法務委員会 第9号
- 発言数
- 236 件
- 登壇者
- 21 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1998/04/10
会議録
○笹川委員長 これより会議を開きます。 内閣提出、裁判所法の一部を改正する法律案及び司法試験法の一部を改正する法律案の両案を一括して議題といたします。 本日は、両案審査のため、まず午前の参考人として西南学院大学法学部教授吉村徳重君、日本放送協会解説委員若林誠一君の両名の方に御出席いただいております。 両参考人には、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただき、審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いをいたします。 次に、議事の順序及び発言について御説明申し上げます。 まず、吉村参考人、若林参考人の順に、各十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。 それでは、まず吉村参考人にお願いいたします。
○吉村参考人 ただいま御紹介にあずかりました吉村でございます。 裁判所法及び司法試験法の一部を改正する法律案につきまして意見を述べさせていただきます。お手元にレジュメを配付しておりますので、それを見ながらお聞きいただければありがたいと思います。 まず最初に、私がどういう立場でこの法律案について意見を述べるのかということの背景から説明させていただきたいと思います。 皆様御存じのように、この二つの法律案は、法曹三者協議会の司法試験と法曹養成制度に関する合意、これは皆様のお手元にあります資料にありますけれども、それに基づいて、これを実現するために作成された法律案であります。したがいまして、この法律案が可決されました場合には、この合意に基づいて具体的に司法試験及び法曹養成制度が運用されるということになるかと思います。 そこで、私の意見もまた、この合意の内容について申し述べるということが適切であろうというふうに判断いたしました。 ところで、この合意は、その前に法曹養成制度等改革協議会において提出いたしました意見書に基づいてなされたものであります。私は、この改革協における外部協議員として四年余り参加させていただきまして、この意見内容に対していろいろと意見を申し述べたわけであります。したがいまして、私としては、その協議員の背景のもとに、この新しい合意及び法律案についてどういう立場で述べるのかということをまず一言言っておく必要があろうかと思います。 この協議会における意見書は、皆様御存じのように、法曹人口を近年のさまざまな要請、法的ニーズの必要にこたえるために増員しよう、そういうことを主に議論をいたしました。私自身は、途中からつくられました小委員会の法曹人口小委員会に属して、専らこの問題について議論をした者であります。 その結果として、現在七百名の合格者を当面千名に増員するという点で合意を得ました。のみならず、中期的には千五百人程度に増員しようという点についても、これは多数意見がそういう内容として一致したわけであります。私自身はその点にくみした者であります。 しかし、その増員に伴いまして修習期間をどうするのか、それからまた司法試験の内容をどうするのかという点につきましては意見が分かれました。それからまた、千五百名にふやすという点についても意見が分かれました。その修習期間の短縮や司法試験の内容につきましては、後ほど詳しく説明いたします。 ただ私は、協議員として主に考えましたことは、従来法曹三者は必ずしもこの問題について一致しない、これは困るので、まず一致する点は何かという点を視点として、そういう方向で意見をまとめたいという立場から発言いたしました。ぜひこの機会に法曹人口を増員するその第一歩をここで踏んでいただきたい、そういう視点から発言いたしました。その結果、この意見書が出され、それに基づいて三者協の合意が形成されたわけでありまして、曲がりなりにもこのような形で合意が形成されたということは非常に評価すべきことであると基本的に考えております。 合意の内容につきましては、皆様既に御存じのことと思いますので余り繰り返しませんが、要するに、千人に増員をしよう、その増員をした点については、それを前提として修習内容及び司法試験の内容を変更しよう、そういうのがまず第一でありまして、これが今回の法律の内容となっておるわけであります。 さらに、それ以上に千五百人にしよう、あるいは継続的な研修制度といいますか、そういうものをどうしようかという問題については、今後の検討課題ということになっております。 そこでまず、法律の内容となっております修習制度及び司法試験の改正について、これをどう評価するのかということが本日の中心テーマとなります。これをどういう立場で考えるかという点になりますと、これは、今回は意見をまとめるということだけじゃなくて、国民の法的なニーズ、多様な法的なニーズに本当にこたえているのかという点から評価すべきであろうというふうに考えます。 したがいまして、以下、私がこの法律案の内容について述べますことは、そういう立場から述べさせていただきたいというふうに思っております。 レジュメの二枚目に入ります。 そこでまず第一に、司法修習制度の改正についてでございます。 第一点は、千名に増員するとすると、従来の二年間では、実際修習の、特に実務修習を受け入れる体制がそろっていない。だから、これは二年間は無理なので一年半にしようというのが法律の改正案であります。 私自身は、改革協でこの議論をいたしましたときには、かなり早い段階から、修習期間は現在の二年を前提にして、むしろ現在行われている修習内容、これは裁判所、検察庁及び弁護士会を中心にした実務研修でございますけれども、これをもっと多様化すべきではないかと。 今この法的なニーズというのは、何も裁判所中心だけじゃなくて、企業法務であるとかあるいは官庁の法律相談であるとか、法律顧問であるとかあるいは渉外法務であるとか、さまざまな分野に広がっておるわけでありまして、そういう多様なニーズに対応できるような修習体制をつくるべきだ。そのためには、受け入れ庁も裁判所、検察庁、弁護士会というだけじゃなくて、場合によっては企業法務あるいは官庁法務あるいは地方自治体も含めてですが、そういうところにも一定の期間だけは自由に選択して修習できる、そういうようなものにすべきではないか。そうすれば現在の裁判所や検察庁の受け入れ体制がパンクするということもちょっと解消できるのではないか。そういう意見を述べたことがあります。 しかし、この改革協の内部では、これは具体的に実施するとなるとなかなか難しいということで、結局は一年半に短縮するという方向で意見がまとまり、今回の三者協では、一年半に短縮せざるを得ない、そういう結論になって法案となったわけであります。 私としては、具体的な司法修習の内容がどう運営されているのかというのはそれほど詳しくありませんので、三者がそうであればこれはやむを得ないと思います。 しかし、そういうふうに短縮したのにかわるものとして、法曹資格取得後の研修の充実が合意の内容となっておりますけれども、これは早く具体化すべきであるというふうに考えております。 それから、合意の内容には、修習内容を多様化する、裁判所中心の実務修習だけではなくて、もっと一般的な、情報提供であるとかあるいは社会の実態、実相に触れさせる、そういうものもやろうという点が提案されておるわけですが、これは非常にいい提案であるというふうに思います。 しかし、一年半に短縮した修習期間の中で、従来の法務修習に加えてそういう多様な修習をするということになるとすると、修習内容が全体として希釈化されるのではないのか、法曹としてそれでいいのか、質が低下するのではないかというふうな懸念を持っております。 したがいまして、本当の意味で修習内容を多様化するためには、一年半というのはやはり無理なのではないか。やはりこれは、将来的には、再検討をするといいますか、修習期間や受け入れ機関をも含めて再検討をしていただきたい。これは希望として申し述べます。 次に、司法試験制度の見直しについてでございます。 これは要するに、一年半に短縮をした結果、従来、六法の中で民事訴訟法と刑事訴訟法は一つだけが選択になっておりまして、選択しないものについては、修習の間に、選択しなかった諸君にその訴訟法については教育をするというのでかなりの時間を割いていたわけです。そういう時間がなくなってしまう。だから、これはもう試験科目の中に両方とも必修にしなくてはいかぬ、そういう趣旨で必修とするという案が出てきたわけです。 そうしますと、かなり受験者の負担がふえる。従来、それ以外の行政法とか労働法とか、選択科目ということで、論文試験をやっておりましたけれども、それにこれを加えますと、全体で七科目の法律の論文試験があるということになりますので、これはもうやめるというのがこの法律案の内容であります。要するに、選択科目を廃止するというのが内容であります。 私自身は、この両訴訟法が、こういう状況になった結果、必修になるという点についてはやむを得ないかなというふうに思っておりますが、選択科目を廃止するというのはちょっと問題があるのではないかというふうに考えます。 廃止する主な理由は、要するに受験者の負担を軽減するためということにあるわけで、それは必要なことでありますけれども、それは別途、六法を試験内容を限定するとか、さまざまな手段が改革協では議論されましたので、そういう点で配慮すべきではないのかというふうに考えております。 選択科目を廃止することの問題点については、レジュメに書いておりますが、要するにこれほど法的ニーズが多様化しているときに、これにこたえ得ないのではないのか。行政法や労働法やあるいはさまざまな分野の知識も必要ではないのか。それから、大学の教育自体が多様化しているのに、今でも司法試験との乖離があるのに、これがますます広がっていくのではないのか。いろいろな議論をしておりますし、私もそういう議論に賛成であります。 したがいまして、この点につきましては、ここでもう決まってしまうということはあるいはやむを得ないかもしらないけれども、今後、大学の意見をも参照していただいて、法律選択科目の廃止については検討していただきたい。 基本的に、今回の法律案というのは、一番最初に申し上げましたように、大幅に法曹人口を増加するための過渡期、第一歩を踏み出した、そういう案でありますから、今後とも、さまざまな形で将来的には千五百人にするという方向で検討をする必要のある案でありまして、そういう、いわば第一歩、過渡期の案として、将来的な検討を留保するという形で附帯決議をしていただければありがたいというふうに思う次第であります。 予定された十五分が過ぎてしまいまして、大体なくなりましたので、三枚目に書いてあります今後の千五百人程度への増員に伴う問題、それから法曹資格取得後の研修の充実についての問題、これは合意が、法曹三者で今後こういうことを検討するんだ、協議をするんだということを付加しておることでありますから、直接法律案に関係することではございませんので、時間の都合で最後のところは省略させていただきたいと思います。 これで私の意見を終わります。(拍手)
○笹川委員長 ありがとうございました。 次に、若林参考人にお願いいたします。
○若林参考人 NHK解説委員の若林です。 本日は、こういう機会を与えていただきまして、大変感謝をしております。 私は、NHKで解説委員として司法問題を主として担当し、また労働問題も担当しております。 本日申し上げますのは、NHKとしての見解というようなことでは当然ございませんで、私個人の私的な意見ということでお聞きいただきたいというふうに思います。 もちろん、現在の状況認識、今どういう事態に日本があるかというようなことを細かく言っても仕方ないわけでありますけれども、司法基盤の整備が極めておくれている。今後の日本の社会にとってここをいかに充実させるかということは非常に重要な政治課題であろうと思いますし、その一歩を今踏み出そうとしている時期に当たって、こういった法曹養成の問題が具体的な問題として出てきているのだろうというふうに思うわけです。 私は、司法担当の解説委員、ジャーナリストというような形で、法曹三者に比較的近いところからこれまでの一連の経過を見てまいりました。そこでいろいろ感じるところがありましたので、そこの点について、どちらかといえばジャーナリストというより国民の一人として、法曹三者ではない、部外者の目からどのように見えるかという立場からお話をしたいというふうに思います。 まず、結論から申し上げますと、今回の改革案というのには、幾つか問題はございますけれども、しかし法曹三者が知恵を絞って、そして難産の末ここまで合意にたどり着いた結果ということでありますから、今回の改革についてはこの線で進めていくべきことであろうというふうに思っています。 ただ、もろ手を挙げて賛成できるかというと、幾つか問題がありますので、その点についてはまた後で詳しく申し上げたいと思います。 内容について入ります前に、今回の三者合意というものについてどういうふうに考えたらいいのかということを私の感じで申し上げます。 三者協のルールというのは既に二十数年の歴史を持っているわけでありますけれども、こうしたルールが確立しているということは、司法権の独立ということからいえば非常に重要なことでありまして、こういった話し合いの場が持たれるということ、そしてそこで法曹三者が知恵を出し合っていっているということについては私は尊重すべき慣行であろうというふうに思っているわけです。 しかし、その一方で、国民の側から見てみますと、これは法曹三者だけで話をしていい問題なのかというようなことがあるということも事実であります。 例えば、どのようなサービスをどのぐらいの程度供給するのかということで、その問題について、それを供給する側が決めていくということについてはやはり大いに疑問を感じざるを得ないわけです。改革協のときには数論というのが大変議論になりました。そして、今回は修習期間の期間論というところでいろいろな議論が行われたわけです。しかし、結局それは、どの程度の量のサービスを、どういった質のサービスを提供していくかということと密接に関係するわけですから、これを三者だけで決める問題だというふうに言われてしまうと、どうもちょっと違うのではないかなというような気がします。 また、日弁連内部の議論を聞いておりまして、三回の臨時総会に私は全部出て、議論の中身をみんな聞きましたけれども、そこで語られていることというのは、やはり、一つの村というのでしょうか同じ利益集団の中での議論であって、開かれた話とはとても思えないような、信じられないような意見が出ていたことも事実です。 例えば、一番びっくりしましたのは、法曹人口をふやすということになると日本人の人権が守れないといった議論が行われたこともありました。それは、人口をふやすと競争がふえる。そうすると、弁護士さんが、人権擁護活動といった銭にならない仕事をしなくなって、金もうけばかりに走ってしまうから、したがって日本人の人権が守れなくなるのだ、こういった議論が堂々と行われたりしたわけですね。そのときに私も、あるいは私と同じような立場にいます新聞社の論説委員などが口をそろえて言ったのは、そんな人権だったら守ってほしくない、こういうことだったわけです。そういった思い上がった議論が行われているというようなことが確かに法曹三者の中であるというのが率直な印象であります。 ただ今回、では、昨年十月の合意に達しなかったらどうであったろうかといいますと、私は、これは逆の意味で、法曹三者が三者としての自治能力を発揮できなかったということになるわけでありまして、そのぎりぎりのところで自治能力を発揮したということでいえば、それはそれとして評価はしたい。そのルールが残るということは、やはり貴重なことだろうというふうに思っています。 さて、法案の中身について少し申し上げてみたいと思いますが、まず、修習期間の一年半への短縮問題です。 正直申しまして、二年がいいのか一年半がいいのか、部外にいる者から見るとよくわからないのです、これは。長ければ長い方がいいという議論もあり得るでしょうし、しかし、そんなのんびりやっていても、今のように一カ月ぐらい何か海外旅行に行くというような暇があって、それにその間も給料もやっていいのか、こういうふうな議論になってきますと、いや、そんなにのんびりやる必要もないのじゃないかとかいろいろな言い方があるのだろうと思うのです。そこで行われていることが、どういったことが行われていて、それが、詰めていくと、一年半でできるのかできないのかというようなことが、余りよくわかりません。ですから、一年半がいいのか二年がいいのか、それについて答えろと言われても、なかなかまともな回答は出せないのです。 ただ、いろいろな皆さんの話を聞いておりますと、今の研修自体が非常にテクニカルな部分に入り過ぎていて、一種の迷路の中に迷い込んでいるのではないかという話はよく聞きます。そういった目で見てみますと、確かにそうだろうというような気がします。そこを整理していくと少し時間をセーブすることができるということのようで、研修所の教官の皆さんは、一年半で何とかできるのだということを、それぞれの立場の教官の方はおっしゃっているようですので、そういった教官の皆さんがおっしゃるのでありますし、また、それでできるということであれば、それはそれでいいのではないかといった気が私はするわけです。 その一年半の短縮とあわせてカリキュラムなどもかなり変えていくという案が出されています。その案自体については、私は賛成をしたいというふうに思っています。 もう一点の、試験科目の問題でありますけれども、これについては、先ほど吉村先生がおっしゃった趣旨と私も基本的には同様です。両方の訴訟法を必須にしたということ自体、これは大いに歓迎をしたいというふうに思います。ただ、受験者の負担軽減ということで選択科目がなくなってしまったということについては、いささか疑問がある、寂しいなという感じがするわけです。 考えてみますと、行政法なり労働法なり国際関係の法などがなくなるということは、結局、憲法以下の基本法だけが残るということになります。基本法というのは、ある意味でいうと、時代を超えた超越的な、基本的な考え方がそこの中に盛り込まれているわけですけれども、行政は行政として、今の生の現実とそれから国民との関係といったものを法という切り口から見ていくというものでしょうし、労働にしましても、こういうふうに雇用情勢が非常にドラスチックに変化をしている中での雇用というような問題、労使というような問題を法という面から見ていくということであると思いますし、こういう国際化が進んだ中での国際法というものの重要性というのも、まさしくこれからの日本にとっての重大なテーマだろうと思うわけですね。 そういう生きた現実、生きた社会との接点を持つような法律科目というのがみんな消えてしまうということについて、いかがなものかなという気がするわけです。それでなくても、今の受験生がやっている勉強の仕方ということになりますと、試験に受かるためだけの勉強をやっておりますから、社会を全く知らないまま合格者が出てくるということを大変懸念しているということです。ただ、試験問題を一回変えるということになりますと、受験生の立場からすればそうころころ変えてもらっても困るということですから、ある程度もう方向が出ているということですので、これは長期的な課題としてぜひ取り組んでいくべき問題ではないかというふうに感じています。 さて、今回の合意についてなのですけれども、一千名程度にふやすということですが、私はこれは、さっきの吉村先生の発言でいえば中期的な問題で、いよいよ千五百人の将来の長期的なということのようですが、私は、今回の千人体制というのは過渡的、むしろ緊急避難的な措置だろうというふうに思っているのです。千五百人というのが中期、中間的な課題であって、将来的にはこれは何千人がいいのかと言われると大変困るのですけれども、とても千五百人といった数字ではないような、もっと大きな数字が私は必要ではないかというふうに感じています。 法曹人口論になりますと、それではそういう需要が具体的にあるのか、それを証明してみろという議論がすぐ出てまいりますけれども、これは証明するのが実は不可能なことを求められていることだろうと思うのですね。もともと需要というのは、供給の体制があればまた需要がわいてくる。供給側に対するアクセスが容易になれば需要というのは幾らでもふえてくるものだろうと思うのです。 一つだけ例をとって申し上げます。私は労働問題も担当しておりますから労働分野について申し上げますと、現在、日本で労働関係のトラブルで裁判所に持ち込まれている件数は二千件をちょっと超えたところです。これは正式の訴訟というものだけではなくて仮処分といったものも含めての数ですけれども。日本よりも人口が約三分の二のドイツでは、ドイツの労働裁判所には年間約七十万件の訴訟が持ち込まれているのですね。ドイツと日本の労使関係を見て、ドイツの方がめちゃめちゃに労働法違反、契約違反といったことが横行して、日本ではきちっと守られているかというと、恐らく決してそんなことはないだろうと思うのです。 その証拠には、例えば行政の労働相談の窓口をのぞいてみますと、東京都だけで年間四万件を超える相談が寄せられています。東京都の人口が約一割としますと、全国で四十万件という潜在的な相談件数があるはずですし、弁護士会などの何とか一一〇番というのをやれば、電話相談は今殺到しております。また、労働基準監督署の窓口にも、年間十万件近い相談なり苦情なりが入っているというようなことのようです。 それこれを足していきますと、ドイツぐらいの数になるのかどうかはよくわかりませんが、少なくとも五十万件ぐらいのトラブルというのが起きている。しかし、現実に裁判所にやってきているのはわずか二千何百件しかないという現実なのですね。 それはなぜかというと、裁判所の今の裁判の処理システムがとても、身近で起きている、職場で起きている細かなトラブルですとか違法行為を処理するだけの柔軟性や簡便性を備えていないという制度上の問題もありますし、それをバックアップする法律家あるいは公的な援助システムというのがないということでもあると思うわけです。その一つをとってみましても、法的な需要というのは無限にあるというのが私の印象です。 それともう一つだけ申し上げておきますと、質の問題であります。 先ほど受験勉強の話をちょっと申し上げましたけれども、今法学部ではダブルスクールの問題が深刻になっていると言われますが、私はもはやダブルスクールではなくてシングルスクールではないかというふうに思うのですね。今、本当に司法試験だけ受かるということを考えれば、大学に合格したらすぐ学校の授業を出ずに予備校に行って、朝から晩まで予備校のテキストで論点ばかりを勉強する、これが一番受かる早い道でありまして、大学の法学部の授業なんか一つも聞かなくても受かるというのが現実だろうと思うのです。 現にそうした合格者が相当数入ってきているということ。そして、ここ二、三年若年化が進んでおりますけれども、若い人たちの中でそうした勉強しかしてこなかった人たちが研修所に入ってきて、若いがゆえに柔軟な頭を持っているかというと、必ずしもそうではないような若い人たちもふえてきているというような現実もあるようです。 そこのところをどうするかというのは大変深刻な問題でありまして、これはもはや科目をどうするかということを超えたことだろうと思うのですね。その意味でも、法曹養成システムを、例えばロースクール制度なども含めて抜本的な見直しをぜひ始める時期に来ているというふうに思っています。 以上でございます。(拍手)
○笹川委員長 ありがとうございました。 以上で参考人の意見の開陳は終わりました。 —————————————
○笹川委員長 これより質疑を行います。 質疑者にお願いいたします。 質疑の際は、まずお答えをいただく参考人のお名前を先に御指名の上、質疑にお入りください。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。下村博文君。
○下村委員 自由民主党の下村博文でございます。きょうはまことにありがとうございます。 両参考人にお聞きしたいと存じます。 基本的に、今回の法改正については両参考人とも賛成という立場にあると思いますし、これについては国民の目から見てもある意味では異論がないことであるというふうに思いますし、またさらに中期的には千五百人程度、もっとふやしていくことが必要ではないかということも言及されたというふうに思います。 また、それぞれのお話の中で、ある意味では法曹三者が決めるということの中での、コップの中の議論的な、そういう部分もあるのではないかというようなお話があったというふうに思います。 私、さらに一歩ちょっと踏み込んで、これが前提の中で、法曹人口の増員とともに今後の課題でありますが、裁判官や検察官の増員も当然必要になってくるわけでありますし、国民の目から見て、この増員によっていかに裁判手続等がスムーズに早くどの程度できるのかどうか、あるいは実際身近にどの程度活用といいますか相談ができるのかどうかというか、目に見える形で、この法改正がこれだけ実体的な成果、効果が上がっていくということがまだまだちょっとわからない、見えない部分があるのではないかというふうに思います。 その辺での司法基盤の整備というのが当然必要だと思いますし、その辺を同時にこれからどんなふうな形で計画を考えていったらいいか、その辺のお考えについてお二人からそれぞれお聞きしたいと存じます。
○吉村参考人 どうも御質問ありがとうございました。私が先ほど省略いたしました一番最後の問題にお触れいただきましてありがたいと思います。 私は、先ほど申し上げましたように、今回の法律は過渡期である、第一歩であるというふうに位置づけておりますので、基本的には今後とも法曹人口を増加すべきである、合意の内容である千五百名に増加するについてのさまざまな条件整備というものも十分に行うべきだというふうに考えております。 最後の三ページのところで指摘しておりますけれども、この合意内容とされている法的ニーズに関連する諸制度の整備状況であるとか法曹三者の人口の充実状況であるとか、こういう問題はぜひ、他律的に法曹三者が待つというのではなくて、むしろ法曹三者が協力し合ってそういう状況を実現していくように努力していただきたいというふうに思うわけでありまして、例えば法律扶助制度については既に三者で努力されておりまして少しずつ実現に向けておるわけですし、裁判所や検察官のポストの増加、これも非常に重要だと思います。 御存じのように、裁判所の現状というのは非常に忙しい。裁判官が一人二百件から三百件ぐらいの事件を常時持って、これはもう月々三十件とか四十件の新件を受理されておるわけですから、毎日一件以上の事件を処理しなければいかぬ。裁判官は大変だと思うのですね。私は訴訟法の専門家ですから裁判官の状況に非常に関心を持っているわけですけれども、これはもうかなり長い間そういう状況にさらされている。にもかかわらず、裁判官の定員はふえないという状況にあります。 だから、こういう司法基盤の整備といいますか、あるいは司法の容量といいますか、こういうものをもっと増加しなければ始まらないというふうに非常に痛切に感じております。 したがいまして、今おっしゃいましたこの千五百名を、これも私はもっと長期的には増員すべきであると考えておりますけれども、そういうことを実現するための条件整備というのはぜひ同時並行的に進めていただきたいというふうに思っておる。それでよろしゅうございますでしょうか。
○若林参考人 今の御質問の中で、例えば裁判官をふやすと具体的にどういうふうな改善効果が見られるのか、あるいは今は数が足りないがゆえにどういう問題が起きているのかといった点で、ちょっと私が感じていることをお話ししたいと思うのです。 二百件、三百件という民事の地裁の裁判官は、特に都会地、東京、大阪あるいは東京の周辺といったところは特にひどいようですけれども、そういった問題が起きていることは事実だろうと思うのですね。数をふやすと、では今まで二年かかっていたものが一年半になるか、すぐ一年になるかというと、必ずしもそういうものではないのではないかと思うのです。 ただし、こういうことは言えると思うのですね。今、民事裁判で何が問題かといいますと、期間がかかるというだけではなくて、例えばある問題が起きたときに、現場を裁判官に見てほしいという要請をしても、まず裁判官は行こうとしません。そこに行っていたら一日つぶれてしまうということになると、いや、現場は見なくてもわかりますということになります。そうしますと、当事者にしますと、見てくれさえすればこんなことがわかるのだということ、それができないということは、結局不満を残して、納得できないまま裁判が終わる。納得できないからまた高裁に控訴をする。 東京高裁は今めちゃめちゃに忙しいですから、恐らく日本の裁判所の中で今東京高裁の民事部が最も忙しい裁判所だろうと思いますけれども、殺到する控訴事件を裁くのに四苦八苦しているわけですね。そうしますと、口頭弁論を本当は二回、三回とやってじっくり相手の意見を聞いた方がいいけれども、しかしそういう暇がないから書面だけで審理をしていく。 今、日本の裁判官は極めて優秀ですから、それでも間違いはないのだ、こういうふうにおっしゃるのですね。間違いないのだとおっしゃるのだけれども、しかし当事者からは、裁判所が何をやっているか見えない。見えないがゆえに、結論に対してまた不満があるから上告をする。上告をすると、今度は最高裁に上告事件の山が築かれて、最高裁の裁判官は、七十近い方たちが、本当に朝から晩まで書類の山に埋もれて必死に悪戦苦闘される、そういう忙しさのスパイラルというのですか、悪循環に陥っているようなところがあるのですね。それは何かというと、裁判で納得をしてもらうということが、目に見えるのが国民に見えてこないということだろうと思うのです。 裁判官に話を聞きますと、三百件あれば三百件は私たちはこなす、百件あったら百件をこなすと。では、百件あったら三分の一働くかというと、決してそうではなくて、大体同じ時間働くというわけですね。そうしますと、やり方が違ってくるでしょうし、例えば集中審理といったものに時間をかけるようなこともできるだろう、そういった効果があらわれてくる、それが国民の司法への信頼を回復する道だろうというふうに私は思っています。
○下村委員 ありがとうございます。私の持ち時間、十分しかないものですから、もう余り質問もできないのですが。 おっしゃったとおり、私もかねがね不思議に思うのですけれども、裁判官の方々に、大変にお忙しいでしょうから、もうちょっと人員をふやす必要があるのではないですかという話を申し上げても、まあ、皆さんが優秀だということになると思うのですが、いや、ちゃんとこなしていますから大丈夫ですというふうなことを大体の皆さんが言われるわけですね。しかし、国民の目から見ると、忙しいかどうかというのはよくわからなくても、もっと早くしてほしい、こういうことについては一様にみんな感じている部分があると思いますので、そういう意味では、この辺は第三者的な機関でやはり問題提起をしていくことが必要ではないかなというふうに思います。 それから、時間がなくなったのですが、最後に、若林参考人がおっしゃった試験の問題で、大変にテクニカルに今なっておりまして、いかに効率よく受験勉強をすることによって合格するかということに走っている部分が、これは司法試験だけでなく、もう受験勉強から何から、すべて今そういう部分があるのではないかと思います。その辺で、そういうテクニックの勉強をしているかもしれませんけれども、司法の担当者として、人間的にどうするかというものが欠けている。その辺はこれからの課題だと思うのですが、今後、研修の中でその部分を、今までしなくてもよかった部分をこれから考えなければいけない、そんな感じを持っております。 持ち時間がもう終わってしまいましたので、質問はしないで、これで終了させていただきます。ありがとうございました。
○笹川委員長 佐々木秀典君。
○佐々木(秀)委員 民主党の佐々木秀典です。両先生、きょうはありがとうございます。時間が限られておりますので、早速質問に入らせていただきたいと思います。 まず、吉村先生は、修習の期間の問題ですけれども、基本的には二年であった方がいい、ただし、現状では、この三者協の中でも検討された結果としての一年半というのは、これはやむを得ない、しかし再検討の要があるのじゃないか、こういうお話でございました。私も、自分の経験に照らしてみて、二年間の司法修習というのは非常に有意義だったと思うし、これを短縮するということになると、いろいろな点でやはり問題が出てくるのではなかろうかとも思ったりしております。 そこで、これはまた若林先生にも後でお尋ねしたいと思いますけれども、御案内のように、日本では完全な法曹一元にはまだなっていないわけですね。アメリカなどでは、裁判官や検察官は、まず法曹資格を持った、いわゆる弁護士になった人の中から採っていくという制度をとっているわけですけれども、私などはこれは好ましい制度だと思っております。それで、今の日本のようにキャリアの裁判官、キャリアの検察官ができていくわけですが、私は、初めから任官をする人々にとっての弁護士修習というのは極めて重要だと思っているわけです、法曹一元でない実情のもとでは。 そういう中で、実務修習についても、つまり一カ月ずつ削られていくことになるわけですし、それから、私の経験からも考えるのですけれども、今の四カ月間であっても、これが、実務修習の期間が例えば夏休みの時期だとか冬休みの時期、お正月をまたいだ時期なんかに当たりますと、実際の修習の実務というのは非常に限られてくるわけですね。 そういう中で、仮に一年半になった場合に、それを補うものとして弁護士会では、結局全体に六カ月間縮まるわけですけれども、修習が今より早く終わってしまうわけですね、そうすると、任官するまでの間に期間ができるだろう、その間弁護士会が何カ月間か全員に対して改めての弁護士修習をやる、それはどうかということを考えて提案もされておられるようなのですが、これについて吉村先生、どんなお考えをお持ちですか。
○吉村参考人 そのような提案については承知しておりますが、いろいろな三者合意の経過の中で、結果的には実らなかったというふうに聞いております。私自身は、一年半にせざるを得ないというのであれば、そういうのは非常に意味のある提案であろうというふうに思っておりましたけれども、現実にはなかなかその具体化が難しいというようなことのようでございまして、残念だったというふうに思っております。 以上です。
○佐々木(秀)委員 それから、今のようなことは、先生の言われている研修の充実の方策の一環として考えられることだというようにお伺いしてよろしいですね。
○吉村参考人 私自身が考えておりましたのは、弁護士修習期間を長くするというか、もう一遍充実するということよりもむしろ多様化、先ほど申し上げましたように多様化の方向でありまして、この二年間の中で、受け入れ体制が十分でないというのであれば、その一部分については、必ずしも裁判所、検察庁、弁護士会というふうに限定せずに、自由な修習期間というのをつくってもいいのじゃないか。そこで、例えば企業法務を希望する人はそこに行くとか、あるいは官庁法務を希望する人はさまざまな官庁に行って法律問題を修習するとか、いろいろな自由な選択にゆだねた多様な修習期間というのを、若干、三カ月か四カ月ぐらいそういう期間を設ける必要が最近は出てきているのではないか。ドイツの修習はそういうことを認めておりますので、それを頭に置きながら、そういう提案をしておったわけです。 これはしかし、改革協の中で、そんなことを言ってみたってなかなか具体化するとなれば大変だという実務からの反論がありまして、結局実らなかったということでありまして、ちょっと質問者の具体案とは違ったようなことを申し上げておりました。
○佐々木(秀)委員 では、若林先生にお尋ねをしたいと思います。 冒頭、先生、司法基盤の整備が極めて我が国で立ちおくれておる、この整備は今後の重要な政策課題になるべきだということを言われました。これは具体的には、この司法基盤の整備のおくれというのは、どういう点でということを指摘していただけますか。
○若林参考人 人、物、金、すべての面です。特にやはりお金と人の面の抜本的充実というのですか、何%増というようなレベルの話ではない、もっと大幅な拡充というのはぜひ必要だろうというふうに思っています。
○佐々木(秀)委員 人、物、金の拡充、私どもも全くそのとおりだと思っております。 それで、両先生とも、法曹人口は日本の場合にまず少ない、そして司法試験の合格者についても、また今度の三者協の結果千人になったけれども、千五百人ということを考えなければならないけれども、これもまだ過渡的なものだということを言われている。 なるほど資料を見ますと、確かに法曹人口は他の国に比べますと非常に少ないということになっているわけですね。例えば弁護士の場合でいいますと、アメリカの場合には弁護士と名のつく人が九十三万人からいる、したがって人口比でいくと国民三百三人に一人の割合になる、こう言っているのですね。日本の場合には七千六百七十六人に対して一人、法曹人口は全部合わせて一万九千、二万人切るくらいだというのですね。イギリスの場合が七百三人について一人、ドイツが九百五十八人について一人、フランスが千九百七十四人について一人、大体このぐらいになると。 アメリカの場合には、ちょっと弁護士自体が多過ぎるし、これが同じような資格とも言えないわけですから、これは余り参考にならないと思うのですが、せめてフランス並みに二千人に一人ぐらいにはなるべきではないかということになると、弁護士の場合も、やはり今の数倍必要になってくるだろうということになるのはわかるのです。 しかし、それにしても、弁護士だけをふやしても、やはりさっきお話も出ましたけれども、裁判官の数、検察官の数、これがふえてこなければ、さっき若林先生御指摘のように、国民の法的な需要に応じ切れないではないかということになるのではなかろうかと思うのですね。 日本の場合に、例えば、平成元年で弁護士の数は一万三千九百だったのですが、平成九年でこれが一万六千四百。ですから、ふえ方としては余り多くない。二千五百ぐらいですね、二千五百。しかし、それでもこのぐらいふえております。それに対して、裁判官の場合には、平成元年で二千十七人、平成九年で二千九十三人ですから、それからまた、検察官の方は、平成元年で千百七十三人が平成九年で千二百四十二人ですから、このふえ方というのはまことに、ふえ方というよりも、全然ふえていないと言っていいと思うのですね。 これでは、幾ら弁護士がふえて、いろいろな御相談に応じて、しかし、その御相談が多ければ、結局裁判所へ持ち出して事件になる件数も多いのだけれども、一方、検察官も、あるいは刑事の関係での裁判官、民事の関係では裁判官、また刑事事件も多くなる、検察官の数はこれしかないということになると、とてもじゃないけれども、その需要には応じ切れなくて、結局は、負担が過重になり事件の処理もずさんになるということにならざるを得ないと思うのです。 そこで、私どもとしては、やはり人、物、金、特に、弁護士もさることながら、裁判官、検察官をふやす努力をしていかなければならない。これは私の意見です。 そこで、もう一つ。若林先生、三者協は大事だけれども、国民の参与がない。これは、国民の参与についての方策として何かお考えはございますか。
○若林参考人 臨司のようなものがいいのかどうかはよくわかりませんが、国民が参加をした形の、将来の司法のあり方について検討をするような機関というものがつくられるべき時期に来ているのではないかというふうに感じております。千五百人問題を数年後に三者協で話をするという今回の合意ではありますけれども、それはもうその中に取り込むべき時期に来ているのではないかというふうに私は考えています。
○佐々木(秀)委員 ありがとうございます。 では、吉村先生、法曹人口の増加とともに関連する諸制度の整備を考えなければならないということを先生は言われておられます。関連する諸整備として、特に先生がお考えになっている具体的な問題というのは、例えば法律扶助制度のことなどをおっしゃっておられるのでしょうか。その点、どうでしょうか。
○吉村参考人 先ほど申し上げましたように、もちろん法律扶助制度がまず必要であるし、これはまもなく具体化するのではないかというふうに思います。それ以外にも、この法曹人口に関連する諸制度として、先ほど来問題になっています司法基盤の整備、司法的な物的、人的設備の拡充、あるいは民間で考えられるでしょう権利保護保険制度とか、さまざまなものが議論されておりまして、私もそういう整備が必要であるというふうに思います。 そして、これについて、今までなかなか法曹三者が具体的にはそういう要望を声にしていない。むしろ協力し合ってそういう要望を出してほしいというふうに私としては思うわけで、それは法曹三者だけではなくて、国民的なバックアップも必要だし、これは、なかなか司法問題というのは国民に理解しにくいのですね。だから、そういう問題があるんだということをひとついろいろな場面で声を上げていただきたい、国会でもぜひそういうものにバックアップしていただきたいというふうに思っております。
○佐々木(秀)委員 両先生とも、法曹の質の問題として、やはり法律の技術的な知識だけではなしに、社会の各様相をわきまえるような広い知識ですとかあるいは感覚ですとか、そういうものが必要だということを強調されておられると思います。私もそうだと思うのですね。法曹なんというのは、結局、裁判官にしても検事にしても弁護士にしても、日常社会の中の人間関係の一番どろどろとしたものの中から上がってくる仕事をやるわけですから、私はいろいろなことがよくわかっている人でいいのだろうと思うのです。 そういう意味では、今の修習の制度それから司法試験の合格者に年齢制限がないものですから、これは、いろいろな人が研修所で顔を合わせることになりまして、特に、いろいろな長い人生を経て、いろいろな職業経験を含めてやってこられたような方もおられて、若い人なんかはそういう人と話すことによっても目を開かれるなんということもあるのですね。 そういう意味で私は、年齢制限というような主張も司法試験にはあるのですけれども、余り賛成しがたいし、それから、裁判所、検察庁などは、できるだけ若い人をというふうな合格者を望んでいるようですけれども、これも私は果たしていかがなものかと。 そういうようなことから、去年は、いわゆる丙案論議というのが一昨年からありまして、それで制限枠合格者なんということになって、いわゆるげた履きの合格者をつくるようになって、これについてもいろいろな議論があるということで、私どもは余り賛成しかねるということを言ったのですけれども、この辺について、吉村先生、いかがお考えですか。
○吉村参考人 この問題につきましても、私のように大学で教育をしておる者にとっては、在学生に司法試験も目指してほしい、できればそんなに長くかからずに合格してほしいというふうにいつも思うわけです。そういう点から見て、合格者の人数が非常に限られている場面では、ますます難しくなって時間がかかるということとの兼ね合いをどうするのかということをいつも考えさせられるわけですね。 おっしゃるように、法曹の中にいろいろな人がいるということは私も大賛成でありますから、それを年齢制限というような形で制限すべきではないだろうというふうに思いますが、基本的には、合格者数をふやしていく、ふやしていくことによって、こういう問題は、そのようなさまざまなテクニカルな制約なしに解決していく問題であろうというふうに展望を持っております。ぜひ人口増加に御賛同いただきたいというふうに思っているわけです。
○佐々木(秀)委員 それでは時間が参りました。いろいろまだお聞きしたいこともございましたけれども、残念ながらこれで終わらざるを得ません。両先生、どうもありがとうございました。
○笹川委員長 上田勇君。
○上田(勇)委員 平和・改革の上田勇でございます。 きょうは、吉村先生、若林先生にはお忙しいところ、参考人として当委員会に御出席いただきまして、心から御礼申し上げます。 私は、法曹でもございませんし、大学は法学部に在籍したわけでもありませんので、全く素人という立場で、ほかの法曹を経験の先生方から見れば若干稚拙なのかもしれませんけれども、疑問点について、何点か専門家の御意見を率直に伺いたいというふうに思います。 まず、今回、ようやく法曹三者の合意に至って、法曹人口についても一定の結論に至った。それに伴いまして、司法試験、司法修習の制度の改正が今度の法案でとられておるわけでありますが、これまで実に、最初の議論が出発したのが、どうも調べてみますと昭和六十三年ごろ。十年間いろいろな議論が行われてきました。 議論の経緯をいろいろたどって見てみますと、これは、一つには、日本の社会において司法システムというのがどういう役割を果たしていくのかということについて意見に開きがあったということと、それから、やはりどういった方が司法、法曹として、一番最初の議論の中でも、法曹にふさわしい能力と資質を備えた人材をどうやって確保していくかというふうなところから議論が出発したというふうに意見書などには書いてあるのです。 そこで、まず吉村先生それから若林先生お二人に、今回いろいろ、司法試験の内容はこういうふうに改めるべきである、あるいは司法修習は改めるべきだというのは、やはり法曹にふさわしい能力と資質を備えた法曹の方をいかにして養成するかということが議論になるのかと思うのです。 そこで、ぜひ両先生のお考えで、法曹にふさわしい能力と資質を備えた人材というのはどういう点なのか、その辺、お考えがあれば伺いたいと思います。これは、本当に難関中の難関でありますので、法律の専門的な知識というのはもう合格者の方は皆さん備えられていることなんだと思うのですが、多分それ以外の部分で議論があったことなんじゃないのかというふうに思うのですが、その辺についての御見解、それぞれお伺いできればというふうに思います。
○吉村参考人 おっしゃいますように、昭和六十三年以来長々と議論をして、やっと具体的な提案にたどり着いたということでございますが、その間、司法に対する要請というのはますますふえてきているというふうに思います。 そういうところで、法曹にふさわしい資質とはどういうものかという御質問、これは非常に難しいのですけれども、先ほど出ましたダブルスクール問題、私は法学部で講義を三十年、四十年来やっているわけですけれども、ますますそれはひどくなっている。予備校といいますか、そういうところで論点中心の、先ほどお話のありました、そういう受験勉強をして司法試験を受けている。我々としてはそういう状況に対して非常に長い間危機感を抱いておるわけでして、そういう非常にテクニカルな、あるいは何か受験勉強的な準備で司法試験が行われ、そして、修習期間にそれは若干矯正されると思いますけれども、そういう人々が法曹になっていくということは、これはやはり非常に問題であるというふうに思います。 したがいまして、これは私ども法学教育に携わっている者の責任でもありますが、と同時に、司法試験をどういうふうに法学教育と直結させるかという非常に基本的な問題でありまして、法曹として法律的な知識が十分に備わっている、法的な思考が十分にできる、そういう準備をしなければならないことはもちろんですけれども、広くやはり常識あるいは社会的な知見あるいは教養を備えた、そういう人物でなければならぬ。 そのためにはやはり、何といいますか、最近はすべてのことが能率主義、教育もまた能率的な考えで、修習自体もまたそういう形で期間短縮ということになってきておるのを、やはり少しゆっくりすべきではないか。修習というのは、そんなに能率だけでは割り切れないような問題でありますから、ゆっくり時間をかけて勉強する、時間をかけて教養を積む、そういうシステムを基本的に考える必要があるだろうというふうに日夜悩んでおるところでございます。
○若林参考人 法的思考、論理的な思考能力といったことが、そういうものが非常に重要であろうというふうには思いますが、私は、何というのでしょうか、正義感とか人権感覚とか、そういったものというのもやはりぜひ必要なんだろうと思うのですね。そしてもう一つは、何よりも人間とか社会に対する非常に強い関心、好奇心を持っているということ、そして人に対する優しさ、慈しみみたいなもののある人材といった人たちが、ぜひ法曹の中に入ってきていただきたいというふうに思っています。
○上田(勇)委員 両先生方とも、単にふさわしい能力、資質というのは知識の量であるとかそういうものだけではなくてもっと幅広い考えなんだというような御意見だというふうに承りました。 次に、吉村先生にお伺いしたいのですが、先ほどのお話の中で、司法修習期間の短縮についてお話がございました。これまでの当委員会での質疑の中で、法務省も裁判所の方も、二年を一年半に短縮することによって内容の質的低下はない、それは大丈夫だというふうに答弁をいただいているのですけれども、ここで先生、大変貴重な御指摘があったと思います。先生の方から、これからやはり内容の多様化が必要なんだと。現状の内容であれば、仮に法務省や裁判所が言うように一年半に短縮したとしても、その範囲においての質的な低下というか、その内容が少なくなるということはないのかもしれませんが、先生はここで、いろいろなニーズが多様化している、そのためにそれに対応するための修習内容も多様化する必要があるというふうな御指摘があったと思います。 そうなると、では二年を一年半にするとそこの部分が対応できないのではないかというようなお話だったろうと思うのですけれども、その辺、この多様化していく今の修習内容をどのような、その改正というのでしょうか、変更が最も重要というふうに思われる点、何か御提案がありましたら、ちょっと付言していただければというふうに思います。
○吉村参考人 どうもありがとうございます。 繰り返しになりますが、私は改革協の中でそういう提案をいたしました。二年間の中で一定期間だけ自由修習期間というのを設けて、それは従来の裁判所、検察庁、弁護士会という、あるいは研修所における研修にさらに加えて、何もそこだけが国民の法的ニーズの内容ではなくて、もっと広がって、裁判になった事件だけではなくて、裁判前の事件あるいは企業における、あるいは官庁における、あるいはさまざまな場面での法的ニーズというものは多様化しているわけですから、そういうものに対応できるような、そういう修習もやるべきではないか。それによって知見を広げるといいますか、視野を広げる、そういう期間がぜひ必要であろうというふうに考えまして、二年間を堅持した上でそのような対応を図るべきであるというふうに申し上げたわけです。 したがいまして、そういう場合には受け入れる機関としましても、従来の機関に加えて企業法務部であるとか、あるいは地方自治体のさまざまな法セクションであるとか、あるいは中央官庁でも受け入れるところはあり得ると思いますので、そういうところで一定期間だけ自由に選択して研修する、そういうことも考えるべきであろうというふうに提案をいたしました。そういうふうに考えております。 ドイツの修習制度というのは日本と非常に似ておりまして、やはり二年間なんですが、これは今申し上げたような、そういう自由修習期間というのを認めておりまして、かなり自由に、例えばドイツの修習生が日本の法律事務所、渉外法律事務所に一定期間だけ来てそこで研修する、それが研修の内容として認められておる、そういう非常に柔軟な修習制度をとっておりまして、私の頭の中にはそういうことがありまして、ぜひそういうことが抜本的改革としては実現できればと思いましたけれども、緊急な改革としてはなかなか具体化できないというのが多数意見だったわけであります。
○上田(勇)委員 最後に、また吉村先生、若林先生、両先生にお伺いしたいのですが、これまで長年にわたって、法曹人口の適正規模がどのぐらいなのかということについて議論が行われてきた。これについては、二つの意見に分かれて、なかなかそれについて集約ができなかったわけであります。それは、一つは多分、両方の立場に立つ方々も、今の日本の司法のシステムというのが必ずしもきちんとは機能できていない、従来の小さな司法というふうな考え方というのはもう不十分になってきているというようなことでは両者とも意見の一致を見ていた部分じゃないかというふうに思います。 ただ、将来、では日本の社会がどういうふうになるか、その中で司法がどういう役割を果たしていくかということについて、若干のというか、かなりの意見の違いがあったのかなというふうに理解しておるのです。 一つは、先ほど、両先生のお立場では、これからいろいろな企業活動などの面においても法曹に対する需要はかなりふえてくるのだという御意見もございましたし、また、もう一方では、やはり日本の社会というのは、裁判による司法的な解決にはもともとそれほどなじまない部分もあって、なかなか欧米のようなものとは、やはり基本的に違うのだ。そういう意味では、従来の不足していた部分というのは直していかなければいけないけれども、将来的にはそれほど、例えば欧米との比較というような形での法曹に対する需要というのはないのだというような御意見も、もう一方ではあるというふうに思います。 それで、それぞれ、吉村先生は学者としてのお立場、それから若林先生はいろいろな社会との接点が多いお立場として、将来について、これからやはり我が国の司法というのは、我が国の社会のいろいろなもめごとというのでしょうか紛争事を、もっとそういう司法の場で解決していくという機会というのは、身近なところでもふえていくのか。それとも、やはり欧米社会と日本の社会というのは基本的に違うのであって、ほどほどの部分のところでとまるのかどうか。その辺、非常に抽象的な言い方で申しわけないのですが、社会のあり方、司法のあり方について、将来的に、予測というのでしょうかイメージがございましたら、御説明いただければというふうに思います。
○吉村参考人 どうもありがとうございました。 それは二つの点から考える必要があるだろうと思います。 まず第一は、現状において、それでは法曹は十分にニーズにこたえているのか、そういう視点。それから二番目に、将来的展望ということになるかと思います。 現状においても、私はニーズにこたえていないというふうに思うのですね。この問題は、要するに需要供給の相関関係だろうと思うわけで、現在弁護士事務所に持ち込まれている事件、それを前提にして、もうこれでいいのだということだと問題は解決しない。先ほど来議論になっていますように、そのような法的サービスの必要性というのは、いろいろな場面で、例えばいろいろなところで行われる法律相談は非常に多いけれども、しかし、なかなか裁判所までは来ない。あるいは社会的に問題になっている紛争は非常に多いけれども、なかなかそれは弁護士事務所にさえ行かない。それは、私ども、改革協で世論調査をしたのですが、その中に非常に如実にあらわれております。 だから、現在でも既にある法的サービスのニーズに法曹はこたえ切っていないのじゃないか。それにこたえるためには、今の状況では不十分である。したがって、私どもは、司法離れ、裁判離れということに対する危機感を非常に持って、こういう議論をしてきたわけです。 だから、そういう問題は、もっと対応できるように、あるいは、もし法曹が、ニーズがそれほどないというのであれば、ニーズを掘り起こすといいますか、ニーズはあるので、それを掘り起こすという努力をすべきだし、このニーズに対して十分に対応するような整備をすべきである。そのためには、弁護士の業務活動の形態等々も改善すべき点が多々あると思いますけれども、現状においてもそういう必要性があるというのが第一点です。 将来展望的に申し上げますと、日本社会の特殊性があるのじゃないかという御指摘は確かにそうだと思いますが、今や、特殊性を言っておれないようなそういう状況、国際化、さまざまな形で言われておりますけれども、そういう状況がビッグバン等々でいわば目前に迫ってきている。それで、日本的なスタンダードだけで事柄を解決することはもはやできなくなってきている、そういう問題が次々に押し寄せると思うのですね。そういう場面で日本の司法制度は対応できないのではないかという危機感を私どもは持っておるわけで、将来展望的にはますます不足するであろう。千五百名というのは、これはまさに過渡期であって、この法曹人口の増加というのはもっと必要であろうというふうに思っております。
○若林参考人 将来の司法というのはどういうふうなものかというと、だんだん際立った形では見えなくなってくるのではないかという気がするのですね。 どういうことかと申しますと、法曹資格を持った人たちが、弁護士先生ですよ、裁判官ですよ、検察官ですよというようなことだけではなくて、社会のあらゆる場面に浸透していくという時代が、これがいわゆる法化ということではないかというふうに思うわけです。企業にいてもいいですし、我々プレスの中にもそういう法曹資格を持った者が入ってきてもいいし、ひょっとすると報道による人権侵害というのは随分減るかもしれませんし、いろいろな場面に入っていき得るのだろうと思うのです。そうしますと、いや、これは事務所を構えた弁護士さんですよというふうな形ではない、いろいろなところから多様にアクセスできるような事態が想定されるというふうに思います。 もう一つ需要でいいますと、私は、島根県の石見にできた日弁連の法律相談センターというのを二度ほど現地に行って見てまいりましたけれども、法的なニーズというのは過疎地に行っても田舎に行ってもやはり必ずあるということですし、今なおコンスタントにあれだけ相談者が訪れて待っている状態が続いているということは、結局、日本の社会がそういう地域にきちっとした法的なサービスを今まで怠ってきたということを証明しているのではないかというふうに思っています。
○上田(勇)委員 時間になりましたので、両先生には本当にありがとうございました。
○笹川委員長 西田猛君。
○西田(猛)委員 きょうは、両参考人におかれましては大変御苦労さまでございまして、わざわざありがとうございました。 私は、今の若林参考人が最後におっしゃったようなことなどを中心といたしまして、両参考人に、少しく世界的な視点からの、この法曹問題について御意見を賜りたいなというふうに考えております。 今最後に若林参考人もおっしゃいましたように、私も、弁護士というふうなものが特殊な職業で、そしてがっとした事務所を構えて、そこへ行くには何となく敷居が高い、足が重いというふうな時代はもうこれからは過ぎ去ってしまうのだろうなというふうに考えております。 例えば、アメリカなどでは、弁護士であって、さて、では何だということになっているのじゃないかと思うのですね。弁護士であって企業に勤めている、弁護士であって証券会社でトレーダーをしている、弁護士であって国会議員をしているという方がたくさんいらっしゃいます。そういう時代がこれから日本でも訪れてきて、いわば、日本全体にリーガルマインドといいますか、そういう法律的な思考、考え方が浸透していくようになればいいのではないかなというふうに考えているのですね。 そこで、これだけ世界が一体化して産業経済の営みをやっておる時代でございますから、弁護士の業務というものも当然国際化しているわけでございます。そのような中で、日本の法曹資格と海外の法曹資格との、今まで従来的に言われてきたことでいえば相互互換性と申しましょうか、そういう点についてちょっとお聞きしたいのです。 もちろん、今我が国にはいわゆる外国法事務弁護士法というのがございます。私はちょっと不勉強ですので、もし吉村参考人におかれて、恐らく詳しく御存じでしょうから御意見を賜りたいのですが、外国の法曹資格を持っている、弁護士登録をしている人が例えば日本へ来ている、日本へ来ていても、外国法事務弁護士法による外国法事務弁護士としての登録をしていなければ、日本国内では、日本国内法について一切法律事務を行ってはいけないというのが現在の認識でよろしいのでしょうか。もちろん、裁判所において他人を代理して法廷に立つということは論外として、それ以外の場面で法律事務を行うこともこれは一切できないというのが今の法の立て方だという認識でよろしいのでしょうか。
○吉村参考人 私自身もそれほどこの問題について詳しく調べておるわけではございませんけれども、おっしゃるとおりだろうと思います。 したがって、日本の法律事務所の一員として助言等々をすることは認められますけれども、独立して法律事務にあずかるということはできないということだと思います。
○西田(猛)委員 同じく、じゃ、世界各国ございますけれども、アメリカ合衆国を例にとって、そこのある州がやはり日本と同じような外国法事務弁護士法というふうなものを持っていたとして、例えば日本で弁護士資格を取っている者がその州に行って、その法律による登録をかの地の当局にしていない場合は、やはり向こうでも一切合財それはできないというのが向こうの考え方ということでよろしいのでしょうか。
○吉村参考人 そのとおりです。 しかし、例えばヨーロッパについて申し上げますと、ヨーロッパ共同体ができまして、相互交流が法律の分野でも認められるようになりまして、法曹資格も共通であるというふうになってきましたので、現在では、例えばフランスの弁護士資格を持つ人がドイツで法律活動をすることができる、そういうふうになっております。他方、ドイツ国内ではロカリジールンクといいまして、それぞれの州の権限でありますから、他の州で活動するためには特別の許可が要るということで、国内ではかえって制限があるけれども、国際間ではむしろ制限が取っ払われるというようなことも起きております。しかし、傾向としましては、この国際間の制限は次第に撤廃される傾向にあるということを申し上げていいかと思います。
○西田(猛)委員 ありがとうございました。今、吉村先生がおっしゃったことで、なかなか整理がついてきたと思うのです。 実は、私もアメリカのニューヨーク州とロサンゼルス州の法律事務所で勤務をした経験があるのですが、そのときにかいま見た現状を申し上げますと、日本の弁護士の方がたくさん、研修という名目でその事務所に何人も何人も来ておられます。そして、ちゃんと一つオフィスを構えて、ほかのアメリカ人の、アメリカで登録している弁護士と同等にクライアントをとって仕事をしているわけなんですね。もちろん、最後の書類のサインとか、それから法廷に立つとかということについてはアメリカ人の、アメリカで登録した弁護士がやっていました、サインもしていましたけれども。 それ以外のことについては——本当を言えば、私たちも当初マネジメントコミッティーの人に言われましたけれども、なるたけクライアントとは一人では会わないでくれ、アメリカ人の弁護士と一緒に会えと言われましたけれども、とどのつまりは、結局は相対で話をしてしまうことになって、日本で弁護士資格を持っていればというふうな風潮があって、結局は独自で活動しているという状況の方が彼らは多かったというふうに思っております。 そういうふうに、これだけ国際商事法務の問題がたくさん出てきて、特に知的所有権法ですとか独占禁止法等について、例えば、日本の日本にある企業がアメリカでの争訟を行うためにアメリカで弁護士を雇う、だけれども、アメリカの裁判所で行う争訟が一部、日本の法律も当然絡んでくる場合に、そのアメリカ人の弁護士が日本へ来て日本の法律を解釈したりして書類をつくらなければいけないというときにも、実はこれはいけないわけなんでしょうね、今のようなお話でいえばですね。国際紛争調停とかを除けばですね。 こういうのは非常にややこしいなというふうに思うのですね。ですから、私考えるのは、今先生が言われたEUの中における法曹資格の相互認定というよりも、これはもう垣根を取っ払ってしまって、同じような資格付与の制度があるという認定さえなされればお互いに法曹として活動ができるというふうな国際条約ないし国際協定が今後世界的な規模で結ばれていく方向を、日本はイニシアチブをとってでもやっていったらいいのではないかなと思うのですけれども、そのあたりの御意見については、まず吉村先生、いかがでしょうか。
○吉村参考人 EUの場合は統一国家的な傾向にありますから、それはそういう方向で努力していこうということで、そういう段階に達しているわけですが、それを全世界に広げるとなりますと、これはそれぞれの国の事情などもさまざまでありますから、簡単に、即時にそうすべきだというふうにはちょっと今のところ申し上げかねるのですが、将来的な方向としてはそういう方向になっていくだろうというふうに思います。 ただ、議論していく中で、例えば日本の法曹人口とアメリカの法曹人口、先ほど資料の中にあるのを比較されましたけれども、比較してみても、これはもう問題にならないようにアメリカの場合は多いわけですね、弁護士の数が。そういうものと、全く垣根を取り払って自由だということになったら日本はどうなるのだろうという危惧はありますね。だから、全く自由というわけではないでしょうけれども、何らかの認定といいますか、何らかのチェックというのは必要でしょうが、しかし、次第に垣根は取り払われていく傾向になるだろうし、そういう方向に持っていくべきだろうというふうに思っております。
○西田(猛)委員 同じ質問につきまして、若林参考人の御意見をお聞かせ願いたいと思うのです。
○若林参考人 国際的な取引にかかわるような法的な整合性といったものがまずとっていかれなければいけないのだろうと思うのですけれども、法曹資格を、では世界共通、皆認め合うということをすぐに認めるかということですが、私は、なかなかすぐにというのは難しいのではないかというように思うんですね。ただ、大きな方向としてはそちらの方向に行くべきであって、外国の弁護士を排除するということを余りにも強く強調し過ぎるのはいかがかなというふうには思っております。
○西田(猛)委員 もちろん、両参考人も言われましたように、法律というのは各国、各地域の文化、伝統それから慣習の上に成り立っておるものでございますし、法曹資格を付与するについての認定制度も違いますから、すぐにということはとても無理だとは思います。しかし、ある程度のすり合わせをしていけば、そのために国際協定なりそういう国際機関があるわけでしょうから、私は、やはりそういう方向に行ったらいいのではないかなというふうに考えているのでございます。 といいますのも、我が国がこれまで弁護士の数が少なくても済んだというのは、いわば事前規制社会であったわけですね。ですから、日本で何か新しい事業をする、そのときに行政官庁の許認可を得る、もうこの時点でほとんど、事業を行った後の紛争についての、紛争の処理の仕組みもできているわけであります。ですから、何か問題が起こるとすぐ役所に頼む、こういう日本のいろいろな産業、個人の風潮があります。これを我々はこれから変えて、事後チェック型の社会にしていかなければならないのではないか、その方がコストも低く済みますから。 その意味で、今後、マーケットそれからそのマーケットにおける公明正大なルールを監視する、そしてその監視とともに、ルールを逸脱した行為に対する法曹者の役割というのは非常に重要になってくる。事後チェック型の社会ですから。その意味で、法曹人口ないし質をどのように生かして、量と質を高めていかなければならないというふうに私ども考えておりますので、そういうグローバル化の必要も出てくるのではないかなということも考えているのでございます。 その中で一つ私が危惧いたしておりますのは、司法試験の合格者の数が、まあ、安易にというのは言葉が言い過ぎでしょうけれども、ふやしていけば、弁護士法によれば、「弁護士は、当然、弁理士及び税理士の事務を行うことができる。」こうなっているわけですから、余り司法試験合格者の数がふえて、その質に若干の問題なしとしないような事態が出てきた場合には、今度は翻って、弁理士及び税理士さんのその資格水準の保持に問題が生じてくるような場合も出てくるのではないかなという危惧が起こるのですけれども、吉村参考人、その点についていかがでございましょうか。
○吉村参考人 弁護士の専門職とその周辺領域、税理士等々の相互関係というのは常に問題になってきておるところでありまして、弁護士数をふやせばその質の問題が問題になるのじゃないかという御質問ですけれども、弁護士の数をどれだけふやすかにもよるのでしょうが、例えば千五百とか二千とか、そういう段階でそういうものが出てくるとはちょっと想像できません。 ただ、従来、専門職相互間でのバリアといいますか、それはかなりはっきりしておった。それを相互の連携あるいは相互の研修制度の確立とかいろいろなことによって、相互の流動化が必要であろうというふうには考えております。ヨーロッパ諸国では、イギリスはソリシター、バリスター、あるいはフランスだとアボカ、アボエというふうな領域の違いがありましたけれども、次第にこの垣根が払われておるという傾向がありますから、日本でもそういうことを考えるべき段階に来ているのかなというふうには思っております。
○西田(猛)委員 ありがとうございました。 それから、最後になると思うのですけれども、先ほど来、アメリカの法曹資格についての御意見が幾つか出ておりまして、米国は数が多いから、アメリカの弁護士資格は日本の資格と同じとも言えないのでなどというふうなちょっと御意見があって、アメリカのUSTRあたりに聞こえれば、これは外交問題化しかねないのではないかなという危惧まで私は持っておりますのですけれども。 実は、かく言う私もアメリカの弁護士の資格を持っておる一人でありまして、日本の弁護士さんほどの資格じゃないと言われると、ああ、そうかなと思うのですが、とは申せ、実はアメリカでもロースクール三年間に質、量ともに物すごい勉強と経験を積むわけですね。だから、私が認識しているのは、日本の場合は司法試験に受かってから修習ですけれども、あちらの場合は、まずトレーニングみたいなのがあって、それからその終わった後に資格付与試験をしているという認識の方が正しいのじゃないかと思うのですね。 ですから、最後に若林参考人にちょっと御意見をお伺いしたいのですけれども、アメリカの弁護士資格について若林参考人は、その程度のものだというふうな認識でおられるのか、そのあたりのアメリカの事情などもし御存じでしたら、お聞かせ願えればと思うのです。
○若林参考人 かの地の事情は余りよく存じませんが、決してUSTRが怒るような認識は持っておりません。日本の今の制度よりもアメリカの制度の方がいいのではないかというふうな議論をなさっておられて、たしかジュリストに柳田さんが、ハーバード・ロースクールのことを下敷きにしながら、新しいロースクール構想などを出しておられましたけれども、そういった意見などが今後活発に出ていくことによって、法曹養成制度自体をもう少し抜本的に見直す、そういった検討時期に来ているのではないかという気はしております。
○西田(猛)委員 ありがとうございました。 終わります。
○笹川委員長 木島日出夫君。
○木島委員 日本共産党の木島日出夫でございます。 両参考人、大変御苦労さまでございました。最初に、若林参考人にお伺いいたします。 臨むに当たりまして、私は、若林参考人のことしの一月号の日弁連の発行している「自由と正義」の「司法界変革への歩みを」という大変すばらしい論稿に目を通してきまして臨んでいるわけであります。そこで先生の方から、「司法には追い風が吹き始めているのだ。司法よがんばれ、大きく成長してほしい、これが国民の率直な声である。」「ところが外側から司法を見ていると、どうも追い風を歓迎していないようにみえる。」こう論述されています。私もそうかなと思います。 その中で、先生のこの論述には「潜在する法的需要」、きょうも述べられましたが、もっともっと法的需要はあるのだし、伸びるのだという指摘がありまして、そこで職場の紛争を例にして、「激増する職場のトラブル」しかし「利用されない裁判所」、こういう大変興味深いお話があります。そのとおりだと思うのです。 なぜこういう状況が生まれているのか。法曹人口が少ないということと司法基盤の整備がおくれているということは、私は不可分一体だ、どっちが先かという問題ではないと思うのでありますが、どうもこの二つの関係は鶏と卵のような関係で、弁護士会の方の立場からいいますと、法曹人口だけ先にふやされても、基盤整備がおくれたのでは、自分たちの生存にもかかわるということもあるだろうし、基盤整備を進めるにはお金もかかる、そういう矛盾もあるかと思うのですが、なぜこんな状況に日本がなっているのか、その辺、先生の率直な御意見をお聞かせ願いたいと思うのです。
○若林参考人 恐らく司法が小さい方が、今までの日本の社会にとって都合がよかったのだろうと思うのですね。余りしち面倒くさいことをごちゃごちゃ言わないでほしいというようなことだったのではないか、こういうふうに思うわけです。利用する立場からいくと、裁判所というのはそもそもそうした身近なトラブルを気楽に解決をしてくれる場所だというふうに思っていなかったのだろうと思うのですね。 しかし、考えてみますと、それは異様なことでありまして、もっと簡単に利用できるような仕組みがそもそもできているべきだったのだろうと思うのです。そういうことに今気づき始めたということではないかというふうに思っています。
○木島委員 そのことで、参考人の論述の中で「公設事務所はおもしろい」という最後の論述がありまして、今もお述べになりましたが、島根県の石見の話ですか、お述べになりましたが、それともう一つ、札幌ですかの国選弁護シンポジウムで提唱された公設弁護人事務所構想はおもしろい提案だと思うというお話がありましたが、この辺についてもっと詳しくお触れいただけませんか。
○若林参考人 これは主として過疎地対策として出てきた発想でありまして、石見の法律相談センター、日弁連が主催をして、弁護士さんが週一回現地に赴いて法律相談に乗っているわけです。それが需要が大変多いということで、単なる法律相談ということよりも、何らかの事務所みたいなものができて、そこが公的な事務所というようなものの格好をつくることによって、需要を賄っていけないかというような議論が出始めているようです。 札幌の件につきましては、これは日弁連が被疑者段階での国選弁護制度の実現を提唱するに当たって、結局空白地帯をどういうふうに埋めていくかという議論になった際に、やはりそうした知恵が出てきたわけでありますけれども、今空白の地帯を市場論理だけで、じゃ弁護士さん、そこに事務所を構えていただいて、それでやってくださいよと言っても、やはりそれは難しい面があるかと思うのですね。 一人弁護士さんがいればいいというわけじゃありませんから、やはり最低二人とかあるいは三人以上の弁護士さんがいなければ、双方の代理というのは成立しないわけですし、そういったことを考えれば、法律相談なりあるいはそうした国選弁護なりあるいは法律扶助的な事件をバックアップするなり、そういうお金のあり余っている人たちじゃない人たちの法的な需要にこたえるためには、何らかの公的な仕組み、これは直接国がかかわるということがいいとは思いませんけれども、弁護士会なりが何らかの格好でかかわるといった、そういった法律事務所、弁護支援事務所といったものですか、そんなものができてみたらおもしろいというふうに思っているのと、それからもう一つは、そこが今度トレーニングのセンターになり得るのではないかというふうに思っているのですね。両方の、法的なサービスを提供する機能と、若い法律家のトレーニングセンターという格好も将来的には可能なのではないかというふうに思っています。
○木島委員 ありがとうございました。 今、日本社会での司法基盤整備の立ちおくれという点で、先日の当委員会でも私触れたのですが、日本が後進国だなと思わざるを得ない二つの問題、一つはやはり法律扶助の立ちおくれ、これは先進各国と比べて国の予算額など二けた違うのですね。これともう一つは被疑者段階での国選弁護、これは今、日弁連では当番弁護士制度を自主的にやり始めたわけでありますが、これはやはり国の制度として国選弁護を被疑者段階でもきちっと配置するという、これは人権大国になるためにも求められているのじゃないかと思っているのです。 この二つの面を、これはいずれも国の大変な予算措置が必要な分野でありますが、強化することが急務ではないかと思っておるのですが、これについての若林参考人の御意見を最後に伺わせていただきたい。
○若林参考人 私もそのように考えております。 ただ、被疑者段階での国選弁護というのは、これは刑事訴訟手続、刑事司法手続全体の流れを相当根底から変えていく問題でもありますので、ただそういう制度を導入すればよいというものでもないということもあろうかと思います。 今までの日本の刑事司法制度でいいますと、捜査段階に非常にウエートがかかってきていて、裁判というのは言ってみれば捜査の追認の儀式にすぎない、そういった面もあります。それを少しずつウエートを後の方に、裁判というものの機能を充実させていくといった大きな構造変化を伴うものですから、そこのところの押さえというようなものをしながら導入の方向というのが望ましいのではないかというふうに思っています。
○木島委員 ありがとうございました。 次に、吉村参考人にお尋ねしたいと思うのです。 先生は、改革協議会の委員として、修習期間の問題では二年間を要望してきたとお伺いをいたしました。その中で、先生の方から自由修習期間というものを提唱されたと。その旨のジュリスト等の論文も私は読んできているのですが、大変興味深く読ませていただいて、賛成であります。 私が一番心配なのは、視野の狭い、法律のことしか知らない、そういう法律家が生まれてくるのを心配しているわけです。やはり、法律外のことを法律家だからこそしっかり知らなければ、森羅万象を知らなければ、正しい事実認定もできないのではないか、そして、本当に正しい、公正な判断もできないのではないかと考えるわけでありまして、そういう観点から、やはり修習期間というのは一定程度必要だと感じているわけであります。それと内容ですね。 そこで、一つお伺いしたいのですが、最近、「司法修習生指導要綱」が改定されたわけです。時間の関係で多く触れられませんが、一つだけ指摘します。 これまでの「司法修習生指導要綱」の「一般教養」という欄を見ますと、非常に具体的ですね。「視野を広め、事物の本質を把握し、時代に対する高い識見と深い洞察力を養うように指導し、浅薄皮相な知識の獲得に堕さないように留意しなければならない。」と言った上で、司法研修所では、科学、宗教、芸術等各界の権威者による講演、国会、博物館、近代的大企業施設等の見学、音楽、演劇、芸術等の鑑賞、英、独、仏等外国書の輪読等を行う。こういう非常に具体的な、法曹人に必要な教養を広めるということが入っていたのですが、つい最近改定された「司法修習生指導要綱」の一般教養はたった一文です。「一般教養については、修習の全般にわたり、視野を広め、事物の本質を把握し、高い識見と深い洞察力を養うように指導する。」 それで、一年半になりますから、やはりこういう点での修習が非常に私は手抜きになるのではないかということを恐れるわけでありますが、こんな点についての先生の御意見を伺いたいと思うのです。
○吉村参考人 おっしゃるように、二年を前提としたこの多様化というのを私は主張したわけですけれども、一年半になった場合にどうなるのかという御質問かと思います。 いろいろと制約が出てきまして、短期間に従来の研修内容を実現するということはなかなか困難ではないかというふうに私も考えております。 したがって、それを前提にいたしますと、やはり合意の中で主張されております事後研修といいますか、それも、特に合同事後研修、単に、判、検、弁それぞれの別の研修だけではなくて、一緒にやろうという提案がなされておりまして、それをもっと活用して、その中でさまざまな知見を広げるというような研修プログラムをつくるのが次善の策かなというふうに思います。 しかし、基本的には、期間短縮というのは、受け入れ体制が必ずしも十分でない等々の理由による緊急の措置として今回やむを得ないというふうに思いますけれども、長期的展望ではもっと見直すというような検討を他方でやるべきではないかというのが私の意見でございます。
○木島委員 今、先生の方から事後研修も合同事後研修が大事なんだということをお聞きしまして、私、大変安心をいたしました。 先生のメモの中に、「期間短縮を補うものとして、法曹資格取得後の研修の充実のための方策」とあります。日弁連が一つ心配したのは、期間を短縮する、そして補うものとして事後研修、要するに、裁判官、検察官、弁護士、独立した後、おのおのが事後研修をやればいいではないか、それが今の社会の常識ではないかという論だけでいきますと、結局、効率だけを考えると、統一修習よりも分離修習の方が効率的になってしまうのではないかということを恐れていたからではないかと思うのですね。やはりそれは、統一修習という戦後の理念ですか、これを守っていくという観点から、この修習期間短縮の問題も論じている部分があったからだと思うわけです。 それで、先生に、やはり統一修習の理念の大事さについての御意見をもうちょっと詳しく賜りたいと思うのです。
○吉村参考人 法曹一元の制度は日本ではとっていないかわりに、二年間の合同の司法修習期間というのは非常に重要だということは従来からも指摘されておったわけですが、それが短縮されるということで、その比重は減少されるのではないか、少なくなるのではないかという危惧があると思いますけれども、三者合意自体が合同研修というのを提案しておられますので。 これは、三者間で将来的にこれを検討しようということになっておりますが、その内容として、それぞれの三者で調査検討した結果を持ち寄って、五年間ぐらいしたらそういう点の協議をしよう、合同研修というのをどういうやり方で、どういうふうにやったらいいかというのを検討しようというのが合意の内容ですけれども、私は、省略しましたが、私のレジュメの最後のところで、それは何も五年間待つ必要はないのではないか、もっと早い段階に短縮したのを補う形で検討を始めるべきではないかというふうに申し上げようと思っておりました。この機会にそういうふうに申し上げたいと思います。ぜひそれを実現してほしいと思うわけです。
○木島委員 ありがとうございました。終わります。
○笹川委員長 保坂展人君。
○保坂委員 社民党の保坂展人といいます。 まず、吉村参考人にお尋ねをしたいのですが、改革協の中で修習の期間二年間ということを主張されて、しかし三者協議の結論の一年半というのは現状ではやむを得ないというお考えをお聞きいたしました。現状の修習期間が半年間縮むわけですが、当然、半年というのは結構長い期間ですから、縮むことによるデメリット、いろいろな水準の低下とか考えられるし、また指摘されているわけです。 先日、法務省に対しての私の質疑の中で、なぜ一年半に縮めるのかという理由は、主に、受け入れ体制ができないんだ、これはぎりぎりで、今のシステムで運用しようとすればここが限度ということで、一年半という結論が導かれたというふうにお聞きをしたわけなんですね。 だとすれば、今後、千五百人ということを展望するのであれば、あるいは千五百人の先に二千人というのはあるやもしれません。そうであれば、予算をきちっと要求して、教官やスペースもうんと確保して、そもそもの改革の動機に、複雑化して高度化してさまざまな専門分野を抱えなければいけない新たな時代のニーズに合った法曹の養成ということがあるわけですから、そういう意味では、条件づくりを今のうちにやって、もう一度二年間に戻すというのも一つの考えかと思うのですが、先生の御意見をちょっと伺いたいと思います。
○吉村参考人 おっしゃるとおりだと私も考えております。 改革協の中でまさにそういう点が問題にされまして、現在でも受け入れ体制、受け入れ体制というのは、特に実務修習でございますけれども、裁判所及び検察庁での受け入れ体制はもうパンク状態である、これ以上ふえたのではとてもやっていけないというのが基本的な一年半短縮論の結果だったと思うのです。 受け入れ体制がやっていけないというのは、やはり裁判官や検察官の人数が少ない、今でも本来の任務で大変なのに、これ以上修習生を受け入れることはおよそ無理である、そういうことであろうと思うのですね。研修所の問題ももちろんありますけれども、研修所は千人ぐらいまではまだ可能だと思うのですが、実務修習の現場が無理であると。これは、やはりそのような人員整備がどうしても必要なわけですから、そういう状況を今後完備する、そういうことであれば、受け入れ体制自体は今のままの修習制度でも備わっていくのではないか、そういう努力をすべきだろうというふうに私は考えております。そういう努力の中で、また修習期間も再検討をしていただきたいというのが私の希望でございます。
○保坂委員 それではもう一点、吉村参考人にお尋ねいたしますが、私も実は内申書記載をめぐる裁判を経験したことがあります。これは十六歳から三十二歳までと大変長い間かかったわけですけれども、行政訴訟というのは負ける場合が多いわけですね。しかも、件数も諸外国と比べれば非常に低い数字になっております。そして、これは多くのそういう訴訟が負けるものですから、そもそもやっても意味がないということで、最近非常にそこが低調ではないかと思います。 今回、法律選択科目がなくなって、行政法もなくなるわけですけれども、そのことによって、将来、弁護士も裁判官も行政法に余り精通をしない、行政官のみが実態的にコントロールをしていてというふうになるのではないかという懸念の声を受けるわけですけれども、その点についてのお考えをお願いしたいと思います。
○吉村参考人 神戸大学の阿部教授が次々に論文を書いておられまして、それは私も全部拝見いたしまして、おっしゃることと同じ趣旨の御主張をされております。私もそれを拝見いたしまして、先ほど意見の中で申し述べました、論文試験の法律選択科目が廃止されるということに対する問題点を指摘いたしましたけれども、その選択科目の中で一番重要なものの一つとしての行政法がなくなるということがいろいろな形で、阿部さんなどが心配されているようなことも起きてくる可能性があるのではないかという点については、私も同感であります。 ただ、それは行政法だけではなくてほかの分野でも言えることでありまして、したがって、私としては、選択科目の廃止は将来的に再検討をするというような附帯決議をしていただければ非常にありがたいというふうに思っておるわけです。
○保坂委員 それではもう一点だけ、大学教育との関連でお尋ねをしたいのですが、平成三年の三月十九日の当法務委員会での附帯決議では、「現在の法曹養成において大学の法学教育との関連が薄れている現状にかんがみ、大学関係者との協力を密にしながら、大学における法学教育との関連の強化につき十分に検討すること。」という附帯決議がなされているのですけれども、こうやって選択科目自体が司法試験の中からなくなることで、何年か後に大学の現場における講座の運営とかなど、いろいろ影響が出てくるのではないかと想像するわけですけれども、この附帯決議が指摘したことが今どうなっているかも含めて、その点を質問したいと思います。
○吉村参考人 大学における法学教育に影響を与えるのではないかという御指摘でございますが、例えば私のおります西南学院大学のようなところでは司法試験に受かる人が一年に一人ぐらいでございまして、司法試験と大学教育とを結びつけるというふうなことは現場では非常に難しいという現状、そういう大学が日本の中ではかなり多いわけですね。だから、影響を与える範囲というのはさまざまであろう、大学によるであろうというふうに思います。 しかし、大学としては、司法試験科目が何であろうとも、法律的な考え方のできる卒業生を育てたいということでそれぞれの大学がそれぞれの試みをして、最近では単に六法だけではなくてさまざまな分野についても、例えば新しい知的所有権法とか税法とか、そういう分野についても多数のメニューをつくって対応しようという形で、多様化の傾向にあるわけですね、どこの大学でも。そういう傾向と、今度の司法試験の選択科目の廃止というのは、全く逆行しているというか、ちぐはぐになっている。 従来から、大学の法学教育と司法試験とがますます切り離されて、ダブルスクールとかそういう問題がございまして、全くこの両者の関連が薄れてきている。それは附帯決議の言うとおりでありまして、改革協でもそういう問題を何度も議論しましたけれども、現状は非常に難しい。どうすべきか、もっと議論すべきだろうと思うのです。 しかし、具体的な法案という形になると、そういう議論から離れた形でぽんと結論が出てしまう、そういう難点があります。したがって、やはりこれはもっと長期的に再検討すべきテーマであろうというふうに思います。
○保坂委員 それでは若林参考人にお願いします。 お話の中で、現在一千人、そして今後千五百人というのは過渡的、緊急避難的な数字であるというふうにおっしゃって、それが最終的には何人なのかというのは数字で言うのは難しいにしても、十分人数としてもふやしていかなければならない、そのときにはもっと抜本的に法曹養成の教育システムを変えなければいけないのだというお話があったと思うのですが、その場合の抜本的に変えるというのは例えばどういうことからスタートしたらよいのか、その点についてお考えをもう少し伺いたいと思います。
○若林参考人 やはりロースクールの仕組みというのは少し真剣に研究してみる必要があると思うのですね。 今、大学の教育が空洞化をしているということがあります。大学時代に本当に基礎的な素養、教養をきちんと身につけた上で、さらに法的な考え方なども身につけた上で、さらにロースクールのようなところで徹底的な専門教育を受けて、最後に非常に厳しい試験をして資格を付与する。そして、実務的な問題は、今度は弁護士なりをしながら実務を学ぶことによって、そこで裁判官への道へといったような流れが一つの想定されるものなのかなという、将来的な方向としては私は考えています。 ただ、あすにすぐそういうことができるかと言われると、それはなかなか難しい話でありまして、大学教育から、それから司法界から含めたグランドデザインをつくっていかなければいけないのだろうと思うのですね。そんな議論をぜひ始める時期ではないかなというのが私の今の考え方です。
○保坂委員 それでは、もう一つ若林参考人に伺いますけれども、長過ぎる裁判ということの中で、やはり裁判官が絶対的にも少なくて、もうたくさん最高裁にも積んであるわけですよね。私自身の経験でも、八年ぐらいかかった裁判の判決というのがこの数行の判決なのかなという本当にがっかりした思いもあるのです。裁判官の増員、劇的にふやすということについて、もちろん一般論としては言われながらも、肝心の裁判所の方は余り声は大きくないように思うのですけれども、もっときちっとふやすというようなことについての現在の裁判所のあり方について御意見を伺いたいと思います。
○若林参考人 私もかねがね最もいらいらしているのがその問題です。最高裁の長官あるいは事務総局の幹部の皆さんと会う機会も時にはあります。私にしましても、あるいは私と同じような立場のほかの新聞社の論説委員などにしましても、言うことはそこなのですね、足りないではないかと。いや、何とか頑張れる、以前は足りないという言葉がなかなか出てきませんでしたけれども、最近ようやく、ここ二、三年ぐらいから一部足りないといった言葉が出るようになってまいりましたが、しかし、頑張ればある程度できるというふうなことをやはりおっしゃる。私は、過剰に頑張らないでほしい、過剰に皆さんが頑張ると迷惑をこうむるのは国民の方だからというのを申し上げるのですけれども、これはぜひ最高裁の皆さんには意識変革をしてもらわなければならないというふうに思います。 ただ、なぜ裁判所の皆さんがそんなに頑張るというふうにおっしゃるのかということなのですが、裁判官の非常にまじめなところというのはありますけれども、一つは質の問題についてのことをしきりにおっしゃるのですね。ではふやそうと思っても、本当にそれだけの質が確保できますかということなのですね。質の議論になりますとこれは大変難しい世界に迷い込んでいくのであって、私は、本当に今最高裁が考えているような質の裁判官なのか、本当はもう少し違う質の人たちが裁判官としてなるべきなのかといったところから始めた発想の転換というのですか、考え方を変えていかなければいけないのかなという気がします。 ただ、今の日本の裁判は物すごく精密な裁判をやっておりまして、判決書などを見ますと、あんな大論文をなぜ書く必要があるのかといったぐらい長文の文章を皆さん書かれます。これをありとあらゆる法曹資格を持っている人に書けというのがどだい無理な話なのですね。そういう非常に職人芸のような精密な世界をつくり上げているという現実があって、それが一種の参入障壁のようなものになっていて、裁判官にも弁護士任官制度があるにもかかわらずなかなかならない、そういったことも含めますと、なかなか根が深いなというのが私の印象です。
○保坂委員 そうしますと、やはり質のよい裁判官をふやしていくためにも、現在の修習制度の質そのものを落とさずに、過渡的な措置として一年半になるにしても、そういう質のキープというのが大事かということがわかりました。 どうもありがとうございました。
○笹川委員長 以上で午前中の参考人に対する質疑は終了いたしました。 両参考人におかれましては、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表して厚く御礼を申し上げます。 午後四時から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。 午後零時三分休憩 ————◇————— 午後四時三十四分開議
○笹川委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 午前と同様に参考人から意見を聴取し、質疑を行うことといたします。午後の参考人として日本弁護士連合会事務総長寺井一弘君、弁護士武内更一君の両名の方に御出席いただいております。 両参考人には、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。なおまた、本会議の遅延のために時間がおくれたことをおわび申し上げます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただき、審査の参考にいたしたいと存じます。 次に、議事の順序及び発言について御説明申し上げます。 まず、寺井参考人、武内参考人の順に、各十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。 それでは、まず寺井参考人にお願いいたします。
○寺井参考人 本年四月一日、日本弁護士連合会の事務総長に就任いたしました寺井一弘でございます。司法試験と法曹養成制度の改革につきまして、日弁連の立場から参考人として意見を述べさせていただきます。 司法試験及び法曹養成のあり方は、我が国の次代の司法を担う法曹のあり方にかかわる重大な問題であると認識しております。 現在、国民から司法に対して、その役割の拡充を求める声が日増しに強くなってきております。この期待にこたえる法曹の後継者をいかに養成していくかは、まさに我が国の司法の未来を決するものと言っても過言ではございません。そのような観点から、日弁連は、この司法試験、法曹養成制度改革問題を最重要課題として位置づけてまいりました。 先生方御承知のとおり、法曹となる者の大部分は、司法試験合格後、司法修習生として二年の修習をし、二回試験と呼ばれる終了試験に合格して法曹資格を得るという道をたどっております。この制度は、昭和二十二年に制定されました裁判所法によりでき上がったものであり、既に今日までに司法研修所を卒業した司法修習生は五十期に達しております。 戦前の法曹養成制度は、判・検事と弁護士を分離して養成するいわゆる分離修習制度でした。判・検事は、試験合格後、司法官試補に任命され、裁判所、検事局において一年半以上修習をして二回試験に合格すれば判事または検事に任命されたのに対しまして、弁護士となる者は、一年半弁護士事務所で弁護士試補として修習することになっていましたが、これは無給であり、内容も司法官試補の修習のように計画性を持ったものではなかったので、両者の実質的な条件はかなり違っておりました。 これに対して、戦後の法曹養成制度は、判・検事となる者も弁護士となる者も同じ修習を経るという意味で、統一司法修習制度と呼ばれております。 この統一修習制度は、弁護士、裁判官、検察官の実務をそれぞれ修習することを通じて法曹三者の実務の実態を知り、将来、いずれの道に進むにも、自己の立場に固執せず、客観的で公平な物の見方を体得させることができるとか、視野の広さ、見解の豊かさが醸成されるといった長所が指摘されており、戦後司法の基盤の一つとして高く評価されてまいりました。日弁連としましては、この統一修習の理念は今後とも強く維持されるべきものと考えております。 ところで、この司法修習制度における修習期間を現行の二年から一年半に短縮するという合意が昨年十月二十八日の三者協議会でなされました。 この三者協議会において、最高裁、法務省は当初修習期間一年を主張し、日弁連は現行の修習期間二年の維持を主張してまいりました。最高裁、法務省が修習期間の短縮を主張しました理由は、千人の司法修習生を各地の裁判所や検察庁で実務修習させ、マンツーマンの指導方式を維持するには、指導者となるべき裁判官や検察官の人数が足りないこと、現在の司法修習には限界と間延びがあり、効果的な修習をするには資格取得後のオン・ザ・ジョブ・トレーニングの方がいいといったものでありました。しかし、特に後者の理由は、統一修習の理念をないがしろにするものではないかとの反発が日弁連の会内から強く出されまして、三者協議会においても激しい議論がなされてまいりました。 結局、修習期間一年半ということで結論を見たわけでございますが、このような合意をするに至った理由といたしましては、まず第一に、日弁連の提唱で設置されました法曹養成制度等改革協議会での四年半にわたる審議、しかも法曹三者以外の協議員の関与の中で行われ、改革協意見書の提出を受けて三者協議がスタートしたということ、実務修習での受け入れ体制の困難性の問題、一年半であれば工夫によって現在の修習のレベルを下げることなく統一修習の実質を維持することができると考えられたことなどとともに、法曹三者がお互いに司法修習の期間のみにこだわって対立をし、その結果として司法試験合格者千人への増員が円滑に行われないような事態を招くべきではないとの大局的判断もございました。 しかし、日弁連としては、今次の司法修習改革を、単に司法試験合格者の増員に伴う単純な期間短縮とするのではなく、将来のあるべき司法修習制度を見据えた改革の第一歩としたいとの思いを持っております。 今日の風潮や教育のあり方にも関係するのでしょうが、現在、司法試験合格者の相当数は、かなり早い時期から大学よりも司法試験予備校に通って、実社会の経験をしないまま、受験勉強を重ねて合格をしてくるという実情にございます。 法曹は、豊かな社会経験に裏打ちされた高い倫理観、人権感覚、柔軟な思考、豊かな人間性を備えることが必要なことは言うまでもございません。司法試験合格者の実情が今申し上げたような状況にあるからこそ、司法修習の中でいかなる経験を経るかが重要になってくると言えます。特に任官をする修習生にとっては、弁護修習において、社会のさまざまな階層の人たちがどのような悩みを持って、あるいはどのような期待を持って司法に救済を求めてくるのか、また、不幸にして逮捕、勾留をされたり刑事訴追を受けるに至った人たちの背景にどういう事情があったのか、いわば当事者の生活実態を直接、実際に見ることは大変重要な体験であると言えましょう。 その意味で、司法修習において弁護士、弁護士会が果たすべき役割は大きいと考えております。三者協議会においても、「実務修習の期間中に、法が対象としている社会の実相に触れさせる機会を付与する。」との合意がなされております。限られた修習期間の中ではありますが、このような修習の実施を弁護士、弁護士会としても積極的に推進していく必要があると考えております。 日弁連としては、新たな決意を持って司法修習に取り組みたいと考えておりますが、トータルな法曹養成制度として見た場合、一年半の修習だけでは十分であるとは考えておりません。 任官する者も弁護士になる者も、より豊かな経験と修練を経て、法曹としてひとり立ちしていくことが望まれていることは言うまでもありませんが、特に、裁判官となる者にどのような資質と経験を求めるかということは極めて重要な問題であると考えております。 日弁連は、かねてから弁護士を一定期間経験した者の中から任官者を出すという法曹一元制度を提案しておりますが、この制度の長所の一つとして、当事者、国民とより密着した豊かな社会経験を有する者から任官者を選ぶことができるということが言われております。 このような法曹一元の趣旨を少しでも生かすとの考えのもとに、日弁連は、今次三者協議会におきまして、研修弁護士制度という新たな提案をいたしました。 この研修弁護士制度とは、任官者も弁護士となる者も、司法修習終了後、全員がさらに一定期間、一定の権限の制約のもとで弁護士実務の経験をするなどの研修を受けることを、弁護士、裁判官、検察官としての本格的な活動を行う要件とする制度であります。任官者が国民の生活、心情等に直接触れる中で有益な経験を積むことができるという意味で、法曹一元の理念と共通する部分がございます。また、弁護士になる者にとっても、限られた期間内の司法修習だけではできないさまざまな研修プログラムを受けることにより、より幅広い視野と能力を獲得する機会となる意味で有益であることは言うまでもありません。 日弁連は、この研修弁護士制度を三者協議会に提案いたしましたが、残念ながら、今次の三者協議会においては、最高裁、法務省の賛同を得ることができませんでした。しかし、その根本理念については、最高裁、法務省も決してこれを否定的にとらえてはおられないはずだと考えております。極めて時間的制約のある中で提案した制度ですので、日弁連としては、今後さらに、三者協議会において最高裁、法務省から指摘された問題点を踏まえ、研修弁護士制度の内容をより具体化すべく検討したいと考えております。最高裁、法務省におかれましても、ぜひこれを真摯に受けとめ、前向きに検討されるよう、この場をかりてお願いしたいと思っております。 そのほかにも、トータルな法曹養成制度の改革という意味で今次三者協議会でなされた合意といたしましては、第一に、法曹資格取得後おおむね三年ないし五年の間に数日間、合同で継続研修を行うことについてさらに三者で協議をすること、第二に、相当数の未特例判事補が判事補研修の一環として弁護士会で研修を受ける制度、若手検事の研修に弁護士会が協力する制度についてさらにその具体的な協議を行うこと、第三に、司法研修所入所予定者に対して、四月入所までの間に弁護士会が研修プランを提供し参加を募ること、いわゆる事前研修などがあります。 以上のようなさまざまな試みの中で、日弁連としては、弁護士、弁護士会がみずからの責任において法曹養成過程に対して大きく寄与し、市民感覚に富み、人権感覚に富む法曹養成に力を尽くす第一歩としている次第であります。 次に、司法試験制度の改革について申し上げます。 今次改革は、法曹として必ず身につけておかなければならないと思われる民事訴訟法、刑事訴訟法を双方とも必須科目とし、これにより受験生の負担がふえる分を法律選択科目の廃止によって軽減すること、口述試験について、商法を試験科目から除くとともにその運用について工夫を加えるなど、全体として受験生及び試験委員の負担が過重にならないように配慮したものと理解しております。その限りでは一応の合理性が認められると考えましたので、日弁連は三者協議会においてこれらに賛成いたしました。 法律選択科目の廃止については、学者の先生方の中からこれに反対する声も上がっておりましたが、日弁連としては、法曹となる者が行政法、労働法等の法律選択について体系的に勉強することは有益かつ必要であると考えております。 そこで、試験科目からは落としますが、先ほど申し上げました司法研修所入所前の事前研修や司法修習、さらには研修弁護士制度が実現した暁に、その研修プログラムの中で、大学関係者の協力を得ながら、これらの科目の実践的な研修を実施してまいりたいと考えております。 なお、司法試験制度につきましては、現在受験回数三回以内の者には優遇枠を設けるという制度、いわゆる丙案が実施されております。この制度は、受験者間に受験回数のみを理由として人為的な格差を設けるという点で試験の平等性を害するものとして、かねてから、日弁連としてはより抜本的な改革案を策定し、早期に撤廃することを訴えてまいりました。 ところで、司法試験合格者の今日の実情でございますが、最近の試験結果を分析しますと、相当数の合格者が受験回数が比較的少ない時点で合格してきており、かつて指摘されたような多数回受験者の滞留現象の改善傾向が顕著になってきております。法務省、最高裁もこのような事態を受けとめ、早期に優遇枠制、いわゆる丙案の廃止をすべきであるとの日弁連の提言も含め、法曹の選抜及び養成のあり方について、広く、かつ、真摯に検討を開始することを合意しております。 最後に、今次三者協議会の合意をするに当たっては、日弁連の中に意見対立がございましたが、昨年十月十五日に臨時総会を開催いたしまして結論を見るに至ったことは、先生方御承知のところかと思います。この臨時総会において可決された執行部案の中に、法曹一元の実現に向けて本格的な調査研究を推進し、その成果を踏まえて着実な運動に取り組むという決意表明が盛り込まれていたことを御報告したいと思います。 冒頭に申し上げましたように、今日ほど司法に対する国民の期待と関心が高まっている時期はございません。日弁連は、かねてから司法改革宣言を採択し、司法を国民にとって身近で利用しやすく、より納得できるものにすべきとの立場に立って司法改革運動を進めてまいりました。日弁連としては、今次三者協議会の合意を契機とし、司法改革の一環として、法曹養成制度、司法試験制度の改革に今後とも取り組み、法曹一元の実現を初めとするより抜本的な制度改革の実現に力を尽くしてまいりたいと思いますので、関係各方面の御理解をお願いしたいと思います。 御清聴ありがとうございました。(拍手)
○笹川委員長 ありがとうございました。 次に、武内参考人にお願いいたします。
○武内参考人 東京弁護士会会員弁護士の武内更一でございます。よろしくお願いします。 私自身は、一昨年七月以来続いてまいりました司法修習制度、司法試験の改革に関します法曹三者協議会で、当初、最高裁が提案されました修習期間一年への短縮、その後、昨年五月に提案されました法務省の修習期間一年半への短縮、これに反対して意見を述べてまいった次第です。ちなみに、日弁連の中では、その三者協議会の議論をバックアップするための司法修習制度の検討協議会、また、バックアップのための合同会議の事務局員としまして、会内でも議論をして、また、意見を対外的にも述べてきた次第です。 私自身が司法修習制度の短縮に反対する理由というのは、きょうお配りしましたこの総会報告集、私たちの意見は通らなかったわけでありますけれども、この報告集の二ページ、三ページあたりに「私たちの提案」、これは、昨年六月の段階で私どもが、修習期間の短縮反対という立場から日弁連臨時総会招集の請求をいたしました。その中で、司法修習制度の意義、そして、それを短縮してはならない理由、これを述べてきた次第です。これを若干拾いながら述べさせていただきたいと思います。 二ページの「提案理由」というところからあるのが主な私たちの主張であります。「提案理由」「我が国においては、戦前、在朝法曹の裁判官・検察官となる者を国費をもって養成する一方で、在野法曹の弁護士となる者の養成はなおざりにされ、両者の著しい差異により官尊民卑の状況が作られ、そのために司法の人権擁護機能が果たされなかった。」そして、不幸にも戦争への翼賛という形で結末を迎えた次第であります。その深い反省に立ちまして、戦後、司法の民主化という観点から、三者を統一して研修する、そして実務についていくという制度として司法修習制度がつくられた次第です。 その意義としましては、現行の司法修習制度は、「司法修習生は、少くとも二年間修習をした後試験に合格したときは、司法修習生の修習を終える。」と定められ、その後、裁判官、検事、弁護士になる資格を得ていくということになっています。戦後五十年間にわたって、この司法制度をいかに民主化してきたかということにつきましての意義につきましては、皆さんもよく御承知のことと存じます。 ところが、最高裁は、一昨年十月の段階で、修習期間を一年にするという提案をしてまいりました。その「提案理由」の中では、「修習の目的を「専ら法廷実務家の養成を目指すのではなく、多様な分野の法的ニーズに対応することができるような法曹の養成を目指すものとすべきである。」」としまして、「「法曹として本格的に活躍するための知識・技法については、資格を取得した後の自己研さんや継続教育を通じて修得していく」ので、「司法修習の目的を達成するためには一年間の修習を必要とし、かつ、それで十分である。」」というふうに述べています。 ところが、先ほど述べました司法修習制度、法曹三者いずれも同じ勉強をし、同じ交流をし、司法を民主化していくという観点からつくられた制度としては、その期間がより長ければ長いほど、その効果は生ずるはずであります。それが一年で足りるという議論そのものは合理的理由がないものと私どもは考えた次第であります。 そして、司法試験合格者を千名に増員するという決議、これは、既に二年前に日弁連では採用しているわけですけれども、今回そういう形で増員する以上、修習は一層充実されなければならない、試験そのものに受かりやすくなって、合格してくる方がたくさんふえる以上、より実質的に充実した修習をしなければならないということは当然の要請であります。しからば、国費をもって養成している法曹三者、これに対する教育はさらに充実させていくというのが国家の司法政策であろうし、また現在、司法をより民主化していくという観点からも必要なことであると考えた次第です。 これに対して、最高裁、法務省が申した修習短縮の理由としては、結局、実務の現場での受け入れ体制が整わないということのようであります。また、予算面ということがそのほかにもあるのかもしれません。 現行の司法修習制度につきましては、お手元の黄色い資料をお持ちかと思いますが、要は、現行は二年間ですけれども、当初四カ月は共通の座学として講義を受けます。その後、四カ月ずつ、順番はいろいろですけれども、民事裁判、刑事裁判の現場へ出て、さらに検察、弁護の仕事を現実に担って、実務で研修をするという仕組みになっています。この期間そのものが実質的にどんどん削られていくとなれば、修習短縮された制度によって生み出される法曹というものは、そういう共通の勉学、実務経験というものをより減らしてしまうという形になっていくことは明らかであります。これがいかようにして補てんされるのかという点については、決して合理的な理由はないはずであります。 そういう観点から、この司法修習制度、これは、司法そのものの民主化、この国の民主化という観点からむしろ一層充実されるべきであって、短縮されるべきではないという観点から私ども議論を展開してまいりました。 先ほど出ましたように、弁護士会がこの法曹養成に一層の力を注ぐということは当然であります。それにつきましては、今後、弁護士会の研修、それから法曹一元を目指す運動ということは当然必要であろうかと思います。 ただし、残念ながら、今の裁判官、検事の人事システムというものは、実際のところ、裁判所、検察庁の事務方において決定されている。ここには、民の民主的なコントロールが及ぶ余地は今ないわけであります。であれば、むしろその前の段階、どの立場ということをまだ頭を固めない段階で、民主的な司法の運営ということを共通にたたき込むこと自体が大変重要ではないでしょうか。 そういう観点から、司法修習制度の短縮にはぜひ反対していただきたいものと私は考えております。 なお、司法試験の改革につきましても付言させていただきます。 私自身は、法律選択科目の削減には反対する立場で、日弁連の中の議論をして意見を述べてきました。これは、最高裁、法務省も、またもちろん日弁連も共通に認識していますけれども、今の社会、高度化、多様化、また専門化、専門性が求められているということはますます強くなっている社会であります。この社会におきまして専門科目の勉強というものをなおざりにされていくような形であっては、決して、世に望まれる法曹を輩出するシステムではないだろうと考えています。そして、この司法試験においてその学力を十分につけてもらって、そしてそれを実務で生かしていただく、現場に出ていただくということを目指すためにも、今の司法試験のこういう専門科目があるということは大変重要なことであろうと考えています。 もちろん、民事訴訟、刑事訴訟、これは両方とも、弁護士、検察官、裁判官、いずれも身につけるのは当然でありますが、それにつきましては、先ほど申し上げたように、司法修習制度の中で、現実に司法の場へ出ていく形において日々その実務に触れるわけであります。むしろ、それは自然な形で十分に民事訴訟、刑事訴訟の実務を体得しているというのが、現行二年の司法修習及び実務修習の実情でありまして、その効果は十分に果たされているものと考えています。 であれば、むしろそういう機会に触れることの少ない専門科目、こういうものについての勉学は、さらに早い段階で、大学及び受験の段階で身につけていただきたいという考え方をしてきています。 ちなみに、今回、法律選択科目を削減するということになりますと、大学教育にも大変な影響を与えるのではないかと考えています。大学教育でも、多様化、高度化、専門化に対応しようと今大変苦労、努力をしておられると聞いています。こういう大学での教育システムをさらに充実、多様化、専門化、拡大化するためにも、その学力を試す司法試験というものは、さらに幅の広い、多様性のあるものであってよいのではないかと考えます。 また、多くの多様な価値観を持った人材がこの法曹三者になっていくことは、この国の司法制度をさらに民主化、多様化、専門化させていくためにも大変重要なことではないかと考えています。 以上の観点から、私は、今回の法改正案、裁判所法改正、司法試験法改正につきましては異論を唱えてきた次第であります。 御清聴、どうもありがとうございました。(拍手)
○笹川委員長 ありがとうございました。 以上で参考人の意見の開陳は終わりました。 —————————————
○笹川委員長 これより質疑を行います。 なお、質疑者にお願いいたします。 午前中にも申し上げましたが、質疑の際は、まずお答えをいただく参考人のお名前を御指名の上、質疑にお入りください。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。福岡宗也君。
○福岡委員 民友連の福岡宗也でございます。 お忙しい中を両先生には御出席を賜り、また貴重な御意見を賜りましたことを、まずもって心から御礼申し上げたいと存じます。 私は、まず最初に、寺井先生に対しまして、修習期間の短縮の問題について御質問を申し上げたいと存じます。 そして、具体的な質問に移ります前に、この問題を考えるには、現行のこの統一修習というものが始まりましてから今日までの沿革といいますか、歴史的な流れというものをちょっと総括しておきたいというふうに思うのであります。 この制度は、先ほど寺井先生もおっしゃいましたように、昭和二十二年に憲法が施行されたことに伴いまして、司法は国民の人権の保障のとりでと位置づけられたわけであります。さようなわけで、これを担うべき法曹も人権感覚にすぐれて、民主化された法曹であるべきだという理念のもとに、このような統一修習が施行されるに至ったわけであります。 それによって、特に官側にとりましては、直接市民に接して、そこの法的ニーズ、どういうところに問題があるかということ、いろいろな問題をじかに肌身で受けとめて修習をするということによって、官側で、裁判所の高いところからの裁きにおいても、本当の痛みのわかるそういった裁判が期待できる、そういった要請が非常に強かったというふうに思うのですね。いわば民主化というのが一番その眼目であったというふうに思っているわけでございます。 そして、実際に始まりましてから、この統一の修習というものについては大きな成果を上げたと思っております。特にこれは、施行された当時は、民主化のためにいろいろなモデル法廷等なんかも出まして、すばらしい裁判の運営が事実上なされていたわけです。 ところが、実際はどうかというと、しばらくしまして臨時司法制度調査会の答申というのが出まして、いわゆる裁判官も含めまして、検事もそうですけれども、官僚化志向という制度が台頭して、実際にその段階から、修習生に対する関係においても、幅広い人材の育成ということよりも、若干統制的なそういう教育制度というものがこの内容に盛り込まれて、ここのところで修習生の修習の問題について若干弁護士会と対立をするというような状況になったわけですけれども、この直後に、問題になっています分離修習論というのが最高裁から出されたわけであります。 その考え方は、先ほどちょっと武内先生もおっしゃいましたけれども、修習の段階ではある程度基礎的なことを少しやればいいのであって、あと実際の実務的なものは三庁会に分かれてからやればいいのだ、こういう考え方であったというふうに思うのです。 それに対しまして、弁護士会の方としては、あくまでもこれは、技術の修得という問題じゃなくて、実際に市民にも接したり各庁を実際に体験することによって一体感も生まれ、民主的な司法を形成するのだという観点から、だからこれはだめだということで反対したのですね。そういう流れがあるわけです。 そして、この制度はどうなったかといいますと、やはり民主化に逆行するという世論の強い反対があって、これはもう断念をされたというわけであります。 ところが、その後、六十年代に入ってからですけれども、司法の人員が少ないから的確に国民のニーズに対応できないというようなことで批判がなされて、これを受けまして最高裁その他の官の方は、法務省もですけれども、いわゆる法曹人口の増加の必要がある。日弁連も、もちろんこれはその必要があるという考え方。そのときに、人員の増加ということだけではなくて、人員の増加に伴って、千名近くというようなことも将来目標でありましたから、その千名を目標にしていくと、もう受け入れ体制がない、指導者の側が。だから、これについては、それを受け入れる体制ができないのだから、やむを得ないから修習の短縮ということにしようということで、結局、裁判所は、その段階ではまだ一年間の短縮ということを言ったわけです。 それに対しまして、平成七年十月でしたかの総会においては、日弁連は、千名に増加するということについては同意をするけれども、統一修習の理念から見て、二年間はどうしても必要なんだ。したがって、一年半に短縮することも含めて短縮自体には絶対反対だという決議をしておるわけです。 ところが、今回のを見ますと、先ほど寺井先生がおっしゃいましたように、九年十月の総会の決議を経て、三者合意できている内容では、この短縮について、一転して一年六月を認める、こういうような形の合意がなされているわけです。 歴史的な経過がなければ、単純に一年六月だけの問題で、これ以上の将来の短縮というものもあり得ないし、統一修習も問題もないと安心できるところもあるかもしれません。というのは、中に統一修習は一応、維持していくという文言はあります。しかしながら、先ほどの私の述べた歴史的経過を見ると、最高裁を初め官側としては、キャリアシステムをさらに増大して、純粋培養の裁判官、検事を育成しようとしているのではないかという疑いを招かざるを得ないのですね。しかも、現にそういう主張をされている方も多くおられるわけです。 したがいまして、これはそういうことにならないように、それでは国民のための司法というものにならないのだから、どうしてもそれは、統一修習というものは堅持しなければならぬという立場であるとすると、やはりこの際は、本当は二年間を堅持すべきであったというふうに私は思っているわけです。 そこで、先ほど言われたように、四年間も協議をしたとか、それから受け入れ体制がないと言われればどうしようもないとか、それから、ここで対決して決裂をすることによって、法曹人口増加というものについて、やはり弁護士会の方として、実現ができないような形になってしまってはいけないというような趣旨で合意をしたというような御説明があったのですけれども、短縮の問題を考えるときには、受け入れ体制から考えるというのは本末転倒だというふうに私は思うわけですね。やはり、修習の内容として、十分なものをするのにどれだけ期間がかかるかということですから、短縮においてはよほど慎重でなければならないというふうに思っているわけであります。 そういう意味で、先ほども三点ばかり理由はおっしゃいましたけれども、私は日弁連のいろいろな人に話を聞いておりますけれども、まさに最後におっしゃった、決裂をさせるわけにはいかないということで、結局、不合理とわかっていたのを日弁連としてはのまざるを得なかったというのが、七年にはもう断固二年を守ると言っているのを、二年たったら急に変更した最も大きな理由だと言われる方が多いのですけれども。 ちょっと、寺井先生は今度は事務総長になられたばかりですから言いにくいかもしれませんけれども、本当は一年半に短縮するということ自体に積極的な意義を持ってこれに賛成しているというような会員はほとんどいないのじゃないだろうかと僕は思うのですが、その点はどういうふうに認識をしておられますでしょうか。
○寺井参考人 福岡先生が指摘されました戦後の民主的司法改革に伴う法曹養成の理念、司法修習の理念、そして統一修習が果たしてきた役割、その実績、先生の御指摘のとおりだと認識しております。 そこで、先ほど申し上げましたが、日弁連が何ゆえに二年の決議から、平成九年十月十五日の臨時総会において一年半の決議をしたか、大切な問題ですので、再度、詳しく御説明させていただきます。 先生御指摘のとおり、日弁連は、平成七年十一月二日の臨時総会では、改革協に提案する日弁連方針として二年を決議いたしました。しかしながら、平成九年十月十五日の臨時総会において、今回の三者協議をまとめるために、修習期間は最低一年半ということを決議しました。 その理由は、まず第一に、今回の三者協議に先立つ法曹養成制度等改革協議会の結論でございます。この協議会は、そもそもその設置を日弁連が提唱したものでございまして、私ども法曹三者だけでなく、東大、中大、早稲田、京都大学、九大などの推薦による学者の先生、日本学術会議や商工会議所、主婦連、NHKの推薦による学識経験者の五者で構成されてまいりました。 四年半の審議の結果採択された平成七年十一月十三日付の意見では、先生方御承知のとおり、多数意見は、法曹人口の大量増加と修習期間の大幅短縮というものを求めるものでございました。日弁連意見は少数意見となりましたが、この意見書は、法曹三者に意見書の趣旨を尊重して速やかに具体的方策をとることを求めるものでありました。今次三者協議はこの意見書を受けて行われたものであり、日弁連はこれを厳粛に手続問題として受けとめる必要がございました。 また、政府の規制緩和推進計画が平成九年三月二十八日に再改定されまして、平成九年度中に千人への増員について所要の措置を講ずるとされており、さらに行政改革委員会の動きなど、司法をめぐる客観的状況の大きな変化が二つの臨時総会の間に存在したことは先生御承知のとおりです。この法曹養成制度等改革協議会の結論を日弁連が厳粛に受けとめなければならなかったということをぜひ御理解いただきたいと思っています。 第二は、司法試験合格者を増員するだけでなく、その質を高いものとして維持することは極めて重要であり、日弁連としても重大な問題と考えておりましたが、司法研修所の元教官の方々にお集まりいただきましてこの点についての協議をいたしました。その結果、一年六カ月ならぎりぎり現在の統一修習の質を維持することが可能という結論を受けたことも事実でございます。 その当否は別としましても、裁判所、検察庁では実務修習の受け入れ体制の問題は限界に来ているということも配慮せざるを得ませんでした。 先生御指摘のとおり、日弁連会内には二年堅持を求める意見は強く、臨時総会では激しい議論が行われましたが、法曹人口を増加させ国民の期待にこたえる司法をつくっていくために苦渋に満ちた選択を日弁連はあえてした次第でございます。 もとより、司法試験合格者の数を増加させるとともに、その質を維持し高めていくために、司法修習の充実、入所前や事後研修の充実は不可欠であり、日弁連としては、従前にも増して、統一修習の理念の上に立ち、責任を担い、大胆に取り組んでまいりたいということをお約束したいと思います。 以上でございます。
○福岡委員 それから、先ほどお話のありました三者協議においては、修習を終了した後においてやはり共同で研修を行うということが合意されているようですけれども、その内容は必ずしも明らかではないわけであります。問題は、短縮をした補完のためにこういう修習を合同で行うということになると、その内容についても、実質的に三庁会が責任を持って三分野について的確な修習を行うということと、さらにもう一つ大切なのは、参加者、これは修習を終了した人全員に義務づける必要があると思うのです。官の人は官の方だけ出てあとは自由参加というのではこれはならないので、その辺の義務づけ等をきちっとすることが大切だろうというふうに思いますが、この点については、日弁連はどのように考えておられるでしょうか。
○寺井参考人 裁判官、検察官、弁護士のいずれについても、資格取得後自己研さんと継続研修を行うことはそれぞれの質の向上のために必要なことであり、継続研修は生涯教育の意味を持つものと受けとめております。 そして、法務省、最高裁もこの自己研さんと継続教育の重要性を指摘していただいておりまして、法曹三者が効果的な継続研修を実施するため相互に可能な限り協力をしていく趣旨で、司法修習終了後の一定の時期に合同研修を行うことを合意しております。福岡先生御指摘のとおり、これは、法曹三者が共同主催によりまして、ぜひ一定期間の間に合同研修を、先生が指摘されました趣旨で、充実したものとしてよりよき高い法曹の質を目指しまして努力してまいりたい、このように考えています。
○福岡委員 時間が来てしまいましたので、これで終わらせていただきますけれども、先ほども申し上げましたように、一番大切なことはやはりこの短縮以上の短縮をしないということ、これも実際の三者協議では明確に約束はされておりません。統一修習を一応維持するような文句が入っておるだけであります。 したがいまして、私の心配するのは、そういう純粋培養的な制度に戻そうとする勢力もありますし、そういった意見もあるわけです。そして、その片りんがあらわれているのが最高裁の一年修習という制度であると思うのです。一年修習で実質的な修習ができるわけはありません。これは不能です。 にもかかわらず、その提案があって、その提案の中をとって一年六月、こういうふうになっておりますから、さらに短縮を認めるということは、その補完の修習を各庁でやればいいという議論につながって、さらには統一修習排除というところにも私はつながってくるのではないかなというふうに思うので、ぜひとも日弁連はそのようなことにならないように、民主的な法曹を守る使命という点からも頑張っていただきたいということをお願いいたしまして、質問を終わらせていただきます。
○笹川委員長 漆原良夫君。
○漆原委員 平和・改革の漆原でございます。きょうはどうもありがとうございました。 私の方は武内参考人の方からお聞きしたいと思いますが、まず、短縮は分離修習案で反対だ、こういうことをおっしゃいました。三者協議の合意でも統一修習の原則を堅持していく、こんなふうに書かれているのですが、また先回、法務省も最高裁も今までの修習の意義を確認して今後とも統一修習をやっていくというふうに言っておるのですが、この点についていかがでしょうか。
○武内参考人 その点につきまして、統一修習の意義ということは確かにおっしゃっておられます。 ただし、その統一修習の期間が短縮される、内容が減らされるということは、決して、統一修習の維持というそのお言葉とは裏腹に、実質においてやはり減ぜられていくものと考えざるを得ません。 ちなみに、法務省の方から出されています提案、これが平成九年五月十九日の提案事項ですけれども、その中を読みますと、総論部分なのですが、可塑性に富む早い時期に法曹資格を与えて、法曹として第一歩を踏み出させると書いてあるのです。可塑性のあるうちにきちんとした民主的法曹となるべく教育をすべきなのであって、まだ可塑性があるうちに統一修習をやめて、その後は何を隠そう分離の修習です、研修です。検察庁では現に新任研修としまして何カ月か浦安の研修所へ配属しまして検事修習、純粋培養研修をやっております。 裁判所も当然配属されれば合議部の陪席として直接裁判官、裁判長の指導を受けながら学んでいくわけですが、まだ可塑性のあるうちにむしろそういう形で純粋に単一の目的を持った教育がされていくということは明らかに統一修習というものの意義を薄めることになろうかと私は考えています。
○漆原委員 もう一点お伺いします。 今回の一年半という案は、千人体制にするということで、実務修習が四カ月間ぐらいダブります。そのダブりのときにもう到底指導ができなくなるぐらい修習生で裁判所があふれてしまうのだ。だから、ダブる期間を何とか今までのマンツーマン方式できちっと指導できる体制を整えたい、そのために一年半にするのだという案なのですが、この点はいかがでしょうか。
○武内参考人 実務修習においてマンツーマン体制を維持するという観点は必要です。 その観点から全国の裁判官や検事の数等を実証的に検討してみたそういう調査というのは果たしてどうなのか。現実にできないということが実証されたのかどうか。この点について、法曹三者協議でも随分議論されましたけれども、その実数などについて実際にシミュレーションしたものは必ずしも明確に示されていないと考えています。 また、仮に今の裁判官、検事の指導体制で千人が二期研修できないということであるとすれば、それはそもそもその指導体制そのものがもともとこの国では裁判官、検事が諸外国より極めて少ない、そういう小さな司法という前提から来ているということをまず思いいたさなければいけません。そういう点の拡充をしながら増員し、千人体制へ持っていくということもあってよいはずであります。それが、裁判官、検察官それから弁護士、この司法全体を拡充していく最も現実的な道であると考えています。 また、そのようなダブりがどうしても不可避であるとすれば、例えば、現在、実務修習でいいますと、裁判官、検事、弁護士についてみっちり指導を受ける期間というのはもちろんありますけれども、そのほかに、実務修習の時期に、合同で受ける講義ですとか見学ですとか演習ですとか、そういうものが多々入っております。こういうものを一定程度まとめて集中してやることによって、逆に実務家について学ぶ時期というものをまた集中して、配分することによる工夫はまだまだできるはずと考えています。 また、大規模庁、大規模都市ではそのようなダブりも生じましょうが、地方都市、小さい修習地など、修習生の人数と裁判官、検事の数等によって、実際にはダブりが起こらずにできる地域もあるのではないかと考えています。そういう点の検証はまだまだなされていないのではないかと考えます。
○漆原委員 もう一点だけ武内参考人に聞きたいのですが、受験科目を、民訴、刑訴、これを必須科目にするということで、法律選択科目が廃止されるわけですね。これに反対の意見を述べられたわけなんですが、御自身受験生であったことを考えて、民訴、刑訴が必須になる、非常に受験生としては重たい荷物をしょうということで法律選択科目はなくするのだ、こういうふうな理由を聞いておりますが、民訴、刑訴が必須になるということと、それから、そのために法律選択科目がなくなるのだという、この法務省の考え方はいかがでしょうか。
○武内参考人 司法試験科目につきましては、随分変転とした歴史があります。民訴、刑訴どちらかを選択して、かつ法律専門科目を選択するといった時期もあります。また、両訴を必須とする時期もありました。これはそのときそのときの必要性に応じてでしょうけれども、実際確かに、現在において民訴、刑訴を必須にし、かつ法律選択科目もやるとなると、それは非常に負担でしょう。 ただ、現行の試験制度は、民訴、刑訴のどちらか選択、かつ法律選択科目の選択ということになります。そうしますと、受験生は、実質においては、法律選択科目は、自分がこれからその分野で専門性を身につけていきたいと思う、また興味のある科目で勉強するわけですから、同じ一科目といっても、負担感は、民訴、刑訴の両方を選択しなければならない負担感よりもずっと少ないのですね。 かつ、今後の社会において、民訴、刑訴が司法試験において必須、不可欠だという議論そのものについては、先ほど私申し上げましたように、むしろ司法修習をする中で、これはもう毎日、民訴、刑訴に触れていきます。また、実務につけば当然両方に触れていき、必要不可欠にみずから勉強することになっていきます。むしろそういう機会は実務修習で学ぶ、選択科目の専門性はまたその前の段階、大学教育の段階、かつ受験の段階で身につけるという考え方が適切であろうと考えています。 〔委員長退席、八代委員長代理着席〕
○漆原委員 ありがとうございました。 それでは、今度は寺井参考人にお尋ねしますが、先ほどお述べになりました研修弁護士制度、これは私、大変いい案ではないかと思うのですね。 私自身は、本当は、今まで考えて主張してきたことは、裁判官も検事も五年ぐらい実務をやって、それから二年ないし三年弁護士の仕事をして、そして本当の判事になっていく、検事になっていくという、これが最も理想だなと思っておったのですが、今回、その一歩前の段階なんでしょうね、卒業と同時にすぐ研修弁護士として弁護士の仕事を学ぶ、こういうことですね。この案は、私も法曹一元の一里塚として大きく評価をしたいと思っておりますし、マスコミからも大変すぐれた案だということで評価されていますね。 現在、法務省、最高裁は、弁護士会のこの案に対してどんなふうな態度をとっているのでしょうか。
○寺井参考人 研修弁護士について、先生の御理解をいただいておることに大変感謝しております。 日弁連は、先生が指摘されました趣旨で、研修弁護士制度を三者協議会でも提案いたしましたけれども、御指摘のとおり、最高裁、法務省は、卒業した後の身分の問題、例えば裁判官、検察官になった後、弁護士の地位を得るという問題。あるいは検察庁では、検事の職にある者が具体的な事件との関係で弁護士事務所に研修という名前で関与するといった問題。そういった点が一番大きな問題ではないのかと。それからまた、その間の費用の問題ということも出てきているようでございます。 日弁連は、それは研修の内容、直接の事件にかかわるのではなくて、例えば法曹倫理であるとか、あるいは一般的な素養を身につけるとかいうふうな、研修の内容を三者で工夫していくならば、必ず実現できる手だてはあるのではないかと考えておりますので、今後さらに最高裁、法務省に対してその観点から協力を要請してまいりたい、このように考えています。
○漆原委員 ぜひ日弁連、その点頑張ってもらいたい、こう思っております。 それから、もう一点お聞きしたいのですが、合格枠制について、平成八年の論文試験から導入されましたね。それによりますと、八年度の試験は、通常枠の最下位合格者が五百四十二番だ。それから、いわゆる丙案の合格者が二百二十六人だ。その丙案の最下位合格者が千百七番だという、大変これは不平等な結果になっているわけですね。法曹の資格試験として大変問題があろう、こう私は思っておりました。 先ほどおっしゃったように、実際は受験生がふえたことによって滞留現象というのがなくなっているのだということをおっしゃいましたね。この辺、数字があれば示していただきたいと思うのです。
○寺井参考人 細かい数字までは、その点に関する資料がちょっと手元にございませんけれども、現在では、例えば平成九年度では、二十一歳が半分以下の四百二十七名、それから二十二歳が約七割の千二百八十五人、そして二十三歳、四歳、五歳のそれぞれで、二千人を現在超えてきております。 そういう中にありまして、合格枠実施二年目の試験として九年度を見ますと、受験開始三年以内の合格者が五七・七%、そして五年以内の合格者が七二・五%、数字で申し上げますと、四百四十人と五百五十三人という数字になっております。基本的に、丙案の優先枠制を実施しなくても十分に滞留現象が解消されてきているというふうに認識しております。 以上です。
○漆原委員 最後に、もう一点だけお尋ねしたいのですが、千人、千五百人体制になった場合に、弁護士の人口が大幅に増加する。弁護士が今の状況で仕事をしていて、果たしてこれほど多く弁護士人口がふえた場合に、本当に弁護士のニーズというのが市場であるのだろうかという心配をしておりますが、この辺はいかがでしょうか。
○寺井参考人 一般的な意味では、市民、社会の法曹、とりわけ弁護士に対するニーズは、かなりの程度、特に規制緩和の流れの中で大きくなってきているというふうに認識しております。しかしながら、やはり私たちは優秀な法的サービスを提供する責務があると考えておりますので、今後どれくらいの弁護士の数が実際に必要なのか、そのあたりを実証的な調査をいたしまして、しかるべき早い時期に日弁連としての考えを出してまいりたい、このように考えているところです。
○漆原委員 きょうは、お二方の先生方に来ていただきまして、大変ありがとうございました。これで私の質問を終わります。
○八代委員長代理 達増拓也君。
○達増委員 自由党の達増拓也でございます。 両参考人、きょうは本当にありがとうございました。 さて、法曹人口のことなのですけれども、これは寺井参考人、武内参考人の順で、両参考人に伺いたいと思います。 今も漆原委員の最後の質問にもあったのですけれども、法曹人口、これからどのくらい必要になってくるのかということなのです。きょう午前中の若林参考人がおっしゃっていたのですが、これからはどんどんいろいろなところに法曹のニーズ、言及されていたのは弁護士さんについてなのですけれども、弁護士という人は、弁護士事務所のみならず企業の中にもどんどん求められるだろうし、また若林参考人の職場、報道の世界などでも、弁護士がいれば報道の人権侵害もなくなるのではないかとか、多様で、かつ大量のニーズというのが社会に出てくるであろうし、また今もあるのではないかという指摘がありました。これはなるほどもっともと思うわけであります。 特に今、日本社会、いろいろな政治、経済、社会のシステム変革ということが言われておりまして、政治改革ですとか経済構造改革ですとか、そういった改革を進めていくに当たりどういう社会を目指すのかと考えたときに、個人が自己責任原則で透明なルールに基づいて行動する社会、その場合、そのルールをチェックする、事後的に紛争処理する、そういう仕事が非常に重要、かつニーズがふえてくるのではないか。そういう意味では、司法試験合格者の数、これは、午前中の吉村参考人は、今千人体制になる、そして千五百人体制が中期目標になっているけれども、もう千五百人体制に向けたアクションもすぐとっていかなければならないだろうというふうに述べておりました。 私も、もう千五百人が最低限であって、もう五千とかあるいは一万とか、そういうオーダーで司法試験合格者をふやしていくことが、社会のほかの分野、経済ですとか政治、行政、そういうところの改革、そちらをにらめば、そのくらいの思い切った、いわば法曹ビッグバンというくらいの改革が求められているのではないかと思うのですが、この点、いかがでしょうか。
○寺井参考人 社会一般、そして市民が法曹に何を求めているかというのは、先生御指摘のとおりだと思います。一般論としてはそうでございますけれども、法曹三者は、現在、これまで五百人、七百人だった司法試験の合格者を千名にするということで、来年度からこれを実施することにしております。まず、その千名の体制を実行いたしまして、これをもってまず国民の期待にこたえていくということを行ってまいりたいというふうに考えております。 その中で、それ以上の合格者につきましては、司法修習の受け入れ体制の問題、これは実務修習が現状のような形で維持できるのか、できないとすればこれにかわる修習体制があるのか、そのような中身の問題を検討する。つまり、千人の新修習体制の内容をあるいは結果を十分検討する必要があるだろう。 そしてまた、社会の法的ニーズの動向、例えば法律扶助の問題、そしてまた、日弁連は被疑者段階における弁護人問題に取り組んでおりますけれども、こうした中で、社会が具体的にどのような形で弁護士、弁護士会に求めをしているのかということを、先ほど申し上げましたけれども、実証的に検討いたしまして、さらなる増員が必要なのかどうかということは法曹三者でさらに検討してまいり、また、先生方初め国民の皆さん方の御意見に謙虚に耳を傾けてまいりたい、このように考えているところです。
○武内参考人 私自身、先ほどの社会情勢認識を踏まえまして、この社会においては、法的な知識の専門化、多様化というのが大変求められていくと考えております。 そして、現にこの間、各企業の法務部などが着実に拡充してきて、専門性を身につけてきております。また、法情報もいろいろな形で流れていまして、判例データベースもこの数年間で本当にCD—ROM一枚で調べられるように、まただれでも調べられるようになってきました。そういう中で、法律そのものに対する情報も非常にアクセスが容易になってきていますし、また、それを専門的に行ってきていらっしゃる皆さんもたくさんふえています。 そういう中で、では、司法試験、それから司法修習をして資格を与えていく必要があるのかという観点ですけれども、今現在、私先ほど述べましたように、司法試験、司法修習、三者一体の教育というものが何のためにあるかといいますと、憲法下における司法制度を民主化して、市民の権利救済、諸勢力からの民衆の人権擁護ということが何といっても第一の目的としてあると考えています。これなくして、法曹資格を持つ者の活動の領域はないはずであります。 もちろん、この法曹、法律専門家は、またその業務のニーズにこたえていく必要はありましょうけれども、企業法務または民間の法情報を得る人たちと資格を有する人たちの違いはどこかといえば、そういうものを担って、みずからの私益のみにとらわれず、人権擁護、社会正義というものを実現していく使命を法によって定められ、担って実行していく者たち、これが必要であろうと考えています。 そういう観点からは、やはりその内容、数を幾らでもふやせばいいというものではなくて、やはりきちんとした指導をして、そういう実力を持った者を育てていくというものが必要であろうし、したがって、そういう者を育てるために今司法修習は国費で賄われております。そういう観点から考えるべきであろうかと考えています。当然、そういう資格を有しない者においても、十分に法律的な知識を身につけて活動していく場は必要でありましょうし、当然、大学教育、法学部教育もさらに工夫、努力をしておられると考えています。
○達増委員 次に、研修期間の問題について伺いたいと思います。 武内参考人に伺いますけれども、今回の法案、一年半にするということで、今まで二年だった、やはり二年必要ではないかという意見があるわけでありますけれども、その場合、特に法曹倫理でありますとか、また、今回の改正に当たっての考え方として、社会の実相に触れる機会とかいうことが言われているのですけれども、この法曹倫理とか社会の実相というのは、かなり個人が社会人であるならば自分の責任で身につけていくべきものであって、そこを国費で、修習の中で取り上げなければならない理由というものを疑問に思うのですね。 では、まずこの点についてお答えいただきたいと思います。 〔八代委員長代理退席、委員長着席〕
○武内参考人 個々の人間がみずから学習して学んでいって、どういう法曹になろうか、こういう点はもちろん各人の自己責任の問題でありましょう。しかし、司法修習というのは、そういう各人の私益、自己の目的というものを離れて、司法制度を担う者たちを国としてどのような者を育てていくのかという観点から行われているものと考えています。 当然、倫理ですとか社会の実相というのも、各人の私益の追求のためではなく、国民の権利擁護、社会正義を実現してもらうために、そのような観点から指導し修習させる。また、その修習の内容によって義務づけるという形で行われているものと考えています。したがいまして、それが減らされてよいということは絶対あり得ないものと考えています。
○達増委員 では次に、寺井参考人に伺いますが、先ほど研修所の体制のあり方について、期間との関係で、今回、人数がふえる分期間を短くしなければならないという要請もあって一年半ということになるわけでありますけれども、逆に研修所の体制をふやしていくという考え方もあると思うのですね。それで、今研修所千人体制すら今までのやり方では賄えない体制なわけですが、この研修所の体制について、将来拡大していった方がいいのか、どういうふうに拡大していくべきか、それについて伺いたいと思います。
○寺井参考人 日弁連は、現在の体制のもとでも千三百人以上の修習受け入れが可能ではないかということを三者協議会で提案いたしました。しかしながら、裁判所、検察庁は詳しい調査をなさった後、八百人程度から千人がぎりぎりである、このような回答がありまして、現在の施設の収容のキャパシティーでは、委員がおっしゃったような大量の人数になった場合に、一定の期間で修習させることは修習期間のダブりの問題がございますので難しいと思います。 これは、現在進められている司法改革の全体構想の中で、司法の容量を大きくする、そしてその中で、後継者法曹の資質を高めるという意味で、期間の問題と同時に修習内容の充実ということを日弁連は特に重視しておりますので、今後法務省、最高裁と実証的な調査のもとに協議を進めてまいりたい、このように考えております。
○達増委員 武内参考人に伺いたいと思います。 今の法案では二年の研修期間が一年半になる、この縮められることによって、例えばどういった研修内容がおろそかにされるという懸念を抱いておられるか。また逆に、こういったことについては絶対やらなければならないのだ、だから二年かかるのだ、そういう点についていかが考えておりますでしょうか。
○武内参考人 私自身、司法修習の中核部分は実務の修習だと思っています。それも、弁護士になろうと思う者が裁判の実務の研修をする、それから検察の実務を研修する、または裁判官になろうとする者が弁護士の実務を研修する、そういう違うものを研修してその考え方を学ぶということが最も大事なものと思っています。そして、今度の短縮案でいけば、必ず実務の修習の部分が削られることになります。それがこの制度の持つよさを最も減じてしまう部分だろうと考えています。 それから、先ほどの裁判所の受け入れ人数の問題ですけれども、この点につきましても、あくまでも修習生を現場で学ばせるということが必要でありますので、当然マンツーマンを原則とすべきでありましょうけれども、その実務修習の特に少ないと言われているのが刑事裁判の実務家それから検察の実務家というふうに言われています。 ところが、裁判所も今般の議論の中で、裁判所、検察庁も将来的に人数を増強していくというふうにおっしゃってくださっていますけれども、昨年それからことしの検事、それから裁判官判事補の採用数を見ますとちっともふえていません。昨年と同じ数あるいはそれ以下の数しか採用しておられない。ですから、その三者協議の中でおっしゃっていただいた、みずからもその体制を拡充していくというお話は一体どこへいったのだろうかという疑念を持たざるを得ません。
○達増委員 では、最後に法曹三者の関係について、これは寺井参考人に伺いたいと思うのですけれども、非常に長い時間かけて法曹三者でこの司法試験のあり方、研修のあり方について議論を重ね、その合意を目指す努力についてはこれはもう多としたいと思うわけでありますが、他方、世の中の変化ですとか社会的ニーズの観点から見ますとどうも時間がかかり過ぎるのではないか。また今回の合意、最終的にできた合意の中で、今回千人体制でいく、中期目標が千五百人体制で、ただ、そこにいくには、試験と研修三期分、いろいろ検討を重ねて研究してその上でまた議論する。今までの経緯を見ますと、千五百人体制に持っていくところにまた物すごい時間がかかってしまうのじゃないかと懸念するわけであります。 こういう三者協議のあり方についてどう思うか、伺いたいと思います。
○寺井参考人 私たちは、人数の問題と同時に、これまで維持してきました法曹の質というものを極めて重視しております。その意味で、この前まで五百人、最近は七百、八百になってまいりましたけれども、これが約倍になるということは、私たちにとって大変重要な問題であると認識しておりますので、千人体制を実施した場合に三年間程度の検証ということはぜひ必要じゃないかということで、国民各位にも御理解いただきたい、このように考えているところです。 できるだけ論点を整理し、精力的に取り組みまして、法曹三者の協議を充実させてまいりたいということは言うまでもございません。以上です。
○達増委員 建設的な協議をお願いしたいと思います。 きょうは、どうもありがとうございました。
○笹川委員長 木島日出夫君。
○木島委員 日本共産党の木島日出夫でございます。 両参考人、大変御苦労さまでございます。 最初の質問は、寺井参考人と武内参考人と共通の質問になろうかと思いますので、お聞きいただきたいと思います。 今回、日弁連が修習期間の問題で、特に一年半について合意したこと、私はこれまでの改革協や三者協の論議を見ておりますと、最高裁は一年と主張し続けてきた、日弁連は二年と主張し続けてきた、大変激しい議論をしてきたことを振り返って考えますと、これは日弁連として決して望んだものでないと思うわけです。やはり、そこには日弁連側と裁判所、検察庁・法務省、官側との力関係の問題、特に改革協においては大学関係者や法曹三者外の学識経験者の多数の意見が取り入れられたにもかかわらず、結果的に日弁連が少数意見となったことからもうかがえると思うのです。寺井参考人からは苦渋に満ちた選択だったという言葉、表現がありましたし、日弁連として残念ながら改革協議会の結論を厳粛に受け入れざるを得なかった、その気持ちはよく理解できるわけであります。 そこで、質問でありますが、日弁連として、なぜ今回、特に修習期間の短縮の問題について改革協において多数派になることができなかったのか。何が足りなかったのか。今後日弁連の法曹養成制度に関する理想を実現するためにどんな努力が必要だ、特に国民的賛同を得るためにはどんな努力が必要だと考えているのか。一言、日弁連からの意見を伺いたいし、たしか武内参考人、きょう配付資料の参考人の発言をちょっと読みますと、そういう問題点をやはり提起しておりますので、じゃ、武内参考人自身は何が足りなかったのか、どう考えているのか、どうすればいいのか、公述願いたいと思います。
○寺井参考人 お答えいたします。 私たちは、これまで法曹のあり方、しかも弁護士、弁護士会のあり方というものに真剣に取り組んできたつもりでおりますけれども、これまで国民広い各層の弁護士に対する理解、あるいは司法修習に対する理解、こういったものがやはり弱かったのではないかと考えております。先生御指摘のとおり、改革協でもあるいは三者協議でもそのことを、日弁連の意見を堂々と主張してまいりましたけれども、やはり大きな歴史の流れの中で、社会や市民が法的ニーズが高く、身近に多くの法律家がいることを求めているというふうな波がかなり日弁連を襲ってまいりました。 その意味で私たちは、どのような法律家をどのような修習内容で育てていくのかということについての国民的な理解を求めるための努力をこれまで以上に真剣にやっていかなければ、今回は法曹養成の修習期間の問題でございましたけれども、ほかのさまざまな問題を含めまして、やはり弁護士会あるいは法曹が抱えている問題を、幅広くさまざまな機会を利用して市民の方々に理解していただく、国民各層に理解していただく、このような努力が今まで以上に必要ではないかということを痛感しております。
○武内参考人 私の論稿を読んでいただいて、ありがとうございます。 私自身、今の問題につきましては、何といっても先ほども申し上げたような法曹の役割、弁護士の役割、こういうものをわかりやすく御説明する努力がまだまだ足りないというふうに考えております。したがって、その内容を、改革協はもちろん、法曹三者協議会の議論だけで終始しているということに問題があったと思っています。 これについては、広報といいましても、一般的な文書や広報をするというようなことではまだまだ伝わらないということを考えていまして、その点については、もっと各層に飛び込んでいって、日弁連みずからが説明をし、その認識を持っていただくということを努力すべきであったと考えています。
○木島委員 ありがとうございます。 昨年十月十五日の日弁連総会に執行部の方から提出された議案書に大変大事な指摘があるのですね。「司法試験・法曹養成制度改革にあたっての基本的姿勢」「司法修習制度を守る視点」「統一・公正・平等の原則に基づいた現行司法修習制度は、戦後司法改革の中でも最も重要な改革の一つであり、司法の民主化を推進する上で大きな役割を果たしてきた。」そしてその後、しかし、「この制度を生み出した改革も、行政から独立したとはいえ、裁判所におけるキャリアシステムを温存した」、そして、「その後、司法におけるキャリアシステムはますます強化され、特に昭和四十五年以降、思想信条を理由とする裁判官任用拒否などが相次ぎ、理想と現実の乖離があらわになってきた。」という指摘があります。そして、「司法行政と司法修習の管理・運営をめぐる日弁連と最高裁との緊張関係は、今日においてもなお解消されたとは言い難い。」我々日弁連は、「現行制度の長所を守りつつ、どうすればこのような問題を克服し、さらに前進できるか、そのために弁護士と弁護士会は何をなすべきかという総合的な視点を常に持ち続ける必要がある。」 大変大事な指摘だと思うので、それで、寺井参考人にお伺いします。 それでは、日弁連と弁護士は何をなすべきと考えているのか、具体的に方向性についてお考えを述べていただきたい。また、こういう方向で日弁連が取り組みを進めようとしているのだと、法曹一元との関係で。
○寺井参考人 私どもは、民主的な司法を実現していくためには、何としても法曹一元を展望しなければいけない、このように考えております。やはり、社会の実相、具体的な生の体験を、あるいは当事者と接する中で、法曹の質を確立していき、その方々の中から、特に現実にそういう条件にあるのは弁護士でございますので、一定期間弁護士の体験をした者から裁判官、検察官になっていく制度、これが法曹一元でございますけれども、そのようなものを展望していくということが大切ではないか、このように考えております。 先ほど申し上げた研修弁護士制度も、いろいろ持っている意味がございますけれども、私どもは法曹一元につながる第一歩として位置づけておりますし、今度、ことしの秋に実施いたします日弁連主催の司法シンポジウムでも、法曹一元の理念を確認し、それに到達するための諸課題ということについて調査を挙げて行うということで準備いたしております。 私たちは、冒頭に申し上げましたように、何としても法曹一元を展望した法曹養成制度、あるいは裁判官、検察官のあり方、こういったものを見直す中で、いわゆる官僚的な法曹、官僚的な司法というものの改善、改革に努力してまいりたい、このように考えております。
○木島委員 法曹一元というのは、戦後日本の司法界、特に弁護士会五十年に及ぶやはり目標だったと思うのです。しかし、現実には、先ほど来同僚委員からの質問にもありましたが、臨司意見書でそれがとんざさせられる、そして、裁判所、検察・法務の方から逆の方向、キャリア官僚の養成という形でずっと巻き返しが図られたというのが今日の現状だと私は思うのです。 そこで、五十年たって今展望を語るのも非常に大事なのでしょうけれども、具体的に一歩踏み出していく、そしてこの方向を、国民の理解を得る具体的な実践をやっていくということが今求められているのだろうと思うのです。そこが不十分だったのじゃないかと思うのです。 そこで、研修弁護士制度がその第一歩だという位置づけだというお話ですが、もうちょっと具体的にその実現の展望、これは裁判所や検察庁、法務省や、予算の問題もあるでしょうから国会の理解を得なければいかぬわけでありまして、その実現の展望をどう考えているのか、簡単でいいですけれども、述べてください。
○寺井参考人 研修弁護士制度の実現の可能性につきましては、まず、弁護士会は現在も司法修習制度の中で弁護実務修習の運営を担っております。したがって、その蓄積に基づいて研修弁護士制度の運営を行うことは困難ではございません。実現できると考えております。 そしてまた、内容につきましても、必要な立法的手当てを含め、日弁連においてある程度検討を進めておりますので、最高裁、法務省がこの点についての御理解をいただくならば、早急にこの実現に向けて準備作業が整えば可能ではないかと考えておりますので、この点については、他の法曹二者の特段の御理解、御協力をいただきたいと考えております。それがもし可能であれば、日弁連としては早急にこの問題に取り組んでまいりたい、このように考えております。
○木島委員 これは両参考人にお聞きしたいと思うのですが、法曹人口の問題、数の問題は、司法の基盤整備の問題と不可分一体のものだという御主張を、ずっと日弁連は三者協議の中でも、し続けてきたと思うのですね。私もそれは大事な視点だと思うわけです。 先日、当法務委員会で、その中の法律扶助制度の充実の問題、それから、日弁連が今大変努力されて私も高く評価しておるのですが、被疑者の国選弁護制度の問題、これを取り上げて、法務大臣や最高裁当局にも、国として全面的にこれをバックアップすべきだという質問に立ったわけであります。 その問題に加えて、弁護士過疎解消の問題で、実はきょう午前中に当委員会にお呼びした参考人の若林誠一氏から、公設弁護人事務所構想というのがありまして、札幌の国選弁護シンポジウムで提唱されたこの公設弁護人事務所構想はなかなかおもしろい提案だと思うということで、大変推奨されているわけであります。 やはり、弁護士過疎対策は、基本的には日弁連各単位弁護士会が本気になってやらなければいかぬ課題でありますので、こういう司法基盤整備の問題、特に今私が述べた公設弁護人事務所構想について、どう日弁連として評価されるのか、あるいはこういう基盤整備のために今後どんな努力をされようとしているのか、お話をお聞かせいただきたいし、こういう方向性について武内参考人の意見も一言お聞きして、時間ですので終わりたいと思います。
○寺井参考人 私ごとでございますけれども、事務総長に四月一日に就任する前まで、日弁連刑事弁護センターの委員長を務めてまいりました。それで、当番弁護士制度の実績を踏まえ、被疑者国選弁護制度を全国一律に実現するという提案をしております。 そのためには、いわゆる弁護士過疎地、具体的には、北海道の旭川、釧路弁護士会が抱えている広大な地域による弁護士の過疎の問題でございます。これを全国一律二〇〇〇年から実施するためには、どうしてもそこに弁護士を派遣しなければいけないということから、東京など主要な都市で、余裕があるところで公設弁護人事務所をつくりまして、そこから一定期間、例えば二年、三年刑事弁護を担当する弁護士を派遣する。このようなことから公設弁護人構想が起こったわけでございます。 現在、刑事弁護センターでその具体的な内容について検討されておりますけれども、日弁連としても、この公設弁護人事務所を刑事弁護だけでなくて、民事、法律相談も含めまして、現在進められている総合的な法律相談センター活動の一環と結びつけながら、より積極的な方向で取り組んでまいりたい、このように考えております。
○武内参考人 私は、弁護士過疎というものがなぜ起きるのかという観点から考えるべきものと思っています。 それはやはり何といっても、この経済の状況、それに沿った形で弁護士が都会に集中し、もともと人口過疎地と言われている部分において、弁護士がそこへ事務所を開設しないということになっているのではないかと思います。これは、市場原理、経済原理にゆだねていては、またその人数をふやすという形の自然な、市場原理にゆだねるだけでは決して解消しない問題だろうと考えています。むしろ、それは政策的に、要はそこでの活動が経済的にペイしなくてもそれを張りつける。そのためには、何としてもやはり公的な、あるいは、弁護士会あるいは社会各層間の資金の提供によるそういう弁護士事務所、弁護士の政策的配置が必要と考えています。 そうしますと、公設弁護人事務所というものはそういう観点から推進すべきものと考えています。それは当然弁護士会も努力しますけれども、やはりそういう地域住民のための法的サービス、また国として法的問題に対する手当てをするという国民への国の責務という観点からも、もろもろの公的資金の導入などが必要だろうと考えています。
○木島委員 ありがとうございました。終わります。
○笹川委員長 保坂展人君。
○保坂委員 社会民主党の保坂展人でございます。 両参考人にお尋ねをしたいのですが、日弁連は当初、修習期間は二年間、これは堅持をするのだという姿勢でやってこられて、一年半ということで、苦渋の選択というお言葉もありましたけれども、半年縮むという問題を少しわかりやすく話していただきたいと思うのです。 一昨日の法務省の答弁では、御自身の修習期間を振り返られて、牧歌的でのんびりしていた、だから半年ぐらいは十分効率を高めるために縮められるのだというふうにおっしゃっていたのですが、御自身の修習の体験に照らして、半年期間が縮むということを想定してどんなことが起こってくるのか、あるいは法務省の答弁にあるように、非効率やむだということが本当にあるのかどうかという点について、お二人にお尋ねをしたいと思います。
○寺井参考人 私も研修所を卒業してもう三十年近くたちますので、当時のことをつぶさに記憶しているわけではございませんけれども、私は、今回法曹三者で合意しました一年半というものであれば、統一修習の実を十分守りながら質の高い法曹を養成していくことができるのではないか、このように考えております。 特に前期、後期の研修においては、例えば民事裁判、民事弁護、これでそれぞれのカリキュラム構成をやっておりますけれども、それを有機的に関連づけながら研修をさせていく、そしてまた実務修習の中でも当事者や生の事件に具体的にぶつかっていく、そこから学んでいくということを、修習の担当の弁護士、あるいは裁判官、検察官でそれぞれ異なるところがございますので、その辺も連絡を密にいたしまして、そうした社会の実相を正しく、しかも忠実に学ぶことができるようなものに私は工夫できるのではないか、このように考えております。 カリキュラムの組み方、そしてまた修習の内容について、現在最高裁判所司法研修所において検討が進められているようでございますけれども、日弁連も、できるだけ早くこのカリキュラム編成に関与しながら、統一修習の中身が後退しないように努力していけば何とか実現できるもの、このように考えております。
○武内参考人 私は司法研修所を出てから十三年目になりますけれども、当時のことを思い出しながらお話ししますが、まず何といっても、修習の中核でありました実務修習において、私はやはり実務家と毎日毎日一緒に過ごすという中で、起きてくる問題そのものを一緒に考えながら修習してきたつもりであります。そういう観点から、極めて濃密に実務家とともに考えるという訓練をさせていただいたと考えています。 そして、さらに大事なことは、その後、余の時間、この時間をどう過ごしたかという問題だろうかと思います。もちろん遊ぶこともありますけれども、それ以外にも、修習生仲間でゼミナール、研究会などを自主的に開いたり、それから弁護団に実際になっている弁護士の方と語ったり、それから法律実務以外に、カウンセリングの研究会などということもやったりして、そういう点もそれなりに有意義に使えたと思っていますし、そのときの努力といいますか、それが今の実務家としての活動に役立っていると思う面も多々あります。 そういう点が余裕がなくなっていく。つまり、カリキュラムの工夫は結構です、しかしそれが過密になって、短縮した分を逆に短縮された期間の中に詰め込むということをやっては、かえってそういう自主的な、みずから主体的に学ぼうという時間そのものも削られてしまうということを考えています。確かに一年半にしても、その分朝から夜まできちっとカリキュラムを組めばできるかもしれないけれども、それでは受け身のものだけになってしまうかもしれない。 そういう点で、特に将来裁判官、検事になるような方々は、そういうさまざまな弁護団の活動を直接その方々、また当事者の方々と語り合ってやっていくということは非常に大事な経験だろうと思いまして、そういう経験の機会を奪わないでいただきたいと考えます。
○保坂委員 それでは、寺井参考人にお尋ねいたしますけれども、いろいろ工夫を凝らせば二年間が一年半でも十分有機的なカリキュラムがということも理解はできるのですけれども、ただ、今回のそもそもの動機が、高度化し、複雑化し、さまざまな専門分野が絡み合ってまた国際的でもあるという現代社会のさまざまな要請にこたえるために抜本的な改革が必要であるということだと思うのです。 先般の質疑によれば、二年間を一年半に縮小する主な理由は受け入れ体制の問題である、しかもその実務修習の部分で、今の人員を考えるとこれがもう精いっぱいだというお答えだったのですが、そうであれば、新たなカリキュラムを開発することもそもそもの抜本的な改革の前提になろうかと思うのですね。現在、人的な整備が整わなければ思い切って司法がその予算を要求して、人的にも、スペースも拡充して、そして二年間という現在の期間にまた戻すという考え方があってもよろしいのではないかと思うのですが、その点についてお考えをお願いしたいと思います。
○寺井参考人 現在法曹三者で一年半ということを決めてそれをカリキュラムなどによって充実していこうということで取り組んでいくところでございます。その意味で、今後司法予算の拡充、そしてまた研修内容の検討ということを踏まえながら、法曹三者で、日弁連も主体的にこれに取り組みまして、先生御指摘の点も含めて考えてまいりたい、このように考えております。 ただ、先生御承知のとおり、裁判官の定員、検察官の定員がございます。一人裁判官をふやしますと、それぞれ書記官、事務官含めて相当の予算を伴いますので、現在問題になっております千名体制のもとでの修習期間という問題については予算措置が間に合わないという問題もございましたので、とりあえず三者で合意した線でしっかり努力しながら、先生の御指摘の点を踏まえてさらに三者で協議してまいりたい、このように考えております。
○保坂委員 それではまた両参考人に、武内参考人からお先に伺いたいんですけれども、そうなると、かなり苦しいところで二年を一年半に削ったと。当初の最高裁の案の提示は一年間でした。今後千五百人体制を展望するということなので、これは何回も何回もこの当委員会の中で確認しなければならないテーマだと思いますけれども、千五百人体制までの一里塚として一年半があって、やがては一年にということであってはならないというふうに私は思うんですけれども、その点について御意見の方をお二人に伺いたいと思います。
○武内参考人 私は、今回の最高裁や法務省の三者協における提案の経緯を見ていますと、これは決して短縮できるから短縮するという話ではなくて、やはり容量の問題、指導側の問題、そして予算の問題という観点から切り込んできているんだと考えています。 例えば、これまで修習生五百人体制で二年間。現在は七百五十人体制で二年間やっていると。これを千人にすれば、では同じ予算でやるには幾らなのかとなると、それは一年半だと。千五百人だったらそれは一年だと。極めて単純な等式が前後成り立っているというふうに思います。 ですから、それはもう本末転倒の話でありまして、司法の容量を拡大しなければいけないというのであれば、何といっても司法の予算をふやし、設備を充実し、人的な資源も拡充していくと。これによってこそ——今、東京地裁の民事の裁判官一人手持ち三百件などというデータもあるそうですが、それを半分にできれば審理期間も半分になるかもしれない、それから、より納得のできる審理をしてもらえるかもしれない。むしろ、そういう形で司法を国民に納得できるものにしていくというのが国家の司法政策としてまず先にあるべきではないかと考えます。 裁判所、検察庁にはぜひそういう観点から努力をしていっていただきたいものと考えています。
○寺井参考人 日弁連の主張の二年に対しまして、当初、最高裁、法務省は修習期間一年でございました。 日弁連は、さまざまな検討を加えました結果、現在の統一修習の理念を守り、修習の実を上げていくためには一年半がぎりぎり限度である、このようなことを考え、また、総会でもこの点を確認いたしまして三者協議に臨みました。私どもは、一年半になったことに関しまして、今回の裁判所法の改正に基づいて、一年以上ではなくて一年半とするということになったことを日弁連としては大変意義深く受けとめております。 したがいまして、今後、千人以上、例えば千五百人というものになった場合に自動的に一年にいくのではないかということを、日弁連がこのことを暗黙にも了承しているということはございませんし、私どもは、一年半が統一修習の理念と修習の実を上げるためにぎりぎりの限度の線であるということを確認しておりますので、ぜひ最高裁、法務省にもそのことを御理解願い、国会の先生方にもその点をぜひ御理解いただきまして今回の裁判所法の改正に臨んでいただきたい、このように念願するものであります。
○保坂委員 それでは、あと一問だけ武内参考人の方にお願いしたいと思いますが、試験で廃止をされた選択科目、これが廃止をされたことによってどういう影響が考え得るか。この影響を防止するというか、修復するために研修所の中でここのところをきっちりやる必要があると思うんですが、その点について伺って、おしまいにしたいと思います。
○武内参考人 私としては削減されることを前提には考えたくないわけですけれども、では、どういう影響が出るだろうかということを述べさせていただきますと、今の各大学の法学部のカリキュラムを見ますと、やはり何といっても、司法試験科目にあるのでそれをそろえておくということはどうしてもあろうかと思います。また、学生の方も、そういうものがあるからそのどれかを専門的にやってみようという気持ちにつながる、そういう動機になる部分もあろうかと思います。 こういう点が、大学の教育から、結局やるものは司法試験で受けるものだけやればよいという風潮が万一にも生まれていっては、今の多様化、専門化の時代にむしろ逆行する。また、大学そのものも少子化に向けての大変苦しい経営状態と聞いていますので、むしろ、そういうカリキュラムが削減されていくおそれを非常に強く感じています。 また、そういうものに多様な科目があることによって、どれかを勉強し、その分野の専門になってむしろ司法試験を突破していこうという気持ちになれば、その分野の勉強が非常にまた進む。またその方は、実務についてから、何といっても得意意識を持ってその分野に積極的に取り組んでいく。 特に行政法などを見ますと、今の司法が行政権をチェックするチェック・アンド・バランスという観点から、これは憲法上の要請であろうと思います。このことを学ぶということが非常に大事なことだというのは明らかであります。 また、労働法にしても、国際私法・公法にしても、刑事政策にしても、大変今問題になっています刑事政策などは、少年法の問題なども学ぶ科目であります。非常にそういうものを専門的に学んで、専門を生かして実務家になっていくという者をなるべくたくさんそれは輩出していただくようなシステムを維持していただきたいと考えています。
○保坂委員 大変ありがとうございました。 これにて終わります。
○笹川委員長 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。 両参考人におかれましては、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。 なお、時間が延びまして申しわけないと思っておりますが、どうぞお許しをいただきたいと思います。 どうぞ御退席をいただいて結構です。ありがとうございました。 —————————————
○笹川委員長 この際、お諮りいたします。 本日、最高裁判所浜野総務局長、堀籠人事局長から出席説明の要求がありますので、これを承認するに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○笹川委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。 —————————————
○笹川委員長 質疑を続行いたします。 北村哲男君。
○北村(哲)委員 民友連の北村でございます。 私は、まず、裁判所法の一部を改正する法律案について、これは二条だけ改正なんですが、その一部についてまずお伺いしたいと思います。 というのは、今までは、「司法修習生は、その修習期間中、国庫から一定額の給与を受ける。」という項目がありましたが、今回それに加えて、「ただし、修習のため通常必要な期間として最高裁判所が定める期間を超える部分については、この限りでない。」というふうに改正されるようです。 まず、現状はたしか、二年間の修習期間は給与を受けるようになっているんです。例えば二年間で、二回試験といいますか、後の試験に合格しなかった人はまた一年間、今一年間修習かどうかわかりませんけれども、一定期間修習をされて卒業されるんですが、その間は給料を受けているというふうに私は思っているんですけれども、それがまずなくなるという趣旨のことなのか。その辺について現状がどうなっておるのか。給料関係は二年を過ぎてもなおかつもらっておるのかという点について。それを今回はもうそういうことはやめようという趣旨なのか、あるいはそれ以外の趣旨があるのか。今度は一年半になりますよね。一年半だけ給料を出して、それ以外はもう一切やめると。だから、卒業試験に不合格になった人についてはもう給料は出すのはやめる、こういう趣旨なのか。 その辺あたりをひとつ説明していただきたいと思います。
○山崎(潮)政府委員 まず結論から申し上げますと、現在、二回試験を受けまして、合格留保と言っておるわけでございますが、残念ながら受からなかった人でございますけれども、そのまま修習生の身分を継続いたしまして、追試の機会がございます。その追試の機会で合格すればそれで卒業するんですが、そのときまで給与の支給を受けております。 今回は、そういう関係からいきますと、通常二回試験を受けまして、新制度では一年六月、約一年六カ月になるわけでございます。もちろん、その期間については若干年によって出入りがございますので、最高裁判所の方で定めるわけでございますが、そこの期間を過ぎたら、今度は修習生の身分は残りますけれども給与は出ない、こういうふうに変わるわけでございます。
○北村(哲)委員 どういうことかな。一年半で今回は終了するわけですか。それで修習生ではなくなるわけですよね、多分。そうすると、今までとの違いは、終了試験に合格せず残った人にも今までは払っておったけれども、この次からは払わない、こういうふうに理解していいのですかね。
○山崎(潮)政府委員 変わるところは、合格留保になった方、その後追試を受けることになると思いますが、修習生の身分はそのまま残っておりまして給与だけが不支給になる、こういう違いでございます。
○北村(哲)委員 どのくらいの人が対象になるかわかりませんが、一年半あるいは今までは二年間というふうに給料を受けた人たちは、大体平均年齢も二十八とか三十、三十まではいかないと思いますけれども、二十八以上だと思うのですけれども、多くの人は家庭を持ったりしていて、そこでぷっつり切られて、今までは何とかそういう給料保障があったのですけれども、ぷっつり切られる期間があって、そしてその間また、じゃ、仕事につけるかというと必ずしもつけるとは限らない。非常に窮屈というよりもむしろ、飯も食わずに追試を受けるまで勉強しなさいということを強制するようになると思うのですけれども、少し酷ではないかという気がするのですが、その辺はどういうふうに考えておられるのでしょうか。
○山崎(潮)政府委員 これを申し上げるにつきましては、そもそも司法修習生、給与が出ているわけです。どういう理由で出るのかということでございますけれども、やはり法曹というのは非常に公的な仕事でございますから、大事なものですから、給与を支給して修習に専念をさせるということになるのだろうと思うのです。 ただ、それは、通常ある一定水準、普通の人だったら一定水準に達するところ、そこまでは当然国庫として負担すべきでございますけれども、自己の責任で通常の水準に達しなかった、そういう者についてまで国庫で負担をするという思想というのは、やはり少し現代の世の中としてはそこまで面倒を見ることじゃない、自己責任の問題であろうということでございまして、不幸にしてそうなった方、やはり自己の責任で勉強していただいて卒業していただく、こういう思想でございます。
○北村(哲)委員 最後一点なんですけれども、修習生の地位はそのままあるわけですから、延びてもあるわけですね。一年六月とするというけれども、延びる人は二年になるかもしれないし、一定の期間延びるのですけれども。そうすると、公務員の兼職禁止の規定に当たると思うのですよ。だけれども、兼職禁止というのは、一つのところで収入を得ているから兼職が禁止されているわけですからね。収入のないようにして公務員として拘束しておいて仕事もしちゃいけないというふうになって、おかしくありませんか、その辺は。それを自己責任と言われて、じゃ、だれかに食わせてもらうことを前提ということですね。その辺はどういうふうにあれですか。
○山崎(潮)政府委員 通常の場合、合格留保になりまして約三カ月ぐらいで追試がございます。大部分の者はそこで卒業しているわけでございます。そのわずか、通常でいけば三カ月ということでございます。若干の蓄えはございますでしょうし、あるいは知り合いから借りるなりして自己責任で努力をしていただきたい、そういうことでございます。それを酷と見るか、それは自分が努力しなかったのだからというふうに見るか、そこの見解の相違ではないかというふうに思っております。
○北村(哲)委員 随分精神主義というか、三カ月は水飲んで勉強しろというふうな感じを受けるので、ちょっと、そんなにきつくする必要があるのかなという気もしますが、皆さんの合意の上で決められたのでしょうが、受ける方としてはたまらないな。まあ、一生懸命勉強することになるのでしょう。食えなくなるから勉強しろということだと思いますので、そういうふうに理解して、次の質問に移りたいと思います。 ずっと今まで参考人の御意見をいろいろ聞きました。その中で、弁護士会などからの参考人は、弁護士研修制度についてかなり強くいろいろな要望も出しておられました。その中でいろいろと言葉が出てきたのですけれども、法曹一元ということがしばしば出てきておりまして、法曹界においてはごく当たり前の言葉と思われるのですが、それについても参考人の御意見は、この理想を追求するには今後も変わらない態度で進むという意見があったり、あるいは、法曹一元というのは法曹界の理想であるにもかかわらず、裁判所、検察官がいわゆるキャリアシステムをつくり上げることによって、これをむしろ崩していくような傾向にあるんだというふうな御意見もありました。 そういう面から見て、法曹一元の制度の理念について一体どのように考えておられるのか。そして、いわゆる法曹一元制度というのはどういうもので、どのような点ですぐれていると考えておられるか。そして、その理想と現実の違いについてはどのように考えておられるかについて、若干のお考えを聞きたいと思います。
○山崎(潮)政府委員 法曹一元の理念でございますけれども、その理念につきましては、昔から言われているところでございますけれども、一般の国民の立場に立った通常の生活をして、その中から、市民的な感覚を持って常識的な判断をするということですぐれた制度であるというふうに言われているところでございます。 それにつきましては、もう御存じのように、昭和三十七年から三十九年にかけて臨時司法制度調査会で議論をしたわけでございます。その結論といたしましては、それを行うについては、一つの将来の望ましい姿であるという結論でございましたけれども、さまざまの前提条件がある、その前提条件についてはいまだ満たしていないという結論でございました。 現在、じゃ、それでどうかということでございますけれども、法曹一元を行うにつきましては、やはり裁判官になる素地のある弁護士先生方が非常に多くなければならない。あるいは弁護士過疎の問題をどうするか。それから、弁護士の方から任官してくるについてそういう前提条件があるか、例えば、一遍裁判官になって、もとに戻れるようなそういうシステムになっているかとか、さまざまな前提条件がございます。 現在そういう前提について満たしているかと言われますと、まだそこまではいっていないだろうというふうに考えております。
○北村(哲)委員 確かに、現在まだ法曹一元が実現していないということはそのとおりだと思いますが、今この法律改正を機に、法曹一元の趣旨を生かすために、一定期間弁護士実務を経験することを法曹として本格的に活躍するための要件とする研修弁護士案というものを弁護士会が出されました。 この案を出されたときに、昨年の九月、十月ころなんですけれども、各紙の新聞が一斉に大変歓迎の意を表しておるわけですね。例えば、これは昨年九月六日の日経新聞ですが、「実務修習が短縮される分、仕事を通じた訓練の必要性は増す。豊かな市民感覚を持った法律家を育てるには、じかに依頼人に接し、その悩みを聞き解決策を探る経験が不可欠である。弁護士会の内部から任官希望者を含めた研修弁護士制度が提案されている。法曹一元化の一歩として真剣に検討してみてはどうか。」ということがありました。 また、同じような趣旨のものが朝日新聞についても「市民のための法曹養成を」云々ということでその提案を歓迎しております。そして、同じく朝日でもこれを「日弁連が投じたボール」と、今まで「対応が後手後手に回ってきた感のある日弁連が、初めて自分から投げたボールである。内容の詰めはこれからだが、最高裁、法務省は提案を真剣に受け止めて実現をめざすべきではないか。」というふうなことも言っておられます。 という意味で、いろいろな世論とかそういうものについては歓迎を受けたのですけれども、これは三者協議会においては受け入れられなかったわけですね。その理由はどういうところにあるのでしょうか。
○山崎(潮)政府委員 三者協議会で法務省が申し上げました理由をかいつまんで申し上げますけれども、もともとこの三者協議会におきましては、修習期間をどのくらいにするかという議論をずっと続けてきたわけでございます。 昨年の五月に法務省の方から一年六月案を提示させていただいたわけですが、その直後あたりからこの問題が出てきたわけでございます。私どもの立場といたしましては、一年六月でやっていけるのだ、それで法曹として巣立ちができるのだということを提示させていただいていたわけですが、そこへこの研修弁護士という問題が出てくる。 この研修弁護士、完全な一人前の弁護士ではないわけでございます。いわば仮免の弁護士だという形になるわけでございますが、そうなりますと、全部を足せばやはり二年必要なのだ、そういうことになります。それじゃないと本免が来ない。それは我々が考えている理念とは異なっているというのが一点でございます。 それから、検察官の立場で申し上げますと、検察官になろうとする者でございますけれども、検察官はもともと当事者でございます。日々国民と接しているわけでございます。それから、それだけではなくて、一方当事者でなくて公益の代表者として職務を果たしているわけでございます。そういう立場にある検察官が研修弁護士をやらなくても、そういうことは十分に身につけられるという立場から申し上げたということでございます。
○北村(哲)委員 裁判所の方からも。
○堀籠最高裁判所長官代理者 日本弁護士会が提案いたしました研修弁護士制度につきましては、一年六カ月の修習では完全な法曹資格を付与することができない、さらに一定期間の研修弁護士としての研修が、進路を問わず全員に必要であるというふうにされておりますが、これは、これまで戦後五十年間、司法修習生としての修習が終わりますと、裁判官、検察官、弁護士になる資格を与える、すなわち司法修習によって完全な法曹資格を与える、法曹を養成するという法曹養成制度が確立されてきたわけでありますが、これとの関係が問題になろうかと思います。新たな研修弁護士制度の導入の可否を検討しようとする場合には、まずこれまで行ってきた司法修習制度の長所、短所を十分に検討し分析する必要があるのではないかというのが私どもの基本的な立場でございます。 いずれにいたしましても、日弁連から提案のありました研修弁護士制度は、法曹養成の根幹にかかわる問題でありますので、将来の養成制度のあり方に関する一つの考えということで提案されたものと認識しておりまして、将来検討すべきものであるというふうに考えておるところでございます。
○北村(哲)委員 あの時点ではまだ取り入れられなかったという点については、それぞれまだ問題を残している点はあったと思います。 ところで、そのときに、改革協議会の意見書も出ました。これによると、修習期間を大幅に短縮するということが改革協議会の意見なのですけれども、研修弁護士制度を入れると、その趣旨に、修習期間を短縮するというのも一つの司法改革なんだという御意見だったと思うのですけれども、それが、そういうことと相反するということもあったやに聞いております。現在の司法修習体制が増員の妨げになるならば、修習期間を短縮してでも増員をすべきだというのが当時の改革協の意見であったようなのですけれども、修習期間の短縮が、増員と離れて、それが何が何でも必要であるとは言ってないというふうに思います。 ですから、増員と両立する意味の研修体制の整備であれば、これは改革協の意見書に反すると言えないではないかと思うのですけれども、その点についてはどのようにお考えですか。
○山崎(潮)政府委員 確かに、改革協におきましては、法曹人口の大幅な増加と期間の短縮ということの結論が出ているわけでございます。 どうしても現下喫緊の課題を実現させるために修習期間を短縮せざるを得ないということはるる申し上げてきたところでございますけれども、最終的に一年六月が、どうしてもそれにしなければできないという結論でございますが、それに研修弁護士というもの、これを六カ月プラスするということになれば、やはり二年間やるということになるわけでございまして、そういう意味から、改革協で言われている流れとは少し違うということを申し上げたということでございます。 ただ、これは私どもで言ったのかどうか、ちょっと判然とはいたしません。
○北村(哲)委員 その議論の中に、何か裁判所が出した一年と、弁護士会が出している二年と、その中間の一年半という、何か数の取引、やりとりで、その研修制度を認めたら弁護士会の言っている二年間をそのまま認めてしまうのじゃないかという、何か計算高い感じのやりとりのような気がしてしようがないのですれども、もうちょっと理念的にそのあたりは、私は研修弁護士制度が法曹一元の理念の実現の第一歩というふうに考えるという意味合いから考えて、もう少し真摯に検討していただきたいと思います。 ところで、三者協議会の議論の中だと思うのですけれども、こういう研修弁護士制度を云々というときに、検察官側から、検察官も当事者的な実務経験をするから弁護士実務の研修を義務づけることの説明が困難であるというふうに言っておられるという点で反論しておられるようなのですけれども、私自身は、検事修習は確かに必要かもしれません、それは非常に技術的な点もあると思いますから。 しかし、検事というのは、国家権力を背中に背負って、それをもって被疑者とか被告人と対峙する職業であって、余りそれを初めからそういう教育をしていくと、弁護士のいわば当事者的な立場あるいは被害者の立場あるいは市民の立場、権力対国民という立場という目から離れた存在になってくるという恐れが非常にある。 特に、今は非常に検察官の活躍が目立つのですけれども、余りそれを目指しますと、検察ファッショというか、本当に強くなったら、要するに敵はない世界になるわけですから、そういう意味ではやはり被害者の目線というものが必要になると思うのです。その点について、検察官、検察も必要なんだというのと、いわゆる弁護士で法曹の一元として研修が必要なんだというのは、ちょっと観点が違うような気がするのですけれども、そのあたりについてはどのようにお考えでしょうか。
○但木政府委員 ただいまの御指摘のとおり、これは法曹一元の問題とはやや話が異なるんだろうと思います。法曹一元の問題は、当事者の経験を積んだ者が裁判官にならなければならないという思想が根本でありまして、そういう意味では、検察官も弁護人も当事者的立場でありますので、法曹一元の直接的な問題ではないと思います。ただ、市民的な視野、視点に立った法律家を養成すべきであるという意味で弁護士研修制度はどうか、これはまた別の問いかけであると思います。 ただ、ぜひ御理解いただきたいのは、確かに検察官は、刑事訴訟法で与えられた権限を行使する者でありますが、ただ、その仕事の中身で申しますと、日々被害者と接し、被害者のまさに視点、視座に立ってその悩みとか苦しみとかを聞いて、それをどう解決していくのかという問題に日々さらされております。また、被疑者あるいは参考人にいたしましても、その人たちの人権、あるいはその人たちの主張したいことに耳を傾けて検察権を行使しなかったら、適正な検察権の行使はできないというふうに考えております。 したがいまして、市民的視野に立たないで、検察官は専ら国家権力を背景にした視野で仕事をしているというふうにもしお考えでございましたら、決してそんなことはない、検察官もやはりまさに市民的な視座に立って毎日の仕事をやらなければならない、そういう職務であるというふうに考えております。
○北村(哲)委員 ただいまの御答弁は本当に理想の検察官の姿を言っておられるのですけれども、私は、現実はかなり違うと思います。非常に威圧的な場面といいますか、本当に実際に取り調べを受けた人たちが帰ってきておっしゃる。特に政治家の方だって同じだと思うのです。もうえらい目に遭ったというふうに帰ってこられるのも多くありますから。それはそういうことですから、今の理想を追求するということであります。 それでは、最後になりますけれども、この研修弁護士制度について、確かに前に出したときはいろんな問題点を含んでおって不十分であったというふうに日弁連も言っておられます。しかし、さまざまな点を改善し、これを法曹一元の実現の第一歩にしたいという意味で、ぜひこの制度をさらに練り上げて提案していきたいというふうに言っておられました。 そういうことで、最高裁あるいは法務省当局は、これを今後、この問題が出たときに真摯に受けとめるおつもりがあるかどうかということについて、法務大臣並びに裁判所にお伺いしたいと思います。
○下稲葉国務大臣 お答えいたします。 研修弁護士制度の問題につきましては、まだ詰めなくちゃならないいろいろな問題があるというふうに私、思います。しかしながら、日弁連の方からの御提案でもあるわけでございますし、将来の課題の一つとして検討してまいりたい、このように思います。
○堀籠最高裁判所長官代理者 先ほどお答え申し上げましたように、研修弁護士制度は、日弁連から、将来の法曹養成制度のあり方に関する一つの考え方として提案されたものであるというふうに認識しておりまして、何分にも法曹養成の根幹にかかわる大きな問題でございますので、慎重に検討してまいりたいというふうに考えているところでございます。
○北村(哲)委員 慎重にという意味が後ろ向きでないことを心からお願いしまして、質問を終わりたいと思います。
○笹川委員長 上田勇君。
○上田(勇)委員 平和・改革の上田でございます。 長時間、夜遅くなりまして、大臣も御苦労さまでございます。 私は、ほかの多くの先生方と違いまして、特に法曹であるというわけでもございませんし、そういう意味では本当に素人的な素朴な視点から、疑問に思っている点につきまして何点か御質問したいというふうに思います。 今回のこの法改正に至る経緯をこれまで勉強させていただきますと、非常に長期間にわたる論議が行われてまいりまして、いろいろな資料を拝見させていただくと、昭和六十二年ぐらいからいろんな議論が始まって、実に十年という長期間にわたりまして関係者を中心に議論が行われ、ようやく去年の十月に合意に至っているということであります。 そうした議論の内容をたどっていきますと、現在の我が国のこの司法制度、司法システムが必ずしも十分に機能はしていない、問題があるんだという認識についてはそれぞれの立場で同じものを共有しているとは思うんですが、その原因は何なのか、あるいはどうやったら改善するのかということになるとかなり認識に隔たりがあって、そこに大きなギャップがあるような感じがいたします。 一方の方の意見としましては、我が国の法曹人口というのは余りにも少なくて、国民の需要には到底こたえられていないという見方もありますし、そのために、法曹人口をやはり大幅にふやさなきゃいけない、司法試験の合格者を少なくとも毎年千五百人あるいは二千人、三千人というような意見もこれまで示されています。 他方では、法曹人口の増加、すなわち合格者の増加というのは不要なんだ、要らないという御意見も多く示されているようであります。その理由としては、我が国の社会というのはよく、欧米とはやはり違うのであって、今の司法制度が抱えているような問題点というのは法曹の人口ということとはまた別のところにその原因があるのであって、将来もそれほどのニーズというのは見込めない。そればかりか、人数をふやすと、中にはこういう御意見も聞くのですけれども、法曹の関係者は、弁護士の質が低下したり、弁護士が仕事がなくなると何か悪いことをするんじゃないかとか、だから逆に、法曹人口を増加するとかえって国民の信頼を失うことになるというような御意見もあるわけであります。 きょうの参考人に、いろんな立場から御意見を伺いました。本日に至っても、なおかなりその辺の認識には隔たりがあるというところであるというふうに思います。専門家の間でこれだけ議論が尽くされて、なおかつ考え方がこれだけ食い違うというのは、なかなか部外者から見ると理解しにくい面もあるんですけれども。私はこれは、我が国の社会のあり方というんですか、これに対する認識がやはり違うのかな、その辺のことがあるのか、あるいは、この社会の中において今の司法のシステムがどういう役割を果たしているかということに対する認識、あるいは今後司法システムに期待される役割についての認識が、その立場によって大分異なっているのかなというような印象を受けたわけであります。 そこで、最初に大臣に、大臣は今回の法案のもととなっておりますさまざまな改革を、そのさまざまな変更を行うに当たって、我が国の社会のあり方、あるいはその中における司法システムのあり方、また将来にわたってどういうふうな期待がされているというふうな御認識をお持ちなのか、その辺の基本的なお考えをまずお伺いしたいというふうに思います。 〔委員長退席、八代委員長代理着席〕
○下稲葉国務大臣 将来、司法のシステムはどういうふうにあるべきかというふうな問題で、大きな問題でございますが、私なりに考えておりますことを申し上げます。 御承知のとおりに、社会の複雑化あるいは情報化、国際化というふうなものが進みますし、規制緩和、それから、いつも申し上げておりますように事後チェック、自己責任の社会になってくると思います。そこで、国家の基盤でございます安全な生活や秩序ある社会、経済活動の確保ということは、これは不可欠の問題であろうと思います。 そこで、そういうふうな社会の中において司法はいかにあるべきかというふうな観点から申し上げたいと思います。 私、法務大臣になりましてつくづく感ずるわけでございますが、最初の問題はいわゆる総会屋の問題がございました。それから、官僚あるいは銀行、金融機関、日銀等を含めましていろいろな問題もございました。そしてまた、暴力団の影というものが社会の中にいろいろ見え隠れいたします。 特に、総会屋でございますとか暴力団でございますとか、こういうふうなものは本当はもう社会的に必要のない存在。どうしてそういうふうな存在が今日もあるかというふうなことで考えてみますと、やはり一つの大きな問題として、国民が司法というものを身近に感じていないのじゃないだろうか。いろいろな問題を解決するについて、それはやはり総会屋に頼めばいいとか、あるいは債権の取り立て等々も暴力団に頼めば手っ取り早い。仮に全部が返ってこなくても、暴力団にある程度取られても、すぐ身銭が戻ってくる。そういうふうな社会構造を断ち切らないことにはいけないのじゃないだろうか。その辺のところに司法の果たす役割がある。 ということは、どういうことかといいますと、やはり身近にそういうふうな司法の存在というものを、国民のお一人お一人が感じられるような社会というものが必要じゃないか。お話もいたしましたように、弁護士さんの存在というのは、大変今日本の場合、偏在いたしております。だから、それを身近に感ずるような形にしたい。それと同時に、やはり弁護士さんに頼むと幾ら金がかかるのかわからないというふうな懸念もないわけじゃないだろうと思います。そういうようなものをカバーする側面として、あるいは法律扶助の問題、身近にいろいろなことが相談できるというふうなこと、そういうふうな社会も必要じゃなかろうか。そしてまた、裁判なりなんなりに持っていきました場合に、スピーディーに事件が解決する。 そういうふうな、国民の中に身近に感じて、そして手っ取り早く気軽に相談できるような司法のシステムというふうなものが、私は根底にあってしかるべきじゃなかろうか。そういうふうな形が、非常に透明性も保たれた社会になるのじゃないだろうか。 そういうようなものを解決するために、一つ一ついろいろな問題がございます。それをやはり一つ一つ解決していくことによって、将来の我が国における司法のあり方、システムというふうなものが構築されるのじゃないだろうか、このように考えます。
○上田(勇)委員 今の大臣のお話、最近の社会情勢を思いますと、本当にそのとおりだというふうに思うのです。 これまでいろいろと、いろいろな枠組みの中で議論が行われてきて、なかなかその辺の意見の集約が困難であった。その辺のやはり根底の部分というのでしょうか、非常にそもそも論の部分で、やはり法務省、最高裁、それと日弁連の方なんでしょうか、それぞれの立場で、非常に一番根底の部分での認識にかなり違いがあるがゆえに、なかなか意見の集約ができないのかなというふうに感じるわけであります。これまでも長期間にわたって議論してきたことなので、さらに議論してくれという要請も非常に難しい話かもしれませんけれども、その辺がなかなか共通してこないと、三者での本当の意味での合意というのはなかなか困難なのかなというふうに感じるわけであります。 きょうも、昨年合意に至っているとはいっても、参考人の方々にそれぞれの立場からいろいろ御意見を伺っても、今なお本当の納得の上での合意ではなかったというのがよくわかったわけでありまして、引き続き、これはどういう方法がいいのかわかりませんけれども、その辺はやはり共通の認識が持てるような形にしていかないと、結局はまた足して二で割ったような結論しか導けないのではないかということを本当に懸念するものであります。 そこはそれにしておきまして、次に、若干法案の中身で、これまでこの委員会の質疑の中でも取り上げられた問題も含みますが、ちょっと不明な点につきまして、引き続き何点か質問をさせていただきたいというふうに思います。 まず初めに、八年度から導入されましたいわゆる合格枠制について御質問したいというふうに思いますが、やはりこれはどう考えても、ちょっと不自然な手法というふうに思わざるを得ません。これまでの質疑を聞いておりましても、あるいは参考人の方々の御意見を聞いていましても、どうも納得できない部分が多いわけであります。もちろん、司法試験の点数だけが法曹としての適性を決定する要素だというふうには私も思いませんし、この司法試験というのが、数ある試験の中でも難関中の難関と言われる試験でありますので、それに合格するまでに何年もかかるという試験の現状というのでしょうか、これがベストだというふうには思わないわけでありますけれども、ただ、あくまでペーパーテストをもって、試験をもって合否を決めるというふうに決めている以上、これはやはり公平であるのが筋なんじゃないかというふうに思います。 そういう意味では、特別な枠を設定するというのはやはり公平性が欠けるんじゃないかというふうに思うのです。やはり試験で合否を決めるときというのは順番に決めざるを得ない、それが一番公平なやり方なんでしょうけれども、にもかかわらず合格枠制を導入したというそもそもの何か特別な理由があれば、お伺いしたいというふうに思います。
○山崎(潮)政府委員 これをそもそも導入した理由について申し上げますけれども、昭和五十年代から、この司法試験につきまして、平均受験回数が多くなってまいりました。それからまた、合格者の平均年齢が非常に高齢化してきたということでございます。特に、平成元年あたりの数字を見ますと、平均受験回数、これが六・六六回という数字になったわけでございます。それから、合格者の平均年齢も二十九歳に近いところ、こういう事態になってまいりました。 それで、こういう事態は、結局長年かからなければ試験に合格しないということを意味するわけでございまして、そうなりますと、どうしても司法試験を敬遠してしまうという事態が生じてきます。我々司法は非常に公的な大事な仕事をするわけでございますので、やはりそれに適した人たちが受験して受かって働いていただきたいと考えているわけでございますけれども、どうもそういう人たちが敬遠してしまうという事態になったわけでございます。これはやはり法曹としての危機であるということから、優秀な方に受験をしてほしい、そのためにはある程度受かる試験であるということにする必要があるだろうということでございます。 そういうことから合格枠制というのを導入したわけでございますが、今委員御指摘で、不合理だとおっしゃられましたけれども、合格者の七分の二につきましては、受験から三回以内の人をとるということになるわけでございますが、この枠については、三回以内の方は全員がそのパスを利用できるという意味におきましては、そこは平等である。それで、不幸にして受からなかった場合は一般枠ということであって、だれにも同じ条件で適用されるということでございまして、それが本当に不合理だということは私は言えないのではないかというふうに考えております。
○上田(勇)委員 今部長のおっしゃったこともわからないわけではありません。 それで、平成八年度から二回、この制度が実施されました。この制限枠を設けることについては、これも賛否両論あったわけですけれども、それに対して反対の立場の話としては、今言った公平ではないという観点と同時に、これはやはり試験の点数や順位といったものに差があるので、合格者の質が低下するのではないかというような批判もあります。本当にそういうことがあるのだろうかということと、また逆に、わざわざ特別枠を設けているので、ですからその制限枠による合格者というのは、やはり何かの優位性がなければ、設ける必要もないのではないかというふうに思うのですけれども、その辺はいかがなのか。この制限枠による合格者とそれからその他の一般による合格者の方々との間に、何らかそういう違いといったものが認められるのかどうか、その辺の御認識はどうなんでしょうか。
○山崎(潮)政府委員 今、質の問題も御質問いただいたと思いますが、まず質の問題に関しましては、平成八年、九年と二回実施しているわけでございますが、これの関係で一科目当たりの合格点の差を見てまいりますと、平成八年度が〇・六七点、平成九年度が〇・七九点ということでございます。これに、六科目でございますので、六を掛けると、大体四・幾つの差があるということになります。ただ、その口述試験の合格率については、それでどちらとも余り差はないという結果でございます。 私、個人的で申しわけございませんが、司法試験委員を八年ぐらいやっております。採点をしているときに、何点差というのはそれほど大きな違いはないというのが実感でございます。その一つ一つの足し算で、ボーダーラインのところに物すごく固まるわけでございますけれども、ただ、その四点、五点ぐらいの差では、将来、じゃそれで低い方が受かったら伸びないか、そういう相関関係はないのではないかというふうに考えております。ですから、それほど質が下がるということではないだろう。 それからもう一点でございますが、その優位性というのですか、一応この試験につきましては、だれが合格枠で入って、だれが一般枠で入ったかということは、これは秘密にされておりまして、それは司法試験の教官であったって知らないという状況でございまして、もちろん生徒の間でどちらかということもわからないわけでございます。 実際、これは私、教えているわけではございませんけれども、いろいろ聞いているところによると、それほど両者で大きな差異があるとかないとか、そういう声も聞いたこともございませんし、現実に当事者としては知らない形でやっているわけでございますけれども、そこの修習生の間でも、何か不公平感があるとか、そういう話は聞いておりません。
○上田(勇)委員 先ほど参考人質疑で、日弁連の事務総長が、既にその制限枠以外の合格者の受験回数もかなり下がってきていて、もう既にその目的というのですか、目標は達成されているのではないかというような意見の陳述もありました。今、山崎部長の方から、それほど差異もないのではないかというような話でありましたし、私も全く本当にそうなんじゃないかというふうに思います。 であれば、やはり何となく不自然というか、ちょっと考えると不公正というのでしょうか、公平ではないような感じのするこうした制度を、導入したばかりなんで、すぐにということではないのかもしれませんが、どうも今私が伺った部長の話と、それから先ほどの日弁連の事務総長のお話を総合しますと、引き続きこの制度を続ける理由というのは余りないように思われるのですけれども、その辺はいかがなんでしょうか。
○山崎(潮)政府委員 やはり司法試験、これは制度でございます。それで、二年間この合格枠制を導入してきたわけでございますけれども、確かに若い人がだんだん伸びてきているという傾向にございます。やはりこれは受かる試験だということから、かなりの人が、優秀な方が流れ込んできているのではないか。受験の申請者、受験者もことしは三万人の大台に乗っているという状況でございます。 それで、今御指摘の点でございますけれども、確かに若い人はふえているという状況にはございますが、ただこれは一回、二回の試験のデータでございます。それで、もう少しそのデータを見ませんと、やはり安定的な状況になるのかならないのか、その辺を勘案しないと、今、じゃ直ちに外してもとの状態へ戻したということで、それで本当に安定的な数字が得られるかということは確信はございません。また、試験である以上、一たん入れてすぐやめる、これは朝令暮改でございまして、受験生の方が迷います。また、混乱が起こるということになるわけでございまして、現在、そういう数字が一、二年出たからといって、直ちにやめることは相当ではないというふうに考えております。
○上田(勇)委員 ちょっと次に別の話に移らせていただきますが、今回、論文試験の試験科目の変更をやっているのですが、この変更の中で、今回選択科目が廃止されるという変更であります。これについて、各界からいろいろ意見が出ているようであります。 一つは、労働界からは、労働法が試験科目から除外される、そうなると法曹の労働法規についての知識や関心が不足することがあるのじゃないかというような懸念も表明されていますし、またこの委員会でも先日取り上げられましたけれども、朝日新聞の「論壇」では、行政法をやはり外すことに反対だというような御意見も表明されていました。 こうした点については、きょうは実は参考人のお話の中でも言及がございました。こうした、法曹が労働法とか行政法などについての知識あるいは関心が低下するのではないかというような指摘について、どう考えられているのか、また、こうした懸念が生じないために何か対策を考えられているのか、その辺についてのお考えを伺いたいと思います。
○山崎(潮)政府委員 きょう私も参考人の御意見を拝聴しておりました。この点につきましては、立法の趣旨といたしましては、両訴訟法、これを必須にする。それで、受験生の負担の軽減のために、やむを得ず法律選択科目を廃止するということになるわけでございますが、私どもの認識といたしまして、行政法、労働法、これは大切な法律でございます、法律でございますけれども、それを無視をするということではございません。 それで、やむを得ず廃止はいたしますけれども、その分シフトを変えまして、司法研修所において、行政法、労働法、それ以外のものももちろん、破産だとか知的財産権とか、法曹にとって幅広い知識が必要になるわけでございますが、そういうものについての情報提供をするというふうにシフトを変えているわけでございます。 また、基本的な法律をきちっと理解すれば、その前提の上にほかの法律をやっていくということになると、よりよい理解ができるということにもなるわけでございまして、そういう考えから今回のようなことを行ったわけでございます。
○上田(勇)委員 今の点については、いろいろと関係者の方から懸念が表明されていることでもありますので、もしそういう懸念がないということであれば、ぜひその辺よくお話し合いをしていただいて、理解を得られるような形に努めていただきたいというふうに思います。 最後に、先ほど北村先生からもちょっとお話のあったことなんですが、最後の卒業試験について、司法修習の最後に行われる試験でありますが、この点についてちょっとお伺いしたいのです。 今回、一回目の試験で合格しない場合には、その後の給与については支給しないということになったのですけれども、それについて、実態がどうなっているのかというのを少し教えていただきたいのです。 一つは、この試験に不合格というのですか、合格率というのでしょうか、不合格になるのはどのぐらいなのか、その辺の実態。 それから、あわせてちょっとお伺いしたいのですが、そもそも、司法試験という難関中の難関の試験に合格した人たちが修習を受けて、さらに卒業試験というわけでありますので、そういう法律の専門知識が不足しているということではないんだろうというふうに思うのですけれども、ここで合格あるいは不合格を決めるに当たっての評価基準というのでしょうか、それはどの辺に置かれているのか、その辺をお伺いしたいというふうに思います。 〔八代委員長代理退席、委員長着席〕
○堀籠最高裁判所長官代理者 修習生が法曹になるために受ける最後の試験を私どもは二回試験というふうに呼んでおりますが、この二回試験の合否の判定につきましては、この二十年来、二月から三月にかけて行われます考試、これが二回試験でございますが、そこで不可の科目が出た者に対しまして、直ちに不合格ということにいたしませんで、三カ月程度勉強させた後で、不可をとった科目について追試験を実施いたしまして、その追試験でもまた合格しなかったという者のみを不合格とするという扱いをしております。このような取り扱いによりまして、不合格となる者はごくまれでございまして、過去二十年間でも五人にすぎません。 そして、これらの不合格になった人はどういう人かと申し上げますと、試験は相当以前に合格していたけれども、第二の人生として法曹の道を歩もうとされた方であるとか、多数回にわたり司法試験を受験して、ようやく合格したのではないかとうかがわれる者でありまして、通常の形態、標準的コースを歩んで司法研修所に入所し修習に励んだ者の場合には、皆、法曹にふさわしい能力を備えているという判定をされまして、二回試験に合格しているというのが実情でございます。 ところで、当初、二回試験で特定の科目について不可の成績をとり合格を留保されている者は、平均しますと、年に一人ないし二人おりますが、その大部分は、ただいま申し上げたような方で占められておりますが、まれには、それほど年齢が高くない修習生も含まれております。 その人たちが不可をとった理由については必ずしもつまびらかではございませんが、司法研修所の教官の話によりますと、法律実務家となるための目的意識が薄弱なため、研修を怠ってレベルに達しなかった者もいるということでございます。その者たちは、三カ月程度の集中的な勉強により水準的なレベルの知識、能力を獲得して、追試験では合格の判定を受けているということでございます。 ちなみに、最近五年間で二回試験で不可をとった人を申し上げますと、司法修習生、平成六年が一人、平成七年はゼロ、平成八年はゼロ、平成九年は三人、平成十年、ことしは四人であります。最近十年で申し上げますと、十三人ということになっております。
○上田(勇)委員 極めて例外的なことなんで、安心いたしました。 もう時間でございますので、これで終わります。どうもありがとうございました。
○笹川委員長 達増拓也君。
○達増委員 自由党の達増拓也でございます。 まず、最高裁に質問いたします。 司法修習のカリキュラムでありますけれども、これは一体どのように決めているのでしょうか。実務経験がある法曹の方々の意見を参考にしながら組んでいくことが必要ではないかと思いますけれども、そのような工夫はなされているのでしょうか。
○堀籠最高裁判所長官代理者 司法修習生のカリキュラムにつきましては、民事裁判、刑事裁判、検察、民事弁護及び刑事弁護の各教官室の代表で構成されますカリキュラム委員会において、各教官室の意見をもとにカリキュラム案を作成し、教官会議で決定するというやり方をしております。 各教官室の教官は、一番若い人でも十年以上の経験のある方でありまして、実務経験の豊富な現役の裁判官、検察官または弁護士でありますので、司法研修所のカリキュラムは、実務経験のある法曹によって決定されているということが言えると思います。 また、地域別司法修習生指導担当者協議会及び地域別弁護修習連絡協議会など、実務修習において司法修習生の指導に当たっている実務経験豊富な裁判官、検察官及び弁護士が、司法修習のカリキュラムについて意見を出し合い、協議する会が定期的にも開催されているところでございます。
○達増委員 司法修習、そのようにカリキュラムが組まれて修習を行うわけでありますが、その際に使用する教材、これは本当に法曹界の最先端の方々がつくって、それを司法試験合格者の修習に使うということで、非常にレベルの高いものであることが期待されるわけであります。そういう教材は、法律に関心のある一般国民にも有益なものが少なくないと考えるわけでありますけれども、そういったものは公開されているのでしょうか。一般国民が利用できるような形になっているのでしょうか。
○堀籠最高裁判所長官代理者 司法研修所の教材の主要なものは公刊されております。例えば「民事訴訟第一審手続の解説」でありますとか「刑事第一審公判手続の概要」「検察講義案」「民事弁護の手引」「民事弁護における立証活動」「刑事弁護実務」というような教材は公刊されておりまして、一般の人が入手することは可能な状態になっております。
○達増委員 何度も指摘されているように国費で行われている修習ですから、できるだけ一般国民にもその利益が及ぶように工夫していただきたいと思います。 次の質問も最高裁に対する質問でありますけれども、裁判所法第十四条で、司法研修所の事務として「修養」という言葉があるわけであります。今回の法改正によって、今後の研修において法曹倫理等の修得ということが言われているわけでありますけれども、今までの修習の中でも、この修養という言葉でそういう法曹倫理等のことについても行われていたのでしょうか。この修養というのは一体具体的にはどういうものなんでしょうか。
○堀籠最高裁判所長官代理者 裁判所法十四条は、裁判官の研究及び修養を司法研修所の取り扱う事務というふうに定めておりまして、同条に言う研究及び修養と申しますのは、人格、識見の向上並びに司法に関する理論及び実務の研究を意味しているものと解しているところでございます。 もとより、社会人としてあるいは法曹としての人格、識見の向上は、不断の自己研さんに負うところが大きいわけでございますが、司法研修所といたしましては、その手助けとなるべく、法曹としての心構え、法曹倫理、バランス感覚等を修得するよう、先輩法曹による講話を実施いたしたり、大学教授や元大使の方による自然科学でありますとか社会科学等の法律以外の一般教養をテーマとした講演を設けるなどしております。 司法修習生に対するカリキュラムの作成においても同様の配慮をしているところでございます。
○達増委員 その法曹倫理についてでありますけれども、昨年十月二十八日の法曹三者協議の合意、今回の法改正のもとになった合意でありますけれども、そこに「法曹倫理等の修得」という言葉が出てくるわけであります。 今の社会状況の中で、法曹倫理として一体どういう内容が修得すべきものとして期待されているのか、こちらの方を政府に伺いたいと思います。
○山崎(潮)政府委員 法曹倫理の内容を個別に申し上げるのはなかなか難しいところがございます。かなり抽象的なことになると思いますけれども、やはり法曹としての仕事は社会におきます公益的な部分がございます。それから、やはり人の財産、生命あるいは身体、こういうものを扱う、人が人を裁くわけでございますので、まずその辺のところで人格的にきちっとした者でなければならない、それから人間性が豊かな者でなければならない、そういう一般的なものはまずございます。 それ以外に、やはり自分の、例えば民事なら民事の事件、刑事なら刑事の事件というだけではなくて、司法制度全般についてやはり興味を持って、将来必要なことは改革していくというような公的な意識、こういうものもきちっと植えつけたいということでございます。 先ほど研修所の方から話もございましたけれども、まず、こういうものにつきましては、本来自己研さんがやはり中心だろうと思います。しかし、みずから何もないところでやれといっても、これはなかなか不可能、難しいところでございますので、やはりどういう点に自分の人生を決めていったらいいのかというヒントを与える。そういう意味では、法律家以外の各界で一応功成り名遂げた方、そういう方がどういう苦労をされて大成したのかとか、そういうところを聞かせたり、あるいは事例を与えて修習生の間で議論をさせるとか、そういうさまざまな工夫をやっていきたいということでございます。
○達増委員 もう少し今の質問で引用した法曹三者の合意の中身について伺っていきたいと思います。 法曹資格取得後の研修の充実ということが述べられておりまして、司法修習が終わった後、それぞれ実務の世界に入っていったその後の研修の充実ということで、これについて、それぞれの三つの分野でその後の研修というのは非常に重要であること、また具体的にどういう研修が行われているかについては、先般の質疑応答、答弁の中でも政府から説明があったところでございますが、そうした法曹三者個別の研修に加え、その法曹三者間の協力を行っていこう、さらには合同研修というものも行っていこう、こういうことが合意事項の中に、そういう方向性が書かれているわけであります。 これはいろいろ議論があるところなんだと思いますが、まずはそうした個別の研修に加えて法曹三者間の協力が有意義である理由について伺いたいと思います。
○山崎(潮)政府委員 ただいま委員御指摘のとおり、現在各分野別でそれぞれの修習をやっているということは事実でございますが、どうしても、各分野別でやるということになりますと、自分たちの問題意識だけで話し合ってしまうというおそれがございます。大体、だから結論は、ある程度幅があっても一定の範囲におさまってしまうという可能性もございます。 しかし、それで果たして物事の見方は正しいのかどうか、これはまた別途の立場からも見てみなければならないわけでございますし、また自分たちが考えたことについてどういう批判があるのかとか、そういう視点からも考えていかざるを得ないと思います。 そういう意味で、今まで一遍卒業してしまってそれぞれの道に行きますと、友人とかそういう個人的なつき合いで裁判官の人が弁護士とつき合ったり検事とつき合ったりということはあっても、それはもう非常に単発の個人の話でございまして、やはり全体として法曹三者が、一定資格を持った後、そして実務を少し経験した後に、共通のテーマあるいは法曹倫理の問題でも結構ですし、最近起こっているいろいろな事象の問題、それ以外、いろいろなテーマ、共通のテーマがあると思いますけれども、そういうものについて、それぞれ違った道に進んだのだから別の角度から議論をし合おう、こういうことによって法曹三者の相互理解も十分になりますし、その中から将来幅広い法曹ができていくというきっかけになるのではないかということから、卒業してから大体三年から五年の間、一カ所に集まって共通のテーマでやっていこうと考えたわけでございます。
○達増委員 同じく昨年十月二十八日の合意の中の話でありますけれども、中期的目標として合格者千五百人体制ということになっているわけでありますが、まずは千人体制にした後、その新しい司法修習制度のもとで三期経験し、その過程を調査し、そして三期目が終わった後、三年半ぐらいたった後になるのでしょうか、そこでまた検討を行って、法曹三者で協議を行って、その後の千五百人体制に向けて云々とあるわけでありますけれども、中期的に目標として千五百人ということを同意している一方で、三期の新しい司法修習制度を経験した後にまた協議する。そうしますと、その間の調査検討とかあるいは協議の成り行き次第では、この千五百人という中期目標はなしということになってしまうのでしょうか。 きょう午前中の参考人質疑でも、これは若林参考人でしたけれども、法曹には無限の需要があるということを述べて、千五百人よりももっと大きな数字が必要と述べていたわけであります。そういう社会的ニーズもあるわけなんですが、この点、いかがでしょうか。
○山崎(潮)政府委員 今回、千人体制に人をふやしていくわけでございますが、この改革協におきましては、多数意見が千五百人に賛成ということで、少数意見は千人に賛成ということでございまして、少数意見は日弁連でございますけれども、必ずしも一致したわけではございません。今回は、現下喫緊の課題として一千名にするということでございますが、だんだん人がふえてまいりますと相当な数になってまいります。やはりこの大量の修習生を受け入れてしばらく教育をやってみないと、なかなかなじまないところもあろうかと思います、その中でいろいろな問題点が出てくるかもしれない。 千五百人問題については、まだ完璧な合意がないわけでございますから、それを一気にやるというわけにはまいりませんで、それなりの議論が必要でございます。それで、そのときの前提として、それでは、千五百人問題、ただふやせばいいといういろいろ意見もございますけれども、やはり大量の人たちを受け入れていっても質が低下しないようにきちっと教育して出さなければならない。そのためには、千人体制でいろいろ検証を加えまして、その上でその問題点を抽出して、もっと多くの人数を受け入れても大丈夫かどうかという問題をまず第一に検証しなければならない。これはやはり教育の問題、単なる増員の問題ではない、こういうことになるわけでございます。 それと、千五百人に増加するかどうか、これは意見の相違があるわけでございます。確かに私どもはそのぐらいの法的ニーズはあると考えておりますけれども、これをある程度検証はきちっとしなければならないだろうということでございまして、そういう法的動向もきちっと把握しよう。そういうことを、新しい修習体制の卒業生が出てから三期目にすぐやるということではなくて、この法案をお認めいただいたら、新しい体制に入りましたらすぐに検討していこうということでございますので、増員の方向に結論が出るか出ないか、これはなかなかお答えしにくいところでございますが、ただ、合意書の中で、やはりこの増員に向けての、千五百人程度への増加とこれを図る上での問題点という表題を打っているわけでございまして、増員の方向性は示しているわけでございます。 委員御指摘のように、将来どうなるかということでございますけれども、私ども、やはり物事を役人として始める以上、それについては前向きでやるということでございまして、最悪の結果とかそういうことを考えていてはとても仕事ができません。ですから、我々としては、きちっとやっていく、そういうつもりでやるということを申し上げたいと思います。
○達増委員 法曹三者の協議のあり方等については、また次の次の質問でちょっと触れさせていただきたいと思いますけれども、きょうの参考人の中の吉村参考人も、今の問題については、その意見陳述の中で、今述べた調査及び検討期間を置く必要はなく、法曹三者の調査期間を短縮してできるだけ早期に合格者増加のための三者の協議を開始すべきであるというふうに述べておりました。こうした意見も踏まえて進めていっていただきたいと思います。 さて、ここで最高裁に質問をいたしたいと思います。 法曹人口をふやしていく際、裁判官の数の問題なんですけれども、弁護士の数ということについては、これは社会でのニーズがかなり直接反映して、いろいろな弁護士事務所ですとか、仕事の依頼がどんどん来るということで、弁護士も需要供給の関係で数がふえていくということがあると思いますし、また、検事の数については、これは基本的には政府が決めるわけでありますけれども、その政府に対しては国会のコントロールが及んでいるわけでありまして、それぞれ、一つは市場原理、もう一つは国会と政府の間の関係、いずれも国民の民主的な関与といいますか、数の決定に当たって国民がかなり影響をきちっと及ぼす体制ができていると思うのですね。 他方、裁判官の数の場合、裁判所がかなり自律的に、もう三権分立のもとで国会のコントロールも直接及びませんし、また政府のコントロールも直接及ばない、まして市場原理に基づいて裁判官の数が決まるわけでもなく、非常に自律的に決められる仕組みになっていると思うのです。 そういう中で、最近、社会の中に裁判官をもっとふやすべきじゃないかという声がある一方で、なかなか実際にはふえないということがあるわけでありますけれども、最高裁としては、いかなる根拠でこの人数を決めているのでしょうか。
○浜野最高裁判所長官代理者 お答えいたします。 今委員御指摘の裁判官の増員を検討するに当たりましては、基本的には、裁判所に訴えが提起されてきまして、それの事件数の動向、これがいわば仕事の容量ということでございます、事件数の動向を合理的に推測できる範囲がどの程度かということが裁判官の増員を決める場合の一番重要な要因になってくるということでございます。 それ以外に付随的な事情としては、事件の処理状況、事件数がたくさんあって、それが効率的に処理されているのか、それとも訴訟運営が遅滞しているのかという総合的な事件処理状況でございます。 この二つが大きいわけでございますが、さらに申し上げますと、定員の数を算定いたしましても充員ができませんと空定員になるということでございますので、一つの予算上の制約として、充員の見込みというものも考慮して、そういうことで総合的な数の算定をしているということでございます。
○達増委員 先ほどの続きで、法曹三者の協議のあり方等について質問させていただきたいと思うのですけれども、法曹三者それぞれの専門分野が密接に協力し、協議し、重要事項について合意を目指していく、これは非常に結構なことで、また必要なことだと思います。高度に専門的な分野でありますし、そうした専門家が協力していろんな研究を行い、いろいろな検討を行うということは非常に重要だと思うのですけれども、一方で、その法曹三者とそれ以外の世界、法曹三者専門家以外の一般の社会との間で、きちっと意思疎通といいますか、そういうことが行われているのかという疑問がわくわけであります。本法案、今回の審議を通じまして、そういう社会のニーズ、国民のニーズ、あるいは経済界ですとか、そういう社会や国民の中の法曹以外の分野からのいろいろな要望、声といったものがきちっと法曹三者に伝わって、それを踏まえていろいろ決めているのか、そこを非常に疑問に思うわけであります。 今回の法改正に至る三者の合意についても、協議会ができたのは平成三年から、さらにさかのぼれば昭和六十三年から取り組まれてきたということで、十年くらいの議論があったわけであります。そして、先ほど触れたように、千人体制から千五百人体制に持っていくところについても、改めて何年かかけて調査検討して、また協議していく、そういうことなわけです。 参考人の中で若林参考人が、法曹三者としての自治能力という言葉を使って、今回はまず合意にこぎつけたということで、法曹三者としての自治能力、まずはあったという評価をしていたと私は解しているのですけれども、常にこの法曹三者としての自治能力というのがきちっと発揮されるのか。また、それがその三者以外の世の中の状況も踏まえたものとして発揮できるのか。 そういう観点からしますと、特に今さまざまな分野での改革、政治改革、経済構造改革、社会のあらゆるシステムの改革が迫られているときに、もし法曹三者が自治能力を発揮できない場合には、やはり国権の最高機関である国会が主導権を握って国民の声を反映するような、そういう法曹のあり方をつくっていかなければならないのではないかということを思ったわけでございます。 非常に大きな問題でありますけれども、質問の最後に当たりまして、この点について政府の意見を伺いたいと思います。
○下稲葉国務大臣 御承知のとおり、この法案は閣法として政府が提案しているわけでございますが、お決めいただくのは国会でございます。したがいまして、最終的には国会の御意見で法律が成立するかしないかということに相なるわけでございます。 今回の法案につきましても、今委員御指摘のように、平成三年から改革協で議論されてきているわけでございますが、改革協のメンバーは、経済界の代表でございますとかマスコミの代表あるいは主婦連あるいは学者の代表、それに法曹三者の代表等々が入っておりまして、そして今お話しのような一応の結論が出た。それを、今度は専門的に法曹三者の話し合いが具体的に始まったのが平成八年。それで昨年の十月ごろ結論が出たというふうに私は承知いたしております。この法案の基礎になる結論が出たと思います。 法務省なり最高裁判所については、その結論はそのまま受け取れるわけでございますけれども、日弁連は、御承知のとおりに、一万六千名の会員がいらっしゃるわけでございますし、いろいろ独立して御意見がおありだろうと思います。日弁連の御意向というものは、私の承知しておりますところ、日弁連の総会にかけて投票によって決まった、そしてこの案が承認されたというふうに承知いたしておりまして、そこで法曹三者の意見がまとまったというふうなことでございます。 これもまた議員御承知のとおりに、昭和四十六年、第六十五回国会におきまして、当法務委員会におきまして、これは民訴法の一部を改正する法律案に対する附帯決議で、「政府及び裁判所は、司法制度の改正にあたり、在野法曹と密接な連絡をとり、意見の調整を図るように努めるべきである。」という附帯決議がございますが、その附帯決議あるなしにかかわらず、私どもは法曹三者として常に密接な連絡をとりながら、こういうふうな法曹にかかわる重要な問題については協議し検討をしなくてはならない、このように思いますし、今後もそういうふうにしてまいりたいと思います。 他方、今お話しのように、ちょっと時間がかかり過ぎているのじゃないかというふうな御意見もあろうかと思います。それは私ども素直に率直に受けて、何とか早く意見がまとまるような努力は、法曹三者それぞれ立場はございますけれども、進めてまいらなければならない、このように考えております。
○達増委員 いろいろ国際化ですとか情報化ですとか社会が大きく変化して、また日本社会のあり方も大きく変わっていかなければならないのじゃないかという問題点のもとに、政治の世界や経済の世界も大きく変わろうとしている。法曹の世界を取り巻く周りの世界が非常に大きく変化をして、それが一種黒船のように、ひしひしと法曹界に迫っているという状況ではないかと思うのですね。 ですから、まさに幕末の日本のように、本当に高度な自治能力を内に持つとともに、また、外の世界に対応する一種外交能力のようなものもこれから持っていかないと、法曹三者というものはうまくいかないのではないかと思いますので、ぜひこの点、頑張っていただきたいということを述べさせていただいて、私の質問を終わらせていただきます。 ありがとうございました。
○笹川委員長 木島日出夫君。
○木島委員 日本共産党の木島日出夫でございます。 最初に、司法修習期間の短縮の問題についてお伺いいたします。 今回の裁判所法改正の中心が、修習期間を二年を一年半にすること、そして、これに至る経過の中で、昨年の法曹三者の合意の中心点の一つがこの修習期間をどうするかという問題であったことは、もうるる述べることもない明らかな事実です。 最高裁は一年というのを提起し続けてきた。日弁連の方は現行二年を維持することを主張し続け、大変激しい論争が続いた。その結果として、一年六月で合意がなされたわけです。 先ほど当委員会へ参考人として招致をいたしました日弁連の寺井事務総長からは、これは苦渋の選択であったという言葉が吐かれました。また、日弁連として改革協議会の結論を厳粛に受け入れざるを得なかったという言葉も述べられたわけであります。そして、これが限度だ、これ以上短縮することは認められないということもはっきりと述べられたわけであります。 先日、七日の当委員会の質疑でも、同僚委員からこの問題が再三再四質問をされました。法務省からは、今回の法改正を将来一年にするワンステップだと考えたわけではないという御答弁、法務大臣からは、一年半がすばらしい制度だ、これで堅持すべきだという御答弁もいただきました。 そこで、さらにそれを確認するということもなんですが、昨年十月二十八日の法曹三者協議会の合意書、法律家の皆さんですから、文章には大変厳しくシビアに解釈等に当たられているわけでありますから確認をしたいと思うのですが、その合意書の第二、今回は千人程度への増加でありますが、「その後の司法試験合格者の年間千五百人程度への増加とこれを図る上での問題点について」という表題であります。 そこでるる述べられている中、その後の修習の内容や方法の改善、司法修習生の受け入れ態勢、弁護士に対する需要を含む社会の法的ニーズの動向等について調査及び検討を加えていく必要があるとの点で認識が一致した。そこで、上記の点について、法曹三者は、今後の問題として、いろいろ調査検討を継続して、今回の改正が実現されて実施される新しい制度のもとでの司法試験並びに司法修習の三期目の司法修習終了後に、その結果を取りまとめた上で、三者協議会において協議することとする。こうまとめられているわけであります。 そこで、最初に法務省に確認的にお伺いしたいのですが、この合意、今後の問題です。今回の法改正が成立した後の問題で、三期目の修習終了後に三者協議が行われるときの問題であります。 この合意をまともに、素直に読みますと、今後行われる法曹三者協議では、修習期間については、特に短縮問題については協議の対象からは外す、増員については、千五百人への増加、問題点については協議するわけですが、再短縮、さらなる短縮については協議の対象にはしないという意味だと私は読み取れるわけでありますが、そう読み取ってよろしいでしょうか。まず、これは法務省の方から御答弁をお願いします。
○山崎(潮)政府委員 ただいま御指摘の千五百人体制の問題でございますけれども、これにつきましては、千人体制の一・五倍でございますので、その点では人数もかなり多くなります。それで、違った問題はいろいろ出てくるかもしれない、また、修習のあり方をどうするか、そういう議論も出てくるかもしれません。 そういうことで、そういう議論は検討をせざるを得ませんが、法務当局といたしましては、修習期間の点につきましては、これを一年とするということを想定してはおりません。
○木島委員 今回の合意は、最高裁と日弁連が激しく論争する中で、法務省から一年半という案が提示され、それで合意に進んでいったわけでありますから、今の答弁を重く私は受けとめます。 次に、最高裁について、さらに確認的にお聞きしたいと思うのです。 最高裁の方は、るる言ったように、むしろ一年にすべきだというので、ずっと論陣を張ってきた。そして、その結果、一年半で今回の合意が得られたわけです。同僚委員からの質問等に対して、七日ですか、三年後というか次期協議については短縮すべきだというような態度をとっているわけではないという趣旨の御答弁をいただきましたが、ちょっとあいまいなんですね。 それで、私は最高裁に確認しておきたいのです。次期協議においては、修習期間のさらなる短縮については提起することはしない、提起することは想定していない、こう聞いてよろしいでしょうか。
○堀籠最高裁判所長官代理者 委員御指摘の、司法試験合格者の千五百人程度への増加につきましては、現在の二倍の千五百人ということになるわけでありまして、この修習生に対していかなる形で修習を実施していくのかという大きな問題があります。この点に関しましては、実務修習を中心とする現在の司法修習の枠組みでそれを実現することができるのかどうかということを初めとして、解決すべき事項が多々あるものと考えております。 このようなことからいたしまして、今回の三者合意では、司法試験合格者の千五百人程度への増加に関する協議については、修習期間をさらに短縮するということまでをも想定したものとはなっていないという認識でございます。
○木島委員 要するに、今度の合意は、第一というところで今回どうするかを合意したのです。この文章の第二のところでこの次協議するときはどうするか、そういう二段構えの文章、論立てになっているのですね。 それで、私が聞いたのは、第二の、この次の、四年後ぐらいになるのでしょうか、四年半後ぐらいになるのでしょうか、そのときの協議について、見出しは、るる言うように、合格者の年間千五百人程度への増加とこれを図る上での問題点についてという、千五百人にすべきかどうかについては論議しようということでずっと言葉が並んでいるわけでありますが、修習期間については一言も出てこないわけです、文章上。いいですか。 そうすると、要するに、修習期間問題については、今回、一年半で決着だ、そしてこの合意では、四年後ぐらいになるのでしょうか、次期協議のときには論点から外すということを読み取れるのが、私は法律家としても常識的な読み方なんですよね。そう読んでもいいのでしょう、この文章を。
○堀籠最高裁判所長官代理者 この点は、前回も答弁申し上げましたように、千人体制下での修習の結果を踏まえて検討すべきものであるということでありまして、修習期間の点については、私どもとしては、当然に短縮すべきであるというような考えはとっておらないということを申し上げているところでございます。
○木島委員 要するに、さらなる短縮は提起できないというふうに、この合意の文を素直に読めば受け取れますし、法務省からあれだけはっきり答弁がされていますから、私は、最高裁にはそういう態度をとっていただくことを強く要望しておきたい。 というのは、最高裁は一年を最初提起した当事者ですから、今ここで断念するとはっきりと言うのは気分的には乗ってこないかもしらぬけれども、この合意文書はそう読まざるを得ない、もう次の協議のときには提起できないんだということを読まざるを得ないということを認識していただきたいと思うわけであります。 次に、司法試験並びに司法修習の基本理念をどう考えるかについて、皆さんの認識を問いたいと思うのです。 一九九一年、平成三年三月十九日の、前回の司法試験法改正法案の審議に当たって当委員会で行った附帯決議、ここには第三項で、これから行われる法曹養成制度等改革協議会の協議においては、現在の司法試験制度、法曹養成制度が果たしてきた役割とその理念を十分尊重しつつ、協議を尽くすことと注文をつけたわけであります。附帯決議でありますから、現在の司法試験制度、法曹養成制度が果たしてきた役割と理念、その具体的な中身は書き込んではおりませんが、これはもう法曹界の常識になっているわけであります。 私もそうですが、現在のこの両制度の理念というのは、基本的には統一の修習であり、統一の試験である、裁判官と検察官と弁護士にならんとする者について、別々ではなくて、戦前のような分離ではなくて、統一の試験、統一の修習、そしてさらにつけ加えれば、公平と平等の理念だと考えるわけです。 最初に、そういう理念でいいか、現行司法試験制度、法曹養成制度の基本理念をどう考えるのか、法務省と最高裁の基本認識を順次お伺いしたいと思います。
○下稲葉国務大臣 統一修習は、法曹三者いずれになろうとする者に対しましても同じ研修を行うことでありまして、法曹養成制度における法曹一元とも言えるものと思います。当然、続けてまいります。
○堀籠最高裁判所長官代理者 現行の統一修習の制度は、法曹三者のそれぞれの実務と心構えを修得し、かつ他の立場からの事件の見方を学ぶことにより、視野の広さを養い、物事をより客観的かつ公平に見ることができるようになることをその趣旨としていると認識しておりまして、この制度は今後の法曹養成においても維持されるものと理解しているところでございます。
○木島委員 ありがとうございます。 ただいま法務大臣の方からは、法曹一元という言葉も使われました。 戦後発足した、統一試験、統一修習の、現行の司法試験、司法修習制度の理念、統一だ、この理念の根本のところに法曹一元の理念があったのだろうと私は思うのですが、残念ながら、現実には法曹一元の制度は実現されておりません。弁護士経験のある者から裁判官になっていく、これは実現されませんでした。しかし、これは戦後出発の理想であり、目指すべき目的だったと私は歴史を理解しているわけであります。 そこで改めて、今日の時点で、法曹一元、弁護士経験のある、在野経験のある、国民に近いところにいる法律家が裁判官になることが、国民のための司法をつくる上で非常に大事なんだ、意義があるんだ、そういう趣旨の法曹一元の意義をどう考えているのか。これも法務省と最高裁に順次御答弁願いたい。
○山崎(潮)政府委員 法曹一元の理念でございますけれども、これは、国民の意思を、あるいは国民の声を司法に反映させるということ、あるいは、広い視野を有する裁判官を得ることができる、こういう点に特徴がある制度であるという理解をしております。 この議論につきましては、昭和三十七年から九年にかけました臨時司法制度調査会、ここで議論がされまして、将来の司法制度の一つの望ましいあり方であるという結論が出たわけでございますが、これを実現するにつきましてはいろいろな条件があると。その段階ではまだ条件は満たしていないという結論であったわけでございます。 その後かなりの年数はたっておりますけれども、やはり、現在の法曹人口を前提にし、またあるいは、弁護士が全国でかなり地域的な偏在をしている点、あるいは、弁護士から裁判官になって、また弁護士に戻る、そういうような、弁護士の方にその素地があるのかどうか。例えば弁護士事務所の法人化とかそういうような、非常に基盤がしっかりしているかどうか、そういうような問題、いろいろな取り巻く諸条件がございますけれども、これは、残念ながら現在でもまだそこまで達してはいないということで、もう少しこの点は検証を続けていく必要があろう、あるいは、条件が満たされるのを努力していくほかないだろう、こういうふうに思っております。
○堀籠最高裁判所長官代理者 弁護士の中から裁判官を任命するいわゆる法曹一元制度は、昭和三十九年の臨時司法制度調査会意見書にもありますように、我が国においても一つの望ましい制度であるというふうに考えているところでございますが、この法曹一元制度は、多くの弁護士の中から優秀な人を裁判官に任命する制度でございますので、裁判所所在地の都市またはその近郊に、必要な裁判官数の何倍もの弁護士の存在を前提としているものというふうに考えております。 このような前提をクリアしておりますのは、現在のところ首都圏や大阪圏等の大都市に限られておりまして、法曹一元制度が実現されるための最も重要な前提条件がいまだ整備されていないというふうに認識しているところでございます。
○木島委員 今法務省と最高裁から同じように、昭和三十九年の臨時司法制度調査会意見書で、将来望ましい制度であるが、実現のための条件が整っていないという指摘がありました。それなら、昭和三十九年から今日まで、本当に、そのために向かって一歩前進するために努力してきたかどうかこそが今問われていると私は思うのですが、残念ながら、裁判所や法務省は逆の道を歩んできたんじゃないかと言わざるを得ない。 それは、昨年十月の日弁連の臨時総会、本問題を論議したその総会で執行部が提出してきた文書に厳しく指摘されているわけですね。 もうたくさん述べませんが、それの逆行の方向として、裁判所はキャリアシステムを温存してきた。温存してきただけではなくて、それを助長してきた。特に、その後、司法におけるキャリアシステムはますます強化された。特に昭和四十五年以降、思想、信条を理由とする裁判官任用拒否などが相次いだ。私は昭和四十六年に司法修習終了でありますから、よく知っております。理想と現実の乖離があらわになってきた。 ここに実は、司法行政と司法修習の管理運営をめぐる日弁連と最高裁の緊張関係が今日においても解消されたとは言いがたいその根源を、日弁連は昨年の総会の議案書で指摘しているわけです。皆さん方は、臨司意見書で理想だと言った。しかし、現実、基盤が整っていないというのなら、そっちの方向に向かって努力をすべきだ。しかし、逆の道を歩んできたんじゃないかと。そこが、今度の論議で、日弁連と最高裁がなかなか一致できない根本にあると指摘されているのです。 もう時間のようでありますから、この指摘に対して最高裁はどう受けとめるのか、ついでに、法務省もどう受けとめるのか、お聞きをいたしまして、質問を終えます。
○堀籠最高裁判所長官代理者 法曹一元制度の基盤が整備されていない状況のもとでは、最高裁といたしましては、キャリアシステムを原則としつつ、法曹一元制度の長所を念頭に置いて現行制度の改善を図るという方策を採用しているところでございまして、具体的には、弁護士からの任官制度がその一つでありまして、弁護士としての実務経験を裁判実務の上で大いに役立たせ、生え抜きの裁判官に刺激を与える、それから、裁判所の活性化に役立てるということを考えておりまして、今後とも、多数の優秀な弁護士が社会的経験を積んで任官することは歓迎すべきであるというふうに考えているところでございます。
○下稲葉国務大臣 法務省としては、検察庁としては、窓口はあけておるわけでございます。 たった六名、今弁護士さんから検事になっておる方がおられますし、裁判所にも三十二名ですか、そういうふうにやっておりますが、今御指摘の点は、方向としては、私どもは一生懸命目指して頑張らなくてはならぬところだ、このように思います。
○木島委員 終わります。
○笹川委員長 保坂展人君。
○保坂委員 社民党の保坂展人です。 最高裁に伺いたいと思います。 これまで、先般の御答弁で、今回の二年を一年半に短縮された根拠として、主に、裁判所、検察庁においての実務研修の受け入れの体制が不備であるということを言われたと思いますが、予算上の問題、予算が少ないという問題はないのか。それで、司法修習の充実に向けて予算増額要求をなさるおつもりはないのかどうか。ここをお答えいただきたいと思います。
○堀籠最高裁判所長官代理者 最高裁判所といたしましては、司法修習の充実を図るということは必要であると考えておりまして、それに必要な予算であれば要求するという考えでおります。
○保坂委員 続けて伺います。 現在の研修所のマキシマム、今一千人なら何とか受け入れられるというようなお話も聞いているのですけれども、これが仮に千五百人だと、施設面、スペースの面、そういった設備の面での整備も必要となってくると思うのですが、その点はいかがでしょうか。
○堀籠最高裁判所長官代理者 司法修習生が千五百人ということになりますと、現在のような修習制度をとっている限り、司法研修所につきましては、施設面での改善ということが必要になろうかというふうに考えております。
○保坂委員 つまり、一千人なら何とか回せるけれども、一千五百人だと根本的な改変が必要だというふうにお聞きをしました。 そうなると、先ほどの同僚議員からの確認というか質問にもあったことなんですが、最高裁の方では、先ほどの答弁あるいは先般の答弁では、一千人体制の結果を踏まえて今後検討すべきことであり、当然に短縮すべしとは考えていないというふうに伺ったわけです。 きょうの午前、午後にわたる参考人質疑を踏まえても、この一年半というのはもうぎりぎり詰めたところだろうと私は理解しておりまして、私は当然短縮するべきではない。いいですか、当然短縮するべきではないというのが私の見解、最高裁の見解は当然に短縮すべしとは考えていない。この両者の間に相当な違いはありますか。おわかりですか。違いがあるかどうか、あるとしたら具体的にお示しいただきたい。
○堀籠最高裁判所長官代理者 私どもといたしましては、まず千人の修習体制をやってみて、その結果、本当に国民の負託にこたえ得る法曹を育てることができるのかどうかということをまずやってみましょうということを申し上げているのが第一点でございます。 それから、千五百人ということになりますと、司法研修所はともかく、実務修習での受け入れが、現在のようなマンツーマン方式であるとかなり困難になるのではないかとの認識に立っておりまして、その点の検討も必要になるということで申し上げているところでございます。
○保坂委員 もう一回質問なんですが、再質問、よろしいですか。 当然に短縮するべきではないという言葉と当然に短縮すべしとは考えていないという言葉との間に相違はありますか。違う言葉でしょうか。違うとしたらどういうふうに違うのかを教えていただきたい。
○堀籠最高裁判所長官代理者 私どもが申し上げておりますのは、一年半、千人の体制をやってみて、それで国民の負託にこたえ得る法曹の養成が可能かどうかということを前提にしない限り、千五百人体制での修習期間というものを論ずることはいかがなものかということで申し上げているところでございます。
○保坂委員 やっとわかりました。 論ずることはいかがなものかということを踏まえると、この一年半というのは、これはもう法務大臣も御答弁されているとおり、すばらしいとは思いませんけれども、ぎりぎりの制度であるというふうに押さえたいと思います。 もう時間がありませんので、もう一問なんですが、今度は法務省に伺います。 今回の、いずれ千五百人体制ということも言われながら、これらの結論を導く上で、これは法学教育の現場の大学の関係者の意見も聞き、あるいは広く市民の声も聞き、そして法曹三者の合意を得るように努力するおつもりがあるかどうかということと、もう一つなんですけれども、選択科目が削られたわけですね。この議論も参考人質疑でございました。最低限、修習生受け入れの際に、削られた部分をきっちりフォローするということに力を尽くすおつもりがあるかどうか、この二つをお願いします。
○山崎(潮)政府委員 司法制度の改革、大変重要なことでございます。 法曹三者はもちろん、幅広く国民から意見を聞かなければならない、あるいは大学も含めて、そういう視点できちっとやっていきたいと思います。 また、今、司法試験の科目の問題でございますけれども、これは具体的には最高裁の方の教官会議で決めますけれども、私どもとしましても、その分を研修所できちっと教えていく、そういう認識でおります。
○保坂委員 それでは、最後に法務大臣、今後、日本の将来にかかわる大きな改革の中で、これまでの当委員会での議論を踏まえて、養成の質を落とさないというところで、懸命の今後の努力を約束していただきたい。また、この一年半というのも、これはぎりぎりだということも含めて最後に御答弁いただきたいと思います。
○下稲葉国務大臣 お話しのとおり、質を落とす気持ちはもう全然ございませんし、むしろ質を上げなければいけない。幸いにして、本年度は三万名を超す受験者もあるということですから、立派な法曹の候補者が出てくるのじゃないだろうか。 期間の問題はもうおっしゃるとおりでございます。
○保坂委員 最高裁のお話も含めて、ぜひこの議論、この改革そのものに対する疑問も投げられたわけですけれども、この一年半というのを最低限ということにして、できれば最高裁の方も堂々と予算請求をしていただいて、人的、施設の面でも、これは大事なことですから、きっちり整備をして、できる限り多様なニーズに合った修習のあり方、法曹養成のシステムを再構築していただきたいということを改めて要望をして、私の質問を終わります。
○笹川委員長 これにて両案に対する質疑は終局いたしました。 —————————————
○笹川委員長 これより両案に対する討論に入るのでありますが、討論の申し出がありませんので、直ちに採決に入ります。 まず、内閣提出、裁判所法の一部を改正する法律案について採決いたします。 本案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○笹川委員長 起立総員。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。 次に、内閣提出、司法試験法の一部を改正する法律案について採決いたします。 本案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○笹川委員長 起立総員。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。 —————————————
○笹川委員長 この際、ただいま議決いたしました両案に対し、八代英太君外七名から、自由民主党、民友連、平和・改革、自由党、日本共産党、社会民主党・市民連合、新党さきがけ及び笹山登生君の共同提案による附帯決議を付すべしとの動議が提出されております。 提出者から趣旨の説明を聴取いたします。北村哲男君。
○北村(哲)委員 ただいま議題となりました附帯決議案について、提出者を代表いたしまして、案文を朗読し、趣旨の説明といたします。 裁判所法の一部を改正する法律案及び司法試験法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案) 法曹三者は、司法試験制度及び法曹養成制度の在り方について、次の事項に十分に配慮すべきである。 一 いわゆる合格枠制の見直しを含め法曹の選抜及び養成の在り方、将来必要とする法曹人口等について、大学関係者等との十分な意見交換も含めて総合的に検討を加え、法曹三者間で合意を得るよう努めること。 二 司法修習生の修習について、統一修習の制度を維持しながら、法曹としての識見、法曹倫理等に関する教育の充実を図るようにすること。また、修習生受け入れ態勢の一層の整備をはかり、試験から廃止された法律選択科目の研修に配意すること。 三 法曹資格取得後の継続教育を充実強化するとともに、法曹三者による合同研修を行うことを検討し、また、将来の課題として、研修弁護士制度等について検討すること。 四 社会の高度化、複雑多様化、国際化等の進展に伴い、増加すると予想される国民の法的ニーズに対応できるよう、今後とも必要とされる裁判官及び検察官の増員並びに法律扶助制度等の司法の制度的基盤の整備充実に努めること。 以上であります。 何とぞ委員各位の御賛同をお願い申し上げます。
○笹川委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。 採決いたします。 本動議に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○笹川委員長 起立総員。よって、本動議のとおり附帯決議を付することに決しました。 この際、ただいまの附帯決議につきまして、法務大臣から発言を求められておりますので、これを許します。下稲葉法務大臣。
○下稲葉国務大臣 ただいま可決されました附帯決議につきましては、その趣旨を踏まえ、適切に対処してまいりたいと存じます。 また、最高裁判所及び日本弁護士連合会にも本附帯決議の趣旨を伝えたいと存じます。 —————————————
○笹川委員長 お諮りいたします。 ただいま議決いたしました両法律案に関する委員会報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○笹川委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。 ————————————— 〔報告書は附録に掲載〕 —————————————
○笹川委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後八時二十分散会