厚生委員会 第8号
- 発言数
- 86 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 7
- 開催日
- 2000/04/18
会議録
○江口委員長 これより会議を開きます。 内閣提出、児童手当法の一部を改正する法律案を議題といたします。 本日は、本案審査のため、参考人として、国立社会保障・人口問題研究所所長阿藤誠君、さくら総合研究所環境・高齢社会研究センター主任研究員池本美香さん、中京大学経済学部教授都村敦子さん、以上三名の方々に御出席をいただいております。 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、審査の参考にいたしたいと存じます。 次に、議事の順序について申し上げます。 最初に、参考人の皆様方から御意見をそれぞれ十分以内でお述べをいただき、その後、委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。 なお、発言する際は委員長の許可を受けることになっております。また、参考人は委員に対して質疑することはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。 それでは、まず阿藤参考人にお願い申し上げます。
○阿藤参考人 国立社会保障・人口問題研究所で所長を務めております阿藤でございます。 私は、長い間人口問題の研究に携わってきた者でありまして、今回の児童手当法の改正に関連いたしまして、人口問題研究者の立場から、全般的な意見を申し述べたいと思います。 さて、今回の児童手当法の改正案は、その趣旨説明の中で、「総合的な少子化対策を推進する一環として」という説明がございます。そこで、今日の少子化現象につきまして、少し考えてみたいと思うわけであります。 日本における少子化、この少子化というのは必ずしも専門用語ではございませんが、意味するところは、人口置きかえ水準以下への出生率の低下による子供数の減少という意味だと思いますが、この少子化は七〇年代半ば以降の現象であります。この間、合計特殊出生率は、七三年—九八年の二十五年間に二・一四から一・三八まで、実に三六%低下しております。このような少子化というのは、程度の差こそあれ、他の先進諸国並びにアジアNIESにおおむね共通する現象でもあるわけであります。 既に日本で四半世紀続きました少子化現象のために、今後、少なくとも二十一世紀の前半については、生産年齢人口の大幅な減少、人口高齢化の急速な進展、さらには日本人口の減少が続くと見られております。このような日本人口の一大変化というものは、日本の経済社会に対して大変大きな影響を与えると見られておりますが、とりわけ、経済的にはおおむねマイナスの影響を及ぼすのではないかというふうに考えられております。 この少子化の人口学的な要因と申しますのは、主として、未婚化、すなわち未婚率の上昇、そしてその結果としての晩婚化、すなわち平均初婚年齢の上昇、さらには晩産化、すなわち平均出産年齢の上昇でありますが、最近になって、結婚後の出産にもおくれが見られ始めているというデータが出てきております。 日本は、この未婚化、晩婚化、晩産化の点では他の先進諸国と共通しておりますが、同棲、婚外子の少なさ、二十歳代前半の出生率の低さの点で、他の先進諸国とは大きく異なっております。 このような未婚化、晩婚化、晩産化、少子化の社会経済的背景は大変複雑でありますが、これについては四つほどの見方があると思われます。 第一に、未婚の男女のパートナーづくりがうまくいっていないということであります。私どもの調査によれば、異性の友達がいないと答えた二十代の未婚の男女は四割から五割に達します。 第二番目は、未婚の男女が親元を離れず独身生活をエンジョイし続けている、そういう見方であります。かつては独身貴族と言われておりましたが、近年ではパラサイトシングル、すなわち親に寄生する未婚者、こういうふうな言われ方もされております。 第三には、女性の社会進出の現象と、企業、家庭、制度、文化などの既存の社会システム、もう少し言えば男女役割分業型のシステムとのあつれきが生じ、仕事と家庭の両立の難しさが顕在化しているという見方であります。 第四番目は、子供は親にとって、かつては家の宝、経済学的にいいますと親にとっての生産財、資本財であったということでありましたが、近年、サラリーマン化社会になるにつれて、子供は親にとって消費財化あるいは消費財的な性格を強めている。そのため、親が子育てのコストに大変敏感になっている一方で、社会全体として、結婚し子供を持つことの必要性が弱まっている。そういうことも背景にあろうかと思います。 さて、政府による少子化現象への対応でありますが、何よりも、一九九四年のカイロ会議において国際的合意を得ましたリプロダクティブライツを含む人権の尊重ということが大前提であるべきであります。 リプロダクティブライツとは、子供を何人、いつ、どういう間隔で産むかを決めるのは個人並びにカップルの権利である、そういうものであります。それゆえ、少子化対策の名のもとで、独身税であるとか親子同居税であるとかというような懲罰的な税の導入をしたり、あるいは、近代的な避妊手段や人工妊娠中絶を制限するなどの施策は決してとるべきではないと考えております。 政府による少子化への対応策は、国際社会、とりわけ、同じような少子化現象を経験しております先進諸国に共通する普遍的な理念にかなうものであるべきであると考えます。 具体的には、第一に、女性の社会進出を前提にした男女共同参画社会の推進にかなう施策、すなわち、リプロダクティブヘルスの視点に立った教育、保健施策、育児休業制度、公的保育サービスの充実などであります。第二には、子供公共財的観点、すなわち子供は社会の宝という視点に立った、子育て環境の改善に資する施策ということでありまして、この二点が重要であると考えます。 この点で、昨年十二月十七日の少子化対策推進関係閣僚会議において少子化対策推進基本方針というものが出されましたが、この理念と内容というものは大変結構であると考えます。 すなわち、その中で少子化対策の具体的視点として、第一に、結婚や出産は当事者の自由な選択にゆだねられるべきである、第二に、男女共同参画社会の形成や、次代を担う子供が心身ともに健やかに育つことができる社会づくり、三点目に、社会全体の取り組みとして、国民的な理解と広がりを持って子育て家庭を支援することと定めておりますが、これは政策の方向性として正しいというふうに思います。 今回の児童手当法の改正案は、費用負担の点で従来の制度とやや整合性を欠くものとはいえ、支給対象年齢の拡大を図った点で、子供公共財的視点に立った、子育て環境の改善を目的とする経済的支援の強化策の一環と考えられ、政策の方向性としては理解できるものと考えます。 ただし、政府による子育ての経済的支援というものは、今回の児童手当法の改正では到底十分とは言えないと思います。先進諸国では、高齢化の進行とともに福祉施策の中心が高齢者に置かれ、子供あるいは子育て家庭が等閑視される傾向があるとも言われております。現に、日本でも一九七三年—九六年の二十三年間に、六十五歳以上人口一人当たりの高齢者関係の社会保障給付費は実質で五・八倍になっているのに対して、十五歳未満人口一人当たりの児童手当給付費は実質で一・三倍にしかなっていないというデータもございます。 今後、もう少し時間をかけて、児童手当、税制における扶養控除、奨学金制度、企業福祉としての扶養家族手当などを含めて、子育ての経済的支援を総合的に検討するとともに、その一層の充実を望むものであります。 以上です。(拍手)
○江口委員長 どうもありがとうございました。 次に、池本参考人にお願いをいたします。
○池本参考人 さくら総合研究所の池本と申します。 主に諸外国の制度との比較によって、日本の少子化について調査研究をしております。その一環として、昨年、児童手当についてレポートをまとめましたので、本日は、その内容をもとに、児童手当の今後の方向について意見を述べさせていただきます。 欧州諸国の児童手当制度と比べまして、日本の児童手当は支給期間が非常に短く、さらに、支給に当たって所得制限が設けられています。このため、子供一人当たりの児童手当給付額の水準は欧州諸国と比べて非常に低くなっています。 お配りしました資料の図一は、欧州諸国との比較に当たりまして、高齢者一人当たりの年金給付額に対する子供一人当たりの児童手当の水準について見たものです。イギリスやスウェーデンなどでは児童手当の水準が年金の一〇%以上になっていますが、日本では一%に満たない水準です。そして、この年金給付水準に対する児童手当の水準と合計特殊出生率の関係を見ますと、大まかには、児童手当の水準が高い国では出生率も高い傾向にあることがうかがえるかと思います。 考えてみますと、年金がなければ、児童手当がなくても人々は老後の保障のために子供を持とうとします。ところが、公的年金が整備されて、子供がいなくても老後の生活が保障されるようになっていますので、子供を持つことは経済的には損になり、最近では産み損といった言葉も我々の間ではよく聞かれるようになっています。ですから、児童手当の額が諸外国と比べて低い点だけを取り出して議論するというよりは、年金の充実度合いに対して児童手当が十分なのかといった視点で議論する必要があると思います。 日本以外にもイタリアやスペインなど出生率が低い国では、年金に対する児童手当の水準も低い傾向がうかがえます。こうして見ますと、児童手当の水準の低さが少子化の一因となっている可能性が考えられます。ところが、年金の方が物価スライド制になっている一方で、児童手当はそのような仕組みにはなっていないために、ほうっておくと年金と児童手当の格差はさらに広がっていきます。 少子化に歯どめをかけるという意味からは、年金に対する児童手当の水準をイギリスやスウェーデン並みの水準まで引き上げ、さらに、物価スライドなども考慮して支給額を定期的に見直していくことが必要であると思われます。そのためには、財源の問題はありますが、現在検討されている就学前までではなく、欧州並みの十六歳や十八歳程度まで支給期間を延長することや、所得制限の廃止なども検討されるべきだと考えています。 児童手当を拡充することに対する反対意見としましては、ばらまきであるといった批判がありまして、また、現金給付よりも保育サービスの充実に力を入れた方が出生率の向上には効果的であるといった見方があります。これについては、昨年調査で訪れましたノルウェーやドイツの状況などを見ますと、児童手当は決してばらまきなのではなく、むしろ保育サービスにのみ補助することの問題について考える必要があると思います。 例えばノルウェーは、出生率が一・九程度と先進国の中では高い方に位置しますが、児童手当の支給期間が、この五月から十六歳から十八歳にさらに引き上げられることになっています。ドイツは、確かに児童手当の水準が高い割に出生率は依然として低いままですが、そういった状況の中でも児童手当の支給額はさらに引き上げられる予定になっていますし、また、児童手当の支給に所得制限を設ける案については、裁判所の方で、それは憲法違反であるという判決が出たという話も現地で聞いております。 両国とも、児童手当が、少子化対策としてではなく、社会保障制度の体系の中で、年金制度同様、普遍的な制度として位置づけられており、その水準も随時見直されている状況にあることがうかがえます。そもそも少子化対策、すなわち、出生率の向上を目的として施策を打つということは、人口爆発などの懸念もある国際社会においては議論のあるところだと思います。ですから、あくまで年金と児童手当のバランスが、子供を減らす方向ではなく、子供を持つことに関して中立的である状態を目指して、児童手当の充実を図っていくべきではないかと考えています。 児童手当よりも保育サービスの充実を図るべきという意見につきましては、子供を保育所に預けて働くという選択肢だけでなく、自分の手で子供を育てたいという選択肢についても公平に支援していくべきではないかと考えます。 ノルウェーでは、一九九八年から、一、二歳児の親を対象とした現金給付制度が児童手当とは別に導入されました。これは、保育所に出している国の補助金を、保育所を利用しないで自分で面倒を見る場合には親に対して現金で支給するというものです。また、ドイツのバイエルン州では、親が働いているか否かにかかわらず三歳までは児童手当とは別に養育手当を出し、逆に、保育所には補助を行っていません。どちらも、親が働いているかどうか、保育所を利用するかどうかで受けられる補助金の額が変わらない公平な仕組みになっています。 保育サービスといった現物給付ではなく、親に直接現金を給付することについては、保育所の整備をおくらせるといった批判や、女性を家に閉じ込めるものだといった批判も現地ではあったとのことですが、同時に、親に対して子供と一緒に過ごす時間を保障しようという考え方が支持されていて、親が働く、働かないにかかわらず公平に支援していく動きになっています。 日本では、実質的な現金給付である扶養控除は、高所得者ほど恩恵を受けるという側面があります。また、育児休業給付は、フルタイムで継続して働くごく限られた人対象の制度です。普遍的な児童手当の拡充には批判的な声が強い一方で、働く親のための育児休業給付を引き上げることについてはほとんど異論がないという状況については、個人的に非常に疑問を感じています。親に子育てをする権利を与える施策として、日本でも児童手当を初めとする現金給付をふやし、多様な子育てを公平に支援するという視点が求められていると考えています。 保育所の充実だけに力を入れれば、親が子供と一緒に過ごす時間は短くなり、親は労働力として期待される一方で、逆に子供を教育する力が奪われてしまう可能性もあります。保育所を整える方向は税金を納める人をふやすという声もありますが、少子化対策が経済対策の視点からだけ語られるべきではないと思います。 児童手当の拡充に反対するもう一つの意見として、出生率低下の原因は未婚率の上昇にあるので、児童手当は意味がないという批判があります。しかし、未婚化が進んでいるからこそ、むしろ児童手当が求められている側面もあると考えています。だれもが同じように子供を産むのであれば、児童手当の財源を負担する人も子供のいる人になって、負担する額と受け取る額が同じになり、制度としての意味は余りないとも言えます。ところが、子供のいない人が多くなれば、児童手当制度により、子供のいる人は自分が負担する額以上の恩恵を得ることができます。 現在、児童手当の財源については、事業主負担に対する反対の声が一部経営者団体などから上がっているようですが、確かに自分たちの年金を負担してくれる世代を世代全体で育てるという意味からすれば、今後は、むしろ個人負担、すなわち、被用者負担の導入も検討の余地があるものと思われます。 ところで、最近は出生率の低下に関する新しい動きとして、先ほど阿藤先生からもお話がありましたが、未婚化ではなく結婚したカップルが子供を持たない傾向が出てきていることが指摘されています。これについては、企業を取り巻く経済環境の大きな変化を踏まえ児童手当を考える必要があることを示唆していると考えます。 そもそも我が国において児童手当の導入が他の欧州諸国と比べてかなり遅く、また導入後もほとんど充実されなかった背景には、企業に家族手当があり、また終身雇用制や年功賃金のもとで、特に子育ての経済的負担が意識されなかった面もあったと思われます。 ところが、既に家族手当を支給する企業の割合は減っております。同時に、終身雇用や年功賃金といった安定的な職を得られる可能性も低くなっています。景気の低迷とともに、親の経済的理由で高校を中退した人がふえていると聞いています。若年層の失業率も高く、これまでは児童手当がなくても企業に就職して子供を持つ生活がイメージできましたが、それが困難な環境になる中、企業にかわって、これからは児童手当が子供を持つ生活を支えていく時代になりつつあるのだと思われます。 また、児童手当とあわせて、教育費の問題も議論すべきではないかと思います。 日本は、児童手当の水準が低いことに加えて、教育費の私費負担割合も諸外国と比べて大きくなっています。奨学金の充実を初め、私学助成のあり方、公費で運営されるチャータースクールの可能性など、教育の分野でも多様な選択肢を公平に支える仕組みが期待されるところです。 ノルウェーでは、児童手当は毎月原則として母親の口座に振り込まれると聞きました。子供を持つということと児童手当はほとんどセットで、人々の生活の中に位置づけられています。こうした現金給付は、税制の扶養控除と比べて目に見えやすく、子育てに対する社会の関心を示すものになっていると思います。ノルウェーでは、外国から養子縁組してまで子供を育てたいという人も多いと聞きましたが、そうした行動を支えている中心的な存在が児童手当であると言えます。 以上でございます。(拍手)
○江口委員長 どうもありがとうございました。 次に、都村参考人にお願いいたします。
○都村参考人 都村でございます。おはようございます。 児童手当法改正案について意見を述べさせていただきます。 最初に、現行の児童養育家庭に対する経済的支援の問題点について取り上げたいと思います。 我が国の児童手当制度の特徴としましては、第一に、制度の実施が諸外国に比べて遅かったということが挙げられます。日本で導入されたときに、既に世界の六十二カ国で実施されておりました。これは図表一から二を御参照ください。小さく産んで大きく育てることをねらいとして創設された我が国の児童手当制度でありますが、満二十八歳の誕生日を迎えた現在、大きく成長したとは言いがたい状況になっております。 特徴の第二は、社会保障制度における児童手当の位置づけが明確でないということであります。 ベバリッジは、児童手当を、一方では両親が責任を果たすための補助として、他方では社会が新しい責任を引き受けたものとして重く位置づけました。 図表の三をごらんいただきたいのですけれども、これは児童手当給付費の対GDP比を示しています。国の資源の児童手当への投入割合の高い国は、スウェーデンなど第一グループです。平均してGDPの二・七%を児童手当として支給しています。日本は〇・〇三%です。 それから、図表四の方は社会保障制度の中における児童手当のウエートを示していますけれども、この数値は、スウェーデンの一四・四%から日本の〇・三%まで、国により大きな差異を示しております。 三番目の特徴は、支給対象の範囲が限定されているということであります。これは年齢要件と所得制限によるものです。 図表の五をごらんいただきたいのですけれども、真ん中のところに「年齢制限」とございますけれども、諸外国では児童手当は十六歳から十八歳まで、あるいは学生の場合はそれ以上まで支給されますが、日本は三歳までです。そのために、日本では義務教育終了前児童の一一・六%しか受給していないのですね。ですけれども、諸外国ではすべての国で一〇〇%が受給しております。 第四は、子育てのための経済的支援としての機能が弱いということであります。 図表の六をごらんいただきたいのですけれども、これは、子供二人を養育している平均的な勤労者世帯にとって給付は手取り年収の何%ぐらいかというものであります。一列目が児童手当ですけれども、多い国では一〇%以上を支給しているということですけれども、日本はゼロであります。ただし、児童手当のみを比較することによって子供の扶養に対する国の援助策を議論することは十分ではありません。というのは、税制の扶養控除(所得控除)あるいは税額控除がありますので、それも児童手当と類似の機能を果たしているからであります。それを合計したのが一番右端ですけれども、多いところでは一七%から一八%ですが、日本では一・九%ということで非常に給付の規模が小さなものになっております。図表の七は、より新しい年について、児童手当の対手取り年収比を示したものであります。 五番目の特徴としましては、被用者と非被用者では異なる費用負担方式を採用しているということです。財源のうち、事業主拠出金の占める割合が高いということであります。 我が国の児童養育家庭に対する経済的支援は、社会保障(児童手当)と税制(扶養控除)を通じる混合システムによって行われているという点が、第二の問題点として取り上げることができると思います。 この両システムの給付の間には、その目的から見ても、また、それらが個人の可処分所得を増加させるという点から見ても、違いはありません。しかし、公平の視点から問題があります。 そこでは扶養控除の価値を書いておきましたけれども、これは標準的な給与所得者である平均給与の人と平均給与の三倍を稼得している裕福な給与所得者を比較したものであります。表の上のところは、高校生の子供が二人いる世帯ですけれども、標準的な給与所得者は月に一万七千三百円、裕福な給与所得者は月に四万四百円が税制を通じて扶養手当として支給されているということであります。表の下側は、小学生と中学生の子供が一人ずついる場合であります。 このように、高所得層は、中所得層あるいは低所得層よりも児童のために国から大きな援助を受けているわけですね。これは、社会全体の公平という観点からは問題を提起しております。 次に、図表の九をごらんいただきたいのですけれども、この図は税制と社会保障という所得保障のサブシステムの生み出すパターン及びそれらの総合的な効果を示しております。一番上の太い線が両システムからの給付を合わせた総給付であります。横軸に所得をとっておりますけれども、最も所得の低いAグループでは児童手当のみ、その次の中ぐらいのBグループでは児童手当と税制から援助を受けます、それから、高所得のCグループでは税制のみということになっております。 社会保障と税制における給付の総合的な効果は、税制における所得控除システムの逆進的な性格によって強く影響されています。税制の扶養控除の効果が支配的でありまして、児童手当がせっかく実施されているのですけれども、その効果を弱めております。 次に、児童養育家庭に対する経済的支援改革の方向についてです。 第一は、社会保障と税制との相互調整を図ることです。ILOの百二号条約の家族給付に関する最低基準ともかかわるのですが、児童手当を所得保障制度として十分に機能する仕組みにすることが必要であります。 図表の八をごらんいただきたいのですけれども、年間収入の低い階層に属する児童の割合が増加してきております。Iが最も低いグループなんですけれども、九八年で見ますと、IとIIに属するグループが全体の約四割を占めるようになっております。 政策目的をより有効に達成するためには、税制の扶養控除を廃止して、すべての給付を社会保障(児童手当)を通して支給することが必要であります。 国際的な動向を見ますと、児童養育家庭に対する経済的支援は、所得控除から税額控除へ、税額控除から社会保障の現金給付、児童手当へと置きかえられる傾向が強くなっております。多くの国々が児童扶養控除を廃止して、児童手当に統合し、再分配効果を高めるという制度改革を行っております。例えばスウェーデンでは、一九四八年に児童手当が実施されたのですけれども、それと同時に児童扶養控除の方は廃止されております。 経済的支援改革の第二は、経済活動へのアクティブな参加を容易にすることであります。これは、仕事と育児の両立支援を図るということ、すなわち、雇用環境の整備、育児休業の改善、保育サービスの充実等を図るということであります。育児休業給付については、雇用保険の改正によりまして、二〇〇一年の一月から休業前の賃金の二五%から四〇%に引き上げられることになりましたけれども、これは非常に評価できる改革であると思います。 最後に、今回改正の評価についてでございますけれども、児童手当と類似の機能を持つ税制の扶養控除との統合に向けて初めて一歩を踏み出したこと、すなわち、改革の方向性は評価できます。イギリスのティトマスが一九五八年に問題提起をしたわけですけれども、それを端緒としまして、諸施策間の機能の類似性はヨーロッパでは広く認識されまして、児童手当の改革に影響を与えました。我が国では、このティトマスの問題提起から四十二年目の改革として、その意義は非常に大きいと思います。 私自身、一九七七年から実証分析に基づきまして児童手当と税制の扶養控除との統合の必要性を取り上げてきましたので、今回の改正は非常に評価できるというふうに喜んでおります。 ただし、今回の改正は経過措置としての部分的改正でありまして、社会保障と税制との相互調整が徹底して行われないため問題が残り、国民にとって非常にわかりにくい改正となっております。児童手当の大幅な拡充を積極的に推進すべき時期であるにもかかわらず、極めて小規模な改正にとどまっているのは非常に残念であると思います。ニードの高いグループにより大きい公的援助が行われるよう、早い時期に検討が行われることを期待いたします。 以上です。どうもありがとうございました。(拍手)
○江口委員長 どうもありがとうございました。 以上で参考人の方々の御意見の開陳は終わりました。 —————————————
○江口委員長 これより参考人に対する質疑を行います。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。田村憲久君。
○田村委員 自由民主党の田村でございます。 本日は、三参考人の皆様方には、大変貴重な御意見をありがとうございます。心より御礼を申し上げる次第であります。 今、それぞれの参考人の皆様方のお話をお聞きしておりまして改めて思うわけでありますけれども、少子化対策と言っていいのかどうかわかりませんが、我が国の児童手当というもの、この制度自体が諸外国と比べて非常におくれておったということを感じるわけでありまして、これからこれを早急に整備をしていかなければいけないと改めて感じさせていただきました。 少子化の問題というのは、まさに我が国において、我が国のみならずなんでしょうけれども、社会の構造すべてにかかわってくる問題であろう、経済、社会保険、すべてに影響が出てくる。よく考えてみますと、この少子化の問題を、人口構成の問題を解決していけば、今言われておる日本の課題のかなりの部分が解決していくのではないのかな、そんなことを思うわけであります。でありますから、今我が国におきましても、この少子化対策に対する認識というものが非常に高まってきておるわけでありますけれども、今回の児童手当の改正、一歩前進ということになるわけでありますけれども、今お話をお聞きしておりましても、お三方とも非常にこれは進めていくべきだ、そういう御意見だったと思います。 ただ、金額の問題、支給年齢といいますか給付年齢の問題、所得制限の問題、若干お話しいただいたと思うのですけれども、果たして今回のもので効果があるのか、妥当なのか、そこら辺のところをお三方からそれぞれ御意見をちょうだいをいたしたいと思います。
○阿藤参考人 一つは年齢制限といいますか、三歳まで、あるいは今度は六歳までということが妥当かどうかということでありますが、方向として西欧諸国並みに、例えば日本で言えば高校卒の十八歳あたりまで延長する考え方が好ましいのではないかというふうに思います。大学につきましては、むしろ教育費の補助といいますか奨学金制度をもっと充実させるということで考えていったらどうかというふうに思います。 それから、所得制限の妥当性ということでありますが、公正の観点からは制限がない方がいいのではないかと思うわけであります。 それから、三番目の支給額の妥当性でありますが、特に具体的数字は今持ち合わせておりませんが、これもまた余りにも西欧諸国に比べて低過ぎるということでありますから、西欧諸国並みの水準にまで近づける、少なくとも、二十数年前の額が物価スライドがないために目減りしているというふうなことも考えると、これについても物価スライドを入れる考え方もあり得るというふうに思います。 以上です。
○池本参考人 私も、所得制限については廃止するという方向で、ただし、それは先ほどの扶養控除の廃止とあわせて考えるべきだというふうに考えます。 現在、扶養控除分として、非課税世帯では全く恩恵を受けていないわけですが、一番所得の高い層では十五歳までの現金給付総額が二百八十万ぐらいの援助を受けていて、そういった格差が既にあるわけですので、そういったものをすべて廃止して、新制度で月に一万円にすることによって一人当たり百九十二万円ですべての子供に支給するといった方向が望ましいのではないかというふうに考えています。
○都村参考人 支給年齢でございますけれども、これはせめて義務教育終了前まで延長すべきだというふうに思います。 それから、所得制限ですけれども、所得制限はもうほとんどの国が課しておりません。そのかわり、給付の効率性を重視する国では税として取り戻すわけですね。高所得の人のところに子供がいる場合も一応は全部給付をして、そのかわりに租税として取り戻せばいいわけですから、そのような形が可能ではないかというふうに思います。 それから、手当の額ですけれども、児童手当は少子化対策の非常に重要な柱になると思うのですね。そういう意味では、今の水準は余りにも低過ぎるので、これは改善すべきです。 先ほどお配りしました資料で、一番最後の図表の十三のところに書いてあるんですけれども、これは一九八二年の推計なんですけれども、児童手当の給付総額千六百五十九億円に対して、児童と学生に対する扶養控除が二兆四千百五十億円なんですね、財源としては。圧倒的に児童手当よりも扶養控除の財源が規模として大きいわけですから、それを統合することによって活用するという方法があると思います。手当額は改善するという方向が望ましいと思います。 以上です。
○田村委員 それぞれ、今回の改正でも金額的には低いんじゃないか、また、いろいろな制限ももう少し緩和していった方がいいんじゃないか、そういう御意見であったように思うわけであります。 今、池本参考人の方から、扶養控除といいますか所得控除の方はなくしていって、児童手当の方に移行していくべきだ、そういう御意見がありました。今回に関しても、財源問題等々いろいろございまして、対象者は約倍増、倍以上にふえるという話なんですが、しかしながら、財源をどこから捻出するかという中で、年少扶養控除を十万円切り下げるというようなことを盛り込んだわけであります。これによって逆にマイナス要因といいますか、逆に言えば、今まで十分に控除を受けていた人たちが、控除される金額が減るわけでありまして、これがいわばマイナス要件になるんだろうと思うんですよね。 そこら辺のところに関して、今回の制度改正が、プラスの部分とマイナスの部分をあわせてみても、やはりこちらの方がいいんだというようなお考え、確証というものがございますれば、ぜひともお三方からお願いいたします。
○阿藤参考人 もう既にほかの二人の参考人の先生からもお話がありましたが、子育ての経済的支援といいますか、これはもう少し総合的に考えていく必要があるわけであります。児童手当は児童手当だけ、扶養控除は扶養控除だけというのではなく、あるいは奨学金等も含めて、そういうものをもう少し総合的に検討する必要があるということで、それが大前提でありますが、今回の改正の中で曲がりなりにも扶養控除と児童手当というものを連動させたことは、そういう改革案の一つの端緒であったということで、これからの総合的な検討への一つのはずみになるのかな、そんなふうな評価をしております。
○池本参考人 扶養控除と児童手当の関係につきましては、ドイツの方で今回話を聞いてきたんですが、今ドイツでは児童手当か扶養控除の選択制ということになっておりまして、一定の所得階層までは児童手当でカバーして、一部分所得の高い層では扶養控除を選択する、こういう形になっております。 では、なぜ全部児童手当に統一しないのかという質問に対しては、やはりマイナス部分がなかなか受け入れられないので、順次児童手当の水準を扶養控除の最高所得層のレベルにまで引き上げることを目標にしているという話なんですが、ただし、そこまでの財源が確保できないので、ある程度までは児童手当で、高所得層の部分については扶養控除という二段構造になっているというお話でした。 ですので、日本でも当面、扶養控除を完全に廃止するのではなくて、高所得層の部分を残して、そこを目指して児童手当の水準を上げていくといったことも考えられるかというふうに考えます。ただし、そういうふうに扶養控除を廃止していく方向については、やはり公平性という観点からぜひ進めるべきだというふうに考えております。
○都村参考人 今回の改正は、あくまで経過措置でありまして、中途半端な改正にとどまっていると思います。義務教育終了前の子供を育てている、特に中所得層あるいは低所得層の家庭に公的援助がきちっと公平に行き渡るように、早急に皆さんに検討を行っていただきたいというふうに思っております。
○田村委員 それでは、阿藤参考人に御質問をさせていただきたいんですが、もちろん、現金給付というやり方、児童手当というやり方、これも少子化をとめる対策としては非常に重要な方法だと思います。しかしながら、これだけではなかなかとまっていかない。今までずっと少子化といいますか人口の構造を研究されてこられた参考人といたしましては、少子化対策としていろいろな対策をバランスよく講じていく中で、もちろん児童手当の位置づけというものもあるのですけれども、他にどういうものをこれとバランスよくあわせて充実をしていくべきであろうと思われておられますか。
○阿藤参考人 一つは、少子化対策という言葉は余り安易には使いたくないのでありますが、私の冒頭陳述でもお話ししましたように、先進国、西欧先進諸国では、確かに相対的に低い出生率を経験し、マクロ的には多くの問題に直面している側面があります。しかしながら、それらの国の中で、少子化対策というのを外国語で何と言うのか難しいのでありますが、日本語でこれを出生政策というふうにもし置きかえるのだとしますと、そういうことを言っている国はほとんどないんですね。フランスぐらいが伝統的にそういう政策をとっていますが、それ以外にはないわけでありまして、その辺は我々も十分に注意する必要がある。リプロダクティブライツという考え方がやはり根本にありますから、その辺の配慮というものが大変大切ではないかというふうに思います。 その上で、さはさりながらということでありますが、言うまでもなく日本の場合には、戦後の出生力転換、多産から少産への変化、それから、それ以降の長寿化、そして七〇年代半ば以降の少子化という、一種のトリプルパンチで、日本の二十一世紀に始まる人口減少、高齢化の進展というものを諸外国に比べても大変厳しいものにしているということが一方であるわけであります。そういう意味で、それに全く手をこまねいていていいのかということは当然あるわけであります。 その際の大きな考え方としては、これもまた私の最初の陳述でお話ししましたように、やはり先進国に共通する普遍的な理念というものをある程度掲げて、その中で物を考えていく。とりわけ男女共同参画ということは、この普遍的理念にかなうものだというふうに考えるわけであります。 男女平等の教育というものがどんどん普及し、世界的に差別撤廃条約とかそういうものができている中で、さらには、二十一世紀、これまで二十五年間の少子化の結果として、若い労働力が急激に減り始める時代を日本が迎えているわけでありますから、これから女性がますます社会に出ていくことを要請もされ、それを望む状況の中で、私にとっては、何といっても男女共同参画の推進ということが大変大きな課題であるというふうに思っております。 幸いに、日本は、九〇年代から、育児休業制度であるとかその所得保障の改善、それから、公的保育サービスの改善ということを続けておりまして、考え方としてそちらの方向に進んでいるということは大変結構ではないかというふうに思います。 なお、制度をつくっても、実際に例えば育児休業をとりにくいような慣行とかそういう難しさがあるとか、男性が家事参加したくてもできないような労働条件あるいは企業の立地条件等々があるというふうな話も多く聞いております。そういう意味では、この問題は、幾つかの制度をいじれば解決するということはなかなか言えない問題であります。 そういう意味で、社会全般の取り組み、とりわけ男女共同参画、あるいは子供は社会の宝であるという、ある程度皆さんに納得されるような理念を掲げて、その中で総合的な政策を進めていったらどうかというふうに思うわけであります。
○田村委員 いずれにいたしましても、総合的な施策というものを確立していく必要があるように感じました。 池本参考人には、世代間交流を通じて時間銀行なんというようなお話もたしか書物で読ませていただいたので、御質問させていただきたかったのですけれども、時間の方が来ましたので、これで終了させていただきます。どうもありがとうございます。
○江口委員長 山本孝史君。
○山本(孝)委員 民主党の山本孝史でございます。 きょうは、お三方にはお忙しい中、お越しをいただきましてありがとうございました。 まず、都村先生にお伺いをさせていただきたいと思います。 小さく産んで大きく育てるはずだった児童手当が、大きく育ったとは言いがたい。それはなぜか。今までの政府の姿勢のどこに問題があった、あるいは児童手当がどういう形で理解をされてきたと御理解しておられますか。
○都村参考人 外国では、国の将来は現在の児童によって決まるとか、あるいは子供は社会の宝であるという認識が社会全体に広まっていまして、児童政策に対する社会の関心が我が国よりも非常に高いと思うのです。 我が国の場合は、割と高齢者対策に対する関心は高いのですけれども、児童政策に対する関心は今まで弱かったのではないかというふうに思います。それが、先ほど申しましたように、社会保障制度における児童手当の位置づけが明確でないというところにも出てきているというふうに思うわけですね。 児童手当制度の社会的、経済的機能については、ほかの児童手当を充実している国々では共通した考え方がございます。一つは、児童養育により生ずる家庭の経済的負担を軽減するということですね。第二に、扶養児童のいる家庭と児童のいない家庭との間の家計負担の公平を確保するということであります。三番目に、次代の社会を担う子供の成長を社会全体で支えるということですね。それから四番目に、社会の活性化に役立つ給付である。そういう共通の考え方があります。 ですけれども、我が国の場合は、やはり児童手当自体の位置づけも明確でなかったし、社会全体で子供を育てるということに対する関心も余り高くないところに問題があるのではないかというふうに思います。
○山本(孝)委員 児童手当に対する社会の関心云々は今おっしゃったとおり、諸外国と日本との評価の仕方が違うというのもおっしゃったとおりだと思うのですが、私の質問の趣旨は、これまでの自民党政治の中で、政府の中でなぜ児童手当の拡充に力を入れてこられなかったのか。 私の方からお答え申し上げれば、年金の給付と児童手当との給付の差があります、そういう意味で、いわば票田になっている高齢者の皆さんの声は大きいけれども、児童を育てている人たちの声は必ずしも反映されてこなかったということが言えるのではないかと思うのですが、都村先生と池本先生のお二人にお考えをお聞かせください。
○都村参考人 その点は私も同感でございます。やはり、子供自身とかあるいは子供を育てている家庭の意見というのがなかなか政策立案者のところまで届かないという面はあったのではないかというふうに思います。
○池本参考人 私も、高齢者対策と少子化対策を比較した場合に、高齢者は発言する力を持っていますけれども、少子化というのは今後生まれてくる子供のことなので、だれもそれについて発言する人がいないということで、特に児童手当については声にならなかったということがあると思います。 また、児童手当と保育サービスの比較で、保育サービスの方にどうしても政策が偏ってしまうというのも、実際に子供を持って働けないという人は本当に困っているので徹底的にそれを訴えてくるわけですが、何となくそういう支えがなくて子供を産むのをためらっている人たちの声はなかなか集まってこないという側面がありまして、そこをしっかりくみ上げていく必要があると思います。 また、先ほども申し上げましたけれども、これまでは本当に日本の経済がうまく成長していたために、余り経済的負担ということが家庭に意識されなかったのですが、今後は経済環境が本当に大きく変わっていく中で、児童手当というのもまた新たな光を当てていくものではないかというふうに思っております。
○山本(孝)委員 全く同感でございまして、私たち民主党は、やはり将来を見据えながら、これから子育てをしていこうという人たちにどういう施策をしていったらいいのかというところに力を入れていきたいと思っています。 もう一点、都村先生にお伺いをしておきたいと思っているのです。 お配りをいただきましたプリントの中であるいはただいまの御発言の中で、「今回の改正の評価」として、「児童手当と類似の機能をもつ税制の扶養控除との統合に向けて、はじめて一歩を踏み出したことは評価できる。」と。我々民主党も控除よりも手当の方がいいということで考えておりまして、ここは同じなのですが、一点違いますのは、今回の改正が税制の扶養控除との統合に向けてとおっしゃっておられるのですけれども、実はその財源に当たっているのは年少扶養控除の昨年十万円引き上げをした金額で、一年限りでというふうに御説明される向きもありますが、当時の議論の中では、これは教育減税といいましょうか、大変教育費がかかっている部分に配慮してこの控除制度をつくって手当てをしていこうということだったわけですね。そういう意味では、必ずしも税制の扶養控除との統合に向かっているわけではないと私は理解をしておるのですが、これは先生若干誤解があるのではないかと思いますので、お聞きをしておきたいと思います。
○都村参考人 この児童手当と税制との調整については、厚生省の研究会でもかなり前に検討いたしましたし、社会保障制度審議会の将来像委員会、それから、一九九五年勧告でも、公正な制度にするために児童手当と税制の扶養控除の統合に向けての検討が必要であるということを勧告してきているわけなんですね。 おっしゃるように、年少扶養控除の十万円を戻したというだけで、非常に部分的ではあるのですけれども、初めて、税制の扶養控除も児童手当と同じような機能を持つ給付であるから、その両方を視野に入れて考えなければいけないという視点が出てきたのですね。今後、これが本当の第一段階で、もっと第二段階、あるいは本当に抜本的な改正に向けて進むかどうかはこれからの検討の仕方にかかっているわけで、私としては、これは両システムの調整に向けて第一歩を踏み出したというふうに考えております。
○山本(孝)委員 そのようになっていくかどうかはこれからの与党の協議あるいは政治の場の議論だというふうに思いますけれども、もとへ戻っただけであって、私は、これは一歩踏み出しているとおっしゃるのはかなり無理がある、正確に理解をされた方がよろしいかなと失礼ながら思います。 それから、きょうは、池本参考人も都村参考人も、どちらも諸外国との比較ということでお話をされているわけですね。確かに、年齢の支給対象の範囲あるいは所得制限のあり方等々を見ましても、金額を見ましても、どの数字をとっても日本の場合にはかなり低いということが言えるわけですけれども、私は、この単純な比較というのは非常に危険を伴ってくるのではないかと思っています。 その一番の問題は、税制のあり方。とりわけ日本の場合に、自営業者等々の所得の捕捉、被用者と自営業者との間の所得の捕捉のあり方が不公平、不公正なままで何とかその制度を前提に児童手当で調整をしていこうとすると、そこにかなり無理が出てくるのではないかと思うわけです。そういう意味で、諸外国の例をよく御研究なさっておられる池本参考人並びに都村参考人に、日本の税制はこのままで扶養控除を児童手当に変えていけばいいのではないかとか、あるいは金額をもっと上げていけばいいのではないかという議論はかなり無理があるのではないかと思いますが、その点についてのお考えをお聞かせいただきたい。 もう一点、池本参考人にお伺いをしたいのですが、お書きになっておられますレポートといいましょうか論文の中で、扶養控除の廃止等により、現行の十六倍程度に金額を上げていったらいいのではないかという御主張もございました。扶養控除の廃止によって今のこの金額を十六倍に上げるほどの金額は出てまいりませんので、「等」とおっしゃっておられる中にどういうことをお考えになっておられるのか、お聞かせをいただきたいと思います。
○池本参考人 まず、現行の十六倍程度に上げるという案についてですけれども、これは、確かに扶養控除の廃止のみによっては当然賄えないわけでして、残り一・五兆円だったかと思いますが、その額は別途何らかの形で補てんしなくてはいけないということです。 それについては先ほども申し上げましたが、自分たちの世代が、これは上智大学の山崎先生が言っている児童年金の考え方にも共通するんですけれども、児童手当の被用者負担といいますか、必ずしも企業に負担させるのではなくて、個々人が負担をして自分たちの年金を支えてくれる次の世代を育てていくというような形の保険制度のようなものを導入する可能性もあるのではないかというふうに考えています。 あともう一つの質問は、ちょっと……(山本(孝)委員「いいです、わかりました」と呼ぶ)
○都村参考人 国際比較の点でございますけれども、お配りしました図表の六は、あくまで子供を二人養育している勤労者世帯に限定しておりまして、今我が国でも被用者が八割を超えたということでサラリーマン社会になっておりますので、平均給与を稼得している勤労者世帯について、所得税の負担とか社会保険料の負担とかも考慮に入れて、手取りの年収額に対して児童手当なり税制の所得控除あるいは税額控除の価値がどのくらいかということを比較しましたので、自営業者の所得の捕捉の問題とか非被用者との問題もあるかと思いますけれども、一応、国際比較の方法としましては、ここでは勤労者世帯に限定している、被用者に限っているということでございます。
○山本(孝)委員 被用者に限って国際比較をすれば非常に少ないという意味でこの表を使っておられる。 若干私の質問の仕方が悪かったと思うんですが、自営業者に対する所得の捕捉が大変に不公平だ、いわゆるトーゴーサンピン、クロヨンという状態がある中で被用者と自営業者とを同じように扱って、今、日本の場合でも所得の制限が違う、これすらおかしいではないかというふうに私は思うわけです。そういうことでいきますと、公平な税制というものがまず前提にあって、それで控除をどうしようか、手当をどうしようかという次の議論に進まないと、この議論はかなり混乱を生じさせるのではないかと私は思うということを申し上げたわけです。 時間が限られております。阿藤先生、お仲間の方の論文のことでお聞きをして恐縮なのですが、小島さんがフランスの家族手当等々議論されておられる中で、先ほど池本参考人は未婚化に対しても児童手当は効果があるというふうにおっしゃったわけですけれども、小島さんの論文を読んでおりますと、少ない金額ではほとんど出生率には影響してこないのではないか、かなりの金額を出さないと出生率の回復にはつながってこないのではないか、こういうふうに言われているわけですけれども、先生御自身はどんなふうにお考えでいらっしゃいますか。
○阿藤参考人 いろいろな施策が単品ごとに出生率にどういう影響を与えるかというのは、大変評価するのは難しいわけですね。 今の先進国の中では、北欧諸国、英語を話すアングロサクソン諸国の出生率は相対的に高くて、南ヨーロッパ諸国、日本、それに次いでドイツ語圏といいますかそこらあたりが低いという、やや二分した傾向があるわけです。フランスは前者の方に入りますが。そういう傾向の中で、どの施策がどういうふうに効いているのかというのは、大変評価の難しい問題だと思います。 しかし、大まかに言って、一つは、男女共同参画の施策が進んでいる国ほど出生率が高い。それから、これはもう少し弱い関係だと思いますが、やはり子育てに対する経済的援助の手厚い国ほど出生率が高い傾向がある。ただ、後者の方はかなり例外もある。そういう状況ではないかと思います。 その額の問題で一つだけ。特にフランスの場合でありますが、戦後、フランスが児童手当を大変手厚くして、それがフランスの出生率の上昇に大いに効果があったというのがフランスの学者の見解であります。それが、実はフランスの児童手当というものがどんどん目減りしてきて、今では例えばイギリスなどと余り額が変わっていないというふうなことで、フランスの出生率はイギリスの出生率と今はほとんど変わらない状況になっている。そういう例なんかも見ますと、やはり、余りにも低い児童手当あるいは経済的補助ではとても出生率に影響を及ぼすほどではないと言えるのではないかというふうに思います。
○山本(孝)委員 いっぱいお聞きしたいんですけれども、時間が来てしまいました。申しわけありません。金額は何をもって計算をしていくのがいいのか、費用費目はもとは何を考えるのか、家庭教育費、学校教育費をどこまで面倒を見るのか、もう少しお聞かせいただきたかったんですけれども、時間になりましたので、終わります。ありがとうございました。
○江口委員長 福島豊君。
○福島委員 公明党の福島豊でございます。 参考人の先生方には、大変お忙しい中、貴重な御意見をお聞かせいただきましたことを御礼申し上げる次第でございます。それぞれの参考人の先生方の御意見を、私、非常に共感をしながら聞かせていただいておりました。 まず初めに、都村参考人にお尋ねをしたいと思っております。 都村参考人御指摘のように、扶養控除から児童手当への転換ということは何としてもなし遂げなきゃいけないというふうに私ども思っております。もとに戻っただけではないかという御指摘もございましたけれども。 先日の委員会で、大蔵省に来ていただきましたが、総理府の社会保障制度審議会の九五年勧告で扶養控除との統合をどうするのかという提言がなされていながら一体どういう議論をしてきたのかという質問をいたしました。返ってきた答えは、昨年の暮れにやりましたという答弁でございまして、実際のところはそれまで何も議論がなされていなかったということなんだと私は思います。そういう意味では、昨年の暮れ、政権与党の中でそういう議論がきちっと起こってきたということは第一歩であるし、そしてまた、先生がおっしゃられるような転換を図るために私どもは努力をしてまいりたいというふうに思っております。 そこで、先ほども山本委員から御指摘ございましたが、私どもは、現在の児童手当を倍増したい、そしてまた、支給年齢も義務教育の終了まで拡大をしたい。そうしますと、大体二兆四千億円要る。扶養控除を撤廃するだけでは一兆二千億ということで足りないという話があったわけでございます。昨年、年金制度とのリンクを考えるということで、年金の積立金の運用益を活用してはどうかという提案をいたしました。これはなかなか賛成をいただくことができませんでした。一方では、被用者の負担ということで、自己拠出型の制度を考えてはどうかという意見もありました。また、先ほど池本参考人からは、保育サービス、現物給付という形になっておりますけれども、その財源を活用して統合してはどうかというふうなお話もございました。 先生としましては、財源としてはどういうあり方が望ましいと考えておられるのか、御意見をお聞かせいただきたいと思います。
○都村参考人 大蔵省が昨年の暮れから検討をされたということですが、私は先ほど意見を述べさせていただきましたように、先進諸国で早いところは一九四八年から、一九六〇年代、七〇年代に児童扶養控除を廃止して児童手当に統合している国が非常に多いわけですね。 それから、先ほどちょっと私自身の推計結果を申しましたけれども、一九八二年について扶養控除の推計をすると、二兆四千百五十億円になったということですね。大蔵省が、子供とかあるいは大学生ぐらいまでを含めて扶養控除を廃止すればどれだけの財源になるかという推計を、価値の推計をしていないということはないと思うんですね。ですから、統合に踏み切るところまでにいくかどうかには、また大変いろいろな議論があると思いますので時間がかかるのかもしれませんけれども、私は、準備なり検討なりは内部でされているというふうに思います。 それから、手当を倍増する場合の財源でございますけれども、先ほど我が国の児童手当の特徴でも申しましたように、日本の場合、時系列でだんだん変化はしてきているんですけれども、現時点について見ますと、千七百八十億円の児童手当の財源のうち事業主拠出金が千二百億円で、何と六七・四%を占めているわけですね。 ですから、児童手当の財源をどうするかというのは、お配りしました資料の図表五の右から二番目の列が財源なんですけれども、大体、ユニバーサルシステムをとっている国は全額国庫で児童手当の財源を賄っております。それから、雇用関連システムの国では国と事業主の拠出金で賄っております。そのほか、自営業者が拠出している。「自」と書いたのは自営業者が拠出しているところですね。それから、被用者が拠出している国もあります。 大きく分けると、ユニバーサルシステムは国、雇用関連システムは国と事業主が財源を賄っているということでありまして、先ほども申しましたように、子供の成長とか子供を育てるというのは将来の社会を支える人たちを育てるということですから、私は、特定の親だけが負担するとか子供のいる親だけが負担するとかということではなくて、子供のいる親も子供のいない親も、それから、企業にとっては将来の労働力になるわけですから事業主も、もちろん国も責任があるわけですね、社会全体で支えていくという、その考え方が重要だと思うんですね。 ですから、扶養控除の財源を児童手当の方に持ってきますと、これは十六歳までであれば約一兆円かもしれませんけれども、もう少し大学生とか専門学校生とかそのあたりまでも転換するというふうに含めてくればもっとふえると思いますし、それによって一部の財源を賄う。そのほかについては、やはり事業主の拠出もあっていいし、子供を育てていない親も、将来は年金をもらうわけで、その年金を支えていくのは今の子供たちあるいはこれから生まれてくる子供たちですから、全体で支えるという姿勢が必要ではないかというふうに思います。
○福島委員 都村参考人に一点追加ですが、保育サービスの現物給付をやめて、それで財源がある程度捻出されるわけですけれども、それを児童手当という形でお配りをして、そして、保育サービスを受けるときにはそれぞれお支払いをいただくという形の考え方を先ほど池本参考人はおっしゃられたんですけれども、それについては先生はどうお考えでしょうか。
○都村参考人 私は、やはりサービスで給付する部分と現金で給付する部分とは少し違うと思うんですね。保育につきましては、従来どおりサービスで給付をして、子育て家庭に対する経済的支援、所得保障については児童手当で行うのが望ましいのではないかというふうに思います。
○福島委員 次に、池本参考人にお尋ねをしたいんですが、先ほど御主張の中で被用者負担のことを提案されました。私もいろいろ考えている中で、介護保険は四十歳から六十四歳まで負担をしていただいているので、二十歳から四十歳ぐらいまでは子育ての方に負担をしていただいてもいいんじゃないかというようなことを考えたこともあります。 それは、実は昨年の暮れの議論の中で、独身税というのを設けたらどうかという意見がありました。子供を育てないといいますか、いろいろな事情がありますので一概にはなかなか言いにくいんですけれども、そういう方からは特別税金を取ってインセンティブを与えるというようなこともありますし、むしろ世代内の所得移転ということで、子供のいない、要するに子育ての負担のない家庭から、子育ての負担のある家庭に所得移転を行うような仕組みを考えたらどうかというような意見もありました。 この被用者負担の導入というようなことに向けて、今申し上げたような点については先生はどのようにお考えか、お聞かせいただきたいと思います。
○池本参考人 私が先ほど申し上げましたのは、未婚率が高まっているからこそ児童手当というお話なんですが、それによって未婚率を下げようということよりも、未婚者であることも選択肢の一つとしてきちんと認める制度をつくるべきではないかというふうに思っております。今、未婚者については独身税をかけろとか、非常に肩身が狭くて、逆に子供を産むことを強制するような雰囲気にもなりかねないということもありますので。 子供を産まないのか、産めない人もいるわけですから、そういう人たちも、自分たちの将来を支えてくれる子供たちのためには、それなりに自分たちのできる形で、お金ということで貢献したいという人も多いと思いますので、それを支える形、今お話にありましたように、二十代から四十代ぐらいの世代で今の子供のいる世帯のお金を負担するという制度は非常に検討する価値があるのではないかというふうに思っております。
○福島委員 最後に、阿藤参考人にお尋ねをしたいのですが、今少子化というと子供の数の話ばかりなんですけれども、ことしに入りましてから私が興味を持っておりますのは、子供の育ち方が変わってきたのではないかという思いがいたします。 例えば、学級崩壊というような事象に象徴される事柄ですとか、最近、自己中とかという言葉がありますけれども、非常に自己中心的な考え方をする傾向が強くなってきているとか、いろいろな指摘があります。これは少子化と同時に家族の規模が小さくなって、そしてまた、母親一人、子一人というような非常に閉ざされた空間の中での子育てというようなことが、そういうことの原因になっているのではないかというような指摘もあります。 先生は少子化と同時に子供の育ち方そのものがどう変わっているのかということについてどのようにお考えなのか、お尋ねをしたいと思います。
○阿藤参考人 今の御質問は、人口問題というところから少し離れると思いますが、広い意味で人口の質といいますか、そういうお話になるんだと思います。 私自身も日本の子供の育ち方にやや危惧を抱いている者でございまして、ほぼ同意見でございます。 新聞紙上あるいはテレビをにぎわす事件というのは、ある種、氷山の一角の面もあるのではないかと私も思いますが、そこで考えるべきは、日本の子供あるいは大人も含めてかもしれませんが、戦後非常に個人主義ということが強調されたのですが、それが、あえて言えば非常に利己主義になってきている。個人主義は決して悪いものではなくて、自己責任で社会的に迷惑をかけない、あるいは社会的に貢献する、そういうものも含んだ個人主義であるわけなんですが、どうも日本の場合にはそれがやや履き違えているんじゃないかな、戦後、全体としてそういうことがあるように思われます。 そういう意味で、子供の問題に引きつけて言えば、日本では家族内で家事を子供が分担するということは大変少ない。これは世界的にも国際比較的にも言われておりますが、これなども、何か自分が社会に貢献するあるいは家族に貢献するということが非常に欠けているということがございます。 同時に、青年期になったときに、何か社会的な貢献をするものが、日本にはそういうメカニズムが全くございませんが、何かそういうものもつくっていって、もう少し一人一人が自己責任を持った個人主義の人間ができてくる、と同時にそういう社会的な貢献にも目配りができる、そういう人間像というものをつくっていく必要があるのじゃないかというふうに思っております。
○福島委員 以上で持ち時間が終わりましたので、質問を終わります。 本日は、参考人の皆さん、ありがとうございました。
○江口委員長 武山百合子さん。
○武山委員 自由党の武山百合子でございます。 きょうは、参考人の皆様、お忙しい中ありがとうございます。 早速、福島議員の質問の中で出た話ですけれども、抜本的に少子化対策としてどういうことがいいかということで、今最後に阿藤誠さんが、意識が変化してきたが、もう一度きちっと意識をつくるべきじゃないかということですけれども、私たちは、本当に自分が老後になったらどんなになっちゃうのかなと大変心配しておりますけれども、基本的に、普遍的な理念をどういうふうにつくったらいいか、どのように日本の社会は普遍的な理念を育てたらいいか、まずお聞きしたいと思います。阿藤参考人から。
○阿藤参考人 一つは、自立した個人をつくっていく。それは、当然のことながら家庭教育を出発点として、学校教育の中で十分に培われるべきものだというふうに思います。そういう自立した個人がこれからの社会をつくっていく。同時に、その個人個人がお互いに支え合うという側面があるわけでありますが、日本の場合、今までどうも家族にそれを依存する形が大変長く続いたものですから、その辺に大変甘えがあるということではないかと思うのです。しかし、これからはなかなかそうはいかない時代でございますので、もう一方で社会的な支え合いの仕組みをつくっていくということであろうと思います。 もう一つ、その前提として、先ほど触れましたが、青年期に、若者がもう少し目に見える形で社会に貢献できるフレームワークといいますか仕組みがあったらいいのじゃないかなというふうに私は思っているのでありまして、例えばの話でありますけれども、ボランティアで社会奉仕をするというふうな制度的なメカニズムがあったらいいのかなというふうなことも考えております。 以上です。
○武山委員 池本参考人に、日本がなぜ普遍的な理念を育てられなかったと思いますか。
○池本参考人 ちょっと御質問の意味がつかみ切れていないのですけれども……
○武山委員 今、少子化対策ということで議論しているわけですけれども、普遍的なもの、いわゆる日本の家族制度ですね、よい意味でも悪い意味でも時代の変化に対応して今こういう社会になったのですけれども、日本の持っている伝統文化を大事にした家族のあり方など、戦後大事なものをたくさん失ったのですね、そういう普遍的なもの、いわゆる家族に対する基本的なものがなぜ戦後育てられなかったか。
○池本参考人 私も、最近の少子化対策の議論を見る中で、先ほども申し上げましたけれども、経済という視点が物すごく強く出ていて、それに合わせて家族というものも考えられてきたのではないかというふうに思います。 家族が社会の中でどういうふうに議論されてきたかということを見ますと、親は働いて、保育サービスを与えて、女性も労働力としてどんどん社会に貢献してもらうといった議論が中心になっていまして、私自身、諸外国の例なんかを見てみますと、親が自分たちの子供を教育するということを非常に大切にしていて、そこに国としても積極的に補助をしていっている。つまり、家庭がきちんと次の世代を育てられるように支援していくという方向が、非常に日本と違うところだなというふうに日々感じております。 ただ、昔の伝統的な家庭といって、女性に家に帰れとかそういうことを議論するつもりはないのですけれども、女性が外に出ることばかりを議論していて、家庭の価値が非常に忘れられてきてしまったのではないかなというふうに思っています。 ですから、先ほども阿藤先生のお話にもありましたけれども、共同で何か小さな社会をつくっていくといった部分の教育が——私自身も家庭の中で、そういうふうに家庭をつくっていくという経験もないですし、学校教育においても友達とは競争する相手ということで教育を受けてきてしまった世代ではないかと思うのですが、そういう共同作業というか小さな社会をみんなでつくり上げていくという活動をもっと見直していく。 それは逆に言えば、非常に効率的でないそういった活動がどんどんなくなってしまったということが背景にあると思うのですが、少し効率化とかということから離れて、自分たちでそういう社会をつくっていくという、手作業の部分のようなことをもう一回見直す時期に来ているのではないかというふうに思います。それがひいては、結婚できない私たちの世代というのは、そういう経験がないから家庭をつくるということがどういうことかよくわかっていないのではないかと思いますので、そういった教育から見直していくことが必要だというふうに思います。
○武山委員 どうもありがとうございました。 先ほど都村参考人は、もう既に児童手当は六十二カ国で実施されていて、日本は二十八年もたっているということですけれども、二十八年もたっている割には育たなかった。私は全然児童手当の恩恵は受けていなかったはずだと思うのですね。両親からそんな話を聞いたこともありませんし、まず議論にもなかったように思うのですね。なぜ二十八年もたった割には育てられなかったのでしょうか。その辺をちょっとお聞きしたいと思います。
○都村参考人 日本の社会保障ということで見ますと、御承知のように社会保険中心ですね。医療、年金中心でずっと拡充が図られてきたわけですけれども、社会保険の中でも特に働く人、被用者中心で制度が拡充されてきたわけですね。それで、どうしても家族の問題というのは後ろに置かれるというか軽視されてきたわけであります。 そのために、年金とか医療とか社会保険のシステムに乗っかっている、しかも被用者、被保険者中心のものは、どんどん制度が改善されて、対象も拡充されて、整備されてきてかなりのレベルに達しているのですけれども、その働く本人以外の家族の問題、家族に配慮した政策というのは、日本は児童手当に限らず非常におくれているというふうに思うわけですね。その中の一つの例が児童手当だと思うのです。 そういうふうに、やはり経済というか、働いている人あるいは社会保険料とか税を負担する本人の問題に中心が行っている。そうでない場合には、やはり高齢者ですね、先ほど言いましたように、高齢者の数が急速にふえてきたために、老人福祉法ができたあたりから非常に高齢者対策の方にウエートが行って、その分、財源というか資源には限度がありますから、子供とか女性とかに対する政策が非常におくれてきたわけです。 これから二十一世紀を考えますと、子供というのは、社会にとって一つの投資なわけですね、社会保障だけじゃなくて経済社会を支えていく将来の投資ですから、そういう投資的な視点というか予防的な視点、起こってしまったリスクとかに対して対応するというだけではなくてもっと長期的な視点に立つと、子供であるとか、それから、これから労働力人口が減ってきますから、例えば今家庭にいる女性も経済活動へのアクティブな参加を容易にするような政策が必要だというふうに先ほど申しましたけれども、社会参加あるいは経済参加をしていくことが非常に大事になってきますので、今までのように働く人あるいは被用者中心のシステムでは日本の社会は成り立っていかないと思いますので、やはり児童手当を含めて家族に配慮した政策ということが重視されなければいけないというふうに思います。今まではそちらの方が軽視されていたというふうに思います。
○武山委員 どうもありがとうございました。 今回の法律の中身についても一言二言お聞きしたいのですけれども、この支給対象年齢とか手当額が議論されておりますけれども、三人の参考人の皆様、この手当額はどのくらいが妥当だと思いますでしょうか。今回は法律でこのように決まるわけですけれども、将来のために、手当額として皆さんが妥当と思っている金額を一人一人お答えいただいて、私の質問を終わりにしたいと思います。
○阿藤参考人 私、先ほど具体的な数字は持ち合わせていないということで、西欧諸国並みに近づけてはどうかという意見を申し上げました。そういう意味では、子供一人、第一子、第二子五千円というのは余りにも低過ぎるんじゃないか、せめてその辺を二倍にできたらというふうに考えております。
○池本参考人 額については、非常に難しいんですけれども、私の案では一応月に一万円ということで、そのぐらいのレベルで義務教育終了前まで支給することによって大体諸外国並みの水準になるのではないかというようなことで考えております。
○都村参考人 ILOの百二号条約の家族給付に関する最低基準を満たすようにすることがやはり目標だと思うんですね。これは、給付総額が、男子労働者の賃金の一・五%にすべての子供の総数を乗じた額以上ということで、先進諸国ではこれが批准されているわけですけれども、日本はこの水準に達しないわけですね。ですから、この百二号条約の最低基準を少なくとも満たすことを目標とすべきだと思うんですけれども、日本にとっては非常に高い目標だと思いますので、先ほどの図表六で示しましたように、給付年額の手取り年収に対する比率で見て、日本は先進諸国の中で一番低いわけですけれども、せめてこれの真ん中あたりに行くぐらいの第一段階の引き上げが考えられるのが望ましいのではないかというふうに思っております。
○武山委員 そうしますと、都村さんは、一〇%くらいということになりますでしょうか、中くらいということは。(都村参考人「そうです」と呼ぶ)はい、どうもありがとうございました。
○江口委員長 吉田幸弘君。
○吉田(幸)委員 保守党の吉田幸弘でございます。 きょうは三人の先生方、大変貴重な御意見をいただき、感謝申し上げる次第であります。 私、子供が小学校一年生と、この間生まれて、二人いるわけでありますが、私自身は六一年、昭和三十六年生まれで、子育てとか子供に対しての教育は非常に経験不足で、本当に本質の部分を皆様に教えていただきたいと思うんです。 この制度自身は一九七二年から開始された。では、その前はこの制度がなかったわけで、きょうここにいる委員の先生方も参考人の皆様も、この制度を実際に受けていない世代の人たちなわけであります。 私、この制度が余り拡大をしたり先走ったりすることによって、親の意識の問題——いい方向に親の意識が変われば問題ないんですが、子育てに関する意識に何らかの悪い影響が出ているのではないかというような気がしてなりません。先ほど福島先生からも、子の数の問題じゃなくて子の育ち方の問題が非常に大きく変わったと。もう全国的にも広くニュースになっておりますように、私の地元名古屋で中学生の非常に痛ましい事件が起こっているわけであります。したがって、本来の親と子供の関係、あるいは家庭、あるいは家族というものがどんな方向であるべきなのか、これをまず三人の参考人の方にお伺いしたい。余りにも質問が大き過ぎるかもしれませんが、昔の家庭、家族というのはこういうものだ、今はこういうものだ、親が子供を育てるのかあるいは社会が子供を育てるのか、こういうことにも言及していただいて、御意見をいただきたいと思います。
○阿藤参考人 大変幅広いといいますか難しい問題だと思います。 もちろん、言うまでもなく、子供が社会に羽ばたいていくための最も基礎的な倫理観といいますか価値観を形づくるのは、子供のときでありまして、それも、非常に人間が可塑的な小さい時代にそういうものが身につけられるというのが一般的な考え方であろうと思います。そういう意味で、この点、家族の役割が今も昔も基本的に変わるものはないというふうに思っております。 ただし、家族の形というものは、時代の変化によって随分変わっていくものであります。ある時期までの日本は三世代家族を理想とするものであった、そして、その数も大変多かったわけでありますが、それが社会の変化とともにどんどん減ってきて、一方で核家族、そして単身世帯がふえているという現状があります。それから、ある時期までは、夫は仕事、妻は家庭という役割分担が一般的だったものが、これもまた大きく変わろうとしています。そして、二十一世紀にはこれがますます変わるであろうというふうに予想されます。そういう意味で、親子のあり方、家族の考え方というものも一般社会の趨勢によって当然変わり得るものだというふうに思います。 そういう中で、今起きているような子育てに対する社会的支援というものが求められている時代であるんだろうというふうに思います。かつてであれば、家族が全面的に老親も子供も面倒を見る、そういうシステムでみんながある程度納得していたわけでありますけれども、今はなかなかそうはいかない時代になっている。そういう中で、高齢者についてもあるいは子育てについても、社会保障を充実していく方向に変わってきたのであろうというふうに思います。 以上です。
○池本参考人 私は、最近の少子化がなぜ進んでいるかといったときに、保育サービスがないからだという議論があるんですけれども、逆に、子育てというのは余りに画一化されていて、保育所に預けて、あと学校に預けて、子供が自動的に工場ででき上がってくるような子育てがイメージとしてあるので、そういった子育てはおもしろくないと単純にみんな思ってしまっているのではないかなというふうに感じています。 私たちの世代では、女性もある程度働くのは当然ということになってきた場合には、むしろ家庭で自分たちの子供を自分たちの手で教育したいというような希望もありまして、そこにサポートしていく施策が今欠けているのではないかというふうに思っています。ですから、保育サービスをどんどん普及させていくというのは、どんどん親たちが自分たちでやる力を失わせてしまう方向に行きかねないというふうに個人的には思っておりまして、むしろ共同で子育てをする保育所ですとか、あるいは家庭で、最近ホームスクールですとかチャータースクールといった動きもありますけれども、そういうふうに親たちが自分たちで次の世代をつくり上げていく意欲を支えるような支援が必要ではないかというふうに思っております。 その意味で、児童手当もそういった施策の一つとして位置づけられるというふうに思っておりますので、児童手当をやることによって家族が社会に依存してしまうといったことにむしろならないのではないかなというふうに個人的には思っています。 もちろん、その児童手当の趣旨がきちんと理解されないで、それが例えば親の娯楽のお金になって使われてしまう危険性がないとは言い切れませんけれども、それについては、きちんと手当の理念なり子育ての教育なり、子育てをする場なりをつくっていくことで、あわせて講じていくことによって解決できる問題ではないかというふうに思っています。
○都村参考人 私は、子育てはやはり家庭と地域と教育の場とか、あらゆる機会を通じて行うべきだというふうに思います。 最近の現代社会の特徴は、割と自己中心的になってきた子供がふえてきていると思うんです。これは全く大人社会の反映だと思うんですね。ですから、大人の方に責任があると思うんですけれども、今大事なのは、思いやりの心とか連帯意識といったものを醸成する必要があると思いますので、小中高とか小さいときから、教育の中にも福祉教育を取り入れて、ボランティア活動の実践と福祉とは何かという勉強の両方を教えていくとか、そういうような形で社会連帯意識が少し芽生えるというか育っていくようにするのが必要なのではないかというふうに思っております。 もう一つは、働く女性が非常にふえてきているのですけれども、子育てをしながらフルタイムで働くというのは、今の日本の社会で非常に厳しいのですね。いろいろな点で厳しいので、やはり両立支援をするような環境を早急につくっていくことが子供にとっても働く両親にとっても望ましいのではないかというふうに思っています。それは大変重要な点だというふうに思います。
○吉田(幸)委員 ありがとうございました。 今、子供にとっても働く両親にとってもというお話があったのですが、私は、こういう法案、あるいはいろいろなところでもそうなんですけれども、両方にというのがなかなか承知できない人間でございまして、ぜひ都村先生に、今回の法律に関してはどちらに重点を置いたのか。これは両方にということではなくて、子供のためのものなのか、あるいは働く両親、親に軸足を置いた考えでつくられているのか、この点について簡単で結構ですのでお示しいただきたいと思います。
○都村参考人 児童手当法の第一条に目的が書いてありますけれども、日本の場合は児童の福祉を高めるという点がありますね。だから、児童手当は社会保障の中でも非常にユニークな位置づけをしているのは、給付自体は親に支給されるとしても、その使われ方というか手当がどうして生かされるかというのは、やはり子供の福祉を高めるというか子供のウエルフェアのためにということがあると思います。
○吉田(幸)委員 よくわかりました。どうもありがとうございました。
○江口委員長 児玉健次君。
○児玉委員 日本共産党の児玉健次です。 児童手当を就学前まで引き上げる、そして、さらにそれを拡大充実させていくことが必要である、この点では各政党の間に完全な合意があります。就学前まで引き上げるというのは本当に当然のことだと考えます。問題は、今回の措置においてその手法が問題である、そこに論議が集中しているんだという点をまず申し上げておきたいと思います。 最初に都村参考人にお伺いいたします。 先生が九九年五月の「季刊 年金と雇用」の十ページでこうお書きになっている。「わが国の顕著な特徴は、先進諸国に比してわが国では児童援助策が根づいていないということである。世帯主の中年期には各種の生活コストが集中し、子どもの養育費・教育費は家計を圧迫する。」まさにそのとおりだと思うのです。そこが日本の子育てにあって一番大きな問題だと考えます。 小学校、中学校と、食べ盛りですし、教育費、塾その他、大変な負担を親にもたらしています。そういう中で、今回の措置は、昨年恒久的な減税政策の一環として出された扶養控除の特例をわずか一年で取り払ってしまう。その結果、千六百万人の子供に関して言えば、新しく児童手当を受け取る三百万人との引きかえで、四十八万円から三十八万円に特例控除が取り払われる。その結果、二千三十億円が、先ほどの中年期において教育費、養育費で大きな負担を余儀なくされている部分を直撃することになってしまう。この点について先生はどうお考えでしょうか。
○都村参考人 最初の、中年期、ちょうど四十代から五十代の両親の場合に、教育とか住宅ローンとか生活コストが集中して大変であるということは、先ほどお配りしました図表八、家計調査による年間収入五分位階級別に分けて、義務教育終了前の児童ですから、まさにおっしゃる小学生、中学生がいる家庭の子供がどういう所得階層に属するかというのを二十三年前と比較しているわけですけれども、この二十三年間に経済の状況も随分改善されて、世帯で見れば所得水準が上がって、子供を育てるということが親でできるのではないかという議論もあるのですけれども、これを見ていただきますと、一番低い階層がIグループです、その次に低いのがIIなんですけれども、そこに占める割合がふえております。Iグループだけを見ましてもふえているのですね。ですから、小学生、中学生を育てている家庭の収入がますます厳しい状況になってきているということがあるわけです。 おっしゃる今回の改正は、私も意見陳述のときに申し上げましたように、年少扶養控除を一年間で一部戻すというような非常に部分的な形で財源、公費を捻出したということがあるために、税金の負担とか家計単位の可処分所得で見ると非常にマイナスになる家計が多かったわけです。それはおっしゃるとおりで、問題を残していると私も思います。 ですから、先ほども申しましたように、児童手当の理念を明確にして、一貫した、みんなが納得できる——国民に非常にわかりにくい改正と申しましたけれども、国民にとって納得できる、特に子育てをしている家庭にとってわかりやすい、所得再分配効果を高めるような、低所得とか中所得で一生懸命子供を育てている家庭に対して公的な経済的な支援がちゃんと及ぶような公正なシステム、そういう制度に一日も早くすることが必要で、これは全く経過的な措置にすぎないというふうに認識しておりまして、具体的に、今おっしゃられましたような、可処分所得の点からマイナスの世帯がふえてくるということは大変大きな問題だというふうに思います。
○児玉委員 私は、扶養控除も税制改革全体で、それも税制を民主的にどうやって改革していくか、そのとき政策的な選択肢の一つであるということは当然のことだと思うのですけれども、その際も場当たり的なやり方ではなくて、あくまで系統的に税制民主化の方向で進めなければいけない。赤字国債に依拠すべきでないというのは当たり前の話で、では、どこにこの後の児童手当の拡充、前進の財源を見出すか。それは、国の財政支出の全般的な見直しと税制改革を国民の立場で改めていく中で十分な財源が見出せていけるだろう、こう考えていることを一言申しておきたいのです。 そこで、次に池本参考人に、先ほどの御陳述ありがとうございました、私は先生がお書きになったさくら総研の九九年十月のこのレポートを拝見しまして、その中で「子どもを持つかどうか迷っている人に対して「社会が子育てに責任を持つ」というスタンスを明確に示すことも重要である。」この部分について全面的に同感いたします。何といっても、今我々に求められているのは、この政策かこの政策かのあれかこれかでないと思うのです。 先ほど先生は児童手当より保育サービスをという意見があるというお話でしたが、私は寡聞にしてそういう意見は余り聞かないのです。保育サービスも児童手当も、そして、先生が行かれた北欧のように、住居についての手当、親保険、それらを全体として総合的に進めていくことが求められていると思うのですね。そのときにどのような方向で進めていくか。これは、やはり社会的合意を得つつ国民全体が合意しながら進めていく必要がある、その場その場でやっていくのでは全体の将来像を損ねてしまう、そう考えるのですが、先生のお考えはいかがでしょうか。
○池本参考人 先ほどの保育サービスだけに施策が集中しているということについて、強調する意味でちょっと言葉が過ぎたかもしれませんけれども、個人的には、働いていない親の子育てもともに社会が関心を持っているということを示す意味で児童手当が重要だというふうに考えています。 あと、もちろん、政策について個別に児童手当なら児童手当だけを取り上げるのではなくて、本当にお金だけでなく親に時間を与えるとか、あるいは、個人的に非常に問題だと思っていますのが時間とともに空間の問題で、確かに、幾らお金があっても今の日本の都会地の中で安全に子供を置けないような状況ではとても子供がふえるはずはないといいますか、例えば自然があって子供が伸び伸び体を動かして遊べるような空間を政策的にどうやって確保していくかということも非常に重要な施策ではないかというふうに思っています。 以上です。
○児玉委員 参考人にお伺いしたいことは、私も去年北欧に行きまして、そして、何年か前にやはり同じ経験をしましたが、そこでは家族政策という言い方をしていて、家族政策をどう進めていくかというとき国民的な合意を非常に重視していると思うのですね、ちゃんと順序を踏んだ論議をしている。今回の場合、その点で不足があるというところに私たちの強い意見があるのですけれども、この家族政策を進めるとき国民的合意が必要だ、この点について先生の感想をお願いしたいのです。
○池本参考人 とにかく、北欧で感じましたのは、政治というものの位置が日本とは全く違っているといいますか、子供のうちから政治についての教育がされている。ですから、家族政策に限らず、日常的な家庭の話題にもそういう議論が非常に出るような環境があるのに対して、確かに、日本では今児童手当の改正が議論されているということを一体どれだけの家庭で理解しているかということは、非常に違いがあると思います。 もう一つは、政治の中で家族政策というものが経済とか産業政策に対して余り注目されていないという問題もあると思いますけれども、私も、北欧の政治の決め方といいますか、その辺のことについては、今後、解決していくといいますか考えていくべき問題だというふうに認識しております。
○児玉委員 時間ですから、最後に阿藤先生に一つだけお伺いいたしたいのですが、先ほど先生の御陳述の最後のところで、住宅手当は従来の政策との整合性に問題はあるとしてもという趣旨の御発言があったように私は伺ったのですが、もしそうでなければ、その点は取り消して終わりたいと思いますが、いかがでしょう。
○阿藤参考人 私は、住宅手当について触れた記憶はございません。
○児玉委員 ありがとうございました。
○江口委員長 中川智子さん。
○中川(智)委員 社会民主党・市民連合の中川智子です。 きょうは、三人の先生方、ありがとうございます。 最初に阿藤参考人に伺いたいのですが、お話の一番最初に、未婚率がふえていると。私の友人の子供たちが、昔ですと適齢期みたいな年齢に達している子供たちが結構たくさんいるのですが、本当に結婚しない、結婚はしたいのだけれどもなかなかいい人とめぐり会わないという、パートナーづくりが非常に苦手になってきたというようなことがあると思うのですが、これに対して、この国の政策というものがあって、具体的に未婚率を減少させていこうというような取り組みはあるとお考えになりますか。短くて結構ですので、そのあたりの御感想をお願いします。
○阿藤参考人 未婚率の上昇というのは、ちょうどこの二十五年間起こっていることでありますが、これが認識されたのは本当にまだこの十年ぐらいなのですね。そういう意味では、これをギアチェンジするような政策があるかと言われると、単刀直入に言えばないと思いますが、しかし、全体としての少子化対策として進められているさまざまな施策が間接的にこういうものを引き下げるという言い方はできるのではないかと思います。 それは、例えば女性が結婚して、就業して、仕事と家庭を両立するのが難しいということで、それを見越して結婚をためらうというふうなことに対して、例えば育児休業制度ができ、あるいは公的保育サービスが整う方向に行けば、それは結婚しても仕事を続けやすいということで未婚率が下がっていく、そういう間接的なものとしては政策が進められているというふうに思います。
○中川(智)委員 国が集団見合いの月間でもつくったらおもしろいと思ったのですが、そういう簡単なことではないなとは思います。 私も子供は二人持っているわけなのですけれども、何か二人ぐらいが当たり前、三人目を産むのに偉いねというような雰囲気が非常にあるのです。結局、漠然とした不安、この国で子供を産んで本当に子供たちが幸せになるだろうか、子供たちが生きていくのにふさわしい環境、押しなべてすべての環境ですが、それが非常に問題であって、根っこの問題を解決しないで少子化対策と称してお金を、私は本当にばらまきというのは余り好きではないのですが、一生懸命考えての御提案だと思うのですけれども、そういうふうに国民にとられてしまうほどもっともっと深刻なものがあると思います。 私の経験からいいますと、例えば一人目を産んだ後、また二人目を産もうかな、二人目を産んで、頑張って三人までは産もうかなと、弾みをつけていって子供はふえていくような気がするのですね。ですから、一子目にもっと額をふやして、そして、三子目は割と少なくなってきてしまったものですから、そこはどんと百万円ぐらいあれする。 まず一人目に児童手当をふやすべきだと思うのですが、今回も一子目、二子目は五千円、五千円で、三子目でぼんと二倍というふうな形になっているのですが、一子目、二子目、そして三子目というこの金額構成に対してどのようにお考えか、これでいいのではないかとお思いか、三人の先生方、参考人にお伺いしたいと思います。金額の問題です。
○阿藤参考人 一般論として申しますと、その国がまさに少子化対策的な傾向を持つ場合には、例えば三人目を強調する、三人目の手当を手厚くする政策をとる傾向があります。これは、特にフランスなんかはその例で、フランスは、一子目はゼロでありますから、二子目に来て、三子目で大きく額をふやす、そういうふうなことで三人目を強調する、そういう政策をとっております。 私は、日本の場合には、先ほど申しましたように、むしろ子供一人当たり皆平等といいますか、均等な額を出した方がいいのではないかというふうに考えております。
○池本参考人 私も、一人目、二人目、三人目の額をどういうふうに決めていくかということについては、まだ自分なりによくわからないところがありまして、三人目が大体多くなっているのですけれども、それは少子化対策としてなのか、あるいは、三人目になればカバーできない金額はどんどん膨らんでくるので、当然その分を補てんする意味で、三人目というか人数が多くなるほど高くするのだという回答もありましたので、どういう考え方でその金額を決めていくかについては、いろいろ考えなくてはいけないなというふうに思っている段階で、まだ結論としては出ておりません。
○都村参考人 児童手当の額の増減については、お配りしました図表の五に、先進諸国では児童数によって増減をする国がほとんどですね、丸がついているところがそうです。それから、年齢によって増減をするところ、あるいは家族類型によって額を変えるところとさまざまで、それぞれの国の考え方によっているわけですね。二種類あります。第一子よりも第二子、第三子とふやしていく国と、第一子が一番高い国と、両方あります。 日本の場合、三子の額が高くなっているのは、私は財源がかかわっていると思いますね。三人目、四人目のところは、少子化という、出生率が下がってくる前から三人、四人と出生するのはそれほど多くないわけですから、三子のところを高くしているのは財源関係ではないかというふうに思います。 今中川委員がおっしゃられました、まず一人目のところを、とにかく今は未婚率が高いし、子供を持ちたいと思っているけれども働いていたりして持てないというような人もいると思いますし、いろいろな理由で一子目もためらっている方もあると思いますので、一人目の額を少し魅力的な額にするというのはなかなかいいアイデアではないかなというふうに思いました。 児童数によって手当額をどうするかは本当にその国の文化とか社会的な条件とか考え方によることですから、それはみんなで合意できるところを考えていけばいいのではないかというふうに思います。
○中川(智)委員 続けてで申しわけないのですが、都村参考人に伺いたいのです。 私は、実際に子育てしていて一番しんどかった、経済的に大変だったのは、子供たちが学校のあれでは追いつかなくて塾に行ったり、高校は私学に行って……。それが、私の場合は子供が三歳違いでしたので、ちょうど大学に入ったときに高校というふうになって、ダブりで入学金とかがとても大変でした。 今、国民の負担感というのは、いろいろな人と話していますと、高校、大学にやったときに、ああ、子供は二人だけにしておけばよかった、どうして三人目を産んじゃったんだろう、一番かわいいんだけどとかというふうな感じなんですよね。教育費がかかるときに、ああ、二人にしておけばよかった、一人にしておけばよかったということが日常会話のように出てくるのですね。 私は、一方では教育費が上がり続けている、それで児童手当はスズメの涙みたいな感じで渡されている、ですから、児童手当の拡充と教育費を下げていくことが、少子化対策のいろいろな施策のうちでも大きなウエートを占めるし、国民側からの負担感とすればとても大事だと思うのですが、都村参考人は、今の教育費の状況が子供を産みたいというところに歯どめがかかっているという御感想はお持ちではないでしょうか。
○都村参考人 厚生省で一九九六年に行った非常に興味深い調査があるのですけれども、理想の子供数を持てない理由というのを女性に聞いているのですね。そうしますと、その第一位が養育費、教育費の負担ということです。それで、その母親たちに、では行政に何を望むかというと、それも第一位が負担の軽減ということで、母親の四〇・九%の人が、教育費、養育費の負担の軽減をしてほしいということですね。 国民生活白書で、何年か前に、どこのところで収入がどのように上がっていって、支出がどうなるかという生涯モデルをつくっているのですけれども、今中川委員がおっしゃったように、子供が高校生、大学生になったときの年収と年間支出とを比べた場合に逆転して赤字になるわけですが、そこのところが家庭にとって一番厳しいということですね。 そこで、その年齢層に対する支援は必要なわけですけれども、その一つは、御承知のように、税制の特定扶養控除が導入されたのは、教育費に対する支援システムが今までなかったので特定扶養控除という形で支援するということで、これは増額されたことに一つ意味があると思うのです。あくまで扶養控除ですから、先ほど申しましたような公平の視点からの問題はあると思うのですけれども、控除額がふえたということがあります。 それから、もう一つはやはり奨学金ですね。特に、大学、専門学校とか短大とかに進学した場合にもっと奨学金を給付する。国民年金の改正で、今度、学生の二十からの国民年金の保険料を出世払いしてもいいという制度ができましたよね、それと同じように、専門学校とか短期大学とか大学教育を受けたいと思う人はみんな受けて、そのかわり奨学金を、今のように限定的なものじゃなくて、もっと給付をして、後で働き出してからあるいは少し収入がふえてから償還するというような形でいいと思うのですけれども、そういう制度とかを導入する必要がある。 それから、児童手当が三歳までとか六歳未満というのは比較的子供の養育費がかからないときですよね、ただし、親の年齢が若いので収入は低いという状況はありますけれども。本当にかかるのは、養育費あるいは教育費を含めて、高校生、大学生のころですから、それに対してやはり負担を軽減する施策を公的に考えていく必要があるのではないかというふうに思います。
○中川(智)委員 時間になりましたので、本当にありがとうございました。 池本参考人に、私、ノルウェーでは母親の口座に振り込まれるというのがおもしろかったから聞きたかったのですけれども、また教えてください。ありがとうございました。
○江口委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。 この際、一言ごあいさつを申し上げます。 参考人の皆様方におかれましては、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして、厚く御礼を申し上げます。 次回は、明十九日水曜日午前九時二十分理事会、午前九時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時七分散会