沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第5号
- 発言数
- 83 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1998/05/15
会議録
○委員長(中尾則幸君) ただいまから沖縄及び北方問題に関する特別委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 去る四月六日、菅野久光君が委員を辞任され、その補欠として峰崎直樹君が選任されました。 また、去る四月七日、中原典君、岩井國臣君及び田浦直君が委員を辞任され、その補欠として志村哲良君、鈴木正幸君及び高木正明君が選任されました。 また、昨日、風間昶君及び志村哲良君が委員を辞任され、その補欠として加藤修一君及び松村龍二君が選任されました。 —————————————
○委員長(中尾則幸君) 沖縄及び北方問題に関しての対策樹立に関する調査のうち、平成十年度沖縄及び北方問題に関しての施策に関する件を議題とし、質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○板垣正君 きょうは、外務大臣から去る三月に当委員会におきまして外交についての所信の表明があったわけでございまして、これに基づきましての質疑の場を与えられましたので、沖縄の問題また北方領土の問題、大臣の御見解を承りたいと思います。 まず第一に、この所信におきましても大変強調されましたことは、「沖縄県から伺った御要望も踏まえつつ、最大限の努力を払って取りまとめられた沖縄に関する特別行動委員会、SACO最終報告の着実な実施に向け鋭意努力」する、これに全力を尽くすという御決意の表明があり、またその後そうした面での努力をお続けいただいていると思うわけでございますが、現時点における外務大臣としてこれにお取り組みいただいている基本的な姿勢、認識について承りたい。
○国務大臣(小渕恵三君) 沖縄県におきまして、その基地の存在が県民に多大な犠牲を強いておりますことは十分承知をいたしておるところでございます。 つきましては、その基地の整理、統合、縮小ということを常に念頭に置きながら政府としては対応してきたところでございまして、その結果SACOというものにおきまして最終の合意を取りまとめ、これを着実に実行することが極めて現実的な基地の縮小等に大きな実績を上げるものと理解いたしております。 その中で、普天間基地の移設というのは、ある意味では象徴的な大きな問題でございまして橋本内閣挙げてこの問題に取り組んでおるところでございますが、現時点で残念ながらまだその解決のめどがついておらない、すなわちこの基地の移転のための海上ヘリポート案につきまして県の御理解を十分得ておらないということは、まことに残念至極であります。 しかしながら、申し上げましたように、このSACOの最終報告を着実に実行していくということから考えまして、まずその第一歩としてこの普天間の問題について全力で今努力を傾注いたしておるところでございまして、引き続いて地元の御理解と御協力を得られるように取り組んでおるところでございます。
○板垣正君 今お話がありましたとおり、この普天間飛行場の移転の問題、海上ヘリポート案がある意味ではもう壁にぶつかっておる、こういうことでまことに容易ならざる事態であります。この問題について今後これをどう打開していくか、時期的にいつごろまでにこの問題について一応の見通しをつけるか、この辺について御方針を承りたい。
○政府委員(田中信明君) お答えいたします。 普天間の問題でございますが、これはそもそもの経緯を振り返ってみますと、大田知事から、普天間が市街地の中にあって住民の暮らしと隣り合わせになっていて大変危険だ、もう一日も早く動かしてほしいという沖縄側の要望を受けまして、私ども鋭意努力いたしまして米側と返還の合意にこぎつけたものでございます。その過程におきまして沖縄からのさまざまな御要望、例えば自然環境の問題だとか騒音だとか、あるいは安全面の対策だとか、そういうものもちゃんとしてほしいという御要望を踏まえまして、考えに考え抜いたあげく、現在の普天間飛行場の約五分の一ぐらいの規模に縮小してかつ必要がなくなった場合には撤去も可能になり得るというような、知事が提起された諸問題について私ども政府といたしましては現時点で最もよい、そういう選択だと思って提示したわけでございます。 そういうことでございますので、ぜひ地元の御理解、御協力が得られますよう、私ども今でも粘り強く地元との対話をしているわけでございます。こういう背景を踏まえまして、この間も審議官レベルで知事と数時間にわたって沖縄で話し合いを持ちましたし、また宮平副知事が上京されました折にも副長官及び審議官レベルで再度沖縄側との話し合いを持つ等、鋭意努力をしている最中でございます。 したがいまして、そういう努力を今後とも引き続き払ってまいりたい、こういうことでございます。
○板垣正君 この普天間の海上ヘリポートが「現時点での最良の選択肢」と、これは所信表明でも述べられている、そういう立場は現在も変わらないんですか。
○国務大臣(小渕恵三君) 変わっておりません。
○板垣正君 きょうはまさに沖縄復帰二十六年の日でございますね。同時にまた、この日に沖縄の大田知事がアメリカに、きょうですか、月末までアメリカの政府、議会、軍事専門家その他に向かって沖縄の立場をいろいろ訴えられると。こういうところにも象徴されておりまするように、かつ本年二月に大田知事は海上ヘリポートを受け入れられないということを旗幟鮮明にされた。 また、その後副知事さんが上京されて官房副長官等とのお話し合いも行われている、こういうことも承っておりまするけれども、受け入れられないし県外に移設してもらいたいということを書面でもって正式に申し入れると。知事さんを代理して副知事が見えたんでしょう、政府側との話し合いで。 そこまで事態がぎりぎりに来ているという点については、どういうふうに認識しておられますか。
○国務大臣(小渕恵三君) 板垣先生おっしゃるように、返還二十六年の日をきょう迎えておるわけでございまして、申し上げましたようにこの基地の問題についても心新たに対応しなきゃならぬと思っております。 がしかし、この普天間飛行場の問題につきましては、段々の経緯は先生も御存じのように、まさに橋本総理、クリントン、両首脳が決断をして決定をいたしたことでございまして、それに対して今日こういうような事態になっておりますことは甚だ残念のきわみでございます。 また、経緯の中では大田知事さんがこの県内移設というものを当時認めておったということはなかったようではありますが、橋本総理のしばしばの国会における発言等を聞いておりましても、何としても普天間を返還するということについて、その後につきましても一番いい解決方法につきましては協力願えるのではないか、そんな感じを持っておったように私は拝察をしておったわけでございます。 その後、現在の県を代表する知事さんのお考えは、今先生御指摘のように、既に明らかになっておりますが、現地名護市におきましては住民投票あり、また市長選挙もこれあり、いろんな形でまだ地元の皆さんの御意思というものも、考え方によりましては県と同様の意向であるかどうかについても疑問なしとしない、こういうようなところもございます。 したがいまして、繰り返しますが、政府としては、この方針を持ってぜひ県と粘り強く話し合いをし決着を図っていきたいというのが現在の時点においても変わらざる気持ちでございます。
○板垣正君 この問題はアメリカと話し合い、かつ総理、クリントン大統領との直接の話で普天間の返還問題、これはまさに画期的なことであったと思う。当時のアメリカとしても、この問題が沖縄県民の利益になる、沖縄県民に喜んでもらえると。また橋本総理も、大田知事、また沖縄県民の皆さん方の切なる思い、まさにそうした気持ちで双方踏み切った。こういう経緯からも、これが仮ににっちもさっちもいかないような姿というのは、アメリカの立場からいいますと、これは日本側が強く期待をし、かつアメリカとしても決断した。言うなれば、これで沖縄の人たちが代替案についても喜んで受け入れられる、そういうような流れの中で進められたが、今日に至りましてもこの問題がなかなか進まない。この責任ということになりますと、日本側の責任は非常に大きいと思うんです。 同時に、SACOあるいは普天間返還等々の問題、いろんな経緯がございましたが、沖縄の振興開発についてもまさに国を挙げて取り組む、こういう形で進められてまいりましたけれども、今日究極にこれが冷え切って、橋本総理と大田知事の会談というものも中絶したままいつ開かれるかわからない、見通しがつかない。 あるいは、昨年十一月の二十五周年記念式典で表明された沖縄経済振興二十一世紀プラン、これは幸い沖縄振興措置法の成立がありましたから大分これに盛り込まれておりまするけれども、これを春にも発表する、こういう政府、橋本総理の言明にもかかわらず、これも具体的に進まない。それから、沖縄政策協議会、閣僚のほとんどと沖縄知事が沖縄の対策について協議をするという、この場も開かれない。さらには概算要求、来年度予算の問題がもう始まってきております。こういう問題についても肝心のところが一向に進まない、こういう状況で予算の具体的な内容についても検討に入りかねているということも聞くわけです。 つまり、沖縄の皆さん方の立場からも非常に厳しい状況に置かれてきている、また日本の責任において何としてもこの問題について解決をしなければならない。 そこで伺いたいのですが、これは政府側の、例えば防衛庁の秋山事務次官等からも、普天間の海上ヘリポート問題について、県内移設ということでそれにかわる具体案を沖縄の方からお示しになるならば、それについて協議することにはこだわらない、協議しましょうと。つまり、沖縄側に代案を出してもらいたい。その他にもそうした流れ、我が党の中でもそうした検討が行われている、あるいは沖縄選出議員がアメリカに行って具体的な代案、協議の場も持たれた、こういう経緯もあるわけであります。 そうなりますと、外務大臣、これを打開するにおいて、アメリカ側が言っております基地の機能ということがありますからそれは維持しつつ、かつ海上基地のみに限らない別の案を持っても我が政府として沖縄側とよく話し合う、そういうお立場はございますか。
○国務大臣(小渕恵三君) 板垣先生お話しのように、今日の膠着した状況の中で、何らかの打開をしなければならぬというお気持ちからいろんな方々がいろんなお考えを発表もし、考え方を述べられておることも承知いたしております。がしかし、今日、大田知事さんのお考えと言われますことは、少なくとも県内移設は認められぬという形でお話をされているやにも拝察しておりまして、いろんな意見が出てまいりますれば、また一体どこまでのことに相なるのか。例えば県内でみんな移設ということで、その中での具体的な案の考え方が取りまとめられて、有力な意見として統一した考えをオーソリティーも含めて一つ一つ認めるということであればまた考慮の余地もあるのかもしれませんが、今の段階でいろんな案がありますと、これを一つ一つ検討していきますということになりますと、究極のところはどこになるかということをいろいろ考えますと、新たな提案についてその是非を論ずるということはなかなかもって難しいと思っております。 重ねてでございますが、現時点では今の案を粘り強く地元そして県の御理解を得るべく努力していくということであろうか、このように考えております。
○板垣正君 担当外務大臣のお立場としては、政府の姿勢としては、今おっしゃるのが限度だと思う。 しかし同時に、具体的な沖縄の流れもやはり少しずつ変わってきているという感じも持ちます。過般の名護の市長選挙もそうでしたけれども、沖縄で非常に注目された具志川市とか沖縄市のあの選挙で現職革新がいずれも敗退して保守が勝利を占めた、これはやはり底流するものの大きな一つのあらわれではないのか。 そういう点で、私は沖縄の今の難局を何とか抜けないと、今の膠着状態のままでは、もうSACO計画そのものが決まらなきゃ店じまいだ、一番原点にあった普天間のあの基地をどうしても返還する、そういう大前提、大原則がもうそのまま固定化される。沖縄軍港じゃありませんけれども、返すと決まってからもう二十何年も結局どうにもならない、こういう姿というものを繰り返してはならないと思う。 そういうことで、沖縄のこれは大学の先生ですけれども、琉球大学の教授でございますけれどもこういうことをおっしゃっている。要するに、お互いどうにもならない、これを何とかしなければ、いわゆる解決装置がない。つまり、県民投票をやる、市民投票をやる。しかし、本当を言えば、そんなものに集約できないいろんな意見があるんですと。しかし、結局そういう投票をやる、その流れてもうイエスかノーか、中間の意見にも耳を傾けて自在な論議をしようという雰囲気がない、議論が深まらない、具体的な解決装置が登場しにくい要因がつくられていると。 そういう立場では、本来ならば知事さんが総合調整機能を果たす、県が総合調整機能を果たす。さらに言うならば、大田知事が火中のクリを拾う、そして対処をする、それ以外ないんじゃないのか。いわゆる基地の整理、縮小、これは進めなければならない。同時に、あの普天間という一番危険な基地を何とか片づけて、別にいろんな案が出ておりますけれども基地の統合を図っていく、そういう対応を考えるべきではないか。つまり、沖縄の世論、世論といいましても、もうきょうもいろんなデモも行われているようですね、基地のない沖縄、平和な沖縄、核のない沖縄、それはまさに魂の叫びでしょう。しかし、それが本当に現実を動かすことができるのか、むしろ沖縄そのものと本土との関係が極めて厳しいものになりかねない。 そこで、最近、これは社民党の上原康助議員、この方は御承知のとおり沖縄の顔みたいな方ですよ、長年やってこられた。この方がこの間の五月九日に「未来21・沖縄」政策研究会を発足され、「沖縄もう一つの選択」というシンポジウムを開かれた。参加された方はもうまさに党派を超えていろいろな立場の代表、労働組合の人もいるし、事業家の人もいるし、保守系もいる、これは大変な盛況だったそうでございます。ここで上原議員が言っているのは、やはり県の基地対策、これを批判し、もっと現実的な対応を強調した、現状を打開するには相手を説得するだけの可能性のある政策提言が前提になると。 例えば、沖縄で今言われているのはアクションプログラム、二〇一五年には基地をなくすんだと。私は前にも申し上げたことがありますが、二〇一五年に基地をなくすというアクションプログラム、あの計画がどういうところでどうなってできたかという問題がある。同時に、現在の情勢において二〇一五年に基地が全部なくなるという、それは理想として、希望として、しかしそれが政策の基準になってくるというといろいろな現実とのそごが出てくる。 これに対して上原議員が言われているのがハーフオプション、基地を二分の一に減らすと。それを具体的に協議をし、具体的にできるところから基地を減らしていく。そういう県民の合意形成という面で無党派、中間層の意見、そうした意見がもっと表に出るべきだ。そういう中で、いわゆる建前論だけで本音が食い違ってしまってそこに大きな閉塞感が生まれてしまっているんではないのか、だから問題提起し県民の建設的な意見を知って政府に言うべきことは言うし妥協すべきは妥協する、そうした大胆な問題提起と大胆な妥協がないと政治は前進しないと。 沖縄県を代表するような上原議員がシンポジウムを開かれ、政策研究会を開かれて、これはまさに政治生命をかけてやられたと思うが、これが受けとめるべき一つの真剣な叫びじゃないでしょうか。これについての御感想を承ります。
○国務大臣(小渕恵三君) 私も上原議員がそうしたシンポジウムを開かれ、かつみずからもお考えを示されたということは新聞紙上で承知をいたしております。その内容について包括的に今先生から御説明をちょうだいいたしましたが、なるほど現実の問題として調整といいますかあるいは妥協といいますか、最終的には沖縄県、そして沖縄県民のためになり、かつ我が国の安全保障のためにも欠くことのできないこの基地の問題をいかに調整していくかということは一番の難題でありますけれども、またこれが極めて重要なこと、そのための御提案として私自身も謹聴して承り、かつ勉強もさせていただきたいというふうに思っております。 ただ、先ほど来申し上げておりますように、本問題についての沖縄県を代表される方は知事さんで、少なくとも種々の権限を行使される力を持っておられるわけでございますので、現時点では大田知事さんが、政府との話し合いの中でこのSACOの問題についても十分御理解をいただくということにぜひお願いいたしたいというふうに思っております。 長くなりますが、私自身も、普天間の問題についてはかねて来現地にも随分参りましたし、また今この部隊をおさめておられる司令官の皆さんにもお話しし、かつ地理的な状況の中で、町の中枢にこうした基地がある、そのことは同時に普天間の今後の二十一世紀に向けての新しい町づくりを考えましてもこのままであってはいかぬということは真剣に考えておるつもりでございますけれども、新しい考え方を取りまとめてその方向に向かうということは今の時点ではなかなか決断しにくいものではないかというふうに思っております。
○板垣正君 ぜひ精力的に取り組んでいただきたい。これをとにかく具体的に解決しなければ沖縄のためにもならない、日本のためにもならない、これは政治の責任であり政府の責任でありますし、外務大臣の大きなお務めであろうと思います。この上とも、願わくば大田知事さんの御理解を得ていただきたいし、二段、三段の先を見ながらぜひ解決に挙げて取り組んでいただくことを心からお願いいたします。 時間もありませんけれども、懸案の北方領土問題、これで大臣の見解を承りたい。 この間、川奈の問題というものは大変な成功であったと評価される面があると思いますが、同時に、エリツィンが記者会見の場で、橋本総理から提案があった、興味を持ったというので、その提案なるものが次の日の新聞にいわゆる国境画定案だというのではんと大きく出ましたね。これについてはロシア側から、まだ内密の話し合いの問題について情報があんな大きく漏れてしまうというんじゃ日本は本当に平和条約を結ぶ気があるのかというような逆に抗議があったということも聞きますけれども、その辺の情報の流れ、あるいは特に五月十日の毎日新聞にトップで出しましたね、そういうものについて大臣としてはどういうふうに受けとめておられますか。
○国務大臣(小渕恵三君) 御理解をいただいておるかと思いますけれども、外交交渉というものは、その過程におきましてすべてこれを明らかにする、ということは困難でございます。俗に言えば、それこそお互い手のうちというものはあろうかと思います。 しかし、今回の問題につきましては、川奈での非公式の第二回目の会談におきまして、橋本内閣といたしましても、何とかして現在の状況を打開して、東京宣言に基づく四島の帰属を明らかにして平和条約を結びたいという強い意志のもとに会談をし、かつ橋本総理としてのお考えを述べられたということは、これはエリツィン大統領の記者会見でみずから発表されておりますので、これを否定するつもりはございません。 私率直に申し上げれば、こうした問題について提案がありましても、静かにこれを持ち帰って御検討願いたい、こう思っておったのですが、大統領の方からこれを明らかにされました。その結果、日本の新聞その他が想像のもとに、こうした案ではないかということで次の日すべての新聞の一面トップにこれが出されたわけです。政府としてはその内容について今明らかにすることはできませんで、橋本総理大臣としてもみずからの政治生命をかけて恐らく御提案されたことだろうと思いますので、それに対するロシア側のよりよき御返答をお待ちしておるということであろうかと思います。 また、今イギリスのバーミンガムでまさに首脳会談が始まろうとしておりますが、個々、バイの会談におきましても、恐らくエリツィン大統領と橋本総理との会談が行われるかと思いますので、その会談におきまして、先般の橋本総理の提案をどのように受けとめられるか、一部新聞紙上ではロシア側が新たな提案をされるやの観測記事も出ておりますが、恐らくこの点につきましても当然お二人で話し合われるものと実は私自身は確信をいたしております。 したがいまして、その会談後にいろいろと発表されておられるメディアを通じての考え方というものについて、我々としては、政府としてこれを明らかにしたものでないことだけは御理解いただきたいと思いますし、あわせてその後毎日新聞がややこの考え方の変形したとおぼしき考え方、すなわち国境線の引き方について違う考え方を明らかにしたのではないかという新聞記事も拝見はいたしましたが、これまた私自身が今そのことについて論評をすることは控えさせていただければありがたいと思います。
○板垣正君 機微なところでありますから具体的に伺うわけにはいきませんけれども、同時にこの進展が、外務大臣がロシアヘ行かれるとか、また向こうから首相が来るとか、この秋には橋本総理が行かれる、そして来年にはエリツィン大統領を迎えて、そこでこの二〇〇〇年に向けての平和条約の大きな決着というふうな期待、なかなか前途は厳しいと思います。 ただ、いろいろございますけれども、我が方にはこの基本姿勢といいますか、どういう取り決めにせよ四島一括帰属を明確化する、これは東京宣言なり橋本総理の言明にもあったと思います。四島一括帰属明確、この基本線はそのとおり不動のものであるというふうに理解してよろしいですか。
○国務大臣(小渕恵三君) これはクラスノヤルスクでも両首脳が確認したことでございますし、また私もその後訪ロいたしましてプリマコフ外相とお話しし、かつまた先般ロンドンにおきましてもお話をいたしましたこととたび重なってこの東京宣言に基づいて平和条約、それに友好協力というような言葉も先般川奈で出たようでございますけれども、いずれにいたしましても、本旨たるものは変わりないというふうに認識しております。
○板垣正君 これもまさに国家の基本的な、また今後の国際的役割における二十一世紀につながる大きな課題でありますので、大臣のこの上ともの御検討を期待いたしまして、私の質問を終わります。 ありがとうございました。
○笹野貞子君 私は、新しい民主党を代表いたしまして、大臣に御質問させていただきます。 私たち、四月二十七日に四つの政党が集まりまして新しい民主党という政党をつくりました。きょうの質問は、新しい民主党としての質問をさせていただきたいというふうに思います。私たちの政党は、保守とか革新とかというもうちょっと聞き飽きたような範疇ではなくて、民主中道という非常に常識的なバランス感覚を持った政党としてこれから国会活動をしてまいりたいというふうに思いますので、大臣もどうぞ末永くよろしくお願いを申し上げたいというふうに思います。 そして、きょうはまた非常に記念すべき沖縄復帰二十六年目を迎えるちょうど五月十五日という日に当たります。そういう日にこの委員会が開かれまして沖縄の問題が討議されるということは、これから二十一世紀に向けて、何か私たちに大きな政治的課題が課せられているような気がいたします。 まず、大臣は所信の中でこのようにお述べになっていらっしゃいます。「沖縄県の方々には長年にわたり大変な御負担をお願いしており、政府としてはその御負担を国民全体で分かち合うことが大切であると考えております。」というこの文言、私はこの文言を聞いて、大変心優しき大臣であるというふうに思いますが、「御負担を国民全体で分かち合う」というこの文言は非常に心優しききれいな言葉なんですが、これは具体的に何を分かち合おうと大臣は御発言なさっているのか、まず第一。 それから、基地の問題が今硬直状態になっております。私といたしましても非常に気になるところでございますが、先ほどの板垣先生の御発言の中にもありますように、これはとても重大ですし解決しなければならない問題ですが、まだ総理と大田知事との会談が成っていない。聞くところによりますと、新聞紙上で見ますと、四月中旬に両者が会うと言われたにもかかわらず、それもできず、何か参議院選挙後になるのではないかというそんなこともうわさされております。 まず、この両者が会見するという日程は決まったんでしょうか決まらないんでしょうか。そしてまた、こういう硬直状態について大臣としてはこれからどのような具体的な打開策の御努力をなさるか、それをお聞きしたいと思います。
○国務大臣(小渕恵三君) 国民全体で分かち合うということは言うまでもありませんが、国土のわずか〇・六%しか占めない沖縄県に在日米軍施設・区域の七五%が集中いたしておりまして、これによって沖縄県民の方々に重い負担をおかけしてきたことは政府としても痛切に認識をしておる、このような我が国全体の安全のために沖縄県の方々が担っておられた御負担についてもできる限り国民全体で分かち合うべきものだ、こういうことだろうと思います。 ちょっと長くなって恐縮ですが、私自身、実は昭和三十年代に早稲田の学生として沖縄の返還運動をいたしておりまして、自来、長い沖縄県とのかかわり合いを持ってまいりました。当時、返還運動の中核になっておりましたのは沖縄教職員会会長屋良朝苗先生であり、そのときの事務局長は、お亡くなりになられましたが、本院にも所属された喜屋武先生でございました。私はしばしば沖縄教職員会に足を運びまして、ともにそういう運動を展開していた者の一人といたしまして、まず沖縄の返還といいますか本土復帰というものがこうした形でようやく実って、実りました後またこういった状況になっていることについて、私自身もみずからの体験から非常に痛切に沖縄のこの痛みを私なりに承知してきたつもりでございます。最初になりました大臣も沖縄開発庁長官でございました。そういった意味で、沖縄県の持つそうした方々の御負担に対して日本全体で分かち合わなければならぬという気持ちを痛切にいたしておりますので、言葉だけでなく、私自身はそういう気持ちを持っていることだけ御理解いただければありがたいと思っております。 そこで、具体的に大田知事さんと橋本総理との会談ということでございますが、いろいろの紆余曲折がございまして、実は今日までその会談に至っておりません。そういう中で、大田知事さんは近々米国にお出かけになられて直接的にアメリカの当局者とも話し合われるというようなことを聞いております。政治家としてのとるべき対応についてはそれぞれの方法論があるかと思いますが、願わくは、そもそもこの普天間の問題について言えば橋本総理と大田知事さんとのお話から出発しておることでございますので、御両者が本当に話し合って解決をしていただければ大変望ましいと実は思っております。これまたお互い政治の世界で事を明らかにして、右と左というものが一遍会ったら全部すぐ氷解するということも現実の問題としてはあり得ることだろうと思いますが、しかしできる限り接点を求めて、話し合うことによって、話し合うことだけでなくて話し合った結果がよりよきものになるように、政府としてはぜひ大田知事さんがそういうお考えを持ちまして橋本総理との会談に臨んでいただければ大変ありがたいという気持ちでございますが、その日時については今私が申し上げられることでございませんのでお許しをいただきたいと思います。
○笹野貞子君 大臣の今のお気持ちは大変よく理解いたしましたけれども、しかし私といたしましては、お互いに遠い人たちと話をしていてもこれは解決するのかなというそんな感じがいたします。日本の中で二人が会うことの方が非常に簡単にいくはずなのに、それがどうして知事と首相とが何度も会うというその機会をつくれないのか。 私は自分で直接聞いたわけじゃないんですが、新聞などによると、首相の方が何か日程が合わないとかいって会えなかったというような報道がされるとすると、これは今外務大臣の負担を和らげてあげようというその優しい気持ちというのは、非常に今まで長い間苦痛を強いられた大田知事、沖縄県に求めるのではなくて、首相の方が積極的に沖縄の方に顔を向けてその接点を求めていく努力をしなければ、大臣のせっかくその負担を分かち合おうという優しい気持ちが私は具体的になってあらわれないのではないかという気がいたします。 そういう点では、大臣は今、具体的なことは私としては申し上げられませんというふうにおっしゃいましたけれども、しかし大臣として沖縄県と首相とが会えるようなそういう御努力をしていただきたいというふうに切に思う次第です。 さて、先月の末にアメリカのオルブライト国務長官が来日いたしました。また、コーエン国防長官が来日したと承知しておりますけれども、このお二人と沖縄のことについてどのようなお話し合いがあったかどうか、まず一点聞きたいと思います。また、ロンドンで閣僚会議があったわけですが、このときには沖縄問題が話し合われたかどうか。そして、きょうから始まるバーミンガムのサミットにおいてはクリントンと話し合うことになっておりますが、この話し合いのときに沖縄の問題が議論されるのかどうか。続けて三点をお聞きいたします。
○国務大臣(小渕恵三君) 一月にコーエン国防長官と会談、また四月のオルブライト国務長官との会談におきましては、沖縄問題に関しまして、SACOの最終報告の着実な実施及び緊密な協議、協力の継続の重要性につきまして改めて確認をいたしたところでございます。 普天間飛行場の返還につきましては、コーエン長官との会談ではその実現のためお互いに協力して取り組んでいくこと、オルブライト長官との会談では海上ヘリポート案が最良の選択肢であるとの認識をこれまた再確認をいたしたところでございます。 それから、プレサミットの段階におきまして、アメリカのオルブライト国務長官と会談をいたしました。しかし、正直申し上げて、時間も大変短うございまして、本問題についてこれを議題として取り上げて会談をするということの時間が許しませんでして、これは不可能でございました。
○笹野貞子君 もちろん大臣としては御努力いただいているとは思うんですけれども、この復帰二十六年目を迎えて、意欲的にひとつお取り組みいただきたいというふうに思います。 さて、沖縄の問題につきまして、四月十七日に国防総省が新たな東アジア戦略報告というのを策定しているという報道がありました。これは五年に一遍だそうですが、前回は九五年の報告だったそうです。アメリカの十万人前方展開堅持というのを九五年にはこれを位置づけていたわけですが、今回の新たな兵力構成を含めた戦略構想というものを検討している今、検討をし終わっちゃってからいろんなことを言ってもこれは手おくれになるわけで、今検討しているというこの時期に日本としては沖縄の問題あるいは日本の宿願であるところの米軍基地の整理、縮小という問題を強く主張すべきだというふうに思うんですが、大臣はどのようにお考えでしょうか。
○国務大臣(小渕恵三君) 申しわけありませんが、現在米国が検討しておるというこの新しい戦略構想につきまして十分な認識をいたしておりませんので、それに対する評価につきましてこの場で申し上げることは控えたいと思います。 いずれにいたしましても、米国としては少なくとも日本の安全並びに日本の周辺の地域におきまして軍事的プレゼンスによってこの地域の安定と平和に対する責任を負っているという認識のもとでどのような兵力構成になるか検討をされておるんだと思いますので、そうした全体の戦略につきまして、今日本としては我が国の安全、平和に必要な兵力を米軍として十分保持していただきたいという立場でございまして、そういった点で、どこにどうするというようなことを今申し上げることはなかなか困難ではないかと思っております。
○笹野貞子君 私は、大臣の御慎重な態度には違った意味で敬意を表します。しかし、私たち日本という国は世界の中の平和を求める、そういう国なわけですから、世界の平和のために平和外交というのを一生懸命やるということは、日本の外交政策としては非常に重要だというふうに思いますので、大臣、そう慎重にならずに、少しやり過ぎるぐらいに平和外交をやっていただきたいというふうに思っております。 続きまして、私はこういうニュースを聞きました。 大臣と同じ自民党に所属する野中幹事長代理が海上基地には疑問を呈し、北部に民間飛行場を建設して代替ヘリポートを併設する方がいいんじゃないかという御発言をなさったやに聞いておりますし、また、沖縄県総合振興対策特別調査会の最高顧問である山中貞則氏が名護市にあるキャンプ・シュワブの中に代替飛行場を建設した方がより効果的ではないかという意見を述べたやに聞いております。先ほど板垣先生のお話に、あれやこれや言っていると最終的にどこに行っていいのかわからなくなるからという御答弁がありましたけれども、こういう非常に違った案についてはどのように整理をされ、あるいはどのような御見解を持っているのかお聞きしたいと思います。
○国務大臣(小渕恵三君) 普天間飛行場の代替施設につきましては、さまざまな条件を考え抜いた上で、自然環境、騒音、安全などいろいろな要素を考慮して、現在の普天間飛行場より規模も大幅に縮小して、しかも必要がなくなった場合撤去できるということを勘案して、海上ヘリポート案を最良の選択として提示して実現に向けて今努力しておるところでございます。 そこで、お話にありましたように、与党・自民党の野中幹事長代理あるいはまた山中貞則先生がそれぞれ御発言をされてお考えを述べられておることは承知をいたしておりますし、御両者とも大変に沖縄県の問題、特に基地問題につきましても従来から愛情を持って取り組んでおられて、その上でお考えを述べられたものと拝察はいたしております。それぞれの考え方につきまして今私自身がここでその是非を論じるということは、冒頭申し上げましたように、政府としては、最善の選択肢と考えておるこの海上ヘリポート案、ぜひこれで地元の御理解を願いたいと思っておりますので、論評は差し控えさせていただきたいと思います。
○笹野貞子君 先ほど板垣先生の御質問の中に、政治というのは現実的なものであって、一つに固執したらだめなんだ、お互いに大胆な妥協が必要、こういう御発言があって、私もまさにそのとおり、尊敬する板垣先生の御発言どおりというふうに思ったのですが、政治というのは両者がいるわけですから、一つの方が絶対固執して譲らない、相手の方だけ譲れというのは、これは政治の場としては私はおかしいと思う。大胆な妥協というのはどの辺にあるのかということを外務省の方もわかりやすく示さなければ、お互いに歩み寄りはないというふうに思うんです。 その大胆な妥協というのは、先ほど板垣先生の大胆な妥協というのと、今のもうこれしかないというのとはどういうふうに整合性があるんですか。
○国務大臣(小渕恵三君) 先ほど来も御答弁申し上げましたけれども、それぞれの政治家が責任を持って御提起されていることを否定するものではありません。ありませんが、いずれの案も県内においてかわるべき代替地として考え方を述べられているように理解をいたしております。 そこで、この問題についての県の現在における最高の責任者としては県内移設というものを認めがたきということでありますと、その間の妥協の余地というのはなかなか導き出せないものではないか、こういうふうに思いまして、先ほど御答弁申し上げたような次第でございます。 重ねてでございますけれども、長い時間をかけまして種々の要素を勘案して、このヘリポート案についてこれをぜひ県においてお認めいただきたいという努力をさらに傾注していくということが今の政府の立場でございますことも御理解いただきたいと思います。
○笹野貞子君 それでは、北方問題について、今の大臣の御意見と要するに私は同じ趣旨になっちゃうと思うんですが、先ほどの毎日新聞一面トップに出ました、川奈での会合のときに、お互いに今の硬直した状況を大胆に発想を転換して、国後とウルップの間に国境線を引いて、こういうふうに大きな新聞記事が出まして、私もこれを見ました。もっと単純に言うと、四島返還というのを三島返還にして、あとの一島の択捉島を共有するというんですか何をするかわかりませんが、そういうのがあったとこれだけ大きく新聞に出ているんですが、まず、この新聞の記事が真っ赤なうそなのかどうかお聞きします。
○国務大臣(小渕恵三君) 少なくとも、川奈におきまして橋本総理が提案をされたというものが具体的にございますので、そのこととの関連で、例えば毎日新聞のことをこれがそうであるかそうでないかと言うことは、これはいずれにしても言いがたきことであることは御理解をいただきたいと思うのでございます。 ただ、この新聞は、私はロンドンから成田に着きましてすぐ外務省の方から提起をされましたけれども、一見してなかなかわかりにくい。それは、いわゆる四島というのは、択捉とウルップの間に線を引かなければ四島が我が国の固有の領土としてないわけでございますが、それ以外のところに線を引くような提案というふうに読んでみますると、そのことは少なくとも一億二千万我が国の国民がそのことを納得する案だとは思いませんし、東京宣言そのものが四島一括と四島の帰属を定められておることから考えますと、私はそうしたことは至極常識的に考えてもあり得ない案ではないか、こういうふうに考えます。
○笹野貞子君 そうすると、今の大臣の御発言からすると、この新聞の記事は少なくとも、真っ赤かピンクかわかりませんけれども、うそだということだけは事実なんですね。そうだともノーとも言わないということは、その御弁解からするとこれはうそだというふうに思ってもよろしいんですか。
○国務大臣(小渕恵三君) 外務大臣というよりも一日本の国民として、そのような形の線の引き方ということはあり得べからざることだというふうに私は考えています。
○笹野貞子君 私はこれを見てびっくりいたしました。そんな一歩後退した取り決めというのはあってはならないことだというふうに思います。私たち日本の固有の領土は四島なわけですから、もしこれが本当だったら大変後退した外交になってしまうというふうに思います。 先ほどの沖縄に対しては、国内に対しては強気なんですが、国外に対しては日本の外交というのは弱気なのかな、ふとそのような誤解をしてしまいそうになりますので、大臣、ひとつこの問題については、四島は日本の固有の領土であるという、そこは強く御主張していただかなければ私は大変なことになるというふうに思っております。そういう意味では、これからの大臣の二十一世紀にかけての日本の外交というのは大変重要になるというふうに思います。 私に与えられた時間はもうなくなりました。こんな二十一世紀にかかわるような大きな問題を、この沖北がたったこれだけの時間で議論をするということ自体に私は大いに間違いがあるというふうに思っておりますので、大臣、私たちの委員会には大臣に二、三日時間をあけていただきまして、この二十一世紀にかかわる大問題を議論いたしたいというふうに思いますので、今後ともひとつ御努力いただきたいと思います。 質問を終わります。
○照屋寛徳君 社会民主党・護憲連合の照屋寛徳でございます。 きょうは沖縄が本土に復帰をして満二十六年目の歴史的な節目の日であります。沖縄県選出の国会議員として、この節目の日に外務大臣に幾つかの質問を申し上げようと思います。 復帰満二十六年目ということになりましたが、考えてみますと、あと一年でアメリカの軍事支配下にありました二十七年間と同じ時を刻むわけであります。外務大臣は我が国の外交の最高責任者として復帰満二十六周年を迎えた沖縄の現実をどのように受けとめておられるか、所信をお伺いいたしたいと思います。また、我が国外交における沖縄の課題について、大臣の所信をあわせてお聞かせを願いたいと思います。
○国務大臣(小渕恵三君) 第二次世界大戦の末期、我が本土の中で最も熾烈な戦いを強いられ、多くの犠牲者を出された沖縄県の戦前、戦中、戦後史を考えますと、まことに感慨深いものを私自身も持つことは先ほども申し上げたつもりでございます。 復帰に至ります間、私が学生としてこの復帰運動をいたしましたのは、私の友人が東京に参りますのに、アメリカの査証なくしては東京に来られないという現実を見まして、一日も早く本土復帰をと、こういうことを考えたわけでございます。今お話しのように、その二十七年からまた二十六年たった復帰以降の沖縄県の状況を考えましたときに、県民の日ごろの御努力、また日本国民全体の気持ちもありまして、なるほど沖縄県が四十七都道府県の中で必ずしも上位の県民所得を得ているとは思いませんけれども、私、昔の沖縄県を承知している者から見ますると、まことに大きな変化が、現象面だけかもしれませんが、とらえられるわけであります。このことを思いますと、沖縄県が地理的に我が国最南端にある県として、その特色を生かしながら、ぜひこれからすばらしい県としてさらに発展をしていただきたいということを念ずる気持ちは人に負けないつもりでおります。
○照屋寛徳君 私はアメリカ軍の捕虜収容所で生まれて、そして二十七年間のアメリカの軍事支配のとき、そして復帰後の二十六年を沖縄に住んでまいりました。復帰して二十六年たちましたけれども、依然として在日米軍基地の約七五%が沖縄に集中していることは大臣も御案内のとおりであります。私たち県民が望んでおりますのは、冷戦崩壊後、沖縄の県民にも平和の配当をしていただきたい、そして私たちが平和のうちに暮らしていく、そのような権利が確保されるべきだ、このことを強く訴えておるわけであります。 さて、本日、沖縄県の大田知事は浦添市長らとともに七度目の訪米要請に出発をいたしました。外務大臣は、大田知事の訪米によるアメリカ政府、議会、マスコミ関係者への要請行動をどのように評価しておられるんでしょうか。
○国務大臣(小渕恵三君) 大田知事さんはアメリカ留学の経験もございまして、多くの知己もおられるのだろうと思います。そういった意味で、沖縄の現状について率直にアメリカの皆さんにお働きかけをされるということについて特に申し上げるところはありません。ただ、我々政府としても全力を挙げて沖縄の発展のために力を尽くしておることでもございますし、十分政府とも連絡を密にしていただきながら、両々相まって沖縄県全体の発展のために力を尽くしていただきたい、このように考えております。
○照屋寛徳君 大臣は所信表明の中で、SACO最終報告の着実な実施に鋭意努力していく、このような御発言がございました。沖縄県では、SACO最終報告をもとにアメリカ国防省が昨年九月にまとめたレポート、「普天間飛行場の移設に関する機能分析と運用構想」を入手したようでありますが、このレポートは外務省も入手しておられるでしょうか。
○政府委員(田中信明君) 委員がただいま御指摘になりましたレポートにつきまして、それがどういうものかというのは必ずしも私ども十分に承知しておらないわけです。いずれにせよ、昨年十一月に政府の方から地元に御提示いたしました海上ヘリポートの基本案と申しますのは、現地調査の結果とともに米軍の運用所要に係る米側との調整を経た上で米側も合意で作成されたものでございまして、政府としての基本的な考え方を示したものは海上ヘリポート基本案であるというふうに御理解いただければ幸いかと思います。
○照屋寛徳君 私も県を通して入手いたしましたけれども、この「機能分析と運用構想」という九七年九月三日のレポートを外務省は入手しておられないんでしょうか。その事実関係だけ簡潔にお願いします。
○政府委員(田中信明君) 御指摘のレポートなるものにつきまして、外務省としては入手しておりません。
○照屋寛徳君 私は、総理を含めて、外務大臣もいろいろ沖縄の戦前、戦中、戦後の苦悩に思いをいたす、このことはもっともなことであると思いますけれども、今私が指摘をしたレポートすら外務省は入手していないということは、大変残念に思うわけであります。 と申し上げますのは、このレポートの中で記述されている普天間飛行場の返還時期の問題、それから滑走路の規模の問題、それから代替施設に配備をされる輸送機の問題、これが政府が県や名護市に説明してきた内容と大きく食い違っているわけです。そういうことをきちんと県民に説明しないで、海上施設が現時点における最も最良の案だ、だから知事も県民も理解をしてもらいたい、幾らこういうふうに言ったって、これは県民の立場からするととんでもない、こういうふうになるのは私はもう当たり前だと思うんです。しかもこのレポートで、この海上施設は単なる普天間航空基地の代替施設ではなくして、新たに機能が強化をされる、そういう内容だというふうに指摘をされておるわけであります。残念なことに外務省は入手をしておらないということですので、それを前提に議論ができないのは極めて私は悔しい思いをするわけであります。 ともあれ、今申し上げましたように、私たち県民は復帰後二十六年間、いわば我が国の安全保障の犠牲と負担を一身に担わされてきたわけであります。そういうことからいたしますと、私はもっともっと主体的な外交政策あるいは我が国の主体的な安全保障政策があってしかるべきだ、こういうことを申し上げておきたいというふうに思っております。 さて、SACOの合意の実施との関係で具体的に幾つか質問いたしますけれども、SACOの最終報告の中で、嘉手納基地の海軍航空機の運用及び支援施設を海軍駐機場から主要滑走路の反対側に移駐する旨の合意はいまだ実行されておりませんが、その理由を明らかにしていただきたいと思います。
○政府委員(田中信明君) ただいま委員の御指摘の点でございますが、その前に先ほどの問題点につきましては、先生御指摘になりましたレポートが九七年九月、その二カ月後に日米合意の上で海上ヘリポート基本案というのができているということを指摘しておきたいと思います。 それから、ただいま御指摘の海軍駐機場の移設の話でございますが、SACOの最終報告の騒音軽減イニシアチブ、その一つとしてこれは盛り込まれております。その中で、嘉手納飛行場内の駐機場でございますが、この移転の実施スケジュールにつきましては、普天間の飛行場の返還に必要な部分、それを嘉手納の方に追加的な施設を設置する必要性がある、その実施スケジュールを踏まえて検討されることとSACOの中でなっております。 普天間の返還に伴う代替施設につきましては、私ども最良の選択としてお示しいたしました海上ヘリポート案、これについて地元の御理解が得られた後でさらに詳細な運用所要の明確化、これを図った上で詳細な実施計画をつくることとしております。その実施計画がつくられますれば、嘉手納に整備することとなる追加的な施設というものがどのようなものになるのかということが明確になるわけでございまして、これに合わせて海軍駐機場から海軍航空機の運用及び支援のための施設の移転場所、そういうものについても確定することになるわけでございます。
○照屋寛徳君 平成十年三月二十六日、嘉手納町議会が採択をした爆音被害の抜本的解消を求める意見書についての外務大臣もしくは防衛施設庁長一官の所信をお伺いいたしたいと思います。
○国務大臣(小渕恵三君) 御指摘の意見書は、十二日、嘉手納町議会の方々が外務省にお出かけになられましてお受けをいたしたということでございます、 嘉手納飛行場における米軍の運用に伴う騒音により周辺の住民の方々に対し大変な御負担をおかけしていることは十分認識をいたしておりまして、これまで政府として、その軽減のため、同飛行場における航空機騒音規制措置や消音壁の建設に関し合同委員会合意を結ぶなど、鋭意努力しております。 政府といたしましては、米軍の運用上の所要と飛行場周辺住民の方々の御負担の軽減と調和を図るべく、引き続きSACO最終報告の内容を着実に実施するとともに、合同委員会の枠組みを通じまして鋭意努力をいたしてまいりたいと考えております。
○照屋寛徳君 嘉手納基地からもたらされる爆音を県民は殺人的爆音というふうに呼んでおります。もう単なる騒音じゃないんですね。あそこから暴露される爆音が嘉手納基地周辺住民の心身をむしばんでいることは私は客観的な事実だろうと思います。 嘉手納飛行場における航空機騒音規制措置が米軍によって守られていない。そのことは、お渡しいたしました去る二月十八日の深夜の異常な爆音、午前三時ごろに長時間にわたって最高九十九デシベルを記録するような騒音を暴露しているわけであります。 私は、より実効ある騒音対策、とりわけアメリカ軍に航空機騒音規制措置をちゃんと守ってもらう、そのことは我が国の政府として強く申し入れるべきである、こういうふうに思っておりますが、いかがでしょうか。
○政府委員(田中信明君) 委員ただいま御指摘の点につきましては、嘉手納町議会の方々が外務省に来られたときに指摘されたところでございまして、私ども謹んで問題点を意識しております。 その騒音規制につきましての合同委員会の合意ということによれば、午後十時から翌朝の六時までの飛行というのは、運用上の所要のため必要と考えられるものに限定するというふうになっております。また、運用上やむを得ない場合には十時以降に飛行するということも排除されないという点は何分にも御理解をいただきたいと思っております。 いずれにせよ、ただいま御指摘の点、私ども大変な御負担をかけているというふうに認識しておりまして、その軽減を図るようにSACOの最終報告の内容を着実に実施しつつ合同委員会の枠組みを通じて鋭意努力したい、かように考えております。
○照屋寛徳君 この嘉手納の爆音、深夜ですよ、深夜にこういう九十九デシベルというふうな異常な爆音、これはもう私はぜひ米軍に強く申し入れて直ちにこういうことがないような対策を講じていただきたいと思います。 それから、時間がございませんけれども、例の三者連絡協議会、これが開かれないままに来ているわけであります。せっかく沖縄大使として原島大使が赴任をしたわけでありますが、原島大使赴任後一年余が経過いたしましたけれども、現地における実効ある協議機関、これが機能しておらない。県の方もぜひ早急に開催をしていただきたいという強い要望がありますが、大臣の所感をお聞かせいただきたいと思います。
○国務大臣(小渕恵三君) 政府といたしましては、沖縄県の要望も踏まえまして、原島沖縄担当大使を中心として三者連絡協議会の早期再開のため、これまで関係者間の調整を行う等粘り強く努力を行ってきておるところでございます。現在、同協議会におきましていかなる議題を取り上げるかについて米側と沖縄県側の間で考え方の調整が行われているものと承知をいたしております。 いずれにしても、政府としては同協議会の早期再開に向けて引き続き努力を行っていく考え方でございます。私自身も実は、この原島沖縄大使につきまして、大使としての職責についてきちんと大任を果たしていただきたいということで、内閣としても正式にその仕事について後ろ盾になっておるわけでございまして、私が最初に大臣に就任いたしまして沖縄県を訪問した折にもこの三者連絡協議会につきまして大使の仕事として全力を挙げていただきたいという趣旨を申し上げてまいっております。今御答弁申し上げたようなことで、現実には今なかなか進捗しておらないということは残念と思いますが、さらに精力的に取り組んでいただくように指示もいたしたい、このように考えております。
○吉岡吉典君 今重大な事態が続いているインドネシアの問題ですが、ここで民衆の運動を抑圧しているインドネシア軍の訓練に沖縄にいる特殊部隊もかかわっているという報道が米国防総省の言明として報道されておりますが、この事実は外務省確認なさっていますか。
○政府委員(田中信明君) 一般論として申し上げれば、我が国の提供した施設・区域、この使用は安保条約の第六条に……
○吉岡吉典君 事実関係だけでいいですよ、そんなこと。聞いていることに答えてください、時間ないんだから。
○政府委員(田中信明君) 私どもは、在日米軍がインドネシア等第三国の軍隊に対する訓練を行っているかどうか、沖縄を含む我が国における施設・区域において一切行っていないという旨在日米軍司令部に確認済みでございます。
○吉岡吉典君 行っていない。
○政府委員(田中信明君) はい。我が国の施設・区域の中においては一切行っていないというふうに確認済みでございます。
○吉岡吉典君 インドネシアの軍隊の訓練を日本の施設・区域でやれる、そんなばかな話がありますか。何をあなたは問い合わせているんですか。 沖縄の基地は朝鮮戦争の基地になり、ベトナム戦争の基地になり、湾岸戦争の基地になりました。その基地がインドネシアの事態にまでつながっているということをアメリカの国防総省が会見で言明したという報道、これが行われたのは何日も前ですよ。そういうことを確かめもしない、沖縄の事態がどういう事態であるかということに対する外務省の関心のなさを示すものだと思います。こういうことは許しがたい事態だということを一言申し上げて次の質問に入ります。 千島問題です。第二次世界大戦直後にスターリンのソ連が千島を軍事占領にとどまらずソ連領に編入した、これは正当な国際法上の根拠があったのかなかったのか、外務省の見解をお伺いします。 時間の関係であわせてお伺いしておきますけれども、一八五五年の日露通好条約、一八七五年の樺太千島交換条約には何か条約上の瑕疵があったのかどうなのか、あるいは力の差による強制という要素があったのかどうなのか。私はそういうことはないと思っていますけれども、その点についての外務省の見解お伺いしておきます。
○政府委員(竹内行夫君) まず、第一番目の御質問に対するお答えでございますが、まさに先生御指摘のとおり、一九四五年の八月九日、ソ連は対日参戦を行いました。そして、八月十八日から千島列島への攻撃を開始いたしまして、遅くとも九月五日までには千島列島のみならずいわゆる北方領土をも占領したとされております。そして、ソ連の領土への編入手続の御質問の点でございますが、一九四六年の二月二日付のソ連邦最高会議幹部会令をもちまして、これらの地域に南サハリン州を設置いたしまして、これをロシア共和国ハバロフスク地方に編入する一方的な国内手続をとったというのが事実でございます。 かかる措置の評価でございますけれども、御承知のとおり一般的に申しまして、戦争に起因いたします問題の処理、これは領土の問題も含めましてでございますが、そういった問題は平和条約の締結によって行われてきているというのが慣行でございます。まさしくこのような問題の処理を行いましたサンフランシスコ平和条約の第二条(c)項は、日本が千島列島に対するすべての権利、権原、請求権を放棄するということを規定いたしております。しかし、千島列島がどこに帰属するかについてはこの平和条約は決定しておらず、この問題は同条約とは別個の国際的な解決手段に付せられるべきものとして残されたわけでございます。 以上の点をかんがみますと、一九四六年にソ連が一方的に千島列島等を自国の領土に編入する国内的措置をとったことによりまして千島列島の帰属が国際法上確定したということはないということでございます。 第二番目の一八五五年の日露通好条約及び一八七五年の樺太千島交換条約の有効性に関する御質問でございます。 一八五五年の条約、もちろんこれは有効に何ら瑕疵なく締結された条約でございました。樺太千島交換条約について若干御説明申し上げますと、この樺太千島交換条約は、日本から榎本武揚がセントピータースバーグに赴きまして、約半年間にわたる交渉を経まして一八七五年の五月、日露両国の全権代表といたしまして榎本武揚公使及びロシア側のゴルチャコフ公爵によって署名をされました。そして、同年の八月二十二日に批准書の交換が行われまして、同年十一月十日に発効いたしました日露間の正式の条約でございます。先生御指摘のとおり、この条約は日露間の平和的な外交交渉を経て締結されたものであります。当時の国際法に照らしましても全く正当に結ばれた条約であって、その締結手続に瑕疵があったというようなことはないというのが我々の考えでございます。
○吉岡吉典君 私も経過はそういうことだというふうに思っています。 そこで今の問題になるわけですけれども、この委員会の所信で外務大臣は領土問題を解決して平和条約を締結する、このようにお述べになりました。その領土問題の解決というものの基本的性格はどういうことなのかということになってくると思います。もちろん、交渉それ自体のあり方はいろいろな問題があると思いますけれども、私は基本は、平和的に何ら問題なく日本の領土に確定した千島をソ連が国際法上の根拠もなくソ連のスターリンによって軍事占領のみならず編入手続まで行われてしまったこの千島問題を解決する問題、つまり、スターリンが行った誤りを今正させるという問題が領土問題の解決ということだと思います。 私は、モスクワに行っていろいろ協議したときにも、現政権に対して、ソ連崩壊後あなた方はスターリンの誤りを改革するんだと言っている、その改革の対象にはロシアの国内問題のみならず国際問題でスターリンが犯したこういう誤りをも含むべき性質のものだ、こういうことを主張してまいりました。 外務大臣はこの問題について交渉のあり方という問題じゃなくて領土問題解決とおっしゃった、その基本問題はそういう性格のものだと私は思いますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(小渕恵三君) 日本政府といたしましては、四島を我が国の固有の領土として、現在これが我が国が実効的な領土権あるいは管轄権を保持しておりませんことにかんがみまして、この四島を我が国の領土として返還を求めるというのが、今政府の考え、政府としての今回の交渉でございます。
○吉岡吉典君 この問題、いろいろ論議の余地がありますが、私は時間の関係で最初とれないと思いましたけれども、沖縄の米軍がインドネシアの事態にかかわっているという問題、私さっき言いましたけれども、大臣の答弁も求めたかったわけですけれども、先ほどの沖縄県が入手した資料にしても入手していないという答弁であり、そしてこのインドネシアの事態が出てから沖縄からの米軍の訓練への出動ということは、何回も取り上げてあるこういう問題についてさっきのような答弁しかできない状態で、沖縄の県民、日本国民に外務省は責任を負っていると言えるかどうか、私は外務大臣にはっきりした答弁を求めておきたいと思います。
○政府委員(田中信明君) 委員ただいまの御指摘の点でございますが、御指摘の報道にある在日米軍海兵隊がインドネシア近郊に出動して云々ということにつきましては、政府といたしましてはこれは米軍の運用の問題であるというふうに理解しております。 日本国外において第三国との合同演習等、別の任務につくということは日米安保条約上何らの妨げもないわけでございまして、そういう意味で運用の一々につき承知する立場にはない、そういうことでございます。 他方、我が国の施設・区域内ではいかがかということにつきましては、先ほど私が述べさせていただいたとおりでございます。
○吉岡吉典君 時間が来ましたけれども、私は今の答弁は本当に大変な答弁だと思いますよ。インドネシアからはアメリカにそういう訓練をやめるという抗議がずっと続いているんですよ。アメリカ国内でもそういう訓練をやめるという世論が広がり、アメリカのマスコミでも書いていますよ。ところが、その訓練に出動した米軍、これについて日本の外務省がそれは自由だ、何ら構いませんという態度をとって済みますか。そういう態度は僕はインドネシアの国民からもアジア諸国民からもごうごうたる非難を受ける態度だと思いますよ。 そのことだけ申し上げて、終わります。
○福本潤一君 公明の福本でございます。私はこの委員会にずっと議員になって所属しております。 広島の生まれでして、一九四五年、終戦どきの沖縄の悲惨な状態、また被爆の広島、長崎ということで、この三県はさまざまな交流もしておりますし、私自身戦後生まれとはいえ、周りで原爆、戦後の悲惨さというのは常々聞いておるところでございます。ということで、沖縄のことを中心に今まで質問してきておるわけでございますが、きょうはむしろ北方領土返還を中心にしたいと思います。 ただ、本日復帰二十六周年ということですので、最初の一問だけ急遽でございますが投げさせていただきたいと思います、沖縄のことで。 私は本会議で、国民がひとしく沖縄に責任負担をさせていることに関して、クリントン・橋本合意で普天間基地を移転すると。常々、海上基地というものは予算もかかる、海も大変な状態になるということを思っておりましたところ、海上ヘリポート基地ということで決まったわけでございますが、合意の中が県内の移転候補地三カ所だというのを朝日新聞の記者が書いております。その候補地三カ所から選ぶとしたら、沖縄にとってはどこも嫌なわけでございまして、先ほど笹野理事から違うところの候補地も最近声が上がっているというような話もありました。 ただ、ひとしく国民が分けもならばということで、あえて橋本総理の岡山県、また開発庁長官の北海道、防衛庁長官の長崎県、この三県の中で移転地は決めていただきたいというふうに要望して答弁を求めました。 今回、外務大臣がおられますので、やはりあえてこの質問は投げさせていただきたいと思います。 首都機能移転ということで栃木はかなり首都を持ってきたい持ってきたいと言っております。群馬でございますが、近いところであります。群馬に持っていっていただけないかと。これは県外移転を大田知事が言っておられる前に私は提案したので、最初に答弁をお願いしたいと思います。
○国務大臣(小渕恵三君) いろいろの地域を指定されましたが、私が生まれました群馬県の御指名もございました。そもそもこの基地が沖縄県に存在いたしますのはそれなりの事由があるわけでございまして、それぞれの基地そのものがすべての日本全国それぞれの場所として代替のできるものではない、そのように考えております。
○福本潤一君 首都もそれぞれ歴史の経緯があって東京にあるわけでございますが、大いに積極的に誘致をしたいというところが必死で名乗りを上げております。 海兵隊の基地というのは基本的に沖縄にないといかぬという形で固定観念のように言っておりますが、別にあそこになくても日本国内に欲しいという、また海兵隊というのは存在する必要があるというならば、そういった形の考察、また、責任ある者がその言った言を守るという形で責任ある代表のあいさつ、所信表明も含めて書かれているわけですから、沖縄の心を踏みにじるというような対応はやめていただきたい。沖縄の人は心優しいですから、照屋寛徳さんもおられますが、私も何度も言っておりますが、県外移転を今まで言わなかった。言ったという段階で積極的に検討をお願いしたいというふうに強く要望しておきたいと思います。 本来の北方領土の返還の問題に向けたいと思います。 エリツィン大統領と橋本総理がお会いしたときに、新提案というものを総理が出されたと。この新提案で領土返還、二十一世紀に行かずに、今世紀に起こったことは今世紀中に解決するというふうな姿勢でと書いておられますので、どういう展開が開かれるのか、認識をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(小渕恵三君) ここ一両年の日ロ間は、あらゆる面におきまして極めて良好な関係を保っておるわけでございます。こういう背景の中で、ぜひ二〇〇〇年までに両国間で平和条約を締結して、両国間のより正常な関係を築いていくことは二十一世紀に向けて極めて重要なことだと思っております。
○福本潤一君 新しい展開の話だけで結構です。過去のことじゃなく、今後どういう新しい展開が開けるのか。
○国務大臣(小渕恵三君) 新しい展開というのは、両首脳がクラスノヤルスクそして川奈で会談をいたしました。また、政府間におきまして、我々ベースでも十分話し合いを続けております。 したがいまして、今回橋本総理が行われた提案につきまして、願わくば一日も早くロシア側から正式な御返答をお待ちし、そのことが我が方の提案にも合致するということであれば、それは両国間に平和友好協力の条約が結ばれるものだと思っております。ことしの秋には橋本総理の訪ロが予定されておりますし、また来年のしかるべき時期にはエリツィン大統領が日本に参られることが決定をいたしておりますので、これからの経過の中で最終的な合意が結ばれることを強く期待いたしております。
○福本潤一君 もう結構です。 私、あっという間に時間が終わりそうなので心配になりますけれども、聞いたことにお答えいただければと思います。 かなり質問を省かせていただいて、ロシア援助には過去六年間、人道援助、地震もありましたし、輸銀による援助、北方領土交流事業のロシア人の受け入れ等かなりあると思います。過去、ここ六年間と限ってもいいですけれども、援助実績の総額、これだけちょっと答えてください。
○政府委員(飯村豊君) お答え申し上げます。 一九九〇年の十二月以降、これまでに有償、無償を合わせて総額約六十億ドルの支援をコミットしております。
○福本潤一君 ドルですね。
○政府委員(飯村豊君) 六十億ドルでございます。
○福本潤一君 円レートでかなり違うと思いますが、ほぼ六千億円ということになっていると思います。 外務省はODAも担当されておりますので、ロシアはODAないかもわかりませんが、インドと中国へのODA予算、同じように六年間でどれだけやっておられるか、総計だけで結構です。
○政府委員(堂道秀明君) インドにつきましては、これは純額でございます。すなわち総額から支払い分を抜いた額でございますが、六年間で約三十二億ドルでございます。 中国でございますが、六十五億ドルぐらいになるかと思います。
○福本潤一君 近辺の大国というところにかなりのODA予算が日本から出ていっているということになると思います。 今回、インドには、核実験をやった代償に、制裁措置として供与を停止するということになっておるようです。私は広島生まれで、先ほどの話のように、戦後の生まれではありますがさまざまなことを聞いておりますので、インドヘのODA供与を停止するというときに、基準はどういう形で停止するということになっておるかをちょっとお伺いします。
○政府委員(堂道秀明君) 政府としては、従来よりインドに対しまして、核不拡散条約や包括的核実験禁止条約への加入あるいは核開発の停止を働きかけてきた次第であります。 今般インドは二度にわたりまして核実験を実施いたしましたが、核兵器のない世界を目指す国際社会全体の努力に対する挑戦ではないかと思っております。 さらにODA大綱でございますが、ODA大綱には、開発途上国の大量破壊兵器等の開発、製造等の動向に十分注意を払うということがございます。このため、政府としましては、官房長官より発表いたしました措置をとることにした次第であります。
○福本潤一君 ということで、インドには停止する形になるという、一つの国策に沿った形で対応しておられるということでございます。 この中で、中国への六十五億ドルというのは突出して大きいわけでございますが、今、巷間の週刊誌また日刊ゲンダイ等にも橋本総理の関係のニュースが出ております。我々もちょっと心配になります。地元日本人として、こういうことはないはずだというふうには思いますが。 例えばODA予算、書き方によりますと、中国のスパイの可能性のある女性が日本のODA予算をとりたいため、例えばベチューン医科大学に二十六億円の無償援助を橋本総理が大蔵大臣のときに供与されておると。しかも、供与されている女性の元御主人から、現在、東京地裁に女性夫妻は訴えられておると。しかも日刊ゲンダイによると、ODAの金額は、二十六億円以上の一千億円に上る見込みだという形で加藤昭という人が書いておられる。一度参考人に呼びたいぐらいの人ですが、これはまた別の、予算委員会のマターでございます。 そういう形でやっていった場合、ODA予算が、今までは、マルコス疑惑のときは受け取った側の方が不正に使っていた。今度は、与える側の方がそんなことをやっているという疑いもあると。これは早いこときちっと外務省として、ODAを担当しているところとして、適切な対応をしないと大変なことになりはしないか。尾ひれがつくんですね、こういうのは。何か中国に二人の間に七歳の女の子がおるということまで出ておるんです。ですので、万一こういうことがあった場合、ODAに対してどういう責任を外務省はとられるのか、一つの信念としても聞かせておいていただかないと。 昨年の対外経済協力小委員会で、私もODAの基本法をつくるということで対応したにもかかわらず、なかなか外務省から色よい返事をいただけなかった。それで、むしろ私の方はODAで特別委員会をつくろうというふうに思っています。 そういう意味では、ODAに対する外務省の姿勢として、万一そういうことがあったらどういう形の責任問題になるのかということをきちっとお伺いしたいと思います。
○政府委員(堂道秀明君) 委員御指摘の中国の件でございますが、私どもは、今までの中国への援助につきましては、中国政府の要求、それからその要求が果たして妥当なものであるかどうか国民の生活の向上に資するかどうかという観点から審査をした上、あるいは調査をした上決定しているつもりでおります。今度その評価につきましては別途評価を行っておりまして、会計検査院の検査もございます。 そうしたことを踏まえまして、あるいはODA大綱も踏まえて、私どもとしては、我が国の援助が本当に有効になるような形でやっていきたいと思っております。
○福本潤一君 まさに官僚的答弁の典型のようなお答えだと思います。これはまた次のマターとして、予算委員会等々の話になるんだろうと思います。 もとの話に若干戻して、落ちついて、投げた質問に対してお答えいただければと思います。 エリツィン大統領と日ロ平和友好条約を二〇〇〇年までに結ぼうという形で考えておられるということであったと思います。沖縄返還のときも相当前に話があった上でやっと一九七二年、昭和四十七年に結ばれた。二〇〇〇年まで、二十一世紀にもうすぐ入っちゃうわけですね。今世紀中に解決すると言っても、今もう既に合意がなされていてもやっと何年だというぐらいのペースではなかろうかと実際上思います。 でも、本気でこういう形での所信を書かれているんでしたら、今後どういう形のプログラムで北方領土返還をやろうとしているのか、現実に責任ある言葉ならばどういう形でプログラムを組んでいこうとしているのか、お伺いしたいと思います。
○国務大臣(小渕恵三君) 終戦から五十三年たちまして、なおこの両国間には、共同声明によりまして国交は回復しておるものの条約は結ばれておらないわけでございます。それだけ難解な問題だったということだろうと思いますので、まずは両国首脳がこの問題についてきちんとお約束をするというところから始まることでございまして、そのために今最善の努力を傾倒している、こういうことだろうと思います。
○福本潤一君 最善の努力をするということは当然なんでございますが、私が提案しておきたいのは、例えば平和友好条約を結ぶならば、その時点で何年度に返還するということをその中にきちっと入れないと、それでももう遅いくらいの段階だということを外務省もきちっと腹に据えて認識していただきたい。例えば、二〇〇五年に返還合意というような形に持っていかない限り、絶対にこれはずるずると。今のような最善の努力をしますという形だといけないと思うんです。 国境線が画定していないという不自然なままで私たちは戦後ずっときた。そういう問題になると、沖縄以上に北方領土の人たちというのは悩み苦しんでおるわけです。私の部屋にも何人も来られますよ、涙を流しながら。墓参にも行けない。それで墓も、ロシア人が来た後、資材がないから墓石も使って家の柱にしたり、地震で後が大変だというので、その墓の上に墓ができているという形で、どこに自分の墓があるんだろうというようなことにもなっています。 この平和条約の中に返還というのをきちっと入れるような力強い交渉を今後外務省としてはしていただきたいということを要望して、私の質疑を終わります。
○委員長(中尾則幸君) 本件に対する本日の質疑はこの程度とし、本日はこれにて散会いたします。 午後三時五十三分散会