P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
147回国会衆議院2000/04/07

法務委員会 第11号

発言数
123
登壇者
16
会派数
5
開催日
2000/04/07

会議録

武部勤自由民主党

○武部委員長 これより会議を開きます。  裁判所の司法行政、法務行政及び検察行政、人権擁護に関する件について調査を進めます。  本日は、特に犯罪被害者にかかわる諸問題について調査を進めます。  ただいま御出席いただいております参考人は、専修大学法学部教授岩井宜子君、同志社大学法学部教授瀬川晃君、早稲田大学法学部教授田口守一君でございます。  この際、参考人各位に委員会を代表して一言ごあいさつを申し上げます。  参考人各位には、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いをいたします。  次に、議事の順序について申し上げます。  まず、岩井参考人、瀬川参考人、田口参考人の順に、各十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。  なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を得ることになっておりますので、よろしくお願いいたします。また、参考人は委員に対して質疑をすることができないことになっておりますので、あらかじめ御承知おきいただきたいと存じます。  それでは、まず岩井参考人にお願いいたします。

岩井宜子専修大学法学部教授

○岩井参考人 岩井でございます。  私は、法制審議会委員で、政府提出案の審議をしました刑法部会の一員でもありました。  私自身は、刑事政策が専門領域で、犯罪現象についての実証的研究に基づいて犯罪防止の方策をいかに実効的なものにしていくかについての考察をすることを主な課題としていますが、我が国における性犯罪の被害者の実質的な保護の必要性と性犯罪の防止策について主に意見を述べさせていただきたいと思います。  性犯罪に対する規制の歴史は、女性の社会的、婚姻法的地位を如実に示しているとも言えると思われます。我が国におきましては、戦後の改正まで、妻にのみ姦通罪の成立が認められていた点、また強姦、強制わいせつの罪が社会的法益を害する罪の章に入れられている点におきましても、明治の立法当時は性道徳を侵害する罪という意識が強かったものと思われます。  近年、強姦や強制わいせつの罪につきましては、個人の性的自由、性的自己決定権を侵害する罪だという点については大方の一致を得ているということが言えると思いますけれども、その犯罪の成立が被害者の同意の有無にかかっていることから、犯罪としての立証の困難が伴って、個人の性的自由というものの実質的な保護というものが非常に難しい、そういう犯罪の性質を持たざるを得ないものであるわけです。  アメリカにおきましても、一対一では強姦はなし得ないというような強姦神話の存在があること、それから、一九七〇年代前半ぐらいまではアメリカではレイプは非常に重く処罰されておりましたので、かえってその成立を認めるということに慎重になりまして、同意がなかったということに確証が要求されます。そして、被害者側が相当程度の抵抗をしたということの立証が要求されるようになっていたわけです。  また、フロイトの理論が、女性は本質的にはマゾヒスティックであるとしましたために、女性は男性の野獣性に対し魅力を感じ得るとしまして、また、社会における性役割として慎み深く振る舞うことが期待されているために、性交を望んでいてもノーと言うのだというふうに考えられて、法廷でもそういう議論が展開されたわけです。  このようなレイプ立証の困難さを反映しまして、一九六〇年から一九七三年までのレイプの解明率というのは二九%以下でありまして、一九七三年中に告訴されたレイプケースの有罪率は八分の一にすぎませんでした。特に、被害女性が法廷において過去の性経験を追及されるなどのひどい扱われ方のために、第二次の被害者化としまして、刑事法廷でもう一度被害を受けると言われるほどだったわけです。  こういうレイプローのあり方に対しまして、その不当性をアピールしたのがフェミニストの運動の功績だとされております。  アメリカの各州は、レイプの定義を拡張しまして、他の性的侵襲行為を含めること、レイプの刑が厳し過ぎることが有罪とするのをちゅうちょさせる嫌いもあるために、段階を設けて刑の緩和化を図ること、不同意を示すための最大限の抵抗というような基準を合理的な抵抗というふうな基準に改めること、客観的証拠の要求を廃止しまして、被害者と被告人の証言の信憑性の争いにおいて判断をするということ、それから、被害を受けた後に即時に告訴がなされることの要請の廃止等、そういう方向で一九七〇年代以来徐々に改正が実現されていったわけです。  アメリカにおいて強姦罪の発生率が現在ぐんと増大してきているのも、被害者への実質的保護が図られて顕在化が容易になったことが資していると考えられるわけです。それでも、性被害は実際には知り合いの者同士で起こりやすいものなのに、知人によるレイプはまだまだ申告がなされにくい状況にあるというふうにアメリカでも指摘されております。  我が国におきましては、配付されております改正法案関係資料の統計の参考資料の七ページのグラフを見ますと、平成八年以降少し強姦罪の発生率は増大しておりますけれども、戦後の推移を見ますと、一九六〇年ごろには人口十万人当たりの発生率が六・八人であった。それをピークとしまして、現在はその発生率が一・五人というふうに非常に減少してきているわけです。しかしこれは、性被害がそんなに少ないというのではなくて、諸外国が性犯罪被害者への実質的保護のために法改正を続けてきたのに対して、我が国においてはそういう努力が余り行われてこなかったということの反映とも見てとれるわけです。  犯罪被害者と被疑者の関係を見た統計を見ますと、殺人は、親族等が四二・六%を占めて、それから、面識ありが四四・三%、面識なしは一三・〇%にすぎません。これは、身体犯は非常に濃密な人間関係の中で行われることが多いということを示していると言えるわけです。しかし、傷害になりますと、親族等は四・三%しかありません。これは、家庭内の暴力行為というのが少ないというのではなくて、法は家庭に入らずの原則のために、家庭内の暴力行為というものの顕在化が非常に妨げられていて、生命を失うほどにならないと犯罪として顕在化しにくいということを示しているものと思われるわけです。  強姦罪、強制わいせつ罪になりますと、親族等の被害者はごくわずかになりまして、面識なしが、強姦罪は七六・三%、強制わいせつ罪は八七・〇%を占めています。しかし現実には、やはり性的暴力も知り合いの者同士の間で起こりやすい犯罪なわけで、一九八四年のサンフランシスコの調査では、報告されたレイプの五五%が知らない人によるものでしたが、被害者調査では、知らない人によるものは一六%にすぎなかったとされております。  日本でもその被害者調査は徐々に行われつつありまして、一九九八年に行われた「子どもと家族の心と健康」調査委員会が行ったアンケート調査では、全体の三・一%が強姦被害経験を持つとしておりまして、多くの暗数の存在をうかがわせるわけです。  一九八四年に私が所属しております女性犯罪研究会が行った女子非行の調査によりますと、鑑別所収容女子少年のほとんどが低年齢にもかかわらず性経験を持っておりまして、その初交の形態が強姦や輪姦によるものという者が一四・四%を占めており、性被害経験のある者が三五%もいたことは、性被害が非行性の深化に大きな役割を担っているということをうかがわせまして、性被害に対する実質的な保護の必要性を感じさせるわけです。  また、近年ようやく注目を浴びて、その対策の必要性が叫ばれてきました児童虐待の問題ですが、児童相談所に持ち込まれる相談件数が、一九九〇年の千百一件から一九九八年には六千九百三十二件と急激に増加していることから、児童虐待の増加というふうに騒がれているわけですけれども、これも社会の関心が増大したことによって顕在化が図られてきたことのあらわれというふうに思われます。  児童相談所で扱った児童虐待事例の全国調査では、一九八三年の四百十六例から一九九六年では四千百二十二件と増加はしておりますけれども、諸外国に比べるとまだごく少なくて、いまだ非常に家庭条件の悪いものに偏っておりまして、一般家庭にも見られ得る児童虐待事例はかなり潜在しているものというふうに考えられます。  特に性的虐待は、以前その定義として、親による近親相姦または親にかわる保護者による性的暴行という比較的狭いものが用いられておりましたために、今まで性的虐待として報告されてきたものは姦淫行為を含むものに限ると解されてきた嫌いがありまして、被害児も十歳を過ぎた女児に限られるという傾向にありました。一九九六年調査では、性的嫌がらせや性的関係を強要したりすることというふうに定義は広げられて、その被害児が男児の場合も四%、年齢十歳未満も一〇%見られておりまして、幾らか性的虐待の概念が拡大されてきたわけですが、まだかなり深刻な例に限られている傾向が見られるわけです。  性的虐待は、身体的外傷がなくて、被害児自身が罪悪感を持って隠そうとするために、顕在化しにくくて、そのため虐待が長期化しまして、性的虐待順応症候群と言われるさまざまな性格的、心理的な特徴を発達させます。その結果、妊娠というような重大な結果のみならず、深刻な適応障害をもたらして、犯罪、非行の原因にもなるわけです。  女性犯罪研究会が行った調査では、性的虐待例三十五例中、被害児に不登校、怠学、家出、非行などの問題行動が出現しているものが十例ありまして、被害児本人が警察などに補導されたために顕在化したというケースが八例見られました。  性的虐待は、十三歳未満の子供に対して行われる場合、当然、強姦罪や強制わいせつ罪を構成するわけですけれども、被害児が非行少年として扱われましても、加害者は何のとがめも受けないというのが今までの状況だったわけです。近年は、警察の対応も児童虐待事例の救済に目が向けられてきて、平成十一年の検挙状況の調査では性的虐待もかなりの検挙数を示しているわけです。こういうふうに社会の意識が変わるということが最も必要だという面もありますけれども、その顕在化が妨げられているというところには法制面のネックもあるわけです。  それは、強姦罪、強制わいせつ罪は親告罪でありまして、法定代理人に当たる養育者によってその犯罪がなされる場合には告訴がほとんど期待できないという面があります。被害児にとっても大事な家庭ですので、刑事的介入がベストとは言えないわけですけれども、社会的保護を十分に尽くした上で、反省のない加害者に対しては刑事制裁がきちんとなされるような道が開かれていることが、規範意識の覚せいのためにも必要なことであると考えられます。  このたびの法改正の提案で、告訴期間の撤廃によりまして、被害児が成長してから被害を訴えることも可能になり、それから尋問の際の遮へい措置とかビデオリンク方式による証人の保護、特に付き添いを認めることができることによって幼い子供の証言も容易になるということが期待されます。性犯罪被害者の法廷での第二次被害ができるだけ防止されるという措置がとられ得ることによりまして、性犯罪の被害の告訴も容易になるということが期待されるわけです。  法改正のみでは実質的な保護は達成しにくくて、運用する人の意識とか社会における保護の体制の整備というものにかかってくることは多いと思われますけれども、まずその第一歩として法改正が行われるということが最も肝要だというふうに私は考えております。  以上です。(拍手)

武部勤自由民主党

○武部委員長 ありがとうございました。  次に、瀬川参考人にお願いいたします。

瀬川晃同志社大学法学部教授

○瀬川参考人 同志社大学の瀬川でございます。  私は、法制審議会の少年法部会、それから刑事法部会の委員をしておりまして、法律案の作成に携わっております。専門は刑事法ということですけれども、刑事政策といいますか、あるいは犯罪学それから犯罪被害者学という形で、少し幅広く研究を続けております。  レジュメはございませんが、できるだけ簡潔にお話をしたいと思います。  私がお話しすることは三点ございます。まず第一は、いわゆる犯罪被害者に対する配慮というものがどういう形でなされてきたのかという歩みをたどること。第二は、今回の法改正の契機となったのは何なのかということ。それから三番目には、どういう課題があるのかということ、それからどういう視点で見るべきなのかということをお話ししたいと思います。  まず第一の歩みでございますけれども、これは、ごく大まかでございますけれども、ほぼ四期に分けることができると思います。  始まったのは、恐らく御存じだと思うんですけれども、一九七四年の三菱重工ビルの爆破事件というのがあったわけです。これをきっかけに、いわゆる被害者補償ということが起こったわけであります。この問題が生じて、犯罪被害者に対する給付金支給法というものが一九八〇年にできたということ、これが我が国では犯罪被害者に対する配慮のスタートであったというふうに思われるわけであります。  第一期はこういうことを中心とした一九七〇年代でございまして、犯罪被害者に対する配慮ということがスタートした時期でございます。言ってみれば、始動期というふうに言っていいかと思います。  ただ、一九八〇年代になりますと、これは第二期でございますけれども、言ってみれば空白期といいますか、エアポケットのような時代がございます。この時期は、確かに犯罪被害者に対する議論はあったんですけれども、いわゆる立法化とか、あるいは具体的な施策というものはほとんどとられなかったという時期でございます。  ただ、対照的に、国際的な動向を見ますと、この時期に欧米では犯罪被害者に対する配慮というものは非常に急速度に進んでおります。例えばドイツ、アメリカ、イギリスがそうなんですけれども、そういう形で果敢に立法化を進めたという時期でございます。特に、御存じかと思うんですが、国連の被害者人権宣言というのが出まして、これは一九八五年ですけれども、かなり国際的な動向に影響を与えたということがございます。  ただ、いずれにしましても、我が国では一九八〇年代というのは今申し上げましたように空白期であった、つまりほとんどそういう施策というのは行われなかった時期でございます。ただ、この時期には、いわゆる被害者に対する、特に性犯罪被害者に対する配慮ということは学界でも非常に大きな課題になったということでございます。それからもう一つは、被害者の法的な地位というものをどう考えるのかということも議論にはなっておりました。  それで、一九九〇年代になるわけですけれども、九〇年代が第三期でございまして、この時期に最も、言ってみれば犯罪被害者に対する配慮というものが拡大、発展した時期でございます。  特に、法的地位の議論というのが非常に盛んになったということ、さらに被害者支援というか援助という動きが活発化したということでございます。特に、民間ボランティアによる被害者支援組織というものが相次いで設立されたということでございます。それからもう一つは、いわゆる刑事司法機関、特に警察、検察ですけれども、被害者に対する連絡制度あるいは通知制度というものを設けたということがございました。  これは、言ってみれば非常に画期的な出来事であったわけですけれども、まだ法改正のレベルでは行われなかったということに御注意をいただきたいと思います。  それから第四期でございますが、これは九〇年代の後半あるいは末と言っていいと思いますけれども、この時期になりますと、私はこれは法的な整備期というふうに呼んでおりますけれども、法的な整備ということが非常に重要な課題となってきたということでございます。その観点から、昨年の十一月から法制審議会の刑事法部会でこの審議が始まったということでございます。そうした意味で、現在の最大の課題は何かといいますと、犯罪被害者に対する配慮というものを法整備する時期に入ったというのが現在の時期であるということでございます。  それから、お話しする第二点目でございますが、こういう法的な整備が行われなければならないという要請がなぜ起こったのかということでございます。これは、およそ四つの契機があったというふうに私は思っております。  一つは、これはビクティモロジーといいますけれども、犯罪被害者学の貢献ということが言えると思います。耳なれない委員がたくさんおられると思いますが、犯罪被害者学というのは我が国ではまだまだ新しい学問でございますが、欧米では四、五十年前に始まったわけであります。我が国では九〇年に日本被害者学会が発足しております。現在もかなり活発に活動が続けられているところでございます。いずれにしましても、第一点目は被害者学の発展、貢献ということであります。  この学問というのはどういう学問かといいますと、従来の犯罪学あるいは刑事法の関心というのは、ほとんど犯罪者に関心があった、犯罪者がなぜ犯罪を犯したのか、あるいは犯罪者をどう処分したらいいのかということが最大の問題であったわけですけれども、この被害者学というのは、むしろ、いわばその対極にある被害者をどうするのか、被害者がどういう実態にあるのかということを研究しようとする学問でございます。  そこで、被害者学の発展というのは、特に欧米では八〇年代、我が国では九〇年代に急速に発展したということでございます。当初の被害者学というのは、実は支援とか援助という発想はそれほどなかったというふうに私は考えております。特に、犯罪原因論としての被害者ということを考えていた、なぜ被害者は被害に遭うのかということを考えていた。つまり、被害者はどんな落ち度があるのか、あるいはどんな責任があるのかと考えていたというのが初期の被害者学でございました。  これに対して最近の新しい被害者学というのは、犯罪被害者がなぜ被害に遭うのかということはむしろ被害者の責任追及になるのではないか、むしろそれは被害者バッシングであるというふうな批判が出まして、支援あるいは援助というふうに論点を発展させていったというのが最近の傾向でございます。その中で、第二次被害者化あるいは第三次被害者化という議論が出てきたということでございます。それからもう一つは、被害者の法的な地位を改善強化しようとする動き、そういうものが出てきたというふうに申し上げていいと思います。  それからもう一つ、法的な整備期が出てきた二つ目の契機でございますが、これは少年法改正でございます。これは最近の、特に少年法部会が昨年出しました少年法改正案でございますか、その中で、例えば山形の明倫中学校マット死事件あるいは神戸の児童虐殺事件、そういうものを契機としまして被害者に対する配慮ということが非常に社会的な関心を呼んだ。その中で、少年法の中で、もともと少年法は事実認定の適正化ということが大きなポイントでございましたけれども、それに付随するテーマとして、被害者に対する通知、そういうことが盛り込まれた。これを契機としまして、これは犯罪被害者については少年事件にとどまらないのではないか、むしろ刑事司法全体の問題ではないかという問題意識が高まったということでございます。  それから三番目の大きな契機ですが、これは実務上の対応の変化ということでございます。先ほど申し上げましたように、警察段階での連絡制度あるいは検察段階での通知制度という形で被害者に対する配慮が実務上動いているということが三番目の契機でございます。  それから四番目には、被害者の権利運動ということでございます。これは、例えば犯罪被害者のネットワークという組織がございまして、そこで七つの権利ということが言われた。あるいは、日弁連も活発に動きまして、昨年の五月に答申を出し、十月に犯罪被害者基本法要綱案というものを出しておりますけれども、そういう形でいわゆる権利ということ、あるいは法的地位ということが、公にといいますか、そういう形で議論され出したということ、こういう被害者の権利運動というものが今回の法的な整備ということの背景あるいは契機となったというふうに申し上げていいと思います。  それから、次に大きな三でございますが、ではどういう課題があるのかということでございます。  これは、ほぼ四つのテーマがあるというふうに言っていいと思います。これは詳しくは後の参考人の田口先生からお話があるかと思いますが、ほぼ四つございます。一つは被害者への情報提供ということ、二番目には被害者の保護ということ、三番目には被害者の刑事司法への参加あるいは関与というテーマでございます。それから、四番目には損害回復ということでございます。この四点が現在の法的整備期の課題であるというふうに私は考えております。  今回の法改正でございますが、まず一番目の情報提供については、先ほど言いましたように実務上かなり進んでおりますので、法改正のいわば重点は、むしろ、先ほど言いました二と三にあるというふうに言っていいと思います。  二番目の被害者の保護と申しましたのは、具体的には犯罪被害者の負担軽減、特に証人として出廷する、あるいは刑事裁判の中でどういう保護が与えられるのかという問題でございます。これについては、今回の改正では、いわゆる証人への付き添いあるいは遮へい措置、あるいはビデオリンクという形で盛り込まれております。  それから、刑事司法への参加あるいは関与ということでございますが、これにつきましては、被害者の意見陳述ということが盛り込まれたということ、さらに、検察審査会法の一部改正でございます。それから、裁判所の傍聴という問題でございます。あるいは、閲覧、謄写ということが言われておりますけれども、いわゆる記録の閲覧、謄写ということでございます。そういう形で参加、関与ということが法改正として盛り込まれているということでございます。  それから、四番目の損害回復でございますが、これは、今回の場合には、民事上の争いについての刑事訴訟手続における和解という問題でございます。従来、和解がされても必ずしもお金が支払われないという現実があったわけですが、そういうことを刑事手続の中で処理しようといいますか、プレッシャーを与えようという動きでございます。そういう形で今回の法改正に盛り込まれたということでございます。  したがいまして、今回の法改正というのは、我々にとってといいますか、研究者側にとっても非常に重要な契機となると思いますし、また社会的にも非常に大きな意味を持っているというふうに考えております。我が国の長い刑事法制といいますか、五十年あるわけですけれども、いわゆる裁判官と被告人あるいは弁護人側、検察側、この三者で行われてきた。被害者というものが全く、放置されたというよりも排除されてきたと私は思いますけれども、そういう排除されてきた被害者というものに光を当てようという法改正になると思います。  ただ、注意すべき視点が二つございます。これは、今回の法改正によって被疑者、被告人の人権、権利侵害が起こってはいけないということ、それから、今回の法改正というのは被害者ということが前面に出ますので、そういう意味では、言ってみれば過度な応報刑といいますか、そういう復活があってはならない、この二つの視点が非常に重要な問題であるというふうに考えております。今回の法改正では、法制審議会でもそうなんですけれども、こういう二つの視点というものがかなり盛り込まれ、議論され、苦心の産物であるというふうに思いますけれども、かなり激しい議論、活発な議論が行われたというふうに私は理解しております。  いずれにしましても、従来放置されていたと言いましたけれども、あるいは排除されてきた犯罪被害者に、今回の法改正によって大きな展開、まだまだ残された課題が多いわけですけれども、大きな一歩になってほしいというふうに願っておるわけでございます。  以上でございます。(拍手)

武部勤自由民主党

○武部委員長 ありがとうございました。  次に、田口参考人にお願いいたします。

田口守一早稲田大学法学部教授

○田口参考人 早稲田大学の田口でございます。専門は刑事訴訟法でございます。お手元にごく簡単なレジュメが届けてあるかと思いますが、その順序に沿ってお話しさせていただきます。  まず、犯罪被害者の保護立法についてであります。  西洋諸国におきまして、一九八〇年代は被害者の時代と言われました、今も言及がありました。私は、ある外国の雑誌で四こま漫画を見たことがあります。ある婦人がひったくりに遭って、ヘルプミーと叫ぶわけであります。そこで、まず警察官が駆けつけますが、警察官は婦人を通り越して犯人を追いかけます。そこで、次に検察官、弁護士、裁判官も飛んで来ますけれども、これも婦人を素通りしまして、犯人を追いかけるわけであります。そして、最後のこまでひとり婦人がぽつんと残される、こういう漫画であります。刑事司法における被害者の地位ということを見事に表現しているということで感心いたしました。  そもそも、刑事司法システムとは、犯人を処罰するかどうかを決めるためのシステムであるというのが、これまで疑いなく前提とされてまいりました。したがいまして、このような警察官、検察官、弁護士や裁判官が専ら犯人を追いかけたというのは当然のことと言えます。それでよいのか、こういう問題は、単に被害者を救済、支援する必要があるというだけではなくて、刑事司法のあり方という重大な問題と関係しておりますがゆえに、八〇年代の時代の問題と言われたのではないかと理解しております。  そこで、被害者の問題を大きく二つに整理してみますと、一つは、刑事司法とは直接関係しない被害者支援、援助の問題であります。いわれなき犯罪被害に遭った人を、社会、国家が放置しておいてよいわけはありません。社会連帯、社会福祉の観点から、その被害回復を支援する必要があることに異論はありません。  二つ目は、刑事司法と関係する被害者の問題です。この点につきまして、大きな論争が起こりましたが、最終的には、刑事司法が被害者を無視してきたのは正しくない、何らかの形で被害者に配慮した刑事司法システムに変えていく必要があるという点では、ほぼ合意が成立したといってよいかと思います。そこから、各国でさまざまな被害者対策、立法が活発になされたのが、先ほども言及にありました、ほぼ一九八〇年代の半ば以降でありまして、それが今日に至っている。  我が国におきまして、いわばおくればせながら被害者保護立法に着手されたということは喜ぶべきことであると受け取っております。そこで、今回の立法提案につきまして、私は、特に刑事訴訟法の基本原則との関係という観点から、四点ほど取り上げて意見を申し述べてみたいと思います。  第一点は、親告罪の告訴期間の撤廃についてでありますが、親告罪である性犯罪について、被害の深刻さを考慮して、六カ月という現行の告訴期間を撤廃するというものであります。  そもそも、親告罪の制度というのは、明治の治罪法から採用されておりますが、そのときには告訴に時効を設けるという制度はありませんでした。この告訴期間の制度はドイツ法に倣いまして、旧刑訴、いわゆる大正刑訴から採用されました。その立法理由というのは必ずしも明らかではありませんが、ドイツ法では告訴期間は三カ月とされておりまして、犯罪の捜査や訴追の可否をいつまでも私人の手にゆだねておくことは好ましくないという国家訴追主義の観点が根拠とされていたようであります。  今回の法案では、この告訴期間が撤廃されましたが、その結果、公訴時効まで告訴が可能となります。確かに、これによって告訴は容易になりますが、公訴時効直前の告訴となりますと捜査が困難となるという場合もありましょうから、もし告訴前に犯罪を認知したという場合には、被害者保護に配慮しながら、例えば証人となった場合における証人保護対策等を教示しながら、早期の告訴がなされるよう捜査機関において努力するという問題が出てくると思われます。しかし他方で、告訴期間の撤廃によりまして、被害者にいわばじっくりと告訴するかどうかを考える時間が与えられるということも言えます。その間に、あるいは話し合いがあったり、示談が成立するということも生じ得るかと思われます。  このように、告訴期間の撤廃というのは、告訴をしやすくするという側面のみならず、告訴をしない場面も多くなるということも意味するだろうと理解しております。個人のプライバシーや名誉にかかわる犯罪につきまして、このようないわば純粋の親告罪を設けるということは、刑事司法全体として意味のある改正だと考えます。以上から、この撤廃問題は妥当であると考えます。  第二点は、証人の負担軽減問題であります。特に、証人が被告人や傍聴人の面前で証言することの精神的負担を軽減するための、遮へい措置の導入あるいはビデオリンク方式の導入ということについてであります。  そもそも、なぜ証人を保護しなければならないのか。真実の発見、被告人の人権保障のために、証人が苦しい思いをすることもやむを得ないというふうに言い切ることがなぜ許されないのか。それは、被害者に第二次被害を与えることは刑事司法のそもそもの趣旨に反するからではないかと考えます。  というのは、犯罪者に刑罰を科するのは、それ自体が目的とされるのではなくて、これによって社会に生じた混乱や不安を除去し、社会的、法的秩序を回復することもその目的に含まれておりまして、そこには被害者感情を一定程度満足させようとすることも含まれていると考えるべきであります。幾ら犯人を処罰しても、被害者にさらに苦痛を与えるとすれば、大きな観点から見ますと、刑事司法の本来の趣旨からそれることになるのではないかと考えます。要するに、刑事訴訟法が証人の精神的負担の軽減に努めるということは必要なことであると考えます。  そこで問題となるのは、被告人の反対尋問権の保障との関係であります。被告人からしますと、証人との間に遮へい措置がとられたり、ビデオリンクによる尋問となりますと、反対尋問権が何ほどかは後退することは確かでありましょう。なぜそれでもよいかということであります。  まず、反対尋問権は、憲法三十七条の証人審問権の内容をなしております。この場合に、証人に対面して尋問することまで憲法保障の内容かといいますと、憲法はそこまで具体的な保障をしているのではなく、より実質的に反対尋問権の保障を要求していると理解すべきであろうと思います。被告人の反対尋問権の保障につきましては、保障の有無、いわばオプの問題と、保障の程度、いわばビーの問題を区別できますけれども、従来はオプの問題が議論の中心でありましたけれども、程度問題、ビーの問題が重要と考えます。  この点、ビデオリンク方式の場合、確かに画面を通じての尋問でありますから、ある意味では間接的な尋問と言えますが、例えば、証人が裁判官の方を向いている状態で尋問する通常の場合と比較しますと、証人の表情を画面上で観察することができる場合の方が、実質的には対面しているとも言えるわけであります。遮へい措置の場合は、声、音声のみでありますから、対面の要素は減少しますが、この場合には、弁護人は証人をじかに観察することができることになっております。このように見ていきますと、反対尋問権の保障の後退の程度というのは、反対尋問権の保障に反するとまでは言えないのではないかと考えます。  第三点は、被害者の意見陳述の問題であります。  裁判所は、被害者に被害に関する心情その他の被告事件に関する意見を陳述させるとあります。そもそも被害者は、刑事司法に関与することによって、自己の犯罪被害体験を克服する一つの手がかりを得ることが多いと考えられます。当該被告事件はまさに自分の事件なのでありますから、それがどのように審判されるかは、自分の体験を客観的に評価し、そしてこの苦しい体験を克服する有力なチャンスとなり得るのであります。したがって、被害者にも一定の手続関与の機会が保障されるべきでありますが、ただ、犯人処罰のための訴訟行為につきましては検察官の任務とすべきであろうと考えます。そこに、事件の当事者であって訴訟手続の当事者ではないという、被害者のいわば中間的な地位が認められます。私は、この中間的な地位を素直に中間的な地位として位置づける努力をすべきであろうというふうに考えております。  この点、被害者がいわば正面から当事者として公判手続に関与するということは、必ずしも妥当な方向とは考えません。実は、昨日まで、中国の研究者とシンポジウムを行っておったのですが、中国は、一九九七年一月一日施行の新刑事訴訟法で、被害者を当事者として位置づける大きな改革をしております。そのシンポを聞きながら、検察官が訴追の中核となっております日本法の立場としては、慎重に考えるべきかなという印象を受けた次第であります。  私は、意見陳述の制度というのは認められてよいと考えますが、そこでどのような陳述がなされることになるのか、証人尋問との違いはどの程度明らかとなるのか、裁判官によるコントロールはどのようになされるのか、量刑に対する影響はどうか等、今後の運用を見ながら評価すべき側面もあろうかと思われます。私の申し上げる中間的な地位を求めての試行錯誤というのはあっていいだろうというふうに考えております。  第四点は、民事上の争いについての刑事訴訟手続における和解であります。  被告人と被害者等の民事上の争いについて合意が公判調書に記載されますと、裁判上の和解と同一の効力を有するというものであります。和解と刑事司法との関係が問題となりますが、私は、両者には内的な関連があると考えております。  すなわち、和解は、被害者救済の意味のみならず、犯人の社会復帰のためにも極めて重要と考えます。真の意味の社会復帰というのは、犯人が、自己の行った犯罪とそれが与えた被害状況を正しく認識し、そして、それが許されない行為であったと評価し、被害回復が可能なものであればそのために努力するというプロセスを経てなされるものではないでしょうか。したがって、犯人と被害者との間に話し合いが成立し、そこに一定の合意が成立することは、犯人にとっても大きな意味があります。和解を刑事司法の中で処理することは、被害者にとって意味があるだけでなく、犯人にとっても意味があるというべきであります。  もっとも、不起訴理由となった示談とのバランス問題、示談内容の適正さの問題、示談手続そのものの適正さの問題を裏づける制度的な保障はありません。この点を考えますと、この制度も、一歩前進ではありますけれども、今後の運用を見ながら、さらに検討を必要とするというべきでありましょう。  最後に、残された問題として二点に言及しておきます。  法務大臣の諮問に含まれておりました犯罪被害財産の没収、追徴制度が今回の立法では見送りになりましたけれども、被害者の損害回復にとって大きな意味がある制度と考えております。理論的には、民事司法と刑事司法の関係という大きな論点を含んでおりますけれども、学界は無論のこと、立法府においても早期の立法に取り組むよう努力されることを期待したいと思います。  最後に、基本法の制定問題に簡単に触れておきますと、被害者支援対策の総合的推進ということの必要性は明らかであります。したがって、その考え方には賛成でありますが、現時点における立法の必要性については、私としてはやや慎重に考えております。刑事司法との関係につきましても、被害者の当事者性につきましては、先ほど申したように複雑な問題がありましたし、国の責務という場合においても、その責任の内容にはいろいろと検討すべき点があるように思います。本年五月に開催されます日本刑法学会でも被害者問題を取り上げることになっておりますが、学会としての検討が十分になされてきたという段階にはありません。したがいまして、現時点における立法としましては、まず各論から始めるというのが立法政策では妥当ではないかと考えております。無論、総合的推進のための諸政策が進められることは大いに期待しております。  結局、政府提案の被害者保護法案は、それらが刑訴法の基本原則あるいは基本構造と整合性を持つかどうかという点につきましては、今後の運用による面も強いのでありますけれども、現行法と調和し、また、これをあるべき方向へと前進させる可能性は非常に高いと考えますので、結論としまして、提案されている法案に賛成であります。  以上であります。(拍手)

武部勤自由民主党

○武部委員長 ありがとうございました。  以上で参考人の意見の開陳は終わりました。     —————————————

武部勤自由民主党

○武部委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。横内正明君。

横内正明自由民主党

○横内委員 自由民主党の横内正明でございます。  三人の参考人の先生方には、貴重な御意見を陳述していただきましてありがとうございました。  早速質問をさせていただきますけれども、まず、岩井参考人にお伺いをしたい点でございますが、性犯罪の被害者というのは非常に心的な傷といいますか精神的な痛手を受けるわけであります。そういったものに対するケアの問題、この点について何かお話があるかと思いましたら、なかったわけでありますけれども、特に性犯罪被害者の場合にはそういった精神的なケアというものが大事であろうというふうに思います。その点につきまして、参考人の承知しておられる現状と、それから参考人自身のお考えというものをお聞かせいただきたいと思います。

岩井宜子専修大学法学部教授

○岩井参考人 被害者学会とかの設立、それから被害者支援センターなどが全国的な規模でようやくつくられてまいりまして、それも、さっき瀬川先生がおっしゃられたように、一九九〇年代ぐらいからようやくそういう動きが全国的なネットでつくられております。そこでは、電話相談などによって被害の状況を聞いて相談をする、そしてケアをするというふうなことが、精神医学や心理学などの臨床科などによって行われております。それから、警察などでも性犯罪の被害者に対してはいろいろな配慮というものが非常に大きく拡大してきているというふうに聞いております。  今、告訴の期間が撤廃されたとしましても、親告罪でありますので、性犯罪を顕在化するためには、そういう保護といいますか精神的な支援というものが図られて、十分本人の納得するような結果というふうなものが泣き寝入りしないで得られるように、精神的なケアというものが必要だというふうに考えております。

横内正明自由民主党

○横内委員 もう一点伺いたいと思いますけれども、いただいた資料で、日本の強姦の発生率、アメリカの場合にはこの発生率が急速に上がっているわけですけれども、日本の場合には非常に低下をしているという、この原因として、我が国は諸外国のような法改正の努力をしてこなかったために、犯罪被害を告訴するのは潜在化している、要するに、表に出てこないんだということをおっしゃいました。  しかし、そういうこともあるかもしれませんが、基本的には、一九六〇年に六・八だったものが一九八七年に一・五と落ちている、これはやはり、社会が非常に安定をし、治安が非常に充実をしたということが一番大きい原因というふうに理解すべきだと思いますが、それは、当然そういうことなんでしょうね。その上で、しかし、そういう潜在化している被害が大きいという意味なんでしょうね。

岩井宜子専修大学法学部教授

○岩井参考人 はい、そうだと思います。殺人などの発生状況につきましても、一九六〇年代ぐらいからぐっと下がっているというのが日本の現状でして、結局、見知らぬ人による強姦事件、そういうものがやはり現象的には減っているんだろうというふうに思います。ただ、潜在しているものはそのまま引きずってきているというふうに考えております。

横内正明自由民主党

○横内委員 次に、瀬川参考人に伺いたいんですけれども、参考人は被害者学という学問の専門家ということで、今お話を伺いますと、被害者学というのは、最初は、犯罪に被害者がどう関与するか、被害者にも一定の原因がある、その辺のところを研究する学問だった、しかし最近は、むしろ被害者を支援する方向というのが議論の中心になっているというお話がありました。  ただしかし、確かに被害者にも一定の原因がある場合もありまして、やはり、犯罪の被害者の生活態度とかライフスタイルとかあるいは生活環境とか、そういうふうなものによって、犯罪が起こりやすい生活をしている人とか、あるいは生活環境というのがありますよね、そういう部分についての議論というのもかなりあるんでしょうか。  そこのところが非常に大事だと思うのは、犯罪の予防ということに立ちますと、やはりそういう犯罪を発生しやすい生活態度とかあるいは環境とか、そういうものを明らかにすることによって、例えばそういう生活環境であれば、それを都市計画的に改善をするとかいろいろな予防のための対策が出てくると思うものですから、そういう分野というのはかなり議論が行われているかどうか、ちょっと聞きたいと思います。

瀬川晃同志社大学法学部教授

○瀬川参考人 おっしゃるとおりでございまして、新しい犯罪被害者学という議論の中にライフスタイル理論というのがあって、いわゆる犯罪者のライフスタイルと被害者のライフスタイルとの相互関係を研究しようとする動きがございます。従来は、いわゆる被害者のみに着目して、被害者の落ち度は何なのか、どこが女性の責任なのか、有責性はどこにあるのかという議論があったわけですけれども、現在の理論というのは、むしろ被害者と犯罪者のライフスタイルの相互性とかそういう議論になっております。  それからもう一つは、おっしゃるように予防論と結びついた犯罪被害者学というものが非常に活発に動いております。従来は、いわゆるレイプ神話といいますか、レイプがあると、女性の被害者の落ち度は何なのか、例えば非常に服装が悪いとかあるいは夜道を歩くからだとか、そういう議論が非常に活発であったわけですけれども、むしろ今は、犯罪者のライフスタイル、被害者のライフスタイル、相互のライフスタイルという言ってみれば多角的な議論というのが進んでいる、あるいは予防論と結びついた議論が進んでいるという点で先生のおっしゃるとおりでございます。

横内正明自由民主党

○横内委員 それでは、田口参考人に伺いたいのですが、参考人は今回の法案についての御意見をずっと述べられて、最後に犯罪被害者基本法の問題に多少触れられまして、これはそう急ぐべきではない、慎重であるべきだ、十分議論してやっていかなければいかぬというお話でございました。そうだろうと思います。  一つ伺いたいのは、マスコミによる二次被害というのがありますね。マスコミが取材をしたりそれから報道をしたりする、それによって被害者が非常に傷つけられるということがあるわけです。確かに、たまにお昼のワイド番組なんか見ていると、これはちょっと行き過ぎじゃないかという例が随分あるんですが、そういうものについての一定の規制みたいなことが、もし将来犯罪被害者基本法をつくるときにはその議論が出てくるんだろうと思うんですね。それは、ちゃんと法律に規制する根拠規定を設けるべきだという議論もあるだろうし、しかし他方、やはり報道の自由からするとそれは非常に問題だという議論もあると思いますが、そういうマスコミによる二次被害みたいなものについて、先生はどういうふうにお考えになりますか。

田口守一早稲田大学法学部教授

○田口参考人 御指摘のとおり、マスコミによる二次被害というのは実際深刻なケースもありまして、そういった深刻な事態に遭遇した被害者の方のお話も私も実際聞いたことがありまして、これは現状のまま放置していい問題ではない、そういう問題の一つだ、先生御指摘のとおりだと思います。  他方、御案内のように憲法は報道の自由を定めておりますので、これを法律によってどのように規制するかということは、ほかの問題に対する波及もありますので、非常に慎重に考える必要がある。  考え方としましては、報道機関が現在いろいろな内部基準を設けて、それを何とか遵守しようという努力をしております。ただ、大きな事件が起きますと、その内部的な申し合わせが吹っ飛ぶといいましょうか、各社争いになりまして、せっかくの申し合わせ事項が守られないという事態があります。そういうことも含めまして、各社による自主的な検討がまずある、それを前提にしながら、国家社会としてはどういう制度を考えるべきかというふうにアプローチしていくべきであるということで、二段構えといいましょうか、そういうふうにアプローチすべきではなかろうかというふうに考えております。

横内正明自由民主党

○横内委員 終わります。ありがとうございました。

武部勤自由民主党

○武部委員長 日野市朗君。

日野市朗民主党

○日野委員 先生方には、きょうはどうもありがとうございました。日野でございます。私もお話を伺いながらいろいろ勉強させられるところがありまして、私にとってもきょうは非常にいい勉強の機会を与えていただいたと思いまして、感謝を申し上げたいと思います。  私も、実は弁護士をしばらくやってから議員になったわけでして、その間では刑事事件も民事事件も随分いろいろ扱わせていただきました。そこで私が感じていたことですが、犯罪行為が起きます、そうすると、その被害者というのは単に法的に被害を回復できるという面だけではもう到底及びもつかない非常に大変なダメージをこうむるわけでございますね。これは経済的にもそうです、心理的にもそうです、それから社会的にもそうです。こういう人たちを一体どうやって救済したらいいのかということは、実務をやりながら実は非常に心を痛めていたところでございます。  先ほど田口先生が御紹介いただいた四こま漫画、あれなんかは非常に私も、これはおもしろいというか非常に核心をついた漫画だなというふうに思って感心をしていたところでございまして、こういった今度の改正の中で確かに数々の前進は図られているというふうに思うんですが、私がずっと意識をしてきました全般的な被害の回復ということになるとまだまだこれは浅いのではないかという感じがいたします。  それで、私が今考えますことは、やはりこれは基本法のようなものをきちんとつくって、そしてこういった被害に対処する、その方策を国、自治体、それからボランティアなんかの方々も随分かかわっておられると思いますが、そういうところが一つの指針を持ってきちんと進んでいくというのが必要ではなかろうかというような感じを今も強く持っているわけでございますが、瀬川先生からおっしゃっていただいた、ずっと今までの歴史的な、学会の動き、被害者へのいろいろな配慮、その契機となったもの、それから課題とか視点、こういったものをずっと見てみますと、いかにも我々は今おくれているという感じがするわけでございます。  このおくれを引っ張り上げていく、もっときちんとした対処ができるように進めていくためには、一つ一つの対症療法的なというとちょっと酷かもしれませんが、対症療法的な措置をとっていくということよりも、一つのきちんとした思想を打ち出していく、このことの必要性を私は非常に強く感じるのであります。実はその基本法などを、私は民主党でございますが、民主党でもいろいろ検討をしまして、不十分だということは十分知りながらも、一つの指針を打ち出していくという点ではこれはいい仕事になるのではないか、こんなふうに思っているところなんでございます。  田口先生それから瀬川先生、ひとつそれについての御意見をお聞かせいただければ、こう思います。

瀬川晃同志社大学法学部教授

○瀬川参考人 御質問の点なんですけれども、私自身も被害者に対する総合政策というのは非常に必要だというふうに考えておりますし、委員がおっしゃったように、小さなものにとどまらずに大きくやるというのが非常に大きな前進であろう、被害者にとっても大きな前進になるというふうに思います。  ただ問題は、現行の刑事手続の中での被害者の位置づけというものについてはやはり早急な措置というのが必要でありまして、特に最近、犯罪被害者の会、あるいは山口の事件での犯罪被害者の夫であったかと思いますが、訴えなんかを聞きましても、あるいは京都の事件での父親の発言などを聞きましても、刑事手続での配慮というのはやはり一層というか素早くこれをする必要があるんじゃないかということでございます。特に、新潟の事件でもそうですけれども、被害者に対する刑事手続におけるいわゆる位置づけというものを早く、できるだけ早くというよりも早急にやる必要がある。これは恐らく欧米ではもう既に十数年前に済んでおりまして、この点が非常におくれている。だから、とりあえず早急な措置というのが必要じゃないかというふうに考えております。  それからもう一つ、犯罪被害者の問題を考える場合に、基本法を考える場合に、犯罪以外の被害者、例えば地震による被害者あるいは交通事故における被害者、それとのすり合わせというのも必要だろうし、それから、憲法、刑事訴訟法に明記する被疑者、被告人の人権とのすり合わせ、この点がやはりなかなか困難な課題であろう。その点で、いわゆる基本法というものは非常に重要ですけれども、まずこの点から始めるべきだというふうに考えている次第でございます。

田口守一早稲田大学法学部教授

○田口参考人 先ほども触れましたように、日野委員御指摘のような、基本的な考え方を示す必要があるということについては、それは結構なことだと私は思っております。  ただ、今お話にありましたように、例えば一、二例を挙げますと、簡単な窃盗事件でも、侵入窃盗で部屋に土足で入られたというような場合を考えますと、確かに、何万円か盗まれたということよりも、この部屋に見知らぬ男が土足で入ってきたということの与えるその精神的なダメージをどうしてくれるという声は実際にあります。ただ、それを考えてみますと、例えば地方公共団体というようなものがそのケアをするという場合でも、それが警察なのか市役所の福祉課なのかというようなこと、あるいは、警察がどこまでそういった問題に関与していくのか、犯罪捜査とは少し遠いその精神問題にどこまで関与していくのか、こういった問題は、随分整理しなければならない問題がある。あるいは、現在、犯罪被害者等給付金支給法でお金が支給されておりますけれども、これは見舞金とされております。見舞金という意味は、国に責任はないということであります。犯罪が起きるのは一体国の責任なのかどうかという非常に根本的な問題があります。  先ほども指摘しましたように、今も瀬川参考人が指摘しましたような被告人との問題もありますけれども、いろいろとそういう問題がありますので、私は、そこは少しじっくりとなお議論を煮詰める必要があるということで、先ほどのような意見を申し上げさせていただきました。

日野市朗民主党

○日野委員 これは学者の先生と実務家との感覚の違いかなというふうに実は感じます。各論からまず始めるべきだという一つの方法論があることはよくわかるのでございます。しかし、現実にそういう被害を身をもって感じている実務家の目から見ますと、ちょっと表現が不適切かもしれませんが、そう悠長なことを言っていられないんじゃないか。まず一つの目的を立てて、それは国にしても地方にしてもボランティアの人たちにしても、指針を持って進めるようにすることが必要なのではなかろうかという感じを実は私は持ちます。私もよくわかるんです、では、天災の被害者と社会の、人為的な被害者との違いはどうなんだと。そういった人たちに対する、それぞれの自己の責任ということもあるでしょうし、これはいろいろ問題があることをわかっていながら、私としては、やはり基本法のようなものが必要ではなかろうか、こんなふうに感じておりますので御意見を伺いました。  あとは、もう一つの問題、先ほども話が出ましたが、いわゆるプライバシーの方からくる被害、まあマスコミによる被害とわかりやすく置きかえてみましょうか。マスコミの対応の仕方。これから、これはいろいろな角度からのアプローチは可能なんでありましょうが、やはりこういう犯罪被害におけるプライバシーの保護ということの必要性というのを私は非常に強く感じます。  マスコミの内部規定というのは、おっしゃるとおり、これは田口先生がおっしゃったわけですが、比較的容易に破られるわけでして、私は、こういうものに対してはきちんとした法的な手段を講じておくことの必要性を強く感じているのでございますが、いかがでしょう。中には、もう自分から名前を名乗り出て、そしてマスコミと対決をするような形をとられた方なんかも最近おられますが、そういうマスコミからの保護といいますか、そういうことについてもう少し詳しくお聞かせいただければと思います。

田口守一早稲田大学法学部教授

○田口参考人 先生御指摘のような問題意識がかなり共通化しておりまして、警察における犯罪発表あるいは検察における事件の発表等に際しまして被害者の名前を匿名にするとかいうような実務的な努力は、今日、以前に比べますとかなり意識的に積み重ねられてきているのではないかというふうに理解しております。それで十分かというと、もちろんいろいろな問題がある。  先ほども、これは憲法の問題にも絡んでくるんだ、こういうことを指摘させていただきました。確かに、国民には知る権利があるわけでありますが、この場合に、何を知る権利があるかという問題は非常に悩ましい問題であります。被害者の名前や住所まで知る権利があるのか、あるいは事件の存在それ自体を知ればそれで十分なのか。先ほどワイドショーという話が出ましたけれども、事件そのものと、それから、さらに突っ込んだ、プライバシーに踏み込んだ情報まで国民は知る権利があるのか、こういう問題はかなり悩ましい問題だと思っております。  先生御指摘のように法律によってはっきりさせるというのももちろん一つの考え方だとは思いますけれども、先ほど申しましたようなマスコミの自主規制も順次積み重ねられておりますので、そういった運用、そして捜査機関等の実務における運用等も踏まえながら、そういった自助努力も観察しながら考えていく必要があるというのが先ほど私が申し上げたことで、繰り返しになりますけれども、申し上げます。

日野市朗民主党

○日野委員 私も、この問題が非常に悩み多い部分であることは十分存じているつもりでありますが、何とかしなくちゃいかぬのだろう、こういう非常に強い危惧をも同時に持つわけですね。  それから、今度の政府案の中で、証人の遮へいとかビデオリンクとか、こういう問題がありますが、これと反対尋問権のことについて田口先生はお触れになりました。  弁護士になりたてのある弁護士が、これはアメリカの話ですが、証言を一生懸命メモしていた、そうしたら、そばにいた先輩の弁護士にひどくしかられた、君はメモなんかとるよりも事件を見ていなさい、こういうアドバイスを受けたというのですね。これは、証人尋問の非常に機微をついた一つのアドバイスだったと私は思うんですね。  事件そのものを見ていくということについて、私、この点については若干の不安感を持っているんです。反対尋問をする場合、遮へいをされている証人、それからビデオで見た証人、これに対して十分な反対尋問権というのは保障されるのだろうか、この点は非常に危惧を持っておりますね。有名なリンカーンの反対尋問ですが、潮汐表を見せて、あなたの言っていることは違うよといってやったのなんかも、うまくこの潮汐表を見せるというそのタイミングなんか、あれは非常に微妙だと思うんですね。ああいう反対尋問権というものは十分な行使ができるかどうかについて、私は若干の危惧を持っております。  先生は、法的な、憲法との関係から、対面する必要はないとおっしゃったが、実際、無罪をかち取る事件というのはそんなにあるものじゃありません。非常に難しいものです。そのためには、反対尋問権というのはキーなんですよ。かぎなんです。この点から私はちょっと危惧を感ずるんですが、余り形式的にばかりは割り切れないものだ、こういうふうに思います。  私、このような感想を述べさせていただきます。先生も何か感想がおありでしたら。

田口守一早稲田大学法学部教授

○田口参考人 先生の御指摘、ごもっともだと思いますが、先ほど申し上げました点は、確かに、被告人からしますと見えないというのは、決定的な論点だと思います。そのかわりと申しましょうか、被告人の弁護人には遮へいはありませんので、弁護人の方でじっくりそれは観察していただくということでもって補てんといいましょうか、ある程度減退しているけれども、まあ許容範囲内ではなかろうかというふうに感じております。

日野市朗民主党

○日野委員 終わります。ありがとうございました。

武部勤自由民主党

○武部委員長 木島日出夫君。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 日本共産党の木島日出夫です。  三人の参考人の先生方、大変貴重な御意見ありがとうございました。  岩井参考人にまずお聞きしたいと思うのです。最後のところで、第二次被害の防止ということをおっしゃられました。大変大事なことだと思うのです。運用する者の意識改革も重要だということについてなんですが、レイプ事件なんかについて、捜査段階での警察の取り調べ自体がもう第二次被害を与えているんじゃないかという問題、それから、裁判での証人として出てこざるを得ないという問題があると思うのですが、今、私は、捜査段階でのそういう二次被害の防止というのは非常に大事な観点ではないかというふうに思うのです。その辺の参考人の御意見とか、どういう点をどうすべきかという御提言などありましたら、お述べいただきたい。

岩井宜子専修大学法学部教授

○岩井参考人 被害者保護についても、このごろはかなり警察も熱心に取り組んでいられるようで、女性の取り調べ官というものを当たらせるとかという形で取り組んでいただいているというふうな話を警察の方からは聞くのですけれども、そういう配慮というふうなものがもっときちんと全国的になされるように、それはやはり行政指導というのですか、そういうふうな形で行われる必要がある。  そして、カウンセラーとか、そういう被害を回復するために、必要な場合にはそういうところにも通じて、できるだけ法廷などでも第二次被害を受けないような支援を受けられるように、そういう手当てが実質的に施される必要があるというふうに思います。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 実は、私自身も児童ポルノ法の作成に関与したのですが、一番問題になっているのは、やはり捜査段階での、性的虐待等による被害者の少女をどう守るか、それが保障されないとこういう事件は表に出てこないんじゃないかということだと思うので、そんな感じがしております。  非常に時間が短いので、次に瀬川参考人にお聞きしますが、やはり最後のところで、被害者の人権の問題と過度な応報刑の復活になってはならぬという、非常に大事な観点だと思います。  そこで、被害者保護の観点が過度な応報刑の復活になってはならないということで、具体的にどんなところに心配があるのか、それを回避するためにどんな点が重要なのか、詳しくお述べいただければと思います。

瀬川晃同志社大学法学部教授

○瀬川参考人 今回の改正というのは、言ってみれば犯罪被害者といういわゆる訴訟当事者でない者が出てくるわけです。従来の裁判所が見ていたのは、被告人、弁護側であり検察官であるわけです。そこに被害者が一定の役割を果たすといいますか、一定の地位を得るということになると思いますので、その点で、例えば被害感情とかそういうことが非常に表に出てくるわけですね。その中で、例えば、被告人を前に被害者側が、言ってみれば、言葉は悪いですけれども、私刑といいますかリンチというか、そういう感じでの法廷にしてはならないということが一つあろうと思うのです。  その点では、裁判所の訴訟指揮というのは非常に重要なものになるだろうというふうに思っております。その点での措置というか、幾つかなされておりますが、例えば遮へい措置というのは一つの方法です。現実には期日外尋問という形でなされておりますけれども、そういう形での発展だというふうに御理解いただきたいと思います。  それから、意見陳述という場面がございます。この場面で、被告人への意見陳述によって、例えば被疑者、被告人の人権といいますか、非常に不当な不利益を受けるということがあってはならないというふうに考えております。  さらに、量刑という場面ですね。刑罰を決めるという場面で、過度に量刑基準が変わってしまうということであれば、非常に大きな変革になるだろうと思うのですね。あるいは改悪になるだろうと思うのですけれども、そういう意味で、いわゆる量刑基準のある程度の適正化であればいいのですけれども、いわゆる過剰な、オーバーな、そういう量刑が非常に大きくジャンプするというような状況というのはつくってはならないのではないか。あるいは、多くの社会的な支持というのは得られないのじゃないか。  ただ、従来の刑事裁判というものが、被害者の声をほとんど聞いていない、ほとんど聞いていないというのは語弊があるかもわかりませんが、いわゆるサークルの中に入れて議論をしていないわけですから、被害者の声を聞いた刑事裁判のあり方というものは、いわゆる応報刑の復活というか過度な従来の厳罰化といいますか、そういうものをやはり避ける形で進めなければならないのじゃないか。  一定程度被害者の声を聞く、しかし同時に、刑事裁判の適正化あるいは刑罰の適正化というのはやはり維持していかなければならないのじゃないかというふうに考えております。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 ありがとうございます。  私も、被害者の保護、救済と、被害者の権利として刑事手続に関与、参加するということは非常に大事だ、今までの日本の刑事法体系にはそれがほとんど脱落していた、それをきちっと取り込むことと、近代民主主義の発展過程で確立されてきた罪刑法定主義とか真実の発見、被疑者の、被告人の権利、これをいかに調和させるかというのは本当に難しいなと今感じているわけであります。  そこで、それにも関連するのですが、田口参考人にお伺いします。  被害者基本法の問題について、先ほど、国の責務をどう位置づけるかというのが非常に難しいので、現段階では立法の必要性については慎重なんだ、各論から始めるのがよいのではないかということなんですが、例えば、ここに私は日弁連の提言を持ってきているのですが、国、地方公共団体の施策、責務として、支援、被害回復、三番目に刑事手続への関与等、そしてプライバシーの保護、教育と啓蒙、こういう五項目を挙げているのですよ。  刑事手続への関与というのは、まさに人権との関係、被告人の人権とのかかわり、真実の発見とのかかわりで、日野委員からも質問がありましたが、非常に微妙な難しい問題があるかと思うのですが、支援とか被害回復、プライバシー、教育と啓蒙、こういう分野では、日本の今の政府の基本的なスタンスとして余りにも被害者に対して手当てがないと私は感じているのです。  そういうことを考えますと、やはりこの際、改めて被害者基本法という全体的な枠組みというのは求められているのじゃないかなと思えるのですが、田口参考人の御意見をお聞かせいただければと思います。

田口守一早稲田大学法学部教授

○田口参考人 先ほども申し上げたことでありますが、考え方に私は賛成でありまして、そういった基本的な考え方が確認される必要があるということは全く賛成であります。  問題は、例えば、先ほども御指摘ありましたような国連の原則宣言がありますけれども、ああいったようなプリンシプルを掲げるということは非常に重要なことであると思います。私は、先ほど申し上げたのは、そうではあるけれども、法律として制定するということになりますと、これはその法律の文言というものがいろいろな効力を持ってきますので、その解釈についてはある程度中身をはっきりさせておかないと法律として制定するには時期尚早ではないか、こういうことを申し上げたつもりであります。  したがいまして、先生御指摘のように、どういうふうにこれから取り組んでいくべきかという基本的な考え方を明らかにすることは全く大事なことであり、それは必要なことである。それがどういう形でなされるかということになりますと、必ずしも現段階で法律という形で固めるということではなくても、そのほかの方法で施策を進めていただくことができるのではなかろうかというような趣旨で申し上げたつもりです。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 時間が来ているようですから、これで終わります。ありがとうございました。

武部勤自由民主党

○武部委員長 保坂展人君。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂委員 社会民主党の保坂展人です。どうもきょうは御意見ありがとうございます。  まず、岩井参考人に伺いたいのですが、レイプ犯罪にかかわる各国の動向などに比べて、日本のこの告訴期限が半年ということでずっと放置されてきた。これが、フェミニズムの運動や人権団体の指摘等ずっとあったと思うのですが、今回、大変よい改正だと私も思っております。  全体として、犯罪被害者の立場に立って、その人権を擁護し、また被害回復に努めていこうという問題を考えていくときに、具体的にこの法務委員会でも、現在警察の不祥事の中で大変に無視し得ない事件として、先般の法務委員会で、千葉県警の代用監獄、留置場で、勾留中に女性が深夜、警察官にわいせつ行為及び性的暴行を受けたという点をただしたわけなんです。  この点に関して、いろいろ私が調べてみますと、この半年だけでも、新聞の切り抜きだけでも三十五枚ぐらい出てきましたでしょうか。その中に、大別しますと、勤務外のものも大変あるのですけれども、勤務として女性に対したときに、例えば密室の取り調べ室であるとか、わいせつ行為の被害を受けて申告してきた女性に対して、これを逆に誘っていろいろと迷惑をかけるなど、女性が安心して調べてくれというふうに行ける、信頼感というか、そういうところで大きな岐路に立たされているように思うわけなんですが、この点に関して、大変大事な警察の体質改善の時期だと思いますので、御意見を伺いたいと思います。

岩井宜子専修大学法学部教授

○岩井参考人 私も本当にそのとおりだと思います。  警察は本当に、今、体質改善が迫られている貴重な時期だと思いますので、ぜひ改善をして、女性の被害者とか犯罪者というものに対する対処の仕方というふうなものも改めてといいますか、女性の立場に立った形で対応できるようにぜひ取り組んでいただきたいというふうに考えております。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂委員 警察の方では、女性の警察官や取り調べ官をふやすという方向でこの問題を解決しようということのようですけれども、まだまだ少ないわけですよね。しかも、女性の警察官が必ずしもそういう取り調べに当たっての訓練や教育を受けているわけではないのです。  私は、岩井参考人がおっしゃった児童虐待に関しても、例えば十六歳の少女が性的虐待のことを告訴していくときに、逆に、一週間も十日もずっとそのことを根掘り葉掘り聞かれて、すっかり精神的にダウンしてしまった、そんな例も直接見聞きしているわけなんですね。こういうときにどうしたらいいのか、諸外国の例なども含めて何か参考になる御意見があれば教えていただきたいと思います。

岩井宜子専修大学法学部教授

○岩井参考人 特に、イギリスなどでも児童虐待のケースというふうなものが顕在化しますと、社会の中でいろいろな関係者がチームを組んで、一番適切な対応というものを考えるというシステムができているようで、日本でもぜひ社会の中でそういうシステムができるということを非常に望んでおります。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂委員 それでは、瀬川参考人、田口参考人に同一の御質問をさせていただきたいのですが、実は、今回の政府提案の中で、直接に私の体験と国会での議論の中で特に思いが深いのは、検察審査会法の三十条の改正問題なんです。  片山隼君という少年が亡くなり、そして原因をめぐって、その目撃証人を御両親が捜して、そしてまた検察審査会での御議論があった。そしてその議決が送られてきて、私は見せられたわけです。本当に驚いたのですね。これだけ命の問題で、幼いお子さんが亡くなったというときに、検審の議決の文が、まず請求者が、そもそも請求者ではありませんので、職権でやってくれたのはいいのですけれども、しかし、いやしというか、お子さんを亡くした遺族に対しての視点というのがまるでなかった。  今回、この法改正でここのところは訂正されて遺族にも請求権、拡大されるのはとてもいいことだと思うのですけれども、しかし、もっと拡大すると、意見書を出すというだけではなくて、検察審査会などでの議論を可能な限り公開してもらう、あるいは遺族に対して開示してもらう点であるとか、再申し立て権だとか、さらに検察審査会の議決に対する法的拘束力の問題、このあたりが非常に関心が高まっていると思うので、ちょっと時間がありませんが、お二人にぜひお願いしたいと思います。

瀬川晃同志社大学法学部教授

○瀬川参考人 まず、論点としまして、先ほど委員がおっしゃっていることで総論的に言いますと、今回のような法案をつくっても、言ってみれば仏像をつくって魂入れずといいますか、いわゆる法案をつくったからこれですべて終わりというわけじゃなくて、やはり司法機関全体といいますか、スタッフ全体の大きな問題になる。そういう意味では研修制度とか、きちっとした被害者に対する配慮というものを研修する必要がある。  それからもう一つは、いわゆる被害者弁護人といいますか、被疑者、被告人には国選弁護人というのがつく制度がありますけれども、被害者については全く放置されていますので、そういう点での法的なアドバイス、法的な援助というのは必要だろうと思っています。  それからもう一つ、中核的な問題ですが、検察審査会の法的拘束力というのはある程度の大きな問題ですけれども、法的拘束力を持つことによって若干また、いわばひずみといいますかが出ないのかという、その議論のバランスといいますか、その点がやはり一番大きな課題じゃないかというふうに、またそこが、法的拘束力をと前から言われながらなかなか煮詰まらないのは、そういう原因があるのじゃないかというふうに思います。

田口守一早稲田大学法学部教授

○田口参考人 二点だけ触れさせていただきますと、先生御指摘のような、いやしという言葉をお使いくださいましたけれども、その視点というのは非常に大事である。  すなわち、先ほども申し上げましたように、従来の刑事司法というのは、犯人を処罰するかどうかというのが最大唯一の課題である。これに対して現在問題提起されているのは、それでは事件は解決しない、遺族の方や被害者の方の立ち直りまで視野に入れないとその犯罪なり刑事事件なりというものは解決しないのだという視点が必要だということが問題提起されておりますので、司法関係者、警察の問題も先ほど出ましたけれども、含めて、自分たちの任務というのは犯罪者の処罰だけではないのだということを改めて考えていただく必要があるというのが第一点であります。  それから、今の拘束力の問題でありますけれども、私も、現行法だけでいいのかという点については問題意識を持っております。ただ、ダイレクトに検察審査会議決の拘束力を肯定していいかというと、今瀬川参考人も触れましたように、やや検察審査会の任務が重くなるかなということもありまして、我々の間で議論しておりますのは、ワンクッション設けまして、もう一度検察審査会に戻ってきて、再度起訴相当の議決があったような場合には拘束力を持たせるとか、そういったような対策もあり得るのではないかというようなことを考えております。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂委員 日本の刑事司法の中で、特に捜査に直接当たる捜査官の中に、事件が起きたときに、被害者の側の落ち度、被害者の側にも、いわば被疑者としてこれを取り扱うような、どうも習慣というか根があったように思うんですね、この間出てきているいろいろな不祥事や何かを見ていると。こういった国会での議論が、そういうことを大きく捜査機関が改めていく契機になることを私どもも求めていきたいと思いますし、そういう意味で、御議論も続けていただきたいと思います。  終わります。

武部勤自由民主党

○武部委員長 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。  この際、参考人各位に一言御礼を申し上げます。  参考人各位には、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。  午後二時から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。     午前十一時三十分休憩      ————◇—————     午後二時二分開議

武部勤自由民主党

○武部委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  午前に引き続き、裁判所の司法行政、法務行政及び検察行政、人権擁護に関する件について調査を進めます。  本日は、特に犯罪被害者にかかわる諸問題について調査を進めます。  ただいま御出席いただいております参考人は、犯罪被害者の会代表幹事岡村勲君、全国被害者支援ネットワーク会長・東京医科歯科大学犯罪精神医学教授山上皓君、全国交通事故遺族の会会長井手渉君でございます。  この際、参考人各位に委員会を代表して一言ごあいさつ申し上げます。  参考人各位には、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。  次に、議事の順序について申し上げます。  まず、岡村参考人、山上参考人、井手参考人の順に、各十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。  なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対して質疑をすることができないことになっておりますので、あらかじめ御承知おきいただきたいと存じます。  それでは、まず岡村参考人にお願いいたします。

岡村勲犯罪被害者の会代表幹事

○岡村参考人 岡村でございます。  本日は、わざわざお招きいただきまして、まことにありがとうございます。  私は、弁護士になって三十八年目に、仕事上の逆恨みをされた加害者によって妻を身がわりにさせた者でございます。それまでは弁護人席に座りまして、基本的人権擁護を中心とする美しい憲法、刑事訴訟法の世界で生きてきたのでありますが、一たび被害者遺族となって傍聴席に座ってみますと、全く逆の、法の保護の外に置かれた化外の民ともいうべき被害者を発見したのであります。  被害者は、何の権利も保障もございません。例えば、私と一緒にきょう見えております宮園さん、この方のお嬢さんは、池袋の通り魔事件で刺されました。病院へ収容されて四時間後に遺体となられますと、救急救命費が百七十四万も請求されたのであります。もし、加害者がけがを負っていて警察に収容されたらどうでしょうか。ポケットに幾ら金があっても警察の費用で治療するのです。なぜ、被害者は、被害にかかった上に、自分の費用で巨額の負担、病院支払いをしなければならないのでしょうか。  この私のレジュメの、きのうお送りいたしました資料のところに、「犯給法による給付金と国選弁護と未決者の食料費」と書いた表がございます。このように、被害者は自分で治療を受けるのですけれども、全国の警察で、逮捕した四十八時間以内に加害者の治療費として支払われた金額は一億一千万円を超えております。これは逮捕者の四十八時間以内の治療費であります。これが今度、警察の代用監獄から拘置所に移されますと、拘置所の治療費が三億三千万円も国費で払われるわけであります。また、矯正収容されております収容者全員の医療費を見ますと、二十億三百万円であります。こういう医療費が払われているのに、被害者には何の医療手当もない。  私のところに、人違いでやけどをされた、ガソリンをかけられて全身火だるまになった女性から手紙が参りました。移植に要する二百七十四万の金がどうしてもできないのです、どうしたらいいでしょうか、こういう手紙で、何とも返事の書きようがなかったのであります。  また、被害回復のためには、みずから弁護士を雇って訴訟を起こさなければなりません。その費用も被害者持ちです。ところが、国選弁護の費用はどうでしょうか。平成十年度に国選弁護費用として国が加害者のために支出した金額は、ここにありますように四十六億円を超えているわけであります。被害者はあすの治療費にも事欠き、生活にも事欠いているわけでありますけれども、留置場に入れられている人の食料費は四十億を超えるものが支給されているわけであります。拘置所におきますと食料費が十七億。つまり、裁判を受けている者の国選弁護、食料費、そういうものだけで百億を軽く超えているわけであります。  私は、加害者にお金を払うなと言っているわけではありません。逮捕、拘禁されているのでありますから、それなりの費用もかかることは十分承知しております。しかし、被害者は何の悪いこともしないで被害を受けた者です。少なくとも、加害者に対して国が支払うだけのものは被害者にも払っていただきたいのです。犯罪給付金支給法によって国が平成十年度に払ったお金は、五億六千八百九十九万であります。これはオリックスのイチローの一年間の収入であります。それくらいのものしか被害者には払われていないという現実を私たちはどう受けとめればいいのでしょうか。  先日も、おやじ狩りに遭って頭蓋骨を三分の一とられた方のお話も聞きました。どこにも収容してくれる病院もない、頭蓋骨から感染性の膿が出る。病院にやっと入れても、それは感染性であるというので個室へ入れられて、個室料が被害者の負担になる。看護婦さんが出入りするときには、使い捨ての抗菌性のエプロンを着る。そのエプロン代も被害者の負担になる。一級障害で医療費は無料だけれども、月三十万円の医療費をポケットから払わざるを得ないという話でありました。  このように、私たちは、被害者となってみてこの世の地獄をのぞいたような気がしたわけであります。  また、刑事裁判、これは一体だれのための裁判なんでしょうか。  身体、生命に対する犯罪については、被害者はその本人であります。国が被害者ではありません。しかし、国は、抽象的に法を侵害されたとか、そういうようなことで国だけで裁判をします。検事、判事、弁護士、それから加害者、この四者が蚊帳の中に入って、被害者は外に出して自分たちだけで裁判をする。起訴状も送ってきません。判決も送ってきません。弁論要旨も論告要旨も、被害者には何の通知もなく裁判が行われるのです。  犯罪の被害者家族は、臨終のときに立ち会えません。どういう死亡事件であっても、親戚は飛んで来て、最期のときに苦しんだか、楽に逝ったかということを聞くのが普通ですけれども、犯罪は家族のだれもいないところで行われるのです。臨終のことを知りたい、しかし、捜査記録を見せてくれません。捜査の情報も十分に提供されません。裁判の日も一方的に決められて、被害者は都合が悪ければ法廷には行けません。傍聴席にいても、現場写真や実況見分調書は回ってきません。本当のことはわからない。せめて記録を見せてくださいと言っても、記録は、被害者には権利はないというので私も断られました。  しかし、刑事事件で一番利害関係を持っているのは被害者なんです。裁判官は加害者に聞きます。おまえ、反省しているか、しております、二度としないか、しません、うんと言って、執行猶予の判決を下します。しかし、後ろで聞いている被害者は、実に冷え冷えとした心境になります。裁判官は何も被害を受けていないじゃないか、検事も受けていないじゃないか、生殺与奪の権を持っている裁判官に聞かれたら、だれでも悪いことをしましたと言うに決まっております。悪いことをしましたと言うのなら、被害者に対してしていただきたいんです。被害者をバーの外ではなくて刑事の手続の中に入れて、被害者の前で土下座して断ってもらいたい。裁判官は、その断りが真意に出たものであるかどうかを黙って判断しておればよろしい、私はそう思います。  ところが今は、刑事訴訟法の蚊帳の外でありまして、発言すらできない。加害者がどんなうそをついても、うそだと言えば即退廷であります。被害者は加害者に対して言いたいことがあります。恨みの一言も言いたい。加害者と被害者が接触できるのは唯一法廷であります。その法廷においてすらも、隔離されて何にも言えない。そして、自分の知らないところで判決が進行していく。  こういう判決に対して被害者が納得できないことは当然のことであります。被害者の納得できないものを国民が納得できるはずがありません。私は、刑事の手続の中に被害者を参加させる、そして言いたいことを言わせる、それによって幾らかのいやしが行われるのだと思います。  公判廷に出される記録は、有罪になるに足る証拠で十分ということで、全部が出されません。しかし、遺族にとっては、捜査記録の中で、どんな声を上げたであろうか、通行人はどの位置でその声を聞いたろうか、そういうことが大切なんです。そういう捜査記録も、それを悪用したり捜査に支障を来さない限り見せていただきたいのです。  それから、不起訴処分にするについても、被害者の意見をぜひとも聞いていただきたい。最初の診断書が全治二週間と書かれていたからというので、軽々に不起訴処分をする。実は、その後植物人間になったという例もあるのです。  今問題になっている改正の訴訟法案、保護法案、これは確かに一歩前進ではあります。特に、意見陳述権というのが認められたということは一歩前進であると評価しております。しかし、傍聴人の範囲も少なく、配偶者の兄弟は優先傍聴の対象にもなっておりません。被害者が法廷に出るというのはとてもつらいことです。つらいことなのに、証人になったとき以外は付添人も認められません。私自身、付き添ってもらってやっと法廷に出た経験があります。先ほど言ったように、起訴状や判決などの謄本も送ってこられることになっておりません。そういうような面についてぜひとも、今後とも刑訴、保護法の改正をお願いしたいと思います。  また、警察の対応に問題があるということも、しばしば私どものところに被害者から寄せられております。  マスコミについても、マスコミ被害もかなり大きい。今問題になっている桶川の猪野さん、あの方は葬式もできませんでした。大きな斎場を借りて、駐車場がいっぱいあるところを借りて葬式をしようとしたんですけれども、それはプレスの黒塗りのハイヤーに全部占領されて、親戚の者は来られませんでした。桶川市という不便なところですから親戚の者は車で来なきゃいけないのに、プレスに占領されておりました。それから、ワイドショーその他でしょっちゅう名前が実名で出る、写真も出るものですから、観光コースのようになって見物人まで来出した、そういう状態が今も続いております。  一緒にいらっしゃった宮園さん、この方は、新聞社、テレビ局を追い払うために強力な殺虫剤のスプレーを持って歩かれたということでありました。それくらい強烈なものであります。  また、大変ひとりよがりな判決を下すところがあります。  私の場合も、六年間私をねらい続けた犯人、これが私がいないために家内を襲撃したのですが、岡村を襲ったのなら計画的だけれども、身がわりにした家内を襲ったのは、妻を襲ったのは計画的ではない、こういう情状で有利に認定いたしております。なぜそうなるのでしょうか。私以外の者をねらうことの方がもっと悪質ではないのでしょうか。そしてまた、私の弁護活動には非の打ちどころがない、こう言っておきながら、襲撃したのは応報的な理由であって金銭的なものを目的とするものではないといって、これも有利に扱っております。正当な業務をして何ら悪くないといいながら、判決は、それを逆恨みした者を応報的だから軽いというのです。それから、自分で勝手に株を買って、それが値下がりをした、損をした、その補償をしろと要求しているのでありますけれども、加害者には損をしたという事情があるといって、あたかもそれが有利な情状であるかのように扱っている。こういうような非常にひとりよがりの判決というものがあちこちにあります。  本村君の場合もそうでした。計画的に入り込んで、奥さんを絞殺し、姦淫をし、そして、布団の中に遺体を隠し、泣き叫ぶ十一カ月の赤ちゃんを床にたたきつけて、絞殺し、これも遺体を隠した。これが計画的ではないといって有利な情状にしているのです。  裁判所は、結論を出します。一人しか殺していないから無期だ、この程度なら無期だと。そのために、世の中の人に納得できないような理由を後から加えていきます。これが司法不信を招いております。私自身も、司法が信用できなくなっている一人であります。  そこで、私たち被害者は、今までじっと泣き続けてきました。必死になって生きてきました。どこにも声を出せませんでした。しかし、こういうことではいつまでたっても被害者の権利は前進できないということで、犯罪被害者の会を発足させたわけであります。突然の一週間で準備したにもかかわらず、大勢の方が集まって、まるで地獄のような話を次々としていきました。  私たち犯罪被害者は、もうだれにも遠慮しません。悪くて被害を受けたわけではないのです。これだけの被害を受けたということを天下に訴えたい。そして、犯罪というのは必然的に起こります。たまたまくじ運の悪かった者が当たるのです。通り魔は、くしゃくしゃして最初に出てきた者を刺そうと思った、こう言っております。右を通るか左を通るかの偶然によって、被害を受けるかどうかが決まる。そうしたならば、くじに外れた人たちも、くじに当たった被害を応分に負担していく、みんなで被害を負担する、これが公正な社会ではないかと私は思っております。その皆の代表が、国であり自治体であり社会であります。  私は、犯罪被害者の経済的、精神的な支援、補償が、被害者に対する当然の権利であると認められる社会をつくっていただきたいと思います。また、被害者もいろいろな弁護士の援助が必要です。加害者に国選弁護士がつく以上、被害者にもぜひつけていただきたい、国の費用で支援していただきたいと思うのです。  それにつけても、昔あった附帯私訴という制度をぜひ復活していただきたい。これは、加害者が刑事事件にかかっているときに民事訴訟を起こしますと、同じ刑事の裁判所で民事事件も併合して審理したのです。被害者は、そこで証人尋問もできますし、加害者に対する尋問もできるし、調書の閲覧もできます。判決も同時に下されて、非常にスピーディーな結果が出るわけであります。そういう制度も、ぜひ今後復活していただきたいと思います。  どうもありがとうございました。(拍手)

武部勤自由民主党

○武部委員長 ありがとうございました。  次に、山上参考人にお願いいたします。

山上皓全国被害者支援ネットワーク会長・東京医科歯科大学犯罪精神医学教授

○山上参考人 私は、八年前に大学の一室で犯罪被害者のための相談室を始めました。ある遺族の方からの願いを受けての活動でありました。そして、多くの犯罪被害者の方々が、今岡村先生がおっしゃられたような、社会の中で何の支援も受けられないで大変つらい思いをしておられるのを知りました。  被害者の方がどういう思いで生きておられるのかは、私自身がそれまで二十年間精神鑑定等を通じて犯罪者の精神医学的な研究をしておりましたので、被害者の方たちにも接する機会があったのですけれども、八年前に活動を始めるまでは、本当の被害者の立場、気持ちを理解することができませんでした。被害者のための相談室を開いて、本当に被害者が安心して相談できる窓口がある、そのことが被害者の方を勇気づけて、支援を求めたり、あるいは声を上げたりすることができるようになってきたというふうに感じました。  八年の間に、私たちの活動も広がって、全国被害者支援ネットワークには、この四月で、十五都道府県、十七の民間援助組織が加盟し、協力して、支援活動の全国的な展開を図るまでになりました。この間、警察、検察等関係諸機関、メディアの一部等の支援もあって、社会の理解も徐々に深まって、被害者を取り巻く環境も少しずつ改善されてきております。でも、被害者の支援に関しては、まだ必要なものにはほど遠い、ほんのわずかしかできておりません。  犯罪の被害に遭うことは、しばしばその人の人生が一変することを意味します。私たちの多くは、健康や安全に人並みの配慮をしていれば、この信頼に値する社会において自分は平和に人生を送れると思っています。しかし、犯罪は一瞬にして、そのような人々、被害者とされた人とその家族の人生を破壊してしまう力を持っております。  それまでは当然あり続けると思っていた自分にとってかけがえのない大切なものが、他人の不法な行為によって一瞬に奪い去られてしまうわけです。一家の働き手を失って生活に窮する家庭や、亡くした子供のことで自分を責め続ける母親、家族間で互いを責めながら崩壊に向かう家庭、心身に重い後遺症を負い、苦しみながら生きる被害者、そういう方たちを私たちはたくさん見てまいりました。こういう悲惨な例を目にするたびに、犯罪が引き起こす被害の底知れない深さを思い知らされます。  犯罪の被害に遭うことで一瞬にして生ずるこの人生の落差を埋めることは、我々を含め、どのような人にとっても決して容易なことではありません。そして現実に、我々は皆、たとえ注意を払っていたとしても、あすにはこの被害者となる可能性を持っているのです。  犯罪の被害者の場合、天然災害等の被災者の場合以上に深く心を傷つけられる傾向があります。少数で孤立しやすいこともありますけれども、社会への安全感、信頼感が根底から揺るがされてしまうことが多いのです。同じ社会の一員の不法行為によって害されたという事情に加えて、被害に遭った後で、今岡村先生がおっしゃられたような、社会の被害者への対応が余りに配慮に欠けていることから、被害者は二重三重にさまざまな被害を受けることになります。  事件に遭ったときに、被害者は、社会が被害者を守り、支援してくれ、加害者には厳罰を下してくれるものと期待しております。しかし、現実にはしばしば逆の体験をすることになります。  例えば、先ほどおっしゃられましたように、心身に重い傷を負って仕事もやめなければならなくなった方が治療費を請求されるようなこと。これは、大きな金額ではなくても、強姦の被害に遭った女性がエイズの検査のために何万というお金を出さなければならないなどということもございます。また、マスメディアはしばしば、人権擁護のためといって加害者の名を伏せることはありますけれども、被害者のプライバシーを遠慮なく侵害してしまいます。加害者に対する処罰、処遇も、欧米の例に比して余りに軽いと思わされることもしばしばあります。犯罪被害者が、社会に対し、また司法に対して不信を抱くとしても無理はないような状況があるわけです。  それで、緑色の資料を、この資料は読めばわかる書き方にしていますけれども、ごく簡単に説明します。  この一ページ目には、アメリカやイギリスにおいて今被害者が受けられる支援の内容を書いております。被害に遭った直後の非常に動揺している状況、さまざまな生活上の援助、司法に関する情報、あるいは事件に関してこれからどうなっていくのか、さまざまな緊急の事態で援助が必要となるわけですけれども、それに対して可能な限り、さまざまなケースに応じて必要な援助をしようという体制が、アメリカやイギリスには既に社会システムとしてできております。  日本では、下に書きましたように、民間の援助組織が少しずつふえて、電話相談やカウンセリングサービスなどをしておりますけれども、それでは被害者の本当に必要な援助のごくわずか、数パーセントをカバーするにすぎないと思います。欧米並みの水準に被害者支援の充実を図るには、やはり、アメリカやイギリスと同じように、国が公的な資金を持って、あるいは地方公共団体が積極的に被害者支援に取り組む姿勢を示してくれる必要があるわけであります。  二ページ目に、民間による被害者支援の歴史をごく簡単に書きました。アメリカの被害者支援もイギリスの被害者支援も、私たちの二十年先を行っておりますけれども、その二十年で着実な歩みを見せ、それぞれに十年以上前に法律あるいは被害者のための憲章ができて、それが着実な国家的な取り組みの基本とされております。  二ページ目の下に書きましたのは、私たちの犯罪被害者相談室での相談ケースの概要であります。ここに示しましたように、被害者支援を求める被害者の方たちは年々ふえ続けております。また、罪種では、殺人あるいは交通事故の遺族の方々、あるいは性犯罪の被害者の方々が特に重い後遺症を持たれて、長く苦しまれていることがわかってきました。  三ページ目の真ん中ほどに書きましたけれども、私たちは、全国被害者支援ネットワークというのをつくりました。ことし、二〇〇〇年に入ってから、砺波それから東京のセンター、福岡、仙台とさらに四つふえるので、数の上では着実にふえておりますけれども、先ほど申しましたように、被害者支援の内容に関してはまだまだ劣っております。イギリスやアメリカ並みの支援をするには、経済的にも、またスタッフの上でもまだまだ数が足りません。  それから、その中に「犯罪被害者の権利宣言」という用紙を一枚挟ませていただきました。これは、私たちのネットワークの中に弁護士さんあるいは法律の専門の方が何人かいらっしゃるので、一緒に相談して、被害者のための法律をぜひつくってほしい。  現在、どこの組織も皆経済的にいろいろな困難を持っています。そして、地方公共団体にぜひ資金を出してほしいというふうにお願いしても、そういう出す法的な根拠がないと言われて断られることもよくあります。そういうことから、私たちは、権利宣言をつくって、ぜひこれをもとにこういう被害者の権利が守られるような法律をつくって国家的な取り組みを始めてほしいということで、これをつくったものでございます。  最後に、青い紙が一枚挟まれていると思います。これは、「犯罪被害者支援のための総合的施策についての要望」です。これも、私たち皆集まって、施策についての要請をまとめたものであります。  一つには、犯罪被害者基本法を制定していただきたい。犯罪被害者の権利宣言の趣旨が基本理念として盛り込まれ、被害者支援が国及び地方公共団体の責務であるということを明記するような法律をぜひつくっていただきたいということであります。  また、支援組織はどこもそれぞれに資金的にも運営面で苦労しておりますので、それを援助して、支援の充実が図れるように応援をしていただきたい。また、セルフヘルプグループ、被害者、遺族の方たちがつらい状況の中で懸命に御自身で努力して仲間と支え合っておりますので、そこにも同じようにしっかりとした支援をしていただきたい。  さらに、具体的な施策として、経済的援助、それから生活上の援助、被害者のプライバシーの保護、再被害の防止、情報の提供、犯罪被害者等給付金支給法の抜本改正、それから裁判所での被害者への対応の改善、さらに教育と啓発として書いてあることであります。  ぜひ、これを機会に委員会の皆様が、被害者への支援のために、その充実の基礎となるような法律制定への取り組みを開始していただけることを期待しております。  ありがとうございました。(拍手)

武部勤自由民主党

○武部委員長 ありがとうございました。  次に、井手参考人にお願いいたします。

井手渉全国交通事故遺族の会会長

○井手参考人 私は、千葉県に在住し、耳鼻咽喉科医として仕事をしております井手と申します。  さて、平成二年十一月、当時高校三年生の娘が、自転車で通学途中、ダンプにはねられて交通死しました。この事件を契機に、平成三年四月、全国交通事故遺族の会という自助組織を結成して九年になります。この長い苦労、努力してきた今日、本日このような委員会にお招きいただき、発言の機会を与えてくださったことに心からお礼申し上げます。心から感激の念を禁じ得ません。  現在、東京日本橋に事務所を置き、交通事故被害者の救済と交通事故の撲滅を目的に活動しています。会員は約千名です。今までの経験から、日本全国にこの駆け込み寺的な自助組織の設置の必要性を感じております。そのためには、地方自治体を中核とした国の財政的支援が不可欠だと思っております。  このたび提出されました政府案、犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律案関係資料や刑事訴訟法及び検察審査会法の一部を改正する法律案関係資料を拝見しますと、かなりの前進が見られますが、核心の部分は手つかずの印象を受けます。民主党の犯罪被害者基本法案は、よくまとめられている印象を受けます。  さて、現行の刑事訴訟法では、加害者、すなわち被疑者や被告人の基本的人権の保障についてはいろいろと規定を置いていますが、被害者の人権については、忘れられた存在として、正式な当事者としての地位が与えられておりません。したがって、刑事訴訟法に被害者の基本的人権の保障を明記したり等、さらに具体的な内容が求められますが、あくまでも被害者を中心に置いて、立法、行政、司法が、また社会のさまざまの人々がどのようにかかわっていけるかを御検討していただきたいと存じます。被害者対策には、特に経済的、財政的裏づけが不可欠です。そのような意味で、今後、当委員会においてさらなる御審議を望んでおります。  私は、前記の理由から、交通犯罪被害者の抱える問題点の一部についてお話ししたいと存じます。  このたびの政府案を拝見しますと、刑法犯の中のグラフでは「交通関係業過を除く」となっております。このことは、交通事故は単なる事故であって、加害者による被害者への殺傷というまさしく刑事事件であるという認識が欠けている感じがいたします。交通犯罪被害者の実情は、一般に流布されている漠然としたイメージとは逆なのです。交通事故ならあきらめもつくなどと聞くことはありますが、交通犯罪被害者にとってやりきれない言葉です。通り魔で一瞬に殺された被害者も、交通事故で一瞬に殺された被害者も、被害者の視点に立てば、一瞬に殺されたという被害者としての視点では全く同じ性質のものなのです。つまり、被害者学上は被害の大小と被害への影響が問題であって、加害者側の意図は原因論の一つでしかないのです。  さて、被害者の知る権利ですが、現行では関係機関が自動的に知らせるようになっていないということは、そのこと自体が一般国民に知らされていないために、ほとんどの被害者は、節目節目には捜査機関から知らせがあるものと思っています。しかし、現実には何も知らされません。それだけに一層、自分を置いてきぼりにされたまま刑事事件の処理が進んでいることを知ったときの怒りや驚きは大きいのです。被害者は事情聴取が終われば用はない、肉親が死んだという事実だけが残るのです。被害者や遺族への情報開示については、最近、通知制度ができたことは画期的なことですが、知らせなければならないという義務としては保障されておりません。検察庁が考えていると思われる、氏名、住所、処分結果だけでは不十分で、事件の真相、犯人についての捜査の進捗状況、事件の処理、処遇などを知らせるシステムをつくり、犯罪後の手続が、犯罪によってこうむった傷をさらに悪くしないようにすることは最低限の目標とすべきだと思います。  交通事故に対する警察のずさんな捜査が問題になりますが、これは、八九年、東京地検によって自動車事故非刑罰化方針が出されて以来、交通犯罪加害者への起訴率が激減したことにも一因があるという弁護士さんもいます。警察がどのように汗を流して捜査しても検察が起訴もしないのでは、当然警察の捜査もずさんになるのではないかとの意見です。この非刑罰化方針は裁判所も同じで、仮に起訴された場合でも、執行猶予率は著しく高くなっています。実刑も他の犯罪に比べて極めて軽く、言いかえれば、交通犯罪被害者の命の価値はポケットティッシュよりも軽いのです。この量刑の軽さは極めて不公平であり、耐えがたい苦痛と悲しみを背負わされた交通犯罪被害者をさらに苦しめているのです。  この非刑罰化方針のために、悪質な運転手は事故を起こしても起訴もされず、起訴されても実刑を免れるとき、人を傷つけ、命を奪ったという行為が持つ事の重大さを加害者はどれだけ理解できるか疑問であります。苦しむ交通犯罪加害者もいるかもしれませんが、その苦しみは、交通犯罪被害者、特に命を奪われたり重度後遺障害者とその家族が受ける一生続く苦しみには到底比較になりません。交通犯罪加害者に対して実刑によって制裁を加えない限り、法による交通事故の抑止力は期待できないと思います。したがって、交通事故防止は社会が求めていることですから、この検察庁の非刑罰化方針は本末を転倒するものであると言わなければなりません。  この起訴率低下に対する改善と事故に見合った刑罰の法制化については、平成八年十二月二十日、当時の松浦法務大臣をお訪ねしたときと平成九年三月二十五日の二回にわたり、法務省において、当時の原田明夫前刑事局長を初めとする法務省の関係の方々と意見交換しましたが、その際、原田明夫前刑事局長から、検討、善処の回答をいただいておりました。しかし、いまだに何らの改善が見られないのは残念なことであります。また、この起訴率の低下がもたらすものに、不当な不起訴処分の増加がありますが、現在の刑事訴訟法四十七条の枠内で幾ら議論していましても、被害者の訴訟記録閲覧権には到達し得ないのではないかと思われます。  交通事故というものはだれかが交通法規を破ったために起こる犯罪であって、交通犯罪の場合は、刑事上の責任、行政上の責任、民事上の責任があります。現在はこの機能が骨抜きの状態にあります。したがって、これらの責任を軽視する風潮があり、新潟の交通違反もみ消し事件はその典型的なもので、交通事故に対する寛容さからきていると思っております。  また、刑事訴訟法二百四十七条によるプロセスは、国家と法を犯した加害者との関係であって、被害者は除外されています。このように見ると、日本独特の起訴独占主義、起訴便宜主義は、検察官の権限を余りにも強大化しており、この権限に匹敵するだけのチェック機構として登場したはずの検察審査会には法的拘束力は認めておらないために、余りにもひ弱過ぎます。したがって、もし検察官が起訴すべき事件を不起訴にしてしまったならば、犯人を裁判に付すことはできず、検察官の誤りを是正する手段がないという不合理が生ずるということがあり、非常に遺憾であります。  また、刑事処分が決まってからでは、捜査に間違いがありましても、また加害者のうその供述による処分でありましても、一事不再理によってその結果を変えられないので、真実を真実として求める意味で、警察のずさんな捜査はあってはならないわけですから、先ほどの検察の非刑罰化方針は改善してもらいたいと強く希望しております。  現在の刑事裁判は被害者を疎外するシステムになっていて、一人の人間の死に対する尊厳や血の通ったものを何一つ見出すことができません。そのことが被害者の状態をより悪くしているのです。そもそも、裁判は、民事であれ刑事であれ、公平でなければならないはずです。加害者と被害者の意見を十分に聞いて、裁判官が自己の良心と法律に従って断を下すのが筋であろうと思います。しかし、原告である検察官と被告人である加害者またはその弁護人の言い分は酌み取れるシステムになっていますが、現状では検察官が被害者の言い分を代行しているとはとても言いがたい。つまり被害者は裁判では蚊帳の外に置かれていますから、被害者の言い分を酌み取るシステムになっておりません。  したがって、特に交通事故の場合、被害者は民事裁判でしか事件の真相を知ることはできないわけですが、現代の科学的技術が生み出した自動車により発生する現代性、さらに多量性それから日常性のために、この民事裁判そのものも定型化されて、真実を明らかにしたいという被害者の気持ちは無視され、定型化された基準に従って、単純に金銭の問題として機械的、事務的に処理されることに、被害者は耐えがたい苦痛を感じております。これまで、公益的犯罪に対する重要性が強調されて、生命に対する交通事故などの犯罪に対して、被害者の視点に立っての十分な検討がなされていないと思われます。  現在、車なしには成立しない社会に生きていることは確かです。しかし、車が不可欠なものであっても、人を殺傷すること、いわゆる交通犯罪に寛容であってはならないと思います。むしろ自動車を運転することに重大な責任があることを自覚し、厳格でなければならないと思います。それは自動車の運転者だけではありません。直接事故の処理に当たる警察署、検察庁、保険会社の人々も、そして弁護士や裁判官もまた交通事故に対して厳格でなければならないと思います。  昨年の交通事故による死傷者は百万人を超え、刑法犯の九七%に達しています。したがって、多くの国民が苦しんでいるのです。刑法犯から交通事故は除くという認識は、国民の生活と安全に大きな責任がある政府としてはいかがなものか、疑問を捨て切れません。  国民すべてが、現在の車社会が異常なものであることを自覚し、車で人を殺傷するという行為を日常生活の中で当たり前のものと錯覚している異常さを、一日も早く国民に認識させる責任が国にはあるのではないかと思っております。  ありがとうございました。(拍手)

武部勤自由民主党

○武部委員長 ありがとうございました。  以上で参考人の意見の開陳は終わりました。     —————————————

武部勤自由民主党

○武部委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。倉田栄喜君。

倉田栄喜公明党・改革クラブ

○倉田委員 公明党の倉田でございます。  参考人の皆様方には、それぞれ大変重いお話を聞かせていただいたように思っております。きょういただきましたお話とともに、いただきましたこの資料も、それぞれの書かれていること、あるいは行間に込められている思いも含めて、しっかり勉強させていただきたい、このように思っております。十五分という大変短い時間の中で申しわけなかったな、そういう思いもいたしております。  そこで、先ほど岡村先生のお話をお伺いいたしました。私も、先生の言葉で言えば、刑事訴訟の美しい世界の中で考えてきたな、こういう思いがしてなりません。その美しい世界の中でいけば、犯罪被害者も、いわゆる保護という考え方の客体ではなくて、いわば被害者として、権利の主体者でなければならない、私はこのようなことを当委員会でも申し上げてきたわけであります。  しかし、どうも今お三方のお話を聞いている限りにおいては、我が国の司法という位置づけの中で、被害者の方々がいわば保護の客体、保護の対象にすらなり得ていなかった現状があるのではないのか、こういう思いがしてなりません。どうしたら、きちっとした保護の対象、そして権利の主体となり得ていくのか。そして、どうして今まで、犯罪被害者、その家族の方々にとって、保護の対象外であり、また権利の主体者からほど遠い世界になってしまっていたのか。  この点について改めて、私の残りの時間は、十分しかありませんのでちょうど三時までしかありませんけれども、残された時間、お二人の参考人にお許しをいただいて、どうして今までこういうふうならち外、蚊帳の外に置かれていたんだろう、我が国の裁判所は、司法制度というのは何のためにあったんだろうという思いを含めて、岡村参考人の御意見をお伺いできれば、このように思います。

岡村勲犯罪被害者の会代表幹事

○岡村参考人 一つには、我が国において歴史的な経過があったと思います。  戦争中に、特高警察によって無実の人たちが随分拷問に遭いました。そういうような歴史的経過もあって、戦後、加害者に対する基本的人権が声高に叫ばれたわけでございます。そして、それを叫ぶ余りに、その裏側にある被害者の権利というものが埋没してしまいました。被害者の権利と言う学者がいなかったわけではありませんが、そういうことを言うと加害者の権利が薄められてしまうということで、被害者の権利が目を見なかったようにも聞いております。  それと、先ほど申しましたように、被害者は生きることに必死なんです。治療費を稼ぎ、子供の生活費を獲得しなければいけない。中には、夫に先立たれた奥様が、生命保険を解約して子供の学費に充てたという話もございます。そのように必死で生きていた。そして、何か言うと、あの人にも落ち度があったんじゃないの、お金が欲しいからそんなこと言っているのといって、後ろ指を指されてきました。好奇と偏見の目で見られながら、必死になって生きていくことが精いっぱいなわけです。それで声が出なかった。  片や、人権というと加害者の人権である、そして被害者のことをいうと、被害者はお金が欲しいのかという目で見られてしまう。そういうようなことで、声を叫ぶ者がいなかったために、社会に被害者の本当の苦しみがわからなかったのだろう、こう思っております。それで、私どもは、声を上げよう、実情を知っていただこうということで、犯罪被害者の会を樹立したわけでございます。

倉田栄喜公明党・改革クラブ

○倉田委員 山上参考人にお聞きをいたしたいと思いますが、広範な被害者の方々の相談に乗られて、その相談の中から一番直接的にお感じなることは何でしょうか。

山上皓全国被害者支援ネットワーク会長・東京医科歯科大学犯罪精神医学教授

○山上参考人 私たちは、電話相談と面接相談が中心で、それ以上のことはまだ現状ではできないんです。  でも、事件の後で、非常に長い間苦しまれた後で、何年かたってあるいは何十年もたってから相談に来られる方がたくさんおられるのを見ると、やはりできるだけ早い時期に、事件があった間もない時点で生活のお世話からできるような、アメリカ、イギリスと同じような支援の体制をつくらなければいけない、そして、その苦痛はできるだけ早い時期に軽減できるように援助できなきゃいけないと思うんですが、現状では、財政的にも、人員の面でも、とてもそれができないのが残念なのです。それを国が支援していただけることを、特に期待したいと思います。

倉田栄喜公明党・改革クラブ

○倉田委員 井手参考人にも、いわゆる交通事犯に対するお話を今お伺いさせていただいたわけであります。  お話の中に趣旨は大体含まれていたと思いますけれども、今、支援制度が求められるとすれば、何を一番お求めになりますか。

井手渉全国交通事故遺族の会会長

○井手参考人 支援と申しますか、交通事故は、先ほど申しましたように、現代の科学的技術が生み出した自動車により発生する現代性といいますか、それから日常性と多量性のために、結局、犯罪被害者として認められていないというか、そういう一面がございます。  ですけれども、国民の非常に多くの人が交通事故に遭っている、被害に遭っているわけでありますから、もう少し、今の車社会の異常さということを皆さんにわかってもらうように国の方で努力してほしい。  失礼な言い方ですけれども、そういう人たちが交通違反のもみ消し事件を起こすようなことがあるのでは、国民としてはやはり同じようなことをやるのではないかということで、そういう意識の変革をしてもらいたい。交通事故ならあきらめもつくなんというような考えでは困るということを力説したいと思います。

倉田栄喜公明党・改革クラブ

○倉田委員 以上で終わりたいと思いますが、この問題は引き続いて当委員会で議論をしていくことになります。また、さまざまな御意見をぜひお聞かせいただければ、このように思っております。  きょうは、大変ありがとうございました。

武部勤自由民主党

○武部委員長 北村哲男君。

北村哲男民主党

○北村(哲)委員 民主党の北村哲男でございます。  本日は、先生方、参考人の方々、どうも御苦労さまでございます。  特に岡村参考人は、私どもの大先輩でありまして、いろいろと御指導を受けた上、また直接の被害者になられて、お話を一々聞いていても、もう本当に涙が出そうな気がします。なぜ我々が今までこういうことを手がけてこれなかったんだろうかという気もします。  もう一々ごもっともでありますので質問もないんですが、先生が恐らく発案されたというか、強調しておられる、要するに、加害者と同等のものを被害者にも払えというふうなお話がありました。その中で、被疑者あるいは被告人に国選弁護をつけるのならば被害者にもつけたらどうだというお話がありました。  さて、その制度を一体どういうふうなイメージでつくっていこうか、つくるべきだろうかと考えたときに、一体、国選による被害者弁護人というのはどういうことをする役目を持つか、責務を持つか、そういうことの先生のお考えをもう少しお伺いしたいと思います。

岡村勲犯罪被害者の会代表幹事

○岡村参考人 まず、被害者になりますと、何をすればいいかがわからないんです。例えば相続の問題にしましても、どこにどういう手続をとればいいのかということもわかりません。それから、マスコミ攻勢が激しいことは先ほど申しましたけれども、幾ら抗議をしてもマスコミは押しかけてきます。そのときに、弁護士が代理人として報道機関に抗議をする、こういうことは大変有効であるように思います。それから、損害賠償の訴えを起こす、あるいは労災の請求をする、こういう場合にも相当な法律知識が要ります。  例えば、勤務の帰宅途中で事故に遭いますと、本来労災が適用になるわけであります。ところが、ちょっと駅前で飲み屋に寄った、そしてうちへ帰ろうとする途中でおやじ狩りに遭った。そうすると、それは、飲み屋から後はプライベートな時間じゃないか、勤務と関係ないじゃないか、こういうようなことで労災がおりない例があります。また、帰る途中で、暗いところで襲撃されて亡くなった方、この方も、個人的なけんかじゃないかということで労災を拒否された例があります。しかし、サラリーマンが帰りに赤ちょうちんで一杯飲んで憂さを晴らして帰るというのは、これは勤務の延長だと思います。こういうことに対する法的な異議、請求、これは弁護士でなければできません。  それから、加害者が勤務中の事故であるかどうか、これによって加害者の勤め先に対する損害賠償の請求という問題もあります。  もろもろの法律問題が出ますので、それらを含めて、ぜひとも国選による、国費による弁護士をつけるべきだと私は思っております。

北村哲男民主党

○北村(哲)委員 私ども、民事法律扶助法というのをちょうど前回、審議を終わったところで、今参議院に行っております。その中でも、特に、国費によってそういう人たちを救うというか、今のところはまだまだ範囲が小さいんですけれども、それを拡大してそういう中に含めて考えるということも検討していきたいと思っておりますので、必ずや先生のお考えは実現できると思っております。どうぞよろしくお願いいたします。  さて、山上参考人の方にお伺いします。  私どもは、山上参考人が要望された「犯罪被害者支援のための総合的施策についての要望」、これも大いに参考にしまして、さらに「犯罪被害者の権利宣言」あるいは国連の被害者人権宣言等々を参考にしまして、昨日、犯罪被害者基本法案を衆議院に提出いたしました。そこでは、犯罪被害者の方々が、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する、そして、被害の回復、犯罪被害者等の社会復帰を支援する責務が国にある、あるいは地方公共団体にあるということを目的にした法律をつくりました。  ごらんになったかどうか、私わかりませんけれども、きのう出しましたので急遽お送りしたと思っておりますけれども、もし御感想があれば御意見を伺いたいと思います。

山上皓全国被害者支援ネットワーク会長・東京医科歯科大学犯罪精神医学教授

○山上参考人 法案を読ませていただきました。私たちが主張していること、あるいは私たちが望んでいることがかなり、大部分盛り込まれているように感じ、大変感謝しております。  ただ、私たちは、法律がどういう形で、あるいはイギリスのように憲章のような形になるのかもしれません、どういう形であってもできるだけ早い時期に国としての方針を立て、それがもし基本法のような形であれば私は望ましいと思いますけれども、そういう形ではなく、もしそれが難しいとしたらそれと違う形であっても、できる限り早く国としての方針を立てて、憲章のような形でも実現してほしい。  現在、今でも毎日のように被害者が生じていて、そして皆同じ苦しみを受けているわけですから、一日も早くそれが進むということをより強く望みたいというふうに思っております。  ありがとうございました。

北村哲男民主党

○北村(哲)委員 私たちは、その法律の中で、特に民間の団体に対する支援とか、これは当然、国としてしていかなくちゃいけないだろう、恐らく山上参考人が御指導しておられる多くの団体に対する支援なんかも必要であろう。ただ、私どもがつくったのは基本法でございますので、具体的な施策は後に任せていきたいと思っております。  特に私どもが大事にしたいのは、その具体的施策をつくるための犯罪被害者等支援対策審議会というのをつくる。これは恐らく政府は難色を示すだろうと思いますけれども、今まさにいらっしゃるような犯罪被害者の代表の方々とか、あるいはそれを支援する業務に従事する方、そしてまた学識経験者という三者構成でこの審議会というものをつくって、その中で、具体的に何をしていくかということを語らなければ意味がないと思っているんです。そういう意味では理想的なというか、かなり理想は高いんですけれども、この基本法がつくられ、そのもとに具体的な施策が進むことを私どもも心がけて、しかも努力をしていきたいと思っております。  さて、井手さん、御苦労さまです。交通事故の被害者の方々が、いわば今考えられている被害者の中からちょっと外されているんじゃないか、差別されているんじゃないかというふうに聞きました。  その前に、井手参考人が、まさに自分の私財をなげうって、全国の交通事故遺族の方々のために自助組織をおつくりになったということを聞いております。そこで、被害者の方々を集めるということによって、一体どういうことが生まれたか、あるいは、一種の救いというか、やってよかったなというふうな思いがあると思うんです。  前にちょっとそういう話も聞いた記憶がありますが、遺族の方々は、ばらばらになっていて、とても精神的に、二次被害、三次被害を受けて孤立をしておられる、それを一ところに集めるだけで、集めて皆さんの意見を聞くだけで皆さんは随分変わった人格になってこられるという話も聞いたんですけれども、参考人の口からそのあたりをお願いしたいと思います。

井手渉全国交通事故遺族の会会長

○井手参考人 先ほど、山上教授の方から、犯罪被害者は電話連絡するまでには時間がかかるといいますか、すぐにはかけられないというか、例えば交通事故に遭ったり、あるいは犯罪もそうですけれども、事件に巻き込まれた当座というのは、本当に、どうすればいいかわからないというかパニック状態に陥っているわけですね。ですから、先ほども申し上げたように、駆け込み寺的なというか、すぐに危機介入できるような組織、それは専門家の組織でなくてもいいので、そういう人たちを受け入れる自助組織というのは、必要性を私は感じます。  こういう組織をつくるためには、やはり一番問題なのは発想の転換でありまして、水と安全はただではないという考えを国民全体が持っていただきたいと思うのですね。すべての人が被害者になる可能性があるわけですから、やはりすべての人が、こういう人たちを救済するためにどうするかということを考えなくてはならない。  この犯罪被害者支援対策を充実するためには、経済的な、財政的な基盤がどうしても必要で、私たちが今やっている中で、こういう財政的な問題に一番ぶち当たるわけでありますから、これをやはり、先ほど申しました、水と安全はただでないということで、一般会計ではなくて、犯罪被害に遭ったために起こるものに対しての資金を国でつくってもらって、特別会計にしてもらって、それを支援する団体とかあるいは救済を必要とする被害者に十分な救済をするということが必要ではないかなと思います。  これは一朝一夕にはいかないとは思いますけれども、やはり今九年間やってきて、中には、この遺族の会に入ったから救われたと言ってくださる方もいらっしゃいます。ですから、そういった意味で、今まで九年間努力してきましたが、よかったなと、今ではそういう感想を持っております。  交通事故は日本至るところで起こっているわけでありますから、全国に起こっているわけなので、全国にそういう駆け込み寺的自助組織をつくるためには、どうしても国が発想の転換をして、支援をするような財政的な基盤をきちっと国として持っていただきたいというふうにお願いしたいと思います。

北村哲男民主党

○北村(哲)委員 もう一点ですが、井手参考人のこの陳述書の中に、政府案について、かなりの前進が見られるが核心の部分は手つかずの印象を受けますという文章があります。  その核心の部分というのは、まさに今おっしゃったことにも関連するのだと思いますが、もしつけ加えることがございましたら、どの辺が抜けているんだ、ここをやってほしいんだという御意見がありましたら、どうぞお願いします。

井手渉全国交通事故遺族の会会長

○井手参考人 例えば、検察審査会法の改正のところがありますが、被害者が亡くなっていたら親族にするということは当たり前のことでありまして、これを何で法律にしなくてはならないのかなということもありますけれども、本当は、やはり検察審査会というのは拘束力がないというところに問題があるので、検察審査会が不起訴不当というような議決をしましても、それが検察庁に受け入れられないということは、検察審査会に法的な拘束力がないわけでありますね。そういう核心の部分は全く避けているという気がいたします。そのほかにも、知る権利の問題とかが全く欠けている。  だから、もっとわかりやすい言葉で言いますと、犯罪被害者対策というものが一頭の象でありますと、何かしっぽの部分だけ出されたという感じがして、肝心の体の部分は抜け落ちているという感じの意味で、核心に触れていないと申し上げました。

北村哲男民主党

○北村(哲)委員 終わります。ありがとうございました。

武部勤自由民主党

○武部委員長 木島日出夫君。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 日本共産党の木島日出夫でございます。  参考人の皆さんから、当事者としての大変重い意見をお述べいただきました。私ども、どれだけ深く受けとめることができるか問われていると思うのですが、最初に、岡村参考人にお聞きしたいと思います。  先生が最後のところで、犯罪被害は国や社会が分担すべきだと、大変根幹にかかわるお考えをお述べになっております。私も弁護士出身なのですが、恐らく、これまでの日本の法体系の基本は、いわゆる犯罪被害というのは、被害者と加害者の間で相対の、民事の分野で解決すべきだ、そういう基本的な立場に立って、日本の百年の法体系が形づくられてきたのではないか。今、その根本のところが見直しが迫られているのかなと、先生の御意見を伺いながら感じたのですが、その基本のところについての先生の考え方を、ちょっと深くお聞きしたいと思います。

岡村勲犯罪被害者の会代表幹事

○岡村参考人 先生がおっしゃいましたように、犯罪が起こりますと刑罰の面と被害の補償の両面が出るわけでありまして、被害の回復については被害者対加害者の間で解決すべきであるという不法行為法の理論が今日まで行われてきました。しかし、それがいかに理論倒れであったか、空虚なものであったかということが明らかになってまいりました。加害者はほとんど無資力であります。時間と費用をかけて訴えを起こしても、取れません。それでは被害者はいつまでも泣き続けなければいけないかといいますと、これは極めて不公正なことであります。  そこで、いろいろな考えがございます。例えば、国が安全を守るべき義務に違反して犯罪を起こしてしまったのだから国が補償すべきである、こういう考えも一つにはあります。しかし、私は、国が一億の人間の安全を守ることは不可能であると思っております。マンツーマンで警察官をつけますと、五千万人を警察官にしなければ安全が守れないことになるだろうと思います。  私はもっと現実的に考えて、犯罪というのは必ず起こる、どんなに時代が変わっても、犯罪の量、質に変化はあっても、必ずこれは社会に起こる。そうすると、起こった犯罪の被害をだれが負担すれば公平であるのかという、現代の不法行為理論は公平の理論から解釈されることが多いわけですけれども、だれが負担するのが公平であるのか。  となりますと、被害から免れた全国民が皆で負担する、加害者から取れない以上は全国民が負担する。全国民というのは国や自治体ということになりますけれども、これが負担することによって公平を期する、こういうのが説明のつく方法ではないかなと思いますし、外国でもそういうような考えが主流になっているように聞いております。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 まさに、今参考人がお述べになったような社会こそ本当の意味での公平な社会なんだ、そういう、原点に立つ、大変示唆に富む御意見かと思って拝聴いたしました。  山上参考人にお伺いしたいと思うのです。  陳述の中に、日本のこの分野での取り組みが欧米に比べて二十年おくれていると御指摘がありました。  そこで、率直に言いまして、欧米と日本とのこの二十年の落差、格差をつくり出してしまったその根本的な背景といいますか、どんなふうにお受けとめになっているか。恐らく、そこをしっかり据えないと打開の道がなかなか切り開けてこないんじゃないかと思います。率直に、政治の責任、あるいは社会全体の問題、参考人のお考えになっているところを、なぜ欧米と二十年差がついてしまったのかについて御意見をお聞かせ願えれば幸いです。

山上皓全国被害者支援ネットワーク会長・東京医科歯科大学犯罪精神医学教授

○山上参考人 一つには、人権意識の希薄さが問題であるだろうと思います。被害者支援の活動が最も充実しているのは、その人権の問題に敏感なイギリスやアメリカであります。  ただ、私は、二十年おくれてでも日本で始まり、そしてよい循環が働き始めて発展につながっていることを非常に喜んでいる者でありますけれども、二十年おくれたというのは、逆に、アメリカやイギリスのような人権の問題に敏感な国であっても、被害者支援あるいは被害者対策が根本的にとられるようになったのはわずか三十年ぐらい前からであるということの方が、あるいは意味が大きいという気がいたします。  その問題は、先ほど岡村先生が回答した部分とも一部重なるかと思いますけれども、犯罪の被害者の実態が社会の中になかなか見えない時期、そして、被害者を有効に援助する方法が社会にある、あるいは、そうしなければいけないという認識が社会に広まるのがとてもおくれた、どの社会においてもそれがおくれたんです。アメリカでもイギリスでも、全国的な国の調査によって初めて被害者の実態が目につき、そして、被害者支援の活動が始められる中で被害者がようやく声を出せるようになっていき、その中で、こういう不当な状況があってはならないということでアメリカやイギリスで真っ先にその循環が進んできて、今に至っているわけです。  今、日本もその循環が始まりかけた時期だというふうに感じていますので、それがちゃんと実るように、この循環がスムーズに進むように皆さんの御支援をお願いしたいというふうに思います。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 ありがとうございます。  最後に、井手参考人にお伺いしたいと思うんです。  交通事犯に関しても被害者の痛みを基本に据えてきちっとすべきだ、交通犯罪に寛容であってはならないという御指摘、そのとおりだろうと思うんです。  ただ、私ども、これまでややもすれば交通事犯は、普通の粗暴犯その他のいわゆる一般刑法犯と違うのは、一般国民が交通事犯については加害者にもなり得るし被害者にもなり得る、そういう考え方が基本にあって物の考えが形づくられてきたんじゃないかなと。だから、個別的な交通事犯で被害者がどんなに痛みを受けている、そういうものでも、一般化してしまうと、あなたはいつでも加害者にも被害者にもなり得るんだからというようなそういう寛容さが生まれてくる考えの背景にあったんではないかなと私は感じているんです。そんなんじゃだめだという大変厳しい御指摘が井手参考人からあったと思うんですが、その辺の問題について、参考人自身が大変な被害者として今日までやってこられたかと思うので、その根本のところを、ちょっと御意見をもう少し深く聞かせていただきたいなと思います。

井手渉全国交通事故遺族の会会長

○井手参考人 ただいまの先生の御質問の中で、だれでも加害者になり、だれでも被害者になるという発想がよくありますけれども、よくこれは損保会社から出る問題です。ですから、命の値段を値切ろうとします。ですけれども、私の娘は、私の娘の例を出して失礼ですけれども、十八歳で免許証を持っておりませんでした。ですから、加害者になることは一〇〇%ありません。現在、小中学校の子供たちは、加害者になることは一〇〇%ないので永遠の被害者なんです。また、免許証を持たない人、高齢者、こういう人たちもやはり加害者になり得ない。また、交通法規を守って運転している人は加害者になる率は非常に少ない。むしろ加害者になる人は、何回も繰り返して犯罪を起こしている人が多いわけなんですね。  ですから、だれでも加害者になり、だれでも被害者になるという発想は早く改めてもらいたいと思います。これは間違った考えだと私は思っております。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 時間が参りましたので終わります。どうもありがとうございました。

武部勤自由民主党

○武部委員長 保坂展人君。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂委員 社会民主党の保坂展人です。  岡村参考人には、私どもの党にも来ていただきまして、大変痛切に承ったわけですけれども、きょうは時間もありませんので一点だけ、私自身も振り返りながら、いわゆる報道被害の問題について伺いたいと思います。  テレビあるいは週刊誌、新聞も含めて、事件を商品化して、犯罪被害者をむしろ追い回して、そしてプライバシーの暴露も含めて二重の被害に遭うということは、現に大変大きな問題だと思いますし、これは何らかの手を打っていかなければならないことだと思います。  先ほど桶川の話を出されましたけれども、黒塗りのハイヤーが駐車場を埋めていたときに、心あるジャーナリストがいるのであれば、この状態はまずいということをやはり考えない、そこにやはり日本の今の、これは報道だけではなくて、日本社会の品格の問題が問われているかと思います。一過性の、まさにイナゴの大群のように報道がわっと来ます。あることないこと全部食い尽くして、そして去っていく。それで、その後もうだれとも会いたくない、何も言いたくない、多くの被害者の方がそういう気持ちに陥られるのは無理もないことと思います。  昨日、埼玉県警の関係者が処分されました。あの件についても、恐らく被害者の方は、心中置きながら、なかなかそのことを伝える機会もなかったんじゃないかと思います。報道やマスコミというものに対して不信の念が強い、そういう状態じゃなかったのかなと推測するんです。ですから、ジャーナリズムというのは、告訴の取り下げなど言語道断のことをやったんだということをやはり社会的に明らかにする使命があるわけで、被害者の方からお話も聞かなければならない、そういう使命はあると思います。  では、岡村参考人の方に、マスコミあるいは報道、あるいはフリーランスのジャーナリストも含めて、何を心してほしいか、こういう原則でやるべきじゃないかということを、これは、伺うのも本来筋ではないことも承知をした上で御意見を承りたいと思うんですが、いかがでしょうか。

岡村勲犯罪被害者の会代表幹事

○岡村参考人 私は、この間、マスコミ倫理懇談会に呼ばれまして申し上げたんです。  マスコミに学校を出て入る方は、皆、自分たちは民主主義のとりでになろう、こう思って入られると思うんです。不正をただし、立派な社会をつくろう、こういう情熱に燃えて報道機関に入られるんであろうと私は思います。ところが、入っているうちにだんだんと変質してくる。なぜ変質するか。それは、まず過当な競争、他社よりも一歩でも出し抜いて特だねをつくりたい、こういう要求が本人にもあるし、上からも来る。特だねをとれば表彰される、こういうようなところに追い込まれてくるわけです。そしてまた、知る権利ときれいなことをマスコミは言いますけれども、実は視聴率を上げる権利じゃありませんか、知る権利ではなくて売る権利ではありませんか、皆さんは理想を商品化しているんじゃありませんか、私はこういうことを申し上げました。  皆さんの奥さんやお子さんが被害にかかった場合に、どこまで取材を許容するのか、それを原点に置いてください。私はマスコミ論とかいろいろ難しい学問は知りません、しかし基本は、自分のやっていることが民主主義を守ることにつながるのかどうか、それから、自分の家族が犯罪に遭った場合に、こんなに追っかけ回されて喜ぶかどうか、それを想定しながら行動してください、こういうことを私は申し上げました。  そして、それが守られないというのなら立法もやむを得ない、しかし、こんな情けないことはないじゃありませんか、表現の自由という立派なとりでを持って、その中で最先端のインテリとして生きていて、人様に法律で縛ってもらわなければ行動が規律できないような団体というのは情けないじゃありませんか、こういうことを私は申し上げました。  マスコミというのは、非常な力を持っています。例えば、私たちは五人で犯罪被害者の会をつくろうと言いましたけれども、どこに被害者がいるかわからない、どう呼びかけていいかわからない。一月十三日に、報道機関に発表して、御協力を願いました。そうしたら、その十日後に物すごい人が集まったわけでありまして、私は、マスコミというのはすごい力を持っているなと思いましたし、感謝したし、マスコミの力、これは無視できない力を社会に持っていると思います。  その無視できない、すごい力が悪い方に働きますと、人権をめちゃめちゃにするわけです。先ほど桶川の猪野さんの話が出ましたけれども、この間もお電話をいただきました。犯罪被害者の会に寄附したいのです、だけれども郵便局へ行けないのです、郵便局へ行って、順番を待って、お金をおろす番が来て、猪野さんと言われたら、中の人が皆ぱっと私の方を向くのです、郵便局へも行けません、ごめんなさい、こういうお電話をいただいたのです。  こういうことを自戒して、立法を待たなくても自分たちの良心で規制できる、こういうマスコミの心意気を私は示していただきたいと思います。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂委員 私は、新聞社や放送局ではありませんが、フリーで、ジャーナリズムの世界で、子供の事件、そういう被害に遭った方の現場に幾たびとなく立ってきました。まさに被害者の方の痛みを増すような行為をしないようにと心がけてきたつもりですけれども、それは本当に一つ一つどうだったのかなということを、先ほどのお話を聞きながら振り返っていたところです。  今の参考人の言葉をまず報道各社が重く受けとめて、まさに情けないようなことにならないように、緊急にやっていただきたいと私も思います。  次に、井手参考人に伺います。  もう長いこと遺族の会を立ち上げられて、大きくここ数年で——もちろん、犯罪被害者と交通事故の被害者を分けるという考え方は言語道断だと私も思います。井手参考人がこの会を立ち上げられた、最初に呼びかけられたころに比べて、大きくこの社会状況、そして被害者の方自身に情報を開示することも含めて、議論は大きく始まってきたと思うのです。私も、幾つかの事故に調査に入ったりお話を聞いたりして、こんな捜査がどうして行われたのかというのに直面することが何度もありました。そういうことに異議申し立てをするということ自体も、会を始められたころには珍しかったんじゃないか。そのあたりの体験で感じられていることを、時間は余りありませんけれども、実感のレベルで、お感じになっていることをお話しいただけたらと思います。

井手渉全国交通事故遺族の会会長

○井手参考人 私の娘が亡くなりましたのは約九年前ですが、九年前から比べますと、検察庁も警察も非常に変わりました。変わっていただきました。多くの方が救われていると思います。  ですけれども、先ほども申しましたように、やはり肝心な部分がまだ抜け落ちているというか、例えば検察審査会に法的拘束力を与えるとかいうような肝心の問題がありません。また検察庁の寛刑化傾向というのは、先ほどおっしゃいました、警察のずさんな捜査にも結びついているわけですね。幾ら警察が一生懸命汗を流して捜査しても、検察庁が不起訴にするのでは、警察もやる気をなくしちゃう。警察にやる気が出るように起訴率を向上させるということが筋じゃないだろうか。ですから、八九年度の非刑罰化といいますか寛刑化傾向というのは、いろいろ事情があったでしょうけれども、私として感じるのは、検察庁の省力化が達せられただけであって、交通事故の抑止力を果たしたかどうか、非常に疑問を感じております。  でも、次第に一つずつよくなっております。一気によくなることはないと思います。ですから、バランス感覚というか、世の中の合意を得ながら、この問題をいい方向に解決していただきたい。特に、交通事故の場合には毎年百万人の死傷者があるわけですから、多くの方々が苦しんでいるわけですから、数をよく考えるというか、そうしていただきたいと思っております。  ちょっと時間がないのに失礼ですけれども、アイヒマンという人が、百人の人を殺したときには問題になるけれども何十万人の人を殺したときには問題にならないという言葉がありますけれども、それと同じで、今交通事故の抱えている問題はそれに匹敵するのではないかな、そういうふうに思っております。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂委員 時間が来たので、山上参考人にはちょっと質問ができませんで申しわけありませんでしたけれども、お書きになったものの中で、トラウマをきちっと治療していくという部分、あるいは被害者の自助組織、そして民間支援組織活動の重要性など、これは本当に重い、急がれる課題だということを思いました。  どうもありがとうございました。

武部勤自由民主党

○武部委員長 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。  この際、参考人各位に一言御礼を申し上げます。  参考人各位には、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。  速記をとめてください。     〔速記中止〕

武部勤自由民主党

○武部委員長 速記を起こしてください。     —————————————

武部勤自由民主党

○武部委員長 ただいま御出席いただいております参考人は、少年犯罪被害当事者の会代表武るり子さん、フォーラムあひる一会代表片山徒有君でございます。  この際、参考人各位に委員会を代表して一言ごあいさつ申し上げます。  両参考人には、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。  次に、議事の順序について申し上げます。  まず、武参考人、片山参考人の順に、各十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えいただきたいと存じます。  なお、念のために申し上げますが、発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対して質疑をすることができないことになっておりますので、あらかじめ御承知おきいただきたいと存じます。  それでは、まず武参考人にお願いいたします。

武るり子少年犯罪被害当事者の会代表

○武参考人 本日は、国会が大変な時期に、私たち犯罪被害者遺族の話を聞いていただける機会を設けていただき、ありがとうございます。  現在、私のところは、少年犯罪の被害者の家族や遺族の人たちの連絡窓口になっています。遺族の人たちだけでも三十家族の人たちと連絡をとり合っています。少年事件といいましても、それぞれ事件の内容も違い、細かく言えば、抱えている悩み、問題点も少しずつ違います。でも、みんなに共通している大きな問題点がはっきりとわかってきました。やはりそれには少年法が大きくかかわり、私たちを苦しめているのです。殺された子供たちのこと、被害者遺族のことを全く無視した法律だと感じました。  私たちのほとんどの事件は複数の少年たちの共犯事件で、金属バットなどを使って何時間もひどい暴行を受けても、殺人ではなく傷害致死で、逆送もされません。そして、本人や親からの誠意ある謝罪もほとんどありません。それまで生きていたという事実さえなかったかのような扱いを受けてきました。そんな中でみんなが一番思っていることは、重い犯罪と軽微な犯罪をきちんと分けて扱ってほしいということです。  私の息子の事件を通して、少し話をしたいと思います。  私たちは、事件が起きるまで、普通に生活をし、警察や裁判所や弁護士などにかかわることもなく、憲法や少年法などを詳しく知らなければならないこともなく過ごしてきました。子供三人に恵まれ、少しずつ築き上げた幸せな五人の家族でした。それが、平成八年十一月三日、全く面識のない少年の理不尽な暴力のため、一瞬のうちに壊されたのです。  その理由とは、息子の通う高校の文化祭に来ていた他校の生徒が二人、文化祭の後片づけをしている息子の教室に入ってきて、部屋にいた何人かにだれだれ知らんかと聞いたそうです。息子は、よく聞こえなかったのか、えっと言ったそうです。すると、返事が悪いと怒り出し、襟首をつかみ、殴るまねをしたといいます。もう一人は、いすを振り上げ、殴ろうとしたそうです。そして、廊下で待っていたもう一人に、もうええやん、やばい、帰ろうと言われ、その場を一たん出ていったそうです。文化祭が終わり、帰ろうと門を出た息子に近づき、いら立った感じでちょっと来いと命令したそうです。  相手は身長百八十センチ以上で、がっちりしていてとても威圧感があったといいます。何か異常を感じた生活指導の先生が近づいてきて、相手に、何かあったんやったら堪忍したってくださいと言いました。それで、相手が仲間のところに戻ったすきに、今のうちに早く帰れとその先生は息子たちに言ったそうです。  息子は、友達の自転車に二人乗りをして逃げました。でも、一キロぐらい逃げたところで、追いかけてきた相手の少年に捕まってしまいました。その場所は、逃げようと言っていた友達の家の数メートル手前のところでした。そんな相手にかかわりたくないため、悪くもないのに、教室でも謝り、門でも謝り、そして捕まったところでも謝ったと聞いています。  大切に育てた息子でした。軽症でしたけれども血友病を持っていたこともあり、大きくなっていくのを楽しみに、一年一年かみしめながら、指折り数え育てた息子でした。過保護にならないようにもしました。その年の四月に高校生になり、十月六日には十六歳の誕生日を迎えたこともあり、ほっとした気持ちになったときのことでした。  十一月三日、事件直後に病院へ連れていったとき、息子が、きょう約束があるから行くでと言うので、私が、何言ってんのといつもの調子で交わした言葉が最後の言葉となりました。息子は十六歳では決して死にたくなかったのです。  ところが、その夜中からほとんど脳死に近い状態になり、十二日間、苦しいということも、悔しいということも、死にたくないと叫ぶことも、何一つ言えず死んでいきました。  私は、何もできず、ただ命が助かることだけを必死で祈り続けました。でも、その願いは届かなかったのです。自分より先に逝かせたこと、母親として何もできず自分の無力さを今も責め続けています。それ以来数カ月、ほかの二人の子供のこともしてやれず、家事もほとんどできず、泣いてばかりの毎日でした。  主人は、いつも息子に、けんかになりそうやったらまず謝れ、それでだめだったら逃げろと言っていました。それでもだめだったらどうするんと息子に聞かれて、二、三発殴られても死にはせんと教えてきたのでした。息子はそのとおり、言われてきたことを守って死んでいきました。それでも親は、よく守ったと褒めてやらなければいけないのでしょうか。主人はそう教えてきた自分を責めていました。何カ月も仕事にも行けず、朝昼晩お酒を飲み続け、部屋に閉じこもり、壁をたたきながら泣き叫んでいました。時には、大きな声でお互いを責め合うこともありました。  誕生日、入学式、卒業式など、私の今までの喜びはすべて悲しみに変わりました。小さなことで言えば、四人で食事をすることも悲しみになりました。五人での食事が当たり前だったので、下の子がおいしいねと言っても、苦しくなるのです。そうすると、二人の子供も何も言えなくなるのです。家庭も崩壊しそうになりました。私も主人も、突然に起きた余りの悲しみの大きさに気も狂わんばかりの状態だったからです。  それに加えて、私たちの場合、加害者が少年ということで、警察からも家庭裁判所からも、事件や相手のこと、何一つ教えてもらえなかったのです。息子に何があったのか、事件のことはもちろん、加害少年の名前さえもです。このことも私たちの悲しみ、怒り、苦しみをより一層強くさせたのでした。  警察の人は、まずこう言いました。日本は法治国家であり、個人の恨みを晴らすとか、かたき討ちをすることは許されない。そして、少年法という法律がある、加害少年にも人権があり、立ち直る可能性と将来があると。家庭裁判所ではこう言われました。ここは、加害少年の将来を考えるところで、事実関係をどうのこうのするところではない。親御さんの心情を聞きたいわけではないと言うのです。どこの言葉にも、殺された息子のことは全く入っていませんでした。死んだ者はどうでもいいという扱いでした。  こんなことを言われても、私たちは強く言い返すことはできませんでした。被害者は弱い立場にあります。ちゃんと調べてもらわなければと思うし、悪い心証を与えてはいけないと思うからでした。少年法のことを詳しく知らない私たちは、それでもまだ何らかの裁きがあると思っていたのです。  でも、人の命を奪ったという事実よりも、加害少年の保護更生だけを重点に置いている少年法があるため、刑事裁判の機会さえ奪われ、もちろん裁きはなく、事実や責任は今もうやむやにされたままです。  私たちが失ったのは、大切な息子の命です。物ではありません。勝手に消えたわけでもありません。事件が起きるまで、私たちの大事な息子、長男として元気に生きていたのです。そして、ことし二〇〇〇年、二十の誕生日を迎えるはずだったのです。  この三年間、こんな思いをだれにぶつけることもなく、我慢してきました。加害者側の誠意を待ちました。審判が終わるまでの形だけの代理人を通じての接触は三回ありましたが、気持ちのあるものではありませんでした。審判の結果が出た後、三年の間、全く謝罪も接触もありませんでした。何度も迎えたお盆、命日さえもです。  私たちは、加害者本人はもちろんのこと、加害者の親にさえ一度も会ったことのないまま、民事裁判の時効が三年しかないということもあり、平成十一年十月末に民事裁判を起こしました。でも、民事裁判を起こすにも、お金や時間がなければ起こすこともできません。人を殺した者が当然受けるであろう刑事裁判さえなく、万引きなどでの軽犯罪などと同じ扱いの審判で片づけられてしまうのです。  民事裁判を起こすこともできない人たちもたくさんいます。そんな人たちは、事実もはっきりしないまま、悔しさや悲しみを胸の奥底に押し込めて生きていかなければなりません。幸い、私たちは、被害者の親の感情、考え、そして費用をかけられないことなどをよく酌んでいただける弁護士の先生方にめぐり会うことができました。社会で騒がれることもなく、重大事件として扱われることもなく、命を命として扱ってもらえなかった息子の事件に、弁護団まで組んでいただけたことをありがたいと今は思っています。  民事裁判になると、全部ではありませんが、警察の調書などが手に入り、加害者が何を言っていたのかが少しわかってきます。民事裁判は公開です。なぜ、民事になったら見られるものが、審判までに教えてもらえないのでしょう。親に事件のことを教えることが、なぜ許されないのでしょう。審判にも立ち会い、加害者側の言っていることが間違っていたら、殺された子供のかわりに、裁判官に直接、それは違います、事実はこうですと言うことが、なぜ許されないのでしょう。  事実はどうであったのか、加害者側はどのように認識しているのか、だれに責任があるのか、一つ一つ明らかにしていきたいのです。私たち親にとっても、息子に起こった事件の事実を一つ一つ知ることからしか、これから生きていくためのスタートラインに立つことができないのです。  よく世間では、被害者感情イコール厳罰で死刑だけを望んでいると思われがちですが、少年事件の死亡事件のほとんどが審判で片づけられるので、何の罰も社会的制裁もないのが現実なのです。加害少年だけについた弁護士が優秀な場合は、保護観察となり、次の日から平然と学校に来たり、町でうろうろしているケースも知っています。  三年余りたった今も、私は、気がつくと、息子に心の中で、先に逝かせてごめんね、お母ちゃんだけ生きていてごめんねと話しかけながらの毎日です。大切な息子を殺された親たちは、そんな思いをしながら生きているのです。  私にできることは、つらいけれども、少年犯罪の被害に遭った人たちの窓口になり、同じ思いですよ、決して一人ではないですよと言い続けることだと思っています。それが、いつも息子にかかわっていると感じられるときでもあるからです。そして、今も私は三人の大事な子供の母親だと感じていたいのです。  国会では、被害者のためのいろいろな法案ができつつあります。また、被害者遺族から話を聞くという、今までに余り行われていなかったことが行われるようになり、とても画期的なことだと思います。  でも、私たちのように加害者が少年の場合や精神障害者の場合など、ただし書きがあるため、運用面で外されてしまうことが多いのです。被害者や被害者遺族にとって、加害者が大人であるとか少年であるとか、本来何の関係もないことです。まして、子供たちは、望んで事件に巻き込まれたわけではありません。  今まで被害者のことを全く考えてこなかったと考えられた被害者法案の中に、加害者のことまで入れるのはおかしいと思います。本当に被害者のための法案になるよう、力ある先生方にもっと現状を知っていただき、加害者のための被害者法案ではなく、本当の意味での被害者法案になりますよう、被害当事者も含めた話し合いをこれからも重ねていただきたいと心から願っています。  最近でも、凶悪な少年事件が次々と起こっています。警察庁の統計によりますと、交通関係を除く少年の刑法犯の数が、大人を含めた全体の半数以上を占めています。犯罪の多いアメリカでさえ三〇%です。イギリスは二二%、フランスは一八%、ドイツは一三%、韓国の七%、どこと比べても、段トツのワーストなのです。  きょうは、徹夜で印刷してきましたこの会のパンフレットを持ってきました。会のホームページにつながるアドレスも載っています。ぜひ、それぞれの事件やみんなの切実な思いにも目を通してください。これからも、とうとい命が奪われるようなことが二度と起きないためにも、ぜひよろしくお願いします。  ありがとうございました。(拍手)

武部勤自由民主党

○武部委員長 ありがとうございました。  次に、片山参考人にお願いいたします。

片山徒有フォーラムあひる一会代表

○片山参考人 片山徒有と申します。どうぞよろしくお願いいたします。  この写真が、私の息子の隼でございます。お配りした新聞記事その他ごらんいただければ、既に報道などで息子の事故についての大要などは御記憶があるかと思いますけれども、実体験を踏まえて、若干私の意見を述べさせていただきます。  私は、一九九七年十一月二十八日に東京都世田谷区でダンプカーで息子をひき殺された父親でございます。片山隼の父と言った方がおわかりの方も多いかと思います。  通学途中、横断歩道を渡っていた八歳の息子の上を二十三トンもの重量の大きなダンプカーが踏み越えて、そのまま走り去ってしまいました。後には、何も言えない、体じゅうを粉々にされた息子がひとり、冷たいアスファルトの上に残されました。  事故後、私は何度も現場に行ってみました。夜一人で出かけては、路上で逝ってしまった息子に話しかけ、いまだはっきり残るあちこちに飛び散った血の跡や実況見分のチョークの跡に、事故の痕跡が物すごいことであることが実感されました。単に悲しいと感じるよりも、自分の無力さに自分自身を責め、何も感じずに生と死の境目をさまよっていたように感じております。  人間が命を奪われるということの大きさを忘れてしまっている人が多いことに驚きます。交通事故では年間一万人以上の方が亡くなっているのですから、特別なことなどではないのです。ずっと私は片山隼の父親であるにもかかわらず、笑顔を見ることもできない、一緒に遊ぶこともできない、抱いてやることもできない、未来について話すこともできない。これが命を奪われた家庭の一部でございます。  個人的に、私は遺族という言葉は好きではありません。心の中でずっと息子は生きているからです。その関係は一生変わらないと思っております。失われたのは肉体的な意味での命であって、精神的にはまだ生きていると信じているのです。  同じく、死人に口なしという言葉も嫌いでございます。話したくても話せない状況にあるだけで、客観的な事実だけでも、十分息子が言いたいことは例えば公判の場でも伝わっていると思います。息子の事件の刑事裁判で証人の方が、隼君は何度も振り返り、一生懸命ダンプカーから走って逃げていった、逃げてくれ、そう思った。その言葉は、隼のかわりに証人の方がおっしゃってくださった言葉だと思っております。  以来、罪について、人間の勇気と信頼、愛情についてずっと考えてきました。人が人を信頼できない社会はどんなに貧しいでしょう、どんなに悲しいでしょう。しかし、やがて、この国には犯罪被害者の立場がないことにより、一層悲しみが大きくなるということも身にしみて感じるようになりました。  答える義務はない、そう検察庁の窓口で言われたのが一九九八年一月二十三日のことでした。事故の起きた場所の所轄署である成城署で事故直後から再三にわたり事情説明を求めた結果、翌年一月八日に、起訴は間違いないと、目を真っ赤にしながら警察官から説明をされました。これ以上は検察庁で聞いてください、公判の日程が決まるのはまだ二、三カ月かかるでしょうからと言われたのですが、たまらずに参りました。しかし、そのときには既に不起訴処分は決まっていたのでした。不起訴は、事故後わずか二十日の十二月十八日におりていました。わずか十日で捜査中止を知るのは、ずっと先のことになります。  私が検察庁の窓口で繰り返し尋ねても、答える義務はないのです、法律はそうなっています、教えると言った警察が間違っています、このような答えしか返ってきませんでした。その後、弁護士の先生に検察庁に訪ねていっていただいても同じ結果でした。  可能性は少ないかもしれないけれども、検察審査会に申し立てをすることに決めました。実況見分調書が手に入ったのもそのころのことです。ダミー実験の様子が書かれた図面には、「ダンプがバウンドした位置」「窓を開けて後ろを見た位置」などと記されていました。やがて、私たちは自分たちで目撃者を探したり、一人ずつ話を聞いてまとめたり、このような現場の正確な図面を起こしたり、ダンプカーの資料を集めたり、検察審査会へ申し立てをするために、広く一般の市民の方に事実を知ってもらい、再捜査を求める署名を求めることにいたしました。  お配りした資料の中に新聞記事があると思いますが、最初に載った記事は小さな記事として社会面に載りました。やがて、このような事件にこそマスコミの使命を感じたという記者の方が大きな記事を書いてくださいました。連日のように街頭でいろいろな方とお話をし、署名をお願いしました。息子はわずか八歳でしたが、息子のことを自分のように悲しみ、応援してくださる方が今までに二十四万人もいてくださいました。命の大切さ、あすだれに起こるかもしれない交通事故の問題の大きさなど、改めて皆様から教わった感じがいたします。  次に、検察審査会についてお話しいたします。  五月十三日に検察審査会に申し立てをするときに、二万一千六百五十五人もの方の御署名をいただきました。しかし、問題はここから新たな発展を見せてきました。検察審査会法三十条には、申し立ては本人しかできず、両親は直接肉体的被害を受けたわけではないので申し立て権がないというのです。私たち被害者の家族は被害者じゃないというのですね。  やがて、九月に事件自体は再起され、十一月二十六日には業務上過失致死という罪で起訴されました。一方、ひき逃げの罪である道路交通法違反については不起訴処分となりました。検察審査会は職権で審査し、道路交通法違反も不起訴処分にいたしました。議決書には、検察審査会法三十条の規定が一枚の紙に書かれていました。両親には申し立て権がない、その理由も詳しく書かれていたのです。  ほかにいただいた議決書の内容は、驚くような具体的な事実が不起訴相当の理由として書かれていました。ミラーには左側に死角がある、構造上、ダンプカーは振動が伝わらない、加害者は事故後弁当を食べた、鑑定人の主張は間違いだらけだから認められないなど、幾つかの問題がありますが、いずれもその後検察官に根拠となる証拠を伺い、議決の内容をお聞きすると、これはおかしいですねと検察官も言う内容ばかりだったのです。例えば、ここで出てくる鑑定人の先生方は、私たちが依頼した先生ではなく、検察庁が意見を求めた先生でした。しかも、先生には、すべての資料をお見せすることなく、業務上過失致死についての意見を求めたのでした。その内容の一部がひき逃げの罪についての議論に使われるとは意図しないことだと、先生は後に抗議書を出されております。  このような結果に対して、犯罪被害者は無力でございます。再申し立て権もなければ、議事録の閲覧、議決書に対する質問も許されていないのです。仮に、不起訴不当や起訴相当の議決が出たとしても、法的拘束力はありません。例えば、行政不服審査法などで認められている再審査請求を認めてほしいと思います。また、被害者の傍聴、意見陳述権、申立人が提出した資料を議論の中で検討し、どのような判断を下されたかをきちんと説明していただきたいと考えます。  民間人十一人が独立して議論をし、議決をするというのであるなら、最高裁の所属で、予算が最高裁判所の予算の一部で運用されているのは、独立した組織だとは思えません。現実に議事を運営、リードするのは検察審査会の事務官、すなわち最高裁の職員が行っているわけですから、その所属から、中立な立場とは言えないと思います。  たまたま昨日、法務省の方からお話を伺う機会がございました。息子の事故の件は、平成九年十二月十八日、事故後わずか二十日で不起訴処分になりました。検察審査会に申し立てをしたのが平成十年五月十三日でございます。それに対して検察庁は、私たちには知らせずに平成十年七月一日に捜査記録を提出いたしました。私たちが高等検察庁に申し立てをしたため、地方検察庁は一たんその資料を引き揚げたらしいと法務省の方がおっしゃっておられました。  再び道路交通法違反で不起訴処分が決まったのが平成十年十一月二十六日。検察審査会は同年十二月十七日に検察庁に対して資料の提出を求めております。検察庁は平成十一年一月五日に捜査資料を提出いたしました。議決が出たのは同年一月二十七日でした。つまり、不起訴結果が適当かどうか審査する期間が二十二日間しかなかったことになるのです。まさに、このような具体例が示すように、今後の検察審査会のあり方が問われていると申し上げたいと思います。  次に、情報公開について申し上げたいと思います。  情報公開は、現代社会で国や市民を結ぶ相互信頼の大前提だと思います。どのような捜査が行われ、加害者が何を言っているのか、どうしてこのようなことになってしまったかを知りたいのは、犯罪被害者に共通する気持ちです。  殺人、組織暴力事件、テロなど、社会的影響の大きな事件は専門のチームが捜査に当たります。捜査のあり方として、例えば交通事故は、法務省、警察庁、運輸省、建設省、厚生省、文部省などさまざまな省庁が複雑に関係してきます。  例えば、息子の事故では、事故当時、過積載の事実が公判で明らかになりました。加害者の運転していた車両は、会社名義で、いわゆる白ナンバー営業をしていたダンプカーでした。この問題は、貨物自動車運送事業法で会社側の責任も問われる問題です。これは運輸省の管轄でございます。  運転手は、過去に九回も過積載で検挙され、業務命令でやった、そうしないと職業としてやっていかれないと、過積載は悪くないような趣旨の発言をしております。刑事裁判では一貫して気がつかなかったと無罪を主張しているのに対し、警察で免許取り消しになるかどうかを決める聴聞会では、段ボールを踏んだような気がしたと言っています。これは警察庁の管轄です。加害者が公的な場所で証言しているのに、なぜ刑事裁判ではその事実が証拠として使われないのでしょう。おかしいと思います。  ほかにも、道路の幅員の問題、ゼブラゾーンが非常に広かったお話とか、ガードレールが切れ目がなかった話、いろいろ問題があります。通学時の事故でございますので、学校側の対応や責任も問題になると思います。このように、一つの交通事故でもさまざまな行政省庁が複雑に関係してくるのがわかります。  交通事故の場合、客観的で、かつ迅速で科学的な捜査が要求されます。息子の事故の場合でも、最初に現場に着いたのは成城警察署でしたが、その後の捜査は警視庁交通捜査課の指示で捜査をし、検察庁の十日目に下した捜査中止命令によって中途で捜査は終わってしまいました。縦割り行政の一番悪い面が出たと思っております。  まず何よりも、専門のチームが一番先に現場に行き、物理的な証拠を明確に記録すること、結果として証拠になるような情報収集をするのが大切ですが、いずれ役に立つかもしれない事実は残らず記録をすることも大切だと思います。諸外国でも見られるような、専門チームが来るまで所轄警察も手を出せない形のチームをつくることが大切だと思います。  これは情報公開とも似ている側面がありますが、加害者、警察、被害者ともに情報を共有できる仕組みをつくることが肝心ではないでしょうか。その内容は事実のみですから、逐次加害者、被害者ともに公開され、その内容をもとに警察が立件をして送検、検察庁が起訴、不起訴を決める形が望ましいと思います。この事実の記録は透明性の高い物理的な痕跡の記録が行われるために、加害者、被害者ともに不利益にならない結果になると思います。また、このような資料を積み重ねることにより、事故の抑制につながると思いますし、逆に、いろいろな対策が生んでいけるのではないかと思っております。既に諸外国では民間レベルでも実行されている例があると聞きます。  平成十年の交通白書では、交通事故による死亡事故がすべて業務上過失致死として捜査されております。加害者が現場からいなくなればひき逃げ、飲酒が加われば飲酒運転として捜査され、道路交通法違反として立件されます。ひいて逃げることに当てはまる法律がないのではないかと思います。  私は、すべての交通事故が過失だとは思えません。犯罪を反省している加害者と、全く反省せず、繰り返し無罪を主張して再び犯罪を犯す可能性の高い人を同じ罪状で裁くのは、ちょっと間違った法体系なのではないかと思います。そのために、できれば民間の独立した機関での捜査を望みたいと思っております。  国の罪を犯したと思われる容疑者を送検、起訴して、裁判の結果有罪にすることだけが目的の今の捜査内容は、明らかに被害者の立場を無視した印象は否めず、国あるいは行政だけに都合のよい仕組みからきた捜査だと感じます。少なくとも、命の重みを理解しているとは思えない捜査の実態から受けた感想です。  犯罪被害者にとってよいところも見えてきました。ことしの三月二十四日に法務大臣が示した不起訴処分記録の開示などは、何一つ法律を変えることなく被害者の声にこたえることができるという一つのよい例だと思います。  ところが、せっかくよい判断を示したと思ったのもつかの間、昨晩、実は私は東京地方検察庁に参りまして、ひき逃げの件について不起訴処分になった記録の開示についてお答えをいただきました。  罪の形というのは、それぞれ違った大きな丸い円を描いているとイメージをしておりました。その重複している部分が裁判所に出ているから開示ができないんだというような御説明で、ほとんどの記録が非公開になってしまいました。しかし、その裁判に出ている記録ですら、加害者側の弁護士が同意すれば我々も見ることができるのです。加害者と検察の関係というのは全く対等な関係だと思いますので、何もそこで裁判所の判断を仰ぐ必要は全くないと私は思います。  このような、非常に見方を狭める判断が、せっかく法務大臣が示した前向きの判断を後退させてしまうことになりはしないかと大いに心配をしております。  具体的に、非公開とされたのは、実況見分調書四通、写真撮影報告書二通、報告書二通、死体検案書一通、鑑定書二通。そのほかにたくさん捜査資料がある中で、それが本来開示対象であるとの説明を受けました。すべて事実を知る上で必要な資料です。しかし、民事裁判でもその資料は明らかになっておりません。これが現実です。  しかし、昨晩、思いもかけぬ得がたい経験をいたしました。対応してくださった検事さんのお一人が実は犯罪被害者であった、そういうお話を伺ったのです。息子さんが交通事故の被害に遭われ、大変重い傷を負って、御自身も資料を開示されずに苦労されたとおっしゃっておられました。その方はもともと弁護士の御出身の方でございます。検察庁はこのような優秀な人材をもっと生かすポジションに置いていただきたいと私はきのう感じた次第でございます。  次に、子供の命の大切さを申し上げます。  子供の人権を認めなければいけないというのは、世界的な流れとして、国連の世界人権宣言、子供の権利採択という形で日本も批准をしております。子供は弱いのです。だから、社会が守ってあげなければいけないのです。  しかし、現代に見られる典型的な犯罪として、ドメスティックバイオレンス、幼児虐待などがあります。いずれも犯罪としてはなかなか表に出ないものの、相当数が被害に遭っていると思います。何もしないということは、まさに国連の世界人権宣言の精神とはほど遠い現状であると感じております。  次に、時間も過ぎておりますので、加害者の更生について申し上げたいと思います。  被害者の家族として決して許すことができない加害者に対する気持ちが、加害者のきちんとした社会に向き合い更生しようとする姿勢によって、お互いが変化していくことが希望です。  ある弁護士の方から、日本にはきちんとした、受刑者が社会に向けてきちんと更生するプログラムがないと教わりました。受刑者に対する処遇は集団生活の中での減点主義だけで成り立っているとも伺いました。  私には刑務所経験はないのですが、インターネットのホームページや白書のような形で公開されている資料には、加害者が前に向かって自信を持っていくだけのプログラムは全く見られません。先日放送されたテレビ番組でも刑務所での更生実態をリポートしておりましたが、全くそのような更生プログラムとは思えないような内容で、驚きました。本来、加害者が更生するということは、恵まれた環境で資格を身につけたり勉強するというようなことなんでしょうか。この予算が私たちの税金から出ていると思うと、なおさら納得することができないのです。  平成九年度の犯罪白書の統計によりますと、刑務所に入っている人の中で、平成八年では、五回以上刑務所に入っている人の割合が約四分の一おります。同じ資料には、出所してから一年以内に再び刑務所に入った人が五・六%、五年になると四五・四%にもなります。およそ半数の人が再び刑務所の門をくぐることになってしまうのです。結果としてこの数字が物語っているのは、日本にはきちんとした更生プログラムはないということの立証だと思っております。国が責任を持って受刑者の更生に当たらなければならないと思います。  社会が変革をしつつある今日、例えばPL法のような考え方の、企業もまたその製品に責任を持たなければならないという時代になってきました。国も、国の罪によって裁いた受刑者の方を、きちんと罪を償い、その罪を償ってなお社会に貢献できる人材に育て上げる責任があるかと思います。  被害者の権利がやっと日本で認められつつある今日、被害者保護の見地からも参考になるのは、国連の世界人権宣言であり、子供の権利採択です。諸外国では、これらの法律がもう既に実践されております。  しかし、法律だけが社会を変えるのではないと思います。先日、実際に講演会で勉強してきたのですけれども、アメリカのアミティのような、社会が犯罪者を社会に復帰するのを支援する民間団体が日本にも必要だと感じます。メンタルな意味だけでなく、具体的にも再入所率が驚くほどの具体的数値として下がったという話を聞き、さらにその意を強くいたしました。  このような支援組織は人権の配慮からも国や行政が行うべきではないかという意見もありますが、人が人として愛情を持って生きていくために、犯罪者の支援は民間レベルで人道的な立場からなされるべきだと感じています。  日本には交通事故に象徴される高い不起訴率があり、起訴から有罪になる比率がこれまた異常に高いという不思議な国でもあります。同時に、この国には、起訴もされずに立件もされない、まさに声も上げられない被害者が数多くおります。その多くが女性や子供たちの弱い被害者です。信頼と友情を信じて、勇気を持って前に進んでいただきたいと言うことしかできない自分が歯がゆい思いがいたします。  アミティのお話の中に、加害者の多くがかつては被害者であったという話を受けて、私は大変ショックを受けました。加害者の更生こそが被害者の権利の充実につながると一層感を強くしております。  たとえ殺人犯であっても、一生懸命反省をして、生まれ変わる覚悟で更生したい、罪を受けたいという方もおられます。交通事故だといって反省もせず、無罪を主張している危険な運転手もおります。このような罪の形は果たして適当なのかどうか、気がつかなかったといえば済んでしまう社会がこれまた適当なのかどうか、私は疑問に感じます。  具体的な例はいろいろありますけれども、これからの社会の問題としまして、教育や環境問題など、循環型の社会が今後世界的な視野での流れになっていくと思います。これは犯罪被害者の立場といえども同じだと思います。  子供にもきちんと考えて行動をすることの意義を教え、実体験として、身近なものを例えにいろいろなことを議論して、結果を警察などの安全対策にすぐ生かせる場所で意見を言うという形で対応することも大切だと思います。このような弱者軽視の交通行政であっても、循環型社会構造に組み入れれば、それぞれの中に対話があり、話し合いが進みます。そして、実際にその中に数々のヒントが隠されていることも多いと思います。これも教育の一環だと思います。  本日、朝から傍聴をさせていただいてまいりましたけれども、学識経験者の中には、被害者の立場として、交通事故は天災の被害者と同じだと思っておられる先生もおられました。情報は十分公開されているとおっしゃる先生もおられました。検察審査会に法的拘束力を与えることが問題であるという意見もございました。専門に研究されている先生がこのようなことをおっしゃるということは、非常に私はショックを受けました。これがまさに日本の犯罪被害者の研究の現状ではないでしょうか。  今求められているのは、発想の転換だと思います。国の未来を議論して決定することができる先生方に、今回強く私が申し上げたような事柄を継続してお考えいただきたいと思います。そして、繰り返しこのような場を設けていただき、さまざまな形で意見を交わしていただければ、これにまさる喜びはございません。  どうも長いこと、本当にありがとうございました。(拍手)

武部勤自由民主党

○武部委員長 ありがとうございました。  以上で参考人の意見の開陳は終わりました。     —————————————

武部勤自由民主党

○武部委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。横内正明君。

横内正明自由民主党

○横内委員 自民党の横内正明でございます。  お二人の参考人には、きょうは貴重なお話を聞かせていただきまして、ありがとうございました。  お二人の参考人はそれぞれ犯罪で最愛の息子さんを亡くされたと今お話を承りました。本当に、御無念の思いはいかばかりだったろうかというふうに思います。しかし、そういう御不幸にめげることなく、それを一つのばねにして、少年法の改正の問題とかあるいは犯罪被害者救済対策、そういうものを積極的に行政やまた社会に訴えてこられたわけでして、そういう御努力に心から敬意を表したいと思います。  お二人の参考人を初めとする皆さんの御努力のおかげで、犯罪の情報の開示制度も、今御指摘があったように、まだいろいろ問題はあるようですけれども、できました。警察も検察もそれぞれ一生懸命やっているようでありますし、それから少年法改正も国会に提出をされましたし、また、このたび犯罪被害者救済法も国会に提出されて審議が始まるわけでございます。そういうことはやはりお二人の御功績が、かなりの点、お二人が寄与しておられたんじゃないかな、そのように思うわけでございます。  そこで、幾つかお伺いをしたいんですけれども、まず最初にお伺いしたいのは、これからも恐らくお二人は今まで努力をしてこられたような方向で活動を続けられると思うのですけれども、これからはどういう点に重点を置いて、力を入れて活動されるのか。  武参考人は少年犯罪被害当事者の会を主宰しておられて、先ほどのお話ですと、そういう大勢の被害者に一人だけじゃないんだよということを言ってやることが非常に勇気づけになるんだということをおっしゃって、大変感銘を受けたのですけれども、そういうことですし、それから片山参考人も、あひる一会というのでしょうか、こういう組織をつくって活動しておられるわけですけれども、これからのお二人の活動、どういう点に重点を置いてこれから活動していかれるのか、それぞれお伺いをしたいと思います。

武部勤自由民主党

○武部委員長 横内委員の持ち時間は十分でございまして、まことに恐縮でございますが、手短によろしくお願いしたいと思います。

武るり子少年犯罪被害当事者の会代表

○武参考人 活動といいましても、私たち、会という名前がついているのですけれども、すごい立派な会ではないのですね。本当に、子供を思う気持ちで親たちが集まってできた会なので、すごく大きな活動はできないのです。  先ほども言ったように、私が窓口になって、本当に悩んでいる人がここに電話してみようかなと思えるように、まだ広まっていないのですね、私たちの会って。だから、こんな会がありますよということをもっと広く知ってもらいたいと思うので、いろいろなところに、知ってもらうように働きかけたいとは思っています。  だから、ここに電話をすれば話ができるとか、気持ちが少し楽になるとか、そういうふうに思えるようになったらいいと思うし、それと同時に、相談もありますので、私では解決できない問題がたくさんあるのですね。専門家でないとわからない法律の問題だとか、国の機関の問題だとかあるので、弁護士の先生だとか学者の先生だとか、そういう被害者のことを本当に考えてくださる先生たちを少しずつふやしていけたらと思っています。そうしたら、私のところに電話してきた人も、少しずつ問題解決につながるのではないかなと思って、少しずつですが、自分たちのことを広く知ってもらえるように、出かけられるところがあれば出かけていき、話をしていきたいと思っています。答えにならなかったかもしれないですけれども。

片山徒有フォーラムあひる一会代表

○片山参考人 まず、一番関心を持っておりますのはやはり交通事故の問題でございますけれども、先ほど申しました家庭内暴力の問題、幼児虐待の問題、まさに弱い者の被害者、声を上げられない被害者の問題を何とか考えられないかということに一番興味がございます。  フォーラムあひる一会というのは、私の息子が結婚記念日に残してくれました、アヒルがハートを間に置いた一冊の簡単な絵本がきっかけでございます。二〇〇〇年の二月の二十二日にできたばかりでございます。  これは、別に犯罪被害者じゃなくても、いろいろなことを考えようよという趣旨でございまして、社会の問題、教育の問題、環境の問題をいろいろな立場で考えたい。例えば、実際に活動したい人、それから客観的に物事を見たい人、手助けをしたい人、純粋に子供の立場から意見を言いたい人、それぞれの立場の人が集まって、一緒に勉強しようよという会をつくることにいたしまして、まずは弱い人、声を上げられない人の気持ちをわかっていきたいというふうに考えております。それが具体的な活動でございます。

横内正明自由民主党

○横内委員 少し細かいことなんですけれども、武参考人のお話の中で、ちょっと意味不明というのでしょうか、そういうところがあったものですから伺いたいのですが、被害者救済法案では、加害者のための被害者救済法案ではないかというようなことを言っておられましたね。それはどういう意味なのか。今出している被害者救済法案の中には、加害者のことは別に書いていないはずなんですけれども、何かそういうふうに判断をされる中身があったんでしょうか。

武るり子少年犯罪被害当事者の会代表

○武参考人 被害者基本法とかそういうのを見たときには、一般の犯罪被害者という意味で書かれているんですけれども、ちょっと私、どこに書かれていたかは覚えていないんですけれども、例えば、私たちは少年犯罪なものですから、加害少年のプライバシーだとか、加害少年の将来に邪魔にならないだとか、もしくは加害少年の更生に妨げにならないだとか、そういうただし書きが必ずあるんですね。  そうなると、どうしても今まで加害少年の保護にすごく目が行っていたから、それを考えてしまうと被害者のことはやはり考えにくいんですね。だから、加害者のことは考えられているのであるから、ここだけでは入れてほしくないんですね。別にもうあるんです。加害者の将来のことだとか、保護とか、そのためのものはちゃんとある。だから、被害者のそういう法案をつくるときには、そこにも被害者が小さくならなければいけないような要素を持ってくる、更生をとか、それだとやはり被害者のことを全面的に保護しようという法案には感じられないということが、少し、難しいですから。

横内正明自由民主党

○横内委員 意味はよくわかりました。  それから、片山参考人の陳述の中で、被害者にとっても加害者がきちっと更生をするということが非常に大事なんだということをおっしゃって、大変に大事なことだなというふうに思っております。  それで、日本の刑務所の更生プログラムというのが非常に実態に即していない、アメリカのアミティというプログラムが非常にいいということをおっしゃいましたけれども、具体的にどういうところなんでしょうか。もうちょっと具体的に、例えば日本の場合はこういうところが欠けていて、アメリカのアミティなる民間のプログラムというのはどういうところがいいのか、その点を端的に御説明していただけますか。

片山徒有フォーラムあひる一会代表

○片山参考人 私の知り得る限りのお話をさせていただきます。  日本での更生プログラム、それはまず規則正しい集団生活というのに始まるということがありました。まず、朝きちんとみんなで起床をして元気よく職場に行く、工作作業をして四時か四時半には作業を終わり、その後勉強しましょう、その繰り返し。その中で宗教的な学習をしたり、カウンセリングが入ったりというようなことが若干つけ足し程度にあるということでございます。  一方、アミティという組織は、もともと加害者であった方が、自己反省の意味を含めて新たな犯罪をふやしてはいけないということで始められた組織だというふうに私は教わりました。実際に、きょうもこれから仙台で講演会がございまして、私も行ってまいりますけれども、そこで語られる内容というのは、自分がしてしまった罪をある何人かのグループで話し合う、そのことによって自分の罪を自分で認めるというところから作業が始まる、これは極めて大事なことではないかなと思うのでございます。  多くの加害者の方が、その罪を自分の頭の中から取り去ることによって逃れようとしてしまっている現実、これはあってはならないと思うんです。さらなる犯罪者をふやさないためにも、きちっとした罪の認識を持って、もし人の命が奪われてしまったのであれば、その分まで社会に貢献しなければいけない、そこまで持っていっていただかなければいけないと私は思っております。その一つの例がアミティでございます。

横内正明自由民主党

○横内委員 ありがとうございました。お二人がこれからも被害者のために御活躍をされますようにお祈りを申し上げまして、終わります。

武部勤自由民主党

○武部委員長 坂上富男君。

坂上富男民主党

○坂上委員 民主党の坂上富男でございます。  お二人の参考人の方からお話をお伺いいたしました。ありがとうございました。お話を聞きながら、胸が詰まる思いでございました。武孝和さん、片山隼さん、お二人の御冥福をお祈りしながら質問をさせていただきたいと思います。また、御両親にはお見舞いを申し上げさせていただきたいと思います。  今、被害者保護法案と言われるものが、政府側から二つ法案が出ております。その表題は、刑事訴訟法及び検察審査会法の一部改正案であります。いま一つは、犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律案でございます。これは政府案でございます。  この政府案そのものにも私たちは賛成をいたす予定でございますが、きのう私たちは、議員立法といたしまして、犯罪被害者基本法案というものを衆議院議長に提出をしてまいりました。これは、政府が出された法案だけでは間に合わない、もっと被害者救済のための基本法案として出さなければならないんじゃないか、この基本法案の方の一部として政府案は取り扱うべきじゃないか、こんな考え方で、私たちはきのうの夕方提出をしてきたわけでございます。私たち一党で出したものでございまするから、果たして他の党の先生方の御賛同を得られるかどうかわかりませんが、私は、お二人のお話を聞きながら、この法案はどうしても成立をさせなければならないなと実は決意を新たにしたところでございます。  私は、参考人と同じように、被害者の立場に立った二つの事件を問題として今日までやってまいりました。  一つは、御存じのとおり、私の町、三条市で起きました、小学校四年の少女が十年ぐらい前に突然姿が見えなくなりまして、九年二カ月監禁をされまして、ようよう救い出されたという事件が、一月二十八日に保護されたわけでございます。御両親の気持ち、御本人、本当に胸痛む思いでございまして、どのようにどう対応したらいいのか、私自身もわかりません。しかし、少なくとも、警察の不手際が著しくあったがゆえに、私は、この場所を中心にいたしまして、九回ぐらいにわたりまして問題点を指摘しながら今日に至っておりまして、今、御両人のお話を聞きまして、さらにまた思いを深くいたしておるわけでございます。  いま一つは、実は、私は、この法務委員会で二度にわたりまして取り上げた事件でございますが、中学三年生の方が暴力によりまして亡くなられた事件。そして、これは素手でけんかし合って死んだ事件でない。警察はそう言っておるのでございますが、御両親のいろいろの調査によりますと、顔や体に刃物の傷があるので、これは刃物によるところの犯罪でないかということの記事が新聞に出まして、私はこの問題を二度にわたりまして取り上げまして、御両親ともお会いすることがありました。しかし、遺憾ながら、私がこの委員会で指摘をしましたけれども、なかなか捜査はそういう方向に参りませんでした。そしてことし、弁護士さんたちも集まられまして、やむなく、民事裁判を起こすことによって真相を明らかにしよう、こういうふうなことになったわけでございます。  そういうふうに、お二人の参考人のお話を聞いておりますと、今申し上げましたようなことの二つの問題は全く同じ問題だなということを私は感じておりまするし、また、そういう被害者の立場に立って本当に心して捜査がなされてきたんだろうか、また、我々国会の立場においても、そういうことに対してきちっと対応したのかということになりますと、まさにざんきの思いもないわけではないのであります。  片山さんの事件については、私たちの同僚であります保坂先生が随分ここで頑張っておられました。私は、本当に細大漏らさず聞いておりまして、綿密な、また激しいやりとりもありました。その成果の一つが検察審査会法の改正にもつながったんだろうと私は思っておるわけでございますが、まさに一番最大の被害者になるところの死亡した人が、この御家族や御両親が検察審査会の申し立て権がないなどというようなことが、全く私たちの手落ちでした。私も結構、検察審査会の申し立てをしたことがあるのでございますが、まさに御指摘のとおりでございまして、本当にざんきにたえない思いもこんなところからもしておるわけでございます。  そんなようなことを含めまして、片山参考人、どのような御所感をお持ちでございますか。

片山徒有フォーラムあひる一会代表

○片山参考人 二つの事件の件は新聞等で存じ上げております。先ほども申し上げたとおり、弱い者、声が出せない者の気持ちを酌み取った捜査が必要だと私は申し上げましたけれども、そのために専門のチームが必要だともお話しいたしました。  三条市の事件につきましては、性犯罪的な要素もあるというふうに私は少し感じておりますし、少年法的な見地からの部分での捜査も必要かと思うし、非常に難しいケースだと思っております。だからこそ、専門の捜査員による専門的な研究が地道に積み重なって、今後いろいろな事件を手がけていくことが一番いいのではないかというふうに感じております。  もう一つの高校生の事件についても、若干伺っているところはございます。とても悲しい事件であり、またあってはいけない捜査ではなかったかという疑問が強くあるところであります。これもまた、捜査方針のやり方、そして先ほど私が申し上げたとおり、発想の転換がまさに必要な現場ではないかなという気がいたします。この事件の背景がいろいろあるということも若干承っておるところでございますけれども、その一部分にあるような不透明性を払拭するためにも、クリーンな捜査が必要じゃないかなというふうに考えております。  そのぐらいしかお答えができないのですが、申しわけございません。

坂上富男民主党

○坂上委員 武参考人に。  せっかくお出かけでございますので、インターネットで私の方もとって調べて、見させていただきました。一問だけお聞きいたしますが、この中に、チラシを一万枚おつくりになって、情報提供をしてくれと訴えられたそうでございます。警察は、多分びっくりしたのでしょう、何枚入れたのですかとか、こういうような話が来て、一万枚ですよ、警察からは事件を教えてもらえないので自分たちの方で知っている人から情報を求めたい、こういうようなお話だったようでございます。  しかも、またこれを読みますと、ようよう警察から、事件が経過してから説明があった、そして警察の概要説明と家庭裁判所で上申書を調査官あてに出されてお聞きをしたことと相当食い違いもある、こういうこともわかったということでございますが、この点についての御感想を。

武るり子少年犯罪被害当事者の会代表

○武参考人 警察が何も教えてくれないので、チラシを自分たちでつくりまして、入れた途端、言われたように、警察から、説明してなかったですかと、ころっと変わる電話があったのですね。説明してなかったですよと言うと、何日に来ると言えば説明するのにと言うから、何回も行きましたよ、でも教えてはくれなかったですと言ったら、そうしたら説明しましょうということで説明をもらったのですけれども、それは警察としての見解ではなくて、相手の少年がこう言っているよという一方的な内容だったのですね。  例えば、うちの息子が髪の毛を茶色に染めていて、とてもけんかが強そうでがっちりしていただとか、けんかが、負けるかもしれないけれども追いかけてやったとか、すごく事実と違うことを言っていたのですね。なぜそれが私はわかったかといいますと、私の場合、息子の周りに、息子の友達が、見ていた子がいたものですから、その食い違いがわかったのです。家庭裁判所では一切教えてもらっていないのですね。  私が食い違いがわかったのは、うちの息子の周りの友達の話からです。息子の友達の話と警察の言っている話が食い違うので、警察不信を持ったのですね。でも、私たちは強いことは言えなかった。警察に強いことを言ってはいけないと思っているし、じっとそれも我慢しました。それの我慢が家庭内で苦しむことをより一層強くしたことなんですね。  だから、私たちは、少年犯罪の場合は、そうやって警察からもちゃんとは教えてもらえない、家庭裁判所からもちゃんとは教えてもらえない、だから自分で足を運んだりチラシを配ったりするわけですけれども、それにもすごく限りがありまして、名前を出してはいけない、結局、加害少年がわかるようなものを言ってはいけないわけですね、そういう、少年法の中にあるのです。  私たちは、本当に普通の生活をしていて、まじめに生活をしているものですから、守って、加害少年の名前を出さずに調べようと思うんですけれども、調べにくいのですね。限りがあるのです。どこどこのこんな子供さんを知りませんかと聞くわけにいかないのですね。だから、チラシを入れるしかなかったし、そこには名前も出せなかった。だから、私たちは情報を知り得るには本当に限りがあります。だから、家庭裁判所や警察がちゃんとした情報を教えてくれることが大事だと思っています。

坂上富男民主党

○坂上委員 一言。武参考人の方は、一万枚のチラシをつくらなければこういう打開ができなかった、あるいはまた片山参考人の方では、いわゆる十万人以上に及ぶ署名がなければこれはまた前進することができなかったという大変なことを私たちはこれでもって知っておるわけであります。多分、そういうことができない人たちが、本当に日本の中に、被害者の中に多くおられるのではなかろうかと思います。心して頑張りたいと思いますので、どうぞひとつ頑張っていただきますことも期待をいたしまして、感謝を申し上げて、質問を終わります。  ありがとうございました。

武部勤自由民主党

○武部委員長 木島日出夫君。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 日本共産党の木島日出夫でございます。  お二人の参考人の方、本当にありがとうございました。  私は、きょうここに臨むに当たりまして、お二人が書かれた手記を読んでまいりました。武参考人が九八年一月に婦人公論に書いた「息子を喪った悲しみ、少年法への憤り」、片山参考人が奥さんとともに書かれた潮の九九年二月号、「真実は一つ——隼君安らかに」。改めてお二人から御意見をじかにお聞きいたしました。息子さんを失った悲しみと、さまざまな困難を乗り越えて、日本の刑事司法制度といいますか社会全体に対して大変大きな問題を投げかけられていることに対して、改めて私は敬意を表したいというふうに思います。  私の方から一つだけ、時間の制約もありますので、お聞きしたいと思うんです。  それは、お二人は、息子さんを失った大変大きな悲しみや怒り、そこから立ち上がられたと思うんですが、さまざまな活動をし、日本の刑事制度、日本社会に物すごく大きな問題があると、そして大変な問題提起もされて今日に至っていると思うんですが、そういう経験を踏まえた今日の気持ちとの変化というものをもしお聞かせいただけたらと思うんです。  といいますのは、先ほど片山参考人から、加害者がきちっと更生している姿を知ること、そのことが被害者のいやしといいますか、心の傷がいえることに非常に大事なのだという、先ほど同僚の委員からも指摘がありましたが、非常に大事だと思うんですが、そういう観点からいいますと、どうも今の日本の刑事司法制度手続には、余りにも被害者の立場が無視されている、被害者の声が反映していないという、このこと自体が、逆に被害者の傷がいえないといいますか、怒りが大きくなる、そういう最もいかぬ役割を現に制度の欠陥がもたらしているのじゃないかということを感じてならないわけなんですね、この手記を読むにつけても。  そんなことで、大変恐縮かと思うのですが、もし率直な、現在と最初の事件、息子さんを失われたときとの気持ちの変化などをお述べいただければと思います。時間の制約もありますから、その辺をひとつお酌み取りいただいて、お二人の参考人からお気持ちをお述べいただきたいと思います。

武るり子少年犯罪被害当事者の会代表

○武参考人 すごく難しいのですけれども、私と主人は、息子が事件に遭ったときから、主人が私にこう言ったのですね。息子がもう危篤状態だったです、そのときは。おれたちにはプライバシーはないぞ、見せ物パンダになろうって。そして、言っていこうって。こんなことはあってはいけない、こんな理不尽な暴力が許されてはいけないって。子供が亡くなる数時間前に、主人がそういうことを私に言ったのです。私は、混乱状態の中にありましたけれども、それはそうだと思ったから、わかったと言って、この三年何カ月かを過ごしています。それで、いろいろなところに出かけていって話をしたり、いろいろな方がうちに来られるようになりました。私の気持ちが変化をしてきたのは、そうやって被害者の話に一生懸命耳を傾ける人が出てきたことで、私の気持ちは少しずつ変わりました。  よく、マスコミには報道被害という言葉が出てきますけれども、私たちはそうではありませんでした。最初は報道の人も、私たちのような、どこにでもあるような事件ということで取り扱ってはくれませんでしたが、神戸の土師さんの事件から少年法が騒がれるようになり、私たちも取り上げられるようになり、よく来るようになったのですね。それで、その人たちが一生懸命話を聞いてくれるのです。私は、それがうれしくて、一生懸命話をするのです。また違う人が来られるのです。一生懸命話をするのですね。その一生懸命という気持ちが伝わるから、一生懸命話をし、何回も何回も同じことを、話を繰り返していくうちに、人を信じられるようになったのです。  だから、私が言いたいのは、警察も裁判所も弁護士も、そのらしさですね。警察は警察らしく、本来の仕事をちゃんとしてほしい。家庭裁判所は家庭裁判所として、ちゃんと本来の仕事をしてほしい。弁護士は弁護士、本来の正義のもとで仕事をしてほしいと、本当に当たり前のことを願っているのです。でも、それが当たり前のことではないということがわかってきて残念なんですけれども、その中でも、そういう先生方が少しずつ出てきています。私たちは、そういう人と触れ合うことで気持ちが変わったのだと思います。  だから、専門家の先生でもなかったし、いかにどんな人とかかわるかで被害者というのは随分変わります。だから、周りの人たちが、私たちの現状を知って、それで、被害者だからかばおうとか被害者だからこうしてあげようじゃなくて、自然と手を差し伸べる、お互いが手を差し伸べる、私はそういう地域になってほしいと思っているのです。

片山徒有フォーラムあひる一会代表

○片山参考人 先ほど先生のお話の中に、私が申し上げた加害者の更生について、やがて被害者のいやしにつながるというようなお話でございましたが、私はちょっと違う気持ちでございまして、いやしという部分ではないと思うのですね。傷は一生残ってしまうと思います。ただ、それを無視することなく、加害者の方がきちっと更生していただかないと困るのです。社会にとっても困るのです。それが被害者の立場の向上につながると思いますけれども、いやしではちょっとないと私は感じている一人でございます。  あと、いろいろな今までの流れの中で、やはりいろいろな方と話ができた。そして、いろいろな社会の矛盾点を感じ取ることができるようになった。これは、一つ自分にとって、犯罪被害者という立場に置かれて、ある意味では本当に被害者にならないとわからないものがあるんだなという反省がわかってきたところでございます。それは、よくあることなんですけれども、加害者が悪い、いや警察が悪い、検察が悪いといえば、それで済むのじゃないかと思っている方が中には非常に多いのでございます。そんなことはないと思うのですね。  循環型の社会というのは、加害者と被害者がきちんと向き合い、そして国が、国の罪によって刑事裁判というものは行うわけであって、その中にきちんと被害者も組み入れていただきたいというような、循環型の構成をしていただきたいなというふうに考えているわけでございまして、例えば教育問題でも、先生と生徒の信頼関係の中に、この四月から学校評議員制度というのができたことも評価したいと思いますし、環境問題でも、いろいろなリサイクルなどの問題が今盛んに叫ばれております。その中で、やはり犯罪被害者だけが取り残されてしまうというのはちょっと間違っているのではないかなというところが、私の思っている実感でございます。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 ありがとうございました。時間が来たので、終わります。

武部勤自由民主党

○武部委員長 保坂展人君。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂委員 お二人の参考人の、お子さんを亡くされ、そしてそのことに沈黙をせずに発言をされてきたことに深く敬意を表したいと思います。社会民主党の保坂展人です。  片山参考人に伺いたいのですが、日本の刑事司法が被害者の存在を考慮してこなかったということを、ずっときょうこの委員会で考えてきました。検察庁の窓口で答える義務はないと言われたときに、多分これまで多くの方々が、悔しいけれども黙って引き下がる、納得できないけれども声に出ずに、異議申し立てなどは考えない方が多かったのかなと思います。  片山参考人がそこであきらめなかった理由、これはおかしいから発言しようと思った、その気持ちを伺いたいと思います。

片山徒有フォーラムあひる一会代表

○片山参考人 今の御質問なんでございますけれども、まさに不起訴処分ということは、この国は、息子をひいた人、悪い人はいないんだ、裁判も行われない、これは一体どういうことなんだろうと必死に考えました。私は、特別な教育を受けているわけでもありませんけれども、過去においてそのような知識が全くございませんでした。一方で人の命が失われ、全く影も形もなくなってしまっている中で、悪い人はいないのですとこの国は言ってしまったのです。どうしてもそれは納得することができませんでした。悪い人がいないのであれば、その理由をきちんと説明してほしいと繰り返しお尋ねをしました。しかし、その中で、答える義務はない、それしか答えが返ってこなかったのです。そこに原点がございます。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂委員 この法務委員会で、ちょうど二年前になりましょうか、下稲葉法務大臣が、答える義務がないというふうにはねつけたことについては極めて適切ではなかった、被害者とともに泣く検察ということを標榜する以上は大変遺憾であるということを言われたわけです。  それからこれまで、公判が開かれ、もう一度捜査が始まりました。そして、公判が開かれ、先ほどおっしゃった不起訴記録を、これは刑訴法の四十七条でしょうか、これをそのように読むことによって開示をしようというような、かなり大きく問題提起が広がってきたと思いますが、その反面、それが現場にどこまで浸透しているのか。捜査の現場一つ一つの記録を管理したり、そういう求めに対して対応してきたこれまでの習慣が今変わらなければいけないときだと思いますが、現状はどうでしょうか。片山さんにお願いします。

片山徒有フォーラムあひる一会代表

○片山参考人 私の息子の事件で申し上げますと、当時不起訴処分を下した副検事さんの上司の方は、息子がダンプカーの後ろを通ればよかったというふうにマスコミの方々におっしゃいました。それは、盛んにニュースの中で検察庁の意見として広く報道されました。ダンプカーの前を通った息子がばかなんだ、そういうような極めて不名誉な形での御意見だったわけでございます。その後、確かに窓口対応につきましては下稲葉法務大臣に謝っていただきましたけれども、現状でもなかなかそれに対する改善というのは見られておりません。  例えば、去年のクリスマスイブ、きょうたまたま傍聴に来ております八歳になる隼の弟の翼という者が手紙を書きました。当時の吉田交通部長さん、今司法研修所の教官をなさっているそうです、将来裁判官ですとか検事さんになられる方に教えられている、その方に手紙を書きました。その内容は、簡単に申し上げますと、ダンプカーの後ろを通ればよいという発言は隼ちゃんがかわいそうです、僕はダンプの後ろを通った方がもっと危ないと思います、そういう内容でした。しかし、しばらくして返ってきた答えは、御返事は御遠慮させていただくというコメントだけでございました。そしてさらに、先日この法務委員会に傍聴に参った帰りに古田刑事局長さんとちょっと立ち話をさせていただいた際に、ダンプの後ろを通ればよいというような、息子さんの名誉にかかわるような発言は私は言っていないと吉田は私に言っているのですとおっしゃったのです。  このように、具体的な事実に関しては全く警察などの不祥事と同じような形で、責任も具体的な事実も全く明らかにされず、吉田さんとも私はお目にかかったことはございませんし、改善が見られていないというのが実情だと思います。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂委員 大臣が、たとえ窓口対応のことだけでも謝罪されるというのは大変重い意味があると思います。当然、その原因をつくったお一人お一人の職員に対しては、処分の軽重はともかくとして、どういう処分を出すかというのはその組織の判断だと思いますけれども、何の処分あるいは罪もないということは、これは時間をかけて問いかけていきたいと思います。  最後になりますが、武参考人に伺います。  私も、知人を介して岡崎哲君のあの残虐な殺され方、そしてその後の捜査のずさんさ、これは警察だけではありません、検察も全くと言っていいほど被害者の声を聞かずに加害者だけの声を聞いた。そして、書式もでたらめな捜査資料を警察も検察も家庭裁判所の方に出した。最後には、心臓がもともと悪くてちょっときっかけがあって自分で死んじゃったんだみたいな、到底納得ができないようなそういうことに対して今訴訟を起こされている。全力で支援をしたいと考えております。  この根底には、どんな重大結果であろうと、少年事件に対して警察も検察も裁判所も、そもそも軽く見ているんじゃないかというふうに思うんですが、御自身の体験に照らしていかがでしょうか。

武るり子少年犯罪被害当事者の会代表

○武参考人 私も、岡崎さんのことはよく知っています。私もそうだと思います。すごく軽く見ている。さっきも言いましたように、少年犯罪だと、やはりこれから将来のある加害少年に目が行き、事実関係が余りはっきりされないんですね。そこに重点が置かれないというのが問題だと思います。  少年犯罪は遊ぶ地域で起きるので、被害者も加害者も本当に目の届くところに住んでいるんですね。その中で何が大事かというと、事実がこうであったということが公開されないことが被害者を苦しめる原因になっているんです。被害者も非があったんじゃないか、あれは被害者が悪かったんだと言われることが多いからです。だから、本当に今のような少年犯罪の軽い扱い方ではいけないと思っています。  それと、軽犯罪、万引きだとか、確かに万引きを繰り返す子供と人を殺してしまったような子供と一緒に扱っては絶対いけないと思うんですね。絶対、軽犯罪と命にかかわるような事件をはっきり分けないことがまずの原因だと思っています。  だから、そういうところをもっと私たちも言っていきたいと思いますし、被害者が何も言えない場合、寝たきりの場合もそうですし、死亡した場合もそうです、せめてそういう事件だけでももっともっとしっかりと調べてほしいと思います。

保坂展人社会民主党・市民連合

○保坂委員 大変ありがとうございました。時間が参りましたので、終わります。

武部勤自由民主党

○武部委員長 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。  この際、両参考人に一言御礼を申し上げます。  両参考人には、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。これからもさらに御活躍をお祈りいたしたいと思います。厚く御礼を申し上げまして、ごあいさつといたします。      ————◇—————

武部勤自由民主党

○武部委員長 この際、お諮りいたします。  本日の議院運営委員会における理事の各会派割当基準の変更に伴い、理事の辞任及び補欠選任を行います。  まず、理事の辞任の件についてお諮りいたします。  理事西村眞悟君から、理事辞任の申し出があります。これを許可するに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

武部勤自由民主党

○武部委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。  次に、理事の補欠選任の件についてお諮りいたします。  ただいまの理事辞任に伴う補欠選任につきましては、先例により、委員長において指名するに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

武部勤自由民主党

○武部委員長 御異議なしと認めます。  それでは、理事に木島日出夫君を指名いたします。  次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午後五時十八分散会

国会会議録検索システムで原文を見る ↗