文教委員会 第6号
- 発言数
- 154 件
- 登壇者
- 19 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1995/04/26
会議録
○伊吹委員長 これより会議を開きます。 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。小川元君。
○小川委員 おはようございます。質問の機会を与えていただきまして、まことにありがとうございます。 最近、我が文教に関するいろいろなことが大変話題になっているわけでありますが、その中で、きょうの新聞を見ましても、中教審の問題あるいは宗教法人審議会の問題あるいは情報教育の問題等、新聞をにぎわせることが非常に多いわけでございます。 そうした中で、この教育問題というのは、もちろん我々の子供、孫へつなげる大切な問題であり、それが一つの曲がり角へ来ているのではないか、こういう認識があるわけでございますけれども、文部省で、中央教育審議会を開かれて、本日第一回の会合があるというふうに伺っておりますが、この中教審を開かれることにしたお考え、基本的な方針というものにつきましてまず大臣の御所見をお伺いしたいと思います。
○与謝野国務大臣 中教審は、本日午後第一回を予定しております。 今日、我が国の教育は、受験競争の過熱化、いじめや登校拒否などさまざまな問題に直面するとともに、学校週五日制の今後のあり方や青少年の科学技術離れへの対応などについて検討が求められていると思います。さらに、二十一世紀に向けまして、国際化、情報化、科学技術の発展、高齢化、少子化や経済構造の変化など、我が国の社会は大きく変化をしており、このような変化を踏まえた新しい時代の教育のあり方がこれまで以上に強く問われておると考えております。 文部省におきましては、臨時教育審議会や第十四回中央教育審議会の答申を踏まえまして教育改革の推進に努めてきたところでございますが、このような状況にかんがみまして、教育の現状における諸課題を踏まえつつ、今日的視点から二十一世紀を展望した我が国の教育のあり方について検討する必要があると考え、中央教育審議会を再開することとしたものでございます。
○小川委員 大変結構なことで、大いに中教審で御議論をいただきたいと思うわけでありますけれども、この中教審に限らず、審議会のあり方につきましていろいろと従来から批判もあるわけで、たしか与党の行革プロジェクトチームの中でも、審議会というものがややお役所の隠れみのになっておるのではないかというようなことで、その問題にメスを入れようということで話が進んでいるように聞いております。 この中教審の開催に当たりまして、毎日新聞が二十四日付の社説を書いておりまして、その中でもそのような、要するに何らかの意図を持って結論が先にあるような審議会にならぬようにという社説もあるわけでございます。 大臣から諮問されます事項を読ませていただきますと、そういうような意図ではなくて、非常に広範囲に、思い切って教育問題について御議論をいただこうという形の審議会のように見えまして、大変結構なことだと思っておりますが、今の問題を含めまして、これから審議会に臨まれる御決意といいますか御意向を少しお伺いさせていただきたいと思います。
○与謝野国務大臣 中教審は法律に定められた審議会でございまして、二十人の委員の枠がございますが、今回は、十八人のいろいろな分野で活動をされている教育に関して高い見識を持った方々にお集まりをいただいており、また、あらかじめ文部省がこのような結論ということではなくて、自由な立場から意見を御開陳いただき、いろいろな考え方をお示しいただきたいと思っているのが真意でございます。 きょうの午後諮問文をお示し申し上げまして、それにつきまして今後審議が始まるわけでございますが、二十一世紀を目睫に控え、臨教審答申から十年近くたっておりますので、新しい時代に向けた今後の教育のあり方について十分な御議論をいただきたいと思っております。
○小川委員 その中教審を再開されるに当たりまして、私どもの方からもいろいろと御意見や御注文を申し上げたいといいますかこの場をおかりして少し私の意見を申し上げながら文部省の御意見をお伺いしたいと思うのです。 幅広く御議論なさるということは大変結構なことだと思うわけですが、その中で、戦後ずっといわゆる六・三・三・四制を含めて基本的な教育の枠組みというものは大きく変えずに今日まで来て、その中での改善は種々なされておりますけれども、この際思い切って、例えば受験地獄になってしまって幼稚園へ入るための予備校も今あるという状態になっている大学入試の問題、あるいは中学へ入るときに私立へ行くのなら試験があって、また高校へ入るときに試験があるとか、三年、三年と区切るのがいいか、これは義務教育の問題にもかかわるわけですから難しい問題でありますけれども、等々を含めて、二十一世紀に新たなる教育の出発をする、こういう御決意で、これは審議会の先生方の御意見を伺う場ではありますが、文部省としてもやっていただくという覚悟がやはり必要なのではないかと思うわけでございますけれども、この点につきましてはいかがお考えでしょうか。
○与謝野国務大臣 六・三・三・四制という制度は戦後採用されましたが、長い期間にわたりまして日本の社会に定着をしており、またこの制度を前提としていろいろな仕組みがつくられておりまして、このたび開かれます中教審にこのような学制改革と言われるようなものを諮問はしておりません。 審議会の過程において、自由な討議の中でそういう問題が御指摘をされる可能性はもちろん否定するものではございませんが、私どもとしては、今回はその基本的な枠組みの変更を諮問するというわけではございません。
○小川委員 それは諮問の内容としてはそうなっていないということはよくわかるわけでありますけれども、二十一世紀までもうあと五年でございます。中教審の場に限らず、変えるという意味ではないですが、そういうことも視野に入れた御検討も文部省の中でしていただければと思うわけでございます。 さて、その大臣の諮問の案をちょっと拝見させていただきますと、その中に、特殊な才能のある方を伸ばしていくことについて、いわゆる飛び級みたいなものも含めまして御検討をいただこうというような御意向もあるように拝見をしております。 私は、確かにそういうことは、ある部分で非常に能力のある方を伸ばしていくことは、これからの日本にとりまして、特に理科系、科学技術の分野などでは大変重要なことだということはわかるわけであります。しかし同時に、そういう方がという意味ではないですが、頭のいい方が人間的にすぐれているというわけでは必ずしもないわけでございますから、そういう制度をつくると同時に、今の学校教育というものがいわゆる学問偏重になってしまっている、その中で、特に小さいころ、小中学生のころ、やはりしつけの問題というのをもっとしっかりと教育の中に入れていくべきではないか。 かつて、道徳といいますとすぐ戦前の復古調とか軍国主義とかいうような話になったわけでありますが、そういう意味ではなくて、権利義務の関係から社会での共同責任の問題等々、そうした問題をしっかり子供たちに教えていかないと、これからの社会、今度のオウム真理教の問題等々を見ましても、頭はいいけれども余りにも幼稚な人というか多いわけでありまして、学問だけではなくて、そうした問題についてもっと学校の中で教えていく時間、あるいは教えるだけではなくて実地に、例えばお年寄りのところへお世話に行くとか、そういう実地教育も含めてやるべきではないかというふうに思うわけでございますけれども、御意見を承れば幸いでございます。
○与謝野国務大臣 二つの御質問がありましたが、まず第一点の、希有な才能の持ち主をどう発掘し、どう教育していくかという問題も今度の諮問文には入っておりまして、これはエリートを養成するということではなくて、今後日本が世界の中で学術的にもあるいは科学技術の分野でもいろいろな貢献をしてまいりますときに、日本人という母集団が毎年生み出します天与の才能を持った人、こういう者を通常の教育の中で埋没させていいのかという問題がございますので、もちろん秀才必ずしも人間性姓かな人とは限らないという御指摘も大変ごもっともなことだと思いますが、今後の日本が世界の中で技術的にも科学的にも経済的にも貢献できる国になるために、そのようなまさに希有の才能を持って生まれた人に対する教育のあり方をどうするかということは、諮問の一つの重要な事項でございます。 それから、先生が言及されましたしつけ、道徳教育と呼んでもよろしいと思いますし、どのようにして基礎的な倫理観を子供に教えるかというふうに考えてもよろしいと思いますが、これは実は学校だけでなし得る問題ではないわけでございます。人間生まれてから死ぬまでずっと成長過程にあるとしますると、まず、生まれて学校に上がるまでの間家庭でいろいろなことを教えていただく、親がある種の文化を伝承するというふうにとらえてもいいのだろうと思いますが、そのような家庭でのいろいろな教育のあり方、これも大変私は大事だと思いますし、また、地域社会の中で子供のころからいろいろな社会活動に参加し、その中でいろいろな社会のルールや人間として守るべき基礎的な倫理観、こういうものを習得していくということは大変大事なことでございまして、教育における学校、家庭、地域社会の役割も大いに論じていただきたいというのが今度の中教審の一つの柱でもございます。また、学校、家庭、地域社会のあり方というのは、今後予想されます五日制の完全実施というような局面でも、それぞれの役割がどうあるべきかということも大変大事なテーマであると思っております。
○小川委員 大臣の御指摘のとおりだと私も思います。ただ、飛び級をすることは決まったわけじゃないですが、そういう前提として、私はそういう人たちにもしっかりとしつけの教育というものをやってから飛び級の問題があった方がいいのじゃないかと思ったことでありますし、当然学校教育だけでしつけができるわけではないわけでありますけれども、家庭の問題というのは、これは各家庭非常に多種多様でありますから、親がしっかりしてもらわなくてはいけない。親に自覚を持ってもらわなくてはいけないわけですけれども、これもすぐにはできない問題です。やはり学校という場でのそういうしつけが先行をして、その人たちが親になったときにまた子供たちに家庭の場でしつけられるような環境を与えていくべきではないかな、これは私見でございます、御答弁は要りませんけれども、そのように思ったわけでございます。 さて、その中教審の場でも、今大臣のお話にもございましたが、特に理科系の教育、基礎的な科学技術の欠如というものが今非常に言われていて、文部省としても予算面等々で相当力を入れてやっておられるわけですが、この時代の理科系ということになると、やはりコンピューターという問題が非常に大きな問題になってくる。今ファミコンとかいって、子供たちはこんな小さなころから一種のコンピューターに親しんでいるわけですけれども、こういうものは子供のときからきちっと親しませないと、ある程度の年齢になってしまうと好き嫌いができてきて、拒否反応も出てくると思うわけですね。そういう意味で、小中学校、特に私は小学校の早い段階から学校でコンピューターに親しませる教育というものが非常に大切ではないかと思うわけでありますけれども、今のそうした小中学生のコンピューターの教育の現状について、文部省からちょっとお話をいただきたいと思います。
○井上政府委員 お答え申し上げます。 社会の急激な情報化の進展に対応するため、学校における情報教育を推進することは重要な課題でございまして、平成元年に改訂されました現行の学習指導要領におきましても、情報化への対応が大きな柱の一つとして盛り込まれているところでございます。 具体的に申しますと、小学校につきましては、コンピューター等に触れ、なれ親しませることを基本としているわけでございます。中学校におきましては、数学にコンピューターの原理等に関する内容を取り入れますとともに、技術・家庭科の新しい選択領域といたしまして情報基礎を設けてコンピューター教育をしているところでございます。また、小中高等学校を通じまして、教科等の学習指導に当たりましてコンピューター等の教育機器の活用を図ることとしております。 これを受けまして、各学校におきましては、コンピューターリテラシーを高める観点などから、作図機能を活用して絵や図形をかかせるなど、表現能力の育成を図ったり、あるいは日本語ワードプロセッサー、表計算等のソフトウェアを取り上げまして、コンピューターの操作を通しまして情報の選択、整理等ができるようにするといった授業あるいは教育活動を活発に行っているところでございます。 文部省におきましても、小学校におきましては児童二人に一台、中学校、特殊教育諸学校及び普通科高等学校におきましては児童生徒一人に一台を基準といたしましてハードウエアの計画的な整備を図りますとともに、ソフトウエアにつきましては、多様な教育活動に適切に対応する学習用ソフトウエアの研究開発事業を実施しております。また、教員の指導力の向上は不可欠でございまして、そのため、情報処理教育担当教員や情報教育にかかわる指導者を養成するための研修を実施するなど、学校における情報教育の円滑な実施に向けてさまざまな施策を展開しているところでございます。 今後とも、情報活用能力の育成を図りますとともに、情報手段の活用による学校教育の活性化など、学校教育活動全体を通じたコンピューター教育の一層の推進に努めてまいる所存でございます。
○小川委員 今、小学校、中学校、大体どのくらいの普及率になっているのでしょうか。 それからもう一つ、やはり私は、コンピューターの教育をやるのであれば、基本的に生徒一人につき一台コンピューターが必要であると思うわけですが、その点についての御見解を伺わせてください。
○井上政府委員 お答え申し上げます。 コンピューターの設置状況でございますが、平成六年三月三十一日現在で申し上げますと、小学校につきましては、学校全体で設置率は六六・一%でございまして、現在平均設置台数は五・三台ということになっております。中学校につきましては、九八・四%ということで、一校当たりの設置台数は二十二二台、高等学校につきましては、九九・九%でございまして、一校当たりの設置台数は五十三・七台ということでございまして、特殊教育諸学校は、九二・五%で、一校当たりの設置台数が七・六台になっているわけでございます。 ただ、これにつきましては、平成六年度までの五カ年間にわたる整備計画で約三十万台を入れまして、現在全国の小中高等学校、特殊教育諸学校にコンピューターが設置されております総数は約五十四万台でございまして、今後平成六年度からおおむね六年計画で、小学校につきましては二十二台、中学校で四十二台、高等学校で四十二台をそれぞれ設置していくという新整備計画によりますと、全体としてあと四十六万台を設置するということで、その計画終了段階では全体としては約百万台が設置されるということになっているわけでございます。 そこで、先生が御指摘のように、二十一世紀初頭には、私どもとしても、できるだけ児童生徒一人当たり一台が学校教育の場において設置されるように、そういう整備に向けて取り組んでいきたいというように考えておるところでございます。
○小川委員 この問題は、私は、もう時間がありませんので、この辺で終わりにさせていただきますけれども、四月二十五日付の日経に、「公立学校パソコン ソフト整備へ千二百億円」「自治省計画」、こうなっております。それから、総理の諮問機関である青少年問題審議会で、マルチメディアと教育のあり方を検討する、こうなっていまして、やはりその中で、青少年の間で理科離れが進んでいることを踏まえ、コンピューター教育の魅力を高める方策をとる、こういう記事が出ているわけですが、私の党でもって、昨日朝、やはりコンピューターあるいは情報教育の話がありました。マルチメディアの話があったわけですけれども、その中での文章でも、やはり大半が学校における情報教育、パソコン教育の話になっております。他省庁も関心を持ってくれるのは大変ありがたい話でありますけれども、教育の場でのコンピューター教育というのは、やはり文部省が先頭に立って、どんどん新しいことを他省庁の協力を得るという形で充実をさせていくことが絶対必要であると思いますので、その点をぜひ文部省としてもしっかりと推進をしていただきたい、こう申し上げて、この件については終わらせていただきます。 次に、今オウム真理教が大変な問題になって非常に社会不安が起こっておりまして、自治大臣のお話によれば、国と国との戦争のような状況だ、こういうような状態になっております。大臣も、国会の予算委員会、衆議院の予算委員会あるいはNHKのテレビ等でオウム真理教の解散問題について再三お触れになっておられますけれども、この点について大臣の御所見をまずちょっとお伺いしたいと思います。
○与謝野国務大臣 オウム真理教という宗教団体は、宗教法人法に基づきまして法人格を持っているわけでございます。理時点までに明らかにされましたいろいろな事案に照らしまして、やはり既に社会的には、オウム真理教に法人格を与えていくということはおかしいのではないかという議論があるわけでございます。私も、報ぜられておりますようなことが事実であるとすれば、やはり法人格をこのまま付与しておくということは恐らく許されないことなのであろうと思っております。 ただ、これは一つの考え方でございまして、この考え方を法律に基づいた手続にのせるということになりますと、これは所轄庁すなわち東京都、または検察官、または利害関係人が法律に基づいて裁判所に解散請求をするわけでございますので、裁判所に請求する以上、その解散請求をした理由というものをきちんと疎明するだけの資料を整えて裁判所に請求するわけでございますので、現時点でそのような資料が整っているかということを問われれば、現時点では整っていない状況である。ただ、全体の事件の様相を見てみますと、今後は、既に明らかになっている数々の法令違反、また刑事事件の進展ぐあいを見ましても、材料は恐らくふえていく方向にあるのだろうと思っておりますので、ある時点でそのようなことがなされるであろうということは十分予想がつくというふうに思っております。
○小川委員 裁判所へ請求することの難しさは、裁判官からノーだと言われたらこれは困るわけですから、よくわかるわけであります。しかし、この問題は非常に国民の不安が大きい。そしてつい最近は、オウム真理教の最高幹部の一人が刺殺されるというような事件も起こっております。また同時に、世の中の、本当にまじめにやっておられる宗教がほとんどなわけであります、そういう人たちに与える影響、迷惑も非常に大きいわけであります。一方、刑事事件の方は、それはこれだけの事件でありますから、正直な話、サリンも見つかっていない、だれがまいたかもわからない、拉致された仮谷さんの犯人も捕まっていないというような状況でありますから、これは相当長期間かかるのではないかというふうにも考えられるわけですね。 国の責任というのは、やはり国民の安全を守ることは一つ大きな責任であります。となりますと、私は、やはり本件につきましては、オウム真理教を宗教法人法に基づいて宗教法人としての解散をするということからこの件は始めなくてはいけないのではないかそう考えるわけであります。中には、超法規でやるべきだというような意見すら出てきておりますから、このまま放置すればますますエスカレートしていくのではないか。 それで、今までずっと聞いておりますと、宗教法人法八十一条の第一号に基づいて、法令に違反して著しく公共の福祉を害することが明らかに認められた場合ということでの解散を考えておられるようでございますが、私は、第二号の、宗教法人法第二条に規定する宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をしたこと、これでの解散の方が妥当ではないか、しかも、きちっと迅速に所轄官庁の判断でできるというふうに考えております。 前段と後段に分かれまして、後段は少し技術的な話でありますけれども、御所見をお伺いしたいと思います。
○与謝野国務大臣 解散せよという社会的な要請と申しますか、世論の高まりは確かにございます。また、現に危険な行為をする宗教団体があるとすれば、そのようなものに法人格を持たせておくというのは大変危険なことだという意見ももちろんあるわけでございますが、やはり法治国家でございますから、宗教法人法に照らし、適正な手続を冷静に行うということが私は必要であると思っております。 第二点の解散の理由でございますけれども、八十一条の二号を適用せよ、そのような論があることは私もよく承知をしております。これは今後、事案の進展に照らしまして、そのような条項が適用できるかどうかということは検討する必要があると思っております。しかしながら、現時点での私の感想は、やはり八十一条の一号ではないかというふうに考えております。
○小川委員 時間もありませんので、この点につきましてはこの辺で終わらせていただきます。 繰り返しになりますけれども、もちろん法的な問題はいろいろあるわけでありますが、やはり社会の不安を静める、国民が安全に暮らしていける状況をつくり出すということが政府の、あるいは立法府も含めた国家の非常に大きな目的であるというふうに私は思います。このままこれを放置すれば、新たなる、さらに予期せぬいろいろな社会不安も出てくる可能性もあろうかと思いますので、果敢なる御処置をぜひお願いしたい、迅速な行動をお願いしたいということを繰り返して申し上げておきたいと思います。 それと、オウム真理教に関連いたしまして宗教法人法の制度の問題でいろいろ、審議会も昨日開かれたようにお伺いしておりますけれども、全国的な規模でこれだけオウム真理教が活躍しておるのに、認可は東京都であるということになると、東京都はほかの県には何も影響力もないわけでありますし、そうした法的な不備な面があるのではないか。あるいは、認可された後、報告だけで何も実態がわからないために、あんな大きな、どでかい工場や危険物をたくさん持っていても捜査が入るまで全くわからなかったというようなことで、認可後のフォローアップが全くできないような状況にある。 こうしたことは、もちろん信教の自由は一番守らなくてはいけないことではありますが、しかし同時に、宗教法人といえども、国の法律に従い、国家の安全のために従ってもらうことは当然のことでございますので、そうした法改正というのも、やはり信教の自由を侵さない範囲で考えていくべきではないかというふうに思うわけでございますが、この点につきましての御所見をお伺いして、質問を終わらせていただきます。
○与謝野国務大臣 昨日、第一回の宗教法人審議会が開催されまして、ここでは文部大臣が特定の事項について諮問するという形はとっておりません。戦後五十年たちまして、昭和二十六年に制定された宗教法人法、こういうものも、社会的な状況も変わりましたし、時代的な背景も変わりましたので、法律をあらかじめ改正するということではなくて、宗教法人のあり方あるいは宗教法人法のあり方等について自由な立場から御論議をいただきたい、これが宗教法人審議会を開催していただいた趣旨でございます。 また、宗教法人審議会は、仏教系の代表、神道系の代表、キリスト教系の代表、あるいは新宗連系の代表、学者、文化人等が入っておりますので、高い立場からいろいろな御見識が披瀝され、有用な論議が展開されるものと期待をしております。 確かに宗教法人法というのは、昭和二十六年、戦後の新憲法制定下でつくられました大変自由な法律でございまして、私は、信教の自由を保障した宗教法人法の根本のあり方というのは今でもその正しさを保持していると思っております。ただ、先生が御指摘をされたような点について一体どうなんだという議論が最近たくさん出てまいりましたことは事実でございまして、恐らく審議会の先生方も、そういう観点からも多少の議論を御展開になられるのではないかと思っております。
○小川委員 ありがとうございました。ぜひそのような方向で御議論をいただいて、文部省の御決断をいただきたいと思います。 それでは、時間になりました。予算の拡充についていろいろ御質問したかったのですが、それはまた後の機会に譲りまして、これで質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。
○伊吹委員長 これにて小川元君の質疑は終了いたしました。 次に、輿石東君の質疑を行います。
○輿石委員 オウム真理教の問題が大変取りざたされているわけですけれども、今小川委員からも宗教法人の見直しや解散請求に向けてのお話もあったわけであります。まさに上九一色村、オウム真理教、そんな言葉を聞かない日はないほどテレビ、新聞等で、これは国内は言うに及ばず全世界の人々が今オウム真理教へ、また上九一色村へ目が向いているんだろう。 そういう状況の中で、この十四日に、あの施設にいた五十二人の子供たちが現在甲府の中央児童相談所に一時保護という形で生活をしている、また一昨日あたりから、あと残りの五十二名ですか、施設にいた子供たちも東京とか高崎とかそういうところの施設へ教団として分配をしていく、そういうような状況にあるわけでして、こういう子供たちの姿を文部大臣見ていただいているわけですが、こういう状況についてどのような感想をお持ちか。それから、今後この子供たちへの対処の仕方をどのようにしていったらいいのかということも含めて、最初にお尋ねをしたいと思います。
○与謝野国務大臣 保護されました五十三人の子供たちは、児童福祉法によって保護されました。これを直接所管しておりますのは厚生省でございますが、一般的な感想を述べるという先生の御質問であるとすれば、私は、あの保護は当然のことであったと思います。 児童福祉法あるいは我が国が批准をいたしました児童の権利条約、こういうもろもろの中に流れる思想というのは、親が子供を保護しない、あるいは保護することを放棄した、あるいは虐待した、あるいは苦役につかせた、いろいろなケースがございますけれども、あのような衛生状態、栄養状態あるいは教育環境等々、もろもろのことに照らしまして、ああいう形で保護したということは当然のことでございまして、それぞれの子供の将来を考えますときに、やはりあのような形で法を発動したということは私は最善の方法であったというふうに思っております。
○輿石委員 大臣から今、児童福祉法を適用し、一時保護という形であの子供たちの処理をしていった、これは極めて妥当性もあるし、正しかった、私もそのように理解をしているわけであります。 そこで、あの子供たちの就学問題、子供たちの教育権をどう保障してやるかそういう点になりますと、これが就学問題、就学義務という問題にもなってくるわけであります。そうしできますと、この就学問題については文部省の所管になろうというふうに思うわけであります。したがいまして、この未就学の子供たちの就学問題について、そういう視点から、これまで文部省がとってきた経過とそれから対応について、文部省にお尋ねをしたいと思います。
○井上政府委員 お答え申し上げます。 先生御指摘のとおり、児童生徒に義務教育を受けさせることは、憲法、教育基本法、学校教育法に規定されております保護者の義務でございまして、いかなる信仰を持とうとも保護者は児童生徒に義務教育を受けさせる必要があるわけでございます。 このため、オウム真理教関係施設の就学をしていない児童生徒の保護者に対しましては、市町村教育委員会が就学をさせるよう繰り返し督促をしてきたわけで、具体的には、富士宮市の教育委員会が富士宮市に住民登録があった二十六名の児童生徒の保護者に対して就学の督促を、長いもので五年半、短いもので一年にわたって繰り返してきたわけでございますが、現在まで就学義務は果たされていないところでございます。 今回の児童相談所の一時保護は、児童福祉法に基づきまして保護を要する児童に対して行われているものでございますが、私どもとしても適切な対応であったと考えるわけでございます。 そこで、現在、甲府や移された先の児童相談所において、ケースワーカー等がこれらの子供たちの詳しい事情を聞いているところでございますので、その結果を踏まえまして、子供たちにとってどこに帰すのがよいのかという問題も含めて、一人一人の状況に応じた対応をすることとなるわけでございます。 文部省といたしましては、今後とも関係機関と連携しながら、子供の権利を保障することを基本として、その就学の確保についても十分必要な配慮を行っていきたい、このように考えているところでございます。
○輿石委員 富士宮市の二十六人の子供の例も今出されたわけですけれども、一部新聞報道等によりますと、この経過の中で、ちょうど私も山梨ですけれども、富士山を挟みまして富士宮市は富士の南側、上九一色は北側に位置する、そして富士宮市の教育委員会と上九一色村の地教委とは、国民一般の皆さんがあのテレビや新聞を見ていますと、扱いが違っているのではないか。富士宮市では、就学を督促をし、早く学校へ来てほしい、そういうふうにあの信者の子供たちを迎えようと努力している、そんなふうに見えるわけですね。ところが、上九一色村の方ですと、いや来てもらっては困る、そういうふうにも見える。同じ子供の教育権を保障しようというのに、二つの教育委員会は違う見解なのかとも一見見えるわけですけれども、それはまあ全然置かれている状況が違うということでありますし、住民登録や住民票とのかかわりも出てきているんだろうと思うわけですから、その辺ももう少し説明していただければありがたいと思います。
○井上政府委員 お答え申し上げます。 上九一色村のオウム真理教関係施設の就学をしない児童生徒の問題は、富士宮市の場合と違いまして、住民登録がなされていないこと、またその居住関係が必ずしもはっきりしていないということ、また警察によるオウム真理教関係施設への強制捜査が続くという異常な状況にあることから、村の対応が非常に困難な状況にあったということについては十分文部省としても理解をしているところでございます。 文部省といたしましては、実態にかかわらず即座に就学させるようにという指導をしているのではなく、捜査の進行等の諸般の事情を踏まえながら、まず関係機関が一体となって実態を把握しまして、さまざまな緊要な問題の解決を図った上で、あくまでも保護者に適正な就学をするよう指導するよう求めてきたところでございまして、これは教団という団体でそういう就学問題について話し合う問題でなく、保護者一人一人、児童生徒一人一人の状況を踏まえた上で適切に対応すべき問題であるというように考えているところでございます。そういう意味で、県教育委員会あるいは市町村教育委員会とも十分連携をとりながら適切に対応していきたい、このように考えているところでございます。
○輿石委員 今局長からお答えをいただいたわけですけれども、私も、上九一色村の教育委員会なり村当局、それから山梨県教委、そして文部省との間に、これまで相当のやりとりもあったでありましょう、そして最終的にそういう判断をしたのだ、こう思うわけであります。 上九一色村のあの五十三名の子供たちは、就学問題以前の問題として、今お話がありましたように、もう虐待とか、そして監護の必要がある、そう認めたからこそ児童福祉法を適用された。それをあたかも子供の教育権をどうして守ってくれないんだというような形で、教団側がこれからも、今までもそういう態度で来たわけですけれども、その点については、やはり一人一人の親が自分の子供を養育していくという、第一義的な責任はそこにあるわけですから、教団側が団体交渉のように文部省や県教委、地教委へ来て、交渉事項とは違うわけですから、その辺は明確に文部省としても県なり地教委の方を御指導いただきたい。 そしてまた、この施設の子供たちが、ある面、児童相談所で一時保護という形ですから、これから外へ出てもいい状況に置かれた場合には各地域に分散をしていくことが予想されるわけであります。そうしたときの地教委なり市町村とのトラブルも当然予想されるわけですから、そうした点についても明確に文部省は行政指導をしていただきたいと思いますが、その辺について再度お伺いをしたいと思います。
○井上政府委員 お答え申し上げます。 ただいま先生からもお話がございましたように、就学義務の問題はまさに保護者一人一人の問題でございまして、私どもも市町村教育委員会に対しましては、その居住関係を明確にし、保護者が児童を伴って就学についての意思表示を明確にするということが前提でございまして、いわば教団が団体交渉的に市町村教育委員会に申し入れるということがあってはならないと私どもは考えているところでございます。 したがいまして、今後各市町村教育委員会でそのような児童生徒の受け入れ問題が起こったときには、やはり保護者が児童を伴ってその地区に明確に居住し、その親が子供を十分養育しているという状況、そういうものを踏まえた上で学校に対して就学の申し入れをし、それを受けて市町村教育委員会で一人一人のそういう保護者、児童の十分な状況把握の上で適切な対応をしていただきたい、このように考えているところでございます。
○輿石委員 今回の処置については、就学以前の問題という形で一時保護ということになりましたので、これは当然のことながら厚生省の所管になってまいるわけでありまして、そこで厚生省にお伺いをしたいと思いますけれども、児童福祉法による児童の一時保護という処置をとったわけですが、ここに至るまでの経過と、厚生省としては甲府の中央児童相談所とのやりとりも当然あったかに思われるわけであります。その辺の経過と対応についてまずお尋ねをしたいと思います。
○大泉説明員 今回の一時保護の御質問でございますけれども、この一時保護は、警察のほかの事件の容疑によりますオウム真理教の施設への捜査におきまして要保護児童が発見されたことをきっかけとしたものでございます。 捜査を行った警察から要保護児童がいるとの通告を受けた児童相談所長が、発見された要保護児童には適当な保護者がいないということから、児童福祉法第三十三条第一項に基づきまして一時保護の必要を認めまして、さらに現場にあった警察に委託して一時保護を加えさせたものであると伺っております。したがいまして、厚生省といたしましては、児童福祉法上適法に行われたと考えているわけでございます。
○輿石委員 命御説明いただいたように、児童福祉法の三十三条、一時保護を適用し、それを受けて、二十五条でしょうか、要保護児童が発見された場合に通知義務がある。そうすると、これは最初の発見者は警察の捜査からということになりますね。それはいいですね。 そうしますと、警察と中央児童相談所、市町村ですと福祉事務所になるわけですかそういうような施設それから町当局、こういうような状況の中で一時保護という処置もとられるわけですけれども、そういう警察とか印とか行政、それから中央児童相談所、厚生省、この辺のかかわり方または一時保護に至る経過をもうちょっと詳しく説明していただけますか。
○大泉説明員 先生がおっしゃいましたように、一時保護の前の要保護児童の発見者は警察でございます。それで、一時保護をすべしという判断は児童相談所において行われました。これは児童相談所の、つまり都道府県の機関として判断するものでございまして、先生がおっしゃった市町村ではございませんけれども、いずれにいたしましても、警察に移送を委託いたしまして、警察そして児童相談所、そして私どもも逐次報告を受けておりますが、連携をとりながらやっているところでございます。
○輿石委員 そうしますと、今回の場合、捜査に入った警察が子供たちを発見した。そして山梨県中央児童相談所に警察から通告があった。そしてその相談所が、今親が見当たらないとか親がいても子供を養育するには十分な条件にない、親に監護をさせることは不適当だろう、そう判断をして一時保護をした、そこまではよく理解ができました。 次に、現在児童相談所で何が行われ、これからどうしようとしているのか。これは甲府の児童相談所に聞いた方が早いと思いますけれども、厚生省でもおわかりだと思いますので、わかる範囲で結構ですからお答えいただきたいと思います。
○大泉説明員 一時保護というのはあくまで一時保護でございますので、これから子供の状態を見ながら、児童相談所長の方におきまして個別に、例えば適切な親権者がいれば親権者、あるいは親族も面会しながらお帰ししていく。いない場合には養護施設とか里親への措置もあり得るわけでございますが、いずれにいたしましても、個々別々の子供に応じての判断になります。 なお、昨日、山梨の児童相談所の方から三県へ四人移送されているということでございます。
○輿石委員 通常ですと、今お話がありましたように、そこには親との話し合いとか子供自身の考え方とか意見、その気持ちも大事にしていくという処置がとられると思うわけですけれども、今回の場合、親の意見というのをなかなか受け入れられる状況じゃないだろう。そう言うと失礼ですけれども、普通の状態の親でないという理解もできるわけです。その辺を誤ると、子供を分離する問題等について親権問題、親の権利の問題、こういうものでトラブルも出てくるというふうに予想できるわけですが、その辺については厚生省としてはどうお考えですか。
○大泉説明員 もう一度、一時保護の三十三条の趣旨についてちょっと御説明申し上げますと、この三十三条と申しますのは、棄児、いわゆる捨て子でございますが、棄児、家出の児童など現に適当な保護者がいない、あるいは泊まるところがないために緊急に児童を保護する必要がある場合とか、あるいは先生がおっしゃっているような、虐待とか放任の理由によって児童を家庭から一時引き離す必要がある場合に、緊急に一時的な保護を加えるものでございます。 したがいまして、今回、親御さんとも御相談する以前に緊急であるという判断をされたわけでございまして、今後につきましては、先生がおっしゃるような、児童の権利条約にございますような、親と引き離すべきではないというようなことや、あるいは親の親権の問題というような趣旨を踏まえつつ、かつ児童福祉法の趣旨に従って、児童の最善の利益は何かというものの確保に努めてまいりたいというふうに考えております。
○輿石委員 その三十三条なり児童福祉法の中身はわかっているわけですが、それから、これから予想できる問題として、各地域の児童福祉施設等へ入ってもらうという処置をとった場合に、親が連れ戻しに来る、早く親元へ帰してくれ、こういう要請も予想される。その場合に、どうしても親が了承しないという場合には、家庭裁判所の承認を得て処理できるというものもあるわけですね。そこまで行く以前に何とかしたいという状況でもあると思いますけれども、その家庭裁判所の申し立てまで行ったという例は過去にどのくらい事例としてあるでしょう。
○大泉説明員 大変恐縮でございますが、ちょっと正確な数字をお持ちしておりませんので、数字については御勘弁いただきたいと思いますが、児童福祉法上の二十八条による家庭裁判所の承認というのは、あいまいな言い方でございますが、間々あることでございます。 それと、もう一つつけ加えますと、児童相談所長の判断で親権喪失の請求というのもできますので、これも一年に一件二件あるかないかというところでございますが、事実上そういうものは必ずございます。
○輿石委員 今お答えいただいた親権の喪失という処理もとらざるを得ない場合も当然出てくるというふうに思います。 そこで、最初に大臣にお尋ねした折に、大臣自身も今回のこの処理は、児童の権利条約、昨年五月に我が国も締約国となったわけですけれども、その精神から見ても、今回の一時保護という処置は適切であったというお話もあったわけであります。 そこで、先ほど厚生省の方からも出ました子どもの権利条約とのかかわりで、九条に親からの分離のための手続、さらには十九条では親による虐待、放任、搾取からの保護とか、二十条では家庭環境等の問題、そういうものがうたわれておりますね。当然、児童の権利条約、子どもの権利条約、そこともかかわってくるわけですけれども、この辺について、児童の権利条約と児童福祉法とはその根底において理念や基盤は同じ思想を持っているだろう、こう思いますし、文部大臣もそうお答えいただいたわけですが、厚生省としてはどうお考えですか。
○大泉説明員 昨年、児童権利条約が批准されまして、私ども、この権利条約は児童福祉法と同じように大切なものであるというふうに考えております。 先生御指摘の児童権利条約の、親と離すべきでないというような作や、あるいはその子供の発言権というような件につきましては、今回もその趣旨を十分に踏まえつつ、このオウムの施設にいる子供たちについて扱ってきたというふうに思っておりまして、児童権利条約並びに児童福祉法上の趣旨を、この二つを踏まえつつこれからも進めてまいりたいというふうに考えております。
○輿石委員 それにかかわってもう一つだけお尋ねしたいと思いますが、子供の意見表明権をうたっている子どもの権利条約第十二条、そことのかかわりで、子供の考え方、それも大事にしていかなければならない。子供が嫌だと言うようなことを、強制的に施設へ入れたりまたほかのところへ移すというようなことがあってはいけない。しかし、この問題は、私は、子供の意見表明権を尊重するとはいえども、やはり子供の発達段階も当然考慮していかなければならないと思いますが、その辺についての厚生省の御見解をお伺いしたいと思います。
○大泉説明員 先ほど申し上げましたように、一時保護は緊急に行われましたけれども、一時保護というのは児童相談所において行われまして、そこでは子供の意見も十分に聞かせていただいているという状況でございます。したがって、子供の意見も聞きながら、あるいは親御さんそれから児童相談所の判断というものをあわせながら考えていくということになりますが、その中で、子供の意見が優先されるかどうかというのは、何が子供の最善の利益かということとバランスをとりながら決めていくものというふうに思われます。
○輿石委員 今、最後にお答えいただいた、やはり子どもの権利条約のキーワードは児童の最善の利益、そして福祉法は児童の福祉、そういう相通じる理念で成り立っているわけですから、どうか児童の権利条約の精神を生かしていただいてこの問題にも対処していただきたい。しかし、それを盾に、子供の意見を聞け、親の意見が優先すべきだ、こういう形で判断を誤らないようにしていただきたいことを重ねてお願いしておきたいというふうに思います。 時間も残り少なくなりましたので、もう一つ、このオウム関係、就学の問題ではなくて、先ほど小川委員の方でも質問をしていただきましたが、いよいよ二十一世紀へ向けての教育のあり方が、中教審を再開し、論議の舞台が開始をされたわけであります。そこで、私も一つだけ。 三つの柱ですか、一つは学校五日制を踏まえた学校や地域や家庭の役割、連携、そして二つ目には学校間の接続等をにらんだ中高一貫教育等の多様化の問題、そして国際化や情報化の変化に対応できる教育というような三つの柱を諮問の内容として大きくうたっているようでありますけれども、私はその中で、学校、地域社会や家庭の役割分担の中で、これからの学校像というのは地域社会の拠点づくりのための学校であらねばならないというようなことが強調されているというふうに思うわけであります。 だといたしますと、これから大学生や高校生の活字離れ、文字離れ、これは読書を余りしないというような傾向の中で、このオウム真理教の問題についても、物から心の時代と言われて久しいわけですが、やはり心の空洞というようなものから心の居場所を失った青少年がこういう宗教なりへのめり込んでいくという背景もあるだろう。そう考えてみますと、やはりこれからの五日制、地域に開かれた学校づくりの一環として、学校図書館の位置づけとか読書指導というのはますます重要になってくるだろうというふうに思うわけでありますけれども、この点について大臣のお考えを例えたらと思います。
○与謝野国務大臣 私どもは、あらかじめ結論を持って中教審に諮問をいたすわけではございません。自由な討議をしていただきたい、自由な御意見を御表明いただきたい、そういう趣旨でございます。 しかし、先生が指摘されましたように、現在、四月二十二日土曜日から力二回の週五日制が実施をされました。ここまでは現在の枠組みの中でやれるという判断をして五日制を採用したわけでございますけれども、今後月四回ないしは五回の土曜日休みということになりますと、それは全く事態が変わるわけでございまして、やはり相当な議論、準備をした後にそういうものに移行していく必要があるのだろうと思っております。 特に、地域社会におけるいろいろな児童生徒の活動、あるいはボランティア活動への参加、地域活動への参加等々もございますし、またそれだけできました時間をどのように使うか、これもまた大小な語でございまして、先小が指摘されましたような読書離れに対応してどのようなことができるかとか、いろいろな観点から五日制が完全に行われた場合の状況を想定しながら、起きてきますであろういろいろな課題に対して考え方を整理し、またそれに対応するいろいろな措置あるいは政策というものを考えていかなければならないだろうと思っております。 そういう意味では、五日制が実施されたときに家庭、学校、地域社会がそれぞれどう役割を果たすのかということも、今回諮問いたしました最も重要な課題の一つである、私はそのように考えております。
○輿石委員 完全学校週五日制が実施されますと、当然のことながら今の指導要領、教育課程ではもうどうにもならないわけであります。教科書とセットになっておるこの指導要領の改訂についても早急に文部省としても手をつけていっていただかないと、二回までは何とか現行の指導要領で切り抜けられるでしょうけれども。そしてまた、この教育課程を抜本的に変えていくこの時期だからこそ、何が必要で何がむだがあるのかという教科内容の精選も含めた教育課程のあり方、それも論議する必要があると思うわけであります。指導要領の改訂、教育課椎の改訂についてどのように文部省として現時点で考えられているか、最後にお尋ねをしたいと思います。
○井上政府委員 お答え申し上げます。 学校週、五日制の今後のあり方につきましては、先ほどからお話がございますように、月二回の学校週五日制の定着状況や将来の我が国の学校の教育内容等についての基本的な検討を行いますとともに、国民世論の動向を含めまして総合的な検討を行う必要があると考えております。 中央教育審議会におきましては、今後における教育のあり方及び学校、家庭、地域社会の役割と連携のあり方などについて御審議をいただくこととしているわけでございまして、これに関連して、学校週五日制の今後のあり方について検討していただくこととしております。 教育課程審議会につきましては、中央教育審議会において今後の教育のあり方についての基本的な考え方が示された後、それを踏まえて、学校の教育内容について御審議をいただくことになると考えております。 教育課程審議会の開始時期については、中央教育審議会の審議の状況を見ながら検討することとなると考えております。 また、今月末には、初等中等教育の教育課程の改善に資するため、必要な資料を得ますとともに、課題を整理するなど、教育課程に関する基礎研究に着手をすることとしておりまして、その成果は、将来開催されます教育課程審議会に提供されることとなると考えております。今後、教育課程のあり方につきましては、そのような基礎的事項などについて十分研究をしてまいりたいと考えているところでございます。
○輿石委員 時間になりましたので、終わりたいと思います。ありがとうございました。
○伊吹委員長 興石東君の質疑はこれにて終了いたしました。 次に、中島章夫君の質疑を行います。
○中島(章)委員 私は、極めて限られた時間でございますので、先ほど小川委員、それから輿石委員もお尋ねがございました、きょう正式に発足をいたします第十五期の中教審、その諮問内容と運営のあり方を中心に何点か質問をさせていただきたいと思います。 私は、今回の中教審への諮問、大変時宜を得たものであると考えております。二十一世紀を展望した我が国の教育のあり方ということ、今政治はかなり混乱の中にございますけれども、一日も早く政治の安定を我々も努力をして取り戻しまして、教育、学術、文化という非常に長期の重要な課題について冷静な議論がなされる必要があると基本的に思っております。今回の中教審につきましては、その諮問の趣旨からいいましても、小川先生が先ほどおっしゃいましたように、従来の枠にとらわれない、ある意味で文明史的発想というのでしょうか、パラダイムを変えていくというような基本的な考え方が必要であると基本的に考えているわけでございます。 そこで、文部大臣に最初にお伺いをいたしたいのですが、この「二十一世紀を展望した我が国の教育のあり方について」という、二十一世紀の教育に向けての海図を示してほしいという諮問なんですが、このアプローチとしましては、諮問理由等にもございますように、現状の課題、過去の反省、例えば受験競争の過熱化とか、いじめや登校拒否とか子供に自然体験や社会体験が少ないだとかというさまざまなことがございます。そのことも私は大事だと思っておりますが、今最初に申し上げました趣旨からいいますと、この検討課題の三つがございますが、その最後の国際化、情報化という変化していく社会を見通した、未来社会の展望に立ったという観点が私は極めて大事だと思っております。 例えば、今後はコミュニケーション能力、語学もビヘービアもいずれもそうですが、本当の意味の文化の異なった、国境が低く、壁が低くなったところでたくさんのものがまざり合うということからしますと、そういう国際化社会へ入っていく人間、それからそういうことのための国際的な理解、文化の理解ということも大事でございますし、逆に今度は、文化の違ったものがお互いにまざり合う中で、共通項という、人間の喜怒哀楽というのでしょうか、初等教育の重要さということも含めた、そういう部分も大事であります。 いずれにしても、過去の反省、現状の課題ということと、逆に未来を展望してどう変えていくかという発想、どちらにウエートというのでしょうかその辺、どういう展望と希望を持ってこの諮問をなされているのか、文部大臣に最初に伺いたいと思います。
○与謝野国務大臣 過去のいろいろな制度の事象等について分析をし、また改善すべきあるいは反省すべきことを発見し、将来の改善、改良につなげていくというのはもう当然の手法でございまして、過大のことも考え、また未来のこともやはり同時に考えて、最善の道というものをお考えいただく、そういうことであろうと思います。 そこで、国際化、情報化というのは先生の御認識で重要な柱というふうに御質問されましたけれども、私もそのように考えております。 国際化というのは今後ますます進むでありましょう。また、異文化の集団がそれぞれお互いに理解をし合いながら世界の繁栄と発展あるいは平和のために力を尽くしていくという世の中になるであろうと思いますので、やはり世界の中で通用する人間、こういう者が育っていかなければならないと私は思っております。それに対してどういう対応が必要かということも御論議をいただくわけでございます。 また、情報化ということでは、いろいろ新しいメディアが出てきております。その中で、そういうものが教育とのかかわり合いにおいて一つの手段として使われる場合もありましょうし、また学術、文化の交流の手段としてメディアというものが使われる場合もありましょうし、今後いろいろ教育全般にこのマルチメディアの利便性というものが取り入れられていく、そういう状況にあるわけでございまして、そういうものも専門的な見地から大いに議論をしていただいて、今後マルチメディア時代に教育はどうあるべきかということも御意見を賜りたい、そのようなことで諮問をさせていただいているわけでございます。
○中島(章)委員 ちょっと関連をしまして簡単なことを御質問したいのですが、三つの検討課題が書かれておりますが、分科会を設けるとすればこの三つになるというある種の予測をお持ちなのかその辺はいかがでございましょうか。
○雨宮政府委員 中央教育審議会は本日発足するわけでございまして、今後の運営をどうするかということにつきましては、会長を初めといたしまして審議会を構成する先生方といろいろまた御相談していかなければならないと考えておるわけでございます。 従来の例で申しますと、中教審の諮問事項を検討していただくに当たって、ずっと総会でやっていくという例はむしろ少ないわけでございまして、議題に応じて特別委員会とかあるいは小委員会というような形で、一種の分科会的なものを設けてやっていくというのがむしろ通例でございます。 これはあらかじめ申し上げるべきことでないかとは思いますけれども、これは予測でございますが、多分、数回総会を開き、その審議の状況に応じて、それぞれの諮問事項、この組み合わせによって三つになるのか二つになるのか、これは今の時点でどうこうという段階ではございませんけれども、幾つかの分科会的なものを設けるというようなことは今後の状況によって大いにあり得ることではなかろうかというように考えております。
○中島(章)委員 安心をいたしました。分科会というものを最初から余り固定的に考えないようにしませんと、今申し上げましたように、ここに挙がっております三つ目の課題というのは一つ目の課題にも二つ目の課題にも極めて影響があるということで、それぞれの関連性をよくお考えいただきたいと思うのです。 次に、学校五日制への対応について諮問が出ております。これも先ほど来御質問があり、御答弁がございました。この中で特に、月二回の土曜日の休みがこの四月から始まりましたが、完全五日制へ行くというのは、先ほど大臣からの御答弁もありましたように、私は大きな飛躍であると思っております。今日までの教育課程のあり方、構造を見直す、そして教育課程審議会の進め方そのものも見直していくというぐらいの視点が私は必要だと思っております。例えば学校段階別の教科構造、これは先ほど教育課程に関する基礎研究というので二年間にわたって専門的な研究がなされるというお話もございました。この二年間の研究、それから将来開かれるであろう教育課程審議会の審議のあり方についても、大きな方針、道筋というものをこの中教審でぜひ御議論をいただいておきたいと思います。 ただ、これは彼ほど、最後に申し上げようと思っておりますが、現場の教員が非常に少のうございます、この今の十八人の中では。もちろん専門委員として、分科会等が生まれればそういう中に加えていかれるのだろうと思いますが。 私が問題意識として持っておりますのは、学校が完全五日制になってまいりますと、土曜日の分が時間数がまず減ります。そして、先ほどお話がありましたように、今まで軽視されていた家庭とか地域社会に役割公州をしてもらわなきゃいけない部分も当然出てまいります。そういたしますと、学校の教育課程構造そのものが今までのでよろしいのかどうか。 私が調べたものでいいますと、明治の二十年代から三十年代にかけましては、小学校の教科というのは、週二十六時間ぐらいあるうちで国語というのが大体十三時間ぐらい、それから算数が八時間、あとは修身と体操ということになっておりました。こういうことから見ても、また今、私自身も経験をしてまいりましたが、アメリカあたりでも英語に六、七割かけているような小学校もある。いや、それはそういうふうにしろというわけではございませんけれども、国語、社会、算数、理科、それに生活科が入り、音楽、図工、体育、家庭と、非常にバランスよくでき上がっている現在の教育課程構造そのもの、この中でこういうふうに時間も減っていき、社会も変化していくときに、小学校段階でどこに焦点を当てるのか、そういう発想が必要でございます。 例えば、小学校から英語を始めるべきではないかという議論がございます。今のままでも英語が入ってきたら何かが出ていかなきゃいかぬ、こういうこと。それから社会科につきましても、今の小学校からの社会への認識があの構造でよろしいのかどうか、アジア近隣についての理解というようなことも、もう少しどこで膨らませたらいいのか、そういう構造的な見直しが必要でございますので、この点については、学校五日制というところでどう構造を変えていくべきかをぜひひとつ検討していただきたいということをお願いいたしておきたいと思います。 私は、このことに関しましては、二年前の秋のこの文教委員会で、これは私見でございますが、カリキュラムセンターを使うという御提案を申し上げました。これは、教育の質の時代に入ってきて、教育の目標なり内容なり指導方法なりという具体の問題が検討されているときには、やはり教育現場に近い人たちがそれに加わってくるということがどうしても必要でございます。教育課程審議会の今までのやり方は、六十人の非常にバランスのとれた委員を呼んできて、学校段階別に二十人、二十人、二十人に分けて、そしてそれが今の教科構造を前提にした専門分科会にかけてという構造で審議会が始まってしまいますと、今までの構造が一切変わらないということが起こり得ます。そういう意味で、実験を繰り返しながら、その成果をまた教育関係者にフィードバックしながら、多くの人を巻き込みながらこのカリキュラムセンターという、これはここできょうは議論はいたしませんが、やっていって、それに教育課程審議会が関連をしていく。それも全教科、全学年で一遍にやるという方式がいいのかどうかということも含めた議論もぜひお願いをしたいし、今沈滞しております国立学校の附属学校、これについても私はもっと見直していく必要がある。特に高等学校なんかについては進学校化していて問題もはらんでいるわけですから、そういうことも含めた教科構造の見直しといったようなことについても御検討いただきたいということをひとつお願いいたしておきます。 次に、私はもう一点、学校制度については先ほど、特に諮問しているわけではないが御議論の過程で出てくる可能性はあるというお話がございました。 教育上の例外措置ということについて、文部省は現在のところ、理科とか特定の才能を持った者の教育のあり方、そしてそれの上級学校等へのつなぎのあり方、こういうことに絞っておられますが、もうことし戦後五十年であります。我が国の初等教育というのは、すべての人に平等に開かれておりまして、学習し努力をすれば何にでもなれる基礎は与えられているわけでありますから、今日、エリート教育という言葉は誤解が多うございますので、私自身はネオエリートというぐらいのつもりで申し上げたいのであります。今日必要なのは、そういう特定の部分に有能な者をできるだけ育てていくというのも大事でございますが、この国際社会の中で、例えばグローバルな視野と的確な時代認識を持った人とか人類的課題に対処し得る知識や指導力を持った人とか、あるいは強い使命感、責任感と行動力とか、あるいは人間的な魅力、その人格とか人望とかこういう総合的な、やはり民主主義社会の中でもだれかが指導の役割を果たさなければいかぬ、それで、みんなが安眠をしている中でもやはり責任を感じて努めなければいかぬ人が必要なわけですが、そういう教育というのも私はこれから大事になる。これですぐに公立学校でやれとは言いませんが、そういう面の議論も起こってくることを私は期待をしておるのでございます。この辺について大臣、御所感がございましたらひとつお伺いしたいと思います。
○与謝野国務大臣 まず、諮問の中にございます希有の才能の持ち主に対する教育上の例外措置の問題でございますが、希有な才能を持っている方というのは恐らく、私の感じでは日本で年に何千人、何万人と生まれるということはないだろう。希有というのはまさに、まれにあるということでございますから、恐らくそれは百人とか二百人とか三百人とかという単位のグループ、それで、これはまさに世界をリードし得る、特別な分野における特別な才能を持っている方でございますから、これはエリートを教育するということではなくて、私ども日本人が持っている、いわば日本人共有の財産をどう生かしていくかという話に近いものであろうと思っております。 それからもう一つは、先生がお話しになられましたように、これからは国際的な感覚、国際的な視点を持った青年がやはり必要でありまして、そういうある種の世界全体に対する使命感というものを持った人間を教育していくということも私は大変大事な視点であると思っております。ただ知識等だけを持っている人間ではなくて、やはり広い人類愛とか人間愛とかというものを持って、そして行動力を持って世界に貢献していく、あるいは同胞に貢献していく、こういう非常に人間愛に満ちあふれた行動をとる、そういう教育的な基盤というものも必要になってくるということは、先生と私は全く同じ意見であると思っております。
○中島(章)委員 ありがとうございました。 私は、この教育制度を例えば変えるとしましても、これはある日、ある年の四月一円に全国一律に全部変えてしまうというのは、いたずらに議論ばかりが起こって、あり得ないことだと思っておりまして、特に中等教育に関して、教育の地方化の時代でもございますし、できるだけ例外を認めていく。今の大臣との御議論の中にございました人間性豊かな本当の意味のリーダーというのは、環境を整えて熟成栽培しなければいかぬと思っているのです。えらい促成栽培で、どんどん知識を詰め込んで追い出すということではなくて、自分で考えたものを社会の中へぶつけてみて、挫折をして、議論をしてと、例えば高校でいえば昔の四年間ぐらいですね、そういう徹底して議論をしていくというような中で育っていくと思っているものですから、そういうことを特に教育制度に関連してはお願いをしておきたい、気持ちとしてお持ちをいただいておきたい。 最後に一点だけ申し上げたいと思うのですが、先ほど言いました委員構成でございます。 こういう議論が起こってまいりますときに、これからはできるだけ国民全体を、教育関係団体もこの間居眠りをしているというのも寂しいことでございます。校長会にしても教育長協議会にしてもできるだけ、それから日教組も最近は、いっとき前では我々が想像もできなかったような変化を遂げてきております。こういう人たちをひとつ文部省も中教審の議論が起こっていますときに積極的に巻き込んでいくという御努力をぜひお願い申し上げたい、そういうことを要望いたしまして、私の質問を終わらせていただきます。 ありがとうございました。
○伊吹委員長 中島章夫君の質疑はこれにて終了いたしました。 委員会は午後一時から再開することとして、この際、休憩いたします。 午前十一時三十二分休憩 ――――◇――――― 午後一時二分開議
○伊吹委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 質疑を続行いたします。石田勝之君。
○石田(勝)委員 午前中、与謝野大臣を初め関係局長に質疑がなされたところでありますが、若干重複する点もあろうかと思いますが、お許しをいただきながら質問に入らせていただきたいと思います。 まず最初に、中教審の件についてお尋ねをさせていただきます。 先ほどからお話に出ておりますように、第十五期中央教育審議会の諮問が、実際にはきょう午後四時からされるそうでございますが、学校五日制を毎週実施することをにらんで、学校、家庭、そして地域社会の役割分担を審議してもらう。第二番目として、戦後五十年たった学校制度の多様化を進めるために、学校間の接続の改善、これらを検討すると言われております。それから第三番目として、若者の科学技術離れに歯どめをかける観点から、数学などの特定分野で特にすぐれた才能をお持ちの方々に教育上の例外措置として拡充できないか、この三つが柱であると伺っております。文部大臣は中教審の諮問で、これらを教育上の課題と位置づけ、受験戦争の過熱化あるいはいじめ、登校拒否など、これらを検討事項として挙げておられるわけでございます。 そこで、先ほどの午前中の質疑を聞かせていただきまして、何点がお尋ねをさせていただきたいと思いますが、二番目の柱の「学校間の接続の改善」についてでありますが、この「学校間の接続の改善」となっている意味についてお伺いをしたいと思います。 先ほど与謝野大臣の御答弁を伺っておりますと、これはつまり、六・三・三の学制改革の議論は否定しないけれども、その枠組みを諮問したわけではないんだ、こういう御答弁でございました。学校間の接続の改善ということになると、当然、公立の中学校、高等学校の一貫教育の導入を念頭に置いたものと私は理解をするわけでありますが、その点、大臣の御見解をまず伺いたいと思います。
○雨宮政府委員 先生御指摘のように、本日の中央教育審議会において諮問いたします堺項の中に、学校間の接続の問題も含まれているわけでございます。 「学校間の接続の改善」ということの内容としてどういうことを考えるかということでございますが、私ども一般的な形としては、教育の一貫性を高め、また過度の受験競争を緩和する観点から、学校の各段階相互の教育内容の連携を図る、あるいは大学、高等学校におきます入学者選抜や進路指導の改善というような事柄について御検討いただくというようなことが考えられるわけでございます。 また、先生も今お触れになりました中高一貫教育の問題でございますけれども、中学校三年、高等学校三年をどう連携を図っていくかということの一つの形態のありようかと思うわけでございますが、学校の各段階相互の教育内容の連携というような観点から議論されることもあり得るかなというように考えておるわけでございます。
○石田(勝)委員 今局長から御答弁をいただきましたが、過度の受験競争を改善するとか、中学あるいは高校の相互間の継続とか中学、高校のあり方だとか、非常に抽象的な御答弁でありましたが、要するに、この中高一貫教育を行った場合にどういう問題が出るかということも、これは考えておかなければいけないことであろうと思っております。 御案内のとおり、ほとんどの中学校、公立の中学校というのは、これは市立中学でございまして、ほとんどの高等学校というのは、市立高校もありますが、大体県立高校、こういうことになるわけでございます。そうなりますと、県立と市立とが一貫して教育を行うということを想定をいたしますと、もちろん県あるいは市教委、これらとの連携というものを密にしなければいけない、それから教師の問題、そのほかいろいろな問題点が出てくるわけでございます。 実は、せんだって鳩山元文部大臣とこの件についてお話をしておりました。鳩山元大臣いわく、もし中高一貫教育を仮に試行するとすると、その試行する学校にどっと押し寄せるんではないか、生徒が希望するんではないか、そうなると十五の春は泣かせないじゃなくて、十二の春は泣かせない、こういうことに相なるんではなかろうか。であるから、この中高一貫教育という試行は別に否定するわけではないですが、私も。しかし、その中高一貫教育を諮問するということになると、やはりそこで一歩さらに踏み込んだ、学制改革ということまで踏み込んでこれらの中教審の諮問を行うのが私は妥当な線であろうと思いますけれども、その点についての大臣の御見解を伺いたいと思っております。
○与謝野国務大臣 十五の春を泣かせないなどという言葉、私は聞いたことがないわけでございまして、受験というものがある以上どこかで受験勉強もしなければなりませんし、ある種の選抜の結果というのも従容として受け入れざるを得ないということはあるのだろうと思っております。 中高一貫教育ということは、何もあらかじめ決めてこれを諮問しているわけではありませんで、先生が御指摘の数々の問題点を含めて中教審において御審議をいただく、こういうことだろうと思っております。
○石田(勝)委員 この件につきましては、去る二月三日と記憶いたしておりますが、学制改革について村山総理並びに与謝野大臣と議論をいたしたところであります。 私は、学制改革を進めるその理由の一つとして、やはり今日、登校拒否だ、あるいは校内暴力だ、いじめた、学校の荒廃が叫ばれ久しくなっている、さらにそれが社会的な問題となってきているにもかかわらず、地域やあるいは家庭や教師もいろんな意味での努力をしてきている、しかし一向にこのいじめも減らない、登校拒否も減らない、あるいは校内暴力も減らない、逆にふえつつある。そういう現況を考えると、そしてまた、先ほどお話に出ているように受験というもので、十四、五歳の年齢というのは精神的にもまだ微妙な時期である、その時期に難しいというか高いハードルを、高校受験で一生のうちの大方の部分が決まってしまうというようなこの制度。それならばやはり中学から高校、あるいは年齢的に十七、八ぐらいの、十四、五歳のときよりもある程度精神的に充実した世代になってからそういう受験というものの関門をくぐらせる、そういう方がいいのではないか。 いじめだとか校内暴力だとかという、そのいじめによる自殺をいろいろ見てみますと大体十二、四歳ぐらい、全部ではありませんが、年齢的に多いわけであります。その中で、女の子ではなくて男の子がほとんどである、そういう結果も出ておる。それはやはり受験というものも、これは直接的原因かどうかはまだ究明されておりませんけれども、その精神的にまだ未発達な段階で人生の大方のあり方を決めてしまうというような受験のあり方を根本から考える。そして同じシステムで同じやり方をやっていたのでは、何ぼ文部省も県教委も市教委も、あるいはすべての方々が努力しても同じ結果しか出ないのではないか。それならば、学制改革を行うことによって、そういう年齢的に微妙な時期の受験期を先延ばしにするということも考えるべきではないかということを私は申し上げたわけでございます。 その点につきまして、私は中高一貫教育ということを否定するわけではありませんけれども、同じシステム、同じやり方では同じ結果しか出ない。今までずっといじめだ、校内暴力だ、登校拒否だということを再三議論し、それなりに関係者も一生懸命努力してきたけれども、一向に効果があらわれないということを考えると、やはりその枠組みというか、そのシステム自体を変えてみる、そういうことも検討すべきだろうと思うわけであります。その点について、大臣からもう一度御答弁をいただきたいと思います。
○与謝野国務大臣 六・三・三・四制というのは日本の社会に定着をしておりまして、今回の諮問ではそういう枠組みを変えるというような方向の諮問はしておりません。現行学制の中でどのような方向で改革が進められるか、改善が進められるかということを諮問しているわけでございます。私どもとしては、現在の六・三・三・四制の学制を変えるという考え方は現在全く持っておりません。また、学制改革をすることがある種の特効薬になるというふうに考える論拠も現時点では見つからないわけでございます。
○石田(勝)委員 私は、何もこれが特効薬だ、これがすべての治療方法だ、処方せんだということを申し上げているのではなくて、同じシステム、同じやり方をやっていたのでは同じ結果しか出ないのではないかということを申し上げているわけであります。 そこで、この学制改革論議というのは、もう既に二十三年ほど前、昭和四十六年に、一部の学校で小中高校の区切りの見直しなどを試行するように、これは四十六年の中教審で答申が出されたわけであります。しかし、そのときは、能力重視の選別につながるとして、日教組などの反対で棚上げになった経過があります。 その後、昭和六十年、臨時教育審議会で、中高統合した六年制中学校を自治体が設置できるようにという答申をしたわけでありますが、そのとき文部省では、いろんな現場等々の問題もあったのでしょう、手をつけにくい課題だと、これは見送られたわけであります。 ことしの四月二十日に、記憶にも新しいわけでありますが、日教組では、中央教育審議会に、戦後五十年に及ぶ教育制度と内容を見直すことを期待して、積極的に提言し協力するという談話を発表しておりまして、過去の反対路線を百八十度転換をさせ、それを鮮明にしたわけであります。日教組の諮問機関の二十一世紀ビジョン委員会では、モデル校を設けて学制改革を試行したらどうか、こういう提言もされたわけであります。 今回の諮問では直接的な表現は避けたものの、「学校間の接続の改善」と言う以上は、これはもう学制改革に議論が及ぶことは必至であるし、学校体系の多様化に積極的な姿勢を見せているあらわれだろう、そういう与謝野大臣の姿勢のあらわれだろう、私はそういうふうに理解をいたしているわけであります。 ただし、私が二月三日に学制改革について文部大臣に質問をいたしましたところ、大臣は、六・三・三制を基本とする学校体系は我が国社会に定着していて、国民や社会に大きな影響を及ぼすことから、中長期的な観点から慎重に取り組んでいかなければいけない、こういうふうに御答弁されております。 さらに私は、その学制改革について中教審に諮問していろんな意見を委員の皆さん方から聞かせてもらったらどうだということを文部大臣に申し上げたわけでありますが、そのとき大臣は、中高一貫教育は既に試みているところもあるが問題点もある、現段階において学制改革について中教審に諮問するという考えは全くない、そういうふうに答弁されているわけであります。 そこの中高一貫教育についても、完璧には否定されておりませんけれども、問題点もあるという中で、今回の中教審の諮問が、先ほど局長が答弁されたように、中高の形態のあり方と、それから受験の改善とか中高の関連性とかそういったもので、これは一貫教育を念頭に置いているんだ、そういう御答弁でありました。その与謝野大臣の予算委員会が約二カ月半前でありますけれども、そのときと現在、これはその同じ質問についてかなりニュアンスが違っている部分がある、私はこう受けとめているわけです。 それは何かなと思うっていろいろ考えましたら、日教組の現場組合の前向きな姿勢というものが確認できたので、与謝野大臣が私に予算委員会で答弁した話と、今まさにこれから午後四時に諮問しようとしている、その諮問内容についてのギャップと申しますか、その中の心境の変化があったのではないかな、私はそういうふうに理解をするわけでありますが、その点について消極姿勢から積極姿勢に転じた、その姿勢の内容、何もそれは悪いと言っているわけではありません。これはもう私は学制改革は大いにやるべし、こういうふうに主張をしていたわけでありますから、それは大いに結構なことなのですが、その姿勢の変化についての大臣の御見解をお伺いしたいと思います。
○与謝野国務大臣 心境は変化をしておりません。 ただ、日教組等も、もちろん二十一世紀ビジョン委員会の最終答申も出ました。しかし、中教審にお願いしておりますのは、あくまでも現在の学制の枠内でのお話でございまして、もちろん委員の方々が自由に御発言なさると思いますから、語は学制改革に及ぶという場合もあり得ると思いますが、学制改革そのものを諮問したわけではないという点は御理解をいただきたいと思います。
○石田(勝)委員 それでは、次に質問を移らせていただきます。 この諮問文の中で、「特定の分野において稀有な才能を有する者について、教育上の例外措置に関する検討が望まれる。」こう出ているわけであります。この「稀有な才能」、「稀有」というのはめったにないという意味であろうと思いますが、この「稀有な才能」というのは、だれが、どういう方法で、どういう判断基準で判断されるのがその判断基準等について、この「稀有な才能」はどういうことなのか、ちょっとお聞かせいただきたいと思います。
○雨宮政府委員 教育上の例外措置の考え方自体につきましては、第十四期の中央教育審議会の答申の中で、生徒の個性を伸ばすという考え方の延長上の一つのあらわれとしまして、特定の分野において特に能力の伸長の著しい者につきましては、教育上特別な扱いをしてもいいのではないかという構想が述べられたわけでございます。 これにつきまして、今お尋ねのように、しからばだれがどういう物差しでそれを判定するのかという問題も当然出てくるわけでございまして、これは直ちに結論が出るわけではございませんが、特に中教審等で指摘しておりますのは、数学とかあるいは物理学などの分野においてはそういう「稀有な才能」というのを見つけやすいであろう、そういう御認識はあったのだろうと思うわけでございます。 それで、この構想を踏まえまして、いろいろな調査研究をする必要があるだろうということで、平成六年度からパイロットスタディーというのを実施いたしておりまして、幾つかの大学、それから数学関係の団体を中心にいたしまして、教育委員会と連絡をとりまして、セミナーとかあるいは公開講座というような形で、これはという高校生、場合によっては中学生も含むわけでございますけれども、声をかけまして、夏休みやあるいはある程度連続して講義を行い得る期間にセミナー等を設けまして、そこで大学レベルの教育をやってみるという試みを始めておるわけでございます。それにつきましては今年度も継続してやることになっておるわけでございまして、それらの調査研究を踏まえて、一体どのような仕掛けで例外措置というものを考えていくか先生の今御指摘の、どういう、だれがというようなことも当然含めてのことでございますけれども、検討されるべき事柄であろうかと考えておるわけでございます。
○石田(勝)委員 今局長から御答弁をいただきましたが、午前中もたしか質疑の中で出ていたと思うのですが、何もこの「稀有な才能」の人に対する特例措置について私は否定するものではありませんけれども、学校の勉強ができる、学問が非常にすぐれているからといって、これは人格がすばらしいということとは全く違う話であろうと思います。 そういう中で、この教育上の特例、例外措置については、報道されておりますところによると、飛び級のことを指していると私は理解をいたすわけでありますが、例えば数学とか物理とか特定の分野で飛び抜けた才能を持っている、「稀有な才能」を持っている生徒に大学レベルの教育を受けさせるという意味もあるのかどうなのか、その中身についてもうちょっと具体的に局長から答弁をいただきたいと思います。
○雨宮政府委員 教育上の例外措置としてどのようなことを考えるかということでございます。 今先生。御指摘のように、教育内容自体について、これも一つであろうかとも思います。また、制度の仕掛けといたしまして、仮に教育課程が学年別に編成されているという場合に飛び級をさせるというようなこと、これも現実に検討されたことがございます。また、大学の入学資格の年齢制限というような形での、それにかかわる制度論議というのもこれまた出てくるわけでございますが、今の時点で教育上の例外措置というのはこれだとはっきりと指し示しているわけではございませんが、今申しましたすべてのことを含んでおるというようなことでございまして、それらの事柄について中教審でもなおよく御検討いただくことになろうかということでございます。
○石田(勝)委員 午前中の質問となるべく重複しないように質問をしたいと思っておりますが、学校週五日制の今後のあり方についてちょっと確認をしたいと思っております。 文部大臣は記者会見で、学校五日制を早ければ平成十一年、一九九九年に移行できるとおっしゃっておるわけでありますが、それが本当に可能なのかどうなのか。四月二十二日から始まった月二回の学校五日制についても、今までのカリキュラムでそのままやるということは私は非常に難しいと認識をしておりまして、その学校五日制そのものを否定するわけではありませんけれども、もうやはり月二回の学校五日制ということ自体、今のカリキュラムでは難しい、私も小学生の手供を持つ父親としてそういうふうに自分自身は感じております。それを四日ということになると、今のカリキュラムでは当然できないということは文部省当局も認識されておると思うのであります。 そこで、五日制に向けて、これは平成十一年にできるようにということで文部大臣が記者会見でおっしゃっておりますけれども、それにあわせて学習指導要領の改訂、見直しという作業にこれは当然入っていかなければいけない話であろう、そうでなければ月四回の、あるいは五回の学校五日制ということはできない、私はかように思っておりますので、その学習指導要領の改訂、見直しについては、平成十一年ということになるともう着手をしなければいけない時期ではないかそういうふうに思っておりますが、それらの時期について御見解を伺いたいと思います。
○与謝野国務大臣 記者会見で平成十一年を目標にするということは実は一度も言ったことがないわけでございます。 一部報道機関で平成十一年を目指してという報道がございまして、それに対する感想を聞かれました。恐らく最も早い時期のことを言っておられるのではないかというふうにお答えをしておきましたが、実際、完全学校五日制を実現するためには、先生が御指摘になられましたように学習指導要領も改訂しなければなりませんし、またその間、教育課程審議会等も開かなければならないことは御承知のとおりでございますし、またそれに基づいて教科書を改めなければならないという作業がございまして、そう短期間に集中的にできるわけではありません。ましてや、中教審に対して完全五日制に移行した場合の学校、家庭、地域社会それぞれの役割についてどうあるべきかということもお伺いするわけでございますから、そういう論議をきちんと踏まえた完全五日制への移行ということが望ましい、私はそのように考えております。
○石田(勝)委員 それでは中教審への諮問の中で、最後にもう一点お尋ねをしたいと思います。 情報通信の分野でマルチメディアの普及について、これをどう考えているのかということが一つ。そのマルチメディアの普及も大いに結構なことでありますが、たしか午前中も質問が出た部分もありますが、マルチメディアの普及ということも、それに対応するということも大いに結構なことであります。しかし、先ほど議論にも出ましたように、今の子供たちは本を読まない、図書離れ、文字離れ、これらの傾向についてはどういうふうに対応していくのか。 テレビゲームだとか、そういう画面しか相手にしない子供が非常にふえて、屋外で遊ぶ子供より家の中でテレビゲームで遊んでいる子供が非常に多くなっている。遊び場等の問題もあるし、それはいろいろな環境の変化もあるでしょう。しかし、昔と比べると、戸外で遊ぶというよりは部屋の中でテレビゲームをやって遊ぶ、そういう子供が非常にふえてきている。そういう中で、なおかつ本を読まない、そういう子供が多くなってきているわけであります。そういう子供の読書離れ、文字離れということが起こってきますと、当然想像力や思考力やあるいは表現力の足りない子供が育ってしまうんじゃないかという危惧感を私自身は持っておるわけであります。 そういうことから考えて、やはり中教審の中でも、このマルチメディアの普及についても大いに結構ですが、文字離れ、活字離れ、本を読まないそういう子供たちに対してどういうふうにやっていけばいいのかということを、本来これは諮問文の中に入れておいてしかるべきではないかなという気が私はいたしておるのですが、その点について文部大臣から御見解を伺いたいと思います。
○与謝野国務大臣 今回の中教審においては、国際化、情報化、科学技術の発展等社会の変化に対応する教育のあり方を重要な検討事項の一つとしているところでございます。このような観点から、マルチメディアの普及という新たな時代における教育のあり方について御検討をいただくこととしておりますが、一方、情報化が進む中で、伝統的な情報伝達手段である文字とのかかわりで、子供たちの読書離れの問題も一つの課題であると考えております。したがいまして、今後中教審において御指摘の課題について議論されることがあると考えております。
○石田(勝)委員 それでは中教審の質問はこの程度にさせていただきまして、次に教育と宗教のかかわりについて御質問させていただきたいと思います。 まず与謝野大臣、ハルマケドンという言葉は御存じだと思うのです。これは世界最終戦争ということでありまして、ヘブライ語で、キリスト教では、これは神と悪魔の終局的な戦闘及び神側の究極的勝利を描く象徴だ、こういうふうに言っておるわけでありますが、オウム真理教の麻原氏は、一九九九年から二〇〇三年までの間に間違いなく核戦争が起こって、これが世界最終戦争なんだ、こういうことをおっしゃっているわけであります。 このハルマケドンについて、ある民放テレビ局が信じるか信じないかということを含めてアンケートをとったのですね、調査をしたわけです。六万五千人対象であったところ、その中で、ハルマケドンについて信じていると答えたのが五千人いた、可能性があるというのが約二万人いた、こんなのはばかばかしい、こう思ったのが五万人だということであります。つまり、一万五千人の若者たちがこのハルマケドンについての可能性を認めている、こういう調査結果であります。 昨今の若者の中では、超能力だとか霊能力だとか予言者だとか科学と宗教だとか異常に関心を寄せている若者もふえてきているのも事実であろうと思います。それで、劇画的なイメージを考えているうちに現実のイメージとかなりかけ離れてしまっている、そういうことで現世と予言とかそういうものとのすみ分けができなくなってしまっている。それらの心理的な現象が今回の事件を引き起こした原因でもあるのではないかと私自身も思っていますし、識者の中にもそういうふうに述べておられる心理学者も実際におるわけであります。 そこで、与謝野大臣にお伺いしますが、ハルマゲドンについて信じているか、可能性があると思うか、ばかばかしいと思うか、どう思っておられるか、まず大臣の御見解を伺いたいと思います。
○与謝野国務大臣 原則として、宗教団体が持っております教義についてはコメントしないことにしております。
○石田(勝)委員 じゃ、それは結構でございます。多分、与謝野大臣も私と同じで、五万人の中の一人かなと私も想像いたしておりますが、それは大臣というお立場上理解をいたしますので、御答弁は結構でございます。 昨日、青島都知事と与謝野大臣がオウム真理教の解散請求について基本的な認識が一致されて、解散請求を行うことにする、これは午前中の質疑の中でも触れておられましたが、せんだって刺殺されたオウム真理教の「科学技術庁長官」の村井氏が、オウム真理教の総資産というのは約一千億あるんだということを豪語しておったわけであります。実際にはそんなにはないと私は理解をしておりますが、所管の文部省ではこのオウム真理教の資産についてどの程度あると把握しておられるのか、お尋ねをしたいと思います。
○与謝野国務大臣 宗教法人法は、宗教法人が発足しますときのある程度の情報は持っておりますし、またいわゆる法律で申します登記事項については報告がなされることになっておりますが、宗教法人の財務、資産の状況については報告を聴取する権限はございませんし、また宗教法人側も私どもあるいは所轄庁に報告する義務がございませんので、伝聞による現実しかわからない、こういうことでございます。
○石田(勝)委員 せんだって家宅捜索の折に、静岡県の富士宮市の富士山総本部にある麻原教祖の個人所有と見られる金庫から現金七億円、金塊十億円分が出てきたと報道されております。かなりのお金を持っているなあと蓄財ぶりを見せつけられたわけであります。 そこで、こういう反社会的な行為によって解散請求された場合に、この宗教団体の持っていた財産はどうなるのか、こういうことでお尋ねをいたしたいと思うのでございます。 先ほどから議論されていたように、法律によりますと、宗教法人法五十条では、他の宗教団体か公益法人のために財産を処分するかあるいは国または地方公共団体に帰属することになっている、こういうことでございます。 今回の場合は、報道によると、御案内のとおりすべてお布施ということで浄財を取り上げた。土地だとか預金だとか有価証券だとか、これらをお布施と称してオウム側が取り上げた。そのお布施を出した方と取った方とでいまだにいろいろな意味でトラブルがある。中には、お布施を拒んだ人は中野の野方にあるオウム真理教の附属医院で死体とともに一週間寝かせて、それでおどかしてお布施を取ったということを証言をしている元信者もいるぐらいで、恐喝でお布施を巻き上げられたという、わかりやすく言えば無理やりお布施を巻き上げられたという被害者がたくさんいるわけであります。 オウム真理教に解散命令が出されて解散した、そうなったときに資産隠しをしてしまうかどうかこれはわかりませんけれども、実際に被害者たちが、お布施と称して家、土地あるいは有価証券だ預金だ、みんな巻き上げられたという人がたくさんいるわけであります。しかし、法律によると、オウム真理教が解散をした場合には、財産については国とかあるいは公共団体に帰属する、こういうことであります。つまり、法律上は一切信者、信徒に返却されない、こういうことになってしまうわけであります。 その点、こういう例は今までかつてない例でありますけれども、例えば、オウム真理教が解散した、財産がこれだけあった、しかし、巻き上げられたというかおどかされて、恐喝されてお布施と称して取られた被害者の人はたくさんいる、そういうことを考えて、国あるいは公共団体に帰属する、法律上はそうなるのでありましょうけれども、その点について文部大臣はどういうふうにお考えになりますか、お聞かせいただきたいと思います。
○与謝野国務大臣 宗教法人の解散に伴います清算というのは、宗教法人法に従いまして厳格な規制でこれを行わなければならないわけでございます。 先生が今御提示になられました幾つかの例というのは、宗教法人法の問題ではなくて、実は民法の問題だろうと思います。民法で、例えば不当利得返還請求権というのもございますし、そういう別途の訴訟の対象になる可能性がありましても、お布施を出した信者にこれを返還するということは宗教法人法上では不可能である。ただ、別途の債権債務関係というのは発生し得る状況にあるかもしれないと私は思います。
○石田(勝)委員 午前中の小川先生の質問の中で、宗教法人法の解散命令を、文部省が八十一条の第一号に基づいて解散請求をする、第二号も検討の余地もあるけれども第一号でこれをやるのが妥当だろう、現時点では八十一条の第一号でやるんだ、こういうふうに与謝野大臣がたしか朝答弁されておりました。私は小川先生と全く同じ意見を持っております。この件については、もちろん八十一条の第一号も当然該当するわけでありますが、これはやはり八十一条の第二号で、私は第二号と第一号一組でもいいのですが、これはやるべきではないかと思います。 それはなぜかというと、このオウム真理教なる集合体は、これは宗教団体と名をかたっているけれども宗教団体でない。この間予算委員会でも申し上げましたけれども、これはもうカルト集団である。こういう洗脳された、狂信的な集団が宗教団体の扱いを受けたのではまじめにやっている宗教団体がたまったものじゃない、私はこういうふうに認識をいたしております。 そういうことから、宗教団体の目的を著しく逸脱した行為、それによってこれは解散命令を、解散請求を受けたのだというふうな形にする方が、私は今後の第二、第三のオウム事件を起こさない、第二、第三のサリン事件を起こさない。例えば毒ガス実験をしていたとかサリンを製造していたとか劣悪な状況下に子供を押し込めておいたとか、そういう事実関係が日に日に明らかになってくるこの報道を見ていると、これは宗教団体でないという観点から、やはりこれは第八十一条第二号に基づいて、第二、第二のオウム事件を再び起こさないためにも、これは小川先生も午前中おっしゃっておられましたけれども、これで私はやるべきではないかと思っておりますが、重ねて大臣の御見解を伺いたいと思います。
○与謝野国務大臣 一項の一号は三つのことが書いてございます。 まず、宗教法人がといって、宗教法人がみずから組織としてという考え方があります。次には、法令に違反してということがございます。ですから、現在ございますいろいろな実定法に反していろいろな行為を行った。それから次には、公共の福祉に、反するようなことをした。この三つがそろっておりますが、第二号は、宗教法人の目的を著しく逸脱したということは、必ずしも法令に違反しなくても目的を逸脱する場合があるわけでございまして、恐らく二の規定は大きくは一の規定に吸収され得る規定ではないかと私は思っております。
○石田(勝)委員 つまり、この一、二号両方適用してということも含めて解散請求を考えていく、こういうことでございますか。
○与謝野国務大臣 法令に違反して公共の福祉を害するようなことをしたということは、もうそれ自体宗教法人としての目的を著しく逸脱したことになる、そのように解釈をしております。
○石田(勝)委員 わかりました。 それでは、このオウム真理教なる団体、幹部は一流大学のエリートの方々も随分いるようであります。私は昭和三十年生まれでありまして、麻原彰晃氏も三十年生まれだということでありますから、私と同世代であります。顔を見ると向こうの方が随分老けている感じがいたしますけれども、いずれにしても同世代で同じ時代背景で育ってきたということであります。 確かに日常生活は姓がになって日本も安定をしてまいりました。しかし、その豊かさに、反して、物質的には何の不自由もない若者たちが今発散をする場を求めているのではないか。例えば自分みずから何かをしたい、行動したい、そういうものを模索しながら彼らの自分たちの可能性というものを求めているようにも感じるわけであります。人間ですから、だれしも発散をしたいとかストレスを解消したい、そういう気持ちを持つのは当然であります。 そこで、例えば今まで、ブームになってからもう随分時間がたっておりますが、音楽は大体聞くものだという概念、観念が背はあったわけでありますが、今やカラオケブームで、マイクがあれば自分みずからマイクを持って歌を歌う。これは音楽は聞くのじゃなくて、みずから参加をして、そしてみずから歌ってあれする。マイクを握ったきり離さないなんという人も中にはいるわけでありまして、そういう自分たち自身で、音楽は聞くものではない、自分も参加するのだ、そういう参加意識というのは非常に多くなってきていると思います。 そういう意味からいうと、今回の阪神・淡路大震災の若者たちのとったボランティア活動というのは、私はいい面で出ている、そういうふうに非常に共鳴をするわけであります。しかし、同じ若者でも、何かのつまずきからかどうか原因はわかりませんけれども、狂信的な求心力のあるもとに集まって、全く現世を否定して、そしてその現世に対して、先ほどもお話に出ておりましたように戦争をしかけるというような令く理解のできない狂信的な形に持っていってしまう、そういうものに参加をしてしまう若者もいることも、これまた現実のことであります。 そういう中で、知識とかあるいは技術力とかというのは、これは有効性がある反面危険性がある、知識や技術の向上というのは有効性がある反面危険性も伴ってくる場合があるということを今回の事件から知ったわけであります。技術や知識の向上というものは当然必要でありますけれども、やはり人格の形成、心のあり方というものが私は一番大事ではないか。そういう心のあり方、しつけとか道徳教育だとかいろいろ論議されておりますけれども、そういうしっかりとした心を持った、例えばそれだけの知識や技術を享受することができた、そういう環境で育った、それであれば自分の技術や知識を自分だけのものではなくて、これをやはり社会的に生かさなければいけない、そういうふうに享受できたそれぞれの人が思うのが自然な形だし、それがやはり教育のあり方であろう、そういうふうに思うわけであります。 そういう中で、例えば私たちの育った世代というのはそんなに衣食に困った世代でもありません。しかし、戦前教育から戦後教育へ変わって久しくなってから、我々が実際に小学校、昭和三十七年ごろから行き始めて、ちょうど日本は高度経済成長に乗って、要するに頑張れ頑張れ、働け働けということで、復興のために日本が一生懸命頑張ってきた世代で教育を学んでいった。戦前の教育というのは、御存じのとおり、国には忠、親には学といって、修身などでそういった国のためにとか親のためにとかという指導をしてきたわけでありますけれども、先ほどもちょっとお話に出ておりましたけれども、そういう道徳教育というのは軍事主義につながるとか軍国主義につながるというふうなことから比較的嫌厭されてきたことも実際のことであります。そういう中で、いい学校へ行けば、いい大学へ行って、いい会社へ入って、いい収入を得る、そういう競争主義とかあるいは詰め込み主義の風潮になって、そういう時代に育ってきたということも、私はこれは否めない事実であろうと思っています。 そういう中で、教育というのは非常に大事なことでありまして、そういうことから考えると、これから学習指導要領の改訂やら、あるいは中教審でいろんな先生方の御意見も聞かれると思いますけれども、道徳教育のあり方についてやはり少し文部省も考えるべきではないか。つまり人間、心のあり方について、要するにしっかりとした心を身につける。個人主義だとか利己主義を考える風潮が非常にはびこり過ぎているのじゃないか、もちろん道徳教育で個人の尊厳を守るということは大小なことでありますけれども、それとともに、郷土や国家を愛する教育、人を思いやる教育というものをやはりもっと充実をさせるべきではないかと私は考えております。 そういうことで、現段階の道徳教育のあり方、そして教育改革を目指すわけでありますが、反省点も含めて、現在の道徳教育の糊状と今後の道徳教育のあり方について、文部省当局の御見解を伺いたいと思います。 〔委員長退席、片岡委員長代理着席〕
○井上政府委員 お答え申し上げます。 道徳教育は、児童生徒が人間としてのあり方を自覚し、人生をよりよく生きるために、その基盤となる道徳性を育成するためのものでございます。小中学校における道徳教育につきましては、全学校教育を通じて行うこととされておりまして、それらにおける指導を補充、深化、統合するため、週一回相当の道徳の時間が特設されるなど、児衛生徒の発達段階に応じた道徳教育の指導が行われております。また高等学校におきましては、公民科や特別活動など、学校教育活動全体を通じて指導が行われているところでございます。 先ほど先生からもお話がございましたように、従来の学校教育が知識の習得に偏っているとの指摘とか、あるいは子供たちに他人を思いやる心や公共心を育てていないという御指摘もいただいたところでございますが、そういう状況も一般的に従来から言われているところでございますので、そういう状況を踏まえまして、学校教育におきましては、子供たちが豊かな人間性をはぐくむとともに、国際社会に生きる民主的、平和的な国家社会の形成者として必要な資質や能力を身につけるようにすることか重要であると認識しております。現行の学習指導要領もこのような考え方に立って道徳教育の充実を図ってきているところでございますが、今後とも、将来の我が国を担う児童生徒の豊がな人間形成に一層努力するために、道徳教育の充実に向けて私どもとしても取り組んでいきたいと考えておるところでございます。
○石田(勝)委員 今局長から道徳教育の充実に努力をしたい、そういう御答弁でありましたが、これは全国の小中学校が、私は全部とは言いません、ただ、私は埼玉でありますけれども、私どもの周辺の学校、あるいは教師、あるいは校長先生からいろいろ聞くところによると、この週一回程度の道徳の時間、道徳教育というのはきちっとされていないということなんですよ。じゃ、その時間をどういうふうに使っているかというと、子供たちだけで自習をさせておくというふうな時間に使っている人もいるし、先ほどから私が言っている、あるいは局長が答弁されたようなちゃんとした道徳教育というのが現場ではされていない学校もこれはあるんですよ、局長がそういうことをおっしゃっていても。 だから、それらについてどういうふうに把握しておられるのか、今後の道徳教育についてどうあるべきなのか、現場がどういう状況にあるのかということを文部省の大幹部は認識しているのかどうなのか、実際やっていないところがたくさんあるんですから。それらのことについてどういうふうに認識されているのか、まずお聞きしたいということで尋ねたわけであります。
○井上政府委員 ただいま御指摘の点につきましては、平成五年六月二十一日付で、小学校、中学校における道徳教育の推進状況調査を実施したところでございまして、その結果、道徳の時間につきましては標準年間授業時数は三十五時間でございますが、調査結果によりますと、平均授業時数はそれに達していないという実態がございまして、標準授業時数を確保した学校は、小学校で九八%、中学校では二四・四%となっているわけで、先生が今御指摘になったような実情が特に中学校に多いわけでございます。 そこで、文部省といたしましては、その結果を踏まえまして、道徳教育の推進につきまして平成六年五月に初中局長通知を発しまして、道徳教育の重要性について、さらにその趣旨について一層の充実徹底を図るよう要請をしているところでございまして、各市町村教育委員会におきましては、各小中学校において道徳教育をさらに標準授業時数を確保するように、またその教育についても道徳教育の趣旨を踏まえた適正な教育が行われるように指導をしているところでございます。
○石田(勝)委員 いや、局長、そうやって指導したってやっていないのだから。もう何年も何年もやっていない現実を、じゃどういうふうにやるのかということを開いているのです、私は、二四%しかやっていない、だから七六%はやっていないわけですよ。そういうことから考えて、文部省としては、じゃどういうふうにやればそういうことが徹底できるのか、指導できるのか。ただ口で指導します、指導しますと言ったって、現実にやっていないのだから。だから私はそれを問題にしているわけなんです。 そこで、学習指導要領もそのうち見直しに着手されるし、いろいろ教育改革も大いに議論されるし、人の心のあり方、人間形成というのはこれは非常に大事なことである、私はかように思っておりまして、その道徳の授業にも私は何らかの評価をつけるべきだ。これは評価がないのですね。 例えば、昔、戦前は甲乙内とか修身の時間であったと聞いております。そういうつけ方がいいか悪いかの問題は別にしても、道徳の時間という授業がある以上は、先ほど中学校で三十五時間あるというふうな御答弁もありましたけれども、この道徳の授業時間で何らかの評価をつけるようにしないと、やはりそれは局長、徹底されていかないのですよ、ただ指導します、指導しますと言っても。 だから、そういう方法をとるとか、あるいはまた別な方法があれば別ですよ。だけれども、カリキュラムの中にきちっと入れられている道徳というものでありますから、やはりこれからの人間形成のあり方にとって非常に大事な時間であるし、その一時間を、一時間といっても実際に一時間ではない、五十分ぐらいでありましょうけれども、これは非常に重視していかなければいけない。そのためにはやはりそれなりの評価をつけてきちっとやらせるべきであろうと思いますが、その点についての御見解をいただきたいと思いま
○井上政府委員 お答え申し上げます。 先ほど、具体的に道徳教育の推進についてどうやるかということについて、まずお尋ねがございました。その点に最初にお答えさせていただきます。 文部省では、従来から道徳教育につきましては、教育委員会や学校における指導者の養成をするための講座を開催いたしまして、そういう実際の指導者養成を行いますとともに、学校全体、地域全体として道徳教育の充実を図るために、道徳教育推進校を指定したり、あるいは市町村道徳教育推進事業などの施策を推進しているところでございまして、都道府県や市町村の教育委員会におきましても、教員の指導力の向上のための研修会などの開催、研究指定校の指定などの施策を実施いたしまして、道徳教育の指導が一層充実するような教員の養成確保、資質、能力の向上等に努めているところでございます。 また、道徳教育に対する評価の問題でございますが、教育におきまして評価の果たす役割が大きいことは先生おっしゃるとおりでございますが、道徳教育につきましても、学習指導要領において、児童生徒の道徳性について、常にその実態を把握し、指導に生かすように努めることとしているところでございます。 しかし、道徳教育はその内容項目の知的理解を目指すものではなく、さまざまな指導を通じて児童生徒の余人格的な成長を目標として行うものでございます。したがって、各教科における評定と同様の評定を道徳の時間について行うことは適切ではないと考えられます。 各学校においては、道徳の時間などにおきまして、児童生徒の日常の言動やまた作文や面接、質問紙などにより児童生徒の道徳性の実態の把握に努め、指導に役立てているところでございます。 文部省としては、今後とも各学校において児童生徒の内面に根差した道徳性の育成が図られるよう、適切な評価とそれを生かした指導が行われるように努めてまいりたいと考えております。
○石田(勝)委員 この件についてはもっと時間をいただいて議論をしたいところでありますが、時間がありませんので、最後の質問に入らせていただきたいと思います。 教員の資質の向上についてお伺いをいたします。 私は、現在の教員の採用試験については、先進各国と比較をいたしましても非常に甘いと見ております。教職課程をとって、実習を三時間程度受けて、地方公共団体の試験を受ければ合格できる、そういうことがちょっと甘いのではないか。 それはなぜかというと、採用試験を国家試験程度の試験にして、そして実習を最低一年間ぐらいやって、その実習が終わった後また試験をやる、そういう方法をとれば、その一年間の実習期間に教師として適格か適格でないかということを評価できると思う。一週間程度の実習期間で教師に適格か適格でないかを認めるということがちょっと甘いのではないか。 例えば、アメリカあたりは雇用契約制度だし、もし不適当とあれば五年以内に首にするとかあるいはロシアあたりは国家公務員契約だし、あるいはドイツあたりは大体医師の国家試験程度に難しい、こういうことであります。 でありますから、教員の資質の向上ということは非常に大事なことであるし、そういったことを考えると、先ほどのお話にもあったように、道徳といっても、道徳を実際に教えられるそれなりの知識と人格を持っている人がいるのかどうなのかということも、私は正直疑問に思うのです。だから、教員の資質の向上というのは極めて大事なことだと私は思っております。 この採用試験を含めた見解について、大臣から最後に御答弁をいただければと思います。
○与謝野国務大臣 教員の資質を向上させるということは非常に大事であるという先生の御認識は、全く私も同じように考えております。 そこで、先生が御提案になっておりますのは、免状を持ち、採用試験で採用された人間をもう一度再試験せよ、こういうことでございます。大変いい御提案だと思いますが、実際上はなかなか難しいところも実はあるわけでございます。 文部省としては、新任教員に対して実践的な指導力と使命感を養う幅広い経験をしていただいて、採用後一年間にわたる初任者研修制度も、そういう幅広い経験を持っていただく、実践的な経験を持っていただくという制度でございますし、教員として職務の遂行能力の実証を適切に行うために、教員の条件つき採用期間を六カ月から一年に延長したところでございまして、アメリカのように五年でというようなことではありませんけれども、一応仮採用のような形になっておりまして、全くの不適格者はそこであきらめていただくという制度にもなっているということは御理解をいただきたいと思います。
○石田(勝)委員 これにて私の質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。
○片岡委員長代理 この際、石田美栄君から関連質疑の申し出があります。石田勝之君の持ち時間の範囲内でこれを許します。石田美栄君。
○石田(美)委員 石田美栄でございます。よろしくお願いいたします。 このたび第十五期中央教育審議会への諮問が出ました。それに関連して幾つか質問させていただきます。 学制の改革についてなんですけれども、中央教育審議会の四六答申でも、「中等教育が中学校と高等学校とに分割されていることに伴う問題を解決するため、これらを一貫した学校として教育を行ない、幅広い資質と関心をもつ生徒の多様なコース別、能力別の教育を、教育指導によって円滑かつ効果的に行なうこと。」そして、「小学校と中学校、中学校と高等学校のくぎり方を変えることによって、各学校段階の教育を効果的に行なうこと。」というのが出ております。 また、これは臨時教育審議会の六二答申ですけれども、ここでもまた、六年制中等学校、現行の中学校教育と高等学校教育を統合してというふうなことで、六年制中学校を設置できるように、地方公共団体あるいは学校法人などの判断によってできるようにといった答申が出ておりますけれども、このことについてはなかなか難しい問題で手がつけられておりません。 このたびの諮問でも、言葉の上では「学校間の接続の改善」という言葉で入っていて、新聞等のこれのいろいろの解釈を読んでみますと、学制改革にまで踏み込むのではないかというふうな報道も幾つか出ているところでございますが、特に中学校、高等学校の一貫性というか、これを統合するというかそういった学制改革につきましては、私自身も先日の二月七日の質問でさせていただきまして、文部大臣からは、この問題に手をつけるという考えは実はないというふうに申し上げるのが正直なところだというふうにお答えいただいているのですけれども、ここでまたもう一度、このたびの日教組が出されました二十一世紀ビジョン委員会報告においてもそういうことに触れられておりますので、このたびの中教審において、この点について文部大臣がどのようにお考えで、あるいは予測していらっしゃるか、お伺いしてみたいと思います。
○雨宮政府委員 中学校と高等学校の間をどう考えるかというのは、先生今御指摘のように、長らく関係者の間で議論の的になってきたわけでございまして、先生るる経緯を御説明なさったように、昭和四十六年の中央教育審議会におきましても、いわゆる先導的な試行ということの幾つかの中の一つに、中学と高校とを一体的に扱ったらどうかというような構想も述べられておりますし、また昭和六十二年までの臨時教育審議会の答申におきましても、六年制中等学校という構想も出され、またその後、いろいろな会議におきまして、中学校と高等学校を一貫せしめた場合に、教育課程の上で非常に有機的な扱いができる、あるいは柔軟な扱いができるというようなメリットが言われる一方で、先ほど来の先生方の御質疑にもございました言葉で申しますと、十五の春云々ということが場合によっては十二の春になりはしないかというような、受験競争をかえって激化させやしないかというような、そういうようなとらまえ方もございまして、メリット、デメリットそれぞれあるままに、現在全国的にそう一般的な形で行われていないのは事実でございます。 先ほど来の論議にございましたように、今回の諮問に当たりまして、学制改革、例えば中高を、現在の六・三・三・四を例えば六・六・四制に改めるとかというような形で、まず学制改革ありきというような形での諮問はしておりませんし、また中高一貫教育という言葉遣いも諮問の中ではいたしておらないわけでございます。ただ、学校閲の接続の改善という形におきましていろいろな御論議を期待しているわけでございまして、その御論議の過程におきまして、まだ始まる前にいろいろ申し上げるのもいかがかとは思いますが、推測ではございますけれども、これまで長らく議論されてきた中高の問題、これはやはり議論される可能性が高いだろうというようなことは考えておるわけでございまして、ここらにつきましては、今回の十五期の中央教育審議会におきましても御議論がなされること、御自由な御議論をまた期待いたしたいな、かように思っているところでございます。
○石田(美)委員 ありがとうございました。 私は、個人的にはここのところ、前にもちょっとお尋ねしたことがあるのですけれども、いじめなんかの問題も中学一年、二年あたりに集中していますので、この中学、高等学校あたりの学制改革も含めて、何らかの新しい方向、試みがあることがいろんな教育の問題の解決になるのではないかというふうなことも考えておりますが、非常に難しい問題であろうということもまたわかっております。 次に進めさせていただきたいのですけれども、このたび日教組の方で二十一世紀ビジョン委員会報告が出ておりますが、このたび出ました中教審の、文部省の諮問機関の中では最も権威のある審議会でありながら、これまで、そこで答申されましたいろいろなことがたなざらしになったケースも多かった。それは、文部省と日教組との対立構造の中でそういうことがあったと思いますが、このたびの対立の構造の緩和で、いろいろな具体化へのチャンスが広がったのではないかというふうに思います。そして、この日教組の二十一世紀ビジョン委員会報告についてですけれども、文部大臣はもちろんごらんになっていると思いますが、ごらんになってどのような御感想をお持ちでしょうかお伺いしてみたいと思います。
○与謝野国務大臣 日教組の組織自体は労働組合でございまして、地方公務員法等で許される範囲内において教職員の勤務条件の改善等を目指した団体でございます。しかしながら、教職員の、現場におられる先生方の組織でございますから、当然その教育のあり方というものについて御意見も持ち、また御提言をされるということもあり得ることであります。二十一世紀ビジョン委員会において、文部省と必ずしも意見は合いませんが、幾つかの建設的な意見を出されているということはやはり注目に価することであろうと思います。 やはり時代は変化をしております。その時代の変化に対応して、日教組がその時代にマッチした運動方針等を模索しているという、その内部努力に対しては、やはり私どもとしては評価をしなければならないことであると思っております。しかしながら、二十一世紀ビジョン委員会の報告書は、あくまでも諮問された事項に対する報告でございまして、今後私どもとしては、日教組の運動方針にこれらがどのように生かされていくのかということを注目いたしたい、そのように考えております。
○石田(美)委員 その委員会報告の中では、教育の荒廃を認めて、それにどう対処していくかというふうなことで、内容的には中教審への諮問事項を先取りするようなことが幾つか出ております。 その中で一つ、幼年期の教育改革について、四六答申でも「四、五歳児から小学校の低学年の児童までを同じ教育機関で一貫した教育を行なうことによって、幼年期の教育効果を高める」というふうなことが出ております。そしてこのビジョン委員会の報告では、これはかねてからずっと課題になっていることですけれども、幼稚園と保育所の一元化ということが出ております。 ここに見られる幼児期の教育改革、将来ビジョンという、これは子供の魂百までと言われるように、ゼロ歳児から幼児期の教育というのは戦後いろんな形で進んできて、充実したと言ったらいいのでしょうかさまざまな形で進んできておりますが、この幼児期、幼年期の教育状況について考えていくことも非常に重要だろうと思います。この幼児期の教育を、改革というんでしょうかもう少し統一するというんでしょうか、一貫するというか、そういう将来ビジョンについて御意見を伺えたらと思います。
○雨宮政府委員 先生御指摘の、幼稚園それから小学校との接続の問題でございます。 今先生御紹介のように、昭和四十六年の中教審答申でも、現在の、その当時でございますけれども、基本的にはそう変わっていないかとは思いますが、現在の幼稚園と小学校の教育の連続性に問題があるのではなかろうか、あるいは、幼稚園と小学校の低学年の教育内容と申しますか、それにおきまして近似したものが認められるのではないかというような考え方に従いまして、四、五歳児から小学校の低学年の児童までを同じ教育機関で一貫した教育を行う方がむしろ幼年期の教育効果が高まるのではないかということで、こういう形のものも既存のものとあわせて、いわば併存したような形で先導的に試行したらどうかというような提起が四十六年の答申にもあったわけでございます。 それで、今回の中教審におきまして、幼稚園教育を含めて学校教育の各段階を通じまして、一人一人の能力、適性に応じた教育をどう進めるかということを一般的な検討課題としてお願いしているところでございまして、幼稚園教育につきましても、今四十六年の答申のことがございましたけれども、それらの考え方も含めまして、あわせて御検討いただければと考えているわけでございます。 ただし、御指摘いただきました幼稚園と小学校の区切りを変えること、これ自体いわば学校制度の改革になるわけでございますし、また、いわゆる幼稚園と保育所の一元化の問題について言うなら、先生御案内のように、これまた大変長い歴史を持っていることでございまして、現在、それぞれの目的、性格に応じてそれぞれ整備を図っていくということで進められていることでございます。そういうようなことでございますので、今回、直接それらについて、ぜひこれを検討してくれという形の諮問はしていないわけでございます。 もちろん、先ほど来大臣からもお答え申し上げておりますように、御論議の過程でいろいろな御意見というのはあろうかと思うわけでございまして、先生御指摘のような御意見というのもまた出てこようかと思います。私どもといたしましては、中教審の場で、それらの御提起も含めまして御自由な議論というものを期待いたしたい、こう考えているところでございます。
○石田(美)委員 幼稚園と保育園の一元化というのは、なかなかまだまだ難しいということなのでしょうか。そのように解釈をさせていただいて、次に進ませていただきます。 次に、カリキュラムセンターの設置についてでございます。これについては、文教委員会の力で自由討議をしましたときに随分話題になっていろいろ話し合ったのでございますが、もう一度また出しますけれども、二十一世紀ビジョン、日教組の提案の中では、ずっと読んでいきますと、カリキュラムセンターのことが随所に出てまいります。そこでの役割とか構想といったものが詳しく述べられているのですけれども、こうしたカリキュラムセンターの設置についてどのようにお考えでしょうかお伺いしてみたいと思います。
○井上政府委員 お答え申し上げます。 学習指導要領の改訂等、国の教育課程の基準に関する行政は、教育課程審議会における審議などを踏まえまして、文部省の責任において行われるべきものと考えているところでございます。 また、文部省の教育課程に関する行政施策の立案に資するための調査研究機関といたしましては国立教育研究所がございまして、カリキュラムに関する調査研究のセンター的機能を持つものとして、平成元年度から四年度にかけまして改組、再編を行ったところでございます。 さらに文部省では、今年度から新しく初等中等教育のカリキュラムに関する企画、調査研究体制の充実を図るために、初等中等教育局に教育課程企画室を設置いたしますとともに、教育課程の改善に資するため必要な資料を得まして課題を整理する、教育課程に関する基礎研究を実施することといたしているところでございます。 したがいまして、文部省といたしましては、新たに国立カリキュラムセンターの設置が必要であるとは考えておりませんが、今後とも、教育課程の編成、実施にかかわる調査研究や情報提供につきましては、国立教育研究所やさまざまな機関等とも連携を図りながら改善に努めてまいりたいと考えております。
○石田(美)委員 たびたび日教組の将来ビジョンのことを申し上げて恐縮なんですけれども、これを読みますと、現場の先生がそういう中に参加し、研究をし、提言をしというようなことが随分盛り込まれております。将来そういうことも、ただいまお答えいただきました充実の中に入っていけばいいのになという気持ちがいたします。 続きまして、このたびの諮問に「国際社会において信頼される日本人を育成するとともに、国際社会に進んで活躍し得る人材をいかに育成していくかという問題」ということが出ております。こういう教育の根本というのは、教育の中で個性の伸長とか、能力、適性を生かすとかそれに応じた教育ということが強調されるのですけれども、もちろんそれは重要でありますけれども、それ以前に私自身は、一人の人間としての自立性を育てることが教育であるというふうに考えるのでございます。日本の若者たちが同年代の外国の若者たちに比べて精神的に幼稚だというふうによく言われます。それはいろいろな意味での、精神的にもですが、自立性、自分自身の考えを持つというふうな、思考力とか判断力というふうな問題であるというふうに日ごろ感じております。 私が思うその自立性を育てていく、それを支援していくのがまず教育の根本だという点から考えると、日本の教育を内容の面でこれからしっかり見直していかなければならないのではないかと思うのです。このたびのオウム真理教のようなああいう事件でも、知育偏重教育といったような、そういうことが高学歴集団の人たちに見られる。そんなことも日本の教育の内容について見直さなくてはいけないのではないかというふうに思います。いじめにしても、不登校といった問題にも、そうしたことが関連があるのではないかと思いますので、教育の基本、本質にかかわる問題の解決を、教育の内容面でどういうふうにしていけばいいのかを考えていかなければならないと思うのですけれども、こういう点について文部大臣の御感想を例えたらと思います。
○与謝野国務大臣 国際化の時代を迎えまして、二十一世紀の日本を担える、また国際社会に出ていってその役割を果たせる人間をたくさんつくらなければならない。 先生御指摘のように、例えば国際化になりましたときに、どうしても語学が必要でございます。ただ、語学というのは、実はコミュニケーションの手段、道具でございまして、それ自体が価値があるものではないと私は思っております。そういうときには、やはり国際化と申しますと、広い意味での人類愛とか人間愛とかそういう価値観に支えられた活動でなければならないと思います。 それと同時に、先生は自立性という言葉を使われましたが、こういう少子化の時代になりますと、やはりどうしても親の子供に対する関心も高まってまいりますし、少ない子供に親の関心が集中するという現象も出てまいります。そのことで子供の親に対する依存性が高くなるということもございます。 今般のオウム真理教の事件について言及されまして、これは知育偏重の結果ではないかこのように御指摘があったわけでございますが、どんなに頭がよくても、どんなに知識を持っていても、やはり理性的な判断ができない人間がああいうところにはまってしまう。やはり理性というものが大変大事なことだろうと思いますし、実証的な学問ということも大変大事なことだろうと思います。と申しますのは、ああいう一連の話を聞いておりますと、理性とか実証的とかいうところから離れまして、大変空想の世界に入っているわけでございます。そういう空想的なものを排除するのはやはり人間の理性であると私は思っております。
○石田(美)委員 いいお話を伺いまして、ありがとうございました。 実はもう一つ、今文部大臣も少子化のことをおっしゃって、このたびの諮問にも、少子化といったような社会の変化に対応できる教育というのを挙げていただいているので、私は非常に喜んでいるのです。それと同時に、これもまた日教組の二十一世紀ビジョンですけれども、かねがね私がたびたび主張してまいりました女性学の推進ということもきちっと入っておりまして、お話を進めたかったのですが、ちょっと時間がございませんので、またの機会にさせていただきます。 どうもありがとうございました。
○片岡委員長代理 これにて石田勝之君、石田美栄君の質疑は終了いたしました。 次に、船田元君。
○船田委員 それでは、約一時間半ほど質問時間をいただきまして、実は文教委員会での質問というのは私にとりまして、十年ぶりとは言いませんけれども七、八年ぶりでありまして、やや緊張しております。それからもう一つ大事なことは、野党として初めての質問でありまして、若干戸惑いを感じておりますが、何とか持ち時間をこなしたいというふうに思っておりますので、御答弁の方も、めり張りのきいた御答弁ということでお願いいたしたいというふうに思います。 まず一つは阪神大震災、大変未曾有の災害ということで、五千五百名を上回るとうとい命が奪われてしまいました。それからもう三カ月以上今日まで経過をしました。 私どもの文教委員会でも、去る二月七日でございましたかその大震災関連といいましょうか大震災の対策ということで、いろいろな観点から与野党問わず質問もありました。またそれを受ける、あるいはそれ以前からそうでありますが、文部省としても大変きめの細かな配慮をし、それから制度の根幹にかかわるいろいろな新しいことも意欲的にやっていただいているな、こういうことで、私どもも大変意を強くしてはいるわけです。 ただ、なお三カ月を経過しても依然として幾つかの問題点というものがあるのではないか、あるいは以前において御指摘を申し上げた点についてその後どのように具体的に実行されているか、そういうことをまず最初に、幾つかの観点で御質問したいというふうに思います。 まず最初に、避難をされている方々、いろいろな数字が出ているのですけれども、阪神・淡路地域でなお五万数千名の方々が不自由な避難生活を続けている、ちょっと前の数字かもしれませんが、こういう話も出ていました。また、その中の大半の方々が学校の施設を現在でも利用といいますか、そちらにいらっしゃる、こういう状況が明らかなようでございます。 それで、いろいろ聞きますと、もちろんこれは避難をされている方々に早く出ていってくれということはなかなか言えないわけですけれども、例えば現に教室あるいは体育館、それから校庭などにはテントが張られていたり、あるいはいろいろな家財道具というものが置かれている、こういう現状があります。学校も新学期が始まったわけですけれども、なかなか震災前の学校教育の状況にまで、つまり正常な形で学校教育を行おうとしても、避難をされている方々が教室のある一部を使っている、体育館を使っている、また校庭をやや使われてしまっている、こういうこともあるので、実際の教育を行う上でどうしても少し支障が出ているというような話も聞いております。 その辺の現状、とりわけ避難民の皆さんのどのぐらいの人数が学校関係の施設を使われているのか、そして具体的にどのくらいの教室数あるいは体育館の数、そういったものを文部省側で把握しているかと思いますので、それをちょっと教えていただきたいと思います。
○遠山政府委員 お答え申し上げます。 一昨日、四月二十四日現在でございますが、阪神・淡路大震災による兵庫県下の公立学校への避難者数は三万三百五十四人となっておりまして、学校数では二百三十六校の公立学校に避難をしておられます。 それから兵庫県の教育委員会等からの報告によりますと、避難者を受け入れている学校のうち、普通教室が使用されている学校が百七校、教室数にしまして九百十九教室ございます。それからグラウンドが使用されている学校が三十九校、体育館が使用されている学校が九十九校ございます。この数字は、四月十二日現在の数字でございます。 そして、これのうち、避難者の受け入れによって教室不足のために、四月六日でございますが、新学期の開始時において平常の授業が実施できずに短縮授業等を行っていた学校が七校、小学校五校、中学校一校、高校一校でございました。しかし、その後四校が短縮授業を解消しまして、残るのは、小学校二校、高校一校がほかの学校を借用して授業を実施している状況でございます。 それから、グラウンド、体育館等が避難場所となっているために体育の授業に影響が生じている学校は九十校、こうなっております。
○船田委員 ありがとうございました。 最初の方の数字、教室として九百十九教室、非常に多いなという感じもしました。それから体育館が使用されているのが九十九校ということで、かなり多いなという感じはしました。しかし、その後のお話の中で、特に平常の授業がやや阻害されている、つまり短縮授業をやらざるを得ないというのが七校から少し減っている、そんな状況ですので、そう心配するほどではないかな、こういうふうには感じております。 現場でも、相当いろいろ工夫をしながら教育といいますか授業を何とかやっている、数字から見てそんな感じがしたわけでありますが、これは、避難をされている方々との共存と言っては変な表現になりますけれども、共存、バランスの問題であろうかと思いますので、教育委員会等を通しましてさらに適切に、避難をされている方と、それから学校教育とがいずれも円滑に行われるということを目指して、ぜひ頑張ってほしいというふうに思います。 次に、教員の定数の問題がやはりあるかと思います。 震災前と後では児童生徒の数が、例えば兵庫県内でも別の、被害の少ない地域とかもちろん県外にも一時的に疎開をする、そういう子供たちが非常に多かったというふうに伺っております。現状ではどの程度戻ってきているのかというような数字も知りたいわけであります。 それともう一つは、五月一日というのが要するに基準日ということで、この日にどれだけの子供たちがその学校に在籍をするか、それによって教員の配置の数も自動的に決まっていく、こういう仕組みになっているわけですけれども、もしこれをしゃくし定規に当てはめてしまうということになりますと、震災前と後では相当数が違いますから、したがって先生の数も大分減らさなきゃいけない。そうなると、やはり現場は大混乱をするというふうに思います。さらに、これから先、一時的に避難をされたあるいは疎開をされた子供たらが、復興が落ちついてきましてまた帰ってくる。こういうときに、実際に先生が減らされた状態でありますと対応ができない、クラス編制なども大変困ってしまう、こういうこともあると思います。 それで、私も以前に文部省に直接ちょっとお願いをしたわけでありますが、できるだけ教員定数の運用を弾力的にやってほしい、こういうお話を申し上げたかと思います。文部省においても、何らかの特例の措置という形でやりましょう、そういう話を言っていただきました。それで、通知という形で出していただいているようでありますけれども、その後の状況、その通知を出した後どういうふうな状況になっているか、こういうことについても教えていただきたいと思います。
○遠山政府委員 このたびの阪神・淡路大震災によりまして、兵庫県から兵庫呉外に疎開をしておりました小学校、中学校の児童生徒数ですが、一番多い時期で一万六千人を超えておりましたが、四月に入りましてかなり減ってきておりまして、六千人を切っている状況にございます。 それで、先生保御指摘のように、阪神・淡路大震災によりまして、兵庫県でもなお多くの被災した児童生徒が一時的に県外に避難をしているわけでございまして、こうした状況のもとで平成七年度の教員定数を算定するとかなり減少するわけでございます。 そこで、兵庫県の実情でございますとか、あるいは要望を踏まえまして、また国会でいろいろ御議論をされたことも考慮に入れまして、文部省としましては、兵庫県の平成七年度の教職員の定数につきましては、五月一日現在に在籍する児童生徒に基づく教職員の定数に、平成八年三月までに戻ってくると見込まれる児童生徒数に基づく特例定数を加えた定数を年度当初から、四月から保障するということにしたわけでございまして、そのための政令改正を行ったところでございます。この措置によりまして、年度途中で児童生徒が疎開先からもとの学校に戻りましても、学級編制をし直さないで対応できることになったわけでございます。 また、大震災によりまして心に傷を受けた児童生徒の心のケアにも対応できるというために、いわゆる研修等定数を運用しまして、教員定数の加配を兵庫県にあわせて行うこととしたところでございます。 これらの二つの特例措置によりまして、兵庫県につきましては、大震災がなかった場合に見込んでいた教職員定数と同数の定数を措置することができることになったわけでございます。具体的には、小中学校で特例定数として二百四十四人、それから加配定数として百二十八人、合計三百七十二人を特別に措置したところでございます。
○船田委員 相当思い切った措置というふうに私は受けとめました。ぜひこれはその後もフォローしていただきたいと同時に、平成八年四月以降がどうなるかはちょっとわかりませんが、今後また、なお中期的な検討課題ということでさらに御努力をお願いしたいというふうに思います。 それから、次ですが、今州長からもお話がちょっとありましたが、震災で多くの子供たちも被災をされました。自分の肉親あるいは学校の友達、そういったものを、大変貴重な命を失ってしまう。あるいはまた、その現場に居合わせたという手供たちも大勢いたと思います。それからまた、そこまではいかなくても、やはりあれだけの大きな揺れがあり、自分の家が壊れた、あるいは自分が大事にしていたものが失われた、焼けてしまった、そういうもう非常に悲惨な、また個人的な、何といいましょうか、人生の中で非常につらい思いというのを子供の時期に既に経験をしてしまった。これは子供たちの心に大変大きな傷を当然ながら与えてしまったんだろう、こういうふうに思っています。これから教育上非常に大事なことは、そういう心の傷を受けた子供たちに対するケアということに本当に本腰を入れて対応していくということでないと大変なことになるかな、こんなことを私は思っております。 実は手元に、北海道教育大学函館校人間科学教室で作成をしました「災害を体験した子どもたち」という小冊子のコピーがあります。それからもう一つ、「危機介入ハンドブック」、こういうものがあります。このほかにも多分、いろいろな災害心理学の先生方が知識を集めて、あるいは経験を集めでいろいろなマニュアルの本などを出しているかなというふうに思っています。 子供たちの心的なストレス、これはトラウマというふうに専門的には言うようなんですけれども、心的外傷後ストレス障害、こういうことで、例えば、怖い夢を何度も夜中に見る、夢にうなされて何度も起きてしまう、それから自分の感情を逆に抑えてしまう、それで自分の殻に閉じこもったりする。あるいはさらに、赤ちゃん返り、退行現象ということで、大人のそばから、親から全然離れなくなっちゃったり、あるいは大人の髪の毛を引っ張ったり、そういう状況があり、それを放置をしておくと、例えば、子供ですら胃潰瘍になったり、あるいはぜんそくを起こしたり、アレルギー疾忠を起こしたりという、そういう実際の、本当の病気というのでしょうか心以外の病気というものにも発展をしてしまう、こういうことと開いております。 それで、今申し上げたようなこのハンドブックあるいはマニュアル、こういうものには、そういう子供たちにどう対応したらいいかこういうことについていろいろな示唆をしているわけであります。余り励まし過ぎてはいけない、強圧的であってもいけない。まず、あるがまま、その人のあるがままを聞いて、悲しみや痛みを共有することが第一である。我々はよく、かわいそうだったねと励ましをすぐ言ってしまうと思いますけれども、かえって、そういう第三者からの励ましというのは余り意味がないというか、むしろ逆に有害であるということすら書いてあるわけであります。我々常識的に対応しようとしても、実はそれがそういう心的ストレスに対してはよくないということもちゃんと静かれているわけなんです。 今後、学校の先生方が子供たちと接していく場合、もう既に三カ月以上たっていますから、そろそろその状況というのもおさまってきたかなという感じはしますが、実は、このトラウマという現象あるいは症状というのは一、二カ月ごろが一番多いということであります。一年たっても、あるいは数年たってから発症する、そういう事例も相当あるというふうに聞いております。ですから、ぜひこれは被災地における一般の先生方にも災害心理学の基礎、あるいは、ここに書いてあるようなハンドブックでの基礎的な知識というものをきちんと講習等で身につけておいていただくということも必要でしょうし、また、先ほど加配の話もありましたけれども、本当の意味でカウンセリングの技術を身につけた先生方を加配する、あるいは、そういう人々を、専門家を現地のなるべく多くの場所に配置をする、こういう配慮が必要であると思いますけれども、いかがでしょうか。
○小林(敬)政府委員 お答えいたします。 被災児東生徒に対する心のケアの問題は大変重要だと考えておりまして、文部省といたしましても、学校における心の健康相談活動が十分実施されるよう指導してきたところでございます。その際には、まず学級担任や養護教諭を中心に、全教職員が児童生徒の状況をよく把捉し、子供の不安や悩みをよく聞き取ってあげるということが基本的に大切だと考えております。また、学校医や臨床心理士などのカウンセリングの専門家の協力もいただきまして適切に対応する必要もありますので、文部省として医師会や臨床心理士会などにも協力を求めてまいったわけであります。 兵庫県あるいは神戸市などでは、精神科医や臨床心理十による治療相談活動あるいは派遣といったものをやっておりまして、本年度も年間を通じてこのような事業を継続して充実していきたいというふうにしております。 文部省としては、今後とも精神科医や臨床心理士の適切な活用がなされるよう指導してまいりますとともに、兵庫県教育委員会等が行う災害児童生徒の心の健康相談活動に対する支援を充実してまいりたいというふうに考えております。 なお、具体的に兵庫県といたしましては、相談窓口として、ひょうごっこ悩み相談センターというものを県立教育研修所内に新設をいたしまして、カウンセラー、つまり臨床心理士等一名及び教職経験者等二名による電話相談、来所相談、地域の専門機関への紹介を行うことといたしておりますし、それから、先生方の研修も五月から六月にかけて計画をいたしておるところでございます。 それから、神戸市におきましては、健康相談活動として精神科医による来所相談のほか精神科医九名による巡回相談、それからさらに、臨床心理十等二名による電話相談等の実施を予定いたしておるほか、研修会を企画いたしております。 そのほか、芦屋市、西宮市、尼崎市などでもそれぞれこの問題に対する体制を整えて、今年度に対応しようというふうなことでございます。
○船田委員 心のケアという問題、目に見えないわけですから大変難しい、また根気の要ることだと思いますが、現地の教育委員会にもよく指導していただきながら、ぜひ竹向きに真剣に取り組んでほしい、こういうふうに思います。 それから、埋蔵文化財の件であります。 被災地では現在、つち音も大分高鳴っておりまして、これから土地区画整理事業とか再開発とかそういう大きな復興事業が本格化するわけであります。ここでやはり問題になるのは、神戸の地域も相当、埋蔵文化財が既にかなりあるなという地域、いわゆる包蔵地というのも相当知見として認められているようでありますが、この埋蔵文化財の保存ということ、あるいは工事の途中で出てきてしまう埋蔵文化財、これを調査する、あるいは記録にとる、あるいは保存をする、いろいろ手段はあるわけでございますが、それを保存していくということは非常に大事だとは思っております。しかし同時に、神戸地域におけるこの復興事業全体がもしこの調査によって大幅におくれるということがあっても、これはやはりそこに住んでいる人々の生活、これを一日も早く回復させるという点でなかなか容易ではないな、こういう感じがいたしております。 文化庁では、この前開きましたら、埋蔵文化財調査の弾力的措置というのでしょうか、そういうことについてある通知を出したようでありますが、これはどういう趣旨で出されたのか、その辺ちょっとお聞かせいただきたいと思います。
○林田政府委員 お答え申し上げます。 御指摘のように、今般の阪神・淡路大震災によります被災地につきまして、一刻も早い復興が望まれるところでございまして、現蔵文化財の保護につきましても、復旧・復興事業の円滑な推進に配慮しつつ、一方で適切な措置をとるということが必要であると考えておるところでございます。 この趣旨から、実は二月の二十三日にも、当面の現蔵文化財の取り扱いについての通知をいたしておりますし、三月二十九日にまた改めて、復旧・復興事業に伴う埋蔵文化財の取り扱いに関する基本方針ということで通知をいたしておるところでございます。 内容的に申しますと、おおよそ次のようなことを内容としているわけでございます。 第一に、水道、ガスなどのいわゆるライフラインや道路、河川、鉄道などの復旧、それから仮設住宅の建設など緊急を要する工事につきましては、本年五月末日までの間、文化財保護法による埋蔵文化財関係の手続及び発掘調査を要しないというふうにしておるところでございます。 また、今後本格化いたします復旧・復興事業に備えまして、本年六月以降、当面三年間といたしておりますけれども、一つは、建物、工作物の復旧が被災前の規模、構造を大きく変更しないで行われる場合には発掘調査を要しないということが一つございます。 それから第二には、発掘調介は工事によって地下遺構が損壊される場合に限って行うが、調査の範囲や内容は遺跡の規模、内容などに応じて弾力的に考慮するということを内容としております。 このような点を配慮いたしまして、被災地の早急な復旧が急務であるという認識を基本とし、被災地の実情に合わせた措置をとることとしております。 また一方、発掘調査を行う体制、これも大変手数が足りないにもかかわらず大量の発掘調査をしなければならないことが予想されるわけでございまして、この体制につきましても、全国の地方公共団体から一定期間、発掘調査技術者の派遣を求め、相当の発掘調査が予想される兵庫県に集中的に投入することによって発掘調査の迅速な実施を図ることといたしておりまして、既に県におきましてもそういう体制が整いつつございますし、全国の多くの県から協力をしたいという申し出も出ておりますので、そのような体制をうまく組んでいきたいと思っておるところでございます。
○船田委員 埋蔵文化財を調査し、また同時に復興に向けての作業も急がなければいけない、非常に微妙な問題ですが、要はバランスのとり方だと思います。出したらもうすべてそれでおしまいということじゃなくて、やはり通知の趣旨を本当に現場の人々がきちんと理解をしてやっているかどうか、こういうことでぜひ今後よく実態をフォローしていただきたい、こういうふうに思いますので、よろしくお願いをします。 大臣にお尋ねいたしますが、今申し上げたような、教室に避難の方がいらっしゃるという問題とか、それから教員定数の問題だとか子供のケアの問題、それから最後の埋蔵文化財の扱いの問題、まだまだ、今後とも本当に文部省においてもこの被災地に対するいろいろな配慮ということをやっていかなければいけないし、関心を持っていかなければいけないと思うわけであります。最近、もう三カ月以上たったということと、ほかにまたいろいろな事件が相次いで発生をして、どうも阪神の被災地に対する関心といいましょうかそういったものが世論としても少し薄れているような感じがするのであります。文部省としては、ほかにもいろいろあると思いますけれども、今申し上げたことを中心として、ぜひさらにきめ細かく被災地の復興を含めた対策を続けてほしい、こう思いますが、お心構えをお聞かせいただきたいと思います。
○与謝野国務大臣 先生、大変いろいろな方面を御心配いただきまして、ありがとうございます。先生が御指摘になられた問題、いずれも文部省としてはできる限り速やかに対応したつもりでございますが、今後ともいずれの問題に対してもきちんとフォローをしてまいりたいと思います。 そのほか、やはり私立学校関係の施設も相当被害に遭っておりますので、これをどう建て直していくかという問題もあろうかと思いますし、最後に文化財のお話をされましたけれども、いろいろな重要な文化財に指定してございますものも被害を受けておりますので、そういうものをどこまで原状に復元できるかとか、そういう問題も含めまして、文部省としてやるべきことは非常に範囲が広い問題でございますが、国会の御理解もいただいて、いずれの問題もきちんと片づけるようにいたしたいと思っております。
○船田委員 ひとつよろしくお願いいたしたいと思います。 以上で震災の関連は終わりますが、次に、震災にも若干関係がありますけれども、ボランティア活動ということについて少し御質問をしたいと思います。 阪神大震災あるいは地下鉄サリン事件、あるいはまた一方で景気の低迷というのでしょうか実は私は底入れ宣言をした張本人でありますが、なかなか回復の足取りがそう強くないということを非常に責任を持って今感じておるところでありますが、その景気の低迷などの問題、ことしは非常に暗いニュースがどうしても続いてしまったなと思っております。やはりこういうときには、我々人間といいましょうか日本人、明るい部分というのもいろいろあると思います。その明るい面をよく見て、それを、政治の世界ももちろんですが、みんなで伸ばしていこうという心構えで我々はやっていきたい、その明るい面の一つがやはり阪神大震災で活躍をした学生のボランティアじゃないかこういうふうに私は思っているわけなんです。 ついこの間、震災が起こってちょうど三カ月目の四月十七日付の朝日新聞ですけれども、三月の末に現地で働いている七百九名のボランティアの皆さんにアンケートをした、その調査が大分詳しく出ておりました。数字を申し上げるのはあれしますけれども、割合からすると、全体のうちの、つまり七百九名のうちの三分の二が今回初めてボランティア活動に参加をした、こういうちょっと驚くような数字が出ておりました。それからもう一つ、これは大変心強いことでありますが、三月末現在で聞いたところ、活動をさらに続けたい、できるだけ続けたい、こういう人たちが全体の八割、こういうことでございました。もちろん学生の中には新学期が始まるということで少し数も減ってきたようでありますけれども、それでもなお、学校が心配ですけれども続けている、そういう学生も相当数まだ残っている。こういうことで、このアンケートの結果を見ても、ボランティアに従事をする学生の諸君の意識というものは非常に高いのだなということをつくづく感じました。 それともう一つ、これは手前みそで恐縮なんですが、我々新進党が学習ボランティア活動というのを、新進党の学生部というのがあるのですが、その連中が中心となって、二月の二十八日から三月二十八日まで約一カ月にわたりまして神戸市の長田区で実はやらせていただきました。詳しくは申し上げませんが、大体五十名の学生が実際に現地でやってくれたわけです。学生によってはわずか一日というのもいましたが、三十日間丸々現地に張りついたという学生もいて、延べ三百五十人、一日一人ということで考えると三百五、六十人、こういう学生が参加をしてくれたわけであります。 私たちの活動は、先ほどもちょっと子供のケアの問題を申し上げたわけですが、子供たちがどうしても一人で遊んでいるあるいは親元を離れない、こういうケースが非常に多いようであります。そこで我々としては、そういう状況が続いていると子供たちが苦しみとか悲しみというものを忘れて遊ぶという状況になかなかなっていかない、そういうことではなかなか大変じゃないかというわけで、学習ボランティアと言いましたけれども、実は遊びを、現地で校庭の片隅をちょっと使わせていただいて、それで子供たちと一緒に体を動かし、あるいはいろいろなゲームを行う、こういうことを展開してもらったということでございました。 その学生部あるいは参加をした学生に後でいろいろ聞いてみました。結局、彼らが一番喜んだことは、実は自分たちも震災が発生をしてからすぐに現場に行って何かしたい、何かをしてみたいという気持ちがとても強かった、しかしながら、ボランティア活動といってもほとんどやったことがないので、どこに話をしていったらいいかあるいはどういう窓口があるのかということもどうもわからなかった、学校で多少募集もしたのでありますが、たまたま学生部の話を聞いて、あっこれだということですぐ飛び込んできてくれた、そういう学生が非常に多かったわけですね。そういうことを考えますと、まだまだボランティア活動というものに対して何らかの条件の整備というか、こういうこともいずれ必要になるのではないかな、こう思っております。 大臣には、まず、学生を中心とした非常に多くの若者がボランティア活動を実際にやっていた、そして現在でも続いているという状況をどういうふうにごらんになっているかお聞かせいただきたいと思います。 〔片岡委員長代理退席、委員長着席〕
○与謝野国務大臣 震災直後、医薬品、食糧、水寺の物資も大変緊急性のある、必要なものでございましたけれども、やはり震災後に起こりましたもろもろのことに対応するためにたくさんの人手が必要だったわけでございます。 自衛隊も大変な、延べ人数にしますと百七十万人近くの方が現地で働いてくださいましたし、また、全国から集まった警察官、消防士、また現地の警察、消防団、消防士等々、たくさんの方が震災後の緊急の事態にいろいろなことで働いてくださったわけでございます。その中には、近県から行かれましたお医者様も、また看護婦さんもおられましたし、いろいろな意味で多数の日本人がこの震災に対して人的貢献をされました。 その中でも、今回際立って私どもがうれしいと思いましたのは、やはり学生がみずから進んでそういうものに参加したいと、大変自発的な行動があったわけでございます。そして、何か自分も社会的に役に立つことに参加をしたいという意欲を持って積極的に参加をされたことでございまして、それが震災直後の数日間とか一週間ということではなくて、相当長期間にわたって犠牲的な精神でそういうボランティア活動に参加をしてくださいましたということは、やはりある意味では日本の青少年というものは健全であるという一つの証左でもありまして、大変私どもとしてはひそかに喜んでいたことの一つでございます。
○船田委員 せっかく、せっかくといいますか期せずしてそういうボランティア活動が非常に日本でも盛んになっているんだな、ボランティア元年とかあるいはボランティアを普及するきっかけの年というふうに言われておりますが、私どもは、やはりこういう明るい面というのを政治の場所でも仲はそう、そういう取り組みを我々はしていきたいな、こういうふうに思っております。 実は既に、これは何月でしたか相当前なんですけれども、二月中だと思いますが、私ども新進党の参議院の方で、ボランティア基本法というものを提出をさせていただきまして、議員立法ということであります。現在、まだ具体的にその議論がなされていないというふうに聞いておりますけれども。 要するに、ボランティアという言葉は、自発性とか自立的に行うという、あるいは奉仕ということでありまして、これは強制をすると本来の趣旨とは離れてしまう、あくまで個々人の自由意思で行う、こういうことであると思います。 ただ、実際に、ここまでボランティアの必要性が叫ばれ、今回は災害に関するボランティアということで多くの人々が従事をしたわけですけれども、そればかりではなくて、災害は起こってはいけませんけれども、例えばそのほかの福祉分野、ここでのボランティアというのも、これもある意味でオーソドックスに存在をしてきたし、また、これからとりわけ高齢化が進展をして、寝たきりのお年寄りも多分数は非常にふえていくであろう、そういう介護を要するお年寄りに対するボランティアということも、これも相当地域社会として受け入れて、あるいは育成をして、そしてやっていく必要がどんどん出てくる、こういうふうに思うわけであります。 ボランティアの種類あるいは活動の分野というのはもう多岐にわたると思いますけれども、ただ、ここで私たちが言えること、またやらなければいけないことは、ボランティア活動というものが本当にやりやすいように、またできるだけ多くの人々がある意味で気安く参加ができるような周辺整備をする、これが私どもに課せられた責務じゃないかこういうふうに思っているわけです。 ボランティア基本法の法案では、例えば広報活動を行う、それからボランティアの指導者の講習を行わせる、あるいは情報の提供を行う。あるいは、ボランティアをやっているときに人を傷つけちゃった、あるいは自分で被害に遭ってしまった、こういうときに対応するようなボランティア保険というものももっともっと充実させなさいというようなこと。あるいは、企業などでボランティアをする、そういった場合の税制上の優遇措置というのでしょうかそういったものもあるでしょう。あるいは、企業内のボランティア休暇制度、こういうものをぜひ国、地方公共団体に率先してやってほしい。精神規定ではありますけれども、そういう内容で私どもは今提出させていただいているわけなんです。 大臣にこの評価を聞くのはちょっと酷かもしれませんが、ボランティア基本法そのものというよりも、今私が申し上げたような周辺整備を、国として、あるいは地方公共同体としてやっていこうという考え方について、一般的にどうお考えであるかということが一つであります。まずそれをお聞きします。
○与謝野国務大臣 大変いい御提案だろうと思います。 ボランティア活動の難しさというのは、余り制度を整備いたしますとボランティアでなくなるという面もございますけれども、先生が御指摘になった、ボランティア活動をやっておりますうちに、例えば何か物を壊した、人を傷つけた、あるいは自分がけがをしたという場合の保険というのは一体どうなんだろうか、あるいはボランティア活動を推進するためのある種のグループに法人格を与える問題は一体どうなのか、あるいは地方公共団体等々、何も災害だけに限るわけではございませんで、むしろボランティア活動というのは恐らく今後は福祉関係でふえていく分野でございまして、そういう福祉関係のボランティアで参加したい人はどこに行けば参加できるかとか、そういう情報提供の分野とか先生が御指摘のように、ボランティア活動自体は極めて自発性を持ったものでございますけれども、それに参加するための条件の、その周辺を整備するということはやはり私は大変大事なことだと思っております。
○船田委員 大変前向きの御答弁をいただいて、ありがとうございました。ぜひそういうお気持ちを具体的にいろいろな施策の中で、もちろんこれは文教行政の中でも幾つでもあると思いますので、ぜひ実行に移していただければありがたい、こう思います。 その一つとして、このボランティア基本法案ではちょっと触れてなかったのですが、学校教育の中でやはりボランティアに一時期触れさせるという必要が出てきたんじゃないかこういうふうに思っています。 先ほどの朝日新聞の調査、アンケートでも、三分の二の人たちが初めてボランティアをやるんだ、こういうことで、確かに初めてやっても、若い人たちですからすぐになれて、それで非常に前向きに取り組んでもらっているというのは、これはいいことなんですけれども、例えば子供の時期、ある時期に、実際にボランティアの、まねごとと言っては申しわけないのですが、ボランティアのイロハみたいなことをどこかの時点でやったということになりますと、その子供が成人をする、あるいは大学生になって、そしてボランティア活動をやろうという動機づけに相当なるんではないか、こういうふうに私は期待をしているわけなんです。 先ほど石田議員からも、道徳教育の問題で、きちんとやってないじゃないか、こういう話もありましたけれども、例えば道徳の授業のある部分はボランティア活動のノウハウというのかあるいはイロハというものを何らかの形で体験をしてもらう、そういう具体的な体験をさせるということも私は非常に大事がな、あるいはまた道徳教育そのものの趣旨にもこのボランティアというのは非常にいい教材として使われるのではないか、こう思っておりますが、その辺のお考えはいかがでしょう。
○井上政府委員 お答え申し上げます。 学校教育におきましては、ボランティア活動は、勤労のとうとさや社会奉仕の精神などを養う体験的な活動といたしまして、小学校、中学校及び高等学校を通じまして、主として特別活動のクラブ活動や学校行事の中で指導されているところでございます。 特に、道徳教育の時間におきましては、勤労のとうとさを理解するとともに、社会への奉仕の気持ちを深め、公共の福祉と社会の発展のために尽くす精神等を育成することとして指導が行われております。また、社会科の授業におきましては、社会福祉の大切さについて国民の関心が高まる中で、ボランティア活動が活発に行われるようになっていることなどが取り上げられているところでございます。さらに、特別活動の学校行事やクラブ活動の中で、地域の実情に応じまして、地域の清掃活動や老人ホームでの奉仕活動などさまざまな活動が行われているところでございます。 文部省といたしましては、学校におけるボランティア教育を充実するため、教員等を対象とした教育研究会の開催、学校におけるボランティア教育の意義や指導の実践例を解説したボランティア教育指導資料の作成などを行っているところでありまして、今後ともボランティア教育の一層の推進を図ってまいりたいと考えております。
○船田委員 それともう一つ、お願いというのでしょうかこれはぜひ考えてほしいなと思いますのが、このボランティア活動、これはなかなか評価は難しいと思うのですが、大学の単位として多少認めるというようなことができるのだろうか。実は、たしか被災地の周辺の大学などにおいて、そのボランティア活動をやった大学化に対して、これは臨時の措置というような形で、一度文部省としても何か通知みたいな、あるいは事務連絡みたいなことをやっていただいたようでありますが、これを多少、これだけに限らずもうちょっと広い視野で単位認定というものに使えないだろうかあるいは導入できないだろうか、こういうふうに思うのですが、いかがでしょう。
○吉田(茂)政府委員 平成五年度の調査でございますが、既に国公私立を通じて六十三大学でボランティア活動等を授業科目に取り入れて単位を与えている状況がございまして、この数はその後さらに増加をいたしております。 ただいま御指摘の、今回の大震災に際しまして、文部省では、授業の一環としてボランティア活動を位置づけることなど、学生がボランティア活動に参加しやすい条件づくりについて配慮するよう、これは全国の国公私立大学に対してお願いをしたところでございます。 各大学におきましても、今回の震災を契機にボランティア活動に関する取り扱いを数多くのところで検討しておりまして、例えば、現段階で私ども把握している限りでございますが、関西学院大学であるとか神戸大学であるとか、九大学で平成七年度から新たにボランティア活動を取り入れた授業科目を開設するというような状況に相なっております。 今後さらにボランティア活動の位置づけについて積極的な検討が行われるよう、各大学において見識ある判断をいただけるよう、私どもは期待しておりまして、さらにフォローアップをしてまいりたい、かように考えております。
○船田委員 今の局長の御答弁では、例えば各大学でカリキュラムとして既にあって、その中で、ボランティアをやりなさい、あるいはボランティアの体験をしなさい、こういうものがあって、それにはまったものだけが単位として認定される、こういう感じを受けたのです、 私が導入してほしいと思ったのは、その枠をさらに外して、今回の大震災でもそうだし、また自分の住んでいる周りでどうしてもボランティアをやりたい、こういう気持ちになって福祉ボランティアをやった、そのことを後になって認定をしてもらう、こういう少し弾力的な扱いにはできないかというのが私の言ったことなんですが、その辺まではいかないのか、どうなんでしょうか。
○吉田(茂)政府委員 ただいまの御指摘でございますが、現在のところ私どもは大学における単位の認定に当たっては、学生の自主的なボランティア活動であっても教育活動として位置づけて、事前にいろいろな情報交換をしたり、あるいは事後にボランティア体験について教員や他の学生を交えて報告するというようなことも非常に大事であろうと思っておりまして、むしろそうした配慮をやることがボランティア活動あるいは教育活動として意味のあることではないかというふうに思うわけでございますが、今後御指摘のような点について、実際の大学の状況等を勘案しながら検討してまいりたいというふうに思っております。
○船田委員 その枠以外のところでそういうものを認定するというあり方、なかなかこれも勇気の要ることであり、また整備をする、あるいはどういうふうにボランティアを評価するかということにもかかわるものですから、大変難しいと思いますが、ぜひこれは研究課題として今後とも前向きに検討してほしいな、こう思いますので、よろしくお願いいたします。 次に、ボランティア活動のことは終わりまして、大分時間も経過しておりますが、大臣が後ほどお出になる御日程もあるようですから、ちょっと順番を変えまして、大臣に二つだけ御質問をいたしたいと思います。 それは、なぜ大臣がいなければいけないかというと、大臣と私はある趣味が同じでございます。つまり、天文というのですか天体観測も含めた天文学というものが、もちろんエキスパートでも何でもありませんが、お互い素人的に同好の十という、そんな感じでございまして、そのことだけ二つ先に御質問をいたしたいというふうに思います、 一つは、国立天文台、これは東京天文台が過去に改組されて共同利用機関、こういうことになったわけであります。その国立天文台をベースといたしまして、現在大型光学赤外線望遠鏡計画、かつてJNLT計画というふうに呼んでおりましたが、要するに直径八メートルの大型望遠鏡をハワイのマウナケアという火山の山頂に設置をして、宇宙の果て近くまでを見ようではないかあるいはほかの太陽系の惑星を発見しようではないかほかの銀河の微細構造を見て宇宙の構造を確かめてみようではないかこういう大変気宇壮大な取り組みというものに、今その工事をやっているわけであります。 大臣も私も、数年ほど前にその望遠鏡をつくるための議員連盟というのをつくりまして、一緒に推進をさせていただいたという懐かしい思い出もあるわけでございますが、この大別比望遠鏡、「すばる」というふうに命名されましたが、この望遠鏡の建設の現状と今後の見通しということについて、これは事務方でいいのかあるいは大臣みずから御答弁されても結構なんですが、どうぞ。
○岡村政府委員 現状について御説明申し上げます。 国立天文台の「すばる」につきましては、平成十一年度の完成を目指しまして、平成二年から九年計画で建設が進められております。平成七年度はこの五年目に当たるわけでございまして、全体計画のスケジュールに基づきまして、望遠鏡を格納いたします、土台の部分はできておるのですが、そのドームを平成七年度に完成させますし、また望遠鏡の鏡自体も今建設が着々と進んでいるところでございます。 今後の予定は、八年度に、そのできましたドームの中に鏡以外、レンズ以外の部分の望遠鏡本体部分を組み立てまして、九年度にレンズを据えつけまして、その後総合調整を行いつつ十二年度から本格的な観測を開始する、こういう予定及び現状になっております。
○船田委員 これはもう大変大きなナショナルプロジェクトであると思います。進捗状況はスムーズにいっているようでありますが、なお努力をお願いいたしたいと思います。 それから、国際共同利用という使われ方になるのだと思いますが、できればその運用のあり方について、これは多分第三者みたいなところで、日本の研究者がどのくらい使い、それから外国の研究者がどのくらい使ってもいいかという議論をされると思いますが、ひとつ国際共同利用というこの趣旨をぜひ生かした運用の仕方、使われ方というのをお考えいただきたいと思います。 もう一つてありますが、ちょっとこれまた荒唐無稽な語を言って大変恐縮なんですが、これはハルマケドンではありません。これは実際にあるかどうかわからない話なんですが、昨年七月に、木星にシューメーカー・レビー第九すい泉という、いわゆるほうき泉でありますね、これが二十数個連続して木星の表面に衝突をいたしました。その光景というかその後の痕跡などもいっぱい残りまして、相当話題を呼んだわけであります。 これと同じことが地球に起こるかどうかこういうことは大変わからないわけでありますが、例えば小惑星というのがちょうど火星と木星の間ぐらいに非常に多く存在をしている。また、そこだけではなくて、地球の軌道とクロスするような、そういうところにも小惑星の幾つかは少しずれて太陽の周りを回っている。したがって、軌道が万が一合ってしまうと衝突ということもないわけではない、こういうことであります。 ただ、例えば直径が十キロとか百キロとか、そういう非常に大きい小惑星がぶつかる確率は、それはもう何千万年に一同という非常に小さな確率しかない。しかし、その直径が狭められれば狭められるほど今度はぶっかる確率が少し高くなってくる、こういうふうによく言われております。直径十メートルぐらいですとこれはもう十年に一遍ぐらいとかそれから直径百メートルぐらいですと数百年に一回というような形でぶつかるのではないか、こういうふうによく専門家の間では言われているわけであります。 何を言いたいかといいますと、この小惑星が衝突をして、そして地上のいろんなちりとか水分がはね上げられて、それが地球の周りをしばらく漂う、そうなると太陽からの光が五割とか七割とか九割遮断されてしまって、それでちょうど、核の冬というのが皆よくありましたけれども、ああいう状況になってしまう。こういうことで、それは人類全体の生存にとっても非常に大変なことになる、こういうことも指摘をされております。ただ、その確率は非常に小さい、しかし今この段階でもう未来永劫ゼロですよということは言えない、こういう状況であると思います。 やはり大事なことは、今アメリカのNASAがスペース・ガード計画ということを始めたようでございまして、直径百メートルぐらいの、将来地球にぶつかるかもしれない小惑星を事前に見つけて、そして、これはまあスターウオーズではありませんけれども、いろんな手段でその小惑星を未然に散らしてしまうとかあるいは軌道を変えるというようなことで、それで衝突をすることを将来にわたって回避していこうじゃないか、こういう、ある意味で気宇壮大ですけれども、実は割と深刻な話であります。その小惑星が衝突をして人間の死ぬ確率というのは、実は飛行機事故の死亡の確率と同じである、こういう話を聞きまして、そんなものかな、そんなにすごいのかなという感じをいたしました。 大臣、どう思われたかわかりませんけれども、この問題について、とりわけこのスペース・ガード計画というのは、多分アメリカの一つのナショナルプロジェクトとして今後動き出すのではないかということを感じております。かつていろいろと、SDIの問題もございました、それから大型加速器の問題もございましたけれども、今後こういう問題でアメリカから言われる、あるいは参加をしてくれという話があった場合、一体どう対応していくか。少し先の話になると思いますが、そのことも含めてちょっとお考えを聞かせていただければありがたいと思います。
○与謝野国務大臣 小惑星が地球に衝突するという確率は、計算上は先生か言われたとおりそう低いものでもありません。例えば私が飛行機に乗って墜落事故で死ぬ確率と小惑星が地球にぶつかって私が死ぬ確率と、これは同一だというふうに計算されておりますので、そう荒唐無稽な話ではない、そのように思っております。 これは非常に長期にわたる話でございますので、基礎的なデータをきちんと各国でつくっていくということが必要であるわけです。と申しますのは、やはり小惑星というものは、大体大きなものは既に発見されておりますけれども、小さなものはこれから発見をして、軌道を決定しなければならないわけです。その決定された軌道に基づいて、地球とクロスするかどうかという検証も行わなければならないわけで、相当手間のかかる長期的な仕事になるわけでございます。 アメリカもNASAを中心に、大変財政難で予算が削減されるあるいは計画が棚上げされたのではないかという話もございますが、ことしの七月にはアメリカでは報告書も出されますし、また、ことしの秋であろうと思いますけれども、ヨーロッパではこういう方面の専門家が集まって協議をするということでございますので、やはり日本としてもそういう協議の場にも出ていかなければなりませんし、また、惑星の軌道決定というのは望遠鏡で求められるわけでございますから、国際協力という枠組みができれば、そういうものには参加して、小惑星の軌道決定にいろいろ参画していくということも私は必要であると思います。 こういうものに対する研究費というのはそう大きなものでもございませんので、そういう研究者がおられるということであれば、やはり少額でも科学研究費の対象として考えたらどうかなと私は思っております。
○船田委員 大変な御見識もいただきまして、ありがとうございました。大臣、結構でございます。 やや荒唐無稽な話かとお聞きいただく方もいらっしゃると思いますが、相当これは、飛行機事故と同じような確率なものですから、それに備えるということ、これはやはり人類の英知としては必要である、こういう観点で質問させていただきました。また機会がありましたら、お話をしたいと思っております。 ちょっと話はまたもとに戻りまして、今度は中教審の問題で、もう既に同僚議員からも午前中、午後、それぞれ話があったかと思いますけれども、若干重複するかもしれませんが、二、三点お聞きをいたしたいというふうに思います。 もう本当に言うまでもなく、中教審、昭和二十八年に発足をしたというわけでありますし、これまで累積で二十九回の答申を出してきた。その中には、先ほども話題となりました四六答申ということもあったわけであります。今回の中教審でも、これにまさるとも劣らない非常に重要な事項を審議していく、こういうふうに思うわけでありますが、諮問の一つに「学校・家庭・地域社会の役割と連携の在り方」を検討しようということがあり、その中でも関連をいたしまして学校五日制、先ほどもちょっと議論がありましたが、この学校五日制の問題についてきちんと議論をしていこう、こういうことになったようであります。 私自身も地元のいろいろなPTAなどによく顔を出すわけでありますが、もちろん、PTAの親の多くは子供たちにゆとりが土曜日はできてきたというふうには一様に歓迎をするのでありますが、年間の授業時間あるいはカリキュラムそのものが変わらない中で、この学校五日制、しかも今年度四月からは月二回になったわけでありますが、こういうふうに休みがふえてくると平日の子供たちの負担というのがどうもふえてしまったのではないか、子供たちの学校からの帰りがやはりおそくなってきていますよ、こういう話をよく聞きます。 あるいは、実際に子供たちからもいろいろ聞いたのですけれども、学校行事が大分削られている、こういう話を聞かされました。文化祭、これは前には年に二日間やっていたのがわずか一日になっちゃった、寂しい、つまらない、こういう話もよく聞いております。そのほか楽しい学校行事というのも多少ずつ削られてしまったのではないか、こういう声をよく聞くわけであります。 私自身具体的に検証したわけではありませんけれども、文部省が今入手をしている、特にことしの四月からの状況に対応して、平日にどの程度の時間の上乗せがこの結果として出てきているか、それから課外活動、とりわけ学校行事等においてどの程度の削減がなされているか、この辺の具体的な数字をちょっと教えてもらいたいと思います。
○井上政府委員 お答え申し上げます。 月二回の調査研究協力校の研究状況を見ますと、授業時数の運用の工夫といたしまして、授業時数の上乗せにつきましては、高等学校では三一・二%、中学校では五二・八%、小学校では四二%の学校で、休業日となる土曜日以外の曜日の授業時数をふやしているところでございます。しかし、その場合でも過当なりの増加授業時数は、高等学校及び小学校では七割を超える学校で、また中学校では過半数の学校で一単位時間以下にとどまっているところでございます。 また、多くの協力校で学校行事の精選が行われておりますが、研究の当初は授業時数確保のために学校行事を一律に削減する場合も見られましたが、研究の進展に伴いまして、個々の学校行事の教育的効果を十分検討して、学校行事の準備に要する時間を削減したり、複数の学校行事を統合して、より効果的に実施したり、教科の内容として位置づけて実施するなど、学校の実情に応じた対応が進められているところでございます。 さらに、学校行事のみならず、これまで標準を超えて実施していた各教科等の授業時数を削減するなど、教育課程全体にわたる見席しが進められております。 このような状況を踏まえまして、本年四月から月二回の学校週五日制を実施しているところでございます。 文部省といたしましては、教育委員会等に対する通知などによりまして、各学校においては、それぞれの学校の実情を踏まえつつ、児童等の学習負担に配慮しながら、各教科の教材等の精選、学校行事や教科外の活動の精選、短縮授業の見直しなど、総合的に行うように指導してきたところでございます。今後とも、月二回の学校週五日制の円滑な定着のため、教育委員会等に対して指導に努めてまいりたいと考えております。
○船田委員 今のお話ですと、確かに平日に上乗せはされているところは多いけれども、ただ、それは全体から見れば週に一時間の上乗せ、こういう程度であるという話。それから、学校行事についてはなるべくその準備の期間とかを短縮するとかいろいろな工夫はしている、そういう御答弁でありました。 現状ではそれほど心配するほどではないなという感じはしますが、先ほど来語がありますように、これが完全実施といいますか、月四回毎週土曜日は休みである、こういうことになると、これは先ほど大臣もおっしゃったように、やはり質が違ってくる、こういうふうに話をされまして、それは私もそのとおりであると思いますし、とりわけ学習指導要領の改訂ということが当然として議題になるべきである、それが前提である、そういう認識を私自身は持っておりますので、これは答弁は要りませんけれども、ぜひそういう観点で検討してほしいというふうに思っております。 それから、この五日制に関連をしまして、また先ほどの地域社会の役割ということとも関連をして、子供たちは土曜日にかなりゆとりを持って過ごしている現実がある、こういうふうにも申し上げたのですけれども、一方でまた地域社会で受け入れる受け皿、これがまだまだ脆弱である、こういう感じを私は持っております。せっかく土曜日を休みにして、それは子供たちが自由に遊ぶということも一つのゆとりかもしれませんが、しかしまた同時に、せっかく土曜日があくわけですから、学校教育では味わえない、地域での体験学習とかそういうこともこれはやはり当然取り組んでいくべきであるというふうに思っています。 現状でも、各地域で子供会、育成会それから自治会とかそういうところでも取り組みを大分やっておりますし、またいろいろな青少年教育団体、そういうところでも取り組みをやってもらっているようです。手元にも幾つか例えば国立青年の家とか少年自然の家とかそういうところでも、中身からいうと非常に充実をした、私も行ってみたいなというような大変内容のあるイベントというのも予定をされていると思います。しかしながら、実はこれはごく一部ではないだろうか。どんなにその場所を提供し、そしてスタッフをそろえたとしても、やはりそれに触れられる子供たちというのはどうしても限られてしまう、こういうことになっているかと思うのですね。 ですから、もっとこれは、一時的なイベントで終わらせるのでもなければ、あるいは一地域あるいは一つの施設だけで終わらせてしまう、こういうことではこれはよくない、こう私は思っております。もっと継続的にこの土曜日の子供たちの受け皿をつくる必要があるし、またできるだけ普遍的に子供たちをそういう体験をさせる、こういう行事に発展をさせる、このことが私は今後必要であるというふうに思います。 それで、例えば青少年教育団体、日本には全国組織としては三十数団体あります。実はそこに国庫補助金が、毎年、社会教育関係団体補助ということでその一部が青少年団体の方に補助金として行っております。もちろんそれだけで動いているわけではありませんで、民間から寄附金を得たりあるいはみずから調達したりということでやっているわけでありますが、どうもその青少年団体補助金も、毎年毎年国の補助金は削減するという、要するに経常費の補助である、こういうことで削られっ放しという状況がずっと続いております。何とか横ばいということを続けるのが精いっぱいということなのですが、こういうことを考えますと、むしろこの補助金はどんどんふやす方向になきゃいけない。青少年のそういう団体も本当に意気に感じて、また我々が、まあすべての地域を網羅するわけにはいかないけれども、相当程度の地域を仲間に呼びかけてやっていきましょうという意欲をわき上がらせるためにも、この国庫補助金の増額というのは私は大事じゃないかな、こう思っておりますが、そのことも含めて、この受け皿づくり、その点についてお考えをいただきたいと思います。
○草原政府委員 週五日制の休みになります土曜日における子供たちの活動状況については、昨年調査をした結果がございます。これによりますと、幼稚園や小学校の子供たちは、近くで遊んだり運動する者が多かったようです。それから中学生、高校生になりますと、ゆっくり休養した者が多いという結果が出ております。 このように、五日制については、全体としてはその趣旨が各家庭あるいは地域で理解されておりまして、おおむねゆとりあるいはさまざまな体験を得る機会として活用されているとは思いますけれども、先生御指摘のように、やはり大事なのはその受け皿の整備でございます。 青少年関係団体への補助金は全体で約四億円で、この十年ぐらい大体一定の額になっておりまして、せっかくことしからまた第四土曜日も休みになりましたので、今後とも教育委員会あるいは関係機関団体の協力を得ながら、子供たちの土曜休業日における学校外活動の充実、特にその受け皿の充実という点について私ども一層努力をしてまいりたいと思っております。
○船田委員 これもまた一朝一夕にできる問題ではなくて、本当に時間をかけてその体制をつくらなければいけないわけですから、ぜひこのことも前向きに、しかも地道に取り組んでほしい、こう思います。 それから、この諮問の第三にあるのが、「国際化、情報化、科学技術の発展等社会の変化に対応する教育の在り方」を検討する、こういうことになっております。その中で、青少年の科学技術離れということも指摘をされ、これをどうするかこれも大きな課題であると思います。 私は、今の学校教育の授業、これは自分のところでも私立学校をやっておりますのでいろいろ聞かせてもらっておりますけれども、どうしても教えることが多過ぎると言うのですね。それでなかなか、一つのテーマについて教員がじっくりと教え、あるいは実物に即して教えていく、こういうことよりも、一方的にこれはこうだ、AならばBだという、抽象的に上から与える、そういうふうなことで授業がだらだらといってしまって終わっている、こういう話をいろいろ聞かせてもらっています。 もちろんこれが普遍的なものではないと思いますけれども、そういう傾向があるのではないかな。要するに、実物教育というのでしょうかあるいは本物にちゃんと触れさせて、そして体験をさせて、頭ではなくて体で覚える、そういう教育がどうも欠けているのではないかな。そこにまた、学校の授業に感動がない、そこから科学技術離れというものにもつながっているのではないか、こういうふうに私は思っております。ですから一つには、内容をやはりもっともっと精選をしてほしい、これが一つであると思います。 それからもう一つ、小学校一年生、二年生で生活科という新しい取り組みをしてもらいました。数年前でありました。そのときに、歴代文部大臣の中には余り御賛成ではない方もいらっしゃったようでございますけれども、しかしながら生活科というものを、理科と社会を統合するというのですか、一緒にして教える、こういうことであります。 実はその当時、生活科には教科書をつくるべきではないのではないかこういう議論も一部にはあったと思っております。ところが、学校の先生方あるいは文部省もそうだったのだと思いますけれども、やはり何か手引きになるものが欲しい、こういう要望もあって、結局教科書というものができてしまった、こういうことでありました。 私の子供ももう小学校四年ですけれども、一年と二年のときにこういう「あたらしいせいかつ」ということで、これを使ったようであります。よく見ると、音の教科書と非常に違いまして、大変カラーも多いですし、本当にこういう活動を一つ一つ学校でやれるということであればこれはとても楽しい授業だな、こういうふうには思っておるわけです。 ただ、どういったらいいんでしょうか、若干おぜん立てをし過ぎているかな、そういう一万の心配も実はありまして、本当は、体験学習あるいは問題解決学習というんでしょうか、子供たちがいろいろ自分たちの頭で考えて、これはどうなっているんだ、これがどうしてこうなっているのかな、そういう子供たちの興味とかあるいは疑問とか、そういうものに即して授業の展開をする、そういう問題解決学習のような取り組みがあるいは生活科には予定をされていたんじゃないかと思っていたのですが、どうもこれは、じゃきょうはこれをやりましょう、あすはこれをやりましょうということで、何かすべておぜん立てができているような感じがしているわけで、この辺、文部省としてはどういうふうに今考えているのかそれから、これをどうしようとしているか、この辺をまず聞かせていただきたい。 それからもう一つは、学校の先生方に言わせると、教科害をここまで用意したのは大変助かる、しかしながら、今一番悩んでいるのは教材集めであると言うんですね。本当にいろいろな教材が予定をされておりまして、地域によっては季節も違いますから、なかなかある時期に一斉に同じ教材というものを手に入れるわけにはいかない。もちろん教材関係の業者というのもあることはあるんでしょうけれども、それに頼り過ぎてしまうと、今度はでき合いのもので子供たちにとっては興味がなくなるというようなこともよくあるように聞いております。ですから、教材集めという問題なども含めて、ちょっと文部省の認識を伺いたいと思います。
○井上政府委員 お答え申し上げます。 我が国のこれまでの社会経済の発展は、科学技術の発展に支えられてきたところが大きいわけでございまして、その中で理科教育の果たす役割は極めて大きなものがあると認識しております。 文部省では、理科教育につきましては従来から、観察、実験などの実物教育や体験学習を重視する観点から、内容の改善や指導方法の工夫などを図ってきたところでありますが、先生から御指摘のとおり、実際の指導に当たっては、ややもすると知識の伝達に偏りがちではないかとの指摘があることも事実でございます。 このため、現行の学習指導要領におきましても、観察、実験を一層重視し、主体的な探求活動や問題解決的な学習の充実を図るべく教育内容を改善するとともに、理科教育等設備の計画的な整備充実を進めているところでございます。 さらに、平成七年度新規事業といたしまして、観察、実験に関する教員の指導力の向上等を図るための研修事業等を実施することとしているところでございます。 またもう一点、平成四年度から小学校の第一、第二学年に、直接体験を重視した生活科を新設したところでございまして、生活科については先生からただいまお話がございましたとおり、「具体的な活動や体験を通して、自分と身近な社会や自然とのかかわりに関心をもち、自分自身や自分の生活について考えさせるとともに、その過程において生活上必要な習慣や技能を身に付けさせ、自立への基礎を養う。」ということが教科目標でございます。そういう観点から直接体験を重視した教育を展開していただいているところでございますが、具体的な活動や体験を通して学習するという教科の性格から、先生から御指摘のとおり、当初は教員の中に若干の戸惑いも見られたところでございますが、授業の実践や研修の充実に伴いまして解消しつつあるものと考えているところでございます。 文部省といたしましても、生活科の定着に資するため、指導的立場にある教員を対象とした講座の実施や指導資料の刊行、生活科教育推進校の指定など、種々の施策を行ってきたところでございます。 また、教材につきましてもお尋ねがございましたが、教材についても、その活動内容等に応じて適切な教材が確保できるように、なお私どもとしてもその整備について努力をしていきたい、このように考えているところでございます。 いずれにいたしましても、文部省としては、理科や生活科を初めとして、学校における体験的な学習が一層充実するように引き続き努力をしていきたいと考えております。
○船田委員 よくわかりました。ただ、マニュアルというものですべて片づけてしまいたいというのが今の世の中の風潮でありまして、何かすべておぜん立てができていないと不安てしょうがない、こういう傾向が非常に多いわけですね。ただ、学校の教育では、もちろんそういう部分もあっていいと思いますけれども、特にこの生活科というのは、何をやるかわからないけれども、とにかくみんなで考えてやっていこうよという観点で教育をしていく、そういう部分には非常にふさわしい科目ではないか、こう思っております。そういう観点から、もちろん指導要領の改訂などもありますけれども、そういう段階にはぜひこのことを考えていただきたいというふうに思っております。 多少早目でございますが、大臣もお帰りでございますので、私の質問はこれにて終わりにいたしたいと思います。 ありがとうございました。
○伊吹委員長 船田元君の質疑は以上をもって終了いたしました。 次の質疑者は、山原健二郎君。
○山原委員 宗教を看板にした反社会的な団体であるオウム真理教の問題について、事実を挙げて少し質問をいたしたいと思います。 三月二十日にサリン事件が起こりまして既に三十六日が経過していますが、この間、国民に大きな驚きと不安を与えていることは御承知のとおりであります。 そこで、宗教法人法八十一条一項で、「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をした」場合、裁判所に対して解散命令の請求ができることになっていますが、このオウム真理教のこれまでの数々の違法行為に対して、監督庁並びに行政側が非常に甘い対応をしてきたことが今日の事態を起こしたのではないかというふうに指摘せざるを得ないのです。 御承知のように、この団体は八九年八月に都知事から認証をされています。そのときも、子供が行方不明になるとかあるいは大変たくさんの苦情が出てまいりまして、実態が不明であるという点から都は受理を見送ったわけですが、オウムの方は、都知事を行政不作為行為訴訟で告訴したり、都の幹部宅に深夜電話攻勢、あるいは多人数で都庁に押しかけるなどのことがありまして、結局認証を受けたわけです。以来、オウムは、住民とのトラブルや世論の批判に対して、信教の自由など宗教法人としての権利を盾にとって抵抗してきたというのが今日までの実態であります。 その事実をちょっと申し上げてみますと、一九九〇年の八月には、熊本県波野村道場建設で、県が森林法、国土法違反でオウムを皆発しています。十月には、県警が家宅捜査して幹部数名を逮捕する事件がありました。こういう法令に違反する、公共の福祉を害する行為が次々と起こるわけでございますが、この時点でなぜ毅然たる態度がとれなかったのかということが一つです。 さらに、八九年十二月六日号の「スパ」という雑誌によりますと、麻原氏は次のように語っています。オウム真理教はもともと反社会的宗教なのです、はっきり私たちは狂気の悟りを目指している、まさにこの言葉どおり、反社会的行為が次々と行われました。 さらに一九九一年六月には、株式会社オウムが松本市で購入した土地をめぐり、住民が取引無効と土地明け渡しを求めて提訴しています。また九二年二月には、大阪の堺市で施設建設をめぐり住民と信者の小競り合いがあり、また九二年五月、東京江東区で道場建設をめぐり近隣住民が工事差しとめの仮処分申請を出し、九三年、オウムビルから異臭、すすが発生し、騒然となっています。また山梨の上九一色村でも、教団施設の建築法違反や完了届け出なしの施設利用、まさに違法行為がまかり通り、住民とのトラブルが相次いています。 こうした違法行為、または住民とのトラブルを起こす集団に対して何ら対応をしてこなかったことが今日の事態を招いたのではないかというふうに思われますが、この点について大臣の見解を伺っておきます。
○与謝野国務大臣 宗教法人に対しましては、宗教法人法は文部省ないしは機関委任事務を受けました所轄庁に強力な権限は与えておりません。これは、やはり宗教活動というものは自由であるべきだという根本的な考え方が法律の基底にあるのだろうと私は考えております。 数々の法令違反を犯した、これがはっきりしてまいりましたのは最近のことでございまして、従来は個別の事案として私どもは受けとめていたわけでございますが、宗教法人として繰り返しいろいろな法律に違反しているという事実がだんだん明白になってきたのが現段階であろうと思っております。
○山原委員 上九一色村でも六年前から私闘が続いているのですね。地域の住民のお話を聞きましたが、本当にいっどんな襲われ方をするかわからない、夜は盗聴される、騒音は出る、夜中に念仏がずっと流れてくるとか、それは長年にわたって苦労をされて、でも、それをなかなか行政機関が取り上げないという問題があるのですが、まさに八十一条の法令違反に該当する行為が行われまして、それは信教の自由と法令違反とは別の問題ですね。法令違反はやはりきちっと処理するべきであると私は思います。 麻原は、八九年九月中旬に信者に対して、文字どおり政教一致の党をつくると真理党を結成して、総選挙に向けて選挙活動を指示。九月のインタビューで麻原は、宗教的な面で無理な部分は当然政治的な面でカバーしなければならない、政治的アプローチは大きな進化で、自分たちの手で政治的な力を行使していく、こういうふうに語りまして、九〇年の衆議院選挙では麻原氏みずからが東京四区で立っています。 宗教法人を持つ団体が政教一致を掲げて衆議院に出るということは、憲法二十条に言う「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」という政教分離の根本原則に反していたのではないかと思われます。これは全員落選をしていますが、まさに政教一致で政治力を行使することを公言してはばからない団体は憲法違反の団体であって、これに対して国が毅然たる態度をとるのは当然のことではないかと思いますが、いま一度大臣の見解を伺っておきます。
○与謝野国務大臣 憲法二十条に書いてあります「政治上の権力」とは一体何を指すのかというのは、学説上も考え方が分かれておりますが、内閣は、法制局が「政治上の権力」ということについての考え方をお示ししてございます。 それで、オウム真理教の構成員が真理党を形成して総選挙に出た、これは政教分離の原則に反するのかと申しますと、これは大変微妙な問題でございまして、同じ構成員でも別の組織をつくって選挙に出た場合、これが政教一致になるかといえば、私は恐らく政教一致にはならないんだろう、そのように思っております。
○山原委員 これは彼の発言からもそういうことが言えるわけでして、私はまさに憲法上の大問題であるというふうに考えるわけですが、要するにそういう点から見ても宗教法人として認められない団体ではないのかという点ですね。やはり行政側が甘い対応をしてきたから今日の事態を招いてきたのではないか。憲法に挑戦する団体は明確に宗教法人としての資格はないと私は思うわけですが、これはこれできょうのところはおいておきます。 次に、今日大きな問題となっているオウム教の子供たちの就学保障の問題についてであります。 憲法二十六条では、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。」となっていますが、これはオウムの子には適用されないのかという問題が出てまいります。この点で、既に一九九〇年九月の大阪地方裁判所判決で次のようにはっきりと言い渡しております。 これは、子供を連れ出し、出家し、山梨県の富沢道場で暮らしていた妻を相手取り、夫が大阪地裁に子供の人身保護請求を申し立てたものですが、その判決では、「学校教育に対する配慮」で、「拘束者は就学年齢にある被拘束者を学校に通わせていない」、それから「修行、宗教教育による被拘束者らへの影響」では、「かえって疎明によれば」、「疎明」というのは裁判上の言葉ですが、「疎明によれば社会への順応能力に支障をきたすおそれがないとはいえない」という判決を下しております。この時点で、オウムの子に普通教育、すなわち学校教育を受けさせていないということが明瞭になったわけでございまして、この判決は九〇年十二月の最高裁判決で確定をしています。 なぜオウム側に適切な措置をとらせず、未就学のまま放置してきたのかという点、オウムが憲法に定められた「普通教育を受けさせる義務」を遵守していない違法集団ではないかというふうに思いますが、この点ほどのようにお考えですか。
○与謝野国務大臣 実はオウム真理教という教団が就学義務を持っているのではなくて、具体的に申せば、それぞれの子供の親が学校に通わせるという責任を持っているわけでございます。 これは、教団の施設内で自分たちが教育をしているんだからいいという言いわけは全く通らない言いわけでございまして、義務教育というのは、法律で定められた、ある特定の定められた学校に九年間通うということから成り立っているわけでございます。これは集団として教育委員会と団体交渉をする性格のものではございませんで、やはり一人一人の親と教育委員会が相談して物事を、その親の、あるいは保護者の子供をどうするかということを決めていくわけでございます。 それで、このオウム真理教の富士宮につきましては、地元の教育委員会も未就学の児童がいるということは把握をしておりました。これは、富士宮に住んでおりました保護者等は住民登録をしておりましたので、住民登録から外形的に直ちに沫就学児童というものが存在するということがわかりましたので、地元教育委員会では繰り返し繰り返しの督促を行っていたということで、地元の教育委員会はこの問題に対して大変誠実に対応してきたというように私は考えております。
○山原委員 保護者個人の問題である、そういう点は言われたわけでありますけれども、オウムの方は、オウム真理学園をつくっているんだ、だからそこでは理想的学校教育をしているんだ、こういうふうに主帳しているわけですね。だから普通の学校では学ばせないんだ、オウム自体が学校をつくってやっているんだ、今度もそういう言いわけをしておりますけれども、こうなってきますとこれは個人の問題じゃなくてやはり集団の問題として、彼らは、学校をつくっているんだ、そこで理想的な教育をやっているんだという形で言い逃れをしておるわけでございまして、この点も大変な問題があるわけです。 もう一つ、所轄庁の問題ですけれども、結局所轄庁が東京都にあるということで、今まで言い逃れをしてきたわけですが、今回このような反社会的事件を起こしている集団であり、宗教法人法の所轄庁である文部大臣がこの実態をつかんでいないといいますか 間接的にしかつかんでいないというところに問題があるのではないかというふうに思います。 宗教法人法ができたのは一九五一年でございまして、この当時は、今日のように新興宗教がこれまで多くのものが生まれることも、しかも単位宗教法人が各県にまたがって活動するということも予想できなかったのではないかと思います。だから、神社、仏教、キリスト教など大きな宗教を対象に、単位宗教法人が都道府県を所轄庁にして、そして包括する宗派は所轄庁を文部大臣としたものでございます。例えば、単位宗教法人である靖国神社はそこでしか活動ができないから東京都に、また伏見稲荷神社はそこでしか活動ができないから京都にというぐあいであります。 ところが、オウムの場合は、所轄庁を東京にし、全国的展開をして、ロシアのモスコーあるいはニューヨーク、ボン、スリランカの四支部を持つようになっております。そして結局、山梨で問題を起こし、また熊本で問題を起こし、松本でも問題を起こしておるわけですが、所管は東京都ということになるわけでして、ロシアで問題を起こしても対応できなくなっているのが実情ではないでしょうか。 大臣はこういう矛盾点についてどう考えているのかという点ですが、昨日宗教法人審議会に文部大臣が諮問をされたわけですが、文部大臣の見解は、この点についてはどういうお考えを持っておりますか。
○与謝野国務大臣 宗教団体に法人格を与えるというのは、いわば国家がなす行為でございますけれども、やはり国民がその宗教法人格をある宗教団体に与えるという行為であると私は思っております。 その場合に所轄庁がどこであるべきかという議論でありますが、法律を制定いたしました昭和二十六年当時というのは、イメージとして恐らく立法者が持っておりましたのは、個々のお寺とか神社とか教会とかという、地域に根差した宗教法人を考えておられたのだろうと思います。立法者の考え方の中には、東京都で生まれたオウム真理教のような教団が急速に全国展開をしていくというようなことは、恐らくお考えになっていなかったのではないかと私は考えております。 そこで、所轄庁をどうすべきかというのは議論が分かれるところでございますが、宗教団体の活動自体には触れない、教義には触れない、宗教法人の事務負担を過大にしないという範囲で、ある宗教法人、宗教団体に法人格を付与した、認証した所轄庁は、みずからが生み出した法人がどのような規模でどのような活動をしているという極めて基礎的な部分の知識はやはり有している必要があるのではないか、そのように考えております。
○山原委員 まさにオウムは、今までの捜査関係その他からいいますと武装集団化している可能性がありますわね。ABC兵器、すなわち核兵器、生物兵器、化学兵器に手を出し、それで武装化しようとしている。今回の事件でその端緒が見え始めているというような状態にあるわけです。また、疑似国家づくりとでもいいましょうかそういう集団としての性格を現在の捜査過程は示しておると思うわけでございまして、当局として、この集団に対する態度はやはり断固たる態度を持たなければだめだと思うのです。 その点で、昨日、東京都知事に就任された青島さんと文部大臣がお会いになって、解散請求の問題について話し合いをしたということが報道されておりますが、この中身は大体どういうことなのかお示しいただけませんか。
○与謝野国務大臣 青島知事と私が認識の一致をいたしましたのは、やはりオウム真理教という教団は極めて反社会性を持った集団であるということでございまして、国民一般世論は、このような団体に法人格を与え続けていていいのかということで、解散をしていただかなければならないということは、国民の意識の中にほぼ共通して存在するのではないかということでございます。 しかしながら一方では、そのような社会的な要請というものは既に存在するといたしましても、実際に所轄庁が行えますのは裁判所に対して解散の請求をすることでございまして、解散に相当するかどうかというのは最終的には裁判所の御判断によるものであります。 そこで、解散請求をするについては、やはり厳密な法手続にのっとって、なおかつ八十一条に触れる事柄があったということを疎明する必要がございます。そういう場合には、必要な証拠等を持っておられます他の官庁とやはり協力をしながら整然たる解散請求をしなければならない。現時点でそのような書面、証拠等が全部そろうかといえば、やはり現時点でそのような状況には恐らくなっていないだろうと思います。青島さんが最後に言われました、この問題については法律的な手続を踏んで誤りなきよう事柄を処理していきたいというのは、そのような法手続に関しては厳密にやっていこう、こういうことであると思います。 したがいまして、解散するべきだという世論の問題と、それを実現するための法手続の問題は、二つの問題として考えた方がわかりやすいのではないかと私は思っております。
○山原委員 捜査の途中でもありますし、もちろんそれ以上のお答えはできないと思いますが、本当に長年にわたってさまざまな問題が起こり、未解決のまま来ておる問題がたくさんあるわけですから、この点ではしっかりした態度をとっていただきたい、要請をしておきたいと思います。 次に、いじめの問題で一言だけお聞きしたいのですが、現在文部省から発行されている現場の生徒指導の指針となっている「生徒指導の手引(改定版)」を持っています。その記述が、二十五ページですけれども、こういうふうに書いています。「援助・指導の基盤としての人間関係」の項に、「援助・指導の基盤としての人間関係には、様々な類型が考えられるが、主として、生徒指導上の重要なものとして、権力―支配―盲従の関係、権威―尊敬―心服の関係及び出会いの関係が挙げられる。」これらの人間関係から最も適切な関係をつくることが生徒指導上の原理となるべきであろうとしております。そして第一に、「権力-支配-盲従の関係」を挙げまして、「権力-支配-盲従の関係は、専ら外からの強制的力に頼るもので、指導される者が指導者に対して恐怖心を感じ、その恐怖心を免れるために服従する。きまりに従う行動をさせるためには、このような権力-支配-盲従の関係も効果的である」、こういうふうに言い切っていますね。 こうした考えこそが、今、教師と生徒の間の信頼関係あるいは人間的な触れ合いとか感動とかいう子供の人格の完成を目指す学校教育において相入れない考え方ではないかと私は思うのでございます。およそ教育とは無縁の権力主義とでもいいましょうかそういう立場をとっているのではないかと思いまして、この点はまさにいじめをむしろ助長する立場に立っているのではないかと思います。これは、教育を語る、例えば文教委員会においても撤回をすべきだというふうに考えるわけでございますが、この点についてお答えをいただきます。
○井上政府委員 お答え申し上げます。 ただいま先生から御指摘いただきました生徒指導資料の中の具体的な例でございますが、いわば人間の一つの類型的なものとしてそこで例示を挙げたものというように私ども聞いているわけでございます。 しかし、現在いじめ問題の対策に取り組んでいる私どもとしては、先般の三月十三日に文部省に提出されたいじめ対策緊急会議の報告を受けまして、その中で、いじめの発生をできるだけ防止するとともに、社会で許されない行為は子供でも許されないものであって、いじめについてはだれよりもいじめる側が悪いのだという認識のもとに、いじめを受けている児童生徒を守って、またいじめる側の責任の所在を明確にすることが重要であるという基本的な考え方に貫かれているわけでございまして、そういう観点から、このいじめ対策について、学校、家庭、地域社会全体が一体となった取り組みを現在お願いをしているところでございます。 そういう点から、ただいまの先生の御指摘の点につきましては、現在私どもが各都道府県教育委員会を通じて各学校にまで指導している文書等には一切そういう趣旨のものは入っていないわけでございまして、そういう点で私どもの現在の通知等を踏まえた対応を各学校においても講じていただきたい、このように考えているところでございます。
○山原委員 最後に、これをちょっと読みますと、第一に「権力―支配―盲従の関係」と出てきまして、「絶えず権力を生徒の眼前に提示することを続けなければ、所期の成果を達成することができないというおそれがある。」こういうふうに書いているのです。これは、それならなくなっているのですね。
○井上政府委員 ただいま御指摘の点は、人間関係の一類型として例示として挙げられているということを私は聞いているわけでございますので、現在取り組んでいるいじめ対策緊急会議の報告を踏まえ、各都道府県教育委員会等に指導通知を発して、学校、家庭、地域社会が一体となって取り組んでいるときの考え方は、そういっただいま先生から御指摘いただいている考え方は現在とっておりませんので、そういう点で、私どもとしては通知の趣旨を踏まえた適正な対応をしていただきたい、このように考えているところでございます。
○山原委員 一番大事なところですから、なお検討してください。 じゃ、これで終わります。
○伊吹委員長 山原健二郎君の質疑はこれにて終了いたしました。 次回の委員会の日程は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会をいたします。 午後四時三十二分散会