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150回国会衆議院2000/10/13

法務委員会 第3号

発言数
52
登壇者
8
会派数
4
開催日
2000/10/13

会議録

長勢甚遠自由民主党

○長勢委員長 これより会議を開きます。  開会に先立ち、民主党・無所属クラブ、自由党、日本共産党、社会民主党・市民連合の各委員に出席を要請いたしましたが、いまだ出席されておりません。やむを得ず議事を進めます。  麻生太郎君外五名提出、少年法等の一部を改正する法律案を議題といたします。  本日は、本案審査のため、参考人として専修大学法学部教授岩井宜子君、篤志面接委員千葉紘子君、同志社大学法学部教授瀬川晃君、以上三名の方々に御出席いただいております。  この際、参考人各位に委員会を代表して一言ごあいさつを申し上げます。  参考人におかれましては、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただき、審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いをいたします。  次に、議事の順序について申し上げます。  まず、岩井参考人、千葉参考人、瀬川参考人の順に、各十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。  なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対して質疑をすることができないことになっておりますので、あらかじめ御承知おきいただきたいと存じます。  それでは、まず岩井参考人にお願いいたします。

岩井宜子専修大学法学部教授

○岩井参考人 ただいま御紹介にあずかりました岩井でございます。私は、刑事政策の研究を専門としておりまして、このたびの法制審議会における少年法部会で改正案を審議いたしました一員でもございました。ここで、少年法の改正案の審議の場におきまして意見を述べさせていただくのを大変ありがたく思っております。  今、現行少年法についてどうして改正の必要というふうなものが生じてきたかということについてなんですが、現行少年法の理念につきましては、御存じのように、戦後すぐにできた法律で、成長期にある非行少年に対する処遇の特則というものを定めたものであります。少年は、十四歳以上は刑事責任年齢に達し、責任能力があるとされるわけですけれども、十四歳から二十歳までの犯罪少年、それから触法少年、虞犯少年については家庭裁判所に全件送致をされまして、保護処分を付すかどうかということが優先的に審議されるんだという機構になっているわけですね。  その精神としましては、やはり少年期といいますのは、成長期にあり、そして規範意識というふうなものも完全ではない。未成年であるために、家族であるとか社会が監督の責任を負っている少年たちなんだ。ですから、そういう非行を犯した少年に対しては、やはり早期発見、早期治療という方策をとるということが一番重要である、そういう理念のもとに現行の少年法はできているわけです。  家庭裁判所に全件送致されるといいますのも、非行性というものがある者は、軽微な犯罪を犯した者についても早期に発見して早く対策をとった方がいいんだという精神に基づいているわけです。そのために、犯罪少年だけではなくて、十四歳未満の法律に触れた触法少年であるとか、犯罪を犯すおそれのある虞犯少年、虞犯事由のある少年なども対象に含めているわけですね。  少年法の精神といいますのは、国親思想に基づきまして、そういう犯罪少年、非行少年に対して福祉的な、保護的な措置というふうなものを優先して科す。しかし、少年院送致にしましても強制的に科すわけで、それは親が懲戒権を行使するように、国がかわって、親が十分な監督機能を持たない者に対してそういう保護的な措置をするんだということになっております。そのために、強制的に科されるために、やはり司法機能といいますか、少年の人権のためにチェックする機能が必要なわけで、そのために家庭裁判所の裁判官が関与してその保護処分を科すということになっているわけです。  まさに成人の刑事裁判と違いますのは、まず調査前置主義で、かなり非形式的な手続で審判が行われます。非行事実があるということが前提になるわけですけれども、審判の対象とされますのは、要保護性ということで、その少年に対してどういう保護的な処置が必要か、そして将来の非行を防ぐためにどういうふうな教育的な対応をとればいいのか、そういうことが一番重要な審判で審議するべきことだというふうな構造になっているわけです。そのために、家庭裁判所の裁判官が一人でその審判に対応し、その前に家裁の調査官やそれから少年鑑別所における資質の鑑別というふうなものが前提となって審判が行われるという構造になっているわけです。  それは、非行性を早期に発見して適切な保護処分を科すために、少年は非常に成長期にあって、すぐ年齢はたってしまうわけですから、できるだけ早く審判を行って保護処分を科す、教育的な処分を行った方がいいんだ、そのために、その審判を行う期間というものも、身柄を拘束するのは家庭裁判所に送致されてから少年鑑別所における四週間というものが限度になっておりますが、鑑別所に収容されている少年につきましては大体四週間以内に審判が行われて、保護処分というふうなもの、家裁の最終的な決定というものがなされるという手続過程になっているわけです。  今の家裁の審判に当たりましては、家庭裁判所の調査官が試験観察などを行ったり、家族とその少年との親子関係というふうなものを調整を行ったり、そういうことを行いながら、どういう保護処分をなすかというふうな決定、判断がなされる。家庭裁判所の審判の過程で、その少年の非行性の矯正を行うようなケースワーク機能というものがうまく発揮される、そういう手続過程という仕組みになっていたわけです。  そこで、問題が起こってきましたのは、少年非行に対応してどういうふうな対策をとるか。やはり刑事政策的な観点からしまして今の対応の仕方というふうなもので十分なのかどうかという議論は当初からいろいろあったわけですね。少年審判における審判の対象も、非行事実を重視するのか、それとも人格を重視するのかという論争が家庭裁判所の裁判官の間でもずっと行われていたわけです。昭和四十年代には、法務省からの改正案というものが出されて、法制審議会でも長く議論されました。  そのまま改正されずに今日まで来たわけですけれども、今回法制審議会に対して法務大臣からの御諮問がなされましたのは、少年審判の場におきまして司法機能に対する信頼の揺らぎというふうなものがあるのではないかという。そういうふうに、国親思想に基づきまして裁判官が親がわりになって保護的な処分を決めるんだという、手続過程としては非常にいいものであったわけですけれども、非行事実を認定するという部分につきましては、非行事実があるということが前提となってその審判が続けられるということで、その少年が非行事実について争うという事態が余り予想されていなかったという問題があるわけです。  ですから、身柄の拘束が必要な少年については四週間のうちに審判を終えなければいけない、そういう過程で非行事実について争いがある場合に、証人を呼んで証拠調べを行ったりという暇がない。そこで、山形県の明倫中学事件でありますとか、草加事件でありますとか、それから綾瀬の母子殺人事件というふうなものが、家庭裁判所における審判というものがきちんと非行事実を認定する機能を果たしていないのではないかというふうな批判がいろいろなところで行われてきた。  そういう問題に対応しまして、法務省と裁判所と弁護士会、法曹三者の話し合いで、家庭裁判所の審判機能というものを、非行事実の認定機能というものを充実させるためにどういうふうな少年法の改正が必要なのかという議論が重ねられておりまして、それをもとに法制審議会に対して諮問が行われたわけですね。  当初、松尾少年法部会長の方針は、ここに書きましたように、小さく生んで小さく育てるということで、少年法自体に対してはいろいろな議論があるのだけれども、ここで今非常に緊急な改正の必要があるというふうに考えられるのは、非行事実の認定機能というものを充実させる必要がある、非行事実を認定する審判の構造をやはり最低限変える必要があるのではないか、そういう考えに基づきまして、ここでは諮問事項に限りまして、事実認定手続の一層の適正化のために最低限どういうふうな変更をするべきか、そういう形で議論が行われたわけです。  そこでは、結局、家裁の裁判官が一人で今まで審理に当たっていたわけですが、やはり少年事件というものも低年齢化し、世間を騒がせるような凶悪な事件というふうなものも発生するようになってきた。そういう事件についての審判においてはやはり一人の裁判官で判断を行うということには限界があるのではないか。世間を納得させるためにもきちんとした審判を行ったということを示すためには、裁定合議制といいますか、三人の裁判官で合議を行って決定するという機構。多くの事件はほとんど非行事実に争いがなく、少年に対する保護的な対応というものを最も優先して考える、それで対応できるとしましても、一部の事件についてはやはりそういう手続を導入する必要があるのではないか。そこで、裁判所の裁量に基づきまして裁定合議制を導入できるようにしようということ。  それから、審判の構造なんですが、非行事実について争いがあるような場合には、やはり裁判官が一人で証拠調べを行うというのは、少年に対して付添人がついていて、少年からの証拠が出され、それに反対尋問をするというふうなことを裁判官が行いますと、結局第三者的な立場できちんとした認定を行うという司法機能が害されてしまうおそれがある。そういうところから、証拠調べなどの審理が必要になりましたときには検察官の関与を求める、そしてその事件についてはやはり少年の側には必要的に付添人をつける、そういう手続を導入するべきではないかという提案が審議されました。  それに当たりましては、非行事実について争いがある事件についてだけそういう審理を導入するということが大体予想されておりまして、それは年間そんなに数がないので、非常に一部の事件についてだけそういう手続を導入するんだということがかなり大きな議題としてあったわけですね。しかし、やはり検察庁の側では、重い事件、被害者が死亡に至るような事件については検察官がきちんと事実認定に関与した方がいいのだという意見で、そしてすべての事件についてそういう可能性を認めるということは広過ぎるのではないかということで、長期三年を超える懲役または禁錮に当たる罪という限定が入れられました。  それは、長期三年以上といいますと大体の犯罪が入ってしまいますので、そんなに限界を設けたというわけではないのですけれども、やはり検察官の関与を求めるようなケースというのはある程度重大な事件で、非行事実をきちんと認定する必要がある、そういうケースに限られるのだというふうな意味合いが込められていたわけですね。今回の改正案においてはさらに限定が加えられて、短期二年以上ということになっておりますけれども、それは非常に限定がされたということで、裁判所側では非行事実の認定を争うケースについてやはり検察官の関与を求めたいという意向からしましては、少し限定のし過ぎかなという感じがするわけです。  観護措置期間の延長につきましても、身柄の拘束を必要とするようなケースについては、どうしても四週間だけでは、事実調べ、検察官が関与し付添人がついて審理をする期間としては短過ぎるということで、法制審議会の場では、付添人を依頼し、そして検察官がその証拠について調べをし、証人を呼んできてその審理を行う、そういう期間が何週間かかるというふうな試算を行いまして、今までの平均の審理期間、それに最低限必要とされる期間、そして成長期にある少年の勾留を行うというふうなものはできるだけ短くした方がいいんだという要請との兼ね合いで、十二週間という限界を定めたわけです。今回の改正案では、またさらに、少年の人権を考慮しまして八週間というふうにより限定された案になっているわけですね。  それから、検察官の事実認定及び法令の適用に対する抗告権というのを検察官関与のケースについて認めるということに提案はなっていたのですが、今回の場合は、抗告受理の申し立てを行って高裁が受理した場合に抗告が認められるのだという、一方的に少年の側にだけ抗告権が認められているというのに対応したものとされるのですが、私自身は、検察官が家裁の審判に関与して事実認定を行ったというふうなケースについて、それで非行事実が認められなかったからといって再度争うということになりますと、少年の拘束期間というものもかなり延びてしまうという問題があって、余り検察官の抗告まで認めなくてもいいのではないかという考えを持っておりまして、この案においては、抗告受理の申し立てを行う権限に限られるということで、その方がよかったのではないかと考えております。  それから、保護処分終了における救済手続の整備。これは、少年事件におきましても、殺人事件のような非常に重大な事件があって、それが保護処分で終局するという場合がある。それが、もし非行事実がなかったということが後でわかったならば、保護処分が終了した後でも名誉回復のためにその事実がなかったのだということを明らかにする必要があるわけですね。成人については再審が認められているわけで、それが少年には認められないのはやはり不当ではないか、そういう考えを持っておりまして、現行の少年法二十七条の二を用いて、保護処分取り消しの申し立てというものが保護処分終了後はできないということになっておりますので、それはやはり改正する必要があるだろうというふうに考えておりまして、法制審議会でも全員一致で救済手続を整備するということは定められたわけです。  それから、諮問にはなかったのですけれども、被害者に対する配慮から、被害者等に対する少年審判の結果等の通知という規定も盛られたわけです。こういう、法制審議会で審議されました司法機能を充実させるための少年法改正が今回の改正案にかなり取り入れられているということについては非常に意義があるというふうに考えております。  それから、それ以外に盛り込まれました少年事件の処分等のあり方の見直しの問題なんですけれども、大きな問題として、今まで十六歳までは検察官送致ができないという規定になっておりました。それを十四歳に引き下げまして、十四、五歳の年少少年についても検察官送致の処分をなし得るという規定が改正案に盛り込まれております。  その点につきましては、私の考えでは、十四歳から二十歳までという少年法の対象になる少年というのは、社会における一般予防目的というものは後退させて本人の特別予防目的だけで処分がなされる、そういう思想にあるのだ。それは、二十歳までといいますか、そういう規範意識が未熟な少年に自分のやったことに対して完全な責任を問うことはできないのだ、そういう考え方から是認できるものだというふうに考えておりました。十四、五歳といいますと、刑事責任年齢に達したばかりということで、まだ非常に幼いわけですね。そういう者に対しては、犯した犯罪が非常に大きなものでありましても、できるだけその背景というものを理解して、その少年に最もふさわしいような保護的な処分、教育的な処分というふうなものでもって対応するべきではないかというふうに考えておりました。  ただ、そういう犯罪などの低年齢化なども非常に進んでいますし、そして、規範意識におきまして、自分は刑事処分に付されないから殺人をやってもいいんだというふうな規範意識を持つ少年がもしいるとすれば、それは非常に問題で、一般予防目的というものも全く考慮しないというわけにはいかないというふうに考えられるわけです。  ですから、家庭裁判所の裁量の範囲の中に刑事処分を付すという決定も認め得るんだ、そういう裁量の幅を広げるという意味合いはあるだろうというふうに考えております。十四、五歳の少年も、自分も刑事処分に付せられる可能性があるんだということを心して規範意識というものを覚せいさせる、そういう効果はあるだろうというふうに考えられるわけです。  ただ、検察官送致になりますと通常の成人の刑事裁判に付せられるわけで、そこにおける保護というふうなものがどの程度講じられるのかという心配があるわけです。そして、一般の刑事裁判になりますと勾留期間というふうなものも相当長くなってしまって、成長期における、学齢にある少年がそういう状態でとめ置かれるということがふえるのではないか、そういう懸念があるわけです。  ですから、裁量の幅を広げて、少年も刑事処分に付され得るんだということをインフォームするという意味合いはあると思うのですけれども、現実の家庭裁判所の処理としましては、やはり年少の少年ほど保護処分を優先する、そういう結論、決定がなされるということが望ましいというふうに考えております。  十四、五歳の少年が殺人をやるという場合、かなり世間を驚かせるわけですけれども、いきなり型というふうな、ふだん普通だと考えられていたような少年がいきなり殺人のような重大な犯罪をやってしまうというふうなことが見られているわけで、そういう少年は、やはりきちんとした教育的な対応をとってやれば、立ち直りということも早いのではないかというケースがかなりあるだろうと思われるわけですね。ですから、そこのところは、家庭裁判所の裁判官が家裁の調査官などとの協議のもとに決定をなすべきだというふうに考えております。  故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件については原則的に検察官に送致するという案が盛り込まれておりますけれども、それもやはり家庭裁判所の裁量にゆだねられるということで、余り検察官送致というものがふえてまいりますと、ほとんど刑事裁判にゆだねられて、それは、ほかの規定で保護者に対する訓戒というふうなものを導入した意味と少しずれてくるのではないかという懸念はあるわけです。刑事裁判にするということは本人だけの責任ということになるわけで、やはり少年期というのは、家族、両親の責任というふうなものがかなりあるのではないか、そこのところを考慮すべきだというふうに私は考えております。  以上です。(拍手)

長勢甚遠自由民主党

○長勢委員長 ありがとうございました。  次に、千葉参考人にお願いいたします。

千葉紘子篤志面接委員

○千葉参考人 法務省から保護司及び篤志面接委員を委嘱、任命されております千葉紘子です。どうぞよろしくお願いいたします。  篤志面接委員といいますのは、皆様ほとんどお耳になされていない、司法福祉の一分野というふうに思っているわけですけれども、全国に千二百人前後という人数です。  これは、まず一つには矯正施設、刑務所や少年院に収容されている人たちの精神的悩みの相談を受ける、具体的な心配事に適切な助言や指導をするという役割を担っています。個人面接という、これは一対一で、収容する、されるというような枠を取り外して、平易な形で、一人の人間と人間として向き合って話を聞く、そして一緒に考えていくという役割を担っています。  また、篤志面接委員の中には、趣味や教養の育成の手助けとして、例えば俳句、和歌、作文、書道、茶道、華道、音楽、絵画、ほか手芸、七宝、ガラス工芸、もう切りがないくらいに、技術をお持ちの方が施設に入って教えられています。  趣味や教養というのは、時に、自分の中にすばらしいものがある、それを大切にして生きていこうという誇りにもつながっていくわけですが、犯罪や非行というのは、自分なんかどうなってもいいという非常にせつな的な、自分をないがしろにするところから、また人をもないがしろにするところから起きておるわけで、少しでも、ゆっくりとでも自分の中のすばらしいものに気づいて、よりよく生きていく方向に向かっていってほしいという願いが非常に強く込められているわけです。  私の場合は、東京にあります愛光女子学園、女子の少年院です。初等、中等少年院、中学生もそれ以上の年齢も入っているということで、その中の一般短期生、半年間収容されているという少年と毎週火曜日に、週一回は訪ねまして、同じ女の子とその人が帰っていくまで、約五カ月前後でしょうか、面接をしております。話を聞いて聞いて聞いていこう、そのままをとりあえず受けとめていき、そして大人の物差し、基準を取り外して受けとめていこう。そのときに、何でも話してもいいんだなというような思いが、関係性ができましたときには、非常に子供たちは胸のうちをいろいろと話してくれるわけですが、その中で、少年がより健康的な考え方ができるように励ます、支える、そういったような作業を目的としております。  最初のころは、何とかこの子のために、本人を変えてあげようと、こうしろああしろというようなことも考えて、どうやって言ってあげたらわかるだろうかというようなこともありましたが、周りの大人が一人の人間、子供を思うように変えるなどということはなかなかうまくいかないわけで、いつ変わるかというと、本人が変わろうと思ったときです。その変わろうと思うチャンスをいっぱいつくってあげようということが、少年院のシステムの中に非常にいろいろな意味で生きていると私は思っています。篤志面接もその一つではないかと思うわけです。  まず最初に、少年院へ来た、こんなところへ来てしまった、ここは最後のところだ、ここで変わらなければ自分のこれからの人生はないぞ、そんなふうな思いになったとき、また、非行度の深い人が行くような、関東であれば榛名女子学園へはもう行きたくないんだ、ここで何とか、もう少年院には行きたくない、十八歳以上であれば成人の刑務所には行きたくない、こういう抑止も働いております。  それから、例えば周囲の大人たちは自分のためを思って必死になっていろいろ考えてやってくれているんだ、支えてくれているんだということに気がついたとき、法務教官の方々が自分のしたことをすべていろいろ見ていて、考えていることなどを受けてとめてくれて適切なことを言ってくれる、親以外にここまで考えてくれる人がいるなんて本当に今まで思いもしなかったというようなことを言う人もいるわけです。  また、親との関係も、親との関係のまずさから施設へ来ているということが非常に多いわけですけれども、その中で、すべての人に見捨てられたと思ったけれども親は見捨てないんだなと、そこで関係を回復、改善していく様子の中から、必死になって変わっていこうという姿を見せたりもいたします。そういったさまざまなことで本人が変わっていく姿を見ることが、私は一番うれしいことだなという気がするわけです。  例えば、少年が入ってきた当座は、緊張感、警戒感というようなものでかなり表情がかたいような女の子と面接を始めましたのが、しばらくすると本当にふっくらとやわらかい顔だちになって、目が丸くなってきて、面会のときにお母さんに、あんた、顔が変わったね、随分優しくなったねと言われたんだよと報告を私にしましたときなどは、本当にこの人が喜んでいるなということが伝わってまいったりいたします。  施設の中でそういった子供たちを少し揺り動かして変化させていくというようなシステムの中には、愛光女子学園の一般短期生の場合に非常に大きな中心として据えられているのがサイコドラマ、心理劇といったものです。これは、生徒自身が自分のしてきたことを劇に仕立てまして、本人が被害者の役をやったりもするわけです。自分の役をした人が自分に罵声を浴びせかける、暴力を振るうというようなことを経験しましたときに、被害者は一体どんな気持ちだったろうかということを初めて考え始め、そして、そのことがどれほど人の心を傷つけ、体を傷つけていったかというようなことにも思い至るというようなことがたびたび重なって、被害者感情というものに気がつくということも多くあるわけです。それ以外にも、さまざまな気づきをもたらせるシステムの一つと私は感じております。  そのほかにも施設や行事があります。一年にはさまざまな行事があるわけです。一つ一つお話ししたいところですが、例えば卒業式などでは、それぞれの生徒がそれぞれ在籍しております中学校から校長先生、担任の先生が証書を携えてやってきて舞台で生徒に渡すわけです。学校には迷惑かけて卒業なんかできるわけない、義務教育でありながら少年たちはそんなふうに思っておりますが、先生が証書を読み上げて、頑張るんだよと一言でも言ってもらえましたら、その一枚の紙の重さがどれほど重いか、とにかく、舞台をおりてくるときに大粒の涙をぽろぽろこぼして、時にはしゃくり上げてとまらないというような女の子さえも目にする。そういったことも一つ励みになり、よりよく生きていこうという決意にもつながっていくのではないかと思います。  とにかく、そういった施設の中で、法務教官、少年院の教官は常に真剣にまた丁寧に、少年の様子を見て、時期を見て励ます、それから厳しくする、気づきのヒントを与える、考えさせる、褒める、元気づける、本当に適切な矯正教育、指導をしているこの様子は皆様にぜひ御理解いただきたいと、私も矯正にかかわる一人として思っております。  しかし、少年の問題性というのは、多々一人一人違う部分で、深くもあり、大きくもありというようなところを最近は非常にいろいろと感じるところがあります。当然、家庭教育の欠陥、それから自己中心主義が子供たちの中に非常に根づいている、大人社会の反映といったものも非常に強く感じるわけです。施設へ入りましてもしばらくの間、私が悪いんじゃないんだ、私はたまたま一緒にいただけなんだ、そんなことを言って、自分は悪害を人になしてはいないというようなことを申し述べたり、相手が悪いから、自分にはグループの中で副長としての義務があったんだとか、そういった通らない道理を一生懸命申し述べたりすることがありますし、特に女の子の場合ですと、薬物関係それから援助交際などということは、自分のことなんだからいいじゃないかというようなことで、人に何か言われたくないというような思いをいろいろと申し述べることもあるわけです。  しかし、今までは、ある程度いきますと、矯正教育の結果、いかにそれが人道にもとる、また自分自身を傷つける行為だったかということに気づいていき、新たな道を歩み始める。この様子が、だんだん施設の中でも時間がかかるようになってきた部分も感じられるわけです。ということは、非行の問題性が深い、また、なかなか気づきを迎えられない、そういったどこか精神の非常に奥深いところにまで問題がしみ込んでいるのかという印象を持ちます。そうやって考えてみますと、規範意識というものも一般社会の中でも非常に憂えるべき様子があるわけですね。  学校現場の実情調査、大阪大学がなさった調査によりますと、小学校一年から六年の小学生、幼い人たちの意識として、中、高と全部意識調査をしているのですけれども、小学生さえも、これは絶対してはいけないと思っているかどうかを調査しましたときに、家のお金を黙って使う、八四・一%、飲酒、六九・一%、喫煙、八八・三%、家族の人に暴力を振るう、七九・二%。九〇%いかないわけですね。  これは、小学生にして、お酒を飲むなんてそれほど悪いと思えないぐらいに思っている人がいるということになってまいります。中学、高校、その数字はかなり下がっていくわけです。どれも間違いなく非行行為なわけですが、これを容認し、許容する傾向が世の中に進んでいる、これははっきり言えるのではないでしょうか。一般の生徒に規範意識の崩れ、善悪の基準があいまいになっているという、教育において人間社会の最低レベルのことを学ばせなければならないという実情があるような気がいたします。  特に、私が面接をしております少年院の女子の場合は、問題性が深いなと思いますのは、先ほど挙げました援助交際に代表される性の問題、それからそれに伴う金銭感覚の喪失、さらに覚せい剤に代表される薬物問題、このあたりは、いつも少年と向き合っていまして、どこまでこの人が心底そのあたりを自分の人生というものを重ね合わせて考えているのだろうかと不安になるときが多くあります。  青少年環境問題調査研究会の発表というか調査によりますと、あなたと同じくらいの女の子が見知らぬ男性とセックスすることをどう考えますか、さすがにしてはいけないというのが全体で四八・一%、高いと言っていいのかどうかわかりませんが、こういった数字を見せています。しかし、問題ではあるが本人の自由だ、それはしても構わないんじゃないかというのを合わせますと、その回答は女子中学生でおよそ四割、男子中学生、女子高校生でおよそ五割、男子高校生になりますとおよそ六割に当たるわけです。  ここで気になるのは、本人の自由じゃないかと言っていることです。自由ということは、相手との合意がある限り、単にセックスを自由にするということだけではなく、見知らぬ人でもいいのだ、知り合ったばかりでも遊びでもいいのだと。やはり性の問題は深い愛情あってというような私たちの、実際に大切にするべきところの教育というものが一切欠けているかもしれないとここで不安になります。本人の自由ということが、どうやらこの今の社会の風潮というものを非常にはっきりあらわしているような気がするわけですね。  これは、簡単に金銭を介しても構わない、売春、買春も本人たちの自由と子供たちが非常に高い割合で思っている。こういうことは、少年院の子供たちが悪くなった、もちろんそうですが、世の中一般、全体の子供たちの規範意識が非常に薄くなってきているという事実の反映ではないか。となりますと、少年の非行は家庭がどうも問題だ、確かにそうですが、家庭だけではない。地域、学校、社会、日本の社会全体、私たち大人一人一人の問題、メディアの問題も重なってくるのではないかと思うわけです。  バブル期以降、問題を先送りして、つらいことを耐えるのをやめようと、こらえ性のない様子が日本の社会に今じわっと広がっているわけですが、豊かで、過保護で、何をしても許されるということでは、いいかげんで幼児的な青少年を育て、やがて大人にしていってしまうということではないでしょうか。私たち一人一人、大人が変わらなければ子供は変わらない。しかし、それを待ってはいられない状況が今ある。これだけ、ここ十年少年の凶悪犯罪がふえているということになりますと、いや私たち一人一人がなんて言っている暇はなくなってきております。  例えば、凶悪事件を起こした子供の家庭の様子などを考えてみますと、犯罪白書によりますと、その親と子の関係の中で一番問題、数字が高いのは放任家庭です。これは、子供の教育すべてをほっておくということだけではなくて、高学歴の親が子供ときちっとした向き合い方ができずに、子供とまずくいきたくないというために、あなたの好きに、あなたの思うようになさい、あなたを信頼しているから、これもある意味での放任ではないか、こういったこともじわっと広がっているような気がいたします。  次に多いことが溺愛し過ぎる母親、厳格過ぎる父親。これが逆になることもあるわけですね。母親の虐待なんということは、少年院に来る子供たちの口から多々聞かれます。虐待というものが非常に暴力を呼んでいる、心を傷つけている。次の世代に、自分の子供に暴力を振るっていくような様子が母親の話から感じられることも多くあるわけです。そんなときに父親が無関心であったりする、もしくはそれに触れたくないというような状況を見せるというぐあいで、凶悪事件の中には、放任、厳格過ぎる、溺愛し過ぎる、こういったあたりが非常に目立ってまいります。  子供たちが、まあこの程度大したことないやということで少年院に来ましても、どうせ、ここでうまくやっていけばいいや、本当はうまくはやっていけません、だんだん段階ごとに厳しくなって、そして求められるものが大きくなってまいりますから、それにこたえない限り仮退院時期がおくれていきますから、早く帰りたい子供たちにしてみれば、途中でこれじゃだめなんだと覚悟することになりますが、最近では、満期までいればいいじゃないのという言葉さえも発する人が出てきているということになります。  私たち、時に、もっと早く少年院へ来ていたら、十八歳であれば十六歳ぐらいのときに来ていたらもうちょっと勉強のしがいがあったかもしれない、十五歳であれば十四歳のときに来ていればというような、老婆心というのでしょうか、改めて後からのそういった思いをはせることがあるくらいの状況下になっております。つまり、子供たちは、自分のしたことと向き合えない、それが一体どんな意味があり、それが世の中でどれほど規範に違反していたか、法律を犯していたか、自分の身の回りでそんなこと大したことがないじゃないかと認識をともにしている環境下にあった、そういうところが感じられます。  ここで、この新しい少年法は、やはり自分のしたこととしっかりと向き合いましょう、このあたりを、審判の席でも教育的目的を大事にしていきたいということが非常に感じられる新しい法律になっていると思います。  例えば、審判の方式の中で、懇切を旨とし、和やかに行う。これは確かに、ある少年にとってはとても大事な部分、しかし、ある少年にとっては、あなたはこれだけのことをしたんだから、それだけ世の中ではあなたを許すことはできないんですよ、これだけの刑罰を与えますよ、こうしたはっきりとした姿勢が子供たちにも必要ではないか。これはちょっと別次元ですけれども、時に子供たちが、あのとき親に本当にしかってほしかったなんと言うことがあります。ある子供にとっては厳しさが必要で、ある子供にとっては温かさが必要、こういった選択肢が必要になってくると思います。  これが今回の十六歳から十四歳に引き下げるというところにもあらわれているなと思いますのは、中学生の教育期間は少年院で教育をしましょう、そしてまた少年刑務所に戻して刑期を務めさせる。しかし、その間にその少年が、可塑性がありますから、もう大分よくなってきたとなれば、仮出獄も早くなるでしょう。非常に柔軟で、そして選択肢の広がった法律になっていると私は解釈しております。  このあたりはぜひ皆様にもよく認識していただいて、この新しい法律を国民の皆様の期待にこたえてお通しいただきますように心から期待しております。ありがとうございました。(拍手)

長勢甚遠自由民主党

○長勢委員長 ありがとうございました。  次に、瀬川参考人にお願いいたします。

瀬川晃同志社大学法学部教授

○瀬川参考人 同志社大学の瀬川でございます。私は、刑事法を研究しておりまして、少し幅広くといいますか、犯罪学あるいは刑事政策を含みまして、全体的な刑事法を勉強している者でございます。  私のお話しするポイントは、おおよそ三つございます。一つは、少年非行の歴史と現状ということをお話ししたい。二番目に、少年法改正論議の展開ということをお話ししたいと思います。三番目に、現在の改正問題に対する視点ということで総まとめをしたいというふうに思っております。  岩井先生から法制審の議論、あるいは千葉先生からは少年院の子供たちの実態ということをお話しされたわけですが、私は、これまでの歴史の流れというか、少年非行あるいは少年法の改正の流れの中で、あるいは少年の実態を踏まえてお話をしたい、そこで今日の改正問題へのアプローチをしたいというふうに考えております。  まず、少年非行の歴史と現状でございますが、これまでは大体三つの波があったというふうに言われております。  第一の波というのは、御存じのように、戦争直後でございまして、いわば経済的なあるいは社会的な混乱の中で、子供たちが生きるための、生活のための犯罪というか、言ってみれば食うか食われるかの中でやったという少年犯罪でありました。これは大体ピーク期が一九五一年、昭和二十六年をピークとしております。  第二の波というのは、昭和三十九年、一九六四年あたりですけれども、これが第二の波でありました。これは、御存じのように、高度経済成長ということがあって、モータリゼーションといいますか、あるいは性犯罪、あるいは交通犯罪、あるいは都市化、あるいはこのころから低年齢化ということが問題になったわけであります。あるいは粗暴化とか、そういうことが非常に問題になった時期がございました。  それから、第三の波というのは昭和五十八年をピークとしておりまして、一九八三年でございますが、これが第三の波と言われております。  今日も第三の波の中にあるという学者もいますし、あるいは第三の波というのは底を打った、終わったという方もおられますが、私はむしろ、最近の一つの指摘ですけれども、第四の波に入っているのじゃないかというふうに考えております。  これは話せば長くなるので、限られた時間でございますので、まず量的な面で、やはり第一の波あるいは第二の波、第三の波のピークと比べますとそれほどではないという面を持っておりますけれども、いわゆる青少年人口が減っておりますので、そういう意味では、人口比との関係でいろいろな量的な側面を見ますと、やはり上昇傾向にあるということは言わざるを得ないのじゃないか。凶悪犯が、例えば殺人とか強盗が第一の波や第二の波に比べてそれ以上になっているということではございませんが、いわゆる量的な面で少し不気味な動きがある。特に強盗罪ですけれども、不気味な動きがあると言えるのではないのか。  それからもう一つ、質的な面ですけれども、これは、御存じのような今回の改正にもつながったと言える面ですけれども、少年犯罪の第四の波のもとでの特徴というのが幾つか挙げられる。  一つは、いわゆる衝動的な、いわゆるいきなり型犯罪といいますけれども、衝動的ないきなり型犯罪の増加ということ。  それから、遊ぶ金欲しさといいますか、前は食べ物欲しさに犯罪を犯したという時代があったかと思うんですが、あるいはスイカを盗むとかトマトを盗むとか、そういう犯罪だと思うんですけれども、今は、何か遊ぶ金の、自分のパソコンを買うとか、そういうための犯罪を犯す、そういう感じの犯罪というものが非常に増加している。  あるいは、犯罪自体を見ますと、非常にゲーム感覚で行われるといいますか、いわゆるテレビゲームとかああいうパソコンのゲームと自分の、言ってみれば現実とそういうゲームとの混同というか、そういうもとでの犯罪というものが増加しているのではないか、間々見られるのではないかということ。  それからもう一つは、弱者を標的にした集団犯罪というものが増加しているのではないかということでございます。  それからもう一つは模倣犯の増加でございまして、最近でもよく報道されますけれども、これは全部報道が当たっているとは言いませんけれども、犯罪の一つの流行現象といいますか、あそこで起こったので自分も何かまねしてみたい、やってみたいという衝動というものが子供たちにはある。これはもちろんマスコミの影響もあるわけですけれども、そういう形の犯罪がふえている。この点は、第一の波あるいは第二、第三と比べまして、やはり一つの特徴的な変化というか変質というものをあらわしているのではないか。もちろん昔もあったといえば昔もあったかもしれませんけれども、やはり今日の少年犯罪を見る場合に、一つの質的な変化として指摘できるのではないかと思います。  それからもう一つは、第一の波の時代というのは大人も犯罪をどんどん犯していたわけで、子供たちが余り目立たなかった面もあるかもわかりません。最近では、大人たちが非常におとなしくなってしまって、子供が目立つという面もございますので、いわゆる子供たちの犯罪を見る場合に、相対的な比較というのは常に必要だということは言えるのではないかというふうに考えております。  いずれにしましても、凶悪化したということを大々的に私は言っているのではなくて、いわゆる人口比とか大人との比較とかあるいは今日的な状況の中で、子供たちの犯罪というのはやはりほっておけない時代になっているのではないか。そういった意味で、第四の波という新しい時代の到来があるのではないかというふうに感ぜられます。  以上が第一のポイントでありますけれども、第二のポイントは少年法改正論議の展開ということでございます。  これは御存じの委員の方も多いと思うんですけれども、私が大ざっぱに分けますと、六〇年代、七〇年代が第一期としますと、これが大論争期と言っていいと思います。少年法改正論議が非常に沸騰した時期でございます。それから、八〇年代が鎮静期といいますか、ほとんど議論されなくなった。一部にはくすぶっていたんですけれども、行き詰まったという説もあるんですが、どうしようもなくなってしまったという時期がございます。九〇年代というのは再興期といいますか、現在でございますが、再び活発化したというのが今日の第三期でございます。そういう意味で、論争期があって、いわゆる鎮静期があって、再興期に今至っているというのが現在的な状況でございます。  恐らく疑問を持たれたのは、では八〇年代になぜ鎮静化したのか、行き詰まったのかということです。  これは今日の少年法改正問題を考える上でも一つの参考になると思うのですが、当初の少年法改正論議というのが起こったころは、いわゆる十八歳、十九歳の年長少年というのが最大のターゲットであった。つまり、御存じのように、学生運動というのがあって、学園紛争があったわけです。あるいは、いわゆる十八歳、十九歳は大人かという議論が物すごくなされたという時期がございました。ところが、一つの社会の変化といいますか、子供たちに変化が起こって、実際の少年非行の主体というのは十四歳、十五歳に移っていったということがございます。そういう意味で、改正のもともとのあり方と実際の現実というものが非常に食い違ってきたということもあった。  それからもう一つは、少年法の幾つかの眼目というか、改正の眼目が実務的にかなり完了したという面がございます。これは、検察官関与以外はほとんど、保護処分の多様化とかいう面とかそのほかのいろいろな改革というのは、実は実務上なされてしまったという面がございます。  そうした意味で、この時期というのは、八〇年代というのは、少年法改正論議が非常に下火になった時期であったということであります。  もう一つの問題は、九〇年代になぜ再興したのかということでございます。これは、いろいろな最近の改正問題を見る上で一つの大きな視点になると思いますけれども、契機となったのは、やはり先ほど申しました少年非行の変質ということであります。  これは非常に、原因とかいろいろ、社会学者あるいは心理学者がたくさんの論文あるいは著書を出しておりますけれども、確たるものはないというのが法律家としての結論でございます。例えば大脳のせいであるとか、あるいは食べ物が、ジャンクフードといいますか、いわゆるインスタント食品を食べているからこうなっているんだとか、有害環境であるとか、親が悪いんだとか、あるいは学校が悪いんだとか、いろいろな説があります。法律家というのはやや保守的でございますけれども、そういった意味で、いろいろな先端的な議論もたくさんあるわけですけれども、これは確たるものはないと言っていい。  しかし、我々として、法律家として問題なのは、事案が非常に複雑といいますか、動機が非常にわかりにくいという事案、あるいは、いわゆる犯行の方法が緻密なのか幼稚なのかわからないという、単純に見られないという事案が非常にふえている。あるいは、集団でやった場合に役割分担はどうなっているのかということ、そういう点で非常に複雑な事案というのがふえているということでございます。そうした意味で、こうした事案というものをどうつかむのかということが一つの課題になっていった、あるいは社会的な関心もそこで高まったという時期でございます。  それから、こういう第四の波の少年非行の変質ということが背景にあったわけですけれども、もっと直接的な契機というのが二つございました。一つは、少年審判に対する批判、あるいは非難と言っていいと思いますが、そういうものが台頭したということが一番目でございます。それから二番目には、被害者の権利運動の高まりということでございます。  私自身は、法制審議会の少年法部会の委員をして議論に参加したわけですが、刑事法部会の委員として被害者の保護立法に、ことしの五月に成立しましたけれども、それに参加いたしまして、その両面から、これは偶然といえば偶然なんですけれども、これが今日の少年法改正論議が再興した大きな契機である。つまり、もう一度言いますと、少年審判に対する批判ということと被害者の権利主張といいますか、そういうものが今日の少年法改正論議の再興を生んだんだ、再び起こった契機となったんだというふうに考えております。  これが最後のまとめでございますが、改正問題の視点ということを先ほど三番目にお話しすると言いましたけれども、この契機となったことがそのまま視点として移しかえられるのではないか、裏表の関係にあるのではないかというふうに私は考えております。  そういう点から、まず少年審判に対する批判ということですけれども、直接の事件というのは御存じのように山形の事件、明倫中事件ですけれども、これは一九九三年、平成五年に起こった事件でございます。このときに裁判所間で、言ってみれば判断の違い、非行があるかないかすら裁判所によって違った結果が出てしまった。その点について、少年審判というのは一体どういうふうになされているのか、あるいは本当に信頼できるのかということが議論になったということでございます。この点は、被害者側から見ましても、少年審判というのは見えないということで、閉ざされているわけでございますので、どうしているのかということは非常に関心が高まったし、もっとはっきり言えば、不信感が高まったということが言えると思います。  それから、少年法自体は、非行事実が激しく争われる事案というものは余り想定していなかったんじゃないかというふうに思っております。少年法のできた当初、先ほど岩井先生がおっしゃいましたように、国親といいまして、国が親がわりになってみんなまとめて仲よくやっていこう、そして一種の少年の親がわりになってやってやろうという発想ですけれども、そこでは少年が非行したかどうかと激しく争うということ自体は予定していなかったんじゃないか。予定していたと言われればそうかもわかりませんが、その手続の規定がなかったということは少なくとも言えるのじゃないかというふうに思われるわけであります。  そこで、非常に大きな批判というものが起こっていった。そこで大事なことは、少年審判の事実認定の手続をどう適正化するのかということが大きな問題になった、それが今回の法案につながったというところであろうと思います。  それから、被害者の権利運動の高まりというふうに二番目の視点として申しましたが、これはもう既に本委員会では御存じかと思いますし、五月に法案ができましたので特に詳しく言う必要はありませんけれども、しかし、特に少年法との関係で強調しておきたいことは、成人に比べてもっと被害者というのは排除されているということでございます。  それは非公開という原則、それから少年の改善更生ということがありますので、もちろん私は、少年改善更生あるいは健全育成ということは非常に重要な柱であるし、これは忘れてはいけないと思っておりますけれども、被害者の側から見れば非常に大きな不信感といいますか、不満があるというふうに私は考えます。特に、意見の表明もできないし、あるいはコピーもできないし閲覧もできないという状況でございますので、そういった意味で、九〇年代になって、幾つかのいわゆる凶悪な少年事件を通じて被害者の方々が非常に大きな声を出された、意見を表明されるに至った。これまでは被害者というのは言ってみれば泣き寝入りしていたわけですけれども、そういう意味で九〇年代になって声を上げて主張し出したということでございます。  これについてやはり耳を傾けなければならないのじゃないかということで、五月に成立しました被害者の保護に関連する法律というものがあったわけですし、そこと連動してといいますか、少年法との関係で、被害者の問題をやはり配慮して十分な手当てをしなければいけないんじゃないかということが起こっていった。  その点で、今回の法案というのは、事実認定手続適正化についてもかなり踏み込んだ規定がなされておりますし、被害者についても、通知あるいは意見の聴取というのですか、僕は意見の表明がいいと思いますけれども、意見の聴取あるいは閲覧、謄写ということが規定された大きな前進であろうと思います。  ただ、被害者の側から見れば、やはりもっと踏み込んでというふうに恐らくおっしゃると思います。傍聴を認めてほしいとか、あるいは、私自身の考えでは、被害者に対する弁護人、被害者弁護人というか、そういう制度の設定というか。国選弁護というのは加害者側にはあるんですが、被害者側にはないわけですから、被害者に対する弁護人というものを設定するという形で、さまざまな被害者に対する要望というのは今後も聞いていかなきゃならないのじゃないかというふうに思っております。  以上、私自身が法制審議会の部会で関係した二つのポイントといいますか、事実認定の適正化ということと被害者に対する配慮ということをお話ししたわけですが、それ以外の今回の法案の規定、特に重大事件についての処分の見直し、あるいは年齢区分ですか、それから審判方式の改革ということがあるわけです。これについては、確かに今日のいろいろな事件を見ますと、こういう規定というのが必要という世論の高まりというのは理解できますし、実際の現場の方々から見ればこういう規定というのは必要だし、あるいは被害者から見ればこういう規定は必要であるという認識というのは非常に理解できるところであります。それから、実際に非常に安易な気持ちで犯罪を犯す一定の少年がいたとすれば、それに対する責任の喚起、あるいは自覚の喚起という点では非常に重要な規定であろうと思います。  ただし、私自身は、これらの事実認定の適正化、被害者以外の規定についてはもう少し議論すべきところも多いんじゃないか。特に、いわゆる矯正実務家といいますか、刑務所、特に少年刑務所の関係者あるいは少年院の関係者とか、あるいは審判の方式については家裁の裁判官とか家裁の調査官とか、現場の実務に携わっている人たちの意見というものを十分聴取した上で慎重に議論を進めていただきたいというふうに考えております。  以上でございます。(拍手)

長勢甚遠自由民主党

○長勢委員長 ありがとうございました。  以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。     —————————————

長勢甚遠自由民主党

○長勢委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。後藤田正純君。

後藤田正純自由民主党

○後藤田委員 きょうは、三人の先生方には貴重なお話をありがとうございました。  岩井先生におかれましては、事実認定における合議制、検察官の関与、また抗告権等々についての御意見、そして千葉先生におかれましては、実体験に基づくいろいろな更生施設でのお話を賜りまして、ありがとうございました。そしてまた瀬川先生におかれましては、少年法の歴史、現状、最後に事実認定についての再興というような御意見があったかと思います。中でも、千葉先生から、規範意識が低くなったと少年に対しての御意見がございました。これは、先生おっしゃったように、社会全体にも言えることでございまして、我々政治家、そしてまた政治の世界においても、それは反省しなければいけない点だと十分感じておる次第でございます。  最近、罰則そしてまた自己否定というような風潮が世の中に流れつつあると思います。政治家におきましても、あっせん利得罪等々での罰則というような流れ、何が何でも罰則。しかしながら、私は、千葉先生おっしゃったように、全体の議論、例えばあっせん利得罪にしても、政治に金がかかるというのは何でなのか、そしてまた金がかからないためには何をするかという全体議論を同時並行的にしなくてはいけないと思います。  これと同じように、今回の少年法につきましても、教育全体の議論をしていかなければ非常にまずいと私は考えておるわけでございます。この少年法の新しい改正案の議論というのは少年問題解決に向けての単なる第一歩にすぎないというふうに私自身の所見も最初に述べさせていただきまして、以下、御質問をさせていただきたいと思います。  まず、岩井先生と瀬川先生にお伺いします。  岩井先生、瀬川先生は、平成十二年四月七日、当法務委員会におきましての御質問にもお答えをいただいたと思うわけでございますけれども、平成十二年四月七日の時点から約半年間たっております。いろいろな御議論、そしてまたいろいろな意見が先生方の耳元にも十分届いていると思いますが、まず、この半年間で先生方の御意見は変わられたか、もしくは前の法制審での議論のままかどうかということ。  加えて、先生方の感想で結構でございますが、当時政府提案であったこの法律が今回議員立法という形をとったことにつきましての先生方の御感想。私は、今回の少年法問題は大変重要な問題だと考えております。もちろん議員立法も大変重要なことでございますし、大切なことと思いますが、政府提案というものが議員立法にかわったということに対して私は少々の疑問を感じざるを得ないわけでございますが、先生方の御感想をお伺いしたいと思っております。きょうは政府はいらっしゃらないので、岩井先生、瀬川先生に感想をお聞かせいただきたいと思います。

岩井宜子専修大学法学部教授

○岩井参考人 法制審議会で少年法の改正案について、小さく生んで小さく育てるというふうな趣旨で、最低限の審判機能の一層の充実化を図るための改正規定というふうなものを提案したわけですが、それがきちんと成立しなかったということについては非常に残念だというふうに思っております。  それで、今回の提案におきましては、それをかなり踏まえて、ほかの方々がいろいろなところでそのときになされた御批判というふうなものをある程度考慮した形で取り入れられているというところは、今回こういう形ででも議論をして、少年法の改正に一歩踏み出すという意味があるのではないかというふうに考えております。  それから、年齢の部分とか、ある程度刑事処分を優先させろというふうな規定内容になっておりますが、家庭裁判所の裁量範囲というものをある程度広げたという意味で、従来の家庭裁判所の手続というものをそう変更するものではないのではないかというふうに考えておりまして、本案で少年法改正の第一歩を踏み出すということに意義があるというふうに考えております。

瀬川晃同志社大学法学部教授

○瀬川参考人 非常に重要な質問だと思うんですが、まず、少年審判の事実認定の適正化というポイントで申しますと、私たちがつくった法案というものに、その後、いわゆる学界あるいは実務家のいろいろな批判があったことは事実でございますので、その点での見直し作業がなされたということはかなり敬意を表することができるのではないかと思います。  例えば観護措置期間の延長、現行は四週間、それを十二週という提案で、もう少し絞って八週にしたというポイント。あるいは検察官関与ということは、やはり一般にも若干違和感のある人もたくさんいますので、それについてはやや絞りをかけようとした点。そういう点では評価できるのではないかというふうに思っております。  それから被害者の点ですけれども、いわゆる政府案では被害者に対する通知ということだけであったわけですが、今回の場合は、私どもといいますか、手前みそですけれども、通知をやったときに、そのほかの被害者に対する配慮というのは重要だということを何人かの方がおっしゃったわけですが、その点も盛り込まれたという点では非常に評価できるのではないか。  ただし、そういう点は評価できると思うのですが、他方、もう少し幅広い議論といいますか、それを必要としている部分もあるのではないか。例えば、先ほど言いましたところに関係しますけれども、年齢区分の見直しとかあるいは審判の方式ということについては、これは法制審議会を開かなかったからよくないということではなくて、法制審議会を開いて、いろんな心理学者あるいは社会学者を含めて実務家の意見を聴取して、その中で議論してもよかったのではないかというふうに考えております。  もちろん、議員立法というのは、緊急な課題について一々といいますか、特に法制審議会に対しては批判がありまして、長くだらだらやっているとか、そういう批判があったわけです。ただ、特に少年法に関しまして、あるいは被害者に関しましては、部会長の御発想というか御意見もあって、そういう批判を受けないようにやろう、特に内容を濃くしてじっくり、またあれで非常にハードなスケジュールだったわけですけれども、そういう形でやられたということで、そういう法制審議会に対する批判というものをできるだけ除こうとした努力をなされたわけですけれども、いずれにしましても、いわゆる年齢区分の見直しとか審判の方式とか、幾つかの点については、やはりもう少し幅広く意見というものを聴取してよかったのではないかというふうに私自身は考えております。

後藤田正純自由民主党

○後藤田委員 時間に限りがございますので、質問を続けます。  これは千葉先生に御質問をいたしますが、未成年、そして保護者という関係がございます。これは年齢問題、そしてまた定義、名称について、今の時代背景を含めて、もう一度見直さなくてはいけないのではないかという感想を私は持っております。  例えば老壮青という言葉がございます、老年、青年、壮年と。しかしながら、今長寿社会になりまして、定年後に元気な方々がたくさんふえている。老壮青という言葉はもう死語に近いような気が私はしているわけでございまして、今の日本における未成年、そして保護者。保護者という言葉自体も、学校では父兄という言葉が使われないようになりまして、保護者という名前になった。しかし、保護者という名前に対しましても、家族という名前にしろというような御議論等々もございます。これにつきましての千葉先生の御見解、今後の未成年そして保護者の定義、名称等々につきましての御意見をお伺いしたいと思います。

千葉紘子篤志面接委員

○千葉参考人 なかなか難しい御質問で、確かに、お年を召した方々がまだまだ若くて、仕事もまだまだ続けられる、私もそういったことは非常に強い印象を持っておりますし、壮年といってもまだまだ若いぞと。  青年はどうなのかと考えましたときには、少年院へやってくる子供たちと向き合っていますと、十八歳、十九歳、特に女の子はもう大人と見まがうというような状況下にある。しかし、非常にアンバランスで、受けるべき教育を受けていないというところが、精神面それから考え方、生き方、そういったもので非常に安易であったり、未成熟さが非常に目立ちます。  ですから、青年というものはどういうものなのだろうかという定義のことが問題になってまいりますので、年齢だけでこの青年という枠をどういうふうに考えるかと言われましても、ちょっと一言では申し上げられないところがあります。確かに、身体面も、それから考える知恵というのでしょうか、そういったものは非常に発達しておりますが、本来人間としての教育を受けて積むべきもの、徳といったようなものはまず見られないといったようなことを非常に感じます。  さらに、保護者、家族というようなことも、確かにいろいろな言葉があるかと思いますが、そのあたりは私としては詳しくは考えていない段階であります。  お答えになりませんで、申しわけありません。

後藤田正純自由民主党

○後藤田委員 それでは、議論の核心と申しますか、非常に興味のあるテーマでございまして、質問したいのですが、今回の少年法改正案につきましてお三方にお伺いします。  この改正案によって犯罪が減るか。もしくは、減ると思う方はその理由、減らないと思われる方はこの改正案に対してのさらなる、つけ加えるならば御意見をお聞かせいただきたいと思います。

岩井宜子専修大学法学部教授

○岩井参考人 少年非行の問題といいますのはかなり社会的ないろいろな背景がありますので、そういうふうなところでの対応が一番求められるわけで、少年法をいじることによってのみで解決を図るというのは無理ではないかというふうに思っております。  ただ、より一層適切な、そして社会も納得するような形の少年法への対応のシステムというふうなものがつくられることによって、より非行少年対策というものが進むのではないかというふうに期待しております。

千葉紘子篤志面接委員

○千葉参考人 法律によって少年犯罪を減らそうというようなことは余り深くとらわれたくないなと私は思っていますし、子供たちも法律ができたからやらないと簡単には言わないのではないかと思います。  ただ、バスジャック事件のときにあの犯人の少年がメモに残していましたように、十三歳までは何をしてもいいんだよ、十八、十九は何か無期もあるぞというようなことをきちっとメモをしていた。知っているという事実によって、今回こういうふうに変わったんだということが多少なりともまずいことはしたくないというところにつながりはするだろうという程度には私は思っております。

瀬川晃同志社大学法学部教授

○瀬川参考人 特に両先生以外の答えがあるわけではありませんけれども、やはり少年非行の場合に、いわゆる外国の非行理論というものを見ますと、コントロールといいますか、最近ではコントロール理論というのが主流なんですけれども、いわゆる学校あるいは親とかいう問題、あるいは環境とかそういうコミュニティーですね、そういう中での少年というものがあって、それとのコントロール、単に弾圧するという意味じゃないのです、むしろ結びつきというものが非常に強いほどいいわけでありまして、そういう点でのいわゆる環境整備というか、少年法を改正するだけじゃなくて、少年を取り巻く環境といいますか、そういうものをやはり全般的にしていく必要があるのじゃないか、それがどれだけできるかという問題だろうと思います。  それからもう一つ、先生の御質問の中に抑止力という問題があるのじゃないかと思うのですが、抑止力ということについて、私は一つ考えを申しますと、これは一部的には肯定し得るが、全面的には肯定し得ない一定の常識であると思います。つまり、全面的に、威嚇力とか、この法律をつくったらこれだけ抑止力があるのだという実証は恐らくできないだろう。ただ、一部的にはできるかもしれない。先ほど一定の常識と申しましたのは、一般人は何かあると思っているというところがあるので、今申しましたように、一部的には肯定し得るが、全面的には肯定し得ない一定の常識であるという程度であると考えております。  以上でございます。

後藤田正純自由民主党

○後藤田委員 ありがとうございました。  皆さんの御意見は、少年法のみでは難しい、もしくは必要であるが十分ではないというような御意見と受けとめます。私もそのとおりだと思っております。  今回の少年法改正案は少年問題の議論の始まりにすぎないと私も思っておりまして、この議論に真剣に取り組まなくてはいけない時期に来たということも十分感じております。政局で足を引っ張るようなことは断じて許せないと私は思っております。今後の幅広い、また早急なる教育全体の議論を、その必要性を改めて申し上げまして、質問を終わらせていただきます。  ありがとうございました。

長勢甚遠自由民主党

○長勢委員長 池坊保子君。

池坊保子公明党

○池坊委員 公明党の池坊保子でございます。  本日は、三人の参考人の方から大変よいお話を伺うことができ、ありがとうございました。  私は、数年前から、少年犯罪被害当事者の会を初めとして、被害者の方々のお話を聞く機会が多くございました。先ほど瀬川先生がおっしゃいましたように、その方々のお話を聞くことによって、被害者の人権は一体どうなっているのだろうか、それからまた、山形マット事件などなど、事実認定のあやふやさを含めて、少年審判はこれでいいのだろうか、二十一世紀に向けて現行の少年法は変えなければいけないのではないか、それは一国民として数年前から強い強い意識を持ってまいりました。  ある日突然、理不尽に愛する子供の命を奪われ、捜査段階でも審判段階でも何も知らされず、事件当時の事実を知ることなく、子供の側に立ってかわりに弁護する機会すら与えられない。つまり、審判に参加する権利を被害者は持たないのです。  瀬川先生は、ジュリストの中で、少年審判における被害者は法によって排除された存在であると書いていらっしゃいます。余りにも裁判所が被害者の痛みに耳を傾けていないのではないだろうか。現行法でも被害者は審判への立ち会いができますが、現実には裁判官がこれを許可しておりません。  私は、被害者の遺族の気持ちに配慮し、被害者の人権を加害者の人権より優先することは当然のことであると思いますし、それは可塑性に富む少年たちの更生や健全育成をいささかも妨げるものではないと考えておりました。そうした意味も込めて、今度の少年法改正によってもう一度少年刑罰のあり方を問うことは、大変に意義深いことなのではないかと思っております。  今回、与党三党から提出されている少年法改正案には、政府提出法案に盛り込まれていた被害者に対する通知制度に加え、先ほど先生がおっしゃいましたように、一定の場合、被害者に記録の閲覧、謄写を認め、また、被害者から意見の陳述の申し出があった場合には、原則としてこれを聴取する制度を設けております。被害者の立場を考慮したのです。私は、被害者が審判の中身を知ることを許可でなく権利としたところに大変意義があるというふうに考えております。  制度については、先生は先ほど、被害者の弁護人の設定なども必要ではないかというお話でございました。私も同じ思いでございますが、運用がきちんとできなければ制度をつくっても意味がないと思いますので、制度は先ほど伺いましたから、運用上の留意点があったらちょっと伺いたいと思います。

瀬川晃同志社大学法学部教授

○瀬川参考人 法制審の議論でよく言ったことですけれども、仏像をつくって魂入れず、やや古い言葉かもわかりませんが、被害者、被害者というスローガンはいいのですが、実際の現場で被害者に対してどう対応するのかというのは本当に現場の、例えば警察官あるいは家裁の調査官とか、そういうさまざまな刑事司法機関に携わる人々の意識というのは非常に重要でございます。  したがって、通知ということを盛り込んだからといって被害者に対するケアが十分だとは言えないわけで、むしろ、被害者の側から見てこの通知制度をどうしてほしいかとか、あるいはどういうことをもっと知りたいのかという制度と現実のずれがあると思うのですけれども、そういうずれというものを検討し、どういう形でなされているのか、あるいは刑事司法機関に被害者に対する通知の場合の研修というのがもっと必要じゃないのかというふうに考えております。  それからもう一つ、意見の聴取も、いわゆる加害者側の少年の心情といいますか、そういう点を踏まえますと非常に難しい問題もあるのですけれども、しかし、一歩踏み込まれた規定であります。ただ、この規定もいろいろな運用の仕方があるので、例えば、これは規定に盛り込まれていると思いますが、少年を除いて法廷外でやるとか、あるいは口頭であれば非常にストレートであるという場合は文書でやるとか、そういうさまざまな工夫が必要じゃないか。そういう点でも、家裁の裁判官あるいは調査官自体も被害者に対する認識といいますか、そういうものをもっと深めていただきたいというふうに考えております。  それからもう一つ、先ほどちょっと言い忘れた点もあるのですが、これも実際には法務省で検討されているようですけれども、例えば少年院から子供が帰ってくるという場合に、これについて被害者に何も知らせないでいいのか、あるいは少年刑務所から帰ってくる場合になぜ何も言わないのかということは、私は非常に不満に思っておる点でございまして、この点の改革もぜひ今後進めていただきたいというふうに考えております。  以上でございます。

池坊保子公明党

○池坊委員 瀬川先生は雑誌の中で、被害者の法的地位は憲法上被害者の権利として明確に認められたものなのか、それとも福祉的な観点から被害者に一定程度認められたものなのか、少年審判では少年の健全育成という理念が避けては通れない壁として立ちはだかっている、この壁を壊さずに乗り越えなければならないという点で、少年審判における被害者の地位の問題は特殊性を有しているというふうに述べていらっしゃいます。  例えば少年法六十一条では、加害者の記事などの掲載の禁止を定めた規定も、加害者の人権のみに配慮して被害者の人権には配慮いたしておりません。そのために、加害者の顔写真や実名は掲載されておりませんのに、マスコミは被害者の顔、少年の顔写真も家も追いかけて撮るということがございます。  アメリカでは八四年には犯罪被害者法、ドイツでは六八年に被害者保護法を成立させておりますけれども、被害者側の人権の拡充のために、どのようにお考えかを一言お聞かせいただきたいと思います。

瀬川晃同志社大学法学部教授

○瀬川参考人 被害者の権利というものが憲法上の権利なのかどうかということは、これは大議論がございます。決着はついておりません。実際、憲法の規定を見ましても、被害者の権利ということはどこにも書いていない。刑事訴訟法を見ましても、いわゆる当事者ではございません。裁判官と弁護側、検察側、これは刑事裁判ですけれども、被害者の法的な地位というものは明確化されていなかったというのが五月以前の状況であったということです。そういう意味で、憲法上の権利なのかどうか、非常に大きな今後の議論といいますか、それが必要とされるところだろうと思います。  それから、その関係で、報道機関との問題なんですが、これは先生のおっしゃるとおりでございまして、少年については特にアンバランスな面があって、少年については報道しない。例えば、よく思い起こされると思うんですが、コンクリート詰め殺人事件というのがあって、女子高生がコンクリート詰めにされた事件がありましたけれども、その女子高生の写真というのは毎回週刊誌、新聞にどんどん出るという状況があった。あるいはお父さんの仕事ぶりとか、何かそんなことまで報道されたということがあったわけで、そういう点では、いわゆる罪のない人々がどんどんそういう報道被害に遭い、いわゆる加害少年の側が何も報道されないというのは非常にアンバランスだということです。  ただ、この問題を一挙に例えば刑事法的に解決できるかというとなかなかそうはいかないので、なぜかといいますと、それはやはり憲法上の問題があって、報道の自由あるいは表現の自由という問題がありますので、法律家は悪しき隣人といいますけれども、その辺が非常になかなかまどろっこしい議論をしてしまいますけれども、やはりその点は報道機関の、最近は報道機関もかなり規制をするようになっておりますけれども、もっとセルフコントロールといいますか自主規制というものにかなり大きな期待をまず向けて、その上での法的な検討ということを始めるべきだというふうに考えております。

池坊保子公明党

○池坊委員 被害者と加害者のかかわりに関しましては、例えばアメリカやノルウェーのように、少年審判や裁判以外の場で被害者と加害者が直接話し合う場を導入している、そういう制度の導入はどうかとかいろいろ伺いたいことがございますけれども、時間がございますので、ちょっと視点を変えまして、非行を犯しました少年たちの家庭の問題に岩井先生も千葉先生も触れていらっしゃいました。  私は、先回児童虐待防止法の制定に深くかかわってまいりまして、虐待をする親は幼い日々に虐待を受けたという世代間連鎖犯罪が極めて大きいことに気がつきました。子供の虐待が親の責任であると同じように、少年非行の問題も全く親の責任、家庭のあり方に問題があるのではないかと思います。罪を犯した子供たちが少年院から出てきても、受け取りを拒否する親もいると聞いております。  少年の健全な育成を図るという少年法の目的を達成するためにも、また、少年が非行を犯してそれを再発しない環境整備の観点からも、保護者の責任は明確化しなければならないというふうに考えております。  今回の改正案においては、家庭裁判所が必要と認めるときは、保護者に対して訓戒、指導その他の適正な措置をとることを明文化しておりますが、それについて岩井参考人はどのようにお考えでございましょうか。

岩井宜子専修大学法学部教授

○岩井参考人 少年法の精神自体が、やはり少年というのは親とか社会というふうなものがきちんと監督するべきものなんだ、ですから少年自体に全くの個人的な責任といいますか、刑罰的な非難というふうなものを完全に科すことはできないんだ、そういう考え方で成り立っているわけで、そういう意味では、家庭裁判所でまず犯罪少年についても扱うという、そこのところの家族ぐるみの調整といいますか、そういうものを目指したものであろうと思われるわけですね。  ですから、大体家裁の審判においては保護者も呼ばれるということになっておりますし、そういうところできちんとした親の責任というふうなものについて訓戒が行われるということはいいことだと思うんです。私自身も児童虐待の問題にかなり関心を持って調査などをやっておりますが、やはり少年法の精神というのは、早期発見、早期治療というのにあって、まさに非行性が深化する前にとらえて教育的な対応をして重大な犯罪の発生を防止するというところにありますので、児童虐待などというふうなものを、ある程度それに対する保護を早期に社会の中でとって、そして将来そういう非行化に進むというふうなことを防止する対応策をまず社会の方でとっていくべきだというふうに考えております。

池坊保子公明党

○池坊委員 千葉参考人にちょっとお伺いしたいのですけれども、子供たちと接することが喜びであるというようなことを何かで私拝見いたしました。私も子供が大好きでございまして、八歳の子供には、人生において取り返しのつかないことはたった一つを除いては決してないのよ、一つの例外は何かといったら、自分の意思で自分の命を奪うこと並びに他人の命を奪うことなのよというふうにいつも言い聞かせておりますけれども、非行化しました少年たちも、本当に凶悪な心を持っている子もいれば、何でこんなことをしちゃったのと抱き締めてあげたいような子供たちもいると思います。  私は、外国でも行っております社会奉仕命令、例えば地域の草むしりをするとか、あるいは老人の看護をする、目に見える形で、何か人に喜ばれているんだ、人が自分を必要としているんだ、そういう体験をいたしますことが自分への自信とか誇りになって社会に出ていくときに大きな役割を果たす、外国ではそういうふうなこともございますけれども、接していらして、例えばそういうようなことはできないのか、どのようにお考えかお聞かせいただきたいと思います。

千葉紘子篤志面接委員

○千葉参考人 今、外国ではというお話をいただきましたが、実は日本でも、少年院で、院外学習ということで少年院から外へ出まして、これはもう仮退院間近の人たちが中心でありますけれども、老人ホームなどを訪ねまして一日お手伝いをさせていただくという、老人ホームの御協力を得てやっております。  そんなときに、男の子も女の子もですが、それまで、自分なんかどうせ大した人間じゃない、だれからも好かれないような、人から愛されないような人間なんだ、だめな人間だと思って非常に自尊感情を失っている子供たちがおおむね少年院に来ているわけですけれども、その人たちが施設へ行きまして、なかなか重要なことはやらせていただけない実情がありますけれども、それでも、例えばあるとき食事の介護をした。車いすのおばあちゃんに一口一口やわらかい御飯を口に運んで、それを食べてくれた。それで、最後には、そのおばあちゃんが、ありがとうね、ありがとうねと何度も言ってくれた。こういったことを経験しましたときに、こんな自分にもありがとうと言ってくれる人がいるんだという、これは非常に胸の中に素直にしみ込んでいく様子がありまして、こういう喜びを作文にもつづっております。そしてさらには、介護の仕事につきたいと希望を持って出院していく女の子も最近多く見えているという状況でございます。  施設の外へ出て、協力事業主といったようなところへ一週間とか二週間の短い時間ですけれども行って仕事をさせていただくとか、そういったときに、自分の責任、一人で院の門から出ていくのですね。だれもつきませんで、その信頼にこたえるんだ、そういったところの少年たちが見えています。ですから、非常によくなっている子供たちがほとんどであるということだけをつけ加えさせていただこうかと思います。

池坊保子公明党

○池坊委員 最後に、少年法改正に私も多少携わってまいりましたけれども、これは単に子供たちに刑罰を与えるのではなくて、二十一世紀の日本を支えていく宝である子供たちが、被害者の遺族も含め、また、罪を犯した子供たちもこれから更生し、そして日本の、あるいは社会に役立って、みんなが手をとり合って生きていくその礎になってほしい、その願いを込めておりますことを私は一人でも多くの方に理解していただきたいと願いつつ、質問を終わらせていただきます。  ありがとうございました。

長勢甚遠自由民主党

○長勢委員長 上川陽子君。

上川陽子21世紀クラブ

○上川委員 21世紀クラブの上川でございます。どうぞよろしくお願いいたします。  今、お三人の方のお話を伺いまして、本当にこの問題を通して私たち大人の社会の一番のひずみということについて深く考えさせられました。そういう中で少年法の改正ということをするわけでございますので、その点で思いを深く質問をさせていただきます。  まず、岩井先生と瀬川先生にお伺いしたいのですけれども、今、観護措置期間ということで、これまでの少年法では四週間ということでございました。それに対して、さきの法制審で出された政府案というものによりますと、十二週間に延長するということでお諮りがあったと思うのですけれども、それが今回の法律では八週間ということで、四週間の削減ということになるわけでございます。  四週間というのは、相当大きな期間の違いがあるというふうに理解するわけでございます。先ほど瀬川先生の方は、削減して非常に限定されてよかったというような前向きの評価であったと思いますが、その点につきまして、お二人の先生方、どんなふうに評価なさっていますでしょうか。

岩井宜子専修大学法学部教授

○岩井参考人 法制審議会の審議におきまして十二週間というふうな限界を定めましたのは、ある程度ぎりぎりに証人調べの期間とかというふうなものを計算して算出したもので、限度ですので、それ以上経過すると在宅にせざるを得ないというふうな状況になりますと、また今と同じような問題が出てくるんじゃないかというふうに感じておりまして、できれば十二週間の方がよかったかなというふうに考えております。

瀬川晃同志社大学法学部教授

○瀬川参考人 先ほど申した趣旨は、十二週がよくなかったという意味ではなくて、十二週というのがなぜ出てきたかというと、やはり証拠調べの複雑さということがあって、いわゆる非行事実が非常に争われている事案の場合には本当に難しい事案が非常に多くて、現場の声とかいろいろ聞いてみると、長ければいいというか、十二週ぐらいが適当だという意見だったかと思うのです。それに我々が従ったという面もあったかと思うのです。  ただ、その後のいろいろな論文等を見ても幾つかの批判があったわけで、その点を考慮したということは、私は立法的には、立法はやはり妥協でございますから、そういう点では、今回のように、四週が十二週の提案になり、批判を受けて八週にするというのも、一つの調整機能を果たしたという点では評価できるんじゃないかというふうに思っております。

上川陽子21世紀クラブ

○上川委員 さきの法律案と今回の違いということのもう一つとして、十六歳の原則逆送を追加したという点でございますけれども、今、少年法の逆送の比率というのは極めて低いということでありまして、法制審議会で御検討された手続規定の変更ということによって家庭裁判所の裁判の裁量の範囲が広がるということになるのかどうか。  それからもう一つは、原則逆送を加えたわけでありますけれども、それによって家庭裁判所の裁定の手続を広げたものとして評価なさっていらっしゃるというコメントがあったと思いますけれども、その点につきまして、岩井先生お願いいたします。

岩井宜子専修大学法学部教授

○岩井参考人 少年審判における非行事実の認定の司法機能といいますか、そういうものを一層適正化するというための手続を新たに導入するという提案は、やはり家庭裁判所での審判においてそういう難しい事件も扱うんだというために行っているわけで、そういう意味では、検察官送致をたくさんふやした方がいいんだという提案は、審判手続自体を厳格化するというふうなものと少しずれるところがあるのではないかというふうに思います。  ですから、十四、五歳という少年が重大事件を起こした場合にも、家庭裁判所の審判機能というものがきちんと手続的な保護が図られるならば、家庭裁判所でも審理し得るものになっているのではないか。その意味で、そう検察官送致の数をふやさなければいけないという要請は出てこないんじゃないかという感じがします。  ただ、やはり一般予防効果といいますか、少年の意識というものに、刑事処分にも付され得るんだという、そして、その少年の中には本人の規範意識のゆがみによってそういう重大犯罪をやるというふうな子供もなきにしもあらずということで、そういうものには検察官送致も行い得るんだ、そういう家裁の裁量の幅というふうなものを広げる、そういう意味合いで、ある程度少年非行の低年齢化というふうなものに対応し得るものになっているのではないかというふうに評価しております。

上川陽子21世紀クラブ

○上川委員 私は、この間の質問のときに、今度は原則逆送の対象となる犯罪ということで、死に至らしめるという部分の規定が、死に匹敵する、例えば植物人間になるとか、本当に身体が不自由になってほとんど一人では生活できないというような、そういう部分につきましてはどういう扱いをという御質問をさせていただいたのですけれども、対象となる犯罪の部分で、死に匹敵するような犯罪の場合には同じように適用するということについて明示するということにつきましてはどんなふうにお考えでしょうか。岩井先生、お願いいたします。

岩井宜子専修大学法学部教授

○岩井参考人 死に匹敵するような重大な傷害の場合ですね。重大な傷害を負わせるような犯罪というふうなものは、やはり致死事件というふうなもの等に匹敵する重大なものだというふうに思います。  しかし、私自身は、そういう行為を行う少年でも、いろいろな病理性というものを持っていて、単に規範意識のゆがみのためにそういうものを行うのではなくて、非常な未熟性というふうなもので犯罪がなされる場合、そして特に、医療少年院での精神的な治療というふうなものが必要とされる少年もかなりいるのではないかと考えておりまして、それは事件の大きさというよりも、家庭裁判所の判断によりまして、その事件の背景というものを調査した上で判断がなされるべきものだというふうに考えております。  ただ、余りに重大な事件のために本人に責任を自覚させる必要があるというふうな場合には、やはりそんなに検察官送致が控え目になされてはならないといいますか、刑事処分相当という判断がなされてもいいのではないかというふうに考えるのですけれども、それは非行事実の重さだけではなくて、本人の持っている問題性といいますか、それをやはり家庭裁判所が判断するべきものだというふうに考えております。

上川陽子21世紀クラブ

○上川委員 今回の法律の中では、さきの法案と違いまして、保護者の責任の明確化ということを明示しております。子供を育ててきた長い過程というか十数年の過程の中で、親子の関係が非常に大事な点をうまく成長のところに乗せられなかったということについては、保護者の役割というのは物すごい大きなものがあるというふうに理解しておりまして、そういう意味では、明文の規定を設けるというのは大切なことだと思っております。  それで、今ちょっと千葉先生のお話の中で、虐待を受けての犯罪もかなりふえているというようなお話をお伺いしますと、加害者なのですけれども親子関係ではむしろ被害者、そういう理解もせざるを得ない部分がかなりあるのではないかなというふうに思っておりまして、その面、保護者も子供もともに、罪を同じように自覚して更生していく、矯正教育を受けていきながら社会にまた復帰していくということがとても大事になると思うのです。  そうした場合に、「訓戒、指導その他の適当な措置」というような文言になっているのですが、ちょっと私も、具体的な中で親子関係がその文言とどう対応になるのかなというのが、推測がなかなか難しいのですが、千葉先生、現場の感覚の中でどんなふうな具体的な措置というか方法がいいんじゃないか、あるいは、今やっていらっしゃいます少年院での部分で足りないところとかございましたら、その点につきまして御意見をお願いいたします。

千葉紘子篤志面接委員

○千葉参考人 今お話にございました家族関係ですけれども、確かに、少年非行の大半は、加害者でありながらも被害者であるということが本当に事実としてあるということは言えるわけです。  それで、実際にこういうふうに文言が今回盛り込まれましたけれども、本当のところは警察でも、最近警察はちょっと忙しいので、どれだけフォローできているかわかりませんが、親御さんと話をする。それから、審判でも調査官と親との話し合いが持たれる。少年院でも鑑別所でも親御さんとの話し合いが持たれます。月に一回程度は親御さんどちらか、もしくは両親そろって、家族も妹や兄弟も含めまして面会に来るというようなことがありましたときには、施設内で親御さんと施設側との話し合いが持たれて、こんなときは何子ちゃんはこんなふうに考えているようですから、言い方をこんなふうに変えてみたらどうでしょうかというような、非常に懇切丁寧な話し合いが行われ、親が初めて自分を振り返り、ああ、自分のこういうところがいけなかったのか、今度はこうしようかというふうなことにも思い至っていくという姿がございます。  ある意味では機能しているところがあるのですが、もちろん、それも通じない親も当然いるわけで、おまえなんか迎えに行かないぞといって最後まで父親が迎えに来なかった。母親一人で、やはりお父さんには許されないんだな、お父さんに嫌われっ放しなんだなと、自分自身の自尊の気持ちを大きく傷つけたまま帰ってしまうこともあるわけですが、大半は、それなりに親御さんが自分を変え、子どもを受け入れて変わっていこうとしている姿があります。  それをこうやって文章に明確化するということは、一つに、そういった作業をやりやすくしていくことにつながっていくと思いますので、これは非常に有効な一文ではないかと思っております。

上川陽子21世紀クラブ

○上川委員 今、千葉先生のお話の中で、少年院の中でのかかわりということに対して、篤志の面接指導官ということで大変御苦労しながらも、大変いいお仕事をしていらっしゃるということを伺いました。  少年院の場合には再犯率というのも日本の場合には非常に低いというふうに伺っているのですけれども、再犯率が低い少年院と、それからこの刑訴の部分でシステムが動き出しますと、そちらの方に向かう少年の数もふえるわけでありまして、少年刑務所というところと二つ、更生あるいは矯正の教育機関というのがあるわけであります。少年院と比べて刑務所の方は処分的な部分が非常に強いということで、教育的な部分については、むしろ少年院の方のプログラムをもっともっと導入したらいいのじゃないかというふうに思っているわけであります。  先ほどのお話の中で、年齢によってとか、刑の種類によってプログラムが少しずつ違っているような、厳しくなっていくというお話がございましたけれども、その辺の違いと、それから、少年刑務所の方にぜひとも考えていただきたいというようなことがございましたら、その点についての御意見をいただきたいと思います。

千葉紘子篤志面接委員

○千葉参考人 今現実に、少年刑務所はたしか七カ所で、収容されている十代の少年は二十人です。ですから、少ないと言えると思います。それが全国に散らばっているわけですから、一つの施設にはかなり少ない人数しか入っていないということです。  これからの、十六歳以上全部刑事裁判ということになりますと多少ふえる可能性はありますが、刑事裁判を受けても保護処分ということが起こり得るわけで、少年刑務所にすべて送るというわけではございませんので、この辺のところはこれから少年刑務所側で、どうしたら十代の少年たちの可塑性を考えた教育というか、少年刑務所はやはり懲役の場ですから、作業をさせ、そして刑罰として収容するということになりますので、なかなか十代の少年をどう扱うかというところは苦しいところかと思いますが、そのためにも、これから十代の教育面においての少年刑務所の処遇というものが研究され、実施されていくものと期待をしております。  そのためにはまたちょっと必要なものが、人員であったり、教育制度の充実であったりということが施設として必要になってきますので、国として考えていただかなければならないところも生まれてくるかと思います。  そして少年院に送られてきましても、教育制度というものは今そういった意味では充実しておりますが、ちょっと問題の難しい人たちが入ってくる、そういう中で、やはり職員の方々の苦労というものがこれから重なってくると思いますので、その面でも、設備、指導、いろいろな研究が深まっていかなければならないなと、このあたりは課題として私も感じざるを得ないという状況におります。

上川陽子21世紀クラブ

○上川委員 時間が来ましたので、これで終わらせていただきます。ありがとうございました。

長勢甚遠自由民主党

○長勢委員長 土屋品子君。

土屋品子無所属

○土屋委員 無所属の土屋品子でございます。  このたびは、少年法の参考人質疑の場で質問の機会をいただきまして、本当にありがとうございます。また、参考人の皆様には貴重なお話をお聞かせいただきまして、本当にありがとうございます。  私は、今回の選挙の中で、公約の中で少年法の改正を大きな柱として地元で訴えてまいりました。その反響は大変なものでございまして、特に女性の方、子育てをしていらっしゃるお母さん方が、私の演説が終わると下へおりてきて、少年法頑張ってほしい、少年法頑張ってほしいと、本当に少年法という言葉をじかに訴えてきたような状態でございまして、私としては、今回、この国会でこのように早い時期に審議がスタートしたということを大変うれしく思っております。そういう意味で、今回このように質問の場を与えていただいたことにも感謝を申し上げているところでございます。  ただ残念なのは、この少年法、やはりいろいろな考え方があると思います。その中で、野党の欠席の中で、賛成の意見と反対の意見といろいろ闘わせて改正案ができ上がるのがやはり本来の姿だと思いますので、その点においては本当に残念に思うところでございます。野党はいらっしゃらないわけですけれども、私は無所属という立場ですから、非常に中間的な立場で意見を述べさせていただければ、一日も早い野党の参加を願いながら、参考人の皆様の御意見をお聞かせ願いたいと思います。  公約で少年法の見直しを訴えたわけで、当選直後に、私は地元で自分なりのアンケートをつくりまして、千四百通配布をいたしました。それは私の後援会以外にも、地元の各戸に投げ込みをいたしました。投げ込みをした分に関してはなかなか回収は難しいわけでございますけれども、多少の意識改革にはなったかと思っています。  二十代から七十代の幅広い層から回収をさせていただいて、千四百通のアンケートの中で四百通の回収をさせていただきました。今それをまとめたところなのです。細かい話はきょうここではなかなかできないわけですけれども、普通のアンケートだと、マル・バツ式で、マル・バツだけで意見というのはほとんど書いていただけないのですが、四百通のほとんどに、非常に細かく今回の少年法についての思うところを書いていただいたのがこのアンケートの特徴でございました。  その中で、やはり少年犯罪に対するすごい不安というのを皆様強く訴えておられましたし、今回の年齢引き下げに関しては、八割の人が賛成であるという状況でございました。これは、私は埼玉県ですので、埼玉県のほんの一部の、私の選挙区だけの話でございますから、ほかの地域でアンケートをとりますと多少違っているかと思いますが、かなり国民の皆様が望んでいることだということをお伝えしたいと思います。  それから、この少年法の議論が一般的に沸騰してきたのは、やはりマスコミの影響も大きいかと思います。凶悪犯罪がふえていること、それとやはりマスコミがかなりいろいろな形で報道したことによって恐怖感を強くしているという事実もあるかと思います。私自身が日本の少年犯罪についてのデータを見てみますと、世界と比べて大変低い。ただ、世界と比べて低いからそれでいいという問題ではないかと思いますが、そういう点において、今回の改正に対するこの物すごい大きなうねりというのは、凶悪犯罪がちょっと続いたということとマスコミ報道が大きい。その割には現場の人たちは、改正の必要がないという声もかなりあるようでございますので、それはかなりギャップがあるのではと私は理解をしているのです。  その点について、現場と今の大きな動きのギャップというのについて、先生たちのお答え願える部分で結構でございますので、多少御意見をお伺いしたいと思います。岩井参考人、よろしくお願いいたします。

岩井宜子専修大学法学部教授

○岩井参考人 先ほど現行少年法の精神についてお話ししたのですけれども、まさに早期発見、早期治療というのが少年法の精神で、その精神からいけば、運用によってかなりの少年非行への対応というのができるのではないかというふうに私自身は一度書いたことがあるわけです。ですから、できるだけ非行の芽を早期に摘み取って、家庭ではもう監督できないような子供などに対しては早期に収容措置をとるというふうな、そういう厳しい対応もした方がいいのではないか、それが後の重大犯罪を防ぐことになるんだということを論じたことがあるのですが、家庭裁判所の運用自体、少し控え目な部分といいますか、そういうものがあったかというふうに思います。  ただ、成長期にある少年の可塑性というものに期待して、ケースワーク機能を発揮して親子間の調整を図る、そういう温かい対応が家裁でなされていて、それが実績を上げているんだ、少年の立ち直りに非常に効果を上げているんだ、そういう自信は非常に現場の方は皆持たれているのではないかというふうに思います。  ただ、アメリカなどではゴールト事件などのように、かなり非形式的な手続の乱用の部分、少年の人権に抵触するような部分が問題になって、だんだんと適正手続化というものが図られていったわけですが、日本では余りそういう乱用の部分というふうなものが議論されない。それは、家裁の判断というものがかなり控え目になされているということの証拠かなと考えております。  ですから、今の少年法でも、運用次第によりましてはかなり厳しい対応もとり得ますし、それから保護処分をもっと多様化するといいますか、ある程度実質的な長期の収容というものを認めることによって、問題性のある子供に対する対応というふうなものをとれるのではないかと思うわけですね。ただ、非常に規範意識の部分に問題のある子が出てきていますので、そういう者については責任の重大性を知らしめるというふうな厳しい対応はやはりとられるべきではないか。そういう意味では、今回の改正案では家裁の裁量の幅をかなり広げたという意味で評価し得るのではないかというふうに考えております。

土屋品子無所属

○土屋委員 同じ質問で、瀬川参考人、よろしくお願いいたします。

瀬川晃同志社大学法学部教授

○瀬川参考人 私は、少年法の健全育成という理念は堅持すべきである、今後も、恐らくこの改革がなされても、少年に対する健全育成という理念は堅持されるべきだというふうに考えております。これは多くの人々の一致した意見だろう。少年法の改正に賛成する方も恐らく、健全育成をやめるべきだ、少年に対しては懲罰だと言っているわけではなくて、少年に対して、現実に起こっている一部の事件というか、そういう事件についての適切な対応をすべきだという趣旨だと私は思うのですね。そういう点で私は、健全育成の理念というのは堅持されるべきであると。  それからもう一つは、実務家とかといろいろ話し合ってみますと、少年法の運用自体は一〇〇%というわけではなくて九十数%はうまくいっていたというのが一般の理解ではないかと思います。少年法は、いわゆる国際的な観点から見ても比較的うまくいっていたのではないか。ただし、九〇年代に入って、幾つかの事件で我が国の少年法が、少年審判のあり方では対応できない場面が出てきた。今回、そういうひずみというものを是正しよう。したがって、言ってみれば基盤というものは健全育成という基盤なんだけれども、そこから出てきたゆがみというか、そういうものも今回の改正で是正しようとする点で評価できるのではないかというふうに私は思っております。  先ほどおっしゃったことに少し関連して言いますと、確かに少年法改正というのは少年非行の現実と非常に対応していますので、常に流動的なんですね。先ほども少し歴史を振り返ったのはそういう意味があった。つまり、かつては十八歳、十九歳が問題であって、今は十四歳、十五歳がなぜこんなに危険なのか、怖いのかということになって、最近では十七歳が事件を起こすとなぜ十七歳なのかという議論になるということですね。したがって、そういう意味では年齢の区分というのは非常に難しいところがあるし、少年法の改正というか、少年非行の現実が流動的であるということを踏まえる必要がある。  それからもう一つは、犯罪学の言葉でモラルパニックという言葉があって、つまり、少年の非行は特にモラルパニックに陥りやすい。何か現象があるとそれに非常に即応しなければならないような、そして余計相乗効果が出てくる。  例えば、かつては校内暴力があると、何か学校で女子学生が髪の毛を引っ張り合うと校内暴力だという形で報道されたり、通り魔という事件がありましたけれども、通り魔が報道されると、近所でだれか見知らぬおじさんが出てくると、あれは通り魔じゃないかという形で報道されてしまったり、何かそういう意味で非常にパニックを起こしやすいのが現実でございます。そういう意味で、冷静な議論というか、そういうものは少年非行の議論あるいは少年法改正にとっては必要であるというふうに思います。  それからもう一つは、やはり今回の改正で大事なことは、先生がおっしゃるように、現場というものの意見をもっと聞くべきで、先ほど言いましたいわゆる矯正実務家の意見というのは聞くべきであると思いますし、あるいは検察官関与ということを考えますと、恐らく、検察官のあり方というか行動姿勢というか、従来の成人に対するものと全然違った、全然とは言いませんけれども、やはりかなり違った形で少年に対応しなきゃいけないんじゃないか。そういう点で、実務家の意見というのはもっと聞くべきだというように思っております。

土屋品子無所属

○土屋委員 今回のアンケートで、大学生からも六十通のアンケートをもらいました。その中で、大人のアンケートと比較してみた場合に、むしろ若い人の方がこの改正については賛成であり、非常に厳しい答えをいただきました。  その点については、実際に大学で学生と触れ合っていらっしゃいます先生にもう一度御意見を伺いたいんですけれども、岩井参考人、よろしくお願いします。

岩井宜子専修大学法学部教授

○岩井参考人 ある程度、若い人たちがかなり厳しい意見を持っているというふうなことは理解できます。  ただ、今私のゼミでも少年法の問題を扱っているんですけれども、重大犯罪に対してはもう少し厳しく対応しなければいけないということは申しますけれども、もうちょっと一生懸命勉強して、少年非行といいますか、そういうものに対処をするといいますか、治療、教育に当たる、そういう仕事をしたいというふうな気持ちを述べる学生たちもかなりおりまして、特に強硬姿勢が多いということは言えないんじゃないかというふうに思っております。

土屋品子無所属

○土屋委員 時間がなくなりましたので、瀬川参考人からも聞きたいんですけれども割愛させていただきまして、千葉参考人にちょっとお伺いしたいんです。  現場の声ということで、先ほど質問の中にもたくさん出てきた話なんですが、親への指導を明文化したということで、今回非常に意義があるというお答えをされていたと思うんです。私自身、いろいろ調べていく中で、日本の少年院または少年刑務所等での少年の社会復帰へのプログラムは大変よく機能していると理解しているわけなんですけれども、そういう中で、本当に、社会へ出てまた一からやり直そうという気持ちになって出てきた少年が戻る家庭、要するに、またもとの家に帰ったときにいろいろ問題が多いということを聞いているわけです。そこら辺までもちろんケアをしていると思いますけれども、そういう点において、さらにどういうものが必要であるかということの御意見があれば、お聞かせ願いたいと思います。

千葉紘子篤志面接委員

○千葉参考人 施設を出て社会に帰ると、やはり自分では立ち直っていくんだと、例えば暴力団が何か電話をかけてきても絶対電話には出ないんだ、親にいないと言ってもらうんだと。でも、町の中で、会うような場所にはまず行かないけれども、会ったらどうしようかとか、これは暴力団に限らず、つき合っていた友達、彼氏、いろいろあります、非行仲間といったような人たちとのかかわりを絶っていくにはどうしたらいいかということを、机上ではしっかりと自分で決心をして、決意を持って出院していく人がほとんどと言っていいと思います。ただ、荒波をかぶったとき、それがどれだけ実行できるかは、本当にどれだけ基礎練習を積んでいるかというようなもので、自分自身に課していること次第ですね。どれだけ自分に勝てるか。少年たちの中には、勝つ、力を持つということは、人に対してじゃなくて自分自身に負けないことなんだねなんて言いながら帰っていく人たちがいるくらいです。しかし、そこまでは少年院が面倒を見るわけにもいかず、だれか一緒についていって、こうしなさい、ああしなさいと言えるわけではありません。本人次第ということになります。  そこで助けになるのは、やはりまず家族。それからもう一つは、保護司。保護司は、その地域に根づいて活動していらっしゃいます。しかも、十代でありましたら、十八歳ぐらいで出てまいりましたら二年間、二十までは、成人までは保護観察がつくということになりまして、保護観察期間の間は定期的に、月に一回なり二回なり行って、今どんな生活をしている、どこに勤めている、保護司もお宅へ訪ねたり仕事場を訪ねたりということで、まあ仕事場までは人によってだろうと思いますけれども、少年の様子を確認しながら、間違わないようにというサジェストは常に重ねているわけです。  しかし、それでも少年がそこからも切れてしまったときは、これはもうだれが何をするという状況にはなくなってしまいます。その少年が再び非行を犯すということも可能性としてはゼロではないし、実際のところ、ドイツなどでは七、八割ぐらいが少年院へ戻ってくるということを話しております。日本では、再犯率がことしの一番新しい資料で二四・数%ですから、非常に少ない。さらに少年院へ戻るとなりますとさらに少ないわけで、おおむね少年たちは立ち直っていると考えていいと思うわけです。  しかし、わずかながら再非行する子もいる。これは、本人がどれだけ立ち直る力を持っていたかどうかというところ、それから環境がどれだけ受け入れたかというところに頼るしかないというところが実情だと思います。

土屋品子無所属

○土屋委員 時間になりましたが、今のお話を伺って、地域社会の教育力というのをもっと高めなければいけないのかなということを強く感じました。  それと、もう一言最後に、けさのニュースで、民主党の方で民法での成人年齢を十八歳とするというふうな意見が出てまいりました。そうなりますと、少年法の二十歳も十八歳という話もまた出てくる可能性も出てまいります。ぜひ民主党の皆様も、この委員会の席でいろいろ意見を述べていただければありがたいなということを私の意見として述べさせていただきまして、終わりにさせていただきます。  きょうはどうもありがとうございました。

長勢甚遠自由民主党

○長勢委員長 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。  この際、参考人各位に一言御礼を申し上げます。  参考人各位には、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。  次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午後零時十八分散会

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