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140回国会参議院1997/03/17

予算委員会公聴会 第1号

発言数
166
登壇者
21
会派数
6
開催日
1997/03/17

会議録

大河原太一郎自由民主党

○委員長(大河原太一郎君) ただいまから予算委員会公聴会を開会いたします。  本日は、平成九年度一般会計予算、平成九年度特別会計予算及び平成九年度政府関係機関予算につきまして、お手元の名簿の六名の公述人の方々から項目別に御意見を伺います。  まず、午前は二名の公述人にお願いいたします。  この際、公述人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。  お二方には、御多忙中のところ本委員会に御出席をしていただきまして、大変ありがとうございます。委員会を代表して御礼を申し上げるところでございます。  本日は、平成九年度総予算三案について皆様から忌憚のない御意見をちょうだいし、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。  次に、会議の進め方について申し上げます。  まず、お一人二十分程度で御意見をお述べいただき、その後で委員の質疑にお答え願いたいと存じます。  それでは、まず行財政改革につきまして屋山公述人からお願いいたします。屋山公述人。

屋山太郎政治評論家

○公述人(屋山太郎君) 屋山でございます。  きょうは時間が限られていますので、二点について申し上げたいと思います。  一点は、日本が世界から見て非常に魅力のない国になりつつある。それが行財政改革の問題にもつながってくるわけですが、そういうジャパン・バッシングならぬジャパン・パッシングという現状になっているんじゃないか。それからもう一点は、そういう根源に天下りの問題が横たわっているというので、その二つについて私の考え方を申し上げたいと思います。  お手元に資料がお配りしてあると思います。  このジェトロの白書でありますが、全世界の主要国・地域への総投資額というのは、九四年に二千三十二億ドルだったのであります。この二千三十二億ドルがどこに投資されていたかというのを見ますと、アメリカへ四百九十四億二千万ドル、つまり二千億ドルの投資の大体二四・三%がアメリカに行っている。それからEUに三一・二%が行っている。それから対アジアでも二三・九%。これに対して対日投資というのは八億九千万ドル、わずか〇・四%ということであります。  これから空洞化が進む一方で新規の投資がないという状況が続けば一体どうなるのか、なぜそんなに魅力がなくなったのかということを真剣に考えないと、今ちょっと調子が悪い、じっとしていればそのうちに運が向いてくるだろうと、そういうようなものではないということを申し上げたいと思います。  次に、観光客を見ましても、日本から外国に行く人は千五百万人、外国から日本に来る人はわずか三百万人でありまして、これも五分の一になっている。  それから、もっと問題だと思うのは、高等教育機関への留学生の数であります。これは九五年でありますが、日本からアメリカへ勉強に行く人が八万二千八人、ところがアメリカから日本に来る人は千八十七人にすぎないということであります。実は三年ほど前に私はモンデール元駐日大使のスピーチを聞いたことがありますけれども、そのときにモンデールさんがおっしゃっていたのは、日本からアメリカに行く人が五万人、それからアメリカから日本に来る人が千五百人と、こう言っていたんですが、たった三年ぐらいの間にその五万人が八万人にふえて、来る方は千五百人が千人そこそこになった。これはやはり日本に魅力がないと、これは教育問題だけじゃなくていろんな問題が重なってこういう結果になりているだろう。  ノーベル賞の受賞者数でありますが、これは九三年末の時点でアメリカが二百十四人、これに対して日本は七人、この後大江さんが受賞されましたから八人でありますが。この数字を調べるのも、外務省に聞いても文部省に聞いてもこういう数字はしょっちゅうカウントしているような課がないんですね。日本は余りもらわないものですから、二十年に一遍ぐらいの話ですから、常時そういうところに職員なんか置いておかないというほど閑散としているというのもこれは非常に寂し過ぎないかということであります。  それから、港湾のコンテナ取扱量を調べてみましたが、九四年の全世界のコンテナ取扱量の伸びというのは一一・一%であります。香港だけを見ますと二〇・六%、それから香港を含む極東ということでも一六・三%であります。それに対して日本は伸び率がわずかに一・七%。これは実は九四年だけちょっと低いんですが、それにしてもこの減り方というのは尋常じゃない。荷物全体は物すごくふえているのに、日本にかかわってくる貨物というのがだんだん減っているということであります。  高度成長期には日本は輸出入貨物の荷動きの四〇から五〇%扱っていた。つまり、アジアに行くものも欧米から全部神戸、横浜というところに持ってきて、そこから仕分けしてアジアの各地に行ったのでありますが、今は釜山でありますとか高雄とか香港、シンガポールというところに行って仕分けして、日本の港に、消費地に直接持ってくる。完全にハブの機能を停止したといいますか、こういう状況は実は航空機もそうでありまして、今の現状が続くとみんなソウルにまず行く。それで、ソウルから日本の空港、東京、大阪も含めて十九空港に便が飛んでおりますから、ソウルがハブになって日本の飛行場がスポーク、ローカル港になっているという事情がございます。  そういう意味で、日本の魅力のなさというのはいろんな分野にわたってじわじわ崩壊が起こってきているんじゃないか、これが私の懸念であります。  それがなぜ起こっているのかということを考えますと、やはりがんじがらめの規制というのがあらゆる分野で激し過ぎるということで、物の考え方として日本は規制は必要なのであります。規制を全部なくしてレッセフェールにしろと言っているわけじゃなくて、要するに強めるべき規制は強める、緩めるべきところは緩める、あるいは撤廃するという、そうでり仕分けが必要なのでありますが、日本は個別の業法というもので、石油なら石油をずっと輸入するところから消費するところまで全部それを規制している。あらゆる業法で規制している。実は規制をしている方が人間が少なくて済むんですね。  今度の金融監督庁にしても、今まではまず業務をやる前に大蔵省と相談していたからそこそこそれで済んでいたんですが、今度監督するとなると、これは何千人も人間が多くなる。監督の方が難しいのでありますが、日本はいわゆる官業が一体になって何々業法というものでコントロールしてきた。この考え方を根本から改めないといけないんじゃないか。  各規制の業法を、行政手続法、独禁法、PL法あるいは情報公開法、こういう一般法に置きかえて、それで取り締まるところはびしつといく。それで、一般法ですからそこに行政当局の恣意が働く余地が非常に少なくなる、こういう形に日本の行政システムを変えていく必要があるんじゃないか。規制撤廃というのが大命題でありますが、独禁法も強化しなくちゃいかぬ。  それから、まだ情報公開法というのが制定されていませんが、これはOECD、先進国クラブの中で情報公開法というのができていないのは日本だけであります。それから、曲がりなりにも行政手続法とPL法はそろいましたけれども、まさにこれも世界におくれてつい二年ぐらいしかたっていないということで、規制撤廃というと、何でもやりたい放題にやるとマフィアがはびこるとか、そういう議論をする人がおりますけれども、そんなことじゃないんです。  例えば車検の規制なんかでも、イタリアとかフランスは車検の規制がなかったんですね。ですが、EUの統一に当たってあらゆる制度を平準化しようというときに、なかったイタリアとフランスにドイツ並みの車検を導入する。これは公害問題が主でありますが、規制をやるべきところはそれをきちんとやる、そのほかはうんと垣根を低くしていく、あるいは外していくという作業をEUはこの二十数年の間やってきまして、全部の項目で二百八十八の項目をEUの統一基準にしたという歴史があります。ですから、私もこれから日本の規制体質というのを思い切って変えなきゃいけないんだということを特に強調したいと思うのであります。  この官業の癒着体制がどうして直らないかというと、私は官僚と業界との結びつきということに尽きると思うのであります。乱暴なことを言うようですが、解決策はもう天下りを禁止する。途中で自分の力で商売がえする、これは自由でありますが、役所が音頭をとって天下りをさせるということは全部禁止する。  そのかわり、今の人事制度では局長、次官になる人以外は大体五十歳前後で退職するわけですから、五十歳で退職させて、天下りするな、隠居しろというのは無理な話であります。ですから私は、公務員の定年を延長する。今は六十歳でありますが、年金をもらえるというのが六十五歳になったら定年も六十五歳というふうに延長していく。私は、七十歳でもやりたい人はそこにいられるという、そういうことが必要だと思うのであります。  そのためには、今ピラミッドになっております人事制度を円筒形に変える。次官というのはその円筒の頂上にいる人じゃなくて、円筒の頂上が六十五歳だとしますと、次官は六十歳でもいい。それじゃ、その上の人はどうなるんだということですが、これは社長より上の職員が多いというのは普通の会社でも同じでありまして、私は、役人の頭の切りかえをやらなくちゃいかぬ。つまり、後輩が次官になってもそれはしようがないんだという、そういう常識の転換ということをしないといけないと思うのであります。  そういう人たちはどうするかというと、退職するまでずっと役職にいるんじゃなくて、ある時期で局長を退任した後、プロフェッショナルですから、そこでその省のシンクタンクでもつくる、あるいはスペシャリストはそのスペシャルな地位で仕事を続ければいいわけですけれども、そうじゃないプロフェッショナルというのは、シンクタンクをつくって、そこで長期的な国家の政策というのを考える、その省の利益だけじゃなくて、日本の将来はこうあるべきだというようなことをそこでしっかり勉強する。  私は、さっき港と空港の話をしましたけれども、これがどうしてこんなひどいことになっちゃったのかというと、結局どこかでじっくり落ちついて航空業界それから海運業界、日本のそういうものはどうなるのかということをしっかり考えているセクションがないし考えている人がいないものですから、何か場当たり主義でやっている間にこれだけ落ち目になっちゃったんだというふうに思います。そこで、シンクタンクをつくって、そういう人を処遇して、そこでじっくり国の将来を考えさせるというセクションにすればいいんじゃないか。そうすると、キャリアは非常に多くなるわけですから、キャリアの採用は半分でよろしい、半分以下で十分間に合うということであります。  本当なら民間から人を持ってくるとか、そういうことが望ましくて、そういう意見を言う方もいらっしゃいますが、それは後の話です。今は民間から入れるという問題をいろいろ議論していても、結局実績は上がらず、ただ今の制度が続くということですから、とりあえず天下り禁止を、これはやろうと思えばあしたからだってできるわけでありまして、公務員の定年はちゃんと六十歳になっている。  要するに、局長をやめても仕事を与えればいいわけですから、あしたからでもできる。まずそういう土壌を一回壊しておいて、それからポリティカルアポインディーがいいのかあるいは民間からその省にリクルートしてきた方がいいのか、そういう議論は後から来る話で、とりあえず私は天下り禁止ということがぜひ必要だというふうに思っております。  一時、一括採用がいいかなということを考えたことがあって、いろいろ調べるんですけれども、どうも二つの理由で反対せざるを得ない。といいますのは、一つは、私のところにいろいろ就職の相談に来る学生たちの話を聞いていますと、もう二十一か二で、私は例えば流通関係の仕事をやりたいとか、運輸関係の仕事をやりたいとか、食品関係の仕事をやりたいとかはっきり決まっているんですね。だから、志望の決まっている人の方が多いのに一括で採用して、それでどこに行くかわからないというんじゃ、入ってくる人も、目指したのがただ公務員という人なら別ですけれども、やっぱり通産省でやってみたい、運輸省でやってみたいという人がいるわけですから、そういう意味で一括採用というのは余り感心しない。  それから、これは裏を申すと、一括採用しろしろと言っている省の人というのは特殊法人が非常に少ない省なんですね。ろくろくない人がしきりにそれを言う。そうすると、一括採用にしますと全部がらがらぼんで人員は全く関係のないそういう特殊法人に行こうと、こういう腹が丸見えなのであります。  これから特殊法人もなるべくなくしていこう、それから官僚制度も人事制度も変えていかなくちゃいかぬというときに言うことですから、私は一括採用というのはやめた方がいい。とりあえず天下り禁止をしないと、この国会だけでも天下りの弊害というのは物すごく表面化しているわけですから、ぜひ人事制度に手をつけていただきたいということを申し上げて、私の意見といたします。  どうもありがとうございました。(拍手)

大河原太一郎自由民主党

○委員長(大河原太一郎君) ありがとうございました。  次に、外交・国際問題につきまして芳澤公述人にお願いいたします。芳澤公述人。

芳澤弘明弁護士

○公述人(芳澤弘明君) 公述人として意見を申し述べる機会を与えてくださいましたことを光栄に存じます。  私の意見の第一は駐留軍用地特措法の問題、第二は海上基地建設の問題、そして時間がありましたら劣化ウランの問題等に言及します。  楚辺通信所の一部用地が既に昨年四月から不法占拠状態になっております。去る三月十二日に開かれました沖縄県収用委員会の第二回公開審理におきまして地主の知花昌一さんは、私の土地を国は三百四十六日間もただで不法に強権的に占拠している、その使用権原はあるのかと釈明を求めました。防衛施設局はまともな釈明ができませんでした。嘉手納、伊江島、普天間など他の十二の施設についても本年五月十四日に期限切れになることはほぼ間違いありません。  沖縄県収用委員会は強制使用裁決を過去三回にわたって行ってまいりました。審理はいずれも長期化しておりまして、第一回目は約一年間、第二回目は一年七カ月、第三回目は一年ニカ月かかりました。現在行われております審理は、九六年六月六日の申請受理後、本年二月二十一日に第一回目が開かれまして、去る三月十二日に二回目、そして来る三月二十七日に三回目です。かなり速いスピードでこれは行われておりますけれども、物理的にまず裁決は間に合わないでしょう。  では、その責任はだれにあるのでしょうか。大田知事の署名代行拒否があったとしても、拒否せざるを得ない事態を招いたのは、ほかならぬ少女暴行事件などを引き起こした米軍と、これをかばい、犯人の身柄引き渡し要求もろくにしなかった政府ではなかったでしょうか。九万一千人もの県民が結集された一昨年の一〇・二一県民総決起大会で、米軍基地の整理、縮小、地位協定の抜本的な見直しなど四つの項目が採択された時点で、政府は今日の事態を十分に予測して、その対策を立てておくべきであったと思います。  使用権原を与えるか否かの収用委員会の審理の最中に、たとえ審理の結論、裁決が出るまでの期間に限定したとしても、このような使用できるという法律を制定するなどということは許されることではないと思います。仮に、沖縄県の収用委員会が使用権原はないとの裁決を下した場合は、さらにまた別の法律をつくろうということになるのでしょうか。  お手元にお配りしてあります新聞に登記簿殺人事件というのがあります。ある土地について、現に生きている人を死亡した人だということで登記簿がつくられまして、それに基づく申請がなされました。このような場合、これは却下は免れないと思います。  沖縄の軍事基地の形成過程を見ることによって、この特措法の問題について考える材料があると思います。  太平洋戦争末期、四五年四月一日、米軍は沖縄本島中部に上陸し、激しい地上戦の後にこれを占領しました。この地上戦で県民の四名に一人が死亡しました。米軍の沖縄攻略に備えて日本軍は各地に飛行場を建設しました。その土地は農民から接収したものであります。日本軍の基地、例えば伊江島、読谷、嘉手納の飛行場は米軍の占領によってそっくりそのまま米軍基地として再構築されました。ちなみに、一九四五年八月九日に長崎に原爆を投下したB29は、テニアン島に帰る途中、伊江島の飛行場に給油のため立ち寄っております。  沖縄戦終了後、米軍は、生き残った住民をポツダム宣言受諾後までも収容所に強制収容し続け、無人の土地を必要なだけ好き勝手に囲い込み、基地を建設しました。旧北谷村の住民は、収容所から生まれ育った村に帰ってみたら、そこは既に基地になっていた。住むところもなく、谷合いに追い込まれたわけです。広大な嘉手納基地で分断されたために、北谷村は嘉手納村と二つに分村を余儀なくされました。浦添村民も、収容所から帰ってきたとき、キャンプ・キンザーにその土地はすべて囲い込まれていました。それはへーグ陸戦法規に違反する強奪行為なのです。  ちなみに、へーグ陸戦法規第四十六条は「家ノ名誉及権利、個人ノ生命、私有財産並宗教ノ信仰及其ノ遵行ハ之ヲ尊重スヘシ 私有財産ハ之ヲ没収スルコトヲ得ス」と定めております。さらに、第五十五条は「占領国ハ敵国ニ属シ且占領地ニ在ル公共建物、不動産、森林及農場ニ付テハ其ノ管理者及用益権者タルニ過キサルモノナリト考慮シ右財産ノ基本ヲ保護シ且用益権ノ法則ニ依リテ之ヲ管理スヘシ」と明記しています。このへーグ陸戦法規に違反するものです。  その後、朝鮮戦争などがあって、アメリカは沖縄を太平洋のかなめ石にして、さらに土地の取り上げを強行して恒久的基地建設を強行しました。一九五二年のサンフランシスコ対日講和条約によって沖縄は日本から分離され、アメリカの施政権下に置かれました。その後、米軍は矢継ぎ早に布告、布令を公布して、軍事基地の継続確保と拡張を図りました。五三年四月には土地収用令を公布して強制的に土地の接収を行いました。このときは、銃剣で武装した米兵に守られて、ブルドーザーが住民の抵抗を押しのけて家屋を押しつぶし、耕作地を敷きならしていく、文字どおりの土地強奪でありました。伊江島の場合、一九五五年三月十一日、突如として武装兵が上陸して土地の取り上げをしました。はしかで高熱で泣き続ける赤子を抱えた母親、そのおばあちゃんが、せめてこの子の熱が下がるまではこの家を壊さないでくれと取りすがりました。これを突き飛ばして米兵は土地を取り上げました。お手元に配られている写真です。  これは「沖縄からのメッセージ」、沖縄県がつくったものの写しであります。抵抗する農民は、毛布にくるまれて、ヘリコプターに乗せられて那覇に連れていかれ、軍事裁判にかけられました。これに対して県民は島ぐるみの戦いでこたえたわけです。そして、プライス勧告による恒久的な土地取り上げの政策を断念させました。  ところで、米軍は、八月十五日の無条件降伏後、沖縄占領を継続しましたが、これは領土の不拡大を約束したカイロ宣言とポツダム宣言違反です。次いで、サンフランシスコ条約発効後もその条約三条を根拠に沖縄の占領統治を続けましたが、条約三条は、沖縄を米国の信託統治に付することを日本があらかじめ同意し、そうなるまでは米国が施政権を行使するというものでありました。しかし沖縄は、国連憲章上、信託統治に付することのできない地域です。その点からも沖縄統治は国際法に違反するものでした。日本が国連に加盟した五六年十二月八日以降はなおその違法性は高くなりました。憲章七十八条は信託統治制度は国連加盟国となった地域には適用しないと定めているからです。  このような国際法上も違法な占領下で米軍が制定するどのような法の衣で装いを凝らそうとも、その実質はよろいによる土地強奪であり、それが違法、無法なものであったことは明らかです。したがって、七二年五月の日本復帰と同時に沖縄の米軍用地は地主たちに返還されるべきものであったわけです。  しかし、復帰に際しても政府は、公用地法を制定して従前の米軍用地を引き続き米軍に提供し、この法律による使用期限が切れようとするとき地籍明確化法を制定して、その附則でもって公用地法の効力を延長しました。その際、立法手続が間に合わず、七七年五月十五日から四日間の法的空白が生じました。これは記憶に新しいところであります。そして、地籍明確化法の期限が切れると、今度は軍用地特措法を突如復活させて、これによる強制使用に踏み切ったのです。  このことについて、アメリカの著名な法律学者レノックス・ハインズ弁護士、ニュージャージー州立大学の教授ですが、彼を団長とする国際民主法律家協会の沖縄調査団は次のように指摘しています。このように、住民の意思に反して県土が強制的に接収され続けて五十年間も米軍基地として使用されているので、沖縄においては事実上いまだに戦争による占領が続いていると言わざるを得ない、これが国際的な評価であります。  収用委員会の審理手続は憲法で保障された国民の財産権が不当に侵害されることのないよう厳格に定められたものであり、この手続の途中に政府が一方的に土地の取り上げを続けることは、憲法第二十九条、三十一条、適正手続の保障、財産権の保障に照らして不当であります。特措法は実際には沖縄県民の土地にしか適用されないものです。事実、今回新設されようとする附則は、文字どおり現在審理中の土地、十二施設、三千人の土地だけを対象にするものです。ここで、国会議員の皆さんは憲法第九十五条という条項があることを想起してください。  このように、政府が考えている米軍用地特措法の改正と特別立法の制定は二重にも三重にも憲法に違反するもので、まさに法治国家の自殺行為であると言わねばなりません。我が国が真に主権国家であるならば、法と正義を投げ捨てて、また国民の権利を踏みにじってまで外国の軍隊のために国民の土地を提供するという暴挙を犯してはなりません。  お手元に配ってあります琉球新報と沖縄タイムスは、二つながら社説を掲げてその無法を説いております。もちろん、条約と憲法との関係についてはいろいろ意見があります。しかし、安保条約があるから基地を提供しなければならないということで国会がそのような法律をつくるのであれば、米軍占領下の高等弁務官がやったことと等しい行為であると私は思います。それでは我が日本はアメリカの属国、植民地であると言われても仕方がありません。  きょうお配りしました琉球新報に日本政策研究所の所長チャルマーズ・ジョンソン氏が書いております。「なぜ米軍は沖縄に駐留しているのか。植民地主義者として、つまり、第二次世界大戦の結果、東アジアに出現したアメリカ帝国の代表として、居座っているとしか言いようがない。」「自国軍のプレゼンスを東アジアの安全保障と安定を盾に正当化するアメリカの主張も、同様に疑わしい。」「朝鮮は、五十年前に植民地支配から解放された。しかし、沖縄は、二十世紀が終わろうとする今も、依然として、半植民地状態に置かれている。」。  アメリカからもたくさんの学者たちがクリントン大統領あてに、沖縄のこのような土地取り上げはやってはいけない、チェイニー元国防長官も言っているとおり、海兵隊は日本を守るための存在ではない、それはアメリカの国益のために展開するものであると言っているなどという理由を挙げて、海兵隊の早期撤退を求めております。  最後に、海兵隊です。海兵隊の早期撤退、これは当然の要求ですが、私はこの点に関して、海兵隊はそのうち撤退させますよ、しますよ、だから特措法の改正は認めてほしいなどということにしないでいただきたい。なぜならば、普天間基地と引きかえの海上基地、那覇軍港と引きかえの浦添移設等々、これまで政府が国民あるいは沖縄県民に約束してきたことはことごとく守られていません。海兵隊は撤退するなどということでこの法律を押しつけることは許されないだろうと思います。  沖縄に劣化ウラン弾が投下されました。五・一五メモによりますと、鳥島の劣化ウラン弾は廃弾処理をしなければならないことになっている。しかし、処理されないで放置されています。この劣化ウラン弾が海底深く沈んで放射能が沈着する。深層水をくみ上げて健康のために使おうとする沖縄県の計画、これはどうなっていくのでしょうか。五・一五メモの公開も今要求されるべき緊急の課題であると思います。  その他申し上げたいことがたくさんございますが、残された時間は御質問にお答えするという形で補いたいと思います。  どうもありがとうございました。(拍手)

大河原太一郎自由民主党

○委員長(大河原太一郎君) ありがとうございました。  以上で公述人の御意見の陳述は終わりました。  それでは、これより公述人に対する質疑に入ります。  質疑のある方は順次御発言願います。

久世公堯自由民主党

○久世公堯君 屋山先生、芳澤先生、きょうは早くからどうも御苦労さまでございました。また、今それぞれお話を承りまして、私はこれから両先生に対して御質疑を申し上げたいと思います。  まず、屋山先生の行財政改革でございますが、最初に御指摘になりましたジャパン・パッシングを招いているという日本の経済的な観点からする行政改革と申しますか行財政改革の問題でございます。  御指摘のように、空洞化ということが言われましてからもうかなりたつわけでございますが、最初は特に東アジアにおける産業の空洞化の問題を中心に議論されておりましたが、最近では、産業、流通、金融、さらにはマンパワー、こういうあらゆる面における空洞化が言われているわけでございます。先生も御指摘になりましたように、留学生とか、特にノーベル賞受賞者などはそういう意味におけるマンパワーの空洞化の一例かとも思われるわけでございます。  そこで、特にごく最近、先生が空港とか港湾の流通問題についてかなり御指摘になっているのは、実態は私も全く同感でございまして、これが非常に問題であることはもう御指摘のとおりでございます。また、その前提としての経済構造の問題も非常に大きいと思うわけでございます。  今、橋本総理が、行財政改革を単なる行財政改革一つとして改革を言っているのではなくて、六つの改革の中の一つとして、かつそのかなめとして行財政改革を言っておられますのも、経済構造改革なくしては行財政改革もあり得ないんだという趣旨から申しますと、産業構造の大改革をしなければいけない。同時に、今、通産省は、単に産業構造の改革を中心とする経済構造改革だけじゃなくて、高齢化、少子化という社会保障構造改革の面から、空洞化と社会保障構造改革の両面から経済構造改革をしなければいけないというのもその点だろうと思うわけでございます。  こういう橋本総理の言われる六大改革、特に経済構造改革と先生の御指摘になっておられます流通における空洞化、その関連というものをどのようにお考えになっておられるのか、第一点目としてお聞きしたいと思います。  それから二点目では、規制緩和のお話がございました。これは先生も御指摘になっておられますように、日本の法体系というのが、行政手続法とか独禁法とかPL法とか、これは特に行政手続法、PL法が曲がりなりにもできている。それに対して独禁法も抜本的な改革をしなければいけないし、情報公開法も、私どもはこの秋いよいよ成文化をして来年は国会に提案されるというふうに聞いておるわけでございますが、そういう一般法ではなくて個別の業法でやってきたところに問題がある、こういう御指摘でございます。  その点、私はある意味においては同感をいたしますけれども、同時に、一国の行政に対する法体系のあり方というのはそれぞれの国によって異なっているわけでございます。私も行政手続法やそういうものを多少運用したことがございますが、考えてみますと、一般法ももちろん必要だけれども、やはり日本というのはどうも個別法による行政というのが一般的であり、またそれによってそれなりの成果も上げてき、また逆にそれなりの問題点も包蔵してきたんじゃなかろうか、こういう感じがしてならないわけでございます。  そこで、今、橋本政権におきましては、規制緩和というのを、もちろん前の村山政権からやってきていることでございますが、ようやく最近は、特に橋本政権になってから個別法における規制緩和というのが目に見えてきたと私は思うわけでございます。  それは、例えば運輸省関係の規制緩和も近々発表になりますけれども、これによってかなりの規制が緩和されるのではなかろうか、流通面も。それから、あと通産省なりあるいは厚生省分野あるいは住宅分野、個別法による規制緩和というものがかなり目に見えるようになった。そこへ同時に、あわせて情報公開法や独禁法も含む改革も今やっている、こういうふうなのが現状かと思うわけでございます。  私は、やはりその国々の法体系というものがそこは基本的に違うんじゃなかろうかと。日本においては、もちろん一般法の整備も必要だけれども、個別法によって行政体系ができている以上、それを重点的にやって、あわせて一般法で補っていくべきではなかろうか、こういう気がするわけでございますが、これに対する御意見を伺いたいと思います。  それから、さらに第二点目の、天下りを絶対禁止する。最近、私ども行財政改革の議論でいろいろな観点から伺っておりますが、まずその第一に、六十五歳ないしは七十歳に定年を延ばして天下りを禁止しろと、こういう御意見でございますが、これも私ども自民党におきましては行政改革でいろんな方の御意見を聞いております。ただ、私の意見も含めて、やはり人間は六十歳というのが一つのいろんな意味での能力の一番ピークではなかろうか、こういう気がしてならないわけでございます。  今、御承知のとおり、各省事務次官は五十七歳か八歳ぐらいでございます。これを六十歳に延ばすのは結構でございますが、あるいはこの間、一時六十三歳という案が出ましたが、そのくらいまではいいと思うんです。やはり事務次官たるものは、人間の能力の一番ピークのところに次官がおって、あと局長、審議官と、こういう体制が日本の特に伝統ある官僚制というものを当面維持するにはこれがいいんじゃなかろうかと。あるいはもう少し時間をかけないと、事務次官の定年だけを幾ら上げたところで、全体の官僚機構そのものをずっと延ばしていかなきゃいけないわけでございますから、これは十年がかりぐらいでこういう体制にするということが必要ではなかろうか、こういう気がいたすわけでございます。その点、いかがお考えか、承りたいと思います。  それから、それとあわせて、事務次官は六十歳でもいいんだ、そのかわりに定年を過ぎた人、あるいは経験を生かしてシンクタンクをつくればいいじゃないか、こういう御意見でございました。  これも確かに一つのお考えだろうと思いますが、やはり本当の行政、あるいは政治の、政策のシンクタンクというのは経験から出てくることでございまして、局長や審議官という本当の中枢のところをやっている人間が自分の経験というものを生かしながら、またそこに到達するのはしかるべき課長のポストは経ているわけでございますし、地方とかいろんな経験を踏んでいるものでございますから、そういう政策の執行を今度は政策の立案に生かすのがシンクタンクだと思うんです。そういう集団でないと本当にいい政策が出てこないんじゃなかろうか、こういうふうに感ずるわけでございます。したがって、そのあたりもなかなか一律にはいかないだろう、こういう気がいたします。  また、一括採用というものは否定的にお考えになりました。私も同感でございますが、やはり公務員になろう、特にキャリア公務員になろうという我が国の人材は、幅広い仕事をやりたいあるいは本当に国民のためになる仕事をやりたいという動機で入ってくるのが非常に多いわけでございます。したがって、非常に役所の中でも人材は偏っております。だから、キャリア公務員なんかを半減したらどういう現象になるかと申しますと、特定の官庁は今までと同じ人が志望し採用いたしまして、先生がおっしゃいました余り人が行かないところが結局さらに悪くなるんじゃなかろうか、こんな気もするわけでございますので、そのあたりのお考えもお聞かせいただきたいと思います。  そこで、例えばアメリカと日本は制度も違いますから余り比較になりませんが、私はアメリカの知事さん方とかなり交流をしておりまして感じますことは、アメリカの知事から大統領になる人がもう十五名出ております。そういうガバナーから大統領になるという道も、日本と違いますから、開かれているわけでございます。しかし、それ以上に感じますことは、地方の州の議会や上院、下院においても大変人材がおって、そういうところからまた連邦政府にも行く。それ以上に、何よりも、ポリティカルアポインディーの問題もありますけれども、民間と役所が国、地方を通じて交流している。それからまた、大学を卒業した人が公務員になってからケネディ・スクールとかビジネススクールとか、あるいは文系をやった人がMITに行くとか、こういう交流が非常によくできているわけですね。日本もああいうふうになるべきではなかろうかと。  日本の場合、キャリア公務員が、文系の場合はむしろ大学院を卒業した者は各省は採りません。それに対して技術系の方は、やはり院を卒業していなければいけないと、こういうことがあるわけでございます。そのあたり一概に外国との比較はできませんけれども、日本においてもああいういいところを取り入れてやった方が幅広い人材を、むしろそれをもっと幅広くできるんじゃなかろうか、こんなことを感じますので、その点お答えいただければありがたいと思います。  それから、芳澤公述人に対して御質疑を申し上げたいと思います。  今五月十四日という目の前に控えたところの沖縄県の問題、本当に基地を全体の七五%も提供していただいている沖縄県の県民の方々には深甚なる敬意を表したいと思っているわけでございます。ただ、この五月十四日で使用権原が切れますところの駐留米軍用地につきましては、三万二千人以上の土地の所有者の中でもう既に九〇%以上の方が賃貸契約を結んでおられるはずでございます。土地面積からいいますと、九〇%はおろか全体の九九・八%までがこの契約を結んでおられる。在来地主は、契約を結んでいない土地所有者の二千八十一人のうちの百十三人でいらっしゃいます。土地面積にすれば〇・二%を所有しているにすぎない。  さらにもう少し申し上げますと、二千九百六十八人というのが一坪共有地主でございまして、土地の面積だけから申し上げますと、これは非常に低い〇・〇〇一%にすぎない、土地の面積で言うわけではございませんけれども、こういう実態である。特に、もともとから沖縄県におられる地主ではなくて、こちらの、本土の方におられる地主が約半々ぐらいおられるとか、あるいはまたそれも、この一坪地主さんの中にも共有で持っておられる。そうなりますと、この一坪地主という方は、反安保闘争に参加している方々が多いというけれども、一体その実態はどんなものでございましょうか。また、この契約をそういう方が拒否している理由というのはどこにあるのかということをお尋ねいたしたいと思っております。  そこで、今度の特別措置法の問題でございますが、今申し上げましたように、用地全体の中で極めて小さな土地を有する、契約を拒否している方を相手とした特措法の手続がそれによって長期間を要したり、あるいはそれによって国の条約上の義務と申しますか安保条約の義務というものが果たせなくなるおそれがある実態というものは、特措法を制定したその本来のあり方としては一体どうだろうか、適正とは言えないんじゃなかろうかと、こういうふうに感ずるわけでございますが、先生のお考えを承りたいと思います。  以上です。

大河原太一郎自由民主党

○委員長(大河原太一郎君) それでは、公述人の御見解をお願いしたいと思います。  まず、屋山公述人。

屋山太郎政治評論家

○公述人(屋山太郎君) 個別法は必要なんだという御趣旨かとは思いますが、私は個別法をみんななくせと言っているんじゃなくて、日本の個別法というのは非常にぼんやり書いて、あとは行政指導でやりましようというので、非常にあいまいな点が多いんですね。ですから、個別法ではきちんと法律で書く、それであとのチェックは公取がやるとか金融監督庁がやるとか、そういうふうにチェックを厳しくすればいいということでありまして、個別法を全部なくして、全部さっき申し上げた一般法でやるという趣旨ではございません。要するに、行政指導の余地を非常に少なくするようなことをまずすべきだということであります。  それから、各国によって制度が異なってもいいじゃないかと、これは確かなんですが、例えばEUというのを考えた場合、ECと言われる時代からEU、これから通貨統合に向かっていくわけですけれども、私、その間、七年ほどヨーロッパにおりました。ずっといろんな交渉、どういう意味があるのか、私は実は十五年ぐらい前に帰ってきたんですけれども、それを始めたときによくわからなかった。ところが、政治、経済の統合に向かっていくと、各国で制度が違うと物の流れがひつかかりひっかかり、スムーズに流通しないんですね、物、金というのは。  そこで彼らがやっていたのは、大体同じような垣根にしようじゃないかというので、二百八十八項目についてEUで統一基準をつくっていく。その中には医者の免許なんというようなものまで含まれている、例えばイタリア人の医者がドイツに行っても開業できるとかですね。これは日本でやろうと思ったらそういうことは考えられないようなことなんですが、そこまでやらないとEUの統合というのはできない。  国際経済を見てみますと、地球一個全部がそういうEUのスタンダードというか、国際的なグローバルスタンダードというもので統一していかないと、どうも物、金の流通がうまくいかない、あるいはどこか不備が出てくる。だから、そういうことで日本に対する投資というのは非常にあらゆることを示しておりまして、人件費が高いとか物価が高いとか、それだけじゃなくて、この国でやってももうからないと、いろんな指数でさんざん考えて、あげくがわずかの〇・四%ということは、やはり日本がそれだけ問題を抱えているんじゃなかろうか。  各国によって制度が違うのは、歴史的な違いがありますけれども、しかし、これは違うからおれたちはおれたちでやるんだということにはならないと思うんですね。国際経済がそうやってグローバル化しているんですから、あらゆる点で制度を似せていかなくちゃいけない、レベルを同じにしていかなきゃいかぬ。  ですから、先生がおっしゃった日本の伝統的な制度といって、今それは変えちゃ困るよというのは、実は天皇制とか和歌とか俳句とか、そういうものを簡単に変えるなという議論は私も賛成ですけれども、それじゃ銀行法はどうなんだと。どんな法律でも、要するに戦争の前か後にできた、たかだか五、六十年しか続いていないものでありまして、これが消えたから日本人が日本人じゃなくなるのかというようなところにはほとんど関係ない話であります。ただお役人が、それがあった方が便利と言ってしがみついているようなものが多いのでありますから、そこをやっぱり思い切ってやる。六つの改革ができれば、私は本当にすばらしいことだと思います。  特に、経済構造の改革をどうするかということでありましたが、これやっぱりグローバルスタンダードに合わせていくということなんですね。これを合わせれば何も文句を言われないんですから、合わせないものですからジャパン・バッシングというのでたたかれた。ところが最近は、もうこんな変わった人とつき合わないで、ほかへ行ってやろうと、いわゆるジャパン・パッシングなんですね。文句を言われているうちが花で、はなもひっかけられなくなったらこれは落ち目だと、私はその落ち目を心配しているわけであります。  それから、天下りですけれども、さっき申し忘れましたけれども、人事院の調査だと、毎年三万七千人が退職するんです。このうち七千人が本当の定年退職、三万人はいわゆる肩たたきでやめていく。この人を十五年間役所が面倒を見るとすると四十五万ポスト、民間のポストの四十五万が必要になるんですね。特にキャリアは毎年八百人、この人は大体やめるのが五十歳前後ですから、それを二十年面倒を見ると一万六千のポストが必要になる。民間の指導層的部門に一万六千人のキャリアが天下るということは、それだけで非常に経済の硬直化というか規制社会を形成しているということで、これを何とかしないと私は規制緩和は進まないというふうに思います。  以上です。

芳澤弘明弁護士

○公述人(芳澤弘明君) 久世先生にお答えいたします。  まず、土地を取り上げた経過について申し上げましたけれども、一九五三年に布令でもって収用令が出されました。その時点では契約をする者はだれもおりませんでした。そこで、またいろいろと形をとって土地政策を進めるわけですが、契約を拒否する理由が、その当時、一坪の年間の賃料が何とコカコーラの一本代の五分の一でしがなかったんですよ。まさに二束三文と言ってもいいぐらいの状況だったわけです。これが五三年代のこと。それではいかぬということになっていろいろやりました。  それで、復帰後どうなるか。復帰の時点では、そういう経過をとって既にもう基地になっております。これを今さら契約できないと言うわけにもいかない地主の人たちがおりました。既に年間入ってくる賃料が生活の原資、生活費の大半を占めるに至りました。しかも、賃料がどんどん引き上げられて、政策的に引き上げられて、復帰後は特にそうです、農業生産の粗収入を超えるまでになっておりまして、それが近隣の民間地域の地価の高騰にも結びついて、バブルと結びつきました。そういう経過があります。  それでも、いや、もう復帰したんだから私はこの土地は返してほしいという地主たちがおりましたが、防衛施設局のやり方はたくさんあります。例えば、君が反対しているために、細切れに返還されたこの土地、この周辺の土地はあと二十年も三十年も返されないんだと言って細切れ返還をしておいて、結局返還を受けた人たちを干しておいて生活の困窮を強制するといったようなことがありました。おまえが反対しているから電気を引いてやらないんだと言って、黙認耕作地周辺の、例えば豚舎をつくる、何をつくるという場合に、電気も水道も引かないというやり方がされました。いわゆる村八分の状態に追い込んで、契約に応じざるを得ないような状況がつくられてきたわけです。だから、契約拒否地主は減っていきました。  ところが、最後まで頑張った人たちがその署名を拒否します。関係市町村長は署名代行を拒否しました、嘉手納町以外は。今、大田知事の問題になった裁判に関する範囲に限りますと代行拒否しました。あの例の裁判後、嘉手納町の町長さん、自民党系です、この方も署名代行を拒否されました。つまり、契約はしております、しかしもう返してほしいという地主がどんどんふえております。宜野湾市でもそうです。もう都市計画、跡地利用の計画を軍用地地主連合会が宜野湾市と一緒になって検討を始めています。那覇の軍港湾の問題もそうです。そして、浦添、那覇港湾の移設先になっているキャンプ・キンザーの沖合、これについては私たちは反対ですと浦添の軍用地地主の九〇%が言っています。その結果が市長選挙にあらわれているわけです。キャンプ・キンザーに移設することは反対だという公約を掲げた候補者が当選したということです。  キャンプ・ハンセンの、これが恩納岳です。(資料を示す)これは国有地が多いです。こういう状況の中で実弾砲撃演習のために本当に基地被害が続発しています。この地域の人たちにも莫大な金が交付金として集落に入ってきます。でも、最近では、そういう基地周辺整備資金は要りません、とにかくこの県道一〇四号、移してくれという要求が高まってきているということを申し上げたいと思います。  皆さん、東京都のど真ん中で反対している人が、百坪の地主が反対している、そのためにビルが建たない、だから強制収用、土地収用法が発動されるんでしょう。それは厳格に手続を踏んでやるんです。東京都の百坪の土地でさえそうです。先生がおっしゃるように、畳一枚と例を挙げた人もおります。たとえ畳一枚でも私の土地を無法に取っていいというわけにはいかないんじゃないでしょうか。そこのところです。だから、それがアメリカのためという場合にどうでしょう。今は沖縄県民の大多数の意見である、地元の新聞がそう言っているということは、世論を代表する意見だとお受けとめいただきたいと思います。  以上です。

久世公堯自由民主党

○久世公堯君 お二方の公述人、どうもありがとうございました。  屋山先生にもう一、二お尋ねをしたいのでございますが、今御指摘になりました今度の規制緩和が従来の事前チェックから事後の指導と申しますか、そういうことに大きく転換しているのはおっしゃるとおりでございます。それは個別法でも、確かに御指摘のとおり、今までは何も法律ではなくて、政令はおろかいわゆる局長通達でありますとかさらには課長内簡でございますとか、そういうような形でいろんな行政が指導されてきたことは事実であります。これはやはり法治国家でもございますし、法律による要請というのが基本でございますから、それはおっしゃるとおり法律で枠組みをきっちりつくることはそのとおりだろうと思います。  また、国際性の問題について、国際的な基準というものに合わせていくべきだとおっしゃるのはそのとおりでございまして、これだけ国際化が進んでおります日本、しかも国際的に日本が期待されている面も大きいわけでございますから、それは当然のことだと思います。  先生が特に御指摘になっておられます流通の面、これはバッシングがパッシングになったのも、港湾にしてもあるいは空港にしてもハブ機能というものが著しくおくれた。現実はそのとおりでございまして、遅まきながら今これに何とか追いつこうと思ってやっているわけでございますが、この行く末と申しますか、一体これはどういうふうになっていくだろうか、これから二十一世紀に対しまして。やはり日本はそういうハブ機能もできれば持っていかなければなかなか国際的な使命は果たし得ないと思うんですが、そこをどうお考えなのか、最後に聞きたいと思います。  芳澤先生とは基本的な見解が違うようでございますが、お話は、芳澤先生のお立場はよくわかりました。以上です。

屋山太郎政治評論家

○公述人(屋山太郎君) グローバルスタンダードですけれども、それから見ると、日本の例えば港湾の荷揚げとか、普通の船会社が香港に荷物を持っていく、そうするとそこの何とか海運というのと日ごろおつき合いがある、すると指名して、いつものようにやってくれということで一発でいくわけです。それから、一日遅くなるとか一日早くなるとかいうことについてもすぐに対応する。  ところが、日本では港湾の業者の団体がありまして、これが一日おくれるならその一週間前にちゃんと協議しろと、事前協議制というのがあるんですね。これはまさに国鉄時代に国労が頑張って、日本の国鉄の組織ががたがたになったというときも根っこはこの事前協議制、つまり組合と話をしないと通じない。この組合がいるのは本当の会社なんですから、会社を選択する、あるいは会社と話をするというんじゃなくて、それが組合と話をしなくちゃいけないということだと。国鉄はそれで経営権ががたがたになった。と同時に、私は今この港湾の組合の存在というのが非常に日本のマイナスになっているんじゃないかと。だから、あれがある限り私は日本の港はだんだん落ち目になると。  今の内閣で内航海運のカルテルを三年から五年の間にやめようということになっていますが、これはもう本当に一刻も早くやめないと、世界の荷物はどんどんふえているんですから、その中で日本の扱うものがマイナスにはならなくても横ばいというのはもう非常に不思議な現象でありまして、内航海運の問題、それから港湾の問題、これは私は非常に悲観的に見ております。この調子じゃ、つまり組合が絶対特権を放そうとしないわけですね。それを放させようとする政治の側に勇断する人がいない、決断する人がいないという状況で、私はもうあきらめておるんです。神戸港にも荷物は一〇〇%返ってこない。これから港は落ち目になるというふうに思います。  それから空の方も、同じ空港に国際線が着いてそこの場所で国内の目的地に行くというんじゃなくて、成田に着いたら羽田まで来なくちゃいけない、こういうようなことをやっているようでは私は空もローカル港化するんじゃないかと。それには私は、羽田の古いやつはつぶすのをやめてこれも使う、それから成田も急ぐということをやらないとだめだというふうに思います。

久世公堯自由民主党

○久世公堯君 ありがとうございました。

市川一朗平成会

○市川一朗君 平成会の市川一朗でございます。  屋山先生、芳澤先生、お忙しいところどうもありがとうございました。また、大変貴重な御意見をちょうだいしておるわけでございます。  まず、屋山先生にお尋ね申し上げますが、きょうは非常に押さえていただいてわかりやすいお話でございましたから、特段それに関する御質問ということはしなくてもいいくらいわかりやすかったのでございますが、ちょっと冒頭にきょうのお話を私なりに簡単にまとめてみますと、日本の現状を憂えまして、日本の将来のためには、規制社会といいますかこの規制の問題を何とかしなきゃいけないんじゃないか、単に撤廃しろというだけじゃない、よくきちんと仕分けをして、撤廃すべきもの、緩和すべきもの、あるいは存続すべきものも全部しっかりやっていく必要があるよと。  しかし、それをやるためには、官民の癒着体質といいますかそういった問題を改めないとうまくいかない、すぐやれるんだから天下りを禁止したらどうですかと。それでもって定数の問題がいろいろあるなら定年制も延ばして、次官の年齢のお話にまで言及され、円筒型の人事構成という言葉での御提案があって、これならすぐやれるんじゃないか、やったらどうですかというお話だったと思いますが、いかがでございましょうか。もし何かつけ足すことがありましたら、どうぞひとつ。

屋山太郎政治評論家

○公述人(屋山太郎君) そのとおりであります。つけ足すことは別にありません。実によく理解していただいて、うれしいです。

市川一朗平成会

○市川一朗君 一応教授に褒められたような心境で、次の御質問をさせていただきます。  したがって、そういった中で、周辺の問題だと思いますけれども、一つは、今の役所機構、中央省庁の再編成、行政改革を考えます場合には、当委員会でもいろいろ議論があるんですが、やはり基本的には行政事務の合理化とか行政事務のスリム化ということが当然前提になきゃいけないんです。私はどうしても今の役所機構が細分化し過ぎておって、先生が今いろいろおっしゃっていただいた話も、ある意味でそういう細分化し過ぎている役所の問題を抱えたままでは解決できないのではないかなという気もするんです。  しかし、この問題、取り組みますと意外に簡単にいかないことは過去の歴史がいろいろ証明しているわけでございます。屋山先生はその辺も相当勉強されたこともおありと思いますが、この辺の問題につきまして、今後の取り組み方も含めまして、御意見がありましたらお伺いさせていただきたいと思います。

屋山太郎政治評論家

○公述人(屋山太郎君) 一つの目安が地方分権なんだろうと思うんです。六月に地方分権推進委員会がどのような答申を出されるのか。これで地方に仕事を大きく回すということをやりますと、例えばお金は行くけれども設計は向こうでやるんだということで、建設省の予算なんというのは恐らくほとんどがそのまま、別に補助金をなくすというんじゃなくて地方に財源が行けばいいんですけれども、最初は交付税で行ってもいいんですが、地方にお金を渡してあとは地方でやりなさいと、そういう形にすれば、恐らく建設省とか農水省とかあらかた要らなくなっちゃうんじゃないかと思うんです。そのかわり地方の責任は大きくなるわけですが、そういう形。  それからもう一つ、地方分権の発想ともう一つは民営化の思想を行政に持ってくる。これは、もし郵政三事業を民営化するということになれば、郵政省はもう電波の監理ぐらいしかなくなっちゃうわけです。それから、運輸省も民営化を進めるとこれも小さくなるというので、地方分権と民営化の方策をどの程度出すかということで国の行政のありようというのは変わってくると思うんです。  地方分権というのは実はもう三十年も、昭和四十年代から叫ばれている話で、しかし何にも実現しなかった。今度やらないと、これまではもうかっていたから官僚が少々うるさいことを言っても行け行けどんどんという時代だったから済んだので、今この落ち目の時代にこの行政のシステム変更というのをやり損なうと命取りになるというふうに私は思っております。

市川一朗平成会

○市川一朗君 地方分権の問題と規制緩和、規制撤廃の問題とは非常に密接に関係する部分もあり、また少し違う部分もあると思いますので、規制の件に関してもうちょっとお伺いしてみたいと思います。  きょうのお話は非常にわかりやすかったわけでございます。先生の御主張は新聞等でも拝見しておりますので、たまたまきょうは港湾とか空港のお話をされましたが、日本の行政が抱えている規制問題はいろいろあるわけでございます。その中で、要するに規制といいますか改革に伴ういろんな痛みという中で、規制緩和の陰の部分と最近うまい表現をしておられる方もおるんですが、私など自分の選挙区も抱えましていろんな問題に悩んでおるわけでございます。きょう集まっている委員の方も政治家としていろんな問題を抱えておると思うんですが、その一例として、大型店の進出によりまして地元商店街が崩壊をしていくと、そういう悲鳴が随所で上がっているわけでございます。  これは非常にお答えしにくい問題じゃないかと思いますが、私の地元でも一つの小さな町を中心とします郊外に大きな大型店が進出しましたら、八十何店舗あった商店がわずか二、三年でもう五十店舗ぐらいになっちゃったわけです。後継者の問題とかいろいろありますから、そのことだけで来たわけじゃありません。しかし、これはある一面でいうと大型店の進出というのは消費者ニーズにぴったり合っていたわけですね。  そういった問題でございますが、しかし商店街の崩壊の方向といいますと、これまた極めて大事な何かが失われつつあるのではないかという感じもいたしまして、正直言いまして悩みの多い問題でございますが、屋山先生は、その辺の問題につきましてどういうふうにお考えでございましょうか。

屋山太郎政治評論家

○公述人(屋山太郎君) 去年、私はマルセイユに行って、町の電気屋とか商店街は随分閉店しているんですね。それで、実はマルセイユに毎年行っているんですけれども、どうしてこんなにつぶれるんだろうと思ったら、そのそばに物すごくどでかいモール街ができて、とにかく電気屋一軒で、それこそ本会議場ぐらいのどでかい電気屋が一軒、十五分ぐらい郊外に走っていけばある。それから、あらゆる専門店が、おもちゃ屋ならおもちゃ屋というのがどでかくできると、そうすると軒並みつぶれているわけですね。日本で起こっているよりもっと大きい物すごいスケールでそれが起こって、これは非常に社会問題になりまして、今余り町のそばにそういうものをつくっちゃいかぬとか、新聞を見ていたら、要するに政府が今それに手を打とう、やっぱり無制限にはいけないんだ、相当ストリクトな条件をつけなきゃいかぬということを言っていましたね。  ですから、急激に大型店を自由にやれ、しようがないというのも場合によりけりなんですが、しかし、じゃ、大店法をいじらなければ今の店がずっと維持できるのかというと、そうじゃないと私は思うんです。例えば、跡取りがいないとおっしゃいましたけれども、今現にほとんどの家で跡取りがいない。なぜ跡取りがいないか。要するに、それはもうからない、それで一生食うほどの欲望がわかないとか、そういう経済的な事情で跡を継がないということですから、今のままやっていたって後継ぎがいなくなればなくなるわけですね。ですから、そこはやっぱり政治の力で調整するしかないというふうに私は思います。  規制緩和をやると、確かに陰の部分はあるんです、失業が出る。しかし、アメリカはそれをやりまして、一九八〇年から十年間で、失業も出たけれども、しかしプラマイで千八百六十万人の雇用増があった、年に百八十万人ですね。今のクリントン政権では、おれの代になったら二百万人だと、こう言っていますけれども、やっぱり徹底的な規制緩和をやると、何もないところで何か始めるのに物すごく楽なんですね。社会がそうやってダイナミズムを持ったということなので、私は陰の部分が出るのはしようがないと。  ですから、この陰の部分、これは本当に困る人があれば社会政策で見るべきなので、陰の失業者が出るからこれはこのまま存続させるというのは本末転倒だと思うんですね。何のためにその業種があるのかということ、要するに失業が出ないために、本当は要らないんだけれども置いておこう、税金がかかってもしょうがないと、そういう発想ならばこの人たちはほかの社会政策で見るべきだというふうに思います。

市川一朗平成会

○市川一朗君 ありがとうございます。  たしか大型店の場合でも、地元の商店街で意欲のある人は一緒になって大型店の淘汰の中へ入り込んで共存共栄を図っている例もありますし、いろいろやり方を工夫しながらやっていく。  特に、最近の設備投資の業種別の傾向を見ますと、規制緩和が進んでいるところの業界といいますか業種、例えば情報産業等の方が設備投資が伸びているんですね。多分携帯電話とかああいった規制緩和がそういうことになっておりますから、私自身もまた私どもの会派の方も、そういう規制緩和が日本経済の将来のために一番基本であるという屋山先生の御主張と同感でございますが、いろいろ難しい問題もあるなというようなことでお伺いした次第でございます。  それで、先ほども橋本内閣の六つの改革の話が出ておりました。屋山先生も評価しておられましたけれども、もう予算委員会は七日間総括質疑をやりまして、本当に橋本総理の六つの改革にかける意欲といいますか、それは私も非常に意気込みを感ずるんです。しかし、いざ実現ということになりますと、改革に伴う痛みと一言で片づけちゃいけないんですが、なかなか難しい問題があって、最後は国民各界各層の理解と協力を得られることがポイントなんじゃないかなと私自身は思うんです。  屋山先生は今までもいろんな内閣のそういう行革等に取り組む、改革に取り組む姿勢といいますか動きを内から外から見ておられて、どうも橋本内閣じゃうまくいかないんじゃないかなと私は思うんですが、意気込みは感ずるんですけれども実現へのプロセスが見えない、いや、そんなことないよ、今度はうまくいくよというお考えなのかどうか、ちょっとお答えにくいかもしれませんが、お願いします。

屋山太郎政治評論家

○公述人(屋山太郎君) 私は、物書きとしまして、物を書くことはすごく影響があるんだなといって非常にうれしかった時期があります。例えば国鉄の民営化をやったときなどは、私は本当に言論の力というのは大きいなと思って非常にうれしかったんですけれども、よく考えてみると、そういう言論の力が生きるというのは、それを受けとめる政治家がいるというときに初めて実現するので、そのときの中曽根さんは、これはいけるなとか、今だとか、やっぱりそういうタイミングにおいて物すごく感度がよかったですね、今考えてみると。  今歴代の自民党総理の中で中曽根さんを私は非常に評価しているんですが、それは物書きの立場からいって、こうやるべし、こう書くと、これはそうだなと思ったときにすっと動くそのリーダーシップ、それは自分で言わなかったり、こういうことがあるからこれをやれとか、後で聞くとそういうことなんですけれども、実にリーダーシップを発揮しているというのが中に直接いなくてもわかるんです。そういうものを非常によく感じた。ところが、今度は何かリーダーシップが全然聞こえてこないですね。  そういう意味で、口ではこの六つの改革、非常に結構なんですが、実際に自分でそういう一つ一つの改革をイメージしながらところどころにくぎを打ってという中曽根さんには及ばないんじゃないかというのが結論であります。

市川一朗平成会

○市川一朗君 芳澤先生にお尋ねいたします。  沖縄の基地問題がこういう形で、かわいい女の子の犠牲を一つのきっかけとして出てきたということについては私は大変不幸だったなと思っておる一人でございます。  日本の安全保障をどうするのかということを考えました場合に、現在の日米安保条約に基づく体制ができているわけでございまして、日本全体の安全の問題は、沖縄の基地問題という観点から見るまでもなく、沖縄の方々の犠牲の上に成り立っているということに関して政治家の一人として非常に胸が痛む思いでございます。これは今度の問題がなくても長期的に絶対に取り組んでいかなきゃならない問題であったわけでございます。  まず基本的に、今の日米安全保障条約を中心とした体制は日本の安全保障、ひいてはアジア、世界の平和の維持という意味で一つの非常に大事なシステムになっていると思うのでございますが、その辺に関します芳澤先生の御見解をお伺いしたいと思います。

芳澤弘明弁護士

○公述人(芳澤弘明君) かつてソビエト連邦というのがありました。北の大クマとかなんとか言われたそのソ連があるから、中華人民共和国が成立したから、朝鮮戦争があったからということで、いわば極東の平和を守るため、日本の安全を守るためということで沖縄の基地が強化されてきたといういきさつがあります。日米安保条約も、サンフランシスコ講和条約と抱き合わせでできて、片面講和だったわけです。  しかし、戦後五十年たちました。現時点でやはり考え直すべきだろう。ソビエトは崩壊しました。ソビエトがどこに侵略していくんでしょうか。北朝鮮はもうがたがたです。私は、あの国はもう間もなくつぶれるんだろう、長くはもたない、内部崩壊するだろうと思います。そういう状況下で日本を攻めてくる国があるんだろうか。仮想敵国論はもう今や神話だと思います。私は、日本とアメリカが本当に対等、平等の立場でおつき合いをすべきものと思います。  昨年九月に日本の四つの法律家団体がアメリカに行って、アメリカの合衆国政府、上下両院の議会当局と話をしたときに、アメリカの独立宣言の中にあるんですよ、アメリカが独立宣言をした、それは大英帝国、イギリスの圧制から逃れるためだと。その独立宣言に本当にそういうことが脈々と生きているわけです。日本に対して今アメリカがよき隣人でありたい、そう思うなら、アメリカの人たちが言っているように、日本はアメリカの植民地だと言われているような、沖縄は植民地だと言われているような状態をなくすべくアメリカと日本が対等、平等で語り合っていく、そういう関係を築いていくべきだと思うのです。これがこれからの問題じゃないでしょうか。  海兵隊が日本を守るために今存在しないということは、アメリカの国防長官、国務長官、私がお手元に配っている何名かの高官の公式発言でももう明らかなわけですから、日米安保体制が日本の安全のために大事だという考えについてはそろそろ考え直していい時期です。  五十年といえば一つの歴史の区切りです。朝鮮も五十年で帰ってきたんです。私は台湾で生まれました。台湾が日本の植民地から解放された。沖縄は二十七年間アメリカの占領統治下にあった。本当に日本に帰れるだろうかと思いました。私は、三年間パスポートが出ずに沖縄から本土に来れませんでした。いつになったら自由に往来できるだろうかと考えました。しかし、二十七年間で沖縄の統治は一応形の上で終わったんです。戦後五十年、アメリカとの関係を本当に国民の立場に立って、アメリカの人たちの立場に立って改善すべき時期に来ているんだろうと私は基本的に考えます。今、日米安保容認の立場の人もそのような考え方に、議論に参加してきているんじゃありませんか。  以上、私の考えを申し述べました。

市川一朗平成会

○市川一朗君 余り時間がございませんので、ちょっと端的な質問をさせていただきます。  私も、数多くはないんですが、アジアの代表的な政治家の方々にお会いいたしますと、日本は間違えないでほしいよと。要するに、ソ連が崩壊し、東ドイツがああいうふうになって世界の冷戦構造は変わったということで、日本の方々はみんなそういう気持ちでいるかもしれないが、この肝心のアジアはまだ変わっていないんだと。アジアの混乱とかそういったような問題に日本が、どういう形で参加するかどうかは日本人の判断に任せるけれども、きっちり取り組んでくださいよ、経済の面でも歴史的な面でもアジアの国々はそれを期待しておりますという声を承っておるのでございます。  この辺はお話しになりますと相当長くなると思いますが、私に与えられた時間はあと一、二分しかございませんけれども、芳澤先生の御見解をお伺いしたいと思います。

芳澤弘明弁護士

○公述人(芳澤弘明君) フィリピンに私は三度ほど行きました。フィリピンの皆さんは、沖縄から私が来ましたと言ったら、大変親愛感を持って言ってくれます。しかし、フィリピンのこの場所で私のおじいさんが、おばあさんが日本軍によって殺されたんですよ、その跡ですよと語るときに心が痛みました。  インドネシアに行ったときも、見よ東海の空明けてという歌を歌ってくれるんです。真白き富士の何とかという歌も歌うんです、スカルノが愛唱した。しかし、日本がここでどんなことをしたんですか。パターン半島の死の行進のことなどもフィリピンの人が語り、インドネシアの人が語るときに、アジアの人たちは、日本が再びアメリカと一緒になってアジアの私たちを抑圧するんじゃないか、現にし始めているんじゃないかと言って見ていると思うんです。そうならないためにも、やはり本来の日本国憲法の精神に立ち返って対処すべきだと思います。

市川一朗平成会

○市川一朗君 終わります。

照屋寛徳社会民主党・護憲連合

○照屋寛徳君 屋山公述人、芳澤公述人、早朝から大変御苦労さまでございます。  私は、主に外交・防衛問題について芳澤公述人にお尋ねをしたいと思います。  恐らく、四月に入りますと米軍用地収用特措法の改正問題が政局の大きな争点になるだろうというふうに思われます。公述人から御意見を拝聴したわけでありますが、この米軍用地収用特措法の改正問題について知事は繰り返し繰り返し反対を表明しております。基地所在市町村の動向はどうなのか。それから、反戦地主とか一坪反戦地主だけじゃなくして、公述人の承知をしている限りで、県民のそれに対する動向というんでしょうか、それをどのように考えておられるんでしょうか。

芳澤弘明弁護士

○公述人(芳澤弘明君) この特措法に附則を設けて収用委員会の審理が終わるまでの間使用を認めるということについて賛成をしている市町村長は一人もいないと私は承知しております。  それから、楚辺通信所のときに、県の収用委員会に対して国が緊急使用の許可願の申し立てをしたときに、県の収用委員会は慎重に審理をした結果、不許可にしました。それにもあらわれていると思います。端的に言って、県民は、自民党の立場の人でもこれには賛成しない、反対だと言っている。そのあらわれが琉球新報と沖縄タイムスの社説です。

照屋寛徳社会民主党・護憲連合

○照屋寛徳君 復帰前のアメリカ軍による土地接収、そして基地形成の過程について先ほど公述人から詳しく述べられたわけでありますが、復帰後の例えば一九七二年、昭和四十七年に公用地暫定使用法をつくり、そして五年後に位置境界明確化法をつくってさらに五年間、都合十年間暫定使用できるという特別法をつくりました。その後、一九八二年に公用地暫定使用法による土地収用をやったわけです。  それで、よく言われますのは、これは何も沖縄だけを差別した立法じゃないんだ、沖縄だけに適用されるものじゃないんだという意見がございます。確かに法律でございますから形式的にはそうかもしれませんが、実質的にこれらの特別法が適用され、そして米軍用地収用法に基づいてことし四回目の使用裁決をなしている。これは実質的には全部沖縄に適用されたわけです。  それで、これらの特別立法、それから米軍用地収用特措法に基づく使用裁決について公述人はどのようにお考えになっているのか、どこが問題だというふうにお考えになっているのか。それから、それに対する県民世論の動向みたいなものについてもお触れいただいたらありがたいなというふうに思います。

芳澤弘明弁護士

○公述人(芳澤弘明君) 確かに、軍用地特措法はかつて日本本土でも適用されたことがございます。立川基地がそうだったでしょう。それから、東京都内でもアー二ー・パイル劇場というのがあって、結局アー二ー・パイルはだめになったわけですね。そういういきさつがあります。この特措法は、かつてそういうことで五〇年代かに何回か、二、三回発動されただけだと思います。だから、事実上死んでいたわけですよ、もう死法なんです。それをよみがえらせたのが、照屋委員がおっしゃる七二年、八二年ですね。  今まさに審理の対象となっている十二の施設、嘉手納、伊江島、これだけに限定してやろうとするわけでしょう。だから、沖縄だけだと言われても仕方がないんじゃありませんか、附則によってそれを改めるというわけですから。だから、やっぱりこれは沖縄だけを対象にしたものと言わざるを得ない。  それに対して沖縄県民は、法律によって定めた期限が切れたら返すのが当たり前だというのに、なぜ附則でまたやるかと。位置境界明確化法も附則で公用地暫定使用法の効力を存続させて、五日間の法的空白があったわけです。法的空白はそのときの五日間。そして今一年に及ぼうとする楚辺通信所、違法占拠というのは過去に二回もあるんですよ。今度それが起ころうとしている。県民がこれに反対しないわけがないでしょう。大多数が反対です。

照屋寛徳社会民主党・護憲連合

○照屋寛徳君 昨年十二月二日にいわゆるSACOの最終報告が行われました。その最終報告によりますと、仮に最終報告どおり基地返還がなされたとしても依然として沖縄に約七〇%の在日米軍の基地が残る、こういうふうに言われておりますけれども、SACOの最終報告について、県民あるいはまた基地所在の市町村はどういう態度なのか、お教えいただきたいと思います。

芳澤弘明弁護士

○公述人(芳澤弘明君) まずSACOの問題で重要なのは、普天間基地のかわりの施設をつくるということでした。それは、東海岸の中城湾につくるだの勝連半島周辺につくるだのと言ってきました。あるいは嘉手納基地につくるだのと言ってきました。全部関係市町村長がこれに対してノーの答えを出しました。  そして、下り下ってじゃなくて上り上って、名護市の沖のキャンプ・シュワブにつくる海上基地だと言うんですね。この海上基地は、皆さん、約二十三万坪、何と首里城の十五倍に当たります。かつて海兵隊の幹部だったアメリカ人が、これは関西空港をつくるようなものだと、こう言っています。この外国人の目から見てもおかしなというか、絶対許すべからざるもの。しかも、これだけ膨大な鉄の塊の下にあるサンゴ礁、サンゴは死ぬんです。だから、漁業権を持っている漁業協同組合も挙げて反対をしておるわけです。  県道一〇四号を封鎖して他府県に持っていくという、これは日本本土の沖縄化なんでして、返還協定で日本本土の沖縄化をした、それの上を行くものだと。オスプレー22という航空機があります。これが垂直で上がっていって、上がり切ったら翼を出して水平飛行に移る。これは数倍も能力のある新鋭新型兵器ですよ。これの配置先としてつくられるのがこの海上基地ですから、基地の再編強化の最たるもの。名護市長が反対して、住民が反対しています。

照屋寛徳社会民主党・護憲連合

○照屋寛徳君 終わります。

国井正幸民主党・新緑風会

○国井正幸君 民主党・新緑風会の国井正幸でございます。  屋山先生、芳澤先生、大変御苦労さまでございます。私の持ち時間が八分ということで大変に短いものですから、屋山先生の方に二、三お伺いをしたいというふうに思っております。  私も屋山先生の論文等については大変興味を持って読ませていただいておりまして、大変シャープな切り口の論評には感銘を覚えているところもあるわけでございます。  そういう中で、私たまたま読ませていただいたのが、昨年の十月の「正論」です。これに先生が御寄稿なさっておりまして、「官僚にまかせられるか」という表題がついていた一文でございます。その中で、「官僚は万年金欠病に悩む政治家に、業界のカネと票を配分し、族議員として官僚の下僕にすることに成功した。族議員は役所の提出する法律をひたすら仕上げる存在でしかない。官僚が行政府と立法府の二院を握っているのが政治の実態」であって、ここに問題があると、こういうふうな御指摘でございます。  私も、そういう意味でこれは我々政治家に対する戒めであるということと同時に、もう少しやっぱり政治もしっかりしてくれよと、こういうふうなある意味では政治の復権を期待した御発言だと、こういうふうに思っておるんです。  私も議員にならせていただいてまだ間もないわけなんですが、やることがいっぱいあるんですね。そういう状況の中で、今この行財政改革を進めるということになると当然国民の皆さんにも痛みを伴う、こういうことになるんだから、政治家みずからもやっぱり痛みを伴わなくちゃいけないんじゃないかと、こういう一般論がありまして、いわゆる議員定数を減らしたらどうだと、こういうふうな話もないわけではないんですね。  例えば、この参議院においても定数が二百五十二人なんですね。もうやることがいっぱいある。そして、官僚そのものはその分野においては大変専門家でございますから、これと渡り合っていくということになると並大抵のことではない。我々自身も、勉強大変なものである、こう思っておるんですね。そういう中で、いわゆる議員定数の削減の問題、これらについて先生はどのようにお考えでしょうか。

屋山太郎政治評論家

○公述人(屋山太郎君) 実は、私は選挙制度審議会の委員をやりまして、そのときから五百人でいいんじゃないかと。特に、行革というのは率先垂範で議員の定数を減らせという議論があるんですが、それで特別に大変なお金が浮いてくるわけでもなし、五百人ぐらいいていいんじゃないか。イギリスなんかはもっと多いですし、それからイタリアでも日本の半分の人口で下院が六百三十、上院が三百十五です。だから、このぐらいの人間がいてもいいんじゃないか。  どうしても減らしたいというなら、私は、衆議院の比例の部分を五十人ぐらい減らしたらどうかと、こう思いますが、今まで議員定数を減らせという主張を書いたことはございません。というのは、それよりもっと大切なことはいっぱいあるというのが私の認識であります。

国井正幸民主党・新緑風会

○国井正幸君 続きまして、きょうの先生のお話にもあったわけでございますが、やっぱり行財政改革は地方分権と規制緩和、これが大きな二つの流れだろうということで、私もそのとおりだ、こういうふうに思っております。  そういう中で、地方分権を進めるということになりますと、これはまた地方自治体における行政改革というのも避けて通れない道なんだろうというふうに思うんですね。  三月九日の新聞によりますと、地方自治経営学会、これは前の東洋大学学長の磯村英一先生が会長さんをやっていらっしゃるようでございますが、ここで、市町村の常勤職員による高齢者福祉サービスは民間による福祉サービスに比べ二倍を超えるコストがかかっている、こういうふうなことがアンケート調査等で明らかなんですね。  そういうことでやってきますと、行政改革というのはとりもなおさず公務員の定数削減ということにある意味ではつながっていくということになるわけなんですが、政府においてもいわゆる公務員の雇用対策をどうするのかというのが議論になっているようでございまして、検討を始める、こういうのが新聞報道されているわけでございます。  国鉄改革のときを含めて、いわゆる公務員の定数削減時における公務員の雇用対策、これらについて先生はどのようにそのポイントになるような部分をお考えになるか、お聞かせをいただければと思っております。

屋山太郎政治評論家

○公述人(屋山太郎君) 先ほども申しましたように、行革をやれば必ずマイナスの部分というのはできるんですが、例えば特殊法人なんかは原則として廃止か民営化と。民営化すれば今までみたいなことをやっていれば会社はとてももちませんから、自然にスリムになったりぜいたくしなくなったり、それから競争入札で下請に出すとか、いろんな知恵が働いてくると思うんですね。  地方の問題ですけれども、地方は今やたらに大きな庁舎を建てたりむだをやっていますが、これは要するに中央から交付金が来る。それから、それのおかげで自分たちも別にマイナスじゃないと思うんで、情報公開を徹底してやれば中央も地方も、今官官接待の領収書を見せろ、公開しろというので、これはもう見せざるを得ない状況になっていますがね。そうすると、余り変なことには使えないなと。  それから、スイスなんかでは、物、建物を入札でやって公民館を建てるというようなときには、幾らでだれが受けて、どこの会社が幾ら提示していた、それでこれに決まったというのを住民のところへ配ってくるんですね。だから、そんなところで談合なんかできるわけがない、専門家が見ればすぐわかりますから、幾らで応札したかまで出るわけですから。  つまり、情報公開というのは非常に重要なんで、これは地方も中央もこれさえやれば、特殊法人だってこのように情報公開をやられたらこれはもう本当にみんな困っちゃうと思うんですけれども、私はキーポイントは情報公開だと思っております。

国井正幸民主党・新緑風会

○国井正幸君 終わります。

有働正治日本共産党

○有働正治君 限られた時間でございますので、芳澤公述人にお尋ねいたします。  今五・一五メモというのが一つの焦点であります。公述人も全容公開について一言論及されたわけでありますが、地元の新聞ではこの内容が一部報道されているようであります。  この五・一五メモについてどういう点で重大だとお考えであられるのか、また緊急公開というこの要望、なぜそうお考えなのか、お示しいただければと思います。

芳澤弘明弁護士

○公述人(芳澤弘明君) 実は、一部これが公表されたんですね、地元の新聞の者がスクープしたんです。中身は大したことないじゃないかという見方もあるわけです。  しかし、重大な問題も含まれております。北部のブルービーチははいれないものだと地元の住民は考えていたんです。ところが、五・一五メモでは一定の手続をとればはいれる。鳥島の廃弾も処理するとなっているんです。これが伏せられているものですからだめなものだと思っていたということ等があります。だから、そんな秘密はあってはいけない、公表せよ。県民の生命、安全に重大なかかわりがあるからです。劣化ウランの問題もそうです。

有働正治日本共産党

○有働正治君 次に、特措法の問題でありますけれども、いわば政府は一方の係争中の当事者であるわけであります。地主の皆さん方とこの問題で争っておられるわけであります。その係争中の一方の当事者が、係争中で問題が片づかないということでルールを一方的に変えるような法律を出すこと自体がこれは本来あってはならないことではないか。スポーツのルールでも、自分がノックアウトされようとしたら、十カウントでなくてもっと三十カウントまで延ばすというような例えに当たるんではないか。  そういう点で、この特措法の改正、私は政府は出す資格がないんではないかという考えを持っているわけでありますけれども、そこらあたりについていかがでございましょうか。

芳澤弘明弁護士

○公述人(芳澤弘明君) 相撲の場合どうでしょう。負けそうになった一方の当事者が、もう押し出しで危ない、土俵をもう少し広げてくれと言うのとまさに一緒なんです。  しかし、沖縄のさる女医さんが言っていることは、そういうルールはもともと沖縄にはなかったと言っているんです。ルールがなかった、ルールなしに取り上げてきたことを、今またそういう形をつくることは許せないと、こういうことです。

有働正治日本共産党

○有働正治君 それから、劣化ウランの問題ですけれども、この問題は非常に重大だと私も考えるわけでありますが、この点について芳澤公述人はどのようにお考えを持っておられるのか、どういう要望を持っておられるのかをお示しいただければと思います。

芳澤弘明弁護士

○公述人(芳澤弘明君) お手元に資料を配ってございます。劣化ウランは核兵器だと琉球大学の教授が指摘しています。国際法違反だとある研究では言っています。この危険なものを回収もしない。これは誤射なんというものじゃないんです。わざわざ撃ったに違いない、回収もしない、けしからぬ、これが県民の声です。回収せよ。

有働正治日本共産党

○有働正治君 それから、きょうは外交・国際問題が公聴会の一つの重要なテーマであります。  日本政府は、いわば安保絶対化、特に沖縄の基地固定化、それに固執するわけでありますが、私は今二十世紀も終えようとしている世界政治の大局的な流れから見ますと異端ではないかと思うわけであります。軍事同盟を持たない国が多数ではないかと思うわけでありますし、米軍基地もかなり撤去されている等々、こういう大局的な世界政治の大きな流れについて公述人はどのように見ておられるか、所見をお伺いできればと思います。

芳澤弘明弁護士

○公述人(芳澤弘明君) 国連加盟の国は百八十五カ国、そのうち百十三の国が非同盟諸国です。非同盟諸国はどんどんふえています。人口五十六億六千万、うち二十七億六千万が非同盟です。アジアでは二十三カ国中二十カ国が非同盟です。これが趨勢。  そして、アメリカの公式の報告によりますと、国防総省の基地閉鎖再編報告書、アメリカの国内外の基地はどんどんどんどん減らされています。過去五年間で九百五十一の海外米軍基地が閉鎖、縮小されています。その減らされる割合はアジア太平洋の方がおくれているんです。なかんずく日本です。アジア太平洋、アジア地域の米軍基地の八〇%が何と我が国日本にある。これは世界の趨勢に反するものではないでしょうか。

有働正治日本共産党

○有働正治君 屋山公述人に一点だけ。  癒着の問題をお取り上げになりました。行財政改革等の改革を進める上で、天下りの問題と同時に、企業・団体献金の禁止の問題、この点について屋山公述人、いかがお考えでございましょうか。

屋山太郎政治評論家

○公述人(屋山太郎君) 私は昔から企業・団体献金を禁止しろということを言ってきました。しかし、政治にお金がかかるんですから、歳費とか政党助成金を支出しろと。私、政党助成金の議論のときには、それは選挙制度審議会でやったんですけれども、今の倍ぐらいのことを考えておりました。政治家にお金の心配をさせないで、スタッフも十分に与えて勉強して、それで官に対抗する、そういうことしか手がないんじゃないか。私は、議会のお金を、国民負担を減らすという考え方はとらないんですね。

有働正治日本共産党

○有働正治君 終わります。

大河原太一郎自由民主党

○委員長(大河原太一郎君) 以上で公述人に対する質疑は終了いたしました。  この際、公述人の方々に一言御礼申し上げます。  本日は、長時間にわたり有益な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。(拍手)  午後二時まで公聴会を休憩いたします。    午後零時三分休憩      —————・—————    午後二時一分開会

大河原太一郎自由民主党

○委員長(大河原太一郎君) ただいまから予算委員会公聴会を再開いたします。  平成九年度一般会計予算、平成九年度特別会計予算及び平成九年度政府関係機関予算につきまして、休憩前に引き続き、四名の公述人の方々から項目別に御意見を伺います。  まず初めに、二名の公述人にお願いいたします。  この際、公述人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。  お二方には、御多忙中のところ本委員会に御出席をしていただきまして、大変ありがとうございます。委員会を代表して御礼を申し上げるところでございます。  本日は、平成九年度総予算三案について皆様から忌憚のない御意見をちょうだいし、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。  次に、会議の進め方について申し上げます。  まず、お一人二十分程度で御意見をお述べいただき、その後で委員の質疑にお答え願いたいと存じます。  それでは、まず経済・金融につきまして本間公述人からお願いいたします。本間公述人。

本間正明大阪大学経済学部教授

○公述人(本間正明君) 大阪大学の本間でございます。平成九年度予算案につきまして、私の意見を率直にお話をさせていただきたいと思います。  予算案を評価いたしますときに、財政の基盤である歳入と歳出のギャップであります財政赤字の問題と、それから歳出の支出の側面、さらには税制等の歳入の問題、分けて議論をするのが適当であるというぐあいに思いますので、それぞれを区分しながらお話をさせていただきたいと思います。  平成九年度予算案につきましては、まず財政危機と言われております観点から申し上げますと、かなり歳入面の対応によって財政再建の第一歩が踏み出せたのではないかというぐあいに評価をいたしております。  御高承のとおり、八年度予算では、対GDP比で七%を上回るフローの財政赤字、それからストック面におきましては、はかり方はいろいろございますけれども五百兆に達するような隠れ借金も含めての債務がございます。これをどういう形で中期的あるいは長期的に対応していくかということは我が国の財政の体力を考えますと極めて重要なテーマになるわけでございます。  九年度予算におきましては、歳入面で消費税の税率引き上げ、特別減税の停止並びに社会保険料の引き上げと、こういうような三つの歳入確保策によりまして財政の一つの再建の目安であります歳入が、ちょうど基本的に経常的プラス投資的な経費を賄うという意味で、これは専門的にはプライマリーバランスと申しておりますけれども、このプライマリーバランスを達成したという意味では第一歩の出発点になっているということで、私はこの点は評価をすべき点であろうと思います。  しかしながら、この目標以外にも財政再建の目標は多々ございます。例えば政府が今現在、二〇〇五年までに対GDP比で現在の七から三%に引き下げる、こういうような目標設定をいたしておりますし、さらにはヨーロッパ等で再ストックの面におきますGDP比、これはEU等では六〇%を目安にいたしておりますけれども、この達成に向かってはまだほど遠い状況でございますので、今後引き続き財政の体質改善あるいは体力改善というものについて踏み込んで改革に向けて努力をしていただきたいというぐあいに思っております。  第二番目の問題点につきまして、これは特に歳出の問題とも関連をするわけでございますけれども、九年度予算案におきましては、医療保険におきます保険料の引き上げという形で国民に負担を求めております。この負担の引き上げというのは必ずしも評判がよくないわけでありますけれども、私自身は、医療改革の第一歩としては、本人のこの負担の引き上げというのは中長期的に見ても取り組んでいかなければならないテーマだというぐあいに考えておりまして、この点においても評価をすべき点があろうかと思います。  つまり、医療におきましては極めて膨張的な医療需要というものがございます。本人負担というものが、財政錯覚という形でコストがないというぐあいに患者がみなす危険性が非常に高うございまして、この点をきちんと意識させるという意味で、需要の把握、適正化という意味ではこれは重要な改革であるということであります。  しかし、この医療制度におきましても、これだけで終わるということではございませんで、医療の過大さと申しますのは供給側にもございます。これは医療保険の点数制の問題でありますとかあるいは出来高払い制度でありますとか、このような点について今回の改革では踏み込んでいないというのは問題がございまして、供給側への適正化というものを今後もう一段踏み込む必要があろうかというぐあいに考えております。  もちろん、医療の高度化という観点から、規模の経済という意味での非常に過大な需要を招く体質、性格のものでございますので、この点に留意しながら、今後医療制度の改革についても本格的な検討が必要になってくるというぐあいに考えております。  それから、歳入の面におきます税制の問題でございます。  これは御高承のとおり、消費税の引き上げ並びに特別減税の停止ということで七兆円規模の負担増を国民に設けておるわけでございます。この点で、負担増を国民に先行させたという意味では順序論としての問題はあろうかと思いますけれども、高齢化社会を前提といたしますと、各種のシミュレーションを見てみましても、国民負担というものが実質的に高齢のピーク下には七〇%近くにもなると、このようなシミュレーションもございます。したがって、私は、中長期的な観点から、消費税の引き上げという点についてはやむを得ないという判断に立っております。  しかし、消費税の引き上げは、御高承のとおり逆進性というものがございまして、弱者に対する対応という問題は当然に必要になってこようかと思いますけれども、今回のこの引き上げによりまして、消費者物価は、私どもの研究室の試算ではほぼ一・四ぐらいに引き上げられるということで、比較的マイルドな形で吸収できる可能性もあるというぐあいに考えますし、課税ベースの面におきましても、今回既存の間接税の調整が必要ではないということもございまして、導入時のときよりもそれほど大きな問題がないのではないかというぐあいに思います。  しかし、この消費税は基本的に帳簿方式でやるという特異なスタイルをとっておりますので、今後私自身は五%がこのまま高齢化のピーク時まで続くということは予想をいたしておりません。そのような引き上げがさらに行われるときには、この帳簿方式による消費税というのは対応し切れなくなるという意味で、税額票、インボイス方式への基本的な構造転換というものを今後議会で御議論をいただく必要があるのではないかというぐあいに思います。  その点で、実はこの帳簿方式によります問題点の一つとして益税の問題があるということでございまして、この点、消費税を二%引き上げるということになりますと、この益税対策として幾つかの点は打ち出しておるわけでありますけれども、しかし益税自身が率の引き上げによってふえる可能性もあるということは御理解をいただきたいというぐあいに思います。  その点で、基本的な対応をしていくということが恐らく必要になろうかと思いますし、さらには複数税率への移行という点がさらなる引き上げの条件になってくる可能性もございます。その意味で、私自身は、インボイス方式への本格的な見直しというものを、今回の消費税の請求票等の控えの管理という問題をさらに超えた形での対応ということをやる必要があろうかと思います。  それから第四番目に、歳出の問題でございます。  この点につきましては、私は今後の検討課題が極めて多いのではないかというぐあいに考えております。  御高承のとおり、各国とも財政再建に当たっては、増税というようなアプローチよりも、むしろ最初は歳出面での合理化ということを検討していくというのが普通のスタイルであります。その意味で、日本国民は非常に寛容な国民だというぐあいに考えておりますけれども、しかしそのことが国会の場で歳出の構造改革について手をつけないでもいいというぐあいに考えるのは私は非常に危険な理解の仕方ではないかというぐあいに考えます。  歳出面におきまして一番問題が多いのは、私は公共投資、社会資本整備の問題であるというぐあいに考えております。  この公共投資、社会資本整備の問題につきましてはさまざまな議論がございますけれども、今現在、日本は対GDP比で七%強のスケールを公共投資にフローでつぎ込んでおります。このような水準というのは先進諸国におきましては極めて高い水準でございます。戦後五十年間、前半期は一〇%以上のお金をつぎ込み、ざらに現在に至っても七%以上のお金をつぎ込みながら、いつまでも社会資本が貧弱であるということを常套句として用いている貧困さは、私は歳出の合理性という観点から極めて厳しく問い直される必要があるというぐあいに考えております。  社会資本整備の問題点といたしましては、配分の問題、それから政府調達としてのコストの問題、この二つの問題が実は伏魔殿的な形でまだきちんと手をつけられていないところに構造改革への取り組みがおくれている極めて重要な弱点があるということでございます。各国とも、この公共投資の問題については、事前的な査定と事後的な評価というものを組み合わせながら納税者に対するアカウンタビリティーということを極めて重要視しておりますし、公が直接的に関与することの程度という問題も、この財源のファイナンスの仕方も含めて実は国際的には見直しの潮流になっているということでございます。  日本の公共投資は、いわば生活化をし、地域に対する所得保障的な性格を強め、何を残すかという視点に欠けているというところに極めて重要な問題の欠落があるということであります。  社会資本はストックの概念でありまして、フローで何%落とすかというような議論のあり方それ自身が私は極めて今の現状をつくっているのではないかというぐあいに判断をいたします。これは今後の議会におきますきちんとした議論というものを期待いたしたいと思います。  歳出の第二の点、これは社会保障、医療制度、介護保険等の社会保障全般の問題でございます。  この点につきましては、非裁量的な経費ということで義務的経費に位置づけられております。しかし、この制度は高度成長期に設定をした制度のままに基本的に走らせております。その意味で、いわば低成長、安定成長の今の状況の中では持続可能でないような制度になっている。このことにつきましては、基本的に国民は大きな政府を選ぶのか小さな政府を選ぶのか、この選択の問題でありますけれども、しかし今の制度を持続する限り、国民負担として恐らく六割強の負担というものを国民に要求する形になります。  年金、医療、さらには今後介護保険の導入という形になります。このような形で社会保障制度を維持することは、一つは制度の効率性の観点からいっても非常に大きな問題を持ちますし、世代間の負担、つまり社会保障制度をめぐる受益者と負担者の乖離、若年、壮年層の負担の中で高齢者が受益をするという、こういう賦課方式的な性格が非常に強いものでございますので、この世代間の負担の格差というものが今後非常に国民の利害対立として出てこざるを得ません。  この結果、働く壮年あるいは若年世代のモラルの問題、社会保障制度を維持していくことが自分の利益につながるか否かという観点から恐らく制度の脆弱性という点が問われてくる。これは国民が忌避するというような事態まで起こらざるを得ないのではないかという判断に私は立っております。  その意味で、受益と負担のアンバランスさというものを構造的にどのような形で調整していくか、痛みを伴うテーマでございますけれども、これはやっていかざるを得ないというぐあいに判断をいたしております。  最後に、景気との関連でございます。  この点につきましては、御高承のとおり、最近の速報値で昨年の経済成長率三・六%ということでございます。負担の面だけの対応ということでございますけれども、この点については景気の足腰の強い、しかも物価の安定性を得ている今の状況の中で導入をしていくということは、タイミング的には私は是認されるべきであろうというぐあいに考えます。その上で、やはり国民に苦い薬を先に飲ませるからには、行財政改革において歳出面での対応をとって、将来的には甘いあめを与えるような構造改革論議というものを期待いたしたいというぐあいに思います。  以上でございます。

大河原太一郎自由民主党

○委員長(大河原太一郎君) ありがとうございました。  次に、景気・税制につきまして鷲尾公述人にお願いいたします。鷲尾公述人。

鷲尾悦也日本労働組合総連合会事務局長

○公述人(鷲尾悦也君) 連合の鷲尾でございます。このたびは参議院予算委員会におきまして私どもの考え方を述べさせていただくことになりまして、大変ありがとうございます。お礼を申し上げたいと思います。  私は、本予算委員会において与えられました時間で、今回の予算案の問題について第一点、第二点目には景気の問題、第三点目には税制の問題について公述をさせていただきたいと思います。  まず、九七年度の予算案全体についての評価を述べたいと思うわけでありますが、今も本間公述人からもお話がございましたように、今回の予算案の中には、消費税の三%から五%への引き上げ、そして二兆円の特別減税の廃止というものが盛り込まれているわけであります。もちろん、納付時期のずれや消費税五%の中には地方消費税の導入等が含まれておりますから、予算案に含まれている国家予算の中ですべてこれが増収になるということではなく、予算案に計上されておりますのは三兆八千六百五十億円にとどまっているわけでありますし、二兆円の特別減税についても、所得税だけをとりますと一兆四千億の増収ということであります。  しかしながら、自然増収が約一兆四千五百億円見込まれておりまして、税収全体では前年度の当初予算と比べて六兆四千五百七十億円、一二・六%の増収ということであります。これは前年度比二けたの伸びでありますし、バブル期の九〇年度以来七年ぶりのことでありまして、その意味では財政構造改革という意味につきまして、歳入という意味からいいますと確かに増収が図られているわけであります。しかしながらこれらは、御案内のように、消費税の引き上げや特別減税の廃止というダブル増税によって国民の負担で税収の大幅増がもたらされているということについて、私たちは十分考えていかなければいけないと思います。  一方、税収の大幅増にもかかわらず国債発行額は四兆三千二百二十億円減額されるにとどまっているわけでありまして、私どもの非常に一般的な国民の感情から言うと、借金を返すために増収を図っているのであればその増収分あるいはそれ以上に借金返しはするという努力があってこそ納得できるものではないか、このように考えているところでございます。確かに歳出面でも、国債費と地方交付税交付金を除けば一般歳出が一・五%の増ということで低い伸び率でありますけれども、内実を見ますと本当に財政構造改革であるのかどうかということについては若干疑問を持たざるを得ない、こういうことでございます。  特に財政構造改革ということであるならば、今も本間公述人からお話がございましたように、その効用や効率性について、あるいは新しい時代に適合しているかどうかという問題について指摘されております公共事業費にどの程度メスを入れるかということが問題でありまして、相変わらずのばらまき型で事業別や省庁別のシェアはほとんど変わっていないというのが実態ではないかと思います。また、今年度予算に多く入っているわけではございませんけれども、到底採算がとれない整備新幹線の着工などが議論されているというようなことでは、財政再建と逆行することが懸念されているわけでございます。  確かに、増収ベースでは先ほど言いましたように九兆円ということになりませんけれども、特別減税の廃止や医療費の負担増などを合計してみますと国民の負担は約九兆円になるということでありまして、財政改革に名をかりて国民に巨大な負担を押しつける予算になっているというふうに指摘せざるを得ないのを大変残念に思うわけであります。  こうした今年度の予算が景気に及ぼす影響でありますが、現在の景気の状況は三年連続の実質成長ゼロから脱し緩やかな回復の過程にあることは御案内のとおりでございます。しかしながら、私どもが把握しております現場段階では、本当に回復感があるかということになりますと、従来の回復期に比べまして現在の景気というのは実態的に言うと非常に厳しいものがある、こういうことであります。  また、これまでの景気回復が先ほど指摘いたしました公共投資などの政策需要に支えられたものでありまして、本来我が国経済が目指すべきである内需主導の安定的な健全な発展を遂げるというのにはかけ離れたものであるということでありまして、消費と設備投資を軸とする民間需要の自律的な回復に移行する政策をとるということが大変重要なのではないか、このように考えているところであります。  経済企画庁がこの十三日に発表いたしました九六年十−十二月期のGDPは年率に換算して三・九%というふうに高い成長率になっておりますし、また九六年度については政府見通しの二・五%が達成されるということはほぼ確実になっているわけであります。しかしながら、この大きな理由は円安による輸出増加の寄与が大きいわけでありまして、私がただいま申し上げました内需主導へのバトンタッチが課題であることは相変わらず変わりないと指摘せざるを得ないと、こういうふうに考えているところでございます。  また、この九六年度の成長率は、よく知られておりますように九五年度第四・四半期の高い成長の持ち越し分、いわゆるげたの部分として二・二%が含まれているわけでありまして、この二・二%を外しますと九六年度中の成長率は〇・三%程度ということになるわけであります。この点に留意しますと、本格的な景気回復であるかどうか疑問を呈せざるを得ないということであります。  九七年度でありますけれども、四−六月期はこの経済企画庁の発表を受けましたマスコミ論調にございますように、各研究機関の報告などにおいても、四−六月期は消費税の引き上げによる個人消費の冷え込みあるいは駆け込み需要の反動などということが考えられ、マイナス成長となるということも考えられるということであります。  この景気の自律的回復をどうしたらいいのかということが大変重要でございまして、特に民間設備投資の拡大、その民間設備投資をいたしました製品を買うという意味での消費の持続的拡大が必要なのではないか、このように考えているところでございます。九兆円もの負担増が個人消費を大きく萎縮させざるを得ないということについては御案内のとおりではないか、このように思います。  今も本間先生からお話がありましたように、消費税アップや特別減税の打ち切りが経済に与える影響というのは大きいものがありますし、今後の三年間の成長率を平均〇・九%引き下げるというふうに経済企画庁も予測しているところでございまして、これらの景気に与える影響というものを十分勘案しておかなければいけない、このように考えているところでございます。  また、財政と経済の関係でございますが、もちろん私どもは財政再建を進めるためには歳出の大胆なカットというのが必要だというふうには思います。しかしながら、財政再建のために歳出を削減するということは、一面では政府支出の減につながるわけでありますから、これが需要面からデフレ効果をもたらすということも十分注意をしておかなければいけない、このように考えているところでございます。  経済の状況と無関係に財政再建を進めた場合には、経済の停滞を招き、歳入が伸び悩んで、かえって財政再建が困難になる、またぞろ公共投資待望論が出て、景気回復のために財政を悪化させるという悪循環に陥るということになりかねないわけでありまして、財政再建の遂行と景気を安定的な成長軌道に乗せるという経済運営とのバランス、これは大変難しい課題ではありますけれども、この二つながらを同時に実現しておかなければいけない、このように考えるわけであります。  したがって、私どもは専門家ではございませんけれども、今回一挙に九兆円以上もの負担増を国民に押しつけるということであれば、消費を萎縮させるようなことをしてはいけない。果たして中長期的な財政再建につながるものであるかということを点検しますと、経済運営と財政再建のバランスをとるという意味でも、せめて特別減税を継続実施させることが景気の自律的回復とのバランスをとるということになるのではないか、このように考えているところでございます。  一般的に私たちの組合員の中でも消費税の引き上げに対する反発は非常に強いわけでありますけれども、連合はこれまで減税先行させたというところに議論参加をさせていただいたという経過もございますし、消費税の引き上げはある程度やむを得ないまでも、特別減税二兆円の継続実施というのはぜひとも進める必要がある。重ねて申し上げるわけではありませんが、財政再建は経済との整合性を図りつつ進める必要があるのではないか、このように考えているところでありまして、私どもが財政再建や財政構造改革に特別減税を継続実施するという提言をしているからといって消極的であるということを決して意味しないことを重ねて申し上げておきたいと、このように考えているところでございます。  次に、税の問題について少し申し上げたいと思います。  ただいま申し上げましたように、私どもは二兆円の特別減税を継続実施するということでありますが、これは先ほど言いました財政再建との関係で景気対策の面から申し上げました。もちろん、言うまでもなく第一番目に国民生活への配慮という観点が大切ではないかというふうに思います。  私どもの試算によりますと、年収六百万円層の標準的な勤労者世帯、夫婦片働きで子供二人の場合でございますが、消費税引き上げによって年間五万一千円、特別減税廃止で三万八千円、これに医療費等の負担増を加えれば月一万円近い負担増になります。まさにトリプルパンチであるというふうに言わざるを得ないというわけであります。  また、この消費税の問題等、特別減税の廃止というものでありますが、消費税に逆進性があることは言うまでもございません。また、特別減税についても所得税が五万円、これはほぼ八百万円以下の層になるわけであります。また、住民税が二万円、ほぼこれは七百万以下の層で頭打ちになっているわけであります。この意味からいいますと、特別減税も比較的低所得者に配慮したものでありますから、逆進性を緩和させるものでありまして、このように特別減税の廃止と消費税の引き上げというのは逆進性を緩和するという効果を減らすということでありまして、その意味からいっても四月から消費税率を引き上げるならば、当面ぜひ特別減税を存続させるべきである、このように考えているところでございます。  ただいま春闘の賃金交渉が最大の山場でございます。これは私どもが頑張らなくちゃいけないところでございますが、団体交渉の経過を拝見しておりますと、やはり現在の景気状況からいうと経営側が言っていることもわからぬでもないなと、こういう感じでございます。余り理解をしてはいけないのでありますけれども、これから頑張るわけでありますけれども、ベアゼロははね返して積極的賃上げをかち取ろうと頑張っているわけであります。こうした負担増が強いられますと、一万三千円要求しているわけでありますが、仮に一万三千円の満額回答になったとしてもこの一万円の負担増ということで全く労使の努力が無になってしまうということでございます。こうした負担増は個人消費を冷やすことになるわけでありまして、自律回復が課題となっております景気にも大きな影響を及ぼさざるを得ないというふうに考えます。  私たち連合がつくっておりますシンクタンクがございまして、連合総研というものでありますが、お手元にその資料もお届けしておりますが、九七年度の経済予測についてシミュレーション結果を発表しているわけであります。連合の方針のとおり賃上げが一万三千円、率で言えば四・四%満額獲得となって二兆円の特別減税が実施され、また医療費の負担増が凍結された場合には、実質GDPの成長率は二・二%増になるというふうに分析をしているわけであります。しかしながら、賃上げが日経連の言うようにベアゼロ、定昇程度に抑えられ、そして医療費の負担増を計画どおり実施される、特別減税が廃止されるということになりますと、実質GDPは一・四%増にとどまってしまうということであります。  また、問題なのは雇用でございまして、現在九六年度の完全失業率は年間平均三・四%ということでございますが、これは御案内のように統計史上最悪の水準でありまして、これを改善しなければいけないということが我々の大きな目標であります。今提起をいたしましたケースBの場合、定昇程度、特別減税廃止、医療費の負担増ということでございますと、完全失業率は三・五%ということで相変わらず悪化するということになります。もし、賃上げを確保し特別減税を行うということになりますと、完全失業率は三・二%と改善の方向をたどるというふうに考えられるわけであります。  これはシミュレーションでありますので、現実の経済はそのように簡単には動かないかと思いますが、積極的な賃上げとともに適切なマクロ政策により二%台の経済成長を確保することが民間の自律的な回復力を腰折れさせない基本的な条件でありまして、政治の最大のテーマとなっております現在の財政再建策もこうした景気の回復なしには実現できない、このように考えているところでございます。  また、税制の問題についても、特別減税の継続のほかに、私どもは消費税の引き上げを容認してはおりますが、現在の消費税の内容というものに問題点が多くあるということについて若干提起をしたいと思います。  私たちは、消費税の引き上げについて一定の前提条件が満たされるならばやむを得ないと考えてきた中の一つとして、益税解消などの消費税の改革の問題、総合課税化と納税者番号制の早期導入、あわせて先ほど申し上げました特別減税の継続ということを主張しているわけでございます。  消費税の改革については、益税問題に見られますように消費者が支払った税金が必ずしも国庫に入らないという問題点を抱えております。こうした制度的な欠陥を改めることが大事でありまして、先ほど本間公述人がおっしゃっておりますように、そのためには早期にインボイス方式に改める御検討をお願いしたいと思います。  また第二番目に、公平な税制を実現するためには、特に垂直的公平を確保するために、すべての所得に対する総合課税化が必要であります。その意味では各国に導入されております納税者番号を早期に導入する必要があるのではないか、このように考えているところでございまして、消費税の改革についても税制の抜本的な改革としてお考えをいただきたい、このように考えているところでございます。  また、医療改革についても、先ほども少し触れましたように、二兆円程度の負担増になるわけであります。私どもは、今回の政府案が提起しております問題点についてはそれなりに理解をしているところでございます。しかしながら、今回の改革を行ったとしても、医療問題を小手先の費用問題に矮小化するとすれば、またぞろ赤字を招くということになるわけでありまして、二十一世紀の高齢化社会においても良質な医療を保障できるような医療制度全体の見直しと改革を講じていくことを提案しているわけであります。その意味では保険料、公費、患者負担の組み合わせというものの国民的な合意を図るためには医療制度の抜本的な改革が必要なのではないかと思います。  最後に、参議院の独自性を発揮した論議と結論をぜひ参議院の予算委員会にはお願いしたいわけでございます。  私たちは、このような問題提起について各党それぞれの立場から積極的に受けとめていただいております。衆議院段階においても、私どもは特別減税の継続実施について強調をさせていただきました。新進党と太陽党及び民主党がそれぞれ予算案の組み替え修正案を提出し、大変な御苦労をいただいておりまして、しかしながら予算の修正、組み替えは成りませんでしたが、予算の執行段階における経費節減について三党合意がなされたというふうに伺っております。  三党合意の内容は、節減を合意したということについては一定の評価ができるわけでありますが、まず節減の規模について従来の実績額を超えるような最大限の取り組みを行うということでありますが、具体的な目標数値は示されておりません。また、節減によって生み出されました財源の使途について、国民生活を最優先し国民負担増に対応する措置とは言っておりますが減税とは明示していないわけでございます。  こうした肝心の点があいまいでありまして、私たちは三党合意は我々の要求にこたえたものとは言えないというふうに考えておりますが、しかしながら今後に議論の余地は残されている。その際に、今後の余地を残しているのであれば、二院制をとる我が国の国会においては参議院は衆議院のチェック機関として、また衆議院が議論できなかったものを議論するという異なる役割があるというふうに思うわけであります。今回の予算案の審議に当たりましても、政党対立の衆議院のコピーでなく、参議院の独自の立場から論議をしていただきたい。もし可能ならば、本委員会の論議を通じて、与党三党合意があいまいにしております経費節減の規模や、それによって生み出されました財源で減税を実施することなどについて具体的に明示した決議を行うよう各党が合意できないかということを我々はお願い申し上げているわけでありまして、そのような結果を生み出すことによって参議院の役割というものが国民にアピールできるのじゃないか、このように考えていることを申し添えて、公述を終わりたいと思います。  どうもありがとうございます。(拍手)

大河原太一郎自由民主党

○委員長(大河原太一郎君) ありがとうございました。  以上で公述人の御意見の陳述は終わりました。  それでは、これより公述人に対する質疑に入ります。  質疑のある方は順次御発言願います。

竹山裕自由民主党

○竹山裕君 自由民主党の竹山裕です。  超御多忙の本間、鷲尾両公述人、御出席御苦労さまでございました。  まず、本間公述人にお伺いをいたします。先生は財政制度審議会の特別委員をされておられるわけでありますが、今後の財政政策に関してお伺いいたします。  ただいまもお話がありました景気対策と財政赤字に関しましては、我が国のバブル崩壊後幾たびかにわたって景気対策を講じてきた結果がお話しのような巨額の公債残高を抱えるに至ったわけであります。一昨年十二月の財政審議会答申でも、既にケインズ的政策は財政政策の議論として妥当性を欠くのではないかという指摘もあったわけでありまして、この点は欧州でも同じであります。マーストリヒト条約に基づき、EUの通貨統合の条件として財政赤字を拡大させた場合に制裁金を課するという厳しい規律があるわけであります。  とはいっても、今後はケインズ的政策を全くとり得る余地がないのか、レアケースとしてはそれがあり得るのか、どんなような条件のもとでそれが許されるのか。EUの場合は景気後退の局面において例外扱いされるようですが、ただその解釈について議論があるようであります。我が国の場合にとってどういう状態であろうかという点について、本間先生の御見解をまず伺いたいと思います。

本間正明大阪大学経済学部教授

○公述人(本間正明君) 今、委員の御指摘のとおり、世界の流れは単純なケインジアン政策というものを活用して安易に景気刺激をするという体質から随分かけ離れた状況が生まれております。  この背景には、経済が一つはストック化を強めているということでございまして、財政の状況というものが金融市場等を通じて金利の面から財政にさらなる逆方向への動きを強めているということが一つございますし、二つ目は、国際化というものが為替レート、金利の関係においてさらに財政政策というものを失効させるような方向に作用する、これが二番目の原因であります。三番目は、日本の公共投資それ自身が、先ほども申し上げましたように生活化をいたしておりまして、需要を生み出すようなそういう仕組みにはなっていない、これが大きな理由でございます。  それを受けまして、それじゃ、どういうときに財政が景気安定機能というものを行使するか。これは非常に各国とも悩んでいるわけでございますけれども、私は、一つは非常に経済それ自身がパニック状態のような形で下降局面に陥る、こういうような事態は、これは政府が穴を掘ってでも景気対策をしなければならないというぐあいに思います。しかし、それ以外のケースについては、私はこの十年間、日本の財政金融政策は対比対称的な意味で失敗をしたと。つまり、八五年から九〇年代のバブル期には、してはいけない拡大政策をとり、九〇年代に入ってのこの十年間は、し過ぎの財政的な対応をとってかえって景気の不安定性を増したと、こういうぐあいに判断をしております。  財政が持続可能な形でできるだけ中立的に経済に対してコミットしていくということが、財政赤字を抱えた現状における日本の合理的な対応であると、こういうぐあいに私自身は判断をいたしております。

竹山裕自由民主党

○竹山裕君 ありがとうございました。  先ほど、プライマリーバランスのお話がありました。受益と負担の均衡を図る観点から国債費を除いての歳出歳入の均衡を図る。それで、九年度の財政においてはこれがいい方向に向かっているかということでございましたが、この点について本間先生の御見解、もう少しわかりやすく。

本間正明大阪大学経済学部教授

○公述人(本間正明君) 今御指摘のとおり、新年度の予算におきましては、少なくとも国のレベルにおける予算案の状況ではこれはちょうど歳出に対して税収が賄うと、このような形になっておりまして、プライマリーバランスというものは確保できたというぐあいに理解すべきだろうと思います。  ただ、御高承のとおり、日本の場合には地方並びに社会保障基金というものがございます。とりわけ、地方財政の問題につきましては、これは別途また地方財政計画の中で予算というものが決まっていくわけでありまして、私自身は国と地方の全体でプライマリーバランスというものを次のステップでは考える必要があろうかと思います。  そして、その上で、さらにはフローの国債、公債発行額というものが対GDP比で二〇〇五年という形で三%に持っていくというのは、いかにも世の中、国際的な流れからするとスローな調整にすぎないかと。御高承のとおり、例えばことしに入りましてカナダは四年間で対GDP比六%の赤字から二%にまで赤字を減らしていると、こういうような状況でございます。財政危機の現状は我が国の方がひどいわけでございますので、その点でテンポを速めていく対応というのが求められようかと思います。

竹山裕自由民主党

○竹山裕君 ありがとうございました。  国民負担率のあり方についてのお話もございました。現在の三七・二%、年々に大きな数字が示されておりますが、本間先生としてはどの程度の今後の展開をお考えになっておられるのか。それから、財政審議会の最終報告の中で、「国民負担率に財政赤字を加えた「潜在的な国民負担率」」という表現に変わってきておりますが、これは本間先生かねてからの御主張の関係もあるかと思いますが、この点も少し詳しく御説明をいただければと思います。

本間正明大阪大学経済学部教授

○公述人(本間正明君) 今、委員御指摘のとおり、国民負担率というのは各国とも財政の活動の指標として非常に一般的に用いられている数字でございます。御高承のとおり、この新年度予算では恐らく三九%近くまで高まろうかというぐあいに思いますが、今後、高齢化の段階ではこのような水準ではとてもおさまり切れない。  現在の制度を維持する限りにおいて、これはさまざまなシミュレーションがございます。例えば、昨年経済審議会で発表いたしております試算によりますと、国民負担率自身は五二%弱でございますけれども、その一方で財政赤字が対GDP比で一四%程度。これは国民所得に換算いたしますと二〇%以上のレベルになります。したがいまして、これを財政赤字で賄わないというぐあいにいたしますと、実質は七三%ぐらいに達する。現在のスウェーデン並みの水準でございます。通産省あるいは民間のシンクタンクでもいろいろシミュレーションをいたしておりますけれども、おおむね六割ぐらいを超えるような水準になっている。  したがって、私、先ほども申し上げましたように、日本の今の財政構造というのは、経済のファンダメンタルズとは相入れない、実は持続可能でない状況をつくり上げ、これを放置すれば拡大をしていくという構図になっているということでございます。  私自身は、効率的な政府を実現した上で中規模の政府というものを志向すべきだと思いますが、その水準は恐らく五〇%の前半、国民が年金、医療をまあまあ我慢して受け入れるというような形でやりますと、恐らくそのぐらいの水準というものが念頭に置かれるのではないかというぐあいに考えております。

竹山裕自由民主党

○竹山裕君 次に、財政の問題に関しまして、現在、政府と与党、元総理経験者あるいは大蔵大臣を経験したOBなどが首相官邸で財政構造改革会議と銘打ちまして検討、論議を重ねているわけであります。あしたも、この予算委員会が終わりますと四回目になりましょうか、これに私も実は企画委員の一人で参画しているんですが、当面気になりますのは、平成十年度の概算要求へ向けてシーリングを含めた厳しい抑制をしていくわけでありますが、この概算要求の方式について先生のお考えがありましたらお教えをいただきたいと思います。

本間正明大阪大学経済学部教授

○公述人(本間正明君) 各国とも、歳出の削減あるいは合理化というものをいかに政治的なレベルの中で実行するかということは非常に難しい問題がございます。アメリカの財政学者のブキャナンが、議会はいつも膨張的な形でしか対応しないと、このような危険性を指摘しておりますけれども、この中で歳出抑制をしていく手法としてシーリング方式を各国とも採用しているということは事実であります。イギリスにおきましてもアメリカにおきましてもこのような手法が使われているわけでありますけれども、これは我が国は、御高承のとおり先達者でございます。かつてゼロシーリング、マイナスシーリングという形で財政再建に努めてまいりました。  この前半期の財政再建期におけるシーリングの問題点というのは、歳出構造を極めて硬直化してしまった、逆に柔軟な判断をなくする大きな悪材料になってしまったということは、今後のシーリングのかけ方について我々に幾つかの教訓を与えているのだろうというぐあいに思います。  一つは、これはアメリカが今現在やっておりますけれども、裁量的経費と非裁量的な経費というものにそれぞれこれをペイ・アズ・ユ——ゴー、うまり新たな歳出をつけるときには別の既存の歳出をカットする、こういうような要求をつけると同時に、個別に歳出項目についてのシーリングを政治判断していく、こういうことをやらざるを得ないと思います。  時代に合う歳出は伸ばさなければならないという側面もあるわけでありまして、トータルにそれだけの、各省庁別のシーリングの中では基本的にかなり古い体質を温存させる形になりますので、私自身は、今現在アメリカが予算をコントロールするときに、ペナルティー的なものも含めて、法律だけで名目的に縛るのを踏み越してさらに厳しい枠づけというものをし、政治というものがこれに対してプライオリティーをつけていく、こういうことが求められているのだろうというぐあいに思います。  以上です。

竹山裕自由民主党

○竹山裕君 本間先生は税制調査会の委員もしておられますので、税制上の課題としてお伺いをいたします。  法人税の改革でありますが、我が国の実効税率は四九・九八%と比較的高いことで知られているわけで、この引き下げがかねてから論議されておりますが、一方でネックになるのが現下の財政状況。政府の方では、課税ベースを広げて、その上で税率を引き下げるということを言うわけでありますが、本間先生としてのお考え、また実効税率としてはどの辺が妥当とお考えになるか。  また、地方税との兼ね合いになってくるわけで、国税だけなら三七・五%でありますが、まあまあ諸外国との見合いかなと思いますが、地方税の法人住民税、事業税を加えますと高くなってしまう。この点で地方税の法人課税を圧縮すべきであるという人々もいるわけでございますが、これまた地方財源としての法人課税は基幹的税目であると。  これらについての地方税を含めた先生のお考えをお聞かせいただきたいと思います。

本間正明大阪大学経済学部教授

○公述人(本間正明君) 竹山委員御指摘のとおり、我が国の法人税の高さは、ドイツと並びまして国際的には異常な水準にあるということは言えようかと思います。このことによりまして日本企業というものが国際競争力の面でハンディを背負っているということは、私自身否めない事実だというぐあいに思います。  しかし、委員も御指摘のとおり、今の財政状況の中で一体これをどういう形で改革していくか、こういうようなことになりますと、第一段階の改革といたしましては、政府税制調査会の法人税小委、私もメンバーでございましたけれども、国際的なオーソドックスな改革をまずやっていく、これは課税ベースを拡大しつつ税率を引き下げる、こういうことが必要になろうかと思います。  法人税は昭和四十年に改革が行われまして、それ以降基本的な見直しが行われておりません。そのために課税ベースというものが、その間の恣意的な侵食によりまして非常にこれまた国際的に見ると極めて狭い課税ベースになっている、このことがいたずらに法人税率を高くせざるを得ないということでございます。  それから、日本の法人、二百四十万ぐらいございますけれども、この中で六三%が欠損法人になっているということでございます。四九・九八を負担しておりますのは、実はパーセンテージでいえば〇・六%にとどまっている。非常に少ない大企業がほとんど多くのこの税負担をしている。こういうひずみが実は負担をしている企業にとって重荷になっているということでございまして、これは例えば減価償却制度でありますとか引当金でありますとか、あるいは租税特別措置等、私自身はこれを見直すことによって恐らく一兆円程度の課税ベースの拡大は可能であると。もし一兆円の課税ベースを拡大いたしますと、三七・五%を三五%に引き下げることが可能であるというぐあいに考えております。  これは中立性という観点、つまり産業間で払っている人と払っていない人、基本的にベンチャービジネス等に対しましては極めて厳しい税制になっておりますし、国際的な整合性という観点からいってもこれは避けて通るべき問題ではなかろうかというぐあいに判断をいたします。  しかし、三五%にいたしましても、委員御指摘のとおり、まだ地方税の問題がございます。法人事業税並びに法人住民税がございます。この水準が国際的に見ますと異常に高いのが現実でございまして、これをどうするかという問題は次のステップとして考えられるわけでありますが、削減をするということ、これは税源の問題もございます。恐らく赤字法人の対応も含めて、私自身はシャウプの原点、つまり所得型の付加価値税、外形標準課税というものを一つの代替案としても今後の検討課題になるのではないかというぐあいに考えております。その意味で、地方税の中身の問題というものが今後議会等でも御議論をいただければと思います。  しかし、それでもなおかつ私は、法人税のレベルというのは国際的には高かろうと思います。その上で、中長期的に日本のいわば供給サイドの強さを再生させていくためには、私自身は法人課税の問題はもう一段踏み込む必要があろうかと思います。  大胆な言い方をいたしますと、公共投資を今の七%を五%ぐらいにまで引き下げて、その財源の一部を法人所得に対する課税の引き下げという形で構想をするのが日本全体の生産性の向上にとっては極めて有効なアプローチであるというぐあいに私は個人的には判断をいたしております。  以上でございます。

竹山裕自由民主党

○竹山裕君 ありがとうございました。  金融システム改革というテーマがあるわけでありますが、若干それにつきまして、今国会で外為法の改正等がありまして、このところ日本版ビッグバンというのが大変知名度として人口に膳灸されているわけであります。この日本版ビッグバンの意義あるいはこれからの我が国の経済に与える影響、まだまだ十分に理解されていない部分がございますので、お教えをいただければと思います。

本間正明大阪大学経済学部教授

○公述人(本間正明君) 我が国の金融関係の改革につきましては、世界的な潮流からしますと極めて遅い対応になっております。御高承のとおり、ビッグバンが始まりましたのは世界的には八〇年代の前半でございまして、我々がバブルにほうけている時期に非常に進展をしたということでございます。我々はバブルのツケの清算と金融のビッグバンを同時にやらなければならないという非常に苦しい状況に追い込まれていると思います。  国際的にこの金融のビッグバンが進みますと、お金は国境を越えて動くわけでございまして、我が国自身が江戸時代の鎖国のような状況を続けます限り、国内的な意味ではポートフォリオ、国民の財産をどのように運用するかという点では劣悪な商品しか国内で供給されないということでございますし、国際的には金が国家間を移動する形で資本の効率性を高めるという状況からいたしますと、日本に入ってこない。  これは株価等の問題にも悪影響を及ぼすわけでありまして、今現在、貯蓄大国などといって千二百兆円の資産があるなどと言っておりますけれども、将来、高齢化の影響によって、二十一世紀に入りますと急激に貯蓄がフローでは減少していく。そのときにいかに魅力ある生産性の高い国に脱皮しているか否かということが実は金融バンを考える場合の重要な視点であるわけでありまして、一時的な混乱、一時的な既存の利益の障害がありましても、私自身はこれに積極的に対応せざるを得ないというぐあいに判断をいたします。  しかし、そうはいいましても、既存の護送船団方式でなれております金融機関あるいはバブルの清算をしていない金融機関にとりますと、これはなかなか厳しいものがございます。そのようなセーフティーネットを国会がいかにかけていくかということは政策的に十分に配慮しなければならない問題でございまして、それについても事前並びに事後の決意というものを国会がきちんと国民に明らかにしていくということを通して大胆なビッグバンヘの対応ということが求められているのだろうというぐあいに思います。  以上でございます。

竹山裕自由民主党

○竹山裕君 ありがとうございました。  鷲尾事務局長にはお待たせをしました。大変熱情あふれるお話を承りました。消費税に関しては必ずしも反対でないというような連合としてのス夕ンス、それにはもろもろのおっしゃった条件はつくんだよということでありますが、今日まで、組織として御協議、御検討、いろいろな各段階、各分野からの御意見があったと思いますが、その辺のお話を少しく聞かせていただければと思います。

鷲尾悦也日本労働組合総連合会事務局長

○公述人(鷲尾悦也君) ただいま先生御指摘のように、一般論で言いますと、だれしもが税金が上がるというのは好ましいことではございません。したがいまして、私ども連合の構成組合や構成員からも、現在なおかつ消費税引き上げにもつと積極的に反対しないのかという声はあるわけでございます。  ただ、既に特別減税が実施されました際に、あわせて三兆五千億円程度の恒久減税について先行実施をしたという経過がございます。その際にも、消費税率を何%にすべきかということが、直間比率の見直しを含めまして議論がなされたわけであります。その際に、連合レベルでも、直間比率の見直しということが直接税に非常に偏っている日本の税制改革のために必要だと、こういう考え方をとったところでございます。  その際には、しかしながら、今行われている消費税について、本当に完全な税なのかどうかということについては非常に大きな欠陥があるということでございまして、その欠陥を是正するために、先ほど申し上げました総合課税やあるいは逆進性の問題についての検討あるいは益税の解消というものを強く申し上げているところでございます。私の立場で申しますと、今なお消費税反対と言った方が賛成は多いのかもわかりませんけれども、その点については私ども責任ある立場で議論をした経過があるということについて御説明をさせていただき、ありがとうございます。

竹山裕自由民主党

○竹山裕君 きょうは、まさに時の人でもあり、それぞれの分野で御活躍いただく両公述人から大変参考になるお話を聞かせていただきました。私ども責任与党としての考え方にも大きく今後参考にさせていただき、大変お忙しいようでございますので、私の質問はここで終わらせていただきます。  ありがとうございました。

牛嶋正平成会

○牛嶋正君 平成会の牛嶋でございます。きょうは、本間先生、それから鷲尾事務局長、ありがとうございました。私の与えられた時間はあそこにありますように二十四分でございますので、できるだけお二人からいろんなことをお聞きしたいと思っております。  そこで、最初に、基本的な問題で本間先生それから鷲尾事務局長から一問ずつお聞きして、その後、きょうお話しいただきましたお話の内容から先ほど気づきました点を幾つかお尋ねしてまいりたい、こんなふうに思っております。  きょう、本間先生の平成九年度の大体の評価、まあ評価できるんではないかというふうなお話をいただいたわけでございます。そういう意味では、財政構造改革第一年度の予算としては一応合格点というふうな評価であったかというふうに思います。  この点について私がちょっと気になりますのは、ここ一、二年の政府の財政運営を振り返ってみますと、かなり厳しい歳出抑制を図りながら本予算を組む、しかし、景気の動向も関係いたしますけれども、補正予算でそのところがちょっと緩やかになってしまって、結局赤字国債の発行がふえていくと、こういうパターンをとっていたわけですね。  そうなりますと、ことしはどうなのかということが問題になります。先ほど財政構造を歳入と歳出に分けてバブルの前後で比較されましたけれども、その比較の中で私が一番気になりますのは、ともかくバブル以前の歳入構造というのは右上がりでございました、いずれにしましても。ところが、バブル以降はずっと下向きなのでございますね。  ですから、今回、増税で一応歳入歳出のギャップを埋めるとしましても、それはいわば歳入線を上にシフトさせたわけです。ですから、シフトさせてもそれが横ばいで、水平でいくとするならば、歳出がある程度義務的経費等々で伸びていくということになりますと、また拡大していくわけです。そうしますと、歳入構造、税収線と言ってもいいですが、それがシフトした後どういうふうな勾配をとっていくのかということが問題ですね。  これは一にかかってことしの景気の見通しに依存しているわけであります。ですから、政府が見通しておりますような状況で順調にいけばいいんですけれども、しかし四月景気後退説などもささやかれております。こういった点も踏まえまして、今私が申しました懸念について、本間先生、まずどういうふうにお考えなのか、ちょっとお尋ねします。

本間正明大阪大学経済学部教授

○公述人(本間正明君) 牛嶋先生御高承のとおり、景気に対しまして政府は実質経済成長率一・九%というぐあいに予想をいたしております。これは、九六年が三・六という速報値になっておりますので一・五%下がるということでございますから、若干楽観的な予想ですらそのような形になりますので、基本的に相当税収面におきましてもインパクトを与える。特に、駆け込み需要というようなものがございますので、四−六、七−九の前半期ではかなり消費の足を引っ張るというぐあいに判断せざるを得ないのだろうというぐあいに思います。  しかし、私は、景気の動向を見ますときに、消費と並んで企業収益の動向並びに設備投資の動向というものをどういうぐあいに判断するかという  ことは非常に重要な見方なのだろうと思います。為替レートが百二十円台に入りまして、今まで苦労をいたしております電気機器あるいは自動車産業等を中心にしながら、二年三カ月、四カ月ぶりに経常収支の部分が黒字の方向に基調変化をしているということも事実でございます。  私どもの経済の見方といたしまして、輸出主導型にまたぞろ変えるのかというような見方に対しては、構造改革の観点からこれは余りよくないという見方もあろうかと思います。しかし、少なくとも新年度におきまして恐らくそういう姿が出てくる可能性がございまして、民間のシンクタンクは一・四%平均ぐらいの実質成長率を予想いたしておりますけれども、私自身はこの水準よりも高目の景気というものが実は持続できるのではないかと。  その意味で、足腰はつらいところだけれども、需要面からの対応というものが実は日本の経済におきまして、ひずみ、いわば二重経済、多重経済を生み出して、生産性の高いところと低いところを生み出してきたという観点から見ますと、需要の対応というよりもむしろ供給側の対応をとることによって、持続可能な成長率、これはやはり二%の前半ぐらいを見込むのが一番いい日本の長期的な線だというぐあいに私は思います。もし、そのぐらいの状況がキープできるのであれば、税収面におきましてはかなり安定的に税収というものが確保できるのではないか、その線を志向しながら経済運営をしていくということが肝要になってくるのではないかというぐあいに判断をいたしております。

牛嶋正平成会

○牛嶋正君 ありがとうございます。  今、本間先生のお話の中で、企業の設備投資が割合に腰がたく伸びてきているというお話でございました。これにつきまして鷲尾事務局長は先ほど、数字は数字だけれども現場の実態は数字ほどには実感されていないというお話でございました。  私も、それについてちょっと気になりますのは、これまでの景気動向を見ておりますと、バブル以前でございますけれども、最初に個人消費が回復して、それにつられるようにして企業の設備投資が伸びていく。そして、それとほとんど相前後して雇用が改善されていくんですね。  恐らくこれまでの設備投資というのはほとんどは新規の投資で、生産拡大のための投資であったというふうにみなすことができる。したがって、雇用状況も改善されていく。ところが、今度は随分とタイムラグが長いんですね。それで、設備投資が伸び出してからもう一年以上たとうとしているのに雇用の方が改善されていない。ということは、この設備投資は、新規の投資もありますけれども、置きかえ投資といいますか、それが大半を占めているんじゃないかということなんですね。  そう見ていきますと、先ほど本間先生がおっしゃいましたように、企業の設備投資に期待をかけるといいましても、若干これまでと違った見方をしなければならないと思うんですけれども、こういった数字と実態のギャップを我々が感じる場合に、今申しました設備投資の内容と、それからそれに関連しての雇用につながっていかない。この部分について、連合の方はどういうふうに分析されているのか、ちょっとお聞きしたいと思います。

鷲尾悦也日本労働組合総連合会事務局長

○公述人(鷲尾悦也君) 私は余り専門家ではありませんので、実態のデータを分析してどうこうということはなかなか言えないわけでありますが、ただいま牛嶋先生御指摘のように、まず投資の実態からいいますと、置きかえ投資、合理化投資が非常に多い。そして、合理化投資を行うことによって雇用が減るということが行われているということであります。  これは、一つの理由は、国際化に伴いまして高コスト構造を改善しなくちゃいけないということでさまざまな合理化政策がとられ、そのことによって投資はふえているけれども雇用はふえない、こういうことになっているんではないかと思います。そして、私どもが実感として認識しておりますのは、消費拡大というのは、もちろん賃上げや減税も大きな効果がありますけれども、雇用が安定的であるということが消費拡大に非常に有効だと、こういうふうなことは実感として感じているところでありますし、これまでのデータでもそのことが言えるんではないかと、そう思います。  それからもう一つ、本間先生と学問的なレベルで議論がなかなかできないわけでありますけれども、需給の問題からいいますと、バブル経済以降の供給過剰の体質が本当に日本でもう変わったんだろうかということであります。一部の産業では確かに供給過剰という状況がなくなり、既に安定期に入っている、あるいは新規投資が出てくるというふうには思いますけれども、どちらかというと、まだ需給ギャップは供給過多、需要不足というところで起きているんではないか。素材産業なりあるいは部品産業においては中小企業においてそういう状況が実感として見受けられるわけでありまして、まだまだ合理化投資は進んだといえども合理化をしなければいけない余地がある、こういう状況にあり、なかなか実感として景気回復の足取りが重い、こういうふうな感じになっているんじゃないかと思います。  したがいまして、経済のバランスというのは大事でありまして、一方に偏るということではありませんけれども、現在、需要不足を解消するための経済政策は一方ではやらなければいけないと、このように私は考えているところでございます。

牛嶋正平成会

○牛嶋正君 次は、鷲尾事務局長にお尋ねさせていただきます。  先ほどお二人とも消費税の課税方法についてインボイス方式の導入ということをおっしゃいました。これは益税の問題を議論する場合には避けて通ることはできません。そしてまた、複数税率などの議論がありますが、そういった複数税率を入れてくる場合にもやっぱりインボイス方式というのが前提になろうかと思います。  ところが、ちょっと気になる数字が私の目にとまりました。それは国税庁が昨年の十月に公表いたしました平成七年度滞納整理状況という報告書でございます。そこで、七年度の消費税の滞納額がまたまたふえまして三千八百六十一億円、これは益税よりも上回るんじゃないかと思うんです。この消費税の滞納というのは問題があるんですね。これもやっぱり消費者から受け取っている税なんです。ですから、国庫に入らないという点では益税と全く同じなんです。  なぜこんなにふえるのかということで、これから私ちょっと実態を分析したいと思っておりますけれども、この滞納がふえるということ、これを抑えるためにインボイス方式の導入が役に立つのかどうか、この点についてだけ、できましたら本間先生もその後でお答えください。

鷲尾悦也日本労働組合総連合会事務局長

○公述人(鷲尾悦也君) インボイス方式の技術的な問題については大変いろいろな問題点もあろうかと思います。しかしながら、益税の解消並びに滞納の実績、今三千八百六十一億円という御指摘、大変私も勉強になりました。研究してみたいと思いますが、その滞納整理の数字からいいましても、この面については、インボイス方式をもって明確にすることができるのであれば、これは少なくすることができる、可能ではないか、このように考えております。

本間正明大阪大学経済学部教授

○公述人(本間正明君) 私は、日本のこの消費税、間接税と言っておりますけれども、実は納税者にとってみると直接税的なイメージを持っておられるというのが、この滞納が法人税の滞納と極めて似た性格を持っているという意味では、これは助長する可能性、危険性というものがあるんだろうと思います。  もし、これをインボイス方式でやった場合には、売り上げのインボイスから仕入れのインボイスを差し引く形にいたしますし、そのことで基本的にきちんとした債務であるということが確定をいたします。その点で、納税者である業者から考えますと、直接税的なイメージよりももっと間接税的な本来の付加価値税の性格というものがございますから、その点でかなり納税態度に対してはポジティブな影響を持つのではないかというぐあいに期待をいたしております。

牛嶋正平成会

○牛嶋正君 ありがとうございました。  次は、本間先生に。  先ほどお話しの中で公共投資のこれからのあり方について御説明がございました。私は、この問題を考えるときに、きちっとした効率的な投資を進めていく、そしてまた大分社会資本もふえてまいりまして、管理ということも考えていかなければならないと思うんです。  高速道路なんかを見ましても、管理の面でもうちょっとうまく工夫すれば全体的な高速道路のネットワークの効果が上がるというところだってあるわけです。この管理ということを考えていきますと、私はやっぱりこれまでの会計方式を変えなきゃいけないと思うんですよ。できれば複式簿記ぐらいにしていかなければ、今までと同じようにどんぶり勘定でやっていたらそれは重点配分もできないと思うんです。ですから僕は、新しい会計方式を、それは何も企業会計を入れろというわけではございません、むしろ公共投資を効率的に推進していくための会計方式をつくればいいと思うんです。  そして、もう一つは、投資基準を非常に明確にする。それは、会計方式をきちっとしなければ投資基準も確立はできません。そんなふうに思っておりまして、この点についてもしコメントがありましたらいただきたいと思います。

本間正明大阪大学経済学部教授

○公述人(本間正明君) 委員御指摘のとおり、公共投資あるいは社会資本整備をどういう形で効率的に進めていくかということは、各国とも非常に苦労をしておるテーマでございます。  例えば、ニュージーランドを例にとりますと、一九八四年にいわば行財政改革の緒についたわけでございますけれども、そのときに一番大きな武器というのは、委員御指摘のとおり、実は公会計を発生主義に変えるということでございました。つまり、かけたお金、これは公共投資は予算がついて、それを何かアウトプットみたいな気持ちで業者はとっているような状況がございますけれども、あれはいわば投入でございまして、決してアウトプットではないわけであります。資本をどのような形で、社会資本整備として価値あるものを生み出したかという問題をきちんと把握いたしませんと、フローの、予算上の投資がどのような効果を生み出したかということは、これはきちんと把握できないわけでございます。  先生御指摘のとおり、そのことをやろうといたしますと、当然のことながら発生主義に基づいて、フローのいわば現在価値というものをきちんと毎年毎年積み上げていく。そして、複式簿記的に、発生したものとそれからかけたものが年次を超えてどういうような関係になっていくかということを金額ベースで押さえるということが必要になってくるわけでございます。  今、日本は事前的な意味での査定はございます。しかし、この査定すらそういうコストベネフィットを基本的に使っているというような現状ではございませんし、事後的に、それができ上がった後でどのような形でコストベネフィットが生まれてきたかということの評価も両方やっていない。しかも、その箇所づけ等についても、実はアカウンタビリティーの観点からいって、つまりいわば説明義務、情報公開という観点からいっても十分じゃないわけでございます。その点で、まさにいわばどんぶり勘定で日本の公共資本はやっているというぐあいに厳しく評価をしても、し過ぎることはないのだろうというぐあいに思います。  議会がこのことをきちんとコントロールし、あり得べき議会のもたらす膨張的な予算要求に対することを合理的に判断していくためには、委員御指摘のとおり、私は、この会計制度それ自身の導入というものは積極的でなければならないというぐあいに考えております。

牛嶋正平成会

○牛嶋正君 ありがとうございます。そのように私は努力したいと思っております。恐らく、ツケを将来世代に引き延ばすという話がありますけれども、これをきちっとやれば必ずしもそういうことは言わなくてもいいわけで、そんなに遠慮することもないというふうに思っております。  次は、事務局長にお話をお聞きしたいと思います。  先ほど消費税に関しまして、引き上げについては容認されるようなお考えをお聞きいたしました。六つの改革といって政府は進めておりますが、いろんな社会の仕組みを考えた場合、一番基本になるのは私は税制だと思うんですね。これはやっぱり社会コストをみんなでどういうふうに分け合うのかという話ですから、それは将来世代も含めての話ですので。  ですから、もっと私は税制改革についての議論があってもいいのじゃないかと思う。それが二十一世紀、高齢社会を迎えた場合に、どのような税制がそれにふさわしいのかということがどうもちっとも見えてこない。そしてまた、そういう議論もされない。みんな避けているのか知りませんけれども、私はもっと積極的に、もう二十一世紀といったって間近ですからね。  これまでのお話を聞いておりまして、連合ではこの二十一世紀の高齢社会に向けてどんなふうにその税制をお考えになっているのか、もう時間がございませんので、大体の基本的な考え方で結構でございますので、教えてください。

鷲尾悦也日本労働組合総連合会事務局長

○公述人(鷲尾悦也君) 先生が御指摘のように、私どもが例えば所得税と消費税の割合についてどう考えるか、先ほど議論がございましたように、国民負担率をどのように考えるか、あるいは税ではなくて社会保険等にどういうふうに分担をさせるか、こういう問題が、基本的な議論がなければいけない、このように考えております。しかしながら、その議論をするためには、今持っている税の欠陥あるいはメリット、デメリットを十分議論しなければいけないと、このように考えているところであります。  したがいまして、私ども消費税の議論をするときには、消費税の持っている欠陥をどう補わなきゃいけないか、あるいは所得税も万能ではございませんので、所得税が持っている欠陥をどのように消費税でカバーすることができるかという考え方で消費税導入を決めていかなければいけないと、このように考えたところであります。  したがいまして、私どもは、三%から五%に引き上げるという前提として所得税の減税が行われた。そのとき、正しかったかどうかは別でありますけれども、そうした議論をやってそれを決めたというふうに結果としては判断をしているところでございますが、それがまだ不十分であればまたさらに議論をしていかなきゃいけません。このように考えているところであります。  また、税の問題も、経済政策もすべてそうでありますけれども、私どもはすべてが今の経済状態でそのとき絶対に正しいというものがあるわけではありません。したがいまして、その都度その都度の生活実態や経済状態を十分勘案した上で、その上で判断するということが必要だと。  民主主義の基本でございますけれども、今やっていることが正しくないんではないかという、常にそういう概念を持ちながら全体の国民的な合意を図るということが大事だと。そのためには議会の先生方にも十分国民に問題意識を発議していただくということが大事なんじゃないか。また、行政の側でもそうしたことが情報開示を進めることによってなされなければいけない。これは、今回医療費の問題も議論になっておりますが、医療費を初めとする社会福祉制度の改革も全く同じようなことが言えるんじゃないかと、このように考えております。

牛嶋正平成会

○牛嶋正君 どうもありがとうございました。  終わらせていただきます。

山本正和社会民主党・護憲連合

○山本正和君 本当にきょうはお二人ともありがとうございます。まずお礼申し上げます。  本間先生のお話をずっと聞いておりまして最後に思いましたのは、政府が今取り組もうとしている六つの改革、そういうものを含めて懸命に取り組んでおるわけでありますが、そういう流れの中で、我が国の景気は、二十一世紀を迎えて、私は私なりに一定の展望があるように思っているんですが、本間先生、その辺はどうお考えでございましょうか。

本間正明大阪大学経済学部教授

○公述人(本間正明君) 六つの改革をスムーズに実現をするためには、経済のファンダメンタルズが安定的に推移していくということが非常に大事なわけでございまして、その点でどのような形で景気を平準化していくかということは問われる必要があろうかというぐあいに思います。  私自身、先ほども申し述べましたように、民間のシンクタンク等よりも強気の予想をとっておりまして、恐らくこの後半の頑張りによっては二%近くまでやはり行くのではないかというぐあいに思っております。  したがいまして、今後、日本が恐らく二〇〇五年までに中間目標として財政を対GDP比で三%にしていくということが、これが目標になっておりますので、私自身は、できれば二%の中ごろ近くまで景気というものをずっと平均的には持続していくということが一つの前提条件ではないかという見方をとっております。

山本正和社会民主党・護憲連合

○山本正和君 鷲尾事務局長にお尋ねしたいんですが、労働界のトップという立場でございますし、経営側ともいろんな意見交換をされておられる。経営側のいろんなお話を私も聞いたりするんですけれども、かなり強気な方とそれから大変弱気な方とお見えです。例えば、日本の産業が空洞化しているというふうな問題に対しても、今やそうではないんだ、日本の労働者でなければこの二十一世紀に立ち向かえないんだという意味で真剣な見直しが行われている。あるいは新素材の開発、例えば電子素子技術の新しい開発、これは大変な電力の節約になる。そういう問題をやろうとしたら我が国でやらざるを得ないんだという意味で、しかもそれをするには我が国の優秀な労働力が基盤なんだと、こういうふうなお話も聞いたりするんですけれども、連合のトップの場でその辺をどうお考えでございますか。

鷲尾悦也日本労働組合総連合会事務局長

○公述人(鷲尾悦也君) 私は、日本の労働者が基本的に持っている資質としては大変すぐれたものがあると思います。しかしながら、戦後五十年のこの経済成長を支えた日本の労働者の優秀さというのは、積極的な技能訓練なり教育訓練があって初めてでき上がったものであって、何にもなしでもともとの労働力が優秀であるとかということは間違うと思います。  したがいまして、これからの経済を支えていくためには、新しい産業構造に向けていかに日本の労働者の能力開発を進めていくかということが大事であると思いますし、同様に技術革新投資というものをしっかりとやらなければいけない。これまでの日本の産業の優秀性と労働者の優秀性はそれをやらなければ担保できないと、このように考えておりますので、今申し上げました技術開発とそれから職業訓練、能力開発を二つながらに進めていくことが大切ではないかと、このように考えております。

山本正和社会民主党・護憲連合

○山本正和君 やっぱり自信をお持ちになっているような感じでございますが、私もそう思います、正直言いまして。いろんな問題があろうと耐え抜いてやっていけると思うんですが、ただ最近の連合の労働運動にも絡みまして、本日の御意見も聞いておりましてちょっと疑問に思った点をお尋ねしたいんですが、私どもも、実は私は、一九六〇年ぐらいの当時、総評等の中で議論をしたこともございます。  そして例えば、そのときに、税金の問題はなかなか議論しなかったんですけれども、労働者が税金を払い過ぎだ、クロヨンだ、トーゴーサンピンだというようなことから始まって、確定申告闘争をやったり、いろんな指導もいたしました。場合によっては税金でストライキも組もうかというふうなこともやったことがあります。  ということで、私の感覚からいいますと、今置かれている労働者の税金を納めているその納め方、これは決して妥当なものじゃない。直間比率の問題もありますけれども、源泉で取られていますしね。ですから、税の抜本改革に向けて連合としてはかなりいろんな構想をお持ちじゃないんだろうか。  ただ、所得減税、ぱっと出ますけれども、これはわかりやすいからよくわかりますが、本当の意味での税はこのままでいいのか。要するに、我が国の税制のゆがみの中に労働者が抱えている問題点が今どういうふうになっているか、その辺について、時間が余りございませんけれども、ちょっとお伺いします。

鷲尾悦也日本労働組合総連合会事務局長

○公述人(鷲尾悦也君) 私は、税の基本は公平であるということだと思います。公平であるということは簡単に言いますけれども、これは神のみぞ知るで、本当に公平かどうかわからないわけであります。  したがいまして、私たち労働組合の立場からいうと、現在における労働者の生活実態がどうか、そしてそれ以外の税項目と比べて不公平があるかどうかということを指摘していかなければいけない。その立場からいいますと、私は大変な消費税が持っている不公平性というのはあると思います。  したがって、インボイス方式もその一つでありますけれども、私どもは、プライバシー保護というものを十分勘案しながらでありますけれども、総合課税の立場から納番制度を行う、あるいは所得と消費と資産の課税のバランスを十分とるようにということが基本的な問題だど思います。そうした問題がクリアされて初めていわば国民に負担を求めるということがなければいけない。そうした実態からいいますと、現在、今回の予算案についても、国民だけに一方的に負担を求めているような気がする。したがいまして、今回の問題については反対をさせていただく、こういうことでございます。  先ほども御質問がございましたけれども、私どもは消費税の引き上げについても、特別減税を二兆円継続実施する、こういうバランスのもとでやむを得ないと申し上げたわけでありまして、その意味からいうと、特別減税が実施されてないということになると、意見を突然変えるというわけにはまいりませんけれども、国民の中からは消費税の引き上げについても大きな反発を得て、かえって税徴収という立場からいうと大変国民の中に反発を起こすのではないかということを懸念しております。

山本正和社会民主党・護憲連合

○山本正和君 時間がありませんので、連合の御意向については私もよく理解いたしますが、現実問題として、私は本来、特別減税の継続でなしに、制度減税としての勤労所得税の軽減をもう一歩きちんと基本に据えて要求をするということがちょっと欠けておったんじゃないかという気がいたします。  私どもとしても制度減税をやらなきゃいけないので、与党三党閥でも税制の基本論議の中でこの直間比率の問題、勤労所得税の問題、これ全部含めて議論をしておる最中でございます。また、予算がいろいろと使われることについても検討しようという中で、きょうお二人からいただきました意見も踏まえながらひとつ対応してまいりたいと思っております。  どうもありがとうございました。

国井正幸民主党・新緑風会

○国井正幸君 本間先生、鷲尾さん、大変御苦労さまでございます。  私は、民主党・新緑風会の国井正幸でございます。  まず、鷲尾事務局長にお伺いをしたいというふうに思います。  先ほど、連合総研等で、いわゆる今度の消費税の五%への引き上げ、それから二兆円の特別減税の廃止、さらには医療費の本人負担の引き上げ等あって、年収六百万の標準労働者、これ片働きということのようでありますが、大体月々一万円ぐらいの負担増になると、こういうふうなお話のようでございます。  私も、実は日本生活協同組合連合会の試算した資料等もいただいて見て、日生協においても、年収六百三十万円ほどで片働き、これは子供一人というふうなことでございますが、これでもって年間の負担増が十五万四千五百七十三円、一カ月当たり一万二千八百八十一円と、こういうふうなことで、大体連合の試算とほぼ同じような状況になっているわけでございまして、勤労者世帯では生活が大変苦しくなるのではないかと、こういうふうに思っております。  そういう中で、今賃金引き上げ交渉が真っ最中でございまして、時節柄非常に言いにくい問題なのかなというふうな気もいたしますけれども、新聞等によりますと、自動車で九千三百円とかあるいは電機で九千二十七円とか、こういういろんな数字が出ておるんです。いわゆるそういう勤労者が大変苦しい生活状況にあるというふうに思うんですが、今次の賃金引き上げ交渉の見通しというんでしょうか、そういうものをどのように思っておられますでしょうか。

鷲尾悦也日本労働組合総連合会事務局長

○公述人(鷲尾悦也君) 明日主要なところで回答がございますので軽々しく申し上げるわけにはまいりませんが、おおよそ国井先生の今御指摘のような交渉経過のようでございます。  一方、最近の傾向として収益改善の部分については一時金に回すという傾向が強まっておりまして、これは私どもは、必ずしもいいことではありませんけれども、年収ベースでは所得が上がっていくということでは好ましいことではないかと、このように考えております。  しかしながら、今回の賃上げが予想どおりそう出たといたしましても、昨年に引き続き若干の前年プラスアルファということになるかもわかりませんけれども、ただいま御指摘のとおり、所得税の引き上げに伴う負担増でちょうどチャラになるぐらい、一時金の増とそれから月次賃金の引き上げと合わせてちょうどイーブンになるぐらいではないかと、このように考えているところでございます。  したがいまして、せっかく労使双方が苦労して引き出しました賃上げが消費拡大に回らないということについては大変残念であり、いわば消費を引き上げるためには減税がぜひ必要だというふうに考えているところでございます。

国井正幸民主党・新緑風会

○国井正幸君 そういう意味で、私どもも連合の皆さんのおっしゃっている二兆円特別減税の継続というのを大変重く受けとめておるわけでございます。ただ、私どもがそれぞれの党とお話をしている中で、しからばいわゆる財源をどこに求めるんだと、こういうふうなことになるわけなんですが、鷲尾さんとしてはこの財源をどこに求めたらよろしいとお考えでしょうか。

鷲尾悦也日本労働組合総連合会事務局長

○公述人(鷲尾悦也君) これは国会の専門家の先生方が御審議されることでもあるのでありますが、私どもが外部から今回の歳出を拝見いたしておりますと、まず第一には、これまで御指摘のように、公共事業を中心にして抜本的な見直しをする必要があるんじゃないか。ちまたで言われておりますように、このコストが民間工事に比べて積算で二、三割程度高いという御指摘もございますので、こうしたものを抜本的に見直すということは、先ほどの本間先生とのやりとりでも議論がございましたように、可能なのではないかと、このように考えております。  また、財政構造改革の一つの重要課題である補助金でございますが、九七年の予算においても二千二百件十九兆二千二十億に上っているわけでありまして、件数の減少は二十三件にとどまっているわけでありまして、一般歳出に占める比率はかえって上がっていると、こういうことでございますから、この補助金の整理合理化が進んでいないということであります。これは昨年十二月の財政審議会報告にも指摘されているとおりでありまして、この合理化というものは相当な歳出削減につながるのではないかと、このように考えております。  また、三点目に、特殊法人や公益法人に対する国の出資金についても一兆三千三百六十七億円と高い伸びを占めているわけでありまして、一般歳出の伸び一・五%増を大幅に上回っているわけでございまして、これが既得権益化しているのではないかという指摘もございました。こうしたものについても見直しが必要ではないかと思います。  また、一九九五年度の補正予算でも六千四百億、九六年度の補正予算においても八千億円の補正予算段階での既定経費の削減というものがあるわけでございまして、こうしたものについてそれぞれ個別の事情がありますけれども、九七年度予算についても当然歳出削減の余地が十分あるのではないか。与党の合意というのもそういうものを踏まえてなされたと思うんですが、もう少し具体的に目標を掲げて削減すればそれなりに可能なのではないかと認識しております。

国井正幸民主党・新緑風会

○国井正幸君 時間も余りないんですが、せっかくの機会でございますので、本間先生と鷲尾さんとにお伺いをしたいというふうに思うんです。  実は、先ほど来、税の公平ということが言われております。大変な税全体を議論していく上では、この税の公平という問題はいろいろあるんですが、実はサラリーマンの中においても税の公平の問題があるんではないか。つまり、フリンジベネフィットの問題でございます。これらに対して今後どのようにお考えか、簡単で結構でございますのでお答えをいただければと思います。

本間正明大阪大学経済学部教授

○公述人(本間正明君) フリンジベネフィットの問題は、個人課税の問題であると同時に企業課税の問題でございまして、法人小委の中でもフリンジベネフィットの問題については検討をいたしました。日本の場合には、このフリンジベネフィット課税は原則的にはする形になっておりますけれども、施行の段階でほとんど非課税になっているということでございます。これは、課税ベースの問題あるいは個人の公平の問題からいっても、改めて私は本格的に検討すべきテーマであるというぐあいに思っております。

鷲尾悦也日本労働組合総連合会事務局長

○公述人(鷲尾悦也君) フリンジベネフィットの問題は、この世界こそ大手企業と中小企業の格差が非常に大きいものでございまして、私どもは大手企業と中小企業の労働者の労働条件の格差というものを大きく問題にしているわけであります。その点については、フリンジベネフィット関係については直ちにやることはなかなか難しいのでありますけれども、いわば社会化をして、社会全体でそうしたものについてはカバーしていくということが必要なんではないかと、こういうふうに思っております。

国井正幸民主党・新緑風会

○国井正幸君 ありがとうございました。

橋本敦日本共産党

○橋本敦君 きょうは、本間公述人、鷲尾公述人、御苦労さまでございます。  私は日本共産党の橋本でございますが、まず本間先生からお伺いしたいと思います。  先生のお話で、本年度の予算は、歳入歳出、プライマリーバランスがほぼとれたと、こういう意味で御賛成というお話がございました。そのプライマリーバランスがとれたという大きな原因は、私どもの考えでは、消費税率の引き上げ、それから特別減税の廃止、それから医療制度の改悪、これで九兆円と私ども見ておりますが、こういう大きな国民負担が大きなファクターになっているわけです。  この九兆円の国民負担というのは、これまでの歴代政府の中でもかつてない最大のものでございますから、私どもとしてはこれだけの大きな国民負担の予算というものは到底賛成できないという立場でございまして、今の財政危機をどう乗り切るかということになりますと、これは先にやるべきことがある、その先にやるべきこととして思い切った歳出の見直しということが大事だと、こう思うわけです。この点で本間先生も、事柄にはなるほど順序の問題はあるけれども、しかし中長期的な展望からいえば本年度はこれでやむを得ないのではないかというお話でございました。  その一つとして公共投資の見直しをお挙げになったんですが、もちろん公共事業のむだは私ども厳しく指摘してきました。  それから二つ目に、私は今、世界の情勢から見て、アメリカを含め世界の諸国は思い切った軍事費の削減ということを財政改革の中で位置づけて努力しておりますが、今年度の我が国の軍事予算というのは一般歳出の伸びを超えまして二・一%と過大でございますが、これにもメスを入れなくちゃならぬ。そういうことに先行的にメスを入れることが国民の立場から見て先決ではないかと考えておるんですが、その点のお考えと、軍事費について思い切ったメスを入れるべきだという私どもの考えについてはいかがお考えか、伺いたいと思います。

本間正明大阪大学経済学部教授

○公述人(本間正明君) 委員御指摘のとおり、負担を先に求めるというのは国際的に見ますと非常に異例のことだということを私自身十分承知いたしております。しかし、これから直面いたします高齢化社会を考えますと、私は何でもありでやらなければならないと。  つまり、歳入の増加も歳出の削減も政府の効率性の向上も全部やっていかないと、とても国民が今求めている福祉でありますとか、あるいは高齢化の中において尊厳ある形でその高齢期を過ごすということはできないわけでございます。これはタイミングの問題でございます。今後、私自身は、二十一世紀の初頭にかけて負担を求めるということは恐らく不可能であるというぐあいに判断をいたしておりますので、この五年あるいは十年の間は歳出に特化をして十分に効率性を上げていくというアプローチというものが志向されるべきであろうというぐあいに思います。  それから第二番目の点でございますけれども、この問題につきまして恐らく二つあるかと思います。一つは、平和の配当という形で国防費それ自身をどう判断するか。これは極東地域にまだ不確定な部分がございます。私は、これをおいて平和の配当をすぐに求めていくというのは、これは現実的にもなかなか難しい問題があるのではないかと思います。しかし、国防費のいわば政府調達の問題の中における非合理性の問題というのは、これは別個にあり得る話でございますし、後年度負担等の予算上の問題についても工夫の余地があるかと思います。  そういう意味で、私は、歳出の見直しを通じて合理化の可能性をまず追求し、その上でいわば軍事的なバランス、国際的な不安定の問題については、政治判断というものが、どの時期に平和の配当を求めていくかということが議論をされるべき点であろうかというぐあいに考えております。

橋本敦日本共産党

○橋本敦君 消費税の問題が今日最大の問題でございまして、本間先生のお言葉によりますと、日本の国民は寛容だというお話がございましたが、私は、寛容ではなくて、請願署名一千万を超えておりますし、大変な国民の怒りがあると思います。この点で、消費税の持つ逆進性なり低所得者層、国民への負担なりというのは、税率が上がれば上がるほど大きくなるというのは言うまでもないことです。  鷲尾公述人に、もう時間がありませんから最後に一点お伺いします。  特別減税の廃止は反対だと、私も御説のとおりでございます。医療費の改悪も反対だと。この特別減税の廃止を政府がやるならば、つまり継続しないということならば消費税の税率の引き上げも認めないぞと、こういうお立場なのか。  それからもう一つは、この逆進性というのは消費税そのものが持っている宿命的なものですから、税制の見直しとしては、日本の税制は直間比率の見直しといいますけれども、直接税中心の総合累進課税、それから生活最低限の非課税という民主的な原則を守るというのが働く者の立場として大事じゃないかと思いますが、この点の御意見を伺って、終わります。

鷲尾悦也日本労働組合総連合会事務局長

○公述人(鷲尾悦也君) 先生御指摘のように、私どもの立場は、特別減税二兆円が実施されることを前提にして、消費税引き上げはかねての所得減税との兼ね合いでやむなしと言っているわけであります。  したがいまして、先ほどもお答えいたしましたように、これが実施されないのであれば国民の負担は消費税引き上げに対して強くかかってくるなと、こういうふうに考えております。そうした組合員の声を反映して、私どもについては、もう既に決まっていることではありますけれども、消費税問題について議論を進めていかなければいけない、このように認識しているところでございます。

橋本敦日本共産党

○橋本敦君 終わります。

大河原太一郎自由民主党

○委員長(大河原太一郎君) 以上で公述人に対する質疑は終了いたしました。  この際、公述人の方々に一言御礼申し上げます。  本日は、長時間にわたり有益な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。(拍手)

大河原太一郎自由民主党

○委員長(大河原太一郎君) 速記をとめてください。    〔速記中止〕

大河原太一郎自由民主党

○委員長(大河原太一郎君) 速記を起こしてください。     —————————————

大河原太一郎自由民主党

○委員長(大河原太一郎君) それでは、引き続いて二名の公述人の方々から項目別に御意見を伺います。  この際、公述人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。  お二方には、御多忙中のところ本委員会に御出席をしていただきまして、大変ありがとうございます。委員会を代表して御礼を申し上げるところでございます。  本日は、平成九年度総予算三案について皆様から忌憚のない御意見をちょうだいし、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。  次に、会議の進め方について申し上げます。  まず、お一人二十分程度で御意見をお述べいただき、その後で委員の質疑にお答え願いたいと存じます。  それでは、まず教育改革につきまして上寺公述人からお願いいたします。上寺公述人。

上寺久雄聖徳学園岐阜教育大学長

○公述人(上寺久雄君) ただいま御紹介いただきました上寺でございます。  こういう場所へ出させていただきまして教育の問題について話をさせていただくこと、非常に光栄に思っておるのでございます。ひとつよろしくお願いしたい、こう思います。  いろいろ文教関係の予算につきましても、皆様方、厳しい財政状況の中で、施策の優先順位を十分に配慮していただきながら、これまでの教育改革の着実な前進、推進をお図りいただいておる、あるいは基礎科学研究の充実を初め、文教施策の総合的展開を図る予算の確保などについていろいろ御尽力をいただいておるわけでございますけれども、きょう私に与えられましたテーマが教育改革についてということでございますので、そういうものを中心にさせていただきながら、後でまた御指導いただきたいと、こう思っておるのでございます。  まず、今なぜ教育改革かということも非常に問題になる時期であろうかと思います。過去におきましては、明治政府で新政府ができた時点とか、あるいは戦後の問題で改革をするとか、こういうある一つの時期を画して改革ということが言われたわけでございますけれども、このたびに関しましては、平和な時期に、何も特に時代的動きのない時期に改革をする、こういう第三の教育改革につきましては、ある意味では非常に意義があることであろうと思います。  戦後五十年間、教育を営んでまいりまして、その間にいろいろな成功もございますし、あるいはいろいろな問題を残した、そういう五十年でございます。そういう際に、成功したところは成功したところといたしまして、それを基盤にしながら問題のところをいかに訂正して新しい改革というものを進展させるか、こういうところに一つの現代的意味があるのであろうと思っております。  時期も時期、中教審で答申、中間的な答申でございますけれども、審議のまとめをされまして、それに基づきまして文部省が教育改革プログラム、これを出してきたわけでございます。それも十四期の中教審から引き続きまして、あるいは臨教審から引き続きまして改革を推進する、そういう意味の第十五期の中教審の改革の精神を受けて、そして教育改革のためのプログラムを進展させると、こういうことになっておるわけでございます。  言われておりますことは私は賛成でございます。それは、創造性あるいはチャレンジ精神の発揮できる社会、こういうところにおける子供をいかに教育するか、こういう点で新しい試みをしていこうというところにこの意味があったわけでございます。そういう点で、いろいろ改革そのものが持っております長所を生かして進展をさせていただくならば幸いだなと、こう思っておるのでございます。  その改革に関連をいたしまして何点か少し申し上げてみたいと思います。  まず第一は、これまでの教育改革の流れの中で今度の改革プログラムというものがどういう位置を持っているのか。先ほどもちょっと触れましたけれども、改革の流れの中にそれをより推進させようと、こういうようなことを基盤にしながらも、ただ現在の時点、いろいろ教育も問題を持っておりますから、そういうものを是正しながら前進していこうと。  例えてみますと、現在の教育、経済的な社会、発展した社会に対してそぐっているのだろうか、あるいはそれに適応している教育の進行であろうかとか、こういうような問題もいろいろそこには含まれておるわけでございますけれども、先ほども触れましたような臨教審なりあるいは十四期中央教育審議会、こういうところで決めましたものを基盤にする。  例えば生涯学習。もともとは生涯教育と言っておりましたけれども、それを生涯学習、そういう振興法もできておりますけれども、そういうものにのっとって、一生涯の教育の中で家庭教育、学校教育、社会教育がどういう位置づけを持つのか、生涯のいわゆるコースの上にどういうふうに統一的にそれを乗せることができるのか、こういうようないわゆる生涯学習というものの中における教育のあり方というようなことも実はいろいろ御検討になっておるわけでございます。  さて、それに伴いまして、じゃ、そういう生涯学習ができるに当たって指導者をどうすればよろしいのか。生涯学習の中で、例えば家庭教育における指導者、これは親である、あるいは学校、これは教師である、あるいは社会、これは地域の指導者である、こういうことでございますが、一番体系的に教育が進行する、これは学校教育でございます。そういう学校教育においてどういうふうな課題を持っておるか。私はこう思っております。  家庭教育は、感化、しつけを中核にする人間形成であろうと思っております。学校教育は、やはり知性の光に照らして、そうして理解、創造を中核にしながら進められる教育、これが学校教育であろうと思っております。もちろん、それには両面あって、知的な教科指導もあれば、人間的な生徒指導なり生活指導というようなものもあわせて統一的にそれが行われる、こういうことでございましょう。社会教育というのは、文化、伝統を中核にしながら進められていく教育、これが社会教育の持っております中核的な課題であろうと思います。  そういうようなことを踏まえた上で、生涯教育の中で学校教育をどう位置づけるか、どう連携づけるか、こういうこともございましょう。それを行うためには、推進する教師の養成をどうするのか、指導者をどういうふうに成長させるのか。  もちろん、何回か参加いたしましたけれども、初任者研修あるいは洋上研修、こういうようなことをやりながら、最初に教師になった時点から本当に教育の道に生きると。私は教育道と呼んでおります。教師道じゃございません、教育道。先生と子供とが一緒に生きていく道、こういう意味で、その正しい意味での教育道を子供と先生がどう生きるか、そこにおける先生の性格はどうあるべきなのか、そういうような研修の問題もあるだろうと思います。あるいは、いろいろな教育というものを弾力化していく、幅を持たせていく、あるいはその中でいろいろな問題を考えていくというようなことも考えられると思います。  かつて、高等学校教育推進会議というのを文部省で設置いたしました。そのときにも関係したわけでございますが、高等学校のあり方をどうしていくか、こういうようなことも問題になりました。従来のように、中学校を卒業した時点、十五歳で自分の将来を決定する、こういうようなことでは困るんじゃないか、高等学校三年の間に自分の将来を見渡して卒業のときにそれを決める、こういうような形で高等学校教育を基本的に考え直す必要があるんではないか、こういうふうに考えられていろいろのことが進行されてきたわけでございます。  そういうようなものを踏まえまして、教育改革をより前進させるためにどうするか。これは、御承知のとおり今進行しておることでございますけれども、とにかく全体の構想の中に、生涯学習というそのコースの上にどういうふうな位置づけをするか、教育改革のプログラムを組むか、こういうところに一つの視点を置いていくべきであろうと思っておりますし、そういう方向で進められておることも確信できるのでございます。  要するに、現在の改革が、現時点のいろんな問題を踏まえて、やはり時宜を得た改革のものだろうと、こういうふうに思って、より推進をしていただきたいと思います。  同時に、その中の現時点で非常に問題になります問題、例えば学校の完全五日制と申しますか、完全学校週五日制と詳しく言えばそういう言い方になるのかと思いますけれども、五日制をどう取り入れてくるか。今までの教育の世界にそういうものの位置づけがなかったと、こうは一応形の上では言えるわけでございますけれども、私自身は、これはただ世の中が週五日ということになったから学校もそうだと、こういうことではなくて、より教育を的確にあるいはより推進するために五日制を積極的に取り入れるんだと、こういう姿勢で取り入れるべきであって、ただ世の中がそうなっているから学校もそうすべきだという簡単な取り入ればこれは慎まなければならない、こういうようなことも実は主張しておるのでございます。  あるいは、学校における教育内容を精選して、ゆとりをつくって、そうしてという言い方がよくあるわけでございます。これは、生きる力ということとゆとりというのがセットになっておりまして、人間、確かに生きる力、あらゆる状況の中で自分の力を十分に集中して生きていける力、生きる力を我々は集約的にそういう言葉で表現できると思うのでございます。  それに対して、それが十分発揮できるためにゆとりを十分考えましょう、あるいは生きる力が十分形成できるようにゆとりを考えましょう、あるいは発揮できるように考えましょう、そういうふうな言い方でゆとりが出てくるのでございますけれども、とかくゆとりというものがひとり歩きをいたしまして、とにかく時間を節約すればそれでいいんだ、こういうことに流れやすい。  むしろ、ゆとりの中にゆとりはないと私は思っております。多忙の中にゆとりを見出して生きていくというのが人間の生き方であろうと。人間の生き方というものは、いろいろやることがあるわけでございますが、その中でゆとりを見出して、そこに集中的に一つの力を注いで人間形成をやっていこう、こういうようなこともまたゆとりと生きる力、それとの関連でも間違いのないようにとらえていきたいなと、こう思っておるのでございます。  それから、先ほども触れましたけれども、やはりゆとりというものについての考え方というものもしっかり確認しておかなければならないと思います。単なる人間的ゆとりだけではない、空間的ゆとり、これも確かに必要だ。もっとも、一番大事なのは人間的ゆとり、こういうところに焦点を当てたゆとりというものを考えていったときに、先ほどの生きる力とのペアとしてのゆとりが明確になってくるんではないだろうか。そういうことも関連しながら五日制というものも明確に取り上げてこなければならないんではないだろうかなと、こう思っておるのでございます。  生きる力につきましてはもう既に触れましたけれども、一体私たちは本当に子供に生きる力を教育しているのか、こういう点では反省してみなければならないと、こう思っておるのでございます。  例えば、私は、現在の教育はまかり間違うと背抜けに気抜けに間抜けだと、こう言いたいほど何か抜けておる。背骨が抜けておる、体位は向上したが体力がない、博識になったけれども思考力これに伴わず、非常に適応性はついたけれども人間としてのいわゆる生きる力というものがついていない、あるいは非常に情緒的になってエモーショナルになったけれども心情豊かなそういう人間が育っていないんじゃないか。  こういう点では、体力あるいは思考力、意志力、そして心情というものは人間の背骨であろうと思っています。これはつながっている一連のものでございますので、背骨を立てなければならない。背骨を打ち立てることによって体が丈夫、体力があれば生気、バイタリティーが出てきます。それから、思考力がつけば、英気、才気とも言いますけれども、頭の考えようとする気概。それから適応性、意志力がつけば、これは勇気がそこに出てきます。人間性を豊かにすれば、正気と称しましていわゆる人間らしく生きようとする気概、そういうものが育っていく。気抜けじゃなくて気を入れていく、こういうことが必要であろう。  現在は、今言いましたような気抜けであればそれは間抜けにつながる。人間の「間」が抜けた、ヒト科の人にしか育っていないんだ。人間というのは、和辻哲郎、過去の大先生がおっしゃっておりますけれども、人間はやっぱり人の中で人間なんで、世間、世の中で生きていくのが人間なんだ、人と人との交際が的確にそこで営まれる、こういうところに人間としての本当の意味があるんだと。  こういうようなことに関連して、生きる力というものを教え込むだけではなくて、私は教えることも必要だと思います。しかし、教えるだけではなくて、教えて、そして腹の中に一本筋金をつける、意欲、関心、態度を養う。ところが、覚えるだけという教育をさあさあ教育と私は呼んでおります。さあ覚えろ、さあ覚えろ。それから、人間性、主体性があるんだからなと言って先生がしり込みをするのをまあまあ教育と呼びます。まあまあ何とかなるやろう。それじゃ困るんで、さあとまあが一緒になったら、濁りがひつついて、ざあまあ見ろになる、これじゃ困る。さあはさあ、さあやりましょう、まあ任したる、こういうふうにきて初めて本当の教育になる。  それが可能になるためには、先ほども触れましたけれども、やはり先生、これの教員養成、資質の向上ということが必要になってくるんではないか。これは、子供に生きる力をつけるのであるならば、先生も教師として生きる、教育の道に生きる力というものを身につけて初めてそこに教育が成り立つのではないだろうかと、こう思っておるのでございます。  そういう意味では、常に初任者のときから、いや、もっと前の教員養成、私たちに直接関係がございますけれども、教員養成の時点から人間性を深めると同時に専門性を深めていくという、そういう絡めていく、全人間として、全教師の力として養成をしていく。こういうところでは、むしろ教員養成制度というものをもっと確立をしていくといいますか、現在ある制度をもっと充実して徹底して、本当の教員養成をやっていくべきではないだろうかと、こう思って、その点での先生の資質。  さらに、現時点での問題でいじめとかあるいは登校拒否の問題がございます。そういうものに対しては私は決め手はないと思っております。こうやったら必ずいじめがなくなるということはないのであって、やはりその子供とその先生とが体当たりをしながら一日一日あるいは一言一言解決をしていく。だから、そういう意味で、そういうことの可能な先生、そうしてくれば自然いじめも登校拒否もなくなってくるんではないだろうか、こういうふうにも思っております。  その点では、教員養成、それも私たちは気をつけてやらなければならないんではないだろうか。そうなると、教育実習というものも今のままでよろしいのか、こういうような問題も出てまいりますけれども、そういう点では私たちも十分配慮していきたいと、こう思っておるのでございます。教育職員養成審議会でもそれは考えていただいておりますので、大いに期待をしておるわけでございます。  したがって、これは教員養成だけでなくて高等教育の改革へもつながってくるのではないだろうかと、こう思うのでございます。そのためには、大学も充実をして、先生方が教育研究に専念できる、研究に専念できるような姿勢もつくらなければならないし、さらには大学院の充実強化、こういうようなことも考えていかなければならない。  現在のように大学に進学する学生が多くなった時代に、一応そういう点で研究者の志向とかそういうものを考えながら前進をさせる、こういうところで一つの教育推進、高等教育の推進を図り、そのためには評価も適切にしなければならないんじゃないだろうかと、こういう点も考えておるのでございます。  最後は、現在私たちが直接関係しております大学教育に行き着くのでございます。そういう点で我々も反省を加えながら進めていきたいと、こう思っておりますので、御指導をいただければ幸いだと思います。  ちょうど私に与えられました二十分までの時間が参りましたので、一応終わらせていただきます。  ありがとうございました。(拍手)

大河原太一郎自由民主党

○委員長(大河原太一郎君) ありがとうございました。  次に、医療・福祉につきまして丸尾公述人にお願いいたします。丸尾公述人。

丸尾直美慶應義塾大学総合政策学部教授

○公述人(丸尾直美君) 意見を発表させていただきます機会をいただきまして、大変ありがたく思っております。私は、医療とか福祉の方面を中心に話すということでございますので、そういうことで一応レジュメを用意させていただきました。  まず、介護保険と医療の制度の改革といろいろ改革が出ておりますけれども、介護保険制度に関しましては、方向は私は基本的には賛成するものです。ここは若干かなり当たり前の注文がついているだけです。  要するに、介護保険を導入することによって、高齢者の医療と介護の総合化が行われるようになる。しかし、それを本当に行うようにするためには、やはり基礎自治体レベルでの総合化が必要であり、行政が方向としては、特に高齢者医療と福祉に関しましては本当に基礎自治体に全面的に近いほど権限を移譲していくことが必要である。基礎自治体もそれもまた地区に分かれて、そのコミュニティーごとに連携したネットワークができるというような、そういうシステムにしていく、それを促す上で介護保険は日本の場合には適しているだろう。だけれども、それだけではだめで、基礎自治体レベルでの分権化ということをあわせて行っていきたい。そういうことによって、公的な施設でも複合化等々が行われやすくなるし、施設と在宅介護との連携も行われるようになる。この機会に、そういうことをあわせて進めていただきたいということです。  それから、介護保険制度を導入しますと給付と負担の関係が明瞭になるということが言われます。これもやはり、国全体として保険料を払っているからこれだけ給付があるという、そういう対応関係では不十分であって、自治体レベルで対応関係がわかるような、少なくとも公費負担分に関しましては自治体レベルで給付と負担の関係がもっとわかるようになる。そして、そのためにはある程度の自治体ごとの特色を出すというようなこともあっていいんじゃないか。ここでもやはり介護保険導入を機に自治体レベルでの医療と福祉の総合化、そして給付と負担の対応、そういうことを明瞭にしていっていただきたいと思います。  それから第三番目に、介護保険が導入されますと、ちょうど医療の場合、日本はお金が出るのは社会保険と公費だけれども、それを供給するのは民間の医療機関等が非常に大きな役割を果たしています。介護保険の場合にも、そういう形で公的なサービスあるいは民間の企業的なサービス、それに非営利組織さらには家庭への介護手当等をミックスしました、そういう形でのいわゆる福祉ミックスが促される。そういうことが促されるような形で介護保険制度を導入していただきたい。そして、バウチャー制度なども選択できるという意味で好ましい制度ではないかと思っております。  ここでも競争原理の導入と、そして競争原理の導入ということと同時に、システム自体がインセンティブシステムになる必要がある。市場原理に任せればいいというものじゃないですね、この福祉とか環境の分野は。人々が利己的、合理的自愛心に基づいて行動しても、その結果としてかつての出来高払いの医療のように社会的浪費がもたらされるのではなくて、人々が合理的、利己的に行動をしても結果的に社会的に節約になったり福祉が改善すると、そこを工夫するのが人間であるわけです。市場メカニズムを生かすということは、市場に任せっきりということじゃないんです。市場に任せてもうまくいくように、そこは人間が計画的にシステムをつくる、それを忘れてはならないということですね。  それから、医療に関しましては、最近医療費の将来についての見通しがちょっとおかしいんじゃないかといいますか、急に変わったような感じがします。  ちょっと前までは国民医療費や社会保険給付費の伸び率を国民所得やGDPの伸び率に合わせると言ったんですね。合わせるということは、対国民所得比が一定ということです。対国民所得比、そのころは五、六%だった、国民所得の中で。それを一定にしておくはずだったんですけれども、最近の政府の見通しを見ますと、低目の見積もりでも一一・五%とか、多い見積もりですと二〇二五年とか三〇年には国民所得の一八%になる。しかも、国民医療費じゃなくて医療保険給付費が一八%になる。これまでは五、六%を目標としていると言っていたのが、見通しで一八%になるというような数字が出てくる。それが同じ政府かどうか、ちょっとそこはわからないですけれども、とにかくそういう見通しが何年かたって急に出てくるというのは非常に異常ですね、数字を扱っている人間から見まして。  これは、一つにはこの統計グラフで見てわかりますように、バブル期の国民医療費と医療給付費の対国民所得比の落ち込みはかなり異常に下がった、その後急増した。急増したところに非常に影響されているわけですね。もうちょっと客観的なデータに基づいて計量的にやっていただくと、極端な数字は出てこないと思うんです。政府の見通しというのは細かい、ある意味では政府しかわからない非常に細かい、いいこともやっていますけれども、大きなところで非常に単純な推計をしていまして、まあ若干推計に疑問があるということですね。あるいは、百も承知で今度の自己負担が重くなるのをのませるためにちょっとおどしをかけたと、そういう政策かなとも思ったんですけれども、改革のためにはやむを得ないかもしれませんけれども、ちょっと疑問があるということです。  それから、年金改革につきましてですけれども、私は自分自身「市場指向の福祉改革」という本も書いております。市場を生かせということは非常に賛成です。ただ、先ほど言いましたように、ただ任せればいいということじゃないということですね、一つは。そして、その市場指向の流れは全般的にはよろしいんですが、最近新聞で見まして、これは本当にそうかどうかわかりませんけれども、年金の報酬比例部分の二階部分を民営化するとか、それから高額の所得者には年金を払わなくてもいいんじゃないかとか制限していいんじゃないかという議論が出てきています。  これは一見、高額者には年金を払うことはないと、金持ちだから、あるいは報酬比例部分は民営化する、そうするとお金を低所得者に集中的に回すことができるから結局何か低所得者に有利であるかの印象を与えますけれども、これは非常に危険な議論ですね。  社会保障の長い歴史をやってきた人々は、選別主義的な、あるいは落ちこぼれモデル、レジデュアルモデルというものから普遍主義的な、全国民をカバーする政策へと移っていくことが、いかに福祉の前進であり、それにどれだけの労働運動や福祉国家論者が努力してきたか、そこが全く見逃されている。  こういうふうに分けますと、結局それから外れた人々は福祉は自分の問題ではないと思うようになります。そして、福祉にお金を出すことはますます嫌になる。これはアメリカの医療の場合がそうですね。あれはまさにレジデュアルモデル的な、低所得者には医療は出す、しかし普通の働く年齢の人には社会保障給付はしないと、そういうようなやり方ですけれども、アメリカは全般にそういう傾向が強くて、社会保障とか福祉は私たちのことじゃない、貧乏人のものだというような印象が非常にあるわけです。こういう方向に逆転するおそれがある。  そして、民間に限りますと、いわゆるクリームスキミングみたいな問題が起きまして、恵まれた人々には非常に快適なシステムになるかもしれませんけれども、残された部分というのは、結局その人たちは所得が低い方になりますから、財政的にもかえって困難が生じたりします。そういうことをいろいろ考えますと、民営化民営化だと波に乗ってそういうところまでは行ってもらいたくないと思います。  年金が大変だと言われますけれども、新聞紙上などで出てきて、年金の破産で今一番問題になつているのは、日本の公的年金の中のいわゆるコントラクトアウトした、まさに民間委託的な厚生年金基金であるわけですね。そこが一番問題になつている。全部それにすればいいという論理はちょっと納得いかないわけです。イギリスに一部そういう傾向がありますけれども、それだからいいというものではないわけです。  その場合どうすればいいかというと、むしろまともに税金を取ればいいんですよ。累進課税で取れば、高所得者は年金の分は限界税率が高ければ自動的にその部分はかなり国庫に戻るわけですね。そういう方式でやるのが正論であると思います。片方で年金の控除をして、そして高額者は年金支給しないとか、そういうようなやり方じゃなくて、普通に年金に税金をかけていく、そして年金は充実させていくと、そういう方向を選ぶべきであると思います。  それから、年金に、最近、確定拠出企業年金、掛金建て年金ですね、給付を約束するのではなくて、拠出をしてその後の運営次第という方式が必要だという議論がありますけれども、私もこれは昔から提唱していることです。しかも、そこにアメリカのESOPのように従業員株式所有プランなどと組み合わせてやる、そういうことによって企業年金は三階部分として充実していくと、そういう方向でいきたいと思います。  どうしても公的年金の将来が苦しくなりましたら、そこはスライド率をもうちょっと厳しくするとか、超長期的には年金支給開始年齢をさらに一、二年おくらせるということもあり得るわけですね。みんな人間若くなっていきますから、そういうことは決して不可能じゃないわけです。余り早急に基本的な制度を変えるようなことは厳に慎んでいただきたいと思います。  それから、将来の国民負担率につきまして五〇%以内という議論がありますけれども、これは目標としてはいいことです。かつて医療費を国民所得の伸び率と同じにするという、目標としてはかなり効きましたね。しかし、急にそれが一一・五%になるとか一八%になるとかいう議論に転換するということも変な話ですから、今五〇%五〇%と言っておいて将来急変したりすることがないように、もう少しきちっとした目標の根拠を立ててやってもらいたいと思うんですね。  そしてまた、国民負担率というのは、五ページに書いてありますように、いろんな要因に依存します。低くしようと思ったら、再分配方式をやめて税控除を中心に持ってくればたちまち国民負担率は低くなりますね。そういうことは決していいことではないわけです。そういうのは低所得者で税金を払っていない人には何の恩恵もないわけですね。ですから、余りそこにこだわり過ぎないようにしていただきたいと思います。  以上です。(拍手)

大河原太一郎自由民主党

○委員長(大河原太一郎君) ありがとうございました。  以上で公述人の御意見の陳述は終わりました。  それでは、これより公述人に対する質疑に入ります。  質疑のある方は順次御発言願います。

成瀬守重自由民主党

○成瀬守重君 きょうは、上寺公述人、丸尾公述人におかれましては大変貴重な御意見をいただきましたことを厚く御礼申し上げます。  自由民主党の成瀬守重でございます。  二十一世紀の初頭まであと四年、日本は大競争時代の到来や急速な人口の高齢化、少子化の進展、財政の危機的状況、産業の空洞化など山積する問題に直面いたしております。こういった中で橋本総理は六つの改革を唱えられましたが、中でも教育はすべてのシステムの基礎であるとの認識のもとに教育改革を打ち出されました。  これを受けて、小杉文部大臣も一月二十四日に、先ほど上寺公述人の申された教育改革プログラムを総理に報告されましたが、この教育改革の中でいろいろな創造性とチャレンジ精神を存分に発揮できる社会をつくるために教育改革を実行するんだという願いが込められております。上寺先生は文部省の高等学校教育の改革の推進に関する会議の座長をお務めいただきまして、さまざまな場面で教育改革に携わってこられましたが、これからの日本の将来を見据えて、二十一世紀に活躍する人材という観点から教育改革に何を期待されていますか。先生のお考えをお伺いしたいと思います。

上寺久雄聖徳学園岐阜教育大学長

○公述人(上寺久雄君) いろいろ大きな問題でございますけれども、現在の教育については、平和なときの改革ということについては全体がもう一丸になって改革をしなければならないと、こういう点も考えておるわけでございますけれども、文部省を初めといたしまして、そうして末端の我々のところとかあるいは現場の学校とか、そういうところで推進をしていく必要があるのでございます。  先ほどもお話がございましたけれども、今何を、どういうところに核を置いてと、こういうことだろうと思いますが、私はやはり人間形成という点で一人一人の人間がいかに自分の個性を生かしながら生きていけるか。もちろんこのためには、世の中よく平等主義と個人主義とはアイザー・オアの関係で、片方を否定して片方が取り上げられると、こういう関係でよく論ぜられますけれども、私は間違いだと思っています。  やはり平等な線、ある基礎、基本的な線までは全員高めてやる、その上に立って個性を十分、今習得したものを駆使できるような、そういう個性教育というものが必要であろうと、こう思っております。よく世の中で二分主義といいますか、これかこれかという考え方がまかり通っていますけれども、教育においては少なくともそれはまかり通らないと。人間形成も大事だし頭も練らなけりゃならない、頭を練ることを通して人間形成ができるんだと。  例えば一生懸命子供が物を覚えて、そうしたときに何が残ってくるかといえば、学び方が残ってまいります。ところが、人間は本来学ぶ動物でございます、基本的に。そういうものを一時間一時間の学習の中で身につけていかせるような教育、生きる道と申しますか力と申しますか、そういうものを見出させるようなところに焦点を置いて一人一人の子供を育てていただきたいと、そこに考えの焦点を置いているわけでございます。

成瀬守重自由民主党

○成瀬守重君 今までの学校教育の問題点としてよく挙げられるのは、画一性だとか硬直性といった弊害が指摘されておりますが、橋本総理も言われている創造性とチャレンジ精神を持った青少年を育成するためには、一人一人の個性を生かす教育が今まさに必要なのではないかと思います。  こういった個性を生かす教育とはどのようにして実現されるのか、そのために教育改革として何が必要か、先生のお考えを伺いたいと思います。

上寺久雄聖徳学園岐阜教育大学長

○公述人(上寺久雄君) 今お話がございましたけれども、個性を生かす、こういう点でも私はこう思います。  先ほどもちょっと触れましたけれども、ある程度基本的なレベルが高まらないと個性教育は成り立たない。一般の、基本的なものは、教育課程で言いますと基礎、基本を尊重して、重視して、その上に個性教育を成り立たせると、こういう意味で、右左と分離しないで学校においてそれを統一していかなきゃならない。ただし、成長発達段階に伴って統一の仕方は変わってまいります。  例えば私はこう思います。  小学校の教育から大学教育までを見通してみますときに、成功度といいますか、小学校教育はある意味では九〇%成功しておると思います。中学校で八〇%、高等学校で六〇%、大学になったら四〇%と、だんだんだんだん落ちてくる。これがどうも私は気にかかって仕方がない。上に上がるほど充実していかなきゃならない。  充実するということは、大学で四〇%というのは基礎的なものが四〇%なんです。独創性があってチャレンジできるというような精神が六〇%そこで養成されなければならない。小学校に初めから六〇%は要求できないので、九〇%はみっちりもう覚えるものは身につけて、あとの一〇%をそういう創造性のある方向へ、中学校へ行ってそれが八〇%、二〇%、高等学校で六〇%、四〇%、こういうふうに子供の発達段階に伴って、今申しましたような、一方では力をつけながら一方では独創性をと、こういう統一の仕方が変わってくるんじゃないかと。  そういう点を考えて、特に一番今問題になっているのは大学教育だろうと思います。それは先ほど言いましたような六〇%のものをよう生かしていないのでございますから、その辺を特に強調したいなと、こう思っております。  お答えになりましたかどうか。

成瀬守重自由民主党

○成瀬守重君 上寺先生のお書きになられたものをいろいろ読ませていただきました。その中で、グローバルに考えローカルに生きるということをモットーにされて、教育の本質を求め続けて教育道を歩もうと努められたということを私は伺っているんですが、特に先生が先ほどもちょっとお触れになられましたけれども、先生のユニークな教育道というのをもっと詳しくひとつお話しいただきたいと思います。

上寺久雄聖徳学園岐阜教育大学長

○公述人(上寺久雄君) 私、先ほど申し上げましたけれども、グローバルに考えてそうしてローカルに生き抜いていく、広く考えて、その一つ一つに集約して点で生きていくと、グローバルに考えてローカルに生きるというのはそういうことを言っておるわけでございますが、私たちの生き方はすべてやはりそうあるべきだろう。  だから、教師としては教育を見通しながら自分で教育道を歩み続けていく、その中で教師としての力も充実するし、子供と一緒に成長発展をするということ。教育道と殊さら私が言っておりますのは、それは教師道ではないんだ。教育が成り立つためには教師だけが道を歩いてはだめなんだ、子供にも道を歩かせなければならない、そのためには先生と子供が一体になって成長の道を一緒に歩いていくんだ、そこに成り立つのが教育道なんだ。  だから、教師道なんというのは余り問題にしなくてよろしい。教師だけじゃない、子供にも道があるんだ、一緒に歩むんだよと、こういうところで、その歩み方が、教師の立場に立って考えるならば、私はあい・あいの哲理とかあい・あいの摂理と言っているんですが、まず子供と感じ合わなければならない。感じ合う、そうすると今度は認め合って、ああ、なぜそうなっているんだと認め合って、認め合っていけば和み合っていくんだ、和み合いができれば学び合いができる。  私は残念ながら幼稚園の教師はしておりませんけれども、あとは全部やってまいりました。子供に学ぶことは非常に多いわけでございますね。子供に学ぶからこっちが成長する、こっちが子供に学ばせようと思えばまた子供にも成長を促さなきゃならない、そうすると両方が学ばなきゃならない、それが学び合いなんです。学び合いができるから教え合うことができます。教え合いができれば、そこで育ち合いが成り立ちます。子供だけが成長するのではございません。先生も一時間授業をした後では成長しておるはずなんだ、していなければなりません。  こういうふうに、先生と子供が同じ道を歩む中で成長していくのを、あるいは歩んでいくのを教育道と私は呼んでおるのでございます。教育道と言っても、道は私たちの前にはないのでございます。子供と一緒に歩む間に後ろに道ができるんだと。高村光太郎が言っておるように、私の前に道はないんだ、後に道がついてくるんだという意味で一緒に教育道をつくり出していくんだと、こういう意味でその言葉を使っているのでございます。

成瀬守重自由民主党

○成瀬守重君 今教育の本質に関するお話をいろいろいただき、日ごろから人づくりは国づくりの基本だということを私も思っておりますが、こういった人づくりに欠かせないすぐれた教員の確保を図るために、特に養成段階において教員養成大学、先ほども先生は、学校の先生を養成する初期の段階から必要だということをおっしゃっておられましたが、教員養成大学や一般の大学を含めてどのような役割を担うべきか。また、具体的な養成カリキュラムは問題がないのか。現在の教育のカリキュラムで問題がないのか。そういった点について先生のお考えを聞かせていただきたいと思います。

上寺久雄聖徳学園岐阜教育大学長

○公述人(上寺久雄君) これは特に教員養成の段階に話を集中してみますと、やはり学問の方が先行しまして人間形成という面が留守になってまいります。これはもう大学全体が持っておる一つの問題点ではございますけれども、特に教師養成の場合に、先生一人一人の人間形成がまず基本になければならない。  ただし、私は大学改革のときに、従来の大学のように一年次ではこれをやって、二年次ではこれをやって、三年次ではこれをやるというふうな積み重ね方式の教員養成はだめだと。むしろ一回生で入ったときから人間形成を一方ではピラミッドのように積み上げて深めていかなきゃならぬ。逆に、専門性は一年生からもうくさびのようにおろしてだんだんそれを深めていかなければならない。そういうピラミッド型とくさび型とが絡み合っていくところに総合的な教育ができるんだと。  ですから、人間形成はもう入ったときから卒業まで、逆に専門は一年生からまた広がって卒業までと、こういうふうに教員養成のカリキュラムを基本的に考え直していくべきじゃないか。これを実現いたしましたのが兵庫教育大学とか上越教育大学、鳴門教育大学、いわゆる先生方の研修を核にした教員養成、そういうことで今のようなカリキュラムをつくったわけですが、全部そうなってほしいなと思っているのでございます。  特に現在の大学教育は人間形成の方がよそへ行ってしまいますので、学問を通して人間形成をと、こういう点を強調したいなと思っております。

成瀬守重自由民主党

○成瀬守重君 このたび小杉文部大臣から橋本総理に答申されました教育改革プログラムの中では、情報教育の重要性、あるいは環境教育の重要性という問題も取り上げられておりますが、こういった点については先生、いかにお考えでしょうか。

上寺久雄聖徳学園岐阜教育大学長

○公述人(上寺久雄君) 今から先、私たちは情報の中で生きていかなければなりません。もう朝、目を覚ますときから、いや、寝ておる間も情報に動かされている時代でございますので、やはり情報というものを抜きにした教育は成り立たなくなると思います、今から。そういう意味では、情報を踏まえながら、これは逆に機器による、機械による情報教育ということ以前に、もう我々人間関係の中で情報の伝え合いから始まっていかなければならない。そういう意味で、教育全体を情報の立場から考え直す必要があるんではないだろうか、こういうふうなことを実は考えておるわけでございます。  ですから、情報は大学へ入ったときから我々も常に学生さんとも情報交換をしながら、さらには機器で、インターネットでよそとの情報を交換しながらと、こういうことはより強調していかなければならない時代だろうと、こう思っておるのでございます。ただし、注意しなければならないのは、情報に動かされる人間ではなくて情報を駆使できる人間という形で、主体性のある面で教育を考えなければならないのかな、その辺がある意味では非常に苦しい場面になるだろう、こう思っております。  もう一つ何かございましたか。

成瀬守重自由民主党

○成瀬守重君 環境教育です。

上寺久雄聖徳学園岐阜教育大学長

○公述人(上寺久雄君) 環境教育は、これはもう当然のことでございますが、ただ殊さら環境教育と取り上げなくても従来からやっておったはずなんですけれども、どうもその辺が、先はどのように、大学教育で言えば学問に、小学校で言えば教科の方へ重点が行きまして、生活環境というものについて目が行かなかった。ですから、生活環境を踏まえていわゆる学校環境というものが成り立つわけでございますので、そういう意味で生活環境というものを常に堀り下げながら現在の置かれている教育というものを推進する、こういう意味で環境教育は非常に重要だと思っております。

成瀬守重自由民主党

○成瀬守重君 また、大学や高校、そういったものの入試の問題点についての改善策もいろいろ提言されていますが、特に大学なども個性を尊重して年次にこだわらずに年齢を若くして入学させるようなことも考えられ、また中学、高校に関しては、中学、高校の一貫教育というものが考えられて、実施形態としては市町村立中学と都道府県立高校を入試なしでつなぐとか、あるいは都道府県または市町村が同一の設置者になるとか、六年制の中等学校制度の創設といったようなものも考えられているようですが、こういった点につきましては上寺先生はどのようにお考えでしょうか。

上寺久雄聖徳学園岐阜教育大学長

○公述人(上寺久雄君) 最初の入試のことにつきましては、これはもう先ほどお話が出ました高等学校の推進会議のときにも、入試が非常に問題だ、それを改めるためには大学入試から改めていけと、こういうようなことも問題にもなりました。  しかし、だんだん各大学も考えておられまして、いわゆる選抜方法の多様化と選抜尺度の多元化、こういうことをそれぞれ考えておられます。したがって、入試も多様な入試がある。学科試験に焦点を置いたような場面もあるし、個人の過去の成長あるいは過去の働き、こういうようなものに焦点を置いて個人別に面接でそれをやっていく。  そういう点で、例えば私の大学で言いますと、ある何割かはそういう面接で過去のボランティアなんかで活躍したような面を強調しながら採って、あと何%が入試で、しかも試験のある面を足していくとか、そういうようないわゆる多様化した方法、したがって評価も多元化してこなきゃなりませんので、そういう点で各大学なりあるいは高等学校でも苦労しておられるんだろうと思いますし、それは大いに強調していかなきゃならないと、こう思います。  それから、一貫教育でございますけれども、これは多様な方法があってよろしいと思っております。私も過去中高連係の附属学校におりましたけれども、これはやはり三年が六年、幅のある中での特色のある学校教育が可能になってまいります。そういう点は工夫ができるようにしてあげる。  ただし、従来のような六三三制でもいける、そういうことを強調するのはそれでよろしいと。しかし、それぞれが意義を新たにして、何でこうやるかということを明確にした上でそれを採用していただきたい、特に現在それを全体的に見直す時期ではないだろうか、こう思っておるのでございます。

成瀬守重自由民主党

○成瀬守重君 また、現在の国際化といいますか、非常に海外との幅広い交流が求められているわけですが、そういった面においての留学生の交流とか、特に教員等の国際体験や国際貢献の充実とか国際機関を通じての活動というようなものが願われているようでございますが、そういった点について先生はどのようにお考えでしょうか。

上寺久雄聖徳学園岐阜教育大学長

○公述人(上寺久雄君) 国際性の前に、やはり教師自身も教育界だけでなくて企業体もわかってほしいと、そういうことで今工夫もされておりまして、会社に何カ月かおらせるとか、こういうこともあっていい、同じようなことが国際的にあっていいんじゃないだろうかと、こういうふうにも実は考えております。  私たちの大学でも、学生を向こうに派遣すると同時に、先生も一緒に行ってもらいたい、そういうようなことはだんだん拡大をしていくだろうと思いますし、今おっしゃるようなことで拡大していかなければならない。日本人が日本人たるためには、やはり日本人であることが国際の中で生きていけることなのでございますので、日本人である努力をすると同時に、国際的な活動をさせなきゃならない。そのためには、私たちの大学でも外国に国際的な姉妹大学をつくりましたり、教官を交換いたしましたり、学生をそこへ留学をさせます等、これは各大学でもおやりになっています。高等学校でもだんだんそういう方法が取り入れられるようになっていますので、いい傾向だろうと思っております。

成瀬守重自由民主党

○成瀬守重君 今、先生のお話の中にもちょっとございましたが、経済界等の教育改革といった問題についての理解と協力を求めるとか、あるいは交流を図るというようなことはこのプログラムの中にも願われているようでございますが、そういった経済界との交流、先生が過去において見聞きされたり、あるいは御自分で御体験されたような例はございますでしょうか。

上寺久雄聖徳学園岐阜教育大学長

○公述人(上寺久雄君) 現在もだんだんそれを拡大しておりまして、企業体の方へ派遣して、そして帰ってこさせる。あるいは将来、大学院を私のところも予定しておりますけれども、今度は逆に社会人を受け入れると、こういう両方の交流が必要であろう、これは前向きに進めていかなければならないと思います。

成瀬守重自由民主党

○成瀬守重君 上寺先生、どうもありがとうございました。  丸尾公述人にお伺いしたいと思います。  丸尾先生は先ほどいろいろな観点、特に経済的な観点から医療問題についてお触れくださいましたが、現在経済的な面で非常にいろんな問題点をはらんでいるわけで、現在の医療と医療改革の問題については経済的な面の切り口と同時に、医療の質といいますかケアの問題、そういった医療の質の問題と、それからもう一つは今一番問題にされております高齢化、介護の問題、そういったような幾つかの視点があるわけです。  この医療の質、日本が太平洋戦争で敗れて以来、医療の質がたとえ低くてもいいから医療を受けられるように、薬が欲しいというような形で医療の問題は当初出発したわけですが、そういった医療が今日では非常に変わってきて、むしろよりょい質の医療を求めよう、そういったところからいろんな医療に関する情報が国民の間に求められている。医療の質や情報、選択といったものがこれからの医療改革の中でも非常に重要な要素になってくると思うんですが、そういった面につきまして先生のお考えを聞かせていただきたいと思います。

丸尾直美慶應義塾大学総合政策学部教授

○公述人(丸尾直美君) 医療は質の問題、一つは技術的な質であります。一つは医療や福祉におけるアメニティーの問題があります。それから、今ありましたように情報の問題があります。いずれも医療がある程度充足された段階で重要になってくると思います。  アメニティーの問題に関しましては、やはり全体が上がると同時に、ある程度以上の部分に関しましては自己負担をしていくということも必要ではないかと思います。  それから、技術面におきましても、確かにアメリカは医療全般、不均等で必ずしも平等的な医療制度ではありませんけれども、技術的な面で非常にすぐれたものを持っていることは事実でして、日本の場合、医療の全般的な水準の上昇とともに、技術面にも力を入れて医療の質を高めていくということがこれから重要になると思います。そして、患者の側から見まして、情報というものが自分に本当に適した医療の質を見定めるのに非常に重要でありますから、医療に関しての正しい情報が流れるような制度的な工夫ということが必要であると思います。おっしゃるとおりだと思います。

成瀬守重自由民主党

○成瀬守重君 とかく医療問題を政治の場あるいは医学界で検討されるのは、どうしても経済の面が最も大きなウエートを持って、医療費であるとかあるいは医療保険、診療報酬、薬価だとか医業経営というようなそういった問題、これは大変重要な問題であるとは思いますが、肝心の医療を受ける国民の側にすれば、例えば病院へ行って三分間診療してもらってすぐ薬を投与されるという、そういった現状の中におって、もうちょっと医療に温かい思いというか人間的な面も欲しいんじゃないか。  そういうものが非常に強く求められているわけで、同時にまた介護の問題であるとか、さらに最近ではターミナルケア、終末医療というような問題も起こって、これはもう単なる病気を治すという問題から、むしろどうやってそういった人の苦しみを取り除いてあげるか、あるいは精神的なものを与えてあげるかという問題にまで医療の分野は非常に広がってまいったと思います。  とかく人間の体の臓器だけを治せばいい、心臓だとかあるいは肝臓だとか腎臓だとか、そういう一カ所だけの臓器を治すというだけじゃなくて、今では広く人間の肉体や精神、心といったそういうものすべてを治す全人医療というものがまさに世界的な傾向で求められていると思いますが、そういった点について先生はどのようにお考えでしょうか。

丸尾直美慶應義塾大学総合政策学部教授

○公述人(丸尾直美君) 医療における人間的な面、それから先ほど言いましたアメニティーの面、これはますます重要になることはもちろんです。そういう面にどれくらいお金を使うかということは、ある程度国民の選択もありますから一概には言えませんけれども、日本の場合、確かに効率的に医療をやっているということは言えると思います。  国民所得に対する比率は割に少なくて、高齢化比率も欧米並みになって、それで平均寿命などは非常に長くなっている。ですから今後は、そういうものをやると同時に、質の面、人間的な面、それからアメニティーに配慮できる、それだけの予算的な面もこれから必要になってくるということはおっしゃるとおりだと思います。

成瀬守重自由民主党

○成瀬守重君 平成八年度で推計医療費が二十八・一兆円というぐあいに伺っておりますが、高齢化が進展するにつれてさらに医療費というのはふえてくると思います。それが本当にその人間の健康や体がよくなるために使われているだけではなくて、いろいろな問題点を含んでいるわけですが、そういった意味においても、先ほど申し上げたように、もっともっと人間の精神面、そういったものを含めた人間の精神と肉体のそういう全人医療に対して予算を振り向けて、もっと精神的な面で治癒されるようなことについても、国としてもあるいは学界においてももっともっと注目をしていただくということが必要ではないか。また、社会のニーズというのもそういう方面に行くんではないかと私自身は思うわけです。  そういった面で、今度の介護でも地方自治体にいろんな実情を任し、国としてもそれに関与するわけですが、介護の問題でも、その根本に介護する人の心と介護される人の心との交流、そういったものがなければ本当の意味の国民の満足というものは得られないんではないか。とかく経済的な問題だけが論議される。これは大事なことですけれども、そういったものに対する注意を喚起するということを学界や為政者の方々にもお願いしたいと思うんですが、先生は現在のそういう傾向に対してどのようにお考えでしょうか。

丸尾直美慶應義塾大学総合政策学部教授

○公述人(丸尾直美君) より医療費を節約せよということを強調しますと、どうしても医者一人当たりの患者は多くなりますし、介護をする人当たりの介護される人は多くなりますから、人間的な患者対医師、看護婦、それから介護される人対介護する人、その比率をある程度高めないとどうにもならないですね。  生産性という意味では、日本はお医者さんが一人一日診る患者の数はスウェーデンとかイギリスの人から見たら信じられないほどたくさん診ます。そういう点はそれで効率ですけれども、そういうことだけを誇るのではなくて、そろそろバランスよく人間的な面に予算を使う。そのためには、やはりマンパワー対医者とかマンパワー対患者とか介護される人の比率を欧米、ヨーロッパ並みに近づけていく。ヨーロッパにもいろいろありますけれども、所得水準が高い国なりに日本ももう少し改善していいと思いますね。

成瀬守重自由民主党

○成瀬守重君 最後にもう一つお伺いします。  よく大きな病院へ行きますと、よくお年寄りが非常に多く集まってきて、病気を治してもらいに来ているのか、何かちょっとサロンに来ているのかわからないような状況がある。私はそのお年寄りの心情を考えてみると無理もないとも思うんですが、そういった問題について、どうすればそういうものが解消できるか、またそれは単なる経済的な問題だけじゃなしに、そういったものを含めて先生のお考えをちょっと伺いたいと思います。

丸尾直美慶應義塾大学総合政策学部教授

○公述人(丸尾直美君) 本来ならば身近なところに、小学校区ぐらいに一つデイサービスセンターのようなものがあれば、そしてそれが単に特殊な人じゃなくて、日本の老人福祉センターに行くぐらいの人も含めて一般的に行けるようなところがあれば、病院に行かなくてもそういうところに行くわけですね。そういうものが不備であるし、そういうものがあっても何か特殊な場所に見られていますから、もうちょっとノーマライゼーションの発想で、ごく普通の楽しみを兼ねたそういうセンター的なものが地方にできると、それが一つの解決になると思います。  それから、料金体系が、医療対介護とのバランスが変わっていくということも必要であると思います。

成瀬守重自由民主党

○成瀬守重君 ありがとうございました。

石田美栄平成会

○石田美栄君 平成会の石田美栄でございます。どうぞよろしくお願いいたします。  私も実は教育が専門でして、長い間教育の場におりましたので、主として教育の質問をさせていただこうかと思っているんですけれども、上寺先生にかなり発言者の質問が集中しましたので、順序を逆にしまして、丸尾先生の方に先にお伺いしようかなと思います。  私も女性の立場で、自分の地域で女性グループで公民館等でいろんな研究をする中で、やっぱり女性の関心というのは高齢化社会のことでありまして、高齢者問題を何年も研究しておりました。そういう中で、住宅というのは非常に女性の関心がありまして、自由にいろんな話し合いをしたんですけれども、そういう中でいろいろ話し合った夢のようなものが、今回この機会に丸尾先生からいただいた資料を読ませていただいて、特に北欧、スウェーデン、イギリスを中心にした高齢者の福祉住宅政策、私たちが話し合っていたようなことがずっと入っているなと大変興味深く読ませていただきました。  それで、時間が限られておりますので、特にきょういただいている丸尾先生の資料に、競争原理とか市場原理、介護サービス、このたび公的介護保険制度が話題になっている中で、介護サービスの供給は公的なサービスに加えて民間サービス、非営利あるいは家族、そういうインフォーマルな部門の福祉供給のミックスということをおっしゃっています。  そういう中で、先生は主としてイギリス、スウェーデンのバウチャー制ということを御紹介なさっておりまして、きょうは丸尾先生には公的介護保険導入のことについて、このバウチャーのことを伺いたいんです。  スウェーデンなどでは保育センターだとか小学校にまでこのバウチャー制を拡大というふうなことも書かれております。たまたま先日私はイギリスから来られた文教・雇用の大臣とお話ししているときにも、イギリスでバウチャー制、私ども平成会といいますか新進党も介護保険導入に当たって、バウチャー制のことというのは質の高い市場原理も入れた介護の供給というところで大変興味を持っておりますし政策の中で研究しております。  この機会に、丸尾先生は日本でも例えば公的介護保険導入に際してバウチャー制度を補完的に導入することやというふうな提言もされておりますので、もう少し詳しく、実際にこれを導入している国でのバウチャー制の非常にいいところ、あるいはそこにある問題点等ありましたら聞かせていただけるといいと思います。お願いいたします。

丸尾直美慶應義塾大学総合政策学部教授

○公述人(丸尾直美君) スウェーデンでは保育には導入していますけれども、まだ高齢者介護に関しましてはそれほど民営化等も進んでいませんし、導入されているというところを見たことはないわけです。ですから、保育に関してやっていますようなことから類推しまして、介護に関しましても高齢者介護についてもやれるのではないかと思います。日本でもベネッセコーポレーションとかいろいろなところが熱心に提唱していることは御承知のとおりです。  これはなぜいいかといいますと、一つは競争原理を生かすことができるということですね。バウチャー券で公的なところにサービスを依頼してもいいし、民間に依頼してもいいし、非営利組織に依頼してもいいわけです。ですから、選択の自由があるということ。そしてもう一つは、競争原理によってお互いに同じ条件で競争してよりよいサービスをしようとするようになる。そういう点でメリットがあるということは疑いないということです。  そして、それ以上のサービスはそれ以上でまた自分でお金を出したりなんかして保険に入ったりしてやればいいわけですから、いろいろな点で可能性のあるサービスであり、特にスウェーデンの場合は公的な老人介護サービス以外の民間とか非営利組織というのはほとんど今のところありませんから、最近でもせいぜい数%に全体の中でなつただけですから、まだ公的介護老人サービスに関してはそれほど生かしているようになっていませんけれども、保育に関してはかなり民営化が進んでいて、そういうところでバウチャー制が生かされていて成果を上げているということなものですから、恐らく日本におきましても十分に計画的に導入すればいいのではないかと思っております。

石田美栄平成会

○石田美栄君 ありがとうございました。  バウチャー制をもっともっとお聞きして、介護保険制度の特に供給の部分、まだまだ疑問、不安がございますのでお聞きしたいのですが、次に進ませていただきます。  教育でございますけれども、上寺先生の教育哲学、長い間の教育の御経験の上に聞かせていただきまして、ありがとうございました。  私も実は三十年以上教育と研究の世界におりまして、先生のおっしゃる人間は本来学ぶ動物で教育人間であるという確認のところは、言葉は違いますが、私も子供も学生も勉強の嫌いな子はいないという信念で教育に三十年以上携わり、その中で例えば講義をしていて学生が騒げば、これは自分に非があるのではないかといつも反省し、また子供たちが学ぶ、選択をする過程で問題があるんだと、そういう反省をしてまいりましたが、先生のこういう部分は本当に共感いたします。でも、今政治家になりましたので、哲学、理念、概念よりも、具体的にというか制度の部分でもうちょっと責任を持たなくてはいけないと思いまして、少し具体的にお尋ねしたいと思います。  先生は、十四期の中教審を受けて、高等学校教育の改革の推進に関する会議の議長をなさり、その成果を特に単位制高校とか総合学科、学校間連携といったような導入の御提言をおまとめになって、これは特に最近実績を上げ、私の地域でもこういった形態の高校の実験というのは大変好評でございます。  今は時代がというか、そこの部分は導入が始まって実績を上げていますから、むしろ前期の中等教育、中学校の部分というところに、六三三四の中で顕著な問題はいじめによる自殺だとか不登校といったような深刻な問題が出ております。こんなことは先生もちろん御存じで、申し上げるまでもないんですけれども、中等教育の前期、思春期という、心身の発達上で一番大切な時期の子供を対象としていながら、中学校と高等学校に分かれていて受験があるということで、この時期の子供たちの内面の成長に好ましくない影響を及ぼしているということで、今一つの教育改革の中で特に緊急を要するし、解決が集中されなければいけないのがここにあるのではないかということがかなり確認されているのだと思います。  したがって、今回、総理大臣が年末に指示されて、本当に急速に教育改革プログラムがつくられている。その中でも第一番のところに中高一貫の導入が言われているわけです。  私たち新進党はこの面をずっと研究してきていたわけですけれども、先生が高等学校の改革を手がけられたこういう総合的な高等学校、したがって、先ほどからおっしゃっていますように、この基礎、基本の上にという、恐らくそれが中学までとすると、できれば中学から高校、受験がなくて高等学校の部分がうんと自由化されて、今、先生の理想をおっしゃったようなそういう教育が生かされる、そして先生が今までの審議会の中での成果を踏まえてどういう形の中高一貫教育を描かれるでしょうか、お考えをお聞きしたいと思います。

上寺久雄聖徳学園岐阜教育大学長

○公述人(上寺久雄君) おっしゃるとおり、中高の連携をいかに保たせるか、こういう点には非常にいろいろな問題が含まれてまいります。特に、片方は義務教育である、片方はそうでないという、そういう障害もないことはございませんけれども、今やもう高等学校へほとんど行くわけでございますので一貫教育を考えていいんじゃないだろうか、こういうふうにも思っておるわけでございますけれども、その一貫教育も画一化しなくていいんじゃないか。  私たちのこの地域ではこの学校の一貫はこういう点に核を置いた学校教育を行っていいんじゃないかと、そういうふうに特色のある一貫教育というものをそれぞれ工夫していただければありがたいな、こう思うわけでございます。そのためには、大学入試にしてもそうですけれども、これとこれを修めなければ、あるいは学科試験をやらなければというようなことでなくて、これも多様化していかなければならない。  先ほどもちょっと触れましたけれども、高等学校を改革するためには大学の入試をまず改革しましょう、こういう逆行しなければならない面も出てまいります。  もちろん、それは中高の連携でもそのことが言えると思いますが、やはり中高のあり方、一貫教育のあり方も画一化しない方がよろしい。それぞれの地域の、それぞれの学校の特色あるものを核にしながらそういう全人教育をしていく。そのときにやはり同じことをやらなければどうもというのは日本人の性格ですけれども、そうじゃなくて特色のあるものをいかに工夫していくか。しかし、その方向へいかに、為政者の方から言えば、大目に見るというのは悪いんですけれども、幅を持ってそれを許していくか、その両面が必要なのかな、こう思っておるわけでございます。  お答えになりましたかどうか。ほかに何かございますか。

石田美栄平成会

○石田美栄君 私は、この中高一貫のプランをつくった、そのこともございますけれども、特に先生がおっしゃる基本、基礎というところは中学の二年あるいは三年次あたりはひとつ考えてもいいかと思うんですけれども、高等学校の部分というのはそこで入試がないのがいいと思うんです。先生が今まで提唱されてきています職業科と普通科というんですか、進学コース、就職コース、そういう形はもう今では通用しないと。  現実に普通科の学校に就職コースがあり、商業、工業、農業の学校に進学コースがありということですから、この高等学校の部分を総合科というか、できればどういう選択でもできる、そして自分の選択に誤りがあってももう一度やり直しができるような、先生も今おっしゃるように、これも規制緩和といいますか、もっと画一でなくてということでは本当に同意見です。これからこういう中高一貫、中等教育の改革に当たって、また先生の人間教育の広い立場での哲学を生かした、制度の中で生かせる御尽力をお願いしたいなというふうに思います。  続いて、先ほど先生も教員養成のことを強調されましたが、私もこういう制度の改革の次にどうしても必要なのは教員養成だというふうに思います。  そして、特に私は教員というのは教科を教えるということを通して子供の能力、知性を伸ばし能力を見てやるということと、もう一つ私たち大人も家庭と社会の二つの場があって、この調和、そのそれぞれの場で自分が幸せであれば人生が幸せになる。子供にとっては社会の場面が学校ですから、そこの中での教科を教えると同時に、子供にとってはそれは集団、社会の中でどう生きていくかの訓練の場であって、そういう中での教師としてのプロといいますか、集団の中で子供をどう育ててやるか。  ですから、私は先生も医者と同じだと思うんですね、医者は健康、体についてですけれども、心の。ですから、子育てを通して、自分も教育の場にいて、ある場面のときに先生の扱い一つ、言葉一つで子供が一生傷つく場合もあるし、集団の中で子供がどういう立場になるか。そういった意味で、専門性というところに人間性、集団の、社会の中での心理学とかいろいろあると思います。そういうプロとしての養成というのを、ですから私は医者と同じくらいの専門知識プラス実習、そういうことを強調したいと思うんです。  したがって、教員養成は大学院くらいのものが要求されるんじゃないか。実習も二週間、三週間ちょっとやって、二十二歳ですぐ現場に出て、だれも指導者がつかない。自分の城であると同時に、そこでは全責任を負って、私も最初に先生になったとき本当にどうしていいのか、そういう状況というのは非常に危ない。  保護者、父母と対するときでも、それは人間としてはまだ未熟であっても、教育のプロという面ではやっぱり自信が持てるような、先ほどの兵庫とか上越、鳴門、そうした教育大学ではそれは一貫してされているんだと思うんですけれども、ぜひこの教員養成、私は医者と同じくらい大学院レベルまで時間をかけて訓練をするということを考えているんですけれども、先生はどのようにお考えになりますでしょうか。

上寺久雄聖徳学園岐阜教育大学長

○公述人(上寺久雄君) おっしゃるとおりで、昭和五十一年ごろから、五十三年から発足したんですけれども、そのころから検討してまいりましたのが兵庫教育大学のような先生を現職教育によっていかに先生たらしめるか、こういうことが今お話しになったことと関連してくるんです。ただ、学部を卒業しただけでもう一人前の教師でいいのかどうか。教師は教師として成長し続けるところに教師の本来の意味がある、そのためには現職のままでも勉強できるような大学院をつくれ、こういうのが新構想の大学院をつくったときの趣旨でございまして、この趣旨は私はずっと生かされなけりゃならないと思うんです。  教師になった最初が、とにかく戸口に来ただけであって、それから子供とともに成長し続けていくところに教育が成り立つ、こういう意味では先生方にも成長してもらわなければ。しかし、そのためには素地として、今お話しございました教育実習、現場に入り込むこと、これは今のような二週間とかあるいは四週間とか、こういうことじゃ足りないと思っています。私たちが小学校教師になったときは一学期間行ったんですから。一学期の教育実習なんです。しかし、それでも足りな旧かったんです。  そういう意味では、私はもっとそれを弾力性のあるようにいたしまして、現場に行っておる期間は二週間あるいは四週間であっても、あとずっと継続できるように、現場から帰ってからも。こういう意味では、先ほどの教育大学の大学院でも二年間のうちの一年間はいわゆる特例の十四条によりまして現場におって大学院の課程を修められる。一年は大学におって一年は現場におる、そういうことが教育実習の中に取り入れられていいんじゃないだろうか、こう思います。  そのためには、四年では足りない、五年あるいは六年と。最後は私は、修士課程を出て初めて正式免許状が取れる、今は専修免許になっていますけれども、そういうぐらいまで高める必要があるんじゃないか。学部だけの養成では教師の助手をつくったようなものなのでございまして、本当はそこから成長していただかなければならない。そういう点ではおっしゃるとおりで、教育実習の延長もと。  もう一つは、今お話しございましたが、今教師になるときに何が足りないのか。教師という専門性、プロとなるためには人間性とそれから職業からきますいわゆる技術教育、技術にしても職業からくる職業性とインタラクトして初めて専門性、プロが生まれるのであって、人間教育だけでもだめ、こちらだけでもだめなんですね。  従来はとかく職業性だけの方に傾斜したんです。そうじゃなくて、これをいかにクロスさせるかというところに、先ほどもちょっと触れました教師養成という大事な問題がそこにあるんではないか。それがあって初めてプロと言えるのであって、教師はいわゆる授業のできるプロで、その授業ができるためには人間性と職業性と両方が働き合ってくれなければだめだ、こういうふうにも思っておるので、お説のとおりでございます。

石田美栄平成会

○石田美栄君 本当に同感でございます。もちろん教師は一生かけて成長していくわけですけれども、最低限、出発のところで安心して医者にかかれるという、そういうところまではぜひこれからの教員養成で考えていかなきゃいけないというふうに私も思います。  もう一つ、ちょっとこれ時間の範囲では大変難しいかなと思うんですけれども、先生が、総合学科という中で自己の進路への自覚を深めさせるため、総合科目、「産業社会と人間」を置き、教師のチームティーチングにより専門的かつ学際的に人間としてのあり方、生き方を共通に学習させる。また、将来いかなる道を歩むとしても、必要とされる情報に関する基礎科目、さらにみずから計画立案して学習する科目として課題研究を履修させる。これ高等学校なんですが、こうした自己の進路への自覚、総合科目として「産業社会と人間」、私はずっと問題視しているのですけれども、日本の学校教育の中で、これは同じように男女が見ても、女性の産業社会と人間にしても自分の進路への自覚にしても、男性と女性では同じというわけにはいかないというふうに思います。  ところが、女性の場合は、もともと歴史的には女性というのは子産みと台所というか家事労働、その歴史が長くて、社会人になったのはごく最近なんですが、特に日本は日本の特性がありますけれども、女性の歴史、人権の歴史、女性解放という、そういう歴史教育というのが全くないんですね。  そういう中でいきますと、男と同じではない。妊娠、出産、授乳といった部分、こういうところが非常に欠落しているところにいろいろな問題、これは女性だけの問題でなくて、男性にも女性の違う部分というのは基本学習が要ると思うんです。  アメリカでは高等学校の社会科の中で女性学あるいはアメリカの女性の歴史をがっちり男性も女性も学ぶ一冊の本がございます。私はたまたまそういう本を、この話はちょっと長くなるんですが、日本語に訳して使ったこともありまして、こういった部分が非常に欠落していると思うんです。その点、先生はどういう御理解がいただけるか、大先輩の先生に御意見を一言伺ってみたいと思います。

上寺久雄聖徳学園岐阜教育大学長

○公述人(上寺久雄君) 二つ問題があると思うんですが、最初の、総合学科をつくりましたのは、従来は中学校を卒業する十五歳で自分の将来を決定するというか外から決められてしまう、進学するか就職するか。そうじゃなくて、自分でじっくりと自分の将来を視野に入れていく、それを総合学科として三年間みっちりやって、そのためには基礎的学科、先ほどおっしゃった三つの教科をやって、その上にあと選択を大幅にしようと。系列をたくさんつくっておきまして、選択を自由に広くいたしまして、そして卒業したら自分の道を選べるようにさせましようと、こういうようなことでそれをやったわけでございます。  それから二番目の問題、女性のあり方、女子生徒に対するあり方、これはおっしゃるとおりでございますが、私は、もっと社会科、家庭科、今家庭科では大分進めつつありますね、男性教育。それと同じようなことが各教科でも強調されていいんじゃないだろうか。こういう点で、男女同じような立場もあるし、特性があるなら特性は明確にお互いが理解し合って生きていけるような素地をつくっていく、こういう教育課程の改革があっていいと、こう思っております。  ありがとうございました。

石田美栄平成会

○石田美栄君 ありがとうございました。

日下部禧代子社会民主党・護憲連合

○日下部禧代子君 きょうはお二方の先生、どうもお忙しい中、ありがとうございます。私、いただきました時間がわずか八分しかございませんので、どうぞよろしくお願いいたします。  まず、丸尾先生にお伺いいたします。  先生のお話の中にもございましたけれども、今医療費の上昇ということが大きな問題になっております。その原因の一つがいわゆる社会的入院、そしてまた日本の在院日数が長いということが原因でございます。先進国の中で最も長いと言われております。  これは、一つには在宅サービスの充実がしていないということ、福祉と医療、また在宅と施設サービス、あるいはまた予防、治療、リハビリテーション、それぞれの連携がきちんとできていないということがあると思います。  地域に有機的な、そしてまた包括的なこういったさまざまなサービスのネットワークが必要であるということは先生も常に強調なさっているところでございますが、それには地方分権ということが大変重要になってまいります。  しかしながら、我が国の現状を見ておりますと、機関委任事務の項目にいたしましても、必置規制の項目にいたしましても、厚生省が各省庁のトップであります。つまり、各省庁の中で厚生省が最も地方分権が今のところ進んでいないというふうなことが言えるわけでございます。  先生は、デンマーク、スウェーデン、北欧の事情に非常にお詳しくていらっしゃいます。例えば、スウェーデンでは地方分権をもとにいたしました社会サービス法、あるいはデンマークには社会支援法というものがございます。こういった法律が日本でできるにはまだまだ日にちがかかるようにも思います。歴史、文化、人口の規模の違いはございますけれども、先生のおっしゃいますような基礎自治体が主体になる、そして地域にこのようなネットワークがきちんとできるというような状況を何が日本では最も阻んでいるのか、その点についてまずお伺いしたいと思います。

丸尾直美慶應義塾大学総合政策学部教授

○公述人(丸尾直美君) 日下部先生は、私が随分高齢者福祉などについて教えていただいた先生ですけれども、大変光栄です。  やはり、最初にも言いましたように、縦割り行政と、もう一つは分権化を行われたいというのが基本であると思うんですね。それと料金体系、人間はどうしても自愛心の方が利他心より多いんですから、そういう人が普通に行動して病院に集中しないような経済システム、その二つが基本だと思いますね。  スウェーデンでは、エーデル改革という改革が行われまして、そして医療から福祉へ、福祉の施設から在宅へという動きを誘導する政策を積極的に行った。同時に分権化を行って、高齢者医療に関しましては基礎自治体に全面的に老人福祉サービスと同様に権限や財源もかなりの部分を任せた。そういうことによって、例えば病院に長くい過ぎますと自治体がその分を全面的に負担しなければならなくなる、そういうような形にしまして、ある段階を過ぎれば介護施設の方に移っていくような、そういうメカニズムを内蔵させたわけですね。  ですから、基本的には縦割りをなくする、それから分権化をする、そして経済システムが合理的に行動をすれば安い方に、コスト節約的になるようなシステムにする。その点で、スウェーデンの場合は国民医療費がアメリカ並みに高かった国ですけれども、国民所得に対して九%から一〇%、多いときには一〇%を超しましたが、それが今八%台にまで下がりました。介護の方がそのかわりちょっとふえましたけれども、それにしましてもかなり成功した例じゃないかと思って、この辺はもう少し本格的に研究する必要があると思うんです。

日下部禧代子社会民主党・護憲連合

○日下部禧代子君 ありがとうございました。  ところで、最近いわゆる措置から契約へ、あるいはまた選別から普遍性あるいは選択へということで、市場メカニズムそして市場パラダイムにゆだねるという傾向がございます。これは、競争原理ということは全部が悪いというわけではございません。しかしながら、そこで問題にしておかなければならないのは、いわゆる所得、所得の再分配的政策というようなものは本来やはり税によるものではないかというふうに思いますし、また、社会保険というのは受益と負担をこれは明確化しなければならないという性格を持っております。最近はどうもその辺のところが混同されているような気もいたしますけれども、私はこれはきちんと区別をしなければいけないものというふうに思いますが、先生のお考えはいかがでございましょうか。

丸尾直美慶應義塾大学総合政策学部教授

○公述人(丸尾直美君) 先ほども言いましたように、市場化、規制緩和の傾向は結構ですけれども、一つはそうでない場合がありますから、そこは市場に任せても問題が起きないようにするという先ほど言ったことが第一。  それから、この機会にちょっと、先ほど言いますのを忘れたものですから、もう一つ非常に重要なのは、欧米の新自由主義者、例えばサッチャーさんなどは新自由主義によって規制緩和などを言いますときには、他方で所得再分配は余り言わないけれども資産などの再分配は非常に強調します。アメリカでもレーガンのときから資産の再分配を非常に重視している。そして、この市場重視とそして資産の分配の平等化、それを組み合わせるのが新しい新自由主義ですね。  日本の新自由主義を言う方は分配の方はほとんど忘れているんです。おっしゃるように再分配もそうですし、そして資産の分配に関しては、ましてやほとんど言及しない。そして自由主義者だと思っていますけれども、その辺はちょっと反省が必要だと思うんです。流れに乗るというのは結構なことですけれども、おっしゃるように再分配のことは忘れてはいけない。  そして、受益者負担というのは一つの原理で、エクイティーみたいなものですね。これだけのものがあればこれだけのものに対応すると、そういう意味の公正と、平等化という公正と、それからもう一つはフェアネスという、その三つが合わさってジャスティスになるわけです。ですから受益と負担ということですね。そして他の公正の要素を忘れることがあってはならない。その辺、日下部先生のおっしゃるとおりだと思います。

日下部禧代子社会民主党・護憲連合

○日下部禧代子君 上寺先生にお伺いしようと思いましたが、お時間がなくなってしまいました。申しわけございません。  ありがとうございました。

国井正幸民主党・新緑風会

○国井正幸君 民主党・新緑風会の国井正幸でございます。  きょうは大変お忙しいところ、おいでいただきまして、本当にありがとうございます。  まず最初に、上寺先生に教育の問題についてお伺いをしたいというふうに思います。  先ほど先生のお書きになりました論文を読ませていただきましたし、それから先ほど来の公述内容についてもお聞かせをいただきまして、二、三お聞きをしたいというふうに思っております。  実は、私も昨年までPTAの会長をやっていまして、現場の先生方とおつき合いをする機会が非常に多かったわけでございますけれども、どうもそういう中で先生方を見ていまして、人を教える自信というんでしょうか、そういうものが率直なところちょっと幾らか足りないのかなと、そんな感じを実はしたことも幾つか経験をしております。さらに、知識を教えるということはできるというふうに思うんですが、いわゆる徳というんでしょうか、こういうものを教えるのに、その辺がもうちょっとやっぱり先生御自身がみずからの人間性を磨いた方がよろしいんじゃないか、こういうふうに感じた点もあるんですね。  そういう意味で、先生のこの論文を見させていただきまして、教師の専門性という中で職業性という問題と、もう一つは人間性というのが大変重要だと、こういうふうに書いてあるわけでございますけれども、今日教育の問題がいろいろ各方面で議論されているわけでございますが、そういう教師の人間性という意味で今日の我が国の教師の現状を先生はどのように御認識でございましょうか。

上寺久雄聖徳学園岐阜教育大学長

○公述人(上寺久雄君) 今お説のとおり、御心配になっておるような面で、人間性の面でやはりまだ不満足というか充実していない、こういう点はたくさんあります。  しかし、人間でございますから、出発のときから完成人間はいないわけで、より完成しようと努力するのは一生涯でございますけれども、やはり教師養成において、少なくとも教育に取り組む人間的姿勢とそれから知識、技能、こういう両面は教育をしていかなければならない。そういう点では従来の教員養成のいわゆる公開性と申しますか、そういうようなところがなかなか人間形成まで集中できないでおるというのが現在の教員養成の一つの悩みなのでございます。  これは我々、いかにそこへ取り組んでいくか、これを課題にしておるわけでございます。できるだけ先生と学生と一体になりながら行事を一緒にやるとか、そういうことも考えてはおるわけでございますが、おっしゃるとおりのところで、まだ人間性においていかにするかということは課題だと思っております。

国井正幸民主党・新緑風会

○国井正幸君 先ほど石田委員の質問に答えていらっしゃった点に私は非常に関心を持っておるわけでございますが、いわゆる教師を再教育するということです。このことも私は非常に重要なことだろうというふうに思うんですが、今度は教育改革の中で、文部省でも教員の採用試験を受ける前に少なくともボランティア活動をやってきたというその経験を積ませる、こういうふうなことを義務づけるような話も出ているわけでございまして、私もこれも非常にいいことだろうというふうに思っております。  そういう中で、むしろ私は学校という現場というのは、ある意味では社会から見ると特殊な現場になってはいないだろうかという感じがするんです。したがって、確かに教員免許は、大学を卒業してきて一定の単位を取れば取得できるわけですね。あとは採用試験を受けて、採用されて、教育の現場に配属されて、翌日からは教室を与えられてそこでやる、こういうのが今現実だというふうに思うんです。  そういう意味で、学校といえどもやっぱり社会の中に存在するという意味ではもっと学校自身が一般社会と非常に連動していなくちゃいけないんじゃないか。そのためには教師も、教員免許を取得して採用試験は受かっても、むしろ三年だったら三年とか五年だったら五年とかいう一般社会における経験を積んでもらって、その上で、次は第二次試験というんでしょうか面接等を受けて、そして教壇に立つ、こういうことになれば年齢的にも、今は二十二歳あるいは理論的には二十歳から教員になれるわけですね、短大出ても。それが少なくとも二十五とかそういうことになってくるということになれば、年齢がすべてとは言いませんけれども、社会経験を積ませて人間性豊かな先生をつくる、こういうこともあるのではないかと思いますが、先生、その辺についていかがでしょうか。

上寺久雄聖徳学園岐阜教育大学長

○公述人(上寺久雄君) おっしゃるとおりで、そういう点が不足しておることは事実だろうと思いますけれども、教員養成の期間ということがございますので、いっいかなるところでどうするか、こういう点では非常に工夫を要する必要があると思います。  そこで、今最初にお話がございました入試のときに既にボランティアをやっておるとかあるいは特殊技能があるとか、そういうようなものは見て、しかもそれを入試の一つの重要な資料にしていく、こういう工夫は一方で進めなければならないだろうと思います。  それからもう一つは、おっしゃいました特殊な職場といいますか他の職場というものを経験させる、これはもうだんだんに少しずつ拡大しようと、こういうことをしておるわけでございますし、それから初任者の研修期間を一応一年にしておりますから、それを将来は延長することも大事だと思いますが、その一年の間に何をどう身につけさせるか。ただ単に授業になれさせるということでなくて、今のような社会的なそういう教養の面を非常に広めていく、こういう点でそれぞれの県あるいは学校で特殊な計画を立てながらそれを徹底していく、こういうこともむしろ啓蒙していかなきゃならないんじゃないだろうか、そう思っているわけでございます。  我々の大学では、そういった点を学生には言いながら、できるだけそういう面が伸びていくというか、そういう面を身につけることも一応今気にかけてはおるところでございまして、学生も努力はしてくれておる、こういうところでございます。

国井正幸民主党・新緑風会

○国井正幸君 ありがとうございました。  丸尾先生にもお聞きしたがったんですが、時間になりましたので御無礼いたしました。ありがとうございました。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 日本共産党の吉川でございます。  お二人の公述人におかれましては、きょうは本当にありがとうございます。  まず、上寺公述人にお伺いいたします。  公述人は高等学校教育の改革ということについて大変御熱心に取り組まれて、論文もお書きになっておられるんですけれども、そしてまたゆとりのある教育ということも言われましたし、あるいは個性的な教育をするには、しかし一定限度のところはやっぱり基礎的な力をつけないと個性的な教育もできないんだ、そういうふうにもおっしゃいました。  それで、私思うのですけれども、今高等学校に入りましても年間十数万の生徒たちが退学をしていくとか、いろいろな問題が起きています。高等学校への進学率はもう九六%とか七%とかに達しておりまして、ほぼ全員が進学すると言っても構わないぐらいの進学率に達しております。  先ほど中高一貫教育というお話が出ました。中高一貫教育、中身をどうするかという問題ももちろんありましょうが、もう試験をなくして、近くのところの中学校に行くように高等学校にも行く、こういうふうに義務教育に準じて扱うことができれば、今抱えている高等学校教育のあるいは中学校教育の大きな部分の問題の解決にもつながるのではないかと思いますが、この高等学校の準義務教育化を妨げている原因というのはどの辺にあるのでしょうか、お伺いいたします。

上寺久雄聖徳学園岐阜教育大学長

○公述人(上寺久雄君) それは難しい問題でございますけれども、一つは、やはり入試というものもその中に関連してくると思うんですね。あそこでいかなる選抜をするかというようなことが、どうもそれによって高等学校の格差がそれぞれできておりまして、それを選択するためにまた苦労して入試用の勉強をするということだと思うんですけれども、私はその点は、入試はなくする方向で各学校が考えていくべきだろう、こう思っております。  ただし、うちの学校の特色はここなんだ、学校ごとのいわゆる特色のある学校だ、この特色を目指してくる学生はこっちへいらっしゃい、それから別の特色のあるのは別の学校へ行きましょう、そういう問題。それから、入学してから後の高等学校間の連携、こういうことによって生徒も入れかえができるようなそういうチャンスも広げてやる、こういうようなこともだんだん工夫していかなきゃならない時代が来るんじゃないだろうか、こう思っておるのでございます。  同時に、今言ったように義務教育の延長としての高等学校の性格はそれなりに明確にしていかなければならない。ただし、中学校のように満遍なく同じような体制じゃなくて、学校ごとの特色ある学校によってそれを意義づけていく、そして生徒にもそれを選択させていく、こういうふうにできればと、こう思っております。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 義務教育の方向に進んでいけたらというふうに考えているわけです。  続きまして、公的介護保険の問題についてお伺いしたいと思うのですが、丸尾公述人にお願いいたします。  今国会で介護保険法の審議が行われております。公述人は諸外国にもいらして、外国の例も非常にお詳しいようでございますが、実は、介護の問題は、言うまでもありませんが女性の肩にかかってまいりまして、この介護ということが女性の社会進出を非常に妨げている大きな要因にもなっております。  そして、介護休業法というものが成立はいたしておりますけれども、これによってどれだけ効果があるのかというのはまだ未知数です。今の日本で女性の進出ということと介護ということとは切り離して考えられない側面もありますので、本当にそういう介護も充実させ、そして女性もこういうところから、女性だけがということから解放していくという方法についてぜひお考えを伺いたいと思うのです。  ヨーロッパの一つの例としてお金を支給するというのがありますね。お金を支給して、そして夜は自分で見るとか気心の知れた人に介護をお願いするとか、そういう制度もあって女性のためにも効果があるんだということを言っていらっしゃる先生もおられるのですけれども、その辺の問題について公述人はどのようにお考えでしょうか。

丸尾直美慶應義塾大学総合政策学部教授

○公述人(丸尾直美君) おっしゃるように、まず介護休暇制度、それから非常に弾力的に、夜帰ってくるまで預かる保育制度、この二つと、それから男性の意識が変わること、特に企業の経営者の。それから労働時間が短縮してフレキシブルになる、そういうふうなことがまず基本的に必要である。  それから、介護に関しまして子供の場合は、例えばスウェーデンの場合ですと、子供の介護に一人一年間六十日間の有給休暇があります。それが高齢者にも拡大された制度があります。そして、スウェーデン、ノルウェー等では親戚、家族、近親者にホームヘルパー的な扱いをしてかわりをするというホームヘルパーが、スウェーデンはそんなにたくさんありませんけれども、それでも五%以上あると思います。ノルウェーは一五%以上そういう人がいます。  そういう制度と、それからもう一つは、先ほども言いました介護のための休暇を所得コンパンセーション、補償つきでやるという制度です。所得補償つきでやる場合は雇われている人なんですね。ですから、スウェーデンのようにほとんど大部分の女性が雇われて働いている場合には介護について所得補償つきの休暇制度というのが非常に基本的になると思うんです。それに追加していろんな制度があるわけです。  日本の場合は普通ネックになっているのは保育じゃないかと思うんですね。それから、もう一つは出産とか、結婚すると会社をやめざるを得なくなるとかですね。今度制度はできましたけれども、いろんな形で子供ができるとやめなければならないとか、介護のために長く休むことができない。  そういうことがありますから、何らかの形で、子供の場合にしても、病人にしても、親にしても介護のときに何らかの休暇と補償制度を拡大、導入するということは必要です。出産のところの制度自体もまだ二五%でそれほど十分確立していませんから、余りぜいたくなことは言えませんけれども、だんだんと出生率の低下の問題とか、また今度労働力不足になってきますと女性の地位は高まりますから非常に重要になってくると思います。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 終わります。  どうもありがとうございました。

山田俊昭二院クラブ

○山田俊昭君 二院クラブの山田でございます。  両先生、どうもきょうは御苦労さまでございます。  丸尾先生に医療問題についてお尋ねをいたします。  近年、新薬の開発ラッシュと検査機器の普及は、病巣の早期発見と迅速かつ適正な治療を可能にし、国民の健康な生活の確保に大きく貢献したことは言うまでもありません。しかしながら、どんな現象にも陰の部分はあるもので、これらが薬漬け医療、検査漬け医療を助長し、国保を初めとした各種健康保険団体の財政を圧迫していることもまた事実であります。  特に昨今は、全般的な民間病院の経営の悪化の影響もあって、以前にも増して治療のために不必要な薬剤の投与、想定される病気と無関係な検査の強制、不必要な入院の勧誘、不必要な入院期間の延長などといった医療機関本来の使命を忘れ、病院の生き残りと利益のみを考えた患者不在の医療がまかり通っていることは想像にかたくありません。  私たちは多くが医療に関する専門知識を持たないことの結果、医師がこの薬を飲めと言えば飲まざるを得ず、入院が必要だと言えば入院せざるを得ず、当該医師の判断や指示が果たして客観的に正しいのかどうかの判断能力を持たないのですが、もし当該医師の判断や指示に疑問が生じた場合、気軽に相談できる公的機関があったらいいなと思うのは私だけではないと思います。  ちなみに、一九九四年八月二日の毎日新聞には、薬の過剰投与や手術ミスなどの医療に関する苦情一一〇番を行っている看護婦、保健婦、ケー  スワーカーなどを主体とした医療消費者ネットワークなる団体の記事が出ておりましたが、本来、こうした苦情処理機関の設置は国の責務ではないでしょうか。  もとより、現在においても医療機関を監視するための保健所制度はありますが、現行の保健所にはほとんど臨床経験を持たない行政畑の医師がごく少数いるだけで、医師でありながら医師の医療的判断の当否を判断する能力を持たず、およそ苦情処理機関にも相談機関にもほど遠い存在であります。  そこで、私は、市中病院の医師の医療行為に対する患者の疑義に対し、公平かつ専門的な見地からアドバイスできる公的な医療相談所のようなものが早急に必要だと思うのですが、この私の提案に対する丸尾公述人の御見解をお伺いいたします。

丸尾直美慶應義塾大学総合政策学部教授

○公述人(丸尾直美君) 先ほど医者に関しての情報が必要だというお話がありました。これが一つの方法で、情報が明らかになり、都市別等々で一人当たりの医療費がこんなに違うとか、さらに私のところの大学も一部言われましたけれども、例えば盲腸の手術がどこどこによってどんなに違うとか、そういうようないろいろなことがだんだんと公開されてきますと、それによって判断できる人はあります。しかし、なかなか自分で判断できない人の方がどちらかというと多いと思いますから、そういうことに対処するためには、今御提案がありましたような苦情処理機関を何らかの公的な支援で導入するということは十分に検討できる、非常に有益なアイデアではないかと思います。

山田俊昭二院クラブ

○山田俊昭君 私、行財政調査会というところに属していまして、ことし京都、奈良を視察に行ったんですが、そこで行政相談員というものの実態を熱心に相談員たちのお話を伺って、市民にいかに行政相談員が役立っているかということを目の当たりに視察しまして感じました。  そこで、今言ったように、医療相談機関なるものができるといいなという観点から申し上げたわけですが、例えば北欧などにおいては、患者だとかいろいろな人たちに医療への救済手段を聞き入れるという公的な機関があるように聞いていますが、スウェーデン等の北欧における救済手段が実際に存在するかどうか、もし存在したらどういう機能を果たしているか、具体的にお教えいただきたいと思います。

丸尾直美慶應義塾大学総合政策学部教授

○公述人(丸尾直美君) 御承知のように、医療、福祉が主ですけれども、福祉・医療関係に関しましては制度的にはオンブズマン制度があります。これは、本人がいろいろ情報を得て問題点を指摘したり勧告したりする、あるいは新聞の投書欄とかあるいは直接の申し込みに対して改善を要求したりする、そういう大きなものです。  ただ、医療の内容についてはやることがまた違いますから、福祉に関しましてはいろいろな人がいます。例えば民生委員などもいますけれども、医療に関しては相談する人が本当にいないというのは、確かにおっしゃるように欠如しています。これはいいという制度が不思議なことに評判になっているということがないわけですけれども、おっしゃるように福祉に対して医療はその面が欠如していますから、これは非常に有益なお考えじゃないかと思います。

山田俊昭二院クラブ

○山田俊昭君 終わります。

大河原太一郎自由民主党

○委員長(大河原太一郎君) 以上で公述人に対する質疑は終了いたしました。  この際、公述人の方々に一言御礼申し上げます。  本日は、長時間にわたり有益な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。(拍手)  次回は明日午前九時に委員会を開会することとし、これをもって公聴会を散会いたします。    午後六時七分散会

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