法務委員会 第10号
- 発言数
- 129 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 2004/04/06
会議録
○柳本委員長 これより会議を開きます。 開会に先立ちまして、民主党・無所属クラブの各委員に出席を要請いたしましたが、御出席が得られません。やむを得ず議事を進めます。 内閣提出、裁判員の参加する刑事裁判に関する法律案及び刑事訴訟法等の一部を改正する法律案の両案を議題といたします。 この際、お諮りいたします。 両案審査のため、本日、政府参考人として司法制度改革推進本部事務局長山崎潮君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○柳本委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。 —————————————
○柳本委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。森岡正宏君。
○森岡委員 私は、自由民主党の森岡正宏でございます。 本日もまた、四月二日に続きまして、野党委員の出席を得られないまま今国会の重要法案の一つであります裁判員法や刑事訴訟法等の一部改正を論じなければならないことは、まことに残念でございます。本委員会は今民主党などが問題にしている年金改革とは何の関係もないだけに、民主党委員の皆さん方にもぜひ出席して議論に参加してもらいたかったと思いますが、国民が注視しているこれら重要法案を与党の我々だけでも審議を進めていくことは、大変意義深いものだと考えております。 さて、去る四月二日の審議を通じまして、下村、漆原両委員の御質問から裁判員法が抱えている課題や問題点が浮き彫りになってまいりまして、ますますこの法案の重要性を再認識している次第でございます。本日、私は、裁判員制度の導入と不可分の関係にあります刑事裁判の充実、迅速化のための刑事訴訟法の一部改正について主として質問をさせていただきたいと思います。 そもそも、刑事裁判の充実、迅速化がなぜ今要請されるのかということを考えますと、一つには、もちろん、裁判員制度の導入に伴い、できる限り裁判員の負担を軽減するという観点から刑事裁判の迅速化が不可欠であるわけです。つまり、裁判員となる一般の国民は、裁判以外に毎日やることがあるわけでございますから、裁判員として裁判所に来てもらう期間や時間は必要最小限でなければなりません。 また、裁判員には裁判所の外での日常の生活がありますから、裁判がだらだらと長引いたのでは、緊張感を持って職務に臨むこともできず、よりよい裁判を実現するという裁判員制度導入の趣旨にももとる結果になりかねないと思います。裁判員制度導入に当たっての裁判迅速化の必要性は、この点は幾ら強調しても強調し過ぎることはないと思います。 特に、裁判官や検察官、そして弁護士といった法律専門家は、自分たちの都合ではなく、みずからの負担で参加してくれる国民の都合を第一に考え、迅速でわかりやすい審理の実現に努めなければならないと言うべきです。 また、さらにさかのぼって考えますと、刑事裁判の目的は、公正な手続を通じて真実を明らかにし、有罪であると認められる場合には、適切な刑罰を科すことにより、社会の秩序を維持し、国民の安全な生活を確保することにあると考えられます。 そうしますと、刑事裁判が迅速なものでなければならないことは当然のことでございます。犯罪が発生した場合に、だれが犯人でどんな犯罪をどのように犯したかが速やかに明らかにされ、処罰を受けるべき者が速やかに適切な刑罰が科されるということでないと、社会の秩序は維持されませんし、国民も安心して毎日の生活を送ることはできないと思うのであります。 もちろん、ただ迅速でありさえすればいいというものではなく、正しく真実を明らかにし、罪に見合った刑罰が科される刑事裁判でなければならないのは当然のことでありますが、正しい裁判であってもそれが非常に遅いものであっては、国民の正義感情も満足されず、刑事裁判はその目的を達したとは言えないのであります。あえて申し上げれば、遅い正義というものはもはや正義と呼べないとさえ思うのでございます。そのように、刑事裁判は正しくかつ迅速でなければならず、その充実、迅速化を図ることは、裁判員制度対象事件を含め、一般に非常に重要であると考えます。 そこで、まず野沢法務大臣にお伺いしたいと思います。刑事裁判の充実、迅速化についてどのようにお考えか、お答えをいただきたいと思います。
○野沢国務大臣 刑事訴訟法第一条にも規定されているとおり、刑事裁判におきましては、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障を全うしながら、事案の真相を明らかにしまして、刑罰法令を適正、迅速に適用実現することが要請されております。また、裁判の遅延は、国民の刑事裁判への信頼を損なうことにつながると考えております。 また、昨年七月には裁判の迅速化に関する法律も成立し、既に施行されたところでありますが、これらの要請にこたえる形で、国民の刑事裁判への信頼を確保するためには、当事者が必要な主張立証活動を尽くすことを前提とし、継続的、効率的かつ効果的に審理を行いまして迅速な裁判を実現することが必要でございまして、御指摘のとおり、刑事裁判の充実、迅速化を図ることは極めて重要であると考えております。
○森岡委員 松本サリン事件を初め世間を震撼させたオウム真理教の松本智津夫被告の裁判は、一審判決まで九年かかったんじゃないかと思います。私は、選挙区の皆さん方から、だれもが極刑に処すべきと思っているオウムの裁判がなぜこんなに長くかかるのか、日本の司法制度は一体どうなっているんだというおしかりをたびたび受けているわけでございまして、裁判の遅延は、裁判制度に対する国民の信頼を失わせることになるということを特に強調しておきたいと思います。 それでは、具体的な改正点について質問していきたいと考えます。 刑事裁判の充実、迅速化の重要性を確認した上で法務大臣にお伺いいたしますが、今回の刑事訴訟法等の一部改正に関する法律案においては、刑事裁判の充実、迅速化のため、どのような制度的手だてを講じることとしているのでしょうか。お答えをいただきたいと思います。
○野沢国務大臣 刑事裁判の充実、迅速化のためには、真に争いのある点を中心としたむだのない充実した審理をできるだけ連続して行うことが肝要であると考えております。そのためには、公判前に争点を明確化した上で、その争点の判断のためにどのような証拠をどのような順序で取り調べるかといった明確な審理計画を立てることができるようにすることが必要でございます。 そこで、今回の刑事訴訟法の改正により、刑事裁判の充実、迅速化を図るための方策といたしまして、まず第一に、十分な争点整理を行い、明確な審理計画を立てることができるようにするための公判前整理手続の創設及び証拠開示の拡充という措置を講じておるところでございます。さらに、その他の方策としまして、連日的開廷の原則の法定化、裁判所の出頭命令を遵守しない当事者に対する制裁措置などの導入、簡易、明白で争いのない事件について簡易迅速に裁判を行う即決裁判手続の創設などの制度的な手当てを講じておるところでございます。
○森岡委員 ただいま御説明いただきましたように、私も、公判廷における審理が始まる前に十分な争点整理を行い、明確な審理計画を立てるということは大変重要であると考えます。また、争点が明らかになっていないと、裁判になれていない裁判員にとってはその事件で何が問題かがよく理解できず、ひいてはきちんとした判断もできなくなると思われます。その意味で、特に裁判員制度にとって重要と思われます。 ただ、現行制度のもとでも重要であることは変わりはないのではないかと思うのでございます。それにもかかわらず、今回新たに公判前の整理手続というものを創設するということは、現行制度では不十分であったのではないかと考えられるところでございます。 法務大臣に伺うわけでございますが、現行制度のもとでは、今回の法改正によって目指しているような第一回公判期日前の争点整理や審理計画の策定をすることはできないのでしょうか。お伺いします。
○野沢国務大臣 現行法令にも争点整理を含む公判前の準備に関する規定は設けられてはいるものの、司法制度改革審議会意見書でも指摘されているところでございますが、それらの規定は当事者の打ち合わせを促す程度のものにとどまりまして、実効性に乏しいことなどから、これまで、第一回公判期日から実質的で集中した審理を行うことができるだけの争点整理などを十分に行うことができなかった事案も少なくなかったものと承知しておるところでございます。 そこで、今回、第一回公判期日から実質的で集中した審理が可能となるように、裁判所が主宰して第一回公判期日前に十分な争点整理を行って審理計画を策定することを目的とした公判前整理手続を導入することとした次第でございます。これまでのやり方では、検事あるいは弁護士さん等の当事者同士の打ち合わせということが主体であったということでございますが、今回は裁判所が主宰するというところに大きなポイントがあろうかと思います。
○森岡委員 よくわかりました。 現行の制度では第一回公判期日前に受訴裁判所が主宰する争点等の整理のための手続がないことから公判前整理手続を設けるということでございますが、新たな制度であるために具体的なイメージがなかなかつかみにくいところでございます。 そこで、司法制度改革推進本部にお伺いしたいと思います。公判前の整理手続では、あらかじめ争点を整理し、審理計画を立てるため、具体的にどのような手続が行われることになるのか、手続の流れに従って説明していただきたいと思います。
○山崎政府参考人 大まかな手続の流れを申し上げたいと思います。 まず、検察官が、公判期日において証拠によって証明しようとする事実、これを明らかにする必要がございます。それとともに、その証明のために用いる証拠の取り調べを請求するということになろうかと思います。それ以外に、要件を満たした必要な証拠の開示をしていく、こういうことをまず行うということでございます。 それから、被告人・弁護人でございますけれども、こちらの関係は、検察官が証明予定の事実、それと開示を受けた証拠、これを明らかにしたという、それを前提として、公判前整理手続において公判で行う予定の主張を明らかにいたしまして、みずから取り調べを求める証拠があるときはその証拠調べ請求をするということになろうかと思います。 その上で、裁判所による釈明などを通じまして、それぞれの当事者の主張を明確にしたり、相手方の主張や取り調べ請求証拠等に応じまして、みずからの主張の追加とかあるいは変更を行う、あるいは、証拠に関しましては証拠を追加したり撤回したりということが適宜行われることになろうかと思います。 こういうことによりまして、事件の争点が、それからあるいは、取り調べるべき証拠、それぞれの証拠の取り調べに要する時間、あるいはその順序が確定されまして、審理計画が策定されることになります。これを前提にいたしまして公判期日の指定が行われる、大体こういう手続を予想しているところでございます。
○森岡委員 なるほど、ただいまの御説明のとおりに公判前の整理手続が進行するのであれば、争点整理もうまくできるのであろうと考えられます。 ただ、制度がうまく機能するためには、その実効性を担保するための措置もあわせて講じておく必要があると思います。公判前の整理手続での争点整理の実効性を担保するために、どのような措置を講じておられるのでしょうか。協力が得られないというと、せっかく制度をつくっても機能しないと思うものでございますので、その点を伺いたいと思います。
○山崎政府参考人 担保措置として、それぞれの場面にちょっと分けて御説明をしたいと思います。 まず、検察官でございますけれども、公判で証明予定の具体的事実を明らかにすること、これを義務づけるということになります。それから、それに伴う証拠の請求をする、あるいは、被告人側から求められて一定の要件のある証拠について開示をしていく、こういう義務があるわけでございます。 それから、被告人側でございますけれども、検察官による所定の証拠開示がされたことを前提にいたしまして、今度は、被告人側が公判で明らかにする予定の主張、これを明らかにすること、これを義務づけるということにしております。 それから、これは検察官及び被告人側両方の義務ということになろうかと思いますけれども、証拠調べ請求を義務づけまして、所定の証拠開示がされたことを前提に、相手方の証拠調べ請求に対する意見を明らかにするということを義務づけております。それから、証拠調べ請求義務を担保するために、当事者が公判前整理手続終了後に新たな証拠調べ請求をすることについては原則として制限をするということを設けております。 それから、裁判所についてでございますけれども、証拠開示の要否につきまして当事者間で争いが生じた場合、この場合には裁判所が裁定をするという形をとらせていただいているということです。それから、公判前整理手続において公判で取り調べるべき証拠を決定いたしまして、これらの手続終了時に事件の争点を確認する、こういうようなことを義務づけているということでございます。
○森岡委員 今御説明ございましたように、公判に入る前に裁判官が争点を把握できるようにするということは、私も大変大事なことだと考えますし、いい仕組みだと思います。そのため幾つかの措置を講じるという御答弁をいただきましたが、重要だと思われる点について確認しておきたいと思います。 まず、被告人・弁護人に、公判においてすることを予定しておる主張があるときはそれを明らかにする義務を課していることについて、法務大臣に伺いたいと思います。そもそも、争点整理の実効性を担保する手段として、被告人・弁護人に、公判において予定している主張を明らかにする義務を課す理由についてお伺いしたいと思います。
○野沢国務大臣 争点整理と各当事者の主張について、相手方がどの部分をどのように争うのかを明らかにすることを通じまして、両当事者の間で真に争いのある点を明らかにすることが大事でございます。 したがいまして、実効的な争点整理を行うためには、その前提として、検察官が公判期日において証拠により証明しようとする事実などの主張に対し、被告人・弁護人が公判期日においてすることを予定している主張があるときにはそれを明らかにしてもらう必要がございます。そこで、被告人・弁護人に公判において予定している主張を明らかにする義務を課した次第でございます。
○森岡委員 確かに、当事者双方の主張が出そろわないときにはそもそも争点も出てこないわけで、争点整理の前提として、公判で予定している主張を明らかにしてもらう必要があるということは、そのとおりであると考えます。 ただ、一方で、被告人には黙秘権が保障されているわけでございまして、被告人に対し予定している主張を明らかにする義務を負わせることは黙秘権の保障と抵触するのではないかという議論があるものと承知しております。 ここは被告人の重要な権利にかかわる問題でございますので確認しておきたいわけでございますが、司法制度改革推進本部の山崎事務局長に伺いたいと思いますが、被告人に主張予定の明示義務を課すことといわゆる黙秘権との関係について、どのようにお考えでございましょうか。従わなかった場合に不当な扱いを受けるということはありませんでしょうか。
○山崎政府参考人 ただいま御指摘の点につきましては、議論があるということは承知しておりますけれども、結論的に言えば、いわゆる黙秘権の保障に抵触はしないというふうに考えております。 今回の刑事訴訟法の改正につきましては、公判において行う予定の主張がある場合に限って、その予定している主張を時期を前倒しして公判前整理手続において明らかにすることを被告人側に義務づけるというものでございまして、ある場合に義務づける、かつ、前倒しでやる、こういうことでございます。 これをかみ砕いて言いますと、被告人に不利なことを認めることを何ら義務づけるものではないということでございますし、そもそも公判においてその主張をするかどうかということも被告人側のみずからの判断によるものでございまして、その主張をすること自体を強要するものでもないわけでございます。また、公判において黙秘する予定であるときにまで何らかの主張を明示することを義務づけているものでもないわけでございまして、公判前整理手続において黙秘することも認められる、こういうことでございますので、黙秘権との関係は、抵触はしないと考えておるわけでございます。
○森岡委員 次に、争点整理の実効性を担保する手段として、公判前の整理手続終了後の新たな証拠調べを原則として制限するという御答弁がございました。この点について法務大臣に伺いたいと思いますが、公判前の整理手続終了後の新たな証拠調べ請求を制限する制度を設ける理由は何でしょうか。
○野沢国務大臣 まず、新たな証拠調べ請求を制限する制度を設けることによりまして、公判前整理手続において必要な証拠の取り調べ請求がなされることとなりますので、実効的な争点整理が行われまして、充実かつ迅速な審理の実現が担保されることになると考えております。 また、新たな証拠調べ請求を無制限にすることができるとすると、相手方の反証の準備のため公判が中断をするなど、審理計画に従った手続の実現が困難になってしまいます。特に裁判員制度の対象事件では、当初の審理予定期間を前提として仕事の予定などを調整して審理に臨んでいる裁判員の都合がつかなくなり、裁判員制度自体が成り立たなくなるおそれが出てまいります。 以上のような理由から、公判前整理手続終了後の新たな証拠調べ請求を制限する必要があると考えたものでございます。
○森岡委員 今お伺いしますと、要するに、後出しの証拠請求はだめよ、こういうことでございますね。 新たな証拠調べ請求を制限する必要性は理解できました。特に裁判員制度の対象事件の場合には、あらかじめわかっている公判の予定を前提として、例えば、いつから三日間の予定だから仕事の都合をつけることができるというような判断をして休暇をとったり、辞退するかどうかを決めることになると思われます。それなのに、実際に公判が始まった後で審理の予定が大きく変わるようなことがしばしば起きたのでは、到底、国民に積極的に参加してほしいなどとは言えないと思います。 とはいえ、裁判には真相の解明という重要な使命がございます。新たな証拠調べ請求の制限により、真実の解明という点で支障が出るという心配はないのでしょうか。例えば、被告人が無罪であることあるいは有罪であることを決定的に示す証拠が公判前の整理手続の終了後に新たに発見されたのに、それを法廷に出すことができないということになりますと、問題が生じることがあるのではないかと思うのです。 司法制度改革推進本部の山崎局長にお伺いしたいと思います。新たな証拠調べ請求を制限することによって、真実の解明という点で支障が出るということはないのかどうか、お答えをいただきたいと思います。
○山崎政府参考人 ただいま御指摘の点につきましては、この法案の中でも手当てをしているところでございます。 まず、公判前整理手続終了後に新たに証拠が発見されたような場合、こういうような場合には、やむを得ない事由によって公判前整理手続において証拠調べを請求することができなかったということに当たるわけでございますので、こういう場合には例外を認めるという手当てをしております。 それからもう一つは、真実発見の見地などから、必要と認めるときは、裁判所は職権で証拠調べを行うことができるという手当てをしているわけでございます。 したがいまして、このような手当てを講じているということから、真実の解明に支障が生ずるということはないものと考えているところでございます。
○森岡委員 今御説明を伺いまして、つまり、例外措置を設けているということでございますね。 ところで、この法案では、公判前の整理手続を主宰するのは公判を担当する裁判所、いわゆる受訴裁判所ということになっております。確認しておきたいと思いますが、公判を担当する裁判官が公判前の整理手続をも担当することとした理由はどこにあるのか、お答えをいただきたいと思います。
○山崎政府参考人 ただいま御指摘の点につきましても、その受訴裁判所の裁判官が行うのか、別の裁判官が行うのか、いろいろ過程では議論があったところでございます。 私どもは、受訴裁判所の裁判官、これが手続を行うということにしているわけでございますが、その理由でございます。公判前整理手続において行われる争点整理あるいは証拠調べの決定、審理計画の策定などは、公判における審理、取り調べのあり方を決定づけるものでございまして、公判の運営に責任を負う公判を担当する裁判官が公判前整理手続も担当する必要があるというふうに考えたからでございます。これを別の裁判官が主宰するということになりますと、必要な証拠調べの範囲などにつきまして公判を担当する裁判官と判断が異なったような場合には、公判において再度証拠決定をし直すということになってしまいまして、せっかく整理手続をした意味が失われかねない、こういうような問題も生ずるということからこのような選択をしたということでございます。
○森岡委員 確かに、公判を担当する裁判官が公判前の整理手続を担当して、自分の仕事だということにすることは私も必要だと思います。 途中で配置転換になる、定期的な異動にひっかかるというような心配はないんでしょうか。
○山崎政府参考人 それは、観念的にはあり得ることだろうと思いますけれども、実際上は、その裁判、どういう時期に期日を指定していくか、こういうことを考えながら行っていくということで実際上の支障は回避はできるだろうと。それから、これは、三人で裁判を行う場合に、全員がかわるということはないもの、通常はないだろうというふうに考えておりますので、そういう意味では、三人のうちのどなたかが残っていて、その手続的なものはつないでいけるというふうに考えているところでございます。
○森岡委員 よくわかりました。公判の運営に責任を負う裁判所がその準備のための手続をも主宰するということが、制度設計として合理的であると思います。 しかし、この点については、公判を担当する裁判所が公判の前にこういう手続に関与することにすると、実際の公判が始まる前に、事実上有罪であるか無罪であるかといったような判断をしてしまうということにならないのか、そんな問題があるとの指摘があるということを聞くわけでございます。現在の刑事訴訟法では、いわゆる起訴状一本主義、予断排除の原則ということで、公判が始まる前には裁判所は証拠に触れてはいけないものとされているわけでございますが、それとの関係で疑問があると言われているわけでございます。 山崎事務局長さんに再度伺いますが、受訴裁判所が公判前整理手続を主宰するのは起訴状一本主義に反することになるのではないかという疑問に対して、どのようにお答えになりますでしょうか。
○山崎政府参考人 いわゆる起訴状一本主義でございますけれども、その趣旨は、公判提起の際の検察官から裁判所への一件記録の提出を認めないことによりまして、捜査機関の心証が裁判所へ一方的に引き継がれ、裁判所があらかじめ事件の実態について心証を形成して公判に臨むことを防止するというところにあるわけでございます。 この公判前整理手続がどういうものであるかということでございますけれども、裁判所は、当事者に主張の予定を明らかにさせたり、証拠調べ請求やそれに対する意見を明らかにさせることになりますけれども、これは、公判審理が計画的に、円滑に進行するよう準備するために行うものでございまして、あくまでも両当事者の主張に触れるものにすぎませんで、しかも、両当事者がひとしく参加する場において行われるというものでございまして、一方的に行われるものではないということです。 それから、裁判所は、証拠能力の判断あるいは証拠開示の裁定のために証拠にタッチをするということもあり得ますけれども、これは、証拠能力があるかないか、あるいは証拠開示の必要性があるかどうかという判断のために証拠を確認するというものにすぎませんで、その証拠の信用性を判断するわけではないということでございます。 こういうような構造を考えますと、起訴状一本主義に反するものとは言えないというふうに考えているところでございます。
○森岡委員 よくわかりました。私もこの問題は、要は、実質的に被告人に不利になるのかどうか、きちんと公正に裁判ができるのかということなのだと理解しております。この手続を担当するプロの裁判官がきちっと双方に対応できるものだと思いますので、この点は特に問題視する必要はないんじゃないかと思います。 ところで、刑事訴訟法等の一部を改正する法律案の中には、検察審査会法の改正も盛り込まれているわけでございます。御承知のとおり、検察審査会は、一般の国民からくじ引きで選ばれた検察審査員によって構成されまして、検察官の不起訴処分の当否を審査する機関でございます。国民参加の制度といたしましては、今回一緒に審議が行われております裁判員制度の兄貴分に当たる制度でございます。 関係者の御努力によりまして、検察審査会制度が、戦後半世紀以上にわたりましてさまざまな問題を乗り越えながら機能してきたということは、我が国においても、こうした国民参加の制度が十分に機能し得るということを示すものだと思います。 さて、現行制度では、検察審査会が検察庁の不起訴処分が間違っているという議決をした場合であっても、検察官はその議決に従わなければならない義務はないとされていますが、今回の法案では、この点に手を加えて、検察審査会の一定の議決に基づいて公訴が提起されることとされております。 法務大臣にお伺いしたいと思いますが、今回の検察審査会法の改正によりまして、検察審査会の一定の議決に基づいて公訴が提起されるものとする理由はどこにあるんでしょうか。
○野沢国務大臣 検察審査会の議決に基づき公訴が提起されるものとすることによりまして、公訴権の行使に国民の感覚をより直截に反映させることができると考えております。 また、これによりまして、公訴権をゆだねられている検察官が独善に陥ることを防ぎまして、公訴権の行使をより適正なものとし、司法に対する国民の理解と信頼を深めることが期待できると考えております。
○森岡委員 公訴権行使に民意をより直截に反映させることは意義あることだと私も思いますが、その一方で、被告人の人権を考えますと、当然のことですが、本来起訴すべきではない事件が起訴されるというような事態は防ぐ必要があると思います。 つまり、起訴されてしまうということは、今の日本の社会ではそれ自体が大きなダメージになってしまいます。そのことの当否とは別にそれが現実でありますから、不当な不起訴は許されないと同様に不当な起訴も許されないと言うべきでございます。 そこで、司法制度改革推進本部の山崎局長に伺いますが、今回の法案では、本来起訴すべきでない事件が検察審査会の議決によって起訴されることがないようにするための制度的手当ては講じてあるのでしょうか。お伺いしたいと思います。
○山崎政府参考人 ただいま御指摘の点は大変重要なポイントでございまして、この制度構築に当たりましても、そこに意を用いて行ったということでございます。 まず第一点でございますけれども、その第一段階の検察審査会の起訴相当議決の後、検察官に必要に応じて改めて捜査を行って処分を再考する機会を与えまして、そのような再捜査、再処分の結果をも踏まえた上でなされた第二段階の検察審査会の起訴議決に基づいて公訴が提起されるという二段構えの構造にしているということです。 それから、検察審査会は、法律に関する助言を求める必要があるときは、弁護士の中から審査補助員を委嘱するということができることとしております。特に、起訴を議決するかどうかを決する第二段階の審査においては、この審査補助員の委嘱を必要的に行うという手当てをしております。 それから、起訴議決をするに当たりまして、検察官からの意見聴取を必要的なものとするということなどの手当てをして、被疑者の方に負担を与えないような形の手続も用意をしているということでございます。
○森岡委員 今回の法案によりますと、検察審査会の議決に基づく公訴が提起される場合には、通常の事件とは違って、公訴の提起及びその維持を検察官ではなく指定弁護士が行うものとされております。 法務大臣にお伺いしますが、検察審査会の議決に基づく公訴提起及びその維持を検察官じゃなく指定弁護士が行うものとするその趣旨はどこにあるんでしょうか。
○野沢国務大臣 検察官は、検察審査会の判断とは異なり、最後まで不起訴処分相当の意見であったわけですから、検察官が公訴の提起及びその維持に当たるものとするのは、審査申立人等を初めとする一般国民から見た場合、有罪に向けての十分な立証活動がなされるかどうかというその職務の公正らしさに疑念が生じ得るものと思われます。 そこで、検察官ではなく、指定弁護士が公訴の提起及びその維持に当たることとしたものでございます。
○森岡委員 検察官が仕事をサボるとは思えませんけれども、仮にも裁判の進行に疑念が生じるようなことはあってはなりませんから、検察庁が不起訴にした事件の起訴や訴訟の進行を検察官にはゆだねないという選択は賢明だろうと私も思います。 ところで、今回の法案では、検察審査会審査員等による秘密漏示罪を改正することとされておりますけれども、この点について山崎事務局長さんに伺いたいと思います。 今回の改正によって検察審査員等による秘密漏示罪をどのように改正しようとしておられるのか、お伺いいたします。
○山崎政府参考人 改正のポイントだけ申し上げますけれども、まず、秘密漏示が禁止される主体でございますけれども、現在は「検察審査員」でございますけれども、これを「検察審査員、補充員若しくは審査補助員又はこれらの職にあつた者」というふうに改めます。 それから、漏示を禁止する秘密が、「会議の模様又は各員の意見若しくはその多少の数」というところでございましたけれども、それらを含む「検察審査会議の模様、各検察審査員の意見又はその多少の数その他の職務上知り得た秘密」、こういうふうに改めております。 かつ法定刑を、現在「一万円以下の罰金」でございますけれども、これを「一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金」というふうに改めてございます。
○森岡委員 裁判員法との関係から調整を図っていかなければならないという問題もあるんだと思うんですが、秘密漏示罪を改正して、職務上知り得た秘密というものも漏示が禁止される対象とする理由は何でしょうか、お伺いしたいと思います。
○山崎政府参考人 特にプライバシー、職務上知り得た秘密の一番大きなものは関係者のプライバシーですね、これを守るということに一番大きなものがございます。 現在の法文では、「会議の模様又は各員の意見若しくはその多少の数を漏らした」場合に処罰の対象としておりまして、検察審査員が職務上知り得た関係者のプライバシーにわたる秘密が今申し上げたものに当たるか当たらないかということが必ずしも明確ではないところがあるわけでございます。 この点は、国家公務員法の適用があるという考えが一般的でございますけれども、しかしながら、逆に、これは国家公務員法の特別法といたしまして、一般法である国家公務員法の適用を排除するという解釈もあり得るわけでございまして、そこのところが必ずしも法文上明確ではなかったということから、これを明確にしてプライバシーを保護しよう、こういうことに出たものでございます。
○森岡委員 検察審査員等の守秘義務に関しましては、守るべき重要な利益があるわけでございますから、それを損なう行為に対する罰則は必要であると思います。 今回の改正では、罰則の法定刑を引き上げまして、罰金額の上限を五十万円とするとともに、一年以下の懲役刑も科し得るとされております。裁判員制度とパラレルになっておるわけでございます。 特に、新たに懲役刑を規定することについては批判があるものと承知しておりますけれども、この点について司法制度改革推進本部のお考えを伺いたいと思います。
○山崎政府参考人 ただいま申し上げましたように、今回の改正で、検察審査会の判断に基づいて公訴が提起されるという制度を設けることにしております。したがいまして、これまで以上に検察審査会の判断の公正に対する国民一般の信頼を確保するということが必要になってまいりますし、検察審査会議における審査員の自由な意見表明を保障するために、その会議の模様や審査員の意見に関する秘密を現行法にも増して保護する必要がございます。 また、検察審査員等は、会議において不起訴記録を閲覧することによって事件の評議を行いますけれども、その事件関係者の名誉、プライバシーに係る情報に接することになるわけでございます。特に、最近、個人情報保護の必要性の機運が高まっているわけでございまして、こういう中で、例えば、多額の報酬を得て漏示をしたり、インターネットで公開をして重大なプライバシーを侵害するというような悪質な行為も生じているわけでございまして、こういうようなものにも対処できるようにしようということから、今回、法定刑を見直した、こういうことでございます。
○森岡委員 秘密漏示罪について罰則を引き上げるということに理由があるということは理解できましたが、守秘義務については、裁判員制度に関する議論の中でもいろいろ指摘されましたように、国民に対して非常に厳しい義務が課せられて大変だ、そういう印象が先行しているように思われます。 時間が参りましたので、これで質問を終わらせていただきますけれども、政府におかれましては、守秘義務の必要性、その範囲等について、国民の理解を得るためにもっともっと積極的に説明されんことを御要望しておきたいと思います。 本日の質問はこれで終わらせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。
○柳本委員長 御苦労さま。 桜井郁三君。
○桜井委員 自由民主党の桜井郁三でございます。 それでは、裁判員の参加する刑事裁判に関する法律案について御質問をさせていただきます。 この法務委員会、御存じのように、今民主党やほかの政党の方がいらっしゃっておりません。そういう中で、全く新しい司法制度、国民が参加するという法律を議論するわけでございますから、年金制度のために審議拒否をするということではなく、新しい法律には自分たちの意見あるいは問題点、こういうものをしっかり委員会の中であるいは本会議の中で国民に知らせていく、そういう義務があるのではないだろうか、こんなことを私自身は感じるわけであります。そういう中では、欠席する野党の人たちがいる中で質問することを私は大変残念に思っているところであります。 それでは、この法律につきまして御質問をさせていただきます。 先日、十六日の本会議において、私の方から、自民党、公明党を代表して質問をさせていただきました。その際には、裁判員制度の導入の意義をどのように考えているのか、裁判員制度の導入に当たっては、国民の負担が過重にならないようにすべきではないかというような質問をさせていただきました。また、裁判員制度の導入が円滑に行われるようにするためには十分な活動が必要ではないか。この三点について、野沢法務大臣に御質問をさせていただきました。 さらに、二日の法務委員会においては、我が党の下村委員及び公明党の漆原議員より、裁判員制度の全般について、そして、ただいま森岡議員からも御質問をしておりますので、本日、私は、もう少し焦点を絞って若干細かい点まで立ち入った質問をさせていただきたいと思うわけであります。 先日の本会議では、裁判員制度の導入の意義について、野沢法務大臣より、「広く国民が裁判の過程に参加し、その感覚が裁判の内容に反映されることによりまして、司法に対する国民の理解や支持が深まり、司法がより強固な国民的基盤を得ることができるように」するというような御答弁をいただきました。私としても、一般の国民が裁判官とともに刑事の裁判に関与する裁判員制度の導入は、国民に支えられた刑事司法の実現として大きな意義があるものと考えております。 そこでまず、この法案のもとで裁判員の感覚の反映が期待されているのはどのような判断なのか、裁判員の参加する合議体で事件を取り扱う場合の裁判員の権限についてお伺いしたいと思います。 まず、法務大臣にお伺いいたします。この法案では、裁判員はどのような裁判所の判断に関与することとされているのでしょうか。 〔委員長退席、下村委員長代理着席〕
○野沢国務大臣 先日は、委員におかれましては、本会議場におきまして、この裁判員制度の導入に関する適切な御質問をいただきましたことを改めて御礼申し上げる次第でございます。 この法案は、一連の司法制度改革の中でも最も重要な一つと考えておりまして、司法制度が国民にとって身近なものになる重要な法案と心得ておるところでございます。 御質問の趣旨でございますが、どのような判断に関与するかと、裁判員の役割についてのお尋ねがございました。 本法案の第六条第一項におきまして、裁判員の参加する合議体で事件を取り扱う場合におきましては、有罪無罪の判決などにおける事実の認定、法令の適用及び刑の量定は裁判官と裁判員の合議によると定めておるところでございます。したがいまして、裁判員はこれらの裁判所の判断に関与することとなります。
○桜井委員 外国の裁判員制度そのもの、あるいはアメリカの陪審員制度、こういうものを考えてみますと、私は、日本が裁判員制度をこれからやろうという中で、外国と日本が大きく違っているのではないだろうか。特にアメリカ一つをとってみましても、神に宣誓をして、そしてきちっと自分自身の意見を述べる、もちろんその中では裁量までは入っていないわけでございますから、そういう中でやることが、神のもとにやることができるわけでありますけれども、日本というのは、そういう中では神に誓って何かをするというようなことがなかなかできないわけでございますから、私は、日本には少しなじみがないのかなというようなことも考えておることであります。 そして、今お話ありましたアメリカやイギリスなどの陪審制の国では、国民は犯罪事実の認定のみを行う、刑の量定にはかかわらないのが一般的とも聞いております。フランスやドイツなど参審制の国では、国民は裁判官とともに犯罪事実の認定のみならず刑の量定も行うと聞いております。 今御答弁いただきましたとおり、この法案では、裁判員は量刑の判断にも関与することとされております。 そこで、法務大臣にお伺いをいたします。刑の量定にも国民が関与することとした理由は何でしょうか。
○野沢国務大臣 刑の量定は、犯罪事実の認定ないし有罪無罪の判定に劣らず国民の関心が高い問題であると考えられます。国民の感覚を裁判内容に反映させまして、司法に対する国民の理解と支持を深めるという裁判員制度の趣旨を生かすためには、刑の量定にも国民が関与するのが相当であると考えたものでございます。
○桜井委員 刑の量定というのは、もちろん、犯罪の動機、犯罪の方法、被害の重さなどを考慮して個別の事件ごとに判断されるべきものですが、他方で、同種類の事件において言い渡される刑とのバランスがとれていませんと、公平の見地から問題もあろうかと思います。 裁判員は事件ごとに選任され、一事件のみを担当することが予想されていますから、刑事事件に触れるのは初めてという方がほとんどで、ほかの事件ではどのような刑が言い渡されたかなど知る由もないということも多いと思います。 そこで、お伺いいたします。素人である裁判員は、同種類事件での刑量も考慮した公平な量刑判断は困難なのではないでしょうか。
○山崎政府参考人 ただいまの量刑に関してでございますけれども、これは、審理の最終段階で検察官から、同種の事件における量刑を踏まえて求刑ということが行われます。これだけの刑に処してほしいということでございます。それから今度は、被告人・弁護人からも、これに対応する形で量刑に関する意見が言われるわけでございます。したがいまして、裁判員はまずこれらの意見を参考にして量刑に関する判断を行うということが可能な仕組みになっております。 それからもう一つは、評議の段階でも、裁判官は、必要に応じて、他の事件における量刑を紹介しながら意見を述べることができまして、裁判員はこれをも参考にして判断を行うことができるということになりますので、量刑の判断が困難だということにはならないだろうというふうに考えております。
○桜井委員 また、素人である裁判員が量刑を行うと、被害感情に強く影響され、不当に重い刑が科せられないかという声もあるようです。逆に、被告人に同情する余り、不当に軽い刑となりはしないかという懸念も示されております。裁判員として、殺人罪など特に重大な刑事事件の審理に初めて関与するわけですから、被害者の遺族の訴えを聞いて心を揺り動かされたり、あるいは被告人の不遇な生い立ちを聞いて同情したりするのは、むしろ自然なことのように思われます。ただ、感情や社会の雰囲気に流されてバランスのとれた判断ができないことになると、やはり問題であると思われます。 そこで、お伺いいたします。素人である裁判員が量刑を行うと、感情に流されて不当な量刑を行うおそれがあるのではないかとの声もあるのですが、どうお考えでしょうか。
○山崎政府参考人 裁判は法に従って公平に行わなければならないということになりまして、感情に左右されてはならないという前提でございます。 この点に関しまして、この裁判員制度のもとでは、これを担保するために、事件関係者などを裁判員から除外するという制度を設けております。また、不公平な裁判をするおそれ、これを示して行う不選任請求、あるいは理由を示さない不選任請求というような制度を設けておりまして、これを通じまして、冷静に判断することができない者は裁判員となることができないというような制度を設けております。 また、裁判員となられた後も、これは裁判官と一緒になって十分な評議を行うということで、双方の有する知識とか経験、これが合議全体で共有されるということになります。また、その過程を通じて適正な結論に達することが予定されているということになろうかと思います。 それともう一点は、評決の要件といたしまして、単に過半数だけではなくて、その意見が裁判官と裁判員の双方の意見を含むものであることを要するということにしておりまして、このような手当てを通じて法に従ったバランスのいい量刑ができるのではないかということを考えているわけでございます。
○桜井委員 ただいま御答弁いただきましたとおり、裁判員が関与するようになったから刑が重くなるあるいは軽くなるというようなことではなく、裁判員が量刑に関与することにより、事件の性質や内容等に応じて国民の感覚がより反映された量刑がなされるようになることが求められているものと思います。 さて、この法律の第八条を見ますと、裁判員が先ほど御答弁いただいた権限を行使するに当たっては、「独立してその職権を行う。」とされております。 そこで、お伺いいたします。「裁判員は、独立してその職権を行う。」との趣旨はどのようなものでしょうか。
○山崎政府参考人 この法案の八条でございますけれども、これは、裁判の公正を確保するため、検察審査会法などの他の立法令に倣いまして、裁判員の職権行使の独立を定めたものでございます。 ここに言う、「独立してその職権を行う。」ということでございますけれども、これは、法以外の何物にも拘束されず、他からの指示、命令、それから干渉、圧力を受けずに、みずからの判断に基づいてその職務を行う、こういう意味でございまして、この意味は、裁判官が職権を独立して行使するということと同じでございます。
○桜井委員 この法律では、裁判員の業務についても必要な規定が置かれております。 先日、下村議員から御質問のあった守秘義務については、各方面で活発な議論がなされているようであります。ただ、参加する国民の側からしますと、裁判員が先ほど御答弁いただきました事実認定や量刑等の判断を行うに当たって従わなければならない義務にはどのようなものがあるのかという点も、非常に重要であると思います。 そこで、お伺いいたします。裁判員が判断をするに当たって従うべき義務にはどのようなものがあるのでしょうか。
○山崎政府参考人 まず、一般的な条項の問題でございますけれども、裁判員の職務遂行に関する一般的な義務といたしまして、「裁判員は、法令に従い公平誠実にその職務を行わなければならない。」ということが、この法案の九条の一項で規定されております。したがいまして、裁判員は、事実認定や量刑等の判断をするに当たりまして、刑法などの実体法令あるいは刑事訴訟法などの手続法令に従わなければならないということになろうかと思います。 それから、裁判長は、裁判員との評議において、必要と認めるときは、裁判員に対し、裁判官の合議による法令の解釈による判断または訴訟手続に関する判断、これを示すということにしているわけでございまして、裁判員は、その裁判官の合議によるこれらの判断にも従わなければならないということを規定しております。これは、法案の六十六条三項、四項でこのような規定をしております。
○桜井委員 裁判は法に基づいてなさなければならないものですから、裁判員が裁判に参加する場合であっても、法の定める手続に従った、法の内容に従った判断をしなければならないということは当然のことと思います。また、法令の解釈や訴訟手続に関する判断を裁判官の権限とする以上、これは、これらに関する裁判官の判断に裁判員が従わなければならないのはまた当然のことでありましょう。 次に、この法案では、裁判官のみが行い、裁判員が関与しない裁判所の判断についても定めてあるようですので、そのような判断について伺ってまいります。 裁判員の参加する合議体で事件を取り扱う場合において、裁判官のみで行う判断にはどのようなものがあるのでしょうか。
○野沢国務大臣 本法案の第六条第二項は、裁判員の参加する合議体で事件を取り扱う場合におきまして、有罪無罪の決定と別の、量定以外の法令の解釈にかかわる判断、訴訟手続に関する判断は裁判官のみの合議によると定めております。したがいまして、これらの裁判所の判断については裁判官のみで行うこととなります。
○桜井委員 ただいま大臣は、裁判員が関与しない判断の例として法令の解釈をお挙げになりました。 法令の解釈といいますと、学説や判例の念入りな調査も必要となりますでしょうし、内容的にもそう簡単に理解できないものが少なくないのでしょうから、専門的知識のない素人にはなかなか難しいように思われます。 また、法律というものは確かにだれに対しても平等でなければならないものですから、裁かれる裁判所によって法律の解釈、すなわち法律の中身が変わってくるということは、本来あってはならないように思われます。その意味でも、素人である裁判員の関与には限度があるように思われます。 そこで、お伺いをいたします。法令の解釈に関する判断に裁判員が関与しないとした理由はいかがでしょうか。
○野沢国務大臣 法令の解釈に係る判断につきましては、専門的でかつ複雑な法律判断を要求される場合が多いことがございます。また、法的安定性の見地から、裁判所間の判断の統一性が強く要請されることも考えなければなりません。そこで、これは裁判官の合議によることとし、裁判員はこれについての判断をしないこととしたものでございます。
○桜井委員 さて、我が国の裁判所は、法令が合憲であるかどうかを判断する権限を持っております。そんなに数は多くないと思いますが、裁判員が参加する事件においても法令の合憲性が問題となることはあると思います。 ただ、この判断に裁判員が関与することについては、国民から選挙で選ばれた国会議員から成る国会が制定した法律を、選挙人名簿から無作為抽出された裁判員が憲法違反であるというような判断を下すことを認めるのはいかがかという意見もございます。 そこで、お伺いいたします。法令の合憲性の判断には、裁判員は関与するのでしょうか。
○山崎政府参考人 ただいま御指摘の法令の憲法適合性の判断でございますけれども、これは、法案の六条二項の一号に「法令の解釈に係る判断」が掲げられておりますけれども、これに含まれるということになりますので、裁判員は関与しないということになります。
○桜井委員 次に、先ほど裁判員の関与しない判断のもう一つの例として挙げられた、訴訟手続に関する判断についてお伺いをいたします。 まず、訴訟手続に関する判断と言われましても、実務家でないと、どのようなものが含まれるのか、なかなか具体的なイメージがつかみにくいように思います。 そこで、お伺いをいたします。裁判員が関与しない訴訟手続に関する判断には、例えばどのようなものがあるのか。
○山崎政府参考人 刑事手続にさまざまな手続上の判断があるわけでございますが、典型的な例を申し上げますけれども、例えば、身柄が勾留されているという場合のその勾留を更新するとかあるいは保釈をするというような、こういうような手続がまず一つあります。 それから、この裁判員制度特有の問題といたしまして、裁判員等を解任できるという規定もありますので、それから、あるいは追加の選任をするとか、こういうような手続がございますが、これも当然、訴訟手続上の判断ということになる。 それから、公判期日を変更したり、いろいろな期日進行に関する手続、これがございます。 それと、これは専門用語で恐縮でございますけれども、訴因あるいは罰条、これの変更の許可をする、あるいは異議申し立てに対する判断をする、こういうような手続がある。 それから、もう一つ大きなものとして、証拠調べ請求、これを採用するかしないか、こういう判断。 これが主なものであるということでございます。
○桜井委員 ただいま幾つかの例を挙げていただいて、少しはイメージがわいてまいりました。確かに、専門的、技術的なものが多く、素人である裁判員には判断が難しいような気がいたします。 では、訴訟手続に関する判断に裁判員が関与しないこととした理由は何でしょうか。
○野沢国務大臣 訴訟手続に関する判断といたしまして、専門的で複雑な判断を要求されることがございます。また、裁判所間の判断の統一性も必要であると考えられます。証人尋問の際の当事者の異議の申し立てに対する判断や、被告人の身柄に関する決定などは、迅速な対応を求められる場合も少なくありません。 これらの事態にかんがみまして、裁判官の合議によることとして、裁判員はこれについての判断をしないこととしたものでございます。
○桜井委員 御答弁いただいたとおり、証人尋問における異議に関するやりとりについて即座の処理が必要でしょうし、被告人が急病になった場合に釈放するかどうかといった判断は休日、夜間を問わず速やかに行う必要がありますから、裁判員の関与は困難かと思われます。 ただ、法令の解釈や訴訟手続に関する判断についても、その内容によっては、裁判官の方で、国民一般の感覚からすればどうか、裁判員の意見を参考に聞いてみたいということもあるでしょうし、時間的に裁判員の意見を聞く余裕のあることもあろうかと思います。 そこで、お伺いをいたします。法令の解釈や訴訟手続に関する判断については、裁判員は意見を言うことができるのでしょうか。
○野沢国務大臣 先ほど申し上げましたとおり、法令の解釈に係る判断や訴訟手続に関する判断については、その性質にかんがみまして、裁判官のみで判断することとしております。 しかしながら、これらの判断についても、その内容によっては、裁判員制度の趣旨に照らしまして国民の感覚を反映させることが有意義な場合もあり得ますし、現実にも、これらの問題について、事実認定や量刑など裁判員の関与する判断とともに評議が行われまして、これらのみを切り離し裁判官のみで議論することは不自然な場合もあると考えられます。 そこで、本法案では、裁判官は、その合議により、裁判員及び補充裁判員に対しこれらの判断に関する評議の傍聴を許しまして、その意見を聞くことができるとしているところでございます。
○桜井委員 さて、御答弁いただいたような判断について、原則として裁判員が関与しないとなりますと、その判断をするための審理、例えば法令の解釈や訴訟手続に関する判断をするだけのための証拠調べも、裁判員の関与なしに行うということになるように思われます。 そこで、お伺いをいたします。専ら法令の解釈や訴訟手続に関する判断についての審理には、裁判員は加わるのでしょうか。お伺いをいたします。
○山崎政府参考人 この法案の六条三項でそれぞれの権限を規定しているわけでございますが、裁判官と裁判員が一緒に審理をするというものについて協働で行うわけでございますけれども、これ以外の審理につきましては裁判官のみで行うということになりますので、必ずしも裁判員はこの審理に加わるということにはならないということになろうかと思います。 しかしながら、裁判官は裁判員が関与しない判断についても裁判員の意見を聞くことができるということの手当てをしております。また、その前提として、審理立ち会いを認めることが有意義な場合もあるということが考えられますことなどから、裁判所は裁判官の合議により裁判員の審理立ち会いを許すことができるというような規定を設けているわけでございます。
○桜井委員 ここで少し論点を変えまして、判決の内容が記載された文書、すなわち判決書についてお伺いをいたします。 判決書は、裁判員と行った評議の結果に基づいたものでなくてはならないのは当然であります。また、裁判員が関与する場合の審理と同様、評議についても、裁判員とともに行う以上、めり張りのあるものでなければなりません。 そこで、裁判員との評議の結果に基づいて作成される判決書についても、現在の実務でしばしば見られるような長文のものは無理ではないかとの指摘がなされているようであります。しかし、裁判員が関与するといっても、判決書にきちっとした理由が示されていなければ、被告人、被害者や関係者、さらには社会の納得が得られることができないものではないかと思われます。また、上告された場合にも、判決内容が正しいかどうかについて審査が十分にできるのかという疑問も出てまいります。 そこで、お伺いいたします。裁判員が関与する場合には、現行の裁判官のみによる場合の判決よりも簡略なものとすべきであるという意見もありますが、どのようにお考えでしょうか。お伺いをいたします。
○野沢国務大臣 裁判員の参加する刑事裁判の判決書につきましては、事案ごとに個々の裁判所がお決めになることでございますが、司法制度改革審議会の意見で御指摘があるとおり、判決の結論の正当性それ自体を示していることが極めて重要でございます。また、当事者及び国民一般に説明してその納得や信頼を得ることとともに、上訴による救済を可能ないし容易にするために、判決書には実質的な理由が示されることが必要であると考えております。
○桜井委員 どうもありがとうございました。 本日は、裁判員、裁判官の権限と判決書について御質問させていただきました。 本会議の際に御質問させていただきましたので、ここでは繰り返し質問することはいたしませんが、この裁判員制度は、国民に義務として裁判に参加していただく制度ですから、国民の方に積極的に参加しようという気持ちが生まれてこなければ制度はうまく動かないと思います。この制度が円滑に導入され十分にその機能を果たすために、広く国民の協力を得ることは不可欠であります。しかしながら、現状では、裁判員制度を実際に支えていただく国民の方々の理解と支持がまだまだ十分に得られていないように私は感じております。 政府及び最高裁判所においては、今後、制度の意義やその内容について、精力的な広報活動を行い十分な理解が得られるよう努力していくことが必要であります。本日質問させていただいた裁判員の権限や判決書への関与の有無などにつきましても、十分な広報活動を行っていく必要があると考えております。 以上をもちまして、私の質問を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。
○下村委員長代理 上田勇君。
○上田委員 公明党の上田勇でございます。 きょうは、両法案につきまして何点か質問させていただきますけれども、両法案とも、今国民の関心が非常に高い法案でありまして、特に、一般の国民にも直接関係をしてくるという意味から、非常に関心が高い内容のものであるというふうに考えております。 初めに、裁判員の参加する刑事裁判に関する法律案について何点かお伺いをいたします。 私は、全く素人の立場で、もし自分が裁判員に選任されたときはどうなるんだろうかというようなことを想定してみながら、幾つか疑問に思うような点を質問させていただきたいというふうに考えております。 今回の法案というのは、我が国でも裁判員制度、国民が参加するそういう裁判を導入するということでありまして、その背景には、やはり、プロの法律家だけで運営されている裁判に対する国民からの疑問、不信、そういったものがあるのではないかというふうに思っております。そういう一般の国民の常識あるいは感覚、そうしたことが裁判制度の中に生かされていくという意味で、司法の信頼性を向上していくという今回の試み、これは評価できることだというふうに思っております。 アメリカの映画とかテレビドラマとかを見ていると、優秀で正義感にあふれた弁護士が雄弁を振るって陪審員を説得することによって、圧倒的に不利な条件をひっくり返して正義をかち取るというようなストーリーのものがよくあります。 これはやはり、法律家の伝統とか権威で塗り固められている司法システムに、陪審員の、庶民の常識がそれを打ち破るというようなところが快感になるということでそういうものが多いんじゃないかというふうに思うんですけれども、フィクションの世界では、確かにそれで拍手喝采でいいわけでありますが、現実の世界で、やはり裁判というのは公正で正確なものでなければならないことは、もう間違いがありません。 陪審員制度を採用しているアメリカでも、陪審員の先入観、例えば人種的なものであるとか宗教的なものであるとかなどによって、必ずしも公正な判決が確保されていないというようなこともよく言われます。以前あった、有名な元フットボール選手の殺人事件に関する裁判などでも、裁判をどの場所で開催するかとか陪審員にどういう人たちを選ぶかなんというのが、その結果にも大きく影響したなという分析もございます。 日本においては、それほど極端ではないにしても、被告人が、そういう裁判員の制度を導入した場合に、公正な裁判がなかなか期待できないんじゃないかなと思うようなケース、というような場合もあるのではないかというふうに思うんですね。 例えば、被告人が、外国人である場合だとか、あるいは既に非常に大きく報道されているような犯罪グループと関係があるような人間であった場合だとか、そういった場合とかは、どうも、一般の感覚からいうと、事件そのものの内容いかんにかかわらず、初めから有罪が決まってしまうのではないかというようなおそれも抱くことがあるんじゃないかというふうに思うんです。 そうした場合には、例えば被告人が裁判員によらないような訴訟手続を求めることができるようにすることも一案ではないのかなというふうに思うんですけれども、そのあたりについての御見解をお伺いしたいというふうに思います。
○野沢国務大臣 被告人が裁判官のみによる裁判を求めることができるようにすることにつきましては、司法制度改革審議会の意見の指摘するとおり、裁判員制度そのものが、個々の被告人のためというよりは、国民一般にとって、あるいは裁判制度として重要な意義を有するがゆえに導入するものである以上、訴訟の一方当事者である被告人が、裁判員の参加した裁判体による裁判を受けることを辞退して裁判官のみによる裁判を選択することは、認めないこととすべきであると考えておるところでございます。 しかしながら、法案におきましては、法に従った公平な裁判が行われるようにするためには、以下のような手当てをいたしておるところでございます。 すなわち、第一に、事件関係者や不公平な裁判をするおそれがある者などを裁判員に選任しない制度を設けていること、第二番目が、裁判官と裁判員とが十分に評議を行う過程を通じて適正な結論に到達することが予定されていること、第三に、法令の解釈については裁判官のみが判断権限を有するとともに、裁判員の関与する判断は裁判官及び裁判員の双方の意見を含む過半数の意見によることとされていることといった手当てをしておるところでございます。 また、裁判員等に対する加害行為が行われるおそれがあり、そのために裁判員が畏怖し、裁判員の関与が非常に困難と認められるような事件につきましては、例外的に裁判官のみで審判することができることとしておるところでございます。
○上田委員 ありがとうございます。 これまでいろいろな論議があって、また、そうしたことにも対応するためにいろいろな手当てもした法案となっているという点については理解はいたしますけれども、ただ、例えば自分が裁判員になったとしたときに、その事件にかかわる者が、例えば過激派のメンバーにかかわるような裁判だった、そうすると、その事件そのものの内容、証拠だとか、そういったことをいろいろと考える前に、あらかじめ、何かそれは有罪だというような先入観に本当に支配されてしまうんじゃないのかなというような心配もぬぐい去れないわけでありますので、いろいろとそういったことに対応するための手当てなども設けられておりますので、やはり運用するに当たっては、そういったところは慎重にしていただかなければいけないんだろうなというふうに思います。 もう一つ、一般の人が裁判員に選任された場合には、時間的な拘束などといった、そういう物理的な負担のみならず、やはりかなりストレスも感じるんじゃないのかなと。やはり、人を裁くわけでありますので、そういうストレスもかなり大きくなるということも想定されます。 法案の第十六条には辞退理由についていろいろ書かれているんですけれども、もう少し、この辺は幅広く柔軟に認めていいのではないのかなというふうに感じられます。 例えば、思想、信条というのでしょうか、例えば死刑制度に反対である、なのに、死刑がかかわるような、そういうような事件の裁判員に選出された、これはもう相当なストレスになるかもしれませんし、もっと簡単なことで言うと、なかなか自分は気が弱くてしっかりとした自分の考えを言ったりすることというのは苦手なんだとか、あるいは、若干不適切な言い方かもしれませんが、緊張するとうまくしゃべることができない、そういうような人というのもいるわけでございます。 こうした点について、その辞退理由についてもう少し幅広く認めることがあってもいいのではないかというふうに考えますけれども、この辺、運用についてはどのようにお考えになるんでしょうか。
○野沢国務大臣 国民一般の感覚を裁判に反映させるという裁判員制度の趣旨からいたしまして、また、最終的に選任される裁判員の資質、性向に偏りが生じないようにするためにも、裁判員はできるだけ幅広い層の国民の中から選任されることが望ましいところでございまして、容易に辞退を認めることといたしますと、これは相当ではないと思われるところでございます。 しかしながら、国民に過重な負担がかかることは妥当ではないということで、法案の第十六条第七号では、やむを得ない事由があるものを辞退事由としておりまして、国民の負担に配慮しておるところでございます。 また、同法の政令の具体的内容につきましては今後検討していくこととしておりますが、思想、良心の自由等の憲法上の権利を侵すこととなるような義務づけを行うことは許されないところでありますから、そのような場合には辞退することができることを政令において何らかの形で今後明らかにすることとしたいと考えております。
○上田委員 ありがとうございます。 裁判員を務めるということも、今御答弁にあったように、やはり国民の義務であることには変わりはないので、ただ単に嫌だというだけで辞退をするということはいけないのかもしれませんけれども、ただ、相当そういう心理的なストレスが高まるでしょうから、これから実際に運用するときには、例えばそういう心理学などの専門家の意見なども聞いて、どうしてもそういうところに耐えられないというような方についてはやはり柔軟な対応が必要なのではないのかなというふうに思います。これも、今後、実際に運用していく際に心がけていただければというふうにお願いをいたします。 次に、今回、この裁判員が参加する事件、これはこの法案で第二条第一項で重大事件に限られているわけでありますけれども、もちろん、社会的な関心が集まる重大事件について国民の声を入れるということの重要性というのはよくわかるんですが、一方、これから初めて導入するものの定着を図るという意味で、いきなりそういうような世の中の関心が全部集まっている事件となると、裁判員にかかる負担というのもかなり大きくなっていくのではないかというふうに思います。 そういう意味では、比較的軽い事件から最初に導入するというような考え方もあるのではないかというふうに思いますし、その方が、例えば、事前の報道などもそんなにないので予断を持った判断ということにもならないでしょうし、審理日数も短いでしょうから裁判員制度のメリットなどがより発揮しやすいのではないのかな、そういうふうに思います。 そこで、今回の法案で裁判員が参加する事件を重大事件に限定したという理由は何か、その辺、お伺いしたいというふうに思います。
○山崎政府参考人 御指摘のように、どこの範囲にこの制度を導入していくかということは、さまざまな意見があり得ると思います。 全面的にすべての裁判を裁判員裁判の対象にするということは現実論として難しいだろうということから、どこかで範囲を画さざるを得ないということになります。その場合に、ただいま委員御指摘のような比較的軽いものについてという考え方もあろうかと思いますけれども、今回、私どもは、その逆の方向を選択しております。 問題は、やはり国民の方に義務を課してやっていただくわけでございますので、非常に負担もあるわけでございます。どうせやっていただくなら、国民の方が一番関心が高い、それから、やはり重大なものについてお願いをするということ、社会的にも影響の大きな事件ですね、こういうものについてお願いをするという方がいいのではないかというふうに考えたわけでございまして、軽くて短時間だからお願いをするといったときに本当に国民の方がそれで納得をされるかどうかという点、こういう点も考慮いたしましてこのような選択をしたということでございます。
○上田委員 わかりました。 それでは、次に、刑事訴訟法一部改正案につきまして、何点か、これは若干細かい点も含めまして御質問させていただきたいというふうに思います。 まず、連日的開廷についてお伺いしたいというふうに思います。 今回の法案では、「審理に二日以上を要する事件については、できる限り、連日開廷し、継続して審理を行わなければならない。」とされております。 現在の裁判は、聞くところによりますと、一般的には一カ月に一回ないし二回程度の割合で公判が開かれているというのが多いようであります。そういう運用がなされていることには、これまでのいろいろな経緯やいろいろな理由があるのかというふうには思いますけれども、やはり一つの問題は、分散して議論をするよりも集中して短期間に議論した方が効果的で内容も充実するのではないかというふうに思っております。あらかじめ十分な準備をした上で、できる限り集中的、連日的に公判を開くというのが適当かというふうに思います。今回、裁判員の制度を導入されると、さらにそういうような要請が強くなるのではないかというふうに考えます。 しかし、一方では、事件によってはどうしても毎日開くことができないというふうなことも伺います。そして、必ずしも毎日開くことができないその原因のすべてが被告人側の問題だけに限っているものでもないというふうに承知をしております。 そこで、審理に二日以上要する事件についてはどんな事件でも毎日公判を開かなければならないということなんでしょうか。また、仮に毎日公判を開くことができなかったといった場合にはどういうようになるんでしょうか。御見解を伺いたいと思います。
○野沢国務大臣 審理を促進する意味で、連日的開廷の原則を定める刑事訴訟法改正法第二百八十一条の六の第一項、その適用対象を特に限定しておりませんので、刑事事件一般について連日公判を開かなければならないことが原則となります。 しかし、同項が「できる限り、」と規定しているとおり、連日公判が不可能あるいは適当でない場合にまで連日公判を義務づけているものではございません。また、同項は訴訟進行に関するいわゆる訓示規定でございますので、その違反に対する規定は特にございません。
○上田委員 ありがとうございます。 何事にも原則と例外がありますので、当然のことであろうというふうには思います。 この件については、一部に、裁判の迅速化、これは必要であるけれども、そこを余り強調し過ぎると被告人の人権に対する配慮がないがしろにされるのではないか、そういった懸念の向きもありますので、運用に当たっては、やはりここもまた適切、慎重に対応していただきたいというふうに思います。 続いて、訴訟指揮に関してお伺いしたいというふうに思います。 集中的に公判を開き、刑事裁判の充実、迅速化を実現していくためには、期日指定等について裁判所の訴訟指揮の実効性が担保できないとどうしようもないというふうに思います。 私は、裁判の運営というのは、裁判所がやはり責任を持って行って、関係者は基本的に、よほどの理由がない限り、それに沿って行うのが原則だろうというふうに考えます。中には、聞くところによりますと、意図的な引き延ばしと思われるような対応もなくはないというふうにも伺っております。 そこで、お伺いをいたしますが、この期日指定等に関する裁判所の訴訟指揮の実効性を担保するため、今回の法案では具体的にどのような制度を設けるということにしているんでしょうか。 〔下村委員長代理退席、委員長着席〕
○野沢国務大臣 今回の刑事訴訟法の改正法案では、裁判所の訴訟指揮の実効性を担保するために、次に申し上げるような制度を設けることとしておるところでございます。 すなわち、第一に、弁護人が公判期日等に出頭しないおそれがあるときなどに、裁判所が当該弁護人とは別に国選弁護人を選任できることとする制度でございます。 第二が、裁判所による出頭命令に従わなかった検察官、弁護人に対する過料の制裁を設けるとともに、裁判所は、制裁を受けた検察官、弁護人を監督する者に対し、適当と認められる処置をとることを請求するものとする制度でございます。 第三が、裁判長による尋問等の制限に検察官、弁護人が従わなかった場合に、これらの検察官、弁護人を監督する者に対し、適当と認められる処置をとるべきことを請求することができるものとする制度を設けたところでございます。
○上田委員 どうもありがとうございます。 今、大臣から御答弁ありましたように、裁判所の出頭命令等に従わなかった検察官、弁護人については過料の制裁を科すとか処置請求をすることができるということに今回の法案ではなっているわけでございますけれども、それによって、裁判引き延ばしのための出頭拒否というようなことを防いだり、裁判所の訴訟指揮に実効性が担保されるのではないかというふうに思っております。 そこで、その処置請求に関して、この処置請求を裁判所から受けた者は必ず何らかの処置をとるべきことが義務づけられることになるのでしょうか。お伺いしたいと思います。
○山崎政府参考人 法文にもございますように、請求を受けた者は「適当な処置」をとらなければならないということになりますけれども、何が「適当な処置」であるかということにつきましては、処置請求を受けた者が判断をするということになっております。 したがいまして、請求を受けた者は法令上の懲戒処分等の懲戒措置をとることを義務づけられるわけではなくて、何らかの積極的な措置をとるべきか否か、これを検討した上で、結論としては積極的な措置をとらないとすることも「適当な処置」に含まれるというふうに考えているわけでございます。
○上田委員 わかりました。 いろいろなバランスの上からその程度のことはやむを得ないのかもしれませんが、これは、そういう裁判の遅延を防止するという観点からどこまでそれで本当に実効が上がるのかといったこと、少し疑問に思わざるを得ませんが、ぜひ裁判が迅速、的確に行われるように、これからまた運用に当たって御努力をしていただきたいというふうにお願いをいたします。 次に、即決裁判手続について何点かお伺いをいたします。 裁判員制度が導入され、連日的開廷が実現されるということでありますけれども、それに伴いまして、裁判所を初め法曹関係者、この業務負担というのは現在よりもかなりふえてくるのではないかというふうに思います。その一方で、今、犯罪も増加しておりますし、複雑化している中で、司法の役割というのも大きくなっているわけでございます。 もちろん、そうした増大する負担に対しては人的な体制や物的な体制の整備を進めることが重要ではありますけれども、そうはいっても、それについてはやはり限界があるわけでありますので、いかにして重大な事件と比較的簡単な事件との間のめり張りをつけていくのか、そういったことが重要なんだろうというふうに思います。そういう意味で、この即決裁判手続、これは意義のあるものじゃないかなというふうに思います。 それで、確認としてお伺いをいたしますけれども、この即決裁判手続を今回新設するその趣旨、並びに、それによりましてどういうメリットがあるのか、御見解をお伺いいたします。
○野沢国務大臣 即決裁判手続の趣旨は、争いのない簡易明白な事件について、裁判を簡易迅速に行うことによりまして、手続を合理化、効率化することにございます。 また、これによりまして、被告人が従来の手続よりも早期に裁判手続から解放され得るようになること、また、争いのある事件や裁判員制度の対象事件の捜査・公判手続に人員その他重要な資源をより重点的に投入することが可能になる、こういったメリットを期待するところでございます。
○上田委員 争いのない簡易明白な事件が対象ということでありますけれども、この点についてもう少し具体的に確認をしたいと思いますが、どのような事件がこの即決裁判手続によって審理されるのでしょうか。その具体的な、ちょっと事例も含めて御答弁をいただければと思います。
○山崎政府参考人 即決裁判手続でございますけれども、事案が明白かつ軽微であって、証拠調べも速やかに終わると見込まれる、こういうような事情やその他の事情を考慮いたしまして、相当と認めるときに、被疑者の同意がある場合に限って行われるということでございますし、また、この手続では、懲役、禁錮の実刑判決を言い渡すことはできないというふうにされております。罰金は実刑の罰金の判決ができますけれども、懲役、禁錮については実刑判決を言い渡すことができない、こういう制約がございます。 また、その対象の事件でございますが、現在、簡易公判手続という簡単に終了する手続があるわけでございますけれども、これと同じように、死刑、無期懲役または禁錮、短期一年以上の懲役または禁錮に当たる罪についてはこの申し立てをすることができない、こういう手当てをしているわけでございます。 したがいまして、簡易明白で執行猶予相当の事案が即決裁判手続によって審理されるということになろうかと考えられます。
○上田委員 ありがとうございます。 私、この即決裁判手続、とかく日本の裁判は時間がかかる、なかなか結論が出ない、もう結論がだれもが納得しているようなことでもなかなか時間ばかりがかかるというような使い勝手の悪さが指摘をされている中で、こうした、今非常に限定した対象ではありますけれども、即日、そういう即決の裁判ができるというような新しい制度が導入されるということは非常に評価できるものではないかというふうに思っております。 ただし、迅速性を余りにも追い求めるために正確さや関係者の権利が侵害されることになってはならないわけでありますので、その辺はやはり、また運用に当たっては慎重を期していく必要があるのではないかというふうに考えております。 最後に、もう時間もなくなりましたが、公的弁護制度の整備についてお伺いをいたします。 今回、新たに被疑者に対する公的弁護制度を導入いたしまして、被疑者段階と被告人段階とを通じた一貫した弁護体制ができるようになった。これは被疑者、被告人の権利を保障するという観点から非常に大きな改善であるというふうに高く評価をしているところであります。 このような重要な意義を有する公的弁護制度でありますけれども、その対象事件については、今回の法案の施行当初は非常に範囲が限定をされております。一定期間を経過した後にこれをいわゆる必要的弁護事件にまで拡大することとされているわけでありますけれども、ちょっと時間もありませんのでまとめてお伺いをいたしますが、そうなりますと、それぞれの段階で対象事件数、相当大きくなってくるのではないかというふうに思いますが、大体、想定されている事件数、これは多分、それぞれの段階で想定される事件数と、今後さらにその対象を拡大していった場合に、そうするとその事件数もまた随分と、何倍にも多くなるのではないかと思いますが、それに対して実効的に対応するために政府としてどういうような方策を考えておられるのか、お伺いをしたいというふうに思います。
○山崎政府参考人 まず、事件数だけについて、私の方から申し上げたいというふうに思います。 この改正法の施行当初は、司法過疎地域の問題がございますので、対象事件を死刑または無期もしくは短期一年以上の懲役もしくは禁錮としているわけでございます。この対象事件で勾留された被疑者の数は、平成十四年の統計で約一万人ということでございます。 それから、改正法施行から約三年程度が経過した後に、対象事件を死刑または無期もしくは長期三年を超える懲役もしくは禁錮に拡大するということにしておりますけれども、この対象事件で勾留された被疑者の数は、平成十四年の統計で約十万人となるということでございます。 いずれにしましても、これで、この人数が最大限ということでございまして、実際の対象事件については、どの程度の被疑者が請求をするか、あるいはその請求をした被疑者のうち選任要件に該当する者はどの程度かということによって影響を受けることになりますので、現在から完全な数字を推測することはなかなか難しい、こういう状況でございます。
○野沢国務大臣 公的弁護制度の大幅な対象事件数の増加にどう実効的に対応するかというお尋ねでございますが、政府といたしましては、今通常国会に総合法律支援法案を提出しておるところでございます。同法案に基づいて設けられる日本司法支援センターが、契約により弁護士を確保し、司法過疎地域にも事務所を設けることなどによりまして、全国的に充実した弁護活動を提供し得る体制を整備することにしております。これによりまして、改正法施行から三年程度経過した後には、公的弁護制度の対象事件を拡大いたしましても、これに実効的に対応できるものと考えておるところでございます。
○上田委員 以上で終わります。
○柳本委員長 御苦労さま。 午後三時三十分から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。 午後零時一分休憩 ————◇————— 午後三時三十一分開議
○柳本委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 再開に先立ちまして、民主党・無所属クラブの各委員に出席を要請いたしましたが、御出席が得られません。やむを得ず議事を進めます。 内閣提出、裁判員の参加する刑事裁判に関する法律案及び刑事訴訟法等の一部を改正する法律案の両案を議題といたします。 本日は、両案審査のため、参考人として、近畿大学教授佐藤幸治君、三鷹市長清原慶子さん、前日本弁護士連合会会長本林徹君、以上三名の方々に御出席いただいております。 この際、参考人各位に委員会を代表して一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただき、審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。 次に、議事の順序について申し上げます。 まず、佐藤参考人、清原参考人、本林参考人の順に、それぞれ二十分程度で御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。 なお、御発言の際はその都度委員長の許可を得て発言していただくようお願いいたします。また、参考人から委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、御了承願います。 それでは、まず佐藤参考人にお願いいたします。
○佐藤参考人 佐藤でございます。 平成十三年六月十二日に司法制度改革審議会は最終意見書を内閣に提出いたしました。以来、皆様の格別の御尽力によりまして、意見書の提言が着実に具体化、実現してきていることに、大変うれしく思いますとともに、皆様に対して心からの感謝の意を表したく存じます。そして、きょうまた、裁判員制度の導入等に関連して参考人として意見を述べる機会をいただきまして、ありがとうございます。 取り上げるべき論点は多岐にわたっておりますが、改革審議会以来のこの司法制度の改革に関係してきた私の立場やあるいは私の専門等に照らしまして、裁判員制度を中心に、しかもその中でも重要と思われる、あるいは世上関心を持たれていると思われる論点に絞ってお話し申し上げたいと存じます。 まず最初に、そもそもなぜ裁判員制度かについて所見を述べたいと思います。 一口で言えば、国民の主体的、自律的な営みを支える国民の司法、これを確立するために不可欠の制度であるということであります。 改革推進本部顧問会議は、一昨年の七月の会議で、本部長である小泉総理の意を体しまして、「国民一人ひとりが輝く透明で開かれた社会を目指して」と題するペーパーを取りまとめました。そして、その中で、「二十一世紀の日本を支える司法の姿」として、一つは「国民にとって身近でわかりやすい司法」、ファミリアな司法、「国民にとって頼もしく、公正で力強い司法」、フェアな司法、それから三番目に「国民にとって利用しやすく、速い司法」、ファストな司法という三つのFの司法像を描きまして、それを実現するためには、改革審議会意見書で提案しました改革の三本の柱、すなわち、制度的基盤の整備、人的基盤の拡充、国民の司法参加、これを確実に推進、実現することが必要であるということを訴えたものであります。 今国会にかけられている裁判員制度の導入は、まさに国民の司法参加の核をなす制度でありまして、それを確立しようとするものだというように理解しております。 三権の一つである司法は、これまで国民から遠い存在でありました。日本は明治維新によって近代国家の建設に乗り出しましたが、圧倒的な行政主導体制でありました。第二次大戦後、制度的仕組みは大きく変わったように見えますけれども、圧倒的に行政が主役であるという点は根本的に変わらなかったように思われます。司法は、そういう主役である行政の背後にともすれば小さくかすみ、それだけにかえってお上中のお上といった趣さえ呈していたのではないかと思われてなりません。 しかし、こうした仕組み、やり方ではもはや日本は立ち行かない、司法はもっと大きな役割を引き受けなければならないということが、一九九〇年前後を境に明白になってきたように思われるのであります。 そもそも、自律的個人を基礎に自由で公正な社会を築こうとする立憲国家にありましては、政治的正義にかかわる公共的討論の場、これを政治のフォーラムと呼んでおきますが、そういうフォーラムと、司法的正義にかかわる公共的討論の場、法原理のフォーラムと呼んでおきますが、この二つによって構成される公共性の空間というものを必要とするというように考えております。 政治のフォーラムは基本的に国民一般を対象とするのに対して、法原理のフォーラムは具体的生活状況の中にある個別的国民を対象に正義の実現を図ろうとするというところに特徴があるというように考えております。日本はこれまでいわば片肺飛行を続けてきたのでありまして、司法制度改革は、まさに国民の具体的生活に深く根差した司法のフォーラムを拡充し、本来の双発飛行を現実化しようとするものであるというように理解しております。 平成十四年十一月、参議院の法務委員会に参考人として呼ばれた際に、同じく参考人の四宮弁護士が、法律専門家はこれまでの司法の独占者から国民の社会生活上の医師、お医者さんへと転換し、国民の主体的、自律的営みに貢献しなければならないという趣旨の御発言をなさいましたが、その御発言も今私が申し上げたような文脈で受けとめることができるのではないかというように理解している次第であります。 このような司法のフォーラムを実現しようとすれば、司法が国民の中にしっかりした基盤を持ち、国民によって支えられることが必要であります。 改革審議会意見書は、改革の三本目の柱である国民的基盤の確立、国民の司法参加に関連して次のように述べております。「統治主体・権利主体である国民は、司法の運営に主体的・有意的に参加し、プロフェッションたる法曹との豊かなコミュニケーションの場を形成・維持するように努め、国民のための司法を国民自らが実現し支えなければならない。」国民の司法参加にはいろいろな方法がありますけれども、刑事の場での裁判員制度はその核をなすものであります。 裁判員制度に関して、もう一点強調しておきたいことがあります。それは、その導入の歴史的意義についてであります。 三谷東京大学名誉教授がそのすぐれた研究において明らかにされているところでありますが、明治維新、明治憲法制定期において既に国民の司法参加の問題が真剣に語られていたということであります。そのときは結局は実現しなかったのでありますが、大正十二年、一九二三年三月二十一日、いわば大正デモクラシーの産物として陪審法が成立いたしました。 それに最も貢献した政治家原敬は、枢密院での会議でこう述べております。陪審の現実は、人民をして司法事務に参与せしむるにあり。我が国においては議会を設けられ、人民が参政の権を与えられたるに、ひとり司法制度は何ら国民の参与を許されざりき。憲法実施後三十年を経たる今日においては、司法制度に国民を参与せしむるは当然のことなり。 この法律は昭和三年から十八年まで実施されましたけれども、厳しい戦争状況の中で停止されました。戦後、その復活ないし新制度の導入が話題となりながら、結局は具体化しなかったのであります。ただ、裁判所法三条三項に、「この法律の規定は、刑事について、別に法律で陪審の制度を設けることを妨げない。」とあります。この規定は、その当時の状況の片りんをかいま見させるものではないかと思われます。 英米的な陪審制であれ、ヨーロッパ大陸的な参審制であれ、何らかの国民の司法参加が近代刑事訴訟の根底を形成しているものであるということでありますが、日本も、ここに来てようやく、新しい時代環境のもとに歴史的な宿題を果たし、国民がより信頼できる、よりよい刑事司法をつくろうとしているというように考えるものでありまして、裁判員制度の導入に心から賛同し、その実現を期待しているものであります。 次に、法案の制度設計に関する若干の具体的な論点について述べたいと思います。 裁判員制度は、広く一般の国民に参加の義務をお願いすることになりますが、従来、長らく経験するものでなかっただけに、国民の間である種の戸惑いのようなものがあるであろうということは十分推測できることであります。 根本的には、既にお話ししましたような今般の司法制度改革の趣旨、スリーFの司法、国民にとって身近で頼りがいのある司法を築くために、国民自身に一肌脱いでもらわなければならないということを理解してもらうように努めること、根本的にはそういうことだと思いますが、もう少し具体的に述べれば、国民の参加意欲を阻害しないよう工夫し、そして、実際に裁判員になった国民が参加してよかったと実感してもらえるようにするということがポイントであろうというように思います。 裁判員制度の趣旨は、裁判内容に法律の専門家ではない国民の健全な社会常識がより反映されるようになることによって、国民の司法に対する理解と支持が深まる、これを期待するところにあります。そのような観点から、そしてまた、公正なよき裁判を実現するという国民の共同利益のための負担は広く社会全体が担うべきであるという観点から、裁判員は一般の国民、法律案では「衆議院議員の選挙権を有する者」とありますが、そこから無作為にリストアップされた人の中から選ぶとされていることに賛同いたします。それは、もとより審議会意見書の求めていることに適合するものであります。年齢の下限を二十五歳あるいは三十歳とするという考え方もあったようでありますけれども、二十歳とするということで結構ではないかというように考えている次第です。 裁判員の欠格事由、就職禁止事由、辞退事由、事件に関連する不適格事由等、あるいは裁判員等選任手続の方式、理由を示さない不選任の請求等々について、基本的に私は賛同するものであります。 なお、辞退事由の十六条七号に「次に掲げる事由その他政令で定めるやむを得ない事由」とあり、これに関連して、政府は、思想、信条により裁判員になることを望まない人は辞退可能と政令に明記する方針を固めたというような報道がございました。確かに、例えば死刑をめぐる微妙な問題もあろうかと思いますが、国民の一般的な法義務を思想、信条を理由に免除することには、なお慎重に考えるべきところがあるように思われます。この点、政令での書き方に十分注意していただきたいというように考えております。 対象事件についてであります。 審議会意見書は、「法定刑の重い重大犯罪」とし、その範囲に関しては、「例えば、法定合議事件、あるいは死刑又は無期刑に当たる事件とすることなども考えられるが、事件数等をも考慮の上、なお十分な検討が必要である。」と述べておりました。この点、法律案は、「死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に当たる罪に係る事件」、それから、裁判所法二十六条二項二号に掲げる事件で「故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪に係るもの」というように定めております。 これですと、裁判体を構成する裁判員を六人とした場合、事件数は約二千八百、選任数は約二万五千人、召喚数は約十二万七千人ほどになると言われております。そして、一生涯のうち選任される人の割合は六十八人に一人、召喚される人の割合は十四人に一人ということであります。国民の負担等も考え、まずこの辺から出発するということも賢明ではないかと考えている次第であります。 裁判体の構成、すなわち裁判官と裁判員の数をどうするかということが大きな争点になりました。いろいろな主張がなされたということは承知しておりますが、法律案では、それぞれ、三人と六人、公訴事実に争いがないというような場合には一人と四人ということとされております。この点、審議会意見書は、「裁判員の主体的・実質的関与を確保するという要請、評議の実効性を確保するという要請等を踏まえ、この制度の対象となる事件の重大性の程度や国民にとっての意義・負担等をも考慮の上、適切な在り方を定めるべきである。」としていたところであります。 裁判官に対する基本的な信頼をベースに、裁判員の実質的関与を確保する、裁判員が参加してよかったと実感してもらえるようにするという観点から、スタートとしてはこの辺がいい線ではないかというように評価している次第であります。実態を見て、必要があれば将来また見直せばいいというように考えております。 さる新聞社の世論調査によりますと、参加する場合、必要だと思う条件として、裁判のやり方を一般市民にわかりやすいものにする、あるいは、拘束時間が長くならないよう審理のスピードを速めるということを挙げる回答が多かったようでございます。このような反応は当然のことでありまして、裁判員制度の導入は、まさにこういう結果を引き起こそうとして、それをねらいとしていると言ってもいいと思います。 法律案が公判前の整理手続等を設け、それから、これは五十一条でございますが、「裁判官、検察官及び弁護人は、裁判員の負担が過重なものとならないようにしつつ、裁判員がその職責を十分に果たすことができるよう、審理を迅速で分かりやすいものとすることに努めなければならない。」と定めておりますが、証拠開示の徹底を図り、公判準備手続で十分に争点を絞り込み、連日開廷を実現して、関係者はわかりやすい表現で議論を展開する、そういう姿を期待しておるところであります。 お話ししたいことはほかにもありますが、最後に、裁判員の守秘義務のことについて言及しておきたいと思います。 裁判員の守秘義務について、懲役刑まで科すのは行き過ぎではないかという意見も強いようでございます。ただ、お金をもらって、だれがどう言った、ああ言ったというようなことが明らかになるというようなことがあるとしますと、裁判員になることへの大きな阻害要因になるということを恐れます。と同時に、裁判員制度が国民の間に定着し、所期の機能を果たしていくようにするためには、経験の共有といいますか、裁判員の役割というものについて十分な情報を国民が持つ必要があります。 どの辺まで言っていいのか、どこまで言ったら危ないのかということの判断に関して、私は国民の良識を信ずるものでありますが、裁判員制度をスタートするに当たって、法律案のような制裁を設けることもやむを得ないのではないかというように思います。と同時に、懲役といった刑はごくごく悪質なものに限って適用することとし、そして、守秘義務の範囲に関して、関係者の意見を集約する適切なガイドラインのようなものが明らかにされることを期待したいと思います。 最後であります。口幅ったいことでありますけれども、裁判員制度導入の文明史的意義と言ったら大げさでありますが、そのようなものに触れて終わりにしたいと思います。 日本は、戦前は富国強兵を目指して失敗しました。戦後は富国を目指して懸命に努力し、成功をおさめると同時に、その限界を思い知らされたというように思います。もちろん、経済は依然として大事であります。ありますが、それを上手に生かす政治と文化、これが二十一世紀の日本にとって極めて重要であるというように考えるものであります。 また、別の観点からいいますと、戦前は滅私奉公が強調され、戦後はそれへの反動からか、私中心で、公共的なものへの意義、公共の意義をともすれば軽んじ、公といえば官、官といえば公といったように、公を官にゆだねてしまいました。そして、国民主権のもとで、公、公共なるものを国民みずからの課題としてはぐくむ努力をやや怠ったところがあるように思われるのであります。 日本がこれまで達成した成果を踏まえながら、二十一世紀にあって、さらに活力のある自由で公正な社会を築こうとするならば、政治と文化、それから新しい公共的なもの、公共性の空間、こういうものを構築する必要があるのではないか。そして、裁判員制度の導入は、そのような方向に向けて我々が歩み出す象徴的かつ実際的な大きな一歩であるというように信ずるものであります。 雑駁な話でありますが、御清聴ありがとうございました。(拍手)
○柳本委員長 ありがとうございました。 次に、清原参考人にお願いいたします。
○清原参考人 三鷹市長、裁判員制度・刑事検討会委員の清原慶子でございます。どうぞよろしくお願いいたします。 本日は、法務委員会におきまして、裁判員制度についての御審議に当たり、参考人として意見陳述の機会をいただきまして、どうもありがとうございます。 本日、配付させていただきましたレジュメに沿いまして、大きく五点について意見を述べさせていただきます。 まず、第一点に、制度導入の意義についての意見でございます。 裁判員制度は、司法制度改革審議会の意見書にもありますように、国民の常識を刑事裁判に反映させるという司法への新しい国民参加の形であり、大変有意義な取り組みであると考えます。 意見書では、国民の司法参加について言及する中で、より強固な国民的基盤を得ることを目的に、「広く一般の国民が、裁判官と共に、責任を分担しつつ協働し、裁判内容の決定に主体的、実質的に関与することができる新たな制度を導入」すべきであるとしています。私は、この意見書の趣旨を具体化するために、ぜひともこの制度の実現と着実な運営の定着を願う者の一人でございます。 言うまでもなく、憲法で国民主権を掲げる日本では、これまで、立法、行政、司法の三権分立の中で国民主権の実現を図ってきています。私は、これまでの日本の三権分立を尊重した民主主義のあり方と、現在のそれをさらに向上させようとする立法、行政、司法の改革の動きについて、誇りを感じ、注目しております。 国では議院内閣制、自治体では二元的代表民主制と、制度は異なりますが、国会は国権の最高機関であり唯一の立法機関であるとの位置づけのもと、国民には選挙権、被選挙権という参政権が保障されています。 また、行政は、より民意の反映を図るために、情報提供や広報活動を重視するとともに、例えば審議会の運営をより開かれたものにする委員の公募や会議の公開の取り組みや、いわゆるパブリックコメント制度の充実を図るなど、近年、国民参加、市民参加の機会を拡充してきました。私も自治体において、市民であったときの実践を基礎に、市長になってからも、市民と行政との協働の取り組みを重視しております。 そして、このたび、刑事裁判において裁判員制度が導入されることは、司法をより国民の身近に置くことになり、国民主権と三権分立のあり方をさらに向上させるものになると考えます。 二点目に、合議体の構成についての意見を申し述べます。 合議体の構成については、各方面でさまざまな意見が示されてきましたが、私は、裁判員制度・刑事検討会において、一貫して、裁判官三人に裁判員六人という構成をとるのが基本的に相当であるという意見を述べてきました。その理由は、以下のとおりです。 まず、裁判官については、他の合議事件における裁判官の数が三人であることとの整合性の観点から、三人とするのが適当と考えます。 次に、裁判員については次のように考えます。 第一に、素人である裁判員が、法律の専門家である優秀な裁判官の前で、今までかかわったことのない刑事裁判における事実認定や量刑について遠慮せずに意見を述べるということは、決して簡単なことではありません。 私は、市長になる以前、二十代前半の学生のころから、一人の市民として行政への市民参加を経験してきました。また、裁判員制度・刑事検討会においては、大半が法律専門家の委員の中で、法律非専門家、いわゆる素人の委員として検討に参加してきました。そうした経験から、いわゆる普通の市民であり法律の素人である裁判員が、裁判官を含めたほかのメンバーと事実認定や量刑について自由濶達な意見交換を行うためには、裁判員の人数を裁判官の二倍程度と多くする必要があると思われ、検討会でもそのように発言してきました。 第二に、相応の人数の裁判員が新たに合議体に加わる以上、評議を主宰する裁判長には、議事をわかりやすく進行し、適切に合意を形成するなどのスキルを高める努力が求められると思いますが、この点については、経験のみならず、社会心理学あるいはグループダイナミックスの観点からの考察が必要かつ有用と考えました。 そうした考察から、裁判長のコーディネート能力の向上と発揮を前提としたとしても、合議体全体の人数が十人以上になってしまうと、発言者が限定される傾向が強まったり、各メンバーが応分に発言しながら相互に意見の収れんに向けた努力を行うことは困難になったりすることが考えられます。 あわせて、私は、二十年余りの大学教員時代におけるゼミの指導経験や学部長等管理職時の学部経営の経験、そして国、自治体の審議会や委員会での委員長の経験、さらには市民活動の際の代表の経験から、理論的な観点からだけではなく、いわば実感として、裁判長が、初対面の裁判員同士が短期間に事実認定を図り、集中的な審議を行い、一定の合意に基づく結論をまとめるためには、十人以上の人数では運営が難しいと推察します。加えて、全体として一定の判断と結論を得る場合には、できる限り合議体全員の合意が望ましいとはいえ、場合によっては多数決ということもあり得ることから、合計の人数が奇数であることも有効と考え、裁判官、裁判員の合計で十人以内の奇数である九人が適当と考えました。 よって、さきに述べましたように、裁判官が三人であることを適切と考える立場から、裁判員を六人とするのが適当と主張してまいりました。十人の検討会委員の中で、裁判官三人、裁判員六人を主張した委員は私一人であり、検討会においてはいわゆる少数派でございましたが、私としては、一定の考察から至った結論であり、自信を持って主張を続けさせていただきました。 法案は、原則的な合議体の構成を裁判官三人、裁判員六人としており、これは私が提案してきたものと一致しています。まことに当を得たものであり、私はこれを強く支持したいと思います。 三点目に、参加する国民の視点から検討すべき論点についての意見を申し述べます。裁判員制度は法律専門家ではない国民が参加する制度ですから、参加する一般の国民の視点から検討すべき論点について幾つかの意見や感想を述べたいと思います。 第一点目に、プライバシー保護の重要性です。 参加する側の国民がまず心配するのは、例えば、裁判に関与したことにより、裁判員をしている間に何らかの働きかけがあり私生活の平穏が侵されたり、さらには判決を出した後に事件関係者から何らかの仕返しをされたりしないかという点だと思います。こうした不安が抱かれるのは極めて当然のこととして推測されます。そこで、裁判員のこうした不安を払拭し、参加をしてもらうためには、裁判員に不正に働きかける行為を犯罪として処罰できるようにすることは必要なことです。 さらに具体的な考察をするならば、裁判員の名前や住所が裁判所や当事者に知られることはやむを得ないとしても、このような裁判員の個人情報が広く公表されるようでは、裁判員となることをしり込みする人、ちゅうちょする人が当然多くなるのではないかと思われます。それは裁判員制度の趣旨からいって避けなければなりません。 法案では、裁判員を特定できるような情報は、事件終了後に本人が同意した場合以外は公表できないこととしていますが、これは裁判員のプライバシーの保護のために必要な措置であると思います。 また、裁判員となると、事件関係者やマスメディアの人が次々と訪問したり電話をしてきたりして私生活の平穏が害され、裁判にも集中できないようなことになるのではないかという不安もよく聞かれます。こうした事態が起こるならば、辞退する人がふえ、やはり裁判員制度は機能しなくなります。したがって、裁判員の参加による裁判を公正なものとして担保するためにも、審理中に事件に関して裁判員に接触することを禁止することは必要ですし、裁判員の守秘義務を破らせるような周りからの接触については、事件の終了後も規制されるのはやむを得ないところだと思います。 公正な裁判が行われるためには、事件関係者の人権はもちろんのことですが、裁判員の人権もしっかりと尊重され、守られる必要があります。 二点目に、評議の秘密等の確保の必要性について意見を申し上げます。 一般国民が裁判に参加する場合に、自分が評議で述べた意見が外部に漏れる可能性があるとなれば、裁判官にも増して、次のようなジレンマ、悩みに陥ることが懸念されます。 例えば、被告人や関係者からの仕返しなどを恐れて被告人に遠慮した意見を述べたり、逆に、被害者や世間からの批判を恐れて被告人側に有利な意見を述べることを差し控えたりするおそれがあると思われます。 各裁判員が積極的な評議に関与するようにし、国民の感覚がより反映された裁判を行うには、素人の裁判員が安心して意見が述べられるようになることが何よりも必要なことです。評議で述べた各裁判員の意見が外部に漏れないという保障は不可欠であると思います。 守秘義務については、裁判員になったら何についても裁判について話せなくなってしまうように受け取られている方もいるようですが、私が理解する限りでは、話していけないのは、今述べた評議のことと、他人のプライバシーにかかわることに限られるはずだと思います。例えば公判でのやりとりや宣告した判決の内容については秘密ではないのですから、事件の内容について話しても構わないし、むしろ、秘密に触れない限り、裁判員としての経験談や裁判員制度についての各自の意見を公表することもできると思います。 なお、裁判員の守秘義務違反に対する罰則として懲役刑があるのは重過ぎるとの指摘がございます。 検討会においては、これは裁判員の主体的な評議への参加を拘束するというような観点からではなくて、むしろ裁判員の審議への参加をできるだけ保護するという観点から検討されたと記憶しています。 特に社会的に注目される事件などでは、場合によっては多額の報酬を得た上で評議の内容を明らかにしたりするケースが出てくるおそれもありますが、そのことが当該の裁判員以外の裁判員にとって大きな影響を与えて、裁判員制度そのものの実効性を揺るがすような可能性も危惧されます。ですから、そのような極めて極めて悪質な事案に懲役刑を適用できるようにしておくということであり、裁判員制度の安定的な運営を確保しようという趣旨からやむを得ないことではないかと思います。 とはいえ、一般の国民にとって、裁判員になる場合に懲役刑が適用される可能性があるということは圧迫感を与えることになりまして、裁判員になることをちゅうちょする人が出てくるかもしれません。そこで、守るべき守秘義務の範囲が素人にもわかるような手引書の作成や説明が必要ですし、裁判官は、担当事件の特徴に応じた守秘義務の範囲について具体的に裁判員に説明することが必要ではないかと考えます。いずれにしても、裁判員制度が公正に適正に実効性のあるものとして運営されるために、丁寧な対応が求められると思います。 四点目に、メディアと裁判の公正との関係について意見を申し上げます。 私は、市長になる以前はメディアについて研究していた研究者であり、憲法に保障されている表現の自由、報道の自由を重んじる立場にあります。私は、裁判員制度とメディアとの関連についても、法による規制ではなく、あくまでもメディアの自主的な対応の必要性を発言してきました。 検討会の議論の過程では、裁判員制度に関するたたき台において、いわゆる偏見報道をしないよう報道機関に配慮を求める案が掲げられたこともあって、裁判の公正とメディアとの関係について報道関係団体からのヒアリングを行うなどして相当の議論を行いました。 法案では、検討会での議論も踏まえ、報道機関の自主性を尊重する観点からこのような規定は置かれなかったところであり、私はこれは正しい対応であったと評価しています。 マスメディアにおかれましては、裁判員や裁判員となる人の心証に不当な影響を与え、裁判の公正が害されることのないように、裁判員制度のもとでの報道のあり方についてのルールを定めるなどの自主的な取り組みを強力にしていただくようにお願いしたいと思います。 五点目に、広報、施行時期について意見を申し述べます。 私は、この法案が成立し、裁判員制度が順調にスタートして、着実かつ早期に定着することを強く願うものでございます。 検討会でも、私は繰り返し強く主張させていただいてきたところですが、制度の円滑な導入のためには、この法案の附則第二条にもあるとおり、施行までの間に、参加する国民の自覚とこれに基づく協力が得られるかが重要なかぎとなります。政府、裁判所においては、ぜひとも、裁判員制度の導入の意義や、制度、手続の内容についての情報提供やPRを、多元的な手段を工夫しつつ精力的に行い、国民の理解と支持を深めていただけるような取り組みの強化をお願いしたいと思います。 現代社会では、とかく、ホームページに掲載している、これで周知徹底が図れるということにとどまることが少なくありませんが、むしろ、学校教育あるいは生涯学習あるいは職場での研修等、多様な機会をとらえて周知を図り、裁判員への参加の動機づけを促すことがなされる必要があると考えます。 新しい制度を導入するためには、その制度が施行の当初から円滑に運営されることが必要です。特に裁判員制度は、国民の制度についての理解だけでなく、機会が与えられた人が裁判員の役割と責務を遂行するための条件整備をしっかりとする必要があります。それは、裁判所を初めとする司法関係者による条件整備のみでなく、家族や職場に代表される、裁判員に選出された人が所属する組織や地域社会の対応も不可欠です。 したがいまして、制度の趣旨からいって、なるべく早い施行が求められるとはいえ、国民への周知徹底や実施のための条件整備に一定の時間がかかることが想定されることから、法案のように施行まで五年間の猶予があることは適当と考えます。 私も地方公共団体の長として、この裁判員制度が、地域の市民の皆様によりわかりやすく、そして、行政への参加、政治への参加と同様に、司法への参加が、国民主権の、そして三権分立の重要な民主主義のあり方の一つとして、積極的な御参画をいただくように努力をしてまいりたいと思います。 以上で私の意見陳述とさせていただきます。御清聴ありがとうございました。(拍手)
○柳本委員長 ありがとうございました。 次に、本林参考人にお願いいたします。
○本林参考人 御紹介いただきました本林でございます。この三月三十一日まで日本弁護士連合会の会長を務めておりました。本日は、お招きをいただきましてまことにありがとうございます。 私は、今回の司法制度改革の精神を象徴する、裁判員の参加する刑事裁判に関する法律案が今国会に出され、審議いただきますことの大きな意義を改めて感じております。 御案内のとおり、国民が裁判に参加する制度はかつて日本でも実施されておりました。一九二八年、昭和三年から一九四三年、昭和十八年まで実施されていた陪審制度であります。当時も、一定範囲の国民から無作為に選ばれた国民が、重大事件について犯罪事実の存否を評決しておりました。我が国での国民の裁判への参加は初めてのことではなく、既に経験済みのことであります。 陪審制度は、戦争を理由に一九四三年、昭和十八年に施行が停止されましたけれども、陪審法ノ停止ニ関スル法律の附則で、戦争終了後に再施行するということが明記されておりました。それから六十年、国民の司法参加が新たに裁判員制度という形で再び始まろうとしているのであります。 現在、八十を超える国と地域で国民が司法に参加しております。民主主義だからであります。いわゆるG8の重要メンバーであり、国際社会のリーダーでもある我が国が、ようやくその仲間入りができるということであります。このような歴史的な国会にお招きをいただいたことを改めて光栄に存じます。 裁判員制度の導入には、私は二つの大きな意義があると考えます。 まず一つは、民主主義的意義でございます。 司法制度改革審議会意見書は、今次の司法改革の三つの重要な柱の一つとして、司法の国民的基盤の確立をうたい、裁判員制度をその具体的実現方策として位置づけました。 審議会の意見書は、次のとおり述べております。「二十一世紀の我が国社会において、国民は、これまでの統治客体意識に伴う国家への過度の依存体質から脱却し、自らのうちに公共意識を醸成し、公共的事柄に対する能動的姿勢を強めていくことが求められている。国民主権に基づく統治構造の一翼を担う司法の分野においても、国民が、自律性と責任感を持ちつつ、広くその運用全般について、多様な形で参加することが期待される。」と言っております。 審議会の意見書は、法の支配、法の精神がこの国の血となり肉となるように、そして、憲法のよって立つ個人の尊重と国民主権が真の意味において実現するように、司法全般にわたる改革を提言しております。その提言の三本柱の一つが、司法の国民的基盤の確立であり、裁判員制度の導入なのであります。裁判員制度は、国民みずからが司法を担い支えていく、そして国民の主体的参加を得て司法の国民的基盤をより強固なものにすることを目指すものであり、今次司法改革の目玉と言われるゆえんであります。 二十一世紀は、一人一人の国民が、主権者として自律性と社会的責任を持って、生き生きと政治、社会、司法の場で活躍することが求められます。そうであって初めて、より自由で公正で活力ある社会を構築できるからであります。裁判員制度は、国民を、裁判を見る観客、ウオッチャーの立場ではなく、みずから主権者として直接参加する主役、プレーヤーとする制度であります。この制度によって、国民主権、民主主義を一層深化させることができるでありましょう。 裁判員制度の導入が、日本の民主主義の新しい重要な礎になるということを確信しております。 裁判員制度の導入の二つ目の意義は、司法が国民にわかりやすいものになるという意義でございます。 陪審法が停止されて六十年、司法は、裁判官という専門家が独占してきました。その結果、司法は法律専門家にしかわからない専門的な領域となり、審理の内容も、また審理に要する時間も、国民の一般的常識からかけ離れたものになっておりました。しかし、司法もまた主権者たる国民のものでありますから、国民にわかる裁判でなければならないのは当然であります。健全な社会常識が反映される必要があることも言うまでもありません。 裁判に一般の国民が直接参加することになれば、国民が公判廷で心証を形成できるよう、公判廷での証人尋問中心の裁判に転換しなければなりません。法律専門家だけがわかる専門用語で進められている裁判も、わかりやすい言葉で進められなければなりません。裁判員制度の導入によって、専門家による専門家のための裁判が、国民による国民のためのわかりやすい裁判に変わり、その結果、司法に対する国民の信頼が高まることは明らかであります。国民が直接司法を担うことによって国民の法に対する意識も高まり、法が国民によって支えられる社会により発展していくこと、これが裁判員制度導入の非常に大きな意義であるということを指摘したいと思います。 それでは、法案の内容につきまして若干意見を述べさせていただきたいと思います。 まず、合議体の人数でございます。 法案は、原則として、裁判官三人、裁判員六人の合議体を構成することとされています。また、一定の要件を満たす場合には、裁判官一人、裁判員四人の合議体で審理することとされています。 裁判員制度を真に国民が主体的、実質的に裁判内容の決定に参加できるという制度にするためには、無作為抽出で選ばれた国民が実質的にプロの裁判官に対し対等に意見を述べることができる制度でなければなりません。また、さまざまな社会経験を持つ国民の多様な意見を反映することができる制度であるということも必須であります。他方、裁判官は、こうした国民の自律的判断をサポートするプロフェッションとしての役割を担い、国民と協働して評議、評決をいたします。 これらの点を考慮し、私たち日弁連は、裁判員はできるだけ多く、具体的には九人ないし十一人、裁判官は三人は必ずしも必要ではないのではないか、具体的には一人ないし二人と従来主張してまいりました。 法案の裁判官三人、裁判員六人の合議体は、日弁連が主張してきたものとは異なっておりますけれども、ただ、裁判員六人という数字は、国民の多様な意見を反映するために最低限必要な数字にはなっていると考えます。アメリカ合衆国においては、陪審員を六人未満とすることは憲法違反であるとの連邦最高裁判所の判例があり、世界的に見ましても最低限の数字であるということが言えると思います。 法案の裁判官一人、裁判員四人の合議体についても、裁判員の数の点で日弁連の提案してきた制度設計とは異なっておりますものの、裁判官一人の合議体の制度が導入されたという点は、裁判員制度における裁判官の役割が専門家としての知識経験を裁判員に提供することにあり、必ずしも裁判官が三人必要ではないということが明確になっていくという点において評価し得るものと考えます。この一対四という制度が実効的に活用されていくということが重要であろうと思います。 次に、裁判員の守秘義務の点でございます。 法案は、評議の経過や評議で出された意見その他職務上知り得た秘密すべてを守秘義務の範囲とし、これに違反した場合は一年以下の懲役または五十万円以下の罰金に処するとしています。 私は、国民が支える裁判員制度が定着するためには、国民に知ってもらい、理解を得、そして支持されることが必要であろうと考えます。そのためには、裁判員制度に関する正確な情報が十分国民に伝えられる必要があります。そのための最も有効な手段は、裁判員を経験した国民がみずからの体験を社会に語っていくということでありましょう。一般の国民は、自分と同じ立場である国民の経験を目にし、耳にすることによって、参加の意義や自分の役割、そして法律専門家でなくても重要な役割を果たせるということ、法律専門家とも協働できることを知り、理解することができるのであります。その意味で、法案の守秘義務の範囲は余りに広過ぎると思われます。 そこで、守秘義務の範囲でございますけれども、裁判員となることは国民の権利でもありますので、他人の権利と衝突する場合に限定すべきと考えております。したがって、他の構成員の自由な評議を確保するために、各裁判官、各裁判員のだれがどのような意見を言ったかということ、それから、関係者の名誉、プライバシーを守るために、職務上知り得た他人の秘密、他人のプライバシーについては守秘義務があることとし、その他の事項、経験は原則として話すことは自由とすべきであると考えております。 罰則についても一言申し上げたいと思います。 無作為に選ばれた国民が一回だけ裁判に関与したことによって、その内容を一生涯漏らしてはならず、漏らせば懲役刑になるかもしれないという負担を背負って過ごさなければならないことは、余りにも重い負担を課すことになると思います。この制度に参加することにしり込みをさせることにならないかということを恐れております。裁判官と同じ仕事をするのだからという理由で広い守秘義務が設けられていますが、罰則に関しては、裁判官には一切罰則はございません。 また、同じく無作為に選ばれて不起訴事件の審査を担当する検察審査会の委員という制度がございます。この検察審査員は、現行法上、守秘義務に違反した場合に一万円以下の罰金しか科されておりません。検察審査会制度が施行されたのは昭和二十四年でございますが、それ以降、これに違反したとして問題になった事件はほとんどなく、起訴された事件は全くありません。国民は、話すべきこと、話してはならないことを理解し、責任を持って行動することができるのであって、懲役刑を科すことは不要であるばかりか、参加意欲を萎縮させる点で有害であると考えます。 また、今述べましたように、検察審査員について守秘義務違反の事実がほぼ皆無であるにもかかわらず、今回の法案の一つであります検察審査会法改正案では、この罰則を一年以下の懲役または五十万円以下の罰金に引き上げることが提案されておりますけれども、その理由は全くないと考えます。 次に、裁判員制度が導入されるのを機に、ぜひ実現していただきたいことがございます。それは、取り調べの可視化でございます。 裁判員制度のもとにおいては、捜査官が作成した供述調書に頼る裁判、いわゆる調書裁判ではなく、裁判員にもわかりやすい、公判廷における証人尋問で心証を形成する裁判に転換していかなければなりません。 御承知のように、現行法のもとでの刑事事件は、密室の中で作成される被疑者の供述調書の任意性、信用性が重要な争点になることが少なくありません。密室の中におけるやりとりの立証は、捜査官の証言と被告人の証言の水かけ論となり、裁判官ですらその心証の形成が難しいと指摘しております。こうした立証に費やす時間のため、裁判が長期化する現実がございます。過日、第一審の長期裁判の新記録をつくったいわゆるリクルート裁判におきましては、約十三年の審理のうち、ほとんどが取り調べ過程の立証に充てられていたということであります。 裁判員が参加する裁判においては、取り調べ過程が争われた場合に、わかりやすく、そして充実、迅速な審理が実現できるよう、捜査段階の被疑者取り調べを録画、録音し、それを再生する方法で証拠調べを行うことが不可欠になると考えます。先進諸国では、取り調べの可視化、すなわち録画、録音やあるいは弁護人の立ち合いは当然のこととして行われております。取り調べの可視化の検討は、昨年の裁判迅速化法に関する参議院法務委員会の附帯決議にも明記されているところでございます。我が国においても、裁判員制度導入を機にこの問題に取り組み、裁判員制度実施までにぜひ実現していただきたいと思っております。 次に、十分な公判準備期間の確保の必要性という点であります。 裁判員制度のもとでは、国民が仕事や家事を休んで参加する以上、裁判が迅速に行われるということが必須でございます。裁判を迅速に、かつ、被告人の権利保障の観点からも充実したものとするためには、公判審理に向けての十分な準備が必要です。後に述べます証拠開示など、準備の内容の充実や、準備のための十分な期間の保障が不可欠であります。また、弁護人の被告人、被疑者との接見交通権の確立や権利保釈の保障に向けた改革も裁判員制度の運営のためには必須であると考えております。 次に、早い導入、十分な準備と予算、早期の見直しという点について触れさせていただきたいと思います。 裁判員制度は、さきに述べましたとおり大変大きな意義がありまして、できるだけ早く導入することが重要であると考えております。法案によりますと、五年を超えない範囲で施行することとなっております。関係機関は総力を挙げてこの準備に取り組み、五年を待たずして施行できるよう努力していくことが必要であると考えます。戦前の陪審制度でも準備期間は五年でありました。しかし、ITが発達した情報社会の現代では、三年あれば十分ではないかというふうに考えております。 また、施行がスムーズに行われるためには、政府のみならず法曹三者などが協力して、十分な広報活動が行われる必要がございます。戦前の陪審制度の場合には、全国各地で模擬裁判、講演会、パンフレットの作成配布、映画の制作など、五年の準備期間に年間国家総予算の約〇・四%を準備のために投入しております。 さらに、この制度は戦後初めての新しい制度でございますので、その運用状況を検討し、制度の見直しをして、よりよい制度となるよう取り組んでいかなければならないというふうに考えております。 次に、刑事訴訟法の改正について触れさせていただきたいと思います。 刑事訴訟法改正法案では、第一に、国選弁護制度の被疑者段階への拡充ということが提案されております。 捜査の段階こそ、被疑者の弁護人の援助を受ける権利の保障が決定的に重要であることは、過去の再審無罪事件などの教訓からも明らかであります。その意味で、国選弁護が公判段階でしか用意されていない現状には大きな問題があり、日弁連は、法制度の不備に対処するために、当番弁護士制度というものをつくり、実施してきたところであります。今回、ようやく、被疑者段階への国選弁護制度の拡充が政府から提案されるに至ったということは、歴史的な意義があると考えております。 刑事訴訟法改正案のもう一つの柱は、刑事裁判の充実、迅速のための方策に関する制度提案であります。 審議会意見書は、特に刑事裁判への国民参加制度の導入との関係で、充実、迅速の要請が一層顕著なものとなり、関連諸制度の見直しが緊急に必要になるということを指摘いたしました。今回の法案はこうした観点から提案されているものと言えます。 その上で、法案の問題点として、ここでは二点だけ申し上げたいと思います。 第一は、証拠開示の点であります。 改正法案では、従来よりは検察官の証拠開示の範囲は広がりました。しかし、充実した実効的な争点整理を行って充実した集中審理を実現するためには、原則として検察官は手持ちの証拠をすべて開示すべきであり、少なくとも弁護人が開示請求した範囲の証拠はスムーズに開示されるような制度にすべきであります。 第二は、開示された記録の目的外使用の禁止の問題であります。 改正法案は、検察官が開示した証拠について被告人及び弁護人に審理の準備以外の目的で使用してはならないといたしまして、違反した一定の場合に懲役刑を含む刑罰を用意しております。しかし、現行法の規制ではどうなっているかというと、公判で取り調べられる前に記録を公にしてはならないと言うにとどまっております。取り調べ後は、裁判の公開原則との関係にも配慮して、また弁護士倫理にも期待いたしまして、特に規制は設けられていないのが現状でございます。 加えて、被告人の防御活動、弁護人の弁護活動にはさまざまな態様がありまして、一律に審理の準備以外の目的の使用を禁止するということは、正当な防御活動、弁護活動を阻害する危険が大いにあると考えております。例えば、無罪事例集というものを発行いたしておりますが、この発行ができなくなるということがあります。また、弁護技術の向上のために実践的な研修を弁護士会で行っている、これも難しくなるわけであります。 さらに、当事者以外の第三者による裁判の検証というものも難しくなってまいります。例えば、裁判記録そのものに基づく検証というのは、一定の条件で公開を認められた確定記録による以外に方法がなくなってしまうのであります。また、裁判を傍聴していた国民が、そのメモの正確性を確認しようとして当事者から記録を見せてもらうことは、使用禁止の罪の共犯になるおそれすらあるのであります。 この規定はぜひ見直していただいて、規制は現行法の範囲とし、正当な防御活動、弁護活動が阻害されないように、また、裁判の検証が阻害されないようにしていただきたいと思っております。 終わりに、冒頭に述べましたとおり、今国会は、我が国の司法制度、我が国の民主主義、我が国の国民にとって歴史的な国会でございます。二十一世紀の我が国の民主主義の新たな、そして一層の発展の道筋をつくるという国会でございます。貴委員会におかれまして、十分な御審議をいただきまして、よりよい法律としていただきまして、今国会において裁判員法、刑事訴訟法等一部改正の法案をぜひ成立させていただくようお願いいたしまして、私の意見とさせていただきます。 御清聴ありがとうございました。(拍手)
○柳本委員長 ありがとうございました。 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。 —————————————
○柳本委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。早川忠孝君。
○早川委員 自由民主党の早川忠孝でございます。 本日は、参考人の皆様には、法務委員会に御出席いただきまして、大変貴重な御意見を拝聴させていただきまして、ありがとうございました。 現在、法務委員会において審議をしております裁判員の参加する刑事裁判に関する法律案並びに刑事訴訟法等の一部を改正する法律案は、これまでの刑事裁判制度を大きく変えるものであると同時に、広く国民に刑事裁判手続への積極的な、より強い参加を求めるものであり、国民主権に基づく我が国の諸制度の強化につながるものであるというふうに考えております。 特に、裁判員制度につきましては、国民の参加を具体的な義務として求めるという点が一つあり、国民の理解と支持がなければ円滑かつ適正な運用が困難となる、そういう重大な法案でありますが、この重大な法案の審議に当たりまして民主党また無所属クラブの委員が欠席をしているという事態については、大変申しわけなく、おわびを申し上げたいと思います。 そこで、参考人の皆様に、裁判員制度を推進するという観点から若干の質問をさせていただきます。 参考人の佐藤さんにお伺いいたしますが、まず、司法制度改革審議会の意見書が陪審員制度やあるいは参審制度でなくてなぜ裁判員制度を採用することになったのか、我が国が採用しようとしている裁判員制度が諸外国における陪審員制度あるいは参審制度と比較してどういった点ですぐれているのかについて御説明を賜りたいと思います。 さらに佐藤参考人にお伺いしたいことは、まあ、広くいろいろ意見を求めますと、この裁判員制度については、憲法三十二条との関係で、憲法三十二条で言う「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」というこの規定に関して、この場合の裁判を受ける権利というのは裁判官による裁判を受ける権利である、裁判員制度が憲法に抵触するのではないか、こういう議論をされる方もおられます。憲法学の専門家としての御見解をお聞かせ賜りたいと思います。
○佐藤参考人 それでは、お答えいたします。 第一点の方でありますが、御案内のように、世界には、英米的な陪審制と、それからヨーロッパ大陸に見られる参審制というものがございます。 陪審制というのは、一般の国民から選ばれた人たちが個別的な具体的事件ごとに選出されて、そして評議は裁判官が入らないで陪審だけで決める、そういう構造であります。他方、参審制といいましてもいろんなタイプがございますけれども、ドイツについて申しますと、やはりセレクトされた人たちで、任期は四年、事件ごとじゃございません。そして、裁判官と一緒になって議論して事実認定や量刑をする、そういう構造であります。 審議会のとき、やはり参審制がいい、あるいは陪審制がいい、いろんな意見がございましたけれども、たどり着いたのがこの裁判員制度でございました。 なぜかということでございますが、幸い日本には裁判官に対する非常に国民の信頼感がございます。そういう信頼感を持たれている裁判官を前提にして、さらによい、さらに国民がより強く納得する、そういう刑事裁判というものを得られないものか、そういう観点から考えてこの裁判員制度という構想に立ち至ったわけであります。 それは、裁判官と裁判員が協働して、それぞれ責任を持ち主体的に、そしてそれぞれの責任を持ちながら協働して議論して、そして事実認定についても量刑についても決めよう。いいとこ取りと言われるとなんですけれども、裁判官と国民が一緒になって議論して、その際、先ほど来、本林さんの方からも御意見ありましたけれども、主体的、実質的に議論するといっても、さはさりながら、一般の裁判員の方はやはり気おくれするんじゃないか、専門家に対して。 そうすると、やはりそれは気おくれしないだけの、数だけではありません、数も関係してきますが、裁判員と裁判官が一緒になって御議論いただいて、そして事実認定も量刑もしていただくというのが一番いいんではないか。これがうまく機能すれば、世界にない、新しい、日本独特の、独自のものができ上がるというように考えておる次第です。 なお、この審議会の意見が出たときに、陪審でもない参審でもない、何かちょっとよくわからないねという声が私の近辺でも非常にございましたけれども、身辺にございましたけれども、最近は、うん、なかなかいい制度じゃないかというように言っていただける方がふえてきて、心強く思っている次第です。 それから、第二点目の方でございますが、この点は、戦前の明治憲法は二十四条で法律の定める裁判官による裁判をというように書いてありました。しかし、御案内のように、日本国憲法は、裁判所における裁判でございます。 では、裁判所の構成、裁判体といったらどういうものなのかということについては、憲法は確かに直接的には書いておりませんけれども、しかし、決して裁判員とか陪審員とかそういう人たちが入ってくることを排除する趣旨ではない。むしろ、近代の刑事訴訟というのは、本来何らかの国民の司法参加を前提にしてできているんです。それはぜひとも御理解をいただきたいと思います。 だから、では、例えばフランスやドイツの憲法を見ましても、ドイツは参審制、フランスは参審と言いながら陪審と言ってもいいんじゃないかというようなところがあるんですけれども、憲法に書いていないんです。けれども、そういうものが採用されているんです。だから、裁判所におけるというのは決して裁判官だけというものではない。 では、職業裁判官だけしか書いていないじゃないか、身分保障があるじゃないかと。これは、裁判官は、そう言ってはなんですけれども、一種のサラリーマンでありますから、身分はちゃんと保障してやらなければいけない、職権行使の独立。ところが、裁判員になりますと事件ごとですから、そういう身分保障というのを憲法でたくさん書き込む必要がないということが関係しております。 それから、もう一点だけ申し上げたいんですけれども、三十七条に公平な裁判所により迅速な裁判を受ける権利とございます。英訳を見ますと、三十二条の裁判所はコーツなんです。そして、三十七条の裁判所はインパーシャル・トライビューナルなんです。ですから、それは、裁判官以外の人が入っているということを前提にしているような感じにも読めるんですね。日本語で見ますと両方とも裁判所になっていますけれども。 ですから、私は、決して、結論だけ申しますと、裁判所ではありますけれども、裁判体は職業裁判官でのみ構成されなければならないという要請は、憲法上ないというように理解しております。 以上です。
○早川委員 実は私も全く同様の見解に立っておりますので、裁判員制度は憲法上は何ら問題がない制度である、むしろこれを積極的に進めるべきである、こういう考え方でおります。 そこで、参考人の清原さんにお伺いいたします。 現時点では、国民のまだ半数を超える方が自分は裁判員にはなりたくないという感想を持っておられるということのようです。国民の多くがこういった刑事裁判の担い手になることをちゅうちょする理由がどこにあるのか。あるいは、今後こういった国民一般のちゅうちょを解消するためにはどのような手段を講じたらよいと思われるか。一般の市民のお立場でお答えをいただければと思います。
○清原参考人 御質問ありがとうございます。それでは、今の御質問にお答えいたします。 確かに、アンケート調査等を拝見しますと、国民の過半数は、なかなか新しい制度で裁判員として働くことについてためらいの気持ちを表明されておられます。それは、これまでの日常生活の中で余り刑事裁判と御縁があるという国民の方はほとんどいらっしゃらないと思うんですね。そういう意味で、それは専門の裁判官あるいは検察官、弁護士の方にお任せしてというようなことで推移してきたと思います。 けれども、この間、裁判員制度についていろいろな検討がなされる中で、例えば、日弁連の皆様が模擬裁判をされたり、あるいは映画がつくられ、あるいは舞台劇でそうした上演がされるときに、それを見られた国民の方は、ずっと裁判が身近になった、裁判というものに対してもっと関心を持たなければいけない、そうした感想が多く寄せられています。 したがいまして、この周知期間の間に丁寧に国民にお知らせすることによって、私は参加していただく意欲は必ずやふえてまいると思いますし、みずから裁判員になりたいというふうに、くじ引きで選ばれるにもかかわらず自己推薦される方も出てくるようになるのではないか、このように考えております。 以上でございます。
○早川委員 時間の関係で最後になりますので、本林参考人にお伺いいたします。 現在、提案されている裁判員制度についてはまだいろいろと問題がある、七点ほどいろいろ御意見をいただいたと思うんですが、裁判員制度の導入によって、現在想定される裁判員制度ですけれども、現在の刑事裁判制度の問題点というのがどの程度改善されるのか。あるいは、裁判員制度の導入によって裁判官、検察官のみならず弁護士自体にも意識改革が求められると思いますけれども、裁判員制度の導入によって、弁護士による弁護というのはどういうふうに変わると思っておられるのか。 さらに、これは守秘義務違反の点について御意見があるんですが、私も、いささか懲役刑を選択することについては問題があるな、何かいい方法がないかなというふうに検討しているんですが、裁判の評議の秘密あるいは裁判関係者のプライバシーを週刊誌等に売り込むなどの悪質なケースに対してどう対処するか、どうこれを防ぐのか、そういったことについて、具体的なお考えがあればお聞かせをいただきたいと思います。
○本林参考人 大変重要な御質問をいただいたと思います。裁判員制度の導入によって、現在の刑事裁判がどういうふうに改善されていくだろうかという点であります。 それは、逆に言うと今の刑事裁判、どこに問題があるかということになるかと思いますが、私は、現状の裁判の実情というのが、専門家だけによる、専門家がやりやすいような、逆に言うと国民に非常にわかりにくい裁判になっていることが一番大きいと思います。 そして、先ほどちょっと御指摘申し上げましたように、捜査段階の取り調べの透明性が確保できていないということがありますし、現状では、プロの裁判官が、いわば調書に依存した調書裁判というものになっているという点がございます。これは、密室で捜査官が作成した書類、これを裁判官はいわば読み込むというところに実際の裁判のポイントがあるわけでありまして、結果的に、任意性、信用性を判断するために、この密室で行われた捜査が果たしてどちらの言っているのが正しいのかということで、非常に裁判に時間がかかっているというのが実情であります。 また、人質司法、いわゆる自白をしないと保釈はしてもらえない、逆に言うと、権利保釈という規定が刑訴法でございますけれども、これが事実上、条文と運用が逆転しているということでありまして、争っていると出してもらえないというのが実情であります。 こういった問題点を抱えて今刑事裁判が行われているというのが現状であります。 裁判員制度が導入されることによって、私はまず、健全な社会常識が反映するわかりやすい裁判になるというところがポイントであります。そして、充実した事前準備というものを、証拠開示の拡大を含めまして、そういう準備をきちんとして、短期間に集中的な審理をすることによって、迅速な裁判、適正な裁判ができるというふうに思っておりますし、書面による調書裁判から公判の法廷の証言によって心証をとっていくという非常にわかりやすい裁判になっていくだろうというふうに思っております。 また、わかりやすい証拠調べのために、先ほど申し上げたむだな時間を費やしております取り調べ過程の論議というものが、この裁判員制度のもとでは当然可視化をしていくということが必然だと思っておりまして、そういうさまざまな改革、改善がなされていくだろうというふうに思っております。 それから、御指摘の、弁護士もこの制度を導入することによって意識改革が求められるだろう、弁護士はどういうふうに変わっていくのかという御質問でございますけれども、やはり弁護士自身が変わって、わかりやすい公判活動、要するに、裁判官にだけにわかるような言葉を使い、そういう立証の方法をしていたわけでありますが、これを市民がわかる活動というものに大きく転換をしていかなければならない。 専門用語を使わない、また、読んでわかるというよりも聞いてわかるという活動のためにスキルを磨いていかなければいけないというふうに思っておりますし、また、集中審理に対応できる体制の整備につきましては、やはり刑事専門の弁護士というものを多数養成していく必要があるだろうというふうに思います。 そういう意味で、東京弁護士会等が刑事専門の事務所というものを北千住に今回つくりましたけれども、これは最終的には十数名、二十名近くの刑事に特化した弁護士という形でできてまいります。また、司法ネットでさまざまなスタッフ弁護士等が要請される中で、この裁判員制度の導入に伴って、弁護士が十分対応できる体制というものを今一生懸命考えているというところでございます。 それから、守秘義務違反に対する刑罰が重過ぎるという点でありますが、確かに、他人のプライバシーにかかわるそういう記録を週刊誌に売り込むなど悪質なケースがあるということは御指摘のとおりだと思いますけれども、その最悪のケースを想定して、そしてすべての国民に刑罰の網をかけるという方法がいいかどうかということだろうと思います。私は、基本的には国民を信用する発想というのがこの裁判員制度の根幹にあるべきだと思っておりまして、信頼されない国民は協力してくれない、参加をしり込みする、そういうことを私は強調したいと思います。 今の御指摘のような悪質なケースが発生するということの対応につきましては、特にプライバシーの売り込みのような悪質なケース、これは即名誉毀損ということになりますし、民事、刑事の責任を問うことができるということは当然でございます。 先ほど私、検察審査会の委員の経験について申し上げましたとおり、罰則があってもほとんど現実には問題が起こっていないという意味で、非常に貴重な先例だと思っております。そういう意味で、最悪のことを考えて大きな制裁の網をかぶせるというよりも、基本的に国民を信頼していくということが私は発想として非常に大事なことではないかというふうに思っております。 以上でございます。
○早川委員 裁判員制度が国民にとって魅力があり、有意義な制度であることを理解していただくことが何としても必要だと思います。御指摘があったとおり、まだ裁判員制度の制度設計については、なお工夫を要するところもあるように伺いました。 参考人の皆さんからさらにいろいろお話を伺いたいところでございますけれども、時間がございませんで、以上で私の質疑を終了させていただきます。ありがとうございました。
○柳本委員長 松島みどりさん。
○松島委員 自民党の松島みどりでございます。 きょうの質疑者三人の中で、私以外のお二人は弁護士の資格もお持ちの方でございます。私は法律はずぶの素人でございまして、広く国民の感覚に近い立場で、素人の感覚で、この制度についていろいろと疑問を感じておりまして、三人の参考人の方にお伺いしたいと思っている次第でございます。 まず最初に、この意義として、皆さんよくおっしゃる、きょうも佐藤参考人もそして本林参考人も言われました、法律の審議というものが国民の身近になるようにとか、あるいは量刑、例えば量刑についても一般の国民に近い感覚になるようにということが言われます。 それについて少し質問というか申し上げたいことがございまして、今の法律のような難しい文章、このままで普通の人が裁判員に良心的になっても通用するんだろうか。 例えば、司法制度改革推進本部の文章の中にも、「対象事件」として「法定合議事件であって故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪に係るもの」とございます。故意の犯罪行為によって被害者を死亡させた罪に係るもの、私は一瞬これは殺人のことかなと思ったら、それだけじゃなくて、例えば放火で死に至らしめるというのも入っているらしいんですけれども、普通の人はわかりませんね。それから、例えば「裁判員に対する請託・威迫行為、」威迫行為って脅迫かなと思ったら、脅迫だけでもないようですし、これもわからないと思っております。 刑法が民法に先駆けて平仮名になったといいますけれども、まだまだわからない言葉でございます。そしてさらに、先ほども本林参考人言われました、可視化という言葉を使われると私も一体何のことかなと思ったら、目に見えるようにすることというふうにおっしゃっていただくとまだわかるんじゃないかと。録音、録画という言葉でやっとわかった次第で、申しわけございませんが。 これまで、法律関係者、弁護士さんも裁判官も、そしてまた司法試験に携わってこられました佐藤先生もそうでございますけれども、法律専門家の方々が難しい法律をそのままにし、なおかつ、今までに言われている、これまでの判例主義の、量刑が決まる、何かこんな甘いものでいいんだろうかと一般の人が思うようなことがしばしばあるというようなことがそのままでいて、法律のプロの方々が、自分たちが何かだめだったから、裁判員を加えたら裁判は速くなるだろうし、易しくなるだろうし、身近になるだろうしということは余りにも無責任ではないかと思うんです。 それと、もう一つ申し上げさせていただきますと、身近なということでしたら、なぜ殺人罪などから適用するのか。夫婦間の離婚訴訟ですとか子供の養育の問題とか、あるいは雇用主が従業員を解雇したとか、そういうことの方が身近な問題で、常識を入れるのにいいんじゃないかと思うんですけれども、この二つのことについて、簡単で結構ですが、本林参考人と佐藤参考人に、まことに失礼な質問かと思いますが、どうかよろしくお願いします。
○本林参考人 どうも私自身、この場でも可視化という難しい言葉を使って大変申しわけございませんでした。御指摘のとおり、今後弁護士が変えなきゃならないのは、私自身から変えなきゃいけないというふうに思っております。 今の難しい法律で一般の方々が本当についていけないのではないかという点だと思いますが、私は、この裁判員制度で、裁判員法が国民に期待しているのは法律知識ではございません。そういう意味で、むしろ、裁判官の法的な知識とそれから裁判員の社会常識といいますか日常体験、そういうところから、事実の認定として裁判官の気がつかないような、そういうところをきちんと補充する、そういう意味での社会常識を、裁判にいわば新しい風として息吹を与えるというところに観点があるわけでありまして、裁判員の方が難しい法律を理解しなければいけないということではありません。むしろ、それを易しく説明し、どこが問題点であるかということを法律的に提示するのが裁判官の役割であります。 そういう意味で、一般の方と裁判官のプロの経験というものをマッチングといいますか、それが一番大事なねらいだというふうに思っておりますので、法律専門家がよりわかりやすい言葉を使い、よりわかりやすい手続をしていくということは必須でございますけれども、無理に国民の皆さんが、法律を自分は知らないからわからない、知らなきゃついていけないということではないということを御理解いただきたいというふうに思っております。 それから、重大事件から始めるのはおかしいのではないかということであります。 今度の審議会の意見書も、この国民の司法参加というのは必ずしも重大な刑事事件だけではなくて将来的には行政事件も含めてかなり広げていくべきだというふうには言っておりますけれども、今の松島先生の点についてだけちょっとお答えいたしますと、重大事件というのは、やはり国民の関心も非常に高い事件が多いわけであります。 また、重大事件では、その犯罪が発生したことによって社会正義も大きく損なわれるわけでありまして、だからこそ、社会の主人公である国民に来てもらって正義を回復してもらうということについて大きな意義があると思っております。むしろ、重大事件と言えない事件については、裁判官という専門家に担当してもらってもいいわけであります。外国を見ましても、国民が参加するのは重大事件だけというふうにしている国もあるわけであります。理由は同じだと思っております。 今回の改革につきましては、まず、とりあえず国民の関心も高く、回復すべき正義の侵害が重大な事件から始めようという趣旨でございまして、将来、より軽い刑事事件あるいは民事事件にも国民が参加するということは当然考慮されるということは望ましいことだと思っております。 以上、お答え申し上げます。
○佐藤参考人 それではお答えします。 確かに御指摘のとおりでありまして、審議会のときも、既にその種の、今まで日本の法律は難し過ぎる、片仮名に変えたって読めない字がたくさんあるということで、ようやく法典の口語、平仮名化をしなければいけないということで、現在法務省で鋭意努力されているところであります。 そういうようにわかりやすく書いても、なおかつ法律には難しいところはあります。その辺は、今度のこの裁判員制度で、法律にも書き込んでありますように、プロは、検察官も弁護人も弁護士も裁判官も、わかりやすい言葉で説明するようにということ、これはもう必然的にそうならざるを得ない、そういうことになるというように思います。 先ほど御指摘のように、今まで、何か、国民に入ってくださいと言っているんじゃないかという御指摘ですけれども、これは、日本の社会というのは、ちょっと一般化して申し上げますけれども、何かそれぞれがみんな自分の城をつくっちゃって中に閉じこもって、外から言わないとなかなか変わらないところがあります。これは、大学についてもそうですし、私は、いろんなプロの集団、そうだと思います。 例えばお医者さんでも、典型的ですが、プロの集団です。けれども、今まで全部任せておけと言ってきたわけですけれども、ようやくインフォームド・コンセントということが言われ、最近、プロとしてのあり方について、やはり国民の監視、第三者的な監視の目を入れないとだめだということが広く認識されるようになってきました。 おくればせながら、私も、法曹三者も、大学人も、そのことにようやく気がつき始めた。プロがそう思い始めたんですから、一層それを国民の方でプッシュしていただいて、やれ、やれというようにやっていただきたい、それが一つ。 それから二番目の、何で重い事件からということでございますけれども、基本は、先ほど本林さんがおっしゃったとおりであります。行政訴訟、民事訴訟をやるべきだ、司法参加をやるべきだという声もありましたし、軽いところからという意見もあったわけでありますが、民事訴訟、行政訴訟になりますと、法律的にかなりややこしい問題になります。 では、刑事はややこしくないかというと、決してそういうつもりじゃなくて、比較的裁判官が、裁判官や検察官、弁護人が、その争点、大事な問題のところを絞って、一般の国民に常識的に判断しやすいようにプレゼンテーションしやすい、そういう面が刑事裁判にはあるんではないかというように思います。 その刑事裁判の中で、軽いところからというお話でございますけれども、その辺は本林さんがおっしゃったとおりで、私は繰り返しません。 以上でございます。
○松島委員 清原参考人が、私が考えると同じことを一つ言っていただきました。それは、裁判員になるのが嫌だと思う人たちが結構いるとしたら、それは、まず仕返しが怖いということ、私もそう思います。 そして、それに関連しての質問なんですが、私自身は、これは最初に佐藤参考人が言われたのと全く逆で、思想、信条、何でもとにかく嫌なものは嫌だと断固拒否できることを、項目をつくれと思っている人間でございます。選挙だって、これだけみんなで、行け行け、行ってくれと頼んだって五、六割しか行かない国民で、そんな裁判員になんかなるのは嫌な人は山ほどいるわけで、これを侵害して義務にするんだったら、憲法を改正するか、国民投票ぐらいしなきゃいけないことだと私は思うんです。 それで、さっきの仕返しの問題でございます。清原参考人、どうお考えになるか、ほかの方もそうなんですが。 私は、名前を書いてなくても、名前が公表されなくても、実は、私の前職は、前の職業は新聞記者でございます。相手の気持ちを考え過ぎて特だねをとれなくて反省したこともあれば、逆に、聞き出して書いて人を傷つけて反省したことも、両方ございます。その点でいきますと、どっちもありますけれども、両方でいきますと、記者というものは、待ち伏せして追いかけるのが仕事です。ハンターでございます。名前を隠しても公表しなくても、つまり、裁判所で顔をさらしたら出口で待っている、そういう職業の人間に対して、弱い普通の人たちが、私たちだったら黙秘権を使えますけれども、普通の人たちがどうやってこれをかいくぐることができるのか。 私は、そのためには、むしろ広範囲に秘密を、これは秘密だということで広範囲にかけてやった方が、それを理由として裁判員は逃げられる、しゃべったら懲役になるかもしれぬからこれもあれも言えませんと言った方が楽なんじゃないかという思いがするのですが、いかがでしょうか。 そして、巧みに聞き出された場合、ここまではしゃべっていいけれどもここまではいけないと、感想を聞かれて、それからいろいろと言ったら、普通の人で線引きしてしゃべるということは非常に難しいと思うんですが、清原参考人、そして本林参考人。清原さんからまずどうでしょう。
○清原参考人 御質問ありがとうございます。 私も、確かに、新聞記者さんの真意を引き出す力というのは大変日々敬服しているところでございますので、普通の市民の方は、新聞記者さんに聞かれたら、思わず、言いたくない、言うべきでないことまで言ってしまうかもしれませんが、そのために守秘義務というのが規定されているのであり、ただ、私はこのように思っております。 先ほども意見のときに申し上げましたけれども、評議にかかわること、評議の秘密、それから、そこから職務上知り得たプライバシー等については、当然、言うことは守秘義務の範囲だと思うんですが、でも、私は、こうした新しい制度が定着していくについては、難しいとはいえ、やはり、大変だった、いや、こういうところは大変意義深く、犯罪の底に隠れている今の現代社会の問題をかいま見たとか、あるいは、犯罪を犯す人、あるいは被害者の心情に深く入り込む、そうした重い体験を語っていただくことは、それは重要ではないかなと思っています。 ただ、裁判の途中、裁判を今まさにしているときにそうした取材を受けることは、大変普通の国民の方には、裁判に集中できないばかりか、心が乱され、公正な裁判ができないことになりますので、このあたりは極力避けなければいけない、このように思います。 したがいまして、マスメディアの方におかれましては、こうした裁判員制度の定着を図るために、自主的ないろいろな取り組みを始めていらっしゃるということでございますので、それを御信頼申し上げて、そしてあわせて、取材を断る、断れるのだということもやはり裁判員の方が認識をして、守秘義務と取材を断る権利ということの重要な意義を、当該の裁判員、あるいは裁判員になろうとする人のみならず、社会全体がやはり守っていく、こういうことが必要になってくると思います。 以上でございます。
○本林参考人 今のお答えとそれほど違いはないわけですが、今の御質問は、裁判員の守秘義務というのが裁判員をマスコミから守るためにあった方がいいんではないかという御趣旨というふうに理解いたしましたけれども、裁判員の任務中は接触規制が今度の法律でもあるわけでありますけれども、やはり取材を断れるようにするという必要は私もあると思っております。 しかし、その方法として、広く話してはならないという義務を裁判員や裁判員の経験者に課すという方法が最適かどうかということがあると思います。こういう厳しい方法をとりますと、許された範囲で経験を話したいという人の権利まで制限してしまうということになる。経験を語る自由、あるいは裁判の適正な検証というものをできなくなるおそれがあるんではないかというふうに思っております。取材を断るためには、個々の裁判員や裁判員の経験者に取材を断る権利というものを保障すれば足りるのではないかというふうに思います。 他人の権利を侵害しない範囲で国民が経験を語るということは、裁判員制度を定着させて、また改善していく上で非常に重要なことであるというふうに思っております。裁判員を守るための方策というのは、罰則をかぶせるという以外に、今のマスメディアの自主規制もありますけれども、その他の多様な方法をもう少し知恵を出し合っていくべきではないかというふうに思っております。 以上です。
○松島委員 どうもありがとうございました。
○柳本委員長 漆原良夫君。
○漆原委員 公明党の漆原でございます。よろしくお願いします。 きょうは、三人の参考人の先生方、本当にきょうは貴重な御意見をちょうだいしまして、ありがとうございました。 清原参考人にお尋ね申し上げます。 裁判体の人数のことでございますけれども、裁判官三人、裁判員六人、自分の感覚とぴったりだというふうにおっしゃっていただいて、よかったな、こう思っておるところでございます。 ただ、この考え方に関しては、司法制度改革審議会意見書の中の、裁判員の主体的、実質的な関与という要請がありますね、その関与の要請にこたえ切れないんじゃないか、むしろ裁判官一人で裁判員が十名くらいがいいのではないかというふうな強い主張も聞こえてまいりますが、これに対してはどういうふうなお考えをお持ちでしょうか。
○清原参考人 御質問ありがとうございます。 先ほど、意見のときにも申し上げましたが、私は、他の裁判との整合性等から、やはり裁判官の人数は三人が適当と考えているわけです。 そうした中で、やはり専門家で優秀な裁判官三人がいる中で、普通の国民は、もうある程度そちらにお任せしてしまおうかという気分に心理学的にはなるわけでございます。しかし、逆に人数が多いと、かえってもうその人数の中に個として埋もれてしまって、ああ、この場合には発言しなくてもほかの方にお任せすればいいかなという気持ちになることも事実でございます。 そういう意味で、しかるべく一人一人が適切に適時に発言ができて、そして裁判官の皆様も、その専門性を生かした法律的な解釈、そうしたことを御説明しながら、対等に責務を果たし主体的な判断をしていくためには、私はやはり、裁判官三人とするならば、六人程度、全体で十人以内のまとまりぐらいですと、物理的に顔と顔がわかり合い、声も直接聞こえ合い、そして表情もわかり、時間も適切な時間内に一定の集約ができるのではないか、このように考えたわけでございます。 以上でございます。
○漆原委員 ありがとうございました。 本林参考人にお尋ねします。 先ほど取り調べの可視化という大変貴重な意見を述べていただきました。審理の迅速化の要請もあります。そしてまた、冤罪の防止という点も大きな、そういう意味から見ても大変大きな課題であって、有意義な課題であろうというふうに私は思っております。 しかし、一方、我が国の刑法は、ある意味では主観的な要素に重きを置いております。例えば、難しい言葉ですが、未必の故意とか、あるいはわいろ性の認識とか、非常にこれは微妙な心理によって故意犯か過失犯か分かれる、刑がもう雲泥の違いがある。こういうふうな、主観的要素に重きを置く実体法になっているわけでございますけれども、こういう国では、可視化を厳密にやったならば捜査ができないのではないかという批判がありますが、これについてはいかがでございましょうか。
○本林参考人 可視化をすると、その主観的要素、特に日本の刑法では主観的要素を規定している条文が多い、その立証が可視化によって困難になる可能性もあるのではないかという御指摘だと思いますけれども、この主観的要素というのは自白がなければ証明できないというわけではございません。 立証は自由心証主義ということでございますので、主観的要素も客観的な状況から認定すべきもので、それで十分可能だと思っております。自白がなければ立証できないということになりますと、憲法が黙秘権を定めているという、これを否定する論理につながるわけでありまして、重要なことは、自白に頼らない立証のスキルというものを捜査官、捜査機関で身につけていくということであって、決して取り調べを密室化するということではないのではないかというふうに私は思っております。 この可視化というのは、取り調べの適正化を図って、事後の検証というものを可能にして、虚偽の自白を防止するという意味で非常に大きな意味を持っていると思っておりまして、可視化に反対するということは、検証を不可能にするということで真実を担保できるということになるので、私はむしろ論理が逆ではないかというふうに思っています。 この主観的要素、では外国は全然そういう規定がないのかといいますと、御承知のように、アメリカでも、殺人罪のうち謀殺という計画的な殺人とそうでないものとを区別するのは悪意というものであります。マリスというものがあるかどうかという内心の状況で大きな差が出てくる。それを陪審が実は裁いているわけであります。 私は、この主観的要素の立証と認定も、公判中心主義に従って、密室の取り調べから公判に移すべきだというふうに思っておりまして、私は、むしろ捜査機関の科学的な方策その他スキルをさらに高めることによって十分可能であって、それを取り調べの密室化を維持するという方向に流れるのは正しい方向ではないのではないかというふうに思っております。 以上でございます。
○漆原委員 ここは佐藤参考人にお尋ねしたいところなんですが、審議会の中でこういう議論がなされたのかどうか、検討会ではどうだったのか、その辺をお聞かせいただくとともに、今回の法案の中には取り調べの可視化というのは入っておらないわけでございまして、参考人御自身の意見も踏まえてお聞かせいただければありがたいと思います。
○佐藤参考人 審議会の際に議論として、その可視化ということも、そういう意見も非常に開陳されました。捜査過程の透明度を高める必要があるということは、もうそれは一般的には大体皆さんの共通した認識ではなかったかと思います。それで、取り調べの時間的な系列をきちっとメモとして残して、その客観性を担保するようなことをやれ、やらなければいけない、そこまで書き込みましたが、録画までやるかどうかについては、審議会のところでは合意に至らずに、そういう書き方にはなっておりません。 けれども、先ほど本林さんがおっしゃったように、この裁判員制度がうまく機能していくためには、捜査過程のその問題もこれから真剣に議論されて、多分、大きな方向としてはそういう方向に進んでいくことになるのではないかというように考え、また私個人としても期待しているところであります。
○漆原委員 清原参考人にお尋ねします。 この制度、参加する国民の自覚とこれに基づく協力が得られるかどうかがかぎだ、本当に私もそう思うんです。いい制度をつくりました、だけれども、結局のところ、幾ら法律で義務化しても、国民の皆様が、喜んでというわけにはいかないだろうけれども、少し無理をして参加していただかないと、どんなに高い理想を掲げても、この制度をつくり上げても、絵にかいたもちになるわけですね。 そういう意味では、政府のこれからの五年間の取り組みということは大変重要な要素になるんですが、この法案は、五年内に施行します、こうなっているわけですね。 ただ、もう一方で、国民のそういう裁判員制度を受け入れる基盤ができたらやればいいではないか、今はできていないけれども、やると決意をして、五年頑張るわけですね、そうではなくて、今そういう基盤がないんだから、これから一生懸命頑張って、基盤ができてからやればいいではないのか、こういう考えも指摘されておるんですが、この考えについては清原参考人はどんなふうにお考えでしょうか。
○清原参考人 御質問ありがとうございます。 私、みずからの経験を話したいんですが、私は、三十年前に一人の学生でありましたときに、三鷹市という自治体の市民参加の機会に、その当時は指名で、学生代表として加わりなさいということで、行政の基本計画の作成に向けて意見を述べる、そういう会議に参加いたしました。半分義務みたいなところでございました。 けれども、人は、そうした機会が与えられますと、市民同士が出会い、地域の問題を考え、その中で改めて行政を身近なものとして認識する、そうした経験が私の今の原点というところでございます。 裁判員制度におきましても、この間長く、司法制度改革の取り組みの中で、国民を、文字どおり司法の担い手の一人として、主体性と責任を持ってかかわるべきだ、そのあり方として提案されてきたものであり、私は、この間のいろいろな法曹関係者の議論、そして私も一国民として参加させていただきましたが、検討会の取り組みの中で、実は、かなり国民の皆様に御参画しやすい形に集約されてきているというふうに思います。 私は、日弁連の本林さんは、いや三年ぐらいでいいんじゃないかとおっしゃったところを、五年というふうに申し上げましたのは、三年あるいは五年あれば、国が、あるいは社会がこの司法制度改革の趣旨を我が物として、そして実際の経験をしていただく方がふえればふえるほど、まさに司法制度の改革の意義が国民主権の新たなる発揮にあったのだということに気づかれると確信するわけでございます。 そういう意味で、私は、行政への参加、政治への参加、さらには司法への参加のさらなる向上のために、なるべく早い機会にこの制度を実現することこそ、国民の皆様が実感として司法の担い手、国民主権の自覚を得ていただく有用な制度であると認識いたします。 したがいまして、政府も裁判所も、そして私どもも、しっかり、ますますのPRと条件整備の努力をすることは不可欠ではございますが、時期を熟してからと待つのではなく、実は動きながら成熟していく、そういう制度がこの裁判員制度ではないか、このように考えております。 以上でございます。
○漆原委員 全く同感でございます。 最後の質問になると思いますが、本林参考人にお伺いします。 日弁連がつくられた「裁判員」という映画を見せてもらいました。大変感動しました。石坂浩二裁判長の名さばきで、非常に合議がうまく形成されていく過程がよく出ておりました。本当に生まれて初めて裁判所に行かれる方が多い、そして重大事件を担当するわけですね。そういう意味では、恐る恐るあの重たい裁判所の扉をあけて裁判官室に入るということになるわけなんです。 私は、この制度がうまくいくかどうかのもう一つのかぎは、担当する裁判官、まあ裁判長が合議を形成していくんでしょうけれども、裁判長の裁判員に対する接し方、論点を整理してみんなの意見を合意形成していく、この忍耐強い努力がないと、これはだめになると思うんですね。 本林参考人から、期待される裁判長のあるべき姿をお尋ねしたいと思います。
○本林参考人 やはり裁判官の人間性といいますか、そういう広い視野で、しかもこの裁判員制度という国民主権をこの世の中に根づかせていく、そういう制度の本来の目標というものを十分理解しながら、できるだけ活発に、生き生きとした意見を裁判員から出させる、そういう能力あるいは資質というものが期待されると思います。 今、司法改革の中で、裁判官が二年間弁護士の経験を踏まえて、また裁判所へ戻っていく、そういう世の中の人の苦しみ、楽しみ、そういったものをじかに味わう、そういう経験をさせるという制度が、法案が今もう既に国会にかかって、通していただいたと思います。 そういうことも制度的に動かす中で、やはり裁判官自身が、いわば、従来、どちらかといえば上から物を見るということだったと思いますけれども、むしろ国民の意見を活発に出させる、そういう行司役、そして法律問題等が出てきた場合には易しくそれを説明していくということも含めまして、トータルな人間力というものが私は要求されるだろうと思います。 むしろ、今までの裁判官のトレーニングの仕方というのは法律知識あるいは手続の遂行ということにとどまっていたかと思いますけれども、そういう意味で、あらゆる、幅の広い裁判官を育成するための教育、これは尽きるところ法科大学院でのさまざまなこれからの科目の中にも入ってくるかと思います。そういう法科大学院での教育も含めまして、相当計画を立てて、そういったいいリーダー役になるべき裁判官を育てていくということが必要であろうと思っております。 以上でございます。
○漆原委員 以上で終わります。どうもありがとうございました。
○柳本委員長 速記をとめてください。 〔速記中止〕
○柳本委員長 速記を起こしてください。 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。 参考人各位におかれましては、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。(拍手) 次回は、明七日水曜日午前九時五十分理事会、午前十時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時二十六分散会