国民生活・経済に関する調査会 第4号
- 発言数
- 50 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1996/04/22
会議録
○会長(鶴岡洋君) ただいまから国民生活・経済に関する調査会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告いたします。 去る二月二十九日、阿部幸代君が委員を辞任され、その補欠として聴濤弘君が選任されました。
○会長(鶴岡洋君) 次に、理事の補欠選任についてお諮りいたします。 委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。 理事の選任につきましては、先例により、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(鶴岡洋君) 御異議ないと認めます。 それでは、理事に聴濤弘君を指名いたします。 ―――――――――――――
○会長(鶴岡洋君) 国民生活・経済に関する調査を議題とし、二十一世紀の経済社会に対応するための経済運営の在り方に関する件のうち、日本経済の課題と経済運営の在り方について参考人から意見を聴取いたします。 本日は、お手元に配付の参考人の名簿のとおり、上智大学国際関係研究所教授八代尚宏君及び株式会社野村総合研究所理事長鈴木淑夫君のお二人に御出席をいただき、順次御意見を承ることになっております。 この際、八代参考人及び鈴木参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多忙のところ本調査会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。 本日は、本調査会が現在調査を進めております二十一世紀の経済社会に対応するための経済運営の在り方に関する件のうち、日本経済の課題と経済運営の在り方について忌憚のない御意見をお聞かせいただき、調査の参考にさせていただきたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。 議事の進め方でございますが、まず両参考人からお一人三十分程度ずつ順次御意見をお述べいただきました後、委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。 それでは、最初に八代参考人からお願いいたします。
○参考人(八代尚宏君) 上智大学の八代でございます。 本日は、今後の国民生活の最も大きな課題の一つであります人口高齢化の問題についてお話しさせていただきたいと思います。お手元に資料が用意してございますので、それに沿ってお話しさせていただきます。 人口の高齢化という問題はよく議論されておりますが、そこには二つの異なった意味がございます。一つは、高齢者比率の高まりということでございまして、お手元の最初の図表にそれが記されてございます。 高齢者比率の高まりと申しますのは、一般に六十五歳以上人口の全体の人口に占める比率として定義されております。この比率は、一九六〇年ごろですと大体六%ぐらいであったものが、現在は一三%程度になっております。これが今後の二〇二〇年では約倍の二五%から六%に到達するものと予測されております。こうした高齢者比率の高まりというのは、日本の貯蓄率を引き下げる要因であると同時に社会保障の負担を引き上げる大きな要因ともなっております。これが高齢化ということの第一の意味でございます。 もう一つの高齢化の意味が労働力人口の減少であります。 これは、既に起こりました少子化の影響が労働市場にあらわれてまいりまして、それがまず若年労働力の減少、次には成年労働力の減少となってあらわれるわけであります。ここでは労働力そのものではなく、そのもとになります生産年齢人口、十五歳から六十四歳人口の伸び率を示してございます。 この生産年齢人口の伸びは過去三十年間ぐらいほぼ平均して一%ぐらいの伸びで増加してきたわけでありますが、これが九〇年代後半からマイナスになりまして、その減少幅が今後刻々大きくなってくるものと予想されております。もちろん、今後、女性の就業率の高まりということを考慮しますと、このとおり労働力が下がるわけでもありませんが、労働省等の予測によりましても二〇〇〇年からは労働力が減少に向かうということは避けがたいのではないかと見られております。こうした労働力人口の減少と申しますのは経済成長に直ちに影響するわけでありまして、労働生産性の上昇率が変わらなければ労働力人口の減少というのは直ちに経済成長の引き下げ要因として働くわけであります。 このように、高齢化社会と申しますのは、一方で高齢者の比率が高まり社会保障負担がふえるとともに、経済成長率が低下するような社会というふうに考えられます。 それでは、なぜこういうことが起こったのかということでありますが、高齢化の要因と申しますのは、一言で言いますと少子化、子供の数が減ってきたということ、それによって勤労者人口というものの伸びが次第に減少し、今後長期的にそれが水準としても減少に至るということであります。 お手元の二枚目のグラフにそれが書いてございまして、これまで出生率というものが傾向的に下がってきた結果、今後の動きとして厚生省が高位推計、中位推計、低位推計という三つのケースを考えているわけでありますが、低位推計で見ますと、人口というのは今後傾向的に下がってきて、二〇九〇年あたりになりますと六千万と、現在の状況から見ますとほぼ半減するような厳しい状況になるわけであります。中位推計、これは社会保障等の予測に使われている数字でございますが、これでいっても二〇九〇年になりますと人口が一億人を切るということになるわけであります。 このように、子供の数が減ってくるということが高齢化の第一の要因であります。 第二の要因は平均寿命の伸長でありまして、日本は今、世界で最も平均寿命の長い国でありますけれども、そうした形で高齢者の寿命が伸びることによって高齢者の数がふえてくる長寿化ということが高齢化の大きな要因になっているわけであります。 なぜ少子化が進んだかと申しますと、それにはやはり二つの要因がございまして、家族当たりの子供の数が減ってきたということが一つと、それから、そもそも結婚する年齢が非常に遅くなってきた、晩婚化ということがあります。日本の場合は結婚しなければほとんど子供は生まれませんので、こうした結婚年齢のおくれということがそのまま少子化につながるわけであります。 少子化の今後の動きを簡単に展望いたしますと、晩婚化を説明する最も大きな要因は女性の進学率の高まりであります。まだまだ日本の女性の四年制大学への進学率は男性と比べても低く、また米国の水準からもかなり下回っていることから、今後とも女性の進学率がさらに高まるとすれば初婚年齢も今後とも伸びる可能性が大きいかと見られます。したがって、何らかの政策を打たなければ、今後とも出生率が低下を続ける可能性は非常に大きいかと思われます。 次に、そうした高齢化の経済成長とか労働市場への影響について御説明させていただきたいと思います。 先ほども申し上げましたように、高齢者の比率が高まるということは、それだけかつての勤労時代に蓄えた貯蓄というものを引き出して生活する人の比率がふえることでありますから、経済全体で見ますと貯蓄率の低下要因になるかと思われます。また、労働力が減ってくるということはそれだけ投資機会が減ることにもなりますし、それによって投資比率も下がってくる、それが経済成長率を下げる大きな要因になろうかと思われます。 それから、労働市場への影響でありますけれども、労働力が減るだけではなくて、ますます労働者に占める高齢者の比率が高まってくる。また、労働力不足を補うために女性の比率もふえてくるわけであります。そうした女性、高齢者の労働市場に占める比率の高まりと申しますのは、これまでのような壮年の男性を中心につくられてきた日本的雇用慣行というものの変化をもたらす大きな要因になろうかと思われます。これは既に始まっていることでありますけれども、一たん大企業に勤めたら定年退職までその企業に継続して雇用されるという典型的な形の日本的雇用慣行が次第に流動化して、途中で企業をかわる、また新たに中途採用されるという機会が次第にふえてくるのではないかと思われます。 次に、高齢化の財政に与える影響でございますが、財政に与える影響と申しますのは、実は労働市場と密接な関係にあるわけであります。高齢者の比率が高まりますと、それだけ生活を支えるための社会保障給付費が必要となるわけでありますが、それと同時に、勤労者の数が減るということは税とか社会保険料を負担する人の比率が下がってくることを意味するわけであります。しかし、これは絶対避けがたいものではなくて、ある意味で人口全体のうちでどれだけの人が働くかということにも大きく依存するわけであります。 お手元の資料の五ページ目を見ていただきますと、女性の年齢別の就業率が書いてございます。現在、日本の女性の年齢別の就業パターンを見ますと、子育て期に一たん労働市場から退出し、また子育てが終わった三十歳代後半から再び復帰するといういわゆるM字型の就業率のパターンを示しております。今後の労働力需給の逼迫のもとで、このM字型パターンが次第に崩れて上方に上がってきて、男性と同じようなつり鐘型の状況になるものと予測しております。 ただ、この変化というのは放置しておいて必ずしも起こるわけではありません。私どもの推計によりますと、仮に放置しておけば、二〇二〇年になっても依然としてM字型は、今よりは緩やかな形でありますけれども残っていくと見ております。 どういうときにこのM字型がなくなるかと申しますと、それは十分な育児支援対策が行われた場合であります。今現在、日本の女性の就業を阻んでいる最大の要因は子育ての制約でありまして、そうした保育所の整備等によって就業と育児の両立ができるようになれば女性の就業率は大幅に高まるであろうというふうに見ております。 次の六ページ目のグラフを見ていただきますと、これは高齢者の就業率の動向を見たものであります。 日本の高齢者の就業率は、既に世界でも先進国の中では最も高い水準にあります。六十五歳以上の男性の二五%が働いておりまして、これは米国の倍の水準でありますし、ヨーロッパに比べますと何倍も高い水準になっております。 しかも、男性の就業率と申しますものを年齢即で比較したのが下のグラフでありまして、現在、六十九歳時点でも男性の半分以上が働いております。ただ、ここでは農家等自営業の人が含まれておりますので、そういう人たちを除きましたサラリーマンだけで見ましても、六十九歳時点でなお二〇%以上の人が働いているわけであります。 この一歳刻みの年齢ごとの就業率のパターンを見ますと、六十歳定年のところで大幅に落ちますけれども、その後も緩やかに退出を続けるというパターンが見られております。しかも、極めて興味深いことは、もともと先進国の中では最も高い就業率がさらに高まっていることであります。これは、八八年と九二年を比較いたしますと、あらゆる年齢層でさらに就業率が高まっていることが見られるわけであります。 これまで日本の就業率が高いことの大きな原因としては、社会保障制度が十分でないということがあったわけでありますけれども、このように最近時点において、むしろ社会保障の方は着実に向上しているにもかかわらず就業率が高まってきているということは、こうした社会保障制度の不備という要因では説明できないわけでありまして、これは、どちらかといいますと労働市場の需給逼迫ということが高齢者の就業率を高める大きな要因になっているものと見られます。 したがって、今後、労働者の数が傾向的に減少し、二〇〇〇年以降マイナスになるというような事態になりますと、その意味では高齢者の就業を促進する条件が整うわけであります。したがって、こうした環境の変化に対応して高齢者が働きやすいような環境を整備する、例えばパートタイマーのいい仕事をふやすとか在宅勤務でありますとかさまざまの形で高齢者の就業を促進できるような環境が整えば、日本の高齢者の高い就業率を一層高めることも決して無理ではないわけであります。 高齢者が働くということは、社会保障財政に非常に大きな貢献をするわけであります。つまり、それだけ社会保障給付を必要としない人の数がふえ、一方で社会保険料負担をしてくれる人の数がふえるわけですから、これは分母と分子の両面から国民の負担率を下げる要因になるわけであります。 もちろん、無理やりに高齢者が働かなければいけないという状況は避けるべきでありますが、現在のさまざまな世論調査をとっても、日本の高齢者は働ける機会があればぜひ働きたいと思っている方は非常に多いわけであります。中でも、健康のためにある程度は働きたいという人の数は非常に多いわけでありますから、そうした方にとって働きやすい環境を整備するというのは、本人のためであると同時に経済、社会全体にとってもプラスの要因になろうかと思われます。そういう意味で、高齢者の就業環境の整備というのは非常に重要なわけであります。 一ページ飛んでいただきまして、八ページを見ていただきたいと思います。これはやや変わった概念でございますが、平均寿命にリンクした高齢者比率というグラフでございます。 八ページでございますが、このグラフの言わんとしていることは、高齢者という概念を硬直的に考えてはいけないということでございます。つまり、高齢者の定義というのは、冒頭申し上げましたように、六十五歳以上の人たちであるということは国際的にもほぼ合意された概念であります。しかし、これはあくまでも便宜上の概念でございまして、これを余りにも硬直的に考えて、六十五歳以上になるともう働けない、したがって引退しなければいけないというような通念と申しますか、あるいはそれに基づいた制度をつくるということは必ずしも望ましいことではないわけであります。 そもそも、なぜ六十五歳以上の人たちの数がふえるかと申しますと、一つは少子化でありますが、もう一つは平均寿命の伸長であります。平均寿命が伸びるということはどういうことかと申しますと、かつての六十五歳の人と現在の六十五歳の人とでは健康とか体力がかなり違うのではないかと思われるわけであります。 例えば、一九五五年当時の六十五歳の方というのは、男女平均の平均寿命がちょうど同じく六十五歳でありましたから、いわば平均寿命以上の人たちであったわけであります。ところが、現時点の六十五歳の方というのは、男女合わせての平均寿命が七十九・九歳、ほぼ八十歳でありますから、まだ平均寿命まで十五歳以上残っている人たちであります。さらに、二〇二〇年になりますと、男女平均の平均寿命が八十一・七歳にまで上がるわけであります。したがって、その意味で、同じ六十五歳であってもその意味するところは時代によってかなり違うのではないかと思われます。 したがって、仮に個々人の健康水準というものが大まかに平均寿命に比例するというふうに考えますと、そうした一九五五年当時の六十五歳に当たる人たちは現在は何歳であろうかと考えますと、それがほぼ六十八歳に相当いたします。二〇二〇年ではそういう人たちは七十歳に相当すると考えられます。したがって、そのように高齢者の定義を平均寿命にリンクしてスライドしていきますと、二〇二〇年当時の高齢者の方の比率、七十歳以上が人口に占める比率は二六・八ではなくて二〇・三%と、高齢者を機械的に六十五歳以上と定義したときよりもかなり低くなるわけであります。 これは、結局、高齢化社会というのは高齢者が非常にふえる社会である、したがってそのときの高齢者というのを硬直的に考えるのではなくて、あくまでも過去の高齢者と同じような人たちというふうに考えますと、このようにある程度高齢者の定義を弾力的に考えてさまざまな制度をつくった方が望ましいということになるわけであります。 例えば、雇用制度におきましても、定年の事実上の延長であるとか、あるいは年金制度におきましても前回の改正で支給開始年齢の引き上げということが決められたわけでありますが、こうした考え方というのは、いずれも高齢者の寿命の伸長に応じて社会の制度を変えていこうという制度であります。逆に申し上げますと、そういう制度改革をせずに機械的に六十五歳以上の人たちは被扶養者であって社会全体によって養われるべき存在というふうに考えますと、高齢化社会の負担はどこまでも広がっていくわけであります。 しかし、一方で、なぜ高齢化社会になるかと申しますと、そういう平均寿命が伸びるからなる面が大きいわけでありますから、そうであれば平均寿命にリンクしたような形で高齢者を考えていぐことにしますと、高齢化社会の負担というのはかなり減るわけであります。そのように高齢者の範囲を弾力的にとらえるということが社会環境の赤化に対応した構造改革の一つの大きなかぎになるのではないかと思われます。 最後の九ページ目を見ていただきますと、「高齢者の経済的地位」という図表がございます。高齢者一般はどちらかというと一般の世帯に比べまして経済水準は当然貧しいわけであります。例えば一九八九年の六十五歳以上の高齢者無職夫婦借帯をとってみますと、家計消費の水準というのは全世帯平均の六九・二%に相当するわけであります。しかし、一方で高齢者世帯と申しますのは子供がいない場合が多いわけでありますので、世帯人員が少ない。高齢者無職夫婦世帯でありますと二人でありますから、世帯人員一人当たりで見ますとむしろ全世帯平均よりも消費水準は高いということになるわけであります。そのように考えますと、現在の日本の高齢者の経済的地位は平均的に見ますと必ずしも低くないということになります。 もちろん、高齢者世帯を平均で見ることは必ずしも望ましくないわけであります。下のグラフに書いてありますように、高齢者世帯というのは一方で非常に豊かな人もおりますけれども、貧しい人もむしろ多い。全世帯平均に比べますと非常に所得分布というのが偏った人たちであるわけです。しかし、それにもかかわらず年収がかなり大きい人もいるわけでありますから、問題は、高齢者世帯を平均としてとらえるのではなくて、あぐまでその中の本当に貧しい人に対応した政策というものが必要になるのではないかと思われます。 もう一つは、所得と資産とのギャップであり生じて、高齢者世帯の場合は、年間収入は例えば五十歳代の人たちと比べて確かに低いわけでありますが、他方で資産の額はむしろ大きいわけであります。このように、高齢者世帯というのは一方で資産が非常に多い人がいるわけですが、収入面は少ない。そうであれば、そうした資産というものをうまく活用することによって所得水準の低下というものを補うようなメカニズムがあれば、高齢者世帯の生活水準というのは非常に高まるわけであります。 これが例えば武蔵野方式という形で呼ばれておりますような、公的機関が関与するような形で高齢者の資産の流動化を図る、それによって今住んでいる家に死ぬまで住み続けつつその資産の価値の流動化を図るというような政策であります。これは一例でありますけれども、いずれにしても高齢者の豊かな資産というものを生きているうちの豊かな生活に結びつけるような政策というものが非常に重要になろうかと思います。 それから、高齢者の生活の何といっても大き方不安というのは、必ずしも収入が少なくなるということではなくて、むしろ健康であります。現太の年金水準は徐々に拡大しておりますので、健宙であれば十分である年金であっても、寝たきり戸なってしまうと不十分になるわけであります。たがって、大事なのは、万一寝たきりになったときに十分な介護サービスを受けられるような仕組みでありまして、それが現在厚生省の老人保健恒祉審議会で検討中の公的介護保険であろうかと思います。 しばしば誤解される点は、この公的介護保険というのが国民に新たな負担を求めるのではないという論調であります。私は、この考え方は間違っていると思います。なぜならば、公的介護保険の対象となる国民の負担というのは現在既に存在しているからでありまして、現在は一部の寝たきり老人を抱えた家庭ないし本人が非常に大きな苦痛といいますか、大きな負担をしているわけであります。現在考えられている公的介護保険というのは、そうした一部の家庭の著しく大きな負担を国民全体に広く分散する、それによって万一寝たきりの家族が発生したときに公的介護サービスによって保障される、そうでなければ掛け捨てになるという形の保険でありますから、これは見かけ上の国民負担率を高めるということは当然でありますけれども、それは決して実質上の国民負担を高めるわけではないわけであります。 現在の国民負担という概念は、ある意味では不十分な概念でありまして、こうした家族が現在負っているような大きな負担というのは計算の中に入っていないわけであります。その意味で、こうした介護保険の負担というものは、実は既にある負担を単に顕在化させるにすぎないと思います。 最後に、もう一つ重要なことは、こうした公的介護サービスを政府がすべてやるというのではなくて、できる限り市場の力を使ってやるということであります。これは子育て支援も同じでありまして、必ずしも公立保育所をさらにふやすというよりは民間の質のいい保育サービスというものをもっと活用する。それから、介護サービスにつきましても、公的な施設だけではなくて民間の施設とか民間のサービスというものを活用するような形で考えていくということが大事であろうかと思います。 今後ますますふえる高齢者のための介護サービスというものをすべて政府でやろうとすると、これは非常に大きな財政負担になり、また国民負担率も高まるわけでありますが、これを市場で考えますとこれほど有望な市場はないわけであります。お客は確実にふえるわけでありまして、また豊かな高齢者もふえていくわけでありますから、そういう人たちに対して原則として市場サービスで対応する、貧しい人たちあるいは障害者の方に対しては別途公的に対応するというような形で考えるというのが、今後の高齢化社会に向けた社会環境の変化に対応した構造政策のあり方ではないかと思います。 以上でございます。
○会長(鶴岡洋君) ありがとうございました。 以上で八代参考人の御意見の陳述は終わりました。 次に、鈴木参考人にお願いいたします。
○参考人(鈴木淑夫君) 野村総合研究所理事長をしております鈴木淑夫でございます。 それでは、日本経済の課題と経済運営のあり方につきまして、主としてマクロ経済の観点から私が考えておりますことを申し上げて御参考に供したいと思います。お手元にレジュメとそれから図表の一から八のセットがあると思いますので、これをごらんになりながらお聞きいただければありがたいと思います。 まず、レジュメに沿ってまいりますが、御承知のように九〇年代の前半、正確に言いますと九二年から九六年、ただいままでの五年間、日本経済は戦後まれに見る停滞を続けております。それは、九一年五月から九三年十月まで三十カ月間、急激な景気後退をしたということと、その後九三年十一月から回復が始まりましたが、それが極めて緩やかで、しかも昨年、九五年四月から九月ぐらいまで六カ月間程度の回復の中断があった。ようやくまた緩やかな回復が始まったという状態だからであります。三十カ月に及ぶ急激な景気後退、その後九三年十一月からの回復が緩やか、しかも六カ月の中断を含むということでありますので、九二年から九四年度の各年の実質成長率というのは、何と〇・五%以下であります。 図表一の上の部分にGDPのコンポーネントと実質GDPのトータルの増加率が書いてありますが、ごらんのように九二年度、九三年度、九四年度というのは〇・五%以下の成長率であります。九五年度につきましては、御承知のとおり、政府実績見込みは一・二%となっておりますが、実は私、これ幸いにして一・五%ぐらいの成長率で仕上がるだろうと思います。 といいますのは、十-十二月期までのGDPを前提にいたしますと、本年一-三月のGDPがゼロ成長でも一・三%成長になります。実際は、一ー三月は十ー十二月期と余り変わらない程度の成長をしていると思いますので、一・五%ぐらいになると思っております。それから九六年度の政府見通しは、やはり図表一にありますように二・五%成長でございますが、本当に久方ぶり、五年ぶりぐらいで九六年度は恐らく政府見通しの二・五%を達成できる、場合によっては二・五から三・○ということで超過達成する可能性もあると思います。 このように、一般の見方よりはかなり楽観的な見通しを九六年度において見ても、九二年から九六年度の五年間の平均成長率というのはわずか一%程度であります。これは、高度成長が終わった後、七六年から九一年度までの十六年間の平均成長率の四分の一にすぎないわけで、いかにこの五年間の停滞が激しいものであるかということがおわかりいただけると思います。 この五年間の停滞の最大の原因は、申すまでもないことでありますが、九二年から九四年度までの三年間、設備投資が二割も落ち込んだということであります。しかも、ようやく九五年度から設備投資が下げどまりから緩やかな回復に入っておりますが、これは極めてテンポは緩やかでありまして、政府の実績見込みでもわずか一・八%の増加というふうになっております。この急激な設備投資の落ち込みとその後の回復の緩やかさが公共投資拡大政策や減税政策などのフィスカルポリシーの政策効果を完全に相殺してしまったために、この五年間の経済停滞が相当なことになっているということであります。 図表二をごらんください。実線で書いてあるのが実質GDPで、左側の目盛りでございます。上の方に民間設備投資が書いてありますが、民間設備投資は九一年から落ち始めましてようやく九升年のところで下げどまって少し回復し始めるわけでありますが、右目盛りでごらんいただきますとおわかりのように、これ九〇年からの実質値でありますが、二十兆円設備投資が落ち込んでおります。この間、下に書いてある公共投資も大いに頑張りましたけれども、せいぜい十五兆円ぐらいの拡大しかしておりません。事業ベースだともっとずっと大きいんですけれども、GDP統計で実質値を見ますと十五兆円程度。でありますから、公共投資の効果がなかったと一部におっしゃる方がおりますが、効果がなかったんではなくて、公共投資を十五兆円ふやしても設備投資が二十兆円もおっこちたから効果がないように見えているということでありまして、いかにこの間の設備投資の低落がすさまじかったかということであります。 この原因は、申すまでもなく平成景気中に形成された過剰な設備のストックの調整、いわゆるストック調整が第一でありますが、これはいつも好況の反動として景気後退が起きるときに起きることで、これだけであればこんな激しい落ち込みにはならないわけであります。これプラス、バブル崩壊に伴う地価暴落の影響で土地関連の設備投資が動かない、あるいは中小企業が土地を担保に金を借り入れて設備投資を行うことがなかなか難しいといった状況、それからもう一つは、九〇年を円安の底として中期的に円高が進んできましたために、在来型の製造業、特に大企業、また中小企業も一部ありますが、生産拠点の海外シフトが起きているということ、こういう二つの事情がストック調整にもう一つ重なってきておりますためにこういう激しい設備投資の低落が起き、戦後五十一年間で初めてという経済停滞が起きているということだと思います。 さて、そういう状況でありますが、しかし前途に何の光も見えないかというとそういうわけではありませんで、何とか九〇年代の後半に民間支出主導型の自律的な成長が続くかもしれない、そういう芽がようやく出てきておるということもこの際申し上げたいと思います。 このレジュメには四つ書いてありますが、まず第一は、五年間一%、これまでの成長率のたった四分の一というとんでもない停滞をしているにもかかわらず大企業の収益が九四年度から回復を始めまして、九五年度と九六年度では、私ども野村総研の推計では一五%程度の増益になるだろうと思われます。これは、再び図表一に戻っていただいて恐縮でございますが、図表一の一番下に書いてあります。このような低成長下の増益、収益回復というのは、申すまでもなく企業の血のにじむようなリストラの効果がようやく出始めているということにほかなりません。このような収益回復こそが九〇年代後半の持続的成長の一つの芽であることは間違いないと思います。 二番目に、二十一世紀に向けて日本経済を背負って立つ新しい産業の芽が芽生えているということであります。 図表三をごらんいただきたいと思いますが、これは法人企業全体の九五年度設備投資計画でございます。全体では四十二兆円、前年比プラス四・〇%でございますが、一番設備投資計画額の大きいトップのファイブ、五業種を拾ってみたのがこの図でございます。 ごらんいただきますといろんなことがわかるわけでありますけれども、電気電子機械メーカーとか高度通信事業、新鋭機械のリース業、サービスと書いてあるのはこれは情報サービス業が中心でございます。これらはすべて新産業でありまして、いわゆるエマージングインダストリーでありまして、これが大変な勢いで投資をしている。 私、この五つに共通する特色が三つあるように思います。一つは、全部円高に強い業種であります。メーカーは一つしかありません。電気電子機械です。しかし、これは八十円台を超すような超円高の真っ最中でも何とか生き残れそうだという例外的な業種であったわけです。これが一つ製造業で含まれておりますが、あとの四業種は全部非製造業でございますから、円高で輸入原材料コストが下がって利益が上がることはあっても円高で直接困ることはない、円高に強い業種、二十一世紀に向かってのエマージングインダストリーの一つの特色であります。 二番目は、これ全部規制緩和によって生まれたニュービジネスフロンティアを活用し、そして技術革新の波に乗って出てきている業種、特に電力業を除く四つ、(技)と書いてある技術革新関連、全部そうであります。 御承知のように、電気通信事業が設備投資三兆七千億、プラス二〇・七%、大変な勢いで飛び出してきたのは規制緩和のおかげであります。このかなりの部分は例の簡易の携帯電話ですが、それだけではなくてさまざまの電気通信事業、それも双方向通信を目指したり、あるいは通信と放送の一体化を目指して動きだしている、この連中。そしてこれの端末機、このシステムの端末機をつくっているのは申すまでもなく電気電子機械でありますし、それを動かすソフトウエアを供給しているのは情報サービス業であります。また、日進月歩の新鋭機器をリースという形で出しているのがリース業。今や大企業も機械が日進月歩でありますためにリース業を活用している。こういうことでこれらの業種が伸びてきております。 三番目に、これら五業種の規模は三兆円ないしはそれ以上でありまして、かつて設備投資をリードした自動車が一兆二千億、鉄鋼が九千億、しかも鉄鋼は本年度大きくここから落ちますので、今やかつてのイメージで日本の産業を考えてはいけない。在来型の製造業は海外シフトを起こしておりますが、これらの在来型の製造業の設備投資規模というのはこのように新しく出てきた新産業の三分の一以下であるということであります。その意味で産業構造転換が既に始まっているということ。 それから、三番目の将来に向かっての芽は、円相場が安定してきたということであります。その基本的な背景は、九一年から九四年度までに一言して拡大傾向にありました日米の経常収支のインバランスが九五年中に縮小に転じた、しかもこれが本年も続いていきそうだ、したがってこの百飛び台の相場にはかなり安定性があるということでございます。 これは図表四に書いてありますが、上の黒字というのは日本の経常収支黒字の対GDP比率、下の米国の赤字というのは米国の経常収支赤字の対GDP比率でございます。真ん中に線があって、左側は年次でございます。年次で見ていただきさすと、九〇年、九一年ごろ日米インバランスが一番縮んでおりまして、その後一貫して中期的に拡大しております。ちょうどそれと歩調を合わせるように、下に書いてある円相場も年々十円ぐらいずつ円高に切り上がってきた。それが右側に月次ないし四半期次で書いてありますように日米のインバランスが縮小に転じた、平均円相場もようやく中期的な円高から円高修正に転じたということがおわかりいただけると思います。 今後を展望しましても、日本は緩やかながら景気上昇、アメリカは成長減速でございますから、この景気のすれ違いによりまして日米の経常収支のインバランスは縮小することはあっても中期的な拡大に転ずるという見通しは目先はないように思います。これで円相場が安定しているということは、やはり九〇年代後半の成長にとっては大変な好材料だと思います。 最後に、失業率と企業倒産。これは、御承知のように高水準であります。しかし、また図表一に戻っていただいて恐縮ながら、下から二番目の欄に失業率と企業倒産件数があります。高水準ではありますが、どんどんふえているという状況ではありません。九五年度というところの下に九五暦年の実績が書いてあります。失業率は、現在、御承知のように三・四から三・三に初めて下がったといったところです。企業倒産件数は、もう頭を打って少し下がり始めております。高水準ではありますが、欧米の基準から見れば失業率も企業倒産も少なくて、どんどん悪くなっていくという状態ではありません。 以上四点、九〇年代後半の持続的成長の芽が具え始めているということでございます。 レジュメの二ページ目に参りますが、今の課題というのは、この芽を育てて、これまでの五年間の経済停滞を脱し、中期的に持続性のある自律的な成長軌道へ乗せる、そのために解決すべき構浩的課題は何かということを考え、この課題に取り組んでいくということではないかと私は考えております。 解決すべき構造調整の課題、いろいろございますが、マクロ経済の観点から一番大事なものを三つだけ書いておきました。 第一は、構造的雇用調整の話でございます。さっき言いましたように、大企業のリストラで収益が好転し始めた、産業構造についても新産業が台萌している、在来型製造業は海外ヘシフトしている、こういう形で産業構造も変わってきた。このリストラや産業構造の変化というものは、今後の日本経済の効率向上という意味では大変望ましいことでございますが、しかしこれは同時に構造的雇用調整の圧力となって景気を圧迫していることは間違いありません。どうしてもリストラというのは雇用調整あるいは支出削減を伴うものでありますし、産業構造が変われば労働の移動が起きる、移動が起きれば労働のミスマッチが起きますから、摩擦的失業がふえるということで問題が起きてきます。 現在、失業率や企業倒産が高水準ながら安定しているとさっき申し上げましたが、これはしかし裏を返すと構造的な雇用調整が遅々としているのかもしれない。こういう課題を今引きずっているのかもしれない。やはりこの構造的な雇用調整に正面から取り組んで対策を打っていくということが構造転換をスムーズに進める上で必要だろうと思います。 それから二番目は、経常収支の黒字縮小傾向。これは、さっき申しましたように、円相場の安定という面ではプラスでございますが、しかし黒字が縮むということは、これは純輸出が減少することですから、景気回復にとってはもちろんマイナスでございます。 先ほど私は、三月に終わった九五年度の成長率は政府見通しより高くて一・五%ぐらいになるだろうと申し上げましたが、内需だけでは二%以上の成長をしていると思います。外需に足を引っ張られて一・五程度に落ちるということでありまして、この外需が足を引っ張り続けるということが今後も続いていきます。しかも、この経常収支の黒字縮小というのは、投資、貯蓄のバランスから考えますと、とりあえずのところ財政赤字拡大に見合って経常黒字が縮小しているわけです。しかし、財政赤字の拡大というのはいつまでも続けられるわけのものではありませんから、この経常黒字縮小の持続性にも疑問があると言わざるを得ません。 図表五をごらんいただきたいと思います。この赤で書いてありますのが海外部門ですから、経常収支の赤字、黒字、ゼロ線より上にいるときは黒字方向、下が赤字方向であります。この黒字が縮小するときというのは、公共部門かあるいは法人企業部門のどちらかの赤字が拡大しないと、投資、貯蓄のバランス上経常収支の黒字は縮小しないわけであります。最近のところに予測として書いてありましたが、今じりじりと海外部門の経常収支の黒字は縮小しておりますが、それに対応して動いているのは法人企業部門ではなくて公共部門の赤字拡大、その意味で持続性がないということになります。 したがって、今の経常収支黒字の縮小傾向を定着させ世界経済との調和を図るためには、財政再建のための赤字縮小政策が行われると同時に、民間投資の拡大によって法人企業部門の資金不足、赤字の拡大というのが起こって、いわば選手が交代しない限り経常収支の黒字縮小に持続性はない。それに失敗いたしますと、景気が再び失速して黒字再拡大が起きるおそれがあるということでございます。 現在、赤字縮小の政策として見えておりますのが、九六年度下期の公共投資の急激な減少、そして、九四年度と書いてありますが、これはミスプリントで、九七年度に消費税率二%アップで五兆円増税、二兆円の定率減税打ち切りで二兆円増税、合わせて七兆円の増税というのがあります。こういう財政再建のための赤字縮小にかわって民間投資が拡大してこない限り、景気が失速して黒字再拡大が起きるという状況であります。ですから、今の経常収支の黒字縮小、円相場の安定というのも手放しで見ているわけにはいかないわけでありまして、これだけの裏づけをこれからいたしませんと崩れてしまう、大変フラジャイルなものであります。 それから三番目は、住専問題の処理に続いて恐らく住専以外のノンバンクの処理が日程に上がってくるだろうというふうに私は見ておりまして、この不良債権問題をどうやって処理するか。私は、住専問題でも住専以外のノンバンク問題でもそれに耐えられない貸し手というのは、どう見ても農林系統金融機関であります。それから、民間の預金保険機構でペイオフコストを払っても、それだけでは預金者全員に金が払えないと言って手を上げてしまうのは弱小の信用組合などであります。 農林系統金融機関の貯金者を救うこということと弱小の民間金融機関の預金者を救うこと、この二カ所に公的資金を透明な形で投入する方式の確立というのが今緊急の課題になっているというふうに思います。これが確立できますれば、優良銀行、力のある銀行はもう先月三月期で不良債権を全額償却したところもありますし、この三月期と先三月期、二年度で償却できるところもあります。その意味では、優良行はもうこの問題を解決して、いよいよ国際競争裏に改めて打って出て、低下した格付の回復を図りながら日本経済のために頑張るという形になると思います。しかし他方では、住専、ノンバンク、それから今申しました一部の弱小の中小金融機関の整理が進むと思います。農林系統金融機関の再編成も必至でございます。一部の民間では金融機関同士の合併が進むでありましょう。そして、もし持ち株会社解禁ということになりますと、恐らく大銀行や大証券はユニバーサルバンクを目指してグループ化をしていく、そういう形で、ユニバーサルバンクが既に確立しているヨーロッパやユニバーサルバンクの右向へ向かって動いている米国と国際市場で対等に競争していくということを目指していくだろうと思います。こういう大きな金融再編成の流れの中で、不良債権問題はあと四、五年はかかりますが、最終的に解決の方向へ行くのではないか、こういう構造調整の政策努力が望まれるというふうに考えております。 以上が構造調整の課題の最も大事なところと私が考えている点でございまして、これらの課題を解決することによって何とか五年間の停滞を脱して持続的な成長軌道に乗せていくためには、目先どういう経済運営が大切であろうかということを最後に四に書いてございます。 私は、この九六年度と九七年度の経済動向によって九六年度から二〇〇〇年度までの五年間の中期の姿が決まると思っております。 政府が昨年の秋に発表しました中期経済計画、図表の六にございますが、これによれば、構造調整に成功すれば二〇〇〇年まで平均三%程度の成長が実現できる、これを目標にすると言っております。これができますと、二十一世紀の少子・高齢化社会を支える準備が進みます。 しかし、この同じ計画の右側に、構造改革が進展しない場合として平均一・七五%程度の成長が書いてありますが、これは明らかに失敗シナリオであります。内需寄与度が一・五だということは、これは黒字再拡大ということでありまして、再び超円高の恐怖にさらされ、国内は大変な不況になります。そういう中で失業率が平均三・七五ということは、ピーク時は四%を大きく超えて上がっていってしまうということであります。この失敗シナリオへいくのか、三%程度の成長軌道に乗れるのか、その分かれ目が九六年度と九七年度ではないかと考えております。 九六年度から七年度に失敗シナリオにいかないようにするための一番大事なポイントというのは、ここに一、二、三と書いてありますように、規制緩和、技術革新促進、行政改革などの構造和策を一段と強化することによりまして、設備投資個人消費、住宅投資といった民間支出の自律的成長力を強めるということだと思います。民間支出主導型の自律的成長力の高まりにあわせて財政赤字の縮小を中長期的に進めていく、公共投資の抑制あるいは増税といったことを中長期的に進めていく、目先はとにかく、民間の投資の自律的同値を強めるということが、結局は中期的財政再建を成功させる決め手になるというふうに見ております。その意味で、財政再建というものは「急がば回れ」が肝要であるというふうに思います。 図表七でございますが、御記憶かと思いますが、昭和五十二年から五十三年、西暦で七七年から七八年になります、これが最近の九五年、九六年と極めて似ております。 御承知のように、高度成長が終わってマイナス成長してしまったのが七四年でございます。そして、七五年には何とかプラス成長になったけど三%台、そして七六年と七七年にようやく四%台の成長に戻ってきたわけです。しかし、直前の高度成長期の一〇%に比べれば半分以下の成長率だったわけです。しかも、この七七年というのは、この注に書いてありますように、早くも設備投資がまた三角の〇・七になっております。七七年には早くも景気は失速しかけたわけであります。 高度成長の半分以下の成長率で、しかももう早くも失速だということになりまして、時の総理大臣でありました福田さんは、当時、セットされていた国債依存度三〇%の上限を突破して補正予算を組みました、秋に。そしてその翌年の七八年の当初予算ももちろん三〇%を上回りました。これは図表七の左側に数字が書いてあります。そして、この七七年度と七八年度には、何と公共投資を一三%という大変な伸びにしたわけであります。その結果、ついに民間投資主導型の自律的成長に火がついた。この注に書いてありますように、七九年からです、設備投資がはっきりと伸び始めて一〇・八%も伸びた。これでいわば撃ち方やめということで、もう七九年度中に公共投資を抑制し始めまして、三角一・八になっております。ここから財政再建がスタートをしたわけであります。 この状況というのが大変現在に似ております。現在の方を見ていただきますと、九二年と九三年には公共投資が一六・六、十二・六、大変な伸びをして、必死になって景気後退を防いだわけですが、先ほども申し上げましたように、設備投資の落ち込みが余りにも大きいので景気後退が続きます。九四年に景気回復が始まりますと、やれやれよかったということで、公共投資が早くも引っ込んでしまった、三角一・〇になりました。しかし、まだ設備投資は三角の三・五で、民間投資主導型の自律的成長が始まっていない。始まっていないときに引っ込んじゃったものですから、再び九五年、昨年景気は失速をいたします。運悪く超円高が始まったということもありますが、しかし超円高自身がそういう景気失速に対する市場の反乱であったというふうに考えますと、これはちょっと財政再建が早過ぎた。それで、しまったということで、九五年度中に三度の補正予算を組みまして、ごらんのように一〇%ぐらいの公共投資の伸びを再び回復させました。ようやく設備投資がプラス 一・八であります。本年度の政府実績見通しでプラス四・一であります。 しかし、私が気にかかりますのは、早くもまた公共投資が引っ込んでおりまして、政府見通しては一・○、これは実は下期に二けたの落ち込みということになります。現在、第二次補正の分が大量に出てきていますから、上期にはかなり高い伸びをいたしますが、下期には二けたで落ち込むというふうに私は推計をしております。 そういう意味で、私は、財政再建は「急がば回れ」である、七七年から七九年の教訓をフルに生かす必要があるというふうに見ております。 現在、ヨーロッパでは、マーストリヒト条約加盟諸国は、ヨーロッパの通貨統合に参加するためには財政赤字の対GDP比率を三%以下にしなければいけない。そのために一生懸命財政赤字を抑えておるということは御承知のとおりだと思います。 ところが、その結果、実は景気が失速ぎみになっておりまして、やはり私が言いましたように、民間投資が出てきて財政赤字が引っ込むという選手交代がうまくいかない限りは景気は失速する。今ヨーロッパはそれに悩んでおります。景気が失速ですから財政赤字が再拡大ぎみでありまして、ルクセンブルク以外は全部、財政赤字の対GDP比率が三%を超えちゃった。「急がば回れ」を守らないで、短兵急に財政再建をしますと効果が逆になるといういい例だと思います。 しかも、ヨーロッパと日本では事情が違うということを最後に図表八に書いてあります。下のバランスシートをごらんください。 欧米先進国、アメリカもヨーロッパもみんな経常収支は赤字でございます。経常収支の赤字の国というのはどういうことになっているかというと、左側の民間貯蓄が民間投資と財政赤字を賄い切れないんですね。だから、賄い切れない分が経常収支の赤字になっているわけです。ところが、日本は家計貯蓄率が世界一高いものですから、民間貯蓄が豊富にあります。この貯蓄で民間投資を賄い、財政赤字を賄い、なおかつ貯蓄が余っちゃって経常収支が黒字なんです。この二つの違いというのをよくお考えいただきたい。 それで、ヨーロッパの場合は左側ですから、財政赤字削減はもう文句なしに善です、いいことです。なぜなら、財政赤字を削減しますと経常収支の赤字も縮んでまいります。そういたしますと、通貨が強くなり、需要超過基調が後退してインフレ体質がなくなるわけです。左側は、これはインフレ体質の国です。 ところが、日本は右側です。今、やみくもに財政赤字を減らしたら何が起きるでしょうか。民間投資がふえてこない限り、財政赤字を減らしたら貯蓄は行き場を失って、経常収支の黒字の拡大になっちゃうんですね。それは、円が再び強くなって、超円高の恐怖、そしてデフレ体質が強まっちゃうということであります。 ですから、単純にヨーロッパが財政赤字を削減しているから、あるいはアメリカが七年後の財政赤字ゼロを目指しているから日本もやるんだという話ではなくて、日本も中長期的に財政赤字は削減しなきゃいけないが、そのための手続として、日本は民間投資と選手交代をする、民間投資を引き出すその手段を打ちながらじゃなきゃ財政赤字の削減というのはしちゃいけないわけです。民間投資を引き出すためには、さっき言いましたように、規制緩和、技術革新の促進、行政改革、こういう供給サイドの政策が欠かせないということがと思います。 若干時間を超過いたしまして失礼いたしました。 以上でございます。
○会長(鶴岡洋君) ありがとうございました。以上で鈴木参考人の御意見の陳述は終わりました。 これより両参考人に対する質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○金田勝年君 非常に示唆に富んだお話をいただきまして、ありがとうございました。 時間も非常に限られていますので、基本的なことを簡単にお伺いしたいと考えております。鈴木先生に二点、八代先生に一点お伺いしたいと思います。 実は、きのうの四月二十一日というのは、御承知のとおり、かの有名な経済学者ジョン・メイノナード・ケインズが亡くなってちょうど五十年ということで、そのケインズ政策については非常に有効性を問ういろんな議論がまた出ておるという状況でただいまのお話を伺いました。 実際に、平成四年の八月から昨年の九月にかけまして、合計六回にわたりまして公共事業を中心とします経済対策を打ち出してきたわけでございます。その間、たしか総事業費で約六十四兆円に及んだと記憶しております。その結果、肝心の経済の方はいわば三年連続のゼロ%台の成長、そして平成七年度につきましても、ただいまの資料にありましたように、一・二%程度というのが今現在の実績見込みということになっておるわけでございます。その結果、結果といいますか、残りましたのが二百四十一兆円に上る国債残高、そしてまた公債依存度も二八%、まあ言ってみれば深刻な財政赤字という状況に現在ある。 そして、別にまたOECDの見通しをひもときますと、九六年の日本の場合には、国と地方の財政赤字を合わせまして、対GDP比でまいりますと先進七カ国中最悪であるというふうに今言われておるわけでありまして、九五年まではイタリアが最悪だったんですけれども、これを追い越してしまった。こういう状況もあって、去年の暮れに財政審の報告でありましたような、財政に頼った景気刺激策のあり方の見直しということが記憶によみがえってくるわけであります。 こういう状況の中で、ただいま先生がおっしゃいました、なるほど、七六年から九一年までの十六年間の四%成長、平均が四%、そして九六年までの五年間は平均で四分の一の一%にすぎないというお話でございました。各種の経済の構造調整を今しなければいけない、こういう御指摘もございました。民間主導型の自律的成長力を強めるために、当面の戦術として、財政での刺激といいますか、税制面も考慮したそういう刺激策、「急がば回れ」の議論というものを今教えていただいたような感じがするんでございますが、これを長期的な経済政策論としての視点に立った場合には、本当に将来に禍根を残すことにはならないというふうに受けとめてよろしいのでしょうか、それが一点目です。 二点目は、先ほど申し上げましたケインズ政策の功罪につきましてはいろんな議論があるわけでございますが、この点につきましては経済のボーダーレス化とかいろんな状況がございます。そういう中で先進各国ではむしろ小さな政府を志向する動きというのが目立ってきておるわけでございますけれども、財政支出拡大、支出削減という両方の考え方に立った場合に、そのケインズ政策の日本における有効性といいますか、それともう一つは産業構造の変化、輸入品の増加といったような経済のボーダーレス化もありますので、その乗数効果自体が低下しているのではないかという指摘もございますし、また硬直的な資源配分がなされた場合には、それが経済効率を低下させてしまうんだという批判もあるわけでございますので、その辺を踏まえた御判断を簡単に教えていただきたいと思います。 以上です。
○参考人(鈴木淑夫君) ただいま二つ御質問いただきましたので、お答えをいたします。 さっきも申しましたように、財政赤字の削減というのは中長期的な政策目標としては非常に大事であります。一番大きな理由は、財政赤字が縮むことによりまして民間の投資が拡大し、民間支出主導型の自律的な持続性のある成長軌道へ持っていく、このためには財政が引っ込まなきゃいけない、これが最大の理由であります。いま一つは、言うまでもなく財政硬直化を防ぐんだという財政独自の事情もございます。ですから、私は中長期的に財政再建、財政赤字カットが大切だということを否定するものではありません。 しかし、さっきから申し上げていますことは、短期的には景気刺激を財政再建に優先させないと財政再建そのものもできなくなりますよということを申し上げております。 民間支出主導型の成長に火がつくまでは財政で支えてやらないと、民間支出主導型の成長そのものが怪しくなってくる。もう既に五年間、一%しか成長していない。この上、九〇年代後半に同じようなことをやっておりますと、日本経済を構成しているさまざまのシステムにがたがくるといいますか破綻が参ります。そんなことをしていましたら、地価はまだまだ下がりますから、金融システムも不良債権を処理するそばから不良債権が再生産されるでしょう。年金を初めとするさまざまの基金は完全にパンクをいたします。金利が低迷いたします。財政システムそのものも、税収が上がりませんからこれは財政再建どころではなくなってくる。 私が申していますのは、短期は景気刺激優先、中長期的には疑いもなく財政再建ということを申し上げております。短期でもそれをやる余地がないのだとおっしゃるなら、それは私の意見ではございません。短期ではございます。 さっきごちんいただきましたように、かつて三九%の国債依存度まで一気に持っていって頑張ったわけです。今は二八%ですよね。それから、国の債務残高の対GDP比率が日本は一番高いとおっしゃいました。しかし、そのもとになっている貯蓄残高の対GDP比率は日本が一番高いということを忘れてはいけない。日本は貯蓄率が一番高いんですから。 それからもう一つは、日本は物価が一番安定しております。インフレ国はGDPが膨らみますから、過去に発行した債務残高はそのままですから、どんどん国家の債務残高の対GDP比率は下がっていっちゃうんです。日本は健全だから、物価が安定しているから、これは下がらないんです。よく言われるように、財政再建で一番手っ取り早いのはインフレを起こすことだというのはそういうことです。 しかし、そんなことをしてはいけない。国民の生活を犠牲にしてそんなことをしてはいけない。ですから、日本の貯蓄残高の対GDP比率が高いということは、日本の貯蓄率が高いという健全なマクロ経済情勢と、物価が安定しているというこれまた健全な経済のパフォーマンスの反映でもあるということを忘れてはならないと思います。 いずれにしましても、中長期的には全く先生がおっしゃるとおりですね、財政再建をしなきゃいけない。 それから、二番目のケインズ政策の有効性はどうだということ……
○金田勝年君 簡単で結構でございます。
○参考人(鈴木淑夫君) はい。 私は、さっき図表の二を示しながら申し上げましたように、それは事業規模では何十兆円やっかということになっておりますが、表上で眺めますと公共投資というのは十五兆円しかふえていない、実質GDPでは。それに対して設備投資は一十兆円も落ち込んでいるんです。ですから、これはもう景気後退をとめられなかったのは当たり前です。これは実はモデルを使ってやってみますと、公共投資はそれなりに支える効果があります。これだけの公共投資をしなかったら、もっと景気後退は深刻になるし、それから九三年十一月からの回復は始まらなかっただろうと思います。 乗数効果がグローバル化した経済で多少下がっているということはそのとおりでありますが、だからといって公共投資を通じる景気刺激政策をしないでおっぽり出しておいたら何が起きるか、これは経済が本当に低迷してしまうというふうに私は考えております。
○金田勝年君 八代先生に簡単に一問お答えいただきたいと思いますが、この四月の初めにフランスのリールで開催されました雇用サミットというのがございます。この雇用サミットにおきまして、将来の雇用制度の問題として、欧州方式、米国方式、社会保障制度の維持を重視する、それから市場原理を重視するという双方の考え方があるわけですけれども、そのどちらでもない第三の道を探るというふうな考え方が発表されたわけであります。 八代先生は、先ほどおっしゃいましたように、またお書きになっておられる論文の中に、高齢化、国際化の潮流の中で規制緩和も加えた三つのK、高齢化、国際化、規制緩和の三つのKが今後二〇二〇年までの日本経済の動向を考える場合のかぎとなるということでおっしゃっておられるんですけれども、労働省の場合は、この雇用問題につきましては労働力の流動化を念頭に置いた対策として去年なんかは成長産業への労働移動を促すような助成金制度をスタートさせたりしておるわけでございまして、こういうふうな三Kをかぎとして考えた場合に、特に日本の場合にはどういうふうな将来の雇用制度というものが想定されるのでございましょうか。簡単に教えていただければありがたいと思います。
○参考人(八代尚宏君) ありがとうございました。 今御質問いただきました将来の高齢化、国際化、規制緩和を踏まえた雇用制度のあり方というのけ極めて重要な問題であろうかと思います。この点につきまして、これまで我が国では日本的雇用慣行というものがございまして、これは今回の不況の中では極めてその効果を発揮したわけであります。 先ほど鈴木参考人の方から、今回の不況では日本の失業率は三%程度におさまって、これは先進国の水準から見れば極めて低いものだというふうに御説明がありましたが、この三年続きのゼロ成長の中でも三%程度の失業でおさまった一つの大きな要因は、企業が過剰雇用というものを長期間にわたって抱え込んでいて、欧米のように簡単にレイオフによって労働市場に掃き出すということをしなかったわけであります。その意味で、日本的雇用慣行というのは極めて雇用の安定に貢献してきたということは事実であろうかと思います。ただ、問題は、これが将来とも維持できるかどうかということであります。 日本的雇用慣行というのは、必ずしも企業の労働者に対する温情的な形で成り立っているものだけではなくて、やはり企業が将来に対する投資として多大の教育訓練を行ってきた、したがって不況だからといってそういう教育訓練を行った労働者を解雇するということは企業にとっても損だという認識がベースになっているわけであります。 しかし、今後の高齢化社会のもとで経済成長が低下することは避けられない。それから、発展途上国の急速な追い上げのもとで、経済の国際化のもとで日本経済というものがこれまでのようにキャッチアップ時代のような高い成長を遂げるということはできない。そういうことになりますと、企業としてもやはりこれまでのように労働者に対して多大の教育訓練投資を行うということは難しくなるわけであります。 そうなれば、企業にとってみても、従来の日本的雇用慣行を全面的に放棄するということではなくて、雇用慣行は依然として残すわけでありますけれども、その対象となる雇用者の数はできる限り減らしたい。その意味で、一方で核となる生え抜きの労働者を基礎としてその周囲にできる限り流動的な労働者を加えるというか、そういう雇用の再構成ということが行われるかと思われます。 その意味では、日本的雇用慣行がもう時代おくれであるとかという極論とか、あるいは日本的雇用慣行というのは日本古来の文化に基づくものだから将来とも揺るがないとか、そういう両極端の考え方ではなくて、こういうこれまでのような雇用制度というものが残りつつ、その労働市場全体に占めるシェアというものを低下させていくということが私の考えます将来の雇用制度の方向ではないかと思っております。
○中島眞人君 時間がございませんので、質問を先にさせていただきます。 まず、八代先生の人口高齢化の問題の中で、働きたくとも六十五歳というハードル以降はこれは働く一つの条件がそろっていない、制度的に。笑い話に、六十五歳以上でも現役でいるのは政治家と力のある者だ、あと国民の大多数はいわゆる働けないという一つの制度が厳然としてある。 例えば、労働省の高齢者雇用対策の助成対象も六十五歳を過ぎますとこれで打ち切りになっちゃうわけです。しかし、そういうものに対する問題点をやはり克服していかなければいけないんではないか、それは私どもが政治の場にいる中でこの論議をしていかなきゃならない問題だという点で、大変私ども示唆に富んだ問題だというふうに思います。 それともう一つ、その労働環境の中で、先ほど公的介護の問題に触れましたけれども、この景気低迷の中で一番置き去りにされたのは障害者雇用の問題だろうと思うんです。障害者雇用の問題がどうして話題として出てきていないのかという問題、不思議なくらいなんです。こういう問題に対するありようの問題等についても御感想をあわせていただきたいと思います。 次に、鈴木先生、マクロで日本経済のあり方の御説明をいただきました。安心したり不安を感じたりいたしているわけであります。 私は地方出身なんです。先生、景気低迷は三十カ月とありますけれども、私の県は山梨県です。地方の出身の方が大変いるわけでありますけれども、私の山梨県などでは景気低迷は三十カ月でなくて六十カ月、今なお続いている実態がございます。 もっと端的に言えば、海外進出という例をとってみますと、特に山梨県の場合は、一例をとってみますと、平成三年度の県税収入一千七十億円、大変小さな県なんです。ところが、これが平成五年には九百億を割った、昨年やっと九百億をちょっと超えた。平成三年度に比べて県税収入は二百億円くらい落ち込んでいるんです。 そういう中で何が一番問題が起こってきているかというと、中小地場産業が大変な打撃を受けている。特に、一例を申し上げますと、ニットというのは山梨県の地場産業だったんですけれども、これは完全に韓国に持っていかれました。同時に、女性がいらっしゃいますけれども、指輪がございます。これは、ファッションリングと呼ばれるような三万円から五万円くらいのリングは今は手づくりでなくてキャストなんです。こういう企業を含めて一九七一年段階では海外進出企業は三社だった。ところが、平成四年、六年と二度にわたり実施した県内企業の海外進出動向調査を見ると四十五社になってきた。さらに海外進出を検討している企業は十社。もう六十三社。これは決して大企業じゃないんです。少なくとも五十人、百人くらいの地場零細の中小企業が東南アジアへ進出をしている。 私も調査に行ってまいりました。例えば、これキャストなんかをつくる、ファッションリングなんかをつくるタイに進出した企業へ行きますと、日本の山梨で採用いたしますと大体初任給二十万円ぐらい、一年くらい訓練をすると大体一日五個つくれるんです、リング。ところが、タイへ進出をしたその同一企業は賃金が三千バーツ、円高になって一バーツ四円で一万二千円だと。そうすると生産量はどうかというと、いや、一年訓練をすると日本にいる従業員と同じ五個はつくれますと。そうすると、日本の賃金で東南アジアへ行きますと十九人から二十人雇えるんです。 そういう一つの状況の中で、いわゆる地域の中小地場、そういう企業が、まさに大変な冒険なんだけれども、そういうことを模索せざるを得ないという状況、まさに産業の空洞化です。そういう中で今度は余剰労働力が出てきてしまう。こういう問題が、地方が悩み続けている回答というものは今なお出てきていないんです。 マクロでいえば、日本経済というのはやや緩やかに明かりが見えてきたなと言っているけれども、地方はまだ真っ暗やみの状況があるという御認識をどのように受けとめて、そして、日本経済は確かにマクロで見ればそうだけれども、それを支えているのはやっぱり地方経済、こういう問題。そして同時に、その地域に伝統的に育ってきている地場産業というものがまさに瀕死の状況でいる、瀕死の状況というよりは構造的にもう立ち直れないような状況ということですから、そういう問題について御所見をお伺いしたいと思います。
○参考人(八代尚宏君) 今の御質問に簡単にお牧えしたいと思います。 これまでの企業の雇用政策方針というのは、どちらかというと基幹年齢の男性を中心に考えて、女性とか高齢者及び御指摘のあった身障者というのは非常に補助的な役割を果たすものというふうに考えてきたと思います。しかし、今後の人口高齢化の進展のもとで労働力が不足しますとそういうやり方ではやっていけないわけでありまして、御指摘のように、六十五歳を越したからもう働けないんだとか、あるいは身障者は役に立たないとか、そういうような方針をとっていたんでは企業そのものがやっていけなくなるわけであります。そういう意味では、逆に言いますと、高齢者とか既婚女性、それから身障者に共通して、どちらかといいますと好ましい環境が次第に整ってくるかと思われます。 しかし、これも放置しておいてうまくいくわけではありませんで、やはり政策的にそれを促進するようなことが必要になる。私は、その一つの大きなポイントは規制緩和、特に労働市場における派遣業務であるとかあるいは職業仲介業務の規制緩和であろうかと思います。こういうものがこれまでどちらかといえば規制されていたのは、それは固定的な雇用慣行が最も望ましいものであって、こういう流動的な雇用というのは余りありがたくないものだ、できれば少ない方が望ましいという消極的な立場であったかと思います。 しかし、今後の時代はそういうことではやつていけないわけであります。例えば身障者の方についても、正常者というか普通の方のできないことについてはむしろ比較優位があるといいますか、例えば足が悪ければ逆に足を使わないような仕事においてはむしろ丹念にやる方が多いわけであります。 それで、今後の情報化とか在宅勤務の可能性というものを考慮しますと、そういう形で、こういう多様な能力を持った人たちというものを活用していくような形での労働政策のあり方が必要ですが、そのためには、できる限りそうした規制緩和を通じた多様な職種を広く企業に知らしめるというか、そういう情報の仲介業というのが非常に重要な役割を果たすのではないかと思われます。
○参考人(鈴木淑夫君) 私、さっき景気後退が三十カ月と申し上げたんです。これは経済企画庁の定義です。しかし、九二年から現在ただいままでの五年間景気は停滞していると申し上げましたので、中島先生の認識と全く同じでございます。特に地方の地場産業は非常に苦しんでいるという実情は先生の御指摘のとおりだと思います。 一体どうしたらいいんだということでございますけれども、私は、今、円相場百飛び台で安定しているとは申しましたが、しかし、中期的な流れとしては再び大きく円安に戻ることはないし、あってはいけないというふうに思います。 大きな方向としては、日本は一番物価が安定した国ですから、インフレ率の差だけでもじりっじりっと円高が進むに違いない。そのときに、もう国際競争力を失った中小の地場産業が海外に出ていくという道を選ぶのは当然でありますから、問題は、政策的にやれることは海外についての情報ですね、的確な情報を中小企業に流すこと、これが非常に大事だというふうに思います。県当局にとっても大事だし、中央政府にとっても大事だと思います。海外へ出ていって、法制の違いその他で苦労しておられる中小企業があるということは、ついこの間もNHKが中国の例でNHKスペシャルで流したばかりでありますけれども、これを防ぐための政策というのは非常に大事なんだろうというふうに思います。 それからもう一つは、やはり日本の産業構造が大きく変わっているわけでございますし、また変えなきゃ日本経済は発展していけないわけでございますので、やはり中小企業の分野にもまた新しいニッチ、すき間が出てくるはずでございます。だから、ニッチ産業としての中小企業が新しいところを突いて新産業の中へ入っていくという御努力、それに対する先生方の御指導というものが非常に大事になってくると思います。 山梨県でも、お隣の長野県でも、あるいは群馬県でも電子関係の中小企業がかなり出てきていると私は承知しておりますし、これから情報通信関係も草の根の情報通信システムというのが広がってくるはずですから、そういうニッチを埋める中小企業らしい小回りのきく発展というのを御指導いただく、この二つが基本的な対策ではなかろうかと思っております。
○牛嶋正君 平成会の牛嶋です。 私は、質問時間を二十分いただいておりますので、大体半分に分けまして、最初に八代先生、それから引き続いて鈴木先生にお尋ねしてまいりたいと思います。 八代先生のお話、今我が国が抱えている最も大きな高齢化という課題に取り組んでいただいて、二十一世紀に向けての一つの処方せんを示していただきました。考え方につきましてはほぼ私も同じような考え方を持っております。したがって、質問がちょっと細かな問題になるかもしれませんけれども、お答えいただきたいと思います。 この高齢化の問題を日本で議論する場合、高齢化の先進国であります北欧諸国の国々といつも比較して議論するわけですけれども、その比較に当たりまして、日本の高齢化には三つの特徴があるんじゃないかと私は思っております。 一つは、高齢化率の速度であります。これはもう北欧の諸国に比べましても圧倒的に速いわけでありまして、それだけに高齢化に対する諸制度を物すごく速いスピードで準備していかなきゃいけない、これが大変大きな問題だろうと思うんです。それからいま一つは、北欧諸国といいましても人口はそれほど大きくはございません。スウェーデンなどは我が国のある県の規模ぐらいでございます。そういうところでの高齢化の対応の仕方と、人口が一億二千万を超えている大国での高齢化の対応というのは、またおのずと違ってくるんじゃないかというふうに思います。 それからもう一点は、これは私非常に重要だと思うんですけれども、地域間の格差が諸外国に比べてやっぱり大きい。これは、恐らく高齢化の速度が速かったということに関連しているんだと思うんです。 それで、この地域間の格差が、やはり高齢化に対処していく場合、非常に厄介ないろいろな問題が出てまいります。 例えば、今議論されております公的介護保険につきましても、市町村が保険者になるのかあるいは国かなんというような議論があるわけでありまして、介護サービスの供給という点からいえば、私はやっぱり市町村におろしてその実情に合ったシステムをつくっていくのがいいと思うんですけれども、しかし、それをどういうふうに負担していくかという介護保険の点からいいますと、市町村では今でも健康保険の財政を見ますと非常に大変ないろいろ厄介な問題を抱えているわけであります。 そういうふうに考えますと、先生の御説明のように平均で、一般的な議論をしなければなりませんけれども、実際に高齢社会に対応していくために細かな制度をいろいろつくっていくためには、やはり今私が申しました高齢化の速度なりあるいは今の高齢化の水準なりの地域間格差というふうなものも同時に考慮していかなければならないのではないかということであります。 例えば、先ほどの高齢者の就業率も、農業を含めた場合に相当な水準になりますが、地域によりましてはみんな農業ばかりの従事者もいるわけで、そうしますと、案外高齢化率が高いんだけれども、そこでは割合みんなが自分の体力に合わせて生き生きと生産に従事するというふうな社会もあるわけです。 そんなふうに考えますと、私はこういう全体的な議論をする場合には平均値で押していっていいかと思いますけれども、やはり細かな施策を行っていく場合にはそういった地域間格差というふうなものを十分に考慮していかなければならないと思います。今の私の指摘に対しまして、きょう御説明いただいたところで特にそれと関連してこういうふうな説明をしておかなきゃいけないというふうな点がございましたら、ちょっと追加的に御説明をいただきたいと思います。
○参考人(八代尚宏君) ありがとうございました。 まさしく地域間格差の点は時間の制約もあり省いておりましたので、御指摘をいただきまして非常に感謝いたします。 おっしゃいますとおり、現在、年金とか医療保険でも高齢者の地域間格差というのが非常に大きく、そういう高齢者の多い地域ではもう既に日本の将来の姿を先取りしているという状況ではないかと思います。その意味では、当然ながら地域闇の所得の再分配、特に高齢者の比率の違いというものを中立化するような政策というのは必要であろうかと思います。 しかし同時にもう一つの点、おっしゃいましたように、高齢者の生活というのも場所によって非常に違う。地方の自営業では定年というものがありませんので、ある意味で健康が許す限り働けるという状況がある。そうした地域間の状況の違いというものも考慮しなきゃいけない。その意味では全国一律ということも望ましくないわけでありますし、また、完全に地方で独自の財源というものも望ましくない。この二つをどう調和するかというのが重要な点かと思われます。 やはりこれは規制緩和と両輪をなすものでありますけれども、地方の分権化という形で地方がかなり独自の財源を確保した上でそれにふさわしい行政をする。それと同時に、高齢化比率の違いという客観的な面についてはそれに注目した形での再分配を行う。介護保険でも年金でもそうでありますけれども、そういう高齢化比率の差はきちっと調整しなきゃいけませんが、それ以外の点ではできる限り地方独自の財政も含めた政策が必要ではないかと思います。抽象的でございますが、簡単にお答えさせていただきます。
○牛嶋正君 今お話しの中で地方分権というお話が出ましたけれども、一番最後にお挙げになりました介護保険制度と関連して、給付とそれから財政負担というのは同じ保険者、ですから市町村で私はいくべきだと思うんです。 ただ、財政負担の場合、市町村は非常に小さな町村が多いわけでありまして、給付についてもそうなんですけれども、ある程度の人口と広がりみたいなものを必要とします。私は、むしろそこである程度広域的な地域を設定して、そこでプランニングをしていく、そこに含まれる市町村はそれを契機に合併していくというふうなことで、地方分権に必要な受け皿の養成というのはそんなところからできるんじゃないか。 ですから、この高齢化に向かって介護保険あるいは介護制度の確立というのは非常に重要だと御指摘もありましたけれども、今度は逆にこれを使って地方分権の推進あるいは地域の受け皿の整備、そういったこともできるんじゃないかなというふうに思いますが、これについてはちょっとコメントだけ、感想だけいただければと思います。
○参考人(八代尚宏君) ありがとうございました。 私もまさにそうだと思います。市町村というのが、やはり何といっても介護保険等も含めた国民生活のあり方にとって最も基礎になる単位だと思います。 ただ、おっしゃったように、現在の市町村は余りにも細分化されている。その意味では市町村合併を通じてもう少し市町村というか、あるいは事務組合も含めましてその単位を大きくする。そうすると今度は県とどこが違うのかという問題が起きます。ですから、逆に言いますと、県というものをもう少し広域行政単位の方に再編成することによって市町村と県との差をつけていく。 特に、政令指定都市と県との区別が現在非常にあいまいになっております。例えば、神奈川県でも横浜市とか川崎市というのはもうほとんど独自の行政を行っていますから、逆に言いますと神奈川県で最も大きな政令指定都市でない都市というのは小田原と聞いておりますが、そういう形でかなり現在矛盾が起きていると思います。そういう意味では、地方分権化というのはかなり大々的な改革が必要になるかと思われます。
○牛嶋正君 引き続きまして、鈴木先生にお尋ねしたいと思います。 きょうは、民間企業の設備投資をキーワードとしてきちっと非常にうまく整理していただきました。先ほどもコメントありましたように、非常に希望を持って聞いたり、また、このとおりいけるのかなというちょっと不安も若干感じてお聞きしておりました。したがって、私も設備投資というのを中心にして幾つかお尋ねをしてまいりたいと思います。 最初の、九〇年代前半の経済停滞の御説明ですね。このとおりなんですけれども、私、もう一つ注意しておかなきゃいけないのは消費支出の動向だったんではないか。今までの過去の我が国の経済のサイクルを見ておりますと、景気後退期でも大体数%の消費支出の伸び率はございました。言うならば、それが乗数効果の乗数値にも関連して我が国の経済政策の公共投資政策が余り効果が出なかったというふうなことではなかったかと思うんですが、この消費支出の動向について、私は、バブルを経験してみんなが、割合消費者が賢くなったと思うんです。バブルのときにはブランド製品に何かあこがれてなんていうようなことになったんですが、かなり実質的に物を見る、そして物を買うというふうなところが見られてまいりました。そういうふうなことで、この消費支出の動向がもう一つ浮上の力をそいだんじゃないかというふうに私見ておりますけれども、この点について鈴木先生、どういうふうにお考えでしょうか。
○参考人(鈴木淑夫君) 牛嶋先生御指摘のとおり、今回の景気後退の一つの特色は、今まで景気に後からついてきていた個人消費が逆に独自の動きをして景気を引っ張った、それも下へ引っ張ったということが少なくとも二度ございました。 一回は、九二年に入って急激に経済が冷え込んできて株が暴落をしまして、六月に日経平均で一万四千円台に突っ込んだとき、あのとき家計の消費性向、所得の中から消費へ回す割合がぐっと落ちてきまして消費が冷え込んだんですね。それがまた景気全体の冷え込みを大きくいたしました。したがって、図表の一にございますように、九二年度というのは個人消費の伸びはたったの一・二%に落ちております。所得はもっと伸びておりました。ですから、このとき戦後の日本経済でほとんど初めてと言っていいぐらい、消費が遅行的ではなくて先行的に景気を振り回したというところがございます。 もう一回はっきりそれが起こりましたのが去年でございます。阪神大震災の後全国的に自粛ムードが起きました。それから三月に地下鉄サリン事件が起きて、週末の外出控えが起きました。さらに超円高が連日連夜報道されるものですから、何となく先行き不安、この三つが重なってやはり家計の消費性向が一ー三月、四ー六月とぐっと落ちたのでございます。したがって、所得の伸びより消費の伸びが落ちてきて、これも昨年の景気失速、政府は足踏みと言っておりますが、率直に言って景気失速したと思いますが、失速の一因になつかというふうに思います。 ですから、先生御指摘のとおり、個人消費というものも時として消費性向が動くことによって牛行的に動いて景気を引っ張る、引っ張り回すということがあるように思います。ただ、ならしてみますと図表一にございますように一貫してプラスでございまして、どちらかといえば景気の下支そ要因になっておりますものですから、私先ほど触れなかったのであって、先生の御指摘のとおりがと思います。
○牛嶋正君 やはり先生御指摘になりましたように、これまでの我が国の高度成長というのはやっぱり民間設備投資だったと思うんです。そのとき、国の政策とそれから民間企業の投資目標といいますか、投資をする場合の目標というのは割合私は一致していたんじゃないかと思うんです。国の場合は、できるだけ早く国際市場において競争力をつけて先進国に追いつき追い越せと、そして民間の企業も、やはりできるだけ国際市場において外国の企業と競争して勝つ。ですから、その意味では中心は省力化ということで、技術革新とそれから民間設備投資が結びついてきたと思うんです。 そのバブル以降を見ておりますと、まさにバブルで今までのそういう投資目標は全部消えてしまって、目標を見失った。日本の国全体が見失った点もありますけれども、企業の方はもっと見失ってしまったんじゃないか。そしてようやく、先ほど先生が御指摘になりましたように、こういった電子機器メーカーとかそういうところで再び投資のインセンティブが徐々に出てきているわけです。 ただ、今までと違う点、これらの産業においてこういう投資がだんだんふえてきていますけれども、そこでの目標というのははっきりあるのかないのか。昭和五十年代に入りまして五十五年、第二次オイルショック以降、何といいますか、高度技術産業の育成というような言葉がよく使われて、ハイテク産業なんというように一時言われたんですけれども、あそこを振り返ってみても、やっぱり自動車産業あたりが中心で、すそ野の広いところが中心で日本経済のある程度成長を持続させてきたと思うんです。これらの今御指摘のありましたメーカーというのは、そんなに自動車産業ほどはすそ野は多くない。 ですから、これらを集めればある程度の設備投資額になるでしょうけれども、そのすそ野、産業の構造全体からいった場合、これが牽引力になり得るのかというこの点がちょっと私力不足のところがあるんじゃないかなという気がしておりますけれども、これについて先生はどういうふうにお考えでございましょうか。
○参考人(鈴木淑夫君) 牛嶋先生の御懸念はもつともでございます。 今のところ、かつて高度成長時代、これは鉄鋼などの輸入原材料多消費型の沿岸立地の素材産業、これが引っ張ったわけです。それで、高度成長が終わった後は、今度は自動車に象徴されるような加工組み立て型の高付加価値型、知識集約型の産業、これが引っ張った。いずれもすそ野は広かった。さあ、これから先引っ張ってくれるのはどの産業なんだろうか。 さっきの表にお示ししましたように、私は、一つはやはり情報通信だろうと思うんです。情報通信の産業というのは、日本の社会を根底から変えていく可能性があると思うんです。 それは、例えば少子化で、女性にもっと社会進出して活躍してもらわなきゃいけない、高齢者にも働いてもらわなきゃいけないというときに、高度情報通信システムというのが大変な手助けをすると思います。 なぜなら、双方向通信ができますから、今みたいに一方向じゃなくて双方向ができますから、在宅勤務の余地が広がります。在宅勤務というのは、子育てしながら女性が働ける、あるいは高齢者が働けるという意味で非常にいい条件だと思います。それから、在宅通信というのは通勤を変えますので、土地問題、都市問題も根底から変えていく可能性を含んでいると思います。それから、在宅医療、在宅介護というのも双方向通信だと可能になってくるわけです。私は、恐らく根底から日本社会を変えてくるぐらいの力を持っているのが今の高度情報通信システムの発達だと思うんです。 とりあえずインターネットでやっていますのはまだ一方方向です。あれが間もなく双方向になって画像が出ていきますからいろんなことに応用できる。これは、私は意外とすそ野が大きいんだと思います。相当大きなマーケットを持っていると思います。さっきもちょっと申し上げましたが、機械をつくる電子電気機械はもう三兆円以上の設備投資を始めた。情報通信がもう早くも三兆七千億の規模を持ち始めた。そこヘソフトウエアを供給するサービス産業というのがどんどん出てきている。それから、それに乗っかってリースまで伸びてきた。 意外と私は広がりを持つ可能性があると思っておりまして、まだ将来のことですからわかりませんが、この辺が一つの芽じゃないかなと思っております。
○牛嶋正君 時間が参りましたので、これで終わります。
○千葉景子君 きょうは貴重なお話をありがとうございます。私も大変限られた時間でございますので、まず八代参考人に二点ほどお尋ねをさせていただき、その後、鈴木参考人にも時間が許す限りお願いをしたいと思います。 先ほどの八代参考人のお話は、私もほぼ基本的な流れは同感をさせていただいておりますので、それを前提にしながら二点お尋ねしたいというふうに思います。 少子・高齢社会と言われている中で、一方では労働力に占める女性の割合というのがこれからより高まってくるだろうと思います。これは、女性の高学歴化などの問題もございますけれども、経済を支える力として女性の労働力というのがこれからは避けては通れない大きな役割ということになってくるだろうというふうに思います。そういう観点から考えたとき、それから高齢化ということの中で片方で少子化となりますと、高齢者を支える体制というのは家族では十分に支え切れない社会になってきている。 そういうことを含めて、八代先生も他の論文などでお触れになっておられますけれども、今後こういう社会を支えるためには、経済の単位あるいは活動の単位というものを世帯とかそういうパックで考えるのではなくて、個人を単位にいろいろな制度、仕組みを考えていかなければ、高齢社会ということに対応し切れないのではないだろうかというふうに私も思うのです。 その点について、例えば税制とかあるいは年金、こういう問題などでもそういう点があろうかというふうに思いますけれども、コメントをいただけたら幸いだというふうに思います。 もう一点は、これからまた一歩先に行きますけれども、家族のための法律です。 これも大分行き詰まりを見せているのではないか。そういう中で民法の改正問題などが今論議をされ、そして八代先生も大変ユニークな観点といいましょうか、規制緩和という観点からも夫婦の別氏などにも触れられておられます。 世帯単位などから個人単位への社会制度の変革、そしてそれをまたさらに支える家族のありよう、こういうことについてコメントをいただければというふうに思いますので、よろしくお願いいたします。
○参考人(八代尚宏君) 今、千葉先生から御質問があった点は私も非常に重要な点であると思っております。女性が働きに出るということは、今後、日本の経済社会を変える非常に大きな点であると思っております。 この点につきましてしばしば誤解がございまして、日本で女性が働くというのは別に今に限ったことではない。むしろ女性の就業率は昔の方が高かったんだという意見がございます。これは統計上はそのとおりでありますけれども、ただ、昔、女性の就業率が高かったのは、専ら農家の主婦として働いていたわけでありまして、そういう自営業としての働き方と、現在起こっている雇用者、サラリーマンとしての女性の働き方というのはやはり基本的に違うものがあるかと思われます。 すなわち、従来の自営業世帯における女性の働き方、あるいは今の専業主婦世帯における家事労働としての女性の働き方というのは、いずれもどちらかといえば家族を単位とした働き方であります。それに対して、現在起こっているサラリーマンとしての女性の進出というのは、どちらかといえば世帯ではなくて個人を単位として働き、独自の収入を受け取るという関係であります。 そうなりますと、これまでのどちらかというと世帯をベースに成り立ってきた社会制度というものが今見直しを必要とされるのではないかと思います。 具体的には、税制における配偶者控除の問題がございます。配偶者控除というのは、一言で言いますと、家事労働をしている女性が、所得はないのに生活の費用がかかる、したがって、それを養っている夫の税金をまけるという考え方であります。これは家事労働が全く非生産的であるという非常に大きな前提に基づいて成り立っているわけですが、現在のように女性の就業機会が拡大していると決してそうではないわけであります。その意味で、専業主婦を優遇する税制というものは、専業主婦が働きに出ようとしたときには、むしろこれまでの優遇措置がなくなるということで、今女性の就業を著しく抑制する要因になっております。 同じことは年金制度でも言えることでありまして、現在の年金制度は、夫が働いている間は夫の所得によって、夫が引退したときは夫の年金によって妻が養われるという前提ですが、これも女性が働きに出ている現在の状況及びそれがますます大きくなる将来の状況には合わないシステムでありまして、これも個人単位にする必要があろうかと思われます。これは次回の年金制度改革の最も大きな問題と言われております。 同じことは、千葉先生が指摘された家族をめぐる介護保険と並んで大きな問題となっております民法の改正問題であります。 夫婦別姓ということが論議されているわけですが、ここでも大きな誤解がありまして、しばしばこれは夫婦が同姓がいいか別姓がいいかという二者択一の問題と理解されておりますが、これは間違っておりまして、これは夫婦が別姓を選択することもできる、つまり同姓を希望する者は現状のままで何にも変わりないという選択の範囲を広げる問題であるわけであります。これは、実はその意味で私は社会的規制緩和の問題ととらえたわけでありますが、これに対しては異論もございます。 そういう夫婦別姓を選択すると家族の一体感を損なうんだという鋭い批判がございます。しかし、本来何が家族の一体感をもたらすかというのは、個々の家族の判断になぜ任せてはいけないのか。夫婦が別姓であると子供が不幸になるということでありますが、果たして別姓を選択する家族というのはそれほど子供に対して配慮していないのかどうか。やはり家族の問題というのは、他に迷惑を及ぼさない限りその家族が選択できるような世の中になるというのがまさに自由と民主主義の社会ではないかと思われます。 そういう意味でも、こういう家族をめぐる法律でもできる限り個人というものを単位として考える、個人の選択にできる限りゆだねるような社会をつくるということは、今後の高齢化社会にとって非常に大きな重要なことではないかと思われます。 以上でございます。
○千葉景子君 ありがとうございました。 あと時間が余りありませんけれども、鈴木参考人にもお尋ねしたいと思います。 先ほど、これからの経済運営の非常に重要な点として、やはり個人消費、住宅投資、そういう民間の自律的な支出を高めていくという点の御指摘がございました。その一方で、日本の貯蓄率が非常に高いということがございます。私は、その一つの背景には、これまでやはり自分で貯蓄を高めて将来に備えるという日本型の自助努力があったように思います。 そういう意味では、これをできるだけ消費に回し、あるいは投資に回すということのためには、社会サービスといいましょうか、いざというときに安心と、こういう体制というものがやはり背景にありませんと、なかなかそれを吐き出す、あるいは貯蓄を投資、支出に回すということにならないのではないかという気もするんですけれども、その点について何か御示唆がございましたらお願いをしたいと思います。
○参考人(鈴木淑夫君) 今の千葉先生の御指摘でございますが、まことにごもっともでございまして、社会保障が発達していれば安心して消費ができるから貯蓄率が下がるという側面は確かにあるというふうに思います。 しかし、国がやる活動と個人の自由に任せて個人に選択させた場合と、どっちが経済全体としてコストが高いんだろうという問題がそこにございます。さっきから出ている介護も、介護サービスそのものを国が提供したらいいんだろうか、ただ国は介護保険の対象として認定するだけで実際の活動は民間にやらせた方がかえって効率がいいんじゃなかろうか、競争させてとか、そういう議論と同じことでございます。 それで、私が考えますに、いわゆるナショナルミニマム、最低限日本人である限りは国の責任で、あるいは国民全体の負担で保障するという水準があると思うんですね、年金でいえば基礎年金でございます。そういうナショナルミニマムのところをしっかり国の保険で押さえておく、これはもう必要なことだと思うんです。そのナショナルミニマムのところさえ心配だから一生懸命貯蓄するというようじゃ情けない、非常にリスクの大きい不安な社会だと思うんです。そこはしっかりと国の制度として保険すべきだと思います。 そのレベルを超えたところではむしろ、いかがでしょうか、個人の選択のメニューを広げる、規制緩和で選択のメニューを広げて、たくさん選択肢がありますよ、しかしどれを選ぶかは皆さん方個人の自由ですよと。その選択肢をめぐって民間は競争する、業者が競争をする、そういう姿の方がいいのではないかと思っておりますものですから、先生御指摘のような側面がもちろんナショナルミニマムについてはあるんですが、全部が全部国で保険してやるよといって貯蓄率を下げましょうという議論もちょっとこれまた行き過ぎとちゃうのかな、どこか中間にいいところがあるんじゃないかなというふうに思っております。
○千葉景子君 ありがとうございました。
○聴濤弘君 御苦労さまです。 最初に、八代参考人にお尋ねしたいと思います。その後、時間がありましたら、鈴木参考人にも質問させていただきたいと思います。 高齢化社会の問題というのは、現代の先進国が生み出した本当に巨大な問題だというふうに思うんです。これに対して対策を立てていく場合に、それを非常にペシミスティックに高齢化社会を描くのか、そういうふうにして対処していくのかどうするのか、そこのところにはやはり基本的に客観的な認識というものが必要なんだというふうに思うんです。 よくこの点で二つ議論があると思うんです。一つは、ごく簡単に言いますと、生産人口一人当たり現在は二人の高齢者を支えている、しかし高齢化社会が来るとそれが五人、六人になる、これは非常に大変なことが起こると。その場合には、主に十五歳から六十四歳までが生産人口というふうにとらえてそういうふうな計算をする。それに対して、高齢者になっても、六十五歳以上になっても働くんだと。それは、かつてのような状態と違って今女性が非常に社会的に進出しているんで、やはりそういう生産人口というものを分母に置いてみた場合に、これは決して一対五人、六人というんじゃなくてほぼ同じだと、高齢化社会になっても一対二というのはほぼ変わらないんだという議論もあります。 そうしますと、高齢化社会に対しての見方、これは立場がどうというんじゃなくて、客観的にどう見るのかというところで大きな差が出てくると思うんですね。そういうことに差を置いたまま我々は対処するというわけにはなかなかいかぬと思うんです。その点で八代参考人はこういう議論についてどういうふうにお考えなのか、御意見を承りたいというふうに思います。
○参考人(八代尚宏君) 今、聴濤先生のおっしゃった点は、基本的には私と同じ認識でございます。そもそも高齢者がふえるということがなぜ聴濤先生のおっしゃったような巨大な問題なのか。高齢化の原因は、既に申しましたように、子供の数が減ったことと高齢者の寿命が延びたことであります。子供の数が減ったというのは、人々が別に国に強制されてやったわけじゃなくて、個人の自由な選択の結果として行ったわけですし、言うまでもなく長寿化というのはそれ自体望ましいことであります。そのような本来合理的な行動とか望ましいことの結果として起こった高齢化社会がなぜそんなにペシミスティックなものなのか、それを考えたらここに何かパテドックスがあるはずであります。 人々の合理的な選択として行ったことが非常に大きな問題となるということは、結局それは環境の変化に対応してさまざまな制度とか慣行が硬直的で対応しない、それによって非常に社会的に大きなロスが生じているということではないかと思います。 したがって、問題は、制度とか慣行というものをできる限りスムーズに変える、そのためには規制緩和が必要ですし、それからそれによって労働者の生産性を上げるということが必要ではないかと思います。また、高齢者になっても健康な人は働きたいだけ働けるような環境を整備する、先ほど鈴木参考人がおっしゃった情報化の活用というのはその一つでございます。 そういうふうに考えますと、鈴木参考人がおっしゃったように、短期のそういう経済対策というものとこういう高齢化対策というのは全然矛盾しない、むしろ同じことを言っているのではないか、そういうふうに考えております。したがって、制度改革さえ十分に行われれば、高齢化社会は決して暗いものではないというふうに考えております。以上でございます。
○聴濤弘君 もっともっとお聞きしたい点があるんですけれども、鈴木参考人に御質問させていただきます。 レジュメにもありましたけれども、公共投資の問題と民間の設備投資の問題、この関係なんですけれども、公共投資がなかなか効果を上げないということの原因として民間の設備投資、これが非常に緩慢であるということを言われたんですが、私の理解では反対なのではないかという感じがするんです。従来は、公共投資を拡大することによって民間の投資に刺激を与えていくというふうにとらえるのが普通だったのではないかと思うんですが、誤解がありましたら私の方が訂正いたしますけれども、ちょっと反対のように聞きました。 そこで、それはともかくとして、公共投資がかつてよりも非常に波及効果が落ちているということは事実なんじゃないかと私は思うんです。それは、じゃどういう原因なのかということについて、これは日本の経済の構造そのものに今大きな原因があるんじゃないかというような気がいたしますが、その点いかがかということ。 もう一つ公共投資の問題で、これからこの先約十年間六百三十兆円の公共投資をやっていくという計画である。これでは足らない、もっとという意見もあると、こういうことなんですが、こういうあり方が日本の経済の運営にとっていいのかどうかという問題について同時にお伺いしたいんです。 それは、何もヨーロッパ絶対主義、至上主義じゃないんですけれども、ヨーロッパの場合GDPにおける公共投資の割合というのは日本よりもずっと低い。ところが、日本の場合非常に高いんです。結局は橋をつくる、道路をつくる、ビルを建てるというようなところへずっと公共投資で金を出していく。それが不必要だと私言うわけじゃないんですが、それが非常に先行して、そして今問題になっている高齢化社会なんかの対策というものに、例えば特養老人ホームを建てる、それから高齢化社会のハードの面を整えるというようなところにはなかなかお金が行かない。これはやはり非常に跛行しているんじゃないかというふうに思うんですが、そういう公共投資のあり方についてどのようなお考えを持っておられるか、以上の点をお聞きしたいと思います。
○参考人(鈴木淑夫君) 今二点お尋ねをいただきましたので一つずつお答えいたします。 最初の点は、公共投資の乗数効果が落ちているんじゃないかということの御確認だと思うんです。大変大きく落ち込んだという議論は賛成できませんが、じりじりと落ちてきていると私も思うんです。 大きな理由が三つありまして、一つは海外への漏れが大きくなっているわけです。非常にグローバル化しております。それから、特に輸入を開放しておりますから、国内で公共投資した場合に海外に漏れてしまう、輸入という形で海外へ漏れちゃう、この部分が大きい。 二番目は、やはり土地買収費に相当とられている。地価は大分下がってきたとはいいますものの、ここまで来ますと新たな土地買収をしないと社会資本をつくれないという案件が非常に多いために土地に漏れる。土地というのは言うまでもなく、所得が移転しているだけでGDPはふえません。それが一種の漏れになっちゃっている。 それから三番目は、大プロジェクトがなくなった、波及効果の大きい大プロジェクトがなくなってきて細々したものばかりになってきた。ここで首都移転をするとか物すごい国際空港をつくるとか言い出せば別ですが、今のところは非常に細かな案件が集まっていて、細かな案件というのは波及効果は低いんです。この三つが理由だろうなというふうに思っております。 なお、そういうふうに公共投資というのが設備投資その他に波及して誘発するのが普通だろうとおっしゃいます。それはそのとおりでございますが、今度は逆に、設備投資そのものが今度の不況局面のように自律的に自分の運動法則でがっと落ちできますと、これはもう公共投資は設備投資にかなわない。公共投資の効果よりも自律的に落ちてくる設備投資からのマイナスの波及効果の方が大きい。これが起きたのがこの景気後退局面だと、そういう意味で申し上げておるわけです。 それから二番目の点、六百三十兆円、それでヨーロッパの公共投資比率は低い、それはおっしゃるとおりでございます。アメリカも低いんですが、さっき私申し上げましたように、日本というのは貯蓄率は非常に高いんです。GDP中の貯蓄率は高い。ということは、これと反対側でGDP中の投資率が高くないと経常収支の黒字がむやみに広がっちゃうわけです。国内の投資率も一定の水準を維持しなければいけない。高度成長時代は民間投資でもうそれをふさいじゃったんですが、低成長になってきましたので民間投資率が下がっちゃった。そうすると、その分を公共投資率の引き上げで埋めないとむやみに経常収支の黒字がふえる。この因果関係が一つありますために、ヨーロッパやアメリカより公共投資の比率が高いというのが一つ。 二番目は、日本は後発国でございますから、アメリカやヨーロッパのように社会資本がまだ充実していないので社会資本の充実を、特に高度成長が終わった後、民間投資率は下がったので今まで後回しにしていた公共投資率を上げてきたという側面もあると思います。 しかし、先生御指摘のとおり、今の中身でいいのという疑問は多くの国民が持っていると思いますし、多くのエコノミストが公共投資の配分を変えなきゃだめじゃないか、昔の、在来型の公共投資のシェアを固定したままでは要らないところへばっかり金が行っちゃうんじゃないかと、この批判はもう非常に今日本で強いと思います。 だから、六百三十兆円の中身も抜本的に配分を変えないととんでもないむだをやるんじゃないのということはもう先生御指摘のとおりで、国民的な議論を起こして、この新しい公共投資のシェアをどう変えるかということを真剣に考えなきゃいけないと私も思っております。
○笹野貞子君 本日は貴重な御意見をお伺いいたしまして大変ありがとうございました。八代参考人にまずお聞きをいたしたいと思います。 私に与えられている時間は往復で十分しかありませんので、二十六分までしか私の時間がありません。そこで、私が質問しました後、二十六分まで回答に十分お使いいただければ大変スムーズに議論ができると思います。 八代先生はなかなか女性問題に御造詣が深くて、「女性労働の経済分析」あるいは「結婚の経済学」という御本を書いていらっしゃいまして、私は、四月十四日の日経に書かれましたこの先生の写真入りの論文を読ませていただいたり、あるいは日経の雇用の流動化、規制緩和の問題を読ませていただきまして、結論としては賛成なんですが、その結論の部分に行くまでの間はちょっと何か違う部分があるなというような感じがいたしました。先ほど千葉委員の御質問のお答えを聞いておりまして、ちょっと何か違った面から女性の問題をお聞きいたしたいというふうに思います。 と申しますのは、先生はこの論文の中で、夫婦別姓にするのは経済的な規制緩和、そういう考え方でするんだということを前面に出されております。結果的に賛成であることは大変うれしいんですけれども、しかし、私たち女性というのは経済に常に振り回されていて、経済が非常にいいときは女性労働を使うし、経済が底になってくるとクッションの役目で雇用を解雇されるという、そういうことを今まで繰り返してまいりました。 そういう点からいいますと、では、経済が上向きのとき、あるいは少子化・高齢化になってきて女性の労働力が必要だから夫婦別姓というのは経済効果をあらわすんだということからすると、皮肉な言い方をしますと、じゃ経済が底をついてきて、そして子供がたくさん生まれてきたら女性の姓はまたもとへ戻してもいいんだというお考えになってしまうんではないかという、そういう危惧をもう一つ持ちました。 それから、この規制緩和のために雇用の流動化というのは、失業なき労働の移動という問題に関して、これは非常に近代的な、速やかでしかも便利だという観点から派遣というものを全面的に、ネガティブリストのようなお感じですけれども、私は女性のそういう労働に対してネガティブリストという、こういう考え方はある程度危険性をはらむんではないか、そういう点でこれからの二十一世紀の流動化する雇用というものに対して、先ほど先生は、日本の今までの伝統的な雇用というのはつぶれていくんだという、そういう考え方、それがいいか悪いかは別として、そういう形態になるとおっしゃいましたけれども、労働権という問題はまさに規制から始まった問題ですので、規制を全面的に解除していくというのは、私は労働権という問題の先祖返りのような感じを大変受けるんですけれども、その二点についてお伺いいたしたいと思います。
○参考人(八代尚宏君) 今の御質問は非常にありがたく受けとめました。この点は、私は実は総理府の男女共同参画審議会に属しておりますが、そこでも常に大きな問題になっているわけであります。 女性が今後働きに出たとき、それに対して、例えば夫婦別姓の問題をどう考えるかというときに、大きく分けて二つの見方があります。 一つは、これを権利の問題としてとらえて、今、笹野先生がおっしゃったみたいに、そんな経済の動向と無関係である、これ自体は権利の問題なんだという見方が一つございます。もちろんそれもそのとおりでありますけれども、ただ、こういう問題は権利だけでは解決しないわけであります。例えば、夫婦が同姓か別姓かというのも、同姓の方がいいとおっしゃる方もたくさんいるわけで、それをイデオロギーの争いにしているだけではいつまでたっても問題は解決しないのではないかと思っております。 私が申しております経済の変化というのは短期的なものではなくて、景気変動とは無関係に、今後長期的に動く流れのことを考えております。例えば、先ほど笹野先生がおっしゃった労働権は規制から始まったということは、まさに女工哀史の時代のように労働力が極めて過剰であった時代には、経営者による搾取を防ぐために規制というものが実に重要な役割を果たしたわけであります。しかし逆に、労働需給が今後長期的に逼迫する中では、むしろ規制というのが女性の就業分野を狭めて、ある意味で経営者による男女間賃金格差というのを正当化させるようなおそれも強くなっているわけであります。 ですから、その意味で規制というのはもろ刃のやいばでありまして、それ自体がどうかというよりも、その時々の経済環境との関係で考えなければいけないんじゃないか。その意味で、労働市場というのは、日本に関する限り今後長期的に労働需給が逼迫するわけでありますから、規制よりも規制緩和の方がむしろ女性の就業にとって好ましい状況が次第にふえていくという認識でございます。 それから、先ほど私が申し上げたのは、日本的雇用慣行がなくなるといったことではありませんで、そういう意見もあるけれども私はそうは思っていない、むしろ反対のことを申し上げました。つまり、日本的雇用慣行が全くなくなってしまうのではなくて、その対象となる労働者の比率が相対的に低下していく、流動的な雇用者の比率が相対的に高まっていく、そういう形の環境変化ではないかと思われます。 派遣労働についても多くの問題がございます。事前に聞いていたことと実際に派遣された先での仕事が違うというような問題です。 ですから、派遣労働自体についての保護というのは必要でありますが、それは、現状のように派遣する職種というものをあらかじめ決めておいてそれを少しずつ外していくというようなポジティブリストじゃなくて、むしろ女性にとってふさわしくないような特定の職種を最初から禁止して、それ以外は原則的に自由化するという方がむしろ女性の就業分野を広げるということに貢献するのではないかと思っております。 その意味で、もちろん権利ということと同時に、経済の長期的な流れということ二つを合わせた上で女性労働の問題は考えていかなければいけないのではないかと思っております。 以上でございます。
○笹野貞子君 ありがとうございました。 終わります。
○水野誠一君 まず、八代参考人に伺いたいと思うんですが、先生がお話しいただきました高齢者と女性の労働力問題というのは、非常におっしゃるとおりだというふうに伺いました。とりわけ、その量的な需給のマッチングということにおいては、非常におっしゃるとおりだと思うのでありますが、その一方で、労働需給の質的なミスマッチというのが相当出てくるんじゃないだろうか。 これは、端的に言えば実際に必要とされる労働力というものの質がこれから恐らく著しく変わってくる。それは、特にこれから成長率の高い情報産業というようなところ、あるいは非常にハイテクな技術、能力を要求する産業というようなところに果たして高齢者が、あるいは女性労働力というものがマッチしていくのかどうかということにおいて、質的なマッチメーキングということをどういうふうに対応していくべきなのかということが大きな課題になるんではないかというふうに思います。 そういう中では、一つ、先ほどお話の最後のところにありました介護というものを市場競争化していくんだというお話、これは大いに私もこれから新しい労働需要をつくり上げていく上で非常に重要な視点になるんではないかなというふうに思っているんですが、それ以外に、先生のお考えの中でどんな方策をお持ちになっているのか、伺わせていただければと思います。
○参考人(八代尚宏君) 今おっしゃったまさに高齢者と女性の労働需給のマッチングというのは非常に大きな問題であろうかと思います。そのときに、これもよく言われることでありますが、今後はますます情報化が進んでいく、しかし情報化というのは、どちらかといえば男性にとって有利であって高齢者とか女性にとって不利ではないかという御懸念であろうかと思われます。 現状の高齢者と現状の既婚女性を見る限りおっしゃるとおりであると思いますが、それはあくまでも過渡的な問題でありまして、今後の高齢化社会の主役となる高齢者といいますのは現在の四十代、あるいは女性についても同じような年代であろうかと思います。この点、非常に環境はさま変わりするわけでありまして、将来の高齢化社会の中心となる高齢者というのは、もう既に子供のときからゲーム機等に親しくしておりまして、四十代のサラリーマンも現在必死になってそういうコンピューター関係の業務を学んでいるわけであります。 本来、こういう情報機器というのは、欧米の例を見ましても、むしろ女性にとって有利な職種分野でございまして、それはなぜかと申しますと、これまでの日本的雇用慣行というのは、どちらかというと男性に対して企業が専ら企業の金で訓練をするというシステムでありましたから、その黄味で、女性はそういうよい教育環境から非常に疎外されていたわけであります。 しかし、今後の情報化というのは、どちらかというと企業特殊的な技術じゃなくて、どこの企業でも共通に必要となるような極めて一般的な技術でありますから、これはむしろ専門学校とかあろいは大学等で身につけやすい技術であるわけです。その意味で、今大学等も少子化の影響を受けて急速に社会人教育の方にシフトしておりますけれども、そういう形で外部で自分のお金で学べるような教育というのがまさに情報産業にマッチしているわけですが、これは女性にむしろ有利なような構造変化ではないかと思われます。 その意味では、むしろ専門的な職種が広がる。それに対して政府ができる限り情報を提供していく、職種等のミスマッチを防ぐためにも、やはり職安だけではなくて多様な職業仲介サービスというものを提供する、そういう情報の提供。それから、何といっても個人は企業から見れば弱い立場にありますから、そういう弱い立場にある個人を保護するような消費者保護であるとか労働者保護の政策、それも規制ではなくてむしろ情報の提供それから、いろんな問題を起こした企業に対して積極的に社名を公開するとか、あるいは独占禁止法を強化してより企業間の競争を促すとか、そういう市場の枠をつくるような形での規制であります。 よく誤解されますが、規制緩和というのはすべての規制を緩和することであると。そうではないわけであります。むしろ規制緩和をするために強化をしなければいけない規制というのも当然あるわけでありまして、そういう個々の企業の行動を規制するようなものじゃなくて、むしろ市場全体の流動化を促進するような形での規制の強化、そういうものがまさに今後の政府の重要な役割ではないかと思っております。 以上でございます。
○水野誠一君 今のお話は大変よくわかるんですが、特に情報産業というのは、女性や何かが対応できるという問題だけではなくて、つまり労働集約型産業ではない。つまり大きな雇用をつくり出す産業ではない。そういう面からも、私はやはり、先生がある論文の中で、生産性の低い産業に市場から退出を迫る時代が来る、そういう書かれ方をされているんですが、私は一方で、生産性が低いけれども、必要な産業というものをこれからの時代というのは逆に創出していく、つくり出していかなきゃいけないんじゃないかな、そんな感じもしておりました。 先ほどの介護事業というようなものは、民間にとっては決して効率のいい、生産性の高い事業にはならない、しかし必要な事業として大いにそういうものに期待をしていくべきではないかな、そんなふうに伺いました。 続いて、鈴木先生に伺いたいと思うんですが、先ほど個人消費の話が出てまいりました。個人消費あるいは消費性向の持つ影響力というものが次第に大きくなってきている。それは現在GDPの六割を超える影響力というものをもう既に持ち始めているわけであります。そういう中で、相対的に公共投資の影響力が今低くなりつつあるというお話も出てきたわけであります。 そこで、今、これから考える政策として、減税なのかあるいは公共投資なのかという選択というものがある程度求められてくるのかなと。しかし、これはトレードオフの関係にあるんですが、それを両立させていくためには、お話の中でもありました国債依存度というものを思い切って上げてでも、赤字国債を発行してでもやはりまだまだやるべきことがあるのではないだろうか、「急がぱ回れ」というお話をきょうは伺わせていただいたというふうに思います。 そこで、引き合いに七七年の実例をお出しになられているわけでありますが、まだ経済の潜在的な成長率があったあの当時と、今こういうふうに高齢化社会になり、あるいは産業の空洞化という中で非常に条件が厳しくなってきている現代と比べたときに、経済の復元力というものが果たしてどうなのか。あのころと同じような復元力というものを期待できるのかどうかという点について伺わせていただきたいと思います。
○参考人(鈴木淑夫君) 初めに申し上げますが、公共投資の乗数効果は下がってきたとはいうものの、消費よりは大きいと思います。設備投資は一番大きいと思います。だから、景気刺激を考えた場合には、公共投資より減税だとは必ずしも言えない面があります。 それから、私自身は赤字国債の発行というのは余り感心しない。きちっとした社会資本と見合った形の建設国債の発行はある程度貯蓄率が高い経済である以上やむを得ないと思いますが、赤字国債の発行は余り感心しない。 それを申し上げた上で復元力のことを申し上げますが、確かに七七年当時より復元力は落ちていると思います。ということは、潜在成長率でいってあのころは四%台の成長ができた、四、五%成長ができたんですね、高度成長は終わったとはいえ。今は三%程度だと思います。その意味では復元力は落ちています。しかしながら、設備投資が中期循環的な上昇局面に入っている。あのころなら十数%伸びると思うんです。それがせいぜい五%強ぐらいかな、そういう程度の違いだと思います。 しかし、設備投資が中期循環的な上昇局面に入ってきたというのは事実ですから、何とかこれを伸ばす政策をして民間主導型の持続性のある安定成長軌道に乗せて、それで財政再建をという順序だろうと申し上げたわけでございます。
○水野誠一君 よくわかりました。 もう一問だけちょっと伺わせていただきたいんです。 先ほどから、お話の中で真性デフレということを恐れておられるというお話がありました。私も、放置しますと真性デフレよりもむしろスタグフレーションの問題というのがあるのかなということで、それはおっしゃるとおりだと思うんですが、一方で、今良質なデフレ誘導といいますか、そのデフレーションの中で経済の安定着地といいますか、そういう政策というのが一部論じられている面もあるわけなんですが、その点について簡単に一言先生の方から。
○参考人(鈴木淑夫君) 今、先生、スタグフレーションとおっしゃいましたが、スタグフレーションというのは、スタグネーション、停滞とインフレーションの共存で、今物価がどんどん落ちていますので、そういう意味で真性デフレーションだと思うんです。 だけれども、低成長にうまく安定させられればそれが一番いいではないかというのは一つのアイデアとしてはわかりますが、マクロ経済のバランスからいいますと、日本は貯蓄率が高いものですから、低成長ということは投資率が下がるということですね。すると、ますます貯蓄超過になって経常収支の黒字が大きくなります。だから、経常収支の黒字を大きくしてもいいよといえば低成長に軟着陸できるんですね。しかし、それが国際的にいわば退路を断たれておりますでしょう。それから超円高の恐怖がございますね。だから、貯蓄率が高い間はそううまく低成長には行かないんがよと、だから三%程度は成長しないとバランスがとれませんというのが大方のエコノミストの意見であり、したがって政府の中期経済計画も三%程度の五年間成長というふうに言っているのだと理解しております。
○水野誠一君 ありがとうございます。
○会長(鶴岡洋君) 以上で両参考人に対する質疑は終了いたしました。 八代参考人及び鈴木参考人には、お忙しい中、本調査会に御出席いただきましてまことにありがとうございました。 本日お述べいただきました貴重な御意見は今後の調査の参考にさせていただきます。本調査会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。 ありがとうございました。(拍手) ―――――――――――――
○会長(鶴岡洋君) 次に、先般本調査会が行いました委員派遣につき、派遣委員の報告を聴取いたします。清水嘉与子君。
○清水嘉与子君 委員派遣の報告を申し上げます。 去る二月十九日から二十一日までの三日間にわたって、鶴岡会長、太田理事、牛嶋理事、片上理事、上山理事、聴濤理事、笹野委員と私、清水の八名は、宮崎県及び大分県に出向き、産業動向、雇用動向、社会資本の整備状況等の実情について調査をしてまいりました。 以下、その概要を申し上げます。 まず、宮崎県ですが、同県は、温暖な気候に加え、県土の七六%が森林に覆われ、約一二%が自然公園であり、豊富で貴重な自然に恵まれております。人口は平成七年で約百十七万六千人、老年人口比率は平成六年十月で二八・七%と、全国平均を二・六ポイント上回っており、高齢化が進んでおります。 同県では、平成三年に第四次宮崎県総合長期計画を策定し、住みよいふるさと宮崎づくりを目標に、たくましい地域産業づくり、魅力あるふるさと圏づくり、生きがいのある長寿社会づくり等の施策が展開されております。 次に、産業の動向についてであります。これを平成六年度で見ますと、まず農業でありますが、同県農業の柱は、畜産、野菜であり、ピーマンの生産が全国一位であるほか、豚とブロイラーの飼育数も全国二位とのことであります。 林業につきましては、素材生産量が約百二十九万立方メートル、水産業は、漁業生産量十五万トン、工業は、製造品出荷額等が一兆三千三百八億円となっております。 農業と並んで主要な産業である観光は、シーガイアのオープンや宮崎空港のトリプルトラッキング化等により、平成六年の観光客数は六年連続で一千万人を超え、千百四十四万八千人に達し、平成七年も引き続き好調であるとのことでした。 住みよいふるさと宮崎づくりを達成するため、現在推進されております主要プロジェクトとして、宮崎・日南海岸リゾート構想とフォレストピア宮崎構想があります。 宮崎・日南海岸リゾート構想は、総合保養地域整備法の第一次承認プロジェクトであり、同構想に基づき、宮崎市から串間市に至る県南部地域では、シーガイア等数々の事業が進行しております。 次に、フォレストピア宮崎構想は、県北部の豊富な森林資源を活用した森林理想郷づくりを目指しており、全国初の県立の中高一貫校が平成六年に五ケ瀬町に設立される等、ユニークな取り組みが行われております。 保健・福祉の面では、九州で初めての県立看護大学の設置、「二十一世紀ニュー保健所プラン」の推進、「ホット二十一ふくしプラン」の推進等に取り組んでおりました。 今後の課題としては、県民生活向上や産業の振興、地域の個性的発展等のため、高速交通網の整備が挙げられ、特に県の一体的発展に不可欠な東九州自動車道の整備促進や超高速貨物船テクノスーパーライナーの誘致活動の強化に取り組んでいく必要があるとのことでした。 なお、当調査会に対しては、国土保全奨励制度の導入による農林業従事者の生涯所得の確保と、定住条件の整備等の推進、東九州自動車道等の高規格幹線道路網の整備の促進に関しての要望がなされました。 次に、宮崎県での視察地について申し上げます。 まず、県の工業試験場についてであります。本試験場は、県内工業の振興を図るため、中小企業の技術開発‘技術力の向上を支援する県内唯一の公的研究機関として、研究開発、技術指導、依頼分析等の業務を行っております。また、県内企業や地元大学との交流を深め、共同研究の実施や研究成果の普及、研究会活動にも積極的に取り組んでおります。 これまでの成果としては、南九州に豊富にあるシラス火山灰の有効利用に関する研究から生まれた、シラス多孔質ガラス(SPG)膜を利用した乳化型薬物送達システム(DDS)製剤の開発があり、これは肝臓がん治療に応用され、実用化が期待されているとのことであります。 また、本試験場に隣接して設置されている食品加工研究開発センターでは、バイオテクノロジーを利用して、しょうちゅうやしょうゆの製造に欠かせない優良こうじ菌、酵母菌の育種に取り組んでおり、その成果が地場産業の発展に生かされることが期待されております。 次に、日南海岸海中公園でありますが、同海中公園は、日南海岸国定公園に属するとともに、宮崎・日南海岸リゾート構想の中の国際級海洋性リゾートゾーンに位置しております。面積は五十五・九ヘクタールで、大型のテーブルサンゴ等が群生じており、コバルトスズメダイ等の熱帯魚類も見られるなど、南国宮崎の観光リゾートの中心地として地域の活性化にも役立っているとのことでした。 なお、レイシガイダマシという貝によるサンゴヘの被害が発生し、その対策に苦慮しているとのことでありました。 次に、県の亜熱帯作物支場でありますが、こちらは、県の総合農業試験場の中で、亜熱帯性果樹、高温性かんきつに関する試験研究業務を担当している支場であり、これまでにマンゴーの高品質安定生産技術の確立を達成し、県中部、南部において生産が行われ、平成六年には栽培面積が十ヘクタールに達したとのことであります。現在は、パパイヤ、スターフルーツの生産技術の確立に向けた研究が行われておりまして、県南地域の果樹として注目され、生産拡大が期待されているとのことでした。また、皮のまま食べられる高糖度の大玉のキンカンや、種なし日向夏の研究開発も行われ、これらの生産は拡大しつつあるとのことでした。次に、シーガイアですが、こちらの施設は宮崎・日南海岸リゾート構想の中核施設として、国際海浜コンベンションリゾートゾーンに位置しております。事業は県と宮崎市が二五%ずつ出資した第三セクターが行っており、ワールドコンベンションセンター「サミット」は、最大収容人員五千人、九カ国語同時通訳の設備を備える国際会議場であり、また、全天候型開閉式ウオーターパークであるオーシャンドームや四十五階建ての大型ホテルが建設され、まさに国際的なリゾートを形成しておりました。これらの施設の建設によって二千八百人の雇用を生み出し、地域の活性化に大きな貢献をしているとともに、二十一世紀に向けた宮崎の資産としても大きな意味があるとのことでした。 次に大分県ですが、同県は県土の二八%が自然公園であり、自然環境に恵まれております。また県内至るところに温泉が湧出し、その源泉数は全国一となっております。人口を見ますと、平成七年の国勢調査では約百二十三万一千人で、前回、平成二年よりも約五千六百入減少しております。老年人口比率は、平成七年四月で一八・二%と全国平均よりも十年早く高齢化が進んでおり、その対策が県政の重要な課題になっているとのことでした。また、県内五十八市町村のうち、七八%に当たる四十五市町村が過疎地域という状況にあります。 一人当たりの県民所得は、平成四年で二百五十一万五千円であり、経済企画庁発表の新国民生活指標の総合指標では九州で一位とのことでありました。 県政は、平成二年に策定された二十一大分県長期総合計画に基づいて、基本目標である、物も豊か、心も豊かな国民総充足度の高い世界に開かれた「豊の国」づくりを目指して各種施策が行われております。 産業の振興につきましては、一村一品運動の推進と地域の特性を生かした五つの地域プロジェクトの推進を図っております。県北地域はテクノポリスとしてハイテク産業の立地を進めており、県南地域はマリノポリスとして海洋牧場等、水産業を生かした地域づくりを進めているとのことで一た。 高齢化対策としては、全国に先駆けて大分市に社会福祉介護研修センターを開設したほか、県下に過疎高齢者生活福祉センターを整備しております。また、高齢者や障害者が安心して暮らせる町づくりを推進するため、平成七年三月、大分県福祉のまちづくり条例を九州では最初に制定し、公共施設等への出入り口のスロープ設置、点字ブロックの設置等が義務づけられました。 今後の主な課題としては、県南地域の活性化のために不可欠な東九州自動車道の早期整備が挙げられております。また、新しい国土軸として、九州から豊予海峡、四国、紀伊半島を経て中京圏に至る太平洋新国土軸構想の推進があります。平成九年春にも策定が完了する新しい全国総合開発計画に明確に位置づけられるよう要望していくとのことでありました。 次に、大分県での視察地について申し上げます。 まず、県の社会福祉介護研修センターは、社会福祉に従事する職員、民生委員及び一般の方に介護に関する正しい知識や技術を習得してもらうための施設であり、介護研修施設、高齢者総合相談センター、福祉人材センター、福祉機器展示場、住宅改造モデル展示場などから成っています。平成五年十一月の開所以来、本年三月には施設の利用者は延べ十万人に達する見込みであり、県内の中核的介護研修施設として機能しているとのことでした。 同施設に隣接して設置されている工業技術院のウェルフェアテクノハウス大分は、先端的な在宅介護機器システムを設置したモデル住宅であり、高齢者とその家族がしばしば見学に訪れるとのことでありました。 次に、別府市竹細工伝統産業会館でありますが、別府の竹細工は、江戸時代に別府温泉とともに広く全国に知られ、地場産業として定着したとのことでした。大分県はマダケの生産量が日本一であり、豊富な資源を利用した竹産業は、観光とともに別府市の主要産業となっております。昭和五十四年には通産省の伝統的工芸品の指定を受け、竹材資源の有効活用や後継者育成等の事業を実施しているとのことでありました。しかし、近年、すぐれた技術を持った生産者が高齢化し、伝統の技術を受け継ぐ人が減少しており、後継者育成が大きな課題となっているとのことでした。 最後に、社会福祉法人太陽の家を視察いたしました。太陽の家は、「保護より働く機会を」をモットーに、昭和四十年に創設された障害者授産施設を中心にした社会福祉法人であります。民間企業と太陽の家が共同出資して設立した会社が八社あり、コマーシャルベースで事業を運営しております。別府事業本部では七百人を超える障害者が働いております。また、地域住民との交流はもとより、世界の障害者とも交流を図っており、四年に一度の極東・南太平洋身体障害者スポーツ大会の永久事務局にもなっているとのことでした。 現在抱えている問題としては、身体障害者通所授産と精神薄弱者通所授産の措置費の制度格差、費用徴収制度の見直し、身体障害者療護施設入所決定権等の制度上のものがあるとのことでした。 最後に、今回の派遣に当たりまして、宮崎県、大分県並びに関係各方面の皆様から多大な御協力をいただきましたことに対し厚くお礼申し上げるとともに、宮崎県から提出されました要望書の会議録末尾掲載方を会長においてお取り計らいいただきますようお願い申し上げて、報告を終わります。
○会長(鶴岡洋君) 以上で派遣委員の報告は終了いたしました。 なお、ただいまの報告にありました宮崎県からの要望書につきましては、これを本日の会議録の末尾に掲載することといたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(鶴岡洋君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいます。 本日はこれにて散会いたします。 午後四時四十九分散会 ―――――・―――――