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149回国会衆議院2000/08/04

文教委員会 第2号

発言数
97
登壇者
12
会派数
7
開催日
2000/08/04

会議録

西博義公明党

○西委員長 これより会議を開きます。  文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。  この際、お諮りいたします。  本件調査のため、本日、政府参考人として文部省初等中等教育局長御手洗康君、教育助成局長矢野重典君及び厚生省児童家庭局長真野章君の出席を求め、説明を聴取したいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

西博義公明党

○西委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。     —————————————

西博義公明党

○西委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。松浪健四郎君。

松浪健四郎保守党

○松浪委員 おはようございます。保守党の松浪健四郎でございます。総選挙後初めての質問でトップバッターに立たせていただきますことを、大変光栄に存じます。  過日の委員会で文部大臣のごあいさつをお聞きして、それに関して幾つかの質問をさせていただきたい、このように思います。  もとより、私はずっとスポーツ選手でありました。したがいまして、スポーツ行政について深い関心を寄せるものでありますけれども、もう四十数日でシドニーでオリンピックが行われようとしておりますし、国民の関心もだんだんと高まってきております。  そこで、大臣の演説の中には、「間近に迫った二十一世紀に我が国が心の豊かな美しい国家として発展していくためには、国民一人一人の生きがいにつながる教育、学術、文化、スポーツの振興が極めて重要であります。」このように述べられております。つまり、スポーツの位置づけは非常に大切である、このような認識でありまして、既に大島大臣はいろいろなジャンルのスポーツの視察を行ったり、強い興味を持っておられることは、私は既に承知しているところでございますし、演説の後段には、「スポーツも、心身の健全な発達に資するとともに、明るく豊かで活力に満ちた社会の形成に寄与するものとして、ますますその重要性が高まっております。このため、学校体育、生涯スポーツ、競技スポーツの各分野にわたり、施設の整備、指導者の養成確保、各種事業の実施などの施策を推進してまいりたいと考えております。」このように強く述べられているわけであります。  これらについての御質問をさせていただきたいと思いますが、冒頭、けさほどの新聞の朝刊は、おおむね一面トップで、千葉すず選手のスポーツ仲裁裁判所、CASへの訴えが棄却された、こういう報道がございました。これについて、文部省の見解、また鈴木総括政務次官の見解をお尋ねしたいと思います。

鈴木恒夫自由民主党文部政務次官

○鈴木(恒)政務次官 私は松浪委員ほど華麗なスポーツ歴を持っているわけではありませんが、自分でサッカーもやりますし、これから先も青少年の教育にとってスポーツというのは本当に大事なものだ、社会の中で個人がどうあるべきかとか、団体の中で個人が果たすべき役割であるとか、他人への思いやりであるとかというようなことを青少年に植えつけていく上で、非常にスポーツは、いよいよ時代的に、あるいは教育的側面を強めていると思っております。  千葉すずさんのこの提訴につきましても、そうした意味で関心を持って私個人も見てまいりました。裁判でございますから、当然どろどろしたところがあると思っておりましたが、少なくとも昨日CASの裁定が出た後の日本水連並びに千葉すずさんの対応は、私は、いや、さすがやはりスポーツ界の人たちだと感心をして見ておりました。  選手選考に不公平はなかったという裁定の一方で、情報開示が十分でなかったという指摘もあって、補償命令も出たわけでございますから、当然、水連は情報開示にこれから努力をされることでございましょうし、私は、スポーツのあり方として、フェアで健全で、終わればノーサイドという、そうしたスポーツ精神を国民一般にもう一回再確認させるという意味で、千葉すずさんのこの一連の動きは、むしろ日本のスポーツ界にとってありがたい一石を投じてくださったと個人的に思っております。

松浪健四郎保守党

○松浪委員 総括が今述べられましたように、私も同じ考えを持っておるわけであります。私もオリンピックの予選で最終予選までこまを進めた経験がございますけれども、とにかく、これからオリンピック代表の選考に当たっては、国民の皆様方、また選手自身が納得できるように日本のスポーツ界が情報をちゃんと公開していくべきである、私もそのように思いますし、フェアであってほしい、こういうふうに願うものであります。  スポーツを盛んにしていくためには、いろいろなスポーツ環境というもの、これを整備していかなきゃなりませんけれども、そのためには財源が必要になってまいります。  そこで、その財源をどこに求めるのか。多くの先生方がいろいろな知恵を絞ってくださいましたけれども、サッカーくじ法案が成立をいたしました。私もその法案の提出者の一人でありましたけれども、いよいよ来年から始まる、こういうふうにお聞きしておるわけでありますけれども、いろいろなニュースがありました。しかし、どのような形で行われるのか、そのスケジュール等について政務次官にお尋ねしたいと思います。

鈴木恒夫自由民主党文部政務次官

○鈴木(恒)政務次官 お答え申し上げます。  先ほど申し上げましたような、スポーツ振興を図るという大目的のために、国の財政が非常に逼迫をしている、あるいは経済の高度成長がもう望めないというこの時代背景の中で、やはりスポーツ振興のための財源をという意味でスポーツ振興くじの議論が始まったわけでございまして、二年前に法律をつくっていただきました。  それに基づきまして、我々は来年、十三年度からこのスポーツ振興くじ、くじの名前も「toto」と決めまして、具体的に実施したいと思っておりますが、当面、この十月下旬から十一月にかけまして、その準備のため、試行錯誤もあると思いますので、実験的に静岡県におきまして販売を開始したい、大体三百五十カ所ぐらいを想定して販売を始めてみたい、こう考えているところでございます。

松浪健四郎保守党

○松浪委員 スポーツ振興くじの収益は、だれもが身近にスポーツに親しめる環境の整備、そしてトップレベルの選手の国際競技力向上のための環境の整備、国際的なスポーツ活動への支援、スポーツ指導者の養成、資質の向上など、あらゆるスポーツの振興のための事業に活用されるものと承知しているわけでございますが、収益配分はいつから行われ、また具体的な配分方針はどのように決まるのかをお尋ねしたいと思います。

鈴木恒夫自由民主党文部政務次官

○鈴木(恒)政務次官 御存じのとおり、法律の第二十一条で、収益の三分の二はスポーツ振興を目的とする事業に充てる、こう規定してございますが、文部省といたしましては平成十四年度からの収益配分を考えております。  それに先立って、やはりこれは透明性が問題になりますので、先ほど申し上げましたように、スポーツのあり方から考えても、一点の曇りもあってもいかぬと考えますので、保健体育審議会の御意見なども聞きながら基本的な方針を文部省として定めまして、そしてこの方針に基づきまして、各スポーツ団体あるいは地方公共団体等に広く配分について公募をしたいと考えております。そして、透明性や公平性を十二分に確保した公正な手続で、十四年度から収益の配分に入りたいと考えております。

松浪健四郎保守党

○松浪委員 この配分につきましては、例えばスポーツに関する基金に入れるというようなことがありますと、金利の問題等で運用にそごを来すというようなこともございますので、十分御配慮を賜りたい、このようにお願いしておきます。  時間が参りましたので、これで終わります。どうもありがとうございました。

西博義公明党

○西委員長 岩永峯一君。

岩永峯一自由民主党

○岩永委員 おはようございます。大島大臣には御出席をいただきまして、基本的な文部省のあり方、そしてこれからの教育のあり方について初めての御答弁をいただけること、大変うれしく思います。  御承知のとおり、小渕内閣そして森内閣を通じて、国民の機運も、いよいよ教育の改革が断行されるだろうと。そうした状況の中で、今回の組閣で大島大臣が就任された。我々は大変な期待と、そして、平素の大臣の決断力、行動力に見られるごとく大島大臣は必ずやってくれるだろう、こういうような気持ちで大臣の就任をお喜び申し上げるものでございます。  また、けさの新聞でございましたか、青少年の重要犯罪が年間千人以上にも上るということがございましたし、先般、学級崩壊のアンケートをとりましたところ、五校に一校は学級崩壊を来している。これを見た国民は、日本の教育はなぜこんなになってしまったのか、かつての美しい日本はどこへ行ってしまったのか、そして荒廃した子供たちの心をどう直せるのか。戦後五十五年という歴史を持つわけでございますが、本当にかつての美しい日本の心を取り戻すためには、また五十年間の歴史を要するのではないかというようなことさえ言われているわけでございます。  今こそ、我々国政に携わる者そして国民が一致団結して、教育を真剣に考え、社会、家庭、学校、それぞれの職務を十分に果たしていかなきゃならぬのではないか、そういう決意を持つものでございます。  先般も教育改革国民会議の報告が出されました。曽野綾子さんのすばらしい提言を初め、私もあれをずっと読ませていただいたんですが、やはりそのもってしかるべきところは、教育基本法を抜本的に変えていく、そしてその中で国民が義務と責任をきちっと負う、こういうところにあろう、このように思います。  私も、では教育基本法の改正の反対論はどこにあるのかということを調べてみました。しかし、反対をしている政党もあることはあるんですが、特に、教育基本法の理念である個人を大切にする精神がどう変わるかというようなことからきて、戦前の国家統制的な教育制度の復活につながるおそれがあるのではないかというような、かつての戦争に起因する部分の心配というのが中心になされているわけでございます。  しかし、教育基本法の前文及び第一条において個人や普遍的人権が強調され過ぎて、国家や郷土、そして伝統、文化、家庭、自然の尊重という部分が現在の教育基本法の中で抜け落ちている。そういう部分が私は大変問題ではないかということ。  それから、ずっと条文を読んでいますと、子供が生まれて、育って、そして一番最初に感化を受ける、具体的に言うと教育をされる、その部分の家庭教育というものが社会教育の一部として位置づけられておって、一番大事な家庭教育の部分というのが教育基本法の中にないということでございます。  それから、宗教教育に対してでございますが、私は、宗教というのは人間にとって一番基本になるものであろう、そして、宗教を持つことによって人間の将来理念というものがやはり確立していくのであろうということを思うんです。その規定の中で、やはり情操教育、そして地域における伝統や習慣がかなり希薄化している状況の中で、どの宗教を信じよとか持てとかいうことではなしに、やはり将来的に宗教を持つことが大変大事である、その上に立って人間の個人の確立がされる、私はそういうことを考えるわけでございます。こういう部分も、これからの教育基本法の中の新たな部分として議論されるべきではないかというようなことを思うわけでございます。  大臣には、先般の教育改革国民会議を受けて、一番教育の理念になる教育基本法についてどのように思っておられるか、そして、先ほど申し上げたように、家庭教育そして宗教教育についての考え方をどうお持ちいただいているか、このことについてお伺いしたいと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 大変おくれて参りまして申しわけございません、閣議等がございましたものですから。  今、岩永委員は、国民会議の議論を踏まえて基本法の問題をどう考えるかという御趣旨であったと思います。  私は、大臣に就任して次のようなことを言ってまいりました。教育問題というのは実は、だれでもが受けて、だれでもが家庭で悩み、そしてきている問題だ。したがって、そういう意味では、非常に国民の皆さんが教育問題についてはそれぞれが意見を持っている問題だと思います。そういう観点から見て、私は、今岩永委員がおっしゃったように、子供たちのいろいろな犯罪、あるいはいろいろな悲しい出来事ということを見ますと、昔から青少年の中には、それは犯罪とは言わないが問題があったと思うけれども、問題の質の変化が起こっている、そういうことを考えるとこの問題について本当に一つ一つの案件を深く掘り下げてみたいんだということを申し上げてまいりました。  基本的に私は、少年犯罪等も含めて、教育というのはそういうことですから、地域、家庭、教育の現場が同じ責任を持ってみんなで取り組まなきゃならぬ、ボールの、責任の投げ合いをしちゃならぬ、これが基本的に今大事な第一ポイントではないだろうかということを申し上げてまいりました。  そこで、国民会議で議論されているのは、一つだけ、改めて、これは御理解いただいていることだと思いますが、あの会議は総理の私的諮問機関でございます。文部省としては中教審という審議会がございますが、これは法律に基づいた審議会でございます。総理のところにおける私的諮問機関が各般の議論をしていただいて、そして中間報告的なものを出していただいた。その中に基本法の問題がある。  私は、教育というのは、普遍的な、いわば一つの価値を求めて行うという部分と社会の変化に対応していく部分、そういうものが二つあるんだろう、こう思います。国民会議の議論の中で、我々もきちっと踏まえなきゃなりませんが、例えば昭和二十二年のときと今の時代との変化というもの、我々がもろもろ考える上で考えなきゃならぬことがあるんだろうと思うんですね。例えば、簡単に言いますと、人口だってもう全然違いますし、あるいは出生率の問題だって違いますし、そういう意味で、そういう変化に対して教育の基本法を大いに議論していただくことは結構なことじゃないだろうか。そういう中に公というものをどう考えるかということだと思うんですが、当然そういう問題も議論していただいていいんじゃないだろうか。  国民会議の御指摘をいただいている点を我々もきちっと勉強しながら、大いにこの委員会でもあるいは国民の間でも自由濶達に議論していただきたいという思いを今持っているということだけ申し上げておきたいと思います。

岩永峯一自由民主党

○岩永委員 もう一つお尋ねしたいんですが、家庭だとか社会が大変大事だと。しかし、文部省なり県の教育委員会、市町村の教育委員会がそれぞれ及ぼす範囲内というのは、意識のある方だけを対象にしている。むしろ、本当に子育てのあり方、それから立派な社会人としての、公人としての自覚、そういうものをやはり生涯教育の中で普及徹底させていかなきゃならないんですが、よく言われるように、三割未満にならない人にしかその影響を及ぼせない。私は、今文部省が思い切って生涯教育を、そしてそれぞれの市町村で行っている社会教育の部分を、本当に全国民にまで及ぼせるような具体的な方法はないか、このように常々考えております。  先般も提案させていただいて、当時の河村総括政務次官から御答弁をいただいたんですが、例えば、おなかに子供を宿す、母子手帳をもらう、そのときに、子育てに対する哲学、そしてしつけ、善悪、そういうことを教えるのにどうしたらいいかということで、子育て手帳というのを全部の皆さん方にお配りをいただき、そしてビデオもつくっていただいて待合室等で見ていただくような文部省の配慮をいただいたわけです。  私は、それでもなおかつ不十分だということで、今提案しておりますのは、できたらビデオを文部省が産婦人科の先生に預けて、そして産婦人科の先生が、母体の健康診断に来られた妊婦さんにそれを、次に診察に来るまで見てくださいよと。また、その次に来られたときにはその次の段階のしつけの部分をお渡しするというような形の中で、本当に全員に渡る、そういうような具体的な対策がとれないかということで、今文部省にそのことを強く要請しております。  例えば、皆さん方がお集まりになる入学式だとか卒業式、またその説明会等には、幾ら不熱心な親でも必ず来るわけです。そういうふうなときをとらまえて全員にそういう機会を与えるようなことをしていかないと、かつての一割、二割をとらまえて教育をしているだけでは、今回のこの青少年問題、そして国民が心配している部分での意識高揚、自覚というものができない、このように思います。ちょっと生涯教育に対する積極的な御答弁をいただきたい、このようにお願い申し上げます。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 委員は、子供に対する教育という観点から、お父さん、お母さんに対する生涯教育という視点だと思います。  私どもも、岩永委員御承知のように、こういう家庭教育ノートとか家庭教育手帳というのを皆さんにお配りして、言葉がちょっときついかもしれませんが、お父様、お母様の教育というんでしょうか、指針というんですか、考えたらどうですかということでかなり配っております。  今委員がおっしゃるように、もう胎教として、子供を産む前からそういうことをやったらどうかという御指摘だと思いますので、ちょっと勉強してみたいな、こう思います。また、余り予算もありませんが、金をかけないでそういうことがどうやったらできるだろうか。なるほどなと思う点もありますので、しかと勉強してみたい、こう思っております。

岩永峯一自由民主党

○岩永委員 どうもありがとうございました。大島大臣、あなたならやれる、あなたでしかやれない、このように思っておりますので、頑張ってください。

西博義公明党

○西委員長 渡辺博道君。

渡辺博道自由民主党

○渡辺(博)委員 おはようございます。自由民主党の渡辺博道でございます。  大島大臣におかれましては、大変重要な時期における文部大臣という重責を担いましての御活躍を、これから期待しております。  時間が限られておりますので、早速質問に入らせていただきます。  前回の委員会の中で、文部大臣のごあいさつがございました。その中に、項目的には二つの項目のところに国際交流という言葉があります。ちなみに、七番目の項目でありますけれども、「国民一人一人がゆとりと潤いを実感できる、創造的で活力ある社会を形成していくため、我が国古来の伝統文化を継承・発展させるとともに、すぐれた芸術文化の創造を図り、文化を通じた国際交流」という言葉であります。それから、九番目の項目でありますが、「IT革命や情報化、国際化など社会の大きな変化に的確に対応した施策の充実に努め、教育の情報化やITのもたらす影の部分への対応、さきの九州・沖縄サミットのG8共同宣言にも盛り込まれた学生、教員、研究者等の国際交流の拡充等」というような形で、このごあいさつの中に国際交流という言葉が二つ、二カ所述べられております。  私は、この国際交流に関しての視点に立って質問させていただきたい、そのように思います。  ここにちょっと分厚い資料がございます。「海外の日本語教育の現状」という本であります。国際交流基金日本語国際センターで発行したものでありますが、一九九八年度版であります。  この中を見ますと、諸外国において日本語の教育を実施している機関や教師の数、そしてまた学習者数が載っております。一九九八年の調査によりますと、機関数は六千二百八十機関、教師の数として九千百七十六名、学習者数が百三十八万一千七十七人というふうになっておりまして、五年前の調査に比べますと、機関に関しては七三・一%の増、教師の数としては三七・三%の増、学習者数は二六・四%の増というような状況であります。  こういった中において、国別に見ますとどこが日本語教育に熱心であるかということでありますけれども、一位は韓国で七十三万一千四百十六名の学習者がいます。二位がオーストラリア、二十九万六千、中国が三位で十一万六千、四位がアメリカで七万四千、五位がニュージーランドで三万九千というような数字であります。そしてまた、機関の数としても、韓国が千八百九十機関、オーストラリアが千六百四十九の機関というような形で、各国において日本語の教育が着実に行われているなというふうに私自身も実感しているところであります。  そうした中において、海外において日本語を学ぶという意味は、まさに日本の伝統文化や社会、こういったものも言語を通じて理解してもらえる、さらに日本と交流を親密に図れる大事な要素だというふうに思うわけであります。したがいまして、国際交流のその源は、やはりお互いの言語を理解するということだと私は思うわけであります。  その中で、同様に我が国の外国語教育を見たときに、やはり多様な国があるわけでありまして、多様な国の言語や文化を大いに学ぶことこそがこれからの国際社会の大事な要素だというふうに思うわけであります。ともに、外国の生活、外国で暮らしている人々の生き方や、そしてまた資質やその能力、こういったものをお互いに交流し合っていくこと、これがこれからの国際化の中の大事なポイントではないか、そのように思います。  そこで、昨今、このような国際化が進展する中で、国際理解を深めるために、先ほど申しましたように、海外においても日本語教育が初等教育で、これは初等教育は実際の教育の中では三割程度でありますけれども、徐々にではありますが広がっているという現状を見ますと、我が国においても小学校のレベルから外国語教育にさらに積極的に取り組む必要があるのではないか、私はそのように思うわけでありますが、まず大臣に、この点についてどのようにお考えか、お伺いしたいと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 渡辺委員に国際交流という観点からいろいろな御指摘をいただいて、大変勉強になりました。  その中で、初等教育から外国語という問題に真剣に取り組んだらいいのではないかと。私どもはまず、今、総合的学習、そういうふうなことを始めているわけでございますし、また、平成十四年から新指導要領でその総合的学習というものをさらに推し進めていかなければならない、そういうことの中で、小学三年生以上の学年において、国際理解をさせるという一環で積極的にその問題に取り組んでみたい、こう思っております。  一方、小学生の低学年の皆さんは、やはり他の基礎的な学習というものもこれはとても大事でございますから、そういうふうなことの関連の中で、特に我々日本人、私も含めて、外国語という問題にもっともっとなれ親しませなければいかぬという思い、問題意識は持っておりますので、先生の御指摘を踏まえながら、総合的学習の中で小学校等においてさらに積極的に努力してまいりたい、このように思います。

渡辺博道自由民主党

○渡辺(博)委員 ここに実は手紙が来ておりまして、  わたなべせんせいへ  こんにちは  わたしはしょうがっこうにねんせいオキョンハです  ほんとうにありがとうございます  きょうはろくがつにじゅうさんにちきんようびです というような、こういった手紙が何通も私のところに来ております。 例えばもう一つ。  わたなべせんせいへ  こんにちは  わたしはしょうがっこうごねんせいシンヘジです。  さいきんてんきがあついでしょ?  ほんをおくってくださってほんとうにありがとうございます。  それではさようなら。  ろくがつにじゅうさんにち このように、ごらんになれますでしょうか。  これは、実はことしの四月から韓国の日本語学校に日本語の教師として赴任された方から、日本語の勉強を教えるために何か材料がないですかということの依頼が私の方にありました。したがって、私は小学校一年生の国語の本をお送りさせていただきました。その結果のお手紙であります。  やはり韓国においても、このような形で日本語教育に積極的に取り組んでいるのです。そしてその結果、この子供たちは日本に大変興味を持ってまいりました。ぜひとも日本の小学校と交流したいんだ、そういう話が今出てまいりました。  ところが今、翻って、自分の国の中で韓国語を教えているような学校などというのが小学校で本当にあるのだろうか。各学校に尋ねてみましたけれども、やはり地元では、ありませんでした。  私は、これからの時代、まさに国際化と言われておりますけれども、日本はアジアの国家の中でどのような役割を担うのか、これは大事な時期に来ているというふうに思っておるわけであります。それは、二〇〇二年ワールドカップを一つの境にしまして、さらに日本としての重要なパートナーシップをとる国である韓国、この韓国との関係をより一層緊密にしていくことがこれからの日本にとって大変重要な役割であると思うわけであります。  この点については、まさに森総理が所信の中に述べております。「外交の新生」というところの項目でありますけれども、「歴史的な南北首脳会談など大きな動きが見られる朝鮮半島情勢につきましては、沖縄から発出されましたG8の力強いメッセージを踏まえ、米国、韓国を初め、関心を有する国々と緊密に連携しながら、北東アジアにおける新時代の到来に向け、全力を傾けてまいります。」そしてまた、日朝間の関係に関連してのお話でありますけれども、「国交正常化の達成、安全保障や人道上の問題を含めた懸案の解決に向け、最大限の努力を行ってまいります。そのためにも、新たな次元に達した韓国との信頼関係をさらに強化すべきことは申すまでもありません。」と、総理みずからが韓国との関係をより重要であるということを御表明しております。  したがって、私は、これからの日韓関係を二十一世紀においてより親密な関係ととらえるためにも、国家間の交流だけではなく、まさに草の根の運動が求められているのではないか、そのように思います。したがって、小学校のうちから、韓国の皆さん方の文化に親しむ、こういった教育の場が必要ではないか、そのように思っておりますが、大臣、いかがでしょうか、御所見をお伺いいたします。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 渡辺委員の数々の御指摘で、大変共感するところがたくさんございます。  特に、韓国という国ということの中でのお話でございました。文部省の立場としては、やはり外国語の多様化という視点からこの問題をひとつとらえなければならぬだろう。したがって、高等学校の外国語の教育の多様化という視点から、もう実験的にやっていただいているところもあります。  一方、日韓という関係の中で、渡辺委員が今特にお話しされましたが、金大中さんがいわば日本文化の開放ということを韓国でやられたのは大変な勇断であったろうと思います。そういう中にあって、今のような問題提起をされたときに、日本側がどうしたんだろうかという思いが実は私の中にあるということだけは申し上げておきたいと思います。  いずれにしても、数々の御指摘に対して、さらに研究し、また御議論をしてみたい、こう思っておりますので、大変重要な御指摘だと思っております。

渡辺博道自由民主党

○渡辺(博)委員 大島大臣の心の中にそういった思いがあるということを理解させていただきますが、文部省としても、外国語教育といえば英語であるという、その一辺倒の考え方はもうこれから改めるべきだと私は思います。世界各国、国際的に、国はいっぱいあるわけでありますから、その多様性を、やはり小さいうちからいろいろな選択肢を与えてあげることも大事なことだ。まさに国際社会において、これから日本が進むべき道として、子供たちにそういった選択の道を与えること、これは大事なことだと思いますので、どうぞ大臣におかれましては御理解をいただきまして、積極的に推進をしていただきたいと思います。  時間が参りましたので、これで質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。

西博義公明党

○西委員長 次に、松沢成文君。

松沢成文民主党・無所属クラブ

○松沢委員 皆さんおはようございます。民主党の松沢成文でございます。  大島大臣におかれましては、文部大臣御就任おめでとうございます。行動派の大島大臣が生まれたことで、日本の教育改革も前進するのではないかと期待をする一人であります。  さて、教育改革が今大きな日本の課題になっていることはもう間違いないと思います。小渕前総理も、ことしの一月の施政方針演説の中で一番目に取り上げたのが教育改革でありました。その思いを受けて、三月には教育改革国民会議がスタートをしたわけであります。  残念ながら小渕前総理が急に御逝去をされて、それを継いだのが森総理大臣、この森総理大臣も、ずっと政治家としての活動の中で教育問題に中心になって取り組んできた、いわゆる文教族のリーダーであった方でありまして、私は、教育に対する問題意識は大変大きなものをお持ちだというふうに思っております。  その第二次森内閣で大島大臣が文部大臣に就任されたということでありますけれども、大島大臣が就任後の各雑誌や新聞のインタビューの中で、教育改革について聞かれる中で、こういうふうに言っているところが多いのですね。まず森首相の思いをしっかり聞いてから今後どういうふうに取り組むか考えたいと。具体的には、「森総理は長い間、教育に取り組んでこられています。教育改革に対する国民の期待もありますし、総理の気持ちを一度聞きたいと思っております。具体的にはそれからです。」ということなんです。  第二次森内閣がスタートして一カ月たって、臨時国会も始まっているという中で、恐らくもう文部大臣は総理にこの思いを聞かれたと思うのですが、森総理大臣の思いというのが、今回の所信表明演説のペーパーの中ではまだ私たちにはちょっと伝わってこないのですね。大島大臣が森総理と話して聞いた、森総理大臣の教育改革に向ける思いというのはどういうものなんでしょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 私は、文部大臣としての教育改革に対する問題点は自分では持っております。  先ほど来申し上げましたように、国民会議というものを私的諮問機関として前総理から現総理に引き継がれて、そして、内閣全体の問題として総理がこの問題を考えたい、自分としても考えてみたいということで流れてきていますから、したがって、そういうことを申し上げてきたわけでございます。  私自身が国民会議の意見等、各分科会の報告を聞きながら、ああ、こういうところは文部省としても共通していることであるしやらなければならないことだろう、しかし、今すぐやれること、中期的に考えなきゃならぬこと、将来的に考えなきゃならぬこと、これもまたいずれにしろ精査しなきゃならぬだろうということを自分の頭の中で整理をした上で、私は、総理ときちっとお会いして、総理の思いを聞こうと思っております。  そういう意味では、教育改革をきょうの時点で、松沢委員おっしゃるように、総理はどこをどういうふうにしてどういう思いでございますかというきちっとしたお話をする段階ではまだないと思っているのです。  というのは、国民会議というものに今諮問しているという状況も一つあるし、私自身の思いというものをもう少しで整理できると思いますが、そういう中で、やはり会うに当たっては、自分でもきちっと、こういう点とこういう点とこういう点でしょうねということを申し上げなければならぬわけですから、少なくとも遠くないうちにぜひお時間をとっていただいてお会いしたい、こう思っております。

松沢成文民主党・無所属クラブ

○松沢委員 まだそこまで話を詰めていないということですが、次の臨時国会までにはぜひとも森総理と語らい合って、お互いの思いを確認していただいて、また衆議院の方にもお披瀝をいただきたいと思います。  さて、今大臣の話にありましたけれども、教育改革国民会議は総理の私的諮問機関であります。教育を担当する文部省には中央教育審議会という、これは国家行政組織法八条の法的な機関でありまして、やはりこの中央教育審議会も、教育の基本的なテーマについて諮問し、議論をしていただく、こういうことに法的位置づけはなっているのですね。  かつて、一九八〇年代にいわゆる臨教審というのができた。臨教審も国家行政組織法八条の法的な、これは総理の諮問機関。それで、文部大臣の諮問機関である中央教育審議会とある意味でかち合ってしまったために、臨教審を優先してと言うのは語弊がありますが、臨教審をやっている三年間は中教審は休止をいただいて、臨教審で基本的な方向を議論していただいて、それで出てきた答申で、文部省としてどうするのかということを中教審に諮っていって、さまざまな中教審からの提言が出てきた、こういう関係でありました。  今回の国民会議は、今回、中間報告までいっていませんが、審議の報告というのが出てきて、見ると、物すごい抜本的な、おっと、ここまで言って本当にやれるのかいなと思うようなものがたくさんあるわけですね。こんなことは文部省は絶対できぬだろうと思うようなこともたくさんございます。  例えば、曾野さんあたりが一生懸命言われている奉仕の義務化とか、あるいはアメリカのチャータースクールをほうふつとさせるようなコミュニティ・スクールの提案とか、あるいは先生方にとってはちょっと厳しいのじゃないかと思うような、資格認定を繰り返しやっていけとか、あるいは校長先生を公募して民間人をどんどん入れろとか、すごい提案がたくさんあるわけです。確かに、私も見ていて、こんなことできるわけないだろうと思うのもあるし、よくここまで言えた、これができたら日本の教育は変わるぞというのもあるわけですね。  この教育改革国民会議で出てきた提言、これをまず、総理の私的諮問機関だから、総理がこの中でいいぞと思うものはやれということになるのでしょう。ただ、教育の現場である文部省、文部省としては教育行政をつかさどる立場で、文部大臣がいて、またその諮問機関である中教審があるわけです。ですから、この国民会議の提言をどのように具現化していくのか。  もっと詳しく聞けば、この出てきた提言はあくまでも総理の私的諮問機関の提言であるから、文部省として、今後文部省内で、あるいは中教審なりに諮ってこの提言の具現化について検討する、もう一回文部省でやり直しますよという方向なのか、それをお聞きしたいと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 松沢委員、本当によく勉強して質問しておられるなと思いますが、先ほど来私が申し上げておりますように、これは総理の私的諮問機関です。答申を総理がどう受けるか、これはまだわかりません。受けた上で、閣内としてそれをどう扱うのか、これもわかりません。  ただ、いずれにしろ、そういうあらゆる層の方々にお集まりいただいて、総理として、教育論というものを本当に幅広く議論してくださいとお願いしているわけでございますから、そこでもし答申が出てくる、そこで私は、先ほど来申し上げましたように、総理ときちっといつかの時点でお会いしたいというのは、そういう問題も含めてお会いをしなければならぬと思っております。  今松沢委員から、臨時国会前にと、こういうことで、臨時国会がいつ開かれるのかわかりませんので何とも言えませんが、そんなに遠くない時期にはお会いしたいと思います。その案件の中身によっては、やはり我々文部行政の責任ある役所として、この法律に基づいた中教審、中央教育審議会にかけなきゃならぬ、諮問しなきゃならぬ問題も、私はそれを全部否定はできない、こう思っております。  そういうふうなことの中で、先ほど来申し上げたように、今やれるもの、同じ思いを持ってやらなきゃならぬもの、中期的に考えなきゃならぬもの、長期的に問題提起として受けとめなきゃならぬものもあるんではないかなという、まだ私も正式に聞いていませんので、そんな思いを今持っておりますが、進め方としてはそういうことを否定するものではありませんと、こういうことです。

松沢成文民主党・無所属クラブ

○松沢委員 この国民会議の第一分科会ですか、その報告の中に、先ほどから議論があります教育基本法のあり方についていろいろな討議があったということがありました。  それで、これは文部大臣というよりも一政治家大島理森代議士としてぜひとも御意見をいただきたいんですが、私は、前文部大臣の中曽根さんにも、教育基本法についての認識、見解というのをお聞きしました。一政治家としてどう考えるか。  例えば中曽根さんは、「日本人としての基礎、基本を教える、つまりどういう人間をつくろうとするのか、そういう理念や精神が欠けている、魂のない、余り血の通っていないもの」に思えてならない、こういう見解なんですね。今回の所信表明演説の中で森総理は、教育基本法についてこう言っているんです。「制定して半世紀となる教育基本法についても、抜本的に見直す必要がある」、この文章だけなんですけれども、そう言っておられる。  さて、大島理森代議士として、教育基本法についてはどのような認識、御見解をお持ちか、お聞きしたいと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 個人として答えをというわけにはなかなかいかないかもしれませんが、ただ、大臣就任以来私が申し上げてきたことを申し上げます。それは、私は、大島理森というのは今大臣ですから、決して違うことを言っちゃいかぬという政治家としての思いがありますから。言います。  一つは、昭和二十二年に教育基本法が策定されたときと今日の時代を考えるときに、二、三の点で大きな変化があるんじゃないでしょうか。  まず第一に、国際社会の中における日本という問題が大きく変化してきたのではないでしょうか。  第二点、そういう中で、やはり今我々が大人も含めて問われる問題は、個と全体の均衡という問題が問われているのではないでしょうか。  第三点として、やはりこれは一緒くたにするといけないかもしれませんが、社会現象として、少子化と情報化と物の豊かさという問題が、物質的に大きな変化を及ぼしているのではないでしょうか。  そういう状況の中で、教育というのは普遍的な理想を求める部分と、それから現代社会、これからの社会の変化にきちっと子供たちが対応していくとするならば、そういう役割を持つならば、そういう社会の変化をきちっと見据えて我々はやはり考えていかなきゃならぬのじゃないだろうか。そういう視点から、教育基本法というものを大いに議論してみたいものだというふうに申し上げてきました。  そして最後に、私自身が思う今の子供たちの世界というのは、孤立するの孤ですね、孤の世界が広がり、社会性が非常に少なくなってきておると私は思う、そういう点も踏まえて大いに議論してみたいものだというふうに申し上げてまいっております。

松沢成文民主党・無所属クラブ

○松沢委員 今回の報告の中で、さまざまな委員の意見が出ておりまして、なるほどなと思えるものもあれば、ちょっとこれはなと思える意見もございますが、今大島大臣としても、政治家として答えなきゃいけないということで、この御意見、私もおおむね問題意識としては共有する部分があります。  ただ、強いて挙げれば、教育基本法の中で五十年前の制定時にはなかったものが、大きな社会環境の変化の中で、もちろん国際化というのもそうでしょうし、あると思うんですが、それは私は、環境教育だと思っているんです。  大島大臣も以前は環境庁長官をお務めになっていて環境問題には造詣が深いと思うんですけれども、やはり、地球社会が環境の悪化によって長期的に見ると立ち行かなくなってしまうという危機感を持っているわけですね。環境保護というのはもちろん大事なんですが、それを実践たらしめる原動力はやはり教育以外にないんですね。それぞれの人間が環境的視点あるいは心を持って生活を行っていかない限り、環境というのは絶対によくなりません。  ですから、そういう意味で私は、社会教育だとか政治教育だとか宗教教育だとかさまざま項を立てていますが、もし新しい教育基本法をつくるとしたら、環境教育というような項を立てるぐらいに、環境の問題を教育の中でどう位置づけていくかということを明文化した方がいいと思っているんですが、いかがでしょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 きのう実は子ども国会というのをやりまして、私は非常にびっくりしましたが、またその子供たちの大変率直な意見の中で環境という問題が非常によく出るんです。そのぐらいに今子供たちの意識の中に環境という問題があるということを、私はとてもうれしく思いました。  ただ、教育基本法という中に環境という項目を入れるべきかどうかというのは、基本法なるがゆえにどうかなという問題を私は今感じております。しかし、環境教育ということは、生涯教育の中できちっと位置づけるとか、あるいは総合的学習の中でこの問題はしっかりやるとか、環境省とも相談して環境の大事さという問題をより一層勉強しようとかという、基本法以外のところでやることの方がいいのではないかなという思いが私の中にはあるんです。  さっきちょっと申し上げましたが、松沢委員もそうだと思いますが、私は書を頼まれるとき、「共生」という言葉をよく使うんでございます。その共生というのは、地球環境との共生というだけではなくて、世界の人々との共生もあるだろうし、世代的な、歴史的な共生という問題もあるだろうと思いますが、そういうことを書いたりして、環境問題に対しては非常な思いを持っている一人ではございますけれども、基本法の中に具体的に書くということについてはちゅうちょがちょっと私はある、こういうことを申し上げておきたいと思います。

松沢成文民主党・無所属クラブ

○松沢委員 次に、教育基本法と日本国憲法の関係について大臣の見解をお伺いしたいんです。  今、憲法も憲法調査会というのができまして、ことしからさまざまな憲法のあり方についての議論が進んでおります。憲法というのは、国の形とかあるいは心とか、原理的、外形的に規定する国の基本法ですね。これに対して、教育基本法というのは、国を根底において支えている人間の形とか、精神的、内面的に方向づけている教育の基本法であるわけです。森総理は所信表明の中で、先ほども言いましたが、教育基本法はできて半世紀以上たっていて、これは抜本的に見直していくと言うんですが、憲法と教育基本法との不可分な関係があるために、私は、教育基本法だけを抜本的に見直すことができるのかという大きな疑問を持っているんです。  御承知のとおり、明治憲法ができたときに、明治二十三年ですか、それに合わせる形で教育勅語というのができているんですね。それでまた、今度の戦後にできた新しい、新しくないんですけれども、憲法ができたとき、昭和二十二年、その直後というか半年後に教育基本法がその憲法の精神にのっとってつくられているわけなんです。それで、教育基本法には、普通の法律と違って前文があります。  これは、普通の法律というよりも、やはり宣言をしていくような大きなものを持った法律だからと思うんですが、ここにこういうふうに明記されているんですね。「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。」と、憲法の精神と教育について規定している。  ちょっと中を飛ばしますが、また前文の最後には、「ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。」憲法の精神にのっとってこの教育基本法を制定しますよと、簡単に言えば対の関係なんですね。  中の条文を見ても、例えば基本法の九条は宗教教育について言っているんですが、この宗教教育の第二項は、「国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。」この条文は、憲法二十条の信教の自由から同じ方向で引き出されているわけであります。憲法二十条にも、最後の方に、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」こういう対の形になっているんですね。  ですから、森総理が教育基本法を抜本的に改正をするのであれば、極めて密接な関係のある日本国憲法をまず見直すならきちっと見直して、この新しい憲法の精神にのっとって新しい教育基本法をつくるというならわかるんです。憲法はそのままにしておいて教育基本法を抜本的に改正してしまったら、憲法の精神にのっとらない教育基本法ができちゃう可能性があるんですね。  ですから、私は、教育基本法の抜本的な改正を言うのであれば、まずその前に憲法がどうあるべきかをきちっと議論し、国会なら国会、国民なら国民のコンセンサスを得た上でないと、教育基本法の抜本的改正はできないという判断に立ちますけれども、大臣はいかがでしょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 松沢委員の論理を伺っておりますと、憲法イコール教育基本法であるという感じがしたんですが、私は、憲法というのは本当に国家秩序の基本法なわけですから、どんな法律をつくるにしたって憲法の範囲内でやらなきゃならぬという問題が大前提としてあるだろう、今の憲法を前提としても、教育基本法を議論し、結果としてしなければならない改正点は出てくるであろう、やり得るであろう、そういう範囲はあるんだろう、このように思っております。  したがって、それを抜本と称するか、松沢委員がおっしゃるように、例えば環境という項目を教育基本法の中に一項目入れたとすれば、それを抜本と称するのか何と称するのかは、その人の相対的な判断というのがあるんだろうと思いますが、私自身は、文部大臣として、今の憲法に違背するような教育基本法の改正とかそういうことは毛頭考えていない、こういうふうにお考えいただければよろしいと思います。

松沢成文民主党・無所属クラブ

○松沢委員 もちろん憲法に違反するような法改正というのは、これはできないわけですから。  ただ、教育基本法というのは、私はほかの一般の法律とは全然違うものだと思っています。日本の国を構成する国民のあり方、人をどうやってつくるかという教育の目的や役割、任務を明文化したものでありますから。だからこそ、普通の法律にはない前文というのがついているんですね。この前文の中で、憲法の精神にのっとり日本の教育をどうするかを定める法律なんだというふうに決めてある以上、私は、教育基本法は憲法とは不可分の関係にあるということは否定できないと思うんですよ。  ですから、今回の森総理大臣の抜本的というのがどこまでを言っているのか定かではありませんが、教育改革国民会議の方向の中でも、かなり、今までの教育基本法は全く否定して新しいものをつくっていかなければいけないという意見も散見されますし、私は、ここのところはしっかり教育改革国民会議の委員の皆さんも判断をしていただかなければいけないと思っていまして、教育改革国民会議で抜本的に教育基本法を改正するということを言うのであれば、その前段となる憲法の精神にどうのっとっているかというのをしっかり議論をしていただかないといけないというふうに思っております。  次に、教育基本法の問題の最後として、教育勅語というのが戦前にありました。これは勅語ですから、天皇陛下が国民に対して発する勅令の一つでありますけれども、こういう皇国史観に基づく勅令、勅語というのは今の民主政治の時代には好ましくないというのは大まかなコンセンサスだと思いますし、私もそう思っております。ただ、教育の意味とか教育の目的、任務、役割というものを法律にきちっと、第何条、第何条という形で明文化することが果たして本当にいい方向なんだろうかという議論が教育基本法制定時にもあったようなんですね。  それで、教育勅語というのは、だから法律ではありません、勅令という形であったわけですが、私は、教育の目的、任務、役割というようなものを、教育基本法という法律ではなくて、例えば教育憲章とかあるいは教育宣言とかで、例えば国連にも児童憲章みたいなものがありますし、その精神というのはかなり世界に普遍的に広まっているところだと思います。  私はむしろ、今の日本の教育の荒廃を見ているときに、やはり教育の目標、任務、役割というのが何なのかというのが定かになっていない、それぞれみんな違う考えを持っているから一つの方向が見出せない。ですから、そういうものをきちっと明文化するという作業を行っていく上で、教育改革の議論も進んでいくと思うんですね。教育基本法を見直すというやり方もあるでしょうけれども、教育基本法を見直すことなしに、教育憲章とか教育宣言みたいな、新たに国民のコンセンサスをつくり上げて新しい教育のあり方を示すような文章をつくったらどうかという考えには、一面賛成している部分があるんですね。  今回の教育改革国民会議の議論の中にも、教育憲章というものをつくったらどうかという意見が、この報告書にはありませんが、私の得ている情報では、中で出ているということなんですが、大臣は、この教育基本法の改正でなく教育憲章や教育宣言みたいなものを国民挙げてつくっていく、こういう方向にはいかがお考えでしょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 教育という問題は、本当に国の政治の中で私は大きな柱だと思います。だとすれば、主権者たる国民が負託した国権の最高機関であるこの国会で、まさに国民の皆さんに対する、今松沢委員お話しされたように、教育の国民の共通した意識を持ったものを法律という形でつくっておくということは、私は必要だと思っております。  憲章、宣言というのは、その上に立ってそういうものをやるということをおっしゃっておられるのか、基本法はもう要らなくていいから——じゃなくて、それがベースになってということですね。だとすれば、つらくても苦しくても、憲章としてやるよりは、むしろ国会の場でそういうものをきちっとお互いに議論した上で決めた方が、私は明らかな国の方針になり得るという意味で、何か憲章でどうか、その上に憲章というのがあったらどうか、そうするとその憲章をどのように教育の現場が考えたらいいかとか、またそういうふうな問題が出てくるような気がするのでございます。  ですから、本当に基本法というのは、まあ農業基本法もある、いろいろな基本法があるんですが、ましてや教育の基本法というのは、そういう意味でいろいろな、さまざまな議論をした上でもし改正案を出したとするならば、国会の場でみんな真剣に議論して、最高の立法機関としての意思を決めて、そしてきちっとされた方がむしろ私はいいのじゃないか、このように思います。

松沢成文民主党・無所属クラブ

○松沢委員 大臣の見解はわかりました。  この教育改革国民会議の提言の中で、第一分科会、奉仕活動の義務化というか導入について提言をされています。  大島大臣も、就任後の各紙のインタビューの中で、公共への奉仕は大切だ、それも例えば週に一度ちまちまやるのじゃなくて、まとまった形で社会に参加して、社会のために尽くしていく、その中で社会の中の自分がどうあるべきか、しっかり身につけることができるのじゃないだろうか、こういうことを言われているのですね。  この文章から推察をしますと、例えば一定期間、農業ボランティア、環境ボランティアあるいは福祉ボランティアのような形で合宿生活みたいなことを行って、それで、奉仕あるいは社会参加の現場に身を置くことによって物すごく教育的効果があるのじゃないかということだと思いますから、大臣もこの奉仕活動の義務化については賛成という立場と認識してよろしいですか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 義務化ということにおまえは賛成かとずばっと言われると、今、はい、そうですと言うまではまだ私はいっておりませんが、いろいろな学校にちょっと行ってみましたら、これは私の勉強不足でしたが、本当に先生方も苦労して、努力してやっているのですね。もう既に始まっているわけです。  なお、そういうことの動きの中で、私は、ボランティア、社会参加、社会体験というものがどれほど大事なことかというのはますます確信を持つようになってまいりましたし、ここは松沢委員もそんなに違わない意見を持っていると思います。  そういうものを総合的学習の中でより積極的にまず生かしてみよう。子供たちがボランティアすることに意味があるというより、むしろボランティアから学ぶことに意味があるわけです。だから、できるだけそういうものを経験させていただくという方法はさらにどういうことがあるのか。そして、どういうことをしたらもっと効果があるのか。できれば、そういうことを、現場、現場の学校で、あるいは地域、地域で自主的に考えて、どんどん進めていくことの方が本当はいいのかもしれません。そして、結果としてそれがごく当たり前のようになったというのがあるべき姿なのかもしれません。しかし、政策的にそこへ誘導化していく、頑張れと言って誘導化していくというふうな努力もしていかなきゃいかぬのじゃないか。  私は、義務化という言葉がいいか悪いかは、これはまだいろいろ議論があろうかと思いますが、多くの学校、すべての学校でできれば自主的にきちっとやっていただけるような環境づくりに励んでまいりたい、こう思っております。

松沢成文民主党・無所属クラブ

○松沢委員 もともと奉仕というのは自主的な一人一人の気持ちの問題であって、これを例えば国家が一定期間やりなさいと強制して本当の奉仕の心がつくのだろうかという反論もあるのですね。今大島大臣がおっしゃったように、各学校が自主的にそういうカリキュラムも組み込んでやっていただく方向が一番いい、これもわかるのです。  ただ、この提言にあるように、例えば一年間とか、かなりまとまった時間こうしなさいというので、それを各学校に本当にやらせるとなったら、やはり国がきちんとカリキュラムから用意してやっていかないとまた私は実現は不可能だと思うんですね、数校はやる学校はあるかもしれませんが。  大臣、もう一度お尋ねをしますが、奉仕とかボランティアというのはあくまでも自主的な一人一人の心の問題である、それを国が義務化という方向で強制するようにも見える、この奉仕活動の義務化の提言について、その辺の関係は大臣はどうお考えか、もう一度お聞かせください。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 国民会議の皆さんの義務化という、言葉としては義務化でございますが、一体どういうことを考えて、どういう仕組みで、何をしようとしておられるのかということがわからないものですから、いずれ、そういう問題を含めて、ちょっと聞いてみたいと思います。  ただ、松沢委員に、私自身のその問題に対する考えは、ボランティアというのは確かに自分の意思で社会に貢献することですが、教育という側面からボランティアというものをとらえる場合はちょっと違うのだろうと思うんですね。  だから、そういう意味で、私は大いに推奨をしていきたい、こう思っておりますが、私的諮問、国民会議の皆さんの、曽野綾子さんのおっしゃっているのは、何か論文というか社説では見たことはございますが、そこでどういう形でそれが本当に出てくるのか、ちょっとわからないものですから、今、義務化という問題については、先ほど私の考え方をちょっと申し上げましたけれども、あなたはどう思いますかと言われても、そのこと自体に、中身がよくわからぬもので、今ちょっとコメントは具体的には差し控えさせていただきたいと思います。

松沢成文民主党・無所属クラブ

○松沢委員 では、この質問もちょっと答えにくいと思いますけれども、この提言の中で、小中学校は二週間、高校は一カ月、それで将来的には十八歳のすべての国民に一年間の奉仕期間を設けたらどうかなどとなっているのですね。しかし、これをもし実現しようとすると、当然、学習指導要領をきちっと見直さないと実現できないわけですね。今度、新学習指導要領がようやく再来年ぐらいから実施されますね。ですから、これには相当まだ議論も必要だし、学習指導要領を、では、これをやるのだからすぐに見直せということになるのかどうか、この辺については、大臣、いかがですか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 今お話しされたようなものをもし導入するとするならば、私は、年度のあり方も変わらなければいけない、だから学級のあり方、学年のあり方、あるいはそういう全部がかかわる問題だと思うんですね。  だから、そのことについて、私も大賛成でございますから積極的に、皆さん、やろうじゃありませんかということは、今大臣として早々には言えない。あらゆるものに影響してくるわけです。要するに、システムとしても影響するし、今松沢さんがおっしゃったような基本論の議論もあるかもしれませんし、あるのだろうと思うんですね。  ただ、ボランティアということも含め、社会体験、社会活動というものが私は今の教育の中で非常に必要だという認識だけは申し上げさせていただきたい、こう思っております。

松沢成文民主党・無所属クラブ

○松沢委員 次のテーマに進みたいと思います。  次は、この国民会議の提言にも盛られておりますが、小人数学級と習熟度別クラスの問題についてお聞きしたいと思うんです。  大臣、実は私たち民主党は、三十人以下学級を実現するための推進法というのを国会にずっとこれまで、昨年の二月から提案してきて、先国会では参議院で少しだけ議論するところまでいったのですね、今廃案になっていますけれども。この法案は、またもう少し勉強した上で提出し直したいと思っています。  私は、教育改革の視点の中で、公教育のクラス、学校がかなりおかしくなってきている、これをどうにか再生しなければいけない、これは大きな問題意識だと思うんです。  そこで、では、学級崩壊なんて言われていますけれども、なぜ学校のクラスが荒れてしまうのか。それにはさまざま複合的な原因があると思うんです。恐らく家庭教育もうまくいっていないから、しつけすらできていない子供たちが学校に来ている。あるいは、先生たちにも問題があるのかもしれない。あるいは、学校というものを取り巻く地域、社会、こういう社会環境にも問題があるのかもしれない。さまざま複合的な原因で今公立学校のクラスが荒れていると思うんですね。  ただ、私たちの認識は、まず、方法論じゃなくて教育改革、学校再生のための基盤整備としてやはり少人数学級というのは必要であろう。といいますのは、今、日本の場合は四十人が基準になっています。もちろん、少子化で、地域によっては二十人台のクラスのところもありますけれども、クラスをつくる基準が四十人なんですね。ですから、中には三十九人とか四十人のクラスがある。やはりこの規模はどう見ても、クラスには授業を教えるという機能と社会性をつけさせるという機能、両方あると思いますけれども、どちらの観点から見ても、余りにも大き過ぎる。  現に、今、世界じゅうの先進国を見てももう二十人台です、ほとんど欧米は。この前、クリントン大統領は、一般教書の中で、ここ数年かけてアメリカは十八人学級を実現したい、そのための予算もつけるし、教員もふやす、こういうところまで来ているんですね。  一学級の人数を減らせば教育がどんどんよくなるとは、私は決して言っていません。ただ、よりきめ細かい指導をしていく、あるいは行き届いた指導をしていく、あるいは個人個人にきめ細かい指導をしていく体制をつくる基本的な条件として、四十人学級、四十人を基準とする学級はもう大き過ぎる。私たちは、最低限三十人以下学級に見直すべきだと。その三十人以下学級の中で、習熟度別クラスやチームティーチングや、あるいは、学年を超えた、例えば体育とか美術なんかは学年を超えてクラスをつくってもいいと思うんですね。さまざまなクラス形態をとって多様な授業体系をつくっていくという方向にしなければいけないということでこの法案を出しているんですね。  なかなか文部省の考え方とは違うと思うんですけれども、大臣は、今私が申し上げた民主党型の三十人以下学級実現に向けての考え方、いかがお考えでしょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 習熟度的、習熟度に合わせたそういう教育のあり方という必要性、それからもう一つは、それぞれの社会的な問題として、それぞれの子供たちに対する対応をもう今していかなきゃならぬという問題点、こういう問題点について、三十人学級の方がいいのではないかというふうな御指摘であったと思いますが、ある意味では、人数が少ない方がいいという面もたくさんあると思います。そこを全部否定するものではございません。  したがって、現実の私どもの施策として、財政的な理解というものも各般にわたっていただかなければなりません。そういうぎりぎりの中で、私どもは、いわば今後の教職員定数の改善に関する基本的な考え方というものを、御案内のような形で今進めようといたしておりますが、十三年度から十七年度、これはもう客観的な事実として、お子さんたちが六十万ぐらい減ってまいります。それにあわせて、先生方も二万人ぐらい、四十人学級を前提にすれば減らさねばならないという数字にはなってまいります。  しかし、そこだと。そこを私どもは減らさないようにして、そして、先ほど言った問題意識をこなしていくということから始めましょうと。したがって、来年の概算要求からその闘いが始まるわけでございますけれども、そういうことをやりながら、先ほど申し上げた二十人学級的なものをつくる。学級というか、二十人的な学習の場をつくる。そして、そこで今松沢委員が御指摘されたような問題の点に対応していくという考え方でおります。  御承知のように、すべてを三十人学級にした場合にさらに約一兆円が必要です。今の制度をそのままにしますと、国が約五千億、地方が五千億負担しなければならないという現実というものも踏まえながら、私どもはそういうことをやって、来年から闘ってまいりたい、今こう思っております。そういうことをやっていきますと、実質的に、アメリカ、ドイツなんかの先生お一人に対する生徒の数というのにはもう遜色ない形になっていくのであろう、こう思っております。  我々はそういう形で努力してまいりたいと思っておりますので、御理解いただきたい、こう思います。

松沢成文民主党・無所属クラブ

○松沢委員 文部省の協力者会議が提案した提案の中身も私は見ましたけれども、確かに、三十人以下学級を実現するとしますと先生をふやさなきゃいけない。それには一兆円近く、人件費も含めてかかる、それをすぐに手当てするのはとてもとても無理な話だ、こういう理由が出てきて、その中で、四十人学級は基準にするけれども、都道府県においてもう少し柔軟に考えて結構ですよ、ただそのお金は都道府県が出してくださいね、足りない先生については非常勤講師なんかも入れながら柔軟に対応して結構ですよと。規制緩和といえば規制緩和なんですが、ただ、今の都道府県の財政状況を見ますと、とてもとても無理だ、どうにか国でやってくれるしかないよ、こういうことなんですね。  私は、これは私見ですが、森総理大臣が本当に教育のプロだ、文教族のボスだというのであれば、これぐらいの意識を持って、一兆円なら自分が手当てしてみせる、日本の学校を大きく変えていくために自分が総理になってこれをやってみせるんだというぐらいのリーダーシップを国民に示していただけたら、森内閣の支持率もちょっとぐらいは上がるんじゃないかなというふうに思っていまして、森大臣のリーダーシップあるいは大島大臣のリーダーシップに期待をしたいと思っております。  その中で、教育改革国民会議の座長であります江崎玲於奈先生が、これはかなり、きのうの記事でも載っていましたから、やはり小人数学級、学級の規模というのは教育を考える上で大きなポイントなんだよ、問題点なんだと。江崎博士の考えとしては二十四人以下だ。もう三十人学級なんか飛び越えていますよね。やはりそれぐらいの学級人数にして、かなりきめ細かい、あるいは先進的な指導を行っていかないと、日本ですごくタレントを持ったリーダーは生まれないというところまで言い切っているんですね。  ところが、今回の提言を見ますと、その江崎座長の強烈な意見が入っているのかなと思いましたら、どういうわけか随分抑えられてしまって、小人数学級を実現していくという方向よりも、どちらかといったら、習熟度別クラスや授業方法の多様化によって、それを学校や各地方に選択させる方法をとっていきたいというような提言に変わっているんですね。  ですから、かなりこのあたりは、文部省から出た事務局の方がうまく抑えたんじゃないかなというふうに拝察をしますけれども、やはり文部省としては、小人数学級、人数を三十人以下にするとかいう方向で持っていくということには抵抗があるということなんでしょうね、財源も含めて。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 私は、自分の経験も踏まえますと、少人数の方が学科としていい学科もあるんだろうと思うんですね。本当に個人個人に合わせてやっていくという場合と、ある一定の規模を持って、そういう中である意味じゃ競争原理を働かせながらわあわあやっていった方がいいという場合もあるような気がするんです。  では、実際に、逆に言うと四十人がだめで、なぜ三十人がいいの、三十人になったら、今度は三十人より二十人がいいの、マンツーマンがいいのという、やはりそういうものを冷静にもう分析もしなきゃならぬだろうと思うんです。それは、松沢委員と私は年はちょっと違うんですが、まあ、それでも十年ぐらい違うとかなり違うんですかな、そこの地域によっても違うと思うんですけれども。  ですから、私どもの考え方というのは、少人数学級というものを全部否定しているのではなくて、むしろある一部分の部分においては、そういうふうに格差がいろいろ出て、そういう子を丁寧に教えていく、あるいは逆に習熟度的にいろいろ考えてやっていく、そういうふうなものに小人数学習的な方法を考えていこう。そのためには、もうともかく何よりもかによりも、来年度の予算で先ほど申し上げた五カ年計画をスタートさせたい、そういうふうな思いでございますから、三十人学級が絶対いいのだ、すべてそうしなさいという御主張に、今、はい、そうでございますか、全部理解しましたとは、なかなかまだ私の大臣としての施策としては言い切れません、こういうことでございます。

松沢成文民主党・無所属クラブ

○松沢委員 私たちもまた新たに法案も出していきたいと思いますので、ぜひとも議論を積極的にしていきたいというふうに思います。  最後に、英語教育について大臣の見解を伺います。  これも、小渕前総理の私的諮問機関の中の一つの「二十一世紀日本の構想」懇談会というのがあって、答申が出まして、その中で英語教育に触れまして、「社会人になるまでに日本人全員が実用英語を使いこなせるようにするといった具体的な到達目標を設定する必要がある。」というふうに説いているんですね。  その後、さまざまこの英語教育に関する議論が高まってきて、一部の識者は、第二公用語論というのも出てきた。ただ、この第二公用語論というのはその定義があいまいなのでかなり混乱をしてしまいまして、何か日本人全員が英語もしゃべれるようになっていなきゃいけないのだというような錯覚をする方もいて、文化論的な反対もあれば教育論的な反対もあって、かなり混乱をしてしまったのです。  私は、公用語という定義は、政府が使用する言語というふうに考えているんです。ですから、ちまたの国民が全部しゃべっていなきゃ公用語じゃないというわけじゃなくて、政府が、今、日本国政府は日本語を使っていますが、例えば英語を公用語にするとしたら政府使用言語に英語も含めるというような定義で考えていて、大体それが世界的なコンセンサスなんですね。幾つも公用語のある国がありますけれども、公用語というのは全国民がしゃべっているという意味じゃ全然ないのです。  そんな意味で、日本の英語教育の改革の起爆剤として英語公用語論というのも出てきていると思うんですが、大臣は、この英語第二公用語論、あるいは日本人が実用英語を使いこなせるようにするといった具体的な目標を設定するというようなことについては、いかがお考えでしょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 私も、中学校、高校、大学と何年英語をやったのでありましょうか。しかし、振り返ってみると、要するにコミュニケーションというのは全く足りない英語教育を受けた、その反省は本当にあります。そういう中で、コミュニケーションを強くしていくというための施策をどうするかということについては、全力を挙げていきたい、こう思っております。  公用語という概念が、本当に日本にないのですよ。そのことについてはいろいろ総括政務次官が非常に詳しいので、ちょっと総括政務次官にお答えさせます。

鈴木恒夫自由民主党文部政務次官

○鈴木(恒)政務次官 突然の御指名がありましたので。  私は、松沢委員、これからの教育の一つのポイントは、やはり英語を初めとする語学教育と、それからコンピューター教育だと思っております。この二つがこなせなければ日本の未来はないくらいに思っておりますので、語学教育の重要性については委員ともまさるとも劣らぬ思いでおりますが、ただ、語学教育を子供に施していく場合の前提として、ここは御議論があるかもわかりませんけれども、私は、日本語教育の重要性というものももう一度考え直さなきゃいかぬと。  例えば、言っていいのかどうかわかりませんが、更迭をコウソウと言ったり、静脈をセイミャクと言ったり、ささいなことでございますけれども、そんなことで資質が問われるとは思いませんが、英語で寝言を言う、英語で夢を見る子供でも、委員は英語に堪能でいらっしゃるからあれですが、やはり思考、考えるときには日本語で考える、やはり母国語の大切さというものが前提になると思っております。したがいまして、ここは両面考えるべきと思います。  それから、公用語に関しては、私は、これから国際性ということを考えれば、公用語として認定するかどうかは別にして、そのニーズだけは確実に高まってまいりますから、それに対応できるくらいの行政機関における語学というもの、言語というものもこれから十分注意していかなきゃいけない、重点を置いて考えていかなきゃいけないとは考えております。

松沢成文民主党・無所属クラブ

○松沢委員 先日のフライデーに載っていた記事ですけれども、「フー・アー・ユー」といううわさが今このちまたで広まってしまっているんですね。(発言する者あり)ええ、もちろん知っていますよ、それは。  これは知らない方がいるかもしれませんが、クリントンに会ったらハウ・アー・ユーと言いなさい、そうしたらアイム・ファイン・サンキューと言うから、ミー・ツーと言え、こういうふうに御指導を受けていたという。これはうわさですよ。それで、総理が間違えて、ハウ・アー・ユーをフー・アー・ユーと言ってしまったら、クリントン大統領はウイットをきかせて、アイム・ヒラリーズ・ハズバンドと言った、それが全然わからなかった総理は、ミー・ツーと言ってしまった、こういううわさ話が流れているんですね。  まさか本当じゃないとは思いますが、私は、森総理の名誉にかけても、こんなうわさ話は全く事実無根だということできちっと否定した方がいいと思います。というのは、森総理の雰囲気からすると、やはり本当なんだと国民が信じてしまうんですよ。ああ、森総理ならさもありなんというふうに思ってしまっているんです、失礼ですけれどもね。ですから、大島大臣、一度確認されて、違うのであったら否定された方がいいですよというふうに言っておいてください。  ただ、こういうジョークが飛び交ってしまうぐらいに、今の日本人のコミュニケーションレベル、あるいは日本のビジネスリーダーや政治リーダーのコミュニケーションレベルもこの程度だというような、いい比喩に使われてしまっているんですね。これは事実なんですよ。  ですから、こういううわさが起きないような風土をつくっていかなきゃいけないと思っていまして、やはりビジネスリーダーや政治のリーダーも最低限の国際的なコミュニケーションがとれるということは今後必須の条件となってくると私も思います。  最後に、実は我が党でも、英語教育をどう改善していったらいいのかというのをプロジェクトチームをつくってやってきました。英語というのは、ちょっと特殊なんですね。外国語を教えるわけで、数学とか物理とか国語、日本語を使っての授業じゃなくて、語学そのものを教えていくわけですね。ですから、先生のテクニックはまた違うものが要求されると思うんです。  例えばコミュニケーション語学として語学を教えるのに一番望ましいのは、そのネーティブスピーカーに教えてもらうことなんだ。そのネーティブスピーカーのしゃべる言葉の背景の文化とか精神まで伝わりますからね。日本人で英語を勉強した人に英語を教えてもらうというのは、やはり間接的に英語を教わるわけで、その精神や文化そのものも含めて教われるということで、これは世界じゅう調べましたけれども、語学教育のかなり鉄則なんですね。アメリカなどで、フランス語を教わる場合は、もう九割以上がフランスのネーティブスピーカーに教わっているんです。  そこで、日本でも、さまざまなJETプログラム等をつくって、ネーティブスピーカーに英語を教えてもらおうというのを今文部省も一生懸命やっているようですが、私たち民主党の提案は、英語の先生は普通の先生とは全く違った教育をしなきゃだめだと。  普通の先生は教員試験を受けて学校に配置されて授業を行いますね。英語の先生だけはまるっきり別にして、英語教師派遣研修センターというのを各都道府県につくって、そこで、日本人でもあるいはネーティブスピーカーでも、日本の学校で英語教師になりたいという人を募集して、徹底的に英語教授方法のテクニックを教え込んで、その派遣研修センターから各学校に英語教師を派遣する。今までの教師の派遣研修形態とは全然違うものを各都道府県につくって、英語教師を教育し派遣しなければ、日本の英語教育の抜本的な発展はあり得ないんじゃないか、こんな結論を出して、党内でですけれども提言をしたのですね。  そこで、大臣は、こうした英語教育論、英語教師の派遣研修センター、特別なものを設けてやらなきゃだめだという考えには、いかがお考えでしょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 松沢委員の数々の今の御意見の中で、最低でもコミュニケーションギャップを感じない程度の者でないと政治家はやれないよ、こう言われますと、いささかじくじたるものがございますが、要は、今日本人に必要なのは、自分の意見をきちっと言うこと、それから他人の意見をきちっと聞くことのような気がします。  さはさりながら、一方、英語のコミュニケーション教育というのは非常におくれている、そういう中での民主党さんの御提案。私どもも国内において研修講座や海外研修をやっておりますし、あるいは県の研修センターで専門研修を実施しております。そういうことを充実させながら、やはりコミュニケーション教育というものを充実させていこうと思っておりますが、民主党さんのアイデアをまだしっかり勉強していないものですから、所見は、また後ほどお電話ででも申し上げたいと思います。

松沢成文民主党・無所属クラブ

○松沢委員 時間です。どうもありがとうございました。

西博義公明党

○西委員長 次に、池坊保子君。

池坊保子公明党

○池坊委員 公明党の池坊保子でございます。  大島文部大臣には、大臣御就任おめでとうございます。  大臣にはさまざまなことを伺いたい思いがございますけれども、何分にも限られた時間でございます。例えば、教育基本法の足りない部分、つけ足したい部分はたくさんあるけれども、では十一条から成る教育基本法のどこを削除し、どのように変えたいのか、あるいは教育改革国民会議の中間まとめの中でどのような御意見を持っていらっしゃるのか。例えば今ボランティアもございましたけれども、私は就学年齢を引き下げるなどというのは絶対に反対でございますが、それらのことは時間がございませんので、きょうは、教育改革の大きな一環だと思います保育園と幼稚園の一元化について、大臣の御決意を私は伺いたいと思っております。  文部省というのは、学校教育法によりまして、小学校から大学までの一人の人間の教育に携わっております。今日は、教育基本法に足りないと言われております生涯教育も入れなければいけないと言われておりますように、学校教育後の社会における教育においても、文部省は細やかな施策を行おうとしております。にもかかわらず、最も人生において大切な時期でございます三歳、四歳、五歳の、感受性が強いそういう年代の子供が、環境によって、その子の置かれました立場によって、片や学校教育法の幼稚園であり、一つは厚生省における児童福祉法による家庭教育の補完という目的による保育園に通っていることが、本当にいいのかと私は素朴な疑問を持っております。  幼稚園の創立者でございます教育学者のフレーベルは、就学前のその幼児期こそが人生にとって最も大切な時期なのだ、そのときにその幼児期にふさわしい環境に置かれ、どのような幼児教育が行われていたか、またどのような原体験をたくさん持っているか、またどのようなしつけをされていたかが、その後の人生において物事を判断する上に、あるいは人間形成に大きな影響を与えると言っております。  フレーベルの言葉をかりるまでもなく、日本にも三つ子の魂百までという言葉もございます。私は、だからこそこの一元化ということがなされなければならないと。これは十年以上前から言われておりまして、本当にもう新鮮味がない言葉でございます。新鮮味がないというのは、この長い年月に余り改善されてこなかったからではないかと思っておりますけれども、文部大臣はなぜ改善されなかったのかということをどのようにお考えかを伺いたいと存じます。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 池坊委員の年来の大変強い御主張でございます。  幼保一元化論というのがなぜなされなかったのであろうかということで、三つくらいの理由があるんだろうな、こう思って、私なりに考えております。  第一は、日本の社会そのものに、それが存在したからそうなったのかどうかわかりませんが、保育園に望む目的、そして幼稚園に望む目的、そういう幼児教育といいましょうか、あるいは幼児保育というものにそれぞれに必要とする理由がやはりあったんだろうなというのが一つあるんだろうと思います。  第二点は、そういうことを踏まえながら、率直に言って、そういう中にあって、生まれたときのスタートが違う、違ってきた、したがって、そのことを一つにすることの困難性という現実的な問題もあったのかなと。  第三点として、そういう状況の中で、今現在の社会情勢はどうなのかというと、かつて保育園に望むもの、幼稚園に望むものの中で、変化した部分もかなりあってきているのかなという中でありながらも、依然としてそういう保育園、幼稚園の必要性が、それぞれにまだ社会的役割の違いというものがあるという中で、今日まで残ってきているんだろうと思います。  しかし、今日的に、男女共同参画型社会、そして少子化という社会、そういう状況の中で、幼稚園であろうと保育所であろうと、ともに共通して考えなければならない問題もあるし、あるいはまた共通して事に当たらなければならない問題もあるだろう。だから、重ね絵の部分もあるだろうし違う部分もあるだろうという状況の中で、私どもは、ともかく両施設の連携をまず強化することを始めようじゃないかということで今努力をしております。  池坊先生の、幼保一元化を今すぐになぜやらないのかというふうな問題提起に対しては、聞くたびごとに、ある反面、胸がずきんと痛むような感じもあることだけはちょっと申し上げておきたいと思います。

池坊保子公明党

○池坊委員 現在、幼稚園には百八十万人の子供が通っております。認可の保育園には百二十万人、そしてこの間虐待で死んだ子供たちがおりますような認可外に通っております子供たちは十一万人、三歳、四歳、五歳でございます。つまり、十一万人の子供たちは、余り教育の観点から、お遊戯をしたりいろいろなことを行って一緒に遊ぶなどという、ちょっと教育的なことが行われていないのではないかと私は案じているのでございます。  今や十二万人の不登校児を抱え、そしていじめの問題がある、学級崩壊というのは見逃せない、私はこれは一過性の問題ではないと思います。これからもずっと続いていく問題だと思います。  学級崩壊というのはいろいろな要因がございますけれども、就学前にどんなふうな家庭のしつけ、あるいは教育現場、保育園や幼稚園でどんな生活をしてきたかによっても起こってくるのではないかと私は思いますときに、ぜひこれは一元化をしなければならないというふうに考えております。  一元化できないのには、実態面でのいろいろな、厚生省と文部省との問題があるからだと思っております。例えば、保育士の資格、それから幼稚園において、保母さんの資格の違いもございますし、また施設等々がございますけれども、児童福祉法の保育園ができた時代と違って、今多くの女性たちが仕事を持っておりますので、幼稚園がもし延長保育などをするならば幼稚園に入れたいと思っていらっしゃるお母様方も多いのです。私の長女も、一歳の子供を今保育園に預けて仕事をしておりますが、大変に幼児教育ができているいい保育園でございまして感謝いたしておりますが、いずれのときかは、幼稚園か、そのまま保育園に残るかを選ばなければなりません。そのようなことを考えますときに、私は、これはもう事務レベルではなくて、法律を改正したら、政治的判断でできることであると思っております。  この間の、来年四月一日からの省庁再編成に伴って、文部省の幼稚園教育と厚生省の保育行政とは、「施設及び運営の総合性を確保すること。」と出ております。これは、一元化すべきということだというふうに思うのですけれども、文部大臣はいかがお考えでございますか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 あるいは行革の議論の経過の中で、そういうふうな思いを持って議論した人たちもいたかもしれません。今はやはり、先ほど申し上げましたように、その二つの、幼稚園と保育園の役割というものがあって、かなり重ね絵の部分は出てきたところも認めます、しかしまだ依然としてその社会的役割はそれぞれにやはりありますな、そういう重ね絵になっている部分についてはよく連携強化をとりなさいという、私はそのような御指摘ではないか、こういうふうに思っておりますし、今先生の御主張というものを拝聴しておりまして、保育園であろうが幼稚園であろうが、どちらも、教育をしているということに変わりはある意味ではないのかなと私は思うのです。  そういう部分においてのお互いの勉強をしたり、連携をとるということの必要性はあると思いますし、先生よく御承知のように、先ほどお話ししたような問題もあって、いや、おまえたち政治家がちゃんと、あるいは国会がちゃんと決断すればいいじゃないか、そう言われれば、行政側としては国会で決めたことに従わなければならないわけでございますが、いずれにしても、現時点において、それぞれの役割の違いを持っているという部分も私どもは認識して、さはさりながら重ね絵の部分はさらに連携強化をやってまいりたい、このように思っております。

池坊保子公明党

○池坊委員 文部大臣が内容は変わりがないのだよとおっしゃるならば、私はなおのこと一緒にしていただきたいというふうに思うわけでございます。  青少年に関する特別委員会で児童虐待防止法を成立させました。それにかかわってまいりました者たちすべては、党派を超えまして、最初は厚生省も児童福祉法で対応できるではないかと言っていられましたが、私たちは、そうではないんだ、現場の声を大切にして、子供はひとり親のものではなくて日本人の宝なのだ、日本の宝の二十一世紀を支える子供たちにもし有益でないとするならば、それを排除したり、新しい法律をつくったりすることが私たち政治家の役目ではないかという強い信念でやってまいりました。私は、もしこれが両省庁のお役所がだめだとおっしゃるならば、超党派で議員立法したいと思うような強い熱意を持っております。  先ほどのお話にはございましたけれども、平成十年六月の国会審議の結果、政治判断として実施すべきという決断が法律に規定されたというふうに私は解釈しております。中央省庁等改革基本法二十五条の十二号の規定は、努力義務ではなくて法律義務というふうに私は受けとめておりますけれども、大臣、いかがでございますか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 いずれにいたしましても、池坊先生が御主張されている点で、それでは現在の保育園の果たしている役割、幼稚園の果たしている役割、それぞれ違う部分とそして重ね絵のように共通している部分と、私どももさらにさらに研究をしながら、そしてあるべき姿を議論してまいりたい、このように思っておりますし、先生の御主張は改めてしかと受けとめさせていただきました。

池坊保子公明党

○池坊委員 この二十五条十二号を拝見いたしますと、あるいはこれは義務ではなくて法律規定ではないかというふうに思っておりますので、これは文部大臣がしていただかなければできないことでございますので、ぜひ御英断を賜りますように。これは子供たちを持っている若い母親の現場の声というふうに考えております。  保育園の指針を見ますと、三歳児にはこんなことをしなければいけない、四歳児にはこういうことをするようにと細かく規定されております。幼稚園の方がむしろ大ざっぱな規定しかないのです。私は、保育園に育った三歳児と幼稚園に育った三歳児、あるいは四歳児、五歳児と違うのかどうかというような調査を今までなさったことがあるかどうかをちょっとお伺いしたいと存じます。

鈴木恒夫自由民主党文部政務次官

○鈴木(恒)政務次官 補足的に答弁させていただきますが、委員御指摘の一元化の是非につきましては、これまでも政治的に議論が続いてまいりましたし、これからももっと議論を深めていかなければならないテーマだとは思いますが、委員御存じのように、平成十年の三月の段階で「幼稚園と保育所の施設の共用化等に関する指針」というものを文部省はつくりました。教育内容、保育内容の整合性を保育園と幼稚園の間で確保しようとか、あるいは幼稚園の教諭と保育士の合同研修をやれとか、子育て支援事業の連携について実施をしろとかという指針を、既に平成十年三月につくりまして、これを進めてございます。  要は、委員年来御主張の一元化のねらいは、人間の教育にとって一番大事な、実は幼児教育よりももっと先の家庭教育、もっと言えば、子供がお母さんのおなかにいて、妊娠六カ月ぐらいになるあたりからもう既に外の音を子供は聞き取るという説もございますから、要は三歳ぐらいまでの間の、あるいは幼稚園、保育所の幼児教育も含めて人間形成の基礎をどうつくるか、そのために方策としていろいろなことを考えていくべき、こういうふうに考えております。

池坊保子公明党

○池坊委員 教育基本法を見直すことも大切でございますが、その前に、やはり一番基礎をしっかりとしなければ教育にはならないと思います。私は、初等教育がしっかりしていなければ、幾ら大学でいろいろな改革をしようが、あるいは少人数の教室をつくろうが、それは出発で誤ってはならないというふうに考えております。ぜひこういう調査もしていただきたいと私は思います。  三歳児、四歳児、五歳児が環境が違ったらどういう傾向をたどるのかというのは、これからの学校教育の運営の上に大きな成果があるのではないかというふうに私は思っておりますので、この調査をしていただきたいと思いますけれども、いかがでございますか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 先生のお話を伺っておりますと、幼稚園と保育園というのがあって、そういうふうなその後のフォローをちょっと調査してみなさい、こういうことですね。  どこまでそういうことができるか。例えば、幼稚園を終えた子供たちがどのようにその後進んでいるのか、保育園を終えた子供たちがどのように進んでいるのか、それをどういう形でできるんだろうか、そしてそのことがどういうことになるんだろうかなと思って今ちょっと伺っておりましたが、どういう調査ができるのか、研究をちょっとしてみます。

池坊保子公明党

○池坊委員 例えば幼稚園と保育園には違いもございます。設置基準も違います。幼稚園ですと、運動場があったりプールがあったりいたします。  ですから、私が申し上げたいのは、緑があったり、あるいは水があったり、お砂場で遊んだりすること、そういうことが、例えばスポーツ、体育のことに関しましても、そういうところで子供を遊ばせているのと、そういうのがない保育園とでは多少違いがあるのではないか。  知育、徳育、体育と申しますけれども、森総理大臣は、伺ったら、体育を一番先に出していらしたと思うんですね。それぐらい、人間形成の基礎には体育が大切だというふうに言っていらっしゃいますので、例えば運動能力なんかで違いがあるのかどうか。あるかないかは調べないとわかりませんでしょう。ですから、そういうことをまずしていただきたいなというふうに思うんです。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 その内容の整合性をできるだけとるように今進めておりますが、先生がおっしゃるのは、幼稚園の施設と保育園の施設と、ハード的にどういうふうに違うかということを調査しろということなんでございましょうか。  最初の先生の御質問は、私はむしろ、そこを終えた後にどのように子供たちが育っていっての違いがあるかということを調査しろというものですから、プライバシーの問題もあるし、なかなかそれは難しいかなと。  ただ、それは幼稚園の設置施設の要件というのがあるわけですから、先生の言われることをまた後で確かめてちょっと勉強してみたい、こう思います。

池坊保子公明党

○池坊委員 ハード面の違いは、これは調べて私はわかっております。むしろ私は、心の問題で、それがどのような影響を与えるのかな、運動場があって、お水があって、太陽を浴びている子供たちと、そうじゃない子供たちとの違いがあるのかなというのは、それも関係してくると思いますので、ちょっとそういうようなことの調査が行われたらいいなというふうに思っているわけでございます。  どちらにいたしましても、これからの課題、来年に向けての課題は、厚生大臣と文部大臣が一元化に向けて大いなる決断をしていただくということでございます。  昨日の新聞で江崎玲於奈さんは、日本のGDPは約五百兆である、先進国は初等中等教育にGDPの三・五%を使っている、でも日本は二・八%で低いということを述べられております。私は、初等教育こそがすべての学校教育のもと、そして二十一世紀の日本のもとになっていくと思っておりますので、一元化に向けての決断、御英断を心より願って、この質問を終わらせていただきます。  ありがとうございました。

西博義公明党

○西委員長 次に、都築譲君。

都築譲自由党

○都築委員 自由党の都築譲です。  文教委員会の取り組むべき課題もたくさんあるわけでございますが、きょうは教育委員会の問題について、そのあり方について、文部大臣の見解をお聞きいたしたいと思います。  と申しますのも、実は本日の新聞で発表されておりましたが、人口の動態、また昨年度〇・一七%の人口の増加ということで、これは最低の伸び率ということになったわけでございまして、現実に、少子高齢化といいながら、少子化がどんどん進行している現状が人口動態に大きく影響を与えてきている。  私、今まで戦後の政治、行政の課題を見てまいりまして、人口の動態といったもの、デモグラフィーといったものを十分に踏まえないままいろいろな政策がとられてきたことがさまざまな混乱をもたらしてきたのではないか。特に私も団塊の世代の最後に属するわけでございまして、そういった意味で、当時の小学校は、それこそ五十人とか五十五人も詰め込まれて、すったもんだやりながら育ってきたわけでございまして、今や三十人学級が議論されるようなことを思いますと、隔世の感が実はあるわけでございます。  今、私ども四十代、五十代の人口が、九八年の統計でございますが、約一千八百万人ずつであります。第二団塊の世代と言われる二十歳代の人口が今一千九百万人いるということでございますが、その下の今の十代の人口は約一千四百五十万人。そして、さらにその下のゼロ歳から九歳までの人口が一千二百万人ということでございますから、これから現実に、もう十年たったら二十代の若者は四百五十万人も減っていく、さらにまた二十年たったら二十歳代の若者が七百万人も減少していくということが、どれだけこれからの社会経済に大きな影響を与えていくか。  そしてまたそれは、そういった社会経済を支えていく、屋台骨となっていく若い方たちが減少していくわけでございますから、少数精鋭であってもらわなければ困るのに、今大きく社会面で議論をされておりますのが子供たちの問題ということになるわけでございまして、こういった意味で、本当に教育が果たすべき役割というのは極めて大きいと言わざるを得ないと思います。  こんな中で、随分いろいろな機関が教育のあり方について議論をしておるわけでございます。文部省の審議会であります中央教育審議会、さらにまた、総理の私的懇談会、諮問機関であります教育改革国民会議、さらにその前は二十一世紀懇談会といったところで、まず日本人のあり方、そういったものから実は問われておるわけでございます。  私ども自由党も、今回の衆議院の総選挙に当たっては「日本一新」ということで、その最初のテーマとして「日本人の心と誇りを取り戻す。」さらにまた道徳や、あるいはまた集団生活のルールを学ぶために毎週土曜日を充ててはどうか、こういう提言をしたわけでございまして、ぜひこれからも、こういった子供の問題、日本人のそういった問題について真剣に取り組んでいきたい、こんなふうに考えております。  そして、そういったことを考える中で、さまざまな提言が実は行われておりまして、百花繚乱、百家争鳴といいますか、もう本当に議論は出尽くしている感がするわけでございます。要は、後はどうやって決断をし、それを実行していくのか、こういうことになろうかな、こんなふうに思うわけでありますが、私は、その議論の中で、まだぱらぱらっと資料などを見た程度にすぎませんが、実は忘れ去られているのではないかと思うのが教育委員会の役割、あり方ではないかな、こんなふうに思うわけでございます。  もともと教育委員会、戦後のといっても、もう若い方たちにとっては、いつ戦争があったの、こう言われてしまうかもしれませんが、それでも、あの戦後の日本の民主化政策の中で、行政委員会制度といったものが随分と取り入れられてまいりました。いわゆる警察関係については公安委員会、そしてまた教育関係については教育委員会、また土地収用委員会とか、あるいは公正取引委員会とか労働委員会とか、さまざまな行政委員会が導入をされまして、行政の民主化を進めていく。そして、そこにはいろいろな方たちの意見を反映させ、またいろいろな地域の実情も反映させていくということで取り入れられてきたわけです。  ですが、私が見る限り、どうもこの戦後の五十年間の過程というのは、そういった民主化政策のもとで取り入れられた行政委員会制度といったものが、現実には、中央集権という形で中央官庁の権限をうまく使いながら、それを骨抜きにしていく過程ではなかったかと言っても過言ではないのではないか、こんなふうに実は受けとめておるわけであります。  現に、例えば警察の不祥事が一時期相次いだわけでありますが、この警察の不祥事が相次いだときに、県警本部長さんが謝罪に出てくる、あるいはまた自治大臣・国家公安委員長が謝罪に出てくることはあっても、それぞれの、例えば神奈川県とか新潟県の公安委員長が謝罪に出てきたことなど実は一度もないわけでありまして、また、新聞の記者会見を行って、どういう事情で、どういうことになって、どういう処分をするかということを言ったことも実はないわけであります。そこに一つ今の行政機構の問題があるかなと。  また同時に、子供のいじめによる、例えば自殺の事件あるいはまた不登校、学級崩壊、さまざまな問題がいろいろなところで実は報道をされておるわけであります。そういったときに、まず文部省の見解も聞かれますが、都道府県の教育長あるいはそれぞれの市町村の教育長、そういった方たちの見解が示される、あるいはまた学校長の見解が示されるということはありますが、教育委員長がその場で、どういう問題があって、どういうことでこういうことになって、これからはどういうふうにするという形での見解を示したものは、私は今まで新聞報道を見ておりますが、実は皆無であったわけであります。  では、教育委員会というのはもう全く要らないのかというふうに考えますと、実は文部省の方からいただいた資料でありますと、教育委員会は非常勤の教育委員をもって組織し、教育委員の合議によって大所高所から基本的方針を決定し、その方針・決定を受けて教育長が事務局を指揮監督して具体の事務を執行する。教育委員会は、具体的には、学校の設置管理、教職員の人事や研修、児童生徒の就学及び学校の組織編制、校舎等の施設設備の整備、給食や保健に関すること、あるいはまた社会教育、スポーツの振興、文化の振興、文化財の保護、実は、さまざまな権限を地方教育においては持っておる最高の決定機関ではないか、こんなふうに思うわけですが、どうしてこういう状況になってしまっているのかなということを実はつくづく思わざるを得ない。  そしてまた、私どもがきょうはこの教育委員会の問題を取り上げたい、こう思いましたのは、実際に、そういった最高の意思決定機関、民主的な意見を反映させる機関として設けられているものがうまく機能していないんではないかという観点と、もう一つは、現実に、例えばいじめの問題、学級崩壊の問題、あるいは連休の前にも随分いろいろな青少年の犯罪が起こっておるということであります。  愛知県でも、名古屋市の方で、実は中学生が五千万円も恐喝をする。被害に遭った少年をかばって、お母さんも一生懸命守り通したということも言えると思いますが、しかしその後の新聞報道は、加害者、いわゆる脅迫をした、恐喝をした少年たちが、実は反省をするような形で本当にようやく、初めて心を開いて親と話し合ったとか、そういった社会に心を開くような状況になってきた。そういう状況も見えているわけでありますが、被害少年の問題も、加害少年の問題も、実は学校はどう取り扱ったのか、あるいはまた教育委員会はどう取り扱っていたんだろうか。  そういったときに、本来の機能をもし学校が果たせなかった、先生方が果たせなかったんだったら、教育委員会が果たし得たのではないか。そんなことを考えたときに、そういった意味で一体どういう取り扱いができていたのかということを私どもは考えていかなければ、現実の救済が行われず、本当に、被害に遭う子供たちもあるいはまた加害者に回ってしまう子供たちの救済もできないんではないか、こんな思いがするわけであります。  そういった意味で、ちょっと冒頭が長くなってしまいましたが、まず、今こういったいじめや学級崩壊の問題について、教育委員会とかあるいはまた学校が、子供とか保護者の不平とかあるいはまた不満とかいった問題についてどのように受け付けておられるのか、そこら辺の状況について文部省として把握をされておられましたら、大臣の御見解を聞きたいと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 都築先生は団塊の世代の最後だ、こうお話しされましたが、私は団塊の世代の初めごろなんじゃないかと思うんです。  それで、今は、いじめや学級崩壊という問題に教育委員会がどういう役割を果たしてきたのかというところが最後の問題提起じゃなかったかと思うんです。  私も、かつて地方議員をやったことがございまして、最初に県会議員になったときに、教育委員会というのは一体何をやっておるんだろうかと思ったことがございました。それで、今この立場になって、改めて教育委員会制度というものを勉強したり、あるいは地方の教育委員の方々とお会いしたりしていますと、非常に熱心にやっている先生方は結構おられます。結構おられるというか、ほとんどの方がそうだと思うんです。  都築委員が御指摘をいただいたようなことも含めて、もっと教育委員会といわゆる教育長との関係をより密接にして、教育委員会の基本方針がすぐ政策として生かせる、あるいは現場での声が教育委員会にもすぐ行くようにするために、御承知のように法改正をし、一方では地方分権という問題もそこにあって、教育長が教育委員になるという制度にいたしました。  しかし、世の中の変化というものが非常に激しかったり、あるいはまた、そういう多様なそれぞれの事件に教育委員会がさらに適切に、そして素早く、あるいはなお一層真剣に御対応いただくためにどうしたらいいかというものは、もちろん、我々はこういうことをやっています、ああいうことも、カウンセラーもやっていますということは、今多分お答えとして求めていないと思うのでそこは申し上げませんけれども、そのまず第一歩の改革として、教育長が教育委員会の委員になります、こういうふうな仕組みを変えて、そこの連携をより一層させていくということを第一歩としながらも、教育委員会をさらに充実させていく。  私どもはやはり、あるべき教育委員会の基本、つまり中立に物事を考えていくという役割は依然として残っていると思いますし、その地域地域の基本的な教育の方向性を考えていくという意味での教育委員会のあり方というのは、私どもも十分に今でも存在意義があると思っております。しかし、こういういろいろな諸問題に委員会として素早くさらにどう対応していくか、どういうふうにしたらいいかというのは、日々に問題意識として考えていかなきゃならぬ問題かな、今御意見を伺いながら、お答えをしながら、所見を述べさせていただきたいと思います。

都築譲自由党

○都築委員 大臣のお考えも実はわからないではないわけであります。ただ問題は、今、日本全体に、先ほどお話がございましたように、日本人のあり方、心とか誇り、そういったものが問われている状況が起こっておるわけでありまして、そこは、日本の中にある、何も教育組織、学校組織、そういったものだけではなくて、例えば優良な企業と言われる銀行とか証券会社で相次ぐ不祥事が起こり、官庁でも不祥事が起こり、さまざまなところで今たがが緩んできている。  それは、組織が整備され、肥大化され、もともと組織をつくったときの、本当にこれから日本をこうやって引っ張っていくんだ、会社をこれから大いに発展をさせて消費者の求められるようなものをつくっていくんだ、サービスを提供するんだ、そういう気構えが、長引くにつれて、年月がたつにつれて忘れられて、逆に組織に寄りかかる、もたれかかる、そういった傾向がどうしても出てくるのはどんな組織でも同じことだろう、こう思うわけでありまして、私は、今の学校教育組織自身、また先ほどの、ちょっと批判がてら申し上げましたが、県警組織自身もやはりそうだと思います。  学校の先生方も、就職し、そして何年たったら主事とか主任とか、そういう形があるか知りませんが、あるいはまた教頭とか学校長に何年たったら昇進をし、そして何年たったら退職をして退職金を幾らもらってと、こういうふうな実は状況があるわけであります。  そういったことを考えてしまうと、やはり自分の身がかわいいということになって、本当は子供たちを大切に育てていこうという使命を、あるいはまた期待を持って先生方になられた先生方も多いと思うわけですが、だんだん日々の生活の中で、そういった組織の中で実は寄りかかっていってしまって、何か問題があったら、自分の昇進とか昇給とかそういったものに差し支えが出てくるから、逆に不祥事が起こらないように、そして子供たちは、受験勉強さえ一生懸命やって、そしていい高校やいい大学に進学してくれれば、それが成績がよいことになる。ただそれだけのことでいってしまうから、子供たちの本当の希望とかそういったものが実は生かされなくなって、子供たちの反発あるいはまた無力感、こういったものもまた起こってくるのではないか。  そして、そういったものが起こるとすれば、本当は、教育委員会という形で学校を監督する立場の人たちがしっかりと目を向けていなければいけない。何も教育委員というのは、教育の専門家ではない、一般の企業の経営者とかあるいはまた主婦の代表とかいろいろな方が入って構成されるべきものですから、そういった形で学校のあり方について議論をしていただければいいと思うんですが、実はそうなっていないところに問題があるんではないか、私はこういうふうに思うわけであります。  時間がもうありませんが、そこで、教育委員会のあり方、今、改革国民会議の方でも学校評議員制度といったものをつくっていこうと。実はこれは、私は、教育委員会が本来果たすべき役割を学校単位ごとに植えていくことになるんではないか、こんな印象を持っております。ただ、これは国民会議のまだまだ中間報告にも至らない議論でありますから、まだ取り上げることはいたしませんが、そういったことがあるんであれば、ぜひ教育委員会のあり方自身ももう一度問い直していく必要がある。  同時に、もしそういった形で学校の運営とかそういったものについてそういう仕組みができる、あるいは教育委員会もうまく機能するというふうな形になればいいんですが、もしならない場合は、例えば現実の今起こっているいじめとかあるいは学級崩壊とかそういう状況の中で、学級崩壊も実は全体としては大変なんですが、例えば、私の住んでいる町の隣町、安城市というところでことし起こったのは、学級崩壊をしたクラスでは勉強ができないから自分は図書館で勉強しているといった子供が実は出席日数不足で落第をしてしまって、学級崩壊した、その教室で騒いでいた子供たちがそのまま進級していくという事態が起こっておったわけであります。そういったいろいろな不平や不満を一体どこが本当に真剣に取り上げて救済をしていくのか。  私は、教育委員会というものが今のような形で役割を十分果たしていないというのであれば、むしろ不平不満や、子供たちや保護者のそういった心配を救済する機関として、オンブズマンのような形にして、学校長を指導したりあるいはまた自治体の当局を指導したり、勧告をしたり、そういう形に改めていくことが大事ではないか。現実の救済をやっていかなければ、犯罪にまで至ってしまったら、あるいはまた大学受験の機会、高校受験の機会、そういったものを失ってしまうようなことがあっては、子供たちの大変な不幸なことになると思うわけでありまして、ぜひ、そういったものについてどうお考えになるか、ちょっと御見解をお聞かせいただければと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 都築委員のお話を聞いていて、気持ちの中でうなずいている部分もかなりあるのでございますが、要は、教育委員会に対する今の制度の存在性というものを認めつつ、都築委員の教育委員会のあり方に対するこの問題を自分の頭の中で解決していくためには、そこにおられる地域住民が教育委員会に対してストレートに物を言い、そして、教育委員会から住民に対しても何らかの答えができるという関係をもっともっとつくっていくことの方がいいかなと。  いろいろやっております、いじめの相談の窓口を教育委員会そのものにつくっていくということもやっているわけで、こういうインターネットの時代だから、そこの地域住民と委員会との関係をもっともっと交流できるようにすることができそうな感じがするな、先生の意見を聞いてそう思いました。ちょっとここは研究してみたいと思います。  それから、再評価制度というか、オンブズマンみたいなものとか、その学校の評価をするある組織をつくったらいいじゃないかという国民会議の御意見がある。これは承知いたしております。  私どもも、評価ということの必要性を認めながらも、現実的に、例えば学区制の柔軟化等を考えながら、競争原理という言葉はいけないのでございますが、それぞれの学校の特殊性を出せるようにしながら、あるいは父兄の方々がある程度学校を選択できるような方向性を試行的にすることによって、それぞれの学校が校長先生を中心に頑張っていく、そういうふうなこともこれからの流れとして少し加速的にやってみる必要があるだろう。  再評価制度というのは、いろいろな議論がございますけれども、今は先生方の再講習をきちっとしてもらうとか、もう一回勉強してもらうとかということはやっておりますが、この評価ということはなかなか、現実的にどういうふうにしたらいいんだ、やるとしたらどうしたらいいんだろうか、そういう御意見がある、問題提起があるということは、各般の先生方からも言われているということは、そういう意識が国民の間にお育ちになっておるんだろうなということを、私自身今受けとめておきたいな、こう思っております。

都築譲自由党

○都築委員 終わります。

西博義公明党

○西委員長 次に、石井郁子君。

石井郁子日本共産党

○石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子です。  きょうは、教育基本法の問題で文部大臣にお聞きをいたします。  小渕前首相の私的諮問機関として、懇談会として教育改革国民会議が発足を見たわけでございますけれども、その時点で私は、教育基本法と教育改革国民会議との関係はどうなのかと、これは二月二十五日の予算委員会で質問をいたしました。そのとき青木官房長官は、「教育基本法の基本的な考えは変えない」、「この教育改革国民会議が教育基本法を変えるための会議である、そういうふうな御理解をいただいては間違いだろう、」と御答弁されたわけでございます。これは私が、政府としての教育改革国民会議に対する真意は一体どこにあるのかと尋ねたところの答弁でございまして、私はこの答弁が政府の正式見解だというふうに受けとめたわけであります。当然だというふうに思うんですね。  ところが、森内閣にかわりまして、五月十一日、森首相は教育改革国民会議に対して次のようなあいさつをされました。   教育基本法につきましては、既に委員の方々からご意見が出されているところでありますが、私といたしましても、教育基本法について見直すことが必要であると考えております。例えば、我が国の文化や伝統を尊重する気持ちを養う観点や生涯学習時代を迎える観点から、充分なものであるのか。あるいは、教育において家庭や地域が果たすべき役割が充分規定されているかなど、教育基本法についての議論を深める必要があると考えているところであります。皆様方におかれましては、この際、我が国の教育のあるべき姿について、是非根本的なご議論をお願いしたいと存じます。 こうなりますと、これは首相が教育基本法の見直しを要請したというふうになるわけですね。これはまさに国会答弁と違うことを行ったと言わなければなりません。国民と子供に対して範を示さなければならない首相自身が、いわば国会答弁と違うことを堂々と行う、こういうことがあっていいのかというのが、きょうは私の第一の問題点です。つまり、国会答弁あるいは国会というものをないがしろにするものではないのか。  この点で、長らく議院運営委員会で御活躍をされた大島文部大臣でございますから、どのように受けとめていらっしゃるのか、御見解をまずお聞きしたいと思います。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 石井委員が御指摘されている部分は、青木前官房長官がお答えされたことと今の森総理のお話しされていること、方針とは、内閣の継続性という観点から違うのではないかという御指摘ではないかと思うんですね。  私も、石井先生の御質問をいただいて前の青木官房長官の答弁を、議事録をちょっと読ませていただきました。そこには、基本的な問題については云々という言葉がございましたね。多分青木官房長官の、あるいは森総理も、その基本的なところというのは、例えば子供の権利でございますとか、憲法の今の精神でございますとか、そういうことを変えようということではなくて、そういうことは私は今でも継続することだと思うのです。  しかし、さはさりながら、いろいろな条項の中で、今必要とする部分で抜けている部分がありとすれば、それは何なのか、そういうものを大いに議論していただきたいという思いで、私は、そこには継続性、一貫性がそごを来しておるということはない、このように理解しております。

石井郁子日本共産党

○石井(郁)委員 小渕前首相は、この教育改革国民会議について、第一回のあいさつの中で、これは幅広く議論を積み重ねる場だとおっしゃっていますよね。ここのところを強調されている。教育基本法については一言も触れておられません。これは三月二十七日です。  ところが、今回は、教育改革国民会議では教育基本法を見直しをしてほしいと。全然違うじゃありませんか。だから、教育改革国民会議を教育基本法見直しの場にするということになったわけでしょう。これは、国民会議の性格を根本から変えたことになりませんか。これがまず第一点ですね。  その上に立って、今国会で森首相が、所信表明演説では、教育基本法の抜本的な見直しと、今度は見直しの上に抜本的がついたわけですよ。必要だというふうに述べられました。これは、これまで政府が言及したことのないことなんですよね。歴代の政府でやったことありません。突然の表明だったわけであります。  そして、これとちょうど合うかのように、所信表明は二十八日でしょう、その直前の二十六日の教育改革国民会議が分科会報告を出されまして、これは私も読みましたし、新聞にも報道されましたけれども、第一分科会としては、教育基本法の改正が必要だという意見が大勢を占めましたというふうになっているんですよね。それから、教育基本法については、第一分科会のみならず、今後全体会においても議論していくことが必要だというふうにまでまとめをされているわけです。  これは一体どういうことなんでしょうか。まさに教育改革国民会議の発足の時点、その国会答弁、その性格、全く違ったことになっているということではありませんか。ですから私は、こういうやり方というのは本当に国民に対するだまし討ちだ、こう言ってもいいと思うんですね。どうですか。文部大臣としてこれは黙っていていいんでしょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 先生にいま一度国民会議の性格というものを御理解いただいた上で、お答えをまた申し上げたいと思いますが、石井先生、あれは私的諮問会議なんですね。だまし討ちとかなんとかというのは、例えば国会が、こういう会議をつくってそこでこういう方向について議論しなさい、そのことを変えたというのならば、国会としてこれはだまし討ちだとかなんとかということを言う対象とはなると思うんですが、ちょっとそこはまず大きな前提として違うんじゃないか。  それで、小渕前総理が、あの会議をつくったときに、本当に基本に立ち返っていろいろなことを議論してくださいと言っているわけですね。それは、逆に言うと、教育基本法を議論しちゃいけないということを一度も言っていないわけです。教育基本法を議論しちゃこの会議はいけませんよということは言っていない。いろいろな、さまざまな角度から基本的なことを議論しようという中に、私は当然に、青木長官の前の御答弁もありますが、教育基本法を議論してくださいということ、議論することにはやぶさかではないという御答弁もまたあるわけです。  さらに加えて、そういう中で、森総理になってから、その諮問会議、私的国民会議に教育基本法だけを議論してくださいとは、私は森総理は何にも言っていないと思うんですね。やはり、あそこのメンバーの先生方の結果として、教育基本法も議論し、この間の中間報告というのですか、ああいう中に教育基本法の改正問題というものを明確にのせてきた。それは総理の指導があったからということではなくて、むしろそういう先生方の多様な、基本的な、抜本的な議論をしようという結果としてああいうものが出てきたものと私は理解をいたしております。

石井郁子日本共産党

○石井(郁)委員 しかし、経過としては、明らかに五月十一日、総理の方から教育基本法の見直しを要請しているわけですよ。それはやはりそういう議論の方向に進められていく、これは私的懇談会ですから、一定の諮問を受けてということになるでしょうから、ならざるを得ないんじゃないでしょうか。  ですから、最初は、教育基本法の根本的、基本的考えは変えない、それからこの会議は教育基本法を変える場ではないんだ、この教育改革国民会議が教育基本法を変えるための会議だというふうに思ってもらったら間違いだと、そこまで官房長官はおっしゃったわけでしょう。ところが、今や変えるための会議にもうなってきているじゃありませんか。こういうことがあり得るのが問題なんですよ。これは重大なことですよね。  そして、大臣がおっしゃったように、私的懇談会と審議会、これは明確に違うものですよ。これはもう言うまでもないと思うんですね。しかも、その私的懇談会で一定の報告を出し、諮問を受けて報告を出し、それがあたかもこういう方向が決まったかのように今動きつつある、やはり国民はそんなふうに見ざるを得ないですよ、いろいろ新聞報道を見ても。だから、私はそのことを大変危惧しているわけですよね。  私的懇談会と審議会との差異についてはもう言うまでもないんですが、あくまでも個々の意見の表明の場だ、決して懇談会としては何かをまとめる場所ではないということがあるわけでしょう、行政管理庁の文書の中でも。ところが、今はまとめる方向で来ているという問題ですよ。だから、懇談会の報告があたかも審議会の報告のように取り扱われていないか、こういう方向で今報告をいただきましたというふうに国民にそれが押しつけられていくとしたら、私は、重大な問題だし、こういうやり方は絶対にやはり許すことはできないという意味で厳しく申し上げているわけでありまして、これは国会の権威、また政府の権威にかかわる問題だというふうにも思います。  確かに、国会でそれは決めていないというふうにおっしゃったんですけれども、本当にそうなんですよ。私的懇談会の委員は全く国会が関知していません。そうでしょう。そういうところで、いわば教育の憲法と言われる教育基本法がこういうふうに議論されて、しかもこれは総理からいわば要請を受けて議論されてということで、どんどん事態が進んでいく。これはやはりゆゆしき事態だというふうに思うんですね。  私は、文部大臣としてやはりそういう御認識があるのかどうかということを再度求めたいと思いますし、こういう形での基本法の見直しということはもうやめるべきだということを強く申し上げたいわけでございます。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 多分石井先生おっしゃりたいことは、そういう方向に私的懇談会が世論をつくり上げていって、そしてそういうことがけしからぬのだ、事実的にも改正しなきゃいかぬのだという世論をつくっていくような形というのはおかしいじゃないかということを一生懸命言っておられるのかなと思いますが、結論から申し上げますと、法律の改正とか成立は、この国会でしかできません。いずれにしても、基本法の改正を必要だという判断をした場合には、国会に御提出して、ここで御議論いただくわけでございます。  ですから、諮問機関がどんなことを言おうが、法律という問題は国会議員の先生方が責任を持って議論して一つの判断をしていく。ですから、今やっていることがけしからぬことだ、また、どうも国会をばかにしたことだというのはちょっと、私は、文部大臣としても、総理のあそこの私的諮問会議はけしからぬことだということを言うつもりは全くありません。  ですから、いざとなったときに文部大臣としてどう考えるんだといえば、今、中間的な報告をこの間出されましたので、ただ、まだ正式に何にも来ていないときにコメントするわけにはいきませんが、どうも見ていると、現実的責任ある文部省として、今なるほどこういう問題提起は確かに考えていかなければならないな、したがってここは今こう変えていけるかな、これはもう少し中期的に皆さんと議論して考えなきゃならぬかな、まだ長期的にもっともっと国民の皆さんの議論をこの点は聞かなきゃならぬのかな、この三つのラインに分けて整理をしていかないといけないのかなという感想は持っていますということは、いつも申し上げているんです。

石井郁子日本共産党

○石井(郁)委員 あえて伺いますけれども、文部大臣としてというか、あるいは文部行政としては、憲法と教育基本法にのっとって行う、憲法と教育基本法の法律にのっとって、その上で具体的な文部行政を進めていく、このことははっきりしていますね。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 私どもは、憲法を遵守する義務がございます。このことは心してやってまいりたいと思っております。

石井郁子日本共産党

○石井(郁)委員 大変時間がないんですけれども、総理大臣の方から見直し、そういう見直しということが大変言われてきていますから、これは本当は総理と論争しなきゃいけない話にはなるわけですが、しかし、何かあたかも見直しが必要かのような話がどんどん進められていくということに対して、私は本当に落ちついて議論しなきゃいけないなというふうに思っているわけで、ここで一つ二つ、本当に見直しの理由というのは一体本当に理由になるのかという問題をまさに議論しなきゃいけないと思うんですね。  それで……(発言する者あり)私は議論しちゃいけないと言っていませんよ。だから、何を見直しするのかという問題なんですよね。先ほど申し上げましたように、今出ているのは三点ばかりでしょう。文化や伝統を尊重するということがないだとか、重視だとか、あるいは生涯学習という問題だとか、家庭や地域の役割ということをもっと強調すべきだという話なんですが、実はこの点も、私はさきの予算委員会でも議論したんです。  これは森首相自身が文部大臣のとき、先ほども臨教審という話がございましたけれども、一九八四年ですけれども、答弁していらっしゃるんですよね。「教育基本法は、第一条において「教育の目的」として、人格の完成を目指し、平和的な国家及び社会の形成者として国民が身につけるべき基本的な徳目を示しているものであり、」徳目を示している。「その精神から見て、国を愛する心、家族の敬愛というような、人間として生きていくについての普遍的かつ基本的な事柄を教え、身につけさせていくことは、当然その趣旨に含まれているものと考えているわけでございます。」だから、こうおっしゃっているわけでしょう。この当時の「教育改革に当たりましては、憲法、教育基本法の精神を基本としつつ、これに取り組むことが肝要」と。  私は、やはりこのとおりだというふうに思うんですよ。だから、これがなぜひっくり返されるのかということもあるわけです。我が国の文化や伝統を尊重する気持ちなど第一条の趣旨に含まれているというのであれば、変える必要なんかないんじゃありませんか。それが第一点。  それから、生涯学習についてもそうなんですね。確かに生涯学習という言葉自身、そういう概念自身が、やはり時代の中でつくられてきた新しい概念ですよね。だから教育基本法にないのは、それは当然ですよ。そういう種類のものが、時代の変化の中で含まれていないというのはあり得るわけですよね。  しかし、この生涯学習についても、生涯学習振興法を文部省がつくりました。この制定の当時には、そのつくられたことについても、これは前中曽根文部大臣が、これは教育基本法の大枠で制定されたものだと。だから、やはり教育基本法があって、あの当時は社会教育という言葉ですけれども、そういう枠の中で生涯学習振興法がつくられていっているわけですよ。だから、教育基本法があることは少しも邪魔にはなっていないし、そのもとで具体的な個別法ができ上がっていくわけですから、これは変える理由にもならないじゃないですか。どうでしょうか。  私はそういう点で、青木官房長官が御答弁されたように、やはり教育基本法を変えることが先にありきみたいな議論をする会議じゃないんだといったことをきちんと本当に踏まえるべきだというふうに考えるところでございますが、この変える理由について、今、いかがでしょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 石井委員にお答えを申し上げます。  変える理由についておまえは答えろと言っても、今ここに改正案を持ってきて、こう変えますといって出したときは変える理由を申し上げたいと思います。  ただ、今委員がいろいろお話しされました、生涯教育という言葉は時代の変化に基づいてできてきた言葉だ、まさにそういう時代の変化というものが一方において激しくあるわけでございます。昭和二十二年につくったときに、そのときが必要とする教育の目標というものと今と全く何も変わらなくていいんだということには、私はいささかくみしない考え方を持っております。  というのは、確かに教育の世界には、教育政策の目標には、普遍的な人格のあり方論とか、そういう問題も理想とする人格論というのがあるのでしょう。  もう一つは、石井先生の政党も時代とともにいろいろな変化があるように、やはり新しい流れに合わせて、その流れに対応できるような子供たちに育ってほしいというようなことも大きな役割とするならば、昭和二十二年のときの社会情勢と今の社会情勢を比べてみて、やはりいろいろな変化がある。人口もそうだし、国際社会の中の日本もそうだし、あるいは少子化の問題もそうだし、ITあるいは技術革新の問題もそうだ。そこに、現代的に考えなければならない教育の基本というのもあるのではなかろうか。  ですから、タブー視することなく、もちろん憲法の枠の中で大いに議論してくださいということは文部大臣としても申し上げたいことだと思っております。

石井郁子日本共産党

○石井(郁)委員 問題は、今新しく生起している、いろいろ起きている問題が、事柄が、教育基本法があるために実現ができないのか、あるいは、法律が具体的にできないのかとか文部行政が進まないのか、そういうことじゃないわけでしょう。そういうことがまず第一点。  それから、今文部行政としてやらなきゃいけないことは、本当に深刻な子供の現状ですね。教育の荒廃と言われているようなさまざまな事柄。これに対して、本当にどういう行政をしていくのかということになるわけで、そのときにこそ、私は教育基本法に立ち返って考えるべきだと。教育基本法に盛られている理念、この精神をやはり生かすという立場に立ったら、本当にやらなくちゃいけないことはいっぱいあるわけですよ。むしろ、やってこなかったのが文部行政なんですよね。  ちょっと一つの例で言いますと、先ほど、ボランティアということを盛んに言われていますけれども、教育基本法の第二条には、自主的精神ということを非常に大事にしていますよ。自発的精神ということも非常に大事にしています。そういうことがやはり日本の教育の中では十分されていないという問題。  それから、きのうは子ども国会がございまして、子供たちの正直なというか、本当に自分の言葉で話す発言に私も胸打たれているのですけれども、子供たちは言っていましたよね。いじめをなくすのは、お互いの違いを認め合う、そして尊重することだ。もっと個人を尊重してほしいというのが今の子供たちの強い思いですよ。まさに教育基本法のとおりじゃないですか。個人の尊厳、個人の価値をたっとぶということがあるわけでしょう。だから、そのとおりにされていないというのが、やはり日本の教育の一つの問題、一つのというか、大きな問題なんですよ。  だから、そちらの方にこそ目を向けるべきであって、今これに、あれもない、これもないという話じゃなくて、本当にやれることはいっぱいあるんだ、やらなければいけないことはいっぱいあるんだという立場でやはり議論をきちんと据えてほしいということを私は強く求めまして、時間が来ましたので、質問を終わらせていただきます。  どうもありがとうございました。

西博義公明党

○西委員長 次に、山内惠子君。

山内惠子社会民主党・市民連合

○山内(惠)委員 社民党の山内惠子でございます。  初めに、時間が限られておりますので、教育基本法につきましては、一人一人が大事にされる教育を重視しています。その意味で、今本当に変える必要はないと考えております。そのことを発言しまして、教育基本法とは別に、私の発言に入りたいと思います。  「魔女の宅急便」とか「おもひでぽろぽろ」のアニメーション作家である宮崎駿さんは、「子どもが元気であれば、子どもさえ元気であれば、二十一世紀は希望が持てる」とおっしゃっています。  残念ながら、子供たちは現在、大臣も御指摘されていますように、十六歳や十七歳の少年による事件、いじめ、不登校、学級崩壊など、深刻な状況に追い込まれています。このことは子供たちにとって、現在も住みにくい社会ですが、未来にも希望が持てない社会になっていることを示しているのではないかと思います。  「フリースクールさとぽろ」というのが札幌にあるのですが、この代表の宇野冴美さんは、不登校の子供たちの家庭引きこもりを称して「繭ごもり」とおっしゃっています。  繭は、自己を熟成させる間、外敵に食べられないようにこもるのです。そして外壁を破り、ガとなって大気に羽ばたきます。人間も、十六歳、十七歳の自我は外気の圧力に反応し、時にはこもってしまう内省の時期を必要としています。若い自意識が危機を回避しようとして反応する「繭ごもり」が成熟を待たずに飛び出すとき、今の日本の社会では、なぜ暴力、殺人という現実との出会いになるのでしょうか。そして、大人の側からは、少年法に厳罰規定をの合唱になるのでしょうか。厳罰主義では、子供たちに希望の持てる二十一世紀を手渡すことはできないというふうに思います。  ところで、日本では、子どもの権利条約を批准して六年目を迎えています。条約の第十二条には、子供の意見表明権がうたわれています。大人は子供の声に耳を傾ける責任があるということを言っているのだと思います。子供たちが自分の思っていることをきちんと発言し、受け入れられるようになっていれば、陰湿ないじめなどには向かわないのではないかと思います。子供たちを取り巻く教育環境に子供の意見表明権を生かすことを保障することが、教育改革の重要な課題の一つだと思います。  そこで、大臣にお聞きいたします。  子どもの権利条約の第十二条の具体化に向けて、現在までにどのような取り組みをされてこられたのか、また今後どう推進されていくかということについて御質問いたします。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 山内委員から繭ごもりというお話を初めて伺いまして、なるほど、そういう表現をするのかなと思いました。  子どもの権利条約をどのように生かしているのかという御質問でございますが、いわば子供たちが自分の意見を表明したり、あるいはきちんと説明したり、議論したりすることのできる能力をまず高めるようにしましょう、そういうことを課題として取り上げてもらっております。  とりわけ学級活動やホームルーム、児童会活動、そういうふうな場を大いに使って自主的、実践的な態度を育て、自己を生かす能力を養うように各学校の現場で頑張ってもらうようにしております。

山内惠子社会民主党・市民連合

○山内(惠)委員 実はその件につきましては、いろいろな調査をしておりまして、子供たちが一番自由になりたいものは何なのかというふうにお聞きすると、服装と髪型だと。しかし、先生方に子供に何を守ってもらいたいかというふうに規則の面で質問すると、服装と髪型だと。このように、大人と子供の間にはギャップが大きいということがあるように思います。  子供たちが学校をどうしたいか、町づくりをどうするかということについて、意見をしっかりと発言し、受けとめられるような社会をということで、今後もぜひ、いろいろな形で具体化に向けて文部省としても頑張っていただきたいというふうに思います。  次に、教育条件の整備に関しましては、お金をかけない教育改革は限界に来ているのではないかというふうに私は思っています。その観点から、日本の国、地方を合わせた学校教育に対する公財政支出の対GDP比は三・六%ですが、欧米諸国では四・五%から五・六%になっています。一九九九年度の国の予算のうち、学校教育に対する予算は五兆二千九百九十五億円となっています。これでは余りにも少ないのではないかと思います。大臣、お考えはどうでしょうか。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 先生御指摘のとおり、我が国の公財政支出の学校教育費の対GDP比は三・六%です。結論からいいますと、ぜひこれから頑張りたいので先生の御協力もお願いしたい、これで答弁にかえさせていただきます。

山内惠子社会民主党・市民連合

○山内(惠)委員 時間のない中ですから、今後の取り組みということでよろしくお願いいたします。  五月に出されました「今後の学級編制及び教職員配置について」の報告を受けて、都道府県教育委員会の判断によって二十人の学級編制も可能であるとしています。これでは、都道府県の財政状況によっては実施状況が異なり、教育効果のバランスを欠くことが危惧されると思います。  そういう意味で、先ほど三十人以下学級についての御発言もありましたが、地方の責任にしないで、もし国で三十人以下学級を実現するとしたら、教職員の人数、予算はどのように試算されているかお聞きしたいと思います。

矢野重典文部省教育助成局長

○矢野政府参考人 公立小中学校で三十人以下学級を実施した場合に必要となる教員の増員数につきましては、これからの児童生徒数及び学級数の正確な把握が難しいわけでございますので、推計によらざるを得ないわけであります。  また、どのような実施方法を採用するかによっても結果が異なってくるため、必要な教員数を確定的に申し上げることは難しいのでありますけれども、仮に公立小中学校におきまして、現行の配置基準を前提にして、直ちにこれを三十人以下学級を実施するとした場合には、一つの試算といたしまして、人数にいたしまして約十二万人、所要経費といたしましては約九千八百億円が必要と見込まれるところでございます。

山内惠子社会民主党・市民連合

○山内(惠)委員 これからきちんと計算をしてということになるのだと思いますけれども、三十人以下学級というのは基本的なベースになる考え方ですので、今当面必要なことというふうに考えられて取り組まれたい。  大臣の発言の中の教職員定数の改善、教育条件の一層の充実というところは、ここはもっと質問しようと思っていたところですが、省略いたします。  欧米並みにGDPの一%、約五兆円というふうに聞いていますが、引き上げれば、今のお答えのように、先ほど、三十人以下学級は約一兆円あればやっていけるということですから、GDPの一%を引き上げれば、人件費もその他の施設設備も十分整えられます。地球の重さと同じ子供たちの命という言い方があると思いますけれども、その子供たちの教育にかけるお金ということで、ぜひ概算要求のところでも頑張っていただきたいなというふうに思うわけです。三十人以下学級の実現ということを本当にぜひ御検討いただきたいと思います。  最後に、私学助成についてですが、私学の授業料は公立高校の三・二倍、入学納付金は五・八倍だそうです。この不況の中で、親のリストラで、修学旅行に行けない子、それから退学せざるを得ない子がふえています。そのような状況の中で、私学助成の充実に努めるべきだと考えますが、いかがでしょうか。

鈴木恒夫自由民主党文部政務次官

○鈴木(恒)政務次官 お答えいたします。  義務教育段階における教育は、御存じのとおり公立に負うところが多いわけでございますが、高等学校以上、私学の重要性は申し上げるまでもないことでございます。これまでも私学助成に努めてまいりましたが、これからさらに、先生の御支援もいただきまして、私学助成のために、今度の大臣は極めてアグレッシブでございますので、平成十三年度予算の獲得に向けましても、私ども、全力を挙げて私学助成の充実に努めてまいります。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 総括政務次官が今お答えしたんですが、この間、海外との教育制度の勉強をちょっとしてみたんですよ。本当に、先生が御指摘のとおり、日本の私学に対する国民の援助というんでしょうか、国だけではなくて国民、つまり税金だけではなくて国民がボランタリーでお金を出す、だから私は、国民の援助、こう言うんですが、国家財政だけではなくて、そういう気持ちを国民が持たないとだめだなと思いました。  ぜひ先生、そういう意味では、国が金を出せ、国が金を出せと言うだけではなくて、それはお互いに手をとり合って、もっと文教予算に金をつけろ、こういう努力もお互いにしなければなりませんが、国民の皆さんにも、口は言うけれども金は出さないというのではなくて、国民の皆さんも私学に対してお金も出すぞ、そういう風土をつくる必要性があると私は思いますが、逆に、そう思いませんか。

山内惠子社会民主党・市民連合

○山内(惠)委員 逆に振られてしまいました。  私は小学校で実質約三十年教員をしてまいりましたので、私の教えた子供たちが公立を選ぶか私学を選ぶかということは、例えば昔のように個性のある私学をと考えて選んだ時代とは違って、やはり入試の中で希望とは関係なく私学に行かざるを得ないという子もたくさんいるという状況にあるというふうに思います。  そのときに、同じ年齢の子供たちが、公立高校との授業料という部分では、先ほど申し上げたのですが、三・二倍。そして、入学納付金と一般的に言われるんですが、五・八倍もだということを考えるとき、財政が豊かだから私学へ行ったということでもないわけですから、その意味では、私は、今大臣は、国民の皆さんがとおっしゃっていますけれども、私の周りでは、私学をもう少しお金のかからない学校にしてもらいたいという親の声は大変多いのであります。その意味では、ぜひ予算をこちらの方に回していただきたいというふうに思っています。  私が早口で申し上げたので、私のいただいた時間はもう少しございますので、よろしくお願いいたします。  先ほど申し上げましたように、教育にお金を使わないで精神だけで教育改革ということは、やはり相当無理が来ているというふうに思うのです。  私は自分で、一人減ったばかりに四十人学級を持ったこともありますし、一人ふえたので二クラスにして二十人学級を持ったこともあります。私は、二十人学級を持ったときに、本当に一人一人の子供の顔が見えて、そして一人一人の声に耳を傾けることができました。それで、子供たちの悩みも、それから例えば子供たちの書いた文章も丁寧に読むことができました。  すべてを三十人以下学級にという必要はないとおっしゃる部分は、基本を三十人以下学級にしておいて、大勢の方がいいときとか、試合をする必要があるときとか、そのパターンの組み合わせは幾らでもできると思います。その意味では、先ほど試算された金額も全体の予算の中では教育に十分かけられる予算だというふうに思いますので、教育にお金をかけるということで、文部省の概算要求では全力を挙げてやっていただけるように大臣には期待したいところでございます。  三十人以下学級の実現というのは、すべてにということではなくて、基本にはそのベースで学級編制をするということが大変重要だということを申し上げて、三十人以下学級の実現に向けてもぜひ御尽力いただきたいと思います。  これで質問を終わらせていただきます。

大島理森自由民主党文部大臣・科学技術庁長官

○大島国務大臣 基本的にそんなに違わないな、こう思って聞いているんです、先生の御意見は。もう一つ、教育に金かけろというのは賛成です、私も。ただし、今の教育はいろいろなことをやらなきゃなりません、IT問題もあるし。  そういう意味で、また改めて申し上げますが、どうぞ党派を乗り越えて、ひとつ文部省の応援団になっていただいて、教育に金はかかるぞとあちこちでぜひ御主張していただくことを御希望申し上げます。

山内惠子社会民主党・市民連合

○山内(惠)委員 それでは、どうもありがとうございました。

西博義公明党

○西委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午後零時二分散会

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