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150回国会参議院2000/11/02

文教・科学委員会 第2号

発言数
141
登壇者
13
会派数
7
開催日
2000/11/02

会議録

市川一朗自由民主党・保守党

○委員長(市川一朗君) ただいまから文教・科学委員会を開会いたします。  政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。  教育、文化、学術及び科学技術に関する調査のため、本日の委員会に総務庁青少年対策本部次長川口雄君、科学技術庁科学技術政策局長間宮馨君、科学技術庁原子力安全局長今村努君、文部大臣官房長近藤信司君、文部省初等中等教育局長御手洗康君、文部省教育助成局長矢野重典君、文部省高等教育局長工藤智規君、文部省体育局長遠藤純一郎君及び労働大臣官房審議官坂本由紀子君を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

市川一朗自由民主党・保守党

○委員長(市川一朗君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。     ─────────────

市川一朗自由民主党・保守党

○委員長(市川一朗君) 教育、文化、学術及び科学技術に関する調査を議題とし、質疑を行います。  質疑のある方は順次御発言願います。

阿南一成自由民主党・保守党

○阿南一成君 自由民主党の阿南一成であります。  きょうは、大島大臣御出席のもとに、かねがね私が文教・科学行政について考えておりますことを中心に、親しく大臣の御所見をお伺いすることができることを大変うれしく思っております。よろしくお願いをいたします。  まず最初にお伺いしたいのは、一昨日の大臣の所信あいさつの中で大臣は、二十一世紀は激動の時代となることが予想されるが、目指すべき方向は我が国の主体性を維持しつつ国際社会に貢献し世界から尊敬される心の豊かな美しい日本の国を実現することであると、そのお考えを述べておられます。そうして、教育、学術、文化、スポーツの振興は、これを実現する上で最も重要な基盤であると喝破をされておるのであります。私は、この大臣の御見識に全く同感であります。  一点だけ確認をさせていただきたいのでありますが、それは、教育は国家百年の大計でありますが、問題は、教育問題を考えるに当たり求めるべき国家の理念が定まらない、教育の内容、教育のあり方について方向が定まらないのではないかというふうに考えるのであります。しかるに、今の我が国の現状を見ますと、あるべき国家像、すなわち二十一世紀を迎えるに当たり我が国の将来像、国の形をどうするのかという点からの議論がいまだ十分ではないと思うのであります。  少子高齢化社会を迎え、環境問題が一層声高に言われる将来の社会にありまして、我が国の産業構造はどう転換するのか、介護問題はどうなるのか、失業問題の解決の方策ありやなどなど、我々政治家は具体的に国民の皆さんの前でその疑問にこたえる義務があるというふうに考える次第であります。そうして、その上で我々の目指す国家像が明らかになり、そうした国家理念にふさわしい国民となるべく教育はどうあるべきかが問われなければならないというふうに考えるものであります。  もちろん、個々の局面におきましては、それぞれの問題について十分協議、論議が行われ、対策も講じられているのでありまするが、それらと教育のあり方がどのように結びついているのかがなかなか見えてきません。国民の皆さんももどかしさを感じておるのではないかと思うのであります。こうした国民の皆さんの声に政治家としてこたえていくのが我々の責務ではないかと常日ごろから考えておる次第であります。  そこで、大臣は政治家として、また文部大臣として日本の将来あるべき国家像をどのように描かれ、そしてそれを教育のあり方にどのように結びつけていこうとしておられるのか、まず最初にお伺いをしておきたいと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 阿南先生からこの委員会を通じて今日までもさまざまな教育問題についての御提言をいただいてまいりました。私は、所信あるいは総理のお言葉でございますが、「心の豊かな美しい国家」ということを申し上げました。そのことに加えて、政治家として君はどういう国家像、あるいは文部大臣としてそのことをさらにどのように国家像として考えるのか、こういうふうな御質問かと思います。  いろんなことを考えますと、やはりこの戦後五十年の変遷というものは、いろんなことを私個人としても考えなければならないことがございますし、日本の歴史を振り返ると、日本というのは、どこの国もそうかもしれませんが、おごり高ぶったときに非常に大きな失敗をしているというか、大きな問題を起こしている。  その歴史を我々は謙虚に受けとめなきゃならぬなと思いながら、「心の豊かな美しい国家」というのは、私は、共生という言葉がよく出ます。環境庁長官をやりましたときによく使いました。共生という言葉、これは我々も今も使うんですが、やっぱり世界とともに生きる、あるいは自分以外のものとともに生きていくという意味で、その「美しい」という言葉の中には共生という言葉が一つあると私は思っております。  もう一つ、激しく動くという二十一世紀、これはITの波もそうでございましょうし、国境というそういうふうな境が特に経済を中心にしてなくなっていく。一方、技術革新が激しく動いていくといったときに今度は自立という、そういうふうな心構えというものが必要なのではないか。やはり、自分の頭で考えて自分の言葉で発していく、そこに責任を持っていく。  私の思いとしては、「心の豊かな美しい国家」と言うときに共生あるいは自立というふうな、そのイメージがございます。そういうことの中に、やはり創造性、社会性というものがただいま申し上げたような言葉の中に当然含まれていく、私はそういう思いで考えておるところでございます。

阿南一成自由民主党・保守党

○阿南一成君 ありがとうございました。  次に、マスコミの報道によりますと、平成十四年から使用される中学校の歴史教科書の検定につきまして、文部大臣の諮問機関であります教科用図書検定調査審議会の元外交官の委員が他の審議会委員に対し、特定の教科書を不合格とするよう工作したという大変な問題が報じられています。  そこで、これから教科書問題について何点かお伺いをいたしておきたいと思います。  今回の問題を前にしますと、昭和六十一年、高校の日本史教科書が事実上検定に合格をしながら、中国など近隣諸国の批判を受け修正を余儀なくされたという事案など、教科書にかかわる外交問題を思い起こすのであります。  教科書というものは、まさに日本の根幹にかかわるものというべきものであります。なぜならば、日本の将来を担う子供たちに対して、よきにつけあしきにつけ日本のこれまでの姿を適切に示し、これからの日本はどうあるべきか、またそのあるべき日本の実現のためには自分はどのように行動をすればよいのかを子供たちが考えるための重要なよすがとして教科書があると私は考えるのであります。いわば国の基礎づくりにかかわるものであろうかと思っております。  一国の主権にかかわるこの教科書問題に対してこれまでたびたび外交的問題の影響を受けてきたのでありますが、そもそも教科書の記述は外交的な事情によって左右されるべきではない、歴史的事実を直視して正確に記述されるべきものであると私は考えるのであります。そういう意味から、近隣条項の見直しも視野に入れるべき時期が来ているのではないかと考えるのでありますが、この点、大臣のお考えをお伺いいたしたいと思います。  なお、大変恐縮でありますが、私の持ち時間、亀井先生の時間を後で十分とってありますので、簡明にお答えをいただければありがたいと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 御承知のように、教科書検定は、指導要領や検定基準に基づいて客観的な学問成果や適切な資料に照らして実施しているものでございます。指導要領の中には「国際協調の精神を養う。」こととされておりまして、そのことを基本にして客観的に検定を行っていただくというふうなことにしておるところでございます。そういう意味で、今後とも指導要領や検定基準の客観的な学問成果に基づいた形で適切に検定を行ってまいりたい、このように思っているところでございます。

阿南一成自由民主党・保守党

○阿南一成君 ありがとうございました。  次に、教科書問題のもう一つの懸案であります教科書採択制度についてお伺いをしておきたいと思います。  公立の小中学校において使用される教科書の採択については、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の第二十三条において教科書採択にかかわる権限が教育委員会にあることを明記しております。しかし、実際上は教育委員会の権限の空洞化ということが言われております。具体的には、教職員の投票によって採択教科書が決められている、あるいは教育委員会のもとに諮問機関として置かれている調査・選定委員会等からの答申の段階で既に教科書が絞られ、教育委員会はその答申どおりに採択教科書を決めているという実態も指摘をされておるところであります。法律によってしっかりと明記されている教育委員会の採択権限が、法的根拠のない投票などによって事実上奪われているのではないかと思うところであります。  教科書採択制度は、教科書の公正中立を確保するため、教科書検定に続くもう一つの大切な制度であると思うのであります。つまり、人格が高潔で、教育、学術、文化に関し識見を有する者のうちから任命をされる教育委員会の委員が教科書の採択に関する権限責任をしっかりと果たすことにより、仮に不適切な教科書が検定を合格いたしましたとしても、正規の採択過程で選別をされて落とされることが期待されておる制度ではないかと思います。  文部省は、平成二年及び九年の二度にわたり、各教育委員会に対して、教職員の投票によって採択教科書が決定される等採択権者の責任が不明確になることのないよう採択手続の適正化を図ることを求める通知を出しております。また、本年もその旨の指導を再度行っていることを承知いたしております。しかし、それぞれの通知を読ませていただきますと、問題の核心を単刀直入には指摘しておらず、法の趣旨に反していると思われる教科書採択の実態にかかわる抜本的改善策を明記しているにしては、私から見るならば緩やかな表現であると思うのであります。大臣にも、教科書問題に関しては極めて重要な通知でありまするのでぜひ御一読を願い、いつの機会か当委員会においてでも御見解を賜れば幸いであろうかと思います。  そこで、大臣にお伺いしますが、教科書採択の改善が遅々として進まない原因をどのように考えておられるのか、また教科書採択におけるいわゆる学校票方式の実態をどのように認識なさっておられるのか、そして大臣はこの実態に対してどのように対応していかれようとしておるのかをお伺いいたします。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 具体的な実態状況は局長から、参考人から御報告させますが、今、阿南先生がお話しされた採択に当たって教職員の投票で決めるとか、あるいはそれに類似したことで決めるとか、そういうことは絶対あってはならぬことだと、このように思っております。いずれにしても、そういう指導をさらに徹底してまいりますが、委員から御指摘いただいたように、その内容を私ももう一度読み返しながら、いずれかの機会においてそのことについて何か改善すべきことがあればあったでまた御報告してまいりたい。  いずれにしても、採択権者の責任が不明確になるようなことは絶対にあってはならぬと、このように思っておりますので、その方針で徹底してまいりたいと、こう思っております。

阿南一成自由民主党・保守党

○阿南一成君 ありがとうございました。  次に、現在行われている教育改革のキャッチフレーズでもありますゆとり教育について、ちょっと御見解を賜りたいと思うのであります。  新学習指導要領が平成十四年度から完全実施をされることにより、教育内容の三割が削減をされることとなっています。これに対して、昨今指摘されている学力低下という危機意識から反対意見が多く出されております。京都大学の西村教授等が書かれた「分数ができない大学生」、「小数ができない大学生」が大変な反響を呼んでいることからも、国民の多くの皆さんが教育内容の削減に対して疑問を持っておると思うのであります。  昭和六十年に出されました臨時教育審議会第一次答申におきまして、教育改革の基本的方向として、個性尊重、基礎、基本の重視が打ち出されました。現在、個性尊重、ゆとりをキャッチフレーズとした教育改革は、この路線をさらに発展させたものだと考えるのであります。  しかし、教職員の週休二日制の完全導入との関係もあるとは思いますが、このゆとりの名のもとに単に教育内容を削減することに対しては、多くの疑念を国民が持っておるところであります。教育内容の削減に伴い教科書は内容が薄くなり、その教科書をもとに、学校教育と現実として存在する受験を前提とした教育ニーズとの乖離が大きくなっているのではなかろうかと思うのであります。  現実に塾に通う中学生は約六割にも達しているとの報道がなされております。また、私立学校では、検定教科書では物足りず、私製、独自の教科書を使用している例もあると聞いております。このままでは、検定教科書の存在そのものを揺るがすことになるのではないかと危惧する次第であります。学校教育法によって使用が義務づけられている教科書が使用されないということは制度上あり得ないことでありますけれども、事実上、特に私立学校において使用されていないという実態に対する対策、歯どめがあるのか。  また、現実問題として、受験に際して求められる知識レベルと教科書の内容との乖離が大きくなり、子供や保護者が憂慮して学校のほかに塾などに通うという現状に対し、親の経済力によってその子供の将来が左右されるようなことになってはゆゆしき事態であるというふうに私は思うのでありますが、大臣の率直なお考えをお聞かせ願いたいと思うのであります。  本来、学校は勉強をするところであり、学力水準の向上充実は、学校ひいては文部省の責務であります。学歴、受験、偏差値などを取り上げて、勉学に関する一切のものにマイナスイメージが与えられ、ゆとりの名のもとに勉強を否定する空気が学校教育に画一的に広がるようなことがあってはならないと思うのであります。  このような心配に対して、大臣の御見解を賜りたいと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 新学習指導要領に対してさまざまな御所見をいただいております。  先生もそうですが、先ほど先生がお話しされた榊原さんからも新聞等を通じて御論議をいただいて、私なりに新聞を通じてきちっとしたお答えをしたつもりでございます。  ただ、ゆとり教育という、そのゆとりという言葉にやはりこれはちょっと誤解を与えている部分もある。私どもがねらいなのは、まさに先生お話しされたように、大学に行っても基礎的な数学の計算ができない子がいたりする。まず、そういう基礎的な知識というものを身につけないまま中途半端に上に上に上がっていくということがあってはならない。ですから、公教育の中でまず第一に基礎的知識はきちっと教え込む。やっぱりそこのところは押さえていかなきゃいかぬ。それを土台にして、その子供たちのそれぞれのありようについて柔軟なプログラムを組んでいく。そして、もっと興味を持っている科目には、その興味を持っている科目を推進させていくとか、そういういわば二つの縦と横の新しいあり方を考えているところです。  ですから、基礎的学力をきちっと身につけさせるという点については、私どもは徹底をしてまいらなければならない。そして、一番子供たちの国際比較をやっていって足りないのは、自分の力で問題点を発見する、そして自分の力で、自分の考え方でその問題点を探求していく、そしてそれが正しいとか正しくないとかと言う前に自分なりに結論を出す。そういうみずから考える力というものをつけていくことが、先ほど先生が冒頭に御質問された、激しいこの国際社会の中で、変動の中で生きていく力をつけるために必要な教育ではないか。それが新学習指導要領の基本でございます。  我々は、もっともっと国民の皆さんにそういう点を御理解いただきながら、新しい学習指導要領のあり方について、さらに我々も指摘を受けた部分について、もしここはちょっと直していかなきゃならぬところがあるのであればそれは直していきますし、そして来年から、国民の皆さんの御心配に対してもおこたえするためにも、やはりきちっとしたどの程度の学力を持っているか、一斉のそういう試験をやりながら、子供たちの知識力というものについてもしっかりと見守って、見詰めてやっていかなければならない、そういう思いでございます。

阿南一成自由民主党・保守党

○阿南一成君 ありがとうございました。  次に、昨年の三月九日の本委員会におきまして、私のふるさと、大分県竹田市の駅でも流されております、そしてこれまで共通教材として必修とされてきました「荒城の月」、さらに「赤とんぼ」など日本の名曲が新学習指導要領には記載されなくなったことから、後世に伝えていくべき心にしみる日本人の心のふるさととも言うべき名曲が忘れ去られていくのではないかと私は質問の中で指摘をいたしました。  当時の有馬文部大臣が、新学習指導要領の解説の中においてこれまで示してきた共通教材、御指摘の「荒城の月」や「赤とんぼ」などを参考資料として示すことにしており、小中学校において「荒城の月」を初めとする我が国で歌い継がれて親しまれてきた音楽が今後も指導されていくことになると考えておりますと答弁をされました。  中学校の新学習指導要領を見ますと、歌唱教材といたしまして、一つ、「我が国で長く歌われ親しまれているもの」、二つ、「我が国の自然や四季の美しさを感じ取れるもの」、三つ、「我が国の文化や日本語のもつ美しさを味わえるもの」を含めることとされております。この趣旨及び過去の共通教材を学習指導要領の解説で示した趣旨が検定中の教科書に反映され、「荒城の月」や「赤とんぼ」など日本の名曲が子供たちに受け継がれていくことになると私はかたく信じておるのでありまするが、確認のために大臣の御所見を伺っておきたいと思います。

御手洗康文部省初等中等教育局長

○政府参考人(御手洗康君) 御指摘がございました「荒城の月」、「赤とんぼ」等の我が国の伝統的な文化に根差す歌曲等の指導につきましては、委員御指摘ございましたように、さきに有馬文部大臣がお答えしたとおりでございます。しかしながら、具体的に教科書についてどう取り扱われるかということにつきましては、こういった学習指導要領や解説書の趣旨等を踏まえまして、各教科書の作成者、発行者等におきまして選曲をしてくるということになってございます。  現在その教科書につきましては検定審議中ということでございますので、具体的な結果につきましては、来年四月以降検定結果が明らかになるまでお許しをいただきたいと思っているところでございますが、いずれにいたしましても、各学校におきましては、地域の実情にのっとりまして、教科書にあるなしにかかわらずそれぞれこれまでも指導をされてきておりますし、今後とも指導はなされるものと私ども考えているところでございます。

阿南一成自由民主党・保守党

○阿南一成君 いろいろ言いたいこともありますが、この際、先に進みたいと思います。  次に、教育改革国民会議より出された中間報告についてお尋ねをしておきたいと思います。  教育改革国民会議の中間報告では「効果的な授業や学級運営ができないという評価が繰り返しあっても改善されないと判断された教師については、他職種への配置換えを命ずることを可能にする途を拡げ、最終的には免職などの措置を講じる。」との提言がなされております。  教育の根本には、よき教師、尊敬される教師、信頼される教師による児童生徒への感化があり、その反面として、悪い教師に当たれば、発達段階にある児童生徒の勉学に対する意欲を失わせるばかりでなく、可能性の芽を摘み、さらにはその一生に取り返しのつかない悪影響を与える可能性があるということもよくわかります。残念ながら、教師の中にそのような児童生徒に大きな悪影響を与える教師も中にはおるのかもしれません。このような教師の児童生徒に対する影響にかんがみるときに、この提言は遅きに失したと思うのであります。今後、文部省はこの提言をどのように具体化していくのか、お伺いをいたしたいと思います。  あわせて、地方公務員法第二十八条には分限の規定があります。その第一項において「勤務実績が良くない場合」、「その職に必要な適格性を欠く場合」は免職することができると規定をされております。この規定が実際にこれまで発動されたことはあるのか、もしあるとすれば何件ぐらいあるのか、それは公立小中学校の教職員七十万人に対してどの程度のパーセンテージで発動されておるのか、大臣の御所見を伺います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 国民会議の御提言を踏まえた方向性について申し上げ、後に具体的な数字については参考人からお話しさせていただきます。  国民会議の中間報告が出されて以来、私どもも総理からの御下命で勉強に入りました。その勉強に入っている一つが、今、阿南委員がお話しされた問題点でございます。  私どもも、十分な適格性を有しない教員につきましてはどう対応するか、教員以外の職へ円滑に異動させるためどういうふうにしたらいいのかということを勉強し、できれば通常国会等において所要の法律改正を検討してまいりたい、こう思っておるところでございます。

阿南一成自由民主党・保守党

○阿南一成君 これまで政治は教育に直接介入せず外的条件整備に徹するべきであるということが言われて久しいわけであります。例えば、教科書問題についても、あるいは道徳をどう教えるかなどの問題につきましても、学習指導要領の作成に当たっても、政治家は直接的には意見を述べることを控えてきたと私は認識をいたしております。しかし、昨今続発する少年犯罪、いじめ、学級崩壊、さらには先ほど挙げました学力低下というように、我が国の子供たちの状況をとってみても、教育の現状は危機に瀕していると考えるのであります。  こうした現状に目を向けるとき、教育の問題について、総理の私的諮問機関であります教育国民会議の議論も必要でありますが、国のあり方を考えるべき政治家が最も基本的な問題である教育問題についてみずからの信念に基づいて積極的に発言し、世論を喚起する時期が来たのではないかというふうに私は考えるのであります。  そこで、私は五月十六日の当委員会におきまして、危機的状況と言われる教育の現状に対するささやかな対策として四つほど提案をさせていただきました。  第一点目は、心の教育の一環として、全国の小学校低学年、幼児教育を中心とするわけでありましょうが、この全学級が草花を育てることができるよう学校に花壇を設ける予算を確保していただきたいとの提案をいたしました。あわせて、わび、さびの世界の茶道、そしてすばらしい芸術品を鑑賞し情操を高めるため学校外の美術館、博物館の見学も、課外授業としてではなく、小学校低学年の正規の授業カリキュラムの中に組み込むことを提案させていただきました。  二点目は、子供たちが大きな問題行動を起こす前に先生が子供の心や行動の変化を敏感に察知し、子供の相談に乗るなどして心を開かせ、子供を正しく導くことができるよう先生の資質を向上させること。さらには、いじめや不登校などをなるべく穏便に済ませようと閉鎖的に処理をする校長を初めとする管理者があるとするならば、そういう管理者を排し、正義を実現しようとする先生たちの積極的な活動を支援する体制づくりをしてほしいと提案をいたしております。  三点目は、続発する少年事件、自殺、いじめ等に対しまして、運輸省の航空事故調査委員会のような常設の委員会を文部省内に設置し、いじめによる自殺あるいは対教師殺傷事件、黒磯事件のような問題でありますが、のような大きな事件が発生をいたしました場合には、専門的な立場から現地調査を徹底的に行い、克明な原因の究明を多角的に行って、その報告書を文部大臣及び国会に報告するようにしてはいかがかという提案をさせていただきました。  第四点目は、全小中高校へのスクールカウンセラーの配置と二十四時間対応の電話相談、子供の悩み一一〇番の設置を申し上げました。  以上四点について、私は大臣とともに議論をいたしたいと思って提案をいたしました。当時は、当時の大臣はやむを得ない事情で出席がかなわず、そのことについては私も十分に理解をいたしておりまして、かわりに当時の政務次官に御答弁をちょうだいいたした次第であります。しかし、大臣も新しくおかわりになりましたところでありますので、繰り返しでありますが、私の四つの提案を確認させていただきたいと思って申し述べます。  私の四つの提案に対する大臣の率直な御意見をお伺いするとともに、特に第一番目に提案いたしました情操教育の一環としての学校における花壇を充実するために係る予算の八月の概算要求の状況をお聞かせいただきたい。事務当局としては既に多くの小学校においては花壇はありますとの説明ではありますが、私があえてそれを承知で質問させていただきましたのは、中教審の答申の中心に据えられております心の教育の現実の試みの一つとして重要視しているからであります。  これから学校にも完全週休二日制が導入され、土曜、日曜は連続してお休みになります。そうすると、子供たちが精魂込めて育てたお花が、月曜日に来てみますと、しおれて水を欲しがっているかもしれません。そのとき、子供たちが、土曜、日曜、大切な友達であるお花のことを忘れてごめんねとお花と会話をしながら水を上げると、お花は見る見る元気を回復してくると思うのであります。さらに一歩進んで、土曜、日曜の休みに学校にまで出てきてお花にお水をやる子供も出てくるかもしれません。私は、これは子供たちに対する一つの心の教育の実践であろうかと思うのであります。また、その立派に育てたお花を駅や町役場や派出所や消防署に生けに行くという奉仕活動も、子供たちに十分な体験学習の機会を与えることになると確信をするものであります。  どうか大島大臣におかれましては、平成十三年の概算要求の項目立てにもし仮に入っていない場合でも、実行予算で全小学校に充実した花壇を設けていただくことを切望するものであります。ぜひとも大臣の前向きな御答弁を期待いたす次第であります。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 阿南先生から五月十六日に四つの御提案があったことを議事録等でしかと拝見いたしました。その中で、我々も研究をし、そして来年の概算要求にも反映させたり、あるいはとるべく施策の中で取り入れさせていただいているものもございます。特に重点的に御主張がございましたいわゆる花壇、学校の花壇をもって子供たちが自然に接したり花木を愛する心を育てるという御主張でございますが、そのことの基本的な重要性については同感でございます。  したがいまして、私どもとして、平成十三年度の概算要求に対し、観察の森とか学習園等の整備をもっと充実させたい、そういうふうな意味で七億一千九百万を要求しているところでございます。まずこれらをこれからも努力して予算化し、そしてこれはかなり大規模なものでございますから、小規模なものについては地方交付税において所要の財源等が講じられておりますので、学校を指導しながら、今、先生がお話しされたような精神がそれぞれの学校において生かされるように、実現されるように努力してまいりたいと思っております。  なお、他の三つの御指摘についても、例えば二十四時間の電話相談のあり方とか、あるいは青少年に対する校長先生や学校の現場を支援する形がどうあるべきかとか、あるいは教員の資質向上、今それぞれお答えしますと長くなりますので、先生の趣旨をしかと踏まえながらなすべきことはなしていかなきゃならぬ、非常に貴重な御提言だと、このように思って努力しているところでございます。

阿南一成自由民主党・保守党

○阿南一成君 大変ありがとうございました。  なお、質問通告いたしました二番、三番、七番、十番、十二番については時間の調整で、せっかく準備をしていただきましたが、割愛をさせていただきます。  これで私の質問を終わります。どうもありがとうございました。

亀井郁夫自由民主党・保守党

○亀井郁夫君 自由民主党の亀井でございます。引き続いて大臣にお尋ねいたしたいと思います。  教育の基本になっている教育基本法の問題について、まず最初にお尋ねしたいと思います。  最近、少年の凶悪事件が続発いたしまして大変驚くわけでございますけれども、こうしたことは、子供たちがみずから身をもって私たち大人に対して戦後の教育のありようについて問いかけているんだということを、私たちはそういう姿勢で受けとめなければならないんではないかと思うわけでもございます。  戦後、確かに経済的には豊かになりましたけれども、しかし私たちは大事なものを失ったんではないかと思うわけであります。それは、日本人としての魂であり、心ではないかと思うわけでもございます。特に、戦後の教育を支えてきたこの教育基本法、それぞれの一条一条を読みますと全部すばらしいことが書いてあるわけでありまして、そのことを否定するものではもちろんないわけであります。  しかし、振り返ってみますと、終戦を契機にして戦前の教育を全面的に否定するという中での戦後の教育が組み立てられたわけでありまして、その中ではGHQの指示もありまして、日本の伝統の尊重だとかあるいは愛国心の育成、家庭教育の重視、宗教的情操の涵養とか、こういうものが外されてしまったということから、これが戦後の教育の持つ大きな欠点として今見直されておるわけでもございます。  森総理も教育改革を大きな柱として取り上げられており、また教育改革国民会議でもいろいろと議論がされておるわけでございますけれども、大臣のこの教育基本法に対する今後の取り組みについてどのようにお考えか、お尋ねしたいと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) ただいま亀井先生から教育基本法のことについてお話しされました。私どもは、まず進め方の問題としてこのように考えております。  これは総理もずっと一貫して申し上げていることでございますが、今、各党あるいは各議員、各委員、皆様方のところでいろんな教育論議が盛んになっておりますが、国民会議においての中間報告においては、やはり基本法の問題もきちっと取り上げられております。したがって、それが年内に最終報告として出てまいるであろうと思います。また、与党各党の中でもいろんな議論をされ、また野党の政党のそれぞれの皆さんのところでも議論されていると思いますが、その国民会議の最終報告を私どもちょうだいした後、我々としても勉強をもう既に始めておるところではございますけれども、幅広く国民の皆さんの御意見を聞く、その最も中心的なのは中教審であろう、中央教育審議会に諮問を申し上げ、そこでも議論してもらおう。そういうふうな議論をまずきちっとしてもらうということを踏まえつつ、そしてそういう結果を待って、国会の場でそういうふうなものを議論する機会を必要であればきちっと得ていきたい、このように思っております。  中身の問題で、おまえは一体基本法のどういうところにどういう所感を持っているのかということにつきましては、文部大臣として今明確にここのところが問題でこうだということを申し上げるのはいささかまだ早いとは思いますけれども、亀井委員お話しされましたように、昭和二十二年につくったときに、そのときの世界情勢、国の目指す方向、そしてあるべき姿と今日とを考えてみましたときに、客観的に大きな変化がある点がたくさんございます。それは、例えば国際社会における日本の大きさというものもそうでございましょう。あるいは家族構成のあり方、地域のあり方、あるいはまたその中における富の大きさ、そういうものから考えると、やはり教育というのは子供たちに生きる力を結局つけることが私は目標だと思います。  そうすると、これから来るであろう新しい社会というものを想定しながら、そして立派に子供たちが生きていくというためにはどういう方向を目指せばいいかということを考えますと、必然的にさまざまな議論があって結構なことではないだろうか、こう思っておりまして、多様な皆様方の御議論を今私は読んだり見たり、また聞いたりしているところでございまして、いずれ、来年、中教審に御諮問をいただきながら、そして多くの議論をちょうだいし、しっかりとそういう方向性を見届けながら、私どもも私なりに努力して、そして国民の議論にたえるようにしてまいりたい、このように思っております。

亀井郁夫自由民主党・保守党

○亀井郁夫君 ありがとうございました。  ぜひともこの問題については前向きにしっかり取り組んでいただきたいと思います。  次に、教育の基本になっております学習指導要領についてお尋ねしたいと思います。先ほど阿南先生からもお尋ねございましたけれども、一、二お尋ねしたいと思うわけであります。  特に、今地方分権が進められまして、教育についても地方分権という形でいろいろ移されておりますけれども、私は教育については文部省が中央でしっかり頑張っていただかなきゃならないと思いますし、そのためにも学習指導要領については十分お考えいただきたいと思うわけであります。しかし、そういう意味からも、学習指導要領についてはそれを守ろうとする組合もあれば反対する組合もたくさんあるわけでございまして、さまざまでございますが、私の地元広島では組合が学習指導要領を守らないことを競い合ってきたという歴史の中で、教育の現場も大変荒れてしまったわけでございますけれども、しかし最近はようやく小康状態といいますか、新しい方向を見出す方向になってきておる状況でもございます。  いつも問題になりますのは、単純なことでございますけれども、学習指導要領の法的性格についていつも議論されるわけであります。大綱的基準だから守らなくてもいいんだというのが組合の大体の根拠でございますけれども、改めてここで文部省としてこれについての法的性格を明快にお答えいただきたいと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 明快に申し上げさせていただきます。  学習指導要領は法令の規定に基づいて定められているものでございまして、学校においてもこれに基づき教育課程を編成しなければならないという法規としての性格を有している。これは、いずれにしても伝習館高校事件の最高裁の判決もございます。改めてそのことは国民の皆さんに明確に申し上げたい、このように思っております。

亀井郁夫自由民主党・保守党

○亀井郁夫君 ありがとうございました。  この学習指導要領を守るか守らないかということのメルクマールが国旗・国歌の問題であります。国旗・国歌について指導するようにと書いてあるんですけれども、これを守らないことが学習指導要領を守らないということでいつもこれは問題になるわけでございます。  私の地元広島のことを何回も出しますけれども、この国旗・国歌については惨たんたる状況でございましたけれども、昨年の国旗・国歌の法制化を契機にして大分変わってまいりました。しかし、国歌についてはまだメロディーが流れるだけであって、先生もいすに座っている、生徒もいすに座っているというおおよそ考えられない状況がまだ続いておるわけでございます。しかし、文部省のレポートを見ますと、ちゃんと指導しているということになっておりますけれども、指導していると県の教育委員会等が報告いたしましても、中身はそういうものだということを十分御理解いただきまして、ちゃんとした形で国旗・国歌が指導できるようにひとつ御指導願いたいと思うわけであります。  そこに絡みまして、特に今見てみますと、全国で北海道がどういうわけか非常に悪いわけでございまして、改善の跡がなかなかない。特に札幌市の中学校では国歌の斉唱率が一三%ということで非常に低いわけでございますけれども、これに引かれて、札幌市の教育委員会は九月十八日に適切に行うようにという職務命令を、もうやむを得ずだと思いますけれども、出されて努力されておるわけであります。北海道がこのように他の県と違って非常にこういうのが低いということは、全般的に学習指導要領も守られていないんだろうと思うんですけれども、この原因は何だとお考えか、お尋ねしたいと思います。

御手洗康文部省初等中等教育局長

○政府参考人(御手洗康君) 国旗・国歌の卒業式、入学式におきます指導につきましては、昨年、国旗・国歌法が制定をされまして、文部省といたしまして改めて実施率が芳しくない各都道府県等につきまして指導を徹底したわけでございます。その中で多くの都道府県で改善を見たところでございます。北海道におきまして多少の改善はいたしましたけれども、例えば国歌斉唱につきましては、小学校では全体での実施率が六六%ほど、中学校では六〇%、高等学校では八五%ということで、委員御指摘ございましたように全国で最低の実施状況ということでございます。  これにつきましては、北海道の教職員団体におきまして、その運動方針に日の丸・君が代の指導強制に反対する、これについては対抗戦術を含めた通年闘争として闘うというような運動方針のもとに、各学校現場や教育委員会等に対しまして組織的に極めて強い反対運動を繰り広げているという状況がございまして、各学校現場の責任者であります校長におきましては、日常の学校運営を円滑に行うという一つの配慮から、このような職員団体の強い抵抗を排除して卒業式、入学式におきます学習指導要領に定められた形での国旗掲揚あるいは国歌斉唱というものに踏み切れない、そういう極めて残念な状況があるところでございます。  北海道におきましては、昨年の状況を踏まえまして、今年の年度当初から各校長会等の諸会議等におきまして指導の徹底を図るとともに、個別の学校訪問を行いまして、個々の学校の実態に即した指導も行っているところでございますけれども、委員御指摘ございましたように、札幌市の教育委員会におかれましては、去る九月十八日に市立の全学校長に対しまして、来年行われます卒業式と入学式におきます国旗掲揚、国歌斉唱の指導については学習指導要領にのっとって適切に行うようにという文書で職務命令をし、その実施の徹底を期しているところでございます。

亀井郁夫自由民主党・保守党

○亀井郁夫君 ぜひともしっかり指導していただきたいと思います。  次に、学校運営の問題についてお尋ねしたいと思いますけれども、学校運営について最も大事なことは、何と申しましても学校の組織風土を活力のあるものに維持しなければならないということは言うまでもないことでございますけれども、私の広島では解放同盟が教育現場に介入するという事態が長く続きました。そういうことから、糾弾闘争におびえた先生方が全然力を持たなくなってしまったということで非常に厳しい状況が続いてきたわけでございますけれども、一昨年の参議院の予算委員会でこのことがはっきりわかりまして、そして調査に来ていただいて、そして十数項目にわたる指摘をしていただき、それから流れも変わってまいりました。  そういうことでございますけども、特に広島県の場合に問題だったのは、昭和六十年に知事と議長と教育長と、それから教職員組合と解放同盟と同和教育研究協議会、これが一緒になってつくった確認書に解放同盟が教育の現場に入っていける条項をつくっちゃったということが大きな問題であり、それ以降ずっと変わってきたわけであります。これもようやくこの九月に知事が破棄をするということを決めましたので、ようやくいい方向に、二年かかりましたけれども、なったわけでございます。  最近私が驚いたことは、実は北海道でございます。縁がございまして北海道の方々からいろいろ話がありまして、広島はどうなっているんだ、どうしたんだというお話でございまして、いろいろお話ししている中で、北海道は広島以上に私は大変だというふうな感じがしたわけでもございます。  昭和四十六年に北海道の教育委員会、道の教育委員会の教育長と組合がいろんなことについて結んでいる。それが北海道では四六協定と呼ばれているようでございますが、この協定書にいろんなことが細かく決められているために何もできなくなってしまっているというのが実態だそうでございます。  そういうことから、特に私先ほど申し上げましたように、広島県の教育が変わっていったのは、この参議院でいろいろと御審議願い、質問をさせてもらい、そして当時の有馬文部大臣や中曽根文部大臣が具体的に、それはいけないことですよという格好で不当性についてもちゃんと答えてもらったということから、広島県の教育委員会もそれを背景に指導していったということから、二年かかりましたけれどもようやくこういうことになりました。  そういう意味では、せっかくでございますので時間をいただきまして、この問題について、細かいことではございますけれども、いろいろとお尋ねして、北海道を初めとするそういった地域の教育の改革に役立てばと思って質問させていただきますので、よろしくお願いしたいと思うわけでございます。  最初に、学校管理の問題でございますけれども、今言いました四六協定、昭和四十六年に結ばれた協定ですが、四六協定の第一条では、勤務条件にかかわるものはすべて交渉事項と定めて、そして学校管理規則などの改正については全部組合と交渉するんだ、しなければならないということが定められております。そして同時に、覚書でわざわざ校長と教組の分会とがやるんだということまで書いてあるわけでありまして、こういうことでは完全に校長権限が奪われてしまっておるわけでありまして、すべて組合の方に伺いを立てなければできないというふうな実態になっておるようでございます。  そういう意味では、まさに組合による学校管理と、言い過ぎかもしれませんが、そういうふうなことさえ言える状況だということで、非常に情けながっておられる方が大勢見えたものですからお話ししたいと思いますが、文部省としてはこういう実態を御存じなのかどうなのか、またこういうことを知った上で、まさか認めてはおられないんだろうと思うんですけれども、これについてお尋ねしたいと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 基本論だけ、私の方針だけ申し上げて、今の具体的なことは参考人である局長からお話しします。  北海道での四六協定という問題は、学校の管理運営がそれによって適切に行われていないという実態と、このように私は把握しております。したがって、そういうふうな違法な内容を含む協定が教育委員会と教職員団体で結ばれていることは極めて遺憾である、このように思っております。したがって、教育委員会等を指導しながら、できるだけその四六協定を破棄して正常になるようにしてもらいたい、こういう思いで教育委員会に対して指導してまいりたいと、このように思っております。  今の具体的な御質問は参考人からお答えさせていただきます。

矢野重典文部省教育助成局長

○政府参考人(矢野重典君) 学校管理の問題について御説明申し上げます。  校長は校務をつかさどり、所属職員を監督するというふうにされているところでございまして、これによりまして、学校運営上必要な一切の事柄は学校段階におきましては校長の権限と責任に基づいて処理されるべきものでございます。  先生御指摘の四六協定では、勤務条件にかかわるものはすべて交渉事項としておりまして、またその上で、学校管理規則等の改正については組合との交渉で行うこととされているわけでございまして、教職員組合はこの協定に基づきまして、管理運営事項も含め、学校管理上の問題はすべて交渉事項であるというふうに主張をいたしているというふうに聞いているところでございます。  しかしながら、地方公務員法第五十五条第三項では「地方公共団体の事務の管理及び運営に関する事項は、交渉の対象とすることができない。」と規定されておりまして、教育課程の編成など、校長がその権限として責任を持って決定しなければならない事項は教職員組合との交渉によりその判断がゆがめられることがあってはならないものでございまして、こうした管理運営事項を交渉の対象としております四六協定は明らかに法令に違反するものと考えられるところでございます。  文部省といたしましては、このような違法な協定によって校長の権限が制約されているといたしますれば極めて問題であると認識しておりまして、校長の権限が法令に従って適正に行使されますように、北海道教育委員会に対する指導の徹底に努めてまいりたいと考えているところでございます。

亀井郁夫自由民主党・保守党

○亀井郁夫君 違法である四六協定が生きていること自体が問題でございますから、ぜひとも力強い御指導のほどをお願いしたいと思います。  次に、職員会議の問題でございますが、学校で職員会議の果たす役割は非常に大きいわけでございまして、私の広島県でも長く校長先生の上に職員会議があるということでございまして、校長先生は朝早く行って門をあけて掃除する自由と権利があるというふうに言われておったわけでございます。しかし昨年、広島県も学校の管理規則を変えまして、高等学校については校長先生の上に置くんだというふうにいたしましたけれども、形はそういっても、実際はまだまだうまく中身がいっていないというのも実態でございますし、そういう意味では、こういう点についてもこれからも十分見ていかなきゃいかぬと思っております。  そういう中で、文部省はことしの一月二十一日に、校長の職務の円滑な執行に資するために職員会議を設けることができ、同時に校長がこれを主宰するという通達を出されたわけでございまして、これを受けまして札幌市の教育委員会は九月十八日に、また道の教育委員会は十月十八日に管理規則の改正を通知したということでございます。  しかし問題は、北海道の教育委員会は文部省の通達、改正通知を出しながら、しかし同時に、職員が積極的、主体的に参画できるよう留意し、職員間の共通理解が深められるよう努めることという、一見読めば何でもないことでございますけれども、こうした通達を文部省には内密で出しているということが昨日の産経新聞にも出ておったわけでありますし、私も原本を手に持っておるわけであります。こういう文言があるために、一見読めば何でもないんですけれども、これをもとにして実際は職員会議が校長先生のためではなしに組合のための職員会議になってしまったと。それを直したいということで出した通達を、表は出しながら裏ではこっそり二つ通達を出しているんですね。手元にありますけれどもね。二つ通達を出しておるようなことがありましたけれども、こういうことが許されるのかどうなのか、文部省は御存じなのかどうなのか、もし御存じであれば、これに対してはどのようにお考えか、お答え願いたいと思います。

矢野重典文部省教育助成局長

○政府参考人(矢野重典君) これまで北海道におきましては職員会議について校長の権限や責任を制約するような位置づけがなされておりましたために、文部省では北海道教育委員会に対しましてその位置づけの適正化について指導を行ってきたところでございまして、これを受けまして、先ほど御紹介がございましたように、北海道教育委員会も、本年の十月でございますけれども、学校管理規則の改正を行ったところでございます。しかしながら、今、委員御指摘のとおり、今回の学校管理規則の改正にもかかわらず、従来の取り扱いを維持するものととられかねないそういう通知が発出されておりまして、このような北海道教育委員会の対応は私ども問題であると言わざるを得ないと考えているところでございます。  このため、文部省では北海道教育委員会に対しまして今回の改正の趣旨をより明確にするよう指導を行ったところでございまして、今後とも、規程の改正のみならず、学校現場において実際に学校の管理運営が校長の権限と責任に基づき適切に行われますように北海道教育委員会に対する指導の徹底に努めてまいりたいと考えているところでございます。

亀井郁夫自由民主党・保守党

○亀井郁夫君 わかりました。よろしくお願いいたします。  校長先生の学校管理の中における大きな権限は人事異動でございますけれども、この人事異動につきましても北海道の場合は本人の同意が前提であるということで、人事異動につきまして毎年要求書が校長と教育委員会に個別に出されているということのようでございまして、そういう意味では組合の介入のもとに人事が実際行われている、こういった実情が長年続いているということでもございます。もちろん、本人の希望を聞くのは私は悪いことではないと思いますけれども、それが権利のような形で実行されているということは私は問題だと思うんです。文部省はこういう事実について御承知かどうか、事実とすればこれについてどうお考えか、お尋ねしたいと思います。

矢野重典文部省教育助成局長

○政府参考人(矢野重典君) 北海道教育委員会からの報告によりますと、教職員の人事異動につきましては、それぞれの地域における教育の機会均等を図り、全道的な教育水準の向上を図ることを目的として教職員構成の適正化を図るよう取り進めているが、その際、教職員個々の生活状況などを把握し、教職員の理解と協力を求めながら行っているとのことでございます。  私ども、委員御指摘のような事実につきましては報告を受けておりませんけれども、北海道教育委員会の言うところの教職員の理解と協力を求めながら行うということが適材適所の人事や公平公正の人事を損なうものであるといたしますならば、これは問題でございまして、任命権者である北海道教育委員会がその権限と責任に基づき適切な対応をすべきものと考えるものでございます。

亀井郁夫自由民主党・保守党

○亀井郁夫君 教育委員会の報告は形のいい報告が多いですから、ひとつまたよろしく、だまされないようお願いいたします。  次に、これも驚いたんですが、鉛筆年休という年休があるんです。広島では破り年休ということで問題になりました。これはどういうことかというと、組合の活動で出かけますね、そのときに年休届を広島の場合は一応書いて出すんです、年休使ったと。ところが、事故もなく戻ってきますとそれは破いて捨てるんです。ということは、年休を使わずに給料をもらいながら組合活動が続けられるということです。  これが去年、広島では破り年休が大きな問題になりました。そして、県の教育長は減給一〇%一カ月、そして文書訓告を教育次長以下七名が受けました。そして、厳重注意を口頭で受けたのは千三百七十名。それから、給与返還請求を受けたのは二百五十四名で約二千万円。約六千六百時間がそれで使われたということですが、これは長くずっと昔までやりますともう際限がないから一年に限ってわかったやつだけこうやったわけでございます、限定的に。それで、返さない人が二百五十四名のうち百七名おりますので、百七名については今訴訟を起こしておるわけでございまして、金額が約九百万ということでございますが、広島だけかと思っておりましたら、同じようなことが北海道でやられているんです。  北海道におきましては、これは破り年休じゃなしに、出かけるときに年休簿に鉛筆で書くんだそうです。鉛筆で書いて教頭に出す。事故がなければ戻ってきてそれを消しゴムで消すということです。それできれいにもとへ戻りますね。だから鉛筆年休というんだそうですが、これが公然と行われているんです。  これがうそじゃない証拠に、配っていませんですけれども、札幌市のある中学校の校長先生何のたれがしと分会長の何のたれがしのこれが協約です。この一番最初に、確認事項一、「外での組合会議、動員 各自、年休簿に鉛筆書きし、教頭に提出」、言ったとおりですね。「各自、職員室黒板外出欄に黄書」する。それからその次が「事故等なければ、上記年休抹消」。ちゃんとこれに書いてあるんです、こうしなさいと。  こういうことが大っぴらに行われていいんでしょうかね。私は広島だから余り大きなことは言えないんですが、同じようなところが北海道にある。北海道以外にもあるかもしれませんよ。だから、そういう問題についてぜひとも真剣に考えていただかなきゃいけないし、この場合には組合運動に大事な税金を使ったことになるんですから、当然返還請求を広島と同じように行っていただかなきゃならないと私は思いますけれども、これについては文部省御存じだったのかどうか、後始末をどうされるか、これについてお尋ねしたいと思います。

矢野重典文部省教育助成局長

○政府参考人(矢野重典君) 公立学校職員が給与を受けながら職員団体のための活動を行うことは地方公務員法により厳に禁止されているところでございます。  そこで、御指摘のようないわゆる鉛筆年休があるといたしますならば、それは地方公務員法の規定に違反するのでございまして、また給与は勤務に対する報酬であって勤務の裏づけのない給与は原則として認められないというノーワーク・ノーペイの原則に従いますれば、職務に従事していない時間について給与を支払うべきものではございません。一般的に申しますれば、御指摘のような場合につきましては給与は返還されるべきものでございまして、現在、北海道教育委員会に対しまして勤務時間中の組合活動の実態について調査をするよう求めているところでございまして、不適切な事例があれば厳正に対処するよう指導してまいりたいと考えているところでございます。

亀井郁夫自由民主党・保守党

○亀井郁夫君 ぜひ広島県の場合と同じように厳しい姿勢で指導していただきたいと思うわけであります。  次から次と驚くようなことを申し上げて申しわけないんですが、大臣。次は、夏休み、冬休みのときの勤務のとり方について、これも私はいかがか思いますのでお尋ねしたいと思います。  夏休み、冬休みの長期休業日はすべて校外研修日とするということに決めてあるわけでありまして、一回も学校に出る必要がないということが四六協定で決められております。そういうことから、夏休みの間には学校で研修会をやったりあるいは教育委員会で研修会をやるということはできないわけでございます。と同時にまた、夏休みというのが三日あるんだそうですが、これは普通だったら夏休みの中でとるんだろうと思うんですが、そうじゃないんですね。七月から九月の間に学校がやっているときに三日間必ず休みなさいということなんですね。そういうことが決められておるわけでもございます。  そしてまた、先生が帰省する、郷里に帰るという場合は、これは自宅研修扱いになって年休届は要らないというふうな形になっているんだそうでございます。校外研修も結構でございますけれども、しかし研修という以上は研修レポートぐらいはもらっていいんじゃないかと思うんですが、聞きますと、研修項目といる場所だけ届けておけばいいんだということでございますから楽な研修ですね。そういう意味では、こういうふうなものは私は研修とは言えないと思うんですけれども、こういう事実を文部省は御存じだったのかどうなのか、もしこういうことがあるとすれば、これに対してはどう考えたらいいのか、ちょっと理解に苦しむものですからお尋ねしたいと思います。

矢野重典文部省教育助成局長

○政府参考人(矢野重典君) 教員はその職務遂行上研修が不断に行われる必要がありますことから、教員には授業に支障のない限り校長の承認を受けて勤務場所を離れて研修を行うことが法律によって認められているところでございます。この研修は職務専念義務が免除されるのみならず給与条例上有給の取り扱いとされておりまして、このため、職務研修に準ずる内容、意義を有するものであることが求められるものでございまして、その内容や実施態様等に照らし不適当と考えられるものにまで校長が安易に承認をすることは適当ではないものでございます。  そこで、御指摘の四六協定やそれに基づく通達におきましては、夏季・冬季休業日等を原則として職専免研修扱いとしており、校長の承認の権限が大幅に制約され、研修が法令どおりに運用されないこととなること、また研修に当たっては単に研修項目と居場所を届けるのみで足りることとされ、研修の内容や計画を確かめた上での承認とはなっていないこと、また届け出だけで職専免が認められることとなっていることなどの問題があるというふうに私どもは考えているところでございます。  こうしたことから、文部省といたしましては、北海道教育委員会に対しまして、学校現場において職専免研修が不適切に取り扱われていないかどうかを調査するよう求めたいと考えているところでございますし、あわせて、北海道教育委員会に対しまして、夏季・冬季休業日等を含め、職専免研修の趣旨を踏まえた適切な取り扱いをするよう指導してまいりたいと考えているところでございます。

亀井郁夫自由民主党・保守党

○亀井郁夫君 ひとつよろしくお願いいたします。  次に、また驚くことは、休憩時間、休息時間をうまく使って、遅く行って早く帰ってくるということをやっているんですね。  休息時間は本来正規の時間にとらなきゃいけないし、また休憩時間ももちろんそうでございますし、これは給与が払われておるわけでありますけれども、朝休息時間を十五分とりますと、そうすると十五分おくれて行っていいわけですね。ここにも書いてあるんです、さっきのです。「四、出勤時間は八時三十分までとする」と。学校は八時十五分から始まっているんですね。「八時十五分から八時三十分の間は休息時間とする」と、こう書いてある。それから帰りは、退勤時間は十六時から十六時十五分まで、これは教頭に連絡して帰っていいですよと、これが休息時間なんですね。それから、十六時十五分以降は連絡は要りません、帰っていいですと。学校は十七時ぐらいまでやっているんだと私は思うんです。  そういうことで、四六協定でこういうことが認められておるわけでございまして、広島の場合もこういうことがあったわけでございますけれども、これについても是正勧告を受けて今直しておりますけれども、これも私は間違えているんだろうと思うんです。こういうことで、これについても文部省としては御存じだったのかどうなのか、そしてこれについての指導はどうされるか、お尋ねしたいと思います。

矢野重典文部省教育助成局長

○政府参考人(矢野重典君) 休憩時間は、これは労働基準法によりまして労働時間の途中に与えられなければならないことと定められておりまして、これを勤務時間の最初あるいは最後に置くことはできないものでございます。また一方、休息時間でございますが、これは条例や規則によりまして勤務時間中に認められる休息のための時間でございますけれども、あくまでもこれは勤務時間に含まれるものでございまして、給料の支給の対象となるものでございますので、そういう意味で、このような休息時間を勤務時間の最初に置いて出勤時間をおくらせたり、あるいは逆にこれを最後に置いて退勤時間を早めるような運用はこの制度の趣旨に反するものと考えられるものでございます。  北海道教育委員会の報告によりますれば、そのような取り扱いについては調査を行ったことがないため不明であるけれども、相当数の小中学校においてそのような措置を行っているのではないかと考えているとの報告を受けているところでございます。もしこうした措置がなされているのでございますれば、先ほど申し上げましたように、それは法令の趣旨に反するものでございますから、文部省といたしましては、北海道教育委員会に対しまして、今後実態を把握した上で法令の趣旨を踏まえた適正な勤務時間の取り扱いがなされるように指導をしてまいりたいと考えるものでございます。

亀井郁夫自由民主党・保守党

○亀井郁夫君 今の局長のお話ですと、最後に休憩時間を持ってきたらいけないということですから、これは最後に休息時間の十五分と休憩時間の四十五分を持ってきて、五時までのところを四時から帰っているわけですね。そういうことですから全く違反だと思いますし、朝も十五分の休息時間を前に持ってきているということですから、非常に悪質だと私は思うんです。そういう意味では、道の教育委員会も隠し切れなくてそういうことがあるらしいと言っておりますけれども、あるらしいじゃ済まぬのであって、これは本当に給料泥棒ですよ。給料を払っちゃいけない、払う必要のないところに払っているんですから。ですから、そういう意味では、この問題については厳正に対応するように、処置するように文部省としては指導していただきたいと思うわけであります。  同じようなことでちょっと気が重くなるんですけれども、次々こういうことで。次は、やはり同じようなことで勤務時間内の校外研修であります。  そういう意味では、勤務時間内でも校外研修と称して自宅勤務ができる仕組みになっているということでございまして、これも協定書の中に、「校長の恣意にわたらぬよう十分指導し、その徹底をはかる。」という項目がありますので、校長先生はいい悪いを言えないということなんですね。ですから、先生がちょっと校外研修で家へ帰ってきますというと、これは家で仕事ができる仕組みになっておるんだそうですが、想像もつかないことで、私、正直言いまして想像がつかないことでございますけれども、こんなことが現実に行われていると、こう言われるわけでありますけれども、ぜひ調べていただきたいし、こんな勤務形態が許されるんでしょうか、お尋ねしたいと思います。

矢野重典文部省教育助成局長

○政府参考人(矢野重典君) 四六協定によりますれば、勤務時間内であっても校長の承認を得て授業の準備、整理、研修及び生活指導に関する業務を学校外において行うことができる旨の定めがございます。  このうち研修につきましては、先ほど御説明申し上げましたように、教育公務員特例法によりまして、授業に支障のない限り校長の承認を受けて勤務場所を離れて研修を受けることができることとされているところでございます。また、授業の準備や生活指導につきましては個別具体のケースに応じて校長が校外勤務を認めることもあり得るものと思うわけでございます。  しかしながら、四六協定におきましては、先ほど御指摘がございましたように、校長の「承認にあたっては、校長の恣意にわたらぬよう十分指導し、その徹底をはかる。」旨の定めがあるわけでございまして、私どもその利用実態につきましては把握しておりませんけれども、このような協定により、事実上校長は申請があればこれらの勤務時間中の学校外における研修等を必ず承認することとするような、そういう取り扱いがなされているといたしますれば、これは校長の服務監督権を制約するものでございまして、教職員の服務監督上問題があるというふうに考えるものでございます。

亀井郁夫自由民主党・保守党

○亀井郁夫君 次には研修会の参加ですけれども、教育委員会等の研修会への参加はいいんですけれども、組合の研修会に参加する場合の取り扱いが私は問題だと思うんです。  協定書によりますと、二の(五)でございますが、「各種研修会、研究会の参加にあたっては、主催団体による差別扱いはしない。」ということになっておりますので、主催団体が教育委員会であろうが、あるいは教職員組合であろうが、差をつけてはならないということになっておるわけであります。そういうことから、堂々と組合員が、職員の方々が職員組合の研修会に勤務時間内でも参加しているということでございますけれども、これでは組合に対する不当な利益供与というふうに言えるわけでありまして、労働組合法上も問題があるんじゃないかと私は思いますが、こういうことが本当に許されていいのかと思いますけれども、これについてはいかがでしょうか。

矢野重典文部省教育助成局長

○政府参考人(矢野重典君) 御指摘のように、四六協定におきましては、「各種研修会、研究会の参加にあたっては、主催団体による差別扱いはしない。」とされておりまして、これに基づき、教職員組合側は、組合主催の研修についても職務研修と同様に旅費の支給や職専免研修の取り扱いを求めているというふうに聞いているところでございます。  しかしながら、一般論として申し上げますれば、教職員団体の主催する研修は教職員団体の運動方針に基づき教職員団体の活動の一環として行われており、これに参加することは教職員団体の活動としての研修の成立及び運営に関与することとなる、そういうふうに解されるところでございまして、したがいまして当該研修への参加を出張扱いとし旅費を支給すること、あるいは給与条例上有給の扱いとされております職専免研修として承認をしますことは、これは給与を受けながら職員団体の業務または活動を行うことを禁じました地方公務員法第五十五条第六項に違反するものでございます。  文部省といたしましては、このような法令に違反する行為を許容する可能性のあるそうした規定は問題のあるものというふうに考えているところでございます。

亀井郁夫自由民主党・保守党

○亀井郁夫君 ありがとうございました。  今、局長が言われたように、組合のそうした研修会と称する会合に出席して出張扱いを求めておるということ、そして実際そういうことが行われているということが事実だとすれば、私はこれまた大きな問題だと思いますし、これについては返還請求をする権利も私はあるんだと思いますけれども、それについてもぜひ文部省としては手を緩めないで道の教育委員会に対して強い指導をしていただきたいと思うわけでもございます。  同じように組合の関係でございますけれども、もう一つお話ししたいのは、組合の幹部が会合に出ます、そのためにはやはり授業をたくさん持てません。そういうことで、一週間のうちにわずか四時間しか持たないとか五時間しか持たないという格好で、特別な配慮を組合の幹部にしておると。このことは、北海道ではなしに広島の場合も現にやられているケースがあるわけでありますから問題にしておりますけれども、北海道の場合にはこういうことが多い、北海道においてもたくさんやられているということでございます。私は、そういう意味では、一般論になりますけれども、そうしたことをやるんであれば一人だけ何だか組合のために加配しているようなことになるかと思いますので、そういう意味では人員の配置についても十分考えて文部省としてもやっていただかなきゃいけないんじゃないかと私は思います。  そういうことで、これについてどのように文部省としては考えておられるか、お尋ねしたいと思います。

矢野重典文部省教育助成局長

○政府参考人(矢野重典君) 教職員組合の役員の持ち授業時間数が他の教員と比較して極端に軽減され、当該役員が年次有給休暇等の手続をとらずに組合活動を行っていた事例につきましては、そういった事例があったとの報告を私ども受けているところでございます。  公立学校教職員が給与を受けながら職員団体のための活動を行いますことは、これも先ほど御説明申し上げましたけれども、地方公務員法によりまして厳に禁止されているところであり、年次有給休暇の手続をとらずに勤務時間中に組合活動を行うことは地方公務員法に違反するものでございます。したがいまして、このような組合活動に便宜を与えるような持ち授業時数の調整があるとすれば極めて問題であるというふうに考えておりまして、文部省といたしましては、今後とも授業時数等職務分担の均衡を図り、教職員が公務を適正に執行するよう指導するなど、法令にのっとった適正な管理運営が行われるように、人事管理が行われますように北海道教育委員会に対する指導に努めてまいりたいと考えているところでございます。

亀井郁夫自由民主党・保守党

○亀井郁夫君 今の問題についてもひとつよろしくお願いしたいと思います。  次は、これも四十五分授業ということで授業時間の問題なんですけれども、これも広島でも指摘された項目なんです。組合が学校の教育課程編成権は先生方にあるんだという考え方から、具体的には職員会議で決めるんですけれども、大体一時限は五十分なんですけれども、これを四十五分でやめちゃうということですから、一時限五分ずつ子供たちは教育を受ける権利を阻害されていると言ってもいいんじゃないかと思うんですけれども、そういうことでございます。一年たちますとばかにならぬ時間になるわけでありますけれども、こういうことが北海道でも行われておるようでございます。これについて、一つは教育課程編成権が先生方にあるなんてとんでもない話だと私は思いますけれども、これについて違うのだということをはっきり文部省としては言っていただきたいし、こういうケースについてはどのように指導されるのか、この考え方をお尋ねしたいと思います。    〔委員長退席、理事岩瀬良三君着席〕

矢野重典文部省教育助成局長

○政府参考人(矢野重典君) 小学校また中学校の各学年における教科等のそれぞれの授業時数及び総授業時数につきましては、学校教育法施行規則によりまして、一単位時間、小学校の場合は四十五分、中学校の場合は五十分として標準時数が定められているところでございます。  具体の各学校における授業の一単位時間につきましては、学習指導要領によりまして、例えば中学校につきましては五十分を常例として、各学校において各教科等の年間授業時数を確保しつつ学校や生徒の実態に即して適切に定めるものというふうにされているところでございます。  御指摘の一単位時間を小学校四十分また中学校四十五分とする組合の主張が一単位時間の削減によりまして年間総授業時数を削減することを目的としているものでございますれば、それは学習指導要領の趣旨に反するものでございまして、まことに遺憾でございます。文部省といたしましては、事実関係や実態を北海道教育委員会において調査し、学習指導要領に反する事実があれば適正な取り扱いがなされるように指導いたしたいと考えているところでございます。

亀井郁夫自由民主党・保守党

○亀井郁夫君 この問題については、単に北海道だけではなしに、ほかのところでもやっているケースが多いと思いますので、ひとつ目を光らせてちゃんと御指導のほどお願い申し上げたいと思うわけであります。  次に、時間外勤務の問題なんですけれども、これも四六協定で時間外勤務はしないということが確認されております。そういうことで、どうしても時間外をしなきゃいけないということが限定的に決められておるわけでありまして、一つは修学旅行だとか、これはもう時間外勤務しなきゃいけませんから、修学旅行に行くときだとかあるいはまた緊急避難的な場合だけということで、非常に限定的に決められておるわけでありますけれども、このために時間外にわたる職員会議を開催することができない。笑い話みたいな話ですが、四時から始めて一時間で済まない、そうしたときに、五時になったらそこで一回打ち切るとか帰る人は帰ってくださいという形で、再度そこで確認し合って続けなければならないというふうなことが行われておるようでありますけれども、このような協定を結ぶことが許されるのかどうなのか、文部省の見解を聞きたいと思います。    〔理事岩瀬良三君退席、委員長着席〕  特に、校長先生のそういった管理権というのが、すべてじゃありませんけれども、管理権を相当阻害することになってしまうと思いますので、これについての見解をお尋ねしたいと思います。

矢野重典文部省教育助成局長

○政府参考人(矢野重典君) 教員の時間外勤務につきましては、国立学校の教員について定められました例を基準として各都道府県の条例において時間外勤務を命ずることができる場合といたしまして、一つには生徒の実習に関する業務、また学校行事に関する業務、さらには教職員会議に関する業務、さらに非常災害に関する業務の四項目が定められているところでございます。  このうち、学校行事に関する業務といたしましては、国立学校の教員の場合でございますと、学芸的行事、体育的行事及び修学旅行的行事とされておりまして、各県におきましても同様の取り扱いがなされているところでございます。  文部省といたしましては、このような四六協定で定められたようなそういう取り扱いで果たして実際の教育指導上あるいは学校運営に支障がないかどうかについて北海道教育委員会としてその実態をよく調査し、その上でこうした取り扱いを改めることの必要性を十分検討してもらいたいと考えておりまして、こうした観点に立ちまして、この問題につきましては北海道教育委員会を指導してまいりたいと考えているところでございます。

亀井郁夫自由民主党・保守党

○亀井郁夫君 次に、時間外勤務に絡みますけれども、先生方が学校で生徒たちのクラブ活動、サークル活動をいろいろと指導されるということでは時間外になることが多いわけでありますが、そうした課外クラブ活動についての北海道の教職員組合の見解は、課外クラブ活動は社会教育法第二条に定める教育課程として行われる教育活動を除く組織的教育活動だということで、これは教育活動じゃなくて社会教育活動だというふうなとらえ方をして、これは社会教育の範囲でやるんだから学校でやることじゃないんだ、やる必要ないんだというふうな見解をとっておりまして、非常に消極的な姿勢でおるようでございます。指導していく必要はないんだと言っておりますけれども、こうした見解というのは法的に認められるのかどうなのか、これについてお尋ねしたいと思います。

矢野重典文部省教育助成局長

○政府参考人(矢野重典君) 四六協定では、「課外クラブ活動の位置づけについては、社会教育法第二条との関連において今後なお検討する。」、こういうふうに規定されているわけでございますが、これにつきましては、御指摘のとおり、教職員団体は課外のクラブ活動は学校において指導する必要がない、そういうふうに主張しているというふうに聞いているところでございます。  しかしながら、課外クラブ活動は教育課程の基準としての学習指導要領には示されておらず、教育課程外の活動として位置づけられておるものでございますけれども、学校が計画し、その責任のもとに行われるものでございまして、学校の教育活動の一環として行われる活動でございます。したがいまして、勤務時間内において校長の職務命令等によりまして課外クラブ活動の指導に教職員を従事させることは、これは可能であるというふうに考えるものでございます。

亀井郁夫自由民主党・保守党

○亀井郁夫君 ありがとうございました。  いろいろと北海道の教育の現場の問題を指摘させていただきました。これにつきましても文部省の方から明快なお答えをちょうだいしたわけでございますが、皆さん方も驚かれたのではないかと思います。  ここでぜひお願いしたいことは、第一はこの四六協定の破棄について、四十六年ですからもう三十年ぐらいたっておるわけでありますけれども、これを大臣在任中にぜひとも力強い御指導をちょうだいして破棄するように指導していただきたい。  広島の場合も、先ほど申し上げましたように、県知事が六十年の八者懇の確認書を破棄することによって大きく勢いづいてきておるわけでございますけれども、これがなくなれば教育委員会もまた先生方も頑張ると思います。  現在の北海道の教育長も気の毒だと思うんです。三十年近く前の教育長が、大先輩が結んだ協定書に縛られて思い切った教育行政もできないということで、一番悩み悲しんでおられるのは教育長だろうと私は思うし、教育関係者だろうと思うんです。それにつきましては、やはり政治的な動きをしなければこの問題は解決しないと思いますので、ひとつ第一点、よろしくお願いしたいと思います。  それから二つ目は、先ほども申し上げましたように、広島県の場合も、文部省から一昨年の四月二十五日ごろだと思いますけれどもお見えいただきまして、つぶさに調査していただきまして十数項目にわたって是正勧告をしていただいたのがきっかけでございます。そういうことから、私がこちらへ参りましても、文部省は広島の是正勧告は年々どうなっているということで、三年計画でやっておりますのであと一年でございますが、どうなっているということの報告も我々は受けることができるわけでございます。  そういう形で、ぜひともこの際、文部省から、大臣じきじきとは申しませんけれども、北海道に調査団を出してもらって教育の実態をつぶさに調べていただいて、私が今申し上げたことは間違いの点があるかもしれませんけれども、もし事実だとすればそれに対する対応を北海道の、道の教育委員会と一緒になって考えてあげていただきたいと思うんです。  北海道の教育委員会もなかなか自分では言えない。広島の場合もそうでした。自分からはなかなか言えない。だけれども、文部省が言っているから、文部省がこう言って指示が来たんだからやるんですよといって、文部省の指示通達を、逃げ口上と言ってはおかしいんですが、それを理由にして厳しいこともいろいろやってきたのが事実でございますから、北海道の教育委員会がいろいろとできるようにぜひともお願いしたいと思うんですが、大臣、いかがでしょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 今、亀井先生から逐次具体的に北海道の四六協定にかかわるさまざまな問題を調査し、そのことについての御質問を具体的にちょうだいし、お答えをさせていただきました。そして、そのやりとりを、私自身も勉強してまいりましたが、改めて伺いますと、やはりこれは相当な決意を持って対処しなければならないということをまず冒頭に申し上げたいと思います。そして、四六協定そのものについて、冒頭にも申し上げましたように、早急に破棄するようにまず道の教育委員会に対して指導を強くしてまいらなければならぬ、このように思っております。  しかし、指導だけでは、先ほど先生がお話しされたようなことも、環境という問題もあるでございましょう。私どもとしてどのような方向で実態をさらに把握するか、これはやり方がいろいろあると思います。先生がお話しされたように広島県の皆さんも大変な御努力をされて今日まで参りましたし、広島県と文部省との関係についてもよく承知しております、進め方について。したがいまして、まず北海道の教育委員会の皆さんを改めてお呼びして、参議院の先生方のこの委員会の場でさまざまな御議論をいただいたと、一体どのようになっているかと、まず教育委員会の皆さんに来てもらって事情聴取をさせていただく、そこから始めたい、こう思っております。  そして、そういう中で本音で率直に議論をしていただいて、この管理運営の適正化がどうあるか、委員会の決意はどうあるか、私どもはこう考えておるよと。そこで、まず来ていただいてその議論をした上で、そして、さらに私どもが実態について調査をする必要があるということを判断したならば、我々が行って調査する必要性もしっかり視野に入れて検討してまいりたい、こう思っておるところでございます。  いずれにしても、適正な学校の管理運営を行う、これは子供たちのためです。そういう意味で我々は相当な決意をしてこの問題に対処していかなければならないな、先生の御努力された調査内容と我々との今議論を聞きながら大臣としてそのように思いましたし、そのような方向で全力を尽くしてまいりたい、このように思っております。

亀井郁夫自由民主党・保守党

○亀井郁夫君 ありがとうございました。  本当に大きな問題でございますので、やはり不退転の決意で取り組んでいかないとなかなか難しいだろうと思います。同時にまた、北海道だけではなしに、私のところには近県の香川県のある市からもお見えになりまして、いろいろと話も聞きました。そういう意味ではいろんな情報が入ってまいりますので、広島だけじゃないんだな、やはりこれは大きな問題なんだなという思いを非常に強くしているわけでもございますので、よろしくお願い申し上げたいと思います。  あと持ち時間三分だけあるので、最後に一つだけこのことと違うことでございますけれどもお願いしたいのは、幼児教育の問題について最後に一つ大臣にお願いしておきたいんですが、小学校の低学年の学級崩壊、一年生、二年生の学級崩壊なんて考えられもしないことだったんですが、現実に起こっておるわけでございます。それは、私はやはり幼児の教育に問題があると思うんですね。三つ子の魂百までと言いますけれども、これをやっていかなきゃいけない。  ところが、よくよく見てみますと、文部省では小学校以上が主として対象になっておりますし、幼稚園は私学が多いですから少ない。同時にまた、子供たちが預けられているのは保育所が多いんですけれども、これは厚生省の管轄で、それで保育教育の中でどの程度のことをやっているかについては、やっていると言われますけれども、私たち現実に行ってみますと十分じゃないと私は率直に思います。元気に帰すということが一番大きなテーマになっておりますから。  そういう意味では文部省と厚生省の縦割りの中での問題でありますけれども、私は、この幼児教育という大きな問題を文部省がリーダーシップをとって、厚生省との枠もありましょうけれども、乗り越えてぜひともしっかりやっていただきたいと思うのでございますけれども、大臣のお考えなどをお願いしたいと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 先般、フランスのラングという教育大臣とお話をしましたときに、やはり幼児教育の重要性というもので非常に話題が共通しまして議論をさせていただきました。  先生の御指摘のように、幼児教育の重要性は本当に私は大変なものがあると思っております。そういう意味で、もう時間がありませんので結論から申し上げますが、その重要性というものをしっかり認識して、やはり一層の整合性を図る、一層の整合性の確保を図っていく、このことにまず我々は全力を尽くすということが大事だと思って全力を尽くしてまいりたい、このように思っております。

亀井郁夫自由民主党・保守党

○亀井郁夫君 どうもありがとうございました。どうぞひとつよろしくお願いいたします。  これをもって終わります。

本岡昭次民主党・新緑風会

○本岡昭次君 私は、質問項目をあらかじめ通告していました。しかし、今の亀井委員の質問を聞いておりまして、質問を変更いたしまして、若干意見を述べさせていただきたいと思います。大変な私は議論が行われたと思っております。  そこで、文部大臣にお伺いしますが、文部省と都道府県教育委員会の関係、あるいは文部省あるいは都道府県との公立学校の教育のあり方の関係はどのような関係にあるんですか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 先生はすべて御承知のことであろうかと思っておりますが、私どもは学校教育法、そういうことに基づいて文部省としての基本方針をつくりながら教育行政を担い、いわばそれぞれの県、市町村の教育委員会においては実施の責任者としての運営の責任を持っていくと。そういう中で、大きな国の方針、そしてその運営、自治体としての、地方自治体の教育委員会のそういう実施責任、そういう関係にあるものと思っております。

本岡昭次民主党・新緑風会

○本岡昭次君 今の話ではわからぬわけです。  文部省と都道府県教育委員会の関係は、私は一言で言うと指導、助言の関係にあるというふうに思っているわけで、直接文部省が文部省の権限を持ってそこに働いている教職員の勤務条件の問題なり学校の管理運営の問題についてタッチできるのは国立学校であると思うんです。  今、話は公立学校なのでありまして、公立学校というのはこれは市町村立あるいは県立であって、その学校の設置責任は都道府県なり市町村にあるわけであります。したがって、そこで行われる事柄に対して直接責任を負うのはその設置者であるというふうにまずはっきりしておかなければならぬと思います。その上で、文部省がどの範囲にどこまで教育の問題にかかわることができるのか。  それを私なりに言いますと、一つは義務教育費国庫負担法という法律があって、そして小中学校の教員の賃金について半額国が負担をしている。そしてまた、教員はそのゆえをもっていわゆる県費教職員、公立学校の教員は県費教職員ということになって、そしてその勤務条件の問題は県との関係において決まる。人事も県との関係、人事権の問題も。文部省が人事権を持っているんじゃない。文部省が人事権を持っているのは国立学校だけですよ。もうこれははっきりしているんですよ、そういう仕組みは。だから、そういう関係からすると、文部省が厳に考えていかなければならぬのは、この指導、助言という関係をどこまできちっと今の法体系の中でわきまえてやるかということなんです。  ところが、今の話をずっと聞いていますと、文部省が北海道へ調査団を派遣せいとか、文部省が北海道の教諭を呼んで事情聴取をすると。そこまでは御心配ならおやりになるということは、ちょっと私はいかがかと思うけれども、あなたの権限でおやりになるんだったらやったらいいけれども、その上で文部省が文部省の権限を持ってそこへ調査に入るという事柄は、それが文部省の権限上の問題ならばよろしいですよ。文部省の権限が侵されているということであるならばいいんですけれども、この管理運営事項の問題とか勤務上の問題というのは、その責任を持つのは都道府県であるわけですから、やはりそこはあくまで権限上の問題としての指導、助言の範囲にとどめるべきだというふうに私は理解をいたしまして、ぜひともそういう行き過ぎないようにわきまえていただきたいということを私は申し上げておきます。答弁要りません。私の意見を申し上げておきます。その上で、何をおやりになったかということをもって私はここで文部省を追及させていただきますから。  その次に、これは質問をいたします。  時間外勤務の問題について今ありました。修学旅行あるいはクラブ活動、緊急事態の問題、子供がいなくなって先生が夜中走り回らないかぬとかいうようなこと、あるいは職員会議が緊急な大事な問題で夜遅くまでかかるということに対する扱いはどうするかということなんですよ。  教職員には超過勤務手当がないんです。超過勤務というものがないんです、三六協定から除外されているんですから。教職員には一週間四十八時間あるいは四十時間という勤務時間があって、正規の勤務時間をオーバーしたときはどうするかという問題があるんです。正規の勤務時間をオーバーしても超過勤務手当が出ないというふうになったらどうするんですか。いわゆるサービス残業、サービス時間外勤務というものを教員は際限なく続けるということになるんですか。だから、学校では知恵を出して、その分はいわゆる回復措置ということで、勤務時間をオーバーした分はどこかで回復措置をとるというふうなことでもっていわゆる超過勤務という問題に知恵を出しながらやっておるんですよ。  今のように時間外勤務の問題を厳格にやるのなら、三六協定を戻して、そして超過勤務に対するきちっとした手当を支給するというふうにしなければ、際限なくサービス残業を求めるということを文部省がやろうとするのかどうか。私は絶対にこれは間違っているというふうに思います。しかし、北海道や広島で何が行われているか私はよく知りませんから細かい中身には触れませんが、少なくとも教職員の勤務時間というものはそういうものであるというふうに御理解を願いたい。  私の知っているところでは、修学旅行に行く、その勤務時間の回復措置として明くる日一日その教員は休む。それは年休でも何でもない。回復措置なんです、その勤務時間を超勤した。当たり前ですよ。それをやらなかったら大変なことになるでしょう。  それからもう一つ、休憩、休息。  今おっしゃったように、地公法の趣旨に反するとおっしゃった。趣旨に反するなら、地公法の趣旨上、趣旨のとおりやったらどうなるんですか。午前中十五分、どこに十五分をとるんですか。午後十五分、一斉にどこに教職員が休みをとるんですか。そんなもの、一時限、二時限、三時限、四時限の間に十五分の休息時間なんてとってありますか。ないでしょう。  休憩時間、昼、これは全く自由時間ですよね。他の公務員は皆外へ出て食事をしています。そうでしょう。勤務から解放された時間です、勤務時間の中にあるけれども。学校の教員が学校給食をやっているときにその休憩時間はどのように行使するんですか。休憩をとるべき時間に休憩をとらずに働いているんですよ。もしそのときに休憩をとれたとしても、子供を放置して教員が外へ出るわけにいかぬでしょう。何が起こるかわからぬから、やはりそれは勤務と同じ状態が休憩時間でも休息時間でも学校におる限りは続くんですよ。そのことをどうするかということをはっきりさせなければ今の北海道の問題も解決しないんです。  その解決の方法は、午前中十五分休息時間をとりなさい。昼四十五分、これは休憩時間です、教職員は解放します。午後は十五分。そういうふうにやったら解決するんですよ。それをしない解決の方法とは何かと。結局、サービス残業と同じような形で教員は勤務と関係なく働けということになるというふうに私は思うんですね。だから、教職員というものは子供がおるという関係で、ある意味では、特殊とは言いませんけれども、いろんな意味での勤務態様というふうなものを地公法上から今それぞれが知恵を出してやっているんではないかと思う部分もあるんです。  今の中で全部私は一々反論したいんですが、時間がありませんから、今の休息、休憩の問題と、それから超勤に対する回復措置の問題について、それでは文部省の見解をこれはぜひとも伺っておきたいと思います。

矢野重典文部省教育助成局長

○政府参考人(矢野重典君) 先ほど亀井委員に御答弁申し上げた同じような趣旨になるわけでございますけれども、まず休息、休憩につきましては、休憩というのは労基法上勤務時間の間に、途中に置かなければならない、こういう定めがあるわけでございます。先生御案内のとおりでございます。また、休憩につきましては……

本岡昭次民主党・新緑風会

○本岡昭次君 そんなことはわかっている。置いたらどうなるかということを聞いているんじゃないですか。

矢野重典文部省教育助成局長

○政府参考人(矢野重典君) まさにそれは、こういう休憩、休息の制度の趣旨を踏まえながら、学校運営上さまざまな工夫をしてやっているわけでございますので、そういう工夫をしていただく必要があろうかと思います。  また、勤務時間外勤務の問題でございますが、これは御案内のように、教員の職務と勤務の対応の特殊性にかんがみまして、教員の時間外勤務につきましては勤務時間中の勤務とあわせ評価して御案内の教職調整額を支給することとされているわけでございまして、またそういう意味で時間外勤務を命ずることができる場合を限定しているというのがこの給特法の趣旨であろうかと思うわけでございますので、そういう点を踏まえた、そういう法令の趣旨を踏まえた対応が教育委員会あるいは教職員には求められるはずでございます。

本岡昭次民主党・新緑風会

○本岡昭次君 もう一問だけでこれは終わります。  今、工夫という言葉が出ました。学校という現に子供がそこで学んでいるという状態の中で、労基法とかあるいは地公法、公務員法のそうした勤務そのものを当てはめるわけにいかないからさまざまな形で工夫しているという、そこのところを抜いてしまって話をするととても議論にならないということを私は申し上げたかったわけでありまして、そういう意味を含めて、文部省が全国一律ごまんとある小中高等学校に対して休憩、休息はいかにあるべきかとか、超過勤務の回復措置はどうであるべきかというようなものが、それぞれの学校長の権限によって、いろんな知恵を出して教職員が一生懸命子供の教育のために専念できるようにやっている事柄について、一々やれるわけがないわけであります。だから、そういうところは、先ほど言いましたように指導、助言の一つの限界というものもあり、またその範囲にとどめるべきものというものがおのずからあってしかるべきだということを私は申し上げているわけであります。  あとこれがどうなるか、さっきの亀井委員の質問に対して文部省がどう対応するかということを見て、私はまた改めて具体的に質問をさせていただきます。以上です。  それから、次に質問項目の中に入ってまいります。  まず、教育改革国民会議の中間報告について質問します。  まず、私も非常に関心がある問題ですから、いろんな本をあさりまして、委員の一人の河上亮一さん、この人は唯一教育現場の方です。そして、「教育改革国民会議で何が論じられたか」、この本の発行日は十一月一日、一番新しい内容ではないか。かなりおもしろいことが書いてあります。文部省の官僚の皆さんの名前も出てくる。それで、これを読んでおる限り、私はここに国民会議の委員として参加された多彩な皆さん方がいろんな意見をおっしゃっていることを非常に興味深く読ませていただきましたし、私も大いに勉強になりました。  そういう意味で、この教育国民会議というのはそれなりの私は意味があったとは思いますが、この教育改革国民会議が中間報告をし、最終報告を出してくるということになると、多様な方がさまざまな意見をそこで論じて、無理にまとめられないものまでまとめていこうとする作業が起こってくると、一体この国民会議は何でやったのかということになります。  そこで、中間報告は、私も何回もこれを読ませていただきましたが、これは少なくともこのレベルにおいて各委員の意見が一致したものというふうに私どもは受けとめていいのかどうか、それをまずお伺いします。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 本岡先生、さっきの話はもうこれ以上いいということでございますから、もう私もお答えいたしません。  確かに、私も何回も出ました。国民会議の議論を黙って伺いました。中曽根先生も特別補佐官でございますから、主にその責任者としてやっておられますが、これはそういうさまざまな意見の違いもあり、さまざまな意見の議論をした上でこういう中間報告を出すことの一致はしたわけです。  その経過の中で、ここにも率直に書いてありますが、一致を見ないものもあるわけでございます。例えば、その中に学校の評価結果の公表と学校選択制についてはかなり意見が分かれておりますとか、新しいタイプの学校についても意見が分かれております。基本法についてもさまざまな意見がございまして、こういう中間報告の取りまとめ方になったと。その取りまとめたことについてはこれで結構だと、こういうことになったということで、プロセスとしてはもうさまざまな意見がございました。それは、予断を持ってこうしたい、ああしたいということより、いろんな意見を出し合ってから始めようということだったようですから、当然にいろんな意見があって、この中間報告を取りまとめる、この内容については皆さんこれでいいのではないかということで出されたと承知しております。

本岡昭次民主党・新緑風会

○本岡昭次君 それで、最終報告へ向かってこれからどのように進められていくのか、この会議が。今、公聴会が行われているようですが、最終報告へ向けてどのようにまとめられていくのか教えていただければと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 年内には最終報告をちょうだいできるのではないかというふうに思っておりますし、多分年内にいただける、このように思っております。

本岡昭次民主党・新緑風会

○本岡昭次君 そうすると、日程的に見てこの中間報告が中心になってくるかと思います。  そこで、この教育改革国民会議の性格が、もう既に皆さんも御存じのとおり、総理大臣の私的諮問機関ということになっております。したがって、文部省には文部省のこうした教育の問題を取り上げて議論していく中央教育審議会を初めさまざまな関係審議会がありますし、また協力者会議というふうなものも折に触れてたくさんつくられていくのでありますが、そういう文部省自身がみずからの責任で教育の問題について提言し、方針を示してきた積み上げが私はあると思うんです。それと、この私的諮問機関として出てきたこの改革会議との関係をどのように考えられるか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 本岡先生がおっしゃるように、これは総理の私的諮問機関という位置づけでスタートされました、小渕内閣、そして今の森内閣というふうに。私も大臣になってそこの関係を自分の頭の整理をしてみたいということでおりましたが、いずれにしろ内閣総理大臣が、内閣のいわばかなめとしての内閣総理大臣が広く教育について国民の意見を聞いてみたい、今の教育の現状から見て、そういうような意味でこの国民会議を立ち上がらせたものだろうと思うんです。  したがって、ありていに言いますと、文部省としては、それは総理の私的諮問機関だから総理がその答申をいただきます。その後に文部省に対して総理としてどのように、これはありていに言えば御下知をするのかなと。そのいただいた答申を内閣としてどのように位置づけるのかなと。非常に手続論と考えるとそういうことがとても大事なんじゃないだろうか、こう思って今日まで参っておるところでございます。  一方、内閣の総理大臣としての私的諮問機関とはいえ、総理の私的諮問機関とするならば、これは文部省としてもしっかりとそこを見詰め、またそこでどういう議論があるかということを考えていかなければなりますまいというふうなことからして、中間報告をいただきましたときに、総理がいただいて、総理から私に対して、こういうかれこれの中間報告をおれはいただいた、総理として。今は中間報告だけれども、これを文部大臣として至急文部省の中で勉強してみなさいと、こういう御指示をいただきました。ようやくそこで文部省としてその中間報告に対して勉強を真剣に始めることができたという今現状でございます。最終答申をいただきますと、そしてそれをまた総理がそういうふうな形で私のところに、文部省に対して御下知いただくものだろうと。  そういたしますと、そういう中で、やはり文部大臣としての設置法に基づいた中教審以下、先生がお話しされた数々の審議会がございます。そういうものに御意見をお伺いしなければならない問題についてはやっぱり選別をしながら御意見を伺い、そしてそういうものの中で今なし得るもの、必要があり得るものは法案として私どももこたえていかなければなるまいと。全体の流れと中教審と私的諮問機関の関係といえば、もう難しい、こっちは設置法に基づいた云々ということは申し上げませんが、政治上のあり方論として言えばそういうふうに私はとらえてこれに対応してまいりたい、こう思っております。

本岡昭次民主党・新緑風会

○本岡昭次君 臨教審というのが中曽根元総理のところでつくられました。そして、そこで教育の改革の方向が打ち出された。そのとき私は文教委員でいて、そのときの文部大臣が森総理大臣であったわけです。そこで文教委員会というのは非常に臨教審の議論にかかわりました。設置のところから始まりまして、委員会の審議をしている内容とかかわりました。そして、時として座長である岡本さんがおいでになって、あるいはまた各部会の長がおいでになって私たちとけんけんがくがくの議論をいたしました。そして、最終答申とずっと行ったんですね。  あれは公的な機関だからそうした、今度は私的だからと。しかし、私的とはいえ、今おっしゃったように、総理がその諮問を受けてこれをやれとおっしゃれば、これは全く公的なものにその段階からなる。というふうな重大なものなら、我々文教委員というのは国の教育政策、方針にかかわりながらじっと横で見て、私たちはこのような立派な本を読んで、なるほどこういうことを議論されたかと、こういうことを聞いてみたいなと思ってもここを素通りしていくという、私はこういうのはまずいと思います。  だから、ぜひともここは、委員長もおられますけれども、最終答申にできれば至るまでに、文教委員の皆さんはさまざま教育について一家言みんな持っているんですから、この人はこれはどうだ、これはどう思うのかねといってやっぱりやるということも極めて私は大事ではないかと、こういうふうに思っている。  ところが、そういうものを省いた形で、文部省がストレートに来年は教育改革国会だと言って大きな旗を上げてどんと、こういうやり方はどうも私は納得がいかないんです。これは文部大臣がお裁きになることじゃなくて、これはむしろ委員長のお裁きになることかと思いますが、どうでしょう。この文教委員会と私的諮問機関である教育改革国民会議との関係、文部大臣、私が言うような形でやった方がいいんじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) すぐれて委員会運営のあり方ですから、私から所見を申し上げるのはいかぬと思います。どうでしょうか、本岡先生、これは考え方だと思うんですが、むしろまさに最後には参議院あるいは衆議院それぞれにおいて、そこから提案されたものが具体的に政治の場に出てきたときに、そこで決定するのはやっぱりこの国会なわけでございます。あそこで決めたからといって、極端に言えば全部そのとおりいくというものではないと思うんです。  私は、委員長初め理事の皆様方が参考人として来ていただいて云々ということは委員会がすぐれて決めることだと思いますが、私的諮問委員会の中に本岡先生のように大変たけた、そして文部行政に本当に実践して加わってきた方々が参加を、ここに呼んで議論して、わかりました、本岡先生の御意見をそれじゃそこに入れてまた最終答申をつくりますなんということになると、むしろそれはもう私的でなくなってしまって、むしろそこから、私的諮問会議から来た最終答申を政府が一体どのようにそれを消化するか。消化した上で、いずれ国会で大変な御論議をいただかなきゃならぬわけですから、そういうふうにしても、私はそういうふうにするのが我々の責任だなと思っているんです。  ただ、参考人としてお呼びになるかどうかは、これは委員長初め理事の皆様方、委員の皆様方でお決めになることだと思っておりますが、私はそのように考えております。

本岡昭次民主党・新緑風会

○本岡昭次君 結局、教育改革国民会議の最終報告を受けて、それが来年の通常国会は教育改革国会にするという森総理の強い意思であるようです。また、大島文部大臣もそのようにしたい、こうおっしゃっておりますから、そのときに私たちは初めてそこの一体何なのかということを拝見するようなことに結局なるのかとは思います。  そういうやり方も別に大きな問題があってどうしようもないということではないと思いますが、それでは今の段階で一連の教育改革関連法案を提出するというようなことを、この間もあいさつでおっしゃいました。一連の教育改革関連法案、そして国会は教育改革国会だと、こうなれば、どんなものが一体どのようにして出てくるのか。一連というのはずっと随分たくさん連なって出てくるんだろうと想定しますが、だから私は、事前にこういうところでもこなし的にやっておけば私たちもその準備ができるし、スムーズに委員会審議というものが行われるんではないかという思いがありますから、そうした事前の、私的諮問機関であったとしても文教とのかかわりを持っておった方がいいんじゃないかということを申し上げたのであります。  そこで質問ですが、それでは一連のというその内容、どういうものを現在想定されているのか。何もないのに一連というふうな言葉はお使いにならぬと思います。一連という、かなり文部大臣の頭の中にあれもこれもとおありだと思うんですが、どういうふうなものをお考えなんですか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) まさに一連というのは一つだけじゃなくて連でございますから、連綿といくかどうかは別にして、連であろうと思います。  私は、今、総理から中間報告を勉強せい、勉強しろ、こう言われて、その後いろいろ議論してまいっておると。そういう中で、まずやはり少人数授業というものの実施というものがあそこにも必要だということを書いてありますし、そういうものをどういう形できちっと実施していくかということもある意味では一つの課題だなと。あるいは、先ほどもちょっと御質問が出ましたが、そういう意味で十分な適性を有しないそういう先生方への対策というのがどうあるべきか。あるいは、授業妨害あるいはいじめという教室の秩序が極端にもう壊れているというものに対してきちっとしたような対応をするにはどうしたらいいか。さらに、家庭教育の位置づけ、こういうものをどうしたらいいのか。さらに、奉仕活動を含め体験活動の促進、奉仕活動をどのように一層の充実をさせたらいいか。もう一つは、先ほど本岡先生もお話しされましたが、やっぱり教育委員会というものをもうちょっと実態をさらに充実させなきゃいかぬだろう。これら等を研究しながら、いわゆる一連のものとして来年の通常国会で御議論いただけないものだろうか。  また、基本法については、何回も申し上げておりますが、中間報告の中にもさまざまな意見がありましたと、こう書いてあります。そして、そういうことを踏まえながら、私も、各党の代表の先生方がインタビューを受けている、所見を伺ったりしておりますが、やはり議論をしていただくことは大変大事なことだと思うんです。  ですから、そういうことを踏まえて、先ほど申し上げましたように、中教審にやはり御議論いただこうか、こういうことも今一連の一つとして考えていかなきゃならぬのかなと、こう思っております。まだまだ勉強していけばその一連が出てくるかもしれませんが、そういうことを考えますと相当なボリュームの法改正でありますとか新法でありますとかというものが出て、そして国民の皆さんにまずこういう学校、こういう教育というものをわかりやすく、こういうふうになっていきます、さあ、みんなで一緒に考えましょう、そういうふうなことを踏まえて教育改革国会にしたいという総理のお言葉と私は解釈して、努力している最中でございます。

本岡昭次民主党・新緑風会

○本岡昭次君 手のうちを若干御披露いただいたというように思いますが、今のその一連の、教育改革関連法案という一連のそのものは、もちろん現状を改革していこうと。今、教育現場あるいは家庭、地域社会にある子供たちの状況をこのまま放置できないからという形から出てくる必要な法案かもしれませんが、私はそういうものをずっと並べても、果たしてそれが教育改革国会と大きな旗を上げるようなものになるのかなというと、枝葉末節とは言いませんよ、みんな大事ですから。だけれども、やっぱりもっと大もとの、根幹のものが出てこなければいかぬのじゃないかというふうに思います。  そこで、仮に教育改革国会にし、そしてそこに重要な法案をというのであれば、この中間報告の第五項にありました「教育施策の総合的推進のための教育振興基本計画」というふうなものがまずどんと出てこなければいけないんじゃないかと思うんです。それで、ここにはこういうことも書いてあります。「教育への投資を惜しんでは、改革は実行できない。教育改革を実行するための財政支出の充実が必要であり、目標となる指標の設定も考えるべきである。この場合、重要なことは、旧態依然とした組織や効果の上がっていない施策をそのまま放置して、貴重な税金をつぎ込むべきではないということである。計画の作成段階及び」云々と、ずっとこう書いてあります。  やはり二十一世紀を見据えて、教育は国家百年の計、教育は未来への先行投資、いろんな言葉が使われます。だから、そういうことにしっかりと根をおろした教育振興基本計画なるものを立てて、そしてそれを年次的にどう進めるのか、それに対してどれだけのお金が要るのか。国民の皆さん、いろいろ今はお金が要るときです、借金もたくさん抱えておりますと。しかしながら、この教育というものは、IT革命の問題から入っていってもそういう答えが出てくる、少子高齢社会の問題から入ってもこの教育の重要性はかかわってくる。だから、そういう将来のために私たちはこれだけのコストに耐えようじゃありませんか、どうですか皆さんというふうなものが最初に基本計画の中にどんと出てきて、そしてその議論を始めてこそ教育改革国会だというふうに森総理がおっしゃっていただければ、そのとおりだと言って私たちもその議論に大いに参加いたしたい。二十一世紀初頭の初めての通常国会としてそれは大いに意味のあることであり、新生日本という旗を掲げられる森総理、そしてIT革命というものにおくれをとってはならぬとおっしゃる森総理、文字どおりそれの帰趨を決めるのは教育なんですよ。  どれだけのことができるのかという問題、そういうものを挙げて教育振興基本計画というところへ盛り込まれて、そして国民挙げて、よっしゃと、そういうことにかかわっていこうとなって初めて難しいことでもいろいろ動くわけでして、そういうことがずっと動く中で、亀井委員が非常に御心配なさっている現場のいろんな問題、それは私も組合を長くやってきましたから、組合と教育委員会、文部省とのしがらみのようなもの、それは後遺症的にいろんなところにあるのをよく知っています。  だけれども、二十一世紀にそういうものまで引きずっていいのかどうかという議論をさせていくためには、やはりこういうものをどんと全面に出して、そして過去と切るべきものはきちっと切っていく。何のためかというと未来のためやというふうに、ある意味でみんなを引っ張っていかなければ私はいけないんじゃないかというふうに思うんですよ。そういう迫力が文部省にあるのか、文部大臣にあるのかというそこのところが私は問われているんで、先ほどの文部大臣の一連でとおっしゃったものは、どう考えてみてもそういうふうなものには私は感じられないんですが、いかがですか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 本岡先生の今熱情あふれる御意見を聞いて、大変敬意を表している部分がございます。  総理が来年の国会を教育改革国会にしたいということを発せられたのは、実は私は総理にも意見を求められて次のようなことを申し上げたことがございます。大学の改革というのがまだ残っているわけです、独法化という流れの中で。したがって、一国会だけで教育改革が終わるということではございませんということはまず一つ申し上げたいと思いますが、国民会議の意見を伺い、今すぐやれるものと、中期的に議論していただいてやるべきものと、将来検討して御議論をいただかなければならないものと、三つぐらいあるような気がするとずっと言い続けてまいりました。  そこで、先生が今お話しされた教育振興基本計画というものをまずどんと出せよと、まず基本だと、こう先生おっしゃられました。したがって、教育基本法にまず御議論もいただきながら、基本なんですから、私どもは基本法の議論を大いにしていただきたい。そして、基本法を議論すると同時に、実はこれは委員会等でもちょっと申し上げたことがありますが、中教審でそういう皆さんの御議論をいただき、皆さんのこれからの二十一世紀の教育の基本はこうあるべきだというふうなことがもし明確になってきたら、その裏づけとして、まさに先生が今おっしゃったような振興基本計画というものをぴたっとそこにくっつけて、そしてきちっきちっと財政的にもあるいは具体的にそういうものがある基本法と基本振興計画があってしかるべきだろう、このように私どもは思っております。  したがって、基本振興計画という御提案についても、先ほど連々としたという中に私は重要な一つの提言だと受けとめておりますし、まさに今、本岡先生が自分の御経験、組合活動をやってきた苦しい御経験等も吐露しながら、今までの教育の基本を議論し、そこから生まれる基本計画が必要なんだという御主張をされたことは私は貴重な提言だと思っております。  したがって、そういうことを踏まえながら、そのことも視野に入れてこれから全力を尽くして努力してまいりたい、このように思っております。

本岡昭次民主党・新緑風会

○本岡昭次君 今の文部大臣の決意は一〇〇%受けとめさせていただきますが、内閣改造というのがあるようですから、上手に乗り切っていただいて引き続きひとつやってください。  それで、教育改革、もう本当に、きのうもある現場の人と話しておったら、本岡さん、私、北海道出身ですが、子供たちのトイレどんなのか知ってはりますかと言うから、いや、トイレ、トイレ知っていますよ、私も学校の教員をしていたからと言って話を聞いたんです。今家庭が家庭生活を充実させるために、特にトイレなんというのはもう物すごい改善されていっているんですよね、よりよいものに、使いやすい便利なものに、温かいものにと。ところが、学校のトイレという問題が、いかに教育を大事にしているのかしていないのか象徴的なものやないですかと、こう言われたんです。まず見てくださいと言うから、はい、わかりましたと言うてはおるんです。  私、今言いましたこの基本計画の問題も、そうしたことも含めてきちっとした対策をどう講じるかということを、大変厳しいでしょうけれども、今やるもの、これからのものとか、それは何段階、三段階でも四段階でもいい、やはりそういうふうなものを何とか国会には出して、教育基本法との関係というのはこれは鶏と卵みたいなことに私はなってくると思うんですが、一緒に議論するならば私はしても構わぬと思いますが、やはり物の考え方よりも、今実態として教育現場にあるものをどう変えていくのかということをまず先行させることではないかというふうに思っております。  もう時間もなくなりましたが、あとちょっと二、三点申し上げます。  文部大臣のあいさつの中に、火山噴火、地震、水害等の被害を受けた地域の子供たちの心のケアを図ると、こういうのがございました。具体的にどのような心のケアを図る対策を講じようとなさっているのかということなんですが、阪神・淡路大震災で被災した子供たちの心のケア、四千人、五千人というそういう心のケアを必要とする子供たちがいるわけで、これについては文部省も積極的にかかわっていただいて非常に効果を上げている例もあるわけでありまして、ぜひともこの阪神・淡路大震災の経験を踏まえて、今頻発している自然災害で被害を受けた子供、家がもとに戻るとかということで済まない子供の心的障害、心的何やったか、心的障害後ストレス、何障害というのか、外傷後ストレス。それがここに書いてある心の問題だと思って、阪神・淡路大震災の経験からいうと、五年、六年たってもなかなかショックを受けた心の傷というんですか、そういうようなものが治らなくて非常に教育現場が苦労をしておりますが、ぜひともそういうふうなものの経験をもって、今、火山噴火、地震、水害で被害を受けた地域の家の再建とか生活再建とかということと同時に、子供の受けた心の傷というものを綿密に調査してきめ細かい対策をやっていただきたいと思いますが、どのようなことを今お考えですか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 本岡委員が御指摘いただきましたように、今起こっていることの前に、兵庫県の実態というのが私どもにとりまして大変いい、試行錯誤的にやりながら、しかしそこでいただいたやり方も含め、あるいは先生方の人数も含め、大変参考になっております。したがいまして、兵庫県の問題については、なおカウンセリングの担当教員の定数加配だとか、臨時健康相談を実施するための経費についての補助は支援をしていることは御承知をいただいていると思います。  その経験を踏まえながら今行われている、例えば島からこちらに来られた子供たちに対しましても、本当にその経験を生かして教師用の、先生方の参考資料をつくりましたり、それからできるだけ、先生方だって手がいっぱいでございますので、大学の大学院生とか、そういう方々にボランティアとして来ていただきながら、そういう心のケアの対応をしてもらったりしております。さらに、臨時健康相談等を実施したその経費については支援をしてまいりたい。  いずれにしても、本当に先生がおっしゃるように、例えば経済の回復であるとか家の回復であるとか、そういうこともとても大事ですが、心の回復というのは非常に時間がかかるということを覚悟して、文部省としてやれることをやっていくということが兵庫県の災害から学んだ一番のことだと思って、ここを原点にして努力してまいりたい、こう思っております。

本岡昭次民主党・新緑風会

○本岡昭次君 最後に、教育課程審議会の中間まとめというのが十月六日に出まして、それを拝見しました。その中の「児童生徒の学習と教育課程の実施状況の評価の在り方」ということにかかわって、生徒の指導要録の開示の取り扱いというものがあるんです。要するに、指導要録、私も現場の教員をしましたから書くわけです。成績と同時に、積極性があるかとか自主性があるかとか思いやりがあるかとか、つらいけれども書かなしゃあないからやっぱりそれは書く。バッテンを書くともうその子供にとっては致命傷かなと思いながらも、いや、しかしやっぱり思いやりがないぞと思ったら思い切ってだっと書いたりすることがありました。丸をみんなつけておけば問題ないんですけれども、それなら指導要録の意味がないと思うから、やはり思い切って自分の観察、間違っているかもしれないけれども私は観察といって書くわけです。非常に勇気が要る、あれ書くのは。  成績は十点法で書くのならそれはそれなりに書けば、成績が悪いからだと。行動というやつは、これは神様でなければ、神様でも評価できないかもしれない。だけれども、教員は評価する立場に置かれる。だから、それは秘密というんですか、公開ということに対して非常に難しい問題が起こってくる。もし公開を、やはり情報公開ということが優先だ、こう来る場合は指導要録そのもののあり方を公開にたえられるものに変えないかぬと私は思います。そのときは、そういう自主性とか思いやりとか行動力とか、その子の生来の性格にかかわるようなことを書いてあるものをそのまま公開する、成績はそのとき悪かったけど中学校で頑張ったとか、いや、あの人は年いってからようしっかり勉強したとか、これ何ぼでも、性格というやつはこれは一生その人を決めることになる。それを情報公開するということになると私は非常に難しい。  それで、どうですか、この中間まとめの言うてること、ちょっと中途半端でよくわかりません。これ、指導要録の開示を原則とせいと、こう言うとるんですか。それでいろいろなことを検討せいと言っているのか。いや、そうではないと、いろいろ検討して開示するかしないかはそれぞれの教育委員会なり学校で決めたらいいと言っているのか。しかし、いずれにしても情報公開というものは力を持っていますから動きますね。だから、ここで指導要録そのものが情報公開ということになじむのか、その項目で、そういうふうなことをやはり文部省として考えていかなければならないんじゃないか、こう思います。  私の意見としては、今のままでは情報公開を私はやるべきでないと、今の指導要録のあのままでは。そうすると、現場は大混乱するし、私が言うようにみんな丸つけますよ、それなら。そうでしょう。問題のないようにしますよ。現場の教師だってそのぐらいの知恵があるから、みんな丸をぱっぱっぱっぱとつけたらもうおしまいという、それでは意味がないわけでしょう。そういうふうな問題であるということで、ここの問題は非常に神経細やかにひとつ考えていただきたいというふうに思うんですが、いかがでしょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 先生の、現場にいて今度評価する側の立場の苦衷を今ちょっと伺いましたが、本人からの開示請求を対象とするとか、そういうふうなことで、やっぱり個人情報の保護、全体の基本的な方向を踏まえて判断していかなきゃいかぬのじゃないか、こう思っております。何でもいいからオープンにしろという対象では私はない、こういうふうに考えております。  なお、またいろいろ少し勉強しながら、まだ中間報告でございますので、非常にナーバスな問題であるという認識は私もございます。

本岡昭次民主党・新緑風会

○本岡昭次君 終わります。

市川一朗自由民主党・保守党

○委員長(市川一朗君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時三十分まで休憩いたします。    午後零時三十一分休憩      ─────・─────    午後一時三十一分開会

市川一朗自由民主党・保守党

○委員長(市川一朗君) ただいまから文教・科学委員会を再開いたします。  休憩前に引き続き、教育、文化、学術及び科学技術に関する調査を議題とし、質疑を行います。  質疑のある方は順次御発言願います。

松あきら公明党

○松あきら君 松あきらでございます。どうぞよろしくお願いをいたします。  私が提案いたしておりました芸術文化活動支援員、これが来年度の概算要求に盛り込まれました。皆様よく御存じのように、我が国は先進国の中でも残念ながら極めて文化予算が低い国でございます。私も毎回文化予算をふやしてくださいとお願い申し上げているんですけれども、なかなかこれが遅々としてということでございます。  今回、この支援員が概算要求に入ったということでございますけれども、今、全国各地に例えば二千館くらい公立の文化会館、ホールですとかがあります。しかし、これがなかなか思うように活用できていない。貸し館にしたりいろいろ考えているんですけれども、やっぱりソフトが足りないとかいろんな理由があるんです。その活性化のために、例えばソフトをつくる芸術文化の専門の方、当初は二十一名くらいというふうに人数は聞いているんですけれども、その方々を日本各地に派遣して、ハードとソフトの両方専門的にわかる、こういう方をマネジャー、あるいは総合マネジャーでもプロデューサーでもいいんですけれどもそういうふうにしようと。名前はちょっとかたい名前なんですけれども、この制度で公立文化会館を中心にした地域の文化の大いなる発信に寄与されるであろうというふうに期待をしているところでございます。  今後、もう少しずつでも予算をふやしていっていただきたいなと思うわけでございますけれども、大臣の御所見をお伺いしたいと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 松委員が熱心に御提言をされてまいりました活動支援員、このあり方についての御質問でございます。また、文化予算が足りないのではないかという大きな問題提起もされました。  私どもも問題意識としては全く共通をいたしておりまして、各文化会館みたいなものが、ハードは相当できてまいりました。したがって、支援員だけの問題だけではなくて、その中身をきっちりさせなきゃいかぬということで、今次の補正予算にも来年の概算要求にもその中身の充実方についての要求をしつつ、御指摘のように文化活動の充実を図ってまいりたいと、このように思っているところでございます。  さて、そういう意味で、公立文化会館活性化事業の一環としまして先生の御提言あるいは御指摘いただいた活動支援員でございますが、私ども概算要求では二十一人の設置を新たに要求しておりますけれども、さらに先般、日本の新生特別枠の非公共保留分を活用いたしましてその員数を総計四十四人としようと、このように要望しているところでございます。なお、これでもまだ足りないと、こういうふうな御指摘、さらにさら問いが来るような感じがいたしますけれども、少なくとも御熱心な皆様方の御要請、そういうものを受けながらやれる範囲の中で員数をふやしてまいりたい、また予算もそういうような形では最後にはしっかり形づくりたい、こう思って努力しておりますので、また御支援のほどをお願い申し上げたい、このように思っているところでございます。

松あきら公明党

○松あきら君 四十四人ということで、とてもうれしい話を伺いました。どうぞよろしくお願いをいたします。  次に、午前中から心の教育云々の問題、さまざま出ておりますけれども、大島大臣は所信の演説の中で「世界から尊敬される心の豊かな美しい国家の実現」、こういうふうに述べられているわけでございます。「多様な体験を通じて社会性や豊かな人間性を育てる心の教育の充実」に努めてまいりたいと、こういうふうに御決意を述べられておりましたけれども、具体的にどういう形で進められたいのか、それも伺いたいと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 心の豊かな子供というより人間を、私自身も心が豊かかどうか、客観的に見ていろいろな御指摘をいただかなければなりませんが、一番大事なことは、自分以外の社会すべてに対して尊重できるという、そういう心が私は美しい心と言っていいんではないかと思うんです。そのためには出し得る知恵をいろいろこれからやっていかなければならない。  その一つは、既に各公立学校で試行的にかつまた一生懸命やっているボランティア活動ということに対する充実もその一つでありましょうし、それからやはり人間と人間が接するということだけではなくて、自然というものに触れて自然の厳しさあるいは自然の恵みというものも知っていただくことが大事だと思います。  さらに、このIT革命等々の中でさまざまな先生方とお話しする機会があるのでございますが、先般、ある国立大学の、それも有名な国立大学の学長さんがおいでになられ、こういうことをおっしゃっておられたことが非常に印象的でした。自分のゼミに来た学生に一番最初に何を教えるかというと、雑談をさせることから自分はやらせると。つまり、コミュニケーションというものが非常に少なくなってきました。なぜコミュニケーションが少なくなってきたんだろうかというと、そこにはリアリティーの中でさまざまな体験あるいは人との出会いというものが少なくなった。そういうことを非常に心配しますと。  非常に有名な学者さんでございますが、そういうことを心配されたことを考えますと、子供たちがやっぱり、先ほど言ったボランティアということも大事でございますし自然と触れ合うということも大事ですが、もう一つ、例えば大人の社会がどのように動いているか、自分のお父さん、お母さんがどういう形で一生懸命働いているか。今の子供たちは元気なお父さんを余り見たことがないということをよく言われますが、そういうインターシップ的な社会体験ということも必要であろうと思うんです。  そういうふうなことをさまざまに積極的に、学校全体の中だけでなくて地域も含めてそういう体験、あるいはそういう学習、学習と言っていいと思いますが、そういうことを通じながら、先ほど申し上げましたように自己、おのれ以外に多くの存在があって、その中に自分が生きているということをやっぱりしっかり知って他を尊敬するということが美しいということに私はつながるような気がします。したがって、そういうことに法制度も含めてしっかりと充実をさせていくことが心の教育ではないか、このように思っている次第でございます。

松あきら公明党

○松あきら君 ありがとうございました。まさに私もそのとおりだというふうに思います。  ここに水を研究していらっしゃる江本さんという方が書いた「水は語る」という本がございます。心とか命とか、そういうものを理解するためにこの本を少し紹介したいと思います。  まず、写真をごらんになっていただきたいと思います。両方からカラーの方もお回しいたしますので。(資料を示す)  この写真は山梨県の三分一の湧水の氷結結晶写真なんですね。とてもきれいな結晶なんです。札幌の水道水ですとか名古屋の水道水、いろいろあります。  そこで、これは実は、透明の瓶に精製水を詰めまして、いろんな言葉をその瓶に張るんですね。これは「ありがとう」という言葉を張った結晶、これは「ばかやろう」という言葉を張った結晶なんですね。それで、何とか「しようね」というふうに書いたのがこの上で、「しなさい」というとこの下になるとか、これだけではなくていろいろ出てくるわけでございますけれども、実験ではぶっ殺すとかむかつくとかいう言葉でもこの「ばかやろう」というのに近いような結晶が出てくる。音楽も実はここに入っているんですけれども、数え上げたら切りがないぐらいたくさんいろいろ実験で出ているんですけれども、やはり水も言葉がわかるのかしら。  例えば、人の体の七〇%は水分だそうで、そうしますと自分の心だけじゃなくてそういう水分という面から考えてもいろいろな言葉にあるいは反応するのかな、こういうことも思うわけでございます。やはり安易に心を傷つけるひどい言葉が使われているとしたら、そういうことは単に心だけじゃなくて、いろいろなことからそれが起こってくる。  そしてまた、学校の先生は、教師は授業をするわけですけれども、その教員免許を取得する過程では心理学というものは割合にさらっと通り過ぎているようでございます。今、カウンセラーは二千五百名ほど学校に配置されております。私もカウンセラーが非常に大事ということで申し上げているんですけれども、やはり学校の先生は、教えるということだけでなくて、一人一人の子供の生命状態を把握して理解できるようにならなければ本来いけないのではないかなというふうに思うんですね。  アメリカのノースカロライナ大学では、落ちこぼれはなくせるといいまして、脳科学の成果を生かそうと頑張っている小児科のお医者様がおります。メル・レビーンさんという方なんですけれども、これは、従来の画一的な指導法では多くの子供たちが落ちこぼれになってしまう、生徒は一人一人みんな違うんだ、教師がその違いを理解すれば一人一人に合った指導ができるようになるとおっしゃっているんです。子供の学習したものについては、その脳に膨大な知識が蓄積されているのに現場の教師にその扱い方が行き渡っていない、つまり扱い方がわかっていらっしゃらない方もいるとこのレビーンさんはおっしゃっているんですね。例えば、子供の脳の発達に関する最新の研究は個々の事例の解決に役立つとも言っておられるわけでございます。この方は、以前なら養護学級に送られていたかもしれないそういう多くの生徒を教室で実際に助けることができたと体験を述べられているわけでございます。  こういった脳の科学が教育の現場に役立つ、あるいは反映されるのであればこれも喜ばしいと。そしてまた、少子化がこれからはどんどん進むわけですから、一人一人の子供をしっかりと見ていただいて、教師がカウンセラー、臨床心理士だけに頼らないで、教師の仕事の一つとしてやはり適正な対応あるいは理解ができるようにならなければ本来はいけないのではないかというふうに思うわけです。  そういった意味で、心理学あるいは脳の科学の専門知識を持たなくてはいけないと言っているわけではなくて、教員養成の中でそういった点も学べるような環境をつくる努力を行政はするべきだと思いますけれども、この点についての大臣の御所見を伺いたいと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) まず冒頭に、この写真でございますが、拝見してみて、これはボトルに張るだけでこういうふうに変わるというのは……

松あきら公明党

○松あきら君 そうなんです。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 科技庁にも命じてちょっと勉強を……

松あきら公明党

○松あきら君 ぜひ実験してみてください。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) はい。まじめにちょっとやってみたいと思います。ちょっと驚きでございまして、なるほどなと、こう思って見ております。  まず、総論的に申し上げますと、今、先生がおっしゃったように、いじめとか切れるとか、あるいはさまざまな子供たちの犯罪あるいは問題というものに対して、情緒的にとらえてはならぬと私は文部省に参りましてから常々申し上げてきております。やっぱり科学的に分析するという側面を持たなきゃいかぬ、それから数字的な客観性も持たなきゃいかぬという一つの考え方を申し上げて、今起こっているいろんな事件とか問題点をそういう観点からもきちっと科学的にも分析しながら対応を考えるという、そういう時代に入ったということは同感でございます。  その中で、特に心理学という問題につきまして、私どもも教員になられるそういう方々には、やはり知識ということを単なるデリバリーするだけではなくて、最後は子供たちの心を引きつけ、子供たちの心に先生の言葉が入っていかなけりゃならぬ。そういたしますと、子供たちの心理状況、こういうものがどういう状況になり、子供たちがこういう心理になったときにどういう行動形態をしていくかということを少なくとも先生の立場ではきちっと基礎的には踏まえなきゃなるまい。そういう意味で、おっしゃったように、我々は心理学の知識を先生になろうとする方々にはしっかりと身につけさせることの重要性を認識しております。  そういう意味で、初任者研修において、その基礎を踏まえながら実際にカウンセリングというものをどういうふうにしたらいいか。このことは、カウンセラーだけではなくて一般の先生方にもしっかりその基礎論あるいは方法論というものを身につけて、心理やカウンセリングに関する内容などをきちっと取り組めるようにさらに充実をしていかなければならぬと、こう思っております。  そういう意味で、そういう児童心理という側面での先生方の知識あるいは対応というものがますます重要になってくるのではないか、そのための対応をしっかりしていかなきゃならぬという思いでございます。

松あきら公明党

○松あきら君 私も実は次にその科学的なということを御質問しようと思っていたんですけれども、私もこのお水の実験を実際してみたいなと思うんですけれども、例えば授業の中で子供たちに、こういう人がいてこういう実験をしたらこうなったんだってよと、水でもわかるのかしら、このクラスでも一遍やってみようかとか、そういうことも子供たちが心というものを考える、あるいは命というものを考える一つの手助けになるのかななんという気がいたします。  それから、今まさに先に大臣がおっしゃられたので私の質問と重なるというか、次に申し上げようとしていたことは、今本当にさまざまな社会体験あるいは自然体験、そしてボランティア、いろんなことで子供たちの心の情操を助けていきたいというのがあるんですけれども、その一方で私が申し上げようとしていたのは例えば低血糖の問題、子供たちが今飲み物ですとか袋菓子とか、御飯を食べないでこういうものを、間食ですか、残念ながらそれが主食に取ってかわろうとしているぐらい今の子供たちは飲み物ですとか袋菓子を食べているらしいんですね。そうしますと、そういうものに全部糖分が多量に入っている。含まれている。  そうすると、糖分がたくさん入るとどういうふうになるかといいますと、低血糖になるそうなんです。要するに、砂糖を大量にとると低血糖になる。そうするとどうなるかといいますと、これを繰り返していきますと、いらいらが募り、頭痛がして疲労感が広がり、それが異常な行動の引き金になっていると、こういうことも指摘をされているわけでございます。  もちろんこれだけではありません。食べ物の中にも、あるいはダイオキシンあるいは環境ホルモンあるいは空気、水、すべてそういうものも関係はしてくると思うんですけれども、要するにそういったむかつくあるいは切れる、異常な行動をするという中で、私はやはり科学的にしっかりと研究をして心の教育と両面でこれをぜひ進めていただきたい。これを申し上げようと思っていたんですけれども、再度よろしくお願いいたします。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 実は、松委員は御承知でそういう御質問をしていただいたと思いますが、アメリカの中で今お話しされたような低血糖状態がいろんな形で子供たちに影響しているんじゃないだろうか、こういう長い議論があります。まだそのことについて、低血糖だから明確にそういうふうに切れるとかあるいはおかしくなるとかという、そこのところは依然として議論があって、WHOなんかでも、結論として糖が子供の行動や振る舞いを有意に変えるという仮説を示唆する客観的な証拠は余りないねというWHOの報告はあるにしても、いずれにしろ、先ほど申し上げましたように、食生活それから睡眠のあり方とか、あるいはその他子供たちを取り巻く食事から体力からそういうふうなものについてやはりきちっと分析をしなきゃならぬのじゃないか。  そういう中で、我々は切れる子供の生育歴に関する研究というものを立ち上がらせて今やっております。その中に、例えば国立教育研究所に今やらせておるのでございますが、生徒指導、教育心理、発達心理、社会学、さらに公衆衛生、それから小児科の先生、こういうドクターの立場から、医学の立場から、あるいは精神科医、臨床心理士、そういうふうな医学的な観点からの分析も、いろいろな問題があるかもしれないと。プライバシーをきちっと尊重しながらも突っ込めるところだけは突っ込んで、やはりそういう問題に科学的知見をきちっと持った上で対策をとることの方が、いろんな御批判をいただくかもしれないけれどもむしろ国益に合うことではないか。こういうことで、具体的な事例の場合においてそういう多方面からの分析、研究を今させているところでございます。そういう問題が出て、結果としてこのようだといったら、またいずれ国会の場で御論議をいただくことにしております。  何回も申し上げて恐縮ですけれども、情緒的におまえたちはしっかりしなきゃならぬと言うだけではこの対応にはならぬという思いは一緒でございます。

松あきら公明党

○松あきら君 その点はどうぞよろしくお願いいたします。  次に参ります、時間がございませんので。  教育改革国民会議、これは午前中の質疑の中でもたびたび出てまいりましたけれども、その中間報告でも「教育の原点は家庭である」ということでございます。「教育という川の流れの、最初の水源の清冽な一滴となり得るのは、家庭教育である。」と。私もまさにこれはそのとおりであるというふうに思います。「親が人生最初の教師であることを自覚すべきである。」、こういうふうに申されているわけでございますが、今、親御さん自身もいろいろ悩んでいるんじゃないかなと思います。  私は、乳幼児期の親と子供のスキンシップ、これがすごく大事であると常々思っているんです。少し前の話になりますけれども、テレビを見ておりましたら、ある大阪の小学校一年生のクラスが四月に学校が始まりましたら学級崩壊で、がしゃがしゃと走り回って、どなり回って、とにかくだれ一人席に着けない。もう二十年来のベテランの先生、女性の先生が何とかちゃん座りましょうと言ってもだめなんです。  それで、あるとき、一番暴れまくっている男の子をぎゅっと抱きかかえてしまった。押さえつけちゃったんです。暴れていたんですけれども、しばらくしたらぴたっとコアラちゃんみたいにひっついてきた。それにヒントを得まして、一人の子供をおんぶする、一人をだっこする、毎日。これをずっと一日じゅう繰り返して、時々前と後ろを取っかえて、それでまた次の日は違う子供と。そういうふうにしていましたら、何と子供たちの荒れるのがおさまって、ちゃんと授業を受けられるようになったんですね。これを見ていましても、いかに親との肌の触れ合いが大事かということをつくづく思うわけでございます。  しかし、親御さんも今いろいろ悩んでいる。そしてまた先生も悩んでいる。今、学校に臨床心理士、カウンセラーが配置されておりますけれども、この対象は子供たちです。たまさか先生の相談に乗られることはあっても、親がこの中に入っていないんですね。やはり親も子供をどうしたらいいか、子供をどうするかの前に自分自身がどうしたらいいかという悩みも聞いていただけたら私は随分いろんな問題に対処できるのではないかと思うのでございますけれども、この点についての大臣の御所見を伺いたいと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 現実としてスクールカウンセラーは親御さん、御両親様も行って御相談することに何らやぶさかではございません。むしろそういうふうにしてもらいたいとも思っているんです。ただ、地域、コミュニティーが非常に狭い中で、まだ何か親が自分の悩みを打ち明けるのに日本社会の中でちゅうちょするところがございます。  あるいは、ちょっと違うかもしれませんが、先生がさっきお話しされた児童心理、先ほど私も申し上げたんですが、精神病院のお医者さんにかかること自体も何か偏見の目で見られるようなところがまだ日本の中にある。しかし、そういうカウンセラーというのは、人が持っている悩みを一つ一つ解きほぐしながら分析して教えてやると。  そういう意味で、おっしゃるように今の子供を持つ両親がいろんな悩みがあったときは、どうぞスクールカウンセラーに来て一緒に御相談、悩んだり話し合ったりしましょうと。今でもできるわけですが、一層そういうことができやすい環境をつくることがどうもこれからもっと積極的でなきゃいかぬなという思いを持っております。  御承知のように、スクールカウンセラーは高校の段階ではできるだけ配置をしながらやっていきたいと思っておりますし、行きやすいカウンセラー、そういうふうなことを少し知恵を出していかなきゃいかぬな、こう思っております。

松あきら公明党

○松あきら君 ありがとうございます。  ぜひその点を皆さんに、親御さんたちにも宣伝をしていただいて、どうぞいらしてくださいという環境をぜひつくっていただきたいと思います。  実はきょう、たくさん本を持ってまいりました。  私どもの党は子ども読書プロジェクトというのをつくっているわけでございますけれども、その中で今子供たちに対する有害図書が非常に多い。  これは実はコンビニに売っている有害図書の数々でございますけれども、私どもコンビニに視察に参りました。そうしましたら、どうなっているかというと、そこはとてもいいコンビニさんだったんです。有害図書と書いてあるのは子供たちには手が届かない、大人が手が届く、そこに四、五十冊並べてあるんですけれども、もちろんそれ以外に普通のところにもある。これは有害図書でないと、こういうことになっているんです。しかし、中を見ますと、ちょっとここではお見せできないぐらい、本当にもうびっくりするような、表紙はとても美しいのもあるんですけれども、もう言葉にできないぐらいショックなすごい内容ばかりでございます。何十冊です。しかも、そうやって分けてあるところは少なくて、割と一般的なコンビニは子供の手の届くところにでも幾らでもこれが置いてあるんですね。  そうしますと、これは各自治体の条例で違うんですけれども、例えば我が神奈川県とかあるいは東京ですと、性描写等が二十ページ以上は有害図書となり、十九ページ以下の場合は有害図書とならない、こういう規定があるんですね。総務庁はこれをどのように把握しているでしょうか。

川口雄総務庁青少年対策本部次長

○政府参考人(川口雄君) ただいま先生、神奈川県の場合をお尋ねでございますけれども、神奈川県の青少年保護育成条例におきましては、まず一般的に青少年に有害な性的あるいは暴力的なものについては個別指定、それから例えば先生御指摘のとおり、そういった卑わいな姿態なんかが載った写真とか絵とか、それが二十ページ以上あるもの、あるいは雑誌のページの五分の一以上あるものについては有害図書とするということになっております。そして、例えば十九ページ以下であっても、個別にこれは青少年にとって有害だということであれば、県の方で有害図書としての指定ができる仕組みにはなっております。

松あきら公明党

○松あきら君 もうあと本当に時間がないので、残念なんですけれども。  しかし、正直言いまして、五分の一以下云々じゃなくて、もうすごいんですよ。例えば、少ない枚数でもびっくりするような、少ない枚数どころじゃないんですけれども、お見せできないぐらいひどいです。そして、実態的に言えば、仮にこれが有害図書ですよといったら、そこの出版社はまた名前を変えて出すそうですよ。  ですから、幾ら心の教育が大事だ、いろんな手だてを考えて子供たちに一生懸命、官民挙げて、家庭も挙げて一生懸命心の教育の問題に取り組んでいても、一方で売らんかなで、こういうものがはんらんしている。  しかも、コンビニにはこういうところがあるそうです。コンビニでは、うちのコンビニの本店は東京にありますから、東京ではこれがオーケーになっていますから、売っているのが例えば長野県でもあるいは秋田県でもどこでも、そこの条例とは合わなくても、これは本店に合わせているんです、本社に合わせているんですと。いろんなそういう実態があるんですね。  私は、これは総務庁もしっかりと対策は立てられていらっしゃるとは思いますけれども、まだまだ足りないし、そして文部省も実態をしっかり調べていただいて、有害図書、これが子供たちに与える影響、子供だけじゃないです、大人もこれを見たら、先ほど理事会でもお見せしましたけれども、ショックを感じるほどすごい実態があるということをぜひおわかりいただきたいと思います。  それを伺って、質問を終わります。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 一種の知恵比べの競争みたいなところが彼らはあると思いますが、全力を尽くして、そういうことにあらゆる間断なき努力をしていくことが肝要だと思っております。

林紀子日本共産党

○林紀子君 日本共産党の林紀子でございます。  私は、まずサッカーくじの問題についてお聞きしたいと思います。  来年の春からサッカーくじの全国販売が行われるわけですけれども、それを前に十月二十八日から静岡県でテスト販売が開始されました。私は、この日、静岡県に行ってまいりました。そして、ラモス選手が出演した販売開始イベント会場というところにも行ってまいりましたし、それから販売をしているお店にも行きました。その後、父母の方たち、先生たちとも懇談をしてきたわけですけれども、その中で感じたことは、やはりサッカーくじというのは子供たちに対して大変な悪影響を与える、本当に心配なことだと、そういうことだったわけですね。  このサッカーくじは、十九歳未満には販売しないということでいろいろ対策をとられている。販売員への研修をする、販売は対面で十九歳以上であることがはっきりしない人には写真つきの身分証明書の提示を求める、こういうことをしているということなんですけれども、実態はどうかといいますと、身分証明書を求めるということは到底無理だということもわかりました。  先ごろNHKの「クローズアップ現代」でも取り上げられましたが、この番組では、シャドーバイヤーというんですね。一見十九歳以下に見えるけれども、実際は二十二、三歳というような若者が販売店をずっと回って買おうとする。そのとき本当に身分証明書の提示を求められるのかということをカメラもぴったりくっついて番組で紹介しておりましたが、その中では一軒も、身分証明書、写真つきを見せてくださいと言ったお店はなかったわけです。  そういうことでは、静岡では現在三百三十三店で販売しているということですが、本格的な販売ということになりましたら、これが全国に販売の網の目が広がるわけです。そうしましたらますます、身分証明書を見せてください、あなたは十九歳以下ですかどうですか、そんなことはもう実際行われないということだと思うんですね。  その辺についてどう大臣はお思いになりますか。大臣じゃなくて参考人にお願いしていたかな。

遠藤純一郎文部省体育局長

○政府参考人(遠藤純一郎君) 御指摘のように、十九歳未満に売らないということで、今、先生の方からいろいろ対策の一端をお話ししていただきましたけれども、そういったようなことで、繰り返しで恐縮ですけれども、今指導としては、例えば販売員が十九歳というか、ちょっと見た目で二十二歳以下の人には身分証明書を出してくださいということで確認をするということの指導をしておるわけでございます。それ以外、御案内のように、販売員に対する研修とかシャドーバイヤー、あるいは販売店本部の監督者が巡回を、指導をしてそういったものをチェックする、さらにはマークシートに十九歳以上でございますという自己申告の欄を設ける等々のいろんな措置を講じておるわけでございまして、そういった点についての徹底を図っていきたい、こう思っておる次第でございます。

林紀子日本共産党

○林紀子君 その徹底が徹底になっていないということを私は今申し上げたわけなんです。  実際に十九歳以上だと自己申告する欄があると言うんですけれども、お店ではどんどん買う人が押しかけてきて、後ろの方から、まだか、いつまで待たせるんだなんという声がかかるわけですね。だから、しようがない、実際はこの十九歳以上の自己申告欄も販売員が記入しているということなんですよ。  附帯決議では「十九歳未満の者に対する購入等の禁止が徹底されるよう販売場所、販売方法等について青少年が入手し難い方策を講じるなど適切な配慮をする」、これは衆議院でも参議院でも附帯決議としてなされているわけですけれども、これがまたまた大変なもので、十月二十八日の静岡新聞の広告、このtotoという黄色い、これが全戸に折り込みで配布されたわけなんです。(資料を示す)ここに何とこのマークシートがついているんです。だから、マークシートつきのこの広告が、全家庭じゃないですね、静岡新聞をとっていらっしゃる御家庭には全部入っている。マークシートが手に入らないようにするなんというどころじゃないわけですね。  しかも、このマークシート、今回のテスト販売だけで三百八十九万枚印刷されたんだそうです。ところが、静岡県の人口というのは三百七十七万人ですから、人口を上回ることの十万枚以上印刷をされましてばらまかれているし、それから飲食店や美容院などにはだれでもいつでもとれるように積み置きをされている。こんなことは今まで競馬でも宝くじでもなかったわけですね。ですから、子供たちは当然マークシートを持って学校に行くということだって考えられるわけです。ところが、学校の現場ではどうなっているか。買ってはいけませんという指導が何もなされていないというんですね。  私、まさかと思ったんですけれども、学校ではどんな指導を、特にサッカーに非常に関心を持っている中学生や高校生に対して行われているんでしょうか。

遠藤純一郎文部省体育局長

○政府参考人(遠藤純一郎君) 文部省では、都道府県教育委員会の生徒指導の担当の人あるいは校長など学校関係者等の諸会議におきまして、スポーツ振興くじの目的、意義と同時に、十九歳未満の人に対して購入については禁止になっているといったことについて説明を行いまして、制度の趣旨徹底を図っているわけでございますけれども、学校現場では必要に応じ指導しているというふうに考えておる次第でございます。

林紀子日本共産党

○林紀子君 必要に応じてなされていると言うけれども、私が聞いたところでは学校ではされていないんですね。ですから、校長先生なんかは、また良心を持っていらっしゃる教育委員会などでは、これは大変なことになるぞと思っていても個人ではなかなか言えない。そもそもこれは文部省がやっているものですから、学校でそんなことを文部省が何も言ってこないのにやっちゃっていいのかどうかというので何も言えなくなっちゃっていて、そして先生たちもどうしたらいいかと戸惑っていると言うんですね。  では、きちんと学校でこれは十九歳以下は買えないんですよということを指導するということですね。そのことをきちんと学校現場に徹底をするんですね。そのことをもう一度はっきりお答えいただきたいと思います。

遠藤純一郎文部省体育局長

○政府参考人(遠藤純一郎君) 十九歳未満ではこれは買えないということにつきましては、その広告、ちょっと小さいと言われるかもしれませんけれども、必ずあちこちに載っけておりますし、そういうことで周知を図っているわけでございますけれども、学校の方で教師の方から見てこれは指導すべきだというようなときはきちんと指導してくれというようなことをこれからもいろんな場で言っていきたいと、こう思っております。

林紀子日本共産党

○林紀子君 わかりました。学校の現場できちんと指導をするというふうに文部省の見解としておっしゃったということですね。  広告で確かによく御存じだと思うんです。テレビCMなんかでもほんの小さく、テレビCM十五秒の最後の一秒間ぐらいに十九歳未満は買えませんという文字がちらっと出てぱっと消える、そういうコマーシャルは流れているわけです。それから、売り出しているガソリンスタンドのJOMOというところでは目指せ一億円という大きなビラがまかれているんですけれども、これには一切、もしかしたら小さい字で書いてあるのかと老眼鏡をかけて一生懸命見たんですけれども、全然出ていないんですね。こういうことも行われているわけですから、学校の現場できちんとこれを買えないんだよということをわからせるということをまずお願いしたいと思います。  今、残念ながら、高校生なんかは百円ぐらいのお小遣いをみんなで持ち寄ってどうだこうだということを既にやっているというんですね、どのチームが勝つか。だけれども、今回このサッカーくじが始まりましたら、のみ行為というのは類似行為ということで大変厳しい罰が下される。のみ行為の中心になった人には、高校生であろうともそれは罰が下されるんでしょうか。非常に厳しい罰がのみ行為というのは下されることになっているわけですから、今非常に少年の犯罪ということが大きな問題になっているときに、まさにこれは文部省が挙げてその犯罪行為を応援するような、そういうものじゃないかということすら感じるわけです。  大臣のあいさつの中でもスポーツ振興計画を進めるというふうにありましたけれども、このサッカーくじの売り上げをスポーツの振興計画の財源に充てるというところに一番大きな無理があると思うんです。  国の予算といいますのは、スポーツ予算は年間およそ三百三十億円だという御説明をいただきました。サッカーくじで目的としているそのお金というのは最大およそ四百五十億円、これをスポーツ振興のために使おうとしていると。これはちょっと逆転しているんじゃないですか。国の予算三百三十億円、サッカーくじからは四百五十億円。これだけ、最大の四百五十億円というものを本当に上げようと思いましたら、宣伝を強める、需要を喚起して売り上げを確保する、そうしなければできないものなんです。  大々的に宣伝して、これはスポーツの振興に役に立つんですよというのは、これはそれぞれ主要な新聞にも全部、十月二十三日に出された広告なんですけれども、オリンピック選手のすてきな写真を載せて、これがスポーツ振興に役に立つんですよと。そうなったら、子供たちもじゃ買ってみようかということになるんじゃないでしょうか。  静岡の青年は、スポーツ施設はもっともっとたくさん欲しい。だけれども、国の予算をつけてくれるんじゃなくて僕たちの貧しいお金を取り上げていって、そうしてそれでつくるなんというのはやっぱりおかしいんじゃないかということを言っているんですけれども、本当にそうだと思うんです。  それからまた、このサッカーくじを推進してきた参議院議員の方ですけれども、サッカーというのが右肩上がりに伸びていってもらえばいいんだけれども、ひょっとするとサッカー発展の材料にはこのサッカーくじというのはならぬのじゃないかと思って大変不安だというふうに写真週刊誌でおっしゃっているんですけれども、かえってこういうことがサッカー離れを起こしてしまうということだってあるんじゃないでしょうか。  そういう意味では、スポーツの振興どころか、本当に子供たちを大変な目に遭わせてサッカーも見放されてしまうなんということになったら大変だと思うんですけれども、テスト販売が始まったところでこういういろいろな問題、歯どめをかけると言っているのにかけられない問題というのが起こっているわけですから、大臣、もう一度このサッカーくじというのは考え直すということでぜひ御決断をいただきたいと思うんです。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 考え直す、御決断をと言われましても、御決断はできませんが。  今、先生のさまざまな御議論を聞いて、それは法律に書いてある、十九歳にサッカーくじを売ってはいかぬ、こう書いてあるわけです。我々もそこはきちっと徹底して、サッカーくじが健全に日本国に定着し、そのことが先ほどお話しされた目的にしっかり生かされるようにしていくためには、まさにそういうことをきちっと押さえていくということが大事なわけでありますから、局長の先ほどの答弁も少しもじゃもじゃと話していましたが、教育の現場にもそういうものを徹底させて、そしてサッカーくじが健全に日本の社会に定着するように努力していくことがむしろ大臣としての仕事であろう、このように思っております。

林紀子日本共産党

○林紀子君 健全に定着というふうにおっしゃいましたが、その健全にということは絶対にないと思うんですね。愛知で五千万円のあの恐喝事件というのもありましたけれども、あれもお金に絡んで子供たちがいじめをしたわけですね。お金が絡んでのいじめというのは今非常に多くなっているわけなんですよ。  十九歳以下に売らない売らないと言っても、どんなに大きな穴があいているかというのは今御説明いたしましたけれども、お金に絡んだ子供たちのいじめ、そういうことがもっともっと起こるという可能性があるわけですから、やはり健全なということは絶対ない。それにはやっぱりサッカーくじそのものを見直して、きちんとスポーツ予算は国として責任を持ってつけていただく。それが大臣がおっしゃる本当のスポーツの振興だというふうに思います。  次に質問をいたしたいのは、先月発表されました教課審の中間まとめ、子供たちの学力評価方法をこれまでの相対評価から絶対評価を基本にするということが盛り込まれました。子供たち一人一人がどれくらい伸びたのかという発達や到達を評価するためには、クラスの中でのほかの子供たちと比べる相対評価、これは不可能なんじゃないかと思うわけです。そういう意味で、今回の絶対評価への転換というのは、余りに遅過ぎたといえば遅過ぎたわけですけれども、かねてからの教育現場からの要求、父母の要求にこたえるものとして当然のものだというふうに思うわけです。  しかし、ここに問題がありまして、高校の入試のためには各県の教育委員会の判断で相対評価を行うことができる、こういう点が残されているわけですね。ですから、絶対評価では自分は算数で四をもらったのに受験のための内申書では三ということもあり得る、こういうことになるわけだと思います。  評価が二重になって高校受験で相対評価が使われるということになりますと、結局、相対評価の方が本当の評価ということになっちゃうんじゃないでしょうか。絶対評価を導入する意味がなくなってしまうと思いますので、この相対評価は並行して使う、こういうところはやっぱり違うんだということをはっきりさせていただきたいと思いますが、いかがでしょうか。

御手洗康文部省初等中等教育局長

○政府参考人(御手洗康君) 御指摘ございましたように、教育課程審議会におきましては、これからの子供たちの学習の評価のあり方について検討をいたしているところでございます。その中で、従来、評定という部分につきまして、小中学校におきましては相対評価を基本とした評価を行うこととしておりましたけれども、これを学習指導要領の目標に照らしてどこまで到達したかということで、高等学校と同様に小中高等学校を通じまして評定の部分を目標と、いわゆる絶対評価に改めるということを基本とした中間報告をおまとめいただいたところでございます。  しかしながら、評価にはさまざまな方法があるわけでございまして、児童生徒指導要録というような最終的な学校の公簿として記録する場面とは別に、さまざまな指導の場面においてさまざまな個人内評価あるいは相対評価、こういったことが使われるということは現場の自主的な判断にゆだねられているものでございます。  そういった意味では、高等学校の入学者選抜におきますいわゆる調査書、内申書につきましてこの評価をどのようにするかということは、それぞれの入学試験を行います公立学校でありますとそれぞれの設置者あるいは都道府県の教育委員会、こういったものがどういう調査書の様式を決めるかということはみずから決めるわけでございますので、この中間報告におきましても、いわゆる指導要録と調査書とはそれぞれその目的や役割が異なるということを前提にいたしまして、調査書につきましては都道府県の教育委員会がみずからの責任と判断において入学試験全体の選抜のあり方の中で適宜決めるのが適当ではないかという考え方を示しているところでございます。

林紀子日本共産党

○林紀子君 入試に相対評価を使うということよりも、絶対評価でこの子はここまでちゃんと到達をしているんだということがわかった方が高校にとってもいいんじゃないかと思うので、この二重に残すという意味がどうしてもわかりません。それぞれの設置者の責任ということですけれども、やっぱり絶対評価の方が有意であるということは文部省の見解ということもあるんじゃないかというふうに思うわけです。  さらに重大なのは、学力をどう見るかという点で、新学力観に基づく観点別評価が依然としてこの教課審の中で言われているわけなんですね。そもそも関心や意欲、態度などを評価できるのか、人格を評価できるのかという問題になるわけですけれども、このことが学校生活をどれほど息苦しいものにしているか。  私は、通常国会の五月十六日のこの委員会でそのことについても質問いたしました。すべての教科、生活態度など、学校生活全体が評価され、授業中の挙手や発言の回数までチェックされることから、わからなくても何でもまず手を挙げたらそれは態度がいいということで点数が上がるんだ、やりたくない委員でも喜々としてやらなくちゃいけないとか、すべて受験の内申書を少しでもよくするためにということで、先生からよく思われるために振る舞うということになって、人格の競争、いい子競争になってしまうわけですね。そのことは、本当に子供たちは全人格をいつでも見張られているということになって、大変なストレスになるわけですね。  教課審でも評価の客観性や難しさということは問題になっておりますけれども、本当に子供たちのストレスを解消する、そういう意味でもこの観点別評価、ここのところを根本から見直す、そういうところに教課審は立っていていただきたいというふうに思うんですけれども、文部省としてはどういうふうにお考えになっているんでしょうか。

御手洗康文部省初等中等教育局長

○政府参考人(御手洗康君) 観点別学習状況につきましては、昭和五十五年の児童生徒の指導要録において導入をされたものでございます。先ほど申し上げました各教科の評定の部分が、総合的な観点から各教科の到達度というものを簡潔でわかりやすく、例えば五、四、三、二、一というような五段階、あるいは小学校では三段階ということで評価し、低学年ではそういう評価はいたしていないということになっているわけでございますけれども、この観点別評価は、その前の段階といたしまして、それぞれの教科ごとに態度・関心、あるいは思考・判断、技能・表現、知識・理解と、主としてこういう四つの観点から子供たちの各教科の学習の到達度を分析的に評価する手段ということで、これも到達度評価ということでいたしているわけでございます。  私どもは、この両々相まって総合的な評価と分析的評価を加えることによりまして、児童生徒指導要録の段階で、より子供たちの学習の到達度がきめ細かくわかりやすい情報として記録されるものと考えているわけでございます。

林紀子日本共産党

○林紀子君 幅広くというようなことをおっしゃいましたけれども、これもNHKテレビで放映をしておりました。子供たちの声が特集されていたわけですけれども、本当に悲鳴としか言いようのない言葉が子供たちの間から次々と上がっているわけですね。内申書の方が先生との関係より大切だから先生の前で本当の自分を出すことはない、仮面をかぶっている方がましだ。また、先生の方は、意欲のなさそうな子に内申はどうなってもいいんだなとちらつかせる、それから先生が授業中に寝ていた子に一でもいいんだねと言ったと。テレビの子供たちの討論番組でこういう不満が噴き出しているわけです。  中学生のときにそういう観点別評価を受けて高校生になった子供もそこで発言をしておりました。その子は、人格の面で競争をしてもすぐ時間がたてば化けの皮がはがれる、全く中学のときは自分は何をしていたんだろう、本当に振り返って意味がないなということを思ったというのを言っているんですけれども、まさに子供たちのこれが実感なんだというふうに思うわけですね。ですから、人格を評価するなんということはできないんだ。  これはマニュアル本で、この観点別評価が始まったときから子供たちの大ベストセラーになっているということなんですね。(資料を示す)  「高校入試「新・調査書対策」内申UP方程式」というんですけれども、これには、元気よく手を挙げることが評価されるんだとか、それから提出物は未完成でも期日どおりに出しておいたらそれだけで点がアップするんだとか、生徒会は自分がやりたくなくても立候補したらそれで点数が上がるんだとか、そして塾なんかでも、体育が苦手であっても、じゃ体育が苦手だったらあなたは係になりなさいとか、それからいつでもきびきびと動くことだけはやりなさいとか、それから授業中はその態度を見られるということで、わかってもわからなくても先生の方をじっと見て、目を見てうんとうなずく、そうしたらそれで点が上がるんだと。こういうわかっているふり、関心のあるふり、そういうふりをさせるようなのがまさにこの観点別評価なんじゃないかと思うんですね。  そうしましたら、これで本当に子供たちの生きる力なんかが育つんでしょうか。高校生が言っているように、後になって振り返ったらばかみたいなことをしていたということになって、覚えることというのは、先生の顔色をうかがう、先生の前ではいい子のふりをする、そういうことだけを身につけるとしたら、生きる力のマイナスの生きる力をたっぷりそこで教えているということになるんじゃないですか。  この観点別評価というのは、本当に教課審で評価の問題について論議をするということは初めてだということなので私は大変期待しておりましたし、五月十六日のときに政務次官は、先生が能面で子供が仮面をかぶっているような状態が本当だとすればゆゆしい問題だ、専門家の皆さん方の議論も十分に踏まえてこの教課審で今後の大きな一つの課題にしていきたいというふうにおっしゃっていたわけですからね。  今、中間報告ですから、そのことに対してもう一度教課審でもきちんと論議をして、本当に子供たちのためになるように、そういうことを考えていただきたいということをお願いしたいと思いますが、大臣、もう時間がありませんので一言、聞いていてくださって、御意見をいただけますでしょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 今、先生がお話しされた観点別評価、それによって子供たちが先生の顔を見て行動していると。もしそういうことだけ、そういう側面が事実としてばっと広がって、そういうふうなものがあって、そういうことが大きな影響を与えているとすれば、それは一つの考え方として問題があるなという感想は持ちました。しかし、問題はその子供たちにどういう意欲やあるいはどういう関心のあらわし方、あるいはそういうものをやはり客観的に先生としてよく見て、さらにそれを指導していくという、そういうための評価でも私はあるんだろうと思います。  いずれにしても、評価方法が十分研究されていないという面もございますし、観点別評価のあり方についてこれからさまざまな議論をいたしたいと思っておりますが、すべてこれは意味がないとは私は思いません。そういうふうなさまざまな議論を踏まえながら、評価のあるべき姿にもう少しいろんな客観性を持たせるにはどうしたらいいかという、そういう議論を高めながら結論を出してまいりたい、こう思っております。

林紀子日本共産党

○林紀子君 これは評価の方法の問題じゃなくて、やっぱり子供たちの人格を評価するというところが問題なんだと思うんですね。ですから、そういう意味では現場の先生の声、先ほども指導要録の問題で苦労なさっているというお話がありましたけれども、その指導要録をつける先生の苦渋の声、それからまた子供たちが本当にどう考えているのか、そのことも十分反映して論議をしていただきたいというふうに思います。  最後に一点お聞きしたいんですけれども、失業や災害などによって家計が急変した世帯の高校生、学生を対象に無利子で育英奨学金を貸与する制度が昨年度から創設されたと思いますけれども、今年度は既に予算枠いっぱいで、原資が底をつくおそれがあるということも報道されておりました。今年度予算では緊急採用枠というのは一万人あったはずなんですけれども、六千人足らずで既にもう足らなくなっているということなんです。  今、大変に災害も続いておりますし、また不況というのはこれまた大変な状況なので、ぜひ実際に即した、来年度予算はもちろんありますけれども、その前に補正予算、ぜひこれでこれをきちんと組んでいただきたいと思うんですが、いかがでしょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) その御質問に答える前に一点だけ。  人格を評価するということはやっていないということだけは申し上げておきます。人格は評価できるものじゃないと思います。  それから、今の件でございますが、そういう実態がありますので、補正予算に要求をしながら対応するように努力してまいりたいと、こう思っております。

市川一朗自由民主党・保守党

○委員長(市川一朗君) では、時間ですので。

林紀子日本共産党

○林紀子君 それでは、補正予算、ぜひよろしくお願いします。

日下部禧代子社会民主党・護憲連合

○日下部禧代子君 社会民主党の日下部禧代子でございます。どうぞよろしくお願いいたします。  一昨日、十月三十一日でございますが、大臣からごあいさつをいただきました。きょうは、文部省のインターネットのホームページにお出しになっていらっしゃいます大臣の「よりよい教育を目指して」と題するお言葉に関してお尋ねをさせていただきたいと存じます。  大臣がこのように国民に直接御発言といいましょうか、御意見を表明なさるということはとてもいいことだというふうに私存じております。私、毎回きちっと拝見しておりませんが、それは申しわけございませんが、これからまた一生懸命拝見させていただきたいと思います。  私がきょうお尋ね申し上げたいのは、十月十九日からお出しになっていらっしゃいます「よりよい教育を目指して」という御意見に関してでございます。  ところで、大臣は、戦後教育について、進学率の上昇あるいは教育水準を高め、経済社会の発展の原動力になった、あるいは民主主義の定着に大きな役割を果たしたというふうに評価をなさっていらっしゃいます。ところが、一方では欠けたものもあるということで、三点御指摘になっていらっしゃいますね。その中の一点に、個人の尊重の行き過ぎということをお挙げになっていらっしゃいます。  私は、この点に関して、私の考え方と少し違うというか、逆ではないかなというふうな気もするわけでございます。個人の尊重が徹底されていないがゆえに、いじめとか校内暴力とか、そのようないわゆる病理現象というものが出てきているというふうに私は考えております。いわば個人の尊重というよりも間違った個人尊重。つまり、個人尊重ということがわがままとかしたい放題というふうに解釈されてきてしまったということでありまして、個人の尊重の行き過ぎということではないというふうに私は思って拝見したのでございますが、その点に関しまして大臣の御見解をいただきたいと存じます。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) ホームページ、ネットを見ていただいてありがとうございました。しょっちゅう出せばいいのでありますが、やっぱり今、大臣としての立場でございますから、ある程度役所の中でも自分の意見を言って議論して、その上で国民の皆さんに知ってもらいたいと思って、できるだけそういう観点で出していきたいと思います。  そういう中で、個の行き過ぎ、個人の行き過ぎということに対して今、先生から御意見がありました。私の言わんとすることは、これはある意味じゃ榊原先生に対する反論というか、そういうことも含めて書いたものを出したものでございます。  個人主義というのは、先生おっしゃるとおり、全体の中に個人というものが存在するという意味での個人主義が私は確立しているものだと思います。それが、自利、我利、私の利益、あるいは私のみ、そういう意味での風潮、あるいは行き過ぎみたいなものが私は生まれてきたと。それを、言葉は適切かどうか知りませんが、先生がおっしゃるとおり、人のことを考えないで自分のことだけ考える、そういうことがいわばひょっとしたら、個人主義の行き過ぎという意味の表現が正しかったかどうかわかりませんけれども、そういう意味で申し上げたということに御理解いただきたいと。  一方、私自身思っておりますことは、個人主義というのはやっぱり自他ともに同じようなレベルで考えるということが前提でなきゃいかぬ。そして、我々はよく民主主義ということを言うのでございます。市民ということを言うのですが、戦後、社会というものがどうあって、どのようにコミットして、どう責任を持つかということ、自分自身の、戦後生まれの一人としての教育の中でそういう面が少なかったのではないか。あるいは、いろんな意見を聞いたり、いろんな事件を分析したりするときに、やはり社会の中にみずからが参加して、そして全体社会がみずからの責任で動いているんだと、だから自分と社会は違うものだというとらえ方ではいけないんじゃないだろうか。それは、公という、パブリックというものをやっぱりきちっとこれからもう一度お互いに考えていく必要があるんじゃないかという意味でここに書いたことでございます。

日下部禧代子社会民主党・護憲連合

○日下部禧代子君 もしお言葉のとおりでございますと、個人の尊重というお言葉をお使いになるべきではなかったのではないかなと。今、大臣がおっしゃいましたように、間違った個人主義というような言葉じゃないと、個人の尊重ということは非常にいい意味で使われる言葉でございます。これは、私、何も大臣に講義を、元大学の教師なものですから講義する癖がございますが、いや、講義をしているわけではございませんが、やはり個人の尊重ということと、大臣がちょっと今おっしゃいました個人主義というのとは、これはちょっとどころかかなり違っております。したがいまして、ちょっとこれ訂正をなさってインターネットをお流しあそばした方がよろしいのではないかというふうに元大学教師として失礼ながら御意見をさせていただきたいのでございます。  やはり、私は本当の意味での個人の尊重ということがあって初めて他を尊重する。よく自分を愛することが本当にできない人間は他を愛することができないという言葉が心理学なんかでも言われております。自分が嫌いな人というのはやっぱり他を愛せないという、これは心理学の初歩の言葉でございます。そういうことから考えますと、やはり私は自分というもの、間違った個人主義ではなく、本当の意味での個人の、大臣のお言葉を使わせていただきますと尊重ということが理解されて初めて他者を理解し得る。そして、自分と他が違うということを認めた上で、そこに民主主義というのはスタートするんだということでございますと私は思います。  同じだったらばそこに比較ができ、相対的評価になってしまいます。私とあなたとは人間としては同じ、しかし国籍も違うかもわからない、人種も違うかもわからない、そういう違いを認めた上で、文化の違い、伝統の違い、それを認めた上で人間として共通なのよと。だからあなたを認めますと。あなたは大切なのよと、違いを認めることから私はスタートするということだと思います。そして、それが民主主義の基本であると思います。違いを認めるからこそ少数意見も大切にしながら、その中から妥協点を見出してくる。そこにヨーロッパの人々が考えついたのが民主主義ということだったというふうに私は理解しております。  ですから、教育というのも一人一人の子供たちの違いを認めた上でそれぞれの一人一人の子供の持っている能力を引っ張り出す。御承知と思いますが、エデュケーションという英語の語源はエデュース、引っ張り出すということであります。それは違っているからこそとうといのであります。ということになりますと、やはり個人の尊重ということがきちんとなされなかったがゆえの問題点が出ているというふうに考えるのが今の現状の分析ではないかなというふうに思います。  ノーベル賞を受賞なさることになりました白川先生のお言葉にもやはりこれはみんなが違っているということ、そこからさまざまな、均質的なことではなくて、人と違う考え方が日本でははじき出されちゃうと。そうじゃなくて、いわば変わり者と言われる者をもっときちっととらえられるような社会でないとオリジナリティーというのは育たないというお言葉をおっしゃっておりますが、私が申し上げたのは大体そういうふうなことだと思います。  だから、子供たち一人一人の違いをきちんとそこで認める、そういった授業が行われれば子供たちは授業が楽しくなります。学校が楽しくなります。自分が授業が理解できないがゆえに、授業を聞いていてもおもしろくないです。そうすると、やっぱり何かやりたくなります。そういうことではないかなというふうに私は思うのでございます。そういうことが、やはり他を認め合って、そして教室の中でみんなが一緒にやっていこう、そしてそれが社会みんなでやっていこうという他者へのいたわりが出てくると思うのでございますが、いかがでございましょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 日下部先生の今言われていることで違いを理解するということは全く何ら異論はございませんし、むしろ多様性を認め合うということはとても、自由という言葉はそもそもそういうことだと私は思っております。  実は、ここに書きましたのは、個人という存在がもちろん違う他人とあるということと同時に、全体の中にあるということもやっぱり知った上で個人というものを考えていくということも大事なんじゃないだろうか。シチズンという言葉がまさにそういうことであろうと思うんです。  エデュケーション、エデュースというのは引き出すということも勉強させていただきましたが、そういうそれぞれの個性を引き出していくと。これは新学習指導要領でまさに大事にしたいところでございますが、我々が戦後、個人主義ということを言う、自由主義ということを言う、自由ということを言ったときに、何々からの自由、からの自由ということで、何か社会と個人は客観的にお互いに客体視するものだという認識を我々はひょっとしたら持っていたんじゃないだろうか。個人がそこに存在するというのは、そこにコミュニティーであり、家庭であり地域であり、町であり村であり、市であり国家であり、そういう中と一体にあるものだということをやっぱり我々は意識した上で社会形成をしていくという心構えが私はこれから大事なんじゃないだろうかという意味を込めてここに書いたつもりでございます。  確かに、先生がおっしゃるように、個人主義を私は否定しているものでありません。個人主義ということはとても、本来、先生のようにきちんととらまえてそういうふうなことを言ってくださればいいんですが、違った意味でとらわれて個人主義が利己主義というふうになりかけている部分があったのではないか。それを私は個人主義の行き過ぎと書いたことの表現が今いろいろな御指摘をいただいたので、改めて自分の頭で整理して、いつかまたきちっと申し上げたいと思いますが、ここで申し上げたかったのは、どんな個人もやはり他と違うことを認め合うということは当然でございますが、そこにいる全体の中の個というものがあるんだよということの中の関係をやっぱり考えながら生きていくということもしなきゃならぬのじゃないのかという思いでここに書いたところでございます。  いろいろな御指摘については、また勉強してお答えをさせていただこうかと思っております。

日下部禧代子社会民主党・護憲連合

○日下部禧代子君 この論議をいたしますと、私の持ち時間三十分があっという間になくなってしまいそうでございますが、一点だけ、今のお言葉でございますが、大臣は個人主義というふうにおっしゃっておりますが、大臣は個人主義とお書きになっていないんです。「個人の尊重」とお書きになっているんです。個人の尊重と個人主義とは違います。全く違います。その点は、もう私の申し上げることをおわかりだと思います。  個人主義というのは利己主義ということにつながりかねない、解釈されかねない意味を持っていますけれども、個人の尊重というのはそういう意味はございません。大臣は個人の尊重とおっしゃっています。個人主義とはおっしゃってないです、ここで。御自分がお書きになったことだと思いますので、よく考えてください。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 大変この議論をしますとあれですが、確かに私、個人主義と書いていません。自分で書いたのをここに今持ってきております。「個人の尊重の行き過ぎで「公」の軽視という傾向が現れたこと。」と、こう書いてありますのは、個人の尊重というものを否定しているのではなくて、個人というものの存在が社会全体とやっぱり一体であるという、そういうことの上で個人の尊重というものがきちっとなきゃいかぬのじゃないのかなという思いを込めて書いてあるということを申し上げているわけで、先生から御指摘いただいたさまざまなところは、また自分も整理して、いつかお手紙でも書いてお答えをしたいと思っております。

日下部禧代子社会民主党・護憲連合

○日下部禧代子君 こういう論争をすると非常に楽しいディベートができるので本当にうれしいのでございますが、やはり別の質問も用意してございますので、また次の機会に大臣、御一緒させていただきたいと存じます。失礼をお許しくださいますように。  ところで、その中で教員の問題にお触れになっていらっしゃいますが、「専門性に裏打ちされた教えるプロとしての教師」というお言葉を使っていらっしゃいますが、どのようなイメージ、理想の教師像として、大臣、お考えでいらっしゃいますか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 私は、人間が人間を教えるというのはとても崇高な仕事だと思っております。そのときにどんなに、例えば私が先生をやっていて子供たちに向かったときに、いろんな知識を僕が教えようと思って発していても、子供たちにその言葉が心の中に入っていかないと身につかないものだと思うんです。  ですから、技術や知識をもちろんきちっと踏まえると同時に、先ほど先生がお話しされたように、子供たちのそれぞれの顔やそれぞれの性格を見ながら、どういうふうに自分の知識や言葉や生き方というものが子供たちに身につくか。ある意味では子供たちと時には目線を同じくしながら、あるときには厳しくしながら、先ほど人格論がありましたが、子供たちの人格あるいは子供たちも人間だということをわかりながら、そしてしかと子供たちに向かっていけるような先生を私はプロというふうに考えております。

日下部禧代子社会民主党・護憲連合

○日下部禧代子君 もう少しその問題について質問させていただきたいので、通告してあるのを少し飛ばします。  それでは、そのいわゆる教えるプロを養成する目的を持って教員養成大学あるいは学部というものが存在しているというふうに思うわけでございますが、文部省の資料を拝見いたしますと、平成十一年三月の卒業者、これは国立の教員養成系大学及び学部の卒業者でございますが、約一万六千人、一万五千八百人でございますか、教員に採用された者が三二%ということです。正規に採用された者はわずか一四%ということでございます。  これは、過去を振り返ってみますと、教員の就職率というのは教員養成系大学、学部の卒業生だった方が昭和五十四年に七八%でございました。それが年々と減少いたしまして三二%という数字になっている。これは文部省の数字から拝借したものでございますが、このような傾向というのをどのように分析なさっていらっしゃいましょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) まず第一点は、客観的な数字があるのでございましょう。つまり、子供さんが少なくなっているということが一つあると思います。そういう中にあって教員の募集が年々少なくなっている、そういうことがまず大きな原因だと思います。  第二点として、教員になることの喜びあるいは希望、こういうものが今の学生の気持ちの中にどう変化していっているのか。ここには客観的な数字はございませんけれども、そういう大きな経済社会の変化というものも影響しているのかなと、このようにも思います。  それと関連するんですが、今、子供たちのいろんな問題が事件として報道されたりすると、今の教育は難しいな、今の先生になることは大変だなという思いがひょっとしたら学生の中にあるのかもしれないなと。まだそこまで、なぜあなたは先生になりませんでしたのという調査をしたデータがございませんけれども、私が考える要件としてはそういうものが挙げられるんじゃないだろうか、こんな感じがいたします。

日下部禧代子社会民主党・護憲連合

○日下部禧代子君 私が今申し上げました数字というのは、説明が足りなかったかもわかりませんが、一般大学の卒業生の方の割合の方が教員に採用されていく、なっていくのが多いということを申し上げたかったのです。  もう少しはっきりと文部省の資料で申し上げますと、教育委員会の教員採用者に占める教員養成学部卒業者の割合というのが次第に下がって、減っていっているということ、全体として四二%であるということなんですね。そうすると、私なんかも一般の、教員養成の大学ではございませんが、教員の免許状を持っております。そういうふうな教育学専門ではない人たちが教員になっていく割合が多いということなんですね。そのことをどうお思いですかということを私、お尋ねしたつもりだったのですが。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 簡単に言うと、教育学部で専門的に学んだ人、それから他の学部で教員の課程をとってやった人のシェアというものをどう思うかというお話だと思いますが、それぞれの学校種によってそのシェアの違いがございます。  これはもう先生、データでいろいろあると思いますが、もう少し教育学部をある意味では新しい時代に向けて魅力あるものにしていくという努力が必要かなと。先生の御質問を伺いながら、また今教育学部あるいはそういうもののあり方というものを我々議論しているときに、教育学部というもののあり方についてもう少し幅広く、あるいはもっと、先ほど先生がお話しされたプロと、こういった言葉をとらえて言っておられますが、本当に魅力的な教育学部づくりにそういう数字を踏まえながら努力していかなければならないところがあるのではないかな、それが所感として今申し上げたいことでございます。

日下部禧代子社会民主党・護憲連合

○日下部禧代子君 ことしの八月からでございましょうか、文部省の中で国立の教員養成系大学・学部の在り方に関する懇談会、これは八月二十八日に開催されておりますね。これは平成十二年七月十九日から十三年三月三十一日までに懇談会を開催なさるということでございますが、その中で御議論をいただいているのは、例えばその一つに国立大学の独立行政法人化ということも含めての御議論かなとも思うわけでございますが、やはり初めに独立行政法人化ありきということではなくて、これまでの教員養成系大学、学部というものの存在価値あるいはこれまでの役割、日本の教育に貢献した、そういったことをきちんと前提にした上での御検討のための懇談会というふうに受けとめてよろしいのでしょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 先ほど来先生が数々の数字や問題点を提起されました。ある意味じゃ、その問題意識は同じ認識をしているわけでございます。その一番の根底は、少子化という状況の中で、やはり学校の先生方の、これはどういうふうな角度から見ても需要が少なくなっていかざるを得ない部分がございます。  そういう中で教育学部は、まさに日本の明治以来あるいは戦後、大学をつくる中で特に教育学部というものを相当つくってまいりました。そして、新しい時代になったときに教育学部がどうあるべきか、教育学という専門にそういうものを学ぶ姿がどうあるべきか。独法化ということがあって、それに基づいて教育学部がどうあるべきかということよりは、そういう意味での、学校の教員の、先生を専門的に養成していくという観点から、一体どういうふうにやったらいいだろうかという視点で、この懇談会というか、この議論をしていくということにしたわけでございます。ですから、国立の教員養成大学、学部の役割や組織、体制のあり方などにつきまして幅広く議論してまいりたい、このように思っております。

日下部禧代子社会民主党・護憲連合

○日下部禧代子君 現に平成十年から十二年まで教員養成課程の入学定員というのが三分の一に削減されております。これは子供の少子化ということの現象もございましょうが、やはりそういった傾向だけではなく、今、大臣のおっしゃいました、そのような目的のためにこの懇談会、結果をお待ちする次第でございます。  次に、話題が全く変わったことに入ります。  十月二十九日にパラオリンピックが閉会いたしました。パラオリンピックに参ります。  これは百二十二カ国以上でございましたでしょうか、過去最高の参加国あるいは地域というふうに承っております。また、日本の選手、これも女性の選手の活躍、もちろん男性もなさいましたけれども、大変な活躍、私ども大きな感動、そして大きな勇気を与えられたわけでございますが、このパラオリンピックは所管官庁というのは厚生省なんですね。そしてまた、これは昨日でございましょうか、ワールドカップが二〇〇二年に行われますが、その前に十六カ国を集めて障害者のサッカーのワールドカップをやるということ、これも厚生省が決定したそうでございます。  私、政務次官をさせていただいておりますときに、ちょうどこのワールドカップのことを一生懸命に私ながら努力させていただいたのでございますが、その発祥ということから考えれば、パラオリンピック、厚生省管轄ということは、最初のころはそうだったかもわからないなとも思うわけでございます。しかしながら、これだけの参加国がふえましたし、そして記録ということも考えますと、もう非常に障害者スポーツの浸透というのは世界の隅々までも行き渡っている。そして、記録なんかも非常にその差がないぐらいまで頑張っていらっしゃるということを考えますと、スポーツというのを厚生省と文部省に分けて、障害者はスポーツといっても厚生省で、そして健常者のスポーツは文部省だというふうに分けるというのは、もうだんだんとそういう時代ではなくなってきたのかなという感じが今度のシドニーのオリンピック、そしてシドニーのパラオリンピックを見ていて感じたわけでございます。  現実に、シドニーの今回のオリンピック、パラオリンピックにおきましても、パラオリンピックの組織委員会のSPOCと、それからオリンピックの方のSOCOGというのがボランティアとか会場管理とか医療、宿泊、そういったものは一緒の運営をしたそうでございます。そして、「シドニーは五輪、パラリンピックの区別がない六十日間の大会」という、そういうスローガンを掲げていたというふうに聞いております。  そうなりますと、文部省を英語で言いますと、健常者のスポーツとは言っていないですよね。ミニストリー・オブ・エデュケーション・カルチャー・サイエンス・アンド・スポーツとあって、スポーツということを分けてなくて考えられているのでありますけれども、これからそういうふうに二つに分けていくのではなくて、やはり完全統一といいましょうか、そういう統合の方向に向けて世界は動き始めております。  そういう点におきまして、文部省と厚生省の連携といいましょうか、そういうものが積極的にもう進められてもいいのではないかなというふうに思いますが、その点に関しましてどのような動きを文部省としてはなさっていらっしゃいましょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 大変重要な御指摘でございます。  この間のパラリンピックの競技大会を拝見しましても、ある意味ではもう何か大変すごい高度なゲーム競技になってきたなという感じがいたします。そういう意味で、今、先生御指摘のように、障害者スポーツの推進という観点から、もっともっとこれは重要な政策課題であるという認識と理解を一層いただかなければならない。そういうふうな意味で、日本障害者スポーツ協会が日本の体育協会に六月に参加をされた。この団体間の連携が非常に強固になる。これは一つ画期的なことだな、一歩進んだことなのかな、我々としても、そういうふうなことを踏まえつつ、厚生省とまずより密接な連携関係をとっていくということが必要であろうと思います。  ですから、スポーツを通じて障害者の皆さんにいろんなノーマライゼーションの世界に入っていってやってもらうというのがいわば厚生省の基本的な考え方でしょうが、私ども、そういうこともしながら、障害者自身のスポーツ振興という視点からということで、結論からいうと同じような目的のような気もしますし、いずれにしろお互いの団体間の協議がそういう形で強く密接になってまいります。我々も、まず厚生省とよく一層連携をとるということが一番大事だと思いますし、そういう意味での努力をしていくことが肝要だと思っております。

日下部禧代子社会民主党・護憲連合

○日下部禧代子君 科技庁の方にも御質問ございましたが、申しわけございません。時間なので、これで終わります。

田名部匡省無所属の会

○田名部匡省君 パラリンピックの話がありましたからスポーツから入らせていただきますけれども、私も前からこれはおかしいと。    〔委員長退席、理事岩瀬良三君着席〕  私は、アイスレッジホッケーという車いすでやるアイスホッケー、それからスピードスケートの会長をやっておるんです、今。いつも厚生省と文部省とぎくしゃくしまして、しかし使う場所は全部スポーツ施設ですよ。役員はというと文部省にいないんですよ、アイスホッケーわかっていないんですから。そうすると、アイスホッケー連盟にお願いして審判でも役員がみんな手伝うということからいくと、やっぱりスポーツなんですから、ここをきちっとするべきだということを私も前から言ってきているんですけれども、縄張り争いがもう激しくて、結果、選手に迷惑がかかっていると、こういうことだろうと思うんですね。  この辺でやっぱりすみ分けをきちっとして、厚生省がやってもらう部分は、ここはひとつ手伝ってくださいということにしないと、やらされる体協のメンバーは、全部体協ですから、その辺のところを考えてやっぱりきちっと整理した方がいいと、こう思います。まとめて言います。  それから、この間マラソンの高橋さんが表彰を受けたんですけれども、私は基準というものがなければ、最初に優勝したからやるんだと。じゃ、二番目はだめなんだとか、基準というものがなきゃいかぬですよ。仮に、今体協でもいろんな意見がありまして、次の大会で入賞できなかったらどうなんだと、その先もだんだんだめになったらどうするんだと、いろいろ心配する人もいるんです。  ですから、ああいうものは総合的に、オリンピックも優勝した、世界選手権も優勝した、やめてコーチとしてすばらしい成績を上げたというんで国民栄誉賞というのならばすきっとするんですけれども、受ける方の体育協会から見ると余りおもしろい話でないんですね。最初だから、後だからだめだという差別をされることも嫌だし、やるのであれば基準に応じて、はい、こういうのでやりましたという明確なもの、漠然とした基準はありますよね。そういうことで、私は本当にもっともっと、文部省がどういうかかわりをしたか知らぬけれども、もうちょっと議論しておいてよかったなと。  私は青森県の体協の会長をやっていますが、スポーツ振興審議会の会長ももう二十何年やりましたが、基準をちゃんとつくっているんですよ。オリンピック出てこうやったらこう、あるいは東北大会で優勝したらこう、国体で優勝した者はこう、全部決めてあって、それに全部はめてやっているわけですから、一向に文句が出てこない。そういうことをしてほしかったなと。表彰することはありがたい話ですよ、励みにもなるし。しかし、やり方としてこれでいいのかなという気持ちがありましたので、大臣の率直な考えをお聞かせいただきたいと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 参考まででございますが、国民栄誉賞は、広く各界各層の国民に敬愛される人柄を持ち、かつ広く国民に親しみのある分野で前人未到の業績を上げ、社会に明るい希望を与えた者に対して云々、こういうふうな規定に基づいて行われる表彰でございます。  今、田名部委員から、御自身のまさに体協の会長として青森県の体育振興に御努力されてこられたことは一番私承知しておりますが、そういう御経験から、基準をしっかりして、そしてみんなで祝福されるようにすべきではないかという御意見をいただきました。一つの御意見として、なるほどそういうふうな体育、スポーツ、記録がきちっと残るようなもの、そういうふうなものの標準としてはなるほどそういうふうなものも考え方としてあるのかなと。    〔理事岩瀬良三君退席、委員長着席〕  この表彰規定にもございますように、多分そういうふうな意味で総合的に判断したわけでございますが、前人未到の業績を上げというふうな内容がございまして、そういう意味ではオリンピック陸上競技で女子選手で初めての優勝という前人未到の偉業をなし遂げられたし、女子マラソンにおいて新記録を樹立された、そういう意味で高橋さんに国民栄誉賞を授与した。私は、これは素直に喜んでいただいていると思うし、国民の皆さんもそういう思いであろうと思っております。そういうふうな形で贈られたもの、このように伺って、また理解しております。

田名部匡省無所属の会

○田名部匡省君 やったことが悪いとかいいとかという話ではなくて、やっぱりルールに基づいてきちっとやるということにしておかないと、将来いろんなの起きたときに問題になりますよという心配をして申し上げているんです。  それから、私は前からもう日本のスポーツ、大臣はスポーツの振興はこれから重要な問題だと、こういう話で大変心強く思っているんですけれども、私は中体連、高体連というものにいつまでも依存する日本のスポーツをやっておってはだめですよと、それから企業スポーツに依存し過ぎてもだめですよと。やっぱりカナダ、アメリカ、私はアイスホッケーが専門ですから、向こうの国を見ていると日本みたいなことをやってないんですよ。高等学校でやる部活というのはありますけれども、お遊びなんですね。本当にプロになろう、オリンピックに行こうというのは、そこの市のクラブチームに入って一流の指導者から教わるんです。そうして、年齢が二歳刻みで、ちょうど日本だと一年生二年、三年四年、五年六年、中学校一年二年、三年とその上というふうに、十七、十八がジュニアといって、ここからプロに入ってくるんですね。ですから、都市との交流の試合が多い。  ところが、日本はいまだに中体連の大会、高体連の大会とやっています。学校は少子化で子供はどんどん減ってくる。青森県でも闘魂旗というのを争っていますよね、高校総体で。学校の生徒が少なくなると全部の部活はできないんですよ。そうすると、大きな学校の強いところにみんな選手は集中しちゃう。例えば、バスケットは能代工業に行けと。なぜかというと、うまい選手は下手なのと一緒にやっていると毎回一回戦負けなんですよ。そうすると、大会が五つあったって五試合しかやれない。強ければ決勝まで行って優勝する。やがては大学へ行ってスポーツで身を立ててプロになろうなんという人たちは弱いところに行かなくなっちゃうから、最近はみんなその県に二、三校強いところがどんどんできていくと、こういう形になってきているんですね。  さっきから心理学の話もありましたけれども、私が全日本の監督を五年やったときに、カナダの神父さんが向こうの監督で、オールカナダの、私に心理学を勉強しなさいと言われた。アイスホッケーに心理学が何の関係があるのかなと思って、しかし向こうは世界一の監督ですから、そばで指導するのを見ておったら、本当にこれは心理学が大事だなと。怒り方から褒め方から全然違うんですよ。それまでは、我々は何かやると、このばかやろう何やっているんだと言って、ただ怒っておった。ところが、注意するときに呼んで、おれはおまえを好きだ、おまえのここがよかったとまず褒めるんですよ。それで悪いところをきちっと言うんですね。だから選手は気分が悪くない。褒めるということをやらない監督は、これは学校の先生と置きかえてみてください、怒ってばかりいる先生は子供に嫌われるし、褒めてばかりいてもだめだし、褒めたり怒ったりしてやっぱりついてくる。  私は、小学校三年のときに、町内の子供が雪でげたを履いていったんだ、足駄というやつだ。下に雪があって、同級生が鼻緒を切っちゃった。それで、しようがないから、歩かせられないから、私は今度はおぶって学校まで、あの雪の中をこんなになって。朝礼で校長先生に呼ばれて褒められた。たった一回小学校のときに褒められたのを、いまだにこれを覚えていますよ。それほどやっぱり褒められるということは子供には本当にインパクトが強いんだなと、こういう思いがしている。  ですから、スポーツ振興も、こっちから言いっ放しで申しわけないんですけれども、本当にそういう体制をつくる。でないと、学校の先生にサッカーも野球も卓球もあれもこれもといったって、専門家はいないんですから。たまにいても、その先生がどこかへ移ると、その学校は弱くなってあっちが強くなるでしょう。だから、指導者、学校の先生というのが生徒に与える影響、家庭の親と、これが一番大事なんですよ。  私は前にも中曽根文部大臣にもここで、やっぱり成績を上げた先生は、給与、報酬でも何でも競争させなさいと、そうしなかったらいい先生は集まってきませんよという話をしたんですけれども、スポーツと教育とを考えてみて私は全く同じだなと、こう思っているんです。今指導者によく言うのは、いいときは褒めろよと言って遠征に出してやるんですけれども、いずれにしても学校の先生についても私は同じことが言えると思う。そういう能力を持った人。  授業というのは、さっきおもしろくないと勉強したくないと。落語を聞いて居眠りする人はいないんですよ。ところが、授業を聞いていると寝ちゃうと、わからないと行きたくないということになるんで、やっぱり楽しませることから始まって、だんだん、私はアイスホッケーで今でも言うのは、よく見て考えるように育てろと。今の国民は何でも国にやってもらうから考えることがない。よく見て考える選手は一流になるよと言って教えるんです。教え過ぎは絶対だめなんです。  だから、私はそういう観点から、学校の授業というのはどういう授業にしなければならないか、どういうことで今荒れてあんな問題が起きているかと、この根本のところをきちっとやって、そうしてこの教育改革でも審議会でいろいろやっておられることでも、私はそこが欠けているんではないかなと。何か伝わってこないんですよ。あれもやるこれもやるといろいろ書いておるけれども、何を書いて、そしてどういうふうにするのかという基本的なところをきちっとやらないと。基本ですよ、スポーツでも何でも基本がしっかりしていなかったら、何か問題が起きるとそのときに場当たり的にやったり目先のことばかり、何かが起きると何かつくってやろうやろうと、そういうことばかりでなくて、さっき言った少子高齢化の時代、一体日本がどうなるのかというものも考えながら国民全体の議論にしてやらないと、こんなものは。  だから、私は前にも言ったんです、教育委員会が各県にあるんだから、学校でも何でも親を集めてみんなで議論してみなさいと。審議会ばかりつくってだめだと言ったことがあります。後で議事録を一遍大臣に見てもらってくださいね。今言うようなことを、こんなことをずっと言ってきたんですから。  今までのを聞いてどう考えておられるか、お伺いいたしたい。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) 田名部先輩から体育振興のあり方から教育各般にわたって幅広く田名部委員の考え方をお伺いしました。  そこで、まずスポーツのことに関してでございますが、一つは、まさに先生おっしゃるように、企業やそこにだけ頼るというのはもう限界に来ているよという御指摘は全く同感でございます。ただ、学校の中におけるスポーツの存在というのは、すばらしい選手をどんどん伸ばしていって世界に通用する選手を出していくという、そういう一面もあるかもしれませんが、学校の子供たちにスポーツの楽しさやスポーツの有意性、あるいは体を鍛える、そういう教育という一面というものをしっかり押さえながら、学校教育の中におけるスポーツというものも位置づけなきゃいかぬでしょう。したがって、学校の中における運動部活動というのは、そういう視点できちっと位置づけていかなきゃならぬでしょう。  一方、今、先生がお話しされましたように、コミュニティーがクラブをつくっていくと。まさに今度の体育振興基本計画の中にそのことを明確に位置づけながら、先ほど御論議がございましたサッカーくじという、その収益をそこにしっかりと財政的に、あるいはまたいずれはそういうものと同時に本予算の中でも財政的に支えて、地域の中における、コミュニティーの中におけるスポーツクラブの養成あるいは育てるということが日本のスポーツ界にとってこれから最も重要な一面である、このように認識をしておるところでございます。  いずれにしても、教育の面だけではなくて、人間が生きるという意味で、人類が生み出したルールに基づいて体を動かし、競い合い、そしてそういう中で汗を流す、スポーツというものはすばらしいものであるということを我々はしっかりと受けとめて、その振興を図っていかなければならぬと思います。  それから、教育という面で体育の、スポーツの指導という御経験から、やっぱり人間の存在を認めて、そしてしかるということと同時にその存在を認めて褒めてやることは大事だよという御指摘、また御助言でございました。非常に私はすばらしい御助言だと思いますし、私もそのように思っております。  いずれにしても、先輩の今までのいろいろな議事録をしかと読ませていただきながら、また文部行政に生かしてまいりたいと、このように思っております。

田名部匡省無所属の会

○田名部匡省君 最近、スポーツというのはお金がかかる、チームスポーツは特にそうなんですね。ですから、名門のユニチカが廃部になった、女子バレーの。これだって実業団に登録しておるのは九五年で三百七十三あったというんです。それが九九年二百三十二、百四十一減っちゃった。それからバスケットもそうですね、実業団。それから私のアイスホッケーも雪印が今度廃部になる。古河が、もうあそこの市で抱えて大変な努力をしています。選手が後援会に会費払ってくださいと言って歩いて、そうしてチームを維持しているんですね。  ですから、好不況によって会社はすぐやめますから、これを当てにしてオリンピック選手を預かっておって、マラソンとか陸上とかという個人競技は一人、二人ですから持てるんですよ。私はかつてボウリングを税金取って選手の強化するのかというんであれ減免措置やったんですよ。ゴルフも今度は国体種目になった。アイスホッケーだって、あれは民間のリンクは鳥取でもどこでも一つしかないのがやめたというんですから、成り立たぬから。そうすると国体できなくなっちゃう。  いろんなことがあるので、選手を強化するためのものは、ただ見ているんでなくて、何とか維持してスポーツ活動ができるようなことを所管の文部省でやっぱりちゃんと考えてやらないと、私がいたときはそうやって減免措置やったんですから。だから、ボウリング連盟が借りると税金を納めないで練習できるということにしたんです。そういうこともぜひやっていただきたい、こう思います。  二十三分で終わりのようですから、何かわかったようなわからないような話をしましたが、いずれにしても教育の中でスポーツをやってきた悪たちがボクシングでも何でも立派に世界チャンピオンになって、悪い道に進んでいかなかったというのがたくさんおるんですよということをわかって学校教育の中で生かしてやってほしい、こう思います。  終わります。

市川一朗自由民主党・保守党

○委員長(市川一朗君) 本日の調査はこの程度といたします。     ─────────────

市川一朗自由民主党・保守党

○委員長(市川一朗君) 著作権等管理事業法案を議題といたします。  政府から趣旨説明を聴取いたします。大島文部大臣。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○国務大臣(大島理森君) このたび、政府から提出いたしました著作権等管理事業法案について、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。  近年の情報技術の発達に伴い、著作物や実演等の利用が広範かつ多様になってきており、このような変化に対応した円滑で信頼性の高い著作権及び著作隣接権の管理システムに対する社会的要請が高まっているところであります。  この法律案は、このような変化に対応して、著作権者等を保護するとともに、著作物等の利用を円滑にするため、昭和十四年に制定された著作権に関する仲介業務に関する法律を廃止し、著作権等の管理事業について登録制度を実施する等その業務の適正な運営を確保するための措置を講じ、もって文化の発展に寄与することを目的とするものであります。  次に、この法律案の概要について申し上げます。  第一は、この法律の対象となる著作権等管理事業に関する定義を定めることであります。  著作権または著作隣接権の利用の許諾その他の管理を目的とする信託契約または委任契約に基づき著作権等の管理を行う事業を著作権等管理事業とするものであります。  第二は、著作権等管理事業を行おうとする者は、文化庁長官の登録を受けなければならないとすることであります。  第三は、著作権等管理事業者は業務の実施に当たって管理委託契約約款及び使用料規程を届け出なければならないとすることであります。  著作権者等の保護のため、管理委託契約を締結する際には届け出られた管理委託契約約款によることとするとともに、利用の円滑化を図るために、著作物等の使用料を請求する際には届け出られた使用料規程を基準とすることとするものであります。  第四は、著作権等管理事業者に対する業務改善命令等の文化庁長官の監督に関する規定を置くものであります。  第五は、著作権等管理事業者が届け出た使用料規程について、利用者代表との協議及び協議不調の際の文化庁長官の裁定の制度を設けるものであります。  最後に、施行期日についてであります。  この法律は、附則の一部を除き、平成十三年十月一日から施行することとしております。  以上がこの法律案の提案理由及びその内容の概要であります。  何とぞ、十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願いいたします。  以上でございます。

市川一朗自由民主党・保守党

○委員長(市川一朗君) 以上で趣旨説明の聴取は終わりました。  本案に対する質疑は後日に譲ることとし、本日はこれにて散会いたします。    午後三時二十六分散会

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