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145回国会衆議院1999/09/27

国会等の移転に関する特別委員会 第16号

発言数
72
登壇者
12
会派数
6
開催日
1999/09/27

会議録

井上一成自由党

○井上委員長 これより会議を開きます。  国会等の移転に関する件について調査を進めます。  本日は、参考人として東京都知事石原慎太郎君、建築家黒川紀章君及び宮城県知事浅野史郎君に御出席をいただいております。  この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。何とぞ忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。  なお、議事の順序ですが、まず石原参考人及び黒川参考人から十五分、次に浅野参考人から十分以内御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑に対してお答えいただきたいと存じます。  それでは、まず石原参考人にお願いいたします。

石原慎太郎東京都知事

○石原参考人 石原でございます。  きょうは、お招きをいただきましてありがとうございました。  意見の陳述の前に、実は先般、東京都から公式に文書で、当委員会が扱っている問題の中の非常に重要な首都というものの概念規定について承りたいというお願いをしましたが、何か事前にそれを通告すると誤解を生ずるおそれがあるというわけのわからぬ返事をいただきまして、いまだに承知しておりませんが、これは無理なんですかね。

井上一成自由党

○井上委員長 意見を先に述べてください。

石原慎太郎東京都知事

○石原参考人 ですから、こういった問題をはっきりさせておかぬと論を正確に述べることは非常にしにくいのですけれども、先ほど中山正暉先生にもお話ししましたら、これは政府にすべきであるというので、改めて政府にいたしますけれども。  ちなみに、日本の信用できる、例えば辞書、広辞苑には「その国の中央政府のある都市」、講談社の日本語大辞典には「その国の中央政府が置かれている都市」、平凡社大百科事典では「一国の統治機関が置かれている都市」、近代国家では政治行政の中央機能が集中しているとあります。多分これに異存はないと思いますが、加えて、この法律にうたわれている「国会等の移転」の云々とありますその「等」というのは何と何か、これもできるだけ早くつまびらかにさせていただきたいと思います。これはお願いいたします。  国民、都民がこの問題に今どれほど関心を持っているかわかりませんけれども、やはりこの問題を正確に把握するためにこういう概念規定をひとつはっきりさせていただきたい。  どうも大事なことがみんなあいまいで、国民は極めて不安、不満であるような気がいたします。具体的なことはほとんど知らされずに、大事なことがずるずる国会という国民から眺めれば密室で決まっていっていることに非常に不安を感じますが、ちょうど昔関東軍が勝手にやっちゃったノモンハン事件みたいなもので、軍はそれは事変と言ったけれどもソビエトはハルハ川戦争と言っている。こういう概念規定がはっきりしないところに、やはりいろいろな問題があると思いますよ。  それから、しからば私の反対の論を申し上げますが、いわくに、移転の理由というものが年ごとにくるくる変わる。最初は人口と機能が集中し過ぎているから分散すべきであるということでありましたが、これはバブルのころですけれども、既に状況は一変しておりまして、人口は頭打ちしておりますし、地価は下落してそれっきりというのが現況であります。  それから第二には、阪神大震災を見て、国家の安全保障のためにということ。第三は、景気の浮上のため。四に至っては人心一新。人の心を変えるのは、建物を変えなくても、場所を変えなくても、政府がきちっとし、政治がきちっとして強いメッセージを与えたら人の心は変わるのじゃないのですか。  それから、もし今国民全体に強い閉塞感が襲っているとするなら、これは速やかに景気を回復していただいたら、こんなものは随分変わっていくと思うのですけれども、そういう御努力もぜひ願いたい。  最終報告には、「新しい日本は新しい革袋に」という言葉があるようですけれども、その新しい日本というのは何なのか、さっぱりわからない。機能の一部移転とも言いますけれども、日本が全部が入る意味というのは、そんな大きな皮袋をつくるのですか。総じて、私だけの印象じゃなしに、識者に聞きますと、非常にいかがわしい感じが否めない。  言い出した方も当時の大実力者の金丸信さんでありますし、ずっと系譜を眺めてみますと、田中角さんの列島改造論の延長の土建立国という感が否めないのですが、とにかく引っ越しさえすれば日本が新しくなるのか。べらぼうな金をかけてハードさえつくれば、それですべてが新しくなるのか。国民は、多分だれもそう思っていないと思います。  私は、新しく変わるべきは、こうした伝の、ずさんな政治手法、政治システムが変わるべきであって、そうすれば日本も新しく変わっていくのじゃないかという気が改めて強くいたします。国運を左右しかねないこの大政治イシューの根底にあるのは、どうもやはり相変わらずの利益誘導主義でしかないような気がいたします。  余計なことを申したくないのですが、新しい日本ということなら、私は、やはりトインビーが言っていた国家社会の衰退の最要因である、自己決定のできないこの日本の今日の姿勢というものを国政が先頭を切って改められることが、日本の復権につながるのじゃないか、新しい日本への道につながるのじゃないかという気がいたします。  具体的に申し上げますが、東京への過剰な集中、集積を排除すべきというのは、これは文明工学的にナンセンスな話でありまして、現代の文明は、とにかくコンピューターエージと人は言いますけれども、この集積、集中こそがコンピューターの特性でありまして、現代文明の機能のキーワードはまさに集積と伝達の速度だと私は思います。それを分散、削減するというのは、まことに退嬰的な試みでしかないと言わざるを得ない。  そしてまた、社会工学的に政経はまさに不可分でありまして、だからこそ、東京というもののダイナミズムに国家的な意味があるわけであります。  例えば、この国会を中心に永田町、霞が関、それからすぐ横の丸の内という非常に狭い地域に日本のような大国の三権とそれから経済というものが肩を接してあるということは、これは非常に機能的でありまして、世界に例のない一つの私たちの財産であると思います。  政経不可分ということでありますが、例えば大阪に本社のある大きな企業の社長さんに聞きますと、こういうコンピューターエージでインターネットで何でも情報が入ってくるようですけれども、やはり情報というものの摂取にはフェース・ツー・フェースで、そこから要するに惻隠、何といいましょうか、機械では伝えにくい大事なものを人間の機能というものが感じ取るために、わざわざ大阪から週に、ひどい人は二度も東京に上京する。これはやはりむべなるかなという気がするのですが、そういった機能というものを、さらにこの東京の機能をほかへ移してしまうことでもっと不便なものにする。つまり、政経不可分という社会工学の原則というものを無視した試みをすることで、私は、本当にこれは逆行でしかないと思いますし、例えばアメリカのような膨大な国では、政経不可分でありながら、時間的、物理的にそれは不可能ですから、ワシントンにロビイストを置いているわけですし、それから、このごろでは、ベンチャービジネスの新しい、シリコンバレーのようなものをワシントンの近くに造成しようという動きがあるのに、この日本はわざわざそれを解体して分散するというのは、本当にこれはナンセンスといいましょうか、非常に恐ろしい、みずからの利点というものを自分でそぐ試みでしかないと思います。  それから第二に、経済効果と言いますけれども、これは決して日本全体に及ぶ効果になりませんよ。それは移転該当地域だけはある程度恩恵に浴すかもしれませんけれども、これは詳しく必要だったらまた後に述べますが、とにかく他の地域にはむしろしわ寄せが行くだけでありまして、私は、全国的な経済的波及効果は非常に乏しいし、むしろ逆の現象が起こると思うのです。  それから、一説に移転費用は十二兆と言いますけれども、もう既に美濃部時代におくれた外環道路の整備など、やっと東京、近県一緒にやって、こうなりつつありますけれども、それにプラスして、十二兆というのはどういう試算か知りませんが、その半分のお金をかけるだけで、東京都を中心にした神奈川、埼玉、千葉という首都圏、三千三百万人の人口のいる首都圏、メガロポリスはあっという間に再生すると私は思いますし、非常に機能的になる。今の東京の致命的な欠陥というものは、都内でよそからよそへ、場所から場所へ動くのに非常に時間がかかるというところがハンディキャップでありますけれども、これは外環道路それから圏央道というのを整備することで十年以内に著しく改善される。明らかに東京はそういう点でよみがえってくると思います。  それから、やはり東京、千葉、神奈川県の水辺のスペースというものを、羽田の国際化とともに第二の首都空港、国際空港をつくるというようなことを含めまして整備し直すことで、新しいものをつくるということで、私は、三千三百万の人口を抱えた首都圏というものはさらに機能的になるし、まさにアジアで唯一のグローバルプレーヤーたり得ると思います。  それから、三の震災に対する完璧な防御ということでありますけれども、こんな都市は人工でつくり得るわけがない。日本という国は、アリューシャンからマリアナまで、あるいはフィリピンからインドネシアに至るまで、いわゆる世界最大の火山脈の国でありまして、こういうものを認識せずにいかなる新しい都市をつくっても、いかなる大震災にも一〇〇%防災性のある都市などつくりようがない。でありますからこそ東京は、阪神大震災、あの災害を参考として、とにかく国家の安危にかかわる首都機能は既に完全に防災化されております。そして、震災に対する虚弱な、中心部分からはるかに外れた下町というんでしょうか、そういう部分はありますけれども、それは別にしても、いわゆる中央政府の対内的、対外的な機能にはほとんど支障を来さない、そういう体制をとっております。  それから、首都を移転することが行革につながるというのはこれは落語みたいな話で、人に言わせると、遠くに新しい首都を持っていったら役人が嫌がって行かないから役人の数が減るというのはこれは落語の域を出ないので、こんなものは暴論にもならない、ただの論のための論でしかないと私は思います。  それから、これは皆さんにお聞きしたいんですけれども、どうもこの点があいまいにされているんですが、国家の元首であられる天皇のおられる皇居の意味合いというのを、首都機能の移転と絡めてどうとらえていらっしゃるのか。前の総理の橋本さんは、首都機能を移しても天皇には動座賜らないと言っておられますが、天皇がされる国事行為というのは非常に煩雑でたくさんあります。こういったものを一体天皇がどこでされるのか。例えば、内閣の認証、閣僚の認証あるいは外国の大使の認証というものを天皇がされる。天皇がそれをされなければ、つまり日本の国内における外交も成り立ちませんし、行政も成り立たないわけですけれども、こういった非常に煩雑なお忙しい仕事を天皇にお願いしているわけですけれども、これをどういう形でこれから運用していくのか。国家の元首、象徴たる天皇の人間としての御都合もしんしゃくせずに、場合によっては不敬にもなりかねないこの問題にほおかむりして論を進めるというのは、私は天皇を敬愛する一人の日本人として全く理解できない、納得できない。  それから、この世の中では金で買えないものがあるということをひとつ認識いただきたい。金で買えないものの最たるものは時間であります。時間が堆積してできる成熟というものは、どんなべらぼうな金をかけても絶対に買えない。こういったものを無視して、とにかく移せばいいんだと。何でも中に四百年周期説というのがあるそうで、確かに日本の過去の都を見れば四百年の周期で変わってはきています。それはそれなりに歴史の流れの中の必然性があったわけで、だから今度も四百年ちょうどたったから江戸からどこかへ移すんだ、東京からどこかへ移すというのは、これは歴史的にも科学的にも全く信憑性のない本当にナンセンスな論だと私は思います。  プリンストンのスーザン・ハンレーという女の社会学者がいますけれども、その人の「江戸時代の遺産」という非常におもしろい本がありますが、かつての中世の時代に、世界で唯一江戸という都市は首都としてすばらしい機能を備えている、中世でいい思いをしたのは一部の特権階級だけであったけれども、唯一例外に江戸の市民は最高の文明生活、文化生活を享受できた。例えば上水道もあったわけですし、飛脚なんて完全に郵便制度も東京を起点にしてあった。  こういった歴史の堆積の上に初めて明治の文明開化があり、そして有色人種の中で唯一日本という近代国家が生まれたわけでありますが、そういった認識を欠いて、ただこの時期に、景気対策か何か知りませんが、だんだん論がずれてきて、どうも余り論拠のない衝動で国がずるずる動いていって、この由緒のある東京の歴史を無視して、つまり新しい都市をつくる、首都をつくるということ、機能をとにかく移転するということはやはり歴史に対する冒涜であるし、これは許せないことだと私は思います。四百年説というのは今申しましたように歴史的に科学的根拠のないことですけれども、ほかの国の首都の移転というのはそれは確かにある。しかし、日本の、現時点でこの東京をどこかへ移す、東京の重要な機能を移すということに何のいわれがあるかといったら、それは四百年説はナンセンスなものでしかないと私は思うんです。  それから、こうした問題は、国会で決められてどこか一つに絞られたにしても、やがてそれから東京との比較考量が行われるわけでありますが、そのプロセスで、次の選挙なんかにかぶせて、良識のある国民の判断を得られるために、やはり国民投票にかけたらいいんじゃないですか。私はそうすべきだと思いますよ。とにかく、どこへいつとも決めずに、かつて金丸時代に、みんな草木もなびくようにして議場で、大体、どこの国に、首都をいつどこへ移すかも決めずとにかく移そうと決議する国がありますか。私はあほらしくて座っていた。数人の気骨のある東京都出身の自民党議員は座ったけれども、あとは全部立った。それからもう一つ反対して座ったのは、動機が違うんでしょうけれども、共産党だけでありましたが。私はあの風景を今でも覚えています。まことにこれは暗たんたるものでありまして、こういうことで日本はノモンハンを起こしたり太平洋戦争に行っちゃったのかなという気がしないでもないんです。  これはやはり皆さん、国民の前に皆さんの信をそれぞれ問われて、国民投票にかけたらどうですか、こういうものは。日本は物理的、時間的にコンパクトな国になってきたんだから、こういう問題に国民が賛否を述べることで政治というのは刺激を受けてよみがえっていくと私は思います。  これは後で詳しく、お手元の資料に配りましたけれども、とにかく東京だけじゃないんです。今の日本の首都というものは東京都だけじゃないんです。近県から三百万、四百万の人たちが日中東京に出てきて、昼間人口がふえている。この国家の中枢的な頭脳的な心臓的機能を運行しているんですよ。ですから、土屋知事のように埼玉県に、英断をもって、十一省庁ですが、要するにある機能を移す。新都心が大宮にできているんですよ。官邸をこれから取りかえるんでしょう、官邸をつくり直して。そうすると、それはどうするんですか。  だから、私はあえてここを聞きたいんだけれども、委員長、国会等の等というのは何か教えてくださいよ。私だけじゃなしに国民に教えてもらいたい、国民に。それから、首都というのはどういう概念規定なのか。そういうものもはっきりさせずに、前例がないからと。事前に通告したら、誤解を受けるとか混乱を生じるとか、どういうことなんだ、これは。奇怪というか面妖というかこっけいというか、非常に危険な言いわけでありまして、この委員会がそれに当たらないんだったら、私は内閣にでも質問をしますよ、この問題は大事だから。  ですから、どうかひとつ委員長もお口添え願いまして、この水辺を使えば、すばらしい、世界的に最大の要するにグローバルプレーヤーの首都がもう一回構築されるんです。確かに東京にいろいろな問題はありますよ。しかし、それは過去の不作為もありましたけれども、今の日本の国力をもって、景気が悪くても、今度の新しい首都にかける金の半分を集中的に整備すればびっくりするぐらいよくなるんです。それをしてこなかっただけのことでありまして、ですから私は、このわけのわからぬ首都移転というんでしょうか、要するに首都移転でしょう、国会等の機能移転というものに絶対反対を表明して、参考人の意見の陳述を終わります。  ありがとうございました。(拍手)

井上一成自由党

○井上委員長 ありがとうございました。  次に、黒川参考人にお願いいたします。

黒川紀章建築家

○黒川参考人 幾つか私の考えております点を、どちらかというと専門的な視野からわかりやすく述べさせていただきたいと思います。  今日本で議論されております首都機能の移転、これは世界の中では、驚きをもって見られていることは事実です。  つまり、これまで歴史上でいろいろな首都移転が行われました。私もタンザニア、韓国、マレーシア、カザフスタンと四つの首都移転に参画をいたしましたが、これはすべて発展途上国の例です。  発展途上国の場合には、非常に理由がはっきりしておりまして、タンザニアの場合には、内陸の農業振興、ウジャマの振興、韓国の場合には、国防上の目的、マレーシアの場合には、二〇二〇年に先進国にキャッチアップするための産業の近代化、シリコンバレーをつくる、こういった目標がありました。カザフスタンの場合には、北の方にロシア民族がおり、南の方にカザフ族がいる、この二つの民族の共生と、それからこれまでの首都が非常に中国との国境に近いところにありましたので、それを中心へ持っていく国防上の問題。非常にクリアです。  しかし、今議論されております日本の首都機能の移転は先進国の首都機能の移転ですから、これは世界で初めてのチャレンジなんですね。ですから、その目的について、石原知事も言われたように、国民のコンセンサスが得られるような明快な目的、理由というものを議論する必要があると思います。  さて、先進国日本の首都機能の移転の目的は何でしょうか。  私は、まず第一に、二十一世紀は都市のあり方が決定的に変わる。今のような、それぞれの都市が、広域圏で自治が行われる、そういう姿はなかなか難しくなりまして、ネットワーク都市の時代になると思います。  六〇年代を顧みてみますと、この時代には日本は高度成長が始まりまして、東京へ人口、金融、情報がどんどん集中しました。これは知事が言われるように、文明の歴史的必然、そして世界じゅうで巨大都市、巨大企業、ビッグサイエンス、それが機関車の役割で経済を引っ張り、日本を引っ張ってきました。そうしますと、東京の巨大都市化が実は地方の過疎化につながる、こういう現象が出てまいりまして、そこから地方分散論が高まったわけです。つまり、東京と地方が対立したのが六〇年代、七〇年代です。  しかし、今は違います。二十一世紀は違います。二十一世紀は地方と東京の対立の時代ではないのです。新しい時代が始まっています。  どういうことかといいますと、現在でも都市化が日本では急速に進んでいますけれども、それは地方中核都市の急速な都市化なんです。福岡とか広島とか仙台を見ていただいたらわかると思います。ですから、六〇年代のときには、東京の巨大化が地方の過疎化を起こす、だれでもそう言いました。現在はそればかりではありません。福岡の都市化が九州の過疎化を引き起こしている、そういう現象まで出てきておりますから、もう東京対地方の対立の時代は終わっているんですね。  さらに、ボーダーレス化が始まりました。それは我々の生活が、非常に広域生活圏の中で、東京に住んでいる人間でも東京だけで生活をしておりません。あるいは、先ほども地図で知事がお話しになりましたように、東京都民が一体どこにいるか、埼玉県に住んだり千葉県に住んだり神奈川県に住んだり横浜に住んでいる人が東京で働いておる、あるいは東京に住んでいる人が横浜で働いている、ボーダーレスな時代になっているわけですね。そういう時代に一体都市はどうなっていくか。大都市も地方の中核都市も小さい都市も、情報、交通のネットワークで結ばれた日本列島全体が一つの都市になる、こういうふうに言っても言い過ぎではないと思います。  そういう時代になりますと、東京の役割も非常に重要になります。それを私どもは世界都市と呼んでおります。首都であろうかなかろうかにかかわらず、東京という都市は、世界の中で、ニューヨークやロンドンや、あるいはベルリンやパリ、ローマと直接つながった、非常に重要な文化を創出する重要な役割を持つようになります。つまり、世界都市間のネットワーク化が既に始まっております。このことは、東京がだめになれば地方もだめになる、あるいは地方がだめになったら東京もだめになる、そういう一心同体の関係、ネットワーク都市になっているというふうに認識しなければ、都市の問題はとらえられないわけです。  例えば、一つの例で言いましょう。  今、ヨーロッパでは、EUという新しい広がりができています。これは一つの国と言ってもいいと思います。  では、どうするか。EUというのを一つの国にとらえたときに、一体どこが首都なんだという議論が長いこと行われました。それはパリだろう、ベルリンだろう、フランクフルトだろう、それはミラノだ、ローマだ。しかし、最終的にはどうしたか。御存じのように、三権のうち、議会とカウンシル、これはブラッセルに、そして裁判所はルクセンブルクにつくられました。これが、EUという一つの国ができたときの新しい新首都のつくり方の例であります。  このような国際的な都市ネットワークの時代を形成するために、それでは、首都機能をどのように、どこへ移転するのがいいのかということになりますが、これは常識的なことですが、まず二十四時間の国際ハブ空港がなければ、世界とつながるのですから意味はありません。それだけではなくて、国際ハブ港湾、そして、後で申し上げますが、高速で都市間をつなぐ、これはリニアの新幹線というようなものがなくてはならないと思います。現在のところ、首都機能の移転は一カ所にまとめて移転する、そういったことが一つの前提として考えられていますが、私は、分散移転でも十分に効果がある、あるいは場所によっては、その近くに幾つかに分散して機能を張りつけるということも効果があるのではないかと考えております。  次の理由。日本はこのままでいきますと、二十一世紀、非常に厳しい時代になります。思い切った構造変革をしないと沈没する、確実に沈没すると思います。首都機能の移転は、日本の生き残りをかけて、新しい国土の骨格構造をつくる重要な手段の一つ、こういうふうに考えるべきだと思います。  では、日本の構造改革というのは何だ。ソフトの面でいえば、まず行政改革があるでしょう、金融改革があるでしょう、教育改革があるでしょう、制度の面の改革があるでしょう、心の面の大改革が必要です。その中でも、特に中央の官僚制度、官僚の意識改革、これが非常に重要だと私は思います。今、行政改革という面での構造改革、私はアジアの中で一番おくれていると思います。首都機能の移転は、本当の意味で大胆な行政改革をもう一度考える、そういう絶好のチャンスになることは間違いありません。  これはソフトの面ですけれども、ハードの面でいいましても、私はこのままでは、二十一世紀、日本の生き残りは難しいと悲観的に考えております。例えば、二十一世紀に国民が目指している新しいライフスタイルに合った国土がつくられようとしているのか。二十一世紀の新しい産業を育てるインフラの整備が急務ですけれども、それがちゃんと行われているか、大変心もとないと思います。  二十一世紀の成長産業は三つあります。  一つは、エコ産業。その中には、遺伝子産業とかバイオ産業とか、あるいは健康医薬産業、新農業、新漁業、新林業、環境産業、そういったものをすべて含めてエコ産業と呼びます。このために必要なインフラというのは何だ、自然なんですね。種の多様性が保全できる日本の森の生態回廊をつくっていかなければなりません。そして、日本の豊かな遺伝子、種の多様性を保全する自然のインフラをつくらなければ日本は生き延びられません。  第二、マルチメディア産業です。これは光ファイバーだけではだめですね。衛星と地上波デジタルをハイブリッドで組み合わせた全く新しい二十一世紀型のインフラをどうつくるか。しかも、それをネットワーク管理を含めて整備する、それが必要だと思います。  三番目には、ロジスティクスです。この物流が、日本は十分にインフラが整っておりません。ハブ空港とハブ港湾の間を結ぶ高速さえできていない、こんな国はありません。こういったことを考えますと、新しい都市ネットワークづくりと新しい産業構造のインフラ整備を促進するための日本の生き残りをかけた勝負のために、この首都移転を戦略的に、世界戦略の立場から考えるということは非常に重要だと思います。東京から首都機能を移転するのに反対か賛成かとか、あるいは候補地を単純な比較によって評価するとか、こういう単純な次元で首都機能移転を論ずるべきではないと思います。  三番目、首都機能の移転は、これまで日本が大変なお金をかけて公共投資をしてきました。石原運輸大臣のときには、リニアモーターカーの実験路線が計画されました。既に時速五百キロの有人試験が今行われております。関西空港が拡張される、中部新空港ができる、瀬戸内海には三つも橋ができました。新全総、新しい全国総合開発計画では、北東国土軸とか太平洋新国土軸が既に明記されております。そういうこれまで考えられてきた、あるいは投資されてきた公共投資をどういうふうに新首都の公共投資と結びつけて有効にこれを働かせるか、それが次世代の国民の豊かな生活のために大事なことではないかと思います。  次に、首都移転は東京の活性化、東京の瀕死の状態を救う最も有効な手段だと私は思います。東京には、二十一世紀へ向けた新しい文化を創出する世界都市を目指す、日本の二十一世紀の骨格構造をつくるための牽引力になってもらいたい。そのためには思い切った都市改造が必要だと思います。  まず、東京の問題をここで長時間論ずる時間がありませんが、二つだけ間違いを指摘したいと思います。  これまで東京がやってきたことの中で、一つ、知的パワーである大学とか研究所を東京から外へ移転した。東京は今後、文化、研究、学術、そういったものを創出する世界都市の役割を果たすのです。そこの知的パワー、研究機関を東京から移してしまったのは失敗でした。二番目、生活者である東京都民が東京に住んでいない。特に中心部に住んでいません。埼玉県や千葉県、神奈川県、横浜や川崎、そういうところから通っております。ところが、東京の将来の役割は文化の創造、情報産業の人的資源である人材や東京都民自体が中心部に住んでいない。  これは、この二つの重要なものを外へ移転してしまったということは、首都機能の移転に比べれば比較にもならない決定的に大きな間違いだったと思います。私は、首都移転によって生ずる中心部の跡地を国と東京都が本気になって考えて東京再生への起爆剤にする、住民を中心部へ戻す、湾岸にも人が住める環境をつくる、大学や研究所を東京にもう一度戻す。こういったことを本格的にやっていただければ、首都機能が東京から外へ出たからといって何の問題もないと思います。  次に、先進国の中で首都移転が今までなかったと言いました。日本は、先進国であるだけではなくて特殊な先進国と言っていいと思います。それは地震があるということです。そのためにはバックアップ機能を高めなければなりません。  先進国の首都移転の前例では、ベルリンがあります。今ベルリンは首都移転をやっている最中ですが、これは出戻りと言っていいでしょう。ベルリンに首都を置く場合に、ボンをどうするかというのは大変な議論でした。しかし、最終結論は、ボンにもある程度の機能を残して首都のバックアップ機能を高めるということが現在考えられています。  日本の、先進国中地震のあるという特殊な国の東京、首都移転によっても首都のバックアップ機能の向上が必要ですから、当然、必要最小限の首都機能は東京に残すべきだと思います。そして、二重になった情報管理のシステムでいざというときに対応すべきだ。ですから、現在新しい首相官邸が東京に建設されているではないですか。これは、新首都ができたときにはそちらにもできるという意味だろうと思います。  以上、簡単ですが、今回のテーマについて私の考えるところを述べさせていただきました。ありがとうございました。(拍手)

井上一成自由党

○井上委員長 ありがとうございました。  次に、浅野参考人にお願いいたします。

浅野史郎宮城県知事

○浅野参考人 宮城県知事の浅野史郎でございます。六月二日に続きまして再びこの場で意見を申し述べる機会を与えていただきましたことに、井上委員長を初め委員の皆様に心から感謝を申し上げたいと思います。  私の持ち時間は十分でございます。ちょっと短いわけでございますので、取り急ぎ要点のみ申し上げたいと思います。前回も意見を申し上げる機会がございましたので、ちょっと別な観点から申し上げたいと思います。  首都機能移転の意義については多くの方が、一つの定説としてというか、国政全般の改革の推進、そして東京一極集中の弊害の是正、そして三番目に災害対応力の強化というのがございます。これは、そのときそのときに応じてアクセントの違いがありますけれども、これは揺るがぬ大きな意義でございますが、本日私が申し上げますのは、それとはちょっと違った観点で、せっかくの機会でございますから、首都機能移転はまさに二十一世紀の初頭を飾る意義のある、夢のあるナショナルプロジェクトである、これを今やらずしてどうするんだという観点から三点申し上げたいと思います。  まず一点目は、新都市の建設の意義ということでございます。  首都機能移転は、とりもなおさず新都市ができ上がるということでございます。その新都市は、単に首都機能の受け皿ではありません。いわば白紙に絵をかく、ゼロから始まる、今までの日本でやろうと思ってもできなかったような機能を持った、明確なコンセプトと明確な目的を持った新しい都市を創造しようという驚天動地のナショナルプロジェクトであるというふうに思います。  したがって、その新都市の建設に当たっては、国内の最先端の技術を動員しなければなりません。それだけではありません。これは全世界が注目しているプロジェクトです。全世界の最先端の都市づくりのための技術を持った企業、人材が必ずや集まってくるでしょう。その意味でも、二十一世紀初頭にこの地球上で行われている、多分最大の、最強の、そしてすばらしいコンセプトの事業がこの日本で行われているということに対して、全世界がもう一度目をみはって日本を見ることになるだろうと思います。そこでこそ日本の威信を高めるということにつながるだろうと思います。  そういった新都市の建設に使われる最新の技術、これは単にハードの建設だけではありません。システムエンジニアリングというのも含めて、そういった技術は当然ながら国内の別の地域、都市の都市づくりにも使われます。その時点において、日本は最先端の技術を手に入れることができる。このメリットは決して過小評価できないと思っております。  もう一つは、若者の問題ということなんですが、今の日本には、若者だけではありませんけれども、何ということのない閉塞感が漂っております。日本はどうせ変わらないじゃないか、どんなことをやったって。変えようがない。それがまた、若者から見て、政治や経済その他社会事象すべてに対しての無関心というものも蔓延していることになると思います。  しかし、そこにこの新都市の建設であります。青春の血を騒がすようなすばらしいナショナルプロジェクトに、若者たちが自分たちの青春をかけてはせ参じる。そういった青年たちが、今のこの日本でも何千人、いや何万人といないはずはありません。そういう若者をこの新都市建設に、必ずしもボランティアという形ではありません、職業として、仕事としてそこに入ってもらう。これは、単に新都市を建設するだけではなくて、二十一世紀に残す、その幕あけを飾る、若者たちに大きな夢を与える、自信を与える大きな契機になる、このチャンスを逃してはいけないと思います。  それは参加ということでございますが、参加ということで言えば、若者には限りません。我々もそうです。国内各界各層の人たちが、この新都市建設、首都機能移転という過程にやはり主体的にかかわりたい、私もその一人であります。そして、その過程の中で、いろいろ議論をし、けんかをし、闘いながら流す汗と涙と、そして投入される英知というのが、その後も残る重要な財産だと思います。そういったような契機のあるナショナルプロジェクトであるということをもう一度再確認すべきだろうというふうに思っております。  そういった過程を積み上げていく過程がなしに、このプロジェクトは成功するはずがありません。単に新都市ができれば成功というものでもありません。今からお願いということになりますけれども、ぜひそういう参加のシステムを構築していただきたいというふうに思います。  二点目が、首都機能移転を契機に新しい価値観を創造する、新しい豊かさを我々のものにするということでございます。  国政全般の改革を、首都機能移転を契機に実現しようということがあります。地方分権、規制緩和、行財政改革、これを一気に首都機能移転を契機に実現をしてしまおう。これは、なかなか進まない今のような改革に対するいら立ちでもありますけれども、首都機能移転と国政全般の改革の推進というのはいわば車の両輪であります。  それにつけ加えて、新しい価値観の創造と言っておりますのは、新しい豊かさの創造ということで言ってもいいと思います。であるとすれば、これまでの豊かさというのはどういうものか。言葉で言えば、物が大量にあること、大量生産、効率性、スピード、流行の先端を追うというようなものであったと思います。そして、それを最もよく体現していたのが東京の存在です。東京が何でも一番、そして集中が集中を生むメカニズムが東京一極集中の弊害というところまで行ってしまったというのが今の段階だと思います。  我々は、二十一世紀以降、新しい価値観、そして本物の豊かさというのを実感する日本でなければならないと思います。言葉で言えば、ゆとりとかぬくもりとか多様性、選択性、スペシャルなもの、そういったものでありましょうか。そして、そういったものを体現するのが新都市であります。新都市創造を機に、こういった新しい豊かさというものを我々日本人の共通の価値観として持つという意義も、この首都機能移転を契機にあるんだろうと思っております。  最後、三番目でございますが、いわゆる東京問題の解決ということでございます。  今石原都知事から、また別なところでも石原知事は、首都機能移転によって東京の威信が低下をする、ひいては日本の地盤沈下につながるのではないかという危惧が表明されております。私は、むしろ別な、全く逆の見方をしております。  これからの東京の発展を考える際に、この国会が存在すること、中央省庁があることというのは一体どういうプラス面があるんでしょうか。いや、マイナスだ、邪魔だとまでは申し上げません。しかし、むしろ先ほど黒川さんもおっしゃったように、国会そして霞が関、また広大な国家公務員の住宅のスペースがあります。約二百十ヘクタールが都心を中心にあくわけでございます。そのスペースを使って、これまでの東京がやろうと思ってもなかなかなし遂げられなかったような事業をやることによって、東京が次のステージへの発展の契機になる起死回生のチャンスではないかと思うわけです。例えば、防災拠点をつくることによって震災対策を確立する、本当の意味での純粋な経済都市、国際都市、文化都市をつくるのに必要な拠点を都心部を中心に構築をしていくというようなこと、そういったことであります。  石原知事は、威信低下するという危機感をおっしゃいました。危機感というのは理解できます。危機感というのは、いわば首都機能移転によってできる新都市との知的緊張関係というか、その中で東京が埋没するのではないかという危機感です。これは別な言い方をすれば、知的緊張関係の中でのエネルギーですよ。埋没するんではないかという危機感に支えられたエネルギーです。その新しいエネルギーはむしろ東京のさらなる発展の原動力になるのではないかと思っております。  既存の地域や既存の都市は東京にあこがれています、はっきり言って。東京になりたいと思っています。しかし、一方においてあきらめもあります。なぜかと言えば、そのあきらめは、東京の発展は、国会があり中央省庁があるからこそだ、だからあきらめなんです。しかし、首都機能が移転すれば、既存の都市と東京は同じステージで同じレベルで競争できます。名実ともに東京は地方自治体になるのです。今でも間違いなく東京都は地方自治体なんですが。同じレベルで東京と、そして各地域が知的緊張関係を持ちながら、またもう一つできる新都市とも知的緊張関係を持ちながら競争をしていく関係、このエネルギーが大変大きいと思います。  目をアメリカに転じれば、ワシントンの存在があって、それを意識しつつの知的緊張感の中でニューヨークの発展がありましたし、今も発展しております。ニューヨークだけではありません。ロサンゼルス、シカゴ、ヒューストン、マイアミ、デンバー、シアトル、それぞれの都市、地域がそれぞれの特色を生かしながら発展をしております。その総和がアメリカ全体の強さの源泉であります。  我が日本も、首都機能移転を契機に、そういった知的緊張関係を持ったエネルギーを各地域で各都市で持って、それの総和がこれからの日本の強さでなければならないというふうに思っております。  我々は、今までずっとこの国会等移転の議論を積み重ねている中で、未来を変えるチャンスを今迎えています。未来は変えられるわけです。そのチャンスを今、我々は目の前にしています。そのチャンスをむざむざと見逃すということは未来に対する冒涜ではないかと思うということを申し上げまして、私の意見とさせていただきます。(拍手)

井上一成自由党

○井上委員長 ありがとうございました。  以上で参考人からの意見の開陳は終わりました。     —————————————

井上一成自由党

○井上委員長 これより質疑に入ります。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。中山正暉君。

中山正暉自由民主党

○中山(正)委員 中山正暉でございます。  きょうは、お三方の参考人の各位、お忙しいところお出ましをいただきまして、本当にありがとうございました。それぞれのお立場から貴重な御意見を拝聴させていただきました。  特に東京都知事は、私はもう長い間の、本当に三十年以上のおつき合いでございます。ある人から、すばらしい男が立候補するので一晩預かってくれと言われたのが始まりで、自分で、まだ私は地方議員でございましたが、自分の自動車の上にスピーカーつけて、秘書も何もいませんでしたから自分で運転しながら、慎太郎さんが来ますと言って演説会に集めて歩いた、それ以来の同志です。  青嵐会というのも一緒にやりまして、青嵐という名前をおっしゃったのが慎太郎さんでございます。私は弥勒会、世の中、洋の東西、宗教では、混乱の時代が来たら必ず天から神様がおりてこられる。キリスト教では、いわゆるハルマゲドンなんという、イスラエルのエルサレムの北の方に広い原野があります、そこへ天から火の玉が落ちる日がハルマゲドン。  それから、仏教の方では、釈迦入滅後、五百年、五、五、二十五ですから二千五百年たつと天から観世音菩薩がおりてこられる。観音、写真機でも観音からとったキャノンというのがありますが、見えないものを見る神様、観音というのは音を見ると書いてあります。音は聞くものなのに音を見るという、そういう洋の東西、不思議なことに、天からおりてくる神様のことを予言しています。  その中で、私は、あのときは弥勒会というのを提案をしたのが青嵐会の思い出で、俳句の季語を見ると、青嵐というのは、青あらしというのは、五月のさわやかな、木の間を抜けてくる風という意味だそうなんです。とにかく慎太郎さんとは長い長い、三十年来のおつき合い、いつも同じ方向を向いてきました。今度ちょっと反対になってしまいました。残念な気がするのですが。  国会で、あのころは自民党が分裂したときですが、私の左側が今の副議長の渡部恒三さん、こっちが羽田孜さん、こっちが唐沢俊二郎さん、それから石原慎太郎さん。ところが、ある日突然、平成七年の四月十九日、突然やめてしまわれました。  きょうは、この首都機能移転の法案を議員立法として出された西田先生もあそこにおられるわけでございますが、私は、これは、国会議員というのは、選挙区から出ても選挙区の委任代理関係ではない、自分の選挙区から選ばれた途端に北海道から沖縄までの法定代理人だ、こういう立場でいると思っております。  ですから、石原知事が誕生されたときには、五年ぶりに東京都知事として出てこられた慎太郎さん、新しい日本の、今黒川先生がおっしゃった世界都市、いい言葉だなと私は先ほどから感心して聞いておりました。世界都市にふさわしい顔ができたな、こういう気がするのでございます。  首都とは何だというお話がありました。日本にはついこの間まで、日の丸が国旗だという法律はなかったんですね。みんながそうだと思っているものは法律にする必要がなかった。ですから、今から六年前でございますが、私は、野党になったとき、よし、国旗法案というのをつくってやろうと思って国旗法案をつくりまして、今度は内閣官房の方からその原案を欲しいとおっしゃって、それが法律になりました。だれかが国旗は日の丸でないと一人が言うと、これは、民主主義の国というのは一人が反対すると法律で決めなければいけません。首都は東京だという法律はないんですね。ですから、遷都論とかそんなのはおかしいんです。現行法上、首都を東京に置くと定めた法律はない。  これは私もちょっと調べてみましたら、首都機能が事実上東京にあることを前提として規定が置かれている法律はある。主なものを例示すれば、裁判所法第六条に「最高裁判所は、これを東京都に置く。」と書いてあります。それから、首都圏整備法というのがあります。「この法律で「首都圏」とは、東京都の区域及び政令で定めるその周辺の地域を一体とした広域をいう。」それから、首都高速道路公団法、裁判官弾劾法とか国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静穏の保持に関する法律とか。  首都の移転についてでございますが、現行法の規定を根拠に反対論を主張するのであれば、首都を東京に置くという法律がないこと、それから首都機能が事実上東京にあることを前提に置かれている規定は首都機能移転とともに改正されるべきものである、そういうことでございまして、かつて、一番最初の首都というのは、大阪、六四五年、これは御承知のように、大化の改新の後、孝徳天皇様が長柄豊碕宮というところに都をお定めになったのが、日本で官僚機構が整備されて最初の都は大阪でございました。それから、その後は千三百年前、これは大阪が千四百年前、奈良が、平城京が千三百年前、それから平安遷都、千二百年前、そして江戸へ移った。  先ほどおっしゃったスーザン・ハンレーですか、あれは江戸というのは、私ちょっと古い地図を持ってきましたが、あなたのおっしゃっている江戸というのはこれなんですね。今の東京というのは、昭和十八年にいわゆる帝都ということで、それまでは、明治二十二年に大阪市と京都市とそれから東京が市制を初めて施行されました。それが東京には特別市制をしこうというのが、貴族院が反対しましたりしてなかなかできなかったのが、先ほどおっしゃった戦時体制、まさに戦時体制の中で東京都というのができたわけでございます。  私は、東京都ぐらい、何か日本の地方行政の中で大失敗はないんじゃないか。小笠原まで含めて、選挙で小笠原まで行かなきゃならないけれどもなかなか選挙のとき行けないと慎太郎さんはよくおっしゃっていましたが、この間、大島に首相官邸をつくったらどうかなんという話も出ていましたが、小笠原から三多摩まで入れて、そして東京、そこには特別区というのがあって、これほど煩雑な、地方制度の大失敗の標本みたいなものが東京都だと実は私は思っておるわけでございます。  しかし、あなた、歴史的冒涜だとおっしゃいましたが、その歴史的冒涜というのの中身は一体何ですか。

石原慎太郎東京都知事

○石原参考人 いろいろ現行の東京都に瑕瑾もあると思いますが、しかし、やはり世界で希有なる有色人種の近代国家というものをつくり世界の歴史を変えてきた、その核としての東京の意味合いというのは非常に大きなものだと思いますし、しかもそれは偶発的にできたものじゃなくて、スーザン・ハンレーが「江戸の遺産」に述べているように、中世で珍しい世界唯一の機能的な首都としてあった。そういうものが、やはり江戸時代に、例えばライプニッツやニュートンに先んじて微分積分を考え出した関孝和であるとか平賀源内であるとか、情報が入ってくる前に西洋人が当時ヨーロッパでやったと同じ実験なり発案というものをするような、そういう成熟した社会をつくってきたわけでありまして、その堆積の延長の上に東京があって今日の日本があるわけでありますから、それを、今日の東京の過去数十年の不作為の責任であるとか間違った行政であるとか、そういったものをかざすことで首都として価値としての否定するということは、過去四百年にさかのぼる江戸の歴史、ひいてはそれででき上がった日本の近代の歴史というものの意味合いを相殺することになって、私はあえて、歴史への冒涜というか、そういう表現を使いました。

中山正暉自由民主党

○中山(正)委員 これは司馬遼太郎さんが「江戸遷都秘話」というのを書いていらっしゃるんですけれども、大久保利通という人は、初めは大坂に遷都をしようと考えておられたみたいですね。明治天皇様は四カ月間大坂の南御堂というところへ動かれて、天皇が動座するということを考えられたようでございます。公家さん方は猛反対をしました。明治天皇のお産みになったいわゆる中山大納言、私とは何の関係もありませんが、中山大納言忠光さんの長女慶子様のおじいさんも大反対をされたようでございます。  ところが、後の前島密さんという、この人が大久保一蔵、大久保利通に、実は名前を隠して「江戸寒士」と書いて、「関東、東北の士人が、なお新政府に疑問をいだき、戦意ぼつぼつたるとき、江戸のおさえをすてて大坂に帝都を設けるのは、戦略政略からみて感心しない。」「また大坂は運輸便利というが、」和船の時代ではなく洋式大船の時代に大坂江戸の距離などさほど問題ではない。それから、大坂に遷都をすれば、宮闕、官衙、第邸、つまり家も何にもないと。それは、一八三七年、大塩平八郎の乱がありまして、そして大坂が焼け落ちてしまいました。  それから、徳川慶喜は大政奉還して将軍をやめたんですが、薩長はそれに後でまた追討令を出して鳥羽伏見の戦い、御承知のように大坂城に入って、これは英国大使をして日本におられたヒュー・コータイツなんという人が、幕末の大坂城で外国の使臣を接見する状態などをいろいろ書いておられます。  そういう意味と、それから、「大坂は帝都にしなくても何等衰えないであろう。しかし江戸を帝都にしなければ市民四方に離散し、東海の寒市になってしまう。国家のためにはなはだ愛惜にたえないというものである。」と、これは、後で、これが前島密であったということが、明治維新になってからある会合の席でそれを大久保利通に明かしたというような話も残っておるのでございます。  こういうことから見て、幕末に——だから、近畿の畿というのは、あれは天皇様のいらっしゃるところから百里以内、これは畿内。近畿とかいいますが、今は天皇様は東京でございますから、これは大阪でいえば近畿じゃなくて遠畿になってしまっているという形なんですが、首都機能を移転するというのは、天皇様が京都におられて鎌倉に幕府を移された、天皇様が京都におられて江戸に政府を移された、そういう意味で、この新しい時代、特に、日本は景気回復の軌道に乗り始めた、家計の消費が予想外の健闘を続け、それから、情報通信分野が先導する生産の持ち直しとリストラの進展で業績の回復を見込む、民間需要の地盤はまだまだ軟弱だ、公共事業など政策効果の息切れに加え、円高の加速、株価下落という市場の動揺が自律回復の展望を脅かすおそれがあるということでございますが、黒川先生、どうでしょうか、この経済効果について。  私は、三候補地を代表する形でございますので浅野知事が来ておられますが、北東地域に移った場合なんかは、青函トンネル五十三キロ、宗谷海峡が四十六キロしかありませんから、やがては、宗谷海峡を大深度で樺太に抜いて、それから、間宮海峡がわずか十キロしかありませんから、シベリア鉄道につないだら、東京駅から座ったままロンドンまで行けるというような時代が来るのじゃないか。黒川先生の上前をはねるような大回廊構想で、世界大回廊構想なんでございますが、これに対する経済効果。  今、森の中に沈んだ三都の話をなさいました。日本は、千二百年前の万葉集の中には七五%が花と緑の歌。私も大阪の花博をやったときに調べてみてびっくりしたのですが、   いにしえの人の植えけむ杉が枝にかすみたなびく春は来ぬらし という歌があるのですね。千二百年前に「いにしえの人の植えけむ」、日本書紀には、スサノオノミコトが日本を平定したときは、胸毛を抜いたら杉の木になった、すね毛を抜いたらカエデになったという、この山紫水明の日本というのはあだやおろそかにできたものではない。そういう山紫水明の日本の中に新しい日本の中枢的な首都をどう築くかという、その経済効果について、ちょっと御意見がありましたらおっしゃってください。

黒川紀章建築家

○黒川参考人 私は、経済効果を首都機能移転そのものの部分的な問題としてとらえますと、大したことはない、そういうふうに考えております。逆に、それでは意味がないのではないかと思います。  時間がなくてちょっと申し上げませんでしたけれども、二〇二〇年になりますと、スーパーソニック、これは低騒音で省エネのエンジンの開発ができる、もうこれは既にエンジンの試作が進んでおりますけれども、その時代になりますと、実は、ニューヨークから東京まで四時間あるいは四時間半という時代になります。それに対して、今世界は必死になってその時代に間に合うようにインフラの整備をしよう。それが、御存じのように、四千メーターの滑走路を四本以上持つ国際ハブ空港というものですけれども、それはアジアで三カ所でいいとされております。ヨーロッパでは二カ所、アメリカで二カ所。非常に限られた国際ハブ空港が日本に本当につくれるのかどうか、これによって日本の二十一世紀の経済に与える影響というのは非常に大きいわけですね。  ですから、やらなきゃいけないインフラを二十一世紀に向けて、情報のインフラもそうですけれども、それをつくっていくのに首都機能の移転の位置がどのようにいい刺激を与えるか。そうしますと、首都移転のその固定の場所における経済効果だけではなくて、それが今度日本の二十一世紀へ向けてのインフラ、新しい新交通時代へのインフラにいい影響を及ぼして、二十一世紀の日本の経済基盤ができる、こういうふうに連鎖反応で考えないと首都移転そのものの経済効果は大きくならない、こういうふうに思います。

中山正暉自由民主党

○中山(正)委員 浅野知事はワシントンにいらしたことがありました。厚生省から派遣されていらして、私もワシントンへ行ったとき偶然お世話になったことがある。  世界の首都は、ワシントンが一番最初に、一八〇〇年にフィラデルフィアからワシントンに移っておりますし、それが始まりで、最近では、リオデジャネイロからブラジリア、これは奥地に入れないと防衛上危ないということが最初だったという。それからケソンからマニラ、テルアビブからエルサレム、それからラゴスからアブジャ、それからボンからベルリン、クアラルンプールからプトラジャヤ、それからアルマトイからアスタナ、こういういろいろな首都移転の例があります。  最後に、時間もありませんので、材料ばかり多くてなかなかお三方にお聞きするのに要領を得ないわけでございますが、浅野知事にお伺いしたいのは、今アメリカがしきりに日本に、確かな将来への公共投資で日本経済が筋肉質に転換し、中長期的に持続可能な安定成長軌道に乗るには、マクロ、ミクロの両面でさらなる努力が必要であると蔵相会議なんかで日本が注文を受けておりますわけで、ワシントンにもおられた浅野知事に、そういう意味で首都移転の国際的な評価。先ほどのお話の中にもありました、先進国での首都移転というのは大変世界から注目を浴びるということでございますので、そういう意味の国際的な効果。  今、東京には二十二、大使館を北京から兼館しているところがある。六十五の大使館が東京都内から外へ出ている。大使館が東京に置けないぐらい東京の土地というのは高いんですね。国際的な意味で、国際経験豊かな浅野知事から最後にお話を伺いたいと思います。

浅野史郎宮城県知事

○浅野参考人 お答えをいたします。  ワシントンの話が出ましたので、先ほどもワシントンとニューヨークの関係についてもちょっと言及をさせていただきました。これは国情も違いますし、また国土の状況も違いますけれども、一つの理想というか、今回東京から首都機能を移すというときの大きな参考になるのではないかと思います。  その際に、経済都市はニューヨーク、政治都市はワシントンという決まり切った説明の仕方がありますけれども、私は、先ほど使った言葉で言えば、ニューヨークはワシントンに対してやはり知的緊張関係を感じているということ、これは大きいと思います。それは、単にニューヨークとワシントンだけの関係ではなくて、さっき挙げたような都市以外にも、アメリカ国内の多くの都市がそれぞれ特色を生かして、それで生きていこうということがはっきりと出ているわけです。  これが東京に何でも集まってしまう、その最たるものが国会であり、中央省庁であり、さっき言った各地域のそれがあきらめということになってしまうといったときのエネルギー低下ということを考えますと、やはりこれは今回首都機能移転をして、今のニューヨークのような、そして今のデンバーとかヒューストンとかのように活気あふれる地域を日本国内にたくさん持つということの意義というのが大変大きいのではないかというふうに思います。  お金の話がよく出て、これは景気のいいときの話だ、十二兆三千億もかけてと言われますけれども、公共投資分は四兆四千億であります。これを二十年かかってでございますから、国の分の支出は単純に言いますと年間二千二百億。これをちっぽけなお金とは言いませんけれども、それ以上の大きな経済効果、そしてまた日本の国の力の源泉になるような地域の力を引き出す大きなプロジェクトになるのではないかということを、今の御質問にちょっと関係ないところもございましたが、申し上げさせていただきたいと思います。

中山正暉自由民主党

○中山(正)委員 青島知事時代には、特別区を中心にしていろいろ検討委員会を開かれて前向きの検討をしておられます。ですから、国会等移転に関する法律を前提とする段階では、移転に向けていろいろ意見を言うことはいいのでございますが、この法律の精神に関しては、どうぞひとつ石原知事、あなたのような有力な支持者をたくさん持っていらっしゃる方が国家の発展に関係のあるこういう大きなプロジェクトに対して余りいろいろおっしゃっていただくと問題が非常に複雑になってくると思いますので、国家のこれからの発展のために、国際国家日本の発展のために石原慎太郎知事のいろいろな御検討をひとつお願いをして、質問を終わります。

井上一成自由党

○井上委員長 古屋圭司君。

古屋圭司自由民主党

○古屋委員 古屋圭司でございます。  きょうは、参考人の皆様方には本当にありがとうございました。特に石原知事には、私が初当選させていただいた十年前に同じ政策集団に所属させていただきまして、大先輩として大変いろいろ勉強させていただきました。感謝申し上げたいと思います。きょうは、立場が変わりまして、知事という立場で、参考人ということでお伺いさせていただきたいと思います。  今、中山先生の方から、いわば石原知事の反対論の根拠について歴史的側面からのお話がありました。浅野知事からは、未来への冒涜であるという、歴史への冒涜に対する軽妙なやりとりがありましたけれども、そういった歴史への冒涜、これはいわば思想、哲学上の関係というのもあろうかと思いますので、私はここであえては触れません。  そのほかに、石原知事がいろいろな雑誌あるいはマスメディアを通じて反対論を言っておられましたことを総合いたしますと、今こういったコンピューターの時代になって、集積というものがトレンドなのに、それをばらばらにするのは時代に逆行しているんじゃないかとか、あるいは、今御指摘がありましたが、丸の内と永田町、霞が関がこれだけ狭いところに集中しているのは、これは世界でオンリーワンなんだから大事にしていくべきだとか、あるいは列島改造論の金権主義の延長なんじゃないかというような御意見だと思いますけれども、これについては我々しっかりとした反論を持っておりますので、ここで議論しても、どちらが絶対に正しいということはないと思いますので、あえてここではその議論はしないでおきたいと思うんです。  しかし、ここで、国会移転の法律を見ますと、その前文に移転の理由が三つ書いてあります。一つは多極分散型国土形成の推進ということと、二つ目が一極集中の是正、三つ目が、やはり地震等の大災害に対する脆弱性を克服するという、この三つなんです。私、この三つ目というのは極めて重要なポイントじゃないかなというふうに見ているんですね。  特に石原知事も、私もインターネット等々を通じまして、知事はどんなお話をされておられるかなと調べてみましたけれども、その中で、やはり東京は地震にもろい部分があるということを認められていますね。やはりここは非常にポイントだと思うんですね。  最近は、台湾の大地震がつい先日ありました。私も親台湾派の一人として何度も台湾に行っておりますし、また石原知事はやはり台湾には大変大きな思い入れがありまして、恐らくあの震災に対して心を痛めておられると思います。また、最近では台湾以外にも、ギリシャであるとかトルコであるとか、こういう地震があった。いざ地震が起きたときどれだけの状況であるか、我々はもう阪神大震災を経験しておりますけれども、他国でそういうものが起きたとしても、大変な状況であるということが我々痛いほどよくわかるわけでありまして、万が一こういった地震が起きたときあるいは大災害が起きたときに万全の対策を講じていくというのが、これがやはり危機管理の一番重要なところだと思うんですね。  にもかかわらず、私は、石原知事の発言の中で、ただこれだけのために首都機能を移転するというのは国家の大損害というふうなお言葉を聞いたことがあるんですけれども、私は、危機管理というのはやはりあらゆるケースを想定して、そして何かあったときに万全の対策を講じて国家機能を正常な形で動かすことができるようにしていく、これが危機管理の重要な役割だと思うんですね。  たまたま私、今Y2Kの与党の対策プロジェクトチームの座長をやっておりまして、コンピューター二〇〇〇年問題でございますが、これは起こらないようにさせるということよりもむしろ、もう今は、いざ起こってしまった、ふぐあいが起こってしまったときにどういう危機管理をするかという方に相当シフトしておりまして、この面でのあらゆるケースを想定してやっております。やはり危機管理というのはそういうものだと思うんですね。  東京に阪神大震災クラスの地震が仮にあったとして、その場合に、じゃそれに耐え得るような改造をするにはどれぐらいかかるんでしょうかというようなことで、かつてこの委員会にも堺屋太一先生が来て参考人でも意見を述べられています。また、あるシンクタンクからのデータというものを発表されておられましたけれども、五十年間で百兆円かかる、これはちょっと数字が大きいかなという感じもしますけれども、そういう御発言も議事録の中で読ませていただきました。したがって、これは首都機能移転をさせた場合の十三兆とか十四兆と言われているものの七倍か八倍ぐらいになると思うんです。  しかし、それはさておきまして、危機管理という観点から首都機能、ここでは首都機能を三権というふうにしたいと思います、司法、立法、行政、三権。この首都機能を移転するということは十分危機管理の観点からは合理的な根拠があると思いますけれども、この点に限っては知事はどういうふうにお考えですか。

石原慎太郎東京都知事

○石原参考人 地震というのはいつ来るかわかりませんし、どんな規模で来るかわかりませんし、地政学的に日本の国土というのは先ほど申しましたように最大の火山脈の上にあるわけですから、最悪の条件を備えているわけです。仮にどこかへ首都を移転したとしても、その地域が東京の今日よりも安全であるか、絶対に安全であるかというと、そういう保証は全くないわけでして、今限りで、皆さん御存じないかもしれませんけれども、私も関西大震災の直後、運輸省の依頼で港湾の視察を兼ねて、本当に直後に神戸に行きました。それで、見たところ、例えば長田区とか東灘区とかそういうところも見てまいりましたけれども、ある耐震構造を持った建物というのは要するに倒れてないんですよ。一番もろいのは木造の建築なんですよ。  じゃ、三権が要するに機能している建物の中に木造の建物があるかといったら、国会も相当古いけれども、それは盤石でしょうな。ですから、東京のもろい部分というのは、むしろ国家機能にかかわりない、要するに海抜ゼロメートルである、かなり広範囲の、かなりたくさんの人が住んでいる、要するに江東区であるとかあるいは環状七号線の古い町並みみたいなところが非常に厄介ですけれども、もろいですけれども、しかしそれはやはり今から強制的に立ち退かせるわけにいきませんですから、何とかそれをとにかくハードなものにしていく努力はしていますが、いずれにしろ、東京の中にある既存の国家機能、つまり三権の機能というものが大地震によって麻痺する可能性は私はないと思います。  それは十全な対策をしておりますし、政府も既にしておるし、東京もしております。しかも、東京は、要するにかなりいろいろな機材も開発したりして災害対策もやっておりますし、またこの間は総理にお願いして、来年の九月三日には、余りこれは反応がないけれども、未曾有の、つまり三軍を督励しての、総理が陣頭指揮に立った災害の大演習もするわけですけれども、その準備もしております。いずれにしろ、ハードの部分で、ある地震が来たときに東京が、三権の機能が麻痺するということはほとんど私はあり得ないと思います。  それから、しかし一〇〇%と言えませんから、だからやはりバックアップ機能というのは、それは必要でしょう。しかし、それを、とにかく今ある規模でほかへ移すということは私は本当にむだだと思いますし、さらに今あるものを強化していくことで、今古屋さんがおっしゃった三権というものの、いわゆる国家を表象する機能というものが麻痺するということは完全に防げると思います。  それからまた、これは余計なことかもしれませんけれども、東京は、画期的なことで、この間、災害が来た後の復興計画推進の模擬訓練までしておりまして、それは恐らく私は世界の大都市の中で最も進んでいる災害対策をしている都市だと思います。

古屋圭司自由民主党

○古屋委員 それは知事としてはそういうふうにお答えせざるを得ないと思いますけれども、やはり地震あるいは災害というのはその建物一つだけに来るわけではなくて、例えばインフラであるとか情報通信機能なんか、地下のいろいろなインフラがあります。こういうものが仮に被災をした場合は本来の機能が発揮できない。これは残念ながら、今、高度情報システムのある意味での弱点なんですね。だから、そういったものを、総括的に災害対策の環境の整ったところに新たにバックアップ機能をつくっておく、私はそういった観点から、この三権の機能を、絶対に何か機能不能に陥るというようなことがないようにさせる、そういう意味で必要なんじゃないですかという趣旨でお伺いをしたわけでありまして、恐らくそういった観点ならば、それをやることは不必要だ、こういうふうには石原知事も決して言い切れないんじゃないかなと私は思っております。  時間がありませんので、次に行かせていただきます。  私は、首都機能の移転をした、その後の経済効果というものにもっと着目をしてもいいんじゃないかなと思っております。  先ほど黒川先生の方からも、首都機能の移転は東京活性化の牽引力になるというお話もありましたけれども、例えば霞が関だけで百ヘクタールの土地がありますし、また宮城県知事の御指摘があった、公共住宅約二百ヘクタールぐらいあると思います。こういったものをいかに活用するか。例えば、二十一世紀型の住宅、インテリジェント化した世界最先端の住宅機能をつくるだとか、あるいは、前から石原知事が主張されておりました東京の債券市場をつくって東京経済を活性化するんだ、そんなコントロールタワーにするだとか、いろいろそういった前向きの政策、事業というのが考えられると思うんですね。  首都機能移転による効果の方がはるかに私は大きいと思いますけれども、この点については、では、両知事にお伺いをしたいと思います。

浅野史郎宮城県知事

○浅野参考人 私は、むしろ、首都機能移転というのを契機に、東京がこれまでやろうと思ってもできなかったような新しい段階への発展を遂げてはいかがでございましょうかということで、全く真反対になってしまいましたけれども、心から信じているわけでございます。  二百十ヘクタールというのは、公務員住宅だけではなくて、霞が関、国会のスペースも合わせた面積でありますが、これがほぼ都心部にあるわけでありますから、これは使いがいのあるスペースであります。そういったスペースで、経済都市として、国際都市として、いろいろやりたくてもできないというようなものをここで実現するということの意義は極めて大きいと思います。  むしろ、逆に、国会があったり、中央省庁があったり、役人もいたりということも含めてですけれども、それは今のというか、またこれからの東京の発展のために本当にプラスなんでしょうかということを、邪魔だと言ったらさっきも言い過ぎだというふうに申し上げましたけれども、むしろ、ピュアに経済都市として発展をするための準備というか、そういうおあつらえ向きの条件ができる、そのチャンスをむざむざと見逃すべきではないんではないかというのが私の論調なものですから、そんなふうに思っております。  または、逆に、国家公務員住宅で申し上げましたけれども、新都市には、私も国家公務員出身者としては、やはりもうちょっと人間らしい、国のために本当に身をささげたいと思えるような住宅をつくってほしい、私の後輩のためにそう強く思うわけでありまして、その意味でも、新都市建設の意義というのはいろいろな意味で波及効果も含め大きいのではないかと思っております。

石原慎太郎東京都知事

○石原参考人 お手元に配付しました資料にも出ていると思いますが、これをごらんいただくとわかるんです。これはちゃんと専門家が試算したものですけれども、これは例えば北東に移転したときに、その該当地域には四十六・一兆円の要するにプラス要因がありますけれども、しかし、それ以外の地域には六十兆円近いマイナス要因になる。ほかのケースも全部大体同じようなものでございまして、私はやはり、それは、該当した地域にはある限られた時間非常に経済効果があるかもしれませんが、日本全体では決してそういうことにならないと思いますよ。これはそちらでまた、要するにほかの試算をされて突き合わせたらいいと思いますけれども。  それから、先ほど中山さんがおっしゃったけれども、国会で法律を決めたのだから知事反対するなというのは、これはおかしな話で、国会が決めた法律がすべて正しければ国民は別にいろいろな損をせずに済んだんだ。私は、いろいろ考慮、検討をした上、余り国民が納得できない、しかも論拠が非常に乏しい、こういうプロジェクトについてはやはり引き返す勇気というものを国会に持っていただきたいということをあえて申し上げたい。

古屋圭司自由民主党

○古屋委員 いや、私の質問の趣旨は、この移転の効果の方が東京都にとって大きいので、その移転された跡地をいかに有効的に活用していくか、そういうところに着眼はしていないのですかという趣旨でお伺いしたんですが、ちょっとお答えの趣旨が違っていたようですけれども。  いずれにしても、もう時間がなくなってしまいましたので、やはり東京都を預かる石原知事が歴史に名の残る名知事になっていただきたい、私はそういうふうに切望いたしております。そのためにも、やはりこの首都機能の移転で、確かに東京都が何にもマイナスがないというのは私は偽りだと思います。しかし、そのマイナスをカバーして余りある効果というものがあると思います。私は、そういったところにぜひ着目をしていただいて、石原知事にはこの事業、国家的、二十一世紀の夢を与える事業でありまして、世界が注目をしているこの首都機能の移転というものを、ぜひ推進の立場で協力をしていただきたい。そして、そのことこそが東京にとって大きな効果を生む。五十年たった後に、ああ、あのときに石原知事が決断をしていただいたおかげですばらしい日本が、そしてすばらしい東京があるんだ、私はそんな絵を描いてきょうはこの質問に立たせていただきました。  以上で終わらせていただきたいと思います。

井上一成自由党

○井上委員長 下村博文君。

下村博文自由民主党

○下村委員 下村博文でございます。  きょうはありがとうございます。私も、東京選出の議員ということもあるのかもしれませんが、質疑応答でたった五分しかございません。そういうことで、石原都知事にお聞きしたいというふうに思います。  私は、石原都知事が都知事という立場だから反対ということではなくて、まさに正論としてやはり言われているのではないかというふうに、実は私も思っております。それは、私が東京選出の議員だからということではございません。それというのも、今回の首都機能移転というのは、やはり時代背景が違ってきている、本当に今改めて首都機能移転というのがどの程度理論的な、客観的な大義名分があるのかどうかということをもう一度議論をし直す時期に、国民の視点からしても、来ているのではないかという気がいたします。  その中で、単なる東京エゴということではなくて、私も主張したいと思いますし、また都知事からも御意見をお聞かせ願いたいと思うんですが、首都機能移転について二つの問題点があるんではないかと私は思っているんです。  一つは、我が国の都市国家としての都市政策、これから東京都を含めた、地方都市もそうですが、都市をどう再生するかということについての視点が今まで議論されていなかったのではないかという一つの問題。それからもう一つは、これは地方分権の問題でありますけれども、これからの国家、今までのような中央集権体制的な国家ではなくて、どういう国家をつくるのかということが議論されないまま首都機能移転があるということは、やはり同じような、違う場所に東京のマイナス点がまた出てくるような、そういう問題点になりかねないというふうに思うわけであります。  時間がありませんから、最初の問題でありますけれども、東京のマイナス点が議論された中で首都機能移転がある。しかし、この東京のマイナス点というのは、実は、日本の国家そのものが大きく変わってきた、つまり、今までのような多極型の全国津々浦々発展をさせるということではなくて、都市における再生をどうするかということが、これは東京都だけの問題じゃなくてほかの都市の問題でもある。  そういう意味で、黒川参考人が言われましたが、東京がだめになれば地方もだめになる。そういう意味では、東京が生きながら地方も生きることはどういうことなのか。また、浅野知事が言われましたが、この新都市の建設というのは一カ所だけである必要はないのではないか。それぞれの既存の全国の都市を、例えば仙台市をどう再生するかということも問われてくるんではないかというふうに私は思います。  そういう中で、やはり東京が地盤を沈下させてしまうようなそういう国家政策があった、これが我が国の最大の問題点であって、東京が元気にならなければ日本全体も元気にならない。東南アジアの中でも、東京が地盤沈下をしてきたために日本全体が総体的にやはり地盤沈下をしている部分がたくさんございます。ですから、この辺でどう都市国家、ある意味ではもう東京だけでなく、日本は七割、八割が都市に住んでいるわけですから、その象徴としての東京をどう再生するか、活性化させるかということが首都機能移転よりももっと前に、ほかの都市も含めて、本質的な問題点として大切なことではないかというふうに思います。そして、これは単なる東京エゴではなくて、ほかの大阪や地方の都市も活性化するために当然のことである。  その辺で知事にお聞きしたいと思うのですが、戦後の中で、特に美濃部都政のときが象徴であったとは思うのですが、都市基盤整備がおくれた、それが一極集中のマイナス点になっている部分もあるわけです。ですから、一極集中のプラス点を、集積の時代ですから、どう生かすかというためには、都市政策をこれからどう充実させるかということが最も国にとっても必要なことであるというふうに思うのですが、先ほど最後の方でちょっと御説明ありましたが、これから東京を活性化させることが、日本全体に、経済的な波及効果だけではなく国家としての都市を形成するための政策としてどう必要なのかということについてお話をしていただければと思います。

石原慎太郎東京都知事

○石原参考人 まことに私も同感でございまして、国家の構造の中での大都市の機能というものはどんどん変わってきているし、つまり、二十一世紀にどういうアスペクトがあるかということも既に黒川さんがお話しになったと思うんです。私は、先ほど、あえて申し上げるけれども、宮城県の知事のお話を聞いていてよくわからないんです、観念的で。  私は、あくまでコストプロフィットの話をしているのですよ。国家の財政、経済にとって、つまり新規にそういうものをつくる、どこに決まるか知りませんけれども、そこに、まさに黒川さんがおっしゃったみたいに、四千メートルの滑走路が四本もあるみたいな新しいスーパーソニックの時代の空港というものが新規につくられると、これはやはり移転の財政とまた別の問題でしょう、もっと経費がかかってくる。だったら、私は東京に欠陥がないとは言いませんよ、いろいろな瑕瑾はありますけれども、しかし、そんなべらぼうな金かけて新規のものをつくる以上にはるかに安い金で、東京だってなけなしの財政の中で今でもやっているわけですから、隣の県もやっているし、みんなやっているわけですよ、近県は。要するに東京と協力しながら。それプラスアルファのものが集中的に投入されたら、本当にあっという間に東京の機能というものは戻るんですよ。よくなるんですよ。そういうことも知らずに、とにかく移せ、移せ、東京は今はだめだからと。  私は、今の東京は十全とは言わない。先ほど申しましたみたいに、例えば東京の都内で、圏内で移動することに時間がかかり過ぎる。何と東京の日中の自動車の平均時速というのは十八キロですよ。これは、外郭環状道路ができたら、東京へ流入してくる他県から他県へ行く自動車というのは全部バイパスで行きますから、こんなに煩雑にならずに済むのに、その整備というのは美濃部時代にすっかりおくれてしまった。これを整備し直したら東京はびっくりするぐらい機能的な町になりますよ。  私は、そういうことで、さっき黒川さんがおっしゃったことは一々同感ですけれども、それを例えばこの日本に、二十一世紀に実現するなら、一番いい基盤は何かといったら、既に実績のある、社会基盤のあるこの東京に、つまり、ある財政を投下してそれを付加することで、私は、東京は見事に世界都市として、グローバルプレーヤーとして確固たる地位を築くと思います。

下村博文自由民主党

○下村委員 質問時間が終わりました。ありがとうございました。

井上一成自由党

○井上委員長 永井英慈君。

永井英慈民主党

○永井委員 民主党の永井英慈と申します。きょうは参考人の皆さん、本当に御苦労さまでございます。  きょうのこの質疑に当たって、実は、石原知事並びに黒川さん、それから浅野知事のお話をもっと詳しく聞いておけばよかったなという感じがするのですが、質問通告にはないのですけれども、二十世紀にさようならをして二十一世紀を迎えるという非常に大きな時代の節目であろうと思うのです。私の考えでは、世界も日本も東京も、まさにかつてない激動、激変の時代に突っ込んでいると思うのです。しかもそれが、政治においても、行政においても、経済においても、社会においても、かつて経験したことのないすごい時代だと思っております。  そこで、三人の方にぜひ冒頭、お尋ねしていいかどうかわかりませんけれども、お答えいただければ、発言をいただければと思います。  それは、時代認識ということです。二十世紀が終わるに当たって、この節目のときにこの時代をどうとらえるか、大変私は重要なことだと思うのです。そこで、私自身の見解ですけれども、この激動、激震というのが、くしくも今から十年前、幾つかの本でも見たのですけれども、一九八九年、これは昭和でいえば六十四年です、平成でいえば御承知のように元年でございます。この年を境にして、世界も日本も経済も財政も金融も社会も物すごい勢いで変化を巻き起こしてきたこの十年だと思うのです。そこで、この時代を、ぜひお三方の口からその認識をお示しいただきたい、それが第一点でございます。  それから、石原知事にお尋ねしますが、さきに質問の要旨を用意しておりましたので、それから質問をさせていただきたいと思います。  東京を中心としたこの首都圏が、なぜこれほど巨大化、肥大化をし、過密になったか、その原因あるいは理由をお話しいただきたいのです。それは、戦後の我が国の国土政策に問題があったのか、あるいは国土政策の失敗が大きな要因であったか、ぜひその評価をいただきたい。また、ソフトの面でいえば、国と地方を通ずる行財政の仕組み、システムに問題があったために、東京一極集中、巨大な首都圏という都市が出現してしまったのか、そのことについても御見解をいただければと思います。どうぞよろしくお願いします。

石原慎太郎東京都知事

○石原参考人 まず第一に、この現代を歴史の流れの中でどうとらえるかということでございます。  いろいろ論議もございましょうが、私は、私たちの人生の中で、歴史の一つの区分でありました近代というものが終わったと思います。つい十数年前に私は終わったと思います。それはやはり、歴史を変えていく人間の技術というものの発展、発明が、中世を近代に変え、近代を現代に変えたと思うのです。ここでくどくど話しませんが、やはりそれを象徴する新しい発明というのは私たちの時代にありましたね。  これは、電子工学を使ったコンピューターに表象される一つの膨大な知識の集積、膨大な知識の伝達、コンピューターに限りませんけれども。それから、やはり原子力の開発、それから宇宙遊泳の技術、そういったものが随分文明の様式を変えてきた。やはり我々はまさにその新しい文明期に入っているわけでありまして、その一つの象徴がコンピューターだと思います。  いずれにしろ、同時に、さっきも飛行場の話で黒川さんがおっしゃいましたけれども、スーパーソニックのとんでもなく速く飛ぶ飛行機がこれから世界をつなぎますと、ますます時間的、空間的に世界が狭くなってくる。情報が簡単に流れるし、人間の交流も進んでいく。つまり、今までのボーダーというものがどんどん崩れていく。やはり国家なり都市というものの概念が過去と明らかに違ってきたということは認識しなくちゃいけないと思います。  それで、大事なことは、要するに、先ほども申しましたように、コンピューターに象徴される集中、集積というものが、この東京でも日本の心臓部、頭脳部としてどんどん行われてきた、これは否めないし、結構なことだと思いますが、やはりそれに対応する都市の構造の計画というものがなかった。特に美濃部都知事時代に、これから当然必要となるアクセスというものを一切切ってしまったものですから、その間、あってはいけない例えば自動車の集積なども都内にどんどん行われまして、こういうふうな惨たんたる状況になった。私は、やはりそういう点では東京都全体が反省しなくちゃいけないものがたくさんあると思いますし、そのリカバリーに今一生懸命努めております。  そういう点で、これは決して東京の責任だけではなくて国家の責任でもあると思いますし、いずれにしろ、的確な時代認識というものを踏まえての都市計画というものはなかったことは私は否めないと思います。

黒川紀章建築家

○黒川参考人 私は、一九五九年にある論文を書きました。それは「機械の原理の時代から生命の原理の時代へ」、こういうタイトルでした。二十世紀の前半までは、私は、日本は機械の延長でやってきたと思いますが、明らかに、二十一世紀へ向かって時代は生命の原理の時代へ動いている。それを見越して、私はちょうど四十年前に共生という言葉をつくりました。これは日本語になかった言葉で、調和とか妥協とか融合とか共存という言葉ではどうしても説明できない、対立しているけれどもお互いにお互いを必要とする、そのときに共生という言葉を使ったらどうかということで「共生の思想」というものを書きました。  私は、二十一世紀へ向けて、世界全体、あるいは生物学も量子力学も建築も都市計画も、そして芸術も文化も共生の時代へ向かっていると思います。  それはどういう時代かといいますと、わかりやすく言えば、明治の時代と違うもの、明治を終わらせるということです。明治の時代は、世界の中の価値観をヨーロッパの文化に置きました。ですから、憲法も教育制度も、それから政治のあり方も、あるいは企業のあり方も、ヨーロッパをまねしてやってきました。それは日本の近代化に役に立ったんです。ですから、それがむだだったとは私は思っておりません。  しかし、その明治のやり方、つまり地球上には一番すぐれた文化がヨーロッパにあって、発展途上国はそれに近づいていくんだ。つまり、ヨーロッパに近づくことを進歩と呼びました。それがもし成功すると、地球全体はヨーロッパになってしまうわけですね。つまり、モノカルチャーの地球ができてしまいます。  今、私たちは生命の原理を大事にしようとしています。それは、種の多様化を守る、文化の多様性を守ろうじゃないか。地球上にさまざまな生物や植物やそういったものがお互いに共生して生きることの方が豊かなんだ。文化でも、ヨーロッパの文化が世界を制覇する、覇権的に制覇するのではなくて、いろいろな地域に育っているさまざまな文化が共生することが豊かなんじゃないか。そういう時代にはネットワークになるわけですね。  例えば日本全体でいいますと、東京にも特色がある、地方の都市にも特色がある、そして小さな都市にも大きな都市にもそれぞれ特色がある。その特色が最も発揮できるような形にしていくというのはネットワークということになります。ですから、共生の時代の都市のあり方は、それぞれの個性をお互いに補完し合いながらお互いに共生して生きていく都市のあり方、それがネットワーク都市ということです。

浅野史郎宮城県知事

○浅野参考人 永井委員の御質問は、過ぐる十年間はどんな時代であったかということ。日本でいえば、これはバブル崩壊直後でありますから、それだけ谷間が深いというか、自信喪失の時代であったのではないか。自信喪失の時代、日本を挙げて。そして反省の時代ですよね。したがって、日本がやっているいろいろなことを、あれもだめこれもだめと、どうも反省し過ぎじゃないかという気もあるぐらいだと思います。  しかし、その時代にあっても、私は日本の力、潜在的な力はしっかりあるものと思っております。したがって、先ほど展開したような、我田引水になりますけれども、それならちゃんと見せてやろうじゃないかというのが、この首都機能移転をプロジェクトとしてとらえたときの未来への挑戦なわけです。過ぐる十年はそういう意味でございますので、それを展開すべきこれからの十年と考えたいと思います。

永井英慈民主党

○永井委員 ちょっと抽象的な話になったのですが、実はこの委員会で、この春だったと思うんですが、慶応義塾大学の大学院の石井威望先生においでいただいて参考人の御意見をいただきました。そのときに石井さんは、二十一世紀の初頭、半ばぐらいまでの社会は、特にデジタルだとかバイオとかのテクノロジーによって物すごく変わる、今の段階では、私たちは二十一世紀の初頭さえも見通すことができないほど大きな変化ができるだろう、こう言っておりましたので、あえてその前段の部分を聞かせていただいたわけでございます。  時間がもう十分しかありませんので、簡単にさせていただきます。  国会等の移転は、もちろん今お話がありましたように、その規模や内容にも大変よるわけですけれども、これによって、これほどまでに一極集中し、肥大化した東京や首都圏の過密の解消につながるかどうか。石原知事は、集積だとか集中はいいことだと、これをメリットととらえておられます。さらには、国会決議も否定をされておるわけです。そういうことからして、こういった今進められているような国会等の移転によって、この過密の解消、一極集中の解消になるかどうか、知事にお伺いいたします。

石原慎太郎東京都知事

○石原参考人 東京の過密はいろいろな意味合いがございますけれども、要するに、人口は頭打ちしまして、減ってもきておりますし、それからまた、都市の構造を部分的に変えることで、今まで夜間人がいなかった中央区であるとか千代田区であるとか、そういう本当のコアの中のコアにも人口が戻ってきておりますし、また、それは非常にいい傾向だと思います。つまり、ちょっと瑣末なことになるかもしれませんけれども、やはり容積率とかそういったものを考え直して、住宅地なり業務地というものを高く積み上げていくことで、都市の機能は随分変わってくると思います。  しかし、何が過密かといったら、これはやはり交通なんですね。自動車なんですね。これが、都市の機能というものを実際には非常に麻痺させている。ですから、これはやはり、先ほど申しましたように、圏央道と外郭の環状線というものをできるだけ速やかに整備をすれば、驚くほど効率が上がって、できた瞬間にびっくりするぐらい、つまり東京の中の混雑といいましょうか、過密といいましょうか、交通の過密というのは軽減されると思います。  ですから、それを今のまま放置しておくことも怠慢でありますし、なけなしの予算でその努力もしておりますけれども、しかし、国がそのどちらをとるかということで判断されて、東京に限らず、埼玉県、千葉県、神奈川県という三千三百万の人口のいる首都圏というものの機能を効果的に発揚させていくために、つまり予算というものを投下されれば、私は、十年も待たないでこの首都圏というのはびっくりするぐらい機能的な町になっていくと思いますし、住みやすくなると思いますし、環境もはるかに、要するに良化すると思います。

永井英慈民主党

○永井委員 今石原知事のお話を伺っていますと、首都圏、東京の問題は、過密は交通の問題だということに力点が置かれていたと思うんです。  しかし、今お話しのように、容積率だとか建ぺい率とかを上げて都市機能を引き上げていく、これはさらに首都圏あるいは東京の過密を加速させるものではないかと私は思っております。というのは、私も、東京のすぐ隣の神奈川県の川崎、大変な過密な町から選出されておりまして、この首都問題は特に関心があったわけですが、どうも知事の先ほどからの話を聞いていますと、これで一体、長い間問題だった一極集中と過密の解消につながらないような気がしてならないのです。  では、具体的に今東京都が渋滞解消のためにどういう施策を展開しているか、お話をいただければと思います。

石原慎太郎東京都知事

○石原参考人 ですから、神奈川県にもかかわりがございます外環の要するに自動車道路というものを一部凍結した部分もございますけれども、これをもう一回復活させましてできるだけ早期に完成しようという努力を、神奈川県とも千葉県とも埼玉県とも協議しながら行っております。  それから、集中はどうしていけないのでしょう。私は、いろいろな機能が集中し、集積するということは非常に能率的だと思いますし、やはり現代の文明というものの表象がコンピューターである限り、何もコンピューターが万能とは申しませんけれども、やはり能率というものがどんどん上がっていくためには集中、集積ということが不可欠なことでありまして、それをもって東京都の能力といいましょうか、可能性というものを否定するよすがには全くならないと思います。  ただ、それを集中、集積している都市の機能というもの、国家的な機能というものを含めて、要するに円滑に、効率よく操作していくためには、やはり人間がその現場に臨まなくてはいけない。その人間の移動というものを支えているアクセスを要するにもっと便利にする、つまり自動車の集中というものを排除する、私はこれがもうまさに決め手だと思います。

永井英慈民主党

○永井委員 道路をつくれば車がふえる、車がふえて渋滞を起こせば道路をつくらなくちゃいかぬということで、何かイタチごっこのような感じがするのです。ですから、もっと違う発想が必要だと私は思います。  時間がないので、この辺にさせていただきますが、交通のことに関して、私は東京のことを書いたのです。神奈川に住んでいて東京のことを書いちゃいけないのですが、国民の一人として、首都機能というのは極めて大事ですから、この後で読んでいただければありがたいと思っております。  それから、今コンピューターの時代、まさにそうです。デジタル化がどんどん進んで、今私たちが想像のつかない高度情報通信の社会ができ上がると私は考えております。  そこで、これは石原知事の価値観でしょうね、効率、能率、これに余りにも力点を置き過ぎるような気がするのです。やはり人間の心とかあるいは安らぎとか、潤いとか、思いやりとか、そういう価値観を打ち上げるとき、立ち上げるときにまさに来ていると。二十一世紀は、物じゃない、効率でもない、やはり日本人の心を大切にする、これが政治のあるいは行政の核心でなければならぬと思うのですが、知事の話を伺っていますと、どうもコンピューター、効率、能率ということがよく出てくるのですが、二十一世紀のあるべき社会というのですか、知事として求めている社会をぜひお教えいただきたい。これが一点です。  もう時間がありませんので、これで終わりますが、今の我が国の最大の欠陥というか、諸悪の根源というか、これは私は、巨大な複合中央集権体制にある。しかも、長期政権がそれを肥大化してしまいました。この中央集権を解体して、分権型社会を築き上げていく、そこにこそ国民の心も生きてくる、情報公開も生きる、参加のチャンスも出てくる。  私は、この中央集権体制を解体して地方分権をすることによって、ある意味では、知事の言われるように、この首都機能の移転をしなくても済むんじゃないか、そういう意見もありますね。私は、どちらかというと、そういう立場をとっているわけでございまして、地方分権とこの首都の問題、ぜひお聞かせいただきたい。  最後に、先ほども出ておりましたけれども、トルコ、ギリシャ、台湾と、もう立て続けに巨大地震が発生いたしました。大変な被害が出ているわけですが、東京の巨大地震対策、先ほど知事は中枢機能については大丈夫だと。そうかもしれません、ハードの面では。ところが、一千百万人、三千三百万人、この首都に生命を持って生きている国民がいるのです。この人たちの安全のためにもこの過密の解消というのは絶対に必要だ、私はそう考えているのですけれども、御見解をいただきたいと思います。

石原慎太郎東京都知事

○石原参考人 私は、芸術家でもありますから、人間の内面の問題、メンタルな問題というものを決して無視するつもりもございませんし、むしろそこにこそ価値があると思います。しかし、つまり効率を上げるということは、要するに時間を生むわけでありまして、時間というものが余裕があれば、私は、そこで仕事を離れた形での人間の個性の発揮なり内面の充実があると思いますよ。  それから、例えば土地に限って言っても、土地を効率よく利用すること、私は平屋に住むよりも上へ積み上げた方がいいと言っているのですが、それはやはり新しいスペースを生みますし、それは災害対策にもなりますし、そこでまた、要するに緑地も講じられることで、私は、そこに住んでいらっしゃる方々の生活というものも潤いが出てくるし、自然との共生もあり得ると思いますけれども、行っていただくとわかりますが、要するに東の方の海抜ゼロ地帯のそういう密集した地域というのは、まさに過密でありますけれども、住んでいる人の数は町の構造を変えることでずっと、つまり同じ人間が住んでいても余裕が出てくるのに、それをしないで来たわけですね。  住宅に対する価値観もいろいろ違ったのでしょうが、いずれにしろ、私は決して効率を絶対と言いませんし、しかしやはり効率というものをよく上げる。コストプロフィットもそうですよ、そうすることで出てくる余剰、余裕というものが、私は住んでいる人間の人間性というものを保障するよすがになると思います。  それから、地方分権。まさにこの間分権法ができましたけれども、五カ条の御誓文みたいなものでして、肝心の税源、財源の分与というのは、中長期の目的といったら、税調調べてみたって、分権に関係ある税法の改正なんて、外形標準税ですか、あれしかやっていない。それはやはりそんなものじゃ済みませんよ、これは何年かかるか知りませんけれども。もっともっと早く税源、財源の分与というのをやっていただきたい。これは、知事会議でもそれを申し上げたんだけれども。やはりそうすることで地方が、地方分権とか、地方に主権を持って、とにかくやはり都市というものを個性を発揚することで、私は、東京は東京、大東京としてあるにしても、そこにないものは地方の都市にあることで、まさに黒川さんが言われた都市と都市のネットワークの中で国民全体の生活の芳純さというのは保障されてくるんじゃないでしょうか。  だから、私は、本当の地方主権というのが徹底されていったら、別に首都移転する必要もない、そういう結果が出てくると思いますけれども、今ちょっと端境期ですな、これは。国会で頑張っていただいて、本当に税源、財源の分与というのは早く早く実現していただきたい。あれじゃ仏つくって魂入れずですよ。よろしくお願いいたします。

永井英慈民主党

○永井委員 終わります。

井上一成自由党

○井上委員長 久保哲司君。

久保哲司公明党・改革クラブ

○久保委員 公明・改革クラブの久保哲司でございます。きょうはどうも御苦労さんでございます。ありがとうございます。  今までこの委員会、候補地、予定地域の経済界の方、あるいはJCの方、あるいは知事さん方のお越しをいただきました。きょうは初めて、ある意味では、国会移転という関係からいえば、今審議会で審議をしておられるところとは違う、まさに東京都の知事にお越しをいただき、移転候補地の代表として浅野知事にお越しをいただき、それでいわば専門家という立場で黒川先生にお越しをいただいて、そういう意味ではお互いに向き合うたらもっとけんかになるのかなという感じの部分がありますけれども、我々とのやりとりの中でそれを今聞かせていただいておるわけでございます。  東京問題、僕は国会移転と言われる問題というのは多分に東京問題という感じをずっと持っています。といいますのは、私は大阪なんですけれども、大阪へ東京ないし関東の方が来られて、夜どこかで酒を飲んでいて、しゃべっている言葉が違うから、あんさん東京か、こう言うたらそうですと、こう言う。じっと聞いていてだんだん打ち解けてやってくると、何のことはない、神奈川の人であったり、千葉の人であったりする。だけれども、こっちが東京かと聞いたら、そうですと平気で答えはる。  ところが、東京へ関西の人間がやってきて、こいつらはどうも言葉が違うな思うて、おまえ大阪かと聞かれたら、神戸の人は絶対違うと言います。京都の人も違うと言う。大阪の中ですら、堺の人間ですら、おれは堺やと、こう言う。ある意味では、近畿は一つという言葉を、それを裏返して近畿は一つ一つなんて、ばらばらや言うときに使われる、比喩にも使われる場合があるのですけれども、ある意味では個性がある。逆に言うと、東京は、先ほど知事が示された地図の中にあるいわゆる首都圏と言われるエリアというのは、混然一体としている、まさに他の地域から見たらわけわからんなという感じの部分があるのです。そんな中で、この首都圏の問題というのは、昼飯食うているのを見たって長蛇の列ができておる、そんなことさまざま含めて、やはり何らかの解決策というのは、住んでいるお一人お一人にとっても必要なのと違うやろかと。  千代田区というエリア、実は私の今住んでいる地域の隣にある大阪の市と同じ広さなんですが、そこは人口が六万弱の町です。千代田区もたしか四万数千だと聞いていますけれども、昼間の人口は百数十万人お昼にはおいでになっておるという。これが言うならば、先ほどおっしゃった埼玉から、千葉から、また東京都下から、神奈川から等々、お越しになっているんだろうと思いますけれども、そのこと自体がある意味で、首都機能、国会機能、これがあるがゆえと言えばそれまでかもわかりませんけれども、ある種、町としては異常なんじゃないのかなと。  そんなことを思うたときに、今永井先生が最後の方でお触れになりましたけれども、私は、二十一世紀の国家のあるべき姿、これをまず我々が考え、そしてそれを実現するために国会機能、また、言うならば霞が関が持っておる機能というのはどうあるべきなのかということをもう一回さかのぼって考えないといかぬのやろうと。  そう思ったときに、僕は、二十一世紀というのは、やはり分権国家、政党政派によって言い方は違いますけれども、多くの政党の方がおっしゃっているのは、未来の、将来の日本のいわゆる自治体というのは三百ぐらいが望ましいといったことがよく言われておりますけれども、いわば、そこですべてのことをやっていけるぐらいの分権国家になっていけばいいのか。  といいますのは、年末とか夏の概算要求の時期になりますと、国会の周辺、また霞が関には陳情団が山ほどお越しになりますけれども、これも、補助金行政という中で中央の省庁が明らかに権限を握っているからそこに頼みにいかぬとあかん、こういう話になるわけで、この間ある人がおっしゃっていた言葉では、その補助金を一括して文部省の関係、建設省の関係、農水省の関係、さまざまあるんでしょうけれども、これだけの金額をずぼっと一つの府県なり市に渡すということにすれば、それにかかわっておる人間、つくる書類等々、それにかかわっておる人間というのは、地方公務員、国家公務員合わせてほぼ三分の一ぐらいは削減できるんではないか、このように言われるぐらいの話であります。  であるならば、なおのこと分権を徹底して推進をして、中央の持っておる権限とかそういうものをもっともっと身軽にする、このことが僕は二十一世紀の日本の国のあるべき姿の、いろいろなことをやらないといけません、それ以外にも規制緩和その他さまざまありますけれども、僕は、国民、市民にとってはそれが一番ベストなことなんだろうというふうに思っています。それこそ、先ほどおっしゃったように、そうなってしまえば身軽になるねんから移らぬでもええやないかという話もある。  だけれども、一方で、日本という国は、やはりそれこそ、先ほども明治からの脱却だという黒川先生の言葉もございましたけれども、どうしても今まであるもの、形あるものに引っ張られ引っ張られしてしまう。だから、国会がここにあり、霞が関にどんとこうあればそれに引っ張られてしまうというのはこれまたどうしてもある姿なわけで、ある意味では、それらを実現するための荒療治と言ったら言葉は悪いですが、荒療治の方法として国会等の移転、すなわち首都機能の移転というのはあってもいいのではないか、私はそんなふうに思っております。  そこで、地方分権というものは、今も知事からも御指摘あったように、国会のこの間の法律はまだまだ十分ではございませんけれども、これが前へ進んでいくならば、その後は、まさに東京問題、黒川先生からも御提案がございましたけれども、東京問題ということでこの東京の町をどうするかというその上で、こういうものは要らないよ、外に出そうよ、あるいは残しておこうよ、こういう議論もあるのかな、こんなふうに思うわけであります。  一つきょうお伺いをしたいのは、石原知事並びに浅野知事には、東京にあっていいよというお立場、東京に首都があってええやないかというお立場と、それと、やはり移転すべきだよという立場、それぞれ違いはありますけれども、この日本の将来のあるべき姿を踏まえてこの首都機能移転というものについてもう一度、冒頭いろいろお考えをお聞きしましたけれども、先ほどの短い時間で言い切れなかったところを補足的にお話しをいただければと思います。  また、黒川さんには、先ほど生命あるいは共生という言葉をお使いになられました。二十一世紀というのは福祉と環境の時代だとも言われていますけれども、そういった観点から見て、先ほどの黒川先生の資料の中に、東京の問題をここで論ずる時間はないけれども二つだけ挙げるとすれば、ということで二つ挙げられた。それ以外のところで、こういう生命、共生というところから見て、東京問題というのはほかに典型的なものは何があるのか、それぞれお伺いをしたいと思います。

石原慎太郎東京都知事

○石原参考人 前段の、役人の数を減らす、行政改革をする、そのためには随分いろいろやってきましたけれども、はかがいかずに、この際荒療治でいっそ国会を含めてどこかに移せば役人の数が減るだろうというのも、これもちょっと私には何か納得できない論でありまして、委員に限らず、ある人などは、遠くへ持っていけば持っていくほど役人がついてこないからと、これも、さっき言ったみたいに落語に近い論で、私は余りそれに加担しませんが、ただ、二十一世紀における日本のイメージ、東京のイメージをどう考えてどうするかということは大事なことでありまして、先ほど申しましたように、やはり時間的、空間的に世界が狭くなってきて人の行き交いが激しくなってくる中で、東京というのは今どんどんアジアの中でも都市としての競争力を落としてきているんですね。これは、いろいろな意味もあるんでしょうけれども、つまり強力な対抗馬が出てきたわけでありまして、上海であるとかあるいはソウルであるとか、あるいはシンガポールであるとか、大体三千三百万の人間が住んでいるメガロポリスにこの十何年間成田に四千メートルの滑走路が一本しかないなんて、こういう国は私は余りめったにないと思うんですね。だから、それじゃ思い切って機能的なグローバルプレーヤーたり得る世界都市をつくるかと言ったって、これはもう一朝一夕にできるものじゃないし、今ここで論じられている首都移転も、予算の規模から考えればとてもそんなものじゃない。  だったら、私は、やはり今ある東京を思い切っててこ入れすることで、東京がよみがえるだけではなしに、東京だけじゃなしに、近県の神奈川県、埼玉県、千葉県とのネットワークの中で非常に有能な人材がたくさんいる、人口をたくさん抱えた、まさに新しいグローバルプレーヤーの世界都市が復権していくと思うんです。黒川さんが先ほどおっしゃったことも、ほかへ移すよりも、東京をベースにして、東京湾をベースにしてやることで私は実現可能だと思います。

浅野史郎宮城県知事

○浅野参考人 久保委員にお答えをいたします。  地方分権との関係でございますけれども、ちょっと私は多数論と違うのかもしれませんけれども、地方分権というのは、ある日突然ふろしき包みにぼんと権限と財源が入ってきて地方にはいどうぞというイメージは持てないんですね。これは一つ一つの積み重ねで階段を一段一段上っていくがごとくで、今回の地方分権推進法も、これですべてではありませんけれども、一段は上ったんです、確実に。それで、首都機能移転を契機に一挙にというのを荒療治だというふうにおっしゃって、これはやはり、石原知事でも聞かれたら、それはナンセンスという言葉になるのかもしれません。やはりそれは、いわゆる引っ越し論で片づくほど単純な問題ではないと私は思っております。  ただ、首都機能移転ということに向かっての同じエネルギーが地方分権、規制緩和を進めるエネルギーになるであろうということは言えると思いますが、首都機能移転をすれば何かすんなり地方分権が達成するということはやや疑問視はしております。また、地方分権が何らかの形でできれば首都機能を移転しなくてもいいではないかというのも、これまた、今回の首都機能移転の意義というのを地方分権を進めるためだけのものというふうにとってしまう議論になってしまいますので、これもまた受け入れることはできません。  先ほどちょっと冒頭で言えなかったことをというふうに今お話があったので、やはり今回の首都機能移転の議論、今ここで議論をしていますと、何か白紙で、さあ是か非かという議論をしているかのようになってしまいますが、これは積み重ねがあります。それと、やはりこれは全世界に対しても表明をしたことではあるわけですね。約束ではないにしても、それはある種の期待というものが日本のこの新しい動きに対して込められていると思います。であるとすれば、ここで、いろいろあるからやーめたというふうにすることの持つ非常に大きなマイナスということ、これも考えていくべきで、今決してこれは白紙で議論しているんではないんだと。平成二年の決議があり、四年の法律があり、八年の改正があって、そして、この十一月末には審議会からの候補地の決定があるという段階まで積み重ねてきたんだというこれまた一つの、短い間ではありますけれども、歴史的な積み重ねがあるという中で我々は議論をしているんだということもやはりこの場でもう一回再認識をする必要があるのではないかというふうに思っております。

黒川紀章建築家

○黒川参考人 まず、東京問題について何があるかということですが、先ほど申し上げました、東京に東京人が住んでいないということと、これからの東京のパワーが知的パワーでなければならないのに大学や研究所が出ていってしまったということは申し上げましたので、それ以外の点について申し上げます。  現在の東京の決定的な問題は、自然がないということです。近くに自然があるのに、それをきちんと東京の都市計画の中で取り入れてこなかった。  それは、例えば東京湾ですね、東京湾ほど豊かな自然はありません。それをどうやって東京の都民の生活に結びつけていくか。これは本当にやってきていないのですね。業務地帯はつくりますけれども、人間の生活空間をつくっていないじゃないですか。海は人間を近づけないように、実際に私が魚釣りをするために東京湾に行こうとしますと、本当に場所がないですよ。それぐらいに東京湾の湾岸は業務の機能でブロックされている。  それだけではありません。二十年前ですけれども、私どもが震災時のシミュレーションを東京でやりましたときに、何十万人という死者が出る可能性があるという結論が出ました。では、それをどうやって防ぐことができるか。効果のある方法は、運河をつくるということと、それから小まめに住宅地の中に常緑樹を植樹していく。つまり、小さな森を住宅地の中にたくさんつくっていくということが非常に効果があるということがわかっております。そして、それは災害のときに役立つだけではなくて、人間の、都民の日常の生活の中で、運河があり、海に開けていて、しかも森があるというのはいいはずですね。しかし、そのような都市計画は東京都はやってこなかった。  ですから、私は、東京都知事に石原さんが就任されたことによって、今までのやり方が大きく変わって、よくなるだろうと思います。そのために首都の移転をされた方がいいと言っているわけですね。  例えばどういうことかといいますと、先ほど言いました交通問題があります。交通問題の中で今一番大きいのは、人間の交通じゃないのですよ、物流なんです。東京が物流に攻め込まれているのですね。例えば、リンゴ、魚、野菜、それは東京の築地という市場があらゆるところから集めるのです。リンゴは全部こういう大きさだよ、魚は全部こういうサイズの大きさだと言って、均一のを集めるのです。そして再び、築地に集まった魚も野菜も、東京から今度は地方にまた送られるのですよ。こんなむだなことをやっている。なぜかといいますと、これは明治の時代のシステムなんですね。つまり、大量生産でしょう。  例えば、ビジネスホテルができる。そうすると、ビジネスホテルはチェーン化した方がもうかる。チェーン化するためにはどういうことがあるか、大量仕入れでしょう。大量仕入れをするために、同じ型のものを大量に買い付けなければいけない、それは東京で買い付けるしかないのです。それを東京は全部引き受けていますから、大変な物流の交通量で東京は悩んでいるのですね。  それを、中核都市を元気づけて、地方の都市化を元気づけて、それが元気づくようなネットワークをつくって、整備して、そのために必要なところへ都市機能を移転してやるということによって、築地の機能を分散化する。例えば、日本の九州と中部地域と東京と仙台というふうに四つぐらいに分けてもいいじゃないですか。そうすることによって、今までのように日本人全体が同じリンゴを食うのではなくて、それぞれの地域に住んでいる人が、それぞれの地域にある市場から、個性のある野菜を食べ、その地域でとれる魚を食べる、そういう地域の個性がネットワークで共生していくということが必要なんですね。  ですから、東京が遷都をするときに、こういった物流の問題も含めて、東京問題を解決するという一つのきっかけにすることによって、私は、東京が悩んでいる交通問題、特に、余り今言われていませんけれども、この物流の問題が解決できるチャンスになる。ですから、石原知事は、もう首都機能なんというのにこだわらずに、もっと東京はやることがたくさんあるのですから、そんなことにこだわらずに、東京が首都でなくなったら腹を切るぞなんて、そんなことを二度とおっしゃらずに、私はお手伝いしますから、東京を世界都市にしましょう、そういうことです。

久保哲司公明党・改革クラブ

○久保委員 ありがとうございました。終わります。

井上一成自由党

○井上委員長 吉田幸弘君。

吉田幸弘自由党

○吉田(幸)委員 自由党の吉田幸弘でございます。  本日は、三名の参考人の方々から、非常に貴重な御意見を伺うことができまして、ありがとうございます。時間も限られておりますので、早速ではありますが、質問に入らせていただきたいと思います。  まず初めに、石原知事にお伺いをいたします。  ニューヨークは首都機能はございません。しかし、アメリカを代表するいわゆる世界都市、また世界の金融センターであり、情報センターであり、さらには文化の中心でもございます。先ほど来黒川参考人の言われるように、東京から首都機能が移転をしても、世界の中心都市、世界都市として十分その役割を果たしていけるのではないだろうか、また、石原知事の手腕をもってすれば、必ずや代表的な世界都市になるのではないか、私はこのように強く思っているわけであります。  では、なぜ石原知事が、首都機能が東京にあること、このことにこだわっておられるのか、私自身もいささか理解に苦しむところでございます。その点について、理由をわかりやすく御説明いただきたいと思います。

石原慎太郎東京都知事

○石原参考人 私が申し上げていることは、先ほども申しましたように、ここから眺めて、霞が関、永田町、丸の内という、要するに非常にコンパクトな、しかも国家にとって大事な機能というのが集積しているということは大変大事なことで、つまり、これが運用されることによって、随分日本の今までの国家の経営や能率が上がってきたと思いますけれども、それをこの東京から離す、離すことで、先ほども申しましたように、ほとんど政経不可分な、そういうかかわりのある経済界というのはどう動くのでしょうか。私は、それを一つ考えても、国家の能率そのものが落ちるから余計なことはしない方がいいと言っているわけです。  それは、ほかの手当てをすれば、文化の面でもどんな面でも、東京がニューヨークに匹敵する世界都市たり得ることは可能だと思いますし、またその努力をいたします。外国の芸術家といろいろ話をしても、今日、世界の中で一番エキサイティングな、芸術家にとって、つまり内面の問題を扱うプロフェッショナルにとって一番エキサイティングな町はやはりニューヨークだ、そして東京だというぐらい、東京はやはりそのポテンシャリティーがあると思います。それとはまた別に、私は、やはり国家全体の機能というものからすれば、既にある国会等の、要するに政府としての中央機関の機能というものを分散することは、非常に国家の能率が落ちると思います。  だから反対です。

吉田幸弘自由党

○吉田(幸)委員 次に、黒川参考人にお伺いをいたします。  東京の問題というのは極めて深刻である、このことは十分理解をしております。また、それらの問題を解決するのに首都移転がよいきっかけになるとする黒川先生の先ほど来の主張は極めて説得力があり、また、私自身もそのとおりだと強く認識をさせていただいております。  では、また別の観点から、別の角度から、東京に首都機能があることの不都合、問題点、欠点など御指摘をいただきたいというふうに思います。

黒川紀章建築家

○黒川参考人 既に議論されたことかもしれませんが、さらに強調しますと、現在の東京を何らかのきっかけで本当に人間が住めるような町にしなければいけない、そうしなければ世界都市にならないのですが、まず、外国人が住まないような大都市は、世界都市とは言えません。胸を張って首都とは私は言えないと思います。  どなたかも御指摘されましたように、現在大使館の三分の一以上が東京に大使館を置くことができなくて東京の外に置いている、極端な場合には北京という外国に置いて日本に置いていない、こういう首都は世界じゅう探してもないですね。つまり、それだけでも東京は首都としての適格性を失っている。  では、どうしたらいいかというと、やはり大使館とか外国人、芸術家、私のところにも大勢外国人が働いておりますが、みんな都心部に住みたい、自分たちは貧乏だけれどもパリにいるときに中心に住んでいた、自分たちは貧乏だけれどもロンドンにいるときに中心部に住んでいた、なぜ東京は中心部に貧乏な人間が住めないのか、それじゃ首都なんて言えないじゃないかと。  首都は日本だけのためのものではありません。首都と言う以上は、あらゆる外国の人がそこへ来て、外交官だけではありません、仕事をし、芸術の創作活動に当たる場所です。そこへ外国人が住みにくい、特に中心部に住みにくいということをどうやって変えるかということは難しい。  二つチャンスがあります。一つは、湾岸、東京湾を利用するということです。もう一つは、この首都移転を利用して、この中心部の霞が関、先ほどからもお話ありましたように、公務員の住宅の敷地を有効に使って、外国からもなるほどなと言われるような世界都市をつくったらいいと思います。  もう一つは、石原知事が頑張ってこれからおやりになるとは思いますが、首都の条件、これは二十四時間稼働する、少なくとも四千メーターの滑走路が二本以上、国際ハブ空港とは言いません、首都空港として四千メーターの滑走路が二本以上、できれば三本、そういった空港がないところを通常世界では首都と認めません。ですから、現在の東京は首都と認められていないのです、二十四時間空港を持っていないのですから。  そういったことを果たしてこれから五年とか十年とか十五年の間にかっちり整備できるか、それは私は不可能だろうと思います。  私は、この際、首都機能というようなことにこだわることなく、東京が東京の持っている、先ほど御指摘しました物流の問題も含めて、本当に人間が住みやすい大都市としての世界的な模範をこの首都移転をきっかけにしておつくりになることを希望しております。

吉田幸弘自由党

○吉田(幸)委員 先ほど黒川参考人のお話の中に、二十一世紀は東京と地方の対立の時代ではない、この点が私は極めて重要なポイントであるというふうに思っております。首都機能移転は東京のためにも必要である、このことは十分理解をさせていただきました。  再度、黒川参考人にこのポイントについて御説明をいただいて、私の質問を終わらせていただきます。

黒川紀章建築家

○黒川参考人 将来の社会のあり方とか都市のあり方を予見するのに非常にいいのがインターネットだと思います。それまで私どもがならされていました秩序というのは、ツリーの構造、木のような構造でした。根っこがあって一つの幹があって、そこから枝が分かれて葉っぱがついて花が咲く、これは中央集権的なシステムといってもいいと思います。あるいはピラミッド型の組織、下から順番に石を積んでいかないと一番上の石は積めない、途中の石をとろうとしてもとれない、こういうシステムが中央集権的な社会のあり方だと思います。  それに対して、私は、石原都知事のコンピューターの時代だという御認識には大賛成なのですが、コンピューターは集中化であるという点はいささか理解に苦しんでおります。  例えば、インターネットというものの特徴は、一つはインタラクティブということです。それまでの中央集権のあり方は、東京が地方に情報を流す、あるいはマスメディアが放送局からメディアを全世界に流す、これは一方通行なんですね。それに対してインターネットは、どこに所属している人間もお互いに連絡をとることができる、つまり情報の相互関係があるということなんですね。これを別の言い方で言えば、ネットワークということになります。  このインタラクティブなインターネットの特徴は、どこに親分がいるか、どこに放送局があるか、どこにその中心があるか、どこに首都のような中心があるかというものは、基本的にはどこにあってもいいということなんです。もちろん、インターネットの中にはサーバーというものが必要です。ですから、いろいろなところにサーバーがあって、そこへ情報が集まるのですが、しかし、実際に我々が生活する中でどこにサーバーがあるかということは、目で見えるものでもありませんし、インターネットを使っているときにそれを意識して使っているものではありません。これが、これからの時代の都市の関係なんです。  つまり、全体を覇権的にコントロールするようなそういう巨大都市だけが小さい都市をコントロールしていくという時代ではなくなって、大きい都市も小さい都市も、あるいは地方中核都市も、インターネットのようにネットワークの中で一つの都市を形成する、そういう方向が未来の方向だと思います。最終的には、首都というものは特にここにあると言わなくても、首都機能が三十、五十といろいろなところに分散していても十分にコントロールできるようなコンピューターのシステムはできると思いますが、そこへ行くにはやはり五十年、百年かかるでしょう。それまでに私たちがやらなければいけないのは、都市のネットワーク化を促進する首都移転をどうやって進めるかということだと思います。  例えば、私は不思議でならないのですが、東京はこれまでの間にネットワーク化、つまり分散化へ向けて進んできたわけです。昔、東京の中心部と言えば銀座、日本橋、丸の内、霞が関でした。そしてそこに都庁がありました。つまり東京の中心は一点だったのです。それではいかぬというので副都心というものをつくってきたではありませんか。新宿をつくり、池袋をつくり、渋谷をつくり、そして最近では湾岸に副都心をつくろうとされています。つまり、これは明らかに分散そしてネットワーク化の方向でしょう。つまり、都市が高度化していくときには必ずこういう分散ネットワーク化の方へ進むのだということを東京都自身がよく御存じです。そして、わざわざこの中心部であった銀座、日本橋、丸の内のかいわいにあった東京都庁を副都心である新宿に移されたじゃないですか。これは、まさにミニチュアとして考えれば首都移転です。首都機能の移転と同じことです。  さらに、今度は首都圏全体をとります。その中で埼玉に新都心をつくっています。横浜にも副都心的な機能があります。つまり、都知事もパネルで御説明されたように、実は、東京というのは首都圏という形で現在存在していて、その首都圏の中で今分散化を通じて東京が生き残ろうとしているということです。同じことなのです。日本が生き残るためにも、東京に首都があるということを、ちょうど新宿に移したのと同じようにどこかへ移すことによって、そして日本列島全体のネットワーク化を進めて、そして二十一世紀型の都市へ東京が役立つ、もちろん東京がその牽引力になってもらわなければいけません。そういう役割を石原都知事が先頭に立ってされることによって私は東京の役割が世界の人からますます注目されるようになると思います。  以上です。

吉田幸弘自由党

○吉田(幸)委員 ありがとうございました。  以上で終わります。

井上一成自由党

○井上委員長 中島武敏君。

中島武敏日本共産党

○中島委員 日本共産党の中島武敏でございます。きょうは、三人の参考人の先生方、どうも御苦労さまでございます。  まず最初に、石原知事にお尋ねしたいと思っておりますが、首都機能移転の発想が列島改造論の延長線上のものだ、あるいはまた一九九〇年の首都機能移転の決議、これは私はバブルの絶頂期の産物だと思っています。  しかし、今やもう右肩上がりの時代は終わりました。社会経済情勢は非常に大きく変わってきているわけです。財政の状況も非常に危機的な状況にあります。ですから、私は、やはりこの際、首都機能の移転というのはきっぱりとやめるべきだ、こういう見解なんですけれども、この辺は、九〇年の決議のときだけじゃなくて、今も私は知事と私どもは一緒じゃないかなと思っております。  そこで、首都機能の移転を大いに推進しよう、こういうふうに言われる方々の論拠、理由の一つは地震対策なんですね。ところが、地震対策も、いろいろお話を伺っておりますと、とどのつまるところは、一千二百万東京都民、三千三百万首都圏の人口、この人々は置き去りにして首都機能移転だけが進むというふうに聞こえてならない。これは大変な、日本の人口の三分の一近いものを見殺しにするという考えだと言えば言い過ぎになるでしょうか。  私は、ここで知事に伺いたいと思うのは、先ほどから議論もありましたし、初めの知事の発言にもあったのですけれども、改めて伺いたいと思うのですけれども、私はやはり、一千二百万東京都民の命と財産を守るというために、東京の知事としてはこういうふうに実行している、震災対策といって御心配御無用、こういうふうに言えるような、そういう政策をひとつ伺いたい。  もう一つは、同時に政府の危機管理機能というのはやはり確保されなければならないと思っております。そういうことからいうと、そのためにこうすれば安心だというのはどういうことなのか。その二つを石原知事に伺いたいと思います。

石原慎太郎東京都知事

○石原参考人 私も就任して間もないのですが、いろいろ東京が持っております施設なり、特に災害関係のそういうものを視察してみますと、驚くほど日本の中では、あるいは他国に比べても進んだ形で技術や機材を開発したりしておりますし、また防災というものの徹底のために、非常に都民に活用していっている、博物館というのでしょうか、そういうセンターをつくりまして、多くの方々においでいただいている。なるほどなという気が改めていたします。  ですけれども、いかなる地震にも対抗できる都市をつくるというのは、これは財力にも知力にも限りがあることで、できっこないわけですが、東京の虚弱な部分というのは、御存じのように海抜ゼロメーター、あの地域だけは、強制的に再開発するわけにはいきませんものですから、つまり、もし災害が来たときに、不幸転じて幸いとなすみたいな、そのつもりで今から要するに再開発の構想というものを都民と話してつくっていこうということで話し合いもしておりますし、そういう啓蒙にも努めておるところでございます。  それから、先ほどもちょっと申しましたが、画期的に、来年の九月三日には、内閣の協力を得て、つまり海陸空の自衛隊に大規模に出動してもらって、これは何も東京地域在住の自衛隊だけじゃなしに、かなり遠くから、大災害のための救援体制も含めた演習を、あくまでも防災のため、防災の救急の大演習をするつもりでございますし、とにかく尽くすべき手は尽くしているわけですから、これは新規にどこにどんな町ができるか知りませんが、その町が完璧に地震に強いということはあり得ないので、やはりすべき努力をするしかないと思います、東京としては。また、それは先頭を切ってこれからもやっていくつもりでございます。  繰り返して申しますけれども、やはり東京にも虚弱な部分があります。これは強制的に再開発するわけにいきませんものですから、やはりまず住民の意識を醸成することで、不幸にして災害が来た後にはそういう被害を再び出さないような町をつくりたいという設計だけはしております。

中島武敏日本共産党

○中島委員 次に、私は黒川参考人に伺いたいと思っているのですが、先ほど石原知事は首都機能の移転というのは歴史に対する冒涜であるという発言をされて、私も共感するところが大きいのです、この発言は。歴史に対する冒涜だけじゃなくて、さらに言えば、文化に対する冒涜でもあるんじゃないかと思っております。ですから、この首都機能問題を考える場合に、文化や歴史を大切にするという観点は非常に私は重要な観点だと思っているんですね。  そういう上でお尋ねしたいと思っているのですが、現在のこの国会議事堂、これはもう先生先刻御承知かとは思いますけれども、ほとんどが国産の大理石でつくられております、いわば石の博物館と言ってもいいような建物だと思うのです。今ここで国産のこういう石を使ってということになったら、もうそれはほとんど不可能です。とてもそんなことはできるような状態にはありません。そういう点では、非常にはかり知れない価値を持った国会議事堂ではないかというふうに私は思っています。  諸外国の例を私から引くのも大変僣越なんですけれども、イギリスとかフランスとかイタリアとか、こういう議会制民主主義の先進国、こういうところはみんな当時の何百年も前の宮殿を国会議事堂として使っているわけですね。イギリスなんか、四百年も前の宮殿を国会議事堂として使っているわけです。  それに引き比べてこの日本はどうかといいますと、国会議事堂がつくられましたのは、一九三六年の竣工ですから、まだ六十数年しかたっていない。ここで使い捨てというのはいかがなものかなということを私は思うのですね。  二十一世紀の時代というものを考えますと、やはり都市拡張に次ぐ都市拡張を続けてきたようなこの二十世紀の都市計画あるいは都市づくりのやり方というのは反省をしなきゃならないところへ来ているんじゃないか。二十一世紀の時代というのは、やはり大変広がり過ぎたこの空間のストックを大いに生かしながら都市の改造をやっていくべき時代じゃないだろうか。そういうことからいうと、わずか六十数年しか使っていないのにこれを捨ててよそへというのは、いささかちょっと時代の趨勢からいっても私はどうかなと思うのですね。  そういう意味で、ちょっと、専門家でもあられます黒川先生に最初にこれをお伺いし、またあわせて東京知事の石原さんからもお答えをいただきたいと思っております。

黒川紀章建築家

○黒川参考人 大変芸術、文化に温かいお気持ちを持っておられる先生だということがわかりまして、大変敬服をいたしております。  私は、東京の歴史そして東京に蓄積されている文化、それは首都機能が移転したぐらいで、ほんの一ミリも揺らぐような、そんなやわなものではないと思っております。首都機能によって東京の伝統が破れるなどということは考える必要がないと思っております。  二番目に、国会議事堂、石の博物館のようだ。なかなかいいアイデア、石の博物館にされるのはどうでしょうか。  私は、二十一世紀はリサイクルとリユースの時代だと言っております。これが共生の理論です。リサイクルというのは、建物のうち、早く傷む部分を取りかえるけれども、傷みにくい部分はなるべく大事に使って建物の寿命を長くしよう、これは一九六〇年代から唱えてきた理論です。  それから、もう一つはリユース。これは、先生がおっしゃいましたように、これから日本で非常に多くなると思います。つまり、先生がおっしゃいました昔の宮殿というのをヨーロッパで見てみますと、ルーブル美術館というのは、あれはナポレオンの時代の宮殿だったわけですね。しかし、今でも宮殿として使っているのではなくて、美術館として使っているわけです。ほとんどのヨーロッパの施設は、昔市役所だったもの、昔宮殿だったもの、そういったものを用途を変えて現代の生活に合うように中を改装し、残すべきものをきちんと残しながら、保存しながら、現代の人たちがそれを有効に使えるようにリユース、再利用していく、こういった技術がこれから重要になるかと思います。  私は、中心部にあります首都機能のうち、最近つくられたばかりの官庁の建物がたくさんあるわけですから、それをリユースしまして、あるいは住宅なり、あるいは民間の研究所なり、あるいは大学のキャンパスなり、そういったものにリユースしていくことを考えるべきだと考えております。これを壊したりする必要は全くない。もちろん、地震に弱くなっているような古いものについて、それが文化財的な価値がないものについては、それを新しく建て直すということは土地の有効利用につながるかと思います。  しかし、いずれにしても、国会議事堂も含めまして、二十一世紀の東京にもし首都機能がなくなったときにこの中心部に実はつくりたかったというものは、先ほどから申し上げているように、それは都民のための建築が中心部に少な過ぎる。それは、ビジネスであったり公共のものであったりするものはたくさんありますが、生活するものが中心部にないというこのひずんだ姿を、建物をリユースしてつくっていけば、十分にこの東京の伝統、そしてすばらしい歴史を持った建築を生かしながら保存していくことができるのではないかと思います。

中島武敏日本共産党

○中島委員 先ほど、石原知事の文化に対する見解も、首都機能移転とのかかわりでちょっとお尋ねしたのですけれども、どうぞお答えください。

石原慎太郎東京都知事

○石原参考人 国会をそれじゃそのまま石の博物館にしたらいいというのは、これはちょっと変な話で、私はどうもにわかに承服しかねますな。  それで、ともかく、使って使えるものは使ったらよろしいので、東京そのものも私は首都としてまだまだ使えると思いますしね、ある手を加えれば。新しい家を建てるよりも、腐った部分を直す、手を加えるということで、私は、はるかに低いコストで国全体の機能というのは上がってくると思いますし、やはりこの財政逼迫している時期に、新しいわけのわからぬ道楽をしてむだな金を使うことはないと思いますよ。  それで、やはり東京というもののプレステージそのものも東京が首都でなくなれば変わりますし、それからどうも、要するに首都機能、国会等の移転だけで、首都を移転するのかしないのか。つまり、国会等中央政府の三権の機能が移ってしまった後の東京というのは、首都なのか首都じゃないのかさっぱりわからない、これは。天皇はどうされるんですか、これは。この問題になると、みんな逃げちゃってほおかぶりしていますけれどもね。天皇の国事行為があるからこそ、つまり外交も成立するし、政府だって認証されるわけでしょう。その他この他、やはり天皇が元首として主宰されている行事はたくさんあるわけで、そういったものは何かどこかに、要するに別なこととしてこういう問題を論じるというのは、私は本当に一人の国民としても納得できない。  それから、ついでに申しますと、黒川さんがさっきおっしゃったことはまさにそのとおりなんですけれども、つまり、マンモスコンピューターとパーソナルコンピューターの違いというのは歴然としてあるわけですが、しかし、幾ら要するにインターネットでネットワークでつないだって、それでできないものが文化なんだ。やはり経済人だって、次官なり閣僚なり大事な人物に会って自分の感覚で確かめたいものがあるから、それが本当の情報であって、コンピューターに任せ切れないものがあるから、東京へ出てくる。その煩雑さが、さらに何か、東京にいるつまり経済人もまたそういう不便というものを、新しい首都まで出かけていくということは、私は、やはり国家の能率は落ちると思うし、どう見てもむだなことと思いますね。

中島武敏日本共産党

○中島委員 終わります。

井上一成自由党

○井上委員長 中川智子君。

中川智子社会民主党・市民連合

○中川(智)委員 社会民主党・市民連合の中川智子です。きょうは本当にありがとうございます。  私は、この特別委員会、きょうは差しかえというので出席しているのですが、本来は厚生委員会、そして主に環境委員会の方に所属しております。  私も、きょうのお三方のお話の中で、人間に対する、本当に首都として大事なのは、人間が大事にされる町だ、人間が大事にされる都市のイメージというものが、特に石原東京都知事のお話の中に余り人が浮かび上がってこない。いわゆるマイノリティー、高齢者、障害者、その人たちが首都の中でどのように人間として大事にされて生きていくのかというイメージがわいてきませんでした。そこのところは、お時間が少なくて、お話しになる時間の関係だったと思うのですが、特に私は、福祉と環境というものを新しい首都の中でどうイメージし、つくり上げていくのか、とてもそこを伺いたいと思っております。  それに絡みまして、九月十七日に石原知事が府中の療育センターにいらっしゃいまして御発言なさったことをまず最初に伺いたいのですが、あのときの報道によりますと、行政の長としての意見と、そして個人的感想というのがある意味では錯綜した形で報道されたのではないかと思います。ですから、石原知事が、いわゆる東京都の福祉政策、特に障害を持った人々の福祉政策ということを絡めて、行政の長として府中の療育センターに行ったときの感想と、そして今後のやはり東京都の福祉政策というものを、時間がございませんのでなるべく短い時間で申しわけないのですが、伺いたいと思います。  そして、浅野知事は厚生行政の御出身でもいらっしゃいますし、ずっと福祉の問題には取り組んでいらっしゃいましたので、ここでは石原知事と浅野知事をぶつけるというのは申しわけないのですが、先日の石原知事の発言に対しての御感想と新都市での福祉のイメージをお聞かせ願いたいと思います。  浅野知事には質問通告していなくて申しわけございませんが、お二方にまず福祉に対しての御見解を伺いたいと思います。

浅野史郎宮城県知事

○浅野参考人 そんな質問が出ると予想しておりませんでしたので、ちょっとどぎまぎしております。  実は、石原知事の御発言というのを報道で見ました。私も、今を去ることもう三十年ぐらい前に厚生省というところに入ったときに、同じく重症心身障害児施設に行って見学をしてまいりました。同じような感想を私も感じて、それを口に出しました。ですから、実はそこから出発して、私はたまたま厚生省という役所で、後、そのキャリアの中で障害福祉課長というのもやりまして、その答えは、その問いを発してから十五年後ぐらいに言語化されて出てきました。ですから、私は石原知事の御発言というのは非常に率直な、むしろこの問題を考える出発点としては十分に理解をできるというふうに思っております。  きょうは首都機能移転の論議で、この点については全く私は議論をするつもりはございません。  新都市のイメージというのも続けてお話ししてよろしいのでございましょうか。  この問題は、そもそもきょうは東京都知事がおいででございますので、東京問題ということが随分言われます。東京がどうなるんだと。しかし、私どもの問題意識は、東京がどうなるんだろうということよりも何倍も大きく、日本がどうなるんだろうかという問題であります。  したがって、新都市というのにいろいろなものを期待しておりますけれども、今お話しされた文脈でいえば、バリアフリー都市、これは日本のどこにもないようなバリアフリー、物理的なだけではなくて、障害を持っている人も、広くいろいろな意味での弱者と言われる方が、その地域の中で、生まれてきてよかったなということを感じながら生活をしていける、日本で一番の都市にすべきだろう。そのことが、その新都市だけの問題ではなくて、価値観の共有として日本全体に広がっていくということであれば、間接的なのかもしれませんけれども、これまた首都機能移転の非常に重要な意義としてもあるのではないか。  そういう意味で、新都市に期待するものがたくさんあるわけですね。環境も教育もそうだろうし、環境共生都市でなければならないし、また高度情報化都市でなければならないし、その意味で、もう一つ、福祉都市、バリアフリー都市であるということも決して欠かせない大きな要因であるというふうに私はとらえて考えております。

石原慎太郎東京都知事

○石原参考人 お尋ねの、府中の施設を視察しての私の感慨ですけれども、これは東京都議会で質問に対して答えております。それに尽きますので、ぜひ御参照願いたいと思います。ここで繰り返す必要はないと思います。  それから、環境問題でありますけれども、私決して東京の中でネグっているわけじゃございませんで、例えば、先ほどもちょっと話題になりましたが、物流ということで東京は引きずり回されておりまして、要するに、ディーゼル車、ディーゼルのトラックによる物流というのは大変盛んになって、その便宜というものは市民、国民は味わっておりますけれども、そのとばっちりで、東京に入ってくる自動車の三〇%は本当は圏外に行くべき車で、外郭環状道路があれば都心に入ってこずに済む車を私たちは仕方なしに受け入れている。そのディーゼルトラックが流す要するにNOxなりあるいは浮遊粒子状の粉じん、こういったものは膨大な量でありまして、一日にとにかく百グラム入るPETボトル十二万本分の空気というものを汚染して、私たちは吸わされている。  こういったものをやはり忌避するために、東京は要するに東京独自の条例をつくって、とにかくディーゼル車を追放しようという運動にもなってまいりましたので、決して私は健康というものを無視し、環境を無視している行政をしているつもりはございませんし、東京がそういった機能的な都市になればなるほど、そういった環境の整備というものも総体的に整備されていくと思っております。

中川智子社会民主党・市民連合

○中川(智)委員 ダイオキシンの問題でも石原知事にちょっと伺いますが、所沢なんか、埼玉とか近隣に東京都のごみがやはりしわ寄せで産廃のものでも行くということで、所沢の人がいらしたときなんかでも、やはり東京都のいわゆるごみ政策、環境問題ということが一極集中が生み出す大きな弊害としてかなり言われているということに対しての御感想をお願いします。

石原慎太郎東京都知事

○石原参考人 人口が集中しますれば、それはやはりいろいろな、ごみであるとか余剰な産物が都市というものの弊害を助長することは否めません。ですから、やはりそれを除去するために、私は、東京のウオーターフロントなどを活用することも考えなくちゃいけないと思いますし、そういう装備、設備というものを構えていくことが大都市としての東京の資格にもつながると思っております。

中川智子社会民主党・市民連合

○中川(智)委員 黒川参考人、私もこの夏休みに北京へ行きまして、その後ピョンヤンに行きまして、厚生委員会の視察でヨーロッパの首都に行ってまいりました。  やはり都市の中に森があり、水があり、そして障害者の人たち、バリアフリーの町がある。人間が大事にされるということが基本だということをつくづく実感してきたのですが、東京都が今のままで首都であり続けるならば、この森やいわゆるバリアフリー、そのような町づくりに変換していくということは、この人口密度と、この都市の土地の狭さの中で可能でしょうか。

黒川紀章建築家

○黒川参考人 私は可能だと思います。チャレンジだと思います。  しかし、そのチャレンジをするために少しでも可能な方向へいろいろ工夫するということが必要ではないでしょうか。それが、私がネットワーク都市と言っていることです。  東京への交通の極端な集積をもう少し日本全体の中の中核都市へ振り分けるということで軽くしながら、なおかつ、東京の首都機能をネットワークの適当な場所に移転しながら、地方の都市も、そして東京の都市も、少しでも人間が、ああ、いい都市だなと思えるような、自然の豊かな都市にしていくということができるわけで、私はチャレンジすればできることだと思います。  実はもう一つ、世界の中で議論されている、これは大変おもしろい議論があります。  それは、ドイツでベルリンが首都でなくなったときに、世界の人たちが、ドイツが最もすぐれた国土計画をやっていると。つまり、特別に大都市を持たずに、それぞれの都市はほどほどの大きさで、それぞれの都市が新聞を持ち、それぞれの都市が大学を持ち、全体に非常にうまくいっている。それが分散論を語るときのテキストになりました。しかし、何と、最近ドイツで議論されているのは、ベルリンを失ったことによってドイツの芸術文化のレベルは下がった、そういう議論がなされるようになり、それが、再びベルリンへの首都機能の移転につながっています。  私が一貫して申し上げているのは、東京も大事だし、地方中核都市も大事だし、地方の小さな集落も大事なんだ。東京がだめになれば地方が豊かになる、そんな図式はありません。そういう選択肢はないのです。それから、地方がだめになれば全部東京がひとり勝ちで、東京がすべてのことを解決される、そういう選択肢もないのですね。東京も、地方都市も、そして自然豊かな農村地帯も、これは一心同体で一緒になって力を合わせて生き延びていく以外に選択肢はないのです。そのために首都移転というのが役に立つと私は位置づけているわけです。  以上です。

中川智子社会民主党・市民連合

○中川(智)委員 時間ですから終わりますが、最後に、危機をエネルギーにしていくという言葉は社民党に向けられた言葉かななどと思って非常に感動して聞いたのですが、やはり私は、生き生きとして人間が表情が明るく生きていける、今東京はやはり疲れていると思いますので、ぜひとも石原知事は御英断をお願いしたいと思います。  ありがとうございました。

井上一成自由党

○井上委員長 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。  この際、参考人各位に一言お礼を申し上げます。  石原参考人、黒川参考人及び浅野参考人におかれましては、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございます。委員会を代表して心からお礼を申し上げます。  本日は、これにて散会いたします。     午後三時五十九分散会

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