厚生委員会 第15号
- 発言数
- 162 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1996/05/14
会議録
○和田委員長 これより会議を開きます。 この際、申し上げます。 本日は、委員室での喫煙は征遠慮願いたいと存じます。 また、報道関係者の方々にお願いいたします。傍聴人の撮影は御遠慮願いたいと存じます。 以上、御協力をお願いいたします。 ―――――――――――――
○和田委員長 厚生関係の基本施策に関する件、特にエイズ問題について調査を進めます。 本日は、参考人として、元厚生省後天性免疫不全症候群の実態把握に関する研究分担研究者松田重三君に御出席を願っております。 松田参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。厚く御礼を申し上げます。 議事の進め方といたしましては、初めに委員会を代表いたしまして委員長から総括的にお尋ねし、次いで委員の質疑にお答えをいただきたいと存じます。 なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対し質疑をすることはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。 まず、委員長から松田参考人にお尋ねいたします。 エイズ研究班における審議状況についてお尋ねいたします。 研究班会議では、特に帝京大症例の判定と血液製剤に関する対策の二点について、班員相互の間で意見の対立や議論があったと言われていますが、その要点を御説明願いたいと思います。
○松田参考人 ただいまの質問にお答えいたします。 エイズ研究班の第一回会議におきまして、安部班長が、帝京大学にエイズと疑われる症例がいるということを概略説明いたして報告いたしました。それに反応いたしまして、各研究班員は、エイズがもし日本にいるのなら、すぐに国民に知らせて対策を練るべきであるという意見を述べます。 しかし、第二回の班会議におきまして、帝京大症例の詳細が報告されたのでありますが、例えばステロイドを使用したとか、その他、リンパ球は減少の程度が低いとか、あるいはカリニ肺炎がない、あるいは血友病B患者にはエイズが非常にまれであるというようなことが挙げられて、最終的にエイズ症例は否定されました。 しかし、第三回の会議におきまして、帝京大学の、今は亡くなられました病理の教授の解剖所見、それから、ステロイドをこんなに使用しても重篤な日和見感染症はまず起こり得ないというようなコメントをつけて報告いたしましたが、この病理の所見もことごとく否定されてしまいました。 しかし、議論が続きましたので、塩川班員が、帝京大症例の病理標本を順天堂大学の病理の教授に見てもらうということを提案いたしまして、その結果、第四回の班会議で塩川班員が報告いたしましたが、順天堂大学の病理の教授の診断は肝硬変症と敗血症であってエイズではないという報告をいたしまして、最終的にエイズが否定されてしまったわけであります。 しかし、現在使っている非加熱製剤はアメリカからのものであるので非常に危険性も高い、したがって、血友病を診ている専門医にこの製剤について検討してもらおうということで、いわゆる風間小委員会を設置いたしまして検討していただいたわけでありますが、最終的には、クリオはなるほど安全ではあるけれども、利便性の点から見て非加熱製剤は捨てがたいということで、そのまま非加熱製剤が使用を続けられたことは御存じのとおりであります。 その後は、加熱製剤の治験が始まったわけでありますが、長い年月がかかりまして、最終的に、血友病患者さん多数、HIVに感染してしまったわけであります。
○和田委員長 参考人は、エイズ研究班において、帝京大症例を正式にエイズと認定すべきであったと思われますか。もしそう思われるならば、その理由を極めて簡潔に述べてください。
○松田参考人 私は、帝京大症例がエイズと認定されていたならば、現在のような血友病患者さんに広がっているHIVの悲劇は防げたのではないか。もし帝京大症例が認定されていれば、すぐさま超法規的対策により加熱製剤が緊急輸入され、あるいはクリオの増産を日赤に頼んでいたはずであります。したがって、帝京大症例がエイズと認定されなかったということは非常に残念に思っています。 また、郡司課長あるいは塩川班員は、帝京大症例をエイズとして否定したわけではない、限りなくクロに近いというエイズ疑い例であると述べられたのでありますが、もし仮にそうであるとするならば、なぜすぐさま血液製剤に対する適切な対応をとらなかったのか、今考えても不思議でなりません。
○和田委員長 以上をもちまして、私からお尋ねすることは終わりました。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。長勢甚遠君。
○長勢委員 参考人は御苦労さまでございます。 エイズ薬害という極めて悲惨で、また不幸な事態の真相究明は我々の務めでございますので、全力を挙げておるところでございますけれども、なかなか明確なイメージが出てこない。大変我々もいらいらしておるということが率直な今の思いでございます。 そういう中で、参考人の、四月十七日でしたか、参議院での御答弁というのは大変際立っておるわけでございまして、いろいろな事情がおありだろうと思うのでございますが、そういう中で、学者の良心に従って明確な答弁をされたことに対しましては心から敬意を表しておりますし、今も委員長の御質問に対しまして同様の御答弁があったわけであります。 同時に、ほかの参考人の方々とは大変な食い違いが何点かあるわけで、その食い違いをただしていくことが真相を明らかにする大きなかぎではないか、こう思っております。恐らく、国民の方々も同じ思いで参考人の御答弁に注目をされ、また、マスコミ等も大々的に取り上げられたような印象を持っております。 しかし、そういうことでございますから、逆に、関係者にとりましては参考人の答弁というのは大変な衝撃であったのではないか、こう思うわけで、したがって、参議院の答弁の後、その前も週刊誌等でもいろいろ御発言をされておられるようでございますが、特に国会での答弁の後は、参考人の周囲といいますか、参考人に対して、この件についていろいろなことが起きたのではないかなと私は想像するわけでございます。 あの後、最近ですか、参考人の周辺でこの件に関してどんなことが起きておるのか、また、何か変わったようなことが起きておるのかというようなことがあれば教えていただきたいと思いますし、また、この件についての現在の参考人の心境があればお示しをいただきたいと思います。
○松田参考人 私が、いろいろなマスコミに対してお答えしていたこと、あるいは参議院の喚問にお答えしたことに対して、私に対して特に何か影響があったということはございません。
○長勢委員 発言の真意等について問い合わせといったようなものは何もございませんでしたか。
○松田参考人 先生が御質問になった趣旨はよく理解できないのですが、私に対しての圧力とその他ということでありましたら、全くございません。
○長勢委員 圧力という意味で申し上げたのではなくて、御発言の内容についての問い合わせですとか、あるいはこういうことと違うではないかという問い合わせですとか、そういうようなものもございませんでしたか。
○松田参考人 一切ありません。
○長勢委員 大学の中でも、先生のこの問題についての対応について、評価というか雰囲気というものは何かございますか。
○松田参考人 私が参議院の喚問において発言したことは、前の晩に、言うべきかどうか非常に迷ったのでございます。 一つは、私の医者としての立場、特に大学内及び医学界における立場が非常にまずいものになるのではないか、学者としての生命が終わることまで考えたわけでありますが、やはりHIVという重篤な感染をした血友病患者さんたちの無念さを晴らすために、また、研究班員としての責任を今こそ全うすべきであるという決心から、勇気あるという言葉もありましたが、私は真相を話すことを決心したわけであります。 幸いにして、帝京大学の総長を初め病院長は、私の発言に対して一言も非難をしませんでした。むしろ、よくやったということで、お褒めの言葉といっては語弊がありますが、そういったことでありまして、帝京大学における私の立場はむしろ好意的なものであります。これはやはり、帝京大学自体が反省をしているとみなしてもよいのではないか。これからも病院長を初め全員一致してこの真相解明に、また患者さんの治療に全力を尽くしていこうという心意気で今臨んでおります。 また、学会におきましては、もちろん個々に当たったわけではございませんが、比較的好意的に迎えられておりますが、やはり批判するドクターも多数いることは事実であります。
○長勢委員 参考人の大変な御決意に改めて敬意を表する次第であります。 今、病院長というようなお話がございましたが、学内の組織はつまびらかではございませんが、理事長さんがおられたり、学長さんがおられたり、病院長さんがおられたりということになっているのではないかと思いますが、その方々から今お話のございましたような激励といいますか評価というものをいただいておられる、こういうふうに私は理解しますが、それでよろしいですか。
○松田参考人 くしくも、本年の四月一日より病院長が交代いたしました。これは年齢のこともございましてかわったわけでありますが、前院長からもそのようなお言葉をいただきましたし、現在の病院長からも、同様、院長室に呼びつけられまして、そのようなお言葉をいただきました。
○長勢委員 議論がなかなかわかりにくいのは、一つは、このエイズ研究班等において、学問的な立場からの意見の相違があったということは事実としてあるわけでございますが、その背景があったのかなかったのかということが我々には全然見えませんし、また、その学説の争いなるものも、私自身は専門家でもないものですから、こうだと言われればそういうものかなと思わざるを得ないと思う部分もあるし、ああだと言われればそういうものであるのかなと。そうすると、学者さん方が専門の立場で十分な議論を真剣になさった結果としてああなったと言われるとそうなのかなとも思うし、非常にそこがいらいらする原因になっていると私は思うのです。 そういう中で、参考人は、非加熱製剤の継続使用あるいは帝京大症例の認定見送りについて、厚生省から天下りをした製薬会社の方々あるいは厚生省上層部から圧力があったのだといったことを断定的な推論として繰り返し答弁をされておられるわけであります。学説の争いの是非は私にはわかりませんが、しかし、そのときに圧力が確実にあったということが証明されれば非常にわかりやすいことになるのだろう、こう思うわけでございますが、そういう意味で、ぜひここの点は我々としても明確にしていくことが使命だろうと思っております。 そういう意味で、大変言いにくいこともあるかもしれませんが、先生の、良心に従うという敬けんなお気持ちにすがるわけでございますが、いつ、だれが、だれに、どのように圧力をかけたのかということについてぜひ教えていただきたい。 というのも、郡司さんも安部さんも塩川さんもあるいは徳永さんも、そういう圧力はなかった、そういう、松田参考人の答弁とは全く食い違う答弁をこの場でなされておるわけでございますので、これは我々が一番知りたいところでございますので、いつ、だれが、だれに、どのように圧力をかけたというふうにお感じになったのか、あるいは事実としてあったのか、ぜひ詳しく教えていただければありがたいと思います。
○松田参考人 今の先生の御質問にお答えするためには、やはり帝京大症例をエイズと認定されなかった経緯と、それから順天堂大学症例がエイズと認定された経緯を簡単に御説明した方がよろしいと存じます。 帝京大症例につきましては、御存じのとおり、エイズを否定されたわけであります。 特に、先ほど申しましたように、その理由といたしまして第一番目に挙げられたのがステロイド剤の使用でございます。 私は、臨床免疫学を専門とする医者でありまして、現在までに多数のリューマチや膠原病患者を診察してまいりました。特に膠原病患者に対しては、治療のためにステロイド剤を投与するわけであります。しかも、病気をコントロールするためには、膠原病患者さんは一生涯ステロイド剤を飲み続けなくてはなりません。したがって、長期にわたり、かつ大量のステロイド剤を服用するわけであります。しかし、私の長年の経験からいいま して、よほどのことがない限り、免疫不全症がもともとない限り、このようなステロイド剤を長期投与したとしましても、膠原病患者にいわゆる日和見感染症が発症することはごくごくまれであります。 翻って帝京大学症例を見てみますと、短期間に、それもごく中等量と申しましょうか、そういったステロイド剤を投与しただけでこのように重篤な日和見感染症が生じるとは到底考えられないわけであります。 したがって、ステロイド剤を投与したからエイズを否定するという合理的な理由は全く見当たりません。 さらに、リンパ球の減少が軽度であるということも指摘されました。 しかし、リンパ球が減っていたことは事実でありますし、また、順天堂大学症例と比べてみますと、帝京大学症例のリンパ球の何と二倍以上もある症例がいとも簡単にエイズと認定されてしまった奇妙さがあるわけであります。 三番目といたしましては、本症例にはカリニ肺炎がなかったということが指摘されました。 なるほど、当時使用されたCDCの診断基準には、エイズにはカリニ肺炎とカポジ肉腫が合併するということが明記されておりますが、その下の方には、真菌症でありますカンジダ症あるいはサイトメガロウイルス感染症ということがエイズの必須条件として挙げられているわけでありますが、この帝京大症例の解剖の結果、全身性のカンジダ症とサイトメガロウイルス感染症が発見されたわけでありまして、エイズを否定する材料にはならないわけであります。 さらに、血友病B患者であるということでも否定されましたが、血友病AであれBであれ、非加熱製剤を投与し続けられた症例でありますから、エイズ発症のリスクグループであることには間違いなくて、これを否定する理由にはならないわけであります。 したがいまして、帝京大症例をエイズと否定することには合理的な理由が見当たらないわけであります。塩川班員は、当時は研究班の班員は一流の学者が集まって医者の良心に従って帝京大症例の検討を行ったとおっしゃっていますが、以上述べたような理由から、帝京大症例をエイズとして認定しなかった理由は全く思い浮かばないわけでありまして、そういった理由から、塩川班員の医師としての良心を覆さなくてはならないような圧力がかかったのではないか、そういうふうに推察したわけであります。 さらに、順天堂大学症例は、先ほどの塩川班員の喚問におきまして、消耗性症候群であるということを塩川班員は述べておられました。 しかし、消耗性症候群というのは、体重が非常に減少して、かつ非常に治りにくい病気であります。当時は、エイズと診断されて、長くとも、どんなに頑張っても三年以上生きる症例はほとんどいなかったわけであります。現在も、消耗性症候群になった患者さんは、ほとんど治療法がないまま、一年以内に亡くなっていくのが現実であります。しかるに、順天堂大学症例は何と十年も生存した、これは非常に奇妙であります。 したがって、帝京大症例を隠すために順天堂大症例をでっち上げたというようなことも考えられる。これも塩川班員の良心をどうしても曲げなければいけなかったような圧力がかかったのではないかと推察したわけであります。 さらに、前回、参議院でも申しましたとおりに、塩川班員は、ある大学関係の有力な教授でありますが、許可をもらっていないので名前を明かすことはできませんが、その教授のところにいらっしゃって、厚生省は非常に困っている、安部先生の発言や行動に対して非常に困っているので班長をやめるように説得してほしいと頼んだそうであります。幸いにして、その有力教授は安部先生にコンタクトをせずに、塩川先生に対して、自分でやりなさいということを言ったそうでありますが、そのような奇妙な行動をなさるということも学者としての良心ということを疑わざるを得ないわけであります。 それから、やはり有力な中央薬事審議会委員のお話、これは非常に親しくしていただいている先生でありますが、これも許可をもらっていないのでお名前を明かすことはできませんが、中央薬事審議会委員をなさっていたその先生のところに、厚生省から天下った会社の社長が直談判に来たそうであります。というのは、新薬を申請したのでありますが、いろいろな問題点がありまして、もう一度再検討するように会社に戻したそうでありますが、そこのところをどうにかしてくれという直談判があったそうであります。 幸いにしてその薬は、幸いという言葉は語弊があるのかもしれませんが、その薬は最終的には認可されなかったと先日その中央薬事審議会の委員に確認しましたが、このような事実と研究班での帝京大症例の認定の不可思議な経過あるいは順天堂大学症例の不可思議な認定などを考慮いたしますと、やはり何か塩川班員の態度並びに研究班の進行を変更するような重大な圧力が加わったのではないかと推察したわけであります。 以上であります。
○長勢委員 大変失礼でございますが、私ら専門家でないものですから、最初におっしゃった部分は、先日来のこの委員会でも、ステロイドの問題でありましてもあるいは順天堂症例の認定の問題にしましても、食い違いについていろいろほかの同僚議員から御質問があった点でございますが、これは一種の、私からすれば、どっちの学問が正しいのかというふうな話に近くなってきます。 したがって、意見が違った以上は何かおかしいことがあったのだとだけ言われましても、私としては、そうかなとなかなか納得できないです。いや、なかったとも言えませんし、あったとも私としては納得がいかない、得心がいかない。先生の言っておられることが間違っているという意味じゃございませんが。 ただ、今おっしゃった中で、やはり参議院でもお話がございましたが、中央薬事審議会の委員さんのお話でございますとか、あるいは塩川先生がある先生におっしゃったとかいったようなことは、これは重要な手がかりだと思うのですね。ぜひ、そのある大学の有力な方であるとか、そういう方がだれなのかということがわからないと、国民の方もわかったようなわからないような、疑心暗鬼にどうしてもなってしまうので、これはポイントであるだけに、今、御了解を得ていないので申し上げられないというお話でございましたが、何とかこれを解明しないことには我々も役目を果たせないなという思いで実はおるのです。 どうしても申し上げられないということではあるでしょうけれども、ここはもう先生が頼りでございますから、これだけ先生一生懸命やっていただいておるので、ぜひ国民のためにも、この人に聞いたらうまくわかるのだよということぐらいこの場で教えていただければ本当にありがたいと思うのです。 仮に、どうしても名前が言えないということであれば、私ら不勉強で十分なせんさくができないで申しわけなく思いますが、こういうことをあなた方やったらちゃんとわかるようになるのだよというようなことぐらい、ひとつサジェスチョンをいただけないものでしょうか。
○松田参考人 私もここの場でお名前を申し上げたい気持ちでいっぱいでありますが、やはりそのお二人の教授は私を信用してお話しくださった。断りなしにここでお話しすると、お二人と私との関係がこれで永久になくなってしまうということからも、帰りましてもう一度お聞きして、もし許可が得られましたら、先生にお伝えいたしたいと思います。
○長勢委員 これは一つの大きなポイントだと私も思っていますので、御努力もいただきたいと思います。何せ、これだけの不幸な、悲惨な事態が起きたことでございますから、あるいはその先生に御迷惑がかからないような方法もあるかもしれませんので、非公式にでもいいですから、私なりあるいは委員会なりにお力添えを賜りたいとお願 いを申し上げます。 それから、どうしても先生にだけはお聞きしておかなければいかぬのは、最前来のこの委員会で、先生の御答弁と塩川先生の御答弁とには明確な違いが何点かあるわけであります。これも、それは世の中にはいろいろな経過で食い違いというのはたびたび起こることは起こるのですけれども、何でこんなことになるのだろうというのはだれが考えたっておかしなことなので、その点、ひとつ教えてもらいたいのです。 一つは、いわゆるスピラ認定についてでございます。 五月八日のときの塩川先生の答弁では、スピラ会合が行われた日には中国に行っておって、自分はその会合に出席をしていない、このように明確に御答弁をされておられるのでございますが、四月十七日の参考人の答弁とではまるで違う、正反対なわけで、これは単なる事実でございますから、どのように思われますか。先生の記憶違いということもあり得るわけですけれども、記憶違いであるというふうに思われますか、どうですか。
○松田参考人 前回の記録を見ていただくとおわかりになると思いますが、私の趣旨は、恐らくはということで申したわけであります。塩川班員の答弁によりますと、中国にいらっしゃっていたということでありますが、このようなスピラとの重大な会議のときに中国にいて万里の長城の観光旅行をしていたということは、私には到底信じられないことであります。 私がこのような発言をいたしましたのは、スピラ博士との会談は東京在住の班員を至急集めて開催するということ、それからもう一つは、塩川班員は研究班の中でも非常に重要なキーパーソンでありまして、この方が出席していないということは到底考えられなかったからであります。 さらに、私がこのスピラとの会談に出席していたのではないかとお答えいたした真意は、塩川班員がエイズのプロジェクトチームに回答した中で、このように答えていらっしゃいます。もしアメリカのエイズ専門家が帝京大症例をエイズと認定したならば、私がそれを反対する理由は全くなくて、認定したであろうということをお答えしております。 しかるに、スピラ会談には出席していなかったとしても、第四回の班会議で安部班長がスピラ会談の結論、すなわち、帝京大症例はステロイド剤を投与されたとしてもエイズであることには間違いないということを報告しているのでありますから、その会議に塩川班員は、二転三転して出席した、しないと言っていらっしゃいますが、出席していたことは間違いございません。 したがって、スピラ判定を知っていたわけでありまして、知っていたにもかかわらず帝京大症例を改めて否定したわけであります。
○長勢委員 スピラ判定について塩川先生が御存じだったかどうかということを今お聞きしたのではなくて、そのときに出席されておったということが事実であるかどうかについて。塩川先生は、事実でない。それはスピラ判定を知っておられたかどうかという話と直接には関係ない、まあ間接には関係ありますけれどもね。それは、今のお話ですと恐らくということですから、推定の中で出席されたに違いないとお思いになったということであって、明確に事実であったかどうかは正確には確認はできない、こういうふうに受けとめてよろしいですか。ちょっと時間もありませんので、端的にお答えください。
○松田参考人 そのとおりであります。
○長勢委員 もう一点は、先ほども委員長に対する御答弁でございましたが、順天堂大学へ検体を持っていって診断をされた、そしてその報告を塩川先生がされた、こういう御答弁でございましたが、塩川先生からは、検体を持ち帰ったことはない、このように明確に答弁をされておられるわけであります。 これも、それの評価についてはまたいろいろあると思うのですが、事実として、順天堂大学へ検体を持っていって診断を受けたという事実があるというのが先生の御答弁であり、ないというのが塩川先生の答弁ですが、事実だけについての現在での御意見というか、お考えを教えてください。
○松田参考人 その点に関しましては、私の記憶が間違っていたかどうかということを確認するために、先週、病理学教室に行って確認してまいりました。 幸いにして、当時の病理組織標本をつくっていた女性がおられまして、その方と二人だけで話すと客観性がございませんので、病理学教室の教授同席のもとに確認いたしましたところ、当内科の医師がその亡くなられた教授のところに来て、順天堂大学に標本を持っていかなくてはならないので至急標本をつくってほしいと頼まれたそうであります。そうして、その亡くなられた教授は、ブロックと呼ばれる、標本を封じ込めたものがありますが、それを十数個選んで、そして標本をつくって渡したということであります。さらに、なぜ新しくつくったかと申しますと、なくなることを懸念したからだそうであります。 以上のことより、順天堂大学に標本を持っていったことは間違いございません。
○長勢委員 どうもありがとうございました。大変貴重な答弁だと思うのです。先ほどの件もそうですが、これはもうポイントですから。 やったことをやらないという答弁を塩川先生がおっしゃったのだとすれば、我々の疑惑というものも、これはもう深まらざるを得ない。しかし、正直言って、何の証拠もなく、あなた、うそつきだとか、インチキしたと言うわけにもいきませんので、当委員会としても、これはやはり、だれが、いつ、どうしたのかということを、先ほど申し上げましたが、ぜひはっきりするのが役目だと思います。 大変貴重な御答弁をいただきましたが、今ここの場ではだれと言えないのだろうと思いますが、先ほど申しましたように、ぜひこの場で具体的に白黒がつけられるように、御協力というかお力添えを賜りたいと思いますが、よろしゅうございますか。
○和田委員長 松田参考人の御協力をお願いいたします。
○長勢委員 時間がないので、ほかにも聞きたいこともあったのでございますが、圧力があったということが一つと、もう一つは、何か学会というものがあって、これがどうも私には、外側におると少しわからないところがあって、どうもそれがどの程度影響したのかわからないのです。 大学同士の争いですとか、あるいは学者同士の争いですとか、あるいは学会というか、学会も細分化されておるようでございますが、その中での争い、いわば手柄争いであったり、地位争いであったり、名誉争いであったりと、具体的にはどうもこれは、これこそ推測でございますが、どうも先生のお話を伺っていますと、これは私は責任持って発言できることではございませんが、間違ったらごめんなさいですが、塩川先生が厚生省等の圧力によって何かやった、それの背景には、安部先生とのいろいろな確執もあったのではないか、あるいは学会同士の争いもあったのではないか、それがうまく有無相通じてこんな悲惨な結果になったのではないかということもあるのかなという思いすらするわけでございます。学会というのはどんなものであって、それがこの大変不幸な事態を招くときにどんな影響を与えたのだろうということが非常にそら恐ろしくなるわけです。 これから再発防止をするためにも、学会というのは何かということを踏まえてやはり考えていかなければならないのだろうと思うだけに、今はちょっと時間がないものですから雑駁に申し上げましたが、今回の学会のそういういろいろな実情というものがこの結論を出す経過の中にどういう影響があったとお感じになっておられるか、教えていただきたいと思います。
○和田委員長 松田参考人、簡潔に御答弁をお願いいたします。
○松田参考人 残念ながら、具体的には申せませんが、医学界には非常な学閥があって争っている ことは確実でありますが、その雰囲気は、先生がもしお医者さんになっておられたら感じられるようなことでございまして、やはりこれは是正していかなければならないのだなという感じがいたします。
○長勢委員 ありがとうございました。終わります。
○和田委員長 山本孝史君。
○山本(孝)委員 松田先生、御苦労さまでございます。よろしくお願いをいたします。 まず最初に、研究班設置の目的についてお伺いをします。 郡司、安部、徳永の三氏ともに、この受けとめ方が若干異なっております。松田先生は研究班設置の目的をどのように御理解をされておられますでしょうか。
○松田参考人 研究班設置の目的は、第一回の郡司課長のあいさつにも端的にあらわれているように、日本にエイズ症例がいるかいないかという判定と、それから、特にエイズ症例はアメリカで血友病患者さんにもだんだん広がっているということから、帝京大症例のことも含めてお話になったのだと思いますが、もし血友病患者さんの間でエイズがいるとすれば、現在アメリカから輸入されて使われている非加熱製剤の安全性、特にクリオヘの復帰あるいは加熱製剤の緊急輸入等についての是非を検討してほしい、この二点が主な目的であったと思います。
○山本(孝)委員 ということになりますと、いよいよもって帝京大の症例についての判定が一番問題になってくるわけです。 その折に、いろいろとお医者さんの言うことだから云々というお話がありますけれども、これはやはり、診断基準を用いてこれがエイズであるかどうかという判断をしたのだというふうに思います。 五十八年当時に用いられていた診断基準とは一体どのようなものであったのか。いろいろな診断基準が確かに出てきますけれども、五十八年十月十四日のエイズ診断基準小委員会の暫定的な診断基準というのが郡司ファイルにあります。あるいは、第二回の研究班の席上でも診断基準に関する資料が配付をされております。こういったものはそもそも別のものなのか。 帝京大症例を判定するときにどのような診断基準を用いて、すなわち、それは日本独自の診断基準を持っていたのか、CDCの基準を用いてこの日本の症例も判定しようとしていたのではないのだろうか。これはスピラ認定のところとも関係しますので、この辺の診断基準についての先生のお話をお伺いいたしたいと思います。
○松田参考人 当時の研究班でエイズを診断する根拠になったのはCDCの診断基準であります。そして、日本で、その後、小委員会が設置されて、診断基準を独自につくり始めましたが、根本的にはCDCの診断基準をひな形として、若干言葉のあやとか、それから少々、我が国の実情に合ったような文に改めてつくったものでありますが、ほとんど同じと考えていいと思います。
○山本(孝)委員 そうすると、研究班の皆さんの中で、この基準だ、あの基準だというものがあったわけではなくて、CDCの基準をもともと用いて、それに応じて判定をしていこうということであったということですと、先ほど帝京大症例が否定された理屈を幾つか先生お述べになりましたけれども、先生のお気持ちの中で、結局は帝京大症例が否定をされて順天堂症例が肯定をされたというところがそもそもおかしいのだということがずっとお気持ちの中にあるのだと思うのですね。 ステロイドの話は先ほど詳しくしていただきましたけれども、たしか一年前にはステロイドの使用は終わっているわけですけれども、一年前にステロイドの使用が終わっている症例にもかかわらず、絶対的な要件として、ステロイドが使われているからこれは認定できないのだということになった、そのところをもう少しお話しをいただけませんでしょうか。
○松田参考人 帝京大症例には、都合二回、ステロイドが投与されております。一年ほど前に投与されたのは、伝染性単核球症という、EBウイルスというウイルスによって引き起こされる症状が非常に重篤であったためにステロイドを投与しております。これは日和見感染症と考えてよいのではないか。 それから第二回目は、血友病患者さんにはしばしば、血液製剤を輸注することによって肝炎ウイルスに感染して慢性肝炎やあるいは肝硬変症に進展することがあるわけでありますが、この患者さんにおいても、肝硬変症が進行しまして、黄疸ですね、体が黄色くなる症状が生じたわけであります。この場合、現在はそのような治療はいたしませんが、当時の常識としてはステロイド剤で治療する。こういう、肝不全と申しますけれども、肝臓が働かなくなった場合には、黄疸をとるためにもステロイド剤を投与する。ですから、末期においてステロイド剤の投与が行われておりますが、先ほど申しました理由により、このようなステロイドの量ではこの患者さんに見られた重篤な日和見感染症は生じないと信じております。
○山本(孝)委員 ステロイドの投与は一年前に終わっていたという点は確認はできるのですね。
○松田参考人 都合二回投与していまして、一年前と、それから末期、肝不全に対してステロイド剤が投与されております。
○山本(孝)委員 それと、解剖所見の中で、日和見感染症の一つのカンジダ症があった。食道からかなり、さっきは全身性とおっしゃいましたけれども、これは心臓ですとか肺ですとか、全部にカンジダがあったというふうに理解していいのですか。
○松田参考人 そのとおりであります。
○山本(孝)委員 かなり、今の先生のお話でいきますと、確実に日和見感染として明確なものがあったというふうに理解できるわけですけれども、塩川先生は、この間の委員会のときに、帝京大症例をエイズと認定しなかった理由として、学問的理由として診断基準との不適合、今の先生に御質問している点ですけれども、この点が一つと、一流の学者ゆえに間違ってしまうと権威に傷がっく心配があるので判定するのをためらったのだというふうにおっしゃっているのですけれども、先生、この塩川先生の御発言をお伺いされてどういうふうに今思われているのでしょうか。
○松田参考人 当時のCDCの診断基準には、エイズを除外する項目として免疫抑制剤の投与というのが記載されておりますが、先ほど申しましたように、我々が投与したステロイドの量ではこれほど重篤な日和見感染症は生じないわけであります。さらに、塩川先生は、リューマチ、膠原病の大家でありまして、やはり長年の経験からステロイド剤を投与されていたはずでありますが、そういった経験から判断されなかったというのは非常に不思議であります。 それから、塩川班員は、一流の学者が云々ということを発言なさいましたが、私はそれを聞いて非常に、何と申しましょうか、医者として不適格だなという感じがいたしました。何を医者はすべきであったのか、特に研究班班員として何をすべきであったのかを忘れて、名誉と学閥争いのために班の中で論議していたとすれば、これは大きな間違いであったと思います。
○山本(孝)委員 順天堂の症例についてお伺いをしたいのですけれども、塩川先生は、この順天堂大の症例を判定するのに、昭和五十九年三月の「AIDSの臨床診断の手引き」によって判定したとこの委員会でお述べになりました。先生は、この診断基準をもってして順天堂大の症例を見ると、これはエイズと認定できないのではないかというふうにお考えだと思うのですけれども、何か先生のその判断を補足するような、サポートするような判断材料というのを何か先生はほかにお持ちでいらっしゃるのでしょうか。
○松田参考人 きょうお配りしょうと思っていたのでありますが、順天堂大学症例を学会で発表した記録がここにございます。日本内科学会誌の第七十五巻の三号に、順天堂大学の松本医師が発表 しているその要約が書いてございます。 これと、順天堂大学症例を認定した当時の報告書を照らし合わせて見ると、確かに、順天堂大学症例は全身倦怠感あるいはリンパ節腫大、血小板減少など軽微な症状はあったわけでありますが、塩川先生が消耗性症候群と診断した根拠を示す所見は全く書いてございません。体重の減少は全くない。通常、消耗性症候群というのは、健康時の体重の一〇%以上の減少、例えば六十キログラムの体重があった場合には急激に六キログラム減ってしまう、そのような急激な体重の減少、あるいは慢性の下痢、これは一日数回、しかも三十日以上続かなくてはいけないのでありますが、この内科学会の記録やそれから報告書には全く体重減少の記載はないのであります。 しかも、ここに書いてある下痢でありますが、「一過性の下痢」と書いてあります。一過性の下痢というのは我々いつでも経験するわけで、ストレスなんかでもありますし、ちょっと食べ物が悪ければ一過性の下痢は生じるわけでありますが、慢性の下痢はなかった。そういった非常に当てはまらない症例を持ってきて消耗性症候群と言ったわけであります。 仮に百歩譲って消耗性症候群としても、当時の技術をもってこれを治療することはできない。どんなに一生懸命頑張ったとしても三年はもたなかったはずであります。それが十年も生きていらっしゃった。現在も、この消耗性症候群にかかりますと、我々は治療法を見出すこともできない非常に重篤な症状でありまして、これは明らかに間違った診断であったと私は信じております。
○山本(孝)委員 一過性の下痢と慢性の下痢で全然違うとおっしゃいました。先生は一過性の下痢は食あたりのようなものだと今おっしゃいましたけれども、これはそれほど重篤なものではなくて、治るというふうに理解していいのでしょうか。一過性という言葉の意味についてお願いします。
○松田参考人 一過性ですから、二、三回下痢してそれでおしまい、下痢どめを飲めばおしまい、治療できるという下痢であります。
○和田委員長 松田参考人、その書類を印刷して配付していいですか。
○松田参考人 はい。
○和田委員長 それでは、ここに配ってもらいます。
○山本(孝)委員 先生、少し聞き漏らしてしまったので、申しわけありません。その学会の開催日というのはいつになっているのでしょうか。資料が行ってしまいましたですか。 今、学会誌をもとに御発言をされたので、学会誌というのは、私の普通の考えでいくと、大体締め切りが決まっていて、いつまでに投稿しないとそれを載せてもらえないという形にたしかなっていると思うのですね。したがって、今、資料が戻ってきたらで結構ですけれども、その発表された学会がいつ開催をされていて、そして、その演題の締め切りがいつになっていたのかというところを後でぜひお聞かせをいただきたいというふうに思います。 ただ、先生、今の消耗性症候群ですけれども、たしか塩川先生は、今の診断基準に基づけば消耗性症候群と言えるのではないかというお答えだったと思うのです。それで、一〇%を超える体重減少あるいは慢性の三十日以上の下痢云々という話ですが、この今の「感染症診療の手引き」でいきますと、「消耗性症候群と診断する」けれども、「これらは確定的な診断法ではないがサーベイランスの目的のためには十分である。」というふうに最新の診断基準に基づく今の厚生省の感染症課の監修の手引には書いてあるのですね。だから、確定的な診断法ではないので、この消耗性症候群だけをもってして判定するのはどうも無理があるなというふうにこの間のお話を聞いていて思ったのですが、そこのところは後で資料が来たらお伺いします。 先生は先ほど、ここの点も確認ですけれども、スピラとの会合には塩川先生は同席していなかったかもしれない。しかしながら、その会合の後に開かれた第四回の研究班の会議には、塩川さんは、順天堂の病理の報告をされたというふうに御本人も言っておられるので、出席をしておられたのではないかというふうに思うのですが、先生自身は、そこのところ、塩川先生の出席という点についての御記憶はございますのですか。
○松田参考人 帝京大からお貸しした病理標本の報告をそこでなさいました。それで、肝硬変症と単なる敗血症であるという順天堂大学病理教授のコメントを読み上げられて、それがまたスピラ判定にもかかわらず帝京大症例をエイズであることを否定する根拠となったわけでありまして、私は、塩川先生が第四回班会議で発言したことはよく覚えております。
○山本(孝)委員 そうすると、この前から問題になっていますスピラ判定を、この第四回の会合ではもちろん議題になっているわけですけれども、それを塩川さんが聞いておられたのかどうかという点だと思うのですね。もし御本人がお聞きになっておられれば、御本人のおっしゃっているとおりに、抗体陽性であれば確実にこれはエイズと判断できるのだというふうにこの間の委員会でもおっしゃったわけで、そこのところを、先生の御記憶の中で、なかなか難しいと思うのですが、塩川さんがこのスピラ判定を聞いておられたかどうかという点について、御記憶があったら教えてください。
○松田参考人 本人は、第四回会議に出席していたわけでありますから、安部班長からのスピラ報告は聞いているはずでありますけれども、塩川先生が記憶にないとおっしゃる理由がよくわかりません。聞いていたのだと思いますが。
○山本(孝)委員 長勢先生もおっしゃったけれども、やはりここが、塩川さんの発言がはっきりしない部分があって、少なくともこの時点で抗体陽性の話を聞いていれば帝京大症例はエイズであったという時点で、少なくともあの五十九年の秋の時点では対策が変わるはずだったというふうには私たちは思うわけですね。その意味でも、塩川さんにもう一度来ていただいて、しっかりしたお話を聞かせていただきたいというふうに思うわけです。 その帝京大症例を順天堂大で判定するときにも、その病理の標本を持っていった、持っていかないでお話が食い違っていて、先生、御確認をいただいたら、帝京大の方では病理標本をつくったという先ほどのお話であったわけですけれども、病理の先生が病理標本を見ないで判定をするということはあり得ないのではないのですか。
○松田参考人 私は、内科医であるとともに厚生省の死体解剖保存法という法律に基づく病理解剖の認定医でありまして、病理には少々うるさいのでありますが、この前の発言、塩川班員は、班の会議で配付された資料を、いわゆるこういうペーパーをもって順天堂の病理の教授に見てもらって診断してもらったということでありますが、病理学者の立場からいいますと、病理学者というのは、非常に他人の診断に疑い深くて、決して信用はしません。必ず病理標本を顕微鏡で自分の目でのぞいて、そして結論を出すのが常識であります。 したがって、順天堂の病理の教授がもし診断を下されたとしたならば、病理標本を見ているのが当たり前である、当然であると判断するのが常套でありますが、もし塩川班員が班で配付された資料のみを見せていたとしたら、これは大きな問題ではないかと思います。
○山本(孝)委員 それと、あわせて言えば、この間のときも、順天堂大の症例を、自分はもう退職していたけれども、診てほしいと言われたので、アメリカから帰ってきた患者さんには会った、しかし診断はしていないというふうにおっしゃったのですね。たしか単純ヘルペスというふうにあのときの症例はおっしゃっていたので、そんなに、確かに最終的な決定をしようとすると病理標本をとって顕微鏡をのぞかないといけないかもしれないけれども、皮膚のところのどこかにそういう潰 瘍があったということであれば、お医者さんとして、目の前にエイズの患者さんがいて、極めてまれなケースであるというふうに言われていて、ちょっと服を脱いでくれませんか、診せてくれませんかというふうに聞くのが私は医者として普通じゃないかと思うのですけれども、どうもその辺、塩川さんがよくわからないのですが、お医者さんとしてそういうのはどうなんでしょうか。
○松田参考人 病理学者が自分の目で顕微鏡をのぞいて診断を下す、この態度はいつもそうであります。それと同じように、医者、特に内科医というのは診察をして診断を下すのが当然でございます。聴診器を当て、そして打診をして、そして自分の手で診察をして確認をして、そして、ある程度の、診断を確認するために検査をする、それが常套でありまして、塩川先生が内科医であられたならば、診察をしないということは信じられないことであります。
○山本(孝)委員 もう一点、先生にお伺いをします。 輸血後感染症研究班という研究班がありまして、そこの「AIDS分科会報告」というのが厚生省が発表しました資料の中にございます。五十九年の十一月二十二日に京都大学ウイルス研究所の会議室で開催をされたという内容ですけれども、そこの「出席者」のところに「栗村、日沼、大河内」とありまして、「安部(帝京大)(松田代理)」というふうに書いてございます。 これは、輸血後感染症研究班の中では、安部先生はたしかここの班員ではないというふうに確認をしておりますけれども、ここに安部先生が出席者ということで名前が出ている、あるいは松田先生が代理で御出席をされたように思える、この辺の事実関係を教えていただけませんでしょうか。
○松田参考人 その京都大学で開かれた班会議に、安部先生の代理として私が出席したことは事実であります。この班会議が開かれるということは前日の夜に聞かされまして、それで代理で行ってくれと言われたわけであります。しかし、私は、その研究班の趣旨に関しては安部先生からはほとんど何も聞かされないまま、ただ出席しろということで出席しております。それで、この研究班になぜ安部先生が班員として名前を連ねていたかということを考えますと、安部先生がギャロに送った検体のHIV抗体検査結果を持っているということを厚生省が知っていたからではないかと思われるわけです。 というのは、当時、栗村先生は蛍光抗体法によってHIVの抗体検査の開発を一生懸命努力なさっていたわけでありますが、それが正しい成績が出るか出ないかということを確認する方法がはっきりしていなかったわけであります。当時、栗村先生はフランスの方からウイルスをもらって検査していたわけでありますが、アメリカの検査法と一致するかしないかということは非常に重要な問題であったわけでありまして、安部先生がギャロに測定してもらった結果を持っている、検体を持っているということを知っている者が班員にしたのであろう。 そうしますと、栗村先生あるいは日沼先生と安部先生がどこかで接触する可能性は非常に少ないわけであります。日沼先生、栗村先生はウイルス学者でありますし、安部先生は血友病学者でありまして、学会で顔を合わせることはまずあり得ないわけです。そうしますと、その仲介をしたのは厚生省であって、すなわち、安部先生が厚生省にギャロの結果を報告したということは、これは間違いないのではないかと思います。 それからさらに、厚生省がなぜ安部先生の結果を知っていたかということを考えるに、栗村先生は先ほど申しましたようにフランスからのウイルスをもらって、抗体の名前はLAV抗体と呼んでいるわけであります。それで、その班会議で二十何例中四例でしたか、陽性だと報告していますが、もしその成績を受けて厚生省が議事録を残すとしたならば、LAV抗体が日本に上陸しているはずであると書くはずであります。しかるに、この議事録を見ますと、アメリカの呼び方でありますHTLV-Ⅲと、その抗体が陽性であるというふうに記載してありますので、やはりアメリカからの成績結果を厚生省は把握していたと考えざるを得ません。
○山本(孝)委員 すると、安部先生は、ギャロからの報告をもらったときに厚生省にすぐ電話をした、あるいはその後お届けをしたというふうにおっしゃっているわけで、その辺が少し今ので、そういうふうに考えると今の話が裏づけられるということですね。 それで、塩川先生は、先ほどから申しているように、抗体陽性であったとすればすぐにエイズと判定できたのだ、ところが、その帝京大の症例について陽性であるというふうに知ったのは、例の八五年三月二十一日の新聞で見るまで知りませんでした、あのとき初めて帝京大症例も陽性と判定されていたことを知りましたというふうにおっしゃっているわけですが、十一月二十九日の調査検討委員会の第一回の会合のメモが、これも厚生省が発表しましたエイズ調査検討委員会用ファイルという中に入っております。 大変に読みづらい字で読むのに骨折りますけれども、ずっとにらんでいますと、どなたかの発言の中で、冒頭の最初の発言のところで、「ドクター・アベから血友病患者の血清をギャロに送ったところ二十二例中四例に抗体陽性、保有者がいる」というふうにこの調査検討委員会の中に書いてあるわけですね。ですので、五十九年十一月二十九日の段階で、安部がギャロに血清を送ったということがこの検討会の中に言われている、二十二例中四例という数字は若干違いますけれども。 これを見ると、塩川先生は少なくともこの時点で、十一月二十九日の時点では帝京大症例、すなわち安部さんが持っている血清の中に陽性のものがあったのだということを知っているのではないか、こう理解せざるを得ないのですが、先生はこの辺はどういうふうにお考えになりますか。
○松田参考人 私もその議事録、メモを見て知っておりますが、そこに書いてあることから推しはかれば、やはり塩川班員は知っていたと判断せざるを得ません。 それから、二十二例中四例というのは、多分、栗村先生の発表の数と帝京大症例とミックスアップしたものではないか、勘違いして書いてあるのではないかと思います。
○山本(孝)委員 数は違うけれども、その時点では塩川先生ははっきりと知っておられた。すなわち、厚生省も確実にこの時点で知っていた。すると、いろいろな診断基準のややこしい話はあったけれども、抗体陽性ということが確実にウイルスが固定されてわかっている時点があって、その時点でも何ら対策をとらなかったのだというきようのお話にやはりなるわけですね。 塩川先生がかなり早い段階からこの調査検討委員会あるいは研究班の中で一定の役割を与えられておいでになった、そこのところの御発言が随分ときょうの話とも違うという点で、委員長、ぜひ塩川先生をもう一度お呼びいただけるように御検討いただきたいと思います。よろしいでしょうか。
○和田委員長 理事会で、ただいまの御発言、協議させていただきたいと思います。
○山本(孝)委員 コピーが戻ってきましたか。
○和田委員長 コピーを配ってください。
○山本(孝)委員 先ほど先生がおっしゃった日本内科学会の関東地方会で、日本のエイズ患者第一例ということで症例発表がされている。この会議はいつ開かれていて、大体、この論文の投稿ということでいけば、いつを締め切りというふうに考えるのがよろしいのでしょうか。
○松田参考人 お手元の資料を見ていただくとおわかりのごとく、表紙に「地方会」と書いてありまして、その下に三行書いてあります。そのうちの「一、第三四六回関東地方会」と書いてあるところ でありますが、昭和六十年の五月十一日に東京医科歯科大学でこの内科学会関東地方会というのが開かれているわけであります。 それで、この五月十一日の学会に発表するためには、内科学会の規則で、二カ月前の十日までに申し込まなくてはならないと規定があります。仮に十日が日曜日であったとすれば十一日までが締め切りであります。したがいまして、この松本先生が発表したという症例は既に三月十日に提出されていたわけでありますが、順天堂大学症例がエイズと認定された会議が開かれたのはその後でありますので、何か不自然さを感じるわけであります。 その当時の演題は、題名は「原因不明の免疫不全症の一例」となっております。ここに書いてある「本邦第一例」ということは書いてありませんが、その当時、もしエイズ第一例と認定されるならば、HIV抗体が陽性であることを確認されているはずでありまして、「原因不明の」とは到底呼ばないはずであります。したがって、非常に奇妙であると感じます。
○山本(孝)委員 ありがとうございました。時間ですので、終わります。
○和田委員長 横光克彦君。
○横光委員 どうも松田参考人には、本日はまことに御苦労さまでございます。 先ほどのお話で、先日の参議院の参考人に出席する前日に非常に悩まれたというお話を伺いました。それにもかかわらず、勇気を奮い起こして出席され、あのような発言をされたわけでございます。私たちも多くの方々に御意見を聞いているわけですが、どうもそれぞれの方たちは、私にはあるいは私たちには非はないのだ、責任はないのだというような意見が多いわけですね。そういった中で、松田参考人の御発言は非常に、私はでき得る限りの真相を公表していただいているのではないか、そのように受けとめております。 まず、一九八三年、エイズ研究班設置当時ですが、このころ先生は帝京大の講師でいらっしゃいました。このときに、帝京大の中で血友病患者の方々を治療したりあるいは接触する機会はございましたか。
○松田参考人 私は、臨床免疫学を専攻する医師でありましたので、直接外来等で血友病患者さんを診る機会はほとんどありませんでしたが、帝京大症例に関しましては、主治医から時々、入院したりあるいは外来で診ているときに免疫不全があるという認識がその当時からありましたので、相談は受けておりました。時々、診察もしておりました。
○横光委員 当時から先生は、非加熱濃縮製剤の危険性、血友病患者がエイズに感染する危険性について非常に危惧をされているという発言がございます。先生御自身はそういった危機感を持っていたわけですね、お医者さんとして。そして、同じ病院内にそういった血友病患者がいる。そうした場合、その血友病患者の方々に何らかの情報なりあるいは危機意識を提供されたことはございますか。
○松田参考人 いわゆる帝京大症例のみを診察する、入院したときに診察する機会はありましたが、それ以外で血友病患者さんに接触する機会はほとんどなかったわけでありまして、そのようなことを直接患者さんに言った記憶はありません。
○横光委員 お医者さんとしては、医師としての良心から、私は大分悩まれたのではないかと思います。 先ほどから同僚議員が何回も質問しておりますが、私ももう一つ質問させてください。いわゆる病理標本の件でございます。 先生は、これは病理学者である以上、標本を見ないで診断することはあり得ない、そういうお話でございます。確かにそうでしょう。それを、先生は、塩川先生が病理標本を持っていかれたと、ところが、塩川先生は、私が何度もこの前質問したのですが、病理標本は持っていっていないのだ、受け取っていないのだとおっしゃるのですね。真っ向から意見が対立している。 先生は今、システムとして病理標本は十個くらいつくったとかいろいろおっしゃっていましたが、その当時の病理標本を貸し出すときのシステム、それも先ほどお話ししていました。その担当の先生は亡くなられたわけですね。そして、その補助をされた女性の方がはっきり渡したということは確かなんでしょうか。
○松田参考人 その件に関しましては、先週確認しましたので間違いございません。
○横光委員 それは、その場合、先生御自身が立ち会って渡すのを見たわけではないのですね。
○松田参考人 そうではありません。
○横光委員 これは、そういったある意味では証人がいる以上、これだけ意見が真っ二つに分かれているということはどうしても納得がいきません。このことが非常にエイズ対策の大きな分岐点である、私はそのような気がいたしておりますので、これからまた真相を厚生委員会で追求していかなければならないと思っております。 次に、また同じようにスピラ博士の件ですが、このスピラ博士どの会合に出席された方々、でき得る限りでございます、出席された方々のお名前を教えてください。
○松田参考人 私のほかに安部班長がいらっしゃいました。それから郡司課長と、そのほか、補佐が三人ほどおられたと思います。 それから、私は塩川班員が出席したと思っていたのでありますが、そのほかに複数の班員が出席していたと思いますが、記憶がはっきりしないので、この場では差し控えさせていただきたいと思います。
○横光委員 今、郡司課長を初め厚生省の方々が三人ぐらいいらっしゃったと。これだけの、その十日前に帝京大症例をエイズと認定するかしないかで大変な問題がありながら疑似症例になった、その十日後にスピラ博士が見えた、その会合に出席した、これは大変大きな意味を持つ会合です。それなのに、皆さん、余り記憶がない。 これは、厚生省の方には出席者あるいはその会合の内容、そういったものがメモされている、あるいはテープにとられているという、これは厚生省に聞いていないのですが、先生はそういうふうな思いを持っていますか、厚生省なら当然そういうことはしていただろうと。
○松田参考人 出席していた補佐のお一人は非常にメモ魔でございまして、メモが大好きで細かく書く方でございますので、その方が書いたものは資料としてあるはずであります。
○横光委員 わかりました。いずれその資料を提出していただきたいと思っております。 次に、これも塩川班員は、何せこのときには万里の長城に行っていたと、まあ信じられないようなことをおっしゃるのですが、スピラ氏の診断結果を第四回で安部班長が報告していますね。そしてまた塩川班員も、順天堂大での、先生からいえば病理標本の診断結果を第四回会議で報告されております。このスピラ博士の報告が先か、塩川班員の順天堂大の報告が先か、御記憶がございますか。
○松田参考人 スピラ博士のところでですか、会議でですか。
○横光委員 第四回でスピラ博士のことを安部さんが報告したのが先か、塩川さんが順天堂大の報告をしたのが先か、わかりますか。
○松田参考人 そのときには順天堂大症例は議題に上っておりません。順天堂大症例は議題には上っておりませんが。
○横光委員 順天堂大症例が第四回で塩川班員から報告されているのです。これは本人がちゃんと言っているのです、第四回会議で。ですから、出席した。最初は出席したかどうか記憶がないと言っていながら、最後は出席して報告したと私の質問に答えている、第四回会議で。ですから、第四回会議のときはスピラ博士の結果も安部班長が報告しているわけでしょう。この順序によって大きく違うのですよ。
○松田参考人 第四回で順天堂大症例が報告されたことは、私は覚えておりません。
○横光委員 ちょっと今資料を持っていないのですが、これはもう確かだと思って持ってこなかったのですが、第四回の会議で順天堂大の報告をしたと塩川班員は答えております。 私はなぜこういうことを聞くかと申しますと、もしスピラ博士の報告が先にありながら、結局、順天堂大報告によりエイズでないという結果、承認されなかったとなりますと、スピラ博士の診断は全く無視されたわけですね。当時、日本の研究班会議もアメリカのCDC基準に頼っていた。そのCDC基準の専門家であるスピラ博士が診断したわけですから、班員にとって、わらをもすがるような思いでスピラ博士の診断を待ち望んだと私は思うのです。その結果を第四回会議で報告されたにもかかわらず、全くそれが生かされていない。ある意味では無視された。否定されたわけですね。これは事実ですね。
○松田参考人 そのとおりであります。
○横光委員 このこともまだまだ本当に不可解な部分がいっぱい残っております。お互いの意見をやはりもうちょっと詰めてこの問題の真相を解明しないことには――そうですね。先ほどは、第四回で帝京大症例についての順天堂大病院の病理判定が報告された。それはあったのですね。
○松田参考人 それは覚えております。
○横光委員 それはどちらが先にあったか、覚えていませんか。
○松田参考人 結局、スピラ判定の報告があってからまた、短時間ではあったと思いますが、ディスカッションがあった、議論があったと思いますが、そのときに塩川先生がそのような意見を述べられた、病理の教授の返事をしたと思います。
○横光委員 スピラ博士の報告があったにもかかわらずそうなった。そのときに、どういった議事内容で、だれが一番そのエイズ認定することに反対されたのですか。
○松田参考人 やはり第二回目から帝京大症例をエイズと認定しがたいとする先生方が意見を述べられたと思いますが、特に塩川先生の病理標本の報告と、それから西岡班員の、従来の帝京大症例をエイズを否定する論拠、特に西岡班員が反対されたと思います。
○横光委員 反対された方は、今のところを聞くと、大体お二人の名前が出てくる。ところが、害部先生や松田先生は積極的だった。それで、班員は九人いらした。その中の状況がわからない。あとの班員の方々はどちらなんですか。じゃ、最後はどうして決められたのですか。多数決で決められたのですか、それとも、反対がいたから決められたのですか。反対がいたなら賛成者もいたわけでしょう。どういった形でエイズ認定とされたかったのか、そこのところをもう一つお話しください。
○松田参考人 最終的には、帝京大症例がエイズであることを否定されたのは多数決であります。二人、安部班長と私が賛成で、ほかの班員は反対されたわけであります。
○横光委員 そのときにはスピラ博士の報告があった後ですね。
○松田参考人 そのとおりでありまして、第二日で帝京大症例がエイズであることが否定されて、マスコミに発表されてから、帝京大症例がエイズであることはもう事実として第三回あるいは第四回の班会議で班員に認識されていて、新しい事由が出てきてもエイズでないということを覆す証拠にはならなかったということです。
○横光委員 そこのところがどうも納得いかないですね。アメリカのCDC基準に頼ってエイズかエイズじゃないかということを判断した、そのアメリカのCDC基準の専門家のスピラ博士が、結局そういったステロイド剤を使われていようともアメリカではこれはエイズと診断するのだ、そういった報告がなされながら、なぜ九人の班員の方たちはその意見を大事にしなかったのでしょうか。そこのところがどうも私はわかりません。先生はどう思いますか。
○松田参考人 やはり、前にも申しましたように、会議の大半の時間は安部班長がお使いになってしゃべり続けた。それから、それに対抗して意見を述べられる方は大河内先生と西岡先生ぐらいでありまして、それに補足する格好で塩川班員が発言されていた。ほかの先生はほとんどと言っていいぐらい発言はなかったと思います。
○横光委員 それで多数決になったわけですね。 もう一つお伺いしますが、ここのところもちょっとわかりにくいのですが、安部先生はこの帝京大症例のエイズ認定第一号のことに対しては非常に積極的であった。これは一回目から五回目まで積極的でしたか。
○松田参考人 私の印象では、第三回目までは非常に積極的であったと思います。それで、第四回目でスピラ博士の報告をしたのでありますけれども、そこでは前回、二回、三回の班会議で見せたような態度、絶対そうだと言い張るような姿勢は大分薄れていたと思います。
○横光委員 一回、二回あたりは非常に積極的だった。エイズ認定に積極的でありながらも、後半は少しそんなに積極的でなかった。そして安部先生は、要するに非加熱製剤の継続使用を強く主張していた一人でもあるわけでございます。 もし帝京大症例が認定されると、やはりこの治療方法というものは方向転換を迫られる可能性がある。そうなると、非加熱製剤使用というものの転換を迫られる。いろいろなことが、安部先生の中では矛盾点が多いのですね。エイズ症例認定が欲しいと思いながら、そうされると、こういった非加熱が加熱になる可能性あるいはクリオに転換される可能性もある、そういったことには反対であったわけですね。先生、そこのところの矛盾点を当時から感じていましたか。
○松田参考人 それは私は感じておりまして、いろいろ安部先生には進言したわけでありますが、やはり主任教授という立場から、君は血友病のことは知らないのだということで一蹴されてしまいました。やはり安部先生の行動にはいろいろな矛盾があったことは事実であります。
○横光委員 その矛盾もこれからやはりただしていかなきゃならないと思っております。 最後に先生、お伺いします。 先生は免疫学の専門家であり、また、HIV患者の治療にも努力されているわけでございます。先ほど先生、研究班員であった責任を今こそ全うすべきだ、そういう思いでいろいろとお話をするような気持ちになったと私は伺いました。その今こそ責任を全うすべきだということは、当時の真相あるいは知っている限りのことを公表するということと同時に、現在の患者の救済にもつながると私は思っているわけでございます。 そうしますと、現在、日本においての血液製剤によるHIV感染に対する救済事業で、エイズ発症の場合の特別手当が支給されております。これは今度和解が成立した中でも基本的には継続されるわけでございますが、この特別手当の支給基準が非常に厳しいのですね。非常に厳しいのだ。特徴的症状の発現段階ではもう末期に近く実態に即していない、これが患者の皆様方の非常に多い、また強い思いなんですね。 ですから、アメリカではもう現在、アメリカCDCではエイズ発症新基準を設定しております。いわゆるCD4は二百という新基準を設定しているアメリカなのに、日本ではまだまだそこまで行っていない。非常に厳しい。この患者の方々の切実な願いにこたえるためにも、先生先ほど、今こそ責任を全うすべきだという思いでも、日本においても速やかにエイズ発症基準を新CDC基準に統一すべきだと思うわけですが、先生のお考えをお聞かせください。
○松田参考人 その件に関しては数年前から感じていたところでありまして、私が診察している患者さんも非常に悩んでいるところであります。 私が考えるには、やはりエイズ発症云々は別として、感染者に一律に、十分な日常生活――患者さんたちは自分の仕事をなげうってまでも診察を受けに来たり、いろいろな御苦労があるわけであ りますから、感染者に一律にそのような補償をするというシステムをこれから我々は模索していかなければいけないと感じております。
○横光委員 どうもありがとうございました。終わります。
○和田委員長 枝野幸男君。
○枝野委員 松田先生は、血友病のエイズの被害者の方に対する責任を感じて、そして、学者としての生命をかけても真相を語らなければならないというふうにおっしゃっていただいております。 だとすると、先ほどの質問の中にもございましたし、それから、参議院で先生がお答えになった中にもございますが、塩川先生が安部先生をエイズ班長からおろすように工作をしたという話をされた、その先生がお話を伺ったという大学関係の有力者という方のお名前をお話しいただくべきだと思うのですが、いかがですか。
○松田参考人 私も先ほどの御質問もありましたようにそう感じますので、帰りまして許可をいただいてから公表したいと思います。
○枝野委員 先生のお話は、きょうもいろいろお話を伺っていますと、大変裏づけの証拠もあることも多くて、筋が通っていて説得力がある。一点、この塩川先生がどういう意図で行動されていたのかという裏づけの部分だけが間接情報であります。そして、ここが非常に大きなポイントであります。塩川さんの証言の信用性全体にかかわる問題です。 先生は、確かにその大学の有力者という方との人間関係も大切であろうと思いますが、しかし、まさにエイズの被害者の皆さんの真相究明への願いと、先生のその有力者の方との人間関係というものがどちらが重いのかお考えいただければ、それは、御本人の了解をとるべきだという、一般論としては正しいと思いますが、それよりも、真相を究明しなければならないという被害者の皆さんの思い、そして、それに基づいて再発を防止しなければならないという思いの方が重いのじゃありませんか。
○松田参考人 非常に厳しい御質問でありますが、私はあくまで許可をもらってから公表すべきだと思います。
○枝野委員 では、許可をおとりいただき次第公表していただくと。ただ、許可をとれなかったらどうするか。その場合には証人として、証人であれば拒否できませんので、証人としておいでいただいてお話しいただきたいと思います。ぜひ委員長、そういったお取り計らいをお願いいたします。
○和田委員長 松田参考人にもひとつ御協力を、委員長からもひとつよろしくお願いいたします。 枝野委員の発言につきましては、理事会の方で協議させていただきます。
○枝野委員 さて、塩川班員は、クロに近い灰色であったということをずっとこの場でお話しになりました。仮に百歩譲ってこの塩川発言が真実だったとしたら、一つおかしな話が出てまいりますのは、クロに近い灰色であったのに、ではどうしようとしたのかという話であります。 塩川班員がこのエイズ研究班の中で、対策について何とかしなければならないというような発言をしたことというのはありますでしょうか。
○松田参考人 塩川班員がそのようなことに関して発言されたのは、第一回目の班会議で安部先生が帝京大学にエイズと思われる症例がいるということを概略発表されたときに、早急に対策を練らなければいけないという発言をされた、そのときだけだと記憶しています。
○枝野委員 次に、松田先生御自身の認識をお伺いしたいのですが、特に第二回班会議の結論というのは、クロに近い灰色だったのですか、それとも、クロではないという否定がされたのですか、どちらの認識でございますか。先生の御認識というよりも、班会議の結論はどういうふうにとらえていましたか。
○松田参考人 班会議の結論は、エイズではない、疑似症例ということでありまして、クロに近い灰色のエイズという認識ではなかったと思います。エイズを否定したのだと思います。
○枝野委員 ここに昭和五十八年七島十九日の新聞のコピーを持ってまいりました。読売新聞は「「AIDS」に厳戒体制」という見出しがありますが、「類似二例〝シロ〟」、それから朝日新聞も「AIDS上陸を否定」、毎日新聞は「AIDSひと安心」などという見出しであります。これはいずれも安部班長の記者会見に基づいての報道だと思いますが、この報道ぶりを見ると、塩川証言よりも今の先生の御発言の方が正しいということになると思うのです。 先生は、翌日、当然新聞をごらんになっていると思いますが、そのときの印象は、これでは違うという思いですか、それとも、一応班会議の結論 はこうだという思いでしたか。
○松田参考人 班会議でもそのとおりの結論だったと思います。
○枝野委員 塩川先生の発言は明らかに客観的な事実と違っている。これはやはり偽証の担保のある証人としてもう一度聞き直さなければいけないと思いますので、私からもお願いを申し上げます。 それから、ただ塩川先生だけを責めるわけにはいかない。もう一つ、安部先生の方のお話なんですが、安部先生は帝京大症例を認定しよう、しょうとずっとしておられた。しておられたけれども、班会議では否定をされた。帝京大症例がエイズじゃないと否定をされても、安部先生御自身はこれはエイズだと思っていらっしゃったのであれば、厚生省全体としてはエイズ対策としての非加熱製剤の対策はとれないにしても、安部先生御自身では何らかの対応をすべきだったのではないか、これは当然の論理の帰結だと思います。 安部先生はそういった話は一切されなかったのか、安部先生はこれがエイズだと認定されたらその上でどういう対策をとろうとしていたのか、先生の御認識を教えてください。
○松田参考人 もし帝京大症例がエイズと認定されていたならば、恐らくは、安部先生はもう加熱製剤の存在を知っていたようでございますので、非加熱製剤を使い続けることはせずに、郡司課長のお話にもあったように、緊急輸入認可という方向に全力を尽くしたのではないかと思います。 ところが、エイズが否定されたためにそういう対応ができなかったとお答えになっておりますが、やはり、班会議でエイズが否定されたとしても、私も信じていましたし、安部先生は特にエイズであると信じていたのですから、非加熱製剤を使い続けることは非常に矛盾しているわけでありまして、これについても先ほど申しましたように意見を安部先生に言ったのでありますし、また、加熱製剤の治験が始まってギャロの抗体検査の結果がわかった時点でも私は進言したのでありますが、ことごとく無視されました。
○枝野委員 先生にとっては、ある意味では上司と言えるのかどうかわかりませんが、先輩であるわけですから、無意識におかばいになるのはわからないではないのですが、しかし、その後の安部先生の行動を見ておりますと、どうも腑に落ちない。 今先生がおっしゃったとおり、厚生省全体として、国全体としての対策はとれないにしても、安部先生だけでも対応を、努力をすべきだったのじゃないかというのは当然であります。どうも安部先生は、否定をされた途端に投げやりになったとしか思いようがないのかな、あるいはそうでなければ、もともとその認定だけはこだわっていたけれども、認定されても対策をとろうとしていなかったのか、どちらかとしか考えられない。 安部先生の気持ちは何だったのか。なぜ帝京大症例が班会議で否定されたからといって何もしなくなったのですか。どういうふうに先生は推測されますか。
○松田参考人 私は、安部先生の気持ちについては全くわかりません。自分がそういう立場であっ たならばいろいろな対応をしたであろうということでお答えしているわけでありますが、安部先生とは、私は、昭和五十年に帝京大学に行って以来二十年ちょっとおつき合い、指導をいただいているわけでありますが、日常の話だとか行動に関しても、時々というか、しばしば矛盾することが多かったわけでありますので、やはり思考という構造が普通の人とは変わっていたのじゃないか。あることをやっていながら別のところにもう既に心が行っていて、それに対して結論を出すという姿勢が余りなかったような感じです。
○枝野委員 では、こういう聞き方をいたしましょう。 先生は、参議院の小委員会で釘宮小委員長の質問にお答えになって、第三回班会議、これは、一たん第二回班会議で帝京大症例は否定されていますが、スピラ認定などが出てきて、認定の話がまだ若干ごちゃごちゃしているところです。その段階で、安部先生が藤崎補佐とクリオ製剤に関して、安部班長が激怒するほどの激論が交わされた。どういう議論だったのですか。安部先生の立場と藤崎補佐の意見と、それぞれちょっと端的にお答えください。
○松田参考人 細かいやりとりは覚えておりませんが、厚生官僚をこれほどまでにたたきのめしてよいかと思うほど、安部先生は藤崎補佐をやり込めたわけでありますが、やはり藤崎補佐は、クリオ復帰あるいは加熱製剤のこともあったのかもしれませんが、そういったことに対して主張されたのだと思います。それに対して、安部先生の最終的な結論は、君は血友病患者を治療したことがあるのか、そういう治療したこともない者が何ということを言うのだ、結局は私に任せておけというようなことで最終的に終わったのじゃないかと思います。
○枝野委員 だとすると、安部さんという方は初めから支離滅裂だったという理解なんですか。 ということは、この第三回班会議では、安部先生御自身が、帝京大症例はエイズだということを、まだスピラ認定を持ってきて説明をして何とか認めてもらおうとしていた。それだけ、何とか血友病患者の中にエイズがいるという事実をしっかりと認めてもらって、知ってもらって、対策を打たなければならないというふうなところに考えるのは当然であります。 しかし、このとき安部さんは、帝京大症例、つまり血友病患者の中にエイズの患者がいるということを信じて、それを認めてもらう努力を一方でしながら、しかし、クリオに戻そうとかという努力について頭ごなしに否定をして、厚生省の役人をこんなにどなりつけていいのかと思うぐらいの否定をしている。余りにも矛盾がある。最初からそういう方だ、要するに、こういったことをやるのに適しない人だというふうに思わざるを得ないのですが、いかがですか。
○松田参考人 私の師匠なのでそこまでは言いたくありませんが、今考えると、そうであったと認めざるを得ません。
○枝野委員 時間ですから終わりますが、そうしますと、この方を班長に選んだことの問題というのが出てくるのじゃないかなということを申し述べて、終わらせていただきます。 ありがとうございました。
○和田委員長 岩佐恵美さん。
○岩佐委員 きょうは、松田参考人にはお忙しいところ御苦労さまでございます。 参考人は、参議院の質疑で、「最終的にエイズ研究班で帝京大症例を認定しなかったということに関しては、私は承服しがたい気持ちであったと思います。」と答えておられますが、第一号症例についてどう感じておられるのか、改めて伺いたいと思います。同時に、第一号症例は血友病からエイズを出したくないという配慮だったのではという問いに対して、同じく参議院の質疑で「おっしゃるとおり」と同意をされておられます。この二点について、あわせて伺いたいと思います。
○松田参考人 帝京大症例に関しましては、先ほど申したような理由、すなわち、研究班でエイズではないと否定された理由は全く合理性に欠けるわけでありまして、そういった点からも、認定されなかったということは非常に残念に思うし、承服しがたいことであります。特に、これが認定されなかったことはへ後々の血液行政、対応が間違った方向に進んでしまったということから見ましても、帝京大症例は認定されているべきであった、されていなければいけなかったと思うわけであります。 さらに、帝京大症例隠し、すなわち、血友病患者からのエイズが出ては困るというおもんぱかりがあったのかもしれませんが、そのところを考えて順天堂大学症例が急に登場したということは非常に不可思議でありますし、仮に順天堂で診療していたとしましても、先ほど申しましたように、順天堂大学症例の臨床症状等を勘案いたしましてもエイズとはとても言いがたい、やはりでっち上げの症例であったと認識せざるを得ないということであります。
○岩佐委員 一九九二年出版の「NHKスペシャル エイズ危機」という本の中で、塩川氏は、「エイズ患者の第一例は一九八四年に報告された。」と記述をしています。この記述については、この間の委員会でお認めになりました。この問題をめぐって塩川氏は、「私は、帝京大学の症例につきまして、これはエイズとしては日本の第一例と言ってもいいのじゃないかと常に考えていた」、そういうふうに答えています。 血友病の帝京大症例を否定し、プレエイズの同性愛者を第一号患者として発表した塩川氏が、その後、このような態度を変えたということについて、参考人は御存じでしたでしょうか、また、その点についてどう感じておられるのでしょうか。
○松田参考人 私は、塩川班員がそのような態度を変えたということは知りませんでした。 ただし、このような重要な症例がどこにも発表されていないという非常に不思議な疑問があります。すなわち、先ほどお配りした中で、松本先生が順天堂大症例を第一号として発表されていますが、この内科学会地方会というのは、なりたての医者が、処女発表と申しましょうか、そういったトレーニングする場所でありまして、ほとんど聴衆はいないのですね。こんなところに、まあこういう言い方は語弊がありますが、ここに発表するというのはだれも見ない、だれも注目しない学会であります。 しかし、第一例であったならば、私だったら、まあこういう言い方もまずいのかもしれませんが、日本の第一例であればしっかりした日本の学会誌に発表するはずでありますが、全くその形跡がない。すなわち、本当はエイズではなかったので詳細は発表できなかったということだと思いますので、やはりエイズ隠しがあったと考えていいのではないかと思います。
○岩佐委員 「ギャロ博士からの結果は後ほど私も知るところになりまして、これほど多くの血友病患者がHIVに感染しているということを知って、非常に傑然としたことを覚えております。」と、参考人の参議院の厚生委員会小委員会での発言がありますけれども、いつ、どこでギャロ博士のデータについて知らされたのでしょうか。
○松田参考人 ギャロ博士の抗体検査の結果を知ったのは、私の上にいます木下、現在は教授ですが、当時助教授であったのですが、結果を安部先生に呼ばれて聞いた、それを私が研究室で教えてもらったのであります。それが恐らくは九月か、遅くとも十月までには知っていたと思います。
○岩佐委員 先ほど同僚議員とのやりとりの中で、十一月二十二日、京都で開かれた輸血後感染症研究班のエイズ分科会に安部氏のかわりとして参考人が出席をされた、それは恐らく厚生省がギャロ博士のデータを安部氏が持っているということを知っていたからであろうと言われました。非常にその御意見というのは私は重要な御意見だ というふうに思っています。 栗村氏は、その分科会で初めてギャロ博士のデータを知ったというふうに言っておられるわけですけれども、そもそも、この十一月二十二日の分科会で、栗村報告がされ、それからギャロ博士のデータもそこに出たようなのですけれども、どのような形でそれぞれ出されたのか、参考人、御記憶ございますでしょうか。
○松田参考人 私は、安部先生に前日に呼ばれてこの会議に参加したわけでありますが、安部先生からは一言も言づけはなくて、その研究班では発言はしておりません。 したがって、帝京大症例に抗体陽性者がいるということは既に安部先生が厚生省に言って、また、厚生省が栗村班員なり日沼班長なりに報告しているのではないか。私はその点に関しては言っておりません。
○岩佐委員 そうすると、その会議では栗村報告はされたということですね。それで、帝京大症例について、その班の会議で改めて何かされたということではなくて、もう既に、みんな暗黙の了解というか、知っていたことだったのでしょうか。その辺はどうだったのでしょうか。
○松田参考人 確認していないのでわかりませんが、全員が知っていたとは言えないと思いますね。一部の先生、日沼先生とか栗村先生は御存じだったのじゃないか。あるいは、そこに参加していた補佐は知っていたはずであります。
○岩佐委員 そうすると、栗村さんの新しい検査方法による二十二例中四例にも増して、ギャロ博士の四十八例中二十三例が抗体陽性だったという結果というのは、日本の血友病患者の約半数が血液製剤によりHIVに感染している、そういう可能性を示す重大なデータだったわけですね。にもかかわらず、厚生省は、この結果を知っていて公表しなかった、あるいは患者にも警告を発しなかった、非加熱製剤を使用することをやめさせなかったということになるわけですね。その点について、参考人はどうお考えでしょうか。.
○松田参考人 おっしゃるとおりでありまして、やはりこういったデータを知っていた厚生省は速やかに対応策をとるべきであった、こう考えます。
○岩佐委員 終わります。ありがとうございました。
○和田委員長 土肥隆一君。
○土肥委員 松田先生、十二時にぴったり終わらなければいけませんので、御協力いただきたいと思います。 先生の参考人としての御発言は、極めて明確、わかりやすいのでございますが、そしてまた大胆に、また勇気のある発言だと思いますが、しかしながら、いつも先生の証言について私ども国会議員が言いますのは、圧力とか、推測、推察であるとか予測されるというふうな発言が多くて、その点が先生の志と少し評価が違ってきておりまして、ぜひともその点は、いずれのときか物をお書きになりまして、なぜこう推測したのか、ここに圧力があったと考えたのかというような論拠をお示しになられるようにお願いしたいと思います。 先ほど、エイズ研究班の中身について若干かいま見ることができたのでありますが、先生の参議院での証言によりますと、主に三人か四人の方が会議を支配しておりまして、あとはそれにただただ追随していたというふうなことがわかりました。そして、安部先生のいわば人格的な問題にも触れるような話でございましたが、そんなところに落ちついては困るのでありまして、安部先生が、まず帝京大症例を出して、そして二回目、否決されて、しかし、三回目、四回目ももう一遍持ち出される、しかしながら、先生などが意見を言うとお前は黙っていろというふうに変わっていく、そのような安部先生の変遷、考え方の移り変わりはやはり全く人格的なことですか。そうだとすれば、エイズ研究班を構成し、厚生省が班長に安部さんを選んだことは間違いだったということになりますが、いかがですか。
○松田参考人 師匠を批判することはちょっとできませんが、やはり、今までの経過を見てみますと、厚生省が安部先生を班長に選んだことは間違いであったなという感じがいたします。
○土肥委員 これは大問題でございます。それでは、班長の選出、そして班長の班の運営の仕方が今日二千人からのエイズ患者を生み出してしまったということになるわけでございます。 もう一つお聞きいたしますけれども、先生は、かなり大胆なことをおっしゃいまして、前回の参議院の証言の中で、例えば企業の問題あるいは厚生省の問題あるいは厚生省の上層部の問題などなど推察をしていらっしゃいますけれども、エイズ研究班に出ておられて、そういうさまざまな圧力があったということはエイズ研究班の皆さんにとっては常識的なことだったのでしょうか。
○松田参考人 そうであるとは考えておりません。
○土肥委員 そうすると、先生独自の、先生だけの判断でございますか。
○松田参考人 いろいろな圧力があったと考えたのは、種々の傍証、あるいは帝京大症例あるいは順天堂大症例の認定の不可思議さ、不自然さなどを総合して考えて申したわけであります。
○土肥委員 そういう先生の判断の根拠になるような事例とかデータとか、そういうものは日常的に医学界であるのでしょうか。
○松田参考人 こういう具体的な事例があるかとお聞かれになったと思いますが、そういった具体的な事例はございませんが、私の推論がすべて根拠がないというわけではございませんで、やはり真相解明のためには、研究班の中でどのようなやりとりがされて、また、それをめぐるいろいろな人々の動きを私の印象でお話しすることも真相解明には必要であろうということであえてお話ししたわけでありまして、決して根拠がないわけではありません。
○土肥委員 ありがとうございました。大変結構でございます。ですから、冒頭申しましたように、やはりどこかでそういうものを発表なさるか、あるいはきっちりと論拠をお示しになるということが大事だと思います。 もう一つお聞きしますけれども、先生の証言によりますと、エイズ研究班がつくられたときには、厚生省の郡司課長は、このエイズ判定のことと、それから、血友病の患者さんにエイズウイルスが混入している、したがって、クリオかあるいは加熱製剤の緊急輸入かという目的意識をはっきり言ったというふうに証言なさっていますが、その後、厚生省は、まあ藤崎さんの問題がありますけれども、私の印象では、その研究班の運営について急に引いてしまう、そういう印象ですが、そういうことはどうお考えでしょうか。
○松田参考人 私もそれについては不思議に思っていましたが、第二回の班会議において具体的な血液製剤についての検討がなされるはずであったのでありますが、帝京大症例の検討に時間がとられてそれができなかった、さらに、安部先生が世界血友病会議の結論として血友病に非加熱製剤を使い続けてよいという結論を出したということを報告したことから、やはり厚生省はそういったことにも意を強くして血液製剤については積極的な対応を余りとらなくなったのではないか。さらに、エイズ症例がいないという結論が出たことから、研究班班員にも血液製剤に対する危機感というのがトーンダウンしたのではないか、こう考えております。
○土肥委員 それは大変問題ですね。所期の目的が全く果たされない。そして、研究班もその所期の目的を果たしていない。厚生省も所期の目的を果たせなかった。 その厚生省が引いたということの、何か先生は上層部の圧力などとおっしゃっていますが、そういうものは考えられますか。
○松田参考人 一つの説明の方法としてそのようなものがあったのではないかと推察したわけです。
○土肥委員 時間が参りましたので、どうもありがとうございました。 ぜひとも、松田先生、非常に率直に物をおっしゃっていただけることはありがたいことでありますけれども、我々は先生の証言を大事にしながら、今後の解明をしていく上でも、先生のさらなるいわば傍証といいましょうか、その根拠を収集していただきたい、そのように思って、私の質問を終わります。
○和田委員長 以上をもちまして松田参考人に対する質疑は終了いたしました。 松田参考人には、御多用中のところ、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。 次回は、明十五日水曜日午前九時二十分理事会、午前九時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午前十一時五十九分散会