青少年問題に関する特別委員会 第8号
- 発言数
- 131 件
- 登壇者
- 18 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1999/08/05
会議録
○石田委員長 これより会議を開きます。 青少年問題に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。太田昭宏君。
○太田(昭)委員 公明党・改革クラブの太田昭宏です。 冒頭にやらせていただくことにつきまして、委員長、また諸理事の皆様方に大変御迷惑をかけましたが、ありがとうございます。 青少年問題審議会の答申は、率直に言いまして、大変努力された結果が私はあらわれているのではないかというふうに思います。そしてまた、青少年は地域社会からはぐくむという視点から、社会全体の意識改革の必要性、また、新たな地域コミュニティーを基盤とした多様な活動、取り組みの促進、さらにはまた、青少年育成の総合的な推進体制づくり、こういうことについて提言をされております。私は、この努力された提言をどう具体化、実施するか、これこそが大事だというふうに思っております。 まず、この答申を受けて政府はどのように対応していくのか。また、提言の実施に当たっては、文部省、総務庁等それぞれの所管省が真摯に取り組むとともに、関係省庁の連携を強化し、政府全体として総合的に推進していく必要があると考えますが、どのように取り組んでいくのか、総務庁長官にお答えいただきたいと思います。
○太田国務大臣 この答申は、社会の構成員一人一人に向けた問題提起であるとともに、二十一世紀の青少年行政の基本的な方向を示したものと受けとめております。 答申には、既に取り組みに着手されているものから中長期的な検討課題までさまざまな施策の提言が盛り込まれておりますが、今後、政府としては、答申の趣旨を十分尊重し、一体となって青少年を育成するための社会環境づくりを推進してまいりたいと考えております。 総務庁としても、明日、関係省庁から成る、局長クラスでございますけれども、青少年対策推進会議、各省庁を通じた会議を組織しておりまして、その場に私も出席をさせてもらいたいということで出まして、関係省庁の施策の充実や改善などの検討を促していく所存であります。 国民への啓発、そして青少年に関する情報基盤の整備などを通じて国民的な取り組みを促進するというようなことで、答申の趣旨の実現に努めてまいりたいと存じております。運動でございますので、各省庁もその気持ちになってもらわなくちゃいけないわけでございまして、そのために一生懸命リーダーシップをとってまいりたいと思います。
○太田(昭)委員 今長官おっしゃったけれども、運動であるし、全体的に青少年問題というのはあらゆるところに関係してくるというわけでありまして、そういう意味では、今回の答申の最後のところに、今後の検討ということで、答申でも青少年育成基本法の制定ということを提言しているわけですが、当然中身までは詰まっていない。この基本法というのをつくった上で、さらに具体的なアクションプログラムというようなものが必要だということで、青少年プランということも、これは仮称で提案をされているわけです。 私は、この青少年育成基本法の制定、さらにはまた、これを五年なら五年ということでどういうふうに展開していくか、アクションプログラムといいますか、そうしたものの策定が非常に大事だというふうに思っておりますが、この点については、具体的にどういうような考え方あるいはプログラムを考えているのかということをお答えいただきたいと思います。
○川口説明員 青少年問題審議会の答申におきましては、「青少年の育成に関する基本的な法律の制定に向けて検討すべきである。」というふうにされており、「関係方面において、具体的な検討が進められることを強く期待する。」というふうに述べております。 この法律につきましては、今後、答申の指摘や本特別委員会を初めとする関係方面における議論の動向等を踏まえつつ、総務庁としても、青少年の育成に関する基本的な法律について幅広く検討を進めてまいりたいというふうに考えております。 それから、いわゆる青少年プランというものでございますけれども、答申におきましては、国の青少年政策を総合的かつ計画的に推進していくため、青少年育成の基本理念、政策の推進に係る基本方針、重点課題等を国民に明確な形で示した国の青少年政策の基本となる計画を策定すべきというふうにされておりますけれども、現在、関係省庁から成る青少年対策推進会議におきまして、政府の青少年行政の基本となります青少年対策推進要綱というものを定めまして、関係施策の総合的な推進に努めているところでありますけれども、今後、答申の指摘を踏まえまして、国の青少年行政の基本となる計画のあり方につきましても、関係省庁とも連携をとりつつ検討してまいりたいというふうに考えております。
○太田(昭)委員 答申で検討すると言って、政府も検討しますと言って、みんなで検討しているということよりも、答申でこういうのがある、要するに何をやるか、どこがやるかということが私は非常に大事だと思うのですが、長官、この基本法の制定等について、総務庁として、検討するんじゃなくて、やるならやる、役所でやらないなら議員立法なら議員立法でやりましょうとかいうような提案とかありますか。
○太田国務大臣 私は、この青少年の問題というのは、答申にもありますように、国民全体の問題であり、一人一人の問題でありますし、それは役所で考えるというよりも、今のようなお言葉をいただいたので安心してお話をしますけれども、役所で考えるというよりも、やはり国民の代表たる政治家が、この基本的な考え方、理念、哲学、二十一世紀はもうすぐでありますけれども、どうやって、どういう国民を目指すかということは政治家が考えるべきテーマではないかというふうにむしろ思っております。 総務庁の責任者として、別に、こういう答申に盛られましたこの基本法の検討ということについて、それはやぶさかではございませんけれども、もし太田委員がリーダーシップをとられてそのような青少年の基本法をつくろうということであれば、私はそれこそ、大臣をやめた後にも駆けつけたいというような心境でございます。
○太田(昭)委員 どっちの太田がやっても結構なんですが、とにかく、これはしっかりやらなくてはいけないことだということで、決意を伺ったというふうに私は思いますので、忘れないようにひとつよろしくお願いしたいと思います。 私がこういうことを申し上げますのは、結局、省庁再編という中で、総務庁の中で、十人ぐらいだったようでありますけれども、青少年対策本部ということで一生懸命やってきた。また答申もいただいた。なかなかこの審議会の答申というのは、何回も何回もやったということが本当によくあらわれているというふうに私は思います。大変熱心にやられている。 しかし、審議会も今回で廃止になる。遺言のつもりでこれはやったかもしれない。しかし、この青少年の対策本部が今度どこへどう行くのか。内閣府に行って全体的な立場でという、そういうことは、ある意味では高い立場といいますか、格は上がるかもしれないけれども、しかし、今までやった人たちがどうなるのか。それは、各省庁というものを本当に統合したり総合化したり調整するというような権限があるのか。 審議会が廃止になります、内閣府に行くようでございます、さあ、一体だれがやるんだ、どういうリーダーシップをとるのかということで、私は、せっかく青少年のこういう委員会ができたということについても、きょうは文部大臣まで出ていただいて、二人の大臣に出席をしていただいているけれども、これから青少年問題は特に、日本で一番大きな課題であるかもしれないし、それには、何人になるかわかりませんけれども、プロというものが、プロ集団がやらなくちゃいけない。広範な知識も必要であるし、総合的な力も要るでしょうし、社会の見方もあるし、現場感覚ということも大事であるし、各家庭や学校やそういうものがどうなっているかというような、非常に現場に足のついた、そういう感覚というものが非常に私は必要だというふうに思っております。 そういう点では、やはり青少年問題のプロを育成すべきだというふうに思っておりますし、内閣府に行って、これからどこが指揮をとるかというときのその橋渡し役は総務庁長官はしっかり見届けないといけないというふうに私は思っておりますが、その辺、プロ集団をつくって、この青少年問題は、だれが核になって一体やっていくかということについては責任を持っていただきたいと思いますが、いかがですか。
○太田国務大臣 内閣府に青少年対策の機能を負わせるということについては、さまざまな議論が途中経過でございました。その中で、いずれの省庁が運動したというわけではございません、総務庁はそんな運動はしておりませんけれども、自然発生的に何人かの方々から、内閣府でこの青少年対策の機能を担うべしという重大な問題提起もございました。 内閣府に設けるということは、まさに内閣府は、政府全体の企画立案、そして総合調整を果たす一格上の役所でございますので、機関でありますので、ここに置かれるということは、いかに青少年対策が重視されたかということを証明するものだと自負をいたしております。 埋没をするというようなことは絶対にないようにいたしたいと思いますし、また、どんなに立派な機関をつくったとしても、そこに熱情がなければこれは意味がないわけでございまして、そのような情熱というのは、ぜひともここにおられる委員の皆様方が原動力になっていただきたいと思うのであります。
○太田(昭)委員 私は答申を見まして、実は我が党は七月二十四日に第二回の党大会を開いて基本政策をさまざままとめたのですが、我が党では、教育ということについては、地域に開かれた創造的な教育改革ということを打ち出して、この答申と思想的にはかなり似通っている。 子供の段階のものもある、あるいは社会に開かれたということで、今までの、学校の中に閉じこもっていたということよりも、門戸を開いて、神戸のトライやる・ウィークじゃありませんけれども、外に生徒も出る、あるいは外の人ももっと中に入れる、先生も入れる、教員にも入っていただく、そうした社会とのさまざまな接点の中で、まさに社会との波打ち際の中で子供は成長する、私はそういうふうに思うわけなんです。 例えば、私たちは今回の党の基本政策の中でも、どのあたりに一番突っ込んでいったらいいのかという、そのうちの一つで、子育て支援といいますか、幼児期の教育というものが極めて大事なのではないかと。この辺は厚生省になるかどうなるか、全体を踏まえて大事な点があろうかというふうに思います。 文部大臣にせっかく来ていただいているわけなんですが、幼児期の教育というものが人間形成の上で非常に大事だ、子育てという角度という以上に、今度はそういう角度で、人間形成という観点での幼児期の教育支援体制というものが、極めて、政治として突っ込んでいかなくちゃならない問題であろうというふうに私は思っておりますが、この点についての具体策というかお考えがありましたら、また、それをぜひとも私は推進していただきたいというふうに思うんです。
○有馬国務大臣 御指摘のとおり、幼児期の、そのもう一つ前の乳幼児期と言った方がよろしいかと思いますけれども、その時期での家庭教育というのは極めて重要であると思っております。 具体的に言えば、倫理観であるとか自制心であるとか自立心、こういうふうな、我々生きる力ということをよく言っておりますけれども、生きる力の基本的なものを育成するのはまさにこの乳幼児期だと思っております。そして、心身ともに健全な子供が育っていくということは日本の国のために大変重要なことでありまして、その上での家庭の果たす役割は極めて重要だと思っております。 ですから、教育において、単に学校にすべてを任せればいいという考え方はもう古いわけでありまして、家庭と学校とそして地域社会が協力をして、乳幼児期ももちろんのことでありますけれども、さらに大きくなったときの教育を支援していかなければならないと思っております。 今御指摘の点でございますが、実は昨年六月の中央教育審議会の答申でもその点が指摘されておりますし、本年六月の生涯学習審議会の答申におきましても、家庭教育というものを充実すべきであるということが強く述べられているところでございます。 したがいまして、文部省では、このような答申を受けまして、家庭教育について、全国の親たちに考えていただくよう家庭教育手帳というものをつくりまして、学習機会の充実や相談体制の整備などを通じまして、家庭教育への支援を推進しているところでございます。今後とも、乳幼児期における心の教育の重要性を踏まえつつ、家庭教育への支援施策の充実に努めてまいりたいと思っております。 そして、この家庭教育ノートをつくる際には随分厚生省とも御相談いたしまして、特に、この乳幼児期における教育については厚生省とも協力をしてまいりたいと思っております。
○太田(昭)委員 先日の七月十四日でしたか、予算委員会で私は大臣にもお伺いしました。 私の問題意識の一つは、太平洋を挟んで、八〇年代、九〇年代と、コントラストというのは非常にある。八〇年代、アメリカは暗かったが、日本は明るかった。しかし、今は太平洋を挟んで逆転をしている。そこには情報通信というものが大きな要素である、あるいは中小、ベンチャーというものが大変な、同じ問題としては位相にあるという観点から、特に一九九五年ぐらいから、さらにインターネット・ホスト・コンピューターというようなものを見ましても、e革命、デジタル革命という中で、日本は非常におくれをとってしまっている。 成長十五分野というようなことをパラレルに考えてやっているのではなくて、情報通信という面では非常におくれているから一気にそこに突っ込んでいくというような鋭角的な対策というものが必要だということを私は言った上で、情報通信ということについての情報教育が非常におくれている。学校教育の中では、これはもっと突っ込んでいかなくちゃいけないのだという指摘をさせていただいたわけなんです。 まず、一つ目のグローバルな角度ということからいいますと、大事なことは、高度情報通信社会がこれまでの生産財中心から情報財中心のそういう社会に変わっていく、こういう見方ができると思うんですね。ところが、この情報財というものは、生産財とは違って、デジタル化され瞬時にコピーできる財として希少性が極度に低下する。これは消えていってしまう。すぐに情報はなくなる。すぐにみんなが共有するものになってくる。そういいますと、結局この情報を扱う人の側が、人間そのものが資源であって、その情報という価値をどう生かしていくかという人間の側の問題、それゆえに、情報教育というものが必要である、そして創造性の育成ということが非常に大事になる、こう思っているわけなんです。 そういう意味からいきますと、何か情報処理とかパソコンが打てますとか、そういうようなことではもうとても立ち行かない。情報社会とは一体どういうものかというそこの感覚を身につける教育が必要だというふうに思っているわけですが、この観点から、情報リテラシー向上のための情報教育の位置づけを国がしっかり音頭をとって私はやるべきだと思いますが、この点について、文部省はどうお考えでしょうか。
○有馬国務大臣 先生御指摘のとおりでありまして、私も、日本の情報教育がいささかおくれをとったことに対して大変心配をいたしております。 しかしながら、日本じゅうの小中高等学校のインターネットの完成はもうすぐでございますし、また、平成十四年度から新しい学習指導要領のもとで新設されます総合的な学習の時間などを使いまして、積極的に情報について、各学科の学習においてもコンピューターを活用したり、まさに先生のおっしゃられた、単にハードウエアが使えるというのじゃなくて、それを使いこなし自分のものにしていく、そしてまた、新しいソフトをつくり出していくような創造性のある人々を育成すべく検討を進めているところでございます。 まだまだ不十分でありますけれども、その方向に向かって一生懸命努力をしているところであることを申し上げておきたいと思います。
○太田(昭)委員 今、インターネットの話が出ましたが、日本は二〇〇一年までに一〇〇%の計画なんですが、具体的に聞きますと、今全学校の、この間まで一八%と聞いておりましたが、きのうデータが出まして、ことしの三月三十一日現在ということで三五・六%までいった。しかし私は、このままのこんなスピードでいったら計画どおりいかないのではないかな、こんなことを一つ心配しております。 同時に、パソコンも、小学校二十二台、二人に一台で指導、教員用は二台であるということで、十一年度というのですから、来年の三月三十一日までにこれをやってしまわなくてはいけないのですが、どうも進捗状況は極めて悪く、きのうこれまた発表されたわけですが、小学校で十二・九台ということは、五八・六%だ。そうしますと、一〇〇%達成は、インターネットにしましてもパソコンの配置にしても非常に難しいような気がしてならないわけで、これは大変心配しています。 ぜひともこれは実現をさせなくちゃいけないし、やったところでまだおくれているという印象を持っているのですが、これは大丈夫でしょうか。
○有馬国務大臣 今御指摘のとおりでございまして、平成十一年三月末現在で、インターネットは三五・六%ということでございます。平成十三年度までにはすべての公立学校がインターネットに接続できるよう計画的な整備を進めているところでありまして、最大限の努力をさせていただきたいと思っています。 それからもう一つは、やはりパソコンをもっと充実すべきだということは事実でございますので、これも最大限の努力をしていきたいと思っています。 ただ、もう一つ大問題が実はあります。教える先生ということでございまして、こういうことで、情報を教えられる先生たちの育成をさらに図っていかなければならないと思っております。
○太田(昭)委員 きょうの新聞に、「パソコン 半数が使えるけれど… 先生の七割授業は無理」という記事が出ておりまして、しかも、パソコンがちょっと使えればそういう人たちに、失対事業とは私は申しませんが、やっていただくというようなことでは、これはとてもじゃないけれどもできない。日進月歩というか、もう時間単位で進んでいるという状況で、民間というものを本当に活用していくとか、そういうようなダイナミックに開かれた学校というものが、教師の派遣も含めて検討されなくちゃいけない、こう思いますが、一言、最後ですが、いかがでしょうか。
○有馬国務大臣 御指摘のことにつきましては、社会人を積極的に非常勤講師あるいはそれ以外のやり方で先生としてお迎えすることが既にできるようになっておりますので、そういうさまざまな方法を使って、情報についての教育を進めてまいりたいと思っております。
○太田(昭)委員 以上です。ありがとうございました。
○石田委員長 次に、小野晋也君。
○小野委員 きょうは、両大臣御臨席のもとでの委員会で、どうかよろしくお願い申し上げたいと思います。 青少年問題審議会の答申「「戦後」を超えて」、全文を読ませていただきましたが、青少年問題について、表面的な事象をとらえての議論ばかりではなくて、広く社会全体の問題、また深くこの時代というものへの考察も含まれていて、非常に秀逸なる答申が出されたなというような印象でございました。 それを読ませていただいていたときに感じましたのが、陽明学の大家でございます安岡正篤先生が「思考の三原則」ということを言っておられるのでありますが、世の中が混乱すればするほど、変化が激しければ激しいほど、私たちは原理原則を大事にしなければならない、それについては三つの点に留意すべきだということで、一つは、目先にとらわれず長い目で見ること。二つ目には、物事の一面だけを見ないで、多面的、全面的に観察すること。三つ目には、枝葉末節にこだわることなく、根本的に考察すること。特に青少年の問題というのは、これらの原則を当てはめながら考えていかねばならないテーマだなということを改めて感じさせていただいたわけであります。 そのようなことを考えておりましたときに、もう一つ本を思い出しました。それは、グループ一九八四年というグループが昭和五十九年に出した「日本の自殺」という本で、これは当時非常に有名になった本でございますから皆さん方ももう御存じかもしれませんが、この地球の上に多くの文明がこれまで起こり、そして絶頂期を迎え、いつの間にかそれが衰亡期を迎え消えていく、これを繰り返しながら人類の歴史というものが展開されてきているわけでありますが、この諸文明というのがいかにして起こり、いかに滅びていくかということを総合的に研究してみました結果、特にその没落の原因ということについて、こういうことが書かれているわけであります。 諸文明の没落の原因を探り求めて、われわれの到達した結論は、あらゆる文明が外からの攻撃によってではなく、内部からの社会的破壊によって破滅するという基本的命題であった。トインビーによれば、諸文明の没落は宿命的、決定論的なものでもなければ、天災や外敵の侵入などの災害によるものでもない。それは根本的には「魂の分裂」と「社会の崩壊」による「自己決定能力の喪失」にこそある。 こういう指摘をされまして、さらに、では、文明が没落していくときにどういう事象を呈するのか、そしてさらに、そこから教訓を引き出すとすると、どういう教訓が引き出せるのかということで、五つの視点が提起をされているわけであります。少し長文にはなりますけれども、非常に大きな教訓を提示していただけるものでありますので、ここで御紹介を申し上げておきたいと思います。 諸文明の没落の歴史からの第一の教訓は、国民が狭い利己的な欲求の追求に没頭して、みずからのエゴを自制することを忘れるとき、経済社会は自壊していく以外にないということである。消費者にせよ、勤労者にせよ、あるいはまた政治家にせよ、経営者にせよ、利己的な衝動に押し流されることなく、自己抑制しつつ、どこかに調和点を見出そうとすることを学ばない限り、際限のないエゴは放縦と堕落に至るほかはない。 第二の教訓は、国際的にせよ、国内的にせよ、国民がみずからのことはみずからの力で解決するという自立の精神と気概を失うとき、その国家社会は滅亡するほかはないということである。福祉の代償の恐ろしさは正にこの点にある。 第三の歴史の教訓は、エリートが精神の貴族主義を失って大衆迎合主義に走るとき、その国は滅ぶということである。政治家であれ、学者であれ、産業人であれ、あるいは労働運動のリーダーであれ、およそは指導者は指導者たることの誇りと責任とをもっていうべきことをいい、なすべきことをなさねばならない。たとえ、それがいかに大衆にとって耳の痛いこと、気に入らないことであったとしても、またその発言と行為ゆえに孤立することがあったとしても、エリートは勇気と自信をもって主張すべきことを主張せねばならない。 没落の歴史からの第四の教訓は、年上の世代は、いたずらに年下の世代にこびへつらってはならないということである。若い世代は、古い世代とのきびしいたたかいと切磋琢磨のなかに初めてたくましく成長していくものである。古い世代がやたらにものわかりよくなりすぎ、若者にその厚い胸を貸して鍛えてやることを忘れるとき、若者はひ弱な精神的「もやしっ子」になるほかはない。 没落の歴史からの第五の教訓は、人間の幸福や不幸というものが、決して賃金の額や、年金の多い少ないや、物量の豊富さなどによって計れるものではないというごく当り前のことである。人間を物欲を満たす動物と考える限り、欲望は際限なく広がり、とどまるところを知らないであろう。 この五点の指摘でございまして、今回出ました答申と、この本の論じておられる主題というものを重ね合わせてみました場合に、私は、今、日本社会というものが、青少年を通して、一つの文明社会の崩壊過程に入りつつあることを示唆しているのではなかろうか、こんな印象を実は持った次第でございます。 非常に大きなテーマではございますが、先ほど、青少年の問題は政治家の立場からということを総務庁長官が言われましたが、政治家の立場から、総務庁長官というところについておられます太田長官の御見解、御見識をお伺いさせていただきたいと思います。
○太田国務大臣 「日本の自殺」、今読み上げていただきました五つの教訓は、一つ一つがまさに我が意を得たりというものでございます。 歴史を振り返りますと、幕末から明治にかけての激動期には、同じようにみんなが混乱をし、それまでの価値観が崩壊をしていく過程であったと思うわけであります。結果として新しい国ができて、そしてそれは、その後の歴史をまたどう評価するかということはあるわけでございますけれども、近代国家らしいものをつくり上げた、そのときの気概を我々はもう一回取り戻さなければいけない時代だと考えております。 今の五つの教訓は、一つ一つが現代の我々がどうかしなければいけないという問題そのものでございまして、そういうふうになっていっているというふうに憂えるものでございます。
○小野委員 特にこの五つの教訓の中の第四のところに、「年上の世代は、いたずらに年下の世代にこびへつらってはならない」。つまり、我々の世代がみずからの人生を通して獲得してきたいろいろな知識、知恵、体験、こういうものを若い世代に継承していくという努力を経ることなくして若い者を育てることはできない、育てられなければ精神的なもやしっ子を育てるばかりになってしまうではないか、こういう指摘があるわけでございまして、実は私どもも、この青少年問題は、単に論ずるばかりの問題ではなくて、やはり行動すべき問題であるという観点に立って、この七月の末に夏季青年研修会というのを私どものグループの中で開催をさせていただきました。 そこでは、高校一年生から三十歳前ぐらいの人たちに集まっていただいて、主体性ということをテーマにしての研修会をやりました。講師の方にお話をいただいたり、また古典の素読を行ったり、正座法の鍛錬、練習というのをやってみたり、それぞれのケーススタディーみたいなこともやってみながら、この青年たちに、みずからの人生は自分の力で切り開いていくものなんだぞ、人のせいにして問題をごまかしてみたり自分を甘えさせるようなことを考えていたのでは、皆さんは成長できないんだ、皆さんは生まれたときに成長する素質を持って生まれているにもかかわらず成長がとまるというのは、自分みずからがその成長をやめてしまうような要因を抱え込むから成長がとまるのであるというようなことを熱を込めて多くの講師が語りかけたわけであります。 その研修会を終えまして若い人たちがどういう反応を示すのか非常に関心を持って見ておりますと、今までこのような勉強会というのは経験したことがなかった、人生という問題をこのように自分自身で見詰めたことがなかった、非常にいい勉強になったという感想が集まってまいりました。 考えてみますと、子供たちが生まれてから、三十歳前の人になればもう三十年の人生を歩んできているわけでありますが、真っ正面から人生を見据えるということを余り経験していないのではないか。社会の風潮というものが、人生を真っすぐに見詰めるということをむしろ避けさせるような風潮として子供たちにそれを伝えてしまっているのではなかろうか、こんな印象を持たせていただいたわけでありまして、私は、先ほどの論ではありませんけれども、やはり我々の世代がもっときちんと若い世代に伝えるべきことは伝えるという毅然とした姿勢が必要なのではなかろうか、こんな印象を持たせていただきました。 それに関連いたしまして、学校教育の問題になってくるわけでございますけれども、学校教育の中でももちろん、人生を考えるという視点に立っての時間をおとりになっておられるわけではございましょうけれども、私どもが見ておりますと、それが形式的なものに終始をしてしまって、本当に子供たちの心の奥まで届くものになっているんだろうか、魂を揺さぶるような要素を持つ授業が果たしてできているんだろうか、こんな思いを持ってしまうわけでございます。 学校教育の中に、みずからが、もっと悩もう、もっと考えよう、それはすばらしいことなんだということを原点にして、人生を考える時間というものをきちんと確保して、子供たちがみずから、自分の人生がいかにあるべきか、今後の進路という問題も含めて考えられるようにしていくということが、主体性の確立ということにとって極めて大事な課題なのか、こんな印象を持たせていただいた次第でございますが、有馬大臣、この点についてはいかがでございましょうか。
○有馬国務大臣 私も、じっくりと自分の人生を考えるという時間を子供たちに持たすべきだと思っております。しかし、学校の使命の一つは、やはり知識を与え、あるいは体育というふうな技術を学ぶということも重要な役割であります。しかし、今おっしゃられたような点でも努力をいたしておりまして、特に新しい学習指導要領におきましては、人間としての生き方の指導について一層の充実を図るという観点をとっております。 いろいろな例がございますけれども、一、二、極めて重要であろうかと思うことについて申し上げますと、まず第一に、先ほども申し上げました総合的な学習の時間というところで、自分の生き方を考えることができるようにするということを示している次第であります。ですから、その時間を使って正座をするとかゆっくり物を考えるというふうなことをできると思います。 道徳におきましては、悩むとか心が揺れるとか葛藤するなどという課題を積極的に取り上げていこうと思っています。そして、人間としての生き方について考え方を深めるように配慮をするということを示している次第でございます。 さらに、ボランティア活動、社会奉仕を積極的にやっていくことの重要性、それから特に高等学校、一番重要な心の育成ということにおいては極めて重要な時期であろうかと思いますが、高等学校では公民科で、その中の現代社会または倫理を選択必修にしておりますが、そこでは、いかに生きるかを主体的に考えることの大切さを自覚させようと考えている次第でございます。 いずれにしても、生きる力ということを我々提唱しておりますが、そういうものを身につけ、そして人間としていかに生きていくべきかということをしっかりと初中教育で教えたいと思っております。
○小野委員 主体的に生きる力をきちんと教えるような学校教育を考えていきたいという御答弁、本当にそのとおりでございまして、今後の取り組みをお願い申し上げたいと思うわけでございます。 そこで大臣、私が前にある会から呼ばれまして、教育問題について講演してくれ、そのときにいただいたタイトルが実は「偏差値教育について」というタイトルだったんですね。みんなが偏差値を上げることばかり一生懸命になっていて、教育の現場が、何か問題があるのではないかという視点からこういうテーマを設定されたのだと思うんですが、招かれて私が最初に申し上げましたのは、だれも偏差値によって進路を決めろということは指導していないはずだ、文部省がそういう書類を出しているのならば見せてくれ、それは、皆さん方がそういうふうなシステムをつくったということではないのかと。 つまり、これは考えてみると、それぞれが楽をしようと考えたものの集積が今の偏差値だけで進路が決められるようなシステムをつくってきたということなんだろうと思うんですね。つまり、子供にしてみると、自分自身が人生をしっかりと見詰めながら、本当に自分が何をしたいのかということを問いかけることが大変だから、そうすると悩み考えなきゃいけないものだから、あらわれてくる数字を頼りにしながら進路を決めようとする。 親は親でどうかというと、自分の子供の適性がどういうものにあり、どの指導者について指導してもらうのが一番適切かということを親自身が歩いていって、その先生と話しながら、あなたはこの先生について学びなさいということを語れないものだから結局偏差値に頼ってしまわざるを得ない。 学校の先生も、数字でやるのが一番楽なものだから結局それを頼りにしてしまうというようなことで、世の中全体がみんな楽に楽に物事をやろうということを集めてみたら、偏差値だけで自分の進路を決めるのが一番楽じゃないですかということになってしまっているのではないだろうか、こんな気持ちがしてならないわけであります。 ですから、私は、子供たちに主体性を確立させるということになった場合に、今の学校教育の中で大学受験問題というのが極めて大きなウエートを占めているものでありますだけに、大学受験のシステムというものを根底から考え直さなきゃいけないのじゃないかというような思いを持たせていただいているわけであります。 つまり子供自身が、また親たちが、本当にいい学問ができる場所をみずから求め探して、そしてそのところに行って学べるようなシステムというのをつくり上げていくということが大事ではなかろうか、こう思うわけでございます。 例えば、例ではございますけれども、今通信衛星なんか非常に普及していますから、その通信衛星で大学の講義や研究室の紹介というのをいつも全国に流して、関心のある子供たちがその通信衛星の放送の内容を見て、ああ、自分の求めている先生はここにいるということが探せるような仕組み、また、夏休み等を使って子供たちが大学を訪問して、先生と直接に話しながら自分の進路を求めることができるような仕組み。 こういったものをつくり上げていくと同時に、大学の先生自身がみずから採用したい生徒を採れるという仕組み、成績はほかの教科は悪いかもしれないけれども、先生のお得意の物理の分野ならこいつはすごいものを持っている、おれはこの人間を育てたいと言ってその学生が採れる、こういうような仕組みも中に入れていきますならば、もっと子供たちに主体性というものの意味を幼少時から教え伝えることができるのではなかろうか、こんな思いを持っているわけでございますが、こういう提案に対して、御所見はいかがでございましょうか。
○有馬国務大臣 大学の入学試験というのは、非常にさまざまな問題を起こしているということは重々認識いたしております。 いろいろ大学も工夫をしているのですが、例えば、私は東京大学で、私の前任者が文科系に対して英語のヒアリングを課すということを決めて成功いたしましたので、理科系にも入れようといって私入れました。しかし、その入れようと決める前に、既にいろいろな塾ではヒアリングの勉強をし始めるというふうになりまして、いろいろ工夫をする、偏差値というものは考慮してないんだと言っても、皆さん非常に偏差値を重要視されるというわけで、率直なところ、私は入学試験をどうしたらいいのかわかりませんので、今苦労しているところでございます。中央教育審議会にお願いをいたしまして、入学試験をどう考えればいいかということをもう一度御検討願っているところでございます。 偏差値の問題というのは、ある意味ではある程度解決しつつあるとは思いますけれども、なおまだそういうものを重要視しようとする傾向にあることは事実であります。しかし、相当これは解決してきていると思います。 それから、もう一つ御指摘の、インターネットであるとか通信を使ったらどうかということは、よく私もその重要性について認識いたしておりますが、現在既に大学入試センターでは、入試に関する情報だけではなくて、大学教育の内容や各大学の個性、特色についての情報をハートシステムというビデオテックス通信やガイドブック等で提供しているところでございます。また、各大学も随分このところ努力をしておりまして、ビデオやパンフレットを作成したりして、生徒が直接キャンパスにおいて体験することもできるようになってまいりました。 したがいまして、そういう大学の努力を通じて、生徒、大学に来れば学生と言っていますが、特に学生諸君が学問に対する関心を高めるよう工夫を行っているところでございます。 それからまた、衛星通信やインターネットなど情報通信ネットワークの環境整備の進展に合わせまして、これからも積極的に活用しながら、適切な情報を提供すべく努力をしてまいりたいと思っています。 先生が一人二人好きな人を採れないかということ、これはアメリカの大学では私立はやっております。しかし、これは国立では非常に難しいだろうと思うのです。すなわち、皆さんに対してやはり機会均等ということがございますので、なかなか難しいかと思います。しかし、私立などではそういう工夫をすることは不可能ではないと考えております。
○小野委員 時間になりましたからこれで閉じたいと思いますが、質問通告いたしました問題、二点ありました。つまり、三十歳代、四十歳代と二十代の青年と言われる層が非常に今隔絶しているというのが実感であります。これを何とかしていく仕組みを社会的にこれからつくっていかねばならないという点。 それから、文部大臣おられますが、義務教育の六・三制について自民党内でいろいろ議論をして、やはり五・四ではないか、中学の四年課程にもっと人生を考えるウエートを持っていくべきではないか。こういうような提案を申し上げた件についての御所見をお尋ねしたかったわけでありますが、もう時間がありませんのでこれは省略させていただきますが、今後の御検討をお願い申し上げまして質問を終了したいと思います。どうもありがとうございました。
○石田委員長 次に、水野賢一君。
○水野委員 自由民主党の水野賢一でございます。小野先生の質問の後を受けまして、二十分の持ち時間の中で質問をさせていただければと思うわけでございます。 私は昭和四十一年の生まれですので、この青少年問題の委員の中でも恐らく一番若い方なのかな、そうすると、少年とは言いませんけれども、青年にはやや近い方かな、私自身ではまだ自分でも青年のつもりでもおりますけれども、そういう点では、この問題というのは人ごとではなく、むしろみずからにも非常に深くかかわる問題だ、そういう思い入れの中で質問をさせていただければ、審議に参加させていただければ、そんなふうに考えております。 さて、この委員会におきましても、これまで薬物の乱用の問題もしくは児童虐待の問題などさまざまな問題が審議されてまいりました。それらの問題というのが非常に憂慮にたえない問題であるということ、また一日も早い解決が待たれているということは言うまでもないわけでございますけれども、私がきょうここでお伺いをしたいのは、そうした問題に対する政府の取り組みの組織と申しましょうか体制と申しましょうか、そういう問題についてちょっとお伺いをさせていただければと思うわけでございます。 現在の組織についてはもう既に御説明があったわけですけれども、二〇〇一年から大きく国家の行政組織というものが変わる。その中において、どのような新体制でこの青少年問題について取り組んでいくのか。先ほどもちょっとその話があったわけですけれども、現在は、総務庁設置法のたしか第四条や七条において、青少年問題を所掌する、または、総務庁に青少年対策本部が置かれるということが定められているわけですけれども、このたび成立した内閣府設置法においては、第四条において、青少年の健全な育成に関する事項は内閣府の所掌事務だ、そういうふうに定められることになったわけでございます。 そこで、まず第一問目としてお伺いしたいのは、現在の総務庁のかなりの部分というのは新設される総務省の方に移行するわけですけれども、この中で、青少年問題に関しては何ゆえ内閣府に移行することになったのか。一部は文部科学省の方に行くんでしょうけれども、総合調整に関しては何ゆえ内閣府の所掌事務というふうになったのか。その理由もしくは意義ということについて、先ほどもちょっとその話がございましたけれども、改めてお聞かせいただければと思うわけでございます。
○太田国務大臣 委員よく御存じのことでございますが、内閣府を設置する、それは、内閣総理大臣のリーダーシップを支える、あるいは内閣総理大臣の発議権の内容を立案するということが目的で内閣府を設置するわけでございます。 そういたしますと、特に総理のリーダーシップということを強調しているわけでございますから、その総理のリーダーシップの内容をまさに何にするのか。何でもかんでもここに持ってきたらば省庁なんか要らなくなってしまうわけでございますから、重要なものをピックアップしなければいけなかったわけでございます。多くの省庁はみずからの、従来からやっております政策をぜひ内閣府の機能としてもらいたいという強い希望がございましたけれども、それを整理して最終的に残ったのが、その一つが青少年対策でございます。 従来、総務庁はそのことをやってまいりましたけれども、各省庁にまたがってリーダーシップをとっていかなくちゃいけない問題、どこの省ということを離れて政府全体として取り組まなければいけないことが総務庁に従来あったわけでございます。それは、内閣府のような役所がなかったからむしろ総務庁にあったと言っていいかと思うのでございます。企画立案、すなわち構想を描くということの機能は、総務庁ではなくて内閣府の方にあるということでございますから、まさに青少年問題はふさわしいテーマではないかと考えております。
○水野委員 よくわかりました。 内閣府というのは、その目玉の一つというのが、ほかの省庁に比べて格上の立場から総合調整を図っていく、そこに一つの目玉があると思うわけですから、私も、この青少年問題のように、まさに国家百年の計にかかわる問題、それでいて多くの省庁にまたがる問題でありますから、まさに内閣府という一段格上の立場から総合調整をしていく、そういうことに非常にふさわしい問題であり、その意味で大きい改善、改革なのかなと思うわけでございます。 あとは、組織面の方は非常に改善されたわけですから、先ほど長官も、さきの質疑においてもおっしゃっていましたけれども、いかにいい仕組みをつくっても、そこに熱情と申しましょうか情熱というものが入っていなければ意味がないという話もございましたし、仏つくって魂入れずというようなことに万々が一にもならないようにお願いをいたしたいと思うわけでございます。 さて、現在は、青少年問題に関して関係省庁が連絡をとる、そうやって取り組んでいくためには総務事務次官を長とする青少年対策推進会議というものが設置されておるということでございますけれども、これはちょっと確認としてお伺いしたいのですが、これは別に法的な根拠はないというようなこと、申し合わせだと思うのですが、その辺をちょっと確認したいのと、二〇〇一年以降、省庁再編以降において、こういう各省の連絡体制、これは内閣府が中心になるんだと思うのですけれども、まだ正式に決まっていない、青写真程度のものかもしれませんけれども、そういうものについて何かお考えがあるのか、その辺についてお伺いをさせていただければと思います。
○川口説明員 第一点の御質問でございますけれども、現在の青少年対策推進会議でございますが、これは平成元年の九月から関係省庁の申し合わせによって設置されているものでございます。 次に、二〇〇一年になったらどうなるかという御質問でございますけれども、先ほどの大臣の御答弁のとおり、青少年の健全な育成に関する企画立案でありますとか総合調整等の事務は内閣府に移ることになるわけですけれども、これに関連しまして、青少年問題審議会の答申におきまして、国の新たな総合的な青少年政策の確立を目指し、国政上の最重要課題としての位置づけにふさわしい推進体制を確立すべき等の提言がございます。 今後、この答申を受けまして、省庁再編後の新たな行政体制のもとにおける青少年行政の基本的枠組みについても、この青少年対策推進会議のあり方も含めまして、関係省庁と緊密な連携をとって検討を進めたいと考えております。
○水野委員 それでは、審議会のことについてちょっとお伺いしたいわけですけれども、行政改革の中では審議会の整理合理化ということがうたわれたことでございます。これは、総務庁長官はまさに行政改革に関しても専門家でございますので、現在二百十一ある審議会を大幅に減らしていく、削減していくわけでございます。 現在総務庁においても、青少年問題審議会、このたび答申を出されたようでございますが、この審議会も廃止というふうになった、そういう方向が打ち出されているわけでございます。この青少年問題に対する審議会が廃止された後を受けて、民間の有識者か何かから、別の形で意見やそういうものを聞き出していくという、何かそういう枠組みみたいなことを今考えていらっしゃるかどうか、その辺についてちょっとお伺いをさせていただければと思います。
○川口説明員 青少年問題審議会は廃止ということになるわけでございますけれども、青少年行政につきまして、有識者の意見とか、あるいは青少年を含めた各界各層の意見を青少年行政に反映させていくということは、今後も有益なものというふうに考えております。 青少年問題審議会廃止後のこういった有識者あるいは青少年を含む国民の意見を反映させるのにどういう仕組みをつくっていくかということにつきましては、今後検討してまいりたいと思っております。
○水野委員 今国会の中での行革特別委員会の中で、太田長官が審議会というものに対して大体こういうようなことをおっしゃっていて、私もなるほどなと思ったのですけれども、長官がおっしゃっていた要旨としては、審議会というのは普通、諮問を受けてから答申されるまでに何年かの間がある、そうすると、普通の場合は諮問をした大臣と答申を受ける大臣が別の人になってしまっていて、答申を受けた大臣というのは、自分が委員に任命した覚えもない、また自分が諮問した覚えもないような問題について答申を受けるということで、その上、場合によってはそれを尊重しなければいけないという義務まで負う、これは非常におかしいんじゃないかというようなことをおっしゃっていたことがあったと思います。 私も、なるほど、御説ごもっともだなと思ったわけですけれども、そういう長官の目からごらんになりますと、現在総務庁にも、今後廃止されるにしても、今審議会があるわけでございます。こういう審議会についても、やはり何かちょっとおかしいなとかいうような御意見というか御感想みたいなものはあるのかなと思いまして、その辺についてちょっとお伺いさせていただければと思うのです。 それと、これはニュアンスはちょっと違うのかもしれませんけれども、審議会とはいささか違うかもしれませんが、長官になられると、関係大臣ということで、橋本内閣のときにつくられた次代を担う青少年について考える有識者会議というものにも参加されることになったはずでございます。こうした長官の目からごらんになりますと、そういう青少年問題審議会とか今の有識者会議という会について、率直なところ、どういう印象といいましょうか感想と申しましょうか、そういうようなものをお持ちなのか、お伺いしたいと思います。 現在の審議会では、本当に生きた答申というのか、生きた、有益な提言というか、そういうものがちょっとできない体制というふうにお考えなのか。ここはちょっとおかしいぞというようなものがあるかどうか。これはいずれ廃止されるものにしても、今までについての御感想をお聞かせいただければと思います。
○太田国務大臣 審議会のあり方や機能はこれから変わってくると思うのであります。そして、私も、中央省庁改革の十七法案、ここにおられる委員の皆様方の御協力もありましておかげさまで成立をいたしましたけれども、そこで法律が成立をしたということで、国会全体の御同意をいただいた、審議会についての新しい考え方も御同意いただいたと思っております。 その上で私は、あと一年半あるわけでございますけれども、むしろ、なるべく各省庁においても前倒しでその精神を実践していただきたいということをたびたび閣議でも申し上げているわけでございます。 これまでの審議会は今言われたような意味の審議会でございますから、それは途中から私が出ていってやめろとかあるいはもっと変わった形にしろということを言うのはこれは失礼な話でございますので、そこはこれまでの秩序に従って私も尊重していくという考え方でおります。また、幸いにして、有識者会議におかれましても、あるいは今度の審議会の答申につきましても、まことに立派なものができているわけでございますので、これは幸いでございました。 しかしながら、実際には諮問をしておるのは政治家たる大臣であって、その大臣がこういうことを聞きたいんだということは、私はその場にいなければ、諮問をする側がその場にいてよく説明をしなければ、わずか数行の、諮問案はこれでありますということを示しただけでは、そこにいるいかに優秀な人たちだって、人の考え方、その政治家の考え方がわかるはずがない。たびたびそこに出ていって、きちんと、自分はこういう考え方を持っておるがどうかということを聞き、それに対する答えを聞いて、いや、そうではない、こう思っているんだということをやりとりをしないと、諮問権者である大臣が聞きたい答えは本当に返ってこないはずでございます。 ですから私は、諮問をした側は、極力委員会に出ていって審議会の委員とともに議論をすべきであるということを言っているわけでございます。そのようなことが実践されれば、その内容も今までのことと違って、ぽんと投げ出されて二年か三年かほったらかされたときに、本当に政治家は、あるいはこの内閣は、この大臣は、自分に情熱を持って問いかけをしているのだろうかということを私はやはり考えると思うのですね。ですから、そこは常にこちら側も出ていって、これだけの熱意を持ってお聞きしているのだということがあって初めてよい答申が出てくるのだと思うのでございます。
○水野委員 長官のおっしゃっていることはよくわかりました。ここで少し時間がありますので、もう一問だけ質問をいたしたいと思うわけでございます。 これは一番最初の問題点、つまり青少年問題が内閣府の所掌事務になるという話に戻るわけですけれども、具体的に内閣府の中で何か青少年問題を担当するような一つの局みたいなものをつくるとか、その辺についてどうお考えなのか、お伺いしたいと思うわけでございます。 かつて総理府の時代に、昭和四十一年から四十三年までの間は総理府の中に青少年局というものがあり、その後青少年対策本部に組織がえをされたという経緯があると思うわけですけれども、この辺について、事務方でも結構ですので、今どういうお考えを持っていらっしゃるか、御説明をいただければと思います。
○松田政府委員 お答え申し上げます。 先ほど大臣から御答弁申し上げましたように、内閣府におきましては、まさに一段高い立場から青少年健全育成に係る総合調整業務を行うことになるわけでございます。このため、内閣府において、機動的、弾力的にかかる事務を遂行できますように、局長級の分掌官を数名配置する予定にいたしております。そのうちの担当の局長級の分掌職が管下の組織を駆使しまして、この問題に対応していくということになっております。
○水野委員 先ほど時間が少しあるのでもう一問だけ質問いたしたいと思いますと言ったのですが、まだもうちょっと時間があるみたいなので、さらにもう一問質問させていただければと思います。 内閣府設置法において、内閣府が青少年問題を担当するということが書かれておるわけですけれども、一方、文部科学省設置法においても大体同じようなことが書いてある。ただ、文章的には、内閣府の担当するもの以外のことを文部科学省の方が所掌するというようなことが書いてあると思うわけですけれども、この役割分担というのはどういうふうになっているのでしょうか。 大体イメージとしては、総合調整にかかわるようなものが内閣府なのかな、それに対してやや個別的な問題が文部科学省というふうになるのではないのかな、私はそんなふうにイメージはしているのですけれども、それで正しいのかどうか、その辺についてちょっとお伺いをさせていただければと思います。
○松田政府委員 お答え申し上げます。 先生御指摘のとおりでございまして、中央省庁等改革基本法におきまして、青少年育成行政のまさに総合調整事務、これにつきましては一段高い立場から内閣府において行う。そして、現在青少年対策本部が行っております個々の事業につきましては、専ら教育科学省、新しい名称では文部科学省ということになりますが、そこで行うことになるわけでございますが、特に重要な事業等につきましては、この内閣府が主導して事柄を進めていけるように調整を図っているところでございます。
○水野委員 以上をもちまして、私からの質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。
○石田委員長 次に、松浪健四郎君。
○松浪委員 自由党の松浪健四郎でございます。太田委員、小野委員、そして水野委員は、青少年問題の根幹にかかわる哲学等、重要な高尚な質問をしてくださいました。ちょっと気が引けるのですが、私は極めて具体的な質問をさせていただきたい、こう思うわけであります。 過日、青少年問題審議会は「「戦後」を超えて—青少年の自立と大人社会の責任—」という答申を出されました。これを開いてみて私はやはり気になりますのは、当委員会でも議論されてまいりました青少年の薬物の問題についてであります。そして、この答申の中には「青少年を非行から守る環境づくり」、その中に薬物乱用防止教室や総合的な非行防止教室の開催の推進ということが書かれてあります。私はこの薬物の問題こそ、大人社会の責任ではないのかという思いを持っております。そこで、大して時間がございませんので、極めて具体的な質問をさせていただきたい、こう思うわけであります。 薬物乱用対策推進本部はこの五月の十八日に「平成十年度薬物乱用対策推進状況」というものを出しました。その中で、各省庁は一生懸命に取り組んでおるわけでございます。しかしながら、覚せい剤戦争を迎えている今日、第三期の薬物乱用期にあって必ずしもうまくいっていない、そういうふうな印象を私自身は受けております。きょうは、大蔵省がどのように取り組んでいるか、このことを聞いてみたいと思います。 そこで、薬物の問題の中で一番大切なのは、四面を海に囲まれたこの国にありまして、いかにして薬物を持ち込ませないかということが大きな問題であろうかと思います。つまり、水際でどういうふうな形で防止することができるかということであります。そこで、まず、薬物を持ち込ませない、そのためには水際で最も効果的な方法はどういうものがあるのか、お尋ねしたいと思います。
○森川説明員 大蔵省関税局の監視課長でございます。よろしくお願いいたします。 お答えいたします。 関税局、税関といたしましては、先生今おっしゃいました不正薬物等の社会悪物品の水際阻止というのは、最重要課題の一つというふうに位置づけております。そのために、どういう点に力を入れているかというのが三点ございます。 一つは、エックス線の検査装置とかあるいは麻薬探知犬、そういった水際取り締まりのための機器とか手段を拡充していくというのが大きな一つとしてございます。 それと、もう一つは、警察とか海上保安庁といった関係の取り締まり機関と合同の取り締まりをやる、そういったことを通じまして連携強化を図っていく。税関だけでできることには限界がございますので、そういうことをやっていくというのが一つ。 それから、最後の一点は、持ち込まれる貨物というのは非常に大量にございますので、それを的確に検査していかなければいけない。検査対象貨物というのを絞り込まないといけないという問題がございますので、そのために国際機関等を通じた情報交換をする、情報を収集して分析するということがございます。 こういった三点に力を入れておりまして、この結果、現在、不正薬物の国内押収量に占めます水際における摘発というのは六割から七割に至っているというふうに考えております。今後とも、水際取り締まりには全力を尽くしてまいりたいと考えております。
○松浪委員 三つ重要なことがあるというふうに伺ったわけであります。最初は、エックス線の検査装置、そして麻薬探知犬、これが効果があるというふうにお伺いをいたしました。 そこで、その麻薬探知犬について御質問をしたいと思うわけでございますけれども、我が国には何カ所の税関があって、それは空港及び港湾、そして郵便、これらに分別されると思うのですけれども、その中でどういう形で麻薬探知犬が活用されているのか、お尋ねしたいと思います。
○森川説明員 お答え申し上げます。 現在、税関は、全国に九つの大きな税関がございます。そのもとに税関支署、出張所等がございまして、これが二百二ございます。したがって、官署といたしましては全体で二百十一ございます。 このうち、外国郵便物の通関を取り扱っております官署が八つございます。それ以外の官署で空港と港を担当しておるわけでございますが、これは空港と港、両方持っている官署もございますので厳格には分けられません。ただ、開港しております空港と海の港の数を申し上げますと、税関空港が二十二、開港、海の港が百十九ございます。 したがって、二百十一のうちの、外国郵便物を取り扱う八官署を除いた二百三が、これらの税関空港、それから開港を管轄しているわけでございます。
○松浪委員 そうすると、エックス線検査装置と麻薬探知犬が水際作戦上重要である、効果的であるということでございますけれども、二百三の税関、ここで本当に薬物を持ち込むということを容易に防止することができるんだろうか。果たして我が国にどれだけの麻薬探知犬がいるのか、お尋ねしたいと思います。
○森川説明員 お答え申し上げます。 現在、全国の九税関に麻薬探知犬が配備されております。全体の数は八十五頭でございます。 このうち、麻薬が入っている貨物を見つけますとひっかいて知らせる、いわゆるアグレッシブドッグというのが六十一頭でございまして、麻薬を所持しているような旅客の前で座る、ひっかくのではなくてその前に座る、パッシブドッグと言っておりますが、それが二十四頭ございます。
○松浪委員 二百三カ所あって、麻薬探知犬は八十五頭しかいないということになりますと、明らかに麻薬探知犬が不足している、こう私は思うわけであります。 そこで、我が国にありましては、東京税関は麻薬探知犬訓練センターというものを成田に持っておるわけでございます。そこで毎年何頭麻薬探知犬を養成しているのか、これはいわゆる合格犬というふうに言われておりますけれども、何頭いるのか、そして、一頭にどれだけのお金が大体かかるのか、それらのことについてお尋ねしたいと思います。
○森川説明員 お答えいたします。 現在、東京税関に置かれております麻薬探知犬訓練センターで毎年新たな探知犬の訓練を行っておりますが、これは、年によっても変動がございますが、大体毎年約三十頭を対象にして訓練いたしまして、その中からその約三分の一になります約十頭を麻薬探知犬として認定しているところでございます。 この麻薬探知犬一頭を認定するためにどのぐらい費用がかかるかということでございますが、これは、大体三頭訓練してそのうちの一頭を選ぶという関係で、その三頭について、訓練期間は四カ月間でございますので、その分の飼育経費がかかります。それから最後に、絞られた、認定された麻薬探知犬の買い上げ経費というのがかかります。こういったものを合わせまして約百万円、これはその訓練にかかっております人件費を除いた額でございますが、約百万円かかる計算でございます。
○松浪委員 一頭百万円、そして年間十頭ということですから、大した予算じゃないということであります。そして、これは薬物の水際作戦上極めて重要であるということがはっきりしておって、数が少ない。しかも、大蔵省は、いろいろなところでデモンストレーションで薬物の啓発にこの犬を使ったりしておって、大変な人気を博しております。つまり、犬が大変活躍しておるというわけであります。 そこで、青少年の薬物乱用というようなものを見たとき、そして現在の覚せい剤戦争ということを考えたときに、私は、大蔵省、税関はもっともっと本気になってこの麻薬探知犬の訓練センターを充実拡大させる、そして、もっと予算をとってたくさんの犬をつくっていく必要があるのではないのか、こういうふうに思っております。 と申しますのは、成田にいる犬は三十五頭でありますし、これは羽田に貸したりいろいろなところにも貸しております。関西空港におきましては十七頭であります。決して十分な数とは言えません。森川課長からお話がありましたように、全国に税関が二百三カ所ある。それを八十五頭の犬で調べるということは至難のわざでありますし、まだまだこの国にはすきがあるということが言えるわけであります。 したがいまして、私は、もっともっとこの訓練センターを充実拡大させる、あるいは、関西の方にもう一カ所訓練センターをつくるべきではないのかという強い思いを持っておりますけれども、大蔵省はどう考えているか、お尋ねしたいと思います。
○森川説明員 お答えいたします。 先ほど申し上げましたとおり、麻薬探知犬につきましては現在八十五頭配備しておるわけでございますが、これは、昭和五十四年に二頭を導入して以来、着実に増配備してきているわけでございます。そういった量的に着実にふやしてくるという施策をまず一つ行っております。 それともう一つ、これはオーストラリアなどの例を勉強いたしまして、頭数、量的な拡大だけではなくて、麻薬探知犬の能力の向上、これは訓練の方法とかといったことによってかなり図れるというような話もございますので、そういう質的な向上も図っていかなければいけないということも考えております。 そういった麻薬探知犬についての施策というのは、今後着実に拡大していかなければいけないと考えております。あわせて、先ほど申し上げましたような三点の施策すべてについて充実させていかなければいけないと考えております。 それから、センターが今東京税関一カ所にあるということで、これをふやしてはどうかという御指摘がございました。 現段階で我々といたしましては、今の一カ所で集中して育成するという体制は、育成能力の高いスタッフを効率的に稼働させる、あるいは、それによって育成ノウハウを蓄積させてそれを活用していくという観点から、適切ではないかという考え方のもとに今運用しているわけでございます。 なお、このセンターにつきましては、麻薬探知犬の増加に伴いまして毎年人員も拡大しておりますし、さらに、平成八年度におきましては、庁舎の増築、あるいは、敷地とは別に訓練用のフィールドを約一万六千平方メートル借り上げまして、訓練用のフィールドの拡大を図っているというような事情がございます。
○松浪委員 人類は、樹上、木の上での生活を終えてサバンナにおりてきて、社会をつくって生活をする。そして、一番最初に家畜化させた動物は犬であります。つまり、人間社会の中で動物と、家畜と共生する、それは、犬がいるということは、人間は実は常にパートナーを持っているということを教えてくれているんだと私は思います。 そして、科学の粋を集めてできた近代的な空港、その中に犬がいるということは、まず、薬物を持ち込もうとする人に対しては威嚇になるであろう。そして、豊かな心を持つ人たちに対してはほのぼのとした印象を与えるだろう。つまり、これだけの近代社会になりますと、どのようにして自然と、また動物と共生していくかということが問われております。そして、日本の国の姿勢も問われておる。空港に犬がたくさんいるということは、私は決して悪いことではないし、麻薬を持ち込ますことのできないようにする最高の手段である、こういうふうに思っております。 大蔵省の話ですと、今のままでいいというような印象を受けましたけれども、これはどうしてもやってもらいたい。そして、オーストラリアは犬の数より質だ、それで日本もそうしているんだと。これはもしかしたならば、国家公務員の数を減らしていかなきゃいけない、そこで遠慮しているのかもしれません。と申しますのは、麻薬探知犬一頭に一人のハンドラーという人間が必要になってくる。そこで、これをふやすことができないから遠慮をしているのかもしれませんが。 アメリカでは、毎年百二十頭の麻薬探知犬が養成されています。そして、それは、各学校に連れていってデモンストレーションしたり、街角でそれを連れて捜査をするというふうにして、十分にいろいろな形で活用されているわけでありますけれども、この日本では十分ではありません。そこで私は、もう少し大蔵省は各省庁と連絡をとりながら、もっともっと麻薬探知犬をふやしていくべきではないのかという強い思いを持つものであります。 先ほどアメリカの話が出ましたけれども、アメリカは、この麻薬探知犬をかなりの部分で民営化しております。ところが日本では、民間の人たちが麻薬類をなかなか持つことができませんので養成することができない。しかし、これが国でできないというのであるならば、民営化させるということ、これも私は考えるべきではないのか、こういうふうに思うものであります。これは答弁していただく必要はありませんけれども。 これからたくさんの麻薬探知犬を持ったとしたならば、大蔵省は、警察等あるいは教育委員会であるとかどこかにどんどん貸していくというような用意があるのか、それとも法的にこれらのことは難しいのか、お尋ねしたいと思います。
○森川説明員 お答え申し上げます。 麻薬探知犬をほかの機関に貸与するということにつきましては、現在の運用の形態として、麻薬探知犬とハンドラーが一体であるという問題がございまして、それをどういう形で貸与するのかという難しい問題がまず一つあるということでございます。 それから、麻薬探知犬というのも国の財産でございまして、例えば警察の場合には国以外ということになりますので、その辺は法的にどういうふうに整理できるのかという問題がもう一つあろうと思います。 ただ、現在でも、麻薬探知犬は税関だけが使っているというわけではございませんで、先ほど最初に申し上げましたけれども、警察とか海上保安庁とかといった合同の取り締まりというのをかなりやっております。その中では麻薬探知犬を活用いたしまして、結果として、税関のためだけではなくて、そういった取り締まり機関のためにも麻薬探知犬は活用されているというふうに理解しております。
○松浪委員 たくさんつくっていただいて、海上保安庁であるとか警視庁であるとか、あるいは各教育委員会等に貸していただいて、そして、麻薬を持っておればすぐばれてしまう、これを犬がいることによって知らしめることは、大いに私はいいことだと思っております。そして、我々が失った機能、そして何万倍もの機能を持つ動物を活用するということ、そして、犬と自然に優しい日本ということを示す上において、私は、このことは非常に有用である、こういうふうに考えております。 そして、先ほども言いましたけれども、アメリカではかなりの部分、麻薬探知犬も民営化されておる。我々も、あちらこちらでこの麻薬探知犬をつくることができる、そして犬の能力を活用する、そのことを本気になるべきではないのか。特にこの青少年の問題、薬物の乱用というものを考えたときに、私は、今アメリカで行われているような事柄を十分に参考にして大蔵省も対応していただきたい、こういうふうにお願いをしておきます。 ちなみに、アメリカでホームページを、K9と言われる麻薬探知犬の項目を引いてみますと、どんどん進んだ情報が入ってまいります。私は、日本の麻薬探知犬のあり方については、かなりおくれをとっている、こういうふうに認識をするものであります。 時間が参りましたので、これで質問を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。
○石田委員長 次に、田中甲君。
○田中(甲)委員 民主党の田中甲です。 やはり総務庁長官がいないと寂しいなと、前回は大変に寂しい思いをいたしました。 この青少年問題に関する特別委員会で、児童虐待の問題、ただいま松浪衆議院議員の方から質問がありました薬物の問題等を勉強させていただく中で、大分この問題の本質をこの委員会のメンバー全体でつかまえることが、とらまえることができてきたのかなというような、そんな思いを持ち始めております。 まだまだそこまで到達していないのかもしれませんけれども、きょうは、基本的には「「戦後」を超えて—青少年の自立と大人社会の責任—」、この答申を柱として質疑をやろうではないかということでありますから、そのことは重々認識をして、この問題から入らせていただいて、さらに、子どもの権利条約、そして、その子どもの権利条約が実際に実施されているかどうかということを確認するために、国連児童の権利に関する委員会が日本を調査したその内容等について御質問をさせていただければと思います。 この答申は二年間かかっているものだそうでありまして、二年間のこつこつとした積み上げを、本当に諮問委員の皆さん方が御努力をしてくださったんだなという思いを持つ反面、本当にこれが二年間かかった資料だろうかという感想も、正直なところ持たないわけではありません。 さらに、この答申というものは、きょうの質疑の中でどなたが、この審議に当たった方々以外の政府のどなたが答えてくださって、どこまで責任を持っていただけるものかということを考えますと、タイミング的には青少年問題に関する特別委員会の最後の委員会審議のときに間に合ったということで、それは結構なことだと思うのですけれども、どうもその辺は、今まで我が国日本が青少年問題に対してはしっかりと対応してきたのだろうかという疑問を私個人は持ちます。 超党派で進めていこう、そして、石田委員長のもとで青少年基本法なるものを立法していくという方針で理事のメンバーでは合意が持たれまして、各政党に持ち帰って、どのような形でどのような範囲の立法を行うかということを今後協議していく、こういうところまで積極的に進んでいることですから、その点は、石田委員長を初め与党筆頭理事河村議員の指導もありまして、非常にこの委員会は円滑に進んでいるなということを感じているところであります。 いろいろ聞きたいことがありまして、どこから聞いていいのか私自身も迷っているのですが、それでは、総務庁長官、青少年の定義なんですけれども、青少年というのは幾つから幾つをとらえているのか、あるいは児童、子供というところも含めて、その辺をまずお聞きをしたいと思います。
○川口説明員 青少年は何歳までかというお尋ねでございますけれども、青少年という用語につきましては、特に何歳から何歳までという定義はございません。個別の法律におきまして、児童でありますとかあるいは少年でありますとか未成年という言葉を使いまして、年齢によって区分けをしている場合はございますけれども、私どもが使っている青少年対策という意味の青少年につきましては、いろいろな分野を扱っているものでございますので、特に年齢によって何歳から何歳までという定義はございません。
○太田国務大臣 法律では、たくさんの法律がそれぞれ違う年齢の定義をしておりますけれども、私は、十五歳から二十四歳という国際機関の定義があったことをうろ覚えでおりますので、そのあたりだと考えております。
○田中(甲)委員 長官、子どもの権利条約では何歳を対象にしているか御存じですか。
○川口説明員 児童権利条約につきましては、十八歳以下というふうに記憶しております。
○田中(甲)委員 なぜ児童権利条約と言われたのですか。
○川口説明員 失礼しました。児童の定義という御質問だったとすればちょっと間違えましたけれども、児童権利条約の児童につきましては、十八歳未満ということでございます。
○田中(甲)委員 どうぞそんなに怖がらずに。 子ども権利条約と私はあえて申し上げたのです。なぜ児童権利条約とおっしゃったのですかということをお聞きをさせていただきました。私は、チャイルドというのは子供と訳すのが一番自然だと思うんですけれども。そして、今おっしゃられたとおり十八歳未満ということでありますね。 児童ということになりますと、児童福祉法では十八歳未満、学校教育法では六歳から十二歳まで、道路交通法では六歳から十三歳未満、民法においては、これは未成年ということでとらえますと二十未満ということになります。まだほかにもあります。労働基準法でまいりますと、五十六条で十五歳未満。さらに、母子及び寡婦福祉法では二十未満。 児童ということがまちまちになっているというこの現状、総務庁長官、どのようにお考えでしょうか。
○太田国務大臣 大変失礼いたしました。私、青少年の年齢の話だと思っておりまして、児童というのを聞き間違えて、十五歳から二十四歳と申し上げました。 今さまざまな世界でそれぞれ定義が違っておるということは問題なのかもしれませんけれども、それぞれ目的によってどの範囲まで含めるかというのは変わってくる、あるいは、それはつくった人に聞いてみればそれぞれ理由はあると思うんですけれども、ちょっと今にわかには、これはおかしいとは言い切れないと思います。
○田中(甲)委員 国際標準といいますか、グローバルスタンダードで申し上げるならば、今、十八歳未満、つまり未成年というのは十八歳未満という形で、子どもの権利条約に関しても十八歳未満、非常にわかりやすい形といいますか、年齢で区切られています。ただ、日本の場合には、それぞれの主管の違いによって、児童あるいは幼児、少年、あるいは生徒、児童、少年、ありとあらゆる場面で年齢が、区切られ方が違うんですね。 この辺をやはりしっかりと精査しておきませんと、これから、この答申の最後の結論で出てきています、新たに青少年基本法なるものを検討していく必要があるということで締めくくりになっているんでしょうが、この辺が入り口の段階でばらばらなんですよ。 これはやはり選挙権の問題にも関係してまいりますし、なかなか日本の場合には今まで手をつけずに現在に至ってしまったというところがあるんでしょうが、青少年問題を考えていく、これを現在の日本の国内における大きな問題として今私たちが認識をして、また、国民の皆さん方と改善をしていかなければいけないという中でのまず入り口として改正をしていく、統一を図っていくという問題になってくるのではないでしょうか。いかがでしょうか。
○太田国務大臣 おっしゃることはそのとおりだと思います。少なくとも、青少年に関する基本法というものをつくるときには、一体、その基本法はだれを対象にしているのかということをはっきりしなければならないと思います。 それは、さっき十五歳から二十四歳と言いましたけれども、二十を過ぎた人がその対象になるというのは、それは無理にそういう事例を考えればあり得るのかもしれないけれども、自然な見方としては二十以上の人は入らないというふうに思った方がいいと思います。
○田中(甲)委員 成人で区切るべきだというお考えと受けとめてよろしいですか。 この答申の中に、人権と公共の福祉、権利と責任、このバランスが崩れているというところが一行入っているんですけれども、どうもこの答申というのは、子供を本当にどこまでとらえたのだろうかという疑問があります。つまり、人権と責任のバランスが崩れてしまっているということを言うには、まだ十分な判断能力を持っていない、自分の意思を表明するということがなかなかできない子供がちゃんと含まれて検討された答申なんだろうかという疑問は、正直なところ持った次第でございます。 さて、少し話はかわりますが、長官、私は、子どもの権利条約ということをこの青少年問題に関する特別委員会の委員になってから目を通して勉強させていただく、そんな機会をいただきました。 一九五九年に子どもの権利宣言というものが出されてから、一九八九年には児童の権利に関する条約、これを子ども権利条約と私は言いたいと思うんですけれども、百五十八番目で批准を日本はいたしたそうであります。一九九四年に批准をしているということです。そして、一九九八年の五月に国連児童の権利に関する委員会が、批准をした国日本が、批准した以降、十分に実態が改善されたり対応しているかということの調査が入りまして、その調査の答申というものが翌月の六月に最終見解という形で出されています。 私、皆さん方にお配りする方が本当は親切だと思ったのですが、ちょっと厚いものですから、きょうは私が口頭でお話しする内容で皆さん方にはお許しをいただきたいと思うんですけれども、この答申が、正直言って余り日本の評価がよくないんですね。日本に対する評価がよくない。 採択された最終見解というものは、四段階に分かれて、四つのパートからでき上がっているんですけれども、全部で四十九パラグラフの最終見解になっています。その中で肯定的要素として挙げられているのは、何と四十九パラグラフの中のたった三つしかないんです。それも、内容を見てみますと、子ども国会の招集など、こういう、子供に対する目を向けた実際の活動というものがあったという、その三点ぐらいしか挙げられていませんで、ほとんどが提案並びに勧告、主な懸案事項ということになっています。 これは、実は専門家の方に連絡をとって聞かせていただいたのですけれども、一言で言いますと、この最終見解というのは、つまり、日本が批准をした後にしっかりと青少年問題に対応しているかということの調査というものは、先進国に対しては異例の厳しい評価であった。国際社会の評価の中では落第点だったんですね。子ども権利委員会の史上初めてという不名誉を我が国日本は評価の上で今つけられてしまったというものでありますけれども、この辺、もし総務庁長官の御見解がございましたら、御所見をいただければありがたいと思います。
○川口説明員 先生の今御指摘になりました児童の権利に関する委員会の最終見解でございますけれども、私ども、青少年の健全育成、非行防止などの観点から青少年行政を担当します総務庁としましては、これを誠実に受けとめ、適切に対処していく必要があるというふうに考えております。 総務庁といたしましては、従来から、青少年の健全育成それから非行防止という観点から、児童を含む青少年に関する施策の総合的推進に努めてきておりますけれども、今後とも、そういった観点から、関係省庁との密接な連携を図りつつ、条約の趣旨も踏まえた施策の総合的かつ効果的な推進に努めてまいりたいというふうに考えております。
○田中(甲)委員 ありがとうございます。 今御答弁の中に、前向きに、そういう評価を得ないように検討、努力をしていきたい、そういう内容としてお受けとめさせていただく中で、ぜひこの子どもの権利条約なるものの広報、こういうものが国際的に条約としてつくられて、日本ではこの条約を批准してこういう国をつくろうとしているという広報をしっかりと行っていただきたいと思うんです。それをぜひお願いさせていただきたいと思います。 子どもの権利条約の中で、大きく挙げるとこの条約の最大のポイントというのは二点だと私は思っています。その一つが、子供が権利行使の主体性というものを持つ、もう一点は、そこに含まれるのですけれども、意思表明権というものを子供に与えていく。 少し書き出してきたのですけれども、具体的に申し上げますと、例えば協議離婚が行われる際に、今の日本の法律上は、子供たちの意見を確認するということは要件に含まれていません。子供たちは、そういう意見が述べられないということ、あるいは親のもとで、親権のもとで守られている、そういう見方が民法上も非常に強くて、そんな点も、これは民法の七百六十六条ですけれども、協議離婚の際に子供の意見聴取を要件としていないということから始まりまして、子供たちの意思表明権ということを認めていないというのが大きな問題であったように思います。 意思表明権が尊重されていない、あるいは自己決定権が認められていないゆえに、私たちの国日本の子供たちは自己の確立とか自立がおくれてきているのではないか、おくれてしまうような状況の中で教育がされているのではないかという問題点を子どもの権利条約とかあるいは日本の対応ということで見ていく中で、もう少し年齢が高くなってきたときに、自分の考えていることを自分自身で確認して前に進んでいくという判断能力を持たずに非行に走ったり犯罪というものの低年齢化が起きてきたり、ここにこういう原因があるのではないかという思いを持つようになりました。 さらに、これはどのように受けとめればいいのか、最初の質問に戻るのですが、それゆえに成人年齢が二十なのか。いまだに二十が成人年齢に、これは明治に決まったことでありますけれども、になったままである。国際標準というのは、十八歳以上は成人であるというふうに決められて、選挙制度も、十八歳から地方選挙に関しましては投票権が与えられる。成人と同時に、自分自身も実は立候補できるし、投票権というものを与えられる。 こういう権利というものがしっかりと、子供のころから意思表明権、自己決定権ということが尊重された環境の中で育っていく。これが日本の今の、一くくりにすると青少年問題と言われているような問題の根底に横たわっている大きな問題ではないかという認識を私は持つようになりましたが、長官、いかがでしょうか。
○太田国務大臣 そこは必ずしも青少年問題だけではなくて、日本人全体が、みずからの意思をきちんと表示することが苦手な人が多い。そしてそれは、小さいころからの独立の気概を育てるためのさまざまな訓練というものに欠けているということはあると思いますし、また学校教育などでスピーチを訓練するという時間もありませんし、記憶をするとかあるいは聞くとかいうことだけで教育が終わっておって、自分で発表するということは行われていないわけでございます。これは大変な問題であって、そこは、さまざまな国際的な活動が活発になるにつれ不利な条件になっていると思います。 ですから、これはひとり青少年問題だけではなくて、全体の問題だと思いますけれども、ぜひそれは積極的に意思表示をする訓練を、我々は次の世代に対してはしていかなければいけないし、そうすれば、独立の気概がないことによって起こっている問題というのは相当解決されるのではないか。 ただし、青少年問題は外国にもないわけではないので、そこは共通の問題も相当あるのではないかというふうに思います。
○田中(甲)委員 ありがとうございます。 それだけではないと私も思います。ですから、この青少年問題に関する特別委員会は、いろいろな点でこれから超党派で話し合いを行いながら、しっかりとした、恥ずかしくない青少年基本法なるものを議員立法で進めていきたい。 先ほど長官は、議員立法でどうぞ進めてくださいということをおっしゃったのですよね、もう一度確認をさせてください。
○太田国務大臣 本来、私も国会議員でありますので、本当はこの立場でそれは言ってはいけないということはあるのかもしれませんけれども、国会議員の一人として、ぜひ政治家の手によってそういう青少年に関する基本法というものはつくっていくべきだと思いますし、私もさっきは、やめたときにはその中に入っていきたい、こう申し上げましたが、やめなくても、そういうことをやられるなら私もぜひ仲間に入れていただきたいと思うのでございます。
○田中(甲)委員 最後の発言です。 わかりました。この委員会の議員の皆さん方と力を合わせて、汗をかきながら、ぜひ議員立法を進めていきたいと思います。 ただし、一点だけ。批准国日本の責任というのは、やはり政府にあると思います。批准した子どもの権利条約に対する政府の姿勢ということも、ぜひともしっかり対応していただきたいと思います。 以上で質問を終わります。
○石田委員長 次に、肥田美代子君。
○肥田委員 民主党の肥田美代子でございます。よろしくお願いします。 まず、総務庁長官にお尋ねしたいと思います。 政策の企画立案ということになりますと、どういう人たちが対象になるかということがまず大変必要だと思いますが、先ほどの御答弁を聞いておりますと、ちょっとまだ統一的な見解が出ていないかと思いますが、青少年という年齢の定義についてもう一度お答えいただきたいと思います。
○川口説明員 私どもが行っている青少年行政という意味の青少年という言葉につきましては、年齢で何歳から何歳までという定義はございません。 それで、いろいろな個別の法律におきまして、先ほども議論に出ましたけれども、少年とか児童とかといった格好で年齢の定義が設けられておるわけでございますけれども、私どもはそういったいろいろな各分野の行政を全般的に調整するという立場でございますので、青少年という言葉につきましては特に定義は設けず、一般的な、ある意味でいえば成熟していない前の方々、そんな意味で使っております。
○肥田委員 先ほど総務庁長官は、十五歳から二十四歳というふうにおっしゃいましたけれども、では、これは訂正ですか。
○川口説明員 先ほど私どもの大臣が答えました十五歳から二十四歳というのは、国連が何年か前に国際青年年というものをやりましたけれども、そのときの国際青年年というものの対象が十五歳から二十四歳でございます。
○太田国務大臣 私は、従来の考え方はそうであったのではないかということを申し上げたのでありまして、今回新たに例えば法律をつくるというふうな場合には、そこできちんとお決めになっていいことだと思います。
○肥田委員 総務庁は、では、これまでは年齢の定義がなかったということでいいですね。 そうしますと、今回の答申は、どういう年齢を対象にして出されておりますか。
○川口説明員 今回の青少年問題審議会の答申におきましては、特に年齢、何歳から何歳までということはございませんけれども、一般的に言われます青年なりあるいは少年なりを対象にして答申したものでございます。特に何歳から何歳までだ、こういう厳密な定義のもとに答申したものではございません。
○肥田委員 先ほど総務庁長官が、これからの問題だとおっしゃった、私もそうだと思います。 ただ、これまで総務庁が青少年対策本部ということでやってこられたにしては、随分と年齢対象がアバウトだなという感想を持ちましたけれども、そうですよね、総務庁長官。
○太田国務大臣 おっしゃるとおりだと思います。はっきりさせないことが、さまざまな施策をとろうとしたときに、何といいますか、迫力のないものになっていたと思います。
○肥田委員 この答申の中をざっと数えただけで六十項目の政策提言があるのですね。具体的に提案されている政策課題は各省庁にまたがっておりますし、中にはかなり緊急を要するものもございます。それを各省庁が共同で作業をする場合もあるし、独自に取り組む場合もある。 ここまで二年間かかってせっかく立派な答申を出されたのですから、単なる作文に終わらせないためには、私は、当委員会による実施状況のフォローアップが大変必要になってくると思います。そのためには、どの政策はどこが責任を持つか、要するに、政策の実施主体を明確にすべきだと思うのですけれども、長官もそうお思いになりますか。
○川口説明員 答申の中身につきましては、既に取り組みに着手しているものとか、あるいは中長期的な課題でいろいろな省庁にまたがるものといろいろな提言がございますけれども、今後、総務庁といたしましては、明日開きますけれども、青少年対策推進会議といったものを通じまして、関係省庁の施策の充実とか改善でありますとか、あるいは新たな措置を講じてもらうというようなことを促していく。そういったことを行うとともに、適宜その推進状況をフォローアップしていくということで、答申の趣旨が着実に実現されるようにということで努力していきたいと思っております。
○太田国務大臣 もちろん、実施体制というか責任は明確にしなければなりません。明日、対策推進会議というものがございますので、今の委員の御指摘を踏まえて発言を申し上げたいと思います。
○肥田委員 ぜひ文書で、どこの省がどの政策に責任を持つということをきちっとしていただければ、この委員会でもって責任を持ってフォローアップできると思いますので、お願い申し上げます。 それから、あとは文部大臣にお尋ねいたしたいと思います。 この答申の中で、社会や団体などの開かれた関係を強調しておりますけれども、これは開放された社会像を描いたものだと私は思います。特に学校の開放に力点が置かれております。 例えば、小学校の教室に乳幼児を持つ親と子供がともに自由に集まり、子育ての体験や悩みを交換できる親子交流センターを設ける、そういう提案もされております。また、学校は、教育目標、経営方針、現在抱える問題点などの情報を、保護者だけでなく校区に公開し、説明の機会を充実すると提案されております。これはまさに情報公開を求めているわけでございますが、こうした提案に私は賛成の立場をとっております。 文部大臣は、この提案をどのように受けとめ、どのように具体化されるおつもりか、お聞かせ願いたいと思います。
○有馬国務大臣 教育というものが学校だけに閉じられるものではないということを私も重々認識しております。やはり家庭及び地域社会と大いに協力をして進めていかなければならない、そういう点で、今先生の御指摘の、社会に開かなければならないと思っております。 特に、昨年九月に提出されました中央教育審議会答申においても、学校が地域住民の信頼にこたえ、家庭や地域が連携協力して教育活動を展開するためには、学校を開かれたものとすることが必要であると指摘しているところでございます。 したがいまして、文部省といたしましても、昨年十二月に告示されました新しい学習指導要領において、開かれた学校づくりを進めるため、地域や学校の実態等に応じ、家庭や地域社会との連携を深めることを特に配慮事項として示したところでございます。 各学校においてそれぞれの実態等に応じて、授業参観であるとか保護者懇談会、地域懇談会、学校便りなど、さまざまな取り組みを通じまして、学校教育活動について説明したり、学校への意見や要望を聞いたりすることを行おうと思っております。また、学校を開いて、地域の方たちが学校を活用するというふうなこともできるようにいたしたいと考えている次第でございます。
○肥田委員 次に、総務庁長官と文部大臣にお尋ねします。 今回の答申は、子供の自立や自己実現などについて触れておりますけれども、大人の責任というものを前面に出したこともあって、どうしても子供の保護という考え方が貫かれているという印象を持ちました。このため、先ほど田中議員からもございましたけれども、子どもの権利条約で定めております権利主体としての子供という視点が非常に弱くなっているというふうに思いました。権利主体としての子供という考え方に立てば、答申にございます学校評議員制度、こういうものに当然子供を参加させるべきであるというふうに私は思います。 一昨年は、国会では子ども国会が開かれましたし、来年はまた八月に子ども国会が開かれるということが決まったようでございますが、こういう視点からいきますと、何としてもやはり子供参加の政策づくりも考えていかなければいけないと思うのですが、お二人の大臣にお尋ねしたいと思います。
○太田国務大臣 私は、私見を申し上げれば、人間というのは小学校の高学年ぐらいになれば人格はほぼ完成していると思いますし、そしてまた、訓練さえすれば自分の意思表示はできると思います。しかも、そういうことを主張し、あるいはそれが上の世代から反発をされ、またそれに対して反発をするというふうなやりとりがある中で、世代を超えて切磋琢磨をすることが強靱な精神を子供たちの中にも育てるだろうし、また、それなりに尊重されていくということになるのではないかと考えております。 今は、余りにも当事者能力のない者、つまり、自分の意思表示ができない者という前提でもって扱われているような気がして私もならないわけでありまして、それは、子ども国会というのを、済みません、私はその場におりませんでよく勉強しておりません、そういうことも大切でございますけれども、例えばこういう場で、青少年問題でございますし、先ほどから、田中委員の御質問にもあれば今の委員の御質問にもありましたように、そういう子供自身の発言の機会を、あるいは意思表示をしてもらう機会を例えばこの委員会で持たれてもそれはいいのではないかというふうに思うのでございます。
○有馬国務大臣 子供たちあるいは大学の学生、そういう人たちがどんどん自分の意見を言えるようになることは必要だと思っていますが、訓練しなければならない。 しかし、私は、この一月の十日でありますが、NHKで子供さんたちと討論会をいたしましたけれども、非常にはっきり言う人がいますね。安心しました。私がたじたじとした。それからまた、あちらこちらで子供の科学の実験などでお話をし、質問を受けます。非常にはっきり自分の意見を言います。そういう意味で、私は、今の子供たちが自分の意見が言えないということはないと思う。そういう点で、さらにそれを育てていく必要があると思います。 先ほど太田長官御指摘のように、日本人はやはり討論がうまくないというふうなことがありますので、これは訓練はしていかなければならないけれども、今の子供たちはなかなかよく自分の考えを言うなと私は思っております。自分の経験からお答えいたします。 学校評議委員会というふうなものをつくりたいとか、評議員制度と言った方が正しいと思いますが、学校評議員制度をつくりまして、開かれた学校をつくっていくべきだと私どもは考えている次第でございますが、そこで学校のことについて、さまざま地域社会に御相談をするというふうな機会を進めていきたいと思っております。 そういう中で、子供たちの意見を聞くにどうするかという問題もございますけれども、いきなりそこに子供たちが参画するというのではなくて、一つの評議員という会ができたときに、その会が時には児童生徒の意見を聞いてみるということは必要であろうかと私は考えている次第でございます。
○肥田委員 さらに、総務庁長官にお尋ねしたいと思います。 これは要望も含めてなんですが、実は、総務庁の青少年対策本部という名前を私が国会議員になってから聞きましたときに、名前のイメージが何だか暴力団対策本部に近い、何だ、これは子供たちに対して失礼じゃないかというふうに実は思ったのです。 それで、対策本部なんというダサい名前にしないで、これから新しく内閣府に置かれる場合には、それも、青少年という言葉も私はもう古くなったと実は思うのです、青少年という言葉が好きな方もいらっしゃいますけれども。ですから、できることならば、児童というのはいろいろな年齢の法律的なくくりがあるからそれは使うのはまずい、そうなれば、やはり子供という、やわらかな、そして、これから未来に向かって少し期待が持てそうな、そういう言葉遣いをしながら、内閣府の中でそういう部署をつくっていただきたいな、私は総務庁長官に心から願うわけですけれども、いかがでしょうか。
○太田国務大臣 何についても共鳴してはいけないのかもしれませんけれども、私も率直にそういう感じはいたします。対策というのは、何か悪いことをしていることに対して手を打つというふうにもなりますし、また、青少年というのも、そんなに、今の言葉遣いでいいますと、ほかの世界では余り使われない言葉で、こういう公の機関だけで使われている言葉のようにも思えるわけであります。 今までは、それこそ省庁改革ということで内容の方に気をとられておりまして、名前の方には注意が行かなかったわけでございますけれども、これからどれだけのことができるのかわかりませんけれども、その余地があるのかどうか、よく検討してみたいと思います。
○肥田委員 名は体をあらわすといいますから、ぜひ、今の総務庁長官のお言葉は、私は大変に期待を持って受け取らせていただきたいと思います。 常々考えているのですけれども、子供に関する予算を出してくださいと言いますと、そういうくくりはないと言われるのですね。各省庁に子供予算は幾らですかとお尋ねしながら全部総合するという、いつもそういう作業をするわけです。総務庁にお聞きしましても、青年の船がどうのこうのという話しか出てこないわけですね。 ですから、子供の小さな体をそんなに省庁ごとに区切ってしまわないで、子供庁と言えるかどうかわかりませんけれども、子供に関する政策をやはり一つの部署でやって政策立案しながら、そして関係省庁に応援を求める、協力を求めるという形にならないかなと実はずっと願いを持っているわけですけれども、長官はどういうふうにお考えになりますか。
○太田国務大臣 私は、青少年という以上、幼児ではないわけでありますし、先ほどからのお話のように、ある人は、田中委員は十八歳未満という定義だろうと思いますし、私はちょっとまだそう言う勇気がなくて二十歳未満と言っておるわけでございますけれども、その範囲、幼児ではなくて、十八歳未満か二十未満というところでございますから、そういう子供たち、子供たちというかその世代の人たちはどこにいるのかといえば、おおむね学校で過ごしているわけであります。 そういたしますと、私は、どんなことを考えても、学校の先生もそうでありますけれども、学校の先生や、あるいはその世代が多くの時間を過ごしている場所からスタートをしないと、実際には効果のあることにはならないのではないか。前向きの話としてはともかく、そうだと思います。ほかの省庁が担当しておることはもちろんあるわけでございますから、そこは大事にしなければいけませんけれども、きょうは幸い文部大臣が御出席でございますけれども、文部大臣の果たす役割が中心になるのは当たり前だと思います。 ただし、これは、従来総務庁が担当し、今度は内閣府になるということは、文部大臣、文部省ひとりに責任を負わせるのではなくて、全政府的に、他の省庁もできることは協力をしてやっていこうということが本筋であろうと考えております。
○肥田委員 最後に、文部大臣に一問だけお願いを申し上げて終わりたいと思います。 現在、衆議院と参議院で、西暦二〇〇〇年を子ども読書年にしようという国会決議の準備がされておりますけれども、この子ども読書年の決議が成りますと、文部省がいろいろと大きな予算をとっていただいて、頑張って政策をつくっていただくことになると思いますが、そのあたりの文部大臣の、大いなるこれからへのお約束、お約束とまではいきませんね、御決意をいただいて、終わらせていただきたいと思います。
○有馬国務大臣 私は、子供たちがもっと本を読むようになることを大いに期待いたしておりますので、そういう点で、子ども読書年の構想につきましては、関係省庁と連携協力いたしまして、文部省としても最大限の力を出していきたいと思っています。 ただ、私は、大人がもっと本を読む運動をしたいと思っています。大人の読書年を提案したいぐらいです。
○肥田委員 大賛成です。ありがとうございます。 終わります。
○石田委員長 次に、大森猛君。
○大森委員 日本共産党の大森猛でございます。 既に議論をされておりますように、今度の答申で、青少年育成に関する基本的な法律、仮称として青少年育成基本法の制定に向けての検討ということが出されました。 これは、それぞれ出されておりますように、いろいろなところでいろいろな議論を起こしていく、このことが非常に重要だと思いますけれども、先ほど来、用語の問題も出ておりますので、一言だけ用語の点で申し上げますと、「育成」という言葉は、私は、この中には子供が貫かれていない、大人の価値観で引っ張っていくような印象を与える。ちなみに広辞苑では「やしないそだてること。」とこの「育成」はなっているわけでありますけれども、子供たちあるいは青少年の自主的な健全な発展、それをサポートしていく、そういう立場といいますか見地がやはり必要じゃないかな、そういう思いを持っているところであります。 日本共産党も、今日の状況認識として、今の青少年、子供たちと教育を取り巻く状況というのは非常に深刻である、日本社会の社会的な危機、こういう認識で、これまでにも、七〇年代以降たびたびいろいろな提起も行ってまいりました。今日の危機的な状況を打開するために、国民的な運動、こういう提唱も今行っているところでございます。 そこで、今回、基本法について、その是非も含めて国会内で議論する、こういうお話もあるようでありますけれども、やはり重要なことは、国民的な議論を起こしていく、そして、そういう国民的な議論を保障するのはやはり政府、こういう関係になっていくのではないか。 特に、今回、答申に至るまでの経過の中で、関係者の意見を聴取する、そういう機会を設けられたようでありますけれども、しかし、青少年自身の、子供たち自身の意見を聞くという点では、数字にもあらわれておりますけれども、やはり非常に不十分ではないか。 そういう意味で、青少年の団体あるいは子供たち自身からも意見を聞くことも含めて、国民的な議論を大いに起こしていく、そういう点での政府の責任、こういう点での長官の御見解をお聞かせいただきたいと思います。
○太田国務大臣 私は、御主張の点はわかるような気もいたしますけれども、あるいはちょっと違うのかなという点もございます。 というのは、国民の心が動かなければ、これはあられもない絵にかいたもちになるわけであります。この問題は特にそうでございます。そうすると、国民の心が動くというのは、国民を代表している者がそのリーダーシップをとらなければいけない。国民を代表しているのはまさに先生方でありまして、国会こそが全国民を代表する機関でございますので、そこで積極的に国民に向かって、こういうことはどうだ、こういうことはこうではないかというふうな問題提起をしていく中で、国民的な議論が初めて起きていくのだと思うのでございます。 政府の方が、こういうことについて仮に法律をつくると、名前一つにいたしましても、恐らく従来の用語を使って、従来の法体系と矛盾のないようなものをつくろうとするでしょう。そういうものが、果たして本当に人の心を打ち、国民を動かして、運動になるんだろうかというふうに私は思います。 今度の省庁改革の考え方も、国民が主権者であって、そのもとに国会があって、そしてそのもとで内閣総理大臣が選ばれている、そのもとに行政各府があるんだという位置づけをいたしておりますので、せっかくここで委員会をおつくりになってやっているわけでございますので、むしろここで議論、論争をされることが一番大事なことだというふうに私は思っております。
○大森委員 それはもう全く当然のことで、現にこうやってやっているわけですし、初めて国会の中にこういう青少年の問題を中心的な議題とする特別委員会が設けられたということもその一環であると思います。したがって、国会の方で大いに議論する、これはもう大いに結構でありますけれども、それとの関係でも、政府の責任として国民的議論を保障する、そういう責任を果たすことがやはり必要じゃないかということを申し上げているわけであります。 そこで、先ほども質問がありました子どもの権利条約との関係で、十二条一項、自己の意見表明権、あるいは第二項では、「直接に又は代理人若しくは適当な団体を通じて聴取される機会を与えられる。」と。こういう見地からも、今、国民的な議論一般になりましたけれども、青少年自身、子供たち自身からの意見聴取、これは何らかの形でぜひ行っていただきたいと思います。うなずいておられるということで、次に進めます。 これも先ほどお話がありましたが、同条約四十四条に従って、日本政府が国連に対して第一回目の報告を一九九六年に行いました。国連の子どもの権利に関する委員会で昨年これを審査し、日本の子供の直面している困難は何か、あるいは日本政府の施策の実効性などについて包括的審査を行って、昨年六月、日本に対して最終見解、いわゆる勧告が出されました。 それについての紹介も先ほどありましたけれども、大きく言って、一つは、実施調整あるいはその監視の機関、条約の広報、研修、こういう実施の一般的な体制が不十分じゃないかという指摘、そういう評価が国際社会においてなされた。二つ目が、児童福祉法などなど一連の個別法との関係で、この条約の基本原理と対立もしくは不十分じゃないか。三つ目が、大人と子供の人間的関係が危機的な状況にある。こういうようなことがこの勧告の中で指摘をされたわけであります。 条約の遵守義務、遵守の立場、そういうことも含めまして、答申を受けて、今後の政府の対応として、こういう勧告を積極的に受け入れる立場で今後の対応を進めていく必要があるのじゃないか、この点、お聞きをしたいと思います。
○川口説明員 児童の権利に関する条約に基づきまして設置されました児童の権利に関する委員会の最終見解というものにつきましては、現在、外務省が呼びかけて関係省庁の連絡会議を開催したりしているところでございます。各省庁におきましても、それぞれの所管事項につきまして検討しているというところでございます。 総務庁といたしましては、従来から、青少年の健全育成それから非行防止などの観点から、児童を含む青少年に関する施策の総合的な推進に努めてまいってきているところでございます。 今後とも、そういった青少年の健全育成、非行防止を総合的に推進する立場から、関係省庁との緊密な連携を図りつつ、条約の趣旨も踏まえた施策の総合的かつ効果的な推進を図ってまいりたいというふうに考えております。
○大森委員 この勧告、見解の第二十二のパラグラフでは、児童が、子供が、高度に競争的な教育制度のストレス及びその結果として余暇、運動、休息の時間が欠如していることにより、発達障害にさらされていることについて、条約の基本原則及び規定、特に第三条、幾つか項目が並べてあるわけなんですが、に照らし懸念するとまで言って、ここでは、本来であれば人格の全面的な発達、そういうことの実現を目的とする教育が逆に高度な競争あるいはストレスをつくり出している、子供の発達に重大なゆがみを与えているということを指摘しているわけなんですが、この点、私は、日本の教育制度を考える非常に重要なことではないかと。今後、こういう勧告等を生かしていく際に、特にこの点はしっかり受けとめていただくことが極めて重要ではないかと思います。 この子どもの権利条約の第一条で、子供を十八歳未満といたしました。これも先ほどお話がありました。その理由というのが、国連加盟国の大半が十八歳選挙権を保障しているから、こうなっているわけであります。 そこで、自治省にお聞きをしたいのですが、国連加盟国の中で、十八歳あるいはそれ以下の選挙権を採用しているのはどれだけあるのか。もう一つは、サミット参加国、G7の中で、選挙権は日本以外はもう既に二十歳を外しているわけなんですが、その流れ、経過についてお聞きをしたいと思います。
○片木政府委員 国連に加盟をいたしております百八十五カ国のうち、自治省で下院議員の選挙権年齢を把握しておりますのは百七十一カ国でございます。そのうち、十八歳以下の者に選挙権を付与しておりますのは百四十七カ国と承知いたしております。 それから、サミット参加国の関係でございますが、参加国のうち、我が国以外の七カ国いずれも、第二次大戦後に下院議員の選挙権年齢を十八歳としたものと承知をいたしております。
○大森委員 今お答えがありましたように、世界の大勢は既に十八歳あるいはそれ以下の選挙権だと。サミット参加国についても、戦後、大体七〇年代にいずれも年齢引き下げ、こういうことを行っているわけなんですが、中には、イギリスでは近年中に十六歳にするというような動きもある。あるいは、ドイツでは一部の州で、これは地方選挙に限ってでありますけれども、既に十六歳選挙権を採用しているところもある、こういうことになっている。 こういう世界全体の流れから見ると、日本はこの面では大変立ちおくれているわけであります。しかし今、日本でも大きな機運がひとつ盛り上がってきているのじゃないか。最近も、大きな全国新聞の社説でも、十八歳選挙権が出されました。 また、今国会、三月の参議院の地方行政・警察委員会において、我が党の富樫議員の質問に対して野田自治大臣は、十八歳選挙権について十分検討する価値がある、またそういう時期にある、選挙を直接所管する大臣がこういうお答えをされました。 この十八歳選挙権の問題は、単に公職選挙法だけじゃなくて、それこそ今日の青少年問題と非常に深いかかわりがあると思うのですね。そういう点で、率直にずばり、太田長官に十八歳選挙権について見解をお聞きしたいと思います。
○太田国務大臣 総務庁長官としては、答えるのは難しいわけでございますが、国会議員としてならばお答えができるわけでありまして、私自身が今までそういう提案をしようと思ったことはありませんけれども、大分前からその議論はございまして、それが提案されれば賛成をしようと思っております。
○大森委員 よくわかりました。 総務庁長官と青年問題、例えば高校教育にも当然これはかかわってくるわけですから、高校教育、授業内容あるいは先生たちのやり方そのものにもかかわってくる。そういう意味で、総務庁長官として意見を述べられても決しておかしくないと思いますけれども。 先ほど児童の年齢あるいは成人、青年の年齢についてのいろいろな法律が出ましたけれども、法律については、これはもうそれぞれの法律についてそれぞれその目的に従って成人等々の規定がされていると思うのですね。先ほどなかったものでもう一つ申し上げますと、皇室典範、これも天皇、皇太子、皇太孫、いずれも十八歳で成人、こういうことになっているわけで、公職選挙法においてもぜひ十八歳選挙権にしていく。 こういう点では、憲法上はもちろん法律上も問題ないということで、改めて、例えば昨年の参議院選挙でも、二十歳から二十四歳までの投票率というのが一〇ポイント以上上がっているとか、政治的、社会的関心も高まっているということもあります。それから、全国十二の地方自治体で、十八歳選挙権、こういう要請をする決議、意見書なども採択をされております。それから、各党の政策等々でもかなり広範に十八歳選挙権を取り上げるようになりました。 そういう意味で、今非常に機運は盛り上がっているし、二十一世紀を間違いなく担う青年の意見をより一層政治に反映するという点で、今、いよいよ二十一世紀を前にして我が選挙権も十八歳に引き下げる、そういう時期に来ているのではないかと思います。 そういう点で、先ほど言いましたが、直接の所管は自治大臣ではありますけれども、閣議などでの発言など自由におできになるのではないかと思いますので、いろいろな立場で、いろいろな形でぜひその実現のために大臣としてもお力を出していただきたい。重ねてお聞きをしたいと思います。
○太田国務大臣 そういうことを我々が議論することも大切でございますが、皇室典範にまで言及いただいて、我々も大変重くそれは踏まえていかなければならないと思いますけれども、我々だけがそれを議論するのではなくて、いや、私も十八歳、十九歳のときにそのことに気がついていれば運動でもしたのでございますけれども、むしろ私は、現に十八歳、十九歳あるいはそれ以下の年齢の人たちが、早く選挙権をよこせというもっと積極的な運動がその世代から起こってくることもあわせて期待するのであります。
○大森委員 今、青年団体、民主青年同盟など広範な運動を展開しているということも御紹介をしておきたいと思います。 最後にもう一点、これは先般の当委員会での参考人質疑の中で私ども国会議員に対する厳しい指摘もありました。これは、児童虐待との関係で参考人質疑を行った際に、愛知県を中心に長い間こういう運動に取り組んでおられる祖父江参考人の御意見であります。これは先週の委員会でも取り上げられましたけれども、ぜひこれは皆さんに聞いていただきたいということで、改めて取り上げさせていただきます。 祖父江参考人は、こういうぐあいにおっしゃっているのですね。児童養護施設も、 昭和二十二年の児童福祉法制定以来、長年最低基準として言われてきたことの貧しさは、虐待というもので心の傷を受けた人たち、その人たちをいやすことが大切な問題だという視点はついに持ち得ないまま今に来ています。 さらに、「昭和二十二年以来の最低基準をほとんどそのままの形で継承している事実、このことに対しては、先生方にも」これは議員のことですね、「大きな責任を感じていただきたい」と。私も責任を感じてこの場で改めて取り上げさせていただくわけなんです。 特に、これは私ども調査しました。施設の面、職員の面、非常に大変な問題がある。きょうは時間がありませんので施設の問題に限ってお尋ねしますけれども、この参考人も、とにかく施設の基準、一室十五人以下という規定だ、これで果たして心に傷を受けた人のいやしの場となり得るだろうか、こういうことを提起されている。 そこで厚生省にお聞きをしますが、一室の基準が十五人以下、こういう基準を決めたのはいつでしょうか。
○横田政府委員 ちょっと手元に制定当時の資料がございませんが、戦争直後であるというふうに考えております。
○大森委員 昭和二十二年、一九四七年にこれが制定以来、半世紀以上もう同じ基準で来ているわけですね。これはもう当時と比べれば、今は問題の性格も子供たちの体格その他も非常に、全く天地ほどの違いがあると思うのですね。それを五十年以上全く放置してきた。 こういう点で、この祖父江参考人も言われているわけなんですが、虐待の問題は今起きたのではない、虐待をめぐるさまざまな問題は、これまで大人が何もしてこなかったため起きていることだ、その救済に無力であったということは、今無力であるということは、これまで私たちがその責任を何も果たしてこなかったということだ、こういうことを言われているわけなんですが、私は半世紀以上もこういう基準がそのままになっているということ自体、祖父江参考人が指摘されたことがあらわれているのではないかと思います。 そこで、建設省の住宅の居住水準がありますね。これもいただいてまいりましたけれども、これでは、幼児、小学生、一室二人、中学生以上は個室、今こういう形で国の居住水準はなっているわけですね。しかも、建設省のこの居住水準というのは、戦後何回となくその状況状況によって変えられてきているわけです。そういう中にあって、心に傷を持った子供たちのそういう居室の基準というのは、五十数年間、半世紀も全く放置されたままだという状況なんです。 あわせて、時間が来ましたので一点だけお聞きするわけですが、まず、こういう基準についてやはりもう見直しをすべきときに来ているのではないかということと、加えて、事前に私がお伺いした際に、厚生省として、今一体何人部屋にどの程度住んでいるのか正確な数字を持ち合わせていない、こういう状況でありまして、基準の見直しと、少なくともその現状についてきちんと調査をするということ、この二点についてお聞きをしたいと思います。
○横田政府委員 児童養護施設の最低基準につきましては、十五人以下ということでございますけれども、私ども現実の施設整備におきましては、国庫補助基準といたしましても、処遇改善という観点から、大部屋を解消いたしまして、二人部屋あるいは個室化というのを進めておりまして、現実には七・一平米、大体七〇%が四人以下というような実態になっております。今後とも、改築等の際にこうした改善を進めることによりまして、居住水準の向上に努めてまいりたいというふうに考えております。 現在、一応の定員別の状況を把握しておりますけれども、正確に申しますと、一人部屋から二人部屋が七〇・一%、五人部屋から十人部屋が二七・九%、十一人以上が二・〇%という居室の状況でございます。
○大森委員 ぜひ基準の見直し、そういうことを検討していただくことを重ねて要求して、質問を終わりたいと思います。ありがとうございました。
○石田委員長 次に、保坂展人君。
○保坂委員 社会民主党の保坂展人です。 きょうは有馬文部大臣に外国人学校卒業生の受験資格、この質問のやりとりも多分、十回までいきませんが相当繰り返させていただきました。 まず、問題に入る前に、つい先日、高校総体のサッカーの試合で、これは外国人学校チームとしてはたしか初出陣ということで、大阪朝鮮学校のサッカー部が帝京高校と対戦をして、ぎりぎり同点、PK戦で惜敗というシーンがございましたけれども、有馬大臣、どのように受けとめられたでしょうか。
○有馬国務大臣 お答えいたします前に一つニュースを御報告いたします。 今、岩手県で全国高校総合体育大会が行われております。先日私も開会式に参った次第でございますが、高校総体と言われているものであります。そこの重量挙げ九十四キロ級で五日、札幌市の北海道朝鮮高級学校二年の朴徳貴選手が、非常にいい成績で、すべての競技を通じて初の優勝者であったという報告を受けましたので、これを御報告しておきましょう。 さて、今御質問の大阪朝鮮高級学校のサッカーの善戦でございますが、私は大変いいことだと思っております。 一昨日、八月三日に行われました全国高校総体サッカー競技において、外国人学校として初めて高校総体の団体競技への出場を果たしました大阪朝鮮高級学校が初戦を戦いまして、東京代表の帝京高等学校にPK戦の後惜敗されたと承知しておりますが、もう一頑張りできたらもっとよかったと思っております。非常にすばらしいことだと思います。選手諸君が非常に敢闘されたことを評価いたします。
○保坂委員 スポーツにおける交流というのは、これは外交でも何でもそうですけれども、大いに進んだらいいなと思っているところですが、京都の韓国学園ですか、これも民族学校だと思うのですが、高校野球連盟が加盟を承認したというニュースも先月入ってまいりました。 また、少年サッカー、八千のチームがある少年サッカーにも、これは日本の学校制度でいえば小学校に相当する朝鮮学校の初級の児童チームが参加したいという要望もあると。 これらのスポーツにおける交流ということについて、もっともっと門戸を開放すべきと思いますが、いかがでしょうか。
○遠藤(昭)政府委員 お答えいたします。 高等学校野球連盟、高野連につきましては、かなり前から加盟ということを認めております。 それから、全国高等学校体育連盟、ここでは参加ということを認めておりまして、同世代の生徒がスポーツを通じて競い合い、交流を深める場ということで、各種学校等、専修学校も含めますが、そういった学校の参加も認めております。 ただし、加盟につきましては、高体連の設立の趣旨に照らしまして、現在のところ認めていないという状況を聞いております。 それから、少年サッカーの方でございますが、私どもの承知しております限りでは、準加盟というふうな形で認めておるということで、それに対して、本大会に出る、参加も認めるべきであるという要望書が出されておりまして、これはサッカー協会の方で現在取り扱いを検討しておるという状況と承知いたしております。 いずれにいたしましても、文部省としては、こういったことは、それぞれの団体において、設立の趣旨等を勘案して自主的にお決めいただくべきものであるというふうに考えております。
○保坂委員 随分詳しく答えていただいたので時間が残り少なくなってしまうのですが。 文部大臣、率直に、今回、大学院には学力検査、学力を見るというところできっちり、非常にすっきりした対応をしていただいたという点については極めて感謝をしたいし、英断だったというふうに私は思います。 そこで、テンプル大学の話、昔の話になりますが、文部大臣、これはぜひお答えいただきたいのですが、東大総長時代に、テンプル大学日本校の大学院受験は問題なし、よしというようなことで先進的な判断をしていただいた。その後、京大の大学院が朝鮮大学校卒業生も受け入れたし、その後、九州大学の大学院も門戸を開放していく。 こういう、文部大臣に御就任される以前の有馬総長の御判断も含めて、やはり各大学の先進的な取り組みが今回の文部省の判断を導いたというふうに考えられると思うのですが、当事者でもあり文部大臣でもありということでちょっと答弁が難しかろうとは思いますが、いかがでしょうか。
○有馬国務大臣 私が東京大学におりましたころ、この文部省の考え方を極めてしっかりと認識していたわけではなかったかもしらないのですけれども、ただ、その際において、大体東大の大学院というのは各系に任せてあるものですから、最終的な責任はもちろん総長としてとります、そして報告は受けましたけれども、あれは法律系だったと思いますが、そこで判断をされたことを私は認めた覚えがあります。 ただ、そのときに私が考えましたことは、テンプル大学というのはアメリカの方ではぴしっと認められた大学である、本校が非常にしっかりしているというふうなことも法律系の大学院で判断の基準にとった、基礎にとった考えだったと思います。これは私も認めておりました。 しかし、その後、文部省の考えというふうなことをいろいろ聞きまして、昨年も先生と随分この点について御議論させていただきましたけれども、その後はずっとやはり文部省の考え方は一つの考え方であるということを認識した次第です。 そこで、それでは新しいやり方があり得るかどうかということで、諸外国の例をもう一度きちっと調べてみようというふうに考えまして、このところずっと検討を進めてきた次第でございます。その結果、今回のような方針を決めることになったことを喜んでおります。
○保坂委員 ところが、大学院を受験する学生にとっては、これは本当に学力なり自分の実力で試されるんだということでいいと思うのですが、例えば七月十日の読売新聞の社説ですが、「文部省のこれまでの姿勢はかたくなに過ぎ、今回の現状追認は遅過ぎたと言わざるを得ない。」と書いているのですね。また、「これでもなお不十分との声があることも忘れてはならない。大学院では個別の能力審査で入学資格を与えるのに対し、大学受験には大学入学資格検定(大検)というハードルを課した点だ。」と。 いわば半開きという言葉もあるように、文部大臣、もう時間がないので端的にお尋ねをいたしますが、大学院では学力をきちっと見る、しかし大学では学力だけではだめだと、これはどういうわけですか。
○有馬国務大臣 大学院と大学はやはりかなり違いがあると思うのですね。なぜかというと、原理的には大学院は大学から来るわけです、もちろん社会人も入れるようになっているわけですけれども。 大学というのは、もうそこの教育の内容というのはその大学に任されている。ですから、それぞれ大学が随分違う教育をしてもいいわけですね。ですから、随分違う教育を受けてきた人が大学院を受ける。だから、大学院でそれぞれの人の持っている力がどのぐらいかということを調べればいいわけです。 そういう意味で、大学院は今回御承知のような方策をとることにいたしましたけれども、高等学校は、やはり国として、こういうふうにやってくださいという学習指導要領に基づいて教育をしてもらっているわけですね。ですから、やはり一定の知識、一定の学力、一定の体力は持っていなければいけない。そういう意味で、やはり大学と大学院とでは入学の資格に関する与え方が違っていると考えている次第です。
○保坂委員 文部大臣、一言でお尋ねしますが、今回の文部省の改革案は、規制緩和でございましょうか、それとも規制強化でしょうか。どちらでしょう。
○有馬国務大臣 私は、規制緩和であると判断をいたしております。
○保坂委員 確かに、学校に何らかの理由で行けない子供たちにも大検の受験資格を認めているという点、大変朗報だと思います。 最後に、この点、きっちり詰めて御答弁いただきたいのですが、御存じのように、私立大学、公立大学では、現在のところ、外国人学校、インターナショナルスクールだとか中華学校だとか、あるいは朝鮮学校も含めて、それらの学校の卒業生を、学力試験を課して入学させているという学校が三分の一から半数近くあるということは、大臣も御存じですね。これらの学校の卒業生を現状のとおり私立大学が入学させることに対して、これにブレーキをかけるような、つまり、大検を新たに条件づけるなんということは規制強化につながると思うのです。 では、政府委員でも結構ですが、これはやはりやらないということをきちっと言っていただきたいのですが、短く答えてください、時間がないので。
○佐々木政府委員 大学入学資格は、国公私立大学を通じてすべての大学において守ることが必要でございます。したがいまして、各種学校である外国人学校を卒業しただけでは大学入学資格は認められないわけでございまして、このことについては今後とも各大学を指導してまいりたいと考えております。 あわせて、大検受験についても指導してまいりたいと考えておるところでございます。
○保坂委員 やはり出てこない方がよかったね。そんなこと聞いていないのですよ。それはずっと文部省が言ってきたことで、これからも言うんでしょう、恐らく。 そうではなくて、文部大臣に伺ったのは、規制緩和ですか、それとも強化ですかと。例えば私立の大学にことしの春は受験で入れた。ところが、来年からは、これが出たので大検を持っていなければ私立はだめですよということを現場で徹底しろというようなことをなさいますか、それじゃ強化になるじゃないですかということです。文部大臣、答えてください。
○有馬国務大臣 私は、今回のやり方、規制緩和を見て、私学にせよ、それぞれの大学がよく御判断になればいいことだと思います。
○保坂委員 非常に含蓄に富んだ御答弁で、そうですよ、大学がよく判断をしていただくということで、今全国の外国人学校で学ぶ受験生は、やはり勇気を持って受験勉強に集中できるんだというふうに思います。 これは今回取り寄せてみましたけれども、いろいろな、例えば安保防衛問題だとかあるいは国会で激論になる対決法案には、新聞の社説もみんなトーンが変わりますよね。各紙ともほとんど一致しているのです、この問題については。もっと門戸開放をと、国際化を目指してきた文部省の姿勢をさらにそれによって裏づけてほしいと。そういう意味で、改革の方向を評価しながら、なお徹底してほしいという要望でございますから、今の文部大臣の、私立の大学の受験の実態の扱いについても、よく判断するようにということを非常にかみしめて全国の受験生に頑張っていただきたいと思います。 以上で終わります。
○石田委員長 以上をもちまして本日の質疑は終了いたしました。 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後四時四十五分散会