国会等の移転に関する特別委員会 第9号
- 発言数
- 70 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1999/06/10
会議録
○井上委員長 これより会議を開きます。 国会等の移転に関する件について調査を進めます。 本日は、参考人として栃木県商工会議所連合会会長簗郁夫君、中部経済連合会副会長須田寛君及び関西経営者協会顧問金森茂一郎君に御出席いただいております。 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。何とぞ忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。 なお、議事の順序ですが、まず各参考人から十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑に対してお答えいただきたいと存じます。 それでは、まず簗参考人にお願いいたします。
○簗参考人 おはようございます。栃木県商工会議所連合会会長の簗郁夫でございます。 このたびは、このような場にお招きいただきまして、まことにありがとうございます。 私は、栃木県宇都宮市に本社があります福田屋百貨店の経営に長年携わりまして、現在会長をしております。そしてまた、宇都宮商工会議所の会頭を仰せつかっております。 私が住んでおります栃木県内におきましても、候補地の一つでございます那須地域への国会等の移転の促進について、栃木県国会等移転促進県民会議等を設けるなどして、官民挙げての運動に真剣に取り組んでおる次第でございます。 経済界に身を置く立場から、私の所見を若干述べさせていただきたいと思います。 内容は三項目でございまして、第一は、国会等の移転に関する基本的な考え方でございます。第二は、望まれる新首都像についてでございます。第三は、国会等の移転先地についてでございます。 最初に、国会等の移転に対する基本的な考え方でございますが、私は、我が国が成熟社会を迎えて、二十一世紀に向けての新たなビジョンを内外に明確に示すシンボル的中核プロジェクトが国会等の移転に対する基本的な考え方としております。 御承知のように、重厚長大型工業優先の産業政策と中央集権型の政治体制が行き詰まりを見せまして、国民は現在目標を喪失し、救いがたい閉塞感と不透明感に覆われているというのが我が国の現状ではなかろうかと思っております。 このような中での国会等の移転のメッセージは、規制緩和、正確にはむしろ撤廃だと言われておりますけれども、規制緩和あるいは地方分権あるいは生活者優先という、転換された我が国の新しい政策をよりわかりやすく具体的にあらわすものとして、国民に新たな希望と活力をもたらし、明るい展望は市場心理にプラス効果を大いに与えるものではないかと思っております。 また、国会等の移転は、かつて提言されました大来レポートあるいは前川レポートあるいは平岩委員会と続いた、内外需バランス型政策を本格的に我が国が実行していくというメッセージともなり、対外的には我が国への信頼性を限りなく増すものと考えております。 昨今の非常に厳しい財政状況の中で、移転構想そのものがバブルの産物であり暴挙であるというような議論が出ております。また、経済状況が好転するまで凍結すべきであるというような声もございますけれども、私は逆ではないかと思っております。 国会等の移転の問題は、バブルを発生させた従来型の都市計画あるいは国土計画からの決別を意味するものでございまして、バブルから発生した後遺症である閉塞感を打破する効果のあるプロジェクトであり、むしろ現今の経済状況を好転するためのプロジェクトになる、そう信じております。 御承知のように、かつてアメリカでは、アポロ計画がアメリカ国民に夢と希望を与えるものとしてスタートしました。それは多くの新しい技術を生み出し、アメリカのあるいは世界の次の発展をもたらしたものでございます。同様に、この国会等の移転という非常に有意義なプロジェクトは、情報通信、医療、健康、介護、あるいは生活環境などの新しい分野で我が国に新しい技術開発と多数の雇用を生み出すものと考えております。 また、多くの地震学者が御指摘になっておりますように、南関東や東海地域における関東大震災のような大規模地震や直下型地震の発生の見込みにつきましては、冷静に対応するあるいは考えておく必要があるのではないかと思っております。地震発生時の我が国の社会、経済の混乱を未然に回避するために、危機管理対策としての国会等の移転の問題は、考えようによっては一刻を争う問題であると言ってもよいかと思います。 あわせて、移転により生ずる跡地を活用して東京都民の被害を最小限にとどめる防災対策については、既に多くの識者の方々が指摘しておるとおりでございまして、東京改造の大チャンスをもたらし、将来とも東京が金融、経済、文化の中心として継続する基盤が強化されるものと思います。 その上で、金融、経済、文化の中枢でございます東京と、新たにできる政治、行政の中枢である新首都を適度な距離に離すことによって、両都市の間に新たな緊張をつくり出し、相互作用を促すことが日本の活性化につながるはずであると考えております。 いずれにしろ、国会等の移転の問題は、日本再生戦略の根幹でございまして、二十一世紀を踏まえて国家百年の大計というべきテーマであり、その時々の経済状況に左右さるべき問題とは次元が違うと考えております。 以上が国会等の移転に対する基本的な考え方でございます。 次に、望まれる首都像に触れさせていただきます。 国会並びに行政及び司法に関する機能のうち、中枢的なものを東京圏以外の地域に移すことが国会等の移転であろうかと思います。新首都づくりは、スプロール化し、既に行き詰まりが明白なコナーベーション、御承知のようにこれは周辺都市を含む大都市圏を呼ぶ言葉のようでございますけれども、そういう都市となっております東京をもう一つつくり出すということではございません。 御承知のように、一九九六年六月に、第二回国連人間居住会議、ハビタットIIと呼ばれておりますが、これがイスタンブールで行われ、世界百七十一カ国、五百七十九都市の代表がお集まりになりました。そこで採択された持続可能な都市のビジョンの一般的輪郭では、次のように世界共通の目標を述べております。 それは、すべての人に適切な住居を確保し、人間居住地をより安全な、より健康的で住みよい、公平な、持続可能な、生産的なものにするという世界共通の目標でございます。すなわち、言葉をかえれば、住みよい近隣社会を実現することが新首都の姿であろうかと思います。 新首都の姿については、既に国土庁が具体的コンセプトのもとにそのイメージを適切に描いておりますので、詳しいことにつきましては省略させていただきます。 いずれにしろ、新首都は、地域の特性をわきまえた都市であり、個性的な地方の自立と、地方相互の連携と交流を目指した、世界に先駆ける第三世代の都市システムをつくり上げることであろうかと思います。 このようなビジョンのもとに、我が国が蓄積した知的財産の総力を結集しまして、ローコストオペレーション、ハイパフォーマンスという生産性の高い創造的新首都の建設は、国内各都市が今後向かうべきモデルとなり、対外的にも日本の顔としての役割を果たし、特にアジア各国の諸都市が抱える問題解決の適切なモデルになると思います。 次に、国会等の移転先地について移らせていただきます。 昨年三月に閣議決定されました第五次全国総合開発計画では、国土構造形成の方向性について、太平洋ベルト地帯への一軸集中から東京一極集中へとつながってきたこれまでの方向から明確に転換する必要があると述べております。国土の均衡ある発展のために、多軸多極型を示しておるわけでございます。 我が国の中で、これまでの人口、産業等の集積を踏まえますと、より集積度の少ない、かつ今後の開発余力が十分見込まれる北東国土軸上に国会等の移転を図るべきであるかと考えております。 北東地域は、歴史的経過で、御承知のように、豊かな自然環境の中で広大な開発可能地が豊富に存在しております。こうした環境は、今後の新首都づくりに当たっては、より少ない制約のもとにいろいろなことが実施できる等の非常に柔軟性に富んでおるものと考えます。これからの都市づくりは、自然環境と共生して、ゆとりある豊かな文化的生活をもたらす概念として生かしていく必要がございます。 このような意味からいたしましても、北東地域は、我が国の都市整備のフロンティアとして先駆的な試みを行うには最適地であると考えます。 特に、北東地域は、エネルギーや水の消費量がピークとなります夏の気候が涼しくて、自然環境への負荷の少ない都市整備が可能になるものと考えます。さらに、新しい新首都の市民の皆様が、都市の利便性を享受しながら豊かな自然環境に身近に触れ合うライフスタイルを楽しむことを意味しております。 また、この地域は、御承知のように地震災害の少ない地域であり、特に東京との同時被災の可能性は極めて低いと言われております。加えまして、東京との交通軸が遮断される可能性も極めて低い地域と言われております。 特に、現在の移転スケジュールでは、新首都の整備に相当期間が要するものとされております。その過程におきましては、重都と呼ばれる関係となりまして、新首都と東京との密接な連携が必要になるものと思われます。また、新首都の成熟後におきましても、金融、経済、文化の中心地として残ります東京との関係は緊密であることが欠かせません。そのためにも複数の交通軸の確保が重要であると考えております。 北東地域は、高速道路でいいますと東北縦貫自動車道、常磐自動車道、鉄道では東北新幹線、東北本線、常磐線等の複数の交通軸が既に確保されております。さらに横軸といたしまして、国道五十号線、磐越自動車道やJR水戸線、そして近い将来には北関東自動車道が完成いたします。すべての交通軸が遮断される可能性は極めて低いものと言えると思います。 現在のこうした交通網や圏域内にあります複数の空港では、容量に相対的に余裕がございます。既存の交通施設を基盤といたしまして、新たに大規模な公共投資を行うことなく交通基盤の整備が図れるものと思います。 このように、北東地域は、他の二候補地域よりも明らかに適地性がすぐれていると考えております。その上、各県が緊密に連絡しており、この地域が選定された暁には、地域内のすべての県が協力し合って最終候補地をスムーズに決定していく準備と心構えができておるものと考えます。 現在、政治経済の中心は東京にございますが、東京から少し距離を置いたところから全体を見直しますと、我が国の現状や課題のより正確な把握が可能になるのではないかと考えております。このような点を踏まえて、我が県でも、冒頭申し上げましたように、移転候補地として名乗りを上げさせていただいておる次第でございます。 以上三項目、簡単に申し上げましたが、最後に要望事項三点と若干のコメントをさせていただきたいと思います。 第一の要望事項は、現在審議が行われております国会等移転審議会から候補地が選定されました後、移転先地としての決定に時間を要しますと、地価の高騰や乱開発等のおそれがございます。また、地域住民の生活等への影響もはかり知れず、理想的な新首都の建設に悪影響をもたらすものと考えられますので、国会におきましても、速やかな対応を望むものであります。 第二に、地価の高騰や乱開発などの阻害要因を排除するためにも、現行の法体系にこだわらず、特別な立法措置により新しい町づくりの支援が必要であるかと考えております。 さらに第三でございますけれども、国家百年の大計ともいうべき重大事業であることでございますから、候補地選定に当たり、情報公開の流れに沿って、どういう項目について、またどういう基準で比較検討が行われたかなどを国民に明らかにされ、高い透明性のある御決定がなされますよう切にお願い申し上げます。 結びのあいさつとして申し上げさせていただきますのは、平成二年の国会等の移転に関する国会決議の重み、さらに議員立法により制定されました平成四年の国会等の移転に関する法律の意味するものを厳粛に受けとめております。心から敬意を申し上げますとともに、ぜひとも計画どおりに実現を図るべきものと考えております。 新首都の建設のためには、とりわけ政治的信念と意志の役割が重要だと思います。強い問題意識のもとにいろいろなアイデアを交換し、手を携えエネルギーを結集して行動されることで、都市の新しい文明を生み出すことが可能になるものと思います。 実行力のある政治的リーダーシップが新しい社会システムをつくり出さないと、我が国が坂道を転げ落ちる可能性は否定できません。ケネディ大統領は、アポロ計画の推進に際し、困難だからこそ挑むのですと言ったと記憶しております。国会等の移転は、我が国の威信と誇りをかけて行うべき意義ある大事業であると思います。本委員会の先生方の勇気ある御決断を期待し、私のつたない所見を終わらせていただきます。 どうもありがとうございました。(拍手)
○井上委員長 ありがとうございました。 次に、須田参考人にお願いいたします。
○須田参考人 中部経済連合会の須田でございます。 きょうは、貴重な発言の機会を与えていただきましたことを心から御礼申し上げたいと存じます。 私は、二点ほどこの国会等機能移転に関して御説明を申し上げたいと思いますが、第一は、国会等移転に関する意義づけと申しますか、必要性について申し上げたいと存じます。第二点目といたしましては、国会等移転の候補地が今いろいろ議論されているわけでございますけれども、この候補地の備えるべき条件、そのようなことについて申し上げてまいりたい、かように考えている次第でございます。 まず第一でございますけれども、今日本は、明治維新ないしは太平洋戦争敗戦直後のあの大改革の時代に匹敵するような大きな改革の時期にあると言われております。すなわち、日本の国全体が、その社会、政治制度を通じまして一つの大きな曲がり角に来ている、こういうことが申せるのではないか、このように考えます。この曲がり角を円滑に曲がりましてさらに新しい方向に向かって前進、発展をすべき大事な時期に当たっている、このように認識をいたしております。 もちろんそのためには、国会におかれましてもあるいは政府におかれましてもいろいろな国の大きい施策というものを打ち出しておられまして、その方向に向かっていろいろな審議が進んでいるということも承知をいたしておりますが、その二つの施策といいますものを私なりに考えてみますと、一つは行財政改革の推進であり、いま一つは多極分散型の国土形成をする、この二点ではなかろうか、このように考えます。 つまり、二十一世紀の国づくりを目指すそのような基本的国策が今動き出しているわけでございますが、国会等移転と申しますこのプロジェクトは、この国策を推進するための大きな動機であり、そしてまたチャンスであり、そしてまたその手段であるというふうに考えられますので、それらの施策と一体となって推進されるべきものである、私はこのように考えております。 まず、第一の行政改革との関係について申し述べます。 行政改革の内容といたしまして、規制緩和ないしは地方分権ということがその中核として議論されております。 申し上げるまでもございませんが、規制緩和と申しますものは、官と民との役割分担をどのようにするかということでございまして、市場原理にふさわしくないもの、それがこれからの政府の仕事ではなかろうかというふうに思いますが、それをまず仕分けをして、必要最小限度の政府をどのように考えるかということを決めることであろうかと思います。 次に地方分権でございますが、一番住民に身近なところで政治を行うことが最も効果的でございますので、地方分権という言葉は必ずしも適切ではないのでありまして、むしろ地方主権というふうな考え方にとりまして、地方ではどうしても処理できない政治的権能、これを国に残すという発想で議論が整理されるべきものと存じます。 そのようにしてまいりますとそこに浮かび上がってまいりますのが、一つのスリムな政府をどのようにするかということではなかろうかと存じます。そのように政府をスリムにしてまいりますこの過程におきまして、どうしてもやはりその大きな契機となり、そして手段となり、また結果となりますものが、私は国会等移転ではなかろうか、このように考えるわけでございます。 新しい酒は新しい皮袋に盛れと申します。まさに、新首都というものがこの新しいスリムな政府を打ち立てるために格好の一つの象徴であろうかというふうに思いますし、また、この国会等移転に関する法律の前文にも同じようなことが明記されているというふうに記憶をいたしております。 したがいまして、この第一の点から申し上げられますことは、これから規制緩和、地方分権等の行財政改革を推進するために国会等移転は重要な要素であり、また、並行して進められるべき重要な施策である、このように考えてまいりたいと存じます。 次に第二点でございますけれども、一極集中型の国土構造から多極分散型の国土構造に転換をするということについてであります。 これは、既に政府の全国総合開発計画でたびたび論じられておるところでございますし、今回の国会等移転に関する法律の前文にもそのことが明らかにされているところでございまして、国の大きな施策になっていることは御高承のとおりでございます。 これがどのようなことを意味するかと申しますと、私なりにこれを考えてみますと、東京問題の解決を全国民的な視野に立って推進すること、このように申し上げられるのではないかと存じます。 東京が今いろいろ過密な集中状態にありまして、いろいろなために、東京のために大きなコストがかかっております。全国民的にこのコストを負担してきょうまで参っているわけでございますけれども、このコストを軽減して新しい国を打ち立てるために、東京問題をどのように考えるかということを国民的な立場で議論をしてまいる、これが今一番必要なことではないかと思います。 すなわち、その内容といたしましては、東京一極集中のメカニズムを打破する。財政でありますとか、あるいは情報でありますとか、政治権能でありますとか、あらゆるものが東京一極集中になっているわけでありますけれども、この傾向を打破して多極分散型の国土を形成するということが重要ではないかと存じます。 それでは東京はどうなるのかというのがそこに出てまいるわけでございますが、東京は今既に国際的な経済中枢としての大きな役割を果たしております。これは、これからも日本が国際社会の中で生きていく場合に必要な権能だと存じますので、そのような経済的な権能を中心に東京というものを再編成して新しい東京圏というものを創造され、それについて全国民がこれをバックアップしてまいる、このような姿勢が必要ではないかと存じます。国会等移転はまさにそのために必要な施策であり、かつまた重要な契機になるものと考えておりまして、この点につきましても、国会等移転が速やかに推進されるべきもの、このように考える次第でございます。 特に、最近発生をいたしました阪神・淡路大震災の被害を考えますと、この東京問題の一極集中ということにつきましては、災害防止ないしは災害対策という見地からも非常に緊急な課題であるというふうに認識をいたしております。 今申し上げましたように、一極集中の国土構造から多極分散の国土構造に移るためにも首都機能移転がぜひとも必要である、このように考えます。 以上申し述べましたように、行財政改革の推進のためにも、そしてまた多極分散型の国土構造を形成するためにもこの首都機能移転というのは緊急の課題であり、ぜひとも推進をされるべき大きな課題であろうかと存じます。 徳川時代以前のいわゆる戦国時代におきましては、群雄割拠と申しますか、それぞれ地方ごとに細かい政府があるような格好で日本は発達をしてまいりました。明治維新になりましてから、工業立国を標榜いたしまして、東京を中心とした一極集中型の中央集権構造の首都というものが大きな機能を果たしてまいりました。 これから二十一世紀は情報化の世紀でございます。そのような世紀の中で考えられますのは、やはり経済機能と政治・行政機能を分離した多極分散型の国土配置、つまり首都機能移転、国会等機能の移転ではないか、このように考える次第でございます。 次に、第二点目の議題といたしまして、国会等移転に関する候補地が備えるべき条件について申し上げます。 今、国会等移転審議会におきまして国会等移転の候補地の選定作業がお進めになられております。また、現地視察等も行われまして、現地でもいろいろ御説明をしたところでございます。これから国会等移転の対象になる、つまり新首都の候補地といたしまして備えるべき条件が私は四点あると存じます。 一つは、首都にふさわしく、全国からアクセスしやすいところであるということでございます。 第二は、効率的な移転が行われるところであるべきことでございます。財政がゆとりのある状態ではございません。このような状態の中で、やはり首都移転につきましても極力経費のかからない効率的な移転というものが必要になろうかと存じます。 第三点目は、適度な都市集積のあるところが望ましいということでございます。 第四点は、東京との適切な距離が保たれている、このようなことではなかろうかと存じます。 以上四点につきまして、若干敷衍して御説明を申し上げます。 まず、第一点の全国からアクセスしやすいことというのは、これは言うまでもございませんが、首都というものの持つべき当然の性格かと存じます。もちろん、これまでの首都と違いまして、すべての人が陳情に東京に赴くというふうなことはもちろんないはずでありましょうし、また、それが新首都の目的ではございましょうけれども、やはり、一国の象徴でありますところについては全国からのアクセスしやすいところ、端的に申し上げますれば、国土の真ん中近くに位置するということが一つの条件ではないかと存じます。 効率的な移転については幾つかの観点がございますけれども、一つの大きな観点といたしましては、やはり、新首都がそこにできるにつきましていろいろな基礎的なインフラの整備が必要でございます。その場合に、すべてのインフラを新しく整備するのではなくて、現在既にあるインフラの活用、それから、現在、国会等移転の有無にかかわらず既に整備計画が決まっており、また、着工しておりますインフラ整備、そのようなものがそのまま活用できるところに移転をすることが最も効率的であり現実的である、かように考えております。 例えば、いろいろ交通網、鉄道網にいたしましても道路網にいたしましても、情報通信網にいたしましても、そのような既存インフラなり既計画のインフラを活用することが効率的な首都移転につながるもの、このように考えられます。これも一つの大きな条件ではないかと存じます。 第三点目の、適度な都市集積のあることということも重要な新首都の要件ではないかと存じます。 オーストラリアのキャンベラを視察した人に最近聞いた話でございますけれども、キャンベラというところは非常に理想的な首都だけれども、都市としてのぬくもりがないということを町の人は話しておるそうであります。休みになるとすぐに自分のふるさとに帰りたくなる、仕事をする場所であって、やはり生活をするにはふるさとに帰りたいということをキャンベラの市民の方々は多く話をしておったそうであります。いわば縄のれんの味と申しましょうか、そういう町のぬくもりのないところではやはり円滑な行政が行われるわけにはまいりませんし、国民的な魅力のある町ではないように思います。 そのように考えてまいりますと、何もないところに、ブラジリアのように新しい首都をつくるというふうなことよりも、既存の都市集積をうまく活用いたしまして、むしろ都市集積、幾つかの小都市なり中都市なりがある中に首都機能の一部をそこに潜り込ませて、クラスター状と申しますけれども、いわばブドウの房のように新首都の機能が幾つかの都市の機能の中に含まれていく、そのようなものが一体としてまとまって新首都圏を形成する、そのようなことが望ましいのではないかと存じます。 適度な都市集積のあること、それがやはり新首都の備えるべき一つの条件ではなかろうか、このように考えるゆえんでございます。 最後の四番目でございますが、東京との適切な距離についてであります。 東京から分離をして経済首都とそれから行政首都、国会首都というものを分けるわけでございますから、東京に隣接しておりましたのでは、これは東京問題が拡散されるだけでございます。やはり東京から適当な距離、つまり、つかず離れずの距離というのが必要ではないかと思います。余りにも遠くになったのでは、これはやはり連携の問題で都合が悪い、しかし、つながっておったのでは問題が拡散されるだけだ、このように考えられますので、適切な距離をあけるということがやはり新首都の備えるべき大きな条件ではないか、このように考えております。 今私どもの方でいろいろ御提案申し上げております東海地域ないしは三重県を含みます中央地域と申しますものは、今申し上げました四つの条件、全国からアクセスしやすいこと、国土の真ん中であること、効率的な移転がしやすいこと、つまり既存インフラ、既計画のインフラが活用できること、適度な都市集積があること、適当な人口密度があること、それから四番目に東京との適切な距離であること、おおむね二百ないし三百キロ圏内にあること、いずれの条件をもちましても、その条件を満たしておる適当な移転候補地ではなかろうか、このように考えておる次第でございます。 以上、幾つか申し述べましたけれども、要するに、やはり新首都と申しますのは、あくまで国民的な世論の上に形成されるべきものと存じます。現在、残念ながら、候補地を掲げている地域とか一部の地域を除きましては、非常にまだ国民的世論の盛り上がりが低調でございます。やはり、これから一国の百年の計をこの新首都というのは決めるわけでございますから、国民全体が参加をする中で大いに御議論を展開していただく必要があると存じます。その意味におきまして、本委員会でいろいろ御議論をいただいておりますことについてまず敬意を表する次第でございますが、私ども経済界におきましても、これから大いに地元の世論を盛り上げまして、新首都実現に向かってのいろいろな御提案も申し上げ、かつ、情報の発信もしてまいりたいというふうに考えておりますので、よろしく御指導のほどをお願い申し上げたいと思います。 二十一世紀の理想的な国土づくり、そして町づくり、理想的な首都像、そのようなものを世界に発信する気概を持って取り組むべき大きな国家的課題と存じます。諸先生方のますますのこれからの御指導ないしは御審議のほどを心からお願い申し上げますと同時に、中央地域がそのような移転地として最適の状態にございますので、私どもこれからいろいろ御提案を申し上げてまいりますので、また御指導を賜りたいということをお願い申し上げまして、私の発言を終わります。 ありがとうございました。(拍手)
○井上委員長 ありがとうございました。 次に、金森参考人にお願いいたします。
○金森参考人 畿央地区のことについての参考人として参りました金森でございます。 ただいまお手元に、何も書いていない封筒を資料としてお渡ししております。それの中には、「未来首都畿央」という本と、それから「畿央高原 首都機能移転構想の提言」国都創造についての研究会、こういうものが入っておるかと思います。それに、きょうただいま申し上げることの簡単なレジュメを入れてございます。この順序に従いまして申し上げたいと思います。 その第一は、今なぜ首都機能移転なのかということでございます。先ほど来のお話にもございましたが、過大な東京一極集中の是正、これは将来への分権の問題の突破口ということにも相なるかと思いますが、それと同時に、現在社会一般に広まっております閉塞感、これはなかなか大変なものでございまして、これを一新するのに大きな引き金をつくらなければならぬ。これが首都機能移転の一つの大きな意義であろうかと思います。これが今行われるということに意義があると存じます。 御承知のように、日本史の時代区分は、すべて政治決定機能の場所移転によって区分されてきております。それが移ると時代の色彩が新しくなるということが日本の歴史の中で各時代、これは中国あるいはヨーロッパのように王朝の交代といったことではなくて、首都の政治機能、大きな決定機能が移ったというところで時代色彩が変わったというところに特徴があるので、そういう意味で、今回の国会等の移転ということは、時代区分を新しくするという意義があろうかと思います。 次に、畿央とはどこかということであります。畿央というのは全く新しい言葉でありまして、字引にも載っていないし、もちろん地理の教科書にも出ていない、今回出てきた言葉であります。それで、なぜこれが出てきたかといういきさつについてちょっと申し上げたいと思います。 実は、ほかの地域の方の移転問題についての取り組み方の始まりといささか異なりまして、今から十年近く前、ちょうどこういった問題が言われてきておった時期に、私、もし近畿の方に来るとすればどこがいいのかということが念頭にありました。そして、東京からの帰りの飛行機で、いつも朝早く帰るときに見ておりますと、伊賀高原というところが広く開けておってグリーンで残っておるというのを目にして、この場所というのが念頭にございました。 それと同時にといいますか、ちょうどそのころ、私、通勤をしておりますときに、前原という弁護士さんと電車でいつも一緒でございました。先ほど永井先生から「電車主義宣言」という御本をちょうだいしまして、電車通勤の効用を書いていただいておりますが、まさにその効用だろうと思いますが、毎日顔を合わせておりまして、その方はどういう方かといいますと、弁護士ですから、かねてから司法機能を刷新しなければいかぬ、それには司法機関を移転させる、そしてアジアでの中心的な、これは法文化ということをうたっておりますが、法文化都市をつくろうと思っておるのだという話で、ならどこにつくるつもりなんだと聞きまして、私も、一般に言われておる首都機能というような問題があるというので考えておる土地があるのだと言いますと、お互いその土地を言いますと、期せずして伊賀高原というところに一致したわけであります。 ところが、伊賀高原というのは少し暗い、忍者その他を連想させるというので、ひとつ新しい言葉ということで出てきたのが畿央という言葉で、これでもって、それでは関西の若い人たち、それぞれ仕事を持っておるがこういう都市開発等について関係のある仕事をしている人たちをひとつ糾合して研究会をつくろうと。それで、畿央ということを我々二人が言うておっても、一体そこが適地なのかどうかを研究しようということを始めたのが十年前でございました。それからずっとこれが八十四回、現在まで続いておりまして、月に一回か二回ですか、会社の仕事が終わりあるいは役所の仕事が終わり学校の仕事が終わって、それから出てきて、六時半から遅くまで、ライスカレーを食べて八十四回の会合を重ねて、その研究成果を三冊、三回冊子としてつくり上げたわけであります。その一つが、最後にできたのが、ここに、お手元にある薄いパンフレットでございます。 こういった状況の中から、問題がこの審議会等において取り上げられてくるという中で、国会議員の有志の方はこれに着目されましたし、また、それで議員連盟が結成されて推進されたということは非常に大きな力になりました。それから、経済界におきましても支援体制が整ってまいりました。そういうようなことで、この畿央というのが出てきたといういきさつでございます。 それから、改めて畿央の立地ポテンシャルはどうかということにつきましては、既に先ほど来いろいろの首都移転先の資格等のお話もございましたが、私、ここで申し上げたいのは、国会等移転調査会報告というのが平成七年十二月に出ております。これに九つの基準を挙げておられます。その基準は、日本列島上の位置、東京からの距離、国際空港の存在との関係、土地取得の容易性、地震、火山災害に関する安全性、その他の自然災害に対する安全性、地形の良好性、水供給の安定性、既存都市との適正な距離、この九つ条件を挙げておられますが、これは、このパンフレットにも書いてございますように、全部、非常に大きな評価といいますか大きな点数でもって、この畿央地区は合格しておると私は確信しておる次第でございます。 全部申し上げると非常に時間がかかるわけですが、先ほどのお話にございました、さっきの参考人のあれをかりて非常に失礼なんですが、日本全国からのアクセスの便利さ、こういうのもそのとおりであります。また、効率的な移転、インフラ整備ということにつきましても、名古屋、中京圏とそれから京阪神圏とに挟まれて、しかも、現在既に一部、小都市でありますが、名張、上野といった都市が開発されてきておる。そういうインフラ整備は十分である。それから、都市のぬくもりということがございますが、これとても現在、既にそういった都市があり、それにかなうところがある。また、東京からの距離ということについても同様であります。 したがいまして、中部とこちらとは同じような条件にかなっておる。特に畿央につきましては、非常に大きな、高い評価、点数でもって適合性があると私どもは確信しておるわけであります。 それからもう一つ、四番目に、畿央に特に着目してほしいという点がございます。今までのこと以外に、なぜ畿央に着目していただきたいかということを申し上げたいと思います。これは文化的条件であります。日本民族の文化遺産に取り囲まれているという地域であります。 二十一世紀に向かって、世界は非常な勢いでグローバル化、グローバリゼーションが進んでおります。いろいろな価値につきまして統一的な価値、例えば人権といったものをキーにして国家主権が制限されて、むしろグローバル化が進んでいる、これはさらに進んでいくだろう。しかし、こういった将来の世界において、一方においてそれが進むのに対して、他方、日本民族が独自のアイデンティティーを確立していかなければならない。 このためには、そういった成熟した文化を持つ国の新都は、いわゆる荒野開拓型ではなくて、常に伝統文化が意識されるような環境でなくてはならない。これは決定する我々の世代だけではなくて、次世代、次々世代への長いレンジでもって考えて、そういう人たちが日本文化ということを常に意識できるような場所に新しい都、新しい首都圏機能が移っていくべきではないかということを申し上げたいと存ずる次第であります。 それからもう一つは、東京との対比であります。 何と申しましても、仮に国会等の機能が移転されても、東京は依然として大きなパワーを持つ経済都市でございます。世界と結ぶ経済機能、こういった大きなパワーを持った東京に対して、これと対比できるような潜在力を持った地域でなくてはならない。古来、そういった場所として、常に東に対して西、関東に対して関西というようなことで、いわば日本という列島の楕円の二極としての安定性を保持してきた地域が近畿地方であり、この畿央はまさに近畿のまた中央である、そういう位置にあるわけであります。こういったことが一つ御考慮願いたいと思うところでございます。 それから、最後にもう一つつけ加えておきたいと存じますのは、将来の日本あるいはアジアというところを考えていく上で大事なことは、先ほどちょっと申しました弁護士の話でございますが、この人が申し上げております法文化という言葉です。人との関係において物事が決せられていくということじゃなくて、法律によって、法治主義が徹底していくということが、今後、日本もまたアジアも大事な点であろうかと。 法文化都市、ハーグの国際裁判所のような権威を持った国際関係法施設、非常に国際取引が進んでいけば、ビジネストランザクション、国際的なそういうものが必要になってくる。そういったことで、こういったことをやるのに司法機能の改善、刷新ということが必要ではないか。 今日本のところで一つの閉塞感を持ちますのは、裁判が長いということであります。民事にしろ刑事にしろ、十年裁判というようなことを言われて、裁判をすると長くなって困る。これは司法試験の非常な難しさによることかと思いますが、人数が少ない。 そういうようなことで、司法関係の新しい中心地をつくる、それによって司法の刷新の促進といいますか、起爆力になるというのがそもそも我々、前原さんと二人で話をしていたときの一つの要素でありましたので、この点を最後に、これは首都機能移転とは格別の関係もないかと思いますけれども、司法機能についても御考慮願って、そういうことでもってこの畿央への研究会が始まったということでございます。 申し上げますと、この研究会は約二十人ぐらいの若手、今官庁それから会社員、先ほど申しましたお医者さん、それから建築のデザイナーと、若い人たちがこれだけの熱意を持ってまさにボランティアででき上がったものが認知されてきた。しかも、こういう席で御紹介できるというまことに光栄なことでございますので、私は心から御礼申し上げまして、参考人としての陳述を終わらせていただきます。 どうもありがとうございました。(拍手)
○井上委員長 ありがとうございました。 以上で参考人からの意見の開陳は終わりました。 —————————————
○井上委員長 これより質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。桜井郁三君。
○桜井(郁)委員 自由民主党の桜井郁三でございます。本日は、参考人の皆さん、大変貴重な御意見をいただきまして、ありがとうございます。 私もこの国会移転等の委員会に所属しましてそれほど長くないわけでございますし、また、私自身は神奈川県の出身でございますから、直接候補地との関係というのはないわけであります。どちらかというと、この東京を中心としながら、先ほど皆様方がお話し申し上げましたように、地方分権だとかあるいは規制緩和だとか、政府そのものを小さくしながらやっていくのがいいのかな、私はこんなようなことも思います。 そして、神奈川県全体というとちょっとわかりませんが、私の藤沢市においては国会移転の議論というのは余り出ておりません。先ほどから皆様方のお話の中でも、国民的理解を得なければなかなか難しいだろうというようなお話がある中では、私はまだまだ国民的議論ということが難しいのかな。 しかし、皆様方が御意見をいただきましたように、いずれにしても東京というのは大変過密になっておりますから、何かを考えていかなければならないんだろうし、そして、先ほどの中では危機管理、この中では、東京だけではなく分散していくというようなことは特に必要なのかな、私はこんなことを思っているわけでございます。 そして、いろいろな参考人のお話を聞いてきますと、これからこの国の形だとか姿、これを二十一世紀に向かってどのようにしていくのか、あるいは二百年、三百年先の国の形というものを考えながら今回の移転というのをやっていかなければならないんだ、こういうようなお話でございます。私も全くそれは同感でございます。 そして、きょうの参考人の皆さんは、特に経済界の方が非常に多いわけでございますので、私から御質問させていただきたいのは、皆様方それぞれのところにもし移転をした場合には、特に、これから日本の新しい産業、あるいは今大変厳しいバブル崩壊後の経済を立て直す、これだけではなく、先ほどのお話ではないですけれども、二百年、三百年先を見た経済、このようなことが中心とならなければならないんだろう。そのときに、皆様方が、東京を中心とする今よりはどのように変わっていくのか、また、各地の特徴、皆様方がそれぞれお話し申し上げましたその特徴を生かしながらの新しい産業をどう考えていくのかをお伺い申し上げます。
○簗参考人 それでは、トップバッターとしてお答えいたします。 なかなか難しい問題でございますけれども、御承知のように、二十一世紀は、これまでの機能本意あるいは合理性一方での産業だけではなくて、心の安らぎあるいはゆとりがあるというものが求められる時代になってくると思います。 那須地域は、那須の方へちょっと限定させてもらいますけれども、北東と置きかえていただいても結構でございます、自然環境が非常に豊かで、平たんで広大な土地がございます。農林業でもとりわけ酪農等が盛んでございます。那須地域であれば、こうした資源を生かした都市づくりが可能でありまして、都市と田園が共生した地域づくりの手法から新しい暮らし方が提案できるというようなことで、そのような産業が参ると思います。 若干具体性に欠けるかもわかりませんけれども、既に栃木県では、国の第三セクターでありますシステムソリューションセンターとちぎというのがございまして、これは情報技術のいろいろな、特にマルチメディア関係あるいはマルチベンダーの機械がお互いに接続できるというようなところをテスティングしていくというようなことで、情報の森というようなものをつくっております。そういう意味で、情報技術産業が相当出てくるかと。 あるいは、医療、介護関係で、栃木県北部には、医療機器、特にMRAとかMRIとかあるいはCTスキャンだとかそういう産業が、先端産業が来ております。あるいは、生活環境ということでリサイクルの業者も非常にふえてきております。 また、世界最大の資産運用会社でありますフィデリティがこの情報の森に資産運用の拠点を設けております。支社はできましたが、これからつくるということで、土地の契約も済んでおります。こんな意味で、国民の豊かな資産の運用というような、こんな産業も出てくると思います。 また、これからどの業種が、今業種を申し上げましたが、業種というよりも新しい業態がどんどん出てくる時代だというふうに思っておりますので、そういうことに出てきます。 経済大国から生活大国を目指して我が国が変わらなきゃいけないという意味で、これから求められるのは、リサイクルを含めた静脈経済、あるいは家計の外部化、介護なんかもその典型だと思いますけれども、そういうことに関与する新しいベンチャーが相当我が地域では育成していくあるいは出てくる可能性があると思います。 また当然、新首都をつくるという意味で、土地にかかわる調整方法とかあるいは再開発とかそういう手法もございますし、耐震性の問題とかそういう世界をリードする新しい技術が十分生まれていく。また、直接的に言えば、当然首都が来ますれば、シンクタンクであるとかあるいは情報関連サービスであるとかそういう業種は、先ほどの情報技術ということをさらに超えて発達していくであろう。しかも、これらの技術は、我が国だけじゃなくて、世界各国、特に東南アジアには大いに今後の国の発展のために役に立つのではないか、かように思っております。
○須田参考人 お答え申し上げたいと存じます。 今先生から御指摘がございましたけれども、やはり新首都がそこに建設されてまいりますと、ソフトの面での新しい産業、こういうものが一つの大きな目玉になってくるんではないかと私は考えております。 例を申し上げますと、一つは情報産業でありますし、いま一つは環境問題に伴う環境産業と申し上げますか、そのようなものが大きな柱になると存じます。 若干敷衍いたしますと、情報産業と申しますのは、現在も既に情報化時代に入っているわけでございますけれども、どちらかといえば下り情報と申しますか、東京集中型の情報体制ですから、どうしても受ける方が中心になってまいりまして、地元で発信をするというふうなことがございませんので、ネットワークがどうも完全に機能しないような嫌いがございます。今度首都機能が移転してまいりますと、上り下りの情報のバランスがとれますので、円滑な情報産業というものが発達するんじゃないか、こんなふうに考えております。 それから、環境産業でございますが、現在もそういうものの必要性というのは十分にあるわけでございますけれども、何分にも、現在ございます東京のような余りにも巨大都市では、とてもじゃありませんが環境産業と申しましてもなかなか取りつく島がないというのが現状じゃないかと思います。 新しい新首都と申しますのは、これから新しい町づくりを既存の都市集積の上に立って行うわけでございますし、人口数十万というふうな規模の都市でございますので、まさにリサイクルその他の新しい環境産業、そういうものを生かしてまいる格好の地盤がそこにあると存じます。したがいまして、私は、環境産業もこれから新しい新首都で期待される新産業ではないかと存じます。 若干中部の現状にこれを当てはめてまいりますと、中部というのは、これまでいわゆる第二次産業、産業の米と申しますか、鉄鋼だとかあるいは工作機械だとか自動車だとかというふうな産業が十分に発達した地域でございますので、今申し上げましたような情報産業なり環境産業なりがこれから発展をしてまいる素地は既に十分持っているところと存じます。そのようなところに今の新しい首都移転に伴いまして生じますニーズをうまく吸収いたしまして、そのようなソフトにわたる情報、環境産業等を発展させてまいる、このような可能性が生まれてくるものと確信をいたしております。
○金森参考人 地域の特性に照らしてのお話ということでございましたが、私、新しい産業の種類は、情報産業、あるいは自然との共生、環境産業であろうかと思いますが、既にこの畿央地区の外縁地域におきましては、ナショナルプロジェクトであるけいはんな文化学術研究都市、鈴鹿研究学園都市等が徐々に施設を充実して成熟し、集積が高まってきております。 その一例を挙げますと、例えば学研都市におきましては、地球環境産業技術研究機構あるいは新世代通信網実験協議会、こういったことで、いわゆる情報産業、環境産業についての施設が既に発足し、研究の成果を上げつつあるということでございます。 それにつけ加えて新しいところで申し上げますと、私ども交通に従事している者でございますから、新新幹線がどういうところに行くかわかりませんが、これと新しいところのクラスター等をどういう形で新しい交通システムでつないでいくのかというようなこともこれから研究していかなければならない、またこういうことで発展していくと思います。
○桜井(郁)委員 持ち時間が余りございませんので、簡単にお答えいただければありがたいなと思っております。 先ほどのお話の中で、須田参考人にお聞きいたしますが、確かにこれから二十一世紀は、情報産業、環境、これは同じでございますが、情報産業が発達したときに、特に交通関係でございますので、交通と情報産業をどう考えていけばいいのかをお聞かせいただきたい。 それから、金森参考人に、法文化都市というようなお話があったんですが、この首都圏移転の中で、今まで参考人の中で、分割して移転をしていこう、一括じゃなく、それぞれの都市にいろいろな機能を持たせるような分割をしていったらどうかというようなお話がございますが、そういうようなこととあわせて法文化都市をお話しいただければありがたいと思います。
○須田参考人 今御指摘がございましたけれども、交通事業も広い意味の情報産業ということが言えるんではないかと私は思っておりますが、いずれにいたしましても、交通産業も情報産業も、ネットワークを構成するということが非常に重要だと存じます。ところが、現在一極集中型でございますから、すべてが東京集中でございますので、なかなかネットワークが形成できない、どうしても一方的な流れというものが中心になりまして、交通も情報も円滑な疎通ができないでいる場面が多々あると存じます。 したがいまして、これから新首都が移転をいたしまして、いわゆる多極分散型の国土ができますと、いろいろなところに拠点ができるわけでございますから、情報産業も交通も、その拠点間を相互に結ぶという意味におきましてネットワークができる、しかも、その交通量がかなり均衡のとれた、いい意味でのネットワークができると思っておりますし、また、そのようにこの首都機能移転というものの動機を生かさなきゃいけない、このように考えております。
○金森参考人 法文化都市に関連しての御質問でございますけれども、分権という言葉の中に、私は二つの考え方があると思います。 一つは、私の言葉を使ってでございますが、縦割り分権といいますか縦割りの分割ということで、それが一つは、司法関係についてはどこそこ、あるいは文化、教育関係についてはどこそこ、そういったように、最終決定機能を持った行政機関、行政機関のその問題についての最終決定機能を持ったものがそれぞれに別々のところに行くという形も考えられると思います。それが、水平的な地方分権というものに対してもう一つの考え方の分権であろうかと思います。そういう意味で法文化都市ということを申し上げたわけであります。 以上でございます。
○桜井(郁)委員 どうもありがとうございました。私の持ち時間が終了いたしましたので、以上で終わらせていただきます。 ありがとうございました。
○井上委員長 永井英慈君。
○永井委員 民主党の永井英慈でございます。 お三方の参考人には、大変お忙しいところ御苦労さまでございました。同時に、先ほど来お三人の持論を、しかも高邁な都市論を展開していただきまして、大変感銘した次第でございます。 私ごとになって恐縮なんですが、私は一九六〇年代の初めに社会人になりました。言ってみると、その時代というのは、終戦の経済復興をなし遂げて、さあこれから高度成長へテークオフしよう、そんな時期ではなかったかと思うのですが、ちょうどそのころこの新首都建設というのが話題になったことを記憶しているんです。もう四十年近くも前になるでしょうか。 その後、私は、社会人になってから神奈川県の川崎というところに、言ってみれば、首都圏三千五百万人ぐらい人口がある、そのちょうど中心で今日まで、学校を卒業してから仕事をしてきました。新しい首都について、殊のほか私はほかの人よりも関心を強く持ってきたかなという感じがしてならないんです。 そこで、今回の国会等の移転についてでございますが、平成二年十一月、第百十九国会で、衆議院、参議院、両院において国会等の移転の決議が行われたわけでございます。御承知のとおりです。はや十年たっているんですね。その間まさに、この首都移転、分都、展都等々、百花繚乱というか、首都をめぐるすごい議論が巻き起こりました。 そのころ私は、地方の議員をやったり国会に出てきたりしておりまして、十分そうした論争の文献を読んでおりませんけれども、すごいいろいろな意見が出たこと、学者の方から出たり、あるいは建設業の方から出たり、あるいは設計士から出たり、いろいろな意見が出た。そして、もうことしの秋には、御案内のとおり、候補地の選定、決定というところに来たわけです。 殊のほか新首都に関心を強く持っていた私なんですが、この神奈川で生活し、政治の仕事をやっていてみて、これは実感です、どうもおかしいぞ、もう新首都の場所は決まるんだぞというこのときに至って、全国的な国民の関心の高まりというか、論議の高まりというのが極めて弱い、そんな気がしてならないんです。 先ほど桜井議員もお話しされました。神奈川県の出身の議員です。私も神奈川県です。新首都移転先の候補地とは到底考えられない地域でございますが、神奈川に住み、東京で仕事をしていて、全国的な盛り上がりがないということで、お三方にお伺いします。とりわけお三方は、それぞれの地域にあって、経済界のトップリーダーとして御活躍をいただいているわけですから。 そこで、御地の皆さんの活動の拠点の地域で、一般住民の関心はどうだろうか、それから大手の商工業者の新首都への関心はどうだろうか、あるいは中小企業の皆さんの関心や期待はどうだろうか、これをそれぞれお聞かせいただきたい、これが一点でございます。 それから、この委員会で参考人として御発言をいただいた方に、慶応義塾大学大学院の石井威望先生のお話を伺いました。私はメモもとっておりませんので記憶をたどっての話なんですが、石井先生は、長いこと人類はプリントジェネレーション、印刷を中心としたジェネレーションが続いた、それでテレビのジェネレーションに入った、ここまではいい、ここまでは大体読めたと言うんですね。ところがこの次だと言うんです。次は何かというと、バイオテクノロジーとデジタルテクノロジー、これが相互に影響し合って、今私たちが想像のつかない経済社会が出現するんじゃないだろうか、私は自信を持ってそういった社会のことについて予測することはできませんというような趣旨のお話をされました。 そこで、首都移転の候補地でのトップリーダーのお三方でございますので、私はあえて三十年ぐらいと思ったんですけれども、遠慮しまして、二十年ぐらい先の御地の住民のライフスタイル、あるいは先ほど出ました経済の構造、産業の構造、あるいは経済の実態、そんなようなことをお話しいただければ大変ありがたい。 ちょっと私の発言が長くなって恐縮です。とりわけ最後の、後ろの方の御質問は大変お答えにくいんじゃないかと思いますけれども、極めて重要な要素であろうと思いますので、一言ずつお答えをいただければと思います。 以上でございます。
○簗参考人 時間がございませんのでうまくまとまるかわかりませんけれども、栃木県では、私もメンバーでございます国会等移転促進県民会議をつくりまして、全国に先駆けて県民フォーラムを行っております。情報提供だけではなく、県民の声を聞きながら進めるということでございまして、市町村単位とか女性対象とか小中学生対象とかやりまして、県民の声としては、百二十四名が意見を発表しております。さらにその中で、話としては、気がかりなことがあるけれども希望の持てる改革を期待し、那須地域への移転を促進すべし、それを通して国家的な事業に地方も参加していくというような声がありました。 その中の気がかりな部分につきましては、皆様のお手元へきょう配付させていただきました私どもの資料でございます「首都機能移転関係の想定課題と対応方向」というところに述べておりますので、ごらんいただければありがたいと思います。 また、商工業者を大手とか中小とかは分けてございませんので何とも申し上げられませんけれども、商工会議所連合会とか、商工会の連合会であるとか、あるいは中小企業団体中央会とか、おのおの国会移転の決議をし、熱心に勉強しております。また、地元の青年会議所は、国会の移転に対する五万名の署名を集めて知事に出したり、こんな活動をやって周知しておるつもりでございます。 それから、あとの二十年後の問題は、大変難しい問題で、これも楽観的に見るか悲観的に見るか、あるいは言葉をかえると、ポジティブに見るかネガティブに見るかで大変違うと思います。ただ、確実に言えるのは、国連の人口予測で、二十年後の人口はどうかわかりませんが、二十一世紀の前半、世界の人口は三十三億ふえるそうでございますから、今の人口が九十億になります。環境とか資源に対する負荷が非常に高くなりますので、我が国はそのころは人口は減っているわけでございますけれども、その両方にどう対応するかということが非常に問題なことであり、現在から考えるべき問題意識じゃないか、かように思っておりますので、中途半端でございますけれども、こういうことでございます。
○須田参考人 お答え申し上げますが、まず前段の方でございますけれども、正直なところ、国会機能移転という問題が提起された当時は半信半疑であったということは、これは残念ながら事実でございます。しかし、今、一部の知事が申しておりますけれども、最近七信三疑ぐらいになってきた、いよいよできそうだという感じで相当盛り上がってきたということを申している知事もおります。 と申しますのは、やはり候補地の指定を受けているといいますか、今候補地として議論されている、候補地を持っているところの関心は非常に最近高まっている、このように考えておりまして、その地域におきましては、一般住民も大手商工業者も、それから先生のおっしゃられる中小企業も、あらゆる人々に割合に満遍なく関心が行き届いてきた、議論もかなり進んできたと思っております。 ただし、候補地を持っていない地域につきましては、残念ながらまだ温度差がございまして、そこまでいっておりません。ただ、その地域におきましても、大手の商工業者というのは大体何なりかんなりで経済団体のメンバーになっておりますから、その中で我々が盛んに今いろいろ啓蒙活動等もいたしておりますので、その面ではかなり浸透してきているのかなと思っております。 ただ、いずれにいたしましても、半信半疑や七信三疑では困りますので、十信ゼロ疑にならなきゃいけないわけでございますから、我々これから啓蒙に努め、かつまたいろいろ御指導をいただきながら、住民の間にこの議論が起こるように努力をしてまいらなきゃいけない、こんなふうに思っております。 それから二番目の方でございますけれども、これはなかなか難しい御質問でございましてお答えがしにくいのでありますけれども、私は、二十一世紀というのは、やはり国際化の世紀であり、情報化の世紀であり、同時にまた人手不足、高齢化の時代であり、環境問題の非常に厳しい世紀になる、こんなふうに考えております。 したがいまして、今私どものおります中部地域というものを考えてまいりますと、現在、どちらかといいますと二次産業特化型、つまり重厚長大型の産業が中心になって経済をリードしていくという産業構造になっておりますけれども、これを極力、産業構造のバランスをとっていく、二次産業、三次産業のバランスをとっていく、情報産業その他で。それがやはり二十一世紀の一つのコンセプトじゃないかな、こんなふうに思っております。 そのためには、幸い中部地域には学校もたくさんございますので、産官学と言っておりますけれども、産業界と学界とそれからお役所筋とが協力をしながら新しい、ニュービジネスといいますか、そのようなものを起こしていこう、そして今までの第二次産業とそれらをうまく調和させてバランスのとれた産業構造を発展させようということで、既にプロジェクトを組みながらいろいろ取り組んでおりますので、恐らく二十一世紀には中部地域はその産官学のいろいろな貢献によりましてバランスのとれた産業構造が実現しているものと私は確信をいたしておりますし、またそのように努力をしなきゃいけない、このように感じております。
○金森参考人 関心でございますけれども、これはこの畿央という、研究会の発足のときはもちろんだれも知らなかったというようなことでありますが、次第に関心が高まってまいりまして、特に去年候補地に指定していただいたということで急速に一般住民の関心も高まってきているのは事実でございます。大手の経済団体等におきましても、また自治体におきましても、もちろん大いに力を入れていただいているわけでございまして、実はたまたま昨日、関西広域連携協議会というのが発足したということを聞いております。これは、自治体とそれから経済団体、それが力を合わせて広域の問題について協議していこう、連携していこうというのが発足した。その中に、一つのテーマとして今日の首都圏移転問題が含まれておるわけでありまして、これによる検討の進捗は期待できるものと思います。 それから、中小企業の方でございますが、きょうお配りしました「未来首都・畿央」というのは、実はこれは日本青年会議所と一緒になって編さんしたものでございます。日本青年会議所、これは中小企業のオーナーの方が多いと思いますが、そういうところで、非常にこういうところの方々も関心を持っていただいているというふうに考えております。 それから、二十年先の話ですが、これは非常に難しいことは難しいので、これは私は大きい話としまして、日本経済はやはりアジア、アジアというのは先般来多少へこんできましたけれども、今やまた回復の途上にある。このアジアというのは、やはり世界で最大の今後の成長のパワーを持った地域である。この地域の中心的な存在として日本がヨーロッパとアメリカと並んで世界の大きな経済的極として発展していくのに、これを注視して日本経済のことを考えていかなきゃならぬと存じております。 以上です。
○永井委員 お三方から貴重なお話を伺いまして、ありがとうございました。 実は、時間があればと思って、お三方に私のつたない著書を差し上げまして、そこに首都移転の記事が書いてありますので御感想をいただきたかったんですけれども時間がございませんので、もし時間がありましたら、はがき一枚で結構ですから御感想をいただければ。お願いを申し上げ、質問を終わります。 ありがとうございました。
○井上委員長 宮地正介君。
○宮地委員 公明党・改革クラブの宮地正介でございます。 きょうは、大変御多忙の中、参考人の皆様方には、国会にお越しいただきまして大変貴重な御意見をいただきまして、心から感謝と敬意を申し上げたいと思います。限られた時間が大変に短いので、お三人の方に端的にお伺いをさせていただきたいと思います。 参考人の皆さんからお話ありましたように、首都機能の移転は、まさに二十一世紀における新しい日本の新たな国づくりをしていく大事な国家戦略の一つであろうと私は考えております。そういう中において、お話ありましたように、どういう国づくりをしていくか。基本的には、中央集権国家を地方主権国家につくりかえていく、ここは皆さん大体同じような御意見であったと私は理解をしております。 そういう中で、まずお三方の地域、北東地域、中部地域あるいは関西の畿央地域、そうした地域全体の中のやはり国民の皆さんの理解と合意、これについてどのような御努力をされているのか。我々もこれからさらに国民にこの首都機能の重要性というものをアピールして、もっともっと国民の皆さんが強い関心を持って、そして理解を示し、そしてそれに向けて合意形成をつくっていく。まさに民主主義の最も大事な問題ではなかろうか。この点がやはり大変にまだ希薄なのではないか。ここが私は大変心配している一つでございます。その点についてのお考えと、また、皆さんの地域でどのような御努力をされているのか。 それから、きょうはお三人の皆さん、経済の中枢で御活躍をされている皆さんでございます。私は、そうした新しい国づくりと同時に、今我が国が抱えている最大の課題は、やはり、経済の再生をどのように持続的にしていくか、いわゆる持続的な経済成長を今後二十一世紀に向けてどう行っていくか、経済成長率を二%から三%程度でどう日本の経済を安定化させていくか。今経済的には最悪の事態になっているわけであります。特に雇用については、完全失業者が三百四十二万人、特に失業率も四・八%、男性は五%、大変な危機的な状況に陥っているわけであります。そういう中で、経済の御専門の皆さんが、やはりこの首都機能移転を契機に、日本経済を今後持続的安定成長に持っていく大きなインパクトを与えていかなくてはならないのではなかろうか。 先日、参考人に来られた方が、十二兆円の投資で三百兆円の経済効果をつくって、経済成長率二%で十年間はもつであろう、こういう提言をされた方もいらっしゃいました。皆様方は、この経済再生と日本経済の持続的成長にこの首都機能移転をどのように活用し、また、どういうような処方でいったら大変に効果があるのか、その点について御意見を伺えれば、大変ありがたいと思います。 短い時間でございますが、どうぞよろしくお願いしたいと思います。
○簗参考人 二点ほど御質問だったと思いますけれども、第一点の合意形成といいますか、国民的なコンセンサスという点では、おっしゃるとおり大変難しい、なかなか遅々として進まない状況じゃないかと先ほど永井先生もおっしゃっていましたけれども、直接関心のある地点は別としてということで、大変難しいと思います。 これは、率直に言って、あと一つ申し上げますと、候補地を持っていない地域の先生方にも大いに関心を持つような努力を各自分の出身地でお願いすることがまず第一じゃないか、率直に言いますと、そうだろうと思います。 先ほど申し上げましたように、私どもの県では、また北東地域の各県では、パンフレットをつくったりしていろいろ配布しておりますけれども、これはパンフレットをつくれば済むというものではありません。全戸へ配布したりいろいろしていますけれども、そんな形で、先ほどちょっと申し上げたように、県民フォーラムというような形をやって地域の方の御意見を聞くということをやっておるわけで、そういう形の中で少しずつ盛り上がりを見せてきたという実情があります。今後ともさらにこれを広げて、場合によっては違う地域へ行ってやらなければいけないということがあるのかもしれませんけれども、まず自分たちの地域内をもっと議論を活発にしていくということにしていきたい、かように思います。 それから、経済再生のため、特に持続的な経済再生のためにはどうかというお話でございますけれども、私は、基本的には、仮にいろいろなことがあって経済が回復してくるといっても、もちろんバブルのようなことはあり得ませんし、バブルじゃないとしても、従来型のままの再成長の軌道に乗るということは考えられません。むしろ、新しい産業とか新しい技術とか、新しい分野で出てくると思います。そういうことが出るような意味で、いろいろな意味の規制緩和であるとか、もっと市場原理に基づいた産業構造ができるような政策をとられる必要があるんじゃないかと思います。 それから、既存の産業でも、業種というより業態がどんどん変わっています。私は、実は最初に申し上げましたように、栃木県で百貨店をやっておるわけですけれども、百貨店の中でも、アウトレットであるとかディスカウントであるとか、いろいろな業界と競争しながら、もちろんコンビニエンスその他もそうですけれども、まだまだ我々が想定されないような、もちろん情報を利用したバーチャルモールというようなことも出てくるでしょうし、そういうことによって、生活者がより利便のある業態をどんどん起こすということで活性化が可能でなかろうかと私は思っております。 そういう意味で、生活者重視の産業政策といいますか、あるいは経済政策へ政治のリーダーシップも向かっていただきたいというのがお願いでございます。
○須田参考人 お答え申し上げます。 まず、周知徹底と申しますか、その辺の問題でございますけれども、今もお話がございましたけれども、あらゆる機会をとらえまして、例えばシンポジウムをいたしましたり、講演会を開催いたしましたり、資料の配付をいたしましたり、いろいろなことをやっておりますが、やはり持続的に経済界のあらゆる会合を使って、必ず首都移転問題をその中の一つの議題として議論をする、そのように考えながら、できるだけ浸透を図っておるつもりでございます。 また、行政当局、各県の知事、市長さん等でありますけれども、そういう方々とも連携をとりながら、いろいろな会合の機会を通じまして本件の議論を深めるべく努力をいたしておりますし、また、行政当局にもそのようなお願いをしておりますので、かなり浸透はしてまいっておりますけれども、もちろん、まだこれは決して十分なものではございません。いろいろな機会をとらえてこれからも努力をしなければいけない、こんなふうに思っております。 それから、もう一つの問題でございますけれども、これもなかなか難しい問題でございますが、やはり首都機能移転を今も仰せられましたように一つの起爆剤として、これを使って、やはり経済が持続的に成長していくようにしていかなければいけない。つまり、それは受け皿の整備と申しますか、あるいは首都機能移転から波及するいろいろな経済効果というものができるだけ広い範囲に均てんできるように、また、波及できるようなネットワークのようなものをやはり何かつくらなければいけないように思います。したがって、経済界のネットワークみたいなものをつくりまして、一つの首都移転なら首都移転等、プロジェクトの効果が全国に及ぶような、何かそんな仕組みが考えられなければいけないんじゃないかということが一つあろうかと思います。 それから、もう一つの問題といたしましては、やはり首都移転その他の大きなプロジェクトについて言えることでございますけれども、できるだけみんなが参加をしていくということの中から、それぞれの企業意欲というものがこれによってかき立てられるというような、一つの啓蒙活動のようなものも必要じゃないかと思っておりますので、そのようなことを考えながら、できるだけ、首都機能移転という一つの契機をとらえまして、持続的な成長に結びつくような努力を私どもしていかなければいけないと思っておりますし、大きなまた責務ではないか、こんなふうに思っております。
○金森参考人 住民への理解ということについては大いに努めておるところでございまして、ロータリーとか何かとかいうような、そういうところでの卓話にそういう話を入れてもらうというようなこともやっておりますし、また、我々の若い世代の、私は若くないのですけれども、もっと若い世代の研究会のメンバー、それの人のつながりを通じてこの趣旨を伝えていくという努力を非常にしておりまして、その熱意は日に日に今高まっておるという状況でございます。 それから、経済のインパクトでありますけれども、これは民間投資を誘致するという効果については非常に大きなものがある。幾ばくあるかということについては私も計算はしておりませんが、こういうところでこういう大きな計画が持続的に、しかも、万博だとかオリンピックだとかいうように一月、半年といったものでなくて、非常に長いレンジで、百年、二百年というようなところで、こういったものが、今やっていくことが生きていくんだということに相なれば、投資意欲はあらゆる面でかき立てられてくると存じておる次第でございまして、これについては非常に楽観的に考えておる次第です。 以上です。
○宮地委員 大変ありがとうございました。 北東地域の簗参考人に、ちょっと私、特に那須を中心とした自然との共生ということは大変に大事な問題の視点だと思うのです。ただ、いわゆる栃木、那須には、今空港がありませんよね。この空港建設の問題等については御検討されているのかどうか、この点ちょっとお伺いしたいと思います。
○簗参考人 現在のところは、今先生おっしゃるように、ありません。首都移転に関しましては、福島空港を対象に考えておりますし、また栃木県から近い国際空港、福島空港も、今度定期路線が上海、ソウルへ飛んでまいりますので、もう今月、来月の話でございますから、ある意味で国際空港かもわかりませんけれども、成田空港がやはり日本の表玄関として、現在約二時間五十分ぐらい通常かかるんですが、距離的には非常に短うございますので、道路整備をすればもっと近くなる。また、地元では、若干そういう空港建設の声もありますけれども、まだ具体化してはおりません。 そんなところでございます。
○宮地委員 きょうは、時間が参りましたので、これで終わりますが、ぜひ我々も国会におきまして国民の理解と合意を得るように、これは二十一世紀の大プロジェクト、国家戦略として大変重要な課題であろう。それだけに、国民の皆さんの理解と合意を粘り強く得ながらこの問題を進めていきたいな。また、各地域の代表の皆さんにこうして国会に来ていろいろ貴重な御意見をいただきますが、やはり地域のエゴになってはならない。やはり日本の国家の将来を考えて、我々も、また皆様方もやはり国家的な見地に立ってこの問題に取り組んでいくことが国民の理解と合意を得る道ではなかろうか、こう私は考えております。 皆様方の貴重な御意見に心から敬意を表しまして、質問を終わります。ありがとうございました。
○井上委員長 吉田幸弘君。
○吉田(幸)委員 自由党の吉田幸弘でございます。 本日は、参考人の皆様、大変お忙しい中、非常に貴重な意見をお伺いをすることができ、感謝申し上げます。 早速ですが、お三方の皆様に同様の質問をさせていただきたいと思います。一点、二点と区切って質問をさせていただきたいと思います。 まず一点目。東京都は、少子高齢化の進展の中で、日本の人口は今後減少していくのだ、地価も大幅に下落すること、そして一極集中の弊害が緩和されてくるであろう、このように述べているというふうに私は承知しているんですが、この考え、この見解について、まずお三方、否定をされるのか、肯定をされるのか、明確にお答えをいただきたいというふうに思っております。また、仮に肯定をされた場合、にもかかわらず首都機能移転が必要とあれば、そこまで突っ込んだ御意見をちょうだいしたいと思います。
○簗参考人 お答え申し上げます。 来るべき人口減少社会に対応するためにも、国会は移転すべきである、かように思っております。 今東京都の人口は減少傾向にございますけれども、神奈川、埼玉、千葉を含めますと、首都圏の人口は増加しております。また、将来、人口が減ってきても、一極集中という形自体は変わりませんので、そういうものを自制する。むしろ、下手をすると一極集中化が進むという可能性がありますので、首都移転はぜひやるべきである。また、東京の地価というのは非常に高うございますので、そのためにもやっていくべきである、かように思っております。 問題は、集中が集中を呼ぶメカニズムを打破するということでございますので、どうなっていくかということよりも、何のために、何に向かってやっていくのかということが重要だと思うんです。ある意味で、我々の向かっているところは、序列社会であるとか既得権の温存であるとか、あるいは、そういう意味で、過去の延長線にあるのではなくて、第三の開国をやろうということだろうと思いますので、ぜひやっていきたい、かように思っております。
○須田参考人 今もお話がございましたけれども、私も、人口が減少いたしますと、生産年齢人口の多いような、首都圏のようなところの人口減少というのは相対的に少ないのじゃないかというふうに考えております。したがいまして、むしろ過疎地のようなところの人口減少がいよいよ進んで、一極集中の状態は余り変わらないのじゃないかというふうに認識をいたしておりますので、やはり首都機能移転というのは、その意味でも、人口減少の問題があったとしても、必要だと思っております。 特に、先ほどもお話がありましたけれども、集中のメカニズムを破るということでないと問題が解決しないわけでございますから、集中のメカニズムを破って、各地方も、それから、もちろん東京も含めてでございますが、人口の減少割合というのは均等にかかってくるように、そういうふうにしていかなければ、これは意味がないわけでございますので、首都機能移転はいよいよ必要ではないか、このように考えております。
○金森参考人 人口問題がこの首都圏移転問題に影響を及ぼすということは全くないと私は感じておる次第であります。むしろ、いろいろな機能の集中、こういうことがあって、そしてそういうことが続いてきた制度の疲労、制度疲労というものがただいまの閉塞感である。これを打破するということが必要であるということだと思います。 それからもう一つは、危機管理と申しますか、東京にそういういろいろな機能が集中しておるということについて、いろいろな危機が想定されるわけですが、それに対する保険を掛けるという意味でも、東京にかわるような一極、もう一極を形成しておくという必要があろうかと思うわけであります。この見地がこれからもますます大事になっていくのじゃないかと存じておる次第でございます。 以上です。
○吉田(幸)委員 では、二点目として、これもよく言われていることなんですが、非常に財政状況が厳しい折、こんな浪費はするのではないというような意見も聞こえてまいります。このことに関して、お三方は移転をするべきだという意見を今ちょうだいしましたが、この観点から見て、また同様にお答えをいただきたいと思います。
○簗参考人 お答え申し上げます。 確かにおっしゃるとおり財政状況が厳しく、できる限り財政負担を少なくするということはいろいろな面で重要だと思いますので、その意味で、先ほどからいろいろ話がありましたように、できる限りインフラが余分な金をかけないでできるようなところへ行くとか、いろいろ方法はあります。 基本的には、一応今試算として提示していただいております十二兆三千億のうち、公的負担は四兆四千億というふうに我々は聞いておりますけれども、仮にこれを二十年で平均しますと、一年間に二千二百億ぐらいですね。平成十年度の我が国の公共関係予算は十四兆八千五百億でございまして、また我が栃木県でも、平成十年度の投資的経費は二千四百億、そんな形でございますので、もちろん地元の負担があるわけですから、国の金だけじゃなくて、それなりの大変な経費にはなることは事実ですけれども、できないことではない、かように思っております。 また、先ほど来話がありましたように、三月の当委員会で、寺島実郎氏が、付加価値は非常に大きい、三百兆というふうなことを言っておりますので、その経済効果といいますか投資効果は非常に大きいですし、国会等の移転は、国民を覆う閉塞感を打破し、二十一世紀に向けて変わっていくべき我が国のメッセージでございますので、経済状況を好転させるためにも、国家百年のプロジェクトとして進めるべきであると信じておりますので、決して浪費ではないと思っております。
○須田参考人 十二兆三千億という数字がややひとり歩きをしているような感じはするのでございますが、今もお話があったように、これを単年度に割り振れば大きなものでもないということは私も同感でございます。 同時に、もう一つ考えなければいけないと思いますのは、東京のこの過密の首都機能を維持するための費用というものを考えてみた場合に、数千億に上るというふうなシンクタンクの試算もあるほどでございますから、そのようなものが幾らかでもこの首都機能移転によって軽減される。総合的な費用効果分析というのをやってまいりました場合に、やはり私は、首都機能移転というものは、金額の多寡だけではなくて、そのような総合的な分析をいたしました場合にはぜひとも必要だ、この考え方は変わるものではない、こんなふうに思っております。
○金森参考人 十二・三兆円というのは、この調査のあれを見ますと、成熟段階、建設開始後数十年後といったところで、しかも行政機関すべてが移転すると想定した上での試算というふうに伺っております。 差し当たっての第一段階としましては、十年間、つまり建設開始から十年間で国会を中心に移転するといった場合、四兆円、官は二・三兆円というふうに出ておるのでございまして、これであれば、十年で割れば二千三百億円ということに相なるわけで、決して大きな財政負担ではなくて、むしろそれに、先ほど来出ております誘致投資ということを考えますと、決して浪費ではなくて、非常に健全な投資であると存じておる次第です。
○吉田(幸)委員 すると、浪費ではない、財政的にも問題ではない。また、東京の一極集中、先ほど一問目の質問、こういうことを言われていても、さほど移転に関して大きな理由ではないというふうに私自身理解しておるのですが、いろいろな方々からの御意見をちょうだいする中で、国内から見た国内の移転、東京からそれぞれの候補地への移転、国内に向けてのセールスポイント、また移転の必要性、こういうことを伺っている。だけという言葉が正しいかどうかはわからないのですが、そのような気がしてなりません。 世界から見てどの候補地が適地なのか、あるいは世界から見て国会の移転が必要なのか、この観点も多少含めてお考えをいただいて、各地域のセールスポイントをお述べいただきたいと思います。
○簗参考人 北東、東海、畿央という観点から見ますと、私は北東ということになるわけですけれども、国土の均衡ある発展ということから考えますと、従来、ある意味でおくれてきたといいますか、人口集積、産業集積の少ない北東地域に首都が移転することが均衡ある多軸型国土形成に非常に重要だと思います。 また、先ほども意見で申し上げましたけれども、北東地域は環境負荷が非常に少なくて、新首都づくりを可能とする広大な平たんな土地がございます。用地の取得というのは、今公共事業でさえほとんど用地代にとられてしまって実質的な中身ができないと言われるぐらいでございますから、大変重要な要素であろうか、かように思っております。 それから、国際的な観点も含めて、所信の中でも申し上げましたけれども、やはり経済中枢といいますか、経済首都と政治首都が適当な距離にあって、お互いに緊張関係と有効な相互作用をするということが、私は、非常にこれからの日本の政治に必要であり、あるいは対外的に見ても、政治経済を含めて対外的に見るわけでございますから、重要だと思います。そういう意味で、東京との適切な連携が図れるという意味で、我が北東地域、あるいは我田引水的にいえば那須地域は非常に適切なところにあるのじゃないかと思います。 それで、あと、私の方でお手元へ配らせていただきました北東地域共同のパンフレットに五点ほどセールスポイントを書いてございますので、これは触れませんけれども、お読みいただければ大変ありがたいと思います。 最後に一つだけ申し上げたいのは、これは須田参考人の言葉をかりて大変申しわけないのですけれども、都市づくりというのは、やはり人がつくるんだと思うのですね。都市がぬくもりがあることが大切だとおっしゃいました、私もそのとおりだと思います。そういう点では、北東地域は、どうも商売上は目から鼻へ抜けるようなところはないかもしれませんけれども、純朴で非常に温容な人柄でございますので、大変ホスピタリティーは高い、かように思っておりまして、これも大きな特徴だと思いますので、御記憶にとどめていただければ大変ありがたい、かように思っております。
○須田参考人 先ほど私は、冒頭陳述の際に、四点ほど、新しい首都機能移転候補地が備えるべき条件を申し上げましたが、そのいずれをも満たしているというのが東海地域の特色でございますが、さらにセールスポイントを絞って申し上げますならば、二つあると存じます。 一つは、既存のインフラ、今あるインフラですね、鉄道、道路その他、それから今計画されているインフラが非常にたくさんございまして、それらがフルにこの首都機能移転に活用できる。つまり、追加コストが少なくて済むという意味におきましては、東海地域は非常に条件に恵まれていると思います。 もう一つは、適度な都市集積ということでございますが、東海地域というのは、東京、大阪、名古屋の三大都市圏とよく言われますので非常に過密都市のように思われておりますけれども、実はそうではございませんで、東京圏や近畿圏に比べますと、はるかに人口密度は少ないわけであります。そして、名古屋一極集中ではなくて、幾つかの中小都市が役割を分担する割拠型の、いい意味でいえば地域の中でのいわゆる多極分散型の都市配置が既にできているところでございますので、そういうものにうまく首都機能を結びつければ、理想的な新首都ができるのではないか。 この二点がセールスポイントであろうかと存じます。
○金森参考人 セールスポイントとして、世界へのセールスポイントという見地から申し上げたいと思います。 二十一世紀に当たってグローバル化が進むということに対して、日本のアイデンティティーと先ほど申しましたが、そういう日本文化に対する関心度は非常に高いものがあると思います。また、これを高めていかなきゃならぬ。 例えば、東京で現在いろいろなコンベンションが開かれましても、奥さん方は関西の方へ来て、いろいろエクスカーション、こちらへ来られるというパターンで、私どもも頼まれて案内するということも多うございましたが、ここの新しい畿央地域は、周りすべてが日本の文化遺産であるし、また世界遺産も多くが、ここに近く、日帰り圏である。これは、世界の人たちを引きつける大きな魅力であり、かつ、日本が発信する文化性というものの根拠であろうかと思う次第であります。 以上です。
○吉田(幸)委員 それぞれのセールスポイント、よく理解でき、承知いたしました。 質問時間が終了いたしましたので、これで終わりたいと思います。どうもありがとうございました。
○井上委員長 中島武敏君。
○中島委員 日本共産党の中島武敏でございます。 きょうは、三人の参考人の方々、大変御苦労さまでございます。 お一人お一人から話を聞いてまいりたいと思いますけれども、まず最初に簗参考人にお願いしたいのですが、先ほどお話を伺っておりますと、北東地域についての説明がいろいろとありました。北東地域であればどこでもよいというお考えなのかどうか、その辺、ひとつ端的に。私、聞くのも、中身も端的ですから、どうぞ端的にお答えください。
○簗参考人 所信の中でも申し上げましたように、北東地域へ移るのであれば、あえて那須にこだわらないというのはございます。
○中島委員 重ねて簗参考人に伺いたいのですけれども、こだわらないとはおっしゃるけれども、一番求めていらっしゃるのは栃木の那須であることはもう承知いたしております。 その場合に、仮に栃木の那須に決まったといたしまして、そのことを想定してなんですけれども、簗さんは栃木県の商工会議所連合会の会長だと承知いたしておりますが、一生懸命努力をしても、実際に新首都が建設されるという段階になりますと、県外の大資本が、あるいは大商業資本がどんどん乗り込んできて、県内の発展ということが望めないという場合も考えられるのですけれども、それでもなおかつやはり大いに努力をされるというのであれば、その理由をお聞かせいただきたいと思います。
○簗参考人 大変現実的な御質問で難しいところでございますけれども、率直に申し上げまして、やはり地域の発展というのは、新しい産業が起こったり、あるいは民間資本がどんどん導入されたり、あるいはそれに刺激をされて地元資本も負けじと頑張るという競争と新陳代謝の中で起こるので、我々、私は百貨店でございますけれども、中心商店街の活性化をどうするかということを一番大命題としてやっているわけでございます。 一番問題はやはり、従来からそこでやっておられる方が従来の手法にこだわらずに意識改革をして、自分たちにもできるんだという元気を出すことが第一なんですね。何か人に頼ったり、あるいはほかから来たからおれたちはだめなんだという敗北主義が初めからありますと、これは経済は活性化しません。これからの経済の中では、地域が活性化するためには、第一にやはり市場原理を全員がもっと徹底して考える。地域もそうですけれども、日本の産業自体も、外国から投資が来ないで日本だけでうまくやろうなんというのは、これは規制緩和がない前の話でございますので、私はそういう点では、未来はみずから切り開くものであるということでございます。 それからもっと現実的な問題からいいますと、我々、地方からいろいろな意味で国会移転に対して貢献するという意味で努力しておるわけでございますけれども、長期的なプロジェクトでございますので、一遍に大都市が整備されるのではなくて、初期の段階では、既存の周辺にあります都市あるいは田園というものが新都市の建設を支える形になります。 また、私は宇都宮でございますけれども、宇都宮は人口四十四万、那須とちょうど適度な、三、四十分の距離にございますので、母都市としての機能も果たしていかなきゃいけない。そういうことがありますと、やはり既存の業者あるいは商業資本に限らず、商業は特にそうでございますけれども、大変なやはりビジネスチャンス、特に変化というのは我々ビジネスにとってはチャンスでございますので、変化を恐れていたら、これは衰退するだけということでございます。 そういう点で、きょう配付しました資料の中にも、四十一ページからそのような課題について我々の思いを書いてありますので、再度お読みいただければありがたい、かように思っております。
○中島委員 順次聞いていこうと思ったんですけれども、どうも時計をにらんでおりますと時間がありませんから、もう一つ、これは須田参考人とそれから金森参考人に伺いたいと思うんです。 先ほど、最初のお話のときに、簗参考人の方からは何か見解が述べられたように伺いました。それは、一昨年になりましょうか、国会移転法が改正をされまして、そしてその中で、最終的に移転先地を決める場合には三つの条件が付されておることは御存じだと思います。 一つは国民世論の形成のぐあい、それからもう一つは東京との比較考量、そしていま一つは経済財政状況を考慮するという三条件だと思うんですけれども、この点を全部伺うんじゃありませんが、とてもとてもそんな時間ありませんから。一つだけ、経済財政状況を考慮する、この点についてなんですけれども、どんなふうにこのことについてお考えになっていらっしゃるか、伺いたいと思います。
○須田参考人 経済財政状況を考慮するという議論がよく行われておりますけれども、財政難であるからとか、あるいは財源がないからどうこうするという問題ではなくて、あくまでこれは施行テンポの問題であり、施行時期の問題でございまして、私どもはやはり経済財政がたとえ苦しくとも、むしろ経済財政が苦しければ、それらを改革して新しい日本経済をつくるんだという気概を持って首都移転問題というのは取り組むべきものと私は思っておりますので、そういったテンポなり着工時期の問題はいろいろそれは御配慮があるかもしれませんが、機能移転そのものについては、私はあくまで経済を再建するためにも推進されるべきもの、こんなふうに考えております。
○金森参考人 先ほど来申していますように、これは未来への投資であると考えておる次第でございます。
○中島委員 それでは、金森参考人にもう一つ伺いたいんですけれども、畿央地域が浮かび上がってきた経過は、それぞれの県から話が出たんじゃなくて、国会議員の誘致議員連盟がつくられて、そしてそこから畿央地域というのが浮かび上がってきた、そういう経過だと私は承知いたしております。 そこで、そうなりますと、各県の、県と申しましても一つじゃないんですね、たしか私の方には、四つじゃないかと思いますけれども、京都、三重、奈良、滋賀、この四県にかかわるんだと思うんですけれども、この辺のところの自治体が畿央地域に対してどんな態度をとっておられると認識しておられるか。それからまた、そこの県民の皆さんの動向、これは先ほどちょっとお話もあったかと思いますけれども、これについても、それぞれどうなっているのかなというようなことなんかも気になります。そういう点で、そのことについてお話をいただきたいと思います。
○金森参考人 経過につきましては、国会議員の先生方の御推挽、御支援、お力添えが非常に大きなものがあったのは事実でございますが、同時に各県の知事さんにおきましても、この点については十分御認識をいただいておると申しますよりも、積極的に御意向をお持ちであると私は拝察しておる次第です。と申しますのは、一人一人の方にも私お目にかかる機会もございましたが、そのときにそういうふうなことをおっしゃっておりました。これは当然であろうかと思います。 そして、先ほどもちょっと申しましたが、自治体と経済界、そういったものを含めた大きな問題についてはこれからやはり協議していかなきゃならぬという機運が高まってきておりまして、これも、先ほど言いましたようにきのう広域連携協議会というのが発足した、これが大きな機能を発揮するんではないかと存じておる次第でございます。 それから、畿央ということについて、東京との対比ということがちょっと先ほど別に出ておったように思いますが、これはやはり東京は大きなパワーがある、東京圏というのは、もとの江戸時代の東京からさらに広がって、自然拡張的に首都圏というのが形成されていって、今や首都圏の範囲は周辺の各県がその外縁になってきておるような感じでありますので、この延長線での移転ということは避けるべきではないかというふうに思っております。 以上でございます。
○中島委員 もう時間だと思いますが、三人の参考人の皆さんに、最後にこういうことをお尋ねしたいんです。 新しい首都がどこに決まろうと、そのやり方について、建設の仕方について実はちらほら意見が出てきております。それはPFIの手法で建設をするのがよいんじゃないか、こういう意見なんですけれども、この問題について三人の参考人の皆さん方の御見解を聞かせていただきたいと思います。
○簗参考人 その問題につきましては、まだ我々が具体的に考えるところへ来ていませんので、建設の手法について、言ってみれば、今財源調達の一つの方法にもなるわけですけれども、いろいろな手法があると思います。PFIもその選択肢の一つであり、非常に有力な手法である。特に中部空港等についてはそういうことも行われておりますので、考慮に入れるべき面はあると思います。 ただ、何回も話が出ていますように、何にもない原野へ物をつくるのと違いまして、既存の都市とかいろいろなものも利用しながら、特にクラスターでやっていくということでございますから、むしろこれからの中、PI、パブリックインボルブメント、これをもっと考えていただきたい、かように思っております。
○須田参考人 結局、新首都の具体的な態様がまだ明らかでもございませんし、それからPFIというものの概念そのものがまだかなり日本においてはあいまいなものがあると私は思っておりまして、中部国際空港でもいろいろ議論があるところでございますので、PFIを入れるのがいいかどうかということについては、ちょっと私はまだ、にわかにお答えいたしかねる状況でございます。 いずれにいたしましても、しかし首都というのは国家的な一つの大きな事業でございますので、国なり地方公共団体なりあるいは民間なりが協力をし合って進めるべきもの、このように理解をいたしております。
○金森参考人 これは、PFIも一つの選択肢として検討していかなければならぬと考えておるところでございます。
○中島委員 時間ですので終わります。どうもありがとうございました。
○井上委員長 保坂展人君。
○保坂委員 社会民主党の保坂展人です。三人の参考人の方にそれぞれ御意見を伺いたいと思います。 この首都機能移転の問題が、候補地ではない多くの地域の人々の関心あるいは共感、参加を呼んでいくためには、単に場所が移るということではなくて、大きな変革、大改革であるというような、いわゆる国民の意識がそこで変わらなければ意味がないというふうに思います。 ここ近年、予算編成の時期になりますと、全国各地から新幹線や飛行機あるいはバスで、それぞれの地域の皆さんの陳情団が国会あるいは議員会館のロビーを埋めているという状況があって、中央集権の、余りにも強い規制社会、これは地方分権でいろいろ地域の主権を回復していこうということで、現在、国会の審議も進んでいるわけです。 ただ、今回の首都機能移転がかなりの段階に来ているにもかかわらず、先ほどから指摘もあったように、国民の関心がまだいま一つ盛り上がっていない、ほとんど知らない方もいる。もしこの状況がそのままで、新首都がいずこかの地に決まった、そしてそこが新首都である、そこにまた、こういうことはないようにしたいと思いますが、陳情団のバスが駐車場をわあっと埋めるというようなことになってしまったら、これは大改革でも大変革でもないのではないかというふうに思います。予算が使われただけで、東京以外の、中央集権の出先機関みたいなものができたとしても、該当する地域以外の人たちからの共感あるいは期待、そういうものは生まれないのではないかと思うんですね。 そこでお三方にお聞きをしたいのは、長いこと中央集権の気風というのは日本社会にありまして、長いものには巻かれろという言葉にあるように、何か難しいことがあると、お上がやってくれるんだ、やはりこういう意識を変革していく中での首都機能移転、地方分権の議論と絡めて、お考えをお聞かせいただきたいと思います。
○簗参考人 まさに先生のおっしゃるとおりだろうと思います。そういう意味では、地方分権あるいは規制緩和、あるいは生活者重視というような政府の施策をもっと徹底的に国民に知らしめ、また実行する。そのために、法律をつくったりいろいろありますから時間がかかる問題ですけれども、もっとそういうものをPRしていくということがないと、国民の意識が変わらない限り、今先生がおっしゃるような可能性はなしとは言えないと思います。 ただし、そうはいうものの、いろいろな形で、形が先か、あるいは意識が先か、精神が先かという問題もありますので、形を変えることによってさらにそれを促進するあるいは徹底させるということがありますので、そういう意味で、やはり今申し上げたような、これから我が国が担うべき政策のシンボルとしてぜひこれをやっていただきたい。それが、逆に言うと、きょうは省庁の新しい設置法が決定されるようでございますけれども、そういうこととこういうものは密接に絡んでいるんだという関連性を示すものになるんじゃないか、かように思っております。
○須田参考人 やはり、何もかも東京依存ムードというのは今ありまして、東京に陳情すれば安心だというふうな、また陳情に行かなければ何か年が明けないような、そんなムードがやはり何となく地方にあるということは事実だと思います。 そういうものを払拭いたしますためには、人心の一新と申しますか、首都機能移転のような大きなインパクトがないとなかなか不可能だと存じますので、やはり早く首都機能移転を進めると同時に、その際、これからの首都というのは一体何なのか、政府は何なのか、何をするのか、どこで何を決めるんだということをやはり国民に明らかにする、その意味にも、首都機能移転の早期の実現というのが大事ではないか、こんなふうに思っております。
○金森参考人 地方の、候補地でないところの方の関心を高める、そして理解していただくということは必要なことは申すまでもございませんが、考えてみますと、その費用につきまして、いろいろ調査段階では、第一段階では、十年間に、国会を中心に行うというふうに聞いておりまして、それが先ほど来の話で、公的負担は二・三兆円だ、十年間で全部合わせて四兆円というふうな数字が出ております。そして、それからさらに数十年後の、ケース一として、行政機関が全部移るという場合に十二・三兆円、半分移るということで七・五兆円、しかも公的負担はそれぞれ四・四兆円とか三兆円というふうな範囲の調査結果が出ておるわけであります。 今の陳情という問題が起こるのは、こういう成熟段階で、しかも政治のあり方が今のような形であれば、なるほどバスを連ねてになりますか、どういう形でどういう首都になるかわかりませんが、新しいところに行くということになろうかと思いますが、十年間に国会がまず移る。立法機関が移って、行政機関が全部出ていくということ、あるいは二分の一が出ていくというような事態はまだまだ先で、そのあたりには政治風土、民間のそういった考え方も変わってくるんじゃないか、そういうふうに存じている次第でございます。
○保坂委員 私は東京出身で、この首都機能移転については、推進をされようというそれぞれの皆さんが共通に、夢あるいは大変革、インパクト、いろいろな言葉を使っておられることに、そういう意味では、本当にそれが本物になれば意義があるだろうというふうに思っています。 行政や政治には、深刻あるいは真剣な議論や作業も必要で、そういう意味では、楽しいことばかりがあるわけではないと思います。けれども、深刻な議論や真剣な作業ばかりやっていると、本当に色もつやもない、乾燥した町ができ上がるという心配がやはりあるわけですね。 そしてまた、行政の職員である、あるいは立法府の職員や議員、これは入れかわっていくわけです。それほど定住性がありませんね。やはり町をつくるというときに、恐らくそれぞれの地域で議論になっていることと思いますが、文化の問題、やはり人が住む、特に首都という都市の顔をつくっていくためには、文化が生まれてくるような町でなければならないと思うんですね。この文化も、ホールをつくった、あるいはいろいろな箱物をつくりましたという話ではなくて、恐らく文化というのは高度な住民の自治によって生まれてくるものだろうというふうに思います。別の言い方をすれば、自由な気風があってこそ、堺という商人の町でさまざまな芸能や文化が発達したというふうに聞いていますけれども、それはやはり、堺というところの自治があったということを歴史学者が常々書いているところですけれども。 東京では、原宿に十五年ぐらい若者たちがロックをやったりあるいは踊ったりという歩行者天国という空間があって、外国人の観光客はみんな見に来ていたわけですね。ところが、これはもう完全に今廃止をされて、車だけが通っているわけなんです。確かに、うるさいとか交通渋滞があるとか弊害があったんだと思いますけれども、一方において、世界じゅうであんなことをやっているのは日本の東京だけということで、海外、日本を見に行ってみようというところの一つの動機にもなっていたと聞きます。 この文化というところで、恐らく、ホールをつくったりいろいろな、芸術家村をつくるとかという外からのセットではなくて、住民の自治、そこの新首都の市民の自治権みたいなものが、今の三割自治と言われている平均的な意識よりもさらに高い部分であるんだと思う。 そういう、首都であれ地域であれ、でき上がったときにはやはり自由な気風が生まれるのではないか。そこが、行政、官僚あるいはさまざまな政治的な作業のみの乾いた部分をカバーできるのかなというふうに私は考えるんですが、ちょっと長くなりましたけれども、お考えをお聞かせいただきたいと思います。
○簗参考人 今先生のおっしゃる視点は非常に重要だと思うんですね。我が国で、地方には伝統的な文化と言われるような伝承されたものがありますけれども、これは、ただ伝承されてきた、あるいは保存さるべきものというような角度が強うございまして、これも重要なんですけれども、これから新しい文化を生み出していくというような力に若干乏しいんじゃないかと私は思っております。 そういう点では、私が注目したいのは、いろいろな点があると思いますけれども、NPOでありNGOであると思うんですね。そういうことが地域に根づくような政策をどうしていくか。もちろん、これは国の政策もあるでしょうけれども、我々地域におります社会人がそうしなきゃならない。 先ほどほかの先生からの御質問がありましたけれども、大企業が来て云々というものがありますけれども、やはり、地域社会をどうつくっていくか。特に、私どもは企業人でございますので、重要なのは、企業も市民である、企業市民であるという観点から、地域文化にいかに関与していくかということを考えるような気風をつくっていきたい、かように思っております。
○須田参考人 私は、文化と申しますのは人と人との触れ合いから生まれる、このように存じます。 現在、確かに東京には大勢の人が全国から訪れるわけでありますけれども、先ほどもお話がございましたように、それは陳情であったり請願であったりあるいは許可を求めに来たりということで、いわゆる対等の触れ合いではない交流が非常に多いと思います。 新しい新首都をつくります場合には、そのようなことではなくて、全国の人が気軽に新首都に来る、そこで触れ合いの場を提供する、そんなふうな触れ合いの場を提供する場所が一つの新首都の機能だというふうに考えてもいいのではないか。例えば、ともにスポーツを見る場があってもいいと思いますし、また年じゅう国体のような競技が開かれるところがあってもいいでしょうし、演劇を見たりあるいは講演を聞いたりするのでもいいでしょうけれども、そんなような何か文化首都的なものを新しい首都の要素にはぜひ入れるべきではないか。できるだけ多くの人が対等の触れ合いをして、そこで一つの文化を築き上げていけるような、そんな首都像というものが望ましい、私はこのように考えております。
○金森参考人 畿央は昔から人が住んでおるところでございまして、それに戦後の急速な発展のときに少しテンポがおくれておるという状態で、そういうものの開発余地が残されてきた。これは幸いにしてバランスのとれた状態で残っておるので、昔から住んでおるということは、昔からそこにおいしいものがたくさんある、うまい酒がたくさんある、そういったようなものが、申し上げると非常に観光宣言になるわけですけれども、そういうぬくもりのある町が至るところにあるわけでございます。非常によくおわかりのところでは、ちょっと足を伸ばせば松阪の牛肉が食えるとか、それこそ半日で行って帰ってこられる、そういうようなことが至るところにあるわけです。 ちょうど差し上げておりますパンフレットの八ページに、歴史街道というプロジェクトとの関係についての絵がございますが、日本の歴史に囲まれた地域であることがよくわかり、またそれを非常に短い時間で回れるような状況があり、それで、回れるということは、それぞれ今までからの古い人をもてなす、例えばお伊勢さんへ参る人は、お伊勢参り、おかげ参りをするために、いろいろな沿線の人がお参りする人に江戸時代から支援してきた、そういうお助けを得てお伊勢さんへ参った。そういった風習が、ホスピタリティーの風習がまだ残っておるわけですね。 こういうことを新しい都、国会等の移転によって活性化して、よりホスピタリティーに富んだ新都市ということになることを期待しておる次第でございます。
○保坂委員 文化についてそれぞれ非常に積極的に、これをきちっと位置づけていこうという御姿勢の方はわかったんですけれども、先ほどの歩行者天国の例ですと、やはり、警察の担当の方が何人かでこれはやめようと言うと、これはぱあっと東京でも通っちゃうんですね。それをもっと総合的に、文化という視点で、いろいろな声を聞いて合意形成していくというシステムが実は日本にまだできていないわけです、自治といっても。そういうことを実験的に、新首都の住民は高度な自治権を手に入れることができるんだということも恐らく大変な魅力になるはずだということを私の意見として申し上げさせていただいて、質疑を終わりたいと思います。 ありがとうございました。
○井上委員長 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。 この際、参考人各位に一言お礼を申し上げます。 簗参考人、須田参考人及び金森参考人におかれましては、貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表して厚くお礼を申し上げます。 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時十七分散会