文教委員会高等教育に関する小委員会 第1号
- 発言数
- 52 件
- 登壇者
- 15 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1998/12/11
会議録
○増田小委員長 これより高等教育に関する小委員会を開会いたします。 この際、一言ごあいさつを申し上げます。 高等教育に関する小委員長の増田敏男でございます。小委員の皆様の御協力をいただきまして、公正円満な運営を行ってまいりたいと存じますので、何とぞよろしくお願いを申し上げます。 高等教育に関する件について調査を進めます。 本日は、高等教育に関して、日本私立学校振興・共済事業団理事長・大学審議会委員戸田修三君から御意見を聴取した後、参考人に対する質疑及び小委員間の自由討議を行いたいと存じます。 この際、戸田参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、大変御多用中のところ本小委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。どうか忌憚のない御意見を十分にお述べいただきまして、調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げたいと思います。 次に、議事の順序について申し上げます。 まず、参考人に二十分程度御意見をお述べいただきたいと存じます。その後、小委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。 なお、念のため申し上げますが、御発言の際は小委員長の許可を得ることになっております。また、参考人から小委員に対して質疑することはできないことになっておりますので、そのように御了承願います。 御発言は着席のままで結構でございます。 それでは、戸田参考人にお願いいたします。
○戸田参考人 ただいま御紹介をいただきました日本私立学校振興・共済事業団の戸田でございます。平素、私学振興をつかさどっております本私学事業団のために、先生方から一方ならぬ御指導と御支援を賜りまして、この機会に心から御礼を申し上げます。 本日は、高等教育のあり方について説明させていただく機会をいただきましたことを大変光栄に存じております。私からは、去る十月二十六日に公表されました大学審議会の答申、これは、高等教育の将来展望を踏まえながら、今後の大学等の改革方策を総合的かつ具体的に提言したものでございますが、私自身、委員の一人として審議にかかわってまいりましたので、本日は、この答申のポイントを御紹介しながら、高等教育の今後のあり方について、日ごろ考えておりますところを申し上げたいと存じます。 大学審議会では、昨年の十月に文部大臣より諮問を受けて以来約一年間にわたり、九十三回という精力的な審議を重ねまして、去る十月二十六日に「二十一世紀の大学像と今後の改革方策について」という答申を文部大臣にいたしました。 既に先生方御案内のとおり、高等教育につきましては、昭和六十二年に臨教審の答申に基づきまして大学審議会が発足をいたしました。それ以来十年、本年ですと十一年にわたって、各大学等において改革に向けての具体的な取り組みが積極的に進められてまいりまして、一定の成果を上げてきております。しかしながら、改善すべき課題の指摘もいまだ多いことも事実でございます。 このたびの答申は、このような現状の問題点と課題を重く受けとめまして、あわせて二十一世紀の大学像を展望するというような観点から、来るべき二十一世紀初頭において、我が国の大学等がさらに発展していくためには、各大学等がそれぞれの魅力を高め、多様に発展し、個性が輝く大学等となっていくことが必要である、そういった観点から、今後早急に取り組むべき改革の基本的な方向と、総合的かつ具体的な改革方策を取りまとめたものでございます。 今回の答申の取りまとめに当たりましては、関係者からのヒアリングを行うとともに、六月三十日に公表しました中間まとめに対して寄せられた多くの御意見を踏まえながら、幅広い見地から審議を行いました。したがいまして、大学関係者初め多くの方々の御意見を反映することができたのではないかというふうに考えております。 まず、二十一世紀初頭の大学像をどのように考えるかということについて述べさせていただきたいと思います。 来るべき二十一世紀初頭は、現状からさらに大きく転換し、多様で新しい価値観や文明観の提示などが強く求められるようになるというふうに考えられます。このため、その知的活動によって社会をリードし、社会の発展を支えていくという重要な役割を担う大学等が、ただ単に知識の量だけではなしに、より幅広い視点から知を総合的にとらえ直していくとともに、知的活動の一層の強化のための改革を進めていくということが強く求められる時代でございまして、言うなれば知の再構築が求められる時代というふうに考えられるわけでございます。 また、十八歳人口の減少などを背景に大学等への進学率が上昇し、大学等への進学率が五〇%を超えるいわゆるユニバーサルアクセスの時代になるということも考えられるわけであります。 こういった時代を迎えるに当たりましては、今後の改革の方向を明らかにした上で、それに沿って我が国の高等教育システムの構造的、質的な改革を行い、大学等がその期待される役割を十分に発揮できるようにしていくことが必要であるというふうに考えます。 今回の答申におきましても、このような認識に立って、まず第一章において、二十一世紀を迎えるに当たり今何が大学等に求められているか、今何をなすべきか、そういった視点から、今後の大学等のあり方についての基本的な考え方を示し、新しい大学像の構築を提言しております。 具体的には、答申の十三ページの枠内の六行目以下にございますけれども、大学の自律性に基づく多様化、個性化を進めるとともに、卒業時における質の確保のための取り組みの抜本的な充実、大学院の役割の増大に対応するさらなる整備充実、国際的通用性、共通性の向上、大学の社会的責任等を重視しながら、次に申し上げます大学改革の四つの基本理念に沿って現行制度を大胆に見直し、新しい高等教育システムへ転換していかなければならないというふうに述べております。 そして、答申の三十ページの枠内の三行目以下に記されておりますように、大学改革の基本理念として四つの点を挙げております。一つは、課題探求能力の育成を目指した教育研究の質の向上、第二は、教育研究システムの柔構造化による大学等の自律性の確保、及びそれを支える第三として、責任ある意思決定と実行を目指した組織運営体制の整備、さらに、こうした大学等の取り組みについての第四番目に、多元的な評価システムの確立による大学等の個性化と教育研究の不断の改善、この四つの基本理念が打ち出されております。 次に、この改革の四つの基本理念に沿った具体的な改革方策について述べたいと思います。 今回の答申が提言いたしました大学改革の四つの基本理念と具体的改革方策のポイントにつきましては、配付させていただいておりますA4判一枚の配付資料をあわせてごらんいただければ幸いだと思います。 まず第一の、課題探求能力の育成を目指した教育研究の質の向上について申し上げます。 二十一世紀初頭の社会状況の展望を踏まえますというと、今後、高等教育においては、従来の問題解決型ではなく、いわゆる課題探求能力の育成を重視しております。この課題探求能力につきましては、答申の三十九ページの枠内の一行目以下に記されておりますように、主体的に変化に対応し、みずから将来の課題を探求し、その課題に対して幅広い視野から柔軟かつ総合的な判断を下すことのできる能力、これを課題探求能力というふうに言わせていただいておるわけでございますけれども、この課題探求能力の育成を重視しつつ、教育研究全体の質の向上を図ることが不可欠であるというふうに考えるわけでございます。 その上で、学部段階と大学院段階に分けまして、まず学部段階におきましては、初等中等教育におけるみずから学び、みずから考える力の育成を基礎に課題探求能力の育成を重視するとともに、専門的素養のある人材として活躍できる基礎的能力を培うことを基本とする、この点は答申の三十八ページの最初の枠の二行目以下に記されておるところでございます。 それと同時に、今度は大学院段階においては、これは三十二ページの一行目でございますけれども、専門性の向上は大学院で行うことを基本として考えていくことが重要である、このような考え方に基づきまして、初等中等教育段階から大学院までの一貫した考え方に立って具体的な改革方策を考えていくことが重要である、そういった考え方に立っております。 学部段階の教育につきましては、今後進学率が上昇し、高等学校卒業者の二人に一人が大学に進学する、そういった時代の大学教育はどうあるべきか、教育内容と教育方法の二つの面から再検討する必要があるというふうに考えます。 従来、学部教育の内容につきましては、専門の完成教育であるというとらえ方がされてまいりました。しかし、専門分野の教育内容が非常に高度化し、またその内容が増大する、そういった現象が急速に進んでおることなどを考えますというと、今後学部教育は、専門基礎を中心としたむしろリベラルアーツとして位置づける方向を考えていくことが重要ではないかという考え方をとっておるわけでございます。現在までの専門教育というものが余りにも専門化し、細分化しておるということによりまして、大学の大衆化現象に伴いまして、いわば学生が消化不良に陥っておるというような現実を踏まえたわけでございます。 答申では、このような方向や、学生の履修歴等の一層の多様化が予想されることなどを踏まえまして、まず教育内容面につきましては、教養教育の重視、教養教育と専門教育の有機的な連携の確保、それから専門教育における基礎、基本の重視、高等学校教育から学部教育への円滑な移行、国際舞台で活躍できる能力の育成等、そういった視点を重視することを提言いたしております。今後、各大学におきまして、この提言の趣旨に沿って、それぞれの理念、目標を踏まえつつ体系的なカリキュラム等について工夫し、実施していただければ大変ありがたいというふうに考えております。 次に、教育方法等の改善についてでございますけれども、単位制度の趣旨の徹底、実質化を図るということが重要であると思います。 御案内のとおり、我が国の大学制度は単位制度を基本といたしております。学生は教室外において準備学習、復習を行うことなどが求められておるのですが、この単位制度の趣旨が必ずしも教員にも学生にも十分理解されていないという面が見られるのであります。このため、教育の質を確保していく上で、まず単位制度の実質化を図っていくということが基本的に重要になるというふうに考えます。答申では、このような観点から、責任ある授業運営と厳格な成績評価の実施のためのさまざまな提言を行っております。 また、大学院についてでございますが、アメリカには大学院レベルの教育を行うプロフェッショナルスクールがありまして、学部とは異なった高度の専門職業人の教育が行われております。しかし、我が国ではこの点が未整備の状況であります。今後は、我が国におきましても、大学院における高度専門職業人の養成の役割というものをより重視した、多様で活力あるシステムを目指すことが重要であるというふうに考えております。 答申では、このような観点から、一つには、大学院を中心とした大学の組織体制の整備、従来、学部を基礎に大学院を積み上げるということが原則的な形とされておりましたけれども、大学院重視という観点から、大学院の独自性というものがより強く打ち出せるような方向。それから第二点が、高度専門職業人養成に特化した実践的教育を行う大学院の設置の促進、特に、このプロフェッショナルスクールの構想というものをどのように盛り込んでいくかという点。それから第三が、卓越した教育研究拠点としての大学院を形成、支援する。これは、世界的水準の学術研究機能を強化するという点から、この点も大学院の機能としてはおろそかにはできないというような観点から、そういった三つの点を大学院については提言をいたしております。 第二番目の、教育研究システムの柔構造化による大学等の自律性の確保について述べたいと思います。 二十一世紀初頭におけるさまざまな社会変化や多様な要請に大学が自律性を確保しながら一層積極的、機動的に対応できるようにするためには、大学の教育研究システムをより柔構造化していくことが必要であるというふうにいたしております。その点、まず大学における履修・修了のシステムにつきましては、学生の主体的な学習意欲とその学習成果を積極的に評価し得る、柔軟で弾力的なシステムに転換していくことが必要であるというふうに考えております。 答申では、このような観点から、学部段階につきましては、まず第一に、四年未満の在学で学部を卒業できる例外措置の導入、第二番目に、秋季(九月)入学等の拡大、第三に、単位互換等の拡大等を提言いたしております。 大学院段階につきましては、第一に、大学院修士課程における一年制コースや、第二に、長期在学コースを大学の判断で導入できるようにすることを提言いたしております。 また、大学が教育研究上の要請等にこたえて自律的かつ機動的に運営されるためには、大学の教育研究組織の柔軟な設計、行財政の弾力性の向上などを進め、大学みずからが定めた教育研究目標を主体的な取り組みによって実現し得る道を拡大していくことが重要であるというふうに考えております。 このため答申では、国立大学については、講座・学科目の編制及び教育研究経費の使途や教員の給与決定の弾力化など、人事、会計・財務について柔軟性の向上を図る方向で検討する必要があることを提言いたしております。また、公私立大学につきましては、設置認可に関して、学科設置等の審査の弾力化と申請書類の見直しなど、手続の簡素化を図ることが適当であることを提言いたしております。 さらに、地域社会、産業界との連携、交流、国際交流についてもその一層の推進が求められております。 次に、基本理念の三つ目についてでございますが、以上、課題探求能力の育成及び教育研究システムの柔構造化について申し上げました取り組みを各大学が積極的に推進していくことが期待されておりますので、そのためには、各大学が一つの組織体として適時適切な意思決定を行い、みずからの主体的判断と責任において社会の期待にこたえ得る効果的な大学運営を行っていくことが必要であり、国公私立大学それぞれに応じた責任ある意思決定と実行を目指した組織運営体制の整備を図ることが求められております。 二十一世紀の大学像や大学を取り巻く環境を考えますと、大学が一体的、機能的に運営され、教員が教育研究に専念できる体制をつくっていく必要があると思います。そのためには、学内の機能分担を明確にした上で、学内において意見聴取や説明を十分に行い、それぞれの連携協力のもとで質の高い意思決定を行い得るようにする必要があると考えております。そのための学内における組織運営体制の基本的な枠組みを整備していく必要があるというふうに考えております。 答申では、こういった観点から、大学の主体性と責任を基本としながら、教育研究の学際化、総合化、社会との関係の緊密化等の大学に対する今日的要請にこたえ得る、開放的で積極的な新しい自主自律体制を構築していくことが重要であるとしております。 そして、大学運営をより充実した機能的なものとするために、学内の意思決定の機能分担と連携協力の基本的な枠組みを明確化すること、第二に、社会の意見を聴取し、社会に対して責任を明らかにする仕組みを整備する、そういった方向で、国公私立大学それぞれの違いを踏まえながら、主として国立大学については、法改正を含めて必要な改革を進めることが適当であるといたしております。 具体的には、第一に、学長のリーダーシップが一層発揮できるようにするための学長補佐体制の整備、第二に、評議会、教授会等の審議事項の明確化など学内の機能分担の明確化、第三に、外部有識者により構成され、助言・勧告機能を有する大学運営協議会(仮称)の設置等を提言いたしております。 なお、大学運営協議会につきましては、国の機関として国民に対して教育研究活動の成果を示す責務を負っております国立大学について設置することといたしておりますが、公私立大学につきましては、設置者である地方公共団体や学校法人の判断にゆだねるということにいたしております。 今回の答申では、このように、制度整備を含むさまざまな改革方策を提言しておりますが、これは、大学の主体性と責任を基本としながら、大学内部における質の高い意思決定が行われるための仕組みを整備する、そういった観点から提言しておるものでございまして、あくまでも大学内部における意思決定の仕組みの整備についての提言であります。決して国の管理を強化するといった内容の提言ではないということを、御理解いただければありがたいと思います。 このような取り組みとともに、公共的な機関としての大学の社会的な責務を果たしていくという観点からは、各大学が教育研究に関する情報を広く国民に対して積極的に提供していく必要があります。答申では、このことを制度上明確に位置づけるということも提言しております。 最後に、四つ目の基本理念であります多元的な評価システムの確立による大学の個性化と教育研究の不断の改善についてであります。 以上述べました改革の取り組みを実効性あらしめるためには、各大学が常に適切な自己点検・評価を実施し、その結果を踏まえて教育研究の改善等を図っていくことがまず重要であります。答申では、このような観点から、自己点検・評価の実施と結果公表の義務化、自己点検・評価の学外者による検証の努力義務化を提言いたしております。 また、各大学の教育研究活動の個性を伸ばし質を高める努力を推進するためには、自己点検・評価だけでなく、第三者としての客観的な立場からの評価を充実していくということが今後一層重要になると思います。こういった取り組みは、大学団体等による自主的な評価のための取り組みとして既に一部行われておりますけれども、大学が社会的な存在としてその活動状況等を社会に対して一層明らかにしていくためには、大学団体等による取り組みだけにとどまらず、より透明性、客観性の高い第三者評価を実施していく必要があります。そして、その結果を広く社会に公表するとともに、各大学における個性の伸長と教育研究の不断の改善につなげていくことが今求められているというふうに考えております。 答申では、こういった観点から、第三者評価について、より透明性の高い第三者評価を行うとともに、大学評価情報の収集提供、評価の有効性等の調査研究を推進するための第三者機関を設置することを提言しております。 この第三者機関による評価は、本来各大学が行うべき教育研究活動の質的充実や国民に対する説明などの取り組みを一体となって促進するという性格を有するものであります。答申では、こういった評価の基本的な性格を踏まえて、第三者機関は、大学共同利用機関と同様の位置づけの機関(例えば大学入試センターと同様の位置づけの機関)とし、大学関係者の参画を得て運営を行い、その専門的な判断に基づいて自律的に評価を実施することが適当といたしております。 また、この第三者機関による評価の対象につきましては、国立大学を主たる対象とし、公私立大学につきましては、設置者である地方公共団体や学校法人の希望によって評価を受けることができるといたしております。さらに、第三者機関による評価の内容、方法等についても基本的な考え方を提示いたしております。 最後になりましたが、私は、多様な大学等が新しい時代のパイオニアたるべく切瑳琢磨し合うことが、二十一世紀の光明への展望につながるものであるというふうに考えております。二十一世紀を迎えようとする今、今回の答申は大変時宜を得たものであり、提言した諸改革がぜひ速やかに実現されることを願ってやみません。先生方におかれましても、国において各大学における改革の取り組みが一層円滑に実施されますよう、必要な制度改正に取り組んでいただきますことを心からお願いを申し上げたいと思います。 また、答申で提言いたしましたように、教育への投資は我が国の今後の発展に欠かすことのできない未来への先行投資であるということを踏まえまして、教育研究経費、奨学金、私学助成の充実など、必要な財政上の措置を講ずることにも御尽力をお願い申し上げたいと思います。 以上、お願いを兼ねまして、私の説明を終わらせていただきます。少し時間が長くなりました。大変申しわけございません。ありがとうございました。(拍手)
○増田小委員長 ありがとうございました。 これにて参考人からの御意見の開陳は終わりました。 —————————————
○増田小委員長 これより参考人に対する質疑及び小委員間の自由討議を行いますが、各会派別の発言の順位はあらかじめ定めておりませんので、発言のございます方は、挙手の上、小委員長の指名をもって御発言をお願い申し上げます。 なお、お一人一回の発言は三分以内でおまとめいただきますように御協力をお願い申し上げます。また、御発言は着席のままで、お答えの方もそのままで結構でございます。 それでは、これより質疑及び討議に入ります。どうぞ。
○藤村小委員 民主党の藤村修でございます。 戸田修三参考人には、本当に本日はありがとうございます。貴重な御意見を聞かせていただきました。また、大学審の熱心な討議において、この「二十一世紀の大学像と今後の改革方策について」という貴重な提言をいただきましたことを感謝申し上げます。 ここに「競争的環境の中で個性が輝く大学」、こういうなかなか画期的な副題がついておりまして、この答申全体は競争的環境というものが多分念頭にあるのではないか、そんな受けとめ方もしております。 競争といいますと、これは、例えば大学間の競争というのが多分あると思います。それから大学内においては、学部間の競争がある、あるいは大学教員間の競争がある、学生間の競争がある。幾つかの競争があるのですが、多分この答申全体を通しては、ある意味では、個性が輝く大学ということにおいて、大学間の競争というのをある程度想定されていると思います。ただ、四年未満修了などということにおいては、これは学生間の競争かもしれません。 そこで、どんな競争を全体としてはイメージされておったのかということと、その競争の目的は何かということ、そのことが日本の高等教育をより活性化する、あるいはより発展させることになぜつながるのかということがちょっと疑問になりましたので、この点を戸田修三参考人、あるいは同僚委員の方からも御意見を賜れば幸いでございます。 以上でございます。
○戸田参考人 それでは、藤村先生の御質問にお答えさせていただきます。 今御指摘の点でございますけれども、その競争的環境という問題につきましては、従来我が国の高等教育というものが、一般的に、例えば大学設置基準というものを充足すればそれで水準が維持できるというようなことで、それ以上の教育研究の改善充実というようなことについての努力というものがともすれば欠けた面がある。それは、平たく言えば、護送船団方式というような考え方の中に置かれまして、その間に、みずから努力し、そして大学の改善充実に資するというような努力がともすれば欠けていた面があるのではないだろうか。そこで、これからはやはり評価という問題を抜きにして高等教育の発展というものは考えられないのではないか。 そこで、この答申におきましては、評価の問題につきまして非常に多くの時間を費やし、また力点を置いておるわけでありまして、この評価によって高等教育の発展というものに資する必要があるという観点、同時に、評価というのは、ただ単なる画一的な観点からの評価ではなしに、やはり個々の大学それぞれの特色がありますし、また国公私立の区別によってもいろいろ違いがあるわけでありますから、そのそれぞれの個性を尊重しながらその自律的な努力によって改革を進めていくということがやはり望まれるわけであります。 そういった点から、各大学間の競争、あるいはまた学部間の競争、さらに学生間の競争ということにつきまして今先生から御指摘がありましたけれども、その点につきましては、三年次で卒業を認めるという考え方と結びつくかどうかについては多少私も問題はあろうかと思いますけれども、少なくとも我が国の高等教育が、それぞれの個性とそれから自主性というものを中心としながらお互いに切瑳琢磨して、そして我が国における高等教育の発展に資する、そういった点から、競争的環境の中でそれぞれの高等教育が個性を発揮するということをこの表題に掲げたわけでございます。 以上でございます。
○渡辺(博)小委員 自由民主党の渡辺博道でございます。 戸田先生には、本当にお忙しい中、ありがとうございます。また、九十三回にわたって大学審の審議をされて、このようにまとめたものを見させていただいて、本当にすばらしいものが答申されているなというふうに思っております。 そこで、今回の「大学改革の四つの基本理念と具体的改革方策のポイント」というところからの一例でありますけれども、私は、特に大学院の問題についてちょっと御質問させていただきたいと思うわけであります。 実は私も大学院で学んだ者でありますけれども、今までの大学院というのは、当然のことながら、専門職業人を養成するという部分については何かちょっと欠けているような気がしてなりませんでした。専ら研究者の養成という意味合いで位置づけられていたのではないかというふうに思うわけであります。 ところが、先ほどお話にございました、アメリカにおいては、プロフェッショナル教育ということで大学院レベルの教育が行われている。特に、先生は法律の専門家でございますので、その関係で申し上げるならば、アメリカにおいてはロースクールが実際に機能しているということでございまして、このアメリカにおけるロースクールと日本における大学院の法学研究科、こういったところでかなりのギャップを私は感じております。実際に、大学院で学んでも、司法試験を目指す人間は別途またほかのところで勉強していかなければならない。特に、中央大学でありますれば白門会とかそういったものがたしかあったと思いますけれども、そういったところで勉強していく、二重の負担を課せられる部分があります。 そういった意味では、これからの司法改革との関係でもございますが、司法を充実するためにもロースクールの早期設置というものが必要じゃないかなというふうに私は思っておるわけですが、戸田先生の御意見をひとつお伺いしたいというふうに思います。
○戸田参考人 渡辺先生の御指摘の点は、まさに大学審議会の大学院部会で重要な問題点として議論をさせていただいたところでございます。 御指摘のように、我が国の大学院、特に人文社会系の場合には研究者養成という意識が非常に強くて、高度専門職業人の養成という考え方は、大学人の意識の中には、これはむしろ邪道であるというような考え方すらなかったわけではありません。そこで、今後、社会が望む大学院像という観点から考えますと、やはり高度専門職業人の養成に特化した修士課程の設置ということが少なくとも望まれるわけであります。 今御指摘のロースクールの点について申し上げますというと、我が国の場合には、法学部における学生というのが年々大体五万人、四万九千人強が卒業をするわけでありますけれども、法曹となる者は七百人から八百人、将来的には千人から千五百人ということが望まれておるようでありますけれども、多くの法学部卒業生というのは、法的な素養のあるよい市民として社会に輩出される。そうすると、法学教育というものを法学部の中でどのように実施していくかという点から見ますというと、現実と旧制時代の法学部教育との間のギャップが若干ありまして、したがって、今御指摘のように、大学法学部に入りますというと、司法試験を志向する者は直ちに、大学の授業にも出ずに、多くは予備校に行くというような形であります。 ところが、そういった勉強をした学生というのは、仮に試験技術によって司法試験に受かったといたしましても、その基礎にいわゆる教養的な素養というものがございませんので、どうも立派な法曹が養成されるということが欠けている。 そこで、私どもといたしましては、学部教育というものはむしろ法学に関する基礎、基本というものを中心としたリベラルアーツ的なものとして位置づけて、そしてその上に、大学院の修士課程において高度専門職業人に特化したロースクール的な構想をそこに盛り込んで、そして法律の専門的な知識というものは、これはむしろロースクールでやるというようなことが考えられるわけであります。 ただ、その場合に、アメリカにおけるロースクールの場合と比較をいたしてみますというと、アメリカの場合には、アンダーグラジュエートで勉強した者がロースクールで専門的な法律の勉強をすることになっておりますから、そこを出た者が各州の司法試験を受けて、そして法曹になっていく。 ところが、我が国の場合に、ロースクールの可能性につきましては、我が国の司法試験制度とのかかわりというのは相当大きな意味を持っておりまして、例えばロースクールを出た者から司法試験の受験資格を与えるということになれば、ロースクールは量的にも質的にも相当充実してくるだろうと思いますけれども、現在のままの状況の中でロースクールを充実しようとしましても、そこに一つ司法試験との関係で隘路があります。 といいますのは、例えばロースクールを出た者は択一式を免除するとか、あるいは特定の試験科目について免除するというような特典があればまた別でありますけれども、ロースクールを出ても、現行の司法試験制度そのままで実行されたのでは、果たしてどの程度ロースクールの本来の趣旨に沿った実効性ある設置ができるか。その辺のところは法務省ともやはりいろいろと検討しなきゃならないところでございまして、司法試験制度とロースクールとの関係というものは、これは非常に密接な関係がございまして、先生方におかれましても、法務省その他とのかかわり合いをお持ちの中で、ぜひその推進方について御指導と御支援をお願いできれば大変ありがたいと思います。
○肥田小委員 民主党の肥田美代子と申します。よろしくお願いします。 先ごろタレントの広末涼子さんが早稲田大学の自己推薦入試で合格されたということでいろいろ話題になりました。私も、推薦入学という制度は知っておりましたけれども、自己推薦入試というのは初めて知りまして、おっと思ったわけです。この自己推薦入試の場合には、やはり生徒自身が自分のことを学校にPRするわけですね。ですから、自分の個性についても再認識できますし、それから自分の意見をきちんと相手に伝えるという訓練もできるわけですけれども、一方では、今回に限ってなのかもしれませんけれども、やはり不透明であるとか不公平であるとか欺瞞であるとかという御意見もいろいろございました。それは広末さんがタレントであったということからきたのかもしれませんけれども。 ただ私は、やはり大学がどういう人を選び、そしてどういう方法で選ぶか、それは大学改革の入り口だと思いますが、先生は、自己推薦入試についてはこれからもっともっとどんどん広めていくべきだと思われますか、それともどういうお考えをお持ちでいらっしゃいますか。
○戸田参考人 入学試験の選抜の方法につきましては、やはり多様な形が、それぞれの大学あるいは学部の理念なり教育方針に沿って多様な方法が講じられるということは、これは全般的に望ましいことだと思います。 ただ、その場合に、自己推薦入試ということが、昨今、あの問題を契機にいろいろ議論されておりますけれども、これは前からいろいろなところでやっておるところでありまして、そして現在、これから推進されることが望ましいと思われておりますアドミッションズオフィスの方式も、考えようによっては自己推薦の一過程なんであります。 ただ単なるペーパーテストによって、しかも私学の場合には、どちらかというと一科目とか二科目、三科目、そういった科目のペーパーテストだけで合否を決定するという方法はやはり必ずしも正しいことではないんじゃないだろうかというふうに考えまして、むしろ、いろいろな形で個性ある人材を大学に迎え入れるというその一環として、自己推薦入試というのは望ましいと思います。 ただ、その場合に、問題は、現在マスコミ等によっていろいろなことが言われておりますけれども、恐らく大学側としては、ちゃんと客観的な透明な基準というものを設定して、例えば評点四以上とか四・五以上とかいうような基準を設定した上で、多角的に、例えば小論文を課するとか面接をするとかいうような形で合否を決定しておるはずでありますから、自己推薦入試それ自体が悪いというふうには私は考えておりません。ただ、それが不透明な形で仮に行われるところがあるとすれば、これはやはり問題はあろうかと思いますけれども、そのこと自体は、私は、個性ある人材を大学において受け入れて、そしてこれに付加価値を加して、そして社会にそれを送り出すということは、これからの大学としてはあっていいことだろうというふうに考えております。
○奥山小委員 今の話と同じようなことになるのですけれども、私も今の入試制度の改革はすべきだということも言っておりますし、文部大臣もその辺は積極的に改革したいということをおっしゃっているわけなんですが、ただ、基本的に日本の大学の入試は非常に難しいということで、その辺は、さっき先生の話もありましたように、特にペーパーテストにかなり偏り過ぎて、それによる偏差値によって人間の評価が決められてしまうというような形はどうしても解消すべきだなというふうに思っておるのですが、基本的に今の大学が、入試はもう少しだれしも入りやすくして、そのかわり今度は出るのが非常に難しいというアメリカ型、そういうふうな大学像というものを日本もやはり模索すべきでなかろうかと思うのです。まして今日のように少子化になってまいりますと、受験生も少なくなってまいりますから、その辺のことが一つ。 それから、大学が企業との交流とか社会との交流の中で、研究交流というのは最近やかましく言われておるのですが、インターンシップ制というのですか、学生が企業の中で仕事をして、その体験を大学へ持ち帰ってくるとか、やはりそういうことがもっとこれから必要でなかろうかと思うのですが、この点二つ、いかがでしょうか。
○戸田参考人 今奥山先生の御指摘の点でございますが、これから、欲すると否とにかかわらず、平成二十一年には全入時代が来るというようなことが予測されておるわけでありまして、したがって、大学への入学ということは、かつて言われたようないわゆる受験地獄というような問題は事実上解消されていくだろう。しかし、さりとはいえ、高等学校教育と大学教育との連携という問題を考えますというと、大学側としては、やはりどういった人材を養成するか、そういったような観点から高等学校卒業生を受け入れていく。そういったような点で、入学者選抜という問題は、決して避けて通れない問題だろうと思います。 その場合に、先ほどちょっと申し上げましたアドミッションズオフィスというような形で、その大学の教育研究に非常に共鳴する学生、応募した者を取り入れる。そしてそれは、一片のペーパーテストじゃなくて、年間かけてそういった人材をむしろ求めていく。そういった点からいいますというと、アドミッションコンサルタント的な機能を大学側もやはり果たして、そういう学生をむしろ呼び寄せるような、そういった努力をする必要があろう。 その場合に、一つはやはり大学入試センター試験との関係で、それは、いろいろなランクに分けて、少なくとも高等学校教育の到達度を見た上で受け入れる、そういった一つのチェックはやはり必要である。何でもかんでも全員入学で取り入れても、今度は大学教育をする場合に非常にバラエティーに富んでまいりますよ、これは教育する焦点がぼけてしまうというおそれがあります。そういった点で、アドミッションズオフィスと大学入試センター試験のあり方、これをやはり検討する中でこの問題は考えていく。 そして、その場合、先生御指摘のように、これからは、そういった希望を持ち、熱意を持っている者は広く受け入れていく、これに付加価値を加して、そして社会に送り出すという点がこれからの入試のポイントであろうと私は個人的に考えます。 そして、今御指摘のインターンシップの制度、こういったものを大学教育の中に取り入れて、そして企業と、社会と大学との接点というものを常に視野に置きながら、社会に有益な、有為な人材を輩出していく、こういったような努力はこれからしなきゃならぬというふうに考えております。
○保坂小委員 社民党の保坂展人です。ありがとうございました。 幾つかの点でちょっと基本的なことを伺いたいのですけれども、答申に目を通させていただいて、本当にこれからの大学を変えていこうということなんですけれども、今の大学の姿を生み出してきた大学人の皆さん、それから企業からの要望もあっただろう、それから文部省の行政もあったでしょう、そこのところのいわば責任というか、これは要するに相当失敗だったという面があり、そこを何か反省するという部分があるのか、基本的にはうまくいってきて、時代が変わったからちょっと大きな枠組み変化をしなきゃいけないのか、その点をまず伺いたいのです。私は、もう少し根本的な見直しが必要かと思います。 一つは、そういう時代に対応する新しい力として、課題探求能力という言葉で出されています。学生個人がみずからの主体的な力で問題を見つけ出して、柔軟にまたかつ機敏にこれらを取り入れていきながら、今までのステロタイプじゃない学習の仕方、これは正しいんだと思うのです。 しかし、指摘されているように、今小学校にまで授業崩壊というのが広がっている、不登校も十万人台になった、物すごい受験ストレスの問題が国連人権規約委員会でも指摘されるほどに世界的に有名になっております。こういう今の日本の若者たちが、競争と聞くと何かちょっと身震いしてしまう。つまり、競争という言葉に、そうだ、頑張ろう、そういう印象を持てないんですね。要するに、競争というのは幼稚園のころから常に言われて、運動会だけじゃなくて試験も塾もみんな競争で、大学に入ってちょっとリハビリしているというような、言い方は悪いですけれども。いろいろ交友関係だとか遊んだりというのも、本当はもっと子供のとき遊んだ方がいいと思うんですが、だから競争という言葉に対してかなり拒否感がある学生たちだと思います。 しかも、こうやって今御提言のようなことになっていくと、じゃ一体どこに、つまり人間的な活力がないと課題探求あるいは課題を自分からつくり出す力というのは生まれてこないわけなんですね。そして、国際的な視野で見ると、日本の大学生あるいは若者は意見を言えない。どうなんですかというと、目を伏せて、はっきり言わないのが非常に不可解であるということをたびたび指摘されますけれども、これも、小学校、中学校あるいは大学においてすらいわば自治的な活動、自分たちのことは自分たちで決めるというようなことが極めて形骸化してほとんどなくなっているということと密接不可分だろうと思うんですね。 要するに、自分の意見を言うということを授業として、講義として、プログラムとしてやらせるんじゃなくて、学生に、例えば研究にしても、二年間なら二年間何をやってもいいから、大学の施設やいろいろなものを使いながら自由に、それこそ課題を創出しろぐらいの、学生がもう一回人間性を取り戻して課題に挑んでいく力ということを、彼らの生育史にさかのぼってぜひお考えいただきたいと思います。
○戸田参考人 今御指摘の最初の点でございますけれども、まず、これまでの大学あるいは文部行政、あるいは社会、企業等々の要請、これに対する反省の上に立って云々という問題につきましては、これは歴史的な経緯がございまして、明治以来の、いわゆる追いつき追い越せ、こういった工業化社会の時代におきましては、これは、従来の画一的あるいは大量的な高等教育というものは一定の成果を上げました。 ところが、今度は、社会が変わり、あるいは国際情勢も変わってくる、こういった時代、あるいは客観的な情勢の変化によってやはり高等教育というものも当然変わらなきゃならぬ、そういったような観点から、今度の答申も、新しい時代、しかも二十一世紀を展望した上でどういったような問題が生ずるか。その場合には、恐らく従来の、一定のディシプリンによって教育を受けた、その知識だけではもはや問題を解決することができない、そういう時代が来るわけであります。 そうなってまいりますると、これからは極めて不透明で不確実で複雑な時代、そういった場合に、あらかじめ予測できないような、あるいは今まで考えたことのないような、そういった問題が提起されるだろう、それに対応するための人材をどう養成するかということが高等教育に与えられた現在の課題であります。そのことは、ただ単に高等教育だけではなしに、初等中等教育からずっと高等教育に至る教育全般にわたってのそれは大きな課題であろうと思います。 そういった意味で、現在、初等中等教育については中教審が、今先生御指摘のような方向で事が議論されておりますし、また大学審議会は、大学という観点からアプローチして、今高等学校との接続というような点も視野に入れて議論しております。したがって、中教審と大学審とが、一貫して我が国の教育をどう持っていくかということをお互いに協議しながら進めておるところでありまして、今先生の御指摘の方向に大学審議会としては進めてきておるつもりであります。 ただ、学校教育という一つの制度の中で、そういった人材を養成するという場合には、何でもかんでも自由だというわけにはまいりませんので、そこにはやはり一定の枠の中で今御指摘のような趣旨をどう生かしていくかということに腐心しておる、そういった状況だということを御理解いただければありがたいと思います。
○岩永小委員 大変すばらしい答申をお出しいただきまして、ありがとうございます。 二つの側面をお聞きしたいのですが、一つは学生の経済ですね。 親から仕送りを受けている、しかし親の経済的負担がかなり大きいのでそう十分な仕送りを受けることができない。学業に専念しなきゃならぬのに、アルバイトをしたり、そして自分の財政を潤すための対応に追われてしまってどうしても勉強に専念ができない。奨学資金制度があるじゃないかということなんですが、今約十万人ぐらいですか、しかし全学生の経済的な対応に処し切れるだけのそういう状況ではないというようなことを考えますと、私たちも、十八歳で自立できるそういう体制をつくっていこうじゃないかということで、奨学金については、少なくとも五十万とか百万ぐらいの人間を対象にした大がかりな対応、そして、それが具体的な生活に処せる、授業料も払えるだけの対応というものをどうしていくかということを今一生懸命に勉強しているのです。年金資金を使ったらいいじゃないかとか、財政投融資を使ったらいいじゃないかとかいろいろ、そして返済をどうしていくんだというようなことなんかもかなりメスを入れていく。じゃ、もう年金の上積み制度をとっていったらいいじゃないかとか、こういうことに対するお考えが一つどうであったかという点。 それから二つ目は、いろいろなシステムを考えていただいているのですが、例えば第三者評価システムなんか、これは平成三年の答申のときも出ているのですよね。そして一部やられているけれども、実質的に効果が出ていないわけなんですね。また、自己点検・評価等の問題なんかも、学長のリーダーシップのための学長補佐体制、そして学内のいろいろな対応も、今まで出てきた答申もあるのですが、具体的にやられるかやられないかということなんですよ。 そして、この評価の中にもありますように、形骸化されているという部分がやはりかなりあるわけなんですね。そういう部分を、じゃ、どう具体的な対応をしていくのか。文部省の行政指導だけでやっていくのか、それとも大学の中の自主性だけに任すのか、それとも、やはり法律的なものをつくって、国公立大学だったら、それに対するきちっとした対応を法でさせていくのか等々、いかにやってもらうか、いかに効率を上げてもらうかというところに私は焦点を置かなきゃ、私たちは答申出しましたよということだけではなしに、やはり具体的な方法まで御示唆いただかなければならぬ、このように思っているのですが、その二点についてお伺いしたいと思います。
○戸田参考人 まず第一点につきましては、奨学制度は、国会あるいは文部省の非常な御努力によりまして、有利子制度の改善、拡張という点で相当大幅に今進めていただきつつあるようであります。これにつきましては、委員長の御了解をいただければ、文部省の方の発言をお許しいただければ大変ありがたいと思います。 それから第二点につきましては、我が国の風土におきましては、従来、評価という点は大学人にとっては非常にタブーであったわけですね。それを、平成三年の大学審議会の答申におきまして、とにかく評価は絶対必要である、評価と情報の提供、この点に関して、まず第一段階として、自己点検・評価。従来は、大学は自己点検・評価もしていなかった、それをまず努力規定としてやろうということで、大学設置基準の第二条に、平成三年にこれが取り入れられまして、現在九〇%までそれはやっております。 しかし、先生御指摘のように、これが本当に実効性を上げているかどうかという点につきましては、若干形式的な面に堕している点もなきにしもあらずでありますけれども、しかし、全体的には、あの当時、点検、評価について答申を出したときにあれだけ猛反対をした大学人の意識の中は随分変わってまいりまして、やはり大学をよくするために、常に教育研究のあり方あるいは管理運営のあり方について点検し、評価し、そして改善に資するというような努力が進められておりまして、これはもう十年前に比べますと圧倒的に変わってきておると思います。 そこを今度の答申におきましてはさらに一歩進めて、この自己点検・評価を、努力規定ではなしに、これはもう義務化する、そしてそれを公表するというようなところまで踏み込んだわけであります。そして、それにあわせて第三者の検証を努力規定として置く。 特に今回のポイントといたしましては、評価のための第三者機関というものを設けて、さらにそれを透明性のある、客観性のある評価という点で大学の改善充実をさらに実効性あらしめよう、こういった提言をしておりまして、その第三者機関のあり方につきましては、私が仄聞するところでは、現在、委員会をつくりまして、国公私立の先生方が委員としてそのあり方について内容を詰めておられるようでありますので、この成果を実は待ちたいというふうに考えております。
○遠藤説明員 奨学金の問題について御説明させていただきます。 現在、日本育英会の奨学金でございますけれども、無利子で約四十万人、有利子で約十万人、合わせて約五十万人という状況ではあるのですけれども、国会初め、まだまだ足りないじゃないか、こういう御指摘がございまして、平成十一年度の概算要求におきまして、有利子の部分、これを十万人を二十万人にしたい、こういう概算要求を今している状況でございます。
○池坊小委員 公明党の池坊保子でございます。 私は、大学審議会に二つのことを審議していただきたいとお願いしたいのです。 一つは、私は、大学の推薦制度の見直しをもう一度考えていただきたいのです。私は、大学の推薦制度が公明さや公正さや透明さを欠いているのではないかと思うのです。なぜならば、何で野球ができると早稲田の商科に入学できるのか。私、もうずうっとそれを不思議に思っておりまして、野球ができることと商学部に入ることとどういう結びつきがあるのか。入った後で、にもかかわらず、商科の勉強は全然しない、商業の勉強は全然しないで野球だけをして卒業しちゃうということがあるわけです。 これは早稲田だけではございません。いろいろな学校で、突出した才能を持っている人は無条件で入れるという傾向がございますが、何でそこの大学の文学部と体育とが関係があるのか、あるいは音楽と経済学部とが関係があるのか、私はもうずうっと不思議でならないのです。もし体育をするならば、体育大学という専門の学校があるのです。音楽をするならば、音楽大学という専門の学校があるのです。だから、そこに行ったらいいのではないか。一つの才能だけで全く関係なく入れるというのはおかしいのではないか。突出した才能を持っていない普通の地味に努力している人たちの方がはるかに多いわけです。普通の人が早稲田の例えば商科に入ろうと思ったら、これはもう本当にすさまじい入試の勉強をしなければならない。これは余りにも矛盾があるのではないか。 他方、推薦を受けようと思うならば、国語と英語はすごくできる、だけれども体育はできない、こういう人は推薦はなかなかいただけないのです。現実に、例えば、私の娘は左ききでした。ですから、お習字がどうしても五がとれないのです。三しかとれない。彼女は、全部五でも、体育が苦手で三だ、それから習字が三だ。こういう人間は推薦から漏れるのです。 つまり、平均的にいい、百点はとらなくてもいい、でも、五がつくような、八十三点ぐらいは全部とっている方が推薦になるのです。それは個性を育てるのではなくて、画一的に、平均的に優等生であれということであって、少なくとも、このおっしゃる「個性が輝く大学」に入るには、これはおかしいのではないかというふうに思います。これをぜひ考えていただきたい。 それから二つ目には、私は入試はやはり必要だと思います。入り口の制限がございませんと、アメリカのようにドロップアウトしていくのが四割、五割というふうになっておりますから、どこかでチェックが必要と思いますけれども、私は今の入試問題に問題があるのではないかと思います。 御存じのように、数学者であってフィールズ賞を受賞なさいました小平先生は、自分でも数学の問題が、中学の受験の問題すら解けない、こういう問題を出すことに何の意味があるだろうかと言っていらっしゃるのですね。本当に大学の入試はややこしくて、難しくて、もう大変です。あれを通過した優秀であるはずの大学生が、大学に入った途端に、基礎知識もなく、そして一般的な教養もなく、ゴムが緩まってしまったように、おしゃべりをしたり、教室でも平気で携帯電話でしゃべったりというのが、一流大学、優秀だと言われている学生たちを受け入れている学校であるわけですね。私は、入試問題に絶対問題があるのだと思うのですね。今のままの入試の問題をつくっていたら、どんなに学校の内部を変えても、個性が輝く大学などはできないのではないかと私は思うのです。 「競争的環境の中で」と書いてございましたが、競争というよりは、これから少子を迎えて、それぞれの大学が個性を持って、あの大学はここがいいのだというのがあったならば、みんな子供たちはそういう方向に行けると私は思うのですね。ですから、むしろ各大学がどれだけの個性を持って大学を管理運営していくかということにかかっているのではないかと思っておりますので、もちろん大学の充実も大切ですけれども、その二点を早急に審議していただきたいと私は希望しております。
○戸田参考人 まず第一点の、推薦入学の中のスポーツ推薦の問題でありますけれども、これは各大学の実情をすべて網羅しておるわけではありませんが、私の知っている限りにおきましては、体育ができる、あるいはスポーツの優秀な成績を上げたというだけで無条件で入学を認めるというところもありますけれども、多くは高校における評点三・五とか三とか、そういった一定のバリアをかけて、それをオーバーした者は大学教育を受ける高校教育での素質があるという認定のもとに入れておるところが多いのではないかと思います。私学の場合には、あるいは大学の名声をスポーツによって上げるために、そういったところはないわけではないと思いますけれども、一定の評点というものを基準に置いておるということが割に多いのではないかというふうに私は認識いたしております。 問題は、そのような一芸一能の学生を大学が受け入れた場合に、これに対してただ単にスポーツをやらせて、結局単位も全然取らずに、卒業もできないまま大学を去っていく、これが問題でありまして、むしろこれからの大学教育というものは、偏差値とかそういったものではなくて、大学教育を受ける意欲がどの程度あるか、これに対して付加価値をどう与えて社会に送り出すかということに重点を置くというような観点から考えれば、むしろ大学教育の方に問題があって、そういった制度自体に必ずしも問題があるとは限らないというふうに私は考えております。 したがって、私の知る限りにおきましては、そういったスポーツ推薦入学ということで入学した者が立派に、いい成績をもって卒業していったという学生も多く知っておりますので、これは入学試験の制度というよりも、むしろその後の大学教育のあり方についてやはり大学人としては考えなければならぬというふうに考えます。これが第一点であります。 第二点につきましては、今御指摘のように、個性のある者を教育し、そしてこれを社会に送るというためには、今先生御指摘の点は私はよくわかりますので、今後のいろいろな審議には参考にさせていただきたいと思います。
○大野(松)小委員 先生の先ほどのお話の中にも既にあったことですけれども、特に今までの高等学校の教育の中で、大きな反省点に立って、課題解決能力から課題探求能力へという新たな対応、新たな学習展開がされているわけですが、そのみずから学び、みずから考える力を養うということの中で、高等学校の教育の中にも多彩な学習方法が展開されております。 例えば、単位制にいたしましても総合学科制にしましても、あるいは専門学科における選択制にしましても、まさに多彩な、生徒たちの自主性に基づいた学習ができるようなシステムになっている。特にそのことを今盛んに進めているわけなんですけれども、問題は、この指摘の中にもございますが、学部教育と高等学校教育との関係が非常に大事なことだと思うのであります。 実は、今勉強している生徒たちが心配しているのは、こういう新しいやり方で勉強していく中で、大学を受験するときに果たして大丈夫なのだろうか、本当に私たちを受け入れてくれるだけの試験制度があるのだろうかという心配をしております。それと同時に、この選択制をすることによって、あるいは選択をしなかった者に比べると、大学に行って、大学の授業についていく中で、あるいは問題がありはしないかという心配もあるわけなんです。 先生は、先ほど中教審と大学審との連携も必要だとおっしゃってくだすったわけなんですが、そういうことの中で、これから生徒の立場なりの心配をどのように受けとめていくかということは大事なことだと思うのですけれども、その点を一つ。 それともう一つ、この答申の中でも、二十一世紀初頭の大学像ということで、国公私立大学の特色ある発展ということを御指摘なすっておられる。その中で国立大学の問題なんですけれども、国立大学というのは、今まで計画的に人材を養成するとか、あるいはまた政策目標の実現に向かって教育をするとか、あるいは社会的に需要が少ない分野でありましても、それを国立大学としてとらえて教育の中に位置づける、あるいは地域課題をとらえるとか、先導的あるいは実験的な学習をするとか教育をするとか、そういう役割を国立大学というのは本来持っていたと私は思うのです。しかも、それを持ってきた背景として、国費ということの中で、大学を運営する上での一つの基本的な、私学と違った安定感がありましたから、こういうことの中で国立大学というのは今日まで特色あるさまざまな活動をしてきたのだと思うのです。 しかし、最近の国立大学を見ていますと、今まで果たしてきたこういう特性、果たした役割というものが果たして本当にされているのだろうかということを思うのです。今私学の方は、自律的な運営によってかえって社会の多様なニーズにこたえておられるのではないかと思うのですね。先生はずっと私学にかかわりをお持ちになって、恐らく国立、公立をごらんになっていると思うのですけれども、そういう中でどのようなお考えをお持ちか、お答えにくいかもしれませんが、あわせてお答えいただければと思います。
○戸田参考人 まず第一点につきましては、やはり高等学校教育と大学教育とのリエゾンの問題を考える場合には、今まではどうも大学は大学の立場だけで考え過ぎてきたという嫌いがございました。したがって、高等学校が今、総合学科であるとか、あるいは単位制であるとかカリキュラムの多様化であるとか、非常にいろいろな変化がなされたけれども、大学側がそれを必ずしも配慮せずに大学入学試験問題をつくった。先ほどの池坊先生の御指摘のように、問題が余りにも難解であるばかりでなく、高校教育を無視したような、そういった形で入試をやっていった。 これに対する反省という点が大いにありまして、これが大学審議会の答申にあり、また今回文部大臣から中教審に諮問があり、それを受けてまた大学入試の問題として大学審議会では検討する、こういったことになっておりまして、その辺のところは、確かに先生御指摘の点は、まさにそのとおりだろうと思います。 第二の点につきましては、最初、文部大臣からの諮問の中には、国公私立大学の役割、そういった形で問題が出たわけでありますけれども、高等教育をどう組み立てていくかという点については、国公私の間には違いはない。しかし、国立大学は国立大学でなきゃやれないそういった特色があるので、それを十分発揮してやってもらいたい。私学は私学、建学の精神なり、あるいは固有の、個性的な特色ある教育研究の指導理念というものを用いてやる。そういった特色を生かしながら、全体として我が国の高等教育の発展に資する、こういったトーンでこの答申はまとめられておるわけであります。 今、具体的な問題としては、国立大学がここに掲げられておるような特色を十分発揮しておるかどうかという点については、私自身はそんなに危機感を感じておりませんで、国立大学としてはそれなりにやっておられる。しかし、ただ私学の立場からいいますというと、国公私立が一緒になって我が国の高等教育を支える上において、国立大学への公的資金というものは私学に対しまして相当なハンディキャップがありまして、それを競争的環境の中で同じように競争するというのは、最初から非常にハンディキャップがあるので、少なくとも教育の面においては、私学の独自性というものを勘案すれば一定の制約があってもいいんですが、研究をする、その成果に対してはやはり国公私立同じように公的な資金が与えられる、こういった感想はふだん持っておりますけれども、具体的に、教育研究のあり方については、国立に対してはうらやましいとは思いますけれども、そんなに国立大学がその機能を発揮していないという実感を持ったことは余りございません。
○石井(郁)小委員 日本共産党の石井郁子でございます。きょうはありがとうございます。 独立行政法人の問題が急浮上しておりますので、私、この点でぜひお伺いをしたいと思っております。 答申では「独立行政法人化をはじめとする国立大学の設置形態の在り方については、これらの改革の進捗状況を見極めつつ、今後さらに長期的な視野に立って検討することが適当である。」というふうに書かれていると思いますが、答申が出て間もなく、十一月二十三日の読売新聞だったかと思いますが、独立行政法人化、国立大学など八十五機関というふうに報じられているわけでございまして、今後さらに長期的な視野に立って検討というどころか、唐突に独立行政法人化が、年明けどうなるかということですけれども、進められようとしているわけです。 私は、まず戸田先生に、独立行政法人化についてのこの答申の立場と、今出てきている国立大学の独立行政法人化について、いろいろ賛成、反対の立場がおありかと思いますけれども、どのように先生の立場でお考えになっていらっしゃるか、ぜひお聞かせください。
○戸田参考人 大学審議会といたしましては、国立大学の設置形態について、独立法人化によってどういったような仕組みになっていくかということについて必ずしも明確なビジョンが示されておりませんし、また内容についても極めて不透明であるというようなことで、これについては直ちに賛成とか反対といったことが言える状況ではない、こういった現実がございます。したがって、独立行政法人化したことによって国立大学の教育研究にどういったメリットがあるのか、どういったデメリットがあるのか、こういった点を十分押さえておきませんと、やはり判断はできないのではないかと思います。 そういう意味で、大学審議会としては、現在二十一世紀の新しい大学像を構築しよう、そういったいろいろな改革が進捗しつつあるわけでありますから、それを見ながら、長期的な見地に立って検討していただきたいというようなことにとどまっておるわけでありまして、その考え方よりも国立大学の独立法人化の方向が余りにも早く進んでしまいますというと、私たちとしてはその対応に非常な戸惑いを感じざるを得ないというのが正直なところであります。
○山元小委員 民主党の山元でございます。 先ほど少し出たのですけれども、第三者の評価システムの導入について、趣旨は、今の大学の状況から見て、しっかりと評価をして国民に公表する、このことはいいことだと私も思うんですね。しかし、非常に難しいことだろうというふうに思うんです。 例えば、教育や研究というのは非常に時間のかかるものですね。それを長い目で見て評価するというのは大変難しいし、評価の観点といいますか、時の流れで、例えば科学技術が重視されるとか、あるいは環境の問題が重視されるとか、いろいろの時の流れがありますから、重視をされる観点というのは変わっていくだろうと思うんです。どうもこれは難しい。 あるいは、資源配分の参考にするということですね。そうすると、本当に妥当、公正な評価によってそのことが参考にされるんだったらいいのですけれども、今申し上げましたような難しいことを含んでいる、そういう評価で資源配分をするということは非常に危険だし、よく言われるように、大学の教育や研究を財政で誘導するというようなことがあっては大学の独立性が損なわれる、そういう危険もあるわけです。 ですから、難しい難しいではいかぬわけですけれども、一体これからどのぐらいの時間をかけて、このことを一番中心になって、これは文部省がやることではないと私は思いますがね。ですから、どういうところで本当に論議を詰められるのかというお話し合いは、新しいことですから、あるいは難しいことですから相当論議をされたと思うんですけれども、その中身を少し教えていただきたいということが一つ。 もう一つは、先ほども出ておりますけれども、入試制度の問題です。 飛び級の問題だとか秋の入学だとか修士課程の修業年限だとか、部分的なというのは失礼な話なんだけれども、どういう学生を受け入れるかということではそういうことは出てきてはいますけれども、本当に今、日本の大学がどういう学生、生徒を受け入れて教育するんだ、先ほど付加価値とおっしゃいましたけれども、抜本的な入試の制度を変えないといけないところに来ていると私は思うんですが、一向にそれは見えてきていないんです。それについての論議はどうであったのか。
○戸田参考人 まず、第三者機関の問題につきましては、今御指摘のように、国があるいは文部省がこれをつかさどるということではもちろんありませんで、これはやはりその道の専門家に委嘱して、大学人の主体的な協力によって事が進められるということがまず大事であります。 御指摘のように、大学の教育研究について画一的な基準によって評価するというようなことはもともとできるものではありません。したがって、この評価につきましては、恐らくそれぞれの専門分野についてはその筋のオーソリティーにお願いをして客観的に、しかも透明な評価をしてもらう、それが前提とならない限りは、これをもとに資源配分をするということは極めて危険なことだろうと思います。 この資源配分につきましても、そのような第三者評価によってなされた結果というものを一つの参考資料にするというように大学審議会の答申ではうたっておるわけでありまして、これだけがすべてではないということは、大学審議会でも認識いたしております。 したがって、この第三者評価の問題の具体的なあり方につきましては、現在、委員会でいろいろと検討されておるようでありますので、その結果を待たなければ、今の段階ではどういう方向で行われるかということについては必ずしもここで明言できないわけでありますけれども、この評価の多様性というか、第三者評価も、大学団体によるもの、大学基準協会による相互評価、いろいろな多元的な評価というものをもとに評価するわけでありますから、第三者機関による評価というものが一本ですべてが決着するという性質のものではないというふうに考えております。 ただ、国立大学につきましては、国立大学の性格上、社会的な責務というものを強く負っておるわけでありますから、この第三者機関による評価というものを国立大学は避けて通るわけにはいかない。ただ、公私立大学の場合でも、それを大いに活用して、そして自己の大学の教育研究の改善充実に資するというような判断を学校法人なり地方自治体がおやりになれば、これは当然それが利用されるべきである、それを期待しておるわけであります。 それから第二点は、入試の問題でございますね。ちょっと、大変申しわけありませんが、もう一度……。
○山元小委員 抜本的な入試制度の検討、部分的な飛び級だとかそういうことではなしに、日本の大学の入試制度というのはという論議がなかったのかということをお尋ねしたいのです。
○戸田参考人 入試制度というのは、全体的な方向づけというものについては大学審議会等で一定の考え方を示すということは可能でありますけれども、個々の大学における入試のあり方というのは、国立大学を除いては、私学に対して、こうあるべきだというようなことはやはりやるべきではない。また、私学の独自性というものがありますので、これを画一的に決めるというようなことは私は難しいと思います。ただ、全体の方向性というものは大学審議会では議論はできると思います。 ただ、先ほど申し上げましたように、現在、高等学校教育と大学教育とのリエゾンの問題、これから高等学校教育に支障を来すような大学入試というものはあってはならないというような考え方から、やはりそれとの関係というものは常に視野に置かなければならぬことは当然のことだと思います。
○増田小委員長 ほかにいかがでしょう。 石井郁子君。簡潔に願います。
○石井(郁)小委員 もう一点お尋ねしておきたいことがございます。 今回の答申の中でも、組織運営体制の整備ということが大変一つのポイントになるかなというふうに思うのですけれども、教授会の審議事項の問題の中に、教授会の人事権、学長、学部長が関与するということになっていますね。それで、これまでの大学自治の根幹というのは教授会の人事権だろうと思うのですが、この人事権というのは一体どうなるのでしょうか。そのことが一点、御説明いただければと思います。 そして、こういう機会に、できれば文部省に、大学審答申に基づく法案としてどういうものが準備されているのか、これも簡単にお答えいただければというふうに思います。
○戸田参考人 それでは、前の点でありますけれども、教授会の審議事項の中に学長、学部長の関与というようなことが触れられておりますけれども、従来の実態というものを見てみますというと、教授会における人事権の行使に際しましては非常に細分化されておりまして、例えば、学部・学科あるいは専攻分野、あるいは専攻というものが制度的にあれば、その専攻の中だけで密室において事が決められているという実態もあるわけですね。 したがって、確かに、抽象的に言えば、専門家集団によって大学の教員の人事を決定するということは、これは抽象的にはいいのでありますけれども、余りにも全体の、学部なら学部全体あるいは大学なら大学全体のそういったあり方というものを視野に入れずに、学部・学科のエゴというようなものがともすれば表面に出てくる危険性がある。そこで、学部長なり学長なりは、そういったような人事について意見を述べるということはあってもいいのではないか、全体的な視野という観点から、やはり問題を検討してもらうためのサジェスチョンをするということは決して悪いことではないのではないか、そういったような考え方がこの根底にあるわけでありまして、これは現状に対する問題意識あるいは反省から出てきたものであります。 ただこれが、今度は逆に、学部長なり学長なりの個人的な、主観的なあるいは恣意的な意見というものを押しつけるというような形になりますと、これは御指摘のように非常な問題が起きるわけでありますので、その辺のバランスは、やはり大学の管理運営のあり方の基本の問題として考えなければならぬ問題だろうと思います。 第二の点につきましては、文部省の方からひとつお願いしたいと思います。
○遠藤説明員 答申をいただきまして、この答申を最大限尊重し実施していく、こういうことでございまして、答申の内容には、法律改正を含む制度改正が必要な部分、あるいはそれぞれの大学でそれぞれの大学の事情に応じながら改善を進めていっていただく事項等々があるわけでございます。 法令の改正が必要な部分につきましては、特に国立大学を中心とする組織運営の問題等々ございますので、今事務的に作業を進めておりますけれども、次の通常国会に提出させていただきまして御審議をいただきたい、こういうふうに思っておる次第でございます。
○松浪小委員 自由党の松浪健四郎でございます。長時間にわたりまして大変御苦労さまでございます。 九十三回、会を開かれた。その中で、日本の大学はこういう一面がすぐれているではないかというような議論はございましたか。
○戸田参考人 この点がすぐれているという具体的な項目についての評価というのは特にはなかったわけでありますけれども、全体的に、我が国の高等教育が果たしてきた役割あるいはその成果というものは踏まえた上で、しかし、新しい時代を迎えて、これからの時代に対してどうあるべきか、そういった観点からの答申がその底流にあるわけでありまして、今御指摘のような、個々の点についてどこがどうと、評価したかという点については特段ございませんでした。
○松浪小委員 この改革方策について読ませていただいたわけですが、大学の教育という視点においてはすばらしい、そういうふうに思いますけれども、大学の学生の側から見て、学生生活という視点が欠けていると私は思うわけですね。 この国の大学の果たした大きな役割というのは、まず第一に、あらゆる分野にあらゆる人材を輩出する、そして人格の形成と文化の向上に大きく寄与してきた、私はこういうふうに思うのですね。これらのことは、僣越ですけれども、大学の教育の中で、単位の中でやったというよりも、私はエキストラ・カリキュラム・アクティビティーの中でなされた、こういうふうに思っているんです。 大学が改革を進めれば進めるほど大学生活が窮屈になって、評価されないエキストラのカリキュラム・アクティビティーが削られていく。そのことは、例えば四年未満の在学で学部を卒業できる例外措置の導入というようなことになりますと、押しなべて各大学がそれをやろうとする、またそれをやらなければ文部省ににらまれるというような一面になるわけですね。一言で言いますと、改革を進めれば進めるほど文部省が大学に関与することになって、表題にある「個性が輝く大学」にならなくなってくるんです。 ですから、文部省は大学の新設、設置、学部・学科、大学院等において許認可を与える、それでいいのであって、ここまで細部にわたってやっていかなきゃいけないだろうか。つまり、三年間で卒業できるということになりますと、がり勉が優秀な学生になってしまいます。そして、もちろん自然科学の分野においては熱いうちに打った方がいいんだという思いがあるかもしれませんけれども、では、人格形成とうまく折り合いがつくだろうか、そういうような視点ですね。 私は、日本の大学のすぐれているところは、放課後の活動が欧米の大学に比してあらゆる分野においてなされているということを評価しないといけないし、文部省もそのことを認めるべきだと思うし、大学が積極的にそれを応援するようなシステムでなきゃいけない。そのかわり、大学院というのは専門的に徹底して教育をやればいい。大学院がだんだん大きくなってまいりまして、結局マスプロ化しているということに私は心配をしておりますし、簡単に大学院の新設を認め過ぎているというような思いもしているわけなんですけれども、その教科外活動についての評価がここには出てきませんね。それらについてどのようにお考えであるか、お尋ねしたいと思います。
○戸田参考人 学生の課外活動の問題につきましては、平成三年の答申以来、折に触れて、課外活動の重要性というものはうたっております。これを一つの項目として十分検討したということはございませんけれども、議論の中では、こういった視点というものを無視して大学教育の改革はあり得ないという議論は出ておりますので、これは限られた時間と審議の中では今までまだ実を結んでおりませんけれども、将来の問題としては当然やらなきゃならない問題だというふうに考えております。 ただ、もう一つの、今御指摘の点の中で、答申の考え方というのは、法律改正を要するものについては一定の法的な規制を受けるということはありますけれども、今御指摘の三年次で卒業できるというこの例外措置は、これは決して、それを推進するというような考え方は毛頭ありません。したがって、これは極めて例外的な措置として、そのような可能性がある者については四年次にわざわざ残す必要はないと。したがって、風穴をあけるという趣旨でこのような例外措置を設けたものでありまして、三年次で卒業できるような方策を大学がとらない場合に指導を受けるというようなことは全くございません。 また、文部省も恐らくその点は同じだろうと思いますけれども、大学審議会の考え方としては、四年の修業年限ということはあくまでも原則なんだと。ただ風穴として、極めて優秀な者については、本人の希望と、また大学の判断と、それから一定の基準をクリアした者に対しては、一年早く卒業して、そして社会に貢献する、あるいは大学院に進学する、そういったような可能性を与えることは決して悪いことじゃない。そういった極めて例外的な措置として認めたものであるということを御理解いただければありがたいと思います。
○栗原(裕)小委員 自民党の栗原でございます。 きょうは戸田先生、本当にありがとうございます。 ちょっと過激なことを言わせていただいて大変恐縮でございますが、私は、日本の大学というのは、特に人文科学、社会科学の分野で相当世の中の動きを見誤った、そういう傾向があったんじゃないかという気がするんですね。有名ないわゆる進歩的文化人という方たちが、例えばソビエトを非常に礼賛したり、あるいは北朝鮮を礼賛したり、文化大革命はすばらしいんだと言ってみたり、そういうことをどんどんおっしゃっているんですね。しかもそれは、結果がおかしくなると、それにまた無理に理屈を糊塗して自分の地位を正当化しようとする、そういう傾向が大変あったというふうな気がするんです。 その人たちのよって立つ基盤は何かというと、それは大学の自治である、そして学問の自由であるということをおっしゃって、しかも、例えばいろいろの教授会なら教授会でわめき立てると、ほかの先生、大学の先生方はインテリが多いですから、あんなにうるさく言うんだったらしようがないかというのでとまっちゃうというところが多々あったような気がするのでございますが、まずその認識について、先生はどういうふうに思っていらっしゃるか伺いたいと思います。恐縮です。
○戸田参考人 私も大学に四十五年間教職にありました経験から言いますというと、先生の御指摘の点は、残念ながらなかったとは言い切れない点がございます。 ただ、今度の答申におきましては、そういったことをとにかく防止しようということで、教授会の運営についても、今までは教授会は決をとって多数決でやるというような慣例がなかったわけでして、大体声の大きい方の意見というものが、結果的には学部長がそれでまとめざるを得ないということでまとまっていた。そういったことがないように、とにかく多数決なりあるいは投票によって決めるということで、やはり教授会が大学の管理運営、教育研究について責任を持つというような体制、仕組みをまずきちっととりたいというような趣旨でこういった答申をしておるわけでありまして、先生の御指摘は痛いほどわかるわけであります。
○栗原(裕)小委員 次にお聞きしたいことを先にお答えいただきましたので、大変ありがとうございます。 それで、例えば、いろいろな人文科学の分野、例えば経済学でいうと、いろいろな大学の先生が経済の見通しについてお話をなさるとか、それから、あるいは政治状況であれば、こういう政治状況になると思うとかおっしゃいますね。そういったものが仮に間違っておる、そうすると、例えば議員であれば次の選挙で落ちるわけです。今度の答申に出ております評価システムには、そういった大学の先生が公の場でこうだと言ったことが明らかに間違った場合には、その先生はどういう評価を受けるんでしょうか。具体的にちょっとおっしゃっていただきたいのです。
○戸田参考人 個々の教員について、評価によってこれを排除するということは、これは、国立大学ですと教育公務員特例法の規定、あるいは私学の場合には労働基準法等々の規定によってそれはなかなか難しい問題だろうと思いますが、ただ、大学の中における雰囲気が、そういったものに対する評価によって実際問題としてそういった勝手なことはできない、そういう方向に持っていく、誘導するということは可能でありますので、それを若干長期的に期待をしたいというふうに考えております。
○藤村小委員 民主党の藤村です。 私も、競争的環境の中で個性が輝くということにこだわっていろいろ考えるんですが、まず、大学審はこういうことをお考えになって議論をされたのかどうかなんですが、今後、平成二十五年ですか、入学定員と入学希望者の数がほぼバランスします。あるいは、二人に一人が大学教育を受けることができるようになる。ただ、その時点で果たしてその人たちが全部受けるかどうか、これはちょっとクエスチョンであります。少子化と言われる中で、今、例えば地方の公立高校は数を減らすことまでを考えております。 そんな中で、今回の競争的環境あるいは個性が輝くというのは、国立の中では非常に矛盾する話ではないかと思うのです。国立というのは、その意味では国で予算をつけて、私学と比べればもうとても競争はハンディが私学にとっては高過ぎるわけで、競争的環境じゃない。かつ、国立の中同士でといいますと、教員はいわゆる公務員でありますし、東大総長とほかの大学の学長の給料の差は若干あっても、ほんのわずかのところの中に全部おさまっている。そういう意味では競争的環境ではないと思います。そうすると、個性が輝くあるいは競争的環境というのは国立においては実現されないのではないか。 そういう意味で、エージェンシー化の話が先ほどございましたが、大学審としては、今後の国立大学はこのままの数でいいのか、そして少子化に対応して数はやはりどのぐらいを適正規模と考えるのか。でないと私学がこれはつぶれていきます。 入学定員が希望者の数とバランスするということは、行きたい人はみんなどこかの大学には行けるわけですが、やはり希望、専攻がありますから、そうすると行かない大学というのは学生が集まらない、こういう状況が起きてくるわけですね。現に高校では、今そういうことを県立、府立の高校で想定をして、私学とのすみ分けということで、数をこれだけ減らすみたいな計画もしている。マクロ経済ではございませんが、そういう大学の数というものについてお考えになったかどうか、二十一世紀の大学像でありますが、教えていただきたいと思います。
○戸田参考人 国立大学の廃止を含めてその数をどうするかという問題については、大学審議会としてお答えするような問題ではないと思いますので、これは必要があれば文部省からお答え願いたいと思いますけれども、大学審議会の中では、これからやはり大学の機能というものがいろいろ多様化してくる、そこの中で、国立大学におきましても、大学院に重点を置くというような大学院重点化の方向に行った場合に、現在の国立大学のキャパシティーから見て、学部に対してある程度削減するというような必要性が出てくるかもしれない。そういったような形で、国立大学のあり方について、今御指摘のような点についての今後の数の問題というのはあるいは出てくるかもしれませんけれども、大学審議会としてこのような問題については本来議論してはおりません。
○増田小委員長 文部省、答えありますか。——ちょっと答弁が落ちているそうです。
○藤村小委員 もう一つの質問は、競争的環境で個性が輝くということと国立ということは矛盾いたしませんかという質問なんですが。
○戸田参考人 わかりました。 国立大学の中で競争というのはあり得ないんじゃないかという先ほどの御指摘だと思いますけれども、教育研究のあり方については、やはり序列化されておるわけじゃありませんで、地方の国立大学でも極めて優秀な研究成果を上げているということによって評価の高いものはありますから、それは当然、国立大学の中におきましても、競争的な環境ということを前提にして、それに対する資源配分というものを考えなきゃならぬというふうに考えるわけであります。 ただ、一般的には、旧帝国大学の場合の方が地方の国立大学に比べて財政的な支援というものが最初からハンディがあるというようなことは、これは事実かどうか知りませんけれども仄聞するところでありまして、そういった点で、競争する場合には非常な困難はあるということは理解することができます。
○増田小委員長 文部省、答弁いいですか。 岩永峯一君。手短に願います。
○岩永小委員 ちょっと先ほどの栗原先生の関連でお願いしたいのですが、大学教授というのは、熱意、それからどれだけのすばらしい英知を持っているかということなんですが、その英知が発揮されなきゃならぬわけですね。だから、基本的に私は、採用の時点、そして任用制度について、先ほど政治家だったら四年間で選挙をしなければいかぬと。だから、前に任期制度の話が出たのですが、やはり任期制度ぐらいはつくって、そして効果を上げた者、研究成果を上げた者という形での評価を受けるべきだ、このように思っているのですが、そういう任期制という部分についての御討議はなかったんですか。
○戸田参考人 任期制につきましては、この前の大学審議会の答申によって、任期制が国会の御審議の結果実行されておるわけでありますけれども、この場合には一定の制約がございまして、完全な意味における、先生の御指摘のような趣旨が実現できておるかどうかについては若干疑問がございますけれども、そういった議論は大学審議会では常に出るところでございます。 なかなか現実問題として、各団体の非常な反対もあったりして、ああいったような一定の制約の中で一歩前進というような形をとったという……
○岩永小委員 今回の答申の中では、あれを乗り越えて、もうすべてオープンにした任期制でやろうという、そういう部分は盛り込もうというところまでいきませんでしたか。
○戸田参考人 その点につきましては、既に任期制の問題は答申をしたというので、今回の答申の中では特に議論はいたしておりません。
○増田小委員長 これにて質疑及び討議は終わりました。 この際、戸田参考人に一言御礼を申し上げます。 本日は、御多用中のところ本小委員会に御出席いただき、また貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。小委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。 なお、私見なんですが、経験は宝だと考えております。どうぞ引き続いて、我が国高等教育振興のために御活躍を御祈念申し上げたいと思います。心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。
○戸田参考人 どうもきょうは、先生方から大変貴重な御教示を賜りまして、本当に厚く御礼を申し上げます。また、委員長先生からは大変な御激励をいただきましたので、拳々服膺いたしまして、今後の大学改革に資したいと思います。どうぞ今後とも変わらぬ御指導をお願い申し上げたいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)
○増田小委員長 本日は、これにて散会いたします。 午前十一時五十八分散会