予算委員会 第33号
- 発言数
- 294 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1998/05/12
会議録
○越智委員長 これより会議を開きます。 予算の実施状況に関する件の調査に関し、山一證券問題について、三木淳夫君より証言を求めることといたします。 この際、証言を求める前に証人に一言申し上げておきます。 昭和二十二年法律第二百二十五号、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によって、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならないことになっております。 宣誓または証言を拒むことのできるのは、まず、証人、証人の配偶者、三親等内の血族もしくは二親等内の姻族または証人とこれらの親族関係があった者及び証人の後見人、後見監督人または保佐人並びに証人を後見人、後見監督人または保佐人とする者が、刑事訴追を受け、または有罪判決を受けるおそれのあるときであります。また、医師、歯科医師、助産婦、看護婦、弁護士、弁理士、公証人、宗教の職にある者またはこれらの職にあった者は、業務上委託を受けたため知り得た事実で他人の秘密に関するものについても、本人が承諾した場合を除き、宣誓または証言を拒むことができることになっております。 証人が宣誓または証言を拒むときは、その事由を示さなければならないことになっております。 証人が正当の理由がなくて宣誓または証言を拒んだときは一年以下の禁錮または十万円以下の罰金に処せられ、また、宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは三月以上十年以下の懲役に処せられることになっております。 以上のことを御承知おきください。 次に、証人が補佐人に助言を求めることが許される場合について申し上げます。 すなわち、証人は、宣誓及び証言の拒絶に関する事項に関し、補佐人に助言を求めることができることになっております。 助言は、その都度証人が委員長にその旨を申し立て、その許可が得られた後に認められるものであります。 なお、補佐人は、みずから発言すること及びみずから証人に助言をすることはできないことになっております。 次に、今回の証人喚問に関する理事会の申し合わせについて申し上げます。 その第一は、資料についてであります。 証人は、証言を行うに際し、資料を用いることは差し支えありませんが、委員長の許可が必要であります。また、これらの資料は、いずれも当委員会に提出していただくことになっております。 その第二は、証人がメモをとることについてでありますが、尋問の項目程度は結構でございます。 なお、補佐人がメモをとることは構いません。 以上の点を御承知おきください。 それでは、法律の定めるところによりまして、証人に宣誓を求めることにいたします。全員起立願います。 〔総員起立〕
○越智委員長 議院証言法第五条の三の規定によりまして尋問中の撮影は許可しないことになっておりますので、これより三木淳夫君の証言が終了するまで、撮影は中止してください。 それでは、三木淳夫君、宣誓書を朗読してください。
○三木証人 宣 誓 書 良心に従って、真実を述べ、何事もかくさず、 又、何事もつけ加えないことを誓います 平成十年五月十二日 三木 淳夫
○越智委員長 宣誓書に署名捺印してください。 〔証人、宣誓書に署名捺印〕
○越智委員長 御着席願います。 これより証言を求めることといたしますが、証人の御発言は、証言を求められた範囲を超えないこと、また、御発言の際には、その都度委員長の許可を得てなされるようお願いいたします。 なお、こちらから質問をしているときは着席のままで結構でございますが、御発言の際には起立してください。 委員各位に申し上げます。 本日は、申し合わせの時間内で重要な問題について証言を求めるのでありますから、不規則発言等、議事の進行を妨げるような言動のないように特に御協力をお願いいたします。 —————————————
○越智委員長 これより証人に対して証言を求めます。 まず、委員長より委員会を代表して総括的にお尋ねをして、その後、委員各位の発言を願うことといたしております。 それでは、私からお尋ねいたします。 あなたは三木淳夫君ですか。
○三木証人 はい。そうでございます。
○越智委員長 生年月日、住所、職業をお述べください。
○三木証人 昭和十年八月七日生まれでございます。住所は、東京都世田谷区南烏山二の三十一の三十一の六〇三でございます。職業は、無職でございます。
○越智委員長 それでは、お尋ねいたします。 本日の証人喚問は、山一証券の自主廃業に至る経緯について、事実関係を当事者である証人からお伺いしたいと思って行うものでありますが、昨年来、当委員会でこれに関連して行われた質疑、参考人質疑並びに証人喚問等において論議された主要点は、以下の三つであります。 各党に先立って委員長である私からお尋ねいたしますので、正確にお答えいただきたいと存じます。 その第一は、山一証券におけるいわゆる飛ばしが、いつごろから、どの程度、だれの判断によって行われてきたかということであります。 その第二は、この飛ばしに伴う損失を簿外処理にすることについて、いつ、だれが、どのような状況のもとに決定されたのか、そして、その際、大蔵省との関連はどのようなものであったかということであります。 その第三は、その後、簿外債務はどのように管理されていたのか、そして、昨年秋の山一証券の自主廃業にどのような影響を持ったと考えているのか。 以上三点について、時間の制約もありますので、簡潔にお答えいただきたいと思います。
○三木証人 御質問にお答えする前に、越智先生並びに委員の皆様方の御承認をいただきまして、一言おわびの言葉を申し述べさせていただきます。 昨年十一月、山一証券の経営破綻によりまして、国民の皆様、株主の皆様、それから社員並びに御家族の皆様等々、関係各方面の方々に大変御迷惑、御心配をおかけいたしました。このことにつきまして、心からおわびを申し上げたいと存じます。 また、今日このような結果になりましたことにつきまして、まことに申しわけなく思っております。重ねて心からおわびを申し上げる次第でございます。 それでは、御質問にお答えいたします。 いわゆる飛ばしがいつから行われたかということでございますが、正確には把握しておりません。しかし、八〇年代の後半、八七年ごろからかなり頻繁に行われるようになったのではないかと理解いたしております。 で、どういうメカニズムで決定されたかということですが、初期の段階では営業マン同士の話し合いというような感じでございましたが、そのうちにだんだん、規律を入れるといいますか、部長権限ということになりまして、最後の方は担当役員の権限で行うというようになっておったと理解しております。 それから二番目は、どういうぐあいにして資産が簿外化されたかという御質問でございますが、大体二段階ございまして、最初はいわゆる関係者の会議で、最悪の場合はこのぐらいのものをとる必要があるというようなことで包括的な承認を得ておりまして、後の具体的な契約になりますと、契約をやる人、具体的には社長、法人担当副社長、法人担当役員が相手先と決めてくるというメカニズムでございます。 それから三番目の、どういうぐあいに管理しておったかという御質問でございますが、これは担当部署がございまして、企画室の一部、経理部それから債券部がそれぞれ管理をいたしておりました。 以上でございます。
○越智委員長 以上をもって私からお尋ねすることは終わりました。 次に、発言の申し出がありますので、順次これを許します。細田博之君。
○細田委員 自由民主党の細田博之でございます。 本日は御苦労さまでございます。きょうは、二時間の時間の中で各党合わせまして七人の議員が尋問することになっておりますので、私はトップバッターでもございますので、いろいろまず大きな枠組みについてお伺いをしたいと思っております。 まず、田中弁護士から、事件の中身は証取法にもろにかぶっているとか、刑事に対する対応がまだ決まっていない、検察の証拠開示がない、対処方針が決まっていない今の段階では三木刑事被告人に悪影響を及ぼすことが想定され、ほとんどお答えできないというような電話での連絡があったようでございます。 確かに、三木証人は、昨年の九月二十四日に、まず証取法違反、商法違反で逮捕されておられます。その後、十月二十三日に、さらに損失補てんの証券取引法違反で逮捕。そして、本年三月四日に証券取引法違反、虚偽有価証券報告書提出の事実により逮捕、三度されておられまして、しかも訴訟が進んでいるという状況はわかるわけでございますけれども、むしろこの国会の場におきまして、山一証券そして三木証人はいろいろな経緯があって今日に至ったものだというふうにも理解しているわけでございますので、みずからおっしゃりたいことについては、ぜひ率直にお話を願いたいと思っております。 これに大変参考になる書類が、報告書が、去る四月十六日、山一証券株式会社社内調査委員会社内調査報告書として発表されたわけですね。これをつぶさに私も読ませていただきましたが、大変いい報告書であります。山一証券にはやはり非常に優秀な社員が多いんだなということがわかる、いい報告書でございます。 そして、山一の社員七千五百人、家族等、グループ等を入れれば四万人の人が自主廃業ということで大変困っている、その端緒となるべきさまざまな経緯について、この報告書が非常に端的にまとめられております。山一証券みずからがまとめられたことでございますから、この中で一番重要な部分について、事実について確認をいたしたいと思います。 それは、特に、ここでも証人喚問あるいは参考人ということで出てきてもらった大蔵省当時の松野証券局長と当時の三木副社長、三木証人が副社長時代の九二年一月二十二日の松野・三木会談についてでございます。 この報告書によりますと、これは括弧して「三木副社長の記憶による」と書いてございますけれども、「松野局長「東急百貨店と揉めているそうですが、どうするのですか」「大和は海外に飛ばすそうですよ」、三木副社長「海外は難しいのではないですか」、松野局長「うちの審議官が知っているから聞いてください」」、こういう会話が行われたというふうに書いてございまして、副社長が本社に戻られて、結果を報告されたところ、出席者は皆、大蔵省から、東急百貨店の件を訴訟等によらず飛ばしによって処理するよう示唆されたと理解して、それに沿った手続を始められたということでございます。 そうして、本件の終了後、また大蔵省の松野証券局長に、東急百貨店問題が解決した旨の報告を行ったと述べられた。これも「三木副社長の記憶による」と書いてありますけれども、「松野証券局長に「資金繰りなど自信がありませんので、国内で処理することにいたしました」と述べたところ、松野証券局長から「ありがとうございました」あるいは「ご苦労さまでした」と言われた。」と書いてあります。括弧して「東急百貨店の件を海外に「飛ばす」ことは」と書いてありますが、この辺ははっきりいたしませんけれども、そういうことでございます。 それからさらに、大蔵省に訪問されて松野証券局長に面会した際に、松野局長から次のように言われた。「山一にすればたいした数字ではない。ひと相場あれば解決ですよ。何とか早く解決して下さい」 その後もいろいろございますけれども、この一連の流れについて報告書ははっきりと書いてあるわけでございますが、三木証人の御記憶からしてこのことはすべて事実である、あるいは、自分の御記憶から見てこういうことであったということがあればお答えを願います。
○三木証人 私はそのように記憶いたしております。
○細田委員 ということは、すべて、この報告書に書かれてあることが、三木証人の御記憶であるということでございますね。 この点については、予算委員会等で多くのやりとりがなされております。それは何かといいますと、二月四日の大蔵委員会で松野元局長が参考人として答弁されておられますし、三月十八日には予算委員会で証人として答弁をしておられる。そして、四月三日には参議院の予算委員会の参考人として出てこられて、必ずしもそういうこと、特に簿外債務、海外へ飛ばして処理をするというようなことについては、いわば言った覚えがないというような、これは議事録等をごらんになっていると思いますから御存じと思いますけれども、この元局長の答弁に関連してどのようにお考えであったか、お気持ちをお話し願いたいと思います。
○三木証人 今先生のおっしゃいましたことは大体、おおむねそのとおりでございます。 松野元局長の状況は新聞等で拝見いたしましたが、ちょっと認識が違うなという感じを持っておりました。
○細田委員 三木証人が今さまざまな、商法違反、証券取引法違反に問われている。これはこれで経営者の御責任として、先ほどもお話がありましたように、責任を痛感されておられるというふうに受け取りました。 しかし、私は、この問題は、ひとり山一証券の問題にとどまらず、大蔵省の証券行政と、それから証券各社のさまざまな経営、そして、最後には自主廃業に追い込まれたということもございますが、行政庁と企業との関係に非常に大きな問題を投げかけていると思うんですね。 そこで、例えば大蔵省は、八九年には、いわゆる角谷通達というようなものを出して、投資一任勘定とか損失補てんを慎むべし、こういうのを出していますね。その後、だんだんいろいろな不祥事が起こって規制が強化されてきているわけでございますが、その過程で、私がそんたくいたしますと、どうも、やはり、冒頭にお話がございましたように、飛ばしの問題にしても、八七年ごろから頻繁に行われてきている。 しかも、八九年から九〇年にかけては、大納会で、八九年は三万八千九百十五円をつけて、そうして、九〇年十月には二万二百二十一円になる。それで、九二年八月、三木社長が就任して間もなくのところで、大底の一万四千三百九円を迎える。何と六三%の下落が起こる。こういった中でいわゆる一任勘定を運営するということは、ほぼ不可能であった。 そうすると、大蔵省も、証券局としては、まあ、何らかの措置が行われることを十分認識しながら各社と当たっている。その中で、たまたま東急百貨店問題が表に出て、訴訟が起こりそうになって、当時副社長、三木元社長が御相談に行って、こういう示唆を受けたんじゃないかという気が大変するわけですね。 したがいまして、そもそも、八九年の通達以降、大蔵省と証券業界との関係でいうと、当然、いわば業界の常識的なところとして、常識がよかったかどうかは非常に今になっては問題でございますけれども、そういうことが行われていたという認識があって、しかも、あの通達というのは、何らかの措置を各社がとらなければどうしようもないような状況にあったことを認識していたんじゃないか。 だから、経営者側から見るとそういう状況であったし、また大蔵省も認識は十分得ていたはずであるということを確認いたしたいのでございますが、この際でございますから、証人もぜひ御自分のお考えをそこでおっしゃっていただきたいと思います、歴史的な観点も含めてですね。
○三木証人 大蔵省さんは、もともと、我々証券業者に免許を与えて営業させる、それから、定期的に検査をして、適正に業務が行われているかどうかを検査されるというようなことで、我々と大変密接な関係がございます。 それで、従来は、お互いの情報交換といいますか、そういうことのために、例えば業者の代表と昼食会をやるとか、そういう形で情報交換が行われておりましたんですが、証券不祥事が起きまして以来、そういうあれはすっかりなくなりまして、もう全く昼だけのつき合いということになっておるわけでございます。
○細田委員 私は、そういうところに、一番大きなこの証券業界と大蔵省の問題があると思うわけです。 そこで、さらに、四月三日には、白井参考人が重大なことを参議院予算委員会でおっしゃっていますね。三木から、局長から東急百貨店の件について引き取ることに了承を得たというふうに聞いていると言うんですが、これも事実でございますね、そうすると。
○三木証人 そうでございます。
○細田委員 しかも、山一証券としては、その後、それらの流れを受けて、平成五年の大蔵省検査、二月から三月、これは虚偽報告をされた、ペーパー会社を記載しないということによってですね。そして、その後、九三年の十月には、証券取引等監視委員会に対してさらに三木社長名で虚偽報告をされて、内容的には、「現在または将来当社の事業の負担となるおそれのある飛ばし取引その他の簿外取引はないことを確認しましたので、この旨お答え申し上げます」と言っておりますが、これは事実でございますね。
○三木証人 先ほど先生がおっしゃいました、訴訟を受けておりまして、私、この件につきましては、私の刑事責任を左右する重要な項目かと思いますので、まことに申しわけございませんが、回答を控えさせていただきたいと思います。
○細田委員 この点は、また、同僚議員からもさらに質問があると思いますので、次へ参りたいと思いますけれども、最終的に、三木前社長、三木証人が、野沢新社長、昨年の記者会見で大変有名になりました後任の野沢社長さんに引き継いだ。そのときに、いろいろあるけれどもよろしく頼みますと言って、簿外債務のことを言わなかった。そして、野沢新社長は、後でそのほかの役員の方から話を聞いて、びっくりしていすから立ち上がれなかったというふうに報告書にございますけれども、この「いろいろあるけど、よろしく頼みます」という、この辺のくだりは事実でございますか。
○三木証人 事実でございます。
○細田委員 この点は、私は、経営者としての三木証人、大変失礼ながら、昭和三十五年に入社されて、三十八、九年、四十年にわたって証券マンとして社長まで務められて、そしてさまざまな状況変化に対応し切れずに、いろいろなことをされたにせよ、そのことをしっかりと引き継いで善後策をとられなかったということについては、非常にやはり問題があるんじゃないか。 ちょうど入社されたときから五年間で株価は大暴落して、四十年にあの山一の日銀特融が起こり、身をもってあの日銀特融を体験されたのは、三木証人ほか本当にわずかな、一握りしか残っていない。株価の大暴落というようなものを経験したときに、証券会社はどうあるべきかということを、最も責任のある方がそこに対応できなかったということについては、不思議でもあると同時に、やはり大変な御責任があると思いますけれども、その点、何かおっしゃりたいことがあれば、ぜひおっしゃってください。
○三木証人 もともと社長交代が、小池事件の勃発といいますか、あれで起きました、大変予期しない出来事でありまして、私も自宅、会社ともいわゆる家宅捜査を受けるというようなことで、大変混乱しておりました。どちらかといえば、若干茫然自失という感じでございまして、それから、新社長の野沢社長も、青天のへきれきといいますか、そういう感じでいらっしゃって、ともかく代表役員が全員退任するという異例の状況でございまして、それで、なかなか、幾ら幾らあるよというようなことを言うにはちょっとはばかられるような状況でございましたので、その点、御理解をいただきたいと思います。 ただ、それで、決してほっておいたわけじゃございませんで、これはぜひ早く引き継がなきゃいかぬということで、財務本部長、企画室長、債券本部長に、早く詳細を連絡するようにということを指示いたしまして、社長に就任されて五日目にはもう十分御説明はやったわけでございます。それから、その三、四日後には、また、我々退任いたしました役員と新会長、新社長と十分話し合いをいたしまして、引き継いでおりますので、トータル的には決して手を抜いたといいますか、サボったわけじゃないというのは御理解いただきたいと思います。
○細田委員 その新社長が立ち上がれなかったという背景には、三木前社長からもよく説明してくれという、そういう指示があったのだ、こういうお話でございました。 しかし、それにしても、これは責任ある前社長のお立場とも思えないわけでございますが、最初の論点に立ち返りますと、営業特金の解消に伴う損失補てん等については、私は、どう見ても、政府側、大蔵省側もいろいろな問題点を知りつつ、後に引きずった可能性があるなということは思っているわけでございますけれども。 そこで、考えてみますと、最後の段階ですよ。これは三木社長も退陣された後で、野沢社長時代のことですが、前のやめられた長野証券局長とのやりとり、これも報告書の中でございますけれども、証券取引法というのはどうも限界がある。つまり、会社更生法や破産ということになると、これは証券投資家に被害がかかるというのでそれは適用できない。他方、山一証券は債務超過になっていない。 したがって、本当は、一種の会社更生的な、証券投資家ですね、大変な株主がおられるわけでございますけれども、そういう人たちに被害をこうむらせないような法制度というものが証券取引法であれば、経営者の責任は問いますよ、しかし、それで、責任は責任として、八千人、そして家族も合わせれば、グループ合わせて一万人という人が路頭に迷うことはなかったんじゃないかと。
○越智委員長 時間が来ておりますので。
○細田委員 だから、立法論として見れば、やはり証券取引法というものを何かもっといいぐあいに、こういう場面に適用できるようにすべきじゃないかということを考えますので、最後、これで最後でございますが、何かお考えがあれば。
○三木証人 特にございません。
○細田委員 では、以上で終わります。
○越智委員長 これにて細田君の発言は終わりました。 次に、海江田万里君。
○海江田委員 民主党の海江田万里です。三木証人にお尋ねをします。 山一証券の社内調査報告書によれば、東急百貨店と山一証券は、九〇年二月より取引を開始し、九〇年七月末、九一年一月末、九一年七月末と、東急百貨店の決算期ごとに飛ばしを繰り返してきたが、九一年八月二十四日の会議により、交渉に当たっては山一証券は引き取らないという方針で臨むこととしたとございます。 三木証人は、この九一年八月二十四日の会議、ホテルニューオータニで開かれた会議ですけれども、この会議に参加していらっしゃると思いますが、この会議の結論は、今この報告書にありましたように、東急百貨店に飛ばしたファンドは山一証券が引き取らないということでいいわけでございますね。
○三木証人 先生おっしゃるとおり確かにホテルで会議をやりましたが、私の記憶では、その個々の銘柄までは出てこなかったんじゃなかったかと。まあ恐らく、もし出てきたとしても、A社、B社というような感じで、普通の人には理解できないような社名になっていたんじゃないかと思います。
○海江田委員 東急百貨店のファンドを引き取らないという方針は、では、いつの時点で会社の方針になっていたわけですか。
○三木証人 私は、当時副社長でございましたが、企画担当でございまして、そういう、いわゆる実務の方には携わっておりませんので、正確にはわかりません。
○海江田委員 証人は、一月二十二日ごろ、松野証券局長と会談をするわけでございますけれども、まず、これは、だれからどのような趣旨で連絡があって大蔵省に出向いたのですか。
○三木証人 その点、記憶が余りはっきりいたしませんのですが、私は、企画室長から証券局長が呼んでおられるという連絡を受けたと記憶しております。
○海江田委員 企画室の藤橋さんだと思いますけれども、どういう内容で大蔵省に行くんだということは疑問に思いませんでしたか。
○三木証人 疑問に思いまして、何の用だろうということで聞いたわけでございます。
○海江田委員 そうしたら、藤橋さんは何と言っていましたか。
○三木証人 東急百貨店のことじゃないですか、こういう返事でございました。
○海江田委員 そこで、その東急百貨店の問題だということで大蔵省に行ったわけですけれども、松野証券局長とのやりとりをできるだけもう一度正確に思い出して、ここでおっしゃってください。
○三木証人 証券局長室に入りまして、証券局長のほかにもう一方だれかいらっしゃったと思いますが、これは確定できません。それで、私は一人で参りましたので、部屋には三人だったと思います。 それで、一通りごあいさつが済みましたところで、局長は、山一さん、東急百貨店ともめてんだってという質問がございました。ですから、はい、そのように聞いておりますと申し上げましたら、それで、どうするのですかと。それで、もめているんだってという話から、ちょっとお待ちください。
○海江田委員 どうするんですかと松野局長は聞いたわけですね。
○三木証人 ああ、そうです。
○海江田委員 そして、何とお答えになりました。
○三木証人 それで、うちの事務局は、出るところへ出ても頑張ると言っていますよ、こう申し上げましたら、証券局長は、大和は海外に飛ばすそうだよというぐあいにおっしゃいました。 それで、私が、海外は手続が難しいのじゃないですかと聞きましたところ、いや、そうでもないらしいよ、うちの金子君がその辺詳しいから聞いたら、こういう話でございました。 それで、私、直接担当しておりませんので、持ち帰って検討させていただきますということで、帰ってまいったわけでございます。
○海江田委員 もう少しできるだけはっきりおっしゃってください。今、聞き取りにくいところが幾つかありましたけれども、三木副社長は、事務局は出るところへ出てでも頑張ると言っているということを松野局長におっしゃったということですけれども、これは、今私が冒頭にお聞きをしましたけれども、この東急百貨店との問題は、そういう意味では、場合によっては裁判をしてでもいいと。 この時点では、まだ、山一証券が自分のところでかぶるというような結論は出していなかったわけですね。むしろ、それと違う結論を出していたというふうに理解をするわけですけれども、それでよろしいわけですね。
○三木証人 結構でございます。
○海江田委員 あともう一つ。松野証券局長が三月十八日の本委員会の証人喚問で次のように言っているのですね。 私としては、法律に触れない形でそういうこと、そういうことというのは海外への飛ばし、これができるのなら、それは選択肢の一つでもある。しかし、もし証券会社が引き取るのであれば、それは損失補てんに、もう既に施行されております損失補てんに該当する。損失補てんに該当しない唯一の道は、証券事故として裁判になり、裁判上の和解をするなりあるいは民事調停の手続を踏むなり、そういう形であれば、これは法律で認められている処理であるから適法である。いずれを選択するかは経営者の判断の問題ですよというような趣旨のことを三木さんとの会合でも申し上げたのではないかと思います。 こういうふうにおっしゃっているのですけれども、こういう趣旨の話が松野さんから一言でもありましたか、どうですか。
○三木証人 全くございません。
○海江田委員 今、非常に重要なことをおっしゃっていただけたわけでございますが。 それでは、証人は、松野局長との面談を終えまして会社へ帰るわけでございますけれども、この松野局長との会談を終えた直後の印象はどんなものでございましたか。
○三木証人 意外な感じといいますか、戸惑ったといいますか、そんな感じでございました。
○海江田委員 意外というか戸惑ったというのは、どういうところが意外だったのですか。最初考えていたことと違ったのですか。
○三木証人 感触としては、海外に飛ばすことを含めて何か処理しろということを示唆されたというような感じに受け取ったからだと思います。
○海江田委員 当初、証人がお考えになっていたのは、これは争う場合もあるだろうし、それから争いに至らなくても、東急の方がこれは引き取る性格のファンドであると。それに対して、松野証券局長が、今おっしゃったように、海外への飛ばしの可能性も示唆したということで、それは当初お考えになっていたことと百八十度違う、こういうことで意外だったということでございますね、念のため。
○三木証人 そうでございます。
○海江田委員 それから、証人は恐らく会社へ向かうわけでございますけれども、会社へ向かう中で社長に連絡をしたとか、そういうことはありますか。
○三木証人 車の電話で、社長に電話をいたしました。
○海江田委員 どういうお話をしたのですか。
○三木証人 今証券局長からこういう話がありましたということを報告したわけでございます。
○海江田委員 今言ったような内容のことを報告したわけですね。 それから、この社内の調査報告書によりますと、会社に帰ると、行平社長以下、延命副社長、小西営業本部長、木下部長などが延命副社長の部屋で待っていたということでございますけれども、そのとおりですか。この延命副社長の部屋でどんな話が出たのですか。
○三木証人 延命副社長の部屋では、私が持って帰った話をもう一回披露いたしまして、それで、方針転換が簡単にいくかどうかという検討が行われたわけでございます。
○海江田委員 大体、時間はどのぐらいかけて、そして、今松野証券局長が言うように飛ばしを続けたら、もうこの日というのは一月をまたいで新法が施行されておりますから、それは場合によってはまさに証券取引法に違反をする、非常に危ないというような意見などは出なかったのですか。
○三木証人 会議の所要時間は約一時間でございます。 それから、今おっしゃいましたような意見は特に出ませんでした。
○海江田委員 じゃ、そこに居合わせた皆さんで、これはもうしようがないから、松野証券局長が言うように、海外への飛ばしも含めて処理をしよう、こういうことだったわけですね。
○三木証人 そうでございます。
○海江田委員 その後、木下部長が大蔵省に金子審議官を訪ねていますね。この金子審議官を訪ねたことというのは、先ほど証人がお話をしたように、松野局長が金子さんという名前も出して言ったわけですね、聞いてみたらどうかということですね。それで訪ねているということですね。もう一度確認をしてください。
○三木証人 そうでございます。名前が出ておりました。
○海江田委員 もう少し大きな声でお願いをしたいと思います。 そして、木下さんが訪ねたのは十五分ぐらいの面談で帰ってきたようですけれども、帰ってきたときにその報告を受けましたか。
○三木証人 簡単な報告を受けました。
○海江田委員 どういう内容ですか。
○三木証人 余り役に立たなかった、こういう話でございました。
○海江田委員 その話が余り役に立たなかったからかどうかはわかりませんけれども、山一としましては、海外の飛ばしをあきらめて国内で処理をする方針に変わりましたね、方針を決めましたね。この国内で処理をする方針を決めたのは、証人と松野元局長との会談があってから何日後ぐらいですか。
○三木証人 ほとんどその日だと思います。
○海江田委員 ほとんどその日ですか。
○越智委員長 そうおっしゃいました。
○海江田委員 じゃ、もう一度確認しますけれども、一月の二十二日ごろ、あなたは松野さんとお会いをして、そして帰ってきて、そしてその日のうちに海外への飛ばしはもうあきらめたのですか。それとも、今の話ですと、流れからいうと、その後に木下さんが一応念のために金子審議官のところに行って話を聞いてきて、それは一日か二日後ですよね、そこのところの関係を確認します。
○三木証人 いや、方向が決まったということでございまして、会議はそれを具体化するについて何か問題点がないかを検討するということで解散したというふうに記憶しております。
○海江田委員 わかりました。 じゃ、今のお話ですと、海外へ飛ばすということはとられなかったわけですけれども、松野局長との会談の中で、飛ばしを続けるという方向、これはもう決まったわけですね、海外じゃないけれども。それで、海外について念のため検討してみたけれどもやはりだめだったということで、それで国内で飛ばしを続けたわけですね。
○三木証人 おおむねそうでございます。
○海江田委員 じゃ、これも念のためもう一度確認をしておきますけれども、一月二十二日ごろ、松野さんとの会談の日までは、あなた本人、証人本人あるいは山一証券は、この東急百貨店とのファンドについては山一が引き取るのではなくて、東急側に負担を押しつけるか、あるいは場合によっては表に出してもいいというふうに考えていたわけですね。その方針が、松野局長との会談で百八十度違った、こういうことでいいわけですね。
○三木証人 そうでございます。
○海江田委員 これはもう非常に明快に、この松野局長の発言によって、あるいは松野局長との会談によって山一証券がこれまでの方針を変えたということですけれども、そういうふうに松野証券局長の発言というもの、あるいはサジェスチョン、示唆というものは、やはりそれだけ証券会社が、四大証券の一社であります山一証券が、それに従わなければいけないような力関係にあったわけですか。
○三木証人 あったと思います。
○海江田委員 さて、この年、九二年の六月にあなたは山一証券の社長になりますけれども、その後、社長になってから、この簿外に隠した債務のことは気にならなかったでしょうか、どうですか。心は痛みませんでしたか。
○三木証人 もちろん、いっときも忘れないぐらい気になっておりました。
○海江田委員 いっときも忘れないように気になっていたようですけれども、それで、何か手を打ちましたか。
○三木証人 具体的には手の打ちようがなかったと言ってよろしいかと思います。
○海江田委員 大蔵省の検査は、社長になられてから、九三年と九五年、二回ほどありましたね。この大蔵省の検査で、簿外債務の存在を発見されるのではという心配は持っていませんでしたか、どうですか。
○三木証人 私は、先ほども申し上げましたように、実務をやっておりませんものですから、法人や営業体のメカニズムがどういうぐあいになっているかということを十分把握しておりませんで、そういう意味では、全く心配しなかったといえばうそになりますが、それほど深刻な心配はしたことはございませんでした。
○海江田委員 もし大蔵省の検査で何かこの問題を指摘されたら、それこそ三木証人は、松野局長と会って、そして松野局長がこういうやり方を示唆したわけでございますから、そういうことだったというふうに言って申し開きをしよう、そんなようなことはお考えになっていませんでしたか、どうですか。
○三木証人 全くなかったわけではございません。
○海江田委員 この後の時間は山花委員が引き続いて質問しますので、私の質問はここまでにします。 ありがとうございました。
○越智委員長 この際、山花貞夫君から関連発言の申し出があります。海江田君の持ち時間の範囲内でこれを許します。山花貞夫君。
○山花委員 東急百貨店の決算期が一月末だったということは御存じでしたか。
○三木証人 最近になって知りました。
○山花委員 その決算期を前にして、一月の二十二日ごろ松野さんとお会いしたということについてはお話を伺っていましたが、冒頭、松野さんの方から、山一さんは東急百貨店ともめているんだって、こういう発言があったようですね。間違いありませんか。
○三木証人 間違いございません。
○山花委員 あなたが説明する前に松野さんの方からそういう発言があったということは、松野さんは東急百貨店と山一とのトラブルについて中身を知っていた、こういうことでしょうか。そういう印象を持ちましたか。
○三木証人 御存じだと思いました。
○山花委員 委員長のお許しを得て、催告状を証人に、ちょっと日付等見ていただきたいと思いますが。
○越智委員長 結構です。
○山花委員 既に参議院で提出されておりますからお耳に入っていると思いますけれども、一月の二十一日付で東急百貨店側が山一証券に対し、詐欺罪で告訴するぞということを含めて出した内容証明書の問題についてですけれども、松野証人は、この催告書をあなたが持ってきたのではないか、こういうふうに話しておられました。 当日、あなたはこの催告書を見て、これを持って松野さんのところへ行ったのでしょうか。
○三木証人 この催告書は見ておりませんで、この催告書を初めて見ましたのは、先般東京地検で取り調べを受けたときに見せていただいたのが初めてでございます。
○山花委員 松野証人は、山一の恐らく三木副社長が持ってきたのではないかと思う催告状をちらっと見た、あるいは、この催告状を確かに持っておられたというふうに記憶しております、こう話しておるわけであります。 これは実は大事なところでして、もしあなたが持っていったのでなければ、証券課の皆さんが松野さんのところに届けておったのか、あるいはそうではなかったのか。そうでなかったとすると、日付、二十一日の、発送は午後の十二時から六時という時間帯です。とするならば、疑惑としては、東急百貨店側から見せてもらっていたのではないか、こういう疑惑が出てきます。 大事な問題なので、改めて伺います。当日あなたはこれを持っていきませんでしたか。
○三木証人 持っていきません。
○山花委員 松野さんとこの年一月以降会ったのは何回でしょうか。
○三木証人 部屋などに伺いましたのは三回だと思います。
○山花委員 一回は一月のごあいさつのときですね。
○三木証人 そうでございます。新年のごあいさつにお部屋を訪問したということでございます。
○山花委員 そのときはどなたが同行しましたか。
○三木証人 行平当時の社長と藤橋企画室長の三人だったと思います。
○山花委員 これまた松野証人は全く記憶がないと言っていますけれども、お三方で松野局長のところに新年のごあいさつに行ったことは間違いありませんね。
○三木証人 間違いございません。
○山花委員 それを一回目として、一月二十二日ごろの会談が二回目といたしますと、三回目というのは、これは報告書によりますと何月何日ということははっきり書いておらないわけですけれども、「一月末か二月頃」、こういう書き方なのですが、日にちははっきりしておらないわけですか。
○三木証人 はい、はっきりしておりません。
○山花委員 もう一つ。実は、この報告書は、先ほど細田委員もおっしゃっておりましたとおり、大変しっかりした内容だ、こう思っております。 ただ、この部分については、報告書をよくお読みになっていると思いますけれども、何か二回話し合いがあったように読み取れるわけです。 さっと読むと、「三木副社長による本件処理の報告」。要するに、さっきお話しになりました「ありがとうございました」で終わる部分と、それからもう一つは「山一にすればたいした数字ではない。ひと相場あれば解決ですよ。何とか早く解決して下さい」、こういうくだりが二つに分かれておりまして、日付が違うように読み取れるわけですが、これは同じ日のことですか、それとも三回目、四回目があったということですか。
○三木証人 同じ日のことでございます。
○山花委員 そうすると三回。 松野さんは一回しか会ったことがなかったと言います。特に、三回目会ったことがあるとするならば、報告を受け、それを了承したということになりますから、松野さんとすれば認めることのできない、自分の証言と真っ正面からぶつかることになると思います。 そこで、この点について詳しくお話しいただきたいと思うのですが、一番最後の「ひと相場あれば解決ですよ。」こう言ったのは、どういう雰囲気の中で、だれが、どなたにおっしゃったのでしょうか。
○三木証人 部屋を出るときに、ソファーから立ち上がるときに、局長が我々にそういうぐあいにおっしゃったわけでございます。
○山花委員 ソファーから立ち上がるときというと、会談が終わった帰りがけに、こういうことですね。
○三木証人 そうでございます。
○山花委員 その会談の最初の方ですけれども、ここにある「(東急百貨店の件を海外に「飛ばす」ことは)資金繰りなど自信がありませんので、国内で処理することにいたしました」、こう報告書に書かれている部分ですが、これはだれの発言ですか。三木さんの発言ですか、それとも社長の発言ですか。
○三木証人 行平の発言だと記憶しております。
○山花委員 それから、そのときのやりとりですけれども、さっき細田先生が文書を引用していましたが、その全体の会談の結びといいますか、ここでは松野さんはどういうふうにおっしゃっていました。
○三木証人 ちょっと御質問の意味がわからないのでございますが。
○山花委員 実は、報告書には「「ありがとうございました」あるいは「ご苦労様でした」」こう言われておったと。ちょっとニュアンスの違うことが書いてあるものですから、証人の記憶としてはどちらだったのかということについて伺ったわけです。
○三木証人 感じが、御苦労さんといった感じであったという記憶はございます。
○山花委員 御苦労さんというのは、東急百貨店のトラブルについて国内で飛ばして処理するという報告をしたことに対して御苦労さんでした、こういうニュアンスですね。
○三木証人 そうでございます。
○山花委員 年内に、いわゆる七社の問題について、五社については既に飛ばして簿外で処理が終わっておりましたね。それは御記憶ですか。
○三木証人 大体話を聞いておりました。
○山花委員 当日、松野さんに報告した内容というのは、国内で処理ということも、当然国内で飛ばす、こういう意味だったわけですね。
○三木証人 先方はそのように理解されたかどうかは必ずしも自信がございません。
○山花委員 とにかく、そうした報告に対して「ご苦労様でした」ということを言い、帰りがけには「ひと相場あれば」と、こういう発言が出てくるわけですね。重ねて伺っておきたいと思います。
○三木証人 そうでございます。
○山花委員 要するに、松野さんとの話し合いというのはたった一回じゃなくて、結果の報告と、その「ひと相場あれば」という三回目の会談もあった。この事実は松野さんの証言と全く違いますけれども、あなたとしては、間違いない、こういうふうにおっしゃるわけですね。
○三木証人 三回といいますのは、正月以来三回。この件でお会いしたのは二回でございます。
○山花委員 報告書の中で一カ所だけ大変あれっと思った部分があるので、この際伺っておきたいと思います。 経緯は明らかでないけれども、山一証券が東急百貨店から有価証券を引き取る際に、内外証券株式会社と株式会社東急百貨店の間で引き取りにつき争いになった有価証券についても、山一証券があわせて引き取った、こういうくだりがあります。これは報告書を読んで見ておりますか。
○三木証人 拝見しております。
○山花委員 内外証券の社長はこの四月までは小西元法人営業本部長、現在は山一出身の方が社長を兼任している、こういう会社ですね。しかし、これはあくまでも別会社じゃないでしょうか。
○三木証人 おっしゃるとおりでございます。
○山花委員 報告書の経過のところをずっと見ると、約二十六億円内外証券の玉を山一がかぶっていますね、東急百貨店の分について。しかも、これも簿外処理にしておったのじゃないですか。
○三木証人 その辺は正確には存じておりません。
○山花委員 これは、山一と東急百貨店のをかぶるなら話はわかるのだけれども、全く別会社の玉まで引き取って解決したというのは、別法人のものまで引き取ったということになりますと、問題があるところじゃないですか。これまた二十二日ごろの松野さんとの会談の後、三十一日まで全部処理されたことではなかったでしょうか。
○三木証人 この内外証券との件につきましては、山一証券と損のバーターをやったというのは事実でございまして、内外証券の玉を引き取って損が出る分、山一が持っておりました非上場株を買っていただいたということで相殺されているように聞いております。
○山花委員 全体として当時の流れを見ますと、大和の場合とは違って、山一の場合には、東急百貨店絡みのトラブルについて全部山一がひっかぶって終わった、こういう経過ではなかったでしょうか。
○三木証人 そうでございます。
○山花委員 まとめて幾つか伺っておきたいと思いますが、さっき松野元証券局長の証人喚問等についてはマスコミ等で知ったとおっしゃっていましたけれども、率直におっしゃっていただいて、どういう印象を持ちましたか。誠意を持って真実を明らかにする、こういう姿勢を感じましたか。
○三木証人 余り感じませんでした。
○山花委員 社内の調査報告書は評価が高いのです。ある新聞がこうまとめていましたね。わからなかったのだけれども、これを読んでわかったということで、命取りとなった簿外債務は、損失を抱えた証券を取引先から引き取り、関連会社に隠す操作を重ねて膨れ上がった、相場さえ戻れば損は消える、しかも大蔵省の証券局長に話は通してある、経営陣はこれで乗り切れると読んだ、こう印象を語っていましたけれども、こうした雰囲気だったのじゃなかったでしょうか。
○三木証人 何と申し上げていいか、よくわかりません。
○山花委員 以上です。終わります。
○越智委員長 これにて海江田君、山花君の発言は終わりました。 次に、大口善徳君。
○大口委員 平和・改革の大口善徳でございます。 まず、東急百貨店について、初めてこの問題を認識したのはいつですか。
○三木証人 私が認識いたしましたのは、大蔵省に呼ばれたときでございます。ですから、一月の二十日過ぎでございますか。
○大口委員 あなたは、九一年八月二十四日の会議、あるいは九一年十一月二十四日の会議、そしてそこで、山一が引き取るか引き取るべきでないか、その仕分けがあったわけですね。そして、九一年八月二十四日から九一年十一月二十四日の間も、あなたはたびたびこの会議にも出ております。そういう点で、そのときに東急百貨店のことは全然認識されなかったのですか。
○三木証人 先ほどもちょっと御質問がありましたのですが、いわゆる飛ばしをとるとか、とらないとかという決定は、要するに現場のことをよく知っている人じゃないとできないわけです、例えば会社同士の力関係ですとか取引の経過とか。そういう意味では、私は企画の担当でございまして、いわゆる現場を知らない人間でございますので、そういう具体的な相談というのはほとんどなかったわけでございます。
○大口委員 九一年十一月二十四日、かなりのものを簿外債務で処理する、こういうことは行平社長は了承したわけですけれども、あなたはそのとき反対をしなかったのですか。どういう態度をとったのですか。
○三木証人 当時は、そういう決定は、行平社長と、もう亡くなられました法人担当の延命副社長のところでほとんど決まっておりましたのですが、そこで決まったということになりますと、これはあえて異を唱えるには相当勇気が要るということでございまして、まことに申しわけないことですけれども、発言は特にいたしませんでした。
○大口委員 非常に重要な決定について、あなたは仕方がないという態度であったわけでございます。 そういう状況の中で、一月二十二日、松野証券局長と会うわけであります。それで、松野証券局長と会うわけですけれども、今、企画室長の藤橋さんから連絡があったということでしたね。藤橋さんから、もうちょっと詳細に細かく、どういうふうな説明を受けたんですか。
○三木証人 藤橋君からは、東急百貨店の件で呼ばれていると、これは私が聞いたからですけれども、という報告を聞きまして、何でもめているんだと聞きましたら、飛ばしをとるとかとらぬとかということでもめているということで、後は担当者を呼んだような気がいたします。
○大口委員 後は担当者を呼んだということは、じゃ、あなたが呼ばれる前に、大蔵省の業務課と、それからあなたの方の、山一さんとの、担当の打ち合わせみたいなものですね、そういうものがいろいろあったんですか。
○三木証人 全くございません。
○大口委員 そうしますと、あなたがいきなり行ったわけであって、その前に大蔵省の業務課と山一の例えば企画室長とかあるいは小西本部長とか、これは会っていないんですか。
○三木証人 それは、事務段階ではやっていたかもしれませんが、私は聞いておりませんでした。
○大口委員 そこで、あなたが呼び出しを受けて、飛ばしについて示唆を受けた、こういうことなわけですけれども、それで、その二十二日、本社に帰ったときに、一時間ぐらいの会議で方針変更をしたということなんですが、その方針変更について全然議論はなかったんですか。
○三木証人 いわゆる反対意見というのは、特にございませんでした。
○大口委員 そうすると、あなたは余り事情も聞かないで、それで、よく中身もわからなかった。逆に松野局長はよくわかっていた。それで、海外へと示唆されて、そのまま持っていって、そのまますんなり、一時間ぐらいのあれで了承された。こういうことですと、松野局長の示唆というのは、これは絶大なものがある。 あなたはMOF担から社長になったと言われていますが、大蔵省の力といいますか、そういうものはどう感じましたか。また、その一月二十二日、あなたが本社に帰ってから、皆さんの印象といいますか、どういう感じでしたか。
○三木証人 証券局長からじきじきにお話があるというのは、そうしょっちゅうあるわけじゃございませんので、これは何とか意向に沿いたいという感じはあったと思います。
○大口委員 その後は、あなたは、証言によりますと、報告に行った、ねぎらいの言葉をかけられた。そして、一相場あれば解決ですね、こういうふうに言われた。このときには、行平社長と一緒に行ったんですか、報告に。
○三木証人 そのように記憶しております。
○大口委員 そうしますと、行平さんもこのことは同じように受けとめていたんですか。
○三木証人 同じように受けとめてというのは、何をでございましょうか。
○大口委員 ですから、要するに、飛ばしをすることについてねぎらわれたというような感じを、行平さんもそういうふうに受けたんですか。
○三木証人 同じ認識だったと思います。
○大口委員 この当時、堀田業務課長は、全くこのことについてはタッチしていない、こういうことのようでありましたが、堀田業務課長は参議院の予算委員会の中で、恐らく春、早ければ二月ごろ、あるいはもうちょっと遅かったかもしれないけれども、山一に対して社内調査を要求した、だけれども、それに対して答えは、問題はない、飛ばしについて問題はない、こういう回答があったということを言っておりましたけれども、こういう堀田業務課長の、ちょっと食い違っていますね、時期がかなりずれているわけですけれども、この答弁についてどう考えますか。
○三木証人 私は、それは存じておりませんので、ちょっと申し上げようがないのでございますが。
○大口委員 あなたは、社長になられて、九三年六月の二十四日、小川局長に呼び出されましたね。小川局長、山本証券業務課長、それからあなた、三木さん、そして藤橋さん。行ったわけでありますけれども、そのときに小川局長から、ゆゆしい事態だと。 ちょうどこれ、大蔵の検査、証券監視委員会の検査がありましたね。それで、本体の立て直しが第一義だ、本当に大丈夫か心配だ、過去のものについても、腐ったものを切り捨てなさい、あらゆるものをかなぐり捨てて、そして具体的な再建策をつくってほしい、こういうふうに言われ、また山本業務課長からは、行政として危機感を持っている、ストリップス債の帰属についてもはっきりしない、フリーな資金がかなり低い水準だということを言われましたね。 このときに、小川局長は相当、あなたの、山一の状況、それから飛ばしだとかそういうことについてわかっているんじゃないか、だからその本体を立て直しなさいと、そういうような印象を受けましたか。
○三木証人 平成五年の大蔵省の検査のときは、三年ばかり前に販売しておりましたモーゲージファンドという投資信託にかなり損が出まして、これのいわゆる補てん騒ぎがございまして、結局百億ほどうちの会社で、百五億ですか、投資家の皆さんに補てんをした事実がございまして、それで、そのときも結局、販売姿勢が悪いということを大変厳しく怒られまして、したがいまして、私はそのとき、小川局長に非常に厳しくやられたときは、モーゲージファンドのことを言われているんだなというぐあいに考えておりましたものですから、ほかの方には全然頭が回らなかったというのが現状でございます。
○大口委員 ただ、一緒に同行した藤橋企画室長が、経営改善計画の策定に当たっては、もうオフバランスの含み損、簿外債務も検討するしかない、こういうふうに受けとめているんですよ。企画室長はそういうふうに受けとめているのに、あなたはそういう感じだったんですか。
○三木証人 私は、先ほど申し上げたような意識でございました。
○大口委員 その後、大蔵省の検査におきましても、あなたの方として、例えば取引高の上位リストの虚偽の提出をしたり、あるいは郵船アカウンティングの買い取りについて、これも虚偽の報告をしたり、それからまた山一の事業負担、あるいは負担のおそれのあるもの、飛ばしの取引その他の有無、内容についての質問について、ない、こういうふうに、全部あなたの、社長の名前で回答、虚偽の回答をしているわけです。これについてはどうですか。
○三木証人 先ほどもちょっと申し上げたんですが、私、ただいま刑事事件の被告人でございまして、この件は私の刑事責任に大きな影響があると思いますので、まことに申しわけございませんが回答を控えさせていただきたいと思います。
○大口委員 あなたは、じゃ、これは全くあなたと無関係だというふうにおっしゃるんですか。
○三木証人 回答を控えさせていただきたいとお願いしておるわけでございます。
○大口委員 あなたは、その後いろいろ会社を是正するチャンスがあったわけですね。その中で、例えば、九五年の八月五日から六日まで一泊二日で、藤橋企画室長あるいは企画室付部長が、常務以上の役員を対象とした一泊二日の合宿をやる、オフバランスの含み損をディスクローズする、そういう検討会をやる、こういうことに対して、あなたはどういうふうに対応されましたか。
○三木証人 対応策もできていないのに簡単にディスクローズするな、もっと基本的なところを固めるのが先決じゃないかというようなことを言った記憶がございます。
○大口委員 まずは現状を認識するために検討しようということでやっているわけですね。ところが、あなたはその分析自体も否定したということですか。
○三木証人 いや、数字等をディスクローズするのをとめた、こういうことでございます。というのは、そういう資料を公開しますと、直ちにそれがひとり歩きいたしまして、信用不安とか、つまらぬうわさとかにつながる可能性がございますので、そういうことを防止する意味で申し上げたわけでございます。
○大口委員 九六年十二月二十五日、あなたは山一ファイナンスへ一千五百億円の支援の決定をした。それが九七年三月三十一日に実行されたわけですね。この問題につきましても、山一本体の償却ということを、これを本当は真剣に考えなきゃいけないんじゃないですか。そのあたりはどうでしょうか。
○三木証人 ファイナンス会社の財務の健全化というのは四社の共同ビッグプロジェクトでございまして、大蔵省の検査でも、必ずこれが一番に指摘されるというような状況でございました。しかも、総合ファイナンス会社は業務方法書上の関係会社でございまして、お金を借りる場合も、山一証券が経営指導念書といったようなものを出しておるということで、もしこれをうちだけが、一社だけが償却しないということになれば山一グループ全体の信用不安につながる、そういう判断でございました。
○大口委員 それで、ちょっと前に戻りますが、一月二十二日の三木さんと会ったときに、松野局長は催告書のことを、これは知っているような口ぶりでしたか。
○三木証人 私は、催告書の件では松野局長と一度も話をしたことはございません。
○大口委員 あなたに対しては、株主から、三十八人の株主から、本年四月二十三日、訴えも提起をされております。それから、社員の方も、融資制度を使って、マイホームを買わないで山一株を買った、自社株を買った。カウンターレディーまで買った、こういうようなことですね。 あなたが本当に大蔵省の方だけ顔を向いて、大蔵省に対してどう思われるかということしか頭になかったということを、今証言ではっきりしたわけでありますけれども、本当は国民の投資家、そして社員に対して、あなたはこれはけじめをつけなきゃいけない、こう思うわけです。 あなたの資産ですけれども、横浜の青葉区に百七十二平米、木造二階建ての自宅があるかどうか。それから、有価証券を持っているかどうか。現金、預貯金を持っているかどうか。これは、あなたは最高時六千五百五十万円も年収があったとも言われておりますし、それから、九四年とか九六年というのは、これは役員賞与をもらう資格がないのに一億八千万、これは役員に対して支払われている。こういうことを考えますと、あなたとしてけじめをつけるべきだと考えますが、いかがでございますか。
○三木証人 私は、特に見るべきほどの資産を持っておりませんけれども、結果責任といいますか、そういう意味での、取締役の責任という観点から、どのように責任を果たしたらいいか、弁護士さんと相談して結論を出したいと思っております。
○大口委員 中身も、その資産の中身を言ってください。今の資産の中身を言ってください。あなたが持っている資産の中身を証言してください。
○三木証人 今おっしゃったとおり、青葉区の方に自宅、もう建って二十年ぐらいの木造の家がございまして……(大口委員「はっきり、有価証券とか」と呼ぶ)有価証券は、山一の株の残骸といいますか、そのまま残っている分だけでございます。(大口委員「預貯金」と呼ぶ)まあ、ちょっとプライベートにわたりますので、何とか御勘弁をお願いしたいのですが。
○大口委員 しっかりと責任をとっていただきたいと思います。 以上で終わります。
○越智委員長 これにて大口君の発言は終わりました。 次に、西川太一郎君。
○西川(太)委員 三木さん、あなたは今日まで、何の容疑で何回逮捕されましたか。
○三木証人 利益供与の容疑で二回、それから有価証券取引、有価証券報告書の虚偽記載で一回でございます。
○西川(太)委員 四大証券の一角を構成する山一証券のトップ、またはその周辺におられたお立場で、三回も逮捕されるということは、あなたはそれが証券業界の体質だ、もしくは山一の体質だ、それとも何かほかに原因があるとお思いですか。
○三木証人 私といたしましては誠心誠意業務をやってきたつもりでおりますが、こういう結果になって、まことに申しわけないと思っております。
○西川(太)委員 総会屋に利益を供与したり、不当な飛ばしを行ったりすることが、誠心誠意努力した結果なんですか。
○三木証人 当時といたしましては、それが会社のために一番いいという判断でございました。それが結果として逮捕されるような羽目になったことは、まことに遺憾でございます。
○西川(太)委員 とんでもないことですが、きょう、あなたは何のためにこの本院の証人喚問に呼ばれたと認識しておられますか、何を解明するために。
○三木証人 山一が、どういう過程を経て自主廃業に追い込まれたかといったことの解明であろうかと思います。
○西川(太)委員 それを解明することは、どういう意味があると思いますか。 あなたは答えられない。その程度の認識でここに臨まれることは、国民の代表の国会議員として、私はまことに遺憾に思います。 あなたがきょうここで解明すべきことは、飛ばしや簿外取引によって我が国の金融システムに対する内外からの信頼を大きく失墜させた罪。今や日本の経済は不透明、不明朗な取引慣行に支配されているというイメージを国内外につくってしまった。その結果、我が国の本格的な金融システムの立ち直りをおくらせている。山一証券の破綻後、日本の格付がネガティブになって、ジャパン・プレミアムも上昇した。 さらにつけ加えれば、最終的に債務超過であれば、日銀特融という国民の負担によるお金が追加されるのです。まだ確定しておりませんけれども、債務超過になる可能性も高いのです。そうなれば投資者保護基金で賄い切れない、こういうことになれば、国の財政によって穴埋めしなきゃならない。これは国民に対する大きな罪ですよ。 そういうことを解明するためにきょうここに呼ばれているという認識はないんですか。
○三木証人 あります。
○西川(太)委員 それで、どうお思いなんですか、あるならば。
○三木証人 うまく表現できませんで、申しわけございません。
○西川(太)委員 実は、野沢正平社長は、最後に号泣をされて、社員は悪くない、私ども経営陣が悪い、そして、山一がこうなった四つの原因ということを言っておられましたけれども、私は、そこになかったけれども極めて大きな原因は、損害が出た、国内外で出た、松野元証券局長に相談に行った東急百貨店問題もさりながら、それらのことを隠ぺいすることにきゅうきゅうとした山一のトップの体質に大きな問題があったと思うのです。 実は、東洋経済という経済雑誌が、昨年の四月ごろから三回にわたって、山一には飛ばしがある、簿外で処理している大きな債務がありそうだということを何回か報道しました。そのときに、これは私やっと捜し当てて、もとの役員からじかに聞いた話でございますが、その場に臨席した人から聞いた話でありますが、昨年の八月の時点で、あなたは藤橋忍常務企画室長に命じて、その会合で、もう東洋経済の記事は告訴するから、あんなことはうそだから、どうか諸君、心配しないで仕事をしてほしいということを言った。そういう事実はありましたか。
○三木証人 記憶にございません。
○西川(太)委員 記憶にないはずはないんですね。なぜかといえば、そうした隠ぺい工作がずっと続いて、その陰で、全社的にこれを解決しようという提案は退けられて、MOF担関係の、いわゆる企画室関係の人たちだけでこの問題を処理しようということばかりやっていたから、山一ファイナンスの時点では千五百億円の簿外の債務であったものが、とうとう最後には二千七百億近くになったじゃないですか。 その間、あなたは、こういうことを特にマスコミに対しては箝口令をしいて、ゴルフに行くような格好をして役員がひそかに東京本社に集まったり、ホテルに入ったりして会議を続けてきたということは、事実じゃないんですか。そういう隠ぺい工作をしてきたことに対して、責任を感じませんか。
○三木証人 私が行平から社長を引き継ぎました平成四年の七月の時点では、もう既に相当金額のいわゆる含み損がございまして、これを公表すれば、たちどころに会社は信用不安に陥って、その影響が経済界にも波及するというおそれがあるような状況でございました。 それで、どうするかということをさんざん考えましたあげく、とりあえず緊急避難的に棚上げしようということになったわけでございます。それが結果的に裏目に出たということは、まことに申しわけないと思っております。
○西川(太)委員 あなた、いやしくも四大証券の一角を構築する山一の取締役社長までお務めになった人が、今の国権の最高機関である国会での証言としては極めてお粗末な言辞ですよ。裏目に出たというのはどういうことですか。罪の意識はなかったんですか、あなたは。どうですか、それは。 委員長、時間がありませんから、続けて発言させてください。
○越智委員長 はい。西川君。 証人は座ってください。
○西川(太)委員 もうわずかな時間でございますが、実はあなたは、三回逮捕された一番最初は、いわゆる昭和リース事件だったんですね。このときに、あなたの上司であった、自主廃業直前には相談役に引いておられた方から、あなたが逮捕された時点で連絡があった。あのことだけは、君、しゃべるなよ、こういうふうに言われたと報道されております。 そのあのことというのは、その損失補てんの際に、あなたは、損失の隠ぺいに絡む簿外で行った海外取引、特に融資でございますけれども、これが極めて背任性の高い取引だった。そのことを口どめされたという事実はありますか。当時の相談役です。あなたの上司ですよ。
○三木証人 ちょっと思い当たりませんが。
○西川(太)委員 これを思い出すと、あなたはもう一度大きな罪に問われますよ。 それからもう一つは、きのうまで書店に並べられていたアエラ、その中に、九一年に退任したEという、この人、頭文字をEです。Eさんというワラント担当部長が関連した五十億円の疑惑事件。この報告書、どこを見てもそれは出てこない。これを調査しておったところ、突然、三木淳夫社長がその調査を取りやめるように指示をした。そして、実はこの五十億円がいろいろな、個人が着服した部分もあるそうですが、山一の各方面に対する工作費に使われた。これは事実ですか。重大なことです、これは。
○三木証人 全く覚えがございません。
○西川(太)委員 五十億円のお金がなくなった、このことを、記憶にないんですか。
○三木証人 ありません。
○西川(太)委員 これは、じゃ、あなたは、この報道に対してどういうふうに対処しますか。そういう調査をあなたがやめさせたとはっきり、あなたの名前入りで、ルビまで振ってあって、書いてありますよ。
○三木証人 私も買って読みましたですが、私が調査を中止させたというような記憶は全くございません。
○西川(太)委員 記憶がないのであって、これは、ぜひその記憶を呼び戻していただきたい。そういう事実がなかったということではないことを、私は留意しておきたいというふうに思います。 あなたは、松野さんとお会いになって、そして、先ほど来、同僚先輩議員から、いわゆる示唆を受けたと、報告書にもそう書いてありますね。しかし、松野さんは、一般的なことを言っただけだと、いわゆる松野・三木会談では一般的な飛ばしについての話をしただけだと言って言い抜けておりますけれども、あなたは、報告書の中でも、示唆を受けたというふうにはっきり言っておられます。そういう自信があるから、証券局が認めてくれた方法だというのであなたは処置をした。そういうふうに、再三同じような質問でございますけれども、ここがとても大事なところなんです。 なぜかといえば、私も三月十八日に松野さんにこの場で証言を求めた一人ですから、この点をもう一度確認をいたしますが、あなたはそのとき、心理的な圧迫感も含めて、または、長く、言葉は悪いけれども、べったり頼ってきた大蔵省の業界担当監督のトップの言葉だということで、安心して、ある種の位置のエネルギーのようなものを向こうに感じて、その人から言われたんだということで、これは指示だというふうに受けとめましたか。
○三木証人 基本的には……
○西川(太)委員 はっきり答えてください。あなたのことじゃない、松野さんのことだ。
○三木証人 おおむねそうでございます。
○西川(太)委員 おおむねそうだと今お答えになった。 そこで、これで最後ですが、実は、報告書によれば、その後、この件に関して大蔵省から何の検査も調査もなかった、こういうふうに書かれております。ということは、大蔵省は、もし指示をしていないなら検査をしてしかるべきだからでありまして、私は、そのことは大変重大だというふうに思います。 私ども自由党は、一般人だけをここにさらしもののようにしてやるという批判が一部にありますけれども、そうではない。政治家についても、山崎自民党政調会長についても証人喚問の要求をしておりますことをつけ加えて、発言を終わります。 どうもありがとうございました。
○越智委員長 これにて西川君の発言は終わりました。 次に、木島日出夫君。
○木島委員 日本共産党の木島日出夫でございます。 最初に伺いますが、証人も社内調査委員会から何度かにわたって事情聴取は受けていると思うんですが、いつごろ、何回ぐらいにわたって調査を受けていますか。
○三木証人 はっきりは覚えておりませんが、ことしになって三、四回ぐらいでしょうか。
○木島委員 先ほどあなたは、九二年一月の松野証券局長との会談で、海外への飛ばしを示唆されて意外だったと証言をいたしましたね。 意外だったという意味は、これは、あなたは松野局長との会談に臨むに当たって、むしろ逆に、前年十二月に山一証券が五社とのトラブルについては飛ばしをしていた、そして子会社である日本ファクター株式会社へ移していた、このことをむしろ逆に指摘されて追及されるんじゃないか、そういうおそれを心中持ちながら松野局長との会談に臨んだ、しかし方向が逆だったので意外だった、そういう意味ですか。
○三木証人 そうでございます。
○木島委員 じゃ、なぜ松野証券局長は、あなたにとっても意外だったそんな逆方向の示唆をしたと思いましたか。
○三木証人 わかりません。
○木島委員 山一証券の幹部として、何で大蔵省松野証券局長は、そんな逆方向、海外への飛ばしまで示唆する逆方向の示唆をしたと会社内部の幹部の中で論議をして、そんたくをしたことはありませんか。
○三木証人 新法が施行されて間もないころでございましたので、そういう大口のトラブルが続々出てくるのはうまくないという配慮じゃなかったかというような話題は出たことがございます。
○木島委員 社内調査委員会の調査報告書によりますと、九二年当初の時点で、山一証券が引き取って、いわゆる簿外債務としたのは、七社で千七百十二億円と記載があります。その中で、処理方策について松野証券局長と話し合ったのは、東急百貨店とのトラブル一件だけでしたか。
○三木証人 先ほどから再々申し上げておりますが、事務の方は、私、よくわかりませんで、ちょっと。
○木島委員 あなたでいいですよ。あなたが松野局長と相談したのは一件、東急との一件だけだったか。
○三木証人 そうでございます。
○木島委員 それじゃ、こう聞きます。 報告書によりますと、九二年、平成四年一月中旬に大蔵省証券局業務課の課長補佐から、山一証券の藤橋さんだと思うんです、企画室長に東急百貨店とのトラブルについて問い合わせがあり、小西本部長が大蔵省に説明に行っております。大蔵省がこのような個別紛争に介入してきたのはなぜだったかわかりますか、あなたは。山一側が持ちかけたのか、それとも東急側が持ちかけたのか、それとも持ちかけられもしないのに大蔵省が乗り出してきたのか。どう考えていましたか。
○三木証人 少なくとも、山一側から働きかけたということはないと思います。
○木島委員 じゃ、なぜ大蔵省が乗り出してきたか、大蔵省の意図を考えましたか。
○三木証人 先ほど申し上げましたとおりでございます。
○木島委員 質問を変えます。 平成五年の大蔵検査に関する部分にも、非常に詳細な調査報告がなされております。そのことについてお伺いします。 平成五年の大蔵検査が入り、その結果が出る前の平成五年、一九九三年六月二十四日、証人は、退任予定の小川証券局長と面談をしております。覚えておると思うんです。小川・三木面談です。そのとき、小川局長から、過去のものについて、腐ったものを切り捨て、また経常的経営についてもかなりシビアな経営をしてほしいと指摘された。そのことがこの調査報告書に記載されております。それは当時、三木・小川会談が随行の者によってメモされ、その日のうちに社内文書としてきちっと記録されていた。それがそっくりそのままこの報告書に出ているからであります。覚えていますね。
○三木証人 覚えております。
○木島委員 それで、お聞きしたいんです。 小川証券局長が、検査中の話ですが、山一証券について指摘した、過去のもの、腐ったものは切り捨てて経営改善に努力せいという、過去のもの、腐ったものとは何を指すのでしょうか。こういう、東急百貨店にかかわって隠してしまった簿外債務のことなどを指していたんでしょうか。
○三木証人 私の理解では、法人、個人に限らず、営業姿勢が非常に悪いということで、その辺を指摘されたんだというぐあいに理解しておりましたが。
○木島委員 いや、そんな一般的な話じゃないんですよ。過去のもの、腐ったものを切り捨てよと指摘されたというんです。過去のもの、腐ったものが残っている、切り捨てろ。これはまさに、こういう東急百貨店との関係を、飛ばして、簿外債務として子会社に固定していった、こういう、過去のもの、腐ったものだから切り捨てろ、こういう意味じゃないんですか。具体的な指摘をされているんですよ。
○三木証人 私どもは、そういうぐあいには理解しておりませんでした。
○木島委員 じゃ、もう一点だけを聞きます。 この調査報告書によると、平成五年大蔵検査の結果、簿外債務に直接つながった取引につき、不適正、不適切との指摘がなされているが、大蔵省は、それ以上の追及を行わず、簿外債務の発見に至らなかった、このように報告書には記載がされております。なぜ大蔵省からそれ以上の追及を受けなかったのか、証人はわかりますか。
○三木証人 わかりません。
○木島委員 ことしの三月のある新聞にこういう記事が出ておりました。山一ファイナンスの不良債権問題が表面化したちょうどあのころ、九三年から九四年ごろ、平成五年ごろ、山一証券は、審議官クラスを含む大蔵省幹部らにゴルフや飲食の接待を頻繁に行ったという、そういう記事が出ております。 当時そういう方針を、あなた、社長でしたが、とっていたことは事実ですか。
○三木証人 特に記憶がございません。
○木島委員 そこは大事なところですから思い出してほしいのですよ。もうこれは今日では常識的になっているんですね、金融機関が大蔵省の官僚に接待攻勢をかけるというのは。ちょうど山一証券が検査を受けていた九三年、九四年ごろ、そういうゴルフ、飲食の接待を頻繁に行ったと記事が出ているのですが、やっていたことをあなた知っているんでしょう。事実なんでしょう。
○三木証人 少なくとも、私はやっておりませんです。
○木島委員 それじゃ、あなたにないしょで、勝手に部下がやっていたということがあり得るということですか。
○三木証人 それは、いわゆる、向こうが課長ならこちらは部長とか、そういう意味での判断はあったかと思います。
○木島委員 時間が来ましたから、最後の質問にします。 株式市場が公正に機能するためには、企業の経営や資産の実態が正確に市場と投資家に伝えられることが大前提であります。証人は、株式会社の最高責任者として、大口取引先への損失補てんが問題になった九一年のあの時点で、飛ばしや簿外債務の隠ぺいを行って市場と投資家を裏切りました。その責任は限りなく大きいと思います。こうなってしまった最大の原因はどこにあると証人は考えているかお聞かせいただいて、私の質問を終わります。
○三木証人 基本的には、それが会社にとって一番いいという判断をするということが一番基本的な問題かと思います。
○木島委員 終わります。
○越智委員長 これにて木島君の発言は終わりました。 次に、保坂展人君。
○保坂委員 お尋ねしますが、松野証券局長との話のところで、事務局は、出るところに出ても頑張る、これは筋を通そうということだと思いますけれども、ところが、証券局長は飛ばしを示唆をした。そのとき、松野証券局長の言うことに疑問を持ちませんでしたか。こんなことをしていいだろうか、そういうふうに疑問を持たなかったのですか。
○三木証人 持ちました。
○保坂委員 当然、持って当然なんです。 では、そういう疑問を持ったのに、なぜ、もうその日のうちに、その方向で処理をしようというふうに決めてしまったのですか。
○三木証人 私も疑問を持ちましたので、その判断をみんなに仰ごうということで、早速、帰ってみんなに紹介したわけでございます。それで、みんなの意見が、それならやむを得ないという判断であったというぐあいに記憶しております。
○保坂委員 ソファーから立ち上がるときに、一相場あれば解決ですよと言われたという場面がまた後にございましたよね。その言葉を聞いて、どのように考えましたか。
○三木証人 いやまあ随分気楽なものだなという感じでございました。
○保坂委員 まさに、片時も忘れられないほど大きな問題に膨らんでいくわけですけれども、先ほども触れられましたが、九五年の七月に、現状に危機感を持った企画室長らの動きで、これを、いろいろなうみをディスクロージャーして出してしまおうということで、いわば山一再建のために合宿をやろうということをあなたはとどめたわけですが、その判断は、これは間違っていたというふうに思いますか。こういうときに、きちっとうみを出しておくべきだったのじゃないですか。
○三木証人 基本的な考え方はそうだと思いますが、そのためには準備が必要だというぐあいに思ったわけでございます。ただ不用意にこういう公開だけしますと、つまらぬうわさが出たり、それが取りつけに発展したりしたのじゃ困るということで、全くやめてしまえ、こういうことじゃございません。
○保坂委員 まさに最初の発端のところで、証券局長のまさに示唆どおりの処理をしてきたわけで、当然、ディスクローズをするかどうか、情報を開示してうみを出すかどうかについては大蔵省と相談されましたか、この時点で。
○三木証人 相談しておりません。
○保坂委員 先ほど接待のことがありましたが、どうでしょう、山一証券に入社をされて、大蔵省の接待の席をつくるという機会はこれまでに相当程度ありましたか。例えば、大体で結構ですから、どのぐらいあったのか。そして、ゴルフ、料亭、その他贈り物など、相当程度接待ということが山一の中にあったということを聞いていますが、御自身の経験から、特に歴代証券局長に対する接待について、きちっとお答えいただきたいと思います。
○三木証人 それなりのおつき合いはあったと思いますが、同業他社に比べれば、むしろ少ない部類だったのじゃないかと思います。 それで、局長とのゴルフというのは、ほとんど記憶がございません。
○保坂委員 飛ばしの問題については、去年の春から、いわゆる山一の破綻の前、雑誌東洋経済に、もう既に具体的にきめ細かく出ているわけです。それについて山一証券は告訴もしていないわけですね。 山一の場合、監査は中央監査法人が担当していたそうですが、普通に考えて、担当の公認会計士が飛ばしの存在を知らないはずがないと思うのですが、飛ばしについて公認会計士とどのような打ち合わせを重ねてきたのか、その点について伺います。
○三木証人 飛ばしについて公認会計士と打ち合わせをしたことはないと思います。
○保坂委員 そうすると、公認会計士は、いわば裏の、その飛ばしのところは一切関知しない形で見ていた、こういうことでよろしいですか。
○三木証人 そのように思います。
○保坂委員 先ほどの発言で、非常に意外に思った一言があります。それは、東京地検やSECの強制捜査を受けて、次々と、御自身も逮捕される、そしてまた役員も総退陣するということが予期しない出来事であったという一言なんです。予期しない出来事という認識では、これは本当に反省に結びつかないというふうに思います。 例えば、小池総会屋が、三億預けるから三千万つけてくれと言われたときに、これは必ず違法な取引になりますよということを当然社長なら考えるわけで、そこでストップをしておければこんなことにならなかった。あるいは、松野証券局長の、その、随分気軽な一言だなというときに、きちっと判断をすればよかった。そういう反省はありませんか。
○三木証人 いや、もう反省しております。
○保坂委員 山一証券が破綻の直前に自社株を大量に売って問題になっていると言われています。これはもう既に訴訟も起きている。山一にはこういった被害者の苦情が多々来ているのではないかと思うのですね。 山一株主被害者の会が行ったアンケートによると、四大証券には倒産の心配は絶対にない、あるいは、人に迷惑をかけるような山一ではない、ことし最後のバーゲンだと思ってください、私たち山一の社員も買っているなどと言って顧客に山一の株購入を勧めていたということで、多大な損害を最後の最後までもたらしてしまったということに対して、経営に責任を持ってきた者として、謝罪の言葉はありませんか。どういうふうに思われますか。この事実も含めて確認したいと思います。
○三木証人 私、昨年の八月、退職いたしまして、それ以来、会社の方とは全く接触をしておりませんので、その辺のことはよくわかりません。
○保坂委員 どうも責任を持った言葉というのが余り聞かれないんですけれども、大蔵省の監督のもとにあって、大蔵省の指導下に山一証券があったことは歴然としています。決定的なところで大きくかじを切り損ねて自主廃業に至ってしまったということについて、その当時の松野証券局長、そして大蔵省に、現在あなたが言いたいということはありませんか。
○三木証人 どういうぐあいに表現したらいいかよくわかりません。
○保坂委員 一言ないですか。
○三木証人 特に表現のしようがございません。
○保坂委員 極めて残念です。 終わります。
○越智委員長 これにて保坂君の発言は終わりました。 以上をもちまして三木証人に対する尋問は終了いたしました。 証人は御退席くださって結構であります。御苦労さまでございました。 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午前十一時五十三分散会