環境委員会 第2号
- 発言数
- 85 件
- 登壇者
- 16 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1995/10/31
会議録
○阿部委員長 これより会議を開きます。 この際、理事の辞任についてお諮りいたします。 理事鳩山由紀夫さんから、理事辞任の申し出があります。これを許可するに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○阿部委員長 御異議なしと認めます。よって、そのとおり決しました。 引き続き、理事の補欠選任についてお諮りいたします。 ただいまの理事辞任に伴う補欠選任につきましては、先例により、委員長において指名するに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○阿部委員長 御異議なしと認めます。 それでは、理事に金田誠一さんを指名いたします。 ————◇—————
○阿部委員長 次に、環境保全の基本施策に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。谷津義男さん。
○谷津委員 まず長官にお伺いをいたしたいと思いますけれども、水俣病につきまして、患者さんの主要五団体が政府・与党案を受け入れるということになりまして、非常に私も喜んでおるわけでございますけれども、この件につきまして、まず大臣の所感を承りたいと思います。
○大島国務大臣 今谷津先生からお話ございましたように、昨日全国連の皆様方から今般の政府・与党の案の受諾をちょうだいしました。そのことによりまして、まさに村山総理の決意でもございましたし、政府・与党の重要課題でございました水俣病問題の最終的かつ全面的な解決に向けて大きく前進したものと私は認識しております。 各患者団体の皆様方には、それぞれの主張、それぞれの歴史、そういうものを背負って今日まで参ったと思いますが、そういう歴史を乗り越えて私どもの案を御理解いただいたということに対して、心底からその決断と努力を多としたい、こういう思いでございますし、それを踏まえて、まだ残された課題に全力を尽くさなければならぬなという思いがますますいたしておるところでございます。
○谷津委員 ただいま長官のお話を承りまして、私ども心強くしているわけでありますが、問題は救済対象者の範囲ということになるのではなかろうかなというふうに思うのです。 公健法では既に二千三百人とも二百人とも言われておりますけれども、今後救済を求めてくる方が出てくるわけであります。この点につきましては、未認定患者が一万人ぐらいいるのではないかというふうにも言われておりますし、今回政府がこういった態度をとっていただいたということで、非常に私も高い評価を与えているところでありますけれども、問題が起きたときに政府のみずからの検証それから責任の所在、こういうものを明らかにすることは今後非常に大事じゃなかろうか。これは単に水俣だけの問題ではなくして、こういうことは起こってくるだろうというふうに思います。そして、環境の汚染あるいはその他によって健康を害するものを未然に防ぐ、こういう責任も私は環境庁にあるというふうに考えているわけでありまして、そういうことを考え合わせますと、今後救済を求めてくるであろう方々、長官はどのぐらいあると思っておりますか。まずお聞きをしたいと思います。
○大島国務大臣 どのくらいの方々が救済対象者になるだろうかということについては、今明確な数字というものは率直なところきちっと、三党合意のあの最終解決案に基づいて、これから検討委員会のスキームをつくって、そしてそこで判定をしていくわけでありますから、具体的な数字というものは今申し上げることができないわけでございますけれども、現在、総合対策医療事業の対象者となっておられる方々が既に四千二百名おられ ます。さらに、再開後の医療事業の判定検討会において審査会資料と民間資料の総合判断によって判定されるわけでございますので、ごくごくベーシックなことを言えば、四千二百名を下ることはまずあり得ない。 さらに、団体に属していない方々もとの程度の皆様方がこれから手を挙げてくるかわかりませんけれども、私どもは、そういうふうなことを想定しながらも、いずれにしても大事なことは、この三党合意を誠実に執行をさせていただくことが大事なことなのではないかな、こう思っておりますので、今具体的な数字については、大変恐縮でございますが、何名ぐらいということはちょっと今の段階では言えない、こう思っております。
○谷津委員 確かにおっしゃるとおりだろうと思います。しかし、今お話の中にありましたように、団体に属していないという方たちもかなりいるのではなかろうか。こういう方たちが救済を求めてきたときに、これはもう率直に申し上げまして、積極的に政府はそれを取り上げていただいて、そして何とか救済の処置をとっていただきたい、またとるべきであるというふうな考え方を私は持っているわけであります。 ですから、よく新聞紙上等では一万人ぐらいにはなるのじゃなかろうかとも言われますし、いろいろ出ておりますけれども、この辺についてはやはり長官としましてもしっかりと踏まえて、しかもこれはまた今後の大きな指針にもなるわけでありますから、私はその辺のところをもう一度長官のお考え方、言うならば決意と申しましょうか、そういうものを聞いておきたいと思います。
○大島国務大臣 政府・与党の最終解決案、そして六月二十一日でございましたか、まさに与党三党で大変な激論をしてつくっていただいたあの三党合意案というのがございます。その中には、全面的な、最終的な解決を目指せ、こう書いてあるわけでございます。以来、私ども、それを踏まえて調整案をつくったり、またいろいろな団体の皆様方と陰に陽にお会いをしたり、そしてこのたび政府・与党の最終解決案になりました。 したがいまして、その趣旨を踏まえながら、今先生が御指摘をいただく、あるいは御要請をされたことも念頭に置きつつ、三党合意あるいはそこで書かれてあるスキームを誠実に執行させていただくことがそのことに対するお答えになるだろう、こう思っておりますので、ぜひそういうふうなことでこれからなさなければならない問題を一つ一つ乗り越えていきたい、こう思っておりますから、御理解をいただきたいと思っております。
○谷津委員 今度のこの問題の合意によりまして、もう一つ、新潟にも起こっている問題があります。 今当事者間で協議を重ねているということでございますけれども、場合によってはこれはまた環境庁にその辺を依頼してくる可能性もあるというふうに私は思っている。このとき環境庁としてはどういうふうな対応をするのか、長官のお考えをお聞かせいただきたいと思います。
○大島国務大臣 谷津先生の御指摘のとおり、新潟の水俣病問題というのが依然として残っております。 私どもも与党三党からあの合意案をちょうだいしましたときに、その後の調整作業、調整案、そういうものをつくって、一応新潟の皆様方にもお声はかけました。かけましたが、そのときに新潟の団体の皆様方は、これは国が関与するべきものというよりは我々が我々の手で解決するものだという基本方針をとっておられました。したがいまして、私どももそこでお話し合いをするとかあるいはできるとかという関係ではございませんでしたが、しかし、先ほども申し上げましたように、この問題、全面的、最終的解決という大きな政治課題のためには、この一連の流れてこの問題が解決されることを期待しておるわけであります。 したがいまして、今自主的な話し合いをされているようでございますから、それを注意深くかつ関心を持って今のところは見守ってまいりたい、こう思っておるところでございます。何としても解決をしてほしいという思いで見守っているというところでございます。
○谷津委員 水俣問題はまたどなたか質問されると思いますので、私はちょっと生物多様性の国家戦略についてお聞きをいたしたいと思います。 本日の関係閣僚の間でこれが決定をされたというふうに聞いておるわけでありますが、環境基本計画の中にこの生物多様性の国家戦略の策定が規定づけられております。そこで、この基本的な考え方、それから今後の取り組みの方向が明確になりますものですから、この生物多様性の保全への国民の理解を深めなければこれは何にもなりませんので、その辺のところをどういうふうに考えておるか、まずお聞かせを願いたいと思います。
○大島国務大臣 谷津先生、非常にこの多様性の国家戦略に対して今までも御支援をいただき、御理解をいただいてきたことにまず感謝を申し上げたいと思います。 これはきょうの関係閣僚会議で決定をちょうだいしました。今後のあらゆる行政にこの問題をどう生かすかということが非常に問われているのだろうと思いまして、我が国として初めて策定したものでございますので、おっしゃるとおり、まず国民の理解が不可欠だ、こう思っております。 したがいまして、きょう役所に対しましても、わかりやすく、もっとコンパクトなものをつくりなさい、できれば目で見てわかるような内容のものもつくりなさい、そういうことをしながら、あらゆる手段を通じて国民の理解を得ることをまずしていかなければいかぬと思っております。 そのために、いろいろなシンポジウムを開きまして、そして御理解をいただくことがまず肝要だ、こう思っております。これから鋭意そういう具体的な政策を決めてまいりたいと思っておりますので、御協力いただきたいと思っております。
○谷津委員 随分膨大な資料なので、まだ全部私も読み切っていないわけでありますけれども、この最後のところで「国家戦略の実施及び見直し」という項目がございます。その中で、環境庁としてのかなりの決意がここにあらわれているわけでありますが、こういうふうにありますね。関係省庁連絡会議が毎年、実施状況を点検し、結果を公表する、こういうことですね。そして、五年後程度を目途として、国民各界各層の意見を十分に徴した後、国家戦略の見直しをすることがある、見直すということなんですね。この点は非常に大事なポイントというふうに私は見ているわけでありますけれども、環境庁としてこれについての決意というのがあるだろうと思うのですが、その辺のところをお聞かせ願いたいと思います。
○大島国務大臣 この戦略計画をつくるに当たりまして、多くの国民の皆様方の御意見をちょうだいしました。中には、またもっと意見を言いたいんだという人もあったと私記憶しておるわけでございます。 多様な生物をどうするかという問題でございますから、ここの計画に書かれてあるとおり、毎年、いわば連絡会議においてその実施状況を点検し、結果を公表する、これをきっちりとやらせていただきたいと思っておりますし、そういう毎年毎年のサーベイランスというのですか、そういうものをしながら、また国民の声も聞いて、まさに五年後を目途として、絶えず見直しながら、さらに充実したものを目指してつくっていくことが大事だ、こう認識しております。
○谷津委員 今、五年後を目途として、これを強調されておりましたが、この辺は一つのポイントなんですね。中には一年ごとにやる、これは私が考えてみても一年ごとというのはいかがなものかという感じを持っておるのですが、五年というのもいかがなものかという感じを持っている。できれば、やはりもっと短くする必要があるであろうというふうに思う。あるいは三年ぐらい。そうして、最初のうちはきちっとそれを見ていくということが大事だ。これがまた国民に理解を得るためのいろいろな行動にも映ってくるのではなかろうかというふうに思うのですが、この五年後の目途というのは、やはりもっと短くするんだぞという ふうなニュアンスがこの中に含まれているのかどうか、この辺のところをちょっと最後にお聞きしたいと思います。
○大島国務大臣 この問題について深い御理解をいただく谷津先生の御意見として承らせていただきます。 五年後を目途として計画を見直し、その前には、先ほども何回も申し上げる毎年毎年のサーベイランスをしてまいるという中で、谷津先生の一つの御提案、御意見であったと思いますので、環境庁の局長以下も聞いておると思いますが、強い御意見があったということを承知させていただきたいと思います。
○谷津委員 終わります。ありがとうございました。
○阿部委員長 小泉晨一さん。
○小泉(晨)委員 時間が五分ということですので、私の方は最初に建設省に一言質問をし、その後長官に質問をいたしたいと思います。 先般、この委員会におきまして、相模大堰の問題、市民から直接請求が出た問題について御回答いただきました。その回答を得て、現場では事業者と、県でありますけれども、市民との話し合いが以来都合十一回持たれてまいりました。十一回持たれてはきたのですけれども、途中見切り発車でゴーサインが出たというのもこれまた事実であります。しかしながら、十一回の会議がまだ継続して行われている点を高く評価したいというふうに思うわけであります。 その話し合いの中で一番の問題は、堰という形で取水をするか、あるいは取水塔という形で取水をするかということが大きな対立点でもありました。私としては、現場に何回も足を運びましたし、先日もカヌーに乗りまして水の中を見てまいりましたけれども、もしかしたら堰という形だけでなく、こういう取水塔という新しい手法も今後この利水の中で考えていく必要があろうかというふうに理解する一人でありますけれども、現在そういう取水の方法について、あるいは科学的に、技術的にこの取水塔や取水堤みたいなものでも可能ではないのかというようなところを御研究をされているかと思うのでありますが、建設省にあっては、そういう取水の方法についてどこが担当でどんな研究が進んでいるのか、あるいはまたどこにセクションが、そういう窓口があるのか、御回答いただけたらありがたいと思います。
○青山説明員 ただいまお話のございました相模大堰につきましては、これは相模川からの水道用水を取水する施設でございますが、これの事業主体でございます神奈川県内広域水道企業団が各種の取水方式、今おっしゃいました取水塔だとかもしくは取水堰だとか、各種の取水方式を比較検討した結果、相模川は非常に河床勾配がきつい川である、それから河床の形状が年によって大きく変化する可能性がある、非常に川の流れが不安定な状況にあるというふうなことから、多量の水を取水するためには安定した取水が可能である取水堰方式を採用することが最も適切であるというふうに水道企業団として御判断されたわけでございます。建設省としましても、相模川の状況から見まして、この判断は妥当だと考えております。 今お尋ねにありました、自然に優しい取水方法と申しますか、そういったものにつきましても、建設省では、建設省の附属機関であります土木研究所というところがございますが、そこで環境に関する研究を一元的に行うような研究体制を整えるために、平成五年四月に環境部というものも設置しております。また、取水の構造物に関しては河川部というセクションもございます。そういったところで、美しい環境の保全、再生、創造や自然環境と調和した社会資本整備を円滑かつ効率的に推進していくための技術開発を現在目指しているというところでございます。
○小泉(晨)委員 長官、自然環境や生物多様性の保全に配慮した技術的モデルともいうべきこういう取水の方法について、環境庁の側として、各省庁にそういうことをしっかり勉強してほしいという要望を出していただきたいと私は思うのであります。 もう一点は、この補正で、自然環境調査資料館の整備ということで二十三億円の予算がつきました。環境庁としても、こども環境クラブがここでスタートしたわけでありますけれども、往々にして、ハードはできてもなかなかマンパワーの育成等について予算措置やまたそういう知恵がないというのも現実であろうかと思うのであります。私は、仮称調査クラブ、環境クラブに対応して調査クラブ等をまた研究されたらいかがと思うのですが、感想をお聞かせいただきたいと思います。
○大島国務大臣 本日国家戦略をつくっていただいた意義は、まさに今先生がおっしゃるような意味で非常に意義のあるものだと思っております。したがって、我々も各省庁にいろいろと御理解をいただきながら、そういう事業等々についても調整をしながら進めていくことが責任だと思っております。 また、第二点の御提案でございますが、まさに多くの皆様方の参加ということが必要でありますから、私どももいろいろな形でやっておりますが、マンパワーをこれから育てていかなければいかぬという意味では、本当にいろいろ知恵を出してやっていかなければいかぬな、先生のそういう御提案、もう少し、また後で個人的にでも教えていただきながら、いろいろ勉強してみたい、こう思っております。
○小泉(晨)委員 終わります。
○阿部委員長 矢上雅義さん。
○矢上委員 新進党の矢上雅義でございます。 まず、湖沼の水質保全についての質問からいたします。湖沼といいますのは、湖と沼の湖沼でございますが、最初に、第六回世界湖沼会議に関連しての質問です。 第六回湖沼会議は、先週五日間にわたり、霞ケ浦におきまして、海外から七十八カ国、六国際機関の参加も得て、我が国で琵琶湖に引き続き十一年ぶりに開催された世界湖沼会議であります。本会議には、研究者のみならず行政担当者、企業、市民と従来になく幅広い参加者があり、その数も八千人を超えたと聞いております。 湖沼を将来にわたって美しいものとして保全していくため、第六回湖沼会議を契機に、本会議の成果を踏まえ、湖沼環境の保全のための取り組みを一層推進していくべきものと考えますが、湖沼の環境保全対策をどのように進めていかれるのか、大臣の考えを教えていただきたいと思います。
○大島国務大臣 湖沼会議を踏まえて、私も若干の所感を申し上げながら、基本的な施策をこれから申し上げたいと思います。 私も行ってまいりました。先生おっしゃるとおり、特に今度の湖沼会議は、多くの、世界じゅうの方々の御参加もたくさんございました。それと同時に、私が非常に感服をし、これはすばらしいことだと思いましたのは、運営等々でボランティアの皆さんが非常に多く参加したということ。これは環境庁にも私、運営という意味での勉強にもなることだし、これから環境のフォーラムをあちこちでぜひやっていただきたいと思いますが、経費を切り詰めながら市民が参加する、そういう中でこういうフォーラムをやっていただいたことに、私は特に今度の意義があるなどいう思いでございます。 さて、先生も今御指摘いただきましたように、湖沼に対する問題意識はもう世界の共通した問題意識になっております。そこで、私ども、どういうふうな施策を持つかというと、まずそれは法律等々によっての規制、排水規制や生活排水の対策、そういうふうなものをしっかりやることがひとつ大事だと思いますが、それと同時に、技術論、方法論として私どもこれから力を入れていかなければいかぬなと思うのは、いわば自然の浄化能力を持った植生物の機能を生かして、ヨシだとかあるいはいろいろな生物を利用してやっていく。これは大変な効果を上げております。そういうふうなものもしていかなければならない。 それと、そういういろいろな規制やあるいは下 水道のインフラづくりやそういうものと同時に、実は一番大事なことは国民の皆さんの理解だと私は思います。ですから、幾ら私どもがいろいろなことをしたとしても、国民の皆さんが自分たちの湖沼である、大事な湖沼である、財産であるという認識を持っていただきませんと、なかなか追いつかない。したがって、そういう意識を持っていただくためにどのような方法で問いかけていくか、これも大事な点ではないかということを柱として全力を挙げてまいりたい、このように思っております。
○矢上委員 大島長官のおっしゃったように、生活排水対策、自然の浄化機能を生かした技術を応用する、また国民の理解、非常にわかりやすく説明していただき、ありがとうございます。 生活排水対策に関しましてですが、霞ケ浦の周辺に関しまして、昭和五十六年に流域内の総人口が七十五万人、そして最近の調査で、平成四年に八十八万人と約二割も増加しております。厚生省におきましては合併処理浄化槽、また建設省の下水道、農水省の集落排水事業と一生懸命やっておりますが、その整備率もなかなか過半数を超えることができません。 そういう中で、一生懸命急いでもおくれつつある状況の中で、先ほど長官がおっしゃいましたが、セリ、クレソン等水生植物の水質浄化機能を利用した、例えばドイツにおきますビオパーク、また、霞ケ浦におきましては、建設省がビオパークの試験事業を支援しておると聞きます。 そういう湖沼会議の成果を踏まえ、従来の政策から一歩踏み出して、湖沼の水質の改善のために自然の浄化機能の活用を積極的に図っていくべきと考えますが、具体的にどのような政策をお持ちでしょうか。
○嶌田政府委員 お答えいたします。 今大臣からも言われましたように、湖沼の水質保全、守りますためには、従来の排水規制だけではなくて、生態系を活用した水質浄化対策を進めていくことが非常に重要であると考えております。 環境庁といたしましては、この自然の浄化機能を活用した対策を進めるという観点から、実は平成五年度に、野尻湖におきましてヨシ等の水質浄化機能について実証試験を行っております。この結果を見ますと、COD、窒素、燐などにつきまして約三割程度の汚濁負荷の削減効果が見られているという状況にございます。 このようなことでございますので、実は私どもといたしましては、このヨシ等によります水質浄化施設の整備など、生態系を活用した水質浄化事業を推進するための予算を来年度予算でもって要求したいと考えておりまして、従来の排水規制対策とあわせまして、このような生態系を利用しました総合的な施策の展開に努力してまいりたいと考えております。
○矢上委員 ぜひそういう具体的な施策を推し進めていただきまして、生物が多様な形で住める場所というのは湖沼でございますし、また、水資源の不足しておる我が国におきまして、優良な水資源としての存在も大きな意味があると思います。そういう中で、湖沼の環境保全対策というものは大いに積極的に進めていただきたいと要望いたします。 続きまして、水俣病についてでございます。まず自分なりの所見と歴史的経過を述べさせていただきますので、原稿を読ませていただきます。 水俣病について。 昭和三十一年五月の水俣病公式発見、そして十二年の歳月が流れた昭和四十三年九月にようやく政府が水俣病を公害病と認定しました。しかし、奇妙なことに、チッソ水俣工場が水俣病の原因となったアセトアルデヒドの生産を中止したのが同じく昭和四十三年の五月です。チッソ水俣工場がある大きな役割を終えたからこそ、水俣病を公害と認知できたのではないかと思います。高度経済成長という国策推進のために水俣の人々が犠牲になったという批判もかなり的を射ているのではないでしょうか。 残念ながら、現実の救済は、昭和四十八年七月に患者団体とチッソの間で結ばれた補償協定及び昭和四十九年九月に施行された公害健康被害の補償等に関する法律によってなされております。実に十八年に及ぶ患者さんたちの努力で実現しているわけです。 こうして順調に進むかに見えた認定業務も、当初の否定できない場合は認定するという立場から、複数症状を組み合わせて蓋然性の高いものだけ認定するという立場に変更され、事実上、認定の枠が狭められてしまいました。以前なら認定されていたであろう人が認定申請を棄却されてしまうというような現象が続いてきたわけです。これがいわゆる水俣病未認定被害者の救済問題であると認識しております。 現在の概況を述べますと、水俣病と認定された人は約三千人、未認定患者約一万人、そのうち総合対策医療事業の対象者は約四千三百人に上ると言われております。与党の合意案で救済の対象とされるのは約五千人、最大で八千人と言われ、一時金の総額が約二百六十億円と言われております。 この困難な問題に解決の道筋をつくられた大島環境庁長官、そして与党議員団及び環境庁の関係職員の皆様に対し、地元選出の議員といたしましてお礼を申し上げねばなりません。特に、社会党の田中昭一先生の功績に対しましては心より敬服いたします。また、今日まで問題解決のために寝食を忘れて頑張ってこられた患者団体の皆様方にも心より敬意を表します。 ところで、これから質問に入るわけでございますが、この大事な与党合意案の解釈及び運用について環境庁に問い合わせても、今回の決着が政治決着であるという一言で、何ら明快な回答が返ってまいりません。幾ら聞いても、与党の皆様がお決めになったことですからよくわかりませんと、まるで他人事のようでございます。しかし、八千人に上る人たちの明暗が左右される大変なものなのです。 新聞報道によりますと、合意案作成に関し、環境庁は関係議員を窓口に患者団体と交渉されたと聞きますし、大島長官も九月三十日の熊本での記者会見で、環境庁としての素案を与党三党に提出し、合意していただいたという発言をされております。 そこで、この合意案の性質そして内容を明らかにするために、合意案の成立の過程で環境庁はどのようにかかわっていたのか、お聞きいたします。
○大島国務大臣 今矢上先生から歴史的な経過、先生の御所見をお話しされました。 私は、八月八日に環境庁長官を拝命いたしまして、そのときに総理から、格別にこの水俣問題については全力を尽くせ、こういう御下命をまずいただきました。六月二十一日に、きょうもおいでの先生もおりますが、まさに村山総理の強いリーダーシップのもとで、この問題は日本の経済社会が残した戦後処理の問題だ、したがって、何としても今の村山総理及び与党のもとで解決をしろと強い総理のリーダーシップがあってまいりました。それを踏まえて、三党の皆様方が六月二十一日に政府に対して、いわばこれを基本にしてこれから解決に向かって全力を尽くせという大きな舞台をつくっていただいたものと私は思っております。 私は就任をさせていただいて、これは憲法だと。三党の皆様方が本当に大変な議論をしてつくられた。私は当時自民党の副幹事長でございましたから、その御苦労をよく聞いておりました。したがって、この憲法をどのように具現化するか、ここに最大の苦心をいたしました。 読みますと、なかなか難しい中身もございましたが、まず、これは私ども政府に投げかけられたことだから、政府として、特に環境庁として、県と緊密に連絡をとりながら調整案をつくる責任が我々にある、私はこういう決意をいたしまして、そして環境庁の職員、県庁の皆様方とも相談しながら、夏休みを返上して調整案をつくりましたの が八月二十一日でございました。 ちょうど先生方も国会がありませんでしたので、夏の御休暇で、出てきた後その調整案を皆様方にお示しし、そして表に裏に、率直に申し上げますと、団体の皆様方あるいは地元の市町村の皆様方に私はそのときにこう申し上げたことも記憶しております。この調整案の基本は変わりませんけれども、ずたずたになるまで修正することもあり得ますよ、こう言いながら積極的な調整作業をさせていただきました。そして、さまざまな御意見をちょうだいしながら、何とか全面的、最終的解決へ向けて、この機を逃してはなるまい、こういう思いでお力をちょうだいして、素案を私どもは九月二十八日にまた三党の皆様方にお返しをさせていただきました。そして、そこで三党の皆様方に最終解決案をつくっていただいた。 したがいまして、先生がいろいろ御質問されたときには、まだ経過であったのだろうと思います。もしその間において失礼の段があればお許しをいただきたいと思いますが、この上は、この問題についての執行、そして進めることの責任はもちろん環境庁にある、このように思っております。もちろんその都度都度に御相談もしなければならないことがあると思いますが、これで君たちは努力しなさい、頑張りなさい、最終的解決に至りなさいというのが三党の最終解決案なわけですから、それを私どもも子として団体の皆様方と話し合いをして、昨日、全国連の皆様方が苦しい思いを、歴史を乗り越えて、そして御受諾をいただいた。あとは、そのことを踏まえて誠実に執行をさせていただく。県とも、もちろん県は県の仕事もあるわけでありますが、そういうふうな意味で私どもは責任を持ってこれをやっていかなければならない。これが経過であり、私どもの今の気持ちでございます。
○矢上委員 長官の言葉をおかりするならば、合意案は今回の解決におきまして憲法に等しい、そういう意味合いであったかと思いますが、実際、ちまたでは、この合意案は現在の時点では単なるアイデアで法的効力は何らないという意見も聞かれますが、十月三十日の全国連の受諾報告を受けて、今後政府としては与党合意案をどのように位置づけるのか。 また、改めての質問でございますが、合意案の解釈及びその運用についてはどこのだれが責任を持つのか、お聞きいたします。
○大島国務大臣 政治が一つの結論を出したことでございますし、政府もそれを受けて団体の皆様方や県の皆様方、そして市町村の皆様方とお話をしたその結論でございます。これは絵そらごとだとかそういうことではございません。責任を持ってやらなければならないことは当然のことであります。
○大西政府委員 事務手続的な観点もございますので、私の方からもちょっと答弁をさせていただきます。 三党合意には、企業とか救済を求める方々、国、県のそれぞれがどういうことをするかという事項が書かれておるわけでございますが、このうち県とともに国が行うべきとされた事項が、一つはチッソ支援策、それから総合対策医療事業の申請受け付け再開、それから地域再生・振興策、それから遺憾の意など責任ある態度の表明、こうなっておるわけでございます。これらの四つの事項につきましては、関係方面との調整を終えました段階で関係閣僚会議にお諮りをいたしまして、そこで政府として取り組んでいくということになってまいると考えております。 それから、その実行の責任はだれが負うかという点について、大臣が申し上げましたように、環境庁といたしまして、この三党合意に従いこの三党合意を誠実に実行していく立場にございますので、責任を持って対応してまいりたいと考えております。
○矢上委員 ありがとうございました。 続きまして、今回の解決策は、被害者にとりましては水俣病の発生と被害の拡大に対する国の責任及び未認定患者を水俣病と明確に認めることという本質に目をつむった解決であり、高齢化した患者団体にとっては泣く泣く受け入れざるを得ないという解決策でもあります。きっと当事者の多くが、水俣の市長さんのお言葉をかりますと、論理的、精神的に何らかの虚脱感を覚えたのではないでしょうか。こういう混迷した状況の中だからこそ、合意案を貫く大きな柱としての、また解釈の指針としての解決に向けての精神をお聞きいたします。
○大島国務大臣 先生がいろいろお話しされた中でございますが、かつて前の内閣のときに前の与党の皆様方が議論された案も私拝見しました一それは実らなかったわけでございます。私は、先ほどの冒頭に申し上げましたように、この問題は本当に苦しいさまざまな歴史を背負っておられる。それで、その時期時期にはそれぞれが何とかこれを解決しようという努力をしたのもまた事実であったろうと思います。しかし、そういう中で、結果として今日までこの問題について最終的、全面的解決に至らなかったこともまた事実なわけでございまして、私は、熊本に参らせていただいたときに、そのことに対して率直に反省をしなければならない、こういうことを申し上げさせていただきました。そのことを基本としてこの問題に取り組んできたつもりでありますし、また取り組まなければならない、このように思っております。
○矢上委員 率直な御意見、ありがとうございます。 私としてつけ加えさせていただくならば、十五年、二十年という歳月がかかりましたので、やはりできるだけ迅速に解決することと、できるだけ多く、広く救済していただくことをお願いいたします。 続きまして、今回の解決策により、現在総合対策医療事業の対象者となっている未認定患者はすべて救済され、それ以外の人は判定検討会で認定することになりますが、全国連を例にとりますと、原告約二千人のうち約四百人が救済から漏れるおそれがあると言われております。余りにも漏れる人が多くなりますと、また紛争が再燃しかねません。そこで、判定検討会の運営姿勢が大きな問題となってまいります。 そこでお聞きしますが、総合対策医療事業における判定検討会の公正かつ迅速な運営をどのように確保していくのか。また、その確実な担保措置は存在するのか。特に、総合対策医療事業におきましては、法に基づくものではなく予算措置ということで、予算に限度があること、また、予算措置であるために行政手続法や行政不服審査法などの異議申し立てができないと聞いておりますが、一番大事なこの判定検討会に対する公正かつ迅速な運営をどうやって担保していくか、お聞きしたいと思います。
○野村政府委員 お答えをいたします。 お尋ねの判定検討会についてでございますけれども、関係県におきまして医学の専門家等から構成されておりますが、従来から公正中立な審査が行われてきたものと私どもとしては認識をしておる次第でございます。 今回の最終解決策に伴う判定検討会の運用につきましては、大臣からも申し上げましたけれども、三党合意に従いまして誠実に対応してまいりたいと考えております。
○矢上委員 改めて質問いたしますが、熊本県の判定検討会におきましては、非公開で、委員が四人でございます。医師が三名で、行政経験者、行政代表だったですかね、それが一人で、四人でこの五千人から八千人の人々の処理をどうやって図っていくのかというのは、物理的に考え、能力的に考えても非常に厳しいところがありますし、また先ほどの、法制度上の問題でしょうけれども、異議申し立てなり意見交換する場所なり、そういうものを何とか配慮していただきまして、円滑に患者団体と行政の認定との間で進めていかれることをぜひ政府に要望いたします。 続きまして、その判定検討会の席上で診断書の提出が予定されております。いわゆる公的診断書 と民間診断書の両方を総合的に判断の材料にするとあります。そして、提出診断書がいわゆる民間診断書だと思いますが、民間診断書を作成できる医師の要件が合意案で規定されていますが、その規定が果たして妥当なものなのか。 例えば、「提出診断書に係る医師の要件」として「現在、神経内科、神経科又は精神科を標榜している医療機関に在籍していること。」とございます。「現在、」「在籍していること。」とございますし、また、神経内科、神経科、精神科と標榜科目を限定いたしております。例えば、そのお医者さんが既に死亡していたり、引退している医師の作成した診断書もございます。それはどう扱われるか。この問題が数十年という長い歴史の中で争われてきたことを考えれば、現在だけでなく過去に作成された診断書の位置づけも明確にする必要があるのではないか。これが一点でございます。 また、医師の要件として、神経科、精神科などの標榜科目による制限があります。しかし、標榜科目とは、医療法及び医療法施行令では病院及び診療所を開設する者が広告をする場合の規制として設けられているのであり、直接的には医師の専門分野を規定するものではありませんし、政令で決められた科目であればどれを名乗っても自由なはずです。 一般的に、民間診断書の必要性が強調されるのは、患者の身近にいる医者が一番よく病気の状況を把握しているという点ではないのでしょうか。特に神経性の症状では、物理的な外傷とは異なり、日によって症状が出たり引っ込んだりすることが多く、長期の観察が必要と聞きます。また、現在はともかく、数年前、十数年前の状況では、小さな市町村において神経科や精神科の医師を主治医としていた人はそんなにいなかったのではないでしょうか。正式に国が認める国家試験に通り、一人前の研修を積んだ医者に対して、あえて線引きをする必要性はどこにあるのか、これがまた事実上認定の枠を狭める作用をするのではないか、これについてお聞きいたします。
○野村政府委員 お尋ねの、いわゆる民間診断書を記載する医師のお話についてお答えをいたしたいと思います。 まず、先生がおっしゃった、現在医療機関に在籍しているかどうかというお話でございますけれども、これは、公的資料を持っていない方が改めて公的検診を受ける必要がある場合がございますが、その場合に、その公的病院に属しているお医者さんの要件を定めたものでございます。したがいまして、過去に既に民間診断書ができている方々につきましては、そのお医者さんが現在医療機関に在籍しているかどうかは問わないということでございます。 それから、診断書を記載する医師の要件について、専門性をなぜ問わなければならないのかということでございますけれども、御存じのように、水俣病につきましては神経系の病気でございますので、これについてはある程度の専門性が担保されていなければならないということでございまして、基本的な考え方としては、神経学会という学会がございますけれども、ここで認定医という制度を持っております。この認定医であるか、あるいはこの認定医になるためには試験を受ける必要があるわけでございますが、これを受ける受験資格を持っているかどうかということでございまして、そういう意味からいいますと、認定医があるいはこれに準ずる医師、神経に関する専門医といっても、そういう考え方でここに記載されるということでございますので、御理解をいただきたいと思っております。
○矢上委員 なかなか答えにくい質問でしょうけれども、専門性があるかないかというのは、やはりある方が重要なわけでございますが、ただ、今回の五千人から八千人の皆さん方が求めておる民間診断書の基本と合致するか、要望の基本と合致するか、この辺の御検討をさらに詰めていただきたいということ。 もう一つ、これは私なりの所見でございますが、国会議員になりまして二年、水俣は選挙区ですからよく行きます。そうすると、年配のリタイアされたお医者さんとか民間の町医者の年配の方々からお聞きしますと、よく見ておるとやはり老人性の病気とは違うなとか普通の神経性とは違うなということがよくあるんだよ、よく見ておるとよくわかるんだ、そういうことをおっしゃいます。やはりよく見ると水俣病とわかるんだなとおっしゃるのです。なぜそれが表に出ないかと申しますと、水俣はチッソの城下町でございます。そこで、やはり小さな町で思い切った発言をするのはなかなか困難ではなかったのか。決して専門性のない民間のお医者さんが能力がないわけではなくて、わかるけれども言えなかったという現状があるように私は感じました。そういうことがございますので、この診断書、特に民間診断書の判断に当たりましては尊重していただくように要望いたします。 次に、また別の質問に移りますが、いわゆる団体調整金についてでございます。 今回、五つの患者団体に対して約五十億円のお金が支払われます。問題解決のために尽力した団体に御苦労賃として支払われるものと考えられますが、今回対象から漏れた二団体及びその金額の大きさを考慮しますと、選定基準としての何らかの支出の根拠及び使途についての事後報告の必要性の有無の二点を明確にしておくべきではないのか、お聞きいたします。
○大島国務大臣 今先生がお話しされた御苦労賃という言葉は、私は失礼に当たると思います。それぞれの団体の皆様方が自分たちの主張を届けるために必死な努力をされてきた、その歴史を勉強すればするほど、いろいろなお苦しみがあった、それを、御苦労賃という形では私はない、このように思っております。むしろ、そういう歴史を私どもは真剣に受けとめて、そしてこれを全面的、最終的解決にいたすためにはどうしたらいいだろうか、そういう中で三党で一つの結論を出していただいたことでございまして、その加算金につきましては一括して支払わさせていただくわけでございますが、その使途は、まさにそれぞれの歴史を踏まえながら、あるいは司法の和解協議の場、あるいはまた団体の自主的な判断によって救済対象者の皆様方に支払われる、配分されるもの、私はこのように考えております。 したがって、この三党の皆様方が六月二十一日までにつくる経過、ここにはここにおられる先生方も加わっておりましたが、そういう中でその五団体の皆様方ということで御判断をいただいたわけでございますので、私どももそれを誠実に執行していくことだ、このように思っております。
○矢上委員 時間がございませんので、次に進ませていただきます。 今長官のお話の中でありました全面的解決のために団体調整金、必要であるとなっておりますが、支払いの条件として全員の訴訟の取り下げを強調し過ぎますと、訴訟を望む者がいても周りの会員に遠慮してしまい、結果として訴訟に関する権利を侵害することになるのではないかという、これは会員の皆様方のごく少数かもしれませんが、出ております。これについてもちょっと、まあ御返答しにくいと思いますが、よろしくお願いいたします。
○大西政府委員 お答えを申し上げます。 先生御指摘の意味合い、私どもも非常によくわかるところでございますが、今回の三党合意に基づきます解決案が全面最終解決を目指すということもございまして、でき得れば今回の案にのっとりまして紛争が終結するという形が望ましいという気持ち、期待を私ども持っておりますが、今おっしゃったような現実があることもまたいろいろ指摘されているところでございます。 そういうことを私ども十分念頭に置きつつも、今後の、特に判定検討会の運用等におきまして、その三党合意の精神に基づきながら合理的な運用を図ることによりまして、関係者の間で円滑な事務が進みますように極力努力をしてまいりたいと思っております。
○矢上委員 ぜひそういう方向で精力的に、また 被害者の方々の気持ちを思いやって運営されてください。 また、先ほど私が御苦労賃と申しましたが、大変失礼な言葉でございますので、訂正させていただきます。 最後に、時間がございませんので、要望として三点ほど述べさせてください。 一番目に、まず水俣・芦北地域の振興策についてでありますが、振興策の展望を早期に具体的に明確にすること。また、ハード面である施設設置に関しては、地域住民の要望をきちんと取り入れ、使い勝手のよいものにすること。また、自治体の財政能力を考えた場合、維持管理費についても何らかの配慮をすること。地域住民の融和を図る啓発事業に対しても積極的な助成を行い、環境創造都市としての水俣の新たなスタートを応援することをお願いします。 二番目に、チッソ支援。 チッソの累積債務が千五百億円に上り、水俣病関連の償還金が年百億円、それに対する経常利益が二十億円前後であることを考えれば、チッソの経営は大変な状況にあります。また、熊本県におきましても、県債方式が限度を迎え、チッソ県債、ヘドロ立てかえ債の合計が一千億円を超える状況にあります。さらなる負担は県議会の了承を得られないような状況です。チッソの支援策を万全にすることが救済の第一歩であることを考えれば、汚染者負担の原則に配慮しつつも、国が主体となった抜本的な財源確保策の確立が早急に望まれます。よろしくお願いいたします。 最後に、一番大切なことですが、今回、泣く泣く解決策を受け入れざるを得なかった患者さんたちが今後肩身の狭い思いをしないよう、できるだけ早い時期に、大島長官のみならず、村山総理も行政の代表として、被害地水俣において、誠実な言葉で被害者の皆さんにおわびの言葉を述べていただきたい。実現に向けまして、ぜひ大島長官の御尽力をお願いいたします。 これで質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。
○阿部委員長 田中昭一さん。
○田中(昭)委員 私は、時間を二十分いただきましたから、ミクロの問題についての質問はできないと思いますが、水俣病の問題に限りまして若干、政府としての基本的なお考え方をお聞きしたい、こう思います。 水俣病が発見されまして四十年、いろいろな闘いが仕組まれまして、裁判闘争、特に第三次訴訟が始まって十五年間、厳しい闘いが続いたわけです。そして、福岡高等裁判所が和解案を提示して既に五年を経過をいたしております。その間、被害者の皆さん方は、まさに人間の尊厳を訴えて、私たちはにせ患者ではない、我々は犠牲者である、何とか救済をしてほしい、こういう訴えがずっと続けられてきたと思います。 今回、与党三党、そして政府の皆さん方の協力もいただきまして、この水俣病問題について一定の解決をするに至っております。私は、日本の公害環境史上画期的なことであろう、こう思っております。そういう意味では、長い間病魔に侵されて苦しみながら救済を求めてきた、人間の尊厳を訴えてきた患者の皆さん方の闘いの結果である、こう私は思っております。 同時に、公害の、環境の先進国として環境基本法制定をして、世界のリーダーとなろうとする日本国政府も、この問題について放置をすることはできない、こういう観点から、今回何とか解決をしたい、こういう形で努力をした関係者の皆さん方に私は心から敬意を表したい、こう思っております。 特に、私は褒めるわけではございませんけれども、行政はこの問題については長い間の経過がございます、いい、悪いはきょうは論じませんけれども。そういう引きずってきた経過の中で、大変苦しい立場におる大島環境庁長官が、今回、この問題の解決のために政治家として情熱とそして決断をしていただいたことについて、私は心から敬意を表したい、こう思っております。今後の政治の問題は、平和や人権や環境の問題が極めて重要であります。今回の問題を政治的な課題として、重要な問題として取り上げて解決に努力をされた長官を初め、皆さん方に心から敬意を表したい、こう思っております。 時間がございませんから、基本的な問題について私は四点質問をさせていただきたい、こう思っております。 今回のこの解決に至った問題は、私はまだ六○%までしか至っていないのではないか、あと四○%ぐらいの努力が必要である、こう思っております。 その第一は、この問題が長い間解決づかなかった中には、病像論とあわせて責任論の問題がございます。与党三党の中でもこの問題はいろいろ議論いたしましたけれども、最終的に国、県の、行政の国家賠償法上の責任の問題については残念ながら解決をすることができていません。 しかし、七月十六日、村山総理が福岡で、この水俣病の問題の取り組みについては政府としても反省をするところがある、長い間救済ができなかった患者の皆さん方に迷惑をかけたと遺憾の意の表明を行いました。そしてまた、環境庁長官は、この問題の収拾が図られた九月三十日、現地水俣において、皆さん方はにせ患者ではない、いわれなきにせ患者と言われることはない、こういうことを明言したわけであります。私は、長い間の被害者の皆さん方の心というものがどういうものであったのか、当日涙をし、この長官などの発言をお聞きしたと思います。 しかし私は、四十年間の長きにわたって苦しんできた患者の皆さん方に対しては、この七月十六日の総理発言、九月三十日の環境庁長官発言、これらを総括的に踏まえて、この収拾に当たって政府としてこの問題について一定のきちんとした見解を公式に明らかにすることが極めて必要である、こう思っております。そういう点について、今後どういう道筋でどういう機会にそういう政府の統一見解というものを明確にするのか、この点を第一点として明らかにしていただきたい、こう思います。 それから、第二点の問題は、この水俣病の問題が長きにわたって紛争の状態が続いたのは、御承知のとおり、五十二年の環境庁の保健部長通知、五十三年の環境庁事務次官通知によって、公健法上の判断条件というものを、一方的に組み合わせ論を導入して変更したことがスタートであると私は思っております。そこから患者の切り捨てが始まった、紛争のスタートになった、こう思っております。 今回、総合対策医療事業対象者については救済の対象になります。しかし、それ以外の方については、判定検討会の中で今後審査会資料と個人の主治医の診断書に基づいて総合的に判断をして、救済をするか否かについて決定をする、こういう仕組みになっております。私は、この判定検討会でまた再び救済者が少なくて切り捨てが多いという状態が出てきたとするならば、再びまた同じ過ちを繰り返すことになるのではないかな、こう思っております。今回の救済の目的というのは、幅広く救済を図っていく、そして長い間の紛争の状態を収拾をする、こういうことが目的でありますから、そういう趣旨からすると、この判定検討会の今後の運用いかんによってこの問題がどういう形で最終的なことになるのか、そういう状況だと私は思っております。 そういう意味では、今後の判定検討会の運用についてどういう見解で環境庁は指導をなさろうとしているのか。ここは極めて重要なポイントである、こう思っておりますから、この点についての御見解をもう少しきちんと明らかにしてほしい、こう思っております。 それから、第三点の問題ですけれども、今回、このチッソにかかわる水俣病の問題について行政なりあるいは政治としていろいろと議論をして解決を図らなければならなかった最大の理由は、加害企業であるチッソに支払い能力が欠如していることにあると思っております。そういう意味で は、昭和電工である新潟水俣病とは違う点がそこにある、こう思っております。 今回の結論が、いわゆるPPPの原則に基づいてチッソから支払われるということを考える場合、それに対する政府の金融支援なり金融措置のあり方いかんによっては、決まったけれども実行ができなかった、こういう結果になるおそれがあると思っています。ここのところが今回の解決をするに当たっての極めて重要なポイントであった、こう実は思っております。 今まで公健法上の認定患者の皆様に対する支払いについても、熊本県が多額の県債を発行して、これを大蔵資金運用部が引き受けて、そういう段取りをとってきておりますが、今日の熊本県、自治体の状況からすれば、それも簡単にはできない、こういう状況もございます。関係閣僚会議でも、この水俣病の救済についてはやはり国が責任を持つ、こういうことが明確になっておるわけでありまして、そういう意味では、今後の金融支援のあり方いかんによってこの問題がどういう方向に決着をしていくのか、これも極めて重要だと思っておりまして、この点についての基本的見解をお伺いしたいと思います。 時間がございませんから、四点目は、先ほど矢上先生からも御指摘ございましたように、地域振興、地域の発展の問題がございます。 御承知のとおり、水俣はチッソの城下町であります。あそこには有名な温泉もございますけれども、水俣病という状況の中で町の発展というものは著しく阻害をされてきた、こういう経過がございます。今回、水俣病の解決と同時に、これらの問題についても地域全体の問題として解決を図ることが私たちの責務である、こう思っておりまして、この点についても、今後の対応策について基本的な考え方をお聞かせをいただきたいと思います。 以上四点につきまして、長官からの御見解をいただきたいと思います。
○大島国務大臣 ここまで参ります間、村山総理の大変な決意のもとに三党の皆様方が御苦労され、その中に田中先生も、そして福永先生も本当に連日のように議論をしていただいて、そして多くの先生方の御理解をいただいて今日まで参りました。そういう状況の中で、今後遺憾の意をどのように考えていくか、こういう御質問が一点でございました。私は、この遺憾の意は非常に重要な中身を持たなければならぬと思っております。 まず第一に、総理の七月十六日の発言、これもしかと踏まえなければなりません。加えて、私が九月三十日にお邪魔を申し上げたときに、いわゆるにせ患者ではありません、それを基本にして私どもはこの問題を処理します、こう申し上げたこともまた踏まえなければなりません。さらに私は、今日までの歴史をも踏まえなければならぬと思っております。 それらを踏まえつつ、先ほど先生がお話しされましたように、六〇%だ、まだ四〇%残っているぞ、その認識も私はある意味では一にするものでございまして、我々としてやらなければならない諸施策、支援策等々を踏まえながら、関係閣僚会議が開かれた折に、でき得ればそういうこともしかとやれればいいな、日程的にはそんな感じですが、中身の問題としては先ほど申し上げたような思いで、これからいろいろ議論をして、そして重要な全面的、最終的解決へ向けてのこれも一つの大きな答えになるという認識を持って迎えたい、こう思っております。 第二点の判定検討会の運用のあり方でございますが、これは基本として与党三党合意に従って行うことは当然でございます。さらに、水俣病問題の解決についてまさに今度の合意案が、いわゆる未認定患者について広く救済を図り、長期間にわたる紛争の解決を図るという趣旨であることをまず確認をさせていただきたいと思うのです。そして、具体的な検討会の運用に当たりましては、その確認をさせていただいた趣旨を踏まえまして対応をするよう、判定検討会を設置する県を指導してまいりたい、こう思っております。今後、判定検討会における運用について検討すべき課題がもし生じたとすれば、さきに確認した趣旨に基づき、環境庁として誠意を持って対処してまいりたい、このように思っております。 チッソの支援策でございますが、これはまさに大変な債務を負っておられる。したがって、三党合意において、一時金の支払いが確実に遂行されるようチッソ支援について適切な措置を講じろ、ここには「国及び熊本県はここう書いてありますが、それを踏まえつつ、今後県とも議論をしながら、調整を図りながら万全な対策をとってまいりたい。 県債方式というお話がございましたが、県債方式、なかなかきついぞという御意見をちょうだいしていることも認識しております。 さらに、地域再生でございますが、これは先ほどの矢上先生のお話にもございましたし、また、地元の市長さん初め市町村長の皆様方、全面的、最終的解決というその大きな目的というのは、この長い重い歴史を背負って地域の人たちが苦しみ抜いてきた、その中には心のきずなが壊れてきた、この機に何とか心のきずなをより戻し、地域としての連帯感を再生し、そしてやっていきたいのだ、これはいわゆる団体の皆様方も同じ思いたし、市民の皆様方も同じ思いである。そのことにどう対応するかというのは、まさに地域再生・振興策であろう、このように思っております。いわゆるもやい直し、地域の特性を生かした研究、教育機能の充実等に関して具体的な要望、御提案をいただいておりますので、地方自治体ともよく相談して適切に対処してまいりたいと思いますので、またいろいろな御協力をお願い申し上げたい、このように思っております。 以上、お答えにさせていただきます。
○田中(昭)委員 特に、判定検討会の運用の問題について基本的な御見解がございまして、実は若干安心もいたしましたけれども、一つだけ具体的な問題について、もう時間がございませんが、質問させていただきます。 訴訟原告がたくさんおられます。二千名ぐらいおるわけですね。この訴訟原告の中では、裁判所において審査会資料と本人の診断書によって判定をいただいておる、この中には総合対策医療事業対象者になっていない人が司法の判断上水俣病だ、こう既に損害賠償該当者になっている人がおられるわけですね。そういう意味では、そういう人たちが今度は判定検討会で二つの診断書、同じ二つの診断書で、裁判所では認められながら判定検討会ではねられるというような問題が出てくるとすれば、具体的な問題としていろいろ複雑になるのじゃないか、私はこういう点を実は心配をいたしておりまして、この点について少し御見解をいただきたいと思うのですが。
○大島国務大臣 釈迦に説法でございますが、救済対象者になるかどうかということは、まず基本的には与党三党合意に従って判定検討会で判断することに相なりますけれども、訴訟原告の皆様方のうちで地方裁判所の判決が示されて現在高等裁判所で係争中の皆様方については、一審判決では約八割の方々が損害賠償を認められていると承知しておりますけれども、判定検討会では、全体としてそれと同程度、あるいはそれを上回る方々が救済対象者になられるのではないかな、このように私としては感じを持っております。 先ほど、前段に申し上げました検討会の運用というものを基本として誠実に施行させていただきたい、このように思っております。
○田中(昭)委員 時間が参りましたのでこれで終わりますが、先ほど申し上げましたように、六○%までようやく来た。今後この問題が円満に解決ができて、十分に納得はできなくても、よくここまで自分たちの力で解決できた、こういう感慨を被害者の皆さん方が持たれるように今後も環境庁の御奮闘を心からお願い申し上げまして、質問を終わらせていただきたいと思います。 ありがとうございました。
○阿部委員長 金田誠一さん。
○金田(誠)委員 水俣病の関係につきましてお尋 ねをいたしたいと思います。 まず、このたび被害者団体が政府の解決案を受け入れていただいて全面解決に大きく一歩踏み出した、こういう状況をつくっていただいた長官初め関係の皆様に心から敬意を表したいと思っております。そういう立場で、この四十年間に及んだ水俣病問題から政治としてあるいは行政としてどういう教訓を学び取るか、そういう視点で幾つかお尋ねをしたい、こう思うわけでございます。 まず、被害の確認から来年でちょうど四十年になるわけでございます。大変長い年月、裁判が始まってから十五年、和解勧告から五年、この間、被害者の方々は、国家という強大なものを相手にしながら、地域ではさまざまな差別なり偏見なり、そして不自由な体で闘ってこられたわけでございまして、その心中察するに余りあるものがございます。この日を待たずに亡くなられた多くの方もいらっしゃる。何ら自分の非によることなく一生を台なしにされた方々のお気持ち、まずこの患者の方々の気持ちを率直に受けとめるというところからすべてが始まると思うわけでございますけれども、長官はこの患者さん方の気持ち、お立場をどのようにお受けとめになっておられるか、御所見を賜りたいと思います。
○大島国務大臣 この水俣病問題というものの歴史を顧みますと、政治家として、あるいはまた一国民として、多分我々は多くのものを学び取っていかなげればならないだろう、こう思っております。 そういう中にありまして、先ほども申し上げましたように、その時々によっていろいろな御指摘と御批判、これはあったこともまた事実だと思います。ここまで解決が長引いたということについては率直に反省をしなければならぬ、こう私は申し上げてまいりました。そして、長官就任以来、この問題を解決するに当たって、あるいは私どもがこの問題を形づくる結論を出すに当たって、今先生がお話しされましたように、その皆様方の心をしっかりと受けとめる。歴史の重み、苦しみというのは、全部理解をしろと言っても、本当にその人てなければ全部は理解できないだろうと思います。しかし、理解しようとする努力から始めなければならぬと私は思いました。そういう気持ちで今日まで参りましたし、今後もそうありたいと思いますし、三党の皆様方が六月二十一日におつくりになられたときもやはり同じだったろうと思います。また、村山総理の決意もそういうことではなかったかな、こう思って私は今日まで参りました。
○金田(誠)委員 長官おっしゃるように、その時々、いろいろな方が大変な御努力をされてきたと思うわけでございますが、結果として四十年という月日がたってしまった。そして私は、最初のボタンのかけ違いのようなことがずっと後に尾を引いたのかなという感を禁じ得ないわけでございますけれども、今となって振り返れば、より適切な対応があったのではないかなという気もいたします。その適切な対応がなされていれば、四十年という長い間患者さん方は苦しまずに済んだかもしれません。あるいはまた、より適切な対応がなされていたとすれば、その後の新潟水俣病は防げたかもしれません。今和解勧告が出されております薬害エイズ、これも薬の面での公害でございましょうけれども、こういうものも防げたかもしれない。そして私は、チッソ株式会社自体が、もっと行政側の厳しい、そして迅速な対応があれば、そのときは大変痛みを伴ったかもしれませんが、ここまで危機に陥らずに済んだのかもしれないな、ある意味では情けをかげたがために余計深刻なところに陥れてしまったのかなという気も実はいたしております。 四十年間を振り返って、その時々の努力は認めるにせよ、今となって考えれば、そうした反省点が私はあったと思うのですが、いかがなものでしょうか。
○大島国務大臣 その時々にそれぞれが真剣な思いで私は努力したと思います。結果として残念ながら今日まで来た。ですから、今次、総理の決意のもとで三党の皆様方が激しい議論をした上で合意をつくり、そして私どももその思いの中で今このような最終解決案というものを踏まえてこれから努力していくことこそ、まさにその反省に対する答えではないか、このように思っております。
○金田(誠)委員 私は前段申し上げましたような心の痛みを実は感じておるわけでございまして、長官も恐らくは同じだろう、こう推察をいたしてございます。その時々それぞれの方が努力をされた、しかし最初に敷いたレールをそのまま走ってきた四十年だったような気がしてならないわけでございます。私は、そのことは必ずしも民意に沿う形ではなかったんではないだろうか、もっと国なり行政なりというものに、心といいますか、温かい心があることを国民は求めているという気がしてなりません。確かに、バランス論とか病像論、いろんな法を適用するという立場からしますと難しい面があるのかもしれませんが、日本人が望む日本の国の姿、政府の姿というものは、私は、もっと温かいものを求めている、そういう形を示すことが国民に対して政治、行政に対する信頼を養うことになると思えてならないわけでございます。 にもかかわらず、最初の敷いたレールを突っ走って四十年間、それをまた解決するための努力というのは大変なものであった、そういう意味で本当に敬意を表するわけでございますけれども、今となって何を教訓とするかといった場合に、非常に硬直した、一度決めたら変えない、例えて言うならば、長良川河口堰なども私はその部類だと思っておりますけれども、そうした体質といいますか、一口で言えば官僚体質といいますか、それを改めるのは、私は民意を反映した政治の力だと思っておりますけれども、その官僚性に対して、民意による、政治の力によるコントロールが及ばなかった、政治が弱体であったなという気がしてなりませんが、いかがなものでしょう。
○大島国務大臣 日本は民主主義国家でございまして、国権の最高機関である国会というものは国民の皆様方から選良されるわけでございます。そして、そういう中で内閣ができていくという仕組みの中で、私は、全体、総論として申し上げますと、戦後は民意をある意味では反映した政治が行われてきたし、仕組みとしてもそうであったと思います。 今まさに、先ほども申し上げましたように、私どもはこの問題から本当に真摯に学ばなければならない問題は多々あると私申し上げましたが、いわば日本の戦後の経済社会の残した戦後処理だ、総理がそうお話しされたことがあるわけでありますが、私もまさにそこに、それぞれの立場でこの問題を考えていかなければならない提起があるのではないかな、このように思っております。
○金田(誠)委員 最後に一点だけお尋ねをしたいと思います。 まさに戦後の日本社会を画する大きな出来事として、私は、この水俣病問題というものは長く日本人の心、記憶にとどまるべきだろうと思います。そして、そこから日本のあるべき姿についての教訓というものが導き出されなければならない、こう思うわけでございます。その作業はこれから長く続くだろう、こうも思っでございます。 そこで、一つ提案を申し上げて検討を煩わせたいと思うことがございます。水俣病の記録でございます。 来年でちょうど四十年を迎える水俣病、その発生から今日に至るまでの詳細な事実としての記録を、これは政府が一方的につくるのではなくて、NGO、患者団体等含めてこれを記録する、あるいは今時点でも、市民団体が水俣病を振り返る写真展を来年四十周年に合わせて開催するということを聞いてございますけれども、そうした心に刻むといいますか、この水俣病を心に刻み、教訓とするための具体的な形に残るものを政府としてまず検討をできないものかどうか、最後にお聞かせいただきたいと思います。
○大島国務大臣 地元には地元の、そして行政は行政の歴史を持っております。今先生から御提案 されたものがどういう形でできるか、あるいはなさなければならないか、もう既に相当な資料がございますので、御意見として承らしていただきます。
○金田(誠)委員 終わります。ありがとうございました。
○阿部委員長 岩佐恵美さん。
○岩佐委員 まず、水俣病問題について伺いたいと思います。 先ほどから議論があるわけですけれども、ちょっと重複する部分があると思いますけれども、最終解決案の受諾に当たって、二十九日、全国連の橋口三郎原告団長は、私たちが求めてきた要求からすると決して十分な到達点ではないが、文字どおり命をかけて闘ってきた成果だと確信している、すべての原告の救済を実現するために、今後も原告団の先頭に立っていく、そう話っておられます。未認定患者の皆さん、被害者の皆さんは、長い間、にせ患者の汚名を着せられ、肉体的にも精神的にも言葉に言い尽くせないほどの苦難を強いられてきました。もっと早く政府が対応していればこんなことにはならなかった、亡くなった方々もどんなにか悔しい思いで亡くなっていったのではないか、そう思います。 実は、二年前に三十七歳で亡くなられた柳迫さんという方がおられます。多分三十代前半のときだったと思いますけれども、環境庁で震える手にコップを持って陳情されていたその姿は、本当に私の目に焼きついて離れないのです。そうしたことを思うときに、私は、政府は心底被害者に謝罪をすべきだ、改めてそう思います。 そして同時に、既に判決で明確にされてきておりますけれども、加害企業の責任、そのことも明らかにしながら解決をしていく、このことが大切だと思います。 それから、先ほどからも言われています、水俣病問題の全面的な解決を図る、そのためにも、被害者の皆さんは、すべての原告の救済を切実に願っておられます。最終解決案の判定検討会、この検討会における判断、民間の診断書を公的資料と平等に扱って、水俣病被害者の診断に熟練をしているお医者さんたちの民間の診断書を正当に評価をして、そして被害者の完全救済を図るべきだと改めて思います。先ほどの御答弁でも、裁判よりももっと大きく範囲を広げてそういうことを考えていかれるというお話でしたけれども、そういう点も含めて、改めて長官の御決意を伺いたいと思います。
○大島国務大臣 先ほど田中議員にお答えをしたことで尽きるわけでございますが、あの最終解決案は、全面的、最終的な解決を図りなさい、その検討委員会は、そこにあることを誠実にやってまいります、先ほど私の見通しとして、同程度かそれ以上の方々、こう申し上げたわけでございますが、そういうことを基本にしながらこれから対処してまいりたい、このように思っております。
○岩佐委員 次の問題に移りたいと思います。 日光連山の立ち枯れについて伺います。 私は九月の十九日、二十日、続けて白根山と太郎山に登ってまいりました。大変でした。二千五百を超える山と二千三百を超える山、連日して登ったわけですから、ちょっと大変でした。白根山のコースは菅沼茶屋から登ったわけですけれども、高度を上げていくに従って、オオシラビソやコメツガなどの針葉樹、また広葉樹のダケカンバの立ち枯れが目立ちました。座禅山ではダケカンバが白骨化して、木の墓場のようでした。 委員長、ちょっとこの写真を大臣に見ていただきたいと思います。 さらに、山頂を目指して登ってまいりますと、墓標のようなダケカンバの幹が山の斜面に立ち並び、異様な光景でした。山頂から日光連山を見渡すと、木の墓場どころか、枯れた木もなくなって、そして土砂崩れが起こっている場所が数多く見られました。山頂から避難小屋に至るルートというのもあるのですけれども、これも大きななぎを挟んでダケカンバのほとんどが立ち枯れて白骨化していました。 翌日は太郎山に湯殿橋方面から登ったわけですけれども、やはりオオシラビソの葉つばの裏が黄ばみ、葉先だけを残して、そして枯れでいっている、こういう状態が進んでいました。立ち枯れによる崩壊が進行している巨大な、新なぎというのですが、新しいなぎのところをトラバースして山頂を目指してまいりますと、二百五十年は生きられるというシラビソが樹齢を全うできずに枯れて、そして幼い木が既にもう枯れ始めているわけです。ダケカンバも立ち枯れていました。 三十二年前にしま枯れと言われたところが、世代交代どころか木が消えてしまって崩れが発生し、山全体の三〇%ががれ状態となってしまっています。被害は予想以上でした。本当に恐ろしくさえなりました。 群馬県の森林の会の調査では、日光連山の立ち枯れ被害は二千二百ヘクタールに及んでいる、こう言っておられます。環境庁は被害の実態を把握されておられますでしょうか。
○澤村政府委員 日光国立公園内の白根山、それから男体山を中心といたします樹木の立ち枯れに関しましては、平成五年度にその実態の把握、要因の検討のための調査を行っているところでございます。 調査は、日光の白根山、男体山を含む奥日光の山岳地域を対象に航空写真の解析と一部現地調査を行い、樹木の衰退が見られる森林の分布と経年変化の把握を行っております。 その結果、標高につきましては千六百メートルから二千二百メートルにかけて衰退地点が多く見られたこと、また北西方向の斜面について衰退地点が多く見られたこと、さらに谷底や斜面に比べまして頂上の平たん面に衰退地点が多く見られたこと、そういったことの傾向がわかりました。 なお、これらの要因につきましては、先生ただいまお話ありましたしま枯れ、風害、凍害、病虫害、シカ等による食害あるいは酸性雨、酸性霧が指摘されておりますが、要因の特定ということにつきましてはさらに調査が必要である、そういうような結論になっているところでございます。
○岩佐委員 その被害の原因についてなんですけれども、林野庁は緊急調査結果で、奥日光地域で報告されている樹木の衰退原因として、しま枯れ、風害、凍害、病虫害、シカ等による食害、酸性雨及び霧を挙げています。 凍害、食害については同報告書で無理があるとしているので、これは無理だと思いますけれども、あと、病虫害説というのがあるのですけれども、これはナラタケ菌説が有力なんです。ナラタケ菌というのは枯れた木に広がっているわけですけれども、生きた木には見られませんでした。むしろ、驚いたのですけれども、白根山の五色沼から弥陀ケ池に向かうコースの途中で、ナラタケ菌が広がっている枯れた木に若いダケカンバが根をおろして、その根っこを見たらナラタケ菌と共生するような格好で入り組んでいたわけですね。だから、私はナラタケ菌は違うのじゃないかということを確信しました。 しま枯れについてですけれども、これはシラビソが世代交代で枯れる自然現象と言われてきました。太郎山では親木が一斉に枯れて、後継木も葉が黄ばんだり葉つばが落ちて枯れが始まっているなど、寿命に基づく世代交代ではなくて、森林全体が枯れ果ててしまう、そういう様相でありました。ですから、かつてはしま枯れと説明されていたのですけれども、どうもそれが当たらないのじゃないか。山頂部では、かつてしま枯れだと言われていたところですが、随所に全面的な崩壊が見られて、要するに、しま枯れというのはきちんとしまになっているのですけれども、もうそんなしまなんか見られなくなってしまって全体的に崩壊が始まっている、そういう状況が見られましたし、その崩壊のスピードも速まっているのですね。 そういうことで、しま枯れでも説明がつかないし、どうもナラタケ菌説だって説明がつかない。そういう点について、先ほど原因を調べなきゃいけないというふうに言っておられたわけですけれ ども、そのナラタケ菌とかしま枯れとかいう点についてはどうですか。
○澤村政府委員 ただいま原因がいろいろあるということを申し上げました。先生御指摘のとおり、ナラタケ菌の状況というようなことにつきましても報告を受けておるわけでございます。また、しま枯れにつきましても報告を受けておるわけでございますが、なおさらに詳細にその辺のところを調査しなければ結論は出ないということで、引き続きその辺のところを中心に調査をし、今解析をしているという状況でございます。
○岩佐委員 しま枯れだけじゃなくて、林野庁に聞いてみるとさらに風害ということを強調しているのですね。立ち枯れの原因を一九八二年八月の十号台風、たった一回の台風のせいだ、こういう説を言っておられるわけですけれども、先ほど説明がありました環境庁の調査でも、衰退地点の比率というのが北から西にかけてやや高まっているというふうに言われました。そうすると、南東からの風害、台風の害というのは、これもやはりそれに起因させるというのは私は無理があるというふうに思っています。もし台風のせいだということになると、立ち枯れというのは台風十号以前から発生をしているわけですし、現在でも木の先端部からの枯れが進行している、そういう意味でいうと、台風もおかしいということになるのですね。 私も現地に行ってあれこれ見ながら、自然現象であるなら、ある程度の時期がたては森が回復をしていくわけですし、それが回復どころか被害がますますひどくなっているわけですから、自然現象のせいにするというのはおかしいというふうに思いました。そこで、考えられる原因として、先ほど最後に言われた酸性雨、酸性霧、これが私は一番説明がつくのじゃないかなというふうに思っているわけです。 国立環境研究所の研究では、首都圏の汚染物質が相模湾海風あるいは鹿島灘海風に乗って光化学反応を受けて、より毒性の強いものに変質して北関東の山に達する、こういうふうに指摘をしているわけですね。最近、奥日光で高濃度のオゾンが測定をされ、立ち枯れへの原因となっている、こういうことも指摘をされているわけですけれども、この点について環境庁いかがですか。
○大澤政府委員 国立環境研究所において、今お話がありましたように、森林の立ち枯れとオゾンの関係をこの八月に観測されたわけでございまして、その結果、かなり高い濃度のオゾンが検出された、こういうぐあいに聞いておるところでございます。これは単にオゾンの測定を高地においてはかった、その際に風の方向とか強さ等も含めて詳細な検討もしているようでございますが、ただ、全体の調査の結果は今取りまとめ中というぐあいに聞いておりまして、私どもとしては、その内容に十分注目し、情報の収集に努めて今後の施策に生かしていきたい、かように考えております。
○岩佐委員 酸性霧というのは酸性雨の十倍酸性度が高いというふうに言われています。雨は高層から落下してくるために下層での大気汚染物質を取り込む時間は短いわけですけれども、霧というのは地表面付近で発生して、微小滴であるためふわふわと大気中に漂って、そして汚染物質を多量に取り込むことになります。また酸性雨の場合には、汚染された初期の降雨、これが大量の後から降ってくるきれいな水によって洗い流されるということがあるわけですね。最初の水は汚れているわけですね。雨は汚れているわけですね。 ところが、霧の場合には水分量としては少ないということがあって、葉などに付着した場合は作用時間が長い。つまり、雨よりもずっと酸性霧の方が、漂っている間じゅう木だとか葉つばを痛めつけるわけですから、そういう点では影響が大きいということが言われていますし、また、霧の方が粒子が小さくてpHが低い、そういうために植物の葉つば、枝、幹などへの影響が大きいということが言われています。酸性度の高い霧は木の葉の表面にある保護層のクチクラのワックス層を分解してしまう、この分解によって葉の表面から病原菌の侵入が容易になり、木の成長低下を生じさせる、こういうふうに言われているわけです。酸性霧の樹木への影響、このことをしっかりと調べていく必要があると私は思います。 それからもう一つ、最近、静岡県立沼津西高校の遠藤稔教諭は、ディーゼル車の排ガスに含まれる粒子で空気が通る気孔がふさがれ、窒息状態となって松枯れの原因になっていると発表をしています。 気孔に詰まった粒子はベンツピレンであることがわかっています。この物質はコールタールの成分で、発がん作用があることも知られています。松の葉の気孔というのは、針葉樹特有の陥没した形をしているため汚染物質が入りやすいのです。今ちょっと写真を見ていただいておりますけれども、常緑樹なので気孔が長い時間空気にさらされ、汚染物質が蓄積をされます。いわゆる広葉樹だったら、冬になれば葉つばが落っこちてしまうのですけれども、そういうことがないのですね。一年じゅう大気汚染物質にさらされるということになってしまいます。 日光連山や八ケ岳でも、排ガスの粒子が気孔をふさぐことによって樹木が枯れるのではないかとも言われているわけです。大気汚染と松枯れについての調査もすべきだと思いますけれども、環境庁いかがでしょうか。
○大澤政府委員 先ほどからもお話ありましたように、酸性雨あるいは酸性霧と立ち枯れとの関係というのはいろいろな説があるようでございますが、今御指摘の特に松枯れとの関連、これが沼津の方で研究され発表されたと私どもも承知しておるところでございます。 この樹木の衰退の原因については、酸性雨、光化学オキシダントの大気汚染による葉面への直接的な障害、あるいは土壌が酸性化して、木がそれを吸ってそれによる影響、その他いろいろな説があるわけでございますが、これらのいろいろな説を私どもとしては総合的に調査し、メカニズムの解明に努めなければならないと考えておりますし、今回のディーゼル排気微粒子による影響の知見というのは私どもとしても新しい知見でございますので、これらの知見についても資料の収集に努めてまいりたい、かように考えております。
○岩佐委員 今言われましたけれども、酸性雨、酸性霧、土壌の酸性化、そして松枯れなど、大気汚染が自然や環境に及ぼす影響が非常に大きな問題となっています。原因究明はもちろん必要なんですが、その究明に時間がかかり過ぎて、因果関係がはっきりするまで何の手も打たないということになってしまうと全く手おくれになって、私は日光連山に登った経験からいうと、これはもう本当に放置をすればするほど山全体の崩壊がひどくなり、はげ山になってしまうというふうに思いました。まず日光連山の被害、ぜひこれを早急に徹底的に集中して調査して、そして被害をなくしていく、そういうことに取り組んでいただきたいと思います。 それから、被害はもちろん日光連山だけにとどまりません。大臣にぜひお願いしたいのですが、一日も早く大気汚染の森林等への影響の実態調査を行って、そして並行してディーゼル車の総量規制とか排出規制だとか、そういうこともやっていかないと大変なことになってしまうというふうに思います。ぜひ御所見をお伺いしたいと思います。
○大島国務大臣 岩佐先生が日光連山に二日登られた、大変な御健脚で、私も知事さんから一回来てくれと言われておりましたが、ちょっと私の足では二千メートル、今もう無理になってきております。きょうの議論を伺いまして、写真を、雑誌の写真ですか、それを拝見したりして、なるほどな、まずこういう感想を持ちました。 まず日光運山につきましては、まさにその写真も見せていただきましたし、私どもとしても、酸性雨や大気汚染との関連が必ずしも否定できない状況だなということは認識しております。したがいまして、平成六年度より関東周辺の山の酸性雨 あるいは大気汚染物質のモニタリングはやっております。特に、来年度でございますが、日光地区にモニタリングの測定所を整備するため今予算を要求しておりますので、何としてもこれを予算づけして、さらにそういうことをしていきたいと思っております。 いずれにしても、まさに大気汚染、大気の問題というのは、みんなこれ大事ですけれども、水、土、大気、空気ですね。本当に今大変な状況にあるなど認識しておりますが、総合的にいろいろな施策を講じながら全力を尽くしていきたい、こう思っております。 私、環境問題、三カ月しかまだたっていませんが、いろいろな規制や、あるいはいろいろな政策を施す、やることが必要でありますけれども、本当に国民の参加が大事だということをつくづくこのごろ感じているのです。そういう点も踏まえてこれから努力していきたい、このように思っております。
○岩佐委員 終わります。
○阿部委員長 中村力さん。
○中村(力)委員 岩手県の中村です。質問の機会を与えていただいた先輩、同僚議員の皆さん方に心から感謝します。 私、本日は、これまでこの委員会でもたびたび議論されておりますが、地球温暖化と炭素税について質問いたします。 まず初めに、地球温暖化の主たる原因とみなされる二酸化炭素の排出を抑制するために、政府としてはこれまでどのような取り組みを行われたでしょうか。具体的には、一九九〇年に作成された地球温暖化防止行動計画において、二酸化炭素の排出量を二〇〇〇年までには、あるいはそれ以降は一九九〇年のレベルでの安定化を図るという目標が掲げられておりますけれども、現状についておわかりの範囲でお教えいただきたいと思います。
○浜中説明員 お答えを申し上げます。 二酸化炭素の排出を抑制するための政府の取り組みについてということでございますが、政府といたしましては、二酸化炭素も含めまして温室効果ガスの排出量を抑制し、地球温暖化を防止するために、先生ただいま御指摘の平成二年に関係閣僚会議で決定をいたしました地球温暖化防止行動計画、それから昨年十二月に閣議決定をいたしました環境基本計画に基づきまして、まず第一に、二酸化炭素排出の少ない都市・地域構造を形成する、それから第二に、二酸化炭素排出の少ない交通体系等を形成する、さらに、二酸化炭素排出の少ない生産構造、エネルギー供給構造を形成し、最後に五番目といたしまして、二酸化炭素排出の少ないライフスタイルを実現する、こうした各般にわたります二酸化炭素排出抑制対策、あるいは二酸化炭素を吸収してくれます森林等を保全し、ふやしていく、こういう対策を総合的に推進しているところでございます。 現状ということでございますけれども、ただいま先生お触れになられましたように、行動計画におきましては、二〇〇〇年における二酸化炭素排出量を一人当たり及び総量ともに一九九〇年レベルで安定化することを目標として掲げているところでございますが、昨年我が国が国連の気候変動枠組み条約事務局に提出をいたしました報告書におきましては、一人当たり二酸化炭素排出量目標につきましては、おおむねこれを達成できる見通してございますが、総排出量目標につきましては、その目標を達成いたしますためには今後ともなお一層の努力が必要であるとしているところでございます。
○中村(力)委員 オランダや北ヨーロッパなどでは、地球温暖化により海水面が上昇するとみずからの国土が水没してしまうという、そういう危機感などから既に炭素税が導入されていますが、それに伴う化石燃料の消費量の変化など、もし数量的におわかりの範囲があればぜひお教えをお願いします。また、日本ではこういった炭素税などの経済的手法がどのように検討されているのか、できるだけ具体的にお答え願います。
○大西政府委員 お答え申し上げます。 諸外国におきます経済的手法の導入状況でございますが、今お触れになりました炭素税につきましては、オランダ、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドの五カ国で導入されているところでございますが、残念ながら、その導入による効果というのは私どもまだ承知いたしておりません。極力努力してそういう情報を入手できるようにしたいと思います。 国内におきましては、昨年八月、環境に係る税・課徴金等の経済的手法研究会というのを設けまして、そこでいろいろ検討をお願いしております。昨年の暮れには関係各界から経済的手法に関するヒアリングを行いまして、その結果もことしになって発表しておりますが、また、その研究会の議論に資しますように、私どもの方でも経済的手法に関する国民意識がどうであるかという意味で委託調査を実施いたしまして、その結果も先般公表いたしたところでございます。 今後は、これらの成果も参考にしながら、諸外国の事例をいろいろ調べまして、経済的手法を講じた場合に環境改善効果がどうなるか、経済への影響がどうなるかといったことを中心にいろいろ検討を深めてまいりたいと思いますし、そういう研究会での中間的な検討の成果あるいは経済的手法をめぐる内外の状況等を適宜広く一般にもできるだけお知らせをさせていただくようにしまして、国民的な議論が深まるようにまず努めてまいりたいと思っております。
○中村(力)委員 私自身は、地球温暖化防止あるいは環境悪化防止のために炭素税などの経済的方法を取り入れるべきだと思います。 この炭素税、環境税につきましては、私から申し上げるまでもなく、化石燃料の全世界における消費量のうち四分の一を占めるアメリカ合衆国が反対しているように、これを導入すれば物価が上昇するなど経済成長を阻害するというデメリットが考えられますが、より多く汚染した方がより多く負担するという原則を取り入れることなくして、既存の化石エネルギーなどの節約あるいはそれ以外のクリーンエネルギーへの代替、移行といったものは進まないと確信しております。また、何よりも、経済成長と環境を守るということが、どちらを選ぶかという選択が、既に片方の選択がなくなりつつある時代に入りつつあろうかと思っております。 私としては、炭素税あるいは環境税といったものを導入することによる大きなメリット、もちろんデメリットもございますけれども、これらを信念を持って、今御答弁いただいたような国民的議論を深めるためにも、より私たち政治家が広く訴えることが第一かと思います。ひいてはそれが私たち日本が唱えている国際貢献につながるかと思いますけれども、その全体について政治家としての長官のお考えをぜひお伺いしたいと思います。
○大島国務大臣 中村先生が地球温暖化について非常に御理解と関心と積極的な取り組みをされていることに敬意を表したいと思います。 おっしゃるように、全体として環境問題は、まさに次の世代に対する責任でもあり、地球全体に対する責任でもある、この認識は強く持たなきゃならぬ、こう思っております。その中にあって温暖化問題は、枠組み条約ができて以来、みんなで手を合わせてやっていかなきゃならぬ。その中に、我々基本計画をつくった中にあっても、経済的手法を取り入れるべきだ、こういうお話があそこの中に盛り込まれているわけでありますから、私どもも積極的に調査研究を進めてまいりたい、こう思っております。 もう一つ、国際貢献という観点に関して、まさに個々的に私どもの、先ほどの水俣のお話ではございませんが、戦後培った技術あるいはソフトウエア、それらがあるわけでございますので、そういう面での貢献というものも必要であろう、このように思っております。特に、COP3の二十一世紀の温暖化の枠組み条約に基づく具体的な中身をどうするかという会議が二年後にございます。ぜひこれを日本に招致して、そしてリーダーシッ プをとってその問題等々に取り組んでいくことがまた貢献の一つではないか。重要な問題意識を持ってこれから取り組んでいかなければならないと思いますので、そういう意味で、どうぞ多くの方々に先生もお呼びかけをいただきながら、ひとつバックアップをしていただきたい、このように思います。
○中村(力)委員 終わります。ありがとうございました。
○阿部委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時八分散会