文教科学委員会 第5号
- 発言数
- 229 件
- 登壇者
- 18 名
- 会派数
- 7
- 開催日
- 2001/03/27
会議録
○委員長(市川一朗君) ただいまから文教科学委員会を開会いたします。 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(閣法第二〇号)及び公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(参第一五号)の審査のため、外務大臣官房参事官城田安紀夫君、外務省経済協力局長西田恒夫君、文部科学省生涯学習政策局長近藤信司君、文部科学省初等中等教育局長矢野重典君、文部科学省高等教育局長工藤智規君、文部科学省高等教育局私学部長石川明君及び文化庁次長銭谷眞美君を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(市川一朗君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ─────────────
○委員長(市川一朗君) 次に、参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(閣法第二〇号)及び公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(参第一五号)の審査のため、来る二十九日、参考人の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(市川一朗君) 御異議ないと認めます。 なお、その人選等につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(市川一朗君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ─────────────
○委員長(市川一朗君) 公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(閣法第二〇号)及び公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(参第一五号)の両案を一括して議題といたします。 質疑のある方は順次御発言願います。
○阿南一成君 おはようございます。自由民主党の阿南一成であります。 本日議題となっております公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案につきまして、教職員定数改善計画に係る問題を踏まえ、幾つかの質問をさせていただきます。さらに、私から若干の意見を申し述べさせていただきたいと思いますので、町村大臣の率直な御見識、御見解を賜れば幸いであります。 来年度から始まる教職員定数の改善において、主な特徴としては学級のとらえ方を大きく変えたということが挙げられるであろうと私は考えております。明治以来、学級は授業を行う学習集団としての役割と同時に、人間関係や規律の形成を図る生活集団としての役割を果たしてきたと考えております。それが、来年度からの改善計画では、こうした学級概念を転換いたしまして、学級を主として生活集団として位置づける。そうして、学習集団は児童生徒の状況などに応じて学級にとらわれない少人数グループに分けて編制をする。そうして、担任以外の複数の先生からも丁寧に教えていただくということになると思います。したがいまして、今後は子供の学習の習熟度に応じた学習指導が推進されることになろう。大変結構なことだと思っておる次第であります。 先般、第百五十回の国会、当委員会におきまして、私は、新学習指導要領の実施に伴う学習内容が大幅に削減されることにつきまして、週休二日制等あるとは思いますが、憂慮の念を申し述べ、当局が推進されようとしているゆとりある教育の問題について若干の意見を申し上げたところであります。 その際にも申し上げたのでありますが、本来、学校は私は勉強をするところである、知識の伝達は学校の大きな役割であるというふうに認識をいたしております。ゆとりという耳ざわりのよい言葉のもとに画一的に学習内容が削減されるようなことがあってはならない、勉強を否定するような空気を助長するようなことがあってはならない、児童生徒の学習意欲に応じてきめ細かく指導を行い、知識を一つでも多く授けることが本来学校のあるべき姿であるというふうに考えておる者の一人であります。 しかし、現在の学校を見ますと、画一的な学級の中で違いを認めないという戦後教育のある意味での弊害が出ておりまして、理解の早い子供の足を引っ張ることにもなっておるというのが現状であろうと思うのであります。本来、学校は勉強するところ、学力水準の向上、充実、ひいては文部科学省としてはそれが責務であるというふうに私は前回の質疑でも申し上げました。学歴、受験、偏差値などを声高に取り上げて、勉学に対する一切のものにマイナスイメージを与えて、ゆとりの名のもとに勉学を否定するような空気が少しでもにじむということに対しては私は反対であるということであります。 そこで、まず初めに、これまで行われてきたゆとりある教育に対する評価を踏まえ、今回の法改正の趣旨を伺いたい。大臣はゆとりというものに対してどのようなお考えを持っておられるのか、率直な見解を伺わせていただきたいと思います。
○国務大臣(町村信孝君) 阿南委員にお答えをいたします。若干私見にわたる部分があるかもしれませんが、お許しをいただきたいと存じます。 文部科学省では、ゆとりの中で充実した学校生活を送れるようにということで、学習指導要領は昭和五十二年からそういう方向で逐次指導要領を改訂をしてくるということでやってまいりました。その中で、これはもとより勉強を否定するという意味でないことは当然のことなんでありますけれども、ややもすると、ゆとりと緩みがごっちゃになりまして、きっちりと基礎、基本を身につけなくても、それもゆとりのうちでいいんだと、誤った受けとめられ方をしてきた面が率直に言ってあるんだろうと、こう思っております。 ただ、私が考えますのは、たまたまこれは前の文部大臣のとき、ある学校現場に行きましたら、衆議院は三百の小選挙区と二百の比例の選挙区があって、この三百、二百、五百というのはよく試験に出るから覚えるんだよと一生懸命先生が力説しているんですね。こんなことを覚えなくていいと私は率直に言って思ったんです。そんなの、だって現実に二百が百八十にもう変わっているわけですよね。事ほどさように、そんなことで、ある瞬間覚えていても一年二年たてばそんなのすぐ陳腐化してしまうような、そんな知識を断片的に頭の中に暗記させること、私はそれは別に学力でも何でもないと思っております。 そういう意味で、余り細々したことを頭にたたき込む、それも基礎、基本にかかわる部分は必要だと思いますが、そういうちょっと瑣末な部分が多いという意味で私は学習指導要領を少しく簡素化し、大綱化するということはそれはそれで間違っていなかったと思います。 ただ、現実どういう、皆さんが学力低下ということをその結果大変心配をしておられます。いろいろな調査があるのでありますが、国際比較をしてみると、あるいは同じような質問で過去と最近のを比べてみると、そんなに著しく下がっているということではないという統計もあります。いや、そうでないというまた調査結果も最近の新聞などには出ておりますが。 しかし、問題は、やっぱり数学とか理科が、わかっているけれども嫌いだとか、そういう職業につきたくないという比率が日本は非常に高いという問題、あるいは平成十年に文部省がやった学校教育に関する意識調査では、授業がよくわかる、大体わかるという子供の比率が小学校で七割、中学校で五割、高校で三割という、いわゆる七五三と言われる、ある意味では恐るべき現象がやっぱりあるのだろうと思います。 したがって、私ども今回の学習指導要領、そして今回の法律改正の中で、やはり子供の一人一人に着目してきめ細やかに指導をしていく、そしてきっちりと基礎、基本はもう確実に身につける。そしてその上に立って、学習指導要領というのは、今回改めてその性格を明確にさせてもらいましたが、それは要するに最低限の基準だと。それから超えて早くどんどん進みたい、理解できる子供には、小学校三年ならば三年を超えて四年、五年、中学、やりたければそれはどんどんやらせて構わないのであって、三年生だからこれしかやってはいけないという、別に上限を定めたものでも何でもないわけであります。 そこがまさに個に応じた指導というのをこれから可能にしていくということの大切さではないだろうか、こう思っておりまして、そういう意味から、今回の法律改正もできるだけ個に応じた指導ができるようにということで、少人数指導といったようなこと、あるいは基礎学力の向上、きめ細やかな学習指導の充実を図ろうという今回の法改正に考え方として結びついているというふうに御理解をいただければありがたいと思います。
○阿南一成君 ありがとうございました。 それで、せっかくひな壇というか答弁席に教育のスペシャリストの本岡先生初めいらっしゃるので、野党提案の質問に対してもぜひ時間を割きたいと思いますので、質問通告の二番、三番はもし後ほど時間があればさせていただくということで、四番に入らせていただきます。 今回の改正におけるもう一つの特徴でありますが、学級編制基準の弾力化ということがうたわれております。公立の義務教育諸学校の学級編制、教職員定数を定めるいわゆる義務標準法の目的は、公立の小中学校に係る学級編制及び教職員定数の標準を定め、憲法が保障する教育の機会均等と一定の教育水準の維持向上を図ることであろうと思います。また、設置者である市町村間の財政力の違いによりまして教育の機会均等が損なわれることがないよう、教職員給与費を都道府県が負担し、その二分の一を国庫負担する際の算定基礎を法律によって明確に定めるという性格もあろうかと理解をいたしております。 そこで具体的に、義務標準法の第三条第二項を見ますと、国が定めた標準に基づいて各都道府県の教育委員会が学級編制の基準を定めることとなっており、従来都道府県が定める基準は国が定める標準と同一のものというふうに理解をしてきております。それが今回加えられましたただし書きによりまして、各教育委員会が特に必要があると認める場合、国が定める標準を下回る数、具体的には一学級四十人以下となる基準を定めることができるというふうに規定をされたと理解をいたしました。 義務標準法の制定時の国会における議論を振り返ってみますと、昭和三十三年四月十六日の衆議院文教委員会におきまして、この標準と基準のそれぞれの法的意味につきまして当時の櫻井委員がただしたのに対し、当時の内藤初等中等教育局長は、標準も基準も同じである旨の答弁をしております。 従来は、この答弁のとおり、国が定める標準と地方教育委員会が定める基準は同一のものと解されてきたと私は理解をしておるのでありますが、今回の改正により、当局は標準と基準について法的な意味合いに違いをつけることになるのかどうか。この点について大臣の見解をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(町村信孝君) 委員おっしゃるとおり、昭和三十三年の衆議院文教委員会で政府の方は、「実体は標準と申しましても基準と申しましても中身が同じだ」というような政府委員答弁が確かにございます。実際、今までもこれでずっとやってきたのもまた事実でございます。 今回、法律改正によりまして、国の標準に従って各都道府県においては基準を定めるというその制度の基本は変えていないわけでございますけれども、都道府県教育委員会の判断によって、児童生徒の実態を考慮して特に必要があると認める場合は、国の標準により定められる一学級の児童または生徒の数を下回る数を特例的な基準として定めることを可能にするということで、昭和三十三年以来一貫してやってきたものと今回はそういう意味では違いができてくるということになるわけでございます。 今、委員、地方自治体の財政力等でそれでは差がつくではないかというような御懸念も示されたわけでございます。一応、国が定める標準においては、そういう意味では全国機会均等ということで変わりがないというところは国でもちゃんと担保しているということであろうと思いますが、そこから先は各自治体の判断、例えば百というお金があって、それをある県ではより多く教育に回そう、ある県ではより多く福祉に回そう、ある県ではより多く例えば公共事業に回そうという、そういうまさに地方自治の本旨にのっとって、それぞれの自治体での判断でそこをどう配分していくかという判断はあろうかと思います。また、当然そこには教育の実態というものも反映されなければならないだろう。 そういう意味で、私は、最低限といいましょうか、全国一律の標準は標準として、そこから先はまさに自治体それぞれの判断によってばらつきが出るということは私はあって構わないし、それがまさに地方自治、地方分権というものではないだろうかと、かように考えております。
○阿南一成君 そうしますと、今回の改正によって各都道府県の教育委員会は独自に学級編制の基準を定めることができるということになると思うのでありますが、それはそれとして私はいい面もあると思います。学級崩壊などの問題が起きている地域や学校の実態に応じて弾力的な対応が可能になるということではいいんではなかろうかと考えております。 ただ、ここで確認をしておきたいことでありますが、仮に都道府県の教育委員会がこの改正法に基づいて国で定める標準を下回る数を学級編制の基準として定め、当該都道府県内の学校を一斉に四十人以下の学級にした場合、今、大臣がおっしゃられたように、各都道府県間の格差が生じるのかなというふうに思います。またさらに、現実には難しいことかもしれませんが、各都道府県内の各地域別、また学校別に学級編制基準を定めることが理論上では可能だと思うのであります。そうであるとすれば、その場合には地域、学校間の格差が生じることにもなりはしないかという懸念を持ちます。 極端な例ではありますけれども、このような場合において、義務標準法の目的とする義務教育の水準の維持向上、教育の機会均等の実質的な保障との関係をどのように考えておられるか。国は教育の機会均等と一定の教育水準を実質的に確保する責任があると私は考えます。 今回の改正により、学級編制基準の弾力化はあくまでも特例であり、国は教育の水準維持に対してしっかりと責任を持つということを確認させていただきたいのであります。また、各都道府県の判断により、学級編制基準を弾力化して国の定める標準以下の数字を基準とした場合、それに係る教員増加分の給与費は国庫負担の対象外となるのではないかなというふうに思うわけであります。 そういたしますと、各都道府県の財政力の違いにより、財政的に余裕のある県は国の標準を弾力化して手厚く教師を配置し、そうでないところは弾力化することができないということで手厚く配置ができない。こういうことになりますと、やはり若干の心配を持つわけでありますが、この辺に対する見解をお示しいただければと思います。
○国務大臣(町村信孝君) 今、委員おっしゃった国が果たすべき役割といいましょうか、すべての都道府県、市町村に標準として、ここはやっぱり国がミニマムリクワイアメントといいましょうか、必ず達成してもらいたいというのは、まさに標準としてこれはお示しをするわけであります。それが例えば一学級四十人とか事務職員の場合は何人とか、そういうことになってくるわけでありますが、それを下回ってというか上回って例えばうちの県は五十人にするとか六十人にするということは、これは許されないことであろうと、要するに国が必要と思う部分をそれでは下回ってしまいますから。ただ、それを超えて、よりよい環境といいましょうかを各都道府県が今回の法律に基づきまして特に必要と認める場合、それはどうぞやっても構いません、それはまさに各自治体の御判断であろうと。 ただ、国としては、まず一定の予算の、二分の一国庫負担の総枠があります。したがいまして、その総枠の範囲内でいろいろ工夫をして各都道府県に割り当てられた枠の中でいろいろなやりくりの結果、特例的にやる部分が出てくれば、それはそれで構わないわけであります。 ただ、一応各都道府県に配分をしたものをさらに超えて、より手厚く、例えば一斉に十人学級にしてしまおうとなると、膨大な今度は先生の数が、仮定のケースですが必要になってまいります。それは各自治体の御判断でありますから、必要なそこに要する経費というものはそれは各自治体でお持ちをいただきたいということになります。あくまでも国が持つのは全体の標準とプラス今回加配をする部分の中での自治体の中でのやりとりはそれはどうぞ御自由にというか、やってくださって結構ですと、特に必要がある場合はということになるわけでありましょう。 そのときに、じゃ自治体の豊かさといいましょうか、によって差が出てくるではないかというお話がありました。確かにそういう面が絶対ないとは私もあえて申し上げませんけれども、しかしそれはどこの自治体も今は大なり小なり苦しい状態。そしてその中で、さっき申し上げましたように、我が県としては、我が市町村としては特にどこに資源配分をしていくのか、公共事業なのか、福祉なのか、教育なのか、その他の分野なのか。それはまさにそれぞれの自治体の判断がむしろあってしかるべきであって、それがまさに地方分権、地方自治というものは私はそういうものなんだろうと思うんです。 限られたそう豊かではない都道府県財政の中で、なおかつ我が県はどこに重点を置くのかということはそれぞれの県によって違いがあっていいのであって、そこのばらつきがあっては一切いけないというのは、私はむしろ中央集権的な発想になる。中央集権的というか国が最低限やるのはさっき申し上げましたあくまでも標準で示した部分で十分なのではないんだろうかと、こう思っているわけであります。
○阿南一成君 次に移ります。 義務教育費国庫負担制度について若干の質疑をしておきたいと思います。 義務教育を支える車の両輪として義務標準法とともにいま一つ義務教育費国庫負担法があるわけでありますが、学校教育法第五条により、公立小中学校の設置者である市町村が運営に要する経費を負担することが原則とされております。この原則のとおりでは市町村間の財政力の格差がそのまま教職員の給与等に反映をされる、市町村によっては教職員の確保が困難な状況も出てくる場合もあるということで、義務教育の根幹を揺るがすことにもなりかねないというふうに思っておるところであります。 したがって、市町村よりも財政力基盤のある都道府県が教職員給与を負担することとして、すべての児童生徒に義務教育を保障し全国的な教育水準の維持向上を図る、我が国の義務教育を支えるべく国と地方の役割分担を形成しておったのが今日までの現状であったというふうに判断をしております。 ところが、昨今、地方分権の推進という流れから機関委任事務の廃止などさまざまな改革が行われてきております。特に、昨年十二月に閣議決定をされました行政改革大綱の中では「国庫補助負担金の整理合理化」と題しまして、地方分権推進計画を踏まえ、聖域のない見直し、整理合理化という一文が盛り込まれております。 この閣議決定によって国庫負担金が一律に整理合理化がなされるとは私は思いませんけれども、義務教育費国庫負担制度は、国が一定の教育水準を維持、確保することを目的とする重要な制度であると私は認識をしておりますので、整理合理化の対象にはなり得ないと考えておるわけでありますが、念のために大臣の御見解もお伺いをしておきたいと思います。 また、財政面も含め義務教育に係る国と地方の役割分担について、大臣の基本的な認識をあわせてお伺いしたいと思います。
○国務大臣(町村信孝君) 委員御指摘のように、確かに平成十二年十二月一日閣議決定、行政改革大綱、その中で、今お話しあったように、聖域なく見直しを行い、その整理合理化を推進するという形で国庫補助負担金についての方針が示されているわけでございますが、いわばその前提として平成十年五月二十九日閣議決定されました地方分権推進計画というのがございます。その中に同じように国庫補助負担金整理合理化の基本的な考え方という部分がございまして、そこには「国が一定水準を確保することに責任を持つべき行政分野に関して負担する経常的国庫負担金については」、中略いたしまして、「その対象を」「義務教育等の真に国が義務的に負担を行うべきと考えられる分野に限定していくこととする。」という形で、義務教育等という形で限定がここではっきり書かれております。 そういう意味で、私は、今、委員御指摘のように、人件費等の二分の一国庫負担というものはまさに全国的な教育水準の維持向上の根幹である、そういう意味で私はこれからもこの方針、この考え方、この法律を堅持をしていこうと、こう思っているところでございます。
○阿南一成君 ありがとうございました。 次に、義務教育費国庫負担金に関して気になるところがありますので、もう少しお尋ねをしておきたいと思います。 それは財政制度審議会の報告の中で、国と地方の役割分担のあり方の観点から国庫負担の対象等について見直しを行うことが必要である旨の記述がこれまでたびたびなされております。 行財政改革の中で昭和六十年以降、対象費目の見直しが次々と行われました。例えば、旅費、教材費、恩給費、共済費が国庫負担の対象から外れ一般財源化をしております。このような流れの中で、次は学校事務職員、栄養職員の給与費が適用対象外となるのではないかという心配があり、毎年、私のところにも、予算の時期になりますと、非常に多くの関係者の方々からの御意見、陳情が寄せられております。 そこで、来年度から、教職員定数改善計画のもとになった調査研究協力者会議の報告の中では、学校栄養職員、事務職員など学校内の専門的人材を教育活動に積極的に活用するという一項目が入っております。事務職員、栄養職員は教師と一体となって学校を運営する基幹的な職員であると私は認識をしておるわけであります。 このような経緯もありまして、これまでも事務職員、栄養職員に係る国庫負担の対象外問題については国会で何度となく過去も取り上げられております。その際は、その時々の文部大臣がその都度、堅持をする、絶対に外すことのできない職種であるという前向きの答弁をなさっておるわけであります。今後も事務職員、栄養職員は国庫負担制度の対象から外さない、堅持するという大臣の強い御決意をいただければというふうに思うところであります。
○国務大臣(町村信孝君) 今、阿南委員御指摘のとおり、過去累次にわたりまして、旅費とか恩給費とか共済費の追加費用等、これらについて昭和六十年以降一般財源化をしてきたのは事実でございます。そして、いよいよ残っております国庫負担対象経費は給料とか諸手当とか共済費の長期給付等、そして負担対象になっておりますのは校長、教頭、教諭等、養護教諭等、事務職員、学校栄養職員ということで、極めて限定をされた姿になってきております。 今、特に委員お話しのあった学校の事務職員あるいは栄養職員、これらなくして学校が成り立たないわけであります。そういう意味で基幹的な人材であるというふうに私どもも考えております。特に、学校栄養職員などはこれを栄養教諭にしてはどうかという強い声があることも私どもよく承知をしておりまして、その面についての今検討も始まったところでございますけれども、いずれにしても、基幹的な職員であるという認識は、これは多分何代文部大臣、文部科学大臣がかわっても将来にわたっても変わらない部分であろうと、こう考えますので、私はこうした基幹職員に対する国庫負担をこれからもしっかりと堅持、維持してまいりたいと、かように考えております。
○阿南一成君 大変力強い御答弁をちょうだいいたしました。ありがとうございました。 学校事務職員について、さらにもう一点だけお尋ねをしておきたいと思います。 平成十年九月の中央教育審議会答申、「今後の地方教育行政の在り方について」を受けまして、平成十二年五月の教職員配置の在り方等に関する調査研究協力者会議報告、「今後の学級編制及び教職員配置について」の中で指摘をされておるわけでありますが、今後ますます学校事務職員の果たす役割はただいま大臣御答弁いただきましたように重要になってくるということがうたわれております。これからの学校運営は、校長先生を中心とした学校自治の裁量権の拡大を図り、そしてまた、学校事務の共同実施を進めていくべき方向にあるのではないかというふうに愚考する次第であります。 その場合に、学校において事務職員の適正な配置が重要な課題となってくると考えられるのでありますが、今回の定数改善計画では、学校事務職員についてはどのような改善が図られることになるのであろうかという点をお伺いしておきたいと思います。 あわせて、仮に学校事務の共同実施が可能な地域においては、その拠点校に例えば事務長または事務主任といった職を置くことが学校事務の円滑な推進により機能するのではないかと考えておるのでありますが、少し細かい話でありますが、政府参考人の答弁を求めます。
○政府参考人(矢野重典君) 今回の定数改善計画では、義務教育諸学校につきましては、新しい指導要領に基づく多様な教育活動の実施に対応した事務処理でございますとか、教育の情報化を推進する地域の拠点校等への定数配置を中心といたしまして、五年間で七百二十六人の改善を盛り込んでいるところでございます。 現在、学校教育法施行規則によりまして、高等学校、盲・聾・養護学校におきましては、事務長を置くものとするということとされているところでございますが、小中学校につきましては、事務主任を置くことができるというふうにされているところでございます。 そこで、小中学校につきましても事務主任あるいは事務長を必置のものと制度化するという御提言があるわけでございますけれども、現状におきましては、大部分の公立小中学校において事務職員が一人程度しか配置されていないという現状がございますし、また事務の共同処理もほとんど現状におきましては行われていないという実態があるわけでございますので、こういう状況におきましては、事務主任等の必置については現段階においては難しい面があるというふうに私どもは考えているところでございます。 しかし、今後、学校の裁量権限の拡大等に伴いまして学校の事務の増加が予想されますわけでございますので、学校の事務職員の専門性をより高め、そして事務処理の効率化、集中化を図り、事務の共同処理を推進する必要があると考えているところでございまして、このため、文部科学省では、既に平成十一年度から、学校事務の共同実施等事務処理の効率化につきまして都道府県教育委員会に調査研究事業を実施していただいているところでございます。また、先ほど申し上げましたように、今回の定数改善計画におきましては、義務教育諸学校につきまして地域の拠点校等に定数措置をいたすこととしているところでございます。 今後、これらの調査研究事業の成果やあるいは各市町村における学校事務の共同実施の導入の状況等を踏まえて、小中学校における事務長や事務主任に関する御提言がございました制度の改善について検討してまいりたいと考えているところでございます。
○阿南一成君 前向きの御答弁をちょうだいして、ありがとうございました。 次に、質問通告しております九番目については、後ほど時間が余れば、余ればというか、大事な問題ではあるのでありますが、やらせていただくことにいたしまして、通告の十番目に入ります。 学校の役割、特に私学の役割についてお伺いをいたしておきたいと思います。 戦後、焼け野原からの復興を遂げて、今ある我が国の繁栄の基礎を形づくってきたのはまさに日本の教育、なかんずくその中心の学校であると私は考えております。戦後、学校は高度経済成長を担う人材の量産に努め、大きな役割を果たしてきたのであります。しかし、二十一世紀を迎えた今日、教育の意味、学校の役割は変わりつつあります。情報化、国際化が進展し社会が成熟する中では、これまでのような画一的な人材の量産よりも、むしろ個々の個性を伸ばし多様な人材を育成することが求められていると考えるのであります。つまり、画一の時代から個の時代へと変化をしつつあります。 さらに、昨今、家庭や地域の教育力が低下をいたしました。戦後の教育の中で失われてきた公徳心あるいは規範意識というものを学校においてもしっかりと身につけさせることが必要であるというふうに思うところであります。学校に対する期待、役割はますます大きくなっておると思うのであります。 これまでの戦後の学校における民主主義教育、すばらしいものも多々あるわけでありますが、やや平等を強調し過ぎてきたというところもあると思います。しかし、これからの学校においては、規範意識などの基盤を育成し、その上で個々の子供たちの資質が十分に伸びていくような教育システムを確立すべきであろうかと思うのであります。 奉仕活動などの体験活動の充実、教育改革の具体的な取り組みが今後行われなければなりませんが、教育改革を断行するためには社会全体で取り組んでいく必要があろうかと思います。もちろん改革には摩擦も伴うわけでありますけれども、国民の合意の形成が簡単ではないとして決断を先延ばしにすることはできないと考えるのです。勇気を持って国民に理解を求めて説得し、国民を先導するのが政治家、政治の責務であろうと思っております。 大臣は、これからの学校の役割をどのようにお考えになり、政治家としてどのように学校教育を形づくっていくか、率直な御見解を賜れば幸いであります。 さらに、これからの個性化の時代において、建学の精神に基づいて特色ある教育を行う私学は、義務教育段階においても重要な役割を果たし、新しい風を吹き込むのではないかと私は考えております。 そこで、現在はまだ恐らく制定されていないと思うのでありますが、小学校、中学校に係る設置基準を明確化し、義務教育段階における私立学校を設置しやすいようにすることがよいのではないかというふうに愚考するところでありますが、大臣のお考えをお聞かせいただきたい。あわせて、義務教育段階における私学の役割について大臣はどのように考えておるのかも御答弁をいただければと思います。 また、経常費に占める国庫補助金の割合は幼稚園から高等学校までは四%程度であります。また、地方交付税まで含めても三〇%程度となっております。義務教育段階である小学校、中学校に限りますと、その割合がどの程度になっておるのでありましょうか。 私は、学校教育の一端を担う私学、特に義務教育段階における私学の助成についても見直す必要があるのではないかと考えておりますが、今後の私学教育のあり方全体について大臣の御所見を賜ればと思うところであります。
○国務大臣(町村信孝君) 学校の果たす役割、時代時代によって確かに大きく変わってくるんだろうと思います。ただ、変われるものと変わらないものもあるんだろうなと、こう思っております。 学校にどういうことを期待するのか。一つは、やはり先人の築き上げた知識あるいは知恵、そうしたものをしっかり次の世代に伝えていくという部分があるんだろうと思います。 それと同時に、やっぱり一つの場としての学校を考えたときに、知識の伝達だけなら場合によっては、ある部分だけをとれば、インターネットで個別学習をやっていけばある程度のことはできるようになるかもしれません。ますますインターネットが進めば、言うならば個人教授的な感じでプログラムに従ってインターネットでどんどん勉強していくということがだんだん私は広がってくるんだろうと思います。 じゃ、インターネットでもう全部学校は要らなくなるのかと。やっぱりそうではないんだろうと思います。やはりそこには先生というものがあり友達というものがあり、また大勢の人たちがかかわりを持ってでき上がっている学校という場でありますから、そこでのやはり切磋琢磨とかディベートをするとか、なかなかインターネット、まあ将来コンピューターがうんと進んでくればディベートもできるのかもしれませんが、ディベートはなかなか、やっぱり学校という場でしかできないだろうと。 やっぱり先生から見て、この子にはこういうすぐれた能力があるからそれを引き出していこうという、潜在能力を大いに開花をしていくといったような、そういう多面的な部分があるんだろうなと思います。 それから、やはり一人で家にこもっていてできないのは、多分、先ほど委員から御指摘のあったいろいろな体験活動、奉仕活動等、あるいは道徳教育などで、心の豊かさというものをはぐくんでいくというようなこともやはりこれからの学校の中では引き続き、あるいはこれからますます重要になっていくんじゃないのかなと、こう思ったりしております。 ただ、昨今、よく若いお父さん、お母さんが、保護者の方が、うちの子供は何にもしつけていないから先生しっかりしつけてちょうだいねと言って子供を学校に連れてくると。見ると、本当にしつけていないなと。しかし、社会の、どう言うんでしょうか、極めて人間として基礎的な部分はやっぱり小学校とか幼稚園に入る前にはしっかりと家庭でやっておいてもらいたいと、ここまで、のどまで出るんだけれども、現実の子供を見ると言えなくて大変悩む先生方もいらっしゃるようであります。 やはり私は、だからといって何からかにまで全部学校に期待をし過ぎるというのもまた行き過ぎであって、やはり家庭は家庭で、確かに家庭のしつけなどというものも最近とんと言われなくなってきておりますけれども、やっぱり私は家庭の教育力をいかに向上させていくのか、若いお父さん、お母さんたちにどうやって子供を育てるということを考えながらやってもらうのかということは大変重要な課題であって、何でも、そこまで、しつけまで全部学校というのは、私はある意味では求め過ぎではないのかなという部分もあろうかと思います。 したがって、家庭教育手帳、家庭教育ノートを、母子保健と一緒に手帳を渡して、あるいはこれからは子育て講座などもやって、やっぱり子育てを、特に妊娠をした瞬間から子供に対する教育が始まるという意味での家庭教育が非常に重要だし、また、家庭以外の面でも、例えば地域社会における教育というものもだんだんまた今見直されつつあると思います。 そういう意味で、すべてを学校に頼ってはやっぱりいけないんだろうと思ったりもします。しかし、学校の果たすべき重要な役割というのはこれからも、先ほど申し上げたような面で多々あるというふうに思っております。 それから、私学のお話がございました。 現実、今、私立の小学校に通っている生徒さんは〇・九%、私立の中学校に通っているお子さんが五・七%ということで、確かにその比率は大変少のうございます。子供の数が今減っている中でありますから、私はこういう状況の中でどんどん私立の小中学校がふえていくだろうかというと、大学だって、こんなに生徒の数が、十八歳人口が減っているときに私学の窓口がここ何年間ずっとふえ続けるというのは、私は率直に言って私学の経営者の方々は何を考えているんだろうかと思うこともあるのでありますが、それはそれとして、いろんな機会がふえるというのはいいことなので、一概には言えないかもしれませんが。したがって、どんどんできるかどうかわかりませんけれども、しかし、つくりたいと思う人にとってつくれる道は常に開かれていることは、これはいろいろな選択肢が広がるという意味で大切なことだろうと思います。 そこで、小中学校の設置基準というのが実はないのでありまして、それを今回、二十一世紀教育新生プランの中でもうたっておりますけれども、平成十三年度中にこの設置基準の策定をしようと、今年度中に。そして、その基準を明らかにすることによって、私立の小中学校もつくりたいというときに、ああそうか、そういう基準でつくれるんだということがはっきりするということは大切なことだと思っておりますので、これをやっていきたいと思います。 最後に、私学の役割、特に私学助成をどう考えるのかという御指摘がございました。 私は、公立の学校も大変大切だし、しかし同時に、いろいろな選択肢がある、特色のある学校、公立も特色のある学校にこれからはどんどんなっていってもらいたいと思っておりますが、やはり私学はもともと建学の精神というものがあってやっているわけでありますから、そういう意味での私学助成。なかなかこれも財政が厳しい折でございますから、私学の皆さんの御期待どおりの予算配分ができていないのは事実でございますけれども、苦しい財政の中ではございますけれども、一生懸命私学助成も鋭意拡大に努力をしているところでありまして、これからもまた私学の皆さん方が伸び伸びとした教育ができるようにできる限りの助成を拡充していきたい、かように考えているところでございます。
○阿南一成君 ありがとうございました。 とりあえず閣法に対する質問はここにおきまして、続きまして、一括議題とされております参法、いわゆる野党提案の参法の義務標準法等の一部改正案と閣法の費用等の問題について、若干の質疑をさせていただきます。 参法では、学級編制の標準を四十名から三十名に引き下げるということであります。また、あらゆる職種の定数を引き上げることとしておられます。たくさんの教職員が必要であろうかと思いますし、また費用も必要であろうと思うところであります。参法施行によりましてどの程度の費用がかかると概算をされておるのかをお伺いいたしたいと思います。 さらに、参法は十年計画とのことでありまするので、五年計画である閣法とは単純な比較はできないと思います。そこで、単年度当たりの増加教職員数をどの程度と見込まれておられるか、またそのための費用として幾らぐらいを見込んでおられるのか。参法の発議者、そして政府にもお答えをいただければと思います。 また、参法では、学級や教職員数がふえることにより学校の器である教室などの施設もふやしてやる必要が出てくるものと思いますが、この参法施行に伴う施設費の増加はどの程度だとお考えになっておられるか。 以上、四点をお尋ねいたします。
○本岡昭次君 今御質問にありましたように、私どもの提案しました法律は、現在の義務教育諸学校に関する学級編制及び教職員定数の標準に関する法律の改正案でありますが、一番法律の中心になっております三条の、一クラスを何人にするかというところを、現在の法律の四十人を三十人にしていこうということでございます。したがいまして、閣法のように加配の教職員をふやしていくというふうな形の改善と著しく異なっております。 したがいまして、必要な教職員も非常に違ってまいります。私どもの十年間の試算、義務教育諸学校関係では十九万二千人程度の増員を必要とするのではないか、そして予算も一兆六千億程度必要とするというふうに見ています。我々が議論するのは、そのうちの義務教育費国庫負担法に基づく半額国庫負担の分ですから、二分の一で約八千億というふうに、十年計画の最終段階ではそのようになっているということであります。 単年度というのは、単純に十分の一ずつ積み上げていく。四十人から三十人にするというのは、一クラス十人減らしていくということですから、機械的に言えば初年度は三十九人、その次は三十八、三十七、三十六と、十年たったときに三十人学級ができる。一挙に三十人学級としたいんですが、そういう財政力はとても今の我が国にはない、こういうことから十年計画にしたというふうに御理解を賜りたいと思います。 したがいまして、単年度、またそれも十分の一、割ると八百億円ということになりましょう。そして、十九万二千人をこれも十分の一、割ると一万九千、単純に言えば、そういうふうに単年度の積算をいたしております。 それから、学級数の増加に伴って施設が当然必要となるであろう。こういうふうに考えると、新しく教室を増するという必要に迫られますが、これも見込みでありますが、十年計画で五千八百億円程度のものが最終的に必要になるんではないか、このように考えておりまして、これも十年計画ですから十分の一とすると単年度五百八十億というふうになってまいりますが、しかし、これはそれぞれその負担の仕方がございますから、もう少し細かく計算する必要がまた出てくると思いますが、大ざっぱに言いますとそういうことになります。 それで、近年、子供の数が減ってきておりますから、文教予算の中で公立学校の施設費というのはどんどん下がってきて、平成五年には二千七百億あった学校の施設をつくるためのお金が、現在では千六百億円程度というふうに六〇%ぐらい下がってきているという現状もございます。 もう一つ、現在ある小中学校が一定の耐用年数というものを迎えて、ここ十年、二十年ほどの間に多くの学校が改築をしなければならないという状況にございます。したがって、そういう老朽化していく状況を前倒しにして、そして新しい時代に対応する学校に変えていく。 先ほども、議員の方も質問の中で、学級というものの考え方が変わってきているんではないか、教育のあり方も、教員が教壇に立って一斉にこちらを向かせて白墨で黒板に書くというふうな授業形態だけでは済まないんではないかということもおっしゃっていましたが、そういう意味で、教室そのものも新しい時代に対応するそういうものにやはりつくりかえていくという積極的な意味も含めて、この施設の問題については、三十人学級をすることによって教室がふえていく、だからそれに対応しなければならぬということじゃなくて、もっとより積極的に公共投資というものの中の重要な部分として、新しい時代に見合った学校をどのようにして子供たちに提供していくのかという考え方も必要ではないかというふうに思っております。 以上です。
○政府参考人(矢野重典君) 参法による所要経費の見込み額でございますが、私どもの方から御説明することが適当であるかどうかということがございますけれども、御質問でございますので私どもの試算を申し上げます。 公立小中学校で三十人学級を実施する場合に必要となる教員の増員数でございますけれども、これは今後の児童生徒数それから学級数の正確な把握が難しい状況がございますので、幾つかの推計方法が考えられるわけでございます。また、どのような実施方法を採用するかによっても結果が異なってまいるわけでございます。そういう意味で、確定的に必要な教員数を申し上げるのは難しいという点はまず御理解をいただきたいと思います。 そこで、仮にでございますが、公立小中学校において直ちに三十人学級を実施する場合の一つの試算といたしましては、私どもの試算としては約十一万五千人、経費といたしましては九千六百億円が必要と見込まれるところでございます。また、参法によるその他所要の改善数を加味いたしますと、合わせて約二十万人の教職員の増員となるわけでございまして、これは国と地方の負担を合わせ入れますと約一兆六千億円の経費が必要と見込まれるわけでございます。 さらに、三十人学級を実施した際に必要となる場合の教室の施設費でございますが、これも正確な見込みは難しいわけでございますけれども、およその推計によりますれば、現在ある余裕教室等の既存の施設を活用いたしましても、なお国と地方の負担を合わせますと三兆円近い経費が必要になるものというふうに私どもとしては見込んでいるところでございます。
○阿南一成君 参法発議者のかかる経費とそれから政府参考人が積算した経費とはかなり乖離をしておるようでありますが、それはそれとして、次に移ります。 現下の厳しい財政状況にかんがみますに、参法の施行に要する経費を捻出することは非常に困難であるというのは、私もそう思っております。 我が国の長期債務残高、国と地方を合わせますと、平成十三年度末の政府見通しでは六百六十六兆円に上るとされております。また、債務残高の対GNP比の国際比較を見ましても、十八人学級を行うという米国は五四・六%、それから英国、ドイツ、フランスは五〇・七、五七・八、六三・六%でありますのに、我が国は一一八・六%と、大変な財政状況にあるところであります。 我が国における教育に対する財政支出の水準が欧米諸国と比較して少ないということは、先日の有馬委員も御指摘をされておったところであります。たびたび議論をされている問題でありますけれども、こうした状況下であることを認識しながらも、現状において限られた資源を集中的に投下すべきポイントを絞り込む必要はあろうかと思います。 国じゅうが豊かで、あり余る財政支出が保証されているときでない残念ながら今日の状況下で、とり得る答えの一つが、私は閣法による教職員定数の改善になったのかなというふうに考えております。逼迫した財政状況のもと、どのように費用を捻出するおつもりか、参法の発議者にお伺いをしておきたいと思います。 また、財政状況と教職員定数の改善のあり方について、副大臣あるいは政府参考人から御答弁を賜ればというふうに思います。
○佐藤泰介君 我々参法と閣法との費用の違いが若干冒頭言われましたけれども、五年と十年という差がございまして、五年ぐらいですとある程度の子供の数が予測できるという状況が一つはあると思いますが、私ども、そうした財政事情も考えながら、長期に十年ということになりますと生まれていない子供の数もちょっと考えなければならぬという状況もあって、その辺の苦しさがあって、どちらが正しいのかということになるとちょっと予測がつかない部分はございます。その点は御理解をいただきたいというふうに思います。 それで、今、阿南委員の費用の財源についてでございますけれども、今、阿南委員が言われましたように、私どもとしても現下極めて厳しい財政状況にあるということは、言われたとおり認識をいたしております。しかしそれゆえ、私どもは、採決はされましたけれども、今国会におきまして、民主、社民、共産、自由の四党共同で予算についての削減抑制総額九千三百億円の平成十三年度政府予算に対する共同組み替え要求を行ったところであります。そこで示したようなむだな公共事業の削減、ODA予算の見直し、あるいは昨日の官房機密費、外務省の報償費の減額等々、政府予算を大胆に見直すことで三十人学級実現に向けた経費の捻出は十分可能であると考えております。 先ほど来、阿南委員も学校の役割について述べられておりました。その点について私自身も同感できる部分も多々あるわけでございますけれども、今の子供たちの現状を見たとき、二十一世紀に向けて力強い社会をつくっていく、その基盤はまさに私は教育の充実こそが重要であると、このように考えております。 したがって、大変厳しい財政事情ではありますけれども、あすの日本、二十一世紀を構築していくためにこうした私どもの法案を提出させていただいた次第でございます。
○阿南一成君 もう一つ参法発議者にお尋ねをしておきたいと思います。 大量の教師を採用するということに相なるわけであろうかと思うのでありますが、最近教師が関係したまゆをひそめるような事件も多々あります。短期間に大量の採用を行うことに不安を覚える国民もいるのではなかろうかと思うのであります。 先ほども大臣より教員養成、教員の質向上についての決意を伺いましたところでありますけれども、こうした施策を講じる場合にも、余りに多くの教員を一度に採用しては、採用時の初任者研修にとどまらず将来的な研修体制にもゆがみが生じる危険はあると私は思います。参法施行に伴う教職員採用計画においてこの点をどのようにお考えになっておるかをお伺いしておきたいと思います。 さらに、参法による大量採用により、教員の質が低下することのみでなく教員の年齢構成がアンバランスになりますと、将来の人事的な問題というものも出てくると思うのでありますが、この辺に対しての御認識、御見解もあわせて御答弁をいただければというふうに思います。
○本岡昭次君 大幅な教員増を必要とするということについて、採用にかかわる問題あるいは教員の質の問題あるいは学校の教員の年齢構成の問題等々の御心配についての御質問をいただきました。 それで、まず私たちの十年計画に基づいて考えてみますと、単純に割っていきますと小学校の教員はまず八千四百人という数が出てきます。その八千四百人という教員を採用するという場合に、それだけの教員志望者がいるのかどうかということになってまいります。これはもちろん教員養成計画との関係もありますが、しかし平成十二年度を見ますと、公立小学校の教員採用試験に応募した受験者が四万六千人いたわけであります。大変であります。教科によっては十倍、十五倍、二十倍というような競争率が各都道府県の教育委員会で起こっている現状であります。中学校も六千七百人必要としますが、これも十二年度は四万八千人と。高校を参考までに申し上げますと、六千六百人の教員増と我々は考えていますが、平成十二年では四万人と。だから、そういう意味では教員の数を確保するについて心配はないということをまず申し上げておきたいと思います。 それから、教員の質の問題でありますが、これは現在教員になろうとしている人たちそのものの質の問題を論議することも大事ですが、基本的に私は教員養成のありようをもう一度やはり見直していかなければならぬじゃないかと思います。 今論議されているように、大学院、今の四年じゃなくて六年までかけてやる必要があると。あるいはまた、十年ごとぐらいに研修期間を設けてそして内地留学あるいはまた海外へ行って研修する、あるいは四年制大学の者が大学院の勉強をさらに在籍しながらするとか、さまざまな在籍中のそういう研修の期間をつくって教員の質を高めていくという、この両方、教員になる前の教員の資質の向上と、なってからという問題をやはりやっていくことが中心であって、この三十人学級にすることによって教員がふえる、だから教員の質云々ということが直接的な問題ではないんではないかというふうに思っておりますが、阿南委員のおっしゃったことは極めて大事なことであると認識をいたしております。 それから、最後におっしゃいました年齢構成の問題ですが、私はむしろ逆ではないかと思っております。 今、学校の教員の年齢は、私どもが教員になったときは非常に低くて、平均年齢は二十歳代でした、校長が四十前後で。そういう形の中で戦後教育を立ち上げていった。今は平均年齢が一部の都市を除いては非常に高くなってきております。しかも、退職した方を再雇用するというふうな問題もそこに起こってきてさらに高年齢化するという過程があるわけで、だから年齢のアンバランスを解消してバランスよくやるとすれば、むしろ若い先生、学卒者を大量にやっぱり学校に導入すると。戦後のようにせよとは言いませんが、少なくともそういう職場の中の若い人たちの力を投入していくということの意味でも、むしろよい結果を私はもたらすのではないかというふうに思っております。 以上です。
○阿南一成君 参法の答弁者の方々、御苦労さまでした。ありがとうございました。 若干時間がありますので、もとに戻ります。 質問通告の三番。もし可能であれば河村副大臣にお願いをいたしたいと思うので、最初に申し上げておきます。 来年度から実施される教職員定数改善計画によりますと、五年間の改善総数で公立義務教育諸学校については約二万七千人、公立の高校については約七千人となっており、現下の厳しい財政状況の中で多くの教職員定数が確保をされることになります。 ここで申し上げたいのは、単に教員の数をふやすだけではなく、先ほども申しました危機的状況を打開するということでやってもらわなければならないと思うのであります。 学級崩壊に直面し、思い悩んで休職に至るまで問題解決に努力をしておられる先生方がおられる一方で、不祥事、わいせつあるいはその他等で懲戒処分を受けた教職員も約二千名に上っております。それは徐々にではありますがふえておるという現状であろうかと思います。また、指導力不足等、教師としての適格性を欠くいわゆる問題教師も存在をしておるところであります。 今後、適格性を欠く教師に対応するために法改正等がなされるべきであるというふうに私は考えておりますが、マイナス要因を除去するという消極的な対応だけでなく、さらに積極的な改善策を打ち出していかなければならないと考えるのであります。 学校運営で最も重要な役割を果たすのはやはり一人一人の教師であります。教員養成の段階では、教員採用試験の対策として断片的な知識の獲得のみでなく、教科内容を深めるものでなければならない。そして、いよいよあこがれの教師となって教壇に立った場合に、子供たちの素朴な疑問に対して深い理解、知識に裏打ちをされました形でのお答えができるということでなければならないだろうと思うのであります。現職の教員研修もさることながら、これからの教師の養成段階における改善も必要であろうかというふうに思うところであります。 教職員の定数、つまり数にかかわる改善計画は来年度から実施ということで策定をされておりますが、教師一人一人の質の向上など内容面について、教員養成段階まで含めた抜本的な改善策を明示をし、定数改善計画と一体のものとして取り扱うことが重要であろうかと思うのであります。 本年一月に出されました二十一世紀教育新生プランにおきまして幾つか改善策が提示をされております。全体的観点に立ったものとしては残念ながらいま一歩ではなかろうかというふうに思うのであります。 教師の養成段階から研修、さらには不適格教師の人事管理も含めて、それぞれ断片的なものに終始するのではなく、全体的視野から抜本的な改善プランを作成することが重要であろうと思いますが、河村副大臣の御見解をお伺いしたいと思います。 さらに、昨年文部省から出されました調査結果、教育委員会月報平成十二年十二月号によりますと、教職員に対する懲戒処分の理由といたしまして、その他と分類されるものが、平成十年度が百人であったものが平成十一年度には一挙に千四百人と急増をしておるのでありまするが、これは一体どういうことであろうかと疑問を持っておるところであります。 あわせて御答弁を願えればと思います。
○副大臣(河村建夫君) お答え申し上げます。 委員御指摘のとおり、教員の質をいかに上げるかということも非常に大きな課題でございます。そのことで、実は平成十年に教育職員免許法の改正がなされまして、大学における教員養成カリキュラムが大幅に改善をされておるわけでございます。 教員としての使命感をはぐくんでいくということで教職の意義等に関する科目、こういうものもふやす。さらに、中学校における教育実習といいますか、それも時間を延長する。その上にまたカウンセリング、最近非常に必要になってきておりますが、それを必修化するという形で、学校教育、実際に現場に置かれる先生方が今当面する課題に対応できるようにということで、新しいカリキュラムは平成十二年度の大学入学者、昨年から適用されておるところでございます。 さらに、議員立法等においては介護体験の実習も義務づけると、こういうようなこともやってきたわけでございまして、そういうきちっとした、先生自身もその新しいカリキュラムの中で学んでいただく。 さらに、採用の場合においても、人物重視といいますか、まさにやる気のある前向きな、あるいはまた子供に対する愛情の深い先生をどういうふうに選んでいくかということも大事なことでございまして、そういう面では、面接とか実技試験、あるいは社会経験のボランティア体験等々も評価するとか、こういうふうなことも見て各教育委員会が今積極的な取り組みをいたしておるようなわけでございます。 また一方では、委員御指摘のように、児童生徒への指導が不適切な教師もおるわけでございます。確かに現実にあるわけでございますし、さきの学級崩壊等の国立教育研究所等の統計を見ても、確かに学級崩壊等が起きる原因の半分以上は教師の指導力にあると、こういう指摘もあるわけでございます。 事実、そういう不適切な教員については、さきの教育改革国民会議におきましても、分限免職に至らないまでも転職等も考えるべきだという御指摘もございまして、今回、そのことができるような法律案も提出をさせていただいておるわけでございます。 このように、教員の養成、そして採用、研修、人事管理、あらゆる面から今日の当面する、今学校が抱える課題に積極的に取り組んでいける教員の養成、確保、さらに力を入れていかなきゃいかぬと考えておるところでございます。 また、懲戒処分の問題で今、教育委員会月報を引用されて御指摘があったわけでございます。訓告、諭旨免職等二千八百三人。また、平成十年度と比較すると、懲戒処分が千二百三十三人さらにふえているということでありまして、この主な原因でございますが、実は広島県におきまして、勤務時間中の職員団体のための活動状況調べ、いわゆる破り年休ということがございました。これを適正に記入し提出するものの校長の職務命令に違反して千二百十名が訓告処分を受けたことが一点。それから、給与を受けながら勤務時間中に職員団体のために活動したことによって千百九十九人が厳重注意を受けたと、これが主たる原因でございます。
○阿南一成君 まだ若干時間があるようでありますので、さらに質問通告の九点目をお願いいたします。できれば河村副大臣、通告していないので恐縮でありますが、可能であればよろしく。なければ政府参考人。 義務教育費国庫負担制度に関してもう一点でありますが、会計検査院の検査報告において、毎年、経理等が不当として何件も指摘をされております。近年だけでも、平成九年度検査で十五件、約一億七千万円、平成十年度検査で八件、約六千万円、平成十一年度検査では十件、約一億一千万円が不当として指摘をされているのであります。 その不当とされた内容は、算定の際の金額、定数等の誤りや、本来国庫負担の対象外である者を国庫負担の対象として算定するというかなり単純なミスであります。教職員の給与関係の事務を行う者の国庫負担に係る認識の不足、さらには審査体制が不十分であるといった実態が原因であると思います。 財政状況の厳しい中、義務教育の基盤を支える大事な予算ということで確保をされているわけでありますから、このように毎年毎年不当事項として指摘を受けるような経理がなされるということはいかがなものであろうかというふうに私は考えます。 そこで、このように毎年繰り返されている会計検査院からの指摘に対して、原因をどのように分析され、これまでどのような対策及び指導を行ってきたのでありましょうか。また、今後の改善策をどう講じていかれるのか。お答えを願うわけでありますが、私の持ち時間は十一時二十五分までということで、委員長も気にされておりますので、大変恐縮でありますが、その間でお答えをできればと思います。
○副大臣(河村建夫君) 委員御指摘の点、十一年度だけでも一億以上のそうした指摘があるということ、極めて私も遺憾なことだと、こう思っております。 国庫負担の対象とならない教職員を国庫負担対象に含めたというようなことがあって、やっぱり制度の趣旨というものがもう一つ徹底していない。単純な事務処理上の誤りということもございます。これは人間のやることでございますからそういうことも起きるわけでございますが、そのようなことが過大交付につながっておりますが、このようなことはなくしていかなきゃなりません。 文部科学省も、これまでも各都道府県教育委員会に対して、会議、文書を通じてまさに鋭意指導をやってきたのであります。さらに、こういうことのないように徹底的な制度の趣旨の理解、あるいは事務処理体制の強化について強く指導をしてまいりたい、このように思います。
○阿南一成君 三分ほど残して質問を終わります。
○小林元君 民主党・新緑風会の小林元でございます。 三十人学級の実現、これは教育関係者の強い要望ばかりでなくて、先日来話もありましたけれども、地方公共団体、そしてまた御父兄の方々、本当に今の教育を何とかしてもらいたい、そういう中で三十人学級をと。 しかし、いろいろ議論がありましたけれども、財政的な問題でなかなか大変だというふうなこともあって、どういうわけかいつの間にか、昨年の夏ごろだったと思うんですけれども、三十人学級という声がそういう要望書や陳情の文書の中からだんだん消えてまいりまして、少人数学級の実現というようなことに変わってまいりました。文部省が圧力をかけたとかなんとか、そういうことは言うつもりはありませんが、どうも財政的な事情が浸透したのかな、こんなふうにも思ったんです。 いずれにしましても、先進国の中では、もう既に皆さんから議論も出ておりますけれども、四十人学級というのは存在はしていないわけでございまして、中教審でも欧米諸国と格差があるんだというふうに指摘をされております。 そしてまた、もう既に委員の皆さんからもお話がありましたが、クリントン大統領が十八人学級を実現すると。イギリスでは三十人を超える学級をなくすんだと。フランスでも、例えば第一学年は二十五人にする、二年から五年を三十人にするということで進められているわけでございます。やはり真正面から学級の編制基準を少なくしよう、これが世界の趨勢だと。 しかし、今回の政府案、四十人学級が妥当であると、こういうふうに既にきのうも石田美栄議員の本会議の質問に町村大臣からお答えになりました。前回の委員会でも質問があったと思いますが、大変恐縮で、繰り返しになるかもしれませんが、この四十人学級の妥当性というものを説明していただきたいと思います。
○国務大臣(町村信孝君) 現状どのくらいの人数かというと、全国平均で、小学校では二十七人、中学校では三十二人、こういう姿になっておりまして、現状四十人にべったり張りついているというわけではないということを踏まえた上で、やっぱり三十人学級というお声があることを私ももちろん承知しておりますし、当委員会あるいは本会議等でもいろいろ皆さん方からそういう強い御主張のあることもよく理解をしております。 ただ、私ども考えましたのは、やっぱり一学級当たりの人数を少なくしても、教員が一人で学級を担当するという、いわゆる学級王国とよく言われているようでございますけれども、そういう状況が変わらない。したがって、一律の学級編制の引き下げというよりは、むしろ複数の教員で多面的に生徒にかかわりを持って指導していく、きめ細やかな指導、評価を行う方が効果的ではないだろうか。そういう調査結果も出ているわけでございます。 また、三十人学級にいたしますと、三十一人になると十六人と十五人というぐあいに分解されるわけでございますが、十数人という規模になりますと、やっぱり集団の中で人間関係をつくっていく、切磋琢磨するという面からちょっと少な過ぎるのかなという感じもいたします。そんなこともありまして、やっぱりある程度の規模の人数が必要なんだろうと、こう思っております。 また、先ほど阿南議員からの御指摘もございましたけれども、現下の厳しい財政状況といったようなこともやっぱり私ども頭の中にはどこかに置いておかなければいけない問題である、などなどの状況を考えたときに、四十人を標準とするという建前というか基本は変えないで、必要に応じ、習熟度に差のつきやすいような教科について、二十人程度の学習集団にしてもいいですよというようなことを各都道府県が判断する場合には、特例的に学級編制の引き下げを行うことができるようにするという形で対応してよいのではなかろうかと、かように考えた次第でございます。
○小林元君 学級には一定の規模が必要だろうと。これは確かにそういう面もあるかもしれません。でも、そういうことを進めていきますと、現実に複式学級というふうな少人数の学級が存在していますし、あるいは十五人、十四人というような少人数の、複式でなくても単式学級でもそういうものはあるわけでございまして、そうなるとこういうものは望ましくないんだというようなことにもなりかねません。 今全国各地で財政的な問題で学校を統合しようというような動きもあることは私も十分承知しております。それも一つの選択の方法だろうというふうに思っておりますが、今の大臣のお話ですと、どうもそういうことを文部省として、じゃ、学校統合というものをこれからどんどん進めて切磋琢磨の機会を多くすれば学校はよくなるんだというふうにも聞こえかねませんが、その辺はいかがでしょうか。
○国務大臣(町村信孝君) 私の地元の北海道の方でも、現実に過疎が進行し、お子さんの数が少なくなり、そして伝統ある学校が統廃合せざるを得ないと。大変残念だという声がありながら、現実には統廃合せざるを得ないというようなケースもあるようでございます。 〔委員長退席、理事松村龍二君着席〕 そこは、地域の実情というものを見ながら考えなければならないので、一概に小規模校なんだから全部どんどん統合しなさいというふうに言うつもりもそれはございません。やはりそれぞれの地域によって、ここにはやっぱりあった方がいいという判断もそれぞれの地域地域、市町村ごとにまたあろうかと思いますから、そうした声を私ども無視して、とにかくどんどん統合して規模を一定に保たなければならないというほどかたく考えているわけじゃないことを申し添えさせていただきます。
○小林元君 先ほど、これは揚げ足をとるつもりはありませんが、三十一人の学級が三十人学級になると十五人と十六人になるというふうなお話もありましたが、これは考え方の整理をして弾力性を持たせるというようなことで十分に対応できるんではないか。何もしゃくし定規に三十人学級で一人ふえたから二つに割るんだというようなことはやらなくてもいいんではないか。むしろもっともっと学校あるいは教育委員会に権限を持たせるということもおやりになってできないことはないんではないか。 それからもう一つは、多数の教員がかかわるという問題でありますが、私も大賛成であります。しかし、現実には今までの文部省のやり方も、小学校では体育ですとか芸術ですとか音楽とか図工とか、そういう専科教員がいればという現場の声が強かったわけですが、なかなかそうはいってもいない。そういう中で、体育の得意な先生、音楽の得意な先生いろいろいるから、少し、交換というんでしょうか入れかえをしながら、現実にはそういうことをやっておられると思います。そしてまた中学校は、教科担任ですから当然多数の教員に接触をするというので、こういう意味で学校ぐるみというんでしょうか、学校にいる多数の教員と児童生徒が接触する、そういう場は必ずしも少人数学級ということにこだわらなくてもあるんではないかと、そのように思っております。 それから、財政的な問題は後にしまして、参法の方で三十人をどうしてもやりたいというような提案があったわけでございます。今、大臣が四十人学級というものの妥当性というんでしょうか、そういう説明があったんですが、きのうも石田美栄議員の質問にもあったと思いますけれども、三十人学級、やはりこの科学的な根拠というんでしょうか、いろんな調査をして、あるいはいろんなデータがあって三十人学級というのは、いわゆる少人数学級でもいいんですが、相当効果があるんだというようなことがありましたら、簡単で結構ですが御説明をいただきたいと思います。三十人学級にする理由というんでしょうか、根拠というんでしょうか。
○本岡昭次君 今、小林委員と町村大臣の議論を聞かせていただきまして、ふと思い起こしたのが、映画にありました、あの「二十四の瞳」という映画のことを思い出しまして、これは二十四の瞳ですから十二人のクラスの中で一人の女性の教師が離島の中で一人一人の子供の生き方にかかわり合いながら、僕は教育の中で一番大事なのは希望を持たせることだと思うんですよね。それは何といったって希望ですよ。だから、そういうものを持たせるために懸命にやって、それがどう将来に結びついていったかという非常に感動的な映画でありました。多くの方が記憶にあると思います。 そういうことを考えると、ある程度の人数がいなければ好ましい人間関係が形成できないとか、切磋琢磨するような状況がつくれないという、それは多人数でなければできないものもあるだろうと思いますが、しかし私は、少人数であるほど、それは子供と子供の間、教師と子供の間という人間関係というのは、よりきめ細かく一人一人の子供の生活と生き方にかかわってそれぞれの子供に多様な希望を与えていくことができるんではないか。そのことは、学習と生活、まさに一体的なもので、生活は大勢でもいい、学習は小さくというふうなそういうものではないんではないかと思います。 だから、三十人学級、どんな効果があったのか言ってみろというのは私は随分暴論だと、こう思うのでありまして、その効果というのはこれは相当時間をかけなければ出てきません。しかし、はっきりしているのは、多人数よりも少人数の方がそういう授業はしやすいということははっきりしております。 〔理事松村龍二君退席、委員長着席〕 それは文部省と私どもは時として激突をしてきましたけれども、しかし基本的に文部省がその考えの中で一番私は一緒にこれだと思うのは、教員が質がいい悪い、本当に子供に信頼される、親に信頼される教員になっておるかどうかという厳しい指摘がある。そのときに、私は教員が子供に一時間の授業を教えるのに一時間の事前の準備、研究、調査。終わった後に一時間の反省、そして次にどうそれでは指導したらいいかという次の指導への計画。だから、一時間の授業をするのに前後一時間一時間必要だと、そういう学校にしなければならぬということは文部省ははっきりおっしゃったわけで、私はこれはもうすべてのものに基本にしていかなければならぬことだと思っておるんです。だから、学級数で四十人のクラスを持った場合と三十人と二十人とを持ったときに、今言ったような教師が対応できる教師の側のゆとりというものは、これはもう教育の質を私は決めていくと、こう思う。 文部大臣がおっしゃるように、ゆとりが緩みであってはこれは絶対だめでありまして、ゆとりというのは緩みでは絶対ないわけで、そうした時間的な余裕ができたことによって、教師は子供との関係あるいは他の教職員との関係、親との関係、地域社会の関係において、どういう学校教育を進めていく上に好ましい人間関係なりをつくっていくかという、その結果を生み出す、それが僕はゆとりであるというふうに思うので、そういう意味で、クラスの子供の数を少なくするというのはやっぱり教育をよくしていく、教職員自身も自分たちの持っている職責というものの重大性にかんがみて頑張っていくということの基本形だというふうに思っております。 それで、私も、最後に自分の経験で大変恐縮でございますが、現場で四十人の子供を持って、私は四十五人学級のときでしたが、やはり一人一人の子供たちに自主的な勉強をさせるために、毎日毎日子供たちのノートを机に積み上げて、そして見て、明くる日に子供の、宿題じゃなくて勉強の自主的な学習課題を与える、子供はそれに応じてやってくる、また自分が見て、また子供に課題を与えてやると。こういう一人一人の子供とのかかわり合いをやっていたときに、四十四、五人のノートを見るのが、これが二十人だったら随分これはもっとほかのいろんなこともできるなと。家へふろしきに包んでそんなものを持って帰らなくてもいいなというようなことを切実に思ったわけです。 そういうところから見ても、やはり現場の教職員のやる気を起こさせる、それと子供自身が教職員を本当に信頼していけるという環境もつくっていけるわけで、そういう状況をつくったにもかかわらずそれができなければ、これは教員の挙げて責任だというふうに私は言えるというふうにも思ったりしますので、この三十人学級という問題はどうしても可能な限り早くこれは実現させなければならぬし、文部省は五年計画で今の計画を進めて、その先どうするんだというものがないわけでありまして、その次は、私は、学級規模を文部科学省が縮小していくというテーマに恐らく進まれるのではないかというふうに今思っております。 以上です。
○小林元君 それから、文部省の出したペーパーによりますと、先ほども大臣が言われましたが、教員一人当たりの児童生徒数が日本では十九・三人から十八・六になりますよ、あるいは中学校では十四・六になります、アメリカ、ドイツのレベルになりますよ、こういうふうに言うんですが、そもそもやはりこれは、先生一人当たりの児童生徒数というのは制度の結果だと思うんですよね。ですから、その結果、何といいますか、地理的な条件があって小さな学級もあるしフルの学級もありますし、いろいろありますが、やっぱり制度を何人にするかということによっておのずから平均というのは出てくるんだろうというふうに、平均といいますか一人当たりの生徒数。ですから、現在の改善が進めばこうなると。 しかし、先ほど私も言ったとおり、各国は各国でもっともっとやりますよ、こういうふうに言っているわけですから、その時点になればまたやっぱり追いつけない。ウサギとカメみたいにいつになってもやっぱりカメはカメ、ウサギはウサギ、差が縮まらないというような状況に残念ながらなってしまうんではないか、そういうことを恐れておりますが、いかがでしょうか。
○副大臣(河村建夫君) 教員一人当たりの受け持つ児童生徒の数が欧米並みに追いつくんだというのが一つのスローガンになっているように、本当に大丈夫かというお話、欧米がもっとそれを進めていけばまた差がつくではないか、こういうことであろうと思います。 それは、欧米がどうなるかということについては、これはわかりません。少子化が進んでいる国もございますし、ドイツあたりは非常に進んでおるようでございますし、そういう点では現時点でのこれは推計を申し上げたわけでございますから、もし欧米がもっと少なくなればそれはまたということは、それは仮定としてあり得ることで、しかし現時点で言えることは、イギリス、ドイツあたりの少子化の状況等々も勘案しながら見ておるときに、今の状態でいけば五年後にはその標準にいく。 こういうことを言い出しましたのは、一つは、中央教育審議会の方から欧米並みの標準に近づけるように、追いつくようにということがございました。そこで、定数改善のときにこれに追いつくにはどうしたらいいだろうかということが研究されたわけでございますが、御承知のように、平成十三年から十七年の間に大体児童生徒六十万人減少すると言われております。これでいきますと、財政当局は、今の四十人学級でいくのならば、当然先生の数も減らすべきであろう、こういう試算が成り立つわけでございます。 これに対して、現下の教育状況からいって、何としても欧米並みに達成するためには先生を減らすわけにいきませんということで、現定数改善において、定年退職等で五年間でおやめになっていく先生方に見合う最低その数字を確保する、今の先生の数を一定にすることによって、児童生徒の数の方が減るわけでありますから、相対的な数字としてこういう結果が出る。これは自然現象であると言われればそうでございますが、文部科学省、我々当局としては何としても先生の数を確保したいという努力の結果、こういう数字をはじき出しておる、こういうことでございますので、御理解をいただきたいと思います。
○小林元君 要するに、何といいますか、制度をどうするかという議論でありまして、こういう結果の数字、結果の数字も大事なんでしょうけれども、やっぱり制度をよくするかどうするかということでもう決まってしまうんではないかというのが私の意見でございます。 それから、先ほど阿南委員からもいろいろ議論が出ました。今回の定数改善に当たって、財政的な観点といいますか、検討というんでしょうか配慮というんでしょうか、そういうものについて文部科学省でどのように検討され、どういう結論といいますか、のもとにこの改善というものを決めたんでしょうか。
○国務大臣(町村信孝君) 基本的な考え方を私が申し上げたら、今あるいは河村副大臣が申し上げたとおりでありまして、財政について一定のこれは試算でございますが、先ほど政府委員の方からお話をしたように、仮に三十人ということでやりますと、これはいろいろな前提の置き方で少し数字が変わってまいりますけれども、教員だけで十一万五千人、九千六百億円の増加になります、三十人学級でですね。さらに、いろいろな配置基準の改善等々、職員も全部入れますと、二十万人の増で一兆六千億円の追加費用が要る。それにさらに施設費もということになりますと、これもいろんな前提を置きますが、例えば三兆円ぐらいさらに追加になるというような話になってまいりますと、これはちょっとなかなか率直に言うと今の財政状況では難しいのではなかろうかという感じもあったわけでございます。 ただ、これはあくまでも一つの配慮要素としての財政という観点であるということを申し上げさせていただきます。
○小林元君 こういう長期計画というんでしょうか、今回は五カ年計画ですが、そういう際には、これは文部科学省の判断で、今、大臣が言われたような、あるいは大臣の判断でこれはとてもだめだというふうに考えてしまったのか。あるいは、財務省、大蔵省といろいろ折衝してどうなんだろうかと。森内閣はIT革命、そして教育改革と、こう言ったんですよね。ですからやっぱりこれは、そういう折衝というんでしょうか話し合いというんでしょうか、確かに財政的には大変だと国民だれしも思っています。しかし、一方で赤字国債をどんどん発行して、じゃ、景気回復のためにという名目でやるなら公共投資は結構だと。前年よりもふえていますよね。ですから、今お話があったように一兆六千億、これはもう公共投資はいっときの、いっときのというのはあれですが、ここのところずっともう十数年も続いておりますけれども、いっときの支出じゃなくなっちゃったんですけれども、人件費というものでありますけれども、一兆六千億がずっと続くと。最初から、初年度から一兆六千億ではありませんけれども。そしてまた、先ほど少しオーバーかなと思って聞いておったんですが、設備投資というんでしょうか、学校の改築、新設、そういうもので相当かかると。これも、じゃ、道路を直すのを我慢しても教室をふやそうではないかという国民の合意はもらえるんだと思うんですね。でも、そういう努力を、努力といいますか、ことについてどういうふうにお考えでしょうか。
○国務大臣(町村信孝君) これは昨年の八月末に十三年度の予算概算要求をやったわけでございまして、この概算要求を出すまでの段階でもそれは随分、当然のことでありますが、当時の大蔵省と文部省との間で議論が行われました。 さらに、概算要求を出した後、九月、十月、年末にかけて議論をし、最終的には予算の査定内示が始まる直前に、非常に重要なテーマであるということで事前の閣僚折衝という形で私と宮澤当時の大蔵大臣との間で今回の定数改善の内容を事前に確定をしたということでございますから、当然のことではありますけれども、大蔵省、現在の財務省との間で相当激しいやりとりをやった結果こういう姿に仕上がったということで、最初から自主規制してちまちまと文部省がやってきたというわけでは決してないということだけはぜひ御理解をいただければありがたいと思います。
○小林元君 その努力は十分に理解したいと思います。 ただ、やはり結果を見れば、結果で物を言ってはなんでありますけれども、結局、これから予算、人件費といいますか、本来なら減るところを今回の改善によって横ばいというか、生徒数は減るけれども教員数は結果的にはふえると。ふえるという言い方はなんだと思いますけれども、そういうことで言うなれば予算的には横ばいに近いもの、それを確保したということになるのではないかと思うんです。 結局、この国際比較というものを見てみますと、我が国の学校教育費でしょうか、GDP比あるいはGNP比、日本は非常に低いんですね。日本は三・六%でしょうか、学校教育費。これはGNP比です、九六年。アメリカが五・一%、イギリスが四・六%、フランスが五・七、ドイツが四・五。三・六というのは、アメリカだと一・五%も違ってしまう。GDPではないのであれですが、例えばGDPでいいますと今五百五十兆円とかということになるんですが、その一%というのはこれは大変なことになりますね、五兆五千億。そうすると、七兆円ぐらいというふうに非常に低い水準であるわけです。 これは長年の歴史というものの積み重ねの中でこういう結果になっていると思うんですが、やはりこういうことについて、文部省は不断に我が国の教育はどうあるべきかということで検討をしているんだと思うんですが、御感想をお伺いしたいと思います。
○副大臣(河村建夫君) 小林委員御指摘の点、そういう御指摘があることを承知いたしておりまして、確かに、非常に低いとは言えないと思うのでありますが、御指摘のように若干の差、フランスが五・六、日本が三・七ですからこれでもう二開きがあるわけでございます。御指摘のように、ふだんから文部科学省としては、予算をいかに伸ばすかということはこれは最大努力をしていかなきゃいけない課題だと思っております。 ただ、GDPと教育予算の比較で申し上げるならば、一つは、我が国がそもそもGDPに対する公財政支出の割合自体が小さいといった違いもございますし、また、日本の場合には私立学校の比率が非常に高いということもあって、そうした教育制度の違いがあってこういう数字にも出てきているだろうと思います。 それから、総人口に占める学齢人口、今少子化の傾向もございまして、急激な日本は少子化ということもございましょう。総人口に占める学齢人口の割合が日本は六—十八歳でいうと一三・九でございます。イギリスは一九・二、アメリカは一八・八、ドイツも一四・六。こういうこともあって全体的に教育費が低くなっているという、そういうさまざまな条件があって数字としてあらわれておることがこういう結果にもなっている面もあり得ると思っておるわけでございますが、しかし今後とも、教育費の充実についてはこれは我々の使命であるというふうに思っておりまして、努力はしてまいりたい、このように思います。
○小林元君 前回も大臣所信のときに大臣に申し上げました。文部省時代、戦後ずっと日教組対策といいますか、そういう不幸なことがあったわけでございますが、そういうことに非常に力を入れてきたのではないか、エネルギーを注いできてしまったのではないか、私はそういう感想を持っているわけです。しかし、やっぱりそういう問題、教育条件といいますか、そういうものを改善することによってそういう問題も、教員の心も開いてくる。しかし、文部省は何もやってくれないんだというようなことも私はあったのではないかと。 今、いろいろ思い出しますと、田中角栄首相、列島改造論でいろいろ功罪あるわけでございますけれども、あのときに人確法というようなことで給与水準を引き上げました。やはりこれはすごいなと思うんですよ。ところが、その後、やはり教員はどちらかというと良識派ということですから、批判勢力になりかねない、ましてや日教組という大きな組織があって、そういうことに毒されるという言葉は非常に失礼でありますが、動かされてしまうのではないか、そういう気持ちもあって、どうも教育投資をしてもプラスにはならないんじゃないかと。国民の方から見ると、これはそういう、日教組は日教組、いろんな問題はあるにしても、やはり教育はいかにあるべきかということを常に考えて、そういうことの先導役といいますか、これが文部省の役割だったと思うんです。 例えば、ちょっと時間がなくなってしまいますけれども、先ほどお話がありました列島改造論、その中で、要するに開発投資というのは日本は相当入れましたね、つぎ込みました。そのときに、そういう結果、開発が行われ、経済が確かに豊かになったんでしょう。しかし、そういう陰で、心というものがどうもお金を中心にというような方向へ変わってきたわけですが、やはりそういうものを見通して、茨城県でも鹿島開発というのがありました。そのときにやはりいろいろ批判されました。こういうことをやれば必ずや心は荒れるんだよ、ですからそこに十分注意しなさいというふうなことの指摘がありました。結果は、そうなったと言うのは失礼なんですが、これは全国どこも見られるようにそういう状況が目につくようになりました。ですから、やっぱり繁栄の方にばかり目が行き過ぎて、心を豊かにすることを忘れてしまったのではないか。 ですから、その後そういう開発投資、そしてまた最近では景気浮揚対策、こういうことでやりますが、ここ最近はITの問題とかあるいは科学技術の予算とか、ここにもう三代の文部大臣おられますから御承知でしょうけれども、そういうことで、科学技術立国ということで随分力を入れてまいりました。しかし、まだまだ公共事業といえば、これは学校投資は外れちゃうんです、なぜか。ですから、教育投資は公共事業ではないという一言で、景気対策の公共事業の予算はどんとこういくわけですね、五割も。通常の予算の五割もどんといく。建設省の道路や河川の予算はふえるけれども、あるいは新幹線の予算はふえるけれども、それこそ大学の整備あるいは学校の備品、そういうものに全然いっていないわけです。これがやはり、今言いましたような日本の教育投資、教育費、そういうものがふえてこなかったのではないか、私はそういう感じがして仕方がないんですけれども、いかがでしょうか、大臣。
○国務大臣(町村信孝君) 国の教育に関する予算、それは私どもも本当に、さらにもうちょっとお金があればこういうこともやりたい、ああいうこともやりたい、それはたくさんあります。しかし、文部科学省が全部の国の予算を持ってくるわけにも残念ながらまいりません。 それぞれの国の発展段階に応じて、戦前からずっと公共事業をやって道路やなんかができているアメリカと、日本のように戦後初めて高速道路をつくり始めた国とでは、やっぱりその国のある意味では発展段階に応じてどこに重点が置かれていくかという変化があるというのはこれはやむを得ないことであるし、一概に公共事業だから、建設工事だから、それがだめだのだめでないのという議論というのは私は当たらないと思います。 ただ、例えば、道路の整備等々もまだ不十分とはいうもののかつてと比べればかなりそれは進んできたといったようなことから、だんだん国の予算の中で重点、プライオリティーの置き方が変わってくることもまたそれは当然だろうと思います。その際に、私ども文部科学省としては、教育予算、文化の予算あるいは科学技術予算というものはこれからますます重要性を帯びてくる、こう考えておりますものですから、財政が厳しい中であっても私どもの予算はこれから最大限確保していく、そういう思いでこれまでもやってきたつもりでありますし、これからもまたそういう思いでしっかりと努力をしてまいりたいと考えております。 そういう意味では、方向、ベクトルとしては小林委員と私どもは違う方向は向いていないんだろう、かように受けとめさせていただいております。
○小林元君 ぜひそういうお考えで大胆に頑張っていただきたい、このように思っております。 それから、今回の加配といいますか、二十人学級、こういうことをやるということであります。しかし、実際の人数、この今回の計画によりますと、小学校で八千六百人、中学校で二千五百人ですか、というようなことであります。これが小学校の場合は一校一人にも満たないですね。全体では三万五千三百十五校あるんですよ。そういう中で二万二千五百と。 いろいろデータをお聞きしますと、十二学級の小学校には二人程度行きますよとか書いてあります。しかし、どうも本当にできるんだろうかなという感じがいたしております。二クラスには小学校は三人。中学校六学級の、つまり一学年二クラスですね、一・五名。三クラスの中学校は三名と。 実はそれで私も孫がいるものですから、たまたま小学校に一、三、五と……
○委員長(市川一朗君) 小林先生、時間です。
○小林元君 失礼しました。すぐやめます。 小学校一年生は算数が四時間、国語七時間、理科はありません。三年は五時間、七時間、三時間。小学校五年は、五時間、五時間、三時間。そういうことで、十五時間、十三時間、十一時間と、こういうふうにたくさん授業があるんですよね。確かに基本科目に力を入れておる。しかし、これはなかなか実際にこういう数ではできないんではないか。そういうことでぜひもっともっと。 あるいは、これまで例えばTTの加配教員、生活指導の加配教員、あるいは土曜日の授業まで平日に繰り入れてそして少人数学級をやってくれと、こう言うんですが、先生はまたまたゆとりをなくしてしまう。もちろん授業時間を減らす方向に使ってもらっては困りますけれども、そういうことで大変、大変といいますか難しいんではないかという感想を持っております。 時間もあれですので、もう答弁は結構でございます。どうぞ、これからも教育改革のために頑張っていただくようお願いいたしまして、質問を終わります。
○委員長(市川一朗君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時まで休憩いたします。 午後零時六分休憩 ─────・───── 午後一時八分開会
○委員長(市川一朗君) ただいまから文教科学委員会を再開いたします。 休憩前に引き続き、公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(閣法第二〇号)及び公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(参第一五号)の両案を一括して議題といたします。 質疑のある方は順次御発言願います。
○本岡昭次君 答弁席にいて、またこの質問席に立って、大変恐縮でございますが、お許しください。 それで、大臣と、今現場に教職員の数をふやしてよい教育条件をつくろうじゃないかという非常に重要な法案、お互い与野党で法案を出しているわけですが、その内容をもう少し深めてみたいと思います。 それで、三十人学級という学級規模を縮小することについて、先ほど小林同僚議員の質問にもありましたが、文部省は本当はこれはやりたかったんだけれどもできなかった、できないからいろんなへ理屈を並べてそしてやっているという図式ではないかと思えるんです。 それで、最近、大臣の答弁等に、これは本会議における石田美栄議員に対する答弁です。こういう答弁が出てきました。「この全国一律に三十人学級を実施することにつきましては、いわゆる学級王国という閉鎖的な状況は変わらないということ、学級については人間関係の形成や切磋琢磨という面からある程度の規模が必要であることなどの問題があり、またさらに、現下の厳しい財政状況からすると実現することが難しいものと考えております。」という表現があるんですね。私は、これは極めて大事な発言だと思います。これは三十人学級を否定されていないわけです。難しい、問題があると、こうおっしゃっておられるわけで、ここのところを解明させていただきたいんです。 それでまず、「全国一律に三十人学級を実施する」と、どうしてこの全国一律という言葉を上にかぶせなければいけないんですか。「三十人学級を実施することにつきましては、」でいいと私は思うんですが、あえて全国一律にということを、先ほどもおっしゃいましたが、なぜここに大臣、全国一律という言葉をつけて三十人学級をお話しになるんですか、お尋ねします。
○国務大臣(町村信孝君) いや、言われてみるとなぜかなと。別にそう不思議でもない表現だと思うのでありますが、要するに、今は全国一律四十人学級ですと。今、四十人、標準というのはそういう意味ですよね。全国の標準四十人。したがって、今野党の皆さん方の御提案というのは、標準を三十人にするということは、まさに標準ですから全国一律と、それ以上の意味でもそれ以下の意味でもないつもりで申し上げております。
○本岡昭次君 そうしますと、全国一律でなければ三十人学級を実施することは可能だという意味にもとれるのですか。
○国務大臣(町村信孝君) これは、申し上げておりますとおり、学習集団として二十人でもいいんですよとか、あるいは低学年の場合でも二十人でもいいんですよとかいうような形で、三十を飛び越えて二十でもいいということを言っておるわけですから、そういう意味で、とにかくべたに三十人という意味で私ども今回考えておりませんという、ちょっと違いを際立たせるために全国一律と、こういうまくら言葉といいましょうか、形容詞がついているわけでございます。
○本岡昭次君 そうしますと、この政府案は、法律の三条にあります四十人をもって一学級の標準とするということを一つの規制というふうにとるならば、規制緩和というんですか、要するに弾力化というところに踏み出していったというふうに、全国一律に三十人学級を実施することにつきましてはこうこうこういうことで問題がある、困難だと、だから全国一律にはしませんけれども、それぞれの都道府県でやれる条件があればやっていただいてもよろしいと、しかし、やれる条件というのはこれこれですよという条件を付与してやっていると、こういうふうに理解したらいいんですか。
○国務大臣(町村信孝君) ええ、大体そういうことだと思います。
○本岡昭次君 それでは、もう少しその中身は後でまたお尋ねします。 それから、大臣の挙げられた理由で、学級王国の閉鎖的状況は変わらないということなんですが、四十人という学級、私たちもよく、私たちのクラスはとか、また学校長なんかは何々先生のクラスはと、こういう言い方でよく学校はやってくるものですが、一体、学級王国の閉鎖的状況というのは、四十人でも三十人でも二十人でも、要するに学級というものを単位で見る限りにおいては学級王国の閉鎖的な状況は変わらないと、こういう御認識なんですか。 どういうことなんですか、「学級王国という閉鎖的な状況は変わらない」。随分思い切った表現だと私は思うんですが、学級王国、王国と言ったら何でしょう、いい意味でとるんでしょう、立派な国だと。いかがですか。
○国務大臣(町村信孝君) 王国にはいい意味と悪い意味もあるのかもしれませんけれども、要するに一人の先生が、三十人であれそれは四十人であれ、とにかく全部を任せられるといいましょうか、逆に言うと、他の教員との連携協力というのが乏しい状況というのが今あって、それがむしろ問題なのではなかろうかという面、あるいは、学級の枠を超えて児童生徒とのかかわりに複数の教員が多面的にかかわってくることの意義はあるというような調査研究協力者会議等の報告もあるものですから。 さらに加えまして、これは全国的な状況ではないかもしれませんけれども、一部の大変教職員組合の強い地域では、校長先生が例えば個々の学級をのぞくことはまかりならずと、組合がオーケーを言わなければそういうところへ立ち入っちゃいけないという、そういうもう考えられない、皆さん首をかしげておられるけれども、現にそういうのがあるんですね。それはまさに、要するに他者には一切、他者というか同じ学校の校長先生、教頭先生にすらそこで何をやっているか一切見せないという、まさにそういう意味で閉鎖的なという意味合いを込めて王国という表現を使っているわけでございます。
○本岡昭次君 最近思うんですが、町村文部科学大臣はいろんな例示をされるんですが、この前も、運動会のときに手をつないで用意ドンで走って、そしてみんな一緒に入りましょうと、そんな結果平等のようなことばっかりやっているからだめだという例をお出しになりました。学芸会で主役を何人も交代するという、あれは何だと、そういうこともあるでしょう。また、オール三をつけたという学校もあったやに聞いておりますが、全国にごまんとあるこの小中学校の中で、またたくさんある学級の中で、多くの教員がおる中で、ある特例を取り上げて、あたかもそれがすべての学校でそういうことがやられているかのように、またすべての教員がそういうことをやっているかのような形でお話しになるというのは私はよくないと思います。そういう事例があるということは認めます。だけれども、それがすべてであって、だからこうしなければならないということは、ちょっと大臣としての発想としては私はよろしくないというふうに思うんですね。だから、学級王国の問題も、教室をのぞかせぬと校長に対して組合がという、これもそんなところがあるのかもしれません。 しかし、僕たちが現場でやっておるときは、三つクラスがあれば三人の教員が担任が話し合って、お互いにクラスを一遍交換してみようかといって交換し合ったりいろんなことをやってきましたが、僕の学校だって組合が物すごく強い学校だったけれども、やっぱりそうしながらやって、そして、みんな自分たちが教えることについてはきちっと月録、週録、日録をつくって校長のところへ持っていって、どうや校長、こないしてやるんだが、何か注意することがあったら言うてくれと言って。だからそういう学校だってあるわけで、ある一つの特例をもって、だからという言い方は、これは町村衆議院議員がおっしゃるんならいいけれども、文部科学大臣としておっしゃるということは少しお控えいただいた方が教育全体のためにいいんではないかということを私は意見として申し上げておきたいと、こう思うんです。 だから、今おっしゃったような「学級王国という閉鎖的な状況は変わらない」とか「学級については人間関係の形成や切磋琢磨という面からある程度の規模が必要であることなどの問題があり、」というのは、随分これは文部省の中の知恵のある人がつくった文章だと思うんだが、随分無理をして、三十人学級はやっぱりだめなんだ、実施できないんだという理由に挙げておられる。非常に苦しい部分だと私は見てとって、同情もするんです、ある程度。だけれども、今言いましたように、三十人学級ということをこういう形で一つ決めつけてだめだと否定していくということは、どうしても我慢できない。今はその部分だけ申し上げておきます。 それで、中に入ったとき、だからというので定数改善と加配方式というのを出してくるわけですね。定数改善と加配方式というのを出してくるわけです。 それで、教職員の学校に対する配当というんですか、何人教員を学校に配置するかという原則をこれから、何ですか、学級規模を四十人から三十五人とか三十人とかというふうに規模を縮小して、そして学級数が幾らあるからその学校には教員を何人配置するという、こういう従来からずっと踏襲してきた基本的な形を改めて、これからは定数を加配方式でいろんなところに、例えば今度でもこの少人数学習集団政令加配というふうな形で、政令による加配という部分で膨らませていくというふうなことをこれからずっとおやりになるというふうに、文部省の定数を改善する基本的な方針が変わったというふうに考えていいのですか。そこのところ、どうでしょう。
○副大臣(河村建夫君) 基本的な認識を申し上げて、もし詳細がありましたらまた事務局の方から申し上げますが、基本的な認識は、今までのやり方をがらっと変えてということにはならないと思います。 ただ、今回の改正によりましては、いわゆる可能となる場合というのは特例的な学級編制基準ということで、それで必要な教職員について全体的な国庫負担の対象の各県の教育委員会が持っております総定数の枠の中でお願いをするということで考えておるわけでございます。学校における具体的な取り組みを支援するという形で加配を行っていくわけでございますので、一律の加配、一律の配分というわけではなくて、それぞれの各県、これから各県が十分意見交換をしながら、そして少人数指導の実施体系であるとか実施方法、あるいは評価方法の考え方を十分聴取した上で、都道府県ごとに学校数や教員一人当たりの児童生徒数などこうした客観的なデータも必要でございます、そういうものを勘案して加配をやっていくと、こういうことになるわけであります。
○本岡昭次君 僕の聞いておるのは、この法律は、公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律、学級編制と定数の標準に関する法律なんですよね。だから、当然その法律の柱は、学級編制と学級に基づいて教職員の定数を出してくるという基本形があるわけなんです。 この学級編制を変えずに教職員の定数改善というものをいろんな政令加配でこれからずっと膨らませていくのか、いや、今回は、財政上極めて厳しい状況がありその基本形のところを変えるのが難しいから、こういう政令加配のところを中心にして子供の学習のよりよい状況をつくろうとした、しかし財政状況がある程度安定をしてきた段階では、やはり基本の学級編制基準四十人というのをさわっていくというふうになっていくのかどうかということなんですよ、私の聞きたいのは。 依然としてそこの学級編制基準というのはもう四十に固定して、あと教員定数のところはいろんな条件をつけて加配で変えていくのかという極めて重要な問題なんですよ、ここのところは。
○政府参考人(矢野重典君) 定数改善計画の考え方でございますが、先生御案内のように、第六次の改善計画につきましては、学級規模の標準は変えないで、具体的な指導方法の改善工夫のために加配をするということを中心にして第六次の改善計画をやってまいりました。 今回、第六次が終わりまして新しい改善計画を検討したわけでございますが、その際、私どもが考えましたのは、第六次の改善計画による教育効果というんでしょうか指導効果というのを、そういうものも踏まえまして、引き続き、第七次におきましては第六次の考え方を踏まえまして、第六次の考え方をむしろ踏襲する形で学級規模については、それについては基本を維持しながらより具体的な指導方法の改善のためにそういう取り組みを支援する、そういう観点に立って改善計画を策定したものでございます。
○本岡昭次君 そうすると、第七次が終わって第八次と行くときには、この学級編制の第三条ですね、四十人を標準とするというところを三十五にするとか三十とかいうて変えていくということもあり得るということやね。
○政府参考人(矢野重典君) 今回、第七次をこれからスタートするわけでございますが、五カ年計画でスタートいたしまして、新しい計画はその第七次改善計画の結果の成果なりを踏まえて次の計画のあり方を検討する、こういうことになろうかと思います。
○本岡昭次君 そのときに、第三条の学級編制基準、今四十を標準とするというところをさわらないということではないということなのかということを聞いておるんです。
○政府参考人(矢野重典君) 繰り返しになりますけれども、第七次の改善計画がこれからスタートするわけでございまして、そして、その改善計画の結果を踏まえて新しい改善計画のあり方を検討するわけでございますので、ぜひ御理解をいただきたい。
○本岡昭次君 もう政権をかえてやる以外ないということやね、これは。わかりました。 それで次に、問題は、二十人授業が可能かと小林同僚議員も尋ねましたが、そうすると、その二十人授業ということが前面に出てきますが、そこで、これも大臣答弁を見ると、チームティーチングの改善や第六次の改善と、今回の定数加配を含めた教員組織を有効に活用することと言っている。私がひっかかるのは、定数加配を含めた教員組織を有効に活用するというのは、これはどういうことか。ここに何か裏に非常に重要な問題があるように思います。 どういうことかというと、私の考えるのは、第六次定数改善の中にTT加配、チームティーチング加配が八千四百人あります。第七次改善で八千六百人改善を少人数学習をするために出します。合わせて一万七千人の教員。しかしそれではできないわけで、何を持ってくるかというと、学級担任以外の教員が三万七千人おる、これを持ってきて合わせて五万四千人で二十人授業をやろうとしている。要するに、今言った教員組織を有効に活用するということは、この法律の第七条で、学級数にある乗数を掛けて教員を配置すると、六クラスの学校であれば学級担任は六人でいいわけです。そこへ校長がいて、教頭はそれでは配置できませんから、乗数があるわけです、一・何ぼ掛けると。だから、必ずそこに教頭、そしてあと余分が出れば図工とか音楽とかいう専科教員をそういうところでは配置していくんですよ。そうすると、学級担任以外の教員を全部二十人授業をするために確保するという僕は考えだろうと、こういうふうに思うんです。 それも一つの考え方かもしれません。しかし、それをやればどういうことになるのか。過疎地域を中心とする農村部ですね、郡部のいわば六学級とか十二学級までのそういうクラスが一つの学校の単位であるところは、初めからこれは二十人前後のクラスなんですよ。そこは二十人授業するために特別の加配をする必要のないところがいっぱいあるんですよ。そこには学級担任以外の教員が配置されているんです。だから、そういう教員を全部ずっと二十人授業をするために必要なところへ集めてくる。教員の大異動を全国的にやらせて、そして二十人授業をやるとすれば可能かなと思うんですよ。それ以外に方法はない。 とすれば、今度の定数改善というのは、そういう人口が多くて大規模校がたくさん集中して、そして四十人とか三十人台のクラスがたくさんあるところには先生をたくさん配置してクラスを分けて二十人授業ができるようにするということになるけれども、もともと二十人前後の、二十人にすることの必要のないところは何の恩恵もない。むしろ、配置されている専科教員を召し上げてそういうところへ投入するという以外、私は可能性の問題で言えば可能性はない。もしそれをしないというならしないと言ってください、それはやらないならやらないと。そうしたら、この教員組織を使ってというのは一体これはどういうことを言っているのか、どうしてこのことを可能にしようとしているのかということは、いよいよ僕はわけがわからなくなってくるんです。どうですか、私の言っているところ。
○政府参考人(矢野重典君) この計画の積算にかかわる話でございますので、私の方から御説明をさせていただきたいと思います。 今回の積算を詳しく申し上げますと、少人数指導に活用できる教員数といたしましては、先生御指摘にございましたように、第六次計画によるチームティーチングの加配が一万五千九百三十一人ございます。これは小中合わせてでございます。今回の第七次改善計画により少人数指導加配が二万二千五百人を予定をいたしてございますので、合わせますと、合計で約三万八千四百人の活用できる教員数がいるわけでございます。 このほかに、先ほど本岡先生御指摘がございました学級担任外教員をこれも活用することといたしているところでございます。その学級担任外教員の活用でございますが、積算上、私どもは学級担任外教員のうち約三分の一を少人数指導に充てることとしているわけでございます。そうすることによりまして、先ほど申し上げたような少人数指導ができるわけでございます。 ただ、その場合、幾つかの条件があるわけでございまして、その一つは、学年が二学級以上の部分、これはつまり学年一学級を除くという意味でございます。学年が二学級以上の部分についてこの少人数指導の積算を行っているということが一つございます。それからもう一つは、平成十四年度から完全学校週五日制になるわけでございますが、教員サイドの授業の持ち時間数は現状よりも減らさないということを条件にしているわけでございます。そのような今申し上げたような条件を各都道府県が御努力いただく、そういう工夫をしていただくと、そういうことを前提にいたしますれば、先ほど来申し上げております少人数指導が可能となる、こういう積算でございます。
○本岡昭次君 今、手品の種明かしをしてもらっておるんです、私はね。 そうしたら、もう一つ尋ねます。 一学年二学級以上のところを対象にしているとおっしゃいましたが、田舎の方へ、田舎という言葉はいかぬかもしれぬけれども田舎と言います、行きますと、これは六学級の学校というのはかなりあるんですよね、一学年一クラスというのが。そしてそういうところに三十九人とか四十人とか、あと一人ふえたら二つに分かれるなというところが逆に言ったら存在をしておるんですよ。そうすると、あなたのおっしゃった一学年二クラス以上のところに少人数加配をして二十人授業を可能にすると、こういう方針を出したときに、一クラスの三十九人おるそのクラスは二十人授業をやろうとしても、今あなたのおっしゃった基本形からは外れるということに相なりますね。どうしてそれを全部のところをやるとおっしゃらないんですか。
○政府参考人(矢野重典君) 今、先生がおっしゃられたようなケースについては、御指摘のとおりでございます。 ただ、私どもといたしましては、この計画を立てるにつきまして、本来ならば学校ごとに積み上げ、そしてそれを市町村ごとに積み上げ、そしてそれを県レベル、国レベルにおいて積み上げることによって正確な計画を立てることができるわけでございますが、現段階においてはそういう個々のケースを把握することはできないものでございますから、私どもの計画は、基本的には国全体のマクロの計画として計画を策定せざるを得ないということについては御理解をいただきたいと思うわけでございます。 その中で、例えば今、先生がおっしゃられたようなケースが出てまいるわけでございますが、マクロの計画の考え方といたしましては、六学級、一学年一学級の学校では、これは大体平均の一学級当たりの規模が二十人以下でございます。十九・何人といったような、それが平均でございます。その平均をベースにマクロの計画を立てざるを得ない。そういう意味で、先生がおっしゃられたようなそういうケースが出てまいれば、それは今度はその個々のケースについてはそれぞれの都道府県において具体の実際の運用に際しては御配慮をいただく、そういう必要があろうかと思うわけでございます。
○本岡昭次君 それで、さらにちょっと尋ねますが、一クラス一学年ということで六学級ある学校ですね、そこに対しても定数配置からいけばプラス二になるんですよね。八人教員が配置されます。一人は教頭でしょう、一人が音楽になる場合が一番多いと思うんですが、専科になっていくんです。その場合のそこの専科の先生を召し上げるというふうなことは絶対しないですね。
○政府参考人(矢野重典君) 先ほども申し上げましたように、計画はマクロの計画にならざるを得ないわけでございまして、そしてそのマクロの計画として申し上げますれば、学級担任外教員というのは三分の一は使うことを予定してございますけれども、残り三分の二は専科教員として残るわけでございますので、マクロのそういう計画をもとに、今、先生が御指摘のようなケースにつきましては、それぞれの都道府県、市町村、学校において適切にこれは実際の場面において御判断をしていただく必要があろうかと思います。
○本岡昭次君 だから、私は最初尋ねたのが、今までずっと学級数を基本にして教員を配置して、そしてそれを軸にしてさまざまな教育活動、学習活動を学校でやってきたのを、今おっしゃったように、それを少人数のところへ三分の一を持っていくとおっしゃったのかね、三分の二。
○政府参考人(矢野重典君) 一です。
○本岡昭次君 三分の一を持っていくとおっしゃった。 さあ、それでできるのかどうかと、こう思うんですが、そうしたところを、それぞれの今おっしゃったように三十人学級でもやろうとしたらできるんだというそういうものがある、そして今のような話もある。いろんなことがそれぞれの都道府県あるいは市町村教育委員会の段階で弾力的に編制をやれるということを目指しているというふうにこれは理解をせざるを得ないわけで、だから二十人授業というものが文部科学省の言うように、責任を持って従来いろいろ定数改善なり学級編制をやってきたという形にほとんどのところ、大部分のそういうところは地方の教育委員会に任せていくという基本的な考え方というふうにこれは理解していいんですか。
○政府参考人(矢野重典君) 私どもは私どもなりの考え方に基づいて計画をつくりましたけれども、その計画に基づいて各県がどのような配置基準をつくり、またどのような定数配置をするかというのは、基本的には一定のルールに従って各県の御判断でございます。
○本岡昭次君 各県の判断はよろしいです。 しかし、教職員の義務教育費国庫負担法に係る定数というのは毎年の予算編成の中に組み込まれて、そして各教育委員会に対してそれを、都道府県に対して何人配置するかということを決めていくわけですよね。それで四月から始まっていく。しかし、学級数がいろいろ変わるから最終的に五月で決めると。一月と五月と二回あるわけですね。 しかし、各都道府県の教育委員会は、翌年から一体どのぐらいの学級数になって、そして教職員をどのぐらい配置するかという、そういう状況もにらみながら教員採用あるいは退職者というようなものの計算をずっと始めてくるんですよ。それが計算できるのは配置基準というものがあるから計算できるんです、あらかじめ。だけれども、今のように少人数授業加配というのが、今おっしゃるように、きちっとした各県に配分する基準というものが定かでない中で、それぞれ各都道府県でおやりなさいというふうなやり方は私は不可能だと思うんですよ。 義務教育費国庫負担法に基づく定数が各県に対して政令加配の二万二千五百人、来年度は四千五百人というものが、東京には何人、大阪には何人、兵庫には何人というふうにあらかじめ定められていくということがなければ、これはとても今あなたがおっしゃるようなことにならないと思うんですが、各県の配分基準というものは今どのようになっておるんですか。
○政府参考人(矢野重典君) 今回の少人数指導の加配についての考え方でございますが、基本的に、先ほど申し上げましたように、都道府県の判断によって教科等に応じた少人数指導の実施など学校の具体的な取り組みを支援する、そういう観点から行うこととしているわけでございまして、このため、具体的に加配を行う際には、都道府県の少人数指導の目標あるいは少人数指導の実施形態、実施方法、さらには少人数指導にかかわる評価方法等の考え方を私どもとしては十分聞かせていただいた上で、その上で各都道府県ごとの客観的なデータがあるわけでございます、学校数でございますとか教員一人当たりの児童生徒数などの。そういう客観的なデータがあるわけでございまして、そういうものを勘案して決定をすることといたしたいと考えているわけでございます。 そして、先生おっしゃいますように、御指摘のとおり、この計画がお認めいただければこの四月一日から実施をしなければならないわけでございますので、そういう意味では、決定をしていただいてそれから各県とということになれば間に合わないと、こういう事態があるものでございますから、これはあくまでも予算が通り、それから法律をお認めいただくという前提で、内々には各県から既にいろんな事情を聞かせていただいてそういう準備は既にしてまいっているところでございます。
○本岡昭次君 もう時間も迫ってきましたので、最後にもう一遍、現場が混乱したら困ると思って私は質問しているんですが。 中学校、当然そうなると専科教員、学級数プラスの分を使うと、こうおっしゃるわけで、この専科教員というのは中学校は免許状でもって皆やっている。無免許は認められぬということでやらないかぬわけですが、そうすると、数学、国語、英語それから理科ですか、そういう教科の免許所有の者を集めるのに今でも大変なんですよね。だから、これを少人数学習ということで幾つかに分けて、そしてやる、やらぬ。免許を持っている先生が何人そこにいるのかというときに、理科の免許を持って理科の専科で、中学校は専科教員ですから、そういう少人数でやるときに、あなたは国語をやれとか英語をやれとか、そういう無免許運転を至るところでたとえ少ない時間でもやらせるというふうなことに私はなる危険性があると思うが、そういうことは絶対ないかどうか。 それからもう一点、今度は小学校の場合に、言ったように基本的な学級数プラスの加配のような形になっていく教員が多くは専科教員になっている、それから教頭だと。教頭が教えるということは、それはいいですよ、教頭が教えるということは。しかし、音楽だとか美術の専科教員が自分の専科の免許を持ち専科の教育実践をかかわりながら合間を見て、そしてこの少人数学習ができたときに、やれきょうは算数だ、やれきょうは国語だ、やれきょうは理科だというふうな形でそういう専科教員がかかわっていくということにならざるを得ぬと思うんです、あなた方の発想であれば、それを使うというんだから。 だから、そういうことをあえて専科教員とその少人数学習の授業を持つということを併任させるような形をこれからずっと小学校ではとっていくということになるんですか。専科教員というのは、あなたは美術の専科教員ですよと。中には音楽だけの免許を持ってきている人もおるわけですよね。その人が、今言ったように少人数クラスの、一つのクラスを二つに分けたときの片一方をということをやらなければならぬということだって起こってくるわけで。 だから、その少人数学習というのが、現在、本当に本格的にきちっと学級の規模を小規模にして教職員定数を十分そこに配置して、そしてやっていくということになればそれはそれで非常に有効な手段になるかもしれませんが、今のように他の、もう既に長年定着した専科教員の仕組みをそこへ持ち込んでいくということは、僕は学校に大混乱をもたらすということになる。教えられる子供も、音楽の先生に私は算数を教えてもらっているという、構わないんですよ、それは立派な先生もぎょうさんおってやから。しかし、現実にはそういうふうなことが起こりますよ。だから、そういう混乱に対してどう文部省が責任を持つのかということを心配するんですね。 もうこれは意見だけでもいいんだけれども、何かちょっと今私の心配していることに対してあったら言うてください。
○政府参考人(矢野重典君) 今の御指摘はごもっともな御指摘でございまして、私ども、先ほど来申し上げてございますけれども、マクロの計画としてつくってございますけれども、本岡先生おっしゃいますように免許の問題、免許を持っている教員と少人数指導をする教員、その辺にミスマッチが出てくる、実際の場合に出てくる場合があるわけでございます。 そういう意味で、量的な数は確保できるけれども、実際の指導に当たってはそういうミスマッチが出てまいるわけでございますので、そういうことが出てこないように県やあるいは市町村教育委員会が十分工夫をしていく必要があろうかと思うわけでございます。 そういう意味での工夫をしていく必要があろうかと思いますが、ただその場合、そういう工夫をしてもなおその辺のミスマッチが解消できないという場合は、今回新しく定数を活用して非常勤講師を活用するという制度もできたわけでございますので、そういう制度を活用するという手も今回の制度改正によって開かれているというふうに思うわけでございます。
○本岡昭次君 終わります。
○山下栄一君 まず、法案にかかわる質問を最初にさせていただいて、後半ちょっと、日本語教育の問題を取り上げさせていただきたいと思います。 矢野局長、今お話を聞きながらちょっと感じたんですけれども、まず具体的にお聞きしますけれども、第七次の、義務教育諸学校の方ですけれども、例えば少人数による授業などの支援ということで、小中学校、五年間で二万二千五百人という数字がありますね、全国で二万二千五百人と。これに対して、都道府県の割り当てというのは前もってできない。都道府県への割り当ては、二万二千五百人を前もって割り当てはできないんですか。
○政府参考人(矢野重典君) 前もってという御質問の趣旨がもう一つあれでございますけれども、基本的には、私ども各県の計画を十分聞かせていただいて、そしてできる限りその計画に沿うようなそういう内容のものとして配当をさせていただく、そういう考え方で準備を進めているところでございます。
○山下栄一君 税金がもとになる。特に国の場合は国庫負担ですから、それにかかわるのを都道府県教育委員会である程度裁量してできるような答弁をされているけれども、それがどこまでできるのかなということ。今も何度もそういう確認をやったと思うんですけれども、要するに法律で決め、政令で決め、文部大臣の裁定で決めていくという形で、非常に具体的に決まっていくような形式で下におろされていっているような感じがするんですけれども、実態としては余り裁量権はないんじゃないのかなと、都道府県の方は、というふうなことを感じます。 それで、ちょっと具体的にお聞きしますけれども、少人数による学習集団、第七条です。第七条は具体的に書いてあるわけだね、これ、少人数による学習集団と。生活クラスじゃないよと。学習集団として、例えば二クラス三展開で、三クラス五展開で算数、国語、中学だったら英語、数学、理科。ある程度科目を決めてやらせるんじゃないのかなというふうなことを感じるんですけれどもね。 要するに、習熟度に差がつきやすいとか、またほかの理由である程度科目を決めて、この科目でだったら学習集団は少人数にしてよろしいよというふうな拘束性があるんじゃないのかなと。そんなことないんですか。
○政府参考人(矢野重典君) 私どもの定数改善計画を策定する際には、少人数指導の対象となる科目といたしましては、小学校では算数、国語、理科、中学校では英語、数学、理科の三教科について少人数指導が可能となるように策定をいたしましたけれども、これはあくまでも計画策定の積算であるわけでございます。したがいまして、実際の少人数指導の展開に当たりましては必ずしも国の積算に従う必要は全くないわけでございまして、そういう意味で各自治体や学校における具体的な取り組みを支援する、そういう観点から今回の定数措置を行うこととしているものでございます。
○山下栄一君 教科は別に特定しないと。例えばということで言っているという今御答弁だったと思うんですけれども、現場へ行ったらそういうふうにならぬのじゃないかなと私は思いますが、これに関連してなんですけれども、十五条ですけれども、今度は。 今回のは、十五条の中でもまたこれは特別に決めて加配、要するに配置改善をするというふうな感じがするんですけれどもね。例えば、この十五条にかかわる施行令ですね。施行令で、例えば今まで外国籍の子供に対する日本語指導、不登校児童への特別指導、それから長期研修、例えば企業で研修を受けている先生が一年間学校を留守にすると、その間にかわりの先生を配置するというそういうための十五条関連の加配の規定がありますよね。それから通級指導ですか。今回はそういう義務教育標準法施行令第五条に書いてある部分は、こういう観点で加配措置というか、配置改善できるのは通級だけですかね。通級による指導のときだけですか。
○政府参考人(矢野重典君) 今、先生御指摘の政令五条の内容につきましては、今回、基本的に変えていないわけでございますので、引き続き加配の対象になるわけでございます。
○山下栄一君 これを確認させていただいたのは、今回、少人数による指導の改善措置と別建てで、今度は養護教諭、例えば養護教諭を複数配置できるというこういう観点からの配置改善の人数を立ててあるわけですけれども、例えば不登校とか問題行動、今回、別の法案で出てまいりますけれども、問題行動に対する対応を学校でせにゃいかぬと。そういう場合に、保健室の養護の先生をふやすという観点ではなくて、例えば個別に生徒を別の教室で指導する、問題行動を起こすからほかの子供と一緒になかなかやりにくい状態だと。そのために特別の指導体制を組まにゃいかぬという観点からのこういう配置改善もできるということですね、今回の第七次で。
○政府参考人(矢野重典君) 先生御指摘の、問題を起こす子供や障害児などに対しての個別指導あるいは取り出し指導でございますけれども、これはこれまでも生徒指導担当教員あるいは通級指導のための定数措置などの充実を図ってまいっているところでございまして、そういう措置で対応できるわけでございますが、今回新たに少人数指導のための定数の措置が認められるわけでございますので、そうした定数の活用も含めまして、学校における教職員全体が、今申し上げました、今御指摘の点の問題行動や障害を持つ子供に対して協力して指導することが可能になるわけでございます。
○山下栄一君 よくわかりました。 残された時間、日本語教育の問題を取り上げさせていただきます。 日本語の教育がどれだけ専門性を持って日本国内で、また海外で行われておるのかという、非常に最近疑問がわいておりまして、そういう観点から質問させていただきたいと思います。 言葉が乱れているということもありますし、人類の言語はどんどん絶滅しているというそういう報告もございまして、本来の日本語が消えていっているのではないかというふうな、そんな気持ちもございまして質問させていただきたいんですけれども、日本語教育を施す施設、どんなものがあるかということをまずお願いします。
○政府参考人(工藤智規君) 日本人の場合は、小学校段階からいろいろ日本語を国語という教科などを通じまして学んでいるわけでございますけれども、外国人を初めとして日本語に余りなじみのない方に日本語を教える施設といたしまして、日本語教育機関が種々の設置形態で置かれてございます。 その現状を申し上げますと、学校法人あるいは準学校法人として置かれているもの、それから財団法人等の公的な法人立で行われているもののほかに、株式会社立あるいは個人立等を含めまして現在二百六十七校を数えてございまして、ここで学んでいる方々は約三万人でございます。 これは、御案内のとおり外国人の方で日本語を学びながら日本で働くということで、在留資格としては就学生というビザがあるわけでございますが、その就学生の就労に当たりまして、一時、御案内のとおり不法就労を目的として大変混乱した時期がございました。そのために、この日本語教育機関の関係者が相集いまして日本語教育振興協会という財団法人をつくりまして、そこの自主規制としましてそれぞれの施設の審査・認定基準を定め、その認定事業を行いながらそれぞれの水準の維持向上等に努めているところでございます。
○山下栄一君 工藤局長がおっしゃった数がちょっとどの数かなと今思ったんですけれども、まず高等教育機関で、大学院、大学、短期大学、高等専門学校でも日本語の講座があり、担当の教授がおりという形で専門的な日本語教育が行われていると。それ以外に、主に外国籍の方、就学生、日本語を勉強したいという外国籍の方を中心にした日本語教育実施機関というのがあると。これはさまざまに、今おっしゃったように財団法人もあれば株式会社もあれば任意団体もいろいろあると。 数がちょっと、今二百幾つとおっしゃったんだけれども、文化庁の方ではどういう数になっているんですか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 日本語教育施設でございますけれども、先ほど工藤局長の方から御説明申し上げましたように、日本語教育振興協会によって認定をされております日本語教育施設は、昨年の三月末現在で二百六十八施設でございます。これ以外に日本語の教育を実施している機関、施設があるわけでございまして、ちなみに数を申し上げますと、大学あるいは短期大学、高等専門学校などで日本語教育というのは実施をしているわけでございますし、それ以外の地方公共団体でございますとかあるいは財団、社団といった法人が実施をしているものなどを合わせまして、現在、私どもの方で把握をしている日本語教育の実施機関は約千六百ほどございます。
○山下栄一君 私、今の報告も聞きながらなんですけれども、要するに、日本語を母国語としない方々に日本語を教えるということは、日本文化への理解、また日本という国への理解を正確に学んでいただくために大事な教育だというふうに思うんですね、日本語の教育は。ところが、日本語教育を行う施設の実態は私は物すごく、どう言ったらいいんですかね、驚くほど不安定というか、いいかげんというか、そんな感じがするんです。 この日本語教育施設を認可する組織として財団法人日本語教育振興協会というのがあるけれども、ここで掌握している日本語教育施設というのは二百幾つだと。今、文化庁次長おっしゃった千六百という施設は、これは認可もされていない。認可といっても、認可をしているところも財団でやっているわけですし、されていないところは任意団体、それから財団でもほとんど掌握していませんよね、この協会では。そこの教員は一体どんな教員が専門性を持ってやっているんだ、その施設がきちっとした施設なのかということはどこで確認しているのかなと、千六百とおっしゃったけれども。 協会が認定している二百六十でも、私はこの基準も見ましたけれども、基準はこれ、協会そのものでこの財団法人でやっているわけで、教員の資格も書いてあるけれども、それをどういう形で本当に資格を持っているのかどうかということを調査するのかなということを考えますと、日本の日本語教育機関というのは千六百もあるけれども、まともな日本語教育が行われているという保証はほとんどない、ほとんどないのかあるのかということすらわからないというのが実態ではないかというふうに思うんですけれども、どうでしょうか。
○政府参考人(銭谷眞美君) 先ほど日本語教育施設は約千六百というふうにお答え申し上げまして、そこで学んでいる学習者の数というのは約九万三千人ほどでございます。このような学習者は実はいろいろな方がおられまして、例えば大学の留学生の方とか、あるいは日本語教育施設にもちろん在学しておられる就学生の方とか、あるいは外国人の児童生徒の方とか、あるいは日本国内に居住しておられる外国人の方など、非常に幅広い層に現在ではわたっているわけでございます。 文化庁といたしましては、日本語教育施設の状況についてこれまでも調査をしているわけでございますが、ただいま先生からお話もございましたように、そこでの教育というものをできるだけ幅広い、それぞれの学習者の需要に合わせた教育内容にしていく必要があるだろうということで、実は、御案内かとは存じますけれども、昭和六十年に例えば日本語教育のための教員の養成について標準的な教育内容といったようなものをお示しいたしまして、日本語の教員の養成というものが十分行われるようにこれまでも努力をしてきて、その質の確保に努めてきたというところでございます。
○山下栄一君 日本語教員、日本語を専門的に教えることのできる人の養成はちょっと後から質問しますけれども、これは、文部大臣ちょっと、日本語教育施設の認可をする組織として財団法人日本語教育振興協会があるんですけれども、これはもちろん財団ですから文部省、文部大臣は監督責任があるとは思うんですけれども、この振興協会が認可しているわけですけれども、その基準、日本語教育施設の運営に関する基準というのは、これは基準そのものは文部大臣はかかわっておられませんよね、これ。と思うんですけれども、これ、協力者会議がつくったものであって、文部大臣が別に承認しているのではないと思うんですけれども、いかがですか。
○政府参考人(工藤智規君) おっしゃるとおりでございまして、御指摘の日本語教育振興協会は旧文部省、今の文部科学省と法務省、外務省の三省の共管の法人でございますが、そこでの審査・認定事業というのはいわば日本語教育機関の関係者の自主的な事業として行われているものでございまして、その指針として関係者による協力者会議の結論を平成五年七月にレポートとしていただきまして、その結論の日本語教育施設における運営に関する基準に基づきまして自主的に審査・認定事業が行われていると承知してございます。
○山下栄一君 だから、文部大臣はかかわっていないし、文部省そのものはかかわっていないということですね。これ、私も実情を知りまして、ちょっとこのままでは外国籍を持っておられる方の日本語、ひいては日本文化、日本の国そのものに対する理解が非常にいいかげんな形になってしまう可能性があるというふうに私は思います。後からまとめてこの話はさせていただきますけれども。 具体的に、次の話ですけれども、小中学校で外国籍の方の子供たちがふえておる。私の家の近所でも、小学校で南米御出身の方の子供が授業を受けているわけです。そのためには、先ほどの加配措置じゃないけれども、日本語を勉強するための体制もとるわけですけれども、だれがその子供に日本語を教えるのかということは極めてあいまいであるというふうに私は思います。 公立義務教育諸学校で外国籍の子供に日本語を教える人は、実態はどうなっているのかということ。
○政府参考人(矢野重典君) 御指摘のように、我が国の公立学校には現在、日本語指導が必要な外国人児童生徒が全国で五千二百三十五校に一万八千四百三十二人在籍をしておりまして、その母語は六十五言語にわたっている、こういう状況にあるわけでございます。これら外国人児童生徒を受け入れる学校におきましては、それぞれの学校の当該校の教員が日本語指導を担当し、例えば取り出し指導の実施あるいは教材の工夫などの取り組みを行っているところでございます。 文部科学省といたしましては、これら日本語指導を担当する教員の専門性を高めますために、日本語指導等を主な内容とした実践的な研修会を実施いたしておりまして、そしてそういう意味での資質の向上に努めているわけでございますが、あわせて日本語指導担当指導主事に対する研究協議会等を実施いたしまして、日本語指導担当教員のそういう意味での専門性を高めるための施策を講じている、こういう状況でございます。
○山下栄一君 今おっしゃったように、日本語を担当する先生は現場の専任の先生、その先生に対しても研修をやっていると。私は、研修をやる人は一体そんなきちっとした専門性を持っている人が研修を担当しているのかなという疑問がございます。 外国籍の子供たちに対する就学義務はないわけですよね、外国籍の子供だから。就学義務はないんですけれども、やはり私は子供は教育を受ける権利があると思う、地球上の子供たちは。たまたま今、日本にその子供がおる。ところが、実情は外国籍の子供たちで学校に行っていない子供が今ふえているというそういうことを、こういうことを研究されている方から教えていただいたんですけれども、私は、就学義務を課されていないし罰則もない、それはそうかもわからぬ、だけれども、子供にとっては教育を受ける権利は日本国籍であろうとだれであろうとあるという観点から、やはり日本政府も対応してもいいのではないかと思います。 そういう意味で、外国籍の子供たちを持っている親に対してはやはり就学案内ぐらいはきちっと、こういうところで教育を受けられますよということは通知することをきちっとしてもらいたいと思うんですけれども、この点、いかがでしょうか。
○政府参考人(矢野重典君) 我が国の小中学校に在籍する外国人の児童生徒数は平成十二年度で約七万人となっている、こういう状況にございます。我が国に居住する外国人の子弟につきましては、我が国の小中学校への就学義務は当然のことながら生じないわけでございますけれども、希望すれば日本国民の児童生徒と同様に公立の小中学校に受け入れ、日本人と同一の教育を受ける機会を保障しているところでございます。 文部科学省といたしましては、市町村の教育委員会に対しまして、公立の義務教育諸学校への入学を希望する在日外国人がその機会を逸することのないように、保護者に対して入学に関する事項を記載した案内、いわば就学案内でございますけれども、そうしたものを発給するように指導をいたしてきているところでございまして、文部科学省といたしましては、各市町村の教育委員会において、このような指導を踏まえて管内の在日外国人に対して適切に就学案内が発給されているものというふうに考えているところでございます。
○山下栄一君 局長の御答弁ですけれども、もちろん住民登録をするわけですから、その際にきちっと就学対象の子供がおるということはわかると思いますので、それはきちっと就学案内を出すと。永住外国人の方に対してはきちっとやっているけれども、最近ふえておる外国籍の方に対する就学案内がきちっとできていないという実情があるので私は申し上げたわけで、これをよく調査していただいてきちっと再度御徹底をお願いしたいと思いますが、いかがですか。
○政府参考人(矢野重典君) 御指摘の点でございますが、実情を調査いたしまして、必要があるならば改めてその指導を徹底いたしたいと思います。
○山下栄一君 次に、日本国籍を持っている子供たち、日本人の子供の話ですけれども、日本人、日本の子供たちは日本語の教育を受けておるのかという何か基本的な疑問がわいてきまして、小学校では国語の授業を受けている。国語の先生は日本語をきちっと教えるだけの専門性を持っておるかと。文学に対する理解はある、だけれども言語学とか平仮名とか片仮名の歴史とか、どういうふうにして今日、日本の社会の中で使用されてきたのかということも含めてそういう、国語は日本語なんですけれども、国語教育と日本語教育がちょっと違うように私は思っております。そういう意味で、先ほど高等教育機関における日本語教育の実態ということを工藤局長にお答えいただいたんですけれども、これは専門性を持った日本語教育の講座を持っておる大学というのは少ないように思いますし、どういうことを教育内容としてやるべきかということは、先ほどのお話ありました日本語教員の養成に関する調査研究協力者会議に書いてありますけれども、教育内容そのものを見直すべきだという提案がされているわけです。私は、日本語ということが、今子供たちが国語の勉強はしているけれども、日本語を正確に教わっているのかという観点からのきちっとしたやはり体制を見直す必要があるのではないかと、こういうふうに考えるんですけれども、大臣、いかがでしょう。
○国務大臣(町村信孝君) 日本語の特に海外での普及、あるいは日本に来られた留学生、就学生の方でもいいんですけれども、非常に山下委員御指摘のように大切なことだと思っております、日本の理解あるいは日本の文化、伝統、歴史等の理解を海外の人にしてもらうというのは大変重要だと思っております。 多分私は、戦後、やっぱり戦争に負けたという反省といいましょうかショックから、何かそういうことを積極的にやると日本の文化のまた侵略だみたいなそういう批判が怖くて、多分非常に憶病だったんだろうと私は思います。 しかし、今現実にもう海外で何万という日本語を学びたいという人たちがいる、あるいは国内に来て働きたいという人たちがいる、そういう現状を踏まえたときに、私は、積極的にそうした日本語の海外普及、あるいは日本にいる外国人の子弟、あるいは大人でもいいんですが、日本語を学べるようにすることはこれから非常に重要になってくると、こう思っております。 私はたまたまフランスに出張に行ったときに、フランス語の海外普及をやっておりますアリアンスフランセーズという機関に行ってまいりました。もう百年を超える歴史があって、さすがにフランス文化に対する自信のある国は違うなと思って感心もしてきたわけでありますが、一挙にそういう機関をつくるというところまでは行かないまでにしても、今、委員御指摘のように、日本語を日本人が国語として習うことと外国人が外国語として日本語を習うことは確かに基本的な違いがあるんだろうなと私も今の委員の御議論を聞きながら思っていたところであります。 そういう意味で、昨年の三月に、先ほどちょっと局長が申し上げましたような協力者会議での報告を踏まえて、各大学で今新しい取り組みを行いながら日本語教員養成の施策というものを一層充実していく必要があるということだろうと思っておりまして、そういう努力をまず各大学等でしていただきたいし、さらには海外における日本語の普及ということも含めて、これは文部省だけではできません、外務省の御協力もいただき、あるいは国際交流基金の協力もいただきながら、海外でまたそうした日本語を教えるという体制もしっかりとっていく必要があるだろう、両面でやっぱりやっていかなければいけない、かように考えております。
○山下栄一君 私は、国語の教員免許もちょっと偏っているんじゃないのかなということがありましたもので問題提起をさせていただいたんですけれども、やはり文学中心になってしまっていると。言語学としての日本語の教育がやはり国語の教員そのものもきちっと教育を受けていない、そういう免許の体制になっているということを御指摘したわけでございます。 次に、日本語教員の養成の話なんですけれども、外務省にお聞きしますが、今も大臣が触れられました、海外で、日本以外の国で日本語を勉強したいという人がふえているわけですね。アジアもそうですし、ヨーロッパでもそうだと。 ハンガリーに行ったときも高校で日本語を教えておりました。ただ、その日本語を担当している先生はだれが担当していたかと。それは日本にあるハンガリー大使館に勤めておられた日本人が教えておられたわけで、その方は別に日本語教育の専門家でも何でもなかったわけです。その方が正規の高校の先生として、非常勤講師ですけれども教えておられたわけです。 私は、海外における日本語教育の普及のための日本語教育専門家の派遣、この派遣されている専門家のレベルも非常に不安になってきたわけですけれども、国際交流基金またはJICAでそういう派遣事業をされておりますが、どういう方が派遣されているのかということを教えてください。
○政府参考人(城田安紀夫君) 海外におきます日本語教育のための教師の派遣でございますけれども、外務省の方からは国際交流基金を通じまして日本語教育の専門家、それから青年日本語教師、この二つのカテゴリーで派遣しております。これと別個に、今御指摘の青年海外協力隊、JICAの日本語教師という方を派遣しております。 この中で、国際交流基金を通じて派遣しております専門家の方々ですけれども、基本的には公募をしております。資格ですけれども、専門家の方につきましては、日本語教育の関連分野で修士以上の学位を持たれて、経験の分野では日本国内外の中等高等教育機関において三年以上の経験を持っておられる方、若手の青年日本語教師につきましては、資格が四年制大学を卒業されておられて、実際の経験の面ではやはり国内外の中等高等教育機関において二年以上の経験を持たれておられる方等々という資格のもとで公募をいたしまして、審査は書類試験、それから筆記試験、それから面接ということを経まして海外に派遣しておるところでございます。 ちなみに、その派遣の前には事前の研修を双方のカテゴリーの教師の方に対してもしておるところでございます。
○山下栄一君 ちょっと不正確な答弁されたら困るんだけれども、今、国際交流基金の話をされたよね、そうですな。国際交流基金に、平成十一年度でも十二年度でも構わないけれども、派遣された、派遣されている、新規の派遣等も含めて、平成十一年度は百人ぐらい派遣されていると思うけれども、その中で今おっしゃった修士、日本語教育の修士をきちっと受けておられる方は何人いらっしゃるんですか。
○委員長(市川一朗君) 委員長から申し上げます。 政府参考人としては本来、部長が出るべきところを、外国出張ということで特別に参事官の出席を許可しておりますので、しっかりした答弁をお願いします。
○政府参考人(城田安紀夫君) 失礼しました。 ただいま現在、海外に派遣しております専門家は総計百三十五名でございますが、このうちの申し上げました修士を超えた学位を持っておられる教育専門家の方は七十一名というふうに承知しております。
○山下栄一君 JICAの方はどうですか。
○政府参考人(西田恒夫君) お答えいたします。 青年海外協力隊の日本語教師派遣につきましては、開発途上国からの派遣要請に基づきまして平成十二年度におきましては二十五カ国、総計七十名となっております。 ここ数年の傾向といたしましては、開発途上国側よりの派遣要請がほぼ毎年百名程度寄せられておりまして、それに対しまして日本国内においては一千名程度の応募がございます。しかしながら、日本語教師資格の有無あるいはそれと同等の能力を有する者を中心に、各国の要請内容を踏まえまして厳正な選考を行っており、最終的な派遣者数はほぼ七十人程度ということで推移をいたしております。 派遣国先としましては、ここ数年、特に東欧諸国の日本語熱が極めて高い状況でございまして、例えば平成十二年度の派遣日本語隊員七十名中十三名に上っております。特に九〇年代に入ってからこの傾向は顕著でございます。 無論、青年海外協力隊事業を発足して以来、日本語隊員を含めまして派遣人数的にはアジア各国が最も多いのは先生御承知のとおりでございまして、日本語隊員としましても、平成十二年度で見ますと七十名中三十七名がアジア諸国に派遣されております。その中で一番多いのは中国ということでございます。 開発途上国の要請の増加という状況に対処するために、平成十二年度予算におきましては派遣枠を千三百五十名から千三百八十名、三十名の増員を御承認いただきましたが、右三十名は日本語隊員の増員ということに充てさせていただいております。
○山下栄一君 わかりました。 専門性はどこで検証するの。
○政府参考人(西田恒夫君) 専門性につきましては……
○委員長(市川一朗君) 発言の許可を求めてから答弁してください。
○政府参考人(西田恒夫君) はい、失礼しました。 お答えをいたします。 青年海外協力隊の選考につきましては、一般的に第一次選考と第二次選考の二段階を行っております。第一次選考は各都道府県に実施を委託しておりまして、第二次選考をJICAで行っております。 第一次選考のときに科目としまして技術、この場合には日本語の教授法でございますが、それに英語、協力隊員の適性テスト、健康診断を行いまして、第二次選考ではこれに基づきまして個人面接及び技術面接、この場合には日本語の教授法でございますが、それについてそれぞれの面接を行いまして、最終的に選考をいたしております。
○山下栄一君 私らも、国際交流基金も含めて極めて専門性が非常に疑われるような内容になっているというふうに私は理解しているんですけれども。 これは先ほど工藤局長、文化庁次長でしたか、例えば日本語教育実施機関千六百あると。教員が二万三千のうちボランティアが一万三千なわけですけれども、こういう方々がボランティアとして教員として教えておられるわけですね。 専任教師といっても、専任とは一体何をもって専任とするんだというのは、別に日本語教員の資格があるわけでも何でもないわけです、日本語教員の資格なんてない。資格をだれが与えているかといったら先ほどの財団が与えているわけで、それでどうしても資格を取らないと教えられないのかといったら教えられるわけで、というようなことを考えていきますと、日本語教育の実態が極めて貧しい、貧弱だなということを感じるわけであります。 もとに戻ります。 その日本語教育の専門性はどこで養われるのかと、それは日本の高等教育機関であろうと。日本の高等教育機関で日本語の教育のカリキュラムというか教育課程というんですか、そのものが今問われていると。教育内容を見直すべきだという提案も出ているけれども、まだでき上がっていないという状態であると思うわけですけれども、私は、非常に日本語という言葉の、人類の一つの言葉を持つ、日本人としてそうですけれども、これは抜本的に見直さないと、世界における日本の国に対する信頼も低下するだろうし、日本人そのものもまともな日本語教育を受けているのかということも含めて、極めて深刻な実態であるというふうに思います。 そういう意味で、大臣にぜひとも御検討をお約束していただきたいんですけれども、日本語教育を施す機関のあり方、それから日本語教師、専門家の資格も含めてあり方、教育の中身、それをもう一度きちっと見直す体制をとっていただきたい、お願いします。
○国務大臣(町村信孝君) ここ二、三年、これはなかなか文部省だけでもやり切らぬものですから、私たまたま外務省の政務次官も文部大臣の後、務めておりまして、両省で、特に文化庁と外務省、それから国際交流基金、その他国語研究所等々で寄り寄り集まってそうしたことをきっちり検討してもらおうと、そんなこともあって、先ほど申し上げましたような調査研究協力者会議の報告などもできているところでございますが、今、委員から改めての御指摘がございましたので、もう一度しっかりと全体を見直して、今後どういうことを国としてやっていくか、あるいは民間にやってもらうか、各大学等々にやってもらうか、全体的な見直しをかけて再検討をして、また皆さん方に御報告はできるようにしたいと、かように考えます。
○山下栄一君 私、こういうことを自分なりに問題意識を持ちましたのは、ことしの二月に国連環境計画、UNEPの会合で、ある研究者が人類の言語の話をしまして、言葉の生命力が非常に衰えてきていると。人類の言葉が今五千から七千と言われているけれども、二千五百の言語が消滅の危機にあると。言語もいろんな言語があると思いますし、わずか百人でしか通用しない言葉もあるというふうなことだそうですけれども、人類がしゃべる言葉と自然環境、野生生物の状況、相関性があるという研究報告なんです。要するに、この動物、自然環境が衰えていくのと、言語が衰えていくというか絶滅していく、言葉の生命力が失われていくのと相関関係があるという一つの研究だとは思いますけれども、そんなことの指摘の記事が載っておりまして、今の日本人がしゃべる言葉もそうかもわかりません。 日本の文化そのものもいろんな影響を受けて、その他の文化の変化によって、言葉も乱れておるのか多様化しているのかちょっとわかりませんけれども、翻って、まともな日本語というのは一体どこで私たち教わっているのかなと考えたときに、国語の先生なのかなと私は思いましたために、言語学としての文学はやっているけれども、やはり国語の授業でも文法も習いますけれども、日本語という本来の人類の言葉そのものが非常に危うくなってきているのではないかということを感じまして、きょうは質問させていただいた次第でございます。 私も勉強させていただきながら、今、教育基本法を見直すとかいう話もございますし、日本の文化という、また伝統というお話も出ているわけですけれども、大もとになる言葉そのものが衰えていったら、文化立国というふうな話の根幹が危うくなるわけでございますので、そういう観点からもう一度日本語教育のあり方ということをきちっと対応していかないとまずいのではないかという観点からきょうは質問させていただきました。 先ほど大臣から、もう一度きちんと対応をしたいというふうに御答弁があったんですけれども、この協力者会議の提案も去年三月三十日になされているけれども、標準的な教育内容、日本語教育の教育内容そのものを見直さないかぬという提言があるわけで、それをどこがやっているのかなということを感じましたために、大きな課題になっているなということを自分自身も自覚しましたので、きょうは質問させていただいた次第でございます。 きょうは問題提起ということで終わらさせていただきますけれども、またさまざま教えていただきながら新たな問題提起をさせていただきたいと思っております。 以上でございます。
○畑野君枝君 日本共産党の畑野君枝でございます。 公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案の政府案及び民主党・新緑風会、日本共産党、社会民主党・護憲連合、無所属の会の四会派提出法案に対して質問をいたします。 まず初めにお伺いしたいのは、これまでに三十人以下学級、少人数学級についての自治体の意見書、決議がどれだけ上がっているのか、文部科学省としてつかんでおられますか。
○政府参考人(矢野重典君) 三十人学級を求める地方公共団体の意見についてでございますけれども、都道府県段階では実施したい旨の意見を、平成十二年度でございますけれども、私どもが把握しておりますのは一件でございます。また、市町村につきましては、これは恐縮でございますが、平成十年度の把握でございますけれども、平成十年度について把握しているところでは約一七%の市町村が実施したい意向を持っているということを承知しているところでございます。
○畑野君枝君 つかんでおられるのはそれだけですか。私、伺ったのは、これまでにどれだけ上がっているのか教えていただきたいというふうに伺っているんですが。
○政府参考人(矢野重典君) 市町村の意見書でございますけれども、私ども十年度まで先ほど申し上げたような形で把握しているわけでございますけれども、十一年度、十二年度については集計をいたしておりません。
○畑野君枝君 これまでトータルでどれだけ自治体で上がっているのか伺っているんですが、平成十年度だけでなく、それ以前もさかのぼってどれだけの自治体で意見書、決議が上がっているのかということでございます。
○政府参考人(矢野重典君) 申しわけございませんけれども、私ども、これまでの自治体の、特に市町村の自治体の意見書について全体を把握いたしておりません。
○畑野君枝君 これはきちっとつかんでいただきたいんですね。 私たちもつかんでおりますのは、二〇〇一年の二月二十二日の時点ですけれども、累計千五百八十七自治体、これは自治体数の約五割弱です。こうしたこれまで出された意見書あるいは決議というのは、法制局や総務省にも伺いましたけれども、一年だけではなく、その行為としての事実はずっと存在すると。四年の任期が過ぎても、議員の構成が変わっても意見書提出や議会決議の事実はずっと存在するということでございます。この重みを、文部科学大臣に伺いたいんですが、しっかりと受けとめるべきだと思いますけれども、いかが御認識されますか。
○国務大臣(町村信孝君) 現状は今局長が答弁をしたとおりでございまして、過去にさかのぼって全部今どうなっているかというのを、それを全部一生懸命整理するというのは並大抵でない努力が要りますものですから、なかなか、どういうんでしょうか、決議の状況を逐一逐一全部、時々刻々把握しろといっても、それほどみんな時間が余りありませんので、まあそこはある時点で集計してみるというのでやむを得ないんじゃないんでしょうか。
○畑野君枝君 この間衆議院で、文部科学大臣の方から、県で平成十二年度上がっているのはほとんどないと。今局長さんからは一件だというお話がございましたけれども、例えばそういうのもこちらには出してほしいといっても出ないわけですよね。平成十年度までの資料ですというふうに文部科学省から言われる。しかし、我々だって毎年出されているのを集計すれば、例えば県段階では十四道府県、トータルで言えば出されているわけですよ。北海道でも上がっているし、岩手県、秋田県、福島県等々出ているわけですから、それは文部科学省、最も専門なんですから、きちっと把握できるんじゃないでしょうか。私はさかのぼって調査していただきたいと思いますけれども、いかがでしょうか。
○国務大臣(町村信孝君) 余りさかのぼって調査までする、そんなことにと言っちゃなんですが、そこまで正直言ってやるいとまもございませんので、これから私どもはそういう皆さん方の御希望も踏まえながら、今回の法律を出させていただいているというふうに御理解をいただきたい。
○畑野君枝君 とんでもないことだと思うんですよ。これだけ自治体の決議が毎年のように出されてきている。それをそんなものなんて言うのは本当にひどい御答弁だと私は思います。局長さん、立ち上がられて下がられましたけれども、文部科学省としてもきちっと調査をしていただきたい、わかった段階で出していただきたいということを強く申し上げておきたいと思います。 次に、少人数学級の教育効果の研究について世界と日本でどうなっているのかという点につきまして、文部科学省及び四会派提出者に伺いたいと思います。 まず、文部科学省としては、少人数学級の教育効果の研究、世界と日本でどうなっているか、それは教育効果を認めているのかどうか、伺います。
○政府参考人(矢野重典君) これまで欧米では学級編制規模と教育上の効果に関する学術的研究が幾つか行われているところでございますし、また我が国におきましても最近では上智大学あるいは国立教育研究所による研究が行われているところでございます。 そこで、これらの研究結果を見てみますと、例えば米国のスタープロジェクト、これは一九八五年でございますけれども、のように学級規模が一定数以下になると学習効果が上がるという研究もあるわけでございます。他方、これは一九九五年でございますけれども、英国勅任視学官事務局が公表しております研究成果のように、学級規模と学習効果の間には単純なつながりはないという研究成果もあるわけでございまして、そういう意味では私どもも私どもなりに欧米あるいは我が国の研究成果を見ているわけでございますが、学級規模と教育効果の関連については私ども必ずしも明確になっていないのではないかという、そういう受けとめ方をいたしているところでございます。 しかしながら、第六次の改善計画において導入されましたチームティーチングにつきましては、これは一人の教師による一斉授業よりも成績向上に効果があること、しかも学級の枠を超えて、例えば二クラスを三グループに分けて授業を行う方が効果があるという、そういう研究の結果も報告されているところでございます。
○畑野君枝君 それでは、四会派提案者に同じ質問を伺います。
○日下部禧代子君 畑野議員にお答えしたいと思います。 まず、教育効果ということでございますが、何をもって教育効果というのか、あるいはまた何をもって学力というのかという、その定義というのは非常にこれは簡単ではないというふうに思います。最近学力が低下しているということを本委員会でも有馬議員がしばしばお取り上げになっていらっしゃいますが、やはりその学力の低下というのは何が学力かということによってもこれはかなり違ってくるだろうということをまず前提にしなければならないというふうに思います。 そしてまた、教育というのは個々の子供と教員との間の関係というのも非常に関係がございます。だから、条件を一つにして、反復可能というような、いわゆる実験的な手法でその効果を測定するというのは非常にこれは難しいということをまずもって申し上げておきたいと思います。 しかしながら、そうした中で、研究の結果として少人数学級についての効果を評価するものというのはかなり見られているというふうに認識しております。 例えば、昨年まとめられました日本教育学会の学校・学級編制に関する研究委員会を基礎とする研究組織による研究、そういうものを見ますと、二十五人あるいは二十人以下になると教育効果が上がるというような報告もございます。また、アメリカで例えば一九八五年からテネシーのスタープロジェクトと呼ばれる実験的な試みと研究が行われておりまして、そこでは就学前から第三学年まで小規模の学級、これ平均十五人でございますが、通常の学級平均二十三人や補助教員つきの通常学級、これは平均二十三人、それよりもかなり教育効果が上がっている、そしてまたその効果がその後も持続しているというような、こういう報告もございます。 欧米の場合、小規模のクラスがいいということは、これは体験的にそういうふうにみんな思っています。というのも、授業の仕方というのが日本とかなり違っておりまして、初等中等教育、特に初等教育におきましては、例えば教科別というような分け方をするというよりは、一つの課題を使ってあらゆる教科が学べるというようなきめ細かい授業をやっております。 例えば、保健医療の問題ということになりますと、日本でもよく知られているナイチンゲール、その人の歴史、生涯をドラマ化する子供たちが片方にいる。あるいは、ある子はそれを詩にしてみるとか、あるいはまた十九世紀におけるひどい衛生状態のことを調べてみる。これはもうまさに歴史であり、それからドラマであり、そしてまたある子供たちは保健所とか地域の医療機関に行ってみるとかということですから、非常に縦割りではない授業をします。 そうしますと、この子はドラマの方の才能がありそうだからそれを伸ばしてあげよう、例えばこの子は歴史の才能があるから歴史の方でこれにアプローチしてみようという、そういうきめ細かな授業をするには、どうしてもこれは小規模のクラスでなければそういうことは不可能であります。 そういうことの経験の中から、やはり欧米においては小規模のクラスであるということが初等中等教育からあって、それが大学においても一対一のチュートリアルとかスーパーバイズとかというような教育のあり方につながっているというふうに、私は自分の経験を通じましてそのように思っております。
○畑野君枝君 文部科学省からも、そして四会派提案者からも共通してテネシー州のスタープロジェクトが学習効果があるというふうに言われているわけですね。これは本当に重要なことだというふうに思います。 私、きのう本会議でも引用しましたけれども、アメリカ政府がクラスサイズの報告書について、クラスサイズの縮小が効果があることが証明されているというふうにも認めている。そして、アメリカでは有名なグラス氏とスミス氏の研究があって、八十年間に及ぶ三百の研究、論文などを比較分析を行って、やはり効果があると。グラフもよく有名でございますけれども、少人数学級あるいは三十人以下学級になると学力は向上する、こういうことも広く知られている研究結果でございますし、その後、ヘッジ、ストックという研究者によれば、感情や意思という点でも大変少人数学級が効果があるというふうにも言われているわけです。 こういう両者がお認めになった例えばテネシー州のスタープロジェクトですけれども、これを最近のイギリスでは採用しているわけですね。例えば、かつてのイギリスのサッチャー及びメージャー政権時代には認めないというふうになっていたのが、ブレア首相になりまして非常に高くテネシー州のスタープロジェクトを評価して、そして二〇〇一年度からは小学校低学年で三十人の学級規模にするというふうになっているわけです。その時々の政府の対応によって認めるというふうになればこれはできると。 既に文部科学省もそういうテネシー州のスタープロジェクトを御存じでおられるということであるわけですから、引き続き、先ほどTTの研究報告が文部科学省からありましたけれども、さらに突っ込んでこのアメリカのような調査研究をおやりになったらいかがですか。
○政府参考人(矢野重典君) 欧米、またそれから国内の学級編制規模と教育上の効果に関する研究の状況は先ほど御報告申し上げたとおりでございますが、私ども直轄ではございませんけれども、先ほど御紹介申し上げましたチームティーチングについての研究でございますが、これは私どもの国立教育研究所、今の国立教育政策研究所において、いわば文部省の直轄的な研究としてやってきているわけでございまして、その結果につきましては先ほど御報告申し上げたとおりでございます。
○畑野君枝君 だから、さらに進めて、そういうアメリカのような研究、テネシー州のような研究、効果があるというふうに御認識されているんだったら日本でもおやりになったらいかがですか。
○政府参考人(矢野重典君) 現在、国立教育研究所におきまして、先ほど申し上げた研究結果とは別に、科学研究費を活用いたしまして学級編制及び教職員配置等に関する調査研究を平成十一年度、十二年度の二カ年計画で今研究を実施している最中でございます。
○畑野君枝君 ぜひ日本でも進めていただきたいということを申し上げます。 私も、地元神奈川県は沖縄に次いで米軍基地が多いんですけれども、例えば米軍基地内の学校というのは、防衛施設庁によりますと、アメリカの国防総省の基準で十八人から二十五人となっているというふうに伺っているんですね。同じ日本の土地で、片や少人数、片や四十人、本当にこんな状況でいいのかと思うんですけれども、文部科学大臣、どのような御感想をお持ちになられますか。
○国務大臣(町村信孝君) 今の米軍との比較においてですか。
○畑野君枝君 そうです。片や十八人。
○国務大臣(町村信孝君) それは、アメリカはアメリカなりのお考えでやっておられるんでしょう。
○畑野君枝君 しかし、そういう学校施設も思いやり予算できちんと日本が税金を使ってつくってあげている。こういう違いが出てくるわけですね。 〔委員長退席、理事松村龍二君着席〕 伺いたいんですが、世界の学級編制基準、先進国ではどのようになっているか、文部科学省に伺います。
○政府参考人(矢野重典君) 諸外国の学級編制基準につきましては、必ずしもすべての状況について把握しているわけではございませんけれども、また諸外国には学級編制基準がないというところもあるわけでございますが、例えば小学校段階について御紹介いたしますと、アメリカは州によって異なるわけでございますけれども、例えばカリフォルニア州につきましては、第一学年から第三学年までは三十二人が上限とされているところでございますし、またフランスでは二十五人が標準となっております。さらに、ドイツでございますが、ドイツも州によって異なるわけでございますけれども、例えばノルトラインヴェストファーレン州というところでございますが、そこの州では十八人から三十人の範囲で編制することとされておりまして、標準人数は二十四人とされているところでございます。
○畑野君枝君 このように世界ではやっぱり三十人以下学級ということで壮大な実践が行われているわけですね。そして、日本では文部省がそういう研究を真剣にやってこなかったという御事情もあるかもしれませんけれども、逆に国民の側は、一生懸命子供たちの実態をどういうふうにしたらいいかということで、やはり三十人以下学級という声を上げてきたわけです。請願署名は毎年国民の六分の一も集まる。二千万人以上も集まっているわけです。教職員や父母や子供たちの本当に偉大なる実践、必要性を三十人以下学級ということで感じ取っているというふうに思うんですね。 ですから、こういう貴重な経験を踏まえた意見だというふうに考えるべきではないかというふうに思うんですけれども、どのように受けとめられるか。文部科学大臣に、こうした毎年二千万人、政府はやらないけれども、自分たちの実感として、実践としてやってほしいというふうに署名が集まる。その声、どのように文部科学大臣として受けとめられますか。
○国務大臣(町村信孝君) それは、そういう署名というものは他の条件にして等しければそれは少ない方がいいというところで皆さん署名されるでしょう。やっぱり私どもは、国政の場の中にあって、今、日本として全体を見ながら、まず全体の財政状況を見ながら、またこれまでの検討状況を踏まえながら、何がこの条件の中で可能かということを考えているので、私どもは今回こういう御提案をしているということでありまして、私は、そのいろいろな署名のある一部分だけを見てこんなにたくさんとおっしゃっても、それは他の条件を一切捨象して、例えば国民にじゃ税金はなければいいですかと聞いたら、多分多くの人が税金なんかない方がいいと言うでしょう。しかし、それでは世の中は成り立たないということで、請願の意味というのは私は重要だと思っておりますけれども、やはりそこには一定の前提を置いて考えなければならないと、私はそう思っております。
○畑野君枝君 文部科学大臣も請願は重要だというふうにお認めになるわけです。それはいろんな条件があろうとも、国民の二千万人の署名の声というのは当然で、後は政府がおやりになるかやらないか、そういう問題になっているわけですよね。イギリスでも、ブレア首相になって、一に教育、二に教育、三に教育だということで、政府の判断としておやりになる、そういうことだというふうに思うんです。何を優先順位にするのかということは、国民の声をどういうふうに政治が受けとめるか、そこに私かかっているというふうに思います。 〔理事松村龍二君退席、委員長着席〕 本当にこの請願というのは、日本国憲法十六条に基づく平穏に請願する権利を有していると、こういうことでございますから、本当に重く受けとめることが必要だということを申し上げて、次に質問を移ります。 学習集団と生活集団、これは切り離せないというふうに思っております。この点で今求められているのは学級規模そのものを縮小することではないか。このことを文部科学省と四会派提出者に伺いたいと思います。 この点では、今本当に子供たちの大変な状況を御存じなのかと。小学校低学年からパニックボーイ、パニックガール、こういうことの状況が言われている。授業で立ち歩く。本当にベテランの教師でもこの新しい事態にどう対応するか、大変な状況が生まれているわけです。そういう点からも、生活集団そのものとしての学級そのものの規模を縮小することが必要ではないかというふうに思いますが、それぞれいかがでしょうか。
○政府参考人(矢野重典君) 学級はこれまで、授業を行う場でございます学習集団としての性格と、それから生徒指導や学校生活の場である生活集団としての性格、その両方の性格をあわせ持つものとして考えられてきたわけでございますが、しかし子供たちの基礎学力の向上ときめ細かな指導を実現するためには、学習集団を児童生徒の状況や教科等に応じて、学級という概念にとらわれずに、より柔軟に編制していくことが効果的と考えられるわけでございます。したがいまして、今回の改善計画におきましては、学級編制の基準を一律に引き下げるのではなくて、教科等の特性に応じて少人数指導を行うなど、学校の指導上の具体的な取り組みを支援する、そういう観点に立って改善を行うことといたしたものでございます。
○畑野君枝君 それでは、四会派提案者に引き続いて伺います。
○阿部幸代君 学習集団と生活集団は切り離せない、求められているのは学級規模の縮小ではないかという質問にお答えしたいと思います。 小学校五年生の女子が、「学校はなにをしに行くのか」という作文の中で次のように書いているんです。「私も最初は勉強するためって考えていたけど、よく考えてみると、友達をつくって、ふだんから大人になるため準備をするところ、六年間友達として、自分勝手なせいかくにならないようにして、やさしさをつくるところかなあと思う。勉強ももちろん大切だけれど、外で遊ぶことも大切だと思う。」。これは埼玉県の先生の大変苦労に満ちた教育実践の記録を読んでいる中でめぐり会った文なんですけれども、この子がここまで自分の気持ちを整理することができるようになるのに随分時間がかかっているんです。 新学年度の早い時期に子供たちは、どうしたら仲間外れにならないで済むか、仲間から自分はどう受けとめられて見られているのか、こういう思いでエネルギーの八割を費やしてしまうそうです。残りの二割が学習に費やされる状況だったそうです。時間をかけた学習の積み重ねによる人間的なぶつかり合いと認め合い、これが少しずつ自分自身を解放できるクラスの空気をつくり上げてきたのだそうです。学校が学習の場であると同時に生活の場であることがよくわかります。 本来、学校の基礎単位とも言うべき学級集団は、学習集団でもあり生活集団でもありますから、そのいずれにもふさわしい規模というものがあるはずです。教職員と子供たちの全人格的な触れ合い、きめ細かな生活指導、生徒指導、丁寧でわかりやすい授業などを進めるためには、まず学級規模自体の縮小が行われなければならないと考えます。このことが学力の形成と人格の完成を目指す教育基本法の精神にも合致するものであると考えます。
○畑野君枝君 文部省が調査された学校教育に関する意識調査報告書を私も読ませていただきました。この中でも、午前中の論議でもありましたけれども、学校の授業の理解度ということで、小学生でいえば、「よくわかる」が一九・九%、「だいたいわかる」が四八・二%ということで、六八・一%。中学校二年生では、「よくわかる」が四・七%、「だいたいわかる」が三九・五%で合計四四・二%、半分以下になっている。高校二年生でいえば、「よくわかる」が三・五%、「だいたいわかる」が三三・九%、合計三七・三%と、こういう深刻な状況になっているわけです。 同時に、その同じ調査の中では、「学校教育で身に付けたいこと」ということで児童生徒に尋ねたところ、最も多いのは「友だちをつくったり、まわりの人々と仲良くつきあったりするなど社会の一員として必要な幅広い能力」で、小学三年生で七四・二%、中学校二年生で七二・〇%、高校二年生で七〇・一%、抜けましたけれども、小学校五年生で七六・九%で、いずれも七割以上だと。これに次いで、「読み・書き・計算など日常生活に必要な基礎的・基本的な知識や技能」というふうになっていると、文部省自身の調査の中でそういうふうに言われているわけです。これは、保護者や教員というのはもっと社会の一員としての必要な幅広い能力をつけてほしいというのが多いわけですね。 ですから、そういう点からいっても、やはり生活集団と学習集団を切り離すんじゃなくて、生活集団そのものも行き届いてできるようにしていくということが、今、とりわけ先ほど申し上げたような子供の新しい変化の中で私は大事になっているというふうに思います。 その点では、一九九九年六月の文部省の科研費の学校・学級の適正編制に関する総合的研究、この中でも同じことを調査されているわけです。 学力問題だけじゃないんです。二十人以下になりますと、「算数の基礎学力が定着している」と思う教職員が四六・九%。これは私は高いという数字だけ言っているわけですけれども。それから、「一人ひとりを生かせる」というのが七二・九%。「児童との会話が十分できている」というのが七〇・九%。二十一人から三十人ということでは、「一人ひとりを生かせる」というのが四四・九%。「児童との会話が十分できている」というのが四九・九%と。つまり、授業だけではなくて、生活の上でも本当に少人数学級にしていくことが大事だということがこういう研究からも明らかになっているというふうに思うんです。 そういう点で、文部科学省に伺いたいんですけれども、第六次のTT加配ございましたね。これを少人数授業に振り分けようという実態もあると思うんですけれども、法案によれば、第六次のTT加配の活用ですよ、TTでやろうが、少人数授業あるいは少人数学級に使うかというのは、これは各学校の判断になるんじゃないか、その実態に応じてやることができるじゃないかというふうに思うんですが、いかがですか。
○政府参考人(矢野重典君) 第六次改善計画のチームティーチングの加配につきましては、これはチームティーチングを初めとする指導方法の幅広い工夫改善を図るために導入されたものでございまして、そういう意味で、今回の少人数指導のための改善数とあわせて少人数指導の推進のために活用することが可能であるわけでございまして、その具体的な活用の仕方は、これは基本的には都道府県教育委員会の判断でございます。
○畑野君枝君 そうすると、少人数学級に使うという点も含めて、それはいろんな使い方は学校の意見も当然反映されるということでよろしいですか。
○政府参考人(矢野重典君) 少人数学級は、これは学級編制の基準の関係がございますから、今私が申し上げたようなことではないと思います。それは、都道府県が、午前中ずっと御議論がございましたような特例の基準をつくって、それに基づいて編制されるという場合には、教職員定数全体を活用してそれに充てることも十分可能であるということでございます。
○畑野君枝君 そうすると、TTでやろうが少人数授業をやろうが、これも学校の判断ということも加わるということでよろしいですか。
○政府参考人(矢野重典君) 少人数学級は基本的には都道府県が特例の基準をつくって、それに基づいて市町村教育委員会が編制するということになるわけでございますので、その際に、都道府県が基準をつくる際には、学校や市町村教育委員会の要望や意見を踏まえながら都道府県教育委員会がそういう基準をつくる、こういうことになろうかと思うわけでございます。
○畑野君枝君 次に、習熟度別学級編制について伺います。 この点につきましては、本当に教育効果があるのかという問題点など、文部科学省と四会派提出者に伺います。 まず、文部科学省に伺いますが、習熟度別学級編制は本当に教育効果があるというふうに認識されているのか、伺います。
○政府参考人(矢野重典君) 習熟度別の指導につきましては、平成十年七月の教育課程審議会、これは教育の専門家から成る審議会でございますけれども、そこの答申におきましても、児童生徒の発達段階等も考慮し、学習内容の理解や習熟度の程度に応じ、弾力的に学習集団を編制するなどの工夫改善を一層進める必要がある、こういう旨の提言を受けているところでございます。 また、現在、御案内のように、習熟度別指導は全国で行われているわけでございまして、国の教育課程研究指定校における研究におきましても、習熟度の程度に応じた指導を行う中で、例えば基礎基本に重点を置いた指導により理解が深まり、問題を解く姿勢がより意欲的になるなどの、そういう意味でのさまざまな実践的な研究成果が報告をされているところでございます。
○畑野君枝君 この問題について、同じく四会派提出者に伺います。
○阿部幸代君 習熟度別学級編制について、本当に教育効果があるのかという質問だったと思うんですが、習熟度別授業ということについて言えば、児童生徒の理解度に応じてその理解を助け、伸ばすために個別の指導を行うという意味であるならば、発達段階、学年段階、教科内容にもよると思いますが、これは全面的に否定するものではありません。 しかし、政府が進めようとする習熟度別授業というのは、行き過ぎた平等主義を廃止するという言い方で、結局いわゆるできる子といわゆるできない子を振り分けて行う能力別編制授業になって、エリート教育の名のもと、いわゆるできる子に力点を置いたものになってしまうのではないかと危惧をするわけです。そして、ふるい分けによる競争教育を激化させるのではないかと、このことを大変危惧いたします。 私も教師をしてきたんですけれども、授業というのは、教師の指導のもとで、教師と子供、それから子供たち同士がいわば探求をし、創造をする営みそのものです。いろんな子供にめぐり会ってきましたが、例えば社会科の好きな子供というのは、国語では余り字を覚えないんですけれども、国語でまだ習っていないような酪農とか農業とか難しい字が書けてしまうとか、こういう子もいましたね。それから、家で商売をやっているおうちの子は、多分お父さん、お母さんの金銭上の苦労をよく知っているんでしょう、算数、数学が非常に強いんです。こういう子たちはとても敬愛の目で愛されるんです。 それから、授業でいえばこういうこともありました。本当に時間をかけて準備をした酸素と二酸化炭素の重さ比べでしたけれども、全部わかったのかなと思ったら、一人だけわからないと手を挙げるんです。でも、そういうときにやっぱりみんなが心配しますね。授業が終わってからやっぱり集まってくるんです。その子と私がいるとみんなが集まってきて、ああでもない、こうでもないという教えっこが始まります。 つまり、学校のこういう授業というのは、子供の生活とか人格面とか、あるいは理解の仕方の違いそのものの存在が本当に意義があるんだと思うんです。習熟度別学級編制の場合、こうした子供の生活や人格面、あるいは理解の仕方の違いが授業や学習に持つ意義を後景に追いやってしまうのではないかと思うんです。それで本当に探求とか創造性に満ちた授業や学習ができるのか疑問です。 私は、結局、一方通行の一斉授業が一番やりやすいのが習熟度別学級編制なのではないかというふうに思います。子供の心が傷つくのはもちろん、期待される効果も上がらないのではないかと考えます。むしろ、いわば習熟度別、能力別を徹底したとも言えるいわゆる受験勉強が子供の学力形成に弊害をもたらしている現実を直視すれば、それを助長するようなことはやめるべきだというふうに思います。
○畑野君枝君 今、阿部議員から、政府の進めようとする習熟度別授業というのは結局できる子とできない子に振り分けて行う能力別編制授業ではないか、こういう指摘がございました。 私は、国会図書館にお願いして、「中学校における習熟度別学習指導の事例」というのを調べていただいたんですが、唯一出てきたのがこの資料なんです。「中京大学教養論叢」という、これ一つなんです。 そこでは、「かつて、中学校では第一次ベビーブームのころに主要教科毎、または全教科通じて固定的なクラス編成を行なう、いわゆる能力別指導が広く行われた。しかし、そこでの教育成果は総じて芳しいものではなく、実践の現場では様々な教育上の反省をしたといわれる。」というふうに指摘をしているんです。 それから、「一方、習熟度別学習指導の導入そのものの効果は不明確である。」というふうにも言われていますし、「特に、低学力の者のみのグループではグループ内の学力的資源の少なさが、学習環境を貧弱化させているという資料は多い。」。つまり、いわゆる低学力の子は、もうどんどんわかっている子がリードするという状況がないので貧弱化していると、こういう指摘もあるわけですね。 きのう私は本会議でロンドン大学の調査を御紹介もさせていただいたわけなんですね。これがインターネットでもわかるインディペンデントに載った記事でございます。 例えば、そこでは、「能力別で最上位の学級では授業の進度が速すぎ、逆に最下位の学級では遅すぎて効果が上がっていない」、「最上位の学級の女子生徒は、ほぼ全員が下の学級に移ることを希望。男子生徒もほとんどが授業に不満だったが、男子は見えを優先して下位の学級に移りたがらないという。最下位の学級では教師が頻繁に代わる欠点も見られた。」ということで、能力別学級では個々の生徒を教師が見ないとして、「数学教育が低調な最大の原因は能力別授業にある」と。イギリスではちなみに「中等学校は、数学で八割近く、理科や外国語で六割近くが能力別の授業を行っている。」というふうに報道しているわけなんですね。 これだけ指摘され批判されている。こういう能力別授業について、政府はとらないというふうに明言すべきだと思うんです。 法案第七条の二項では、「少数の児童若しくは生徒により構成される集団を単位として指導が行われる場合」としか書いてないんです。ですから、私が最初に申し上げたように、二十人授業等の少人数授業は、能力別との批判の多いそうした能力別授業はとらないと明言すべきだと思いますが、いかがですか。
○国務大臣(町村信孝君) 委員は今巧みに習熟度別と能力別というのをどこかで言葉をくっと変えて議論を変えておられるんですね。 私どもは、今回、習熟度別学習、個別指導を初めとして、個に応じた少人数の指導を可能にして、基礎学力の向上ときめ細かな学習指導の充実に努めてまいりたいと、こういう考え方で、昨日の本会議でも畑野議員から御質問がありましたのでお答えをしたとおりでございますけれども、今、委員が言われるようなとにかく平等だと、差をつけてはいけない、そういう行き過ぎた結果の平等論というのがいかばかりか伸びる子供の芽を摘んできたか。また、わからない、ついていけない子供たちも一斉に授業をやるものだから置いていかれるという、伸びる子にとってもよくないし、また追いついていくのが難しい子供たちにとっても今までのやり方が妨げになるというようなことで、どうぞひとつ共産党流の、どういうんでしょうか、悪平等というのは私は一刻も早くこの教育界から取り除いていくということが非常に重要だと、こう考えているわけであります。 ちなみに、これは平成十三年三月十三日、新しいこれは朝日小学生新聞、これを見ますと、テストで自分の弱点を見きわめて算数がよくわかって楽しいと、これは東京都荒川区の峡田小学校の習熟度別授業。「授業がわからない、というのはつらいこと。荒川区の子には、最低でも基礎学力がきちんとついているようにしたいのです」と、こういう荒川区の指導室長さんのコメントがついておりまして、実際にやってきた結果などがかなり詳しく出ております。 どうぞ、一方的にだめだった、だめだったという資料ばかり述べて、だからだめなんだという単純な結論を出さないようにしていただきたいし、どうぞひとつ子供たちのためにとって一体何がいいのかということを中心にお考えをいただくようにお願いをいたします。
○畑野君枝君 きちっと答えていただきたいんですよ。能力別授業というのと習熟度別授業というのは私は違って言っております。だから、あなたたちが言う習熟度別というのは能力別授業ではないとはっきり言っていただければいいんです。
○国務大臣(町村信孝君) 一度として私どもは能力別と言ったことはございませんので、どうぞお間違えのないようにしていただきたい。
○委員長(市川一朗君) 畑野君枝君、そろそろまとめてください。
○畑野君枝君 能力別授業ではないというふうに明言されたということを御確認させていただいて、時間が参りましたので、私の質問を終わります。
○三重野栄子君 社民党・護憲連合の三重野栄子でございます。 政府案並びに参法につきまして数点質問をさせていただきます。 まず、小学校低学年の教育の問題でございますが、総合保育で育った目の不自由な子供が普通の小学校への入学が決まりまして、そのことがニュースで報道されたときに、その保育園で学んできたA君は、どうして目の不自由なB君だけニュースに出るの、僕も同じように小学校一年生になったのだからニュースに出たいと教師であるその子の親にせがんだそうです。子供にとって目が不自由であることは余り意識がなくて、普通のお友達同士、ともに学び合ってきた友達ということでしょうけれども、この問われたときの一瞬、大人たちは何を考えただろうかと思うわけであります。 これは特にきょうお尋ねすることに関連することではありませんけれども、まず小学校低学年の少人数学級につきまして、政府案の加配定数での実施ができるということについて、小学校低学年の教育の重要性についてお尋ねいたします。 初めの三点ほどにはぜひ大臣にお答えいただければと思っております。 保育園、幼稚園、あるいは家庭だけなど、その生育してきた条件がいろいろ子供によって違うわけですけれども、それぞれの環境で育った小学校一年生が小さな空間から小学校という大きな空間に放たれた、その小学校低学年について教育はいかにあるべきか、大臣の見解をいただきたいと思います。
○国務大臣(町村信孝君) 幼稚園の今のあり方、やっぱり幼稚園等における遊びを中心とする総合的な活動を基盤として、小学校に入ってからやっぱり集団による教科の系統的な学習に次第になれるようにしていく。そして、日常的な生活慣習といったようなものも身につくようにする。また、読み書きそろばんといったような基礎的な内容を低い段階から何度も何度も繰り返して身につくようにするという意味では、大変に重要な時期であろうと。 そういう意味で、今回私ども、少人数指導につきまして、これまでるる説明した状況の中で、小学校低学年であって加配をすれば、例えば二十人というようなクラス編制をすることはそれも一つの方法ではないだろうかと考えているところであります。
○三重野栄子君 次に、一律に三十人学級にしない理由、一律という言葉は先ほどもありましたのですけれども、そこらあたりについての御見解をいただきたいと思います。 一律に三十人以下学級にしない理由といたしまして、「学級は生徒指導や学校生活の場として、児童生徒の社会性を育成する」「一定の規模が必要である」と教育委員会月報十三年二月号に挙げられているのは御存じと思います。三十人以上の学級が多いのは大体都市の大規模校に集中していると思われますが、そのために十五人学級や十六人学級などを生ずるのは極めてまれなケースと思うわけであります。 どれほどの少人数が生ずるとお考えになるでしょうか。いかがでしょうか。
○政府参考人(矢野重典君) 一律に三十人学級を実施した場合にどういう形の学級規模になるかということでございますが、十五、六人という学級は、これは大変個々のケースについてのシミュレーションは難しゅうございますので、大変これはマクロ的な観点からの試算でございますけれども、十五、六人という学級は新たに六千を超える形で増加するものというふうに考えられるところでございます。
○三重野栄子君 そこで、学校生活の初期に当たります小学校低学年を考えてみますと、その重要性から、先ほどもいろいろと海外のお話が出ておりましたけれども、イギリスでも小学校低学年までは三十人以下学級だとか、あるいはクリントンさんも第三学年までは十八人にするということを言っているわけです。小学校低学年の学級崩壊は本当に私どもびっくりするわけでありますけれども、やっぱり小さいときの環境から大きな環境に、生活実態も違いますし、それからそういう環境も違うわけですから、その中でどんとたくさん子供たちが入れられるというのではなくて、予算がないというならば小学校低学年、三年生ぐらいまでは三十人以下学級を実施すると定められたらいかがかと思いますけれども、大臣、いかがでしょうか。
○国務大臣(町村信孝君) 先般来からるる申し上げておりますけれども、結論を申し上げますと、いろいろな今回の政府が御提案をしております対策の中でも、小学校低学年で少人数指導が可能となるとともに、都道府県教育委員会が認める場合には小学校低学年について特例的な基準、例えば二十人といったようなものを定めることが可能になると考えております。
○三重野栄子君 その特例的とした場合に、具体的にはどういうことをお考えでしょうか。
○政府参考人(矢野重典君) 今、大臣から申し上げましたように、例えば当該地域の児童生徒の実態を考えて、小学校の低学年について一般の基準とは違う特例基準を考えるとか、あるいは同じく児童生徒の実態を考えて、生徒指導、学力指導が極めて困難な地域について特例的な基準を考える、こういうケースが考えられるわけでございます。
○三重野栄子君 その場合の教師の人件費等々はどうなるんでしょうか。
○政府参考人(矢野重典君) 国庫負担は基本的には国の標準をベースにして算定するわけでございますから、今回定めました特例基準によって人を算定する場合につきましては、その算定分は当然には国庫負担の対象にはならないわけでございますけれども、都道府県全体に教職員定数が配当されるわけでございますのでその全体を活用して、一部活用してそういう特例基準の人件費に充てることは可能でございます。
○三重野栄子君 やっぱり少人数でやるというところは財政上も困る市町村も多いわけでございますから、やっぱりそういうところについてはきちんと手当てをされるということが大事だろうと思うんですけれども、それこそ実際じゃないとわかりにくいと思いますけれども、今政府がおっしゃった状況については理解いたしました。 ところで、少人数学級の運営の問題でございますけれども、ある都市のシミュレーションの場合ではほとんど十五人というような少人数学級は出てこなくて、二十五人から三十人学級がふえるのではないか。そういたしますと、これは単なる理論的数字ではないかと思うんですけれども、いかがでしょうか。 私は、少人数学級になった場合に、合同授業や総合学習を学年全体で行うように工夫をするということもできましょうし、あるいは少人数学級となれば、学年が異なったところの交流もスムーズにいくのではないかというようなことを思うわけでございます。ある小学校では、これはちょっと違いますけれども、学校給食のときに一年から五年まで、今までは各年代ごとだったけれどもずっと縦に全部の学年が入ってやるというようなことを新聞等々で見たんですけれども、それは横に置きまして、そういう少人数学級がいろんなことが運営されるわけでございますけれども、その点、三十人以下学級を実行した場合のことを考えましての質問でございますが、いかがでしょうか。
○政府参考人(矢野重典君) 一律に三十人学級を実施した場合の一学級当たりの児童生徒数の推計でございますけれども、これは大変申しわけございませんけれども、個々のケースに即してそれを積み上げたものではございません。あくまでもマクロ的な観点からの推計でございますが、その場合、小学校では一学級の児童生徒数が現在の二十七人、一学級当たり二十七人から二十二・四人に、また中学校では現在の三十二・一人が二十四・八人まで少なくなる、こういう推計をいたしているところでございます。 また、十五、六人の学級についてはどうかというお尋ねでございますが、一律に三十人学級を実施した場合についての私どもの推計によりますれば、十五、六人という学級は新たに全国で六千を超える形で増加するものというふうに見ているところでございます。
○三重野栄子君 次に、過疎と言われる学校の統廃合についてお伺いしたいんですけれども、この地域につきましては、参法提案の代表の方にもお願いしたいと思うんです。 過疎と言われる学校は統廃合の問題をたくさん抱えています。私が住んでおります筑紫野市ですけれども、ここでも保護者と住民と大問題でいろいろ議論をしています。そういう多くの学校では、地域は学校の宝という考えから、地域づくりの一環として学校教育と地域が一体となった実践が進められているのも事実であります。 また、今回の改定で、授業時間数の少ない教科については非常勤講師という考え方が示されますけれども、小規模校では、そういたしますと多くが非常勤講師になってしまうような心配があるのではないかと思いますけれども、小規模学校の学級編制及び教職員配置につきまして、まず文部省のお考え、そしてまた今申しました参法の代表者のお話を伺いたいと思います。
○副大臣(河村建夫君) 統廃合の問題について今御指摘がございました。その点でまずお答えしたいと存じます。 委員御指摘のように、今各地域でこの問題、大きな問題になっているところもあると思います。私の母校、田舎も小学校と今度は中学校が一緒になるというようなところもあるわけでございますが、学校の規模については、これまでも教育活動の活発化の促進とか教育効果の向上等のことをかんがみて、学校教育法施行規則において標準規模というのが定められておるわけでございます。小中学校で十二学級以上から十八学級以下と、こうなっております。しかし、小中学校の統合に当たりましては、その意義に十分配慮を払うとともに、実際にどの程度の規模の学校をどのように配置するかということについては、やっぱり地域の事情に応じて設置者が適切に考えて判断をしなきゃいけない問題だというふうに考えております。 文部科学省としては、学校統合及び学校規模の適正化に関しましては、特に小規模校の場合でございますが、これにはやっぱり教職員と児童生徒の人間的触れ合いや個別指導の面で小規模校としての教育上の利点も考えられるということで総合的に判断をした場合、なお小規模校として残すことの方が地域にとっても好ましい、こういうことに配慮する必要があろうというふうにしておるわけでございまして、かつて昭和三十代以降の通達等々では、機械的に距離であるとか今の学級数とかでもある程度基準にかなえばということであった、それこそ一律的な考え方をしておったのでありますが、地域に非常に事情がございますし、また学校区によってコミュニティーができているという場合もございます。そういうことも十分配慮する必要があろうということで、学校統合を計画する場合には、学校の持つ地域的な意義等を考えながら各教育委員会に指導をいたしておるところでございます。 このような観点で、引き続いて学校統合、学校規模の適正化については指導をしてまいりたい、このように考えております。
○三重野栄子君 よろしくお願いします。
○本岡昭次君 学校統合の点は、今の政府の答弁のとおりで私もいいんじゃないかと基本的には思います。やはり地域住民が子供の教育権、学習権をどう保障するのかという観点で決めていくべきだと考えます。 それと、今教職員の定数の問題と絡んで、非常勤ばかりになるのではないかというようなお話がありましたが、そういうことにはならないと思いますし、してはならないと思います。それは、法律の第七条のところに各学校の規模、一学級のところ、三学級のところ、五学級、六学級、どれだけの教員を配置すべきかというちゃんと定数法上の数があるんですから、これは正規の教員がいかに少なくともそこには配置されるというその原則は守られなければなりません。 そして、複式という問題がそういうところから出てくるわけですから、私どもはこの法案で、小学校の一学年の複式をさせてはならない、それはしてはならないという条文を入れております。一年と二年と複式にしないと。一年は三人でも四人でも一学級でいく、二年生、三年生から複式にしていくということで、一年生の段階の学習権の保障というものを法律の中に盛り込んでおります。 それから、複式のところに対しての教員の配置等問題が一体どうあればいいのかという問題についての加配教員の改善という点をこれは重点的にやっていかなければならないわけで、今回の政府案の立場でいくと、どうしても小規模校というところに私はしわ寄せがいくような気がしてなりません。だから、小規模校は小規模校としての定数を確保する基準というふうなものをきちっと決めておかなければいけないんじゃないかというふうに今考えておるところです。 以上です。
○三重野栄子君 今御説明いただきましたが、文部省の方いかがでしょうか。低学年は複式にはしないとか、少数校の場合ですね、それから確保するという問題もございましたのですけれども、そこらあたりはどのようにお考えでしょうか。定数を確保するということ。
○政府参考人(矢野重典君) 複式の扱いにつきましては、現在におきましても一年生については特に配慮いたしているところでございます。
○三重野栄子君 そうしますと、非常勤とそれからいわゆる職員とは定数を確保すると、その点も今行われているとおりでしょうか。
○政府参考人(矢野重典君) ちょっと御質問の趣旨がもう一つ理解できなかったのでありますが、非常勤は、基本的には都道府県がその必要性を判断して、都道府県の教育委員会が判断をして、定数を非常勤として活用するかどうかというのは都道府県の判断によって決められるものでございます。
○三重野栄子君 これはお尋ねを連絡はしていなかったんですけれども、非常勤講師というのはどのようにして採用していくとか配置していくことになっているんでしょうか。もう何度も熱心に非常勤講師の受験をするけれどもなかなか採用されない、もう何年も何年も、六年も七年も非常勤講師の人もいますし、それは成績が悪いと言ってしまえば終わりですけれども、そこらあたりの採用の問題についてお願いします。
○政府参考人(矢野重典君) これまでは、市町村立学校の非常勤講師は市町村教育委員会が採用するということでございます。この市町村教育委員会が採用する非常勤講師は、今後ともまた市町村の必要性に応じてそういうことは今後とも続くかと思うわけでございますが、今回、定数を崩して非常勤講師に活用することができるという制度をつくるわけでございますので、その場合は、当然のことながら都道府県教育委員会が非常勤講師を採用して配当する、こういうことになろうかと思います。
○三重野栄子君 先ほど、学校の規模等々については、参法の代表者の方も現在の文部省が行われているということについて御了解いただいたんですけれども、参法を出している側のことも十分考えて文部省は今後の運用をぜひしていただきたいと思うわけであります。 それから、その次に、今後の障害児教育のあり方についてお尋ねをいたします。これについては、参法の提出者の方にもお答えをいただきたいと思うわけでございますけれども、まず文部省の方から御答弁をお願いします。 二十一世紀は共生の世紀と言われておりますし、私もぜひそのような世紀になってもらいたいと思うわけであります。 今回の初めに、小学校の問題につきまして先ほどお話をしましたけれども、年齢や環境にかかわらず、障害者や高齢者などの支援の必要のない人、支援が必要な人、それぞれが日常的なつながりやかかわり合っていくということが非常に重要であると思いますけれども、これらの問題について文部省としてはどのようにお考えでしょうか。
○副大臣(河村建夫君) お答えいたします。 三重野委員御指摘の共生の考え方、障害のある子供たちが地域社会の中で積極的に活動して、その一員として豊かに生きる、またノーマライゼーションの考え方、それをしっかり位置づけていこうということで、障害のある子供が障害のない子供たちとの交流の意義といいますか、文部科学省としても大きな重要な意義があると考えておるわけでございまして、障害のある子供と障害のない子供の交流教育の意義というものは平成十一年の学習指導要領の改訂で明確にされてきたところでございます。 それに基づきまして、平成十三年度には、交流教育地域推進指導者講習会を開催する、それから新たに盲・聾・養護学校の児童生徒と地域の同世代の子供や地域の人々との交流を促進するための方策についても調査研究を行う、こういうことをやっておるわけでございまして、こうした取り組みによりまして、今後とも各地域あるいは各学校が創意工夫を生かしながら、障害者と障害者でない方々、子供たちの交流教育がしっかりできるように支援をしてまいりたいと、このように考えております。
○三重野栄子君 ところで、一月十五日に公表されました文部科学省の二十一世紀の特殊教育の在り方に関する調査研究協力者会議の最終報告におきまして、市町村教育委員会が、障害の種類、程度の判断だけでなく、地域や学校の状況、児童生徒への支援の内容、本人や保護者の意見等を総合的な観点から判断し、小中学校において適切な教育を受けることができる合理的な理由がある特別の場合には小中学校へ就学させることができるよう就学手続を見直していくことが必要であると述べられています。 現状では、今もお話しいただきましたんですけれども、障害を持っている子が普通学級に在籍する場合には何らの援助も現在法的に行われていないんじゃないでしょうか。障害児が普通学級に在籍する場合の支援措置を行うべきであると考えるのでございますが、文部省の方のお考えはいかがでしょうか。
○副大臣(河村建夫君) 今御指摘の点でございますが、確かに近年エレベーター、スロープ等の学校施設等もバリアフリー化が進んでまいりまして、かつてのように障害者が車いすで来られても実質的に中で動くことも難しいというような状況があったものでありますから難しかったのでありますが、最近は盲・聾・養護学校に就学すべき基準に該当する程度の障害であっても通常の教育が受けられる可能性が高まってきております。 そういう観点から、今、委員御指摘の二十一世紀の特殊教育の在り方に関する調査研究協力者会議の最終報告においても、国においてそうした状況を踏まえて就学基準を見直すようにと、そして市町村の教育委員会が学校の施設・設備の状況、保護者の意見等を総合的に判断して小中学生が就学できるように就学手続の見直しを検討するようにと、こういうことであったわけでございます。 そこで、具体的にその財政支援ができていないんではないかということでございましたが、文部科学省としてはこれまでも、さっき申し上げたエレベーター、スロープ等、こうしたことに対しては国庫補助をやってきたわけでございます。これから、今後とも各学校の設置者が行う学校施設整備を支援するわけでございますし、また今後新しい入学者の中に障害者が含まれるということになりますとその対応をきちっとやるということをいたしておるわけでございまして、本来、養護学校等にあります介助員までどうだという指摘もいただいておるわけでございますが、まだそこまで財政措置に至っておりませんけれども、少なくともバリアフリー化については、これから財政措置はさらに積極的に取り組んでいく所存でございます。
○三重野栄子君 もう一点お伺いしたいんですけれども、障害者が普通学級に在籍している場合に、学級編制の特例的な引き下げを行ってそこへ先生を加配する、そういったことが都道府県単位で決められた場合に、文部省としてはどのようにお認めになるでしょうか。
○副大臣(河村建夫君) 先ほど来からいろんな形で御答弁を申し上げております特例措置の加配、この場合は、やはり都道府県においてはその児童生徒の実態によって、障害児が普通学級に在籍している場合についてはこれは特例的な学級編制が必要であるというように教育委員会等で御判断をいただければ、都道府県の教育委員会の判断で、今まさにやろうとしているそうした特例二十人学級的な加配を措置して学級編制をやるということは可能になってまいります。 〔委員長退席、理事松村龍二君着席〕 もちろん、申すまでもございませんが、総定数の枠の中でやっていただく、それ以上ということになりますと自主財源をお願いするという基本線は変わりませんけれども、そのことは可能な加配の対象にはなるわけでございます。
○三重野栄子君 どうも各点にわたりましてありがとうございました。 そこで、障害児教育につきまして普通学級に在籍する場合の支援措置を行うべきではないかということをも含めて御答弁いただきましたけれども、これらの関連につきまして参法の方の御意見をお願いします。
○日下部禧代子君 三重野議員の御質問にお答えしたいと存じます。 通常の学級に在籍いたしまして障害に応じて特別の指導を受けるいわゆる通級指導というのは、これは一九九三年から、平成五年から行われております。この指導を受ける児童生徒の数は、一九九九年度におきましては、今二万六千人となっております。 現在、通級指導のための加配というものは行われています。しかしながら、このような障害を持つ子供たちがふだん過ごす通常の学級における指導については何らの措置もされていないわけでございます。私たちの法案におきましては、通常の学級における学習指導あるいは生活指導、生徒指導の充実のための加配措置をこの法律におきましては行おうとしているところでございます。 三重野議員も御指摘になりましたけれども、これからの障害を持つ子供たちの教育、いわゆる障害児教育というのは、障害を持つ子あるいは持たない子というものがともに暮らす、その中でやはり障害を持たない子は障害を持つ子のことを理解するという、お互いの理解を深めるという、そういうことで非常に重要だというふうに思います。 そのために、そういう障害を持つ人が、これは子供も含めてでございますが、他の市民と同じ生活ができるように、そのためのあらゆる障害を排除するいわゆるバリアフリーの考え方というのは、これはノーマライゼーションあるいはインテグレーションの思想と同様に、今世界の潮流になっているわけでございます。つまり、ノーマライゼーション、インテグレーションというのは、障害を持つ人々が地域の中、職場あるいは学校、そういうところにいること自体が当たり前なんだというそういう考え方でございます。だから、障害を持つ子とか持たない子がともに学ぶべき教育のあり方というものは、今世界じゅうでもう実行に移されているというふうに私は理解しております。 したがって、それを可能にするための町づくりはもとよりでございますが、学校など施設のバリアフリー化がこれから積極的に行われなければならないと。それがなければ、思想だけは立派でも、理念だけは立派でも、絵にかいたもちになってしまうということだというふうに思います。
○三重野栄子君 ありがとうございました。 やはり障害を持っている子供と一緒にしていると手が要るとかなんとかいう、かつてはそういうこともありましたけれども、本当に今はいろんなところで一緒に暮らせるようになってよかったと思いますが、さらに前進をするようにお手配をいただきたいと文部省にもお願い申し上げます。 〔理事松村龍二君退席、委員長着席〕 最後の課題でございますけれども、今後の定数改善計画の実施についてお尋ねをいたします。 教職員一人当たりの子供の人数を欧米並みにするということはこれまで中教審でも言われておりまして、今回の定数改善における数値目標として文部科学省が掲げておられます。一定の数値目標が達成しますと、今後の定数改善計画の実施が非常に難しくなるとも思われるんですけれども、いかがでしょうか。
○国務大臣(町村信孝君) 今回の対策の結果といたしまして、五年後には教員一人当たりの児童生徒数、小学校十八・六人、中学校十四・六人ということで、これですと大体今の欧米並みと。じゃ、その後どうするんですかというお問い合わせでございまして、率直に言って五年後の、六年先以降のことはまだ私ども考えておりませんが、いずれにしても、まずこれを一生懸命やってみて、どこかの段階でやはりアセスメントをしてみまして、さらにその後どういうことを考えていったらいいかということにつきましてはよくまた皆さんのお声も聞き、さらにどういう改善を施していったらいいか、いろいろなまた研究も積み重ね、調査もやっていきたいと、かように考えております。
○三重野栄子君 どんどん経済が進んでまいりますと、環境も変わりますし、意識も変わってくるわけで、これからもぜひ御検討いただきたいと思います。 そこで、事務職員の配置の問題ですけれども、給与、人事に関するこれまでの事務にとどまらず、地方分権の流れの中で、学校から予算要望など財政面の裁量権拡大に伴いまして学校での行政権として事務職員の役割はますます重要になってくると想像できます。 閣法についてですが、事務職員配置に関して、義務標準法第十五条三号で「多様な教育を行うための諸条件の整備に関する事情であつて事務処理上特別の配慮を必要とするものとして政令で定めるもの」となっているけれども、その趣旨をもう少し明らかにしていただきたいということと、この内容は、平成十年九月の中教審の答申、「今後の地方教育行政の在り方について」と、昨年五月に出されました文部省の定数に関する調査研究協力者会議報告を踏まえたものであると理解しておりますけれども、もう少し現場でわかりやすい表現にする必要があると思いますが、それらの政令、通知などを明らかにするおつもりなのか、現時点で考えておられることを御説明いただきたいと思います。
○政府参考人(矢野重典君) 事務職員についての定数改善のお尋ねでございますが、平成十四年度から実施されます新しい学習指導要領におきましては、各学校の創意工夫により多様な教育活動を展開するため、さまざまな分野の外部人材の活用、あるいは学校外活動の実施が求められているところでございまして、これらについて各学校が連携して事務を行うということが必要になってまいるわけでございます。 また、社会の情報化が進む中で学校の情報化を推進する観点から、各学校をネットワークで結び、各学校の連携のもとに学校の情報化を推進することが今後ますます必要になってくると考えられるところでございます。 このような場合の連絡の拠点となる学校におきましては、地域のさまざまな人材に関する情報の収集でございますとか学校間の連絡調整、あるいはネットワークシステムの日常的な管理等の事務が増大するものと考えられるところでございまして、今回の改善によりまして、これらの拠点となる学校について新たな事務職員の加配を行うことといたしているところでございます。 この事務職員の加配も含めまして、今回の改正事項につきましては、先ほど御指摘がございましたように、改正法の施行通知やさまざまな会議等におきまして周知を図っていくことといたしているところでございます。
○三重野栄子君 これからの学校は、裁量権の付与や学校に予算の権限が来ますと学校事務部門の強化は欠かせないものであると考えますけれども、そのためにどのような方法をお考えになっているか、伺います。
○政府参考人(矢野重典君) 先ほど申し上げましたように、これからの学校運営につきましては、新しい学習指導要領の導入、さらには学校の情報化といったようなことでございまして、そういう意味でこれまでとは違った形での学校事務の複雑また多様な対応が必要になってまいるわけでございます。 そういう意味で、今回そういうことを留意いたしまして、その連絡調整の、あるいはその共同事務を行う拠点となるような学校に特別の加配を行うことといたしたところでございます。
○三重野栄子君 時間がもう少しございますので、養護教諭の加配についてお尋ねいたします。 第十五条第二号に関しまして、養護教諭の加配で、教育上特別の配慮を必要とする児童生徒に対する特別の指導というのがございますけれども、これはどういう意味でございましょうか。
○政府参考人(矢野重典君) 今回の改善計画におきましては、養護教諭につきまして、悪質ないじめや暴力行為等の発生あるいは甚大な自然災害の後などにおきまして、地域や学校の置かれた状況によって心身の健康を害している児童生徒に対してきめ細かな指導を行う、そういう場合につきまして加配を行うことといたしているところでございます。
○三重野栄子君 衆議院の葉山議員への答弁でございますけれども、現行の配置に加えて、緊急的かつ機能的に養護教諭の増配置が可能となるよう加配措置を設けることにしたということでございますけれども、加配される養護教諭は日常的にはどこに勤務してどのようにしておられるんでしょうか。
○政府参考人(矢野重典君) 基本的には、そういう加配を必要とする学校に配置されるものでございます。
○三重野栄子君 また、大規模な自然災害あるいは事故発生後においては、児童生徒へのケアのための教員の加配についても考慮すべきであると思いますけれども、きのうもまた地震がありましたんですけれども、そういうことの加配についてお尋ねいたします。教員の加配の問題です。
○政府参考人(矢野重典君) 一般的なこういう制度としてはございませんけれども、例えば兵庫県の大震災後、教員のメンタル面でのケア等について復興担当教員といったような加配をいたしているところでございますので、それは状況と必要に応じて対応をしてまいる必要があろうかと思います。
○三重野栄子君 大規模な自然災害あるいは事故発生後におきましては、教職員も大変負荷が大きいわけでありまして、特に大規模な自然災害となりますと、教職員自身の日常の生活にも重大な影響があるわけでございまして、こういう場合も加配を検討されるべきだと思いますが、いかがでしょうか。
○政府参考人(矢野重典君) 今申し上げましたように、そういう特に必要があるケースにつきましてはそうした対応をこれまでもしてまいっているところでございます。
○三重野栄子君 三十人以下学級をめぐりましていろいろと議論をしていただきました。それからまた、政府案につきましても答弁をいただきましたのですけれども、私どもといたしましては、やっぱり何としても三十人以下学級の望みが大きいわけでございまして、そういうところを全部今までの討論を総合的にお考えくださいまして、どれほど今後努力をしていただけますか、大臣の御見解を伺います。
○国務大臣(町村信孝君) 先ほどもちょっと申し上げましたとおりでございまして、まず私どもはできれば今回の私どもの案で実行させていただき、そしてある程度進んだ段階で、またその後どうするかということについては、よく今回の措置の成果というものも見きわめながら、今後のあり方についてはよく考えてまいりたいと思っております。
○三重野栄子君 終わります。ありがとうございました。
○高橋紀世子君 まず、私のこのたびの議員としての立場をお話ししておきたいと思います。 野党議員とともに三十人学級を柱とする法案を発議いたしましたのは、単に内閣案を否定したからではなくて、一クラスの生徒数が少ないのは本当にベターだと考えたからです。内閣案は実際には私の望む抜本的な改革にはなっていないのですが、やはりないよりはずっとましだと思いまして、今回の内閣案について本当に評価をすることをまず申し上げたいと思います。 それから、質問ですが、生徒数の決定権について質問したいと思います。 今回の内閣案は、カリキュラムなど教育システムの決定を教育現場に持たせようとするのではなさそうです。いまだに文部省や国、国家指導の教育システムをそのままにしておこうというものであるように思われます。そもそも、一クラスの生徒数の基準を決めるのはやはり国ではなくて教育現場に携わる人である、これが私はいいと思うのですけれども、いかがなものでしょうか。
○国務大臣(町村信孝君) 私どもも、できる限り物事が教育現場に近いところで決まる、あるいは現場で決まるということの方がいいんだろうと、こう思っております。そういう意味で、これまでも地方分権一括法という、いろいろな形で地方分権というものを進めてきたところでございますが、しかし、さはさりながら、やっぱりある部分というのはどうしても国が一定の水準を示したり基準を示したりということも必要なのではないだろうかなと思っております。 例えば、これは教員の給与について国庫負担というものがなければ、これは本当にそれぞれの自治体が都道府県単位であれ市町村単位であれその財政の許す限り、クラスのサイズから先生の数からどうぞ御自由にということは可能かもしれません。しかし私は、やっぱり国庫負担制度というものがあったからこそ、ある意味では戦後の教育の機会均等という形であまねく国全体に教育が普及したと、機会均等が達成をされてきたということが言えるんだろうと思います。そういう意味で、私は、一概に学校の教室の規模等についてどうぞ地方に全部お任せします、あるいは学校単位にお任せしますというわけにもやっぱりいかない部分なんだろうと思います。 また、同じようにカリキュラムにつきましても大分大綱化しましたし、自由にそれぞれの学校で考えていただいても結構ですよという部分も随分ふえてきましたけれども、やっぱり国として、例えば義務教育段階ではこのあたりまで何とか到達しておいてもらいたい、大学に入る前にこの辺までは到達しておいてもらいたいというある種の基準をお示しをするということは、これはやっぱり私は国の責務ではないだろうか。逆にそれも一切国が関与しませんということになりますと、現実にアメリカのような本当にもともとが地方から成り立っている国であるならばいざ知らず、そのアメリカでさえも今むしろ国である種のナショナルスタンダードといったようなものを設けたらどうかという声すら上がっている昨今でありますし、他のヨーロッパ、先進諸国では州で決めたり国で決めたりはしておりますが、やっぱりフランスあるいはイギリスでは国が決めているというような形もあります。 そうした幾つかの部分については、やっぱり私はまだまだ国がある種の標準を示すということはあってもいいんではなかろうかなと、こう思っております。ただ、委員御指摘のように、できるだけ地方分権という趣旨でやっていくべきだという御指摘については、私もそのとおりであると、かように考えております。
○高橋紀世子君 今、大臣がおっしゃった点は、本当に大きな問題だと思います。やはり地方主権、国民主権ということの重みを考えますと、私はもう少し学校側、教育を担当する側に決定権を持ってもらった方が、確かに混乱はするかもしれませんが、教育の現場の活性化があるのではないかと思っているものでございます。 ただ、そこまで行き着くには、今おっしゃったように、お給料のことだとか今までの歴史がありますから、それをどういうふうにしていくかは大変難しい問題がありますけれども、やはりカリキュラムについても、全部教育の担当者が決めるのがいいとは思いますけれども、徐々に選択科目から始めるとか、それからやはり今子供たちの選択科目がほとんど中学でもありません。私は、アメリカや何かにすっかりまねするのがいいとは思いませんけれども、やっぱり人生の選択の練習という意味でももう少し、決まったものをやるのではなくて何が人生に必要かという意味で選択する練習は必要だと思いますし、費用がかかるかもしれませんけれども、アドバイザーが学校にいて、先生とは別に選択科目や職業について相談することができるシステムを私はとっていただきたいと思っています。自殺者や学校へ行かなくなる子供たちが多過ぎることを思いますと、やはりもう少し心のケアが必要ではないかと考えています。 それでは、次に伺わせていただきます。 大臣は今度提案理由の中で、豊かな人間性と創造力に富み、主体的に行動できる人材を育成することをうたっていらっしゃいます。しかし、教育システムを文部省や国家がコントロールしながら生徒に主体的に行動してほしいということは、少々矛盾があると思います。主体的に行動する人材は、主体的に行動できる仕組みの中でこそ生まれるのではないでしょうか。 少し生意気な考えかもしれませんが、今何もかも決められる中で、若い人たちがそれに従いなさいという面が多過ぎるように思うのですが、いかがお考えでしょうか。
○国務大臣(町村信孝君) 先ほど委員からもっと選択の幅をふやす等々の御提言もございました。ややもすると何か文部省がはしの上げおろしまでという表現を前に言われたこともあるぐらいでございますが、どうもそういうイメージが大変強いのでありますけれども、今回の学習指導要領を改める中で、例えば総合学習の時間というのをつくりました。もう既にかなり数多くの学校がこれをやっております。私もその現場を何カ所か見てまいりましたけれども、これがうまくいくかどうか、まだまだこれからの努力が必要だとは思いますけれども、その生徒たち、先生方が一緒になって相談をしながら半年間、一年間どういうテーマで一緒に学び、調べ、そしてまとめて発表をして行動に移していくかということで、自分たちの頭を使って考えられることはこんなに楽しいことかということで、小学生のうちからそういう喜び、楽しみを感じ始めているというのは私は大変すばらしいことであって、それは何も総合学習の時間ばかりでなくて、通常の教科でも私はそういうことがあっていいんだろうと、こう思っております。 また、選択の幅も今まで、おっしゃるとおり確かに非常に少のうございました。しかし、例えば中学生については、中学二年で今までは選択というのはゼロでした。これからは最低五十時間以上と。中学三年では最低三十五時間以上だったのが、今度最低百五時間以上というふうに、中学段階から選択教科に充てることのできる時間を相当ふやしておりますし、高校になりますと、逆に今度は必修の最低合計単位数というのを普通科の場合三十八単位から三十一に減らす。その七単位分というのは今度は選択をふやすということで、昔の時間割り表と比べると非常に科目数がふえているという意味で、選択の幅も非常にふえる。 さらには授業時間数も、今までは小学校四十五分、中学五十分と、こう頭から決めていたんですけれども、もうそういうのはそれぞれの学校が適切に決めていいですよと。理科の実験が準備、その後片づけで時間がかかるなら、どうぞ七十分、八十分やっても構いませんよとか、そういう形でそれぞれの学校現場で私はかなり工夫ができるような仕組みになってきております。 さらに、私は学校の選択の自由も保護者あるいは児童生徒にも認められるようにということを実は前の文部大臣のときからずっと申し上げておりまして、ようやく品川区が小学校で始めてくれました。中学校で十三年度から品川区、さらには都内の多くの区でそういう区内の学校であればどこでもいいですよという形で学校も選べる。しかし、その前提として、それぞれの学校の特色というものを十分情報発信をして、それを見て子供たちあるいは親が選べるようにするというような形になってまいりますと、いやが応でも、今までのように金太郎あめのごとくどこでも同じ小学校、中学校、公立は同じ方がよかったということではなくて、特色のある学校づくりというものにそれぞれの学校が校長先生中心に励んでいただけるようになると、大分、今、委員が言われたような豊かな人間性、創造性を育む環境が少しずつできてくるのではないだろうか、こんなふうに期待をしているところでございます。
○高橋紀世子君 今、大臣がおっしゃったように、選択の幅ができたこと、それから総合学習というあれができて、先生方と生徒たちが一体となってプロジェクトを組んでやるということは、本当に私はいいと思って期待しています。 中高の教科は今のところは大臣が決めていらっしゃるということになっていますけれども、具体的に学習指導要領では教科をどのように規定していらっしゃるのでしょうか、伺いたいと思います。
○政府参考人(矢野重典君) 御質問の趣旨はあれでございましょうか、教科につきましては、これは学習指導要領によりまして基準が決まっているわけでございまして、それを受けまして、具体的な学校のカリキュラムは、基本的には学校において編成することになっているわけでございます。
○高橋紀世子君 基準はどういうふうに決めていらっしゃるんでしょうか。
○政府参考人(矢野重典君) 基準は、これは教育課程に関する学習指導要領というのは、文部大臣が文部省告示という形で決めているわけでございまして、今これが一番直近の平成十年に文部省告示として告示された小学校の学習指導要領でございます。こういうものを文部省告示として国の基準として決めるわけでございます。
○高橋紀世子君 学校教育法の二十条、三十八条、四十三条、私は議員になりますまで、恥ずかしいんですけれどもこの法律を読んだことがありませんでしたけれども、今度、やはり一生懸命読んでみますと、この法律の中で、学校教育法のところを読みましたら、二十条、三十八条、四十三条で、カリキュラムはやはり文部省にあると書いてあるのに気がつきました。 このカリキュラムの決定権というのは、やはり教育現場に移譲していくべきものであると私は思ったんですけれども、どうお考えになりますでしょうか。
○国務大臣(町村信孝君) 委員のお考えは私も一概に否定するものではございませんけれども、今御指摘になった学校教育法二十条、小学校の教科に関する事項は文部科学大臣がこれを定めるという規定があり、あと中学校、高校、同様でございます。そして、学校教育法の施行規則で、小学校の教育課程は国語、社会云々云々となっており、それを受けて、先ほど局長が申し上げたような文部科学大臣が別に公示する指導要領による、こういう構成になっております。 国がもうやめたらいいじゃないかというお考えも確かにあろうかと思います。あろうかと思いますが、先ほどもちょっと申し上げましたけれども、諸外国でもやはり国とか州政府が一定の基準を示すということをやっておりますし、外国がやっているからと別にそれが絶対的な理由にはなりませんけれども、私はやっぱり日本の国の中で、例えばITをもっとみんなやってもらいたいとかあるいは英語のコミュニケーション能力がもっと高まるようにしたい、そういう御要請は多分一つの県とか市町村だけではなくて、多分日本全国でそういう同じような御要請があるんだろうと思います。そういうものを受けて、文部科学省としてはもちろん専門家の御意見も聞きながらカリキュラムを発表すると。 しかし、現在のあれでも随分昔と比べると大綱的といいましょうか、大ざっぱと言うと、ちょっと表現が悪うございますが、大綱的という表現を使っておりますけれども、かなりくくった表現になっておりまして、実際には各学校や地域が児童生徒、学校の実態に応じて、先ほど申し上げましたようないろいろな創意工夫ができ、特色ある教育が展開できるようにというふうに大分ソフトなものに実は変わってきているところでありまして、そういう考えで、さっき申し上げたような選択がふえたとか総合学習とかいろいろなことが考えられているわけでございます。 私は、もう一度申し上げますが、やはり学校の特色をできるだけ、公立の学校も特色ある学校にしてもらう、その特色に引かれて子供たちが親と一緒になって選択できるようにしていくということが私は、これから公立の学校であればあるほどまた必要とされる要素なのではないだろうかな、そのことがまさに今、委員が御指摘になった方向に沿うものではないだろうかと、かように考えているところでございます。
○高橋紀世子君 本当にこのことは大事な問題のように思いますが、私は、国としてやはり基本的なものを持つことは必要なのかもしれませんが、やはりカリキュラムや学校の個性は、どうしても現場で決め、決定権があった方が学校の活性化につながって、学校がよしやるぞという意気込みが出て、子供たちにもその情熱が伝わってくるように思えて仕方がありません。 次に行きます。 大臣は教育の地方分権を推進するとおっしゃっています。この際、システム決定権の教育現場への移譲によって抜本的な教育の自治を行うべきだと思うのですが、いかがでしょうか。これも今までのずっとお話の続きだと思うんですけれども、やはり教育の地方分権となると、先ほどいろいろお話ししてきた学校の現場や地方に決定権をもう少し渡した方がいいんじゃないかと思ったり、システムの決定権を教育現場に移譲したらいいかと私は思っていますけれども、最後にそのことについて、しつこいようですけれども、もう一度伺って、私のきょうのつたない質問を終わりにしたいと思います。
○国務大臣(町村信孝君) できるだけ現場で物事が決まる、私もその基本的な考え方には賛同をしております。 ただ、やっぱり国としてこのぐらいのことは身につけておいてもらいたいな、日本人としてこのぐらいのことはしっかり身につけてもらいたいなというのがやっぱりあるわけですね。それは多分地方に全部お任せしてもそこはそう変わらないのかもしれません。かもしれませんが、国としてやっぱり一つの水準というものをお示ししたいというのもまた委員ひとつ御理解をいただければと思います。 しかし、そういう中であっても、私は今、随分それぞれの学校が現場で相当工夫をし始めていただいております。例えば、この間伺いました仙台では、普通は一学期、二学期、三学期の三学期制ですが、仙台市ではこれを例えば二学期制にするというようなことを、ちょっと全部の学校かどうかは記憶にございませんが、それでもいいですよというようなことをやったり、この間もちょっと例として申し上げたかもしれませんけれども、中高一貫学校の宮崎県にある五ケ瀬中学校・高等学校では、まさに地域学というのをそこで独自に編み出して、地域の人と交わりながら地元のことをいろいろ勉強したりとかいうようなことで、非常にユニークな取り組みがあります。 要は、私は学校というものも今だんだん、今まではどちらかというと地域にも保護者にも閉ざされた存在であるような感じが強かったわけですね。学校の先生たちが、これはおれたちの言うならば一つの、独占物と言うと言い過ぎですが、そんな気分で余り情報を外に発信しなかった。これからはむしろ地域に開かれ、地域の声、地域の常識というものが、あるいは保護者の声ももっと学校の運営に反映できるようにということで、学校評議員制度というものをそれぞれの学校につくって、そして学校の経営にそれを反映させていくでありますとか、あるいは、今回法律をお出ししようと思っておりますけれども、教育行政、例えば市町村教育委員会、都道府県教育委員会にも親の声を反映できるようにということで保護者をできるだけ入れてくださいねとか、いろいろな形で地域の学校、そしてそれを取り巻く教育委員会等の活性化をできるだけ図っていこうというさまざまな工夫、努力もしているところでございます。そうしたことと相まって、先ほども申し上げておりますような通学区域の弾力化、自由化でありますとか学校選択の自由でありますとか、そういったことをいろいろやることによって、私は学校の活性化というものが十分可能ではないだろうかなと、こう思っているところであります。
○高橋紀世子君 ありがとうございました。
○委員長(市川一朗君) 本日の質疑はこの程度といたします。 次回は来る二十九日午前十時から開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午後四時二十二分散会