予算委員会 第17号
- 発言数
- 464 件
- 登壇者
- 14 名
- 会派数
- 7
- 開催日
- 1995/03/29
会議録
○委員長(坂野重信君) ただいまから予算委員会を開会いたします。 予算の執行状況に関する調査のうち、東京共同銀行問題に関する件を議題とし、証人の証言を求めることといたします。 まず、委員長から確認させていただきます。 あなたは高橋治則君御本人ですか。
○証人(高橋治則君) はい、そうです。
○委員長(坂野重信君) この際、一言ごあいさつ申し上げます。 本日は、御多忙中のところ当委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございます。当委員会におきましては、予算の執行状況に関する調査を進めておりますが、本日は特に証人の方から東京共同銀行問題について御証言をいただくことになった次第でございます。 証言を求めるに先立ち、証人に申し上げます。 議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人には、証言を求める前に宣誓をしていただくことになっております。 宣誓または証言を拒むことができるのは、次の場合に限られております。 自己または自己の配偶者、三親等内の血族もしくは二親等内の姻族または自己とこれらの親族関係があった者及び自己の後見今後見監督人または保佐人並びに自己を後見今後見監督人または保佐人とする者が刑事訴追を受け、または有罪判決を受けるおそれのあるときは宣誓または証言を拒むことができます。また、医師、歯科医師、助産婦、看護婦、外国法事務弁護士を含む弁護士、弁理士、公証人、宗教の職にある者またはこれらの職にあった者が業務上委託を受けたため知り得た事実で他人の秘密に関するものについて証言を求められたときも宣誓または証言を拒むことができますが、本人が承諾した場合はこの限りではありません。 正当の理由がなくて証人が宣誓または証書を拒んだときは、一年以下の禁錮または十万円以下の罰金に処せられます。 また、宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることになっております。 なお、今回の証人喚問についての当理事会の決定事項については、証人には既に文書をもってお知らせしたとおりでありますが、この際、その主要な点について申し上げておきます。 その第一点は、証人が補佐人に助言を求めることが許される場合についてであります。 証人は、補佐人に対し、宣誓及び証言の拒絶に関する事項について助言を求めることができますが、これらの助言は、いずれもその都度証人が委員長にその旨を申し立て、その許可が得られた後に認められるものであり、補佐人の方から証人に対し助言することはできないことになっております。なお、補佐人は発言することはできません。 その第二点は、資料についてであります。 証人は、証言を行うに際し、あらかじめ委員長が許可を与えたものについてメモ類を用いることは差し支えありませんが、尋問に対し簡潔かつ的確に証言を行うために必要な範囲内に限られます。 その第三点として、証人のメモ筆記は尋問の項目程度に限られております。なお、補佐人はメモをとることが許されます。 以上の点を十分御承知願います。 それでは、法律の定めるところによりまして、証人に宣誓を求めます。 全員御起立願います。 〔総員起立〕
○委員長(坂野重信君) 議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律第五条の三の規定により、これより高橋治則君の証言が終了するまで撮影は中止してください。 高橋治則君、宣誓書を朗読してください。 〔証人は次のように宣誓を行った〕 宣 誓 書 良心に従って真実を述べ、何事もかくさず、又 何事もつけ加えないことを誓います。 証人 高橋治則
○委員長(坂野重信君) 全員御着席願います。 証人は、宣誓書に署名捺印してください。 〔証人、宣誓書に署名捺印〕
○委員長(坂野重信君) これより証言を求めることといたしますが、証人の御発言は証言を求められた範囲を超えないこと、また、御発言の際はその都度委員長の許可を得て御発言なさるようお願いいたします。 なお、質問を受けているときは御着席のままで結構でございますが、お答えの際には起立して御発言を願います。また、委員の尋問時間が限られておりますので、答弁は要点を的確に簡潔にお願いいたします。 この際、委員各位に申し上げます。 本日は、申し合わせの時間内で証言を求めるのでありますから、特に御協力をお願い申し上げます。 それでは、まず委員長から高橋証人に対しお尋ねいたします。 本日は、あなたが三月九日に衆議院で証言した内容と過日の当委員会における堀江参考人の答弁とが幾つかの点で食い違いも見られますので、本委員会としては、これらの疑問点をただし、事実を明らかにするため、今回、あなたに証人として出席を求めたところであります。また、午後は堀江氏も証人として招致していることを承知の上お答えください。 まず最初に、委員会を代表して私から三点について高橋証人に尋ねます。 なお、この後、各委員が詳細にわたって尋問することになっていますので、簡潔な答弁をお願いいたします。 まず第一点。長銀の堀江氏は、九〇年五月に、高橋氏の要請の趣旨とは異なり、人材協力の意味合いで東京協和信用組合に顧問を派遣したが、在籍五カ月の間、回顧問は理事会や主要役員会議に一度も出席していないと答弁していますが、あなたが長銀に人材の派遣を要請したのは、長銀の経営傘下に入ることを前提としていたのではありませんか。堀江氏の「高橋氏の要請の趣旨とは異なり」とはどのような」とだと思われますか。 また、長銀から派遣されてきた顧問は理事会等に一切出席した事実はなかったのか、明らかにしてください。
○証人(高橋治則君) お答えいたします。 私の記憶によりますと、一九八九年の暮れに、当時私どものメーンバンクでありました日本長期信用銀行に東京協和信用組合の経営の肩がわりをお願いをいたしました。当時、長銀はパーソナルバンキング、いわゆる個人顧客の開拓に力を入れておりまして、私どもの申し出に快諾をいただきました。翌年の初夏に長銀の関連会社数社を通じまして約五〇%相当に当たります十五億円の出資をいただき、またその年の十月に常勤顧問を派遣してくださいました。そして、翌年に私どもの本店を長銀の関連会社のビルに移転をいたしまして、その年の五月に長銀から理事長が派遣されるという約束といいますか、予定になっておりました。 また、派遣されました顧問の理事会の出席でございますが、顧問はもともと理事会に出席する資格はございません。したがって、理事会には出席をしておりません。しかし、主要役員協議、主要役員会議、これは理事長、常務理事二人、顧問、私がその顧問に組合の雰囲気をできるだけ早く理解をしていただきたいために、何回も一緒に協議をいたしました。また、常勤理事と顧問との協議も頻繁に行われたということを報告を受けております。 以上でございます。
○委員長(坂野重信君) 堀江氏の、高橋氏の要請の趣旨とは異なり」ということについての証言がないようですが。
○証人(高橋治則君) 「要請の趣旨とは異なり」ということについての意味が私にはよく理解できないんですが、私は人材協力だけを要請したわけではなくて、経営の肩がわりを要請いたしました。
○委員長(坂野重信君) 次の第二点は、堀江氏は、九三年五月に高橋氏と話をし和議を進めたが、高橋氏はあくまでも自力で再建できると主張し決裂したと述べ、さらに、けんか別れをしたのではなく、最後のパーティーは和やかであったとも答弁しています。 他方、あなたは、イ・アイ・イ社から長銀が撤退するおよそ十日前に突然支援打ち切りを通告されたと証書しており、食い違っています。長銀側から和議が示されたのは事実ですか。また、和議を拒否したのは事実ですか。長銀が撤退していく際に長銀との間でどのようなことが話し合われたのですか、説明してください。
○証人(高橋治則君) お答えいたします。 撤退の二週間前に大変に膨大な資料にサインをさせられまして、これは海外関係の書類でございまして、長銀が自由に管理、処分をできるという内容の書類でございました。私は、再建の一環と思いサインをいたしましたが、もし撤退をするということであれば、今後のこともありますので、よく相談した上でサインをしていたと思います。 それからその後、直後に長銀の株主総会が行われました。その直後に長銀の担当役員から呼び出しがありまして、これ以上支援を続けることはできない、ついては和議という法的な方法で処理をしたらどうだろうかと、こういう申し出がありましたが、私どものような会社は法的処置よりもむしろ時間をかけて静かに整理をしていくのが一番いい方法だと私は考えておりましたし、また同様の会社もほとんどそのような手法をとっておりました。 長銀の担当役員は私の答えを承知をしていたかのように、わずか三十分か四十分の会談で支援の打ち切りが決定されました。それから十日後、七月九日に出向者全員が引き揚げたわけでございます。 七月九日に、当時出向しておりましたトップの田中副社長と私が幹部を集めまして、田中副社長からは、長銀の一応やることはやったのでこれで引き揚げますが、皆さん、高橋社長のもとに頑張ってくださいと、こういう言葉を残されて去ってまいりました。そのときに、突然の話だったものですから皆さん大変びっくりされておりまして、中には去る前に私のところへ参りまして、社長頑張ってくださいと、ともかく我々も応援しますからと言って皆さん去っていきました。そのときに何名か非常に泣いているような方もいらっしゃいました。 また、御質問のございましたパーティーでございますが、私も何人かの職員にどこかでパーティーをやったのかということを聞きましたら、一切やってないという報告を受けております。 また、ちょっと言い忘れましたが、私が支援を打ち切ると言われたときに、同時に、出向しております田中副社長もその話を聞いてびっくりしたということを申しておりました。 以上でございます。
○委員長(坂野重信君) 第三点。堀江氏は、派遣した顧問を含め、長銀は東京協和の経営政策の立案、貸出案件の決定などには何ら関与していないと答弁しており、衆議院であなたが、長銀は細部にわたり東京協和の経営に関与していたと証言したことと食い違っています。 長銀が東京協和にどのようなかかわりを持っていたのか、その事実を証言してください。
○証人(高橋治則君) 企業を銀行管理下に置くということは、個人、特に個人的な色彩の強い企業におきましては特別でございます。また、その会社に何らかの影響を及ぼすというような企業をも管理、指導するということが金融界の常識ではないかと私は理解をしております。 東京協和信用組合の管理につきましては、主に顧問が当たっておりましたが、毎日の日計表の管理、すなわち預金の出入れ、流動性預金の出入れ、貸し出しの増減等をチェックしておりました。そして、毎月未に出します回収実績表を提出しておりました。これを見れば、当然、貸し出しにつきましても純増減というのがはっきりわかるわけでございます。この書類につきましては東京都にも提出をしておりまして、組合にももちろん保管をしております。 また、当時、東京協和信用組合は長銀から預金の協力をいただいておりました。これを毎月、定額解約をしておりました。私が勝手に貸し出しをふやしこの解約に支障を来すようなことになれば、これは私の責任問題になるわけでございますから、大変慎重に対応をしておりました。 また、出向者のトップであります田中副社長と私と東京協和信用組合の専務理事と三名で、東京都信用組合課長のところに二度お邪魔をいたしました。そのときどういう趣旨のことを田中副社長が申し上げたかはっきり記憶に残っておりませんが、長銀が協力をする、あるいは責任を持つというような趣旨のことを申し上げたと思います。このことは信用組合課長の記録に残っていることと思います。 また、一九九二年、ちょうど支援打ち切りの一年前でございますが、イ・アイ・イ・インターナショナル及び数社が利払いを停止するという発表をいたしました。イ・アイ・イ・インターナショナル及び数社は、東京協和信用組合、安全信用組合、両組合から借入金がございまして、この利払いを停止いたしますと両組合に対しまして重大な影響を及ぼすわけでございます。そのために、長銀顧問団の皆さんとイ・アイ・イ・インターナショナルの経理担当の者が相談をいたしまして大変複雑なスキームをつくりました。その結果、両組合とも利払いを停止されることなく推移したわけでございます。 このスキームにつきましては、この図を使用して昨年の十月に検査がありましたときに財務局にも説明をしておりますので、それをごらんいただければすべておわかりになろうかと思います。 この金融処理につきましては、イ・アイ・イ・インターナショナルの中で稟議が起こされまして、その稟議書も組合にも私どもの会社にも保管をしてございます。ただ、これらの処理は、私もそうでございますが、長銀も組合のためにとって一番いい方法であるということでなされたことであるというふうに私は理解をしております。 長銀管理下の時代のいろいろな書類につきましては、組合あるいは私ども、あるいは東京都に保管をしてございますので、それがすべてを物語ってくれるというふうに理解をしております。 以上でございます。
○委員長(坂野重信君) ありがとうございました。 委員長からお尋ねすることは以上でございます。 それでは、高橋証人に対し質疑のある方は順次御発言願います。
○楢崎泰昌君 きょうは、大変お忙しいところ御苦労さまでございます。自由民主党の楢崎泰畠でございます。 最初に、東京協和信用組合について東京都からの示達がございまして、協和信用組合の乱脈経理ぶりということが指摘されたわけでございます。 その中に、第一に大口信用集中、すなわち大口の貸し出しが貸出総額一千五十三億円のうち八一・三%に当たる八百五十七億円となっている。それから預金額を引いたいわゆる純債額でも七九・七%に当たる八百四十億に達しているではないか。これらの多くは不良債権である。組合の健全性を著しく損なっている。 さらにそのほかにも、員外預金比率がオーバーしているとかいろいろな指摘がなされていますが、このような法令等の違反が恒常化している現状を見ると、信用組合の特性である地域との取引、これが一番信用組合の根本でありますが、これをほとんど持たず、信用リスクや自己体力などを考慮しないまま理事長が、理事長というのは高橋さんですね、高橋さんが関係する特定企業に貸し出しを集中した。そして、これらの貸出額が総貸し出しの八一・三%を占めるに至っており、これらが大部分が不良債権化しているんだと。 これは理事長が特定の事業者との関係を重視する余り、理事長、高橋さんですね、の独断専行や公私混同による貸し出しなどが行われ、組合を私物化したものと言わざるを得ないというようなことが指摘をされていると思いますが、この事実については御存じですか。そしてまた、それについてそのとおりだとお思いになりますか。
○証人(高橋治則君) 私ども、私は、信用組合の経営につきまして、どの会社の経営よりも神経質に、かつ注意深く行っていたつもりであります。 今御質問のございました大口でございますが、元来、信用組合は地域を主体にした金融業でございますが、昨今、都市銀行、信託銀行、地方銀行等の振興によりまして地域性がだんだん薄れてきております。したがって……
○楢崎泰昌君 簡単に答弁してください。その事実は御存じですね。
○証人(高橋治則君) 私、ちょっとその不良率が八十何%ということは事実ではないと思いますが、それは不良率というのは回収不能見込み額ということでございますか。
○楢崎泰昌君 大多数が不良債権化していると申し上げている。
○証人(高橋治則君) 私はそういうふうには理解をしておりません。
○楢崎泰昌君 いずれにしても、示達書にあった事実は御存じだということですね。 それで、まず最初に、私は高橋さんの組合経営の乱脈ぶりとそれから長銀との関係その他、御質問をこれから申し上げたいと思いますが、最初に長銀との関係からまず行きましょう。 先ほど委員長の御質問に対して、いや長銀との関係は非常に深かったんだよと。それは確かにいろんな事象は挙げられておりますが、深かったのかもしれません。しかし、あなたは管理下にある、管理されていたんだというぐあいにおっしゃっていますが、あなたのおっしゃっている管理というのはどういう管理ですか。
○証人(高橋治則君) 先ほども申し上げましたように、いわゆる日計表で管理をされておりまして、私が貸し出しを行うときにも必ず日暮顧問あるいは田中副社長へ報告をいたしておりました。
○楢崎泰昌君 長銀との関係でいろいろ言われました。出資をしていただきましたとか、顧問を派遣していただきましたとか、あるいは本店をお借りいたしましたとかいいますけれども、管理というのはあなたの組合の経営について支配力を持つということじゃないんですか。出資をしていただいたから支配力を持っているわけではない。これはあなたもお認めになるところだと思います。 それから顧問がおいでになった。しかし、顧問がどういうぐあいに経営に関与されたのか、それがわからなければ何ともならぬ。 それからさらに、今、日計表のことを言われましたけれども、日計表の話は、ちょっとあなたは、日暮さんが組合にいるときと、それからイ・アイ・イに彩られたときとごっちゃにしゃべっておられるんですね。 まず最初に、協和組合に日暮さんが顧問としておられたときの話をまず最初にやりましょう。そのときに日暮さんはどのように経営に関与されていたんですか。
○証人(高橋治則君) 当初、参りましたときは、イ・アイ一イ・インターナショナル自体が長銀の管理下ではございませんので、日暮顧問は規定類あるいは組合の協同組合法あるいは社内の状況、こういうことについて主に携わっていたように思います。
○楢崎泰昌君 日暮さんは顧問としてどういう役割を果たしたんですか。要するに理事会には出ていなかったと。出る御要請はなかったわけですね。理事会が経営方針の決定である、ところがそれには出ておられない。それで日暮さんは何をやっておられたんですか。
○証人(高橋治則君) いろいろ多くの人に教育をされておりました。
○楢崎泰昌君 そうすると、日暮さんが顧問で東京協和信用組合におられた問は、日暮さんは経営に参加してなかったということですね。
○証人(高橋治則君) そういう意味では経営に参加をしておりました。
○楢崎泰昌君 そういう意味というのはどういう意味ですか。
○証人(高橋治則君) 主要役員協議、あるいは組合のあり方、あるいは組合の将来性、あるいは組合のシステム、こういうものは経営の根幹をなすものであるというふうに私は理解をしております。
○楢崎泰昌君 根幹をなすものでそれに影響を与えたんですか。
○証人(高橋治則君) はい。過去の経験を生かしましてかなり影響を与えたように聞いております。
○楢崎泰昌君 聞いておりますではよくわかりませんね。どういうぐあいなことをされたんですか。
○証人(高橋治則君) 事務的な処理につきまして、あるいは銀行としてのあり方、あるいは貸し金、稟議や何かの処理の仕方等について教育を受けたというふうに私は報告を受けております。
○楢崎泰昌君 おかしいですね。事務的な問題、稟議のあり方等について教育を受けたというのは、教育を受けたにすぎませんね。 経営のあり方について云々というぐあいに言われました。経営のあり方について何かアドバイスをなすったんですか。
○証人(高橋治則君) 私は具体的にはその辺の報告は受けておりませんが、かなりいろいろな指示、指図を受けたというふうに聞いております。
○楢崎泰昌君 私は具体的に聞いていない、具体的には知らないというわけですね。 それじゃ、日暮さんが顧問で組合にいたときに東京協和信用組合に対して支配力を行使した、管理したということに当たらないんじゃないですか。
○証人(高橋治則君) 支配力を行使したということではないと思いますが、経営の一員として参画をしていたという認識は私は持っております。
○楢崎泰昌君 それがどうして経営の一員ということになるんですか。
○証人(高橋治則君) それは私どもの協議会、また幹部等の話し合い、そしてこれからの信用組合のあり方、それから金融機関としてのあり方、そのシステムのあり方等について助言をいただいておりますので、当然経営にかかわる問題だというふうに理解をしております。
○楢崎泰昌君 顧問ということですから何らかの発言はするでしょう。しかし、それが管理ということになるんですか。
○証人(高橋治則君) 当時かなりの預金もいただいておりましたので、当然貸し金やなんかについても一応報告をしたつもりでおります。ですから、それを支配するとかあるいは指図をするとかということではないと思いますが、大きな意味での管理の部分に入るというふうに理解をしております。
○楢崎泰昌君 どうもあなたは日本語をもてあそんでおられるような感じがします。私は、そこで日暮さんが組合を管理する、あるいは支配する、あるいは決定的な影響力を与えて高橋さんの手足を縛っていたとは到底あなたの御発言からは感ぜられません。 次に移って、イ・アイ一イが長銀の管理に移ってからのことでございますが、衆議院で表を二つ出されましたね。そして、それ以外に組合からは毎日のように資金繰りの報告をやっていたんだよと、これが長銀の管理の証拠であるというようなことを言われています。あれは資金繰り表であって、長銀がイ・アイ・イ・グループを管理下に置いた、これは銀行管理として当然のことだと思いますが、そのときにその系列に属するところの関係二信組の資金繰りをおとりになるという、これも普通のことだというぐあいに思います。資金繰り表をとったということがすなわち長銀が信用組合を管理したということにつながるんですか、教えてください。
○証人(高橋治則君) 先ほども申し上げましたように、資金繰りのみならず、長銀出向者の副社長が東京都信用組合課長に面談をいたしまして、長銀が協力するあるいは責任を持つという内容のことを申しておりますし、また数々のスキーム、つけかえ等に関して長銀出向者の稟議を全部とっておりますので、こういう意味では管理をされているというふうに思います。
○楢崎泰昌君 またあいまいなお言葉を使っておられるんですね。一つは、資金繰りを見ているということは管理とはほど遠い話です。 それから東京都に行かれて責任を持つというぐあいに言われたと、書類が残っているはずだというぐあいに言われていますが、間違いありませんね。
○証人(高橋治則君) はい。
○楢崎泰昌君 これはきょうは証人として来ていただいているわけですから、間違ったことを言われれば問題が起こります。 責任を持つというぐあいに言われたんですね。どういう責任を持つというぐあいに言われたんですか。
○証人(高橋治則君) 先ほども申し上げましたように、当時の記憶がはっきりしておりませんが、協力をするとか、責任を持つとか、長銀で善処するとか、そういう趣旨のことを言われたと思います。そのことにつきましては、東京都の信用組合課に記録が残っていると思います。
○楢崎泰昌君 余り記憶に残りませんがと言っていろんな言葉を並べましたが、そのいろんな言葉の中のニュアンスはまるっきり違うんですね。その三つのうちのどれですか。
○証人(高橋治則君) それについてはどういう言い回しをしたのか私もよく覚えておりませんが、ともかく信用組合課長は大変安心をされていた様子でした。
○楢崎泰昌君 どうもあいまいな言葉で逃げようとされてもちょっと困るんですね。何と言われたんですか、もう一遍言ってください。
○証人(高橋治則君) 先ほども申し上げましたように、当時の細かい会話の内容については私も記憶しておりません。
○楢崎泰昌君 どうも記憶していないことをべらべらしゃべってもらったら大変迷惑だと思いますね。 それからさらに、いろいろなスキームを組んで信用組合にいろいろ預金をしていただいたと。これは私の察するところでは、信用組合の資金繰りが高橋さんの御意図にもかかわらず悪化をしていたんですね、ちょうどそのころ。そこで、資金的な援助がなければだめだと、特にこれは利子に関連しての話のようですけれども。それは信用組合をお助けする、あるいはイ・アイ・イ・グループ全体の問題としてお助けするということであって、それが何も信用組合を管理する、練る、そういうことじゃないんじゃないですか。
○証人(高橋治則君) 預金につきましては、もともと長銀系の預金がかなりございまして、その差しかえの預金をしてもらっただけでございます。 また、先ほどから先生がおっしゃいますように、管理という問題でございますが、これは私が先ほど申し上げましたように、イ・アイ・イ・インターナショナルと東京協和信用組合というのは大変密接な関係のあるところでございます。当然、イ・アイ・イ・インターナショナルを管理するということは東京協和信用組合をも管理、指導しなければならないというふうに考えております。
○楢崎泰昌君 あなたはストレートに管理しなきゃならぬというぐあいに言われるけれども、管理するんだと、イ・アイ・イを管理するのは、高橋さん、社長であられるわけですけれども、徹底的に稟議その他をチェックされたわけですね。信用組合の稟議書はチェックされたんですか。
○証人(高橋治則君) 稟議についてはチェックをしておりません。
○楢崎泰昌君 要するに、当然に二信用組合を管理しているんだとおっしゃるけれども、その当然の当然が意味合いが少しずつ違うんですね。あなたは言葉の魔術で、イ・アイ・イがこうだからこうなんだというぐあいに言われるけれども、私は全然質が違う次元の話だというぐあいに思います。 さらに長銀との関係で申し上げると、長銀からおたくのその意思決定について何らかのプッシュがあったことがありますか。
○証人(高橋治則君) ちょっと問題の、御質問の趣旨がよくわからないのですが、意思決定といいますとどういうことでございましょうか。
○楢崎泰昌君 貸付業務について、例えば、既に話が出ていますけれども、西山荘カントリー倶楽部、これについては長銀から御推薦があったというぐあいに言われていますけれども、それ以外にこういう融資をしてほしいとか、そういうことがありましたか。
○証人(高橋治則君) 細かい融資については二、三あったように記憶をしております。
○楢崎泰昌君 二、三というのはどういう融資でございますか。
○証人(高橋治則君) 一千万とか前後の融資についてでございます。
○楢崎泰昌君 そういうことは支配力を行使したことになりますか。
○証人(高橋治則君) ちょっと済みません、聞こえなかったんですが。
○楢崎泰昌君 そういうことは長銀から管理されていたということになるんですかと。
○証人(高橋治則君) 先ほどから申し上げておりますように、管理というのは全般的な問題を申し上げているので、一つ一つの融資がどうだとかこうだとかということでは私はないと思います。それは先ほど申し上げましたように、いろいろな角度から管理という言葉を使われるのではないかというふうに私は理解をしております。
○楢崎泰昌君 西山荘カントリーは長銀から御推薦を受けたんですね。長銀はなぜ西山荘を組合の方にお頼みになったんですか。だれかから長銀が頼まれたというような事情があったんですか。
○証人(高橋治則君) 西山荘につきましては、当時、新宿支店長から、たしか私どもとそれから長銀ともう一行との協調融資じゃないかと思いますが、それに参加をしてくれないかというようなことを頼まれた記憶がございます。そして、担保管理の幹事として長銀がやるので、一時的なものだから何とか考えてくれ、こういう申し出がございました。
○楢崎泰昌君 もう一遍聞きますが、長銀はだれかに頼まれておたくに頼んだんじゃないんですか。
○証人(高橋治則君) それは私は存じ上げません。
○楢崎泰昌君 次に、あなたの組合で行っておられた、私の方から言うと乱脈経理ということになるわけですけれども、ぶりについて御質問を申し上げなければいけませんが、あなたは衆議院の証言の際に大変なことを言っておられますね。 実は、一昨年の七月から去年の九月までの間に自己貸しあるいは高橋関連貸し、これが五十五億ふえたんだけれども、五十五億の増加は「健全な会社の運転資金及び開発資金でございます。」というぐあいに述べておられますね。今でもそのように思っておられますか。
○証人(高橋治則君) 当時の新聞報道によりますと、長銀が引き揚げた後に私どものイ・アイ・イ・インターナショナルの資金繰りが困って、自己貸し、迂回貸しを繰り返したという報道をされていることに対してのお答えを申したわけでございますが、長銀が引き揚げたときの残高が約三百七十億でございます。翌年の六月の六日の検査時点での残高が三百七十六億でございます。そして九月三十日未の残高が四百二十五億でございます。その大半は開発資金と運転資金でございます。
○楢崎泰昌君 私はそこでちょっと思うんですけれども、あなたの関連の貸し付けにはイ・アイ・イ・グループのものと、それからイ・アイ・イ・グループから外れた高橋関連グループというのがございますね。イ・アイ・イ・グループ、それから高橋関連グループ、それぞれ組合に対する利払い、どうしておられましたか。
○証人(高橋治則君) ゴルフ場融資等に関しましては、完成するまでは利払いを追い貸しをしておりました。
○楢崎泰昌君 ゴルフ場関係以外はどうしているんですか。
○証人(高橋治則君) 追い貸しをしている部分もありました。
○楢崎泰昌君 イ・アイ・イ・グループはどうしたんですか。
○証人(高橋治則君) イ・アイ・イ・グループの借入金はほとんどなくなっていると思います。
○楢崎泰昌君 それでは、あなたが証言した話じゃないんですけれども、先般の衆議院の証言、証人喚問で、鈴木さんが高橋治則氏個人に対する貸し付けについて証言をしておられます。 その証言によれば、安全信用組合の中にあるイ・アイ・イ・インターナショナル以外の貸し出しについては、高橋さんが私どもの会社の、組合に対して利払いを高橋さんがやっておりましたので、私どもは追い貸しという格好で運転資金及び金利のために貸し出しをしていたというぐあいに解釈をしていますと。 安全信用組合の高橋氏個人に対する貸し付けはそういう性質のものですか。
○証人(高橋治則君) 六、七割はそういう性格のものだと思います。
○楢崎泰昌君 それ以外は何ですか。
○証人(高橋治則君) それ以外は、私の個人的な使用あるいは個人的にどうしてもお貸ししなければいけないという、そういう個人的なものでございます。
○楢崎泰昌君 大変大きい金額なんですね。平成三年には三十五億、平成四年には四十億になっています。平成五年には何と五十三億、そして六年には五十四億と、こういう貸し出しになっているんですね。 そうすると、高橋さんは鈴木さんに対して、いや実は追い貸しをやるんで、追い貸しじゃなくて、利払いのためのあれがあるんで貸してくれと、こういうぐあいにお願いになったわけですか。
○証人(高橋治則君) この件につきましては、私個人の貸借、債務、債権債務関係については長銀管理時代にお見せをしておりました。お出しをしておりました。資料を出しておりまして、これについてはどうしても返済をしなきゃならないという部分がございました。ですから鈴木理事長には、追い貸し、いわゆる金利の追い貸しの分とそういう部分と両方について借り入れをお願いした次第です。
○楢崎泰昌君 鈴木証人は、高橋さんに個人の借り入れの申し込みがあったときに、私、鈴木さんですね、鈴木さんは、安全信用からなぜ借りるんですかと、これは長銀は知っているんですかと伺いましたら、東京協和信用組合の理事長をやっておりますので、高橋さんがですね、高橋関連については個人的要素の強いものについて安全信用から借りるようにと言われたということを、借りるようにと長銀から言われたということを言って私のところに申し込んでまいられましたと言っていますが、そのとおりですか。
○証人(高橋治則君) 借りるように、積極的に借りなさいと、あるいは借りるようにという表現は適切かどうかは私はわかりませんが、東京協和からまず借りないでくださいと、したがってほかから借りてくださいと、こういう最初申し出がありました。 しかし、当時の状況からいたしますと、ほかから借りるといっても安全信用組合から借りる以外になかったわけでございます。しかも、安全信用組合から何十回も借りているわけでございますから、当然、出向者のトップであります田中さんあるいは日暮さんは十分承知をしてやっておったと思います。
○楢崎泰昌君 承知をしていたことと違うんです。 私が申し上げているのは、あなたは鈴木さんに、高橋氏個人関連のものは安全信用組合から借りろと言われたと、したがってそのように理解をしたというぐあいに鈴木さんは言っているんです。あなたはそのように言われたんですか。
○証人(高橋治則君) 私は当時、出向者に安全信用組合から借りますということを申し上げまして、そして鈴木理事長にそのようなことを申したと思います。
○楢崎泰昌君 そのようなことというのは、ところが鈴木さんは違うんですね。長銀から安全で借りなさいというぐあいに言われたんだと、そして長銀がそれを保証しているんだというぐあいに思いましたというぐあいに言っておられるんですね。そうなんですか。
○証人(高橋治則君) ちょっと私も忘れましたが、金額が多くなったときに一度田中副社長と話をしたことがございますが、この問題についてはいずれ処理を考えましょうということで先送りになった記憶がございます。
○楢崎泰昌君 そんなことを聞いているんじゃないんです。 あなたは鈴木さんに対して、長銀が借りると言ったから借りたいんですと、こういうぐあいに言われたのかということを聞いているんです。
○証人(高橋治則君) そういう趣旨のことを申し上げたと思います。
○楢崎泰昌君 随分無責任な話ですね。 鈴木さんの方は、長銀が借りなさいと言ったと、長銀の了解のもとならばこれは安心な貸し付けであるなというぐあいに思ってお貸しになったんですね。 ところが今、高橋さんのお話を聞いてみると極めてあいまいで、長銀がうんと言ったのか言わないのか、長銀が保証するのかしないのか、全然わからないじゃないですか。いかがですか。
○証人(高橋治則君) もちろん安全に対する個人的な借り入れに関しましては、長銀が保証するというようなことは申しておりません。
○楢崎泰昌君 ところが、鈴木さんの方はそういうぐあいにとったんですね。 ということは、あなたはこれについて長銀から借りろとは言われてないということですね。すると、鈴木さんの方は言われたというぐあいに言っているので、明らかに矛盾しますね。これは後でまた解明することにしましょう。 そこで、ちょっと時間がなくなってきましたから、あなたが今言われたように、実は安全で高橋個人関連の借入金の利払いのために相当のお金を借りたと。それから先ほどの東京協和でも、ゴルフ場については積み増しをやるし、それ以外のものについては利払いのための追い貸しもやったと。それがどうして健全な開発基金と運転資金になるんですか。 あなたは一番最初に、五十五億の金額が増加しているけれども、借り入れがこれは健全なものだと考えているというぐあいにおっしゃった。おかしいじゃないですか。そういうことの積み重ねがさっき申し上げた示達書における指摘になっているんだということをここで申し上げておきたいというぐあいに思います。 若干側面を変えて申し上げますけれども、実はけさの新聞、きのうの夕刊から出ているんですが、ちょっとびっくりしたんですけれども、高橋理事長が大蔵省の官僚について接待をしたんだというのが随分出ています。これはあなたのところで発表されたんですか。
○証人(高橋治則君) いや、そんなことはしておりません。
○楢崎泰昌君 じゃ、だれが出したんですか。これはあなたが経営をしているゴルフ場のリストなんですね。スタートリストからとったんだというぐあいに思いますけれども、これはどうして出てきたんですか。
○証人(高橋治則君) 私は、その件に関しては全く存じ上げておりません。
○楢崎泰昌君 これは私は、どうも証人をやる前に直前にリークしたとしか思えないんですね。二十数回あるというぐあいに書いてあります。私も実はこういうぐあいにその内容を持っていますけれども、あなたはあれですか、田谷さんなんかとゴルフを、大蔵の官僚などと広くゴルフをやったんですか。
○証人(高橋治則君) 私は余りゴルフはやっておりませんので、ほとんどやっておりません。
○楢崎泰昌君 ほとんどやっていないのがどうしてこんなに大きな新聞に出るのか、非常に疑問に思いますね。 私は、リストを実は拝見をしました。その中には新進党の中西啓介さんの名前も出ているんですね。しかも、六、七回出ている。これはまた随分おかしな表だなというぐあいに思っていますけれども、つまるところ、あなたはほとんど大蔵省の役人とは接待ゴルフをやっていないと、こういうぐあいに言われるわけですね。 それでは、今度は山口さんについてちょっとお伺いをしたいんです。 山口さんに対して相当多くの貸し付けをしていますね。実は東京協和信用組合の方から二十八億、安全信組から十一億、さらにゼネラルリースから百三十億出ているんですね。それは間違いありませんか。
○証人(高橋治則君) 間違いないと思います。
○楢崎泰昌君 これは山口さんに対して貸したものですか。山口さんの信用で貸したものですか。
○証人(高橋治則君) 山口さんの弟さんの会社に貸したというふうに私は理解をしております。
○楢崎泰昌君 弟さんとじっこんのつき合いなんですか。あなたは山口さんとじっこんのつき合いがあるというふうに言われましたけれども、山口さんと関係なく弟さんとじっこんなんですか。
○証人(高橋治則君) 山口先生とも大変じっこんでございますが、弟さんともお姉さんとも大変親しくつき合っております。
○楢崎泰昌君 いや、私はびっくりするんですね。ゼネラルリースの貸付金百三十億は、報道によれば、株式投機のために貸したんだというぐあいに言っておられますね。貸し付け目的は何ですか。
○証人(高橋治則君) 私の記憶によりますと、株式投機と土地取得ではないかと思います。不動産投資ではないかと思います。
○楢崎泰昌君 現在の債権管理状況はどうですか。
○証人(高橋治則君) もともとゼネラルリースに関しましては、私は設立当時から平取締役でございまして、内部の事情につきましてはそう詳しくありません。一時、社長、空席になったために一年間だけ社長をやりましたが、現在は平の取締役でございますので、現状どうなっているかに関しては私は今、知り得る立場には、調べればできますが、知り得る立場にはございません。
○楢崎泰昌君 ゼネラルリースというのはイ・アイ・イのファイナンスカンパニーですね。ですから当然あなたの支配下にあり、当然、それは取締役だったかどうか知りませんけれども、一時期代表者もやっておられた。そのときに既に山口敏夫氏に対する貸し付けは不良債権化していたんですね。どうなさるつもりですか。
○証人(高橋治則君) 担保が不足しておるものにつきましては新たな担保も徴求をしておりますし、その担保で足りるかどうかわかりませんが、処理についてはまだ未検討でございます。
○楢崎泰昌君 いや、どうも私は、山口さんには悪いけれども、百七十億近い借入金を持たれて、そして株に失敗され、不動産が動かないということで、どうも身動きならなくなってきているのかなと。ゼネラルをあなたとしてはどういうぐあいに支えるのかあれですけれども、今のところはまだ様子を見ていると、こういう段階のようですね。それはそれで結構です。 それから最後に東京都のことについて聞きたいと思いますが、あなたは長銀側に管理されると同じように東京都に対しても管理されているんだというぐあいにおっしゃっていますけれども、それはさっき長銀について言われたように、資金繰り等を見てもらっているということだけじゃないんですか。何か特別な注文を受けたことがあるんですか。
○証人(高橋治則君) 長銀にお出ししていました日計表をそっくり東京都にお出しをいたしました。 融資の場合には、全部ではございませんが、主要な融資に関しましては事前に承認をいただいております。
○楢崎泰昌君 これは驚くべきことを聞きましたが、事前承認をもらっているんですか、東京都から。間違いありませんか。間違っていれば問題がありますよ。もう一遍答えてください。
○証人(高橋治則君) 私が専務理事から報告を受けております限り、事前に承認をもらっているというふうに聞いております。
○楢崎泰昌君 それではお伺いしますが、去年の六月の定期検査、定期検査というよりも、検査が入りました、金融検査ですね。それの直後にアルファキュービックに対して百七十億の融資を実行されていますね。これは事前に報告したんですか。了承をもらったんですか。
○証人(高橋治則君) この融資につきましては、いわゆるゴルフ場本体の融資が、ちょっと正確ではありませんが、五、六十億だったと思います。それで、不稼働債権、バブルの崩壊以前あるいは長銀管理下のときに発生いたしました不良債権と認定されましたものが約百四十億ございました。百三十億か四十億ございました。それをアルファキュービックにつけかえをいたしました。 このつけかえの作業につきましては、東京都に報告をしているということを、事前に報告をしているということを聞いておりますし、また東京都からも担保強化になるということで評価をされたというふうに聞いております。
○楢崎泰昌君 それでは、衆議院の方で東京都に対する証人喚問が行われるようですから、その際に東京都の証言をきちんと聞かなきゃならぬ話ですね。 私どもの認識では、一つ一つ事前に承認をとったということには伺っておりません。そのキュービックについては事後に報告があったんだというぐあいに私ども聞いています。今のは重要なポイントですよ。忘れないでください。 だから、もし事前に東京都が一つ一つ案件について承認を与えていたというのなら、東京都の責任はどうなるんですか。どういうぐあいに考えますか。
○証人(高橋治則君) 今、先生がおっしゃいましたように、アルファキュービックのゴルフ場の融資に関しましては、これだけ大がかりなつけかえでございますから、恐らく、私が直接東京都と接したわけではございません、私が専務理事から報告を聞いております限りは、事前に承認をもらっているというふうに聞いております。そして、先ほど申し上げましたように、全部事前承認をもらっているということではなくて、ほとんどのケースにおいて了解をとっているという報告を私は受けております。
○楢崎泰昌君 時間でございますので、質問をやめます。
○穐山篤君 きょうは大変御苦労さまです。 重複を避けますが、最初に確認をしておきたいと思うんです。 高橋さんは、協和の前の金融機関が随分乱脈経理で世間を騒がして、その後一九八二年とか三年、四年ごろ入社をされて再建をされましたね。非常に東京都の検査によれば好評を博したということで、かなりの実力者であるというふうに考えるわけですが、後々問題が起きないようにするためにきちっとしておきたいと思いますのは、あなたはイ・アイ・イの社長から協和信組の理事長になったと。したがって、事業家であると同時に、協和の理事長をやっている。広い意味で高橋個人が持っている人脈があるわけですね。その意味では三つの顔をお持ちなんです。 衆議院でも参議院でも質問をよく確かめているんですが、ある部分ではインターナショナルの話になったり、あるいは協和の話になったりして混同されているわけです。そのために不正確な部分が非常に多いということを私はしみじみ感じたところです。 第一の長銀頭取との決定的な意見の違い、主張の違いは、前回長銀の頭取は、広い意味でも狭い意味でも支配関係、管理の関係にはありません、こう主張された。 あなたは、九日の衆議院の発言では、管理下に入ったと。この管理下に入ったという意味は、協和信組の経常について管理下に置かれたのか、あるいはイ・アイ・イ・グループ全体が管理下に置かれたのか、あるいはその両方が置かれたのかという意味が不十分であるわけですが、いずれ午後、長銀の頭取も来ますけれども、もう一度、管理下に入った入らないという部分について明確にしてもらいたいと思うんです。
○証人(高橋治則君) 私の認識では、管理下にあったように認識をしております。もちろんそのイ・アイ・イ・インターナショナルも含めまして東京協和信用組合も管理下にあったという意識を持っております。
○穐山篤君 ということは、全部、両方管理下にあったと。その当否はまた議論をすることにしましょう。それから事業家の一面を持っておるわけですから、会社の経営者としては商法だとか会社法だとかそういうものを勉強されたと思うんですが、金融機関に入れば当然この協和信組というのは中小企業等協同組合法の適用を受けるということについては御存じだと思いますが、この法律について十分勉強されたことがおありでしょうか。
○証人(高橋治則君) 一応勉強はいたしました。
○穐山篤君 それでは、東京都の検査、監査について、私どもの調べによりますと、法令違反が非常に多い、その是正を図りなさいと、これが第一ですね。第二は、資産の管理を健全化しなさいと。二つ大きな意味でその後毎回指摘がされているわけです。その法令違反という問題について言いますと、例えば融資をする場合に特定なところに大口で集中をしている。言いかえてみれば、法定限度額を超えていますよということが一つ指摘をされますね。 その法令違反については、事実をお認めになりますか。
○証人(高橋治則君) 事実であります。
○穐山篤君 二つ目は員外預金の問題でございますが、これも細かく申し上げることはないと思いますが、これも百分の二十を超えているという現実についてはお認めになりますか。
○証人(高橋治則君) 事実でございます。
○穐山篤君 三つ目。この預貸率の問題ですね。いわゆる支払いの準備でありますが、四年、五年、六年、いずれも九〇%を超えている。それで、超えているということは融資を拡大しているという意味に当然経理上はとれるわけですが、そういうことを考えてみると、手元流動性について極めて厳しい状況にあるというふうに私は認識しますが、あなたはどうお考えですか。
○証人(高橋治則君) 都内信用組合の平均預貸率が八六%でございます。私どもも、月によって変化いたしておりますが、手元流動性に、あるいは資金繰りにですね、いきなり支障を来すというようなことはないというふうに考えておりました。
○穐山篤君 資金繰りが難しいときには上部機関から緊急に融資を受けるというので回しておったわけですから、焦げつきに直ちになって社会不安を起こすようなことはなかったと、それはもう調べて十分にわかっております。 それからその次の問題は、理事会あるいは理事長の責任の問題です。 御案内のように、法律第三十八条でいきますと、理事の自己責任という問題があるわけですね。当然、不正な融資あるいは不当な融資あるいは適切でない融資が行われたとすれば理事全員がその責めを負うと、こういうふうに書かれているわけですが、その点について、あなたが今まで運営してきた立場から言ってどうお考えでしょう。
○証人(高橋治則君) もちろんよく承知しておりますし、私から持ち込んだ案件につきましては理事の皆さんにも説明をし、理解をしてもらってやってきたつもりでおります。
○穐山篤君 それで、数年前から、融資をする場合、理事長関連あるいは専務理事関連、さらには理事関連ということで、特定の理事の人、もちろんその理事の人も事業家で片方ではあるわけですから融資を受けることになるんでしょうけれども、理事関連というのが非常に多いんですね。そのことはお認めになりますか。
○証人(高橋治則君) はい。事実でございますが、ちょっとつけ加えさせていただきますと、やはり信用組合、先ほど申し上げましたように、地域性が薄れてまいりまして、どうしても人脈に頼らなければいけないという融資がふえております。そういう意味でふえてきているということでございます。
○穐山篤君 そこが私が冒頭申し上げた、事業家である、そして協和の理事長である、それから高橋個人という、ある意味でいうと人脈を持っているというところからそういう問題が発生をしているわけであります。 さてそこで、今、私がそれぞれ東京都の監査について申し上げたんですけれども、あなたは東京都から指摘をされた事項について、ああこれはまずいから直そうかな、法令違反だから直さなきゃならぬという考え方に立ったのか、法令違反だけれども無視してやったのか、どちらになるんでしょう。
○証人(高橋治則君) 改善をすべく努力をしておりました。
○穐山篤君 私の質問に正確にお答えになっていない。ここは大事な問題です。
○証人(高橋治則君) 大口預金の解消をすべく努力をしておりましたし、員外預金比率も下げるように努力をしておりました。
○穐山篤君 私が先ほど法定限度額のことも申し上げた。員外預金のことも申し上げ、支払い準備のことも申し上げた。それは全部事実関係を認めたわけですよ。言いかえてみれば、法令の違反を積み重ねてきたと。努力はしたんでしょう。しかし、それは法律を承知しておって毎年毎年法令違反を意図的に続けていたのか、背に腹はかえられないから法律は無視して改善のためにいろんなことをやったのか、どちらになるのかはっきりしてもらいたいと思います。
○証人(高橋治則君) 東京都の大口解消あるいは法令違反解消という御指摘はございましたが、こんなことを私の口から申し上げるのは大変、それがいいということではないかもしれませんが、ほとんど都内の信用組合は大口貸し出しもしておりますし、員外預金もございます。したがって、信用組合課からは一応決算の承認と配当の承認をいただいておりました。これが決していいことだということを思ってやったわけではございません。
○穐山篤君 まだあいまいなところがありますが、 (理事の自己契約) 第三十八条 理事は、理事会の承認を受けた場合に限り、組合と契約することができる。この場合は、民法第百八条一自己契約)の規定を適用しない。(理事の責任) 第三十八条の二 理事がその任務を怠ったときは、その理事は、組合に対し連帯して損害賠償の責に任ずる。 2 理事がその職務を行うにつき、悪意又は重大な過失があったときは、その理事は、第三者に対し連帯して損害賠償の責に任ずる。重要な事項につき第四十条第一項に掲げる書類に虚偽の記載をし、又は虚偽の登記若しくは公告をしたときも同 様である。先ほど私は、この中小企業等協同組合法を勉強されたかと。一応勉強されたという御返事があったわけであります。一応であろうが二応であろうが、理事長としてはこの法律を守る義務がある。 そうしますと、東京都の改善命令が具体的に毎回毎回同じことが指摘をされて、法律を無視してやってきたということに相なるわけですから、第三十八条及び第三十八条の二の適用を受けるということも十二分に承知をしながら協和信組の運営をしてきた、こういうふうに認識してもよろしゅうございますか。
○証人(高橋治則君) はい、私自身は認識をしております。
○穐山篤君 これは法律の専門家の方にいずれは回ることでありましょうが、背任の疑いを十分持たれるということは承知だろうと思う。「損害賠償の責に任ずる。」ということについても覚悟されているというお話がありました。 そこで伺います。 仄聞するところによりますと、あなたは、今回の乱脈経理で世間を騒がせた、最終的に共同銀行というものが設立をして、全部ではありませんけれども、国民の税金が共同銀行に入るという意味では国民の皆さんに大変御迷惑をかけた、したがって不良債権の処理に当たっては、私はもちろんですけれども、私の家族等を含めて十二分に責任を果たしたい、こういうふうに言われていると私は聞いているわけですが、その決意と具体的な内容について、今、明らかにすることができるんでしょうか。
○証人(高橋治則君) 今、先生がおっしゃいましたとおり、私自身はそのつもりでおりますし、既に昨年の十二月に私個人及び私の関連会社の不動産も含めて担保提供をしております。
○穐山篤君 決意、責任のとり方はよくわかりましたが、それをどういうふうな形で責めを負うと、具体的な手続ですね。例えば共同銀行に対してこれこれこういうことをしたいとか、あるいはもう既に協和と安全信組は解散になってしまいましたから直接それに処理のしようはないと思いますけれども、その他の便法を使って不良債権の始末をするということを考えた場合、どういうふうな処理の手続をとられるおつもりになっているのか、その点をはっきりしてもらいたいと思います。
○証人(高橋治則君) 私が提供しました担保を少しでも有益に使っていただくことがありがたいなというふうに考えております。
○穐山篤君 それから古い話で恐縮ですが、九三年のたしか六月の三十日だったと思いますが、長銀の方から、余りいい状況ではないなと。したがって、これはインターナショナルの方ですね、イ・アイ・イの方なんですが、和議を提案をされたと。そのときにあなたは断られた。断った一つの理由として、私どもには再建の計画があります、また再建し得ると、こういうふうに言われたと聞いております。 しかし、七月の七日の日に支援の打ち切りがなされたんですが、いや再建をする自身がありますと言ったときのイメージといいますか、全体像、どういうふうにお考えになっていたんでしょうか。
○証人(高橋治則君) 未完成のプロジェクトもございましたし、海外で収益を上げられるものもございましたし、そういうものを含めまして自主再建が可能だというふうに判断をしておりました。
○穐山篤君 その問題に関連して、管理下に置かれた置かれないの全体の問題はまた議論、午後からしますけれども、長銀を初め、五つの金融機関が急遽資金の援助を行ってリストラ計画が第一次、第二次とこう始まりましたね。これはイ・アイ・イ・グループに対するリストラ計画ですから、その意味で長銀初め五つの金融機関が再建のために管理下に置いたという意味は十分理屈上も実際上もわかるわけですが、しかし、協和を含めて管理下に置かれたというのを、私の質問で長銀の頭取が答えておりますけれども、「高橋、鈴木両氏の発言に共通いたしますが、両信組の個々の貸出案件について当行と直接に連絡をとっていたかの印象を残しておりますが、イ・アイ・イ社を通じて資金繰りの把握に努めておりましたものの、個々の案件には一切タッチをいたしておりません。」。 言いかえてみれば、このイ・アイ・イ社あるいはイ・アイ・イ・グループに対する関与、リストラというものは直接ありましたけれども、それ以外に安全とかあるいは協和について差し出がましいことは何らやっていないというふうに証言をしているわけですね。 これはどちらの証言が正しいかどうかについてはいずれ議会で明らかにすることになると思いますけれども、非常に重要な問題ですから、記憶をきちっとしておいていただきたいというふうに思います。 それから九三年の七月九日に支援打ち切りがありました。そのときに長銀はあなたのところに、当然当導者ですから具体的な事柄について話し、それから東京都にも話をした、日本銀行にも十分説明をしたというふうに証言をしているわけですね。そのことについては御存じですか。
○証人(高橋治則君) いや、存じ上げません。 多分、当然大蔵省、日銀には報告をしているというふうには想像はいたしておりましたが、私自身はよく存じ上げません。
○穐山篤君 九三年の七月九日の日にいわゆるイ・アイ・イ・グループあるいはイ・アイ・イ社に対する支援が全面的にとまった。 そこで、それ以降の協和信組の経営のあり方について、その当時の理事長のあなたあるいは理事会としては、これから協和信組の健全な経営をするためにどういう方針を考えられたんでしょうか。その点をはっきりしてもらいたいと思います。
○証人(高橋治則君) 長銀が支援を打ち切りました翌月、大蔵省と東京都の合同検査がございました。先日、長銀の堀江頭取が、九三年七月に長銀が支援を打ち切るときはそんなにひどくなかったと、内容はひどくなかったと、こういう御発言をされているのを聞いております。 確かに九三年の検査では、いわゆる回収不能、いわゆる不良率といいますか、回収できない債権が一・六%、長銀が支援を打ち切って翌月に大蔵省との合同検査が入りまして、そのときの不良率が一六・数%、急に上がっているわけです。かといって内容はどうかと申しますと、貸し金もほとんどふえていないというふうに思います。ただ、見方が非常に厳しくなったと、こういうふうに理解をしております。 したがって、私は、長銀が支援を打ち切った後、とりあえず預金をふやして、また貸し出しをふやして不良率を下げていかなきゃいけないというふうに考えておりました。
○穐山篤君 それから協和の理事長、イ・アイ・イ・グループの総責任者、それから高橋個人と、三つの顔で人生を歩かれているわけですからいろんな分野に知り合いが多いと思います。こういうところでありますので、当然、政治家とのかかわり合いというのは、こういう政治不信を招かないという意味ではきちっとしなければならぬと思う。 そういう意味で、例えば中西さんとのかかわりでいえばパーティー券を六千万円も融通をしてやったと。これはイ・アイ・イ・グループの総責任者ないしは高橋個人の実力でつき合ったというふうに見る人もあるわけですが、金融機関の理事長であるという立場も当然兼ね備えているわけですが、この六千万円も買える、融通してやるというのは余り世間ではないですね。これはどういう因果関係でそういう多額のパーティー券を融通してやったのか。 それから山口敏夫さんとのかかわりについては、姉さんとか実弟と、会社も五つから六つ、よく知っておりますけれども、しかし我々の調べによりますと、山口敏夫関連という意味であらゆる書類が整理をされているというふうに思うわけです。したがって、全く煙もにおいも関係ない、しないというふうなものではなかろうというふうに思いますが、その二つについて最後に伺っておきたいと思います。
○証人(高橋治則君) 中西先生のパーティー券につきましては、当時、まとめて買って多くの人に配る、あるいは買ってもらうという習慣がございました。私もそのつもりでやっておりました。 また、山口先生の関連につきましては、当然、山口先生が一番有名でございますので、どうしてもファミリーといえども山口先生関連という位置づけにされてしまうのではないかというふうに考えます。
○穐山篤君 これで終わります。
○木庭健太郎君 平成会・新進党の木庭健太郎でございます。 高橋証人に、私は、長期信用銀行とイ・アイ・イ・グループ及び東京協和及び安全信組との関係についてきょうは中心にお伺いしたいと思っております。 高橋証人は、イ・アイ・イ・グループを使われるというかそこの責任者ですから、そこで一九八六年のハイアット・リージェンシー・サイパンの購入以来、ある意味では長銀がいつも全額融資する形で海外投資をずっと行ってこられました。 これらの海外投資について、まず長銀との関係でできた最初のものですから、これについて伺っておきたいのは、これら海外融資は高橋証人がアイデアを出して、そして長銀から金を出すという形で行われていたのか、それとも長銀の指示によって証人が物件を買う、こういう関係で二人三脚でやってこられたのか、この点、簡潔な御説明をいただきたい。
○証人(高橋治則君) ほとんどの海外物件は私が決めてまいりまして、そして長銀に御相談を申し上げて御協力をいただいていたものばかりでございます。
○木庭健太郎君 それからこれは先日、参考人堀江長銀頭取がおっしゃったとき、これらの関係の長銀からの融資額の問題でございます。 堀江頭取は、当行は最高額で三千八百億円の融資を行ったとおっしゃいました。高橋証人は衆議院で、長銀及びノンバンク合計五、六千億円、そして九三年七月の時点ですか、三千億円を長銀は回収したんではないかと、こうおっしゃいました。非常に額の差が出ております。 ですから、ここは整理して高橋証人におっしゃっていただきたいのは、長銀本体が最高額で幾らを融資したのか、それと何かほかのがあったから五、六千億になったのか、この五、六千億円というのはいつの時点のことなのか、ここを説明いただきたい。
○証人(高橋治則君) 私も早速、ピーク時幾らあるのか調べるように指示をいたしました。 イ・アイ・イ・インターナショナル本体、そして海外現地法人、そして関連会社、ゴルフ場関連融資、そして御協力をいただきました預金関係等を総合しますと五千億弱になるとの報告を聞いております。
○木庭健太郎君 そうすると、その五、六千億円というのは長銀そのもの。ノンバンク関係ありますよね、長銀関係の。そういうものは関係なく、長銀本体から五、六千億だとおっしゃるわけですか。
○証人(高橋治則君) いや、長銀プラス長銀系ノンバンクでございます。長銀グループということでございます。
○木庭健太郎君 そうすると、長銀そのものは幾らだったか、調べていらっしゃるなら証言をしていただきたい。
○証人(高橋治則君) ピークで二千五百億、あるいはもうちょっと多いかもしれません。
○木庭健太郎君 そういうのは高橋証人の証言と堀江さん違うわけですから、そういうところはある意味ではもう少し整理して、今なんかじゃここが精いっぱいでしょう、今の言い方を聞いていると。五、六千億円というんじゃなくて、そこの部分も整理して、六千なら六千億とやっぱりはっきりそこはやらなくちゃだめですよ、証人。 いずれにしても、こういう融資を受けながら長銀と二人三脚でやってこられたわけですけれども、バブルが崩壊して、九一年一月ですか、このイ・アイ・イ・グループに長銀が経営管理に乗り出すわけです。この時点で高橋さん、社長ですから、ある意味では二人三脚でこの経営管理の中に置かれるはずなんですけれども、どうも先ほどからの証書を聞いておりますと、この九一年一月の時点から長銀がいわばイ・アイ・イ・グループを実質経常するというような形になったように聞こえます。 さらに長銀の堀江頭取は、安全信組の問題もちろんですけれども、東京協和の経営には何らタッチしていない、参議院でこうお述べになっておられるわけですけれども、九一年一月、イ・アイ・イ・グループの経営管理に当たってこの両行、二つの信組ですけれども、これらも何か明確に長銀の指導下というか管理下といいますか、乗り出したようにも思えます。 この点について高橋証人は、九一年一月、いわゆる長銀がイ・アイ・イ・グループの管理に入ったとき、この信組の問題も含めてどういう認識をお持ちになったか、証言していただきたい。
○証人(高橋治則君) 先ほど申し上げましたように、私は東京協和信用組合の経営については大変、一番神経質にしておりましたし、また恐らく長銀も同じような気持ちだったと思います。 東京協和信用につきましては数多くのいろいろな書類が残っております。そういうものをごらんいただければすべておわかりになるかというふうに私は理解をしております。
○木庭健太郎君 書類を見ればとおっしゃいましたから、証人に確認をし、お聞きいたしますけれども、証人は、長銀が作成した、これは九一年一月の時点でございますけれども、イ・アイ・イ・グループの経営刷新というような資料をごらんになったことがあるかどうかを確認したい。 その中には「高橋社長との二人三脚体制が表面、実態は当行が実質経常の旨明確化」というようなことが書かれた書類でございますけれども、これをごらんになりましたか。
○証人(高橋治則君) 見た記憶がございます。
○木庭健太郎君 また、今述べました資料や長銀が対外用に用意した資料を見ると、東京協和についても安全についてもイ・アイ・イのいわばファイナンス部門というか、イ・アイ・イ・グループの金融機関として位置づけられているようにも見えます。特に対外用の資料を見ますと、両行を長銀が運営するとまで言っている。証人はこの点についてどういう認識をお持ちになりましたか。
○証人(高橋治則君) 運営するというのはちょっとオーバーな表現ではないかと思いますが、少なくとも私は管理をされているという意識でおりました。
○木庭健太郎君 長銀からはこのイ・アイ・イ・グループに一番多いときで二十九人の出向者でございましたか、これが出向派遣されて、いわば顧問団という形になっていたというふうに聞いておりますけれども、この顧問団の役割は何だったんでしょうか。
○証人(高橋治則君) 一番大きな役割は海外プロジェクトの振興、処理にかかわる業務でございます。また、二番目が関連グループに対する管理あるいは指導でございます。三番目が総務、人事的なものだというふうに理解をしております。
○木庭健太郎君 この顧問団の役割について、つくられた書類の中に、長銀の認識としてはこれは顧問団というのは長銀の駐留軍だというようなことを明確に言っている書類もあると聞いておりますが、証人はこれをごらんになったことございますか。
○証人(高橋治則君) 最近見ました。
○木庭健太郎君 長銀から派遣された方の中に杉田という方がいらっしゃると聞いておりますが、この人の役割は何でございましたか。
○証人(高橋治則君) 主に財務担当ではなかったかと思います。
○木庭健太郎君 この方がイ・アイ・イ・グループの経営管理に当たりまして東京協和や安全信組の資金繰りや資金操作を行ったり、日繰り管理表までつくって毎日両行の資金繰りを見ていたというようなことを証人は御存じですか。それともそういったことを証明するような書類なりそういうものを見たことがございますか。その辺についてお答えをいただきたい。
○証人(高橋治則君) はい、存じ上げております。書類につきましても、私は確認をしておりませんが、幾つかあることと思います。
○木庭健太郎君 それと、先ほど東京協和に長銀から顧問を派遣されたときの問題ございますね。そのときに高橋証人は、これはいわばまず東京協和への長銀の介入というか、長銀が入るときに経営の肩がわりをお願いした、それで快諾を向こうがしたと、こういう認識を持っていたというか、しかし堀江参考人は全く違う形の人材派遣という御答弁をなさっているわけですね。なぜこれだけ食い違うのか、先ほど御答弁をいただいたんですけれども、証言を。どうしても国民はわからないですよ、この辺は。 ですから、例えば経営の肩がわりをお願いして快諾された、そしてそれから資金の提供もあるわけですから、そういうのをごらんになっていて証人として、証人がこれは間違いなく長銀は経営の肩がわりに参加してくださっているんだなと、そういう認識を何かいろんな外形上のものを見て感じられた部分が私はあると思うんです。どういう点を見て人材派遣じゃなくてこれは経営の肩がわり、長銀は喜んでやってくれているんだなと、こう認識されたかどうか、その辺を証言いただきたいと思います。
○証人(高橋治則君) 先ほども申し上げましたように、まず出資の問題でございます。それから人材派遣の問題でございます。それから本店ビルの移転等でございます。そういういろいろな客観的なことを考えますと、私は単なる人材養成だけで終わるものではないというふうに理解をしておりますし、かつて長銀の人から、早く理事長を送らしてくれという、派遣をさしてくれというお話もありましたし、私は単なる人材派遣ということではなくて経営の肩がわりというのを認識しておりますし、また組合の役員もそういうふうに認識をしていたと思います。
○木庭健太郎君 その経営の肩がわりということを証人がお話をした相手というのは、堀江頭取にお話をされたんですか。向こうは非常に喜ばれたというお話をされましたね、長銀の方が。一体どなたにお話をされて、どなたが非常に喜ばれたのかということもここで確認しておきたいと思います。
○証人(高橋治則君) この件を私は話をしましたのは、当時の長銀の岡本常務でございます。それとまた鈴本当時の取締役でございます。現在、多分専務取締役になっていると思います。
○木庭健太郎君 私も、大口出資を長銀がされましたね、協和に。それを見たとき、大口出資の受け入れ先を見ると上位七つに分けてですよね、ノンバンク系の形で。ところが大口出資の受け入れ先というのは、上から見ると一番から六番までが長銀系ですわな。しかも、それぞれのこの各ファイナンスなりそういうのが出してきた額を見ますと、極めてある意味では、それぞれ独自にやられたんじゃなくて、どこかの指示で均等に割られて形として参加をしてきているような印象を受けましたし、これはある意味では長銀がまさに経営に対して積極的に参加していくという意思のあらわれのように私自身は思うんですけれども、証人は出資を見たときにどんな感じを持たれましたか。
○証人(高橋治則君) もちろん小さな信用組合に出資をする、しかも数社に分けて出資をするということは、それなりの目的がなければするはずがないんでございまして、私はそういう趣旨のもとに行われたというふうに理解をしております。
○木庭健太郎君 それから先ほどから、東京協和に長銀から来られた日暮顧問ですか、この役割が先ほどから論議がされておりますけれども、一体、銀行というか信組の管理とは何なのかと。それは個々の物件をやることも経営参加の一番大きな、そういうものが出てくれば一番はっきりするでしょう。本当はそういうものがあれば一番長銀そのものがかかわっていたという具体的な例になると思うんです。 ただ、私どもがやっぱり感じるのは、資金繰りなり、それを毎日チェックして、しかもそれをやっていることになれば、それはそれで一つの経常への参加ということになるんではないかと、そう思わざるを得ないんですけれども、その辺、管理管理と、さっきから管理下に置かれたとおっしゃっている、その辺はどんな御認識なのか。毎日つけられていたでしょう、日暮さんは。その事実を御存じなんでしょう。そこを確認した上で、どうなのか、お話をいただきたい。
○証人(高橋治則君) 信用用組合は、例えば長銀なんかと違いまして外国為替があるわけでもありませんし債券発行するわけでもありませんし、コール市場からお金を取るというようなこともございませんし、信用組合、いわゆる協同組合は預金を集めてやっていくという、預金量をふやしていくということが主な仕事でございます。ですから、預金を集めることと貸し出すこと、この二つが根幹を占めるものではないかというふうに思います。また、あとは附属する人的な問題あるいは事務管理の問題でございまして、日計表を見ることによって十分管理し得る状況にあると思います。
○木庭健太郎君 それから一つお尋ねしておきますけれども、これは日暮さんなのかどうか私はチェックまではまだしておりませんけれども、長銀のある意味では指示を受けながら、いわゆるこれは迂回融資と言うべきなのか迂回預金と言うべきなのか、年度末のこの東京協和と安全信用のいわば資金量を確保するために、長銀からロイヤルメドウというのを使って迂回、ある意味でこれはやっぱり私は迂回融資の一つだと思いますよ、そういうことをあなたは指導を受けながらやったことはございませんか。
○証人(高橋治則君) 実は私もその紙を見せられましてちょっと考えたんですが、ちょっとよく私自身、記憶がないんですね。 大きな金融処理と申しますのは、先ほどちょっと申し上げましたが、ことしの、今月の初めごろ新聞でセンセーショナルに、安全信用組合から四十億、高橋、アルファクリエイトという会社へ貸し付けを起こし、それを高橋が借りたと、こういう記事がございました。これはその金利を、イ・アイ・イ・インターナショナル及び数社の金利をとめたときに、東京協和の経営危機を回避するために私が代位弁済をいたしまして、そのかわり安全信用組合から引き取ることによってバランスをとったという金融処理が私は記憶に残っておりますが、その件については私は余り実は記憶に残っておりません。
○木庭健太郎君 今言われた件も結局、アルファクリエイトの件ですね、これも一つの迂回融資ですね。この件についてあなたは、これは長銀出向者とイ・アイ・イ・グループの経理担当者で考えた、こう書かれている。イ・アイ・イ・グループの経理担当者というのもこれは長銀の出向者ということですか。じゃ結局、これ自体はあなたは全然知らないと、使われただけだと、長銀が考えてこういう迂回融資を考えたんだと、こうおっしゃるわけですか。
○証人(高橋治則君) そうであるかもしれませんが、そのロイヤルメドウを使った金融処理につきましてはちょっと私も、どういう形でどういう動機で何のために行われたかということについて、ちょっと記憶がないということでございます。
○木庭健太郎君 証人の証言を聞く限り、これは午後から堀江頭取に証人になっていただくわけですからはっきりその違いがわかってくると思いますけれども、いずれにしても、現在証人の証言を聞く限りは、どう考えても証人が一番、本当は乱脈経営した問題が一番大きいんですよ、それは。あなたの責任が大きいんですよ、もちろん。 ただ、長銀もこれに深くかかわっていた。そういう問題を、前回の参議院の堀江頭取の話によれば、いや自分のところは関係ない。それで結局どこにツケが回ってきたか。みんな国民でしょう。都民の税金を使い、日銀を使って国の税金を使う。とんでもない話だし、その部分はこれから我々も午後聞かせていただきますけれども、本当にそういう意味で、国民を無視した形で乱脈経営と長銀の責任逃れみたいな形が明確になってくる、こう私は思わざるを得ません。 最後に一つだけ、先ほど招待ゴルフのお話、きょうの朝日新聞に載っております。二十一人の官僚が接待ゴルフをしたと。この件について証人は御存じだったんですか。
○証人(高橋治則君) 余りよく存じ上げておりません。
○木庭健太郎君 この招待ゴルフを証人が、ここは窪田という方の名前が出ていますけれども、あなたが指示してこういう接待ゴルフを日常から繰り返し行っていたのかどうか、この点はっきり言ってくださいよ。
○証人(高橋治則君) 私は全然指示をしておりません。
○木庭健太郎君 窪田という人は御存じないですか。
○証人(高橋治則君) よく存じ上げております。
○木庭健太郎君 時間になりましたので終わりますけれども、こういう本当にゴルフ接待、それを全く指示してなかったというのは、私はこれもまた疑問に思っていますし、またいずれかの機会にやらせていただければと思います。 以上で終わります。
○井上哲夫君 新緑風会の井上哲夫でございます。 高橋さん、きょうは御苦労さまでございます。 まず冒頭お尋ねをいたしますが、あなたは先ほど、九〇年の五月に協和信用組合の理事長を長銀の方にかわってもらえるということも決まっていたような趣旨の……
○証人(高橋治則君) 九一年です。
○井上哲夫君 九一年ですか、ごめんなさい。お話がありましたが、それはもう具体的な名前もわかっていたんですか。
○証人(高橋治則君) 具体的な名前はわかっておりません。
○井上哲夫君 じゃ、決まっていたというのはどういう状況なんですか。
○証人(高橋治則君) 理事長を派遣しますということで合意をしておりました。
○井上哲夫君 じゃ次に、九三年七月の、長銀が突然あなたにお別れしましょうと話をしたと。これは何か三十分か四十分ほどそそくさと、和議をしたらどうかと、それを断ったら、ああそう、じゃお別れしましょうと、そんな感じだったという趣旨のあなたのお話ですが、ただの一回きりそういう、どこの場所でだれが同席をしてその話があったんでしょうか。
○証人(高橋治則君) 私の記憶では、ただの一回きりだと思います。長銀本店において、鈴木取締役事業推進部長と私と二人で話をしたことでございます。
○井上哲夫君 これはあなた方二人でただのお別れでは済まないですね。 協和信用組合が、あなたは大変神経を使っていたと、金融機関でありますから。そうすると、そのことはどのように影響を受け、どうなるかということでは、二人だけの密室のただのお別れでは済まないように思えてならないんですが、どうですか。
○証人(高橋治則君) そのときに取締役は、副頭取をお呼びしましょうかと、こういうお話がございましたが、副頭取とお話ししても結局結論はもう既に決まっていることですから、私は結構でございますと、こういうふうに申し上げました。
○井上哲夫君 イ・アイ・イ・インターナショナルは和議をして債権債務の整理をすると。そうすると、二人三脚論で、あなたの認識だとすると、じゃ協和の方はどうなるんだと、片足が崩れたら協和の方は大変なことになる。だから、そういう意味では長銀のその取締役の方と二人だけで三十分や四十分の話で事は済むわけではないんですが、いかがですか。
○証人(高橋治則君) 協和につきましても、長銀の皆さんにいろいろ協力もしていただきましたし、引き揚げる当時の内容というのはそんなに悪い状況ではなかったというふうに私は認識をしておりますし、また長銀もそういうふうに思っていたというふうに思います。
○井上哲夫君 じゃ、質問を変えます。 なぜ七月になったとあなたは今からでも思われますか。つまり長銀はリストラ計画の期間満了日といいますか、期間が来たからそれでお話をしたんだと。しかし、もう一つ考えると、東京都と大蔵省の合同検査がその後、直後にあるんですよね。だから、なぜそのときになったのか、あなたはどういう認識だったですか、今のお話。
○証人(高橋治則君) 済みません。ちょっと質問の趣旨があれですが、もう一度。
○井上哲夫君 はい、わかりました。 リストラの期限満了だということをあなたも十分納得されましたか、その七月は。
○証人(高橋治則君) リストラの当初の約束は三年ということになっておりましたから、そのときではないと思います。
○井上哲夫君 そうでしょう。だからおかしいんですよ。このときに突如長銀がお別れよと言うのは、何か別の意図があったんじゃないですか。 例えば東京都と大蔵省の合同検査をするその直前に逃げようと。さらにもう一つ言えば、東京都と大蔵省の合同検査になれば不良債権率は、あなたが先ほどおっしゃったように、一・六%が一六%になると予測しているからじゃないでしょうか。いかがですか。 〔委員長退席、理事伊江朝雄君着席〕
○証人(高橋治則君) その辺については私はよくわかりません。
○井上哲夫君 それでは質問を変えます。 あなたはその問題で顧問弁護士と、和議の問題の話が出たけれども、やっていけるかどうかについて十分の見きわめ等の相談はその直後にされましたか。
○証人(高橋治則君) いたしました。
○井上哲夫君 その内容、差し支えのない範囲でお話しください。
○証人(高橋治則君) 先ほど申し上げましたが、海外のプロジェクトあるいは国内のゴルフ場の関連あるいは関連会社のリストラ等を含めて経営を継続していくというふうに決めたと思います。
○井上哲夫君 そのときに、じゃ都の方はどのように了解を求めるなり、監督官庁ですから、都の方とはどういう認識を持っておりましたか。長銀が撤退することについて協和信用組合が都の監督の中でどういうふうに乗り切るかと、資金繰りその他ですね、その点です。
○証人(高橋治則君) 長銀が引き揚げるということを発表する前日に東京都から連絡がありまして、長銀が引き揚げるに当たって信用不安が起こるといけないので、通常の現金の数倍を用意し、一日数回連絡をよこせと、こういう御指示がございました。 長銀のイ・アイ・イ支援打ち切りという記事が一面、日経の一面トップに出ましたけれども、出た割には組合に対する被害はほとんどなくて推移いたしました。その後、東京都の指導は大変厳しくなりまして、いろいろな書類を提出させられておりました。
○井上哲夫君 つまり東京都の監督は一転して厳しくなったということですか。
○証人(高橋治則君) はい。一転して大変厳しくなりました。
○井上哲夫君 長銀が手を引いたということで、東京都は非常にろうばいをしたということですか。
○証人(高橋治則君) ろうばいという表現が適切かどうかということはわかりませんが、かなり安心していたのが不安な気持ちに変わったというふうに、変わったのではないかというふうに思います。
○井上哲夫君 そうしますと、その一カ月半ぐらい後に合同検査が始まりましたね。これについてはあなたは関知するところはなかったと思いますが、この大蔵省と東京都の合同検査はあなたの職員の認識ではどのように大がかりなものだったわけですか。
○証人(高橋治則君) 大がかりということよりも、検査基準が大変に厳しくなったということでございます。私は、多分、長銀からの指示で合同検査になったのかなと、こういうふうに認識をしておりました。
○井上哲夫君 長銀からの指示で合同検査になったというふうに思うという根拠は何かありますか。
○証人(高橋治則君) もともと信用組合の監督官庁は東京都でございます。大蔵待の検査が来ること自体が異常事態でございます。ですからそういうふうに思いました。
○井上哲夫君 あなたのところでは、大蔵省の検査を受けたというのはそのときが初めてでしょうか。
○証人(高橋治則君) 初めてでございます。
○井上哲夫君 もう時間がありませんので最後に、あなたは、二人三脚論の認識ですから、イ・アイ・イ社の経の肩がわりをしてくれるということは、協和の信用組合も同じように入れてくれる、助けてくれると思っていたわけですね。どうでしょうか。
○証人(高橋治則君) もちろん何らかの協力をしてくれるというふうに思っておりました。
○井上哲夫君 終わります。ありがとうございました。
○有働正治君 日本共産党の有働正治です。 まず政治家との関係についてお尋ねします。 あなたは、小沢一郎氏と面識ございますか。
○証人(高橋治則君) ございます。
○有働正治君 それは中西啓介氏の紹介ですか。だれの御紹介で面識があるようになったんでしょうか。
○証人(高橋治則君) 中西先生か山口先生かちょっと今わかりませんが、どちらかではないかと思います。
○有働正治君 九〇年四月末から五月初めにかけ、小沢氏らがオーストラリアなどに出かけたときの日程表を見ますと、あなたが経営するホテルに宿泊しておられるようですが、間違いございませんか。
○証人(高橋治則君) 間違いないと思います。
○有働正治君 そのときに大蔵官僚も同じ宿に泊まってはいませんか。
○証人(高橋治則君) 私はわかりませんが、泊まってないと思います。
○有働正治君 オーストラリア国内などの移動に四カ所でチャーター機を使用することになっていますが、その中にあなたの自家用飛行機が使用されてはいませんか。
○証人(高橋治則君) 使用されておりません。
○有働正治君 長銀の管理の問題についてお尋ねします。 私どもが独自に入手した資料、九一年一月十日付長銀側作成の長銀の顧問団の役割とバックアップについてという文書、そこで長銀派遣顧問団こそ最高意思決定機関と明記されています。この点どうだったか。さらに長銀は駐留軍とまで明記されています。その点間違いないかどうか。
○証人(高橋治則君) 間違いないと思います。
○有働正治君 長銀の管理に当たっての基本方針を示した九一年一月七日付イ・アイ・イ・グループの経営刷新という文書を私、持っています。そこでは、長銀派遣顧問団の管理対象に協和、安全の二つの信組が明確に組み込まれていますが、この点間違いないかどうか。 第二点、両信組の貸付債権内容等も重要事項についてチェックするという事項項目に組み入れられていますが、この点間違いないか。
○証人(高橋治則君) 作業的には間違いないと思います。
○有働正治君 私は、ここにあなたの会社の取締役会議録一覧を持っています。それによりますと、東京協和からの借り入れや借入期限延長などがある場合は十五億、十億などとぼんぽん出てまいります。安全信用についても四億、三億とこれもぽんぼん出てくるわけであります。取締役会にあなたは当然参加されていますが、そういうことは事実でありましょうか。
○証人(高橋治則君) はっきりは覚えておりませんが、事実だと思います。
○有働正治君 私ども独自に入手した稟議書も幾つか持っています。その中には田中副社長決裁のものも多々あります。 その中で、例えば東京協和信用組合の通知預金に係る質権の一部解除の件、あるいは安全信用組合に対する質権設定の件等々があります。これも両信組の運営に長銀顧問団も重要なかかわりを持っていた一つのあらわれと私は考えるわけでありますが、いかがでしょうか。
○証人(高橋治則君) そのとおりだと思います。
○有働正治君 別の長銀側作成資料によりますと、長銀本店とあなたの会社への長銀派遣顧問団との関係について、要所要所は必ず本店に報告、相談と文書上も明確にされています。そういう認識を持っておられますか。実態はいかがであったでしょうか。
○証人(高橋治則君) もちろん要所に、要所要所につきましては、事細かく報告をしていたように思います。 〔理事伊江朝雄君退席、委員長着席〕
○有働正治君 それからあなたの企業のほかの稟議書を見てみますと、重要な内容、例えばベトナム派遣等々の問題、これはあなたのサインはなくて、田中副社長、長銀派遣の最高責任者決裁どまりでぼんぼん執行されているわけであります。 これも駐留軍支配の一つのあらわれではないかと私は感ずるわけでありますが、いかがでありましょうか。
○証人(高橋治則君) 私抜きで行われていたものもたくさんあろうかというふうに思います。
○有働正治君 以上、幾つかの例を挙げましたけれども、また実態について証人が述べられた点からいいましても、長銀が両信組の基本的事項及び必要なときは個別案件まで承知していたし、チェックしていたことは間違いないのではないかと私は思うわけでありますが、この点についてのあなたの明快な答えを求めます。
○証人(高橋治則君) 済みません、ちょっと聞きづらかったんですが、もう一度お願いいたします。
○有働正治君 今まで駐留軍の実態の内答を私、幾つか挙げました。そういう点から、それは公式の文書に明記されているものでもあるわけであります。そういう点から見まして、長銀が協和、安全両信組の基本的な事項及び必要なときは個別案件まで承知していたし、あるいはチェックしていたというふうに考えられるわけでありますが、間違いないかどうか、この点であります。
○証人(高橋治則君) 日計表に基づいて管理をしておりましたし、私自身はほとんどの貸し付けについて田中副社長及び日暮顧問に報告をしておりました。
○有働正治君 そうしますと、長銀の堀江頭取が本委員会の参考人の答弁の中で、両信組の管理運営あるいは個別の貸し出し等には一切関与していないと言ったのは、あなたが考えればそれは間違いである、証人としての発言であれば偽証に当たるというふうにあなたは断言できますかどうか。
○証人(高橋治則君) 私の理解では、客観的に見て、先ほど申し上げましたように、幾つかの点、日計表の問題ですとか月末回収表ですとか、あるいは副社長が東京都信用組合課長に言ったことですとか、あるいはそのつけかえ融資、複雑なスキーム、金融処理等を考えますと、客観的に考えて経営に関与していないということは言えないというふうに思っております。
○有働正治君 堀江答弁は間違いと言えるかということです。
○証人(高橋治則君) それはまあいろいろ法的な問題、解釈もありますので、ここでは簡単に申し上げることはできないと思います。
○有働正治君 終わります。
○西川潔君 きょうは御苦労さまでございます。 私は、素朴な国民の疑問についてお伺いしたいと思います。二つほどあると私自身思います。 六分間ですのでちょっとスピードアップで御質問をさせていただきたいんですけれども、東京都民、そして国民が今回の件で問題だと思っている中で最も不満とか不信があるのは、税金でどうして救済をしなくてはならないのか。経営が悪ければつぶれるのは仕方がないと単純には思うわけですけれども、金融機関となると少し事情が違うというのがこれまでの日本のあり方でもあるわけですけれども、金融不安を起こしちゃいかぬというのはわかります。 そこで、今回凍結されましたが、東京都の三百億円の融資も含めまして、二つの信用組合の救済方法は高橋さんから見てどういうふうに思われるか、まずお伺いしたいと思います。
○証人(高橋治則君) 私は、大変に本意ではないというふうに考えております。
○西川潔君 それはどうしてでしょう。
○証人(高橋治則君) 私は、大変僭越な言い方ではございますが、破綻をした組合というふうには考えておりませんし、もしそうであれば、私と長銀とが協力をして解決をしていくのが一番いい方法ではないかというふうに考えております。
○西川潔君 その二つの疑問の部分の一つがそれでは僕自身も納得はできないんですけれども、高橋さんでしたら、じゃどういうふうに再建されますか。先ほども少し出ておりましたが、改めてお伺いをしたいと思います。
○証人(高橋治則君) 私は、かつて不良率五○%近い組合を引き受けまして再建をしてきたわけでございます。 今回、大蔵省と東京都の大変厳しい合同検査の中で、回収見込みの立たないというのが二八%という御指摘を受けました。私は、預金をやはりふやして不良率を下げるということによって解決をしていくつもりでおりましたし、組合を継続して経営していくということにつきまして高い自信を持っておりました。
○西川潔君 それではもう一つの疑問、政治家、官僚とのかかわりですけれども、ちらちら何人かのお名前も出ておりますし、また実際にさまざまな交流があったということも高橋さんもお認めになっておられますけれども、その限りでいえば、法律上の問題はひょっとしならないのかもしれませんけれども、私たち国民が思うのには、預金者不在のこの融資のあり方も含めた経営のあり方について道義的な責任があるのではないかなというふうに思うわけですけれども、特にその立場、政治家や官僚を利用して何かしらいいことをしているのではないかなということだと思うわけです。 国会は司法ではありませんので、法律に背いたかどうかだけではなく、道義とか倫理の面からも問題点を明らかにすべきだと私は思うわけですけれども、冒頭、宣誓もされておられました。私は、お答えになったことを信用させていただきたいと思いますので明確にお答えいただきたいと思うんですけれども、政治家そして官僚の中で、高橋さんあるいは東京協和とどういう形であれ関係のあった方についてもう少し教えていただきたいと思うんですけれども、いかがでしょう。
○証人(高橋治則君) 政治家の先生方や官僚の皆さんに東京協和について何かお願いをしたりとか、そういうことは一切ございません。 また、今、先生から御質問のございました道義的なものでございますが、こういう形でお騒がせしたことに対しては大変責任を感じております。
○西川潔君 衆議院とそして参議院と、きょうは二回目の証人喚問ということでございますけれども、こちらの方ではいろんな方々にいろんな面から御質問ばっかり受けているわけですけれども、今そこにお座りになって、そして今までの経過、何か御質問するばかりですから、そちらの方からこれだけは言っておきたいんだと、政治家や官僚やら、また銀行関係、大蔵省等々ございましたら、そちらの方から私はお伺いしたいと。一分間ございますので、自由にお使いいただければと思うんですけれども、いかがでしょう。
○証人(高橋治則君) 私はもともとが事業家でございます。信用組合の経営を引き受けまして、これは金融機関と事業というものは相反するものがあるということで、経営を長銀にお願いしようと思ったくらいでございます。そのくらい組合の経営には気を使っておりまして、組合のために私はすべていろいろやってきたつもりでおります。ですから、こういう事態に至ったということにつきましては、私自身非常に残念に考えておる次第でございます。
○西川潔君 最後にそれでは、今日二回目の証人喚問ということで、これまでの経過、高橋さん自身は後悔はしておらないわけですか。
○証人(高橋治則君) ちょっとその問題の意味がよくわからないんですが。
○西川潔君 二回も国会で証人喚問されるというような、我々いろいろな疑問を感じて、乱脈等々、そして国にもまた東京都にもというこういう形の中で証人喚問、自分の人生においてきょう今日、今のこの時間に後悔という、自分の人生、今日までは後悔はございませんか。
○証人(高橋治則君) 大変に残念に思っております。
○西川潔君 どうもありがとうございました。終わります。
○委員長(坂野重信君) これをもって高橋治則証人に対する証言の聴取は終了いたしました。 証人には、長時間にわたり御証言をいただき、まことにありがとうございました。御退席くださって結構でございます。 午後一時に再開することとし、休憩いたします。 午前十一時五十七分休憩 —————・————— 午後一時二分開会
○委員長(坂野重信君) ただいまから予算委員会を再開いたします。 予算の執行状況に関する調査のうち、東京共同銀行問題に関する件を議題とし、証人の証言を求めることといたします。 まず、委員長から確認させていただきます。 あなたは堀江鐵彌君御本人ですか。
○証人(堀江鐵彌君) はい。
○委員長(坂野重信君) この際、一言ごあいさつ申し上げます。 本日は、御多忙中のところ当委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございます。当委員会におきましては、予算の執行状況に関する調査を進めておりますが、本日は特に証人の方から東京共同銀行問題について御証言をいただくことになった次第でございます。 証言を求めるに先立ち、証人に申し上げます。 議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人には、証言を求める前に宣誓をしていただくことになっております。 宣誓または証言を拒むことができるのは、次の場合に限られております。 自己または自己の配偶者、三親等内の血族もしくは二親等内の姻族または自己とこれらの親族関係があった者及び自己の後見今後見監督人または保佐人並びに自己を後見今後見監督人または保佐人とする者が刑事訴追を受け、または有罪判決を受けるおそれのあるときは宣誓または証言を拒むことができます。また、医師、歯科医師、助産婦、看護婦、外国法事務弁護士を含む弁護士、弁理士、公証人、宗教の職にある者またはこれらの職にあった者が業務上委託を受けたため知り得た事実で他人の秘密に関するものについて証言を求められたときも宣誓または証言を拒むことができますが、本人が承諾した場合はこの限りではありません。 正当の理由がなくて証人が宣誓または証言を拒んだときは、一年以下の禁錮または十万円以下の罰金に処せられます。 また、宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることになっております。 なお、今回の証人喚問についての当理事会の決定事項については、証人には既に文書をもってお知らせしたとおりでありますが、この際、その主要な点について申し上げておきます。 その第一点は、証人が補佐人に助言を求めることが許される場合についてであります。 証人は、補佐人に対し、宣誓及び証言の拒絶に関する事項について助言を求めることができますが、これらの助言は、いずれもその都度証人が委員長にその旨を申し立て、その許可が得られた後に認められるものであり、補佐人の方から証人に対し助言することはできないことになっております。なお、補佐人は発言することはできません。 その第二点は、資料についてであります。 証人は、証言を行うに際し、あらかじめ委員長が許可を与えたものについてメモ類を用いることは差し支えありませんが、尋問に対し簡潔かつ的確に証言を行うために必要な範囲内に限られます。 その第三点として、証人のメモ筆記は尋問の項目程度に限られております。なお、補佐人はメモをとることが許されます。 以上の点を十分御承知願います。 それでは、法律の定めるところによりまして、証人に宣誓を求めます。 全員御起立願います。 〔総員起立〕
○委員長(坂野重信君) 議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律第五条の三の規定により、これより堀江鐵彌君の証言が終了するまで撮影は中止してください。 堀江鐵彌君、宣誓書を朗読してください。 〔証人は次のように宣誓を行った〕 宣 誓 書 良心に従って真実を述べ、何事もかくさず、又 何事もつけ加えないことを誓います。 証人 堀江鐵彌
○委員長(坂野重信君) 全員御着席願います。 証人は、宣誓書に署名捺印してください。 〔証人、宣誓書に署名捺印〕
○委員長(坂野重信君) これより証言を求めることといたしますが、証人の御発言は証言を求められた範囲を超えないこと、また、御発言の際はその都度委員長の許可を得て御発言なさるようお願いいたします。 なお、質問を受けているときは御着席のままで結構でございますが、お答えの際には起立して御発言を願います。また、委員の尋問時間が限られておりますので、答弁は要点を的確に簡潔にお願いいたします。 この際、委員各位に申し上げます。 本日は、申し合わせの時間内で証言を求めるのでありますから、特に御協力をお願い申し上げます。 それでは、まず委員長から堀江証人に対しお尋ねいたします。 本日は、あなたが三月十六日、当委員会で参考人として述べられたことと衆議院での高橋証言とは幾つかの点で食い違いが見られますので、本委員会としては、これらの疑問点をただし、事実を明らかにするため、午前中の高橋証人に引き続き、午後はあなたに証人として出席を求めたところであります。 まず最初に、委員会を代表して私から三点について堀江証人に尋ねます。 なお、この後、各委員が詳細にわたって尋問することになっていますので、簡潔な答弁をお願いいたします。 一つ、あなたは、長銀から東京協和信用組合への人材派遣について、高橋氏の要請の趣旨とは異なり、人材協力の意味合いで顧問一名を派遣したと答えておりますが、高橘氏の要請の趣旨と異なるとはどのような意味ですか。高橋氏の人材派遣要請の趣旨はどのような内容ですか。 また、あなたは人材派遣の意味をどのように理解していましたか、説明してください。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 一九八七年ごろに高橋さんから、東京協和信用組合の経営を任せたいというお話がございましたのでございますが、業態の差が余りに大きいということでお断りをいたしました。 ところが、一九九〇年の春ごろだと思いますが、再度この経営を任せたいと、ついては理事長も派遣して将来もらいたいけれども、とりあえず理事含みの顧問を一人派遣してほしいというお話がございました。まあ再度のことでもございますので私どもはよく内部で検討をいたしまして、経営参画の可否、また業務連携の可能性等さまざまな角度から検討をいたしましたが、しかし理事長を派遣するのは、やはり業態の差が埋め切れないといったようなことからお断りをしたわけでございます。 しかしながら、この理事クラスの顧問の派遣につきましては、人材の協力といった意味合いもございますし、また当時まで実は余りはっきりしなかったイ・アイ・イと東京協和信用組合の関連をある程度知るよすがにもなるといった意味もございまして、この一名を派遣したわけでございます。 以上が私が高橋氏の発言の趣旨とは異なると申し上げた意味でございますし、また顧問一名を派遣いたしました意図と申しますか意味でございます。高橋理事長が理事長含みで経営を引き受けるということを前提としてお話をしておられます限り、私どもの認識とは違っていたということが言えるかと存じます。 以上でございます。
○委員長(坂野重信君) 第二点。高橋氏は、長銀から派遣された顧問がイ・アイ・イ社に籍を移して東京協和と安全の両信用組合の二つを管理するようになった。その管理の方法は、毎日の本支店間の預金引き出し、定期の解約、貸し付けのチェックであり、貸し出しを行うときなどは一応連絡し、承認を求めていたように記憶していると証言しております。 しかし、あなたは、長銀は東京協和の経営政策立案、理事会への参加、個々の貸出案件の決定には何らタッチしていないと答弁しており、高橋証人の証言とは食い違っています。改めて長銀と東京協和の関係について説明してください。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 前衆議院での高橋さんの発言と私の発言とを子細に検討をいたしましたところ、必ずしも全く違っていることを言っているとは言い切れないというぐあいに感じた次第でございます。 と申しますのは、ただいま委員長が言われましたように、ちょっと正確さを欠くかもしれませんが、この東京協和信用組合と安全信用組合は長銀の管理下にあったと。その管理の方法はということになりますと、本支店間の預金の出し入れ、貸し付けのチェック、それから定期預金の解約というようなことを申しまして、さらに貸し出しにつきましては一応連絡の上承認を得て行っていたように記憶しているというふうに言っておられるわけでございますが、これはまさに私どもの資金繰り把握の中身を言っているのではないかというぐあいに考えられる面もあるわけでございます。 これを踏まえまして、先回私は、経営政策の立案にタッチしたことはないと、また個別案件の決定にタッチしたこともありませんと申し上げたんでございますが、案件の決定と申しますのは、少なくとも事前に会社内容、それから事業計画、担保の評価、また金利、貸付期間などを判断するに足る十分の資料があって初めて承認できるものでございまして、電話一本で、場合によっては幾つかの貸し付けを集合して、あるいは一件か二件かは知りませんが、そういったものを電話一本で照会して承認を得るといったようなことは、この貸し出しをやって資金繰りに穴があきませんかという意味でまさに私は聞かれているんではないかと、そういう意味で私どもはまさにその資金繰りの把握をしていたわけでございまして、これが例えば高橘氏が店舗政策とか従業員政策とかあるいは貸し付けの具体的な決定であるとか、そういうことを意味していたんだとすれば、それは大きな誤りでございます。
○委員長(坂野重信君) 第三点。先般の参考人の立場からのあなたの発言を再検討してみると、長銀と東京協和及びイ・アイ・イ社との関係がそれぞれどのような関係にあったのか必ずしも明確ではありません。 あなたは、長銀の東京協和に対する経営関与は明確に否定されていますが、イ・アイ・イ社に対してはリストラ計画策定推進のために人材を派遣するなど、イ・アイ・イ社の経営に深く関与していたことを示す答弁をしています。長銀の東京協和とイ・アイ・イ社への経営関与について対応が異なったのはなぜですか、明らかにしてください。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 まずイ・アイ・イにつきましては、多くの開発途上のプロジェクトがございました。これが九〇年の十一月に資金繰り破綻をいたしまして、主力管理五行の協議によりまして、まず第一次リストラに乗り出したわけでございます。当行はその金融団の幹事といたしまして、しかも高橋氏の招聘によりこのイ・アイ・イに派遣されたわけでございまして、そのときまで独断専行の多かった高橋氏のやり方を改めさせ、経営に全面的に関与することが必要であり、またその債権者あるいはその金融団に対する私どもの義務であったわけでございます。 ところが、一方、東京協和信組に対しましては、この五行がリストラに乗り出すわけでもございませんし、また東京都の監督のもとに経営しておられる金融機関でございまして、ある意味ではこのイ・アイ・イに厳しくリストラを求める立場でもあったわけでございます。 このような信用組合に対しまして、私どもは少なくとも資金繰りが破綻して立ち行かなくなるようなことがあってはならないというふうに考えまして、資金繰りを把握し、また必要な資金援助は相当な規模でやっぱり行わざるを得なかったわけでございます。 それも高橋氏の信用が失墜し、リストラが順調に進められるということを阻害することを恐れたからでございまして、私どもといたしましては、民間金融機関としてはぎりぎりの線で御協力を申し上げたと思うわけでございまして、私どもの関与はそこまででございます。やはりそれ以上は、やはり監督御当局の御判断に御依存せざるを得ないというのが我々の実情であったことを御理解いただきたいと思います。
○委員長(坂野重信君) なお、関連いたしまして、高橋氏は突然支援打ち切りを通告されたと証言しており、長銀のイ・アイ・イ社に対する和議提案を高橘氏が拒否したとの答弁と食い違っていますが、長銀撤退時の状況について事実を証言してください。
○証人(堀江鐵彌君) 申し上げます。 第二次リストラ計画の期限が九三年七月に引かれておりました。それで、それまでに大体その主たるプロジェクトは完了し、また売却すべきものも売却した、ほぼ終わったわけでございます。 で、その九三年の二月にも一遍その話を、その話と申しますのは和議の話ではございませんで、今後どうするんだというような話をしたわけでございますが、さらに五月以降、この七月の期限を控えて今後どうするかということを協議したわけでございます。高橋氏は、いやいや、まだまだ収入の道はいろいろあるので全額きれいにお返ししますというようなことを申されたわけでございますが、じゃ一体どうやって返すんだというふうに聞きますと、具体的には細かくなりますんで申し上げませんが、しょせんは絵にかいたもちでございました。 したがいまして、私どもは六月三十日に債権カットを中心とする法的根拠のある再建策、すなわち和議を提案したわけでございますが、先方の態度は非常にかたく、初めからもう全然話にならぬと。それで、九月の二日、じゃございません、七月の二日にも再度説得をいたしたわけでございますが、七月の九日に最終回答、拒否の回答を得たわけでございます。 したがいまして、その七月九日付をもって私どもの支援を打ち切りましたし、また金融団、これは我々の出向者もそうでございますが、そのほか三菱信託あるいは住友信託から来ておられた、あるいは三井信託から来ておられた人員も七月の九日付をもって引き揚げたわけでございます。 これは一説によりますと、これは路傍に捨てられたとかなんとか申しますけれども、しかし九一年の四月からほとんど元本も利息も払われず、それは恐らく一兆に対する元本に対しまして元本も利息も払われず、むしろ第一次リストラ計画のときにはその追い貸しをして利払いをさせていたといった状況でございますが、九二年の四月からの第二次リストラでは一切利息は払われませんでした。もちろん元本も払われませんでした。 で、十分の期間を置いて、なおかつその間に我々は完成させるものをすべて完成させたわけでございます。それだけの努力をして、しかも時間附猶予を与え、なおかつその後全額を返済をするなんていうことは全く考えられない当時の計画状況等でございましたので、やむなく私どもとしては和議を提案したわけでございます。 以上でございます。
○委員長(坂野重信君) ありがとうございました。 委員長からお尋ねすることは以上でございます。 それでは、堀江証人に対し質疑のある方は順次御発言願います。
○斎藤文夫君 自由民主党の斎藤文夫でございます。 去る三月十六日、堀江頭取には参考人としてここにおいでをいただきました。きよう重ねて、今回は証人喚問、尋問をさせていただくことは、私にとりましては大変残念に思っておるところでございます。きょうは天地神明に誓って間違いのない御答弁をまずお願いをいたします。 ただいま委員長からいろいろ食い違いの問題についてお尋ねがございました。私もいろいろと頭取と高橋あるいは鈴木前それぞれ理事長の証言等を聞いておるところでございますが、これをただしていきますと、実はそれで時間がなくなります。したがいまして、少し箇条書きにお尋ねをいたしますので、ぜひ明快に御答弁をいただきたいと思います。 長銀グループとして最高融資額はやっぱり六千億だったと、こう言っておられるところでありますが、頭取の三千八百億とはまた大きな溝があります。これについてはいかがでしょうか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 私ども経理帳簿に基づきまして詳しく集計をいたしましたところ、前回申し上げましたように、私どものピーク時のといいますか、ちょっと失礼いたします、九二年三月期のピーク時の貸付残高は、当行並びにグループを含めまして三千八百億円でございます。
○斎藤文夫君 ただいま委員長からお尋ねをいたしましたが、東京協和の肩入れ、二回にわたってお願いをしたと、特に長銀の岡本常務が快諾をしてくれた、こういう説明がございました。ところが、いや、いろいろ部内で検討した結果受けるわけにいかないというので、顧問の派遣という御説明がございまして平行線でございますが、そういう状況なら、なぜ出資を五〇%、十五億お引き受けになられたか。前回私のお尋ねに対して、株式投資のようなものだと、まことに軽率なお答えを頭取はされておられるんですよ。 協同組合の出資金というのは株式とはまるっきり違う。元来、投下した資本が値上がりするはずじゃないんですから。そして、しかも何口持っても大株主として権利を行使するというわけにはいかない。しかし、半分出資金をお持ちになればおのずとその信用組合における地位というものは自然の中で決まっていくんです。それがそういう信用組合のあるべき姿です。 ですから、半分お持ちになったということは、やはり近い将来期待にこたえて支配権を肩がわりしてやろうと、この御意思があったからじゃないですか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 実は、そういった新たな理事長の派遣とそれから出資のお話とは別々にございまして、特に出資の方が時期が若干早かったように思うのでございます。 それで、主としてその趣旨は自己資本の充実に協力してもらいたいという話でございまして、私ども当時、まあまだ高橋さんとは大変親密でございましたので、自己資本の充実ということはいわゆる大口融資規制の限度の引き上げといったような意味もあるのかなというふうに考えまして出資をいたしたわけでございまして、当時、金融機関は、まあ信用組合もどちらかといえば安定している一つの金融機関であると、そこで五%の配当が安定してもらえるといったようなこともございまして、私どもが関係会社にいろいろ紹介をいたしまして、独自の判断でそれぞれが出資をしたということでございます。
○斎藤文夫君 先ほどもいろいろ御答弁をされておられましたけれども、打ち切りに当たりまして、本来で言うならばイ・アイ・イ・インターナショナルの再建計画は長銀が責任を持って三カ年でやりたいと、ノンバンクもお集めになられて、尾見さんとかいろいろの方々が来て御説明をされたんです。ところが、それをなぜ十カ月も余して、九三年の七月ですか、打ち切りを急遽なすったかと。同時に、本人は六月ごろ聞いて、自主再建したいと言ったけれども、全然受けつけてもらえなかった。 前回、頭取はどう勘違いしたか知りませんが、極めて和気あいあいの中でお別れパーティーまで開いて、まあお互いにこれからまた協力して頑張っていこう、大変私たちに、引き上げが立つ鳥後を濁さず式に円満にいきましたというような印象をお与えになられた。そんな事実ないんでしょう。この際、はっきり御答弁を。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 第一次リストラ計画のときに、例えば利払いの猶予は三年間とするという、その三年計画を一番初めに打ち出したわけでございます。しかしながら、その後の進捗を見まして、一年一年にこれを切りかえたわけでございます。 と申しますことは、第一次リストラ計画が九一年の四月から次の年の七月まで、それから九二年の七月から九三年の七月ということで、一年ごとにこれを切りかえたわけでございます。 と同時に、何と申しますか、自己再建と申しますか、先ほどおっしゃいましたように、じゃあと一年あれば、二年あれば、本当に再建できる状況にあったかと申しますと、これは資産価値はますます当時下がって、現在も下がっているわけでございますが、そういった下がった状況で、その中で自主再建ということはどう考えてもこれは不可能でございます。 これは私どもだけが考えたわけではございませんで、協調五行もそれぞれ判断をいたしまして、それは無理であると。それを例えば、ただそれでは待てばいいのかと申しましても、やっぱり金融機関としてぎりぎりまで来ておりますし、かつ一兆円に及ぶそういう元利不払いといったような事態が続きまして、それがあと半年あるいは一年で再建できるような状況では到底ございませんでした。これは私どもの判断だけではなくて、五行その他あらゆる判断がそういうことでございまして、そういうことはやはり高橋氏といえどもおわかりになったんじゃないかなというふうに思っております。
○斎藤文夫君 パーティー、パーティー、お別れパーティー。
○証人(堀江鐵彌君) その点はまことに申しわけございません。私は集会ということを聞きましてパーティーをやったというふうに申し上げましたのでございますが、これは私の間違いでございました。まことに申しわけございません。
○斎藤文夫君 いろいろ行き違いがあるわけですけれども、午前中、高橋前理事長をここにお呼びして委員の方々がお尋ねをいたしました。その中で非常に重大だなと思ったのは、長銀は救済してくれる、安全信用も救済してくれると思っていたと別のときにお述べになっておられますが、長銀から派遣をされた田中重彦副社長、そして高橋前理事長も都庁を訪問して、二回行っておられるようでありますが、いざとなれば長銀がお世話します、御安心をというようなムードの話を東京都の担当課長としてきた、そのやりとりは東京都に残っている、こういうきようはお話がございました。 ところが、長銀さんはもう全く、今のお話をお聞きいたしますと、後ほどお尋ねをいたしますが、売るものは売り尽くした、清算してこれ以上残ったのは骨と皮だ、だから再建ができない。そうならばなぜ最初に三年のリストラ計画をお打ち出しになったのか。ノンバンク系統には、担保の差しかえはだめですよ、あるいはまた担保をさらに変更したりするそういうことはだめだとはっきりお断りをしておる。 ですから、もう長銀を中心とするいわゆる銀行団ががっちりすべてを押さえておられてですね、ノンバンク系統、これはおたくが中心になって呼んでこられた人たちですから全く波をかぶると、こういうことになるわけですよ。それが三年を急遽短くして、いや一年一年のリストラ計画にしましたからこれはもうやむを得なかったんですとおっしゃるけれども、その一皮むいた実態は、何かなければあんなに慌てて、本人は六月未に聞いたと、これうそか本当か知りません、そう言っているんですから、そんな長い話じゃなくて、二、三十分の中でイエスかノーかで別れた。こういう形になれば我々は大きな疑問を持たざるを得ません。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 まず東京都の件でございますが、九一年の四月に第一次リストラを計画をいたしましたときに、高橋さんと二人で、あるいは三人、専務理事も入れて三人かもしれませんが、三人ないし二人で東京都に伺ったわけでございますので、伺った趣旨は、このイ・アイ・イの第一次リストラ計画を御説明するためでございました。そのときに都の方から、大口融資規制だと思いますが、これをもうちょっと早く何とかしろというようなお話があったようでございまして、で、田中といたしましては、当然ながら彼は東京協和信用組合の者ではございませんので、その第一次リストラ計画を推進する立場から、できるだけそういった大口融資規制の解消に御協力をしたいということを申し上げたようでございまして、それはあくまでも第一次リストラ計画の推進責任者といたしましてお話をいたしたわけでございます。
○斎藤文夫君 続いて、長銀のイ・アイ・イ・インターナショナルに対する融資姿勢について幾つかお尋ねをいたします。 前回も少し触れましたけれども、高橋さんにほれ込まれて二人三脚を組んだことは、これは頭取、間違いない。そして、高橋さんをして環太平洋のリゾート王というような時代の寵児に仕立てたのは長銀がバックにあったからでしょう。そして、外国の世界の人たちは高橋さんは長銀のダミーだと、はっきりこう言っているんですよ。そういう状況の中で考えてみますと、百万円借りるのに国民、庶民の方々は大変な苦労をしている。借りられない場合だってあるんです。にもかかわらず、長銀と高橋さんとの二人三脚ぶりというのはだれが考えたって異常に私は映ると思います。 そういうことを背景にいたしまして、長銀は都銀やあるいは興銀にいささか営業面においておくれをとった、何となく焦りがあって、国際化あるいは自由化の中で世界にぜひひとつ飛び出していきたい、こういう思いが高橋さんと二人三脚を組ました理由じゃないんですか、
○証人(堀江鐵彌君) いつぞやも申し上げましたように、高橋さんと二人三脚と申しますけれども、それはやはりプロジェクトファイナンスをベースといたしまして、そのプロジェクトの性質に応じまして是々非々で協力しておりましたわけで、これは必ずしも私どもの銀行だけではございませんで、他の主力四行もそれぞれそういったプロジェクトに注力をしたわけでございます。 それで、しかもそのプロジェクトファイナンスは私どもが、だけがやったわけではございませんで、例えば一件のプロジェクトに対しては数行が協力し、かつその数行の審査部もみんながこれを、プロジェクトを見てこれで行こうということでやったわけでございまして、私ども自体の放漫融資ということでは必ずしもないのではございますが、ただこの前も申し上げましたように、先生のおっしゃるようなバブルの風潮に流されたことがやはりあったわけでございまして、その点につきましてはまことに申しわけなく思っております。
○斎藤文夫君 今お話がありましたプロジェクトファイナンスですけれども、特に海外への投資の場合に、これはもうその事業本体だけでシンジケートが組まれて、キャッシュフローあるいは将来性というようなものを見て事業を進めていく、したがってその事業が万一失敗しても他に影響を及ぼさない、これが海外におけるプロジェクトファイナンスの原則なんです。 ところが、そうであったはずのものが、なぜこうやってイ・アイ・イ・インターナショナル、あるいはそれがやがて二信用組合、すべてを包含して、資金繰りだけしか見ていないとおっしゃるけれども、その資金繰りの中で行ったり来たりやったか。言うならば、頭取はプロジェクトファイナンスとおっしゃりながら、実際高橋氏からの個人保証とかイ・アイ・イ・インターナショナルからの担保の微求とか、いろんな形の中でコーポレートファイナンスにいつの間にか入れかわっちゃった、あるいはコーポレートファイナンスとプロジェクトファイナンスとをごっちゃにした。その管理体制というものが今回の問題の私は基本だと思っている。これは長銀の管理とか監督体制というものが極めてふなれ、不十分、そういうところに起因したと指摘をされて、いかがでしょうか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 本来、まさにおっしゃいますように、プロジェクトファイナンスは、万一それが失敗だといたしましてもよそにそれが影響がないというふうにするファイナンス方式でございますが、ただここでやはり平素の我々が気がつきませんでしたことは、大きな資産価値の変動でございます。本当に有史以来といわれるぐらいのこの大きな変動で、本来役割を果たす、例えばそういった、この場合土地はあんまり大したことはございませんが、建物の価値がぐっと減少してみたり、あるいはそれによって生ずる収入が減少してみたりといったようなことで、当初のプロジェクトファイナンスの趣旨からは外れたことがあったわけでございまして、この点は非常に私どもの今度は反省材料として、今後二度と繰り返さないように努力をいたしたいというぐあいに考えております。
○斎藤文夫君 なるほど、長銀ばかりじゃなくて世界じゅうがバブル、そして特に日本の金融機関は、たまたまこういうものに象徴されておりますけれども、多かれ少なかれそうだった。 長銀のプロジェクトファイナンスの審査基準というのを拝見しますと、それは表現ですから一々申し上げるのも恐縮だが、きめの細かい審査を行って融資をいたしております、極めて慎重な審査体制です、こう書いておられるんですが、当事者間の話によりますと、物件をろくに見ないで、言うなら見ず転で百億いいですよというような仕組みの融資もなきにしもあらずだった。これはそんなことありませんと言われればそれまでですが。 そこで、改めてお聞きしますが、長銀がお扱いになったイ・アイ・イ・インターナショナルのプロジェクトファイナンスは幾つですか。
○証人(堀江鐵彌君) これは時期によっても違うんでございますが、例えば九〇年十一月までの拡大期と申しますか、もう十一月にはかなり資金破綻を来したわけでございますが、そのころまでに大体、例えば購入した、つまり資産を購入した割合とそれからプロジェクトファイナンスを実際にやりました割合では三対一でございまして、むしろ購入する方が多かったというふうに言えるかと思います。
○斎藤文夫君 合計のプロジェクトファイナンス、幾つあったか、事業。
○証人(堀江鐵彌君) 合計十四ございました。それも時期によりましていろいろとり方ございますが、私どもがやりましたのは大体十四でございました。
○斎藤文夫君 十四。新聞等では七十とか八十、私が確認したところは三十と聞いておったんですけれども、それはまた後にちょっと譲ります。 そこで、少し話題を変えますけれども、長銀がイ・アイ・イ・インターナショナルの再建に駐留軍をお送りになったと。先ほど他党の委員の方からやはり御質問がありましたが、その長銀グループの方々が東京協和信用組合の関係書類をみんな持ってお帰りになった、引き揚げるときに。ところが、たまたま幾つかが残っていた。その残っていた資料というのを実は私も入手しているんです。 その中で、先ほども御質問を高橋さんにしておられましたけれども、長銀は顧問団というものを設置する、そしてその仕組みの中に協和信組と安全信組をきちんと入れて管理下におさめる、こうやって書いてある。これは長銀がおつくりになった九一年一月七日のものなんです。しかも、表面では二人三脚体制をとりながらも、実態は当行、長銀ですよ、が実質経営の旨を明確化している、こうやって書いてあるんですね。 ところが何回お聞きをしても、いや、そんな、イ・アイ・イ・インターナショナルの再建策であって、それの関係で資金繰りだけを見ておりました、こういう御説明にしかならないものですから、やっぱり建前と本音をお使い分けになっているんじゃないかと勘ぐりたくなりますが、いかがですか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 その一月七日の資料と申しますのは、私どもの派遣員が正式に赴任する前、つまり九一年の四月に赴任する前に当行内部でつくられた資料かと思います。
○斎藤文夫君 認められたんですね。
○証人(堀江鐵彌君) はい。それは当時の、とりあえずは準備委員会をつくったわけでございますが、その準備委員会の一つのメモと申しますか、そういった形ででき上がりましたものでございますが、そこには確かに実質支配を目的にすると、目的にすると申しますか、考えているというようなことを書いてございますが、これは要するに金融団を代表いたしましてもう積極的に経営に関与するという意図でございましたし、まあ事実そうでございましたし、それからその中に例えばゼネラルリース、シーコム、安全、協和と、この四つのあれが括弧書きして右の方に書いてあるかと思うんでございますが、それにつきましてはどちらかといえば、何と申しますか、はっきり注意をして見ておかなくてはいけないという意味で、まだ正確な、例えばリストラ計画、これは九一年の四月にできますんでございますが、それまでの間のとりあえず心づもりということでつくったわけで、決して正式なものではございません。
○斎藤文夫君 長銀内部でつくられたということをお認めいただいただけでも前進をしたと思います。 それから再建策、駐留軍、こういう立場ですと、やっぱりどうしても売れるものから売って金利負担を少なくするとか元本を返すとか、あるいはまた整理する方から見れば早く回収をする、そういうことになるわけですね。長銀として、一体この整理をどういうふうに処理をしてこられたか。 なぜそういうことをお聞きするかというと、時間の関係ですから少し申し上げますけれども、長銀とイ・アイ・イ・インターナショナルとの関係は、少し口を極端に申し上げれば、もう見境なく海外のプロジェクトに飛びついた。その時期を過ぎてバブルが崩壊した。途端にイ・アイ・イ・インターナショナルが左前になってきた。そうしたら、持っている財産をたたき売り同様に、もう少し持っていればな、あるいはもうちょっとこっちの口に売ったら幾らかでも余分に売れるものをというのを、いやどんどん売れるものから売っちまえ式でおやりになった。 例えば製鉄所を再建するのに、溶鉱炉を売って、それで製鉄所の再建策はできますか。これは外国で言えばアセット・ストリッピングなんですよ。駐留軍はどうしてもそういう体質にならざるを得ないのはわかっています。ですけれども、天下の長銀がアセット・ストリッピングをやらせたなんていったら、これはもうやっぱり金融機関としての信用を失墜します。いかがでしょう。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 私どもがこのイ・アイ・イに人員を派遣いたしまして第一次リストラをつくる過程におきまして、いわゆるアセット・ストリッピングといったようなことを考えたことは毛頭ございません。 当時の継続事業の中で、本当にこれはやむを得ないというものを二十三残しましてそのほかを売却した。十八の売却の対象を定めたわけでございますが、ところが私どもが行ってみますと、約七十の全体計画がございました。中にはオーストラリアの競馬馬もございましたし、それからシドニー湾のブルーラインクルーズとか申しまして観光船もございましたし、要するに何と申しますか、これは私どもの恥を申し上げるようでございますが、実際問題、高橋さんは手当たり次第買っていたわけでございまして、そういったものを売却することがまずは大きな仕事でございました。 しかも、それを売却いたしますのには、ずっと購入の当初にさかのぼって契約書その他を調査しなければいけませんでしたので、どんな小さなそういった売却をいたしますのにも、最短で三カ月から六カ月の時日を要したわけでございます。
○斎藤文夫君 時間の関係で、実は具体的に私が調べましたので、二つほど頭取にお尋ねをいたします。 オーストラリアのサンクチュアリー・コーブ、これは小沢さんが行ったとか行かないとか言われているところだろうと思うんですけれども、ここは御承知のように、ホテルとかゴルフ場とかレストラン、いろいろリゾート施設がそろっているところでしょう。しかも、これに三千戸の分譲住宅用地を持ち、うち八百戸は既に家を建てて売却をしていると、こういうようなところのようでありまして、そこの総額は五百億円の物件だといって長銀に持ち込まれたはずですね。長銀はこれをどうおさばきになりましたか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 そのオーストラリアのサンクチュアリー・コーブにつきましては、たしか総額で四百億円か、五百億円、ちょっとはっきり、投資額は忘れましたが、これをどういうファイナンスで購入いたしましたか、ちょっとそこにつきましては私、詳しくございませんので御勘弁をいただきたいと思います。
○斎藤文夫君 私の方でお教えしましょう。シンジケート団で三百億弱、ノンバンクで二百億、このおぜん立ては長銀、頭取、あなたのところで全部おやりになっている。これはお調べになれば、この当時は副頭取でいらっしゃったかと思いますけれども、稟議その他、お忘れになっておられるかもしれません。 しかし、これが今、どう今後売却をしていくか。住宅二千三百戸、これから追い貸しをして建てて少しでも付加価値がついて回収ができればいいなと、持っている者はそういうおぼれる者わらでもつかむ心境に、例えば高橋さん、なりますわね。ところが、ある日突然、長銀はこれに管財人を指定したんですよ。現地のレシーバーが決まった以上、どんなに売却したいとかこういう方法があるよといっても手も足も出ない。 ましてや、この処分をよくよく考えてみますと、レシーバーが幾らで売ろうが、三百億円、要するに銀行のもう融資した額は全額担保で押さえられて保証つきだ。ノンバンクの二百億円、これは実は残念ながら銀行の質権設定があるためにノンバンクには一円も払われない。もちろんイ・アイ・イ・インターナショナルにはとてものこと、保配当は回ってこない、手も出させない。金額は幾らで売られるか、もうこれはレシーバーの胸三寸ですからね。三百億なのかあるいは七百億なのか、これは私もよくわかりませんが、これじゃ再建じゃなくて、とにもかくにも何でも売っちゃえ、しかもその売った中で自己保全だけはきちっとついている、こういう一つの例ではないかと思いましたので、詳しくないとおっしゃるからあえて私の方でお聞かせしました。 ついでにもう一つ、香港のボンドセンター、これは株式市況価格で、十五億株です、これは一株当たり実は一香港ドル、当時で十四、五円だったと評価をされました。イ・アイ・イ・インターグループが持っていたのは私の調べですと八億株所存している、十五億株の中。これを香港の華僑でありますリ・カシンさんにお売りになった、一株一香港ドルで。この売買に当たっては、田中副社長と釜池常務、長銀の御関係者がお当たりになられた。 ところが、リ・カシンさんは買うと同時に片方へ同時に売りつないでいるのです。この売りつないだのがインドネシアの華僑でして、手続がありましたから確かに二カ月間という経過がありました。株で言うなら、いや、きょう買ったのがあした暴騰しました、そう御説明をされたいでしょうけれども、しかしこっちで一ドルで買ったものをリ・カシンさんはすぐにプレミアムをつけて、あすと言ったんじゃ極端かもしれませんけれども、同時にニドル三十セントから四十セントで売却している。これは仮に持ち主から見れば、もう少しうまい売り方をしてくれ、こういう思いに駆られるのも無理ない。だから、高橋さんが自主再建したいと言ったのは、私は、あれはもうあんな乱脈経営とんでもない、けしからぬと、同業でかつてあっただけに怒りを持っていますけれども、長銀の清算団というのもこれはやっぱり随分アセット・ストリッピングじゃないのかな、こんな思いをいたしますが、頭取の御感想を。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 この香港の株式並びに地価の、不動産の市況と申しますのは、ずっと低下の一途をたどってまいりましたけれども、この一時期を境にずっと上昇に転じたわけでございます。先ほど先生が一ドルで買ったというふうにおっしゃいましたけれども、これが売却をいたしましたのは四ドルでございました。 〔委員長退席、理事伊江朝雄君蒲席〕 それが二カ月後にそのリ・カシンに六ドルで売られて、かつ転売されたわけでございまして、この株式の売買、もうちょっとたっていればもっと上がったのに、逆に言えば、もうちょっと待っていればもっと下がったかもしれません。このいわゆる値段が果たして妥当であったかどうかあれでございますけれども、こういった売買につきましては常に私ども鑑定人を入れまして、かつ売却に当たっては高橘氏の了解を得て売却をしていたわけでございます。もちろん高くなればもったいないことをしたというふうに思われるのかもしれませんが、またそういう意味では確かにお気の毒であったとは思いますけれども、やはりやむを得ないことではなかったかなというぐあいに考えております。
○斎藤文夫君 長銀は、平成五年の七月、お打ち切りになりましたね。関係を絶たれましてから、ケース・バイ・ケースによっては融資をしますよと、これはひとつの親心かなと、このようにも思っておるのでありますが、その後、一体幾らイ・アイ・イ一インターナショナルに追加融資をなさいましたかおわかりになりますか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 この支援打ち切りの後、ケース・バイ・ケースで協力したと申しますのは、これはイ・アイ・イに協力したわけではございませんで、そのプロジェクトそのものの何と申しますか、維持、運転資金であるとか、そういったものにつきまして例外的に融資をしたわけでございまして、その投資額はちょっと私はっきり存じませんが、余り大きくないのではないかというぐあいに思っております。
○斎藤文夫君 要するに清算過程の話でありますから、イ・アイ・イ・インターナショナルの再建計画には全くプラスにならない、個別プロジェクトで貸したと。私の調査では二百億を超す金額ですから、そんな小さな金額じゃありませんよ。南阿蘇とかサザンパシフィック・グアム、そして東京協和や安全信用組合には従来どおり百億合わせてありますね。フィジーにも融資をしていらっしゃる。それは付加価値を高めて借金をどんどん返済させるということだから、じゃその後友好関係とは全く違うものだなというふうに解釈をさせていただきます。 もう一つ、私に資料をくれた人がおりまして、これは直接きょうの質問じゃありませんけれども、駐留軍に対する経費というものは大変なものだなと。例えば、それは銀行というのは大変条件的に恵まれているとは聞いておりましたけれども、責任者は年俸三千二百万。そして十一カ月分で、十五人か六人が平均かもしれませんが、二億五千六百万ぐらいの給料が支払われているんだなと。大変な、これじゃイ・アイ・イ・インターナショナルが仮にどんなに専業でもうけても、この人件費はとてものこと支払える企業というのは簡単にない、このように思ったんですが、これは御意見は結構です。 もう一つこれに関連しまして、東京協和の本店が長銀の関連のビルに移りましたね。できた当時最初の契約は、一階が坪十万円、二階から四階まで、これが坪平均ですると六万円ぐらいになるんでしょうか。これをこの坪数で計算しますと一カ月の家賃が一千数百万になる。信用組合を経営した私の感覚でこんな高い家賃は通常なら払えませんよ。乱脈経営の信用組合だから、あるいは長銀さんが将来自分の傘下に入れるから来いと、こう言われてそこへ喜んで行ったか嫌々行ったか知りませんけれども、大変な家賃を払わせられたということは、頭取、御存じですか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 この当行の関連会社のビルに東京協和情用組合の本店が移ったといった件は私も聞きましたが、これは時期がいつごろであったのか、そのときの賃料水準がどうであったのか、また現状において果たして幾らで貸借されているのか、ちょっとそこら辺につきましては私も存じませんので、失礼を申し上げました。
○斎藤文夫君 いよいよ急ぎます。 九二年三月三十日、長銀の杉田さんがつくった東京協和と安全信組の支援スキームがここにあります。このスキームを見ますと、きょう何か一部報道されたようでありますが、長銀が百九億円、栃木のロイヤルメドウゴルフ場に融資をする、ロイヤルメドウは東京協和に四十三億円、安全信用に六十六億円預金をする、そして一カ月後解約をして、ちょうど期末なんです、年度末、ロイヤルメドウにその金を返す、ロイヤルメドウが同日、長銀に返す。こういうあえて期末の実績づくりのために長銀みずからが資金繰りで絡んでいるということは、これは二信用組合をみずからがちゃんと自分の傘下におさめているという一つの証拠じゃないんですか。 極めて金利等についても、ロイヤルメドウには一銭も迷惑をかけるなよと、これまでやっておいて、コントロールはしていませんでした、何にも正規の理事会には出ていませんでしたと。今さっきの話だと、幹部会には出て社内の中では大変積極的に指導して、金融、組合のあり方までリードしたと、そう言われているんですよ、日暮さんが。 ですから、どうも頭取の御認識というものは部下のやっていらっしゃる末端まで目が届いていない、そう思いますが、いかがですか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 先ほどのロイヤルメドウその他は、すべてこれ安全信用並びに東京協和信組の資金援助のためのものでございました。これがなければ場合によっては資金破綻を来しまして、つぶれてしまうかもしれなかった状況でございます。 したがいまして、東京協和信組には三百七十億円、安全信組には六十六億円、これはピークに私どもの関係会社から直接預金をいたしましたり、あるいはイ・アイ・イ一グループの傘下企業を通じまして預金をしたりしたものでございます。
○斎藤文夫君 実は、田中さんやあるいは柴田さん、日暮さん、御行の関係者がいろいろ稟議、正式に持っている、いろいろやりとりの。後で参考までにお見せします。長銀が絡んでいた証拠なんです。 最後に、時間がありませんから結論だけお願いします。 なぜ長銀はこの二信組をぐっと御自分のいわゆる自己責任でお抱えにならなかったのか。今回の救援スキームを発動して国民や東京都民に金融不信、不安じゃないですよ、金融不信を起こさせた責任というのは、これは万死に値するんじゃないんですか。頭取は社内ではまだ何にも責任をとってない。都下のことがおわかりにならなかったら、長銀の反省という姿形を今後どういうことでお示しになられるのか、この際はっきりとお考えをお聞かせいただきたい。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 確かに先生がただいまおっしゃいましたように、いろいろな意味で私は責任を感じている次第でございます。それにつきましては、私が自分自身で判断をする予定、つもりでございます。
○斎藤文夫君 ありがとうございました。
○大脇雅子君 きょうは御苦労さまでございます。 私からお尋ねをさせていただきます。 まず、イ・アイ・イ・インターナショナルという会社は、資本金十一億三千四百万、株主は高橋治則社長が四〇・五%、社長の長男長女合わせて八四・六二%を占めるという、いわば大きくない同族会社であります。このような会社を中心とするグループに対して、長銀がかくも多額な貸し出しをされたことに基本的な疑問を持たざるを得ないものであります。 〔理事伊江朝雄君退席、委員長着席〕 頭取は、高橋氏が理事長を務められております東京協和情用組合とのおつき合いはいつごろなのか、あるいは高橋氏個人とは七八年の一月からお知り合いだということですが、どのような端緒で知り合われたのか、そして一九八五年、イ社に対する融資の端緒に関係しておられるのでしょうか、お尋ねいたします。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 このイ・アイ・イとの当初取引は、このイ・アイ・イ社とは別にイ・アイ・イ・キャドテックという会社がございまして、これと一九八五年に取引を開始いたしまして、翌年一九八六年にサイパンのホテルへの融資ということで最初の取引が始まったわけでございます。 それからこのような多額の融資というふうにお話がございましたが、御承知のように、一個一個のプロジェクトにつきまして各銀行ともそれぞれ審査をして融資をしておったと。そういう意味では是々非々の融資をしておったということでございましたけれども、九〇年の十一月に資金破綻をいたしましてから、私どもはメーンバンクということで、私どもの貸出額が非常に大きくなったわけでございます。
○大脇雅子君 私は、どのように高橋理事長とお知り合いになられたか、端緒についてお尋ねを、個人的な端緒なりあるいは公的な端緒なりをお尋ねしたんですが。
○証人(堀江鐵彌君) 個人的な端緒と申しますと、たしかあれは一九八七年の一月に、私自身でございますが、先方が正月のあいさつに参りまして、そのときに初めて知り合いました。
○大脇雅子君 一九九〇年の十一月、いわゆるイ・アイ・イ・グループが資金繰りが逼迫した。イ・アイ・イ・グループは国外では南太平洋に展開するリゾート開発を行って、長銀はそれにプロジェクトファイナンス方式で融資をしていたわけですが、その当時のプロジェクトは先ほどの話では十四と言われましたね。そして、もう一度お尋ねしたいのですが、その融資の内容について、不動産の買収なのかあるいは開発なのか、あるいは出資ないしは資本の参加なのか、大体その割合についてお尋ねいたしたいと思います。
○証人(堀江鐵彌君) お答え申し上げます。 九〇年の十一月に御承知のように資金破綻をしたわけでございますが、それまでに完成物件を買収いたしましたものと、それから開発をいたしましたものと、その割合は三対一でございました。つまりその、買収が三、開発が一というぐあいでございます。
○大脇雅子君 バブルの中核と言われる不動産の買収の比率がそれにしても多いというふうに感ぜざるを得ません。 ところで、長銀の海外投資案件、業界用語で本邦系青目と言うのだそうですが、イ社グループは長銀の海外投資案件のいわば融資高ではトップの座にあったというふうに聞いておりますが、間違いございませんか。
○証人(堀江鐵彌君) 多分、間違いないと思います。
○大脇雅子君 あなたは先回の参考人尋問で投資の抑制を高橋氏に直言したと言われましたが、いつごろ高橘氏の海外投資に警戒感を抱かれたか、あるいはいつごろそういう直言をなさったのでしょうか。
○証人(堀江鐵彌君) これは八九年から、これは私だけではございませんで、担当の常務等が二、三そういった諌言をしたわけでございますが、私自身で覚えておりますのは七〇年のたしか七月、失礼申し上げました、九〇年の七月ぐらいでございました。 その話の内答は、申し上げますと、要するにメーンバンクとそれからお客様との間の関係は、やっぱり周辺の細かいプロジェクトまで全部含めてこれをメーンに報告し、メーンはその査定と申しますか、それを評価その他を発言するという格好で、お互いが友好的に本来あるべきものを、例えばメーンに隠していろいろ細かいプロジェクトを自分で、当時はお金がじゃぶじゃぶでございましたので、資金を調達できるという形でやっておったんでは結局会社はつぶれますよ、そのすぐ例が私どもにもございました。つまり非常に大きな倒産でございましたといったようなこともお話ししたことがございます。
○大脇雅子君 一九九〇年の十一月、当時十四件のプロジェクトをお持ちの長銀が第一次のリストラに入るわけですが、ここで不思議なことにプロジェクトの数がふえていると思うんですけれども、この第一次リストラに入られるときにその対象となったプロジェクトというのは何件であったのかそしてこのうちいわゆる十四件の継続案件のほかに新規案件の比率はどのくらいにふえたのでしょうか。
○証人(堀江鐵彌君) これは事務方に聞いた話でございますが、第一次リストラで継続案件として考えておりましたのが合計二十三、それから整理をすべき案件ということで考えておりましたのが十八でございます。
○大脇雅子君 そうすると、一九九〇年の十一月に十四件であったものがさらに継続案件がふえているわけですね。これはどういう戦略でふえたのでしょうか。
○証人(堀江鐵彌君) 先ほど十四と申し上げましたのは、私どもが関係しておりましたプロジェクトが十四個ということでございまして、継続案件で二十三件。ふえておりますが、これは例えば国内のゴルフ場、これはほとんど私どもタッチしなかったものもございますが、そういったものも含めまして、あるいは他行がやっておりましたプロジェクト、そういったものも全部含めまして二十三になったわけでございます。
○大脇雅子君 東南アジアの最後の原油基地と言われるベトナム南部沖の石油開発プロジェクトというのは、このリストラ計画の中に入っていたのでしょうか。
○証人(堀江鐵彌君) 詳しくは申し上げられませんが、多分入っていなかったんではないかと思います。
○大脇雅子君 このケースは、一九八九年、高橋治則氏がオーストラリアのフローティングホテル、いわゆる水上六階建てのホテルですが、これをサイゴン川に曳航しまして、その見返りに石油の採掘権、鉱区を手にしたというものでありまして、これは最初アラビア石油とイ・アイ・イ・インターナショナルの五〇%、五〇%の権利で取得したというふうに聞いておりますが、間違いありませんか。
○証人(堀江鐵彌君) 多分、間違いないと思います。
○大脇雅子君 これが一九九二年一月の仮調印のときには、相手のベトナム側の石油公社といわばその採掘権の生産分与計画をする当事者というのは御存じですか。こちら側の当事者はアラビア石油とイ・アイ・イ・インターナショナルでしたか。もう現地法人化しておりましたか。
○証人(堀江鐵彌君) 御質問の意味をこういうふうに解釈いたしますと、お答えは、そのアラビア石油とそれから帝国石油の二社と、それからイ・アイ・イと、つまり五、四、一の割合で経費負担をするという契約がたしか結ばれたと思います。
○大脇雅子君 これは一九九二年六月のことですよね。 それで、現在アラビア石油の現地法人、帝国石油の現地法人、それからイ・アイ・イ・インターナショナルの現地法人の名前は越南商事でございますか。先例の御証言のときに、越南商事はシーコム、いわゆる高橋関連のファイナンス会社のシーコムの子会社だとおっしゃいましたね。これは資本はどのような構成だったか御存じですか。越南商事は。それから代表者はどなたでしたか。
○証人(堀江鐵彌君) ちょっと不正確なことを申し上げましても恐縮でございますので、その件につきましては私は詳細存じておりません。
○大脇雅子君 資源開発というのは、プライベートセクターとしてそうした資源開発グループに参加するということは、当時ベトナムはまだ経済制裁下にありましたし、円借款は未返済ですし、国交がなかった。そういうところにコミットされるということについて、長銀はこの越南商事に対して代表者を送られたんじゃないんですか。それとも融資をされたんですか。出資をされたんですか。どういうかかわり方をされましたか。
○証人(堀江鐵彌君) 出資の関係は、ちょっとこれはここまで申し上げるとあるいは間違えたことになるのかもしれませんが、シーコム一〇〇%の越南商事は会社であったというぐあいに思っております。それで、代表者はちょっと私、はっきり覚えておりません。
○大脇雅子君 長銀のイ・アイ・イ・グループへの出向者の田中重彦さんではなかったですか。
○証人(堀江鐵彌君) 多分そうではないと思いますが。
○大脇雅子君 それでは、そのように社長がかわられたことはありますか、その後。
○証人(堀江鐵彌君) 私、このベトナムの石油のことにつきまして余り詳しくないのでございますが、いずれにしても、何かこの越南商事がその後さらにロトスという会社に売却されたと、それもこの我々の支援打ち切り後に売却されたというぐあいに聞いております。
○大脇雅子君 この件で長銀は通産省関係に何らかの報告、指導、あるいはその他そうしたコミットをしたことはありませんか。
○証人(堀江鐵彌君) 多分ないと思います。
○大脇雅子君 ではそのようにお尋ねをいたします。やがて真実が明らかになってくると思うものでございます。 次に、長銀がプロジェクトファイナンスを与えました一番大きなリージェント・ニューヨークの件についてお尋ねいたしますが、これは整理案件に入っていたのですよね。どのような現状になっておりますか。
○証人(堀江鐵彌君) 整理案件と申しますか、これは完成をいたしまして売却されたということでございまして、たしか九〇年十一月のときにはニューヨークのまさに中心街に三階建ての鉄骨が組み上がっておりました。これをやはり放置いたしますと、やはり大げさに言えば国際的な問題にもなるということで、これは五十三階建て、たしか三百七室ぐらいのホテルだったと思いますが、これを三十九年の九月に完成をいたしまして、これはフォーシーズンが経営をいたしまして、現在ニューヨークでは恐らく第一位のホテルになっているんではないかと思っております。
○大脇雅子君 そのフォーシーズンズホテルに対する長銀の持ち株数のシェアあるいは融資額をお答えください。
○証人(堀江鐵彌君) 私どもはフォーシーズンの株は持っておりません。
○大脇雅子君 融資額。
○証人(堀江鐵彌君) 融資額でございますか。 フォーシーズン自体に対する投資額は恐らくないと私は思います。ちょっと今はっきり申し上げると間違えるのかもしれませんが、多分持っていないと思います。
○大脇雅子君 それは確実ですか。それとも、あるいは長銀の関連会社がお持ちなんでしょうか。どういう意味でしょうか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 ちょっと私、はっきりわかりません。
○大脇雅子君 それでは、またいずれお尋ねすることがあると思いますが、少し問題点を変えまして、イ・アイ・イ・グループに、それまで東京協和信用組合の顧問を務めておられました日暮氏が事業部長で転所されました。それは一九九一年の三月ということでございます。 日暮氏は、頭取のお話によりますと、電話でいわゆる資金繰りを調べていた、それで具体的な出資その他は知らない、こう言っておられますが、日々、例えば焦げつくというか資金繰りが逼迫してお金が足らないというときに、長銀は毎日そのお金を融資しておられたのですか。そうではないでしょうね。それはどこからだれが日々お金が足らないときに資金繰りを調達していたのですか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 これはまず東京協和信組の理事長である高橋氏の責任でございまして、とにかく大口定期をとってくるというのが第一の仕事でございます。それからそれでも難しいときにはイ・アイ・イ・グループの各社からその資金手当てを考えなくてはいけません。 それで、それでもだめな場合、どうしてもまさに穴があいてしまうといったような場合には、当行が私どもの関連会社を使いまして、通じまして預金をさせてみましたり、あるいは特に安全信組の場合がそうでございましたが、イ・アイ・イ社のグループに貸し付けを行いまして、それを預金を安全信用にさせたりといったようなぐあいで資金援助をしてまいりました。
○大脇雅子君 ともかく資金援助をなさると。 そして、イ・アイ・イ・インターナショナルヘいわゆる人的な派遣をなさったということは、高橋氏の独断専行を改めさせるということを言われましたが、そういうことであると。そしてあわせて東京協和、安全信用、それからシーコム、それからゼネラルリースのこの四つの資金繰りを見ておられたわけですよね。日々そういう報告のいわゆる資金繰り書というのがあるわけです。そういうのを何らかの形でまとめて、当然担当役員なり担当部長に報告があったんだろうと思います。 だから、そのルートについてお尋ねしたいんですが、イ・アイ・イ・インターナショナルから長銀のどのセクションに報告があったんですか、その資金繰りを毎日見ていて、それの結果というものは。そしてそれは、頭取はその報告を受けておられますか。
○証人(堀江鐵彌君) まず日暮君でございますが、これは関連事業部というところにおりまして、これが安全信組とそれから東京協和信用組合の資金繰りをモニターをしておりました。その報告は直接高橋さんに行われ、できるだけ預金をたくさんとってきてくれといったような話になったわけでございますが、同時にその二つの信用組合の資金繰りの実績が財務部にございます全体を見るところに参りまして、財務部でゼネラルリース、シーコムの資金繰りとその二つの信組の資金繰りを合わせてこれが大体毎日でき上がっておりまして、それは高橋氏あるいは田中副社長というところに報告をされたわけでございます。 それから長銀に対しましては、その全部の集計表と申しますか、四社の表が月に二、三回送られてきたということでございまして、本当にそういった緊急でどうしても資金が詰まったと申しますか、というようなときには私どもの営業第九部というところに連絡がございました。
○大脇雅子君 私のお尋ねは、頭取は、そうした東京協和情用組合、安全信用組合の状況について、そのころ担当のセクションから何らかの報告を受けておられませんでしたか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 例えばそのイ・アイ・イの全体状況等につきましての節目節目で報告がありましたときには受けておりましたけれども、その資金繰りの状況をその都度私が報告を受けるということはございませんでした。
○大脇雅子君 そうすると、細かな報告は受けておられないけれども大まかな報告を受けておられたということならお尋ねをいたしますが、当時、東京協和信用組合は高金利による預金者の吸収を積極的に行って、大口の預金者が非常に多いという実態については御認識がありましたか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 高金利による吸収と申しますか、これは九〇年の未からそうでございますが、例えば私どもの関係会社が預金をいたしましたときに、比較的高い金利でございましたので、これはむしろ低金利に誘導すると、普通の金利に誘導するということを行った旨の報告を受けております。 それからその大口預金者がどういう人であったかといったようなことにつきましては、私は報告を受けておりませんでした。
○大脇雅子君 それでは、自己資金二〇%ないし八億円という法定の限度枠を超えた超過貸付先が二十口あるというのがわかっていたわけですが、そういった超過貸付先があるということは、もちろんイ・アイ・イ・インターナショナルもそれに入ると思うんですが、それは御認識ありましたか。
○証人(堀江鐵彌君) そのような報告を受けておりました。
○大脇雅子君 それから債権管理とか回収体制が非常に不備であるというようなこともお気づきになりませんでしたか。
○証人(堀江鐵彌君) 特に報告を受けておりませんでした。
○大脇雅子君 そうすると、このような状況を認識されながら一九九三年の七月に和議を申し立てられたわけですが、その和議を提示されたときの、和議を申し立てるのは具体的に和議条件というものを出さなければいけないんですが、和議条件はどんなものだったんですか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 六月の三十日に和議の申し入れをいたしました後、七月九日にその拒否回答があったわけでございまして、むしろその入り口で拒否されたと申しますか、といったような状況でございました。 私どもの担当者によりますと、そのときに考えておりましたのは、無祖保償の約九〇%ぐらいをカットするという形ぐらいでの和議条件を本当は考えておったというふうに聞いております。
○大脇雅子君 大体、長銀を中心とする主要五行、そういったものが大体四分の三を占めていたわけですから、イ・アイ・イ・インターナショナルの和議というものはその五行で話し合って、そういう長銀その他の銀行預金はどうやって処理するという案は練られましたか。それは九〇%カットと伺っていいんですか。
○証人(堀江鐵彌君) はい。要するに担保評価を行いまして、無担保になりました部分につきまして九〇%ぐらいのカットと、大体通常そのくらいのカットになるんだろうと思うのでございます。
○大脇雅子君 先ほど頭取は、バブルの風潮に流されたことは反省している、以後二度と繰り返さない、こうなった原因というのは大きな資産価値の変動があったと。 私は、やはり買収を中心としたそうした不動産融資の金融機関として長銀が海外進出を図られたことが結局は今回のこのようなことがもたらされた原因だと思います。それを国民に、いわゆる新しいスキームの是非は今申し上げませんけれども、それを適用することによって国民の金融不信をもたらされたというふうに考えるわけですが、先ほど責任を感じているとおっしゃいましたが、私は三つの点、責任のとり方としてお尋ねをしたいと思います。 一つは、東京共同銀行方式に二百七十億を提供されるということを了解されておりますが、さらに増額される気はあるのかどうかということ。第二は、株主に対する責任をどう受けとめられているかということと、進退について重大な決意をしておられるかどうか、三点お尋ねいたしまして、質問を終わります。
○証人(堀江鐵彌君) 二百七十億を増額する意思があるかどうかというお尋ねでございますが、そのほかそういうふうにおっしゃる方もいろいろおられるわけでございますが、この場でちょっとお答えするのは控えさせていただきたいというぐあいに思っております。 また、株主に対する責任といたしましては、やはりバブルの風潮に流されたということはまことに遺憾でございますけれども、私どもはメーンバンクとしての責任をぎりぎりまでやったんだと、そういう意味での責任は十分に果たしたというぐあいに考えておりまして、甚だ僭越でございますが、そういった解釈が認められるかどうかいろいろ御意見もあろうかと思いますが、株主に対しましては十分にそこいら辺を御説明申し上げたいと存じます。 それから私の進退に関しましては、なおよく検討いたしまして決めたいというぐあいに考えております。
○猪熊重二君 この前の参考人、きょうまた証人で大変御苦労さまでございます。平成会の猪熊と申します。 いろいろ前の委員の方々からお聞きいたしまして、なるべく重複しないようにお伺いしたいと思いますが、私はまず長銀とそれからイ・アイ・イ・グループの問題ということに限定して最初にお伺いしたいと思います。長銀といわゆる両信用組合の問題はその次にお伺いしたいと思います。 まず長銀とイ・アイ・イ・グループの問題で第一にお伺いしたいのは、高橋証人との話の食い違いの一つとして、長銀のイ・アイ・イ一グループに対する融資総額の問題についてお伺いしたいと思います。 証人はこの前の参考人のときにも、また本日も、当行のイ・アイ・イ・グループに対する最高貸出額は三千八百億程度だと、こうお話しなんですが、御承知のとおり、高橋さんは前回の衆議院における証言で、長銀及び長銀グループのノンバンクと合わせて五千億から六千億ぐらいではないかと、こう言って、どうしても数字がうまく突き合わせができません。 きょう証人がここに証人として出廷するに際して、この資料を見て答えたいということでの資料の中に、当行グループ・イ社向け融資残高推移という表がございますが、この表に基づいて、先ほどの三千八百億円というのはどこの数字なのかということを御説明いただきたいと思います。
○証人(堀江鐵彌君) この三千八百億円は、私ども当行から出ております貸し出しの数字と、それから関係会社でございますランディック、日本ランディックという会社がございます、それからNEDという、日本エンタープライズ・デベロップメントという会社、それからちょっともう一社の名前は忘れましたが、これはやはり、失礼いたしました、当行グループ会社はランディックとNEDのみでございます。
○猪熊重二君 数字を説明してください。 要するに、あなたが見たいということで提示された資料に三千八百億円という数字はあるんですが、それは当行グループからイ社グループに対する九二年三月当時の金額ということで出ています。そうするとこの三千八百億円というのは、長銀自体がイ社単体に貸し付けた二千十億だとか、あるいは長銀がイ社グループに貸し付けた三千三百五十億円とか、あるいは長銀グループがイ社単体に貸し付けた二千二百億とかというのとどういう関係になるわけですか、この数字は。
○証人(堀江鐵彌君) これは例えば第一番目の当行とイ社単体と申しますのは、当行からイ・アイ・イに貸してある会社でございますが、イ・アイ・イ以外にもいろんな周辺会社があるわけでございまして、そういう意味で当行からその何といいますか、イ・アイ・イのグループに貸しましたのが三千三百五十億、それから今度は、逆に今度は当行のグループから向こうに出しました分でイ社、イ・アイ・イ社に出しましたのが二千二百億円。結局、一番大きくとりますと、範囲を大きくとりますと、うちの本体とグループとを含めまして、それがイ・アイ・イ社のグループ全体に対してどのくらいの貸し出しがあるかという合計がこの三千八百億円なんでございます。
○猪熊重二君 そうすると、これは今、先ほど私が項目と金額を申し上げたけれども、それが格別にあるわけじゃなくて、というのは、この四項目を全部足せば一兆一千三百六十億になってしまうんです。そういう趣旨じゃないんですね。わかりました。 それで、ともかくあなたとしては、いわゆる長銀グループがイ社グループに貸し付けたトータルが一九九二年三月当時で三千八百億円だと、こういうことですね。そうすると、高橋さんが言っておられるグループ全体としての融資額は五千億から六千億というのは、あなたのお立場とするとどうも数字が違うと、こういう結論になるわけでしょうか。
○証人(堀江鐵彌君) けさほどの高橋さんの証人尋問でお答えになっておられましたのを私、聞いておりましたが、当行が、東京協和信用組合あるいは安全信組であろうと思いますけれども、そこら辺に預金をいたしました、その預金も貸出残高と一緒に考えておられるようなお話でございました。ただし、そういったようなものを全部入れましても四千せいぜい三、四百億ではないかと、失礼しました、四千三、四百億じゃないかと、預金を入れましてもでございますね。通常ではしかし、預金はこういった融資残高には入れないのが普通でございます。
○猪熊重二君 その融資金額のことはそれだけにして、次にリストラについてお伺いします。 先ほども斎藤文夫委員の方からこのリストラについて非常に厳しいお話がございまして、私もまことに全く同じ感じなんです。リストラというのは本来どういうことをお考えだったんでしょうか。リストラという言葉の意味から、全然やっていること、行っていることが違うと思うんで、リストラという、第一次リストラ、第二次リストラとあなたはおっしゃるんですが、リストラというのはどういう意味ですか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 リストラと申しますのは、日本語にいたしますとなかなか難しゅうございまして、通常、我々リストラリストラとこう言っておりますのでございますが、意味は恐らく再建という意味でございます。
○猪熊重二君 だから、第一次リストラ、第二次リストラとあなたがおっしゃるけれども、再構築あるいは再建のための仕事じゃなくて、いかにして長銀がイ・グループに貸した金を回収するために、言葉を悪く言えば、たたき売りでも何でもともかく金返せ金返せという二年間だったんじゃないんですか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 この再建の過程を通じまして、私どもやはりいろいろ国際的な摩擦も考えなければいけませんし、またイ社を取り巻く九十社のノンバンクあるいは金融機関の金融混乱も考えなければいけません。 そういうことで、ただ回収だけを図ったということではございませんで、例えばこの第一次の再建計画におきまして、十八のプロジェクトはこれはもうどうにもならぬので整理すると。しかし先ほど申し上げましたように、例えばニューヨークで三階まで鉄骨が建って立ち枯れになってしまうというプロジェクト、あるいはフィジーその他でいろいろ住民の福祉を考えましてやらなければいけないプロジェクト、そういった前向きのプロジェクトもずっと継続をいたしまして、それがやっとでき上がったわけでございます。
○猪熊重二君 このリストラについては、先ほど高橋証人は、もともと三年計画だった、ところが二年たった段階で、リストラ計画二年が終わった段階で急に支援打ち切りということになったというようなことを言っておられますけれども、この計画はもともとは三年間で何とか再建していこうよ、こういう話だったんですか。
○証人(堀江鐵彌君) とりあえず最初の三年間は利払いをある程度猶予しようという話であったわけでございますが、ただその後、これをさらに第二次リストラ計画に進むにつれまして、要するに一年一年で区切って、そのときに本当に将来のもし芽が出てくるならば、それは三年でも場合によっては四年でも銀行は我慢しようじゃないかと。ところが、その第二次の九三年の七月におきまして、どう考えてもこれは返済はできないという結論にすべての意見が一致いたしましたので、その旨を通告したわけでございます。
○猪熊重二君 高橋さんは、結局三年の計画のリストラが二年で打ち切りになった。しかも、打ち切って直ちに長銀が撤退する。その撤退することになった理由としては、長銀がフランスの銀行から訴えられる可能性があること、これが一つ。もう一つは、どうしても無税償却をしたい、無税償却をするには人を派遣していると大蔵省の方で認めてもらえない、だから引き揚げる、こういうふうなことを言っておられるんです。 あなたは、まずフランスのエリゼー宮の前にございますオフィスビルを云々するという問題については全く何も関係ないんですか、長銀としては。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 これは訴えられておりますのはイ・アイ・イでございまして、銀行ではございません。それからこの融資は九〇年の初めに行われておりまして、それに対して、その利払いに対しまして、これはフランスの銀行からそのお金を集めたわけでございますが、その利子の支払いに対しましてイ・アイ・イ社が保証をいたしているわけでございますが、それを知りましたのは私ども極めて後になって知ったわけでございまして、そういった保証があることすら存じませんでした。 それからもう一つ言わせていただきますと、もし、これは実はフランスに法人格否定という法理論がございまして、例えば銀行に及ばないとも限らないんでございますが、しかしそのようなことでたとえこの何といいますか、支援を打ち切りましても、もし訴訟が起こされればその訴追は打ち切り後も続きますので、その打ち切りがフランスの銀行の訴訟といったものであるということは全くのナンセンスであるというぐあいに私は考えております。
○猪熊重二君 もう一つの理由の無税償却の問題、長銀は撤退後どのくらいの無税償却をしましたか。また逆に言えば、撤退前にはどのような状況でしたか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 撤退前には償却はいたしておりません。ただ、打ち切り後、約九百五十ぐらい、残高の千九百に対しまして九百五十ぐらい償却したわけでございます。 これは私どもは、人間が派遣されているから無税でできる、あるいはいるからできないといったような問題ではないと思います。
○猪熊重二君 結局、平成五年の七月に撤退して、翌年の平成六年の三月に九百五十億を無税償却している、こういうことですね。間違いありませんね。
○証人(堀江鐵彌君) 間違いないと思います。
○猪熊重二君 今度は、長銀と東京協和信用組合の関係についてお伺いします。 前回もそうですが、今回も高橋さんの話によると、一九八九年、平成元年の終わりごろ、ともかく今後は長銀で私にかわってこの協和信組の経営をしてくれ、こういう申し入れをした。それに対して長銀も快諾していただいた。こういうことをこの前もきょうも言っておられるんです。 あなたはこの申し入れに対して、前回も今回もそういう趣旨で承諾したことはないと、こうおっしゃっておるんです。 しかし、言葉としてそういう約束を承知したのかしないのかわかりませんが、この話に基づいて翌年の七月、すなわち平成二年の七月、東京協和信組の出資額の倍額に当たる、倍額増資になるわけですが、十五億円を出している。それはなぜ出したんですか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 先ほど申し上げましたように、再びこの人員派遣の話の前にこの出資の話がございまして、当時はまだ高橋氏とも割と親密にやっておりました関係もございまして、自己資本の充実に協力してくれという話もございましたし、また金融機関で割とまあ安定した経営ができるんじゃないかと、したがいまして五%の配当はずっと維持できるんじゃないかといったような期待を持ちまして出資をいたしたものでございます。
○猪熊重二君 時間がないから私の方の考えを申し上げますけれども、それは高橋さんが言ったのが本当か、あなたがそういうことを承諾したことはないというのが本当か、いずれにせよ、高橋さんの言っているような申し入れに基づいてあなたの方は倍額にまでの増資に応じている。十五億を出資している。そしてまた人材も、平成二年の五月、十一月に人材も派遣している。 それから先ほどどなたか委員の方から話がありましたけれども、この東京協和信組の本店まで自分の勢力下に移転させていると。あとは理事長さえ交代すればもう本当に高橋さんが言うとおりなんです。理事長だけは交代する間がない間に事が悪い方向へ行ってしまったけれども、こうすると、もう一息で長銀がこの信組をまさに経営する直前まで行っているわけだ。ところが、あんまりぐあいが悪いんで逃げ出したというか、退却したということになるんじゃないでしょうか。これは私の意見だから、あなたに申し上げてもしょうがないんですが。 時間がありませんから、この組合と東京都のことについてちょっと伺っておきたいんです。 この長銀がイ・グループから撤退することに関して、あなたは、九三年すなわち平成五年七月に撤退をいたしましたときにはもちろん東京都にその詳細を十分に御報告申し上げたと、こう言っているんです。何で長銀がイ・グループから撤退するということを東京都に詳細に御報告する必要があるんですか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 私どもがこの第二次のリストラ計画を終了し撤退するということにつきましては、これは高橋さんの個人信用、そういったものに大きくかかわってくるわけでございます。特に私どもが懸念をいたしましたのは、この組合の大口預金はむしろ高橋さんの人脈で集められたものが非常に多いというぐあいに聞いております。 したがいまして、もし、そのイ・アイ・イの方が、長銀が引き揚げてしまえば、高橋さん自体はやっぱりだめなんじゃないかという世評を受けまして、したがってその預金が引き揚げられるという可能性が大いにあったわけでございまして、東京都に対しましては、私どものそういったリストラ計画が直接の東京協和信組の混乱の影響になるとは、直接に結びついているわけではございませんが、そういった個人信用から預金を集めるといったようなことを通じまして大きな影響が出てくるのではないかというぐあいに考えまして東京都に報告をいたしたわけでございます。
○猪熊重二君 そうすると、まさにあなたが今おっしゃったように、イ・アイ・イ・グループが経常がおかしくなれば、すなわち高橋さん個人の何というか、経営者としての立場がおかしくなれば東京協和信用組合もおかしくなるということは、あなたはもう二回のリストラで、これはイ・グループはだめだと、こう思ったときに、信用組合の方もおかしくなるということは当然にわかっていたわけですか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 この七月未現在の状況は、御承知のように、第二次リストラ以来イ・アイ・イ・グループに対する利払いが完全にとまっておりました。要するにイ・アイ・イ・グループの払う利払いが全面的にとまっておりました。したがいまして、その影響は当然東京協和信用組合にも出てくるわけでございますが、ただこの二年三カ月に及ぶリストラの努力によりまして、東京協和信用組合のイ・アイ・イ社に対する貸し付けは合計百四十億減少し、残高といたしましては極めて小さいものとなっておりました。 したがいまして、私どもが考えましたのは、イ・アイ・イ社の東京協和信組に及ぼす影響というのは、ある程度もうはっきりわかっておりましたし、それはある程度カバーできるんじゃないかと。 問題は、高橋さんが個人関連、友人知人関連で行っている融資が、これがそもそも東京協和信組を前から経営しておられたそのころからあったということなんでございます。それにつきましては私どもは、自分でやったそういったくだらぬものを繰り回すのは全部自分でやれよと申しまして、それにつきましては彼は誓約書を書きまして、自分でやったそういった個人事業は全部自分で資金を調達しますということを言っておりました。
○猪熊重二君 長銀が撤退したのが平成五年の七月九日で、東京都がこの信用組合の検査に入ったのがその同じ七月の三十日なんです。この東京都が大蔵省と一緒になって信用組合の検査に入るということについて、長銀は何らかの関係ありますか。簡単に答えてください。
○証人(堀江鐵彌君) お答え申し上げます。 全く関係ございません。
○猪熊重二君 それは関係あるとは言えぬからね。 いずれにせよ、それから最後に、長銀はいわゆる今回の救済支援策に関して、数字申し上げるから聞いていてください。一般の民間金融機関として東京共同銀行に六億円出資した。それから民間金融機関の一つとして十億円を贈与した。これは一般並みなんです。そのほかに長銀は二百七十億を債権回収機関に贈与する。そのほかにさらに三百七十億を低利融資したと思うんですが、この数字が間違いあるかないか。 それから従前の計画と違って三百七十億を低利融資することは、あたかも東京都の三百億がなくなった分を振りかえたようにも思えるんですが、簡単にそれだけ二点だけ説明してください。
○証人(堀江鐵彌君) 二百七十億の収益支援のほかに三百七十億の低利融資をしたんではないかというお尋ねでございますが、この三百七十億は、この都信協と申しますか、たしか都信、要するに都のそういった不良債権保有機関に対する通常の融資でございます。つなぎ融資でございます。したがいまして、特別の低利融資ではございません。
○猪熊重二君 東京都の三百億は関係ないんですね。
○証人(堀江鐵彌君) それは全く関係ございません。
○猪熊重二君 終わります。
○井上哲夫君 きょうは、証人、御苦労さまでございます。新緑風会の井上哲夫ですが、私も今の問題、続いて質問をいたしたいと思います。 まずパーティーは九三年の七月にはなかったということでございますが、その前に、今、証人のお話をいろいろ聞いていますと、長銀の方からイ社について和議でこの際整理をするということを強く勧めたというふうなことがうかがえるんですが、そうでございますか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 私どもが和議という言葉を使いまして法的根拠のある再建案というものを持ち出しましたのは六月三十日でございました。
○井上哲夫君 それは正式に和議をやったらどうですかというのは六月三十日ですが、実は五月ごろからあなたの方では、インターナショナル社はこの際和議をして出直した方がいいと、こういう考えがあったと思うんですね。 その後、その背景にあったのは、その前の前の月ですか、春三月に都の定期検査があって、非常に内容がやっぱり厳しい、三年のリストラ計画を待っていては間に合わない、こういうことでインターナショナル社について和議で畳んでいくということを考え、現実に高橋さんに申し入れをしたのは六月三十日と、こういうことでございますか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 五月ぐらいからいろいろこの七月以降の処理につきまして話を、議論をいたしましたのでございますが、そのときには和議という言葉は使っておりません。あくまでもむしろ実際にその償還ができるのかどうかといったその手段、計画等につきましての意見を聞いたわけでございます。
○井上哲夫君 まあこれは今からではただの話、ならばの話になりますが、頭取としては、高橋さんはインターナショナルについて、いわゆる和議という言葉自身は広いですが、そういう形で整理に応じてくれるだろうと。そうすれば協和信用組合についてもその後第二段としていい解決ができるだろうと、こういうふうな予測を持っていたわけではありませんか。
○証人(堀江鐵彌君) 私どもが和議を持ち出しましたときには、イ・アイ・イ社を整理して、それが東京協和信用組合の整理あるいは再建、そういったものにつながるんであろうといった関連性は全く考えておりませんでした。
○井上哲夫君 じゃ、ちょっと質問を変えますが、あなたの先ほどの話では、九二年の三月がピークで三千八百億円貸していたと。その前は、九〇年の十一月にインターナショナル社は資金繰りに窮して、あなたのところは三百五十億しか貸し込みがなかったんだけれども、大援助突入といいますか、思い切って援助に入っているんですね。 そうすると、九二年の三月に非常な勢いで貸し込みがピークになっている。その後、非常にリストラ、さっきの話で、リストラでぐいぐいとダイエットしてきた。そして、最後の詰めが和議によってきれいにするということになれば、これはその後は二つの信用組合のところまで向かうのは当然の流れじゃないですか。全く関係ないというわけじゃないと思うんですが、いかがですか。
○証人(堀江鐵彌君) まずお答えを申し上げます。 当初の九○年十一月の段階で当社が三百五十億しかなかったのに何で手を振ったんだというようなことでございますが、この段階で、お手元の資料にもございますように、当行からイ社グループに対する貸し出しが千二百億、グループその他に対しましては合計千二百億で、他行もかなり貸してはおりましたんですが、私どもがトップであった。したがって、メーンであるということを自覚いたしまして、それでリストラに乗り出したということでございます。 それからもう一つお尋ねの、何でございましたか。
○井上哲夫君 じゃ、もう一回質問しますから。 私が思うのには、他行の貸し込みもあって、あなたのところだけが三百五十億あきらめればそれで済むという問題ではないと、また金融界の安定システムのこともあるしと、それはお気持ちはそのとおりであります。 そうしますと、インターナショナルを非担保債権九〇%カットでいけるなんという非常に細かな検討まで始めて、和議を進めて、高橋さん、残念にも乗ってくれないと。しかし乗ってくれたら、むしろ今度は協和という信用組合をやはりうまく持っていかなきゃいかぬと考えるのは当然だと思うんです。 なぜかといえば、先ほど来、高橋さんはここで、信用組合の理事長を九〇年の暮れごろから長銀にお渡ししたいと、まあそこは証言の違いがあるんですが、一たん快諾をしてくれたと高橋さんは言うんですね。あなたの証言では、いや、そこまではうんは言っていない、理事を常勤理事として派遣するところまでにとめたんだということにしても、信組についてもあなたの方は食らいつけばすぐもう食べられるところまで来ているんですよ。どうでしょうか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 九三年七月の段階の東京協和信用組合の状態につきましての認識でございますが、私どものそういったリストラ努力によりましてと申しますか、むしろ資金の正常化努力によりまして、例えば九○年十一月にございました東京協和信用組合の残高は一千三十億からこの九三年の七月には八百八十億まで減少をいたしておりました。それからイ・アイ・イ社向けの貸し付けも若干あったわけでございますが、これがその間百四十億減少をいたしております。 そういうことで、イ・アイ・イ社との関連におきましての東京協和信組の、信用組合の経営状況と申しますのは、私どもは決してそれほどひどいものではないというふうに思ったわけでございます。 それで、九二年の八月の時点での東京都の検査の結果が、私ども九三年の五月にイ・アイ・イに出向しております者を通じまして高橋さんから聞きましたらば、不良債権率が一七%。これはイ・アイ・イ社の第二次リストラで利息のあれをとめておりますから、このぐらいまではあれだと。問題は、やはりそれ以外の高橘氏個人関連の貸し出し、それで私が申し上げたんでございますが、この東京信用組合の個別案件決裁、案件の決定には私ども関与しておりませんでしたので、その内容がわからなかったわけでございます。そうしましたら、個人の関連の方の貸し出しが中身が非常に悪かった。それで私が東京都に、私どもが東京都に報告をいたしました段階では、それほど決定的に悪い段階ではないというふうに思ったんでございますが、内容は予想外に悪かったということでございます。
○井上哲夫君 もう倍時間があったらもっと尋ねたいんですが、今のところ。 最後に、これは結局は高橋さんの個人的な借り入れ、貸し込みの問題があって、高橋さんにしてみれば、あなたの方の和議の救いの手も乗るに乗れないということかもしれませんですね。そうしますと今度は、都の方にあなたの方はこれまでのいきさつを報告して、後々よろしくというお願いをしたということでありますが、都の方としてはボールを投げられても非常に困ったということになると思うんですが、そのときにあなたの方は大蔵省なり日銀の方にはどういうアクションを起こされましたか。何もしなかったでしょうか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 大蔵省並びに日銀に対しましても適時その都度報告をいたしておりました。しかし、第一次親権者は何といっても東京都でございますので、大蔵省に御報告申し上げましたときにはもちろんこの第二次リストラの詳細その他すべてを御報告申し上げておりますが、この撤退に至り、かつ東京協和信組を東京都によろしくお願いしたということにつきましての報告は大蔵省にもいたしております。 それで、ただ東京都から、高橋さんの信用が落ちて大口定期預金者が揚げ落ちるといったような心配もあるので、私どもが資金支援をした関係会社の預金等はそのまま残してくれというお話がございまして、それは私どもは金融秩序の維持のためにできるだけのことをいたしますということでそのまま残したわけでございます。
○井上哲夫君 ありがとうございます。
○橋本敦君 日本共産党の橋本でございます。 証人は、先ほど長銀の「顧問団の役割と当行バックアップ」というこの文書について、その存在はお認めになりました。それは正式の文書でないと、こうおっしゃったんですが、正式の文書でないというのは当たり前で、まさに長銀の顧問団がその基本性格として長銀の駐留軍であるとか、最高意思決定機関であるとか、こんなことは外に出せませんわね。だから、したがって内部の文書であることは当たり前なんで、正式に表に出せないという意味で正式文書でないのは当然ですよね。 この文書によりますと、この顧問団というのは、これは他の銀行とのかかわりでの顧問団のことを言っているんじゃないんですよ、先ほどあなたは少し誤解されておりましたけれどもね。「(当行派遣)顧問団の設置」というところで、顧問団は副社長に就任された田中さん、それから平間さん、これは専務、このお二人を総括のトップに置きまして、そして赤井次長、杉田課長、これは先ほど財務担当とおっしゃった、それから河、後藤田、この皆さんで顧問団を設置する、こういう方針なんですよ。いいですか。これは間違いないでしょう。
○証人(堀江鐵彌君) 間違いございません。
○橋本敦君 そして、この顧問団を中心にして表向きは二人三脚だが実質的な支配をしていくという、こういう構成になっている。 そこで、もう一つ大事なことは、長銀は顧問団を通じてイ・アイ・イ・グループを実効的に支配する体制を組むと同時に、それの関連で協和、安全についてどういうように対応していくかということがこの中にも明白に示されているんですよね。 この文書によりますと、「新体制による検討・実施事項」の中で、「ファイナンス部門の内容チェック」ということで、いいですか、「協和、安全の貸付債権内容」、これもチェック内容として顧問団の仕事にはっきり位置づけておる。要するに、協和、安全は顧問団から見ればファイナンス部門の一つだと位置づけているんですよ。ですから、そういう意味でこの協和、安全に対してもいろいろな資金繰り情報を収集するというにとどまらず、基本的には経常、運営についても目を光らせていくという体制をつくっていたことはこの文書自体からも明らかなんですね。 こういう文書であることをお認めになりますか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 債権内容を調べるということでございますが、それはイ・アイ・イにそもそも九〇年十月に派遣されました顧問の日暮の一つの任務でもあったわけでございます。特にイ・アイ・イと東京協和信組との関係ということでございました。
○橋本敦君 だから、どう言おうとも否定し切れないんですよ。そして、実際にこのとおり行われた数々の資料がある。 例えば、私の手元に稟議書が提供されておりますけれども、この稟議書によりますと、今お話しになった日暮さん、それから担当の顧問の杉田さん、財政担当の。この方の起案で日暮さんも決裁をし、副社長の田中さんも決裁をしている稟議書ですが、どういうことが行われているかというと、東京協和信用組合の通知預金に係る日本長期信用銀行の質権の一部解除に関する件、いいですか、本当ならこれは協和でやればいい、あるいは長銀でやればいい、それをイ・アイ・イの取締役の稟議書ということでやっているんですから、イ・アイ・イの顧問団を中心とする取締役会は、まさに協和に関する個別的な運営にも関与していることはこれで明らかですよね。 さらにもう一つの稟議書によれば、今度は安全信用についても、安全信用組合の定期預金に対する質権設定の件として、七億七千万に関する預金について日本長期信用が質権者として質権を設定する、このことを取締役会議事録に稟議書として出しているんですよ。いいですか。 だから、個別的にも経営にかかわっているという事実はこのことでも明らかですが、こういう稟議書があることを頭取はごらんになったことありますか、御存じですか。
○証人(堀江鐵彌君) 私自身はそれを見たことはございませんが、ただそれは例えばイ・アイ・イ社が、先ほどから私申し上げましたように、イ・アイ・イ社を通じて安全信用組合に資金協力をすると、そのかわりにその預金は質権を設定して担保としてうちが預かるという形をとったものだと思います。
○橋本敦君 いいです、どっちにしても。そういう個別の決裁もやっているじゃないかということです。 日銀の方ではこの問題について、協和、安全、それからイ・アイ・イ、想定問答集をおつくりになっているんです。私が三重野前総裁に聞きますと、想定問答集をつくったことをお認めになりました。その中で、いいですか、長銀とそれから協和との関係についてというところがございまして、日銀は長銀と協和との関係をどう見ているか御存じですか。はっきりこう言っていますよ。田中重彦氏が副社長になり、長銀の意を受けて協和の経営状況を掌握し、組合役員と数度都庁を訪問して、都からの改善指導事項について意見を述べる等するなど協和の経営に参画したと、日銀ははっきり書いてある。そう見ているんですよ。 だから、そういう意味で長銀の、いいですか、イ・アイ・イ及び協和、安全に対するかかわりについて責任がないなどということはとても言えない状況にある。長銀の責任については、大蔵大臣も日銀の三重野前総裁も責任があるということはおっしゃいました。長銀自身としては、この一連の経過やかかわりについて、責任があるということをはっきりお認めになるべきだと思いますが、どうですか、認められますか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 私どもにそれなりの責任があることは、私どもも認めております。
○橋本敦君 それなりどころか大きな責任があるはずですよ。だから、基本的にはペイオフを発動するとか公的資金による救済スキーム、これやるとかいう以前に、あなた自身の責任で、先ほども議論出ていますが、まさにこの事態を解決するために両信組を吸収合併する、これぐらいのことはやってしかるべきだ、なぜそのことをあなたの方から提起しなかったか、大蔵もあるいは日銀も一切提起しなかったのか、この点について明確に答えてください、吸収合併問題について。
○証人(堀江鐵彌君) 私どもは、当初から申し上げましたように、経営には参画をいたしておりません。で、民間銀行としてできるだけの御協力をいたしまして、資金繰り面で御援助をしたわけでございます。やはりそれ以上は、やはり東京都の監督下にある金融機関といたしまして、やはり御当局のお考えになっておられることであろうというぐあいに思っております。そのまた範囲内におきまして、私どもといたしましては、金融秩序の維持、預金者の保護のために民間銀行としてできるだけの御協力はさせていただくつもりでおります。
○橋本敦君 吸収合併をどう考えたかだけ答えてください。
○証人(堀江鐵彌君) 吸収合併は残念ながら考えませんでございました。
○橋本敦君 考えない。
○証人(堀江鐵彌君) はい。
○橋本敦君 終わります。
○西野康雄君 新党・護憲リベラル・市民連合の西野康雄でございます。 前回質問をいたしましたら、週刊ポストにベトナムの利権というふうなことで特集が組まれました。 先ごろ、堀江さんは社会党の大脇雅子さんの質問に対して、越南商事というのはシーコムの一〇〇%の会社なんだと、その後ロトスという会社に売却されたと、こういうことですが、ロトスという会社はどういう会社なんでしょうか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 私も詳しく覚えておりませんけれども、たしかアラビア石油が出資の大宗でございまして、一部私どもも賛助出資をしているといったようなことではなかったかと記憶をいたしております。
○西野康雄君 自分のところがさも責任のないような言い方で、アラビア石油さんが出資をなさってと。もう一つは富国生命も入っておりましょうし、長銀さん、あなたのところがたしかメーンのはずじゃないですか。 そういうふうなことで、ロトス、私が前回質問したときも、さもベトナムの石油利権に関してはうちは何にも関係のないような、そういう言い方をなさった。あの時点であなたは、ロトスという会社のところに全部越南商事が、シーコムが吸収されていった、そのときにロトスという会社は長銀がお金を出している、出資している会社だということを御存じだったんじゃないんですか、どうですか。
○証人(堀江鐵彌君) よく存じておりませんでした。
○西野康雄君 そして九一年五月に、帝国石油の方がおっしゃるには、長銀からベトナム鉱区の話を持ち込まれたと証言がございます。この辺はどうですか。あなたは国際畑を歩んでこられたんですから。
○証人(堀江鐵彌君) お答え申し上げます。 九一年五月の日付ははっきりいたしませんが、私がアラビア石油に話を持っていったことは事実でございます。
○西野康雄君 アラビア石油に間違いないですね。帝国石油ではないですね。もう一度確認します。
○証人(堀江鐵彌君) 一番最初に話を持ってまいりましたのはアラビア石油でございます。
○西野康雄君 帝国石油社長室長の松野尚武さんは、あなたの方から持ってきたというふうなことをおっしゃっている。帝国石油には行かなかったんですね。
○証人(堀江鐵彌君) 一番当初はアラビア石油に参りました。
○西野康雄君 だから、帝国石油に行ったんですかと聞いているんです。
○証人(堀江鐵彌君) 帝国石油には、私は参りませんでしたけれども、私の担当役員の方から話をしたと思います。それで、高橋さん自体がアラビア石油に参りまして、帝国石油に四割お願いしたと、ぜひ認めてもらいたいという話をされたようでございます。
○西野康雄君 この利権を追っていると、長銀と高橋さんと、それから田谷さんと一柳さん、こういうふうな構図が一つ出てまいります。 九○年の四月一日、そして九〇年の五月三日、田谷さんと、今エネルギー庁の石油部長をやっております一柳良雄さんはゴルフをなさっておいででございます。そのリスト、新聞なんかを見ますというと、「正確な日付は記憶していないが、二度のゴルフには参加したと思う。明確な記憶はないが、支払いをしたという記憶もない」と。このときの一柳さんは、四月一日が二万二千三百三十円、五月三日が三万四千百九十七円、IBM窪田邦夫さんへの請求と、こういうふうなことになっております。 そういう田谷さんの流れの中から、今度九一年八月、柴田洋一さん、あなたのところの会社の方ですね、ベトナムに視察派遣というふうなことが、イ・アイ・イに出向なさっていた方がある。そして、一九九二年の一月にイ・アイ・イがまだあるところでベトナムの契約があったわけですよ。あなた方がそういうふうな、うちは長銀としては何らそういうふうな石油利権に関しては一切知らないんだとか、この間そのような発言をなさったけれども、この経過を追っていったときに、そういうふうなことはない。 私は、皆さんが大蔵官僚ばかり攻めていくけれども、実はもう一つ、通産官僚の部分も攻めていかなきゃならぬと思うんですけれども、イ・アイ・イにあなた方がダミーとして利用したというふうな思いの方が強いんではないかと思いますが、石油利権の方に入っていった理由はどういうことなんですか。
○証人(堀江鐵彌君) お答えを申し上げます。 石油の採掘につきましては、鉱区権につきまして、高橋さんがベトナム政府と比較的近いということもございましたのを端緒といたしまして、私どもがアラビア石油に御紹介したわけでございます。それで、これを五対四対一の比率で、要するに初めの投資資金その他を考えますと、リストラ中のイ・アイ・イではとても支出できないということで、それを越南商事からさらにロトスに売られたわけでございまして、その間政治的な関係とかそういうものは一切ございませんでした。
○西野康雄君 その言葉、確かに承りました。
○委員長(坂野重信君) これをもって堀江鐵彌証人に対する証言の聴取は終了いたしました。 証人には、長時間にわたり御証言をいただき、まことにありがとうございました。御退席くださって結構でございます。 —————————————
○委員長(坂野重信君) この際、御報告いたします。 去る三月一日の石井君の発言の取り扱いにつきましては、理事会等における協議を踏まえて、委員長において適切に処置することといたします。 次回は来る四月三日午後一時から開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午後三時三十二分散会