予算委員会公聴会 第1号
- 発言数
- 203 件
- 登壇者
- 22 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 2002/03/19
会議録
○委員長(真鍋賢二君) ただいまから予算委員会公聴会を開会いたします。 本日は、平成十四年度一般会計予算、平成十四年度特別会計予算及び平成十四年度政府関係機関予算につきまして、六名の公述人の方々から順次項目別に御意見をお伺いしたいと存じます。 この際、公述人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。 お二方には、御多忙中のところ本委員会に御出席いただき、誠にありがとうございます。委員会を代表して厚くお礼を申し上げます。 本日は、平成十四年度総予算三案につきましてお二方から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。 次に、会議の進め方について申し上げます。 まず、お一人二十分程度で御意見をお述べいただいた後、委員の質疑にお答え願いたいと存じます。 それでは、財政・金融・経済について、公述人専修大学経済学部教授正村公宏君及び東洋経済新報社記者浪川攻君から順次御意見を伺います。 まず、正村公述人にお願いいたします。正村公述人、よろしくお願いいたします。
○公述人(正村公宏君) 正村でございます。お招きいただいたことに感謝申し上げます。 と申し上げても、いささか疑念を持っておりまして、我が国では予算を、年度内に次年度の予算を仕上げるといいましょうか通すという慣例になっておりまして、大戦後そうなっちゃったわけですけれども、あと十二日ぐらいで予算を通さなければならないというぎりぎりのところで何を申し上げたら意味があるのか、少し戸惑うところがございます。できることならば四月とか五月とか、少し長期の見通しの中で御議論をしていただくのが好ましいのではないかと、国民の一人として国会の運営について要望を申し上げさせていただきたいと思います。 予算そのものというよりも予算の考え方を含めまして、経済の在り方、財政の在り方、更には金融の問題を含めまして、経済政策の在り方について二、三の問題点、あるいは私が重要であると考えていることを、限られた時間でございますので、箇条書的に申し上げてみたいというふうに思います。 第一に申し上げたいのは、日本の経済の危機がいかなる原因によって起こったのか、この危機の本質は何かということについての議論が近年の日本では決定的に不足しているような気がするのであります。問題は何なのか、あるいはなぜこうなったのかということを問わないでハウツー、ホワットとホワイを問わないでハウツーを探りまくるというのが現代日本の文化の一つの傾向でありまして、これは泥沼にはまります。なぜこうなったのか、この経済的不均衡のよって来る原因は何なのかということを回り道のようでも問わないといけない。また、過去について問題にしないといけない。 私の理解では、今日の危機の源を手繰れば、少なくとも七〇年代と八〇年代の経済運営に大きな問題があったということを深刻に考え直さなければいけないというふうに思っているわけであります。過去のことを言っても始まらないではないかという議論は誤りであります。過去のことについて的確な判断あるいは的確な反省を持つことができない人間に未来についてのデザインを語るということはできるはずがないわけであります。その場しのぎになってしまいます。そういう意味でもう一度改めて、国政に責任をお持ちくださっている皆さん方に今の危機の本質は何なんだろうかということをお考えいただきたいと思います。 経済だけではございません。様々な少年の犯罪事件などに代表されますように、どこか社会がおかしくなっていると。その社会をおかしくするということについて、日本人が経済、経済、経済で経済成長を優先する仕組みの下で猛烈に働いてきた結果として、社会を知らないうちにおかしくしてしまったということがあると思うんですね。私は、そういうことを含めて是非基本的なところにさかのぼってお考えをいただきたい、あるいは少なくともそういうことについての関係者の間の率直な御議論をお願いしたいと。 もちろん、これは私たち専門家の責任でもあるわけでありますけれども、そういう思想的な風潮の私は一種の退廃状況があると思います。根源を問わない、基本的な問題を問わないと、こういうことであります。私の、根源をどう考えておるのかということを述べ始めると、大学の講義のように一時間半はしゃべらないと足らなくなるわけでありますが、かいつまんで申し上げます。 一九七〇年代と八〇年代は、日本が一挙に先進国の仲間入りをしたときであります。ただし、これは年々の所得あるいは年々の消費、そういうものの水準に関して先進国並みになったということでございます。しかし、生活の基盤になるもの、例えば都市のいろいろな生活条件ですね、通勤とか公園とか、そういうようなことを含めた環境条件は十分に整備されているとは言えない。スプロール化を物すごく進めてしまったと。農村もまた森林が荒れ、農業も成り立たなくなる、活力のある農業を存立することが非常に難しくなってくるというようなことで、例えて言えば、都市も農村も日本は美しい景観を持っていないような気がいたします。日本の都市は都市のようであって都市でない。農村は農村のようであって農村でない。景観というのはその国の文化の象徴でありますし、国民性の象徴でもあります。その国の国民が何を目指しているのかということが、どのような暮らしを目指しているのかということが景観に集約されているとも言えると思います。 一つの例として申し上げているのでありますけれども、そういうものを含めて生活空間と生活時間を根底から見直す。さらに、社会保障、社会福祉の信頼性を高めることによって、国民が過剰な貯蓄を持ちながら不安を緩和することができないというこの状況を思い切って克服するという、そういう取組が必要であったと思います。残念ながら、いろいろな試みがあったことは承知しておりますし、私なども細々とではありますけれども、こういう方向に変えるべきではないかという発言をさせていただいたものでありますけれども、大きな流れを変えることができないで、国内の生活条件改善のための取組は大幅に、経済力に比べたら大幅に後れてしまったというふうに私は理解しております。 そのことの結果が円高であります。ちょっと飛躍した言い方になりますけれども、円高の行き過ぎはそのことの結果としてとらえる必要があると思います。つまり、国内に生産力を十分に活用できない国の経済は貿易が黒字になってしまう。内需不足のために輸出圧力が掛かって貿易が黒字になってしまう。貿易が黒字になってしまったために円が高騰したわけであります。 一九八〇年代前半の臨調行革ということをおやりになりましたが、私は行革の必要性は認めておりますし、大事なことを幾つかおやりになったんですけれども、日本経済に対しては大変破壊的なことをおやりになったわけです。年々公共投資を削りに削るということをおやりになったわけですけれども、財政支出を削りに削るということをおやりになったわけですけれども、こういうことをやったらどんなに強い経済でも絶対に駄目になるということをあの当時私は発言していたのであります。 御存じのように、一九八〇年代後半に、三年間に円の対ドルレートが倍になるというような激しい円高を経験したわけです。こういうことをやったということについての深刻な反省といいましょうか総括といいましょうか、検討の上に立って、今我々がこのトラップにはまってしまった、わなにはまってしまったというこの経済のどこから立ち直したらいいのかということを考えなければいけない。いや、どこから立ち直すかというよりも、究極において何を目指さなきゃいけないのかということを考えていただかないといけない。現在の経済的不均衡の基礎にあるのは日本の社会的不均衡なんだということをお考えいただかなければいけないのではないかと。いや、私たちみんながそのことを真剣に考えなきゃいけないのではないかと。いかにして社会的不均衡を是正していくのかと。生活時間と生活空間をどうやって変えていくのかと。そして、社会保障、社会福祉の信頼性をどうやって高めていくのかと。先進社会の社会福祉、社会保障は弱者救済ではありません。国民のすべてに対して安心が給付できるかどうかということが問題なのであります。 そういう観点で我々の社会経済システム全体を考え、国民の生活の在り方の全体を考えるというのを、遅きに失したと言わざるを得ないのでありますけれども、それを中心に据えて、景気対策も考え、構造改革も考えるということでなければ、何のための景気対策なのか、何のための構造改革なのかが見えなくなってしまいます。そういうことを私は強く申し上げたいと思います。 次に申し上げたいのは、不況の本質は需要不足なんだという当たり前のことを確認するということから出発しないと、経済政策はとんでもないといいましょうか、見当違いの方向に行ってしまうということを申し上げたいと思います。 しばしば景気対策か構造改革かという二者択一の議論がされるわけでありますけれども、これは思考の貧弱さの現れであるか、あるいは機構の欠陥の現れであるかというふうに私は思っております。分かっているけれども、そういうふうに二者択一型でしか議論できないんだよというふうにおっしゃるかもしれません。でも、そうだとすれば、日本は自滅あるのみであります。二者択一ではないんですね。 橋本内閣が財政構造改革を提起なさったときに、私はこういう言い方をしていました。財政構造改革はやらなければいけません、赤字を何とかしなきゃならないということは明らかであります、日本の財政は病んでいます、でも、三年、五年のうちに何か格好を付けようと、国債依存率を低めようとか、そういうことを性急におやりになったら絶対に日本経済の安定成長は不可能になりますと。 三十年掛けて赤字をこれだけ拡大させてしまったわけでありますから、五十年掛けて財政の健全化を図っていくということを考えないといけない。財政の健全化というのは財政の数字合わせではできないわけです。財政の均衡を短兵急に追求すれば経済が不均衡に陥ります。経済が不均衡に陥れば税収も落ち込みます、失業が大量に発生しますし、倒産が増えますから。景気が底割れしてしまったら大変なことになってしまうわけでありまして、そうなったら財政の再建も不可能になるわけですね。ですから、財政の再建を考えるときには、財政を独立のシステムとして考えるのではなくて、経済という大きなシステム、あるいはもっと経済と社会という大きなシステムの中で考えると。つまり、次の時代を担うのは次の世代の子供たちですから、彼らの健全育成まで含めた大きなシステムの中で財政の再建ということを考えないと不可能になるわけですね。 ですから、財政を切り詰めることが改革なのではない。それは、結局、経済を切り詰めてしまう結果になるんだということを理解して、大変困難でありますが、つまり経済がトラップにはまっちゃっているわけですから、簡単なやり方では立ち直れないわけですけれども、だからこそ周到な計画が要ると。周到な考え方が要る。周到な考え方をして、財政の構造を文字どおり変えながら税制を変え、財政支出の中身を変えながら、赤字減らしに関してはやや時間を掛けて、まず経済の均衡を考える。経済の均衡という意味は、需要を過度に抑制しない、財政面で過度に縮小的な、抑制的な政策を不用意に取らないという前提でお臨みにならないと、繰り返し、構造改革でいくか、それとも財政再建でいくか、いや景気対策でいくか。財政の赤字を減らすのか、景気対策をやるのかという二者択一になってしまうわけですね。こういうシーソーゲームをやっている間にどんどんどんどん泥沼にはまっていくということを是非、これは九〇年代の重要な教訓であるはずでありまして、同じようなことが繰り返されているようにうかがえるのは私にとっては大変残念であります。 なぜこうなるのかと。多分皆さん方がお分かりになっていないのではなくて、皆さん方がそういう理性的な行動を取ることを妨げている現在の政治的な仕組みのどこかに問題がある。だとすれば、それを変えることを含めて、日本の五十年、百年、孫子の時代の日本のために是非腹をくくって御検討いただければ有り難いというふうに思う次第でございます。 第三に申し上げたいのは、政府が今何をしなければならないかということを考えましたときに、一番大事なことは国民に対して将来に対する確信を持てるようなメッセージを送っていただくということだと思います。 経済は人間の営みであります。人々がもし将来に対して非常に悲観的になってしまっているとすれば、投資は起こってまいりません。消費は切り詰められます。日本的雇用は崩壊いたします。日本的雇用慣行がなぜ維持できたかと、経済が成長するということに対する持続性についての確信が経営者にもございましたし、労働側にもございましたから、経営者は一時的に景気が悪くなっても簡単には解雇しない。その経営者の行動に対する労働組合側の信頼がありましたから、消費が過度に冷え込むことがない。心理の問題というふうに言うと簡単に響きますけれども、実は確信とか信頼、システムに対する信頼とか将来に対する確信とか、あるいは将来についての予想とか、これが経済にしばしば決定的に重要な意味を持つということをお考えいただきたいのであります。経済学者にも責任がございますが、経済は人間の営みだということをしばしば忘れてしまう。 今、国民の間で何が一番問題なんだろうかといったら、将来の日本についてのコンフィデンス、確信が揺らいでしまっているということだと思います。将来の日本についてのコンフィデンス、確信を取り戻すといいましょうか、再構築すると。過去の経済成長はずっと続くものだという、こういう単純な、安易なコンフィデンスは崩壊するのが当たり前であります。この資源浪費的、環境破壊的な二十世紀型の文明が続くはずがないわけですから、変えなきゃいけないんです。新しい二十一世紀の文明を作るんだという、そういう新しいゴールを意識して、国民の皆さんにこれからこういう日本を作ろうではないかという、そういう確信を持てるような、そういうメッセージをお出しになることを私は政治家の皆さん方にお願いしたいわけであります。 これは、ナショナルゴールは、国家が、あるいは政府が国民に強制するゴールではございません。状況の判断を共有することによって、みんながおのずから共有するようになる目標でございます。そういうものを示すということがなかったら、構造改革論は国民的な運動になり得ないわけであります。構造改革を強くおっしゃる方が首相になられますと、ああそうか、やってほしいね、何だか行き詰まっているみたいだからやってほしいよといって人気上がるかもしれませんけれども、自分も一緒になってそれを推進しようじゃないかという運動にはならないわけですよ。 この状態であれば、どうしても政治が現実の場では利害型にならざるを得ない。目先の利害で選挙民も投票すると。政治家の皆さん方もそれは無視できないから、自分ではいろいろお考えになっていても、その流れの中で行動なさるしかないという、こういう現代の経済の病理がそのまま政治の中に持ち込まれるような仕組みが打破できないんですね。 このため、これを打破するためには、我々は、新しい資源節約的、環境保全的、そして子供を元気に育てるような、子供が生身の自然と直接に触れ合い、生身の人間と直接に触れ合って育つような生活空間、生活時間を作り上げるんだという、そういう長期の展望をお示しいただいて、それに向かって闘うという努力をしていただかないと、構造改革は本当の闘いにならない、そういうことを是非お考えいただきたいと思います。 このことを含めまして、私は日本人の働き方を含めた暮らし方の全体を見直す必要があるというふうに考えるわけであります。日本人は豊かさと便利さを求める余り、働き方を犠牲にしてきたと思います。過労死や過労自殺の多さはその現れであります。最近では、失業が増えて失業自殺も増えております。コンビニが徹夜で営業し、深夜便のトラックが飛び交って、宅急便で明日荷物がどこへでも届くというのは便利だ、こういうことになっておりますけれども、その陰で、交通災害が増えて、子供が死んだりいろんな事件が起こっていますよね。大気汚染が起こっています、進んでいます。こういうことを、こういう犠牲を払ってまで我々は豊かさと便利さを追求するのかということを日本人は考えようとしていない。この基本的な価値観の転換をやらないと、経済財政政策の根幹のところがいつまでたっても定まらない、こういうことをあえて申し上げたかったわけであります。 足らないところは御質問にお答えする形で補わせていただきます。どうも御清聴ありがとうございました。(拍手)
○委員長(真鍋賢二君) ありがとうございました。 それでは、次に浪川公述人にお願いいたします。浪川公述人。
○公述人(浪川攻君) ただいまごあいさつをさせていただきます浪川と申します。初めに、私は、東洋経済新報社という出版社で、主に金融関係の記者をしております。正確に申し上げますと、東洋経済と記者契約を結んでやっております。主に金融関係を十五年ほど取材してまいりました。ということで、私がここでお話しできるのは、その取材をしてきたということの御報告程度でございまして、その御報告させていただく内容をお聞き願えたら有り難いと思っております。 十五年続けて同じ分野を取材してくる記者というのは、実は日本にはそう多くはありません。マスコミもサラリーマン社会ですので、大体三年ぐらいで転勤をするということで、オールラウンドプレーヤーということなんでしょうけれども、余り長く同じ分野をやっていません。私、十五年この分野やってきて、ほとほと同じようなことを何回も書いてきたなと思っております。最近は、取材しなくても手が自然に動く、そんな感じがします。非常にこれは記者としては惰性に陥ることで申し訳ない、やってはいけないことなんですが、最近、私が尊敬するエコノミストの方がこういうことを言ったときにはっと思いまして、ああ、ちゃんと取材を続けなくちゃいけないなと思ったんですが。バブル崩壊から何年という言い方を、私もしますし、政治家の先生方もよくなさる。でも、その何年というのが本当に実感を持って語られているのかなということでして、私の尊敬するエコノミストは、この間こういうことを言いました。 バブル期のピークに生まれた子供は今年中学二年生だ。もたもたもたもたやっていると、その子がもうすぐ成人式を迎えてしまうということなんですが、要するに、一人の人間の一番大事な人生の部分がこんなことで失われていいのかと、そういうことだと思います。非常にそういうことは残念であると思います。 それで、それを前提にしてちょっとお話しさせていただきますが、まず、何はともあれ予算に関する感想ということなんですけれども、率直に申し上げて、いろいろな改革だということが言われていた割にはそれが反映されたのかなというのが私にはちょっと心もとない。象徴的に言わせていただくとこういう言い方になるのかなと思うんですが、いい悪いを判断しようとしていたのが、突然程度の問題に換わっちゃったんじゃないかなと。つまり、これはやるべきことなのかやらないことなのかということを議論していたはずなのに、何%削減でいいんじゃないのという、程度の問題に置き換わっちゃったんじゃないかなという気がします。 先ほど正村先生がおっしゃったように、実は非常に目先的なことで決めていくことではないんでしょうけれども、それであればなおさらそういう程度の問題に置き換えないような議論がこれからもなされる必要があるんじゃないかなと思います。 その上で、次に、私は金融の記者なので金融関係のことをちょっとお話しさせていただきたいと思います。 この半年間ぐらい、金融分野ではいろいろなことが議論されました。例えば、過剰債務企業をどうするんだという問題が出ました。その中で、象徴的に三十社の過剰債務の大企業がありますという議論が非常に大きくクローズアップされて、その後に、じゃ金融庁は特別検査をしてそういう過剰債務の企業をいろいろ精査する必要があるんじゃないかという議論になりました。 恐らく、そこには、確かに一つの論点として金融の問題点というのがあったのは間違いないと思います。しかし、私は、記者としていつもよく分からなかったんですが、過剰債務という概念は議論されたのかということなんですね。何をもって過剰債務と言うんだということが頭に置かれて過剰債務ということが議論されたのか。一般的には、過剰債務というのは、返済能力を上回った債務を抱えたということなんですが、じゃ返済能力を上回った債務というのはどの程度のものなのか。経済が仮に科学であれば、そういう観点があってもよかったんじゃないかなと思っております。 更に言うと、その過剰債務と言われる大手企業、それが何十社かは、二十社なのか三十社なのかということなんですけれども、それに基づいて金融庁が特別検査を行うことになっている。その際に、特別検査の対象をどういうふうに選ぶかという議論が恐らくなされたはずなんですが、それは、私も取材したり、あるいは新聞報道なんかでも出ていたんですけれども、その場合の一つの価値基準として、借入残高が幾らというのと、あと急激に格付が下がった企業というのと、株価が大幅に下がった企業ということが言われたんですが、そのうちの特に一つとして、株価が大幅に下がった企業というのを聞いたとき、私は実は大変耳を疑いました。 私は、十何年、金融市場というところの取材をさせていただいてきて、政策決定の重要な尺度に市場の変動価値のものを当てるということというものの妥当性がよく分かりません。恐らく、例えばこういうことが起きるんであって、市場というのはどん欲なマネーが行き交う場ですので、そういう検査対象になるといった瞬間にある企業をねらい撃ちした売りが出てくる、さんざん現実にそれが出たわけですね。それで結局、そういうことがあって、金融庁は最近、空売り規制を発動しているわけです。 私が何を言いたいのかというと、政策決定の中に余りマーケット至上主義みたいな考え方は取り入れない方がよろしいんじゃないかということなんです。例えば、特殊法人問題がある、財投機関問題がある。その中で、今日も日本経済新聞にはそういう記事が載っていましたが、財投機関債がなかなか出せないというような話がありました。私は、財投機関債を発行するときの政策判断も政府の怠慢だと思いました。要するに、特殊法人をどうするかという個々の問題は、それこそ政府が責任を持って一つ一つ解決するものであって、マーケットに判断をゆだねるなんということではなかったんじゃないかと、そう思います。 マーケットというのは非常に凶暴ですから、適正価格というのを形成するまでには大変ぶれます。上に上がったり下に下がったり非常にぶれた結果として、最終的にいろんな不幸を積み重ねた上で適正価格というのができるのであって、予定調和のようにある日突然マーケットが適正価格を出すなんということはあり得ないわけです。つまり、その十年後なのか、あるいは五年後なのか一年後なのか分かりませんが、適正価格というものになるまでじっと待つんだったらいいんですけれども、恐らくそういうことはなかなかできないんでしょう。となると、一体そのマーケットの判断という、この言葉も非常にあいまいな言葉なんですが、そういうものにゆだねるということの価値観というのがどこにあるのか、それはもう一度みんなで考える必要があるんじゃないかなと思います。 さらに、もう一点、金融問題でお話し申し上げたいのは、四月一日から始まるペイオフの解禁に関してです。 マスコミの多くはペイオフは解禁すべきという論でありますが、私はこのタイミングでのペイオフの解禁には賛成しかねるという立場であります。 ちょっと資料を見ていただきたいんですが、ちょっと順番が逆になって恐縮です。一枚だけカラーコピーのやつなんですけれども、これ何で一枚だけカラーコピーかというと、カラーコピーが高くて一枚しかできなかったんですけれども、一番後ろから二枚目のグラフです。 これは株価とペイオフに関連する政策が決定された時期というのをちょっと重ねたものなんですが、要するにペイオフの凍結が決定されて、実施されて、ペイオフが一年延期になって、今回解禁になるということなんですけれども、ごらんのようにペイオフ解禁するというタイミングが最も株価が安くなっている。私が今申し上げたように株価で物事を判断するというのは、それだけで判断するのはおかしいと申し上げましたが、恐らく、ありとあらゆる経済指標を取ってみても、四月一日の解禁のタイミングが最もこの数年の中で厳しいんじゃないかと思います。そういう中でペイオフを解禁するという意味は何なのかと。 ペイオフ解禁に関しては、国際公約という言葉がよく使われていると思います。国際公約だからペイオフは解禁しなくちゃいけない。しかし、私が分かっている範囲では、国際公約というのが仮にあったとすれば、それは我が国が金融問題をきちんと解決するということが公約だったかもしれないけれども、ペイオフを解禁するかどうかなんという公約はなかったんじゃないかなと思うんです。少なくとも、私の友人の欧米のマスコミ関係者は日本が四月一日にペイオフを解禁するかどうかということすらもそれほど知らない。恐らく、公約というのはそういうことではなかったんじゃないかなと思います。 それで、参考になると思いますが、その今お示しした次の、最後のグラフを見ていただきたい。 これはアメリカと北欧と韓国と日本を比べました。GDPの伸び率と、あと、そこにおいてそれぞれの国が金融危機を発生して、その後に大きな決断、つまり日本におけるペイオフ解禁に見合う決断をしたときのタイミングです。簡単に言えば、日本以外は要するにペイオフあるいは公的資金を銀行から回収するというような政策を発動したのはV字形回復が確認されてからです。 しかし、しかるに我が国は今はどういうことなのか。V字形回復という言葉はあるんですが、残念ながらV字の後の上がる方じゃなくて今は下がる方にあるわけでして、そういうタイミングでやるということはかなりチャレンジングな試みじゃないかなと、そういうふうに思います。 更にペイオフに関して続けさせていただくと、実際、ペイオフを解禁できるいろいろな制度的な枠組みが整ったのかと。実はペイオフというのは金融破綻処理というだけの問題ではなくて、極めて大きな発想の転換が伴うものであります。つまり、預金というのは一〇〇%保護されるんだという下において庶民は生活してきたわけですから、それがそうではないというのは極めて大きな変化になるわけです。単に、つぶれた銀行の損失をだれが穴埋めするかという程度の話ではないわけですね。 そういったときにいろいろな法律、制度というのがそういう大変化に見合うようになっているのかという問題がありまして、例えば会計制度もそうだし、今、名寄せという問題が出てきているわけですけれども、それに関して名寄せがちゃんとできるような制度になっているのか。つまり、アメリカであれば、名寄せが物すごいやりやすいがために国民総背番号制を活用しております。この問題は日本においては甲論乙駁があるわけで、こういう議論がこういうペイオフなんかのときに出てきたのかといったら余り出てきていない。 さらに、これは恐らくこれからペイオフというのが発動されないことを祈りますが、仮に発動されたときに、発動前、つまり業務停止命令、金融庁が業務停止命令を下す前に特定の者だけが預金を解約しているということがあり得るかもしれない。インサイダー取引規制というのは証券取引にやるんですけれども、これはなかなかその証券取引というものが庶民、大衆のところまで行き渡っていないということで、なかなかそのインサイダー取引規制に対する興味というのは広がっていない。 ところが、いったん預金というもので起きたらこれは大変です。自分の預金は一千万超のところがなくなってしまったのに、だれかは全額逃げていたというようなことが起きると、これは大変なことになります。そういうような観点からの議論がなされているのか等々、あと、会計処理もそうです。非常に私はそこら辺というのが問題だなと思っております。 会計処理の問題はどういうことかといいますと、アメリカはかなり徹底した時価会計を取っておりますので、ゴーイングコンサーンといいまして、企業が生き続けることを前提にした会計監査と、企業が倒産したときの清算価値を調べる会計の資産の精査とではそれほどの差はありません。つまり、企業がある日つぶれても大幅な損失が出るということはそれほどないわけです。 ところが、日本の場合にはまだ時価会計というのが徹底されていない関係上、私は資産超過ですと言っていた会社が、いったん裁判所で法的整理をやると大変な額の債務超過になります。 例えば、今年に入ってある店頭公開企業が法的整理の決定を地裁から受けました。その会社は、その裁判所からの判定を受ける直前の決算では七十四億円程度の資産超過でした。ところが、裁判所で認定作業をした結果としてその企業はどうなったのかというと、百二十億以上の実質債務超過と認定されております。 こういう差が日本の会計にある中で、例えばある金融機関が倒産しました。でも、あそこの銀行は倒産してもそれほど損失が出るわけじゃないと思っていても、会計制度が清算のための会計制度になった場合には、巨額の損失が出る可能性があるわけです。 そういうようなところまで考えが及んでいるのかどうか。もしそういうのが全く及んでいないときに、仮にペイオフに直面するような事態になったときに、ちゃんとペイオフというものを発動できるのか。私は、官僚にそこまでをゆだねさせるのは官僚にかわいそうだと思います。大変な決断を要します。 もう時間なので、最後に一点。昭和恐慌が発生したときにばたばたと銀行がつぶれたわけですが、倒産した銀行の経営者が書いた手記というのが残っております。ある銀行経営者の手記という本でございまして、昭和十年代に出ております。国会図書館にあります。私、十年ほど前にその本を読んで大変感銘を受けたんですが、彼は最後に、粉飾決算した最後に私財提供をしております。なぜ彼は私財提供を決断したのかというと、これがまた簡単でして、預金を切り捨てられた預金者が自宅を襲うわけです。おれの預金を返せと言って、その銀行経営者の家を襲うわけです。でも、それでもまだ彼は頑張っていたんですけれども、最後に彼が私財提供をすることになったのはどういうシーンかというと、彼の子供が小学校でいじめに遭うわけです。いじめに遭って暴力を受けるわけですね。その子供たちが、おまえが、おまえの父ちゃんがうちの父ちゃんの預金を奪ったんだということでいじめるわけです。その奥さんがお願いだから私財提供して世の中に謝ってくれ、そうじゃないと子供が大変なことになる。それで彼は私財提供をするんです。 金融問題とか経済問題がきちんと解決していない中でこういう例えばペイオフ、それも本当に覚悟していたものじゃなくて、戦略的なものではないのでやると、もしかしたらそういうことが起きるかもしれません。 冒頭に申し上げたように、子供の選択肢を、もう十何年たって、バブル崩壊してから十何年たっていると。もうそろそろ、子供たちが将来幸せになる政策というのはどうなのかという観点だけでいろいろなことが検討されていいんじゃないかなと、こう思っております。 つたないお話で申し訳ございませんでした。どうもありがとうございました。(拍手)
○委員長(真鍋賢二君) ありがとうございました。 以上で公述人の御意見の陳述は終わりました。 それでは、これより公述人に対する質疑に入ります。 質疑のある方は順次御発言願います。
○谷川秀善君 どうも、皆さんおはようございます。自由民主党の谷川秀善でございます。 本日は、正村、浪川両公述人におかれましては、大変お忙しい中、予算審議のための公聴会に御出席を賜りまして、心から厚く御礼を申し上げます。また、ただいまは大変貴重な御意見をお伺いをいたしました。 いろいろとお伺いしたいこともたくさんございますが、なかなか時間の制約がございますので、もう余りお伺いできないかとも思いますが、重点的に絞ってお伺いをさせていただきたいと思います。 今、小泉総理は、構造改革なくしては景気回復なしということで、構造改革に全力を挙げているわけですが、この構造改革という言葉ですね、今、両公述人の方からもございましたが、なかなか、国民は分かっているようで全然分かっていないんじゃないかと思うんですね。 構造改革、構造改革という言葉は分かっているわけです。そして、構造改革をしないと何となく日本の国は良くならないということも分かっているんですが、さて、構造改革とは何ぞやということが、本当に我々自身も非常に、全部理解しているかというとなかなか理解していないと思いますよ。何だろう、概念としては分かっている。ところが、それをどうするのか、それがどうなのかということは全然、ほとんど分かっていないと思うんですよね。 それで、小泉さんは、財政面で自らを律する精神がなくなってきたと、そして政治の面から自らを律する社会にすると、これが構造改革の主眼だと言っているわけですね。その中で、中でも財政が課題だと、こう言っているわけですね。財政が課題だと。 ところが、片や麻生政調会長は、国内経済が高コストになっていると、この高コスト構造の是正こそが構造改革だと言っているようなんですね。そうすると、構造改革というのは、国内経済が、何かを作ろうとすると費用が掛かり過ぎるから、費用を安くできるようにする仕組みを作るのが構造改革だと、こういうふうに取られるわけですね。 事ほどさように、また、ほかにも竹中経済財政担当相は、自律自助の精神からいえば日本はもっと頑張れるところはたくさんあると、これが構造改革の趣旨だと言っていますから、どうも自律自助で頑張れるようにすることが構造改革であるような感じがするわけです。 事ほどさようにこういうことなんで、結局、構造改革というのは、両公述人の方々にお伺いしたいんですが、根本はどこにあるのか、何をどうしなければならないのか、それはちょっと今、正村公述人の方は社会の仕組みだと、社会がもう病んでしまっているんだということを今おっしゃっておられますが、そういうことで、どこにポイントを、これはなかなか難しいと思いますが、どこにポイントを置くことが大事なのかということを、それぞれお考えがございましたらお伺いをいたしたいと思います。
○公述人(正村公宏君) 構造改革という言葉については、私も理解しかねているところでございます。 いろいろな使われ方をしておりますし、十人十様に、百人百様に解釈があると思いますが、しかし、今までの日本の社会経済システム全体に問題があることは明らかでございますし、財政が病んでいることもこれは否定し難いところでございます。 行政の仕組みも状況に対応できなくなっていると。行政改革をおやりになって省庁再編をなさいましたけれども、国家公務員をこれから本当に必要とされている分野に再配分するということはおやりになっていないように思うんですね。通産省の延長でそのままいいのかどうか。 後発国型の成長を優先していた時代に作られた官庁の仕組みの中で、公務員の配分もそれで作られているわけですけれども、せっかく省庁再編をおやりになったならば、環境問題とか教育問題とかあるいは社会保障、社会福祉とか、そういうところの総合的な戦略を推進できるようにする。あるいはどうしても物事が産業保護的になってしまっていて、例えば先ごろのいわゆる狂牛病事件を見ましても、国民の生命の安全を優先するような規制をおやりになっていない。生産者の側を見ていらっしゃると。生産者が成り立つようにするということも重要ですけれども、生命の安全こそが第一であります。薬害問題もしかりであります。医薬品産業の育成にあるいは国際競争力に関心を持っている官庁がそのまま医薬品の安全審査をやるようなことでは駄目だということですね。 こういう、本当の意味の改革、国民の、私は規制緩和論に近いものを七〇年代から言ってきたんですけれども、規制緩和ではなくて規制改革なんです。金融自由化ではなくて金融の改革なんです。政府が監視しなきゃいけないんですね。そういうことの理解がしっかりでき上がっていないと。緩和ではないと、改革なんだと。生命の安全と国民生活の安定にかかわる分野については規制を強化しなきゃいけないということをしっかり踏まえないといけないというふうに考えるわけでありますので、何のための改革なのかということを考えないといけないと。もちろん、景気回復のための改革ではありません。需要不足が不況の直接の原因なわけですから、需要をどんどん縮こめるようなことをやったら、景気が底割れして構造改革どころではなくなります。不良債権は激増してしまいます。 そういう仕組みがよく分からないんです、政府の御説明を聞いていても。構造改革なくして景気回復なしとおっしゃるけれども、あるいは経済の安定成長なしとおっしゃる、どういうメカニズムが想定されてそういう主張をなさっているのかということがよく分かりませんので、是非そういう御議論を皆さん方になさっていただけると有り難いと思います。 ついでに一言申し上げますと、高コスト構造云々という議論に対して、私は根底から疑問は持っております。日本の賃金は高いとか日本の物価は高いとかという議論は一〇〇%誤っております。円が高過ぎるんです。 先ほど、先ごろ日経連から送られてきた資料をちょっと見ておりましたら、日本の賃金はアメリカの賃金より高いと書いてあるんですね。幾らで計算しているのかなと思って見ましたら、一ドル百二十円のレートでもって換算するとそうなるわけです。でも、私がちょっちょっと計算しましたら、一ドル百三十五円になったらパーになるんです。一ドル百四十円になったら日本の賃金は安くなるんです。為替レートが十円とか二十円とかの幅でもって大きく動くような時代に物価が高い安いという議論がそもそも間違っているんです。 日本の物価を下げなきゃならないと、規制緩和をやって価格破壊をやって日本の物価が一割下がったら実質所得が一割増えるからやりましょうという主張をなさった経済学者が数年前におられたんですけれども、私は仰天いたしました。物価が一割下がるというのは大デフレなんですよ。これは大デフレになりますよ、これをやったら。失業が増えますよと私はそのとき警告していたんですけれども、そのとおりになっているじゃないですか。 つまり、七〇年代、八〇年代の政策の誤りによって輸出競争力を付け過ぎちゃったために円が高くなり過ぎちゃって、単純に円レートで計算すると、日本の物価は国際比較すると高いんです。そのことを基準にして物価を下げろとか賃金下げろとかと言うのはおかしいんです。 ただし、私は賃上げが正当だと言うつもりはありません。賃上げは優先課題ではないんです。労働時間を短くするとか、生活環境を改善することが優先課題であって、もう賃金上げなくてもよろしいと、下げてもいいというふうに思っております。
○公述人(浪川攻君) 私は、先ほど申し上げたようにそれほど幅広くいろいろなことを取材してきているわけじゃないので、私の範囲だけで答えさせていただきます。 やはり、構造改革という言葉は私もよく分からないんですが、それはなぜかというと、小泉政権で改革工程表等、いろいろ出てくるんですけれども、その工程表、すごいたくさん項目があるわけですね。項目が一杯あるのは結構なんだけれども、その項目に優先順位が付いていないんで、一体どこをどうやりたいのかというのがよく分からないんですね。そこが、日ごろよく考えているんです。 私なりに考えているのは、やはり国という中にいろいろな資源があるとすれば、それは人間もそうだし、お金もそうだと思うんですが、その資源を再配置するようなことなのかなというような気はします。 あと、そのための改革というのは何なのかなと。いろいろな手段があるんでしょうけれども、とても大きな要素として言えるのは、やっぱり税制なんじゃないかなと思います。税制改革というのがどれだけできるのかということが、私は自分の職業柄として、この改革という概念の中でそれが成功できるかどうかということの大きなメルクマールとして見ております。 それともう一つは、じゃ、どういう分野についてどうなんだという考え方なんですけれども、私がやっている金融の分野で意見を申し上げると、先ほどもちょっと御説明のとき申し上げたように、何かすごい有名銘柄の大企業の話ばかりになっちゃっているんですけれども、実は日本の経済を支えているのは中堅中小企業なわけです。先ほどの資料の中でも数字でちょっと入れていますので、ごらんいただけたらありがたいんですが。被雇用者、労働者の恐らく七割は中堅中小企業労働者です。金融機関借入れというか、銀行、全銀ベースの企業向け貸出しの六割、七割はやっぱり中堅中小企業です。じゃ、そこの層が実は極めてこの十年間体力を衰えさせてしまったという現実があるわけですね。それは単に不景気でそうなったのか、あるいはその仕組み自体が少し限界に来たのか、制度的な、全体的な、というところを議論して、そこに制度的な限界、例えば税制も含めてです、いろんな要素です、というのであれば、それに対して掘り下げて議論していくというのが一つの構造改革の議論の在りどころかなと、こういう気がしております。 以上です。
○谷川秀善君 どうもありがとうございます。 初めに何か漠とした広い話をしたものですから、いろいろお答えをいただくのにごちゅうちょいただいたのかなと思いますが、これからできるだけ、私も時間がございますので、簡単にお答えをしていただければなと、このように思います。 日銀が量的緩和政策を始めてからちょうど今日で一年になるわけです。ところがこの間に、当初、当座預金残高が五兆円から約三倍の十五兆円に増えておるわけですね。しかし、企業、資金はこれはそのために作ったものなんですから、その資金は企業へ貸出しに向かわずに金融機関や金融市場に滞留したままなんですよ。銀行が金利ゼロの当座預金に資金を置いたままでは、資金を置いたままでは全くもうからないわけです、銀行も。そしてじゃぶじゃぶ資金が、当初の考え方はじゃぶじゃぶ資金が増えて、それが企業の貸出しやら市場への運用に回って、そしてそれが設備投資やら個人の消費に結び付くと、こう考えてやったわけですね。ところが、全く逆になっちゃったわけですね。これは、この原因はどこにあるのか、両公述人はお思いでございましょうか。
○公述人(正村公宏君) 浪川さんの方が御専門ですから、もっと的確な御判断があると思いますが、私は、今までの経過を拝見しておりますと、政府が財政について、先ほど申し上げましたように、安定的に景気を支え続けるという決意をしないで、引こうとしている。じゃぶじゃぶやってみたり引いたりという、非常に不安定な運用をなさったんですけれども、ここのところ、財政で出動するのは嫌だから、はっきり言えば、だから金融やってくれよという、そういう態度をお取りになっているようにしか見えないと。間違っていたら是正していただきたいんですけれども、そういうふうにしか見えないと。でも、大不況のときに金融が利かないというのは、二十世紀、経験済みなんですね。先ほど申し上げましたように、企業経営者も消費者、一般家計も、将来についての確信を失っているときにはお金をだぶつかせても投資は起こってこない、消費も縮こまる、こういう仕組みだということを直視する必要がある。 ゼロ金利あるいは預金金利がコンマ何%などというのは異常なんですね。これは景気対策ではありません。景気対策のための低金利ではございません。過剰債務を抱え、過剰な不良債権を抱えている銀行が倒産しないのを差し当たり防ぐというだけの話であって、これ以上金利を下げてどうするんですか、これ以上資金をだぶつかせてどうするんですかというのが私の思いでありまして、このことは私はもうはっきり言えると思います。非常に誤った、とんでもないことをおやりになっているとしか思えません。
○公述人(浪川攻君) 正村先生から専門と言われましたけれども、それほど専門のことは言えないんですけれども。 非常に原則的なことを申し上げれば、企業が借入れを起こすときというのは、将来に明るさが出てきたなというような思いがあるときと、もう一つは金利が将来上がっていくのかなというときですね。つまり、上がっていくんであれば今のうち安い金利で借りようかということになるわけですね。恐らくこの二つとも、条件が今ないわけですね、一般論として。まだまだゼロ金利が続くんだろうと、一億の、国民であればみんなそう思っているんじゃないでしょうか。そういう中では借り急ぐ必要は全然ないということが、健全な企業であれば借り急ぐ必要はないだろうと。 日銀がそういう中で量的緩和、今の手法で量的緩和というのをやっても、それは先生おっしゃるように銀行に行ったお金がまた日銀の当預に戻ってくるということ、あるいは金融市場に一部流れるんでしょうけれども、そういうようなことから脱することはなかなか難しいと思います。 ちなみに、じゃ銀行がお金を融資できていないということなんですけれども、銀行は今、融資したくてしようがない。銀行だって商売やっているわけですから、利益を出さないと公的資金も返済できない。だから、融資はしたいわけです。ところが、今の会計制度とかもろもろの中で、それだけのリスクは取れない、残念ながらリスクは取れない。 先ほどお答え申し上げたように、済みません、ちょっと説明長くなります、お配りした資料の一ページ目を見ていただきたいんですが、これはイメージとしてつくったものです。 これは四つの企業グループに分けて、そこの自己資本比率というのをちょっと長いタームでグラフ化したんですが、見ていただければ分かるように、青が中堅中小の非製造業なんですけれども、ここの自己資本比率が著しく下がっております。ところが、日本経済の中で実はこの非製造業の中堅中小のウエートが非常に高いわけですね。その非常にウエートが高いところの信用力が低下しちゃっているという中で、銀行はなかなか融資ができない。もしそういう分野が、非常にウエートが高いそういう分野に融資ができるようにするということになると、それなりの政策というのが必要になってくるんじゃないのかなという気はしております。 以上です。
○谷川秀善君 今おっしゃったように、本当に銀行が銀行の役目を果たしていないんですよ。だから、各、もうそれぞれ企業は大変なことになっている、特に中小企業、今おっしゃったように。銀行が本来の役目を全然やっていないわけですね。ただ金を預かってじっとしている。何とか自分のところだけがつぶれぬように、何とか台風が過ぎるのを待っているというような感じだと私は思うんです。そうすると、たまったものじゃないのは中小企業ですよ、それも非製造業のね。ここが頑張らすような政策をやっぱり我々は考えないと、本当に日本の経済はとんでもないことになっちゃうというふうに私は認識をいたしております。 それで、かねがね、最近、公共事業は悪だというか、公共事業をやっても景気は回復しないというのが何か最近の常識みたいになっているわけですね。今までは景気がちょっと陰ってくると公共事業をばっと出して、それで景気回復を図ってきたわけです。ところが、それは駄目だよと、そんなのは効果ありませんよというのが何となく常識みたいになっていたんですが、私は、もう現在みたいにとことん不況で失業が増加している状態では、民間の事業を、公共投資を、公共投資を出して民間の事業を公共が奪うというようなことは私はもうないと思っているんですよ、今。いわゆるクラウディングアウトは生まれないというふうに私は思っているわけです。 だから、したがって、公共事業を起こして雇用を増加させるという政策、今取っても私は問題はないというふうに考えておるわけですが、消費が落ち込んで投資意欲が減退しているときに減税をしても、何ぼ減税をしても自発的な民間活力は私は簡単に生まれてこないと思っているんです。減税というのは、私は元々究極的にはばらまきだと思っているんです。減税というのは究極的には私はばらまきだと思っているんです。だから、減税をするぐらいなら公共事業を起こした方が雇用対策としても有効だと考えているわけです。 減税で消費と投資を刺激を試みてきたわけです、今までずっと。しかし、景気は回復しませんでした。それにもかかわらず、景気悪い景気悪いと言っていますが、個人資産は千二百兆から千四百兆に増えているんですよ。これ、ちょっとおかしいと思いませんか。これだけ景気悪い景気悪いと言っているのに、個人資産は千二百兆から千四百兆に増えている。しかも、ずっとこの九〇年代、日本は減税に次ぐ減税をどんどんどんどんやってきたわけです。そうすると、税収が著しく低下してしまっているわけですね。 それで、赤字、財政は赤字で大変だ、財政は赤字で大変だと言っている人は何を論じているかというと、いわゆる歳出を抑えることばっかりを議論しているわけです。税収を上げる議論は何にもしていない。減税減税と言うんです。こんなことで私は本当に日本の国家財政なんというようなものは成り立たぬと思うんですよ。それは、節約もせないけません、行政改革もせないけない、しかし税収をどう図るかということも考えなきゃいかぬのです。これが国家戦略だと私は思っておるわけですが、そろそろ雇用対策を兼ねて公共事業をやるということについての両公述人の御意見をお伺いをいたしたいと思います。
○公述人(正村公宏君) 公共投資は二つの効果があるというふうに経済学者は常識的に考えておるわけでありますけれども、フローの効果とストックの効果というふうに申します。 ちょっと専門用語を使って恐縮ですけれども、フローの効果というのは、年々の支出を増やし、したがってそれに基づいて国民の所得を増やすと。事業をやることによって国民所得を増やすと。ストック効果というのは、公共事業をやることによっていろんな施設ができます。道路ができたり、様々な護岸工事をやったり、それがフローの効果だけを考えれば何でもよろしいからお金を使うという話になりがちなんですけれども、しかしいずれは税金でもってファイナンスしなければ、賄わなければならない貴重なお金でございますから、今は公債に依存せざるを得ないとしても、やはり本当に未来の世代にとって意味のある事業にお金を掛けるということにしないと、公共事業についての国民の信頼と支持が生まれないと思うんですね。 残念ながらその点において問題があると多くの国民が思っているというのが今の状況だろうと思うんです。無駄なことをやっていないかと。お米の足らない時代に立てられた計画をそのまま強行してしまって、貴重な海を埋めてしまうとか、そういうことをやっていないかと。こういう疑念を国民が持っているという状況の中にあって、先ほど申し上げたような公共事業をやるということが、国民の将来の日本についての確信なり希望なりに結び付かないというところに問題があると思います。 もう一つ申し上げたいのは、御指摘の税の問題というのは非常に重要だと思いますけれども、私も減税をするよりは、やはり今の日本の構造でいえば社会保険料と租税を含めた国民の負担というのは増えることを覚悟した方がいい。一人一人がお金を生命保険会社と契約したり銀行に預けたりして老後に備えようということを幾らやっても不安でたまらないんですね。いろいろなリスクのある少し利回りのいいお金に、資産に回そうと思ったらやけどをしたりとか、いろんなことが起っている。 つまり、市場の不安定性に国民生活を直接にゆだねてしまうような方法で老後の保障を考えたりするということをやるよりは、子育てをしっかりやって、力強く子供が育つような環境条件を整備しながら未来の世代がしっかりやっていけるような国家社会を作っていくという、そういうことを前提にしてみんなで共同で安全保障を考えましょうという社会的保障のシステムをしっかり構築した方が賢明なんですね。私的保障でやるのか公的保障でやるのかというのはイデオロギーの問題ではないんです。どちらが効率的かということなんですね。 そういう点からいいますと、お話のように、個人の貯蓄した資産が非常に増える、非常にはないですけれども、増える、今でも増えている。率直に言いまして国民の相当部分は実にくだらないことにお金をたくさん使っていますよ。それよりは、多少税率が高くなっても安心のできる社会を作るんだというビジョンをお示しくださって、そして今すぐというわけにいきません、景気がこれだけ落ち込んでいますから、しかし将来の租税負担はここまでは覚悟してほしいよと、その代わり総合的な、医療と年金と福祉をばらばらに扱う今のようなやり方ではなくて、総合的な社会保障計画をお示しになって政府に対する信頼を確立する、これが重要だと思いますね。 それからもう一つは、やはり中央と地方の関係を根底から見直すと。今の中央と地方の関係、中央のやり方を拝見していますと、地方交付税、今、名前変わっていますけれども、地方交付金のようなものを、地方財政を操作する、あるいは管理するために細かくお使いになっていますね。それは結果として地方の借金依存を強めるようなことになっていると思うんです。今年、今年度、来年度の予算を拝見してもそうなんだと思いますけれども、これやめなきゃいけませんね。そして、どこまでは政府が責任を持つのか、中央政府が責任を持つのか、どこから先は地方が責任を持つのかという、そういう地方分権と自治を推進する、こういう総合的なプログラムをお示しになって、そして税体系をすっきりさせると。 率直に言いまして日本の税はめちゃくちゃになっています。私も税制調査会にかかわっておりましたけれども、もう意味がないと思って辞退をしたんですが、今のやり方では駄目だと思ったから辞退をしているんですけれども。 何が駄目かというと、継ぎはぎにしてしまって、シャウプ勧告が要るんですよ、シャウプ勧告に匹敵するものが。シャウプ勧告は占領軍がやったんですけれども、日本人が自ら、自らの力で体系的で一貫性のある税を作れるかどうかということが今、テストされますよ、これから。そのときに、私は思うのですけれども、所得税の申告を多少しますけれども、そのたびに思うのはめちゃくちゃなんですね、控除が一杯あって。障害者控除とか高齢者控除とか要らないんです。ちゃんとした給付の体制があり、社会的支援の体制ができていれば高齢者控除なんてやめるべきだし、障害者控除もやめるべきだし、課税最低限下げてもいいし、こういうことを是非お考えいただきたいと思います。
○公述人(浪川攻君) 公共事業の問題は往々にして白か黒かどっちなんだという議論が多いんですが、そういう議論じゃないんだとは思います。やっぱり必要な公共事業というのは当然あるわけで、それはしっかりやらないといけないんだろうと。 ただ、今要請されているのは、恐らく公共事業の妥当性という問題なんだと思うんです。そういう場合に、やはり私はその公共事業一本一本のプロジェクトの評価というのがどうできるのかということに掛かってくるのかなと思います。例えば国会で、予算委員会と同じぐらい決算委員会が厳しく議論されるとか、ということが必要なのかなと思います。 税の問題、先生おっしゃるとおり、私もサラリーマン辞めてから確定申告しておりまして、税の重みは非常に感じております。 私は、サラリーマンやっていた方が良かったなというときもあるんですけれども、唯一サラリーマンじゃなくなって良かったなと思うのは、確定申告するようになって、自分の住んでいる市でつまらない道路なんかできると非常に腹が立つ。私の住民税がこんなになっちゃったのかというのが非常に腹が立つ。もちろん、だけれどもいいものができれば私の税金はいいものに使われたなと思うわけです。 ということは、何を言いたいかといいますと、恐らくそういう税の根源の問題は、先生が御提起になった問題の根底のところに、僕は、タックスペイヤー、税金を払う者がどう税の行方について、税のお金について監視ができるのかなと、私の金は、税金はどこに使われたのかなというのが分かるかと、そういうようなところがしっかり出てくると、公共事業でも有意義なものは認められるとか、そういうことになるんじゃないかなと思います。 それで、今現在ということでいえば、今でも一定の公共事業は必要なんじゃないかなとは思います。
○谷川秀善君 時間が参りました。 公共事業もやっぱり教育、福祉、環境、いろんな問題があるわけで、従来の公共事業は私は駄目だと思っていますが、そういうことでいろいろ貴重な御意見、ありがとうございました。 終わります。
○若林秀樹君 民主党・新緑風会の若林でございます。 まず、正村公述人にお伺いしたいというふうに思います。 お話を伺いまして、非常に胸にずしりと刺さるような思いというんでしょうか、いろいろありますけれども、やっぱり一番考えなきゃいけない一つの事象としては、私は二十一世紀に子供に夢を与えられていない今この現状がやっぱりすべてを表わしているんじゃないか。これまでいろいろなチャンスがありながら、本来我々はどういう社会を目指していくのか、どういう暮らしを目指していくのか、転換期がいろいろありながらも、そういうことを遅らせてきたというふうに問題があるんではないかなと思います。 その中で、確信が持てない。それはやっぱり政治の役割だというふうにおっしゃいますね。確かにそうかもしれませんし、我々自身もこれからどういう社会を目指していくのか、そのビジョンも含めて考える役割を背負っているんではないかなというふうに思います。 構造改革ですが、小泉構造改革、一つ一つ見ると必ずしも間違っているわけではない。正しいことを積み上げているんですけれども、結局は性急、短兵に改革しようとすることによる副作用が効いているんではないかなという感じがします。 三十年掛かったこのシステムを壊すには、五十年の大計ということがあります。私もそのことは分かりながらも、一方、政治として、スピードというものをどう考えていくか、我々はやはり選挙で選ばれて、役割を担って改革をしていくということに対して、スピードの軸と今の将来をどうとらえて政策を打っていくかということに対して、言葉では、おっしゃることは分かるんですが、もうちょっとそこのスピードとの関係で、もうちょっと短期と中期の政策としての考え方がもしあれば、お聞かせ願えればというふうに思います。
○公述人(正村公宏君) 大変難しい問題を突き付けられたわけであります。それはもちろん十分に承知しているテーマであります。 構造改革ということが繰り返し言われて、そして、それはどちらかというと切り捨てる、あるいは今までの制度を壊すという、そういうイメージの強いもの、あるいは赤字を減らさなきゃいけないから財政を切り詰めないといけないという、そういう種類の議論が繰り返されているわけですね。八〇年代からそうであります。しかし、それだとスクラップしか見えないわけですね。 小泉内閣がおっしゃっている構造改革も、端的に申し上げれば、今までのものが動かなくなってしまっているから、特に公共部門にいろんな問題があると。公的な金融システムの流れとか特殊法人の問題とか、それから財政支出の在り方とか、これを直さなきゃいけないと。全くおっしゃるとおりで、根底から直さなければいけません。直すについては、御指摘のように、あるプログラムを示して、漫然とやるのではなくて一定の期限の中でやるということをやらなければいけませんね。 しかしながら、ビルドがない。私のような者が言うのは口幅ったいですけれども、政治というのは、やはり国民の支持があって大胆な改革ができるはずであります。国民の支持というのは、古いものが行き詰まっているから壊すんだよということで済むはずがないんですね。やはり政府がやらなければならないことが幾つかあるわけですから、それをお示しいただく、それをやるんだよということをはっきりお示しいただくということが基本だろうと思うんです。 私は、イデオロギー的な小さな政府論がばっこし過ぎたと思っております。小さな政府が目的ではないんですね。効率的な政府が目的だと私は思っています。効率的というのは、効率的というのは能率的という意味じゃないんです。能率がいいということではないんです。やるべきことをきちんとやる。その代わり、やる必要のないことからしっかり手を引いていくという、こういう仕組みを国民にお示しいただくということが基本だろうというふうに思います。 ビルドの展望をお示しくだされば、スピードはいろいろあっていいわけですよ。例えば、国民年金、いや厚生年金がなし崩しに賦課方式に替わってしまっております。いずれこのまま行くと、将来の、次の世代の社会保険料なり租税なりの負担で賄わなきゃならないということになってきているわけですね。国民年金はもう既に賦課方式になっていて、しかも保険料では賄えないので税をお入れになっていると。将来、この税を入れる部分を増やさなきゃいけない。 一番問題なのは、なし崩しというやつだと私は思うんです。なし崩しにこういうことをやっていると。介護保険についても、既に半分以上は税で賄わなきゃならないという仕組みになっていますよね。なぜ保険、保険と政府がおっしゃるのかと見ていると、私に言わせると、政治的抵抗最小化の原理で行動していらっしゃると。保険といえばお金が集めやすいというふうに考えているのかなと勘ぐらざるを得ないような行動をお取りになっていると思うんです。政治的抵抗最小化の原則で行動なさっている限り、民主主義は崩壊していく。そして、成長の勢いがあった時代はいいけれども、成熟の段階を迎えたときには国民が目標を失ってしまう、そういうことになっていると思うんです。 だから、私は、ビルドをお示しいただきたい、ビルドは総合的にお示しいただきたいと。社会保障の総合計画、医療をどうするかとか年金をどうするかとか介護をどうするかでばらばらではなく、もちろん個別の問題は追求しなきゃいけませんけれども、どこかで総合的なプログラムをお示しいただきたい。 過去の例でいうと、厚生省でさえもばらばらなんですよね。年金は年金の担当者がやっている。介護の問題が出てくると介護の担当者が必死になってやる。ほかの部局はみんな知らぬ顔している。これでは駄目なんです。これは官僚機構に期待しても駄目なんで、是非政治家の皆さん方がイニシアチブをお取りになって、総合的なビジョンをお示しくださって、そして、多分年金の改革は五十年掛かります、食いつぶしてしまったわけですからね、どうするかと。 五十年を示すということは、ゆっくりやればいいんじゃないんです。地球環境問題もそうですよ。百年後に温度が何度になるという議論するからいけないんで、現実に地球温暖化はどんどん進んでいて、台風が激しくなって被害が増えますよ、干ばつが起こって大変なことになります。そのことを直視して、長期の見通しを示して、長期の見通しで考えるということは、ゆっくりやればいいんじゃないんだということをやはり議論すると。 これは日本の政治のカルチャーを変える重要な手掛かりになると思います。じっくり考えて、長期をにらんで考えて、確実に一歩一歩やっていくという、先延ばししない、こういうことを是非お考えいただければというふうに思うのであります。 ちょっとはぐらかしたかもしれませんけれども、しかし、私の意のあるところはお酌み取りいただきたいと思います。
○若林秀樹君 次に、浪川公述人にお聞きしたいと思いますが、ペイオフの問題で、どちらかといえば解禁は賛成ではないということでございまして、確かにおっしゃるとおり、必要十分条件は整っているかといえば、個々に見ると必ずしも整っていないということがあります。しかし一方、本当に金融市場をきちっとして健全に機能させるという意味で、やはりある部分連動するという意味では、もうかなりのところまで私は来ているんではないかという。今解禁しないで本当に良くなるかといえば、逆にそうでもないということを考えますと、もう少し現実味に立って、本当に解禁できる具体的な、いつどのようなところになったら浪川公述人としては解禁できるというふうにちょっとお考えでしょうか。そこを整理してちょっとお答えいただければと思います。簡潔にお願いします。
○公述人(浪川攻君) やはり非常に保守的な考え方かもしれないんですが、ある程度景気の回復というのに手ごたえを感じるところまでは私は難しいんじゃないかなという気がしております。 もう一つは、先ほども申し上げたこと、繰り返しで恐縮なんですが、例えば五年間の凍結というのが、期間ありましたですよね。五年間の凍結期間があったときに、始めの一年目からペイオフを解禁するときにはこういうふうに解禁しようということって、議論ずっとあったわけじゃないと思うんですね、数年目ぐらいから議論があったと思うんですけれども。やはり一つは、景気の回復というのはある程度手ごたえが感じられるということと、ペイオフを解禁ということの国家戦略みたいなものがあると思うんですね。これ、先ほどもお話しのように千四百兆の個人金融資産の中の資金移動の問題ですから、そういう議論がある程度なされるということが一つ必要なんじゃないかなという気はしています。 順序が逆になって大変恐縮なんですが、私はいずれペイオフは解禁されなくちゃいけないと思っております。それで、実は以前は私はペイオフ解禁論者でして、お配りした資料を見ていただけば分かるんですが、ペイオフ解禁するとこんなに世の中が変わるぞなんというのをちょっと書いたこともあるんです。そのときとやっぱり今と随分と景気、日本の経済の水準が違い過ぎちゃったなというのは実感として感じています。
○若林秀樹君 次に、また正村公述人にちょっとお伺いしたいと思いますが、人口の減少の問題が経済に与える影響がどうだということをちょっとお伺いしたいと思います。 確かに、この中位推計がまたこの間改定されてまた良くなくなったということですが、少子化、高齢化が進んだ。確かに人口高齢化、減少というのは二〇〇六年から起こるという。もっと実は、九五年からやっぱり生産人口が減り始めているというのが今の経済の悪化あるいは不良債権の問題を表しているんではないか。なぜかといえば、十五から六十四というのは、やっぱり消費と所得の担い手がもう九〇年半ばから減り始めたことは、いろんな指標を見るともう既にそこから停滞し始めている現象が、GDPもちょっと縮小傾向にありますけれども、いろんなことが起きているので、もう既にそういうところは起きているんじゃないか。これは私は、やっぱり相当考慮に入れた政策運営をしていかなきゃいけないという意味で、この人口の減少問題をどう我々はとらえていくかということについてちょっとお伺いしたいと思います。
○公述人(正村公宏君) 御指摘のように、人口が減っていく問題、少子化の問題、生産年齢人口の減少の問題、そして総人口もあと数年、二〇〇五年かその前後に下がり始める、減り始めますね。こういう事態にどう対応するかというのは非常に難しいというか、新しい問題なんですね。それをちゃんと覚悟しないといけない。 もう一つは、人口の激減は好ましいわけではない。人口が増えるのは、もう地球のキャパシティーが限られていますから増えない方がいい。でも、急激に減っていく、急激に少子化が進むということは社会に大きなひずみをもたらしますから、これはまじめに考えないといけない、こういうふうに考えるわけであります。 一九八〇年代の後半、いわゆるバブルの時代というのは経済的な論議もバブルでありまして、相当いい加減な議論があったんですけれども、これからは人口が減っていくので、生産年齢人口は間もなく減るから労働力不足の時代が来るという議論がちょっとはやったことがあります、御記憶かと思いますけれども。私はそれに反対でありまして、人口が減るということは新しく世帯を持つ数も減っていくわけですし、需要の方も減っていく可能性があるわけですね。しかも、日本の経済運営が誤ったために、ドル、円が高くなり過ぎちゃって国際関係上非常にまずいことになっていますから、だからこの状態で行くと、逆に需要、総需要の不十分なために、人口が減っているのに失業が大量に発生するということもあり得るんだということを直視しないといけない。これが経済のメカニズムなんだということを忘れて、人口が減るから労働力不足の時代が来るという短絡した議論がはやっていたのを思い出します。 そういう議論をやっちゃいけないんで、現実に人口の構造が変わり、数が減っていくときに、私たちは何を考えなきゃいけないかというと、クオリティーの問題だと思うんです。子供の数が減るということは、子供が兄弟げんかして育つということが少なくなってしまう。親がどうしても過剰管理、過剰保護になってしまう。ひ弱な子供を作ってしまう。こういう成熟した社会においてそうなりがちな中で、どうやったら子供を元気に育つような状況を作るのか。そこそこに、余り激減しないでそこそこに子供が生まれてくるような状態を作るのかという、統制し、管理し、計画するという意味じゃないけれども、やはり文明の自己制御ということを考えないといけない、そういうところに来ていると思うんですね。 私は、長い歴史を振り返ってみれば、女の人が働くのは当たり前だったということを想起してほしいんです。武家の家の、家柄の奥さん方をイメージしちゃいけないんです。庶民の女の人はみんな働いているわけです。酒造り屋さんのおかみさんは一生懸命になって働いて、職人たちの面倒を見て、だんなさんと一緒に生業を営むことに頑張っているわけです。町の小売屋さんもみんなそうですよね。女の人が働くのは当たり前なんです。 女の人もまたそれぞれに個性があり、いろんな能力を持っているわけですから、これを社会が活用しない手はないのであって、みんな専業主婦、みんなではないけれども、専業主婦が日本ぐらい多いという国は先進国の中では少ない、ほかにもちょっとありますけれども、しかし非常に少ない。出産退職が物すごく多い。 それなのに、七〇年代、八〇年代、日本がサラリーマン社会になって、専業主婦がどんどん増えてしまって、女性が労働戦線といいましょうか、職業戦線から離脱していくという傾向が強くなったときに、しかも片っ方で子供はどんどん減っていくということが現象として七〇年代に起こっていたときに、子育て支援、安心して子供を預けられる社会的な支援の仕組みを作ろうではないかという政策をお取りにならなかったんですよ。その場その場でいろいろおやりになって、保育所の数は増えたけれども赤ん坊を預かってくれるところはない。四月を過ぎて子供を預けようと思って探し回ってもどこにもないと皆さんは言っているわけです。だから十一月に子供産まないと駄目よと職業婦人の間で言われているんですね。悲しいじゃないですか、豊かになった国にしては。こういうことをやっていて子供が減っていくのは当たり前なんですよ。 それで、少子化で大変だ、年金が大変だから削っていこうとか、医療費が大変だから削っていこうという話にどんどんどんどん縮こまっていくのじゃなくて、こういうときだからこそ、やはり社会の構造が変わり都市化が進んでサラリーマン化が進んでいるわけですから、女性が自分の能力を生かして社会に参加しながら、パートタイムでもいいです、正規の従業員であってかつパートタイマーであるというオランダ型の雇用関係をこれから考えていかなきゃいけないですよね。そして、子育てと両立し得るような職業形態を探していって、子育てのためにも一生懸命頑張っていただくけれども、社会にとってもその女性が持っている能力を活用できる。この能力は福祉にも生かせますし、教育にも生かせますし、いろんなところで生かせるわけですから、こういうふうな新しい仕組みを作るということを是非お考えいただきたいと。そのためのそれこそ予算措置を真剣にお考えいただくことが必要ではないかと私は思っています。
○若林秀樹君 ありがとうございます。 もう少しまた議論したいところでございますが、浪川公述人に、時間的にも少なくなってきましたので最後になるかもしれませんけれども、デフレとインフレターゲットについてちょっとお伺いしたいと思います。 今、デフレスパイラルに入っているかどうかという、まず御認識ですね。昨日も竹中大臣は入っていないという明確な答弁。一つは、やっぱり経済の実体がらせん型には悪化していない。その一つはやっぱり消費がプラスになっているんじゃないかということをおっしゃった。私はやっぱり必ず、本当に消費がプラスになっているかどうかの判断をするにはちょっともう少し先が必要じゃないかなというふうに思いますので、そういうことに入っているのかどうかという御認識を、これをどういうふうにじゃ、このデフレを脱却するかという対策がもしあれば、そしてこのインフレターゲットというものは効果的に機能する政策になるのかどうかということも含めてお考えをお伺いしたいというふうに思います。
○公述人(浪川攻君) 景気問題というのは、常に前提として循環論と構造論という二つで考えなくちゃいけない。循環論では良くなったり悪くなったりする部分があるわけですよね。ところが、恐らく我が国では構造的な問題というのを抱えてしまって、そこが底辺にすごいウエートが、中での循環がその上で乗っかっているということなので、確かにここに来て少し良くなったという話はありますけれども、じゃ、それで本当に抜本的に良くなったのかといったらそんなことは全然ないんでしょう。 今、先生おっしゃった、じゃ、そういう中でデフレというのはどういうふうに考えているのか。日銀はまだデフレスパイラルには入っていないと、たしかそう言っているんだと思うんですけれども、私はかなり際どいところまで来ているのかもしれないなという気はしています。その場合に、じゃ、これを、更に進んでしまうかどうかという問題なんですけれども、実に皮肉なことに、一九三〇年代のアメリカとかそういうのからちょっと考えると、不良債権処理やり出すとまた進行しちゃうんですよね、デフレというのは。非常に不幸なことで、フィッシャーという学者の先生がそういう分析をなさっておられますけれども、非常にここは本当に我が国にとっては大きな岐路に来ているんだなと思います。 残念ながら、本当に率直に申し上げますけれども、私にはそれのどうしたらいいのかという解が分かりません。それで、インフレターゲット、何でも金融政策の正当性というのが把握できるような尺度であればそれはやってもいいんじゃないかなと思うんですが、問題は今のインフレターゲット論というのがそういう観点からの議論なのかどうか。むしろ、とにかくお金一杯流すということの方が強いんであればその議論の修正は必要なのかなと思います。ただ、インフレターゲット論の議論は必要だと思います。
○若林秀樹君 一分ありますので、その関連で、もし国債三十兆円枠を守るということに対してちょっと両人からお考えがあれば、簡潔で結構ですのでお答えいただきたいと思います。 私は、やはり税収が四十数兆円しかない中で三十兆円にすること自体がもう異常だと思いますし、ただ、それを守ることの意味が、財政規律を守るということはあるんですが、一方、じゃ、それが政策につながっているかどうかというと必ずしもそういう議論がなされた上でないという危惧もありますので、これもう時間になりましたので簡潔にちょっと御意見を聞かせていただきたいと思います。
○公述人(正村公宏君) あえて簡潔に、少し乱暴な言い方をしますと、先ほど来、景気対策か構造改革か二者択一ではない議論をしないといけないということを申し上げている立場でありますから御理解いただけると思いますが、国債三十兆円という枠を決めてしまってこれを守らなきゃいけないという予算編成の仕組みというのは、政治的なパフォーマンスとしては分かりますけれども、経済政策では全くないと思っております。
○公述人(浪川攻君) 正村先生と同じ考えです。
○若林秀樹君 以上です。どうもありがとうございました。
○福本潤一君 公明党の福本潤一でございます。 きょうは、正村公述人に最初、短時間でございますので、質問投げさせていただければと思います。 先生、経済学者からもう哲学者のように、全般にわたる話も聞かせていただいて、我々いろいろ示唆に富むわけでございますけれども、今後、将来に向かっての確信、また信頼、そういったものが大事であるというお話聞かせていただきまして、私も思いを同じにしておる人間として、先生の御高説、今後、政治の世界でも生かしていかないといけないなと思います。 一九七〇年代、八〇年代の一つの大きな日本の政策的な責任が今様々な形で反映していると。バブル崩壊のときも、私、東京大学院生活終わって、後、愛媛大学行って、一九九五年まで、七年前まで学者やっておりましたけれども、理科系の学者をやっておりまして、そういう中で日本経済は変な方向に行っているなと。株価の値上がりだけで市場が、一つの経済が上向いていくというのは大変なことではないかと、おかしな方向に行っているんだという、むしろ経済の分野を担当していない、また地方で生活しているということでより見えるところがあったという生活体験をしております。 そういう中で政治の世界へ入りまして、経済学者も様々な学説を自信を持って言われるんですけれども、余り当たらなくても割と文化系の経済の方の分野の学者の方々は余り責任を取らないでも済むのかなというぐらいの思いにとらわれているところがございまして、そういう意味では経済的な分野、大きな世界でございますので、簡単に責任を取りにくいということもございますけれども、一つは政治の世界に入りますと、案外その渦の中に入ってなかなか、新しい政策を出しても、責任が問われたときに単純に野党の攻撃も与党に入ると受けますし、公約も守らないといけないということもございます。 そこで、今確かに教育の問題、環境の問題含めて中心にやっていた人間、財政の問題、お話を聞かしていただくときに、今現在する政策、聖域なき構造改革ということで小泉総理言われておるわけですけれども、もうシステム自体が、もう制度自体が疲労してきて、大変革期になっているのに短期的な対策しかできないということがあるんだろうと思います。 そこで、若干、今するべき政策という意味で聞かしていただきたいんですけれども、金利がもう公定歩合ゼロになって長くなっております。そういう意味では、これからはどうなるのかということに、打ち出しによってまた株価も影響するんでしょうけれども、先日、経済学者の方にやはり聞かしていただいた中に、公定歩合、金利が二%以下になろうというようなことを政策実施する国があろうとは思われないけれども、そういうときにはまた常時の時代とは違う政策を打つ必要があると。 例えば、銀行券でも期限付の銀行券を出して配布するとか、ある意味では地域振興券みたいなものを大規模にやるというようなことを、金利が二%以下のときは有効に作用するかも分からないということを言われましたので、この点に関しまして、これはケインズの第二十六章に載っているということでございますので、正村経済的な政策を打っておられる、学説を述べられているところで、是非ともこの点、減税とは違う効果があるのかどうかということも含めて最初にお伺いさせていただきます。
○公述人(正村公宏君) 今の最後におっしゃったようなことについては、私は半分ジョークかもしれないと思っております。 地域振興券あるいは地域通貨とかいろんな試みをなさっているところがございますし、政府もおやりになったわけですけれども、私は、それは小細工であり過ぎる、率直に申し上げて、そういうふうに思っております。これも言ってみれば、私流に言えば、先ほど申し上げたように、三十兆円の枠をはめるのと同じで、一種の政治的な意味合いはあるかもしれないけれども、経済政策ではない。 金利がゼロの状態というのは異常だと思うんですね。銀行にとっては、もちろん預金金利がほとんどゼロという状態で、お客さんから預かったお金にほとんど金利を払っていないと言ってもいい状態ですけれども、しかし、貸出し金利の方も下げているわけですからマージンが小さいわけで、それはリスクを取るような貸出しに積極的に乗り出すということはこの状態では不可能だろうと思います。 一部の専門家が御指摘になっているように、日本全体を見ますと、やはり国債の利子を下げなきゃならないというそういう状態の中で、政府が持っている公的金融部門のお金の流れを国債消化に使っていると、あるいは地方債の消化にも使っているやに聞いておりますけれども、こういう人為的に枠をはめて金利を引き下げてということをやって金融の機能を破壊している。今の超低金利というのは金融の機能を破壊しているというふうに私は考えております。 で、浪川さんがおっしゃったように、私もこの全体の中で、不況というのは需要が不足しているんだということを、つまり供給力に比べて需要が落ち込んでいるんだと。これは下手をするとデフレスパイラルに陥る状況なんだという認識の上で財政が責任を負うと。中身を変えながらも過度に抑制的にしないという、そういう対応をすることが先決なんであって、それをやらないで金融の方で何とかしようというのは、私は多分不可能な状態にあるというふうに思います。 ちょっとアナロジカル、歴史的アナロジーというのは危険なんですけれども、浪川さんが昭和恐慌の話を、大変生き生きとした実例をお話しくださいましたけれども、その昭和恐慌の前後にかかわるわけですが、一九二〇年代というのは日本の近代の歴史において非常に重大な岐路であったと思うんです。 このときに、対中国政策においても大きな誤りを犯したわけですけれども、経済政策においても大きな誤りをした。その重要な誤りの一つ、最も大きな誤りと言っていいと思いますが、旧平価で金解禁を実行したということなんですね。これは世界的に各国誤った、例えばイギリスも誤った政策を取ったわけで、旧平価で金解禁したわけですけれども、浪川さんが勤務しておられます、勤務ではなくて契約しておられます東洋経済の先駆的な記者であられた石橋湛山さんは、解禁を旧平価でやることはよくない、切り下げないと旧平価解禁は大幅な円高になってしまうということを警告しておられたんですね。 これに対する当時の政策当局者、政府の回答はどういうものであったかというと、厳しいことは分かっておる、厳しいことは分かっておるが、旧平価で金解禁することによって日本の産業の国際競争力を強めなければいけない、合理化をやってもらわなきゃいけないという、こういう議論なんですね。 これは、歴史に繰り返し登場するしごきの論理であります。政府のマクロの経済政策が誤っているために経済が困難な状態に追い込まれて、そして産業が苦しんでいるときに、大企業のみならず、特に中小企業が塗炭の苦しみを味わっているときに、もっとしごきに掛けるんだ、国際競争力を付けるんだと。今よく似ていませんか。 そういう、この二〇年代の経済政策の誤りが三〇年代、三〇年に金解禁した途端に輸出が激減しまして、日本の産業が大打撃を受けるわけですね。そういう中で、やはり一部の軍部などが主張した軍国主義的な主張というものが通りが良くなっちゃった。三〇年代の戦争への道の土台は、二〇年代の経済政策の誤りに少なくとも一部かかわっているということを再認識をする必要があると思うんですね。 私は、今やはり考えなきゃいけないことは、王道を行くと、困難だけれども、こういう時期こそ周到に考えて、一番大事なことを考えましょうと。変えることは難しいことは重々分かりますけれども、財政の中身を変えて、租税の体系を変えて、政府に対する信頼を強めて、そしてやるべきことを政府がやる、そういうことが求められている時代であるというふうに私は思っております。
○福本潤一君 じゃ、あと短い質問を一問だけ浪川先生の方に。 現場を見られて、ペイオフ解禁、余り良くない、これも一つの公約の問題もあって、責任の取り方の問題ありますので、今、官公庁の官僚の場合、得点主義と減点主義というとき、得点主義にしていった方がいいんじゃないかということもございますので、責任、政府また官僚の取り方みたいなものを現場を見られている立場からお願いしたいと思います。
○公述人(浪川攻君) お受け止め方によっては怒られてしまうかもしれないんですが、私はこの何年もの間の官僚に対する責任論というのに、一種そういう論理に不信感を持っているところがあります。責任、特に政治家の先生方が官僚の責任論というのを展開するときに、あれ、政治主導だったんじゃないのかなと思うんですけれども、本当は政治家の先生方の政策だから政治家の先生方が責任を負うべきであって、余り官僚の責任論と言ってしまうのは皮肉な話になっちゃうんじゃないかなと。むしろ、それは一人一人の人間として問われなくちゃいけないということは当然あるわけですね。でも、余りそこばかり言っていると官僚、日本の優秀な官僚の能力をそぐことになることもありますよね。 はい、以上です。
○福本潤一君 どうもありがとうございました。
○大門実紀史君 日本共産党の大門実紀史です。 最初に正村先生にお伺いしたいと思います。 先生、先ほど経済学者もしばしば人を忘れるというお話をされまして、私も最近それを強く感じております。本当に人を忘れた経済学者というのは、何といいますか、本当に歌を忘れたカナリヤみたいなものでして、そういう学者が学界にも、あるいは内閣府辺りにも増えているのではないかというふうに危惧を抱いているところで、そういう中、先生のお話、御意見を伺って、まだまだ捨てたものじゃないなと、気骨の学者がおられるなということで安心をしているところでありますけれども。 小泉構造改革の話が先ほどからありました。その基本的な問題についてお伺いしたいと思いますが、私こう思うんですけれども、小泉構造改革のスローガンというのは、不良債権をなくしましょう、あるいは競争力を高めましょうと、これはもうほとんど反対する人はいないと思うんですね。問題はそのやり方でして、この不況下、需要が低迷している下で不良債権を一遍に、猪突猛進ですね、幾ら失業、倒産が増えてもやり抜くと。あるいは競争力の問題も、これだけ失業が増えているのに、更に雇用、賃金調整をやってリストラを促進する、それでもいいんだと。ですから、小泉構造改革というのは、要するにスローガンじゃなくてやり方のところが非常に問題になっているわけですが、それで今大変なことに私なっているというふうに思います。 問題は、こういうやり方を進めますと、先ほど正村先生の御意見の中にもちらっとうかがえたと思うんですが、要するに、ミクロでそれぞれの企業がリストラをやるとか銀行が不良債権を処理すると、これはそれぞれのミクロの段階では合理的であっても、それをこの不況のときにみんながやり出せばマクロでは間違うというか、悪循環に陥るといいますか、いわゆる合成の誤謬ということが私既に起きているのではないかというふうに思いますし、デフレスパイラルもそれと表裏一体の問題ですから、そういうふうになっているのではないかと。つまり、小泉構造改革論の矛盾がもう現れているんじゃないかというふうに私見ているんですが、まず正村先生の御意見をお伺いしたいと思います。
○公述人(正村公宏君) 私は、小泉総理が総理になられて、ああいう形で率直に財政の在り方、特殊法人の在り方等について、このままでは維持可能でないということを提起なさった功績は大きいと思います。むしろ遅きに失したぐらいであって、中央、地方を含めて、そして様々な形で、特別会計とか特殊法人とか、そういうところでいろんな形で債務が返済不能だと思われる、疑われる債務が増えている、あるいは債務を増やすことにつながると考えざるを得ない、つまり返済不能な債務を増やすことにつながらざるを得ないような、そういうふうに考えざるを得ないような事業をいろいろな道路を含めましておやりになっているという事実に注意を喚起なさった功績は極めて大きいと思います。 逆に言うと、なぜ今までそれが伏せられてきたのか。どうしてもそのときそのときの状況の中で痛いところをつかないようにする、あるいは非常に具合の悪いところは公にしないという、官僚機構の中にこれは極めて顕著にありますが、それは官僚機構に限りませんね、学者だって同じことでありますけれども、人間の弱点であります。同じように政治家の皆さん方もそういうものを公にして議論をしようということをなさってこなかった。ここへ来てそれはすごい問題を抱えているんだということですね。本当にこの道路が要るのかどうかということを検討してくださいよということを問題として投げ掛けたことは大変貴重だと思いますね。 実際に、車の量がそれほど多くない地方で、古い一般道路があって、それをバイパスのような立派な道路を通すために工事をやって、道路がきれいになったなと思っていたらそこにまた高速道路ができた、やっておられるわけですよね。これはどう考えても資源のミスアロケーションですよね、資源配分を誤っていると思います。 それだけじゃありません。独立採算の建前でやっておられる公団が、将来長期にわたって採算が取れるはずのない事業をいろいろおやりになっている。本四架橋、三つも橋を作っちゃったとか、東京湾のアクアラインもどうも怪しいということを聞いていますけれども、お金の掛け過ぎをして後は何とかなるということをやってしまわれたと。 私は、これは、小泉さんが総理になられたおかげでやっと世論の注目を浴びるようになって問題になったと思います。 ここで重視されなきゃならないのは、私は情報の十分な公開だろうと思います。どこにどういう債務があるのか、どういう事業をやっているのかということについて徹底的に明らかにすると。そこから判断が始まるのであって、そんなことやっていられないからとにかくまず突破口を開こうという、そういう御姿勢のように拝察できますけれども、そこから、それは出発点であって、議論の出発点であって、そこから先は、私は、痛みは伴うんです、痛みは伴うんだけれども、不良債権の処理をいい加減にしてはいけないと。手順を決めてタイミングをしっかり見極めるということをやらないといけないと。原則ははっきりさせておいて、状況判断をすると。多分医療と同じだと思いますけれども、強い薬を病んでいる病人に一遍に飲ませたら死んでしまいます。日本の経済は今そういう状況にあると思うんですよ。 ですから、もし不良債権処理の問題とか、あるいはペイオフの問題とかでおやりになっているような状況判断に私は問題があると思いますけれども、そのことについて慎重に考えないで、原則、方向は正しいけれども、短期間におやりになれば景気は底割れをします。底割れすれば不良債権は増えてしまいます。手順が違っていると。そのことは御指摘のようなことでありますけれども、あらゆる問題について、私は冷静で合理的な判断をするという努力を求められていると思います。 そして、痛みを伴うという言葉をお使いになっていますけれども、これは大変正直な御発言で、私は正しいと思います。なぜならば、今までの誤った政策の結果として日本経済がトラップに陥ってしまっているわけですから、わなにはまっているわけですから、抜け出すのに痛みを伴わないはずはないんです。痛みを伴うのは避け難いけれども、日本経済を殺し日本社会を殺してしまうような激痛を走らせるようなことはやってはいけないのであって、それにはこういう手順が要る、そして痛みはこういう人たちがこういう形で分けるんだ、負担するんだと。一般国民は痛みを伴わなくて、だれかにかぶせればいいということではない、ないんですね。大企業にかぶせればいいとかそういう話というのは絶対ないわけです、これは。 だから、率直に、どういう手順でどういう形で、この処理をすることで、だれがどういうふうな負担をせざるを得ないのかということを冷静に議論する空気を作らないと日本は立ち直れないというふうに思っております。
○大門実紀史君 時間がなくなりましたので、浪川公述人に一つだけお伺いします。 今、金融検査マニュアルの問題が、特に中小企業に当てはめていいのかどうかと。御存じかと思いますが、いろいろ批判、怨嗟の声が上がっているんですが、あの金融検査マニュアル、中小金融機関に当てはめて、中小業者のあるいは中小企業の債務者区分に当てはめるということについていかがお考えでしょうか。
○公述人(浪川攻君) 先生おっしゃるように、その議論、出ているわけですよね。 私は、それじゃ中小企業版の金融マニュアルを作ればそれで済むのかという問題なのかということであると、そんなことはないだろうと思います。中小企業にはこの程度、零細企業にはこの程度、中堅企業はこの程度というようなものが果たして作れるかといったら、現実的にはそれは不可能だと思います。むしろ、中小企業が金融マニュアルというものの中で非常につらいということがあるんであれば、それは金融マニュアルをどう変えるかではなくて、ほかの政策で支えていくという問題じゃないかなと思います。
○大門実紀史君 もう終わります。ありがとうございました。
○平野達男君 今日はどうもありがとうございます。 まず、浪川記者に、公述人にお伺いします。 私も、ペイオフの解禁の時期というのはこんなに景気が悪くなっているときにやるというのは非常に抵抗力がありますし、それでなくても、それ以外の例えばBIS規制の導入あるいは時価会計の導入等も本来であればもっと景気がいいとき、バブルの時期にやっておくべきであったというような意見もありますし、私も心情的には賛成です。しかし、大勢としますと、どうもペイオフは解禁というのは踏み切らざるを得ないというのは、これ、今の状況だと思います。 今日、浪川公述人がいろんな、今のペイオフをやることについていろんな問題があるよというようなことをおっしゃいましたけれども、やはり四月以降にペイオフ解禁した場合に、じゃ、こういった問題にどうやって対処しなくちゃならないかということもやっぱり大きな問題だろうと思うんです。 これを全部各項目についてこういう対策、対策というのはお聞きしたいところですけれども、特に大きな問題、こういう問題についてはこういった対策があるんじゃないかというようなお考えがあればちょっとお聞かせ願いたいと思いますが。
○公述人(浪川攻君) 先生、ペイオフに関連して。
○平野達男君 はい。
○公述人(浪川攻君) 何から何までたくさんあるんだと思うんですけれども、ペイオフを、このタイミングでペイオフを解禁するという非常に胆力を要する決断をなさった以上は、その胆力を持続なさって、減損会計を徹底するとかいうことをやるしかないんじゃないんでしょうかね。僕は、その胆力を持った政策そのものはとってもすばらしいことだと、皮肉でもなく、そう思っております。ですから、それをどうか持続して、思い切ったことをやるしかないじゃないかなと。 あともう一点、ペイオフを解禁するということは二つの意味が恐らくあるんだと思うんですが、一つは、金融が健全化してきたんだろうというそういうアピールですね。もう一つは、預金者に責任を負わせるということですね、自己責任ということですね。とすると、その預金者が預金を預けている金融機関にも自己責任を取らせるわけですよね。ということは、預金保険料率は銀行の信用力に応じて違う可変料率というのにしないと実はこれは合わない、合理的には合わない。 ちなみに、今、最も日本の大手銀行で信用力が高いという銀行には預金が物すごい集まっているわけですね。その銀行は預金保険料を幾ら年間払っているかというと、二百五十億ぐらい払っているかと思います。せっかく今、薄利、すごい利ざやが薄いところで商売していて、そういう状況です。 もっと端的に言うと、一年定期の預金金利って今〇・〇四です、大体そんなものです。預金保険料は今〇・〇八%台です。一年定期よりも保険料の方が高いという状況で、信用力のある銀行にもそういう状況であるというのが、どうせ胆力を持ってやるんだったら思い切った政策を継続するべきだと、そう思います。
○平野達男君 どうもありがとうございました。 正村公述人にお伺いします。 先ほどのお話の中で、需要対策、需要の確保が大事だよというようなお話がございました。私も大賛成であります。特に今の構造改革、先ほど構造改革の意味が分からないという質問もございましたけれども、構造改革、不良債権等の処理といったものを進めればそれがもう本当にデフレ圧力につながってくる。特に、今デフレスパイラルという入口の状況にあるときに、その構造改革、いわゆる不良債権等の処理を進めれば一層のデフレが進みかねない。落ち込みを防ぐためにもやっぱり需要の喚起が必要だということは、私もそういった観点からも需要の喚起というのは本当に大事だと思います。 そこで、じゃ、その需要の喚起をどうやって進めるかということですけれども、いろんなやり方があると思いますが、金融緩和あるいは減税あるいは積極財政、いろいろあると思うんですが、まず一点目の減税につきまして、これ、減税を景気対策としてやることに効果があるのかどうかという、正村先生のお考えを聞きたいと思います。 特に、減税が効果があるということについては、例えばレーガノミクスというのがあって、アメリカでは減税をやったことによって景気対策したんだという説と、いや、あれは減税ではなくて軍需によってその効果があったんだという真っ二つに割れています。それからまた、減税の仕方についても、例えば歳出カットを同時にやるべきだという、もう完全に、資金を完全に民間に渡してしまってそれで需要を喚起すべきだという考え方もありますし、もう歳出カットはしないでその上に減税をやるべきだというふうな考え方もあります。 そういった点含めて、減税論と景気対策についての公述人、正村先生のお考えをお聞かせください。
○公述人(正村公宏君) どういう経済政策の手段を選ぶかということは、景気対策としての効果ということもございますが、その国の経済状況がどういうところにあるかということとかかわりがあると思います。 公共投資と減税を比較すれば、減税の方が景気浮揚効果は小さいというのが経済学者の常識ですけれども、しかしある国の財政の事情と経済の事情によっては減税を使った方がいい、公共投資をフレキシブルに変えるよりは減税を使った方がいいという場合がありますね。ですから、一概に原理的にどちらがいいということは言えないのであって、状況判断をするしかないと思います。 日本の場合には、私は減税というものを一般的に考えることは反対であります。景気浮揚効果が小さいというだけではございません。日本の場合には、租税負担率が低過ぎる、政府の事業の規模に比べて低過ぎる。しかし、政府が無駄なことをやっている部分もありますから、何を削って何をするかということについてきちっとした取組をして、一遍にはできないにしても、そういう方向で鋭意努力をしていただいて、構造改革、正に改革ですよ、構造改革に努めているということをはっきり国民に理解していただけるような取組をしてくださって、そして長期的には租税負担率は上がりますよということを国民にむしろはっきりすると。その代わり政府はこれだけのことをやりますということをやっていただいた方がいいというふうに私は思います。 構造改革か景気対策かではないんだと思います。改革なくしてというときに、改革なくして景気浮揚なし、あるいは安定成長なしというときに、改革なくしてが、ただ削るだけだったら、それはうそなんですね。明らかにそれは間違いです。削ったら落ち込みます、重要な、重要項目なんですから。改革なくして浮揚なしというのは、景気浮揚なしというのは、歳出の中身をちゃんと、さっき申し上げたストック効果を含めて、長期をにらんで、どうしても必要な部分にお金をシフトさせますよということを明確にお示しになってこそ積極的な財政政策が打ち出されるわけでありますし、国民の税制改革に対する支持を獲得することもできるわけですから、改革が必要なんですよ。改革というのは削ることではないんだということを是非お考えいただきたいというふうに思います。
○平野達男君 どうもありがとうございました。
○大脇雅子君 貴重な御意見をありがとうございました。 正村先生にお尋ねいたしたいと思います。 総需要を上げていくということは、日常の暮らし自身が活性化しないとそういうことは不可能だと思います。私は、構造改革には働き方の構造改革というのを伴わない限りは成功しないと思っております。 先ほど、失業自殺や女性の働き方について御意見を承りましたが、二十一世紀の働き方というもののイメージを先生はどのようにお考えでしょうか。
○公述人(正村公宏君) 与えられた時間が、二、三分で二十一世紀の働き方を論じなきゃならないという、国会はいつも最後にこういう難問を突き付けてくださるんですけれども、糸口だけ申し上げたいと思います。 近年、日本でも、雇用が減っているものですから、雇用対策としてワークシェアリングということが議論されています。しかし、私はそういう防衛的なワークシェアリングではなくて、攻勢的な、攻める方ですね、攻めのワークシェアリングをやはり提起していただく必要があるのではないか。これは政府のみならず、例えば労働組合の皆様方とかあるいは経営者の皆様方とか、攻めの、攻勢的なワークシェアリング。 そのワークシェアリングというのは限られた仕事を分け合うという、そういう考え方でございますけれども、労働時間の短縮というのは限られた仕事を分け合うためにやるものではないわけです。本来、人間らしい暮らしをするためにやるわけであります。もちろん、怠けるために時間を減らすわけではないんです。きちんと働くときにはしっかり働いて、しかしけじめを付けて家族とともに過ごす時間を増やす、年次有給休暇を一〇〇%消化する、残業の割増し賃金率を五〇%にする、日曜出勤の割増し賃金率を一〇〇%にすると。ドイツがそうなっておりますけれども、そのぐらいの覚悟をして、働き過ぎないと。向こうも働き過ぎているからこっちも働き過ぎなきゃならない、働き過ぎるように働いちゃうという、あおられているわけですね。へとへとになりますから、労働の効率は落ちるわけですよ。 そんなことをやるよりは、家族と過ごす時間を増やし、くつろぎと学びだと思います。くつろぎの時間と学ぶ時間を増やすと。そうすることで労働の中身を充実させていくという、こういう人間的な生活の在り方として働き方を変えるという、そういう言わば戦略といいましょうか、プログラムといいましょうか、それを持つべきだと思うんです。そういう構想なしに取りあえず失業の増加を防ぐためにワークシェアリングをやりましょうというのでは腰が引けているんですよね。 そういうふうにして考えますと、例えば女性についてもそうですし、女性に限りませんけれども、オランダモデル御存じだと思いますが、オランダモデルそのままということでなくていいんですけれども、しかし参考になります。フルタイムの従業員とパートタイムの従業員のどちらであるかという区分と、正規の従業員であるか非正規の従業員であるかという区分は、日本では完全に重なっちゃっているわけですけれども、同じではないわけですよね。パートタイム、つまり週三日働いて、子育てや何かの都合もあるし、自分の学びの都合もあるから三日働く、でも正規の従業員だということがあっていいわけです。多様な働き方を認める社会を作っていく。多様な働き方を認める社会を作り、企業べったりではなくて、企業べったりではなくていろんな形の社会活動に参加しながら人間として充実した暮らしができるような、先ほど申し上げたくつろぎと学びもあって一生懸命頑張って働く場面もあるという、日本人の新しい働き方を創造するということが必要なんですね。そういう観点から労働時間の問題を改めて考えると。 今、防衛的なワークシェアリングばかり言っていますけれども、労働基準法を変えるべきなんですよ、今こそ。経営側は抵抗なさるかもしれません、割増し賃金率を増やすとは何だと。でも、今やらなかったらどうなるかというと、企業に残された人が猛烈に働かされて、過労死、過労自殺がまた増えるような状況になって、企業から排除された人は長期失職状態を強制されるという、この状態起こりますよね。 だから、本当に、その場しのぎでない労働基準の在り方を是非、これは予算委員会のテーマではないかもしれません、社会労働委員会のテーマかも、でもそれは社会労働委員会のテーマだよとおっしゃったらもう駄目なんで、経済財政の在り方を考えるときに是非やろうということを全体の国会議員の皆さん方で是非御議論いただければ幸いだと思います。
○大脇雅子君 時間が過ぎてしまいまして、浪川先生に本当はお尋ねしたいんですけれども、委員長、もう駄目でしょうか。──じゃ、本当ごめんなさい。
○委員長(真鍋賢二君) 以上で公述人に対する質疑は終了いたしました。 この際、公述人の方々に一言お礼を申し上げます。 本日は、有益な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。ありがとうございました。(拍手) 午後一時に再開することとし、休憩いたします。 午後零時九分休憩 ─────・───── 午後一時開会
○委員長(真鍋賢二君) ただいまから予算委員会公聴会を再開いたします。 休憩前に引き続き、平成十四年度総予算三案につきまして、公述人の方々から御意見を伺います。 この際、公述人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。 お二方には、御多忙のところ本委員会に御出席いただき、誠にありがとうございます。委員会を代表して厚くお礼を申し上げます。ありがとうございました。 本日は、平成十四年度総予算三案につきましてお二方から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、どうかよろしくお願いいたします。 次に、会議の進め方について申し上げます。 まず、お一人二十分程度で御意見をお述べいただいた後、委員の質疑にお答え願いたいと存じます。 それでは、社会保障について、公述人全日本民主医療機関連合会会長肥田泰君から御意見を伺います。肥田公述人。
○公述人(肥田泰君) ただいま紹介いただきました全日本民医連の会長の肥田でございます。埼玉協同病院の院長もしております。 二〇〇二年度の予算案が提出されましたが、医療関係で国民と医療機関にどのような影響が出るかについて意見を述べさせていただきます。 まず、資料をごらんになっていただきたいと思いますが、全日本民医連の今の状況ですが、加盟病院が百五十四、診療所が医科と歯科を合わせまして五百五十、薬局が二百四十五、訪問看護ステーション四百など千五百十の事業所で構成されていまして、次の資料のページを見ていただければ分かると思いますが、一日外来が患者数は約八万九千八百三十二人、一日入院数が二万三千三百六十三人となっておりまして、職員としては、常勤医師が約三千百名、職員として常勤として約四万五千名という状況であります。 今回の予算案と関連しまして、医療改革の中身について述べさせていただきたいというふうに考えております。 まず第一は、健保本人の三割負担についてであります。 一九八四年に一割負担が導入されまして、一九九七年に二割負担となりました。 参考資料でその次のページを見ていただきたいと思います。有訴率、いわゆる症状のある人ですね、訴えのある人と通院率は一九九七年を境にして懸け離れていく傾向を示しております。つまり、症状がありながら医療機関を受診しない健保本人が増えている状況を示しています。二割負担の導入で、健保本人の受診率はそれ以前と比べて一〇%以上減少し、その傾向は現在も続いています。 不況が続く中で三割負担になれば、受診率は更に低下し、病状が悪化してから医療機関を受診するケースが増え、検査や治療にかかわる費用が増して、医療費の増加につながる悪循環が予測されます。どのくらいの負担になるか、資料、その次のページをごらんいただきたいと思います。 最初の、上の方にサラリーマン本人の場合の二割から三割負担ということで、事例の一で、腹痛で一回通院した場合、これは急性の胃腸炎ということで余り大きな検査はしていないと思いますが、千九百二十円が二千八百八十円。ポリープの切除で二日間入院したとして二万四千六百円が三万六千九百円、一万二千三百円の負担増と。歯科の場合、虫歯の治療で月二回通院したとして自己負担が千八百六十円から二千七百九十円という状況になります。 次いで、保険料の値上げの問題であります。 政管健保の保険料率のアップと、ボーナスからも保険料を徴収することが提案されております。 次の次のページですか、次のページですね、被用者保険の総報酬制導入と影響試算ということで、この表では、当初千分の八十五ということが想定されていましたので、その率で計算していますが、今回の千分の八十二ということで計算しますと、年収四百五十万の家族四人の政管健保本人の保険料は、年間約三万七千五百二十円の負担増となります。 保険料を上げられ、病気になったとき医療費の負担も増えるというのでは、正にダブルパンチということになります。長引く不況、リストラ、解雇、賃下げと、働く人々にとって大変な生活が強いられているわけですが、三割負担と保険料アップは耐え難い負担増ということになります。 第三は、高齢者の医療費負担増の問題であります。 老人医療の対象年齢を七十歳から七十五歳に引き上げ、負担を一割の定率負担にしようとしています。一律一割負担の導入で、これは先ほどのページにちょっと戻っていただきたいんですが、四枚目の窓口負担試算結果ですが、下は一定以上の所得、六百三十万円以上の所得がある人の二割負担ということの例ですが、変形性腰椎症などで三千二百円の負担が一万三千三百十円となる。それから、慢性呼吸不全で月二回訪問診療をやっている在宅酸素の患者さんは、千六百円の現行が二万二千七百二十円の、実に十四・二倍の負担増になります。 次のページに一割負担の場合が出ています。事例七で、糖尿病と腰痛症で月二回通院していた場合は千六百円が二千八百五十円、約一・八倍。それから、慢性胃炎と高血圧で月三回通院している場合は二千四百円が五千百三十円、二・一倍。こういう状況になります。事例の九では、脳梗塞後後遺症と慢性気管支炎、腰痛で月二回通院している場合千六百円が九千六百四十円と、実に六倍の負担ということにつながります。 定額制が廃止されまして、三千円、五千円の上限枠も取り払われます。一月当たりの上限というのはありますけれども、償還払い制度のため、いったんは医療機関で一割分の全額を支払うことになり、どれだけ医療費が掛かるか不安を持ちながらの受診ということになります。日本男性の平均寿命が七十七・何歳という前後なので、男性は約二年間しか老人医療の対象にならないということになります。また、七十歳から七十五歳未満の人が国保の対象になりますので、国保財政が悪化しまして、国保料の値上げ問題が浮上してきます。今でも国保の滞納が全国で二〇%ということになろうとしているのに、これ以上国保料が値上げされればまた滞納を増やすという、このまた悪循環が起きることになります。 ここで、今回の医療費改定に対して国民の中にどのような声があるか、各県の社会保障推進協議会が実施している新聞折り込みの署名付きはがきの一言欄、これは、ここはほんの一例ですが、紹介したいと思います。 病院へ行くたびに健康保険の有り難みを感じてきました。負担の引上げは庶民の生活を直撃します。病院へ行きにくくします。母子家庭で、一般事務員で給料もなく、私、母はメニエール病、娘はアレルギーと診断されているので通院しないわけにはいかないんです。確実に負担が増える国民にとっては余りにも過酷です。本人負担ゼロ、本人負担一割、本人負担二割を経験させていただきました。二割負担で病院へ行くのをためらっているのに、三割では、手持ちの金を見てからとせざるを得ません。ええ加減にせい、保険料を二万円近く払っている上に三割負担は許せぬ。保険料にとどまらず、窓口負担金、入院差額ベッド料の保険外負担が次々重なって増える仕組み、とてもたまりません。弱い者いじめはやめてほしいです。ボーナスも出ないのに、この時世で、唯一主人が二割なので、何かあったら病院に行ってと言えるのに、三割になったら主人の体よりも生活費のことを考えてしまう、そんな自分になりたくないです。息子も先天性の病気でこれから医療費もかさみます。こういう訴えが続いています。 続いて、診療報酬の引下げの問題について述べます。 今回の医療改革で、国民、患者に痛みを与えるので医療機関にも痛みを分かち合ってもらうということで、診療報酬の引下げが提案されています。医療で一・三%、薬で一・四%、合計二・七%とされていますが、実際に当てはめをしてみますと、民医連加盟の二百床以上病院で四ないし五%の収入減となっています。他の民間病院もほぼ同様の傾向となっており、予算が立てられない状況も生まれています。 ここで、この白い、「竹田総合病院・竹田理事長が試算」ということで、これは会津若松にある一千床の大きな病院の理事長が講演された中身ですが、外来で五・四%、入院で三・四%の収入減、トータルで三・九%、要するに二・七%を大きく上回る四%ないし五%が減収になる、こういうシミュレーションが出ています。それから、その下は大阪にあります東住吉森本病院、ここも有名な病院ですが、外来部門は五%を超えるマイナスだと、こういうデータが出ています。 私の病院でも年間約二億円の減収となります。その内訳は、月々でCT、MRなど画像診断で約二百万円、検査関係で約三百三十万円、透析で二百万円、在宅関係で百五十万円、薬価で七百七十万円、外来再診料逓減制で百六十万円となっています。 検査、CT、MR、これも非常に影響は大きいわけでありますけれども、特に問題とされるのが外来再診料の逓減制、特定療養費化という問題であります。従来、特定療養費はアメニティー部分を対象とすると説明されてきました。しかし、今回医療の本体である診療技術部門にも課せられてきており、これが更に拡大していけば公的保険で見る範囲が次々に縮小され、自己負担が拡大されていくことになります。 次に、六か月を超える入院患者の入院基本料を八五%まで保険の範囲とし、不足分を特定療養費としたことであります。これで月四ないし五万円の負担増となり、入院を続けられない人が続出する可能性があります。これに対しても批判が強く、五%、一〇%、一五%と段階的な緩和策が取られてはいますが、根本的な解決にはなりません。厚生労働省試算でも、五万人程度入院を継続できなくなる患者さんが出ることを予測しています。この方針を強行することは現場や患者に混乱を与えます。 本日の朝日新聞の投書欄にケアマネジャーの方が投書しています。 四月から、いわゆる「社会的入院」の解消のため、六カ月を超す長期入院患者は自己負担増を求められます。これで、施設への入所を求める人たちが今以上に増えるでしょう。 介護保険制度が発足して、丸二年が過ぎようとしています。確かに、医療と介護を分けて考えるのは良いことだと思いますが、現場の実情が介護保険の理想とかけ離れているのです。 「死の時は、家族に見守られて畳の上で」との思いを受けて、居宅支援を最大の目標に挙げた介護保険ですが、制度が始まってみると、大勢の人が「施設に入所したい」「施設に預けたい」と、施設入所を求めているのが実情です。そして一年待ち、二年待ちをしなくては入所できません。 病院に長期入院している人の中には、自宅に帰れない事情を抱えている人の何と多いことか。施設入所を待っているうちに、命を閉じていく人もいます。 退院した後の体制ができていないのに、病院にいられないようにして、「後は介護の問題だから」というのでしょうか。病院は「担当のケアマネジャーに施設を探してもらいなさい」と言えば済みます。でも、言われた私たちは、必死になって探しても施設がどこも満床状態では、どうしたらよろしいのでしょうか。 こういうケアマネジャーの声が朝日の投書欄に出ています。 外来再診、六か月超の入院基本料への特定療養費の導入は直ちに中止すべきだと考えます。 二〇〇二年度予算案では、厚生労働省は五千五百億円と見込まれる医療費国庫負担の当然増を二千七百億円に圧縮しました。差額の二千八百億円を削減することは、医療費全体では一兆一千二百円もの削減になります。二千八百億円の中で約一千八百億円が診療報酬による削減で、医療機関へ激痛を与えるものです。安全、安心、信頼の医療を提供するのが国や自治体、そして医療機関の責任ですが、今回の診療報酬の引下げは、安全、安心、信頼の医療を求める国民の願いに逆行するものであります。 以上述べましたように、今回の医療改革は、国民には耐え切れぬ負担増、そして医療機関には存続さえ危ぶまれる激痛を与えることになります。 経済通産省の産業構造審議会新成長部会中間まとめの試算によれば、薬剤費率が先進諸国並みに二〇・一%から一六%に低下すれば約一兆四千五百億円の財源が捻出可能となるというふうにされています。また、住友生命総合研究所は、二〇〇一年度改訂経済見通し、昨年の六月十五日の付論で、「財政維新で国民のコンフィデンス回復を」との中で、公共事業偏重から社会保障重視へ根本的に財政構造を改革することによって国民の抱える不安を払拭し、景気回復を図るべきですとの提言を行っています。公共事業費を十年掛けて半減し、対GDP比で国際水準並みとし、捻出した十六兆円の財源は社会保障改革に振り向ける試算を示しています。 現在、医師会や歯科医師会、社会保障推進協議会などで集められた医療改革に反対する署名は約一千五百万筆に上っています。今も増え続けています。この声を無視せず、予算を組み替えていただくよう要望します。 最後に、保健予防を重視し、病気の早期発見、早期治療により重症化を防ぐこと、二つに、国民、患者負担を軽減すること、三つ目に、高薬価を是正し大型公共事業中心の財政運営を改めることなどにより国民皆保険制度を維持し続けられることを述べまして、私の発言といたします。
○委員長(真鍋賢二君) ありがとうございました。 次に、雇用について、公述人株式会社リクルートワークス研究所所長大久保幸夫君の御意見を伺います。大久保公述人。
○公述人(大久保幸夫君) 御紹介いただきましたワークス研究所の大久保でございます。 私の方からは、雇用の問題に関して、現状の分析とともに、この後の政策課題についてどの辺りに重点を置く必要があるだろうかということについて申し述べたいというふうに思います。 まず初めに、現状の雇用情勢について簡単に整理をしておきたいと思います。 まず、昨年の夏の時点までは雇用の問題はミスマッチの問題であると、このように言われてきたかというふうに思います。つまり、求人の量と求職の量についてはほどほどには量的にはバランスが取れているものの、年齢や能力や賃金等のミスマッチが発生しているために失業者が多くあふれていると、こういった分析でございました。これは現在も解決されることなく続いておりますが、それに加えて昨年の夏から求人数が減り始めてまいりました。現在、この一月の求人件数が前年に対して二二・四パーダウンという数字を発表したところでありますが、これは七か月連続の前年割れでございまして、しかも前年割れのパーセンテージは月を追うごとにだんだん大きくなってきております。このような形でミスマッチの問題に加えて需要不足の問題が追い打ちを掛けてきているというのが現状の求人市場の状況であろうかというふうに思います。 また、来年度、一年間通年でおきましては、これについての見通しの会議を人材関連会社についてはディスカッションをよく行いますが、大体各社ともに求人の状況は前年に比べて二〇パーから三〇パーダウンという見通しを持っているところが多いようであります。つまり、この一年間でいえば、求人、需要不足の状況についてはもう一段深刻になった状態で続くというのが見通しということでございます。 また、新卒の状況を御報告しておきますと、この春、今正に三月、卒業式を迎えるところでありますが、の卒業生を採用する企業は過去最も少ない数になっております。これは先月発表されたところでございます。さらに、来年度の新卒採用の見通しに関して、今各企業は採用数若しくは採用するか否かということを決めている時期に該当いたしますので、まだ最終的な結果は出ておりませんが、おおむね、電機、情報大手を中心に採用数を減らすという見通しを持っている企業が多いように感じております。また、特に深刻な高卒採用に関しても、高卒者の質の低下ということを嘆く企業が多く、高卒者の採用数に関しては減少させる方向を検討している企業が多いように実感をしております。 つまり、中途採用の求人市場、新卒の求人市場ともに、現状の状態より更にもう一段階悪化する可能性が強いという前提で考えた方がいいように思っております。 先日発表されました失業率については、見せ掛けの数字では〇・二ポイント改善しているように見えますが、これはかなり数字のマジックでございまして、実態として完全失業者の数は前月より増えておりますし、実は、多くの求職者が余りにも求人環境が悪いために仕事を探すことをあきらめて、いわゆる分母から外れていった、これによって失業率が一見改善したように見えているのが現状だろうというふうに思います。 これは昨年の八月の段階での調査でございますが、いわゆる就業意欲があって、そしてたまたま求職活動をしていなかった、いわゆるあきらめ層という人が五百八十六万人いるという報告がされております。仮に、時期は違いますが、現在直近の三百四十四万人という失業者とこのあきらめ層と言われる五百八十六万人の失業者を加えれば、全体の失業率は一二・七%にもなるわけでありまして、かなり大きなウエートになってきているということが言えようかというふうに思います。 続いて、その中で、このような比較的問題の多い労働環境になっているわけでありますが、その中でどのような政策を取っていく必要があるだろうかという観点についてですが、今申し上げましたとおり、かなり問題は多岐にわたっているだろうというふうに思います。その中に、全体にわたって満遍なく政策を取るということに関してはかなり分散をしてしまうということから、その中でもとりわけ優先順位の高いところにフォーカスをする必要もあろうかというふうに感じております。 私が現場の実感として感じております短期的な重点は、やはり中高年の救済を何とかすることであろうというふうに思っております。中高年に関しては、日本的な年功序列賃金を改定する、今、途中プロセスにありますので、いわばゲームのルールが途中で変わったという状態に近いものでございます。年功賃金の恩恵を受けておりますから、外の労働市場に出てしまえば市場のメカニズムでこの問題を解決することはほとんど難しいということになります。そのために、昨年は各社とも希望退職者を募集する企業が多くございましたけれども、この希望退職に応じた人たちがなかなか一般的な転職ができずに長期失業者に至っているという報告を各再就職支援会社から聞いているところでございます。 このような中高年の問題に関して言えば、市場メカニズムで解決できない以上、幾つかの政策的なポイントが必要になろうかというふうに思います。 まず、企業段階における問題としては、どういう形でこの解雇というものを回避していくんだろうかと。現在、労使が様々な議論を積み上げているところでありますが、いわゆる総額人件費の負担というものに耐え切れない企業が解雇を回避する方向として、一つは、痛みが伴いますが、賃下げという問題も含んだぎりぎりの解雇の阻止という問題が話し合われるべきだというふうに思いますが、加えて、それを経ても従業員を雇用し続けられないという企業も相当数出てまいるだろうというふうに思います。 これに関しては、企業を離職する前の段階でどうやって再就職先を決めておくかということがポイントになろうかというふうに思います。つまり、いわゆる在職中の再就職支援に対してどのような形で政策的なサポートができるだろうかということに尽きるように思います。 これに関しては、現在、再就職支援会社を利用している企業がごく一部の企業であると。これは、相当余裕のある企業でないと再就職支援にコストを払って従業員を支援するということができない状態にありますので、そこに対して政策的な支援を行う、若しくはハローワークと民間が一緒になってこの再就職支援を企業に出向いて行う、このような活動をいかに促進していけるかというところに私はポイントがあるように思います。ここでできる限りの問題に対する対処をした上で、それでもマーケットに出て長期失業者になっていく方々というのが出てくるわけでございます。 このような長期失業者に対しては、現在のところ、残念ながら十分に、これはハローワークにおいても民間においても、その再就職を実現するための仕組みができ上がっていないというのが実情であろうかというふうに思います。 例えば、これは一つ、イギリスの例が最近の成功例としてはございますけれども、イギリスでは、全国の四十四地域のうち特に失業率の高い十五の地域に関しては、十二か月を超える失業者に対して、この人たちを民間の会社に入札の上、委託して、就職が成功した場合には成功報酬を払うと、このような形の政策導入をしておりまして、例えば、その中でも最も失業率の高いブレントという地区がございますけれども、ここについては、その十二か月を超える失業者を委託した人のうち五〇%の人が就業することができた、そしてそのうち九〇%の人は三か月を超えてもちゃんと就業し続けていると、このような成果が上がっているというふうに聞いております。 この一年を超える長期失業者の対策というところに関しては、残念ながら、現在のところ、雇用保険の延長等はございますが、具体的に就業させるところの成果の上がるプログラムというのがなかなか見えていないのが日本においては実情ではないかというふうに感じております。 そして二つ目には、これはもう少し、三年ぐらいのレンジで結果を追い掛けていくことになろうかと思いますが、いかに就業率を向上させるかという問題に取り組む必要が出てきているというふうに感じております。 実は、十五歳以上人口に占める就業している人の割合というのが、ここ数年かなり急速に低下しつつあります。直近の一月の段階では、十五歳以上人口の中で五七・四%の人しか就業しておりません。この数字が下がりつつありまして、言わば、もうすぐ二人に一人が働かない社会になるということが迫ってきているわけであります。 当面の失業率ということも重要なんですが、もう少し俯瞰的に見た場合に、国民の中でどれだけの人が就業しているかと、この数字を私は重要な指標として見ておく必要があるのではないかというふうに感じております。とりわけ、女性の就業率が伸び悩んでいることや、高齢者が増えている中で高齢者の就業がなかなか高まらないと。このような問題に対してどのように政策を用意できるだろうかという観点があろうかと思います。 またもう一つ、大変重要な観点といたしまして、この春、昨年の春に大学を卒業いたしました大学生、このうちの二一・三%が無業者になっております。いわゆる、この人たちというのは、内定率、就職率という数字でいうと陰に隠れて見えない数字なんですが、実は五人に一人が進学も就職もしていないと。大学生に対してこのような事実が起こっているわけであります。この数字、二一%というふうな高まりを見せているのはここ数年のことでありまして、つまり、この数か年の変化であるということでございます。 これは、単純に新卒者の就業環境が悪化したということだけではなくて、大学生の就業観が非常に揺らいでいるという問題もあろうかと思います。ある程度就職活動に入る前に、学生たちの中には、戦う前に就職戦線離脱をしてしまう学生が大変増えているということを各大学の就職部からは非常に問題点として聞いております。 この就業率の向上の問題に資するためには、一つにはキャリア教育というものを初等中等教育の段階からしっかり導入すること。これは、欧米ではかなり本格的に行われておりますが、日本では着手が遅れている分野だというふうに理解をしております。 また、ワークシェアリングの議論の中に出てきておりますが、オランダに例を見るような多様就業型のワークシェアリング、つまり短時間正社員というものであるとか、あるいは派遣労働者やパートタイム労働者の社会保障や待遇についての正社員とのバランスをよくすることであるとか、このような形のことに早く手を付ける必要があるだろうというふうに感じております。 また、働くことにモチベーションが働く、つまり動機付けがされる税制や社会保障になっているかどうかと。この問題についても含めて検討される必要があるのではないかというふうに考えております。 頻繁に出る話題でございますが、専業主婦についてはいわゆる労働時間をコントロールしているという問題もございます。全体的な就業率の問題と、もう一つは、一人当たりの労働時間が、その人が短い時間働きたいという希望を持って短い時間を働くのはいいんですが、そうでない理由でコントロールしているとしたら、またこれは社会全体の労働投入量の減少という問題につながっていくことになろうかというふうに思います。 三点目には、もう少し長い目で見る、つまり、今から着手をして五年から十年というスパンで成果を上げていかなきゃならない問題は、私は人材育成とともに雇用創出という問題になろうかというふうに思います。これは、政策的な手を付けてから成果が出るまでにかなり時間の掛かる問題でございます。そしてまた、この二つは密接に連動しているとも思います。 一般に、雇用創出の最大の対策は景気対策であるということを言われますが、それは大前提といたしましても、それに加えて、やはり人材育成で人材の力を高めること、そのことによって新規ビジネスを開発できる人材をいかに育成できるか、そして優秀な人材によってこれから成長すると思われますサービス業の生産性をいかに改善できるか、ここに私は長期的な雇用創出のポイントがあろうかというふうに感じております。 現在、製造業に関しては、この後も含めて就業者を減らしていくということは、かなりはっきりとした傾向だろうというふうに思います。サービス業にすべての雇用創出の期待が集まっておりますが、これに関しては、一つには、今申し上げた生産性の向上がなければサービス業とて企業として成長して人を雇い続けることはできないわけであります。それに加えてもう一つは、自営業的な働き方、つまり個人で、会社を作る前の段階で独立契約事業者として仕事をしていくと、このスタイルの部分についての、我々は日本においては整備は遅れているというふうに実感をしております。 これまで、これは法人企業ではございませんので、産業としての政策の中にも十分に入ってまいりませんでした。また、雇用者でもございませんので、いわゆる労働政策の中でも視界がなかなか届かなかった領域でありまして、このすき間のところの部分が欧米においては八〇年代から増加を始めまして、いわゆる旧型の自営業ではない新型の自営業として一定のシェアを持つように至っております。日本においてもフリーであるとかSOHOワーカーと言われるものがこれに近いんですが、あるいは業務委託と言われる人たちでしょうか。このような働き方というところについて、いかに法的にも整備がしていけるだろうかということが重要なポイントとしてあろうかというふうに思います。 また、もう一つ、雇用創出ということでいえば、昨今は、労働市場サービス産業と呼ばれる派遣、あっせん、求人誌、請負といったようなビジネスがかなり規制緩和の下で新規参入が増えてきております。その中でも、とりわけ派遣業とか請負業と呼ばれるところは、これは業界そのものが雇用創出業でありまして、世界で最も人をたくさん雇っているのは派遣業であるというふうに言われておりますし、日本においても工場が空洞化している一方で、請負業についてはどんどん人員を増やしていると、こういうような実態もございます。 人材育成についてもう一つだけ申し上げますと、日本においては、今まで社会に出た後の人材育成の仕組みというものは専ら企業の、個別企業に任せるということになっておりまして、社会人の職業能力を高める社会制度的な仕組みというものは整備されてまいりませんでした。ただし、今後人材の流動化が進んでまいりますと、個別企業だけでは十分にこの教育ができない、あるいは非常に知識社会を迎えておりますので、企業の持っている知識だけでは教育ができない、このような観点から、業界等で取り組んで人材育成の機関を作るというような動きが更に加速される必要があろうかというふうに感じておるところであります。 そしてもう一つ、最後の観点になりますが、今回も含めまして、雇用問題、なかなか短期的に解決できる問題ではございません。継続的に予算、経費が投入されていくということになろうかと思いますが、残念ながら、現在の労働市場システムについては、私は随分と閉塞感があるかなという感じがしております。 それは、この仕組みについては職業紹介と職業訓練と失業給付という三点セットが基本的な仕組みでございますが、職業紹介に関しては、先ほど申し上げましたとおり、どうもハローワークでしているサービスと民間がやっている、人材サービスがやっているサービスとはかなり似た対象者に対してサービスをしているという実感がございます。これは逆に言うと、就職困難者について十分な手当てができていない、官民ともにできていないという感じがしておるわけであります。このような職業紹介システム。 それから、どうしてもホワイトカラーやサービス業に対しては手薄になりがちで、しかも技術が陳腐化しやすい現在の公共の職業訓練システム。 そしてもう一つは、急速な失業率の増大によりまして財政的にも大変悪化をしております現在の雇用保険制度、さらに、仕事を探す意欲のない不正受給者たちがかなり存在しているこの実態、このようなものがそれぞれございます。ここについて本質的な改革のメスを入れていかないと、この閉塞感のあるシステムの上に予算を投下しても、なかなか効率的に成果を上げるようになっていないという事実があろうかと感じております。 例えば失業給付については、現在例えば中高年、先ほどの中高年の例で見ますと、ほぼ平均的な中高年ホワイトカラーであれば、給付の日額上限一杯の給付をもらえるわけであります。そうすると、三十万円程度の給付がもらえるわけでありますが、その三十万円程度の給付をもらいながら実際に仕事を探すとそれ以下の求人ばかりしかハローワークにはございません。ということは、これは非常に悩ましい問題ですが、失業に対応するために給付期間を延長すればそれだけ失業期間が延長されるというふうな仕組みになっているわけでありまして、これについては、早く一定の仕事を探すことに動機付けがされるような制度に改定しないままに予算を投下してもなかなか問題解決につながらない。例えば一つこういう問題があるように感じております。 このような閉塞感がある労働市場システムに関して、これも一朝一夕にはなりませんが、長期的な見通しの中で改善を図っていくことが最終的には雇用成果が上がりやすい社会の仕組みになっていくことであろうかと思います。全体的に問題が広がり過ぎてきておるところがございますので、短期的に成果を上げるものと中長期的に改革をしていくものと、ここの峻別を十分にされた上で適切な予算付けがされることが必要になってきているんだろうというふうに思っております。 以上でございます。
○委員長(真鍋賢二君) ありがとうございました。 以上で公述人の御意見の陳述は終わりました。 それでは、これより公述人に対する質疑に入ります。 質疑のある方は順次御発言願います。
○木村仁君 自由民主党の木村仁でございます。 両公述人におかれましては、大変御多忙の中をお出ましいただき、示唆に富むお話を賜りましたことを大変有り難く存じます。 心から御礼申し上げながら、肥田公述人の医療及び医療保険制度改革に関する御意見は十分に承知をいたしました。私も、本予算委員会及び担当の委員会において今次改革が十分に議論を尽くされまして、そして国民皆保険、それから出来高払、フリーアクセス、こういう日本の医療制度の特色が生かされながら、財政的にもサステーナブルなシステムができ上がっていくことを希望するものでございます。 私は、肥田会長は介護の分野についても御見識がおありになると思いますし、民医連の施設も、訪問介護ステーション四百か所、在宅介護支援センター四十八か所、特別養護老人ホームも経営しておられますので、この介護と医療の接点の問題について一つだけお伺いをいたしておきたいと思いますが、元々医療問題、保険問題について音を上げたのは市町村の国民健康保険、そこに高齢者が集中して財政的に立ち行かなくなる、全体として年齢の少子高齢化が医療保険システムに大きな圧力を掛ける中でこういう改革が行われてくるわけでありますが、もう一つは、介護制度という介護の社会化という理想とともに、また医療に多く寄り掛かっている介護的な長期入院等を解消し、医療保険制度の問題点も解消していこうということで、私は介護保険制度ができたと考えておりますが、このいわゆる社会的入院というのについて、肥田公述人はどのような考えをお持ちなのか。 そして、それを介護保険の方に幾らか肩代わりをさせながら両システムの円滑な運営を図っていこうというこの制度の考え方が現実の二年間の経験の中で生かされてきたのかどうか、そこ辺りについてまずお話をいただきたいと思います。できれば、手短にお願いいたします。
○公述人(肥田泰君) ただいまお話ありました介護と医療の接点の問題、社会的入院の問題でありますが、そもそも日本で高齢者がかなり長期に入院しているという状態は、日本における社会保障制度そのものが貧弱であったことに起因しているというふうに私は考えています。 住んでいる家が狭い問題、それから介護あるいは病人を看護しなければならない人たちが働かなければならないという状態等含めて、社会的入院をせざるを得ない状況が日本の中にはかなりたくさん存在していたと。そのことを抜きにして、社会的入院だけをなくそうというふうにしても、それはかなり難しい問題だというふうに考えています。 そういう点で言うと、先ほどおっしゃられた、財政的にもう考えなきゃならないということをおっしゃいましたけれども、現実的に言えば、国保に関して言っても、国の負担をこの間かなり下げてきているという問題があるわけですね。そういう状況の中で、国保の財政がかなり厳しくなってきたという経過があって、そこのところにやはり国の財政援助というものがきちんとなされていかない限り、国保財政は、これはかなり緊迫していくことは明らかだというふうに思っています。 そういう点で、社会的入院について、これをなくすために今回、六か月超の入院患者を何とかしたいということで、こういう制度が生まれて、八五%しか保険では見ませんという制度として登場してきたわけですが、先ほど私が申しましたように、その受皿をきちっと用意しないままにこれをやれば間違いなく破綻を来すというふうに考えていまして、そこのところにも、結局、国がどういうふうに財政支援をそこに行うかに私は大きくかかわってくると思いますので、例えば老健施設にしても特別養護老人ホームにしても、あるいは在宅で多くの人たちが介護、看護できるような在宅支援の状態をどう作り上げるかということがこの社会的入院を少なくしていく非常に大きな要因になると思う。 そのときに、それをまた国民負担という格好で、例えば介護保険料を値上げすることによってこの特別養護老人ホームや老健施設を作るということでは、結局また国民負担だけが増えて、そこに入所できる人たちは負担が多過ぎて入所できないという現実が生まれてくるということを考えると、やはり国の財政出動ということを大いに考えない限りこの問題は解決しない問題だと私自身は考えています。
○木村仁君 その在宅介護が現実にはだんだん伸びてきていて、そしてそのシステムも整備されつつあるということが言えると思います。決して十分な状態ではないと。 私は、この介護保険制度ができ上がったときに、公述人とは意見が少し違うかもしれませんけれども、私は地域の中で、一つのビジネスチャンスとして、若い人やあるいは女性のボランティアとか、そういう方々が集まって小さな会社を作り、良心的だが、しかし機能的な介護サービス事業をどんどん起こしていかれたらすばらしいだろうなと、そう思っておったんでありますが、少しずつそうなりつつはありますけれども、現実には、社会福祉協議会あるいは社会福祉法人、そして全国の大会社、医療機関、そういうものが参入をして、大会社はユニバーサルサービスがどうも財政的、経済的にうまくないようだと引っ込んだところもありますけれども、そういう状態であります。 この起業、一つの起業チャンス、ビジネスチャンスとしてとらえながら介護事業を発展させて、地域のそういうサービス事業を発展させていくということについてどのようなお考えでしょうかということを、これは肥田公述人と、雇用の関係もありますから大久保公述人に御感想をお願いいたしたいと思います。
○公述人(肥田泰君) 今、在宅関係の介護、医療を充実させていくために、そこにビジネスチャンスが生まれるということをおっしゃいましたけれども、それは一つ、確かにそういう側面があるというふうに思っています。 ただ問題は、在宅に戻したときに、二十四時間の介護ヘルプサービスが保障されているかという問題と、二十四時間往診体制が組める状況があるのかということと、それから、急変したときにその受入れの入院の体制が保障されているのかと、このことがないとこの問題は解決しないというふうに思っています。 そういう意味でいきますと、今の介護保険制度の中では、二十四時間ホームヘルプサービスはほとんど満足な状況で受けられない、いわゆる診療報酬が非常に低いという問題も含めて。そのことが、手を出そうと思っても出せないという状況が一方ではあるというのが現実だというふうに考えています。 それから、往診の問題でいいますと、今、往診する開業医の先生が若干増えていますけれども、なかなかやはり往診はやりたがらない傾向にあります。それはなぜかといいますと、二十四時間やはり拘束されるという問題が出てくるからであります。 このことに関しては、やはり地域の医師会なりその地方自治体なりがきちっと音頭を取って、二十四時間、その在宅の患者さんが急変したときに対応できるようなそういうシステムを構築していかない限り、在宅へ在宅へという流れは、一方で介護する人あるいは看護する人たちが非常に負担を強いられることになりますので、その体制がやはり確立しなければならないという問題だと思う。 それから、急変したときに受入れの病院の体制でありますが、これも現実的にはほとんど整っていないのが現状であります。そういう点で、そういう在宅で支援を必要とするような人たちの救急の入院のベッドをいかに公的に確保していくかと、こういうこともきちっと考えていかないと、この問題は解決しないというふうに思っています。 地域の中には、非常にホームへルパーをやりたいという、実際に二級や三級、それから一級のヘルパーの資格を今たくさん取っている人たちがいますが、現実的には、言ってみれば、そのとき、時間だけ働くという、そういう形態でしか経営が成り立たないという問題もありまして、結局、収入もなかなか確保できないということで、ヘルパーの人たちは転々と、要するに、勤務先を替えているという現状が今あります。 そういうことも、やはり介護報酬そのものをきちっと確立させて、そういう人たちが安心して働けるような環境を整えない限り、いかにビジネスチャンスだと言っても、なかなかそこに参入する人たちはいないことになるだろうというふうに考えています。
○公述人(大久保幸夫君) まず、今、先生がおっしゃったような領域、介護、福祉領域の求人の状態を申し上げておきますと、このような平均マイナス二割というような状態の中で、この数か月においても、前年比で約三割増の求人で推移をしておりまして、これは、今ある求人分野の中でも最も求人の伸び率が高い領域でございます。ということから、私は非常に有効な、有力な分野の一つに既になっているというふうに存じます。 ただし、ここに関しては、冒頭申し上げましたミスマッチの問題が二つ存在をしております。一つは、ホームヘルパーの賃金に見られるように、大変賃金が今低い状態でございます。つまり、ビジネスとして十分に収益を出し、賃金を払うというところまでは至っていないのかなと。これからの課題だと思います。 もう一つは、希望者は大変多いのですが、資格を持っている方々の応募はまだ少なくて、能力的な、資格的なミスマッチもございます。これは今後、人材育成の課題になろうかと思います。
○木村仁君 それじゃ、少し雇用の問題についてお伺いをいたしたいと思いますけれども。 小渕内閣は、失礼いたしました。小泉内閣は、断固として聖域なき構造改革を推進すると。その中心は不良債権のオフバランス化であるということになると、当然、痛みイコール失業という形で出てくる。それは致し方ない。その代わりに、失業に対する十分な雇用のセーフティーネットを作ろうと、こういう基本的な考え方であろうと思います。 私どもも、それが正しいと信じて協力をいたしているわけでございますが、大久保先生の立場から、公述人の立場からごらんになって、このような政策は持続可能であるかどうかということについて一言御所見をいただきたいと思います。
○公述人(大久保幸夫君) 先ほど短期的、長期的なバランスを取った施策が重要であるというふうに申し上げましたが、今、私は、そのマーケットの実情を見て明らかなのは、人材の流動化とか改革の方向だけでは解決ができないであろう、その唯一マーケットメカニズムに合わないのが中高年であると。つまり、中高年だけは別枠で、これはマーケットに任せない、つまり特別なセーフティーネットを別枠でやっぱり作る必要があって、それ以外のところは仕組みを構造改革して適切な流動化を進めることによって新しい産業への対応をしていく。 この二つの、要するにターゲットの違いによる組替えとバランスと、こういった政策が必要なんであろうというふうに理解をしております。
○木村仁君 そこで、雇用のセーフティーネットの具体的な在り方について若干お尋ねいたしますが、まず公述人言われましたように、今まで雇用のミスマッチということが非常に強く言われておりましたので、政策としては、雇用のミスマッチをできるだけ克服しながら再就職支援体制を整備していこう、第二に、再就職の実現が延びていく場合には、失業保険を支給しながら、しかし職業訓練を受けるということを条件にしながら延ばしていこう、それからまた第三に、緊急地域雇用特別交付金制度というのが典型的でありますように、当面、公的な資金を使って雇用を、即雇用を増大していこうと。 こういうのが雇用システムの中心になろうかと思いますが、これはいずれも非常にファイアファイティングというか、当面の失業問題に対処していくという感じが強うございますが、それで十分なのか。先ほど来、長期にわたるということがありましたので、長期にわたって雇用のセーフティーネットを作っていくためにはどのような配慮が必要かということについてお伺いをいたしたいと思います。
○公述人(大久保幸夫君) 現在、このセーフティーネットに関しては、お話のありました保険の問題と交付金の問題に中心的に予算が投下されているというふうに存じます。 保険は失業者に対するセーフティーネットとして極めて有効でございます。ただし、先ほど申し上げましたとおり副作用があるということについて、給付のルールをどのような形で今後見直していくかということは当面の問題としても重要であろうかというふうに思います。 交付金に関しては、私は残念ながら余り政策的な有効性はないのではないかと。これは先ほどから申しましたとおり中高年対策が重要なのでありますが、中高年については教育費や住宅費等生活に掛かる経費を大きく抱えておりまして、三十万円程度の上限一杯の給付をもらっている方も多く存在していらっしゃいます。それに対して、交付金を元にした事業というのは六か月限定でおおむね月額受け取る金額も十五万円から二十万円のものが中心だと理解しております。そういう意味では中高年対策としては余り機能していないということなので、救うべき対象と政策がやや若干違うのではないかと理解をしております。 もう一つ、現在の対策の中で漏れているもの、抜け落ちているものでいえば、長期失業者に対するもう少し個別の支援ということがどうできるのか。これについては空白になっており、課題だと思っております。
○木村仁君 そこで、緊急地域雇用特別交付金事業につきましては、今、公述人が若干批判的な立場を述べましたように、私どもも少し不安がある。 それは、六か月間雇用を確保するということは、当面の失業対策、あるいは更に言えば、当面の雇用創出による景気回復の施策としては有効かもしれません。実に十一年度から二千億円で三十万人、大体実現するようでございますし、また昨年は三千五百億を計上して五十万人の雇用を創出するということも、これも恐らく実現できるであろうと思います。しかしながら、やはりその中から中高年の恒常的な職場を確保していくという意味ではもちろん十分でないわけであります。 私の経験では、例えば私は新制中学の第一期の入学生でございますけれども、そのころは先生が足りませんので、校長先生がいろんなところからいろんな人材を集めてきて先生を作った時代でございます。そうしますと、どこかの会社で工場長をやったり、あるいは大学を定年退職してから故郷に帰ってきたりした方が先生になっておられまして、その先生方は理科や数学を教える、それだけでなくて、非常に多くの、何というんですか、人間的なものを我々に与えていただいたように思うんです。 そういう意味では、今度の交付金の場合も、地方の小中学校ぐらいでしょうか、高校でもいいんですけれども、多くの人材を短期間雇うというのでは十分でなくて、そこにむしろ非常に多くのポストを作って、そういった既に功なり名を遂げて社会的信用がある、いろんな経験を持った人を教育の中に入れていくという形の雇用対策というのもありはしないのかなと。 例えば、ジュリアーニはニューヨークの秩序を保つために膨大な数の警察官を増やしたわけです。その結果、ニューヨークは見違えるような都市になった。そういうことがありますから、そういう積極的な前向きな政策と結び付けて、そして臨時の交付金という制度から基本的な行政サービスの中にも、あるいはそれ以外の民間でもそうであると思いますが、そういう雇用対策をやったらどうかなという気がしているんですけれども、もう一言でよろしゅうございますからコメントをお願いいたします。
○公述人(大久保幸夫君) やはりある程度短期的なものではなくて、長期的にそういう人たちの力を生かせる仕組みをどう作るか。教育、芸術、それから高齢者福祉、それからもう一つは起業支援、この領域については中高年者の力が十分に生かせる分野だと理解しております。
○木村仁君 起業支援等は本当に有効ではないかなというふうに考えます。 それから、そういった職業紹介の考え方でございますが、ハローワークの機能を充実して、あるいは若者層に対する指導でありますとか長期失業者に対する指導に配慮をしておるようでありますけれども、そういった人員の増強が見られますけれども、残念ながら、各ハローワークに二人ずつ、全国で言えば百人足らずの人が増員されるにすぎません。あるいは今、任期付きの国家公務員を採用することもできるわけでありますから、行政改革の流れに反しないような状況で、イギリスのブレア政権がやったような徹底的に長期失業者に対してガイダンスをするというような機能がハローワークになければいけないのではないかと、そういうふうに思います。それが一つ。 それから、現在、もう民間の職業紹介が四千件以上活動しておるようでございますけれども、職業紹介の実績においてはもうもちろんはるかに小さな単位でしかない、しかも、日本の伝統的な良くなかった部分のせいでしょうか、港湾労働とか建設労働は除外されていると、こういうことであります。 新しい職業、あるいはプロフェッションそのものがプロフェッションとして職業の指導をする民間のそういうふうな機能がもっともっと大きくされてよろしいのではないか。そのために若干規制強化になっても、例えば行政書士、司法書士、税理士、弁護士、いろいろあるように、あるいは社会労務士というのもありますが、社会保険労務士でありますから、職業紹介士みたいなものがきちっとした職業倫理の中でできていくことが必要ではないかと思いますが、その二点についてお考えをいただきたいと思います。
○公述人(大久保幸夫君) ハローワークにおいて、長期失業者に対するサポートができる体制を作ることに関しては極めて重要だと思います。実際、現在のハローワークにおいては、多くのエネルギーがいわゆる求人票を自分で見付けて窓口に持ってきてここにアポイントを入れてくださいという方々に割かれている。これは民間にできることなので、ここに余りエネルギーを取られずに長期失業者にパワーをシフトするということが大事だろうというふうに思っております。 二つ目の、民間の人材紹介会社に関してでありますが、これに関しては、御案内のとおり規制緩和によりまして新規参入が大変増えておりますが、全体的に中小企業が多いということから、まだ量的な貢献度合いでいうと小さいというのが現状であります。 これに関しては、入口での規制はなるべく緩やかにした上で、別の形でその産業の質を上げていくような対策をこれは官民一体となって取る必要があるだろうというふうに思います。 とりわけ、今キャリアカウンセラーの問題が予算の中にも組み込まれておりますが、これを民間の中でキャリアカウンセラーというものをしっかり一定のレベルで位置付けておくということが重要でありまして、残念ながら、日本における今まで言われたキャリアカウンセラーは、米国等でカウンセリングの資質とキャリアに関する知識の両方を持ち合わせた人ではなくて、自称キャリアカウンセラーという人たちが多いと。この問題について、資格化をする等でレベルアップをした上で民間の中に適切に配置されればこの分野で貢献度合いが高くなるのではないかというふうに理解をしております。
○木村仁君 それから、いま一つ、若年失業者というんですか、あるいは失業者というものはパラサイトシングルとかあるいはプータローとかいろいろ呼ばれておりますが、かなり多くの人々がそういう状態にあるということのようでございます。 〔委員長退席、理事野沢太三君着席〕 例えば、二十歳から二十四歳までは五十一万人ぐらいいるだろうと。二十五歳—二十九歳でもまた五十一万人。全部で、十五歳から三十四歳まで見ると百五十七万人と、こういう定かでない人々がいる。その中には、もう自分の考え方として仕事をしたがらない人というのがいるのかもしれませんけれども、ガイダンスによってしっかりした就職活動をしていくことも多いのではないかと思います。 これももちろんブレアの改革では非常に丹念な指導をして成功した例とされておりますけれども、いずれにしても、それも五年、十年という長い期間をもって成功したということでありますから、日本も少し長期的な視野に、公述人が言われるように長期的な視野に立ってこれに取り組んでいってはどうかなと考えられますが、ある調査によれば、同じ二千五百人の人をずっと追跡調査してみたら、二十、三十歳から三十三歳の間で大体二人に一人は転職をしておると、そしてその大部分が転職をしたことによってより多くの収入を上げていると、こういうことのようでございます。そうしますと、この今の百五十万人、二百万人という若いその働かない人たちというのは、あるいは日本の労働の流動化というんですか、そういう可能性を秘めながらサボっておる人間だから、ある意味では政策的な素材として非常に面白い素材ではないかというふうに思います。 それで、もう少し本腰を入れて、政府も我々も議論を尽くして、若い人たちの就職活動の、何というんですか、紹介事業というか指導事業をやるべきではないかなと思いますが、そういうことを考えた場合の有効なシステム、そういうものも含めて御指導いただきたいと思います。
○公述人(大久保幸夫君) フリーターに関しては、我々も随分個別の、要するに面会、面談をしながらのヒアリング調査等かなり深くやっております。 フリーターに関して、私は二つやっぱり分けて考える必要があるだろうと。フリーターの中にいわゆる週当たり労働時間で四十時間以上働いている、つまり常用雇用型のフリーターという人が我々の調査では五五%おりました。それ以下の人たちは四五%。とりわけ週当たり二十時間未満が平均的な稼働であったという人たちが九・五%。つまり、逆に言うと、割と、思い付いたら働いてまた休んでというような多分一般的にイメージしやすいフリーターの姿の人たちというのは、逆に言うと一〇%しかいないということも言えるわけでありまして、フリーターすべてを一律にけしからぬという感じに思わぬで、もう少し細分化して見ていく必要があるだろうと。 私、フリーターの問題に関しては、一つ、一番大きいのは、フリーターをしている期間に職業能力が高まらないという問題だというふうに理解をしております。主にこの期間中に高まる能力は接客能力というものが出てくるんですが、それ以外のものはほとんど実は能力向上できなかったというふうに振り返っております。この人たちには雇用保険も多く入っておりませんから教育訓練給付金も使えませんということから、なかなかこの人たちの能力向上の仕組みというのが、一体どこで教えるのかという問題も含めて一つの大きな課題でありまして、この問題が解決できれば、日本は比較的今後の、企業社会の中でいえば多様な働き方の選択肢はいいわけですから、その問題があった上で自分で選択すればいいと。この能力開発の仕組みのところに私は大きなポイントがあるのではないかというふうに思っております。
○木村仁君 時間がありませんので、最後にワークシェアリングについて大久保公述人の御所見をを賜りたいと思います。 我々から見ておりますと、例えば、日経連、連合が雇用に対する社会合意推進宣言というのを共同でおやりになったと。これは日本の労使関係の中では一つの画期的なことではないかと思いますけれども、これはいろんな思惑があって、一方では、首にはされたくない、したくない、あるいはこの機に少し給料を下げればよいと、そういうことを、これ言ったら怒られるかもしれませんけれども、余り純粋でない部分もあるのではないかなと思いながら見ておりますが、一方では、今朝の他の公述人もおっしゃっていたんですけれども、日本人にはワークシェアリングなんというのは向かないんだと、元々働きたい人間を、どうして時間を切り詰めるかというような議論もございます。 しかしまた、女性等が、家庭の主婦というとあれかもしれませんが、家庭にいらっしゃる女性が、時間を限って働きたい、そして子育てとも両立されたいと、こういうような人々もいるでしょうし、また、もう少し自由時間を持って小説でも書きながら、しかしそれでは食っていけないから仕事をして自分の夢を果たしていこうという、そういうスタイルの人間も今後たくさん出てくるんではないかと思いますので、そういう、これまた瞬間風速的な便宜的なワークシェアリングでなくて、本当、二十年、三十年使って、ワークシェアリングのシステムとそういう物の考え方が日本に広がっていくことはいいことかなと思わないでもございません。そこ辺りについて、もう時間が来ましたが、ひとつ最後の御公述をお願いします。
○公述人(大久保幸夫君) 働き方の改革につながる長期的なワークシェアリングは是非とも取り組むべきだというふうに思います。これは就業率の向上にも寄与すると思います。ただし、短期的な緊急避難については非常に効果が心もとない、つまり問題を先送りしても空洞化は先送りできないですから。そういう意味では、日本において緊急避難型のワークシェアリングが貢献できる部分についてはかなり小さかろうというふうに同時に意見を持っております。
○木村仁君 終わります。
○藤原正司君 民主党の藤原でございます。 両公述人の皆さん、本日は大変御苦労さまでございます。 まず最初に、肥田公述人にお尋ねをしたいというふうに思いますが、年金、医療、介護というのは我が国の国民が安定した生活を送っていく上でその基盤を成すものでございまして、特にこの基盤を成すものがここ近年大変不安定な状態で揺れ動いていると。しかも、片側で戦後未曾有のデフレ大不況という中で大変国民の雇用あるいは生活の不安というのは高いと。こういう中で今回の医療保険制度の見直しということがやられたわけでございまして、肥田さんの方からは、患者には痛みを強いるものであり病院にとってはその存立が問われるような状況になると、こういう発言もあったわけでございます。 しかし、私ども、逆に治療を受けるといいますか、そういう立場から考えますと、これは一つの経済行為でありながら、しかも極めて特殊な財を提供していただくという側面もあるわけでございます。といいますのは、本人あるいは肉親にとりまして、できるだけ早く治ってほしい、一日でも長く生きてほしいという思いは、これはあるわけでございまして、これに対して、一般の商品のように、いろんな商品が並んでいて安い方を選ぶとか高い方を選ぶとか、そういうことも基本的にできませんし、またその内容と値段についてすら分からないという状況になっているわけで、要はお医者さん任せという中で、もうとにかく最善の医療サービスを提供してほしいと、こういうふうに思わざるを得ないわけでございます。しかし一方で、こういう気持ちがすべて累積されていくと医療費全体としては膨張していかざるを得ない。片側で少子高齢化、特に高齢化という問題があり、片側で現在の経済の低迷という中で、この収支という問題も横に置いて考えるわけにいかない状況にあることも事実でございます。 こういう中で、この医療費の抑制と、全体としての抑制ということも考えざるを得ないというふうに思うわけでございますが、この点について、まず公述人の皆さん、肥田さんの御意見をお伺いしたいと思います。
○公述人(肥田泰君) まず、医療費の抑制ということの問題の前に、日本の国民の命とか健康の質をどう考えるかということをまず最初に考えなければいけない問題だというふうに思います。 実は、国連に、ユニセフというところにU5MRという統計がありまして、これは世界各国で五歳の誕生日を迎えることのできなかった子供の数を示しているわけですね。これで、アフリカのアンゴラでは千人のうち二百九十二人。それから、アフガニスタンでは二百五十七人。百人台ではスーダンとかインドですね。それから、二けた台が中国、ケニア、ペルーとありまして、先進国という中でアメリカが八人、それからオーストラリアが六人、スイス五人、日本五人、一番少ないのがスウェーデンの四人という、こういう状況になっているわけですね。というのは、千人のうち言ってみれば三人に一人しか生き残れない国というのがアンゴラですよね。それから、千人中九百九十六人が五歳まで生きられるというのがスウェーデンですよね。日本はかなりいい方に属しているわけですね。 これは、この間の日本のやっぱり、先ほど木村代議士さんもおっしゃいましたけれども、日本の国民皆保険体制下でそういう状況が作り出されてきたわけであります。このことをやっぱりどう見るかという問題だというふうに思います。アメリカが八人というのは、明らかにアメリカには無保険者が四千何百万もいるという、この現実がこの数字を示しているわけです。そういうことから考える、あるいは高齢者がかなり、世界一長寿の状態をこの間保ってきたというのも、その日本の誇るべき医療制度のところにあるというふうに私は実感しているわけですね。そういうものを壊すというか、それをなくしていくことによって日本人の命とか健康という問題が非常に危機にさらされていく危険性がやっぱりかなり高いという問題が出てくる。そこのところにどれだけお金を掛けるのかということがやっぱり今問われているんだと思います。 ただ問題は、私は幾らでもそこに掛けろと言っているわけではなくて、例えば長野県の、この間、高齢者、長生きしていてもそれほど医療費が掛かっていないということが出ていたわけで、こういうことを日本国全体に、国の中にこういう状況を実現するような状況を作り上げれば医療費はそんなに高くなくても済むというのが私、実感しているところですね。 これは、予防、保健予防にどれだけ、これは余りお金掛からないわけですね。日本の国民の食生活なり運動能力とか、そういうものをいかに高めるか、こういうところに力を入れる、あるいは健康教育に力を入れる。ここには余りそれほどお金掛からないわけですね。そういう条件を作りながら、なおかつ病気が、病人が早期発見、早期治療することによってそれほど高いお金を掛けなくて治療をやることができる。例えば高血圧、糖尿病は初期のときだったら薬は要らないわけですよね。食事と運動だけでコントロールが可能なわけです。だから、そういうことをどれだけ広めることができるのか。このことがやはり日本の医療費を少なくする最も大きなやっぱり近道だというふうに考えています。 それを逆に、保険の負担を増やし、病院に掛かったときの自己負担を増やせば、なかなか行けない人たちを増やすという現実が生まれるわけで、ここのところを、悪循環をいかに断つのかということをやはり政府としては真剣に考えるべき問題じゃなかろうかというふうに私は考えています。
○藤原正司君 今おっしゃったこと、大変大事なことだと思うんですけれども、かつてからホームドクターと専門的な病院との関係というものがずっと言われながら、誠に失礼なお話なんですけれども、逆にお医者さんの側がいろんなテリトリーを作ったりして、あるいは一度囲い込んだ患者は手放さないとか、いろんな仕組みの中で、結果としてなかなか、言われるようなホームドクターとの間で日常的な健康管理とか予防衛生をやる、重篤な患者については病院に持っていくというようなシステムがなかなか構築されないで、どうしても大病院の方へ最初から患者が行くという傾向が強まっていると。 こういうことが一つの、重複的な医療といいますか、あるいは効率的な医療機関の利用につながっていないというようなこともあると思うんですが、この点についてはいかがでしょうか。
○公述人(肥田泰君) 一つは、日本の医療の仕組みがこの間どういう経過で作られてきたかというと、いわゆる開業医制度を軸にして作られてきて、その中でだんだん病院が大きくなっていったと。それから、一番大きい問題は、公的な医療機関がやはりほかの、他の先進主要国に比べれば少ない。特にヨーロッパと比べれば、公的な医療機関、病院はヨーロッパはほとんど公的なところが主にやっているわけですが、日本はいわゆる開業医から大きくなっていった病院が、民間病院がかなりの率を占めてきたと。そのことが今の日本の医療の大きな特徴付けているというふうに思っていますが、ただそれがじゃ開業医との間の患者のやり取りを阻害しているかというと、私は必ずしもそうでもないのかというふうに思っています。 それは、この間の厚生省の、まず大病院の外来患者の抑制と言いながら、実情は大病院に行った方がお金が安く済むという現状があるわけです。例えば、高血圧で掛かっている場合に、開業医に行ったりした場合にはいわゆる高血圧の、慢性疾患指導料というのが取られるわけですね。これは病院では取れない仕組みになっているわけですね。そこでもう必然的に診療所に行った方がお金が高く掛かるという、そういう制度になっちゃっているわけです。そうすると、お年寄りは三つも四つも病気を抱えていますから、病院に行った方が実質的には安いという状態が出るわけです、現状では。 だから、そういう、言ってみれば厚生省は大病院の外来規制をやるというふうに言って、そのための財政のやり取り、仕組みを作ってきたわけですけれども、現実的には、患者の側からすれば大病院に行った方がお金が安く済むという関係の中で、結局、言ってみれば年寄りは大病院に集中しがちになるという、そういう傾向が今生まれているということだと思っています。 そういう意味では、むしろ開業医に行った方が安く済むような、そういう制度として確立していかないと患者さんは開業医にやっぱり流れないという、そういういわゆる財政的な背景もあるんだということを御承知いただければというふうに思っていますが。
○藤原正司君 被用者の、被保険者への負担を増やしたからといって、そのことが現在の医療保険制度の根本的な解決につながるというふうには決して思いませんし、むしろ今言われたようなことも含めて、制度そのものを根本的に見直さない限り、これは保険制度としても今後存立していくのかどうかという問題もあると思います。 総額が膨らんでいく中で、一つは現在のそれぞれの医療費の決め方が独立的に、薬は薬、入院した場合はどう、外来はどう、あるいは技術料はどうというふうに、それぞれが独立した形で見合うような決め方というよりも、どんぶり勘定的なものが非常に強いと。 今日、先ほど肥田先生のお話の中でも、病院の中で今回の改定によって二億円減収だと。そのうち月七百何万、恐らく年間八千何万が薬価なんですよね。ということは、薬価依存というのはかなりあるわけで、新薬とゾロ薬との関係をうまく利用しながら、結果としてそれでもうけを稼ぎ出していかないと成り立たないという仕組みもあるやというふうに聞いておりますが、特にこの薬価の問題についてどういうふうにお思いでしょうか。
○公述人(肥田泰君) 薬価については、やはり日本の薬のお金は高いというふうに思います。 これは大阪の保険協会さんがお調べになったことですが、やっぱりヨーロッパ、特にドイツ、フランスと比べて日本の薬価が一・五倍から三倍高いという結果が出ているわけです。ここへやはりメスを入れることが必要だというふうに思っています。やはり日本の製薬企業がかなり言ってみれば大きなもうけを出しているというふうに思いますので、そこのところにきちっとメスを入れて、薬価を欧米並みにするだけで約一兆円から二兆円のお金は出るのではないかというふうにも言われています。そうすれば今度の医療改革をしなくても済むわけで、そういうようなところの整備というのが今求められているんじゃないかというふうに考えています。
○藤原正司君 次に、大久保先生にお尋ねをしたいというふうに思います。 今、雇用をめぐる情勢は、正に先生がおっしゃったとおりで大変厳しい。特に、二十歳代においては失業率の高さ、四十歳以上におきましては、失業率も高いわけですけれども、再就職の困難性というところが、しかも背中には家族を背負っておるという大変難しい状況にあるというふうに思うわけでございます。 根本的には景気が回復して雇用情勢が回復するということ以外なかなか難しい部分もあろうかと思いますが、一つは、就職あっせん活動の中で、ハローワークといいますか、官営の組織と民間さんのいろんな就職あっせん情報だとかとの関係で、どうもハローワークを中心とした官の方は情報が非常に少ないと。全体の二割ぐらいしか持っていないんではないんですか。むしろ民間の方が圧倒的に多くの情報をつかんでいるんではないかと。これについては、お役所の方はちょっと反対されて、統計の違いだと言われてはいるんですけれども。 こういう中で、就職、求人とそしてその仕事に就くまでのあっせん全体を考える中で、官と民と役割について、現在のいろんな定めをまるで取っ払って白紙でお考えになった場合、どういう分担があるべきだというふうにお思いでしょうか。
○公述人(大久保幸夫君) 今御紹介がありましたように、現在ハローワークを通じて転職をする人が約二割というふうに言われておりまして、また求人情報、そこで保有しております求人の具体的な情報に関しても、量の問題一つ、それからもう一つはいわゆるその専門職、技術職の領域についてはハローワークはかなり少量しか持っていないというのは実態としてあると思います。 これは、官民の役割分担といったときに、私は一つの観点は、当然ながら、現在の小泉内閣も方針として掲げております民間にできることは何なのかということをまず見極める必要があると。 先ほど来、ハローワークの中でいわゆる求人票を自らの手で選んで窓口に持ってこれる人は、これは民間でサービスできる対象者でありまして、この人たちの窓口での対応に相当の量のウエートを、パワーを使っているという事実については大変もったいないことだというふうに思っております。それによって、本来は官がやるべき、つまり長期失業者、就職困難者に対応する部分に手が回っていないと、こういう状態があるんだろうと思います。 私は、主にいわゆる自ら求人情報を検索できる領域の要するに求職者に関しては、すべて民間に任せる方がいいと。むしろ、一番最初に離職するときに、例えば、雇用保険をどうやったら受給できるのかとか、あるいは転職をするんだけれどもどんな助成金が使えるのかとか、あるいは転職する方法としてはハローワークもあります、民間の人材紹介もあります、求人誌や新聞広告もあります、派遣という方法もあります、こういうようなガイダンスの部分は公が私はやった方がいいんだろうなというふうに思っておりますが、その後は基本的に民間に任せて、いわゆる雇用保険給付が給付切れになるような段階の、つまり半年とか一年とかという形の段階になったときに、この人たちに関してはきちっと長期失業者にならないような対策をハローワークの支援策として実行していくと。このような官民の役割が原型としては私はよろしいんではないかというふうに思っています。 もう一つは、現在、厚生労働省が民間の規制緩和の議論の中に出てくる職業安定法というものを基にして規制のルールを作っておりますが、いわゆる法律を作る場所と実際のハローワークというものを運営する場所、同じところにあるわけでありまして、これをどういう形で、ちゃんと現場は民間とハローワークというものが同じ条件で競争できるかという環境を作ることも、もしハローワークというものを現在の形のままに強化していくのであれば必要だろうと思っていまして、どちらかの完全に役割を決めるのか、もしくは本当に競争、競争できる環境にするのか、どちらかの対策が必要ではないかというふうに私は感じております。
○藤原正司君 もう一つは教育訓練の問題だと思うんですけれども、現在、官の方では民間委託をされたり直営でやられたりしている。ところが、なかなかその訓練内容がスピードに合っていかない、現状の産業の求めるような内容、水準に至っていないという声がございまして、むしろそういうことならば、いっそのことそういう企業といいますか、あるいは業界が直営でやってしまった方がよっぽどいいんではないかという声もあるわけでして、非常に基本的なことだけを教えたり、時間もずれてしまって、一昔、一昔は失礼ですけれども、大変大きな変化の中で技術的に追従できない教育がやられたとしても、これはもう無効投資しかないというふうに思うわけですけれども、この辺の教育訓練の在り方について特に御希望といいますか、御意見ございましたら。
○公述人(大久保幸夫君) 現在行われております民間委託については、私は非常に効果が疑問であると思っています。これは実際の委託を受けている民間の学校の方々がおっしゃっていることです。 というのは、雇用保険給付の資格を取るために駆け込み申込みをして行くということで、動機付けされないままに学校に行っているぐらい効率の悪いことはないわけでありまして、この人たちが実際の学校に来て授業を受けながら居眠りをしていると、これは非常に困った問題だというふうに学校が受け止めておりまして、そうじゃない人は、自分のお金で来た人は本当に真剣に受け止めているわけですね。そういうような現場を見るにつけ、今のままの仕組みでは駄目で、本当に民間委託するんだったら、その前にどういう訓練を受けてどういうところに就職するのかという、ちゃんとカウンセリングを受けた上で行く必要があると思います。 もう一つ、直営の問題と委託の問題ですけれども、私は直営方式についてはかなり限界があると。つまり業界の、要するに実際の技術の最先端にいる人たちがグループを作って教える職業訓練の仕組みを作らないと、公務員が要するに教えるという構造自体に本質的な問題があるというふうに思っております。
○藤原正司君 最後に、先ほどのお話にもございましたように、労働形態のソフト化といいますか、常用労働というものが相当大幅に減ってきていると。フリーターだとか様々な短時間、短期間雇用というものが非常に増えてきていると。これは若い人、若者の労働に対する物の考え方というものの変化もありましょうし、ある意味では生活水準がかつてのようにどっちかって上がってきて、子供一人ぐらい何とか食っていけると、養っていけるという時代の変化もあろうかというふうに思いますが、このソフト化というものが、例えば国の社会保険制度だとか様々なものは常用労働を前提として仕組まれている。これが全然変わらないままソフト化がどんどん進んでいくということは、これは国の様々な制度、とりわけ社会保障制度の根幹をも揺るがしかねない要因をはらんでいると思うんですが、この点について一言お願いします。
○公述人(大久保幸夫君) 二つあると思っております。つまり、短時間正社員に代表されるような労働時間、週当たり労働時間の短い人に対して社会保障の仕組みがきちんと適用されるようにしていくこと、もう一つは、派遣労働者のように比較的短期間で就業場所の変わる人たちについてはこれまで直近までは非常に不便な保険制度だったものを、そういう人たちを前提とした仕組みはありませんので、短期間に入れ替わる人たち向けの制度も整備する、この二点の整備が必要だと思っております。
○藤原正司君 どうもありがとうございました。
○魚住裕一郎君 公明党の魚住裕一郎でございます。 両公述人、大変貴重な意見をありがとうございます。 早速ですが、まず大久保公述人からお尋ねしたいと思っておりますが、適切な長期、短期、中期に分けていろいろ御示唆に富む意見をいただいたわけでありますが、長期的視点の中で先生がおっしゃる知識社会に対応した考え方というものをお示しいただいたんですが、私は、現時点の労働失業問題という雇用問題というのはありますが、やはり長期的に見ると人口減少というのが大きな日本の国力維持についても大変な問題になろうかなと。そういうときには雇用政策も必要ないのかもしれませんが、ただ人口が減りまた高齢社会になっていく中でどういうような対応を考えていくべきか、簡略に、多岐にわたる問題でございますけれども、お考えありましたら教えていただきたいと思います。
○公述人(大久保幸夫君) 私は人口の減少に伴って雇用問題が解決していくというふうには思っておりません。現在においても、長らく若年の問題に関しては今後減っていくので自動的に解決するというふうな声もあったんですが、実際は二つの問題が発生している。つまり、ミスマッチはどんどん拡大していく一方であるということから、本当にその人が働きたいと思っているスタイルと働き口というのはかみ合っていない、この問題。これは更に拡大をすると思います。 もう一つは、高齢者の方々の比率が高くなりますが、この人たちがフルタイムワークができなくなるときに、いわゆるパートタイムワーク、パートタイマーではなく短時間という意味ですね、短時間でその人たちの技量を生かせる職場というのがほとんど開発されていない。 この二つの問題が放置されたままだと、実は人口減少社会イコール雇用問題解決ということにはならずに、むしろ別の問題が噴出してくるというふうに感じております。
○魚住裕一郎君 今、ミスマッチという言葉が出ました。 この間、ちょっとテレビを見ておりましたら、何か福島県ですか、建設の関係の方が新しく介護保険の会社を作って、今までコンクリートとか鉄とか一生懸命触っていたものが人間を触るというようなことで、いろいろ勉強をして資格を取ってというふうな、そういうのが報道といいますか紹介されておったんですが、その介護をする方、サービスがナレッジワーカーかどうか分かりませんけれども、社会全体として今までの在り方、近代工業社会はスキルワーカーが中心だったと。 そうじゃないよというふうな中で、今後雇用の対策として、一部先生出ておりましたけれども、どういうふうに考えていけばいいのか、お考えがあればお示しをいただきたいと思います。
○公述人(大久保幸夫君) 例えば、今の建設から介護へというような移動もそうなんですけれども、私は、本当にこのようなサービス労働への移動というものがきちっと社会の仕組みの中で成立していくためには、例えば介護労働なら介護労働、この労働自体が生産性の高い仕事になるかどうかというところにポイントがあろうかと。 介護でも、ただ決まったとおりにやればいいわけではなくて、かなり高齢者の中にも、少し余分にお金を払っても自分に合ったサービスを受けたいと思っている人もいると思います。そういう人たち向けに、高齢者が何を望んでいるかということを自分でしっかりつかんで、それをじゃ、こういうサービスを展開していったらいいんじゃないかと考える力、こういうふうな正しくおっしゃるようなナレッジワーカー的な素養を持った人がその業界にたくさんいらっしゃれば、そこには新しいサービス業のビジネスが成立するし、そうでなくて、単純にスキルワーカーのままで、ただ何軒回って、どこに行ってこの処理をやればいいんだという理解でやっていけば、ずっと多分このビジネスというのは低賃金の所得しか得られないようなビジネスのままに終わるんだろうと。 このポイントは、最大のポイントは、正しく先ほどから申し上げている人材育成しかなくて、それは職業教育と現在の初等中等高等教育をどう連携させるかという辺りに掛かっているんだろうというふうに思っております。
○魚住裕一郎君 それと、高齢者の方もどんどん働いていただくという社会の中で、年功序列賃金が崩壊して、定年制というものをやっぱり見直していかなきゃいけないだろうと。どんどん五十五歳から六十歳あるいは六十五歳というふうに、最後は肩たたきもそういう年齢で判断するわけじゃなくて、定年制自体もうやめてしまえというような意見もあろうかと思っておりますけれども、雇用政策においてこの定年制の問題をどういうふうにお考えでしょうか。
○公述人(大久保幸夫君) 現在においても、専門家の中でも定年制そのものは存在する価値が高いというふうに考えている方が多いというふうに思いますが、私はちょっと違った意見を持っておりまして、定年制については、もし労働契約の契約期間等の問題が整備されれば、定年制自体は私は廃止していった方がいいという考え方をしております。 この定年制というのは、定年制だけで存在しているわけではありませんで、新卒の一括採用と年次管理という処遇と、そして定年という三点セットで一つの雇用の仕組みとして成立しているものであります。その中の年次管理、例えば年功序列賃金は既にもうほとんど崩れてきています。そして、新卒一括採用も崩れ始めてまいりました。つまり、定年制だけは存在しても、定年まで働く人の数が比率がどんどん下がりつつあるという状態もございます。 一方で一律に優秀な人も六十歳、六十五歳で外にほうり出してしまうという制度でもありますので、私は、これからは七十五歳ぐらいまでは働きたい人が働ける社会を作っていくというふうに大きく理想を掲げるのであれば、定年制の問題を必ずしも是としない議論というものをしてみた方がいいのではないかというふうに感じております。
○魚住裕一郎君 何かアメリカ等でもかなり高齢者、七十歳、八十歳の方が、もちろん体力的な限界がありますけれども、しっかり働いているというふうなことも見たことがあるんですが、更に議論を深めていきたいと思っております。 先生のレジュメの中でフリーターということが出ておりますが、「セーフティネットあり」というふうに。これはフリーターというと最近何か社会保障の関係でも余りよくないのではないか、あるいは個人の生き方としても、給料面、定職に就いた場合低いのではないか、非常にマイナス的な要素でかなり言われておるんですが、先生のレジュメ、フリーターということ自体がセーフティーネットであるというふうな積極的な側面を主張されているように思うんですが、ちょっとこの辺コメントを補充していただけますか。
○公述人(大久保幸夫君) 先ほど申し上げましたとおり、フリーターの中にはかなり常用型のフリーター、常用雇用型のフリーターというものが多く存在をしておりまして、私は、その常用雇用に至らない臨時雇用型のフリーターというのはかなり個人にとってマイナスの要素が高いのではないかと。ただ、常用雇用型の人たちに関しては、先ほどのような職業訓練の仕組み等が整備されれば必ずしも一概に悪いとは言えないのではないかというふうな考え方を持っております。 加えて、フリーターは既にサービス産業の多くが中核的な労働力としてもう組み込んでいるわけでありまして、言わば必要とされる労働力としてなくてはならないものになっておりますので、一概にフリーターがよろしくないという言い方というのは望ましくないのではないかというふうに思っております。
○魚住裕一郎君 確かに、先般、ブッシュ大統領が来たときに小泉総理と食べたあの居酒屋さんのあそこのフリーターさんと、アルバイトと正社員が入れ替わるみたいな、そんな雇用形態になっているようで大変面白いなというふうに思っている次第でございます。 肥田先生に一点お聞きしたいと思うんですが、先ほど、この資料の中にもございましたが、診療報酬の改定で先生の病院自体も二億ぐらいですか減収になりそうだというようなお話でございましたけれども、また今回、診療報酬の抜本的な見直しはこの先だと思いますが、かなり、先ほど長野県の話とかされまして、もっといろんなお医者さんの意見を取り入れたりして、早いうちにやっていけば医療費自体も下がっていくのではないかという趣旨のお話をされましたけれども、そういう視点に立った診療報酬の改定というふうになっているのではないか。 例えば予防医学とか、何というんですかね、診察の見直しというか合理化もやってきているのではないのかなと、あるいは小児医療もちょっと分厚くしたりやってきていると思うんですが、ある意味では先生の御主張に沿った形でやってきたように思うんですが、その点いかがですか。
○公述人(肥田泰君) もちろん、一部そういう小児医療に対する手当ての問題とかあるんですけれども、全体的に見ますと、その部分は非常にもう影に隠れたような存在になっていまして、実質上は、例えば私のところの病院でも、小児の部分で増える量は、診療報酬上厚くなっている部分は月々十万点程度にしかならないんですね。要するに、ほかの診療報酬でマイナスの分の方がそれ以上激烈な状況になっていまして、そこを評価して今度のでいいですよというふうになるかというと、圧倒的な医療機関はとても今度はそれでは済みませんという答えが返ってくるかというふうに考えております。 今回の診療報酬の改定で、ごく一部の病院だけがこれで生き残れる可能性はあるというふうに思いますが、やっていけることはあると思いますが、圧倒的多数の医療機関はマイナスで四苦八苦する状況になるというふうに理解しています。
○魚住裕一郎君 どうもありがとうございました。
○小池晃君 両公述人の貴重なお話、ありがとうございました。 この間の予算委員会で主要な話題になっているのは、御存じのとおり、鈴木宗男さんの問題とか、そういう税金の私物化のような実態が問題になってきたわけでありますけれども、極めて不明朗な税金の支出の仕方をする一方で、国民には医療の面でも雇用の面でも痛みをという、私はこういうことを言う資格そのものが今問われているのではないかというふうに思っておりまして、実態をお聞きしてなおさらその思いを強くしているわけであります。 最初に、医療の問題、社会保障の問題で肥田公述人にお伺いをしたいと思うんですが、この間、若干その問題でも予算委員会で議論ありました。現役世代の三割負担が大きな話題になっておりますけれども、一方でやはり高齢者の負担増が今回非常に大きいと思うんです。その議論の中で、政府の側からは高齢者というのは裕福であると、であるからして、応分の負担をすることはやむを得ないんだというような御議論もあるわけでございますけれども、その点について御意見をお伺いしたいと思います。
○公述人(肥田泰君) 私が提出しました資料の後ろから二ページ目のところに、日本の高齢者は豊かになったのでしょうかという点で表を出しております。赤い線が高齢者世帯の年間の収入を示しています。平均値を取りますと三百三十数万というふうになるんですが、これは、この右端にずっと寝転がるようにずっと下がっていく高額所得者がいるために平均値が押し上がっているだけでありまして、中央値を取りますと大体二百四、五十万というところに落ち着きまして、圧倒的多数は、最頻値というところを見ていただくと分かるように、百万から二百万の、まあ言ってみれば日本の生活保護基準以下の高齢者世帯がここの部分に圧倒的多数が存在しているわけであります。そうしますと、ここの層が二五%でありまして、この平均値以下で六割という状況になりますので、そういう点でいうと、高齢者は裕福だというふうには言えないと私自身は思っている。 私たちの病院に来ます患者さんたちも、圧倒的な多数は月額四万、五万の年金生活のお年寄りであります。そういう人たちに負担をしろと言うのはやはり過酷であります。四、五万の生活の中からいわゆる介護保険料も引き取られるわけでありまして、それからこの医療費の負担ということになっていけば、生活そのものにお金を回す余力がなくなるという実態が生まれまして、ほとんどのお年寄りは、今度の事態になると、薬をまあ言ってみれば一日三回飲むのを一回に減らすとか、受診を二か月に一遍にするとか三か月に一遍に延ばすとか、そういう事態になることを非常に心配しているわけであります。 それから、次のページに、日本の高齢者は豊かになったのかということで貯蓄の状況を示しています。高齢者は、年間所得は少ないけれども、昔からためているんじゃないかというふうに言われているんですが、実際は四割が二百万以下のいわゆる貯金しか持っていないという状況でありまして、これは、いざ自分が病気で入院したりとかということを考えると、この額でさえ不安だというのが実情だというふうに考えています。
○小池晃君 こういう実態の中でやはり高齢者の負担が加速度的に増えていくということは、特に女性の独り暮らしの、残された高齢者の単身世帯というのがやはり年金も低いし生活も厳しいという中で、そういう世帯を直撃するのではないかということを大変危惧するわけであります。 それから、もう一つこの間議論として出てきておりますのは、非常にデフレだと、景気が悪いと。そういう中で負担を増やすということは、デフレの足を引っ張るといいますか、デフレを更に加速をするんじゃないかという指摘がありました。それに対して政府の方からは、これは小泉さんなんかもいつもおっしゃるんですが、窓口での負担、それから保険料、それから税金、いわゆる公費、この三者によって医療費というのは構成されているんだから、結局、窓口での負担を増やさなくても税金が増えれば同じじゃないかみたいな、出どころは同じ、同じ財布から出ているみたいなそういう議論をされるんですが、そのことについて御意見をお聞かせ願いたいと思います。
○公述人(肥田泰君) 私は、税金の使い方そのものをやっぱり根本的に変えるべきだというふうに考えます。 先ほどの住友総合研究所とかの試算でも明らかなように、欧米諸国は社会保障の方に、公共事業費よりも圧倒的に日本と逆さまの状態でお金を出しているわけです。そういう仕組みそのものに変えていかない限り、今のまま財政が大変だ大変だということで患者さんの自己負担を増やしていけば、公的介護保険、公的保険制度というものは存在し得なくなってしまうというふうに考えています。 やはり今回の国会の審議の中でも、鈴木宗男氏とか、あるいは加藤紘一氏の秘書のお金の、税金をあたかも還流するがごとく無駄遣いをするというようなシステムとか、あるいは外務省の隠し金の問題とか、あるいはODAに対する本当にこれが役に立っているのかというような支出とか、あるいは公共事業費、大型公共事業費に対する支出とか、こういうものはやはり切り詰めて、国民の生活、最も命と健康という国民の生活の基本にかかわるところに国の税金を使うというシステムに変えない限り、この今のやり方を続けていけば、いずれ健保法の三割も四割、五割になる危険性が非常に高いし、それから、もしそうでなくても、保険で利く部分を圧倒的に少なくしていくという方向でもって自己負担が次々に増えるという状況がこれからも続くのではないかということを非常に危惧しているわけです。 〔理事野沢太三君退席、委員長着席〕 そうなったときに、日本のやはり高齢者だけじゃなくて、子供たちも含めて本当に安心して医療を受けることができるのかどうか。このことは常に医療機関、医師として、国民の病気、健康ということに対応している者としては、ここのところに力を入れるような政治そのものに変えていかない限り、やはり日本の医療制度そのものがアメリカ型の医療に転換していく危険性が非常に強いと。アメリカは、先ほど言ったように、四千数百万の無保険者がいて、そのおかげで平均寿命も延びないし、それからいわゆる乳幼児の死亡率も先進資本主義国の中ではかなり高いという現状がやっぱり生まれているわけです。 このまま、今のままで国民負担がどんどん増やされていくことになれば、医者に行くことがほとんど不可能になる貧困層というか、実は今、生活保護受給者が全国で約六十五万世帯というふうに言われていますが、実はこの十倍に当たる生活保護基準以下の生活を強いられている人たちがいるというふうに資料では出ています。ということは、日本の人口の約一〇%から一五%がいわゆる生活保護基準以下の生活をしているわけで、この人たちが、今の医療費の自己負担分が増えていったときに、やはり医者に掛かれない、医療機関に行けないという事態が間違いなく生まれる。そのときに、やはり日本の国民の平均寿命は減るだろうし、子供たちの、乳幼児の死亡率も上昇する傾向が生まれてしまう。そうなったときに、果たして日本の国民が本当に幸せと言えるかどうか、そのことが今問われているんだというふうに考えています。
○小池晃君 ありがとうございました。 窓口での負担というのは、更に言えば所得にかかわりなく掛かってくると。税金というのは累進課税という、そういう面からいっても、私は同じお金だというふうには言えないと思うんですね。やはり窓口での負担を増やすというやり方は、もう弱い立場の人を直撃するやり方だということを私も同様に思っております。 大久保公述人に一点お伺いをしたいんですけれども、雇用の問題です。 先ほどから公述人もサービス業が重要だと、医療、福祉というのは有望分野だとおっしゃいました。一方で、政府は、経済財政諮問会議で先般五百三十万人の雇用創出ということを言っている。大久保公述人はアエラの座談会で、この五百三十万人というのはどうも期待し過ぎじゃないかというような発言をされております。 この五百三十万人の雇用創出計画についてどのように評価されているか、お聞かせ願いたいと思います。
○公述人(大久保幸夫君) サービス業に関しましては、いわゆるこの前の十年間で三百四十万人の雇用創出をしております。ですから、経済の伸び率が下がる中で、五年間で五百三十万人というのは、どう考えても私は現実的な数字ではないというふうに理解をしております。 そして、幾つか、サービス業しか雇用創出の場がないということは私も全く同感でありますが、いわゆる産業政策で雇用政策、雇用が出てくるということではないので、産業別に何か手を付けて云々かんぬんということとは、あの五百三十万人の計画とはなかなか結び付かないんではないかというふうに私は理解しております。
○小池晃君 私も、五百三十万人の雇用創出というのは本当に絵にかいたもちではないかなというふうに思っております。 以上で終わらせていただきます。ありがとうございました。
○平野貞夫君 私は、国会改革連絡会という会派の自由党に所属している平野でございます。 両公述人にお尋ねいたしますが、必ずしも自由党の政策を言うわけじゃございませんで、個人の政策を言いますので、ちょっと誤解のないようにひとつ。 私は、あらゆる経済政策の最終目標というのは、就業機会といいますか、仕事を作ることだと思います、突き詰めていけば。そういう意味で、小泉首相は失業が増えても不良債権処理はすべきだということを盛んにおっしゃっておるんですが、この点について大久保公述人、どのような御意見をお持ちでしょうか。
○公述人(大久保幸夫君) 私は、先ほど短期、中期、長期に分けて少し御説明をしましたが、雇用の問題は、当面、短期的な中高年の失業の問題よりも長期的な問題の方が深刻な問題だというふうに私は理解しております。それが先ほど言った、人材育成がどうもうまくいっていないんじゃないかとか就業率が低下しそうだとか、こういう問題でありまして、この問題に取り組むための下準備として、もし現況を打開するために不良債権処理が必要であればそうなのかもしれないというふうには思います。が、どちらにしても当面の失業の問題よりももっと大きなものが背後にあるというのが私の理解でございます。
○平野貞夫君 私は、資本主義である限り不良債権って出てくるのは当たり前だと思っております。ただ、なるべく多くしないように、なるべく健全に不良債権をするのが政治の仕事だと思います。ですから、不良債権を優良債権にするということは、すなわち仕事を中期的にも作っていくことだと思いまして、ちょっとその、何で不良債権の処理というものに慌てているかということについてちょっと、これは私の意見でございますが、そういう思いを持っているわけでございます。 問題は、その働き方をどうするかということなんですが、私は、今日のような非常な異常な不況期においては、民間の仕事がだんだんなくなって奪われているわけなんですから、これは、小さな政府論というのは格好はいいですけれども、やっぱりよほど考えなきゃいかぬ、理想的にはそういうことですが。 そこで、私は、国債を使ってでも、あるいは公的機関が関与をしてでも、今はやっぱり仕事を作る、就業機会を作るということが大事だと思います。その中に、大久保公述人のお話の資料の中のものがあると思いますが、積極的に公がこの緊急事態にはそういうことをやっぱり配慮すべきじゃないかという意見を持っていますが、御意見をいただきたいと思います。
○公述人(大久保幸夫君) 一つ雇用の、雇用政策の問題だけを考えても、私は、今、民もできていない、公もできていないことというのはたくさんあって、それについて手を付ける必要があるということは一つ思っています。 もう一つは、サービス業の雇用創出の話の中に、サービス業の中には公共サービスも含まれます。公共サービスというものの雇用がかなり大きな要するにポテンシャル、期待可能性を持っているんではないかというふうに思います。公共サービスは、公共が本当にサービスするのか、公共のサービスを民間委託してサービスするのか、公共のサービスを民営化してサービスするのか、これはいろんなバリエーションがあるんだろうというふうに思っております。
○平野貞夫君 問題は、やっぱり働き方の問題だと思います。そして、新しいこの二十一世紀の情報化社会の中での働き方のルールといいますか、あるいは知恵というものが私たち政治家も含めて十分研究されていないということではないかと思いますが、私も国債を使って、この失業の多いときに、不況のときにその仕事を増やすということについての議論を今しましたんですが、ただし今の政治の形態では私はやはり問題があると思います。 そこで、肥田公述人が先ほど税金の使い方を根本から変えるべきだと、税金の還流的なもの、不法、不正、不適切な税金の使い方を変えることだというお話だったと思いますが、ちょっと具体的にもう一回、大まかに今の税金の使い方の問題点を言っていただければ。
○公述人(肥田泰君) 鈴木宗男氏がやったことは、言ってみれば税金で仕事を回した先から自分の懐にお金を入れるという、そういうことをやったわけですから、その仕組みそのものをやっぱり、例えば公共事業とか政府とか地方自治体が仕事を出したところからは政治献金はさせないとか、そういうシステムを作ることが今問われているのではないかというふうに私自身は考えていますが。
○平野貞夫君 実は、無責任なことは言えませんが、今年の予算でも十八兆ちょっとぐらい、いわゆる社会保障費というのが計上されておりますが、社会保障費だって見方によればいろんな団体、様々な談合、なれ合いという仕組みの中で裏表の政治資金に環流をされています。まして、公共事業の場合に丸投げ、談合、これはもう想像を絶するぐらいでございます。 私は、おとといもNHKの放送討論会で、約一割はそういう不正、不適切なものがあるんじゃないかと。そういう過剰な特定の政治勢力への傾斜した税金の配分ですね、これをやっぱり適切な国民生活、雇用、あるいは医療、こういったものに使える、こういう政治こそ本当の構造改革じゃないかと、こう思っておるんですが、肥田公述人のお考えを。
○公述人(肥田泰君) その点に関しては、そういう無駄遣いを改めて、そこを医療とか福祉とか教育とか、そういうところに回すということについて、私もそのとおりだというふうに考えております。
○平野貞夫君 ありがとうございました。
○大脇雅子君 貴重な御意見ありがとうございます。 大久保公述人にお尋ねをいたしたいんですが、政府は一般会計による各種の助成措置を行い、あるいは雇用保険三事業で助成金や給付金を六十二種類も出しているわけです。しかし、その実績率を考えますと、例えば中小企業の雇用創出だとか新規成長分野の雇用創出だとか、あるいは労働移動のところとか高齢者のところとか介護労働のところ、最も転換をしなきゃいけないような一つの助成金がほとんど実績を上げていないということなんですよね。だから、そうした助成金、給付金行政みたいなものについての御意見と、それから今、政府がやらなければならない雇用政策というものはどんなものがございますでしょうか。
○公述人(大久保幸夫君) 私も、助成金の一つ一つのものに関して、消化率とともに実際の利用した企業の声等、よく聞く機会がございます。その結果、全体的に言えば、やはり助成金による政策というものが手詰まりになってきていると思っています。とりわけ、助成金の中でも人材を採用したときに人件費の一部を助成するものが数多くございますが、企業経営者は、要するに賃金の一部が補助されたからといって本来予定している以外の人を採用するかといえば、これは採用しないということがありまして、これはやっぱり結果的な支給にしかすぎないということになっているように私は感じております。この部分に関しては、助成金の交付というものから政策的に私はそろそろ引き揚げるときに来ているんではないかというふうに感じておりまして、むしろ、先ほど来から申し上げておりますとおり、長期失業者に対する対策費の方にお金をシフトするべきではないかというふうに感じております。
○大脇雅子君 ありがとうございます。 肥田公述人に対してお尋ねをしますが、高齢者医療の増加その他、非常に大きな問題となって、社会的な入院等解消すべきだという臨床的な対処はされておるんですけれども、問題は予防医学といいますか、寝たきりゼロ作戦のようなそういうのが全く何か効果を上げていないような気がするんですが、現場とか何かでいわゆる予防原則というのはどんなふうになっていて、どうあるべきだというふうに考えたらよろしいんでしょうか。
○公述人(肥田泰君) 実際にこの介護保険制度が始まって、特養とかそれから老健の現場で何が起きているかというと、回復して良くなるとそこの施設を出なけりゃならないという状況が出てきて、なるだけ一生懸命リハビリをやらないとか、場合によっては自分でひっくり返って骨を折るとか、そういう事態も現実には生じてきているわけです。だから、そういう今の介護保険の仕組みそのものも含めて、やはり予防措置あるいは早期リハビリをやって早期退院して、在宅で介護やあるいは社会復帰ができるようなそういう状況をいかに作り上げるかというのが今求められているというふうに考えています。そういうところに国や地方自治体がお金を出す施策というのが今求められているというふうに思っています。 例えば、介護ヘルパーの問題でも、地方自治体、それまで常勤で雇っている人たちをほとんど今首を切っています。要するに、もう地方自治体の財政からその人たちの人件費を扱うことが困難な状態の中で結局首を切るという状態になっていまして、やはり公がどんどんそういう場から手を引いているわけですよね。そういうところは、むしろ公が積極的に支援をして、そういう中からそういう家での寝たきりをなくすような、そういう措置を今取ることが求められているというふうに私自身は考えています。
○大脇雅子君 ありがとうございました。
○委員長(真鍋賢二君) 以上で公述人に対する質疑は終了いたしました。 この際、公述人の方々に一言お礼申し上げます。 本日は、有益な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。(拍手) 速記を止めてください。 〔速記中止〕
○委員長(真鍋賢二君) 速記を起こしてください。 ─────────────
○委員長(真鍋賢二君) それでは、引き続き公述人の方々から意見を伺います。 この際、公述人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。 お二方には、御多忙のところ本委員会に御出席いただき、誠にありがとうございました。委員会を代表して厚くお礼を申し上げます。 本日は、平成十四年度総予算三案につきましてお二方から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、どうかよろしくお願いいたします。 次に、会議の進め方について申し上げます。 まず、お一人二十分程度で御意見をお述べいただき、その後委員の質疑にお答え願いたいと存じます。 それでは、外交・防衛について、公述人慶應義塾大学総合政策学部長小島朋之君から御意見を伺います。小島公述人。
○公述人(小島朋之君) 小島でございます。 私に与えられましたのが外交・防衛ということであります。この分野についての予算に関連した私の意見を簡単に申し述べさせていただきます。 外交ということであれば、もちろん国の根本にかかわるわけでありますが、それを執行する政府の機関というのが外務省でありまして、そのことにも本来は触れなければいけないのであろうかと思いますが、本日はむしろもう少し大きな外交・防衛というところに話を絞ってさせていただきたいと存じます。 当たり前のことでありますが、外交・防衛の任務というのは国益を守るということであり、それは一言で言えば平和と繁栄、これを維持していくと、こういうことであり、ちょうど今回の国会の小泉首相の所信表明演説の際に、その日本の平和と繁栄のためには国際社会の平和と繁栄を維持しなければならないと、こういうふうに述べられていたとおりであろうかと思います。正にそこに外交・防衛の任務があるということであろうかと思います。その意味で、この小泉内閣の場合にも、聖域と言われる国内の経済構造改革とともに、この現実の問題としての平和の維持、危機管理への取組というのが真剣に行われてこなければいけないと、こういうことであろうかと思います。 その外交・防衛の任務、それに関連した外交・防衛の任務というのは、当面はやはり一つには九・一一、九月十一日のアメリカの同時多発テロ、これに関連した言わば国際的なテロ対策へ日本が積極的に協力していくと、こういうことであろうかと思います。 いま一つは、これも国連平和維持活動への積極的な貢献と、こういうことであり、そして日本が従来から進めてきた経済協力の推進と、こういったところにあろうかと思います。私の提出いたしましたレジュメの一七%減、ODA、これは実は対中ODAでありまして、ODA全体としては今回の予算においては一〇%強の減少と、こういうことになったわけであります。 もう一つは、やはり安全保障という観点から見た際の有事関連の法案整備、こういうところに焦点が絞られてくるだろうと思います。 私自身は、外交・防衛の中でも特に中国を中心とした東アジアを専攻しておりますので、その側面に沿って若干の私自身の意見というのを述べてみたいと思います。時間も限られておりますので、二点に絞ってそれを申し上げておきたいと思います。 第一点は、対中政策に対する疑問と提言ということであり、第二点は対中政策を考える上でも今後の日本の外交・防衛にとって決定的に重要と思われるのが東アジア外交への取組であり、その東アジア外交に対する疑問と提案というところに絞って簡単に説明させていただきたいと存じます。 まず、第一番目の対中政策でありますが、最近の一つの傾向というのは、中国の軍事、あるいは経済の脅威論と、こういうところにあろうかと思います。一面の真理はついているわけでありますが、正に一面の真理であって、全面的でないというところが大いに問題であろうと思っております。こういった中国脅威論に対しては冷静な対応をしていかなければいけないのではないかと。 様々な側面がありますが、二点だけこれについて申し上げれば、最近問題になっている、どこの国の船か特定はまだされていないようでありますが、武装不審船引揚げ問題であります。当然引き揚げられるべきということになろうかと思いますが、問題は、この不審船が発見されたときが日本の主張する排他的経済水域である、そして沈んだのが中国が主張する排他的経済水域であると、どちらも領海ではないと。この問題というのをじっくり考えておかなければならないというのが一点であります。 二点目は、特に中国の軍事脅威論に関連しての問題、あるいは焦点というのは、中国の軍事力をどう評価するのかということであります。 一言で言えば、日米同盟の下の日本にとって中国の軍事力はほとんど脅威にはならないということであります。兵器体系は旧ソ連、ロシアの、ロシアからの兵器、それの輸入あるいはそのコピーに依存しており、その体質はほとんどまだ変わっていないというところであります。 もう一つ重要な点は、アメリカに対する核の最小限抑止、これについてもかなり疑問があるということであります。その結果として、MD、ミサイル防衛網、これが配備された際には、それに対抗しようとすれば、中国は経済的に見てもちょうどソ連がそうであったような状況に行かざるを得ないと。 こういった点を考えた上での中国の軍事力の冷静な評価というのが必要になろうという点がまず第一点の中国脅威論であります。 第二点は、歴史問題への冷静な対応ということであります。 歴史教科書あるいは靖国神社参拝、いずれについてもこれは中国の歴史問題、ここに行き着くわけでありますが、ここでも我々が冷静に対応すべきその出発点になるのは、こういった中国の問題提起は、一九四九年の中国の建国以来五十数年間続いたものでは決してないということであります。我々が今見る歴史問題に対する中国の論点のほとんどは一九八〇年代後半、特定すれば一九八五年の抗日戦争勝利四十周年、これ以降のことであるということであります。それがなぜ出てきたのかといえば、一言で言えば愛国主義教育、これとの関連で出てきているということを我々は忘れてはならないということであります。 第二点は、歴史の共同研究の提案、これをやはり今すべきなのではないかということであります。ただし、歴史の共同研究が歴史認識の共有を目指す、それはとても無理な話であり、むしろそれぞれの異なる歴史認識に対する相互理解を深める、こういう趣旨で進めていく必要があろうということであります。 三つ目は、中国経済脅威論、これに対する冷静な対応であります。 昨今、盛んに言われる中国経済の目覚ましい発展、それは、中国が世界の工場化した、世界の生産基地化したと言うけれども、よくよくこれも見てみれば、日本の企業の中国への移転がそういった側面を促進している。そういう意味では自業自得なのではないかということであります。これが一点目。 二点目は、この発展というのは、その内実を見ればなかなか微妙な問題をはらんでいる。一言で言えば、本来の国の経済の発展は、その国の通貨と例えばドルとの為替レートで見れば、発展すれば当然、自国通貨はその価値を高めていくわけであります。日本が正に三百六十円から九十円になっていくと、こういうことでありますが、実はよくよく中国の為替レートの動きを見ていますと、全くとは言いませんが、かなり逆行するということであります。 一九八四年、私がちょうど北京に一年滞在したときの円と元とのレートは、ここに書きましたように一元百二十円であります。それが昨年は、二〇〇一年、一元が十五元と、こういうことであります。これ、どう考えてもおかしいわけであります。 もう少しこれを具体的な数字で見てみたのが二ページ目のところでありますが、これは慶応大学の産業研究所がここ十年来続けております国際的な産業連関・環境連関比較、その中で出てきたものでありますが、昨年、サービス品目二百六十四、財で八十九品目を東京、大阪、北京、上海で実際に学生たちを動員して、買って、使って、見せてもらったものでありますが、ハンバーガーセット、東京五百円、北京十九・五円。つまり、一人民元が二十五・六円と、こういうことであります。髪を切りそろえるだけ、よく日本のJRの駅にもありますが、千円から二千円。それが中国、北京では十元。ということは一人民元二百円と、こういうことであります。昨年問題になったセーフガード、長ネギ、生シイタケ、畳表、これ大体で取り合わせてみると、一元が八十二円と、こういうことであります。 つまり、一言で言えば、為替レートは円を過大評価し、元を過小評価している。大体五あるいは五・六ぐらいのところであります。つまり、これは、皆様もよく御存じの購買力平価、PPPで見れば、中国経済はもう日本経済を追い抜いてしまっていると、こういうことになります。実はそれはどう考えてもおかしいわけでありまして、その意味での元、円、このレートについて少し注目しておく必要があろうということであります。 もう一言付け加えれば、人民元は事実上米ドルにペッグしております。その意味では、この問題の取扱いも日米共同ということが必要になってくるということであります。 第二点は、東アジア外交が日本にとって死活の重要性を持っているという点であります。日本の対中政策もその意味では東アジアという文脈の中に位置付けなければならないだろうということであります。 ここで言う東アジア地域、重要な東アジアというのは、一言で言えば、一九九〇年代末以降本格化してきた東アジア地域における多国間協力枠組み、この部分であります。その最も象徴的なのが二〇〇一年十一月、シンガポールで、二〇〇〇年、失礼しました、二〇〇〇年十一月に開かれた10プラス3、ASEANの十か国と日本、韓国、中国、北東アジア三か国のサミット、ここで将来の東アジア共同体、この実現に合意ができたということであります。 この合意の内容は極めて重要であります。一つには東アジアのFTA、いま一つには経済協力と安全保障の協議、いずれをも行う東アジア・サミットの定例化、これに合意ができたということであります。 そして、このとき、二〇〇〇年十一月においては、日本に対するこの方向に対する貢献への期待が極めて多かった、大きかったということであります。ところが、昨年以降、それについての日本に対する期待が急激に今しぼみつつある。そこのところを我々は認識しておく必要があろうということであります。 中国は、昨年十一月のブルネイにおける10プラス3において、中国・ASEAN間のFTAを十年以内に実現することに合意いたしました。 今年一月、小泉首相は東南アジアを歴訪し、その中で政策演説を行い、そして、拡大した東アジアのコミュニティーづくり、こういう提唱を行い、その中で包括的経済連携構想の提案を行いました。率直に申し上げて、実にあいまいであります。 この一月に、既に東南アジアにおいてこの包括的経済連携構想の具体的な詰めが日本と東南アジアで行われ、その中でまず議論になったのがターム・オブ・レファレンス、つまり、一体全体、包括的経済連携とは何だということであります。FTAなのかそうでないのかはっきりしないということで、ある意味で皮肉、やゆがなされている。九年あるいは八年以内のFTA実現というような提案がなぜできなかったのかと、この辺りのところをもう少しきちんと考えておく必要があろう、それほどに日本にとって東アジア地域というのは重要になってきているということであろうかと思います。 時間になりましたので、私の意見陳述はこれで終わりたいと思います。
○委員長(真鍋賢二君) ありがとうございました。 次に、食品安全について、公述人京都大学大学院農学研究科教授新山陽子君の御意見を伺います。新山公述人。
○公述人(新山陽子君) 京都大学の新山でございます。 私は、食品安全性確保にこれからどのような対策が必要かということについてお話しさせていただきます。お手元の資料をごらんください。 早速ですが、まず初めに、現在の食品を取り巻く社会状況について述べさせていただきます。 先進諸国では、資料はお手元にございますでしょうか、先進諸国では一九八〇年代あるいは九〇年代に入りまして、食品事件が続発する新たな社会状況に入っております。概要は資料一ページにメモしております。 日本では九六年ころから毎年のように大規模な食中毒事件や食品に由来する社会事件が発生しております。食中毒事件の発生件数、罹患者数は、九〇年と二〇〇〇年の数値を示しておりますけれども、著しく増大しております。これらの食品事件は国民に大きな健康被害をもたらすとともに、消費者の食品に対する不安と不信を増大させております。このような事情はEUやアメリカなどでも同様で、先進諸国に共通の現象であり、新たな社会状況であると考えられます。 先進諸国でこのような大規模な食品事件が続発する原因ですが、幾つかございます。 第一に、危害要因として細菌などの微生物が多く、またBSEの原因と言われておりますプリオン、たんぱくを含めますと生物系の危害要因が極めて多いのが特徴であり、人類はまだ微生物の制御に成功していないということが強く認識されるようになってきています。 第二には、大量生産、大量流通が進み、交通・流通手段が発達し、さらに世界的に貿易障壁が削減されてきたという現代社会経済の状況です。これによりまして、流通の量と範囲、速度が地球規模で拡大し、いったん事故が起こると、その汚染の範囲と速度が著しく大きくなってきております。 第三には、生産、流通をつかさどる企業、そしてそれを監督する行政の、残念ですが事件発生後の対応の悪さです。すなわち危機管理の欠如であり、これが一層事件の規模を大きくしております。 以上のような中で、BSEで困難を極めたヨーロッパでは、その経験を通して食品政策、とりわけ食品安全性への対応が大きく進展しています。農場から食卓までの一貫した食品の安全性管理はそのキーワードになっています。このようなヨーロッパの到達点を踏まえ、以下、これから必要とされる対策を考えてみたいと思います。 内容は、第一に食品のリスク、すなわち危険性、そして安全性をどのように考えるべきか、第二はリスク管理の枠組みと手法、第三が食品安全性確保のための法と組織機構の整備をどのように考えるかです。 では、資料の二ページの食品のリスクと安全性の考え方に入ります。 まず、リスク、危険性、そして安全性とは何かです。 食品におきましては、危害要因、とりわけ微生物がそうですが、これは一〇〇%排除することはできず、したがって常に危険が残ると考えなければなりません。 危険の原因を幾つか挙げておきました。 食品やその素材の持つ健康への益、そして害、これはメダルの裏表と考えなければなりません。典型的な例が微生物の存在で、人間や家畜には体内の微生物が不可欠であり、通常はそれと共存しています。しかし、増殖し過ぎると危害要因に転化してしまいます。また、こうした微生物の突然変異など、事前に予測できない危害要因が発生することが増えています。また、危害要因削減や検査の技術レベルがあります。さらに、ヒューマンエラーと呼ばれる人間が犯すミスが避けられないということがあります。したがいまして、常に絶対的な安全は保証できないと考えなければなりません。 そのような実情に立ちますと、資料にメモしましたように、リスク、危険という言葉は健康危害の確率、その重さで定義されます。また、安全性は危険性が許容可能な水準に抑えられている状態として定義されます。いずれも度合いあるいは程度でしかとらえられないものだということです。 以上のような危険と安全性の認識に立ちますと、より注意深く安全を確保するシステム作りを行う必要があり、大切なことは危険性の科学的査定に基づいたリスク管理とリスクに関する的確な情報の提供ということになります。 食品安全性対策では、また消費者の健康保護が最大限優先されるべきことです。また、そうすることが生産者の利害とも一致します。つまり、食品の安全の確保によって消費者の信頼を得ることによって初めて生産者や業者は市場を確保でき、自らの所得の機会を得られるからです。このことは、それができなければ企業さえつぶれてしまうということが最近の食品事件の教えるところでもあります。 また、政府、生産者・企業、消費者にはそれぞれに相応の危険に対する理解と責任が生じます。 では、三ページに移りまして、どのようなリスク管理の枠組みと手法を取るべきかに話を進めさせていただきます。 重要な枠組み及び手法は三つございます。 第一はリスクアナリシス、危険性解析、そして第二が予防原則という考え方、そして第三にリスク管理の手法としてのトレーサビリティー、追跡可能性です。欧米では既に適用が進んだり、適用をめぐって盛んに議論が行われていますが、日本ではいずれも今ようやくこれらの重要性に気付いた段階で、認識は非常に遅れております。 まず第一のリスクアナリシス、危険性解析ですが、これは危害要因と危険水準を査定し、それに基づいて危険性の管理、つまり具体的には政策や規制の立案ということですが、それを行っていこうというものです。 これは、国際的にはコーデックス委員会、すなわち国際的な食品規格や衛生規範を議論する委員会ですが、そこにおいて九〇年代の初めに導入されて、主要国では既にこの枠組みに沿って政策が立案されるようになってきております。EUではEU食品法の一般原則に取り入れられております。 解析の枠組みは三つの要素から構成されています。 第一がリスクアセスメント、危険性査定です。あるいは危険性評価とも翻訳されています。これは危害要因を特定し、その危険水準を科学的に査定する手順から成り立っています。ここでは原義として、危険性の管理、すなわち政策立案に従属しないようにする。つまり独立性、客観性、透明性が最重要とされています。 第二がリスクマネジメント、危険性管理です。政策立案や規制措置を取ることを指しますが、ここでは消費者の健康保護を第一の目的とすることが明示されています。そのためには、危険性管理は第一の危険性査定の結果に基づいて行うこととなっています。原理は透明性、一貫性です。 そして、第三の要素がリスクコミュニケーション、危険性情報交換です。危険性の査定者と管理者との間、査定者と管理者の間の危険性に関する情報交換、そして消費者や利害集団との情報交換、それがその内容となっています。 以上の解析の枠組みにおいて特に重視するべきことは、危険性の査定と管理とを機能的に独立させるべきことです。 なお、このような危険性解析の枠組みを用いた手法として、生産者、業者の利用できる手法があります。その代表的な二つの方式が、御承知のとおり、食品の衛生管理のために導入されるようになりましたHACCP、もう一つが国際標準化機構が品質管理の国際規格として提示されているISO9000のシリーズです。 では、次に四ページに移っていただき、予防原則を紹介させていただきます。 これは、危険性管理においては、科学的には未確定であっても、健康への有害な影響を与える可能性が認識できた場合には、科学的査定ができる条件を整うまで待つのではなくて、早期に高水準の健康保護策を取るというものです。この原則は特にヨーロッパで重視されており、食品法の一般原則に挙げられております。コーデックス委員会ではリスクアナリシスの原則の中へ導入するかどうかが現在議論中です。 続けて、第三のトレーサビリティー、追跡可能性の説明に入りたいと思います。 トレーサビリティーは危険性管理の手法の一つとして、また生産・流通プロセスに関する情報を蓄積し提供する手法として位置付けられております。やはり、この手法を重視しているのはヨーロッパであり、食品法の一般原則に挙げられております。BSE対応のために牛肉に導入されたことから重視されるようになり、現在、遺伝子組換え作物に導入すべく法案ができ上がっております。 コーデックス委員会では一般原則への採用を議論中ですが、ことし三月上旬に横浜で行われましたバイオテクノロジー応用食品特別部会では、トレースという言葉に変わっておりますけれども、遺伝子組換え製品のリスク管理にこのトレーサビリティーを含めることが可能ということが決定されております。 では、トレーサビリティーとはどのようなものかですが、国際標準化機構のISO8402の用語集では、資料に書いておりますように、記録された証明を通して、ある物品や活動について、その履歴と使用状態又は位置を検索する能力と定義されています。これは、記録を残すことによって証明をする、それによって製品の履歴、状態、そして生産・流通過程のどの位置にあるかを検索することができるようにするということがポイントです。 EU食品法では、食品に対して定義しておりますが、対象を食品、そしてえさ、そして動物由来の加工品、その全体を対象とし、さらに生産、加工、流通のすべての段階を通すというふうにしております。 このように食品では、工場内だけでなく、農場の素材生産から始まって、加工・流通段階を経由して消費者の手元に届くまで、すなわち農場から食卓までのトレーサビリティーの確保が必要になります。 実際の手法ですけれども、これは技術的、経済的制約によって幅があります。典型的な手法は、全製品に照合番号を付けて製品のトレースができるようにし、併せて必要とされる情報を各段階で積み上げながら製品と一緒にしてそれを先へ送っていくというものです。 イメージしていただけるように、資料の一番最後のページに図を書いております。これは牛肉の場合ですけれども、家畜や食肉に照合番号を付けています。図ではナンバー1というのがそれですが、それによって同一のものが何であるかを識別します。その上に、例えばこの図の場合ですと、生産農家、屠畜場、小売店などの番号を添付していくわけです。そうしますと、どの段階からでも必要な情報を即時に逆にたどり返すことができるということになります。 では、トレーサビリティーの導入が食品においてどのような意義を持つかですが、資料の四ページにお戻りください。 第一の流通経路の透明性という意義ですけれども、これは記録された証明によって確保されます。 消費者は経路の不透明性から生じる安全性に対する不安を持ちますが、それを解消することができ、また食品を扱う業者にとっては、製造する製品の安全性を確保するために使用する原料の由来を知る上で極めて有効です。 第二の目標を定めた正確な製品の回収ですが、照合番号によって製品が管理されますと、万が一事故が起こった場合にも、それに該当する製品を直ちに特定し、また、それが今流通のどの段階にあるか、どの業者や店にあるかという位置を直ちに特定できます。したがって、該当する製品にのみ的を絞って正確に回収することができます。 しかし、それができていない場合には同じ種類の製品をすべて回収しないといけないということになり、回収費用も膨大になり、またその種類の製品全体に不信が持たれることになり、風評被害が広がることにもなります。 フランスでは、BSE罹患牛の肉がスーパーマーケットで販売されるという事故がありましたけれども、このトレーサビリティーシステムによって回収に効力を発揮しています。 第四の表示の立証性を助けるという機能も記録された証明によって確保されます。 現在、食肉の、食肉ラベルの偽装事件が相次いでいますが、経路が記録された証明によって再確認できるようにしておくことは偽装への有力な抑止力になると考えられます。その例として、EUでは国産牛肉の証明や遺伝子組換え原料の利用の有無を表示する、その表示の確かさをトレーサビリティーで担保しようとしています。 なお、トレーサビリティーを導入する際には、次に説明しますが、政策上義務的に導入を課す場合と自発的に企業や生産者の努力で導入を進める場合とをきちんと区別することが必要になります。そのためには、トレーサビリティーによってどのような機能を確保するか、効果を期待するのかが明らかにされなくてはなりません。危機管理、危険性管理や表示の正確さの確保がどの程度緊急かによって、どの程度厳密に実施されることが必要なのかが決まります。それによって、どのレベルで実施されるかが定まるはずです。 五ページには、EUで導入されました家畜の証明と牛肉の表示のためのトレーサビリティーの枠組みの概要を示しております。 家畜と牛肉にはBSE対策のために導入されたわけですが、BSE対策は、そこに示しましたように、危害要因を除去する疫学的対策と、この家畜の証明と牛肉の表示のためのトレーサビリティーの確保の二本柱から成っております。 牛肉の表示について見ますと、仕組みは義務的システムと自発的システムから成っております。 義務的システムでは、家畜、枝肉、部分肉、それぞれについての照合のシステムを作り、それに基づいて照合番号や出生地など五項目の表示を行うことが義務付けられています。これを権限機関がコントロールすることになっております。 他方、自発的システムでは、義務的システムをベースにしたプラスアルファとして、より多くの情報を公開するための表示を促進することが目的にされています。実施は自発的に任されますが、実施する場合には信頼性を確保するために表示仕様書が権限機関から承認されること、すべての段階でコントロールシステムを構築することなどが規定されております。フランスでは国産牛肉表示がこのシステムによって実施されています。 では、最後に食品安全性確保のための組織機構と法の整備について述べさせていただきます。 日本におきましても、急速に食品庁の設立や食品行政の統合が取りざたされるようになりました。しかし、そこで重要なのは、食品安全性確保のためにいかなる機能が必要か、またその機能はどのように果たされるべきか、それを担保する措置は何かであります。 もう少しで終わります。 議論に余り時間を掛け過ぎてもいけませんが、機能と担保について十分議論をせずに形だけ作りますと、必要な機能を損ない、危険でさえあると言えます。 初めに述べました危険性解析の考え方に沿った食品安全性の確保のためには、三つの機能が独立して確保されること、そしてその根拠となる食品法を設けることが必要だと考えます。とりわけ、客観性、透明性、公正さの確保のためには、重要なのは独立性と相互チェックです。そのためには、機能の独立性は私は機構として独立性を確保することによって担保される必要があると考えております。 必要な機能と機構は、第一に危険性査定の機構です。続いて、危険性管理の機構ですけれども、管理機構は政策立案、執行を行う機構と監査・監視を行う機構とに分離することが必要だと考えます。資料にその概念図を示しています。 EUでは、特に危険性査定の機構を管理機構、すなわち行政機構から独立させることが必要だと認識されるようになっています。独立した危険性査定機構として設立されたのが、この一月に発足した欧州食品安全庁です。フランスやドイツも同様にこの査定機構を独立させています。監査・監視機構の典型的な例は、アメリカの食品安全医薬局や、失礼しました、食品医薬局や食品安全検査局、あるいは新たに設立された例ではドイツ食品庁、イギリス食品基準局などです。 また、食品行政の統合も重要な課題として論じられていますが、それは政策立案、執行を担当する管理機構の在り方にかかわることでありまして、以上の査定機構、監査・監視機構の議論と混同されてはなりません。 時間が延びましたが、以上でお話を終わらせていただきます。
○委員長(真鍋賢二君) ありがとうございました。 以上で公述人の御意見の陳述は終わりました。 それでは、これより公述人に対する質疑に入ります。 質疑のある方は順次御発言願います。
○山東昭子君 自民党の山東昭子でございます。 今日は、お二人の教授にお話が伺えて大変感謝をしております。 現在、国民は外交の将来に不安を持っております。これを解消するためには、川口大臣の下、一日も早くうみを出し、国を憂う優秀な外交官もいるのですから、誇りを持って諸外国に対しきちんとした外交姿勢で臨んでもらいたいと思います。 本日は、外交問題のオーソリティーであられる小島教授に、まず北朝鮮の問題についてお伺いしたいと思います。 九〇年九月に金丸信代議士が金日成と会談、日朝間の不正常な状態を解消し、一日も早い国交樹立をと自民、社会、朝鮮労働党が宣言をしているはずなのですが、どうも北朝鮮側に美女をセットされたためかどうかは存じませんけれども、骨抜き外交になっております。 私も、エネルギー問題に携わってきた一員として、レベルの低い原子力発電所でもしも事故など起きたら大変でございます。拉致された人の救出や原子力に関する情報開示など、もしも北朝鮮側が譲歩するとしたらどんな方法がございますでしょうか。
○公述人(小島朋之君) 北朝鮮側の譲歩ということですか、それとも日本側が何らかの形で北朝鮮に譲歩するということでしょうか。 今、北朝鮮側が例えば拉致問題について認めるとか、そういった譲歩というのは私はとても考えられません。それから、今、山東先生がおっしゃられたような黒鉛炉から軽水炉への、今、転換、その工事が行われておりますが、その問題について北朝鮮側が何らかの譲歩をする、それから重油、エネルギーの供給を要求して何らかの譲歩をする、そういうケースというのは今の段階ではとても考えられないんですけれども。
○山東昭子君 中国側が調整役として入ってもなかなか難しいことでございましょうか。
○公述人(小島朋之君) 現在、北朝鮮に対して影響力が最も大きいのは、これはもう私はアメリカだというふうに思っております。その次にかなり差があって中国ということで、中国自身、今おっしゃられたような日朝間の交渉について何らかの仲介役を果たすだけの力があるかというと、私は率直に申し上げてないし、そしてまたそういう意思もないのだろうというふうに思っております。 中国の北朝鮮に対する関心というのは、私は一つは、最もそして大きいのは中国の安全保障、その意味で北朝鮮がある種の障害にならないと、その程度において北朝鮮の存在に関心を払うと、そんなところではないかというふうに思っております。
○山東昭子君 続いて、ロシアとの問題もちょっとお伺いしたいと思います。 思い起こせば、七六年七月、ロシア語を学ぼうと横浜港を出発したバイカル号に乗った外語大の学生、長岡真理子がロシアの船員に殺されて海に投げ込まれた事件がございました。これは私の親戚でございましたが、親が真相を当時のポリャンスキー大使に迫ったのですが、犯人は精神病者で刑事責任というものはとても問えないとの結果に親戚一同、非常に悔しい思いで一杯でございました。 世界的に共産主義が崩壊したと言われておりますけれども、現在、極東アジアのロシア側の軍事体制あるいは共産主義のエリートを作るための特別教育というものは、アジアあるいはほかの共産国で現在も行われているんでございましょうか。
○公述人(小島朋之君) ロシアによってアジア共産主義運動への教育訓練が行われているかと、これが御質問ということであると、現在の段階でそういった動きが、かなり大きな影響力を与えるという形ででは私は行われているとは思っておりません。
○山東昭子君 それぞれの、それぞれの国で、ロシアとか。
○公述人(小島朋之君) はい。 ロシア以外、極東ということであれば、中国、北朝鮮、そして恐らくもう少し広げていけばベトナム、こういったところだろうと思います。 それぞれの国内においてはそれぞれ共産主義教育というのが行われておりますが、それが例えばかつて七〇年代の初めのように、国外において国際共産主義運動、国際共産主義革命を伝播していくための様々な工作の一環として共産主義教育というのが行われてまいったわけでありますが、そういう動きは現在の段階ではないだろうと。 ただ、国内における共産主義教育というのは、もうもちろんのこと、共産主義を目指す体制でありますから行われております。ただし、かつてのような勢いがあるかというと、私は率直に申し上げてないというふうに思っております。
○山東昭子君 日本は余りにも平和であるがために、スパイ慣れしていないとでも申しましょうか、スパイ天国などとも言われております。そして、私が知る限りでも、もう二十年ほど前に聞いた話でございますけれども、北朝鮮から日本にどんどんスパイが入国してきて、そして特に女性が多く、そして企業などでも共産主義は絶対にノーというような主張の企業にわざと勤務をして活動をしているというような話を聞いたことがございます。また、昔ロシアにおいても、日本の外交官が女性スパイに籠絡され、とうとう自殺に追い込まれたというような事件もございました。 日本においてと申しましょうか、それぞれの国が、日本人の中でスパイのターゲットになるようなタイプというものはどういう人物が多いんでございましょうか、お聞かせを願いたいと思います。
○公述人(小島朋之君) 今、私は、アジア諸国の共産主義体制の国における共産主義教育、それから国外に対する働き掛けという御質問の中で北朝鮮だけ外してしまいましたけれども、ここ十数年の様々な動きを見ている限りにおいては、北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国に関する限りはそういった動きというのはあるんだろうなというふうに思っております。これが第一点。 第二点は、今、山東先生のおっしゃられた御質問ですが、私ちょっとよくその辺りは分かりませんが、むしろ今問題なのは、共産主義教育あるいは共産主義工作といった共産主義という冠を付けるような、そういう働き掛けよりも、むしろ北朝鮮もひっくるめたアジアにおいても各国の国益に基づいた熾烈な工作が行われている。特に、そういったときに、共産主義に代わるものであるとするならば、それは中国においては愛国主義といったような形での働き掛け、むしろ私はそちらの方が大きいのではないかというふうに思っております。
○山東昭子君 中国の御専門の小島先生でございますけれども、中国は、非常にそういう意味では、経済の点では自由主義経済というもの、そして政治的には、天安門事件以来、やはり反体制の分子を徹底的に弾圧をするというような形で上手に大変工夫、工夫と申しましょうか、やっておりますけれども、これからの中国というものが未来に掛けて幾つかの国に分かれる可能性などというものは、私どもは何か外から見ておりますと幾つかに分けた方がいいんではないかなんというようなことをちらっと思ったりすることもあるんでございますけれども、専門家からごらんになって、そういう可能性あるいはいろんなことをお聞かせ願いたいと思います。
○公述人(小島朋之君) お答えいたします。 これはもう、この問題については見方、観点によって幾らでも答えることができるだろうと思います。今、山東委員は、中国は分裂する、幾つかの中国になる可能性はあるかと、こういうふうに問われましたが、ある観点に立てば、もう既に中国は分裂している、幾つもあると、こういうふうに言うこともできるのであります。 例えば、台湾と中国大陸、それから一九七二年までは中国はシンガポールを独立国とは認めていなかったわけですが今は独立国と認めているわけで、もうこれだけで中国、台湾、シンガポール、三つあるわけであります。つまり、見方によって中国は分裂しているとも言えるし、していないとも言える。 経済的に見た場合も、例えば広東省というのは中国の対外貿易の全体の四〇%を占めているわけであります。そんな地域を、これを中国の中の一地方と言うことが言えるか。いろいろな見方によっていろいろに見えてくるというのが私は中国だろうと思います。 そしてもう一つ付け加えれば、いずれいつかは中国はかつての歴史の中国であるように分裂することは大いにあるだろうと思っておりますが、問題は、我々日本の平和と繁栄という国益という観点から対中外交というのを展開していこうとするならば、中国が分裂しようがすまいが、どのような外交が中国に対して最も適切なものであるのか、これを考えていくべきなのだろうと。つまり、分裂した中国に対しても一つの中国に対しても対応できる外交戦略、これを考えるのが最も重要なところではないかと思っております。
○山東昭子君 二十一世紀はアジアの時代と言われ、その中で日本は、アジアはもちろんでございますけれども、アジアのリーダーとして世界から信頼され、そしてそうした国となるために今、小島教授がおっしゃられたような外交スタンスというものは非常に重要になってくるんではないかと思いますけれども、そのような外交姿勢の在り方、それから今非常に話題になっております、非常に厳しい日本の経済環境の中でODAの価値ある使い方とでも申しましょうか、その援助法につきましても小島公述人の御見解をお聞かせいただきたいと存じます。
○公述人(小島朋之君) 山東先生から二点御質問ございました。 一点目は、日本外交の在り方、これについては私は、やはり冒頭で述べましたような日本の平和と繁栄、これを維持する、この国益をどう追求していくのか、そこからおのずから日本の対外戦略というのは出てくるのだろうというふうに思っております。 少なくとも、当面の間は日米同盟が基軸になり、その上で、正に今経済的なグローバライゼーションの中で世界的に進んでいるある種のニューリージョナリズム、新地域主義、これが東アジア地域においても今本格化してきているわけで、これにいかに日本が積極的に貢献していくのか、ある種のソフトイニシアチブを発揮していくのか、その道を考えていくべきだろうというふうに思っております。 こういった方向というのは実は冷戦終結直後から日本が目指してきたものでありまして、その辺りが最近になって少し見えてこなくなった、こういった認識を踏まえた東アジア外交が展開されないというところにある種のいら立ちが東アジア、特に東南アジアの側にもあるのかなというふうに思っております。 二点目のODAでありますが、ODA、今後のODAの在り方を考えていく際に幾つかの考えるべき、配慮すべきポイントがあろうと思いますが、最もそのうちで重要な点は、日本のこの数十年のODAが日本外交あるいは日本の国際社会の中でのイメージ、これに対して極めて大きな貢献をしたということ、この一点を私はやはり忘れてはならないのだろうと思っております。 最近の日本のODA、特に対中ODAに対する、あるいは対アフリカODAに対する批判というのは、特に対中ODAについては正にODAが掲げた初期の目標のかなりの部分が達成されたがゆえに出てきていると、こういった観点をむしろきちんと踏まえておくべきであろうというふうに思っております。 その意味では、ODAについてはもうやめるべきである、あるいは中国に対するODAはもうよろしいと、こういう意見がかなり大きくなってきておりますが、私自身は、今申し上げた最初のポイントから、どう考えても日本にはODAに代わる有効な政策はまだそう多くはないと、こういうふうに考えております。
○山東昭子君 どうもありがとうございました。 続いて、新山公述人に食品の安全性についてお伺いしたいと思います。 世界じゅうで日本ぐらい食品が衛生的な安全な国はないと思っておりましたけれども、昨今は皆さん方がどうもそれが崩れ去ってしまったというような考え方が多いような気がいたします。今までも、業界内で暗黙の了解で産地の違う肉を松阪や神戸牛と偽ってきましたけれども、我が国の品質管理というものは間違っていたのでしょうか。
○公述人(新山陽子君) 今の御質問は、特に産地表示に関しての国家の対応がどうであったかということと考えたらよろしいんでしょうか。
○山東昭子君 それもそうでございますけれども、今までの食品の品質管理全般についてお伺いしたいと思います。
○公述人(新山陽子君) 品質管理全般ということについて考えますと、確かに最初におっしゃいましたように日本は非常に衛生的な管理が行われていると思っていたというふうな印象がそのとおりで、衛生的にも品質的にも非常に高い管理が行われてきたとすべてが思ってきたのではないかと思いますが、それについてはむしろ、今まで何が問題であったかということよりも、どんなに、どんなふうに管理システムやあるいは規制に問題があったかというふうに考えるよりも、むしろ最初にお話ししましたように、これまで想定されていなかった新たな危害要因がたくさん出現するようになった、そしてまた食品を取り巻く社会状況が今までとは全く異質になってきたということが大きいと思います。 したがいまして、むしろ今までの品質管理に対する対応システム、企業のシステム、あるいは社会的なシステムではやっていけなくなったというのが現在の段階でありまして、新たな危害要因が、これから予想できないものが更に出現する可能性あります。また、申しましたように非常にグローバルな、地球レベルで物が移動するようになっております。そういうことから考えますと、新しい管理システムを企業レベル、あるいは国家のレベルで作っていくことが今求められているんだと思います。 したがいまして、今日お話しさせていただきましたリスクアナリシス、つまり危険性解析という考え方や、あるいはトレーサビリティーという考え方、さらには手法ですね、それから予防原則という考え方、これはすべて九〇年代に入りまして今まで予想しなかった食品事件が頻発するようになってから新しく編み出されたものと言っていいと思います。したがいまして、日本でも、特にそれらが進んでおりますヨーロッパやアメリカなどの諸国から十分に、現在の到達段階、さらには問題もあると思いますので、それらを吸収して日本に適応可能なように早く日本的なシステムを編み出していく議論を進めることが必要なのではないかと考えております。むしろこれからの新しい課題だということです。
○山東昭子君 その予防という問題で、いろいろな工場を訪れてみましてもHACCPやISOというものはまだまだ取得しているところは少ないような気がいたしますけれども、その必要性というものについてお伺いしたいと思います。
○公述人(新山陽子君) HACCPやISOですけれども、これはいずれも企業レベルあるいは生産者レベルで導入する自主的な品質管理システムですね。また、HACCPは、多くの国で衛生管理のために義務的に導入するという傾向も見られます。確かに、御質問にありましたようにまだ非常に導入が少ない状態であります。私は、やはり衛生管理、また品質管理のためには導入が一層促進されていくべきだと考えます。 しかし、そのためには様々な支援体制も必要ではないかと思います。例えば、導入しやすいのは大企業ですけれども、食品では中小の企業が非常に多いわけですけれども、こういう中小の企業が導入していく場合にはHACCPにせよISOにせよそのシステムを作るためにかなりのコストが掛かります。維持していくためにもコストが掛かりますので、そのコスト負担に対してどういう助成の可能性があるか、あるいは直接助成しないまでも共同でそのシステムを開発するような組織作りができないかというふうなことも考えられると思います。
○山東昭子君 まだ日本では余り話題になっていないようでございますけれども、アメリカの牛肉は生育段階でホルモンを与えるため、何か、食べた子供たちが異常な発達をするというような話を聞いたことがございますけれども、新山先生の見解をお聞かせ願いたいと存じます。
○公述人(新山陽子君) ただいまの御質問ですけれども、大変申し訳ありませんけれども、私は専門分野が農業経済学、つまり社会科学でありますので、ホルモンを使った可能性のあるものを人が摂取したときにどういう健康被害を与えるかということにつきましては研究の対象外ですので、責任を持ってお答えすることができませんので、回答は控えさせていただきたいと思います。
○山東昭子君 それから、よくいろいろな市場にいわゆる賞味期限というものがございますけれども、素人はその賞味期限をちょっとでも過ぎると中毒をするんではないかとか、問題があるんじゃないかというふうに思いがちでございますけれども、実際、その賞味期限の実態というものについてお伺いしたいと思います。
○公述人(新山陽子君) 賞味期限の実態といいますのはどういうふうに受け取ったらよろしいんでしょうか、その記載されている賞味期限が適切かどうかという問題もあれば、その記載されている賞味期限を消費者がどのようにとらえて、消費者のレベルでどのような対応をすべきかというレベルの問題もあると思います。 そうですね、特に消費者がどのようにとらえるべきかということにつきましては、失礼しました、まず消費者がその賞味期限の記載を見て健康な食生活が維持できるようにすることが必要ですので、その賞味期限の記載については、これは妥当なものでないといけないと思いますけれども、消費者の立場で大事なことが何かと考えますと、ただ賞味期限に従って消費行動を取るだけでなくて、何といいますか、食品の状態がどのようになっているのか、平たい言葉で言いますと、かなり腐敗しているのか、あるいは安全なものであるか、新鮮なものであるかというふうなことについて消費者自身も自分で経験的に判断できるような力を持っていないといけないと思いますね。 それは先ほども申しましたように、いろいろな要因によりリスクがどんなふうに施策をきちんとやっても残りますので、そういうふうな残されたリスクに消費者がきちんと対応していくためには、消費者自身が表示を前提としながらも、自分でその消費行動をきちんとコントロールしていけるような能力が必要です。そういう能力を付けるための消費者に対する教育ということも政策的な課題になるのではないかと考えております。
○山東昭子君 これから食中毒のシーズンになりますので、O157始め、先ほど食品全般に関しまして、特に牛肉の問題なども含めましていろんな形で予防の方法、欧米で取られているものなどのお話を伺いましたけれども、日本において今一番チェック体制はどのようなものが的確なのか、そしてまた消費者個人の心構えとして、風評に惑わされずに冷静に食品を選ぶポイントというもの、これを最後に伺って、質問を終わりたいと思います。
○公述人(新山陽子君) チェック体制と消費者が食品を選ぶポイントですけれども、まずチェック体制につきましては、これはあらゆる食品を一律に論じることができない状態だと思います。つまり、食品によってどのような原料が使われているのか、どのような加工がなされているかによって、その健康危害を与える可能性が大きく違います。したがいまして、食品の状態に即して考えていくことが必要だと思われます。 ただ、そのことから出てきますことは、非常に多数ある食品についてすべて、この食品はどういうチェックが必要かというふうなことを国がすべて定めて、国がすべて検査をするということは、これはコストが掛かるということもありますけれども、現実的に難しい。しかも、非常に多くの項目をチェックしていかないといけない状態になっているということがあります。したがいまして、チェックについては、現在では、企業あるいは生産者が自己責任に基づいてきちんと管理をしていくということが非常に大事だと考えられるようになってきているということを一つはお伝えしておきたいと思います。 それから、消費者の食品を選ぶポイントですけれども、これは私のところの学生が論文で調査をしましても、実際に消費者の方の多くはラベルの記載事項を見ておられない方が多いんですね。まず、ラベルに適切な記載がなされることが重要ですけれども、その記載された情報をきちんと消費者の方がごらんになって選択していくというふうな行動がもっとなされるようにしていくということも非常に大事なことではないかと考えます。
○山東昭子君 どうもありがとうございました。
○羽田雄一郎君 民主党・新緑風会の羽田雄一郎でございます。 本日は、公述人のお二人、お忙しいところありがとうございます。お二人のお話を聞きまして、少し質問をさせていただきたいと思います。 まず、小島公述人の方からお伺いをさせていただきたいと思います。 日本も、戦後、大変厳しい中でこのように成長をしてきました。その過程では、世界の各国からの援助等も受けてきたでありましょうし、戦後生まれでございますし、三十四歳でございますので、細かいところまでは実際に体感はしていないわけですけれども、世界でも一位、二位を争う経済大国になった。そういう中では、やはりODAで国際援助を行っていくということは理解をしていかなければならないと思いますし、当然であると考えております。 ただ、しかしながら、ただ出していくということで、やはりきちんとした見直し、またこんなところに出していいのかなというような考えもあると。先ほど、中国に対してのお話お伺いをさせていただきました。私はやはり、軍事などを増強しているようなところにODAを出していくというのは日本の外交の面でも間違っているんではないかというようなことを考えておりますが、どうお考えになりますか。
○公述人(小島朋之君) これはODA大綱、ODA四原則、その中にもきちんとうたわれているわけですから、こういった原則に照らしてやはりODAというのは進めていくべきだろうと、こういうふうに思っております。
○羽田雄一郎君 そういうことであれば、軍事力を増強しているようなところにはODAとして援助をしていくべきでないというお考えでよろしいでしょうか。
○公述人(小島朋之君) 原則そのとおりであります。 ただ、問題は、何をもってその軍事力の増強ととらえるのかと、この辺りになってくるとかなり議論が分かれるところだろうと思うんですね。 例えば、中国については、一、二年前によく言われた議論は、高速道路に円借款使っているじゃないかと、高速道路は戦時、有事には当然それが滑走路に使われるではないか、これはおかしいと、こういうふうに言われるわけですが、これを是とするのか、これはやっぱりちょっとおかしいんじゃないのというふうに考えるのかというのは、これは議論が分かれるところであり、私はここまでを軍事力増強、そのところと結び付けるというのは私はおかしいなというふうに考えております。
○委員長(真鍋賢二君) 羽田雄一郎君、挙手してください。
○羽田雄一郎君 はい、失礼しました。 また、ODAの中にも政官業の癒着があるんじゃないかと、黒いお金が動いているんじゃないかというような御意見も多々あるようでございますが、小島公述人はどうお考えになりますか。
○公述人(小島朋之君) 私自身、日中間については、一九七九年以来、中国に対するODAが二十年以上にわたって行われておりまして、今、羽田先生がおっしゃられたようなそういう部分というのが最も如実に、最も顕著に現れてくるところだろうと思って調べてみるんですが、なかなか分からない。ただ、分からないのでありますが、この政官業の癒着というのが行われているとすると、これはゆゆしきことであり、じゃどうするのかというと、私はやはり、そこで問題になってくるのは正に透明性と説明可能性、そしてそれを言わば保障するような枠組み、機構、組織というのが必要になってくるんだろうと思います。 私自身も、このODA改革についていろんなところで発言をしておりますが、正にそういった部分のきちんとした具体的な措置というのをこれからは作っていかなければいけないだろうし、そうしなければ国民世論のODAに対する積極的な支援あるいは参加、こういったことは担保できないだろうというふうに思っております。
○羽田雄一郎君 どうもありがとうございました。 新山公述人の方にお伺いをさせていただきたいと思います。 食品の安全性の確保の社会システムということで大変すばらしいまとめを、レジュメをいただきました。私ども民主党でも、この狂牛病が起こってすぐにBSEに対する法律を作らなければならない、また食品の安全確保、このためにどういうような法律を作っていったらいいのか、また農水省、厚生労働省も、縦割りの弊害などでなかなか政府の対応の後れ等も見られた、私はそう考えますが、新山公述人は政府の対応、BSEが発生したときの対応についてどうお考えになるか、お伺いさせていただきたいと思います。
○公述人(新山陽子君) 御質問はBSEが発生したときの政府の対応ですが、私も確かに対応について、外部にいますと、つぶさに見られたわけではありません、見落としているところもあると思いますが、後れたのは確かだと思います。 私の印象では、特に疫学的な対策、つまり危険部位を除去するですとか、検査をする、そして肉骨粉を飼料として与えない、これは非常に短期間の間に措置が取られたというふうな印象を持っています。 しかし、さらに、少し長期の対策ですね、消費者は非常に不安に思っています。特に疫学的対策が十分取られたにもかかわらず不安がなくならないというふうなこと、それから、そうですね、そういった対策についてはこれはかなり後れたのではないかと思います。 なぜ後れたかということですが、一つは、やはり疫学的な対策とそれに伴う様々な措置のために非常に手が取られたということがあると思います。しかし、もう一方では、やはり緊急の対策が優先されて、長期的な対策が後に回りますと、後に回ります。それについては、今の縦割り行政の中ではなかなか対応ができない。つまり、言ってみれば、合同本部みたいなものを作らないと、そういうこれまでにない対応を取るときの意思決定の権限がないんではないかと思います。したがいまして、今後もそういう問題が発生してくることは当然予想されますので、より大きな組織機構の整備と同時に、行政の中でも緊急対策ができるような合同組織を直ちに作り上げるというふうなことが不可欠ではないかと考えます。
○羽田雄一郎君 私もそのとおりだと考えておりますし、私も中で見ていても、一九八六年にイギリスでBSEが発見され、そして一九〇〇年代には農水省が専門官をイギリスの方に派遣し、もうその部分で既にある程度のことは分かっていたはずなんですね。ただ、指導という形で済ませた。また、一九九七年代にはアメリカやまたヨーロッパ諸国、EUなどでは対策が取られているにもかかわらず、日本では取られてこなかった。そして、BSEの一頭目が見付かる三か月前にはEUの方から日本も危ないぞという勧告を受けているにもかかわらず、これを無視し拒否をしたという事実があります。やはり、こういう対応をした、そしてそのときの大臣は今の武部大臣であるということでありますから、そういう意味では武部大臣の責任というのは大変大きなものがあると考えております。 そして、その事務次官をされておりました熊澤事務次官、この方を早期退職ということで満額以上の退職金を出してお辞めをいただいている。これは一つのけじめであるというようなことを言っているわけですけれども、満額で何の責任も取らずに辞めさせている。実は、そのEUからの勧告等があった、また、その前のWHOからの勧告等があったときの畜産部長を熊澤さんはやっていた。ということであれば、熊澤さんに聞けばすべて分かるわけですね。それなのにもかかわらず、その責任を取らせずに辞めさせてしまった。 このような対応、今私が述べたような対応が今まで起こっておりますが、新山公述人、今の話を聞いてまた、ひとつ御意見があればお伺いさせていただきたいと思います。
○公述人(新山陽子君) これまでの対応に関する責任の所在ということですが、それにつきましては、具体的にはBSE問題検討委員会が設けられて非常に詳細にチェックされているというふうに伺っておりますので、そこから出てまいりますまとめを基に対応がなされるものと期待しております。 一般的に申し上げますと、やはりこれは行政を含めてすべての組織において、企業もそうですが、しかるべきときにしかるべき対応を取るということはこれはもう必要不可欠なものであって、それが取れなかったときには不作為の罪というものが問われるようになってきた社会状況であるということはよくわきまえないといけないと思います。 ただ、その上で、行政にせよ企業にせよ、行うべきことが行われているかどうかということにつきましては、自主的に倫理問題として考えていくということと同時に、やはり社会的にそれを監視していく機構が必要である。つまり、監視・監査の機構がその主体からは独立をされたところで設けられることが必要ではないかというふうに考えております。
○羽田雄一郎君 私ども民主党では、このBSEの問題が起きましてすぐにBSEの緊急対策措置法案、これ最終的には四党、野党四党で今提出をさせていただいております。これはもう緊急の措置ということで対応させていただいているわけですけれども、なかなか野党が出したものは審議をされないということで、いまだにつるされていると。二月にもう出させていただいているわけですけれども、審議をされていないというのが状況であります。 今、国民の皆さんに対して署名をお願いをさせていただいて、街頭に出たり、またいろんなところで講演をさせていただく都度、皆様にお願いをして、請願によってこれをひとつ審議を、これだけの請願があるんだからこれを審議してくださいというような形、そして、ただこの案を全部のんでくれということではなくて、やはり与野党を問わず、こういう緊急のときにはしっかりとした安全、安心ということを考えて、議論を深めて、きちんとしたものを作っていかないといけないという考え方を我々は持っているということを述べさせていただきたいと思います。 そして、我々の農水部会、民主党にある農水部会の中でも、食品安全庁、そのようなもの、独立した機関が必要ではないかという議論をずっと続けて、その準備をさせていただいているところでありますけれども、そこのところを、やはりこの農水省、厚生省の縦割り、そして法律が、食品安全に関する法律が四本も今分かれている、全部、個々が、違うところが担当しているという、またその法律が大変緩やかなもので、やった者勝ちみたいな、偽称したり偽造したり、またそういう事件が今大変多く起こっているわけですけれども、やった者勝ちというようなことが言われているのが実情であります。 このことを考えても、我々としては、食品の安全、これを守るための省なり庁なりを独立した形で作っていかなければならないと考えますが、いかがでしょうか。
○公述人(新山陽子君) 御質問は、食品の安全性を確保するための法と、それから独立した組織機構の必要性ということであったと思います。私も全くそのとおりに考えております。 先ほどの、ちょっと済みません、山東議員の御質問にもありましたが、政府がどのような規制を、検査をしていくことが必要かということもありましたけれども、個々に考えるのは非常に難しいくらいたくさんの問題がありますので、検査にせよ、それからどの程度厳しい規制措置が必要であるかを考えるにせよ、総合的な形でそれに対して検討をしてガイドラインを出していくことが必要だと思われます。そういう点から、各部署に分散するのではなくて、まとまった組織が必要だと考えております。 ただ、その組織の内容につきましては、お話でも申しましたとおり、まず危険性を科学的にきちんと客観的に査定をしていく査定機構、そして監査や監視をしていく監査・監視機構、これをそれぞれ独立させるということが必要かと思います。 また、食品法につきましても、食品に関する法令につきましても、より包括的な法令がないと現在の食品をめぐる様々な問題に機敏に対応できなくなっているというふうに考えます。特に規制につきましては、十分抑止力になるような相応の処罰の規定などがされることも必要だというふうに考えております。
○羽田雄一郎君 もう一つ、この食品安全庁、必要だと思うというところには、今のこの縦割り機構の中ではやはり農場から食品を食べる消費者までの一つの流れというのが作りにくいということだと考えております。 そういう中ではトレーサビリティー、この追跡調査、これは本当に重要な部分であるし、これをやるためにも食品安全庁のような独立した機関がなければ、このまま農水省、厚生省と分かれていたままではこういうことがきちんと担保できないんではないかと考えますが、いかがでしょう。
○公述人(新山陽子君) 全くその御質問には私も賛成です。 農場から食卓までの全体を統括して考えていかないことには、各段階で食品の危害要因にかかわることが出てきますので、それを統括的にコントロールしていくことが必要ですし、したがいまして農場から食卓まですべてにまたがって施策を考え、またそれを監視していくようなことが必要だと思います。そういう点からも、独立した組織機構、またそれを根拠付ける法律は必要だと考えます。
○羽田雄一郎君 私も、今、農水委員会におりまして、今も委員会やっている最中で、狂牛病のこととか質問をさせていただいているわけですけれども、あしたも実は質問をさせていただきます。是非、新山さんが言われたような、このまとめられたものが実現するような形での質問を農水省また農水大臣に対してぶつけていきたいなということを考えておりますし、やはりここまで続いてきてしまった不信ですね、これを払拭するためには農水大臣に替わっていただかなければならないと私どもは考えております。 なぜ替わらなければならないか。このことについて申しますと、やはり全頭検査が始まってからは食卓には危険なものが上がらなくなったと私も考えております。しかし、その前に既に安全宣言しているわけですね。焼き肉食べるパフォーマンスをして、こんなおいしいお肉は安全だからどんどん食べてくださいと、全頭検査が始まる前から言っていた。そして、全頭検査が始まってからは、全頭検査が始まりましたから安全ですと言われて、武部農水大臣は言われました。やはり、ここのところにもう消費者への、信頼というのがなくなっていると私は感じておりまして、もうこの部分で一つ取ってもやはり農水大臣には辞めていただかなければならないと感じておりますが、いかがでしょうか。
○公述人(新山陽子君) 大臣の去就ですけれども、そのことにつきましては、私は一個人としては見解を持っておりますが、ここで私の専門性を背景にお答えするような立場ではないと思います。 しかし、一般的に言いましたら、やはりそれぞれ、これは大臣に限らず、それぞれの方がすべて自分の業務に対して責任を取っていく体制がこれからは必要であると考えております。
○羽田雄一郎君 どうもありがとうございました。
○渡辺孝男君 公明党の渡辺孝男でございます。 先ほどは、小島公述人からは、対中政策あるいは対中の外交は冷静な対応が必要であると、貴重な御意見をいただきました。そしてまた、新山公述人には詳細な研究成果を発表させていただきまして、大変にありがとうございます。 私の方からは、これまでいろいろ御質問がございました点、ほかの方を質問させていただきたいと思います。 最初に、小島公述人にお伺いをしたいと思います。 本年九月には日中国交正常化三十周年の佳節を迎えるわけでありますけれども、一九九八年十一月の日中共同宣言では、日中はアジアの平和と発展に貢献する友好協力のパートナーシップの関係を築いていくということで合意をされているわけでありますけれども、今後、日中友好に関しての次の三十年を目指して、官民ともにどのような役割、日本が役割を担っていったらいいのか、あるいは活動をしていったらいいのか、御意見をお伺いしたいと思います。
○公述人(小島朋之君) 今、渡辺先生が引用されました一九九八年十一月の日中共同宣言、私はこれ、共同宣言をベースにした、基礎にした日中関係というのを確立、実現していけばいいのではないかというふうに思っております。 一九七二年に日中は国交を正常化いたしましたが、そのときの共同声明の中で、日中関係の基本的な枠組みとして善隣友好関係と、こういうふうに規定しておりました。意地悪く見れば、私などのように意地悪く見れば、中国側は善隣友好関係というところに日中関係を位置付けることによって、日本の影響力をアジア全体に及ばない、日中協力はあくまでもお隣同士だから仲良くする関係ですよと、こういうところにくぎを刺していたというふうに見てよかろうかと思います。 それが、一九九八年、つまり二十五年の国交正常化の歴史と正に善隣友好関係の発展の成果、これに裏打ちされる形で、今、渡辺先生がおっしゃられたような二十一世紀のアジア地域の平和と発展に貢献する友好協力パートナーシップ、こういうふうに変わったわけであります。つまり、この共同宣言では、善隣友好関係というこの言葉が、つまり日中関係の常套句が述べられずに、その代わりにこの友好協力関係というのが付いたわけであります。 このアジア地域の平和と発展というのは極めて重要であります。 つまり、一つに、日中関係がもはや特殊な二国間関係ではなくアジア地域に広がる関係であると、こういうことを日中が合意したというのが一点目。 二点目には、日中の友好協力関係が、アジア地域に貢献するけれども、それは発展、つまり中国で言うところの経済発展、これのみならず、平和、つまり安全保障についても協力していこう、これが確認されている。つまり、今、東アジアで進められている東アジア共同体の経済だけでなく安全保障面でのある種の多国間協力枠組み、それの、言わばそれを実現していく核心的な役割を日中が担っていくということがこの共同宣言で確認されているわけですから、私は、これに沿って、正にこれを実現するために粛々と日本は対中外交を進めていけばよろしいと、こういうふうに思っております。
○渡辺孝男君 私も、政府だけではなくて、民間もこれから文化・経済交流等、これからますます推進をしていくべきであると、そのように考えているわけであります。 時間の関係上、次に新山公述人にお伺いをさせていただきますけれども、先ほど、食の安全に関しましては新しい組織が必要であろう、EUを参考にしてもそのような形になっていくだろうと、そのような御意見を伺いまして、私もそのように考えております。 そして、今、農水省の方では牛肉に関しましては個体識別システムを推進しようということで今やっておりますけれども、ただ、このトレーサビリティーの確立については任意の形でやっていこうということで進めておるわけですが、私はやはり義務化をすべきではないかと、法的にきちんと義務化をすべきではないかという考えを持っておるんですが、EUの事例なんかを参考にしまして新山公述人はどのようにお考えか、その御意見をお伺いしたいと思います。
○公述人(新山陽子君) 御質問は、これから実施されようとしているトレーサビリティーの義務化をすべきかどうかということであったと思いますが、私自身は義務化をすべきだと強く考えております。 それはなぜかと申しますと、二つ理由があります。 一つは、BSEを完全に排除するためには潜伏期間が長いため七、八年を要すると考えられておりますが、その七、八年の期間すべてその危害要因を除去し続けることが必要です。そのためには、牛についても漏れ落ちなく管理、監視下に置かないといけないということがあります。例えばEUでは、誕生の届けを怠った場合、牛が生まれたことの届けを怠った場合、その牛の群全体を破壊することがあるというふうな厳しい措置が取られています。それは、生まれた牛が分からないところに行ってしまうということであれば、せっかく作られています厳しい疫学的な対策の網の目から漏れるということになるからです。そういう疫学的対策を完全に実施する上でも、すべての牛をトレースすることが必要だと思います。 もう一つは、消費者に対する不安の除去です。これも、トレースされていない牛が残っていますとそれが紛れ込む、はっきり言えば、例えば偽装されたりするというふうな可能性がより生まれやすくなるわけです。そういったことを防ぎ、十分な安心感を与えるためにも、トレーサビリティーの義務化が必要だと考えております。
○渡辺孝男君 EUの方では品質に関しましても消費者の社会意識が大変高まってまいりまして、品質に関しても消費者が決めていくんだというような流れになってきていると聞いております。日本におきましても、そういう消費者の声を品質形成とか管理に反映するためにどのような仕組みとかを、制度を作っていったらいいのか、その点を新山参考人にお伺いをしたいと思います。ごめんなさい、公述人でございます。
○公述人(新山陽子君) 品質に対する消費者の意見をどのように反映していくかということですが、例えばヨーロッパでは、現在、消費者は品質の共同決定者だというふうに言われるようになっております。そうしますと、二つのことが必要ではないかと思います。 一つは、例えば現在必要だと考えられております食品安全庁のようなそういう組織機構を作りましたときに、公式的に消費者の意見をきちんと吸収して、そこが行うアドバイスなどの中に反映していくことができるようにすること、それは政府の行政においても同じだと思います。 第二は、実際に生産過程を担う企業、生産者にもその消費者の声を十分吸収するような仕組みが作られていくことではないかと思います。特に政策や安全庁などに公式に消費者の声を取り入れること、それを保障する組織作りが重要だと考えます。
○渡辺孝男君 小島参考人に、時間がなくなってしまいましたが、中国それからインドが人口が非常に、これから五十年後、十億人、十五億人になってしまうということでありまして、日本がそういうアジアの人口の増大に対してどのような貢献ができるか、あるいは環境問題にどういう貢献ができるか、済みません、短い時間で申し訳ありません、お答えいただければと思います。
○公述人(小島朋之君) 一言で言えば、環境についての日本の貢献というのはかなり大きいというふうに言っていいだろうと思います。少なくとも、日本が六〇年代に環境公害問題を克服したその経験というのは今でも十分中国、インド、東アジア全体に生かせるものだと思っておりますし、今、正に環境を重点としたODA、ODA政策の転換が行われているというのは正にそれと軌を一にするものだと思っております。
○渡辺孝男君 ありがとうございました。
○小池晃君 日本共産党の小池晃です。 両公述人には、貴重な意見、ありがとうございました。 最初に、小島公述人にお伺いしたいんですけれども、北朝鮮との間で様々な問題がある。私どももこういう問題解決しなければいけないとは思っておるんですが、問題解決する上で重大な障害があるというふうに思うんです。というのは、外交ルートが北朝鮮との間にないということであります。これはアメリカも韓国も持っているわけでありますけれども、やはり様々な問題解決する上でも、きちんと物が言える、そういう外交ルートを作って、言うべきことを言うし聞くという関係確立することが私は必要ではないかと思うんですが、御意見をお聞かせ願いたいと思います。
○公述人(小島朋之君) もうおっしゃるとおりだと思います。そして、正にそういったルート作りというのが、先ほども御質問の中でありましたように、九〇年代、九〇年の自民党、社会党の委員長、副総裁、委員長の訪朝以来続けられてきているんだろうと思っております。
○小池晃君 ありがとうございました。 引き続いて食品の問題、新山公述人にお伺いをしたいと思うんですが、新山公述人が「農業と経済」に書かれた論文も拝読いたしまして、食品リスクのとらえ方ということを強調されております。私、これ大変興味持ちましたけれども、そもそもリスクがあるというのは前提として物事を立てなきゃいけないんだと。むしろ、リスク管理において大切なことは注意深さを引き出すことなんだと。安全を前提にした行動と危険の存在を前提にした行動では、どちらが万全の体制が取れるかは明らかだと。安全宣言の危うさはここに潜んでいるというふうに指摘をされています。 私は、政府のやってきたことを見ますと、正にこういう点でいうと、安全を前提にしたちょっと誤った行動だったんじゃないかと。焼き肉食べて安全だなんということを大臣がやるというのは、正にこういう問題点ではないかなというふうに思うんですが、リスクのとらえ方という点で、この間政府が取ってきたああいう対応ということについて御意見があったらお聞かせ願いたいというふうに思います。
○公述人(新山陽子君) 政府のこれまでに取ってきた行動、その前提となるリスクのとらえ方ですが、それは今おっしゃっていただきました「農業と経済」誌に書きましたように、日本では政府もそうですし、あるいは企業も、更に言えば消費者もそうですけれども、リスクのとらえ方、リスクというものに対する考え方に非常に弱いところがあったというふうに考えます。ヨーロッパなどの国でもそういう間違いを犯した国がありまして、その典型的な例がドイツで、日本と同じような問題を引き起こしております。 したがいまして、いったんそういうことを経験した後には、ここでリスクに対する考え方を改めて、リスクが常に残り得るということを前提にして注意深い行動をする。つまり、政府の立場でありましたら、十分な二重三重の予防的な措置を取ることを方向性として施策を考えていっていただくということが重要になるのではないかと考えます。
○小池晃君 私も、やはり食品のリスクの問題でいえば、どこにどういうリスクがあるかということをきちっと国民に説明すると、どの程度のリスクが残っているのか、それをどうやって防止しているのかということをきちっと説明していくことが正に求められているんであって、根拠のない、安全だということを言うだけでは国民の不安は高まるばかりだと思うんですね。それが今の牛肉に対する信頼が回復していないということに私はつながっているのかなというふうに思うわけであります。 その点で、今後の対策の問題では、一つお伺いしたいのはやはり補償の問題で、まだ今の対策では不十分ではないかなというふうに私ども思っておりまして、やはり畜産業者だけではなくて牛にかかわる様々な業種あるわけです。これは被害で見ると、先日我が党の議員がこの委員会で質問をして、農家の被害で約六百三十三億円、食肉関連で九百七億円、焼き肉関係で五百四十億円、全体で二千二百億円の被害ということも指摘をされておりまして、やはりBSEの影響を被った全業種に対して被害の補償をしていくということが私は必要なのかなと思っておるんですが、その点について御意見をお聞かせ願いたいと思います。
○公述人(新山陽子君) BSEに対する被害の補償ということですが、その被害を被った業者のどこまで、どの程度の補償をすることができるかというのは財政的な問題もあると思います。しかし、こういう一種の社会危機を来したようなときには補償措置を取ることは極めて重要で、なぜかと申しますと、例えば牛肉のシステムもそうですけれども、これは一つの循環するサイクルでシステムができ上がっております。 したがいまして、危機的な状態になってそのサイクルが絶たれますと、次にその再生産をできることができなくなります。そのいい例が和牛の生産農家だと思います。特に、子牛を生産する農家が今回最も大きな打撃を受けているのではないかと思います。子牛を生産する農家には価格補償がありますけれども、しかし先行きが非常に不安ということになりますと生産を控える、そうしますと供給力が大幅に落ちてまいります。現在、消費が非常に重点になっているのが和牛でありますけれども、今後、和牛の供給力が著しく減ってしまうということも考えられますので、そういった諸状況を考えますと、どこにどういう補償をするかということは全体を見て適切に行われることが必要であると考えます。
○小池晃君 さらに、検査体制の問題なんですけれども、これは死亡牛がBSE感染の確率が三十倍以上という指摘もあるわけですね。やはり、その感染ルートの確定の上でも、農場での死亡牛を対象とした検査ということが私は必要なんではないかと思うんですが、御意見をお聞かせ願いたいと思います。
○公述人(新山陽子君) その点に対しては私も全く同意見です。 現在、BSEが発見されると消費者が不安になるということで、屠畜場も農家も発見されることに大変危機感を抱いておりまして、それで出荷が控えられているわけですが、出荷されないと検査がされないわけです。疫学的な対策をきちんと打つためにも、すべての牛が出荷され検査されるという状態が作られねばならないと思います。もちろん農場で死亡した牛も同様であります。 以上のように考えます。
○小池晃君 さらに、そのBSEの検査前に屠畜された牛に対する在庫の問題ですけれども、これは今、生産団体の流通在庫、生産団体での在庫までの対象になっているんですが、これは、やはりその流通在庫まで買い上げて市場に滞留している分を一掃して、安全なんだということをこの分野では国民に対して示すということが私は必要なんではないかと思うんですが、この点について御意見をお聞かせ願いたいと思います。
○公述人(新山陽子君) 確かに、国民に対して十分な安全確保の措置が取られたということを納得してもらうにはあらゆる段階を通じてその危害を発生する可能性があると考えられる要因を除去していくことが必要ですので、そのことも十分考えていくことが必要であると思います。 問題は、そうしたときに非常にコストが掛かりますし、財源が必要でありますけれども、その場合には、なぜそういう措置を取るのか、それが安全確保にいかなる影響を持つのか、いかなる措置であるのかということを十分国民に説明し、国民の納得と支持を受けて実行することが必要なのではないかと考えます。
○小池晃君 ありがとうございました。 私が今指摘をした、流通在庫まで買上げ対象にする、あるいはその死亡牛を対象にした検査、それから関係業種に対する補償というのは、政府の対策に対して四野党が示しましたBSEの法案の違いなんですね。私今指摘した点について、やはりこれをきっちり政策として、財政的な問題御心配されていますけれども、これはやはり、食の安全にかかわる問題というのはしっかりお金も出して国が責任を持つべき問題だというふうにも思っておりますし、是非、今日の公述人の御意見もお聞きをして、四野党で提案をしているこのBSE対策法案の方向で解決していくことを頑張ってやっていきたいというふうに改めて感想を持ちましたことを申し上げまして、私の質問とさせていただきます。 ありがとうございました。
○平野達男君 国会改革連絡会(自由党)の平野達男でございます。 今日は、小島、新山両公述人、本当にありがとうございます。 まず、小島公述人にお伺いしたいと思います。 防衛ということで、ちょっと観点を変えまして、自衛隊ということに関してちょっと御質問したいと思います。 国はやっぱり自分たちの力で守るという気概が当然必要だと思うんですが、その国を守るときの最前線に立つというのはこれは自衛隊であります。しかし、この自衛隊のその誇りと名誉がこれはきちっと与えられてないんじゃないかという指摘があります。 例えば卑近な例でいきますと、在日米軍司令官というのは中将に当たりまして三つ星なんだそうです。これを勲章を与えますと勲一等だそうです。ところが、幕僚長は四つ星ですが勲二等だと。あるいは、自衛隊はこれは体力勝負ですから五十数歳ぐらいで辞めなくちゃならない。辞めた後の対応も十分じゃない。あるいは、いろんな形で海外に行って亡くなった場合のその後の補償の手当て等々、いろんなものがあります。 その一方で、一番自衛隊の立場から考えてやっぱりつらいと思うのは、シビリアンコントロールという中で、例えば海外に派遣されるときも、機関銃は駄目だとか小銃だけ持っていきなさいとか、そういった武器の、鉄砲の上げ下げ、あるいは持っていく武器の種類まで別なところで決定される。本来やっぱり、武器は何を持っていくべきかというのは、専門的知識から派遣先のところに行ってその専門家が検討して、それで武器の持っていくものを決める。極端な話をすれば、先般のイージス艦の派遣についても、いろいろ議論がございましたけれども、イージス艦の派遣自体だって、本来であれば軍事的専門知識あるいは判断、そういったものが必要であって、そこも任せてもいいんじゃないかなと私なんかは思っておるんですが、そういった今の自衛隊の置かれた立場、特に他国との比較、あるいは自衛隊にどこまでシビリアンコントロールという中での、その枠組みの中で裁量を任せるべきか、そういったことに関しての御意見をお聞かせ願えれば有り難いです。
○公述人(小島朋之君) 今、平野先生がおっしゃられた点は一々私全く賛成でございまして、それに付け加えることはほとんどないわけであります。 シビリアンコントロールは当然のことでありますが、しかしシビリアンは専門家ではないわけでありまして、専門家の知識が必要で専門家の能力が必要な役割については専門家がきちんとそれについて意思決定を行っていく、これはもう当たり前のことであって、それがなかなか日本において当たり前になってこなかったというところが問題で、今やっとそういった点についても少しずつ変わってきているのではないかというふうに思っております。
○平野達男君 新山公述人にお伺いします。 今日は、食品安全性確保のための組織機構と法の整備ということで、大変有益な意見をお聞きしたと思っています。 翻って、我が国の組織なんですが、縦割り行政ということと、私は、先般のBSEの発生で見たのは、縦割り行政というよりは、本来分離してあるべき機構がごっちゃになっているというのが非常に明らかになったのではないかというふうに思います。 例えば、今日のお話の中でありましたけれども、EUのBSEステータスの評価、レベル3ということで日本に来たときに、それを受けたのは農林水産省でした。農林水産省は、そこは消費者行政もやっている、それから業界行政もやっている、いろんなことを担っていますし、当然そういった危険性のリスクも評価をする、そういった役割も担っていました。本来であれば、そういったEUのBSEのステータスの評価というのは純粋な技術的な観点ですから、技術的な観点のところが技術的な見地で評価をする、それを受けて、要するにリスクマネジメントたる行政機関が判断するというふうにこれ分けてあるべきのが、分けてあるのが本当の姿だと思うんですけれども、今言ったように、残念ながら、いまだ今の日本の体制の中では、リスクアナリシスとリスクマネジメントがごっちゃになっちゃっている。 だから、EUのステータスの、レベル3のステータスの来たときも、恐らく農林省もいろいろ考えたと思うんですけれども、これに与える影響、消費者に与える影響あるいは業界に与える影響とリスクアナリシスとをセットでごちゃごちゃにやってしまったためにちょっと対応がまずかったんじゃないかなというような感じを持っていまして、そういった意味で、私は、縦割り行政とともに、今現在のこの三つのやつがごっちゃになっているという、その機能の、何ていうんですか、混然一体となっている状況と、この二つの認識を持っていまして、今日このお話を聞きまして、正にこういう体制だなというふうに考えをあらたかにしたところです。 そこで、この体制につきまして、もう一点関連してお聞きしますけれども、御承知のように日本はもう世界最大の食糧輸入国です。今、海外から入ってくる食品の安全というのが非常に注目を浴びておりますが、この海外から入ってくるときの食品の安全をチェックする体制、今、植物検疫所とか、防疫所とかいろいろ、といった組織でやっていますけれども、これがかなり脆弱ではないかという感じを私は持っておりますけれども、公述人の評価、印象といったものをお聞かせ願えれば有り難いです。
○公述人(新山陽子君) 今の御質問は、輸入食品のチェック体制ですが、御質問のとおり、私も日本は食品に関しては農産物も含めて大半を輸入に依存しておりますので、国民の食生活の安全を守ろうとしますと、当然多くの輸入農産物、輸入食品についても、それを相手先に依存するだけでなく、日本の政府が責任を持って確保するというシステムが必要だと考えます。したがって、それにふさわしいチェック体制、検疫体制が必要だと考えております。
○平野達男君 若干まだ時間が残っていますので、もう一点、遺伝子組換え食品についてちょっとお伺いしたいと思います。 今の遺伝子組換え食品というのは非常に消費者の拒否反応が強いんですけれども、ほとんど遺伝子組換え食品は、例えば雑草に強い食品、あるいはある特定の虫に、害虫に対する殺虫剤がまかれたときにその殺虫剤に強い作物というふうに、どちらかというと生産者サイドに作られた遺伝子組換え食品が多いと思います。 これからは、遺伝子組換えの中で、今度は消費する側、例えば米の中にベータカロチンを入れるとか、例えば本当に貧乏な、貧しい国の中では食品を輸入したくてもなかなか輸入できない、米しかない。そういった国で食品を生産する場合に、遺伝子組換えを使って非常に栄養素に富んだ食品を作ったらどうかというようなことも今検討されています。 こういったことに対する将来性に対して、新山公述人はどのようにお考えになるのでしょうか。ちょっと時間が来ましたので簡単で結構でございます。
○公述人(新山陽子君) 遺伝子組換え食品に関してですが、大変申し訳ありませんが、私はやはり社会科学の研究者ですので、これは自然科学的な判断が必ず必要ですので、御回答はちょっと控えさせていただきたいと思います。
○平野達男君 どうもありがとうございました。
○田嶋陽子君 社民党の田嶋陽子です。 小島公述人にお伺いします。 政府が今国会で有事法制の法案提出を予定していると言われているんですけれども、そしてまた、小島公述人も有事法制化とかそれから集団的自衛権の解釈見直しを言っていらっしゃると思うんですけれども、これに対して、日本のその有事法案提出に対して中国は、あるいはアジアの国々はどのように考えていらっしゃるか、教えてください。
○公述人(小島朋之君) その点に関して申し上げれば、アジアの国というふうに一くくりにできないところがあろうと思います。 中国は留保しておりますが、反対はしておりません。韓国も留保しております。東南アジア、ここはこれについてはむしろ賛成というふうに見てよかろうと思っております。有事法制についての東アジアの反応というのは、必ずしも一つではないということであります。
○田嶋陽子君 ありがとうございました。 次に、ODAに関してですけれども、先ほどODAというのは日本の外交とそれから国際間のイメージで大変な貢献をしたとおっしゃいました。でも、今もう日本は経済的に大変苦しいときにもありまして、このままODAがそのままの形でいっていけるのかどうか、とても心配に思うところでもあるんですけれども、ODAの未来に対してと、それからODAに代わるものを何か小島公述人は考えていらっしゃるかどうか、あったらお願いします。
○公述人(小島朋之君) ODAは、私は、先ほど来申し上げておりますように、結論としてはなお日本の一つの重要な外交戦略として維持していくべきだというふうに思っております。 先ほどの狂牛病による被害総額が二千二百億円と、こういうことでありますが、実はODAの額というのは、例えば対中ODAについて見れば、それよりもはるかに少ないわけであります。私は、ODAの額というのは毎年減ってきておりますが、全体的に見れば少ない中で、日本の国際的な役割を果たすという点ではなおなお必要であるというふうに思っております。
○田嶋陽子君 先ほど、ODAはこのままいくためには透明性だとかアカウンタビリティーとか、そういうことをおっしゃっていらして、そのとおりだと思うんですけれども、近ごろ、例えば日本でも児童扶養手当を削減するとか、いろんなところで細かい、弱い人たちのところでお金が削減されていくわけですよね。そういうのを見ていて、一方でODAが随分ずさんな使われ方をしているとか、いろんな癒着があるとか、そういう話を聞いているわけですね。 私は、やっぱり、もう少しODAをどんなふうにしたら、おっしゃった透明性、アカウンタビリティーをも含めてもっと何か効率的に運営できないものかなと考えるんですけれども、何か提案があったら。
○公述人(小島朋之君) 私は、一つは、やはり国民参加、国民の理解を得るような、そういうODAの仕組み、ODAの様々な案件を決定する際に、その案件決定の透明性を確保し、そして国民もまた理解し、更にはNGOや様々な組織を通じて国民自身が参加していくような、そういう仕組みを考えていくべきだと思っておりますし、また、今現在進んでいるODA改革懇談会などの議論というのを見てみますと、今申し上げた方向に行っているのではないかというふうに思っております。
○田嶋陽子君 ちょうど時間となりました。ありがとうございました。
○委員長(真鍋賢二君) 以上で公述人に対する質疑は終了いたしました。 この際、公述人の方々に一言お礼申し上げます。 本日は、有益な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございました。委員会を代表して厚くお礼を申し上げます。(拍手) これをもって公聴会を散会いたします。 午後五時七分散会