法務委員会 第4号
- 発言数
- 183 件
- 登壇者
- 19 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1999/11/18
会議録
○委員長(風間昶君) ただいまから法務委員会を開会いたします。 民法の一部を改正する法律案、任意後見契約に関する法律案、民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案及び後見登記等に関する法律案、以上四案を一括して議題といたします。 本日は、四案の審査のため、お手元に配付の名簿のとおり、四名の参考人から御意見を伺います。 本日御出席をいただいております参考人は、早稲田大学法学部学部長田山輝明君、弁護士副島洋明君、社団法人呆け老人をかかえる家族の会理事永島光枝君及び財団法人全日本聾唖連盟副理事長河合洋祐君でございます。なお、手話通訳といたしましてお二人、秋間尋子さん、池村佐世さんがきょうは御同行されております。 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、ありがとうございます。 参考人の皆様方から忌憚のない御意見をお聞かせいただきまして、今後の審査の参考にしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。 議事の進め方でございますが、まず田山参考人、副島参考人、永島参考人、河合参考人の順に、お一人十五分程度で御意見をお述べいただきまして、その後、各委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。 なお、念のため申し添えますが、御発言の際は、その都度、委員長の許可を得ることとなっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いできましたら幸いでございます。 なお、参考人の意見陳述、答弁とも着席のままで結構でございます。 それでは、田山参考人からお願いいたします。田山参考人。
○参考人(田山輝明君) 田山でございます。こういう意見を述べる機会を与えていただきまして、ありがとうございます。 早速内容に入らせていただきます。 初めに、結論的なことを申し上げますが、現行の成年後見制度というものもあるわけでございますが、民法典を基礎にしてございますけれども、その民法ができるときの社会情勢とか人権に関する状況とか、そういうことの変化、発展との関連で考えますと、少なくとも一世紀以上おくれたような内容になっているというふうに考えております。ほかの外国の諸制度と比較してみましても、そういうような意味も込めまして、現在、日本の制度の改正というのは絶対的に必要だというふうにまず考えておりまして、結論的には関連の改正法については賛成の立場を持っております。 ただ、個別具体的な内容につきましては、今後のこともございますので、いろいろ考えているところがございますので、以下申し述べさせていただきます。 今回、改正をしていただくに際しまして、いろいろ御議論があったところとは存じますけれども、私なりにその際の基本的な物の考え方と申しますか、原理原則を申しますと、大体四つぐらいになるかなと思っております。 一つ一つについて御説明申し上げる必要はないと思いますが、今回の法案を見ましても、自己決定権の尊重ということにつきましては相当配慮はされていると思いますけれども、個別的にはまだまだ一挙に理想的なところまでというところには行っていないという点が何点かございます。後でまたいろいろ御議論になると思います。 それから、二つ目の必要性の原則なんですが、これはつまりケアを必要としている御本人がここまでが必要だということであればそこまででいい。つまり、御本人に対して、例えば健常者の側で勝手に配慮してこれが理想ですよというような押しつけをする必要は全くない。そういう意味で必要性の原則というものが大変重要だと思うんです。 その点につきましては、必ずしも今回の改正案で本来の趣旨が生かされているかという点につきましては、例えば一人一人の人の必要性ということでいけば当然一元論的な発想になると思うんですが、それが類型的なところでとまっているというような点も含めますと、若干不十分な点はあるかと思います。何しろ現行の制度が必要性の原則というものを余り配慮していないものでありますから、そういう意味では前進しているということになろうかとは思うんですが、若干不十分だという感じはしております。 それから、三点目の補充性の原則につきましては、例えば典型的な例で申しますと、任意後見という形で、契約後見という形で、一人一人が自分の老後のことなどにつきましてきちんとしたことがある程度できているという場合には国家サイドからの法定後見はその限りでは要らない、そういう考え方が大切だと思うんですが、そういう意味では、法定後見の改正に同時並行的に任意後見の方が出たということは大変よかったというふうに感じております。その内容がどうかということはいろいろ御議論がありますけれども、そういう仕組みといいましょうか、構造の中で出てきたということは大変いいことだと思っております。 それから四点目、個人的ケアの原則でありますが、これは特に今回の改正の中で法人による後見というものが可能になりまして、そのこと自身は評価できるとは思うんですが、しかしそれは、そのこと自体がいいことでは必ずしもない、これはやむを得ない措置だというふうに私は認識しております。 つまり、後見ということは、ある特定の御本人のことを考えますと、その方が何を必要としているかという先ほど申しました必要性の原則との関連で考えるべきでありますから、後見人の立場に立つ人間、これは広い意味で考えておりますが、その場合にはその方が自分が後見しようとしている人とマン・ツー・マンの立場に立って、その人の具体的な個人的な事情をよく理解して対応するということが必要でありまして、そういう意味で個人的なケアということが基本であります。 したがいまして、もし法人が引き受ける場合でも、法人が個人的ケアが原則だということを決して忘れることのないように、法人内部の人たちに対して周知徹底をしながら対応するべきであろうというふうに考えております。 三点目の方に参りますが、今申し上げましたように、一挙に理想的なところまで行くというのは大変難しいと思いますので、一歩一歩着実に前進していくということでいいと思うんですが、例えば今回補助類型という新しい類型が従来の禁治産、準禁治産に加わって入ってまいりました。そういう新しいものが入ることによりまして大変いいという面と、それから既に議論になっていると思いますけれども、補助人に対して取り消し権を与えるということはどうかというような点についても若干御議論があろうかと思います。しかし私は、この補助類型というのは非常に柔軟なものとして運用していただきたいという希望を持っております。 つまり、補助類型は、被補助人の行為能力等を制限しないという原則に立った制度でありまして、これはドイツの世話制度に近い制度になっております。したがって、三類型だから補助類型は三類型目に押し込められてしまって、例えば実質的には保佐類型に当たる人には絶対適用しちゃいけないとか、そういうかたい制度ではなくて、これも本人の意思を尊重しながら、本人が補助類型でいいというふうに意思表明ができる限度においては補助類型というものを大いに利用していったらいいだろうというふうに考えておりまして、そういうことになりますと、今度は逆に、実質的には保佐類型に当たるかもしれないけれども、本人の意思で補助類型を使うということになれば取り消し権等はやはりあった方がいいということになりますので、そのあたりを小さなところだけ見ないで大局的に見て全体としての評価をしていただくということが大切なのではないかというふうに思っております。 それから、二点目なんですが、今回補助類型が入りまして、非常に特定の行為だけについてのサービスを受けられるということにはなって、それは大変結構だと思うんですが、重度の、最重度と言ってもいいんですが、そういう知的障害をお持ちの方についてはその道は閉ざされていると思うんです。幾ら補助類型を柔軟に使うといいましても、最重度の人に補助類型を使うというのは難しいわけでございます。 したがいまして、そういう人のことを考えますと、その人が、例えば親族のケアとか施設の方のケアとかがいろいろありまして、もうほとんどそれ以上の公的な後見は要らない。しかし、相続の、特に不動産がまじっているような場合の印鑑登録だけはしないとぐあいが悪いというようなことがありましたときに、この人はそのために、今の制度ですと禁治産ですね、今度は後見になると思うんですが、それを受けざるを得ないということになってしまうのですね。しかし、それが終わったらその後はもう要らないわけですが、これはやめる理由が取り消しという形式しか用意しておりませんので、重度の知的障害の方は一たん受けてしまったらもう消せない。というのは、つまり取り消しは制度はあるんですけれども使えないわけでありまして、そういうような人々に対する対応を今後お考えいただければありがたいというふうに思います。 それから、費用がかかるわけでありますが、費用につきましては、支払えない人に対する配慮は当然必要だと思っております。 それから、任意後見契約の方に参ります。結論的には賛成でございますが、これは公正証書とか監督人の選任を条件とするとか、そういう要件が決まっておりまして、その要件にはまらないと家庭裁判所は出てきてくれないという仕組みになっておりますが、それはそれで私は出発点としてはいい制度だと思っております。しかし、契約上の原則との関連で考えますと、そのパターンにはまらない任意後見契約というのは、これは効力を否定するわけにはいかないわけでありまして、また御自分で例えば資力もあってきちんと自分の老後のことは処理したいとお考えの方がそのパターンにはまらない契約をしても、それは契約として有効だと言わざるを得ないというふうに考えております。そういうことを前提にいたしまして、そういうパターンにはまらない人がそれでも後見人は家庭裁判所で何とかしてくれないかというような希望が将来的に出てくれば、そういうことも検討課題にしていただけるといいのではないかと思います。 それから五点目でありますが、親亡き後といいますのは、やはり知的障害の方のことでありますけれども、かなり重度の知的障害のお子さんをお持ちになった親御さんが、自分自身の死後のことについていろいろ任意後見契約的な手法を使って配慮してから自分の一生を終わりたい、こういうふうにお考えといいましょうか、そういう御希望をお持ちの方は相当いらっしゃるように、いろんなところで直接接する機会などがありますとそういう意見が聞こえてくるわけであります。そういう点につきましても、現在の提案されているものがうまく動き出しました後で結構だと思いますけれども、少し適用範囲を拡大するような方向で御検討いただけるとよろしいのではないかと思っております。 それから六点目でございますが、既に厚生省の方でやっております地域福祉権利擁護事業が動き出しておりますが、これについて私も少し勉強させていただきましたけれども、単に成年後見制度を補完するようなものではなくて、もっと実は積極的な意味を持てる制度として動き得るのではないか。実際動くかどうかはまだわかりませんけれども、そういうふうに感じられます。 この事業は、社会福祉協議会が主として動かす役割を果たしますので、そこにあるマンパワーとそれから成年後見法を支えて動かしていく際のマンパワーというのは、これはどうしても家庭裁判所が中心になるということにとりあえずはなりますね、その手続的な面は。そうすると、日本の今の家庭裁判所で果たして対応できるのだろうかということが心配になるわけであります。いろいろ御議論して準備はしていただいていると思ってはおりますけれども、具体的に申しますと、家裁の裁判官の数とか書記官、調査官の数を相当ふやしていただく、事情に対応しながら利用度に応じてふやしていただくというような御配慮をいただかないと、せっかくいい制度ができても動かないということになりかねないという点が大変心配でございます。 今申しましたように、少なくとも判断能力をある程度お持ちの方につきましては、例えば一方では地域福祉権利擁護事業の生活支援員の利用、それから片や補助制度または保佐制度の利用ということがオーバーラップしてまいります。そうすると、例えば私自身が多少法律的な知識があって、そういうシステムがわかっている人間というのはそういう意味なんですが、それでもやはり裁判所へ行っていろいろお世話になるより、社会福祉協議会へ行く方が気が楽だなという心理的な面はあるわけであります。 そうすると、家庭裁判所の方でも余り面倒なような顔をしないで、相当積極的に親切に対応して、十分に機能を発揮していただくようにしていただかないと、利用者の方は権利擁護事業の方にどんどん流れていってしまうというおそれがないわけではないんですね。しかし、成年後見制度の方が代理権を持って対応できるという非常に法的な意味では安定した制度になって、そういうふうに仕組まれているわけでありますから、利用者の方が安定性に重点を置いて利用するときには気安くどんどん利用できる、そういう制度の方向へ向けて準備をしていただけると大変ありがたいというふうに思っております。 以上でございます。
○委員長(風間昶君) ありがとうございました。 次に、副島参考人にお願いいたします。副島参考人。
○参考人(副島洋明君) 弁護士の副島です。よろしくお願いします。 私のきょうの意見陳述について、参考人レジュメという形で皆様の手元にあろうと思います。それを見ながら私の意見を陳述していきたい、そう思っています。 まず、私自身、成年後見制度についてはこの時点、今までの経過、努力、さまざまな現行の民法制度ではやはりもうたまらないという状態がありますので、その意味ではある程度前進したということは確かなんですけれども、ただ、やはり現場の知的障害者の分野で多く今私は仕事をしていますけれども、その立場から見ると、もう本当に使えない。もう少し現実的なもっと利用しやすい制度、本当に助ける権利を守る制度になぜもう少し踏み込んでくれなかったかというのが大変私の残念な思いでありまして、私のこの意見陳述を見れば、副島は全く反対だな、こう思われるかもしれませんけれども、基本的には通していただくということを踏まえた上で、何とかこの問題点をもっといいものにつくり変えていただきたいという趣旨で書いておりますので、よろしくお願いします。 総論と言いますと、私は、やはりせっかく百年ぶりの民法改正であった、だから、どうしても新しい今の成人の流れのところで制度に近づく、二、三十年、日本の福祉なり制度はおくれていますけれども、それをある程度十年ぐらいに取り返すぐらいの形の制度改革というものをしてほしかったな。そのためには、やはり障害者の人たち、つまり高齢者の人たちもそういう知的、精神的な障害を持つことによりこういう成年後見制度というものも利用の対象になるわけですので、そういう広い意味ではもう障害者の人たちの権利なんですね。その障害者の人たちの権利をどう守るかということを明らかに宣言して、その擁護に当たっていくという改正をもっと具体的に踏み込んでいただきたかったな。 そのためには、やはり私とすれば無能力者制度、つまり人間の意思能力とか判断能力というもので三類型に分類して、重いとか軽いとか中度とかいう形で成年後見人というものをある面では分類、人間を分類、区別して大きく振り分けて、そこに成年後見人というのを振りつけていく。こういうやり方ではなくて、やはり私は人それぞれ違う、人それぞれハンディを持ったり、重い軽いということがあっても、その人の生活の中でやっぱり必要とされる援助があるわけだから、そういうその人の援助をしていくのだという意味で、私は必要性に基づいた後見人の判断、重度の人だって後見人とは限らない、本当に重度の人でも、その人のかかわる家族なり連れ合いなりいろんな人によって援助の形態というのは違っていくのだ。その意味では私は一元主義の立場からやはりやってほしかったというふうに考えております。 そして二として、この成年後見制度案は一定の前進は見たものの、じゃ権利擁護制度かというと、やっぱり残念ながらそうは言えないと私は思っています。やはり基本的な理念として私は持ってほしかったのは、どんな重い障害を持つ人にも人間としての尊厳、基本的人権があり、やはり自己決定権を持ち自己決定できるのだ。確かに、最重度の人、とりわけ植物状態とかもう本当に重度の、最重度の人という場合は実際的なところで例外があるかもしれない。でも、基本としての踏まえるべきものはやはりすべての人が自己決定できるということを前提にして、私は人間のとらえ方で始めるべきだったと。 そういう視点、原則を踏まえることで、やはりかかわる福祉の人間なり家族なり周りの人間たちがその人の意思というものを尊重しよう、その人の意思が大切なのだという謙虚な姿勢で向き合えるだろうし、その人の意思を、本当に本人の自己決定というものを尊重した上で、その人の意思でこのことを決めていくのだというかかわりが生まれてくるだろう。この人はできないのだ、この人はもう事理弁識能力なしなのだ、著しくもうだめなのだという形になると、その人の意思というよりももう代理人が自分で決めていく、代行していく。やっぱりそれは基本的にあるべきものは例外の例外にしていかなくてはいけないだろう。 そういう原則から見て、もう一度成年後見制度のあり方というのを、基本的な理念として立つべきところを明らかにしてほしかった、制度として社会的にそれを支えていくのだという制度にしてほしかった、そういうふうに思っています。 その上で、私はやはり新法が評価できる点として、まず補助人制度を認めた。これは軽い類型を認めたという意味ではありません。その法律の内容の中にもやはり自己決定を大変尊重しています、この類型は。その無能力差別の例えば資格制限とか権利剥奪ということが、ほとんど現行法のいろんな意味での資格制限が及ばない形になっている。その意味では、本人の自己決定で援助するシステムということに補助人類型はなっているので、大変これはよかったというふうに思っています。 それともう一つは、法人後見人を認めた。田山先生が確かにかかわりの中で組織的に機械的にやっていくことの危険性が出てくるので問題点はありますよと言われました。私もそれは十分にわかっていますけれども、後で述べますけれども、私はやはり今の現行の中で個人にすべて後見人の業務を振り分けていく、特に知的障害者の場合、二十歳、三十歳で例えば後見保佐になったら終生親がわりにもなっていくような実態がある。だから、そういう場合において本当に一人の、例えば弁護士副島が何々さんの保佐人、後見人になったときに、じゃ三十年、四十年本当に見ていけるのかということになると、不安が伴う。 やっぱりある面では責任を持って機関の中でチームを組んで本当にバトンタッチがある程度きちっとできるようなスタイル、ある意味では私はここでは公的後見人センターといっていますけれども、そういう公的な形で本当に一人一人の方たちを支える、その中で個人が十分に役割を果たしていくというシステム、本当にそのきっかけをつくるものとして法人後見人は、ある面では現実にはそうなっているわけではありませんけれども、大変可能性を持っている制度だ、そういう意味で評価しております。 それと、やはり戸籍記載・公表制度というものを廃止したということは大変よかろう、そういうふうに思っています。 それと問題点と課題ということで幾つか述べました。 問題点の一は総論とほとんど重なります。 二番目は、先ほど言ったように、法人後見人がなぜ必要かということなんですけれども、やはり費用の問題を考えますと、今現実にここは三十万円以上と書いていますけれども、これはもうよほど安く、本当にボランティアみたいな形でやった人がいる場合はこうなるだろうということであって、例えば鑑定費用だけでも僕がやった場合はやっぱり五十万ぐらいかかりました。そうしますと、申し立てから選任にいくまでやはり百万近くは覚悟せざるを得ない。 そして、弁護士がある面では後見人という形でついていますけれども、それはやはり現実のところでは個々報酬の支払いが定期払いとか、ある程度の費用の後払い的な形とかいろいろな形で家裁はとっていますけれども、やはり弁護士がつくとなると、三万以下ということは現実としてこれはあり得ない話なんですね。現実になされている我々の仲間もやっぱり月で四万とか五万とか、そういう実態で受けてやっております。 だから、費用の点である意味では大変重いのだ、つらい使いにくい現実なんだと。年金が例えば知的障害者の人でも月八万円出ないところで、四万近い半分を成年後見費用で使うということが本当に可能なのか。そうすると、やっぱりある意味では大きな財産を持った、遺産相続か何かで引き継いだという人が現実に我々の場合は使っています。 だから、一部の本当に多額の相続をした知的障害者の人が、その多額の財産を守るということでやむなく使わざるを得ないような現実になっていて、もっと広くさまざまな社会活動を伴って、年金をどう使うか、年金が奪われている人はたくさんおられますし、いろいろな悪徳商法で引っかかっている人もたくさんおられますし、そういう人たちをどう守るかという現実のところでの成年後見の役割を果たしていないということがあると思います。その意味で、この後見制度をもう少し現実のものにしていただきたかった。 その際に、やはり成年後見制度が民法上の制度だけで私法上の制度だけ、家族法の一環とした形で改正が進められちゃった。やっぱりもう少し公的な、後で出てきますけれども、つまり地域福祉権利擁護事業とある面では一体化した形での、独立した、民法のところは最小限にして、もう一つ社会福祉立法みたいなものとしての充実化というものがあり得た、またあり得なくちゃいけなかったんではないか、そういうふうに僕は思っております。 その意味では、私法の枠内だけで解決したということは少々やはりどうしてもこの改正のここの時点ではやむを得なかったかもしれませんけれども、ほかの部会のところではさらにこれを深めていただきたい、そう思っております。 そして、時間の関係もありますので、最後に追加のところで出した一番大事なことですけれども、成年後見制度と地域福祉権利擁護事業との関係なんです。今の形では厚生省も両者が相まって機能を果たす、補充し補完するものだという形で書かれております。 ただ、現実の問題となりますと、この新法の成年後見制度と地域福祉権利擁護事業とは、障害が重くて貧しい人たち、先ほど言ったそういう負担ができない人たちはこの両方から排除されちゃう。特に、軽い人たちは何とか地域福祉権利擁護事業で世話して援助をつけていくという制度になっておりますけれども、現実の重い人たち、つまり成年後見制度でいえば被後見とか被保佐という形になる人たち、つまり現実にはお金を持っていられない人たちは地域福祉権利擁護事業の援助の対象、福祉の対象にはならない。 だから、ここだけは重い人が、ちょっと貧しい人が排除されるという結果が現実の形でつくり出されちゃっていますので、ここは早急にある面では手直しが必要だ。やはり軽度の人である意味では契約、つまり地域福祉の生活支援の契約を締結できる人たちは、何とか地域福祉権利擁護事業の中で生活支援員なり専門員の援助を受けて日常的な支援、金銭管理、預金管理からさまざまな支援は地域福祉権利擁護事業で受けられますけれども、ただこれは契約できるということが前提になっていますので、契約できない、例えば契約審査会、運営審査会の方でチェックを受ける、そうなりますと、重い人たち、今の取引社会の中では契約締結能力というものが不十分だという人たち、つまり被後見なり被保佐という人たち、この人たちはもう地域福祉権利擁護事業の対象にはならない、成年後見制度の中でやってくださいとこうなっている。でも、現実にそれを利用するには多額のお金、費用負担が伴う。 そうすると、通常の一般市民の家庭の中で何百万とかかるであろう通常の四、五年の痴呆老人の方であれば、ある程度終期とか期間というのは見通しできるかもしれない。知的障害者、重い人なんか十年、二十年、終生という形になる。そういう場合において、本当に重い人たちをどう法的な形で保護し救済していくのかという課題が今やっぱり問われているんだ。 だから、そこはやはり成年後見制度がどうしても類型論、多元主義の立場に立って、地域福祉権利擁護事業がどうしても一元論に立っちゃった。だから、相まってかみ合うといっても発想の始点のところが地域福祉事業は必要性に基づいてさまざまな形態をその人の生活の態様によって援助していきましょうという法のスタイルをとっている。ところが、成年後見制度はその類型論で、能力の判定で三種類に分けていきますよ、重、中、軽でいきますよ、こういう運用になっている。だから、私は、先ほど田山先生が言われたように、この三種類の運用は柔軟にやってくれ、ある面では後見の人たち、保佐の人たちも地域福祉権利擁護事業を使えるように運用してくれ。だから、もう原則類型というのか、三類型の中で原則としては補助人類型である。ある程度条件とかを課す人たちが後見とか保佐で適用できるというぐらいの、補助人類型を基本とした成年後見制度の応用。 そうすると、確かに地域福祉権利擁護事業と相まってという形での利用の形態がさらに実現化しやすい。そうじゃないと、本当に重い人たちのこれからの援助、支援というものは、成年後見制度の利用が私的なものであるだけに大変厳しい形になっている。 その意味では、成年後見制度は私法上の制度、地域福祉権利擁護事業は厚生省の福祉制度。確かに今度の予算でも二十二億でしたか、ある程度予算が組まれてスタートした。一方は私法上の制度で公的資金の援助が一切ない、重い人たちなのに。ある面では軽い人たちにある程度は福祉の制度として公的な援助費用が出ている。これは軽い人だから出しちゃいけないんじゃなくて、重い人はやっぱり出さないといけないだろう。それを動かしていくためには、さらに公的な後見人制度を、センターみたいなものを充実していく。その利用者負担はゼロというのじゃなくても、少なくとも地域福祉権利擁護事業では一時間千五百円という形で決めて運用したならば、せめて成年後見人にも一時間千五百円で本当にやれるような公的な補助体系、援助支援体系をつくっていただきたい。 そうじゃないと、重い人は使えなくてさらに厳しくなるというような現実だけは避けなくてはいけないんじゃないか。そのためには、さまざまな今後の取り組みというのはあろうと思います。やはり家庭裁判所をもっと後見裁判所のような充実したスタッフにしていくとか、そこで法人後見人制度を公的な後見人センターという形に充実していく。そこにきちっとした公的な予算を導入して、本当に一時間千五百円、二千円で公的成年後見人が利用できるような制度化を進めていく、そういうものをとりわけ本当に進めていただきたい。 今度の法案はとにかく通していただいて、その上で数年後に見直す、あるいはある面では附帯決議等でそこのところを重点的な今後の課題としていただく、そういうことが必要だと思いますので、ぜひよろしくお願いいたします。 これで終わります。
○委員長(風間昶君) ありがとうございました。 次に、永島参考人にお願いいたします。永島参考人。
○参考人(永島光枝君) 呆け老人をかかえる家族の会の永島でございます。 こういうところに家族の声というのを出させていただく機会を与えられて、ありがとうございます。 私は、自分の介護体験からこの会に入りました。それは大分前なんですけれども、昭和四十四年から五十六年までの十二年ですけれども、私と姉とで実の母を、脳血管性痴呆でしたが、そのころは「恍惚の人」という小説が出た時代で、何も情報がありませんで、大変痴呆ということの状態がわからなくて、介護とか対応の仕方のために私も苦労でしたけれども、母自身も大変かわいそうだったというふうに思っています。そして、昭和五十六年に家族の会ができるというのが新聞に載りまして、きょうここに一番下のところにこの資料をお持ちしてあります、こういう会でございます。会報とかも載せてありますので、後でお読みいただけたらいいと思いますけれども、よろしくお願いします。 この会ですが、平成七年に厚生省から社団法人の認可を得ました。これは当時、申し上げたように、介護、痴呆のことが非常に社会的に伏せられた状態で、余り公にするのが恥というような感じがありまして、それで自分たち自身もわからなかったから、支え合いとか励まし合いというのが基本だったんですけれども、だんだん会の規模が大きくなりまして、実はそういう人がたくさん全国にいたのだということです。そして、家族の中にも、それから外部にも偏見や差別や無理解というのがあるということで、社会的な痴呆に対する理解や啓蒙も重要な仕事になってきました。現在は三十九都道府県に六千人の会員がおります。自主運営で、会費で運営しています。 前置きが長くなりましたけれども、この成年後見法についても、昨年の六月に総会をやりましたときに法務省の担当の方から講義を受けまして、すぐにそこで、百十人くらいの代議員がいたんですが、アンケートをしました。ほとんどの項目で圧倒的に賛成だ、こういう法律が早くできてほしいというような意見でした。 痴呆の人の増加ということですけれども、平成十一年九月の敬老の日に発表された厚生省のデータだそうですが、高齢者の七・三%くらいが痴呆ではないか、百五十六万人というふうに推計されていて、これは新ゴールドプランの予想を少し上回っているのではないかというふうに思います。 それともう一つは、六十五歳より以前の、私たちは若年痴呆とか初老期痴呆とかと言っているんですけれども、お医者様も本当にはっきりした名前を何かつけていないようですけれども、早い人は四十歳ぐらいから五十歳代に発病というか発症する人が結構おります。これはやっぱり社会人の現役で仕事中にそういうことになるというようなこともありまして、痴呆性高齢者というふうに一口に言われていますけれども、痴呆性の高齢者だけではないということで、私はわざわざここのところには「痴呆の人の増加」とか、次に「痴呆の人の生活像」というふうに、高齢者というのを私の気持ちの上で外したという現状もあります。そういうときに、やっぱりこういう成年後見法というのは非常に大切な役割をするのではないかというふうに思います。 「痴呆の人の生活像」というところですけれども、痴呆になる人というのは、一たん正常に発達した人がいろんな病的な脳の障害で痴呆症状が出る、そういうふうに定義されています。ですけれども、その判断能力が最初からがたっと落ちるというのじゃなくて、家族もわからない、本人も変だ、変だというふうに思っているぐらいのところから実は始まっているわけで、判断能力が不十分と一口に言えないような境界線というか、そういういろんな時期を経てだんだんに重くなっていく、そういうことですけれども、身近にそういう方がいらっしゃらないとちょっとわからないかと思うんです。 判断能力といっても、痴呆の人の場合は主に記憶が物すごく阻害されていますけれども、その人の生活歴、先ほど言いました、一たん正常にちゃんとした大人になってきちんとした社会的な活躍をした、そういう人ですから、その自分の過ごしてきた生活歴の中での経験とか感情のようなものは割合保たれているということがあります。ですから、その辺が非常にわかりにくいところなんですね。でも、だんだんの進行の程度に応じてそれが残っています。ですから、私は、痴呆というのは生活能力の障害というふうに考えた方がよいのではないかというふうに思っています。 ですから、医学的な診断というだけではちょっとその人の人間としての全体像を把握できないのではないかというふうに思っています。そういう人を抱える家族というのは、言ってみればその人と一体になって生活しないと介護ができない。非常にわかりやすい言葉で言うと、私は、家族がその人の頭のかわりをしてあげなくちゃいけないという言い方をするんですけれども、そういうことです。 ところが、そういう人たちを介護する家族というのがやっぱり変化しております。ここへ来て急に変化していまして、核家族化もありますし、それから都会的な生活というのが随分一般的になってきました。長男が親を見るべきだというような意識はだんだん薄くなってきたというふうにも思われますけれども、平穏な家族の間にそういう介護問題がいざ起こるときには、その中に隠されていた家族のありようというのが噴出してくるという感じで、子供にもそれぞれ連れ合いとかいろいろな関係者がいるわけで、そのそれぞれの個人的な価値観というのが非常に錯綜して、その中での財産管理とかその人の身の振り方とか、そういうことの問題が出てくるというふうに思います。 それから、市民生活の中での成年後見制度というところですが、特別の財産があるというわけでもなくて、私たちの普通の市民的な感覚からいったら持ち家と年金制度で老後の生活を維持するというような普通の一般市民のレベルの中で、子供の世話にならずに自立して最後まで暮らしたいというような感覚にこたえて、自己決定の尊重、残存能力の活用、ノーマライゼーションの実現、こういうのを理念とした成年後見制度ができたというふうに私は理解したいのです。これは願望です。 身上配慮義務というのがきちんと明文化されて載せられました。そのことと、特に本人の居住用財産の処分については家庭裁判所の許可を要するという規定が決まりました。そういうものについては非常によかったというふうに思っています。 それから、この新しい法律への期待なんですけれども、禁治産、準禁治産制度の名称、それから戸籍記載の廃止、心理的な抵抗感というのが今まで非常に多かったわけですけれども、これの意味は非常に大きいと思います。きょうここに挟んでありますうちの会の会報にも、戸籍を汚すくらいなら財産を失うことを選ぶ、そういうような会員の投書もあったことを覚えております。この成年後見という名前は、禁治産や準禁治産制という名前に比べると非常に安心感のある名前であると思います。 それから、補助段階ができたということで、この補助段階のレベルを使う人が大変多く出るのではないかというふうに私は予想しております。これは、鑑定を必要としないで診断でいいというような最高裁判所の規則が定められる予定だということを聞いておりますので、使いやすい制度になるのではないかという希望を持っております。 それから、ほかの制度、地域福祉権利擁護事業とかそういう制度と連動して生活支援、それから身上監護、身上監護に伴う財産管理というふうに、そういう一連の流れが法律で縦割りになる制度で縦割りになるというのではなくて、一人の人の人生を支えて、その人の身の振り方というか、そういうものにつながりを持って円滑に運用されるということを望みます。 それから、任意後見制度について申し上げますが、自分の意思による生き方を支える法律として、この新しい任意後見制度をとても評価しています。 特に、女性が高齢でひとり暮らしをするという確率と、それからひとり暮らしをする期間というのは、これから非常にふえてくるというのは予想されています。いろんな調査によっても、女性の老後の意識というか、そういうものは男性より非常に高いわけです。特に、介護に直面する五十代から六十代ぐらいの女性というのは、子供の世話にならずに自立した老後を送りたいというふうな希望がとても多いです。 ですから、今後、社会的な意識の変換を支える法律としてこの任意後見制度を大いに皆さん利用できるようになるんではないか、そういうふうに思っております。それについては、やっぱり費用なんかを考慮する必要があるのではないかというふうに思います。 法制審議会に私は出させていただきましたけれども、この審議に痴呆性の高齢者と知的障害者と精神障害者の当事者団体が参加させていただきましたけれども、ふだんなかなか外部の人にわかりにくい状態像というのがあるわけでして、そういうことを発言できるような場を提供していただいたということの意義は大変大きいと思いました。 法制審議会へ後でお尋ねしたところによりますと、こういう試みというか、こういうことは今までにはなかったというようなことを聞いておりますので、ほかのいろいろな審議にも、きょうも含めてですけれども、ぜひこういう現場の人たちの声というのを直接届けられる機会をいろいろなところで取り入れていただきたいというふうに思います。 実効ある法律にする制度と環境の整備ということですけれども、これは非常に期待の大きい法律ですけれども、この理想を実現するためには、本当にこれからもまだいろいろな制度が整備されて、先ほども言いましたように、連動も含んでしていかなくちゃいけないのではないか。いわば新しい制度で、生まれたばかりの制度なので、これを育てていかなくちゃいけないのではないかというふうに思います。それには、必要な予算とかそれから人材、研修とかそういうことも含めて十分な措置が講ぜられるというふうにお願いしたいと思います。 それともう一つは、これについての国民一般、私たちくらいの人がわかりやすいPRをぜひしていただきたい。こういうのは、やっぱり制度がわからないと全然利用する人がふえないということがありますので、ぜひそれは工夫をしていただきたいと思います。 お年寄りが主になんですけれども、状態像というのが固定していません、どんどん変わっていきます。半年たつと様子がすっかり変わってしまうというようなことは非常にあります。そのたびにいろいろ新しい事態に直面して大変苦労しているわけなんですけれども、そういう意味でも、後が予想のつかないお年寄りを抱えている家族たちのためにも、この法律は四月から施行が決まって、具体的にいろんな準備がされているということですけれども、この国会でぜひ成立させていただいて、後のない人たちに一日も早い安心感を与えていただきたいということをお願いしたいと思います。 ありがとうございました。
○委員長(風間昶君) ありがとうございました。 次に、河合参考人にお願いいたします。河合参考人。
○参考人(河合洋祐君) 聴覚障害者といたしまして、このような席で発言をさせていただくことを心からお礼申し上げたいと思います。 一応口頭でもってお話しいたしておりますが、私は十五歳のときに聴覚を失いまして、左右とも全聾でございます。家族の声は当然聞こえませんし、自分の声も自分で聞くことができません。フィードバックのいかない体でございますので、果たして私の口で話すことがイントネーションやアクセント面でおかしくなっていないか、私にはわかりませんので、お聞き苦しいところがございましても御寛容のほどお願い申し上げます。 私どもが民法九百六十九条の公正証書遺言に手話通訳をつけることを強く願いましたのも、聴覚障害者という問題につきまして、一般の社会の理解、認識がまだ十分ございません。そのために、手話についてのコミュニケーションにつきましても理解が届かない面がございますので、一応、聞こえない障害とはどのようなものなのか、コミュニケーションはどうしているのかということについて簡単に話させていただきたいと思っております。 聴覚障害と申しましても、先天性のように生まれたときまたは幼少時に失聴したかどうかというような失聴年齢の時期、また教育のレベル等によって違ってまいります。さらに、生育歴と申しまして、どのように育てられたのか、そして教育環境はどうであったのか、その生活内容はどうなのかということでまた障害の立場が違ってくるわけでございますね。ですから、一律に聴覚障害者と申しましてもさまざまな人たちがいるわけでございます。 御理解をいただくために、大体生まれたときからまたは幼少時から聞こえない人たちを聾者といいます場合、ある程度成人してから聞こえなくなった人は中途失聴者というように表現しております。さらに、高齢化して難聴になられた方は高齢性の難聴者として区別しております。 このような障害の違いがある上に、コミュニケーション手段になるとさらにいろいろございます。 一つは、当然、聾者の用いている手話でございますが、この手話につきましては後でまた詳しく説明させていただきますが、その手話に対して、専門用語や外来語、そういったものにつきましては指文字というものがございます。あいうえおの五十音を指の形であらわすものでございます。そのようにして手話をメーンとし、指文字で補ってコミュニケーションをやる面を持っております。それが聾者という人たちです。 次に、中途失聴者の場合は、成人してから聞こえなくなったために自分の口で話せます。けれども、手話通訳者のような方々がいない場合にはわからないわけでございますね。例えば、この席でもって私が自分の口で話したとしても、先生方のおっしゃることは手話通訳者の手話を見なければわからないわけです。ですから、私のように中途で失聴しましても、手話ができる者は手話通訳を使います。できない者は筆談を用います。ですから、口頭で話す、口話と言っておりますが、その口話と筆談が中途失聴者のメーンの方法になります。 難聴者になりますと、補聴器を使ってある程度会話ができます。また、人工内耳というのが開発されておりますので、そういう方法でもって聴力を補うということもやっております。 ですから、コミュニケーション方法には手話があり、口話があり、筆談があり、指文字がありという状態でございますね。 その上さらに、聾重複という人たちがございます。これは耳が聞こえない上に知的障害を持つ、または精神障害を持つ、肢体不自由を持つという、障害が二重三重に重なった人たちです。例えば聾盲の人でございますと、触手話と申しまして、聾盲の人に通訳者の手をつかませて手話をやる方法をやっております。逆に、盲聾と申しまして、先に目が見えなくなった後に耳が聞こえなくなった場合には指点字というようなコミュニケーション方法を用いております。そのように、多様なコミュニケーションがあるということを御理解いただきたいのです。 ところが、一般の方の理解と申しますと、ほとんどが紙に書くという筆談の方か、または口を大きくゆっくりあければわかるという、リップリーディングと申しまして、読唇術でございますね、それで理解できるというふうに考えられております。 ところが、実際に、読話と申しまして、我々は読唇術を読話と言っているのでございますが、おのずから限界がございます。 私も過去、印刷会社の課長を務めて非常に苦しみましたのは、会議のときに手話通訳をつけていただけなかったのです。企業の機密に関することを話すとき、第三者は認めないと言われまして、それで当然同じ課長や部長の方々の口元を見るのでございますけれども、一人の発言が終わったか終わらないうちに次の方が発言する場合に、私は耳が聞こえませんから、その発言された方の方をみんなの視線に気づいて振り向いた場合にはもう発言が終わっている。そういうこともございまして、口話には限界があったわけでございますね。ですから、手話というものを非常に大切にするようになったわけでございます。 そういうわけで、聴覚障害者は筆談とか口を大きくあければわかるというような単純なものではないということをまず御理解いただきたいと思います。 それでは、私たちのような聴覚を失った者は何をコミュニケーション方法にするかといえば、手話でございます。ところが、手話といいますのは、実は長い間、偏見と差別の対象にされてまいりました。はっきりと申せば、低脳な、耳の聞こえない人間がおかしな手ぶり身ぶりをやるというような認識程度でございます。そのために、聾学校の教育においても手話を排斥され、そして口話というものを強制的に指導したわけでございます。 これはコミュニケーション方法として口話がいいという意味ではないと私は思っております。一般の社会が障害者を欠陥人間とみなし、無能力者とみなしておりました。そういう時代には障害者に対する理解は非常に不足していたと思いますので、健康な人間、要するに五体満足な人間がノーマルな人間であって、私どものような障害者は欠陥人間、社会の落ちこぼれとみなされたと思います。そういう立場で、口で言えることが一番大切である、手話などというものは一般の社会では通じない、そのように見られて排斥されたと思っております。 けれども、手話といいますのは音声言語と同じようにはっきりとした言語でございます。構造上の違いはございますけれども、十分な言葉として成り立っております。当然、手話には文法がございます。けれども、手話の構造が違うと申しましたのは、例えば雨が降るというような表現の場合、雨という名詞を言い、そして降るという動詞を言いあらわします。けれども、手話で言いますと、この動作は一つだけで終わってしまいます。要するに、雨の降る形をそのまままねて、身ぶりであらわしているわけでございます。 このように、手話といいますのは、文章と違いまして、物、形、物の動きをもってあらわす、写像性といっておりますが、そういう表現をとります。さらに、手話の特徴は、同時性というものもございます。例えば、赤信号がともって車をとめたという場合には、赤信号点滅の後に左手で車の形をあらわしまして、同時に二つの意味をあらわしてしまいます。そういう同時性もまた手話の特徴でございます。そういう面について十分手話が研究なされないために、いろいろ誤解を生んできたのではないかと思っております。 現在、全日本聾唖連盟が編さんしました日本語—手話辞典というものがございます。その手話辞典でございますと、八千三百二十語が収録されております。皆様が日常の会話として使う言葉が平均一万語と言われておりますから、我々の手話でもって十分対応できる。しかも、八千三百二十語はまだすべてではありません。記載されていない手話もまだ多くございます。そういう意味で、手話に対する認識をぜひ改めていただきたいと思っております。 次に、民法が制定された時期の問題でございます。 レジュメでは一八九三年となっていますが、一八九八年の間違いでございます。一八九八年が正しいわけでございますね。明治三十一年でございます。 この民法が制定された時期はどのような状態かと申しますと、聾唖者自身が満足な学校教育を受けられない情勢でございます。明治十一年に、一八七八年でございますか、京都の盲唖院というものが建てられまして、そこで学校教育が始まっております。しかし、わずかに京都、大阪、東京のような大都市につくられたわけでございまして、全国的に教育が普及してはおりません。大正十二年の盲聾学校令がしかれたときでさえ一〇%台の就学率になっております。そして昭和二十年、日本が敗戦を迎えた前後においても聞こえない者の就学率は二〇%から三〇%と言われております。 ですから、昭和二十二年、教育基本法が制定されまして特殊教育の義務化がなされ、その後、学校が整備されまして、ほとんどの聾唖者が学校に通うことができるようになります。そして、この中から高等教育を受けた者が弁護士の資格や一級建築士の資格を取っていくようになっていくわけです。 ですから、明治時代の聾唖者の状態と現在の聾唖者は全く違っております。そういう認識を持っていただいて民法の改正に取り組んでいかれれば、私どもとしては本当にうれしいと思っているわけです。 私が所属しております全日本聾唖連盟という組織は全国的な聴覚障害者の組織でございまして、会員は二万七千名でございます。毎月十ページから十六ページの機関紙を発行いたしております。この全日本聾唖連盟は一九四七年に発足したのでございますが、手話というものを社会に認識していただくために、一九六九年に手話をイラスト化した「わたしたちの手話」という本を発行いたしまして、この本は国民の間に既に二百三十五万部普及しております。そして、一九七六年には全日本聾唖連盟独自の手話通訳者の認定試験を実施して百二十名の認定通訳者を生み出して、通訳者のレベル向上に努めてまいりました。 また、各地域におきまして、県及び市町村の地方自治体において手話講習会を要望しまして、現在、都道府県は四十二カ所、市町村では三百十カ所が手話講習会を開いております。さらに、全国に一千六百八十七のサークルを誕生させ、約四万人の方々が手話を学んでおられます。 このような情勢に対しまして国がどのような事業を展開したかということでございますけれども、一九七〇年に手話奉仕員養成事業を初め、その後、手話通訳設置事業、手話奉仕員派遣事業等、事業を拡大させまして、一九八二年には厚生省は私ども連盟に対しまして手話通訳制度調査検討事業を委託されました。 この事業の中で、私どもは、一つは聞こえない者の生活実態でございます。教育、労働、生活、医療関係においてどのような生活をしているかということを明らかにし、これら聴覚障害者には手話通訳が絶対必要である、そしてこの手話通訳者の制度を国の責任としてつくる必要があると報告書をまとめました。そして、手話通訳制度には養成、認定、設置、派遣が必要であるということも明記いたしました。この結果、厚生省は一九八八年に手話通訳士の認定制度を発足させ、現在までに全国に九百六十四名の手話通訳士が誕生しております。 したがいまして、民法九百六十九条を改正し、公正証書遺言に手話通訳をつける場合には、十分手話通訳を通して聾唖者は遺言の内容を公証人に伝え、公証人の話すことを手話通訳を通して十分に理解できるということをお話し申し上げまして、私の話とさせていただきます。
○委員長(風間昶君) ありがとうございました。 以上で参考人の意見陳述は終わりました。 これより参考人に対する質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○北岡秀二君 自由民主党の北岡でございます。 きょうは四人の参考人の皆様方におかれましては、大変お忙しいところ、このように御出席をいただきまして、私どもに貴重な御意見をくださったということに対しまして、まず御礼を申し上げたいと思います。 四人の参考人の皆様方に一点ずつお伺いをさせていただきたいと思います。 まず、田山参考人にお伺いをしたいと思います。 先ほどの話の中でドイツの世話法の話も出てまいりました。当然、日本の後見制度の今度の改正についても諸外国の制度との対比、あるいはいろんな面でそのあたりのプラス、マイナスをいろいろ議論しながらくみ上げてきたものだろうと思うんですが、先生の立場でドイツなどの諸外国で実際に成年後見制度の運用についてどのような課題があるのか、その実情をちょっと御紹介いただきたいなと思います。 その実情とあわせて、それらの問題点で我が国の成年後見制度にとって参考になるようなことがございましたら、先ほどもお述べいただいたんだろうと思いますが、さらにつけ加えてお伺いをしたいと思います。 よろしくお願い申し上げます。
○参考人(田山輝明君) それでは、ドイツの世話法との関連で若干補足的に発言させていただきます。 まず、運用面で一番気がつきますことは、一九九二年に世話法が施行いたしまして、その後いろんな改正点というのが出てきておりますが、実際に世話に携わった方々の中から一番強く出ておりますのは、世話人になった方は基本的にはボランティアの方、親族の方が非常に多いんですが、大ざっぱに申しますと、やはり八〇%近くが親族による世話ということになっております。 しかし、その残りの中で本当に純粋にボランティアでやっていただいている方と、それからいわゆる職業世話人といいましょうか、ある程度報酬をいただいて責任を持ってやっていらっしゃるという方がおられまして、世話協会というところに職業的な世話人が何人かおられて、その一人一人の職業世話人の周りにボランティアの方々が何人かおられて、その人たちをうまく指導したり話し合いをしたりしながらやっているというのが実態でございます。 その場合に、いわゆる職業世話人の方々からもう少し報酬を上げていただけないかという要求が非常に強く出ております。それは、一方では大きな財産管理をするような場合にドイツでも弁護士さんが世話人になったりいたしますが、その場合には弁護士さんとしての報酬基準というのがございまして、日本と同じように普通の福祉の世話人の方に比べますと結構時間単価などが高いわけです。そういうような比較の中で、実際にやっている仕事としてもう少し評価してもらえないかというのが実際の弁護士さんなんかではない世話人の方から非常に強く要求が出ているということがございます。 それからもう一つは、裁判官の仕事が相当ふえるということで、ドイツでは区裁判所といいまして、日本の簡裁に近いような区裁判所というところで家庭裁判所的な機能を営んでおりますが、そこでの裁判官の増員というのをしております。 それで、大ざっぱなことで恐縮でございますが、例えばミュンヘンという大変有名な町がございますが、そこに百数十万の人口があって、そこに区裁判所がありまして、そこの区裁判所には百五十人ぐらいの裁判官がいるんですが、その中で十三人が後見事件を担当しております。そこから逆算していきますと、東京は恐らく百何十人かの裁判官を用意しないとやれないんじゃないかというような感じでございます。 裁判官が実際に世話決定をするときには御本人に面接をするためにタクシーで駆けつけて会ってくるとか、そういうような非常に実際的な仕事を裁判官はされた上で判断されておりますので、そういうところまで一挙に行くことができるかどうかは別としまして、本格的にやるということになりますと、そのくらいのところまでを見通したような形で少し日本の家庭裁判所の充実を図っていただくということが必要なのかなというふうな感じは持っております。 以上です。
○北岡秀二君 ありがとうございました。 時間の関係で、続きまして副島参考人にお伺い申し上げたいと思います。 私、実は副島参考人にお伺いしたいなということをいろいろ考えておったんですが、きょうのお話で大体いただきました。さらに、先ほどから厚生省の地域福祉権利擁護制度との絡みの話をかなり熱心にお話をされておられましたが、この成年後見制度との補完という問題で、先ほどのお話にもございましたが、運用上もっと具体的にどう調和を図れば両制度がよりよく利用されるかという部分の話がございました。その部分を実はもっと深く掘り下げてお伺いしようと思ったんですが、具体的な部分で先生がまだ言い足りないところがございましたら、つけ加えてお伺いさせていただきたいと思います。
○参考人(副島洋明君) 大体、概略でそこを重点的にしゃべらせてもらったんですけれども、やはりそこが一番大事だと私も思っております。 それで、やはりもっと具体的に踏み込んで私の単なる期待みたいな、本当に現実的ではないかもしれませんけれども、例えばこうなればいいなというふうな話をさせてもらえると、法人後見人という形での機関にやはり社協が受けてくれと。例えば地域福祉権利擁護の運営主体は都の社協、社会福祉協議会ですけれども、実施主体はやはり市町村とか、ある面ではNPOでもいいわけですね。 そうすると、ある面では公的な資金の事務局体制とか事務所とか、ある面では先ほどのボランティアの人たちでも結集できるような実施主体のところに早急に社協を通した形で、この地域福祉権利擁護事業の一環という形をとりながら、実施主体に法人後見人という形をもう実施していただけないか。そこの中で、例えば私らなんかの弁護士もある面では専門員みたいな形でかかわっていく、そして世話人さんにはある面では福祉の職員とかリタイアしたさまざまな学校の先生なり福祉の元職員の方なりに入っていただく。その中で、弁護士なりお医者さんなりさまざまな経験を持っている人が専門員という形でつながっていく。そういう基盤みたいなもの。 今は生活支援員を民生委員さんにターゲットを絞って厚生省は大変働きかけていますけれども、聞くところによると多くは断られると。それは、今まで自分がやってきた仕事とやはりこの生活支援員の仕事、一時間千五百円でとにかくやっていただけないかといっても、自分をバックアップしてくださる専門家、例えば弁護士とかいろんな意味での相談というものがないところで大金をいろんな意味でさわる、いろんな意味で権利の具体的な、お医者さんとの関係、入院契約にしても、具体的なある意味で重要な部分にかかわっていく仕事なものですから、やはり僕はそこは素人の人に頼むにしてもやはりバックアップ体制みたいなものはきちっととらなくちゃいけない。 そういうものを、確かに弁護士だと投げ渡しやすい、おまえは法律家だから全部やってくださいと。ただ、その場合は高くなっちゃう。もう大変お金の負担とかいろんな意味で、確かに弁護士であっても事務所を持ち事務員さんを抱えていますので、自営業者でやっていく上でどうしても時間単価とか日当的なものは高くなってこざるを得なくなる。それよりも、事務所機能をそういう地域での公的な法人後見人的なものが自立した形でつくり出されていくならば、運用はもっとスムーズに図られるのではないかというふうに、これはあくまで私の、副島の個人的な期待感みたいなものですけれども。 そういうふうに進められていくと、先ほど言った重い人たち、特に成年後見の対象となる被後見、被保佐の人たち、この人たちはもう地域福祉権利擁護事業では排除されていますので、どうしても成年後見でしかない。そうすると、やっぱりそこに何百万と使うのはもうお金持ちの人、普通の人だって今のままでは使えません。貧しい人なんて言わなくても、普通の人でも成年後見制度は使えません。やっぱり普通の人が使える制度にしていただきたい。それは特別大金持ち、ある程度、何千万、億に近いお金を持たないと弁護士さんに頼めないという制度ではなくしていただきたい。普通の退職金で、退職されて普通の家族の暮らしていかれる、年金なりで暮らしていただく方でもある程度弁護士の成年後見人を使えるのだという利用、実施主体の体制づくりに早急に僕は踏み込んでいただきたい。そうじゃないと、本当に残念ながら、成年後見制度はある程度法文としては前進し改革を進めましたけれども、実際の使用、使う面となるとほとんど使えない。 まず、その面は大きな意味でお金である、そして管理責任体制だと。特に、知的障害者の場合、私は、つくとしたら一生だという形になっていく場合に、やはり相当びびっちゃう。お金の問題じゃない、もう自分の一人の子供を抱えたんだ、自分が新しい自分の子供を世話していく、面倒を見ていく子供を一人ふやしたというぐらいの責任感みたいなものを伴うものですから、その辺のやはり判断というものをもう少し詰めていただかないと僕は使いにくい。もっと使える制度にしていただきたいというふうにお願いしたいと思います。 以上です。
○北岡秀二君 ありがとうございました。 続いて永島参考人にお伺いをしたいと思います。 今の話とも多少関連があることでございますが、このたびの法改正でいろいろな部分の改正がなされているわけですが、新たに補助の制度がつけ加えられたというような形もございます。利用する側あるいは家族の立場から見て、今後痴呆のお年寄りにこの補助の制度が広く利用されるかどうか、ちょっと感想をお伺いしたい。 先ほどのお話の中で広く利用されるPRをもっとというような話もされていらっしゃいました。これはもうこの分野のみならず、我々政治、行政に携わる者からすると、いろんな制度、新しい制度も出しながら、なかなか国民の中に広く伝わらないという大きな壁を持っております。この制度に関して、利用される立場の観点から何かPRの方法でおもしろい発案がございましたら、おもしろいというか斬新な発案が具体的に何かありますれば、また御教示をいただきたいと思います。そのあたり、よろしくお願い申し上げたいと思います。
○参考人(永島光枝君) 補助がどういうふうにすれば使いやすいかとか使われるだろうかと。これは、今までのお話を聞いておりますと、禁治産、準禁治産の制度というのはもうこれで終わって、新しい成年後見法ができたのだというふうに私たちは解釈をしております。ですから、そのときの禁治産の頭を引きずっていないで、一応そこのところはもう払拭して、この新しい制度で立ち上げるのだと。 実は、私ども家族の会の普通の一般的な市民というかそういう人たちは、禁治産、準禁治産というようなことをこの成年後見法のことが出てくるまでは余り皆さん知りませんでした。こういう新しい法律が出てくるということで、あっ、そういう法律があったのかと、逆に。ですから、成年後見法は本当に今全く新しくできた法律として私たちはとらえているわけです。 ですから、そうしますとやっぱりお金の問題とか、それから本人をどのように、本人の幸せが一番だけれども家族も両立して家庭崩壊や何かがないような方法を考えていかなくてはいけないというときに、今まで隠されていた部分、表にあらわれていなかった部分が相当あると思います。それは、先ほども言いました恥ずかしいとかそういうような、自分たちのそういう意識も含めて。ですけれども、そういうことがだんだんなくなってきましたし、なくならざるを得ないような社会的な状況もあるんです。 ですから、こういう制度ができたら使いたいというのは、実は私たちが先ほど言いましたアンケートをとったときに、非常に必要だと思う人が五四%で、必要であるという人が四三%、わからないという人が三%で、反対だというような人はありませんでした。ですから、潜在的に、こういう制度についてPRがあれば非常に使われるであろうというふうに思います。 そのPRの仕方ですけれども、これはやっぱりたくさんの量をこなして、そして私たちも積極的に取り組みますけれども、いろんなところで一般的なPRをしていくよりほかないでしょうと思いますけれども、最高裁の方ではもう既にいろんな御準備をなされているというようなこともちょっと伺っております。 ですから、そのためにも早くつくっていただいて、先のないお年寄りたちのためにも家族も安心して使われる制度にしてほしいというふうに思います。ちょっとお答えにならないかもしれませんけれども。
○北岡秀二君 ありがとうございました。 続いて、河合参考人にお伺いしたいと思います。 このたび遺言が手話によってもできるようになったということで、そういう意味では一歩前進ということでございますが、聴覚・言語障害者の方々にとりましてはまだまだ不便なところもたくさんあるだろうと思います。 質問させていただきたいのは、このたびの法律に直接関係ないことかもわかりませんが、聴覚・言語障害者の方々にとりまして司法、法務行政関係で我々が気がつかない、まだまだ改善すべき点というのもあるだろうと思います。とにかくチャンスを平等にという部分で我々もいろいろ改善をしなければならないところもあるだろうと思いますので、私どもが気がつかない部分で参考になるようなことが何かございましたらお教えをいただきたいと思います。
○参考人(河合洋祐君) 私は、今から三十年ほど前に障害者の、私と同じような耳の聞こえない障害者でございますけれども、その傷害致死事件の裁判で救援活動を起こしたことがございます。 例えば、普通の場合、面接権というのがございます。何か犯罪を犯した場合に、捕まって弁護士を呼ぶ場合の面接権でございますが、例えば手話通訳を呼ぶ場合にきちんとした派遣制度がない場合には、弁護士に来てもらっても話は通じませんから通訳者をつける必要がございます。そういう面で、どの程度十分な便宜が図られているかはっきりとしないと思います。 さらに、裁判所において十分手話通訳者を養成するということをやっていないわけでございます。本来は、裁判に必要な十分な法律用語を駆使できる通訳を養成、設置ということは裁判所の責任でやっていただければ我々としてはありがたいわけでございます。ところが、そういう制度がないので、一々行政の手話通訳の派遣制度を利用して通訳をお願いするということになるわけでございます。 それともう一つ問題は、刑法四十条が撤廃されたことは御承知と思います。これは聾唖者に対して罪の減免を決めている法律でございますけれども、法律は撤廃されても聾唖者の置かれている立場についての新しい措置制度は全くとられておりません。例えば、聾唖者が捕まった場合、当然ラジオは聞こえません、雑誌や新聞を読む国語力を十分持っていない者がおります。当然、一緒に捕まった同室者とコミュニケーションはできません、手話でございますから。そういう面について何も措置をせずに、刑法四十条だけは撤廃されてしまったわけでございます。これが本当に使われるのかどうかという問題です。 前からテレビでたびたび報道されております岡山の聾唖者、十分な教育も受けられなかった聾唖者がコミュニケーションをとれぬために非常に裁判が難渋した問題が出てまいりました。そういう聴覚障害者の実態に合わせてコミュニケーションをどう確保するのか、そういう面についての検討が十分なされていないように思っております。
○北岡秀二君 ありがとうございました。
○竹村泰子君 きょうは早朝から私どものために参考人にお出ましをいただきまして、田山先生、副島先生、永島さん、河合さん、本当にありがとうございます。 少しく許された時間、質問をさせていただきたいと思いますけれども、田山先生、最初に個人的ケアの原則で、非常に補助類型について柔軟な運用が必要であるというふうにおっしゃいました。 本人意思の尊重ということで、私どもも先日来の審議の中で、今の現状でどのように本人の意思を確認するのか、十分にできると思っているかどうか、そういうことを聞いてまいりましたけれども、なかなかずばっといい答えが戻ってきておりませんのですけれども、その辺につきましてもう少しおっしゃりたいことがございましたらお願い申し上げます。
○参考人(田山輝明君) 本人意思の尊重というのは、御本人の意思をうまく周辺の人また必要としている人が引き出せるかということでどういう方法があるかということなので、これはそういう判断能力に障害があると申しますか、そういう方のことであるだけに大変難しいというのは御指摘のとおりでございます。 ただ、例えば本人が判断が本当にできていないのかどうかということについて、人間として生きていて自分の意思がほとんど、例えば欠けているというような表現をとってそういう表現が許されるとしたら、そういう人というのは本当にいるのかということで考えていきますと、私も専門でないのでよくはわかりませんけれども、人である以上自分の意思のないということはないんだと。だから、ただ周りでそれを理解できないだけだという、理解といいましょうか、前提をとるべきだろうと思ってはおります。 ただ、そのときに、一番親しくしている人がいろいろな方法で問いかけたりしながら時間をかけて、たしかオーストリアの法律だったと思いますが、いたわりを持ってという表現をとっている法律の条文があるんです。裁判官が本人を訪ねていろいろ聞いたりするときに、いたわりの心でというような表現をたしかとっていたと思うんですけれども、そういう形で、いたわりというのはどういうことがいたわりなのかよくわかりませんけれども、時間をかけていろんな人の援助を得ながら御本人の意思を探っていく。そういうようなことが重要なんだろうと思いますので、できましたら、最終的な決断をする、判断をする裁判官が、必要でない場合もあるという意見もあるんですけれども、やはり直接御本人に会って言葉では感じられない何かも感じながらその判断をするというようなことも含めて、本人意思を尊重するというようなことで運用していただけるとよろしいのではないかというふうに思っております。 補助類型等の対象者につきましては、時間をかければ、またそばにいらっしゃる方の援助をいただければ、相当本人意思を尊重するということはできるだろうと思います。いずれにしましても、御本人のことをよく知っている人の援助が必要だというふうに感じております。 以上でございます。
○竹村泰子君 私も昔、重度障害者の施設に奉仕に行っていたことがあるんです。 本当に、声をかけても呼んでも何の反応も示してくれない、無表情で、そしてただ一点を見詰めておられて、ほかの子供たちというかほかの仲間たちがいろんなお話をしたり歌を歌ったり騒いだりしていても全く何の反応も示さない。もう素人の私どもはどうかすると、この人は何もわかってくれないんだ、だから何を言ってもむだだというふうな感じで対応してしまいがちですけれども、ある日そうではないことがわかって、この人はもうみんなわかっていたんだ、そういう反応を示されたことがあって愕然とした思いがございました、映画とか小説とかにもそういうことがありますけれども。 ですから、本人の意思の確認といっても、今、先生がおっしゃいましたように、本当にその人を熟知していつも接している人と一緒に行うようなことがやはり非常に重要だろうと思うのですけれども、しかし、そうかといってなかなかそうばかりは言えない場合もございます。 先生が御指摘なさいました、私どもも先日来質疑の中で地域福祉権利擁護事業との関連で裁判所機能の強化充実という、ドイツの世話法のように裁判官が非常に身軽に本人のところへ行って面談をして、そしていろいろと御要望を聞くというふうな、そういうためにはやはり裁判所の現在の状況では全然対応できないだろう、特に補助類型の方たちのこれからの訴えあるいは要望が非常に多くなっていくときに全然対応できないだろう。 人材の確保あるいはマンパワー、そういった補充、予算面も含めてどうなっているんだというふうに質問もしておりますけれども、それも特に人材養成とかそういうことは考えていないようでございまして、既存のいろいろな事業に携わっている福祉関係の方たちとか人権擁護委員の方たち、あるいは司法書士、弁護士はもちろんですけれども、そういう方たちをお願いすることで十分足りるというふうに政府は答えているのですけれども、先生、ここに特に「裁判所機能の強化・充実」というふうに書いていらっしゃいますし、「人員の補充が不可欠である。」とお書きくださっております。その辺のところをもう少し教えていただきたいと思います。
○参考人(田山輝明君) これもちょっとドイツとの比較で恐縮でございますが、一九九二年に世話法を施行する際に裁判官に対してアンケート調査をしたことがございまして、そのときに、人員補充が必要かどうかという点につきましては、ほとんどの裁判官が人員補充が必要だというふうに答えておられましたし、裁判官自身が既に、施行直前、若干余裕がございましたので勉強をされていたというようなことはございます。 先ほどミュンヘンの例を挙げましたが、大体十人前後の後見専門の後見部、俗に後見裁判所と言っておりますが、後見部で十人程度の裁判官がいたところでは少なくとも三人前後ぐらいの補充をして、もともと後見を専門にやっていた人が十人ぐらいいるところに新たにさらに三人ぐらいを補充するという程度の補充をしております。これはただ裁判官だけの話ではございませんで、ドイツでは裁判官と書記官といいましょうか、事務官との間に司法補助官という裁判官の職務を部分的に処理できる資格を持った方がおられまして、一般にレヒツプフレーガーという司法補助官と呼ばれている人ですが、こういう方がいて相当裁判官を補助してくれるんです。裁判官の仕事も実際上やってくれます。そういう意味でいいますと、日本ではその制度がありませんので、日本の今の制度でやるとしたらもっと担当裁判官の数をふやさなきゃいけないというふうには思います。 それともう一つは、調査官、特に家裁が対象になりますので、家裁の調査官の中に法律的な素養、キャリアを持った調査官もだんだんふえてきておりますけれども、もう少しそういうところをふやしたりしながら裁判官をバックアップしてもらうようなシステムで、ぜひその点は予算措置も含めてお考えいただきたいと思います。つまり、成年後見制を生かすためにぜひお願いしたいと思っております。
○竹村泰子君 ありがとうございます。 それでは、副島参考人にお伺い申し上げます。 前もってレジュメをお送りいただきまして、私たちも拝見していたわけですけれども、このままでは障害を持った人たちの権利擁護とは決して言えない、このままでは使えないとまではっきりおっしゃったわけです。しかし、先生はお立場でこれまでいろいろな障害を持つ人たちの権利擁護のために中に飛び込んでさまざまな活動をしてくださった、その御体験から言っておられることを私どもは非常に重く受けとめるわけであります。 先生は先ほども、今回の新法の改正については評価できるところもある、一歩前進として賛成して受けとめたい、しかし、という立場でおっしゃっているわけです。私たちも先生に指摘されるまでもなく、非常に費用がかかるのではないかということ、そして低所得層の方、あるいは重い障害を持った方、期待されるところは特にそういうところですから、本当に成年後見制を使いたいと期待して待っている方たちのためにはならないと言われますと大変これは困った、どういうふうに改正していけばいいかと思うわけなのですけれども、もう少し参考人の御意見を伺わせていただけますでしょうか。
○参考人(副島洋明君) 私とすれば、すぐということはある面では不可能でしょうし、ただ見直し規定みたいなものの中で、先ほどの北岡先生からの質問の中で答えたように、やはり法人後見人制度というものを充実する、それで福祉の機能とこの成年後見制度をどこかで一体的に運用していく制度としてつなげていかなくてはいけない。 その際に、やはり田山先生からも出ていましたけれども、私のレジュメの三ページの三項の三のところで、この三類型を弾力的に運用していただきたい、最終的には原則類型は補助人類型だとして解釈していただきたい、そういう立場の運用をしていただきたいと私は書いています。これを能力分類論で機械的に、例えばIQのような形で判断しちゃうということだけはやめていただきたい。やはり原則は補助人類型という形の運用をしていくと地域福祉権利擁護事業とのかかわり方に本当につながりますので、ある面では支援者がいて契約可能になるという分野、そういう支援人の介助契約、いろんなものを今後介護保険に伴って契約化が進んでいく、そういう際の横の支援者がいていろんな形の説得と説明と支援者の横の形で契約化が自己決定なり選択という幅が開けていきますので、私とすればやはり基本は、原則類型はこの補助人類型だと。 そういうことを踏まえてこの成年後見制度が運用されていきますと、地域福祉事業とのつながり方もできる、そして法人後見人という制度が公的な福祉制度としてさらに充実化して地域の市町村の単位ぐらいのところに必ずこのNPOみたいな形として存在し得ていくともっと本当に権利擁護の支援制度という形で使えていくのではないか、そう思います。 それと、これは私に対する質問じゃなかったんですけれども、田山先生のところで通訳という問題が出ました。これは大変重要な問題で、成年後見制度の場合も河合さんが通訳の必要性を手話という形で説明された。ただ、本当に知的障害者の方、そして痴呆高齢者の方、この方もやっぱり通訳なんです。基本的には権利擁護は通訳なんだ、本当にその人の意思、その人の決定、その人の言葉だけ、我々は言葉だけで考えますけれども、活字とか文字だけで我々はコミュニケーションを換算しますけれども、そうじゃない、ボディー表現だってあるんだし、目の表現だってある。さまざまなその人のコミュニケートを我々はその人の意思決定というものを尊重してどう支援していくかというのは、ある面じゃ本当に通訳というのはもう不可欠な支援の形態なのですから、そこはやはり充実していくということをしていかないと本当の意味でのその人の選択、自己決定の支援にはならないのだと。だから、河合さんが通訳、手話ということは本当に独自の文化であり、決して活字、言葉の文化に劣らないということを御説明いただいて、私も横で聞いていて大変勉強になったんですけれども、本当だと。 知的障害者の人たちにも痴呆高齢者の人たちにも、さまざまなハンディを持っている人たちはやはり表現、コミュニケートで苦しんでいますので、そのコミュニケートを本当に支えていくということを通じないと権利擁護、支援という形にはつながらないだろう。その意味でも、その質の問題をやはり大事にして、研修制度とか専門的な養成とかというものをどこかでやらなくてはいけないんではないか。さまざまな意味で、聴覚障害者だけじゃなくて知的障害者の方たち、精神障害者の方たちも河合さんたちと同じように刑事手続なり裁判手続の中で本当に無残な実態にありますので、表現は言葉だけじゃない、言葉だけの文化ではないんだ、その片言の言葉でもさまざまな表現を人はできるのだということを堂々と刑事手続、裁判手続の中で本当にそれを認めていかないといけないなといつも現場の中で感じています。 以上です。
○竹村泰子君 ありがとうございます。 そして、先生の結論的な御発言として、公的な援助体系をつくっていかないとやはり十分に機能しないということで、その上で家裁を後見人裁判所のような役割を果たさせるような、将来的にはぜひそうしたいというお言葉でございまして、私も全く賛成なのですけれども、何かそのような公的な援助体系をつくるために、あるいは後見人裁判所のようなものをつくるために、先生がこれまでいろいろなお仕事の中で働きかけられ、あるいは運動され、そしてそれに対してどんな反応が戻ってきているのだろうかというようなことをお伺いできたらありがたいのですが。
○参考人(副島洋明君) 残念ながら、このことは関係ありませんけれども、司法制度改革が、設置法がつくられて、弁護士会もさまざま法曹界も本当に大騒ぎ、本当にそれはチャンスだと。 それは、裁判所の機能も含めて、司法制度改革というものが大きな意味でこの公的後見人と私が言葉で言っている制度も含めて、司法制度、知的障害者の人たち、さまざまなハンディを持っている人たちの訴訟制度、権利擁護の制度みたいなものも含めてやはりつくり出されないと、現状の、例えば僕は家裁というのは本当に夢がある裁判所だと、現実じゃなくて、あそこはさまざまな可能性を持っているんだから。だから、今後の二十一世紀の司法制度の改革というところで二十一世紀の社会ということをよく書いていますけれども、そのときは家裁の機能というものが本当にもっと大きな機能という形になる社会、それはさまざまな人が、それぞれがやっぱりそれぞれの文化を持ってそれぞれの人たちが大切にされて、その紛争なり権利主張、権利実現というものを支援していける社会。そうなると、今の現状は本当に変わっていただかなくてはいけない。それは、やはり司法制度のあり方としてこの問題は司法制度改革の本当に大きな課題としてつなげていかなくちゃいけない課題だと。 私も、障害者の人たちの人権保障制度というものを司法制度改革の本当に中心課題として据えなくちゃいけない、据えてもらわなくちゃいけないといって、遅まきながら今一生懸命周りの連中に声をかけてやるぞやるぞといって動き始めているところです。本当にこの成年後見制度をさらに司法制度改革の中でもっと体制も変え、抜本的に裁判所の仕組みが変わっていくということをやっぱり展望し抜かないと、本当の意味で知的障害者とかあるいは重い痴呆高齢者の方とか精神障害者の方たちの人権保障のシステムというのは不可能だろうなと現場でいつも感じております。それは今チャンスだと思っております。
○竹村泰子君 ありがとうございます。 高齢化社会を迎えておりまして、呆け老人をかかえる家族の会と一口に言っても、もうそれは大変な地獄のような状況も出現するわけでありまして、そういう中から御活動をしてくださっている永島さん、そして御自分の聴覚障害の中から実体験に即して参考人としておいでくださいました河合さん、お二方には時間がなくて質問をすることができなくなってしまいました。お許しをいただきたいと思います。 ありがとうございました。
○魚住裕一郎君 公明党の魚住裕一郎でございます。 きょうは、四人の参考人の皆さん、朝早くから大変に御苦労さまでございます。 何点かお話を伺いたいなと思うんですが、まず田山先生、いろいろ比較法的な面も含めてお話をちょうだいいたしたわけでございます。この成年後見制度、新しい民法改正という形で提案されておるんですが、この法律案、実は自自公なんて言われておりますが、自自の時代に実は出されておりまして、私が参加すればもっと違ったものになるななんて実は思っておったんです。 私も法学を学んだ者として、民法は総則から順番に勉強していきますね。そうすると、人が出てくる、自然人が出てきて、いきなり行為能力の問題になってくるんです。そこはあくまでも私的な取引に参加させる意思能力、そしてその類型化としての行為能力という制度を立てて、どうこの能力を補完させるかという観点で制度が立てられているわけです。 今、時代が大きく変わって、一世紀なりました。ドイツの世話法ということを考えてみると、私は民法の改正というよりは、類型化しなくても結構ですが、こういう意思能力、事理弁別能力に劣る方に一括した新しい別途な、民法ではなく別個な法律をつくった方がもっとわかりやすいし使いやすい制度になるのではないか。厚生省の事業もありますけれども、それとももっとリンクしやすいのではないか、そんなふうに考えるんですが、法学部長、大きな立場でありますので、ちょっとその辺の御意見ありましたらお願いいたします。
○参考人(田山輝明君) 御指摘の点については、私もこの問題が議論されました初期の段階ではそういう観点で対応をしておりましたので、非常によく理解できます。 ドイツの世話法の守備範囲は必ずしも日本のとは違いまして、先ほど私の最初のお話の中で申し上げました原則との関連で言いますと、必要性の原則なんです。ということは、障害というものはもうさまざまな障害がございますので、その判断能力の点の障害に限らず、身体的なものも含めまして、言語機能とか全部含めまして、日常の生活をしていく上でつまり何が必要かということは、どういう援助が必要かという観点で出てくるのが本来的な世話法なんです。 それで、世話法の中には判断能力の問題が含まれますので、そういう意味では古い民法のある規定は改正しなきゃいけない、だからこれは民法改正という形はとらざるを得ないと思うんです。しかし、そのことと別個に本当の必要性の原則に基づいた世話法のような体系があって、それに基づいてある部分としての民法改正であるべきだと私は思っております。 しかし、残念ながら今回の法改正はそうでは必ずしもなくて、民法の改正ということで、だから法制審議会でやるんだというような発想でずっと流れが始まってしまいましたので、私もその流れの中で可能な限りいいものにしていただきたいという態度で対応してまいりましたので、将来的な課題になりますけれども、本来的には先生がおっしゃるような意味での必要性の原則に基づいた世話法的なものにだんだん法的領域として成長していっていただきたいというふうに願っております。
○魚住裕一郎君 私もまさにそのとおりだと思います。省益とは言いませんけれども、何か役所ごとの仕事の分断がこういうふうな結果になっているのではないのかなというふうに思っております。 続きまして、副島先生に現場からの貴重な、本当にそうだなと思うんですが、先生の実際の経験から月額三万から五万ぐらい後見の費用がかかるというお話で、私も弁護士をやっていた時代、有名な先生、そうでない先生、いろいろおられるので、会社の顧問料というのがありますね、十万の人もいれば二万の人もいるかもしれませんが。そうすると、三万とかいうのは会社の顧問料の下限の方に近い金額ではないか。会社という利益を上げる団体といいますか、そういう組織体の顧問料が三万とかそういう、一方は全然判断能力がないというか、補完のために三万とかかかると大変な金額だな。ただ、弁護士の実際の実務の経験、かすみを食べて生きているわけではありませんので、そうするとその辺もやむを得ないのかなというふうに思うわけで、先生が公的な法人後見から公的な支援センターにしていくべきだと。まさにそのとおりだなというふうに思うんです。 一方で、弁護士会あるいは法曹三者のいろんな協議の中で、法律事務所の法人化というのがありますね。これは弁護士業務の永続性なりクライアントの信頼をさらに長く続けられるというか、弁護士は個人的な信頼関係だけでやってきておりますが、法人化すればもっと永続性のある信頼関係も築けるのではないか、そういう論点から法律事務所の法人化というのが出ておりますけれども、成年後見の法人の後見というのがありますね。これにも私は活用していけるのではないか。もっと法的な部分を担当弁護士が見ながら、しかもいろんなもっと福祉にも詳しい人も事務職員として加わってもらえば、分断化された支援体制ではなくして法人化された法律事務所がかなり大きな支援ができるのではないかと思うんです。その辺の見通し、法人化の問題はちょっと全然別個の議論なんですが、うまくリンクしていけば機能していくのではないかなと思うんですが、いかがでしょうか。
○参考人(副島洋明君) この問題は私の仲間うちでいつも論議になる。つまり、NPOを打ち立てようかと。私らは、法人化というよりもやはり弁護士が中心となって、いわばこういうある面での社会的な事業、社会的性格が強い事業というものを弁護士事業としてやれるかどうかという問題も少々懸念もあります。 でも、やはりやるとすれば、つまり弁護士が全部やっていくと、最低でも月に一度は会って面接して、その人と話をしてチェックしていかなくちゃいけないけれども、日常、一週間に一回ぐらいの財産管理とかその人の暮らしぶりを見ていく、つまり弁護士のある面では手足となって動いていただく方は、弁護士が直接行かなくても、事務員さんとかそういう専門的な福祉のある程度わかっている人を雇って、そしてできるだけ費用というものを、弁護士がやはり何でもかんでもするということになりますと、弁護士の持ち時間というのがあってどうしてもできない。だから、弁護士が何か投げ渡すのではなくて、最低限一カ月に一回、確かに一回は顔を合わせてその人の意思とか確認を聞く。その中でスタッフをつくり、それで成年後見センターを法律弁護士たちがNPOとして動き出すということはあるのかというのは、それは検討したことはあるんです。 確かに、今後の課題として今もあるんだろうと思うんです。ただ、やっぱり現実的に踏み込むと、話にはなるんですけれども、何人かで組んでという形にはなっても、踏み込むことの勇気というのは、経済的な自分の今のあれを捨ててという形の踏ん切り方、本当にそうしますと、やはりその看板を立てると責任を相当先ほど言ったように持たなくちゃいけない。知的障害者の専門でいきますと、本当に数年とかじゃなくて十年以上の終生にわたるような関与というものが伴ってくる。 そういういろんな責任とか問題を考えますと、NPOとしての成年後見センターへの踏み出しということを話題にはしてきて踏み出し切れないという結果で、今現状にあります。
○魚住裕一郎君 ありがとうございました。 続きまして、永島参考人にお話を伺いたいんです。 先ほど、昨年ですかアンケートをやって、ほとんどの人が大賛成というお話でございました。一方で、支援を受けられる方は半年たつと状況が変わっているというお話もありました。そうすると、いろんな能力とか体の状態を含めてどんどん変わってくるという状況の中で、やはり先ほど田山先生、副島先生がおっしゃっているように、今回の制度は三つの類型に分けてどうやって支援していくかという制度になるんですが、半年たつと状況が変わっていくということになりますと、やはりもっともっと簡便な使いやすいといいますか、一々裁判所に行って類型を変えてもらわなきゃいけないような事態も出てくるわけでして、もっと一元的な形でやっていった方がいいのではないか。つまり、御本人さんの判断能力を類型化して差別化するよりは、御本人にとって何が必要かという観点からその支援の内容を変えていくという制度の立て方の方が使いやすいのではないか、そういう議論はあるわけですね。 私も今現実に介護経験からいって恐らくその方が使いやすいと思うんですが、参考人の御意見はいかがでしょうか。
○参考人(永島光枝君) 一つは、診断というか、今痴呆が、先ほど言いましたようにもともと健常な人がいつからともなくぼけてきたんじゃないかというようなのを身近な人が感じるときに、それを周り、本人以外の親族という人たちに理解してもらうということがそもそも一番最初の関所なんですね。 ですから、例えて言えば、同居している一番身近なお嫁さんとか世話をしているそういう人たちはどうもおかしいと思っても、そんなに周りの人には気づかれない、御本人が結構上手に対応するものですから、よその人が来るとしゃきっとして上手に対応したりするものですから。そういうときに医師の診断を受けるということは非常に家族にとって一つの味方を得たというか、私のおばあちゃんがぼけているということはやっぱりお医者様も認めるでしょうという、そういう何というかな一つの後ろ盾を診断を受けることによって得るということになるわけです。 だから、人間関係が下手だから、うまくいっていないから、お嫁さんとおばあさんが財布をとったとられたというようなことになるのではないかというような誤解を、医師の診断によって一つとる。そういうことによって初めて周りが客観的に納得するというようなことがありました。 そういうことと同じようなことがこの後見のところでも、公平な第三者という人たちに状態を見てもらうということで、そういうことがやっぱり言えるので、これは実際に介護している家族にとっては一つの足がかりというか、そういうことにはなるだろうと思います。 お尋ねの補助のところなんですけれども、私もこれはずっと不思議というか疑問に思っていたんですけれども、では補助から保佐に移行するというときの申し立てをだれがするのかという、そこら辺になってくると、結局運用のところでこのままいっても、極端なことを言うと、じゃだれが補助から保佐に変えようというふうに判断するのか、その辺になってくると私はちょっとよくわからないというお答えの仕方しか言えません。
○魚住裕一郎君 恐らくそこが一番問題なんだろうと思うんですね。わからないわけですよ。人の判断のランクを三類型で決めてはめ込もうとするわけですから、なかなかわからないわけですね。それよりも、今その人にとって何が必要かの方が周りにいる人間はわかるわけですね。そういうような形でこの支援あるいは世話ということを考えていった方がいいんではないか、そういう議論でございます。ありがとうございました。 それで、次に河合さんにお聞きしたいんです。 日本の手話というのは国際的に見ても水準は高いというふうに思いますし、先ほど八千三百二十語ですか、辞典にあるというお話でございましたが、ちょっと確認なんですが、遺言ですから法律用語がいっぱい出てくると思うんです。そのボキャブラリーの中で十分法律用語や複雑な事実関係を伝える上で別段支障ないというふうに考えていいんでしょうか。確認でございます。
○参考人(河合洋祐君) 説明の方法としまして、まず、例えば不動産の場合、地積というような言葉が出たとします。それは土地の面積でございます。その場合は、土地という手話があり、面積という手話がございます。それを組み合わせることでもって十分伝えることができます。そういう方法ですね。 もう一つの方法は、先ほども申し上げましたように、フィンガーサインというものがございます。五十音をすべて指であらわすことができます。今言った地積はこういうふうにあらわします。それで理解させる方法があります。そういう指でもって法律用語につきまして意味、内容を伝えることができます。 けれども、当然日本語に対応させるために新しく手話を開発する事業もやっております。例えば、ノーマライゼーションとかバリアフリーとかいう新しい言葉が出た場合は、それに合わせた手話の研究開発は進めております。ですから、ほぼ十分対応ができると私は判断しております。
○魚住裕一郎君 この手話通訳による遺言書の作成が円滑に行われるように、さらに手話の普及とか手話通訳者の養成というのが重要な課題になっていくと思いますけれども、参考人はこのために行政側に望むこととしてどういう対策が必要であるというふうにお考えなのか、教えていただければなと思います。
○参考人(河合洋祐君) 実は、十月にフィンランドやスウェーデンに手話通訳養成の視察に参ったのでございますけれども、まず手話通訳者の質を高める必要があります。日常の生活の範囲の通訳養成から始まっておりまして、そういう面では十分に質を高める必要があるという意味で、現在の厚生大臣の公認試験制を国家資格試験制に変える必要があると判断しております。専門職としての位置づけをはっきりしていただくためにですね。 それともう一つは、資格試験制はつくったんですけれども、設置や派遣についてはまだ十分制度化されておらないわけでございます。ですから、私どもは当初、手話通訳に対しては、いつでもどこでもどのようなときでもすぐ来てもらえる通訳者ということを望んでおりました。けれども、都道府県においても十分な手話の通訳者が設置されておりません。ほとんどがボランティアの方たちでございますね。という意味では、登録された通訳者の場合でも自宅待機でございます。必要なときだけ電話連絡を受けて通訳に出るという形でございます。ところが、その場合ですと、真夜中、突然病気になったような場合、私たちには間に合わないわけでございますね。 そういう意味で、専従通訳者を設置してほしいという願いを我々は前から持っております。そしてあわせて、その派遣の制度をつくっていただきたいこと、それを望んでおります。
○魚住裕一郎君 終わります。
○橋本敦君 参考人の皆さん、きょうは御多忙のところ、本当にありがとうございました。 最初に、田山参考人にお伺いさせていただきたいと思いますが、田山参考人が日本法律家協会の「法の支配」という雑誌で、「高齢化社会と成年後見制度」という論文をお書きいただいているのも拝見をいたしました。 この中で参考人は、 経済的理由(例えば、手続費用を用意できない場合)のために国家が用意した保護の制度を利用できないのでは、福祉国家とはいえない。一定の要件のもとで、補助金を支出しまたは費用を免除する等の制度により、知的障害者の保護制度がすべての国民に現実的に利用可能な制度となるように配慮されるべきである。 こうお述べになっていらっしゃることは全く同感でございます。 こういうことをお述べになって、諸外国の動向もそういう方向に行っているということで、ドイツの例のお話もこの論文では出ておるわけでございますが、具体的に参考人の御意見として、今後の課題になるわけですが、どういった方向づけ、あるいは制度づけがいいというようにお考えになっていらっしゃいますのか、御意見があれば伺わせていただきたいと思います。
○参考人(田山輝明君) 御指摘の点につきまして、費用は、とりあえず手続の費用と、それから実際に世話、サービスを受ける際の一定の実費負担分と、両方が費用として問題になるだろうと思われます。 それで、とりあえず手続の方につきましては、何しろ必要でその判断を仰ぐ際の手続、これはその費用が負担できないのではもうどうしようもないわけでございますので、これは先ほど副島参考人の方からのお話もございましたが、鑑定費用というのが意外に大きな部分を占めておりますので、そのあたりについての工夫をある程度した上で、工夫と申しますのは、今度の新しい制度もそうなんですが、行為能力の制限が補助類型以外は伴っておりますので、これはちょっと言葉は適切を欠くかもしれませんが、ある種の人権侵害的要素、またはそのおそれというものを持っておるわけです。 ですから、そういう意味では、私は十分に時間をかけて、費用もかけて鑑定はしていただかなきゃならぬ場合はあると思うんです。しかし、すべてのケースがそうかというような点について、いろいろ御検討いただいた上でのことなんですが、費用がかかるような場合には、やはり払えない人に対して費用面での十分な配慮が必要であるというふうに考えております。 それから、実費面につきましては、これは基本原則としましては、自分に必要な費用は自分が払う、これは市民社会の原則だというふうに思っております。 しかし、例えば実際にお世話をいただいた方に対してその支払いができない、だからそのサービスが受けられない。これはまたおかしなわけでございます。その点につきましては、例えば外国の制度ですと、財産税を払っているかいないかとか、そういうような具体的な基準を出しまして、財産税を払う程度の人は自分で最後までお支払いしなさい、財産税を免除されているような方につきましては基本的には国庫で何とかいたしますというような対応をしている国もございますので、日本にそれを移しかえたときにどういう基準になるか私はよく申し上げられませんけれども、ぜひそういったような方向でお考えいただいて、すべての国民がうまく利用できる、十分に利用できる、そういう方向で運用していただきたいと思っております。
○橋本敦君 ありがとうございました。 次に、副島参考人にお伺いしたいんですが、先ほど副島参考人も費用の問題が大変大事な問題だという御指摘がございました。言ってみれば、社会的弱者という立場の人でもこの制度が現実的に利用できるようにするにはどうするかということでございますが、この点でまさに財産のある人だけに十分な介護、後見あるいは補助ができるということになってはいけないわけで、先ほどのお話でも諸費用含めれば百万近くかかる場合もあるというお話もございました。こういったことを国の公的補助としてどの程度までやれるのか、またやるべきなのか、また地域の福祉事業との関係での協力体制でどこまでやれるのか。今後の難しい課題だと思いますが、先生の具体的な御意見があれば伺わせていただきたいと思います。
○参考人(副島洋明君) やはりこの制度は、私のレジュメの一ページの一番末尾にありますけれども、国家がやはり一定程度、ある面では保護制度であると同時に、しかし権利剥奪すると。つまり、あなたは無能力者ですから人間としての権利はここまででできませんという形で取る制度であるのだと。だから、国家が人間として持っているいわば基本的な人権の一つの自由なり可能性なりというものを制約するわけですから、奪うわけですので、それで国家がやっぱり福祉国家的な形で保護という形でかかわっていく制度であるわけですから、保護制度とそういう両面を持っているわけですので、僕はここの私法上の制度で、民法という形で、あとは私人の使い方のルールですよ、家族でよく考えて使うか使わないか決めなさいというふうに投げ渡して、私法上の制度だけであることが基本的に矛盾が今出てきたのだ。 だから、本当にこれからの社会は、福祉社会は一人一人自立する一つの社会だというふうに我々が考えるならば、やはり一人一人社会が支えていける一つの条件をつくらなくちゃいけない。そのためには、一つは特別の、この制度かどうかわかりませんけれども、やはり法律扶助制度を通してでも、この申し立て制度は、申し立てする相談があった場合は、やはり法律扶助協会の中で、弁護士が申し立てし、かつ自分でやる場合においての手続費用と報酬はある程度持ちますよという指導と助成は早急にやっていただきたいというふうに僕なんかは思っていますけれども。 以上です。
○橋本敦君 よくわかりました。それで先生が、全日本手をつなぐ育成会、社会福祉法人、ここが出しております「手をつなぐ」という月刊誌にも論文をお書きいただいておるのも資料としていただいて拝見させていただきました。 この中で、先生が、私はどんな重い障害がある人にも人間としての尊厳があり、自己決定権があり、自己決定できるのだと考えていました。人は自己決定できるということを前提にして初めて私たちの目の前の重い障害者の意思を謙虚に受け入れる姿勢を持ち得るし、その人の意思をつかみ出すかかわりをつくれるのではないでしょうか。重い障害のある人の自己決定へのかかわりを切り捨てるのではなく、自己決定の行使を支援する成年後見制度が創設されるべきだと考えていました。こうおっしゃっています。 私は全く同感でございます。この立場から見ますと、今度の成年後見法はこの点はどうか、あるいは将来こうすべきかという御意見が、先ほども若干述べられたんですが、もう一度具体的にお話しいただけますか。
○参考人(副島洋明君) 私のレジュメの中にも書いていますけれども、地域福祉権利擁護事業は大変私は支持する立場だし、推進する立場で本当にいいと思っています。大体その制度の趣旨が、はっきり言って一元的な立場で必要性に応じてその人たちの地域での暮らしの中で支援員なり専門員がかかわってやっていこうという、その精神、その構造みたいなものを通して成年後見制度に、先ほど魚住先生を初め、一元的な形で統合していければ本当にもっとこの成年後見制度も僕は使えたなと、本当に福祉制度とつながった成年後見制度になれたのにと。 一方はやっぱりどうしても類型論で、片方は一元論というような制度の中で、この重度の人たちがぽっとり落ちちゃう。だから、一元論をとっていれば、本当にその人の必要な、重いとか軽いとかという判断以前の形で対応というものが、地域福祉権利擁護事業と公的な成年後見制度の統合的なかかわり方というか支援とかできたのにと。 だから、そういう方向にぜひ今後の見直しということを、福祉の制度をもっと一体化していくという方向で考えていただきたい。本来、家族法の領域はもういいのではないか。介護保険と同じように、ある面では社会化された一つの方向というものを、いろいろハンディを持った方々に対する権利擁護は、介護も社会化されるのであるならば、権利を守るということも社会化されたシステムというものを準備され、つくり出していく時期なのではないか。先進国はもうそういう形で突っ走っているではないか。だから本当にちょっと時代おくれだなと。だから、時代おくれがちょっとありますので、早急に取り返す次への準備に入っていただければと思っております。
○橋本敦君 大変よくわかりました。 その問題、私も政府に対して、一元論ということで日弁連も言っているその主張の合理性もあるし、実態もそういう立場で積極的な検討、配慮が必要だということで指摘をしましたら、政府の側もそういったことも含めて十分に検討していくんだということで、類型化はやめるとは言いませんが、今後の運用での配慮は約束をしているわけで、先生の御指摘も踏まえて、今後一層運用が合理的になっていくように私たちも努めたいと思っております。 もう一つの問題で、先生がこの論文で指摘されていることで、私もこの点は重要だなということで感じた点がございますが、知的障害者の財産が周囲の関係者との私的な関係のもとでだまし取られたり奪われたりする事件が頻発しています。また、知的障害者虐待事件も、その背景にはまず財産や金銭に対する私物化がありました。本来、他人の財産管理をなす権限というのは、その当事者間で対等な関係があり、社会的なチェックがあって初めて可能というべきものです。改めて人を支える、人の自立を支援する社会的支援制度の質のあり方が問われています。こうおっしゃっていますが、私もこれも大事な指摘だと思っておりまして、午後の質問でも指摘をしたいんですが、法人が今度かかわってくるということもございまして、具体的にこの点をどのように合理的にチェックをしていき、いいものにしていく、そういうことが可能なのか。 ここの先生がお書きになった、まさに社会的チェックがあって初めて可能になるんだよというこの社会的チェックは具体的にどうしていけばいいのか、御意見があれば伺わせていただきたいと思います。
○参考人(副島洋明君) やはりそこは成年後見制度だけですべてが、本当に弱者の人たちの権利擁護、人権保障が図れるというのはそもそも難しい。いろいろなやはり仕組みの中の一つとして、大きな基本的な柱の一つがやはり成年後見制度であろう。僕はそうなってほしいと思っています。 最近の福祉の現場の中では、やはり最近も、つまり財産を横領する、奪う。年金を初め賃金とかそういうものが奪われていくというのは、ついこの前も四国で新聞記者が私どものところに飛んできましたけれども、四国の方で、ある作業所の知的障害者の人たちの今までの給料とか年金、四千万近くたまっていたものを全部使い込んでいた、それで警察に逮捕されたというのが新聞記事で、地元の記事で大きく騒がれていた。 そういう記事を、私なんかは事件とかさまざまやってきていますけれども、本当にふだん、ある面じゃ言葉は悪いけれども、日常的にそういう社会的な弱者の、その新聞でも奪った横領犯の社長さんは、自分が一生面倒を見てやるんだから、何か反省余りなしという、自分が面倒を見ているんだ、お前のものはおれのもの、だからおれは親みたいなもんだ、だから取ってもいいというような、おれが苦しいときに金を使うのは勝手だ、それは許されているという理屈を述べておられましたけれども、やはりそういう背景というものは大変残念ながら福祉関係者の施設の中でもある。だから、年金管理におけるあり方というのが大変難しくなってきている。 そういうものを含めても、やはり仕組みとして私的な制度の形だけでは不十分で、東京都なんかも以前から例えば「すてっぷ」みたいな形で苦情相談窓口、そしていろんな法的な形をつくり出してきている。今後も地域福祉権利擁護事業の中でも、と同時に、利用者の保護事業として施設やサービス提供者の人たちの苦情解決制度とか情報開示とか、いろんな意味で厚生省が介護保険に伴ってさまざまな権利擁護に附属する事業を展開してきております。 だから、もっと例えばそれをオンブズマン的な形で地域の中できちっと保障していく、やっぱりそういう社会的ないろんな利用者の人たちの権利を守っていく仕組みの中でこの成年後見制度も本当に生かされていくのだというふうに思います。 以上です。
○橋本敦君 それでは続きまして、河合参考人に御意見もお伺いしたいと思います。 今回、民法九百六十九条の関係で公正証書遺言の問題が一定の前進をして解決に至りました。ここに来るまでには河合さんを初め皆さん方や、たくさんの皆さんの大変な運動がございました。例えば、東京弁護士会が九八年三月二十三日に法務大臣あてに人権救済申し立て事件ということでも提起をいたしまして、外国人については通訳によって遺言がなされている、ところが言語障害を理由にしてなかなか皆さんの要望にこたえないのは問題だ、聴覚・発語障害者等の身体的障害を理由にして公正証書遺言書の作成を拒否することは合理的理由のない差別であって、憲法十四条にも反するし、国際人権規約B二十六条にも違反すると考えられる、こういう見解も出していることもございまして、ようやく今回そういった方向が実現をしたわけでございます。 このこと自体について、私たちは遅きに失した、もっと早くやるべきであったということで、政治家として反省もしながら今回の法案を迎えておるわけですが、この公正証書遺言の問題についてどういう御意見を今お持ちか、お話をいただければと思います。
○参考人(河合洋祐君) 先生方の御尽力に対して私どもとしては心から感謝申し上げる次第でございますけれども、実は私どもは、一九七九年でございますか、民法十一条という準禁治産者の規定の聾盲の名前の削除につきまして運動して改正を成功させていったわけでございます。 けれども、実は我々をめぐるさまざまなまだ差別的な法律がございまして、現在、署名運動をやっておりますのは資格制限の法律の撤廃運動でございます。それに二百万人の署名を集めて提出する準備を進めておりますが、医師法のように全く試験もさせないというような法律もありますし、薬剤師法のように試験は認めるけれども免許は別だというような法律もまだございます。 また、御承知のことと思いますが、公職選挙法の百五十条においては、やっと手話通訳はつけるようになりましたが任意性になっております。義務ではないんです。これは公民権にかかわる問題と私どもは理解しております。 また、著作権法の十条では、私たちが必要とする映画とかまたはテレビ番組のビデオに字幕や手話通訳をつけたいと思いましても、認められておりません。目の見えない方の場合は点訳文は適用が除外されておりますけれども、聾唖者につきましては字幕、手話通訳をつける自由は認められておりません。ですから、もしそれをつけたいと思う場合には、非常に高い著作権料を払わなければ我々は皆様と同じような文化を享受できないという立場に置かれております。 そういう面で、私どもはなお先生方の御努力をいただきまして、本当に耳の聞こえない者たちが対等な人間としての扱いを受ける、特に憲法十四条が保障する「法の下に平等」ということが、ただ文字の上だけではなく、現実の社会において実現されてほしいと心から願っております。
○橋本敦君 今御指摘のような問題は山田裕明弁護士も具体的に前から指摘をされておる問題で、今回の民法改正を契機に、残された欠格条項の撤廃ということで、今お話がございましたので、私たちもそれを十分検討させていただいて努力したいということを申し上げて、終わりたいと思います。
○福島瑞穂君 社会民主党の福島瑞穂です。 きょうは大変貴重な御意見、さまざまな経験、アドバイス、ありがとうございます。 今、欠格条項の話がありました。公職選挙法上、今まで禁治産宣告を受けた人には選挙権、被選挙権が御存じのとおりありませんでした。今回、これを踏襲して成年後見に付された人にはやはり選挙権、被選挙権がありません。この点について河合参考人、御意見をお願いします。
○参考人(河合洋祐君) 私は、聾重複障害者と申しまして、聾の上に知的障害を持った方々の入っている施設を運営する社会福祉法人の理事長もやっております。そういう立場で考えるのでございますけれども、どのような重い障害を持とうとも本人は主体的な意思ということを持っています。ただ、その主体的な意思をあらわすサインというものを我々の方が読み取れないんではないのかと考えております。 ですから、後見人をつけることによって選挙権を認めないというのではなくて、どのようにサポートすることによってその権利を行使させるかが最も重要ではないのかと私は判断しております。 障害者プランにおいても、冒頭に障害者の主体性、自立性ということの確立をうたっております。そういう立場からも、後見人をつけるのはどういう意味でつけるのか。これはかわいそうだから保護するためにつけるというのか、それともどこまでも障害を持った人たちの主体性を生かすためにサポートするのかという、その認識が基本になければ本当の意味の法律の有効性はあり得ないと私は思っております。
○福島瑞穂君 ありがとうございます。 今回、残念ながら百十六についてはまだ欠格条項が残っております。保護司、取締役、弁護士、司法書士など、これは欠格条項です。この点についても河合参考人、御意見をお願いします。
○参考人(河合洋祐君) 私どもとしまして一番恐れておりますのは、障害を持つということがイコール無能力者という判断があるのではないのかということでございます。長い間、特に同じ障害者の中でも聾唖者の場合はどういうわけか障害の問題だけではなく必ず低脳というイメージがつきまとっていました。ですから、昔の差別的な言葉に、単におしつんぼと言うだけではなくて、ごろという言葉が使われていたんです。 そういう意味でもって、私どもとしては障害者を本当に人間として認める、そういう法律であってほしい。そして、たまたま障害を持ったために自分の能力を十分に発揮できない場合には、それを発揮できる道筋をつくる、それが一番の基本ではないのか、そういう考え方を持っております。
○福島瑞穂君 ありがとうございます。 田山参考人にお伺いします。 先ほど副島参考人からもありましたが、普通の人が使える制度ということで鑑定料のことなどが、費用の点が問題になっております。先ほど鑑定については慎重にしなくてはいけない場合もあるけれども、若干考慮が必要なのではないかとおっしゃったんですが、多分鑑定料の金額も、高い場合は五十万、八十万という場合も出るでしょうから、その費用の点についてもう少し教えてください。
○参考人(田山輝明君) 古い法律なんですが、つまり人権の保護ということを重視していきますと、オーストリアの古い法律なんですが、第一審で昔流に言う禁治産宣告が相当という鑑定が出た場合に、本人がそれに対して異議があるという場合に再審査してもらう。そのときには別な鑑定人を要求できる、そういう権利が認められていたという制度もかつてはあったんです。人権の保護というところからいきますと、そのくらいにまで慎重にやるというのが一つの考え方だと思うんです。 しかし、その制度は既になくなっておりまして、大体ドイツなんかですと鑑定の費用というのは数万円だろうと思います。数万円で、しかも期間はそんな何カ月なんということはまずないわけでして、何週間かで結果が出てくる。ということは、必要性ということを非常に重視しておりますから、必要な人がこうしてくれと言っているわけですから、鑑定でお金をかけて時間をかけて、今、日本では二、三年たっても結果が出ないという例もあるそうですから、これではどうしようもないわけです。 ですから、そういうことでまいりますと、場合場合によって、軽度な人で本人の意思と矛盾するようなことになる場合にはこれは慎重じゃなきゃいけないと思うんです。しかし、そうではない場合については、最も簡易な場合は医師の診断書的な鑑定書でもいいかもしれませんし、それから本当にその人を長い間見ている方でもいいかもしれない。ただ、そのときに、長い間見ている人で絶対的にいいとは必ずしも言えないわけでして、長く見ている人が周りの親族と結託するということもなくはないんです。 ですから、そういう意味でいうと、何らかのチェックは必要なんだと思うんですけれども、パーフェクトなことばかり考えていますと、どうしても時間、費用が高くなりますので、その辺は実態に即して簡易な方法も織りまぜて裁判所の責任において運用していただくというのが一番よろしいのではないかと思います。
○福島瑞穂君 ありがとうございます。 副島参考人のレジュメの中に、家庭裁判所がチェックをする、チェック機能をどう働かすかということが書かれています。例えば「本人の権利状況が厳しい場合などは、裁判官自身が本人のいる現場に出向いて行って、直接本人の意思と状況を確認するという手続と体制がとられることが必要です。」というふうに書かれていらっしゃいます。先ほども田山参考人から、ドイツの例で裁判官自身が出向く例ということも書いてあったと思います。調査官でもいい場合もあるかもしれませんが、ここの点についてちょっともう少し敷衍して話をしてください。
○参考人(副島洋明君) 私なんかもかねてから言っていて、現行の禁治産宣告の手続、後見人選任の手続は恐らく憲法違反だというのは、やれば負けないなというのは前から話していたんです。つまり、本人の確認手続を一切とらずに事務手続を進めていくというふうな、申立人、代理人、第三者の言葉でこの人の権利が、つまり心神喪失という言葉にあらわれるように、まるで人間でなくなった、心と体と何かばらばらな人間になっちゃうような、どんな重い人でもそんな人はまずいないんだけれども、でも、心神喪失というように事理弁識能力に欠ける、欠く状況になる、そういう人間。ある面では本当に脳死みたいな、ある程度そういう状態にならない限り、通常あり得ないんだけれども、実際は例えば中度ぐらいの知的障害者で七歳ぐらいの精神年齢の人、つまり中度の知的障害者の人も禁治産宣告を今までは受けてきているわけです。 だから、運用というのが現場の中では私から見れば本当にずさんだ。何で中度の人が心神喪失とか事理弁識能力を欠く状況にある人と。そんなんじゃない。その人は十分に人間としての自分の表現もでき、自分でコミュニケートもでき、自己決定もできる人たち。その人たちがどういうわけか禁治産宣告を受け、被後見人となっておられる。 そして、僕なんかも取り消したいという相談を受けたこともあります。禁治産宣告を受けている、やっぱり自分だけ選挙権が来ない、何か役所の通知が来ない、銀行通帳も自分の名前でつくれない。やっぱりそれは大変社会人として、施設の中に入っていて本当に自分は寂しい、それで落ち込んでいて、取り消したいということで、先生、できるんですかと来られた。 でも、やっぱりお母さんは子供の将来のために自分たちの財産をこの子に残したいということで成年後見人、禁治産宣告をとられていたんですけれども、それでもやはりだめでした。やっぱり取れない。取り消し事由というのに、基本的には直るというのはあり得ませんし。 そうしますと、裁判における手続というのは、僕は裁判官自身が本当にその人を実際に見て、話して、通訳とか支援者の人を横に置いてもっと本当に話せばほとんど、コミュニケートができないのではない。支援者の、横に入った人によって、本当にいろんな可能性を持っている人だということがわかろうと思うんです。 だから、僕は裁判官自身がやはり申立人──申立人なんて本人の代理人で、本人の権利擁護者だとは限りませんし、家族の擁護者でも早くこの人の後見人になって財産管理したいという人がたくさんいるかもしれませんから、だから本当に周りの状況、家族の状況で後見とか保佐とか、成年後見制度の判断をしないでくれ。やっぱりそれは裁判官がみずから、裁判所が本人の権利を守るという役所なんだ、裁判所なんだということを僕は実質的につくってほしい。 その意味で、裁判官自身が、先ほどドイツではそうやっておられる、それが僕は原則になるべきだ。やはり書類面だけでは本当に私の詳しい知的障害者の分野で判断はできないよ、書き方一つでどうにでもなるというぐらいの形を感じますので、今裁判所の審判規則の改正作業がずっと進められていまして、どうも調査官の報告書の段階までは原則とするみたいですけれども、いや、僕とすれば本当に裁判官が、常にということはいけないでしょうけれども、施設にいる人とか病院にいる人とか、ある面では権利状況というのが厳しい、侵害とか、いろんな周りの人の利害とかかわりそうだ、財産も多額だとか、いろんなチェックの項目があれば、裁判官自身が面接して、出向いて現場を見て判断する。そして、そこで後見人の必要事項をつけ加えられるようになっていますので、指示事項として入れていくというふうにしないと、大変僕は危険だと。 最初に言ったように、繰り返しますけれども、他人の財産、他人の財布を取り上げるということがこの成年後見制度だということを踏まえる必要がある。やっぱりそういう人権侵害をする手続なんだということを踏まえて、どう守っていくかということに入っていかないと、自分たちで抗議、文句を言えない人たちだけに、そこは本当に通常以上の裁判所自身の責任とか、かかわる人間の関与の責任、役割というのは重い、僕はそういうふうに思います。
○福島瑞穂君 ありがとうございます。 家庭裁判所は希望のあるというか、非常に役割の大きいところで、裁判所の充実ということが本当に望まれると思います。 私自身も不在者財産管理人や相続人がいない場合の財産管理人をやったことがあるんですが、処分するときに御存じのとおり家庭裁判所の許可が要ります。ですから、非常に慎重になるわけですが、今回、八百五十九条の三で、家庭裁判所の許可を成年後見人が得るのは居住の用に供する建物だけです。としますと、例えば、私がいろいろ暗躍して成年後見人になったと、多額の、何十億という財産をどうか自分の財産にしたいと。居住用不動産については手をつけられないけれども、ゴルフの会員権はあるわ、株券はあるわ、リゾートマンションはあるわ、都内に土地を持っている、これを売り飛ばしてやれということは家庭裁判所の許可なくできるわけですね。この点についていかがでしょうか。
○参考人(副島洋明君) 実は、そういう裁判、トラブルというのは今多いですね。たまたま新聞なんかでは、知的障害者の弁護士なんかが数年前、多額の財産、遺産を引き継いだ知的障害を持っている人に二人の弁護士とも何か悪いことをして、片一方は土地をだまし取る、片一方は現金をだまし取る。同業者として私もびっくりしました。相模原でしたか、一人の知的障害者、大きな財産を残された方に二人の財産管理する弁護士がついて、二人がかりで土地と現金をだまし取って、その弁護士たちは、当然裁判になっていまして、新聞に載りましたけれども。 やはり後見人とかその権限のチェックというものは、ある面では本当にその人の良心にかかっちゃう。先ほど言いましたけれども、片方の人が、上下関係がある、対等な人間関係にやっぱり自分が、僕は性悪説に立つべきだと思っているんですね、法的制度は。人間だれだって悪いことを、僕だってするという立場に立ってチェックシステムをつくらなくちゃいけないと。ところが、この場合は上下関係で、自分で抵抗、いろんな意味で防御能力とかいろんな社会的な批判力とか、そういうものができない人たちですから、容易に手のひらなりコントロール下に入れやすい。それゆえに誘惑もまた私物化も容易に、誘惑にも駆られていく。 だから、財産管理、家族みたいなつもりで手をつけていくという構造の事件がたびたび繰り返されているので、ここのチェックシステムは、単に保佐監督人とか後見監督人とか補助監督人というものをつけるということよりも、僕はやはり組織の、例えば後見裁判所的なやはり公的な組織が、せめて監督だけは責任を持って業務報告をさせ、そのお金の管理の状況は必ず半年に一度はせめて財産内容収支のあれを出させるとか、そういうチェックだけは公的な機関でやっていく、そのためにはやっぱり裁判所ということになろうか、そう思います。
○福島瑞穂君 ありがとうございます。 条文上、成年後見人が不在者財産管理人に比べて容易に財産を売却できるので、ですからチェック機能はでき上がった後も議論をしなくちゃいけないと思います。 余り時間がなくなってしまったんですが、法務委員会なので、河合参考人に、先ほど刑事手続の中における障害者差別、特に聾唖の人に対する差別の問題をおっしゃったんですが、残り時間は余りありませんが、二、三分ありますので、その点についてぜひ教えてください。
○参考人(河合洋祐君) 障害者の差別問題でございますけれども、まず一つは教育問題を考えていただきたいと思っています。それは、長い間日本の学校は口話をとっておりまして、現在でも手話は正式な教科として取り上げていないという面がございます。けれども、北欧やアメリカの場合には教育の場における手話通訳というものをはっきりと制度として認めています。ところが、日本の場合は、大学で学びたいと思いましても、手話通訳とかノートテーカーをつける制度は全くないのでございます。これではせっかくの能力を持ちながら、その能力を十分伸ばしていく、果たさせていくだけの保障はつけられていないと思っております。そういう面で、私どもとしては大きな疑問を感じています。
○福島瑞穂君 刑事手続の中における、例えば被疑者になった段階で家族が面会に行く、その場合に警察官の人はメモがとれないわけですね。そういう場合は両方に手話をつけろと言われるのか。例えばその点はどうですか。
○参考人(河合洋祐君) 本来でしたらば、刑務所においても手話通訳が重視されるべきだと私は思っております。なぜかというと、看守に対しても、また同じ捕まった人たちに対してもコミュニケーションができないわけでございます。 ここで御理解いただきたいのは、聾唖者の持っている国語力でございます。例えば障害者基本法によって市町村の障害者計画が進められましたときに、そのアンケート調査の中でもって日本語を十分読み書きできない人たちが四九%という報告をした町がございます、人口三万人ぐらいのところでございますけれども。そのように、筆談でもってできるとか口頭でできるとかという間違った見方がまだ残っていることが問題と思っております。
○福島瑞穂君 あと一分ぐらいあるので、永島参考人に、先ほど周知徹底が必要ということでおっしゃいました。今回、制度が成年後見と地域福祉事業と両方あって、普通の人は一体どこに行ってどう相談してと、やっぱりわからないと思うんですね。その点についてのアドバイスがありましたら一言お願いします。
○参考人(永島光枝君) どちらの制度にも乗り合いでPRの文書とかそういうものをつくられたらどうかなというふうに思うんです。 それで、ちょっとさっき言いそびれましたけれども、私ども電話相談というのをやっておりますと、パンフレットをぱっとまくとすごく電話の件数が多くなるんですね。そういうことがあります。ですから、ちょっと件数が少なくなるとまたあちこち行ってパンフレットをまくと。 そういうことを日常、例えば新聞なんかにこういううちの会の活動や何かが出たとすると、その新聞を黄色くなるまでとっておいて、そして自分のうちで本当に必要になったときに電話をかけてくださる、そういうようなこともありますので、例えば老人クラブとか何かいろんなそういうところの会合で、ありとあらゆるところで必ずこういうことはつけ加えると、新しい制度ですから。というようなことをしていって、やっぱり一般的に広く知らせるということが必要なのではないでしょうか。
○福島瑞穂君 どうもありがとうございました。
○中村敦夫君 中村敦夫でございます。よろしくお願いします。 今回の法改正というのは、相対的に見て前よりは半歩前進とか一歩前進とか、どのぐらい前進かは別として、私たちの立場としてはただ反対というわけにはいかない。しかし、大変いろんな問題が含まれているわけです。 一番大きな問題は、例えばこの法案が成立したところで、制度として本当に国民の間で普遍的に便利なものとして利用されるのかどうか。というのは、当てはまる事例というのは増加する一方ですから、それが使われなければ何の意味もないわけですね。しかし、この法案の性質上、これはどちらかといえば財産のある人を対象とした、そうした法律になってしまっている。それも、親族などで財産の分割をめぐってもめているというようなときに適用されやすくて、もめていないときは余り使わないで済むみたいな部分もありますね。それから、一般的にはこういう問題を裁判所に持ち込むのは嫌だという日本の国民気質というものがあります。そして何よりも、金持ちであろうとなかろうと、かなりこれはやっぱり費用がかかるのではないかということがあります。そうなると、実際には余りこれは使われないんではないかという想像もつくわけです。 ですから、そうした需要というものはたくさんあるから飛躍的に伸びるだろうという予想と、余り伸びないだろう、もうほんのちょっとしか使われないだろうと。こうやって三段階に分けるのも変なんですが、そうすると、形だけの法律としてできたというままほうられてしまったんでは意味がないと思いますので、大変難しい御質問でございますけれども、A、B、C、飛躍的に伸びるか、まあまあ伸びるか、大して伸びないか。ふえることは間違いないわけですけれども、それを数字的にまでシミュレーションできるのか。できなくても結構ですから、それぞれのお立場、それぞれの分野で、この法案はどのぐらい普遍化するかという大ざっぱな感想を、ほんの短いお答えで結構ですから四人の方にお願いいたしたいと思います。田山先生からどうぞ。
○参考人(田山輝明君) 大変難しいんですが、つまり運用の前提として、いろいろ希望させていただいたような費用をある程度負担して公的な負担の制度を用意してもらうとか、そういうような前提が実現された上でのことであれば、希望的にはぜひAであってほしいと思いますが、実際上はBぐらいかなという心配もしております。 それは実際上、一番最初の発言の機会にも申し上げましたが、地域福祉権利擁護事業がどのぐらい受け入れられていくかということとの相対的な相関関係の中である種の結論が出てくるだろうと思いますので、私は、こちらの後見制度の方が法的な安定を求めることができる制度であることは間違いありませんので、そういう意味で、ぜひ少なくともB程度の活用ができるようなこれからの費用面での配慮などをしていただきたいというふうに考えております。
○参考人(副島洋明君) 僕はCだと思っています。 前進した意味は、これまではやっぱり奪うもの、剥奪というものが強過ぎましたので、資格制限とか本当にマイナス要素を確かにちょっと少なくして、言葉にしても準禁治産者とか、こういう言葉をなくしていくとか、大変差別的に、人権にマイナス、これがあるがためにマイナスだったことをなくしたという意味では大変いいんですけれども、権利擁護を大変利用するとか、このままではそういうところにはまずいかないだろうというふうな感じがしております。
○参考人(永島光枝君) 先ほど言いましたように、私たちの会は、そういう問題意識がそもそも、問題意識というか、その禁治産とか準禁治産とかという制度を知らなくて新しくこの成年後見制度ができるんだというところから入っているものですから、かなり白紙状態でここにかかわっていて、ちなみに、これはまだ社会福祉権利擁護制度ができる前の話ですからちょっとデータとしては古いかもしれませんけれども、先ほど申しましたアンケートに、成年後見制度が実行された場合、実際に利用されるようになると思いますかというのは、思うが五九%、それほどとは思わないが二九%、わからないのも一二%というふうになっていて、現実に新設は非常に賛成、だけれども実際に自分が使うときになったら、五九%だから約六割の人が使うようになると思いますかということに賛成していると。 それからあと、あなた自身について将来も含めて家庭裁判所が選任する家族等以外の第三者の後見人、例えば、これにもう出ているんですね、社会福祉協議会などの法人も含む、そういうのに要保護者の財産管理を任せたいと思いますかということで、任せたい二九%、一部分なら任せたい三二%、合わせて六一%、任せたくないが一二%、よくわからないが二二%と。 これはまだこの後見制度が一番初めのころの話ですけれども、こういう数字が出ている。でも、これは実際に介護をしているほとんどの家族たちが、数はそう多くはありませんけれども、百二十人くらいですか、介護経験とか、それからただの介護経験じゃなくて、私どものように支部の世話人たちでかなり相談に乗っている、いろんなケースを見聞きしている、そういう人たちの回答です。
○参考人(河合洋祐君) 聴覚障害者の立場では、実は民法十一条の時代に非常に苦い経験を持っているんです。 それは、準禁治産者の規定があったために生命保険も最高二百万円どまり、家を買いたいと思って銀行のローンの適用を受けますと断られる。両親が亡くなりますと、残された遺産につきまして、親戚が集まりまして、おまえは自分が持っている財産を処理ができないから聞こえる兄弟に全部財産を分ける、将来面倒を聞こえる兄弟に見てもらえばいいというようにして、すべての相続権を奪われてしまっていたわけです。 ですから、この問題を法務省に持ち込んだときに、法務省の見解は、これはあべこべだ、裁判所に提起して鑑定を受けなければならないんだ、その上で決まることだから、逆に聞こえない人を保護する法律があると言われたわけです。 ですから、場合によって法律といいますのは逆作用を生むんです。そういう意味でもって、後見法は私は必要な法律と思ってはおりますけれども、一歩間違えば障害者を対象とした幅広い網をかけることができる。逆に言いますと、障害者の本来持っているべき権利が損なわれてしまう、奪われてしまうという面も同時に考えられるわけです。 ですから、その運用に当たっては、より慎重にしていただかないと危険性があるんではないかという意見です。ですから、我々としては、簡単に重い障害だから後見人をつけるというふうな一律の原則的な適用ということはぜひ避けていただきたいと思っております。
○中村敦夫君 お答えは非常に多様で、これはやってみないとわからないものですから、難しい質問だったわけですけれども、実際問題としては、ゼロになることはなくて、ふえることは程度の問題はありますが確実なわけですね。そうしますと、これを所管する家裁というものの役割というのは物すごく重要になってくるということです。 ところが、家裁が扱っている家事事件というのは一九八九年には約三十五万件、そして十年後の九七年には四十五万件というふうに十万件も増加しているわけですね。そして、その間、対応する人数、家事審判官である判事、判事補、家裁調査官、調査官補、書記官、事務官、この十年の間には一人も増員されていない。事件が十万件ふえていても一人も増員されていないということはもうこれは大変な状況だと思うんです。それで、おとといの法務委員会で質問しましたら、家裁調査官をやっと来年度に五人要求しているということなんですね。これはもう、例えばこの後見制度を実際に運用する意味でもほとんど討論のレベルになるような数字ではないということがあります。 そこで、専門的に研究されている田山さんと副島さんに、大体成年後見制度を実現するためにもどのぐらい現状よりも人数が必要であるかというようなことをどういうふうにお考えになっていますでしょうか。
○参考人(田山輝明君) ドイツのような感じで一元的に非常に幅広く使うということであれば、先ほど既に申し上げましたような感じの数字になるだろうと思うんですが、日本の場合にはそれほど守備範囲が広くないということを勘案して、なおかつこの制度が最初の御質問にありましたようにどのくらい使われるようになるのか、そういうこととの関連で出てくる答えになるわけでございますので、どのくらいという具体的なことはなかなか申し上げにくいんですけれども、とりあえず動き始めるときに若干の増員をして、非常によく使われるようになったら、それに対応して臨機応変にどんどん増員していってもらわないと動けないと思うんです。家裁も、家裁だけじゃなくてどこでもそうだと思うんですが、私どももそうですけれども、忙しいとどうしても、私自身も学生に対するサービスが低下しますので、そういうことを考えますと、やはり人的な側面での充実をぜひ臨機応変に図っていただきたい、それがこの制度の死命を制するぐらいに感じております。
○参考人(副島洋明君) 例えばこの後見申し立て等、現行の禁治産申し立てにしても、そのやっている内容というのは大したことないんですよ、その手続は。ただ、では素人の人たちが、市民の人たちが自分たちで役所に行って聞きながらやれるか。それだけの家庭裁判所が、その受付の書記官の人が丁寧に、近所のパートの帰りなり勤め先の帰りなりという形でぽんと行って、いろいろな形で、ああここに判こを押すのねとかと聞きながらでもやって、その手続ができるのか。できないんですよね、今の裁判所の利用の形は。 だから、今の裁判所のような形はやっぱり弁護士じゃないと対応ができない裁判の仕組みに構造的に、もうそれは弁護士の責任も大変重いですけれども、なってしまっている。どんなに内容的に易しいものでもそうなっちゃっている。窓口から動くのは、法的な何かの手続をするのは弁護士だ。 そうすると、それは弁護士の方が、ある面じゃ弁護士はたくさんこういう事件を抱えているから、裁判所も大変やりやすいし、弁護士もお互いのルールみたいなので余りばんばん進められるとこちらも忙しいみたいなものがあるだろうと。だから、そういう意味でどうしてもなあなあの関係が今あるんですよね。 だから、もっと本当に市民感覚のレベルで物事を進めてもらうというふうにするならば、私は三倍ぐらいの事務スタッフが必要だろうと思います。 だから、僕はもう端的に一個分、これはあくまで期待でしかないけれども、もう一個分家庭裁判所をつくってくれ、それを後見裁判所なり、子供とかお年寄りとか障害者とか、そういうハンディとか、ある程度の弱者の人たちの後見なり権利擁護なりさまざまな監督なりというものをやるぐらいの裁判所をもう一つつくってください。そうじゃないと、本当に市民が駆け込んでいける、利用しやすいというふうにはならぬでしょう。まず、弁護士のところで敷居が高くて、お金を幾ら取られるんだろうなということから始まって、裁判所の門をたどるころにはもう淘汰されて、ニーズがあったところで、事件化、申し立て件数というのになるのかなという実態。 だから、司法制度改革というのは本当に同時に進めないと、こういう弱者の人たちの福祉のニーズなんて掘り下げないと出てきやしませんよ。表に出てくるなんというのは、もう本当に出てこない。こういう弱者の人たちのニーズというのはもう出向いていって掘り下げて初めてニーズが出てくる。それだから、自然的にないから、表に出てこないからニーズがないんだという問題ではないのだと。でも、利用までには到達できないでしょうねというのが僕の率直な感じです。
○中村敦夫君 ありがとうございました。 質問を終わります。
○委員長(風間昶君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。 参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用のところ大変貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。当委員会を代表して厚く御礼申し上げます。 午前の審査はこの程度にとどめ、午後二時まで休憩いたします。 午後零時三十三分休憩 ─────・───── 午後二時開会
○委員長(風間昶君) ただいまから法務委員会を再開いたします。 休憩前に引き続き、民法の一部を改正する法律案、任意後見契約に関する法律案、民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案及び後見登記等に関する法律案、以上四案を一括して議題といたします。 ─────────────
○委員長(風間昶君) この際、政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 民法の一部を改正する法律案外三案の審査のため、本日の委員会に厚生省社会・援護局長炭谷茂君及び自治省行政局選挙部長片木淳君を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(風間昶君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ─────────────
○委員長(風間昶君) これより質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○塩崎恭久君 自民党の塩崎恭久でございます。 けさほど参考人の四名の方々からそれぞれのお立場から御意見を聞かせていただいて、大変勉強をさせていただいたわけでございます。もともとこの法律は先国会に出ていたわけでございまして、世の中もこの成立を一日も早くしてほしいということで、期待が盛り上がっているわけであります。我々の国会としての責務は一日も早くこの法律を通すことではないかというふうに思っておるわけでございまして、これは与野党ともに努力をいたしまして上げなければならない、このように思っているところでございます。 東京弁護士会でもオアシスという組織をつくり、また大阪の弁護士会も同じようにおつくりだというふうに聞いております。それから司法書士会も、全国一万七千人いる中で三千人が登録しているという新たに社団法人で成年後見センターリーガルサポートというのをやって、私の地元でも、友達などがもう繰り返し勉強会をして準備をしているわけでございます。弁護士さんあるいは司法書士さん以外の方々もいろんなことを考えているわけでございます。 いずれにしても、この新しい制度、先ほどの参考人のお話では一世紀おくれたんじゃないかという話も中にはありましたけれども、ここでぜひ早く成立をさせて、またしっかりとした制度にしていきたいというふうに思うわけでございます。 そこで、きょう私は十七分という、私も国会議員になって初めてこんな短いのをやるわけでありますが、若干余り聞かれていないこともあるのかなということで、一つは市町村長さんに今回開始の申し立て権を付与することにいたしました。このことはどういう状況を想定してかというと、身寄りのない独居老人とか、こういう方々のためにおつくりになったと思うわけですが、その辺について改めてその趣旨、目的、考え方、そしてまた今度取り消しの方は申し立て権を付与しなかったということでありますが、この理由は何だろう、この二点、まずお伺いしたいと思います。
○政務次官(山本有二君) 民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案により、老人福祉法、知的障害者福祉法及び精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正し、痴呆性高齢者、知的障害者、精神障害者に対して迅速かつ適切に保護を開始するため、市町村長に法定後見の開始の審判の申し立て権を付与しております。 これらの改正法は、いずれもその福祉を図るため、特に必要があると認めるときに市区町村長は後見開始等の審判等を申し立てることができると規定されていますが、その福祉を図るため特に必要があると認めるときとは、本人に配偶者または四親等内の親族がいない場合、これらの親族があっても音信不通の状況にあるなどの事情により後見開始等の審判の申し立てを期待することができず、市町村長が本人の保護を図るために申し立てを行うことが必要な状況にある場合というように解されております。 次に、御指摘の審判取り消しの申し立て権を付与していないのはどうしてかという問いでございますが、法定後見の開始の審判の取り消しの審判の申し立て権を市町村長に付与していないのは、成年後見人、保佐人、補助人が申し立てを行うことが期待できるからであります。 市町村長の役割としての申し立て事務は、保護を必要とする本人が成年後見制度を利用できるようにすることでありまして、成年後見制度による保護が開始された後は、本人の保護を責務とする成年後見人等が各種の申し立て事務を行うことができますので、市町村長に取り消しの審判の申し立て権を付与するまでもないと考えられたからであります。
○塩崎恭久君 わかりました。 後見人あるいは保佐人がそのお取り消しをすればいいということだという御説明だったかと思うわけでございます。 この取り消し権について、これはまたちょっと細かい話でありますけれども、今回は日用品の購入とかその他日常生活に関する行為は除くということになっております。しかし、いろんな商売があって、日常的な日用品の売買で結構だまされたりいろんなことがあるわけでありますが、この辺に手落ちはないんだろうかということについてはいかがでございましょうか。
○政務次官(山本有二君) 先生の御指摘のように、例えば成年被後見人が通信販売、訪問販売等により高価な下着を購入した場合などその売買契約を取り消すことができるかどうかという問題につきましては、成年被後見人がした日常生活に関する行為につきましては取り消しの対象とはならないとされているのは申すまでもありません。これは、自己決定の尊重、ノーマライゼーション等の新しい福祉の理念から新たに設けられた規定であります。 日常生活に関する行為については、基本的には民法第七百六十一条の日常の家事に関する法律行為の範囲に関する判例の解釈と同様、本人が生活を営む上において通常必要な法律行為を指すものと解されています。その具体的な範囲は、各人の職業、資産、収入、生活の状況や当該行為の個別的な目的等の事情のほか、当該法律行為の種類、性質等の客観的な事情を総合的に考慮して判断するのが相当であると考えられます。 したがいまして、衣料品の購入であっても、本人の生活状況、資産等に照らして、およそ本人の日ごろの暮らしぶりに似つかわしくない高価な良品を購入した場合には、その行為は日常生活に関する行為には該当せず、取り消し権を行使することができるものと考えております。
○塩崎恭久君 わかりました。 今回、法律が成立してこの制度を導入する際に大事なことは、きのうの質問にも出ていましたけれども、やっぱり実効ある普及ということが大事なんだろうと思うんです。 そういう中で、幾つか気になることもありますし、今後の課題というのが残っているんではないかと思うんですが、一つは開始の審判に当たって時間がかかるということと、コストがかかり過ぎるんではないかという御批判が前々から出ていたと思うわけでございます。 鑑定のコストあるいは時間ということでありますけれども、これは前々から提案もされていますが、一番そういった判断能力の低下している人にとって身近でなおかつ何を思っておられるのかということがわかっているのはやっぱりかかりつけ医のケースが多いわけです、お医者さんにかかっている場合に。そういった場合に、かかりつけ医の判断というものをもう少し尊重して時間とコストを節約できないものだろうか、もっと短期間で後見人なり保佐人なりを選ぶことができないのかというようなことを御指摘されているわけであります。これは最高裁判所の方になるのかもわかりませんが、それについての考えと、それからもう一つは、家庭裁判所の方で今度調査をやる場合のその調査が、立ち入って調査するわけではなくて相手の同意があって初めて調査ができるわけでありますけれども、それで本当に十分なのかどうか。この辺、やっぱり実効ある制度の普及にとっては不可欠な問題ではないかと思いますので、その辺についてお答えをいただきたいと思います。
○最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) 御説明申し上げます。 今、委員御指摘のような鑑定につきましては、鑑定のコストが高いとかあるいは時間がかかる、こういう御指摘があることは十分承知しているところでございまして、今回、成年後見制度に対する法的ニーズが高まるだろうということに加えまして、利用しやすい制度を目指すという今回の法改正の趣旨を踏まえますと、裁判所といたしましても鑑定実務のあり方について検討していかなければならないと考えている次第でございます。 この観点から、まずこの分野に関係する医師あるいは諸団体に十分な理解と協力をいただくことが必要だろうと考えるわけでございますが、家庭裁判所といたしましても、適正迅速に鑑定が行われるようにするために鑑定書を簡にして要を得たものにするといった観点での運用面の工夫をする必要があろうと考えている次第でございまして、現在、このような観点から豊富な実績のある精神科医の医師等にも御意見を伺いながら、例えばモデルの鑑定書等を作成するなど、円滑に鑑定が行われるための方策について検討を進めている段階にございます。 さらに、補助類型、任意後見類型につきましては、本人の申し立てまたは同意を要件として制度設計されていることもあり、さらに利用しやすいものとするという関係各界の御意見もあるところでございますから、この類型につきましては鑑定を要することとはせずに、医師の診断等によることで差し支えない、こういった扱いを考えているところでございまして、この診断につきましても同様にそのモデル化等を考え、簡にして要を得た診断書をいただくような方法を考えていきたいと考えている次第でございます。こういった鑑定あるいは診断の面での運用の改善が図られますれば、時間の面、コストの面についても相応の改善効果が上がるものと考えている次第でございます。 なお、委員の御指摘にございました後見、保佐についても、かかりつけ医の診断で賄うべきではないだろうか、こういう御意見でございますけれども、後見、保佐の類型につきましては、御本人の能力制限の面が大きいことからやはり慎重な判断を要する問題ではなかろうかと考えている次第でございまして、私どもといたしましては、後見、保佐については原則鑑定を要する、こういう考え方をとっているのが相当でなかろうかと考えている次第でございます。 ただ、もとよりそのような場合におきましても、かかりつけ医の先生が鑑定をしようということで応じていただければ、実際の運用としてはかなり速やかな鑑定をいただけるものと期待されているところでございます。そういった面については、運用の面で十分な目配りをしてまいりたいと考えている次第でございます。 それから、二点目の家裁調査官の調査権限の関係でございますけれども、私どもの考えているところでは、やはり家庭裁判所調査官の職務は家庭に関する問題にかかわることでございますから、事柄の性質上、これについて強制的な力をもって調査を行うことは適当ではないのではなかろうかと考えているところでございます。また一方、現実にも従来多様な困難な問題につきましても人間関係の知見を生かして家裁調査官がそれ相応に機能を果たしてくれているということを考えますと、今回の成年後見制度の施行後におきましても現在の調査の権限の範囲で十分対応できるんじゃなかろうかと考えている次第でございます。 以上でございます。
○塩崎恭久君 これから新しい制度のもとでいろんな人が多分後見人になろうということになると思いますので、いろいろな状況を想定した上でなお私はもう少し検討してもいいのかなというふうに思っております。 時間がもういよいよなくなってきたので、最後に大臣に、けさほどの参考人の副島弁護士さんが夢のある家庭裁判所と、こういう話がありました。司法制度改革との絡みもこれあり、そういう立場から法務大臣にお答えをいただかなければならないと思うのでございます。今度介護保険が来年の四月から導入をされる。それにちょうど合わせてこれがスタートするということになって、我々としても、今いろいろと介護保険で世間をにぎわせておりますが、私は保険方式のままでちゃんとやるべきだと思っているわけであります。 いずれにしても、この家庭裁判所の体制がきちっとしていないと、先ほどの鑑定の問題も時間と金がかかると。家庭裁判所も利用しやすさという面で、これは田山先生もおっしゃっておられましたが、やっぱりこの辺を工夫していかなければいけないし、体制を整えていかなければいけないんではないか、こう思うわけでありまして、司法制度改革との絡みも含めて、この辺についてのお考えと御決意のほどを最後にお伺いしたいと思います。
○国務大臣(臼井日出男君) 御指摘のとおり、新しい成年後見制度を実効かつ利用しやすい制度とするためには家庭裁判所の体制づくりが極めて大切だと考えております。法務省といたしましても、これにしっかりと協力していくということはやぶさかではございません。 なお、法務省といたしましても制度の実施に向けまして、成年後見監督人等の候補である弁護士、司法書士、社会福祉士等の各団体との緊密な連携を図るなどいたしまして、成年後見人等の受け皿を整備するとともに、成年後見登記システムの構築など体制づくり等に万全を期してまいりたいと考えております。
○塩崎恭久君 終わります。
○小川敏夫君 民主党・新緑風会の小川敏夫でございます。今回、この法改正によりましてこれまでの禁治産、準禁治産制度といった後見制度に比べて相当に内容が改善された制度になるというふうに私も思っておりまして、大変にいいことだというふうに思っております。 一般論といたしまして、この後見の制度、すべて当事者あるいはその周辺からの申し立てがありまして、その申し立てを受けて裁判所が後見なりに付するということになるわけでございます。ただ、一般の社会を見てみますと、後見の必要性があると思われるのだけれどもしかし実際には審判の申し立てがされないで、何となくその周辺の人にうやむやにされてしまって財産がなくなってしまうようなケースも決して少なくないように思います。ここは裁判所制度の根本的な問題、すなわち申し立てを受けて初めて動くんだということがあると思いますが、この後見制度という法律の解釈という意味じゃなくてもっと広い意味で、申し立てがあって初めて後見の制度が機能するということだけでなくて、申し立てがなくても本来保護しなければならない人たちがいる、そういうケースに対処するというような考えは、法務大臣、いかがでございましょうか。
○国務大臣(臼井日出男君) 社会の高齢化、少子化の進展に伴いまして、身寄りのない痴呆性高齢者、知的障害者及び精神障害者が増加しつつございますけれども、こうした身寄りのない方々につきましては親族等の関係者による申し立ては期待することはできません。必要な保護に欠けるおそれが委員御指摘のとおりあろうかと思います。 そこで、今回の改正におきましては、身寄りのない痴呆性高齢者、知的障害者、精神障害者に対しまして、迅速かつ適切に保護を開始することができるようにするため、市町村長に後見開始、保佐開始及び補助開始の審判等の申し立て権を付与いたしているわけでございます。 これは市町村が各種の福祉サービスを行う過程におきまして、身寄りのない判断能力の不十分な方々が成年後見制度による保護の必要性を把握することができ、必要に応じて審判の申し立てを行うことが可能であるというふうに考えられるからであります。したがいまして、市町村長が民生委員等からの通報に基づきまして適切に必要な申し立てを行うことで十分な保護が図られるものと考えております。 さらに、家裁の職権により開始する手続を設けることにつきまして御質問があったわけでございますが、この家庭裁判所の職権により開始する手続を設けることにつきましては、私的自治の尊重等の観点から本人の行為能力等に一定の制限を加えることとなること、手続を中立的な判断機関である裁判所がみずから開始することにつきまして制度上問題があるということ、判断能力の不十分な者に関して積極的に情報を探知することは裁判所の司法機関としての性質になじまないことなどの理由から、現行法と同様に採用していないということにいたしております。
○小川敏夫君 地方自治体の長に申し立て権が認められることになりまして、民生委員等の情報によりまして、そういう身寄りがないケース等につきましてかなり機能することが期待されると思います。また、裁判所の制度からみずから職権で動くということがなかなか難しいということはよくわかるんですが、例えば悪意ある身内に取り囲まれているようなケースですと、これは身寄りがないわけではないので市町村長が申し立てできるわけじゃない。それから、悪意ある身寄りが後見制度を利用しないで財産を食っているというようなケースも間々あるわけでございます。こういう場合、答えは結構でございますけれども、確かに裁判所への申し立てを受けてから動くという根本的な制度の問題と、今の民生委員制度あるいは行政が申し立てる制度の限界というもののはざまにありまして、探して回れば逆にプライバシーを侵害する問題もありますから、大変に難しい問題があるかとは思いますが、なお今後の検討課題として考えていただければというふうに要望申し上げます。 それから、今度は自主的に後見の申し立てがなされた場合でございますけれども、案外私が世上を見ましても、もちろん後見人のすべてが悪意ということではないんですけれども、後見人と本人の関係者あるいは本人が亡くなった後の相続人との間で紛争が起きることがよくございます。 それで、これも後見人がすべて悪意というわけではないんですけれども、これまでの禁治産の申し立ての例を見ますと、どうも本人の保護というよりも後見人の利益のために申し立てをしているというようなケースがないわけではない。例えば本人が持っている預金ぐらいですと、特別後見の制度を利用しなくても勝手にやってしまえば動かせるんですけれども、不動産となりますと、なかなかその本人が心神喪失の状態にあったりすると売却できない。こういう場合、本人の利益よりも後見人がその不動産を処分して何らかの利益を得ようというようなケースで申し立てをするというケースもないわけではないというふうに思います。 そういうような例も一つの例として、後見人が自分の利益のことを考えて後見の申し立てをするということもあり得る、悪意のある後見人というものがあり得るということもあって、それが原因で多くの紛争を招くことがあるとも思うんです。そういう中で、裁判所の方にお尋ねするんですが、まず審理に当たって、特に申立人がみずからを後見人とするということを求める申し立ても多いかとも思うんですが、そういった場合に、申立人の意見なり申立人が提出した資料だけで判定するとなると、本人の利益が害されるというケースもあり得ると思うんです。 そういう中で、この審理のあり方として、申立人の意見あるいは申立人が提出した資料だけではなくて、裁判所がより積極的に本人に会うとか、あるいは本人以外、申立人以外の親族に会うとか、そういう積極的な審理の取り組みが私は望ましいとは思うんですが、その点、裁判所の方のお考えはいかがでございましょうか。
○最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) 御説明申し上げます。 現在の禁治産制度のもとにおける運用ということでまず御説明申し上げたいと思いますけれども、禁治産宣告等の事件を処理するに当たりましては、もとより申立人から出される資料、これは大変丹念に目を通させていただきますけれども、それだけではなくして、家裁調査官を活用するなどいたしまして、まず御本人との意思疎通が可能であれば御本人にお会いするなどいたしまして、その意向等を伺うことがあります。さらに、それに加えて、御本人の親族でございますとか、あるいは現実に御本人を看護しておる方などにお会いする、さらには主治医の方にお会いする、こういったその他の関係者からいろいろと面接等の方法によりまして事情を伺った上で、その当該事案の後見人の適格者はだれかということについての見きわめをしていくというのが現在の運用でございまして、今度の法改正が行われた後におきましても、その点については十分な配慮をしていきたいと考えている次第でございます。 以上でございます。
○小川敏夫君 個々的な判断は、進め方はもちろん個々の裁判官の判断となるわけでございましょうが、そういう方向でぜひ適正な的確な判断ができるということを期待しております。 そして、今度後見人が選任された後のことでございますが、やはり悪意あるいは不注意な後見人から本人を守らなくてはいけないという問題がございます。そういう意味で、まず広い意味でこの後見人の事務を監督する、このあり方について、一般論としてちょっと説明していただければと思いますが、裁判所の方に。
○最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) 後見人を監督する方法には二つあるかと思います。一つは、家庭裁判所が直接後見人を監督する方法と、いま一つは、後見監督人を選任いたしまして、この監督人によって監督を行っていただく方法と、二つあろうかと思います。 家庭裁判所におきましては、当該事案を見ました上で、その後見人の方のお力、信頼性あるいは後見事務の内容、それから構成している財産の種類、内容、状況等、こういったことをあわせ考え、さらには御本人の意向もあれば御本人の意向を伺った上でどちらの方法で監督するのが適当かということを考えていくことになろうかと考えております。 そして、その家庭裁判所が監督する場合におきましては、通常の形でございますと、家庭裁判所調査官がその後見事務について監督の目を配っていくわけでございますが、その事案に応じて後見人の方から報告書を出していただくとか、あるいは監督人、後見人の方に調査官がお会いするなどいたしまして、監督状況についての状況把握をしているという状況にあるところでございます。 以上でございます。
○小川敏夫君 裁判所が監督するケースについてお尋ねしますが、法によりますと、後見人は就任後速やかに財産の目録を作成するというふうに規定されております。ただ、作成した目録を必ず裁判所に提出するというふうには法律上なっておらないんですが、実際の裁判所の今の事務の運用では、後見人が作成した目録を裁判所に提出するようにさせておるんでしょうか。
○最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) ただいまの点は委員が御指摘のとおりでございまして、家庭裁判所といたしましては、後見人に対して財産目録の提出を求めているのが一般的な扱いでございます。 若干、その点を敷衍して申し上げますと、通常の事案でございますと、後見人を選任するまでの間に家庭裁判所において財産はどういったものがあるかということを調査いたします。そういったことから、事案によっては調査の過程において目録の原案等をお出しいただくこともありますし、また事案によっては、その後見人を選任した後に目録の様式等を家裁から送りましてそれに記入して提出していただく、こういった運用もされているところでございます。 以上でございます。
○小川敏夫君 その目録の点について、少し細かいことになりますが、例えば後見人とその後本人が亡くなった後の相続人との間で、相続財産の範囲などについて紛争が起きることがある。例えば、相続人から見れば、本来あるべき相続財産がないからこれは後見人が使ってしまったんではないかというふうに疑いを持つとか、本当の指摘なのかは別にしまして、そういう言い分がある。後見人の方から見れば、いや、それはないとか、あったけれどもこういうふうに使ったというような、いろんなことでトラブルがあり得るんです。 そこで、相続人の方から見て、そもそも後見が始まったときにどのような財産があったのかということが把握できればまた相続人としてもある程度納得できる部分があるのかとも思いますが、この後見人が作成した財産目録は、本人が見れるとは思うんですが、それも含めて、本人あるいは相続人がその閲覧を求めた場合には閲覧できるような仕組みになっておるんでしょうか。
○最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) 後見人が家庭裁判所に提出されました財産目録は、事件の記録の一部に属するというふうに理解されております。そういった観点から見ますと、家事審判規則に、記録について一定の条件のもとで閲覧、謄写を許すことができるという規定がございます。 今御指摘のケースにつきましては、最終的な判断は個々のケースごとに裁判官が判断するものでございますけれども、例えば、親族の方が後見人の後見事務の適正さについて疑問を抱いて、そのための確認をしたい、こういった必要から閲覧を求めてこられたような場合には、一般的に考えれば閲覧が許可される場合が多いんじゃなかろうかと考えている次第でございます。 以上でございます。
○小川敏夫君 今回の法改正に当たって、この後見制度が広く利用されることになることが好ましいし、そうなってほしいと思うんですが、そうであればあるほど、やはり後見人の職務の責任の重要性というものも増してくると思います。そういう意味で、裁判所の監督というものももちろん適正かつ十分に行ってほしいわけでございます。それと同時に、後見監督人という制度もございます。質問通告をしていなかったので直ちに数字を答えられなければやむを得ないんですが、従前、後見人に対して後見監督人を付したという割合は、今わかりますでしょうか。
○最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) ただいまお尋ねの点については、具体的数字は持っておりませんし、多分これは統計的にも把握が難しいことかと思うのでございますけれども、私が承知している範囲での実務の状況から申しますと、後見監督人を選任する事案は従来は比較的少なかったということは申せようかと思います。 その理由の一つといたしましては、現行制度のもとにおきましては後見監督人に報酬が支払えないということになっていることから、なかなか人を得がたいという問題があったことも一因ではなかろうかと考えている次第でございます。
○小川敏夫君 これからこの新しい制度に基づいて広く利用されることになりますと、後見人あるいは後見監督人に就任される方も幅広く数もふえてくるんではないかと思うんですが、先ほど塩崎委員の説明では、弁護士会や司法書士会もそれに備えて十分勉強しているということでございますが、裁判所の方が、後見人はあらかじめだれがなるとわかっているわけじゃないから難しいにしても、広く後見人や後見監督人の事務のあり方等について、広報といいますか周知徹底といいますか、そういったことについて何らかの方策がとられておりますでしょうか。
○最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) お尋ねの点の、まず一般的な関係からでございますけれども、私どもといたしましては、この成年後見制度が立ち上がることを前提にいたしまして、現在関係機関との打ち合わせ等を行っているところでございます。 その主眼は、やはり今委員が御指摘ございましたように、今回の制度をうまく進めていくためには後見人あるいは後見監督人等に人を得ること、これが大きな要素だろうと考えている次第でございまして、そういった関係から、家庭裁判所が日ごろ行っております関係機関との協議会におきまして、本年はこの問題を中心に議論をいただいているところでございます。そういった意味合いにおいて、私どもといたしましても、この後見人、後見監督人の給源の確保について、私どもの立場において十分努力をしてまいりたいと考えている次第でございます。 いま一つは、個々の事案においての指導という点も御趣旨にあったかと思うのでございますけれども、その点についてはまさに個々の事案ごとに、その事案を見て指導をさせていただくということになるわけでございますけれども、地方によっては、後見人が選任された時点でその後見事務の流れ等について説明した書面等を渡して、それをもとにして十分な説明をしているということでございます。もとより書面を渡さない地方においては冒頭口頭で御説明をするということでございまして、そういった仕組みをいろいろとあわせ考えながら、後見事務の適正については格段の努力をしてまいりたいと考えておる次第でございます。
○小川敏夫君 後見人と後見監督人ですが、後見監督人の方は弁護士とか司法書士さんとかそういう専門家がなることが想像できるんですが、後見人の方は、そういう専門家ではなくて、むしろ本人の周辺にいる一般人で必ずしも法律的な知識とかいうものがある人とは限らない、むしろない人の方が多いのではないかとも思います。そういう人を、後見人になってもいない人を集めるのは不可能ですけれども、後見人になった後、話は少し変わりますが、例えば犯罪者の保護観察では保護司さんがいて、保護司さんが保護司会をつくって保護司さん同士が横の連絡をとり合って、それぞれの職務のあり方、あるいは技術というか指導力の研さんとか情報交換というようなことに努めて内容の充実を図っておるわけですけれども、後見人の場合には個々のケースで後見人を選任してしまえばそれで終わりということで、後見人同士が何らかの情報をとり合って、お互いに研さんするとか情報を交換するというような制度はこれまでも全然ないわけでございます。 仮にこれから、そういう後見人の資質、いい人を後見人に迎えたいということでありますと、選任する段階での選考ももちろん重要でございますけれども、選任した後も裁判所が指導するということは、先ほどお伺いしました。それとともに、後見人同士も何らかの横の連絡をとり合えば、逆に裁判所の力ではなくて民間の力を使って、それぞれがいい意味で質的な向上とか、あるいはそういう情報を交換することで不正なことの防止とかいうふうなことについて効果があると私は思うのでございますが、このような後見人同士の横の連絡をとり合えるようなシステムづくり、こういったものについて裁判所は何らかのお考えなり、今なくても検討する考えがあるかどうか、ざっくばらんにお答えいただければと思います。
○最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) 私どもといたしましては、今のところは委員御指摘のような後見人同士の横の連携ということについては具体的なことを検討している段階にはございません。やはり、基本的には後見人を出していただく団体等の母体との関係で、まずは私どもとしてはこの制度の趣旨を十分御説明して理解を得る、そしていい方を推薦していただく、こういった点について十分な力を注いでまいりたいと考えている次第でございますし、また、個々の事案において、やはりケースを通して適切な指導を行っていきたいと考えている次第でございます。
○小川敏夫君 これまで裁判所からの審判の充実の問題とか後見の監督の問題、そうしたさまざまな問題について積極的に取り組むというお考えをいただきまして大変に期待しておるところでございます。これから件数もふえることが予想されるし、そうした仕事の重要性もさらに増して数もふえるという中で、裁判所の今の人的な構成の中で、新しい後見制度ができて制度はよくなったんだけれども、裁判所の方でこなし切れなくて事務的な処理に終わってしまうというような懸念もないわけではないんですが、この法律制定に伴って人的な体制を充実するという点について、これまでももう委員会の質問の中で出ておりますが、裁判所の取り組みの方はいかがでございましょうか。
○最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) 成年後見制度は新しい制度でございまして、事件数の予測はなかなか難しい面があることは御理解いただきたいと思います。 そういった意味で、私ども裁判所といたしましては、今後、社会の法的ニーズの高まりでございますとか、今回の法改正に伴って裁判所に提起されることになる事件数の動向でありますとか、新しい制度の具体的な運用状況を踏まえながら、家裁が今御指摘あったような意味でその特色である科学性、後見性といったものを十分に発揮して的確な事件処理を図れるよう、さらなる事務処理の効率化やOA化の推進について検討をする一方、家裁の人的体制のあり方についても検討してまいりたいと考えている次第でございます。
○小川敏夫君 私の考えを言わせていただくだけで結構でございますけれども、件数の増加を見てから体制を組むというよりも、そういう必要性が予測されればあらかじめそういう枠をつくっておいた方がますます制度を利用する人がふえてよく回転するのではないかというような個人的な考えを持っております。 あと、裁判所の後見の制度でございますけれども、今まで禁治産とか準禁治産といいますと比較的精神的な、意志薄弱とかそういう状態の方で時間的に長く続く方がこの禁治産制度を利用することが多かったと思うんです。この後見の必要性というのは、そうした長い期間後見の制度を利用するという人たちだけじゃなくて、突発的に脳梗塞とかその他さまざまな病状が起きてそういう後見を必要とするという状態になってから余り長くは存命されないという方もあって、ただ、その場合でもやはり後見の必要性というものはあると思われるんですが、要するに、そういう余り長く存命されないという方については、ほかのケースがどうでもいいというわけじゃないんですけれども、特に緊急を要するような場合もあると思いますが、緊急を要するような場合にその後見をどうするか、そういうようなケースでは裁判所としてどのようにお取り組みを考えているか、お聞かせいただければと思います。
○最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) 私どもといたしましても、もとより委員御指摘のように提起された事案を見て、まさに緊急性を要する事案かどうかということを見きわめながら事件処理をしてまいってきているつもりでございますし、これからもその点については十分な配慮をしていかなきゃいけないと考えている次第でございます。 ただ、その観点から見た場合に、従来の審理期間の多くの部分が鑑定に要する時間でございました。そういった観点から今制度の仕組みを私どもなりに考えている中で、例えば後見の事案につきまして、植物状態にあるというようなことでもう一見して明白にその方の能力の問題が明らかになるという場合につきましては、鑑定をしないで判断することもできるような仕組みを残してはどうだろうかということを考えているところでございまして、今御指摘のようなまさに緊急の事案についてはそういった方法での対処も考える余地があろうかと考えている次第でございます。 一方で、本案の後見についての判断がなされるまでの間、暫定的な措置ということで保全処分という制度も、これは現在もあるわけでございますが、新制度のもとでもこれは維持することを考えておりますけれども、保全処分の形で当面の財産の問題等について財産の管理者等を選任するなどいたしまして、応急措置を講ずることも考えられようかと考えているところでございます。 以上でございます。
○小川敏夫君 どうも裁判所には早くやれと言ったり、中身を一生懸命やれと言ったり、いろいろ難しいことを言いました。 やはり、この法律ができましても裁判所の取り組み次第で生きるも生きないもあると思いますので、ぜひこの法律の趣旨を生かして後見制度の充実に努めていただきますようお願い申し上げます。 あと、最後でございます。これは念のための確認でございますが、法務大臣にお尋ねします。臓器移植に関することでございまして、この後見制度が本人の臓器に関して臓器移植の承認を代行するとかそういうようなことがあって、本人の臓器が何らかの形で本人の意思とは離れて提供されたりするということがまたあってはいけないとは思うんですが、この臓器移植との関係では後見の制度の後見人等が代行できるのかどうか、その点についてだけちょっとお聞かせください。
○国務大臣(臼井日出男君) 今、委員御指摘の、臓器移植に関する法律における自己の臓器を移植術に使用させるために提供する意思の表示は、本人の書面による意思表示であることを要件といたしておりますので、その性質上、成年後見人等が代行することはできないとされております。
○小川敏夫君 終わります。
○魚住裕一郎君 公明党の魚住でございます。若干質問をさせていただきたいと思います。 前回火曜日の日に、後見の禁治産の申し立てをしたところ準禁治産の宣告をできるか、またはその逆もあり得るかということで、ちょっと議論させていただいたんですが、私もよくわからない部分があるんですが、我妻栄さんという民法の大家の先生は積極説のようなんですが、裁判の実務例はどんなようになっているか、最高裁、お答えいただけますか。
○最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) 御説明申し上げます。 ただいま御指摘の禁治産宣告と準禁治産宣告、申し立てと認容の間をどう考えていくかということについては、御指摘のとおりいろいろ従来から議論がされていたところのようでございます。今は家裁の実務の扱いといたしましては、まず禁治産宣告の申し立てがあった場合に準禁治産の認定をすることについて大方異論はないと申し上げてよいかと考えておりますが、しかしながら準禁治産宣告の申し立てがあった場合に禁治産の認定ができるかということについては、申し立ての趣旨の変更などをしないまま当然にすることについては消極の考え方が強いようでございまして、運用といたしましては、趣旨の変更をさせるなどいたしまして、申し立ての意思の確認をした上で禁治産宣告をしているというのが実務の実態ではなかろうかと考えているところでございます。 以上でございます。
○魚住裕一郎君 ただ、実際の審判例ではそれを認めたことはありますね。
○最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) ただいま申し上げた二つの方向の問題について、幾つかの審判例がございます。
○魚住裕一郎君 実際、実務ではそういうふうに両方どちらでも、禁治産の申し立てに対して準禁治産、あるいはその逆というようなことがあるわけでありまして、要するにこれは一元的にやっぱり立てるべきではないか、そういうことで議論させていただいたところであります。この点の手当てがないわけですから、また同じような三類型の中で出てくる可能性があるなということでございまして、この点はまたこの程度にしておきたいというふうに思っております。 そこで、法務大臣、今回新しく時代の推移を見た上でのこの新しい成年後見制度をつくるわけでありますが、この審議の中でも出てきたかと思うんですが、どうしても判断能力が弱い方の問題でございまして、悪徳商法、これに対してどの程度この新しい成年後見制度が役立つかということ、法務大臣としてはあるいは法務省としてはどのようにお考えなのか、ちょっとお教えいただきたいと思います。
○国務大臣(臼井日出男君) 今、委員御指摘の悪徳商法の被害に対してのことでございますが、改正法案では本人保護の実効性を図るために、後見、保佐、補助の各制度におきまして、必要な範囲で代理権とともに取り消し権の付与を可能にする仕組みといたしております。 すなわち、一つとして、成年後見人は、成年被後見人の日常生活に関する行為以外の取引を取り消すことができること。二つ目には、保佐人は、被保佐人が保佐人の同意を得ないでした不動産その他の重要な財産の取引を取り消すことができます。三つ目に、補助人は、被補助人が同意権付与の審判の対象とされた特定の取引を補助人の同意を得ないで行ったときにはこれを取り消すことができるわけでございます。 さらに、成年後見人または代理権付与の審判を受けた保佐人もしくは補助人が本人にかわって取引の相手方と交渉することによりまして、本人が詐欺等の被害に遭うことを事前に防止することも可能でございます。 このように、新しい成年後見制度は消費者保護の機能をも果たすものと考えております。
○魚住裕一郎君 基本的には、現行の制度と余り変わらないのかなと思いますが、一歩前進といいますか、補助類型を特に定めたことによって前進かなというふうに思っております。 悪徳商法の、そうやって本人側を保護するということはもちろん大事なんですが、この取り消し権とか考えた場合、一方でやはり取引の安全ということが大事になっていくんだろうというふうに思うわけでございまして、この点に関してはどのように計らっておるのか、法務省、じゃ民事局長。
○政府参考人(細川清君) 成年後見制度の改正によりまして、保佐人、補助人に対する代理権の付与が可能となりました。したがいまして、保佐人、補助人が本人を代理してする取引が増加するということになりますので、このことは、取り消されることがない取引がふえるということでございますので、取引の安全に資するものと考えております。 また、任意後見契約が普及いたしますと、任意後見人が本人を代理してする取引が増加することも考えられるということで、これも取引の安全に資するものと考えております。 それから、この後見、保佐、補助の各制度におきましては、いずれも日用品の購入その他日常生活に関する行為が取り消し権の対象から除外されていますから、取引の相手方としては、日用品の購入や光熱費の支払い等の少額の取引については取り消し権が行使される可能性を懸念する必要はないということになるわけでございます。 また、日常生活に関する範囲を超える取引において、取引の相手方から御本人の法律上の行為能力に疑問があるということになれば、それはそのところを口頭で確かめられるということになりまして、後見あるいは保佐を受けているということを言われましたら、じゃそのところは本当に保佐の同意を与えられているかどうか、そういう点を確認するために証明書等を提出してもらうということができるわけでございます。 そういうことで、今回の制度では取引の安全にも考慮、配慮したというふうに考えているところでございます。
○魚住裕一郎君 その取引の安全あるいは本人の保護も含めてなんですが、取引の安全を考えた場合、登記制度というのがやっぱり大きな意味をもしかしたら持ってくるかもしれない。本人の能力があるかないか、登記所の登記事項証明書を見れば一番わかりやすいと思うんです。 今回のこの制度で成年後見登記制度ができますけれども、取引の相手方、これから家を貸そうかなという人、あるいは銀行であればお金を貸そうかなといった場合、取引の相手方である大家さんとか銀行がじかに指定法務局に行ってこの人は能力あるかないかのそういう証明書を発行してもらえるのかどうか。 もしできないと仮定した場合に、具体的な取引の場において、あなた、その能力があることの証明書を持っていらっしゃいよというような場面が多く想定されるのではないかというふうに考えられるところでございまして、その場合はそんなことがまさに社会の中に蔓延してしまうと、個人のプライバシーも何もなくなってきちゃうなとちょっと懸念するところでございまして、この二点について法務当局がどのようにお考えか、教えてください。
○政府参考人(細川清君) まず、御本人と取引されようとする方が直接登記事項証明書をとれるかということですが、この点につきましては、今回の後見登記等に関する法律におきましては、これは請求することができないということになっております。 これを認めていたしますと、これは結局のところ、すべての人が証明書を請求することができるということになります。 ところが、人の能力に関する制限の記載でございますから、これは極めてプライバシーの要請が高いものだというふうに考えておりますので、やはりここは御本人や親族、あるいは後見人、あるいは保佐人、補助人になっている方等、一定の範囲の方に限るのが適当だというふうに考えているわけでございます。 それから、もう一つの点でございますが、一般的に能力の問題があれば、私はそういう後見を受けていないという書面も出すことができるわけですので、それは御本人が、これは日本人だれでもいいわけですが、要するに私はこの後見登記に登記されていないという書面を出すことができるというふうに条文上なっておりますので、そういう請求をしていただければそれをお渡しするということになりまして、それを利用していただければ能力は証明できるということになるわけでございます。
○魚住裕一郎君 今、ないことの証明といいますか、そういう後見がないことの証明というような言葉が出てきましたけれども、ないこと証明と仮定しますと、私も弁護士に登録するときに区長さんに資格証明書というのを出してもらいました。それは、禁治産でも準禁治産者でもありませんよということと、破産宣告の通知は受けていないという、この二点の証明書だったというふうに思っております。 そうしますと、欠格条項というんですか、百十六項あるよと。そうすると、いろんな申請とかにないこと証明をつけなきゃいけないことになってくるんだろうと。そうすると、全国、この欠格条項だけを考えてもかなりの数のないこと証明の申請が東京法務局に集まってくるんではないか。施設を増設するとかいってもかなり限度があるのじゃなかろうかなと思いますが、この点はいかがですか。
○政府参考人(細川清君) その点につきましては、私どももあらかじめシミュレーションをしてみたわけでございます。改正後に欠格条項の残る弁護士さん、お医者さん等の新規の登録者数、登録時期等を各団体から伺いまして、その数等を推計いたしました。これはコンピューターで証明書を打ち出すものですから、それと合わせますと十分対応できる数であろうと思っておりますし、また、こういう制度をつくります以上、私どもとしては完全に対応できるようにしなければならないと思っているところでございます。
○魚住裕一郎君 先般もちょっとお聞きしたことなんですが、とりあえずまず東京でやってみようというお話でございました。また利用者がどんどんふえてくるであろうということを考えると、例えば今回東京ですが、将来的には大阪とかということはあり得るというふうに思うんです。これはそうなった場合、将来の予測の観点からなんですが、これコンピューター同士をオンラインのようにつなぐというんですか、コンピューターは磁気ファイルでやるということなんですが、そういうことも考えておられるんでしょうか。
○政府参考人(細川清君) 当初、発足の段階では一カ所を大臣に御指定いただく予定でございますので、したがいまして、これは将来の問題でございますが、将来他の法務局でも直接証明書等を発行することができるようにするためには、御指摘のようにオンラインで結ぶということになるわけです。 これが外部とつながっていない閉鎖的な回路ならばハッカー等の問題はないわけですが、それがつながるようなことになりますと、それは御指摘のとおり、ハッカー等の対策を十分しなければならないというふうに思っております。 ですから、そういうときには十分御指摘のような問題が生じないように対策を講じてから始めたいと思っております。
○魚住裕一郎君 東京だけと限っても、要するに、日本の全人口一億二千五百万人ですか、それの各人の能力の有無についての磁気ファイルが東京にできるわけです。つまり、この人が後見を受ける人、この人は保佐を受ける人、この人は補助を受ける人、未成年を除けばほかの人はみんな能力があるよと、四種類の人間がこの磁気ファイルに載っかるわけです、概念的に言えば。 つまり、百万人の磁気ファイルと仮定しても、それ以外の人はみんな能力者であるということの証明になるわけですから、そうすると、またこれは大変な私は電子情報が出現するというふうに見えるわけです。個人の能力の一覧表というのは、例えば銀行なら銀行で大変、何といいますか、有益な情報なんではないかと思うわけです。あるいは保険業界もそうかもしれません。経済界全体にとっても意味があるのかもしれません。また一方で、新聞紙上にもNTTの職員が云々どうこうとか、あるいはどこかの市役所の人が住民基本台帳の情報を出してしまった、漏らしてしまった、しかも二十万人分とか、そういう事例が出ておりました。 磁気ファイルにするについて、法務局の職員は優秀だと私は思いますけれども、また倫理上もしっかりしているとは思いますけれども、その辺の手当てはどのようになっているんでしょうか。
○政府参考人(細川清君) この磁気ファイルは、後見、保佐、補助、任意後見が裁判所で審判があり、あるいは公証人役場で公正証書がつくられたときにそれぞれ嘱託で参りまして、そういう人ごとにつくられるわけです。 ですから、ないこと証明を発行する場合には、要するに、人は本籍と氏名で特定しておりますから、住所等も入れますが、それでヒットすればプログラム上その方はこういう登録があるとわかるんですが、それがないということになればないこと証明を出すことになりますので、すべての日本人とか日本に住んでいる人がそのファイルに載るということではないわけでございます。 それから、先ほどの、要するに秘密の漏えいの問題ですが、磁気ファイルの安全を図るための措置としましては、受付、調査、記入、それから最終的な校合という登記事務を行うに当たりましては、権限を有する者がそれぞれ識別カードとパスワードを用いなければならないということになっておりまして、それを用いなければ端末は作動しないということになっております。そして、それを用いますとだれがこの機械を操作したかというのが当然に記録されることになりまして、これは後から消去することができないということになります。これは、実は全国の動産あるいは不動産、例えば全国の不動産ですと二億七千万あるんですが、これの四割ぐらい今コンピューターに入っておりますが、これと同じシステムでやっておりまして、ですから、そういうことでやれば、これが後から第三者に改ざんされるおそれはないというふうに私どもは考えているわけでございます。
○魚住裕一郎君 私が言っているのは、改ざんとかそういう問題じゃなくて、持ち出された場合はどうするんだと。それはすぐ足つきますよ。だけれども、その情報を百万人の部分についての一覧表のファイルをコピーして持ってきてもらいたい、じゃ何億円出しましょうといった場合に、そのぐらいの価値ある情報じゃないですかと。 今回、担当職員の秘密漏えいというか、そういうものについて加重罰則規定でも設けているんですか。このままなんでしょう。その辺が余りにもちょっとずさんじゃないですか。
○政府参考人(細川清君) 登記官が職務上知ることのできた秘密を漏えいした場合には、現行制度においても国家公務員法第百九条第十二号に罰則規定が定められており、法定刑は一年以下の懲役または三万円以下の罰金であります。また、公務員の懲戒処分に関する規定もあり、これらの規定により、登記官の守秘義務を含めた服務規律の遵守は担保できると考えております。 また、戸籍情報についても、地方公務員が秘密を漏えいした場合には、地方公務員法第六十条第二号の罰則規定が適用され、同様の法定刑となっております。 したがいまして、この既存の罰則がそのまま適用になりますので、今回につきましてはこの罰則について手当てをするということはしていないわけでございます。
○魚住裕一郎君 ただ、さきの国会で通過をいたしました住民基本台帳のこの辺の部分の罰則規定は、公務員の秘密漏えい罪よりもはるかに強化した形で立法しているんですね。住民票コード、番号を中心にしたコード、また住所と氏名、生年月日、この四情報でも加重している。 今回は戸籍も載せ、そういう能力の判断、基準といいますか、そういうものも載る、しかもこれは全国版ですよ。そういうので私はちょっと足りないんじゃないかなと思うんですが、もう一度その辺、法務省の見解をお聞きしましょう。
○政府参考人(細川清君) 先ほどの情報を持ち出すというのは、これは刑法上の窃盗罪になりますので、十年以下の懲役ということになるわけでございます。 それから、住民基本台帳法につきまして罰則の引き上げがあったということは承知しております。これは住民基本台帳法のオンライン化のときの措置というふうに了解しておりますので、今後、成年後見登記について将来的に利用件数が増大した場合には、登記所を複数指定して各登記所をオンライン化することも検討課題となるとは思いますが、そのときにはやはり罰則も再度検討しなければならないなというふうに考えているところでございます。
○魚住裕一郎君 もう時間がなくなってきましたから、あと一問だけ。 今回、複数の後見人を認めるということなんですが、今まで、解釈上複数の後見人は認められない、解釈上というんですか、認められないという制度でやってきました。その理由は、後見人間において意見が分かれた場合困るからと。そういうようなことが教科書に載っておったわけでありますが、その辺について、今回複数の後見人を立てる場合どのように手当てされているか、あるいは法務省としてはどのように整理されてきたのか、教えてください。
○政府参考人(細川清君) 複数の成年後見人が選任された場合でございますが、この場合に各成年後見人の権限の行使の矛盾、抵触を防止するために、必要があるときは家庭裁判所は審判により複数の成年後見人が共同して、または事務を分掌してその権限を行使すべき旨の定めをすることができることとしております。これは改正する八百五十九条の二の第一項でございます。そして、権限の共同行使の定めがされると、複数の成年後見人は各自が単独で権限を行使することができなくなり、全員の意見が一致した場合にのみ権限の行使ができることになりますので、権限の矛盾、抵触は生じなくなります。 また、権限の分掌の定めがなされますと、複数の成年後見人がそれぞれ別個の事務について権限を行使することになりますので、やはりこの場合にも矛盾、抵触は生じないということになるわけでございます。
○魚住裕一郎君 ということは、権限の分掌ということは、ある意味では特別代理人類型といいますか一元的な制度を立てるべきだと、そういう議論はありますけれども、その発想を取り入れたというふうに理解していいんでしょうか。
○政府参考人(細川清君) この点は、法改正の準備作業で各界の意見を伺った場合に、やはり複数の後見人等が必要な場合があるという御意見が多数ありましたのでこうしたわけですが、そこで述べられた理由といたしましては、やはり大変たくさん財産を持っておられる、あるいは遠隔地に財産があるとか、あるいは身上監護と財産管理とは別の人に、それぞれ専門家にお願いした方がいいとか、そういう事案が考えられると。そういう場合には、常に一人でなきゃいけないというのはちょっと硬直的過ぎるので複数でもできるようにした方がいい、そういう御意見でございましたので、私どももそれが適当ではないかと考えた次第でございます。
○魚住裕一郎君 終わります。
○橋本敦君 私は、法案の内容に入る前に、形式的な問題ですが、広中俊雄教授が法律時報の七十一巻六号で指摘されております表記の問題について政府の見解をただしておきたいと思うのです。 言うまでもないことですが、我が国の日本民法典は二つの法律によって生み出されたという経緯があります。一つは法律八十九号、明治二十九年、民法第一編、第二編、第三編。第二の法律は明治三十一年の法律第九号で、民法第四編、第五編、こうなっています。したがって、民法全体を表示する場合は法律八十九号、法律九号、この二つの表示が必要ではないかという問題がこういう経緯から出てくるわけでございます。しかし、その後の経過の中では、定着した立法実務の中では、この法令の番号、公布年の表示は八十九号を主として書いているということで実務的に来ているわけです。 私は、こういう経過を考えてみますと、広中教授が言っておられますように、こうなった大きな経過というのは、戦後の昭和二十二年の法律第二百二十二号による民法改正によって民法典の性格を根本的に一変させることになりまして、個人の尊厳と両性の本質的平等、これを統一的な理念として親族編、相続編の抜本的な改正がなされ、そしてまた、こういう関係から全体を一つとして、区別することなく民法の一部を次のように改正するというやり方でこのときやられた。国民の意識としても、広中教授が指摘されておりますが、民法を二つのものじゃなくて一つのものとしてとらえるという市民的感覚というのは今日我々の中に定着していると言ってもよいわけでございますから、そういう意味では、民法典が、成り行きは二つの法律でできたけれども、一つの民法典ということで存在しているという規範的意識が国民の中にあるわけでございます。 そこで、民法典を指摘する表示としてはこれを一つのものとしてとらえることとして、民法の括弧書きは常に明治二十九年、明治三十一年、この両法律の併記ということで八十九号、九号、これを併記するというのが一番合理的ではないかという指摘がされているわけでございます。 しかし、今回の民法改正法案ほか関連三法案については、これはいずれもこの点については法律第八十九号だけが括弧書きで指摘をされているわけでございますが、この表記の問題、民法典の成り行き、生い立ち、経緯、今日までの経過を含めてこういうことになってきたこと、そしてまた、政府としては今後この点は二つきちっと表記をするということにするのか、このように一つだけでいくということにしていくのか、その点について政府の見解をお示しいただきたいと思います。
○政府参考人(細川清君) これは、昭和六十二年の養子法の改正のときにも同じ問題があったわけですが、そのときも今回と同じような法律番号の表記をしております。そのときに、内閣法制局とも打ち合わせまして、今後とも民法はこの一本の、要するに御指摘の明治二十九年法律第八十九号で引用するのが適当であるという結論になったわけでございます。 理由を簡単に申し上げますと、私どもの考え方は、民法の第四編、第五編は、一編から第三編の追加的改正であるというふうに理解するわけです。そして、我が国の立法実務におきましては、既存の法律の一部を改正する法律、つまり追加的改正を含めまして既存の法律の一部を改正する法律は、改正の対象たる既存の法律とは別個独立の法律ではあるけれども一部改正法が施行されたときには一部改正法の本則の定める具体的内容は既存の法律に溶け込み既存の法律とは同一性を持って存続するとの理解に立つ、こういうことでございまして、例えば刑法は全部今平仮名になっておりますが、あれも法律番号としては一番最初の明治時代に制定をしたときの番号になっていますのも今申し上げたような考え方に立つものでございます。
○橋本敦君 今回の民法の改正ということになりますと、内容的には法律第九号、民法の第四編、第五編ということにかかわってくるわけです。にもかかわらず、それはいいんだよと、今おっしゃったようなことで。ということは、これはもう政府の内閣法制局も含めた統一見解として今後もこれでいいんだということで処理されていると、こういうことですか。 そうしますと、こういう意見が、広中さんのような意見がいまだにあるんですが、この問題についてはもう政府としては、見解の相違ということで、これでいきたいと、こういうことでいいんですか。
○政府参考人(細川清君) 御指摘のとおりでございます。法律の題名の下に括弧書きを書くのは、要するに法律を特定するためにだけやっているわけで、それ以外の意味もないわけですので、それでよろしいんではないかというのが現時点での私どもの考え方でございます。
○橋本敦君 いろいろ議論は残るかもしれませんが、その点はそういう意見のようですから、これでおいておきたいと思います。 次に、公費助成の問題についてお尋ねしたいと思います。 きょうも参考人から、今回の法案を実際国民が利用しやすい方向で広まっていく、また広めていく、そういう観点から、費用の問題、公費助成ということが大事ではないかということが指摘をされました。 日本社会福祉士会の池田恵利子副会長から私のところにファクスが参りまして、成年後見制度の整備を理念的には結構、大変よいと思うとした上で、実際の運用面での心配事項として指摘をされておりますのが、この後見制度の利用費用が一切被後見人の自費によるというのが原則になっている、こういうことなどを挙げられているわけです。そして、厚生省が十月から進めている地域福祉権利擁護事業では、契約締結能力のない人は成年後見制度にすがると、こうなっているけれども、資力のない人はうまくそのことがソフトに進んでいくだろうか。実際上、費用の点でこの後見制度利用の門戸が事実上閉ざされるという心配はないのか、こういう指摘がここでもされているわけです。 そういう意味で、今後、この運用については費用負担をどうするかということは、これは制度の根幹をなす問題に私はなってくると思うんです。というのは、恵まれた富裕な方、こういった関係での後見制度の運用というよりも、むしろ一般庶民を含めた、高齢化を含めた、そういうところに多くの期待がかかってくるからです。 そこで法務省に伺いますが、諸外国で公費助成を積極的に行っている例があると伺っておりますが、わかっている範囲で簡潔に教えていただけますか。
○政府参考人(細川清君) ドイツにおきましては、世話人は被世話人に資力がないときはとりあえず国庫に報酬を請求することができるようにしておりまして、国庫が報酬を立てかえて世話人に支払ったときは被世話人に対する報酬請求権が国庫に移転するという立てかえ払いの制度があると承知をしております。
○橋本敦君 その他オーストリア、フランス、スウェーデン、アメリカ等の資料が私の手元にもあるんですが、法務省はここらあたりをお調べになっていらっしゃいませんか。
○政府参考人(細川清君) すべてを詳細に承知しているわけではございません。
○橋本敦君 オーストリアでは、成年後見人の費用、報酬、この点は原則は無償ということで、裁判所の裁量によって本人の年収の五%以内ということにされている。そして後見人の選任費用の負担は連邦の立てかえ払い、こうなっております。 フランスでは、裁判費用は無償ですから申し立てについては心配ありません。医師等の鑑定費用のみ原則として本人負担ですが、国が前払いをするということになっているんです。そして、後見人の費用、報酬等は、これは家族会というのがございまして後見人への報酬はここで決めるわけですが、実際には私人の後見人には原則として無償、法人の場合に有償になるという運用をやっているということでございます。 それからスウェーデンの場合を見ますと、申し立てにつきましては本人または地方自治体、これが費用を地方自治体負担ということで申し立てがしやすいようにしております。そして報酬等につきましては、これは本人に財産がなければ地方自治体の負担ということで公費負担でカバーしておる。 アメリカの場合は、申し立てについては、本人に資力がなければカウンティー、郡です、これが負担をするということになっております。そして後見人の費用等については、これは裁判所が後見人の実情を考えて申し立てに基づいて決定をして本人負担が過大にならないような配慮もする、こういう仕組みになっているわけです。 こういうことが私の手元にあります資料で明らかなんですが、法務省は今ドイツのお話をされましたが、こういったところにまでまだ調べをしていらっしゃらないように思います。 そこで、大臣に御見解を伺いたいのですが、公費助成制度を今後どう仕組んでどうつくっていくかというのはこの後見制度を運用していく国民課題として大事な問題として残っているわけです。我が国でもこういった諸外国の例を参考にしながらいいものをつくっていかなくちゃならぬと思いますが、大臣の御見解を伺いたいと思います。
○国務大臣(臼井日出男君) 今、私どもの方からドイツの例を出させていただきましたが、委員は各国の例をお引きになられまして、私どもも鋭意勉強させていただきたいと思います。 いわゆる成年後見制度のあり方につきましては、公費助成が行われている例というものも含めまして、諸外国の制度やその運用の状況というものを参考にすることは大変重要なことだと思っております。もっとも、成年後見制度は本人の利益の保護の観点から本人の財産管理等を適切に行うために利用されるものでございますので、成年後見人等の後見事務に要する費用やその報酬等の経費につきましては基本的には本人がその財産の中から支弁すべきものと考えられます。したがいまして、公費助成の問題に関しましては、社会福祉の分野におきまして本人の日常生活に必要な援助を行うための利用者支援の取り組みにつきまして、成年後見制度との連携、補完を視野に入れながら国民的な広い立場で今後検討は進めていくということが必要だと思います。
○橋本敦君 参考人の御意見にもありましたが、法律扶助制度の拡充も含めて、今大臣がおっしゃる広い視野で、ぜひいいものにするように今後の検討を進めていただきたい、こう思います。 次の問題に移りますが、前回の私の質問の際に、ちょっと正確でなかったということでお答えとの関係で問題がありましたので伺いますが、法人成年後見人制度の導入に関しまして、成年後見制度の改正に関する要綱試案に寄せられた関係者の意見です。この意見で、消極意見のほかに、本人と利益相反関係にある法人を除くべきだという意見が多数あった、こういうことで私が指摘をして聞いたわけですが、この点、改めて正確に紹介をしていただけますか。
○政府参考人(細川清君) 要綱試案に対する意見照会の結果、法人を成年後見人にすることにつきましては、積極意見が五十、慎重ないし消極意見は五でございました。 この積極意見の中には、今先生御指摘のとおり、成年後見人になり得る法人の資格について何らかの規制をすべきであるとするもの、あるいは本人と利益相反関係にある法人及び法人の代表者、使用人を排除する明文の規定を設けるべきであるとするものが二十含まれておりました。
○橋本敦君 ありがとうございました。私もそれで正確だと、こう思います。 そこで、これに関連をして、法人と本人との利益相反関係における契約ということでお伺いをしたいと思うわけですが、一つの問題は、民事局長に御答弁いただいたら結構なんですけれども、この対象となる法人に特定性があるのかないのか、限定性があるのかないのかということです。 といいますのは、信託会社も含まれると私は思うんです。財産信託という関係があるわけですが、この信託銀行などはそういう意味ではノウハウ、専門知識を持っているわけですが、基本的にはあくまで営利法人ですね。 したがって、そういう関係で日本経済新聞の十月三十一日号に出ている記事なんですが、信託銀行によって遺言信託のサービス内容や料金は余り差はないが、利用するにはいろいろ問題があるんだと。まず、契約の対象とする顧客を相続財産額の最低ラインとして一億円から八千万円程度、こういうハードルを設けているところが少なくないという報道があります。営利会社が財産のある人だけにやりますよということを勝手に設けているという報道がある。これでいいのかなと。そしてまたもう一つは、各銀行とも、信託銀行では、遺族間で係争がありそうな関係のところではこれは受けつけないということで、初めからそれは敬遠するということで、要するにスムースに自分のところの信託銀行としての利益がうまく確保できるような場合にだけ引き受けますよと言わんばかりの報道があるわけですね。 私は、こういうことでこれを読みまして、こういう声が寄せられているんですが、以前は信託銀行でもよいと思っていたけれども、最近の銀行のモラルの低下を見ていると、あるいはこういう報道を見ていると、もっと信頼できる公的機関が国民にとっては必要じゃないか。今度のこういった成年後見制度の運用について、法人もこういうことで何らかのチェックをするということを家庭裁判所の方でやってくれるのか、あるいは地域の福祉協議会を通じあるいは行政を通じて何らかの住民に対するチェック機能を果たすようなサービスがあるのか、そういった不安が住民にあります。 こういう点については、法務省としてはどういう判断でどうなさるのか。あるいは裁判所によるチェック機能が働くと考えていらっしゃるのか。そこらあたりのお考えを伺って、時間が来ましたから質問を終わりますけれども、こういう国民の心配にどうこたえるか、お答えをいただきたいと思います。
○政府参考人(細川清君) この改正案では法人の資格を限定しておりませんので、したがいまして観念的には信託会社もここの民法で言う法人に入るわけでございます。 これは、多種多様な団体がございまして、私どもが想定しておりますのは、いろんな福祉関係の団体、社会福祉協議会とか福祉関係の公益法人とかあるいはいろんな弁護士会のセンター、司法書士会で設立しようとしている団体とか、そういうものが主として念頭にあるわけです。 そういう営利会社が後見人として適切かどうかは、やはり裁判所が諸般の事情を考えて適切に御判断していただく必要があるというふうに考えておりまして、またそのことはきちんとやっていただけるものと期待しているところでございます。
○橋本敦君 結局裁判所の判断ということですが、そうすると、最高裁と今後この運用について、裁判所の中でこういった問題について、判断基準とか適当な判断の問題についての協議とか、それは法務省と最高裁の間でこれから協議がありますか。全然協議なしに、今おっしゃったように裁判所に任す、こうおっしゃっているんですか、そこのところはどうなんですか。
○政府参考人(細川清君) これは立法の当初から最高裁の家庭局とは打ち合わせしながらやっている問題でございまして、ですから私どもから見れば改めて御協議することも必要ないほどによく意思を疎通しているつもりなんですが、必要とあれば、特に私どもとしてもいろいろ御助力申し上げ、いろんな資料等も差し上げたいというふうに思っているところでございます。
○橋本敦君 時間が来ましたので終わります。
○福島瑞穂君 社会民主党の福島瑞穂です。 午前中にも聞いたのですが、家庭裁判所の関与、チェック機能について、まずお伺いいたします。 私自身、不在者財産管理人、それから法定相続人不存在の場合の財産管理人をやったことがあるんですが、財産の処分については御存じのとおり裁判所の許可が必要です。ところが、新しくできた成年後見法の、八百五十九条の三は、財産上の処分について、一部の場合にしか家庭裁判所の関与を認めておりません。 八百五十九条の三は、居住の用に供する建物またはその敷地について売却などを行う場合に家庭裁判所の許可を得なければならない旨規定をしております。そうしますと、例えば家は非常にかなり質素なものだけれどもほかに株券やさまざまな財産、別に不動産を持っているという場合に、後見人は家族がなったり赤の他人がなったりする場合もありますから、もし売却をしてもそれには家庭裁判所は関与をすることができません。 そうしますと、実は成年後見制度は相続争いの前哨戦として行われる場合もあると思いますけれども、この本人の財産がいわゆる食い物にされる場合についての家庭裁判所の許可が弱いのではないかという点についてはどうお考えでしょうか。
○政府参考人(細川清君) 御指摘のとおり、居住用の財産の処分につきましては家庭裁判所の許可が要るということに今回したわけでございます。その趣旨は、居住用財産、まして住居が変わるということは御本人の心情に非常に影響があると。例えば痴呆性高齢者の場合には住居が変わると非常に痴呆の程度が進むんだというような場合もあるんだということで、ここは特に慎重にいかなければならないということがありまして、この規定を入れたことにいたしたわけでございます。 その他の一般の財産についてでございますが、まず、従来は監督人の制度としては後見監督人しかなかったわけですが、今回の改正案では、既存の成年後見監督人に加えて、新たに保佐監督人、補助監督人の制度を新設しました。それから、法人もこれらの監督人となることができることを法文上明らかにしております。 また、従来は監督人は当事者の申し立てがない限りはやれなかったんですが、監督人につきましては、今回の改正案では裁判所が職権で選べるということにいたしたわけでございます。 それから、先ほどお話がございましたが、従来監督人には報酬を付与することができるという規定がなかったので、これも後見監督人等が適切な人を得ることが難しい理由だと指摘されましたので、その報酬を付与することができるという規定も置いたわけでございます。 こういった制度をつくったわけですが、具体的な監督の仕方としましては、家庭裁判所や監督人等は後見人等に対しまして後見の事務の報告、財産目録の提出を求める、そして財産状況を調査することができるということになっています。それから、家庭裁判所は、本人の財産の管理その他の後見等の事務について必要な処分を命じることができるということになっていまして、さまざまな処分をすることができることになっています。さらに、家庭裁判所は、後見人等が不適任であると認めるときは後見監督人等の請求によりまたは職権で成年後見人等を解任することができるということになっています。 特に、包括的な利権を有する成年後見人の場合につきましては、成年後見人が民法十二条一項の、つまり保佐人の同意の要るものですが、民法十二条第一項の所定の重要な取引の行為をするにはその監督人の同意を得なければならないということに従来からなっているので、したがいましてその監督人の同意を得ないときはその取引行為は後から取り消すことができる、そして、その解釈上、その同意はあらかじめ包括的に与えられることができないということになっています。こういった規定で権限の乱用を防止することができるであろうというふうに考えたところでございます。
○福島瑞穂君 確かに後見監督人は付されるわけですけれども、なぜ成年後見制度の場合、不在者財産管理制度などに比べて裁判所の関与が弱いのかという点について、端的にいかがですか。
○政府参考人(細川清君) これは個人の財産等の処分についてどこまで国が関与していいかという問題だということだと思うんです。適切な後見人を選び、後見監督人があるということでございますので、その上にさらに国が関与するのは、いわゆる私的自治との関係で適当かどうかということが一番の原因であるというふうに考えております。
○福島瑞穂君 高齢社会も、あるいはいわゆる痴呆症と言われる人たちが何百万人と出るという事態は初めてですので、これから何か問題が起きたらぜひ考慮をお願いいたします。 次に、これは先ほど小川さんが聞かれたんですが、本人の意思をどうやって確認するのか。 例えば、午前中も田山参考人の方から、ドイツは本人のところに裁判官が出向いて意思を最低限確認するという制度もあるという御報告がなされました。私も極力裁判所が本人のいる現場に出かけて本人の意思を確認すべきであるというふうに思いますが、先ほどお答えがありましたけれども、しつこいですが、食い下がって。裁判所の機能の充実とあわせてどうお考えでしょうか。
○最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) 御説明申し上げます。 御本人の意思を確認することが今回の成年後見制度を円滑に行う上でのかなめであるという認識は十分持っております。 その方法といたしましては、私ども今、家事審判規則の改正の検討段階にあるわけでございますが、その中に一つの規定を置きまして、御本人の陳述聴取を行うという規定を置こうかと考えているところでございます。その陳述聴取の方法といたしましては、いろいろ場面によってあり得るわけでございますけれども、一つは裁判官が審判において審問するという方法がございます。いま一つは、家裁調査官が調査に赴いてそこでお会いして話を伺うという方法があるわけでございます。 どう運用するかはまさにケース・バイ・ケースになろうかと思いますけれども、こういった事案の多くのものについては、家裁調査官の活躍が期待されている部分が多いんだろうと考えている次第でございます。
○福島瑞穂君 これもほとんどすべての方が聞かれたことなんですが、家庭裁判所の充実ということが言われていると思います。 今のお答えでも、裁判官が面接をするか調査官が出向くかどちらかにしろ、とにかく充実が必要で、特に調査官の増員はぜひやっていただきたい。裁判所は極めて不思議なところで、普通の役所は増員してほしいと言うんですが、増員してほしいと余り言わない役所で不思議だなと思っているんですが、その点はいかがでしょうか。
○最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) 調査官の増員につきましては、私どもといたしまして次年度の増員要求の中で五名の要求をいたしました。しかし、これはその趣旨といたしましては、成年後見制度ということではなくして、むしろ現在私どもが抱えております家事事件の困難化という状況を踏まえて、まずはその関係の対応策を講じたいという考え方に立ったものでございます。 今、委員御指摘の、成年後見制度を踏まえてどう考えているのかということでございますけれども、今後、事件の受理状況の動向でございますとか、事件の困難度でございますとか、社会の法的ニーズの高まり、そしてさらに成年後見制度の運用の状況等を踏まえながら、家庭裁判所がその特色であります科学性、後見性といったものを十分に発揮して的確な事件処理ができますよう、事件処理の効率化あるいはOA化の推進について検討し、さらに必要に応じて家裁の人的、物的体制のあり方について検討してまいりたいと考えている次第でございます。
○福島瑞穂君 午前中、副島参考人は成年後見家庭裁判所をつくってほしいぐらいだとおっしゃったんですね。ですから、五人と言われると、みみっちいというか、ちょっと少ないと思います。 離婚事件などでも少年事件でも大変調査官にはお世話になりまして、離婚すると言っていたカップルが調査官が入ってカウンセリングしてくれることでもとに戻るとか、そういうケースを扱ったりすることもあります。私たちは法律家ですから、心理学の専門家である調査官は本当に貴重な存在です。五名と言わずばんとぜひ増員要求をしていただきたいと思いますが、いかがでしょうか。
○最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) 成年後見制度につきましては、今後の事件の動向そしてその運用状況、そしてさらに事務の改善が図れるかどうかといったことを総合的に見た上で、さらに検討していくべき問題であろうと考えている次第でございます。
○福島瑞穂君 私たちはぜひ応援したいと思っていますので、みみっちく五名とか言わずに、ぜひ増員をよろしくお願いします。 次に、これは通告していなかったんですが、小川さんの質問などを聞いてちょっと不思議というか質問したいと思ったことなので、聞きます。 安楽死などの問題なんですが、これからターミナルケアについて自分は安楽死の方がいいということを判断される方は出てくると思うんですね。先ほどは臓器移植の点で小川先生が聞かれましたが、安楽死などについて成年後見制度はどのように考えているのでしょうか。
○政府参考人(細川清君) まず、私どもが法案の作成作業でそういったことと関連していることで検討したことをまず申し上げたいと思うんですが、これは医療に関する同意というものがこの代理権の範囲内に含まれるかどうかということが検討されました。結論と申しますと、これは基本的には御本人みずからの意思が大事であって他の人が代理することはできないものである。つまり、医療契約は代理できますが医療行為に伴う医的侵襲、つまり体に対する侵害は御本人だけが決めるべきことではないか。 それで、本人に意思がない場合には、これは医療全般の問題として考えるべきである。現在は緊急避難等の法理で解決されておりますが、要するにこれは交通事故で意思がもう働かなくなった、そういう人と同じ問題ですから、医療全般の問題として考えなきゃならないんじゃないか。したがって、これは成年後見と関連して議論すべき問題ではないというのが私どもの結論であったわけです。 ですから、安楽死については、我々の検討ではしておりませんが、やはりもっと御本人の意思が重視されなきゃならない問題なので、これは他の人がかわってできるような問題ではないんじゃないか。仮に安楽死が合法だということになっても、それはなかなか他の人がかわれるような事柄ではないんじゃないかというふうに私は思っております。
○福島瑞穂君 それはわかるのですが、意識が非常にはっきりしているときに例えば任意後見制度で、ある程度はっきりしているときに任意後見制度の中で、例えば私が万が一ターミナルケアを受けた場合には安楽死を後見人が選択してほしいとか、そういう条項を結ぶということはいかがでしょうか。
○政府参考人(細川清君) これは後見人との問題よりも、まず安楽死についてどう考えるかというのが国民の間で御議論いただかなければならないことなんではなかろうか。それが国民の大方の意見で立法がなされるということであれば、その上でさらにそういった御指摘のような問題が俎上に上ってくるのではないかな、このように考えております。
○福島瑞穂君 八百五十八条についてお聞きいたします。 従来の八百五十八条は「禁治産者の後見人は、禁治産者の資力に応じて、その療養看護に努めなければならない。」となっておりました。それが新しい改正案では「療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては、」云々という文言に変わっております。身上ケア、療養看護については現行八百五十八条よりも後退した形になっていると読めるんですが、この辺はどのような議論があったのでしょうか。
○政府参考人(細川清君) 現在の御指摘の条文の問題点は立案の過程で幾つか指摘されております。 一つは、「療養看護に努めなければならない。」というのが後見人がみずから療養看護をしなければならないような事実行為も含むように読める、それだから後見人がなり手がいないんだという議論が相当有力にされました。もう一つは、「療養看護に努めなければならない。」というのはちょっと狭過ぎる、すべての後見人としての事務を扱う上においては、すべての事務はたとえ財産管理であっても本人の生活状況、環境に十分配慮しなきゃならないという二つの御指摘がありまして、そういうことからこれを改正したものでございます。 ですから、私どもとしては、従来よりも弱まったとか後退したとか、そういうつもりは毛頭ないわけでございます。
○福島瑞穂君 前回、欠格条項についてお聞きをしました。自治省の方でちょっと明確な答弁がいただけなかったというふうに思っているので、もう一度お聞きをいたします。 午前中の参考人の中からも選挙権を行使させてほしいという意見も出ました。なぜ後見人がつくと選挙権、被選挙権が自動的になくなってしまうのかについて理由をお聞かせください。
○政府参考人(片木淳君) お答えを申し上げます。 公職選挙法第十一条におきましては、禁治産者は心神喪失の状況にある者であることから、選挙権及び被選挙権を有しないとされているところでございます。今回の民法改正案では、禁治産者が成年被後見人と変わりますが、その対象者は一致するものであり、選挙時に個別に意思能力を審査することも困難でありますことから、従来の禁治産者と同様、成年被後見人について選挙権及び被選挙権を有しないこととしているところでございます。 選挙権及び被選挙権を有する者の範囲をどのように定めるかにつきましては、諸外国の状況等も含めさまざまな角度から検討すべき課題ではございますが、事理を弁識する能力を欠く状況にある者とされております今回の成年被後見人につきまして選挙権及び被選挙権を認めますことについては、慎重に検討すべきものと考えておるところでございます。
○福島瑞穂君 なぜ、事理弁識能力がないとされると選挙権、被選挙権が自動的になくなるのでしょうか。取引の安全を図るための制度と自分は投票したいというのとは違うと思います。それから、みんながなぜ今まで禁治産、準禁治産というのを恐れたかといいますと、選挙権がなくなる。みんなには投票の通知が来るけれども自分には来ない。欠格条項は結局は人間のプライドの問題につながると思います。今のお答えでは答えになっていないと思いますが、いかがですか。
○政府参考人(片木淳君) まず、今回の民法改正の経緯といいますか、その関係からお答えを申し上げたいと思います。 今回の民法改正によりまして欠格条項の見直しが行われまして、個別的な能力審査手続が整備されているものにつきましては欠格条項を削除されたわけでございますが、十分な個別的能力審査手続を有しないものあるいは資格等の性質上欠格条項による一律の審査を必要とするものについては欠格条項として存置されているというふうに承知をいたしております。 選挙権及び被選挙権については、先ほど申し上げましたとおり、選挙時に個別に意思能力を審査することは困難でありますことから欠格条項を存置したものでございます。
○福島瑞穂君 今のもやはり答えになっていないんですね。つまり、なぜ個別に判断できるか、一律的にやるべきかということを聞いているのではなくて、なぜそもそも選挙権、被選挙権が一律に奪われるのかということを聞いているのに合理的な説明はないと思いますので、この後も、済みませんが、理由を聞かせてください。 もうちょっといろいろ聞きたかったんですが、時間になりましたので、以上で終わります。
○中村敦夫君 最高裁の人事局の方へお尋ねします。 裁判官の増員について、これはもう長くて古い質問で絶えず出てくる。きょうも何度も出てきているわけですけれども、以前も私はやりました。これは司法界の七不思議ということで、いまだはっきりした理由がわからない。大変な裁判件数がふえているのに裁判官が全然ふえない。それで、司法関係者、批評家、そういう人たちに聞くと、とにかく最低三倍というものがなければ、現在の裁判が普通に行われるということは不可能だと言われています。 実際、裁判の非効率、おくれ、あるいは裁判官の非常識な発言とか間違い、そして、とても常識では考えられないような判決とか裁定がかなり多く、世の中の批判がずっと続いているわけです。さらには裁判官の自殺まであるということなんですが、なぜふやさないのかということについて、私もいろいろな理由をつくって、これですかというふうに聞いたんだが、それでもないそれでもないと。結局は漠然と印象で残っている答えというのは、様子を見て検討するというような印象の答えと、あるいは余りふやすと質が落ちるというような答えが漠然と残っているわけですが、それではちょっと納得がいかないんです。では今の質は高いのかといったらいろんな議論になってしまうわけですね。私、質の問題ではなく、やはり量の問題だということです。それでもふやさないとなれば、わかりやすい明確な答えを用意してもらわないと困るんです。 我々の方で一生懸命考えて、その答えを想定してみるんですけれども、最近言われているのは、結局これは少数者で権力を独裁したい、独占したいという、何かずっと続いている裁判所の哲学みたいなものがあるんじゃないか。要するに、数がふえると独裁が難しくなる、独占が難しくなる、権力が分散してしまうような恐怖があって、何かそういう幻想でもって裁判所というものが固まっている。なかなかそのマインドコントロールから解けていないんじゃないかというようなことが言われているわけです。 もしこれが本当だとしたら、国民にとっては大変迷惑な話なわけでして、そんなことは全く裁判所の権威とか、裁判が非常によくなるということについて、数をふやして害があるなどということは整合性がないわけなんですね。ですから、なぜふやさないのかということを明確に答えていただきたいと思うんです。
○最高裁判所長官代理者(金築誠志君) この問題は、委員からも御指摘がありましたようにたびたびお尋ねがありまして、従来からお答えしているところでございますので繰り返しという点もございますが、改めてお答えいたしますと、裁判所といたしましては、これまでも適正迅速な裁判を実現するために訴訟手続の運営改善あるいは裁判官の執務環境の整備に努めてまいりましたけれども、それとともに毎年、司法修習生からの任官希望者の数なども考慮しながら継続的に裁判官の増員を図ってきたところでございます。 現に平成二年度から十一年度までの十年間で合計百三十一人、判事補が百二十六人、簡裁判事が五人ですが、百三十一人を増員しておりまして、来年度、平成十二年度の概算要求では、これは来年度は司法修習制度の変更に伴いまして二期分の修習生からの採用が可能という事情がございますが、来年度は七十人の裁判官の増員をお願いしているところでございます。 裁判官の増員というのは、詰まるところ、適正迅速な裁判を実現するためのものでございますから、事件数の動向を見ながら、訴訟関係人の協力や訴訟手続、管理運営方法等の改善など、いろいろなさまざまな方策を講じつつ増員のあり方について検討する必要があるわけでございます。 近時の社会経済情勢の変化等を反映いたしまして裁判所に提起される事件は全般的に増加しておりますし、裁判所としてもこれに対応して人的体制の整備を図ってきたつもりでございます。特に民事事件につきましては著しい増加を示しておりまして、現在の社会経済情勢を踏まえますと、このような事件数の動向が当面は継続するものと予想されるところでございます。そこで、裁判所といたしましては、このような事件数の動向を踏まえて、今後とも適正迅速な裁判の実現を図るために必要な増員を図っていきたいと考えております。 なお、政府に置かれました司法制度改革審議会におきまして、今後、法曹人口全体について論じられ、また将来の裁判のあり方についても検討されるというふうに聞いております。その中で裁判官の規模等についても当然議論がなされるものというふうに考えておりますので、長期的にはこの審議会の意見をも踏まえて検討していくことになると思います。 御質問の中で、少数者で権力云々というふうな哲学があるのじゃないかというふうなお話もありましたが、今申し上げたようなことが増員の方針でございまして、決してそういう哲学を持ってやっているというわけではございません。
○中村敦夫君 圧倒的に不足しているとだれもが言っている、世の中もそう言っている。ですから、やはり大きなスケールのチェンジでもってふやさなきゃいけないという質問なんですが、それに対してはずっと、これから考えていくと。過去にも既に、大変で、今も大変だと言うんですが、これから考えていく、ちょびちょびふやしていくということですから、やはり本当の七不思議の答えとしては私はほかの人に聞かれて説明ができないということが続くと思うので、次にまた別な答えを想定してきますから、もうちょっと前向きな決意を聞かせていただきたいと思うんです。 つながっていく話ですけれども、今度、成年後見法が施行されると家庭裁判所の問題というものが大きくなります。おとといも聞いたわけです。やはり圧倒的に人材が足りないんじゃないか。きょうの参考人にお聞きしましても、田山参考人は、もう足りないことはわかっている、ですから何か起こったら柔軟にどんどんふやしていかなきゃいけない。副島参考人にしては、これはもう家庭裁判所がもう一つ要るということを明確に言うんです。そのぐらいのことをしなければだめだろうと。これは、様子を見て考えるんじゃなくて、常識で考えてもわかると思うんです。 おとといの私の質問で、効率化とOA化、きょうもそういう答えがありましたが、それによって何とかやると。どちらにしてもふやしたくないというような答えの傾向なんです。ところが、この問題に限りましてはOA化、効率化というのはできないんですよ。つまり、七十五歳のおばあさんをコンピューターに入れて一律にして一律の対応をするというような性質の話じゃなくて、これは本当に複雑な一人一人に対してマンパワーで対しなきゃいけない、そういう種類の仕事なんですね。ですから、それはちょっと答えにならないんじゃないかなというふうに考えているんです。どうでしょうか、その点。
○最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) 御説明申し上げます。 私が前回御説明申し上げたことに関する御指摘というふうに伺ったわけでございますけれども、私どもといたしましては、成年後見事件もあれば他の家庭裁判所の家事事件、少年事件等もあるわけでございまして、ある事件がふえてきたと仮に仮定した場合には、家庭裁判所の処理全体を見ながら、その中で効率化を図れる部分、OA化によって処理が効率化できる部分があるかといったことを見ながら、その全体の事務のあり方というものを見た上でどうするかを考えていく必要がある、こういうことでございまして、その趣旨は、成年後見制度についてOA化で簡単に処理をしようという趣旨ではないということは御理解いただきたいと考えております。
○中村敦夫君 ですから、なぜこの大幅な増員計画、もう大変な混乱が来るか仕事が絶対できないかという二つの事態しか予想できない、それなのに様子を見てからという答えしかないということが非常に疑問なんです。 この理由もいろいろな人に私は聞いて歩きました。その中にはこういう説もあるんです。最高裁と労働組合との間に家裁調査官研修所の統合をめぐる綱引きがあるんだ、そうなると、簡単に増員すると労働組合の発言力が強まってしまって困る、これも原因じゃないかというような声もありました。 しかし、もしこれが大きな原因だとしたら、これは国民にとってえらい迷惑なんです。法律の施行の問題、そして国民が便利にそれを使えるという問題とは全然別の原因でもって増員がされないということになっては大変だと思うんですが、これは解決の道はないんですか。
○最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) ただいま増員をしない理由についてこういう指摘があるという御指摘がございましたけれども、私どもとしてはそういうことは全く考えていないというふうに申し上げておきたいと考えております。そしてその上で、解決の道はないか、こういう御指摘でございますけれども、私どもといたしましては、事件の受理状況等を見ながら、そしてその事務の改善の方策を講じながら、その上での人的体制の整備について考えていきたいと考えている次第でございます。
○中村敦夫君 納得は全くできないので、また永遠のなぞとして、その原因について考えていきたいというふうに思います。 質問を終わります。
○委員長(風間昶君) 他に御発言もないようですから、四案に対する質疑は終局したものと認めます。 本日はこれにて散会いたします。 午後四時三分散会