運輸委員会 第7号
- 発言数
- 154 件
- 登壇者
- 19 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 2000/04/04
会議録
○仲村委員長 これより会議を開きます。 内閣提出、高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律案及び玉置一弥君外二名提出、高齢者、障害者等の移動の自由を確保するための法律案の両案を一括して議題といたします。 本日は、両案審査のため、参考人から意見を聴取いたしたいと存じます。 本日、午前、御出席の参考人は、近畿大学理工学部教授(土木工学)三星昭宏君、救急ヘリ病院ネットワーク理事清水喜由君、東洋大学工学部建築学科助教授高橋儀平君、静岡大学教育学部教授馬居政幸君、以上四名の方々でございます。 この際、参考人各位に一言ごあいさつ申し上げます。 本日は、御多用中のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきますようお願い申し上げます。 次に、議事の順序について申し上げます。 三星参考人、清水参考人、高橋参考人、馬居参考人の順に、お一人十分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。 なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対して質疑をすることができないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。 なお、御発言は着席のままお願いをいたします。 それでは、三星参考人にお願いいたします。
○三星参考人 ただいま御紹介にあずかりました近畿大学の理工学部土木工学科、三星と申します。 総理の大変な中、早くよくおなりになっていただきたいと思っております。 今回の法案に関して何か意見を申し述べよということでございますので、十分程度、私は、専門である土木計画学、都市工学、交通計画の立場から意見を申させていただきたいと思います。 なお、私のきょう用意しました資料は、文章化してはありませんが、一枚物で、三星昭宏の名前が左上に書いてある、右に丸の書いてある図表がありますが、それでございますので、それに沿ってお話しさせていただきたいと思います。 我々が生活していく中で、住宅であるとか建物であるとかといったものの重要性もさることながら、その間の移動というものが大変大事な要素になってまいります。移動ができなければ、我々は日常生活から社会活動、経済活動ができないわけでございまして、これは健常者も障害者もひとしく同じことでございます。 しかし、その中で、何らかの身体的理由により移動が制約されている方々が、いかに社会生活、経済生活等で困難をきわめておられるかについては、また後ほど、この後の参考人等のお話で出ると思いますが、その移動確保は極めて重要な課題になっているわけでございます。 この国会へ私初めて参りますけれども、公共交通を利用するときに、身体的な困難のない方にとっては何でもないわけでございますけれども、少しでも障害が出てまいりますと極めて厳しい環境下にございます。そのために、社会的には多くの人材の活力を逃し、あるいはその方々が通常の生活をなさる権利を侵害しているとすれば、やはり国の責務としてそれを改善していかなければならないというふうに思うわけでございます。 そういった観点から、用意しました資料に沿って少しお話しさせていただきますと、まず、高齢者、障害者の移動性確保の視点の第一が理念とか意義でありますが、私は次の五点を挙げております。 第一は、ノーマライゼーションの流れでございます。 これは、すべての人が、障害のある方もない方もひとしく生活を送れるということで、基本的な考え方としては、参加平等、機会平等、さらに障害のある方々の自立支援、ここで申し上げます障害というのは高齢者も含めておきますが、ということでありまして、このノーマライゼーションの流れに関しましては、今さら私がつけ加えることもないと思います。 二番に関しましては、何といっても、未曾有の高齢率の我が日本社会の中で、活力ある高齢社会づくりをしていかなければならないという課題でございます。 三番目に、そもそも、社会基盤をとにかくつくればよいという時代から、それが社会の中でこなれ、すべての人が使え、さらによりよいものにつくりかえていくというシステムに我が社会は新しくつくり直さなければならない時代に入っております。そういう観点も大変大事かと思います。 それから、国際都市の要件。これは後で少しまた触れますけれども、欧米の国際都市の要件としても、このバリアフリーというものが必要条件にもなってきております。 それから五番目ですが、これが先ほどの三番の話とダブりますけれども、今後の社会基盤整備の方向性に大変大きな影響を与える内容だと考えております。 次に、二番目の、高齢者、身障者と交通に関しまして、どういう場面でそれが問題になるのかということをざっと述べておきますと、まず公共交通機関であります。 この内容は、電車、バス、路面電車、それから新交通システム、タクシー、この際タクシーをここで含めておきますけれども、公共交通機関。この公共交通機関のバリアフリーというのがこの対策のまず基本になってくるわけであります。 この一番の公共交通機関とセットとして、二番のターミナル、交通結節点ですけれども、このターミナルのバリアフリーが必要になってまいります。この二つがセットにならないと使えないわけでありまして、鉄道駅やバスターミナル、バス停等が大事になってまいります。 通常、我々は、この一、二をあわせて、ここには書いておりませんが、メーンストリームと呼んでおります。これはアメリカの方の英語で申し上げておりますが、ヨーロッパではオーディナリー・トランスポートといいます。基本となる公共交通、これをバリアフリーにしていくことが最も重要でございます。 それにあわせて、三番の道路空間のバリアフリーの話が出てまいります。 これには二種類ありまして、高齢者や障害者が歩行者として道路を歩くときのバリアフリー、もう一つの問題は、ドライバーとして運転なさる場面、この二つが出てまいります。特にこれからの高齢社会で、今急速に中年以下に免許の保有率が高くなっておりますが、それが持ち上がってまいりますので、ドライバーとしてのバリアフリーというものもこれから重要になってまいります。これは余り知られていないところでございます。それから道路、駅前広場、こういった道路空間全体のことであります。 あと、その他に関しましては、公園、緑地あるいは地下街、都心部といったところがあります。 先ほど私はメーンストリームを一番と申し上げましたけれども、それに対する対置概念としまして、高齢者、身障者に特化した乗り物として、これは余り日本で知られていないので議員先生方もひょっとして耳なれない言葉かと思いますけれども、欧米では大半の都市で普及しておりますスペシャル・トランスポートというものがあります。これは高齢者や障害者に特化した乗り物として積極的に足を確保していこうということでございまして、日本では東京圏、この首都圏は割に進んでおります。今、東京都でも百団体を超えております。大阪でも急速に進んでおりますけれども、この辺は今後の課題として入ってまいります。 このような場面で、お手元の三番に計画論があります。計画論では、ニーズ論について少し補足しておきます。 まず、ニーズに関しましては、高齢者、身障者の自立と活力ということが第一番になりますけれども、この施策には、高齢者、身障者に限らず、幅広い国民のニーズがあるということを申し上げておきます。この幅広いというときに二種類ありまして、二番は直接的ニーズということでございます。三番は介護者への支援ということがあります。 これは右に表を用意してまいりましたけれども、何らかの身体上の交通困難がある方が私の調査では二五%に達しております。これは市民全体の二五%でございます。この調査は私どもの同僚の研究者たちが追試してくれまして、それを見ても、同じような結果を出しております。東京圏でも同じ調査をやっておりますけれども、やはり二割から三割の交通困難者が出ておりまして、今やこの施策は単なるマイノリティーというだけではなくて国民多数の施策であって、今回用意されております法案の受益者は非常に多いということをあえて申し上げておきます。 あと、時間の関係で計画論については省略させていただきますけれども、特に今回の法案との関係でいえば、計画論、設計論では、何といっても、これまでそれぞれのところでおやりになっている施策を総合的、効率的に推進していくという点で、面的、総合的システムというものが今求められております。 さらに、ユニバーサルデザインという言葉があります。詳細はここでは省略いたしますけれども、この高齢者、身障者の施策がユニバーサルデザインにおける戦略となっていくという点でも非常に大事な意味を持っております。 あと、計画や設計要素では、ここに挙げましたにように、大きく分けますと、空間、ゆとり、それから身体条件への適合性、ここには快適性も含めておきます。あと情報性、安全性、こういった面から改善を図っていかなければなりません。 それから、評価論が非常におくれております。 それから、維持・管理・運営論、これは省略しておきます。 七番について少し補足します。行政、財源それから国民の合意形成の問題であります。 何といっても、この施策というのは、行政が連携して行わなければ十分な効果を発揮することができません。その意味でも、今回の法律は二案ともまことに時宜に合ったよい法案と考えております。 また、国、地方の役割についても明らかにしていかなければなりません。 それから、クロスセクターベネフィットについて一言補足しておきますと、経済的な面から見ても、今介護保険制度がスタートしておりますけれども、それに対する支援でもあり、また、一つの施策がもたらす便益あるいは費用の節約というものに非常にかかわってまいります。したがって、こういったことを国としてきちんと考えていくことは、高齢者、障害者施策だけにとどまらず、経済の観点からも大事なものを含んでおります。 さらに、これから税金がまた投入されてまいります。国民的な合意形成を図っていくことが大変大事であります。この国民合意については、私もタックスペイヤーとして申し上げるというだけでなく、これらの施策が、単に物づくりだけではなくて、国民一人一人が障害をお持ちの方に対する手助けをし支援する、この習慣をつけていくという質の高い社会をつくっていく、つまり、ハードだけではなくてソフトも大変大事だということを合意形成の中に含めておきたいと思います。 諸外国の動きについては飛ばしますが、これも一言補足しておきますと、私が一九八七年、八年にイギリスの交通省でプロジェクトに参加いたしまして、一年余り研究しておりましたが、その時期に既にイギリスでは、ナショナルトラベルサーベイといいまして、全国交通調査の中で十一ページにわたる高齢者、障害者調査を入れております。今パーソントリップ調査を我が国でも全国的に準備しておりますけれども、私も関西の方ではそのことに関して意見を申し上げております。 最後に、今回の法案に関しまして、今申しました視点を全部考えてみますと、必要な点を義務化し、これらの施策を総合的に促進していく、またそれを国の法律としていくという点で、非常にすばらしいものと考えております。両案とも非常によいものと思います。特に、これらの案をこの時期お出しになった各省、特に連携されて出されたという点で、私、大変敬意を払っておきます。それから、民主党さんの案に関しましても、非常によく御勉強されているというふうに考えております。 また、面的、総合的整備がこれからのポイントであるということがちゃんと入っておりますし、各省庁連携が入っております。また責務も明確にしております。また、これらに関しまして市民参加、当事者参加の道を開いておりますので、非常によい法案が準備されているものと考えております。 以上でございます。(拍手)
○仲村委員長 ありがとうございました。 次に、清水参考人にお願いいたします。
○清水参考人 救急ヘリ病院ネットワークの清水でございます。このたび、この委員会に呼んでいただきましてありがとうございます。 私も二年半前に脳出血で後遺障害を残しまして、今、右側が障害で余り動かないという状況でございます。今も一生懸命リハビリを続けているのですが、一昨日からの小渕首相の話を聞きまして、自分を思い出すとともに、周りから意識がないように見られても、御本人は一生懸命頑張っていると思いますので、ぜひ早くまたこの国会や政府へ復帰していただきたいと思います。 個人的な考えも含めまして、ちょっと私の意見を述べさせていただきたい、こう思いますので、よろしくお願いします。 今回のこのバリアフリー法案ですが、実際上、運輸省、建設省、警察庁、自治省と四つの省庁が連携して出したというすばらしい法案ができました。またそれと、民主党さんも、やり方その他についていろいろ違いはあるのですが、やはり障害だけじゃなく、高齢者の公共交通機関というものを見据えたいい法案を出していただいたと思います。私そこで意見を述べるということは、非常に幸せなことだと思っております。 今からお話しするのですが、約十年前、アメリカに行ったころ、ちょうどADA法が通るころでございました。そのときにアメリカは少し不景気から戻るのかなという時期だったものですから、私も、今、日本の国会がこういう御審議をなさるということで、いよいよ日本も新しい考え方で景気を回復して、そういう意味では今のアメリカ以上にすばらしい国になるのではないかと手前勝手に思っております。 今回の法案についてですが、バリアフリーをお願いするという点では全く異論はございません。このバリアフリー化の法案を通すために、いろいろなものがありますが、一番重要な点を申させていただくと、障害者というのは非常に種類が多いものですから、いろいろな方がいらっしゃいます。私の体は普通どおりですが、感覚がないとか、いろいろなことで内容が違うものですから、一点挙げさせていただきます。 スペシャル・トランスポートの関係なんですが、これを行おうとしても、今、日本の中でどういったものがスペシャル・トランスポート・サービスにふさわしいものか、これはまだ確定できるものではございません。なぜかといいますと、私の体は、乗用車は乗れるんですがワンボックスワゴンには乗れないという不思議な体になっております。これは、運動感覚が右側がないために、ワンボックスカーで少し揺られますとそのまま転げてしまうというようなおかしい現象になります。 このように、実は一番申し上げたいことは、障害というのは、言葉は同じなんですが出てくる状態が全く違うということでございまして、できることならば、ある程度、何%かの障害者を運べるようなバリアフリー法案を今回のように構築なさって、その上で、もう少しいろいろなものが出てきますので、その中からもっとすばらしい法案に変えていかれてはいかがか、そういうふうに私は思っております。 それから、地方との問題なんですが、私も北海道生まれなものですからあれなんですが、現在は地方も財政的に大変な時代を迎えております。その中で、国が主導でやるべきなのか、地方も一緒にやるべきなのか。それ以前に、地方という環境が違う場所で皆さんがアイデアを出し合って、いいバリアフリーの法案と体制をつくっていただきたい、こういうふうに私は思っております。 心のバリアフリーというお話は、今、若い乙武君、僕も二度ほどお会いしたんですが、その方から出ておりますが、一般の方からも心のバリアフリーというお話が出ております。ただ、先ほど言ったADA法などからいいますと、基本的には、あちらは人種差別という考え方をベースにしてつくっております。ただ、日本の場合、民主党さんも政府案も、やはり人間を信じるというか性善説に立っております。そういう意味でいきますと、こういう性善説に立ったもの、これを教育しながら定着させることが必要じゃないか、そういう感じがいたしております。 私も今、昨年の十二月末に認めていただきましたNPO法人の救急ヘリ病院ネットワークというものをつくっておるんですが、ここでは、いよいよ去年からヘリを飛ばしたりいろいろ訓練を続けております。 実は、救急ヘリの元祖はドイツでございます。ドイツでは四十年前から救急ヘリを飛ばしておりまして、この救急ヘリに日本のいろいろな委員会、またいろいろな団体が見学に行って、四十年たったころにもまだ日本は救急ヘリができていなかったというような笑い話を、ドイツのバイエルン州で私も健常なころ聞かされました。 それと同じように、やはり交通バリアフリー法案もできるだけ早く、できるだけ皆さんの合意の中でつくっていただいて、いろいろな試行錯誤をして、いい法案を、また高齢者社会に対応できるようないい体制をつくっていただきたいと思います。 つたないお話でございましたが、これで私の発言を終了させていただきます。(拍手)
○仲村委員長 ありがとうございました。 次に、高橋参考人にお願いいたします。
○高橋参考人 ただいま御紹介いただきました東洋大学建築学科に勤務しております高橋です。どうぞよろしくお願いいたします。 時間がありませんので、端的に、参考人としての意見を申し述べたいというふうに思います。 今回の二つの法案につきましては、私たち、これらの研究にかかわってきた者からしますと、大変大きな時代の節目に差しかかっているということを痛感しております。ですので、この法案がしっかりと国民の立場に立って審議されることをまず希望したいというふうに思います。 そこで、きょうの私の意見でありますけれども、全部で六点ほど簡単に紹介をさせていただきたいと思います。 お手元に資料を用意していないのでありますけれども、まず一点は、今回のバリアフリー法案が、国民のだれもが利用できるような、市民のアクセシビリティーに関して問題を提起しているかどうかということです。 これは、私も福祉のまちづくり条例ですとかハートビル法の設計標準等にかかわってきた経験から申し上げますと、例えば都市計画、あるいは区画整理、地区計画、道路計画、障害者計画、ゴールドプランといったようなもののそれぞれの部分に、バリアフリーですとかあるいはアクセスのことについて書かれていますけれども、それがまず横につながっていないということですね。 今回の二つの法案を見ますと、その点については、私の意見から申し上げますと、もう少し市町村の責務が果たせるような法案にすべきだというふうに考えておりますけれども、その点について十分審議をしていただきたいということがあります。 それから二点目ですけれども、既存の駅舎あるいは交通機関、駅前広場、交通空間の整備についてであります。 これは、ハートビル法、建築物の円滑な利用を促進する法律でありますけれども、ハートビル法の中では既存の建築物に触れることができませんでした。この理由につきましては、私が考えるところによりますと、恐らく、建築物が民間の建築物を中心として対応せざるを得ない、一方、公共交通機関あるいは交通バリアフリーといったようなものは公共性の極めて高いものであるということですね。なおかつ、交通機関が市民の生活、足に直結する部分。建築物であれば、場合によっては、これはよくないことでありますけれども、その建物を利用しないでほかのものを利用するということがあり得るかもしれませんけれども、交通機関についてはそういうことができないわけですね。これについて議論を重ねてお願いしたいというふうに思います。 それから、先ほども町づくりのところでお話を申し上げましたけれども、鉄道事業者と地方公共団体、市町村との関係であります。 私も区画整理事業にかかわった経験から申し上げますと、政府案の中でも出ておりますが、保留地を策定する、それから区画整理事業の中では、一定の範囲の中において鉄道事業者に対して言及できない部分があります。この部分は、現在の我が国の市町村の動きからいいますと、鉄道事業者に対してはどうしても遠慮がちな発言になってしまう。市民の立場からしますと、もう少し事業者に対して、駅前広場の整備あるいは駅舎といったようなものをきちんと整備してほしいんですけれども、なかなか市町村の立場から言えない。 先ほど申し上げましたように、総合的な交通計画、交通バリアフリー計画を策定するこの法案においては、やはり市町村に対する責務並びに一定の権限を与えるということをさらに進めていただけないかというふうに思っております。 それからもう一点は、交通安全対策であります。 これは、今回の政府案で警察庁も共同提案になっておりますけれども、例えば道路の交差点を見ますと、時代背景とともに、歩行者、あるいは歩行者と車の共存といったようなものが話題になっておりますけれども、横断歩道、歩道橋も含めまして、そういったようなものを改めて振り返りますと、まだまだ歩行者の立場にはなっていない、つまり人の立場には立っていない、物、車ということなんですね。これにつきましては、横断歩道の構造のあり方、これからの基本指針、そして整備基準にも関与すると思いますけれども、そういった視点での議論が必要かというふうに思います。 特に、少し細かいことになりますけれども、歩道橋をつくりますと下の横断歩道が取り払われてしまう。もしあれば、エレベーターをつける必要は全くないわけですね。そこを歩けばいいわけです。モラル、自動車を運転している人たちが基本的な交通ルールを守っていただければ、必ずしもエスカレーター、エレベーターをつけなくても、下をそのままフラットで歩くのが最短経路で最短時間で歩行することができるわけです。 それから次に、駅舎のアクセシビリティー、利用しやすさの問題です。 現在、バリアフリー、あるいは市民に向けた対応として、エスカレーターの整備が各事業所で進められているところです。 私も、例えば、車いすに乗っている障害を持っている人と、通常の区間でわずか五分程度の駅舎の間を一時間かけて、駅に上がるためのエスカレーター、そしてホームにおりるためのエスカレーター、それからもう一つ下車駅というような経験をしたこともあります。やはり、交通の移動、交通の自由を提言するとすれば、エレベーターは欠かせないものであります。 それから、ホームと車両の段差であります。これにつきましても、法案策定以後の整備基準の中で審議されると思いますけれども、例えば、普通鉄道構造規則、これは昭和六十二年の運輸省令でありますけれども、第百九十二条第二項の一においては、乗降口が有効幅六百六十ミリ以上、最低限ということで今進められているわけですね。それからもう一つ、同条の第二項の四では、車両床面はホームより高くしなければならない。ホームは通常一メートル十センチでありますけれども、高くするということでありましてフラットにならないわけですね。仮に、この交通バリアフリー法によって自宅から駅まで、プラットホームまではスムーズに行けたとしても、さて、車両までは上がれない。そこで人手がかかってしまうということになります。 ですから、交通バリアフリー法ということですので、自宅から車両まで、もちろん下車する、そして目的地までということになりますけれども、そこの範囲をぜひ忘れないでいただきたいというふうに思います。 そして、車両等の交通機関でありますけれども、これは福祉のまちづくり条例、そしてハートビル法でもそうですけれども、聴覚障害を持つ人たちへの整備、対策のおくれが指摘されているところです。特に、六〇%以上の人たちが、六十歳以上ないし六十五歳以上の新しい障害を持つ人たちがたくさん生まれています。その人たちは、今までの手話ですとかあるいは点字ですとか、そういったようなことは判読できないわけですね。これからますます高齢化社会で多くなると思います。ぜひ、中途の聴覚障害あるいは視覚障害の方々も対象に入れたような施策を進めていただきたいというふうに思っております。 それから、残された時間につきまして、この二つのバリアフリー法案について、論点についてだけ指摘したいというふうに思います。 まず一つですけれども、それぞれの法案の中でパブリックコメントが用意されておりますけれども、私の立場、今までの経験からしますと、単に意見参画でよいのかというようなことがあります。これは、市町村の責務を問うとき、市町村がどういう立場で鉄道事業者あるいは交通事業者に対して意見が言えるかということになります。できるだけ、事業計画あるいは基本方針の策定におきましては、障害のある人あるいは高齢な方、そして子供といったようなさまざまな市民に対して門戸を開いて意見を聴取する、そういう基本方針の策定にしていただければというふうに思います。 それから、先ほど来申し上げておりますハートビル法あるいは福祉のまちづくり条例といった既存の法律との連携であります。この法律を契機にしまして、それまでにできているバリアフリー関係の法律との連携を一層強くする、そういう方針案を確立していただきたいというふうに思います。 それから、例えば都市部、地方都市、地方の中核都市、そして山間部によって、交通状況の整備が違います。これについても、できるだけその後の整備方針あるいは基準等の中で審議をしていただければというふうに思います。 そして、最後になりますけれども、これからのバリアフリー法の中でも、二つの中に書かれております。さまざまなバリア、厚生省も含めまして国の方では四つのバリアがあるというふうに指摘されておりますけれども、国民の責務です。今回の法案のバックグラウンドの中にも、交通結節点の前の放置自転車等たくさんのものがあります。これにつきまして、罰則がいいのかどうかというのはさまざまな意見があるところでありますけれども、必ずしも罰則になくても段階的な整備が図れる、そういう強力な責務をそれぞれの事業者に与えていただきたい。 そして、政府案では、見直しについて十年、そして民主党案では五年というふうに定めが盛り込まれているところでありますけれども、現在の世の中の情勢のいかんによりまして、かなりハイスピードでさまざまな公共交通整備が開発されていくと思いますし、進んでいくと思います。できれば比較的短い時間でこの法案の基本方針の見直しができるような、法案そのものというよりも基本方針そして整備基準等の見直しができるような体制に進めていただければというふうに思います。 以上で発言を終わります。(拍手)
○仲村委員長 ありがとうございました。 次に、馬居参考人にお願いいたします。
○馬居参考人 静岡大学の馬居でございます。よろしくお願いいたします。 私は、今お話しされた三人の参考人の先生方とは異なりまして、教育社会学を専攻する者でありまして、主に学校教育とか生涯学習の境目においてどうさまざまな学習を進めていくかという観点から、これまで、中学校の公民の教科書をつくる過程で、バリアフリーの問題とか、あるいはとりわけ高齢化社会に対して何を準備しなきゃならないのか、とりわけ中高校生にどのような学習が必要なのかということを、機会があって参考資料をつくる編集をしたり、あるいは社会学ですのでさまざまな社会調査を行ってきたわけなんです。 そのことが縁となって、この一月から二月にかけて、大田区で、歩いて暮らせる街づくりという、市民の方々、ボランティアの方々が、自分で車いすでバリアフリーの可能性、あるいはその障害となるものをいろいろ調べてみたいので手伝ってくれないかという話をいただきまして、今まで自分が子供たちを対象に、あるいは一般の方たちを対象に考えていたさまざまな課題というのが、実態はどうなっているのかを知りたいということもありまして、参加させていただきました。 したがって、バリアフリーに関するハードの部分については文字どおり素人でございますけれども、現場、すなわち実際に車いす等を用いて道を歩いたらどのような問題があるのかというところから今回の法案を私なりに読ませていただいて、そのいい点と課題等についてお話しさせていただきたいと思います。 一応私自身は、これから述べるような理由で政府案を支持する立場から述べさせていただきたいんですけれども、今言いましたように、調査につきましては、大田区にある二十五カ所の高齢者のための施設に行く主要ルートを対象に、車いすやシルバーカーによる通行を妨げるさまざまな障害の有無や程度についての調査でありました。この結果から、ベターな選択として今回の案については賛成をしたいと思っているんですけれども、私なりにその理由を簡単に述べさせていただきます。 レジュメを用意させていただきました。そこに、本当に簡単に三つ、主体の明確化、対象の明確化、実施過程の明確化ということで書かせていただいたんですけれども、要するに、基本方針は国が決定をして、具体的な整備は市町村が基本計画に基づいて重点整備地区を決定し、公共交通事業者、道路管理者、都道府県公安委員会と一体となって進めていく。これらについては今参考人の先生方からお話ありましたとおりですけれども、それを国が財政的に支援をして、さらに、事業を円滑かつ着実に進めるための法人を指定し明確にする。そしてそこで、情報の収集、整理、提供、あるいは事業実施への助言、指導、資金の支給や調査研究に努める、こういうふうな文言が書かれております。 このような法そのものについての理解については、私は正直言って素人でございますけれども、ただ、調査をした結果さまざまな課題を考えたときに、少なくとも、だれが行うのか、どういう対象を行うのか、あるいはそれをどういうプロセスで行うのか、あるいはそれをどういう形で管理していくのかということについては、政府案は明確に規定されていますので、この部分に関しては、少なくとも確実にバリアフリー化は進んでいくであろうという意味で、先ほどからも先生方のお話にありましたけれども、画期的な法案だと思います。 ただ、私なりに思うんですけれども、対象が明確、方法が明確、主体が明確ということは、逆に言うと、それ以外のことは果たして実施されるのかという部分で、実施されない部分もまた明確ということになるんだと思います。 したがって、その代表が、駅の新設の旅客施設、車両については義務、既設は努力義務というふうな規定にあると思うのです。バリアフリー化を完全に実施するということを考えれば、本法律案は不十分な部分があることは否めないと思います。しかし、たとえ部分的であっても、その範囲を明確にしたということ自体は非常にすばらしいことで、支持したいと思います。 というのは、大田区での調査結果が示す現実は予想以上の厳しさがあるというふうに私は思いました。具体的にはこれから紹介しますけれども、レジュメの二枚目の方に表をまとめておきました。これは交通機関ですけれども、その前提となる車いすやシルバーカーによる通行を妨げる障害を問題にする前に、バリアフリー化自体を阻む道路の状況があるという現実を私は指摘せざるを得ません。 それは、今回調査したルートは全部で一万五千二百八メートルあるわけなのですけれども、その中の道路が、実際には坂道、橋、交差点などを除くと、平たんな道は一万三千二十メートルで、総距離の八五・八%です。その平たんな道の中で、歩道がある道は五千五百六十五メートルで総距離の三六・六%です。さらに、車いすが回転可能とされる百五十センチ以上の幅を持った歩道は二千八百四十八メートル、全体の一八・七%です。これは歩道をつくっていないとか、予算の都合で幅の狭い歩道にしているとかというのではなくて、車が通行する幅を確保するとこれだけしか歩道として使用できる道幅がないということであります。 道路のバリアフリー化の第一条件は歩道の整備ということになると私は思っております。しかし、これを実際に進めていくとなりますと、今回の大田での調査の対象となった道路では一八・七%しかないということになります。あとの道路は車いすの通行に適さない狭い歩道か、ただ道路線上に白線を引いただけで、あるいはそれすらもないというわけです。このような状況のもとでいかに歩道をバリアフリー化したとしても、車の通行条件を変えない限り、車いすは車道を通行するしかないということになると思います。 もちろん、大田区においても幹線道路を中心に幅広い歩道が整備された道はあります。他方、今回調査対象になった高齢者の施設は、幹線沿いではなくて、高齢者が居住する地域に近接する条件のもとで設置されていますので、歩道を完備した幹線道路が調査対象に入りにくいという事情もありました。しかし、このような施設の設置条件自体は大田区の施設だけではないと思います。高齢者の方が利用しやすければしやすいほど、自分の身近な生活空間の範囲の中にあると思います。 この問題を解決するためには、道路幅を広げるか、一方通行を代表に、車の通行条件を変える必要があります。しかし、そのことは住民の生活を変えることもまた必要になってきます。これは、私も実際に地方の計画にさまざまな形でかかわりまして、単に行政が法によって指導しただけで済むような問題ではないと思います。 それが、先ほどバリアフリー化以前の問題があるという理由なのですが、さらに、障害の問題についても同じような問題を指摘することができると思います。 レジュメの(2)に「住民の便利さや快適さに応える公共事業の蓄積としてのバリア」として示した部分ですけれども、細かくデータをいただきましたが、それを詳細に説明する時間はありませんので、簡単に要点のみ述べさせていただきますと、障害となる事物は大きく二つに分けられます。 一つは、道路上の設置物とか凹凸とか段差とか傾斜を形成する障害物です。例えば電柱、標識、植え込み、マンホールなど、いずれも公的な事業に伴う障害であります。道路破損など整備不良によるものがありますが、それらはどちらかというと、住民の生活を豊かにするために、住民の要求に応じて道路や歩道を整備した結果生じた障害も少なくありません。 もう一つは、より住民の生活とかかわるもので、私ども移動可能障壁という言葉をつけたのですけれども、要するに道の上に置いてあるさまざまな障害物であります。自転車や商品を代表に、道を利用する人のマナーにかかわる障害です。このことを象徴するのが、そこに枠で囲っておきましたけれども、商店街のみの調査地域を取り上げて、その障害となる問題がある箇所や、あるいは通行が不能になってしまう箇所の割合なのです。全体の平均では七・八四メートル、これも非常に大きいのですけれども、七・八四メートルに一カ所に対して、商店街は六・三メートルに一カ所です。あるいは通行不可能な場所、要するに、車いすが道路に出なければならない場所というのが、全体が二十三・五八メートルに一カ所に対して、商店街は十八・八五メートルに一カ所です。 このような公的な道路整備に伴う障害と、あるいは住民の道路使用に伴う障害に共通するのは、バリアフリー化を実際に進めていくためには、今回の法案が示すように、さまざまなハードの部分の改善が必要なのですけれども、私なりに言えば、より重要になるのは、その道を利用する人たちの理解が必要であり、時にはその人たちの生活のあり方を変えることが必要である、そこまで踏み込まないと進まないのではないかと思うのです。 その意味で、バリアフリー化を進める上で最も重要なのは、そしてそれはバリアフリー化を妨げる課題でもありますけれども、道を利用する人たち自身のバリアフリー化であると考えます。それは心のバリアフリー化ということで先ほどもお話がありましたけれども、言われていることだというふうに理解しています。 もちろん住民の協力が得られないからといって、それを理由に行政が何もしなくてもよいというわけではありません。住民の意識や生活の変化を待つしかないという意味でもありません。バリアフリー化の事業は私たちの生活のあり方を変えることなしには進めることができない、言いかえれば、障害者にとって、あるいは高齢者にとって有利になるということは、通常の生活をしている者にとってみれば不利な部分がいっぱい出てくる、その部分を承知しながら進めていかなければならない、その理解を得ていかなければならないことをしっかりと踏まえなければならないのではないかと思います。 その意味で、地域住民の利害を反映しやすい市町村が主体となって、地域の実態に即して基本構想を作成し、重点整備地区を重点的、一体的に進めるこのバリアフリー化の法案は、二重の意味でベターな選択として評価したいと考えております。 その一つは、地域住民の理解と協力なしにはこの事業を推進することができないということ、そのことを担う主体は市町村行政でなければならないと思うからです。それからもう一つは、特定地域を重点的、一体的に実施するということは、これが一番肝心なところなんですけれども、その地域自体がいわばモデルとなって、バリアフリー化への学習効果を期待することができると思います。言いかえれば、現時点で可能な、主要駅を中心とするバリアフリー化を、ゴールではなく、本法律の目的である急速な高齢化の進展に対応した町づくりのための実行可能なスタートとして位置づけることができる意味で、政府案を評価できると考えます。 ただし、このことが実質化できるかどうかは、政府案の中に示されております指定法人の事業や、国、地方公共団体及び国民の責務にかかわる部分についての、他省庁との協力を含む、より詳細な検討にかかっていることを指摘させていただいて、意見を終わらせていただきます。 以上でございます。(拍手)
○仲村委員長 ありがとうございました。 以上で参考人からの意見の開陳は終わりました。 —————————————
○仲村委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。森田健作君。
○森田(健)委員 自由民主党の森田健作でございます。 諸先生方におかれましては、御多忙の折、当委員会に御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。 今るる御意見をいただきまして、これから私が質問することとちょっと重複する部分があるかとは思いますが、それはまたひとつ、かみ砕くように御説明を賜れればと思う次第でございます。 私は、交通のバリアフリー化につきまして、三星参考人及び清水参考人にお伺いをしたいと思います。どうぞ忌憚なく、ふだん思っていることを思い切りお話ししてくださればと思います。 まず最初に、我が国の交通のバリアフリー化の状況について両参考人はどのように感じておられるか、これをお伺いしたいなと思います。 私、感じるところでは、日本国は高齢化社会を迎えまして、社会のバリアフリー化は緊急の課題であると認識しております。中でも、高齢者、障害者等の社会参加には、公共交通機関のバリアフリー化は必要不可欠である、そのように私は認識しているのでございます。 まず初めに三星参考人、いかがでございましょうか。
○三星参考人 私の感想を申し上げさせていただきたいと思います。 まず現状は到底満足できる状態にないということでございます。 丁寧に申し上げますと、我が国は非常に進んだ施策もあるんです。例えて申しますと、運輸省のガイドラインというのは、一応、世界レベルを見ておりましても、決してまさるとも劣らないいいものがあります。それから建設の方でも、段差解消であるとか点字ブロックというのは、諸外国の見本になっているんですね。部分的には非常に進んでいて、あるいは新幹線なんかでも、エレベーターは非常によいものがあったりするんですけれども、ばらばらです。つまり、新幹線の駅のエレベーターはあっても、使いにくい、かぎがかかっている、そこまで行けない、あるいは行ったとしても、駅員さんの手をかりて非常に気を使う。つまり、施策に一貫性、総合性がないということが今の最大の課題だと思います。 それから、もう一つの感想としましては、過去二十年ほどの間で、障害者の方々が随分運動もなされて個別の改善はありますけれども、その過程の中で、やはり我々国民が、先ほども申しましたけれども、目の不自由な方があったらどうやってガイドするのか、車いすの方々がお困りになっていたらすっと手を出すといったヒューマンガイドあるいはヒューマンエード、こういったものが諸外国を見て著しくおくれております。私は、この点も問題だと思います。 以上、私の感想としてはとりあえず二つ申し上げておきました。そんなことでよろしゅうございますか。
○森田(健)委員 清水参考人、お願いいたします。
○清水参考人 まさに先生のおっしゃるとおり、バリアフリーは非常に緊急かつ重要な話なんですが、いかんせん日本の財政事情も大変な状態ですので、一定の制限はあると思います。ただ、しかし、できるだけ早くにいろいろな、お年寄りも含めて、高齢化社会の前にあるものをそろえたいという中では、この法律を通していただいて、すばらしい社会をつくるための第一歩とするということはすばらしいと思います。 それから、四省庁が一緒に出したという法案、初の例ですが、いよいよこういう交通関係、それから建物関係、それからそれを総合するというようなこと、またそれを地方自治体が応援する、そういう形ができて、大変すばらしい法案だと思っております。
○森田(健)委員 今、総合性ということに対して、私、非常に感じるところがございます。 これはバリアフリーとはまたちょっと違うのでございますが、ちょっと離れるかもしれませんが、私、以前、俳優のころ、盲導犬サーブというドラマをやらせていただきました。目の不自由な主人公でございました。そのときに、要するに、目の不自由なお方が盲導犬を何とか欲しい、そうすると、盲導犬というのは訓練されておりますから、健常者と同じとは申しませんが、非常に健常者に近いように動ける。ところが、ドラマではありますが、実際にあった出来事らしいのでございますが、その盲導犬が亡くなった後、今度、次の盲導犬が来るまで五年、十年とかかるのが現実らしいのでございますね。ですから、最初はいいのでございますが、その後、今度はその目の御不自由な方は非常に困ってしまうということなんです。言うなれば手と足となってくれた盲導犬が次に来るまでに、それだけの期間は、ある意味で、自分が今までは一人でやっていたことを忘れちゃっているところもあるわけですね。そういう意味において、初めだけじゃなくて、言うなれば一貫性、総合性を持って考えていかなければならない、これはまことにそのとおりだな、私はそのように思います。大変恐縮でございます。余談でございます。 しかし、我が国のバリアフリー政策は、これはしようがないのでございましょう、福祉問題もそうでございますけれども、欧米主要国に比べておくれているというのは、これはまた現実でございます。しかし、これはやはり一日も早く追いついて、そして追い越していかなければならない。ですから、このたび交通バリアフリー法が提案された意義は、私は大変に大きいと感じている次第でございます。 しかしながら、公共交通機関のバリアフリーを進めるには、大変にお金がかかるものでございます。事業者の投資余力も、また国の財政においても限界があることは確かでございます。ですから、私たちは、その限界の中で、いかに効率的に、いかに現実的に進めていかなければならないか。この現実を踏まえて、私は質問をさせていただきたいなと思うのでございます。 確かに、すべての交通施設についてバリアフリー化する、実現する、これは理想的でありますよ。全部できるわけですから。しかし、膨大な財政がかかるわけですね。はっきり言って、大変難しいです。全国津々浦々の施設について一律に義務づける、実施するというのは、一見、網羅的で理想的に見えますが、実効性の面で非常に難点があるんではないかな、そのように思う次第でございます。ですから、もちろん、限られた中で現実的に、一歩ずつ、確かに進んでいくということが大事かな、私はそのように思います。 実現可能な目標をまず設定して、優先順位をつけながら、そしてしっかりと、ぴちっとやっていく、この点、政府案は、新設については義務づけ、既設については努力義務、地方自治体の主導による基本構想に基づく地域の実情を踏まえたバリアフリー化の推進という、バリアフリー化の着実な実現に向けて具体的な仕組みを提案しております。 両参考人はどのようにお考えでございましょうか。三星参考人、お願いをいたします。
○三星参考人 おっしゃるとおりだと思います。非常に厳しい経済環境の中で効率的、重点的に施策を進めなければならないという点、賛成でございます。 ただ、ちょっと申し上げさせていただきたいと思いますのが、全般に、今、社会基盤施設全体が、昭和三十年代あたりからつくってきたものをやり直したり、つくり直したりするものがかなり多いわけでございまして、そういうときを機会に、ユニバーサルデザインの方向で、目的意識的にプランナーやデザイナーが、あるいは行政がきちっと整備していくということをやれば、そんなにお金はかかりません。付加費用はそんなに多くありません。通常ですと一億円以下でできるところが、後からエレベーターをつけようと思えば三億、四億かかっちゃうんですね。そこのところをよくお考えになってやりますならば、何しろ先の長い話でありますから、おっしゃるように、重点的にやっていけばかなりよい国ができると思います。 その上で、既設については今回努力義務。この努力が、書いただけの、紙の上の努力義務では、これは極めて困るわけでありまして、文字どおりの努力義務ということなんですが、その点で今度の法案で評価できるのは、自治体が中心になって、全体を改善していこう、こういうプランを立てなさいということになっているわけです。その中で、必ず、既設施設に関して、まないたにのせて、それをどうしていくかということを順番にやっていきますので、しかも、今回、鉄道駅と主要な公共的な施設のエリアを重点的にやっていくという点でも、まことに森田先生の御指摘に沿ったよい案になっていると私は思います。 以上でございます。
○森田(健)委員 清水先生、お願いいたします。
○清水参考人 どういうところからこういうバリアフリーを始めるか、これは大変難しい問題ではあると思います。 ただ、やはりモデルケース的なところをつくり、既存の施設をある程度改善していく、もしくはバリアフリー化することによって、周りが見習うという形だと思います。 余り総花的にやっても、皆さんがアイデアその他を出し尽くせない前につくられても、障害者にとっても大変迷惑な話、体が不自由なだけではなくて年をとった方にも、物はできたが心が入っていないのではなくて、物はできたが使えなかったというような話になりますので、やはり重点施設を中心に、まずモデルケースをつくってからというのが私の考えでございます。先生の御指摘のとおりだと思います。
○森田(健)委員 与えられている時間が少ないものですから、少しはしょって話をさせていただきます。 政府案では、特定旅客施設を中心とした重点整備地区において一体的なバリアフリー化を推進する仕組みを設けております。これはバリアフリーの観点から大変効果的な考え方だと私には思われますが、両参考人はどのようにお考えでございましょうか。まず、三星参考人からお願いいたします。
○三星参考人 特に、駅舎、道路、それから交通施設、公安委員会管轄のものを含めて、その三者を一体的に整備していくということは大変大事でございます。政府案は、それが明確になっているという点で私は評価したいわけです。私の経験でも、従来、この三者がばらばらであるということが非常に目につきます。単なる一国民としてだけではなくて、こういう仕事に携わる者として、常にどこを歩いても目につきまして、それを今回、この法案の中で一体的に整備するということの重要性は限りなく大きいものだと考えております。
○森田(健)委員 清水参考人、お願いします。
○清水参考人 基本的には、一体整備ということは大変必要なことだと思います。 特に、移動に当たって、段差や階段といった垂直移動、それから先ほどもいろいろなところでお話がありますが、歩道など水平移動の場合にも、放置自転車などにより幅が確保できないなど、いろいろな問題があります。全体が行われるのが一番よろしいのですが、いずれにしても、簡単にそれを全部やるというわけにもいきませんので、どういうふうにやるか。目について、皆さんに、こういうふうにやるべきだというようなモデルからスタートすることが一番いいんじゃないかと私は思います。
○森田(健)委員 重点整備地区を中心にしたバリアフリー化、その基本構想は、地方分権、要するに地方自治体がリーダシップを持ってどんどんやっていく、事業者、道路管理者、公安委員会等の関係者と協議しながら作成する。これは今申しましたように、地方分権が叫ばれている中で大変いいことである、言うなれば、地方自治体が、地域の実情を踏まえて、その地域に応じた施策をみずからの主導で策定できる、時代に対応した制度である、私はそのように考えるのでございますが、両参考人にお願いをいたします。まず、三星参考人から。
○三星参考人 御説のとおりだと思います。 特に、こういった施策は町をつくりかえていくことでもありますので、その土地の歴史、風土条件に合って、最もその土地の特徴をあらわした、反映した施策が必要かと思います。 バリアフリーに関しましても、極端に申しますと、福祉施設の周辺では、例えば目の不自由な方の学校の周りでは重点的にそういうのをやるとか、いろいろな特徴がございますので、これは自治体が基本になる仕事でございます。国と自治体としっかりそこのところを分けて、基本は、具体的施策はやはり自治体でやっていく、これはもう大賛成でございます。
○清水参考人 今、三星先生もおっしゃったのですが、私も、地方が、風土、それから社会的条件を組み合わせていろいろな形の新たなものを生み出す要素を持っておると思います。それだけに、全部を同じにするんじゃなくて、地方地方、その都市その都市で特色のあるものをつくっていく、それによって周りの都市もみんな影響を与えられていく、バリアフリーを図るだけでも、よい意味での競争が生まれますので、バリアフリーの本当の意味の実現には大変よいことではないかと思っております。
○森田(健)委員 もう時間もありませんので、もっともっとお聞きしたいところがあるのでございますが、締めさせていただきます。 しかし今、三星参考人、清水参考人のお話を承りまして、やはり政府案で頑張ろう、これがいいんだということを再確認させていただいた次第でございます。それと同時に、私たち健常者も障害者の人たちとともに生きるという社会のバリアフリー、これを私たちは着実に一つ一つぴしっとやっていかなければ、本当の豊かな日本国にならないのではないかなという感じがいたしました。大変貴重な御意見、ありがとうございました。 終わります。
○仲村委員長 次に、玉置一弥君。
○玉置委員 きょうは、大変お忙しい中、参考人の皆さん方においでをいただきまして、ありがとうございます。 私ども、交通バリアフリーが諸外国に比して大変おくれておりますので、何とか進めていかなければいけないということで、数年前からいろいろとやってきたわけでありますが、今まではバリアフリー全体を進めていく基本的な法律がなかった。運輸省の一つの指針の中で、省令という形であるいは通達という形で行われていたということでございまして、予算もなかなかつかなかったわけでありますが、今回、運輸省からもこのバリアフリー法案が出されました。私ども民主党としても、より前向きの姿勢でということで、特に、スペシャル・トランスポートあるいは福祉輸送、そういう面を含めてこれからのバリアフリーをやっていこうということでございまして、ぜひ先生方の御指導をいただきますようにお願いを申し上げたいと思います。 また、本日お伺いしました御意見、非常に貴重な、またもっともな意見でございまして、それらについて若干、もうちょっとその先を、考え方としてお聞きをしていきたいというふうに思います。 基本的には、政府案の方はどちらかといいますと施設整備法案みたいなところがございますし、私どもの方は、権利保障を目的とした、そういう内容にしたつもりでございまして、目的は同じでございますが、到達の第一段階が大分違うような感じがするわけでございます。 そこで、私どもの目標であります高齢者、障害者の方の社会参加という意味で、先ほど三星先生の方からこの社会参加の必要性にも若干触れられておりましたけれども、このことにつきましては、これからの高齢社会の中で、私ども、究極的には、障害者の職場でのバリアフリーと高齢者雇用という面から考えていって、かなり経済的な面でプラスになるようにという一つの大きな目的、それから、やはり自由に行動できるという生きがいを感じていただくためという大変大きな目的があるわけであります。そういう面で、経済効果も若干触れられていたと思いますが、この社会参加という面でのバリアフリーについて、三星先生の方から御意見をいただきたいと思います。
○三星参考人 社会参加ということでございますが、一つ二つ例を申し上げます。 私の知っている例ですが、車いすの方で、非常に優秀な方ですけれども、ある大手のソフト会社に就職が決まりまして、非常に熱心に通っておられました。会社の方も非常に満足されていたんですけれども、やはり三カ月でおやめになりました。理由はたった一つ。会社の方も、本人も行きたいが、御堂筋が通えない。もうこれは当然でございまして、あの朝のとんでもないラッシュの御堂筋はどうしようもないわけであります。その方が一年間お働きになりますと、一名の方だけでも、GDPに対する貢献を考えてみますと、恐らく一千万や二千万の金額じゃないものが出てくるかもしれません。 そういうことを考えていきますと、社会活性として、単に日常生活だけではなくて、就労という問題が大事になってまいります。 ちなみに、スペシャル・トランスポートといいますと、歩行のスペシャル・トランスポート、まあサービスライン、説明するとちょっと長くなりますのでそれはやめておきますが、それはピーク対応型で計画しております。ピーク対応型ということは、就労を中心にして、通勤のためにつくっているわけです。 ただ、我が国の場合に、今現在、スペシャル・トランスポートというのが、社会的にもあるいは行政的にもいわゆる公認されているとは言えない状態にあります。これは私は非常に遺憾なんですけれども、それはやはりこれからの我が社会の中でのこういった福祉的施策の課題だと考えております。 以上でございます。
○玉置委員 私たちの中で、特に福祉輸送という問題で、これが究極として完全なバリアフリーの一番のポイントになるだろう。それから、その一部ですけれども、スペシャル・トランスポート。 スペシャル・トランスポートが一応町の中、鉄道、バス、鉄道は都市間輸送というふうに、それぞれ役目が分担をされているわけでございますが、政府案と私たちの民主党の案が一番違うところは、鉄道、バスだけか、あるいはスペシャル・トランスポートがあるかないかということに大変大きな差があるわけであります。しかし、政府の方も、今回の法律には入っていませんけれども、スペシャル・トランスポートをやらなければいけないという気持ちをお持ちでございます。そういう意味では、同じ側にあると見て、同じお話をお伺いしていくわけであります。 清水参考人は、ちょうどADA法がつくられたころにアメリカにおられたというお話でございまして、アメリカの方は、いわゆる障害者との差別をするなということでございますが、私たちの方は、基本的な移動の権利、いわゆる交通権といいますか、こういうものを確保することが、要するに権利保障という意味で、障害者の方や高齢者の方が健常者の方と同等に動けるというノーマライゼーションの理念に沿っているんじゃないかというふうに考えるわけですが、これから日本のバリアフリーを進めていく中で、どちらの方がより進めやすいとお思いでしょうか。その辺についてお伺いしたいと思います。清水参考人、お願いします。
○清水参考人 スペシャル・トランスポーテーション・システムについては、今後のあり方としては、検討よりも実行可能だと思います。 しかしながら、現状で、私が千葉県、東京都内をいろいろ見ておりますと、私もまだリハビリ中なものですから、余り見て歩けないんですが、全体のシステム的な、例えば運転手さんの問題だとかそういったものはまだ解決しておりません。反対を言いますと、地方運送業者も含めて、そういう機運が燃えてきていることは間違いないと思います。 そういう中では、ここで規制する、もしくは法律その他でつくらせるよりも、もう少し民間の業者の方の流れを見たらいかがかなというのが私の気持ちです。
○玉置委員 先ほどの御意見の中に、大都市、中核都市、田舎といいますか、地方の村、町、それぞれ事情が違うから、それぞれに合ったものをつくればいいというふうなお話をされておりましたけれども、特に、私どもから見ますと、スペシャル・トランスポートを取り入れていくとなりますと、既設のタクシー業界あるいはバス業界に対してかなり影響が出てくるんではないか、こういうふうに思います。そういう面で見て、運輸省がスペシャル・トランスポートを後回しにされたというのは、多分その辺の調整がつかないんじゃないかというふうに推察をするわけであります。 田舎へ行くほど逆にスペシャル・トランスポートが重要だ、いわゆる公共交通機関でなかなかカバーできない部分がございまして、それをカバーしていくのはスペシャル・トランスポートだと思いますが、この辺についてはいかがでございますか、清水参考人。
○清水参考人 現実にスペシャル・トランスポートに類似したものをやっている村もあります。現実に、私、今千葉県のある病院に通っておるのですが、そこの周りの市町村がバスを運行するとか、それもさらにスペシャル・トランスポートにならないか、ボランティアによる運行みたいなものもあります。そういったことが余りに多く介在しているものですから、例えば、障害を持った人をどのように運ぶかとか、そういったような全体の流れがまだできていない、そういう感じがいたします。 ですから、そういったことをもう一歩進めながらやっていくのが筋ではないかと私は思っております。
○玉置委員 高橋参考人にお伺いします。 バリアフリーの前にハートビル法で大分活躍されたのでございますが、ハートビル法の事後的評価といいますか、ずっと見ておりまして、やはり既存のところに対しての部分がかなり弱かった。新しい部分についてはかなり進んだわけでありますが、既存の部分は余り進まなかった。そういう面から考えまして、既存の、特に駅舎についてのバリアフリーを進めていくということがこれからかなり重要部分であるというふうに思います。 政府案は、一応努力義務ということになっております。我々は義務化をしていこうという動きであります。この辺についてどうお考えかということと、先ほど一番重要なところに、エスカレーターでバリアフリーをやったということじゃなくて、やはりエレベーターがなければいけない、エレベーターがバリアフリーの欠かせない部分だということがありましたが、この辺。それからもう一つは、パブリックコメント、これはコメントを聞いて、それを若干取り入れて済むという話じゃなくて、例えばバリアフリーをやっていく人たち、いわゆる市町村とか事業者とか、そういう人たちの訓練とかそれからいろいろな企画、逆にこういうところに対しても当事者、障害者とか高齢者の方々が参画をしてやっていかなければ、より効率のいいものができていかないんじゃないか、こういうふうに考えるのですが、その辺についての御意見をお伺いしたいと思います。
○高橋参考人 まず、既存の駅舎ということでございますけれども、これは恐らく大半の国民の方々が、新規はもちろんそうですけれども、既存の公共交通機関、駅舎等の整備を進めてほしいと願っているところだというふうに思います。これにつきまして、政府案では努力義務、そして民主党案では義務化を図るような法案が提出されているところですけれども、もちろん望ましいのは義務化であります。 私の個人的な見解からしますと、これも先ほど参考意見として申し上げましたが、市町村と鉄道事業者、関連事業者との連携方策が、きちんとした対応がとれれば、これはハートビル法でもそうですけれども、基本的には努力義務、ただし、設計者、建築事業者に対してはその後大変大きな影響を与えているかというふうに思いますし、その後の方策によっては努力義務でも義務的な扱いとほぼ同等なものになるかというふうに思います。 ただし、政府案の場合で一つ気になるところは、これは第六条になりますけれども、市町村は基本構想を作成することができるというところ、しなくてもいいかもしれない、できるかもしれないということがありますけれども、これについては、できれば、努めなければならないといったような、やはりそこまで落とし込む必要があるというふうに思います。 それから、エレベーター等については、御指摘のとおり、先ほども申し上げましたけれども、エスカレーターでは、先ほどの社会参加ではありませんが、通勤あるいは退勤時間にまず車いすを利用している方が利用することができない状況が想定されます。それから、例えば休日、レクリエーションのとても多いような大都市圏の移動ではまず無理でしょう。そういったようなことを考えますと、スムーズに移動できる手段として、まずエレベーターを優先的に重点的に整備するような方針を確立する必要があるというふうに思います。 それから、三点目のパブリックコメントでありますけれども、御指摘のとおり、事業者そして市町村のさまざまな職員の方々、あるいは設計者等も含めまして、啓発、意識の改革、そしてさまざまな基準についてきちんとした根拠を示すような提案について、障害のある人あるいは移動制約を受けている人たち、自由に移動できない立場の人たちからの意見を尊重する、それを第一原則とするのは当然の責務かと思います。 以上であります。
○玉置委員 今のお話の中で、確かに市町村と鉄道事業者の方々との間に、駅舎の改善について、費用負担でありますとかあるいはデザインとか、特に費用負担の関係が一番今ネックになっているようでございまして、バリアフリーが進まなかったのは、JRになってから余計収益を考えるようになったということで、そういうのがあるのかな、むしろそういうふうに思うわけでございますが、私どもから見ると、民鉄とJRとの乗りかえとか、それぞれ思想的な部分が違うのではないかという感じを受けるわけですね。そういう面で、まだまだこれから、法律ができても進まない大きな原因になるかなという心配をしておりまして、そういう意味で義務化をしなければということで義務化に踏み切ったわけでございます。 馬居参考人にお伺いいたします。バリアフリーのいろいろなシステムをつくりまして、これをうまく適用させていくとしても、結局先ほどお話がありましたように、車両とホームとの段差とか、そういう部分の改善がなかなかできないだろう。それから、歩道は、御存じのように構造上二センチの高さを最低持たなければいかぬということがあります。 ですから、ある部分では通行人がごく自然に介護人になって手助けをするということが必要かと思います。今の学校教育の中で、そういう社会的な面での援助を説いていって、逆に交通バリアフリーだけじゃなくて、これから高齢社会の中で若い人たちを中心に、そういうのがごく当たり前という気持ちでなされていかなければいけないと思いますが、そういう面で、高齢者と社会との関係とか、いろいろ先生も本もお出しでございますから、今の特に小中学生について、どういうふうな教育をしていったらいいのか、ちょっとお伺いしたいと思います。
○馬居参考人 今おっしゃられたとおり、実際にどれほどハードの部分で改善が進んでも、逆に言えば、改善がたとえ少々進まなかったとしても、身近にいる人たちが手を添えればかなりの部分をカバーできるということは言えると思います。 逆に、今回の調査でその部分がかなりマイナスの方できいているということを実感したわけなんですけれども、今お尋ねの学校教育の中でということになりますと、文部省の人が聞けばどうなるかわかりませんけれども、現場でさまざまな先生方といろいろとやっている者から見ますと、これまでの、要するに今回改訂された学習指導要領以前の段階では、限られた時間の中でこのような問題を学習する余裕はなかったというのが多分現実だと思います。 しかし、今回の、平成十一年度の改訂によって総合的な学習の時間というのが設けられまして、そこにおいては明確に、事例ということでありますけれども、高齢社会への対応というものが説かれております。そのために、現場の方は、今度はどうやって資料を集めればいいのか、どういう学習をすればいいのかということが課題になっておると思います。 多分、皆さん方から見れば、電車に乗ってくる中学生、高校生、あるいはその子供たちの親も含めて、マナーがなってないという見方をされるかもわかりません。多分、実際にそういう車いすを使われている方、あるいはもっと身近に高齢者の方を介護したり手助けしたり、逆に、さまざまな形で教えられたりという機会をほとんど失っているのが現在の子供たちであり、あるいはそのことは、今もう親になっている三十代の人たちにも当てはまる現実だと思います。 したがって、言葉の上では皆さん方の理解はどんどん進んでおると思いますが、事実を前にしたときに、すぐ体が動かないというのが多分現実だと思います。したがって、もし進めるとするならば、具体的な経験をしていただく機会をどう準備するかということとセットで考えていかなきゃならないんじゃないかなと思っております。
○玉置委員 時間が参りましたので終わりますが、いろいろな省庁が寄って成り立つ話でございますので、ぜひまた先生方の立場でいろいろな御助言をいただければありがたいと思います。 きょうは本当にありがとうございました。
○仲村委員長 次に、遠藤乙彦君。
○遠藤(乙)委員 公明・改革の遠藤乙彦でございます。 参考人の諸先生方におかれましては、本日は大変お忙しい中、御出席を賜りまして、また貴重な御意見を賜りましたこと、まずは厚く御礼を申し上げたいと思っております。 先ほど馬居先生の御報告の中にありましたように、先般、一月、二月に行いました東京大田区での実際のバリアフリー度調査を、私自身が実は総合実行委員長として実施をしたわけでございます。呼びかけましたところ、何と二百人を超えるボランティアの方に御参加をいただきまして、大変実際的な、また非常に詳細な調査ができたかと思っておりまして、馬居先生には、実はその監修をお願いしたわけでございます。 私自身も今回、車いすに乗り、また車いすを押してみて、随分違った経験を得させていただきました。一言で言いまして、車いすの視点から物を見ると、世界が違って見える。今まで、自分自身が健常者であり、特に気がつかなかったことに対して、いかに日本の社会、また都市、町づくりが障害者の方あるいは高齢者の方にとって冷たい、不親切な構造になっているかということを改めて実感をした次第でございまして、本当に世界が違って見える、これは大変だということを私なりに実感した次第でございます。 また、さらに突き詰めて言いますと、恐らく日本における町づくり、都市づくりというものが、特に第二次大戦後、いわゆる経済発展中心、あるいは工業化というものがまずあって、そのもとにほとんど無秩序に行われてきたということがあるのではないかということに思いをいたしました。まず工業化があり、その中でまた車優位の町づくりがあり、そして、人間、生活者というのは一番最後に置かれている。まさに、本来一番目的にすべき人間あるいは生活者というものが一番最後に置かれ、手段化されてきたというのが今までの日本の社会ではなかったかということに改めて思いをいたした次第でございます。 そうなりますと、むしろこれから二十一世紀の日本の社会を本当の意味で人間的な社会にするためには、大変な価値観の転換、また政策の転換が必要であるということでありまして、これはやはり大改革になるなということを改めて感じた次第でございます。 そういった意味で、今回のバリアフリー化の法案は大変重要な契機になるものと私は考えております。もちろん、このバリアフリー化だけでなくて、教育等々さまざまな、あらゆるシステムや制度にわたっての改革が必要と思いますが、その一番嚆矢になるのがこのバリアフリー化法案であり、大変重要な意味を持つと私は考えている次第でございます。 そんな感想を持った中から、まずは馬居先生に御質問をさせていただきますけれども、今回、予想以上に日本の町が障害にあふれているということを私も、先生も実感されたことだと思います。特に道路、これが非常に貧困であって、今まで展開されてきた道路政策、道路整備というものが、一面ではいろいろな省庁がそれぞれの目的に従って、または住民の要望に従って設置をしたのであろうけれども、そういった部分的、断片的ないろいろな工作物の積み重ね、電柱だとかガードレールであるとか、あるいは標識だとか、あるいは植え込み等々、そういったものが結果的には大変なバリアを構成しているという印象を持ったわけでございます。 そういった意味では、これからの町づくりあるいは道路整備には、大変大きな設計思想の転換、価値観の転換というものが要るわけでありまして、これは非常に大問題であると実感をした次第でありますが、そこら辺につきまして、馬居先生からさらにもう少し詳しく、御所見がありましたらまずお伺いしたいと思います。
○馬居参考人 確かに今回調査をしてみて、私はバリアフリーの、先ほど申し上げましたように、ハードの面については正直言いまして素人でございます。高齢社会についての課題は何なのかについてはそれなりに勉強してまいりましたし、子供たちにどう伝えるべきかということについては仕事としてやってきたわけです。ハードの面についてはそれほど深く追求したわけではなかったのですけれども、今回、いわば現場のところから入ってみて、ああ行政というのはこういうものなのかということを正直思いました。 すなわち、今お話がありましたけれども、道路上、とりわけ歩道上にさまざまな施策が施される。すなわち、環境に優しくするためにブロックが置かれる、あるいは人々の心を和ませるために花や木を植える。あるいはそれ以前に、多分単に人が歩いていたところに電気を引くために電柱を立てたのでしょう。これも皆さん方の要求であったと思います。その中で、車がふえてきた、車を通さなきゃならないと。これも、国の政策もあったと同時に、車を要求する多くの住民の人たちの要求があったのだと思います。 それら一つ一つにこたえてきたことが、結果的には障害をどんどん道の中に積み重ねてきたという意味において、先ほど申し上げましたように、現在の、車を通すということを前提にしてバリアフリー化をさあどうしようかと考える限りにおいては、中心部にある広い道を前提にしたバリアフリー化なら別ですけれども、まさに高齢者がこれからふえてくる、日常生活に密着した空間の中においてバリアフリー化を進める上では、その余地そのものがないという条件が出てくると思います。 したがって、道路をだれが使うのかということについて、簡単に人が使うというだけでは済まないので、この道は車、この道は人、この道はという形で、いろいろな形で使い方を多様に振り分けていくことを考えない限り、道を広く拡幅できるのならともかく、それはそのまま人を動かすことになりますし、なかなか簡単なことじゃないと思います。 とするならば、今あるものをどうやって有効に使うかということになりますと、まずは車を通すという考え方を何とかしないとどうにもならない状況が来ると思います。ただし、その場合に、その何とかしなきゃならないというのは、行政の発想の転換が必要であると同時に、例えば、今まで両方通行が可能であって、その便利さを享受していたその地域の人たちにとってみれば、一方通行になる場合、非常に不便になるわけです。しかし、それは、これからの自分たちの高齢化を考えたときに当然しておかなければならない問題であるというところから、協力してくれるようになるためには、学習が必要になってくると思います。 だとするならば、今回の法案にしても、国民の責務という形で書かれていますが、これは四つの省庁が一緒になってというが、どうして厚生省とか文部省と一緒にならないのかというのが正直なところであります。ここに書かれてある国民の責務をどれだけの国民の人たちが知ることができるのかというのが、正直思うところでありますので、その部分についてもぜひ考えていただきたいと思います。
○遠藤(乙)委員 もう一点、馬居先生は、心のバリアフリー化ということを強調されております。また、法案にも、国民の理解、協力は不可欠ということで、そういった趣旨が盛られておるわけでございまして、実は、今回の調査に当たっても、やはり住民の方々、特に健常者の方々のそういったマナーとか心の問題が大変重要だなということを改めて実感した次第でございます。 ハードの面は、これは時間の問題であって、最大の努力をしていくべきだと思いますけれども、それにも増して、やはり住民の方々の心のバリアフリー化ということが最も大事じゃないか、最も急務ではないかということを私自身痛感した次第でございます。たとえいろいろな物理的な障害があったとしても、周囲の方々がそういった心遣いを持ってさえおれば、いろいろな状況はかなり緩和できるはずであって、そういった意味では、ソフト面のバリアフリー化をもっともっと重視すべきではないかと私は思っております。 そういった意味で、既に先ほどもお話がありましたけれども、教育社会学の専攻の視点から、特に心のバリアフリー化をどうやってこれから強化していくのか、早急に充実をしていくのか。その辺につきまして、馬居先生の御所見をお伺いしたいと思います。
○馬居参考人 多分、心のバリアフリーということを人に話せば、みんな理解してくれると思います。では、自分の家の前が一方通行になったらどうしますか、あるいは、ここに車が入れなくなったらどうしますかというと、考え込むと思います。 あるいは、今、蒲田の駅がそうですけれども、今回の調査で何度も歩いたのですけれども、かなりバリアフリー化が進んでいる部分があります。しかし、その上に堂々と自転車が乗っております。今回の法案でも、いわゆるバリアフリー化を中心部において進めたとして、そこに放置自転車があったら、もうそれでそのまま車いすは通れなくなると思います。これは移動可能なんですが、次々と置かれていけば、大変な課題になってきます。 したがって、私は、教育社会学という意味でもないのですけれども、どれだけ、そのバリアフリーを自分の日常生活に、生き方の中に具体化していかなければ自分自身が不利になるのだということについての学習を進められていくか、あるいは、現在の社会において生きる人間の条件として何が必要なのかということについての、どれだけ説得力ある学習が進められるかということが課題だと思います。 その一助として、今回調べまして一番思ったのは、先ほども言いましたように、現在のような車を通すということを前提にした道の延長線上には未来はないだろうということを、どれだけ住民の人たちが理解できるかということであります。 といいますのは、今は車を通すために歩道を制限しています。それで、そこを今度は車いすが、しかし狭いために、あるいはでこぼこがあるために通れません。したがって、車道に出なければならないが、なかなか遠慮をして出てこられないという部分があると思います。駅のエスカレーターも同じような事情があると思います。しかし、量的にふえてくれば、あるいは権利意識が高まれば、当然出てきて、そして車道を行かざるを得なくなると思います。 そうしますと、車道を車いすがたくさん通行するようになりますと、今度はその車いすと同じ速さで車は動かなければならなくなるという事情が出てくると思います。車いす以前の問題として、もう既に販売されておりますが、高齢者の方々が、時速四キロとか五キロのゆっくりした、自動の三輪で移動するということが始まっております。これは、多分歩道側を通らなければならないのでしょうけれども、歩道を通っている人はだれもいないと思います。みんな車道へ出てくるのだと思います。そうすると、だんだんその量がふえてくれば、今度は逆に、車中心に道路をつくったがために、車道に車いす、そしてそういうゆっくりした、高齢者を運ぶ三輪車が出てこざるを得ない。そのことが逆に車の通行を妨げていくという、本来の目的と今度は逆転していくというパラドックスが起こると思います。 したがって、高齢社会の問題というのは、今障害者の方たちがいわば苦労されている部分がだれにも当てはまる問題になってくる、この部分をどれだけ説得力ある形で現在の人たちに伝えられるかということが、多分一番大きな課題になってくると思います。そのための取っかかりとしては、先ほど申し上げましたように、今学校では、総合的な学習の中でそのようなための準備が始まっておりますが、残念ながら、そこで学ぶ資料もノウハウもまだまだ蓄積されておりません。ぜひ、こういう形で進められている人たちが、現に小学校、中学校、高等学校に行かれて講演する機会なり、資料をつくる、先生方を助けるような機会があればありがたいですし、同時に、法案を作成する側においても、いかにそれを伝えるかというところへもバリアフリーの道をつくる、あるいは空間を改善していくと同じように、知らせる努力についてもお願いしたいと思います。 以上でございます。
○遠藤(乙)委員 大変貴重な御意見、ありがとうございました。 私は、個人的にも、自分の体験から、やはりこれからはバリアフリー体験を一度はやってみるということが一番大事じゃないかと思います。私自身も、車いすに乗ってみて初めてわかったことが多かったわけでありまして、二階大臣なんかも率先してそういったバリアフリー体験をされておりますので、担当の省庁の局長さんや課長さん方、あるいはまた住民の方々、学校の生徒も含めて、例えば総合学習の中でそういったバリアフリー体験をやってみるということは、最も出発点としていいことではないかと思います。私個人の思いとして、ちょっと述べておきたいと思います。 それから、今度は三星先生にお伺いをしたいのですけれども、先生の配付された資料の中に、実際の交通困難者の数字が出ております。羽曳野市の例をとりまして、交通困難者が全体で二五%存在するという数字が出ておりまして、これは非常に大きな数字だなと、私も驚きを持って受けとめた次第でございます。 この内訳の中で特に一番大きい部分が、高齢者とか障害者の部分は当然だと思いますけれども、非高齢者かつ健常者、そういった条件の交通困難者が一六・七%もおられるということは非常に大きな数字だと思っております。これは、具体的にはどういう方々を指すのか、あるいはまたどういう状況を指すのか、もう少し詳しく御説明をいただければと思います。
○三星参考人 行政の定義で言う高齢者、六十五歳以下の方々、特に先ほど申しました中年、非常に我が国の中年の体力が弱っておるというのは医学の方々も御指摘されておりまして、ちょうど私の年代ですけれども、やはり四十代、五十代が非常に、バリアフリーという点で同じように受益がある。それから、下の図の五に示しますように、結局、六十五歳で突然切れるのではなくて連続的にあるわけでして、これが数にするとかなり出てきます。それからあとばかにならないのが一時的なけが人、病人、それから妊産婦さん、こういった方々。私も大学におりますと、学生がスキーで障害者になる例は必ず毎年出てまいります。 そんなものを全部集めてきますとこれだけの数になるわけで、この主力はやはり、私が申したように中年ですね。あるいは糖尿病であるとか、先生方にも随分多いんじゃないかと思うのです。糖尿の場合は逆に今度歩かなければいかぬのですけれども、心臓の悪い方など、そういう方が全部集まるとこういう数になります。 そういうことでございます。
○遠藤(乙)委員 実は、この数字は政策立案の大変重要な基礎的情報になりますので、さらにまた詳細に御調査を賜り、全国的な調査もいただいて、さらに論文発表でもしていただくと、大変有益な基礎資料になりますので、ぜひ今後よろしくお願いをしたいと思っております。 それから、清水参考人にお伺いをいたします。 清水参考人の御意見の中で、障害者にもいろいろある、交通障害といってもいろいろなタイプがあって、それをきめ細かく見て対応すべきだ、大変これは傾聴すべき御意見だと思っております。私も実際、車いす体験だけやったものですから、その部分でしか物を言えないのですけれども、それ以外にもいろいろな障害があり得ると思います。例えば、どんな障害にもっと気を配ってくれという、もし御意見がありますればこの場でお述べいただければと思います。
○清水参考人 車いすとか目の不自由な方は非常に目立つのですが、高次機能の脳障害とかいろいろな方が、今やっとわかってまいりました。そういう意味ではそういう障害の方に、外から見てわからないものですから助けの手が入らない、こういう状態があります。また、同じ障害でも、部位によっても全然行動が変わります。 そういうようなことをすべて合わせますと、今三星先生の言われたような数字も出ますし、一番重要なのは、やはり多くの方が、どういった障害があるかということを皆さんが実態として手につかむことではないかと思います。
○遠藤(乙)委員 今の清水先生の御意見も実は大変重要な情報でございまして、どういったタイプの障害の方にはどういう障害があるのかと、きめ細かく障害のパターンを、数量的にも分類をしていただくことがこれからの政策立案の大変重要なポイントになりますので、ぜひ、そういった面でも今後御協力をお願いしたいと思っております。 まだいろいろ聞きたいことがあるのですが、持ち時間が過ぎましたので、以上をもって私の質問を終わります。 ありがとうございました。
○仲村委員長 次に、岩浅嘉仁君。
○岩浅委員 自由党の岩浅でございます。 大変御苦労さまでございます。よろしくお願いを申し上げます。 いろいろ質問があったわけでございますが、御承知のとおり、日本の社会資本の整備はまだまだおくれておるわけでございます。そんな中で、これからの時代は、若干お話がございましたけれども、かつての高度経済成長時代にずっとつくってきた社会資本が古くなってきた、リニューアルをしなければいけないということで、維持更新費というのが大変ふえてくる。いろいろな統計がありますけれども、社会資本整備全体に占める維持更新費は二〇〇〇年で一八%、十年後、二〇一〇年には三六%になるというふうな数字。もっと高い数字も出ておるのです。 私は、これは維持更新費にお金がかかるということは、当然新規投資の分野が少なくなるということにつながりますけれども、ある意味では、今までの社会資本整備というのはバリアフリー化ができていないわけでございますから、これから、やりかえるときにこの思想で整備をやっていくということで、まさに時代背景はバリアフリーに適した時代に突入したということで、政府案、民主党案、両方ございますけれども、よりよいものをつくらなければならないという使命的なものを感じております。 そんな中で、まず三星参考人にお伺いしたいのです。 これは大まかな話になりますけれども、諸外国のバリアフリー化について若干お話がございましたし、参考人御自身もイギリスで御活躍されたということで、日本のバリアフリーはおくれておりますけれども、欧米の特色をごらんになって特に日本に参考になるとか、あるいは欧米の特色のこういう部分を日本は取り入れるべきだというふうな特筆すべきものがございましたら、まずお示しをいただきたいと思います。
○三星参考人 先ほどの話の補足になるのですけれども、関連することを申し上げておきますと、我が国の高齢者、障害者の交通対策への取り組みはやはりおくれがあったと言わざるを得ないわけであります。 一九七〇年代初頭には、アメリカの場合、あのADAが有名ですけれども、実は連邦道路法それから都市大量輸送法、いずれもそのころから、体の障害による差別があってはならないという条項を入れているんですね。これは余り知られていませんが、そういったことをベースにしまして総合法であるADAをアメリカはつくったわけです。この大きい流れは、アメリカという国の風土とか政治条件、政治環境の違いというものがありますから、そのまま受けるわけにはもちろんいきませんけれども、それに早く追いつくという点で、かつて十年以上前に私これに追いつくのは大変だなと思ったのですけれども、実はこの十年の間、我が日本はやはり賢いところがありまして、特に技術面では追いつくのは非常に早いですし、それから行政面でのいいところは、法律ができて、やると決まったら一気にいきますから、この辺を頼りにしてこれからやっていけばいいのじゃないかなと思います。 あともう一つ、欧米との違いということでございますけれども、やはり総合性という点で欧米に学ぶところが多いわけでありまして、これも先ほど申し上げたとおりです。 あともう一つ申し上げていないのは、ヨーロッパをずっと見ていますと、各国が競争しながら、なおかつ連携しながらやっています。日本でもこれから、少なくともこの法案などをベースにしたりして日本の経験をアジアの中にさらに、技術でしたら移転し、あるいはアジア支援をしていかなければいけない、社会システムとしてアジア支援をしていかなければいけない、そういう視点を持つ必要があるのじゃないか。これは、ずっとEUの中で私の見てきました経験として、しみじみ思います。 そんなことでいいですか。個別の細かい話も、お時間があればまた入れます。
○岩浅委員 大変貴重な御意見をいただきました。日本の今度の法整備がアジアに対して大きく影響を与える、私は本当に感激いたしました。 そこで、先ほどの意見陳述の中で、細かい話でございますが、三星参考人の、高齢者、身障者と交通の項の道路空間で、歩行者として、もう一つドライバーとしての観点も大変重要なんだというお言葉が若干ございました。具体的にどういうことをお考えになっておられるのかということを伺いたいと思います。 それから、高橋参考人さんにも伺っておきたいんですが、先ほど玉置議員の質問にも若干ございました。日本はいろいろな地域がございます。ですから、都市部、地方あるいは平地、山間部、それぞれに形態も違ってくるわけでございますから、何か示唆に富む指針がありましたら、こういう哲学を持ってやればいいのではないかということをお示しいただきたいのと同時に、今度は、駅の場合は五千人以上ということになっておりますけれども、地方に行きますとこういう対象は当然少なくなるわけでございますから、私個人的には、利用者の数的な面からではなくて、施設の構造的な面にも着目してやっていくという並行的な視点が必要なんではないかと思っておりますが、この点につきまして御意見を賜れればと思います。
○三星参考人 ドライバーに関しましては、二つの面があります。一つは、運転する環境を高齢者、障害者に合わせていくという課題であります。二つ目は、運転以外の休憩時とか料金所とか、そういう運転に伴う行動の場におけるバリアフリー、この二点があります。 前者の方の運転環境に関しましては、今回の法案の趣旨からは細かい突っ込んだことは余り出てこないと思いますが、これからの課題になります。 例えて言いますと、これもアメリカの例なんですけれども、二十年も前にアメリカも一度、高齢者と、これはちょっと蛇足ながら、女性ドライバーも同時に増加しています、日本と同じような状況がちょっと早く出てきたんですが、その視点から、標識の大きさ、標識の見やすさ、位置、それから道路の線形なんかに関して、従来は、平均的なドライバー、健常ドライバーを前提にして設計していたものを見直す必要があるということで、調査研究をやりました。 我が国でも、これから、どこかを過ぎますとお年寄りは運転をやめていただかざるを得ない、これは逆にはっきりとした線を出さないかぬ。これは科警研のかつての所長さんなんかが非常に熱心に研究されたことがあって、また資料が必要でしたらお教えしますけれども、しかし、そのぎりぎりのところまで、モビリティー確保として、車というのは、障害者とか高齢者にとっては、ちゃんと運転できる方には非常にいい乗り物なんですね。ずばりバリアフリーという点では非常によい乗り物で、車というのはそのためにあるようなものなんです。そう考えていきますと、運転環境をよくしていくこと。 あとは、二点目に申しました関連する施設ということでしたら、PA、パーキング、それからSA、サービスエリアですね。幸いにして、PA、SAは、道路公団は割と早く取り組みました。ただ、私に言わせたらやはりまだまだ不満もありまして、それをこれから整備していく必要がある。 いずれにしても、大量の高齢ドライバーがこれからふえてくる、それから障害ドライバーもふえてくる。 イギリスの場合は、かつて、指一本あれば運転したい方はさせる、これは政府が豪語しました。文書にあります。それから、高齢社会では、今、イギリス、フランス、北欧へ行きますと、本当にお年寄りのドライバーが目立ちますけれども、それに合わせた町づくりということで、主に標識、道路線形などについて今申し上げさせていただきました。 そんなことでよろしゅうございますか。
○高橋参考人 二点ほど御質問があったかというふうに思います。 まず、地域格差の問題でありますけれども、実は、私もかつて過疎の市町村の高齢者の生活環境について研究したことがあるんですけれども、そのときにも思ったんですが、今御指摘ありましたように、やはり過疎地といったようなことになりますと、例えば今の時代ですと、住み続けるというのがありますね。若い人たちが動いたから、あるいはケアの人がいないからそこを離れるということには必ずしもならないわけですね。やはり住みなれたところにできるだけ長く住み続けたいというのがあります。そうすると、もし病気になったりとか、あるいは通学の問題でもそうですけれども、公共バスが通っていないとするとタクシーをみんなで呼ばなきゃいけないとか、そういう事態があります。ですから、そういった地域においては、やはり交通の整備のあり方も必然的に変わらざるを得ないという形になるかというふうに思います。 そして、それとも関連しますけれども、二点目の、利用者数だけではないのではないかという御質問だったかというふうに思いますけれども、まさに私も同感であります。そのように考えなければいけない。今回法案で検討されている交通バリアフリー法というようなものも、もともとは障害のある人たちの問題から端を発していると思いますけれども、そのときにも、一人の障害を持っている方の交通の問題が大多数の問題になり得るというような視点があったかというふうに思うんですね。これは、二十数年来の我が国の福祉のまちづくりですとかバリアフリーの動きでもそうだったと思います。 ですから、過疎地で人が少なくても、そこに住み続けている人があれば、例えば政府案に重点整備地区とありますけれども、まさにその地域にとって重点的な整備であれば、必ずしも利用者が五千人を超えなくても特定な旅客施設として認定をしていく、そういう方法をとるべきだというふうに私も思っております。ぜひ御検討をお願いしたいと思います。
○岩浅委員 ありがとうございました。 最後に、タクシーの問題につきまして、簡単で結構でございますから御意見をいただきたいと思いますが、タクシーに対しまして高齢者、身障者の方々のニーズは当然多種多様でございますけれども、どのような基準で意味づけをしたらよいかという方向性も定まっておらぬわけでございます。特にこの問題につきまして、大まかで結構でございますが、どういう制度にするべきだというお考えがありましたら、どなたでも結構です。 では、清水先生、お願いします。
○清水参考人 今先生のおっしゃったタクシーの問題でございます。 確かに、今田舎の病院の周りには、ワゴン車タイプのタクシーというのが、正規には営業所に置いておいてそこで呼ばれた場合に来るというタクシーが、病院の周りにまで来てお客さんを拾っているというのが現状です。実際上は、本来はタクシーは乗用車でありまして、その乗用車に対して、身障者、もしくはこういうタクシーに乗りたいんだというお客さんに対して、営業所まで持っていってそこで乗りかえるというふうになっています。 ただ、ある村の話というよりは、私が病院に通っているところでございますが、いつの間にかすべてワゴン車タイプになっちゃいまして、なかなか選択肢がないんですね。そのワゴン車タイプも、聞いてみますと、小さい子供さんとか、やはり私のような、要するに感覚障害も一緒にまじり合っている方にしますと、非常に使いにくい、乗りにくい、そういうことなんですね。 ですから、その辺の決まり、決まりという言い方は失礼かもしれません、何かその辺に対する対策その他が大体出てこないと、どのタイプでいい、どれじゃないかというふうには一気に決められないと私は思うのです。かえってそれだと、談合ではないんですが、業者間で、こちらはワゴン車の方が有利と思う、こちらは乗用車の方が有利と思う、こちらは車いす搭乗型がいいと思う、そういうような分け方で、タクシーの場合ですが、それぞれの会社間でいい形の競争をした方が、利用者にとってはいい形、特に私たち障害者にとってもいい形だと思います。
○岩浅委員 社会学的見地で、馬居先生、何かございますか。
○馬居参考人 社会学的かどうかは別として、今いろいろなお話がありました。 実際に障害を持つ方自身が非常に多様であるということで、ユニバーサルデザインという形で、私が所属している静岡県でもそれなりの補助をして準備をされているみたいですけれども、実際のところどういう形で利用されているかということそれ自体を、今お話がありましたけれども、利用されようとする人たちの意識とかあるいは形態とかというのを実態調査するところからやはり始めた方がいいんじゃないかと思います。 この問題に限らず、バリアフリーの問題というのは、私が昨年いろいろな方たちとお話しした中で、バリアフリーという言葉を使うこと自体、拒否されました。それは何なんだと。あるいは、この間この調査を発表したときに、高齢者の方から、何で片仮名を使うんだとも言われました。そういう意味で、日本の場合、先ほど地域差が大きいということがありましたけれども、世代差の方がより大きいと思います。さらに、知的な意味での階層差が非常にあると思います。こういう問題に非常に敏感な方にとってみれば当たり前のことも、本当に必要な生活者レベルから見ると、バリアと聞いただけで拒否反応を起こす場合もあります。 したがって、どういうことが必要なのかということそれ自体を、障害を持っている人たち、そして高齢者の人たち自身から得るような手だてを組む必要があるんじゃないかと私は思っております。 以上でございます。
○岩浅委員 ありがとうございました。 いみじくも、このバリアフリーという言葉が、私、個人的にはもう一つぴんとこないんです。障害物を駆逐するのは当然です、いい発想なんです。能動的な積極的な言葉であろうと思いますが、何かバリアフリーという言葉が余りなじまないような言い方に感じるんです。もっとこのバリアフリーの思想をわかりやすく、こういう表現にしたらいいんじゃないかというのがどなたかおありでしたら、変な質問なんですけれども、こういう言い方に変えたらどうかというのがもし何かありましたらお示しをいただきたい、なければ結構でございます、以上で終わりますから。
○清水参考人 現実には、これはユニバーサルデザインという形で今はやっておりますが、私、障害者としての立場は、できることならばバリアフリーもユニバーサルデザインも消えて、普通どおりになっていただきたい。申しわけございません。
○三星参考人 どうやら本当は参考人が質問できないので、今の御発言の趣旨、大変興味がありますので、後からまた聞かせていただきたいんですけれども。 恐らく、バリアフリーがどうもぴんとこないというあたりのところは、多分に、バリアがあってそこを通れるようにしてくれという、ある意味では受け身的な、やや積極的でない印象があるからなのだろうかというふうに仮に解釈するとしますと、デザイン的にはやはりユニバーサルデザイン、すべての人が使えるデザインという言葉がこれから広がっていくのが私はよいと考えております。ユニバーサルデザインは、間違ってもバリアフリーを否定したところにはないわけでありまして、清水先生は、それもさらに進んで、ない方がいいとおっしゃいますけれども、私自身もそうだと思います。 それからもう一つは、より能動的に高齢者、障害者の移動性を確保するというモビリティー確保という概念ですね、それは今後の課題として、先ほどのスペシャル・トランスポート・サービスであるとかあるいはタクシーの話なんかにもつながってまいります。 それから、一言だけ、ちょっと補足でタクシーのことを言わせていただいていいですか。 ロンドンが一九九〇年に、DOT、イギリス交通省の方針として、これは多分ロンドンと話し合ったと思うんですけれども、二〇〇〇年までにタクシーを全車バリアフリーにすると。それを実は超過達成というか早期達成しまして、もう既に全車対応しています。ここで言うバリアフリーというのは、全車、手動の車いすのレールを持っています。その条件は山高帽のタクシーにあるわけで、あれなんかまことにその都市の風土を生かしたバリアフリー。 私が申し上げたいのは、よく考えていくと、そういう条件がいろいろある場合がある。ロンドンの場合は、この山高帽に目をつけて、絶好のチャンスだということで、それにレールをつけたら車いすが乗っちゃうんですよ。そんなちょっとした細かいところで、中の造作を新しくかえるとき少しずつかえるとすごくよくなるんです。そういうことを見逃さずにやったという点で、僕は偉いと思いますね。 同じように、日本の中でもいろいろ考えて自治体がおやりになったらいいんじゃないか、特に交通の規制緩和、あるいは規制撤廃が進んでいますので、条件はできてきたんじゃないかと思います。 以上です。
○岩浅委員 ありがとうございました。
○仲村委員長 次に、平賀高成君。
○平賀委員 日本共産党の平賀高成でございます。 きょうは、参考人の皆さんにつきましては、大変お忙しい中にもかかわらず参加をいただきまして、心からのお礼を申し上げたいと思います。 最初に、私は、高齢者や障害者の皆さんの移動の自由と安全の確保を図るということは政治に課せられた責任だと思いますし、同時に、こうした問題について皆さんが権利を主張されるということに対して、社会はこれにこたえていかなければならない責任があると思っています。 一九八一年に国際障害者年が開かれまして、二十年近くになろうとしておりますが、この間多くの障害者の皆さんや障害者団体の皆さんが本当に粘り強い活動をされてきたと思います。国会でもこれらの問題につきまして集中審議を行いましたし、六年前には私ども日本共産党もこの問題の根本的解決のために法制化を図るべきであるという提案なども行ってきまして、ようやくこうした問題がいよいよ現実の問題になろうとしているところだと思います。 特に、私たち日本共産党は、今回のバリアフリー法案に対して、これは一歩前進だと考えているわけでありますが、同時に、大ざっぱに見まして三つの懸念があると思います。 一つは、これは障害者の定義にかかわる問題なんですが、法案では、高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律案ということで、障害者のところが身体障害者ということになっていて、障害者の中には精神障害とか知的障害があるわけですから、身体障害だけに限定しているという問題が一つあると思います。 それから二つ目に、事業者の責任の問題で、新しく駅をつくる場合や大規模改修をする駅以外の地方の駅については努力義務になっているという問題があると思います。 それから三つ目には、障害者の意見を反映する場が不明確だ。この三つの点について、私は懸念を持っているわけです。 こういう問題意識に基づいて私は参考人の皆さんに質問したいと思うわけですが、私もこのバリアフリー法案の審議に当たりまして鉄道の駅の調査を行いました。 ある地方の駅なんですが、一つは、点字ブロックの統一規格がないという問題があると思います。誘導ブロックと警告ブロックと二種類ありますけれども、三十センチ、四十センチの長い棒が四本並んでいるというのが誘導ブロックで、丸いぼつぼつがあるブロックが警告ブロックだということなんです。ところが、建物から建物に管理者がかわる場合、JRの管轄とそれから駅ビルの管轄とかありますと、同じ一本の点字ブロックであっても規格が違うんですね。ですから、これが誘導ブロックなのか警告ブロックなのかわからない、しかも、中間の小判型の誘導ブロックもあるわけですから、障害者にとってもわからない、非常に困る状況にあると思います。 それから二つ目に、新しい、お金をかけた大理石などでつくられているような建物だと、床が黄色い点字ブロックではなくて大理石と同じような材質でつくられているブロックになりますから、一般の健常者の皆さんが誘導ブロックなのかわからなくて、その上に物が置かれる、こういう状況があります。 さらには三つ目に、分岐点のところに行っても、そこに案内板がないものですから、また音声の誘導がないものですから、どっちに行ったらいいかわからない、こういう状況にありました。 それから、駅のホームに行きますと、これはJRの在来線もそうでしたし新幹線もそうだったのですが、階段を上がっていきまして、ホームの端から端まで黄色い線で警告ブロックがありますね、そこのところにたどり着くのですけれども、どこに行ったら列車の入り口に行くのか、その表示がないのです。ですから、新幹線も乗れないし在来線も乗れない、こういう状況になっていまして、私、実際にそれに参加をして、非常に腹立たしい思いがしました。 私は、このバリアフリー法案を審議するに当たって、こういう問題を解決するためにも障害者の皆さんの意見を十分反映することが必要だと思うのですが、この点について三星参考人と高橋参考人に御意見を伺いたいと思います。
○三星参考人 たくさん出されましたので、それでは大急ぎで私の意見を申し上げます。 私もついつい習慣で障害者と先ほどから使いますが、法案では身体障害者ということで、精神障害者、知的障害者に関して抜けている。これはこれからの課題と思います。 一つだけ申しておきますと、ピクトといいまして、絵文字がございますね。あれに関しても、知的障害者の方々に関しては工夫するとかなり効果的であるとかいうのがあります。ただ、まだ研究途上のことが多うございまして、なかなか政府の方も、それを入れて、中には義務が出てまいりますので、難しいところもあるのでこういうことになっているのだろうと思います。 それから努力義務。これは、中小駅を含めて、やはり主な駅は自治体がプランを立てなさいということになっていますから、大駅だけじゃなくて、中小はやらぬでいいということには決してならぬと思いますので、これは行政の方に特にお願いしたいですね、そこのところを自治体にやるように指導していただきたい。 それから点字ブロックについては、管理者がかわるので全部違います。これはとんでもないわけでありまして、まさに今回の法案の中でぜひそれをコーディネートすること、これは自治体主導にならないとできないのですね。今までそれをやる仕組みが全然なかったのですが、やろうと思えばやれるのになぜやらないのか、そういう不満もありますが、そんなことを担当する部局もないということがありました。今度はちょうどその点ではいいと思います。まさに管理者がかわったら違うやり方ということはないようにということです。 それから、大理石に埋もれて誘導ブロックがわからない。これは設計者に対して大いに言わなければならない。これはむしろ私の仕事になってまいりますけれども、我々が言う輝度比というのがありまして、しっかり輝度比をつけて点字ブロックを敷く。それから、盲人の方々の組織の方は明白に黄色を前提に、黄色以外は認めないというやり方でおっしゃっています。私の意見を申し上げますと、それにこだわらなくても、きちんと輝度比をとっていけばできる場合もかなりある。 それから列車の問題。おっしゃるとおり、入り口がわからないというのが課題だと思います。 以上、ざっと私の思いを申し上げました。
○高橋参考人 特に、障害を持つ人の定義、身体障害者等ということですけれども、これにつきましては、その等をどうやって理解するかということが、法案の中で実際にどんなふうに運用されるかにもよると思いますけれども、それによって対応が異なるかもしれませんし、例えば障害者基本法のように、心身障害者対策基本法を改正して障害者基本法としている、そういう先行的な法律の流れから見れば、障害者等というのが適切な表現であるというふうに私は思っております。 それから、事業者の責任につきましては、先ほどの参考意見でも述べさせていただきましたように、特に公共交通事業であれば、すべての事業者が当然さまざまな交通を利用する人たちがいるということを前提とした整備を図るべきだというふうに思いますし、公的な支援がなくても、利用者に一定の負担はかかるかもしれませんけれども、率先してやるというような方向は既存施設の中でも当然だというふうに思います。 それから、意見を反映する場がないということ、不明確というような御指摘がありましたけれども、私も視覚障害を持つ人たちの調査をこの首都圏で行った経験があります。そのときには、一番最初に挙げられているのは鉄道駅です。最も不便なところはどこか。デパート、商店街、病院とかホテルとかさまざまありますけれども、鉄道駅を指摘した人が八割近くいらっしゃいました。これは一人で歩いている、付き添いの方がいない方だったのですけれども、やはり非常に利用しにくいと。 特に日本の鉄道駅舎は、これは民主党案の中にはあったのですけれども、乗り継ぎが非常に難しいわけですね。特に地下と地上駅との問題ですとかさまざまな問題、こういったところはなかなか見過ごしがちでありますけれども、移動の保障という視点からしますと、やはり視覚的に見えないような人たち、障害を抱えている人たちに対する配慮はとても重要だというふうに思います。 点字ブロック等につきましては、道路事情ということを考えますと、全国一律にはならないのは当然でありますし、少なくとも整備をされた地域と整備をされていない地域を市民、利用者にできるだけ速やかに情報伝達する、そこで情報のバリアを防ぐ、そういうような方策もあわせて考えていくべきだというふうに思いますし、現在開発されていますさまざまな点字ブロック以外の誘導の技術といったようなこともあわせて考えていく時代に既に突入しているというふうに思います。
○平賀委員 突然の、我が日本共産党の見解についていろいろ御答弁いただきました。ありがとうございました。 次に、三星参考人のいろいろな資料を読ませていただきまして、私は、阪神の伊丹駅の建設に当たりまして、障害者の皆さんの意見を取り入れて、組織的にも参加をして、それで駅をつくった、こういうふうなパンフレットを見せていただきました。 これによりますと、一つは移動しやすいこと、それからわかりやすいこと、そして行きやすいこと、そして人の手とぬくもりがあることなど、今までの駅の建設とは随分違ったあり方になったと思いますが、障害者団体の声を反映する機構をつくることがどれほど重要なことなのかということについて、三星参考人の経験から具体的にちょっとお聞かせいただけたらと思います。
○三星参考人 今名前の出ました伊丹に関しまして、どういうことかだけ、まず最初に述べておきます。 通常、民鉄の駅というものは民鉄で計画、設計するものであります。もちろんそれに市民や行政が意見を言っても構わないわけでありますが、今回、阪急伊丹駅、震災でつぶれまして仮営業をしておりましたが、二年間にわたりまして、これは阪急電鉄に私は非常に敬意を表したいと思いますけれども、私を委員長といたしまして、市民団体それから高齢者、障害者、いわゆる当事者参加ということを試験的に阪急はやっていました。あわせて、それを運輸省及び伊丹市が支援いたしまして、先ほど申しましたように、駅広に関しましてもコーディネートしました、こういうことでございます。 それでやってみまして、私自身も当事者参加の計画設計というような本格的なものは初めてでございまして、やってよかったなと後から感じます。 幾つもの例があります。計画段階でまず申しておきますのは、ちょっと計画したり設計してみたりしておるときに、バリアフリーは必ず困難に突き当たります。そのときに計画者、設計者はくじけそうになります。通常はそこで、そんなお金出ないよ、これで終わりになります。しかしながら、今回は、障害者、当事者の方々が入られて、そこを何とかなりませんかと最後まで頑張ります、すると一緒に考えましょうということになります。もちろん、設計者は、建築、土木の専門家。最後まで、人間の頭はぞうきんと同じで、ひねったらひねるだけ知恵が出ることがよくわかりました。これをまず申し上げておきます。随分それで改善されました。 それから、あと当事者参加でもう一つ、きめの細かいことができたなと思うのは、最後の施工段階までチェックいたしました。それによって、職人さんの世界、仕上げみたいなところです、これに非常にきめの細かい手が入りました。つまり、当事者が自分の五感でわかる部分を訴えなきゃいかぬところが設計にはあるんですよ。あるいは施工にはあるんです。それが従来余り生かされていない。それは、設計者に求めても難しい部面もあったりして、やはり当事者参加はよかったなと思います。 ただ、まだまだ足りません。不満もあります。それは今後のまた糧としますが、それはまた別のときに書かせていただきたいと思います。 以上です。
○平賀委員 さらに続けてこの阪急の伊丹駅の問題について伺いますが、特に私は、バリアフリー法案といった場合、最初にも申し上げましたように、これはすべての障害者を対象にするべきだということを考えているわけなんです。しかし、ハード面からいいましても、どういうふうなことをやれば知的障害者や精神障害者の方の要求にこたえていけるのかという問題があると思うんですが、この点で、具体的に知的障害や精神障害に対するハード面でのいろいろな事例といいますか、そういうものがあったら、三星参考人に伺いたいと思います。
○三星参考人 研究課題も多いので、余り御期待されるような答えは私及び私以外の者にも難しいと思うんですけれども、ただ、これは少なくとも言えます。知的障害の方の多くは、同時に車いすの方が同じ障害を持っておられるケースが多いわけでございまして、介護者も含めて、やはり車いす対策が知的障害者にも随分支援になること、これだけは間違いないと思います。 その上で、先ほど申しましたように、何といっても情報障害をお持ちの場合が多いので、わかりやすいことということで、大きくしたり、あるいはなるべく平仮名を使っていこうということ。ただ、デザインというのは、すべてユニバーサルになってきますと、限られたスペースの中に何を情報として入れるかというのが難しいのですけれども、私は、従来余りなかった非常にわかりやすい文字、平仮名などもこれから必要なところに入れていくというようなことなどは大事だと考えております。 とりあえずそんなところです。
○平賀委員 時間も迫ってきましたので、ちょっと先に進みます。 高橋参考人に伺いますが、いろいろ高橋参考人の書かれているものを読みますと、ハートビル法などの運動などにかかわりを持ってこられたというふうに伺っています。私、今回のバリアフリー法案の中身を見ますと、このハートビル法の法律とかなり共通する部分があると思うんですが、この点で、法案の審議にといいますか、今後の交通バリアフリー法に生かすべき教訓や問題点についてどのようにお考えか、伺いたいと思います。
○高橋参考人 ハートビル法の成立過程と共通する部分ももちろんある、大きな時代背景、バックグラウンドということが言えるかというふうに思いますし、そして、国といいますか、一つは政府から出されている、そういう視点は共通しているというふうに思います。そして、長年、当事者も含めた市民団体が要望してきた、それが二十数年たってようやく実現してきたというのが両者の法律に非常に近いものがある。 ただし、二つの法律を見ますと、先ほども述べましたけれども、ハートビル法、特に建築物については、もちろん公共的な建築物もたくさんありますけれども、どうしても圧倒的多くは民間の施設が中心になります。そのために、ハートビル法の中では、それは一定の限界があったかというふうに思いますけれども、民間建物に対する言及が少し甘いところがある。それは、例えば規模の問題ですとかそういったようなこと、それから、既存建築物につきましても義務化できなかった、そういう問題があります。これにつきましては、その後さまざまなところで指摘されて、そして、一部ではありますけれども、地方自治体の、都道府県レベルの福祉のまちづくり条例といったようなところで既存建築物に対して適合調査等、そしてその改善の計画を出させる、そういうようなものなども出てきておりますので、それらについて両者の連携でさらに進むというふうに考えておりますが、今回の交通バリアフリー法についての部分ですと、やはり公共性が極めて高いということですね。 それからもう一つの特色は、今回出されている二つの法案の中で、やはり市町村の責務も含めた地域的な整備エリアを定めようとしている点です。これはハートビル法にはない点です。 ハートビル法も、従来から、点的な整備ではなくて、面的な、線的な、そういう連携をとった施設利用が当然市民生活の中で果たされるものだ、そういう指摘がありましたけれども、残念ながらできませんでした。なおかつ、一部分の施設については、駅舎も含めた適用除外になってしまったということがありますので、それを補完する意味では、今回の交通バリアフリー法はさらに大きな枠組みを持っているというふうに認識しておりますし、重要性は強いというふうに思います。
○平賀委員 時間が参りましたので以上で終わらせていただきますが、大変参考になる御意見をありがとうございました。 以上で終わります。
○仲村委員長 以上で午前中の参考人に対する質疑は終了いたしました。 この際、参考人各位に一言御礼を申し上げます。 参考人各位には、大変貴重な御意見を賜りまして、ありがとうございました。委員会を代表しまして厚く御礼申し上げます。(拍手) 午後二時から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。 午前十一時五十六分休憩 ————◇————— 午後二時開議
○仲村委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 午前に引き続き、両案審査のため、参考人から意見を聴取いたしたいと存じます。 本日、午後、御出席の参考人は、社会福祉法人日本身体障害者団体連合会会長松尾栄君、社会福祉法人日本盲人福祉委員会理事長村谷昌弘君、駅にエレベーターを!福祉の街づくり条例を!大阪府民の会事務局長尾上浩二君、リーガル・アドボカシー障害を持つ人の権利代表理事川内美彦君、以上四名の方々でございます。 この際、参考人各位に一言ごあいさつ申し上げます。 本日は、御多用中のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきますようお願い申し上げます。 次に、議事の順序について申し上げます。 松尾参考人、村谷参考人、尾上参考人、川内参考人の順に、お一人十分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。 なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対して質疑をすることができないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。 なお、御発言は着席のままお願いをいたします。 それでは、松尾参考人にお願いいたします。
○松尾参考人 では、許可をいただきましたので、参考人として意見を述べさせていただきます。 きょうはこういう機会を設けていただいて、大変ありがたく、感謝いたしております。 私は、社会福祉法人日本身体障害者団体連合会の会長の松尾でございます。佐賀県からやってまいりました。 以下、述べますので、よろしくお願いいたします。 まず、社会福祉法人日本身体障害者団体連合会は、全国都道府県、政令指定都市及び日盲連、日聾連の六十一団体から成る全国の身体障害者団体連合会であります。全国各市町村まで支部があり、それぞれ活動をいたしております。身障手帳保持者約三百五十万人が対象であります。身体障害者の福祉の増進、社会福祉の実現を目指して活動しており、第二種社会福祉事業を行っております。 役員は、会長一名、副会長六名、理事二十二名、以下でございます。平成十一年度の決算見込みは二十一億六千七百八十八万円であります。 二番目に、バリアフリー法案への期待。 これは私ども多年の要望であり、念願であったわけでございます。運輸省、建設省、警察庁、自治省の提案であり、各省のバリアのない提案であるということで、大変うれしく思っております。 また、八代郵政大臣の誕生により首相官邸に車いす昇降機がついたことは、バリアフリーに大きなインパクトを与えていただいておりますので、ありがたく思っております。 また、バリアフリー閣僚懇談会も開かれておるということをお聞きして、早期実現を期待いたしております。 現状はどうかということでございますけれども、三月の二十一日に佐賀から静岡までJRと航空機を使って参りました。肢体の障害者、車いす、いわゆる脊損の会長、それから全盲の会長、知的障害者関係九名が参りました。 その状況を、写真をお見せしてよろしゅうございますか。——では、これはある駅です。エスカレーターがついておりますけれども、せっかくついたエスカレーターがどういう拍子か動いていないんですね。それで、駅員さんには大変御迷惑をかけて、担いでいただいたというような状況でございます。ふだんであればこういうふうに一人で乗れるという状態でございます。 それから、特急に乗るときに、ホームと特急の間の段差が三十センチ以上ある。これはどこかのホームに合わせて設計をされただろうと思いますけれども、たまたまその駅では段差があり過ぎる。それから、狭いものですから、担ぎ上げるにしても、前、後ろから担ぎ上げなきゃいかぬというような実態でございます。 これはエスカレーターを一人で上っている状況でございます。 それから、これは駅から地下鉄まで行くときに、エレベーターやエスカレーターがございませんので、駅員の皆さん方にお手伝いしていただいて、担いでいただいたというような状況でございます。 それから、私ども一番困ったのは、浜松町の駅では、モノレールからJRに乗りかえるときにエスカレーターでおりますけれども、その後が、貿易ビルのエレベーターを使いまして地下に出まして、そして外の道路を通ってJRの方に行く、そういうアクセスでございます。これは大分駅員さんの方でいろいろやっていただきました。 これはモノレール関係のあれです。 それから、東京駅の地下でございますけれども、これは地下道の業務用のエレベーターでおりまして、一番地下のところをずっと一番奥まで通っていって新幹線の上り口に上ったというような状況でございます。 それから、東京の私の事務所は豊島区なんですけれども、歩道のところに自転車が散乱して非常に車いすが通行困難というふうな実態でございます。 あと、問題点としてはそこに書いておりますので、今申し上げたようなことが問題点でございます。 それと、つけ加えますと、例えば空港のリムジンバスに車いすで一人で乗ることは難しい。それと、船舶には車いすで一人も非常に厳しいのじゃないか、こういうことでございます。 それから、新幹線駅のトイレは、前につくっていただいたトイレは階段がございます、現在のものはありませんけれども。 それから、車いす駐車場に一般利用客が駐車をする。これは県庁の前とか国立病院につくっていただいておりますけれども、駐車が非常に多いということでございます。 それから、五点目に申し上げますのは、心のバリアフリー。これもやはり物のバリアフリーと同時に非常に大事なことですけれども、私は、障害者自身の問題じゃないか。まず、障害者が障害者というバリアを取り除き、さらに社会的バリアを障害者みずから立ち上がって取り除くことが障害者の社会的責任でもあるだろうというふうに考えております。車いすだからもう行けないではなくて、こうすれば行けるんだという提言をしていくべきだ、こういうふうに考えております。 次に、日身連や関係団体のこれまでの活動ですけれども、毎年の全国大会、五千名参加をいたします。そのときに決議して、運輸大臣に陳情いたしております。 一、二例を申し上げてみますと、公共バス新車にはリフトつき並びに低床車両を義務化していただきたい。それから、駅舎については、身体障害者等だれもが使いやすい駅舎に設備を装備していただきたい。それから、地方団体では、要望書を出して、エスカレーターの設置を実現しているところもございます。団体の熱意が実現を見ているというようなことなんです。それから、調査を障害者自身でやって、こういう福祉マップをつくって、そしてこういうところが問題点だということで改善提言をいたしております。 今後の課題ということでございますけれども、車いすの障害者が自由に町に出られるように、市町村の構想段階から障害者団体の参画と提言を受け入れていただきたい、こういうふうに考えております。 従来は行政から会社、そして団体ということでございましたけれども、これからは会社と団体がいろいろ研究をして、そしてこういうふうにすればいいということを行政の方にお願いをするということにいたしたい、こういうふうに考えております。これは、この前、建設産業新聞の取材のときにもそういうお話がございまして、その後具体的に研究会等をやりましょうということにいたしております。それから、全国各支部会員の研修会をブロックごとに今後行いたいというふうに考えております。 最後でございますが、この法案の早期実現をぜひお願いしたいと思っております。日身連は、障害者がみずから社会参加する意欲の動機づけにしたい、市町村の構想段階から参画し、バリアフリー化を実現し、社会の一員としての責任を果たしたい、こういうふうに考えておりますので、ぜひとも御理解、早期実現をお願い申し上げて、私の陳述を終わりたいと思います。 どうもありがとうございました。(拍手)
○仲村委員長 ありがとうございました。 次に、村谷参考人にお願いいたします。
○村谷参考人 日本盲人福祉委員会理事長の村谷昌弘でございます。つい四日前までは日本盲人会連合会長でございましたが、任期満了に伴う改選で勇退しまして、交代したわけでございます。 略歴にも申し上げているとおり、私の両方の目はあの大戦の最中、インパールの激戦で手りゅう弾で目をつぶされまして、全くの盲目でございます。失礼の段、お許しいただきたい。 戦後、失明、敗戦、実際去就に迷ったわけでございますけれども、残された人生を、障害者の福祉といいますか、そうした活動に目標を置きまして、自来障害者運動にかかわり今日まで五十四年、また戦後混乱の中に日本盲人会連合を結成、そして役員となりまして今日まで五十二年、会長になりましてから二十年、今日に至っている次第でございます。 さて、障害者すべての願いでもあるわけでありますけれども、今回問題になっておりますように、自立あるいは社会経済などのあらゆる分野への参加には、どうしてもやはり外へ出る、歩かなきゃならぬ、移動しなきゃならぬ、交通機関によらざるを得ないとなりますけれども、これらに非常に常に難渋しているところであります。 今回、法案が国会に上程されまして、また近く成立するであろうという期待もしておりまして、ここにまで至りましたこと、関係の方々、またきょうの先生方に心から感謝しお礼を申し上げたい。なおかつ、今日まで、法律にはならなかったまでも、関係の省庁があるいは関係のいろいろの事業機関が障害者のバリアフリーに心していただいたということにつきましても、私はお礼を申し上げたい。 今も発言がございましたように、やはり法治国家でございます。法律がないと決定的な施策というか、それが立てにくいであろう。我々はそのような体験も持っておりますので、何としてもこれに係る法律が早急に可決、成立することを期待し、またお願いいたしたいのでございます。 申し上げたいのは、法律はできても、果たして具体的な施策がどうあらわれるかというところでございます。法律はできても施策が一向にできてこない、また、我々としては、期待に反するような施策であってはまさにがっかりでございますので、この点、可決、成立しましたら、法律の趣旨、目的等を最大限に生かした施策が実現することを願ってやまないのでございます。 私は法案を見ました。十分とは申せませんけれども、私が読み、また知る限りにおいては、法の目的あるいは理念、基本方針等についてはまさにそのとおりでありまして、言い尽くされていると思います。問題は、今申し上げたとおり、どういう施策があらわれるかであります。 それにはまず、言い尽くされているとは申しましても、法の目的意思、あるいは理念等が最大限に生かされるということが一つ。もう一つには、障害者は多様でございます。手足の不自由、耳、目、それぞれの障害の特性がございます。また、そうした障害の特性に応じたいろいろな施策が望まれるわけでございます。 先ほども話が出ましたが、こうした施策の実行に当たりましては、何としても障害者の実態、ニーズ、あるいは障害者が参加した形での施策の計画であり実行であってほしいと願ってやまないのでございます。 次に、私はさきに申し上げた目の障害者でございますので、目の障害者の立場から申し上げたいと思います。 他の障害者にもいろいろ言い分はございますけれども、目の見えない者は、手足を持っておりましても、その機能は、見えない限りにおいては全く手足の不自由者とも変わらないわけであります。そうした者がやむを得ず外出し、あるいは社会経済等の活動に参加しなきゃならぬ。出ていきます。家の中でもありますけれども、一歩外へ出ますと、まさに命がけでございます。ぶつかる、ぶつけられる、あるいははねられる等々、それから、よく新聞等にも記事が載ってございますけれども、駅のプラットホームから転落し、そして死亡する者も、今にしても絶えないのでございます。 そうした目の障害者が一人でどうしても行動しなきゃならぬというところに、これは単純な、いろいろなバリアフリーだけでは足りません。これまでは、道路にブロック等が敷かれております。これも建設省がいろいろ苦心されたところでございますけれども、このできましたブロック、まずこの上を歩いている限りはまあまあ安心だ、こう思いますが、後の方で申し上げますけれども、近ごろそうしたブロックの上に車をとめたり物を置いたりしておるので、これで非常に困ってもいるわけであります。しかし、そのブロックがまず私どもの道を歩く上において、このブロックを踏んでおれば、あるいはここを曲がればというような、そうした感覚、感触で歩いております。 まずこの点について、国道は通っておったけれども県道は敷いていなかったとかいうように、道路管理の面から中途で消えておったりするということが間々ございます。また、ところによっては多少敷き方に違いがあったりして、非常に困る場合もあります。 あくまで、これは今のブロック等、あるいはその他の施策もそうでありますけれども、道路交通各機関が一つのマニュアルというか、あるいは基準、あるいはガイドライン等々、そうしたものによって一貫してやってもらいたい、そして全国的に普及してもらいたいのであります。 それともう一つは、目の見えない者が、ブロックをいかに敷いておりましても、足の感覚というものは決して十分とは言えません。また、一歩一歩でございます。一歩一歩歩いて、それが真っすぐなのか、あるいは曲がっているのか、歩いてわかるわけですけれども、その方向を予知することができません。また、場所も知ることができません。よって、私は、残された機能というものは、目の見えない者は、足の感触等の感触と、もう一つは耳がございます、こうした残された機能が十分生かされるように、ブロックとともに、音あるいは音声等、これらを適当な位置、適当な間隔等に置いてもらいたい。 他にもございますけれども、時間等の制約もございますから、このように、歩行の安全、危険防止のために、ブロックはもとよりでありますけれども、同時に、耳から受けます音、音響、音声等の案内機器の併用、これはまだ必ずしも一緒になっていませんので、これを必置としていただきたいものだと思います。 次に、最も問題が多いのは駅でございます。駅のことについて触れたいと思います。 駅におきましては、目の見える方はよくわかるところでありますが、どこかしこに掲示、標示、案内がしてございます。見えない者は、それはわからぬわけです。あれが全部音声になり、それを誘導する者がおればよろしゅうございますけれども、一人で歩かなければなりません。となりますと、そうした掲示が、あるいは標示が全部音、音声であれば、また我々の方としても、それに頼っていくこともできますが、そうはなかなかいかない。 先ほど来申し上げているとおりに、券売機、改札、通路、ホームへと、こういうように切れ目のないブロック等によって誘導案内し、そして適当な箇所に音声、音をつけてもらいたい。 申し上げたいのですけれども、最も大事なのは、ホームへ上がる階段口、あるいはおりる場合もそうであります、ホームでございます。危険が一番ここにあるわけです。そうしたところに、よりよい設備、装備がされることを願ってやまないのでございます。 いろいろ便利な機器ができてまいります。しかし、その便利な機器は、目の障害者にとって、これは他の障害者にも言えることでありますけれども、非常にやりにくい、使いにくいというものでございます。皆さんに便利のいいものは、障害者にとっては、むしろやりにくい、使いにくいというものになって、どちらかというとそうしたことによってのおくれというものがだんだんに開いてくるわけです。しかし、どうしても機器を置くなら、目の見えない者でも、手の悪い者でも使えるんだ、わかるんだというものをやってもらわなければならぬと思います。 しかし、すべての者がそうじゃないのです。勘の鈍い者もおります。そうした者にやはり人的なサービスというものはどうしても必要であります。つきっきりというわけにはいきませんけれども、例えば券売機のそばに駅員による券売の窓口、また改札を通るときに、どうしてもこの駅は歩けないという者には、その改札から何らかの方法でサービスをする者が駆けつけてきまして誘導してやる、こういうような人的なサービスも当然併用してもらわなければならぬ、こういうふうに思います。 なお、こうしたいろいろの設備、装備等ができましても、どうしてもやはりそれだけで我々は安全とも、あるいは危険防止とも言えませんので、自立性や、あるいは社会参加というものの促進を図るためには、設備、装備はもとより必要でありますけれども、人的なサービス、人的な協力体制というものは、これは何をおいてもとってもらわなければならぬ、こういうふうに思うのでございます。 その他、これまでの行政あるいは交通事業者等々においていろいろの方策が立てられておりますけれども、まだまだ足りない面がございます。私の要旨の終わりの方に書いてもございますけれども、道路の点字ブロックの上に物を置いたり、車をとめたりとかいうものもございます。あるいは、先ほど来は駅などをお話ししましたけれども、車両内の設備もまだ足りません。そのほか、道路等における設備等のうちで、まだそこまで手を尽くされていない面があります。 こうしたせっかくの法律ができました時点におきまして、ぜひぜひ方法を尽くして、そして万全の装備、設備、そして国民に対する啓発をやっていただきたいということを願って、私のお話を終わらせていただきます。 どうもありがとうございました。(拍手)
○仲村委員長 ありがとうございました。 次に、尾上参考人にお願いいたします。
○尾上参考人 大阪府で一九九二年に制定をされました福祉のまちづくり条例の制定にかかわってきた団体であります駅にエレベーターを!福祉の街づくり条例を!大阪府民の会というところの事務局長をしております。きょうは貴重な発言の機会をいただきまして、ありがとうございます。 一九九二年のその条例制定以降、ずっと大阪の町づくりにかかわってきた、そういう立場から交通バリアフリー法への意見を述べさせていただきたいというふうに思います。お手元にお配りをしております資料に沿ってお話をいたします。 私どもも参加をする形で、全国各地でだれもが利用できる交通機関を求める全国大行動というものが一九八八年以降十二年にわたって繰り広げられてまいりました。現在三十カ所、三千人の仲間が参加するような、文字どおりの大行動になっておりますが、そういった中で、十年以上を経て、ようやく交通バリアフリー法ができてきたのか、そういう意味で感慨を新たにしておりますが、だからこそ、なおのことバリアフリー法への期待といいますか御意見を申し上げたいところがございます。 まず一つは、法案をつくるに当たっての基本視点でございます。 鉄道駅舎や車両については購入や設置をしますと長期間にわたって使われます。御存じのとおり、超高齢化社会ということで、あと十年、十五年もすれば、その高齢化のピークを迎えるというふうに言われています。今ここで交通バリアフリー法を議論するのは、むしろ十年先、十五年先の日本での交通体系はどうあるべきなのか、どうデザインし、そのために今からどう準備をしていくのか、そういう視点からの議論が必要なのではないか、そのことをお願いしたいというふうに思います。 二つ目でありますけれども、基本理念についてであります。 移動の権利性あるいは社会参加の機会平等ということであります。 私たち障害を持つ者が交通バリアフリー法に求めるものというのは、単に設備が改善されるだけではなくて、そのことを通じて、町に出て、学び、働き、遊び、あるいは買い物をしたり、人と出会う、そういうさまざまな社会参加を進めていく、そのための手段として交通バリアフリー法が整っていくということが大切であるというふうに思うわけであります。その点から、できれば移動の権利、少なくとも移動の自由というものを明記いただき、社会参加の機会平等や基本的人権尊重の考え方を入れていただきたいというふうに思うわけであります。 参考までに大阪府条例の前文を一部引用してまいりました。この中で、私たちこの条例づくりにかかわった者が一番大切に思っていますのが下線を引いた部分であります。「障害者、高齢者等からこれらの社会参加の機会を奪いがちなさまざまな障壁を取り除くことにより、」次なんですが、「すべての人が自らの意志で自由に移動でき、社会に参加できる」、そういうまちづくりを進める。 例えば、エスカレーターは駅員さんを呼ばなければなりません。みずからの意思で自由に移動できるということには到底ならないわけであります。そういう意味での基本理念をぜひ明確にしていただきたい。 さて、大阪のまちづくり条例の特色ということと照らし合わせますと、三つ目の、既存物への実効性ということで、今回の交通バリアフリー法、少し懸念を持っておるところであります。 新駅、改造駅あるいは新車の車両については義務づけの対象になっておりますが、既存物は努力義務だけというふうに聞いております。一方、大阪府の条例は、資料の一ということでつけておりますが、改善計画の作成ということを既存物にも課しております。事業者さんに対して、まず適合状況調査をしまして基準に合っているかどうかを調査する、そしてその上で改善計画の策定を求めるという形になっております。 その結果どういうふうになっておるかということで、資料の二ということでこういう表をつけました。これは、大阪府の条例制定以降この七年間で鉄道駅舎にエレベーターが設置された数を調べてみたものであります。 今、大阪府下では百七十四のエレベーター設置駅がありますが、そのうちの八割、百三十八駅が条例制定以降にできた駅であります。しかも、一番注目をしていただきたいのは、新駅は三十七駅だけなんですね。残りの百一駅は既存駅であります。つまり、もし新駅のみを対象にしていたとするならば、今の現状の四分の一しかつかなかったということなんですね。この数字をぜひ読み取っていただきたい。さらに大阪市の地下鉄でありますけれども、百数駅、駅舎がありますが、あと二年もすればすべての駅で、ホームから改札、地上までアクセスができるようになります。これも、新駅だけにとどめますと十二、三駅になりますので九分の一程度、今の現状の九分の一になりました。 もう一度ちょっとレジュメに戻ります。 そういう意味では、既存物も含めて義務づけの対象にするということが実効性の上で非常に大切なポイントではないか。もし義務づけが難しいということだとしましても、今の努力義務ということの上でも、具体的な実効性をどう担保するのか、そういう仕掛けをもう少し考えられるのではないか。つまり、法文上は努力義務であっても、改善計画の提出を事業者に義務づけること、それは大いに可能だというふうに思うわけです。つまり努力義務といっても、精神的な、いわば自主性に任せるのか、具体的な計画を伴うような努力義務というふうになるのかでは全然違いがあるだろうというふうに思うわけであります。 そして、ここで指摘しておきたいのは、この改善計画の策定を事業者に義務づけるということは、まさに地方分権の時代にかなっているということなのです。 というのは、私ども、大阪やほかのところの町づくりの担当者などともお話をしますが、どうも鉄道事業者の中には、自治体が金を一〇〇%出してくれればつけるけれどもねというふうに、地元自治体が言ってきたらエレベーター設置などの改善を検討する、そういうおくれた意識をまだまだ持っておられるところ、そういうところが残念ながらあるようであります。 そうではなくて、むしろ鉄道事業者みずからの責務として設置が必要であり、その上で、もちろんエレベーターはたくさんのお金がかかりますから、事業者だけではなくて社会連帯の理念から、事業者はもちろん頑張るけれども、国や自治体も連携協力をする、そういうふうにすれば自治体での基本構想づくりがスムーズに進むのではないか。そういう意味での改善計画の策定の義務づけをぜひお願いしたいと思います。 あともう一点、四番目のところでありますが、システムとしての当事者参画の仕組みの必要性を指摘したいと思います。 午前中の意見の中でも阪急伊丹駅の例がございました。まさに当事者が検討段階から参加をすることで、エレベーターの設置場所や動線、さらには聴覚障害者や知的障害者にわかりやすいように大きな平仮名による標示、あるいはホームからの緊急用の避難スロープ等々、当事者ならではのアイデアが非常にたくさん採用されているわけであります。 先ほどからの発言にもありましたが、私たち、障害を持って外を歩いていると、いろいろな困ったことや、あるいはこうすればもっと改善できるのにな、そういうたくさんの経験や情報が蓄積されてきます。当事者が日々、毎日出歩いたりその中で感じていること、そういう経験や情報というのはバリアフリーにとって非常に重要な社会資源ではないか、この社会資源を活用しない手はないというふうに思うわけであります。特にこれから、動線、面的整備とか標示、使い勝手のよさという部分こそ、まさに当事者参加の意義が大きいのではないかと思うわけであります。 その点で、障害者基本法、きょうの資料の一番最後に引用してきましたが、障害者基本法の第二十七条以下では障害者施策推進協議会というものが規定をされています。その中には、障害者並びに関係者の委員を含めた協議会を、中央はもとより都道府県、さらにはつくる場合は市町村も同じようなものをつくる、各級でそういうものをつくるということが明記されております。この例に倣いまして、例えば交通バリアフリー推進協議会、中央や都道府県や各市町村、各級のレベルでそういう当事者参画の仕組み、システムをつくっていただきたいというふうに思います。 今後、全身性障害を持ったり、あるいは視覚と聴覚の障害を持ったり、あるいは知的や精神やいろいろな障害を持つ仲間もどんどん町に出てまいります。その意味で、多数の当事者が参加をするような仕組みこそが大事ではないかと思います。 以上であります。(拍手)
○仲村委員長 ありがとうございました。 次に、川内参考人にお願いいたします。
○川内参考人 東京でリーガル・アドボカシーという団体をやっています、その代表理事をやっています川内と申します。 まず最初に、交通バリアフリー法についてですけれども、このような法律を国を挙げてつくろうと努力してくださっているということについては、本当にありがたいことだと思っています。 もちろん私の考えとしても、この法律、基本的にはできてほしいと思いますし、それからもう一つは、よく誤解を招くのですが、すべての整備を一度にやってくださいというふうなつもりは毛頭ありません。それは無理だということは私たちも承知しています。ただし、何をどういう方向で整備していくのだということだけは高らかに明かりを掲げて、進む道を照らしていただきたい、そういうふうに思っております。 その考え方から法案を読むと、ちょっと気になることがあるので幾つかお話をさせていただきます。 まず、先日の委員会で二階運輸大臣が、この交通バリアフリー法は出発点である、アメリカのADAより十年おくれたけれども、ADAに負けないものにしたいというふうなことをおっしゃっていました。ADAに負けないものになるとしたら、それはすごいものになるなという気がするのですが、基本的に、ADAとは法律の物の考え方が違うということを説明させていただきたいと思います。 後ろから二枚目に資料をつけました。その資料に、小さな図を下の方につけておりますけれども、まず、アメリカのADAというのは、障害があるために建物や乗り物が使えないのは差別であるというふうに規定しています。そして、障害に基づく差別をしてはならないということを規定しています。そしてその差別を防ぐために具体的な方策として、スロープをこうしましょうとか、ドア幅をこうしましょうとかいうふうな技術規定をつけています。 それに対して日本の場合ですが、これはハートビル法に関して書いたものですけれども、交通バリアフリー法でも基本的に同じ仕組みだと私は理解しています。それはどういうことかというと、高齢の人や障害を持つ人が最近はふえてきた、だからスロープをつくりましょうということですね。そこでアメリカのADAと同列に考えるならば、差別禁止規定というものがないということです。差別禁止規定というのは、日本では差別という言葉はちょっと強いということですが、例えば利用の保障というふうに考えていただくといいかと思います。 当たり前に利用できるような環境をつくるというのが私はこの法律の究極の目的だろうと思いますけれども、その当たり前に利用できる環境が今の法律の案でできるのだろうかということを考えたとき、例えば、車いすを使用する者がバス停でバスを待っていた、そしてバスが来たけれどもちょっと込んでいた、スロープがついていて、乗ろうと思えば乗れるバスですけれども、乗ろうとすると運転手さんが、ちょっと込んでいるから次のバスにしてくれといって乗せてもらえなかった、あるいは盲導犬を連れた視覚障害をお持ちの方が乗ろうとすると、犬の体が触れるとほかのお客さんが嫌がるのでもっとすいた次のバスに乗ってくれといって乗せてもらえなかったというふうなことが起こったとします。 これについてADAでは、障害を理由にしてサービスを拒否されたり差別を受けたりしてはならないというふうに明確に定めていますが、交通バリアフリー法ではこういう案件が起きたときにはどういうふうな働きが起こるのであろうか、その辺が私にはよくわかりませんでした。 それから、例えば成田エクスプレスというのは車いすで使える座席というのがあるのですけれども、私が立川駅でその券を買おうとしたら、今忙しいからあした来てくれというふうに言われた。これは実例ですけれども、このような事態に対して、交通バリアフリー法はどういうふうに有効なのだろうか。 後ろに写真一というのをつけましたが、写真一は、ちょっと不明瞭かもしれませんがエレベーターです。これ自体はだれでも使えるのですが、右の方に、ちょっと写りが悪いですが張り紙がしてあって、午前八時から午後九時までというふうに書いてあります。つまり、利用制限があるのですね。それ以外のときには電源を落としてありまして、駅員に頼みなさいということを言っています。 駅員に頼んで移動しなくてはならないということについての問題点はいっぱいありまして、ここで述べることはできませんが、基本的に、もちろん今の私たちのハードをつくっていく技術の中では、すべてのニーズを組み込んで利用者が一人で移動する環境をつくるというのは大変困難ではありますが、整備の方向としては、できるだけ今の技術を駆使して一人で動ける環境をつくろうというふうな方針でなければならないと思うわけですけれども、このような利用の時間制限が起こった場合に交通バリアフリー法はどういうふうに有効なんだろうか。 あるいは写真二は、ある特急電車のデッキに私がぽつんと座っているわけですけれども、真冬に雪の多いところで、これから二時間列車の旅をしようとしているわけです。客室の中には通路が狭くて入れません。それでこういうデッキに二時間ぽつんといるわけですけれども、もちろん暖房がきいていません。古い列車で走っていると、雪が吹き込みます。強い風も吹きます。その中で二時間、列車に乗りながら遭難するのではないかというふうに思っていたぐらいですけれども、悔しいことに、ドアの向こうの客室ではサラリーマンらしき人がワイシャツ姿でビールを飲んでいる。その中で、ドア一枚隔てたこちらで凍える思いをして二時間電車に乗らなくてはいけない。これに対して交通バリアフリー法はどう助けてくれるのだろうか。 交通バリアフリー法では、既存の建物に対しては努力義務というふうになっていますが、この努力とは何なのでしょうか。努力を検証する手段、何をもって努力していると判断するのか、そういうことについて明確に規定されているのでしょうか。 例えばアメリカのADAでは、改善の努力に合理的な協力をしないときは差別とみなされるといふうに定めています。これは努力といっても、その場にとどまる努力ではなくて、確実に前に進んでいく努力をしなくてはいけないのだよということを言っている。そして、それについて、自分でこういう努力をしているのだという説明をしなくてはいけないという責任を求めているわけですね。 それから、言葉の定義として、後ろの写真三をごらんいただきたいのですが、これは駅員さんが二人で車いすの人を押して電車に乗せている写真ですけれども、交通バリアフリー法では移動の円滑化というふうなことを言っています。この写真の現状というのは、移動の面で円滑なのでしょうか。 もちろん、プラットホームと電車の段差がなくなれば解決できるわけですけれども、今説明されているのは、ばねの上下や電車の摩耗のために一定の段差は必要なのだという説明をされています。 しかし、素人の私から不思議なのは、アメリカの地下鉄はいつもフラットなんですね。しかも、そのアメリカの地下鉄のある路線は、日本の会社が受注してつくっているということです。同じ日本の会社が、アメリカではフラットな環境をつくり出せて、そして日本ではフラットな環境をつくり出せていないとしたら、これはどうしてなんだろうか、私は非常に不思議に思います。 法律、政府案では、移動の円滑化とは利便性、安全性の向上だというふうにおっしゃっていますけれども、今まで私が述べたようないろいろな現実の事例に、こういう利便性について、この法案は具体的にどうこたえてくださるのでしょうか。あるいは、全盲の人の三人に二人がプラットホームから転落した経験を持つというような調査結果に対して、この法律は、安全性という面で具体的にどういう方策をとってくださるのでしょうか。 基本方針について、主務大臣は必要が生じたときには基本方針を変更すると述べていますけれども、どういう根拠で必要が生じたと判断するのでしょうか。もしそれがあいまいであるならば、必要が生じたと感じなければいつまでも変更されないということも起こり得る、その時代の要請に合わないということが起こり得るわけですね。そうすると、必要が生じたときに変更するということとあわせて、何年ごとには定期的に見直すという時間的な軸を設定する必要があるのではないかというふうに思います。 その見直しをするためには現場の状況を常に知っておかなくてはいけないのですけれども、例えばADAでは、自治体や企業やNPOにADAの担当者を置いて、その会社の職員とかそれから地域へのトレーニングを行ったり、情報提供、電話相談なんかを行っています。 それから司法省。ADAの管轄というのは、差別禁止規定ですので司法省が管轄していますけれども、その司法省にも窓口を設けて専門の担当者が対応しています。 これらのシステムのところにいろいろな地域での小さな問題が集まってくるわけですね。それによって、今地域ではどんな問題が起こっているかというのが自動的に集まってくる、そういうパイプ役になっている。そして、それの効果として、一九九六年のアトランタ・オリンピックでは、ひょっとしたら計画はADAに合っていないのではないかという訴えが一人の個人からなされて、オリンピックの全体計画が影響を受けたというふうな現実もあります。つまり、草の根の小さな声を尊重するような仕組みができているということですね。 これについて気になるのは、二〇〇五年の万国博覧会です。アトランタ・オリンピックでは、千四百五十台の追加のバスが必要になりました。その千四百五十台をアメリカじゅうからかき集めてオリンピックに使ったわけですけれども、幸いなことに、ADAができて六年後であったために、すべてのバスがリフトつき、造作もなく集まったということだったそうです。 二〇〇五年愛知万博、二〇〇〇年にこの交通バリアフリー法が成立したとして五年後ですけれども、今の試算では日本じゅうのリフトつきあるいはノンステップバスをかき集めても足らないだろうというふうに言われていますけれども、愛知万博で世界に恥ずかしくないアクセシビリティーが提供できるのかどうか、私は非常に心配をしています。 ほかにも、ADAの技術基準の作成はアクセス・ボードという機関が一手に引き受けているわけです。そのボードは理事が二十六人いるわけですけれども、その半数は政府、残りの半数は民間ですけれども、民間からの代表者はすべて障害を持つ人である、障害を持っているということが要件になります。もちろん、政府関係者の中にも障害を持っている人が含まれている。 これはどういうことかというと、日本の審議会のように、あるいは委員会のように、障害を持っている人を招いて意見を聞くのではなくて、障害を持つ人たちが主体的に自分たちで決めていくという仕組みをつくっているということですね。今まで、周りの人からよかれと思ってやってもらったことが、決してよくないということがたくさん経験としてあるわけです。それを防ぐためにこのような、自分たちで決めるんだというふうな仕組みをつくっている。日本でこれが無理だとしても、仕組みの中に当事者の意見をいかに反映していくかということはもう少し真剣に考えていかなくてはいけないのではないかと思います。 もちろん、金銭的なものというのは大変ですけれども、もう一つ、金銭的な負担とともに、社会的な不公正を正すのも政治の非常に大きな役割だと思います。先ほどから申していますように、障害を持つために、公共交通を利用する上で非常に公正でない扱いを受けているとしたら、その社会的不公正を正す役割ということをぜひこの法律に期待したいと私は思います。 二階運輸大臣は先日の委員会で、アメリカ運輸省のマイケル・ウィンター氏について何回か言及されていました。彼が運輸省に入る前に、私は彼を三回にわたって日本に招いて、トータルで日本じゅう五十カ所近くの場所を講演旅行して歩いた経験を持っていますけれども、あるとき、彼は体が大きいですから車いすの幅が広くて、日本の列車に乗ろうとしたときに、乗り口が狭くて通らなかったんですね。駅員が抱えようとすると、彼はどこに行っても駅員の世話を受けなくてはいけない環境に辟易していて、それを拒否して車いすからおりて、泥だらけの列車の床をはって列車に乗りました。 その彼に、次に日本に来るときには、もうはう必要がないよ、自由に電車に乗れるよというふうに言って日本に招いてあげたいと思うのですけれども、そのような日がいつ来るのか。もちろん、はっきりと何月何日と言わなくてもいいですけれども、こういう方向で整備を進めていったら、いつぐらいには何とかなるのではないかというふうなことが明らかにされたらありがたいなと思っています。 以上です。(拍手)
○仲村委員長 ありがとうございました。 以上で参考人からの意見の開陳は終わりました。 —————————————
○仲村委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。木村隆秀君。
○木村(隆)委員 自由民主党の木村隆秀でございます。 きょうは、参考人の皆様にはお忙しい中よくお出かけをいただきまして、ありがとうございます。 質問させていただきます前に、川内参考人さん、私は愛知県名古屋の出身でございまして、万博は環境との共生も大事でありますけれども、健常者と障害者の方がともに生きていく、そんな万博をしていくこともテーマの一つになるんだろうと思いますので、これからもどんどん成功に向けて御意見をお聞かせいただければありがたいかな、まずもってお願いを申し上げたいと思います。 今、四人の参考人の先生のお話を伺っておりまして、私どもがふだん何の疑問もなく暮らしていることが、障害を持たれる方々からすると大変な苦痛を伴っていることもあるんだなということを改めて勉強させていただくことができました。 これまで、私どもがいつも使っております駅なんかにもエスカレーターができたりエレベーターができたりして、ハードの面での整備は徐々に進んでいるのかな、そんな思いもいたしておりましたけれども、高齢の方々や障害を持った方々がさらに社会参加をしやすいような社会の環境整備というものはどういうものかなということを真剣に考えていかなければならないでありましょうし、その一つのきっかけになるのが今回の交通バリアフリー法案ではないだろうかな、そんな意味において、今回政府からこの法案が出されたというのは大変意義深いことであろうと思います。 今、ADA法のお話が出ましたけれども、欧米から五年、十年おくれているという我が国のバリアフリーを、追いついて追い越せるように、これから一緒になって取り組んでいかなければならない、そんな意味において、きょうは先生方の率直な御意見をお伺いしたいと思います。 平成六年だったと思いますけれども、障害者のために講じた施策の概況に関する年次報告というのが出ております。その中にもございますし、川内先生の「バリア・フル・ニッポン」にもちょっと紹介されておりますけれども、障害者を取り巻く四つの障壁、四つのバリアということが指摘をされております。一つは物質的な障壁、そして規制の障壁、情報の障壁、心の障壁、この四つの障壁があるのではないかというふうに取り上げられているわけであります。 この四つのバリアを、きょうお越しをいただいています四人の参考人の方々が日常生活をされておられて、こういうものがというのがあれば、時間がありませんので短く一つずつ、例えば物のバリアはこういうものを特に感じるんだ、規制のバリアではこれを感じるんだというようなことを、率直に一つずつ挙げていただければありがたいと思います。
○松尾参考人 物のバリアということですけれども、これは先ほど申し上げましたように、せっかくつくっていただいても、いわゆる計画段階から入っていないので、なかなか思うようにいっていない。それから、せっかくつくっていただいても、障害者のためにつくったというように、これは非常に仰々しくつくってあるものだから、かなり金がかかっている、そういう点がかなりあるのではないか。やはり当初から参画させていただければ非常にいいんじゃないかというふうに思っております。 ともかく、車いすで自由に町に出られる、そういう町にぜひいたしたい、こういうふうに考えております。
○村谷参考人 いろいろの設備がなされておっても、それはあくまで形だけではない。心というか、それによって、障害者は、まさに命をかけての歩行であり、行動であるわけです。したがって、ただ並べればいい、つくればいいではなくて、それがどういうように障害者に受けとめられるのか、また、それをもって障害者がどのように歩くのか、移動するのか、その辺に重々思いをはせていただきたい、こう思います。 それから、次に飛びますけれども、心のバリアにつきましては、障害者自身も、確かに、ただ人任せ、人がやってくれるのではというのではいけません。これは、私どもお互いにしましても、足りないものは足りないとして、ただそれを隠すのではなくて、やはり足りないものをどう生かすかということについても、我々としても努力していかなければならぬ、こういうふうに思います。 そういう意味で、先ほど来申し上げていることでありますけれども、今回の法律が可決されまして実行されるときには、やはりどうしても障害者団体あるいは障害者のそれぞれの特性というものを入れての計画であり、あるいは実行である体制をぜひ組んでいただきたい、こういうふうに願ってやまないのでございます。 以上です。
○尾上参考人 物理的なバリアでいいますと、きょう私は、大阪市の地下鉄を使って、新幹線に乗ってこちらへ来ました。 新幹線に乗るまでは、全然担ぎ上げられるようなことはございませんでした。駅員さんにも連絡する必要すらなかったのです。ところが、新幹線に乗る段階で、やはり駅員さんにまず連絡をしなければいけない。そうすると、新幹線が来るまでの三十分前に来てくれということで、かなり早く行かなければなりません。 こちらへ来ると、国会議事堂へ行くまでに、エスカレーターでまず東京駅をおり、そしてここへ来るのにエスカレーターで上がって、途中にわざわざ階段があるのですね、そこをまた担いでもらって、さらにまたエスカレーターということで、本当に日々そういう物理的なバリアは感じております。 二つ目、制度的なバリアでいいますと、運輸の関係でいいますと、昨年十二月、ようやく改正がされましたけれども、二十年間かかった。まさに制度的バリア。つい最近まで、法律上は、私たち車いすの者は介護者をつけなければ乗ることができなかったのですね。七八年にできて、そのわずか一つの通達を変えるために二十年もかかったところに、まさにバリアの重さを感じます。 三つ目が、エレベーターやいろいろな設備ができてきたというふうに言われていますが、どうしても奥まったところにあったり、あるいは、ふだん多くの人が使う入り口と違うところにある。初めて使う駅の場合、なかなかわからない。そういう、文化、情報面ということで、なかなかいろいろな問題があるというふうに思います。 そして、実はこういった物理的なバリア、制度的なバリア、文化、情報面のバリアを支えているのは、障害者は特別な存在なんだとする意識なのではないかと思うわけです。例えば、先ほどもありましたが、エレベーターはふだんかぎがかかっている。これは、障害者は特別な存在だから、障害者が来たときだけあければいいんだ。そうではなくて、すべての人が使えるということの意識転換こそがバリアフリーの一番大事な点ではないかというふうに思います。
○川内参考人 まず、物質的なバリアということは、質と量の問題があると思います。例えば上下移動を考えますと、エレベーターがないとかいうのは、圧倒的に量がないということだと思いますし、それから、質の面でいうと、エレベーターでないと上下移動のニーズは満たされないのに、車いす対応のエスカレーターでそれを代替しようというふうなことがあって、結局、それでは役に立たないというので、車いす対応のエスカレーターをつくった後でまたエレベーターをつくらなくてはいけないというふうなことが起きていますけれども、このような質という点と量という点の両方があると思います。 それから、規制のバリアという点では、例えば、普通鉄道規則のような、プラットホームと電車の段差の問題だとか、あるいはエレベーターのドアは一つしかつけてはいけないというふうなのがありました、ことし改正になったみたいですけれども。一つしかついていないということは、車いすを使う人が乗ったら、向きを変えて出ようとすると、小さなエレベーターではできないということになるわけですね。それを、ツードアエレベーターといって、こっちから入って向こうから出るというふうなエレベーターであれば、割と小さな面積でもできる。だけれども、これをやろうとすると、これまでは非常にややこしい手続をしてつけていかなくちゃいけないというふうなことがありました。 それから、情報という点では、全国で例えばトイレマップづくりをしようとかいうふうなことをやっていますけれども、これそのものがどこにあるかわからない。だから、それがわかるような情報を整備しなくてはいけないというニーズのあらわれだろうというふうに思っています。 それから最後の、心のバリアフリーですけれども、周りの人が、こうやるのがいいのではないか、こうやると障害を持つ人が喜ぶのではないかというふうによかれと思って整備してきたことが、実は利用する当事者には少しもいいことではないというものがたくさんありました。そのような周りの人が独善的にやってしまうというのも、もちろんたくさんありますけれども、一つの心のバリアというふうに言えるのではないかと思います。
○木村(隆)委員 松尾参考人さん、後で恐らく、制度、情報のことをお話ししようと思っておったんだろうと思いますが、これからの質問の中でまたお答えをいただければと思います。 今、障害者の側に立ったいろいろな施設整備なり、また、ソフトの面も含めて考えていかなきゃいかぬのじゃないかという御意見が多うございましたし、尾上参考人さんには移動の連続性の問題、きょうはこちらへ来るまでにそんな経験をしたんだよというお話を伺ったわけであります。 そこで、松尾参考人さんにお伺いをしたいと思うのです。この移動の連続性という問題、我々いつも御指摘を受けるのは、縦割り行政でいけないとか、いろいろなことをよく御注意いただくわけでありますけれども、それぞれの施設はしっかりやったとしても、それらがきっちりとつながって連続性を持たなければこれは意味がない。そこでバリアができちゃうわけであります。今回の政府案というのは、その辺の面的な整備を何とかしていこうというものが盛り込まれていると思いますけれども、この辺についてのお考えをお聞かせいただければと思います。
○松尾参考人 今、連続性ということですけれども、これは、最初の計画段階から入ることによってそういうのは省けると思います。私も前に市会議員をやっておりまして、その後、市の施設をつくるときにもいろいろ注文を申し上げると、市の設計段階よりもはるかに安く、むしろただみたいにしてできる場合があるのですね。 だから、そういう問題はやはり障害者自身が前面に出て発言をする。例えば、いろいろな委員会があるけれども、全然発言をしないのじゃなくて、どんどん自分の意見を述べていく。それから、政治家の先生方もひとつ常日ごろそういうのを御理解いただくような接触の仕方を私はする必要があるんじゃないかというふうに考えます。 そういうふうに、今度の場合は各省庁が一緒になってやっていただいております。それから、市町村が責任を持つという体制ですから、私は、極めていい考え方じゃないか、これにやはり障害者も積極的に参加していく、こういうことが大事じゃないかと思っております。
○木村(隆)委員 これからは、先ほど一番最初にお話し申し上げたように共生の時代でありますから、みんながお互いの立場で議論をし合っていいものをつくっていく。そういう面で、パブリックのあれが出ておりますから、そういう中で、どんどんこれから皆さんの声を吸収できるようにしていかなければなりません。 今、地方公共団体のお話も出ました。地方分権の時代でありますから、すべて国がどうこうという時代ではなく、地域の町づくりはやはり地域で主体性を持ってやっていくべきであろう、こう思います。福祉のまちづくり条例なんかも、今各市、町でできているわけでございます。 村谷参考人さんにお伺いをいたしますけれども、このような地方自治体、市、町が主体性を持ってこれからバリアフリーを進めていくということについての参考人のお考えをお聞かせいただきたいと思います。
○村谷参考人 実は、ちょっと心配するところでございますけれども、障害者の中でも、確かに目の見えない、手足の不自由な方、また、その人、その地域等によって多少考え方が違うということが出てくるのですね。それを思い思いにしますと、障害者だって移動し、東京の者が大阪にあるいは京都にと行ったときに、その地域地域によって違う方法で誘導あるいは設備等されますと、大変困っちゃうのですね。困るどころじゃない、それがまた命取りにもなるわけですね。 これまで各省庁が、厚生省は福祉のまちづくり、あるいは、私、今日なお関係しておりますけれども、運輸省ではやさしさ指標委員会等、これまで各駅で設備されたものを点検し、評価し、あるいはまた今後のというふうにしてやっておられますが、やはりここまでやってこられた各省庁、各機関がそうしたものを持ち寄って、そして大所高所でそれが決定されるように、こうした一つの決断ということも必要ではなかろうか、こう思います。 なおまた、地域によっては特性もございます。雪国では、いかにブロックを敷いたって、雪がかぶりますとそれは感触できませんので、これは先ほど申し上げたとおり、音声誘導でやっていかなければなりません。 さあ、申し上げたい。今までやってこられたことは、これは決してむだじゃない。また、それは必要だ。それをひとつ、お互いの事業所、お互いの機関が、自治体も含めてそれを持ち寄って、もちろん障害者も参加してのことでございますけれども、大所高所で決断していただきたいな、こういうように思います。 以上です。
○木村(隆)委員 施設の連続性だけではなく、町から町への連続性、統一の基準でいろいろなものを考えていくということも必要だという今参考人さんのお話であろうと思います。 次に、タクシーのバリアフリーについてお伺いをしたいと思いますけれども、ここがちょっと民主党さんと政府案の違うところだろうと思います。 障害を持った方々がちょっと移動するときというのは、当然タクシーというものが大事な足になってくるんだろうと思いますし、今リフトつきのタクシー等々も各地の事業者でもって整備が進められているところでございます。民主党さんの場合は二十六万車両あるすべてのタクシーにというようなお考えであるわけでありますけれども、費用の面等々から考えても、これは我が国にとっては大変なことではないか。 先ほど午前中、イギリスはロンドンタクシーなものですから、改造がしやすかったみたいなところがあるというようなことをお伺いしたわけでありますけれども、松尾参考人さんに、利用される側として、タクシーについて、二十六万ある全部に設置するのがいいのか、それは当然すればいいのでしょうけれども、それとも、こういうふうなやり方でやっていったらいいのじゃないかというような御意見があればお伺いをしたいと思います。
○松尾参考人 タクシーのバリアフリー、これはもうそれぞれ地方でやっているのですね。普通の車いすは普通のタクシーに乗れます、運転手さんがちゃんと介護をしてくれるから。リフトが必要なタクシーは、それぞれ県、市町村で補助をして、その地域に見合うだけのタクシー制度をつくっておりますので、全部が全部、それはつくるのはいいでしょうけれども、経済的に、経営的にどうか。 だから、十分それぞれの県、市町村で対応いたしておりますので、そんなにまでしてするのはどうかなという気はいたしております。現在で十分じゃないかというふうに私は考えております。
○木村(隆)委員 もう時間が来てしまいました。まだほかにたくさん御質問を用意しておったのでございますけれども。 きょうお話を伺って、やはり利用される方が利用しやすいようなものを、ハード、ソフトも含めて、我々は真剣に考えなきゃなりません。以前、そういえばある公園で、身体障害者の方のトイレがございまして、そこへはかぎが設置してあって、五分ぐらい行って管理事務所でかぎをもらわなきゃ利用できなかったみたいなところがあります。こういうような問題、利用される方々にどうしたら利用していただきやすいのかということもあわせて考えなきゃならない。 こういうときには、私どもも理解をしているつもりですが、まだ至らぬところがあるわけでございまして、やはり皆さんもこれからどしどし御意見をお寄せいただけるように、御指導いただけるように、お願いをしたいと思います。ありがとうございました。
○仲村委員長 次に、高木義明君。
○高木委員 民主党の高木義明でございます。 参考人の方々には、貴重な御意見、御提言をいただきまして、審議の参考にするためには非常に貴重なものばかりだと思っております。なお、発言の時間が大変制約をされておりまして、まだまだ言い足りない面がたくさんあろうかと思いますが、私の質問の中でできるだけ反映をいただければと思っております。 まず私は、川内参考人、松尾参考人、村谷参考人、御三方にお尋ねをしてみたいと思います。 言うまでもなく、高齢者、障害者の皆さん方、健常者も、すべて人間として普通の生活を送るためにともに生きる、こういう社会がノーマルでございます。そういう意味で、バリアフリーを進めるために、まさに今回の法律案が提案をされ、また民主党案が出されておりますけれども、私は、我が国においては、まさに遅きに失したことではないか、このように思っております。 そういう中で、政府からは、公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律案、こういう名称であります。民主党からは、移動の自由を確保する法律案、こういう法律案の提案がございました。それぞれその法律案の理念、政策がこの呼称の中にもあらわれておるのではないかと私は思っております。 さまざまな分野でノーマライゼーションが実現をするために努力をしていかなければなりませんが、私は、まず一つの理念と政策があって、そしてそれを貫くために、実現するために、一体国の財政負担をどうしていくのか、だれがどのように負担をしていくのか、こういう考え方が私は大切であると思っております。まず財源を先にしてどうのこうのというのは、私は本当の意味のバリアフリーを実現することにならぬのではないかと思っております。 しかし、今回、政府案、そして民主党案、こういったものが国会に上程をされまして議論をしていくこと、これは私は非常に画期的なことではないかと思っておりますが、この交通バリアフリー法のいわゆる地域社会に与える影響、効果についていかがお考えになっておるのか、この点についてそれぞれお答えをいただきたいと思います。
○川内参考人 簡単に言うと、外に出やすくなるということだろうと思いますね。現在だと、たとえ出られるとしても、合う駅員さん、合わない駅員さんがいて、あそこの駅に行くとこの駅員さんが出てきてまずいなとか、そういうふうなことも思いながら乗っているわけですね、私たちは。そういうふうなことがかなり除去されるとしたら、自由に地域社会に出ることができる、ということは、もちろん就労も促進される。 先ほど申しましたように、例えばエレベーターの利用時間が制限されているために通勤通学に大きな制約を受けるということがなくなれば、当然一般の、ほかの企業で働く人、通学する人と同じような状況で学校にも行ける、仕事にもつくことができるというふうなことで、先ほど尾上さんもおっしゃいましたけれども、今まで特別な人なんだというふうに思われていた人たち、あるいは特別な扱いを受けていた人たちが特別でなくなることができるというのが非常に大きいのではないかというふうに思います。
○村谷参考人 法律は、交通バリアフリーと言われておりまして、既にでき上がった道路を、建物を、駅を、それを障害者の移動等にどうしたらいいか。考えられることは、これはもっともなことであるわけですけれども、世の中というものは、手足、そして目、耳、すべてが調っている、それが人でありあるいは社会である、こういう思い込みが今日このようなバリアフリーになってきているわけです。したがって、本来は、道路をおつくりになる当事者も、あるいは電車等を動かす交通事業者、駅等、これらがそうしたものを含めてつくっておれば、バリアフリーはなかった、こう思うんです。 さあ、そうなりますと、問題は、やはり道路をつくる側、あるいは駅を、電車をつくる、そうした側は、今までやってきた考え方を、今申し上げたように、こうして年寄りも乗るんだ、障害者も乗るんだ、それを当然にしていろいろ考えていただきたいものだ。バリアフリーだ、あるいは障害者だ、確かにそれに違いないのですけれども、しかし、我々の側に立ってみれば、してもらうんだ、していただくんだ、こういうようなものであります。これを何とか、バリアフリーと言わずに、もともとが道路をつくったりするときに、こうしたことが当たり前だ、当然だ、そうした面でやってもらいたい。 同時に、やはり足りない面があります。やはり、国民お互いが、市民お互いが手をかす、協力する、ひとつこうした啓発もあわせてやってもらいたいな、こう思います。 以上です。
○松尾参考人 地域社会への効果ということでございますけれども、私は三点あるんじゃないかと思います。 まず一点は、効果ははかり知れない莫大なものがあるんじゃないかというふうに考えます。 それから二点目は、国民の皆さんがこれをやることによって大きな自覚をしていただく、そういうのが社会の当たり前だという自覚をしていただくことじゃないか。 それで、三点目には、先ほど意見のときも申し上げましたけれども、障害者が社会参加する意欲づけ、動機づけになるんじゃないか。こういうことをするんだから、調査段階から入ってやるものだから、それならば社会に出られる、そういう意欲づけ、動機づけになるし、また、社会への責任を果たすことにもなるんじゃないか、こういうふうに考えておりますので、これは総体的には非常に大きなものがあるというふうに考えます。
○高木委員 次に、尾上参考人にお尋ねをいたしたいと思います。 いわゆる指針や基準や計画などに、当事者の参加がなぜ必要なのか、また、具体的にはどのような点なのかということについて、今日までの経験を踏まえてお話しいただければと思っております。 先ほどからも出ておりますように、このバリアフリーという中で、ユニバーサルデザイン、年齢や能力にかかわりなく、あらゆる方々が使いやすい設計、デザイン、こういうものは今時代の要請であろうし、この交通バリアフリーについても具現化されていかなければならぬと私は思っております。 民主党案では、主務大臣が定める基本指針あるいは整備基準など、随所に移動制約者の方々の当事者参加が盛り込まれておりますが、この点についてお話をいただければと思います。 なお、先ほどの話にはありませんでしたけれども、いわゆる国が定める基本指針の内容にかかわる点で、例えばエレベーターとエスカレーターを同列に扱うんじゃなくて、エレベーターを基本にすべきじゃないか、あるいはまた、バスはワンステップ、中低床ではなくて、いわゆるノンステップを一つの基本にすべきじゃないか、こういう考え方もあるやにお伺いしておりますけれども、この点についてお願いをしたいと思います。 〔委員長退席、石破委員長代理着席〕
○尾上参考人 まず、当事者参画の重要性ということに関してお尋ねの件ですけれども、私自身の体験で申し上げますと、一九七〇年代ぐらいからこういう駅舎のエレベーターの設置運動などにかかわっておりました。 かつては、駅のエレベーターというと、ホームの端っこにあり、ふだんかぎがかかっていて、荷物と兼用と申しますか、いわば生ごみと一緒に運ばれますから、生ごみ臭いようなエレベーターを使いながら、私たちは果たして乗客なんだろうか、荷物なんだろうか、そう思いながら使わざるを得なかった。しかもそのたびに駅員さんに連絡をしなきゃいけなかったわけですね。 ところが、もう今は、大阪の地下鉄や、もちろんいろいろな鉄道についているものは、ふだんかぎはかかっていませんし、始発から終電までエレベーターはあいています。しかも、ホームのかなり中心といいますか、むしろ移動の連続性を考慮したところに設置するというふうになってきています。 そのことによって何が変わったかといいますと、私たち障害者にとっても使いやすくなったということはもちろんなんですが、それ以上に、ベビーカーを押したお母さんやあるいは片づえをついたおじいさん、おばあさん、そういった方々が気兼ねなく、あるいは、時には大きな荷物を持った旅行客の方、あるいはけがをされたんでしょう、ギブスを巻いて松葉づえをついておられる方、そういういろいろな人が当たり前に使う。 つまり、エレベーターというのはそんなに安いお金のものではないですから、ごく一部の、車いすの障害者だけのためのものにそれだけの投資をするのかという見方もあるのではないかと思うわけですが、そうではなくて、だれもが使いたいときに使える、ならば、いわば必須のツールとして、例えばエレベーターを設置していく、そういうふうにこの二十年間ぐらいの間に大きく変わってきたということ、これはまさに私たち当事者から申し上げたことであります。 さらに、今大阪市の地下鉄では、新しい仕様が、これも私たちの提案で通っていまして、やはり交通バリアフリー法を、二十一世紀を考えるときに考えていただきたいのは、かつて二十年前ぐらいと、障害者の外出パターンや、あるいは外出をしたときに困難を感じている障害者の像が変化をしてきているということに注意を払っていただきたいと思うわけでございます。 かつてはやはり、障害者の外出、バリアだらけですから大変なので、せいぜい、映画を時々見に行く、あるいは家族旅行に出かける、年に何回かの外出だった。それが、そうではなくて、例えば、家の近くの作業所に行く、私は自立生活センターに働いておりますが、そういう自立生活センターに働く、あるいはもちろん一般企業で働く、あるいは学校で学ぶ、そういうふうに毎日毎日定期の外出になってきておる、そういう変化。 そしてもう一つは、かつては、例えば車いすですと、脊損レベルで上肢は全然障害がなくてというふうな方が多かったですが、今は、上肢、下肢とも障害があっても電動車いすで町に出ていく、そういうふうなパターンになってきています。そのことによって、大阪市のエレベーターは、上肢に障害があって車いす用ボタンが押せない人も出かけているので、どうするかといいますと、入ればとりあえずホームから自動的に改札へ行く、あるいは改札だったら自動的にホームへ行く、そういうふうなデザインに変わってきています。これはまさに当事者が提起をしたことであります。 まだそれ以外にたくさんの事例はあるんですけれども、時間の関係で、まず一点目の質問についてはこれぐらいにしておきたいと思います。 二点目は、まさにこの点、エスカレーターではなくエレベーター、ワンステップではなくてノンステップを基本にということをぜひお考えいただきたいというふうに思うわけでございます。 先ほど、障害者はやはり特別な存在だという意識が日本の社会の隅々にまではびこっていたというふうに思うわけです、それを組みかえていこうというのがまさにバリアフリーの一番大きなポイントだと思うんです。ところが、エスカレーターというのはどう使ってみても、ああ、やはり障害者は特別な存在なんだなというふうに障害者自身が思わされ、あるいは周りの人が思ってしまう、そういうふうなものなんだ、構造上そういうふうになっていると思うわけです。 エスカレーターを使うためには、一々駅員さんに連絡をして、駅員さんがかぎを持ってきて、とめてもらわなきゃなりません。済みません、今から車いすの人が乗りますのでということで、やじ馬がわっと集まります。私たちが使っている間はほかの方々は使えない。ああ、やはり障害者が出てくると迷惑だな、そういう意識が生まれてしまうんではないか、そういう危惧を持ってしまうわけであります。 大阪府の条例では、垂直移動はエレベーターのみなんですね。条例の中にエスカレーターというのは入っていない。エスカレーターは、あれは大量輸送のものですから、ある意味でバリアフリーとは関係がないというふうにお考えをいただきたい。エレベーターがやはり基本だということであります。 同じように、ワンステップではなくノンステップ。ワンステップの場合ですと、床は五十五センチから六十センチぐらいありましょうか。そこからスロープを引き出しますので、結構な角度になります。やはり、後ろから乗務員さんに支えてもらわないと乗れない。でも、ノンステップだったら床の高さが三十センチぐらいですから、別に後ろからだれに支えてもらわなくても乗れる。やはり、全然違うわけですね。しかもノンステップの方が、例えば片づえをついたおじいさんやおばあさん、あるいはベビーカーのお母さんなどにも非常に使いやすいということになります。 つまり、車いすの障害者が来たら特別に何か対応するというふうなものではなくて、いつでも、だれでも、どこでも自由に使える、そういったものを基本デザインにしていくということからすれば、エレベーターが基本であるし、ノンステップこそが基本であってほしいというふうに思うわけであります。
○高木委員 川内参考人にお尋ねをします。 いわゆるSTS、スペシャル・トランスポート・サービスでありますが、民主党の案におきましては、これは移動制約者が健常者と同様に公共交通機関に乗れるということを前提に、五年後にSTSに関する必要な法制上の措置を講ずる、こういうことを明らかにしておるわけですが、この民主党案のSTSの規定についてどのように思われますでしょうか。
○川内参考人 STSというのは何をもってSTSとするかということですね。STSの用語の定義というのがまだ余り明確ではないので、その点についてはもう少し議論が必要かと思います。 ただ、現在、全国的な規模で見るとそういう補助的な移動手段、特別な移動手段というものはまだ未成熟ですから、こういうふうに五年後という目標を立ててそれに合わせて時間軸を設定して制度を積み上げていくというふうな考え方は妥当なものではないかというふうに思います。
○高木委員 松尾、村谷参考人にお伺いしますが、民主党案には、御存じのとおり、主務大臣が定める基本指針の国会承認、あるいは移動の自由を確保するために講じた施策、いわゆる努力でありましょうから、こういうことについてはきちっと毎年国会報告をする、そういう規定を置いておるんです。大変大事なことだと私は思っていますが、この点について、いわゆる交通バリアフリー法の国会の関与についてどのようにお考えでしょうか。
○松尾参考人 非常に大きな問題であれですけれども、今度は市町村が主体になってやる、むしろ地域での問題だから、全部国会と言わなくても地域で、これから地方分権になりますから、全部中央集権みたいな感じじゃなくて地域でやっていただくのが一番いいし、地域というのが我々も一番身近な存在だから、地域でいいんじゃないかというふうに考えております。
○村谷参考人 先ほどちょっと意見を述べましたけれども、今日のこの時点では、バリアフリーはぜひ実行してもらわなきゃならぬ。そして同時に、それは地域も含めて全国的な、一貫的なものでありますから、やはり、どこかの機関に何かの方法で周知されるようにやってもらいたい。 主務大臣あるいは国会とか、それの関係もあろうかと思います。しかし、我々は、障害者自体の問題でもありますので、何かの機関で、何かの方法で周知されるようにやってもらいたいな、こういうふうには思います。 以上です。
○高木委員 ただいまの私の、いわゆる国会の関与について、尾上参考人、川内参考人、御所見がありましたら、この際、お聞きをしたいと思います。
○尾上参考人 実は、日本のバリアフリーの特徴というのは、一九七〇年代ぐらいから始まってきていますが、特に顕著になっているのはこの九〇年代以降ですが、それは、やはり基本的には、地方自治体が条例をつくったり要綱をつくったりして進めてきた。 でも、例えば鉄道やバス、そういう輸送というのは、もちろん身近なレベルということもありますが、旅行へ行ったり、きょうなんか私、大阪からここへ来て、ああ、やはり東京の地下鉄はまだまだ使いにくいなと思わざるを得なかったわけなんです。やはり、自治体の条例だけですと、地域間格差なりいろいろなものが出てきます。あるいは、あるエリアのところのホームと車両の段差はなくなるのに、隣の県へ行ったら急に段差ができ上がるというふうなことはあってはならないことですね。 つまり、もちろん地域の独自性を出していくという意味での地方分権の重要さと同時に、最低限、基本的なアクセスは確保する。その点において、国の役割というのは非常に重要なのではないかということを指摘したいと思います。
○川内参考人 先ほど、アメリカの設計基準をつくるときに、アクセス・ボードというのがやっているというふうなお話をしました。実は、アクセス・ボードは、その設計基準をアクセス・ボードが制定したものとするかどうかというのを決めるわけですけれども、具体的な技術基準というのは、その下に諮問委員会というのがあって、そこで積み上げてきます。その諮問委員会というのは、あの広いアメリカ全土から人を集めて、そしていろいろ検討して決めているわけです。 つまり、日本でいうと、例えばピクトの絵柄だとか点字誘導ブロックの敷き方だとか、全国的に統一しなくてはいけないものというのが当然あると思うんですね。そして、地方独自でやってもいいものも当然あると思う。そこをはっきりと線引きをして、全国統一でやっていかなくてはいけないものについては中央が関与していくというのは、むしろ必要なことなのではないかというふうに思います。
○高木委員 貴重な御意見をありがとうございました。 時間が来ましたので、これで終わります。
○石破委員長代理 次に、赤羽一嘉君。
○赤羽委員 公明党の赤羽一嘉でございます。 本日は、参考人の皆様におかれましては、大変お忙しい中お出ましをいただきまして、長時間にわたりまして大変貴重な御意見、御高見を賜りましたことを、まず心から感謝申し上げたいと思います。 参考人の皆様の中には、もう朝から御熱心に傍聴されている方もいらっしゃいますし、午前中の参考人の方でもいまだに残っていただいている先生もいらっしゃいまして、今回のこの法案に対する関心の高さを改めて実感しながら、本当によりよい法案として、実効性のあるものに高からしめていかなければいけないという思いで、今、立たせていただいているわけでございます。どうか、限られた時間でございますが、質問に対しまして、また御指導をいただきたいというふうに思っております。 まず、私たち公明党、私自身もまだ議員になって六年でございますけれども、それ以前から我々は、党員さんまた関係団体の皆さんとともに、町の総点検運動と称しながら、自分の地元地域で実際の、今で言うバリアフリー、こういった状況が実態はどうなのかというようなことを積み重ねてまいりました。 私自身も、運輸委員会の理事として、鉄道機関、交通機関のバリアを何とか解消しなければいけないと。厚生省では、ゴールドプランとかエンゼルプランとか、非常にネーミングがうまい、向こう十年ぐらいの予算を確保するような手法をとっている。どうも運輸省は、そういう面で非常に地道過ぎるのではないか。 ですから、鉄道駅バリアフリー十年プランというようなプランニングを出して、世の中でそういったものは当たり前なんだという啓蒙活動をしながら、毎年毎年必死になって役所の皆さんは大蔵省と対決をしながら予算を獲得し、ようやくこの一、二年、昨年度の補正予算ぐらいから、このバリアフリーの予算確保がかなり大幅に飛躍してきたというような実態の中で、何とかしたいという思いで私も働いてきた段階で、今回、このように政府の側から、また民主党の側から、双方が国会にバリアフリーの法案を提出されたということは、本当に喜ばしい段階にあるんだというふうに自分自身で評価をしているところでございます。 先ほど、民主党の方は高齢者、障害者等の皆さんの移動の自由を確保する法案となっている、我々の法案は、そういった自由を確保しない、何か施設整備法案だというようなお話が、午前中、同僚議員からありましたが、決してそんなつもりはないわけであります。施設整備をする中で、よりよいというか、バリアフリーを具体的に進めていくということの内容になっているわけでございまして、法案の内容を見てみれば、具体的な実効性という意味では余り差はないというふうに思っておりますし、ネーミングの違いはあるかもしれませんが、我々の法案への思いはそういったものだということであります。 そしてまた、参考人の尾上さん、川内さんのお話にも随分出てまいりましたが、やはり究極的に言うと、バリアフリー法案を出していること自体が、日本の現状の、民度のおくれというか低さを象徴してしまっているのだなというふうに改めて実感をいたします。まさに障害者の皆さんを特別な存在として考えてきたがゆえに、こういった現状があるんだ。 ですから、先ほどお話がございました、例えば新幹線に乗る場合は三十分前に報告をしなければいけない。こんなことは我々健常者の場合、国会議員に三十分前に報告しろなんと言ったら、もう大変なブーイングが起こるような話を皆さんは強いられている。こういったことのアンフェアな部分をフェアにしなければいけないということだと思っております。 ですから、まさに我々も政治家として優しい町づくりなんということを言うんですが、川内さんの著作でいえば怒られると思いますが、優しいなんて言っていること自体がちょっとずれているんだ、マイナスだった部分をゼロに戻すんだということ、同じ土俵というか共通した土俵で町づくりをすることが大事なんだろう、こういうふうな思いでおりますので、ぜひ、足らざる部分は議論を重ねながら充実したものにしたいというふうに思っております。ですから、優しい町づくりなんという情緒的なものではなくて、本当に今使えるのか使えないのかという非常に現実的な話で議論をしていかなければいけないんだなというふうに思います。 その中で、川内さんの先ほどのお話を聞いておりまして、川内さんだけではございませんが、どうも、政府案に対する不信感みたいなものを皆さんが持たれているのではないかというふうな感じも若干いたします。 例えば、立川の駅で切符を買おうとしたらその日に買えなかった、先ほどそういうお話がございました。もうとんでもない話でございます。交通バリアフリー法は、このような事態に対してどう働くのかと。これはちょっと違うのではないかなというふうに私は思うんです、正直に言いますと。 交通バリアフリー法ができたらこういった事態がどうなるのかという以前に、バリアフリーというものに対する世の中の認識度というか、それはモラルの問題であって、そういったモラルのレベルアップをしていくことがすごく大事なのではないか、私はそう思うのです。 ちょっと誤解があるといけませんので、参考人の川内さんからこの点について。 〔石破委員長代理退席、委員長着席〕
○川内参考人 あの例を出したのは、利用の保障ということで、利用する側が、これは不公平な扱いだというふうに感じたときに、それをどこに持っていけばいいのだろうかということを申し上げたかったわけです。 もちろん、私のような性格ですから、即座に駅長に抗議をして、駅長さんからは、申しわけありませんでしたというふうなお手紙もいただいています。ところが、同じような事例というのが、鉄道、バスに乗るときにいっぱい出てくるわけですよね。そうすると、一々手紙を書いてわびをもらっていても仕方のないことなんですね。どこか仕組みがおかしいところがある。じゃ、その仕組みを正すには、ある駅の駅長さんなんかに抗議をしていっても、それでは正せない仕組みというのがあるだろうと思うわけです。 そのことについて、これは不公正だというふうに思ったときに、例えば、私が思ったことを認めてもらえるかもらえないかは別として、手続としてどういう利用の保障がなされているのかということの問題提起のつもりでそれを申し上げたわけです。 例えば、JRには、グリーンカウンターという苦情処理の窓口というのもあります。立川の問題も、グリーンカウンターの方に上がっていきました。そこからは、駅長さんとともに、グリーンカウンターの方からもおわびの手紙というのもいただいています。だけれども、次の駅に行くと、別の駅では、車いすで使える席は発券できないよというふうに言われる。旅行社を通じてその席をとろうとすると、旅行社は、うちはこの席は特別なので扱いませんと言われる。そのたびに手紙を書いていたら、私はかなり移動の回数が多いですから、手紙を書くだけで相当な手間なんですね。 仕組みとしておかしいと思うことについて、おかしいという異議申し立てができるような仕組みというのをこの法案の中で確立していただかないと、処理できない問題があるのではないかというふうに思ったので、そういうことを問題提起のつもりでお話ししたわけです。
○赤羽委員 御意見の趣旨はよくわかりました。 次に、尾上さんのペーパーの中にありますが、自治体、国も連携協力するべきだ、こういうお話になっています。政府案の補助率というのは、三分の一が国、三分の一が地元自治体、そして三分の一が事業主、こういう中で、責任をシェアしながらバリアフリー化を進めていこうという話になっておりますが、そういった我々のアイデアについてはどうお考えでしょうか。
○尾上参考人 財政負担の割合ということについては、三分の一、三分の一、三分の一で、特段異議はございません。 むしろ問題は、今、もちろん関西などのように、もうあちこちで条例ができて、既存駅もつけていくのが当たり前だというふうに思っておられる鉄道事業者も出てきておりますけれども、やはり、大規模改造や新駅のときはやらなければいけないけれども、既存駅は、例えば一〇〇%なり九〇%ぐらい、どこかから金を出してくれるならばやりましょうというふうな意識を持っておられる鉄道事業者が残念ながらおられます。 そういう中で、社会連帯の理念ということは私はもちろん理解をしておりますけれども、だとすれば、むしろ基本的なルール、つまり、鉄道事業者がそもそも自主的に具体的な改善計画をつくることが努力義務ですよ、そういうふうな手だて、仕掛けが要るのではないのかということであります。 努力義務の中には、いや、うちの方は赤字財政ですから難しいですねんというふうにエクスキューズ、言いわけだけをしていれば努力義務を果たしているかのように思ってしまう向きがあるのではないか。そうではなくて、具体的に既存物に対してどういうふうに網をかけていくのか、その実効性の問題こそが、社会連帯といいますか、事業者と地方自治体、国、それぞれ相応の役割と責任に対する自覚を持ってもらわなければいけないという問題があるのではないかと思っています。
○赤羽委員 まさに、努力義務というのはそういうことにつながる、またつながらせなければいけないという意味では、全く私も同感であります。 概して努力義務というと、ほっておいてもいいというような読み方をされている方も多いと思いますが、努力をすることを義務づけられているわけでありまして、それをどう空文化させないようにするかということで、今のようなお話というのは当然知恵を凝らしていかなければいけないのではないかというふうに思います。 私は、十年プランというのを提唱したときにもやはり数値目標、エンゼルプランとか厚生省のプランニングなんというのはやはり数値目標をつけておりますし、鉄道事業者も今大変な経営状況の中で本当にやりくりの難しい部分があるというのは現実だと思います。その中で、バリアフリーを進めないところは、例えば、今、同じような意見だと思いますが、そこの管轄の市長が市民から糾弾されるとか、そこの事業主の電鉄会社が意見を受けるとか、そういった世の中の啓蒙というのですか、認識度を高めていくようなことが大事だというふうに私は思っておるのです。 義務づけをするということに限りなく等しいと思いますが、義務づけをしているという法案、ありましたけれども、現実には一度にできるわけではないし、実態として、言っていることは限りなく同じようなものになっていくのだろうと思うし、私は、していかなければいけないというふうに思っております。努力義務だからといって、既存の駅については手を入れなくていいんだというような思いは私自身は全く持っていないということを、私の意見として表明をさせていただきたいというふうに思います。 また、当事者の意見を入れるべきだ、これはもう四人の参考人の皆さんすべて言われておりました。 これについても私は全く異論がないところでありまして、先日も、実は地元のJR兵庫駅で、エレベーターが三月二十一日にでき上がりました。地元の肢体障害者の協会の皆さんと一緒に現地に参りました。エレベーターができてよかったという非常に喜びがあったわけですが、そのエレベーターでホームに上がる、ホームに上がるとやはり、先ほどから出ていますが、プラットホームと車両の段差があって、エレベーターで上がってから電車にどう乗るか。五メーターの高低差はクリアできたけれども十五センチの差がクリアできない。 そういった視点というのは、やはりその立場になった者じゃないとわからないというか、そういったことを知らないとわからない、まさに経験にまさる知恵はないということですね。そういった人たちの意見は当然入れられるべきでありましょうし、また別に、それを我々の政府案の法案も否定しているわけではないと思います。 全然役に立たないものを幾らつくってもそれこそむだなものであって、何の役にも立たないのではどうしようもないわけでありますので、私は、当然、当事者の皆さんの意見が反映できるような仕組みにしていかなければいけないのではないかというふうに思っております。 時間も迫ってまいりましたので、あれですが、一つは、視覚障害者の皆さんのうち、ホームからの転落の経験をされているという方が大変多い、こういうお話を聞きます。運輸省とも、本当にどのようにしたら実効性があるのか、ホームにさくをつくるということはどうかとか、そこに余り有効なアイデアがない。どのような手だてをとることが、利用の利便性を損なわずにホームからの転落防止が図られるのかについて、村谷参考人からお話をいただければと思います。
○村谷参考人 目の見えない者が一人で町を、また駅を、どうしてああして見えないのに歩くんだろうと、人によっては何か軽わざを見るようなことをしておるのですけれども、あれはやはり私どもの持っている一つの勘なんです。 道路などは建物があります。その建物の、これはどういう言い方をしたらいいですか、気圧というかあるいは風圧というか、そういうものを肌に感ずるわけです。それで、道路の場合でしたら、その建物等に平行していくことによって道路を真っすぐ行ける、こうなんです。 ところが、駅が問題なんです、ホームが。全部あいていますね。あれになりますと、目の見えない者は、ここからこういう方向に体を向けて真っすぐだと言ったって、絶対にというほどに真っすぐ歩けないんです。やはり人によって、足の長い短いというか男女によって、必ず右、左に行っちゃうんです。それでつまり転落するわけですね。 さあ、それを防止するのにどうしたらいいか。理想的に言えば、あのホームに、近ごろどこかの地下鉄にできていますホームドアとか、あるいはさくをする、これだったら落ちません。そして、電車が入ってきたときに、その入り口になるところが開く、こうすれば、これはもう絶対というか事故はないと思いますよ。そうあってほしいですけれども、しかし今の段階では、やはり何らかの方法をということになります。 そこで、先ほど来申し上げているとおりに、ブロックですね。これでは絶対ではありません、完全ではありません。けれども、あのブロックを踏んでいけばまずホームからはみ出さないということと、もう一つは、事故の起こるのは、今度は、電車をおりたときに通路へ行く階段がどこにあるか、その階段口を探すのにまたうろうろしてしまう。だから、その階段口に音声で音を出す、あるいは声を出す、こういう方式にする。今、駅のホームの方では、警戒ブロックと言っておりますけれども、あれは、つまり線路側に出ないようにとする警戒でありますけれども、どっちかというと障害者はあれを通路的に使っておるんですね。だから、通路的に使うブロックを敷くということも方法の一つである。つまり、ブロックの感触で進む。それから、その方向性を示すための音声、こうしたものを併用されることによって、完全とは申しませんけれども、それによってかなりのものがある。 それから電車も、近ごろ声を出さないように、音を出さないようにというようなことを言っておりますけれども、電車の乗りおり口、あそこにも音を出すようにしてもらいますと、目の見えない者は、ああ、それが入り口だな、あるいはおり口だなというようにわかります。 そういうように、つまり、残されたというか持っております感覚を立体的に、総合的にあらわすような点ブロック、点線ブロック、あるいは耳からの音声。理想的に言えば、さくを設けたりあるいはホームドアがよろしいんですけれども、今申し上げたような、できるだけ立体的、総合的な方法をとってもらいたい。もちろん、駅員等の警戒も必要でございます。 以上でございます。
○赤羽委員 大変貴重な意見、どうもありがとうございます。 最後の質問として、先ほど午前中の参考人のお話にあったんですが、会社勤めをした、通勤が大変で三カ月で会社をやめなければいけなかった、こういったお話がございまして、本当に、ある意味では、通勤ラッシュ時間でも乗車が可能にする知恵がやはり出てこなければいけないのではないかというふうに思っておるんです。 例えば、ちょっと私見ですけれども、最初の両と最後の両はそういったバリアフリーが完備しているようなホームであり車両であるというような工夫をしていくというか、それが差別につながっていくのかどうかということはちょっとよくわかりませんけれども、そういった空間を確保しなければ、なかなか通勤ラッシュにということに対応できないのではないかと思っておるんですが、通勤時間でも障害者の皆さんの乗車、利用が可能なアイデアがあれば、どなたでも結構でございますので、挙手をしていただき御答弁いただければというふうに思いますので、よろしくお願いします。
○尾上参考人 車いすスペースの問題の提起がございましたので、一言御意見申し上げます。 私も、結構通勤時間帯、朝の八時半とかあるいは晩の六時台に地下鉄に乗ることがあります。やはり大変なことは大変なんですが、以前に比べたら大分ましになってきたなというのが実感でございます。 というのは、大阪市の地下鉄は、新規車両は、前と後ろだけではなくて、全車両に車いすスペースを設置するようになっているんですね。ですから、この車両の一番後ろとかということを一々考えずに、一つの車両の一番最後尾部分は車いすスペースがあるから、ラッシュ時でも、ちょっとあけていただいたら潜り込むことができるというふうにして私は通勤をしております。あるいは、阪急電車も同じような形で、ある特定の車両だけではなくて、すべての車両に車いすスペースを設置されておられると思います。
○赤羽委員 関連して、車両はそうでしょうけれども、ホームとか階段の部分というのはどうですか。
○尾上参考人 理想的にはやはりすべてということになりますが、もし、車いすスペースを一列車に一つではなくて、やはり各車両にあるという前提の上でそこをしていくというのは一つの方法だと思います。 やはり、これだけのハイテク技術の日本ですから、むしろ、技術的な問題よりも法律的な問題でホームと車両の段差の問題が残ってしまっておるのではないか。これは、鉄道構造規則の百九十何条かでしたでしょうか、ホームよりも車両が高くなければならないというふうな規定の中でなかなか段差解消ができない、これは大阪市の交通局の地下鉄の技術担当との話で言っておったことで、もしこれがプラスマイナス二センチ以内におさめてくれということでしたら、今でも大いに簡単にできるというふうなこともありました。 ですから、お願いをしたいのは、むしろ交通バリアフリー法をきっかけにして、今まで、障害者が外に出ないのが当たり前、あるいは、年に何回か出るのが当たり前という現実の中でつくられてきた法律、それを見直していく、その作業のスタートラインにこのバリアフリー法は立っていただきたいというふうにお願いしたいと思います。
○赤羽委員 どうもありがとうございます。まさに大臣言われましたように、この法案を出発点としてしっかり取り組んでまいりたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいしたします。 ありがとうございます。
○仲村委員長 次に、岩浅嘉仁君。
○岩浅委員 自由党の岩浅嘉仁でございます。 長時間、また、遠隔の地からお見えになっていただいた参考人の方がおいででございます。心より敬意を表しますとともに、感謝を申し上げます。私、午前中もちょっと質問させていただいたんですが、重複するかもわかりません。 先ほどどなたでございましたか、大阪から東京駅へ着いてここまで来る間にというお話がありました。日ごろ、今の社会資本の整備状況の中で大変苦労されておると思います。具体的なことを聞くんですが、この建物に入ってここまで来る、何かこうすればいいんじゃないかというものを感じましたでしょうか。具体的なイメージがもしありましたら、私どもは与えていただきたいと思ってこういう質問を今させていただいたんです。ありましたら、どなたでも結構でございます。
○尾上参考人 ここへ入るまで一時間ぐらいしかありませんでしたので、隅々まで見ているわけではございません。 歴史的な建造物ですのでいろいろな限界はあるとは思うんですが、ここの入り口のところで、横手にスロープがついて入り口に入っていく形になっているんですね。それで、スロープから上がるときはそれほど思わないのですが、ここから出るときに、スロープでおりようとしたときに、わっと飛び出すと前が階段なんですね。やはり、あえて言いますと、わざわざ段差をつけた上で横にスロープをつける、これがかつてのバリアフリーのあり方だったんです。そうではなくて、横につけるのではなくて、いわば建物の入り口から、正面玄関から自由に入れるようなデザインにできないものかというふうに思いますのが一つ。 あと、先ほどの隣の控え室のところにいすとか机がございましたが、やはり、基本的に車いすでは足が当たる。フットレストと申しますけれども、足のところが当たってしまって、筆記をしようにも机が使えないんですね。隣の控え室でございます。 あと、私よりも川内さんの方がよほどその実感が強いと思いますが、ここのエレベーターから上がってここへ来るまでのじゅうたんが、見た目はそんなにないんですけれども、毛足が長いのか、やはり、電動でもすごくひっかかりながらここまで来たという感じがございます。
○川内参考人 体験していただければよくわかると思うのですが、じゅうたんというのは、車いすには大敵というか、非常に前の小さなタイヤが絡まって動きにくいのですね。この室内はそうでもないのですが、外側、廊下部分が特に大変でして、本当にしんどい思いをしました。 それと、もう一つは、古い建物ということもあるのでしょうけれども、私のような者が移動するにはかなり複雑な経路をとらなくてはいけないという問題があって、ただ、係の方が案内されるので今のようになっているのかもしれませんが、建物全体がどういう平面図になっていて、今どこにいて、どこに行くにはどういう経路がとれるのかというふうなことの案内というのがほとんどないのですね。ですから、一人で動こうと思うと非常に大変であるというのがあります。 もう一つは、トイレがこの建物でも二階にしかないということで、トイレに行こうと思うとエレベーターに乗って行かなくてはいけないとか、そういうふうないろいろな問題があります。 それから、もう一つは、ここの傍聴席で私のような者がメモをとる場所が一つもないのですね。どこかのいすが取り外し式になっていればアプローチできるのですけれども、それもないので、一番こちらの白い壁のところに、上が十五センチか二十センチくらいの平面になっていますので、そこに横づけしてメモをとっていたわけですけれども、非常に不自然な体勢をとらなくてはいけないというようなことがあります。 ですから、本当に簡単な工夫で、いすを取り外しするだけでいいわけですけれども、そのようなことを少し考慮していただけたらなというふうに思います。
○岩浅委員 細かい話と思われるかもわかりませんが、私は今、じゅうたんのことをなるほどと、また傍聴席の机もなるほどと思いました。連日、熱心に川内さんは傍聴席でメモをとられておりますから、そういう思いをしながらやられていたのかなと改めて再認識をいたしまして、申しわけなく思っております。ありがとうございました。 次に、松尾参考人、地方自治も御経験されて、多久の市会議員さんもされたということで、政治の世界にもおられたわけでございますけれども、これからバリアフリー化を進める中で、社会的啓蒙、本当は啓蒙しなくてもできておるというのがもちろん一番理想なんですけれども、行政とか、あるいは議会人のOBとして、具体的にこういうやり方の啓蒙をしていかなきゃいけないとか、何かお考えがありましたら、お示しをいただきたいと思います。
○松尾参考人 まず、役所の方はかなり啓蒙に熱心にやっていただくのですけれども、やはり議員の皆さん方に十分知っていただく、これが非常に大事じゃないかと思っております。私が最初に議会に行って福祉の問題をいろいろ言うと、金がかかるけん、道路の舗装が先ばいというようなことが先行するんですね。だから、そこら辺は、議員の皆さんが障害者の身になって考えていただくということが非常に大事じゃないかと思っております。 それから、例えば、この前こういうことがございました。建設省の所管で、歩道を三メーターぐらいに拡大して、真ん中に黄色の点字ブロックをつけたのですね。これは、盲人会の会長に来ていただいて、これでいいかということでやったところ、これでいいということでつけたのです。つけて、この前会議があったときに、一般の方が黄色というのは余り目立ち過ぎるとおっしゃると。 だから、そういう点は、やはり行政なり建設省なりが、これは障害者からの要望でつけたんだから御理解ください、そういう説得をしなければいかぬけれども、逆にそういう問題が出てきたぞということで委員会にかけるというようなことじゃなくて、やはり私どもが参画をして障害者のためにこういうふうにつくったんだから御理解くださいというような説得を私はやっていくべきじゃないかというふうに考えます。 以上でございます。
○岩浅委員 ありがとうございました。 情報提供のことについて一点だけ伺っておきたいと思います。 何人か御質問されたわけでございますが、いろいろ御質問、御意見が出ましたとおり、総合的な情報として提供する主体というものが必要になります。政府案では、この点について、指定法人が情報の収集、提供に責任を持って当たるとされております。高齢者、障害者の方の公共交通機関の利用に大きく寄与するものと考えますが、松尾参考人と村谷参考人に、この政府案についてどうお考えになっておるのか、伺っておきたいと思います。
○松尾参考人 これは私も提案のときに申し上げましたように、情報というのは非常に大事なことで、ばらばらな情報なんですね。これを統一した情報が流れるようにということ。 それから、先ほども説明いたしましたけれども、バリアフリーの調査を障害者みずからがやってマップをつくる、そしてお互いに交換する、そういうことが一番いいんじゃないか。これは、「やさしいまちにでてみませんか」ということで、市長も非常に乗り気になりまして、百万くらいの予算をつけていただいて、障害者が調査したんですね。そして、市役所でまとめるということをやったのですけれども、こういうことが非常に大事じゃないか。だから、情報は、それぞれのブロックの情報はありますけれども、横のつながりがない、そういう点をぜひお願いしたい。 それから、やはり今からは、インターネットで、どこに行きたいときにはどういうふうなものがあるということになれば非常にいいんじゃないかと思っております。 例えば、佐賀から飛行機に乗って云々という場合に、なかなかどこにどういうふうなバリアがあるか、JTBなんかではつかみ切らぬわけですね。駅員さんにお願いしているからと、ただそれだけなんです。行き当たりばったりなんですね。これはよかろうということで駅員さんが一人おいでになると、階段があったり、そうするとお客さんにも手伝ってもらわなければいかぬというようなことになりますので、そういう情報が事前にとれれば、非常に障害者も遠くまで出られるんじゃないか、こういうふうに考えます。
○村谷参考人 町へ出ますが、その前に、道路、建物あるいは駅にこういうようなバリアフリーのものがあるんだというものを聞かされると、行動します上にもかなり便利がよろしゅうございます。 なおまた、きょう初めにも申したのですけれども、駅なども、入りますと、いや、駅だけじゃない、町もそうであります。看板があります。あるいは、町名があります。あるいは、通り名を書いています。これは、皆さんが見る、知るもとになります。見えない者には全然ないのです。 ですから、そういうものがすべて音あるいは声で鳴れば、これで完全ではないまでも、私どもがそれを知るということに大いに役立ちます。それをすべてにということは容易でありませんので、大事なところはやはりそうした音声装置をつけてもらいますと、非常に私どもも世の中が広くなってまいります。 御承知かと思いますけれども、音声装置をある場所、ある位置に装置します。障害者は発信器というものを持っております。障害者も、あらかじめ、一人で行動するときには、大体町の構造も知っておるのです。知らなければ、これはとても歩けません。そうすると、大体この辺かなというところで発信器を押します。そうすると、そこに装置してありますものが、これは何々通り、あるいは、何々に行くのにはここを左、右とか、こういうようにガイドしてくれる、こうなればかなり私はバリアフリーになろうと思います。 さて、現実の問題です。私も通勤しておりますけれども、あるんです。駅においては、できるだけアナウンスなど騒音を控えろというようなことも言われております。電車が到着しても、どこ行きとかなんかでも言わない、これも困ります。あるいは、電車に乗っております。それは一々一つずつ数えておればいいんですけれども、そんなこともできません。また、数え間違えると駅を間違えますので、やはり、発車して間なしに、次はどこ、そして到着する前に次はどこ、何々駅に到着というように、これは車内、車外ともにですが、そうした情報はこれはぜひやってもらいたい。 私も若いとき失敗したことがありますけれども、おりる駅を間違えましたために、その駅がふなれでありますから、結局、ちょっと歩いてホームから転落したという例もあるわけです。多くの者が転落しています。たまたまそこに電車が入ってこなければ助かりますけれども、入ってきた者はそれっきりです。 というようなわけで、ここはどこ、あるいはこの電車はどこ行き、あるいは次の駅はどこというように、そうした情報は、これはもう既に現実の問題であります、そうやっていただきたいものだと思います。 以上です。
○岩浅委員 ありがとうございました。 あと五分でございますので、簡単に二点だけ伺っておきたいと思います。 松尾参考人は九州でございますけれども、私は四国の徳島でございまして、鉄道駅の場合、一日の利用者数五千人以上というもろもろの規定があります。その整備を、対象利用者の数的な規模でとらえるべきか、あるいは施設の構造的な面に着目して考えていくのか議論が分かれると思うんですけれども、五千人という数字を地方の在住者としてはどういうふうに感じておられますか。
○松尾参考人 地方では、それ以下のところもしていただければ一番いいと思うんですけれども、やはり人口が都会に集中しますので、田舎に行くに従って、人口規模でやられるのは、どんなことでも困るんですね。やはり地方で困っている状態もありますので、五千人よりももっと地方の実態に合わせてやっていただければ大変ありがたいと思います。
○岩浅委員 最後になるんですが、午前中も参考人に伺ったんですが、バリアフリーという言葉、国民大多数の方が、これをどういうことか御存じかどうかという点があると思うんです。バリアフリーという言葉が適当なのかどうか。私は、先般お年寄りの会に行きましてバリアフリーと申し上げましたけれども、何ですかと素朴な疑問が返ってきます。 違う言い方も何か考えられるんじゃないかなと個人的には思っておるんですが、何か違う呼び方、こういうのがいいんじゃないかなというのが、もし私見である方がおいででしたら、おっしゃっていただきたいと思います。
○川内参考人 私、バリアフリーというふうな一つの単語でぱっと言いあらわすというのは大変難しいと思うんですが、あえてそういうことも思ったので、きょうのお話の中では、当たり前に利用できる環境というふうなことを申し上げたんですね。こういうふうな交通バリアフリー法案のかわりに、交通当たり前に利用できる交通法案とかいうのは、据わりはとても悪いのですけれども、ただ、バリアフリーということについてその説明をした場合に、これはどんな人も当たり前に利用できるような環境をつくることですよというふうな説明ができるんではないかというふうに思います。
○村谷参考人 この時点は、やはり既設のものが必ずしも我々に適応したものでないだけに、こうした法律が出る、あるいはまたそうしたものをやってもらわなきゃならぬというわけで、バリアフリーそのものは私どもは別に何ら不審に思いません。 ただし、私も年がいっていますが、昔型なんですが、外来語というのは、近ごろよく使われておりますが、どうもわからぬことが多いですね。だから、かなり大勢の人がその意味がわからぬということがありますので、バリアフリーというものを使われても、それは何であるかということを折々にやはり解説というか、説明してやってほしいな、こういうふうに思います。 以上です。
○松尾参考人 交通バリアフリー、知らぬのはかなりおります、先生おっしゃるとおりですね。しかし、私は、これでやはり私ども障害者仲間にもこういうことだといって説明して、だんだん浸透していっているから、これでそう支障があるというふうには考えません。これで十分じゃないかというふうに考えます。
○尾上参考人 私も川内参考人と同じ意見、だれもが利用できる交通機関整備法のようなものがいいかなと思っていますが、それ以上に、移動の自由という言葉を入れるか入れないかという話がありましたが、要はこの法律によって、いつでも、だれでも、どこへでも、そしてともに使えるような交通機関にしていくんだということを、これは大阪市のまちづくりのスローガンなんですが、そういったことがわかるような法律名であってほしいなというふうに思います。 そういう意味で、だれもが利用できる交通機関整備法ということがいいのではないかと思います。
○岩浅委員 ありがとうございました。
○仲村委員長 次に、寺前巖君。
○寺前委員 御苦労さんでございます。日本共産党の寺前巖です。 政府案なりあるいは民主党案なりが国会にかけられておりますが、これらの問題を検討する中で、私自身が幾つかの点で疑問に思う問題に直面しております。その疑問点の幾つかについてお聞きをしたいと思います。 その一つは、政府案を見ておりますと、高齢者、身体障害者等を対象にする、こうなっているわけです。私も高齢者の一人ですから、対象者やなと思いながら、期待を持ちながら読んでいるところです。ところで、障害者運動の側からすると、障害者基本法というのがあります。ところが、今度の対象は身体障害者ということになってくると、長年の問題になっていた知的障害者なり精神障害者なりが対象から外されているということになる。この間も運輸大臣に聞いてみたら、要求が必ずしも明確でないからと、こういうことで対象から外されたようなお話でありました。 私は、そういうものなんだろうかと、これは気になって仕方がないので、せっかくこの分野で御意見をお持ちのお方がお集まりの機会に、こういうことから考えてもおかしいじゃないか、いやいや、そのとおりだ、そういうふうにそれぞれのお方からぜひとも積極的に問題を提起していただけたら非常にありがたいというふうに思います。よろしくお願いします。
○川内参考人 私もこれは身体に限られたのはちょっとおかしいなというふうな気はしています。 先日、私の知り合いで、精神障害として別に本人も自覚しているわけではないのですが、精神が一時期不安定になった人がいまして、病院に通ってかなりよくなってきた人がいました。その方が鉄道に乗って、ある町に行こうとしました。ところが、その町でのことが原因でその方は精神が不安定になって、随分よくなったのでその町に行けるだろうと思って鉄道に乗ろうとしたわけですけれども、アナウンスでこの電車は何々行きですと、その町の名前を聞いた瞬間にフラッシュバックが起こりました。精神が不安定な状態のときにフラッシュバックというのは起こって、過去のつらい思い出とかいうふうなことが起こって、非常に混乱に陥るわけですね。プラットホームから動けなくなって、家族の方に助けに来てくれという電話を入れたという事例があります。それはなぜ動けなくなったかというと、電車に引きずり込まれるような、吸い込まれるような気がした、死ぬかもしれないと思ったので動けなくなったということだったのですね。 例えば、視覚障害をお持ちの方のプラットホームからの転落を防ぐのに、決定的なやり方としては、技術的にはホームさくだとかホームドアだとかいうものがあるわけですけれども、実はこれは今のようなパニックを起こした方にも非常に有効なものなんですね。 もちろん、ニーズが十分にわからないという理由は理解できるのですけれども、では車いすを使う者のニーズがすべてわかっているから交通バリアフリー法の中に身体というのが入ったのかというと、そうではないと思います。いまだに、車いすを使う者が使いやすいトイレを設計しようとすると、ほとんど設計ができないという状況があるぐらい、ニーズは非常に複雑なんですね。でも、その中で今私たちがわかっているものを何とか整備していこうというのが趣旨だと思います。そして、今わからないけれども将来わかってきたものは、またその時点でどんどん取り込んでいこうというのが趣旨だと思います。 ですから、少なくとも今ここまではわかっている、そのことについてこういう対策ができるんだということを入れていくという立場に立つならば、別に身体に限る必要はないのではないかというふうに私は思います。
○尾上参考人 御指摘のとおり、障害者基本法の成立のときに、今までの視覚障害、何々障害という制限列挙から、身体、知的、精神ということで、いわば障害概念を広くとろうというのが時代の流れですので、私も、殊さらに身体障害ということに制限する必要はないのではないかという意見を持っています。 特に、例えば阪急の伊丹駅の事例なんですけれども、私もついこの前、交通エコモ財団の評価のあれで一緒に行きましたけれども、非常に優しい雰囲気がするのですね。何かなと思いますと、表示を、「いたみえき」というふうにすごくやわらかい大きな平仮名で書いておられる。多分これは知的障害の人にもわかりやすいということでそういうふうにされたのですが、そのことが駅自身の温かさを出しておられたりしている。 よく、身体障害の場合は物理的な部分だけれども、知的や精神はソフトだから交通バリアフリーとは関係がないというふうな意見、誤解があるようですが、例えば知的障害というのは、広くとらえれば情報認知の障害ですので、そういう意味でどこからハードでどこからソフトというふうに障害別に対応するものではなくて、むしろ高齢者、障害者等、その他すべての人が使いやすいということが基本理念であるべきではないかと思います。それが大阪府のまちづくり条例なんかの基本理念でもあります。
○松尾参考人 今、高齢者、身体障害者等ということで表現をされていますけれども、知的障害者、精神障害者というのは、移動のニーズというのが余りはっきり出ていない、移動するのにそう支障はないのではないかというような関係から、現状で私はいいのではないかと思うのです。 さらに、これからこれをやってみて、いろいろな問題が出てくれば、その時点でどういうふうに追加するか、そういうことをしていただければいいのではないかというふうに考えます。
○村谷参考人 私はよく厚生省にも言うのですが、障害者は非常に多様です。御承知のように、身体障害者福祉法、精神薄弱者福祉法、精神保健法というように、それぞれの障害のある意味の特性というか、それに対応した法律、あるいはその法律に基づいて政策がなされてきたわけです。 ところが、近年、国際障害者年等からですが、障害者というように障害者を全部一つにしようということで障害者基本法。なるほど、身体的あるいは精神的な障害によって起こってくるハンディをどう超え、それを補完しよう、あるいは保障するか。その精神はいいわけです。しかし、何らかの問題を、すべてをそれに当てるとしますと、これは場合によってはわけのわからぬものになってしまうのです。あちらも立てなきゃ、こちらも立てなきゃならぬと。 また、障害者間にも利害得失がございます。車いすは段差の切り下げと言っております。建設省は、御承知と思いますけれども、歩車道の接点を二センチの高さ、奥行き十センチに三センチの勾配としておるんですね。ところが、それを車いすが行けない。近ごろあちこちで平面化していく。ところが、平面化しますと今度は目の障害者が歩車道の境界がわからない。そのために、今まで歩道を歩いていたものが思わず車道に出ていくというようになってくるのですね。 ですから、私は、障害者政策というものはあくまで障害の種別、特性にこたえたものをまずかけ、そしてそこに総合的なものを考えるのもよろしい、種別ということに対して重々勘案されるようにと言っておるのですね。 したがって、今回の問題は、恐らく知的障害の方にも言い分はある、今まではそれがどうだったかであります。しかし、それはそれとして、これは知的の人に対しては申しわけないようなことですけれども、この場合、等というところで生かされもするわけですから、そういうところにまた知的障害の問題点を出していかれる、そしてお互い障害者が広くなってきたときには、身体障害でなく障害でもいいのじゃないかな、こういう気がします。 初めから全部かぶせてやっていったら、これは実際、政策をやるのが大変じゃないか、あるいはまた、障害の特性が無視され、軽視されるということも起こってきはしないか、そんな気もするわけです。 以上でございます。
○寺前委員 いろいろありがとうございました。私は、何でわざわざ抜かなならぬのかなという気が強くしたものですから、ちょっとお聞きをいたしました。 その次に、先ほどからも話題になっていましたが、事業者責任の問題です。 努力義務でもいいじゃないか、努力をしたらそこへたどり着くのだからというお話もございました。だけれども、交通量をどうこうしていくという問題で、自治体も大事だし、国の施策も大事ですけれども、直接的に事業者自身の責任という問題は、やはり執行者の問題として、これは私は中心に据えないかぬのじゃないだろうかという感じがします。 したがって、新設の駅のときとか、あるいはまた改造するときとか、責任を持ってやりなさい、義務化しようじゃないか、私はいいと思うのですよ。だけれども、日常的に事業者が、そういうときでないにしたって責任を果たすことを少し考えなければいけないのじゃないだろうか。事業者のこの問題に対する責任を、中心的に据える必要があるのじゃないだろうかということを強く感ずるものなんです。 例えば、私この間ここで問題提起しましたけれども、北千住という駅へ行きました。ここは私鉄も、営団の地下鉄も、JRも入っているわけです。JRの入り口へ来たら、一つは、全然知らない私ごとき者は、まず駅前の広場でどこへ行ったらいいものかとうろうろして、結局聞いた方が早いなということで聞いて、どこどこの階段を上がりなさいなと。もしも障害者だったらどうするだろうかなということを感じました。それから、うちの女房は余り歩けぬものですから、あいつ一人で来よったらどうするだろうな、そんなことも考えました。 ところが、よく話を聞いてみたら、車いすのお方はJRの経営するところのエレベーターに乗るためにどうするのか。エレベーターが動いている時間というのは、JRの直系の会社が運営する時間帯でないとエレベーターは動かない。ところが、エレベーターの中の一番端っこのエレベーターを使うとホームまで行けるということになる。だから、その時間帯以外のときは車いすの人はもうあきませんなということになりますな、こういう話になるわけです。 それで、私はつくづく思った。そうすると、事業者が、こっちも同じ事業者の系列の会社だけれども、何とかしてくれぬかい、私のところの障害者に対する責任を果たせぬと言うて、事業者が発言権を持って仕事を始めなければ、これは事は進まぬな、そう思いながら、今度はそのJRから私鉄の渡りの方へ行きました。 そうしたら、たった三段のところが、スロープもなければ何もないから、さあ、これは一々だれを呼んであっちの方へ行くんだという話になると思うんです。ここでまた私ははたと行き詰まってしまいました。たった三段のものを、JRの方の階段だから何とかせぬのかいなと言うたら、五年先に計画がありますのでということになっているというんですね。そんなもの、五年先の計画までの話なんだろうか。私は別に悪口を言っているわけじゃない。事業者というのがその視点に立った役割を果たすということをやはり考えないかぬのじゃないかなということを私は思いました。 同じようなことを、私は京都ですが、京都駅に次いで大きな駅が山科というところにあるんです。その山科の駅は六人の勤務者なんです。夜も六人なんです。ところが、車いすで来たら、このごろ電動式になって重くなりました、全部出なけりゃ持ち上がらないということになるでしょう。どうするのと聞いたら、二人だけ任務について、ほかは窓口をしまうわけにはいきませんというわけです。二人であとどうするのと言ったら、おる人に頼まなければならぬ。現実にやってみたら、車いすの人はもう結構ですとおっしゃる、私はもうこの駅を使わぬことにしていますと。それはそうなってしまう。 その京都駅の先に西大路という駅がある。ここは二人勤務なんです。そうすると、これは閉めてしまわなければならぬ、その時間帯は。そんなところへよう来ぬですわとやはりここでも言われた。全部京都駅に乗りに行かなければならぬ。 だから、事業者が、私は総合的に点検して皆さんのために一役担ぐという、それこそ社会の中心に座る気迫がなかったら、この問題は実効性のある問題としていかぬのじゃないだろうかということを感じましたので、皆さんの率直な意見と、それから、人の配置という問題をやらなかったら、無人の駅だけじゃなくして、有人の駅でもホームは無人化しているという事態の解決が要るんじゃないだろうか。私は、事業者も経営上の問題があるだけに、事業者責任を明確にしてやらぬといかぬのじゃないかということを感ずるんですが、御意見があったら聞かせてほしいと思うんです。
○松尾参考人 非常に難しい御質問ですけれども、まず、事業者が経営上の問題もあるから責任持ってというんじゃなくて、私はやはり、そういうバリア関係では障害者であるとか高齢者が中心になって推し進めるべきじゃないか、事業者よりも本人がそういうことをやって中心になってやるべきじゃないかというふうに考えております。 それから、今いろいろアクセスの問題なんかがあったんですけれども、やはり今後こういう問題は調査をしていく。特に電動車いすというのは二人ぐらいではおりることができないというところがございます。そういう点は、やはり電動車いすが一人でも行けるような方法を講じてやるべきじゃないかというふうに考えます。人の配置よりも、そういう設備をすれば十分やっていけるんじゃないかというふうに考えます。 以上でございます。
○村谷参考人 先ほども申し上げましたけれども、今日こうなった社会においては、バリアフリーもこれは当然あっていいと思うんですけれども、しかし、本来は、道路をあるいは建物を、あるいは駅を、電車を、バスをつくるときに、高齢者もいる、障害者もいる、手足不自由、あるいは目の不自由な人もいるんだ、であればこうしようとしておることが私は必要だったと、これは今さらにも思うことですけれども、そうした気持ちが事業者にあってほしい。また、それだけの一つの責任を持ってもらいたい。ただ単なる構造だけじゃない、人的なサービスも含めてであります。 しかし、今日では、でき得なかった道路に、建物にこうしよう、ああしようということですから、一定の補助はあってもいいですけれども、お役所から補助金がなければやらない、やれない、あるいは法律がないからやらなくてもいいんだということであっては、これはいつまでたっても直らないわけですから、そういう意味で、基本的には事業者がやはりつくるときにそうしたものはつくる、設備をする、そうした気持ち、また、それを運用していく上にも、障害者があるいは高齢者がいるんだというその気持ち、これをぜひ持ってもらいたい。また、いい意味での啓発、いい意味での助力、保障というものがあっていい、こう思います。 以上です。
○尾上参考人 事業者責任ということに関して、まさに大切な点だと思います。 というのは、もちろん交通バリアフリー自身は社会全体で進めていくわけですけれども、現実に各自治体の担当者が困っているだろうと思う事例を見ますと、いわば事業者サイドからすれば、どこまで地元自治体から金を出させるかという交渉ゲームになってしまっているんですね。今、先につけますと言えば金がこの程度になってしまうみたいな形で、できるだけ金を出させてからではつけましょうというふうな駆け引きのような局面がどうもあるようです。 そうではなくて、そもそも、事業者自身が、いわば今まで障害者や高齢者やだれもが使わない駅だったこと自身がやはりそれは問題だったんだということを自覚してもらう、そのことを改善すること自身が事業者自身の責任だ。さてその上で、具体的に実行していく上で、財政上のいろいろな問題や技術的ないろいろな支援を自治体やあるいは国からいただくというのがあるべき姿なんだろうというふうに思います。 その点で、先ほど改善計画の重要性ということを申し上げましたが、それは法律で縛るという意味だけではなくて、さらに事業者自身が、実は、自分たちのそういう駅や車両を例えば障害者や高齢者が使ったときにどんな大変さがあるんだろうというふうな視点で見詰め直すということが今まで余りなかったんだろうと思うわけです。 そういう意味で、例えば大阪府の条例の場合、改善計画の前に適合状況調査ということで、基準に合っているかどうかを事業者自身が見定めて、そしてその上で改善計画を出すというふうな仕組みになっている。つまり、自分たちの管理している駅や車両が果たしてどうかということを自覚してもらうということ、その手だてが必要なのではないかということを重ねて強調したいと思います。
○川内参考人 以前アメリカで、エレベーターのついた地下鉄だったんですけれども、地下鉄におりようと思うとエレベーターが故障しておりられませんでした。インターホンで係員にエレベーターが故障していると言うと、かなり短い時間のうちにリフトつきのバンが走ってきまして、そして私を乗せてくれて目的地まで積んでいってくれた。同じようにエレベーターを待っているもう一人の人がいまして、そのもう一人の人は目的地が遠かったので、最寄りの駅まで積んでいってくれたというふうなことがありました。 利用の保障という発想からすると、そういうふうな緊急事態が起きたときに、いかに代替手段を提供して利用を保障していくかということをきっちりと彼らは考えているんだろう。そして、設備を整備するとともに、その設備に何らかのアクシデントが起きたとき、しかもそのアクシデントが起きた対象が、さまざまな事情を持つ利用者がいるんだということを想定して、どのように対応するかということをきっちりと準備しているから、かなり短い時間にそれに対応できるんだろうなというふうに思いました。 事業者の責任として、努力義務いかんにかかわらず利用したい人に対して移動のサービスを提供するというのは、まさにそういうことで事業をやっているわけですから、いろいろなアクシデントが起きたときにそれに対していかに移動を保障していくか、あるいはアクシデントが起きないときにも移動を保障していくか、そういうふうな発想が事業者に求められるんではないかというふうに思います。
○寺前委員 ありがとうございました。
○仲村委員長 以上で本日の参考人に対する質疑は終了いたしました。 この際、参考人各位に一言御礼を申し上げます。 参考人各位には、大変貴重な御意見を賜りまして、ありがとうございました。委員会を代表しまして厚く御礼申し上げます。(拍手) 次回は、来る七日金曜日午前九時二十分理事会、午前九時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後四時四十一分散会