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142回国会衆議院1998/05/08

大蔵委員会 第25号

発言数
60
登壇者
10
会派数
5
開催日
1998/05/08

会議録

村上誠一郎自由民主党

○村上委員長 これより会議を開きます。  内閣提出、金融システム改革のための関係法律の整備等に関する法律案、特定目的会社による特定資産の流動化に関する法律案、特定目的会社による特定資産の流動化に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案及び金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律案の各案を議題といたします。  本日は、参考人として、高岡短期大学長蝋山昌一君、東京大学法学部教授神田秀樹君、慶應義塾大学経済学部教授池尾和人君及び早稲田大学法学部教授上村達男君、以上四名の方々に御出席をいただいております。  この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと思います。  次に、議事の順序について申し上げます。  まず、蝋山参考人、神田参考人、池尾参考人、上村参考人の順序で、お一人十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑に対してお答えをいただきたいと思います。  それでは、まず蝋山参考人からお願いいたします。

蝋山昌一高岡短期大学長

○蝋山参考人 こういう機会を与えられましたことを大変うれしく思います。委員長初め委員の皆様方に感謝申し上げます。  普通ですと、らりるれろのろです、あかさたなはまやらわの随分後ろの方でありますので、最後の方にしゃべるのが普通なんですけれども、年長であるということでしょうか、私が一番初めに、今回の内閣が上程いたしました金融システム改革諸法案に関しまして、私の観点から意見を申させていただきます。  基本的な物の見方といたしましては、これからの日本の金融というのは、非常に広い意味での証券市場に大きく依存することになる、このように私はとらえております。また、そうしなければならないと考えます。  ここでの広い意味での証券市場というのは、十九世紀型の、昔からあります、そして今でも日本では支配的な株式や債券といったものの市場だけを意味しているのではなくて、それだけではなくて多様ないわゆる証券化商品が取引され、それらの市場では銀行も含めて多彩な機関投資家が参加し、活発な競争が展開される、そういう証券市場をここでの広い意味での証券市場と私は考えております。  そして、日本の金融システム、金融仲介の仕組みは、こうした証券市場にその中軸をゆだねるということになろうかと思います。そうなってこそ、新しい産業の誕生、その成長、国民の金融資産の健全な運用、世界への金融面からの貢献が可能となる、私はこのように認識しております。このような金融システムを新たにきちんと構築し、そしてそこに移行するということこそが、いわゆる日本版ビッグバンというものであるというふうに思います。  一昨年の十一月十一日、橋本総理大臣は金融システムの抜本的改革というものを文書の形で指示されました。いろいろな意味でこれは画期的だというふうに思います。そして、私なりに理解しますと、ここで私の言う広い意味での証券市場というものを日本の金融仲介の中軸とするということを橋本総理大臣は念頭に置かれたのではないかというふうに解釈しております。フリー、フェア、グローバルという三点、これはもう言い古されてはいるかもしれませんけれども、まさにこういうことを理念として掲げ、それを具体的に実現する具体的な金融のあり方というものを考えると、今申し上げたような広い意味での証券市場が中軸になる世界だろうというふうに私は考えているわけであります。  私は、証券取引審議会の総合部会の座長といたしまして、首相の指示に沿いました総合的な証券市場を中心とした市場改革案の作成に携わりました。また、それ以前にも証券取引審議会の委員として、あるいは金融制度調査会の部会の委員として、幾つかの金融改革、例えば金融機関の相互参入を認めました一九九三年の金融制度改革法といったもの、そのための審議に加わった経験を持っております。さらにまた、金融を研究する者といたしまして、これまでの日本だけでなくて諸外国の金融改革についてそれなりの観察、分析を行ってきました。  こうした経験を通して思うことは、まず、これまでの金融改革には二つの類型があるということであります。一つは、金融のあるべき姿を追求する意図で改革を断行する理念追求型といいますか、理念主導型の改革、第二は、金融の危機に直面して、その危機を何とか打開しなければならないということで改革が行われる危機回避型の改革であります。  ついこの間のことは除きまして、長い間日本の金融は自由化の歩みをたどってきたわけでありますけれども、その過程はどちらかといえば前者の理念追求型であったのではないだろうか。そうであるがために、ゆっくりと着実に改革を小出しにしていくことが可能であったというふうに思います。だが、昨今はさま変わりであります。いわゆる日本版ビッグバンはどうしても成功させなければならない。それは今の日本の金融が危機に瀕しているからであります。  こういう基本的な観点から、以下では日本の金融システムの改革に関しまして私なりの重要と思われる点を述べてみたいというふうに思います。  これから述べることの多くは、直接には証券市場、証券業、証券行政といった証券の分野に関することに焦点を絞りたいとは思いますけれども、問題の多くは他の分野、銀行、保険といった分野にも共通する事柄が少なくないというふうに考えます。  新しい金融のシステムというものは、これまでの日本の金融制度を自然に延長して実現するかというと、私はそうでないと思います。大きな改革を断行することが不可欠であります。  まず第一に、既存のものを含めて、株式市場や債券市場を含めて、広い意味での証券市場の規律を改めて確立しなければならないというふうに思います。これを制度的に実現させるには、情報優位にある証券発行者、具体的には例えば企業、仲介者、機関投資家などのディスクロージャーの徹底と市場における公正取引の促進、維持を法制化することであります。今回の一連の金融システム改革にかかわる諸法案は、それぞれの観点からこうしたことをねらっているものと私は理解します。  第二に、金融機関の、私なりの言葉を使えば市場型化、別な言葉を使えば、広い意味での証券市場の規律に従い、市場での資金調達と運用に重きを置くようにする、こういう行動を中心とする金融機関の市場型化、これが必要だろうというふうに思います。これを実現させる最も有効な手段は、金融サービス業における競争促進であろうというふうに思います。今回の金融システム改革法案、一連の関係法案の中にも盛り込まれている大きな考え方、競争促進というのはまさにこうした目的に沿ったものと私は理解します。  第三に、特に証券市場の仲介者がより多様化いたしまして、さまざまな市場仲介サービスが提供されるようにならなければ、広い意味での証券市場の拡大、それを中軸とする日本の金融システムの構築というものはできないだろうというふうに思います。  これには、証券業への新規参入を促すことを含めて競争促進が有効であるというふうに思います。証券会社の登録制への移行というものは、既存の金融業だけでなく他の産業からも証券業への参入を促し、市場仲介サービスを競争にさらすことになり、多様な市場仲介サービスが提供される素地をつくるものと思われます。これは既存の証券業にとっては非常に苦しい事態でしょう。とはいえ、証券業が、これまでのような、固定手数料に依存し、霞が関や仲間内を向いた経営から脱皮して、市場や最終利用者、投資家や発行者を直視した経営に転換し、これからの金融サービス業の主要な一角を形成し続けるためには、どうしてもこうした措置が必要だろうというふうに思います。  もちろん、金融サービス業としてこれまでの証券業が変身可能なように制度的な措置を講じることも必要であります。登録制への移行とか固定手数料の廃止ということに加えて、証券総合口座やラップアカウントの導入、専念義務の廃止といったことが今回の法律の中で盛り込まれていることは、こうした新しい措置の例であると私は理解しております。  今の株式市場の低迷からは想像できないかもしれません。しかし、中期的に見れば、証券市場の仲介サービスは来世紀の成長分野であるというふうに私は思います。この認識を明確にして、それが現実のものとなるにはどうしたらよいかというのを考えなければならないというふうに思います。登録制への移行というのは、小さなパイにより多くが群がるということを意味するのではなくて、大きなパイを実現させるための方策であるというふうに私は理解します。別の表現を用いますと、これまでの証券会社がそのまま変わらず、数のみがふえるということを意味しているのではなくて、投資家、証券発行者のニーズをつかみ、結果として多種多様な経営体が証券業を形成するようになる、こういうことが重要なのであります。  このことは、登録制への移行で新規参入を考える他業態、これは証券以外の金融業に限らず、商社その他の非金融業共通のことでありますが、あそこが証券業を始めるから自分も始めなければならないといった横並びの参入を考えてはならないわけであります。こうした横並び参入を許さない厳しい投資家の選別眼が、これからの証券仲介サービス市場を支配するようなことになるのではないでしょうか。そうならなければならないというふうに思います。  行政は、こうした展望を持ってそれなりに変わっていかなければならないというふうに思います。市場規律を尊重し、多数の投資家、証券発行者の代理人として市場を監視する行政へと変わらなければならないわけであります。一連の不祥事が発覚いたしました。これは、証券行政のみならず金融行政全体にとってみずからを変えるいいチャンスだととらえるべきであります。言い古されたことかもしれませんけれども、予防行政、業者行政、裁量行政から、結果を重視する結果行政、市場行政、ルール行政への変革というものが今こそ不可欠でありまして、大蔵省を初め金融行政当局は、この変革をみずから率先して実現させなければならないというふうに考えます。この変革の過程をリードするのは、これからもその任を全うしなければならない行政主体でありまして、明確な目的意識を持って自己変革を遂げてほしいというふうに思います。  行政の具体的な内容の変化等についての私の意見は、お配りいたしました、ところどころミスタイプがありますけれども、紙に書いてありますので、時間の関係上省略させていただきますけれども、要するに、結果として申し上げれば、行政手法は透明性を増さなければならないし、そして、透明性を増してこそ、こうした新しい金融システムにおけるそれなりに期待される役割というものを全うすることができるものというふうに考えます。そうでなければ、行政のかなえの軽重が問われることになるでしょう。  もう一つ、証券行政に関して、これからの規制のことについて申し上げたく思います。  規制は、証券市場に限ったことではありませんけれども、市場が多数の参加者のもと、価格形成が競争的に行われるということを第一の目的にすべきであるというふうに思います。競争的な価格形成が行われるということは、重要な情報がすべての参加者に共有され、何人も価格に対して影響力を行使できない状態で初めて可能となるわけであります。したがって、証券発行者は言うまでもなく、あるいは資金調達者は言うまでもなく、機関投資家など主要な参加者の情報開示、ディスクロージャーというものが不可欠でありまして、それと同時に、不公正な取引行為は厳格に禁止されなければならないわけであります。  こうした状態が実現されれば、投資家にとっては、自己責任に基づく行為こそ自己に有利であるということとなります。表現をかえれば、投資に失敗した責任を他者に転嫁し、それが有利である状況があるとすれば、それは市場で今申し上げたほかならないわけでありまして、それを満たすように関係各位は行政も含めて努力すべきでしょう。  証券市場では、価格が競争的に、すなわち公正かつ効率的に決定されるとともに、取引対象や取引技術の面での革新を受け入れる素地が整っていなければならないわけでありますが、市場型の証券行政は革新を否定してはならないというふうに思います。したがって、革新、イノベーションに即応できるための工夫として、当然、さまざまな措置が考えられてしかるべきでしょう。  要するに、規制緩和、市場の整備は従来の行政主導型から民間主導型に変わることが望ましいというふうに思います。行政は民間の意向を受けて対応することが本来であるわけであります。だが、これまでの民間では、どうしても親方日の丸、行政の出方待ちといった対応が支配的でありました。今回のビッグバンの効果として期待されるのは、こうした民間側の意識の変革であります。別な言葉を使えば、私は、今回のビッグバンと言われる一連の金融システム改革で金融システム改革は終わるとは考えておりません。まだまだ課題は山積しております。次のビッグバン、第二次ビッグバン、これは民間が行政を動かす形で進展することが望まれるというふうに思います。  以上、私の時間は、少々余しているかもしれませんけれども、申し上げたい点、主要な点は申し上げました。御清聴に感謝いたします。ありがとうございました。(拍手)

村上誠一郎自由民主党

○村上委員長 どうもありがとうございました。  次に、神田参考人にお願いいたします。

神田秀樹東京大学法学部教授

○神田参考人 東京大学法学部の神田と申します。  本日は、本委員会におきまして意見を述べさせていただく機会をいただきまして、まことにありがとうございます。  早速私の意見を述べさせていただきます。  御承知のように、我が国の金融分野は、バブル経済崩壊の後、大量の不良債権問題を抱えるに至り、長い低迷を余儀なくされました。その間に、先進諸外国では、技術革新の一層の進展を背景としつつ、金融の自由化、国際化そして証券化が急速に進展し、法制度面でも、これらの激変する金融環境に対応した環境整備が次々と行われました。また、先進諸外国の金融機関、本日は金融機関という言葉は銀行を初め保険会社や証券会社等を含めた意味で使わせていただきますけれども、先進諸外国の金融機関は、激変する金融・資本市場への十分な対応を進めるに至っております。その結果、我が国の金融分野は、市場や制度とそれから金融機関側の方の対応との両面におきまして、先進諸外国の急速な動きに取り残されてしまったわけであります。  今蝋山先生も触れられましたが、一昨年の十一月に、内閣総理大臣が金融ビッグバンと呼ばれる大改革の実施を宣言されまして、我が国の金融システムの改革を、フリー、フェア、グローバルの三原則のもとに国を挙げて挙行し、二十一世紀を迎える二〇〇一年までに、不良債権処理を進めるとともに、我が国の金融・資本市場を、ニューヨーク、ロンドン並みの国際金融・資本市場として再生させるということを目指すことになりました。  この金融ビッグバンは、我が国の過去の制度改革と比較いたしますと、次の二つの点で従来と異なる特徴があります。第一点は、改革が極めて多数の項目にわたるとともに、改革の内容が極めてドラスチックであるということであります。第二点は、改革のプラン実現の目標時期というのが明定されておるということであります。このように、今般の金融システム改革は、まさにビッグバンの名にふさわしく、ドラスチックでかっスケジュールの決まった、いわば待ったなしの手順で行われることになり、今日に至っているわけであります。  なぜこのようなやり方が採用されているかと申しますと、その理由は、先ほども申し上げましたように、世界が大きく進展している中、我が国はここ数年、不良債権問題への対応に追われ、金融システム改革を進める機会がおくれてしまい、その結果、我が国の金融・資本市場と金融機関とが国際的にその競争力の面でおくれをとってしまったという事情があるからであります。  したがいまして、今般の金融システム改革は、これらのおくれを一挙に取り戻し、我が国の金融・資本市場の魅力を高め、我が国の金融機関の競争力を回復するとともに、千二百兆円と言われております我が国の個人金融資産の効率的な運用を可能にするということを目的としているわけであります。  御存じのように、昨年の通常国会におきましては、純粋持ち株会社の解禁を認める独禁法改正、クロスボーダー取引等の全面自由化を認める外為法の改正、中央銀行制度を抜本改革する日銀法の改正、そして金融行政機構を大きく改革する金融監督庁設置法制定などが次々と成立いたしました。  今回の四つの法案でありますけれども、これらは、金融ビッグバンを実現するために必要な法律面でのかなめと言ってもいい法案であります。その内容は、私が見るところでは、英米と比べますと当たり前と言ってもよい内容でありますけれども、我が国にとりましては大変な量の法律改正及び制定であります。持ち運びも大変なほどの、私もきょうとても持ってこれませんで、委員会の事務の方に用意していただいたのですけれども、これほどの大部の法案が金融分野で一括上程されるという話は、私が知る限り、ここ数十年は前例がないのではないかと思います。この大量の法案のすべてが成立することが、我が国の金融ビッグバン実現のための法律面でのかなめの対応措置としてぜひとも必要であります。その速やかな成立を私は期待しているわけであります。  今回の金融システム改革プランの基本思想は、今蝋山先生がおっしゃったこととも共通いたしますが、市場機能を最大限重視し、市場参加者の自己責任を基礎として、できる限り広範囲からの市場への参加を認め、透明性の高いルールのもとで金融分野を運営しようとすることにあります。すなわち、規制緩和を思い切って実現し、自由でかつ公正な金融・資本市場の構築を目指しております。そのため、従来の事前予防的な行政は極力なくすとともに、個々の金融機関に自発的かつ厳正なリスク管理を求め、経営に失敗した金融機関にはスムーズな形での市場からの退出を求める一方で、市場ルールの違反者には機動的かつ厳格な制裁を加え、市場の信認を確保、維持するというインフラ整備が予定されているわけであります。  今回の四つの法案のポイントを、私の理解している範囲でごく簡単に申し上げさせていただきます。  まず第一の法案は、金融システム改革のための関係法律の整備等に関する法律案でありますけれども、これは、金融ビッグバン実現のかなめとなるべく、現在の銀行法、証券取引法、証券投資信託法、保険業法などを大幅に改正しようとするものであります。  具体的には四つの柱から成っておりまして、第一は、国民の資産運用の手段を一気に広げて充実させようとするものでありまして、証券投資法人と呼ばれる制度の新設、それから私募投資信託と呼ばれるものの導入、銀行による投資信託販売の承認などがその内容であります。  第二に、業者につきまして大幅な規制緩和をし、証券会社は原則登録制とし、幅広い業務を営むことを認め、また、株式売買委託手数料の完全自由化、そして銀行、保険会社、証券会社の相互参入の促進などがその内容であります。  第三に、市場に関する法律整備といたしまして、店頭登録市場の機能の強化や、コンピューターをつなげて行われますいわゆる私設取引システムと呼んでおりますが、そういうものについての法制整備などがその内容であります。  第四に、利用者に安心を与えるための措置として、ディスクロージャーの一層の拡充、不公正な取引の規制の強化、証券会社や保険会社が破綻した場合の保護基金及び保護機構の創設などがその内容であります。  第二の法案であります特定目的会社による特定資産の流動化に関する法律案と、なかなか一息で読み切れないのですが、第三の法案であります特定目的会社による特定資産の流動化に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案でありますけれども、この二つは、諸外国でここ十年ないし十五年余りの間に普及いたしました新しい金融の手法でありますセキュリタイゼーション、すなわち資産流動化を我が国でもやりやすくし、そのような資産流動化を通じて国の経済の活性化を図ろうとする法案であります。これが実現いたしますと、我が国でも先進諸外国並みに資産流動化を行うことが可能となり、諸外国の水準に追いつくことができることになります。  最後に、第四の法案であります金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律案でありますけれども、これは、金融機関を一方の当事者とするいわゆるデリバティブ取引などにつきまして、諸外国で認められておりますリスク削減のための一括清算と呼ばれる仕組みが我が国でも法律上有効であることを明らかにし、取引に際しての不確実性を除去し、リスクの削減を容易にするというものであります。これも先進諸外国と比べて我が国の対応がおくれている分野でありまして、既に世界では常識となっているものであります。  以上、簡単に今回の四つの法案について申し上げさせていただきましたが、今般の金融システム改革は喫緊の国民的課題であると思います。我が国の金融システム改革は、将来の我が国の金融・資本市場と我が国の経済全体にとってはもちろん、世界の経済にとってもぜひとも必要なことであります。そういう意味で申しますと、ニューヨークやロンドン並みの市場にとどまらず、それ以上の魅力を備えた市場の樹立を目指していただきたいと思います。したがいまして、私は、今般の四つの法案が速やかに成立するとともに、一連の金融システム改革が国を挙げての改革として成功するということを強く望むものであります。  御清聴いただきましてどうもありがとうございました。(拍手)

村上誠一郎自由民主党

○村上委員長 どうもありがとうございました。  次に、池尾参考人にお願いいたします。

池尾和人慶應義塾大学経済学部教授

○池尾参考人 慶応義塾の池尾と申します。よろしくお願いします。  本日は、意見陳述の機会を与えていただきまして大変ありがとうございます。  それでは、早速私の意見を述べさせていただきたいと思います。本日は、金融システム改革に求められている時間感覚というふうな点を中心に、まずお話しさせていただきたいと思います。  現下の金融システム改革につきましては、日本版ビッグバンという言い方がされておりまして、従来の我が国における金融制度改革のテンポと比べると極めて急激な改革が行われようとしているという印象をお持ちの方が多いのではないかというふうに存じております。しかしながら、そうした急激な改革という印象は、あくまでもこれまでの我が国における金融制度改革の進展ぶりとの比較において得られるものでありまして、必ずしも客観的に正しいものであるとは言いがたいというふうに私は考えております。  情報通信の分野などでは、最近よくドッグイヤーというふうな言い方がされることがあります。ドッグ、つまり犬ですが、犬というのは人間の五、六分の一の寿命しかないわけであります。言いかえますと、人間よりも五倍、六倍のスピードで年をとる。同じように、最近の電気通信とか情報産業では、変化が従来の五倍、六倍のスピードで進んでいるというところでドッグイヤーというふうな言い方がされるようになったわけですが、金融システムを取り巻く環境の変化というのも、そうしたドッグイヤーということを言われる情報通信の分野における変化と比較できるようなスピードで変化が起こっていることを我々は認識する必要があるというふうに思っております。  そもそも、電気通信の分野における変化が即、金融の分野における変化にもなるというふうな側面も強く存在するわけであります。それは、御案内のように、情報処理でありますとか通信にかかわる技術というのは金融業の基盤をなす基本技術でありますので、その面での変化は、金融のビジネスのあり方そのものに直結するような変化であるわけであります。  そうしたことを考えますと、金融システム改革を考える際には、通常の暦の意味での時間のスピードということで考えていたのではおくれをとってしまうということがあるわけであります。したがって、ドッグイヤーとまでは言いませんが、通常の時間感覚の二倍、三倍のスピード感を持って問題を考えていかなければいけないというのが私の基本認識であります。  こうした観点からは、残念ながら、これまでの日本の金融制度改革は本当に遅々としたものであったと言わざるを得ないと思っております。最近、幸いなことに金融制度改革の加速化が生じているわけですが、この加速化をもってしましても、今なおおくれを挽回するというところまでは残念ながら至っていないのではないかというふうに思っております。  例えば、昨今報道されておりますように、米国等では新たな合併の動きが生じております。例えばシティコープとトラベラーズが合併をするというふうなことが報道されておるわけですが、こうした最近の動きを見ますと、欧米の金融業は再統合の過程に入ってきているというふうに思われます。残念ですが、日本の金融業は完全に一周おくれをとったというふうなことを言わざるを得ないところまで彼我の差は広がってしまったのではないかというふうに考えております。  丸一周おくれてしまいますと、見かけ上は並んで走っているように見えるわけでありまして、何か欧米の金融機関も規模の拡大を意識して行動しているのではないかというふうな理解が持たれやすいわけです。しかしながら、欧米の場合はあくまでも機能の再編成ということを経た上での再統合でありまして、旧来の体制のまま規模の拡大を追求しているのとは全く違うわけであります。この点は誤解のないように確認する必要があるというふうに思っております。  すなわち、これまでの銀行あるいは証券、保険といった一つ一つのいわゆる業態というのは、特定の金融機能の組み合わせ、機能のセットであるというふうに理解することができると思うのですが、そうした従来型の機能の組み合わせというのでは経済の実態に合わなくなってきたということが八〇年以降の現実でありまして、従来の機能のセットでは実態に合わなくなるような変化が経済の側に起こってきたということであります。そのために、新たな実態に合うように機能の組み合わせを変更する必要が生じたというのが八〇年以降の現実であるというふうに考えております。  ところが、新たな機能の組み合わせを実現するためには、一たん古い機能の組み合わせを解きほぐす必要があるわけであります。新しい束をつくるためには昔の束を一たん解体する必要があるわけですね。そうした従来型の機能の組み合わせを解きほぐすような動きが実際金融の世界では起こっておりまして、御案内かと思いますが、そうした動きのことをアンバンドリングと言っております。バンドルというのは束であります。束をほぐすということで、アンバンドリングというふうに言っております。  米国では、八〇年代の後半から九〇年代の前半にかけまして、このアンバンドリング、旧来の機能の分解という動きが非常に大きく進みました。その結果、新たな機能の組み合わせを実現するような前提条件が整えられてきたと考えられるわけであります。そして、ここに来て起こっている再統合の動きは、そうした従来の機能のアンバンドリングの前進ということを前提にした上で起こってきた現象であるというふうに思われます。だから、再統合、ある意味ではりバンドリング、再びバンドルするということですが、リバンドリングが起こるためにはあくまでもアンバンドリングが先行しなければいけないわけであります。  ところが、我が国の場合には、その前提であるアンバンドリングが進行しないままの状態にとどまっているという意味で、先ほど、丸一周残念ながらおくれてしまったというふうに申し上げたわけであります。  ならば、我が国におきまして、そうした機能の分解、アンバンドリングが進んでいない大きな理由は何かというふうに考えますと、これは、やはり金融制度改革がおくれたことであるというふうに思います。  一九九二年に金融制度改革法が成立いたしまして、翌九三年から施行されておるわけですが、この金融制度改革法におきましては、銀行と証券の相互参入を新たに認める形にはなったわけですが、その際に、銀行が証券業務を行いたいのだったら証券会社を子会社としてつくりなさい、証券会社が銀行業務をやりたいのであれば銀行を子会社としてつくりなさい、ならば参入を認めましょうという形の改革になったわけであります。  このことは、ある意味では、銀行業務というのは銀行しか絶対やってはいけない仕事なんです、それから証券業務というのは証券会社しか絶対やってはいけない仕事なんですという意味で、旧来の業態といいますか、機能の組み合わせを改めて再確認したというふうな側面を持っているというふうにも解釈できるわけであります。  そういう意味では、九三年から施行されております金融制度改革法は、もちろん相互参入を認めたという意味では前進でありますが、その反面、旧来の業態の枠組みを再度打ち固めるような要素も持っていたという点では、明らかに限界があったというふうに考えておるわけであります。  このように、旧来の機能の組み合わせ、業態をある種絶対のものというふうにしている限りは、新たな経済の実情に合った新しい形の金融機能の組み合わせを実現することは到底かなわないという話になります。  そういう意味で、九二年の金融制度改革法というのはあくまでも第一次のステップであって、業態の枠を完全に取り払うような形の、より本格的な第二次の金融制度改革を実現することが必要であるというふうにかねてから私も主張してまいりました。ようやく一昨年の秋になりまして、こうした私自身の考えとも合致するような、抜本的な金融システムの改革という政策が政府方針として掲げられるに至り、私はその点は非常に喜んでおりまして、評価をしておるわけであります。この意味で、現在御審議中の金融システム改革関連法案につきましても、速やかに成立することを期待しております。  しかしながら、このことは、私が現状に十分満足しているということではないわけであります。冒頭に申し上げましたように、金融制度改革の加速化が生じていることは喜ばしいことではありますが、まだ欧米とのおくれを取り戻すというところまでは、残念ながらスピードアップは十分ではないというふうに考えておるわけであります。  我々は、金融システム改革に関しましては膨大な課題の積み残しを抱えてしまっておりまして、今回の金融システム改革関連法案は、そうした膨大な積み残しのうちの一部を片づけるものである。一部でも片づけられるものはさっさと片づけるべきでありまして、そういう意味では法案はぜひ成立させていただきたいわけですが、残された課題は大きいというふうに思っております。  そこで、あと少し時間があると思いますので、残された課題の主なものにつきまして触れて終わりにしたいと思います。二つ申し上げたいと思います。  一つは、御案内のように、破綻金融機関と不良債権の処理が今なお完了していないという問題であります。  破綻金融機関と不良債権の処理は、望ましい姿としては、本格的な金融制度改革に着手するに先立って処理されるべき事柄であります。ところが、そういうことを理由に、不良債権の処理が進んでいないのに金融制度改革をするのは時期尚早ではないかという見方があるわけですが、一昨年の十一月に金融システム改革の方針が打ち出されてから既に一年半が経過しておるわけでありますし、今般の法律の施行が予定されている時期を考えますと丸二年があるわけであります。丸二年という時間は、冒頭に申し上げました時間感覚からいうと非常に長い時間でありまして、この間に不良債権の処理ということが当然なされるべきであったというふうに私は思っております。  あるいは、初めて金融システム不安が表面化したのは一九九二年の夏でありますが、その時点から考えますと丸六年が経過しているわけでありまして、これだけの時間の経過を考えた場合に、まだ処理が済んでいないというのは不可抗力であるとは言いがたいわけでありまして、これは、必然的なものではなくて人為的なものであるというふうに考えざるを得ません。その意味では、現行の政策決定及び政策遂行の仕組みに深刻な欠陥が存在するのではないかというふうに懸念されざるを得ないわけでありまして、そうした欠陥を正す真摯な努力を関係各位の方々にぜひ切望したいというふうに思っております。  それから、処理が結果としてはまだ済んでいないということを理由に一金融システム改革のスケジュールをおくらせようという見解に対しましては、残念ながら、そうした余裕は我が国にはもうないというふうに主張したいと考えます。といいますのは、一例を挙げますと、ヨーロッパの統一通貨ユーロは、一九九九年一月、来年の一月に発足するわけであります。  したがって、本当に金融システム改革のスケジュールをおくらせたいなら、ヨーロッパの各国政府に対しまして、ユーロの発足を数年おくらせてほしいというふうに要望して了承を取りつけるということがなければ、我が国だけが金融システム改革のスピードをおくらせるということは、諸外国は、そうしたスピードダウンに伴った措置を必ずしもとってくれないわけですから、ユーロの発足に代表されるような、国際金融市場で起きている大きな変化を目の前にして、我が国は対応を怠ってしまうという結果にしかならないわけであります。  そういうことを考えますと、金融システム改革を進めるスピードというのは、進めたときの犠牲の大きさということも考慮しなければいけませんが、おくらせた場合の犠牲の大きさということも我々はやはり見落としてはいけない。問題がここまで追い詰められできますと、進めることにも、はっきり申し上げまして大きな犠牲が伴い、コストが伴うということはそのとおりだと思いますが、おくらせた場合のコストはさらに大きいのではないかというのが私の判断であります。  時間がなくなってしまいましたので、最後にもう一つだけ簡単に申し上げたいのですが、フリーにするということと並んでフェアを確保する、フリーとフェアを両立するということが今般の金融システム改革において非常に大切な課題であります。そのためには具体的にどういうことをすべきかというのは、多分、次の上村先生がおっしゃると思いますので、具体的な内容については、時間もありませんので省略させていただきますが、そうしたフリーな環境のもとでフェアな金融取引を実現するためにはコストがかかるということを、私は経済学者ですので申し上げておきたいと思います。  やはり、安普請では安普請のものしかできないということでありまして、コストがかかる。惜しむべきコストは惜しんでもいいわけですけれども、惜しむべきでないコストまで惜しむということは、我が国の将来を考えた場合に決して望ましいことではない。金融システム改革にはある種のコストがかかるということは、我々、覚悟しなければいけないと思いますが、そうしたコストは、惜しむべきではない必要な、我が国が、日本経済が次の発展段階に達するために必要な、不可欠なコストである。金融制度改革、立派な金融システムをつくるためにはそれなりのコスト負担が必要だと思いますが、それはぜひ負担していかなければいけない性格のものであろうということを申し上げて、終わりにしたいと思います。  どうもありがとうございました。(拍手)

村上誠一郎自由民主党

○村上委員長 どうもありがとうございました。  次に、上村参考人にお願いいたします。

上村達男早稲田大学法学部教授

○上村参考人 早稲田大学の上村と申します。  本日は、このような権威ある場所におきまして意見を述べる機会を与えていただきましたことを、大変光栄に存じております。  このたび内閣より提出されました金融システム改革関連法案等につきまして、私見を述べさせていただきます。文章にしてまいりましたので、基本的にはそれを読ませていただきます。  まず、結論から申しますと、私はこれらの法案に賛成いたします。  私は現在、新しい金融の流れに関する懇談会の委員でございまして、証券取引審議会の総合部会で参考人として意見を述べる機会を持たせていただきましたけれども、今回の法案に盛られました多彩な内容の詳細を十分把握できておりません。で、法案がどさっと送られてまいりまして、何といいましょうか、知恵熱が出るような状況でございます。  しかし、全体を通じましてこれら膨大な法案は、赤さびがついて身動きのとれない日本の金融制度、企業制度という巨体が、必死に健康体を取り戻そうとして模索をしている、そうした努力の姿を示すものとして積極的に評価すべきものと考えております。もとより、こうした努力がございましても、一朝一夕に目標を実現することは容易でございません。今回の改正を一つの大きなステップとしまして、さらに大きな課題を乗り越えていかなければならないように思います。問題は、そうした全体構想の中で今回の改正を正しく位置づけておくことではないかと存じます。  大変大げさなことを申すようで恐縮でございますが、日本が現在問われておりますのは、経済社会のルールそのものであるというふうに思います。  明治時代に日本は諸外国から、民法も刑法も商法もないような国とは対等につき合うわけにはいかないとされまして、それを受けまして、不平等条約撤廃のためにこうした基本法レベルでの法体系を急ごしらえで整備いたしました。  戦後は、ゼロからの再スタートを経済力強化一筋でやってまいりました。そして、その後経済大国となった日本は、今や、金融、産業、企業法のレベルでそこそこの水準を持たないと対等につき合うわけにはいかないと諸外国より迫られているという状況かと存じます。やはり、急ごしらえでこうした分野の法制を整備しなければならないというわけでございます。  かつての明治時代とは異なりまして、巨大な経済力を有しながらルールが備わっていないということは許されませんので、日本といたしましては、そうした条件整備を急速に行いながら、かつ経済活力を大きく発揮させていくという非常に困難なかじ取りを必要としているように思われます。  コストをかけて条件整備を強力に行うことは、経済活力を阻害するかに思われがちでございますが、これが不十分なままでは、いつまでもアクセルを思い切り踏めず、常に不祥事におびえながら、恐る恐る前進することしかできなくなります。  私は、明治時代の富国強兵、戦後の富国強財に対して、現在の課題は富国強法と呼んでおりますが、日本はこの厚い壁を乗り越えることのできる初めての非西欧国家たり得るか、失敗すれば後発国のグループに逆戻りとなりますが、成功すれば、後発国の容易に乗り越えられない大きな壁を乗り越えたことになります。日本は今、近代国家日本の仕上げができるか否かの分岐点にいると感じております。  ところで、金融ビッグバンの理念はフリー、フェア、グローバルと言われますが、要は、従来の行政介入型、あるいは変な言い方ですが、開明君主指導型の規制のあり方が限界に達し、市場メカニズムの長所を最大限に生かすためのルール中心型、そして司法活用型の規制原理に転換されようとしております。  透明性の高いルールに基づく自由な経済活動を可能とするためには、民法、商法、消費者保護法、手続法、司法制度等の法的な総合力が全体として問われることになります。金融・証券法制は、こうした強固な法的総合力に支えられて初めてその本来的機能を果たすことができます。金融法制を富士山の頂上の問題だといたしますと、そのすそ野が広大に広がっていなければならないわけであります。金融法は整備したが、すそ野がやせ細っているということでは、金融法自体が支えられません。  この点で、近時経済企画庁の国民生活審議会が提案しております金融のPL法とも言われる消費者契約法は、重要なすそ野を形成する法であると考えております。  こうしたことを特に強調しました上で、金融・証券法制自体のあり方との関係で本法案を評価したいと存じます。  私は、金融・証券法制は、取引の客体、業のあり方、市場のルールという三つの角度から評価することが可能であるというふうに考えております。前二者、つまり取引の客体と業のあり方はいずれも市場のルールに直結する問題でございます。そして、取引の客体と業のあり方に関する規制は可能な限り緩和し、そのかわり、市場のルールにかかわる規制はより充実強化するというのが原則であるというふうに考えます。  第一に、取引の客体たる金融商品を自由に設計、開発し、それに対応する市場を構想する自由が確保される必要があります。金融商品が周知性の高い普遍性のある商品であれば、市場を構成する投資家層は広範なものとなり、そうでなければ狭いものとなります。  金融システム改革法案のうち、証券取引法改正案では、取引客体である有価証券の定義を拡大し、これに投資信託の受益証券、会社型投信の投資証券、外国預託証券等を包摂し、特定目的会社法案上の対応証券を包摂することにしております。また、従来より極めて狭い概念であった有価証券市場概念を店頭市場等の相対型市場にまで拡張し、さらに店頭デリバティブ取引や私設取引システムについても正式な法的基盤が与えられようとしているわけでございます。  取引客体につきましてさらに理論上問題となりますのは、株券や社債のようにだれでも知っている金融商品とは異なりまして、さまざまな新商品になりますと、それがどのような仕組みの商品であるかわからない場合が多くなってまいります。そうした場合に備えて、取引ルールとして、説明義務や適合性原則を強調することはもとより当然でありますが、それ以前に、商品の仕組み自体について一定の規制を加え、あるいは仕組みのためのルールを明示することも必要となってまいります。  新商品と申しましても、何らかの価値ある資産等を素材としてさまざまな受け皿を用いてつくられるわけでございますから、とっぴな素材をとっぴなつくり方で加工するというようなことはそうはございませんので、そうした金融商品の仕組み法をあらかじめ整備しておくことは極めて重要なことでございます。  今回の法案では、証券投資信託法が改正され、投資信託という商品の仕組み法が著しく整備されることとなっております。特に、投信が特別の商品ではなく、金融法上の通常の取引客体として証券取引法上のディスクロージャー規制等が適用されること、投信をめぐる利益相反規制、不正行為規制が格段に改善されることは、当然とはいえ、評価されるべきことであります。また、特定目的会社法案は、証券化商品に関する仕組み法でございまして、新たな金融商品を開発する上で有力な手段が与えられたものと評価しております。  なお、金融商品を仕組む際には、さまざまな既存の法的素材を活用して仕組むことになりますが、そうした素材は、民法の組合であったり商法の匿名組合や株式会社であったりするわけでございます。しかし、既存の素材法では不十分な場合には、金融新商品にふさわしい素材法を用意することも必要となってまいります。良質な素材を巧みに仕組むことで良質な金融商品が可能となるのは、建築物や料理の場合と同様であります。  今回証券投資信託法案が投資信託という商品のための新たな素材として証券投資法人を、特定目的会社法案が証券化商品のために特定目的会社という新たな法的素材を認めようとしていることは、日本では従来なかった発想の導入でございまして、国内で新しい金融商品を開発していく上で重要な意義を有するものと考えます。  第二に、金融仲介業に関する規制でございますが、私見によりますと、金融仲介業者に課せられる規制は、個々の市場の性格に応じて異なるわけでございます。  個々の市場の性格は、最初に述べましたように、取り扱う商品の性格とそれに対応する市場の設計ないしプランに応じて異なってまいります。単なる民法や商法の私的な取引とは異なりまして、金融法上の金融仲介業者は、一対一の相対の取引でありましても、それは包括的な資本市場ないし金融市場の担い手として、公正な価格によって取引をする義務や個々の市場の状況を十分に熟知した上で、そうした市場の性格に応じ、かつ投資家層に応じて情報開示や説明等をなすべき高度の義務を負担しております。  そして、金融仲介業者がこうした市場の担い手としての責任を果たすことを前提に、それを除いた個々の業者の裁量や経営政策にゆだねられるべき部分に対する規制は、可能な限り撤廃すべきであります。要するに、市場の担い手としての自覚を有すべき業務と固有の裁量的業に関する規制とは、整然と区別されるべきであります。  今回の法案では、証券会社規制における免許制を原則として登録制にし、専業制を見直す等の対応がなされておりますが、これは従来の業者行政に対する批判を受けた措置として肯定できるものであります。これにより他業との兼営が広がりますので十分な行為規制が必要となりますが、市場間の相場操縦の規制やインサイダー取引規制の強化、フロントランニング規制の導入等の対応がなされております。  証券会社につきまして、法案は自己資本比率規制を一二〇%を下回らないこととし、一二〇%を下回った場合、一〇〇%を下回った場合というぐあいに早期是正措置を用意しております。また、証券会社の業務財産状況等に関する説明書類の開示、公衆縦覧及び自己資本比率記載書面の年四回の開示、公衆縦覧を定めております。証券会社として何をすべきかを定めることが大切であるのは当然ですが、証券会社として存続させること自体を問題にする、こうした対応は極めて重要なものでございます。  したがいまして、こうした発想の延長といたしまして、顧客財産の分別管理と投資者保護基金の制度が整備されようとしておりますことも極めて重要な改正でございます。顧客財産の分別管理はまさに投資者の資産保護の実質を有するものでございますが、投資者保護基金の方は補償金額の上限を定めるものであるだけに、投資者にとっては厳しい制度でございます。預金取引は銀行による信用創造を前提としておりますので、顧客の現金をそのまま保管するという発想はございませんが、証券取引はそういう発想が妥当する領域でございますので、両者を全く同じに扱えるかについては議論の余地がないわけではないように思われますが、他方で預金者保護との均衡論にも一理あるわけでございます。  私といたしましては、分別管理の実施状況の検査等の徹底及び早期是正措置の厳格な運用を特に要望いたしたいというふうに存じております。  第三に、市場のルールに関する制度は特に充実強化されるべきであります。  バブルを容易に生むような市場を持つことによる被害者は国民全部であり、市場は国民全体の公共財でございます。証券・金融法制上の犯罪は昨年の臨時国会での改正により著しく重いものとなりましたが、これもこうした犯罪が公共財としての証券・金融市場を何らかの形でむしばむものと認識されてきたことによると思われます。  法案では、相場操縦につきまして、利益目的の相場操縦の罰金を法人でなくても三千万円以下とし、さらに市場問にまたがる相場操縦を違法とする規定が明定されることになっております。こうした発想はこれからの証券・金融市場規制を行っていく上で非常に重要なことでございます。これに対応いたしまして、さらにアメリカに倣い、市場間不正監視システムの充実、ひいては外国市場間不正取引監視システムへの参加も当面の課題になるものと考えます。  インサイダー取引につきましても、子会社重要情報を重要事実としたこと、情報受領者が属する法人の他の役員をも情報受領者としたこと、インサイダー取引を含む不公正取引によって得た利益の没収、追徴規定が設けられたこと等の重要な改正が含まれております。  以上、申してまいりましたように、今回提出されました法案はいずれもこれからの日本の経済社会の基本をなす重要なものでございます。しかし、これらの法案の内容の多くは既に他国において実現を見ているものでございまして、ようやく制度的条件が追いつこうとしているというのが正直なところかと存じます。中には、むしろ遅きに失したかに見えるものもございますが、他方でこれだけの法案を官僚批判のさなかにつくり上げた努力を率直に評価したいと考えております。  ところで、初めに申しましたように、金融法制が機能するためには、民法、商法、消費者保護法、司法制度等に係る法制がともに整備され、現実に機能することが必須の条件でございます。そして、その目標は容易に実現されるものではございません。そうした条件が整備されるまでの間に、多くの一般国民が被害を受けることのないように、さきに述べました消費者契約法の早期の実現を期するべきかと存じます。  私見によりますと、金融法制につきましても、本来、理論的には、証券取引法の基本概念や基本的な体系の根本にまでさかのぼる十分な検討を行い、その上で新たな金融システム改革法制や包括的、横断的法制を構想することが望ましいと考えますが、今回の法案も、恐らくは現在検討中である金融サービス法的な横断的法制も、現在の証取法上の概念や体系を前提にした作業という宿命を負わざるを得ません。その意味では、私見によりますと、今回の法案はこれからの根本的な制度改革の重要な一里塚であり、さらに証取法の全面根本改正を視野に置いた作業が精力的になされるべきではないかと考えております。  以上で私の意見を終わらせていただきます。ありがとうございました。(拍手)

村上誠一郎自由民主党

○村上委員長 どうもありがとうございました。  以上で参考人の皆様方の御意見の開陳は終わりました。     ―――――――――――――

村上誠一郎自由民主党

○村上委員長 これより参考人に対する質疑を行います。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。日野市朗君。

日野市朗民主党

○日野委員 諸先生には本当にきょうは貴重な御意見をお聞かせいただいて、ありがとうございました。私はいつもは散漫に聞くのでありますが、きょうは非常に耳を傾けさせていただきました。非常にすばらしい御意見で、きょうの四人の先生方の御意見というのは、これは宝の山だなという感想を持ちながら伺っていたわけでございます。決してお世辞ではなく、非常にすぐれた御見識をいただきました。ありがとうございます。  そこで、私、それでもなおかつ幾つかの問題意識を持ちながら拝聴しまして、若干の質問をしてまいりたいと思います。  まず最初に蝋山先生に伺いたいと思いますが、先生は経済学者としてもう著名な方でございますから、経済学の世界でずっと生きてこられた。それに反して、私はむしろ、どちらかというと余り経済学的ではない生き方をいささかしておるかな、こう思っておるのでございますが、先生は、金融改革について、理念主導型、危機回避型、二つにぱっと分けられるわけですね。どうも私にはもっと別の領域もあるような感じがしてならないのです。  私、この間、ある本を読んでおりましたら、おもしろいことを言っておりました。アメリカのマネーの革命ですね。それで、もうもうと立ち込めるほこりがさつと晴れてみたら、思いもかけないところに自分が立っていたことにアメリカの国民は驚くのではないか、こういうような言い方をしておりましたですね。  確かにアメリカの国民にとっても、一つは勤勉、それから倹約、そして生産の喜び、こういつたものが一つの美徳であったわけでございますね。日本においても、より強い程度でそういうものが一つの美徳になっているんだと思うのです。恐らく、生産をしてそこに喜びを感じている人たちからすると、いわばマネーゲームというようなもの、これについてはかなりの違和感を持っているのではなかろうかというふうに思うわけですね。そうすると、自己責任の原則でございます、競争の原理でございます、マーケットのメカニズムでございます、こういう形でどんどん物事を切っていく、自分たちの生活が規制されていくということに対してはかなりの違和感を感ずる向きもあるのではないか、こんなふうに思います。先生、どうお考えになりますか。

蝋山昌一高岡短期大学長

○蝋山参考人 私は、バブルのさなかに、日本経済新聞の「経済教室」という欄でこういうことを書いたことがあります。朝起きてみて、まずコンピューターをあけ、ニューヨークの株価が幾らかということを調べて、それをもとに判断をして、取引の証券会社に電話をかけて、きょうのポートフォリオの新しい指令を出す。ああ疲れたと。満員電車に揺られて、気がついてみたら駅で、駅そばをかき込んで会社にたどり着く。こういう世界が、ビッグバン後のといいますか、日々の普通の生活者の中にしみ込んできたら、これは非常にまずいだろうというふうに思います一こういうことを書きました。  日野委員のおっしゃる点、私は、全面的ではありませんけれども、相当な部分、合意いたします。いわばプロの世界とアマの世界というものが相当、これまで以上に区別されるのではないか。逆に言いますと、日野委員の御懸念の世界はまさにプロの世界でありまして、普通の生活者がアマチュアとしてマネーゲームの中に飛び込まなければいけないような事態になってはならないというふうに思います。  生活者は日々のそれぞれの生活の中で、自分の利点というものがあるわけでありまして、比較優位というのがあるわけでありまして、マネーゲームは恐らく領域外だろう。しかし、安心して自分の貯蓄は預けることができる、そういうプロフェッショナルが登場して、そして、プロの世界では厳しい切磋琢磨が行われ、まさに新しい世界が開けていく。そういうアマとプロがあいまいなまま今日の日本が来ておるという点に、私は問題があるのではないだろうかというふうに思います。  そういう点では日野委員の御懸念はよくわかるわけでありますけれども、しかし、その御懸念を払拭するためにも、私は、今回のようなビッグバンを経験し、プロフェッショナルはプロフェッショナルの、そしてアマチュアはアマチュアの、それぞれの得意な世界を生かしていくような、そういう社会というものを私は頭の中に描いております。  以上です。

日野市朗民主党

○日野委員 先生おっしゃることは私もよく理解しているつもりでありますし、それと関連して、これは規制とか監督という部分と密接につながってくる問題であろうと思います。  私は、先生がおっしゃったアマとプロのところを分けるということは非常に必要だと思いますからこういうことをやったので、どうも先生のお答えの方が先走ってしまわれたかのような感が若干いたしますが、では、アマとプロの境目ということを先生がせっかくおっしゃいましたので、その点についてちょっと御意見を伺わせていただきたい。  これはやはり、それはアマとプロは違います。そして、アマチュアが自分たちのお金を平穏でいいからちゃんと預かっておいてくださいよという世界があることも事実でございますね。そして、そういう性向が、日本の場合はアメリカ、ヨーロッパより強いだろうと私は見ているわけですが、ここでは余りどっちが強いなんという詳しい議論をするつもりは全くありません。  問題は、金融機関に対する監督の方法というものがどのようにあるべきかという問題とのかかわりというのが非常に重大だと私は思います。  私、こうやって見ておりまして、日本の監督機構、これは金融監督庁、これができたことはもう既に周知のところでございますが、問題は、その監督の哲学というもの、これがどのようなものであるかということが非常に大事なポイントであろうというふうに思います。もちろん、その監督をする、規制をする、そのクラリティーというようなものがこれは当然必要ですし、フェアであり、フリーであり、グローバルなといういろいろな観点が必要だと思うのですが、私はこの監督の哲学について、これは先ほどは池尾先生でしたかな、おっしゃったように、業態別に日本は物事を発想していくわけでございますよ。しかし、この業態の垣根というのはいつか取り払われる、これはもう当然の流れでありますね。そういうときに、監督をする者の立場というものは何を基準に、どのような点にウエートを置いて監督をしていくかということが一つ大事なポイントであろうと思うのです。  それで、私は、監督をするに当たっては、銀行であれ、証券であれ、保険であれ、やがて融合化していく、その中で、ホールセールとリテール、それから国内業務と国際業務、こういうところにあっては監督の基準が違ってしかるべきではなかろうか。むしろ、そこのところはきちっと基準を違えて、アマとプロ、それぞれの顧客を対象とした金融機関の監督、規制の基準というものはそういうふうなものであるべきではないか、こう思っておりますが、いかがでしょうか。

蝋山昌一高岡短期大学長

○蝋山参考人 私の考え方を申し上げます。  まず、監督の哲学ということでありますが、私は、非常にたくさんの投資家、たくさんの金融を利用し、資金を調達する企業、あるいはさまざまな公共団体、そうした非常にたくさんの金融を利用するエンドユーザー、最終利用者のいわばまとめの代理人として監督は常に金融の専門家を律する、これが基本的な考え方ではないかというふうに思います。後ろにたくさんの方がおられますが、従来の監督の考えは、どうしても行政側として業者を念頭に置いてしまうということは、私は行き過ぎた面が多々あったのではないかというふうに思います。それは、基本的な考え方であります。  そして、具体的に考えたときに、日野委員のおっしゃるホールセールとリテール、そしてインターナショナルとドメスチックというのは、大変参考になる考え方だろうというふうに思います。どこできっちりと線を引くかということは難しいわけですが、しかし、リテール、ドメスチックというのはまさに多数の日本の国民の代理人として行政が行動するということであり、その上に立って、全体の秩序がうまく機能するように、ホールセールとグローバルな視点で国際的な協調を保ちながら全体のシステムを管理監督する、こういうような構造になっていくのではないだろうかというふうに思います。  そういう点では日野委員の御指摘の点、私は相当多くの面に耳を傾けたく思います。  以上です。     〔委員長退席、浜田(靖)委員長代理着席〕

日野市朗民主党

○日野委員 それから、証券会社と一口に言っても、これは、私は日本の証券会社は決して怠慢というふうには言いたくはないと思います。それぞれの努力はしておられることはよくわかるのですね。特に外国に展開しておられる証券会社のやっておられる努力というのは、非常に貴重なものがあると私は思っておりました。特に山一なんかがかなりいろいろ先駆的な努力を外国でしていたのが、あれが倒産してはちょっと、あの連中のやっていた仕事を見ていて気の毒だなと思う点もございます。特にメリルリンチがどんとあそこの中に入り込んでいろいろうまいところを、クリームをスキムしていくような、うまいことやったなと思ってちょっと残念に思っているのです。  ただ、証券会社と一言で言っても、アメリカなんか見ますと、インベストメントバンクがありますし、ブローカレッジハウスがあり、それからワイヤハウスと言われる一部があり、さらにディスカウントブローカーですね、こういった人たちがいたり、まさに多様な業務展開でございますね。日本の証券会社は、その点からいうと、今までは、株価が上がったり下がったりするよりは、出来高で手数料の方に関心があったような趣もあったり、こういうような多面的な展開というものが今度の法改正で十分にできるのかなと思うと、私は若干の疑問があります。  やはり、さっきどなたかがおっしゃった業態別の横並び意識というものは、いまだに私はこれは証券会社の中で払拭し切れていないのではないか。これは銀行も同じです。保険も同じかもしれない。しかし特に、これから証券会社なんというのは直接金融をてこにしながら多面的な展開が要請されているところで、一番ここが気になるのです。今私はアメリカの例を挙げたわけですが、これはヨーロッパなんかに行きますとカゼノブですか、そういった本当に投資顧問のような非常に多面的に展開をする、そういった業態の激しい活性化が今度の法改正で可能と思われるかどうか。もし可能でないとすれば、どういつだエレメントがほかに必要であるか。  この点は、蝋山先生それから池尾先生にも御意見をお聞かせいただければというふうに思います。特に池尾先生は情報通信と金融との関連ということについてお詳しいので、お二人から例えればと思います。

蝋山昌一高岡短期大学長

○蝋山参考人 証券会社という言葉を英語に訳すときに、非常に苦労するわけです。ぴったりの言葉がなかなかありません。直訳すればセキュリティーズファームとかそういうことになるわけですけれども、なかなかそのイメージを、日本のことを知っている方であればアメリカの方、イギリスの方、理解していただけますが、普通の方にはなかなかイメージとしてわかないわけであります。日本の証券会社は、平たく言えば株式仲介業でありまして、委託売買仲介業でありまして、本当の意味での証券市場を仲介する証券会社ではなかったというふうに思います。  と同時に、証券市場は非常に限定されたものでありましたから、そうせざるを得なかったという環境、制度的な条件というのはあったのではないかというふうに思いますが、これからは違います。皆がいわゆる総合証券会社といっても、実は日本の総合証券会社は必ずしも総合ではなかったわけでありまして、もっともっと多様な、まさに市場をつくり出し、市場と運命をともにする、さまざまな市場仲介サービスを提供する、そういう責務を負っているというふうに思います。  今回の金融システム改革関連の一連の法案がそうした状況に持っていくために十分かという御質問でありましたけれども、私は、必要だというふうに思います、必要ですが、十分かどうかはわかりません。これは、証券会社それぞれの、そしてまた、今後、証券市場の仲介業務に関心を持つさまざまな新しい参入がどうであるかということによるわけでありまして、そういう民間の行為というものを何か我々が法律やなんかで支配するわけにはいきませんから、私は必要条件だというふうに思います、しかし十分条件であるかどうかは今後の推移を見なければならない。  日野委員も今お考えのような、多様な証券市場を仲介する多様な証券会社をつくっていく、そういう姿を実現させるためには、私は、この一連の改革は不可欠である、必要であるというふうに思います。これがなければそういう姿には持っていけないというふうに思います。しかし、これがあったからそうなるかというと、これは現実に対する予測が入るわけであります。私個人としては、そうなるだろうというふうに思います。  というのは、もう既に、まだ法律ができる前から、新しい参入というものが他業から幾つか報道されているわけであります。また、他国から国境を越えて新しいサービスを提供しようという試みがもう既になされつつあるわけでありまして、そういう新規参入というものに私は大いに期待したい。そういうことによって、結果的に日野委員もお考えのような姿が実現する可能性が高いというふうに思っています。しかし、いずれもそれはそうした新規参入者のこれからのいわば新しい商売の展開というところによるわけでありまして、それを一〇〇%確実に予測をするということは大変難しいことではないかというふうに思います。  最後に一言だけ申し上げますと、これは私は、他の金融サービス業務についても基本的にとられてしかるべき考え方だろうというふうに思います。新しい参入を他業からも、あるいは他国からも受け入れる、そういう方向というものは、単に証券業に限らず、証券業が率先して範となすべきでありますけれども、これからいろいろなすべての金融サービス業にとって基本的に考えてしかるべきではないかというふうに考えております。  以上です。

池尾和人慶應義塾大学経済学部教授

○池尾参考人 私の意見も、基本的には蝋山先生が今おっしゃいましたことと共通点が非常に多いと思います。  それで、制度改革というのは、どこまでやりましても、やはり舞台を整えるといいますか、グラウンドを整備するということでありまして、十分な制度改革をやってグラウンドを整備すればいいプレーが見られるようになるかというのは、これは必要条件であって、やはり十分条件とは言えない。幾らいいグラウンドが整備されても、プレーヤーがしっかりしていなければおもしろいプレーは見られないという問題はあると思うわけです。  ただ、グラウンドが未整備で石だらけであれば、どんないいプレーヤーであってもちゃんとしたプレーはできないという意味でグラウンド整備は非常に必要であり、金融制度改革は必要なわけです。基本的には、プレーヤー、この場合は日本の金融産業のさまざまな担い手、この担い手は、既存の金融機関、証券会社、保険会社といった担い手もいるわけですが、今蝋山先生もおっしゃいましたが、より重要なのは、新規に参入してくるであろう潜在的な担い手ですね。その潜在的な担い手の資質、及びその潜在的な担い手が現実に参入してくることによって既存の担い手に与える刺激といいますか、競争圧力といいますか、そうしたものこそが、立派なプレーを展開するという状況が実現されるための基本的な原動力であるというふうに考えておりますので、さまざまな形で起ころうとしている参入の動きについて、それをいささかでもやはり抑制するようなスタンスはとらないということです。既存の日本の金融機関がそうした新規参入によって困難に陥るというふうな状況も十分予想されるわけですが、たとえそうした困難な状況が出現したとしても、それによって参入の動きに少し制御をかけるというふうな対応をとらないということこそが重要ではないかというふうに思っております。

日野市朗民主党

○日野委員 市場をグラウンドに例えれば、その上でプレーをするのはまさにプレーヤーでありますね。そのプレーヤーですが、これは、私今、日本におけるプレーヤー、日本における金融機関、一言で金融機関と総まとめで言うことにいたしましょう、ここにも若干の戸惑いはあるんだと私は思います。  それは、今までの護送船団方式と言われた中で安眠をむさぼってきた、海外要因に目を転じればいろいろな動きが荒々しく動いているにもかかわらず眠りこけてきたようなところがあったんだろうとは思いますが、同時に、海外におけるそういった金融改革の動き、革命と言ってもいいでしょうか、金融革命の動きというものは、これはそれぞれにその必要性があって展開をされてきたということも争えない事実であります。  特に、ロンドンとニューヨークというような関係で、対抗関係にあって、お互いに神経質にお互いを見合っているという点などもあったでしょうし、それから、アメリカの経済がかなりひどく落ち込んだ時代に、特に社会保障、自分たちの年金はどうなるんだというような、あれは一九八二年かそこいらだったと思いますが、二千ドルまでは年金資金を自分たちで投資に使ってもいいよという、議会でそういう処置を決めましたね。それから、自分たちの金で自由に、自分たちの責任においてということはもちろんついて回るわけですが、自分たちが自由にそれを運用していってできるだけ自分たちのパイの分け前を多くしょうという動きが出ていく。  それから、九〇年代になってからは、四〇一Kプランが大流行していくという形になって、そういった非常に強気の株、強気の経済に対する見方、こういったものがどんどん押し上げてきたことは間違いないと思うんですね。金融革命を推し進める圧力になったことは間違いないと思う。日本にはそれがないんですね。  今私たちは、社会保障の問題についてはアメリカと同じような悩みを抱え、年金問題について抱え、それからいろいろな競争なども見ているわけですが、横並び体質という体質がどうにもこれは、こんなに金融危機と言われる中にあって、銀行も証券会社も、自分たちがもっと荒々しくマーケットの中に出ていって何かやってこようよというファイティングスピリットみたいなものがどうにも感じられない。これは非常に私は残念だと思っているんですね。  例えば銀行などでも、貸し渋り、貸し渋りで外国の銀行が中小企業に少し高い金利でも金を貸して自分たちのマーケットを広げているなんということを見ますと、やがて日本の銀行なんというのは、本当に、リテーラーになって、地方の今信用金庫や何かがやっているような業務に自分たちの業務を展開しなければならないかもしれない。にもかかわらず、自分たちのお客さんたちがどんどんいなくなるのをお互いに横並びで手をこまねいて見ている。こういう態度というのは私は非常に残念だなと思っているのでございますが、蝋山先生、このプレーヤーをもう少し、もっと戦えというところまで持っていかせるためにはどうしたらいいか、その知恵をひとつお聞かせください。それから諸先生、私はこういうアイデアがあるという先生方がおいでになったら、それをお聞かせください。

蝋山昌一高岡短期大学長

○蝋山参考人 今、日野委員は、年金の運用の問題から、プレーヤーあるいは日本の金融サービスの提供を業とする専門家のあり方についてコメント、御意見を申されたわけでありますけれども、日本にもそういう芽はあったわけであります。例えば、大量の国債が発行されました。そのときに、証券会社そして証券投資信託委託会社が中心となって中期国債ファンドというものをつくりました。当初は、それぞれの証券会社、委託会社の商品によって金利に差があったわけであります。いわば腕の差を投資家に訴えることができたわけでありますけれども、いつの間にか、定期預金のように予想配当率は皆どこの会社の中期国債ファンドをとっても同じになってしまった。いわば銀行との競争の中で横並びの結果になってしまったわけですね。  アメリカの場合には、一九七〇年代末の高インフレ、高金利の時代に、マネーマーケットにミューチュアルファンドといったものが預金との競合商品として登場して、そしていわば預金を圧倒する状況をつくり上げ、後の委員のおっしゃる金融革命の大きな引き金になったわけです。そういうことを通して、投資信託というものに対する国民の信頼感が増し、また、その信頼にこたえる運用力というものを広い意味での証券会社が資産運用業として技術を蓄えるようになった。そういうものが好循環となって今の投信に支えられたアメリカの金融のいわば活況というものをつくり上げていっているわけですね。  日本でもそういうチャンスがあったんですけれども、残念ながら、そのチャンスの芽はつぶれてしまったというふうに私は思います。しかし、今からでも遅くない。そういう道をたどらなければいけない。まずは具体的な事実から市場への国民の信頼感というものを獲得するということだろうというふうに私は思います。現在、投資信託を見てみますと外国系の投資信託が比較的よく売れているということは、そういうことの萌芽ではないだろうか。ともかく、まず国民が市場を信頼する、市場で資金を運用してもらうということに対してなれてくるというところからきっかけが始まるのではないかというふうに思っております。  そして、それを前提として物事が進む中で、私は、日野委員の、いわばマーケットのプレーヤーの活力というものをどう取り戻すか。私は、基本的に競争しかないだろうというふうに思います。  そして、山一証券の例について日野委員がややノスタルジックな御発言をされましたけれども、私は、銀行と違って証券会社の場合、基本的にそれを支えるのは人であります。組織ではないというふうに思います。基本的にはですよ。ですから、組織はつぶれるかもしれないけれども人は残るという形で今後の事態が進んでいくのではないだろうか。ですから、名前が惜しいからといってそうした競争のプロセスというものに対して一定の介入、関与があってはならないと。特に証券会社の場合は必要だというふうに思います。  もちろん、投資補償基金のような、現在の寄託補償基金のような投資家に迷惑をかけない制度を完備するということは別の問題としてありますけれども、基本的には、そうした組織ではなくて人というものを大事にするようなそういう経営が行われ、環境が整っていくということが必要であるというふうに思います。それをもとにした競争、これが一番大事なんじゃないんでしょうか。

日野市朗民主党

○日野委員 今、人の問題が出ました。私も全くそのとおりだというふうに思います。  池尾先生、今の話、やりとりを聞いておられたと思うんですが、いかに人をきちんとつくり上げていくかということが大変な課題でございますね。日本の証券会社の海外支店なんかでよく聞くのは、向こうで人を雇う、自分たちよりもはるかに高い給料をもらってあの連中は仕事をしているんだ、あの連中は本当のプロだというような話をよく聞くんですが、日本でも、もっと高等教育の中でこういういろいろなファンドマネージがやれるような、それから、いろいろな新しい商品をどんどん開拓できるような、そういった金融関係のプロと言われるような人をどんどん教育していく必要があるのではないかと私は思うんですね。  特に、これからの金融業界というのはハイテクと切り離しては考えられないと思うんですね。例えばソロモン・ブラザーズですか、あんなところは二千五百億ドルの株式の取引、これを五十二種類の通貨で行う。私なんか考えてみるとちょっと気の遠くなるような話ですが、こんなことは初歩の初歩なんですよ。問題は、いかにデリバティブや何かで自分自身が的確に判断をしていくか、そういうことも必要だろうし、どういうニーズがあって、それをどういうふうに吸収していくか、それをどう商品化していくかというような、いろいろなハイテクを行使しての仕事というのはこれからの金融の非常に重要な部分になってくるというふうに私は思います。  それで、それにしても気になるのは、教育システムがそれに対応できるようになっているかどうか。例えば、では工学部はどうかといえば、それはハードのところばかり一生懸命やっているわけですよ。それから、では経済学部はどうかといえば、そんなこととんと頭になくて、ケインズ理論がどうの、もうマルクスはやっていないと思いますが、いろいろな話をやっているわけですね。どうやったらこういう人材を教育できるのか。ひとつ池尾先生、見識をお示しいただければ。先生のところにそういう学部を置いてもいいんじゃないか、こう思うのですが。

池尾和人慶應義塾大学経済学部教授

○池尾参考人 大学に籍を置く者として大変責任を感じざるを得ない問題を御質問いただきました。  確かに、現状の日本の大学教育が、現在の金融産業を担う人材を供給するという観点から見たときに十分な体制をとり得ているかということになりますと、残念ながら、そうした体制は今なお確立していないと言わざるを得ないと思うんです。そういう意味では、私も含めまして大学人がそうした点について努力をしていく必要性ということは、御指摘どおり非常に大きいというふうに思っております。  ただ、少し言いわけになりますが、申し上げたい点がありまして、それは、需要というのが供給をつくり出すんだという側面がございます。五年、十年前でありますと、例えば日本の証券会社がどういう採用の仕方をしていたかということを考えますと、大学での学業成績はほとんど問わない、運動部で活躍していて体力があるとか、そういう学生をむしろ積極的に採用するというふうな傾向があったわけでありますね。それは、当時の金融業、証券業のあり方からするとある意味では当然のことでありまして、というのは、手数料が規制され、固定化されており、商品についても規制があるということになりますと、商品の内容とか価格で競争する余地はないわけでありますから、どこで競争するかといいますと、足しげく顧客のところに通って説得をするとか、そういう形の競争の形態しかないわけですね。そうすると、そういう形態の競争に勝てる人材というと、体力の強い、根気のある学生というふうなことになるわけです。  ところが、今後金融システム改革が進み、手数料が自由化され、さまざまな金融商品の価格について自由化されていけば、価格で競争できるわけですし、それから、これからはどういう商品サービスを出すかということにおいて競争できるわけですね。そういたしますと、顧客のところに十遍通っても昔ながらの商品しか提供できない会社よりも、顧客のところには一回しか行かない、あるいは電話でしか連絡をとらないかもしれないけれども、もっとすばらしい内容のサービス・商品を供給できる企業の方が競争上優位に立つという可能性が出てくるわけであります。  そういたしますと、まさに、新しいサービス・商品を考えつくような想像力のある学生というふうなものを金融関係の企業自身が欲するようになるということになります。そうしますと、大学に対してそういうプレッシャーがかかるわけでありまして、大学もそういう面での競争圧力に今後さらされる可能性があります。そうしますと、我々努力をせざるを得ない。競争がないと努力はいたしません。大学も、やはりそういう面で競争にさらされるような状況に今後なると思います。  慶応大学は、湘南藤沢キャンパスの方にディーリングルームを設置したりいたしまして、そうした教育への取り組みは進めております。私の所属しております経済学部ではようやくファイナンス論入門というような講義を始めた程度でありまして、少し心細いことは確かでありますが、今後努力してまいりたいと思っております。    〔浜田(靖)委員長代理退席、委員長着席〕

日野市朗民主党

○日野委員 宝の山、先生方の御意見の開陳をさっきそう評したんですが、時間の方は宝の山を掘り崩すほどございませんで、もう本当に時間がなくなりました。  私、日本の金融機関、少し粗っぽい言い方をしますが、これからの生き残りは、もう本当に細かいところでリテール業務をしこしことやっていく、それか、もう一つは、海外の金融機関と大胆に業務を提携する、合併もする、そういうことでやはりスケールを大きくしてこの競争に取り組んでいかなければならないと思うんですが、そういう点でも非常に不安は残ります。そうやって海外と提携をするにしても、やはり言葉の壁というのは非常に大きなものではないかなと思います。  私、この間、ある方からある興味深い話を聞きました。フランスの金融マンたちが日本でたまたま集まって金融問題について議論をする機会があったのだそうです。全部フランス人だそうです、日本人も入っていたのだそうですが。そうしたら、そこで使われた言葉は英語だったというのです。もはや英語が既にデファクトスタンダードになってしまっているわけですね。シティーであれだけの大変革があって、労働者がみんな今までのマーチャントバンクあたりからどんどん放出されていったわけですが、その人たちはちゃんと別のところに仕事を確保できた。それはやはり英語国であったから可能だったのじゃないかなというような感じも私するわけであります。  そんなことで、私も非常におそれを持ちながらこのビッグバンにアプローチをしているのが、私の実は率直な感想であります。恐らく大蔵省あたりもそんなことじゃないかなと思いながら、しかし今ここで、二〇〇一年にビッグバンを完成させるというか、なし遂げる、こう言ったわけですが、その土台になっている、そのベースになっているモデルというのは、大体一番近いところでも一九九七年ごろの欧米のモデルが今使われようとしているのだと思うのです。そうすると、どんどん時代の方が先に行って、二〇〇一年になったら、もうとっくにそんなものは使い古したぞうきんでございますよというようなことになりかねない。私はこういうことを非常に危惧しておりますし、また一般の、このごろ一般投資家という言葉がはやってしまっているのですが、私は投資家じゃないよという国民は随分いるのだろうと思うのですよ。しかし、それにもかかわらず、大きな流れというものは食いとめることはできないのだろうと思う。  一九七五年にアメリカでは、個人の金融資産というのは七五%が銀行預金です。現在は銀行預金は二五%であって、ほかは全部ミューチュアルファンドの方に移行してしまっているわけですね。ここでも大きな流れがどんどん進行している。そして、進行していくということを考えなくてはいかぬのだろうと私は思うのですね。  ですから、このビッグバン、どうもこっちの演説で終わってしまいそうで、先生方にお聞きしたいことが、では先生方にも聞いていただく演説としてはお粗末な演説ですが、させていただきますが、これからの資金調達というのは、今までの間接金融から直接金融の方にどんどん移っていくだろうと思いますね。そして、投資家にはよりよい商品を提供をする、それから企業の側には、多様であり、かつコストの低い資金調達の方法を提供していく。そうやることが資金の効率的な配分ができることになって、経済全体に大きな貢献をすることになるのだろう、こう思うのです。  ただ、その個々の局面を見ればいろいろな痛みを伴うわけでありまして一その痛みをどのように解決をしていくかという問題が、我々にとってこれから将来大きな課題になるだろうというふうに思います。今度の法案についても、幾つかの投資家に対する救済措置みたいなことは準備をされているのですが、私は、そのようなあり方がいいのか悪いのかということについても、若干の疑問を持ったりなんかしているわけで、これからも先生方からいろいろ御教示を賜れる機会が得られればというふうに思っております。  どうも時間が来てしまいまして、先生方にいろいろもっともっと聞きたいことがありますが、こっちの演説が少し長くなったことをおわびして、私の質問という形にしたいと思います。ありがとうございました。

村上誠一郎自由民主党

○村上委員長 次に、石井啓一君。

石井啓一平和・改革

○石井(啓)委員 平和・改革の石井啓一でございます。  きょうは、先生方、大変お忙しいところお越しをいただきまして、まことにありがとうございます。  まず私は、四先生それぞれに、投資者保護の観点から御質問を申し上げたいと存じます。  昨年六月の証券取引審議会の報告書あるいは金融制度調査会の答申におきましても、今後の新しい金融商品・サービスに対しまして「整合的な規制を行う新しい法的な枠組み(いわゆる金融サービス法)を検討すべきである」との指摘がなされ、その上で新しい金融の流れに関する懇談会が今開かれている、こういうふうに承知をしております。お聞きいたしたいのは、今の法体系あるいは今回の改正の体系において、こういった新しい金融商品・サービスに対して、この投資者保護という観点からどういう課題があるのか、そしてその新しい金融法制、いわゆる金融サービス法というのはどういう考え方が柱といいますかポイントになるのか、なるべきなのか、こういった点につきまして四人の先生それぞれお答えを伺いたいと存じます。

蝋山昌一高岡短期大学長

○蝋山参考人 今委員の御指摘の新しい金融の流れに関する懇談会の座長をしておりますので、まず私からお答えさせていただきます。  今回上程されておりますさまざまな金融システム改革関連の法律というのは、従来の証券取引法、銀行法、そういう枠組みの、いわば部品は磨きますけれども部品の組み立て方はそのままという形で、全体の金融システムを支える法制、これを全体としてよくしていこう、こういうことになっているわけであります。  しかし、やはり金融は、特に投資家あるいは預金者、資産を運用する側、資金を調達する側から見れば、これはそれぞれ共通の性格を持っている。運用する側は、できるだけ少ないリスクで大きな収益を稼ぎたい。できるだけ安い資金コストで資金を調達したい。そういう観点から見れば、エンドユーザーの観点から見れば、それぞれのこの法律がどうであるか、どの業がどうであるかということは余り関係ないわけですね。  したがいまして、従来の日本の成長戦略として、いわゆる専門金融機関制度という形で業態の壁をがっちり厚くして、それをうまく運用することで経済を発展させてきたわけでありますけれども、今のように成熟した日本経済においては、改めてそうした金融の本来的なサービスをエンドユーザーの観点から問い直すというシステム構築をしていかなければならないというふうに思います。  そういう点で、証券市場が発端となって、嚆矢となって、だれでも参加でき、だれでも仲介者として一定の条件さえ認めれば参入できる証券市場、証券市場システムというのをつくっていくわけでありますけれども、恐らくそれぞれ固有の領域というものが固有の問題を抱えている。しかし、投資家の観点から見れば共通である。結局必要なことは、そういう共通なところを取り上げ、横断的ないわば金融取引のルール、金融サービスを提供する者が守るべき共通のルールというものを将来はつくっていかなければならないのではないだろうかというふうに考えております。そういう点で、横断的、包括的な金融に関するルールづくりというものがどうあるべきか、新しい金融の流れに関する懇談会では勉強をしている最中であります。  ただ、御承知だろうとは思いますけれども、金融に関する、いわばそれを所管する省庁というのは膨大な数になっているわけです。間接的なところまで入れますと、新しい金融の流れに関する懇談会は、全部で私の記憶では当初十一省庁十七部局だったわけですが、現在、教育の問題がありますので文部省が加わりまして、十二省庁十八部局になっているはずであります。これだけの分野に金融というのは直接に間接に広がっているわけですね。そういうところがそれぞれの観点で法律を持っている。やはりこれを一挙に横断的なものにするということは大変難しい。しかし、私の意見陳述で申しましたように、今次のビッグバンによってそれぞれの業態が真剣な競争を展開すればするほど、こうした業態ごとの法律の差というものが問題意識として認識され、現実に金融を取引する金融サービス業の中から、また、その金融サービスを利用するエンドユーザーの側から、これでは、ばらばらでは困る、統一的な、横断的なルールというものは必要じゃないか、法律というものは必要じゃないかという声が出てくるだろう。私は、それを言う者がないときに、こんなにたくさんの関連する省庁の間で今理念を振りかざして何か新しいルールをつくるということは大変難しいというふうに考えております。  しかし、事態は急を告げているわけでありまして、まずはそういう今次のビッグバン、新しい仕組みをつくり、そこで競争を促進する中で、今後の横断的な、いわゆる世上言われる金融サービス法というものの形成の条件を整えていく、それを我々は見守っていきつつ、同時に勉強しているという段階であります。  以上です。

神田秀樹東京大学法学部教授

○神田参考人 御質問いただきました投資家保護ということについて私の感じを申し上げます。  投資家保護、あるいは投資者保護、法令に則して言えばそういう言葉になるのですけれども、歴史的には消費者保護というものから出てきていると言われているのですが、私自身は、投資家の保護と消費者の保護というのは区別して考えた方がわかりやすいと思っています。  どういうことかといいますと、消費者の保護というのは、例えば薬ですとかおもちゃがいい例だと思いますが、危ない薬や危ないおもちゃというのはやはり売ってはいけない、こういう考え方をとるべきではないかというふうに思われるわけです。これに対して投資家の保護というのは、多少表現がよくないかもしれませんが、リスクのある金融商品も、リスクがあるということをちゃんと説明すればそれは売ってもいいというルールのもとで運用される、世の中が成り立っている、そういう性質のものだと思うわけです。そうだとしますと、投資家保護というのは何かといいますと、リスクがあるかどうか、どういう商品なのか、そしてまた、どういうリターンというか、もうかる可能性もあるけれども損する可能性もあるということを投資家に説明をするというのがルールになるという意味において、おもちゃや薬の場合とはルールが違うということになろうかと思います。  そこで、何が一番大事かといいますと、私のような法律をやっている者からいいますと、商品の内容、そのリスクというものを説明をして、投資家に納得をしてその投資をしてもらうというか、商品を買っていただくということがルールとしてなければいけないわけでありまして、そして、そういうルールが正しく守られているかどうか、すなわち、説明が不十分だったのではないかとか、あるいは説明にうそがあったのではないかとか、必ずもうかりますということを言ったとか、こういうルールの違反があったような場合には、それを防止をし、また、すぐ是正しなければいけない、そういう世界になろうかと思います。  金融サービス法という考え方は、これまでそういうルールは業態別に分かれていたものを、すなわち、銀行が金融商品を販売するときはこういうルール、証券会社が販売するときはこういうルール、保険会社が販売するときはこういうルールというふうになっていたものを、横断的に、だれが販売するかではなくて、何がそこで販売されているのか、同じ金融商品であれば、銀行であれ保険会社であれ証券会社であれ、だれが売る場合についても同じルール、そのルールというのは、今申し上げましたように、その商品の内容とリスクを説明して、納得をして買ってもらう、そういうルールを適用し、それを、実現という言葉を使いますけれども、よく英語でエンフォースという言葉がありますけれども、そのルールをきちんと実施していくという形にしょうというのが金融サービス法という考え方であります。  以上です。

池尾和人慶應義塾大学経済学部教授

○池尾参考人 最初に意見を述べさせていただきましたときにも多少触れさせていただいたのですが、時間がなくてそのときには十分に御説明できませんでした。フリーとフェアを両立させるというのは大変に困難な課題でありまして、ただ、困難であると同時に、それは高い目標といいますか、そうした高い目標を達成しなければ、本当の意味で国際的に通用する金融システム、金融市場とは言えない。逆に言いますと、国際的に通用する金融システム、金融市場と言えるためには、クリアしなければいけない高いハードルとして、フリーとフェアを両立させるという課題があるというふうに理解しております。  これはどういう意味かと申しますと、フリーでない市場をフリーにするだけであれば、ある意味で簡単なわけですね。一切の規制とかをただただ撤廃すれば済むわけであります。それと正反対に、フェアでない市場をフェアにするだけであるならばこれもまた簡単でありまして、いろいろなことを全部禁止してしまえばいいということで、何もできなくすれば悪いこともできなくなるということであります。どちらか一方だけを達成するならばそれはまだ容易な課題であるかもしれないわけですが、この二つをあわせて両立させるということこそが非常に困難な課題であって、繰り返しになって恐縮ですが、くどいですが、ぜひとも達成しなければいけない課題であるというふうに認識いたしております。  そのためには、お二人の参考人から既に御指摘がありましたような、横断的、包括的な法体系の整備ということも不可欠ですし、そうした法体系を実際に実効あらしめるための制度、組織の整備といったことが決定的に重要になるというふうに思います。  そうした制度、組織の整備に伴って当然人員とか予算が必要になるわけですが、その人員とか予算の規模というのは、決して軽く見ることはできないものではないかというふうに思っております。そういう意味で、冒頭で意見を述べさせていただきましたときに、コストがかかるということを申し上げたわけでありまして、フリーでかっフェアな金融システムを実現するための制度的なさまざまな組織、体制というのも一種のインフラでありまして、そうした制度的なインフラというのはやはり社会資本だというふうに考えるべきだというふうに思います。  道路とか港湾のような物的なインフラ、物的なインフラという社会資本には我々巨額の経費をかけてやってきているわけですが、それに負けない額のコストをかけて制度的なインフラを整備し、具体的には、例えば、よく知られている事実ですが、銀行検査官の数が欧米に比べて非常に少ないというふうな事態を急速に改善していかなければいけない、そのためにはやはり予算的な裏づけ等も必要になるということで、我々は、やはり最初に申しました高い課題を達成するためにそうした惜しむべきでないコストはかけていくという覚悟でさまざまな措置に取り組んでいく必要があるのではないかと考えております。

上村達男早稲田大学法学部教授

○上村参考人 お答えいたします。  私は、最初の投資家保護という点についてでございますけれども、保護といいますと、何か弱者を保護するというニュアンスが非常に強いわけでございますし、消費者保護にしましても投資家保護にしましても、これはだれも抗しがたい一つの旗印、そういう感じがするわけでございます。  ただ、特にマーケットが、市場性の非常に高いマーケットとそうでないマーケットでそれぞれ皆違ってまいります。例えば市場性が非常に高いマーケットのような場合ですと、まず自己責任があって、そして弱者を保護するという投資家保護が本来の投資家保護なのかと申しますと、やはり、まず自分の能力が十分に発揮できるような前提条件というものが提供されていて、私はよく百メートル競走の例を出すのですけれども、国立競技場のようなああいう場が設定されまして、そして、石ころもないしでこぼこもないし、ちゃんと白線も引かれているし、それからフライングもないようにちゃんと監視はするし、そういうことがきちっと行われていて自分の能力が十分に発揮できるから結果に責任を負うということになりますので、つまり、市場というものを一つの土俵とか競技場のようなものに考えますと、まず前提条件があって自己責任であり、ということで、その前提条件をきちっと提供するということは理論上の要請でございますから、これは、単なる弱者保護ですというよりは、むしろ強くなるわけなんですね。  ですから、そういう意味では、消費者保護につきましても、かつて、消費者の保護が権利というふうに変わった時代がありましたけれども、やはり、何が前提となる条件なのかということをきちっと分析して、それを前提にして消費者保護あるいは投資家保護というものが論じられるべきではないか。これは、相対型の取引であってもかなりの程度言えるというふうに私自身は考えております。  それから、金融サービス法につきましてですが、私は、今の法改正は大体三段階ぐらい、私個人的な意見ですけれども、考えておりまして、今回のシステム改革法は、先ほど蝋山先生おっしゃいましたように、従来の法的な枠組みを前提としまして、できるだけ可能な限りのことをしょうという法律だと思います。  そして、次に考えられております金融サービス法は、これは、現在の縦割りを廃しまして、神田先生もおっしゃいましたけれども、やはり、だれがやっているかではなくて、何をしているかという部分では共通項がございますので、そういう共通ルールをつくっていくということでございます。これは、ただ説明義務とかそういう話ですと、単なる投資家保護の取引法のより充実したものをつくるという感じになりますけれども、そうしますと、民商法的な、取引法的な保護法と共通の業者法というものをつくるということになってまいりますが、そうすると、マーケットというものをどういうふうに位置づけるかということもまた出てまいります。  そこで、次の法律は、そういうことまではなかなか論じられないかもしれませんが、最終的には、今度は、これは私個人的な考えですが、証券取引法の基本的な概念まで全部見直して、例えば有価証券の証券業というふうにいいますけれども、先ほど英語の訳がないというふうにおっしゃいました。しかし、アメリカのように、これがディーリングという言葉とブローカーという言葉が別になっていれば、何も全部あわせて証券業という言葉を使わなくてもいいわけですし、有価証券という言葉があるから証券業だと思うわけですが、これは、投資物件とか取引客体となっていれば、例えば投資物件のディーリングといえば、別に、銀行が扱おうと証券会社が扱おうと構わないわけですね。  つまり、基本的な枠組みや概念を見直す中でおのずと共通になってしまうという部分が出てくるはずだと思いますので、そういうことを明らかにしながら、その上でさらに共通項をまた求めていく、こういうことが、本来理論的にはそういうことなんですが、しかしそれは、証取法を全部体系から概念まで見直すというのはすぐにできることではございませんので、やはり当面は、今度は、現在の体系を崩してやれるところまでやっていくというのが次の金融サービス法の課題ではないかと私は考えております。

石井啓一平和・改革

○石井(啓)委員 ありがとうございました。  続いて、金融ビッグバンの影響をお伺いしたいんですけれども、金融界に与える影響、これはいろいろな書物等も出ておりまして、恐らく大変な競争が起こり、再編が起こってくると予想されます。ここでお聞きしたいのは、直接金融界ではなくて、その他の産業界に与える影響がどうなのか、こういう点でございます。例えばメーンバンク制だとか株式の持ち合い、こういったものがやはり徐々に崩れていくといいますか、そういった方向になるのかな、こういう予想もございますが、この金融ビッグバンが金融界以外の産業界にどういう影響を与えるのか。これにつきまして、やはり四人の先生からそれぞれ御見解をいただければと思います。

蝋山昌一高岡短期大学長

○蝋山参考人 恐らく、石井委員御関心の産業といっても、幾つもの性格の違いがあるわけでありますけれども、いわゆる貸し渋りということが現在問題になっております。しかし、貸し渋りという現象をとらえてみたときに、二つの意味があるわけですね。一つは、現在の仕組みの中で起きている現象であり、もしも新しい仕組みであったならば起きなかったかもしれないような現象、どういう仕組みであっても起きる現象、二つぐらい考えられるだろうというふうに思います。  例えば、非常に業績が悪い、だれが見てもディクライニングな企業である、しかし非常に名前が立派で伝統もあって、御縁があるからおつき合いをせざるを得ない、こういうようなところが今回の状況の中でお金を貸してもらえない。こういうような貸し渋りというのは、どういう仕組みがあってもなかなか貸し渋りの対象になるだろうというふうに思います。  しかし、今本当に問題にすべきは、今の仕組みにこだわっているがゆえに起きている貸し渋り現象ではないか。新しい仕組みだったら当然救われる可能性があるような現象。  例えば、これからの新しい産業が何かということは大変難しいですけれども、従来の地域の金融機関、中小の金融機関の判断では判断できないけれども、もう少し広い目で見てみれば救われるような、そういうところが今後の新しい仕組みの中では登場してくるだろうというふうに期待されます。もちろんプレーヤーの問題を含んでいますから、舞台だけではプレーヤーのことを云々することはできない。先ほど池尾さんが日野委員に対するお答えの中で申されたことと共通するところがありますから、確実にはそうは申せませんけれども。  したがいまして、私は、産業界の資金調達というものは相当に変わってくるだろうというふうに思います。そして、変わるというのは、要するにこれから将来にわたって、その産業なりその産業に属する企業がどういうキャッシュフローを、利益を得ることができるだろうかということを中心にして、さまざまな新しいサービスを伴った資金調達が可能になる。銀行に頼り切りということでは、そういう点では限界があるだろうというふうに思います。  伝統的な金融論では、一体、リスクのある産業というものは銀行が供給できるのか、それとも証券市場が供給できるのか、議論のあるところであります。  日本の例というのは、どちらかといえば銀行が成功した例でありますから、銀行が日本を成功させたではないか。そういう点では、銀行もリスクキャピタルを十分供給できる力があるんだという考え方を日本のケースは立証しているように見えまずけれども、私は必ずしもそうではないように思います。さまざまな投資家が背後に控えている証券市場こそ、これからリスクキャピタルを供給できる潜在的な力が相対的により強いというふうに思います。そういう点では、将来に見込みのある企業というものは、新しい仕組みのもとではもっと容易に資金調達が可能になる可能性がある。もちろんそれにはいろいろな、ディスクロージャーその他条件はありますけれども、そんなふうに考えております。  メーンバンクについては、現在望ましくないといいますか、非合理的な、十分には説明できないメーンバンクはなくなるだろう。しかし、メーンバンクは残ると思います。それは、縁とかなんとかではなくて、ある種の合理的な側面を持ったもののみが残る。  実は、ドイツにもアメリカの地方銀行にもメーンバンク制というのはあるわけであります。メーンバンクに似たものは、いわばロングランな長期的な顧客関係というものは、これは銀行商売の固有のものであります。こういうものはある程度残るだろうとは思います、合理的なものは。  持ち合い、これは解消すべきであり、解消する方向にあるし、もっとそれを加速的に解消する。非貨幣的な収益を求めて投資をするというのは、市場経済の原則に反するというふうに私は思います。いろいろ御縁を考えてみれば、持ち合いをすることは有利なのかもしれません。しかしこれは、アンフェアな行動として本来望ましくないし、禁止すべきであるというふうに私は思いますが、歴史的な経緯からなかなかそれは難しい。これは一つの悩みの種でありますが、ともかく、そういう持ち合いというものは解消する方向にあるし、解消すべきだと私は思います。そうしなければならないというふうに思います。事実、関係会社の投資収益率というのは物すごく低いということを、それぞれの企業は今頭を抱えているわけです。  以上です。

神田秀樹東京大学法学部教授

○神田参考人 御質問の点なんですけれども、今回の法案が仮に成立するといたしますと、これは制度面ということではありますけれども、自由化とか規制緩和とかいってしまうとごく簡単なんですけれども、従来やれなかったことがやれるようになる、あるいは、従来やれなかったわけではないけれども、コストがかかっていたものが、よりコストを安くやれるようになる。それから、業者間の競争が一層促進されるという意味で、金融界以外の者から見れば、これは金融分野の利用者ということですから、以上申し上げましたことのメリットを受ける、その恩恵を受けるということがあろうかと思います。  具体的に、二つ例を申し上げます。  一つは、私募投資信託と呼んでいるものなんですが、これまでは、例えばAという会社、例えば中小企業さんだとしまして、それとBという会社、この二人がお金を一緒に運用してもらうということは認められていなかったのですね。今までは、一社のお金を運用するか、あるいは五十人以上一緒に運用するかで、二人から四十九人までの資金を一緒に合わせて運用するということは認められていなかったわけです。それを今度は、制度ということですが、認めましょうというのが私募投資信託でありまして、これは当然そういうニーズがあると私は思いますので、そういう制度が認められることによってメリットを受けます。  もう一点、手短に申しますと、流動化という話でして、これは、今回この法案が通りますと、こういう形によって、例えば一般の事業会社さんの場合には、その売り掛け債権というものを流動化することによって、より安く効率的な資金調達が可能になる。なぜより安く効率的かというのは、これはもう欧米を見ていただきますと、そちらの経験から明らかなんですけれども、日本ではそういう流動化を行う上で、現在の法律制度のもとではいろいろとコストがかかる、その部分を今回改善しようということですから、売り掛け債権を持っている企業から見れば、その恩恵を受けるということになります。  以上です。

池尾和人慶應義塾大学経済学部教授

○池尾参考人 世界の各国がさまざまな形の金融制度を持っているわけですけれども、大きくそれを大別いたしますと、二つのタイプに分けることができるというふうに普通考えられております。一つは、銀行中心型の金融制度であります。それからもう一つは、資本市場に基礎を置くような金融制度であります。それで、おくれて産業化した諸国といいますか、後発国は、総じて銀行中心型の金融制度をとってきた。その典型が我が国でありますし、もう一つ、ドイツであったと思います。  しかしながら、そういう意味では、キャッチアップのプロセスにおきましては、銀行中心型の金融制度というのは、望ましい特性といいますか、適した面を持っているのだというふうに考えられます。ところが、キャッチアップを終わって、追いつくべき目標というのが既になくなった段階になりますと、みずから進むべき方向を見出していかなければいけないわけですね。日本経済も、もう御案内のようにそういう段階に来ておりまして、今後日本経済が進むべき方向というのを示してくれるような見本はないわけですね。  そういたしますと、自分でいろいろ試行錯誤をしていく方向を見出していかなければいけないということになります。そのことは、経済的に申し上げますと、リスクをとらなければいけないということであります。後発国に比べて、キャッチアップを完了した先進経済は、実はより多くのリスクをとる必要があるわけであります。  そうした、より多くのリスクをとる必要があるということを考えますと、それに適した金融制度というのは銀行中心型ではなくて、やはり蝋山先生おっしゃいましたが、資本市場に基礎を置くようなタイプの金融システムでないと、現在のようなキャッチアップを終えた後の日本経済が必要としているリスクテーキングを現在の金融制度のままでやっていこうということには無理がある。そういう無理の一つのあらわれとして昨今の貸し渋りというふうな問題が起きているわけでありまして、それを本当の意味で正していくためには、金融制度のあり方を、現在の金融システム改革が目指しているような方向に改めていく必要があるというふうに考えております。

上村達男早稲田大学法学部教授

○上村参考人 基本的には、今お話しされました三人の先生方と同じでございますが、法律家的なことを申しますと、最初に私の話でも申しましたように、非常に透明性のあるシステムが徐々にでき上がっていくことで、やはり安心してアクセルが徐々に踏めるようになるのではないか。  やはり、ちょうど排ガス規制のときと同じように、クリーンなエンジンをつくるためには当座コストがかかるので、当時、マスキー法ができたときには日本の自動車産業いじめだなんて言われたこともあったわけです。しかし、日本が一番最初にそれをクリアしまして、そして極めて強い自動車産業というものを持ったわけですが、日本の今の金融とか企業社会にも、そういう排ガス装置みたいなものが、クリーンな装置みたいなものが備わっていませんと、やはり安心して経済活動もできないということだろうと思うのです。  そうなってまいりますと、今までの日本の企業というのは、例えば売上高が幾らであるとか預金高が第何位とか、そういう総額総量主義でやってきたわけですが、これからはやはり個々の取引とか個々の行為の是非というものが一つ一つ問われていくということになっていきます。そして、それについて何か怪しげな規制といいましょうか、そういうものが事実上あると、これはなかなか日本では難しいかもしれませんが、例えば金融監督庁を相手に法的に判断を争うということも当然のこととして受けとめられるようになってくるということがあろうかなというふうに思います。これは、今回の改正で直ちにそうだということではございませんで、最初に申しましたように、いろいろな制度の積み重ねで法的な総合力を高めていくことでそうなっていくわけでございますので、簡単ではございませんが、そういうことを目指している。  それから、もう一点だけちょっと申しますと、やはりプロがいろいろな金融商品を扱うわけでございますけれども、機関投資家はだれのために経済活動をしているのかということをやはり明らかにしていくことが可能になるのではないか。つまり、アメリカで機関投資家がさんざんもうけたとしましても、これは結局年金受給者であるとか保険契約者という生身の人間のためにその仕事をするという法的な義務を負って行動しているというところに合理性の根拠があると思うのですが、日本の場合には、やはり、法人持ち合いが前提になっておりますと、結局法人の世界だけでぐるぐる回ってしまって、それが生身の人間の世界にまでおりてこないという、そういう危険性はあろうと思います。これは金融法の改革だけで済む問題ではございませんが、そういうことも少しずつ実現していくのではないかというふうに考えております。

石井啓一平和・改革

○石井(啓)委員 ありがとうございました。  残念ですが、時間が参りましたので、私の質問を終わりにさせていただきます。

村上誠一郎自由民主党

○村上委員長 次に、谷口隆義君。

谷口隆義自由党

○谷口委員 自由党の谷口隆義でございます。  本日は、四参考人、お忙しい中来ていただきまして、ありがとうございました。先ほどから質問をされておりますことについて、なるべく重複を避けてお聞きいたしたい。私は、全般的な問題と、あと若干個別的な問題も含めてお聞きいたしたいというように思っております。  まず、今回の金融システム改革関連法案、関連しておる法律が二十二法案に、税法を二本人れますと二十四法律案、大変な改革であります。この四月から、御存じのとおり新日銀法の施行が行われ、外為法の自由化が行われて、実質的にはビッグバンがもう開始されておるわけでございますが、そういう状況の中で今回のこの金融システムの改革関連法案ということでございます。  まず初めにお聞きしたいことはへ今回この金融システムの改革法案が成立し、施行された状況の中で、果たして、欧米諸国の金融状況と互角に戦い得る我が国の金融環境がこれで整え得るのかということをお聞きいたしたいと思うわけでございます。先ほど池尾参考人のお話を聞いておりますと、アンバンドリングとリバンドリングというような話が出ておりました。もう既に一周おくれになっておるというようなお話でございました。また、上村参考人のお話を聞いておりますと、我が国が近代国家として欧米に肩を並べるところまで来たのだというようなお話もございまして、先生方の間で若干感覚が異なるのではないかというように思っておるわけでございますが、まず初めに上村参考人に、今回の関連法案が成立した折に、十分欧米の諸外国と競争し得るような法案の整備であるのかどうかということについての御見解をお願いいたしたいと思います。

上村達男早稲田大学法学部教授

○上村参考人 私が関心を持っている範囲でしかお答えできないのですが、やはり金融ビッグバンが完成されて本当に働くためにはいろいろなシステムが全部そろわなければいけないわけでございますので、金融法だけが、富士山の頂上のような部分と先ほど申しましたけれども、ある程度整備されたとしましても、例えばルール型と申しましても、そこでルール違反であるとか何か問題が起きたときに時々刻々新しいルールを設定し直していく、そういうシステムが確立しなければいけませんし、それから、それを司法の場で争うというときに、今の司法の体制でそれが可能かどうかとか、そういう金融法以外のいろいろな法制に係るインフラといいましょうか、そういうことも問題だと思います。  例えば、金融機関が立派な金融機関であるためには、まず最初に立派な株式会社であるというのがあるわけでございますが、しかし、最近話題になった不祥事を見ますと、例えば利益供与であるとか、これは株式会社レベルの話でございまして、金融法レベルの話ではないわけでございます。それから、株式会社であるということの次に、上場会社である、つまり証取法適用会社として立派であるというのが次にございますが、そこで問題になりますのは、情報開示であるとか監査であるとかそういう問題でございます。そういうところでも、情報開示が不十分であるとかそういうことが問題になってきているわけでございます。そして、その上に金融法として日銀の考査があるとか大蔵省の検査があるとかという、より高級なものが上に乗っかるというのが本来の形だろうと思います。  したがって、一番最初の段階で、株式会社として立派であるということと上場会社として立派であるという部分を、やはりこれはガバナンスだとかいろいろな問題がございますけれども、整備しながら、社会の体質全般にかかわるような感覚で制度を変えていくということが同時に行われませんと、成果が直ちに出てくるということにはなかなか簡単になりにくいのじゃないかというふうに思っております。

谷口隆義自由党

○谷口委員 それでは、先ほどお話を聞きました池尾参考人に御見解をお願いいたしたいと思います。

池尾和人慶應義塾大学経済学部教授

○池尾参考人 現在、金融制度改革に取り組んでいる国というのは我が国だけではありません。イギリス、アメリカも八〇年代にかなりの金融制度改革の実績を上げたわけですが、それで終わりということには全くなっておりませんで、今なお金融制度改革への取り組みを、むしろ我が国以上に積極化しているとすら言えるような取り組みをしておるわけでありますから、直ちに追いつくということはなかなか難しい状況にあります。追いつくべき目標が立ちどまってくれていればまだしも、全速力で走ろうとしている相手にこれだけのギャップを埋めていくということはそれほど容易なことではないというふうに思っております。  そういう意味で、私は非常に立ちおくれたということに対して焦りを感じておるわけですが、しかしながら、幾ら焦ったからといって、本来十年かかることを一年でやってしまうということはやはりできない。そういう意味では、既に何人かの方がおっしゃいましたが、この金融システム改革というのは不可欠な一歩でありまして、この不可欠な一歩を踏み出した後、それにきびすを接する形で二歩、三歩というふうな努力をすることによって、ようやく欧米の先進的な金融機関の背中が見えてくるという状況になるのではないかというふうに、個人的には考えております。

谷口隆義自由党

○谷口委員 欧米の方は、我が国の今までのいわゆる金融鎖国と言われたような状況から一挙にグローバル化するわけでございますので、先ほどから出ておりましたように、シティコープとトラベラーズ・グループの合併であるとかそういう世界的な金融再編のターゲットは、我が国の個人金融資産がターゲットにされておる。  先ほどから先生方の御意見を聞いておりますと、急激にここにグローバル化が進んでおりますので、先ほどの池尾先生のお話によりますと、ドッグイヤーというような話が出ておりましたが、そういう状況の中で我が国が一生懸命走っておる。しかし欧米はそれ以上に走っておる。今回のこの法案が成立し、施行された状況の中で、それ以上に欧米諸外国は進んでおるというような状況の中で、果たして伍して戦っていけるのかどうか。グローバリゼーションの中で行われることでありますので、これは当然優勝劣敗を前提にしてこれから大変厳しい国際的な競争社会の中に我が国の金融業界も入っていくわけでありますが、私は、一体どの程度のところがおくれておって、どうずれば欧米諸外国に十分伍して戦っていけるような金融システムであり、金融業界になり得るのかということを、できたら具体的にお話をいただければありがたいというように思っておるわけでございますが、蝋山参考人にちょっとお願いいたします。

蝋山昌一高岡短期大学長

○蝋山参考人 お答えいたします。  今回のビッグバンは日本の金融機関の国際競争力を強くさせる、そういう側面ももちろんございます。しかし、それは主たる側面ではないと私個人は考えております。要するに、お金を借りる人、さらに、お金を貸す人、投資をする人、運用をする人、そういう人たちがよりよい金融サービスを受けられるように器を整備する、これが今回の金融ビッグバンの、金融システム改革一連の法律のねらいだと私は考えています。  そういう点では、そういう基本的な観点からすると今の谷口委員の御質問、少しそらすことになるわけですが、そうはいっても、もちろん、いい金融サービスを投資家なり資金調達者が判断して国内の金融機関が全部いなくなってしまうということも考えられないわけではありません。そういう点では、間接的な影響として、間接的なねらいとして日本の金融機関、金融サービス業を強化するという側面があることは否定できないというふうに思いますが、初めにまず、それが究極の目的ではないということを申し上げたく思います。  そういう中で、今の御質問にお答えするとすれば、これは上村参考人がお答えになったことと同じことだというふうに思いますけれども、まず、金融機関が普通の企業並みになるという環境を整備したということなんじゃないんでしょうか。  私は二十八年大阪大学で学生を教育しましたけれども、ずっと一貫して、あるいは私が大学を卒業してからでしょうか、一貫して銀行を中心とした金融機関というものにたくさんの人材を供給してきました。そういうニーズがあったわけです。しかも、ほとんどがいわば定年まできちんと勤め上げることができる職場、これは非常に珍しいですね。公務員を除きまして、民間の産業でそれだけ長い間同じところに勤められる産業というのはほとんどない。私の同級生でも、もう今定年を迎えていますけれども、定年以前でも皆職場をかわっているというのがほとんどだったというのが現実の産業だというふうに思います。  そういう点では、今回のビッグバンが成立したときに、初めて金融業というのは普通の産業になる、競争にさらされるということだというふうに思います。私は、その点を正確に現在の組織のトップの方々が認識するということが一つ。それが一番大事なことではないかというふうに思います。  二番目は、そういう認識のもとにそれぞれの金融機関が、人材なり組織のあり方を時代に合わせて変えていくということであります。  日本の金融機関には、例えば本当に審査能力があるのか。今貸し渋りの現象で、先ほどお答え申し上げましたけれども、そういう中から考えてみると、日本の金融機関に本当に将来の成長を見通すような力があるのだろうか。随分クエスチョンマークがつくだろうというふうに思います。疑問があるのではないかというふうに思います。事なかれの審査をするということで貸し渋りが加速されているという面があるのではないのでしょうか。そういうことを考えてみると、やはりそれなりの、それぞれの銀行が人の使い方あるいは処遇の仕方等でもっと専門的な力を蓄積するということが大事なのではないかというふうに思います。  三番目は、横並びの競争をやめるということです。全部自分でやろうと考えないことです。アウトソーシングというのは一般的になっていますけれども、金融サービス業の中でも、そうしたアウトソーシングに対して、自分の不得手なところはメンツにこだわらずに外に依頼する。ごく普通の企業がみんなやっていることを金融サービス業、銀行、証券会社がやればいいのではないのでしょうか。本当に皆さんをあるいは世の中を一〇〇%納得させる力があるとすれば、私は今の小さな短期大学の学長をやめて銀行の経営者になりたいというふうに思います。     〔委員長退席、井奥委員長代理着席〕

谷口隆義自由党

○谷口委員 ありがとうございました。  確かに先生のおっしゃるとおりだと思いますね。ビツグバンというのは、ウィンブルドンによく例えられるわけで、場所を提供する。だから、そこに集まって、我が国の東京を金融シティーとして海外の金融機関が来る、どんどん金が集まってくるというように、オープンにしていくわけでございます。  ちょっと質問の言い方を変えたいと思います。果たして、東京が、また我が国が、金融状況をオープンにしてビッグバンをやるわけでございますが、現在審議しておりますこの金融システム改革法案で十分なのかどうかということを私は聞きたかったわけでございますので、それに対しまして、まだお答えをいただいておりません神田参考人に御見解をお願いいたしたいと思います。

神田秀樹東京大学法学部教授

○神田参考人 私の感触を申し上げさせていただきます。  私は、まず、先ほどから欧米と戦えるかというような表現でおっしゃったことに非常に共感を持っておりまして、今回の改革は欧米と同じになるということでは決してありませんし、欧米と同じになればいいというものではないと思います。日本も欧米と、まさにそのおっしゃった言葉で言えば戦えるか、競争をしていけるような環境をいかにつくるかということだと思います。  そういうことで、今回は十分かというのが御質問でありまして、私は、そういう意味では十分とは言えないのではないかと思っております。これは、先ほどからほかの参考人の方のお言葉で言いますと、しかし必要条件であるというふうに思っています。  法律的な面と法律以外の面と一言ずつ申し上げたいと思うのですけれども、まず、今回もそうですが、法律を変えて、それで世の中が変わって伍していけるようになるというなら簡単でして、鉛筆と紙かワープロかだけがあれば、そういう法律を書けば世の中が急によくなる、そういうものではもちろんありませんで、これはあくまで必要条件であります。しかし、必要条件だということは、制度を変えなければ伍して戦うことはできません。そういう意味におきましては、私は今回の四法案は必要条件だと思っています。  では、何が十分条件かというと、法律以外の面について言いますと、私必ずしもよくわかりませんが、先ほどから池尾さんがおっしゃっていたことかと思います。従来は商品の内容も価格も同じでしたので、ただ売るということで、営業というところに人を投入していたわけです。今後は、その投入を、そういう営業を中心ではなくて、知恵というのでしょうか、いかに違ったことを考えるか、いかに欧米の金融機関と伍してやっていけるような商品を考えるかという、知恵に人材を投入するということが必要ではないかというふうに思います。  それから、法律面において、なお今回の法律に加えて何が必要かというふうに申し上げますと、それは、先ほどから話題に出ております、一言で言えば金融サービス法的なものではないかと思います。  縦割りの法律を横にするという横断的なルールということにつきましては、先ほどちょっと申し上げましたが、もう一点だけ例を挙げますと、今回の法律が通ってもなお、縦割りのために、欧米にはあるけれども日本ではまだ商品として認めることができないようなものがございます。例えば、具体的な例で言いますと、証券とか不動産とか商品先物といったもの全部に満遍なく運用するようなファンドというのは、今回の法律が通ってもまだできません。ヨーロッパなどではそれはもうできるわけでありまして、そういうことから申しますと、また次のステップとして、なお法律もさらにやらなければいけないことがあるというふうに思います。  先ほどから話題に出ていました投資者の保護という面についての横断的な法制というのももう一つあることではないかと思います。  以上です。

谷口隆義自由党

○谷口委員 ありがとうございました。  先ほど池尾参考人のお話にもございましたし、神田参考人のお話の中にもございましたが、金融機関の不良債権の処理のために金融改革がおくれたというようなお話がございました。そういう意味においては、果たして、ビッグバンは始まったんだが、一方で金融機関の不良債権の問題が片づいたのかといえば、まだそういう状況ではないというような中で、しかし一方では、我が国の経済を開放するというようなことになっておるわけでございます。当然、我が国の金融機関の国際競争力、これから競うことになるわけでありますが、その際には、先ほど蝋山参考人もおっしゃいましたが、自由競争の中で優勝劣敗が決まっていくわけだから、それはいたし方のないことで、基本的には、どうしても国際競争力のないような金融機関は淘汰されても仕方ないというのがもともとのビッグバンの発想の源であります。  しかし一方で、そうなりますと、我が国の金融情勢もまだ落ちついておらないような状況もございまして、極めてタイミングが悪いのではないかというような意見もございます。このような状況の中で、金融機関の国際競争力についてどのようにお考えなのかということについて、池尾参考人にお聞きいたしたいと思います。

池尾和人慶應義塾大学経済学部教授

○池尾参考人 お答えいたしたいと思います。  私の基本的な認識は、現在の経済情勢、状況は、御指摘のように、本格的な金融制度改革のために適したいい状況かというふうに問われますと、必ずしもそうではないというのが率直なところだと思います。ただ、そういうふうに認識いたしておりますが、既に指摘のありましたようなさまざまな諸外国の動きを考えますと、同時に、我が国が日和を選ぶような余裕もないというのが現実ではないかというふうに思っております。だから、現状は困難な状況にありますが、だからといってタイミングをおくらせるような余裕も既に我々には残念ながらないというのが冷徹な認識ではないかなというふうに思っております。  それで、我が国の金融機関の国際競争力についての御質問ですが、海外市場において競争していくという意味での国際競争力に関しましては、これから臥薪嘗胆で捲土重来を期して十年ぐらい頑張らないとなかなかつらいかなというふうな思いを率直に言って持っておりますが、国内市場、ホームマーケットで競争するというのは、それだけで日本の金融機関にとって非常なアドバンテージがあるはずであります。先ほど英語がデファクトスタンダードになってという話がありましたが、そうであるがゆえに、我が国の市場というのは非常に日本語というものによって強力に守られた市場でありまして、ここにおいて競争するというだけで日本の金融機関は非常なアドバンテージを持っているはずであります。このアドバンテージをもってしても競争に伍していけないとすると、これはもう仕方がないということでありまして、国内市場で日本の金融機関のかなりの部分が生き残り、頑張っていく余地は十分にあるというふうに私は考えております。

谷口隆義自由党

○谷口委員 わかりました。  それでは次に、若干これは個別の問題になるわけでございますが、証券取引審議会総合部会の座長をされておられました蝋山参考人にお聞きしたいのですが、保険版の早期是正措置というのが今回の法案に盛り込まれておりますね。この早期是正措置は、金融機関の早期是正措置においても大変な影響が起こっておりまして、現実に貸し渋りがこの早期是正措置、自己資本比率で起こっておるというような問題があるわけでございます。  一方、生命保険は日産生命が経営破綻したわけでありますが、保険業界はより一層経営の状況が深刻ではないかというように言われておりまして、もう既に優勝劣敗が明確になっている、勝ち組と負け組が出てきている。東邦生命はGEキャピタルの傘下に入ったりというような状況が起こっておりまして、これは、金融機関の場合はBIS基準がございますから、国際的な金融機関はそれでやらなければいかぬので、そういう意味においては仕方がないなというようなところがあるのだろうと思いますが。今回のこの保険版の早期是正措置、この法案を見ますと十年度の決算から導入予定というようなことになりますと、経営状況の大変厳しい保険業界が、特に生命保険業界が大変な混乱を起こすのではないかというように思うわけでございますが、蝋山参考人の御見解をお願いいたしたいと思います。

蝋山昌一高岡短期大学長

○蝋山参考人 私は、保険審議会というか保険の分野というもの、つぶさに専門的に加わったことはありませんし、そういう面での今の谷口委員の御質問に対しては、やや近い専門家としての意見しか申し上げることはできませんけれども、保険の分野というのは、銀行とは違った非常に長期契約の世界であります。私も生命保険に入っておりますけれども、毎年毎月払う保険料がいっ保険金という形で私の女房に与えられることになるのか、まだまだ先の話だと期待しております。  保険会社は、日本の場合、恐らく谷口委員も生命保険会社を念頭に置いておられると思いますので、生命保険を念頭に置きますと、相互会社であります。したがって、私がいつもらうかわからない保険金というものは、これは、保険金をもらう条件を満たした段階においては他の保険加入者がそれを支払ってくれる、その仲介を相互会社としての生命保険会社が行う。逆に、私の毎月積み立てている保険料は、今あるいは今月、保険金をもらう資格を得た者が取得する、その仲介を生命保険会社が行っている、そういう話であります。  私は、そういう生命保険会社の基本的な機能と、それに加えて、今日本の生命保険会社が普通の資産運用機関として、預かった保険料をあなたのかわりにかわって運用しますよという役割、機能というものとが、非常に混然一体となって問題を複雑にしているというふうに思います。そういう点では、心配すべきは、保険会社がつぶれるとすれば、つぶれたことによって相互の保険契約というものの仲介サービスまでもいわば得られなくなってしまうということだろうというふうに思いますね。  そういう点では、得べかりし保険金、将来得られるであろう保険金の中に、そういう相互性という問題と、それからそれぞれの生命保険会社が持っている資産運用力というものが混然一体となっている。その辺をきちんと解剖しないで、今の仕組み全体を前提としていろいろなことを考えるというのはやや問題があるのではないかというふうに、保険の専門家ではありませんけれども、感じております。  その辺のところを、そういう観点から考えますと、いわゆる早期是正措置というものは、池尾君の言葉を使えば、保険会社の機能のアンバンドリングとリバンドリングを頭の中に置いて考えた上での対策ではなくて、やや問題があるのではないか。私がもしも保険審議会の委員だったら別な視点を入れたのではないかなというふうに考えております。  以上です。

谷口隆義自由党

○谷口委員 時間が参りましたので、これで終わらせていただきます。ありがとうございました。

井奥貞雄自由民主党

○井奥委員長代理 次に、佐々木憲昭君。

佐々木憲昭日本共産党

○佐々木(憲)委員 参考人の皆様には大変御苦労さまでございます。私、日本共産党の佐々木憲昭でございます。  今度のビッグバン法案では,市場原理を徹底するということで、大変激しい競争を促進させることが一つのねらいとされているようでございます。そこで、フリー、フェア、グローバル、こういうことが言われるわけですけれども、フリーとグローバルはどんどん進んでおりますけれども、どうもフェアの方はおくれをとっているような感じがいたします。  池尾参考人にお伺いいたしますけれども、先ほど、フリーとフェアの両立というのは非常に難しい問題である、こういう御指摘がありました。毎日新聞の昨年七月六日付で、池尾参考人は、「今の方向は、規制をなくす「フリー」だけの〝安普請路線〟だ。消費者・投資家を守るために公正取引の実現を図る「フェア」は手つかずのまま。」というふうにおっしゃっておられますし、それから、日経の五月二十六日付では、「プロとアマが競争する際には、プロにハンディが課されるのが公正である。プロには、アマよりも高い規律と責任が要求されるのは当然である。」「こうした規律は、精神論だけで確立するものではない。そのための制度的な基盤を整備することが不可欠である」、このように述べておられるわけでありますが、このようにお考えになっている理由をお聞かせをいただきたいと思います。  先ほど時間感覚のお話もありましたけれども、こういう点で、フェアを短時間で達成するということもやはり大変必要ではないかと思いますので、その点について御意見を伺いたいと思います。     〔井奥委員長代理退席、委員長着席〕

池尾和人慶應義塾大学経済学部教授

○池尾参考人 お答えしたいと思います。  先ほども多少触れさせていただいたのですけれども、わざわざ私の新聞記事を読んでいただきましてありがとうございますが、私は本当に安普請では困るというふうに思っておりまして、古い金融システムを壊して、壊すだけだったらそんなにコストはかからないかもしれませんけれども、壊すことが目的ではなくて、新しい立派な金融システムをつくるということがあくまで目的なわけですから、立派な建物を建てるためにはそれなりのコストがかかる。古い金融システムをつぶしたのはいいが、それにかわって安普請の金融システムしかできないということでは困るということで、先ほども申しましたように、十分なコストをかける覚悟を持って金融システムの再構築に取り組んでいく必要があるだろうというふうに申し上げてきたわけであります。  これも既に一度申し上げたわけですが、困難であるが、フリーとフェアを両立させるという課題を達成してこそ、質の高い金融システム、質の高い金融市場、良質なマーケットというふうに言い得るレベルに達し得るわけでありますから、我が国の現段階において、我が国の金融システムはやはりそういう高い目標にチャレンジすべき段階に来ている。  そういうフリーとフェアの両立ということを断念して、再度不自由な金融システムに戻ってしまうとか、フリーであるけれども不公正な取引がしばしば見られるような金融システムに戻ってしまうということでは困る。そういうことでは、上村先生もおっしゃいましたか、日本は近代国家として成熟しなかったというふうにすら言われてしまわざるを得ないということであります。その引用していただきました新聞記事を書いた段階からはやや事態は変わっておりまして、多少の前進はあり、その取り組みが行われているということがあると思いますが、それが決して十分ではないという点につきましては、私も感じるところがありますし、私個人のできる範囲では、できる限りそうした方向での努力を続けていきたいというふうに思っております。

佐々木憲昭日本共産党

○佐々木(憲)委員 昨年の金制調の答申、六月の答申でありますけれども、この中では、この問題について、今後の議論の進め方について触れていまして、投資家保護などについて「直ちに検討を進めるべきであるとする意見と、より中期的な課題として検討していくべきであるとする意見とが出されたところである」、このような指摘がございます。この点は両論が書かれているわけでございまして、投資家、消費者保護という点について、私どもはこれは直ちにやるべきだというふうに考えておりますが、この点で、蝋山先生それから池尾先生、このタイミングといいますかテンポですね、直ちにやるべきなのか中期的なのか、この点ではどのようなお考えをお持ちか、お聞かせいただきたいと思います。

蝋山昌一高岡短期大学長

○蝋山参考人 このようにお答えいたします。  解釈論というのは余り意味がないと思いますので、基本的な考え方でありますが、投資家というのは、これからを考えてみますと、先ほどちょっと申しましたけれども、要するに、少ないリスクで大きな収益を得たい、こう考えているわけです。  いろいろな商品が提供されるようになります、現在の、それからビッグバン後のフレームワークの中で。その投資家に対して十分な説明義務を行い、そして納得してもらって買ってもらうというところから、もしも不測の事態が生じて、投資家に自分の責任には負い切れない大きな損害が起きたときにどうするのか、非常に幅広い問題がございます。  と同時に、投資家というのは、先ほどもおっしゃられたように、証券だろうが預金だろうが保険だろうが、あるいは商品ファンドだろうが投資信託だろうが、これは基本的には同じ役割をそれぞれの投資家は期待しているわけです。ですから、投資家保護というのは、郵便貯金も含めて、幅広く投資の対象に対して本来考えてしかるべき問題であります。しかし、現在の状況はそうではありません。それぞれの業態ごとに投資家保護の措置が加えられているわけであります。  今回のビッグバンの中では、それぞれの、例えば証券取引法の中での投資家保護、一定の限界の中で、枠組みの中でそれはできるだけちゃんとやっていこう、そういうことは言うまでもないことであります。しかし、先ほどから議論されているように、より横断的な投資対象全体について、それにかかわる投資家保護ということになりますと、これは非常に時間がかかる問題です。その時間を選択できるほど余裕は、全体的な金融システムの改革にはなかったというのが現状であります。  そういう点で、この考え方として、戦略論として、投資家保護を図るべきだというターゲットについては、私は何も異論はないと思います。しかし、それを具体的にどういうタイミングで、どういう対象を念頭に置いてやっていくのかということに対しては異論があったわけで、そういう点での時間的なことも含めて両論併記ということになりました。現状の段階では、それぞれの法律のフレームワークの中で、枠組みの中で最善の努力を払うというところでこの改革法案ができているというふうにこの側面では私は理解しております。  以上です。

池尾和人慶應義塾大学経済学部教授

○池尾参考人 直ちになすべきか、中期的になすべきかという御質問でしたが、私は、直ちになすべきこともあり、中期的になさざるを得ないこともあるというふうに考えております。  これも既に御指摘があったわけですが、現状のさまざまな他の制度との関係の中でなし得る範囲の最善のことはやはりやるべきでありまして、消費者被害等が出た後でそれを是正するような動きが生じるというよりは、そうした消費者被害自体を予防できた方がずっと望ましいわけですから、現在の枠組みの中でとり得る措置は直ちにとるべきであるというふうに思います。  ただ、本当に横断的、包括的な例えば金融サービス法ということを考えますと、これは中央省庁の再編成等の問題と切り離して考えることのできない要素を含んでおります。金融システム改革だけが他の側面での制度改革と独立に、金融システム改革だけが独立してどんどん前へ進んでいけるということは難しい面がありまして、他の側面での改革の進展を待たないと、金融システムについてもなし得ないことがあります。  その限りでは、気持ちは焦るのですけれども、やはり中期的に考えてやらなければいけない課題というのと今すぐにやるべき課題というのを峻別した上で、ともに取り組むべきだというふうに考えております。

佐々木憲昭日本共産党

○佐々木(憲)委員 問題としては三つばかりあると思うのですが、一つは今おっしゃった横断的な金融サービス法、これはかなり時間がかかるというふうにおっしゃいましたが、二つ目に統一的な消費者信用保護法といいますか消費者保護法、それから三つ目に苦情処理体制の確立、問題を考える場合はこういう三つの分野というのが考えられると思います。それは答申の中にも指摘されていることでありますけれども、緊急性を要するということで申しますと、消費者保護、それから苦情処理体制の確立、こういう点がやはり緊急性がどうしてもあるだろうというふうに思います。今、池尾先生のおっしゃいましたように、広範な被害が出てから対応するというのでは、これはやはり遅過ぎるわけでございます。  そこで、蝋山参考人にお聞きしたいのですけれども、金融制度調査会の金融機能活性化委員会の委員長代理をなさっているということですけれども、昨年の六月の答申の中では「金融機関等の利用者の保護」というところの中で「民間レベルで、利用者に信頼されるような苦情処理・紛争処理のための仕組みを整える必要がある」というふうに指摘されまして、現在の「民間における苦情処理・紛争処理のための体制の見直しも含め、関係業者を中心として早急に検討が進められることが必要である」、このように書かれております。  金融機能活性化委員会では、昨年五月一日の第十八回会合で、金融機関の利用者保護のための諸施策が議題となっております。当日の委員会の論点メモの中で、苦情処理体制の資料として、イギリスのオンブズマン制度の概要が示されております。議事概要の中でも、苦情処理のためにオンブズマン制度の活用等の工夫が必要となる場合も考えられる、こういう意見もあったという記述がございます。答申の言うような民間レベルでの紛争処理のための体制の整備の中に、イギリスのオンブズマン制度のようなものも念頭に置いておられるのかどうか、この点についてお聞きをしたいと思います。

蝋山昌一高岡短期大学長

○蝋山参考人 こういう問題は二つの性格があるというふうに思います。これは何も、今委員は金融制度調査会の例を話されましたけれども、私が座長をいたしました証券取引審議会でも、苦情処理の問題というものは議論されておりますし、それなりの答申の内容になっております。  一つは、法律的な問題であります。果たして、民間の苦情処理機関というものが、どういう形で法的なバックアップを得て、ある種の強制力を持ちながら和解なり調停ということが可能になるのか、いわば調整が可能になるのか。こういう点で、日本の法律は、私の印象としては非常に厳しいというふうに思います。  現行の枠組みの中では、民間のそうした苦情処理の組織というものはあくまでもアドバイスにしかすぎない。お互いに納得してもらわなければならない。大変限界がある。オンブズマンができてもそうだというふうに私は思います。そういう点での法的な権限をどういうふうに裏打ちしてもらうか、担保していただくか、こういう問題は一一般のさまざまな調停の問題と絡めて、ただ単に金融の世界だけの問題ではない問題として、一つそういう側面があるというふうに思います。  恐らく、今回の金融システム改革法案の中に余りこういう点がはっきり出ていないというのは、そういうところに起因しているのではないかというふうに思いますが、この辺は、私よりむしろ法律の専門家の方々の方が、あるいは皆さん方の方がよく御存じではないかというふうに思います。  二番目の問題は、さはさりながら、現行の枠組みの中でも、そうした苦情処理というものをもっときちんと行う窓口、使いやすい窓口というものを、もっと積極的に各業態が、あるいはより横断的にしていただく必要があるのではないだろうか、こんなふうに思います。  恐らく、法律的に自主規制機関として存在しています証券業協会なり、あるいは証券取引所なり、そういう組織を持っておりますし、また、法律的な組織でありませんけれども、半ば準自主規制団体としてのそれぞれの地区の銀行協会等も苦情処理の相談所といったものを持っているわけでありますけれども、必ずしも有効に使われていない。もっと有効に使うためにどういう施策が必要なのかということを真剣に、民間のレベルで考えるという必要があるのではないかというふうに思います。  しかし、これは、法律の問題とか、あるいはお上がどうこうするかという問題よりも、より自発的な民間の側の対応が望まれるわけでありまして、そういう点について委員が御不満をお持ちであるというのは、同様に私も不満を持っております。もっと積極的に、民間の側がそうした問題についての対応をしていただきたいなと、一市民として考えております。  以上であります。

佐々木憲昭日本共産党

○佐々木(憲)委員 確かに、現在の体制というのは非常に不備がありまして、例えば苦情処理について、これは、相談窓口に座っているのは業界の内部の方でございますので、苦情処理の結果についての統計ですとか内容について提供していただきたいということを求めましても、なかなかこれが出てこないというような事態がございますので、そういう点で、抜本的な改善というのはどうしても必要であるというふうに思います。  それから、第三者機関的な、苦情処理についての専門的な体制というのも、これはやはりきちっと整備をする、そういうことはどうしても必要だろうというふうに私は思っております。  そこで、蝋山先生が座長をされています新しい金融の流れに関する懇談会でございますけれども、そこで金融サービス法の論議が行われているということで、そのめどについてなんですけれども、この大蔵委員会でも、大蔵大臣に質問いたしますと、二年から四年ぐらいかかるだろう、こういう答弁がございました。  しかし、早く制定すべきだという点では、多くの議員もそういう点では一致しているだろうというふうに私は思っておりますが、こういう面も直ちに整備するというのはやはり必要だろうというふうに思います。懇談会の結論はいつごろ出るのか。それを前提としまして、金融サービス法、法整備、これは早急にやっていただきたいと思いますけれども、その辺のめどについてお聞かせをいただきたいと思います。

蝋山昌一高岡短期大学長

○蝋山参考人 座長として申し上げるというよりも、懇談会のメンバーの一人として、私の今のスケジュール及びその内容について申し上げたいというふうに思います。これが、懇談会の意見としてそうなればいいなという願望も若干あります。  一つはめどでありますが、本来はもうできていていいはずであります。しかし、率直に申し上げますと、いわゆる金融サービス法というもののコンセプトがひとり歩きいたしまして、今緊急に必要な金融システム改革法案の審議のプロセスでそうした懇談会のリポートが取り上げられ、審議に支障が起きる可能性があるかもしれないと私は危惧しておりましたので、したがって、懇談会のリポートをまとめることを少し後に延ばしております。  なぜかといいますと、それは内容が内容だからであります。すなわち、懇談会としてこうすべきだということは書きません。書けない状態であります。横断的な金融法制というもの、金融の仕組みというものをどう考えていくかということについては、それぞれの業界と専門家の間でも、またそれぞれの関係所管の省庁の間でも、決して意見が一致しているわけではございません。もちろん、それをある種の統一的なイメージを描くというところでも、またそれをどういうふうに実現するかという点でも、それぞれ意見の違いがございます。  それを今の段階で早急にまとめるということには無理がある。どうしてもこういう意見があったといういわば論点整理に終わらざるを得ないというのが現状であります。私が私的にリポートを書くならばそれはできますけれども。  したがって、懇談会のねらいは結局のところ、共通の問題意識を持とうというところであります。それは委員もお持ちの、やはり横断的な、包括的な消費者あるいは投資家、預金者保護の体制、横断的な、フェアな取引ルール、専門家の公正な取引とは何か、こういうことの共通のルールというものがどうしても必要ではないか。そういう理念は、この懇談会の議論を通じてようやく皆さんに、その重要性というのは共通に認識されたのではないかというふうに私は思います。  しかし、それを具体的にどう実現するかということについては、残念ながら、一つのまとまった意見にすることは難しいところが多分に残っているというふうに私は考えております。そうしたいわば懇談会の論点整理のようなものをお出ししたときにちょっと問題があるだろうというふうに、私は個人的には考えております。  そういう点で、座長としてそれを出そうという動きをストップしたということではありません。どなたが見ても私のような意見だろうというふうに私は推測いたしまして、リポートを早く出そうということはしませんでした。これが正直なところであります。  結局のところ、どうなんでしょうか。こういう共通の認識をそれぞれの所管の官庁、それぞれの業態の方々、専門家の方がお持ちになった上でぜひお願いしたいのは、こうした大蔵委員会なりあるいは国会の場においてむしろ先生方に、委員の皆さん方にリードしていただいて、超党派で、横断的な金融サービス法のいわば立法化を促していただくようなことの方がこれからの姿として望ましいのではないかというふうに思います。  何せ、例えば郵貯の問題一つを取り上げてみましても、私のところは特別ですよ、公的な機関ですからという意見が仮に出てきたときに、どういうふうに答えましょうか。大変難しい問題でありますが、ぜひそれは、それこそ先生方のお力というものに依拠するところが多分にあるのではないかと私個人は考えております。  以上です。

佐々木憲昭日本共産党

○佐々木(憲)委員 時間が参りました。どうもありがとうございました。

村上誠一郎自由民主党

○村上委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。  参考人各位におかれましては、御多用中のところ御出席をいただき、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことににありがとうございました。委員会を代表して厚く御礼申し上げます。  次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午後零時十分散会

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