文教科学委員会 第4号
- 発言数
- 180 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 2002/11/19
会議録
○委員長(大野つや子君) ただいまから文教科学委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 昨十八日、江本孟紀君が委員を辞任され、その補欠として鈴木寛君が選任されました。 ─────────────
○委員長(大野つや子君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 学校教育法の一部を改正する法律案の審査のため、本日の委員会に司法制度改革推進本部事務局次長大野恒太郎君、内閣府大臣官房審議官谷内満君、文部科学省高等教育局長工藤智規君及び経済産業大臣官房審議官岩田悟志君を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(大野つや子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ─────────────
○委員長(大野つや子君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 学校教育法の一部を改正する法律案の審査のため、来る二十一日午前十時に、参考人として慶應義塾学事顧問、日本私立学校振興・共済事業団理事長鳥居泰彦君、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科長伊藤文雄君及び国立教育政策研究所名誉所員、国立学校財務センター名誉教授市川昭午君の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(大野つや子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ─────────────
○委員長(大野つや子君) 連合審査会に関する件についてお諮りいたします。 法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律案及び司法試験法及び裁判所法の一部を改正する法律案について、法務委員会に対し連合審査会の開会を申し入れることに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(大野つや子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 また、学校教育法の一部を改正する法律案について、法務委員会から連合審査会開会の申入れがある場合には、これを受諾することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(大野つや子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 なお、連合審査会開会の日時につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(大野つや子君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいます。 ─────────────
○委員長(大野つや子君) 次に、連合審査会における政府参考人の出席要求に関する件及び参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律案、司法試験法及び裁判所法の一部を改正する法律案及び学校教育法の一部を改正する法律案の審査のため、連合審査会に政府参考人及び参考人の出席要求があった場合には、その取扱いを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(大野つや子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ─────────────
○委員長(大野つや子君) 学校教育法の一部を改正する法律案を議題といたします。 本案につきましては既に趣旨説明を聴取しておりますので、これより質疑に入ります。 質疑のある方は順次御発言願います。
○仲道俊哉君 自由民主党の仲道でございます。 大臣並びに副大臣に質問をいたしたいと思います。 まず第一番は、高等教育機関の在り方と専門職大学院についてということで大臣にお願いしたいんですが、そもそも今回の専門職大学院構想というのは文部行政の議論の中から出てきた構想ではないですね。法曹人口を増やすという司法制度改革の必要性の中から生まれてきたのではないかというふうに思います。したがって、将来の高等教育システムをどう構築するのかという高等教育の本質論を踏まえた議論は余りなされなかった。すなわち、言葉を言い換えれば、文部行政が十分な議論がなされないままに司法制度改革の波に押し流されたとも言えるのではないかと、このように思います。 こうした見方に対する文部科学大臣の所見をまずお伺いをいたしたいというふうに思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 大学院の特に修士課程レベルにおきます高度専門職業人養成は、実は昭和四十九年の大学院設置基準制定以来の潮流でございます。このときに初めて設置基準が制定されたわけでございますが、その目的の中に明確に「高度の専門性を要する職業等に必要な高度の能力を養う」ということも入れられているわけでございますが、その後も、我が省といたしまして、大学改革の一環として大学院におきます高度の専門家の養成、社会人の再教育のための施策を推進してまいりました。 殊に、平成十年には大学審議会答申を受けまして専門大学院制度を創設いたしましたが、今回、それらを更に発展させるために、本年八月の中央教育審議会で専門職大学院制度が提言されたものでございます。 委員御指摘のように、法科大学院の構想というものがある意味でインパクトを与えたということは確かでございますけれども、私どもといたしましては、今回の改革はこれまでの大学審議会あるいは中央教育審議会におきます大学院の在り方についての検討を踏まえたものと考えておりまして、司法制度改革のみならず、大学改革の一環として、社会のニーズの高まりを受け、高度専門職業人養成にふさわしい仕組みを整備するものでございます。 今後も法科大学院以外にも各般の分野での展開が期待されておりまして、法科大学院の設置というものを一つの起爆剤としながら、日本の大学改革、特に人文社会科学系の学部、大学院の改革が抜本的に進められることを期待しているところでございます。その意味でいいますと、高等教育システムの改革の一環として考えているところでございます。
○仲道俊哉君 以前から考えていたというようなことでございますが、突如として出てきたような感も否めないものでありますが、主としてそういう、今回の場合、正直言って法科大学院を念頭に置いたものとしか我々は考えられないんですが、しかし、今、大臣がおっしゃったように、それに限るものではないということでありますと、法科大学院以外の専門職大学院として具体的に将来どのようなものが考えられているのか、具体的なひとつ御答弁をお願いいたしたいと思います。
○副大臣(河村建夫君) ただいま大臣からも御答弁ありましたように、大学改革の一環としても専門職大学院というのをとらえていこうというのが文部科学省の強い認識の中にあるわけでございますが、これから、この法律を通していただきますと、まずこれはロースクールができるということははっきりしているわけです。それ以外に、現在専門大学院というのが各、今も六大学にあるわけでございまして、六大学にあります。六つの大学が持っておりますが、そこが今度は専門職大学院に発展的に移していくということも既に方向としてできているわけでございます。 例えば、経営管理では青山学院大学の国際マネジメント研究科あるいは神戸大学の経営研究科、さらに会計・ファイナンスでは中央大学がございますし、あるいは一橋大学。さらに、公衆衛生、医療経営では京都大学とか九州大学にあります。それが専門職大学院に変わっていくということでございまして、国家資格等の職業資格、いわゆる職業資格と関連した専攻分野だけでなくて、社会的に特定の高度な職業能力を有する人材の養成が必要とされている専攻分野ですね、今申し上げたような、そういうことがまず可能になってくるということ。 と同時に、現在、そのほかに知的財産あるいは公共政策、そういう分野についても関係方面で研究されております。知的財産等でございますと、例えば弁理士会辺りが専門職大学院ということで考えられないかというような御相談もいただいているようなわけでございまして、将来的にはそうした多様な専門職大学院が開設されると、このように期待をいたしておるところでございます。
○仲道俊哉君 法科大学院を学校教育法上の大学院とすることについての当否ですが、司法制度改革審議会の最終意見が、「法科大学院は、法曹養成に特化した実践的な教育を行う学校教育法上の大学院とすべきである。」との提言が行われておるわけで、本改正案はそれを忠実に反映させているというふうに思います。 しかし、特定の範囲の職業人を養成することは、本来的には専門学校や専修学校の役目であって、学校教育法上の大学院とする必然性はないというふうに思います。 そもそも法科大学院構想は、従来の大学における法学部教育が実務教育を行わず、司法試験ともうまく連携せず、法曹養成のために余り役に立たなかったとの反省に基づいておりますが、法学部や大学院の任務は、高等教育の本質論からいって、単に法曹の養成にあるのではなくて、政治家や学者や官僚や企業人、地方自治の担い手とか市民活動等々、人格と法的な見識の優れた人を幅広く社会に送り出すことにあるわけです。ですから、法科大学院を学校教育法上の大学院とする理由は私は乏しく思いますし、他の職業養成機関と同様、専門学校あるいは専修学校扱いとすべきとの考えも実は成り立つわけですが、なぜ学校教育上の大学院としなければならないのか、その理由を説明していただきたいというふうに思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 専門職業人の養成につきましては、確かに大学院レベルだけではなくて、今いろんな機関がこれを行っていると思いまして、その多様性というのが大事ではないかと思いますが、一定の資格を持つ者につきましてはこれまでも大学院での養成が求められてきているわけでございます。特に、大学院教育では、学部段階で培われました基礎的能力あるいは教養といったようなものをベースにいたしまして高度の研究に裏付けられた教育を行うものでございまして、アメリカでもロースクールでありますとかビジネススクールなどが高度の専門家養成に大きな役割を果たしているわけでございます。 その意味で、今回の専門職大学院制度、その中での今際立って注目を集めております法科大学院というものは、学部での幅広い教養、それから一定分野の専門的な知識というものをベースにした上で実務の世界との連携を取った教育をすることができるという意味で、私はやはり大学院の中で位置付けていくということが極めて有効であろうと思っております。 その意味では、他の専門学校等とは、私は大学院における教育というものは意味付けが異なってくるのではないかと思っております。
○仲道俊哉君 そうしますと、将来の法学部の在り方についてちょっと心配になるわけで、現在、全国の約百の大学に法科大学院の開設を予定又は検討していると、そのように聞いております。そうしますと、大学の法学部は単に法曹養成のためにのみ存在するものでないことはさきに述べましたが、法科大学院のみがもてはやされるようになりますと、従来からの法学部は衰退して存在意義を失うとの識者の指摘もあるわけです。 そういうことから、将来の法学部の在り方について文部科学省としてはどのように考えているか、その点についてお伺いします。
○国務大臣(遠山敦子君) 確かに、法科大学院にのみ目が行きますと、従来の法学部はどうなるかということは大きな課題だと思います。 今、委員も御指摘のように、各大学で今真剣になって法学部の在り方自体も含めて検討がなされているわけでございますけれども、法学部といいますものは、リーガルマインドというものを養成をして幅広い人材育成を行っているところでありまして、現在も法学部出身者は様々な分野で活躍しているわけでございます。 法科大学院制度の導入後には法曹養成に特化した教育は法科大学院で行われることとなりますので、これに伴って法学部としては幾つかの構想があり得ると思いますが、例えば教養を中心とした法学基礎教育を行うもの、それから主専攻、副専攻での特色ある教育を行うもの、あるいは法曹以外の法律専門職の養成を中心にするものといった多様なプログラムが考えられると思います。 現に、私も幾つかの大学の法学部長等との懇談を今続けておりますけれども、それぞれの大学で特色を持った法学部の再生に向けて今大変な努力が払われているというところでございまして、私としては、そうした努力によって特色を持った法学部の充実した教育が行われるようになるのではないかと期待をして、またそれを支援してまいりたいと思っております。
○仲道俊哉君 次に、法務省の方にお伺いをいたしたいと思いますが、米国のロースクール制との関連についてであります。 法科大学院構想は、先ほど副大臣からもちょっと出ましたが、米国のいわゆるロースクール制を参考にしたものであって、ちょうど昨年、私は参議院の視察団としてワシントンの方に視察に参りました。九月十一日の同時多発テロのちょうどその日にワシントンにいたわけですが、この委員会では山本先生と御一緒させていただきました。 米国と我が国とでの司法制度の背景に根本的に違いがあるということが実は分かったわけです。すなわち、米国はいわゆる英米法の国で、判例法、すなわち常識や慣習を重んじ理論は希薄というようなことが中心でありますが、我が国は刑事法も民事法もどちらかといいますと精密な理論構成を重んじるドイツ、フランスなどの大陸法系に属して、成文法中心主義。で、法曹として求められる知識の内容にはかなりの違いがあるように思うわけですね。 また、米国では、大学の学部レベルでは法学教育は行われておりません。ロースクールで初めて法律を学ぶことになっておりますが、日本では既に学部レベルで法学教育を行っているわけです。また、米国には司法修習制度はありませんが、我が国にはあると。さらに、米国は訴訟社会でありますから、日本人には訴訟や表立っての争い事を嫌う風潮がありまして、裁判で決着を付けるよりも有力者を仲介しての和解や調停を好むというような傾向もあるわけですね。 要するに学ぶべき法体系や国民性、それから土壌が大きく異なるわけでありますが、それにもかかわらず、今私が述べたようなことから、かかわらず、アメリカ流のロースクール制を我が国に持ち込もうとする理由は何か、その点についてお伺いをいたしたいと思います。
○副大臣(増田敏男君) 仲道先生のお尋ねにお答えをしてまいります。 いろいろ御指摘をいただきましたが、その御指摘のとおりであります。我が国の法体系は米国と異なっておりまして、法曹養成制度につきましても、大学の学部段階で法学教育が行われるとともに、司法修習制度が存在するなど、米国の制度とはお話がありましたように異なる点も存在しておるわけであります。 今回の法曹養成制度の改革は、米国を始めとする諸外国の制度との異同をも踏まえまして、我が国における法曹養成のための中核的な教育機関として法科大学院の制度を創設をいたしまして、法学部以外の出身者や社会人をも受け入れること、そのようにいたしまして、その多様性を確保しつつ、司法試験及び司法修習との連携を確保した養成制度を通じまして、高度の専門的な能力、また優れた資質を有する多数の法曹の養成を図ることを目的としたものであります。 米国のロースクール制度を参考にしつつも、我が国にふさわしい法曹養成制度を整備をしよう、このようにするものであります。
○仲道俊哉君 大体私の意見と同じであれば、ちょっと疑問が残るわけですが。 法学部のない米国では三年間のロースクールにおける教育だけでほとんどの者が法曹資格を得るわけですが、我が国では、今後、大学四年間の法学教育に加えて二年間の法科大学院による教育、都合六年間もの教育を受けなければならないわけで、司法試験を受けるとすれば、今までの制度と比べて、また二年間の大学院に行かなければならないと、そういうことになるし、また司法、今の御答弁のように、司法修習を経なければ法曹資格を得ないということになるわけですね。 どうも今の内閣の規制緩和の潮流の下で、米国流のロースクール制度を取り入れながら、なぜこのような時間の掛かる恐ろしく回りくどい制度設計をするのか、そこのところがどうも納得がいかないんですが、その理由について説明をお願いいたします。
○副大臣(増田敏男君) 新たな法曹養成制度は、その中核的な教育機関であります法科大学院におきまして、法学部出身者のみならず、他の学部の出身者や社会人をも受け入れることになります。その多様性を確保しつつ、高度に専門的な教育を行う、このようにした上で、法科大学院における教育と司法試験及び司法修習との有機的に連携させることによりまして、多様かつ多数の法曹を養成しようとするものであります。 したがいまして、法曹養成教育の内容の高度化等に伴いましておのずから一定の養成期間が必要になるものと考えられますが、法曹養成期間全体の長期化を避けるため、例えば新しい司法修習について、その期間を一年六か月から一年程度に短縮するなどの工夫をすることといたしております。 先生御案内のとおり、これで三つの道ができると思います。予備試験コース、それから普通の、法学部以外の他の学部から法科大学院へ行くコース、それから法学部を出て法科大学院へ行くコース、こういうふうになっていくと思います。 優秀な人材が国家の要請にこたえられるものと、このように期待して、これが実施に全力を尽くしたいと思います。御支援をお願い申し上げます。
○仲道俊哉君 今出ました司法修習制度なんですが、アメリカにはこの制度はないわけですね。もし法科大学院を設置して、法科大学院をもってある程度の実務教育を行うわけですから、その実務教育を行うとすれば、司法試験合格者の後の実務能力の研さんというのは実際には要らないんじゃないかなという気もいたすわけですが、もし行うとすれば、本来的には、自己責任か、所属機関、職域団体等がそれぞれの責任において行うのが本筋ではないかと思うんです。 なぜ米国流のロースクール制度を輸入しながら米国に存在しない司法修習制度を存続をさせなければならないのか、その理由をお伺いいたしたいというふうに思います。
○副大臣(増田敏男君) 我が国の司法修習は法曹三者を統一的に養成する制度でありまして、実際の事件を取り扱うことを通じまして、法曹三者の実務を修得することを目的とする実務修習を中心に養成をしております。法曹三者いずれに進む者にとっても不可欠の課程となっておると思います。御案内のとおりであります。 一方、法科大学院では、法理論教育を中心としつつも、実務教育の導入部分をも併せて行うものとされておりますが、実務修習に相当する教育までを行うことは困難であると考えられますことから、新たな法曹養成制度においては、法科大学院における教育との連携あるいは役割分担を図りつつ、実務修習を中心とする司法修習を存続させることとしたものであります。 以上でございます。
○仲道俊哉君 資質を高めるということと、実務教育、それから幅広い分野からの、そういう三本の柱から今回の構想があるんだというお話なんですが、今までの法曹制度でも、その三者は、法学部でなくても、実務者からでも、実際にはだれからでも今でも受けようとすれば受けられるわけなんですが、そこのところが、より質の高い法曹養成かなというようなことで我なりに納得をせざるを得ないわけですが。 しかし、今御説明もありましたが、医師や公認会計士とか税理士、弁護士類似の専門職は少なくないわけです。そうしますと、民間の職種で司法修習制度により国家が税金を投入して実務教育を行っているのは唯一この弁護士だけなんですね。なぜ弁護士のみが民間人であるにもかかわらず特別扱いをされなければならないのか、納得のできる理由を説明していただきたいというふうに思います。
○副大臣(増田敏男君) 御案内のように、我が国の司法修習は法曹三者を統一的に養成する制度でありまして、弁護士となる者も含めましてこれまで国費で養成することとされてきております。先生の御発言のとおりであります。 この点につきましては、弁護士は、裁判官、検察官とともに、司法制度の担い手として基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする者であることなどから考慮されたものと考えております。そういう理解であります。
○仲道俊哉君 司法制度改革審議会の最終意見書に、司法修習生の給与制については、「その在り方を検討すべきである。」と提言をいたしておりますね。国家財政が逼迫して、公務員の給与が減額されている今、公務員でもなく、公務員にもなろうとしない者を、司法修習生のほとんどは弁護士になる人が多いわけですが、ではなぜ国民の血税をもって給料を支給するのか納得ができないわけですね。 仮にもしこの司法修習制度をそのまま、そのものを廃止しないとしても、最低限給与を廃止するか、あるいは貸与制等の切替えをすべきではないかと思うわけですが、この点についてはいかがでしょうか。
○副大臣(増田敏男君) 司法修習生に対しまする給費制につきましては、司法制度改革推進本部の法曹養成検討会におけるこれまでの検討におきましても、法科大学院制度を含めた法曹養成制度全体を視野に入れつつ、貸与制度等の代替措置の導入を含め、給費制の在り方を見直すことについて検討する、ちょっとくどうございますが、という方向性が示されております。 今後なんですが、これを踏まえまして、貸与制等の代替措置の導入を含めた給費制の在り方の見直しにつきまして、更に検討が加えられるものと承知をいたしております。 よろしく御理解賜りたいと思います。
○仲道俊哉君 今後検討するということでありますので、それをそのように是非検討していただきたいというふうに思います。 次に、文部科学副大臣にお願い、質問いたしますけれども、医師養成との整合性ですね。同じような専門職はできるだけ同様の教育システムによって養成することが望ましいわけで、本改革案が可決されますと、法曹は専門職大学院によって養成し、医師は従来どおりの大学の学部六年間で養成することになって、整合性が取れなくなるという、そういう指摘があります。代表的な専門職である医師と弁護士とで異なる養成システムを取る整合性の欠如は、我が国の教育制度の根幹にもかかわる問題でもあるというふうに思います。医師養成との整合性について、どのように考えておるか、その点についてお伺いします。
○副大臣(河村建夫君) 現在の医師養成の課程が、この法科大学院と比較した場合に、法科大学院に行く学生というのは法学部のごく一部が行くわけですね。それと異なりまして、医学部というのは、これは全部がそのままその職業に入っていく、正に職業人養成課程としての機能を有しているということがまず違っておるということですね。医師については、十六年度から二年間の卒後臨床研修が必修化と、こういうことにもなっておるわけでございまして、実質的には養成課程が更に延長をされるということが決まっておるわけでございます。 そういう点で、様々な点で異なっている面もございまして、従来から医師養成制度の定着状況を踏まえた個別の検討が必要であると、こう言われてきておるところでございます。 また、アメリカの例を見ますと、医師養成をメディカルスクールでやっているわけですね。これで、医学の関係者の中にもこういう問題意識もありまして、将来構想としてはそこでやっていくかということもあって、今後、専門職大学院制度の、これがこの法案によってその制度が規定化されるということになりますと、恐らくこの制度の活用についても医療をめぐる各界、これは医師もございますし、歯科医師もございます、薬剤師もございますが、そういうところもいろんなこの問題について研究をされると思いますので、関係者の意見を聞きながら検討をしていく必要があろうと、このように考えております。
○仲道俊哉君 医師は六年間勉強して学士の学位、法科大学院の卒業生は実は法務博士の学位を授与されると聞いております。同じ教育機関でありますが、なぜ授与される学位に差があるのか、学位の整合性について見解をお伺いいたします。
○副大臣(河村建夫君) 法科大学院を修了された方については、これは国際性という問題もありまして、何かいわゆる学位的なものを考えていく必要があろうということから生まれたのでございまして、アメリカではジュリスドクター、JDと言っていますが、この学位が得られる。これはいわゆる日本の大学院制度の中で、修士課程を終えて博士課程を終えて博士号をもらう、これとはちょっと違っておりまして、いわゆる法務博士とは言いながらも、いわゆる専門職学位ということをきちっと明記して、いわゆるその博士号とはちょっと違うんですよということだけは明記しながら、しかし国際的に通用する学位でありますということをはっきりさせようということから、この法務博士ということを今考えておるわけでございます。
○仲道俊哉君 国際的ということでの御答弁ですが、どうも日本の学校教育法のシステムからいきまして、何となくそこのところが整合性がないように思うわけですが、今回特別に法科大学院ということを冒頭も申し上げましたが、将来的にはこの点はしっかり、同じようなシステムで同じようなことをするわけですから、日本的に考えてどのようにするかという整合性については今後私は研究をする必要があろうというふうに思います。 次に、法科大学院の質の担保についてでありますが、現在全国で九十余りの大学に法学部が置かれておりますが、開校以来、司法試験合格実績皆無という大学も実は存在をするわけですね。教育水準が低く司法試験合格の実績が一定水準に達しない質の低い法科大学院の乱立は、質の高い法曹を育てようとする今回の目的と司法改革制度の理念にはそぐわないというふうに思うわけです、そういうことになった場合には。 ですから、法科大学院の質は今度どのように担保されるのか、そこのところをお伺いいたします。
○副大臣(河村建夫君) 仲道先生御指摘の点は非常に大事な点であろうと私も感じます。 まず、法科大学院を作るときに、質の担保、これについては設置基準がございまして、設置段階において教員組織であるとか施設の整備等設置基準に基づいて審査を行いまして、少なくとも必要最小限の質の確保ということをまずうたっておりまして、そのことを要望するわけであります。 今度、設置した後の問題でございますが、まずは評価、第三者評価を受けますので、これで基準から見て問題があるとなればこれは質の向上を求めていくと、当然それが促されるわけです。もちろん自助努力していただかなきゃならぬ。仮に、教育研究活動の状況がその評価機関の定める評価基準に適合していない法科大学院が出たような場合には、これは特に法令違反ということになりますと、これはもう当然、改善勧告から変更させる、あるいは場合によっては大学院を閉鎖するというところまで命令ができることができるように今回の法律で制度設計をされておりますが、今、仲道委員指摘されたように、法科大学院は出たが全然司法試験に受からぬじゃないかと、こういう問題が出てきた場合、これはやっぱりそうなりますと、もちろん評価するときにその水準、合格率が高いから低いからというようなことが主たるあれじゃございませんが、より教育の中身が問われているわけです。しかし、やっぱりどこか教育の中身に問題があるんではないかということは当然評価する方は考えるであろうと、こう思います。同時に、もちろん社会的評価も受けますから、それはだんだん学生がそこへ行かなくなるだろうというような評価も受けますので、当然そこの大学院はそのことでもっと努力をされることになるであろうという考え方もございます。 今、このことについて、法曹三者と大学関係者も協議会を設けておられまして、教材であるとか授業マニュアルの作成であるとか、あるいは実務家教員の確保について今準備をされておるわけでございまして、法科大学院の質の維持向上ということについては我々も重大な関心を持ちながら、そしてこれがきちっとされるように期待をいたしておるところでございます。
○仲道俊哉君 今の御答弁に関連するわけですけれども、認証評価機関、これについてでありますが、法科大学院を含む専門職大学院の質を担保するために文部科学大臣の認証を受けたいわゆる認証評価機関制度を設けるものとして、法第六十九条の四の一項、二項、三項に明記されておりますが、大臣は「大学評価基準及び評価方法が認証評価を適確に行うに足りるものであること等一定の要件に適合しているときは、認証するものとする」とされているわけです。 いまいち、しかしこれでは具体的なイメージがどうも浮かんでこないんですが、認証評価機関とは一体どのような種類の機関なのか。法人格の有無とか、営利、非営利性の別とか、純然たる民間団体なのか、それともある程度公的な色彩を帯びる団体なのか、認証の欠格事由などについて、できるだけ具体的に説明をお願いいたしたいと思います。
○副大臣(河村建夫君) 大学評価ということはだれでもできる、本来そういうものであろうと思います。認証機関がやらなくても、場合によっては新聞社がいろいろやるようなケースもございますし、週刊誌なんかにも出ているようなケースもございますが、ただ、この認証評価機関というのは、やはり大学や社会がその評価に、評価が信頼するもの足り得るということは、やっぱり国が確認した機関がいわゆる認証評価機関と、こう言われるものになるわけでございます。 したがいまして、認証評価機関には公正かつ適確な評価を実施するための基盤として、今回提案いたしております法律の第六十九条四の二項に規定をいたしております枠組みといいますか、それが必要と考えておるわけでございます。 法人格については、民法法人とか株式会社等の権利義務の主体としては有効に機能し得ると。いわゆる人格なき社団あるいは財団も可能というふうな形の今回の制度設計になっておるわけでございます。 このほかに、欠格事由等の問題もあるんでありますが、それはどういうことであるかというと、やっぱり大学院そのものが一定の財政基盤を有することや、これまで認証を取り消されてから二年を経過しない法人は欠格にするとかいうことがここにうたってあるわけでございます。 また、営利、非営利、あるいは純然たる民間団体かあるいは公的色彩を帯びる団体等の別でございますけれども、これは当該の評価機関が公正かつ適確な評価を行い得るに適切なものであれば特に問わないということでございまして、法に一応基準を述べておりますが、評価の基準、方法、体制等が一定基準を満たせれば認証するという形を取っておるところでございます。
○仲道俊哉君 そうしますと、各認証評価機関は大学評価基準及び評価の方法を独自に定めるものとされておりまして、さらに、法科大学院の認証評価については、一定のレベルに達しているかどうかのいわゆる適格認定までできるとされているわけですね。そのような公益性の高い、強い権限を持つ認証評価機関に、株式会社のような営利団体でも参入できるわけですか。
○副大臣(河村建夫君) 今回の制度設計では、営利団体が認証評価をやるといった場合でも公正かつ適確に評価を実施してもらわなきゃなりませんから、適切な評価員を置いたり、あるいは評価業務の管理運営上の独立性を確保したりするなどの要件というものは当然必要になってくるであろう、このように思います。
○仲道俊哉君 そうしますと、法科大学院にとっては死活問題にもつながりかねないような適格評価を、なぜ国が責任を持って行わず、そのような外部の機関にゆだねるわけですか。
○副大臣(河村建夫君) これは、外部にゆだねるということは、基準は国が一つの基本的なところは持っておるわけでございますが、これはやっぱり大学の自治といいますか、大学が行う教育内容まで国が踏み込む形というのはやっぱり好ましくないだろうという観点から独立した機関という形でやりたいということでありますが、現実に、今、各大学を評価いたしております大学評価・学位授与機構、これは今後大学の一機関と同じように独法化する方向で次の国会でお願いする予定でございます。 そういう方向になっておりますので、そうした国から一つ離れた機関として、そして正に公正、適確にやる機関が必要であろう、国が直接教育の中身に踏み込むということじゃない形を取るべきであろう、こういう判断に立っておりまして、今御指摘のありました、そこがそうしたきちっとある程度一定の要件を満たせば民法法人的なもの、例えばNPO的なもの、そういうものも可能であると。もちろん株式会社で評価機関に入りたいと、その要件が満たされれば、それも制度設計上は可能になっております。
○仲道俊哉君 そうしますと、この認証評価機関は、申請のときに、認証評価の公正かつ適確な実施を確保するための必要な体制が整備されていることというような一定の要件に合致していますと今おっしゃいましたように認証されるわけですね。しかし、認証評価機関が常に公正かつ適確な評価をするとは限らないわけです。 評価の適正さはどのように担保されるのか、そしてまた、複数の評価機関の評価結果が著しく異なるなどの、評価の公正さや適確さに疑問が残る場合の評価結果の扱いはどのようにするのか、その点についてお伺いします。
○副大臣(河村建夫君) これもまた大変大事な御指摘だというふうに思います。 当然、認証評価されることが公正かつ適確に行われませんと、これはいわゆる評価を受ける方はたまったものじゃありません。そういう点で、まず評価機関と大学がこれから、今一部、大学全体ではもう入っておるわけでございますが、まだ始まったばかりでございますから、これは熟度を高めていく必要がございますけれども、評価機関と大学が双方向のやり取りをしなきゃならぬと。 まず、その大学、法科大学もそうでありますが、大学そのものがまず自己評価というか自己点検をやります。それに対して評価を受けることになっていくわけでありますが、そういうことでありますから、当然、評価結果を確定する前に大学側からも意見申立ての機会を付与する。こういうことになると言われれば、当然大学側も意見があるでしょうし不服もあるでありましょうから、それをきちっとやれるようにして、当然評価結果も社会に公表される。社会の評価もそういう意味で受けるという形を取らなきゃなりません。 そういうような形をもって評価機関が適切でなければいかぬと思っておりますし、と同時に複数の機関がある。これはまあ評価基準がございますが、それはいろんな角度から評価をしていただきます。 そういう意味で、当然、A機関とB機関二つある場合に若干の違いが出てくるであろう、こう思いますが、それは見方によってもまた変わってまいります。そういうものが大きく変わったり、これはどう見てもおかしいというようなケースが出た場合には、これは文部科学大臣が評価機関に対して報告や資料の提出を求めて、問題がある場合には改善を求め、なお改善されないときにはいわゆる関係の審議会、中央教育審議会がございますからそこへかけて、そして認証の取消しを行うこともあり得る、このようになっておるところでございます。
○仲道俊哉君 その点についてはよく分かりました。 次に、資力のない者に対する措置ですが、従来の司法試験制度の優れた点は、資力や学歴や年齢にかかわらず、だれでも司法試験が受けられる、その者が境遇によって決して法曹への道が閉ざされていないということがあるわけです。 今回の法科大学院構想はこの優れた特徴を根底から奪うもので、今後、法科大学院へ進む資力のない者は法曹への道は著しく狭められるということになるわけですね。よって、資力のない者の救済措置として、働きながら学び、かつ授業料の安い夜間法科大学院や通信制の法科大学院の設置は必須のことと思われるわけですが、本法案によって夜間や通信制の法科大学院も設置可能との認識で良いのかどうか、お伺いします。
○副大臣(河村建夫君) 仲道委員御指摘のとおりでありまして、どういう方であろうと法曹を志す者はその道を目指していただかなきゃならぬ、そのための整備をするということは当然だろうと思いますが、今お話しの夜間大学院やあるいは修業年限を超えて在学する長期履修学生制度の活用とか、さらに授業の一部をIT、インターネット等でやれるようにする、これは可能なことでございますので、これらの諸制度を活用して社会人等が法科大学院の学習機会を確保するということは十分配慮してまいりたいと思っておりますが、ただ、今御指摘のあった通信制の問題については、これはどのような体制ならこれが確保できるかというまだ課題も残っておりまして、今後この法科大学院が発足をいたしまして、ある程度の期間を見ながら引き続き検討していかなきゃいかぬという課題になっております。これは中央教育審議会の方でもこういう御指摘を受けておるところでございまして、このような方向で、資力のない者もできるだけ門戸を広げて、この法曹界に入っていただく道を開く。 したがいまして、もう一方で、法科大学院に必ず行かなくても、一部今までの試験の制度も残しておるというのも、そこにも観点が一つ置かれている面がございます。
○仲道俊哉君 資力のない者にも法曹への道を閉ざされない方策として奨学金制度が必要不可欠ですね。先般の本会議でも、民主党の鈴木議員の方からこの点が指摘をされたところでもありますが。 法科大学院へ進む者の奨学金制度というのはどのように設計をされるのか。本会議での私は塩川財務大臣の答弁は、ちょっと私といたしましては腑に落ちない、疑義を感じた点もありますので、ここではっきりと御答弁をお願いをいたしたいというふうに思います。
○副大臣(河村建夫君) 基本的な認識でございますが、当然、今回の法科大学院に入られる方々については、国が法科大学院に対しても支援を、私学助成の形、特に私学でおやりになると法科大学院にする。一方、個人に対しての問題は、これは奨学金制度をいかに充実させるかということであろうと思います。日本育英会が要するに毎年やっております奨学金については、毎年予算を確保して充実させておるところでございまして、法科大学院の学生に対してもその授業料の負担減免のための支援施策等が必要であろうというふうにも思っておるところでございまして、文部科学省としてもこの奨学金の充実に努める。 それからさらに、その奨学金だけではまだ足らないと言われる方もある。そういう方々にはいわゆる有利子、無利子の奨学金を両方もらえるような形にして額を倍増するようなことも考えておりますが、さらにその上にローン等についても、これは金融機関等々も御協力をいただいて、これは多元的な検討が必要であると考えておりまして、今これ幾らまでにするというような正式なものではございませんが、十六年四月にスタートするものでありますから、来年の夏の概算要求の点においてどの程度確保すればいいかということも含めて検討をしてまいりたいと、こう思っておるところでございます。 平成十五年度の予算においては、無利子奨学金の貸与月額が、今度、大学院、大学も月額二千円アップさせることにしておりますが、無利子、有利子奨学金の貸与人員についても六万九千人ほど更に増やすようにしておりまして、あのとき財務大臣もお答えになりましたが、その奨学金をもらいたいという人には全員上げるようにする、差し上げるという、これは貸与でありますが。しかし、全部給付にして、上げっきりでもう返さなくてもいいということは考えないで、これはやっぱり自助自立の精神を養ってもらわなきゃいけませんから、これはお返しをいただくということで考えるという御答弁があったというふうに覚えております。
○仲道俊哉君 この点について法務省の方にもちょっとお伺いをしておきたいと思うんですが、法科大学院を修了しなくても司法試験が受けられる、いわゆる予備試験ルートがありますね。しかし、この予備試験が極端に難しいと予備試験組が法科大学院修了者に比べて実質的に不利益な扱いを受けたり、法曹への道が狭められてはならないわけでありまして、両者の扱いの実質的な公平性はどのように担保されるわけですか。その点についてお伺いします。
○副大臣(増田敏男君) 大切な点でございますが、予備試験は法科大学院を経由しない者にも法曹資格を付与する道を開くため、法科大学院修了者と同等の学識、能力等を有するかどうかを判定するものでありまして、その合格者は法科大学院修了者と同等の資格で平等に司法試験を受験することができるものとしております。 したがいまして、いわゆる予備試験ルートによる者が法科大学院修了者に比べまして実質的に不利益な扱いを受ける、こういうことはなく、法科大学院を経由しない者が法曹への道を不当に狭められることはない、このように考えております。
○仲道俊哉君 それに関連して、司法試験で法科大学院修了者と予備試験組とを公平に合格させなければ、金持ちだけが法曹になりやすいというようなあしき風潮を生むことになるわけで、今の御答弁のとおりではございますが、合格者の数について両者の割当て制のようなものが考えられるのかどうか、その点についての見解をお伺いいたしたいと思います。
○副大臣(増田敏男君) 新たな司法試験制度の下におきましては、法科大学院修了者と予備試験合格者とが同等の資格で平等に新司法試験を受験することができるものであります。合格者の決定においても両者は公平に取り扱われることになります。このような試験の公平性の観点に照らせば、実際の受験者の数やその成績いかんにかかわらず、新司法試験の合格者数の中でそれぞれが占める割合をあらかじめ決めるようなことは相当ではない、このように実は考えております。御理解いただきたいと思います。
○仲道俊哉君 基本的に今おっしゃったようなことで、差別することなく公平に扱うということについては是非よろしくお願いをいたしたいと思います。 あわせまして、教員の養成についてで同じく法務省にお聞きしますが、法科大学院ではある程度の実務教育を行うとされているわけですが、実務教育を行う教員が不足していると聞いております。 そこで、実務の教えられる教員の供給体制はどのようにするつもりか。また、教員の資格要件をどのように設定するのか、当該法科大学院の自主性に任せるのか、それとも国が何らかの基準を設けるのか。さらに、判事や検事などの現職の国家公務員が法科大学院で教鞭を執ることも法的には可能なのかどうか、御答弁をお願いいたしたいというふうに思います。
○副大臣(増田敏男君) 法科大学院におきましては、法曹養成のための実務的な教育が行われますことから、法曹が実務家教員として参加することが不可欠であります。そのために、今回提出しておりますいわゆる連携法案において、法曹である教員の確保等に必要な施策を講ずることを国の責務として規定しているところであります。 また、法科大学院における実務家教員の資格要件につきましては、例えば一定年数以上の実務経験を求めるなど、一定の要件を設ける方向で検討が進められているものと承知をいたしております。 なお、現職の国家公務員であっても本務に支障がないものとして許可を受ければ非常勤教員として法科大学院で教えることは可能でありますが、現職の裁判官や検察官を法科大学院の教員として安定的かつ継続的に派遣するための具体的な方策につきましては、関係機関との間で話合いを進めながら更に検討を加えてまいりたいと考えております。
○仲道俊哉君 次に、大臣にお伺いをいたしたいわけですが、先ほど学位の問題について触れさせていただきました。本来の大学院では、博士課程を五年を修了しなければ博士の学位が取れないわけですね。法科大学院では二年の修了、これは修士課程と同じですが、法務博士の学位が授与されると聞いているわけで、なぜ司法試験受験者だけを目的とした大学院の修了者にこのような法学博士と間違えそうな、整合性を無視した紛らわしいアンバランスな学位を設けるのか。 先ほど副大臣の方からも御答弁はいただきましたが、大臣の方から御意見をお聞きしたいと思いますし、本来の大学院では修士の学位を得るのにさえ修士論文審査がありますね。法務博士を授与されるとされる法科大学院にはなぜ論文審査がないのか。さらに、司法試験の受験者だけを目的とした大学院で、しかも修了に論文審査が要らないとすれば、実質的には従来の司法試験予備校の、予備校はあちらこちらにございますが、司法試験予備校の修了者と余り変わりがないわけで、単に司法試験の受験資格を得ただけの者に法務博士の学位を授与するということは、私は学位の権威を失墜させるものではないかというふうに思います。 そういう意味で、海外、外国等の関係と先ほど副大臣の方も御答弁がございましたが、我が国の一つの学位の権威としてどのように考えるか、そういう点について大臣の御答弁をお願いいたします。
○国務大臣(遠山敦子君) 法科大学院の場合は理論と実務の懸け橋を強く意識した実践的な教育を行うということでございまして、従来の大学院ですと、御指摘のように、研究論文を書くというのがもう最終的な学位を取る方途であったわけでございますが、法科大学院につきましては、論文作成を行わず、また研究指導を必須としないということでございまして、その代わり必要な単位数をちゃんとこなすと。これは相当緻密なものでございます。時間も掛け、様々な分野のカリキュラムを今作成をしているところでございます。 そういうような教育を行って、そのコースワークだけで学位を取れるという場合に、学位が先ほどお話しのように法務博士(専門職学位)ということで、博士という言葉にとらわれますと確かに委員御指摘のような疑問もわくわけでございますが、これは私もそのような疑問を持ったことございまして、よくその辺を検討してもらいましたところ、これは関係者が随分時間を掛けて様々に議論をしてみたと。しかしながら、要するに今回の制度というものはJDというジュリスドクター学位に相当するものを与えざるを得ないと、国際競争力を持った法曹をつくるという意味では。 したがいまして、これは私どもとしましては、従来の修士、博士とは異なる第三のカテゴリーの学位、言わば全くの例外だというふうに考えているところでございまして、その意味で括弧書きで専門職学位のように明記するということが提言されております。 そのようなことでございまして、法務博士については第三のカテゴリーということでございまして、それを作ることで従来の修士でありますとか博士の権威を失墜をしたり、あるいはその内実を揺るがしたりということでは全くないと思っておりますし、そのことにつきましては、新たな制度ができましたら、私どもとして広くこれは広報をし御理解を得ていく必要があるかなというふうに考えているところでございます。
○仲道俊哉君 四分まででございますので私の質問はこれで終わりますが、要は今回の私は改正については大賛成なんですが、今のような司法制度の中では裁判が随分掛かりますし、是非これは法改正をしていただきたいんですが、これをするのについて私なりに疑問なり問題点をちょっとこれまで指摘させていただいたわけでございまして、実際にこれを施行する場合には、今御答弁がございましたが、より深く研究をしていただいて、是非、この法案が通るように私も頑張りたいと思っておりますので、よろしくどうぞお願いします。
○鈴木寛君 民主党・新緑風会の鈴木寛でございます。どうぞよろしくお願いを申し上げます。(「頑張れよ」と呼ぶ者あり)ありがとうございます。 私は、冒頭、先ほど仲道先生の方からも触れていただきましたが、私が本会議で質問を、今回の学校教育法の一部を改正する法律案について質問をさせていただきました。その質問のお答えに対する塩川財務大臣のやはり基本認識、仲道先生にも触れていただきましたが、感謝申し上げますが、あの答弁はやはりいかがかなというふうに思います。塩川大臣は、「法曹に関係される方は国のエリートの方でございますから、社会的に、経済的に相当恵まれた立場にある方でございます」ということが本会議での御答弁でございました。 私の質問の趣旨は、確かに塩川財務大臣がお付き合いをされておられる弁護士の方々は経済的、社会的に相当恵まれた立場にあるのかもしれませんけれども、法曹というのは、必ずしも経済的、社会的に恵まれていないけれども、自由と正義を愛し、その確立のために人生をささげていこうという高い志を持った人たちに広く門戸を開くべきではないかと。 そして、そういう方々が、特にロースクールにおけるいわゆる勉学を励む際に経済的に大変だと。私も、例えば私立のロースクールだと一年間の授業料が二百万円とか三百万円になってしまいますと。今の奨学金は貸与型で十数万円ですね、これが大学院のあれですと大体それぐらいだと思います。そうすると、二百万円とか三百万円に対して十三万円というのは余りにもこれ少ないんじゃないかと、要するに焼け石に水じゃないかと、こういう基本認識に立って、奨学金というのは非常に重要な問題ではないかという観点で御質問をさせていただいたわけでございます。 そして、文部科学大臣からはこの点について、関係機関と相談しながら頑張っていくという御答弁をいただいて、その詳細については今日また、この前は時間が限られておりましたから、今日また詳しくこの後お伺いをできるというふうに聞いておったわけでございますが、その後の塩川大臣の基本認識が先ほどの認識でございますので。 予算というのは文部科学大臣お一人の強い御決意だけではなかなか実現ができない、正に関係機関とも相談しという関係機関の長は塩川財務大臣なものですから、私はこれは大変に問題だなというふうに思っております。 少し遠山文部大臣からきちっと塩川大臣に、今のロースクールで学ぶということがいかにこれ経済的にもあるいは社会的にも、その間、しかも本当に、先ほどお話がございましたように、勉学に集中せざるを得ませんから、アルバイトしながら通えるようなものじゃないわけですね、ロースクールというのは。(「大学もそうだよ」と呼ぶ者あり)ええ、そうです。 ですから、そういう中で、きちっとやっぱりもう一回、閣内のこの問題について、要するに大学で一生懸命きちっと社会に貢献できる人材をつくるという基本認識について再度御確認をしていただくということの急務だと思っておりますので、その点についての御見解と、塩川大臣にきちっともう一度、大臣自ら基本認識を改めるよう働き掛けられるということについても併せ御答弁をいただきたいと思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 十一月十三日の塩川財務大臣の御発言は、よくその記録を読んでみますと、法科大学院の学生に対する奨学金について必要な検討を行い、充実に努力したいとはっきりおっしゃっておりまして、私としては大変心強く感じているところであります。給費制の奨学金や教育ローンの政府保証については、受益者負担や官民の役割分担の観点も踏まえて慎重な見解を述べられたと承知いたしております。 我が省といたしましては、やはり法科大学院の学生が経済的理由によって学ぶ機会が失われることのないように、授業料負担軽減のための支援策等が是非とも必要だと考えておりますし、今後、奨学金の充実に努めるということは大変大きな責務だと考えておりまして、今おっしゃいましたように、財務大臣を含め財政担当者にもそれは私どもとしては精力的に御説明をいたしたいと思いますし、財務省を始めとする関係機関とも相談をしながら、各種ローンの充実についても多元的な検討が必要だと考えているところでございます。 これの予算要求は、先ほど答弁もございましたけれども、来年要求をいたしまして、平成十六年度からの概算要求にかかわるものでございまして、今は補正予算だの、あるいは十五年度予算だの様々なことを今要求いたしておりまして、来年、正式に法科大学院も含めた専門職大学院についての奨学金を考えますときに是非とも力を入れたいと思っております。 それで、ちょっと誤解があろうかなと思いますのは、今、大学院生に対する奨学金につきましては、無利子奨学金が修士で八万五千円、有利子奨学金が十三万円まで段階的にあるわけでございます。これは月々でございます。したがいまして、併用いたしますと、修士課程で月々二十一万五千円、年額二百五十八万円ということでございますが、塩川大臣もこの額はもっと増していこうというふうにおっしゃっているところでございます。
○鈴木寛君 私が申し上げたいのは、やっぱり基本認識として、予算査定の根っこにどういう御認識かということが大事なものですから、そこのところは是非きちっと再認識をお願いをしたいということでございます。 さらに、私がちょっと気になりますのは、じゃ、弁護士になった、あるいは司法の法曹になった後には資力が上がるだろうから返せるんではないかという御認識がやっぱり塩川大臣の中におありになると思うんですが、しかしこれも実は大きな誤解でありまして、確かにそうした金銭的に恵まれた弁護士になられる方も少なくないと思いますが、しかし、本当に自由と正義を追求していこうという法曹の方々というのは非常に清貧な弁護士で、本当に基本的人権、市民のために活躍しようと思えば思うほど経済的な収入はこれ少なくなるわけですね。 そうしますと、実は巨額なローンを抱えて、じゃ、本当に正義のために頑張ろうという弁護士、やっぱりこれはきちっと、だから返せるという話では全くなくて、こういうことを追求していけばいくほど経済的に困窮するという話でありますから、そこも含めて、本当に塩川大臣お分かりになっておられるのかなということが大変に不安になったということを私は申し上げ、そのことは繰り返し繰り返し、与野党含めて一致団結して頑張っていきたいというふうに思っております。 それで、少し中身の話でお伺いをいたしたいと思います。 私が御提案を申し上げましたのは、奨学金問題について四点ございます。 一つは、現在の奨学金制度、文部科学大臣の御努力によって有利子の対象人数というのは増えております。この点は評価をしたいと思いますが、しかし、一点目は、希望者全員が、これは私は法科大学院のみならず、いずれは希望者全員がもらえるようにしたいというのが私の強い希望でありますし、またそのことに一生懸命頑張っていきたいと思っております。とりわけ法科大学院について、まず一点目は、希望者全員がもらえるようにすべきだということを申し上げました。この点についてどうなのかということをお答えをいただきたい。 それから二つ目は、まず、先ほども十三万円が総枠の、月々ですね、それを足せば二百数十万円になるというお話でありましたが、これは生活費もありますから、学費だけで二百万から三百万ですから、プラス生活費ということになりますと、やはりまだ枠というものを、今一律にどの学部に通う人も十三万という枠、あるいは八万円という枠があるわけでありますが、それについて、今回、専門職大学院という制度ができます。これについては、社会人からの入学といいますか、ということも想定をされます。そうすると、社会人が本当にこうしたところできちっと専門、高度専門能力を身に付けようということになってまいりますと、学費プラス生活費の保障と、場合によれば家庭がおありになる方もいらっしゃるということになりますと、特に専門職大学院制度の発足に伴い、専門職大学院で学ぶような方々に対して奨学金枠の大幅増額ということを考えてもいいのではないかというのが私の二つ目の提案でございました。 それから三つ目は、いわゆる先ほども申し上げましたが、貸与型ですと基本的にやっぱり返さなきゃいけないということになります。これは、もちろん大筋は貸与型で対応できるんだと思いますけれども、しかし貸与型ではなかなかやはり難しいケースもありまして、それから諸外国を見ましても、給付型の奨学金というのはかなり一般的に普及をしているというふうに思いますから、こうした給付型の奨学金の導入ということについていかがかということであります。 それから、今、金融情勢が非常に厳しくなってきておりまして、いわゆる民間の金融機関が教育ローンというものを付与していく際に、これまたいろいろ個人保証を求めるとか、基本的に今、親の保証、親が教育ローンを借りるというケース、本人が借りるというケースがありますが、特に本人が借りるというケースはなかなかこれ事実上難しい状態にもなってきております。さらに、保証人になってくれる、あるいは教育ローンを借りてくれる親御さんがいらっしゃらないケースというものも、この専門職大学院で学ぶ、法科大学院で学ぶ学生の場合はケースが多くなってきてもいます。 ですから、私が申し上げているのは、今想定をしている制度設計の中でどうしてもカバーができない部分がかなり具体的に想定されますよと、こういうところに対してやはり政策的にきちっと対応すべきではないかということで四つの御提案を申し上げたわけでございますが、それぞれについての文部科学省の御見解と、そしてこれを実現をしていく上でのいろいろな検討状況についてお答えをいただきたいと思います。
○政府参考人(工藤智規君) 先ほど大臣から申し上げましたように、基本は、経済的な理由でせっかくの法科大学院に進学できぬことがあってはならないわけでございますので、私どもだけではなくて、政府を挙げてあるいは官民を挙げてそのバックアップのために知恵を出していかなきゃいけないという思いでございます。 ただ、今は法科大学院の御質問ですからあれですが、あるところで、法科大学院は中身の濃いしっかりした授業を行いますから、きっとアルバイトもできないぐらい中身が濃いんですよと言ったら、某東大総長OBの方からやじが飛びまして、法科大学院だけではない、理学部、工学部あるいは医師養成、ほかの学部、大学院でもやはりしっかりした支援体制が必要であると。正にそのとおりでございまして、私ども、まず第一番目に御指摘がございました希望者全員への奨学金の交付というのは、かねてから私どもは、奨学金政策は十八歳自立社会の実現ということで、高卒レベル以降は余り親掛かりではなくて、学生本人の意思と希望、能力によって進学できるような環境を整備する必要があるんではないかと。そのために、無利子、有利子を通じまして奨学金の御用意をさせていただいているところでございます。 現実には、今、幸か不幸か低金利時代でございますから、有利子奨学金につきましても、実質上、無利子と余り変わらない状況でございまして、大学、大学院を通じまして、ほぼ希望者に添える形になってございます。今後とも、そういう方向での努力をさせていただきたいと思っております。 それから、一人当たりの奨学金の枠を増額すべしという二点目のお話でございますが、これは、先ほど大臣、副大臣から御答弁申し上げましたように、現在の水準、有利子については最高額で十三万という水準でございますが、無利子、有利子合わせますと年間二百六十万ぐらいお貸しできるわけでございます。現在の水準が十三万という上限額、これでいいかどうかというのは私どもも大いに問題意識を持ってございまして、塩川大臣の問題意識と同じでございますけれども、来年の夏まで掛けて更にその増額の努力をさせていただきたいと思いますが、他方で、余りたくさんお貸しいたしますと返済のときにも負担になるということも、兼ね合いも考えながら、かつ希望者の需要におこたえするような努力をしてまいりたいと思っております。 三番目の給費制の問題でございますが、これはかねてから私どもも政策的な課題と考えてございますし、今現に大学審議会等でも御指摘をいただいているのでございますが、他方で現下のような財政事情もございます。しかも、育英会の貸与事業はそれなりに意味もございまして、一つには、限られた財源の中で幅広く学生にお貸しできる仕組みということでございますし、もう一つは、学生から返還金を通じましてその学生自身が、自分がお世話になったそれをお返しすることによって、後に遅れて来る学生に奨学金が渡されると。そういうリレーといいますか、学生から学生へのリレーという、自立心、自己責任あるいは社会への還元という効果もあるわけでございまして、貸与制というのもそれなりに意義があるということで育英会ではこれまでやってきているわけでございます。給費制は確かに政策課題でございますが、返ってこないお金でございますので、よっぽどたっぷりした原資がございませんとなかなか踏み切れない部分がございます。 他方で、現在、大学院生の返還免除制度というのがございまして、これは育英会の改組に伴いまして見直しをすることになってございますが、今のままですとやや偏った政策になっておりますので、見直すに当たりまして幾つかの選択肢を考えられております。一つには給費制を一部始めてはどうかという案もございますが、他方で若手研究者を対象とした競争的な研究資金を増やす方に回したらどうかとか、あるいはポスドクという、フェローシップが進められてございますけれども、修士段階レベルが空白な地帯になっていますので、修士レベルを対象にした若手研究者の育成に、充実したらどうかというお話でございますとか、あるいは在学して、まあ銀時計と言ってはなんですけれども、成績優秀者に一部免除するという仕組みを導入したらどうかという、いろんな御提案をいただいてございまして、これから財源の確保の見通しなども考えながら更に検討してまいりたいと思っております。 四点目でございますが、教育ローンへの政府保証の実施ということでございます。これは鈴木委員、御承知のことと思いますが、アメリカで先行例がございます。アメリカは連邦政府が奨学金をかなり充実した政策として用意しているわけでございますが、一時期、同じような政府保証での奨学金制度をかなり大幅に行ったのでございますが、その反省に立ちまして、やってみたところ、やっぱり反省点が多くて、言うなれば失敗したかなというふうに私どもも受け止めておりますけれども、どうしてもお貸しする民間金融機関のモラルハザードが崩れて、かえって事務費が高騰するとか、あるいは学生へのサービスが低下するとか、結局政府としての財政負担も多かったものですから、今やダイレクトローンの方に切り替えているというふうに承知してございますけれども。 そういう意味では、今、財投機関債等も含めて育英会で必要な資金の調達に努めておりますけれども、低利の資金が確保できればそれにこしたことはないわけでございまして、民間金融機関のそれよりも高い金利の利ざやを更に埋める、あるいは民間金融機関の自主努力を政府として何かお先棒を担ぐかのごときことになることではいかがなものかということもございますので、これは今後更に検討が必要でございますけれども、関係方面とも更に検討しながら、トータルとして学生支援には万全を期してまいりたいと思っております。
○鈴木寛君 私が枠のお話を申し上げたのは、結局、個別にはやっぱり十三万円を超えて対応すべき、それは少ないかもしれませんけれども、そういう実態があると思います。枠をきちっと、その十三万という上限ではなくて、もう少しきちっと枠を取っておけば、もちろんその枠の中で全部使うのか、それともその一部を使うのかというのはケース・バイ・ケースだと思いますが、そうしたケース・バイ・ケース、特にきちっと救わなければいけないものに対応していくためにも、その枠というものは多目にきちっと確保しておくべきではないかという趣旨でございますので、その点是非、もうよく御了解いただいていると思いますが、これからのなかなか厳しい予算折衝になると思いますから、お願いをしておきたいと思います。 それから、最後に局長が、やっぱりトータルで考えていくと。私もそうだと思うんです。例えば給付型の議論なんかは、やはり民間による寄附、寄附税制ということもきちっと、奨学金の原資に対して民間からいろんな寄附を募っていくと、そうしたことを奨励していくということは大変重要だと思っております。アメリカなどもそういう制度があってのことですから。そういう意味での税制の措置とか、あるいは先ほどの政府ローンの問題も、確かにアメリカの例は私も承知しておりますけれども、ただ日本の場合は、これは金融庁に申し上げることですが、金融庁の割と形式的な審査基準といいますか審査運用体制というものがあるものですから、なかなか本当に個別のローンのリスクを見て貸し付けるということに日本の金融制度がまだアメリカのように成熟をしていないという中で、やはり社会全体としての欠落があるのではないかという観点から、私はアメリカの例をも踏まえ、なおかつ申し上げているということも御承知をいただきたいと思います。 それから、これは問題提起でございますので、是非御検討、御答弁は要りませんが、御検討の中に加えていただきたいのは、今、入学金が対象になっていないですよね、その奨学金の交付の。いわゆる授業料は奨学金の対象になっているんですが、入学金はなっていないんです。これは、入学金を払っておいてほかの大学へ行くとか、いろんなことがあるので、確かに今それが対象になっていないそれ相当の理由があることは私も承知をしておりますが、しかし、それを更に乗り越えて、やはり入学金というものが相当な学生の負担になっていることは事実でございます。しかも、今回は二年とか三年とかということになりますから、その総額に占める入学金の割合というのも非常に増えてくるという意味で、是非トータルに、学生がきちっと安心して勉強できる体制ということについては検討いただきたいと思います。
○政府参考人(工藤智規君) 奨学金とかいろいろな学生支援は育英会だけでなくて多方面で行っているわけでございますが、今御質問がございました育英会の奨学金について申しますと、これは授業料のため、あるいは入学金のためという使途は限定していないんでございます。 学生の学資の一助にということで月々あるいは年間を通じて差し上げているのでございますが、現実的に、今御指摘のありましたように、入学時に、入学金もそうでございますけれども、場合によっては引っ越しをしてアパートを借りての一時的なお金が必要なのがあるわけでございまして、そういう需要にこたえるために、実は来年度の概算要求で今要求中でございますけれども、もしそれが通れば新年度から入学途中の一時金を御用意しようというふうな準備を進めているところでございます。
○鈴木寛君 是非、今の予算要求、十二月大詰めでございますが、頑張っていただきますようにお願いを申し上げます。 それで、次に参りたいと思いますが、これも仲道先生と私、問題意識を共有しておりまして、今の答弁を聞いていてやっぱり更にお伺いをしなきゃいけないなと思いました。 やはり今回の専門職大学院制度、ロースクールありきではないかという印象を私、当初より持っておりましたし、今の十時からの一時間のやり取りを聞いておりまして、やはりまだその疑念というか懸念は払拭できません。改めて、私はこの専門職大学院制度というものについて議論をやはりこの国会の場できちっとしておく必要があるんではないかと思っております。 と申しますか、そもそも今回の国会の上程のされ方自体、私は腑に落ちていないわけでありまして、私は本会議であえて、学校教育法の一部を改正する法律案そして法科大学院と、順番を変えて私は本会議で質問をさせていただきました。ここには大変な思い入れがございまして、これは学校教育法というのは、正に教育基本法に準ずる文部行政の根本を決めていく、規定をしていく極めて重要な法律であります。今回、日本の大学制度、特に私立大学の部分が主でありますが、恐らく次期通常国会で国立大学について大議論がなされる。そういう意味で、これは本当に戦後五十年ぶりの、この臨時国会そして次期通常国会、この二〇〇二年、二〇〇三年というのは日本の大学行政、大学政策の大転換として恐らく後世に記憶される、記録されるということになると思います。 今回の学校教育法の一部改正案の中身を見てみますと、非常に重要な項目、正にロースクールの付け足し、ロースクール法の付け足しで三番目に並べられるというようなたぐいの問題では全くないというふうに私は思っております。たかが順番の問題かもしれませんが、しかしこれは重要な問題だと私は思っておりまして、そういう意味で、この専門職大学院制度、先ほどからの御議論を聞かせていただきますと、やはり非常に混乱というか混同、複雑で、それがなかなかやっぱり我々もよく分かりませんし、まして社会全体に専門職大学院というのはどういうイメージでもって迎えたらいいのかということはやっぱりよく分かりません。 例えば、ロースクールがこれに当たるということはよく分かりました。文部省は、それ以外にもいろいろあります、ビジネススクールあります、そして今の省令で決まっている専門大学院が発展的にこれになっていくんだ、それもよく分かります。 しかし、例えば、先ほど青山学院大学の国際マネジメント学科が恐らくこれに昇格といいますか発展するだろうと、こういう話がございました。一橋大学もそうだというお話がありました。しかし、一方、慶応大学にはビジネススクールというのがございます。青山学院、学生から見ていれば、あるいは学者から見ていれば、あるいはそこに、教壇に立つ者から見ていれば、青山学院の国際ビジネススクールと一橋大学のそれと、そして慶応大学のビジネススクールと、これが実態的にいかほど違うのかということからすると非常に疑問で、というか余り変わらない、同じカテゴリーとして普通は学生は考えますよということを申し上げたいわけであります。 それから、公衆衛生について新しい専門大学院ができると。これも大変望ましいことだと思いますが、一方で、例えば慶応大学は看護医療学部というのを今度作って、新設して、これもいろいろな教育活動が行われております。そうすると、この部分でも、公衆衛生を目指した、そこで育てたいと思っている人材あるいはそこで深めたいと思っている学識というものはかなり似ている部分があるわけですね。しかし、制度的には、一方は通常の学部大学院、一方は専門職大学院と、こういうことになって、これはやっぱり非常に混乱といいますか戸惑いを招くんではないかと思います。 質問でありますが、どうして、ロースクール以外で、今も専門大学院という制度がきちっとあって、それなりに社会人向けのカリキュラムとかあるいはそれについての様々な制度の運用とか、それなりの対応がされていて、そして大学でもそうしたものを活用しながらいろいろな実態が積み上がってきております。これをあえて法律で違うカテゴリーを作ってやらなければいけないのか、その必要性は少し先ほどお話がありましたが、具体的にじゃどういうメリットがあるんですかということについてお話をいただきたいと思います。
○副大臣(河村建夫君) 鈴木委員は現実に大学に職を置かれてそういうことを感じておられたことだと思いますので釈迦に説法のような気がいたすんですけれども、これは、私もこの説明を最初に受けたときに、やっぱり専門職大学院という正に高度な職業能力を有する人材育成上、今までの研究論文とかそういうものに取られないといいますか、それに時間を費やさないで、専門職としての能力を高める時間をもっと教育の中に入れる必要があろうという観点から、これにつきましては中央教育審議会の大学院部会でもいろいろ議論をしていただいたわけですね。 そうすると、ちょうどロースクールの話も出てきて、こういうものを入れていくとなれば、この際もっと高度化する必要があると。今の専門大学院の現状で、今の、それだと、今ある修士課程等々、それを一般に大学院と言っているものと、わざわざ専門と言いながらもやっていることはほとんど同じで、中途半端じゃないか、もっと特化する必要があるんじゃないかという議論を踏まえて、また、それが望ましいという中教審の大学院部会での答申といいますか議論を踏まえた上で、正に修了要件、修業年限、そういうものを高度専門職業人養成として一層適した柔軟な、弾力的な仕組みでやろうと、そういうことで専門職大学院制度を新たに整備する。そして、これをこれから進めていく。 さっきおっしゃった慶応大学のビジネススクール等々も、この制度がきちっとすればその方向で考えたいというような意見も伺っておるところでございまして、各大学もそういう方向へなっていくであろう。既に今持っている専門大学院は発展的にそういうふうにしていただくということになっておりますので、そのことを期待をしながらこの法案を整備した次第でございます。
○鈴木寛君 私もこうした専門職大学院制度というものをきちっと日本の学校教育体系の中で位置付けていくこと自体、賛成の立場なんでございます。そして、確かに慶応ビジネススクールあるいは法政でもビジネススクールがございます。そうしたものが、この制度の確立がされたならば移行するだろうと。確かに何か、青山は専門職大学院で慶応はそうでないというのはやっぱりなかなか不思議なといいますか奇妙な状況でございますから、なるべくそうした状況はやっぱり一本化をされていった方がいいと思うんですが、逆に申し上げますと、じゃ、なぜ慶応大学とか法政大学が今きちっと表明できないかというと、どういう制度になるのかというのがやっぱりなかなか法的に明らかではない、あるいは予算措置、あるいは運用などで明らかになっていないというところもございますので、そういう意味で、法的な位置付けというものがどういうふうに変わるのかということを是非明らかにしていただきたいと、こういう趣旨で御質問をさせていただきました。 それで、と同時に、若干、私は河村副大臣、大変個人的にその見識と教育に掛ける情熱については敬意と御尊敬申し上げているわけでありますが、先ほど来の御答弁で幾つか副大臣らしからぬ御発言といいますか、ところがございますのでちょっと御質問させていただきたいんですが、これも先ほど来議論になっております学位の不整合の問題であります。 それで、やっぱり専門職大学院ということになった場合に、やっぱり医師というのはこれは正にプロフェッショナル中のプロフェッショナルでございまして、メディカルドクター養成というものがこの専門職大学院にはまらないというのは、何か不自然なやっぱり印象が免れないと思います。 学位の問題は、確かにJDについては国際的な整合性というのはあるという御答弁はそのとおりだと思いますが、しかし、じゃ、メディカルドクターについて国際的なことが必要ないのかというと、それは全くそうでないわけでありまして、正にメディカルドクターも、きちっと日本でメディカルドクターというものを位置付けて、そしてそのことによって日本の、すばらしい日本の教育を受けた、医学教育を受けた人たちが世界じゅうで活躍するということもこれは私は望ましいし、そのことについて文部科学省も何ら異存はないんだと思います。であれば、やはり医学教育ということについてもきちっとハーモナイズをしていくということがこれはあってしかるべきだと思います。 それから、別にけちを付けるつもりはないんでありますが、医師はそのままドクターに、医学部生はそのまま医師になると、こういうお話がございました。これも今の実態は確かに法学部生は法曹に行かない、必ずしも全員が行くわけじゃない。ただ、これは入学定員管理の問題と、要するに程度の問題ですね。これは既に早稲田大学あるいは東京大学の法学部は、学部レベルの入学定員はこれは要するに縮小をしていこうと、こういうことになっておりますから、現段階でのいわゆる法曹への進学率が大体三分の一ぐらいですね、東京大学の場合は。それが、入学定員が削減をされていけば、これは六割、七割と、こういうことになってきますから、今の実態が法学部生と医学部生で違うというのは、しかし、今回のいろいろな法制度改正によってかなり似通ってくるであろうし、私は、似通うか似通わないかということが重要なんじゃなくて、やっぱり制度的な位置付けとしてかなりパラレルな関係にあるんではないかということが、仲道先生の御指摘でもあったと思うし、私の主張でもあります。特に、今回できる司法試験と医師国家試験を見てみますと、極めて酷似した資格付与の制度設計になっていくわけですね。 そうした中で、本会議でも私は医学教育について、こうした専門職大学院制度とどういうふうな整理をされるのかということ、両方の観点から伺わさせていただきましたけれども、やはりこのメディカルドクターの養成という問題については、これいずれやっぱりきちっと議論をしていくということになるんではないかというふうに思いますが、そういう意味でこの専門職大学院制度、やはり議論がまだこなれていないなという気がいたします。 そういう意味で、再度、今のような論点を踏まえまして、なぜ専門職大学院を今回位置付ける、その政策的な意義は認めております。しかし、法的な効果というものがどこにあるのかということについてお話を、御答弁をいただきたいと思います。
○副大臣(河村建夫君) 委員のような御指摘があるのは私も当然といいますか、受け止めておりまして、この専門職大学院構想が来たとき、当然メディカルスクールということが想定されるであろうということは私も理解をしております。 ただ、今回のこの専門職大学院を入れるについては、まず司法改革という面からも来たわけでございまして、司法改革の中でどう位置付けるであろうと。そうすると、当然、大学院制度、学校教育法の中における教育の部分もある、それを一つのブリッジした形で今回生まれたものであります。 しかし、今回の学教法の改正そのものは、単なる法科大学院だけに特化させずに、これを、法科大学院の前提でありますけれども、それ以外にも、今回専門職大学院というのを広く考えて、いろんな参入もあり得るということでありますから、当然、今、委員が御指摘になった、この法案を通していただくことによっていわゆるメディカルスクール構想というものも具体的にわいてくるであろうということを期待をいたしております。 今、三師会は、まず薬学教育を六年制にという問題もあって、足並みをそろえてということになるであろうというふうに私は想像しておりますが、当然、法的効果としては、この法律を通していただくことによって今御指摘のあったような問題が道が開けてくる、また目に見えてくる、当然そういうことが検討されるであろうということを期待をしてこの法案を出しているものでございます。
○鈴木寛君 是非そうした意味で検討を更に深めていただければというふうに思います。 それで、私が専門職大学院制度というものをこの際位置付けていく、その上で一つ論点としてあるのかなというふうに思いましたのは、今回の学校教育法改正の中で学部、学科の新増設というものを、段階的ではありますけれども、規制緩和をされているという方向であります。これは、前国会で大学改革についてのフリーディスカッションをしたときにもそんなお話をさせていただきまして、その方向で半歩前進だというふうに思っておりますけれども、例えば専門職大学院に関しては、ほかの大学院についてはいろいろな定数管理とかカリキュラム管理とかということについて、これはどんどんどんどん大学の自治等に任せていくんだろうというふうに思います。もちろん、専門職大学院についても基本的な大学の自主独立性ということは大事だと思いますが、ただ、入学定員管理のところについて申し上げると、少し他の大学と違う取扱いというのがこれはあり得るのかなという一つの論点の提起ということで聞いていただきたいわけでありますが。 と申しますのも、最終的な司法改革のイメージで申し上げますと、三千人の法曹を毎年輩出をすると、こういうことになっております。今のような司法試験一発型の弊害を是正する、プロセス教育に持っていくんだと、こういうことで今回の制度設計ができているわけでありますが、そうなりますと、ロースクールをきちっと、その課程を修了した方々がやはり、何割かということは決められないでしょうけれども、常識的には半分以上、六割とか七割とか、いろいろな意見が出ておりますけれども、そうした五割とか六割とか七割の正に医学部卒業者の医師国家資格の付与とこれも比較をしていけば、少なくともそうした割合での法曹への人材輩出と、こういうことが制度設計の趣旨からすると想定をされるんだということだと思います。 先ほど、法務副大臣の御答弁を聞いていますと、三千人のうちどういう比率で法科大学からの卒業生が、どういう比率でいわゆる試験組が入るか、これは割合は決められないと、こういうことだと思いますが、マックス三千人の大宗が、ほとんどがロースクールから来た人だと、合格率が六割だ、あるいは七割だとしたときに、これを割り戻してみますと、結局、ロースクールの定員というのはせいぜい、たかだか見積もって四千人とか五千人とかと、こういうことになるんだろうというふうに思われます。 一方、今回のロースクールは、非常に少人数できちっとした教育ということをやっていくんだ、それから実務家も入れていくんだということだと、一クラス二十人とか三十人とかいうこと、それからちゃんと常勤の先生が十五人以上いなきゃいかぬと、こういう話になってきますと、おのずとロースクールのサイズというのも、必要最小限のサイズというのも決まっていくんだと思います。 何が申し上げたいかというと、なかなか五十人の入学定員でロースクールを維持運営するということは、これは現在想定しているロースクールのイメージからするとなかなかできない。そうすると、最低でもやっぱり百五十とか二百とかと、こういうことになるんだろうと思います。そうすると、入学総定員が四千人から五千人でロースクールの最小単位が二百人とか三百人になってきますと、これ割り算すれば大体分かることで、大体世の中にできるロースクールというのは二十か三十と、こういうことに単純な割り算でなっていくわけであります。しかし、一方、ロースクールを希望している大学というのは、これは希望ではありますけれども、百ぐらいあるということになってしまう。 この方程式をどういうふうに解いていくんだろうかということは、これは我々文教科学委員会も含めて、あるいは新しい司法制度、そして新しい法曹養成制度、それをしかも大学が主として担うんだという正に今スタートラインに立っているわけでございますけれども、この点についてはこれから、総入学定員枠を四千から五千という枠組み、その中で個別の大学の設置認可というものをしていかなければいけない。これ、どういうふうな基本方針、基本的な考え方で臨んでいかれようとしておられるのか、御答弁をいただきたいと思います。
○政府参考人(工藤智規君) まず初めに、司法制度改革審議会の方からの御提言で一応三千人の法曹養成を目標にしているわけでございますが、審議会の最終意見にもございますように、これがアッパーリミットではない、三千人達成時の状況がどうなるか、まだ先の話ではございますけれども、これで打ち止めということではないという趣旨のことが言われてございます。それにしましても、一応、政府を挙げて、あるいは関係者挙げて、その三千人体制のために、しかも量だけではなくて質の高い法曹養成のために今汗をかいているところでございます。 そういう中で、実際、司法制度改革推進本部の方でアンケートを取ってみましたところ、国公私の大学で法科大学院の検討をしている、あるいは検討中であるという大学を、おしなべてその検討の内容といいますか、入学者のスケールを足し上げてみますと、大体五千人前後という感じでございます。 それが平成十六年四月に一斉にスタートするかどうかというのはまだ未定のところがありますし、それから各大学の検討の内容を見ますと、意外と小規模の、六十人以下の入学定員を検討しているところが多うございまして、今御指摘ありましたように、法科大学院は中身の濃い授業を行うために学生十五人に一人ぐらいの教員割合は必須にしようと、ミニマムエッセンシャルとして十二人以上は必要だねというのがこれまでの関係の審議会の御議論なんですが、ミニマムエッセンシャルの十二人で考えますと、コストベネフィットのぎりぎりが六十人の定員でございます。ですから、それを下回るというのは、ある程度コストを掛けてでも、スケールは小さいけれどもしっかりしたものをやりたいという大学が多うございます。 そういう中で、私どもの姿勢でございますけれども、これまでもそうでございましたように、法科大学院の設置につきましては、一定の要件、法科大学院基準など、その基準に合致すれば認可するといいますか、設置を認めていく方向でございまして、私どもとして窓口規制をすることは全く考えてございません。実際には、それぞれの法科大学院が切磋琢磨しながら、最終的には新司法試験を受けていただいて、より質の高い法曹養成のためにそれぞれが切磋琢磨しながら法曹養成に努めていただく、そういう制度設計を予定しているところでございます。
○鈴木寛君 今、窓口規制はしないと、こういうことでございました。六十名がミニマムラインということでありますが、しかし、ミニマムラインでありますけれども、逆に言うと、やっぱり三百人のロースクールと六十人のロースクールでは、本当に一人当たりの学生に対する授業料の負担というのはこれはかなり変わってきてしまいます。でありますから、先ほどから奨学金の重要性ということを申し上げております。 しかも、我々が大変懸念し、かつ重要にきちっと注目をしていかなければいけないのは、ロースクールがきちっと全国適正配置されていかなければいけない、要するに大都市圏だけにロースクールが集中してはいけないという課題もあります。これは正にこの委員会全員で共有し、かつ考えていかなきゃいけない問題だということであえて御発言申し上げたわけでありますが。そうすると、地方における法曹養成というのは本当にコストが掛かるわけですね。しかも、それが各学生にしわが寄ってしまうといいますか、負担が寄ってしまうという懸念がかなり心配をされるものですから、そのことについていろいろと御質問を申し上げているわけでございます。 加えて、私立大学になりますと、これまたなかなか憲法上の問題がありまして、私学助成金を半分以上にするというのは、これまた一つの政策論として私は個人的にあっていいと思っておりますけれども、クリアしなければいけないいろいろな論点があると、こういうことになりますと、やはり奨学金というものを相当程度充実をさせていかなければならないということが今考え得るベターな選択肢ではないかなという認識だということであります。 それで、このロースクールに絡んでということもありますし、それからそれ以外も含めてなんでありますが、今回の設置認可制度の見直しについて質問をさせていただきたいと思いますが、これも本会議で御質問をさせていただきましたけれども、今回、認可制から届出制に移行するということ、これ自体は私たちもその主張をしていた者の一人としてその御努力は多といたしますけれども、この範囲が、いわゆる授与する学位の種類、分野を変更しないなどという条件がございます。 これ、一定の移行期間はこれでやむを得ないのかもしれないと思いますが、やはり最終的には、こうした問題というのは第三者評価機関と大学の自治に基本的にゆだねられるべきでありまして、文部省から手が離れていくということが、私はそれを望んでおります。より一層のこうした設置認可の規制緩和ということについてのお考えをお聞かせをいただきたいと思います。
○政府参考人(工藤智規君) 私ども、大学の設置認可しておりますのは、権益擁護とか、何かかさに掛かって何かをしようということでは決してございませんで、アメリカも含めて、およそ公教育制度の中に位置付けられている大学の在り方については、アメリカの場合は連邦政府よりは州政府でございますが、認可あるいは勅許状の交付など、何らかの国の関与、国あるいは州の関与がなされているわけでございます。私どもも、その大学の設置認可というのは、戦後、システムをどんどん弾力化してまいりましたけれども、基本的には日本の大学の水準を少なくとも一定水準以上確保し、できれば更に上を目指していただきたいという思いからなのでございます。 今回、そうはいいましても、全体の規制改革の流れの中で、かつ大学の自主的なお取組を支援するために設置認可を弾力化していこうということにしているわけでございますが、こう言ってはなんでございますけれども、ややもすれば、ある程度の規制といいますか、仕組みを緩和するとやすきに付きがちな向きもないではないわけでございます。それがたまたま安易な大学作りをして日本全体の大学の評判を落とすとか足を引っ張ることがあってはならないわけでございますので、そのために事後的なチェック体制といいますか、国が評価するわけじゃございませんで、大学等の関係者で構成される評価機関がしっかり第三者評価していただいて、それでお互い自主的な向上を目指していただく、そういう制度設計をお願いしているところなんでございます。 これが将来どうかという展望でございますが、本当に日本の大学評価というのが諸外国に比べて著しく立ち後れておりますので、これが円滑に定着し成熟した暁には、私ども、本当に事前の規制はどんどん緩めてアメリカ型の姿も想定したいなと思うんでございます。 いずれにしても、これからの第三者評価あるいは大学の自主的なお取組いかんに懸かって、将来、私どももいろいろと見直してまいりたいと思っております。
○鈴木寛君 現在、いろいろな認可手続というものが行われております。これが届出制になることによって大学側は具体的に、もちろん制度が届出制になることは有り難いわけでありますが、具体的にどれぐらい事務の煩雑さといいますか、というものが軽減をされるのかなということも非常に関心を持っておられまして、現状、どのような手続スキームあるいは認可についての、何といいますか、大学側が用意すべきいろいろな作業があるわけですね。それが届出になってどの程度軽減をされるのかということについて、少し実態に即してお話をいただければと思います。
○政府参考人(工藤智規君) これまでの設置認可の手続に当たりまして御申請いただく書類、基本は、要は一定の教育を行いたい、それに伴う、あるいはそれを具現化するに足りるようなカリキュラムが用意され、それを担当するにふさわしい方、教員が用意され、あるいは学生を受け入れて継続的に学校を運営できるような資産的な背景もお持ちになっているかどうか、そういうことを御審査、専門の方々に御審査いただいているわけでございます。 私ども、窓口事務で担当者、いろいろ窓口で担当してございますが、決して窓口規制をしているわけじゃございませんで、大学の設置認可の仕組みは文部科学大臣の認可ということになってございますが、大臣を含め、私ども役人レベルで何かするということではなくて、関係の審議会でしっかり御議論いただく仕組みになってございます。 そういう意味で、この認可行為というのは、行政学的にいえば自由裁量ではなくて覊束裁量といいますか、一定の要件に合致すれば認可され、駄目であれば不認可になるという仕組みの中でございます。したがいまして、これまでの認可事項を届出にしようということに伴いますと、届けに合致いたしますような学科、学部の設置については御自由に大学の御判断でおやりいただいて、あと、事後的にこんなのを作りましたよという、言わば、簡単に言えば紙切れ一枚でもいいわけでございますので、全体の国公私の状況を把握するために、私どもお届けいただくだけで済むということになるわけでございます。
○鈴木寛君 今、紙切れ一枚でもいいというお話がありましたが、本当にそういうことになるのかどうか、今後、見守ってまいりたいと思いますので。 それと、今、局長もお話しになりましたけれども、本当に事後の第三者評価あるいは大学評価というものをいかにきちっと作っていくかということにやっぱり懸かっているんだと思います。この点については、我々の同僚議員が後の質疑でまたいろいろ御質問をさせていただきたいというふうに思っております。 先ほども大学評価についての在り方についてはいろいろな質疑がございましたので、その方向を見守っていきたいと思いますが、最後に私が質問をさせていただきたいのは、今回、違法状態の大学に対する是正というものが新しい方向として盛り込まれております。このことは、昨今の様々な大学経営に関するいろいろな問題を踏まえて、今までのいわゆる行政によるそうした是正措置などを若干きめ細かくしていくということなんだろうと思いますが、これは前国会の最後の質疑でも私申し上げさせていただきましたが、これが大学の自治というものとの非常に微妙なバランスの上に成り立っている問題だというふうに思います。 もちろん、健全な大学経営がなされる、大学運営がなされるということは、これはもう国民の皆さんすべての重要な関心事項でありますし、そのことを社会全体として上げていかなければいけないということは当然なわけでありますけれども、しかし、戦後、正に大学の自治についてはいろんな積み重ねがあるわけでありまして、そうした大学の自治、あるいは自主独立、独立自尊ということについて、やはり十分留意されたこれ運用がなされるということも大変重要なことだということもきちっと申し上げさせていただきたいというふうに思っておりまして、最後に、大学の自治をこれからもきちっと尊重し、確保していくんだということについての文部科学省の御見解、御決意を伺いたいと思います。
○副大臣(河村建夫君) 鈴木委員御指摘のあった、大学の評価というものが大学の自治を侵す、侵害するようなものであってはならないと、私も重要な観点だというふうに理解をいたしておりまして、今回の認証評価制度においても、専門的な評価機関によって第三者評価を踏まえた大学自らの改善努力を求める、促進をするということが一番のねらいでございまして、そのために教育の内容に踏み込んでその大学の自治や学問の自由を侵すということのないように配慮しなければなりません。 したがって、評価機関についても、国から独立したといいますか、今後、現実に今一つ大学をやっております学位授与機構評価機関も独法化をする方向で、もう既定の事実になっておりますが、その方向で進んでおるわけでございまして、そういうことを十分配慮して、公正かつ適確な評価ができるように、そして大学の自治を侵さないという前提に立ってやるということで進めてまいりたいというふうに思っております。
○鈴木寛君 第三者評価制度との関係においては正にそういうことでやっていただきたいと思いますが、加えて、違法状態への是正措置についても。
○副大臣(河村建夫君) 失礼しました。 違法状態の大学に対する是正において、大学の自治を侵さないということもまたこれ大事なことでございまして、大学の質の向上については、それぞれの大学が自らの自発的な取組をしていただくということが基本線になっておるわけでございまして、今回の是正措置の導入におきましても、違法状態の大学をいきなり閉鎖ではなくて、大学の自主性とか自律性を踏まえながら段階的に緩やかな是正措置を設けて、その手順を踏んでやるということをいたしておるのもその表れでございますので、御理解をいただきたいと思います。
○鈴木寛君 少しだけ時間が残りましたので、私は再度きちっと申し上げておきたいのは、今回、専門職大学院というものが導入されます。 ややもすると、いわゆる高度な職業能力の付与付与ということが強調されますのであえて私は申し上げたいわけでありますが、実は本当に高度職業能力を付けるということは、実はその基礎とか基本というのをきちっとやるということが重要だということの論点がどうしても希薄になりつつあるんじゃないかなということであえて私はこの場をおかりして申し上げたいわけでありますが、これから、どういう職業でもそうですけれども、先端分野というのは、むしろ社会に出てから、あるいは専門職に就いてからどんどんどんどん出てくるわけですね。 ですから、要するに大学で、大学院時代の先端技術を、あるいは先端、専門知識、専門能力を身に付けるということも重要なわけでありますが、将来そうしたものを、私はラーン・ハウツー・ラーンと言っていますが、学び方を学ぶということをやっておくということが私は実は専門職大学院において非常に重要視されるべきことではないかと思います。ですから、実は、基本的な法理論とか、法科大学院でいえば、あるいは基本的な法哲学とか、こういうことについてきちっと洞察ができている学生は、将来新しいものに直面したときもきちっとその構造を理解してその本質を理解しますから、新しいものの習熟が実は早いわけですね。 でありますので、そういう意味で私は、大学院に、大学の中にこうした専門職大学院が置かれるということの意義を見いだしているわけであります。そういう意味では、先ほどの遠山大臣のその見解にも私はそういう観点から賛意を表すものでありますけれども、是非そうした観点できちっとこれからの大学設置認可、審査なども行っていただきたいなと。 ということをなぜ申し上げるかといいますと、やや必修科目が多過ぎるという声が法学部長、いろいろな法学部の法学部長から聞こえております。もっと自由にやらせてほしいと。それで、その辺について何をどのようにカリキュラムを組んでいくかということは、現場で教えておられるそうした先生方、もう十分熟知されておられますし、それからそうした先生方も、実務等いろいろな特に最先端分野での研究あるいは実務協力ということもされていらっしゃるわけでありまして、そういう意味で、これは法科大学院に限りませんけれども、専門職専門職ということなので、詰め込み型、知識型の教育に走ることなく、専門職大学院であってもきちっとした学問的態度といいますか、そうしたことにも詰めた指導あるいは指針というものをお示しをいただきたいなということを申し上げて、私の質問を終わりたいと思います。 どうもありがとうございました。
○山根隆治君 質問に先立ちまして、衆議院での文部科学委員会の議事録等も読ませていただきましたし、連合審査も読ませていただきました。そして、先ほど来、本委員会での論議も聞かせていただきました。遠山大臣のいろいろな角度からの御答弁というものも聞き、読みしてまいりました。 しかし、もう一つの私は視点として、小泉総理の改革の路線というものは十年ほど先のことを見通しているかしらという思いはいたします。しかし、本当に三十年、五十年というものを見通しているんだろうかということについては非常に小泉内閣に対して私は疑念がございます。政治家ですから、三十年、五十年先を見ていてそのことをすべて語り切ってしまうといろいろな問題も起きるということも当然のことでありますけれども、しかし私は、今回のこの学校教育法の一部を改正する法律案、鈴木議員も、今、同僚議員も言われましたように、非常に日本の教育の根幹を成す大事な法律、それに手を付けるというか、改革、大きく変えていこうということでありますから、私は少なくともやはり三十年、五十年後の日本を見通した中でこの教育改革が行われるべきだろうというふうに思っています。 そういう意味で、この改革をなすことによって、教育改革をなすことによって、日本のあるべき姿というか、あらせようとする姿というものはどのようなものを大臣として想定されておられるのか、まずお伺いをいたしておきたいと思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 誠に本質的な御質問でございまして、私どもは教育あるいは科学技術を担当している者といたしまして、来年のこと、二、三年先のことだけでは駄目だというのを常に言っておりまして、それゆえにこそ、今大きな教育改革に取り組ませていただいているわけでございます。 二十一世紀がどうなるか。二十一世紀の当初には、大変希望を持って、皆、この世紀、輝ける世紀かと思っておりましたら、いろんなことが世界じゅうにも起きております。国内的にもなかなか景気回復の曙光も見えないというようないろんな問題がある中で、一体どういうことを我々はターゲットとして考えるか。それぞれのそれこそ政治家の方々の頭脳の中にあるかと思いますが、私自身は、そういう中で一番大事なことは、一人一人の子供たちが、どんな問題が起きても乗り越えられるだけの精神的にも知力的にも体力的にもたくましい力を備えていく必要があると。そのようなことから人間力戦略ビジョンというのを立てたわけでございますが、少なくともたじろがずに前進し得る力を付けていく。そのためには、基礎・基本を大事にしながら自ら考え、判断し、行動できるという新たな今の教育改革の方向性というのは間違っていないと思います。 そういう中で、日本社会がどうなっていくかということでございますけれども、世界全体が非常にいろんな意味で複雑になっておりますし、グローバル化し、国境も越えたようないろんな出来事が起きている中で、日本は一体どうやって成り立っていくかということでございますが、やはり私は、二十一世紀が知の世紀と言われておりますけれども、日本はその知の時代をリードし得る、そういう国であってほしいと一つ思っておりますし、それとともに、文化の面でもより充実した社会というのが築かれて、成熟した社会になるといいなと思っております。 その中で、大学はどうなるかということから見ますと二つあると思いますが、一つは、その知の世紀をリードするという意味で、私は大学の重要性というのは非常に大きくなっていくと思っております。その際に、相当年齢の人を教育するというだけではなくて、社会人がいったん社会に出た中でもリカレントに大学に戻ったりして、すべての人にとって大学なり高等教育というものが知の部分なり、あるいは教養の部分というニーズにこたえることができる、そういう大学でなくてはならないと思っております。 それからもう一つは、大学の使命というのは、より高度の内容のものあるいは専門化したようなもの、そういうものを研究もし、かつ教育もしていく、そういうニーズにこたえられるものでなくてはならないと思っております。その意味で、新たな専門職大学院というものの設置は意味があると思っております。しかし、それらを含めながら、高等教育機関そのものは私は多様でなくてはならない。 その意味で、二十一世紀の日本を担う大学というものは、それぞれが個性を持って、国際競争力を持って、魅力がある、そういった大学を作っていかなくてはならないと思っているわけでございます。それぞれの組織が頑張らないといけないと思いますが、大学が正に変わってもらうことが日本の未来にとっては非常に大事ではないかなと思っている次第でございます。
○山根隆治君 短い時間での御答弁でした。あふれるような思いというのは伝わってきまして、非常に感銘を受けました。 日本の若い子供たちが、やっぱり理系の能力というのはかなり落ちてきているということがよく言われたり、調査結果もそういうことが出ております。しかし、私は、DNAというのはしっかり受け継いで伝承されているわけですから、やはり教育、エデュケーション、引き出すということを文部科学行政の中でやっていけば、日本はまだまだ大した力がある、潜在的な能力はすごいものがあるんだろうというふうに思っております。そういう意味で、この文部行政の大切さというのはあるんですけれども。 実は、この法案を勉強させていただいてふっと思ったことは、福沢諭吉の「学問のすすめ」をちょっと思い出したんですね。これは私、十代のときに読んだものだったので忘れ掛けていたので、先日国会図書館で借りてきて拾い読みしたんですけれども。そうするとそこに、最初にあるところ、天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず。で、それでもなお貴賤というものが出てくる、その差異というのは何なのか、それはもう学問だということが最初、冒頭にずっと出てきていますね。 私も若いときに読んだときは全部そういうものかなというふうに思い込んでいましたけれども、だんだん年を重ねるごとにちょっと違うだろうという思いというもの、かなりこの本の中では私の感覚との違いというのはあるんですけれども、しかし、その共通したものを感じたというのは、私はやっぱり実学というか、実践にすぐ役立つ学問というものでなくてはいけない、それをどう習得させるかということを強調をした一番ポイントはこの「学問のすすめ」だったろうと思うんですね。 しかし、私は、もう一つ今大事なことというのは、非常に、大臣もお話がございましたけれども、やっぱり多様性、一人ずつの持っている個性というか多様性、それをどう引き出して社会に調和させて役立たせていくかということを私は考えた場合、その実学ということだけではなくて、専門職の大学院のカリキュラムの中には、法科大学院でもそうでございますけれども、専門的な学問だけではなくて、もう少し幅の広い哲学、思想あるいは芸術、文化、そういう教養というものも身に付けておかないと、特に法科大学院の場合には非常に冷たいというか、法曹が誕生するということになってはいけないという思いがあるんですけれども、この法科大学院、あるいはまた、これからスタートするであろう専門職大学院のカリキュラムの中には、そうした思想的な、あるいは文化的な教養を身に付けさせるものをどのように導入しようというふうなお考えがあるかどうか、お尋ねをいたします。
○政府参考人(工藤智規君) おっしゃるように、これからのいろんな高度の人材養成の中で、専門知識あるいは技能だけではなくて幅広い人間性を含めた素養が必要というのは御指摘のとおりでございます。 このために法科大学院の必要性がうたわれましたのも正にそこでございまして、これまでの司法試験の受験には必ずしも法学部出身者だけではなくて、いわゆる予備校に通うことによる傾向と対策で非常に画一的な方々が法曹界に入ってきている。これで社会の医者とも言われる法曹の人材養成でいいだろうかという反省から、しっかりした法科大学院をプロセスとして、養成する場として整備しようじゃないかということがうたわれたわけでございます。 ただ、その場合に、法科大学院には法学部であると否とを問わず、あるいは学部を出ていると否とを問わず、いろんな社会的な経験あるいはいろんな勉強をされた方を幅広く受け入れようという制度設計になってございまして、幅広く受け入れて、三年間の修業年の中でもう法律のほの字も知らなくても一から法曹養成できるようなしっかりしたカリキュラムを組もうということでございます。 そのために、今御指摘のありました、じゃそういう法科大学院だとか専門職大学院で教養的な、あるいは文化的な科目をどれぐらい置くかというのは、それぞれの大学あるいは大学院の御見識の問題ではございますけれども、多分その入学以前に学部ですとか社会経験でそういう素養を持っておられることを期待されながらの入学者選抜などが御用意されるのではないかと思いますが、併せて大学院在学中にそういう学習の機会は大学の御判断で提供されるのが期待されるところでございます。
○山根隆治君 今の御答弁聞いた中での浮かんだことですから事前に通告してなくて恐縮なんですけれども、担当ということから少し外れるかも分かりません。御承知の範囲で伺いたいんです。 そうしますと、そうした多様な教育を施していくということになると、司法試験そのものも、文部科学省ということでちょっと違ってきますけれども、御承知の範囲でお答えいただきたいんですが、これから変わってくるというふうに御認識なさっていらっしゃるんですか。
○政府参考人(工藤智規君) まず、法科大学院の入試は、法律の専門知識を問う試験ではなくて、先ほど申したようにいろんなバックグラウンドの方々がいらっしゃいますから、あるいはそういう多様な方を迎え入れたいものでございますから、ロースクールで学ぶ必要のある基本的な素養として判断力とか分析力とかディベート力とか、そういう基本的な素養を各大学統一して適性検査みたいな形でやろうではないかと。その上で各大学の個別入試で、一部筆記試験もありましょうけれども、論文ですとか面接ですとか、そういう試験方法を組み合わせることによって多様な方々にお入りいただくことにしてございます。 そこで、お入りになった後、しっかりした法曹養成をするわけでございますが、それを踏まえて、真面目に勉強すれば当然七、八割は通るような新しい司法試験を計画しようということで予定されておるものでございます。まだ立ち上がってもございませんし、修了予定をにらみながら、今後、新司法試験の在り方について関係当局で御検討される予定でございます。
○山根隆治君 所管外のところでの御質問でして大変御迷惑をお掛けしたかと思いますけれども、分かりました。 少し角度違った質問で大臣、恐縮なんですけれども、最終学歴は、大臣は、というふうに聞かれたらどういうふうにお答えいただけますか。大臣の最終学歴。
○国務大臣(遠山敦子君) 一応大学の法学部でございますと答えますね。
○山根隆治君 東京大学の法学部ということですね。 それで、私、なぜこういうふうな質問をしたかといいますと、私、質問していながら変ですけれども、最終学歴という言葉を世間から私はなくしたらいいだろうというふうな思いがあるんです。というのは、この専門職大学院の御議論の中でも、一回社会に出た方がもう一度挑戦していこうということに門戸を開いている。今は大学もかなり社会人に門戸を開いてきているわけですけれども、例えば、イギリスなんかでも、人生に迷ったらもう一度大学に戻りなさいと、そういうことわざがあるということもございます。 そうなると、私は、この最終学歴という言葉に替えるものは何かということで考えてみたら、直近学歴というか、そういうものを自分としては作ってみたんですけれども、やはり最終学歴というものはやっぱり変えるべきだろうと。つまり、言葉で人間の思いというのがどうも固定されやすいというのがありますから、私は最終学歴というものを捨てる、世の中から捨てる必要があるだろうというふうな思いがいたします。 そうしますと、自分でももう一度、行けなかった大学に行けるんだ、あるいは行こうという思いもありますし、あるいは大学を出て、四大を出て修士課程も行きたいという方がまた行こうという意欲を持っていたり、こうした専門職大学院ができればそこに意欲を持つということで、私は生涯学習というものに大きく寄与することにも私は一つなるんだろうと思うんですね。 そういう意味で、私の最終学歴という言葉をなくそうという提案に対してどのように思いますか。そして、もしそのことに御賛意いただけるなら、どんな場で、どんな御発言いただけますか。
○国務大臣(遠山敦子君) 私も御質問の趣旨がどういうことかなと戸惑ったわけでございますが、今は、むしろ、どの大学出たかとか、そういう学業の履歴をもう就職の際も問わないという企業が随分出てまいっておりますね。私どもも行政官と日ごろ付き合っているわけでございますが、どの大学かどうかというのをもう問わないわけでございますし、仮に大学でなくても実際その人が何ができるかということに注目して付き合っているわけでございます。その意味では、むしろ、もうそれ、こだわらない社会になってまいっておりますし、特にリカレントの時代になってくると、そういう今御提案のようなことが非常に大事になってまいっております。 ただ、職業の中あるいは本当の研究者、こういったものはインターナショナルに活躍をし、また発言をしていくにはやはりドクターを取ったかどうかとか、その辺が決め手になってくるというようなこともございまして、一切なくするというのではなくて、それぞれ必要なときには用いることは必要だと思いますけれども、社会全体の認識として、そういうことにとらわれずに、その人が何ができるか、そしてさらに今後ともどういうことに興味を持って、どういうトライをしようとしているか、そこに価値を見いだす社会にしていくことが非常に大事だというふうに思います。
○山根隆治君 遠山大臣、何か私も答弁を聞いていてファンになりそうでございますけれども、非常に共感するところが多いわけでございまして、やはりこれからは学歴よりも学力だというふうな思いもいたします。 この法案が通りますと、かなりいろんなことが教育界変わってきますけれども、特に今、日本全体が例えば建設、土木、建設業界も、これは伝え聞く、伝わってくる話ですけれども、会社の数が多過ぎるから、それを半分なんだ、あるいは三分の一にするんだと、そういうねらいが国土交通省があるんだとかというふうな話とか、実際にはそんなことは公式には話は来ませんけれども、そんな話も聞きます。あるいは、総務省の方でいえば、市町村の合併というものはどんどん進められていく。つまり、統廃合のある意味で時代、つまり新しいいろいろな社会的な変革の中でそうせざるを得ない、そうしていこうという方向が世の中全体にある。私は、そういう流れの中で今回のこの法案というものを見たときに、一つのまた芽として、これは特に私立大学については私はかなり淘汰されていくんだろうというふうに見ざるを得ません。 ですから、文部科学省の本音としては、大学の数というものも、民間、国立大学も今は統廃合しておりまして、私も、埼玉県ですと、埼玉大学と群馬大学一緒にするとか、いろんな国立大学についてはそういう動きがあります。私は私立大学についても文部科学省としての本音をちょっと触りぐらいは聞いてみたいと思うんですが、どの辺、どのぐらい統合しようとするのか、あるいはまた、ある時期が来たら私立大学の統廃合ということについても具体的にいろいろな指導をされる、そういうおつもりなのかどうか、それをちょっと聞かせてください。
○政府参考人(工藤智規君) 現在、日本の国公私含めた大学、短大の数は約千三百を数えてございます。これを多いと見るか少ないと見るか、いろんな見方はございますけれども、大学、短大の進学率が約五割でございますので、しかもそれ横ばいでございますから、少子化の中でこれから十八歳人口が減ることを考えますと、かなり過飽和状態で、多過ぎるんじゃないかという声もございます。現に経営上かなり困っている大学も見受けられるところでございます。 他方で、教育学者などによりますと、あと半分の進学人口があるわけでございますし、あるいは先ほどおっしゃいましたように、いつまでも生涯学習の時代と考えますと、いったん社会に出られた方が志を立ててもう一回勉強されるという方々も含めますと、まだまだ知の拠点としての大学、短大の役割は大きいんだろうと思います。 そうはいっても、それぞれの、今おっしゃいました統廃合というのはそれぞれの設置者でお考えいただくことでございまして、私どもの立場で、つまり国の立場で公立大学あるいは私立大学にとやかく統廃合を云々する立場にはないし、権限もないわけでございます。 ただ、設置者の立場で、国立大学につきましては、既に御承知のように、大学間のお話合いを進めていただき、地元関係者を含めた関係の方々の御理解を得られれば再編・統合を進めていこうとしてございますが、これは単にリストラとか数が多いから数減らしでやるということではございませんで、現下の財政事情等を考えますと、なかなかそれぞれごとに小ぢんまりやるには限界がございます。より大学が国民の期待にこたえて教育研究の充実を図るために、パワーアップするために、大きくなりませんか、一緒になりませんかということを申し上げているところでございまして、これは、今年の十月に二つの地区での統合がなされまして、来年の概算要求では更に十組の統合を予定してございます。 これは、いつが最終ターゲットという数の問題ではございませんので、それぞれの大学等での御検討の進み具合を見ながら、成案得られましたものについてその都度速やかな対応をしてまいりたいと思ってございます。
○山根隆治君 ちょっとマクロの質問だけで終わりそうで困ってしまったんですけれども。 それで、具体的にこの法律案、四本の柱がございますけれども、その中の一つで、大学に対する第三者評価制度の導入ということがございます。国が認証する評価機関についての問題についてお尋ねしたいと思うんですけれども。 今、大学、短大の話もございまして、千三百というのがございまして、大学では六百七十くらいだったと思うんですけれども、それらの大学にこの評価機関がどのぐらい必要と想定をしているかどうかということと、そしてその評価機関に文部省の関係者あるいはOBというもの、これは文部省はかかわらないとは言いながらも、やはり今までの業績ある、経験ある方を求められた場合にOBの方が入るということも十分あり得るわけでございますが、私は学の独立ということからしてあえて文部省のOBの方はこの評価機関には入るべきではないというふうに思っているわけですけれども、文部省自らがそうしたOBの皆さんに対してそうした意思の表示を何らか私はする必要があるというふうに考えますけれども、この点について御見解を聞かせてください。
○政府参考人(工藤智規君) どれぐらいの評価機関が必要かということでございますが、今御提案させていただいております第三者評価の仕組みは、全学的な評価につきましては七年ぐらいに一度ぐらいをお願いする、あるいは専門職大学院については、立ち上がりでございますので、もう少し短く、五年に一度ぐらいはお願いするというぐらいを検討しているのでございます。 そういう中で、全学的な評価についてある程度これまで準備し、あるいは、これから可能性がありますところとしましては、大学評価・学位授与機構のほかに、戦後、立ち上がってございます財団法人の大学基準協会、それから短期大学基準協会、さらには、多くの私立大学が加入してございます日本私立大学協会を中心にした新たな法人の動きもあるわけでございます。それらの動きを考えますと、先ほどの評価のサイクルだとか兼ね合わせますと、一定の評価が行われるのかなという期待を持っているところでございます。 そういう中で、私ども、この評価というのは国が行うわけでもございませんし、しかも、先ほど来申し上げていますように、日本で大学評価のノウハウの蓄積が大変弱いんでございます。一部の研究者が欧米の状況を研究してございますけれども、役人ベースでそのノウハウを持っているのはまずいないと言ってもいいぐらいでございますので、私どものOBが殊更そこに再就職するというのはなかなか考えにくいことでございます。 ただ、大学評価・学位授与機構は今のところ国立の機関でございますから、国家公務員としての教員、職員がいることは確かでございますが、少なくとも、長い実績のあります大学基準協会にこれまで私どもからOBがだれも行っていないということも含めまして、殊更私どもがお世話するということはあり得ないところでございます。 ただ、それぞれの職業選択の自由がございますから、たまたま当該機関に何か呼ばれて、依頼されて、それに応ずる方が現れないとも限りませんけれども、それはやはり役所の関知するところではないことではないかと思っているところでございます。
○山根隆治君 この評価機関については、あえてそこまで私は言及させていただいたのは、小泉内閣の姿勢の自然さからいっても、その辺のところは十分御認識いただきたいと、こういうことであえて申し上げさせていただいたわけであります。 この法文の中では、必ずしもこの評価機関が複数であるか単数であるかというのは明示されてないかと思うんですけれども、これは、私はやはり複数の機関による調査と評価というものが必要だろうというふうに思うんですけれども、この点についてはどのように御見解をお持ちでしょうか。
○政府参考人(工藤智規君) 今のところ、機関別の評価、それから専門職、特に法科大学院の評価については、複数の関係者が御努力いただいてございます。制度的にも、私ども、一定の要件に合致すれば認証する仕組みでございますので、複数のいろんな形態、いろんな特色を持った評価機関が輩出するのを期待しているところでございます。 それとあわせて、先ほど仲道委員からのお話にも関係するんですけれども、例えば株式会社でも参入可能なんでございますが、どの評価機関の評価を受けるかは大学の御判断でございます。ですから、複数評価機関が生じたときに、それぞれの評価とか、今いろいろな色彩あるいは特色があるかもしれませんが、自分の大学の学風に合ったところにお願いする、あるいは二つお願いするということもあるかもしれませんが、どこを選ぶか、あるいは複数やるかどうかも含めて、それは大学の自主的な御判断によるところでございます。
○山根隆治君 それじゃ、最後に一問だけさせていただきたいと思いますが、評価をされることを意識する、大学がする、そのことによって質の向上につながる。質の向上をするためには財政力がないとならない。それは、学生への負担ということで先ほど鈴木議員の方からもお話ございました、奨学金等の問題についての話もございました。しかし、大学自身も相当な負担を負わなくてはいけない。あるいは文部科学省においてもそれなりの負担を負わなくてはいけないということになろうかと思いますけれども、そうした財政的な面につきましての文部科学省としてのこれからの見通し、姿勢というものを最後にお伺いして、私の質問を終わります。
○政府参考人(工藤智規君) その第三者評価を行います評価機関に対する支援の在り方につきましては、中教審でも検討すべしという宿題だけがございまして、さてどうするかなというのがございます。 予定しております、もくろんでおります関係者の中にはノーサポート・ノーコントロールが望ましいんじゃないかという御意見の方もいらっしゃるようですし、ただし、立ち上げに当たって相当な御苦労があるのは確かでございますから、私ども、財政事情も勘案しながら、どういう支援の在り方があるか、それぞれの機関の自主性に応じながら考えてまいりたいと思います。 それとともに、国公私に対する大学への御支援でございますが、これはかねてから、委員御存じのとおり、日本の場合に、諸外国と必ずしも事情が同じじゃないんですけれども、公的財政支出がまだまだ十分でないという政策課題がございまして、国立大学の場合も一〇〇%国立じゃないのでございます、一般会計からの投入は五五%とか。私立大学も大変学生の収容力において大きな役割を果たしていただいているんですが、経常費全体に占める国庫補助の割合が一二%でございます。もっとも、それも〇%から四割近いまで大分幅はあるんでございますが。 いずれにしましても、これまでの手だての充実も含めて、これからの新しい専門職大学院の立ち上げについての学生支援なども含めて、トータルに、財政の許す限りでできるだけの努力をしてまいりたいと思っております。
○委員長(大野つや子君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後二時まで休憩いたします。 午後零時三十七分休憩 ─────・───── 午後二時開会
○委員長(大野つや子君) ただいまから文教科学委員会を再開いたします。 休憩前に引き続き、学校教育法の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○草川昭三君 公明党の草川でございます。 私は、今回、国として専門教育を重点的に推進するために学校教育法を改正するということについては基本的に賛意を表しながら、若干の質問をさせていただきたいと思います。 まず、内閣府にちょっとお尋ねをいたしますが、我が国の経済が失われた十年と言われて大変長い時間がたっておるわけですが、かつてはジャパン・アズ・ナンバーワンというんでしょうか、日本の産業の国際競争力は高く評価されたわけでありますが、最近の実情は世界でも大変下位のところに落ちてまいりまして、国際競争力というのは急速に低下をしてきております。既存の経済システムが、先ほども大臣、午前中におっしゃっていましたが、グローバル化し、情報が大変変化をしたことに対応する、そういうものができていない点に問題があるのではないだろうか。教育においても、本委員会で議論を大変熱心にされているわけでありますが、学力の低下問題等これが顕在化をするに至っております。 要するに、国民の基礎的な力、人間力というんでしょうか、そういうものが低下をしていることから内閣府におかれても人間力戦略研究会というのが設置をされたと言われておりますが、今後これをどのように発展をさせていかれるのか、あるいはまた関係省庁と連絡を取られるのか、お伺いをしたいと思います。
○政府参考人(谷内満君) お答えさせていただきます。 国民一人一人が個性と能力を十分に発揮できますように、個人の基礎的な能力を引き上げて、専門性と多様性を持った人材育成をしていくことが日本経済の活性化という観点からも非常に重要だと考えています。そういう意味で、明るい未来を切り開く担い手は正に個人、あるいは人であります。 こうした観点から、先般閣議決定いたしました「経済財政運営と構造改革に関する基本方針二〇〇二」、いわゆる基本方針二〇〇二というものですが、これにおきまして、経済活性化戦略の一環として、人間力戦略というものを重点課題の一つに位置付けたところであります。 こうしたことを受けまして、内閣府といたしましては、人間力戦略研究会を設置いたしまして、基礎学力、創造力、あるいはコミュニケーション能力、そして総合的な問題解決能力といったような広い概念の人としての能力、人間力につきまして、現在の問題点を整理するとともに、その強化の方策について検討することといたしました。 第一回目を十一月六日に開催しておりますが、予定としては、来年の三月までに精力的にこの研究会で御検討いただいて、報告書を取りまとめたいと思います。その成果につきましては適宜経済財政諮問会議に御報告をさせていただいてその審議にインプットするとともに、また関係各省とも連携を取りながら、その成果を関係の政策に反映させていきたいというふうに考えております。
○草川昭三君 今御答弁がありましたように、今月に入って第一回のところでございますから、まだほやほやでございますのであれでございますが、非常に重要な時期にこのようなものが開かれているわけでございますので、国民の多くの方々も大変関心を持っておると思うんで、是非関係省庁とよく御連絡を取られて検討をしていただきたいということを御注文申し上げておきたいと思います。 これの一問だけですから、内閣府は結構でございますから。 それで、続いて経済産業省の方にお尋ねをさせていただきます。 経産省においても大学連携推進課というのが設置をされているわけですよね。それも先ほど内閣府からお話がありましたような背景もこれあり、これはもう設置されてかなり時間がたつわけでございますが、この経緯について簡潔にお答え願いたいと思います。
○政府参考人(岩田悟志君) お答えさせていただきます。 経済産業省におきましては、平成十三年一月の省庁再編に際しまして大学連携推進課というものを設置をいたしております。それに先立ちまして、既に平成十年には特定大学技術移転促進法という法律が制定されておりますし、平成十二年には産業技術力強化法というものが制定されております。 こうした動きに見られますように、産業界と大学、知の拠点であります大学との連携を促進するということが我が国の産業技術力の強化の観点から極めて重要であると、こういう認識が広まっております。 こうした認識の下に、先ほど申し上げましたとおり、平成十三年一月、大学連携推進課の設置に至ったものでございまして、現在、文部科学省さんと協力しつつ、産学連携施策に積極的に取り組んでいるところでございます。 産学連携施策という意味でございますと、技術開発とそれから人材育成という両面がございます。具体的には、技術開発として産業ニーズと大学シーズのマッチングによります実用化研究開発への支援でございますとか、大学の研究成果を産業界に技術移転いたしますいわゆるTLO、これに対する支援といったようなものがございますし、人材育成という観点から、経済社会のニーズに合致した産業技術人材の育成という施策、これを実施しておるところございまして、今後も関係府省と連携しつつ、産学連携更なる推進に努めてまいりたいと思っております。
○草川昭三君 ついでに、国際経営開発研究所というのがヨーロッパにあるわけですが、スイスですか、ヨーロッパでもトップのビジネスマンスクールあるいは研究所と言われておるわけですが、ここで我が日本に対する評価というのを、レポートがあるわけですが、簡潔に言いますと、日本は技術は一流、しかしマネジメントは二流だというように評されていると聞きますが、こういう背景というのは正確な評価なんでしょうか。 それとも、私どもも、かつては世界トップの経済力を誇ったんですけれども、経営管理という意味では大変遅れておる、競争力も三十数番目に落ちておるというような事実は承知をしておるんでございますが、このIMDという研究所の評価について、できる限り詳しく御説明を願いたいと思います。
○政府参考人(岩田悟志君) ただいまの御指摘のございましたIMD、国際経営開発研究所の二〇〇二年の調査でございますけれども、調査結果についてはポイント、先生のお話しのとおりでございますけれども、我が国の科学技術インフラ分野、これの総合ランクというのが四十九か国中の二位でございます。他方で、マネジメント分野というのをIMDの調査で見ますと、総合ランクでは四十一位、四十九か国中の四十一位という状況でございます。 それぞれの内容を個別に詳しく見ますと、科学技術インフラ分野といっております項目の中で、例えば研究開発支出につきましては第二位というランキング、特許の取得につきましては第一位というランキングでございますけれども、マネジメントという分野の内容を見ますと、例えば起業家精神の普及度、これにつきましては四十九位、四十九か国中四十九位、あるいは事業化の普及度というものは四十八位ということになっております。 我々の認識でございますけれども、このような背景には我が国では技術開発への投資というのはこれは相当程度行われてきたものと考えておりますが、技術を事業化まで着実に結び付けるための活動、技術を事業化するための専門人材の育成、こういう観点では不十分な側面があったのではなかったかと認識をいたしております。 経済産業省といたしましては、こうした状況にかんがみまして、技術とマネジメント、この双方に精通した技術経営人材、この育成を強化するということで新事業創造を図るということを考えております。具体的には、平成十四年度から、産学の連携の下で、技術経営人材育成のための教育プログラムでありますとか教材の開発、これに対する支援を始めているところでございます。その推進母体として、技術経営コンソーシアムというものの設立準備、これも進められておりまして、産学約八十機関というものが関係をしてございます。 現在、専門職大学院の設置について御審議をいただいているところでございますけれども、経済産業省といたしましても、文部科学省など関係の府省と連携しながら、今後とも経済社会のニーズに合致した人材の輩出というところに向けて貢献をしてまいりたいと考えておる次第でございます。
○草川昭三君 経産省、結構でございますので、どうぞ。 それで、文科省の方に本来の質問をさせていただくわけでございますが、専門職業人の養成というところがあるわけですが、プロの養成が課題となっていることは当然のことでございますが、これまで我が国において大学院の専門教育の現状認識がどのような形になっているのか、あるいは、先ほどもお話がありましたように、近年ビジネススクールなど大学院における専門職の養成も進んでおると思うんでございますが、その辺りの現状についてお伺いをしたいと思います。
○国務大臣(遠山敦子君) プロフェッショナルの養成の重要性は各国とも認識をしてそれぞれ手を打っているところでございますけれども、日本でもこれまでも大学においてそれぞれ工夫はなされてきたのでございますが、大学院が主として研究者養成を念頭に置いてきたということで、従来の大学院の行き方におきましては、分野によって違いますけれども、プロフェッショナル養成ということにおいて実績をきちっと積んできたかというと、必ずしもそうでない面があります。 大学院制度は、先ほどもお答えいたしましたが、昭和四十九年から正式に基準を設けてやっておりまして、最初のころから高度の職業人の養成ということを入れてまいっておりますが、なかなかそれが実質的な成果を上げてこなかった面もございます。そんなこともあって、中央教育審議会あるいはその前の大学審議会などの御審議を経まして、平成十二年度から専門大学院が制度として開かれまして、幾つかの分野で既に専門大学院が設置されているところでございます。しかし、それでもなお多様なニーズ、社会のニーズに沿った教育が展開できているかというと、制約もあったということがございます。このために、高度専門職業人養成というのを様々な分野において一層促進していこうということで、各分野の特性に応じた柔軟で実践的な教育を展開していくために、今の専門大学院制度を更に改善発展させて、今回新たに専門職大学院制度を設けることといたしたところでございます。
○草川昭三君 それで、日本の現状というのは、民間なんかを含めましてもこの専門職大学院に類するものは三十機関、千人程度が年間育成されると言われているわけでありますが、アメリカのMBA校ということでくくってまいりますと約七百あるんだそうです、年間十万人の人材が輩出されるということでございますが、こういうようにするためには、今後、大学院そのものの今までの人材、教える側の人材だけではなくて、企業関係者との連携ということが非常に私、大切になってくると思うんですが、専門職大学院制度の創設を踏まえた今後の方向性ということについてお答えを願いたいと思います。
○副大臣(河村建夫君) お答えいたします。 草川委員に今御指摘いただいた点、大いに進めなきゃいけない部分だと考えておりますが、今、現実問題として大学院においても、連携大学院方式とでもいいますか、民間企業の研究所等に学生の研究、指導をお願いする、あるいは民間企業の実務経験者を教員として参加してもらう、大学院とそこの研究所が一体となってやるような仕組みで学生を指導して、正に大学院にふさわしい教育をする、産学連携の下でできるようにということで、今これを進めておるところでございます。 特に専門職大学院ということになりますと、もう実務と理論が全く一体となって進んでいかなきゃいけない実践的な教育をやるわけでありますから、正にプロフェッショナルを養成する大学院ということで、一層連携を図っていかなきゃならぬと考えておるわけでございまして、大学院、専門職大学院で学びながら更にインターンシップなどの実習もやるというような形で、それを設置基準の中に規定をして、この連携を思い切って進めていくという方向でこれから取り組んでもらいたいと、このように考えておるわけであります。
○草川昭三君 余り衆議院の方の議事録を拝見していても議論がなかったようでございますが、専門職大学院としてはどのような分野が設置をされることになるのか、その見通しについてお伺いしたいと思います。
○副大臣(河村建夫君) 御案内のように、まずロースクールは、これ、法案が通りますと、十六年四月を期して設置を目指されることは御存じのとおりでございますが、それ以外に、現に今、大学院、専門大学院ということで六大学において現実に修士課程の中に設置されているものがございます。経営管理、MBAでございますが、それから会計・ファイナンス、あるいは公衆衛生、医療経営と。青山学院大学、神戸大学、中央大学、一橋大学、京都大学、九州大学でありますが、これは、本法案が成立いたしますと、発展的に大学院から、専門大学院から専門職大学院に変わっていくということが予定をされているわけでございます。 さらに、私どもの方へ、今申し上げたような以外に、知的財産あるいは公共施設などの分野、知的財産については弁理士会が検討されているようなこともございますが、そういう方面で正にこれから専門職大学院というのが立ち上がっていくんではないか。さらに、先の考えられるものとしては、いわゆるメディカルスクール的なものも恐らく構想の中に入ってくるであろう。今回のこの法案成立に伴って、そういうものが大いに私は期待されているというふうに考えておるところでございます。
○草川昭三君 知的財産、今後の方向として、あるいはまた、今、国際会計基準等々難しい話が出ていますが、そういうのも入ってくることだと思いますし、公共施設ではなくて公共政策という意味でお答え願ったんではないかと思うんですが、そういう分野、あるいは環境問題等も非常にこれからどんどん新しい条件が出てまいりますので、是非御検討のほどをお願いを申し上げたいと思うんです。 それから、専門職大学院制度の導入により、大学の運営経費が当然のことながらこれは増大すると思うんです。教授等々の待遇等もございますし、当然のことながら授業料アップということに跳ね返るのではないかと思うんでございますが、文部科学省の支援政策、午前中もちょっと育英資金等々でお触れになったようでございますが、お答え願いたいと思います。
○副大臣(河村建夫君) 御指摘のように、実務家、専門家の教員を確保していく、その人件費もございますし、さらに、充実した専門図書であるとか文献の整備など、経費をかなり要するものと思われます。 このコストに対しまして、やっぱり裕福な家庭でないと進学できないということは、法曹等専門職大学院に進もうという人たちの道を狭めることになりますから、文部科学省としてもできるだけその点についてきちっとした対応をしなきゃいかぬということで、私学でおやりになる場合には私学助成でこれを対応するということになると思いますし、さらに奨学金の充実に努めていかなきゃならぬということでございます。 ただ、奨学金だけでは足らないと言われる部分については、金融機関との連携の下で各種のローンの充実ということも考えられるわけでございますが、そうした多元的な支援方策を取って、この専門職大学院、特に法科大学院に限れば、法曹の道に入られる方が裕福な方でなければ入れないというようなことがあってはならぬという方向で支援をしていかなきゃいかぬ、このように思っておるところでございます。
○草川昭三君 衆参通じて法科大学院に論議が集中しておりますから、それはもちろん当然重要なことでございますが、私はあえてこの専門職大学院の方の各ジャンルというんですか、のことを申し上げておるわけでございますから、是非奨学金の充実等についても努力をしていただきたいと思います。 それから、近年、都心部、例えば交通の非常に便利なターミナルというんですか、そういう場所にサテライトキャンパスの設置ということが特にMBAプログラム等々のコースでは予定をされておるようでございますけれども、このサテライトキャンパスについては、社会人が継続的にスキルアップというんですか、参加者が非常に多いと思うんでございますが、校舎だとか学校の校地だとか、いろんな基準があると思うんですが、その点の緩和はどういうことになるのか、関係があるのかないのか、お伺いしたいと思います。
○政府参考人(工藤智規君) 結論から言いますと、今、関係の審議会で、設置認可の弾力化、緩和に伴いまして、校地、校舎等の基準についても見直しを進めているところでございます。制度改正を経て、改めての基準設定をしてまいりたいと思っております。 そういう中で、社会人の学習の便宜等のために、大学院についてサテライトキャンパスを設ける大学が近年大変増えております。平成十三年度で国公私合わせますと四十九の大学でそういうサテライトを設けていると承知してございますが、これまで大学院のサテライトキャンパスにつきましては数量的な基準はなかったんでございます。ただ、学生の学習の便宜を図らなきゃいけませんので、必要な施設設備の配置でございますとか、あるいは安定的なその確保でございますとかいうことを求めていてございます。 他方で、社会人が勉強する場は大学院だけではございませんので、学部レベルも含めてそういう学習者の便宜を図った形での、かつ大学の質の確保を図りながらの基準設定というのを今後更に検討してまいりたいと思っております。
○草川昭三君 では、時間の関係もございますので法科大学院の方に行きますが、衆議院の議事録なんかを拝見しますと、専任教員の確保ということについて、裁判官あるいは検事、弁護士等々にお願いをするというようなことも言われておるようでございますが、裁判官の現状ということを考えますと、絶対的な人数が非常に少ないようでございまして、困難だと言われておりますが、教員確保に問題がないのかあるのか、お答え願いたいと思います。
○政府参考人(工藤智規君) このたびの司法制度改革は、政府を挙げて皆知恵を絞ろうじゃないかということで今取り組んでいるわけでございますが、御指摘のように、裁判官、絶対数が確かに必ずしも多いわけではないんでございますが、最高裁事務局の方も大変協力的でございまして、現在、法曹三者と大学関係者で懇談会を開いてございまして、この法科大学院のカリキュラムが円滑にいきますように、教材の作成でございますとかカリキュラムの準備、さらには実務家教員の確保についての検討も進められているところでございます。 あわせて、裁判官あるいは検事の方々については一定の身分もございますので、その方々が大学においでいただいて、パートタイマーと言ってはなんでございますが、非常勤でお就きになれるようにある程度勤務形態を弾力化するとか、あるいは弁護士の場合は兼職禁止規定がございますので、弁護士法の改正を近々また併せてお願いして、兼職・兼業ができるようにしようということも含めて政府部内で協力関係を組んでいるところでございます。
○草川昭三君 中教審の答申を見ますと、この法科大学院の設置形態として、複数の私学の連合による設置ということが記述をされているわけでございますが、想定される連合のパターンですね、いろんなマニュアル的なものが一、二、三、四ぐらいあると思いますが、その場合、学位をお渡しする主体というのは、複数ですから、だれかに集中するのか、あるいは連名でそういう学位をお渡しするのか、あるいは教員の所属についてどうなるのか、分かりやすく御説明願いたいと思います。
○政府参考人(工藤智規君) 御指摘のとおりでございまして、そういう中教審から御指摘がございます。 考えられるかつ幾つか分かりやすい例を二つほど申し上げますと、一つは、複数の大学が連携して、どこか一校を基幹校として、そこでまとめて、言わばA大学にB大学の関係の方々も参画しながら法科大学院を立ち上げるというケースがあろうかと思います。この場合は、学位の授与もそのA大学の名前で差し上げる、あるいは教員は、それぞれ本籍はありましょうけれども、授業には対等の立場で御参画いただくという仕組みになろうかと思います。もう一つは、そういう基幹校ではなくて、A、B複数の学校が連合して新たな学校法人を作ると。母体を別にして、しかも協力関係を対等にやっていこうというケースもあろうかと思います。 その場合に、今回の連合形態ももっと便宜を図るべしという御提言もございますので、私ども、そういう学校法人の設置についてできるだけ作りやすいように緩和措置も講じなきゃいけないと思いますが、新しい形態の場合ですと、その新学校法人での大学で学位を授与し、教員もそこに御参画いただくということが一番分かりやすい例かと思います。
○草川昭三君 なかなかこれ現実にそういう場合は難しいと私は思うんですが。 現在、法学部を置いている各大学のうち、法科大学院の設置をもうあきらめているという言葉が適当かどうかは別ですが、持っていないところもあるやに聞いております。ということになりますと、法科大学院の設置の有無によって、今後志願者数等相当な大学間の格差が生じることが予想されるんですが、本当にそれでいいのだろうか。文科省の指導あるいは対応方針をお聞かせ願いたいと思います。
○副大臣(河村建夫君) このたび法科大学院ができるということで、全国の各大学もこの法科大学院の設置に動いておられる。文科省へ直接お見えになったのが五十大学、ほかの法曹関係者の話では百大学とか、こう言われておりますが、それ以外の法学部を持った大学が、それによって、法学部についていえば非常に厳しい状況になるんではないかという御懸念、もっともだと思うのでありますが、ただ、本来、法学部というのはリーガルマインドの育成ということで幅広いこれまでも実績を持っておるわけで、実際に法曹界へ進む人間というのは、非常にまだこれが少ないがためにこのロースクールを作るのでありますが、全体の定員数からいきますとわずかなものであります。 したがって、それによって、今まで法学部へ行くと、まず法曹界へという一番目標を持った連中がおるわけでございますが、その方々はロースクールという特化した方へ行く。別に、正に行政であるとか企業の法務関係とかいろいろの方面はあるわけでございますので、そういう社会的ニーズというのは依然としてあると、こう考えておりまして、むしろ法曹へ進むがために、例えばこれは卑近な例でありますが、東大の法学部辺りはかなりの受験者がおる、そのために本来の法学教育ができないというような指摘も実はあるわけであります。今度は逆に、それへ進まない人たちは今度は法学部の本来の教育をきちっと受けることができるのではないかと。 これは私の素人考えかもしれませんが、そんな意味で、法学部が本来の役割を果たしていく部分もできてきて、そうした人材を、いわゆるリーガルマインドを持った人材を広く社会に出していくという方向で法学部は法学部の本来のこれからの教育をやっていただきたいし、またその道があるわけでありまして、教養を中心とした法学部の基礎教育、あるいは主専攻、副専攻のある特色のある教育をやるとか、法曹以外の法律専門職の養成をするとかというような多様なプログラムで、法学部としての生きる道といいますか、それを各大学は考えてやっていかれるものだと、このように考えております。
○草川昭三君 認証機関についてお伺いしようと思っていたんですが、もう時間がどんどん過ぎてきておりますので、いろんな認証機関があると思うんですね。評価機関というんですか、ごめんなさい、認証評価機関、いろいろとあると思うんですが、国際的な評価機関というものもあるようでございますが、これは認証の対象に含まれますか、お伺いしたいと思います。
○政府参考人(工藤智規君) これは国籍は問いませんので、しっかりした、基準に合致するしっかりしたものであれば対象になり得るものでございます。 なお、改正法の六十九条の三にございますように、例えば経営管理、いわゆるビジネススクールの分野でございますとか、場合によっては国内には余り専門家がいらっしゃらなくて、国際的な連携の中でそういう評価がなされている分野がございます。そういう場合は、新たに別に国内に評価機関を作る動きがあればともかく、そうでなければそういうグローバルスタンダードの中での評価の取組というのをビルトインするような仕組みにさせていただいているところでございます。
○草川昭三君 じゃ、続いて、認証評価機関が一応評価をするわけですが、その結果を文科省は見て、その大学に対する予算配分というものにこれは連動するのかしないのか、ちょっとお答え願いたいと思うんです。
○政府参考人(工藤智規君) この第三者評価は、そもそもそれぞれの大学の自己努力を促して大学の質を改善するための仕組みで考えてございますので、資源配分、つまり予算配分等そのものを目的としているものではございません。 したがって、私ども、直接現段階で私どもの予算をどうこうすることは考えてございませんが、第三者評価が定着いたしまして、その信頼性が社会的に認知されるようになりますと、それぞれの資源配分を行っていらっしゃる特殊法人とか企業なども含めて、その辺参考にされることはあり得ようかと思っているところでございます。
○草川昭三君 そこはまた拡大をする解釈になりますと、これは大学側としては非常に警戒警報というんですか、嫌がる話でございますので、次の質問もちょっと同じような立場になりますが、例えば不適切な、不適正と言った方がいいと思いますが、評価結果を受けた大学、しかし大学側にしてみれば非常にそのものについていろいろと意見があるといった場合の救済措置は、再審査というんですか、何か訴える、そういう措置というのは適切にやられるのかどうか、お伺いします。
○政府参考人(工藤智規君) 認証評価は、評価機関が一方的に行うのではなくて双方向で、評価する側、される側、双方向でやり取りの末に適切な評価が行われることを期待しております。 したがいまして、評価機関の認証に当たっての認証基準の一つとしても、改正法に規定してございますように、評価機関について大学から申立ての機会を与えるべしということを当然のこととしているわけでございます。それとともに、評価結果を公表することによりまして、評価者自身の評価についての世の批判を仰ぐことにもなるわけでございますし、必ずしも神ならぬ身で完全な評価ができるとも思えない中で、お互いやはりやり取りしながら、より適切なものを見付けていく必要があろうかと思っております。 かつ、どうしても適確かつ公正な評価がなされていないということになりますと、この改正法にありますように、文部科学大臣として、調査の結果、改善を求め、どうしても改善がなされない場合はその認証を取り消すということも最後の手段として予定しておるところでございます。
○草川昭三君 その最後の手段はいいんですけれども、評価結果の公表というところは、相当これはまた今後いろいろと大学側にしてみれば注文の付くところだと私は思います。 そこで、法科大学院の認証評価について、適格認定、これをマル・ペケ式の評価を行うというふうに言われておりますが、大学の教育研究活動というのは非常に多様でございますので、マル・ペケだけの表現はいささか私は乱暴ではないかと思うんでございますが、その点どうでしょうか。
○副大臣(河村建夫君) 御指摘のとおり、法科大学院の評価は、いわゆる連携法といいますか、法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律案において、国が認めた例の認証評価機関は、当該の法科大学院の研究活動に対して、大学院評価基準に適合しているかどうかの認定をすると、こういうことでありますから、最終的には、認定するのかしないのか、結論からいうとマル・ペケになっていくわけでございますが、ただそこに至るまでには相当多様な教育研究活動に対する評価をしていくわけで、全体を評価してまいりますから、一遍に、出てくる結論は、これは三角というのはないわけでありまして、どっちかになっていくわけでございますが、全体をトータルで見てまいりますので、その評価項目ごとの評価が出てまいります。 最終的にマル・ペケという形といいますか、認定するしないという形で出てくるわけでありますが、これについてはさっき局長も答弁しておりましたが、事前に大学間との十分なやり取りの上で出てまいるものでございますから、相当是正点が、相当問題がある点については、これは是正を付けて認定をするということもあるでありましょうが、私はそういう多様な形で評価をされるということから、御懸念の点は、それは不適格と受けた大学側にとってはそれは大変なことですから、相当なこれは大きな影響があるわけでございますが、そこに至るまでにはそれだけのきちっとした原因といいますか結果を見てやるものでありますから、これはやっぱりそこのところは十分配慮しながらやらなければならないことであって、これは最終的にはやむを得ないことであろうと、こう思っております。
○草川昭三君 時間が来ましたので、最後に一問、大臣から答弁していただきたいんですが、是正措置です。 それで、今回の改正によって、今答弁がありましたように、法令違反に対する是正措置の規定があるということでございますが、私の経験から、乏しい経験ですが、これまで多くの私立大学で、理事者側と教授陣、あるいはまた理事者側と教職員組合等々の間でいろんな紛争が生じた例を私は知っております、これは医科大学でも一般大学でもそうでございますけれども。それで、経営者がやむなく不信任を受けて交代をするというようなことがあったわけでございます。 それで、学校内での内紛の場合、労働組合との関係はそれなりの労働法等で労働委員会等の救済とかいろんなのがあるわけでございますが、これまた教授陣との関係ということになってまいりますと大変難しい問題がありますし、大変誤解を受ける言葉ですけれども、実は、病院経営と大学経営というのは乗っ取りが非常に簡単に行われるんです。この乗っ取りという言葉は非常に失礼でございますけれども、私自身の経験からはそういうことがあるんです。 ですから、これは私は行政が何らかの形で、介入とは言いませんけれども、関心を払いながら影響力をある程度持つようなことにしていきませんと、これから非常に私は経営問題というものをめぐりましてトラブルが多く発生するのではないだろうか、こんな感じがするので、最後に大臣から御答弁を願いたいと、こう思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 大学運営に当たりまして、特に学校法人においては経営陣それから教員あるいは事務職員、これらがやはり協力し合って円滑な運営が図られるということは本当に望ましいわけでございますが、いろんな事態が起こり得るというのは委員御指摘のとおりかと思います。 学内紛争につきましては、一義的にはやはり各学校法人において自主的に解決が図られるべきものでありますし、正にお触れになりましたように、労働関係につきましては、他の民間企業における労働関係と同様で、個別の労働紛争解決制度などで解決が図られる仕組みがあるわけでございますが、教学面とそれから経営面の角度でいろんなあつれきが起きた場合に、仮に学内のそうした紛争というものが発端となって大学等におきます教育研究について違法状態が生じたような場合には、これは今回の改正によって整備されます是正措置の対象とはなり得ると思います。しかも、これも段階的にやり、かつその措置を行う際には必ず審議会等へ諮問した上でやるという手続を踏みますけれども、是正措置の対象となり得ると思うわけでございますが、ただ、正におっしゃいましたように、介入とそれからきちんと見守っていくというところのバランスをどう取るかというのは、個別の事案によって随分違うとは思っております。 そういう一義的にできるできないといいますよりは、やはりその辺につきましては非常に難しい問題もあろうかと思いますが、一方では、今回、第三者評価も導入されるということで、本当に大きな問題になってくればそういう面でも浮かび上がってくるのかもしれません。 その辺につきましては、私どもとしましても、関係法令にのっとって学校法人の管理運営が適切に行われますように、各学校法人に対しまして引き続き適切に指導を要請していきたいというのが現段階でお話しできるところかなと思っております。
○草川昭三君 以上で終わります。
○林紀子君 日本共産党の林紀子でございます。 今回の学校教育法の改正案、いろいろ問題点はありますけれども、最大の問題点というのは認証評価制度の導入だというふうに私は考えます。 そこでまず、大学の評価というのが今どういう状況かといいますと、国立大学は二年前から大学評価・学位授与機構の試行的評価が始まって、今年初めてその結果が公表されました。この結果につきましては衆議院でも随分議論になりまして、機構に対して多くの大学から様々な意見が寄せられている、これはもう十分文部科学省の方も御存じだと思いますが。 ですから、現状はまだ試行段階だというふうに思いますが、いかがでしょうか。
○政府参考人(工藤智規君) おっしゃるように、欧米に比べてまだ本格的な評価が定着されていないわけでございます。今の大学評価・学位授与機構も懸命に試行をやってございますし、それから大学基準協会等でも別の観点からの評価事業を行ってございます。 これまでの試行段階でのいろんな問題点、さらには、日本で立ち後れているわけでございますが、逆に後発の利益といいましょうか、欧米諸国でも反省点、いろいろ聞かれているところでございますので、そういう問題点や反省点を踏まえながら、より良い仕組みとして発足できますように、私どももしっかりしたものにしてまいりたいと思っております。
○林紀子君 今、大学基準協会というお話もありましたけれども、私学の場合は文部科学省の最新の調査、拝見いたしましたが、「大学における教育内容等の改革状況について」、二〇〇一年度というものなんですが、これによりますと、外部の第三者による評価を実施している、こういう私学は百四十三大学で二九%、三割にも達していない。それから、大学基準協会の正会員となって評価を受けている私学というのは二百七校で、これも私学全体四百九十七校というふうに伺っておりますけれども、これと比べますと半数に満たないわけです。 つまり、現状は半分以上の私学が外部評価や第三者評価の経験がない、こういう状況だと思いますが、これはそういうふうにお考えになっておりますでしょうか。
○政府参考人(工藤智規君) 大学も大小いろいろございますので、おっしゃるデータは私どもがまとめたもので、そのとおりでございます。
○林紀子君 そこで、六月の十七日に日本私立大学協会関東地区連絡協議会がシンポジウムを開いたということを、この内容も拝見をいたしました。そうしましたら、そこの中で次のような指摘がされているわけです。 私学は建学の精神によって創設され、独自の目的を実現すべく教育研究を遂行している。例えば、文化女子大学は服飾やファッションの教育研究を目的とし、身延山大学は僧侶の養成を目的としている。これらのユニークな大学を東大や早大、慶大と同じ基準で評価することは不可能でもあるし、そのような評価は無意味であろうというふうに言っているわけですが、全くそのとおりだと思うわけですね。 また、設置形態を異にし、財政的にも国費に大きく依存する国立大学と、学生納付金に大半の収入を頼っている私学とを同一の条件の下のままで共通の基準で評価することには基本的には無理があるだろうと、こういうこともこのシンポジウムでは述べられていたわけですね。正に評価についての模索というのはこれから始まろうとしているところじゃないかというふうに思うわけですね。 ですから、こんな段階で、しかも設置形態も財政的基盤も違う国立、公立、私立、すべての大学にどうして一律、画一的にこの第三者評価というのを義務付けるんでしょうか。
○政府参考人(工藤智規君) 国立大学の中でも様々ですし、国公私を通じていろんな大学、いろんな特色のある大学がございます。それらを一律にどこかがまとめて評価するということを想定しておるわけではございません。複数の評価機関が、かつそれぞれにおいて多様な評価基準を設定していただいて、今おっしゃいましたような建学の精神とか、教育研究上の特色、言わば持ち味を生かすためにやるのであって、殺すためにやるわけではございませんので、そういう多様な評価が行われることを期しているものでございます。 しかも、なぜ今こういうことをやるのかというお尋ねでございますけれども、私ども、この思いは、これまでの設置認可の仕組みもそうでございましたし、このたび審議をお願いしております第三者評価の仕組みもそうでございますが、日本の大学がもっと良くなってほしいと。少なくとも、知の拠点と言われている中で、どうも日本の大学、時として評判がよろしくないこともあるわけでございますけれども、少なくともこれからの日本を引っ張っていく、あるいは世界をリードしていく知の拠点としての大学が、単に歴史の古い研究大学という色彩だけじゃなくて、しっかりした教養人の養成という教育面も含めて、それぞれの個性を生かした輝きを求めているわけでございます。 そのために、設置認可を弾力化するのを機会に事後的なチェック体制を充実することによってそういう仕組みにしていこうということで、関係の審議会で極めて御熱心な御論議の結果、こういう御提案を申し上げているところでございます。
○林紀子君 私も評価というのは確かに必要だというふうに思うわけですね。しかし、それを法律で義務化するということとはまた別なんじゃないかというふうに思うわけです。いつまでも評価を避けたり、逃げたり、そういうような大学というのは自らの社会的な信用というのが問われてくるというふうに思うわけですね。ですから、法律でどうして義務化をする必要があるのかというところなんですね。 しかも、一九九九年に自己点検・評価の実施とその公表を義務化して、外部評価を努力義務化して三年ですね。私立大学協会は私学独自の評価システム、第三者評価機関の在り方を検討している最中だというふうに伺っております。大学基準協会は、評価内容、方法の見直しを進めて、今年度から新しいシステムを始めたばかりだということですね。ですから、先ほども申し上げましたけれども、多くの大学関係者、評価は必要だという立場に立ちながらもその在り方をめぐっては今探求と模索をしていると、そういう状況なんじゃないかと思うんですね。 ですから、なぜ二〇〇四年度から法律で義務付けて、そしてこれをスタートさせる、余りに拙速じゃないかというふうに思いますが、それはいかがでしょうか。
○政府参考人(工藤智規君) 大学基準協会は、戦後、GHQの肝いりでアメリカ型の仕組みをということで国公私の大学関係者の参画の下に発足したものでございます。五十有余年たちますけれども、残念ながらアメリカ型のアクレディテーションといいましょうか、大学評価は日本に根付かないまま今日に来てございます。もちろん、その基準協会の加盟資格の審査は行ってきているわけでございますけれども、大学の質の向上を図るための継続的、周期的な評価ということでは、時を待って必ずしも成熟するわけではないという状況で今日まで至っております。 そういう中で、諸外国、午前中からもございましたように、アメリカは一世紀を超える歴史があるわけでございますし、ヨーロッパ諸国もここ二十年ほど掛けて大変精力的にこういう仕組みを整備いたしまして、それも大学人が一緒になりながらそれぞれの大学が国際競争力のある大学になるために頑張っているところでございます。 日本だけがそれを座視するわけにいかないわけでございまして、先ほど申しましたように、今回、大学の設置の事前、事後の国の関与との関係で、国の関与をできるだけ少なくしながら大学関係者が自分のこととしてこういう制度をしっかりしたものにしていこうということで関係大学からのヒアリング、意見聴取などもしまして、皆さん方の御賛同を得て、このたびこういう御提案を申し上げているところなんでございます。
○林紀子君 今、アメリカのこともお話しになりましたし、日本は評価の問題で後発の国だということでほかの国々の反省点というのもいろいろ踏まえることができるというお話も今ありましたけれども、しかしアメリカでは、十九世紀の後半からこの評価というのは非常に広がったというお話聞いておりますけれども、評価の義務付けというのはしていないですよね。 評価の在り方について、広く大学関係者の合意もなくて、それも確立されていない中で、法律で義務付けて、つまりそれは強制力を持ってということですね、法律で義務付けるということは。そういう評価を行うということは、今まで大学の活性化ということをお話しになりましたけれども、それは活性化につながるんじゃなくて、かえって萎縮の方向に行くんじゃないか。そしてその結果として、学問の自由、研究の自由、そういうものまで押さえ付けてしまうんじゃないか。そういう意味では、後発国としてほかの国々のいいところを学んでということでは、ちょっと学び足らないんじゃないかという気もするわけですね。 次にお聞きしたいのは、大学評価というのをなぜ国の認証した評価機関に行わせるのかということなんですが、これはいかがでしょうか。
○政府参考人(工藤智規君) 大学についての評価というのは、今でも既にいろんなところで行われておりますように、だれでも自由におできになるわけでございます。 このたび、社会的にしっかりした制度として位置付けるために、やはり社会に対しても大学に対しても、一定の要件を備えた信頼性を確保する必要がございます。そのために、改正法の規定にございますような一定水準、一定の要件を満たしたものを国が認知する、これだけしっかりした団体ですよということをただ確認するだけの行為がこの認証でございまして、別にこれによって国が何か評価機関に関与するとか介入するとか、そういうことでは決してないのでございます。 むしろ、大学もいろいろございますけれども、内輪の仲間でなあなあの評価をして、それで社会的なその信用を落とすことがあってはならないわけで、むしろ大学人自身のためにもしっかりした評価機関によりしっかりした評価をしていただく、そういう仕組みを御提案申し上げているところなんでございます。
○林紀子君 これは先ほど評価そのもの、大学が評価を受けるかどうかということについて申し上げたことと同じことがやっぱりあると思うんですね。 どんな評価の内容にするのか、どんな評価をするのか、そういう点で問題のある評価機関というのは社会的にも信用されない。なあなあでやるというようなところは社会的にも信用されないんだと思うんですね。ですから、国がわざわざお墨付きを与えなくても、社会的にも信用ある、権威ある評価機関というのは、それこそ、その大学の目、世間の目によって存続できるかどうかというのは決まるんじゃないかと思うんですね。ですから、ここでわざわざお墨付きを与えるという必要はないんじゃないかと思いますが、いかがですか。
○政府参考人(工藤智規君) 先ほど申した諸外国の状況ですが、それぞれ国情が違いますので同じことで必ずしも言い得ないわけでございますが、アメリカの場合は、御承知のように長い伝統の中で言わばシチズンシップといいましょうか、国民あるいは市民一人一人が自分らでコミュニティーをつくっている、国をつくっているという意識の中で、この大学評価の仕組みも大学人自身の自主的なコンセンサスの中で形成されてきた歴史がございます。したがいまして、先ほど御質問ありましたように、法令でアメリカの場合に義務付けられているわけではございませんが、逆に、そのアクレディテーション受けていなければ社会的に大学として認知されないと、そういう世の中というか社会でございます。 それに対しまして日本の場合に、先ほど、大学基準協会の戦後の活動についての期待もあったわけでございますが、なかなか民意といいますか、自発的な御努力を待っているだけではなかなか日時が徒過するばかりでございまして、他方で、ヨーロッパ諸国や近隣の中国、韓国でも、お国の、それぞれの国情は違いますからなんですが、日本の、今回の御提案を申し上げている制度とは別に、かなり国が関与した形での評価システムが育ってございます。 それに対しまして、日本はえらく立ち後れているわけでございますので、関係の審議会での御議論を踏まえながら、国が関与するわけじゃなくて、最低限しっかりしたものという認証をしながら、各大学で御活用いただくようにしようじゃないかと。しかも、そういう仕組みについて、大学関係者の御賛同も得ながら御提案申し上げているのでございます。
○林紀子君 今、局長のお話を聞いておりますと、日本はそういう自主的なものが育たないからお墨付きを与えるようなそういう形でやらざるを得ないんだ、それでやっちゃうんだと、そんなふうにどうも聞こえてしまうんですね。でも、それはやはり大きな禍根を残すんじゃないかというふうに思うわけですね。 ほかの国はちゃんとやれているのに、じゃ日本でどうしてやれないのかというのは、それは国が手取り足取り、正に締め付けてきたその結果なんじゃないかということも、今、局長の話を聞きながら感じたところです。 それでは、大学の何を評価するのか。教育研究の評価についてもいろいろ多くの問題というのはありますけれども、管理運営までこの評価の中に含まれるんですか。
○政府参考人(工藤智規君) 先ほどの答弁をまず補足しますと、アメリカでも、近年、連邦教育庁がアクレディテーション団体を認証するという仕組みになっていることだけ申し添えます。 それから、今御質問ありました、評価の対象、どういうことがあるかということでございますが、改正法の六十九条の三の二項に規定しているところでございますけれども、機関別の評価について申し上げますと、教育研究、組織運営、施設設備の状況について評価を受けることを予定してございます。したがいまして、具体的には、組織運営の一環としまして、大学の運営の遂行状況、あるいは財務面、その関連での財務面など、管理運営の点も評価されるものと期待しているところでございます。
○林紀子君 その管理運営ということでは、大学そのものの第三者評価のときに何を評価するのかということで、私もここの場で質問したことがございますけれども、この管理運営というところまで手を突っ込んでいく、例えば教授会をやっても、その時間が長過ぎるじゃないかとか、そんなところまで考えるのかということについてはどうなのかなというふうに非常に疑念を持つわけですね。 それから次に、これまでのように自己点検・評価を踏まえて認証評価を行うのか、それとも自己点検や評価を踏まえないような認証評価というのもあり得るのか。この認証評価と自己点検・評価との関係というのはどういうふうになるかというのも教えていただきたいと思います。
○政府参考人(工藤智規君) 実際にどういう評価基準でどういう評価方法、内容を予定するかというのはそれぞれの評価機関が自主的にお決めになることでございます。 したがって、ここでは想定といいますか、予想で申し上げるわけでございますけれども、諸外国の経験、それからこれまでの国内での試行あるいは検討等の状況からしますと、評価機関が定めます評価基準、評価項目にのっとってそれぞれの大学が点検、評価をしてレポートをまとめ、それを基にしながら、評価機関の評価員の方々が、専門家の方々が評価するということが当然予想されることだと思っております。
○林紀子君 大学評価・学位授与機構の評価というのも自己点検・評価を踏まえて実施をするというふうに聞いておりますし、そういうことだったと思うんですけれども、これでも大学側の負担というのは非常に大きいということも聞いているわけですね。ですから、自己点検・評価と無関係に第三者評価をするというようなことになりましたら、大学には大変な負担が掛かるようになる。正に、こうなりますと、評価のための評価というような、評価に追われてしまうというような形になるんじゃないかと思いますので、大学に負担にならないような評価というのを是非やっていかなかったら、正に本末転倒になるというふうに思います。 そして、次にお聞きしたいのは、この評価機関の認証基準というのがどういうものかということですね。これも衆議院の場でもいろいろ論議がございましたけれども、法案六十九条の四では、大学評価基準と評価方法が認証評価を適確に行うに足るものというふうになっているわけですね。その大学評価基準とは、衆議院の質疑では、大学関係者等からの意見聴取を踏まえて、教育課程、教員組織、その他適切な項目を設定し、その項目ごとの内容も適切であるかどうかということだというふうな御答弁、河村副大臣からいただいたんだったでしょうか。 先ほどもこの項目の問題について、ロースクールに関して質問がありましたけれども、じゃ、具体的にどういう項目が必要になるんですか。大体、その項目の数というのはどのくらいのものというふうになるんでしょうか。
○副大臣(河村建夫君) さきの衆議院の委員会で同党の石井郁子議員からの質問に対して私もお答えした覚えがございますが、本来、評価基準というものは評価機関自らが定めていただくということになっておりまして、公正かつ適確に評価を実施するためには、細目の中で必要最小限の事項を定めるということになっております。今、想定をされる内容として、例えば評価基準は大学設置基準等を踏まえて定めているということが一つと、それから教育課程、教員組織など、適切な評価項目、内容を設定していることなど、この改正法の六十九条四の枠内で大綱的なものが考えられております。 大学評価というのは、国が決めた何か一律の基準によって行えるということではなくて、それぞれの評価機関が自主的に策定をした評価基準によって、各大学の特色であるとか、更にその個性を伸ばす方法、あるいは教育研究の質を高めていく、こういう観点から行われるべきものだと。そのことがまた非常に大事でございますから、こうした観点から、さらに、その細目の具体的な内容につきましては中央教育審議会においての意見を聴きながら決まっていくと、このように考えておるところでございます。
○林紀子君 この大学評価基準と評価方法が認証評価を適確に行うに足るものということで、もうちょっとこれが具体的に分からないと、何が適確に行うに足るものかどうかというのが浮かび上がってこない、イメージができない、そういうことがあるので今お聞きしたんですが、この評価機関が独自に決めるということは分かりましたけれども、それ以上のことがよく分からないなと思うんですね。 それじゃ、特性に応じて適切な評価方法を持っているか、これは評価方法についてですね、これについては書面だけではなく、原則として実地調査をすることだというふうに、これも衆議院の委員会でお答えいただきましたけれども、この特性に応じた適切な評価というのがどういうものなのかというのがまた分からないんですけれども、これは一体どういうものでしょうか。
○副大臣(河村建夫君) 今、委員がいみじくも御指摘をなさいましたが、単なる書面が出てきた、それだけでなくて、自ら評価員が出向いていって、その大学の研究活動分野、それぞれ実際に聞いてきて、それを分析する、把握するということに始まると思います。 先ほど林委員が御指摘をなさっておりましたが、一律にやるんじゃなくて、その大学には大学の建学の精神といいますか、そういうものがあって、それぞれ教育の内容が違うんだと、それを一律の国立大学と同じようにするのは困るとおっしゃいましたが、正に私はそこに特性というのを、評価員がその特性をきちっとつかまえて評価するということでなければならぬのではないかと、このように考えておりますが。
○林紀子君 それでは、評価のための必要な体制については、公正かつ適確に評価し得る評価員を用意しているか、評価員の研修をすること、専門職大学院の場合は当該分野の実務家が含まれているのかどうかということだというふうに必要な体制についてはやはり衆議院でお答えいただいております。しかし、これも具体的にはなかなか分からない。 例えば、評価員というのは何人ぐらいが必要なんですか。
○政府参考人(工藤智規君) これは、先ほど副大臣もお答え申しましたように、私どもがこの今改正法の六十九条の四にありますほかに細目を定められることになってございますが、私ども、数量的な基準とか、がちがちにそういう認証基準を縛ろうということは毛頭考えてございませんで、そもそも認証評価といいますのは、それぞれの大学関係者の賛同を得て発足し、大学関係者が選択の自由もあるわけでございますけれども、大学の教育研究活動をエンカレッジするためのものでございます。しかもそれは、先ほど委員も御指摘のように、それぞれの大学でいろんな特性があるわけでございますし、分野によってもそれぞれ配慮しなきゃいけないことがございます。 したがいまして、評価する評価員の人数も、例えば十人がよくて五人は駄目ということも言えないわけでございますので、おのずから評価機関御自身の御判断になろうかと思います。 ただ、それが一人しかいませんとか、適切な評価をするにどうも偏った評価をされては困るではないかということではいかがなものかというのはございますが、数量的に何人以上でなければならないということを想定しているものではございません。
○林紀子君 今のお答えを聞きますと、ですから、文部科学省は極力関与をしないで、それは立ち上げる機関が自分たちでやるんだよというふうにお答えになっているわけですけれども、しかし、こういう疑問があるわけですよね。 国立大学協会などは、評価機関の認証について幾つかの基準が挙げられているが、その基準の具体的な設定の仕方によっては政府が直接に大学の適格認定を行うのと実質的に異ならなくなる、この意味で、いわゆる機関認証基準の具体的内容について政府はあらかじめ明確にすべきではないかと。大丈夫なんですよ大丈夫なんですよというのを信じていたけれども、開けてみたらあっということになったということでは困るわけですよね。 大学基準協会は、そうした認証を通じ、結果として新たな文部科学省、国の御用機関のようなものが創出されることへの懸念を払拭するためにも、評価認証基準の策定主体・手順と適用手続のアウトラインが明確化されることが強く望まれるというふうに指摘しているわけですね。 こういう声というのはお聞きだと思うんですけれども、これは正にここの場で審議を進めていく前提なんだというふうに思うわけですね。だから、私たちも半分分かったような、しかし具体的には、聞けば聞くほど何だか雲をつかむような話になっていくというのでは、正確なものを手のひらに乗せて審議をすることができないんじゃないかというふうに思うんですね。審議の前提ということで、この大きな枠組みというのを明らかにするということはできないんですか。
○政府参考人(工藤智規君) 中教審での御議論などを踏まえまして、改正法の六十九条の四の二項で各号列記させていただいているのが正にそれなのでございます。 ただ、抽象的なのではないかという御指摘でございますけれども、それは、先ほど申しましたように、数量基準とか、がちがちに縛ることによって評価機関の自主性、多様性を縛る、損なうことになることを恐れてございますので、基本的にはここの各号列記に書いてあるようなことでそれぞれの評価機関が自主的にいろいろお取り組みいただく、そういうことを期待しているものでございます。
○林紀子君 それでも、実際にスタートするときは、この法律のほかに政令なり省令なり、そういうものというのは作ってやるんですね。これだけでやるわけじゃないんでしょう、これだけだと本当に何だか分かりませんから。
○政府参考人(工藤智規君) この改正法の六十九条の四の三項で、この二項に規定してあることの更に細目については文部科学大臣がこれを定めるとございます。 これは、私ども、認証評価の認証の手続もそうでございますし、こういう基準を定めるに当たりましても、役人ベースで恣意的に行う余地は全くない仕組みでございまして、関係の審議会、そこには、大学関係者は当然でございますけれども、各界の有識者の方々にも御参加いただいて、しっかりした透明性を確保した御議論をいただいて、そこでの御議論の結果を反映しながら制度作りをしてまいるというつもりでございますので、どうも文部科学省、余り評判よろしくないようでございますけれども、決してこれによって悪いことをしようということでも、いたずらな変な介入をしようとすることでもないのでございます。
○林紀子君 ですから、透明性を確保してということをおっしゃいましたけれども、その透明性の確保というのは、やっぱりこの審議の場で透明性を確保してほしいと思うんですよね。 ですから、そういう意味で、今いろいろお聞きしましたけれども、数字で縛るものではないというようなことは分かりましたけれども、それじゃ、この六十九条の四の一と二が、うん、そうかと、分かったかといったら、全然分からないと、そういう状況なわけなんですね。 時間もちょっとなくなってまいりましたので、最後にお聞きしたいのは、資源配分との関係、先ほども質問がありましたけれども、衆議院の場では、参考にすることはあり得ると、この評価の結果を、というふうに答弁をしているわけですが、それでは、どこがどういうふうな形で参考にするという意味なのかをお聞きしたいと思います。
○政府参考人(工藤智規君) 私どもの言い方としては、資源配分機関、いろんな御支援をするところがそれなりにいろんなデータを集めて、その配分の妥当性、せっかく貴重な資源といいますかお金などの資源を有効に活用いただくための御検討をされるんだろうというふうに思うわけでございます、当然のことでございますが。 そういう意味で、大学を支援している方々というのはたくさんいらっしゃいます。各種の特殊法人等もございますし企業もございますし民法法人もあるわけでございますが、それぞれの立場で、あそこの評価というのはなかなかしっかりした評価だねというそういう信頼性が確保されれば、おのずから参考にされることはあり得るのではないかということを一般的に申し上げただけのことでございまして、実際にどう参考にするかなどは、それぞれの配分機関が独自に自主的に御判断いただくことではないかと思っております。
○林紀子君 そうしますと、文部科学省は参考にはしないんですね。
○政府参考人(工藤智規君) 今のところ、私どもは、この制度は文部科学省の予算配分のためにこういう仕組みを作ろうとするものでは決してございません。 それぞれの大学をエンカレッジして、もっといい大学作りに努めていただくための仕組みとしてまず考えているわけでございまして、したがって、現段階で、その結果、これが始まりましてすぐ文部科学省の予算に反映させるということを意図しているわけではございません。
○林紀子君 しかし、資源配分機関といっても、その機関が配分する資源というのは結局国から出ているお金ということになるわけですよね。そうじゃないんですか、必ずしも。 ですから、その資源配分機関というのがどういうものかというのが、これまたなかなか具体的にイメージできないので今のお答えもはっきり分からないんですけれども、もう少し具体的に言っていただいたらどういうことになるんですか。
○政府参考人(工藤智規君) 国公私を通じて、大学を支援する方々はいろいろいらっしゃいます。研究助成という形で、国のほかに特殊法人、文部科学省所管だけではなくて各省所管の特殊法人からの研究助成もございます。それから民法法人で、研究助成のほかに、例えば奨学金の御援助をしていらっしゃるところもございます。それから企業で、企業が設立母体になっている財団法人もありますが、企業御自身が共同研究あるいは学生支援、大学の支援という形でいろいろ御支援するケースもございます。 資源配分機関というのは余りにも一般的過ぎるのでございますが、そういう大学を支援するいろいろな立場の方々が自分のところの資源といいますか予算等を配分するに当たって、やっぱり自分で独自に調査するということもありましょうけれども、外に信頼性の置ける調査結果があれば、それをそれなりに参考にすることはあり得るかもしれないということで一般的に申し上げただけでございまして、大学評価がかなり大学のいろいろな側面を評価する仕組みでございますから、一方的に、例えば研究助成そのものということですと別の切り口での新たなデータも多分必要でございましょうし、第三者評価の評価結果がそのまま機動的に活用されるかどうかというのは、やはり評価結果が出そろってみませんと分からない部分がございます。
○林紀子君 文部科学省の方がこの法案の説明に際して出した文書によりますと、個性輝く大学の活性化のために様々な評価機関がそれぞれの特性を生かした多様な評価を実施する。その際、資源配分機関が評価結果を参考にすることは十分あり得るところというふうに書いてあるわけですね。 COEにつきましてもそうですけれども、評価とお金というのが結び付いてくるということは、それこそ本当に健全な大学の活性化というものに資するものなのかどうかというのを私は非常に危惧しているわけですね。評価と資源配分というのが結び付きますと、どうしても評価は大学の資金獲得競争に駆り立てられる、そういうものになってしまうんじゃないか。 評価が教育研究の質の向上に役に立つものではなくて、かえって評価と資源配分結び付くことによって、あめとむちだというふうに表現をなさっている方もいらっしゃいますけれども、評価というむち、資源配分というあめでこれを御していくというのは、やはり本当の大学の活性化、自由な研究、そういうものから遠く離れていくのではないかというふうに思いますので、この資源配分と評価というのを結び付くようなそういうサイクルというのはやめて、やっぱりここはきちんと断ち切るべきだというふうに私は思うわけですし、参考にといっても、どれまでが参考でどういう形になるのか。やはり参考にといっても、それがお金に結び付いたらやっぱり必死になるというふうに思うわけですね。 今日、もう時間がなくなってしまいましたけれども、お聞きしてきましたけれども、やはりこの認証評価制度の導入というのは、先ほど来申し上げていますように、やっぱりまだまだ本当に成熟するためには時間が掛かる。そして、そうでないこういう時期に拙速に行って、法律でしかも強制をする、そのこともまた非常に大学の活性化に反する道ではないかということを申し上げて、質問を終わります。
○山本正和君 午前中からいろいろと私がお聞きしたいというようなことも含めて各委員の皆さんから御質問がございまして、なるべく重複しないように質問したいと思うんですが。 やっぱり大学はこのままでいいと思っている人は大学人も含めていないだろうと思うんですね。何かやっぱりもっときちんとしていきたいと。それはいいんですが、今度の法案の中でやっぱり大学の自己評価並びに第三者認証評価というのが出てきて、これに対する関心が非常に大学人の中でも高いと。私立大学も含めて、各大学がそれぞれ自己評価についてのいろんな作業を今一生懸命やっている。昨日も、実はこれでもうきりきり舞いして、ちょっと研究する時間がないぐらいで困っているというような話も聞いたんですけれども。 したがって、そこで、アメリカでは大学の自己評価、あるいはこれはアクレディテーションといいますか、何か語源はクレジットらしいですね、あれ。クレジットといったら私はクレジットカードと、こう思うんですが、要するにそんなには強い意味じゃないようですね、アクレディテーションというのは。だけれども、そういう格好でかなりの年数を掛けてアメリカでは大学の評価というのは行われていると。実績があるわけです。 そうすると、我が国が今からやろうとしている認証評価、あるいは第三者評価というのはアメリカのやっているやり方と具体的にどこが違うか、どういうところに違いを持とうとしているのか。あるいは、アメリカのやり方よりも日本はこういう点においてもっと立派だからやりますよというようなことをひとつ説明をしていただきたい。これはやっぱり専門家の局長からお聞きした方がいいんじゃないかなと思うんですけれども。 これは東京大学も含めて日本の全大学が、今、大学の自己評価で大変な取組をしておられると聞くものですから、恐らく大学人みんなの関心だろうと思うので、そこをひとつちょっと分かりやすく。今までの御説明の中にもありましたけれども、アメリカのアクレディテーションとはこう違うんです、日本ではこういうところが特徴で、こういうところを留意してやろうとしているんですよというところを初めにひとつ教えていただきたいと思います。
○政府参考人(工藤智規君) アメリカは、一世紀にもわたる歴史の中で定着、発展してきた仕組みでございますが、また私ども承知しているところでは、それぞれの地域別に、全学的なといいますか機関別の評価をする団体と、それから例えばビジネススクールとかロースクールのように専門分野別に評価する団体と、かなり多様に育成、定着していると承知してございます。 そういう中で、アクレディテーションと言いますように、アクレディットするというのは、一定の基準に合致するかどうかということで、アメリカのアクレディテーション団体はそれぞれの団体が定めている評価基準に、いろいろな評価項目はあるわけでございますけれども、トータルで合致するかどうかという適格認定をしているのがアメリカの仕組みでございます。 それから、それぞれのアクレディテーション団体につきましては連邦政府が認証という形式を取ってございまして、その認証することによって連邦政府の奨学金を受けられるか受けられないか、それからそれぞれの州政府での活用の具合にもよりますけれども、州政府が行う認可が更新制の場合もあるのでございますけれども、それをアクレディテーションが通ってあれば更新が不要で自動的に継続されるとか、そういう適格認定を受けていることによって一定の便宜が図られる、かつ社会的な信頼が確保されるという仕組みと承知してございます。 それに対しまして、今回私どもが御提案申し上げておりますのは、各大学の多様な教育研究活動をエンカレッジする仕組みのものでございまして、かつ評価機関につきましてもそれぞれの自主的な運営と自律性を基本に考えてございますので、評価のやり方につきましても、アメリカのようにマル・ペケと言ってはなんですけれども、適格認定という一定の基準に合致していない、しているという評価をする場合もありましょうけれども、それだけではなくて、これはほかの国の例にもあるのでございますが、いろいろな評価項目について、長所短所といいますか、ここはよくやっているけれどもここはもう少し頑張る必要があるんじゃないかというような、割ときめの細かい評価のやり方もございましょうし、それからイギリスのように、点数を付けてそれぞれの項目ごとに、この辺りはこれだけの点数、ここはもう少し頑張らなければいけない水準というような形で評価結果をまとめることも含めて、それは多様な形態を予定しているわけでございます。 国がそういう仕組みをアメリカのように何か縛ろうということでは決してございませんで、目的はあくまでも各大学の自主的な御努力をエンカレッジするための仕組みの一環として考えているものでございます。
○山本正和君 今のおっしゃるような趣旨のことが、やっぱり具体的にそれぞれの大学の特色なり、あるいは置かれている条件の違いなりということも含めて、かなりいろんなことを配慮しながら第三者評価というものはやれるんですよということが十分に伝わっていないような気がするんですよ、私は。 ですから、そこのところが、やっぱりこうなるんですというところを更に細かく政府としては説明してもらう必要があるのじゃないかと、こう思いますし、したがってそれは当然、この法律を施行していく段階での施行細則あるいは実施要領というか、様々な中で当然取り組まれて、それでそれをするについてはまた各大学の意見も聞きながらおやりになると、こういうふうに受け止めてよろしいか。
○政府参考人(工藤智規君) 正にそうでございまして、どうも口下手で説明も中途半端で申し訳ないのでございますが、今回の制度は、私ども行政的に何か差配するような余地はほとんどございませんで、基準の設定でも認証という行政行為でも、関係の審議会にお諮りして、しかも審議会は透明性を確保しながら行いますので、それは関係者皆公開しながらと思ってございます。 それと、先ほど林委員からもお話があったんですが、もう少し認証の基準を細目まで含めて明らかにすべしという御提案は、ごもっともといえばごもっともなんですが、実は、これは法律が成立いたしますと、それに基づいて細目を審議会にお諮りして定めるという手順になってございますので、法律が通る前に先走って余りやりますと、また別の立場からのおしかりも受けるかもしれないことも含めて、私どもイメージとしては申し上げているのでございますが、その実際の御審議の結果で、その途中経過も含めて透明性を確保して、いたずらな混乱を招かないように努めてまいりたいと思っております。
○山本正和君 ひとつ是非、今、局長が答弁された形に基づいて、事務的にもひとつ遺漏なくやっていただきたいと、こう思っております。 そこで、実は私は、どうも旧制度の教育を受けた者なものだからそういうふうに思うかもしれないんですけれども、専門職大学院、現在ある専門大学院あるいは一般の大学院と、こういうふうに言うんですが、私どもの時代には、大学というのは象牙の塔と言ってもいいぐらい、これは大変な教養というか、あるいは正に思想、哲学、そういうようなものまで含めて、芸術、文学含めて、いろんなものを勉強する場所であると。真理を追求する、あるいは学問を究めるというふうなそういう大学だというものがあって、と同時に並行して、例えば高等工業学校とか高等商業学校とか、そういうふうに正に専門的に実業に携わって、世界に伍して負けないぐらいのそういう技術的な力を付けるものがあったわけですよね。いわゆる専門学校というものがあった。いずれも旧中等教育を受けて、旧制中学を出て、片や高等学校から大学へ行く者、片や専門教育を受ける高等工業や高等商業へ行く者と、こういうふうに分かれておったんですね。そこでは三年ないし四年間、専門教育をしっかりやるわけですよ。 私がこんなことを言ったらまた誤解を招くかもしれないですけれども、例えば戦争始まったときに、日本の零戦はアメリカのいかなる戦闘機よりも優秀だったと。これは日本の技術陣が作った戦闘機ですよね。アメリカはそれを解剖して更にいいものを作って、今度は日本がやられたんだというふうな話もありますけれども、それぐらい専門的に一生懸命やる学校というのは、三年間なら三年間、本当に高度な技術のために徹底的に勉強するわけですよね。 ところが戦後、新制大学に切り替わって、今度は四年間でやると。最初は教養は、二年までやっていないか、一年間、一年間というやつ二年間ぐらいやるところもありますしね、そうすると、専門で突っ込むところはどこでやるのと。さらに、もっと言えば、人間としてのいろんな教養を身に付けるというか、いわゆる大学人としての教養を身に付けるところはどこでやるのというのが、新制大学になっておかしくなっちゃった。その辺からどうも、大学というのは一体何なんだろうかと。 昔は、こういうことを言ったらおかしいんですけれども、大学に学ぶということは、小さな村でいうと一人か二人ですよ、旧制の大学まで行くのは、旧制の大学まで。専門学校へ行くのも数人しか行かないぐらいですよね。そういう中で、大学というものがしかし、国民の全体の気持ちとして、あそこは真理を学ぶところ。いわゆるここで書いてある専門的職業教育みたいなものじゃないというのが大学だというふうに私らは思っていたわけですね。 だから、こんなこと言うとおかしいけれども、帝国、旧制の高等学校から大学行く、あるいは予科から大学というのは、これはもう正に、お互いの、同じ子供のとき一緒でも、あいつは大学行ったなと、やっぱり尊敬を持って、また実際に、もう随分連中は余計本を読んだですよ。私らがもう読んでも途中で眠くなるような難しい本でも、それから小説でも「カラマーゾフの兄弟」なんて、あんな難しいやつでもみんな平気で読みよった。ところが、今の大学生に私が、卒業した、大学院出た子でも聞いてみても、余りそういうものを読む時間がなかったという人が多いと、こう言うんですよね。 それで、そういう中で、ここで言う文部省が今意図しているところの専門職大学というのを、しかもこれは、正にすぐ役に立つと言ったらおかしいけれども、実業で身に付いてすぐ会社で役に立つ、あるいは工場で役に立つというふうなものの育成を目指しているように見えちゃうんですよね、これ。これは誤解かもしれませんけれどもね。そうすると、大学といったようなのは一体何なのと。 だから、結局、しかもその大学の中で大学院の数が大分増えてきましたから、大学院生がね。大学院というものの役割があるはずなんですよ、高等教育としての。その大学院があって、その大学院があるにもかかわらず、今度は専門大学を作ったと、今度は専門大学ではいかぬというので専門職大学と、こういうふうにしてしまう。すると、一体それはどういうものを意図して、大学というのはそうすると要らないのか、真理を探究する、そういうことは大学の教育になじまないのかと。もっと言えば哲学ですよね。もう一生懸命になって人間とは何かなんて考えることは大学ではやる必要ありませんと、こういうふうなことに日本の国がなると大変だと思うものだから。 そこで、ひとつどうでしょうか。大学の専門職大学院とそれからいわゆる一般の大学院、なぜ違うのか、どういうふうにその辺は文部省考えてこの問題を提起しているのかですね。中教審の中で大分議論したというんだけれども、国会の場で余りどうも、この前、衆議院の方でもちょっと見たんだけれども、そういうことの御説明が余りなかったように思うものだから、今日はひとつその辺を教えていただきたいと思います。
○政府参考人(工藤智規君) 学問の府である大学の内包するところといいましょうか何をやるかというのは、確かに社会的なニーズも受けて随分変わってきているのは事実でございます。 そういう中で、例えば日本は実学でございます工学部というのを世界で初めて、歴史的には旧帝国大学の時代、学校教育の中に位置付けたとかいうこともあるわけでございますが、戦後の新学制に至りまして、今御指摘がありました実業的な専門学校、これも戦前は高等教育機関でございましたけれども、大学の一部の学部、大学院として整備しながら、真理の探究、学問の府でございますが、片一方では真理の探究という研究面を整備しながら、それをバックグラウンドに専門的な教育を行って高度な人材養成を行うという機能を果たしてきたと思います。 特に大学院レベルにつきましては、伝統的には研究者養成という色彩が強かったんでございますけれども、昭和四十九年に大学院設置基準を制定するに当たりまして、大学関係者との御議論の結果、特に修士課程レベルについて言えば、研究者のワンステップという意味合いのほかに、他方で高度の専門職業人養成という機能もあり得るんではないかということでこれまでまいっております。 そういう中で、じゃ今までの一般大学院と専門職大学院、どう違うのかということでございますが、これは一般の従来からの大学院といいますのは、二年制の修士課程、医学部等を別にしますと、通常ですと二年制の修士課程、それから五年制の博士課程という二つの課程がございます。そこを終えますと修士、博士という学位を授与されるわけでございますが、基本的には伝統的に研究者養成という色彩が強いものでございますから、研究論文を作成するというのが主たる学業でございまして、単位の修得はそれぞれ三十単位しかないんでございます。したがって、むしろ指導教授から研究、指導を受けて特定の課題についての論文を作成する、あるいは課題をまとめるということが主たる勉学といいましょうか、研究の卵としてのなりわいでございます。 それに対しまして、平成十二年度から幾つか設置されております専門大学院というのは、従来の修士課程の制度を活用しまして、修士課程の中で特に専門職業人養成に特化した教育を行うところを専門大学院としてございました。ところが、従来の仕組みの中でございますので、やはり一定の制約がございます。研究、指導を受けて一定の修士論文あるいは研究課題をまとめるという作業でございますとか、二年制という修士課程の枠内でやるとかいうことがあるわけでございますが、今回、法科大学院という新たな要請も踏まえて、かつ他の分野でのいろんなニーズもこれから花開く可能性があるわけでございますので、従来の修士、博士とは違って、第三のカテゴリーとして専門職大学院というのを位置付けようじゃないかと。 そこは、修業年限も別に二年に限らず、それぞれの分野の特性に応じて、三年の場合もあればそれより短い場合もある。あるいは、研究、指導を必須とするのではなくて、もちろん研究、指導なさってもいいんですけれども、それを必須とするのではなくて、コースワークといいましょうか、やっぱり理論と実務に架橋したより実践的な教育を受けることが中心で、しかも、それは単に大学講義室での一方的な受け身の授業ではなくて、双方向、多方向でのより密度の濃い、専門家養成にふさわしい中身の授業を受けていただく。それを終えた方に一定の学位を差し上げる。その場合に、従来の修士、博士と違うわけで、第三の名前もいろいろ御検討いただいたんですが、なかなか適当なのが、妙案が浮かばなくて、少なくとも法科大学院につきましては、国際通用性を考えて、JDに相当する学位を差し上げるのが適当かなということでございます。 そういう意味で、従来の大学院に比べまして、高度専門職業人養成に特化した第三の学位の課程と御理解賜りたいと思います。
○山本正和君 ですから、何か、今、ロースクールだったら法務博士となるわけですね。法学博士というのは、従来のままのものは置くわけですか。それは、その下に、ロースクールを出た人は法務博士をもらって、また法学博士をもらうんですか。その辺はどういうふうな関係になりますか。
○政府参考人(工藤智規君) 従来、伝統的には法学分野ですと法学博士というのが博士号なんでございますが、大分学位の種類も多様化してまいりましたので、現在の表記方法は、まず修士か博士かということを表記して、その後ろに括弧で法学とか文学とか表記する仕組みになってございます。したがって、もちろんそれは世間的には法学博士とおっしゃるかもしれませんけれども、形式的には博士(法学)というのが伝統的な法学の博士でございます。 これは、実はなかなか国公私を通じて出してくださらないんです。せっかく博士課程へ進学した学生でも、それを終えても博士号もらえないままで、功成り名を遂げて、言わば碩学泰斗に与える戦前からの非常に権威のある博士号という運用をしている大学が多うございまして、いかがなものかという問題点もございます。 それに対して、この専門職大学院は、むしろコースを終えれば、修了した段階で学位を差し上げられるということでございますし、そこの表記方法も、先ほどの博士(法学)というのに比べまして、正式には、例えば法務博士(専門職学位)というか、カテゴリーが別の学位ですよというのを表記するようにしようじゃないかという御提案をいただいてございます。その場合に、法科大学院を出た場合はそういう学位でございますが、従来からの先生御指摘の法学博士をもらうためには、法学博士のための大学院博士課程に御進学になるか、あるいは論文をお書きになって論文博士という形で授与されるか、いずれにしても別のコースに進まなきゃいけないということでございます。
○山本正和君 大体、少しそこら辺で分かったような気がするんですが、ただ、アメリカやフランスの例でいくと、博士号の問題も、ドクターの称号を持つ学位、哲学博士が最高位の学問学位であると。これは文部省からもらった資料、調査室だったかな、に出ているんですが、哲学博士というのはそれは日本の国ではどういう場合に授与されておりますか、ありますか、これに相当するやつが。
○政府参考人(工藤智規君) 日本語にあえて訳したのでそうなったのかもしれませんが、国際的に権威のあるいわゆる研究学位として言われておりますのはPhD、フィロソフィードクターですね。直訳すると哲学博士なんですが、むしろ一般的に言われておりますのは、研究学位で最高位の普遍的なものと理解してございます。ですから、文科系でも理科系でも研究学位としてのPhDあるなしというのは相当メルクマールとしては高いところでございます。 それに対しまして、日本の場合に学位制度、これまで幾たびか変遷がございますけれども、いろんな分野、従来ですと文学博士とか法学博士とか、先ほどのようにいろいろあったわけでございますが、大変もっと細分化して、こういうものをやりたい、こういうものをやりたいというニーズが高まってまいりました。それとともに、なかなか文科系の博士号を出してくださらないこともありまして、御活用いただく課程も含めて関係の審議会で御議論いただいた結果、一時期、学術博士という博士号を学位規則の上で規定したことがございます。今はそれは、先ほど申したように、博士括弧何とかという仕組みになって、各大学で御自由にそれぞれの専攻分野を表すようになっているんでございますが、そういうのも類似といえば類似であるわけでございますが、哲学博士というのは余り日本では一般的でございません。やはりグローバルスタンダードでいえばPhDという横文字でおっしゃる方が多うございます。
○山本正和君 いわゆる我が国における状況ということについての問題点、いろいろあると思うんですけれども、何と言ったらいいんでしょうか、要するに専門職大学院というのを作ったと。それが高度の職業人というか、専門的な職業人の養成というふうな形が強くなっていくと。そうじゃなしに、大学の目的というのは必ずしも職業人の養成ばかりじゃない。そういうふうな事柄との、誤解が生まれる危険性を私は感ずるものですから、何か同じ、例えば大学でも本当はもっとそういう自由に人間としての勉強をしたいという人は、駄目になると言ったらおかしいけれども余り大切にされないような、そんなことになったら大変なんで、これを作るに当たって、ですから、大学のそういう全体像というか、例えば高等学校の子供たちが今から進学していくときに、大学ではこうなっているよというようなことについてもっと分かりやすい格好でやっぱり展望を示してもらう必要があるじゃないかと、こう思いますね。それはまた、今後の中で事務的に処理していただきたいというふうに思っています。 いずれにしても、今のこの問題も含めて教育改革の一環だろうと思うんです、これ。教育改革ということを議論していくときに、私、大変心配しておるのは、何でもかんでもどうもグローバリゼーションという言葉でアメリカのまねすればいいというふうな流れがずっとあるような気がして、これはもう単に、何といいましょうか、いわゆる金融だとか経済の世界ばかりじゃなしに心の中まで何かそうなっている気がして仕方ないんですよね。 ですから、文部省で今実際の最大の問題は教育改革だろうと思う。その中で、中教審でいわゆる教育基本法問題も論議されていると、こういうことで、この前中間報告が出されたと。これはこれでいいんですけれども、論議をする上に私どもがやっぱりどうしても思うのは、日本人というのは何なんだろうかということはきちんと議論しなきゃいけないと思うんですけれども、そのときに、今議論されている皆さん方は、例えば江戸時代の儒学者が一生懸命に子供の教育に対していろいろ主張した人たち、あるいはもっと言えば、我々が戦争負けて、一生懸命教員になったときに読まされたのがルソーだとかペスタロッチだとかデューイだとか読まされたですよ。しかし、そういうふうなところまでさかのぼって今の教育改革を議論するときに、教育思想、長い人間の歴史の、東洋でもヨーロッパでも、そういうものを含めて、その辺のことを教育改革の中で議論をしていただいているんだろうかというちょっと懸念があるもので。 実は今日は先生方にお配りしたんですけれども、この村井さんという方は教育学会で随分長い間やっておられますし、それから、正直言って、随分そういう古い教育思想、これ議論されている方、その人が、この前言われた論文、ちょっとこの間見とったら出てきたものですから、待てよと、こういう議論も含めて文部省ももう当然おやりになっていると思うんだけれども、一体こういうふうな考え方についてどうお思いだろうかと。教育改革を取り組む立場から、これはひとつ、河村副大臣が一番教育改革のところは中心になってずっと頑張っておられるように思うので、副大臣、ひとつどうでしょうか、昨日の晩、お渡ししたと思うんですけれども、この人の論文や、あるいは今私が申し上げたような教育思想というものをもっとみんなで議論しながら教育改革の問題を議論していくことの必要性についてどうお考えか、ちょっとお聞かせいただきたいと思います。
○副大臣(河村建夫君) 御案内のように、中央教育審議会で今後更に広く皆さんの意見を聴いてこうした問題にも対応していこうということで、全五会場で一日中央教育審議会を始め、あるいはパブリックコメントを求める等々、これから行っていくわけでございます。 このアガトスの会、私も時折送っていただいたりして、また会員になってくれというような要請もあったりして拝見をしております。 こうした会の、今の日本の教育の現状を見たときに、これまで追い付き追い越せということで経済大国まで来て、よく言われるように、日本の教育というものが非常にある意味では画一的だったかもしれないけれども、しかし高い教育水準を保って今日の日本を築いてきたと。しかし同時に、これは村井先生の主張と同一基調になるかどうかはむしろ危ぶむんですけれども、非常に個を重視した教育をやってきたことも事実だけれども、ややもすると日本の国は、しかし一方では日本一国平和主義といいますかあるいは個人主義というか、そういうものも確かにあってきて、今回の中央教育審議会の中間報告を見ていると、やっぱり一方、それがために欠けている公の考え方とかそういうものをもっと考える必要があろうと、こういう提言も出てきておりまして、そういうものを踏まえて、今正にゆとり教育とか週休五日制とかあるいは大学改革とか、今あらゆる教育改革が求められているときでありますので、これはアガトスの会の方々の意見というものも十分踏まえて、新しい日本の教育、この新しい時代にはどういう理念でやったらいいかということを私は今正に考えるときに来ておると、こういうふうに思うものでありますから、村井会長さんがおっしゃるようなことも十分受け止めながら、正に広範な議論の中でこの教育改革、特に教育基本法ということになれば、これはもう教育の基本の一番中心のところになりますから相当広範な議論の中でやっていく必要があろうと、このように感じておるところでございます。
○山本正和君 実は、私は、一九七〇年ごろだと思うんですけれども、初めて日本の国で中学校が荒れた時代、高等学校でない、中学校ですよね。その前に、六〇年ごろにアメリカの「暴力教室」というのが出て、これは高等学校の子供たちが暴れていた。ところが、それから間もなくして日本の中学校が荒れる時代が出たんですよね。大変そのとき苦しんで、その当時、三重県の教職員組合の委員長をしておったんですけれども、それで現地にも私も行ってみたりしておって、そこで国立教育研究所、文部省が作って日教組が反対した研究所ですけれども、国立教育研究所の先生たちに来てもらって一緒になって取り組んだんです。 そのときに、実は村井先生が「教育の再興」という本を書いておられて、読んでみて愕然として、頭を殴られるような気がした。それは、例のルソーの「エミール」の話を引いて、子供というのは本来どんどんどんどん伸びていく力を持っていると。それで、いろんな困難にぶつかりながら生きていく力を持っているんだと。ところが、それを一番悪くしているのは親であり先生たちなんです。親と先生は投げてしまって駄目にしてしまう。親と先生がちゃんと正しく育てることができないところに問題がある。これはルソーの言ですけれども。そんな問題を例にして村井先生が「教育の再興」という本を書かれて、読んで、今度私はその当時の教員連中に見せたら、こんな難しい堅苦しい本嫌だと言うんで余り読まんかったんですけれども。 だけれども、そういう時代を私は思い起こしますし、それからもうちょっと十年ほど前は、私は高校の教員をしておって、そうしたら、その当時はまだ校舎も板張りで、板張りを傷付けないようにして油を張ってあるんですよ。そうすると、女子高校生が靴下履いておるんだ、みんなスリッパです。ところが、男の子は女生徒のスリッパを盗んで、自分で勝手に履いてそれでむちゃくちゃやるわけですよ。これはいかぬというので、校長にも内緒で私がベル鳴らして、火災訓練だというので、生徒会顧問していたものだから、授業中だけれどもみんな校庭へ出よと集めてきて、全部担任の先生に人のスリッパを履いているやつ調べよと。調べておいて、私が全部一人一人校長室に呼んで、厳重注意やったですよ。時々は廊下で、暴力教師と言われたけれども、捕まえもしたけれども。その時代に、そんなこと今やったら大変ですよ、首ですよ、すぐ、人権じゅうりんで。 そういう時代を振り返って私は思うんだけれども、今、教育改革やなんか言っているけれども、本当に大事なのは、教員が本気になってやるという気持ちを持たせるか持たせないかの問題だと思うんです、一つは。それからもう一つは、親や、特に母親ですよ、一番子供と仲がいいでしょう、こんなこと言ったらしかられますけれども、男も一緒の場合があるけれども。そういう中でどうするかということを根っこに置いて議論せぬことには、単に制度だけいじったって駄目ですよというのがこの村井さんの主張だと私は思うんですね。 だから、なぜ中央教育審議会で、そういう人間の心の問題、教育の当事者である親と教師の問題、そこのところをどうしていったらいいかという議論をせずに制度だけいじるんだろうかと。 あるいは、日本の国を大事にしましょうと、これは私も大賛成ですよ。私は一九四七年に戦争に負けて二年間中国におって、国家の保護のない人間はどんなに惨めかと思って。中国の政府に留用されてから帰ってきたんですよ。日の丸の旗見て涙出たですよ、うれしくて。そういういろんな思いがありますよ。しかし、そのことを、国家が大事だ、国家が大事だと政府や先生がわあわあ子供に言ったって分からないんですよ。本当に国を愛するような子供を育てなければいけない。それは教師の役割で親の役割なんだ。政府がそういうことを言うことじゃないんですよ。私はそう思う。 だから、ヨーロッパを見ても、OECDの国見ても、どこにも愛国心ということは出ていないですよ、教育基本法を見てみたら。韓国も見てみたら、韓国にも書いていないですよ。たった一つだった、愛国心があるのは。どこかといったら、中華人民共和国ですよ。この中国の社会を守るために、とにかく国のためにということを言っているのは中華人民共和国だけですよ、教育基本法を見たら。 私が思うのは、だから、一番教育改革するについて大切なことは、そこじゃないかと思うんだから。ところが、愛国心という言葉を入れぬと気に食わぬといって、何かそういうふうな妙な論調があるように思うものだから。 河村副大臣は、そういういろんな経験を含めて、特にどっちかといったら怖い人から入れよ入れよと言われている立場みたいに思うんだけれども。そんなことじゃなしに、その人たちも話は分かると思うだ、私は。国を愛するということは大事だと。しかし、それをどういうふうに教育の場でやるかということについて、そんな大体OECDの各国どこもないし、アメリカの州法にも、アメリカは憲法にありませんからね、教育問題は、州法でみんなやっている。どこにもないんですよ。要するに、人間の徳目に関するようなこと。なぜ自由と民主主義の国にはないんだと、なぜないと思うんですか。私はそれを一番思うんですね。 そんなことを含めて、ひとつこれは副大臣から一言と、最後に大臣から一言、感想をお聞きして、質問を終わりたいと思います。
○副大臣(河村建夫君) 山本先生の今御指摘の点は、私も非常に共感して伺っておったわけでございます。 先日もNHKのテレビで、非常に荒れた学校、たしか山形県の学校だったと思いますが、それが立ち直る。それは正に先生方が本当に真剣になって、子供たちを置いてきぼりにしない、真正面から向かい合ってやったということが披露されておりました。 正に教員の取組と、それからやっぱり家庭での一口で言ってしつけと言ってしまうとあれですが、昔から言われているように、子供は親の背中を見て育つと言いますが、正に私はそこにあるんだなというふうに思っておるわけでございまして、今回、中央教育審議会が広範な議論の中から、今の愛国心のお話も含めて、いろんな問題についてある程度の中間報告を出していただいた。あの議論の中には、それは今そんなことを言ったからすぐ子供たちは愛国心が生まれるわけでもないし、今の教育現場がそれで良くなるわけではないと、こういう議論もある。確かに、教育というのは今やったら明日のものではありません、長い時間掛かって。 一番問題は、やっぱり日本はあれだけの大きな教育の力を持って立派な国をつくり上げていきながら、残念ながら国策を誤って戦争に走った、その反省といいますか、非常に大きな我々はその後遺症を背負ったわけであります。その反省の余りに、当時はやっぱり余りにも国のために、国家のためにが過ぎたと。それで今度は、やっぱりもっとそうじゃなくて自己を大事にする、自己の尊厳ということを中心に置いてやろうということが今度は逆に自己中心的になって、それは今の子供たちに愛国心と言ったって、家庭でそういうことを言いませんから。 だから、私は、これは若干極論かもしれないけれども、今回、愛国心も含めて教育基本法を見直しながらいこうというのは、今の即子供たちじゃなくて、そういうことが大事なんだということをむしろ親が知るべきではないかと。その意味も込めて、この問題をもっと広範に議論をしてみて法律として考えていった方が最終的にはそれにつながっていくんじゃないかという、私は今そういう気持ちに傾いておりまして、この法案が出てきておるものをどういうふうにしていく、これは正に最終的には国会でお決めいただくことになっていくわけでありますが、そういう形で法律が準備されるものだろうと、こう思っておりまして、しかしだれもそういうことを否定する方はないわけであります。 問題は、それをどういう形で教育の中に教育的効果を現しめるかということだろうと、こういうふうに思いますので、これは更に広範な議論の中でやらなきゃいけませんが、先生御指摘あった、まず教員の質の問題あるいは家庭の問題、今、親の問題、やっぱりこういうことはどこかでやらなきゃなりませんし、また教育には自然に覚えるものと、やっぱりある程度、強制という言葉はあれかもしれませんが、教え込む部分も必要になってくるんですね、それぞれの年齢に応じて。 だから、どこでどういうふうな形で教育の根幹に入れていくかということはこれからの議論にまたなきゃならぬ問題だと、このように私は感じておりまして、正に今、日本をもう一回見直そうというときでありますから、こういうときにやっぱり広く国民の皆さんがそのことに自覚をしていただくことが極めて大事だろうと、このように思っております。
○国務大臣(遠山敦子君) いつも山本委員の御質問の時間というのは楽しみにして伺わせていただいておりまして、教育について今、本当に国民の関心がこれだけ高まっているということは大変有り難い面もありますし、またその期待にこたえなくちゃならないということで、私どもも大いに責任を感じているところでございます。 今日も午前中に朝早く、経済団体の方々に高校生の就職のことでお願いをいたしました。そのときに、いや、自分たちもやるけれども、やっぱり学校もしっかりやってくれ、特に教育が良くないよというふうに言われまして、せっかく職に就いても辞めてしまうような、とにかく教育に対する良く言えば期待、正直なところ不満が沸騰しているという感を持ったところでございます。 これから真っ白なところに絵を描くのであれば、いろんなことを根源にさかのぼって問い、古今東西の哲学的思考というのにもさかのぼってやっていくということも大変大事でございますし、将来について描くときもそれも大事だと思っておりますが、今、現状の中で二十一世紀をどのように生き抜いていく子供たちを育てていくかという角度で見ますと、私はそれなりに議論の深まりというものが既にあって、それらの中からどのように法体系の中に入れていくかということを考えていく時期ではなかろうかと思います。 私も、教育については本来的には親が責任を持ち、かつまた個々の子供たちに教える教員の姿勢そのものがもう正に大事だと思っておりますが、しかし、親と学校だけではなくて、やはり地域社会の状況があり、社会一般の状況があり、あるいは国際的な動向があり、もういろんな情報ないし環境が渦巻く中で子供たちが育っているわけでございます。そういう現実の中で、本当に何が足りないのか、本当に何を直すべきかというようなことについて本格的に考える時期だと思っております。 その意味で、河村副大臣からもお話ありましたように、私は、今回の中教審の御議論をきっかけに、広くいろんな方々の意見を聞いて、そしてみんなともに、日本の教育を良くしたい、そして日本を良くしたいという点では同じであろうかと思っておりますから、その中でいかに体系的な法制度の中に入れることがあるのかというようなことを考えていく、そういうことだと思いまして、広く御議論が起きて良い方向に収れんしていくということを私は期待しているところでございます。
○委員長(大野つや子君) 本日の質疑はこの程度といたします。 次回は来る十一月二十一日午前十時から開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午後四時六分散会