国会等の移転に関する特別委員会 第2号
- 発言数
- 58 件
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- 9 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 2000/02/18
会議録
○中井委員長 これより会議を開きます。 国会等の移転に関する件について調査を進めます。 この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。 本件調査のため、本日、参考人として国会等移転審議会会長森亘君、国会等移転審議会会長代理石原信雄君の出席を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○中井委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。 —————————————
○中井委員長 本日は、昨年十二月二十一日に国会に報告されました国会等移転審議会答申につきまして、参考人から意見を聴取いたしたいと存じます。 この際、参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。審議会では、長年にわたり御調査、御審議をいただき、昨年暮れ、答申をまとめられました。審議会関係者の皆様に心から敬意と謝意を表します。 なお、議事の順序ですが、まず森参考人から二十分程度、国会等移転審議会答申の概要について説明をいただきました後、委員からの質疑に対して忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。 それでは、森参考人にお願いいたします。
○森参考人 私、国会等移転審議会の会長を仰せつかっております森亘でございます。 本日、この場に参考人としてお招きいただきましたので、私どもが昨年の十二月二十日に提出いたしました答申の内容について御説明申し上げたいと存じます。 国会等移転審議会におきましては、平成八年の十二月でございましたか、ほぼ三年前に、内閣総理大臣から、国会等の移転先の候補地の選定及びこれに関連する事項について審議会の意見を求める、そういう諮問をちょうだいいたしまして、以来、約三年にわたりまして審議を進めてまいりました。 すなわち、私どもが与えられております最も大きな使命は候補地の選定であるということ、それからまた、その後、より具体的な事柄については、諸般の事情を御勘案の上、国会でお決めになるということ、そのように承知いたしております。 皆様方のお手元に二つの資料が配られているかと思いますが、一つは薄いとじたものでございまして、国会等移転審議会答申、それからもう一つは厚目のとじたものでございまして、参考資料でございますが、折々これについて引用しながら御説明申し上げたいと思います。 答申の薄い方の第二ページの第一章、いわば冒頭に近いところに書いてございますが、審議会では、こうした首都機能移転というものが、日本の将来にとって、国政のかかわり、あるいは対外的にも極めて重要な問題であって、決して十年、二十年といった短期ではなしに、場合によっては世紀を超えて考えなくてはならない、育てなくてはならない大きな問題であるという認識のもとに、先ほど申し上げましたように、論議を三年ほど続けまして、そして昨年の十二月二十日に答申を取りまとめ、内閣総理大臣に提出した次第でございます。 承っておりますところによれば、翌二十一日には、移転法第十三条第二項に基づいて、その答申が内閣総理大臣から国会に報告されたと承知いたしております。 内容を御説明いたしますに当たって、まず結論を先に申し上げた方が御理解いただけるかと存じますので、結論を申し上げるといたしますと、これは答申の薄い方のとじた資料の四ページでございますが、栃木・福島地域、それから岐阜・愛知地域のこの二つの地域に関しましては、後ほど御説明申し上げますが、総合評価の点数が非常に高い、それからまた数字に関する限り、相互に大きな差を認めることができませんので、順位をつけずに候補地として選定するといたしました。 また、これに関連いたしまして、茨城地域は、栃木・福島地域及び岐阜・愛知地域の二つの地域に次いで総合評価の値が高うございます。それからまた、持っております特色として、自然災害に対して極めて安全という数字が出ておりますことから、栃木・福島地域と連携をして、そしてそれを支援、補完する役割が期待される、そのようにいたしました。これは茨城地域に関してのことでございます。 それから、三重・畿央地域につきましては、総合評価の点数は低うございますが、地理的に京都、大阪に近く、それからまた伝統文化の厚みといった他の地域にはない特徴がございますので、将来、諸事情が改善されることがあれば、候補地の一つになる可能性がある、そのような答申をした次第でございます。 このように複数の候補地を答申いたしました理由は、わかりやすく申し上げるといたしますれば、先ほども申しましたように、総合評価の結果、すなわち数字でございますが、上位二者については特にはっきりとした大きな差を認めることができなかった、それからまた冒頭に申し上げましたように、我々の審議会がちょうだいしております使命というものが、必ずしもこの問題に関する最終的な結論を得るということではなしに、私どもの意見を添えて、できるだけ多くの資料を皆様方に提供いたしまして、国会におかれまして十分な御論議をいただきたい、そういう趣旨もあって、あえて一つに絞ることはせずに答申した次第でございます。 また、先ほど申しましたページの三段落のところに、首都機能の移転という問題は、これは決して一朝一夕に完結する問題ではございませんし、それからまた近傍の都市あるいは同じ地域の中のほかの地域、より小さな地域との連携が大変必要である。すなわち、移転を決定することも大事であるけれども、その後それを育てていくということが、場合によってはより以上に大切なことであろうかと考えております。 このような答申の結論に至った経緯を申し上げることがよろしいかと存じますが、答申の五ページにございますように、審議会は客観性と公正さということを最も重視いたしました。 第一段階では、全国を対象とした調査を行いまして、一応条件にかなった三つの地域、これはかなり広い地域でございますが、私は仮にこれを方面などと呼んでおりますが、北東地域、東海地域、三重・畿央地域という大きな、より広い地域を選定いたしました。 第二段階では、このおのおのの地域について、十六、正確には十八の項目について、それは、例えば交通の便がどうであるかとか、あるいは地震の危険性がどうであるかとか、そういったことでございますが、そういう項目について、専門家によって詳しい検討が行われたわけでございます。 そして、第三段階では、そういった選定作業をさらに具体的なものにするために、先ほど申しました三つのより大きな対象地域の中から、非常に具体性を持ち実現性を持っているものとして、十のより小さな地域を選んで、そして、この十のより小さな地域を、いわばその時点での候補ということに決めたわけでございます。 この十の地域を考えるに当たりましては、先ほど申し上げましたように、空港とか道路とか鉄道とかという交通の便利さ、あるいは安全性、それから関係府県の意向なども伺っております。それからまた、幾つかの府県にまたがる場合には、歴史でありますとか文化でありますとか人の流れでありますとか、そういうこともできる範囲で勘案したつもりでございます。 こういう十の地域を評価するに当たりましては、基礎となるその十六ないし十八の項目についての専門家による判断を最も重視いたしましたが、その場合に、重みづけ手法ということも使って事を進めてまいりました。 重みづけ手法と申しましても皆様方にはなじみのない言葉であろうかと存じますが、例えば、学生が学校で成績表というのをもらってまいります。国語とか算数とか社会とか道徳とか、いろいろな項目があると思いますが、それはそれなりに大変重要で、いずれも重要な科目と考えております。ただ、学生を、生徒を、そういう成績表だけによって今度さらに上級の学校で採用したいというときには、例えば、仮の話でございますけれども、医科大学であれば、何よりも道徳が大切であるとか、あるいは患者さんによく説明できるように国語の能力もおろそかにできないとか、あるいは、理学部系統でありますれば何よりも算数の力が大切であるとか、そういう、受け入れる側によって多少重点の置き方が違ってまいります。 これは、受け入れる組織なり団体によって違うだけではございませんで、個々人によっても考え方が違うところでございますので、この場合には、審議会の各委員に、いずれも重要な項目ではあるけれども、そのうちのどれをどの程度重視し、どれは、重視するといえどもやや軽くてもいいのではないか、そういう判断を仰いだ、これが重みづけでございます。したがって、専門家の方々によって提出されました基礎的な資料にそういう重みづけを加えまして、それで若干の補正を加えたということになろうかと思います。 このようにいたしまして、十の地域すべてについて数値化したわけでございますが、この内容は参考資料の中に記されております。内容と申しますか結果が、参考資料の二十九ページに、縦軸にいろいろな評価項目、それから横軸の方には十の地域が並べられて書いてございます。詳細は、時間の関係もございますので、後で御質問いただければと存じます。 このようにいたしまして、私どもは、専門家による検討の結果の数値、それから、それを委員会の各委員の良識による重みづけということで、総合的に判断いたしました。 ただ、それにしても、そこに出てくるものはなお数字でございまして、実際、人間あるいは生き物であろうが、あるいはこういう都市あるいは生徒であろうが、数字だけで判断するということには時に若干の危険も伴いまして、数字にはあらわし得ない特性といったようなものもあるに違いない。 したがって、繰り返しになりますけれども、数字を最も重視するけれども、そういった数字にあらわし得ない特性についても決しておろそかにはすまいという考えで事を進めてまいりました。 先ほどから十の候補ということを申し上げておりますが、やはり答申をするためには数を減らさなくてはなりません。その減らす第一段階といたしましては、一方には数字、一方には特性ということがございましたが、たまたま私どもの審議会では、事の進め方として、まず特性について粗ぶるいをいたしました。そしてその結果、最終的に残っております、栃木・福島、岐阜・愛知、それから三重・畿央、そして、自然災害に対して極めて安全性が高い、これも特性の一つである、そういう理由で茨城と、この四つにまず絞ったわけでございます。 ただ、茨城に関しましては、後ほど報告書の中にも書いてございますけれども、単独の候補として扱うよりは、そこが持っております安全性あるいは外国、国内外との交通の容易性、近傍の飛行場などを利用するわけでありますが、そういうことも勘案して、独立のものとは扱わずに、むしろ、栃木・福島地域と連携し補完して事を進めていくのがよいのではないかということでございます。 そして、そのように四つの候補あるいは三つの候補に絞りまして、その次の段階として、今度は数字による選定をいたしました。その結果は参考資料の二十八ページに出ているかと思います。二十八ページはやや複雑な表でございますが、その一番上の段だけをごらんいただければ十分であろうかと存じます。 結論的に申し上げますと、栃木・福島地域並びに岐阜・愛知地域というものが非常に高得点、評価が高うございました。したがって、この二つの地域をこの時点における正式の選定すべき候補といたしました。そして、三番目と申しますか、三つ目の三重・畿央につきましては、先ほども申したことでございますけれども、ほかにはない特性があるので、捨てがたい特性があるので、将来いろいろな条件が改善されることがあれば候補の一つとなり得るであろうという答申をした次第でございます。 各地域について、それぞれ、いい点、悪い点といったことをまとめたものもございますけれども、そこに一々言及しておりますとやや時間を超過するおそれがございますので、簡単にいたします。 栃木・福島地域、これは、東京や仙台のほか、日本海側とかほかのところとも連携が可能でございます。特に東京との連携にすぐれておりまして、冒頭に申し上げましたように、移転というのは短期間に終わるものではない、ある期間の間は東京と新都市の両方にそういう機能が併存する可能性が強うございますから、したがって、非常に東京との交通連絡が便利であるということは有効に働くと考えております。 自然ということに関しても非常に有利なところでございますが、ただ、那須岳が噴火いたしますと、那須地域の那珂川沿いにはある程度の被害が起こるおそれがございますので、この点は十分に考えて都市づくりをしなくてはならないと考えております。 岐阜・愛知地域、これは皆様方御存じのとおり、地理的にも大体全国の中央部にございまして、東京、関西あるいは日本海側とも連携が可能なところでございます。内外との交通も非常に便利なところでございますが、ただ植生回復力が弱うございまして、自然環境との共生ということにはやや困難があろうかと存じます。ここでやはり、もし海溝型の大規模地震が起こるといったことがございますとこれは大問題でございますので、この点は十分に配慮しなくてはならないと考えております。 三重・畿央地域、これは複数の国土軸が重なるという意味で、いわば国内の要衝に位置しております。東京から自立して、今までの伝統文化を生かし、そして新しいさらなる文化を形成していくことが可能であるという利点があろうかと存じますが、ただ、東京との交通には大変時間を要することでございますし、大規模地震のおそれもございます。また土地取得がどのくらい容易であるかという点では問題があろうかと存じますので、こういうふうにして一応まとめをいたしました。 残っております時間で、関連する事項について若干の説明を申し上げたいと思いますが、審議会におきましては、冒頭に申し上げましたとおり、候補地の選定ということが、これが与えられた任務である、責務であるということはよく承知しておりますけれども、関連する事項といたしまして、新都市のあり方といったことについても議論をいたしました。その一部は答申の中にあわせて記させていただいております。 ここで申し上げたいことは全部で四項目でございますが、まず第一に、十六ページの第三章に書かれていることでございますが、「新都市の在り方」ということを申しております。この第一の点がさらに四つに分かれておりまして、「新しい情報ネットワークシステムの構築」、「環境への配慮」、「国際政治都市としての機能の確保」そして「風格ある景観の形成」といったようなことを申しておりますが、特に最初の点、新しい情報ネットワークシステムの構築に関しては、今までとは違う、国、地方、あるいは民間も横断的に結ぶような情報基盤を設けて、そして国民とより密着した政策の立案を可能にすることができるのではないか、また国政改革なり地方分権の推進にも役立てていただくことができるのではないか、そういう考えでございます。 先ほど四つの項目と申しましたけれども、そのうちの二番目といたしまして、首都機能移転の意義とか効果といったことにも言及いたしております。この内容は三項目でございまして、「国政全般の改革」、「東京一極集中の是正」さらに「災害対応力の強化」ということでございます。 また、四つのうちの三番目といたしましては、二十ページに、「国民合意形成の状況」でありますとか、あるいは「社会経済情勢の諸事情」といったようなことが書いてございますし、それから四番目としては、二十二ページの第五章に、「移転先候補地において配慮すべき事項」ということで、若干のお願いをいたしております。 このようなことで、やや時間も超過しぎみでございますから終わりにしたいと存じますが、以来、審議会といたしましては、あるいは事務当局といたしましては、いろいろな手段を通じてこの内容並びに資料を公表いたしまして、それから、より多くの方々に知っていただくような努力を続けているつもりでございます。 この機会に国民の一人一人がよくこの問題についてお考えいただきまして、決して夢ではない、これは実現の可能性がある、そして恐らくは日本国の将来にとってもいい事柄であろうという、いずれにしても、賛成にしても反対にしても、よく国民の一人一人が十分な情報についてお考えいただきたい。 それからまた、候補地となっております地方公共団体におかれましても、これは決していいことずくめではないんだ、実際にそういうことが起こるとすれば随分大変なこともあるんだという冷静な御認識なり御論議をいただきたい。 そして、何よりも、首都機能移転ということをみずから決定され、そして終始主導権を握ってこられました国会におかれまして、私どもの答申を踏まえ、どうか大局的な見地から御論議をいただきまして、適切な結論が速やかに導かれるよう心からお願いする次第でございます。 また、本当の最後に、私どもがこの答申をまとめるに当たりましては、これは公聴会その他を通じて多くの国民から意見をちょうだいしておりますし、それから、最終的には外れたところも含めて、候補地の方々からはいろいろな資料を提供し、お考えをいただいております。それからまた、担当事務局には、中堅、若手の人たちを含めて、非常に資料の収集あるいは整理その他について努力をしていただきましたので、私は、審議会の一員といたしまして、そういう周辺からの御支持にお礼を申し上げて、一応の御報告を終わらせていただきたい。 ちょっと時間を超過いたしまして失礼いたしました。(拍手)
○中井委員長 ありがとうございました。 これにて概要の説明は終わりました。 —————————————
○中井委員長 これより質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。田野瀬良太郎君。
○田野瀬委員 自民党の田野瀬でございます。トップバッターの質問の機会をいただきまして光栄に存じておる次第でございます。 平成二年に、国会を中心とする首都機能をどこかに移そうという決議がなされまして、それを受けまして、平成四年に国会等の移転に関する法律ができ、調査会が設けられまして、そして新しい首都機能を有する地域、どんな条件が整ったところがいいのかという調査をしていただきまして、その調査結果を受けまして、平成八年十二月に、森先生が会長になり、石原さんが会長代理になっての審議会が設置されまして、以来三年間、今お話しいただきましたように、随分大勢の方々の御協力をいただきながらたび重なる調査と審議を重ねていただきまして、昨年十二月二十日でございましたか、いよいよ、補完する茨城地域を含めての栃木・福島地域、それから岐阜・愛知地域、それから三重・畿央地域の三つを答申していただいたわけでございます。その間の会長さん初め審議会の委員の皆さん方の御労苦、そしてまた御協力いただいた関係各位の皆さん方に心から敬意を表するところでございます。今、その答申されました三地域の特徴等も御報告いただいたところでございます。 本当に長きにわたって御苦労いただいて、本当に敬意を表するところでございますが、まずは、その三年間の御感想というんでしょうか、あるいはこの三つの地域に対する思い入れというんでしょうか、あるいは苦労話というんでしようか、何でも結構でございますので、皆さんにその間の御感想を申し述べていただければ、私どもも皆さん方の御苦労がより一層理解できる、このように思うわけでございます。
○森参考人 ある意味で大変難しい御質問をちょうだいいたしまして、感想というものも特にございませんが、今振り返ってみますと、審議会の委員それぞれが、お考えとしてはかなり多様な考えをお持ちでありました。それは、移転先候補地についても恐らく多様であったと思いますし、それから首都機能移転そのものについて、あるいは移転の内容について、いろいろ多様であったと思いますけれども、審議会全体の雰囲気として、そういった意見を御自由に発言していただいた、そして最終的にはみんなの合意に達したということで、議論の過程では、事務当局はもちろん、だれによって妨げられることもなしに自由な意見の交換が行われたということが一つの印象でございます。 それから、私個人といたしましては、何をおいても中立でなくてはいけないということを考えまして、どこの土地を候補地に選ぶかということに関してはもちろんのこと、実は、移転すべきかすべきでないかということについてさえ自分は中立でなくてはいけないと考えておりました。したがって、移転というものが先にありきではなしに、私といたしましては、公聴会その他の場合に、移転賛成の方の御意見はもちろん、反対の方々の御意見も一生懸命聞いたつもりでございます。 それで、結論を得るに当たっては、そういうあらゆる御意見に最も近いと申しますか、決して、足して二で割るといったような安易なことではなしに、そういういろいろな意見を審議会外部でお持ちの方々の内容にも配慮、ちょっと偉そうな言い方でございますけれども、そういうものも参考にさせていただきながら、できるだけ中立的な答申をまとめるように努力いたしました。 私は、このようにして、移転そのものについても中立であるべきと考え、そのような態度をとってきたと申しましたけれども、こういう答申を出した今日では、やはりそれなりの前向きの移転ということについて責任を感じております。 簡単でございますが、今思いつくことはこんなことでございます。
○石原参考人 実は、私は、平成二年に国会等移転決議がなされた当時は官邸におりまして、その当時、この問題を政府においても幅広く各方面の御意見をちょうだいする必要があるということで、会長の森先生を初め司馬遼太郎先生とか福井謙一先生とか、各界の最高の見識の皆さんの御意見をちょうだいするための懇談会をセットするというような作業にも従事いたしまして、この問題についてはそれなりの思いを持っておりました。 私は、初めの調査会には参加しておりませんでしたが、審議会の段階で、平成八年に委員を拝命いたしまして、審議に加わったわけであります。審議会の審議に入りましてからは、その前の調査会の答申を受けての候補地選定作業に従うということでありましたが、幾つかの問題があったように思います。 一つは、調査会が調査活動をしておられる過程で、世の中の情勢はかなり変わってまいりました。そういうこともあって、審議会に入りましてから、そもそも国会等の移転をいかにすべきかというそもそも論がしばしば委員の方からも出されましたけれども、この点につきましては、私どもは、調査会法で示された大きな枠組みに基づいて、具体的に移転先の候補地をどこにすべきかという点について政府に答申するのが使命でありまして、もともとにさかのぼっての議論については我々の本来の役割ではないんじゃないかというようなことが何回か議論されまして、最終的に、とにかく我々としては、淡々と最適の候補地の選定作業に専念すべきだという結論に落ちつきました。 そして、その選定された結果につきまして、答申がなされた時点でそれをどう扱っていただくか、これはまさに国会で御決定いただくべきことでありますから、その点について審議会の中で時間を費やすことについてはいかがなものかということで大方の委員の意見が一致しまして、今日の答申に至った、このように考えております。 それからもう一つは、調査会の答申当時想定しておりました前提要件、これを絶対不変のものと考えるのか、少し弾力的に考えるのか、この点についても議論があったように思います。 具体的に申しますと、東京から三百キロ圏、おおむね二時間というその範囲で候補地を選定するという前提があったわけですけれども、その場合に、三百キロというのはその外側はどうするんだ、一キロでも一メートルでも外れたら資格はないのかというふうな議論もありましたが、世の中大きく変わってきておりますので、これは調査会時点でおおむね三百キロという一つの目標が定められたわけでありますから、その三百キロの外側であってもその後の状況変化で候補地たり得る資格があるところがあれば、それも対象として議論していいんではないかということを、最終的に委員の皆さんのコンセンサスが得られたように思います。それが今回の候補地選定の結果に結びついたように記憶いたしております。 それから、選定要件につきましては、九項目が調査会答申で示されておったわけですけれども、さらに専門家も交えて候補地選定作業に入るに当たりまして、その九項目の内容をさらに分析、検討した結果としては、十六項目の選定要素といいましょうか、基準が適当だということで、最終的に十六項目についてそれぞれの専門の学者の先生等の協力を得て作業が進められ、今回の答申の数量的なベースに結びついた、このように考えております。 私は、今回の最終答申に到達するまで、ある意味で、そもそも平成二年のときから関係があった人間として、いろいろな経過を経て今日の結論に到達したということについて、大変感慨深いものがあります。私も、多くの先生方が心血を注いでこの結論を出していただいたものでありますので、国会におかれましては、この審議経過も踏まえて適切な御結論をちょうだいしたいというのが私の願いでございます。
○田野瀬委員 平成二年から今日まで時世も大きく変わりましたし、また、調査会との整合性につきましての御苦労話をいただいたところでございます。本当に苦労の多いことだったと思うんですが、本当にお疲れさまでございました。 さて、国会等の移転に関する法律、議員立法に基づいて、いよいよ答申が出されて、そのボールは我々国会に戻ってきたところでございます。我々としても、せっかく審議会でまとめていただいたこの三つの候補地をさらに一つに絞り込んで、責任を持ってこれを遂行していく、そういう責務が私はあろうかと思います。ひょっとして国会でこの作業がとまってしまうんじゃないかというようなことも危惧されておるわけでございまして、そんなことは絶対あってはならないわけでございます。私は、早急にこの作業に国会として責任を持って取り組んでいかなきゃならぬ。 二十一日に、答申を受けて議長に提出されて、早速我々もこの委員会理事会を開いて、この三つをどう絞り込んでいくのかというその議論に入ったところでございますが、森会長におかれまして、改めて国会に対して求めることがあればひとつ申し上げていただいて、それをしかと我々受けとめたい、このように思います。
○森参考人 一口で申し上げれば、国会としてどうか私どもの答申を、あるいは場合によっては本文だけではなしに、参考資料も含めてよく酌み取りいただきまして、先ほども申し上げましたとおり、私どもといたしましては、国会でこれから論議を進めていかれるに当たって、それがいわばなさりやすいように、あるいは十分な根拠に基づいてなされるようにという意味から、できるだけ多くの資料を公表するとともに、参考資料として答申につけて差し上げたわけでございますので、国会におかれましては、どうかこういう参考資料を十分に御吟味の上、これから審議をお進めいただきたい。 それで、いろいろと世の中には経済情勢その他の問題もあろうかと存じますので、こういった計画をいつ実行するか、あるいはどの程度の規模で実行するか、あるいはどの程度段階的に実行するか、そういう選択は今後いろいろあろうかと存じます。 ただ一方、この意義の中の一つといたしまして、不慮、殊に自然災害に対する守りということが含まれておりまして、自然災害、いつ起こるかわからないといったような危険もございますので、そういった意味からすれば、これを御審議いただく、そしてさらには実行いただくということになれば、やはり余り時を置かずにできる範囲で早くお進めいただければありがたい、そのように感じております。
○田野瀬委員 よくわかりました。 審議会も、一応三年の間、すなわち昨年の十二月、昨年の秋を目標に候補地を選定するということで随分精力的におやりいただいたわけでございます。我々も、国会として、やはり一定の目標時期を定めてこれをやっていく必要があるんではないか、このように私自身は考えている次第でございます。 幾つか質問項目を持っておりましたのですが、どうやら時間がもう参ったようでございますので、これで私の質問を終わらせていただきたいと思います。 ありがとうございました。
○中井委員長 永井英慈君。
○永井委員 民主党の永井英慈でございます。 両参考人には、お忙しいところ本当に御苦労さまです。 今この答申を手にいたしまして、大変御苦労があったことを痛感いたした次第でございますが、特にこの国会等移転審議会の委員の皆さんの名簿を見せていただきました。言ってみますと、我が国の国会あるいは首都機能についての最も権威ある、あるいは各界のトップリーダーの皆さんが名前を連ねておられます。その会長を務めております森先生、代理を務めておられます石原先生にお伺いしたいと思っております。 とりわけ、その次に、参考資料三のところに開催経過が書いてあります。本当に多岐にわたって我が国の、ある意味では首都機能についての人知の及ぶ限りを尽くして御審議、御調査をされたように感じます。 そこで、まず第一に両先生にお伺いしたいんですが、二十一世紀の日本の、この国の形といいますか、先ほど石原代理さんから司馬遼太郎さんのお名前も出ましたけれども、委員として、あるいは会長として、会長代行として、二十一世紀の日本の形はどうあるべきかという、どういうイメージを持ってこの仕事を進めてこられたか、お伺いをいたしたいと思います。
○森参考人 二十一世紀の日本の形をどう考えるかという御質問で、これは大変広範な領域にわたることでございますし、私にもすぐ短時間にお答えすることは不可能でございますが、一つだけ例を引いて申し上げたいと存じます。 先ほど、新都市のあるべき姿といったようなことで幾つかの項目を挙げましたが、その中に一つ、情報ということを取り上げさせていただきました。 それで、現在日本の国というのは、私が拝見しておりますと、これはもう政官民を問わず、どちらかというと縦割りの傾向が強いかと思いますけれども、したがって、情報などに関しましてもどちらかというと縦割りの傾向が強い、また、今日のような工業社会において繁栄を遂げるためには、そういう機構がどうしても必要であったんだということを専門家から聞かされたことがございます。 ただ、今日まではこれでよかったとその方も言っておられましたし、私もそう考えますが、ただ、これから先、同じような事柄の延長で果たして済むものだろうかという疑問が残ります。 したがって、情報に関して、実はこれは私専門家ではございませんので、いろいろ友人から受けた知恵でございますけれども、今までの縦割りというよりは、むしろ横割りと申しますか、横断的と申しますか、そういう一つの新しい形態を持って、そして、中央とか地方とか民間とかという区別ではなしに、中央、地方、民間その他を通じて、むしろ横断的に、福祉とはどうあるべきかとか、研究費はどうなっているのかと、そういったような横断的な情報基盤と申しますか、そういうものをつくることによって、日本の国内でもいわゆる地方分権が進み、それからまた、外国ともいろいろと話を共通の土俵の上で進めることができますし、また、政府、国会におかれましても、国民一般の意見を今までよりはより容易に吸収なさる機会があるのではないか、そのように考えておりますので、二十一世紀の日本の国の形という御質問にはお答えになっていないかもしれませんけれども、一つの、自分が今気がついた例について、このような説明をさせていただきました。
○石原参考人 先ほど御答弁申し上げましたように、私どもの今回の国会等移転候補地の選定作業に当たりましては、基本的にはその前の調査会の答申、調査会の考え方というものをベースにして作業をしたわけでございますので、今先生の御指摘のような二十一世紀の我が国の姿をどのように観念するかというような、根本にさかのぼった議論を調査会の場、審議会の場でしたわけではございません。 ただ、私自身は、移転すべき首都機能というものがどうあるべきなのか、その前提として、二十一世紀の我が国の社会あるいは政府機能というものがどうなっているのかという点については、それなりの日ごろからの思いがあります。その点で、まず今、森会長からもお話がありましたが、いわゆるIT革命というものはまさに日進月歩でありまして、一年もするともう既に陳腐化してしまうというほど技術の進歩、変化が激しいようであります。そういうIT革命が経済や産業やあるいは文化や国民生活にどういう影響をこれからもたらすのか、こういったことも考えながら政府機能のあり方というものは議論していくべきであろう、こんなふうに思っております。 それから、IT革命の進行とも関係があるわけですけれども、よく言われておりますいわゆる国際化、その国だけで物を考えられない、諸外国との関連であらゆることを考えていかなきゃならないような状況、これはさらに進むのではないか。したがって、首都機能をどうするかということは常に国際的な視点というものを持って臨む必要がある、このように思っております。 さらに、内政的に申しますと、現在、中央、地方を通じまして、大きな、広い意味での行政改革が進められております。 まず、中央レベルでは、官と民の関係で、なるべく民主導といいましょうか、官はできるだけその守備範囲を抑えていくという考え方がとられ、その考え方のもとに中央省庁の再編成がなされて、来年の一月一日から新体制がスタートするわけであります。そういう流れの中で、やはり二十一世紀を展望しますと、政府、特に中央政府の機能、役割というのは縮小の方向に行くのではないか、このように私自身は考えております。 それから一方、国と地方の関係、地方分権の関係では、ことしの四月一日から地方分権一括法が施行されるわけでありますが、これを契機にいたしまして、国、地方の関係では一層地方の役割が重くなる、中央の役割は軽くなる、そういうふうに考えております。 そのようなことを考えますと、今後移転を検討される政府機能、首都機能というもの、これは従来よりも相対的に小さくなるんじゃないか、そういう視点でこの問題も今後御検討いただくことが望ましいのではないかというふうに私自身は考えております。
○永井委員 そこで、もう時間がございませんので、この報告書に沿ってなんですが、二ページに、この首都機能の検討の作業のきっかけはやはり平成二年の国会決議なんですね。国土全般にわたって生じたゆがみを是正するための基本的対応策として一極集中を排除するということですが、ぜひ私が伺いたいのは、東京一極集中はなぜ生じたか、この首都機能の移転によって、大変な首都圏ですから、この首都圏の一極集中が解消されるか。ぜひお伺いしたいと思うんです。 実は、私は、この一極集中、過密過疎の最大の弊害のポイントは、極端な明治以来の中央集権体制、政治にしても行政にしても経済にしても社会にしても文化にしても、あらゆる範囲にわたって中央集権が進み、それが複合的な形で巨大化してきたところに弊害のポイントがあるという考えを持っているんですけれども、この一極集中、過密過疎の原因、そして国会等の機能を移転することによってこれを解消できるかどうか、この点について簡単にお伺いしたいと思います。
○森参考人 私も、おっしゃることに同意見でございます。 やはり、このような一極集中が行われた。ただ、なぜかということは、審議会でも全く議論されておりませんので、私個人の意見ということでございますが、明治以来、急速に国が発展していくためには、そういう制度なりあるいは仕組みを必要とし、それから国民もやはりそういう気持ちであったというふうに個人的には考えております。 したがって、これから解消していく場合にも、やはり一番大事なのは人々の気持ちであろうと考えまして、いろいろなところで、たとえ首都機能移転をしても、もうそれで万事スムーズにいくんだというような安易なお考えでは困るということを申しております。 したがって、私は、今後ともやはり一番大切なのは国民一人一人あるいは社会全体がその気持ちになることであろうと存じますが、他方、気持ちだけでそれが形にあらわれてくるかということはこれまた非常に難しい問題でございまして、例えば首都機能移転といったような一つの大きな事柄をいい意味でのきっかけとして、あるいは考えようによれば、そういう物理的の移転ということと、あるいは制度の改革といったような、そういう目に見えないような改革とが車の両輪になって、これから事を進めていくのが適当ではないかと個人的には考えております。
○石原参考人 首都機能移転の議論が起こりました一つの大きなきっかけは、東京へのもろもろの機能の一極集中、それに伴うもろもろの弊害ということが背景にあったと思います。平成二年に国会で国会等移転の決議がなされた、その少し前には多極分散型国土形成法という法律ができまして、何とか東京への一極集中を是正したいという政府の努力が法律となってあらわれたわけであります。 そういう意味で、私は、この国の一極集中の根というものは非常に深いんだろう、いろいろな要素が重なって東京にもろもろの機能が集中し過ぎているという現象が起こっていると思うんですが、私自身は、その一つの要因として、中央省庁に多くの権限が集まり過ぎているということは、これは否定し得ないと思います。 その点については、最近におけるもろもろの改革の中でも、官と民の関係でなるべく官の役割を減らしていこうという形で、中央政府の機能を制限する、縮小するという努力がなされておりますし、また先般の地方分権一括法の中で事務権限の地方への移譲などもありましたし、また、これはこれからも、残された課題はたくさんあると思いますけれども、中央と地方の間での権限の見直し、こういったことも必要なテーマだと思います。 ただ、東京への一極集中というのは、そういった行政改革、地方分権改革だけで解消できるであろうかというと、なかなかそれは、私自身はそれだけですぐに解決できないんじゃないかという心配をしております。 最近、テレビ等で、明治政府がなぜ首都を東京に移したかという背景などが報道されております。結局、当時の公家社会などを含めた京都の古い体質の中に政府があったのでは近代国家としての改革ができないというふうに明治の先覚者たちは考えて、そうして最終的に東京に首都を持ってきたということが解説されておりますけれども、私は、政治や行政、その他もろもろのシステムをドラスチックに改革するに当たりましては、首都機能、国会等を移転するということは最も有力な手段、方法ではないかと思います。 もちろん、それだけで事が足りるかというと、それだけでは不十分で、地方分権改革とか、あるいは中央の広い意味での行政改革も同時に行わなければその効果は上がってこないんじゃないか、このように考えております。
○永井委員 ありがとうございました。 ちょっと持論めいたことを申して恐縮なんですけれども、本当に我が国は複合的な中央集権体制が強化されて、それが行き詰まってしまっている状態のように思われてなりません。 今日、言うまでもなく、国民の意識や価値観やライフスタイル、そういったものが非常に多様化してきました。さらに社会も多元的な社会になってきておりまして、一極集中の中央集権体制では、もはや社会が維持できない、活力が維持できないというような感じを持っております。 そこで、今最も我が国で急がれるのは、地方分権を徹底的に進めると同時に、政治が本当に意図的に分権型社会の創造を目指していくことが何よりも大事であろう、そんなことを考えておりますので、私見をちょっと申し上げさせていただきました。ありがとうございました。
○中井委員長 青山二三さん。
○青山(二)委員 公明党・改革クラブの青山二三でございます。 森会長初め審議会の皆様には、三年間にわたる長い年月、本当に御苦労さまでございました。心から感謝を申し上げる次第でございます。 この移転候補地につきましては、一九九五年の審議会の前身に当たる国会移転調査会の報告書に基づきまして十地域が選考されまして、審議会ではその十地域の中から一つを選ぶということになっておりまして、大変難しい作業であったことと思います。結局、栃木・福島、岐阜・愛知、三重・畿央という三つのブロックがバランスよく選ばれる結果となったわけでございます。 これは、移転に最適な候補地を選定するという審議会の趣旨から離れた決定である、一つ選ぶべきであった、このような批判もあるわけでございます。ある新聞によりますと、ふたをあけてみたら、東西二つをまず選び、それでも足りずに三重・畿央地区などが条件つきで選ばれる結果となっているようだ、これでは、主な候補地を全部選んで、あとは国会で勝手にやってくださいと言ったのと同じである、この三年間に国会移転審議会委員は何をしていたのかと批判されても仕方あるまい。こんな記事もたくさん目につくわけでございますけれども、こうした意見につきましてどのようにお考えか、お二人の参考人からお伺いしたいと思います。
○森参考人 それではお答えいたします。 今から審議会での議論を振り返ってみますと、殊に最後のころになりまして、どのような形の答申をすべきかというところでは、実はいろいろな御意見がありました。 それで、絶対一カ所でなくてはいけないという意見の持ち主と申しますか、持っておられる委員も当然おられましたし、一つが理想であるけれども複数でもやむを得ないということをおっしゃった方もおられますし、それからむしろ複数の方がいい、そういう意見の方もおられました。私は、正確に数を数えたわけではございませんけれども、抱いている印象としては、一つが理想的だけれども二つでもやむを得ないという方と、複数であるべきであるという方を合わせますと、審議会の中の随分多数を占めたというふうに印象づけられております。私ども自身も、最終的にどの程度の絞り、と申しますのは、一つにすべきかどうかということについて論議いたしましたが、結果としてはこのように、先ほどから繰り返し申し上げているような答申になりました。 その理由も、先ほどから繰り返し申し上げているところでございますけれども、上位二者については、少なくとも数字の上で大きな差はない。ちょっと私の計算違いがあるかもしれませんが、今うろ覚えでは、大体百点と九十五、六点といったような、そういう関係であったかと思います。この両者について、はっきりと黒白をつけ、例えば投票でもいたしまして黒白をつけるということも可能ではありましたけれども、あえて、何も誤差範囲ということではございませんけれども、そのぐらいのものは兄たりがたく弟たりがたいということで、同列のような形で答申してもいいのではないか、そういうことでございました。 それから、もう一つの候補地につきましては、これも先ほどから繰り返し申しておりますように、私どもが作業を実際に行う過程といたしまして、第一次の絞り込み、もともと十あったものをまず幾つに絞るかというその過程、先ほど申し上げましたように、やはりそれぞれが持っている特色で絞り込みましょうということで始めまして、これも申し上げたことでございますが、数字だけには頼るまい。例えば、入学試験にいたしましても、いわゆる偏差値、そして共通一次試験といったような、数字で出てくるものだけがその人間の値打ちを示すものではございませんで、やはりいっときは数字に頼っておりました私ども、反省をいたしまして、最近では数字以外のものも取り入れておりますが、世の中万事そうではないかと考えておりますので、この場合にも数字以外の要素で第一段のふるいをかけて、そして最終的に数字による順位をつけた、そういうことでございます。 したがって、いろいろと新聞紙上初め、御批判はあろうかと存じますけれども、私どもが実際に踏んでまいりました過程を御説明いたしました。ただ、新聞などは時によっていろいろ勝手なことを書いておりますので、国会で勝手にやればいいといったような記事、今御紹介になったものがあるいは実際にあったのかもしれませんが、私どもといたしましては、投げ出してあとは勝手にやってくれ、決してそういうことではございませんで、これからもお助けができる面がもしございますれば何なりとお役に立ちたいと思いますし、それから、先ほども申しましたように、用意いたしました資料を十二分に御活用いただいてこれから御論議を進めていただきたい、そういうことでございます。
○石原参考人 国会等の移転候補地の選定作業がある程度進んでまいりました段階で、候補地を一つに絞るのか、複数にするのかというような意見が委員の中にも出てまいりました。また、候補地間にも、それについてのいろいろな御意見が出るようになりました。 この問題につきましては、今会長からもお答え申し上げましたが、委員の皆さんの中には、初めから、候補地を選ぶということを政府から委嘱された以上は、単一の候補地を選ぶのが本来の使命だということを大変強く述べておられる委員もおりました。また同時に、一部の委員は、作業を終わってみないとわからないけれども、どうも一つに絞るということにこだわることでむしろ無理が来るのじゃないかというような意見の方もおりました。 大部分の委員の方は、十六項目の検討項目についての数量的な作業等も終えた段階で、明らかに特定の候補地がいわば飛び抜けていい点数になるということであれば、単一候補地を選定しても大方の御納得をいただけるのじゃないか、しかし、作業結果が非常に答えが接近しているような場合に、一つだけを答申するということが審議会としての正しい行き方かどうかという点については、やはりむしろこれに疑問を提起する委員が多かったように私も承知しております。 いずれにしても、そういうようなことで作業が進んだわけでございますけれども、最終的な作業結果については、先ほど会長からも御説明申し上げましたような、数量的な検討結果として、栃木・福島地域と、それから岐阜・愛知の地域、この二つの地域が点数としては上位に並んだわけです。そして、両者の点数差も極めてわずかであるというようなこと、それから、この二つの候補地はそれぞれ異なった特色を持っている候補地でありますので、これはむしろ二つを候補地として答申申し上げる、そして最終的な御判断を国会でお願いするということの方が審議会としての答申のあり方として正しいんじゃないかという意見が多くなり、最終的に会長の御判断でこのような形になったわけであります。 なお、その際に、では、なぜそういうことになったのかということを、その審議経過というものをなるべく詳しく御報告申し上げ、さらに数量的な検討結果につきましても、どういう項目でどういう点数差になっているのか、そういったこともすべてオープンにすることによりまして、国会での御審議に参考にしていただくということで、複数答申の正当性というのか、それが妥当だということが御理解いただけるのではないかというような結論に落ちついたように私は記憶しております。
○青山(二)委員 ただいまのお話では、森参考人からは、一位と二位の差が百点と九十五、六点、それから石原参考人のお答えの中では、飛び抜けていいところがなかったからだ、こういうお話でございましたけれども、そうなりますと、国会での議論がますます難しくなったな、こんな思いがするわけでございます。 実は、私おかげさまで一位の栃木県に住んでおりますけれども、今、実は栃木県は、次期総合計画、これは二〇〇一年から二〇〇五年にかけての総合計画を策定中でございます。国の方針がこのような、まだ不透明なことでございますから、今後の具体的な事業計画がなかなか明記できない状況にございます。もし国会の移転が実現の運びになれば、人口とか、それから世帯数、それから産業構造など、総合計画の中に入れなければなりません。ですから、計画そのものの見直しをしなければならないということになるわけでございます。国会移転の取り扱いをどうするかということがその次期総合計画には明確に位置づけられないという困った現状でございます。こうした現状は他の選ばれました地域についても同じことだと思うわけでございまして、一日も早く結論を出さなければならない、このように思う次第でございます。 世紀の変わり目、いよいよ来年二十一世紀になるわけでございますが、この二十一世紀になる節目として候補地を決めるべきではないか、このように思い、また、そういう声もたくさんございますけれども、いつごろ結論を出すのが適当とお考えでしょうか。会長に御答弁をお願いします。
○森参考人 それは私ども審議会の立場でお答えすべき事柄ではないと考えておりますが、個人的には、十分な論議をお尽くしいただいた上で、可及的速やかにお願いしたいと存じます。
○青山(二)委員 大変審議会でいろいろ御苦労されて候補地を絞り込んでいただいている間に、東京都の反対の声が随分大きくなってまいりました。東京との比較考量をということを国会移転法で定めているわけでございますが、何をどのように比べていけばいいのか、具体的な事項は明らかではございません。今後、参考人は、この議論を進めることに関しまして、どのように進めていけばよろしいのか、その手順の方法など、お考えがございましたらお知らせいただきたいと思います。
○森参考人 国会での今後の御論議の手順を私から申し上げるということは、これは大変出過ぎたことでもあろうかと存じますし、むしろ失礼なことであると存じますし、ましてや審議会という立場からは何もお答えできませんが、これもまた個人的な印象で、御参考になればという程度で申し上げたいと思います。 私どもが論議を進めてまいりました過程は、先ほど申し上げましたように、七十名を超えるような専門家が十六あるいは十八の項目について非常に精細な検討をされ、その方々はまた周囲の人たちにさらに相談もされたと思いますが、とにかく専門的立場から各項目について評価を下された、それが専門的な基礎資料でございます。それに対して、審議会の委員は、各人が持っております、私は良識と申していいと思いますけれども、その重みづけ、自分はこれが重要だと思う、自分はこれはそれほどでもないと思う、そういう重みづけを加味いたしましてつくったものが現在の答申の結果でございます。 ただ、参考資料の二十九ページの一覧表をごらんいただきますと、専門家によってつくられた基礎資料とはいえ、例えば、現状はこうだけれども交通の問題その他である程度容易に改善できるのではないかとか、そういう項目も中にはございまして、この十六ないし十八の項目というのはいずれも重要な項目ではございますけれども、内容としては決して均質ではございません。容易に改善し得るものとか、もうこれは未来永劫絶対不可能なものであるとか、そういうものがございます。 したがって、私としてもし何らかの示唆をすることをお許しいただけるとすれば、私どもは審議会レベルで、審議会構成の委員によって重みづけをして結論を出しましたが、どうか国会におかれましては、国会議員の方々の良識に基づいて、私どもの重みづけを参考になさりながらこの基礎資料を御検討いただくということも一つのやり方であろうかと個人的には考えております。
○青山(二)委員 大変ありがとうございました。 時間が参りましたので、これで終わらせていただきます。
○中井委員長 吉田幸弘君。
○吉田(幸)委員 自由党の吉田幸弘でございます。 本日は、両参考人の方々におかれましては、お忙しい中、当委員会への御出席をいただきまして本当にありがとうございます。また、答申に当たりまして、審議会の各皆様方には大変な御苦労、改めて敬意を表させていただきたいと思います。 この委員会において、国会等の移転に関して、数回にわたって移転の意義、この意見を聴取させていただいたわけです。本来の移転の意義というものが現況の打開策とか、今、例えば、ずばり申し上げますと、東京がこうこうこうだから移転しなければならないんだとか、こういうような意見が非常に多い中で、本来、そういうような理由だけにとどまらず、もっと大きな意味で移転を考えなければならないんじゃないかというふうに強く思っているわけであります。二十一世紀、我が国が一体どのような国になるのか、あるいはどのような方向性を持って世界とともに歩んでいくのか、このようなことを考えながらまた移転というのを論じるべきではないかというのが私の考えでございます。 第一問目、森会長に御質問をさせていただきますが、現在アメリカ、また我が国も同じなんですが、IT産業、極めて急速な発展を遂げ、この企業に関して、またこのIT関係のインフラ整備に関しての注目度も極めて高いわけであります。今後、我が国の産業も大きくかかわっていかなきゃならない。さらには、最近マスコミ等もいろいろ騒がしております遺伝子関係、これらのことも、国家戦略的に守っていかなきゃならないものもあれば、また、いろいろな方面で活用をしていかなければならない。 こういう中において、一体我が国は二十一世紀どんな産業が主力になると、これ、ずばり申し上げるとちょっと語弊があるとは思うんですが、一体どのような国になっていくのか、このようなことをまず予想あるいは方向性、これは我々国会の仕事でもあるんですけれども、先生方に一回、我が国はこうあるべきである、このことについて少し突っ込んで意見を伺いたいというふうに思っております。
○森参考人 お答えいたします。 私自身、産業といったことに関しては大変知識の乏しい人間でございますから、これは石原会長代理に主たる答弁をお願いしたいと存じますが、私が思いつくことを一つだけ申し上げるといたしますと、過密といったようなことがよく言葉として言われておりますけれども、多くの人たちがすぐに思い浮かべるものは、交通渋滞とか人がたくさん住み過ぎているとか、そういう目に見える過密であろうかと存じます。 ただ、私どもがむしろ問題にしておりますのは目に見えない過密でございまして、いろいろな情報とか知識とか場合によっては権力とか、そういったものが一つの過密状態となって一極に集中し過ぎている。これが間接的には産業界にも今となっては悪い影響を与えている。 先ほども申し上げましたように、いわゆる工業化社会が今日まで発達してくる過程においては、こういう制度はどうしても必要であったと言われているようでございますけれども、未来を考えるときには、やはりここで変えなくてはいけない、そして物事を変えるときには、目に見える過密解消だけではなしに目に見えない過密を解消することの方がいわばより大切であるということから、繰り返しになりますけれども、情報の問題なども含めて、この新しい契機となるような事柄は将来にとって大切であろうと存じておりますが、先ほども申し上げましたように、私は必ずしも適切なお答えができないかと存じますので、石原会長代理に譲りたいと存じます。
○石原参考人 これからの首都機能を考える上で、我が国の産業やあるいは社会がどういう変化を遂げていくのであろうか、そういったことについての展望を持ってこの問題を議論すべきであるという御指摘かと思いますが、私も産業構造はどうあるべきかということについて必ずしも専門知識を持っているわけではありませんけれども、長い間行政に携わった者として感じておりますことは、やはりこれからの社会は、我が国は、一方において発展途上国の追い上げにさらされると思うのであります。その競争にさらされながら今の我が国の国民の所得水準、経済の水準というものを維持していくためにはどうしても、いわゆる先端産業といいましょうか、新しい分野の産業に道を開いていくしかないと思います。この点については、政府におかれましても産業構造の高度化について大変な努力を傾けられているようでありますが、やはりそれなりに、これからは従来のような製造業中心の産業構造ではなくて、もっと、知的産業というのでしょうか、新しい知識、新しい技術を生かした分野で発展を図っていくという姿になるのであろう、それしか生きる道はないんじゃないか、そういうイメージを私自身は持っております。 そういう考え方をベースにしながら、これからの首都機能というものをどう構築するのか、それによってまた、首都機能の位置、どういうところに移すのがいいのか、こういうような議論にもつながっていくのであろうと思います。 そういう見地から、私どもが答申を申し上げた候補地がそういう将来の我が国のイメージに合うのか合わないのか、この点についても十分国会で御論議いただけたらと思っております。 なお、繰り返しますが、私どもは、今回の候補地選定につきましては、そういう高遠な議論をしながら候補地の選定をしたということではなくて、前の調査会の答申で示された一定の要件を前提にして選定作業をしたということでございますので、その点については御理解をちょうだいしたいと思います。
○吉田(幸)委員 我が国の将来の方向性に見合った候補地じゃないといけないわけでありまして、合うか合わないかというようなことではなくて、とにかく合う場所への移転ということが第一条件ではないか、これが私の考えであります。 そこで、さらに石原会長代理にお伺いをしたいと思います。 国土軸に関してであります。多くの国土軸があるわけでありますが、今の話、今の御意見と連動させた上で、内外、国内さらには海外を対象とした通信また交通等のインフラを考慮して、どのような国土軸が必要になってくるのか、このことについて御意見をお伺いしたいと思います。
○石原参考人 第五次ですか、全国総合開発計画の中で、国土軸という考え方が取り上げられました。この国の将来を考える上で、国土軸がどうなっているかということを考えながら具体的な開発や整備を進めるということは、大変私は有意義だと思っております。 そういう意味で、今回、国会等移転都市の候補地の選定に当たりましても、国土庁が考えておられます国土軸の状況というものを見ながら、それとの関連でどこがいいかという議論は大いになされました。 そこで、この国土軸との関連については、答申の中にも少し触れておりますけれども、例えば中部地域とか三重・畿央地域は、国土軸がたくさん交わっているという点に特色がある、そういったことも一つの大きな要素として、それなりの評価が与えられ、候補地としてノミネートされたのではないか、このように思っております。 国土軸という概念は大変重要な概念でありますけれども、ただそれのみで候補地を決めるかどうかというと、私どもの作業は十六項目の要素を総合勘案して決めたわけでございますから、国土軸だけで私どもが候補地を選定したわけではございません。しかし、国土軸という考え方は、国会都市等をどこにするかということを議論する上で大変重要な要素であるということは間違いないと思っております。
○吉田(幸)委員 ありがとうございます。 それでは、最後に森会長に、この移転に関する思いを短くお願いいたしたいと思います。
○森参考人 私、先ほど申し上げましたように、この審議会を進めるに当たっては、どこに候補地を設けるかということはもちろんのこと、移転すべきであるかないかということについてさえ中立でなくてはならないと自分に言い聞かせてまいりましたが、このような答申をした現在では前向きの方向に向かって責任を感じておりますということを申し上げました。 それで、これは思い入れと申しますか、ぜひ国会の皆様方にこれから十分な御審議をしていただきたい、それが何よりも大切だろうと存じます。 ただ、一つ誤解がないようにつけ加えておきたいと思いますが、先ほど青山議員の御質問に対して、私どもが審議会におきまして、基礎資料の上にその審議会委員の良識でもって重みづけをしたと申しました。 この作業は、その基礎資料の数値なり値というものを全く知らないで、事務局はそれを私どもに全く示してくれませんでした。地震とか交通とかなんとか、そういう各項目についてどういう点がついているかということを全く知らずに、独立して重みづけをしたわけでございます。 それで、重みづけ作業をするというときには、基本的な採点をする人間と重みづけによってその軽重をはかる人間とは、これはもう全く独立していなくてはいけないというのが鉄則でございますから、国会議員において、先生方、良識に基づいて重みづけをしていただくということはいいと思いますけれども、数値に頼るような意味での重みづけをしていただくことは、今やもう、中の点数をお知りになった現在、不可能であると存じますから、重みづけをしていただくにしても、どうか意識の上でと申しますか、より大所高所から広くごらんになって重みづけをしていただきたい、このように考えております。
○吉田(幸)委員 ありがとうございました。これで終わります。
○中井委員長 中島武敏君。
○中島委員 両参考人の方々、大変御苦労さまでございます。私、日本共産党の中島武敏でございますが、幾つかお尋ねしたいと思っております。 移転審議会が、移転候補地として、条件つきを含めますと三つの地域を答申されたわけですね。そのことをめぐって先ほどからも議論がありました。私は、これは、移転審議会としては一つに絞るべきだったんではないかというふうに思っております。 三地域になったということをめぐって、これまたマスコミの方は、御存じのように、政治的な圧力があったんじゃないかということを、断定的に、またあるいは具体的に書いているマスコミもあります。先ほど来、森会長の方は、中立性を保持するということに非常に努力をされたという感想を述べられました。また、この審議会は客観性と公正を旨としておられるわけでありまして、もしそれが事実だとするならば、マスコミなどが言っていることが事実だとするならば、客観性と公正さ、中立性を疑わせるに十分なものになるのじゃないか、こう思うわけですね。 私は、お尋ねしたいんですけれども、やはり政治家の皆さんからかなり圧力があったんじゃないんですか。この点についてまず伺います。
○森参考人 お答えいたします。 まず、質問の前半でお触れになった、一つにすべきといったようなお言葉に対しては、先ほど経緯を説明いたしましたので省略いたします。 それから、政治的圧力があったかどうかということでございますが、私に関する限りはございませんでした。 当然、候補地になっているところから、知事以下、県の職員のような方が何人もそろって私のところに来られて、説明をされたことはあります。それは伺いました。それから、事務局から、一般的な社会情勢ということで、いろいろな事情を伺ったことはございます。ただ、私個人に関しては、この件に関して、どの党の政治家にもお目にかかったことはございません。 それからまた、審議会の委員にいたしましても、いろいろな人から意見をお聞きになったかと思いますけれども、最終的には各委員がそれぞれ御自分で納得できる論理なり理屈に従って審議会の場では発言なさった、私はそのように理解いたしております。 重ねて、私個人に関してはございませんでした。
○石原参考人 私も、この審議会の委員として、政府から候補地の選定作業に従うように命ぜられまして以降、やはりこういった候補地の選定については公平性、中立性ということが極めて重要である、いやしくも特定の候補地の話を余計聞くというようなことのないようにということを初めから心がけてまいりました。 そして、各地域の責任者からの説明をちょうだいする場合も、また、私ども、十カ所の候補地に現地調査に参りましたが、私はすべての候補地に調査に参りましたけれども、その際の説明の受け方とか接触の仕方もすべて、十カ所の候補地に行って、全く同じようにするということを心がけてまいりました。 そういうことで、私は、この候補地選定に当たりまして、特定の地域にバイアスがかかっているというようなことは全くないと確信しております。 なお、私自身に対して国会の先生方から直接候補地の選定についてアプローチがあったということは全くございません。 そういう意味で、私は、今回の答申の結果については、厳正、公平、中立という会長の御方針に従って答えが出されたものと確信しております。
○中島委員 移転審議会が複数の、あるいは条件つきを含めれば三つですけれども、これを答申した。そうしますと、これを一つに絞るというのは、国会あるいは政府、あるいは国会、政府を何らかの形でまとめたようなものなのか形はわかりませんけれども、しかし、いろいろ、そういうところにいわば絞り込みの作業を投げかけてしまった、こういうことじゃないかと思うんですね。言葉は悪いけれども、丸投げしちゃった。 私は、三年の歳月をかけて一生懸命おやりになって、何か、その結論が出しにくかったというものを国会に投げかけて、あるいは政府に、あるいはその他に投げかけても、これは、なかなか大変な作業を国会や政府その他に投げかけたもの、こういう感じがしてならないんです。 私はさっきから話は聞いています。聞いていますけれども、どうでしょうかね、会長、率直なところ、こんな三つもという反省の気持ちはおありかどうか、率直に聞かせていただきたいと思います。
○森参考人 審議会で提出あるいはまとめました答申に関して、例えば何点であるかとかいろいろな御批判もあろうかと思いますけれども、そういう点数づけなりなんなりはむしろ外の方にお任せいたしまして、私自身どのような気持ちを持っているかというお問いかけでありますが、少なくとも、そういった最終候補を一つに絞らなかったということに関して、反省しているとか後悔しているとかということはございません。
○中島委員 それでは次の問題なんですけれども、次の問題に入る前に、私は、先ほど冒頭に言いましたように、一つに絞るべきである、そういう見解の持ち主でありますから、やはり三年の歳月をかけて、それでなおかつ絞り切れなかったというのは、私は責任の放棄じゃないかというふうに思うんですね。これは、私の見解です。 その上で、もう一つなんですけれども、移転決議が、国会の決議が行われたのは九〇年ですね。それから、移転についての法律がつくられましたのは九二年です。これは、いずれも、バブルの最絶頂期あるいは絶頂期をちょっと過ぎた、こういう時期の産物なんですね。ですから、そういうことからいいますと、私は、首都機能移転というのは二十世紀型の開発至上主義の産物じゃないかというふうに思います。今はもうバブルははじけてしまって、もう右肩上がりの時代は終わりました。そういう点では、これから二十一世紀、この二十一世紀は、私は、環境と福祉が重視されるときでなければならないのじゃないか、そういう時代じゃなきゃならぬのじゃないかと思っております。 そういう場合の都市計画あるいは都市建設というものはどうあるべきなのかという問題なんですけれども、私は、やはり開発至上型じゃなくて、残された貴重な自然とかあるいは資源、環境、エネルギー、これを非常に大切にして、都市拡張を考えない、ましてや何十万という大きな都市を新たにつくる、こういうことなんかは考えないで、やはり広がり過ぎた都市空間を大切にして、ストックを有効に使うということが非常に大事なんじゃないかと思うのです。 そういう点で、こういう議論もいろいろ審議会の中で出されたかもしれませんが、会長の御見解を伺いたいと思います。
○森参考人 お答えいたします。 まず、前半のことでございますが、一つに絞り切れなかったというお言葉でありますが、お言葉を返すようでありますが、これは、絞り切れなかったというよりも、私どもは絞り切らなかったということでございまして、恐らく、一つにしたいという意向が審議会委員の大半を占めておりましたら、私は、最後の段階で投票か何かに頼って一つに絞ってお出ししたと思います。ただ、繰り返し申し上げますけれども、審議会委員の意向の大半が、複数でもやむを得ないというものも含めて、むしろ複数という方に傾いておりましたので、このようなことにした次第でございます。 それから、新しい都市は開発至上主義ではいけない、環境についても十分な配慮をというお言葉でありまして、これは私たちの主たる使命であるとは考えておりませんが、このあたりのところも関連事項として審議会ではたびたび話題になってまいりました。 したがって、先ほどから繰り返し申しております二十九ページの十六項目の中にも環境との共生といったようなことも含まれておりまして、私は、もし新しい新都市に首都機能を移転するのであれば、それは新しくできる新都市について十分環境との共生と申しますか、兼ね合いを考慮することは当然でございますけれども、東京にとってもよりよい環境をもたらす一つの契機になり得るのではないか、やや楽観過ぎるかもしれませんけれども、個人的にはこんな気持ちを抱いております。
○中島委員 今、新しい都市をつくる、新首都をつくる、そこを環境と共生する、こういう会長のお話だったのですけれども、私は、候補地というところは全部視察で歩いております。そのたびに、実にすばらしい自然だということはいつも痛感しているのです。しかし、そこが失われるのは惜しいなというのが私の率直な気持ちなんです。 結局、その都市開発をするところが、九千ヘクタールとか八千五百ヘクタールとかという膨大な都市建設をやるわけですから、それ自身が環境の破壊になるというのが私が非常に感じることなんですね。そういう点では、都市を建設する場合に環境と共生するというのじゃなくて、膨大な都市建設ということそれ自身が今や環境の破壊なんだということを私は申し上げたいのですね。 最後の質問なんですけれども、実は、来年度予算、二〇〇〇年度の予算を見ますと、税収は四十八兆円余なんです。それから、義務的に支払わなければならない国債費とかあるいは地方交付税等、こういうものを差し引きますと十一兆円しか残らないのですよ。国家公務員、これはいろいろなとり方があるようですけれども、自衛隊も含めて百十三万人、この給与だけで十兆円なんです。だから、十一兆しか残らないところに給与を払ったらもうほとんど何もないのですよ。これが、今の内閣が提出している予算の実態なんですね。 こういう時期に、首都機能の移転ということで、会長、たとえ公共事業の二%であったとしても、これはやるべきときではないのじゃないかというふうに私は思うのですね。これも会長の見解を伺いたいと思うのです。
○森参考人 ここで私が大変薄っぺらな答弁をいたしまして時間を空費するよりは、石原会長代理の方がはるかに造詣の深い方でありますから、お願いしたいと思います。 ただ一つ、実際にもし事を行うといたしましても、繰り返し申しておりますように、どのような規模でするか、いつ行うか、どのぐらいの時間をかけて行うかという選択はまだまだ残っていることでございまして、他方、本当に必要なことであれば、やはり時には借金をしてでもしなくてはならないということもあろうか。私は、政治その他には全く暗い人間でございますけれども、個人的にはこのような印象を持っておりますが、詳しくは石原会長代理にお願いしたいと思います。
○中島委員 時間ですので、委員長、終わりたいと思います。
○中井委員長 深田肇君。
○深田委員 大分時間を食っているようでございます。社民党の深田肇でございます。 当委員会のメンバーになりましたのは初めてでございまして、数年前に一遍代理で出まして、たまたま北関東選出でございますから栃木那須がいいんではないかと申し上げて、移転そのものに反対したわけではございませんけれども、そういったことをちょっと申し上げた上で、一、二お話をさせていただきたいと思います。 何といいましても、三年間、今日のこの答申をつくっていただくための参考人の会長と先生方の御努力に対して、心から感謝を申し上げておきたいというふうに思います。 その上で、ちょっと皆さんとは違った視点で、重複を避けながらなんでありますが、これは意外に国民的といいますか、東京を中心とする首都圏の段階では話題になっておりますから、きょうどの方からも出ませんでしたからあえて聞くのでありますが、いわゆる首都の東京の知事の石原さんが、御案内のとおり全部反対だ、勇気を持って白紙撤回せよ、その言葉まで使ってお話をされていることは報道されている状況でございます。これについて、いわゆる先生方の審査会では、これは九月二十七日か何かのこの委員会の閉会中審査で大論争されて、先生もやりとりされていますので、議事録を読ませてもらいましたが、そういうことを踏まえてずっとあるわけですから、そのことはまた必要なら後ほど、資料がありますから意見交換させていただきます。 要するところは、東京の知事が反対だといって発言をし、そして行動までしてしまっているのですね、国民大会まで招集して。というような状況の中で、これはしかも答申が出る前にやられて、答申にいい意味での期待を持ちながらやられたのだと思いますが、いただきました報告書の中ではそういう特別の審査状況は書いてありませんから、これに向けてお話があったのかどうか。それとも、それはもう委員会でやるのを聞いているからそれで終わりなのか。もし中でお話があったのなら、どういう話があり、この何ページのどこどこの項目を読んでもらえば裏はそういうことなんだよということであれば、そういうことも御指摘いただきたいと思います。 私は、これは無視できないんじゃないかと。東京、とにかく移転しようというところの知事でございますから、しかもこの方が、幅がある話ではなくて、白紙撤回と明確に言って、都民、国民の断固反対の大会までやるといって、これは大成功と東京の新聞に書いてあるわけですから、そんなこんなを含めまして、ちょっと経過をまず伺わせていただきたいと思います。
○森参考人 お答えいたします。 今おっしゃったような御意見、石原東京都知事お一方のみならず、いろいろなところにあるということは承知いたしております。それで、先ほどから申し上げておりますように、公聴会その他では賛否両論、私は御意見をまじめに承ったつもりでございます。 ただ、冒頭に申し上げましたように、この東京都との比較考量というのは私どもの審議会に与えられた使命では実はございませんで、私どもの審議会としては、候補地の選定ということが使命でございました。並びに、それに関連した事項については論議は妨げないということであったかと思いますが、今提起されたような問題についても、大きな事柄でございますから、当然、若干の論議はいたしました。 ただ、繰り返し申しますように、これは私どもにとって主たる使命ではございませんので、その時点における賛否両論、そういったものの整理をいたしまして、それはたしか、この参考資料の百十七ページだったか、ちょっと記憶にありませんが、とにかく参考資料のどこかに東京都との比較考量という資料が添付してございますので、ごらんいただければありがたいと存じます。
○深田委員 大変御苦労を感謝申し上げた上での質問でございますから、誤解が生じてはつろうございますので、いろいろ弁解がましいことを申し上げておきますが、我が社民党は、はっきり申し上げまして、まだ本件に関して賛否を決めておりません。 しかし、私自身は、申し上げたとおり、数年前に、たまたま埼玉なり北関東だということであるだけではなくて、栃木那須がいいじゃないかというようなことを申し上げました経過がありますから、基本的に反対しているわけじゃありませんが、文献を読めば読むほど、東京都知事が改めて、御案内のとおり、選挙で選ばれた新しい知事が参考人に来られてあれだけの論争を挑まれた。 しかも、今度は、これは御案内のことだと思いますけれども、やりとりをする必要がありませんから省略しながらしゃべっておるのでありますが、十一月の都議会のところで、所信表明でおっしゃる。その結びの中で、十二月十七日には都民、国民の反対闘争大会をやりたいということまで呼びかけられておるということですから、確かに、おっしゃるような資料の項目を全然知らないわけではないのでありますが、もう少しこれは本格的に取り上げて、やる必要があれば論争すべきだし、それは我々審議会がやるべきではない、委員会でやれとおっしゃるなら、委員会でやれというふうに答申してもらえばいいことでありますから。どっちこっちという立場じゃなくて、そういうふうに、これは中井委員長の仕事かもわかりませんけれども、それはやはりけじめをつけなきゃおさまらぬと思いますね。 もう一つ私が関心がありますのは、石原知事がずっとしゃべられた話と関連があるのでありますが、みずから東京を、一極集中の問題なり、地震の問題なり等々、渋滞の問題やダイオキシンの問題、全部御存じでありますから、それを改革せないかぬことは認めるわけですから、それが、今回我々が考えているものでなくて、別の道があるということを提言されるわけですから、それに対する論争はしなきゃいかぬのじゃないかというふうに実は思っています。 国会議員の方々も、東京選出の国会議員はほとんどの方がその集会に出て、知事演説に賛成演説をほとんどの方が、党派のことは言いませんが、ほとんどの方がそういう発言をされていることも記録に残っています。そういう状況であります。 もう一つ、これも会長に申し上げても直接関係ないことかもしれませんから、むしろ委員長に申し上げることになるかもしれませんが、御本人は、東京都を中心として東京圏、首都という言葉は使わず、東京圏ということにして、そして都と県と全部集めて、七県を集めて首脳会議を開いた。そのために、我々の方も、こういう国が心配していることに関して我々自身が解決するために、地方分権との関係の中で、七県が相談して首脳会議をやりましょう、そのために調査をやろうと。これはまた、調査をやりましょうと各県の知事が決めちゃったのですね、七県が、東京を中心にして。 こういうふうになりますと、国民から見たら、石原知事はああいう格好で気楽にぼっぼっとしゃべられる方だから、割に国民受けするのでありますが、国会が決めたら東京都は黙ってついてこいということはけしからぬと。これは、都民としては受ける話です、国民としては受ける話ですね。受ける話でありますが、だけれども、国会で決めなきゃ何もできないことは事実なんでありますから、そうなりますと、私どもとしては、やはり現場との調整をしっかり早くやらないかぬ。 これは十二月で、今もう二月ですから、そうすると、先輩たちがおっしゃったとおり、早く物を決めろということはわかりますが、その前に、早く東京なり東京圏の関係者と相談をするなり協議するなり、これはもし必要ならいわゆる森委員会の中でやっていただくなり、そのことは、やり方はよくわかりませんけれども、いずれにしても、国民的にはそこのことを急がなければいけないと思うのですが、中井さんに答弁を求めるのじゃなくて、森会長の方、いかがでしょうか。その必要性は、もうそのことを承知の上で出した結論だからいいということでございましょうか。いかがでしょうか。
○森参考人 ただいま提起された、あるいは御質問くださった問題は、これは、事柄の内容そのものだけでなしに、社会的にも非常に大きな事柄であると私も認識いたしております。 ただ、繰り返しになりますけれども、私どもの審議会に与えられておりました、あるいは与えられている使命ということから考えますと、この東京都との比較考量に関しては、国会におかれまして御論議いただくべき問題であると考えておりますので、そちらの方に少なくとも重点は置いていただきたい。 ただ、少なくとも重点はと申しました理由は、先日の審議会の席上でも、一応、私どもの審議会で将来予定されている会合というのは当面はありません、したがって、場合によっては、もう三十二回をもって最終の審議会となるかもしれません、ただ、審議会の委員の方々は、どうか今後とも、審議会ということでなしに、これだけ御努力いただいたわけでありますから、いろいろな個人レベルで今後とも、国民全体の啓蒙と申しますか、知識を増すように御努力願いたいということを私の口からお願いいたしまして、恐らく審議会の委員の方々はそれぞれに、やはりこういう答申をしたということに関しては多かれ少なかれ責任を感じておられると思いますから、今後ともいろいろなレベルで個人としては御活躍いただけると思います。 したがって、私ども、もし何かお役に立つことがございましたら、こちらの方から御下命いただければ、審議会としてそういうことができるかどうか、これは事務当局に相談しなくてはわかりませんが、少なくとも個人レベルとしてはかなりお役に立つことができようかと考えております。
○深田委員 もうこれで終わりますが、会長先生から何遍も出ましたとおり、物を決めるか決めないかも含めて、いわゆる中立を堅持しました、今決まった限りはどんどん執行しましょうよ、こうおっしゃったので、はっきり申し上げて、そういう御心境であったのかと実は改めて思ったのですよ、率直なところ。 その上で、決まったことでございます。私は、そのことだから、なおなお、前から予定しておりましたが、東京都知事問題、これはやらないかぬなと思ってやりましたら、今度は、そこをちょっと薄められたかどうかわかりませんよ、おっしゃっているところはちゃんと論法的には合うのかもしれませんが、いわゆる使命は、場所の選定が使命なんであってと、しかし、関連があることだからやったんだよとおっしゃるわけですけれども。 それは、何遍も申し上げるように、ずっとこの八年間、十年間の経過がありますから、そういう流れはわかりますけれども、東京都知事が都民を代表しているということだけではないかもわかりませんが、都知事なり東京都民の中のこれは一部であるか多数であるかは別にして、その方々にしてみたら、とにかく答申がおくれている、答申に間に合うということを十一月の都議会でもうお話しされるわけですね。これに対して、異論が出ないわけです。しかも、そのことを踏まえて、十二月十七日でしたか、都民大会をやる。 私は住まいは埼玉でございますけれども、首都圏ですから、もう大変影響の大きいところです。そうすると、我々にまた問い合わせが来るという状況になります。 したがって、言葉を返すようでございますから、使命がそうであることはもうわかりましたから結構なんでありますが、あれは私は、やはりそこまで都知事が考えて提起をして、御本人も、使命を知っていたかどうかわかりませんが、間に合う、間に合わさないかぬと思って発言しているとなりますと、そこもまた大きな食い違いになる。わかっていてやっているのか、わからずにやっているのか、一流のパフォーマンスであるのかわかりませんが、やったことは事実ですから。 時間がありませんからこれで終わりますけれども、そうなりますと、何か処理をする、対処すべきことだというふうに思いますので提起させていただいて、先生方の前でなくて、後ほどでも結構ですが。 そういう意味では、一番運営上お詳しい石原先生の方からお話を一言聞いて、参考にさせてもらえればありがたいと思います。どうぞよろしく。
○石原参考人 ただいま会長からもお答えいたしましたように、私ども、国会等の移転対象地域の選定作業を審議する審議会の場では、おのずから土俵が限られておったわけですけれども、その前に、国会等移転調査会の場では、まさに、首都機能移転是か非かの議論を含めて、根本にさかのぼった議論が展開されたわけであります。 実は、前の調査会がスタートする当時、私はまだ官邸におりまして、いろいろ国土庁その他とも相談にあずかったわけですけれども、私がそのとき一番力を入れて申し上げたのは、首都移転については、受け入れ側よりも出ていかれる側の立場、状況をしっかり確認してほしいということを申し上げた。 というのは、当時から国会等移転につきましては、当時は鈴木知事でございましたが、これは絶対反対でございました。むしろ地方分権を徹底することによって東京の過密は是正できるんだというお立場で反対しておられました。 どこの知事でも、どこの市長でも、そこにある政府機関等が外へ出ていくとなれば、その影響は非常に大きいわけですから、皆さん反対されるわけです。 したがって、そういうことが成功するかしないかは、出ていかれる団体をいかに説得できるかどうかがかぎになる、私は経験からそういう考えを持っておりましたから、当時、国土庁の担当者の諸君あるいは当時の調査会の会長さん初め委員の皆さんにも、東京の扱いについてはたくさん力を注いで、東京の立場というものを十分理解した上での議論展開をしていただきたいということを申し上げたことを覚えております。その点は調査会答申にも十分意を用いて触れられておる、このように思います。 いずれにいたしましても、私どもは、その調査会答申を受けて、調査会の示された要件に沿って、具体的な候補地の選定について今回御答申申し上げたわけでありますが、これから先、国会で具体的に国会移転をどうするかということを御審議なさる際には、やはり私は、出ていかれる東京都の立場というものを十分議論して、これを説得できないとなかなかうまくいかないんだろうと思います。そういう感想を持っております。
○深田委員 どうもありがとうございました。これで終わります。
○中井委員長 深田さんの御提案につきましては、理事会で相談をさせていただきます。 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。 この際、参考人に一言お礼を申し上げます。 森参考人、石原参考人におかれましては、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表して厚くお礼を申し上げます。 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時二分散会