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142回国会衆議院1998/03/13

厚生委員会 第4号

発言数
72
登壇者
8
会派数
5
開催日
1998/03/13

会議録

柳沢伯夫自由民主党

○柳沢委員長 これより会議を開きます。  この際、言口ごあいさつを申し上げます。  このたび、厚生委員長に就任いたしました柳沢伯夫でございます。  二十一世紀の本格的な少子・高齢社会の到来を目前に控え、医療、年金、福祉など広範な分野にわたり、国民生活に密着した極めて重要な課題が多い当委員会の責務を痛感いたしております。  委員各位の御指導と御協力を賜りまして、公正かつ円満なる委員会運営に努め、委員長の職責を誠心誠意果たしてまいる所存でありますので、何とぞよろしくお願い申し上げます。(拍手)      ――――◇―――――

柳沢伯夫自由民主党

○柳沢委員長 内閣提出、戦傷病者戦没者遺族等援護法及び戦没者の父母等に対する特別給付金支給法の一部を改正する法律案を議題といたします。  これより質疑に入ります。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。山本孝史君。

山本孝史民友連

○山本(孝)委員 おはようございます。民政党の山本孝史でございます。  きょうは、民友連所属各党並びに厚生委員諸氏の御了承をいただきまして御質問をさせていただきます。  まずは、柳沢委員長には、このたび御就任おめでとうございます。ひとつ公平、公正な運営にお心がけをいただきますようにお願いを申し上げます。  まず、質問の最初は、対馬丸の慰霊事業についてお伺いをさせていただきたいと思います。  今般、学童疎開船対馬丸の沈没位置の確認がございまして、洋上慰霊祭を先般とり行っていただいたところでございます。テレビで拝見をさせていただきまして、大変遺族の方たちもお喜びであったというふうに思っております。  ただ、希望者全員が参加できたわけではないので、ことしじゅうにもう一度実施をしたいという大臣のお話も新聞で拝見をいたしましたが、そのように承ってよろしゅうございますでしょうか。大臣にお伺いいたします。

小泉純一郎自由民主党厚生大臣

○小泉国務大臣 五十三年ぶりに対馬丸の沈没した地点がわかり、確認され一その地点で洋上慰霊を行いたいという遺族の強い御希望がありまして、できるだけ早期に洋上慰霊を行うということで準備を進めておりました。  三月七日、その慰霊が実現したわけですが、予想以上に御遺族の御参加希望が多くて、全員が乗船できませんでした。しかしながら、できるだけ御遺族の希望に沿いたいということを検討しておりまして、そのことは、やはり早い機会にもう一度洋上慰霊を行うのがいいのではないかということから、現在準備を進めております。  時期についてはまだ確定しておりませんが、海のことですから、天候の面も考慮しながら、しかるべき時期に、できれば年内じゅうにもう一度、今回参加できなかった方を中心に洋上慰霊式を行うという方向で今検討しております。

山本孝史民友連

○山本(孝)委員 大変細やかな御配慮をいただいているようでございます。参加を希望されておられます遺族の皆さんがぜひ御参加できる方向で御検討いただきたいと思います。  この点に関しまして一点気になっておりますのは、遺族の皆様の一番の希望はやはり船体の引き揚げ、遺骨を土の中に埋めてあげたいというお気持ちが大変強いというふうに聞いております。従来から、厚生省の皆さんの御説明は、大変深いところに沈んでいるものですから、技術的に引き揚げすることは不可能であるということでずっとおっしゃってこられました。今回慰霊祭に参加された鈴木宗男沖縄開発庁長官が、ぜひ遺族の皆さんの御希望に沿って引き揚げをしたいということをおっしゃっておられます。  引き揚げの可能性を否定してこられた厚生省のこれまでのお立場あるいは技術的なことを御検討されてそのように御発言をされたのかどうか、私はつぶさではありませんけれども、これまでの厚生省の御姿勢から判断するに、かなり、技術的にも、あるいはいろいろその他の面も含めて難しいという御判断の中でそういうお答えを遺族にされてこられた。  そこへ今回の鈴木長官の御発言があるわけでありまして、これはできないことをできるというふうに言うのは、御高齢の遺族の方にとっても大変に精神的に負担がかえって重くなるのではないかというふうに心配をしております。そういう意味で、できないことをできるというような期待を抱かせる鈴木長官の御発言というのは、私は、大変遺族に対する配慮が少ないのではないかというふうに思うのですが、慰霊祭に御参加された大臣として、どのようにお受けとめになっておられるのかお聞かせをいただきたいと思います。

小泉純一郎自由民主党厚生大臣

○小泉国務大臣 鈴木長官の発言は伺っております。  しかし、いろいろ私も関係者等に話を聞いてみますと、八百メートルの深海で、現在の技術の問題また費用の問題からいうと困難ではないかと。と同時に、一方では、そっと静かに置いておいてほしいという方もおられる、あるいは、むしろ静かに眠っているのを引き揚げるのは遺骨に対する冒涜じゃないかというような意見もあるようであります。同時に、あの海峡には沈船が数千隻にわたっていると言っております。そういう観点から、現在のところ技術的に非常に難しいという話を聞いております。

山本孝史民友連

○山本(孝)委員 対馬丸遭難者遺族会の喜屋武会長の御希望としては、引き揚げは不可能であることは理解をするけれども、ぜひ、いろいろ技術が発達をしているので、この船体内部の調査等を機械等を使ってでもやっていただきたいという気持ちがあります、一番の気持ちはやはり引き揚げですというふうに強くおっしゃっておられますということを私からもお伝えをさせていただきたいと思います。  今数千隻の船が沈んでいるというふうにおっしゃいました。資料によりますと、沈没艦船は三千二百六十隻だというふうに聞いております。かつてこの委員会でも住先生が海没遺骨についての御質問をされたことがありますけれども、私は、せめて位置の確認作業ぐらいはしていただきたいなというふうに思うわけです。  今回なぜ対馬丸の位置確認をすることになったのか、その理由をお教えをいただきたいと思います。

炭谷茂厚生省社会・援護局長

○炭谷政府委員 実は、対馬丸の沈没地点についてはいろいろな経緯がございます。  実は、昭和六十年に対馬丸沈没地点について、四カ所、いろいろな資料から、その場所ではないかというものが出てきたわけでございます。四カ所にあると慰霊祭を行うについていろいろと支障があるということで、遺族の方から大変強い御要望が出てまいりました。  特にきっかけになりましたのは、遺族関係者から、アメリカにおいて、米公文書館に潜水艦の報告書があるという情報が入りましたので、私ども、その情報を入手したり、また、生存者がいらっしゃると。そして、ただ一人だけ、まだ会話ができるといいますか、情報を教えていただけるという人がいらっしゃいましたので、その人と接触をいたしまして、情報を入手いたしました。それによって、かなり、沈没地点がある程度確定できた。そして、それに対して、科学技術庁の深海の探索船によって、遺族の要望を受けまして、対馬丸の船体の確認に至ったというものでございます。

山本孝史民友連

○山本(孝)委員 局長、私の質問を知っていて理解をしていただいていないんだというふうに思いますが、直近のもので見ても、参議院議員の喜屋武先生が質問主意書を六十二年にお出しになって、なぜ位置確認もしていただけないのだろうかということをお聞きになっているわけですね。ずっと遺族が長年要望してきた、あるいは、各方面にいろいろな声があって、船体の位置確認ぐらいはしてほしいということについて、拒否をずっと続けてこられております。  例えば、和歌山の潮岬沖に空母信濃が沈んでおります。遺族の皆さんが、五十年祭をきっかけに、ぜひ船体の位置確認ぐらいはしてほしいということを御要望されました。厚生省、科学技術庁ともに、海没した遺骨については、引き揚げも位置確認もしないんだということで、ずっと拒否の姿勢を続けてこられております。  そういう一貫した姿勢がある中で、なぜ今回、対馬丸の位置確認をしていただいたのか、なぜ対馬丸だったのか、そこをお聞かせをいただきたいというふうに思います。

炭谷茂厚生省社会・援護局長

○炭谷政府委員 今回の対馬丸につきましては、あのようにたくさんの児童が亡くなったという痛ましい特別な事件であるということもありますし、また、今回、遺族の長年の御要望もあったというような事情、また、先ほど申しましたように、対馬丸についてのある程度確度の高い情報が新たに入手できたということにあわせまして、科学技術庁の深海の探査というものがあの時期にできるというようなこともあわせまして、今回、位置確認に至ったものでございます。

山本孝史民友連

○山本(孝)委員 局長、今いみじくもお答えになりましたように、遺族の皆さんの強い希望があったんだというふうにおっしゃいますが、遺族の皆さんどの方たちも強い御希望を持っておられるわけですね。それが一つの大きな声になって、それで、一種、言ってはなんですが、声がまとまった、あるいは声の大きいところだけはやっていただけるけれども、そうでない方たちはやっていただけないのか、私たちは長年言ってきたじゃないか、今回、対馬丸がこうやってやっていただけるのであれば、なぜ今までやっていただけなかったんだろうかという気持ちは、遺族の中にかえって今回の一件で非常に強くなったというふうに私は思います。  今おっしゃいましたように、アメリカの国立公文書館に、アメリカ軍の作戦報告、いろいろありますね。今回のこの対馬丸の位置確認に寄与しているいわゆる潜水艦報告書、あるいは、乗組員の方が大変高齢であるけれども生きておられる。そういった情報をもとに、かねてから言われていた四カ所のうちのかなり近い一カ所を深海艇で探していただいたといういきさつなわけですね。  この公文書館の資料は、沖縄出身の山口先生という方が、公文書館の資料が解禁になるに当たって、それをみずから入手されて、沖縄の皆さんにお送りになった。別に、厚生省がそれを書いたわけでもないし、政府が今回の位置発見に力をかしたわけではありません。  そういう意味合いにおいて、この公文書館にかなりの資料が眠っているはずです。あるいは解禁されているはずです。こういった解禁されている資料をぜひともに早く入手をしていただいて、それをもとにいろいろ当時の方たちの、まだ生きておられる方たち、少なくなっておりますがおられますので、その方たちの当時の証言等も集めていただいて、三千二百六十隻のうちの少しでも船体の沈没位置確認ができるような形にするのも厚生省の援護の仕事のお一つではないかというふうに思いますので、ぜひ、この情報収集、資料入手に力を出していただけるということを大臣から御明言をいただきたいというふうに思います。

小泉純一郎自由民主党厚生大臣

○小泉国務大臣 遺骨収集とかあるいは慰霊事業等は、厚生省の仕事でありますし、御遺族の気持ち、また、後の世代に二度と戦争を起こさないということを伝えるためにも大変重要な仕事だと思っておりますので、そういう点に対する情報収集あるいはこれからの問題点についても、鋭意努力していきたいと思います。

山本孝史民友連

○山本(孝)委員 ぜひよろしくお願いをいたします。遺族の皆さんも高齢化が進んでおりますので、ぜひ生きておられる間にやっていただきたいというふうに思います。  対馬丸に関しては、沖縄開発庁の予算の中で、特別支出金という形で見舞金あるいは援護法の遺族給与金の十分の七のお金が出ております。なぜ沖縄開発庁の予算の中で出ているのか、大変に私は不思議でございますが、政治的な判断で、厚生省じゃなくて沖縄開発庁に持っていかれたんだろうというふうに思います。  遭難学童の遺族百四十四人に約二億円の特別支出金が支給をされている。これも、何となく、私が思いますのは、ほかの遺族の皆さんからすると割り切れない感情を持っておられるだろうというふうに思います。そういった意味もあって、御答弁は結構ですけれども、こういう形のやりくりをするという中で差別を生んでしまうような給付のやり方は、ぜひ再検討していただきたいというふうに思います。  それで、遺骨収集のお話はそうなんですが、先般、これは新聞報道でございますが、旧ソ連の抑留者五十一万人分の詳しい調査票がモスクワの歴史文献コレクション保管センターにあるということがわかった。これも民間団体の調査でございますが、判明をいたしました。ぜひ、この調査の資料を日本に早く引き渡していただけるように交渉していただきたい。外務省の所管だというふうにおっしゃるかもしれませんが、これも厚生省の大変重要な役割だと思いますので、いつまでにやっていただけるのか、どういう手続で今進んでいるのか、そこのところの御説明をいただきたいと思います。

炭谷茂厚生省社会・援護局長

○炭谷政府委員 先生が今御指摘されましたロシアに残っております旧ソ連抑留者の五十一万人の名簿でございますけれども、これにつきましては、平成三年に、日ソ間の政府間協定に基づきまして、ロシア側から日本側に提供されるという定めになっております。  したがいまして、私どもといたしましては、外務省とも相談しながら、ロシア側に対して働きかけを続けてまいりたいというふうに思っておるわけでございますが、先月、私どもの担当課長がモスクワに参りまして、その状況を把握し、また外交ルートで話を続けたいということを申し入れ、また、その保管状況について、先月調査してきたところでございます。

山本孝史民友連

○山本(孝)委員 厚生省として、この資料の内容でございますが、かなり詳しい項目がお一人お一人についてあるというふうに聞いております。御出身地あるいは当時の生活ぶりであるとか家族の方の生活ぶり等もあるというふうに聞いておるわけですが、そんなに詳しい資料なんでしょうか。

炭谷茂厚生省社会・援護局長

○炭谷政府委員 確かに詳細にわたるいろいろな、例えば日本における家族の状況とかそういうものを含めたような多数の、人によっては二十項目以上、五十一万人がすべてそうなっているというわけではないようでございますけれども、人によっては相当詳しい項目にわたっているというふうに伺っております。

山本孝史民友連

○山本(孝)委員 こうした当時の記録は時間とともに散逸してしまいますし、今回、大変貴重な資料として発見をされたというふうに思いますので、外務省のルート、あるいは直接担当者が今出向いているとおっしゃいましたけれども、粘り強く交渉していただいて、早く日本に引き渡しが実現できるように力を入れていただきたいというふうに思います。  続いてお聞きしたいのは、九段の戦没者追悼平和祈念館の問題であります。  来年、もう一年ほど先には開館する予定で、今建設が進んでいるというふうにお聞きをしております。私がこの国会へ出てきて、厚生委員会で初めて委員会の質問にといいますか、委員会が開かれた折に、土肥隆一先生が随分厳しくこの問題を御質問されておられたのを私はよく記憶をしておるのですが、それ以来ずっとこの問題の推移をフォローをしてまいったつもりでございます。  今回いよいよ建設されるということで、資料の収集等をやっておられます運営検討委員会が開かれて、どういう資料を収集するのか、どういう展示の仕方をするのかということについて検討されておられるわけですけれども、きのう御説明をお伺いをさせていただきました折に、こういう「戦没者追悼平和祈念館(仮称)の概要」というしおりをいただきました。その中に、「情報検索事業」というふうに書いてありますが、「戦没者の死亡状況情報(戦史叢書などのデータベース化)」をするのだということが書いてあるのです。  皆さん御案内のとおりに、この問題については随分議論がありまして、千代田区の住民の皆さんとのいろいろ一種トラブルもあって、建物の形がどうだというような話もあったり、検討委員会の方たちが理念に合わないということでおやめになったり、大変紆余曲折を経ております。  私がこの委員会の中でのこの問題に関する質疑を聞いております限りにおいては、国立の施設としてどういうものを建てるのかというときの最後の枠は、この厚生省がお書きになっておられるとおりに、「戦没者遺児をはじめとする戦没者遺族の経験した戦中・戦後の国民生活上の労苦に係る歴史的資料・情報を収集し、後世代にその労苦を知る機会を提供しようとするもの」であるというふうにお書きになっているのですね。戦中戦後の国民生活上の労苦、これを皆さんに、後世に伝えていくのだと。  展示内容の案も今見せていただきましたが、戦中戦後の、例えば空襲があったのだとか、灯火管制をしました、金属供出をしましたといったような生活ぶり、戦中戦後の生活についての情報の収集、展示であるというふうに理解をしております。この枠の中から、戦史叢書などのデータベース化というのは、明らかにはみ出している。この問題について、一回でもこの委員会の中で議論されたことがありますか。

炭谷茂厚生省社会・援護局長

○炭谷政府委員 祈念館の目的については、今先生御指摘のとおりでございます。  この今先生の御指摘の戦史叢書の件につきましては、この祈念館が中立て公正なものになるために、企画検討委員会というもので御検討をいただきまして、平成七年九月に一般に公開して、この部分も含めまして一般に明らかにしているわけでございます。  それでは、なぜこの戦史叢書というものをデータベース化するかでございますけれども、陳列につきましては、国民の戦中戦後の国民生活上の労苦を伝えるということについて陳列をするということにしておりますけれども、それを支えるための文書とか図書とかというものにつきましては、幅広く収集をしたいというふうに考えております。  その一環として、今指摘されております戦史叢書とか、また中央公論とか婦人公論とか、いろいろな諸雑誌がございます。そういうものにつきまして、一般の人には入手しにくいというものについて電子化をして利用に供しようというものでございます。

山本孝史民友連

○山本(孝)委員 戦史叢書というのは何ですか。

炭谷茂厚生省社会・援護局長

○炭谷政府委員 戦史叢書につきましては、これは、現在、非常に客観的で、ある程度学術的な文献、例えば大学の図書館とか、ある程度専門的な図書館には置かれておる非常に学術的な書物でございます。客観的な事実を載せている書籍だというふうに承知いたしております。

山本孝史民友連

○山本(孝)委員 局長、ちゃんとしたところを答えなきゃ。客観的な何に関する事実なんですか。何が書いてある本なんですか。

炭谷茂厚生省社会・援護局長

○炭谷政府委員 当時の陸海軍の行動についての事実を主に記載しているというふうに承知いたしております。

山本孝史民友連

○山本(孝)委員 だからこれは、日本陸軍あるいは陸海軍のいろいろな作戦があった、行動があったといういわば軍史ですよね。それと、今おっしゃった、国民生活の労苦を伝えるために、例えば婦人公論とおっしゃいましたけれども、そういった一般に市販されていた本と、国民生活を伝えるという部分と、軍隊の作戦行動記録という部分とは、随分話が違うのじゃないですか。

炭谷茂厚生省社会・援護局長

○炭谷政府委員 確かに、当時の状況を知る、また、当時の、今日で言う戦没者の遺族の置かれていた環境というものは非常に幅広くわたっているわけでございます。そのような環境を客観的に知る資料として必要ではないかということで、文書として、図書として収集しているというものでございます。

山本孝史民友連

○山本(孝)委員 だから、この目的の中に言っている、「戦中・戦後の国民生活上の労苦に係る歴史的資料・情報」の収集であると。「国民生活上の労苦に係る」という部分ですよ。  七階、六階の資料閲覧室はどういうものになるかという中に、戦中戦後の衣食住にかかわるところのいろいろな資料の展示であるというふうにおっしゃっておられる。きのうも御説明を聞いていても、展示の部分と資料の収集の部分とは違うのですというふうにしきりとおっしゃるけれども、この建物は何のために建てるのですかといったときに、ここの目的に書いてあるとおりなんですね。  戦後五十年以上過ぎました。外国からもいろいろな方たちが来られるでしょう。その方たちが見ても不快な思いをされないようにということも随分この委員会の中で議論になりました。価値観を伴ったような展示はしないのだということで、随分ここのところも枠がはまりました。それは展示に対して枠がはまっただけであって、すなわち六階、七階部分については枠がはまったけれども、五階以下については枠ははまっていないのだというようなきのう御説明のされ方をしたので、それは違うでしょう、何のために国立の施設を建てるのですかと。  ここにどういう趣旨があるのですかというときに、何回も繰り返しますけれども、戦中戦後の遺家族の生活の労苦を伝えるのだという話であって、今おっしゃった戦史叢書のデータベース化というのは、明らかにこの目的の範囲から逸脱をしております。やるのであれば、これは防衛庁の予算の中でやればいいことです、もし必要性があるのであれば。それをこの国立の戦没者追悼平和祈念館の中にデータベースをつくるというのは、私は趣旨に合わない。少なくとも、国会のこの委員会審議の中では一回も審議されたことはない。そんな話が急に検討委員会の中で出てきて、だからこういう話で決まったのですという話は、私は違うと思いますよ。少なくとも目的から逸脱していると私は認識しているのですが、大臣の御見解を伺いたいと思います。

小泉純一郎自由民主党厚生大臣

○小泉国務大臣 私はそうは思いません。陸海軍がどういう行動をしたか、これまた貴重な戦史の資料であり、国民に伝えなければならない点もあると思います。

山本孝史民友連

○山本(孝)委員 これは国立の施設としてつくるのです。ぜひ、今までの、この国会の、少なくともこの厚生委員会におけるこの問題に関する審議の記録を、大臣、ちゃんと読んでいただいて、ちゃんと担当者の方からお話を聞いていただきたいと思います。今大臣がおっしゃったような御見解の御披露は、一度もありません。  申し上げているように、遺家族のお気持ちはわかるのですけれども、それであるならば、これはそもそも、この建物そのものも日本遺族会がっくればいい話なんですよ。国有地の上に国立の施設としてつくるのだ、運営費もずっと国がお金を出し続けるのだということは、遺族会のためにつくっているわけではありません。日本国民全体、あるいは日本国を訪れる世界の皆さんのためにつくっている国立の戦没者追悼平和祈念館であります。極力価値観を排除するのだということでやってまいりました。その中で、なぜ日本軍の行動記録をデータベース化してこの中に置かなければいけないのか、もう一度大臣、御答弁をいただきたいと思います。

小泉純一郎自由民主党厚生大臣

○小泉国務大臣 置かなければいけないのか、私は、どうして置いてはいけないのかということをお聞きしたいです。

山本孝史民友連

○山本(孝)委員 何回も申し上げますように、ここに皆さんがお書きになっているとおりに、この平和祈念館の目的は何なんだと。それは、「戦争に関する歴史的事実のうち」「遺族の経験した戦中・戦後の国民生活上の労苦に係る歴史的資料・情報」の収集なんだというふうにみずからちゃんと枠をおはめになったんです。そこの枠をこの話は私は踏み出しているというふうに何度も申し上げています。  そこが大臣と御認識が違うのかもしれませんが、少なくともこの委員会の中ではさような質疑はありませんでしたので、そういうふうにおっしゃるのであれば、きっちりとした御見解、もう一度この会館の目的のところから書き直しをされればというふうに思います。もう一遍議論をし直すべきだというふうに私は思います。  それから、同じように今広島と長崎に原爆死没者の追悼平和祈念館をおつくりになるということでお話が進んでおります。被爆者援護法の制定で四十一条に平和祈念事業ということが置かれました。そもそも、それよりも以前からこういった施設をつくるべきではないかという議論があったことも承知をしております。しかしながら、私もこの問題は何回かこの委員会でお聞きをいたしましたけれども、現在広島、長崎には既に原爆資料館という建物がございます。たくさんの方が来館をされておられる。  それで、その建物と今おつくりになろうとしている原爆死没者追悼平和祈念館との違いは何なんだということを何度もお聞きをしました。明確な御答弁は残念ながら私はまだいただいておりません。検討委員会の中でもあるいは厚生省の中でも、機能は重複しないようにするんだというふうにしっかりとこれはおっしゃっておられます。目的としては、原爆死没者の慰霊や平和祈念、国内外の情報の収集、国際協力、交流等による国際貢献事業を考えているというふうにおっしゃっておられます。そこのところも承知をしております。  しかしながら、今この検討委員会の中でさまざまな意見が出ておりますね。それで、参加しておられる地元の実際の被爆者御自身が、この施設は重複しないで建てるという意味において非常に難しいのじゃないかというか本当にこの施設は必要なんだろうかという声が、首をかしげておられますが出ております。そういう意味において、私は地元の意向をよく聞いていただきたいというふうに、これは聞くとおっしゃっていますが、地元に聞けば聞くほどこの施設は必要ないんじゃないかというふうに私は思えるんですね。  そういう意味で、財政構造の再建途上でもありますし、既に原爆資料館もあるわけですし、これは思い切って建設の中止も含めて再検討してみるべきではないかというふうに思うのですが、大臣、いかがでございましょうか。

小泉純一郎自由民主党厚生大臣

○小泉国務大臣 私もそう思いますね。屋上屋を重ねる、なぜ重複するようなものをつくるのか、私は再検討すべきだと思います。

山本孝史民友連

○山本(孝)委員 今再検討するとおっしゃいましたのですが、祈念館の開設準備検討会というのがずっと回を重ねてやってこられております。きのう、それの報告をいただきました。  ずっと読ませていただきましたけれども、どうもこれは国は建物をつくりたい、何か入れ物をつくりたい、ハードな部分をつくりたい、実際にはこれは地下施設と書いてありますが、という形なんですね。それで、実際に地元の皆さんあるいは被爆者団体の方たちが御要望されておられるのは、極めてソフトにかかわる部分なんですね。資料の収集であったり、あるいはそれの、これこそデータベース化であったり、インターネット上でホームページをつくって被爆者の生活状況を諸外国に各国語で発信をするのはいかがだろうかというような大変貴重な御意見、ソフトの充実の部分での御意見がいっぱい来ている。  そういう意味において、今あります原爆資料館の機能を充実する、あるいはそこに基金をつくってあげて、そしてそれでいろんな事業をしていくという形の方が私ははるかにお金が生きてくるんじゃないかというふうに思います。  同じ建物の中で、大臣御承知のように、広島には原爆ドームというユネスコの世界遺産がございます。原爆資料館もございます。ああいったところを無料で入れるようにするとか、いろんな形でお金の本当の使い方があるように思いますので、大臣、再検討するとおっしゃっておられます。割と今の御発言は建物そのものの必要性を認めておられない発言だと思いますので、局長、その線でやっていただけますね。

小林秀資厚生省保健医療局長

○小林(秀)政府委員 今大臣から、もう一遍よく考え直せ、こういうような御趣旨で御答弁いただきました。  ただ、私の立場でいいますと、これは今先生もおっしゃられましたように原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律第四十一条に「平和を祈念するための事業」としてきちっと書かれておりまして、それに基づいて今までずっと、実は平成五年から検討会を開いてまいりました。そして昨年、中間報告も提出させていただきました、先生今それも読まれていらっしゃるわけでございまして。その後我々としては、広島市、長崎市に出向きまして、地元の被爆者等の皆さん方からいろいろ御意見を伺っておりまして、今のところは設置自体に反対する意見はなかった、このように承知をしております。  ただ、先生も今お話しになられたし、大臣もおっしゃられましたように、屋上屋を重ねるということはよくないことだということでございますから、私としても、大臣の今もありますので、きちっと再度、もう一遍検討してみよう、このように思っておるところでございます。  それで、今先生もお話しになりましたように、データベースだとか、それからそれに基づいて国際交流だとかいうことについて資するように努力すべきだということは、実は今この祈念館の中のソフトの話も、私は検討班に入っておりますので、そういう点も踏まえて、まだ最終報告に至っておりませんので、最終報告に向けて努力をしたいと思います。

山本孝史民友連

○山本(孝)委員 祈念事業をやるというふうに法律には書いてありますが、建物を建てるというふうには書いてございません。そこのところを自分たちで勝手に路線を引いて、引いてしまったものだから戻れないという話はやめていただきたい、お金のむだ遣いでございます。  そういう意味で、ひとつきっちり、こういう意見が出ました、大臣もこういう御意向でしたということを検討委員会の中にきちっと伝えていただいて、それを踏まえた御議論をしていただきたいというふうに思います。  きょうはありがとうございました。

柳沢伯夫自由民主党

○柳沢委員長 福島豊君。

福島豊平和・改革

○福島委員 私はまず初めに、中国残留邦人の帰国後の問題についてお聞きをしたいと思っております。  帰国支援そしてまた帰国後の定着自立支援ということでさまざまな施策が講じられているわけでございますが、私は大阪の出身でございますが、地元の議員の方から、どういう状況なのかとお聞きしますと、生活保護を受ける方が非常にふえてきているんじゃないかというような声をお聞きしたことがございます。  中国残留邦人の帰国者の場合には、日本語の習得とかさまざまなハードルがあるわけでございまして、そしてまた就労ということになりますと、現在大変に経済の状況が悪いということもありまして、二重の意味で大変な努力をされておられるのではないか、そのような思いがいたすわけでございます。  そこでまず初めに、残留邦人の永住帰国者、また、家族の方が一緒に来られることもあるわけでございまして、帰国後の生活の実態について厚生省としてどのように把握しておられるのか、お聞かせいただきたいと思います。

炭谷茂厚生省社会・援護局長

○炭谷政府委員 中国帰国者の生活の状況につきましては、平成七年三月に実態調査をやっております。  ちょっと時点が古うございますけれども、これによりますと、就労、働いていらっしゃる方は、帰国後一年未満の世帯では二八・二%、それから帰国後三年から四年未満の世帯では七一・八%、五年以上の世帯では七四・七%ということで、帰国後年数を経るに従って働いていらっしゃる方の割合は高まっております。  その逆に、生活保護世帯は逆相関になるわけでございますけれども、帰国後一年未満の世帯では八一%の方が生活保護を受けていらっしゃいますが、五年以上になりますと二七%ということで、帰国後年数を経るに従って生活保護受給世帯は減少いたしております。  先生ただいまおっしゃいましたように、非常に経済情勢厳しゅうございますから、今日の状態ではなおやや厳しい状態に置かれているのかもしれないというふうに思っております。

福島豊平和・改革

○福島委員 五年たちまして、二七%の人が生活保護を受けておられる。これは、五年たってそのような状況だということは、その後も恐らくそうなるだろうというふうに想像されると思うのです。これは、定着自立というのがなかなかうまくいってないということなんだろうと私は思います。  この定着自立の支援のための政府の対応というのはさまざまに改善をされてきているわけでございますが、しかしそれにもかかわらず、四分の一の方がそうした形で残ってしまうということであれば、本当にそこに一体どんな問題があるのか、どういう障害があるのかということについて、きちっとこれは調べなければいかぬのだろうというふうに私は思うのですが、その点につきましてどのようにお考えか、お聞かせいただきたいと思います。

炭谷茂厚生省社会・援護局長

○炭谷政府委員 これにつきましては、調査をしたことがございます。  この調査によりますと、就労していない理由というものにつきましては、まず、病気のためというものが一番多いわけでございます。これが六三%程度でございます。それから、日本語が不自由であるという方が二三・八%。自分に適した仕事がないという方が五・二%ということになっているわけでございます。

福島豊平和・改革

○福島委員 病気の場合にはどのような対応ができるのか、病気の種類にもよるでしょうけれども。四分の一は少なくとも言語的な問題、そしてまた技能の問題というところに収れんするわけでございまして、ここのところはさらに徹底した対応をするということで改善し得る部分だと思うわけでございまして、厚生省としての積極的な取り組みをお願いしたいというふうに思っております。  そしてまた、地元の要望としまして、この残留邦人の帰国後どこに住むのかということで、いろいろとあっせんされるわけでございますが、親族のおるところ、親族がいなければ紹介されるという形になると思いますけれども、地域によってさまざまな濃淡があるわけですね。私の地元は比較的多うございます。大阪府下の各市町村の分布を私は見たことがございますが、かなりばらつきがあるわけでございまして、多いところでは、四分の一の方が同時に生活保護を受けるということになるわけですから、生活保護の負担というのが自治体の財政にとりましては大変大きくなるということもございます。  この点につきましては、それは自治体の責任ですよ、市町村の責任ですよということではなくて、この中国残留邦人の帰国の支援、定着自立の支援ということにつきましては国が行っているわけでございますから、そこまで含めて私は支援をしていただきたいと思うわけでございまして、この点につきましてのお考えをお聞きしたいと思います。

炭谷茂厚生省社会・援護局長

○炭谷政府委員 ただいま先生が御指摘なさいましたように、中国残留邦人の帰国者の居住地は、地域によっては集中するというところが見られることは事実でございます。  そこで、私どもの居住地の決め方でございますけれども、中国残留邦人の帰国者の本籍がある場合、もしくは身元引き受けの方がいらっしゃる場合は、あくまで帰国者が希望する場合でございますけれども、その都道府県に居住していただくというふうにいたしております。これに該当しない場合、つまり本籍が明らかでないとか、また身元引き受けがいらっしゃらない場合は、本人の意向や各都道府県の受け入れの状況などを見ながら、居住地の調整をいたしております。  しかし、帰国者の希望というものはまず優先して考えなければいけないわけでございますけれども、それも踏まえながら、特定の都道府県に過度に居住地が集中しないよう配慮しなければならないということも事実でございます。このような配慮も今後していきたいと思っております。  また、帰国者が生活保護を受けていらっしゃるというケースが多うございますので、生活保護の地方負担が、その市、県に集中する可能性があるわけでございます。  生活保護につきましては、四分の三の国庫補助負担がなされておりますけれども、地方負担の四分の一につきましては交付税措置、また特に被保護が急増している場合は、特別交付税によって措置されているわけでございまして、このような財政措置によって地方負担の適正な措置というものに努めておるところでございます。

福島豊平和・改革

○福島委員 交付税の措置をしますということでございますが、特別交付税という点におきましてもぜひ弾力的な対応をしていただきたいというふうに要望させていただきます。  そして次には、樺太等の残留邦人の帰国の問題についてお聞きをしたいと思います。  ちょうだいいたしました資料では、一時帰国者の数は、全体で四百名を超えるほど多い。ただ、実際に永住帰国者の数となりますと、世帯で十五世帯、大きな差があるわけでございまして、このような数字を見ますと、樺太などからの帰国ということにつきましては、中国からの場合と別途に、何か障害があるのかどうなのか。そしてまた、支援のあり方自体に差があるのかどうなのかということが気になるわけでございまして、政府としてどのような支援をしておられるのかということにつきましてお尋ねをしたいと思います。

炭谷茂厚生省社会・援護局長

○炭谷政府委員 樺太残留邦人の永住帰国でございますけれども、確かに、一時帰国者に比べて著しく少ないという実情になっております。これは、樺太の残留邦人の置かれている状況、特に樺太の残留邦人の方々は相当長く戦前から居住されているというような事情から、中国の残留邦人の方とは事情を異にしているということで、一時帰国をしてみたいけれども、日本に永住帰国までは望まないという方が多いというのが実情でございます。  しかし、永住帰国をされる方につきましては、中国残留邦人の方々と同じ援助措置を講じているわけでございます。  例えば、樺太の居住地から日本の居住地までの旅費、また自立支度金、身元引受人のあっせん、自立指導員の派遣、公営住宅への優先入居の措置などを行っております。

福島豊平和・改革

○福島委員 なかなか中国の場合と違いまして、もともとそこに住んでいたということで帰国を望まない方が多いんだという御説明でございますが、望む方はその中でもおるわけでございますので、的確な対応をお願いいたしたいと思います。  そして次にお尋ねしたいことは、ソ連の抑留中に死亡した方の遺骨の収集ということでございます。  大変にたくさんの方が戦後抑留されたわけでございまして、その中で、命を落とされた方もたくさんおられます。平成三年にゴルバチョフが来日して以来、この事業をするということがスタートしたわけでございます。平成四年からスタートしたわけでございますが、取り組みを始めたのが極めて近年であるということから、この事業がどう進むのか、戦後もう五十年を過ぎたわけでございまして、遺族の方も高齢化がどんどん進んでいるということでございまして、これは本当に早く対応をしていかなければいけない、集中的に対応していかなければいけない、そういう課題なのではないかというふうに私は考えております。  平成四年からスタートしたわけでございますが、現在までにどの程度この遺骨収集事業というものが進捗しているのか、どの程度の結果になっているのか、この点につきましてお聞かせをいただきたいと思います。

炭谷茂厚生省社会・援護局長

○炭谷政府委員 旧ソ連地域の抑留中に死亡されたという方は五万人を超える、五万三千人に上るわけでございます。現在までのところ、今年度までに収集いたしました遺骨は六千三百十一柱でございますので、まだかなり残っております。  そこで現在、平成四年度から遺骨収集が本格化いたしたわけでございますけれども、ただいま先生が御指摘されましたように、遺族の方々が高齢化しているということで、できるだけ速やかに遺骨収集を進めなければいけないというふうに考えているわけでございます。したがって、平成九年度から五カ年計画を立てまして、遺骨収集に最大限努力を傾けまして、遺骨収集の見通しをこの五カ年間でつけたいという方向で努力をいたしております。

福島豊平和・改革

○福島委員 平成四年から今までで五万三千人のうちの六千三百柱ということですから、一割二分ということになるわけですね。ですから、このまま同じペースでいきますと、十倍近くかかるわけですから、何十年という話になるわけでございまして、今、五カ年計画で進めたいということでございますが、これは五カ年でこの遺骨収集に関してはほぼ完了するというスピードで取り組まれるということなんでしょうか。そこのところを確認したいと思います。

炭谷茂厚生省社会・援護局長

○炭谷政府委員 五カ年間で完全に終わるということはなかなか難しいだろうと思いますけれども、できるだけおおむね終了するという形で何とか見通しをつけていきたいということで努力をしたいというふうに思っております。

福島豊平和・改革

○福島委員 遺骨の存在する地域というのは、気候的にも大変厳しいところで、収集ができる時期というのも限られているわけでございます。そういう意味では、今おおむね完了するという御発言ございましたが、大変な事業でございますけれども、御発言のとおりに、この五年間で、完全とは言いませんけれども、本当に事業につきまして遺族の方が納得していただけるような、そのような進捗というものをお願いをいたしたいと思います。  以上で私の質問を終わりにさせていただきます。どうもありがとうございました。

柳沢伯夫自由民主党

○柳沢委員長 久保哲司君。

久保哲司自由党

○久保委員 自由党の久保哲司でございます。  本日の議題でございます戦傷病者戦没者遺族等援護法並びに父母等の特別給付金支給法の一部を改正する法律案、これに関連して何点かお尋ねをしたいと思います。  考えてみますと、戦争が終わってもう既に五十年を経過し、五十三年たちました。戦後処理という言葉というのは、決して余りいい響きじゃないかもわかりませんけれども、五十三年たってなお、先ほど来いろんな質問がありましたけれども、そういった事業を国家としてやらなければならない、そのこと自体ある意味で膨大なマイナスの遺産のような気がしてなりません。  小さいときに、よく、僕は戦後生まれなんですけれども、戦争映画を映画館に見に行きました。自分はそのヒーローと同じようになったつもりで、格好ええななんて思ったことがありますけれども、あるとき、ふと思うと、あの映画の場面の中で、弾がぱちっと一発当たってぽてっとこけていく人いっぱいおります。ひょっとしたらおれがあれやったらどうなんねん思うたときに、こんなばかな話あるかと思うたことあるんですけれども、まさに、人の命を奪うといいますか、こういう行為というのは、たとえ国家の名においても、また正義の名においても、基本的には行われるべきものではなかろう、私はそのように思います。  あるとき、私が好きな小説、「人間革命」という小説でありますけれども、その第一巻の冒頭にこういう表現がございます。  戦争ほど、残酷なものはない。  戦争ほど、悲惨なものはない。  だが、その戦争はまだ、つづいていた。  愚かな指導者たちに、ひきいられた国民もまた、まことにあわれである。  人びとは、八年におよぶ戦火に、親を失い、子を失っても、その苦しみに堪えてきた。 云々、こう続くわけでありますけれども、こういうものを考え合わせるにつれて、今また私自身、こういう仕事につかせていただいて、さまざまなことに触れるにつれて、戦争というのは、日本国憲法の前文にもその反省が強く強くにじみ出ておるわけでありますけれども、戦争というものを一体どう認識するのか。  もちろん、世界平和の秩序維持のために、世の中でいえば、いわゆる薬物中毒になった人たちが、むちゃくちゃ、そこら辺で、町で人を殺したりするやつ、これを何とか防御せぬといかぬという、そういうことが必要なことも、これまたわかります。  そういう意味では、世界の中でどうしても避けて通れない最小限の秩序維持のための装置というのは必要なんだろうと思うわけでありますけれども、いわゆる戦争というものについて、今まさに この戦後処理を担当しておられる大臣として、戦争というものについての御認識といいますか、どのようにお考えか、まず冒頭、ちょっとお伺いしたいと思います。

小泉純一郎自由民主党厚生大臣

○小泉国務大臣 戦後五十年以上たってもなお戦争の傷跡が深く悲惨なものであるという認識を多くの方が持っている。私は、戦争を避けるためにあらゆることをしなければいかぬ、政治家として、戦争を二度と起こしてはいけない、これが一番大事な仕事だと思っております。     〔委員長退席、根本委員長代理着席〕

久保哲司自由党

○久保委員 今、政治家として、戦争というものは絶対にやっちゃならぬと思うというお言葉を発せられました。私も、ぜひそのことを強くお持ち続けいただいてこの戦後処理の仕事に当たっていただきたい、そのことをお願いする次第であります。  戦争というのは、もう何度も何度も言う必要ございませんが、さきの大戦では、軍人二百三十万人、一般人が八十万人、合計三百万を超える方々が命をなくされました。その結果、当然のことながら、遺族が発生し、また、亡くなられないまでも、いわゆる傷疾軍人になられた、また、障害者になられた、そういった多くの方々がおられるわけであります。  ちょっと前の資料なんですけれども、法律時報の六十一巻に、ある学者さんが、「戦争犠牲者援護立法の推移」ということで、いろいろな法律、今回のこの二法もここの中に入っておるわけでありますけれども、いろいろな法律が、いつできて、今どういう状況だということを調査された一覧表がございます。その中に、それこそここに並んでいる法律だけで十六本あります。  もちろんすべてが厚生省の所管でない部分もあるわけでありますけれども、この十六本の法律によって、今、いわゆる戦後の処理、後始末といいますかそういったことが行われておるわけでありますけれども、この法律、考えてみますと、今回の厚生省から出されております法案だけで、前の方の法案で、対象者が約五万四千今後の方の、父母等については、これは圧倒的に数が、五年単位でがくんがくんと減って、今回は八百十人の方が対象。  しかし、それ以外に、被爆者関係でいいますと、なお二十数万人の方がおいでであるとか、あるいは、戦傷病者の特別援護法であれば九万五千人近い方が対象になっておられるとか、あるいは、未帰還者の関係でいえば二万五百人近い人たちが対象になっている。また、恩給の中でも、軍人関係だけで百六十万人近い方々がおいでである。  こういうことを考えますと、もちろん基本的には年々年々、一つ一つ減っていってはおりますけれども、私は、まあいよいよ今世紀、世紀末、二十一世紀、何としても、ある意味で明るい状況でもって、気持ちでもって新しい世紀を迎える、そんなことを考えたときに、早く終わらせたいと言うたら、もちろん遺族の方がおられる限りそんなわけにもまいらぬわけでありますけれども、そこらあたりのことを国家としてなお一層手を尽くしてやっていくべきであろう、そんなふうに思うわけであります。  そこで、今、一部で訴訟も行われているそうでありますけれども、厚生省の今回出しておられる法案に関して、なぜ国籍条項が必要であったのか。先ほど申し上げたさまざまな法律の中でも、国籍条項関係なく適用されておられる法律もあるわけでありますけれども、この法案に関して、過去何度か議論されたかと思いますけれども、何ゆえに国籍条項というものが必要であったのかということについてお尋ねをしたいと思います。

炭谷茂厚生省社会・援護局長

○炭谷政府委員 援護法に国籍要件が設けられている理由は二点あるわけでございます。  一つは、朝鮮半島や台湾のいわゆる分離独立地域に属する人々の財産・請求権の問題につきましては、昭和二十七年のサンフランシスコ平和条約において二国間の外交交渉によって解決されることになったことでございます。  第二点は、援護法が国籍条項を有する恩給法に準拠して制定されたという事情からくるものでございます。

久保哲司自由党

○久保委員 だけれども、現実には、確かにかつて満州国が日本であった、日本国籍を持っておられた。朝鮮の方も日本国民であった。もちろん、その大半については、今おっしゃったように、サンフランシスコ講和条約以降、二国間の平和条約に基づく交渉としてやってこられたのだと思いますけれども、現に今訴訟をやっておられる方々は、訴訟内容の具体的なことは私は存じませんけれども、起こっておることは事実でございます。  そういう意味では、これもまたある意味で戦後後遺症の一つなんだろうと思いますけれども、先ほども申し上げましたように、全体的に戦後というものを、少しでも早く言うならば清算できるためにも、そういったことについて一つ一つ丁寧な取り組みというものをやっていただきたい、そんな思いがいたします。  同じく、このことに関して二つ目でありますけれども、戦傷病者戦没者等の遺族等援護法に関しては、その第一条の目的のところで国家補償の観点に立ってということが明記されているわけでありますが、これもまた、先ほど申し上げました多くの法律の中には、そういった国家補償という考え方が取り入れられている法律と、そうではなくて、いわゆる福祉の観点あるいは医療の観点ということで取り組まれている法律もございます。その差異といいますか違いというか、と同時に、なぜこの法律が第一条にそこまで明記されたのかということについての理由をお聞かせいただきたいと思います。

炭谷茂厚生省社会・援護局長

○炭谷政府委員 援護法を初めといたします援護関係法律というのは、戦傷病者、戦没者遺族を国家補償の精神に基づいて援護をするという目的で制定されております。  そこで、この援護法を初め国家補償に基づく法律と、先生の御指摘されましたいわゆる社会福祉的な法律との差異でございますけれども、一番端的にあらわれますのは、一つは、対象者といたしましては国と密接な関係、つまり雇用関係もしくはそれに類似した関係にあった人ということとか、また公務に原因した傷病というような原因と、それから給付の面であらわれますのは、所得制限を国家補償の場合は設けていないというようなところにあらわれてくるのではないかというふうに思っております。

久保哲司自由党

○久保委員 戦争そのものを、かつて原爆に関していろいろな議論があったときにも、戦争は国が起こしたのじゃないか、だからすべての被害というのは国家補償の対象にすべきである、あるいは、そうじゃない、原爆は特別なんだといったようなさまざまなかつての運動の経過がございました。  そんな中で、先ほども生活保護のことに触れておられましたけれども、生活そのものが大変であるということで、そういう観念的な議論は横へ置いておいても、まずは我々の生活どないかしてくれや、このような運動になっていった部分もあったやに聞きます。  もちろん、そういった社会的な背景も相まって現在の法体系ができ上がっているのだろうと思いますけれども、私は、基本的には、やはり国家が起こした問題というのは国家がすべてに関して責任を持つという姿勢が一番大事なんだろうというふうに思います。もちろん、今後、仮にそんなことを確認したところで、戦争そのものは起こしてはならぬ行為でありますから、そんなことを想定してずっと書き残しておく必要もないことではあろうかと思いますけれども、そんな思いでおることをつけ加えておきたいと思います。  次に、先ほど申し上げましたさまざまな法律の中で、今回対象になっておりますこの二つの法律に係る人員が、ある意味で幸いなことにといいますか、一番少ないというような印象を持っておるわけでありますけれども、この戦傷病者戦没者遺族等援護法あるいは戦没者の父母等に対する特別給付金支給法に係る対象者の数、正式な分、これを過去からのトレンドで見て、お聞きするところによりますと、障害年金を受けておられる方々の平均年齢というのは七十歳代前半、一方、遺族年金を受けておられる方々の平均年齢というのは八十歳代前半になっているというふうにも伺っておりますけれども、この二法に係る実情、実態、そして、今後の見込みといいますか、早い話が、いつごろになればこの法律終わりましたと言える状態になるのかという、そこらあたりの見込みを教えていただければと思います。

炭谷茂厚生省社会・援護局長

○炭谷政府委員 現在の援護法の受給者の方々は、先生の御指摘のとおり、例えば遺族年金の受給者で八十三歳、また障害年金の受給者で七十三歳という形で、大変平均年齢は高齢化しております。また、毎年三千人から四千人程度は減少しているという実情でございます。しかしながら、七十歳未満の方々も相当いらっしゃるということもあるわけでございます。減少はしていくものの、援護年金支給につきましては今後も相当長く支給が続いていくのではないかというふうに思っております。  いつまで続くかというのは、なかなか予測は難しいのではないかと思います。

久保哲司自由党

○久保委員 もちろん、先ほどもちょっと申し上げましたけれども、ある意味で忌まわしいといいますか、そういう法律というのは早くなくなればいいわけでありますけれども、一方、現にその被害を受けられた悲しみをお持ちの方について、国がしかるべき措置をきっちりとやっていくということも、これまた必要なことでありますので、その点、相矛盾するようなことを申し上げますけれども、ぜひともよろしくお願いをしたいと思います。  次に、いわゆる平和祈念館のことについて一、二お伺いをしたいのでありますけれども、先ほども御議論がございましたので、私の方からは、詳しい内容は別にいたしまして、また専門家もおいででございますので、詳しい話は別にしますけれども、現在、ハードな面、ソフトな面含めまして、その進捗状況、まずこれをお聞かせいただきたいと思います。

炭谷茂厚生省社会・援護局長

○炭谷政府委員 まず、ハードの面につきましては、平成八年の十月に建設工事に着工いたしました。その後、工事は順調に進んでおりまして、来年の三月には開館できるということで進んでおります。  また、一方、ソフトの面につきましては、中立て公正な運営を維持するために運営検討委員会を開いていただいております。その御議論を踏まえまして、例えば実物資料の収集、図書の収集、情報検索システムの整備など、並行して進めているわけでございます。

久保哲司自由党

○久保委員 僕は、この戦没者追悼平和祈念館、ある意味で、冒頭大臣もおっしゃいましたけれども、私どもにとってさきの大戦をどう評価するかは別にして、人間の命を奪うものである戦争というものは我々は決して歓迎すべきものではないという、その観点からの展示内容等々にすべきであると思います。  一方、そういう意味で、そこに来館される方が、今後またそういったものができれば小中学生等の修学旅行等の対象にも当然なるのでしょうけれども、それを見て、平和というものを大事にする、その気持ちを一層高めていただけるような内容にすべきであるのだろうというふうに思うわけであります。  そういう意味では、今局長からの答弁にもありましたけれども、まさに中立的な意味での運営をお願いしたいし、展示内容についても、先ほど一部御議論があって、質問者と大臣の見解の相違だというような話もありましたけれども、こういったものは、当然、人間がこれだけおる以上、一〇 〇%の人がそうやそうやと言うやつというのはなかなか見つからぬかもわかりませんが、まさに平和を希求するという日本国憲法の前文にあるこの部分を大事にした、そして平和というものを二十一世紀に向かって日本が世界各国に改めて発信をする、そのような建物であるべきであろうというふうに私は思うのであります。  この祈念館、いよいよこの秋には建物が竣工し、来年の春にはオープンできるというようなお話でありますけれども、大臣は、この建物の完成によって、所管大臣として日本国民あるいは世界に対してどういうメッセージを発しようとされておられるのか、そのことを最後にお伺いして私の質問を終わりたいと思います。     〔根本委員長代理退席、委員長着席〕

小泉純一郎自由民主党厚生大臣

○小泉国務大臣 戦争というのは大きな犠牲を伴うものであり、軍人のみならず民間人に対しましても大きな犠牲を強いるものだと思います。  そして、現在我々があるのもそのようなとうとい犠牲の上に成り立っているんだ、二度とこのような悲惨なことは起こしてはならないということがこれからの若い世代にも伝わり、お互い平和を大事にしよう、平和のありがたさをかみしめ、二度と戦争を起こしてはならないというような祈念館になるということを期待しております。

久保哲司自由党

○久保委員 以上で終わります。

柳沢伯夫自由民主党

○柳沢委員長 瀬古由起子さん。

瀬古由起子日本共産党

○瀬古委員 日本共産党の瀬古由起子でございます。  今回の改正は、恩給が総合勘案方式を採用しまして初めて物価上昇率を下回る結果となっております。これは公務員の給与改善率が物価上昇率にも満たないという、実に一九八三年に人勧実施が見送られて以来十五年ぶりの事態、それが原因でございますけれども、本改正案は援護年金等の改善を図るものであり、私たちは賛成するものです。  この際、戦争による被害者を援護するという法の趣旨にかかわって、原爆被害の問題であります長崎の原爆松谷訴訟について質問をいたします。  原告の松谷さんは、三歳五カ月のとき、爆心地から約二・四キロ離れた自宅で被爆、そのときの傷で右半身麻痺という障害を負って半世紀を生きてきました。私も何度かお会いしましたけれども、右足は変形してかかとと親指と人さし指が下につかない。つくところは力がそこにかかって魚質化して、針で刺したような痛みを持ちながら生活をしておられるのです。そして、リンゴをむくときなどは、左手で四分の一に切って、そして右手に、おなかに抱えて挟み込んで、左手で皮をむく、こういう状態です。  松谷さんは、本当に自分の姿を知ってもらおうというために、下着姿になって自分の体を写真に撮ってこの原爆症の認定の申請をされたわけですけれども、国は却下をいたしました。今まで、障害があるためにいつも争いなんというのを避けて目立たないように自分は生きてきたけれども、やむにやまれず裁判で訴えられましたけれども、長崎地裁、福岡高裁、二度にわたって、裁判で、国の却下していたことが間違っていた、こういう判決が出たわけです。ところが、国は昨年十一月、最高裁に上告をいたしました。  そこでお聞きしますけれども、原爆症の認定では、放射能に起因するかどうか、こういう点で人体への被曝線量をどう推定するかが焦点の一つとなっております。厚生省が裁判の中で合理的だとされているのがDS86という被曝線量推定方式なんですけれども、この方式は、一九九八年、ことしをめどに専門家によって修正しなければならない、こういう検討が今されているところですね。ですから、裁判所の判決の中でも、こういうものを検討されているところなので絶対的な尺度とすべきでない、そう指摘されております。  厚生省は、今その見直しについてどのようにお考えでしょうか。

小林秀資厚生省保健医療局長

○小林(秀)政府委員 今先生がおっしゃられましたように、松谷さんの件につきましては、昨年の十一月二十日に国としては最高裁に上告をいたしております。  今先生がおっしゃいました、その問題になっておりますDS86のことについてお話を申し上げたいと思います。  原子爆弾被爆者の被曝した放射線量につきましては、一九八六年に日米合同委員会によってまとめられた一九八六年線量評価体系、それをDS86と申していますが、これが現時点における最良のものとされておりまして、国際放射線防護委員会、ICRPの基準の根拠として用いられるなど世界の放射線防護の基本的資料となっております。  しかしながら、長距離における中性子のデータの計算値と実測値の一部不一致等について指摘されましたことから、先生御指摘のように平成元年に日米双方で委員会を設けて研究を継続することとされておりまして、平成十年度中に取りまとめを行うことになっております。  なお、DS86にこのような科学的に明らかにすべき点があるのは事実でございますけれども、現在のところ、原爆放射線においては全体としてガンマ線の寄与が大きくて中性子の寄与は少ないので、結果的には原爆症認定のあり方などに大きな影響を与えることはないものと私どもは判断をいたしておるところでございます。  そういうことで、私どもとしては、福岡高裁の判決は、原爆症の認定の要件である起因性について、相当程度の蓋然性で足りるとしていることや、その根拠となる医学的、科学的な知見の理解についての問題がありまして、制度の基本的あり方に関することから、司法の最終判断を仰ぐべく上告したものでございます。

瀬古由起子日本共産党

○瀬古委員 この被曝線量の評価システムというのは、厚生省も御存じのように研究によって見直しがずっと図られてきた歴史があるわけですね。  実際に放射線がどのように人体に影響を与えるかという問題などは、人体実験ができないわけですから、なかなかこれだというふうにやはり証明できないものがあるわけですね。そういうことも含めてこの原爆の被害というのは考えないといけないのじゃないかというふうに私は思うわけです。  被害の立証の困難さへの配慮という問題でいいますと、例えば戦傷病者戦没者遺族等援護法では、事変地または戦地における負傷、疾病等は、故意または重大な過失によるものであることが明らかでないときは、公務上負傷し、または疾病にかかったものとみなす、このようにしているわけです。重大な過失によることが明らかでない場合は広く援護しようじゃないか、こういう立場を戦傷病者、戦没者などの問題についてはとっているわけです。  そして、この原爆の被害についても、被爆者の病状といいますか状態というのが、明らかにこれが原爆と無関係なんだという証明がされない限り、原爆に直接的に、また副次的に関係した可能性があるというふうに考えて、そして対処しなければならない。こういうものでなきゃならないというふうに決めつけないで、もっと被爆者の実態を配慮した判断をしなければならないのじゃないかというのが、二回の判決によってももう明確に出されているわけですね。  厚生省も御存じのように、被爆者の皆さんはもう高齢で、本当に大変苦労されて生きてこられたわけです。そういう意味では、戦後五十年たってから今なおこの原爆の症状があらわれてくるということだってあるわけです。そういう病気が出たというので、本当に、自分の責任だ、家族に影響を与えないだろうかどうかという心配でなお苦しみ抜いて生活している方々が今なお毎年命をみずから絶つ、そういう悲惨な実態にもあるわけですね。  そういう意味では、私は、こういう人道的な見地に立った措置というのも本当に必要ではないかと思うのです。きちっと争って、科学的にやるのだといっても、裁判所はかなり厳しく、もうこれ以上厚生省はやるのじゃないよというような、そういう思いがちりばめられている判決が出ているわけですから、少なくとも、人道的な見地に立って上告を取り下げ、解決を図るべきだというふうに思うのです。  その点、最後に厚生大臣に御決意のほどをぜひお願いしたいというふうに思います。

小泉純一郎自由民主党厚生大臣

○小泉国務大臣 原爆による被災であろうとほかの被災によろうと、戦災者というのは大変な苦労をされていると思います。今回の松谷英子さんが長い期間にわたって大変苦労されていることに対しては、本当にお気の毒だと思います。  しかし、この原爆というものについて、原爆症認定というものは専門家の間でされるわけでありますので、私どもとしては、福岡の高裁判決は、原爆症認定の要件である起因性について、相当程度の蓋然性で足りるとしていることや、その根拠となる医学的、科学的知見の理解について問題があって、制度の基本的あり方にかかわることから、司法の最終判断を仰ぐために上告することとしたということをぜひとも御理解いただきたいと思います。

瀬古由起子日本共産党

○瀬古委員 実態に即して、被爆者の状況に即した御判断をぜひお願いしたいということを申し上げて、質問を終わります。ありがとうございました。

柳沢伯夫自由民主党

○柳沢委員長 これにて本案に対する質疑は終局いたしました。     ―――――――――――――

柳沢伯夫自由民主党

○柳沢委員長 これより討論に入るのでありますが、その申し出がありませんので、直ちに採決に入ります。  内閣提出、戦傷病者戦没者遺族等援護法及び戦没者の父母等に対する特別給付金支給法の一部を改正する法律案について採決いたします。  本案に賛成の諸君の起立を求めます。     〔賛成者起立〕

柳沢伯夫自由民主党

○柳沢委員長 起立総員。よって、本案は原案のとおり可決すべきものど決しました。  お諮りいたします。  ただいま議決いたしました本案に関する委員会報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

柳沢伯夫自由民主党

○柳沢委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。     ―――――――――――――     〔報告書は附録に掲載〕     ―――――――――――――

柳沢伯夫自由民主党

○柳沢委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午前十時二十四分散会

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