辺りをディスカッションして、自分はここは書きにくかった、ここで罪の意識を感じたということを話している間に、何で自分はこんなことをしてしまったかという自分の行動、間違った考え方、物の見方というものを変える。だから、これは認知行動療法というんですが、そういう方法で今奈良では九十分のセッションで六回にわたって行っています。最初に手紙を書かせて、最後に手紙を書かせますが、その最初と最後の手紙を見ると格段の相違が表れておりますので、そういう意味では処遇効果が上がっているという評価もできると思います。中には、NHKの「クローズアップ現代」の「沈黙を破る女性たち」とかTBSの「真昼の月」といったようなドラマの一部を見せまして、そこで反省をさせるといったようなことも行っております。 川越少年刑務所の場合は、これはグループワークというんですが、カウンセラーが入っていませんからグループカウンセリングと呼んでいないだけなんですが、五人から八人ぐらいの性犯罪者を集めて、そこで自分たちにフリーでいろんなことをしゃべらせる。そうしますと、相手が言うことを聞いていくと、自分は悪くないんだ、相手は、被害者が同意したんだと一方的に言い訳することを言い始めるんですね。ところが、自分自身がそういうことを言っているときには気が付かないんですが、仲間が言い始めると、何だ、こいつ言い訳しているんじゃないかと、それで後で、あっ、おれもそうなんだと気が付くんですね。 こういう形において、今のところ川越では六十分のセッションを十二回、大体三か月ぐらいで両方とも終わっているんですが、こういうことで成果を上げておりますが、海外では、これだけではいけないだろうというので、これは日本では採用できないと思うんですが、行動変容セラピーといいまして、アトランダムに裸の絵を見せます。そうすると、大人の裸を見ても興奮しないんだけど、子供の裸を見たら興奮すると、これは小児性愛者です。その場合には電気ショックを与えるという施設もありますし、鼻からアンモニアを注入してショックを与えるという方法があります。これによって、自分の幻想の中にそうした異常な幻想を描いたときには電気ショックを与えたりアンモニアを通すことによって条件反射的に治していこうというのがアメリカのテクニックなんです。 もしもこれでも駄目な場合には抗男性ホルモン剤を投与します。これがいわゆるケミカル・キャストレーションと言われている、薬物去勢と言われているものですが、こうして抗男性ホルモン剤を与えることによって、これは一度処方しますと一週間大丈夫なものですから、こういうので施設内で徹底的に異常な性欲というものを除いてしまう。ただ、正常な性欲はそのまま残りますので問題はないと言われておりますが、ただ、この辺りは日本の場合やはり人権侵害という問題が出てくるでしょうからなかなか厳しいのではないかと今は考えています。 お答えになりましたかどうか。
○井上哲士君 ありがとうございました。
○委員長(渡辺孝男君) 以上で午前の参考人に対する質疑は終了いたしました。 参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、大変お忙しいところ貴重な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございました。当委員会を代表して厚く御礼を申し上げます。(拍手) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時まで休憩いたします。 午後零時十二分休憩 ─────・───── 午後一時開会
○委員長(渡辺孝男君) ただいまから法務委員会を再開いたします。 休憩前に引き続き、刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律案を議題とし、参考人から御意見を伺います。 午後御出席をいただいております参考人は、龍谷大学大学院法務研究科(法科大学院)教授浜井浩一君、弁護士・日本弁護士連合会刑事拘禁制度改革実現本部本部長代行西嶋勝彦君及び障害者福祉施設支援スタッフ山本譲司君でございます。 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。 参考人の皆様方から忌憚のない御意見をお聞かせいただきまして、本委員会における今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。 議事の進め方について申し上げます。まず、浜井参考人、西嶋参考人、山本参考人の順に、お一人十五分程度で順次御意見をお述べいただきまして、その後、各委員の質疑にお答えをいただきたいと存じます。 なお、御発言の際は、その都度、委員長の許可を得ることとなっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いをいたしたいと存じます。 なお、御発言は着席のままで結構でございます。 それでは、浜井参考人からお願いをいたします。浜井参考人。
○参考人(浜井浩一君) 浜井でございます。 本日は、受刑者処遇についての発言の機会をいただきまして、ありがとうございます。 今回、参考人として呼ばれましたのは、刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律案に関して、矯正実務家の出身の研究者の立場から意見を求められているのだと思っております。 法案については、これまでの審議でいろいろと議論されてきたものと思いますし、内容といたしましても、受刑者の権利と義務、刑務官の権限等を法律によって明確にしたほか、外部交通の拡充、不服申立ての整備、それから行刑運営の透明性の確保、それから受刑者の社会復帰に向けた処遇の充実化など、行刑運営の上で大きな前進であると考えております。実務家の視点から見ましても、今回の法案は、受刑者の権利あるいは処遇の理念を法的に明確化させる一方で、これまでの刑務所の処遇を完全に否定するものでもなく、それを更に発展する形となっていると考えておりますので、現場といたしましてもそれほど大きな抵抗なく受け入れることができるものと思っております。ただ、一点だけ注文を付けるとすれば、外部交通の拡充に関しては、これまで、これを実施すると直接的に職員の業務量が、負担が増加いたします。そういった点で、現場職員への手当てが不可欠であろうと思っております。 それから、刑務所というのは、政治家であれ大企業の社長であれ、いったん受刑するということになった場合には社会的な立場をすべて奪われた形で受刑するのが一般的です。ただ、例外的なのが暴力組織に属している人たちです。暴力団の組長は、受刑者の世界ではやはり組長です。暴力組織の地位をそのまま刑務所に持ち込むことになります。多くの受刑者が刑務所に入ることによって社会との地位ですね、社会での地位あるいは社会との関係を失って刑務所に来るのに対して、暴力団受刑者は受刑によって社会との関係を失っておりません。そういった関係からすると、外部交通の拡充は、慎重にやらない限り、どうしてもその暴力団関係受刑者が一番恩恵に浴する可能性が高いという懸念がございます。この点に配慮した上であれば、外部交通の拡充自体は非常に望ましいものだというふうに私も考えております。 今回は、実務家の研究者として、処遇が議論される際に余り取り上げられなかった、私なりに重要だと思っている点について意見を述べさせていただきたいと思います。それは二点ございます。一つは、科学的な根拠に基づいた処遇の導入、もう一つは、社会の変化による受刑者の質的変化に対応した処遇の在り方についてであります。 数日前にある月刊誌を読んでいて、犯罪を抑止するための対策として、犯罪を抑止するためには、犯罪者の人権を守るのではなく、犯罪を犯せば人権が奪われるということを明確に市民に示すことが必要である、非行少年に対しても、人権を奪われた犯罪者は格好よくないという存在であることを教えるためにも、犯罪を犯したらどんなに惨めな人生になるかということを子供のうちからビデオなどを通して徹底的に教えることが必要なのではないかと、それが犯罪抑止になるのではないかという意見が載っておりました。 これを読んで、アメリカで注目された非行少年処遇を思い出しました。そのプログラムは、スケアード・ストレート・プログラムといいます。直訳すると、怖がらせて立ち直らせるという一種のショック療法です。地域で問題となっている保護観察中の非行少年を集めて、重警備刑務所に一泊二日の参観ツアーを組みます。刑務所では、第一段階として屈強な凶悪受刑者と対面させ、さんざん脅かせるとともに、恐怖の刑務所生活の実態をかいま見せます。その次に、何人かの受刑者と面会をさせ、彼らから自分たちの人生がいかに惨めでそれを後悔しているのかということを語らせてツアーは終了します。このプログラムは全米で行われて、一部はドキュメンタリーとして報道されました。ツアーの直前まで刑務所なんか怖くないと虚勢を張っていた非行少年が、受刑者に脅かされ小さくなり、その後、受刑者の話を聞いてしんみりした表情でこんな人生は送りたくないと更生を誓う姿は、専門家だけでなく視聴者から多くの賛同を得ました。 ここまで聞いた人の中には、それはいい方法だと、日本でも是非このプログラムを導入すべきではないかというふうに考えた方もいらっしゃるのではないかと思われます。現実にこのプログラムを導入すべきだと言っている専門家の方もいます。 しかし、このプログラムは繰り返し実験が行われております。非常に簡便に導入できるので実験を行っています。無作為に二つのグループに非行少年を分けて、一方のグループにはそのプログラムに参加させる、もう一方のグループには全く参加させないということを実際に実施してみて、その後の再犯率の効果を検証します。これは、再犯率については、一か月、一年、それから五年という単位で追跡調査を行います。その結果、どのプログラムにおいても、実際にそのプログラムに参加した少年たちの再犯率の方が高くなってしまったという結果が生まれております。にもかかわらず、このスケアードプログラムは、おととし辺りからイリノイ州で復活の兆しを見せております。 これはなぜかと申しますと、基本的には、その今私のお話を聞かれて興味を持たれた方もいらっしゃると思いますけれども、非常に専門家も含めて、これはなかなかいい方法ではないかというふうに心に響いてくる、すごく効果的に思えるんですね。で、効果的に思えるそういった犯罪者処遇というのが必ずしも科学的な根拠を持たないという例は実はたくさんあります。このスケアード・ストレート・プログラムについても、キャンベル共同計画と言われている犯罪学者の集まりですけれども、国際的なプロジェクトで、何が本当に科学的に犯罪を減らすことができるかということを系統的に研究しているグループですが、そこのグループでも真っ先に取り上げられて、その効果が否定されております。否定されただけではなくて、より参加した非行少年にとっては再犯率が高くなっておりますので、有害であるというふうに認定されております。 このように、犯罪対策というものは、一見効果がありそうなものが必ずしも効果を持たない。これは重罰化もそうですし、監視カメラもそうです。そういったことから考えまして、端的に言って犯罪対策、それから犯罪者処遇に即効性のある特効薬というものは存在しません。ただ、このキャンベル共同計画でも、特効薬ではありませんけれども、犯罪を減らせる処遇というものを幾つか見付け出しております。問題なのは、やはりそういった努力をすること、何が本当に犯罪を減らすことができるかということを科学的に検証するという姿勢が大事なのではないかと思っております。 イギリスでは、ホワットワークス計画と言われまして、科学的な根拠に基づいた犯罪対策、犯罪者処遇を導入すべきだということで国を挙げて取り組んでおりまして、プログラムを開発するだけではなくて、そのプログラムが実際に現場で有効に生かされているかどうかを評価し、その上で再犯率を比較してみるというようなことによって効果を検証しております。 我が国においても、少年院処遇などにおいては非常に有効と思われるいろんな努力をしておりますけれども、必ずしも効果検証をしていない部分があります。そういった意味も含めまして、今後は、やはり科学的な根拠をきちっと確かめていくという努力をした上で処遇を導入していくということが必要なのではないかというふうに考えております。 次に、最近、刑務所の過剰収容が大きな問題となっております。この問題は、単に刑務所だけの問題と考えていたのでは根本的な解決にはつながりません。 刑務所は、社会の中で罪を犯した人が収容される施設ですが、社会のシステムの一つであります。収容される受刑者の質は社会の変化と連動しております。どのような受刑者、どのような犯罪者を刑務所に入れるかというのは、その時々の社会の価値観を色濃く反映しております。こういうことを言うと、犯罪を犯さなければ刑務所に入ることはないじゃないかというような反論をされそうですけれども、実際に検察庁が受理する犯罪者のうち刑務所まで来るのは数%にすぎません。九〇%は何らかの形で社会へ戻っていく、地域社会が受け入れていくというシステムになっております。 今回、事務局の方から「刑務所から社会が見える」という私のペーパーを配付してもらいましたけれども、そこに詳しく論じておりますが、今の刑務所というのは、ある意味、雇用や福祉や教育、医療といったセーフティーネットから支え切れなくなった人たちが刑務所に入ってきているという現状がございます。 先日、あるマスコミから取材を受けた際も、元々は凶悪犯罪を取り上げて、レッサーパンダ事件を取り上げて、それを問題にするつもりであったけれども、その関係で黒羽刑務所等を取材しているうちに、刑務所に大量に心身障害者や高齢者が処遇されている、しかも彼らが何の手当てもないまま満期で釈放されていることを知って愕然としてテーマを切り替えたという話を聞きました。 平成十六年の犯罪白書にも、過剰収容の担い手として、高齢者、精神障害者だけではなくて、仕事や家庭を失った者が増えていることが統計的に示されています。不況によって社会不安が増大する中で、多くの社会的弱者と言われている人たちが生活基盤を失いつつあります。そして、これを支えるはずの生活保護、老人ホーム、病院、雇用といったセーフティーネットも過剰な負担に耐え切れなくなって十分に機能しなくなっています。 その一方で、情報公開に見られるような行政の透明化、説明責任が求められるようになり、それと並行して桶川のストーカー事件など警察の不祥事をきっかけとして刑事司法改革が始まり、刑事司法サービスの向上が図られています。その結果、警察は持ち込まれる様々な被害相談に対して前裁きすることなく積極的に対応することが求められるようになりました。さらに、これまで刑事司法機関が扱わなかった様々な社会問題、児童虐待、ストーカー、ドメスティック・バイオレンスといった新しい問題にも対応しなくてはならなくなりました。これを犯罪学では刑事司法のネット・ワイドニングと呼びます。これによって刑事司法が取り扱う事件数が増加しました。 同時に、犯罪報道が増加し、被害者の生の声が直接テレビを通して視聴者の元に届けられるようになりました。これまで見えてこなかった危険が見えるようになり、犯罪という非日常と日常の境界が崩れ、犯罪が身近なものに感じられるようになってまいりました。これがいわゆる体感治安の悪化を招き、安全神話の崩壊を招いたと考えております。 その結果、市民の中で犯罪不安が増大し、治安の安定を求める声が強まって、厳罰化を求め、同時に市民自身が自衛のために不審者に対する監視を強めるようになりました。こういう不審者にはホームレスや外国人、障害者、まあ酔っ払い、いろんな人が含まれるわけです。こういう不審者を市民が見付けたらすぐに警察に通報し、通報を受けた警察はそれを前裁きできないのですべて処理します。最近、反戦ビラ等で住宅の郵便受けにビラを配布しただけで起訴される事件が問題となっておりますが、これらはすべて住民の通報をきっかけとしております。以前のように事件を裁く、前裁きすること、裁量によって裁くことが、警察だけではなく検察、裁判所も同様にできにくくなっております。 目の前に来た事件は再犯防止のためにもよりフォーマルな形で、より適正に処理をする。ある意味では、刑事司法機関が法令にのっとって事件処理を正式な手続において行うことによって、こうした不審者と言われている人たちが正式な手続で自動的に立件、起訴、公判を経て刑務所に送り込まれているようになっているというふうに考えることもできるかもしれません。 セーフティーネットの担い手が受入れを拒否し、そこからあぶれた者を地域社会が不審者として排除する以上、社会に居場所を失った彼らが絶対に受入れを拒否しない刑務所に集まるのは自然の流れかもしれません。 ここで強調しておきたいのは、刑務所の最大の特徴は、どのような状況にあるにせよ、刑務所に入れと言われた受刑者を拒否することができない、しないということです。 セーフティーネットが弱体し、だれかがどこかで受入れを拒否すれば、当然、最後のとりでである刑務所にそういった人たちが集まることになります。現実に、配付した資料の中にも紹介いたしましたけれども、刑務所における高齢化というのは社会における高齢化の数倍の勢いで進んでおります。その結果、刑務所で亡くなる人たちも非常な勢いで増えております。これは別に刑務所の処遇が悪くなって増えているわけではなくて、元々社会で死んでいた人たちが刑務所に送り込まれて刑務所で亡くなるというような現象が生まれているわけです。セーフティーネットが弱体化した今、その代わりを刑事司法機関である刑務所が最後の受皿として彼らの面倒を見ている、場合によっては受刑者の最期をみとって葬式を挙げ、お骨を家族に届けるということもそれほどまれなことではなくなってまいりました。 そういった意味からも考えまして、これからの刑務所を考える上では、刑務所で亡くなる人、つまりターミナルケアの問題、それから従来の刑務所というのは自立を前提としておりますけれども、社会で自立する可能性のない受刑者、こういった人たちをどうやってこれから処遇し社会に戻していくのか、そういったことも含めて受刑者処遇の在り方というのは考えていかなくてはならないと考えております。その意味では、今回の法案にも含まれておりますけれども、職業訓練、類型別処遇といった社会復帰のための処遇の充実化、これ自身は私がずっと唱えてきたことでもあり歓迎すべきものと考えておりますが、それだけでは十分ではない時代が来ていると思っております。 過剰収容対策としてPFIの導入、このパンフレットも見ますと、ハイテク警備、魅力的な職業訓練の導入、いろいろな多様な専門家の配置と、とても魅力的な施設のように思えます。しかし、本当に受刑者の質、ニーズと合っているのか、若干疑問がございます。こういった施設にはスーパーA級の非常に優れた初犯の受刑者を送り込むことになっておりますけれども、私が神奈川県ですべての受刑者を見てきたところによりますと、そういった受刑者は本当にまれであります。大体の受刑者はどこかに障害を持っていたり、何らかの形で仕事ができないという問題を抱えております。 また、こういった民間刑務所は、巨大化の施設として運営されようとしております。これは経済的な効率、それから巨大であればより多くの専門家を雇えるという部分があるのかと思われますけれども、巨大施設で行われるのは教育やケアではなくて管理であります。管理で人が更生するとは私は思いません。 今回の立法は、刑務所における処遇改革の第一歩であり、あくまで処遇充実のための基盤整備にすぎません。管理や法令で人が更生するわけではなく、重要なのは、その中身をいかにこれから充実させていくかということではないかというふうに思っております。 その意味からも含めまして、先ほどの私の話から、これは刑務所だけで考えていって何とかなる問題ではございません。そういった意味も含めまして、これから議員の皆様の支援というのがますます必要になってくるのではないかと考えております。 以上でございます。
○委員長(渡辺孝男君) ありがとうございました。 次に、西嶋参考人にお願いいたします。西嶋参考人。
○参考人(西嶋勝彦君) 監獄法の改正と代用監獄の廃止を一貫して求めてまいりました日本弁護士連合会の立場から、法案についての意見を述べたいと思います。 第一は、本法案には不十分な点もありますが、日弁連は基本的に賛成であり、今国会での成立を期待しております。それは次のような観点からであります。 まず第一に、監獄法の早期改正は日弁連の宿願でありました。日弁連は昭和二十四年九月に創立されておりますが、その二年後の人権擁護大会で監獄法改正を決議して以来、度々人権擁護大会や定期総会で同様の決議を採択しております。監獄法改正案である刑事拘禁法要綱、あるいは拘禁二法案に対抗して成立させました刑事被拘禁者の処遇に関する法律案をそれぞれ発表して、真の監獄法改正を推進してまいりました。このように、古い監獄法の速やかな、かつ全面的な改正は日弁連の宿願であり、一貫しているところであります。 次に、本法案が未既決を分離しているということであります。 切り離された部分は、今後、本法案成立後に日弁連と法務省、警察庁の三者が一から協議を始めることになっております。この方針にも日弁連は異存はございません。切り離しは、名古屋刑務所事件を契機として刑務所と受刑者処遇の改革が急がれてきた経過にも合致していると思います。本法案が日弁連も異論のない受刑者処遇法として提案されたことを是としたいと思います。 三番目に、行刑改革会議の提言が生かされているということであります。 受刑者の人間尊重、刑務作業以外の処遇内容を充実するものとしての教育や指導、規律秩序の一定の緩和、電話を含む外部交通の拡大、行刑運営の透明性の確保、人権救済のための制度改善、矯正医療の水準向上への努力などは提言が指し示した方向であり、法案に生かされていると言えましょう。 四番目に、旧刑事施設法案からの改善が見られることであります。 日弁連は旧刑事施設法案の抜本修正を要求してきました。例えば、第三者機関の設置、規律秩序の偏重の是正、受刑者の人間性と自主性の尊重、法制審要綱から後退した内容の全面的是正などであります。本法案を見るとき、かなりの程度抜本修正に近付いていると評価できると思います。 次に、日弁連が求めてきたものであります。我々が何を求めてきたか、少し中身に触れておきたいと思います。 その一は、施設法から処遇法へということであります。拘禁二法案の体系は、施設ごとの施設運営を前面に出した法案でありました。処遇法でなければならないという日弁連の主張は、先ほどの日弁連刑事処遇法案の一条一項がこう言っております。この法律は被収容者の基本的人権を保障し、適正な処遇の基準及び方法に関する事項を定める。そして二項で、刑事施設は前項の目的に沿って管理運営されなければならないという規定に端的に示されていると思います。施設の管理運営は処遇のために機能するものでありまして、自己目的化するものではありません。本法案は、不徹底ではありますが、法案の名前にも受刑者処遇を入れて、処遇法に一歩近付いていると言えます。 次に、近代化、国際化、法律化というスローガンであります。 我々はこれに異を唱えたことはありません。むしろ、真の近代化、国際化、法律化を求めてまいりました。前近代的な代用監獄制度の廃止、国際人権法の諸基準に合致した制度への改革、省令や規則への委任を排除して被収容者の権利義務を法律上書き込むという、そういう主張であります。これらは一部本法案で改善されていると見ることができます。 次に、矯正の人員と予算の拡大であります。 行刑施設の構成要素は、収容者、職員、そして施設であります。収容者に対し適正な処遇を行うには、施設と人員の充実は極めて不可欠であります。警察の人員と予算の拡大に比較して、矯正の人員と予算の拡大は極めて不十分であると思います。日弁連は、一緒になって財政当局に働き掛けていこうではないかということを繰り返し提案してまいりました。他方で、検閲の廃止などによって人員の再配置も可能ではないかという提案をしてまいりました。財政当局の理解も含めた政府の一体となった対処が求められるのであります。本法案を実効あるものとするためにも、この充実は必要であろうと思います。 次に、日弁連が求めてきた代用監獄の廃止と未決の防御権の保障であります。これは日弁連が拘禁二法案に反対してきた最大の論拠であります。 今回、未決が切り離され、代用監獄の存廃を含む取扱いは今後の協議にゆだねられました。本法案成立後は、日弁連は年来の主張の実現に向けて協議に臨むとともに、早急に受刑者処遇と遜色のない未決処遇の向上のために努力していきたいと思っております。 三番目に、法案についての各論的評価でございます。 まず、評価する三つの視点を紹介したいと思います。 その最初は、矯正処遇が体系的に位置付けられたということであります。 本法案は、矯正処遇が作業と義務的な指導から成っていること、それは処遇要領に基づいて行い、その処遇要領には受刑者の希望が参酌されることが明記されました。そして、指導の内容として、従来からの教科指導と併せて、全員に犯罪の責任を自覚させ、社会生活に適応する生活態度を習得させるほか、個別に、薬物依存者、暴力団員、その他性犯罪者などに対して特別の改善指導を行うことも規定しております。この処遇に徹した体系化と個別の指導は高く評価されると思います。 二番目に、第三者機関が設置されたということであります。 刑事施設委員会の提唱は提言の目玉でありました。本法案の視察委員会は、審査権限はなく調査権限のみでありますが、施設ごとに組織され、何よりも弁護士などから成る市民十人以内の委員が予定されております。夜間を含む随時の調査、立会いのない面接、収容者からの苦情書面の受付など、施設運営に風穴を空けるものとしてその成果を期待したいと思います。 三番目に、適正な規律と外部交通の拡大が図られているということであります。 厳格な規律が受刑者を支配していることを批判し、提言は、軍隊式行進、居室での正座の強要、刑務作業中のわき見禁止、裸体検身などの見直しを提案しました。これに対して、法案は、「刑事施設の規律及び秩序は、適正に維持されなければならない。」と改めました。私はこれは英断だろうと評しております。 同様のことは外部交通にも言えます。 本法案は、「適正な外部交通が受刑者の改善更生及び円滑な社会復帰に資するものである」という位置付けをしております。その上で、友人、知人との間にもこれを広げ、面会の立会いも信書の検閲も必要があると認める場合にのみ実施することにしております。また、電話の利用が制限的ではありますが認められることになりました。 これらの規律の緩和と外部交通の拡大は、積年の課題ではありますが、歓迎されるところであります。 しかしながら、衆議院で四つの修正がされておりますけれども、なお日弁連としては改善を求める諸点が残っていると考えております。詳細は本年の三月十八日付けの日弁連意見書に譲りまして、要点のみを説明したいと思います。 最初に、単独室と一時間の運動の問題であります。 昼間は作業又は雑居での共同生活、夜間は単独室というのが今日の国際的水準でありますが、本法案には、旧刑事施設法案にすら規定されておりました単独室の規定がありません。いかに財政の壁が厚いとはいえ、目標すら規定しないのは実現への意欲が疑われると思います。二十一世紀の法案としては寂しい限りであります。また、受刑者に一日一時間の運動時間を最低として要求した提言が法案には生かされておりません。人的、物的制約が理由のようでありますが、努力と工夫により実行は難しくないと考えます。 次に、権利制約の要件を絞ってほしいということであります。 本法案は、書籍の閲覧、面会、信書などにおいて、権利制約の要件の一つとして「刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがあるとき。」と規定しております。これらは抽象的に過ぎ、より限定された制約要件に改めるべきであると考えます。最高裁大法廷の昭和五十八年六月二十二日の判決が認めました権利制約の原理に従うべきだろうと考えます。 三番目に、隔離収容と保護室収容に期間の制限を設けてほしいということであります。 保安上の理由で、今日、昼夜間の独居拘禁が長期に実施されており、各地の弁護士会への人権救済の申立ての上位を占めております。日弁連は、人権侵害が著しいので最大六か月とするように提案してまいりました。無制限の更新規定は改める必要があると思います。 また、保護室収容の期間の制限がないのも問題であろうと思います。日弁連は、最大限七日間を主張しております。 次に、作業賞与金の問題であります。 日弁連は賃金制を早くから主張しております。ドイツ、オーストリアを始め、幾つかの国で賃金制に踏み切っております。出所者の大半が三年以下でありますが、その多くが出所時五万円以下しか所持せず、たちまち刑務所に舞い戻るというのが実際であろうと思います。この悪循環を断ち切るためにも、賃金制の導入は必要だと日弁連は主張してきたのであります。せめて、現在の低水準から賞与金の飛躍的アップを図ってもらいたいと思います。 次に、弁護士との外部交通を更に拡大してほしいということであります。 弁護士の面会は、その目的、信書の内容が受刑者の自己に対する刑事施設の長の措置その他自己が受けた処遇に関するものでないときは、立会いや検査をする場合があるということになっております。これでは、再審の相談も一般的訴訟事件の依頼も、それから他人に対する施設の不当な措置の告発も自由かつ秘密にはできないことになります。これらの制約は不合理というべきであり、用件のいかんを問わず弁護士が面会し、信書を受発信するときは立会いも検査もなしとすべきでありましょう。また、弁護士会に対する人権救済の申立てをしたり、その調査のために担当の弁護士が本人又は証人たる収容者に面会したり文書で照会する際に立会いや検査を受けないようにすべきであります。さらに、広く一般に、休日、夜間の面会も保障されるべきところでありますが、とりわけ弁護士の場合にはその必要性は高いと考えております。 次に、懲罰から非人間的な内容を除外することであります。 閉居罰の内容として、書籍の閲覧の停止、運動の制限があります。しかし、いずれもが合理性がないと考えます。特に、運動の制限は健康の保持に支障を生ずることは明らかであります。また、閉居罰の最長期間六十日はもとより、原則期間の三十日以内というのも余りに長いと考えます。十日以内とすべきでありましょう。また、閉居罰の内容として居室内での謹慎は、昼夜の独居拘禁自体が苦痛なのでありますから、壁に寄り掛かったり一定時間ごとの屈伸運動などの動作は最低限認められてしかるべきだと考えます。 次に、不服審査機関を法律上の制度として充実してほしいということであります。 本法案は、提言にありました刑事施設不服審査会について何ら規定しておりません。法務省は、提言が人権擁護法案が成立するまでの事実上の措置でよいとしたので、訓令で制度を運用すると説明しております。しかしながら、提言に言う勧告権しかない不服審査会でも結構ですから、法律に根拠を持つ制度として設置されることを強く求めたいと思います。 次に、医療の改善であります。 日弁連は刑務所医療を抜本的に改善する必要があり、それには厚生労働省に移管し、健康保険の適用を認めるべきだと強く主張してまいりました。イギリスやフランスもその先駆的な経験があります。今回、改正でこの点が実現しなかったのは残念であります。 それはともかく、まず常勤、非常勤の医師、薬剤師や看護師の有資格者の充実を図るべきが第一でありましょう。また、受刑者が医療を求めているのに、医師でない職員が仮病であると即断して医療を受けさせないようなことがないように、診療の申立てを受ける部署は一般刑務職員とは別の部署にするような方式を取るべきであり、法律の上でも、受刑者が診療を申し出たときは医療を行う旨を規定すべきだと考えます。 最後に、警察留置場の規定の見直しの問題であります。 本法案の第三編第四章の規定は根本的に見直していただきたいと思っております。百四十七条の巡察の規定は、旧留置施設法案が導入しようとしたものであり、本法案中に規定する必然性はないと考えております。百四十九条の防声具の規定に至りましては、刑事施設において既に防声具は戒具として廃止されておりますから、整合性を欠き、全く不当な規定であると考えます。見出しの「警察留置場の管理運営」とされている点も問題であろうと考えます。代用監獄を含む未決の処遇については、警察、法務省、日弁連三者の協議をこれからすることになっております。これらは一方の立場からの先取り的規定としか理解できないのであります。 以上、要望しました改善点は今回の法案に取り入れることが仮に困難であるといたしましても、幸い修正によりまして五年後の見直し規定が盛り込まれることになりましたので、その機会には是非実現することを期待したいと思います。 以上で私の意見を終わります。
○委員長(渡辺孝男君) ありがとうございました。 次に、山本参考人にお願いいたします。山本参考人。
○参考人(山本譲司君) 御指名にあずかりました山本譲司でございます。 まずは、本日、この参議院法務委員会の場に私のような者を参考人としてお招きをいただいたことに対しまして、心から感謝を申し上げたいと思います。 私のような者というのは、言うまでもなく、過去に罪を犯し、そして刑務所に服役をした者ということでございまして、本来でしたら私のような者がこうした場にしゃしゃり出て皆様方の前で話をするなど大変おこがましいんじゃないかと、そんな思いも強くありました。また、恥ずかしながら、私は国会議員在職時、法務委員会に所属をしたこともありませんし、また、正直言って矯正行政についてはほとんど興味を持つことなく過ごしてまいりました。その意味では、今日皆様方の前で話をするということについては内心じくじたる思いをいたしているところなんです。さらには、これは刑務所から出所した人間のだれもが持ってしまう気持ちだと思うんですが、出所後はなるべくおとなしくして目立たないように静かに暮らしていこうと、こういうコンプレックスのような気持ちもあるんですね。 現在の私はといいますと、知的障害者福祉の現場に携わると同時に、障害を抱えた受刑者たちの出所後の社会復帰に向けた環境を整えると、そんな活動をしているんです。それは、私自身の獄中体験の中で、医療刑務所ではなくて一般の刑務所の中に障害のある受刑者たちが数多くいるというその事実を知ったからですし、本来福祉によって支援を受けるべき彼らが、結局は行政や福祉と何の接点も持つこともなく、挙げ句の果て罪を犯して刑務所の中に入ってきてしまっているという、そうした現実を目の当たりにしたからです。 そして、結果的に今の刑務所の一部はある意味、福祉施設の代替施設と化してしまっていると。刑務所の中のそうした光景というのは、これ非常に驚愕しましたし、驚きと同時に、この日本の刑務所の現実、いや、もっと言えば、これは日本の福祉の現実、これを少しでも変えることができればと、そんな思いで現在活動を続けているんですが、そのためにも今の刑務所の在り方を見直す必要があると、こう考えております。 そこで、私の服役経験、それに基づいた話が行刑施設の改革のために少しでも役に立つのであればと、こう考えまして、誠に僣越ながら今日はこの委員会にお邪魔をした次第でございます。 私の場合、浜井参考人のように科学的な、あるいは西嶋参考人のような法的な観点から言及することは控えさせていただきまして、あくまでも元受刑者としての経験に基づいた話をさせていただきたいと思っております。 私は、四年前の六月ですね、四年前の六月、懲役一年六か月という一審での実刑判決に従いまして、控訴を取り下げて服役をしたわけです。そんな状況でしたから、それなりに刑務所のことについては関連書籍などを買い集めまして、用意周到なる予習をした上で刑務所に入ったつもりでした。ところが、実際に服役してみますと、書物を読んで身に付けた知識とはかなり違っている部分がありましたね。大体、世の中に出ている書物のほとんどが決して刑務官のことはよく書いていませんね。それどころか、どちらかというと鬼のような存在に描かれていることが多いんですよね。確かに、入ってみますと、秋霜烈日といいましょうか、あるいは繁文縟礼といった刑務所の中の厳しさ、規律の厳しさというのは想像どおりでしたが、何よりも驚いたのはその刑務官の人たちの仕事の大変さでした。 私は、東京都議会議員時代も含めて、約十二年近く議会に籍を置いていましたから、どうしても公務員の皆さんの働き具合というのは気になってしまうんですね。そうした視点、あるいはこれまでいろんな公務員の皆さんの仕事を見てきた経験から言わせていただきますと、刑務官の仕事というのはどの行政の現場と比較をしても大変な重労働で、危険も伴う職場なんだなということを痛感したわけでございます。 私は、服役後、まず東京の府中刑務所に約三週間の間、考査期間と言われます、本格的な服役生活を前にした準備期間を過ごしたんですね。私のいた舎房、これは居室ですね、その舎房の周りには私と同じく考査と書かれたプレートが付けられた部屋もありましたが、多くは取調べあるいは懲罰と書かれたプレートが掛けられていたように記憶しております。 そこでは昼も夜も関係なくのべつ幕なしに叫び声、叫声がもうそこらじゅうに聞こえてくると。そんな状態で、中にはとても聞いたことのないような外国語が飛び交っておりまして、そんな五十名、五十室以上ある独居房の収容者たちをわずか二人の刑務官、夜はたしか一人でしたね、そんな少人数で対応していました。正にてんてこ舞いという、そんな様子でしたね。 獄舎の中というのはかなり声が響くもので、それぞれの収容者が何を訴えているかというのはよく聞こえたんですね。これは、そのほとんどは何か幻覚にとらわれたような話、あるいは不定愁訴、ヒポコンデリー、こんな感じが多かったですね。そんな訴えにも耳をかして、これは決して親身であるとは言えないんですけれども、一々対応していると。そんな刑務官の姿には正直言って痛わしさというのを感じずにはいられなかったです。 このように、私自身刑務所に入ってみて初めて行刑施設の実態あるいは現場刑務官の苦労というものを知ることができたわけなんですが、ただ残念なことに、少人数ではありますが、これは社会人としての常識が著しく欠如していると思われるような人物が刑務官の中にいたことも事実です。しかし、大多数の刑務官の人たちは使命感と責任感とプライドを持って職務に精励していたように思います。 ところが、不幸にもあの名古屋刑務所の事件が起きてしまったんですね。名古屋刑務所の三つの事件の中でも受刑者が死亡した二つの事件、これはいずれも私が服役していた間に起きた出来事ですから、別の刑務所の事件とはいえ、私自身とても他人事とは思えないわけです。もとより、私たち受刑者、といっても私は元受刑者でございますが、ともあれ、その受刑者の多くは自分の人権がないがしろにされることについてはそれなりに覚悟を決めた上で入所してきているんですね。しかし、この一連の暴行事件で立件された刑務官たちの取った行為というのは、これは正にリンチに等しくて、どう考えても正当な職務行為だったとは言えないと、こう思います。 もちろん、受刑者の中には規則や指示に全く従わずに刑務官に反抗的な態度を取り続けたり、あるいは平気で暴力を振るうと、いわゆる処遇困難者と言われる人たちが数多くいるということも確かです。だからといって受刑者を死に至らしめるというようなことは絶対にあってはならないことですし、私、ここで元受刑者の立場から、このような事件が二度と繰り返されないように是非皆さんにお願いをしたいと思います。 結局、この名古屋刑務所での暴行死傷事件というのは、矯正行政に対する国民の信頼を大きく損なわせた、失墜させた。それと同時に、やはり日々一生懸命に働いている多くの刑務官の努力というものを踏みにじる行為だったんではないかと思います。 しかし、この事件を単に犯行に加わった個々の刑務官の資質ということだけでは片付けることはできないと思います。名古屋刑務所におけますこのような問題というのは、過剰収容や処遇困難者、この増加、そうした流れがどんどん加速していく中で、やはり全国の行刑施設全体が抱える課題となっているんではないかと思います。 私が一年ちょっと服役をいたしました栃木県の黒羽刑務所でも、ここでも頻繁に受刑者同士のいさかい、さらには受刑者が刑務官に飛び掛かっていくというようなことも起きていましたね。どうしてもそうなりますと刑務官の方も過剰防衛になりますから、暴行事件間際みたいなことも結構ありました。日本の行刑施設、現在の行刑施設、その過剰収容でありますとか処遇困難者の増加といった状況の下、やはり刑務官、受刑者、その双方が普通の精神状態を保っていくというのが本当に困難になっているんじゃないかと、そう思うんです。実は、私自身も一時、拘禁ノイローゼと多分言うんでしょう、そんな状況に陥ったこともありました。 そんなことを考えますと、やはり今後の行刑改革の中で是非取り入れていただきたいのは、刑務官、受刑者、双方に対する定常的なメンタルヘルスですね。心理学の専門家でありますとか、あるいはソーシャルワーカーの方々、これを十分に確保する、それが今後の大きな課題になってくると思います。 私自身、その一年二か月間の服役体験を振り返ってみますと、刑務官による受刑者への革手錠や消防ホースの使用といった物理的人権侵害はお目に掛からなかったものの、やはり受刑者の人権を無視した態度でありますとか、あるいは言葉による暴力というのは度々出くわしました。 私が黒羽刑務所で配属されたのは寮内工場というところで、身体やあるいは精神に障害を抱える受刑者が多く収容されているところでした。そこで、ある刑務官が、目の不自由な者、あるいは耳の不自由な者、あるいは肢体不自由者、さらには精神、知的に障害のあるそんな受刑者を呼ぶのに、平気でこうした公の場では口にすることができないような差別用語を使うんですね。別に個々の受刑者が規則違反をしたから怒って言っているというわけではなくて、日常会話の中で受刑者を正にもてあそぶようにして使っているわけですね。これには驚きました。刑務所の中で受刑者は刑務官のことを先生と呼ぶように指導をされております。同じ先生でも、教育の現場でこんなことを言ったら即首になりますよね。これを平然と言えるというのは、やはりいかに受刑者を人間として尊重していないかということの表れだと、こう思いました。 こうした受刑者の人権をないがしろにした言葉の延長線上にあのきっと暴行事件も起きているんではないかと思います。もちろん、そうした刑務官というのはごくわずかですが、実はそうした刑務官の暴言に対して他の刑務官も全く注意をしないと、そのことにも更に驚かされましたね。ここはやはり職員研修などを通じて徹底的な人権教育を図る必要があると思います。 それでは、人権問題に敏感だと言われる例えばヨーロッパの国々、この刑務所はどんな運営をされているのかと。こう申しますと、先ほどお話ししましたように、私は四年前の六月に服役したわけなんですが、実はその直後、たしか二、三週間後だったと思いますが、刑務所に服役したイギリスの元国会議員がいます。その人はジェフリー・アーチャーさんといいまして、同じ政治家でも私なんかよりずっとずっと大物の方でして、彼も出所後、獄中での出来事をまとめた手記を出版しています。その名もずばり「獄中記」というんですけれども、私が「獄窓記」という本を出版する一週間前に日本でも出版をされまして、その「獄中記」、私も何かの縁を感じて興味深く読ませてもらいましたが、同じ刑務所でも国によって運営がこうも違うものかと、非常に読んでいて驚きました。 イギリスの刑務所では外泊も許可されるし、親族と電話で話をすることもできると。手紙の発信、受信の制限も日本の刑務所のようにはなくて、面会は立会人もアクリル板もないところで飲み物やお菓子を食べながら行うことができると。また、シャワーも自由に、そして食事も本人の意思で割と自由な時間に取ることができる。日本で言う自弁という、自分で買える食べ物また生活用品も数多くそろっているようですね。さらには、刑務所の職員と受刑者が友達同士のような会話をしていると。全体的に非常に自由を与えていると、与えられているという感じがしました。イギリスでは今から十年ぐらい前にプリズンオンブズマン制度というのができて、多分その影響もあるんでしょう。 受刑者の立場からすると、そのイギリスの刑務所と日本の刑務所では正に天国と地獄ほどの差があると、こう実は一見思いがちなんですが、ジェフリー・アーチャーさんのこの「獄中記」という本を読む限り、イギリスの刑務所では、その自由さの余り、刑務所職員の目が届かないところで日常的に受刑者同士の暴力ざたが起きているようでありますし、結果的に刑務所の中は受刑者個々の財産や体力が優先する弱肉強食の世界と化しているような側面もあるようです。 また、イギリスの場合、出所者の再犯率というのは日本より高い数字で推移しています。当然のこととは思っていましたが、受刑者に自由を与えることイコール再犯率の低下ということにはなっていないようですね。しかし、だからといって自由刑というものが単なる物理的制裁にとどまるのであれば、当然再犯率の防止にはつながらない、再犯の防止にはつながらない、これも明らかなことだと思います。 獄中生活を経験した自分の今の思い、そして周りの受刑者仲間を見てきた獄中での思い、そんな視点で言わせていただくと、やはり私は、どんどんどんどん自由を拡大していく、そういった処遇よりも、社会復帰に向けてのきめ細かな更生プログラムの導入でありますとか、あるいはカウンセリングの実施といった、言わば充実した処遇をどんどんと取り入れていただきたいと思っております。 服役中、私の周りには、字の読み書きもできずに、社会に出てもまあこれは到底まともな仕事にも就けそうもない受刑者、あるいは身寄りもなくて絶えず出所後のことを思い悩んでいる受刑者もたくさんいました。確かに、刑務所内では担当刑務官が一人一人の受刑者をきめ細かくフォローしていくということにはなっているんですが、それはあくまでも服役中の生活ということで、将来の不安を払拭するための相談というのはなかなか聞き入れてもらえなかったですね。そうした社会復帰に向けた教育プログラムや相談体制というものも是非早急に整備していただきたいと願っています。何よりも出所後の人生の手掛かりを個々の受刑者に与えるということが再犯の抑止につながると、こう思います。 時間も参りましたので最後にいたしますが、この行刑改革というのは一体何なのかといいますと、やはりこれは単に受刑者あるいは刑務官のためだけの改革ではないと。それは言うまでもないことでありまして、現在のその再犯率の高さを考えれば、今後の社会のリスクを軽減するあるいは将来の行政コストを軽減すると、こういった意味において行刑改革は正に国家的課題ではないかと思います。新たな加害者やあるいは被害者を容易に生み出してしまう現状を変えるために、是非今が本当にその矯正行政にとってのターニングポイントだと思います。 今の世の中では凶悪犯罪がどうしても目立ってしまいまして、これはマスコミの報道にもよるんでしょうが、そうした中、感情的厳罰論が強まっていき、一方で、それに対抗するように塀の中の人権擁護論というのも主張されている方もいます。皆様方におかれましては、その中のその両極の意見に振り回されることなく、是非国民にとって、国にとっての利益は一体何なのかということを考えていただいた上で、是非建設的な御議論、御審議をいただければと願っております。 そして、今回の法律が成立したことでこの問題にピリオドを打つのではなくて、今後とも、矯正行政のみならず更生保護行政の充実、あるいは法務省と厚生労働省を始めその関連機関との連携など、なお一層この問題に注視をして、さらに、更に様々な御意見、御提案をいただきますよう心から期待をしております。 私からの冒頭の意見は以上でございます。 本日はお招きいただきまして、ありがとうございました。
○委員長(渡辺孝男君) ありがとうございました。 以上で参考人の意見陳述は終わりました。 これより参考人に対する質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○松村龍二君 自民党の松村でございます。 本日は、法務委員会が刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律案を審議している中に、一日時間を取りまして、午前中三人、午後三人の参考人から広くお話を伺っているわけです。私もこの法務委員会二年近くおりますけれども、六人からお話聞く法案というのは初めてでございます。非常に多彩な各方面からお話をお聞かせいただいておるということを大変有り難く思っております。 また、ただいまは浜井参考人、また西嶋参考人、山本譲司参考人からお話を伺ったわけでございますが、特に山本譲司参考人におかれましては、お話にありましたように、逡巡をしながらも、自分自身御経験された、また、かつて国会議員であったというようなお立場から貴重な勇気ある御発言をいただいたということを高く評価をさせていただきたいと思います。 まず、西嶋参考人にお伺いするわけですけれども、今度の刑事施設法が成立するということは、過去、明治四十年代の監獄法以来初めて改正されると。そこのネックといたしまして、拘禁制度、警察の留置場、代用監獄の問題等がなかなか調整ができなかったということもあったかと思いますが、一昨々年ですか、名刑、名古屋刑務所の事件がきっかけとはいえ、日弁連におきましても、大局的な観点から、それはまず今後の問題として残しておいてこの法律に賛同されたということが、また形作る上において日弁連の貴重な参加がありまして今日に至ったということを評価まずしたいわけですけれども。 私もかつて警察庁に三十年近くいたもんですから、代用監獄という問題についてまず冒頭お話をお伺いしたいんですが、かつては警察の留置場において刑事が管理するような形の中で自供に導くと、またカツどんを食わしてやるとか、たばこを吸わせるとか、取引の中で人権が侵害されるというようなこともあったということですけれども、しかしその後、こういう動きに対して、警察もいろいろ手直しをして現在のような姿になっているというふうに思います。拘置所を県の県庁所在地に一つだけ造るということになりますと、その設備を造ることも大変でございますし、また弁護士の方々も接見するのに時間外あるいは遠方からその拘置所まで行かないといかぬというようなことで、現状のような警察の方の改善その他で大分その今日の法案に賛同するような素地ができたかと思うんですが、今後について、この警察、代用監獄につきましてなおどのようなことをお考えでしょうか。
○参考人(西嶋勝彦君) 日弁連が代用監獄を廃止してほしいと申し上げているのは、やはり何といいましても取調べが優先しておりまして、確かに看守の係と捜査の係が一応警察内部で分離されて、確かに弊害をなくそうという努力を警察がされていることは、その努力は大いに認めるわけでありますけれども、いかんせんそれ以降もやはり冤罪、それから留置場における取調べといいましょうか、代用監獄を利用した取調べの弊害の事例は決して減っておりません。 そこで、日弁連といたしましては、これを急にあしたにでもなくせというのは、これはどだい無理な話でありますから、やはり時間を掛けて廃止していっていただきたいと。その手だてはいろいろあるだろうと思うんです。例えば、取調べの時間を制限するとか、それから取調べの状況を録音、録画してきちんと記録に保存するとか、様々な手だてを尽くしながら代用監獄の弊害を少しでも除去していきたいと。 それから、どうしても弊害の焦点、この前も宇都宮の事件がありましたけれども、身体障害者とか未成年者とか、そういった弱者が留置場に入れられて取調べをしていると大変弊害が伴うわけでありますので、そういった弊害、代用監獄がなくなるまでの間でもそういった人たちを収容することの例を少なくするといいましょうか、そういう手だてを尽くしながら、どういうふうにすれば代用監獄がなくてもいいようなシステムをつくり上げることができるか、これを大いに協議していきたいというのが日弁連の基本的立場でございます。
○松村龍二君 どうもありがとうございました。 次に、浜井参考人にお伺いするんですが、浜井参考人のさきにいただいたペーパーと先ほどのお話、また山本譲司参考人のお話がくしくも一致する。社会的弱者が犯罪を犯して刑務所にいて、刑務所が社会の福祉の最終の場所になっているんじゃないかと。そういうふうにならざるを得ない福祉の問題を指摘されると同時に、現在の刑務所がそうなっているというような御指摘があったわけですが、浜井参考人にちょっと、非常に御経験豊富のようですからお伺いするわけですが、覚せい剤の罪を犯した人が刑務所に入っているわけですが、あへんとかモルヒネとか、ああいう麻薬は禁断症状を終えた後すっきり治るというふうな話も聞くわけですけれども、覚せい剤中毒患者というのはそういうふうにすっきり治るものなのか。覚せい剤中毒のまま刑を受けて刑務所に入っておるということになりますと、刑務所の中で覚せい剤の病人を預かるというふうなことになっているのかどうなのか。 覚せい剤中毒患者と現在の刑務所の問題ということについてちょっと教えてください、浜井参考人。
○参考人(浜井浩一君) 覚せい剤受刑者の問題につきましては、過剰収容のかなりのパーセンテージを覚せい剤受刑者が占めております。ただ、覚せい剤受刑者について考える場合、二点考える必要があると思います。 一つは、覚せい剤受刑者で後遺症ですね、つまりフラッシュバックであるとか妄想、幻覚がまだ始まっていない人ですね、それから既に妄想、幻覚が始まっていて、府中刑務所で行われているように保護房を出たり入ったりして非常に処遇困難となっている者、この二種類がいると思います。 その前に、覚せい剤受刑者の身体的あるいは心理的依存についてお答えしておきますと、覚せい剤受刑者の場合は、先ほど御指摘のようにモルヒネ、あへんですね、そういったもののような身体的な禁断症状というのはございません。ですから、基本的に、身体的な依存が全くないかというと、発汗が出たり、それから疲れやすさとか、そういった意味での軽い禁断症状というのが出ないわけではございませんけれども、本人たちが強く自覚するような禁断症状はございません。その関係上、どうしても心理的な依存がすごく強くなっているわけですけれども、一番問題なのは、本人たちがその心理的依存になかなか気付いていないということですね。 刑務所に来て、それから留置場から拘置所、刑務所に来るまでに数か月掛かるわけですけれども、その間目立った禁断症状を経験しないということから、本人たち自身がいつでもやめられるさというようなことを思ってしまうんですね。そういう軽い気持ちのまま受刑していると、覚せい剤の心理的依存というのは、例えば一年受刑すればそれだけ弱まるか、二年受刑すればそれだけ弱まるかというと、そういう時間によって弱まるものではございません。そういったところを本人たちにいかに自覚させるかと、その上でやめなくてはいけないということを決意させるかというのが、覚せい剤、初期の覚せい剤受刑者については重要かと思われます。 ただ、禁断症状ではなくて後遺症が出ている覚せい剤受刑者の場合には、非常にこれは処遇が難しくなっておりまして、基本的には統合失調症と似たような症状を示すわけですけれども、なかなか薬が効かない、いろんな薬を試してみるんだけれども症状が収まらない、そういった状態のまま社会に出るというようなことがございまして、この辺の処遇に当たっては非常に問題化しているというところでございます。
○松村龍二君 重ねて浜井参考人に伺うんですが、先ほど来からの御説明によりますと、参考人からの御説明によりますと、例えば七十人の刑務作業所において一人の刑務官が監督しておると、二人の刑務官が監督しておるというふうな中で、あるいは一人の担当が七十人とか百人の者を担当しておるというような状況の中で、そういう覚せい剤の受刑者が自分の扱うメンバーに入ったときに、きめ細かく覚せい剤症状に合ったような対応というのができているものなのかどうか、ちょっとお伺いします。浜井参考人。
○参考人(浜井浩一君) お答えします。 覚せい剤受刑者につきましては、先ほど申したように、二種類の覚せい剤受刑者がございまして、心理的な依存のみで後遺症が出ていない者については、これは工場での働き手として非常に有能な方々が多くて、ある意味、もし覚せい剤受刑者をすべて今の刑務所から別な施設へ移してしまった場合、恐らく多くの施設で刑務作業に大きな支障が出るだろうというふうに思われます。覚せい剤受刑者で後遺症の出ていない人たちは非常に、ある意味責任感が強いという言い方をすればあれですけれども、まじめに言われたことをこつこつやられる方が多いということがございます。 もう一つは、後遺症が出ている覚せい剤受刑者の方々については、集団生活の中に入れますと、フラッシュバックが突然生じて他の受刑者に迷惑を掛けたり、あるいは何らかの形で受刑者トラブルを起こしたりということがございますので、その妄想の種類によっては工場に出すこともございますけれども、非常に危険な場合には昼夜間独居で処遇せざるを得ないということになります。 それから、担当職員からの指導についてですけれども、現在のところ、覚せい剤受刑者の初期の段階の方に関しては、非常に有能な働き手であるということで刑務作業に従事していただいているという以外に、特別に何らかの形でカウンセリングが行われているとか、そういったことは工場内ではございません。
○松村龍二君 山本譲司参考人にお伺いします。 非常に強烈な経験をされたと思うんですが、「獄窓記」は本屋でぱぱっと立ち読みをちょっとさせていただいて、熟読はしていないんですけれども。参考人は、外国、インドですか、行かれたり、山谷で寝起きをちょっとしたり、いろいろ社会の底辺を福祉というような観点で見てこられたと、そういう中で今回も非常に珍しい経験をされたと思うんですけれども。 私は、この前、連休前に質問一時間したときに、刑務官というのは非常に負担が大きいと。警察本部長のとき、刑務所を視察、ちょっと見せてもらいまして、二か所見せてもらったり、あるいはこの法務委員会にいて去年、今年と刑務所等視察させてもらっているんですけれども、刑務官の負担が非常に強い、ストレスの強い状況だなということは私も感じているわけですが。 そういうものを解決するために、昔ながらの懲役制度で、働く喜びを与えて、職業訓練与えてということが大変な刑務官の負担になっているんじゃないだろうかと。それで、アメリカの映画なんか見ますと、拘禁だけしているような、余り働かせないようなのが映画なんかでは出てくるわけですね。したがって、日本も、懲役なんというのを余りまじめ腐ってやることが今の時代非常に負担になっているんでないかなというふうにもちょっと思ったりもして、そういう質問もさせていただいたんですけれども。 一面、今朝の参考人の中で、これは日本の古来の非常にいい、うまくいけばいい制度だというようなお話ございましたけれども、そういう刑務官の負担との関連を離れても結構ですけれども、懲役と禁錮を例えば自由刑にして、もっと自由に処遇の時間も取れると、働きたい人は働かせるというふうな、もう少し柔軟な姿になってもいいんかなというふうに思っているわけですけれども、それについて御意見、いかがでしょうか。
○参考人(山本譲司君) 私自身、先ほども触れさせていただきましたが、刑務官の皆さんの働きというのは本当に感心をしました。 特に、年配の刑務官の人たちというのは非常にプライドというか、あるいは職人気質というかな、そんな感覚がありましたね。受刑者と刑務官というのは本来法的な関係ですけど、それ以上に、受刑者が息子でそして刑務官がおやじと、そういった深い人間関係を築いた中で受刑者の社会復帰に向けての支援をしていく、あるいは日常生活の上での理非曲直を正していくと、そんな人間関係の中で受刑者を更生させると。 そういう機能が実は以前はもしかして果たされてたのかもしれませんけれども、今や過剰収容の中でそういう悠長なことも言ってられない。あるいはそれが裏目に出た、あるいはその弊害が出たというのが正に名古屋刑務所の事件だったのではないかと思います。 ただ、現場の刑務官の皆さんの動きを見て、自由にすれば彼らの負担が減るのかというと、決してそうではなくて、例えば就業時間中にきちんと仕事をさせている、規則正しく行進をさせてA地点からB地点まで移動させる、その辺、その方が負担は少ないんですね。例えば、週に二日ないし三日、三十分から四十分ぐらいの運動がありました。運動時間というのはグラウンドの中でそれぞれの受刑者が散り散りに散るわけですから、そういうときの負担の方がかなり大変だったと思いますね。ですから、受刑者の自由を増やせば刑務官の負担が減るということは、これは必ずしも言えないんじゃないかと思っております。 それから、あえて、彼ら刑務官の人たちというのは、私は先ほど来刑務官の人たちという言い方をしていますけれども、非常にいろんな職種によってかなり意識が違うなという感じもするんですよね。これは人事制度によるんでしょうけれども、現場の刑務官、この表現がどうなのか分からないですけれども、平看守と言われているような人たちは全体の刑務官のうち九割以上。これが一つの行刑施設の中で就職して定年までそれはいるわけですね。もう一方、一割にも満たない幹部刑務官の人たちが二、三年置きに転勤を、全国、転勤を繰り返すと。そんな中で、どうも幹部職員と現場刑務官の間の中で非常に大きな壁がある、あるいは風通しの悪さというのを元受刑者として見ていて非常にその辺感じましたね。 ですから、もっとやはりその辺でも、対受刑者、あるいは対職場、上司であるとか部下である、そういう人間関係においても非常に疲れている、ストレスがたまっているという感じもいたしました。ですから、その辺の職場改革も是非今回の法改正と併せてやっていただきたいなと、こう思っております。
○松村龍二君 どうもありがとうございました。
○江田五月君 三人の参考人の皆さん、今日は大変ありがとうございます。貴重な御意見を伺わせていただきました。 そうですね、どういうことを伺えばいいか。 実は私ども時々行刑施設へ伺うこともありまして、私も以前は裁判官やっていたりで、ある程度の知識は持っているつもりなんですが、そんな経歴から、行刑施設が今大変劣悪な状態で、これを良くしていかなきゃならぬという思いはずっと持っていて、これはもうごく当たり前のことだろうと思っていたんですが、先日、あるグループで東京拘置所に見学に行ったんですね。 これは、三人の方、皆さんにお伺いします。 そうすると、三十代の見学の参加者からこんな質問をされましてね。率直に言って、この見学者の皆さん、いろいろ努力をして社会的に一定の成功を収めておる皆さんです。何で、江田さん、この刑務所、こんなにきれいに立派にしなきゃいけないのか、国民の税金を使って。こういう話で、東京拘置所がすべて立派ですばらしいというわけじゃないだろうけれども、確かに入口の辺りからずっと管理棟の辺りはこれは立派なものになっていると思います。私はとっさに、ここは拘置所で未決の人が主体だから、したがって無罪の推定があるんだからと言ったんですが、本当はそうじゃなくて、もっと根本的なところのお答えをしなきゃいけなかったんですが。 先ほど浜井参考人は、科学的根拠のある処遇でなきゃいけないという意味で、アメリカの矯正プログラムがいかに効果を上げていないかというようなお話をいただきましたけれども、行刑施設の水準を上げなきゃならないというのはなぜなんだと、こう聞かれたときに、全くの素人といいますか、国民から聞かれたときにストレートにどう答えればいいんでしょうか。私も、当然だと思いながら、いざ聞かれるとどうも答えに窮するんで、三人の参考人に順次ちょっとそれぞれの今までの御経歴から、経験から答えてみてくれませんか。
○参考人(浜井浩一君) 非常に難しい質問で、私自身も刑務所に勤めているときに参観者の対応というのをよくやったんですけれども、学生さんの中ではやはり同じような感想を持たれる。悪いことをして刑務所に入ったのに、どうしてテレビが見られるんだ、どうしてこんないい食事が食べられるんだと言う人がいる一方で、非常に自由が少なくて、こんなところではとても私は暮らせない、環境が良くないという両極端な意見を、印象を持つ学生さんたちが非常にたくさんいて、どうお答えしていいものか私自身も迷うんですけれども、基本的にお答えしているのは、受刑者はいずれ社会に帰る人たちであり、社会に帰るときに社会に帰りやすい環境、社会に帰って再犯をしないで過ごせるような、そういう余り落差のない環境をある程度整える必要があると。 刑務所である以上、当然のことながら自由が制限されていると。そういう意味では、決して刑務所がホテルのようになってはいけないと。しかしながら、やはり社会に戻るために劣悪な環境というものを整えてしまうと、劣悪な環境の下でやっぱり更生意欲は生まれてこないだろうと。そういうところを考えていかなくてはいけない。 ただ、いずれにしても、刑罰というのは国民の総意に基づいて行われているものなので、その辺は国民のいろんな方々に見ていただいて、バランスを取りながら運営していかなくてはいけないのかなと思いますというふうに公的にはお答えしております、はい。
○参考人(西嶋勝彦君) なかなか難しい質問だと思うんですけれども、基本的には今、浜井さんがおっしゃった点が一つと、もう一つはやっぱり何といいましても自由を制約しているということ、その自由の尊さということはやっぱり中に入ってみないと、外から見るだけではやっぱり分からないだろうと思うんですね。 それから、居房にしましても、自分の例えば下宿の部屋とか自分の勉強部屋に比べると、いかに殺伐とした部屋であるか。やっぱりその外観あるいはそのレイアウト、施設そのものは立派かもしれませんけれども、被収容者個人に与えられるスペースというか、空間は正に自由を制約した象徴的な居房でしかないわけですよね。 それで、しかも、今日のきれいな施設と言われても、今までの劣悪な環境に改善改善、反省反省を重ねてきた到達点だろうと思いますので、これを元に戻すというようなことは、ちょっとこれはできないだろうと思います。
○参考人(山本譲司君) この考えですね、行刑施設の水準を上げる、これは果たして国民にとって利益になるのかと。いや、そんな意見、実は刑務官の中から聞かれることもあったんですね。 彼ら刑務官は、自由刑といいながら、あるいは教育刑といいながら、どこかでやはりその国民の、特に被害者の皆さんの感情を代弁して、正に応報刑の執行者だという、そういう使命感を持っているような人たちもいるわけですよね。 ですから、そんな中で、正に浜井参考人がおっしゃったように、これはホテルじゃないんだと、おまえらここでもっと苦しめと、ただ拘束するだけじゃなくて、懲らしめなきゃならないというような考えを持たれている刑務官も実はこれは多いんじゃないかと思いますね。これはその刑務官の皆さんの教育にもよると思うんですが。 そこで、私自身、やはりああいう、私は一年二か月ちょっとの間、ほとんど三畳余りの独居房で過ごしておりましたが、何もないですね、突起物もないような部屋で、テレビを見るといってもチャンネル権は全くない、新聞も一日十五分閲覧されるだけというような生活の中で、だんだん自分が人間としての自信みたいなのを失ってくるんですね。私、そういう生活を一年二か月送った。で、刑務所から出た。いや、昔はね、まあそれなりに自信家の部類に入る人間だと思っていたんですが、やっぱり刑務所の中でそれだけ、おまえら犯罪者だ、おまえらはろくでもない人間だということを、まあある意味植え付けられるわけですよ。 じゃ、いい犯罪者は何かというと、いい受刑者は何かというと、もうとにかく沈黙は金と申しましょうか、一切反抗しない、ロボットのように唯々諾々と刑務官の言うことを聞く、自分の考えというのを巡らすことをしない。そういう人間になれば楽に暮らせるんですが、これじゃやっぱり社会復帰は遠のいていくと思いますね。まあ、私も若干そういうところが身に付いたというか、刑務所内の処世術として、そういう何となくロボット人間みたいなところもどこかであったんでしょうね。刑務所から出て、瞬発的会話力は衰えますし、今リハビリ中なんですけれども、一年ぐらいは本当に引きこもりに近い状態でした。非常に自分を卑下して生きるようになるんですね。そのための材料がもしかしてああいうシチュエーションじゃないかと思うようなところがあるんです。 是非、私は最近元受刑者仲間と連絡を取り合ったりもしているんですけれども、これはいいことなのかどうなのかあれですけれども、まあ再入所率が五割とか言われていますけれども、あとの五割が、じゃ、ちゃんと社会復帰しているのかといいますと、やはりかなりの部分また刑務所に戻っていますし、あるいは自殺をした、変死をしたという元受刑者仲間も、これもいます。 是非、私は、きちんとなるべく早い時期に社会復帰を受刑者にさせて、是非そのことによって、また刑務所に舞い戻るとか、あるいは自殺をするというんじゃなくて、ちゃんと社会の中で税金を払う人間になってもらうと、それが国民にとってもプラスじゃないかと。そういう考えの下に、やはり出口につながるための環境を、きちんと最低限の環境を整えるという発想は必要なんじゃないかと、こう思っております。
○江田五月君 私は、こんなようなことかなと思うんですが、これ、人間というのをどう理解するのか、社会をどう理解するのかということと深くつながっていると思うんですが、先ほど、これも浜井参考人のお話で、最近の過剰収容、これは社会自体のセーフティーネットの弱体化で、本来社会が、特に福祉の体制がしっかり受け止めるべきところがほころびてきて、これが刑務所へというところに来ているというお話がありまして、これはなかなかしっかり考えなきゃならぬポイントかと思うんですが。 つまり、人間の世の中というのはお互いに支え合っていくある種の信頼関係というのがちゃんと制度の中にも、あるいはふだんの生活の中にもあるはずで、ところが犯罪を犯すということはどういうことかというと、そういうことからどうしてもこぼれてある種の不幸が不幸を呼ぶ、不幸の連鎖がずっと起きていく。で、ついに犯罪にまでと。山本さんの場合なんか不幸の連鎖と言えるかどうかよく分からぬけれども、それでもさっきちょっとおっしゃった自信過剰の連鎖がちょっとあったのかなと。もっとも私自身は、これは立法に携わる者という意味じゃなくて、一法律家の経験を持った者として言えば、ちょっとあの実刑は重いんじゃないかという感じはするんですが。 それは置いておいて、そういう不幸の連鎖というのをどこかで断ち切らないと社会というのに簡単に戻っていけない。不幸の連鎖が更に続くようなことを刑務所でもやっていったんじゃ、これはどんどんどんどん深みにはまるだけで、したがって、いかに刑務所が恐ろしいか、いかにその後の人生は不幸かというのを幾ら見せ付けたって、それによって不幸の連鎖は断ち切れないんだということじゃないかと思っております。 そんな意味で考えれば、矯正プログラムというのは相当重要、それぞれの個人がそれぞれどういう不幸の連鎖の中でそういう犯罪になったかということをしっかり矯正の過程の中で把握をして、不幸の連鎖を断っていかなきゃいけないということだと思うんですけれども。 これは特に浜井参考人に伺いたい。長い御経験の中で、矯正プログラムをそういうようにして本当に立てることが今できているのかどうか。どうも矯正研修所、研修所ですよね、ああいうところなんかを、余りよく知らないんですけれども、矯正研修所があるのになぜこの程度のプログラムしかないんだろうかなというようなことを感ずるときがあるんですが、どういう矯正プログラムを作っていらっしゃるのか、お教えいただけますか。
○参考人(浜井浩一君) それでは、御質問の最後の部分ですかね、どういう矯正プログラムを刑務所がやってきているのかということについて簡単に御説明したいと思います。 やはり一番私が問題だと考えているのは、行刑の処遇の二本柱と教科書的に教えているのは、今回の法案でなくなりますけれども、累進処遇と分類処遇です。これはどちらも受刑者の特性に合わせた処遇を行う。受刑者が成長していけばそれに見合った自由を与えるという、ある意味では非常に優れた理念を持った処遇だというふうに思っておりますが、現実の刑務所というのは、やはり保安と作業で運営されている。これを、保安と作業を行刑の両輪という言い方で業界ではしておりますけれども、この辺のやっぱり格差が非常にあるわけですね。 分類あって処遇なしとよく言われますけれども、分類は分類技官がそれなりに本人たちの生い立ちを調べ、なぜ非行化したのか、犯罪を犯したのか、彼らにどういうことが必要なのかというのを調べますけれども、処遇の具体的中身は刑務作業と規律正しい生活というのしか存在していないという部分があって、そういう意味では、犯罪者によってはいろんな形で、リハビリが必要な人、あるいは依存症に対するサポートが必要な人、あるいは病気を治すことが必要な人、あるいは性犯罪という特別な傾向を持っている人に対する何らかの心理療法が必要な人、いろんなものがあって、こういったものをきちっと整えていくことが必要であろうというふうに思われていますし、これまでもいろんなところで小さな努力はされてきたんですが、矯正全体としてそういったものが必要であると、拘禁を確保するだけでは社会の要請を十分に果たしていないということを理解し始めたのは最近のことではないかというふうに思います。 それから、もう一つ、その先まで行って、じゃ、そういった人たちを処遇した上で、どう社会復帰を図っていくのかという件については、私も分類というところに所属していて、障害者の人、それから精神障害者の人ですね、そういった人たちに対して、病院の方々とも連携を取り、毎年協議会を持ち、それから近隣の福祉事務所とも協議会を持って、いかにこれをつなげていくかというふうな努力をそれなりにしてまいったつもりでございますけれども、これがなかなかやはり十分に受けていただけないというんですか、受けられない現状がいろんなシステムの中に存在しているという部分がございます。 例えば、生活保護なんかに関しましても、基本的には生活保護の窓口を探すのが非常に大変なんですね。生活保護を受けるためにはまず住居が必要であると。住居をいかに確保した上で生活保護を申請するか。住居が確保できない限り生活保護は申請できないということになってしまいますし、老人ホームに入れてあげようと思っても二年待ってもらわないと入れないというような状況があって、こういったいろんな意味でのリハビリを含めたプログラムと、それから社会とのつながりですね、ここをいかに築いていくかということが今後の矯正処遇の課題だろうと思っております。
○江田五月君 いや、矯正プログラム、実は東京拘置所に行ったときに性犯罪の受刑者の矯正プログラムをほんのちょっとだけかいま見た、全くちょっとだけですが。しかし、ちょっと見ただけでも、これはまあ何とお粗末といいますか、あんなものではおよそ何か矯正なんというのと関係ない、子供の学芸会よりもっとひどいというような感じだったです、率直に言って。 ですから、これは、これから法律改正によって矯正プログラムを強制といっても、強制というのはつまりエンフォースですね、無理やりに矯正プログラムを受けさせようといってもそう簡単にはいかない話だと思いますが、それにしても、中身が相当もっともっと練られていかなきゃいけないんじゃないかと思っています。 時間の方が気になっておるんですが、山本さんには、「獄窓記」に書かれているいろんな例の寮内工場ですか、ろうそくを折って、また分けて、また折って、これ何の役に立つのというような、ああいう話は本当に大変な話だと思っておるんですが、ちょっと時間の方が気になって、まあそういう、あの本を是非社会の皆さん一般にももっともっと、本屋でちょろっと立ち読みじゃなくて、読んでもらいたいなと山本さんの代わりに私代弁しておいて。 西嶋参考人に伺いますが、日弁連が考えておられるこの受刑者処遇の改善というのはもっともっと進んでいるはずですが、今回のこの法案、基本的にはこれを是非成立をさせろという態度でおられると。そして、今度見直しの条項が入って、五年先でしたかね、見直すということになりましたが、その際、さっき改善を求める諸点というので九つほど挙げられましたが、見直しのときに特にこれとこれは絶対外せないというある程度の、優先順位付けてしまうと上の方だけつまみ食いというんじゃ困るかもしれませんが、特にこの点この点はということがあれば是非お教えいただきたいと思います。
○参考人(西嶋勝彦君) なかなか順番付けづらいんですけれども。 例えば、非常に分かりやすいといいましょうか、言えば、例えば一日一時間の運動時間であるとか、これは予算を伴ってなかなか難しいんですけれども、夜間独居ということで単独室に収容することのできるようにできるだけ努力をするというような、そういった財政当局の理解を得ながら何らかの宣言的な条項を法文の中へ入れるというような努力を何とかできないものだろうかと。 それからあと、金が掛からない問題で申し上げれば、懲罰の内容からやっぱり非人間的な内容を除外していくとか、そういうことは可能ではないか。それからまた、隔離収容とか保護室収容のリミットを設けていくということも、これはさほど難しいことではないんじゃないかと。いったんリミットを設けた上で、集団処遇とか通常の処遇に戻して、また悪ければ、再度また医者の意見を聴きながらもう一回やるとか、そういう努力は何とか努力していただけるんじゃないかというふうに思っております。
○江田五月君 時間ですので、終わります。
○木庭健太郎君 公明党の木庭健太郎でございます。 御三人の参考人の方、貴重な御意見をありがとうございます。私もそれぞれの方にそれぞれの課題についてお尋ねをしたいと思っております。 まず、浜井参考人にお尋ねをしたいんですけれども、今も論議し、お答えもございましたけれども、処遇プログラムの問題でございます。 おっしゃるように、分類あって処遇なしというような一面もあるんじゃないか、今の処遇制度自体がというようなこともおっしゃいました。この法律を今回、今審議しておりますが、これをごらんになられて、こういった問題が改善の方向にこの法律案で行くのか行かないのか。まあ、もし付け加えるとするなら、どんなところにどういうことをすればいいのかというふうにこの法律案とこのプログラムの問題お考えになっていらっしゃるか、そういう点あればお答えをいただきたいと思うんです。
○参考人(浜井浩一君) 法律案との関係で申しませば、法律案の中に受刑者の社会復帰に向けた処遇ということを明確な目的として入れていただいているという点で、いわゆる処遇プログラムを積極的に導入していきたいと考えている分類や教育の職員にとっては非常に心強いものになっていると思いますし、この範囲内でいかに有効なプログラムを開発していくのかということの方がより大事だと思っております。 そういう意味で、一番最初に私が御意見申し上げましたように、本当の意味で、例えば研究会をしていろんな専門家の方からいろんな意見を聴いて何らかのプログラムを作るというよりも、どちらかというと、現場の若手の優秀な職員が一杯いますので、そういった職員でチームを組んで、本当に有効なプログラムは何かということを調べた上で一度長時間のプログラムを組んでみて、その上で本当に再犯率をそれが減らすことができるのかどうかということを確認する作業を次々と進めていく、このことの方が大事なのではないかなと。 どうしても、研究会でいきますと、いろんな専門家の方がいていろんな立場で御意見を言われて何となく総花的なものになって、結局、役に立つようで役に立たないプログラムというようなのが出てまいりますし、外部の方を登用するのは非常に大事だと思いますけれども、内部に非常に優秀な心理技官はたくさんいますし、もう年に何人も留学しておりますので、そういう人たちを活用するということが大事かなと思っております。
○木庭健太郎君 そういう意味でいくと、続けて浜井参考人にお尋ねしますが、法務省が性犯罪者の再犯防止策ということで、今社会的に極めて関心が高い問題ですから、四月二十八日が第一回目で、これは研究会を立ち上げてしまったと。専門家を中心とした検討に今入っているわけでございまして、先ほど江田委員の方からは今の処遇プログラムの問題の御指摘ありましたが、私の認識は、性犯罪者の再犯防止対策のこのプログラムというのは、各いろんな施設がやっていたものと合わせた形で全体的に何ができるのかということの整理をするために立ち上げたのかなという気もするんですけれども、いずれにいたしましても今立ち上げたばっかり。逆に言うと、この立ち上げたものに対しても悲観的というかネガティブな意見の方もいらっしゃるわけですね、現実には、こんなの意味があるのかということでですね。 そういった意味で、参考人は、今立ち上がったばかりのこの研究会に対してどういうことを御希望され、どういうふうなことをやることが効果的だとお考えなのか。先ほどと同じような意見になるのかどうか分かりませんが、お尋ねをしておきたいと思います。
○参考人(浜井浩一君) 基本的には同じですけれども、研究会としていろんな方向性を模索するということで何らかの提言を出されるということは、それはそれで意味があることだと思います。 ただ、問題なのは、その提言をまとめるだけではなくて、その後いかに有効なプログラムを目標を持って作っていくか。そういったプロジェクトチームですね、研究会ではなくて職員が中心となったプロジェクトチームですね、こういったものをつくって、その上で効果を検証して、それで効果があると思ったものについては積極的に研修プログラムを同時に作り上げて、それを研修所で徹底的に研修をして、それが本当に現場で機能しているかどうかを確認するまで行うというようなことが行われないと効果は得られないというふうに考えております。
○木庭健太郎君 西嶋参考人にお尋ねをしたいと思います。 いわゆる行刑改革会議の提言見ましたら、国民に理解され、支えられる刑務所ということが打ち出されていると。この法律案見ても、刑事施設視察委員会など国民の目線による行刑運営をチェックというものも図られているというふうに私は思うんです。ただ、やはり刑務所の問題というのは、国民の理解と支持を得られるかということになると、先ほどからの論議にもあるように、良過ぎることがどうなのかとか、ある意味じゃ特に今からやろうとすることは極めてお金の掛かる話でもあります。日弁連が求める中で、確かにお金がなくてもまずできることもあるけれども、結構お金の掛かる話を御提言をなさっていらっしゃる。そういった中でどう国民の理解と支持を得るのかという部分というのは、これなかなか大変な作業なんじゃないかなと私も感じるんですが、この辺、何か国民の理解と支持という意味で、こういったことを取り組むべきではないかとかこういった施策が要るんじゃないかと、そういう、どんなものが有効かとお考えかをお聞かせ願いたいと思います。
○参考人(西嶋勝彦君) なかなか即効薬はないと思いますけれども、幸いに刑事施設視察委員会というのが発足いたします。しかもこれ、各刑事施設ごとですから、都道府県に一つ以上必ず存在することになるわけです。そこで地域の市民とかあるいは有識者がそこに動員されて定期的にあるいは随時に観察し、その結果を年次レポート等々で発表すると。しかもそれ、住民がそれにアクセスできるということになれば、これかなりオープンな形になるだろうと。そこの視察委員会の方にむしろ住民の側からこういう点を視察しろとかこういう点をひとつ管理運営に反映させてくれとか、そういう身近な意見の交流ができればもっともっと風通しの良いものになっていくんではないかと。是非これは、今後の発展を期待している委員会の一つだと思います。
○木庭健太郎君 もう一つ西嶋参考人にお尋ねしたいのは、日弁連として例のPFI刑務所問題について提言を行っていらっしゃって、私たちもその提言拝見もさせていただきましたが、ちょっとお尋ねしておきたいのは、その提言で挙げておられる問題点が完全に解消されない限りPFIの刑務所は一切駄目というような認識でいらっしゃるのかどうなのか。それとも、多少の前進があればこういった試みが今後更に拡大されることはやむを得ないというか、容認できるというお考えでいらっしゃるのか、このPFI刑務所問題について、いよいよ動き始めますんで、御意見を伺っておきたいと思うんです。
○参考人(西嶋勝彦君) 結論から申し上げますと、日弁連が要望している条件といいましょうか、これが一つでも欠ければ駄目だという、そういう趣旨ではございません。やはり、いろんな角度から今の過剰拘禁を何とか解消するという一つの手だてだろうと思いますので、これを大いに活用していきたいと思っておりますけれども、その場合にも十分留意してほしいと。特に、アメリカやイギリスの場合でも失敗例があるようですので、そういうことにならないようにという注意でございます。
○木庭健太郎君 山本参考人に、貴重な体験を踏まえて、貴重な体験と言えるのか、いろんな意味で大変だったろうと思うんですけれども、参考人は今、障害を抱えた受刑者の受入れ施設を造るための活動の内容、今いろんなことをお考えでしょうから、どういったことをお考えになりながら取り組もうとされているのか、その辺も是非、今取り組んでいらっしゃることについてお話もしていただきたいし、あわせて、そういった活動をやろうというきっかけになるものは何だったかということとともに、行政あるいは立法に対して、そういうことをやろうとするといろんな壁が出てくると思うんですけれども、そういったときに、行政や立法にどんなものを期待しながら今の運動を進められようとしているのか。本当に、障害を抱えた方々の円滑な社会復帰って本当に大事な問題だと思いますので、要望事項等も併せて結構でございますから、教えていただければと思います。
○参考人(山本譲司君) 私が黒羽刑務所の寮内工場というところでともに過ごしてきた障害者の人たち、彼らはほとんど満期出所なんですね。刑務所に入ってきたときは身元引受人がいる人もいるんです、親御さんであったり兄弟であったり。ところが、仮出所の手続が、仮釈放に向けての手続が始まるころになると、親御さんが、例えば親御さんが、ああやっぱり身元引受人は断らせていただきますと、身元引受人になったら、満期までいさせてくれないんですかと、仮釈放で早く出されてしまうんですかと、そういう例というのを多々見てきたんですね。で、彼らはほとんど満期出所。出所前になると、ある知的障害者の方なんかは、工場に来ても、あるいは舎房の中でも、壁に頭をぶっつけて自傷行為を始めるんですね。非常に不安なんですね。 そんな彼らが私に、いやあ、こう言うんですね。山本さん、実は、自分たち障害者というのは、生まれたときから刑罰を負っているようなものだ、だから罰を受ける場所は刑務所の中でもしゃばでもどっちでもいいんだ、いや、もっと言うと、これまで生きてきた中で刑務所の中が一番過ごしやすかった、こういうことを真顔で言うんですね。ほとんどの方が、ですから、出所後の当てもなく刑務所から放り出されてしまうと。 そこで、じゃ、身元引受人のない受刑者に対して更生保護施設というものがあるんじゃないかと、そうお考えになる方もいるかと思いますけれども、この百一か所ある全国の更生保護施設、これは絶対、これは民間がやっていますから運営も大変なようです、財政的にも。何か所も、私も出所後、更生保護施設を訪ねましたけど、必ず、性犯罪者以上に障害者、障害のある受刑者は絶対引き受けられませんと、これは申し訳ないですけど無理ですと、そういう答えなんですね。 片や、じゃ社会福祉法人と言われるところはどうなのかといいますと、これは矯正統計年報の数字なんですけど、例えば一昨年ですね、これは一番新しいデータなんですけど、平成十五年の出所者の帰住先というデータがあるんですけど、平成十五年に二万八千百七十人出所しているんですけど、親元に帰ったというのが九千人ぐらいで、四〇%ぐらいで、五千人ぐらいが更生保護施設に帰っている。 片や、障害のある受刑者、特に知的障害者の場合、これも矯正統計年報の数字なんですが、私たち受刑者というのは、まず刑務所に入ったら何をやるかというのは、知能指数の検査をさせられるわけでして、その結果が出ていますけど、実はIQ六九以下という人が全受刑者の二五%ぐらいいるんですね。この数字は一体何なのかというと、知的障害者として認定をされて、そして療育手帳を交付される可能性のあるレベルの人たちなんですよ。この数字を見て大げさだと思われる方もいらっしゃるかもしれません。あるいは、これは危険なのは、知的障害者は犯罪を起こしやすいかと誤解して伝わることは、ちょっとこれは危惧するわけなんですが、実はそうではなくて、彼らの環境ですね、やっぱり福祉から見捨てられちゃうんですね。特に軽度、中軽度の障害者ですね、知的障害者ですね。 今、日本の知的障害者は全国で何名いますかというと、よく福祉関係者あるいは行政の人も全部で四十六万人という答えをされる方が多いんですけど、この四十六万人というのは、たまたま療育手帳、愛の手帳を持っている人たちですよ。本来、知的障害者と言われる人たちは、人類の中での障害者の出現率からしてみると、もっといるはずなんですね。日本で二百四十万から、もしかして三百万近くいるかもしれないと。 ところが、多くの障害者は福祉と接点を持つことができない。あるいは、軽度の方たちは、自らそういうレッテルを張られるのが嫌で行政とかかわらないという人たちもいます。そんな人たちが実は、最近社会福祉法人の関係者といろいろ付き合っていますけど、自分の周りにも実はたくさんいるんだと。ところが、自分たちはそこは支援をすることができない。というのは、これはまずやっぱり行政にお願いをしたいのは、厚生労働省の考えとしては、知的障害者の中でも、四十六万人のうちでも最重度の一・五%あるいは重度の三・五%、計五%ぐらいの人たち、ここに手厚い支援、お金も付けているんですね。ですから、施設を運営するに当たって中軽度の人たちを入所したりいろんな形で支援をしても、余り運営をやる上でのメリットがないというか、逆に大変なだけで、運営が厳しくなるというような状況がある。 私も今、東京都内のある知的障害者の福祉施設で特に最重度の方を担当しているんですけど、彼らこそ実はグループホームでも地域でも暮らせるんですね。それよりも、中軽度の人たち、ナイフを持ったり、あるいはライターを持ったりする、そういう言わば能力のある人たちの方がずっとこれは支援をするのは大変なんです。ところが、そこになかなか行政も福祉も目を向けていないと。彼らがその挙げ句、結局は罪を犯して刑務所に入ってしまう。 これは司法の誤解ということも多分にあると思います。彼ら、特にやっぱり反省ということがなかなかよく分からないというところもありまして、結局、取調べあるいは裁判の過程において、酌量というか、情状は非常に良くないということで、結局機械的にもう刑務所の中に入ってしまっている。言わば刑務所が本当に福祉の最後のとりでみたいになってしまっているという現状ですね。特に、彼ら障害、特に知的障害者の場合、これも矯正統計年報の数字なんですけど、知的障害を持たない人たちと比べて断然再犯率というか再入所率というのが高いんですね。十回、十五回と入っている人たちたくさんいるんです。これは何かというと、社会の中で結局、やったことというのは大したことないんです。大したことないと言っても罪は罪ですけど、償わなければならないんですけど、何回も繰り返すということは、懲役十か月とか懲役一か月を何回も繰り返しているんですね。 だから、彼ら行く当てのない障害のある受刑者たちを是非積極的に受け入れる更生保護法人的なものをつくりたいと思って現在活動しているところなんです。なかなかこれは法律の壁もあって、更生保護法人としてやる場合、果たしてそこに潤沢なスタッフを集めることができるかというと、なかなか今の予算ではできない。したがって、やはり社会福祉法人と更生保護法人をミックスさせたような組織をつくれば、これは厚生労働省の協力も必要、理解、協力も必要ですが、これはうまくいくんじゃないかと思って、是非、国政に携わる皆さん、その辺を御理解いただいて、制度改正、新しい制度づくりまで含めて是非御支援をいただければと考えております。どうかよろしくお願いいたします。
○木庭健太郎君 終わります。
○井上哲士君 日本共産党の井上哲士です。今日は参考人の皆さん、ありがとうございます。 最初に浜井参考人にお聞きをします。 昨年の臨時国会で刑法の全面改正があったわけですね。その際も、いわゆる体感治安の悪化ということでいわゆる重罰化というのが行われました。当時、浜井参考人の書かれた論文なども随分読ましていただきまして、このいわゆる治安悪化と言われるものの中身を正確に見る必要があるというようなことも随分指摘がありました。 この行刑の問題も、こういう刑事司法全体の中で位置付けられて考えるべきだと思うんですが、この間のこういういわゆる体感治安の悪化を理由としたような刑法の重罰化を含む刑事司法全体の流れについてのまず評価と御意見についてお伺いをしたいと思います。
○参考人(浜井浩一君) 刑法の重罰化について、私も岩波の「世界」とかに非常に信仰に基づく刑事政策であるということで批判を展開したところでございますけれども、この辺は非常に、何というんですかね、デリケートで難しい問題ではないかというふうに思います。 治安そのものは、私も犯罪統計が専門で、犯罪白書も作っておりましたので、多角的に統計を見てみますと、世間の方が思われているほど治安は悪化しておりませんし、私が二〇〇〇年に実施して、昨年の犯罪白書にも載せていただきましたけれども、いわゆるその警察統計以外の犯罪統計というのをきちっと調べてみますと、実は一九九九年から二〇〇三年にかけて、これは警察の統計がぐっとジャンプしているときですけれども、犯罪そのものは必ずしも増えていないということがここで証明されておりますし、実際に、それではなぜ認知件数が増えたのかというと、その同じ統計で警察に届ける人の割合が暴力犯罪ですごい勢いで増えております。なので、それが認知件数に反映しているということで、先ほど私がお話ししたネット・ワイドニングが起きている結果、統計上の治安が悪化しているということですね。 実際、ほかの統計をいろいろ調べてみますと、暴力犯罪等に巻き込まれて死ぬ国民の数というのは、これは年少の方も含めて、つまり児童虐待の方も含めて減っております。なので、いろんな形で警察が努力され、あるいは児童相談所が努力され、まだまだ不十分だと思いますけれども、そういった意味でのリスクというのは必ずしも高まっていないという現状があるんだろうと。にもかかわらず、治安が悪化していると多くの人が感じている。これはいろんな意味で、マスコミの統計なんかも調べてみますと、凶悪犯罪そのものはさほど増えていないのに、そのはるかに上回るペースで報道件数が増えている。 特に、最近の報道では、一九九六年から警察等を始めとして被害者支援、犯罪被害者に対する支援というのに手厚い対策が取られている。これ自体、私は非常に積極的に進めるべきものだというふうに感じておりますけれども、そういった被害者に視点が向く中で、副産物としてやっぱり我々としてもそれまで見もしなかった被害者の悲惨な現状を、被害者の訴え、いろんなものを目にする機会が増えてきた。そういう中で統計が悪化しているということで、いろんな形で体感治安が悪化してきている。そういった体感治安が悪化していく中で、人々はより安全、自分の子供、家族の安全を求め、いろんな形でPTAのパトロールを組んだり学校の安全が問題になったりいたしておりますけれども、そういった、ある意味では自己防衛反応というんですか、そういったものが起きてくるんですね、こういった活動。 あるいは、それに伴っていろんな立法化が行われました、この間、厳罰化の立法化ですね。それは被害者の方々のいろんな形での御努力によって達成された部分もあるということではありますけれども、被害者基本法、昨年十二月に成立しました被害者基本法にも書かれておりますけれども、前文の段階で、いつ犯罪に巻き込まれてもおかしくない世の中になってきたというようなことが書かれていたと思いますが、まあいろんな意味でそういった形で治安が悪化しているというのが既定の事実として多くの人に認識されるようになっている、これは世論調査でも分かることだと思います。 そういったものが、やはりいろんな形で地域を自分たちで守らなくてはいけないという方向に動きますし、当然、その刑事司法機関に対するいろんな要求も厳しくなる。先ほど申したように、そういったものが地域から一人でも、危なそうな人、不審そうな人ですね、おかしな動きをする人というのを自分たちの周りから排除していく。排除するためには当然警察を呼ぶ。警察は、従来であればこの程度のことではといって前さばきをしていたものが最近ではできなくなっている。警察から検察へ送られると、従来であればもしかしたら略式請求で罰金刑になっていたものが公判請求で刑務所まで来るというような形になっている、それがまあ過剰収容を生んでいるのではないかというふうに思っております。 イギリスではやはり同じような現象が起きておりまして、犯罪被害調査を実施したところ、イギリスでは犯罪被害率は減っている、にもかかわらず犯罪不安が増えている。イギリス政府は、この事実をきちっと認識した上で、犯罪対策をするだけでは不十分であると。犯罪、治安に対して不安を抱えている人がたくさん増えている、これに対して特別な対応が必要であるということで、内務省ではそういう目標を掲げて対策を取っております。 ですから、ある意味では日本でもそういうことがある程度必要なのではないかという、人々の不安を下げるにはどうしたらいいのか、そういった努力が必要なのかなというふうに感じております。
○井上哲士君 次に、山本参考人にお伺いをいたします。 最初の御意見の中でしたか、拘禁ノイローゼぎみになったこともあるというようなお話がございました。言いにくいことかもしれません、どういうような症状ということになるのかというのと、それから、受刑中に言わば人間としての自信をなくさせられるようなことがあったというようなこともありました。これも、この間のいろんな議論の中で、いわゆる規律を重んずる余りその人間の尊厳を傷付けるようなやり方が行われているということも幾つか指摘があり、そして幾つか改善などもされてきたと思うんですね。 例えば、よく議論になるかんかん踊りと言われるものとかいうこともここでも議論になってきたわけですが、これもちょっと言いにくいかもしれませんけれども、そういう言わば人間としての尊厳を傷付けられる、そして言わば出所後も本当にしっかり生きていこうという思いを削られるような処遇というのは、具体的にどういうものがあって、それが今回の改革の中でまだ残されているものがあるとすればどういうものなのか、お伺いしたいと思います。
○参考人(山本譲司君) 冒頭の意見でも言わしていただきましたが、まあ私、服役するまで若干心の準備をする時間がありましたから、それなりに予習をして刑務所に入ったつもりです。まあしかし、入った途端、自分よりも一回り以上も下の刑務官から、番号はあるんですけれどもね、称呼番号というのを付けられるんですけれども、余り番号じゃ呼ばれないんですね。ほとんど名前の呼び捨てですね。私の場合は呼びやすいのか、フルネームで呼ばれることが多かったですけれどもね。とにかく、こら山本譲司、こら山本譲司と、何度も何度もその十何歳も年下の若い刑務官にどなり付けられながら、丸裸にされて、そして肛門まで検査をされるわけですよ。まあ、一瞬にしてそのプライドなんというのは吹っ飛んでしまいますね。 それで、すべて移動をするときは軍隊調の行進を強いられて、一々、指先をもっと伸ばせだとか姿勢が悪いとかわき見をするなと、わき見というのも普通こういうのがわき見だと思うんですけれども、あそこでは眼球を動かすことがわき見になるような世界でございまして。まあ、これは本当に訓練されている警察犬以上に、これはもう大変何というか、畜生以下だなということを、まあ初めに相当そういうことをたたき込まれるんですよ。それからだんだんだんだん自由にしていくと。先ほど浜井参考人からお話のあったような累進処遇ですね。だんだん考査期間、四級、三級、二級、一級と進級するごとにバッジの色も変わるんですね。ですから、同じことをしても刑務官はバッジの色を見て怒るか怒んないかを決める。あるいは、それだけじゃなくて、やはり恣意的に、受刑者との相性で同じことをやっても懲罰になる人ならない人もいますよ。とにかく、刑務官の御機嫌をうかがうだけの嫌な人間になってしまうんですよ、自分が嫌な人間になってしまうんですよ。ですから、物理的に何か暴言を吐かれるとか冒頭の裸にされるとか、もうそういうのはどうでもいい。それよりも、何か自分自身が嫌になってくるという思いをさせられるところなんですね。 ですから、私は、例えば今回の法改正の中で、あれですね、手紙の発信、受信、これが増える。あるいは面会もそうです。さらには、電話を掛けられるとかあるいは外泊ができる、これは本当にレアケースみたいなんですが。しかし、今までの刑務官の考えというものを改めなくては、改めなくてはというのは、これは露骨に表れているんですよ、この中は治外法権だと。君ら受刑者の、君らとは言わないな、おまえら受刑者の生殺与奪の権というのはすべて自分たちが握っているんだというような、非常にもう高圧的に出てくるわけですから、それに逆らうことはできない。なぜという質問もできないわけですよ、刑務所の中では受刑者は。なぜといえば、下手すれば抗弁、反抗の抗に弁ずるで、抗弁ということで懲罰の対象になってしまうと。そうした中で、なかなか刑務官の皆さんもそれを恣意的にやっていたのかあるいはもう身に付いてしまった、あるいは習慣みたいになっていたとすると、これは制度を変えただけでは良くならない。 先ほど申し上げましたように、電話を掛けられるとか外泊をするにしても、要は刑務官の非常に扱いやすい、覚えめでたいような受刑者の処遇、これが良くなるだけというか、更に受刑者をロボット人間化させてしまうような危険もあるんじゃないか、優遇措置をとればとるほど。非常にその運営が不透明あるいは不公平だと受刑者のだれもが感じているんですよ、この優遇措置である現在の累進処遇制度に関してもですね。 ですから、その辺のやり方というのがまだ全然見えてこないですね。累進処遇制度に代わる優遇措置というのは一体どういうものなのかですね。ですから、その辺をきちんと現在の刑務官の皆さんの認識を大きく改めるというところから始めないと、これは機能しないどころか、ますますその差別感、不満というのは受刑者の中に逆に高まってくる結果になるんじゃないかと、そう危惧もしています。
○井上哲士君 次に、精神障害等を持っておられる方の処遇の問題で西嶋参考人と浜井参考人にお聞きをするんですが、私ども幾つか視察などへ行きますと、矯正処遇の対象というよりも精神医療の対象とすることが望ましいような方が実際にはいろんな作業もされているという状況があります。 こういう人たちも幅広くやっぱり医療の対象としていくということが必要だと思うんですが、午前中の参考人質疑では、黒田参考人などは、仮に一般社会と同水準の精神医療を刑事施設内で提供できたとしても、やっぱりふさわしくないと。刑事施設を医療施設に近づけるのはおのずと限界があり、ほかのことを考える必要もあるということをかなり強調されていたんですが、そういういわゆる刑の執行停止以外の何らかのシステム、方策というのも考える必要もあるかなとは思うんですが、その点でお考えがあれば、二人の参考人にそれぞれお願いをしたいと思います。
○参考人(西嶋勝彦君) お答えになっているかどうか分かりませんけれども、そういう点も含めて、日弁連としましては、刑務所医療を独立したものとして維持していくのは限界に来ているんじゃないかと。そういう意味で、社会的な医療の体制と統合するという意味で、やはり厚生労働省に移管して、外部の人の交流といいましょうか、外部の医療との交流の中でそういう拘禁施設の医療ということを解消するような形にしないと根本的解決にならないんじゃないかということを考えております。
○参考人(浜井浩一君) この問題は、私も実務家としていろんな形で精神障害の方々の面接もしましたし、カウンセリングもしましたし、それに対する措置入院の手続等も取ったことがございます。非常に難しい問題だと思います。 本当に、行刑の現場にいると、統合失調症の疑いの人、痴呆老人の人ですね、そういった人たちが、本当に責任能力あるのかなと思えるような人たちが刑務所に入ってくる。ただ、その過程を追っ掛けていくと、やはり先ほど御指摘しましたように、地域社会でやはり受け入れてもらえない、病院でも受け入れてもらえない。で、警察に通報が来る。で、検察の方でも何らかの引受先を探してみるんだけれど、引受先が見付からない。そうなってくると、もう起訴して有罪に持ち込むしかないということで刑務所までやってきてしまうというような現実が恐らくあろうと思われます。 刑務所の方でも、まあ十分な治療はできませんけれども、薬物投薬等の治療は行います。不十分ながらもカウンセリング等も特定の受刑者に対しては行うことがございます。ただ、それでもそれほど大きな改善が認められるケースはまれでございますし、出所時に措置入院の手続を取っても、なかなかその病院が一杯であるとかいろんな理由で受けていただけないというケースがございます。 理想的なことを申せば、本来であればその刑務所に来るまでの段階で、何らかのところで適切な治療が受けられれば恐らく刑務所には来なかったんだろうと思われる方々なんですけれども、やはり再三御指摘しているようにセーフティーネットが非常に弱まっているのかなというのを実感として感じております。 こういった受刑者については、本人たちも医療刑務所に送ってくれと言いますが、医療刑務所の方もある程度一杯ですし、実際に具体的な治療を比べてみますと、医療刑務所の方が確かに治療的な雰囲気は非常に整ってはございますけれども、行える治療方法としては大差はないというふうなことを指摘される場合もございます。 そういったところで、非常に現場としても苦しんでいるというのが現状でございます。
○井上哲士君 もう一点、浜井参考人にお聞きしますけれども、出所後の生活などをしていく上で、仮釈放の場合は更生保護ということになるわけですけれども、満期の場合には緊急更生保護以外にないが、なかなか今の更生保護施設の状況でいうと受入れが少ないということになります。先ほどもありましたように、そうした場合に、住所が定まらないから生活保護も受けられないというようなことになるわけですね。 午前中の参考人のある意見では、例えば刑務所と更生保護施設の間の中間的な何かも造るということも一つの考えではないかという御意見もあったわけですけれども、そういう満期出所者の方々で例えばその引受人がないような方々の社会復帰をするための何らかのシステムなどのアイデアが、御意見がございましたらお願いをしたいと思います。
○参考人(浜井浩一君) この辺はやはり難しい問題だと思います。 それで、恐らくそういった中間施設を造っても、そこが一杯になって詰まっていくという現象が起こると思います。 現実に、現在更生保護施設が受け入れてくれないのは、ある意味一つの条件としては、やはり社会全体として犯罪に対して非常に厳しくなっておりますので、更生保護施設に入っている者が何らかの形で地域住民に対して被害を及ぼすような犯罪が起きた場合、立ち退き運動が起きます。そういったことを強く心配されているのが一つ。 それでもう一つは、そういった施設に入って、従来はそこから自立してもらう施設なんですけれども、最近、更生保護施設を訪ねてみると、やはり昼間から施設内でずっとうろうろしているんですね。で、どうしてかって聞くと、ハローワークに行っても、もう一週間毎日来てもらっても困ると、一週間に一回ぐらいでないと仕事はそうそうあるものではないと言われて戻ってくる。更生保護施設もなかなか仕事を紹介できないというような現状がございます。 私としても、まあ成功した事例としては、いったん更生保護施設に御老人で白内障の方を受けていただいて、その後二年間そこに収容していただいた後、養護老人ホームに引き継ぐという形を取ったケースがございますけれども、これはすべての受刑者にできることではなくて、どうしてもその受け入れるところが少ないというのが現状になっていて、これをどうしたらいいのかというのは、行刑あるいは更生保護施設だけではどうしようもない部分があるのかなと思っておりますし、先ほど来、社会から拒絶された人たちが刑務所に来ているということで、そういった社会をある程度こう批判的に述べているわけですけれども、本当の実務家の実感として、結局いろんな人が拒否しているわけですし、いろんなところが支え切れなくなっている。刑務所が支えるしかないのかなという、受刑者、刑務所からある受刑者が、もう末期がんで、病院にいろんな福祉の方の御協力をいただいて、親族の方に名前だけでいいから名前を貸してくれと、引受人になってくれということで執行停止を掛けて病院に送り出した受刑者が、病院はいづらいと言って戻ってきて刑務所で亡くなられたんですね。 そういった状況を見ていると、もうやっぱり世の中全体が生きにくくなっているので、刑務所でもう支えていくしかないのかなというのは、それでいいとは思いませんけれども、それがある意味、実務家としての本音の部分でもございます。
○井上哲士君 ありがとうございました。
○委員長(渡辺孝男君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。 参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、大変お忙しいところ貴重な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございました。当委員会を代表して厚く御礼申し上げます。(拍手) 本日の質疑はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。 午後三時十一分散会