文教科学委員会 第2号
- 発言数
- 206 件
- 登壇者
- 20 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 2002/03/19
会議録
○委員長(橋本聖子君) ただいまから文教科学委員会を開会いたします。 政府参考人の出席要求に関する件につきましてお諮りいたします。 教育、文化、スポーツ、学術及び科学技術に関する調査のため、本日の委員会に文部科学省生涯学習政策局長近藤信司君、文部科学省初等中等教育局長矢野重典君、文部科学省高等教育局長工藤智規君、文部科学省研究振興局長遠藤昭雄君、文部科学省研究開発局長今村努君、文部科学省スポーツ・青少年局長遠藤純一郎君、文部科学省国際統括官白川哲久君、厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部長高原亮治君及び水産庁漁港漁場整備部長長野章君を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(橋本聖子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ─────────────
○委員長(橋本聖子君) 教育、文化、スポーツ、学術及び科学技術に関する調査のうち、文教科学行政の基本施策に関する件を議題とし、質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言を願います。
○仲道俊哉君 自由民主党の仲道でございます。 現在、小泉内閣の下で聖域なき構造改革ということで、その一環で教育改革が行われようとしておりますが、その教育改革の中でも、特に教育基本法の改正について質問をいたしたいというふうに思います。 文部科学省では、平成十三年の十一月二十六日に、新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方について中央教育審議会に諮問されたと聞いておりますが、諮問された背景についてお答えをいただきたいというふうに思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 戦後五十年間余にわたりまして、日本の教育制度は教育基本法及びそれに関連します教育法規等の下で、国民の期待にこたえる教育をするべく各般の努力が行われてまいりました。敗戦後の教育の成果は、日本の社会経済の発展を支えてきたという点では国民ひとしく認めるところだと思っておりますが、今日ではいろいろな問題もまた出てまいっているところでございます。 今お尋ねの教育基本法についてでございますけれども、制定以来半世紀を経過いたしまして、制定当時とは社会が大きく変化してまいっているところでございます。また、教育をめぐる様々な問題も、制定当時とは異なる、あるいはその当時は予測されなかったようないろんな問題が出てまいっていることも確かでございまして、教育の在り方が問われている時代に入ったと思っております。 このために、教育の理念あるいは基本原則を定めた教育基本法の見直しなど、教育の根本にさかのぼった改革を進めて、各般の施策を推進する必要があると考えているところでございます。 平成十二年十二月の教育改革国民会議最終報告におきましては、これからの時代の教育を考えるに当たって、個人の尊厳や真理と平和の希求などといった人類普遍の原理を大切にするとともに、新しい時代を生きる日本人をいかに育成するかを考えることが必要であるとしておりまして、その上で新しい時代にふさわしい教育基本法に求める観点というものが提言されているところでございます。 そこで提言されましたような内容を踏まえまして、更に具体的な検討を行っていただきますために、昨年十一月、御指摘のように中央教育審議会に新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方について諮問を行ったところでございます。
○仲道俊哉君 ただいま背景についての御説明があったわけですけれども、その中で半世紀たち、理念という言葉もございましたが、現行の教育基本法を眺めてみますと、私は、伝統とか文化を養う心だとか道徳心の育成とか、そういうものが軽視されておりまして、日本人の民族的な伝統的な規範が欠落しておるというように、こう思うわけですね。 将来の日本を支える子供たちを育成する指針なり道しるべとしては甚だ不適当だと思われるんですが、その点についての大臣の所見をお伺いいたしたいというふうに思います。
○国務大臣(遠山敦子君) どのような国におきましても、その国の文化、伝統といったものをしっかりと次の世代に伝え、そして誇りを持って前に進む、そういう国民を育成するというのは一国の大きな責務であると思っております。 教育基本法の前文にあります文言の中で、「個性ゆたかな文化の創造をめざす教育」とございます。また、第一条の「教育の目的」のところにございます、教育は、人格の完成を目指し、国家社会の形成者として、心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならないというような規定がございますけれども、今御指摘のような点というのは、その趣旨はその規定の中に含まれているという旨、当時の国会答弁において説明されているところではございます。これは昭和二十二年の三月、ちょうど今ごろでございますけれども、当時の高橋誠一郎大臣がそのような趣旨の答弁をされているところでございます。 一方で、教育改革国民会議の報告では、国際化が進展する中で日本人としての自覚、アイデンティティーを持ちながら人類に貢献するということからも、我が国の伝統、文化など次代の日本人に継承すべきものを尊重し、発展させていく必要があると提言がなされております。そして、新しい時代にふさわしい教育基本法には伝統、文化の尊重などの視点が必要であるということが述べられているところでございます。 中央教育審議会におきましては、こうした点も踏まえながら、新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方について目下大変熱心に御議論いただいていると考えております。
○仲道俊哉君 今、大臣の方から御説明もあったんですけれども、実は私が得ました資料の中で、これを作るときにGHQの干渉箇所というのが幾つかあるんですが、その中で一番に、前文の案から「伝統を尊重し」ということが実はGHQの方の指導で削除されておるわけですね。 ですから、そういう意味では、日本としての伝統を尊重するというようなことがどうして削除されたか。そのちょっと背景についてはいろいろと細々とそのときのやり取りがあるようですけれども、いずれにいたしましても、原文では書いてあったこの「伝統を尊重し」という言葉が省かれたというような背景もありますので、あえてこの問題を実は取り上げたわけでございます。そのことをひとつ参考にしていただきたいというふうに思います。 次に、現在の日本人が自信を失って、教育が荒廃し、その反省の歴史ばかりが強調されておるという、過去の自分の国の歴史を必要以上に卑下するというようないわゆる自虐的な歴史観が私は国民の間に疫病のように蔓延しておるようなことがあるわけでございまして、その責任の一端はやはり民族の、日本民族の魂を入れることを忘れた私は戦後教育にも一つの責任があるのではないかなというふうに思うわけでございます。そういう意味での戦後教育についての大臣の所見をお伺いをいたしたいというふうに思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 日本の戦後の教育につきましては、冒頭にお話しいたしましたように、民主的で文化的な国家の建設を目指した教育基本法の理念とその基本原則の下に進められておりまして、この間、教育は著しく普及をし、またその高い水準の教育内容というものは国民の資質を向上させ、その国民が勤勉に働き、かついろんな場面で活躍することによりまして、我が国の社会経済というものは大きく発展をしてきたと考えております。二十世紀後半の我が国の世界的に見ても驚異的な発展の一つの大きな要因として日本の教育の充実ということが指摘されてまいってきたわけでございます。 他方で、戦後五十年以上が経過いたしまして、社会全体も大きく変化をいたしました。その一つには、都市化の問題であり、核家族化の問題であり、また過剰なほどの情報があふれる、こういう情報化の時代になってまいっております。そんな中で、学校教育だけが従来の行き方だけでそういう時代の変化に乗り切れるかというと、必ずしもそうではないわけでございまして、現にそういう社会の中にあって、あるいは家庭環境の変化の中にあって、子供たちの中には、不登校の問題でありますとか、いじめでありますとか、あるいは時に残虐な行為に走るような子供たちが出てくるとか、いろんな問題行動も生じてまいってきているわけでございます。また、学校で学ぶべき内容についても、従来のままでいいのかどうかというようなことについても様々なお考えが出てまいっているところでございます。 私としましては、このような実態を踏まえまして、現在の教育基本法の普遍的な理念は維持しながら、新しい教育基本法の在り方について幅広く議論をいただき、教育の根本にさかのぼった改革に取り組んでいく必要があるのではないかと考えているところでございます。
○仲道俊哉君 私自身も戦後教育に携わった者として、戦後教育の、自分自身で反省をしながら、二十一世紀の子供たちをどのように育てればよいのかということで真剣に自己反省をしているところでもございますが、現場等では遠山大臣に対する非常に熱い期待と、そして大臣のその識見等に非常に大いに期待をしているところでございますが、今改革に向けてのお話がございましたが、私は教育改革の一番基本はやはり教育基本法の改正だというふうに思います。そういう意味では、いろいろとこの五十年間、この教育基本法の見直しについては意見が出ておりますけれども、ただだらだらこの議論を続けるだけでは私はなかなか前に進まないというふうに思います。そういう意味では、この教育基本法の改正に向けてのこれからの今後のスケジュール、これをひとつお示しをいただきたいというふうに思うんですが。
○国務大臣(遠山敦子君) 目下、中央教育審議会におきまして教育基本法の見直しについて御審議をいただいているところでございますけれども、昨年十一月、この諮問をいたしますときに、おおむね一年程度をめどにして答申をいただきたいということで諮問を行ったところでございます。既に中央教育審議会の総会で四回御議論をされ、そして、その下の基本問題部会で三回の議論をいただいているなど、非常に短い時間でもそれぐらいのテンポでやっていただいておりますので、このめどといいますか目途を目指してこれから鋭意御議論をいただけるものと思っております。
○仲道俊哉君 次に、今問題になっております総合学習の在り方についてお聞きいたしたいと思うんですが、これにつきましては昨日の予算委員会でも反省と評価ということで御論議がされたようになっておりますが、私自身、この総合学習というのはこれから非常に大事な点でありますけれども、一歩誤れば大変なことになるなというふうに思っております。 その一例をひとつ取り上げたいと思うんですが、実は神奈川県の藤沢市の市立小学校で、昨年の十二月に、かねてより殺人未遂事件の被告として公判中の母親を礼賛する言動を繰り返しておった日本赤軍の最高幹部の重信房子被告の長女を実は総合学習の講師に招いて、そして偏向的な政治教育を行ったという事案が実は発生をいたしたわけでございます。このことについては、総合学習の眼目というのは、子供たちに自ら考える力や生きる力を付けるというようなことのそれぞれの目的があるわけですが、この問題は実はイスラエル大使館からも猛烈な抗議を受けておりますし、今、父兄や市民、地方議会まで巻き込んだ騒動まで発展をしているわけです。 この問題について文部科学省ではどのように把握をしておるか、そしてその後どのような処置をしておるのか、その点についてお伺いをいたしたいというふうに思います。
○政府参考人(矢野重典君) 御指摘の件につきましては、昨年十二月に藤沢市立の小学校におきまして、総合的な学習の時間を利用して、お話にございましたように、元日本赤軍の重信房子被告の長女を招いてパレスチナに関する授業が行われたとの新聞報道が本年一月末になされたところでございまして、この件につきまして、神奈川県教育委員会からの報告によりますと、当日の授業ではスライドを用いながらパレスチナの地理や言語あるいは子供たちの様子などについて講師から講話がなされた後にパレスチナ料理の調理実習が行われたという報告を受けているところでございます。 本件につきましては、神奈川県教育委員会が行いました調査の結果、授業におきまして偏向的な内容は取り扱われてはいないものの、当該授業の年間指導計画上の位置付けが不明確であるなど、学校の管理運営に不適切な面があったことが判明したと、そういう報告を受けているところでございまして、神奈川県教育委員会では藤沢市教育委員会に対しまして、当該小学校における不適切な管理運営を直ちに是正するように指導いたしますとともに、他の学校における適切な管理運営の確保についても併せて指導をいたしたところでございますし、さらに県内の各市町村教育委員会に対しましても同様の指導を行うなどいたしているところでございます。 我が省といたしましては、今後とも、法令や学習指導要領に基づいた適切な教育が行われますよう、引き続き指導してまいりたいと考えているところでございます。
○仲道俊哉君 文部省の今把握している程度が分かったんですが、これに対して、その授業を行った小学校の教諭に対してどのような処置を取っておるのか、その点について説明願いたいと思います。
○政府参考人(矢野重典君) 先ほど申し上げましたように、藤沢市教育委員会は、教諭について十分に、事前に十分な協議や適切な手続を行わなかったこと、さらには校長については事前に適切な監督を行わなかったことを理由といたしまして、一月二十九日に文書により校長及び当該教諭に対し厳重注意を行ったという報告を受けているところでございます。
○仲道俊哉君 私は、これから総合的な学習を進める上について、事前にこういうようなことがあったということについて、また偏向教育の最たるものでございますので、ただ厳重注意だけで果たして終わるのかどうか、この点についてはもう少し、文部科学省として、その地教委の処置について再度調べていただきたいということを要望をしておきたいというふうに思います。 次に、こうした起こる背景には、総合的学習でやっていいことと悪いことの区別が現場ではつかめていないこともあるというふうに思います。 文部科学省はさきに、総合的学習の導入をめぐって現場に戸惑いのあることも踏まえて事例集を発行いたしましたですね。ですが、更にこれに工夫を加えて、何かガイドライン的なものを作る必要があるんじゃないかというように思うんですが、そういうことについての御所見をお願いをいたします。
○政府参考人(矢野重典君) 総合的な学習の時間は、これはそれぞれの教科等で学ぶ知識や技能を体験的な学習活動の中で実感を持って理解をして、実生活において生かされ、総合的に働くようにするということをねらいとするものでございます。そういう意味での総合的な学習の時間につきましては、こうした、今申し上げましたようなねらいを踏まえまして、基本的には地域や学校の実態に応じ、それぞれの学校が創意工夫を十分発揮して特色ある活動を展開することを期待をいたしているところでございまして、国においては具体的なガイドライン等の基準は規定をいたしていないところでございます。 先ほど申し上げましたように、総合的な学習の趣旨は以上のとおりでございますので、そうした趣旨を踏まえまして、ほとんどすべての小中学校におきましては、既に平成十二年度の移行期間中から創意工夫を生かしました取組を行いまして、本年四月からの全面実施に向けて準備を進めてもらっているところでございます。 国といたしましても、先ほどお話がございましたように、各学校における取組を進めていく上で参考となるように、優れた実践事例の提供に努めておりまして、既に平成十一年度に総合的な学習の時間に関する事例集を作成配付したところでございますけれども、現在は更に移行期間中の各学校の実践を基にいたしまして、第二集の作成配付に向けて鋭意作業を進めているところでございまして、今後とも、各学校においてより一層創意工夫を生かした特色ある実践が展開されまして、総合的な学習の時間のねらいが着実に実現されるように、私どもとしてもそういう形で応援をしてまいりたいと考えているところでございます。
○仲道俊哉君 総合的な学習についての、今、局長のお話、正にそのとおりなんですけれども、一部の公立校辺りで総合的学習の時間を使って算数ドリルや補習を行うという事例が増えているわけですね。これは今おっしゃいましたようなことからも趣旨が外れるわけで、実際には、総合的学習というのは、経験をさせることによって自ら考える力、生きる力を養うということの従来の趣旨からは、こういうような補習や算数ドリルのことというのは反するわけです。 そういう意味で、近ごろ文部科学省筋から総合的学習と教科との関連を強調する意見というようなのが時々聞こえてくるわけですけれども、実際に、現時点で総合的学習の在り方について、本当に国の方は、そういう算数ドリルや補習という学習、学力を補う意味でのそういう各公立学校での事例が出てきている、また考え方等が発表されていることについて、実際にはどのようにお考えになっているのか、お聞かせいただきたいと思います。
○政府参考人(矢野重典君) 総合的な学習の時間、先ほど申し上げましたように、これは各教科で学ぶ知識や技能を体験的な活動の中で実感を持って理解をし、実生活において生かされ、総合的に働くようにするということをねらいとするものでございます。 そういう意味で、各学校におきましては、こうした総合的な学習の時間のねらいを十分踏まえた上で、先ほど来申し上げておりますように、特色ある教育活動を展開することが重要であるわけでございまして、その点、御指摘がございました、単に教科における授業の補てんとして総合的な学習の時間を位置付けることは、それは総合的な学習の時間の趣旨にそぐわないというふうに私どもは考えているところでございます。 一方、総合的な学習の時間と教科との関連についてお尋ねがございましたけれども、これは、総合的な学習の時間はそれぞれの教科等の学習と切り離して考えるものではなくて、児童生徒がそれぞれの教科で学んだ知識や技能を自らのものとするよう主体的に学習活動を行うことが総合的な学習の時間においては重要であるわけでございます。 また逆に、総合的な学習の時間で身に付けた力を各教科において生かしていくことも大切であるわけでございまして、そういう意味におきまして、それぞれの学校におきましては、総合的な学習の時間と各教科との指導の有機的な連携を図っていくことが大変大事であると私どもは考えているところでございます。 現在作成中の総合的な学習の時間に関する事例集第二集におきましても、各教科との指導の連携を図っている、そういう優れた実践事例を盛り込む予定としておりまして、各学校におきましてはそうした事例を参考としながら適切な取組をやっていただくようにお願いを申し上げたいと思うわけでございます。
○仲道俊哉君 総合的学習と絡んで、本年四月から完全学校週五日制が実施をされてまいりますね。文部科学省の調査では、私立校の約三割が導入しないと、こういうように言われておるわけですが、法的な義務付けのない私立校に対して今後どのような対応を取ろうとしているのか、お伺いをいたします。
○副大臣(岸田文雄君) 私立学校の休業日につきましては、学校教育法施行規則第四十七条の二において、当該学校の学則で定める日と規定されております。これは、私立学校において独自の建学精神を持ち、また特色ある教育が展開されるため、自主性を尊重するという趣旨でこういう定めになっております。 ただ一方、四月から導入されます完全学校週五日制でありますが、学校、家庭、そして地域、こうしたものがそれぞれの機能を発揮して、一体となって教育機能を発揮する、そして子供たちが自ら学び自ら考える力、あるいは健康や体力、あるいは豊かな人間性、こうしたものまで含めた生きる力を育てるというのが趣旨でありますから、この趣旨は公立学校においても私立学校においてもこれは変わるものではないと思っております。 そして、学校五日制につきましては、月に一回、二回も含めまして、現在九五%、小中高で限れば七八%の私立学校が何らかの形で学校週五日制は実施をしております。ただし、今、先生御指摘になられましたように、四月から始まります完全学校週五日制に関しては、私立学校全体の約七〇%、そして小中高等学校に限れば五五%にとどまっておりまして、十分には進んでいない状況であります。 是非、先ほど申し上げました趣旨を私立学校にも理解していただかなければいけないということで、都道府県に対して通知を発出する等努力をしているところでありますが、今後ともこの制度のスタートに合わせて一層の理解を得るべく私立学校に対して働き掛けていきたいと思っております。
○仲道俊哉君 趣旨はよく分かるんですが、親にとってみますと、やはり学力の問題がどうしても心配になるわけですね。そうしますと、私立学校が実施しないことによって今後学力の公私の格差がますます広がるのではないかという、そういう心配をしているわけですが、この点についてはどういう所見を持たれておりますか。
○副大臣(岸田文雄君) 今、新しい制度のスタートを目の前にしまして、各地域、各関係者からいろんな御意見を聞いております。その中で、今、先生御指摘になられました学力低下に対する心配、そういった心配、随分意見や質問として多いのを実感しているところでありますが、まず新しい体制において授業数、確かに土曜日休みになるわけですが、世の中でよく三割削減されるのではないかというようなことが言われております。しかし、これは実際検証していただきたいと思うんですが、授業数としては七%の削減であります。 一方、内容につきましても、中身が厳選されるというようなことで、随分削減されるのではないかというようなことが言われておりますが、この内容の厳選につきましても、学科や学年にわたる重複を整理するとか、あるいは高度なものを上の学年に統合するとかいうような整理・統合を行うのが中心でありまして、内容につきましても三割削減というのは当たらないというふうに思っております。要は、高校卒業の段階ではほぼ同じ項目を確保できるというふうに思っております。 ですから、この三割削減というのは実態を離れた数字が独り歩きしている状況ではないかなというふうに思っておりまして、この辺りをしっかり御理解いただきたいと思いますし、そうはいっても授業数が七%減るではないかという質問に対しましては、この新しい体制は、基礎・基本を厳選した上で、個々に応じた、少人数学級ですとかあるいは習熟度別学級ですとか、個々に応じた対応をするわけでありますから、七%削減された授業時間数は、従来のやり方に比べまして、従来の画一的な授業に比べましてより効率的な運用が図られるというようなことになっております。ですから、制度としまして大きな学力の後退にはつながらないと思っておりますし、また、是非そうするように運用しなければいけないと思っております。 そして、更にはそれが実際、目的どおり発揮できますように、教職員の定数改善計画等で支援するとか、あるいは今御審議をお願いしております平成十四年度予算案におきましても、学力向上フロンティア事業、こういった事業を盛り込んで、しっかりと文部科学省としてもバックアップをしていきたいと思っておりますので、学力低下の心配に対してしっかりとこたえていきたいと思っております。
○仲道俊哉君 学力の問題については、一朝一夕ではなかなかできない、補うことは非常に難しいし、親にしてみれば大変心配な点もあるわけでございますが、今の文部科学省の姿勢がそれぞれ徹底されるように是非お願いをいたしたいと思うんですが。 先般の文部科学省の調査によりますと、毎週休みになる土曜日にしたいことということで何か質問を、アンケートを取ったみたいでございますけれども、その中で、中学二年生が三九%、高校の二年生が四八%が、実際には文部科学省が期待するような、自然に親しむことや勤労体験や奉仕活動とかそういうことでなくて、ゆっくり休みたいとかゆっくり寝たいというような結果が出てきておるようでございます。 子供の心理としてはそうかもしれませんが、そうしますと、せっかくの完全五日制が単に子供たちを、大量の、休ませるだけの、そういうような結果にもなるんじゃないかということで、この制度について大変心配する点も、そういう面からの心配する点もあるわけですが、これに対して文部科学省としてはどのようにお考えでしょうか。
○政府参考人(矢野重典君) 御指摘の調査は、文部科学省が子どもの体験活動研究会に委嘱をして実施した地域の教育力の充実に向けた実態・意識調査でございますけれども、その結果によりますと、平成十四年度から増える土曜日の休みをどのように過ごしたいかという問いに対して、ゆっくり休み、ゆっくり寝ると回答した子供の割合は、小学校三年生では一六%、中学校二年生では三八・七%、高校二年生で四七・五%であったりしてございまして、こういう状況にあるわけでございまして、年齢が高くなるに従って子供たちは体験活動等に参加する意欲が乏しくなっていくと、そういう傾向が見られるわけでございます。 一方、学校週五日制の目的は、学校、家庭、地域社会が相互に連携しながら、子供たちに社会体験や自然体験などの様々な活動を体験させ、生きる力をはぐくむものでございまして、一人でも多くの子供が自ら興味・関心を持って主体的に多様な体験活動に参加することが可能となるように、受皿としての環境を整備をしていくことが大変大事になるわけでございます。 このため、文部科学省におきましては、平成十一年度から十三年度までの緊急三か年戦略として全国子どもプランを関係省庁と連携しながら実施をしてまいっているところでございまして、これまでの実績を踏まえまして、来年度から新子どもプランの策定をいたしまして、週末などにおける子供の体験活動を促進するなど、関係省庁あるいは地方自治体や様々な民間団体等との幅広い連携の下、体験活動等の機会の充実を図ることといたしているところでございまして、さらに、先般、都道府県教育委員会に対しまして通知を発出いたしまして、完全学校週五日制の下での家庭や地域社会における積極的な取組の推進等について指導をいたしたところでございまして、今後とも、子供たちの完全学校五日制の受皿として、子供たちの豊かな体験活動などの機会や場の充実に私どもとしても努力をしてまいりたいと考えているところでございます。
○仲道俊哉君 先ほどの学力の話にもう少しちょっとお話を申し上げたいと思うんですが、具体的に茨城県の県立高校は、土曜日に校舎を保護者らに貸して、予備校の講師による有料講座の開設を計画をしているというようなことのお話をお聞きをいたしたんですが、土曜、日曜に補習を行う動きが実はこの週五日制を利用して行われようとしておるわけです。これは実際、高校にしても、それから中学校にしても、高校入試があり、大学入試があり、そういう点を考えますと、やはり完全学校週五日制ということについての、先ほど三割ではないというお話もございましたけれども、親にしてみますと、受験者を抱えた、子供たちにどのように大学入試、高校入試に対して力を付ければよいのかという、そこが一番悩みの種なんですね。 ですから、完全学校週五日制を実施するのであれば、高校入試なり大学入試まで子供の成長過程を考えて、そこまでを考えた制度を考えないと私はこの完全学校週五日制というのはなかなか実施に難しいんじゃないかという危惧をするわけですが、要は、そういう補習等を行うということに対して、実際に文部科学省としてはこのことについてどのように考えているのか、御所見をお伺いします。
○副大臣(岸田文雄君) 新しく休みになります土曜日をどう使うかということだと思いますが、まず基本的には、各教育委員会においてそれぞれの状況等を勘案して判断し、それぞれの機会や場を設けるというのが基本ではありますが、新しい制度の趣旨は、やはり子供たちの意欲とか興味、こういったものを引き出して生きる力をはぐくむというのがその新しい制度の趣旨でありますから、自らの意思で学びたい子供には学ぶ機会を与えなければいけない、また様々な体験活動をしたい子供にはその場を与えなければいけない。それぞれの子供たちの意思で土曜日をどう使うのかを考えてもらい、そしてそうした機会をしっかりと提供しなければいけないということだと思っております。 ただ、その際に、今補習という話がございました。従来から文部科学省の方から申し上げておりますように、土曜日に学校における授業の延長と同様な形で補習をすること、これは望ましくないというふうに申し上げております。これは、授業の延長と同様な形というのは、土曜日においても要は強制的にそして一律的に授業形式で授業を行う、こういった授業の延長と同様な形で補習をするということ、これはこの新しい学校五日制を始めとする新しい制度の趣旨にそぐわないというふうに思っております。あくまでも自らの意思で学びたい子供たちには学ぶ機会は与えるというものの、その辺り、補習との関係で言うならば、今申し上げたような点、この点をはっきりした上で、土曜日の使い方、土曜日学びたいという子供たちにはどういった場を提供するのか、各教育委員会においてしっかりと判断をしていただきたいと思っております。
○仲道俊哉君 新学習指導要領の位置付けについてなんですが、今のお話と絡むんですが、今回、本格的実施を四月に控えて、その新要領の位置付けというものを確認をしておきたいんですが、従来、文部科学省は、新要領を教科内容の上限規定と位置付けてきたと思われるんですね、指導要領。例えば、時間数はこれだけで、算数であればここまでの到達目標という、そういうことでの上限規定を位置付けていたと思うんですが、最近これを最低基準に修正するような幹部の意見が多いわけですね。ですから、上限と下限では教育現場での対応も大きく異なってまいります。新学習指導要領の位置付けを上限規定から下限規定に正式に変更したのかどうか、立法府としての確認を求めたいと思います。
○政府参考人(矢野重典君) 学習指導要領の総則では「各教科、道徳及び特別活動の内容に関する事項は、特に示す場合を除き、いずれの学校においても取り扱わなければならない。」と、こう規定されているところでございます。このように、少なくとも学習指導要領に示す内容はすべての児童生徒に対して指導する必要がある、そういう意味合いにおきまして学習指導要領は最低基準としての性格を有しているというふうに私どもは考えております。 そして、学習指導要領のこうした性格は、従来から変わっていないわけでございますが、率直に申し上げまして、昭和二十三年に試案としてスタートして以来、その点が必ずしも明確でなかったという面があることは確かでございます。しかしながら、今回、新しい学習指導要領におきましては、教育内容を厳選をいたしますとともに、個に応じた指導の充実、あるいは選択学習の幅の拡大などを行うこととしておりまして、そういう意味で最低基準としての性格がより一層明確になったというふうに私どもは理解をいたしているところでございます。
○仲道俊哉君 すべて絡んでくるわけですが、そういうこととの絡みで、このゆとり学習をめぐる問題についてちょっと質問いたしたいと思うんですが、文部科学省は去る一月の十七日に、宿題や放課後の補習を奨励する学力向上のための緊急アピールなるものを発表をいたしましたですね。これは、学習内容を、先ほどは七%とおっしゃいましたが、これを減らすそのゆとり教育路線とはもう明らかに私は矛盾をするというように思われるんですね。 このアピールは、詰め込み教育への反省からゆとりと個性を目指してきたこれまでの教育改革の路線を修正するものではないかというふうに、こう思うんですが、その点を危惧いたしておるわけですけれども、その点についての御所見をお伺いいたします。
○政府参考人(矢野重典君) 今回のアピールが補習や宿題を課すことに触れていることについて、ゆとりの考え方に反するのではないか、あるいはゆとり教育の路線を修正するものではないかという御指摘があるわけでございますけれども、改めて申し上げますと、新しい学習指導要領におけるゆとりの考え方は、教育内容を厳選をいたしまして、そこから生ずる時間的、精神的ゆとりを活用して、個々の生徒の理解や習熟度に応じた繰り返し指導、あるいは逆に発展的な指導を行うとか、さらには学習の在り方として、観察実験、調査研究などの体験的、問題解決的な学習を行うことができるようにする、言ってみますれば、時間を掛けてじっくり取り組む学習を行えるようにするというところにそもそものねらい、趣旨があるわけでございます。 しかし、そのねらいや趣旨が一部において履き違えられて、教育現場において勉強することが必要以上に軽視されるという風潮が一部にあることも事実でございまして、その一つの表れがOECDの調査結果にも、世界でも、OECDの調査に参加した各国の中で最も学校外の勉強の量が少ないというのが我が国の子供たちの実態であるわけでございまして、そういう調査結果にも反映されているのではないかと思うわけでございます。 今申し上げたような状況の中で、私ども、新しい指導要領におけるゆとりの考え方については、基本的にはこれは全く変える必要はないと思うわけでございますけれども、今御紹介申し上げたような実態がある中で、学校や家庭における学びの機会を充実し、学ぶ習慣を身に付けさせるということはもとより大変大事なことであるわけでございまして、改めてこうした観点に立って、放課後における補習でございますとか、家庭における宿題の必要性や重要性を考えていただきたいということで、大臣のアピールという形でお願いを訴えたわけでございます。
○仲道俊哉君 私自身も自分の経験を踏まえて、詰め込み教育といいますか、戦後の教育について、やはり子供たちにもう少しゆとりのある教育をさせ、そしていろいろと経験をさせたいというその気持ちがあるので、同じ、文部科学省の今までの大臣のお考えと同じなんですが、反面、先ほどから申しましておるように、総合的な学習も入り、またゆとり教育も入り、そして学校完全五日制ということで、すべて今までの戦後教育を反省する余りに、一気に極端に右の方といいますか、反対の方にすべての制度が行ってきたように思うわけですね。 ですから、自分自身でもやはりゆとり教育をしなきゃいけない、そして戦後教育の反省をしなくてはいけないと言いながら、先ほど申しましたように、現実には高校入試、大学入試という、その現実があるわけですから、実際にそういうときにこの学力向上のための緊急アピールというのが大臣の方から出されますと、実際に迷っている心が一層迷ってくるわけですね。ですから、実際に今回の学力向上のための緊急アピールというのが、一応こういうふうに出したけれども、もう少し例えば、先ほども説明あったような、土曜日の後、放課後の補習もしてもいいですよとか、いろいろとそういう教育をしてよいですよというようなことの何か、実際に制度として出しているけれども、内心は修正をしておるんじゃないかなというような気持ちが、現場もそして親たちもそのように思うわけですね。 その点について、ひとつ大臣、しっかりはっきりした大臣のお考えをいま一度お聞かせいただきたいというふうに思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 新しい学習指導要領のねらいは、これはこれまで時間を掛けて各地に説明もし、そして趣旨の徹底を行い、またそれの実施に向けて実験的な学習なども促してまいったところでございます。しかも、そのねらいが、私は非常にこれは二十一世紀の教育の在り方の基本を決めているという点で、この方向性というのは誠に正しいと思うのでございますが、簡潔に言えば、それは基礎・基本をしっかり身に付けさせた上で、自分で考えたり、自分で行動したり、あるいは主体的に判断をしていく、そして自分で問題を見付けたり、それを解決に導いていく、そのような本当に生きる力を持たせる、確かな学力というものをしっかり身に付けさせるということは極めて明瞭なことでございます。 一方で、ゆとりあるいは自分で考えるということだけが強調され過ぎますと、それは基礎・基本を大事にしながらしっかりした学力を身に付けるという点で余りに極端に走る可能性もあるわけでございます。 したがいまして、新しい学習指導要領が確かな学力でありますとか心の教育というものをしっかりするということを、更にその目標をきちんと実現していくために、これは決して学力を低下させてはいけないわけですし、本当の意味での確かな学力を付けなきゃいけないわけでございますので、そこのところがしっかりと確保されるようにということで出したのがアピールでございます。 その中で、幾つか具体的にこういうことにも気を付けてくださいということでございますが、私はやはり学校では、受験のための知識の量を増やすというふうな教育ではなくて、しっかりと基礎・基本を身に付けた上で自分で考える力ということでございますので、できればむしろ学ぶ習慣をきちっと身に付けたり、学ぶことが楽しいなというふうに思う、そのような教育というものをやっていくことが非常に大事だと思うわけでございます。アピールの中をごらんいただきますれば、そのことが極めて明確に書いてございます。 私は、学校現場の先生方がいろいろ迷っているとか混乱があるとかいうような話ございますけれども、私のところにいろんな反響が参りますけれども、それは非常にいいタイミングできちんとしたアピールを出してもらったという声の方が多いというふうに考えております。つまりそれは、一言で申せば、新しい学習指導要領のねらいというものをしっかりと実施に移させて、そして子供たちが確かな学力と豊かな心を持った子供たちに育っていくということを確実にするために出したアピールであるということをもう一度述べさせていただきます。 以上でございます。
○仲道俊哉君 ありがとうございました。 次に、最後の質問になろうと思いますが、小樽市の教員の不正加配問題についてちょっと取り上げたいと思うんですが、教育の荒廃正にここに極まれりというように私は思うんですが、北海道小樽市の公立校によって教員の追加配置、すなわち加配をめぐる不正受給問題についてでございます。 これは、少人数の指導充実のための制度を、チームティーチングですね、この制度を悪用した教育機関にあるまじき言語道断の所業でありまして、数億円にも上る国庫負担金が不正に支払われているというわけでございます。 そういうことを踏まえて、国としても断固たる処置を私は取るべきだと思うんですが、小樽のこの問題につきまして、どのように文部科学省としては把握をしておられますか。現時点についての現状をお聞かせいただきたいというふうに思います。
○政府参考人(矢野重典君) 北海道教育委員会を通じた小樽市教育委員会の調査によりますと、平成十三年度につきまして、小樽市の指導方法の工夫改善を実施するために定数加配されました小中学校二十校中十九校が、指導方法の工夫改善の取組を全く行っていない、あるいはほとんど行っていない状況であることが判明したところでございます。 この定数加配は、少人数指導やチームティーチング等による指導を通しまして子供たちに分かる授業を行うことで児童生徒の学力の向上を図る観点から特別に加配されるものでございますけれども、今回の事例では、教育に携わる者がこのための指導を行わないで自らの負担軽減等のために活用しておりまして、明らかに加配の趣旨に反する使い方である、大変遺憾に思うところでございます。 我が省といたしましては、北海道教育委員会による詳しい実態確認、また原因究明、更には責任の所在等、詳細で徹底した実態捜査の実施と再発防止策の策定につきまして依頼をしていたところでございますけれども、その結果が明三月二十日には正式に報告がなされることになっているわけでございます。 私どもといたしましては、その報告をまちまして、事実関係が確認され次第、北海道教育委員会に対しまして厳正な指導等を行うことといたしたいと考えております。
○仲道俊哉君 その実態の把握ができまして、明日ですか、分かるということでございますが、それに対して文部科学省としてどのような処置を取り、どのような指導をしたのか、その点についてはこの委員会に是非報告を願いたいというように思いますが。
○政府参考人(矢野重典君) 承知しました。
○仲道俊哉君 この事件の背景には、実は教職員団体の北教組が道教委などと取り交わした協定書や確認書を盾に取ってほしいままに教育行政を行っている、教育委員会や校長はほとんどその機能を失っておるというような実態が実はあるわけですね。そういう意味では、この不正受給の原因には、配置については北教組と協議する旨の北教組と道教委との取り交わした確認書の存在があったというように言われておるんですが、この点については事実でしょうか、どうでしょうか。
○政府参考人(矢野重典君) 御指摘の確認書というものは、これは実際の文書といたしましては、「「指導方法の改善に伴う教職員定数等について」に関する北教組書記長の質問に対する道教委企画管理部長回答」という文書であろうと思うわけでございますけれども、この文書につきましては、北海道教育委員会の報告によりますれば、定数加配の趣旨やその実施に当たっての考え方を示したものであるものの、小樽市教育委員会による調査の結果、一部の校長においてこの文書が拡大解釈され、加配の趣旨を損なうようなそういう運用がなされた、そういう報告を受けているところでございまして、したがいまして本文書は、このような事態をもたらしましたことにかんがみますれば、その存在自体極めて不適切なものであるというふうに考えているところでございます。
○仲道俊哉君 現在、この確認書の効力は実際どうなっておるのか、また破棄されているのか、されていないのか、そういう点については把握をしておりますか。
○政府参考人(矢野重典君) 今申し上げましたように、北海道教育委員会からは、本文書が一部の校長において拡大解釈され、加配の趣旨を損なう運用がなされたことが判明したとの報告を受けたところでございまして、このため、我が省といたしましては、北海道教育委員会に対しまして、本文書が効力を有しない旨、早急にすべての市町村教育委員会に周知徹底を図るよう指導をいたしたところでございまして、北海道教育委員会ではこれを受けまして、三月一日、本文書が効力を有しない旨、全道の市町村教育委員会に対して通知を発出いたしたところでございます。
○仲道俊哉君 最後に大臣に、このような小樽市の教育の実情を踏まえまして、国として私は断固として取り組まなければならないと思うんですが、大臣の力強い答弁をお願いをいたしたいというように思います。
○国務大臣(遠山敦子君) これまで御指摘の小樽市につきましては、幾つか不適正な実態がございます。我が省といたしましては、不適切なそうした事態につきましては速やかに是正を図るように既に北海道教育委員会を指導したところでもございますけれども、今後とも、今御指摘の問題を含めまして、小樽市を含め、北海道の教育の適正化に向けて指導の徹底を図ってまいりたいと考えております。
○仲道俊哉君 ありがとうございました。
○阿南一成君 自由民主党の阿南一成であります。 私は、昨年の秋の臨時国会、百五十三国会におきまして、当委員会における私の質問の際に、国立大学の法人化と大学の構造改革の関係についてお伺いをさせていただきました。その際は、大学の改革議論の導入部分にのみとどめておいたのであります。そこで、本日は、大学改革の具体的な点について大臣の率直な御意見をお伺いをいたしたいというふうに考えております。 大学の構造改革、とりわけ国立大学の構造改革についてでありますが、現在急ピッチで検討作業が進められていると認識をいたしております。その中で、昨年の六月に「大学の構造改革の方針」が出されました。また、国立大学の再編・統合を大胆に進める、それから国立大学の数の大幅な削減を目指すといった方針が打ち出されております。また、本年一月に公表されました各国立大学の再編・統合の検討状況においては、既に九組が統合に合意をしておるということであります。また、多数の大学が統合について検討協議を進めているという状況であろうかと思います。私は、国立大学の再編・統合はかなりのピッチをもって進んでいくのではなかろうかというふうに思うのであります。 今後は、平成十四年中をめどとして各大学における検討状況を踏まえた上で全体的な再編・統合の計画をお取りまとめになるのであろうかと思うわけでありますが、現在は各大学の自発的な取組を見守っておるという状況であろうかというふうに考えております。 もちろん、私は各大学の自発的な意思に基づいて行われることは非常に重要であると思います。が、しかしながら、国の高等教育政策を所管する文部科学省といたしましては、やはり国公私立の大学院、大学、短大、高専、そして専門学校を含めた高等教育全般につきましてやっぱりグランドデザインを描いた上でこの再編・統合の目的、理念を明確に示し、その方針の下で各国立大学が再編・統合の協議を行うということがあるべき姿ではないかと考えるのであります。 そこで、第一点目でありますが、まず最初に基本的なことをお伺いいたしますけれども、各高等教育機関の役割、進学率、収容人員等の規模や配置、それから高等教育全体のグランドデザインをどのようにお考えであるのか。また、その中で国立大学はどのような役割を果たすべきであるとお考えか。 二点目は、そもそも国立大学の再編・統合は何のために行おうとしているのか。そして、国は再編・統合にどのようにかかわっていこうとしておられるのか。 第三点目は、私立の学生が約七割を占め、圧倒的に私学が多い中で、国立と私立のバランスをどのように考え、今後の国立大学の再編・統合計画に反映させようとしておるのか。また、国立大学の適正規模をどのようにお考えになっておるのかを大臣にお伺いをいたしたいと思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 今後の日本の高等教育の在り方についての大変基本的な御質問をちょうだいいたしました。随分多岐にわたっておりまして、いずれからお答えすべきかと思うところでございますが、まず、高等教育全体のグランドデザインいかんというお話でございます。 グランドデザインが大事だということについていろいろ論議されるわけでございますが、なかなかその定義、概念というものは論者によって違っているところがございます。 ざっと戦後の高等教育機関の日本の推移、日本における推移を見てみますと、戦後は国公私立大学がそれぞれの役割を果たしながら、むしろ量的な拡大を目指してやってきたように思います。それは、国民が経済的な発展も背景としながら、大学への進学を希望する率が次第に高くなっているというような背景、あるいは全国的にどのように、どのような分野の大学を配置していくかというようなことについての配慮の必要性、あるいは産業界を含めた日本の社会が要請している人材養成にこたえるなどのいろんな角度から、それぞれの時代におきまして大学の在り方ないし設置の仕方について検討した上で今日に至ってまいっていると思います。それは具体的に申しますと非常に時間が掛かりますので今は省略いたしますけれども、社会の進展に伴って起きる多様な要請にこたえて大学設置を重ね、今日に至ってきていると思います。 それぞれのときに、それぞれの時点におきまして計画的な整備を図ってまいっております。高等教育の計画的整備ということは折々に出されてまいりまして、それに従って出てまいったと、今日の状況があると思っております。その意味では、進学希望の動向とか全国的な適正配置についての配慮というものはこれまで行われてまいったとも思っております。 二十世紀の最後の辺りになりますと、日本の高等教育機関は量的には十分に発達をしたといいますか拡充が遂げられたわけでございまして、これからどのように質的に向上させていくかということが高等教育についての大きな課題になってまいったわけでございます。 そのようなことから、平成三年以降、大学審議会における熱心な議論を背景としながらたくさんの答申なぞが出ましたが、そういうそこで示された方向性をベースにしながら、教育研究の高度化、高等教育の個性化、あるいは組織運営の活性化という観点から大学改革が進められてまいったと思っております。 そんな中で、国立大学というのは今後ともどのようにその役割を考えていくかということでございますけれども、国立大学は、やはり日本の学術研究と研究者養成の中核としての役割をこれまでと同様、あるいはこれまで以上にしっかりと担っていく必要があると思っておりますし、全国的に均衡の取れた配置によって、それぞれの大学の特色に応じながら地域の教育、文化、産業の基盤を支えて、大学教育の機会均等に大きな役割を果たしてきましたし、またこれからも果たすべきであろうかと思っております。同時に、今後は、より地域社会及び日本の社会に対する貢献という角度が非常に重要になってくるのではないかと思っております。 では、何のためにそういう役割を持つ国立大学について再編・統合を行おうとしているのかという御質問かと存じますが、これからの新しい世紀において日本が人材大国、科学技術創造立国を目指していきます上で、国立大学が国際競争力のある大学、魅力ある大学として活性化していくことは極めて重要でございます。もちろん、私立大学、公立大学においても同じような使命、同じような目標も大事でございますけれども、殊に国費が投入されている国立大学においては、日本の将来の経済社会の発展の基盤を支えるために、国際競争力を持つしっかりした大学にしていく必要があるわけでございます。 そのようなことを前提にいたしますと、それぞれの大学の実績を踏まえながらも、各大学・学部の枠にとらわれずに、限られた日本の資源、予算、定員等の有効活用を図って、将来にわたっての教育研究の発展とか、あるいは教育研究基盤の強化を図る必要があると認識しているところでございます。 再編・統合はそうした基盤強化ということの必要性をバックにいたしまして、それぞれの国立大学の個性と特色を生かした発展を願ってのものでございます。これは単に数減らしを目標とすることではございません。むしろ、教育研究等の豊富化とか高度化、あるいは新たな学問領域への展開、人材の流動化、資源の重点的投資などを可能にするような実りある再編・統合でなくては私は意味がないと考えているところでございます。 今日、私どもといたしましては、そういう再編・統合の必要性とそのねらいというものが本来大学が持つべき教育研究の高度化あるいは社会貢献の重要性といったことを目指してやってもらいたいということを折に触れて話をしておりますし、またその目標を達成するための統合・再編に向けての努力がそれぞれの大学で今行われつつあるというふうに考えておりまして、今はその方向に向けての努力を見守りながら、今の構造改革を必要としている日本の在り方にマッチした再編・統合がなされるように、私どもとしても各大学の取組を促し、かつ支援をしていくという現状でございます。 もう一つの御質問の点は、私学と国立のバランスをどのように考えていくかということであったように思います。 各国の高等教育制度といいますのは、それぞれ固有の歴史的、社会的背景の中で種々の経験あるいは実績を重ねながら今日まで発達し定着してまいってきていると思います。 日本におきましては、戦後の高等教育の量的普及・拡大を私学の発展に大きく依存して実現してまいったということは確かでございます。その経緯もありまして、今日、大学数、学生数のいずれも私立大学が全国の、全体の七〇%以上を占めるという先進国の間では極めて特異な実態になっているわけでございます。欧米主要国におきましては、高等教育は国又は州が責任を持って実施するということになっているわけでございますが、そういう状況に照らしましても、日本における国立大学の役割は今後も大変重要であると考えているところでございます。 現状で数が多いから、だから再編・統合ということではなくて、そういう大事な任務を担っている国立大学というのが更にしっかりとその機能を果たしていく必要があるということで今日の取組に至っているわけでございます。 私立大学が非常に重要な役割を果たしているということも確かでございまして、国公私立が競争的な環境の中でそれぞれの個性を十分に発揮しながら全体として日本の高等教育機関を強化していくということは大変大事だと考えている次第でございます。
○阿南一成君 ありがとうございました。 それで、国立大学統合の在り方についてちょっとお伺いしておきたいと思うんですが、今回の大学の構造改革によりまして最も戦々恐々としているのが恐らくは地方の国立大学、特に単科大学であろうかと思います。報道によりますと、大臣は、一県一国立大学の原則についてこだわる必要のない地域もあるかもしれないし、分野によっては県域を越えて合体してもいいと、あるべき方向を生み出すべきであるというふうに新聞で報道されております。 この一県一大学政策の下、全国各地に設置をされました国立大学は、地域の教育、文化、そして産業の基盤を支えるとともに、広く高等教育の機会を提供するなど、非常に重要な役割をこれまでは果たしてきたと私は思っております。 しかし、法人化等への対応が迫られる中で急激に再編・統合の検討が進んでおるわけであります。現在の各大学の統合の検討では地方医科大学の統合がずらりと並んでおります。それらに対して、安易な統合あるいは大規模化するメリットのみを求めた統合ではないかとの批判もまた一部にはあるわけであります。 国立大学の構造改革は、今後、国際化が進展する中で各大学の競争力を強化するためには非常に重要であります。しかし、地方の国立大学、特に単科大学を短絡的に統合する総合大学化では、どこでも同じような学部構成である金太郎あめのような大学が増えることになるのではないかという心配も持つものであります。 工学系で世界一と言われておりますカリフォルニア工科大学の元学長はこんなことを言っています。大学の規模はこれ以上大きくするつもりはない、大きくすると教員の間の相互触発が薄れると。また、人類がなし得る最も野心的なことに挑戦する場を用意をするという本学の理念の実現にも支障が出ると述べております。規模を大きくすることによるデメリットを避けて、あえて小規模な単科大学としての道を選び成功しておる実例であろうかと思うのであります。 そこで、今回の改革の本旨は個性あふれ活力ある大学づくりということであります。合理化や効率化を求める民間企業の合併のような発想や、単に規模を大きくするための統合に終始したものであってはならないというふうに思うのであります。 そこでお伺いしたいのでありますが、今回の構造改革により転換が図られることとなる一県一大学政策の理念はそもそもどのようなものであったのか、またこれまでの役割をどのように評価しておられるか。 二点目は、今後、大学の構造改革を実施するに当たり、大学統合の在り方、特に単科大学の統合の在り方に対しましてどのような方針をお持ちになるのか。カリフォルニア工科大学のように規模は小さくとも世界的競争力を持つ専門大学を作るということについては大臣はどのような御見識をお持ちか、お伺いいたしたいと思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 私からは第一の点についてお答えをしたいと思いますが、いわゆる一県一大学の方針と言われますものは、戦後、それまでの各地の官立学校を再編・統合して新制国立大学を設置するに当たっての国立大学再編十一原則の一つでございました。そこでは、特別の地域を除いて、同一地域にある官立学校は合併して一大学とし一府県一大学の実現を図るという考え方であったわけでございます。それは昭和二十三、四年ごろの新制大学を作るという際の原則でございまして、必ずしもその後今日までの国立大学整備の基本原理という性格を有しているものではないと考えております。 この方針に基づいて全国各地域に国立大学が整備されまして、今、委員御指摘のように、私はそれぞれの大学がいろんな機能を果たしてまいったということはよく認識をいたしております。一つには、地域、地方におきます大学教育の機会均等の実現をやってまいりました。また、各地域における知の拠点として地域産業界の発展とか住民の生涯学習ニーズへの対応もいたしてまいりました。また、特色ある研究の推進などを通じまして、地域及び社会の発展の上で非常に重要な役割を果たしてきたと認識しております。 今の段階での統合・再編といいますか、構造改革という角度でもう一度見直したときに、それぞれの大学の今後の発展を考えた場合に、今のままでよいのかという視点も大事なわけでございます。そして、大学・学部の枠にとらわれないで、より広い視野に立って教育研究の発展あるいは基盤強化を図る必要があるという認識の下に、それぞれの大学の特徴あるいは地域の実情などを十分勘案した上で、個性と特色ある大学作りを目指すことが必要であると考えているわけでございます。 今後、統合・再編ということが幾つかのケースで進んでまいろうかと思いますけれども、それはその特定の県におきまして、国立大学のキャンパスとか機能がなくなるということは考えられないところでございまして、むしろ結果的にその地域における教育や研究の機能の充実に資するということを目指しているということをここで御説明しておきたいと思います。
○副大臣(岸田文雄君) もう一つ、御質問いただきました単科大学の件ですが、今、大臣から申し上げましたような考え方に基づいて国立大学の再編・統合を進めているわけですが、その際に、教育研究体制の充実強化、あるいは地域貢献、社会貢献の機能強化、更には経営基盤の強化、この辺りでどんなメリットがあるかということは大変重要だと認識しております。 この辺りの事情は各大学におきまして実に様々だというふうに思っておりますので、基本的な考え方として、引き続き単科大学として特定分野の教育研究を深めるという特色を生かすという道は選択肢として当然あるというふうに思っております。そういった選択肢も当然考えられると認識しております。いずれにしましても、特性と特色ある大学づくりを目指すということが肝要だと考えているところであります。 御指摘のカリフォルニア工科大学、創立約百年の間に二十七人もノーベル賞受賞者を輩出するなど、その教育の質、研究の質においても大変定評があると承知しておりまして、我が国の単科大学の在り方につきましても一つの参考となるものだと考えております。
○阿南一成君 ありがとうございました。 次に、大学の構造改革の三つの大きな柱のうちのもう一つ、そうして国立だけでなく公立、私立も含めた構造改革の方策として掲げられたのが国公私トップ30を世界最高水準に育成するということであったかと思います。これについては、今年に入りましてから当局は、二十一世紀COEプログラムという名称になっております。トップ30という言葉が表に出てこなくなっております。 考えますに、この背景には、国公私合計で約六百五十大学ある中で、わずかトップ30としたことを受け、大学関係者のみならず社会全体に非常に大きなインパクトがあったと推察するのであります。当初から単純に三十大学ということではなく、大学院博士課程を中心に各分野でそれぞれに三十程度ということであり、大学の上位校三十校の選抜、序列化をねらったものではないということは私もよく理解をいたしております。 しかし、このトップ30という趣旨、そしてこのトップ30という数字のみが非常に走ったということであろうかと思います。したがいまして、予備校や雑誌等では論文数や補助金の額などで三十大学を序列化したものが発表されるなど、様々な憶測や疑問を呼んでしまったのであろうというふうに考えております。 そこで、お尋ねでありますが、今後の大学評価結果の公表の際の教訓とするためにも、このトップ30構想の発表のときに当たって様々な憶測を呼んだことについて文部科学省はどのような御認識をお持ちになっておるのか。また、三十という数字には根拠がどのように与えられていたのか。 二点目は、COEプログラムの概要について御説明をいただきたい。そして、具体的にどのような手続で選定作業を行い、どのようなスケジュールで進めていくのか、お伺いをしたいと思います。 さらに、初年度はこの五つの分野で百八十二億円の予算が計上をされておりますが、次年度以降、対象分野及び予算規模の拡大はどのように予定しておられるのか、併せてお伺いをいたしたいと思います。
○副大臣(岸田文雄君) まず、御指摘の施策でありますが、平成十三年六月の「大学の構造改革の方針」という、この方針に基づくものでありまして、競争原理の導入によりまして教育研究拠点の重点支援を行う、そして世界最高水準の大学の育成を図るというのがねらいであります。 そして、三十という数字についての御質問でありますが、三十というのは、大学の数、六百数十と言われておりますが、この六百数十ある大学のうち約五%程度、約三十大学ぐらいは最高水準の大学に育ってほしいという願いを込めたシンボリックな数字でありまして、これは要は重点性、これを強調する意図があったわけであります。 しかし、御指摘のように、この三十という数字、多分に独り歩きしているところがありまして、あらかじめ大学を選んだり、それから大学そのものをランク付けしたり、あるいはその三十大学のみを優遇してほかを切り捨てるんじゃないかとか、その大学丸ごとを評価するんではないかとか、様々な誤解がございました。 この施策、大学からの申請に基づいて学問分野別に第三者評価を行って、特にその研究面で優れた大学の拠点を重点支援するということでありますから、これは固定化せずに変動し得る仕組みであります。その点、誤解がないようにするために、この名称を二十一世紀COEプログラムというふうに変えた次第であります。 そして、その手続についての御質問でありますが、大学からの申請を受けて学問分野別に評価をして、そのポテンシャルの高い教育研究拠点に重点投資をするわけでありますが、この申請についての審査につきましては、省外にこの審査委員会を設けて第三者評価を行うというのがまずポイントでありまして、その際の評価の視点といたしましては、この実績、教育研究活動の実績を評価すると同時に、大学としての将来構想、これもしっかりとその評価の視点として盛り込まなければいけない。この両面、実績と将来構想両面からこのポテンシャルの高さを評価するということになっております。 今後、予算、成立させていただいたならば、日本学術振興会を中心に審査委員会を作りまして、初年度、五分野につきまして募集要項等を通知いたしまして、そしてその後、各大学において検討、申請を行っていただいて、八月から九月ごろ補助金の交付をしたいというふうに考えております。 これがスケジュールでありまして、そしてこの五分野、初年度、平成十四年度に五分野、百八十二億円の予算を計上しているわけでありますが、平成十五年度には残り五分野を対象として、全十分野カバーをするという予定にしております。また、十五年度はまた新たな予算措置が必要だと考えております。そして、その後は、その実施状況とか成果を踏まえながら、その区分、十分野の区分ですとか、あるいは経費の在り方につきましても引き続き検討を加えながら状況を見守っていきたいと思っております。
○阿南一成君 ありがとうございました。 次に、技術教育について一点お伺いしておきたいと思います。 ものつくりの技術は我が国の発展の基盤を支えるものであります。国民生活の向上に寄与し、極めて重要であるというふうに考えております。 しかし、昨今では、ゆとり教育との関係でものづくりの基盤が揺るがされているのではないかというふうに心配をする向きもあります。その一つの例として、最近、某新聞に出たのでありますが、それは、ものつくり大学の入学試験において、厚紙とカッターなどの道具を与えまして立体をつくるという出題に対しまして、受験生が一人も完成に至らなかったというふうな報道がありました。技術の専門教育を行う大学においてさえこのような状況であるということは非常に驚くべきことであるというふうに私は考えております。 そこで、若干調べてみたんですが、このような状況の中では、中学校における技術、ものつくりの時間が、昭和五十二年までは三百十五時間から二百十時間程度あったようであります。新学習指導要領の下では四十四時間が確保をされておると。技術立国日本を支える子供たちのつくるということあるいはつくる楽しみを知るというための時間が削減をされておるということで、我が国の将来を心配するという意見が私のところにも寄せられております。 ものをつくるということは人にとって不可欠な営みであります。この重要性を踏まえ、ものづくり基盤技術振興基本法に基づく基本計画も策定をされ、ものづくり教育の充実がうたわれている昨今であります。文部科学省におきましても、この計画に基づき技術教育の充実が図られていることと思うのでありますが、初等中等教育における技術教育の重要性について当局の御所見をお伺いしておきたいと思います。
○副大臣(岸田文雄君) 御指摘のように、ものづくりの楽しさですとか大切さ、こうしたことを学ばせるということ、まずこれは基本的に極めて重要なことだというふうに認識しております。 そして、技術・家庭等の時間数が減っているんではないかという御指摘をいただいておりますが、これは授業時間全体の縮減ですとか教育内容の厳選ということで新しい新学習指導要領、これからスタートするわけでありますが、その際に、技術・家庭において、内容において細分化された構成を総合化するとか、内容においてもその充実を図っていかなければいけないと思っておりますし、また、総合的な学習の時間においては、まさにものづくりなどの体験的な学習を積極的に展開するということが重要だというふうに思っています。新しい体制の中でそれぞれの科目においてものづくりの重要性、工夫をしながらしっかりと訴えていかなければいけないというふうに思っております。 また、それ以外にも、工業高校生が小中学生におもちゃづくりを指導するなど、専門高校と小中学校との連携によるものづくりに関する教育推進についての実践的な調査研究、こういったものも進めておりまして、こうした各分野との連携を深めながら新しい体制の中でものづくり教育の充実を図っていきたいと考えております。
○阿南一成君 ありがとうございました。大変御丁寧に各私の設問にお答えをいただきました。 実は、なお質問通告は、酒田短大の留学生の問題、それから学習塾と学校の関係について通告をさせていただいておりましたけれども、これはまた別の機会にも聞く機会があろうと思いますので、私の質問はこれで終わらせていただきます。どうもありがとうございました。
○委員長(橋本聖子君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時まで休憩いたします。 午前十一時三十四分休憩 ─────・───── 午後一時開会
○委員長(橋本聖子君) ただいまから文教科学委員会を再開いたします。 休憩前に引き続きまして、教育、文化、スポーツ、学術及び科学技術に関する調査のうち、文教科学行政の基本施策に関する件を議題とし、質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○輿石東君 久しぶりに文教へ戻らせていただいて、今日は二時半ぐらいまで質問の時間をいただきましたので、私の大変日ごろ悩んだり分からない点を中心に質問をさせていただきたいと思いますが、午前中の質疑の中で、私もヨーロッパの方へ男女共生参画調査会の一員として御一緒させていただいた仲道先生から、今の緊急に取り組まなきゃならない課題も提起をされたように思います。そのやり取りを聞いていまして、私だったらどうするだろう、大変難しい問題だな。 先生の中身は、教育基本法の改正の背景とその必要性、それを一つの柱にされたと思いますし、もう少し、もう一つは、ちまたで言われる、いよいよこの四月からは完全週学校五日制、これと学力とのかかわりで大変心配していると。それに対して、文部省、ちょっとずれているじゃないの、ぶれているんじゃないのと、簡単に言えば。そんなお話の骨子だったと思います。もし、私が子供たちから、先生、一体五日制って何のためにやるの、何のために五日制になったのと、こう言われたら、午前中の協議を聞いていて、非常に答えに窮するかな、どう答えたらいいだろうと。それからもう一つ、基本法を、教育基本法を変えれば、のどこを変えれば学校が良くなって教育が変わるんだろうと、こう質問されたときに即座に答えられるだろうか。そういう悩みを持ちながら、もしこの二つの問題も私の今日の議論の中で議論ができるチャンスがあれば質疑を深めてまいりたいと思いますが、私は、今日は遠山大臣の所信に対する質疑ということですから、この十四日の木曜日、先週の、大臣所信を受けました。 これを改めて持ってきたわけですけれども、そこでその中身について最初に冒頭お願いしたいと思いますが、ここに「はじめに」とありまして、遠山大臣は今百五十四国会において、教育は未来への先行投資だと最初に位置付けられたわけであります。そして、人材・教育・文化大国の実現を目指すんだというふうに決意も語られました。さらに、教育改革については、教育は国の根幹であり、一国の将来は教育に懸かっているという認識に立っていると、こう言われ、具体的には、二十一世紀教育新生プランに基づいて、学校が良くなる、教育が変わるということが実感できるような教育改革を実現するために必要な法改正を行うと、こう言われたわけですから、まず最初に、その法改正は、学校が良くなる、教育が変わるということが実感できるような、そういうものを目指して今国会も法案を提出してきたという理由付けを言われているんだろうと思います。 この法案は、昨年の通常国会でやはり教育関連三法案、そして今回、教員免許にかかわることや教員の研修にかかわること、これを合わせて五本と言えるかもしれません。そうした法案の提出した背景なり理由を、大きくはこの冒頭に書かれていますけれども、まず最初にお伺いしたいというふうに思います。
○国務大臣(遠山敦子君) この所信表明にも、所信の中にも述べておりますけれども、一国の将来は教育に懸かっているということは、単に私のみの考えでございませんで、恐らく諸委員、それから多くの国民のこれは認識ではないかと考えております。そういうことを背景にいたしまして、文部科学省では昨年一月に二十一世紀教育新生プランというものを策定いたしまして、これに基づいて諸施策を講じてきているところでございます。 昨年、教育改革三法案と申しますか、あるいは合わせて六法案でございましたけれども、必要な法改正を行いますとともに、また必要な予算措置もすることによりまして、二十一世紀教育新生プランが実際に各地で実施されるための大きな一歩を踏み出したところでございます。今国会でも法案を御審議いただくべくお願いをいたしております。 先般の国会でお願いいたしました法改正は、正に教育新生プランを強力に推し進めるためのものでございましたし、その際に、特に緊急に対応すべきものとして先般の通常国会で教育改革関連六法案として御提出をし、その成立を見たところでございます。 それでは、すべて、それだけですべて二十一世紀教育新生プランが実施できるかといいますと、まだ幾つかの点が残っているわけでございます。そこで、更に専門的な検討が必要な事項につきましては、中央教育審議会に諮問を行って検討をお願いしているところであります。 このうち、今後の教員免許制度の在り方につきまして、本年二月に答申がまとめられたところでございます。これはまたこちらで、この委員会でももちろん御審議をいただくわけでございますけれども、そうした一連の専門的に更に審議を深めて政策に反映していくべきものについては、中央教育審議会におきましての御議論を踏まえて、これから実施に移したいと思っております。 それら一連の検討及び実施を通じて、新たな世紀に対応できる教育改革というものを進めてまいりたいという所存でございます。
○輿石東君 今、大臣は、この法案は二十一世紀教育新生プランに基づいて昨年も今回の免許法にかかわる法案も提出をされたと、こう言われましたね。その二十一教育新生プランなるものはどこから出てきたというふうに認識されていますか。
○副大臣(岸田文雄君) 二十一世紀教育新生プランでありますが、一昨年の十二月、教育改革国民会議最終報告を受けました。その報告を受けた上で、それに文部科学省としての施策、これを合わせ、そして文部科学省における様々な議論の積み重ね、こういったものを整理した上で、それらをまとめてこの二十一世紀教育新生プランというもの、文部科学省において策定したということでございます。
○輿石東君 そうしますと、この二十一世紀教育新生改革プランは、教育国民会議の議論を踏まえて、最終報告を受けてやったということですね。
○副大臣(岸田文雄君) 最終報告を踏まえ、それに文部科学省としての今までの施策、議論の積み重ね、こういったものもしっかりと整理し、そして全体的なプランを作り上げたということであります。
○輿石東君 先ほど大臣は二つに分けてその法案を、法案というか施策を提起をしているということで、これを新生プランの第一ステージ、第二ステージというような位置付けを文部科学省はされているようですけれども、そして第一ステージは緊急を要す課題について法案として提起をしたと、第二ステージで、もっと専門的にその政策に反映できるような議論が欲しいから、第二ステージでは中長期的に考えたものを提示をすると。 その中身は、第二ステージへ振った中身は何なのか、そしてこの教育改革国民会議というものはどういうものなのか、お答えいただきたいというふうに思います。
○副大臣(岸田文雄君) まず、第一ステージとして二十一世紀教育新生プランを策定し、その中で直ちに対応すべき事項でなおかつ法改正を要するもの、これにつきまして昨年の通常国会、いわゆる教育改革関連三法案と言われるこの三つの法案の御審議をお願いし、成立をさせていただいた次第であります。 そして、第二ステージということで、より専門的な議論をしなければいけない事項につきまして中教審等で御審議をいただくということで、教育基本法についてあるいは教育振興基本計画についてこういった御審議をいただいているということであります。 そして、教育改革国民会議たるもの、これはどういうものかということでありますが、これは内閣総理大臣のその諮問機関として教育を含め広い有識者の方々にお集まりをいただきまして広く教育について御議論いただく、こうした総理の私的諮問会議であると認識しております。
○輿石東君 今お話しのように、二十一世紀教育改革新生プランは、総理の私的諮問機関であるこの会議というのは、総理の私的諮問機関だというそういう位置付けですね。それを文部省がこれまでの政策とすり合わせながら、第一ステージ、第二ステージに分けてそれぞれやっていると。第二ステージについては教育基本法の見直しあるいは教育振興基本計画という二つの主にテーマで、第二ステージでそれを中教審に専門的に議論をしていただこうということで振ったというふうに理解していいと思いますが、それでは、この教育改革国民会議が総理の私的諮問機関、では、振った、第二ステージで教育基本法やこの基本計画を振った向こうの中央教育審議会というのはどういう位置付けと性格を持っていますか。
○副大臣(岸田文雄君) 中央教育審議会、文部科学省組織令の規定に基づき、文部科学大臣の諮問に応じて、教育の振興、生涯学習の推進、スポーツの振興等に関する重要事項の調査審議をするため文部科学省に設置されている機関だと認識しております。
○輿石東君 そうしますと、総理の私的諮問機関というのは分かりやすく言えば総理の全く個人的な諮問機関ですから、そこが日本のこれからの教育政策という大きい課題を、私的諮問機関で議論をしていただいて、中央教育審議会というのは国会の同意も得てきちんとこれからの日本の教育のあるべき姿という正式な議論の場所だとすれば、逆の、中央教育審議会できちんと審議をし、そして、そこだけでは不十分、補うという意味で総理の私的機関であります国民会議へ振っていくと。やり方が逆に考えられませんか。
○副大臣(岸田文雄君) 先ほどもちょっと御説明いたしましたが、二十一世紀教育新生プラン、教育改革国民会議、この議論を踏まえて、そしてそれに文部科学省として従来の議論ですとか施策、こういったものをしっかりと踏まえ整理した上で、全体を作り上げてこの二十一世紀教育新生プランができ上がっているわけであります。ですから、その後の、昨年の通常国会における法改正も、これは二十一世紀教育新生プラン、文部科学省が責任を持ってまとめたこのプランに基づいて、その中で特に法改正を要する、緊急性を要するもの、このものについてその選択をし、そして昨年、通常国会で三法案をまずお願いしているわけであります。 そして、その中で更に専門的な議論が必要な事項につきましては中央教育審議会で御審議をいただき、この審議を踏まえながら、またどうあるべきなのか、その検討をしていくという手順を踏んでいるわけであります。
○輿石東君 それで、その第二ステージで中央教育審議会へ振った中身は、もう一回確認しますと、教育基本法の問題であり教育振興計画、基本計画ですか、そういう二つの問題を振ったと。これは文部省で検討して責任を持ってそういう方法を取ったと、こういうふうに言われているわけですけれども、だとしたら、中央教育審議会の会長がこの教育基本法の見直し問題についてどのような見解を持たれているか、それは文部科学省は認識されていますか。
○国務大臣(遠山敦子君) 教育基本法につきましては制定以来半世紀以上経まして、折々にこの基本法の在り方について様々な角度から論議がなされてきた経過がございます。そして、半世紀後を経た今日、この教育基本法が、日本の社会の急激な変化、それに伴う学校教育ないしすべての教育の在り方について大きな変化がある、そういう時代においてなおそのままでいいかどうかという角度についてもいろんな議論がされているところでございます。そういう議論について、中央教育審議会においてこれから幅広く議論をしていただいて、その在り方について議論を深めていただきたいということで諮問をしたわけでございます。 この諮問をすることにつきましては、小泉総理大臣、内閣総理大臣の最初の所信表明におきましても明確に表明されておりますし、そういう手順を踏んで中央教育審議会においての幅広い角度からの御議論をお願いしたいという内閣の方針として諮問をしたということでございまして、中央教育審議会の会長御自身がどのようなお立場で、あるいは御意見をお持ちかということではなくて、中央教育審議会としての各委員の、あるいはその中央教育審議会という会議体のまとめというものをお願いしているところであるわけでございます。
○輿石東君 私の質問は、その中央教育審議会の会長がこの教育基本法についてどういう見解を持っているか、それをお尋ねしましたところ、今、大臣は、その会長がどう考えるかではなくて、その教育基本法の見直しについて小泉総理もやってくれと言うんだからそこでもって議論をしていただくんだと、こういうお話ですね。
○国務大臣(遠山敦子君) 審議会という組織の持つ意味もそういうことでございますし、特に教育基本法についてのいろんなこれまでの経緯ということをかんがみて中央教育審議会への諮問をさせていただいたということでございます。
○輿石東君 国会の承認を得て、手続的にも法的にも中央教育審議会というのは教育政策を、我が国の、語ったり提示をしたり提言をしていただく場所だと、こういう認識では一致しているわけで、教育改革国民会議は総理の私的諮問機関、総理が好みの有識者を集めてということもあり得るわけであります。そうした中で、中央教育審議会というこれからの我が国の教育政策を提案、提言していただく、その長である会長がどう考えようとやってもらうんだ。やっぱり中央教育審議会の会長というのは相当の有識者の中の有識者、だからこそ会長をやっていただいているんで、その人の個人的な考え方はどうでもいいということにはならないでしょう。 再三こう申し上げていますのは、この会長自身が、今度の二十一世紀教育新生プランから中教審へ教育基本法の見直しなどという難題を持ち込まれても、先に教育基本法改正ありきという形では受け取りませんよというニュアンスで話をされているわけです。そのことについてどう認識されているのかということをお伺いしたかったわけですけれども、もう一度大臣、その辺はいかがですか。
○国務大臣(遠山敦子君) 今のお話で、中央教育審議会現会長がどのように考えてもいいというたぐいの発言を私自身はいたしておりません。中央教育審議会といいますものは文部科学大臣の大変重要な諮問機関でございまして、そこの会議体において諮問された事項についてあらゆる角度から議論を深めていただいて、そしておまとめいただくのが審議会の会長の役割であろうかと思っております。 もちろん、中央教育審議会の会長は学識も深く、また人格的にも立派な方が選ばれているわけでございまして、いろんな問題について深い御見識をお持ちになるということは当然でございますし、またいろんな問題について独自の御意見もお持ちだろうと思うわけでございます。 しかし、そのことを前提にその方がどういうふうに考えているから諮問するということではございませんで、この日本の教育の基本的な在り方について定めている教育基本法のこれからの在り方を議論していただくために、中央教育審議会という場においていろんな御議論をしていただき、それをお取りまとめいただくという役割において大変重要な役割を担っていただいているということは確かであるというふうに考えております。
○輿石東君 個人的にどう考えようと、その審議会を預かった会長は皆さんの意見を民主的に集約をしていく任務にある、こんなことは当たり前ですし、私自身もそう思います。しかし、その会長自身が最初に教育基本法の改正ありきということはおかしいよと、こう疑問を投げ掛けているような大変な問題を中央教育審議会に投げているということは事実ですから、さらに先ほど、もし機会があったら私も仲道先生の議論に加わりたいと言ったのはその点でありますし、大体その教育基本法見直しの議論、改正の必要ありと言われる方々の御意見というのは、大きく三つぐらいにくくれると。 その一番最初の、その中でも一番多いのが、仲道先生が言われた我が国の誇るべき伝統文化とかそういうようなものが欠落をしているのではないか、そこに現在の子供たちの教育問題も派生をしてくるのではないかという分析です。だとしたら、教育基本法の、私が冒頭申し上げました、もし親御さんに教育基本法のどこをどう変えたら遠山文部大臣が言われる教育が良くなる、学校が変わるという状況が出てくるのか。じゃ、憲法、教育基本法の何条に、それはどこが欠落しているのかという議論に入っていくだろうと。 これを今日、教育基本法の問題で議論を深める場所ではありませんから、私が申し上げたいのは、大変難しいというか、それはそしてもう一つ中央教育審議会の会長は、同時にこの教育基本法は憲法と連動している問題だと。切っても切り離せない、メダルで言えば表と裏の関係だと。それはそうでしょう。午前中の質疑にもありました。教育基本法を制定した昭和二十二年当時、教育刷新委員会、こういうような中で行われた議論、これを見れば一目瞭然だというふうに思いますが、今日はそこの問題を議論しているわけじゃないわけですから。 だとしたら、私はもう一回文部大臣にお尋ねをしたいのは、前通常国会の教育三法案というものは、簡単でいいですから、どういう中身だったのか。今度の二法案は免許証と教員の研修の問題、二つとも教員自身にかかわる問題ということは把握していますから、前国会でやっていた三法案の中身を簡単に説明していただいて、これが緊急を要する法改正が必要な事項だと、こう言われたわけですから、復習の意味でもう一度提起をしていただいて、その理由もお聞かせいただきたいというふうに思います。
○国務大臣(遠山敦子君) もう御存じのことばかりで大変恐縮でございますが、お尋ねでございますので御説明を申し上げたいと思います。 三法ございましたけれども、一つは学校教育法の一部を改正する法律でございました。これによりまして、学校教育におけるボランティア活動など社会奉仕体験活動、自然体験活動等の体験活動を促進しようということで、その関連規定を定めたわけでございます。 また、出席停止制度の要件、手続の明確化と、出席停止中の児童生徒への支援ということを明示いたしまして、いじめや授業妨害など、問題行動への適切な対応ができるようにしたこと。 また、特定分野で特に優れた資質を有する者の大学への十七歳入学、大学三年修了からの大学院入学、飛び入学、諸外国で言えばもっと年代的にも幅が大きいわけでございますが、今回は私どもの改正法ではそういう中身でございましたが、これによって個性を伸ばす教育システムというものを確立しようということでございました。 また、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律におきましては、これは教育委員会の活性化と指導の不適切な教員へのより適切な対応というものをねらいといたしております。 さきの、教育委員会の活性化を図るためには、一つは教育委員の構成の多様化と保護者などの登用の推進、そして教育委員会の会議を原則公開にするというようなことによって活性化しようとする中身が一つでございます。 もう一つは、教職員人事に関する校長の意向を一層反映していくこと、今の点は教育委員会の活性化の方に入りますね、失礼しました。もう一つの指導の不適切な教員を教員以外の他の職に異動することができるようにするということで、学校教育の場におきまして適切な指導力を持つ教員によって指導されるということが確立できるように制度を改めたわけでございます。 もう一つは社会教育法の一部を改正する法律でございましたが、これによりまして、学校の内外を通じた様々な体験活動を促進すること及び家庭教育支援を充実することをねらいとした改正を行ったところでございます。
○輿石東君 三法案、それぞれ簡単に言いますと、不適格の教員は職を替えてもらうと、それが一つ。そして、始末に負えない子は出席停止、そういうような形で明確に、その子のために他の子供の教育権を奪ってしまう、迷惑を掛けると、こんな理由で。それからもう一つは飛び入学、十七歳で大学へも行けるよと、こういう話であります。それとまた、最近は五歳でも小学校に入学できるよと、こんなお話も出てきているわけで、そう見ますと、それで今回は教員の免許証と研修の問題。かなり教員自身の問題が、昨年から今年に向けてそこに焦点を合わせてきている。それはそれでいいんだという議論も当然あるでしょう。なぜならば、教育は人であると、こういう言葉があって、ちまたでは先生の当たり外れと、こういう言い方もあるわけであります。それは承知をしております。 そうすると、研修の問題も身分の問題も相当教職員自身に、現場の教員のところへ焦点を合わせてするとすれば、教育は人であるという視点でいけば、やっぱり教員の養成課程と採用制度と、そして採用してから、これは通用しない教員だからほかのところへ職種を替えろと、こういうことではなくて、養成課程と採用制度、そして研修とか、ものはワンセットで考えられるべきだというふうに思うわけですけれども、その点については文部科学省はどのように認識されていますか。
○国務大臣(遠山敦子君) 教育の成否を決めるのは教員であるということはどなたも御納得いただけると思いますけれども、教員が優れた指導力を持っていただくということによって日本の教育というものが優れたものになっていくことができるわけでございまして、その意味で、教員の資質向上ということは常に教育政策の柱の大きな一つであると私は考えております。 今、輿石委員の御指摘のように、ではその教員の資質向上というためには養成、採用、研修、いずれも重要ではないかという御指摘でございますが、正にそのとおりでございまして、優れた教員、指導力を持った教員、意欲も持った教員、そういった人たちを多く輩出するためには、まず養成段階でしっかり養成していくと。そして、採用においても、その人が本当に教育者としてマッチしているかどうかというようなことも含めた、きちんとした採用をしていただくことが当然でございますし、また、一定年限をたったときにはやっぱり研修もきっちりやっていく。初任者研修ももちろんのことでございますが、研修もやっていく。そのようなことによって、優れた指導力を持つ教員を全国各地の学校において配置していくということは大変重要なことだと考えております。
○輿石東君 私は、そういう養成から採用制度、そして研修というワンセットで是非考えていただきたいし、また今度の、今国会提出されてやがて議論をされるでありましょう教員の研修問題も、十年のところで再度研修をし、免許証の更新等についても影響を持たせるというような趣旨もあるようですが。 今日はちょっと欠席されていますけれども、この委員会には西岡元文部大臣も参加をしておられるわけですね、竹下内閣のときの文部大臣です。前は向こうの与党側にいたけれども、こちらに今は来ているという状況でしょう。そのときに、小学校へ初任者研修、先生になりたての人に研修をするという制度を提起をし、提案したのが西岡文部大臣その人だったと。だから、今後そういう問題については文部科学省とやり取りするだけでなくて、西岡委員ともやり取りできるという、この委員会の幸せがあるわけであります。 また、私の真ん前には、これから伺います臨時教育審議会を設置をし、ここで日本の教育政策をきちんとやらなきゃいけない、戦後政治の総決算と、こういう形でやっていただいたのが、ほかならぬ中曽根文部大臣のお父さんであります中曽根元総理だったと。そして、今おられる中曽根元文部大臣も小渕内閣のときの文部大臣と。これは相当この委員会は議論は活発にできるし、その当事者がおいでになるわけですから、いろんなやり取りができるだろうと思っています。 そこで、今私が申し上げた、私自身は十八年前、昭和五十九年九月ですか、発足をしました臨時教育審議会、ここが戦後政治の総決算と元中曽根総理も言われたように、いろんなところで一つの政策の分岐点になったのではないかというふうに認識をしております。で、臨時教育審議会が発足をしました、昭和四十六年、これは有名な中央教育審議会の答申、四六答申と、こう言われています。この四六答申と臨時教育審議会と、そして臨時教育審議会が出たので開店休業になった中央教育審議会が第十四期、第十五期と再開をしていくわけであります。その第十四期の中教審や十五期にかかわったのが、今日も欠席をしていますが、有馬文部大臣、こういうことですから。 そこで、ここ二十年ぐらいの我が国の教育政策の、教育改革の動向、流れというものを少しお尋ねしたいと思いますが、まず最初に、私自身が先ほど申し上げましたように、臨時教育審議会、臨教審、昭和五十九年、これを境に大きく教育の動向が変わってきたというふうに私自身は認識していますけれども、四六答申、臨教審、そしてその後の中教審、この三つのポイントから、文部科学省はどのようにとらえられ、どのように認識されているか、まずお尋ねをしたいと思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 戦後教育の改革の流れにつきましては、詳細に見ますと、本当にそれぞれの時代に英知を働かせていろんな政策が打たれてまいったというふうに思います。 今御指摘の、昭和四十六年に中央教育審議会の答申がありまして、いわゆる四六答申というものがあったわけでございますけれども、それの背景には、経済が安定成長をするように、同時に知識詰め込み型教育の弊害も現れてきており、受験競争の激化もある、また児童生徒の問題行動も出始めている、そんな中で安定成長下の教育の質的改善はどうあったらいいかということを念頭に置いての御審議が行われ、四六答申といういろんな角度から議論をされた答申がなされたわけでございます。 これを基にいたしまして、初等中等教育につきましては、例えば教員給与の改善あるいは主任制の導入、学習指導要領の改訂、ここのときに四六答申に基づく五十二年の改訂でゆとりと充実ということが出てまいったわけでございますが、そして四十人学級の実現ということになってまいるわけでございます。高等教育については、新構想大学の設置でありますとか国立大学共通一次試験の実施、あるいは放送大学の設置、専修学校制度の創設などなど、この四六答申を契機とするいろんな教育政策が樹立されてきたと思っております。 そして、臨時教育審議会設置が昭和五十九年でございます。その背景には、一つは産業構造の変化ということで知識集約型産業が日本の経済の背骨になってきたという大きな変化、それから国際化とか情報化という社会の変化、あるいは知識詰め込み型教育の弊害、受験競争の低年齢化、小中学校のいじめとか、いろんな問題が出てきたと。私も当時、中学校課長をいたしておりましたけれども、あのとき校内暴力という大きな生徒の問題行動が起きてまいりまして、そのような諸問題に対応するにはどうしたらいいかということで臨教審が置かれたわけでございます。 この臨時教育審議会におきましては、児童生徒の個性を重視する、あるいは生涯学習体系への移行をどう考えていくかという社会の変化への対応というものを主たる議論の根っこに置いて議論がなされたというふうに考えているわけでございますが、その中においては、例えば個性重視ということで学習指導要領の改訂を行う。ここで生きる力、自ら学び自ら考える力の育成、基礎・基本の定着、個性を生かす教育の推進を目指す教育、学習指導要領の改訂というものがこれを基に行われてまいったわけでございます。また、大学設置基準の大綱化というものは、これは平成三年でございますけれども、この臨時教育審議会の議論を背景としてそういう大きな政策の転換が行われてまいったわけでございます。 臨時教育審議会は、様々な角度からの御議論をされまして、その結果、今日の教育政策に大きな足跡を残しているわけでございますけれども、先ほど申し上げましたように、四次にわたる答申におきまして三つの基本的な方向が打ち出されたわけでございます。繰り返しになりますが、個性重視の原則、生涯学習体系への移行、国際化、情報化等変化への対応ということでございます。 臨教審以降の教育政策というのは、この三つの基本的な方向を具体的に実現するための各般の施策を講じてきたところでございまして、教育の地方分権、心の教育の充実など、その後の中教審答申等も踏まえまして、社会の変化や国民の期待、要望にこたえる教育政策というものにつながってまいっているところでございます。
○輿石東君 御丁寧に説明をしていただきましたが、少しよく分かりません。私の方であえて問題提起をさせていただきます。 四六答申、臨教審、中断をした中教審の再開、これを年度ごとに追って今、大臣は三つの視点というか柱があったと。一つは個性重視、生涯学習社会への移行、そして国際化、情報化という社会の変化に対応できるという変化への対応、この三つのキーワードを言われ、そういうものが臨教審で議論をされ、そこからずっと流れてきて、再開をした第十四期、第十五期中教審へつないでいったというようなニュアンスで話されたわけですが、そういう認識でよろしいですか。
○政府参考人(近藤信司君) 少し補足をさせていただきますが、委員御指摘のように、昭和四十六年に中教審の答申が出されたわけでございまして、この答申では、就学前教育から高等教育までの学校教育の全般にわたりまして、制度的な面、それから内容的な面を含めまして幅広く学校教育の全般的な拡充整備のための基本的な施策について提言が行われたわけでございます。当然、それを受けまして、文部科学省ではいろんな施策を講じてまいりました。 先ほど大臣が申し上げましたように、大きなまた社会の変化あるいは児童生徒をめぐるいろんな諸問題が出てまいりまして、政府を挙げてこの問題に取り組む必要があるであろうと。そこで、昭和五十九年に臨時教育審議会が設置をされ、大臣が申し上げましたような三つの基本的な方向でもって大きな教育改革の方向性が示されたわけでございます。そして、それを受けまして、委員御指摘のように、中央教育審議会、また再開をいたしまして、そこでもいろんな御議論があったわけでございます。 例えば、昨今の地方分権の問題あるいは心の教育の充実、こういった答申も中央教育審議会からいただきながら、文部省、当時の文部省でございますが、としては、教育改革のために初等中等高等教育あるいは生涯学習の振興のために、法制度あるいは教育内容の問題も含めまして種々の施策を講じてきていると、こういう一連の流れがあろうかと思っております。
○輿石東君 どうもまだ分からないですがね。 近藤参考人にそれではお尋ねしますが、個性重視、生涯学習社会への移行、国際化、情報化で変化への対応と。私がずっとお尋ねしているのは、四六答申、臨教審、そして再開をされた第十四期、十五期、十六期とつないでいく中央教育審議会、その間に、臨教審を契機に大きくその教育の理念とか基本にかかわるものが流れが変わってきているんじゃないですか、そこを教えてくださいと、こう言っているわけです。だから、同じことを幾回も、個性重視だ、生涯学習社会だ、国際化、情報化への変化への対応だということはもう分かっているから。 じゃ、もう少し具体的にお聞きしましょう。臨教審で個性の重視が出てきた、議論をされて個性重視がうたわれた背景を述べてください。
○政府参考人(近藤信司君) 戦後の教育の中で、ややもいたしますと教育が画一的な傾向があるのではないだろうかと、もちろん日本の教育のそういういい面もございますけれども、そういうようなことがいろいろ指摘があったわけでございまして、臨時教育審議会、昭和五十九年から三年間にわたって非常に幅広い御議論をいただいたわけでございますけれども、そういった議論の中から、より個性を重視をした教育を実現をしていこうと。ただ、この問題は従来からももちろんそういう議論はあったわけでございますが、その点をより臨時教育審議会は明確に打ち出したと、このように認識をいたしております。
○輿石東君 それでは申し上げますが、臨教審が個性重視を打ち出したその議論の中で、臨教審の中に第一部会、第二、第三部会と、こう部会があったと思いますが、第一部会は何をテーマにどんな議論が行われたか、第三部会ではどのような議論があったか、そのことをはっきりさせていただけますか。
○政府参考人(近藤信司君) お答えをいたします。 委員御指摘のように、臨時教育審議会は第一部会から第四部会まで四つの部会から構成をされておったわけでございますが、第一部会は二十一世紀を展望した教育の在り方ということを主たる審議事項にして御議論をいただきました。第三部会は主として初等中等教育の改革と、こういう御議論をなされたものと理解をいたしております。
○輿石東君 そのとおりだったというふうに思います。 そこで出てきた有名な自由化論争、こういう、当時、話が華々しく議論をされました。その自由化論争という中身についてお答えいただきたいと思います。
○政府参考人(近藤信司君) 当時、臨時教育審議会でいろんな議論があったわけでございまして、特に議論が非常に白熱をしたと申しましょうか、教育をもっともっと自由化してはどうだろうかと、こういう議論が特に第一部会を中心にして、当時、たしか香山健一委員であったかと思いますけれども、香山委員からそういった教育の自由化、ややもいたしますと我が国の学校教育制度が非常に固くて弾力化に乏しいのではないだろうか、もう少し、それをもっともっと自由に、あるいは選択制を導入するなり、そういった問題で自由化していったらどうであろうかと、こういう議論があったと、こういうふうに記憶をいたしております。
○輿石東君 日本の教育が固過ぎた、画一化だった、だから自由化するんだと、こういうお話のようですけれども、その固過ぎる、画一化、この原因はどこにあったと文部科学省は認識されますか。
○政府参考人(近藤信司君) そこは議論をする先生方の認識にもよるんだろうと思いますからあれでございますが、我が国は一つは、戦後は六三三四といういわゆる単線型の学校制度が一つございます。それからまた、国が全国的な教育水準の維持向上を図るということで、国がナショナルスタンダードである学習指導要領を定め、また主たる教材である教科書につきましても教科書検定制度という形で保障をしている、あるいは教員につきましても免許制度という形できっちりとそれを保障していると。 これらは国々によって、また例えばナショナルスタンダードでというような学習指導要領を持っていないような国もあるわけでございまして、そういう意味ではもっともっと教育内容が、ある意味では、何と申しましょうか、国のそういう基準にと申しましょうか、そういうものによらないでもう少し弾力的にやり得ると申しましょうか、いろいろそれは国によって制度、仕組みが違うんだろうと思っておりますけれども、そういったようなことから、もう少し我が国の教育というものを弾力化しあるいは自由化する、そういう方向での議論もあったんではないかと、こういうふうに記憶をいたしております。
○輿石東君 このことばかり議論していても仕方ないですけれども、大事な点だから申し上げますが、今、近藤参考人の方では、全国水準を維持していくために指導要領もあるし主たる教材である教科書もあり教科書検定もある、で、その国の基準が余りに固過ぎるからそれを少し弾力化していこう、そういう意味での自由化だと、このようなお話ですけれども、そういう話ですか。
○政府参考人(近藤信司君) 私もすべてを記憶をしているわけではございませんけれども、あるいは学校の設置の問題、いろんな意味でそういうものをもう少し自由化したらどうであろうかと、こういう議論が片方にあったと、こういうことではなかったかと記憶をいたしております。
○輿石東君 私は、申し上げたいというのは、旧文部省の体質として、余りに教育の中身の、はしの上げ下ろしまで規定するようなそういう画一的な、基準にもう絶対外れてはいけない、そういう傾向があった。そこを弾力的に緩めていこう、こういうお話はそれなりに分かりますし、そういう方向で文部科学省も来ているというふうに認識していますし、だから、教育の地方分権とか指導要領の、先ほども出ました基準は上限を取るのか下限を取るのか、下を取るのかという議論になっているんだろうと思いますが、私の申し上げたい自由化論というのはそういうレベルの話ではなくて、臨教審から個性重視を打ち出してきたその背景は何なのか、このことに触れていただきたかったということであります。 あえて、第一部会は二十一世紀の教育の在り方という中長期的な国の政策を議論した場所、第三部会が初等中等教育、義務教育の範囲を議論したと。ここでのぶつかり合い、出てきた結論が違うんですね。ぶつかって、第一部会の方は自由化論、もう少し、この自由化の自由という意味が違うんだ。私はそういうふうに思っていて、臨教審、臨教審と先ほどから私が申し上げているのは、この臨教審のところから教育の自由化論、言葉を返せば市場主義、競争主義というものが初めてここで日本の教育政策の中にぶち込まれてきたと、そういう意味での自由化論。自由化論の本質を、答弁間違いだかどうしたことか分からないけれども、そういうふうに聞こえてなりません。 そして、その妥協の産物という言葉が当たっているかどうか知らないけれども、個性の重視。教育はやっぱり一人一人のものだから個性が大事にされなきゃいけない、ここは憲法や教育基本法の理念や原則のところへ返っていかなければならないでありましょう、そういう意味での自由化論という論争ではなかったんですかと再三お尋ねしていますが、そのようにとらえている私が間違いなのかどうか、御指摘をいただきたいというふうに思います。
○政府参考人(近藤信司君) 当時、第一部会、第三部会等、いろいろ御議論があったんだということは承知をいたしております。ただ、最終的に、今、委員御指摘になりましたように、臨時教育審議会は、個性重視の原則と生涯学習体系への移行、変化への対応と、こういう三つの原則を出したわけでございます。 例えば、個性重視の原則というようなところではこんなような提言をいたしておりますけれども、我が国の教育は、明治以来の近代化の過程において効率性を重視し、継続性と安定性を求める傾向の強い教育制度の特質もあって、ともすれば、余り長くなって恐縮でありますけれども、画一的、硬直的なものとなっていた、こういったことの反省の上に立って、もっともっと個性を重視した、個性を伸ばし、創造性豊かな心を育てていくんだと、こういうような形で最終的には答申がなされていると、こういうふうに考えております。
○輿石東君 大事な点を確認させていただきます。 教育のここで自由化論が出てきて、教育というものは一体、効率性とか市場原理とか競争原理になじむものかどうか、そういう理念や哲学で行っていいものかどうか、そのことについて文部科学省はどのように考えていられますか。
○政府参考人(近藤信司君) 教育の目的は、豊かな人間性を持った創造性のある人材を育成をする、特に、教育基本法に書いてございますように、人格の完成、あるいは国家社会の形成者としての人間を育てていくと。 ただ、教育のそれぞれのいろんな場面において、例えば教育行政を展開をしていくような場合に、当然、効率性、例えば限られた予算を執行するというときには効率性というようなことも求められるでありましょうし、特に、今、大学等では第三者評価というようなことも進んでいるわけでございます。評価というようなものを前提にしながら、ある場面においては競争的な環境の中で切磋琢磨をしながら進めていくと、こういうことは当然あり得ることであろうと思っております。
○輿石東君 冒頭に、遠山文部大臣に私は、教育は未来への先行投資だと初めのところできっちり言いましたねと、こういう確認もさせていただいて、今、近藤参考人からは、限られた予算の中で効率性、そういうものも考えていかなきゃならないし、評価をし、競争原理が入っても仕方がないんだと、こういう意味のことを言われましたけれども、教育の機会均等、どこに生まれ育っても同じ教育が受けられる、こうした憲法や教育基本法の理念というものはこれからも大事にされていかなければならないし、不変だと思いますけれども、その点についても確認をしておきたいと思いますが、いかがですか。
○政府参考人(近藤信司君) 教育基本法第三条にも、教育の機会均等でということで、「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならない」と。当然、そういう機会の均等ということは、憲法、教育基本法の理念からしても大事であると思っております。 ただ、当然、それぞれの能力によって差が出てくる場合もあるわけでございますから、そういった点において、例えば一人一人の能力、習熟度に応じた指導を行うということは、むしろ本人にとってもプラスになるんだろうと思っておりますので、そういった点は十分踏まえながら対応していく必要があるんではないかと、こういうふうに考えております。
○輿石東君 いつかこんな質問をさせていただいた記憶があります。 憲法と教育基本法とのかかわりで、憲法は今言われましたように、近藤参考人が言われましたように、すべて国民は、能力に応じてひとしく教育を受ける権利を有する、こうはっきりしています。教育基本法の方は、すべて国民は、ひとしく能力に応じて教育を受ける権利を有すると。能力とひとしくが入れ替わっています。これは整理をして同じにしてしまった方がいいではないかと、こういう考え方、見方もあるでしょうし、何で教育基本法は、最初に私が申し上げましたように、連動している、連動していて、このひとしくと能力に応じてを入れ替えているところにはそれなりの意味があると思いますが、文部科学省、この点についてどのように認識されていますか。
○政府参考人(近藤信司君) 先生おっしゃるように、憲法二十六条は、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」と。一方、教育基本法三条第一項は、「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならない」、そして、「人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によつて、教育上差別されない。」と。憲法の精神をより具体的に規定をした、こういう規定ぶりになっておるわけでございますが、ただ、いずれにいたしましても、教育基本法、この第三条は、憲法二十六条の規定を受けて法の下の平等を教育の面において実現するために教育の機会均等の原則を明示をした、そういう点では、憲法二十六条と教育基本法第三条の意味するところに相違はないものと考えております。
○輿石東君 そのとおりだと思います。 より具体的に提示をしたのが教育基本法ですから、その教育基本法は、教育の機会均等という理念は不変ですよという意味でひとしくと。だから、さっき、習熟度別学習も必要だろうと、こう言っているけれども、これは行き過ぎると、能力に応じて行く学校も学級もみんな変わってくるよと。そうすると、これは差別化、序列化につながる危険が多分にある。ひとしくという大原則があれば、その中でどのように一人一人の豊かな教育ができるかという視点で教育ができるということで、何でもかんでも習熟度別学習が好ましいとは文部科学省も思っていないと思いますが、その辺の、教育の機会均等というこの理念、原則、これはきちっと担保していくんですね、どんな時代が来てもと、こういうことを申し上げているんですから、その点についてはっきりお答えをいただきたいというふうに思います。
○政府参考人(近藤信司君) 憲法二十六条、教育基本法第三条に規定するこの教育の機会均等の原則、これは非常に重要なものであると、こういうふうに認識をいたしております。
○輿石東君 その辺の原則なり理念がきちんと確立され、不変のものだという認識があれば、これからの教育改革の動向もそのように流れていくだろうと思います。そういう意味で、教育の自由化論には大変危険な側面があるというふうに指摘をしておきたいと思います。 もう一つ、この臨教審で、先ほど教育基本法の見直し問題が出てきました。この臨教審の、十八年前にも教育基本法の見直しが議論をされましたけれども、これは途中でというよりも、消えていったわけであります。そして逆に、教育基本法にのっとり教育改革をしていくと、こういうふうに逆の結果を生んだわけですけれども、その背景と理由はどんなものだったのか、お知らせをいただきたいと思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 臨時教育審議会の審議を教育基本法にのっとって行うということにつきましては国会等において種々議論があったところでございますけれども、当時の内閣といたしましては、社会の変化及び文化の発展に対応する教育の実現に向けて、教育基本法の精神にのっとり改革を進めることが必要という立場に立って臨時教育審議会設置法案を提出したものと認識いたしております。 臨時教育審議会では、内閣総理大臣の諮問に応じて、教育及びこれに関連する分野に係る諸施策に関し、広くかつ総合的に検討を加えて、必要な改革を図るための方策に関する基本的事項について調査審議が行われたところでございます。私どもとしてはそのようにこの背景を考えております。
○輿石東君 私の質問が、仕方が、質問の仕方が悪いのか、理解をしていただけないのか、何か答えが返ってきていないように思うわけであります。 私は、この臨教審、十八年前にも今日と同じように教育基本法の見直しをテーマとしてやろうとした、しかしこれができなかった。逆に、教育基本法にのっとって、基づいて議論を深めてまいります、教育改革を考えてまいりますというふうになってしまった背景は何ですかとお尋ねしているところでありますが、文部科学省はその辺は分からないのか、言わないのか、それともそういう認識に立っていないのか。もう一度御答弁をいただきたいと思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 国会等において種々議論があった結果、当時の内閣として教育基本法の精神にのっとり改革を進めるということで臨時教育審議会の設置法案を提出し、成立したというふうに考えているところでございます。 当時の状況、今から二十年前でございますか、その当時の社会の状況なり議論の展開ということが背景にあるということは当然で、むしろ先生御自身の方がその経緯については御存じかと思います。
○輿石東君 私も余り存じていません。しかし、あえて申し上げたいと思います。 中曽根委員退席をされましたが、聞いていてほしかったわけですけれども。中曽根元総理はこの臨教審を設置するに当たって、午前中の議論にも、仲道先生のお話にもありました、この教育基本法には欠陥がある、我が国が誇るべき伝統文化とかそういう愛国心とか、そういうものが欠けている、だからどうしてもここをやっぱり見直すべきだと、こういう提起、総理自身がそういうお考えになっていたけれども、一つは当時の政治情勢がそういう状況になかった。世論の冒頭で反発もあった。 じゃ、二十年たって今は反発がない。なぜないのか。時代が変わったからか。しかし、理念や原則は、教育の機会均等というのは変わらないと、こう言っているわけです。じゃ、なぜ二十年たって変えなければいけないのか。それは三つほどの理由がある。それに集約される。そして、その問題を中教審へ投げたところが、中教審の会長は先に改革ありきは御免ですよと、こう言っている。そして今、現職の小泉総理は、この問題を遠山文部科学大臣と一緒に、広く国民の議論を仰いで結論を出していきましょうと、こういう流れで来ているわけですから。 そして、そういう当時の政治情勢や世論、そして当時の国会の勢力分野、そういうことで、これは出してみてもとてもつぶれる。そういう状況の中で、この臨教審の議論さえも危ういということで、むしろそうだったらもう教育基本法には手を付けませんよという前提があって教育基本法にのっとりと出てきたという背景をきちんととらまえないと、このまま素直に読むと、教育基本法が大事だから、これを中心に改革をしていきますよというふうに文言上は見えるけれども、中身はそうでなかった。二十年たって今、その政治状況や何かはどういうふうに変わり、どうなろうとしているのかと、ここに、私は大変危惧される問題が底辺にあるということを指摘しておきたいと思います。 ちなみに、橋本内閣で六大改革という中に教育改革を位置付けました。その後、小渕内閣、森内閣、小泉内閣と来ているわけで、その間に文部大臣は八人替わっているわけであります。この五年間に総理は四人、遠山大臣まで大臣は八人。そうすると、五年間に八人といえば、一年やっていないということ、平均。そういう状況の中でこの教育政策が、それは政権与党ですからどんどんつないでいけば同じことでしょうけれども、しかし時の大臣、時の総理によってこの教育改革への考え方が大きく違っているということであります。 この五年間の総理の中では森前総理が一番教育改革見直しに力を入れている。なぜ力を入れているか。中曽根元総理のときの文部大臣が森総理だからであります。そして、有馬文部大臣のときに、第十四期、十五期で正に生きる力路線というのが先ほど言うように打ち出され、ゆとりの中で生きる力を、新学力観、心の教育、こんなものがうたわれてきた、ゆとりと充実。先ほどお話がありましたように十年一サイクルで、そんなような流れの中で指導要領も改訂されてきたという歴史的経過があるわけであります。 そして、私が最初に申し上げたように、子供たちに、何で五日制をやるの。午前中の議論の中でもあったでしょう、五日制になったら、中学二年生、高校二年生の半数近くはうちでゆっくり寝ていたい、これが子供の実態。にもかかわらず、土曜日になったら塾へ行くんだよ、学校からは宿題も出るぞ。朝行って読書指導もしなきゃならぬ。こうなったときに、子供の心の抑圧とかストレスがたまっている。だから、ゆとりと充実という考え方をぶち込んできたあの政策は何だったのか、何のために五日制は行うかという、五日制の意義に戻っていくんだろうと。じゃ、五日制にして三割削減、実質的には七%という教育内容の削減の実態も出ました。あえて、削減をしたのは、基礎・基本をやって考える力をじっくり身に付けさせようということでやってきた。ところが今度は、うっかりするとまた逆行して、知識をどんどん注入をして、新しい学力観というのは何だったのか。知識の量で人間は測れないということじゃないですか。 もう一つ、生涯学習、生涯学習という言葉がありました。だったら、生涯学習社会の中の学校教育の位置付けというのはどうあったらいいのか、お答えをいただきたいと思います。
○政府参考人(近藤信司君) 生涯にわたって学習する社会を築き上げていくと、こういう中で学校教育の果たすべき役割は大変重要なものがあるかと思っております。 とりわけ、初等中等教育におきましては、教育の真の意味での基礎・基本を身に付け、生涯にわたって学ぶ学習のその基盤を作っていくと。そういう意味でも学校教育の果たすべき役割は大変重要なものがあると、こういうふうに考えております。
○輿石東君 基礎・基本、これをきっちり教えて、子供も教師も親も少しはゆとりを持って幸せな社会を目指そう。生まれてから死ぬまで学習をすると。そういう中で、学校でなければできない教育、家庭でなければできない教育、地域でなければできない教育をそれぞれの分野でそれぞれが分かち合う。学校だけにすべて教育は任せておけない、そこだけでは教育は不可能だという認識はみんな持っていると。 そして、中教審でも十四期、十五期のころ、有馬会長の下に、教育は自分探しの旅を助ける営みだと。これが生涯学習の理念じゃないですか。自分とは何だ、人間とは何だということも求めながら生きていく。人間独りでは生きられない。そんな教育も大事だということだというふうに思います。 とりわけ、義務教育の中で、競争とか経済的な効率ということだけで義務教育をとらえることができるのかどうか。やっと有馬先生見えたわけですが、大変残念でありました。第十四期、第十五期の問題で、ゆとりの中で生きる力をと提言をしていただいた有馬先生が戻った。それが何か学校しそうだというお話を今申し上げているわけですけれども、次の機会に有馬先生とも議論を闘わしたいなと思いますが。 最後に、二十五分までですから、先生が当時中教審の会長をやられたときに、教育の中で不易と流行という言葉を使われました。どんな時代が来ても変えてはいけないもの、時代とともに変わらなければいけないもの。この不易と流行という言葉をとらえ、どこを、何を変え、何は変えてはいけないか。私は憲法や教育基本法の、どこに生まれ育っても同じ教育が初中、義務教育レベルではできるんだと。この教育の機会均等こそ、こういう理念こそ初等中等教育の理念であってほしいと、こう思いますが、最後に、教育における不易と流行とかかわって義務教育というものを文部科学省はどのように位置付け、どう考えられているかとをお聞きして、私の質問を終わります。
○国務大臣(遠山敦子君) 教育における不易と流行というのは大変大事な考え方だと思っております。何を守り、何を新たに付け加えていくかということを、きっちりと将来を見据えながら考えていくということが今私どもに課せられた大きな課題であろうかと思っております。 そのような視点を十分に取り入れながら、教育基本法の見直しについての御議論をいただいております中央教育審議会におきましても、また私ども教育行政に携わる者といたしましても、しっかりと将来を見据えて良い教育の実現のためにしっかりと取り組んでいきたいと思います。
○輿石東君 ありがとうございました。
○山本香苗君 公明党の山本香苗です。 本日は、大臣所信の中にございます教員の資質向上とアフガン復興支援の二点に絞って御質問させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。 私は、中学二年生のときに東京から大阪に引っ越してまいりました。図書館で担任の先生を待っていなさいと言われて他の転校生と一緒にじっと待っていますと、次々に一緒に待っていた子たちが先生と一緒に出ていきます。最後に私一人が残されてしまいまして、不安になって職員室に行くと、やっと担任の先生が来られて、面倒くさそうに君も十組やったんかと言われました。つまり、私は先生に忘れられてしまったんです。それまでは、私はどちらかというと優等生ではありましたけれども、その先生の一言で学校が大嫌いになりまして、この先生が担任をしていた一年間、何をしても反抗的になりました。 私はこの経験を通じて今更ながら思うんですが、子供って本当に敏感で繊細なんだなと、また学校の先生の存在というのは子供たちにとっては本当に大きいんだなと思っております。 私が感じたような同じようなことを、最近読んだ雑誌に出ておりました。 「私は「学校」と闘い抜いた」というタイトルで文芸春秋四月号に掲載されております。これを書いた佐々田純子さんは現在二十二歳、大学生です。この手記は彼女の公立中学校時代のことが書かれております。 彼女はある日、クラスメートの女子生徒が男子生徒らからいじめられている場面に遭遇します。しかし、周りの生徒はだれもそのいじめを止めようとしない。彼女は職員室に行って担任の先生に助けを求めます。しかし、先生も助けない。あろうことか、先生は彼女を今度は悪者に仕立て上げるんです。彼女はノイローゼだと言うんですね。そういったことがありまして、先生に、学校に不信感を持って不登校になります。そういうことが書いてあります。 その後、親も交えて話合いをするんですけれども、先生たちは体裁ばかり気にする。そんな一連の出来事があって、彼女はこうつづっております。「日本では生きるということのために、あまりにも多くの決め事を必ず果たさなければならないと思いこんでいはしないだろうか。人間は本来もっと自由なのではないのか?出来るだけいい学校に行くこと、出来るだけ問題のないように見せかけること、人から見て幸せそうであること、そんなことばかりにとらわれていないだろうか。」と。 私は、何か今の日本の教育の在り方に対する根本的な問い掛けのように思えてならないんですけれども、大臣、率直な御感想を聞かせていただけますでしょうか。
○国務大臣(遠山敦子君) 教育は、それは各教員が真剣に取り組むべき大切な事業でありますし、大変やりがいのある仕事であると思っております。 自分の担任する子供たちの一人一人の伸びる力を伸ばしていく、そしてその子供が心から悲鳴を上げているときはしっかり受け止めてこれにこたえていく、これはもう教員としてのイロハのイではないかと思っております。 日本の教育についていろいろな意見がございます。そして、教育ほどすべての人が論じられる問題はないのではないかというぐらいに思っているところでございます。日本の教育についてのいろんな議論というものをしっかりと受け止めて、そして本当に解決すべきものについて重点的に取り組んでいきたいと私は思っているところでございます。 ただ、同時に、国際的な視野といいますか、日本の学校が置かれたいろんなメリットといいますか、いい点も忘れないで、諸外国の学校の状況とか、そういったところで悪戦苦闘しているいろんな問題とも比較しながら、いい点を失うことなく問題点に対して対応していくということが国としても大事でありますし、各地域においても、いわんやそれぞれの学校と教師にとっても大変重要な視点ではないかと思っております。
○山本香苗君 ありがとうございます。 確かに、これは昔の出来事かもしれませんし、またまれなケースであるかもしれません。彼女の一方的な思い込みかもしれませんけれども、ただ、冒頭に私、自分の経験を申し述べましたが、彼女にとってもやはり先生という存在、これが大きかったんじゃないかと思います。 今回の、この「「学校」と闘い抜いた」というタイトルなんですけれども、読んでみますと、学校じゃなくて実は闘ったのは先生だったわけなんです。彼女はこうも書いております。「私は学校に「行けない」子ではなかった。断固として学校に「行かない」子だったのだ。」と。彼女を追い詰めたのは、たまたま先生が悪かったからという問題で片付けるべきものではないと思います。 生徒が先生を、また学校を選べないという制度がある。いわゆる公立小中学校の学区制です。この制度が生徒の学校選択の自由を奪っている、いじめや不登校の背景の一つであると以前から指摘されております。我が党も重点政策の中でこの通学区域の弾力化を訴えておりますが、これについて文部科学省としてはどうお考えでしょうか。
○副大臣(岸田文雄君) 通学区域の弾力化についてでありますが、先生御指摘のように、この問題、大変重要な問題だと認識しております。 ただ、基本的には各市町村の教育委員会の権限と責任において定めるものでありまして、その際に、メリットとしましては、保護者が学校により深い関心を持つようになるということ、あるいは保護者の意向、選択、評価を通じて特色ある学校づくりができること等々が指摘されております。一方で、デメリットとしまして、学校の序列化とか学校間格差につながるんではないかとか、あるいは学校と地域の連携意識が希薄になる可能性もあるんではないか、こうしたデメリットも指摘されているわけであります。 このようなメリット、デメリットを踏まえながら、各地域の事情、保護者の意向、そういったものもしっかり各自治体において判断すべきものだというふうに考えております。 この重要性にかんがみて、各自治体、しっかりとした判断をしていただけるよう促していきたいと思っております。
○山本香苗君 今デメリットとメリットを挙げていただいたわけなんですけれども、この佐々田さんにしましても、学校、先生を選ぶことができたらこういった不登校にならなかったかもしれませんし、学校が好きになって一生懸命勉強していたかもしれません。また、学校も学校の方で、生徒やまた父兄の評判や意見、こうしたものに配慮せざるを得ませんので、いわゆる競争原理、こうしたものが働いて、その中で学校の先生の質の向上、そうしたものも図られていったんじゃないかと思っております。 大臣も所信の中で教員の資質向上を挙げていらっしゃいますけれども、その具体的な内容、ここが目玉だみたいなところを教えていただければと思います。
○副大臣(岸田文雄君) 教員の資質というもの、学校教育の成否あるいは成果を見る上で大変重要なポイントだというふうに認識しております。 そして、教員の資質向上においては、養成段階、採用段階、そして研修段階と、それぞれの段階において努力をしなければいけないということで、それぞれの段階で文部科学省としても施策を進めております。 養成部分におきましては、平成十年に教員免許制度の改正を行って、その新しいカリキュラム、平成十二年度から適用を始めております。また、採用につきましても、人物評価の重視等指導しているところであります。また、研修におきましても、職務研修のみならず、社会体験研修、こうした様々な研修の充実にも努めているわけであります。 各段階でのこうした努力に加えまして、昨年、通常国会で法案、御審議いただきました。指導が不適切な教員につきましても、市町村立小中学校等の教員を都道府県の教員以外の職に転職させることができるような法律、この法律を通していただいたわけですが、本年一月からこれ施行されております。この運用にも努めなければいけないと思っていますし、また教員の資質向上のためには教員の努力あるいは意欲、こういったものをしっかり評価しなければいけないという考え方から、表彰制度の調査研究、これも進めているところでありますし、また、今国会にも研修制度あるいは教員免許の在り方等につきまして法案を提出させていただいているところでございます。 あらゆる段階、そしてあらゆる方面からこの教員の資質向上に向けて努力を積み重ねていかなければいけないと考えておりまして、引き続き努力を続けていきたいと考えております。
○山本香苗君 ありがとうございます。 いろいろと並べていただいたんですが、果たしてこれで本当に先生の質がよくなるのかなとちょっと疑問を感じるところであるんですが、今の子供たち、どうせ勉強したって自分の人生なんか変わりはしないと、学んだって無駄だみたいな、そういった無力感に陥って、自分の未来に対して希望を失っております。この現象はいろんな調査で出ておりまして、確実に子供の学校外での学習時間は減っております。こうした子供たちの学びからの逃走、これが今の教育の一番の問題であると私は思っておりますし、子供たちを再びこの学びへと引き戻さなくちゃいけない、そういうふうに考えているわけですが、先生方の教育マインド、それが同じようで、今までの古いものであってはできないと思うんです。 しかし、今の先生の大半、ただひたすら教科書と、また先生が提供する知識、これを記憶する勉強しか知らない世代です。だから、仲間とのコミニュケーションの中で概念とか言葉を伝え合ったり、吟味したり、自分の知識を身に付けていくような教育で子供に学ぶ楽しさを教えなさいと言われたってそう簡単にできるわけじゃないんです。じっくりと座って、教師自身が学ぶ時間が必要だと思います。でも、今の先生方は週に五十時間以上働いていらっしゃいますので、自分自身が勉強しよう、学ぶ時間がほとんどないんです。教育の本、それすら読まない先生が一杯いらっしゃいます。 そこで、全員、教師たち全員が一年でもいいので大学院で学べるような制度を作るべきだという意見があるんですけれども、これについてはどうお考えでしょうか。
○政府参考人(矢野重典君) 事務的な説明ですから私から御説明させていただきますが、今の点につきましては、一昨年、本国会で可決されました教育公務員特例法の改正によりまして、自らの意思で、大学院において一年から三か年の範囲において、自らの意思で自らの研修計画を持って大学院で研修する制度を、ほかの公務員にはないわけでございますが、教育公務員だけ特別認められたという制度があるわけでございまして、その制度は昨年の四月からスタートしたわけでございますが、この制度を適用いたしまして、この制度を使いまして全国で約百六十名の先生が無給で大学院で学ぶことになっているわけでございます。
○山本香苗君 御説明ありがとうございます。 このパンフレットをいただいておりますので、その大学院修学休学制度というのは存じ上げておりましたが、これ十三年度からできまして、でも全国で約百五十人なんですね。本当に微々たるものでありますので、先生が専門性を高めたり教養を高めたりするためにも是非ともこれは大きな力になると思いますので、よろしくお願いしたいと思います。 ちょっともう時間が迫ってまいりましたので次の質問に参らせていただきますが、今いろんな、週末に関西の地元に戻りましたときに、国政報告会を持たせていただいております。その際に、私は外務省出身だということもありまして、アフガン復興についての我が国の取組について聞かせてえなといった声がたくさん聞かされております。そうした中で、岸田副大臣にお伺いします。 たしか文部科学省内に十一月三十日に副大臣を座長として教育支援プロジェクトチーム、これが発足されておりますけれども、すぐにホームページにも載せられてすごいなと思ったわけなんですが、この進捗状況についてお伺いいたします。
○副大臣(岸田文雄君) 先生御指摘のように、昨年十一月、遠山大臣の指示によりまして省内にアフガニスタン復興のための教育支援プロジェクトチーム、これを設置いたしまして、今日まで五回この会合を開催しております。 内容につきましては、教育分野、文化・スポーツ分野等における支援ももちろんですが、地雷探知、除去に関する研究開発も含めまして幅広く検討をしているところであります。そして、その具体的な議論と、それから具体的な実施でありますけれども、今、現地での治安の状況ですとか、あるいは受入れ態勢の状況、この辺をしっかり踏まえながら、まずできるところから進めていかなければいけないという認識でおります。 政府におきましても今月調査団を派遣しておりますし、また来月も本格的な調査団を派遣すると言っておりますが、そうした調査の状況を踏まえながら、現地の状況をしっかりと把握しながら、できるところから進めていきたいと思っておりまして、取りあえずまずできるところからということで、今年一月に入ってアフガニスタン復興支援国際会議、東京で開かれました。この会議の中でも女子教育というものが大変重要だという指摘を受けております。 そういったことから、この女子教育の関係者を日本に受け入れて、そしてそこでいろいろこう議論を積み重ねて、そして具体的に何ができるのか我々も学んでいくというような場を設けたらどうかということで、お茶の水女子大学を中心に五つの女子大学で構成する検討委員会を今設けまして、この女子教育の関係者、アフガニスタンの女子教育の関係者を受け入れる受皿の今検討に入ってもらっております。今年度末までには、もう間もなくでありますが、具体案をまとめるというところまで参りました。 この辺りからまず教育支援ということで手掛けながら、現地の状況を見ながら今後はやはり現地に対して何ができるのか、こういったことも検討していきたいというふうに考えております。 大まか現状は以上でございます。
○山本香苗君 ありがとうございます。 この一月二十一日のアフガン復興支援国際会議におきまして、二年半で五億ドル、円換算しますと約大体六百六十億円、すごいお金なんですけれども、これを拠出するということを我が国は約束したわけですので、この現地のニーズを踏まえながら、また実りある援助をしていただきたいと思っております。 昨日、外務省の調査団を派遣した報告だと思うんですが、四月からカブール市内の小中学校、また高校、五校の改修をすると発表しておりましたが、これから、私もパキスタンに行ってきましたので、難民キャンプを見てまいりましたけれども、学校の改修、質素でも簡素でもいいので学校の改修をもう着々と進めていかなくちゃいけない。三月二十三日、ナウルズと言われるイスラムの新年に当たって新学期がスタートするということを聞いておりますので、早急にこういった草の根支援とかを使いながら、お財布は外務省でありましょうけれども、そういった学校の改修をどんどん進めていただきたいなと思いますとともに、あちらには深刻な教師不足があるとお伺いしております。 今、女子教育を力を入れるためにそういった受入れをするというお話ありましたけれども、治安の状況が良くなれば、例えば日本の現職の教員の派遣を考えていただきたいと思いますし、またアフガン人の留学生の受入れもこれからどんどん進めていっていただきたい。中長期的には、私がパキスタンに行ったときも教育大臣からお伺いしました、日本のいろんな英知を生かした教育支援をしていただきたいということもありまして、学校給食制度だとか、例えば義務教育制度、そういったものを、そういったことを伝授するというソフト面の支援、これもしていただきたいと思います。 先ほどちらっと出てきた、その女子教育の中で一番大事なのは識字率をアップさせていくことだと思っておりますので、アフガン人の成人の約三分の二は読み書きができない、もう女性なんかほとんどできないとお伺いしております。識字率向上教育、これをしっかり力を入れてやっていただきたいと思います。その際に、NGOとか青年海外協力隊、こういったものも使っていただきたい。 このようにいろんなことがあるわけなんですけれども、現地のニーズ、ニーズと言っていましても、こちらの方がある程度リードしていかなくちゃいけないと思います。こういうのがありますよって見せてあげまして、そして現地の方の要請と合うものをどんどんやっていくと、そういう形をしないとなかなか顔が見えてこないと思いますので、その辺は文部科学省さんのお力に期待しております。 このような援助をしていくためには、まず、これは外務省が多分一義的には現地といろんなことをやるということだと思いますので、外務省の方々、関係省庁としっかりと連携を取っていかなくちゃいけないと思いますので、この関係省庁連絡会議みたいなものをお持ちになったらいいかなと思うんですけれども、いかがでしょうか。
○政府参考人(白川哲久君) お答えを申し上げます。 先ほど岸田副大臣の方からも御説明ありましたように、私どもは省内にプロジェクトチームを作りまして、どういう支援ができるかということを検討を続けているわけでございますけれども、今、委員の方から御質問がございました関係省庁の連絡会議につきましては、これも昨日、政府開発援助関係省庁連絡協議会、これが開催をされまして、私ども文部科学省の方からも出席をしたところでございます。 昨日の協議会では、先ほど岸田副大臣の方からも御説明がございましたように、三月の上旬にアフガニスタンに派遣された調査団の結果につきまして外務省から報告がございまして、その報告におきましては、今後検討する支援内容として、私どもがプロジェクトチームの中で検討してまいりましたような、先生の方から今御指摘があった専門家の派遣、女性教員の研修、教育関係者の研修等がその中に含まれておるわけでございまして、連携を取りながら進めておるところでございます。 それから、来月にはもう少し具体的な協議を行うためのミッションをアフガニスタンに派遣するという予定になっておるようでございますけれども、私どもはこの調査団にも参加をいたしまして、是非前向きに検討していきたいというふうに思っております。
○山本香苗君 ありがとうございます。 是非とも、そのミッションが帰ってきたときの御報告も受けたいなと思っておりますが、もう外務省と密な連携で、本当に顔の見える、また日本の心が伝わるようなそういった支援をこれからしていただきたいと思います。 これで私の質問を終わらせていただきます。 どうもありがとうございました。
○風間昶君 風間でございます。 まず、白書を読ましていただきました。大臣の所信表明の中にも、「障害のある児童生徒に対する教育の充実を図ってまいります。」というふうにございます。白書の中でも、第六節に「障害に配慮した教育」という項目が立てられて中身が述べられておりますけれども、ちょっと気になることがございます。 「新たな課題に対応した特殊教育の改善・充実」という項目の中に「障害の重度・重複化への対応」というのがあるんですが、「近年、盲・聾・養護学校に在籍する子どもの障害の重度・重複化が進んでおり、」と、こういう言葉があるんです。重度という言葉自体をとやかく言うものではないけれども、軽度に比べて重度だということだと思うんだけれども、重度が進んでいるというのは、この認識は私はちょっといただけない。重複化が進んでいるのは分かる。視覚障害、聴覚障害、いろいろな、知覚障害とかも含めて、情緒障害も含めて障害が重複しているのは分かるけれども、重度が進むということはどういうことなのかなというふうに思う。これ質問通告していないんだけれども、重度について、感覚的な問題かもしれないけれども、大臣はどうとらえますかね。答えられなかったら、次、ほかの人でもいいけれども。
○大臣政務官(池坊保子君) 障害の重度・重複化のうち、先ほど委員がおっしゃいました重度の障害とは、移動、食事、排せつ等に関して全面的な介助を必要とする状態をいいます。他の障害を併せ有する場合が多いですが、例えば進行性筋ジストロフィーや重症筋無力症などに見られるように、知的な発達の遅れはないけれども、座位を維持することができなかったり、日常生活において全面的な介助を要する者、そういう方々を指して申し上げますけれども、障害の重度・重複化、ちょっと日本語として、あるいはそういう方々に対して配慮を欠いているとしたら、ちょっと検討したいと思います。
○風間昶君 そういう意味で、重度の定義は分かるんだけれども、重度が進んでいるというふうに、これは「重度・重複化」というふうに書いてあるから、後半の部分で重複化が多い方が増えているんだというふうにとらえられればいいんだけれども、重度が進んでいるとなると、これはちょっとゆゆしき問題なんですよね。そう簡単に重度が進んでいる人が多くなってきているというふうには認識は私はないわけであります。そのことをきちっとやっぱり裏付けをした上での文章化にしないと駄目でないかというふうに思うものですから言いました。 本論に入らしていただきますけれども、そこで、障害のある児童生徒の就学についてでありますけれども、現在は、一義的に正にいろんな障害に応じて学校に行くわけでありますけれども、聾学校、盲学校、養護学校。軽度の人においては、やはり普通の小中学校に行きたいという親のニーズが非常に高い。そしてまた、親だけじゃなくて、医学的にも見て、これだったらまあ普通の小中学校の特殊教育、あるいは特殊教育じゃなくて普通学級に行かせてもある程度の問題はなかろうかなという部分も、ケースもあるし、またそのことによって家族の人もできるだけそうしたいというニーズが高まっているのも事実でございますから、そういう意味で、医療を含めた専門家の意見を聞いたり、あるいは親のニーズがどういう形で反映されていくのか、最終的には学校長あるいは教育委員会が判断する問題ではあるものの、そこにきちっとそういった方々の意見が反映されるような形にしてもらいたいと思うんですけれども、そのことについてはどういうふうに考えますか、文部科学省として。
○大臣政務官(池坊保子君) 今回、就学指導にかかわる学校教育法施行令の改正を行いましたのは、社会のノーマライゼーションの進展や教育地方分権の観点から、児童生徒一人一人の教育的ニーズに応じたきめ細やかな教育が行われるよう医学の進展等に応じて就学基準を見直すとともに、市町村教育委員会が行う就学手続について弾力化を図るためでございまして、今回の学校教育法施行令の改正において、各市町村の教育委員会は一人一人の教育的ニーズを専門的、技術的な観点から客観的に判断するために専門家の意見を聞くことということにいたしております。 また、これまでも保護者の意見を聞くことについては、市町村教育委員会が教育相談や就学相談に当たって十分保護者の意見を聞くよう指導してまいりましたけれども、就学基準や就学手続の見直しに当たっては、各自治体に対して、市町村の教育委員会が就学指導に当たって保護者の意見表明の機会を設けたり、保護者に対する情報提供に努めるよう通知などで指導してまいりたいと思っております。 今、就学指導委員会というのは教育委員会でございまして、九八%の教育委員会でこのような委員会を設けて検討しているところでございます。
○風間昶君 意見を言うチャンスはたくさんあるんだけれども、その意見が反映されていくような形にしないと意味がない就学委員会だというふうに私は思うわけですから、そこのきめ細かさ、配慮、ここを要望しておきたいというふうに思います。 それで、障害のあるお子さんたちが家庭においてもあるいは学校においても、まあ一義的には保護者を含めた家族がサポートするわけでありますけれども。例えば介護、痴呆を伴った高齢者なんかの介護では家族だけではもうギブアップだということで、厚生労働省では二〇〇二年度からやすらぎ支援員という形で、ボランティアではないんだけれども、有償ボランティアで一日一万円ぐらいのお金を出して、まあ言わばトイレに連れていったりとか、直接痴呆高齢者にタッチすることは他人だからしないんだけれども、お手伝いをするサポート制度があるわけですけれども、あるというふうに聞いていますけれども、その部分について厚生労働省、御意見をいただきたいと思いますけれども。
○政府参考人(高原亮治君) 障害者の、障害児のいらっしゃる家庭に対しまして家庭生活をサポートする制度といたしまして、重度の障害のため日常生活を営むことが著しく困難な障害児のいる御家庭を訪問いたしまして家事、介護等を行うホームヘルパーを派遣する事業を障害児・知的障害者ホームヘルプ事業としまして昭和四十五年から実施しているところでございます。 ホームヘルパーは、家庭を訪問いたしまして入浴や排せつ、食事等の介護や調理、洗濯、掃除等の家事を行うなど日常生活に必要となる便宜を提供するものでございまして、平成十一年度利用実績で六千七百三十七人、延べ約九十九万時間の利用がなされているところでございます。 厚生労働省といたしましては、平成十四年度予算案におきまして、障害者プランに基づきまして、ホームヘルパー従事者数を六百人分増やしまして三千三百人分の確保を図ったところでございます。また、このほか障害児の家庭に対する主な支援メニューといたしましては、障害児施設の機能を活用して各種の相談事業を行う障害児(者)地域療育支援事業や、通園により日常生活における指導や集団生活の適応訓練を行います障害児通園事業、ある種のデイサービスでございますが、これを実施しております。 以上でございます。
○風間昶君 したがって、厚生労働省ではそういう形でホームヘルパー制度で支援をしているわけでありますけれども、学校に行くまではそういう形のサポーターやあるいは保護者がいるけれども、学校へ行くと、中へ入るともうそこは届かない仕組みになっているわけで、要するに盲・聾・養護学校はある程度教員だけじゃなくてサポートしていただけるノウハウを持っていらっしゃるからいいけれども、むしろ障害を持った児童が特殊学級あるいは一般の学校に入ったことを仮定すれば、そういった支援員というか介助員というか、サポートをしていくことが私は必要でないかというふうに思いますし、聞いたところによりますと、一部の地方団体では単費で、県単費でその介助員を採用しているという話も聞いておりますので、これはまあ障害といっても視覚障害とか聴覚障害ではなくて知的障害の方のようでございますけれども、そういうのは、例えば学校いきいきプランなど文部科学省にあるわけですから、活用を含めて、できるかできないか、このことについて御意見をいただきたいと思います。
○大臣政務官(池坊保子君) 今、委員がおっしゃいましたように、盲・聾・養護学校においては十三年度に介助業務を担当する職員というのは千四百二十五名ございます。 で、今、委員は一般の学校においてそのようなものはないのかという御指摘だと存じます。一部の市町村においては教育委員会の判断で小中学校において介助員を配置して介助を必要とする児童生徒を受け入れているところもございます。 ただ、国といたしましては小中学校に介助員を配置するための財政措置は講じておりませんけれども、今、委員がおっしゃいましたように、本年度から導入いたします学校いきいきプランにおいて緊急地域雇用創出特別交付金等を充てまして、障害のある児童生徒への介助の補助を行う社会人を教員補助者として活用することは大変すばらしいことではないかと思っております。 この教員補助者については、教職、教員免状の有無を問わず市町村教育委員会の判断でこうしたことを活用することができますので、委員も是非地元でそのような活動が行われますよう働き掛けていただけたらうれしいかと存じます。
○風間昶君 分かりました。 今度はハードの部分ですけれども、バリアフリー化の推進があらゆるところで今、むしろバリアフリー化というよりもユニバーサルデザインの考え方を持っていくことが新規の部分ではありますが、しかし既存の部分では直ちにユニバーサルデザイン化は図れないからバリアフリー化だということになるわけでありますけれども、現在、全国の小中学校でバリアフリー化、まあスロープや手すりやトイレを含めてどのぐらい進んでいるのか、割合だけで結構ですから。それからもう一つは、盲・聾・養護学校においてのバリアフリー化がどのぐらい進んでいるのか、割合だけで結構ですから教えてください。
○大臣政務官(池坊保子君) 公立の小中学校、特殊教育諸学校等々のバリアフリー施設におきましては、小中学校において五〇%、特殊教育諸学校では九〇%の学校についてエレベーターとか障害者トイレあるいはスロープなど何らかの整備がなされております。 今後とも国庫補助を行いながらそれらの完備を図っていきたいと思っているところでございます。
○風間昶君 話がらっと変わります。 海洋深層水について伺いたいと思います。 海洋深層水は、いずれにしてもかなり深い深度の中で低温でいろんなミネラルも含まれているということで、全国あちこちで今飲用水として商品化しているわけでありますけれども、これは文部科学省が一義的に旧科学技術庁時代から研究をされてきたことでもあろうと思いますけれども、まず八九年から行われております室戸市の海洋深層水研究所の研究実績を、たくさんあると思いますけれども、これだというものを出してください。
○政府参考人(今村努君) 御指摘のとおり、海洋深層水の研究につきましては、旧科学技術庁におきまして八六年当時からこの研究に取り組んでまいっております。 御指摘の高知県海洋深層水研究所は、我が国初の海洋深層水研究施設として平成元年に設立され、文部科学省所管の海洋科学技術センターと平成五年まで科学技術振興調整費などを用いた共同研究を行ってまいりました。その結果として、我が国初の陸上型深層水取水装置を開発したこと、それから植物プランクトン、海藻増殖、深海性魚類の飼育など、水産エネルギーなどの分野で有効性を実証したという成果を上げております。 現在、この海洋深層水研究所におきましては、海藻の培養、魚介類の飼育、そして具体的に産業化しているものといたしまして、飲料水、食料など、あるいは健康分野の製品開発などの研究、事業化が進められている、このように承知いたしております。
○風間昶君 同じように、九七年から静岡県の駿河湾でもこの深層水が、あちこちに、今北海道でも二町やっていますけれども、羅臼町と岩内町でやっていますけれども、この駿河湾の話でありますけれども、これは旧科学技術庁だけじゃなくていろいろなところが連携してやっていらっしゃるというふうに聞いていますけれども、水産庁も相当、三年間ぐらい掛けて、多額の国費をつぎ込んでいるわけでありますけれども、その部分についての費用対効果をまず教えてください。何に対してどのぐらい、何に対してどのぐらい、三つ四つあると思うんですけれども。
○政府参考人(長野章君) 水産庁におきましては、海洋深層水が有する清浄性、低温安定性等の特性を活用しまして、種苗生産などの作り育てる漁業の支援、それから荷さばき所等での鮮度保持、洗浄水への利用による環境衛生の向上を図るために、平成十年から地方公共団体が実施する海洋深層水取水施設の整備を支援しております。 これまで三地区、すなわち高知県室戸市高岡漁港、静岡県焼津市焼津漁港、富山県入善町入善漁港の三地区において取水施設が竣工しております。このうち、室戸市では、海洋深層水栽培漁業センターなどの関連施設も竣工し、昨年十二月にヒラメの採卵事業がスタートしております。その他の地区については、他の二地区については平成十二年に竣工したところでありまして、関連施設の整備が鋭意進められている段階であり、その竣工を待って本格的な利用が図られることになっています。 海洋深層水の利用の効果ですけれども、一つ、種苗生産、中間育成等における成長の促進、死亡率の低下等による生産性の向上。二つ、活魚、鮮魚流通による魚価上昇や加工品の付加価値の向上。三つ、養殖施設、荷さばき所等における海水の冷却、それから滅却、滅菌費用の節減等、水産にかかわるものとともに、深層水を分水しまして、民間企業の立地、雇用の創出等地域経済の活性化が見込まれるところであります。実際の効果の検証は、関連施設の本格的な活動を待って行うこととしておるところでございます。
○風間昶君 この深層水がアトピー性皮膚炎に効くのではないかということで、今高知では室戸中央病院が高知医科大学と連携してやっているようでありますけれども、このことに関して、アトピー性皮膚炎の治療の一環としての深層水の位置付け、厚生労働省にお聞きしたい。
○大臣政務官(田村憲久君) 委員御指摘の海洋深層水のアトピー性皮膚炎に対する効果でありますけれども、これに関しましては、今もお話あったと思うんですが、文部科学省の方で平成十年より六年の計画で今鋭意研究をなされておるというふうにお聞きをいたしております。同時に、まだその結論が出ていない、これから取りまとめるという話でございまして、我が省といたしましても大変注目をさせていただいておるということであります。 いずれにいたしましても、アトピー性皮膚炎に関しましては、我が省といたしまして大変重要な課題だというふうに思っておりまして、平成十一年で約四十万人の患者がおります。それに対して、平成四年より実はプロジェクトチームといいますか研究班を作っていただきまして、そこで予算を付けていろいろな検討をいたしておるわけでありますけれども、十三年は約二億円ぐらいの予算を付けておりますが、まだそのメカニズム等々がはっきりと分かっていないというのが現状でございまして、これからも鋭意努力して検討していきたいなと、研究していきたいなと、そのように思っております。
○風間昶君 時間ありませんから、明日この続きを文部科学省に聞くことにいたします。 終わります。
○林紀子君 日本共産党の林紀子でございます。 まず、遠山大臣に二点お聞きしたいと思います。 昨年の法改正で、四十人という国の基準を下回る学級編制が都道府県の判断でできることになりました。三月三日の毎日新聞によりますと、今年度七府県が実施し、来年度は今年度の三倍近くの十九道府県で実施するということが報じられております。 また、三月十日の朝日新聞によりますと、今年度五県、来年度は十六県で実施する。マスコミの調査ですので数がばらばらですけれども、文部科学省としては今年度幾つの県が実施し、来年度は幾つの県が実施するとつかんでいるのか、お聞きしたいと思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 今の件でございますけれども、私どもの調べたところによりますと、平成十三年度におきましては、小学校低学年や生徒指導が困難である学校などにつきまして、十の府県が学級編制の弾力化を実施しているところでございます。 平成十四年度にこの少人数学級を実施する都道府県は、十三年度よりは多数に上るものと考えられますけれども、現在、各都道府県で予算の審議を行っているところでございまして、確定した数字は私どもとしては把握いたしておりません。
○林紀子君 十四年度はこれからということですけれども、十三年度の数を見る限りでは、マスコミが調査したものよりも上回っているということですね。学級編制基準の弾力化から二年目でこの少人数学級が全国およそ三分の一の県に広がった、大変なスピードだと思うわけですが、子供たちに目が行き届きやすい少人数学級がそれだけ切実な要望であるということを示していると思います。 しかし、対象が小学校低学年などに限られている。これは、低学年が大事だという気持ちもあると思うんですけれども、本当はもっと広げたい、だけど財政上の問題がある。教員増のお金、予算というのは全額自治体の負担になるわけですね。これもマスコミ情報ですけれども、数千万円から数億円の予算が計上されているということです。 ですから、このように自治体ごとに導入していったのでは、自治体の財政状況など、地域の格差をどうしても生むことになってしまうと思うんですね。ですから、教育の機会均等という精神からいっても、やはり国として三十人学級を早期に実現すべきではないでしょうか。そして、特に少人数学級を実施している自治体に対しましては、国として必要な財政援助を行うべきだと思いますけれども、大臣、どうでしょう。
○国務大臣(遠山敦子君) 昨年の教職員定数の標準法に関する法改正の際に御議論をいただきまして、義務教育の妥当な規模と内容を全国的に保障するために四十人学級の標準でいくということで、今日動いているわけでございます。 今御指摘の都道府県独自の学級編制基準の引下げによる学級数の増加ということでございますけれども、国庫負担の対象となる定数を超えて必要となる教員につきましては自治体が独自の定数措置を行うべきものでございまして、それについて国庫負担の対象とはしないということでございます。
○林紀子君 これだけの勢いで広がっているということは、文部科学省も予想をしていたのかいないのかは分かりませんけれども、確かに大変な動きだと思うわけですね。そして、国に三十人学級の実現を求める自治体の意見書採択というのは、もう全自治体の過半数になっているわけですね。ですから、是非とも三十人学級というのは、今までいろいろ論議をいたしましたけれども、これだけ要望が大きいというところに立ち返って、是非このことをもう一度考えていただきたい。 小泉首相は米百俵の精神というのをどこでもおっしゃるわけですけれども、米百俵の精神ということを言うならば、本当に教育にこそ予算を使う、三十人学級、将来に向けてこの予算を使うというのは当然のことなんだと思うわけです。 そして次に、私も障害児学校への就学基準の見直しについて御質問をしたいと思います。 障害児の教育では、障害や発達の程度に基づいて科学や技術の成果を生かして、その子供の発達にとって一番ふさわしい学校を選べるようにする、これが基本ではないかと思います。 この立場からお伺いいたしますが、障害児学校への就学基準を決めている学校教育法施行令二十二条の三の表というものを今回改正するということを伺っております。 しかし、幾つか心配な点がありますので、具体的にお聞きしていきたいと思います。 まず、この表で、知的障害者の基準の改正案ではこうなっているわけですね。「知的発達の遅滞の程度が、意思疎通が困難で日常生活において支障があり援助を必要とする程度のもの」、そういう障害児が養護学校の対象となるというふうになっているわけです。しかし、知的障害が重くても、年齢が高くなりますと生活経験が積み重なって、必ずしも意思疎通が困難ではない、簡単な意思疎通だったらできると、こういう例はたくさんあるわけです。 ですから、こういう表現では、知的障害の重い子供が養護学校に行くという対象から外されてしまう心配が出てくるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
○政府参考人(矢野重典君) 今回の就学基準の見直しに当たりましては、養護学校の就学指導の対象となる知的障害者とは、先ほど御指摘がございましたように、知的発達の遅滞の程度が、意思疎通に困難があり日常生活上の援助を必要とする程度のものを考えているわけでございます。 そこで、意思疎通が困難であることとは、相手の話を部分的にしか理解できず、適切な応答ができない状態を言いまして、これは生活年齢に応じて一般的に有すると考えられるコミュニケーション能力を有するかどうかの観点から判断されることになるわけでございます。ですから、仮に十五歳の子供であっても三歳とか四歳程度のコミュニケーション能力がないということになれば、それは生活年齢に応じた能力という点で不十分だ、能力不足であるというふうに判断できるわけでございます。 したがいまして、知的障害が重度でございましても、教育によって、先ほどお話ございましたように、意思疎通の能力について改善することは考えられるわけでございますけれども、この基準に該当するかどうかにつきましては、知的障害のある児童生徒にとって最もふさわしい教育を行うとの観点に立って、当該児童生徒の知的機能の発達の遅滞、あるいは先ほど申し上げましたように、その年齢段階に求められるコミュニケーション能力あるいは日常生活の能力、そういうものを総合的に考慮して適切な就学先を決定されるということになろうかと思います。
○林紀子君 同じように、この表で肢体不自由についてなんですけれども、これまでの基準では上肢、下肢の障害というふうに規定されておりましたのに、今回作られるであろう基準というのは、歩行の不可能、困難、こういう言葉になっておりますので、これで考えますと、やはり下肢が不自由な子だけに限定される、そういう子供だけが養護学校に行けるということになってしまう可能性があるのではないか。ここも心配なんですが、これまでどおり上肢を含めた基準にすべきではないでしょうか。
○政府参考人(矢野重典君) 御指摘のように、現在、肢体不自由の基準では、上肢、下肢等の部位ごとに機能障害を規定しているわけでございますが、今回の見直しに当たりましては、障害を上肢、下肢等の部位ごとにとらえるのではなくて、体全体の運動機能を総合的に勘案をいたしまして、日常生活における基本的な動作が困難か否かで判断しようとするものでございます。 したがいまして、上肢等に障害がある場合につきましても、こうした観点から、養護学校の対象となる障害の程度に該当するか否かを判断するものでございまして、養護学校における教育の対象から除外するという趣旨のものではございません。
○林紀子君 そうしますと、上肢、下肢ということが分かるような文言をこの基準の中に入れるということになりますか。
○政府参考人(矢野重典君) これはあくまで「等」ということでございますので、あえて入れなくても、今私が申し上げたような趣旨の基準の内容でございますから、あえて入れる必要はなかろうかと思ってございます。
○林紀子君 「等」ということで「歩行等」の「等」で読めということはあるんですけれども、歩行という具体的な言葉が出ていますので、「等」と言って上肢までというのはなかなか難しいと思いますので、具体的な事例を並べて言うことは本当は必要はなくて、上肢、下肢という形ではっきりさせていただくのが一番いいんじゃないかというふうに思いますので、是非もう一度お考え直していただきたいというふうに思います。 次に、就学指導委員会についてお聞きしたいと思います。 新たに位置付けられました規定を見ますと、盲・聾・養護学校への就学についての通知を行おうとする場合にだけ市町村の教育委員会は専門的知識を有する者に意見を聴取するというふうになっているわけですけれども、これでは不十分なんじゃないかと思うわけですね。すべての障害児について教育措置を決めようとするときには、つまり、どこに就学することがその障害を持っている子供に一番ふさわしいのか、発達が一番保障されるのか、そういうことを決めるときに専門家で作っている委員会、つまり就学指導委員会に意見を聴くということが必要なのではないでしょうか。 それからもう一点、先ほども御質問がありましたけれども、保護者の意見、これは就学指導委員会にどのように反映されるのか、そしてまたそこでどのように尊重をされるのか、そのことも伺いたいと思います。
○政府参考人(矢野重典君) 障害のある児童生徒につきましては、障害の種類、程度に応じた適切な教育を行うために、市町村教育委員会が専門家の意見を聴きまして、児童生徒の障害の種類及び程度や必要な教育的支援等について的確な判断を行うことが重要であるわけでございまして、このため、今回の見直しに当たりましては、盲・聾・養護学校の対象となる障害のある児童生徒の就学指導に当たって、市町村の教育委員会が教育学、医学、心理学等の専門家の意見を聴く旨を定めることを考えているわけでございます。 また、お尋ねの就学基準に該当しない軽度の障害のある児童生徒の就学指導の具体的な実施につきましては、これは基本的には市町村教育委員会の判断によるべきものと考えておりますけれども、一人一人の教育的ニーズを把握して必要な教育的支援を行う観点から、専門家等の意見を聴くなどして適切な就学指導が行われるように、私どもといたしましても各教育委員会に対して指導をしてまいりたいと考えているところでございます。 また、保護者の意見を聴くことについてでございますけれども、保護者の意見を聴くということについては大変大事なことであると思っておりまして、そういう意味で保護者の意見表明の機会を確保するということが私どもも必要だろうと思ってございますので、この政令を改正いたしまして、各都道府県、市町村に対する指導を行う際には、指導通知等におきましてその旨を指導したいと考えておるところでございます。
○林紀子君 そうしますと、必ずしも盲・聾・養護学校への就学だけではなくて、それ以外の障害を持った子供さんの場合も専門家の意見を聴く、つまり、就学指導委員会ということになるのかなと思うんですが、そういう道があるということですね。 それから次に、例えば「二十一世紀の特殊教育の在り方について」の報告などでは、「障害の重度・重複化」という言葉が度々出てくるわけです。先ほども同僚委員からお話がありましたけれども。 それでは、この重度の障害というのはどういう状態なのかというのをお聞きしたいと思います。
○政府参考人(矢野重典君) 障害の重度・重複化のうち、重度の障害についてでございますが、重度の障害とは、移動、食事、排せつ等に際しまして全面的な介助を必要とするような状態でございまして、他の障害を併せ有する場合が多いわけでございますけれども、例えば進行性筋ジストロフィーや重症筋無力症などに見られるように、知的な発達の遅れはないけれども、座位を維持することができなかったり、日常生活において全面的な介助を要する者、そういう者もいるわけでございます。
○林紀子君 先ほど、重度化が進んでいるというのは言葉遣いとしておかしいんじゃないかという話もありましたけれども、私は、その障害の重度・重複ということでいつでもセットで使われているということは今のお話ありましたけれども、重度になると限りなく重複の障害ということになっていくのかなというふうに思うわけですね。 例えば、今、筋ジストロフィーのお話が出ましたけれども、筋ジストロフィーもだんだん進行していってほとんど体も動かなくなってしまうという大変な病気だということですけれども、筋ジストロフィーの方なども、最初は例えば病弱児というところに当たるのかもしれませんが、それが体が動かなくなったということになると、この肢体不自由者というところに重なり合うということになるのかなというふうにも思うわけですね。 今、重度のお話を聞きましたけれども、移動、食事、排せつ、全面的に介助が必要だということでは、正に重複障害の方と同じくらいに大変な手が要るといいますか、特別な手だてが必要だというふうに思っておりますので、やはり重度・重複ということで、重度と同じような手厚い手だてというのを今後も教育の場でも考えていただきたいというふうに思いますが、いかがでしょうか。
○政府参考人(矢野重典君) 単一の重度の障害を持っている児童生徒に対しましては、障害の程度に応じた適切な教育が行われるように、学習指導要領におきまして教育上の特例が設けられておりまして、例えば、各教科の一部を取り扱わないこと、あるいは下の学年や下の学部の教科の内容に替えることが可能となっているほか、障害が重度で通学して教育を受けることが困難な場合には、教員を派遣して行う訪問教育も認められているわけでございます。 そういう意味で、御指摘のとおり、今後とも障害の重度・重複化を踏まえながら、特に教職員の専門性の向上あるいは指導方法の充実などによりまして、そうした重度の障害を持った子供も含めまして、障害の種類や程度に応じた適切な教育を行うように努力してまいりたいと考えているところでございます。
○林紀子君 私もまだお聞きしたいところがたくさん残ってしまったんですが、時間がありますので、最後に遠山大臣にお聞きしたいんですが、文部行政というのは、障害を持った子供すべてに適切な教育が漏れなく行われるような、そういう基準を作っていくというのが一つの大きな仕事だと思っているわけです。 今日質問いたしました問題も含めまして、今後、障害児教育をどのように充実をしていくのか、そこの所見を最後にお聞きしたいと思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 障害のある児童生徒につきましては、その可能性を最大限に伸ばし、自立をし、社会参加するために必要な力を培うために、障害の種類や程度などに応じて、盲・聾・養護学校やあるいは特殊学級等において特別な配慮の下により手厚くきめ細かな教育を行うことが必要でございます。 また、昨年一月、二十一世紀の特殊教育の在り方に関する調査研究協力者会議の最終報告では、障害の重度・重複化や社会のノーマライゼーション等、特殊教育をめぐる変化を踏まえまして、児童生徒一人一人の教育的ニーズを把握し、必要な支援を行う必要があるということで幾つかの御提言がなされております。 こういう提言を踏まえまして、例えば平成十四年度予算におきましては、新たに特殊教育関係教職員の専門性の向上を図るモデル事業でありますとか、あるいは教育と労働が一体となって就業支援の体制を整備するための実践研究事業、更には情報バリアフリーを推進するために、盲・聾・養護学校等において一人一人の障害に対応した最新の情報機器等の整備をするための補助事業を盛り込んだところでございます。 今後とも、必要な制度の見直しあるいは施策の充実を図ることによりまして、障害のある児童生徒の教育の一層の充実に努めたいと考えております。
○畑野君枝君 日本共産党の畑野君枝でございます。 まず初めに、この四月から完全学校五日制が始まります。先ほどからも議論がありますように、国民が不安に思っている一つに新学習指導要領の問題があると思います。 今年の三月十一日付けの雑誌の中で、教育課程審議会元会長の三浦朱門氏がインタビューに答えております。その中で、このような発言があるわけです。「これからはかけ算の九九を言えなくて中学を卒業する子も出るだろう。すべての生徒がある程度のレベルをマスターできると思うのは錯覚だし、マスターさせようとするのも愚かしい。」、このように述べているわけです。私は、これは本当に多くの保護者やまた子供たちからも憤慨の声が寄せられる重大な問題だ、発言だというふうに思います。 そこで伺いたいのですが、基礎・基本を定着させようという義務教育において、このような発言、掛け算の九九を言えなくて中学を卒業するなどということが教育の目的あるいは新学習指導要領のねらいであるというふうに文部科学省、お考えなんでしょうか。
○副大臣(岸田文雄君) 新しい学習指導要領、新しい体制におきましては、先生御指摘なられましたように、基礎・基本、厳選した上でこれをしっかり定着するというのが大変大きな目的、方針の柱であります。ですから、九九を始めとする基本的な部分につきましては、しっかりと子供たちに習得してもらわなければいけないというふうに考えております。 学力に対する不安等いろいろな声が出ておりますが、午前中もちょっとお話し申し上げましたように、授業数の削減は七%でありますし、その中で個々に応じた様々な対応が工夫されております。効率的にこの時間を使用するというようなこと等も考えますときに、是非この制度をしっかりと活用して、学力の低下につながらないように最善を尽くしていきたいと思っております。
○畑野君枝君 遠山文部科学大臣、御確認させていただきますけれども、こうした三浦朱門氏の発言というのは文部科学省の考えではない、こういうことでよろしいですか。
○国務大臣(遠山敦子君) 今、岸田副大臣の方からお答えいたしましたように、正に新たな学習指導要領のねらいとするものはそういう内容でございまして、三浦氏がどういう意図でおっしゃったか必ずしも明らかではございませんので、コメントは差し控えさせていただきたいと思います。
○畑野君枝君 私、文部科学大臣が「学びのすすめ」で最低基準と学習指導要領の問題を、新学習指導要領の問題をおっしゃり、そして一方で教育課程審議会の元会長ができない人はそれなりにという趣旨をおっしゃる。余りにも新学習指導要領の解釈が違い過ぎると思うんですね。無責任ではないでしょうか。 そういう点で私、委員長にお願いしたいのですが、新学習指導要領の原型を作ったのは三浦朱門氏、当時の教育課程審議会委員であり、会長の発言なんですね。大変重大であるわけですので、新学習指導要領がどのような目的で作られたのか、参考人として是非本院にお呼びしてお尋ねをしたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
○委員長(橋本聖子君) 理事会で協議させていただいて、今の件について協議させていただきます。
○畑野君枝君 これにかかわりまして、学力テストが全国で行われております。その結果によって新学習指導要領、これを見直すということはあるのでしょうか。
○副大臣(岸田文雄君) 御指摘のように、今年一月から二月に掛けて、現行学習指導要領の下で児童生徒の学力を把握するために全国的な学力調査、教育課程実施状況調査でありますが、四十九万人規模で行っております。 この学力調査、その現行の学習指導要領の下での学力を把握するということでありますから、この調査自体はこの新学習指導要領に直接反映するものではないと考えておりますが、この調査、今後とも継続して行っていきたいと思っております。継続した調査を続けながら、総合的にこの結果を検証して、その総合的に検証した結果は新学習指導要領に反映するということはあり得ると思っています。
○畑野君枝君 そうしますと、新学習指導要領に反映するというのは、その次の学習指導要領に反映するということですね。
○副大臣(岸田文雄君) 新学習指導要領というのは四月から始まる新学習指導要領、これについて今後継続した学力調査を行って、それを総合的に勘案して反映することは考えていかなければいけないと思っています。
○畑野君枝君 新学習要領自身が膨らむといいますか、そういうふうになるんですか。反映するというのはどういう意味ですか。
○副大臣(岸田文雄君) 学力調査を継続して行い、その結果、調査の結果を見て、学習指導要領において何か考えるべき点があるかどうか、それを検証していき、それを反映するということでございます。
○畑野君枝君 ということは、新学習指導要領をもう一回検討するということも含めて、はい。
○副大臣(岸田文雄君) 制度、仕組みとして反映することは可能であると、可能性としてあるということでありまして、どんな結果が出るかこれはまだ分かりませんので、それはその結果を見て検討することになるかと存じます。
○畑野君枝君 その結果を新学習指導要領に反映する可能性があるということでございました。 私たちは、やっぱり本当にこの現場、保護者、子供たち、もう大変な状況を抱えているわけですから、学習内容をどうするかというのは、やはり一番現場を知っている、子供たちの状況を知っている学校の先生方が子供の発達段階に応じてやはりきちっと進めていくと、任せていくべきだというふうに思います。 さて次に、定時制高校の問題について伺います。 今、定時制高校は、不況で経済的に困窮している家庭が増え、また不登校や中途退学の生徒が増える中で定時制高校の役割が見直されてきているというふうに思います。 例えば、ある十八歳の定時制高校に通う生徒は、定時制の魅力は何といっても入りやすいことだというふうに言って、中学校のときに不登校になったけれども定時制高校に入って学校のイメージが変わった、みんなが僕と同じように何か心に傷を持っていて、中学のときにはできなかった友達ができ、先生も友達感覚で、休み時間には職員室に会いに行きたくなる、授業のペースもゆっくりで、クラスの人数も少ないから分からないことは教えてもらえる、とにかく余裕ありありと言って、その中で今の自分や将来のことも考えることができるようになった、自分の意見を口に出して認めてもらえると自分に自信が持てるようになった、だから今のような定時制残してほしい、このように言っております。 また、あるPTA会長の方は、我が子が定時制に通っていることをなかなか近所の人に言えなかったけれど、変化する子供の姿を見て私も成長しました、子育ての中で一日何度早く早くと言ったかわかりません、でも定時制は早くなくていいんです、いろんな子がいて、その人一人が認められる、そのことの大切さを定時制高校は教えてくれました、今では我が子が定時制を選んでくれたことを感謝しています、このように言われているわけです。 さて、先日、三月一日、朝、昼、夜間三部制の定時制高校、横浜市立横浜総合高校の合格発表がありました。一次募集定員百四十一人に対して受験したのは何と七百三十七人、五・二倍の倍率になり、不合格者は約六百人、こういう事態が生まれました。一つのこうした定時制高校の入学で約六百人も不合格になる、ほかにはないのではないかと思います。こういう子供たちを本当に救っていくことが必要なのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
○政府参考人(矢野重典君) 私どもとして、各学校ごとの受験倍率等の調査を行っていないわけでございますが、高校再編等に伴いまして、新設高校の初年度入学者選抜におきましては、委員御指摘の、大変倍率が高くなるようなケースもあると承知をいたしているところでございまして、例えば平成十二年度の東京都立の桐ヶ丘高等学校、これも新設の高等学校でございますけれども、百二十人の募集人員に対して八百四十四人の応募があって倍率が七・〇三倍と、不合格者が七百二十四人といったような、そういうケースもあるわけでございます。 ただ、今お話がございましたように、大変たくさんの不合格者を出すといったようなケースもあるわけでございますけれども、高等学校入学者選抜の定員をどのように設定するかにつきましては、これは過去の志願者の状況、あるいは中学校における進学希望、更には高等学校の施設等の状況を勘案しながら、それぞれの都道府県教育委員会の判断と責任においてお決めいただくことになるわけでございます。
○畑野君枝君 それは定時制高校の例ですか、東京の例は。
○政府参考人(矢野重典君) 総合制、単位制、定時制の、先ほどお話がございましたような、横浜市立横浜総合高等学校と同じ例ということでございます。
○畑野君枝君 それも本当に深刻な状況について人ごとのようにおっしゃっておりますけれども、それでいいというふうにお認めになるんですか。七百人、六百人の子供たちが、定時制というのは神奈川県でいえば、一九八九年以来、二次までいけば全員が希望していれば入れた、そういう状況なんです。そして、全日制希望していた子も落ちれば定時制に行くということで、事前の段階では希望者少なくても、実際の受験者というのは四倍、五倍に増えているんです。この子供たちを路頭に迷わせていいというふうに文部科学省はお考えですか。
○政府参考人(矢野重典君) 先ほどの横浜総合高校の例で申しますと、私どもがお聞きしているところによりますれば、第一回選抜の不合格者は、神奈川県の公立高等学校入学者選抜におきまして、同校の第二回の選抜を受験するということや、更には他の定時制高等学校を受験することも可能であるとのことでございまして、横浜総合高校の第二回の選抜の倍率は二・二五倍となったというふうに聞いているところでございますし、さらに、神奈川県におきましては、定時制高校につきまして、例年より倍率が高かったために募集定員を拡大するなどの措置を取ったところというふうに聞いているところでございまして、いずれにいたしましても、これは率直に申し上げて、神奈川県教育委員会、横浜市教育委員会においてこれらの状況を踏まえ適切に対応をしていただかなければならないものと考えておるところでございます。
○畑野君枝君 私も実態を伺いましたけれども、そもそも全日制の枠が減る、そして定時制高校そのもの、横浜市立でいえば百四十人定員を減らす、それから今の経済不況、私学助成もまだまだ少ないから私学に行きたくても行けない、いろんな状況が相まって本当に大変な事態が生まれたわけです。これはほっておけないと、国であろうと県であろうと市であろうと、子供を思う教育者はみんな思うはずでございます。 定時制高校の進学者というのは、この五年間の推移で見たら減っているのですか、増えているのですか。
○政府参考人(矢野重典君) 定時制高校の生徒数の推移をこの五年間で見ますと、平成九年が全国で、これは全国の生徒数でございますが、全国ベースの生徒数でございますが、十万一千九百八十二人でございまして、九、十、十一、十二、十三と大体同じような水準で、同じような数で推移をしております。 ただ、平成十三年には少しその数が十一万一千八百二十七人でございますから、若干微増傾向にあろうかと思っております。
○畑野君枝君 同じような推移といいますけれども、実際増えているでしょう。ちょっと十年、十一年、十二年、言ってください。
○政府参考人(矢野重典君) 九年が十万一千九百八十二名、十年が十万二千百九十人、十一年が十万五千百三十一人、十二年が十万九千三百二十二名、それから十三年が先ほど申し上げた数字でございます。
○畑野君枝君 ですから、全体としても増えている。神奈川県や横浜市でもそうなんです。そういうときに定数削減をする、本当に無謀な話だというふうに思います。こういう点では、県や市が募集定員を増やす、あるいは教員増の必要性があるということになれば、教員の加配などの措置、これは国としても行って、就学保障の具体的な支援を進めるべきではないかと思いますが、いかがですか。
○政府参考人(矢野重典君) 公立高等学校の教員数につきましては、いわゆる高校標準法によりまして、県や市といった設置者ごとに必要となる教員数の標準を示しておりまして、この標準は生徒の収容定員による学校の規模等に応じて算定されることになっておるわけでございます。 したがいまして、募集定員が増加する場合には高校標準法により算定される教員数にもそれだけ増という形で反映することとなるわけでございまして、当該学校において円滑に、募集定員が増される場合には当該学校において円滑に教育活動を行うために必要な教員数が今申し上げたような仕組みで確保されるものと考えているところでございます。
○畑野君枝君 今、定時制の募集がこの四月から停止される、そうした学校の父母からもいろいろな要望が出されております。こういう状況というのはもう前から言ってきたものであって、今回の事態が起きた段階で、やはり募集を停止した定時制高校の募集は再開してほしいとか、あるいは受けられる枠を広げてほしい、その場合も、教職員の配置含めて、生徒の学ぶ環境が悪くならないようにしてほしい、あるいは拡大する場合にはほかの学校の募集した生徒との不公平さが出ないようにしてほしい、いろいろな状況が出されているわけでございます。 最後に、文部科学大臣に伺いたいのですが、やはり定時制で学びたいという子供たちに、文部科学大臣としても、頑張って学んでほしい、国としてできることはやる、そういう御決意を伺いたいと思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 公立高校の問題でございますので、それぞれの地方公共団体においてしっかりと生徒の実情を踏まえて、そして必要な措置を取るということも必要でございましょうし、十分にそこのところは勘案していただいて、今日のいろんな子供をめぐる状況に適切に対応してもらいたいと考えます。
○畑野君枝君 終わります。
○山本正和君 あと四十分ですが、しばらく頑張っていただきたいと思います。 まず、質問に入る前に、これは、今日は所信に対するあれですから、大臣にお願いしておきたいんですけれども、私どものちょうど息子の年齢がぼつぼつ役所でも課長だとか、あるいは部長候補まで行かぬけれども、かなりの年齢になってまいりました。私が心配しますのは、今、役所で働いている人たちがひょっとすると自信を失うんじゃないかというぐらいマスコミがいろんなものを取り上げます。 だけど、これは我が国は行政がしっかりしていなければもたないんですから、行政をしている人たちを元気付けて、自信を持ってしっかり仕事せいと、こういう立場で大臣はひとつ部下職員を激励もし、励ましてもやっていただきたいと、こう思います。何かあると公務員攻撃をするのがこの国のマスコミの論調で、どうも私はそれを見ていて歯がゆくて仕方ないんですけれども。 それはそうと、きょうは教員問題で質問するのでありますが、先ほど公明党の山本委員からお話がありましたけれども、先生がどうもならぬというのがあったんですが、ちょうど私と同じ世代の連中が大体二十五年ぐらい前から二十年ぐらい前に校長になった、校長先生になった。そうすると、その校長先生のところに新しく採用された先生の、男の先生も女の先生もですよ、新任の、お父さん、お母さんが校長先生の自宅へやってきまして、うちの息子をどうぞよろしくと、PTAが先生に付いてくるんですね。そういう時代になったな、えらい時代になったなというようなことを同じ年の連中で話していたのを記憶いたします。 ですから、昔のようないわゆる三歩下がって師の影を踏まずなんという、そんな言葉を覚えておられますか。そういうふうな時代とは今違うんで、したがって、先生も、いわゆる昔の別に孔孟の思想じゃないけれども、そういう中で育てられた者がやっておった時代とは違うと。 そしてまた、今は、正直言いまして、めちゃくちゃな情報化社会で、子供の前にはあらゆるテレビが、テレビといわず情報が散乱している。その中で子供たちは生きている。欲しいものは何でもどこへ行っても売っていると。また、おじいちゃん、おばあちゃんが、これは私どもの世代が悪いんでしょうけれども、喜んで孫にお年玉だとか言って余計いろんな金をやると。そういう中で育っている子供たちであって、しかもこれが、何といいましょうか、アフガンだとか、あるいはあのアフリカの大変苦しい国のような子供たちの状況を自分たちが知らずに育っている子供たちなんだと。何でも言えば通るという中で育っている子供たちだ。 その子供たちを、じゃ先生がどう教えるかといったら、どんなことを言ってもなかなか大変な、どうにもならぬような苦渋の中に学校の先生が今あるんだと。また、お父さん、お母さんも、若いお父さん、お母さんも自分の子供をどうしていいか分からぬというふうな時代にあるんだということを前提にしながら、教員の問題を考えぬといかぬのではないかというのが私の思いです。 ですから、単に先生しっかりせよと号令したからといって学校が良くなるわけではないし、お父さん、お母さん、若いお父さん、お母さん頑張れと言ったからといって良くなるものでもないと、これがもう大前提だろうというふうに思うんですね。 ですから、教育をどうするかということを考えるときに一番大切なことは、今置かれている子供の状況がどうなんだ、その子供たちに接する親がどうなんだ、学校はどうなんだということを十分にみんなで議論しながら、そこで問題点を探り求めていくしかないんじゃないかというふうに私は思っているんですね。 それで、ところが、ちょっとこの前から心配しておりますのは、大学を統合する、あるいは大学を良くするんだと、こういう旗印の下にやっておられるんでしょうけれども、心配するのは、今四十七都道府県にすべていわゆる義務教育の教員になろうとする学部が全部あるわけですね、すべての県に。そして、それはそれぞれの県の中でその県のいろんな昔からの習慣、風俗あるいは状況を知りながら育っていく教師たちを、やっぱり元々がそんな気持ちで生まれておったんだと思う。 もっと言いますと、昔は師範学校という名前だったんですけれども、師範学校へ入るというのは大体長男だとか、農家でいえば、次男坊、三男坊はよう勉強できたらおまえ中学でも行けと、後は上の学校へ行って、家はその代わりやらぬぞ、長男が跡継ぎだと、田んぼも畑もね、という中で師範学校へ行っておったというふうな、そういう昔の時代がありますけれども、それを除いたとしても、戦後すべての県に教育学部ができた。 これはやっぱりそういういろんな長い伝統の中で、例えば私は三重県ですが、三重県は三重県の土壌がある。その中でどうやって子供たちに接していくのかという、そういう歴史的な役割というか、あるいはその地域に根差した教育というふうな立場からの役割というものが全都道府県の教育学部にはあるんだろうと私は思っているんですね。 その辺のことが一体この大学を統合するという段階ではどういう議論をされたのだろうかと。そして、どこの県でもそうですけれども、おじいさんから若い人に至るまで大学の中でつながっていると、また、その大学に夏休みに若い先生たちが行ってみて勉強しようかと、先生といろんな話してみようかというようなことにも様々に使われているという実態がある。そういうふうな問題の議論は大学統合のときにされたんだろうかどうだろうかということがちょっと気になったものですからね。 そこで、一体、教育、教員養成学部という問題の扱いを大学統合の中でどう位置付けておられるんですかということをまずお聞きしたい、こう思うんですよ。
○副大臣(岸田文雄君) 大学の在り方、特に教員養成大学それから教員養成学部、この在り方についての議論でありますが、これにつきましては、文部科学省の中に国立の教員養成系大学・学部の在り方に関する懇談会というのを設けて検討を重ねて、平成十三年十一月に報告書をまとめたところであります。 そして、この報告書の中で、直面する課題といたしまして、近年の少子化の影響を受け教員就職率が低下していること、さらには各教員養成大学・学部が小規模化し、教員組織に余裕がなく、新たな教育課程に積極的に取り組むことが困難となっていること、さらには教員養成を目的としない新課程の増加により教員養成学部の専門学部としての性格があいまいになってきていること、こういった辺りが指摘をされております。こうした点を指摘した上で、現状のままでは十分な対応が教員養成の上でできずに、その教員養成機能が衰退するということが指摘されております。 こうした教員養成機能の重点、充実強化の観念から、観点から、その大学・学部の再編・統合も含めて見直しの必要が指摘されていると、これが今行われている議論の概要でございます。
○山本正和君 今の副大臣のおっしゃったような事柄が私のところにもいただいておりまして、読んでみたんですけれども、確かにそれは大切なことだろうと思うんですね。 それで、私が今質問をいたしましたのは、いわゆる教員養成という学部の持つ意味、あるいはその地域に根差してずっと育ってきたいろんな課程とか、そういうふうなものはこの議論の中に入っておったんですかということをお聞きしたかったわけですけれどもね。
○政府参考人(工藤智規君) 先生今御指摘のように、子供を取り巻く状況あるいは教育を取り巻く状況というのは大変大きな変化をし、結構厳しい対応が求められているところでございます。 そういう中で、もちろん学校の教師だけにすべての責任を転嫁することには無理がありますけれども、逆に、それだからこそ力量ある教員の養成というのが必要とされているわけでございまして、地域の変化あるいは地域との結び付きの大切さなども踏まえながら、いろいろ御議論をさせていただいたところでございます。 その中で、戦前からの師範学校の伝統を引き継ぎながら、各都道府県に教員養成の機能をしっかり行うために、国立の教員養成大学・学部が配置されているわけでございますけれども、残念ながら、少子化の影響もありまして、今、副大臣の方から御答弁申し上げましたように、教員養成機能の行く末が危ぶまれる状況でございまして、それでもっとしっかりしなきゃいけないなということでいろいろ御提言をいただいたわけなんでございます。 その際に、何よりも地域との関係というのはもちろん、養成段階、学生さんが進学する段階でのアクセス数の問題としてもありますし、あるいは現場の先生方との関係での現職教員との接触、あるいは研修等の場としてのアクセスもあるわけでございますが、そういう地域性はもちろんあるわけでございますけれども、だからといってこのまま小規模でそれぞれの都道府県に置いていいだろうかと、もっとこの大切な機能を強化するためにこの際再編・統合を考えて、もっと元気を出していこうじゃないかというのが皆さん方の大方の意見で、こういう再編・統合を考えていこうという結論になったわけでございます。
○山本正和君 今の学生の数の問題もありますが、実はそれの原因を文部省としても承知しておられると思うんですが、教員養成学部を出た学生が、その県の国立の教員養成学部を卒業した学生がその県の教員の採用試験に通る率が全国的にどんどんどんどん低下しているんですね。 なぜ低下しているのかと。これは私なりの調べですが、いわゆる私学の卒業生が教員採用試験の特別講義をやるわけですよ、どこの県の採用試験はどういう傾向の問題だという徹底的に勉強して、それで受けるんです。ところが、国立の方の養成学部はそんなことしませんから、大学で特別教育やりませんから、採用試験の段階で昔と違ってもうどんどんどんどん国立の卒業生が教員の採用試験が駄目になる。 ところが、実際はどういうものを履修しているかといったら、例えば教育心理にしても、いわゆる教育学そのものについての子供とぶつからなきゃいけないような一番基礎教養の部分についての試験問題は極めて少ないんですよね。いわゆる偏差値とは言いませんけれども、そういうふうな傾向の試験がどんどんどんどんどこの県も多くなってきて、学科の方は。しかし、採用試験そのものも直さなきゃいけないということを各県教育委員会も言っているようだけれども、なかなかならない。 なぜ、本当の話、例えば教育心理学の試験をやっている県があるかと私ちょっと聞いてみたら、ないんですよ、どこの県も。児童の心理を知らなくても、偏差値さえできればぽんと教員になれるというふうな、そんなことでいいんだろうかと。要するに、先生となるために必要なことは、子供のことをよく知らなきゃいけない、子供のことをよく知るための教育課程というものが養成大学にはあるんですよね。 そういうふうなことも含めた問題があるにもかかわらず、単に、そうすると、もうどうせ国立のあれに入るよりは、例えば三重県で言いますと、某私学へ行った方が国立大学の三重大学へ入るより教員採用試験合格率高い、そうなっちゃうんですよね、そういうふうにしてきますから。私学というのは経営が主ですから、試験があれば試験に通るように徹底的に特訓をやりますよ。 そういうふうな問題も含めてやらなければ、なぜ今国立大学の教員養成のところに様々な問題が出てくるのかということが分からないんじゃないかと私は心配するんです。 少なくとも、教育学部へ入ろうという子供たちは、学生たちは、将来先生になろうと思って入るわけです。ところが、卒業したときに採用試験が通らないとなると、これは一体どこへ行ったらいいのか。 実際、それじゃ需要と供給の関係はどうか。確かに一時的には先生の数が多過ぎるとかなんとかというふうなこともあって減ったことがありますけれども、今は、今の状況でいくと私は、教員養成大学の数が学生の数とこれからの需要との関係で、今少人数学級の問題も出てきますしね、いろんな要素があるだろうと思うんですね。 そんなことまで含めて議論してもらわなきゃいけないんじゃないかということを心配しているのが一つと、先ほど言ったように、教育というのはその土地に根差して、一つの県に一つの少なくとも小学校の先生や中学の先生が相談に行ける学校があるというのは当たり前だと私は思うんですよ、学部のセンターがね。それをほかのものと同じような発想で勉強するというのはどうかと、こう思う。 教育というのは、正直言って、父親、母親に根差して子供が生まれるんですよね、その土地で育っているわけですよ。その土地に根差したところで先生たちも安心していつでも勉強できるセンターがなくちゃいかぬ。そういうふうなことを忘れて教員の養成課程も他の学部の統合と同じようにしてもらったら、果たしてこれでいいんだろうかというのが気になるものだから、これ、ちょっとこれ見せてもらったんだけれども、どうもそういうふうなことは余りなしに、数値的なもの、理屈は確かに通っているような格好ですよね、これはなるほどなと思うようなことが。 しかし、教育というものを本当に真剣に議論しているんだろうかと。例えば、正直言いますけれども、全国の小中学校の校長会ってある、これの意見をこれは聞かれたんだろうかと、例えばね。そんなことを思うものですから質問したんですが、もしもまだ今からこれについては十分いろんなことも含めて検討していくんだということであるならば、そういうものを含めて検討していただきたいと思うんですが、その辺は大臣いかがですか。
○国務大臣(遠山敦子君) 今のお話、大変説得力のあるお話だとは思いますが、今日の教育をめぐる問題は本当にもう大きく動いております。それはある地域だからこういう教育ということを超えて、かなりいろんな知識、技能も持ち、かついろんな問題に対応し得るそういう信条を持った、そういう優れた能力を持つ教員というものを養成していかなくてはならない、国としての大きな任務があると思っております。 現在のままで、じゃ維持していって本当にいいのかとなりますと、これはやはりこれからの子供たちの数の減少でありますとか、いろんな問題がありまして、むしろそのことを放置することによる問題の大きさというものを今きちんと認識をした上で、先生のおっしゃったような問題はもちろん念頭に置きながら考えていくべき時期ではないかと思っております。 そういうふうなことも念頭に置きまして、懇談会の中には小学校長あるいは中学校長なぞのメンバーにも入っていただいておりますし、今後再編・統合ということについて考えていただきます際に、各大学における検討内容あるいは地元の教育委員会等の関係者の意見も踏まえながら、言わばこれからは大学との共同作業で再編・統合の計画を練っていくという姿勢でおります。 ただ、それは既存のものをただ守っていくということではなくて、大きな大学改革、構造改革をしなくてはならないという国家的な要請及び世界等の大学の改革の動向とも競っていかなくてはならない状況もございますし、大学の構造改革の一環として、しかし優秀な教員の養成機能というものを強化していく、そういう角度を含めて国立の教員養成大学・学部の改革に取り組んでいかなくてはならないというふうに考えているところでございます。
○山本正和君 これは局長にお聞きした方がいいと思うんですけれども、教員採用試験等の問題についての議論はずっとやっておられると思うんですけれども、こういう問題も含めて、これからもずっとお取組になっていくということでよろしゅうございますか。
○政府参考人(工藤智規君) 先ほどの先生の問題提起に補足を含めまして御答弁させていただきますが、もちろん優秀な教師の確保というのは学校現場の子供たちに大変大切なことでございまして、今更私の方から申すまでもなく、そのためには養成、それから採用、研修、各段階でいろんな工夫をしながら、かつ地元の教育委員会等との連携を保ちながら行っていく必要がございます。 そういう中で、この教員養成大学・学部は、主として養成段階と、それから研修、採用後の現職研修にどうかかわるかということで大きな役割を今まで果たしてきているわけでございます。 養成段階で言いますと、先ほど御指摘ございましたけれども、国立の、各都道府県にございます国立の教員養成大学・学部の卒業者の就職率というのは、大体全体の採用者の中で、小学校段階では約六割でございます。公立中学校ではそれが約四割でございまして、これは近年大体同じでございます。格別私学が多くなっているというよりは、全体、少子化の影響もございまして、採用数の絶対数が少なくなっている中で大変厳しい状況でございます。 昨年三月卒業者の国立の教員養成大学・学部卒業者、新卒者の状況について申し上げますと、卒業者約一万五千人でございますが、そのうち教員に採用された方というのは五千五百人、うち正規教員が千九百人余り、臨時的任用教員が三千六百人余りということで、就職率で見ますと、トータルでは三七・八%でございますけれども、正規の採用者数ということでは一三%にすぎないという大変悲惨な状況になってございます。 学生さんたちがせっかく教職を志しながら、かつ免許を取りながら教職の場で働けないという状況について言えば、学生さんのためにも、あるいはその教えた先生方のためにもなかなか元気が出ないことなんでございます。 かつ、先ほど副大臣が申し上げましたことで言えば、それぞれの大学が少子化の影響で正規の教員養成課程を大分縮小してまいりましたので、教員養成課程の規模というのが、百人以下の入学定員の学部が全国の約三分の一ぐらいになってございます。百人から二百人というのが更に三分の一でございまして、割と小ぢんまりやっているじゃないかと言われればそれはそれでいいんですけれども、なかなか元気が出ない規模になってございます。 元気が出ないだけじゃ大変困るのでございまして、これはもっとそれぞれの大学、せっかく先生方も学生方も生き生きと教職を目指して励んでいただきたいということから、先ほどのようなことで一定の方向を出させていただいたところでございます。
○山本正和君 そこで、ちょっとこれは課長がお見えになったときにちょっと話したことがあるんですけれども、今の臨採ですね、要するに偏差値の試験みたいなものだから落ちたけれども、本当は子供が大好きで、それでちゃんと教員養成課程の大学を出たというのがおるわけですよね。 ところが、それが学校現場へ入って、子供が好きになって、一生懸命子供とももぐり合いする臨採の先生、若い先生ですね、その先生たちが翌年受けたら、子供とももぐり合ってやっておると、そういう偏差値教育、十分やっている暇がなかったらまた落ちるんですよ。本当は子供が大好きで、子供と一緒におって、子供からも慕われて、親からも評判のいいのが、いつまでたっても臨採というのが、三年とか五年とかいうのはざらにある。 私は、そんな偏差値教育ぐらい通らぬようなやつが教員になれるかと、こういう具合に言ってしまえばしまいですよ。しかし、正直言うけれども、余り勉強がようできぬでも子供が好きな先生の方が子供にとっては有り難いんですよ、大事なんですよ。 本当にこの先生は、この教員は先生になりたくて一生懸命やっているな、子供とももぐり合っているのを一番よく知っているのは校長なんですよね。校長が本当に、例えば二年も三年も見ておって、これはいいとなった場合は、何とかそれに対して、つまらぬ偏差値ばっかりじゃなしに、何かする方法を考えるとかしていかなければ、私は別に、東大法学部がみんな親のあこがれの的らしいけれども、東大法学部を出た弁護士でつまらぬことばっかり言っているやつもおるしね、テレビに出てうれしそうな顔しているのもおるけれども、そんなことは別ですよね。 要するに、私が思うのは、その仕事を本当に大事にして、愛してやる人が一番大切な世の中にしなきゃいけない。その出発点をまず教育の場からやっていかなきゃと思うんです。本当に先生になりたい、子供と一緒にずっと過ごしたいという者が教員になれるような道を考えることを、これは文部省から命令してということにならぬでしょうけれども、各教育委員会、全部集まって議論等を何とかそういう形で取り組んでいただけないかというふうに私は思うんですけれども。 ですから、教員採用試験の在り方についても、何か今の、私のはちょっと大げさな言い方だけれども、本当に教員になりたい者を何かよく選考するような方法等も含めて、これから文部省として各都道府県と相談しながら御検討をいただきたいと思うんですけれども、その辺はいかがですか。
○政府参考人(工藤智規君) 御指摘のような点は、当懇談会だけではなくて、さきに置かれておりました教育職員養成審議会等の場でもいろいろ御議論されたところでございます。 御案内のとおり、以前は各都道府県の公立学校の教員採用も割と筆記試験重視型だったのでございますが、だんだん面接もかみ合わせたり、あるいは推薦とか、あるいは在学時代等の諸活動、ボランティア活動でございますとかインターンシップでございますとか、いろいろな諸活動を重視したり、さらには年齢も、新卒だけではなくていろいろな年齢層の方々からそういう意味で採用するような、多様な採用に努力されているのは確かでございます。 それで、おっしゃいましたように、何よりも教師になる方というのは子供が好きでなきゃいけませんし、子供の目線でいろいろお考えいただくような接し方が大事なところでございまして、特に国立の教員養成大学・学部は他の学部等と違いまして、附属学校などを活用して大変みっちり教育実習を行っておりまして、必要最低限以上の教育実習といいますか、子供に触れる機会を持ちながら、そこでもちろん子供と接しながら、ごく一部、教職の道をあきらめる方もいらっしゃいますけれども、逆に教育実習を通じてむしろ目覚める、更に意志を強くされる方が多いと承ってございますが、それだけに、優れた教員を養成していながらなかなか教職に就けられない現状というのはお互い大変問題であると思って、その解決も含めて都道府県教育委員会側が相談し、かつ大学側とも相談しながら、もう少し元気が出る道を探ろうじゃないかというのが一つの問題提起なのでございます。
○山本正和君 初中局長もここに座っておいでですから、今の件ひとつ、もしありましたら、ひとつ。
○政府参考人(矢野重典君) 御指摘のとおりでございまして、私ども採用に当たりましては、かねてから人物重視ということを強く指導しておるわけでございます。 その中で、残念ながら実態におきまして採用試験における学力テストのウエートが非常に高いわけでございます。これはそれなりの理由があるわけでございまして、やっぱり採用試験の公平性とか客観性とか、そういうものの要請から、勢い採用試験全体の評価の中における学力試験のウエートが高いという実態があるわけでございます。 そういう状況の中で、私ども人物重視ということを考える場合に、例えば採用試験における学力試験の在り方について、例えば学力試験は、六十点以上を取った者は基本的にはみんな同じ扱いにして、その中で、六十点であろうが八十点であろうが九十点であろうが、いずれにしても六十点以上を取った同じ扱いにして、その中で面接であるとか、あるいは先ほど御指摘ございましたような臨採等における教員体験、あるいは社会人としての体験、そうしたものを総合的に加味しながら、本当の意味での人物重視の採用試験ということを相当口を酸っぱくするような形で各都道府県を指導をしてまいってきているわけでございますけれども、残念ながら実態におきまして、必ずしも私どもの指導というんでしょうか、今先ほど申し上げたような事情の中で十分採用試験の在り方が改善されていないといううらみがあるわけでございますが、これは御指摘のとおりでございますので、私ども引き続きそうした観点で指導してまいりたいと思っております。
○山本正和君 それじゃ、これまた後ほど大学問題、教員問題で申し上げることがあろうかと思います。 今日はひとつ、それ以外にもう一つ、ロースクールの問題をお聞きしたいと思っておりますので御質問いたしますが、実は私も去年の例の九月十一日のテロの大騒動のときにワシントンに国会の視察に行っておりまして、五日間ワシントンに泊まりまして、恐らく国会の視察で五晩も泊まったというのは仲道先生と私と二人ぐらいだと思うんだけれども、そのときにワシントン大学へ行って、そこで、慶応の先生もしておった、その先生が今学長なんですが、大変日本語も流暢で、その先生からいろいろとお話をお聞きして、その後ワシントン大学の、これは法学部です、そこで学んでいる日本人の留学生の諸君からもいろんな話を聞いたんですわ。そうしたら、どうも日本の法学部とは、別に私は日本の法学部、そんなむちゃくちゃに、ぼろくそに言うつもりはないんだけれども、大分違うんですよ、感じが。 ちょっと御紹介いたしますが、日本の大学で先生しておった学長さんが言われるのは、日米の法学教育について二つの点で違うと。アメリカでは日本のように大学で法について勉強したりせず、政治や経済学で学ぶことと違うが、一番大きな違い方は教え方であると。日本は法について習い、暗記するのに対し、アメリカでは卒業してから法律事務所等で具体的訓練をすればよいと考え、分析力が強調されると、大学においては、大学教育は、ロースクールでは特に。 そして、今度は留学生の諸君の意見、こう言うんですよね。アメリカで勉強したいといって来たと。そしたら、アメリカでは条文を読んで理解するのではなく、自分の頭で考え、意見を述べるところが違うと。それからもう一つは、予習が大変で、判例を読んだり設問を考えたりするのに授業時間の三倍かかると。それぐらい勉強するというんですよね。日本の東大法学部は、三倍も勉強するというのは余り僕聞いたことないんだけれども、ちょっと東大の法学部の卒業生おったらごめんなさいね。だけれども、まあそういうことを言っておりますが。また、アメリカでは先生は答えを言ってくれないという、答えを言ってくれないんです、先生が。法律を学ぶには社会経験があった方がいい、こういって勉強しているんですよね。 ところが、日本の東京大学法学部というのは、我々の時代もそうですけれども、もうとにかく日本で一番よう勉強する頭のいいやつが入るんだと、こういうふうな格好で、ところがそれが商売になってしまって、受験勉強の塾がどんとはやって、予備校がどっと発達して、そしてその受験産業と称せられるやつがもう十兆円超えたというんでしょう、かつて。 こういうばかな国に今なっていると、大学制度が。大学が学ぶところじゃなしに卒業さえすればいいという学校になってしまっている。それは、学んでいる人もいますよ、一生懸命やっている人もたくさんおると思うし、大学の先生、学者ですばらしい先生もたくさん、今日は有馬先生始めすばらしい先生がたくさんお見えになるけれども、だけれども実は大学というところは勉強するところじゃなしに卒業するところになってしまっている。ここをたたき直さぬことには、どんなことを言っても日本の国の教育は私はよくならぬと思うんですよね。勉強したくない者はもう大学へ来るなと言ってというぐらいのことは全然せぬ。 それには、まず一番根っこの法学部を模範的にやっていただきたいと思うんですよ、法学部を。ロースクールを、文部省からちょっと資料もいただいて考えてみましたけれども、そんなことも含めての議論をおやりになっているのかどうなのか、その辺ちょっとお聞きしたいんですが。
○国務大臣(遠山敦子君) 法科大学院構想は、むしろ日本の法曹の制度、これが持っている問題点を前提にしているとは思います。しかし、今、委員御指摘の点は私も大変重要な点だと思っておりまして、言わば日本の戦後の、戦前もそうでございますけれども、大学教育の典型的な、何といいますか、弱点といいますか、欠点を持っているのがそういうスタイルのこれまでの大学教育であったと思います。特に、理工系は私はかなりきちんとしたカリキュラムに基づいてやっていただいていると思いたいのでございますが、人文・社会科学系では必ずしもそうでない分野もございます。もちろん、学校によっても違いますが。 法律の場合は、特に法体系が、成文法による日本ないしヨーロッパの法体系と、それからアメリカのように判例法中心で、むしろケースに応じていろいろと考えていくということが前提となっている、そういう法体系の実態の差はございますけれども、勉強量でありますとか、実際的に分析をして、そして理論付け、それをきちっと表現をしてディベートできる、そういう能力の養成という面では日本の法学教育というのはなかなか問題であったというふうに思っております。 そういうふうなバックもあって、日本の法曹ですね、司法官ないし弁護士、検事の方々、そういう方々の持っている問題点、それは質の問題、様々言われております。それからまた、そういうバックでありながら、司法試験を通ればその人たちの身分というもの、あるいはそういう人たちの活躍の場というものを確保するためもあるのでしょうか、数量的に十分ではない。そうしますと、事件の解決の遅延でありますとか、いろんな問題点があると。 そういうことをバックにして、今、法科大学院構想というものが練られているところでございまして、私どもとしては、もちろん法曹の、優れた法曹を量的質的に確保していくという面ももちろんのこと、日本の大学教育の在り方についての一つの刺激剤にもなるということで、このロースクール構想についてきちんと対応していかなくてはならないと考えております。
○山本正和君 そこで、ちょっとこれ、文部省の方からいただいたんですが、ロースクールのことについていろいろ書いてありまして、何というか、法理論教育は中心としつつも実務教育の導入部分を併せて実施する、あるいは他の大学からでも入れるようにする、いや、他の学部ですね、法学部以外の方からも入れるようにする。こういうふうなことが書いてずっとありまして、なかなかこれはこれで随分議論された内容だろうというふうに思うんですが、私がここでお聞きしておきたいのは、これ、何か限定した格好になっているんですよね、他の学部から入るやつは。これ、他の学部の、少人数に限定してあって、オープンじゃないんです、要するに簡単に言いますと。大体法学部出た者がロースクールに入るというのが普通であって、それ以外のことも少し考えると、こうなっているんですよね。 ところが、本当は、ほかの学部出た者でも、例えば一年なら一年の何か与えれば中に入ってやれるんじゃないかと私は思うんですよね。いわゆるロースクールというのは大学の上に置くわけですからね。大学の上に置くわけですからね。そんなことも含めてもっと、いわゆる社会的経験した者が、よし、おれは法律家になろうと思う人が年取ってからでも入れるというふうな形に本来はすべきでないかというふうに思うんですけれども、その辺のことについて、今後また検討されていかれるのかどうかだけお聞きしまして、そして何といいましょうか、まだ十分でないんなら十分でないで結構ですけれども、その辺だけちょっとお聞きしておきたいと思いますが。
○政府参考人(工藤智規君) 御指摘の法科大学院構想につきましては、私どもが独自にというよりは、今回の司法制度の大改革の在り方について、平成十一年七月以来、司法制度改革審議会で大変綿密な御議論いただきまして、十三年六月に最終意見がまとめられたところでございます。 そこで、いわゆる司法試験による点の選抜からもう少しプロセスでの養成をしていこうじゃないかという中で法科大学院、しっかりしたものを作らなきゃいけないという御提言がありまして、しかもその法科大学院のイメージは、入学者が法学部卒だけではなくて、広く社会に開かれて、今御指摘のような方々もたくさん入れるような仕組みにすべきだという御提言を受けまして、私ども関係の中教審の大学院部会の方で御議論いただいているところでございます。もちろん、門戸を開きながらいろんな方々に法曹に飛び込んでいただけるようなためのチャンスを与え、かつしっかりした養成をするような、そういう大学院、法科大学院になりますように今後とも審議を深めてまいりたいと思います。
○山本正和君 じゃ、また明日ございますので、よろしくお願いいたします。 どうもありがとうございました。
○委員長(橋本聖子君) 本日の調査はこの程度といたします。 次回は明日二十日午後一時から開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午後四時二十六分散会