沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第6号
- 発言数
- 97 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1995/05/31
会議録
○宮里委員長代理 これより会議を開きます。 指名によりまして、私が委員長の職務を行います。 沖縄及び北方問題に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。鈴木宗男君。
○鈴木(宗)委員 大臣、連日御苦労さまです。 最初に、二十八日未明サハリン北部で起きました大地震に当たりまして、亡くなられた人たちにお悔やみを申し上げますとともに、被災者の皆さん方にもお見舞いを申し上げたい。この一月十七日には神戸でも大震災がありました。また、去年、おととしと、北海道、さらには東北でも地震が発生しておりますので、人ごとでない、こんな思いでいっぱいであります。 そこで、大臣、我々は今マスコミ等の報道でしかその地震の状況を知るすべがないのでありますけれども、今外務省が把握しております現時点における災害状況はどうなっているのか、同時に、日本政府としてどのような救援活動等をしているのか、お知らせをいただきたいと思います。
○河野国務大臣 お尋ねのサハリン北部の地震につきまして、現在我が方の在ロシア大使館が非常事態省から得ております情報は、こういうことでございます。 死亡者が確認されているのはサハリン島北部のネフチェゴルスクでございます。このネフチェゴルスクは人口約三千名、うち学童、子供たちが四百五十名でございます。現在確認された生存者数はおよそ五百名。したがって、その他は消息不明というふうに聞いております。死亡者は百六十名、うち児童十四名、負傷者百七十六名という情報を得ております。 二十二の五階建て住宅のうち十七棟が全壊、その他ディスコクラブ、病院、簡易食堂、パン工場、石油関係の建物が倒壊をした、こう言われております。先ほど申しました二十二の五階建ての住宅というものは、一つの住宅に八十部屋ある、こういうことでございます。 そこで、我が方からの支援についてでございますが、物の支援につきましては、政府は、被災民に対する緊急人道支援の第一陣として、ロシア側の要請を受けまして、毛布、食料、人工透析器などの支援物資を供与することを決定して、三十日の午後に、函館から海上保安庁のYS11輸送機でユジノサハリンスクへ輸送をいたしまして、ロシア側現地関係者に引き渡しました。これは三十日の午後のことでございます。 人的支援につきましては、ロシア側より、当面のところ自国で対応が可能であり日本の支援は必要としないという回答が来ております。しかし、我が国としては、連日報道されております被災地の惨状にかんがみまして、必要が生じた際には直ちに対応できるよう、現在でも態勢を整えているところでございます。 先ほど申しました物の支援は三十日の午後のことでございまして、本三十一日、政府といたしましては、飲料水、食料のほかに、日本透析医会から無償提供のあった人工透析器に附属する透析液など、現場で緊急に必要とされる医療消耗品などの支援物資、およそ一トンでございますが、これを供与することを決定いたしました。 これらの支援物資につきましては、三十日に行われた支援物資の輸送と同じように、外務省員などが随行の上、本日、三十一日午後二時函館発の海上保安庁のYS11型航空機でユジノサハリンスクへ輸送され、ロシア側現地関係者に引き渡されるということになっております。
○鈴木(宗)委員 人道支援での緊急医療セットだとかお水だとか透析等は非常にタイムリーでよかったなと思いますけれども、テレビなんかを見ていますと、瓦れきの山ですね。 そこで、重機類が足りないというような話がありまして、クレーンが一台しかないというような話もあります。人的支援については、ロシア側からはとりあえずは日本の支援は必要ないという今の大臣のお答えですけれども、私は機材を贈るのは喜ばれるのじゃないかと思いますけれども、この点はどうなんでしょうか。
○河野国務大臣 まず最初に、ロシア側に対して、我が方が緊急に支援できる品物のリストというものを提示いたしまして、その中からロシア側からの要請を受けているわけでございます。クレーンその他の大きな機材についてはやりとりがまだございません。
○鈴木(宗)委員 欧亜局長さんがお見えですから、その機材等につきまして、日本から申し込んでいるのか、提供する用意はあるよということをロシア側に伝えているのかどうか。
○野村(一)政府委員 私ども、テレビ報道を見ましても、確かに機材が不足しているという状況がよく理解できるのでございますけれども、何分サハリン北部の非常にアクセスの難しいところでございます。 一般的に我が方の支援につきまして、現実のニーズがどこにあるかということをロシア側に言っておりまして、まだ正式にきちんとというのじゃないのですけれども、非公式な話としまして参っておりましたのが、人工透析器二台が明示的にございました。これは先ほど大臣から御答弁がございましたように、非常に早い段階で送付いたしました。 あと、今申しましたようなアクセスの困難等がございまして、向こうが非公式と言いながら、むしろ若干長期的な視野に立ち、商業的ベースでクレーンとかそういった機材について考えたいという話は参っております。したがいまして、今直ちにクレーンという形で、特にアクセスの問題がございますので、ロシア側の方から私どもの方に来ているわけではございません。
○鈴木(宗)委員 災害の場合は特にタイミングが大事でありますし、可及的速やかにやることによって喜ばれることが多いわけでありますから、ぜひとも局長、逆に、日本はこういう用意がありますよということを積極的に話をして、そこで向こうのニーズにこたえながら進めていっていただきたい、こう思います。 そこで、私は地震で思い当たるのですけれども、昨年の十月に東方沖地震がありました。そして、私は今回、五月の十三日から十五日までビザなし交流で、戦後五十年、初めて国会議員が四島に行くことができました。私は色丹島に行ってきたのですけれども、色丹島でも、昨年の地震の際、日本が速やかに緊急援助をしてくれたということを大変喜んでおりました。そこでは、食料品あるいは生活用品、学用品もありがたいけれども、やはり病院だとか、学校も壊れて今使えない、何とか日本の協力をいただけないだろうかというのが色丹島の学校関係者あるいは行政関係者の声でした。 そこで、大臣、色丹島では病院も使えない、さらには診療所も壊滅状態。日本の技術をもってすれば立派なプレハブがすぐできますから、まず診療所だけでも色丹島にはっくってあげた方がいいのじゃないか、こう私は思うのですけれども、この点はいかがなものでしょうか。
○河野国務大臣 人道的見地に立って考えるということが重要だと思います。 しかし、その一方で、あくまでも北方領土というものはロシアによって不法占拠されているところである、そのロシアの不法占拠に、恒久的な建物等をつくってそれが恒常化するというようなことはいかがなものかという見方もあるわけでございまして、この両者を考えるということであったわけでございます。 ただ、今回、お二人の国会議員が現地を見られて、いろいろと細かい点まで御視察をいただいて御報告をいただくということにかんがみまして、私どもとしても、人道的見地で、しかもなおかつ我が国の主張を害さないという範囲でぎりぎり何ができるかということについて考えてみようという気持ちでおります。議員からもまたアドバイスをいただければ大変幸いと思っております。
○鈴木(宗)委員 大臣、やはり病院等診療所は緊急性を要するものでありますから、早くやってやることによって、また喜びも違ってくると思うのですね。大きくなると思うのです。 そこで、大臣、不法占拠されているその北方領土問題ですけれども、東京宣言が厳然としてあって、この問題を法と正義で解決しようというテーブルにはのっておりますね。しからば、私はその言葉をやはり理解し、信用することが大事じゃないか、こう思っているのです。 同時に、四島は日本の固有の領土だとするならば、今から例えばインフラ整備等をしてやったって、いずれ返ってくるものだという認識にあるならば、何ら私は国益を損なうものでないと思っているのですね。そういった意味でも、大臣、診療所だけはすぐつくってやった方がいいと私は思いますが、いかがでしょうか。
○野村(一)政府委員 先生の方から東京宣言を引用の上お話がございまして、確かに四島は、東京宣言におきましては明示的に言及した上で、この帰属に関する問題が北方領土問題であるということをきちんと、今後の交渉の指針も含めて明示されておるわけでございます。それは交渉の指針ということではございますけれども、現に長年にわたり北方領土が不法占拠されているという事実も、先生、これはぜひ御理解いただかないといけないわけでございまして、私どもとしては、ただいま大臣の方から御指摘ございましたように、その現状固定化、既成事実化ということについては、やはり基本的な問題意識、懸念を持たざるを得ないという点でございます。 先ほど大臣の方からございました、本当にそういうものと、それから今問題になっております緊急人道支援のその中の接点ということで、支援のあり方について今後具体的に何かということを考えていく必要があると思いますので、引き続き先生の具体的なお考え等を御指摘いただければありがたいと思っております。
○鈴木(宗)委員 大臣、人道支援で日本はあの色丹島にプレハブの住宅——倉庫ですね、つくってあげているのです。倉庫をつくってやって診療所ができないという話は私はないと思っているのですね。ですからこの点、何か今局長も奥歯に物の挟まったような言い方ですけれども、私はもっと割り切ってやっていいのじゃないかと思っているのです。 例えば、去年緊急支援で自動車まで送っております。この自動車なんかも、荷物を運ぶので非常に喜ばれている。感謝されておりますね。しからば、倉庫ができておって何でプレハブの診療所にちゅうちょをするのか。私は、これは時間の問題でありますからすぐ決断すべきだ、こう思うのですけれども、大臣、どうでしょうか。
○河野国務大臣 先ほどから御答弁申し上げておりますように、緊急かつ人道上必要なものだという意味で、仮設のといいますか、診療施設の整備への支援といったことであれば、我が国の基本的立場を害さないという限度内であるという判断ができれば、これはできるだけ早くやりたいと思っております。 まあ倉庫は、これはあくまでも仮設のものでございますが、診療所というと、それは倉庫のようなわけにはいかない。さらばといって、余り恒久的なものをつくって不法占拠を助長するということもいかがかと思う。そういう我々も若干思い悩むところもあるわけでございまして、したがって、先ほど申し上げましたように、今回、国会議員の方々の視察といいますか現地入りというものに、我々としては一つの大きな意味を持っているということでございます。ぜひまた御指導いただきたいと思います。
○鈴木(宗)委員 大臣、大臣の丁寧な答弁はありがたいのですけれども、今、簡単に言いますと、仮設の診療所の支援はできるということでよろしいのですね。
○野村(一)政府委員 緊急かつ人道上必要な小規模の仮設診療施設の整備への支援といったことでございますれば、我が国の基本的立場を害さない形での支援のあり方について検討を行うことは可能であるというふうに考えております。
○鈴木(宗)委員 局長さん、今の答弁で、では、それはいつごろなのか。これは時間をかける話ではない。ただ、やはり手続がありますから事務的な時間は必要だとは思いますけれども、これはやはりすぐやることに意味があるわけです。私は、材料等は日本にたくさんあるわけですから、すぐやってやることが大事ですから、それは時期はいつごろかということ。もう予算も通っているわけですから。
○野村(一)政府委員 お答えいたします。 先生御案内のとおり、四島につきましては昨年来支援を行っておりまして、本年度の支援についても引き続き検討を進めておるところでございます。 現在、引き続き、特に医療品等のニーズが高いというふうに承知いたしておりまして、それはそれとしてやるわけでございます。もちろん緊急かっ人道上必要ということでございますので、できるだけ早く対応いたしたいと思いますが、あわせて、やはり仮設でございましても、施設となりますといろいろ具体的に検討しないといけないという点がございますので、この辺は若干時間の余裕をいただきたいというふうに思います。
○鈴木(宗)委員 大臣、仮設の診療所をつくることは人道的にもこれは問題はないという答弁をいただきました。あとはやはり、速やかに早くつくってあげることが大事でありますから、その手続を早急に急いでいただきたい、こう思います。重ねてこの点だけはお願いしておきます。 そこで、大臣、私は色丹島に行きまして一番驚いたのは、あそこのブイコフさんという行政の最高責任者、南クリルの副地区長さんですが、この方が、島民との対話集会、いわゆるオープンの席で、彼の方から、きょうの討論会で、対話集会で避けては通れない問題がある、それはこの島の帰属の問題だと向こうから投げかけてきました。同時に、日本が経済協力等をしっかりやってくれたならば、おのずからここの島に住んでいる島民はどちらについたらいいかということは判断するはずだという、こういったわかりやすい話もありました。 同時に、ソコロフさんという色丹島の社会保護課長さんなんかは明確に、日本と我々島民との共生、これを私は希望する、そして早く平和条約を結んでいただきたいというその発言があったときは、対話集会に来ていた現地の人はみんな拍手していました。 そのくらい向こうの認識もあるわけですから、やはり喜んでもらうことを速やかにやる、これが大事だと私は思うのですね。そういった島民の声にも日本は積極的に受けて立つべきだ、こう思っています。 同時に、政経不可分から拡大均衡に来ましてもう七年過ぎているのです。よく、ロシア人と会うとき、ロシアは変わった、かつてのスターリンの残滓はもうないぞ、今は自由と民主の路線だ、市場経済だ、日本は全然変わってないのじゃないかと言う人がたくさんいるのです。それは政経不可分の流れの中での拡大均衡だと言いますけれども、これはわかりづらい話であります。日本ではわかっても、ロシア人にとってはわかりづらい話なんです。 しからば、目に見えた、形になった支援をやることが一番だ。それには、こういった地震で困ったときは速やかに助けてあげるという、まさに人道的見地からやることは何ら問題にならないし、国益を損なうものでもありませんから、そういった意味でも診療所、仮設の診療所の設置は、前向きにやれるという話ですから私は非常にありがたく受けとめますけれども、後はぜひとも速やかにそれを実施していただきたい、こう思っております。 そして大臣、これもまた今回のサハリン北部の地震とも関連しますけれども、あのサハリン州の州都はユジノサハリンスクですね。今日本と非常に往来も多いし、同時に、将来的にもますます物の交流、人の交流が深まる場所だと私は思っています。ことしなんかもフェリーの定期船も出ましたね。そして今、函館−ユジノの飛行機も、四十数人乗りですけれども、それをジェット化しょうなんという動きもあります。 しからば、私は、三月十日に大臣にも質問しましたけれども、あのユジノに領事館を置くことがやはり邦人保護のためにもなるし、同時に、こういった災害が起きたときにも速やかに対応もできる、こう思いますので、大臣、あのときは、前向きに検討するという答弁をいただいておりますけれども、その後の進捗状況はどうなっているのか、お知らせをいただきたいと思います。
○河野国務大臣 議員から大変熱心にユジノサハリンスクに領事館を置くべきだという御主張がございました。今回のこうした災害が起こってみると、まことに、もしあそこに出先機関があればもっと早く迅速にさまざまなことが行えるということは痛感をいたしております。 今回も、ユジノサハリンスクヘ行くまでにもウラジオストクやハバロフスクからかなりの時間がかかりますし、アクセスもそう簡単ではないということでございまして、我が方の領事館なりが開かれておればというふうに思うわけでございます。 しかし、他方、議員も御承知のとおり、領事館を一つつくるということは、今の行政改革の中でなかなかそう簡単なことではないわけでございます。まだまだ世界各地で領事館を開設をしてほしいという強い要請は、何カ所も何カ所もあるわけでございまして、そうした全世界的な視野に立ってそのプライオリティーをつけていくという作業をしなければなりません。 私どもは、ユジノサハリンスクにそうしたものがあれば大変ぐあいがいいということは、これはそう思います。ただ問題は、それはもうあればいいにこしたことはないという地域は世界的にたくさんあるわけでございまして、どこに優先順位を置いてつくるかということについてはまだ、この次はあそこだというところまではまだいっていないというのが状況でございます。
○鈴木(宗)委員 大臣、そのプライオリティーの問題もありますし、次はどこかという話もありますけれども、やはり必要なところにはっくるというのが私は大事なことじゃないかと思っています。 そしてさらに、戦後五十年で、領土問題が解決されていない、民族の悲願として解決されていないのがこの北方領土問題ですよ。今の向こう側の位置づけは、サハリン州の一部であります。固有の領土ではあるけれども、ロシア側の位置づけはサハリン州の一部ですね。 しからば、サハリン州の理解だとか、関係も密にしなくてはいけない。さすれば、日本の真の姿を知ってもらうためにも、私はやはり領事館なりそれにかわる事務所なりを置くことが必要だと思っているのです。大臣の言われる優先順位、さらにはスクラップ・アンド・ビルドの問題よりも、逆に、やはり領有権の問題があるからこそ慎重にやっていると思うけれども、今この戦後五十年の節目を迎えて、私はその議論を大体平場でする必要はないと思っているのです。要は、今の置かれている現状を受けとめながらやっていくべきだと思うのです。この点、大臣どうでしょう。
○野村(一)政府委員 今先生御指摘のサハリンの重要性というのは、近年特に人的、経済的交流が発展しているということは事実でございます。そういったことから、外務省課長級の担当企画官というのを指名いたしまして、頻繁に出張させておりまして、政治経済事情の把握、特に情報収集という点で努めておるわけでございます。 総領事館ということになりますと、先ほど大臣の答弁ございましたように、在留邦人の状況とか外国の主要公館の設置状況とか、あるいは我が国との経済関係、その他もろもろの必要性に関連します要素というのを勘案しないといけないものですから、その点、ひとつ御理解いただきたいと思います。
○鈴木(宗)委員 大臣、ユジノの領事館は、前回の大臣の答弁では、これは極めて大事な問題であり、サハリン州との人的、経済的交流が活発化してきた、今言っているように現地には課長クラスを頻繁に出しているけれども、しかしこれは十分我々も考えなければいけないという答弁をしてくれているのですよ。きょうのこの答弁ですと、逆に後退したような感じを私は持っているのですけれども、これは進んで検討してくれているのかどうか、この点、ぜひともわかりやすくお答えをいただきたいと思います。
○河野国務大臣 後退したというふうに受け取られるのは、甚だ私の表現力に問題があると思います。前回御答弁を申し上げたときの認識、全く変わっておりません。むしろ、こういう地震という予想もつかないような事象が起きただけに、ああ、これはと、先ほど申し上げましたように、あればなあと痛感したことは事実です。しかし、これは一つの事柄、事象でございますから、このことで全体を律するわけにはいかないと思いますが、決して後退をしていないということだけは申し上げます。
○鈴木(宗)委員 この大きな地震も起きたことでありますし、さらに戦後五十年という節目で、北方領土問題を何とか前進させる意味でも、このユジノの総領事館につきましては、私は今後ともぜひとも前向きにとらえて検討いただきたいと思います。 あと、時間もありませんので、大臣、安全操業の問題ですけれども、二十九日、三十日と第二回目の安全操業の交渉が行われたと思いますけれども、この会談の中身、さらに今後の見通し等、わかる範囲でお知らせをいただきたいと思います。
○野村(一)政府委員 お答えいたします。 ただいま先生御指摘のとおり、二十九、三十、二日間にわたりまして二回目の政府間の交渉が行われました。これは三月に引き続いてモスクワで行われたわけでございまして、日本側から、西田欧亜局参事官が団長、それから関係する省庁、水産庁、海上保安庁が出席いたしました。ロシア側も、ドブロヴォリスキーという外務省の第二アジア局第一次長が団長となりまして、関係省庁が出ておるわけでございます。 今回の交渉は、第一回目の交渉を踏まえまして、基本的にどういう枠組みが適当なのかということで、引き続いていろいろな角度から議論が行われました。基本的には非常に実務的な形で行われました。 何分交渉事でございますので、その中身についてここで明らかにするということは控えさせていただきたいのでございますけれども、やはり基本的には、先生御案内のとおり、領土問題にかかわる難しい問題でございまして、もともと容易に解決できるというふうには見通しておらないわけでございます。しかし同時に、この問題は、御案内のとおり長年の懸案でございまして、ぜひ解決したいということで、次回交渉につきましても、できるだけ速やかにこれを行うということを合意して終了いたしております。
○鈴木(宗)委員 局長さん、次回交渉はできるだけ速やかにというのは、六月中にも行われるという理解でいいですか。
○野村(一)政府委員 具体的時期につきましては、何分今回の二回目の交渉の結果につきまして私どもきちんとレビュー、これはロシア側についても言えることでございますが、それを経た上で、外交ルートを通じて設定いたしたいと考えておりますが、ただいま御答弁申し上げましたように、できるだけ早い機会に第三回目を行うということでございます。
○鈴木(宗)委員 大臣、六月中旬にはハリファクス・サミットも行われますけれども、ここでは日ロ首脳会談は設定されるのでしょうか。
○河野国務大臣 ハリファクスのサミットにおきましては、ロシアが参加をするのも若干時間的な問題もございまして、目下のところ日ロ首脳会談を設定するという条件がないという状況でございます。 私の認識としては、ロシア側から要請があれば、我が方としても都合をつけて何かやりくりをしなければと思ってはおりますが、現在の段階で我が方から日ロ首脳会談を申し込んでいるという状況ではありません。 これは、議員先ほどから、人によってはロシア側が随分変わったのに日本側が姿勢が変わらないではないかという御指摘があるという御発言がございましたけれども、実は東京宣言のところまではロシア側は非常に変わってきてくれた。しかし、あれから後、ロシア側の姿勢というものは全く変わりがなくなってしまって、むしろその姿勢を、こっちがドアをたたいて、あるいは少し何らかのロシア側からの変化を引き出すというための努力をしておりますが、今まだそういうところまでいっていない。私としては今回首脳会談という状況にないという感じも、私自身、そんな感じから申し上げているわけでございます。
○鈴木(宗)委員 大臣、私は、この北方領土問題がある、やはりそれを解決するためにはハイレベルの首脳会談というのを何回もやることが大事だと思っているのです。そこで、進展がないからこっちからアプローチしない、これでは私は後ろ向きだと思っていますよ。こっちは今やはり領土は返してもらいたいわけですから、しからばこっちが誠意を示すことが大事だと思っているのです。 そういった意味では、私は、コズイレフさんと三月に大臣は会談した、これも私は評価していいと思っているのです。そして、安全操業の交渉も決めたわけですから、日程は。さらには、去年はソスコベッツ第一副首相も来ているわけですから。この人もやはりエリツィン大統領の側近であることは間違いない。しからば、それなりに私は人的交流をやって効果が上がっていると思っているのです。 サミットの場でも、やはり日本から積極的に意見交換しようじゃないかとやるのが大事じゃないかと私は思うのですね。この点、ぜひとも大臣、頑張ってそういった交渉の場を設定していただきたい、こう思います。この点、いま一度大臣の決意なり考え方をお明きしたいと思います。
○河野国務大臣 G7、サミットでは外相会談もございますし、もちろん首脳が一つのテーブルを囲んで話し合うという状況もあるわけでございます。こうしたときに、二国間関係だけをやるということにはならぬと思いますが、サミットの場がどういう状況になるかということをもう少し慎重に見きわめたいというふうに思います。
○鈴木(宗)委員 終わります。
○宮里委員長代理 上原康助君。 〔宮里委員長代理退席、委員長着席〕
○上原委員 きょうは北方問題について外務大臣にお時間をとっていただいて質問をすることになっておりますので、私も、今鈴木先生からもお尋ねと御意見がありましたが、まずサハリン北部の大地震、震災の件について最初にお尋ねをさせていただきたいと思います。 本当に相当大きな被害の状況のようで、まずお亡くなりになられた方々に心から哀悼の意を表しますと同時に、一日も早い行方不明者の救出が実現すること、また、被災をされた方々に心からお見舞いを申し上げたいと存じます。 そこで、今も御答弁があったわけですが、外務省といいますか村山内閣としても、救援対策にすぐ対処をしていただいて、いろいろ人道的立場でやっておられることに敬意を表したいと思います、外務大臣のそういう御配慮についても。 そこで、緊急人道支援ということで、毛布でありますとか医療セットでありますとか食料等、飲料水、人工透析器など、物資面の救援については早速既に発送しているようですが、人的支援において、ロシア側の受け入れについての了解が得にくいということで、せっかく日本側がそういう申し入れをしても実現をしないということを聞かされているわけです。それは、実態といいますか、実情としてどういうふうになっているのか、現在の状況をもう少し御説明をいただければと思います。
○野村(一)政府委員 先生御指摘の人的な支援につきましては、この地震が起こった直後から、私ども、物的だけではなくて基本的にそれにこたえる用意があるということはロシア側に伝えてまいったわけでございますが、サスコベッツ第一副首相が本件責任者として現地に派遣されるということになりまして、外務大臣の方から、お見舞いの電報かたがた、重ねて人的な支援についてもその用意があるということを伝えました。 そういった我々の申し入れに対しまして、人的支援につきましては、これは二十九日の午前でございますけれども、ロシアの非常事態省の方から私どもの日本大使館に対しまして、現在現地で、ショイグという非常事態大臣でございますけれども、その指揮のもとで救助隊が救助活動を行っており、今のところ必要はないという回答をよこしております。また、同じくロシア非常事態省のヘタグロフ次官でございますけれども、同日の記者会見におきまして、現地では現在約五百人が救助作業に当たっておりまして、外国の救助隊がサハリンに現場入りする必要はないということを語ったというようでございます。 したがいまして、この人的な支援、私は、現場につきましてはロシア側の考え方はかなりはっきりいたしておるというふうに理解しております。
○上原委員 それは、日本側の人的支援だけ受け入れておらないのか、ほかの国はどうなのですか。
○野村(一)政府委員 お答え申し上げます。 ロシア非常事態省の記者会見の発言で外国の救助隊がサハリン入りする必要はないということを言っておるわけでございますので、その点、事実関係といたしましても、現場で外国の救助隊が活動しているという情報にも私ども接しておりませんし、日本だけということではないというふうに理解しております。
○上原委員 そこは推測の域を出ないことになりますが、そういった人的救援をロシア側が受けない背景、理由というのはどのように日本政府としてはお考えですか。
○野村(一)政府委員 お答えいたします。 私もロシアの立場を推測してもという感じはいたしますけれども、基本的には、先ほど申しました非常事態省の考え方は、やはりネフチェゴルスクという現場における対応だろうというふうに理解しております。 ニーズということを考えますと、もう先生報道でも御案内のとおり、けがされた方々がユジノサハリンスクの方に移送されているという状況もございます。人工透析器、物の支援というのは、きのう、きょうと行っておるわけでございますけれども、今後、医療の面、治療その他で、この地震の現場ではなくても、例えばユジノサハリンスクということでニーズが出てくるかというふうに考えております。 この辺は、私ども外務省員を東京から、あるいはハバロフスク、ウラジオストクから館員を派遣して、ユジノサハリンスクで現地の関係者と連絡を、特にニーズの把握という意味におきましてやっておりますので、その連絡結果を待った上で、可能な限りそういうニーズにこたえるということで対応してまいりたいというふうに考えている次第でございます。
○上原委員 それはロシア側のいろいろの御事情があるかもしれません。しかし、人道的立場からすると、せっかく派遣準備ができておる国際協力隊というもの、国際緊急援助隊というものの派遣が難しいというのは、そういう事態ができるだけないようにするのがいいと思うんですね。 それはちょっと後で触れますが、この震源地のネフチェゴルスク周辺は、交通のアクセスも先ほど非常に悪いと。今、オハとユジノサハリンスクに負傷した方々とかいろいろ避難態勢をとっておるようですが、これからも、第一陣の物資支援、救援に加えて、日本政府としては相手国からの要請があれば追加をしていかれる準備をしておられるのか、あるいはロシア側のまた第二陣、第三陣と物資救援についてはやってもらいたいというサインが日本側に来ているのかどうか、そのあたりについていかがでしょう。
○野村(一)政府委員 物資支援につきまして、昨日に続きまして、きょう、午後二時ですからもうすぐでございますけれども、二番目の海上保安庁のYS11が出発する予定であるということは先ほど大臣から発表があったとおりでございます。 私、一番大事なことは、現地で密接に、特にニーズにつきまして、先方の関係者とよく話し合うことだというふうに思っております。したがいまして、幸いにして、ユジノサハリンスクにつきましては、先ほど申しました外務省員三名が活動しておりますので、基本的にそのニーズの把握ということを第一の使命にして活動いたしております。その結果報告を待ちまして、適正に対応するというふうに考えております。
○上原委員 そこで外務大臣にお答えいただきたいんですが、やはり先ほども鈴木先生からも御指摘があったように、北方四島問題、これは戦後の外交の、戦後処理の一番大きな課題ですよね。残念ながら、冷戦下でなかなか対話や相互理解というものが得にくかった。しかし、今、ビザなし交流とか、いろいろ国会議員も往来できるところまで相手の態度も柔軟に対応してきておる。こういう機会を我が方もより積極的に活用していくということと、こういった、非常に相手が自然災害、地震にお困りになっているときに人道上の救援の手を本当に誠意を持って日本側が行動で示すということは、私は、相互の理解を深める、信頼醸成に大いに役立つものと思うんですよわ。 いろいろ難しいことはあったにしても、もっと日本側としても積極的に、例えば村山総理からエリツィン大統領にお話をするとか、外務大臣が、既にやっておられるかもしれませんが、相手の外務大臣とお話し合いをしてみるとか、そういったもっと高度の姿勢というものがこの際出てもいいんじゃないかと思ったりするんですが、そのあたりのお考えがあればお聞かせ願いたいと存じます。
○河野国務大臣 先ほど来御答弁しておりますように、人道的な見地に立って我が国としてもできるだけのことをするべきだ、こう考えて、できるだけ迅速に対応したつもりでございます。 現地の状況は正確にわかりませんけれども、やはりかなり混乱はしておられるだろうと思います。幸か不幸か、サスコベッツ氏がこの対策の責任者ということになっておられますので、私としてもしかるべき時期にサスコベッツ氏には御連絡を申し上げようと思っております。 それはそれとして、現地からは、今政府委員から御答弁申し上げましたように、人的な支援は今は必要としない、これは医者を含めて人的支援は必要としないという意味の発表がございまして、こういう発表がある以上、こちらから押しかけて人間が行くということは、これはなかなか、いいことではございませんので、とにかく、現地で必要とするという御要請のあった、物だけはできるだけ迅速にお届けしたいということで、物の支援を、昨日、本日と二回にわたっていたしているわけでございます。 これらについては、報道を通して我々の耳や目に入ります状況は大変悲惨な状況でございますだけに、私は、ああした状況にかんがみて、引き続きの御要請があるのではないかという気持ちを持っておりますし、人的支援につきましても、もし瓦れきの処理でありますとかその他の問題で何か必要になることがあれば、すぐ対応できるように、我々としてはその対応に十分な態勢は整えておこう、こういう気持ちで現在はおります。
○上原委員 ぜひそれを積極的に、さらに進めていただきたいと思います。 それともう一点は、この人的支援の件で、やはりこういった大震災、地震というのが、北海道、サハリン、あるいはその周辺、北方四島周辺で頻発して起きていますよね。せんだっては、申し上げるまでもなく阪神・淡路大地震があった。大変な災害。これからも、国際的にも相互に支援をし合う、災害復旧をやっていく、人命救助をするという面で、私は、この国際緊急援助隊のあり方というものをもっと重視をしなければいかないんじゃないかという感じを、気持ちを持っている一人なんですね。いろいろPKO活動その他ありますけれども、外務省としても、この国際緊急援助隊の充実化等々についてもっと積極的に、予算面その他、人的補強を含めてお考えになったらいいんじゃないかというのが一つですね。 それと、相手側が今すぐ人的支援ということをオーケーしないまでも、地震対策、これは災害の国際的ネットで先ほど申し上げましたように相互支援をしていく、協力をしていくという面でも、やはり日本側として何らかの、地震の現状、実態をもっと把握するということで、政府の調査団とか、そういうものを派遣するという手は外交上あると私は思うのですよね。 この二点について、ひとつ外務大臣のお考えを聞かせていただきたいと思います。
○河野国務大臣 先ほど政府委員が御答弁申し上げたかと思いますが、今回の被災地にも、外務省員をできれば現地に赴かせたい、こう考えまして、ウラジオストク、ハバロフスクから、まずはユジノサハリンスクまで出しているわけでございます。現地の状況等が、もう少しこうした人間の受け入れに対応ができるようになれば、これはそうしたことも考えなければならないというふうにまず思っております。 それから、国際緊急援助隊についてお話がございました。これは、国際緊急援助隊法という法律をおつくりいただいて、この法律のもとに、何かあればそこへ集めて出ていく、こういう状況でございまして、常設して訓練が行われるとか、そういうことではないわけでございますが、この国際緊急援助隊法につきまして我々、国際的に、こうした自然災害等が発生をいたしますれば先方の要請を受けて出動するという準備が整えられるということになっております。 この問題は、派遣をいたします規模の大きさよりも、緊急性でありますとか、あるいは特殊な、特別な技術とか、そういったものをどういうふうに考えるかということに重要性があるのではないかというふうにも思っております。我々、ごく身近にこうした災害をみずから受け、あるいは極めて近い場所にこうした災害が起こったということにかんがみまして、さらに国際緊急援助隊というものが効果的、効率的に行動できるためにはどういうことが必要かということについてよく研究をしたいというふうに思います。
○上原委員 今回の場合も一応の陣容は確保といいますか、準備はできたということですが、やはり日本の国際貢献というか、こういう分野にもっと日本の積極性を示すということが国際的信頼を得られる条件だと私は思いますので、御努力を賜りたいと思います。 次に、北方領土周辺海域における安全操業の問題ですが、先ほどもちょっとお尋ねがあったのですが、これは古くて新しい課題というか、最近また状況が幾分後退というか、悪くなったような感を受けるわけです。 日本側漁船に対する取り締まりがこの二、三年というか、最近非常に厳しくなっている。それについて、どういう理由で向こうはそういう行動に出ているのか、また、日本側はこの防止策というか緩和策について、どのように積極的にロシア側と話し合いをしているのかということ。 もう一点は、領土問題が絡んでいるのでなかなか難しい案件だとは思うのですが、いわゆる裁判の管轄権を日ロとちらの政府が持つかということが常にこの漁業交渉——相手に言わすと漁船の不法侵入だと言う、こっちは固有の領土だから権限はあるという立場もとれないわけではないわけですが、最近のロシア側の言い分はどうなのか、また、この解決策はどのようにお考えなのか、もう少しこれからの将来展望を含めてお答えを願いたいと思います。
○野村(一)政府委員 お答えを申し上げます。 まず最初の、ロシア側官憲によります取り締まりの厳しさの点でございますけれども、先生御案内のとおり、この北方四島周辺水域につきましては、基本的には彼らの言う、かぎ括弧つきでございますが、「領海侵犯」ということで、これは前から厳しく取り締まってきたことは事実でございます。 私どもが看過できない出来事として最近の現象で見られますのは、いわゆる発砲事件でございます。射撃という、国際法にもとる行為が行われているということでございます。威嚇射撃も含めまして、こういうことは断じて許されるものではないということで、これはこの事実関係をきちんと把握した上で、照会した上で、その都度厳重に抗議いたしておるわけでございます。何分、ロシア側から言いますれば、こういうことが起こらないようにということもございます。今回の北方四島周辺の安全操業問題についての交渉というのは、ある意味でそういう事態をなくすということも重要な目的にしておるわけでございます。 先生まさに御指摘のとおり、この管轄権の問題というのが最大の難しいところだと思います。一言で申し上げますれば、これは法的立場を害さない、基本的立場を害さないということに尽きるわけでございます。具体的にそれをどういうふうに双方間の合意としてまとめるかということにつきまして、これはまさに交渉でこれから詰めていかないといけないわけでございます。 解決策はと申しますと、なかなか今私がこの場でこうだということを申し上げるわけにはいかないわけでございますけれども、仮にそれが細い線でございましても、やはり何らかのお互いの取り決めを結ぶんだという強い意思がございますれば解決のめどがあるのではないかということで、今後も引き続き、交渉に鋭意努めてまいりたいというふうに考える次第でございます。
○上原委員 ですから、そういったことを、相互の信頼関係というか、あるいは領土問題を含めてもう少し前進をさせる意味でも、北方四島へのいろいろな日本側の人的支援であるとか、先ほどの診療所の仮設置であるとか医療態勢であるとか、そういうものにより効果的にやるべきだと思うんだ。 私が北海道開発庁長官をしているときに、北海道開発庁に北方四島の振興開発を含めてと言ったら、あなたはびっくりして、そんなことをしたらソ連を刺激するなんて言う。そういう消極的ではもういかないと思う。旧ソ連でなくて、ロシアの新しい市場経済に乗っけてどうするかということを考えていただきたい。これは強く要望をしておきます。 最後に、沖縄の基地問題についてまた聞かせていただきますが、今、御承知のように、大田知事初の米軍基地を抱えている関係市町村長が大挙訪米をしておられる。もうやがて帰ると思うのですが、大臣、私はしばしばこの席で、沖特で、外務委員会その他で取り上げておりますように、一地方自治体の県知事なり市町村長がアメリカ、ワシントンまで行って基地問題を交渉しなければいかないということは、日本政府の外交の貧困だと私は思うのですよ。西銘知事を含めて、これでもう六回でしょうかね、沖縄県知事が行かれるということは。三事案を含めて、いろいろ政府が御努力していることもわかるけれども、もう少しはやっていただきたいと思いますね。その点、知事の訪米について、政府はどういう御認識を持っておられるかということが一つ。 もう一つは、例えば那覇軍港を那覇から返還するということは、これは那覇市なり県土全体の利用面からいうとプラス、メリットになるかもしれぬ。しかし一方、持っていかれる側の浦添市というのは断固反対しているわけでしょう。こういうことでは解決にならないのですよ。 したがって、こういうことは国が、政府が、沖縄側の気持ちというものも体して、アメリカに対してもどういう解決策があるということをもう少しやらないといかないのじゃないかと私は思うのです。知事がお帰りになると、三事案の話が具体的に出ると私は思うのですが、政府としてはどのような姿勢で臨んでいかれようとするのか、ぜひもう一遍御見解を聞かせていただきたいと思います。
○河野国務大臣 議員からいろいろ御心配をいただいております三事案の問題につきまして、私どもとしても、できる限りの知恵を絞り、現地の皆さんの御意見も伺い、あるいは御理解もいただきながらこの問題の解決をいたしたい、こう考えているわけでございます。 しかしながら、沖縄に現在ございます三事案をどういうふうに処理をするかということについて、これはこういう言い方はどうかと思いますけれども、私どもとしては、日米安保条約、日米安保体制の効果的な運用という面についても重視しなければならないわけでございまして、そうした視点、もちろん地元の皆様方のお気持ちというものを最も重く私どもとしては受けとめてはおりますけれども、そうしたことを総合的に判断をいたしまして最終的な結論というものを出していこうと考えているわけでございます。勧告といいますか、この三事案についての解決へ向かっての方向というものも固まりつつあるわけでございまして、できるだけ早期に御理解をいただいた上での解決ということを考えなければならないと思っております。 知事初め御関係の皆さんがワシントンに行かれたということは承知をいたしておりますが、現地の気持ちを直接訴えるという意味で、先方は恐らく耳を傾けられるに違いないというふうに思っております。私どもとしては、そういうことをしていただくまでもなく、私どもが十分意見を受けとめて作業をしなければなりませんし、また、いたしておるつもりでございますが、さらに現地の方々が、言ってみればやむにやまれぬ気持ちもあったかと思いますが、アメリカへ行って直接気持ちを述べるということになったというふうに理解をしているわけでございます。 繰り返しになりますが、日米首脳会談でこの問題が話し合いの大きなテーマとなって、両国の首脳がそれぞれ解決に向けて努力をしようと言い合ったわけでございますから、私どもとして解決のために最善の努力をしなければならぬ。地元におきましてさまざまなレベルでお話をされた上で、一つの方向性というものが示されているわけでございます。そうしたことを踏まえて、さらに努力を進めたいと思っております。
○上原委員 もう時間ですからやめますが、大臣、私はいつかも申し上げたのですが、アメリカ側よりむしろ日本側に問題があると私は見ている、私の認識は。大体、狭い小さい沖縄で、リロケーションで基地を整理縮小、返還させようという発想自体が問題なんだ。そこを改めなければいかぬ。もしあなた方がおっしゃるように安保上どうしても必要というのであれば、もうみんな、日本本土も含めて、アジアも含めて均等割したらいい。そのくらいの発想の転換でこの沖縄の凝縮された基地問題というものを解決するかということが今問われているのです。それが私が言う安保の見直し論であり、政府の外交姿勢が冷戦構造下の延長線でやろうとしているからいかないということです。 私も与党の立場でもあるのだが、私はこの見解は主張して、どうしてもそういう政治力を発揮していただきたい。だから、あなたに沖縄に行って見てごらんと言ったのです。もう一遍それに答えてくれたら終わります。
○河野国務大臣 前回も議員からお勧めをいただきまして、私なりの気持ちを申し上げたつもりでございます。機会を見て沖縄へ伺いたいというふうに思っております。
○上原委員 終わります。
○鈴木委員長 仲村正治君。
○仲村委員 河野外務大臣にお尋ねをいたしたいと思います。 それは、自社さきがけの連立政権樹立に当たって合意されたという不戦決議についてであります。 ことしは戦後五十年になりました。それは、昭和二十年八月十五日、我が国が無条件降伏して、日本民族が歴史上かつて経験したことのない敗戦という屈辱の日から数えてのことであります。 あの悲惨な戦争の責めは日本だけが負うべきかあるいはそうではないかということについては、日本国民の中でも意見の分かれるところであります。私は、どちらかと言えば、あの太平洋戦争の責めは日本だけが負うべきものではなかった、こういうふうに考える立場であります。 しかし、太平洋戦争の責任がどこの国にあったかは別にして、あの戦争は、日本がアジア地域の国々に攻め入って、罪のない多くの人々の人命と財産にはかり知れない悲しみと苦痛と損害を与えたことは弁解のできないことだと私は思うし、結果として日本のやったことは侵略的行為であったことは、歴史的事実として認めなければならないと思うのであります。 そのため、戦後の日本国民は、みずからの行為を謙虚に反省し、戦後五十年間、それらの国と国民にあらゆる場面で謝罪をし、誠意を持ってその償いをし、それは今も続けられているものだと思っております。 私は、自社さきがけ政権樹立に当たって合意した不戦決議というものがどのような意味を持つものか、その趣旨と目的が何であるかよくわかりませんが、しかし、いずれにしても、戦後五十年という節目の年に、五十年以前のあの当時の世界人類が領土拡張主義や自国の利権拡張の政策を持って相争い戦争を繰り返したことを、単に日本国民だけの問題とせず、世界人類があの当時の誤った行為を反省し、平和な地球人類を築き上げようという誓いをするという意味での決議なら、これは何も自社さきがけ連立政権の問題ではなく、日本民族が世界に率先して民族の決意を世界にアピールすべきだと私は思うのであります。 そこで、自民党総裁として自社さきがけ連立政権樹立の政策協定に合意した河野外務大臣に、その不戦決議の趣旨、目的、目指す目標は何であったか、お答えをいただきたいと思います。
○河野国務大臣 国会決議は国会、院の問題でございまして、現在行政の一ポストにおります人間があれこれ言うべきでないということをまず基本的に申し上げたいと思います。 その上に立って申し上げれば、確かに私どもが所属をいたします自由民主党は、日本社会党、新党さきがけと一緒になりまして現政権をつくるに当たって、幾つかの合意事項というものをつくったわけでございます。その合意事項の中に、これは昨年のことでございますから、来年は戦後五十年を迎える、その五十年を迎えるに当たって国会で決議を行おうということの合意があるわけでございます。 この合意に従いまして、今、三党それそれがこの決議のための作業に全力を挙げているところでございます。その作業がどういう結論を導き出しますかは、これから私どもは、今行政の一ポストにおりますので私がとやかく言うことではないというふうに思いますが、三党がそれぞれ誠意を持って最善の努力をなさっておられるということは私も承知をいたしております。
○仲村委員 私は政府の一員でありそれは国会が決めることだ、そういうことは一つの逃げ口上でありまして、自民党総裁として不戦決議をしようということに合意をされたわけでありますので、その目的が何であったのかという点については、きちっと説明をしていただく親切さがなければならないのではないかと私は思うのであります。 私は、いつまでも日本国民が、あっちに向いても憩うございました、こっちに向いても憩うございましたとへっぴり腰外交ではいけない、そういうふうな考え方に立っているわけであります。大体、わびの上手な人ほど真心からわびているということはないわけでございまして、私は、日本は戦後、深くこの過去を反省して、誠意を持ってその償いをしてきたというふうに思っております。 したがって、今問題になっている戦後五十年の時期に決議をしようというものは、世界人類が過去を反省し、将来に向かって平和な地球人類を築き上げていこう、そういう未来に向かっての誓いでなければならない、こういうように思うのでありますが、この点について外務大臣の御所見を伺いたいと思っております。
○河野国務大臣 私は少々意見を異にいたします。 例えば、これは非常に単純化された例えで適当でないとあるいは言われるかもわかりませんが、やはり我が国が過去において多くの国の人々に耐えがたい苦しみあるいは悲しみを与えてきたという事実は事実としてしっかりと認識をしなければならない、このことを何か言いかえるようなことはすべきでないというふうに私は思います。そのことをきちっと踏まえて我が国として国際社会に貢献をするという立場がなければ、我が国は、しっかりとした国際社会の中での信頼を受けることにならないだろうと思います。 多くの国々の方々に耐えがたい苦しみを与えた我が国が、耐えがたい苦しみを受けた国の気持ちに立って考えなければならないのであって、耐えがたい苦しみを与えた立場にあって、もうさんざん謝ったのだからもうこれ以上謝ることはないだろうというようなことを、仮に、仮にそういうことを言ったとして、多くの国際社会からそれは素直に受けとめられるかどうかといえば、私は甚だ疑問だというふうに認識をいたしております。
○仲村委員 私が先ほど申し上げたのは、我が国はアジアの国々に攻め入って人命、財産にはかり知れない苦痛や損害を与えた、そのことを反省して、この戦後五十年間、その償いをしっかり誠意を持ってやってきた、したがって、これからは未来志向の気持ちで世界人類が本当に平和な世の中をつくっていこう、そういう気持ちを持っての外交でなければならない、また決議でなければならない、こういう立場で申し上げているところであります。 次に、村山政権の北方領土返還に対する対日交渉についてお尋ねをしたいと思います。 これまた、戦後五十年間の我が国の未解決の外交の重要事項であります。我が国は戦争に負けて、我が国の固有の領土である、北は北方領土四島をソ連に不法占拠され、南は沖縄をアメリカに占領されるという領土分断をされたのであります。 まず、南の沖縄の場合は、我が国の降伏前の話で、日米間が激しい戦闘で双方とも悲惨な犠牲の血を流した結果、アメリカに占領されたのであります。そして、米軍は二十七年間も占領統治を続けてきましたが、沖縄県民の復帰運動に勝てず、みずからの血を流して占領した島々でさえ、日本国有の領土であるという立場から、ついに、今から二十四年前に日本に返還したのであります。 一方、北の北方四島は、我が国の降伏後に不法に占拠して、五十年間もその不法行為を続けているということであります。この五十年間、我が国は旧ソ連時代から粘り強く返還要求を続けているが、いまだに返還の見通しがついていないのはまことに残念であります。 旧ソ連時代末期のゴルバチョフ訪日のころから、それまで膠着状態にあったものが幾らか曙光が差してきたかに見えたわけであります。特に、ソ連崩壊でロシアになって、エリツィン大統領が登場したときに、エリツィン大統領の法と正義に基づく解決を図りたいという言葉に我々日本国民は大変大きな期待をかけたのでありますが、その後のエリツィン訪日では、逆に、今までの積み上げが後退したような感じでしかなかった、こういうように思っているわけであります。最近に至っては、両国のこの問題に関しては、全く話題にも上らなくなっているし、国内の世論も非常に冷めたような感を深くしてならないのであります。 今政府は、北方領土返還の対日交渉を一体どのように進めているのか。 また、村山政権の北方四島返還の対日姿勢が全く見えてこないが、政府の考えをお聞きしたいと思います。
○河野国務大臣 北方領土がいまだに返還をされない、あるいは我が国の領土として認められないということはまことに遺憾なことでございます。このことにつきましては、私どもとして、ロシア当局に対しましてできる限り早期にこの問題解決のための努力をいたしているところでございます。 議員も御承知のとおり、昨年の十一月にはサスコベッツ・ロシア第一副首相が訪日をされました。本年三月にはコズイレフ外務大臣が訪日をされました。この二回にわたるロシアの主要閣僚の訪日というものについても、私どもできる限りの努力をいたした結果でもございますが、こうした人たちの訪日におきまして、私どもとしては、この北方領土問題解決のためのいわば環境整備とでも申しますか、こうした作業に懸命に取り組んでいるところでございます。 一つ一つが明示的にどういう結果が生まれてきたということを申し上げられない作業でございますだけに、もどかしさをお感じになりますことはあるかと思いますけれども、相手のある交渉でございます。一つ一つ環境を整備して、あるいはロシア国内の世論というものを返還に向けて喚起をしながら、あるいは関係者、北方四島住民の心の中に安心感を与えるというようなことを考えて、いろいろと今努力をしているわけでございまして、これはおっしゃるように、一言で返還が決まるという性格のものではございません。 当委員会におきましても、先ほど御質問、御意見がございました、議員からもお話がございましたように、地域の住民との対話でございますとか地域住民の理解を求める辛抱強い作業、そういうものの積み重ねというものも一万必要であろうと思います。他方、経済的な問題もあろうかと思います。さらには、やはり政治的な決着をつけるためには、例えばロシア国内における政治情勢というものも見きわめなければならないと思います。 今日民主化の方向にやや動き出しているロシアの国内事情は、大統領一人の決断で果たしてできるかどうか、ロシア議会の判断というものが影響力を持つかどうか、こういったことまで考えなければなりません。あるいは、ロシア国内議会におきます勢力が、この問題についてどういう主張をしている勢力があるのかないのか、こういったことまで考えていかなければならないことでございます。 私どもとしては、甚だこの問題の解決が時間がかかっておりますことを残念に思っておりますが、何としても正しい主張を正しく解決をするために、引き続き全力を挙げたいと考えております。
○仲村委員 これも五十年問題に関連する話でありますが、去る大戦は、沖縄戦での日本軍の敗退で我が国の敗戦は決定的になったのであります。それだけ沖縄戦の激しさ、また我が国の犠牲が大きかったわけであります。 当時、米軍の沖縄進攻作戦は、昭和二十年の三月二十二日から攻撃が開始され、沖縄県民を巻き添えにして、九十日間、日米両軍は悪戦苦闘の、一進一退の激しい戦闘が続きました。結局、米軍の物量作戦の前に日本軍は兵力も弾薬も兵糧も尽き果てて、とうとう六月二十二日に、沖縄県全土を焼き焦がし、沖縄県民、日本軍、そして米軍、合わせて二十万余の人命を犠牲にして、ついに玉砕を遂げたのであります。 沖縄県では、この六月二十三日を慰霊の日と定めて、毎年、沖縄戦で戦死した全戦没者の追悼式を行っております。ことしは、特に戦後五十年という時期に合わせて、昭和六年の満州事変以降昭和二十年の戦争終結までの十五年戦争と銘打って、この戦争が原因で死亡した沖縄県民、そして沖縄戦で戦死した各都道府県出身者及び米軍、韓国人等の氏名、二十二万四千百八十三名の名前を刻んだ「平和の礎(いしじ)」、「礎(いしじ)」というのは礎(いしずえ)のことであります。「平和の礎(いしじ)」が建立され、その除幕式と、あわせて例年の戦没者追悼式が行われることになっております。 マスコミの報じるところによりますと、村山総理はこの追悼式に出席する方向で検討を進めているということでありますが、もし総理が出席をされるということであれば、平成二年の海部総理以来五カ年ぶりの総理出席ということになります。この報道に関して、どのような準備を進めているのか、お聞きをしたいと思います。
○河野国務大臣 お話のように、五十年前、苛烈な地上戦が行われた沖縄の地に、今こうして平和な状況の中で追悼の式典が行われるということは、まことに意義深いことであると思います。 そうした意義深い記念の式典、記念の日に総理が御出席されるということであれば、これは、極めて厳しい日程でございまして、私もまだ最終的に確認をいたしておりませんが、そうしたお気持ちがあるということは一部伺っておりますし、もしそういうことが実現をするとすれば、それは本当に意義深いことであるというふうに思っております。
○仲村委員 戦争に駆り出されて戦死をした人々、これは何も好きこのんで戦場に行ったわけではありません。最愛の家族を残して、国の命令でみんな戦場に出て命をなくしたわけでありますので、こういう機会に、やはり国の代表者たる総理が出席をして霊を慰めるということは非常に大事なことである、こういうふうに思っておりますので、大変御多忙の御日程だということもよく承知をいたしておりますが、ぜひ実現する方向で御検討いただきたいと思っております。 次に、これも新聞報道によることでありますが、天皇陛下の御日程に関係することについて、お尋ねをいたしたいと思います。 去る五月十五日、マスコミは、天皇陛下は、戦後五十年のこの時期に、去る大戦でより大きな災いをこうむった地域の広島や長崎や東京あるいは沖縄などを御訪問されて、戦争犠牲者の慰霊巡拝をなさりたいという御希望がおありだ、こういうことが報ぜられておりますが、この計画について、今の時点で御説明がいただけるなら、お願いを申し上げたいと思っております。
○伊原説明員 ただいまの沖縄行幸に関する御質問につきまして、お答え申し上げます。 天皇陛下には、昨年のお誕生日の記者会見におきまして、戦後五十年に当たり、とりわけ戦争の災いの激しかった土地に思いを寄せていくつもりでいますとのお気持ちを述べられたところでありまして、宮内庁としては、関係地方団体等とも相談しつつ、そのお気持ちができるだけ実現されるよう検討していきたいと考えております。 そこで、宮内庁としては、陛下のおっしゃいました、とりわけ戦争の災いの激しかった土地としまして、広島、長崎、東京とともに、唯一の地上戦が行われ、多くの犠牲者の出た沖縄県を御訪問の候補地として検討しているところでございまして、沖縄県等とも十分相談の上、天皇陛下のお気持ちができるだけ実現できるよう、適切な時期と方法を見出す努力をしてまいりたいと存じております。
○仲村委員 引き続き、河野外務大臣にお尋ねをしたいと思います。 沖縄県の本土復帰に当たって日米間で合意されたことは、復帰後の沖縄の米軍基地の形態は核抜き本土並みということであったわけであります。それは、日本の非核三原則に従って、またさらに、日米安保条約の地位協定に従った基地の対応だということであったと思いますけれども、しかし、沖縄県の米軍基地は安保条約とは全く関係なくつくられたわけであります。 したがいまして、核抜きは守られたにしても、本土並みという点については、これはいささか守れないことを、復帰を早めるために合意せざるを得ないという状態じゃなかったのかなというふうに思っております。 その後も基地の使用の秘密協定についてしばしば問題にされたわけでありますが、私は、政府が沖縄の復帰に当たって取り決めた核抜き本土並みということを確実に今からでも守ってほしい、こういう気持ちであります。 今までは冷戦構造下で、緊張状態の絶頂期につくられた基地であるので、安保条約の範囲内にはめるということ自体無理があったわけでありますが、しかし、これだけ冷戦構造も崩壊して、世界の緊張も緩和されて、あの当時つくった基地が必要であるとはもうだれも考えていないわけでありますので、今からでも本土並みの基地の運用ということに心がけていただきたい、こういうふうに思いますけれども、外務大臣の御見解をお聞きしたいと思います。
○時野谷政府委員 ただいま先生御指摘のとおり、沖縄には、沖縄の皆様方に非常な御負担をかけている米軍の基地の存在、こういうものがあるということでございまして、沖縄県を中心に、その整理統合について従来から強い要望のあるということを私ども十分認識をいたしております。まさに、先生御指摘のとおり、沖縄には米軍の基地が集中をしておる、こういう状況があるわけでございます。 そういうことでございますので、さきの日米首脳会談におきましてもこの問題が話題とされた、こういうことでございまして、目下私どもは、地元から強い御要望のあります那覇の港湾施設の移設の問題、読谷の補助飛行場にかかわる問題、これを精力的に解決に向けて努力をいたしてまいった、こういうことでございまして、御承知のとおり、今月の十一日には、私どもとして最善と考える一つの解決案、こういうものを地元の方々にも提示させていただいた、こういうことでございます。 残る一〇四号線越えの実弾射撃の問題、これにつきましても、私ども米側とも引き続き協議を進めております。 そういうことで、米側としても沖縄におきます施設・区域の整理統合の問題が非常に重要である、日米安保体制に対する日本の国民の支持を確保していく上でも重要であるということは認識をしてくれているというふうに私ども思っております。そういうことでございますので、引き続き地元の皆様方の御理解と御協力も得つつ、この問題に進展が見られますよう努力をしてまいりたいというふうに考えております。
○仲村委員 先ほどもお話がありましたが、この三事案、そのほかに沖縄県では各市町村において、この部分は何としても返還してもらいたいということはこの三事案に限らずたくさんあるわけであります。 例えば、浦添市の西海岸地先の五十メーターの制限水域をこの西海岸開発のために何としても必要であるので返してほしいということ、それから、嘉手納の米軍専用のマリーナ、それを地域の開発のために絶対に必要であるので返してほしいということ、それから、沖縄市の東部海浜開発のためにあの泡瀬の通信施設の制限水域の百五十メーター、これは施設を返せというわけじゃないです、制限水域の百五十メーターを解除してくれとか、あるいは金武のブルー・ビーチ、あるいはギンバル、そこを地域の開発のために使用したいので返してくれとか、こういう形で各地域で返還要求があります。 その中で、特にこの三つの問題については非常に重要であるという立場から、三事案として取り上げてその移設についての決定をしたということにつきましては、やはり県民の基地返還要求の切実な気持ちが日米両政府に通じた、そういう意味では一歩前進である、私はこういうふうに思っております。 ただ、この移設の場所について、例えば、那覇軍港の移設先は浦添市の西海岸地先である、これは絶対にだめですよと、もう全市民挙げて反対をしている。宜野座村のパラシュート訓練場の移設地についても、地元は、これはだめですよ、こういう形を言っているわけであります。これからいろいろとその移設を実現するために御苦労をいただかなければならない、こういうふうに思っているわけであります。 今ある那覇軍港の場所、これは、那覇市は御承知のように今、日本一人口密度の高い場所です。そういうところに五十六・八ヘクタールもそういう基地が遊休のまま存在するということは、これは許される話じゃないわけであります。したがいまして、知恵を出してどこかの場所に移すということにつきましては、今後ぜひ努力をしていただきたいと思うのであります。 ただ、私は、その中で、浦添の西海岸開発のためにその海岸の制限水域五十メーターの立入禁止を解除してくれ、それをしないとこの海岸の埋め立てができないということで、もう何年も前からこれは政府にお願いをしているわけです。これは、返したからといってそこの基地の機能が損なわれるわけでもないのに、それを返さないということは、ひょっとするとこの那覇軍港の移設と絡めているのではないかなという気がしてならないわけであります。 私は、絶対に切り離してこの制限水域の解除というものは先にやるべきである、こういうふうにさきの二月十四日の予算委員会でもお話を申し上げたら、宝珠山防衛施設庁長官は、ぜひ懸命に努力して、その実現に向けて御希望に沿うように努力します、こういう返事であったわけでありますが、この西海岸の返還についてどういうふうな状態になっているのか、いま一度御答弁をお願いしたいと思います。
○時野谷政府委員 私どもの立場は、絡める、絡めないというようなことではございませんで、ただ、先生も御承知のとおり、今回の那覇軍港の問題の解決案の一つの要素としまして、その中にこの制限水域の返還ということも含まれている、こういうことでございます。そういう形で私どもとしては問題を解決して、地元の御要望にも沿える形にしたい、こういうふうに希望いたしておる次第でございます。 もちろん、今先生おっしゃられましたように、地元の方々に強い反対がある、目下そういう状況でございまして、私もそういうお話を伺いました。私自身伺いましたのですが、これからも私ども努力をいたしまして、地元の方々にお話もし、ぜひ御協力と御理解を得まして、何とか解決のめどを立てたい、こういうふうに存じております。
○仲村委員 時間が参りましたので、あと一問で終わりたいと思います。 さきに米国防総省から東アジア新戦略構想と日米安保報告というのが発表されたわけでありますが、その中では、日米両国及びアジア地域での米軍の駐留の必要性を強調したものと私は受けとめております。 大多数の日本国民は、日米安保条約が我が国の平和と安全に寄与するものであるということをよく理解をいたしております。また、アジア諸国民も、過去の日本の軍国主義の復活に対する警戒感が全く消えたわけではありませんので、その監視役として米軍が日本に駐屯することで一種の安心感を与えるものと私は考えております。そういう意味で、アジア諸国民も米軍のプレゼンスを歓迎している、こういうふうに考えております。 しかし、米国の考え方の底流にあるものは、軍事力をてこにアジア地域への政治的、経済的関与を強めていこうということが明白であります。しかも、国防費削減のためにハワイ、グアムなど自国内の基地は縮小すると言っているのに、在日の米軍基地はむしろ強化するということは、在日米軍基地については日米間の協定でその維持費を大幅に日本政府が肩がわりをするようになっているからではないかと思うのであります。 外務大臣、この米国防総省の東アジア新戦略構想と日米安保報告についてどのような受けとめ方をなさっておられますか。 なぜ私がこの問題を取り上げたかと申しますと、在日米軍基地の強化となると、真っ先にターゲットにされるのは沖縄の基地だと思うからであります。そうなると、今でさえ超過密基地の状態で、県民はその整理縮小を強く訴えているところでありますが、もしそのようなことであるとすると、これはもう全く時代錯誤も甚だしい、また沖縄県民が受け入れられるものじゃない、こういうふうに思うからであります。ぜひひとつ御見解を承りたいと思っております。
○時野谷政府委員 アメリカの国防総省が出しました「東アジア・太平洋安全保障戦略」と言われます報告書につきまして、私どもは、この報告書を評価をいたしております。報告書が言わんとしておりますことは、引き続きアメリカがこのアジアにコミットメントを継続していく、アメリカのこの地域における存在あるいは関与、こういうものが引き続き重要である、こういうことを申しておりまして、そのためにも日本との協力、こういうものが重要である、こういうことを述べております。 先生おっしゃいますように、アメリカがこの地域にとどまること、このことは、この地域の安定を図っていく上で非常に重要なことであるというのが私どもの認識でございまして、この地域における安定要因である、こういうふうに私ども申している次第でございます。 そういうことで、アメリカ軍のいわゆる前方展開、こういうことが重要だというのは私どもの認識でございまして、そういう米軍の存在を確保していく上で、いわゆる接受国支援、ホスト・ネーション・サポートというふうに私ども申しておりますが、そのことがこれまた重要だという認識に立っている次第でございます。 ただ、そう申しますことと、それから今先生御指摘の沖縄におきますところの事情、いろいろな問題、これを解決することというのは、矛盾をすると申しますか、両立し得ない種類のことでは全くないのだというふうに私どもは考えております。そういう認識に立っておりますからこそ、日本側もそうでございますしアメリカ側もそうでございますけれども、沖縄におきますところのいろいろな基地にまつわる問題、これはそれ自体として解決をしていこう、こういう立場に立っている次第でございます。
○仲村委員 終わります。 ありがとうございました。
○鈴木委員長 荒井聰君。
○荒井(聰)委員 まず、去る五月二十七日、サハリンの北部において大規模な地震が発生して、多数の方が死者あるいは行方不明になっておられるということで、深い哀悼の念を示したいと思います。 さて、今与党三党では、戦後五十年問題プロジェクトチームにおいて、戦後残された幾つかの課題について議論をしている。例えば被爆者援護法でございますとか、あるいは沖縄のマラリア問題でありますとか、幾つか成果を見ておりますけれども、我が国における戦後五十年の最大の問題は、この北方領土問題であろう。この北方領土問題が残念ながら戦後五十年の中でまだ目に見える成果というものが出ていないということは、非常に残念であります。 ただ、三年前ですか、行われたビザなし交流によって、初めて北方四島の人と日本国民あるいは北海道の住民とが本当に心を開いて話し合いをしてきた。私は、それは大きな成果であり、またその過程の中で、この北方領土問題を解決する大きな糸口があるような気がしてなりません。 私はかつて外務省にもお世話になったことがございますけれども、その際、ODAを担当してございました。日本のODAというのは、理念として要請主義というものをとっております。相手国側からこういうODAを望むという形の要請主義をとっております。この要請主義は、相手国の本当に必要なことを要請してくる、そういう原則ですから、これは大変いい方式だとは思うのですけれども、しかし、この方式をとると幾つか問題点が出てくる場合があります。 一つは、相手国の要請を待たなければなりませんから、なかなか緊急に、あるいはかゆいところに手の行き届くといったような援助ではなくて、むしろハイテクノロジーの工場を求めるとか、そのときの為政者があるプレスティージを確保するために要請してくるといったような案件が多くなりがちだということが第一点であります。 第二点が、調整のために非常に時間がかかるということであります。私はODAの経験から、相手国の人心、相手国の人々と本当に仲よくなるODAというのは、災害救助でありますとかあるいは小さな保健所をつくるといったような、今の要請主義ではなかなか難しいような形のものが住民の中からよく出てきていて、それを酌み取るようなシステムが、今の日本の外務省のODAの中にはもうひとつだなという印象を持っております。 そういう中において、このサハリンで発生した緊急援助というものはそういう弊害を受けてはいないだろうか、相手国の要請を待ってこちら側から出かけていく、そういうやり方では本当に相手のかゆいところに手の届くようなきめの細かい援助になっているだろうかどうだろうか、そのあたりをひとつ担当の方に御見解を伺いたいと思います。
○野村(一)政府委員 基本的な今回の地震に対する対応といたしましても、確かにおっしゃるとおり、私どもロシア側に対しまして一般的に、ニーズがあればとかいうことを言っても、なかなかこう、これはというのは、向こうの方は実際問題として言いにくい面がございます。 そこで、今回につきましては、私どもの緊急援助隊法に基づいて持っておる、備蓄しているもののリストを向こうに率直に、こういうものが具体的にございますということをきちんと提示した上で向こう側のニーズを待ったというのが実態でございまして、やはりそこは、一般的にニーズということだけで向こう側に支援の申し出をしたというのとは違った対応をとっております。
○荒井(聰)委員 これは私の推測ですけれども、恐らく現地で最も必要としているのは医薬品、二番目が恐らくガソリン、石油、エネルギーの原料となるようなものです。そして三番目が、恐らく交通手段だろうと思います。交通手段として、恐らくトラックだとか運搬手段ですね、そういうものを一番必要としているのではないかなと私は思いますけれども、その点、いかがでしょうか。
○野村(一)政府委員 先ほど御答弁申し上げましたけれども、先方から積極的にニーズとして出てまいりました人工透析器というのがございます。 それから、向こうの方からまだ具体的に何はというのは出ておりませんけれども、今回につきましては、外務省員三名を現地に、ユジノサハリンスクに派遣しておりますので、まさに今御指摘のような具体的な、特に物的支援につきましては、ニーズの把握というのを積極的にやりたいというふうに考えております。
○荒井(聰)委員 私は、この種の緊急援助なりあるいはODA全般においても、情報収集能力が死命を制しているというか、最も重要なのだろうと思うのです。しかし、残念ながら日本の外務省の職員数は非常に限られている。しからば、効果的な形での情報収集をどうしていくのか。これは、公館を最も適当なところに置いて情報収集を図っていくということが一番大事なのだろうと思うのです。 今、日本にとってあるいは北方四島をめぐるこの地域にとって最も重要な情報源というのは、やはり極東であろうと思います。日本の外交はともするとモスクワに向きがちで、この極東の情報をしっかり収集するという体制についてはまだまだ整備が行き届いていないのではないかというふうに考えておりますけれども、このあたり、いかがでしょうか。
○野村(一)政府委員 これはソ連との関係においてもそうだったのでございますけれども、例えば日ソ経済協力と申しましても、今まで具体的にありましたのは、ロシアの極東、東シベリアも含めてでございます、主として極東部分についての具体的な案件でございました。 私ども、ロシアは今改革プロセスの中にあるわけでございますけれども、今後の日本と、経済だけではございませんで、全体的なロシアとの関係をにらむに当たりましても、極東部分の重視というのは当然あるべき施策であろうというふうに考えておりまして、実は、サスコベッツ第一副首相が昨年参りましたときに、河野外務大臣との会談におきましても、大臣の方から、日本としてロシアの極東部分を重視するという基本的な考え方を表明いたしております。 何分、情報の収集という面におきましては、ロシアの極東と申しましても非常に広範な地域でございます。私ども、ウラジオストクに、それからハバロフスクに総領事館を持っております。この総領事館の任務は、在留邦人領事関係の事務のほかに、非常に重要な職務として、情報収集ということに重点を置いて作業をしておりますし、さらにこの両総領事館を拡充してまいりたいというふうに考えております。 と申しましても、やはり今地震のございましたサハリンの北部ということになりますと、これは、今回の地震についての情報の行き交う過程で私どもの把握した、気がついたことでございますけれども、何分ロシア自身ですらその情報の的確な把握という意味におきまして困難を感じた地域でございます。何分そういう地域が、やはりああいう広大な地域でございますので存在しているというのも実態でございます。
○荒井(聰)委員 特に北方四島をめぐる地域の中では、やはりサハリンが一番重要だ。そのサハリンのユジノサハリンスクにそろそろ、いろいろな問題があるでしょう、しかし、いろいろな問題があるとは思いますけれども、そろそろユジノサハリンスクに総領事を置くことを外務省としても検討する、そういう時期に来たのではないでしょうか。 サハリンの知事もかわったようですし、この知事の動き方いかんによって、ビザなし交流が非常に大規模になったりあるいは制限されたり、あるいは北方領土地域における漁業の安全操業についても、このサハリンの知事によって動向が随分変わるというふうに私は考えていますけれども、いかがでしょうか。
○野村(一)政府委員 私の方からロシアの地方行政の中の人、人事とか、そういう面について申し上げるのはいかがかと思いますけれども、やはり一般論として申しますと、今ロシアの内政状況の中で、地方と申しますか、地方と申しますとその行政の長が中心になるわけでございますけれども、その動向というのがますます重要視されている状況になっているということだけ申し上げさせていただきます。
○荒井(聰)委員 今総領事館のお話はお答えにならなかったのですけれども、なかなか難しい点も含んでおられるのでしょう。今後とも、サハリンにおける情報収集体制をどうするのかということを十分御検討いただきたいと思います。 さてもう一つ、援助という問題が一つ大きな協力関係のグループですけれども、もう一つ本当に民間関係での協力関係、経済協力というのがございます。 この民間関係の経済協力を重ねていくためには、相手国側、特にロシア側の極東部分における投資環境を整備していくということが非常に重要ですけれども、まだロシアの方では、資本主義がどういうものかというような理解も十分にできていないということで、そういう法整備もできていませんし、あるいは投資環境を保全していくというような条約も将来締結が必要になるのだと思うのですけれども、そういう環境にもまだないということで、このあたり、極東地域を含めた日本との経済協力関係がこれからも密接につながるように、外務省もそういう政策といいますか、そういう考え方をぜひ持っていっていただきたいというふうに思います。 特に、ウラジオストクやサハリンにおける大型漁船を持っている漁業者が、北方水域においての漁業権という権益を持っております。この人たちが恐らく北方四島の帰属問題に一番関心を持っておられる人たちであって、その人たちにどういうふうに日本の立場を理解してもらうかということが非常に大きな要素になっているだろう。これはやはり経済協力を重ねていく、特に漁業面での経済協力を重ねていくということなしになかなか進展は難しいのではないかというふうに私自身は考えでございます。 最後に、最近のロシアの内政についてお伺いしたいと思います。特に、来年の九六年六月に大統領選挙が行われる予定でございますけれども、世論調査によると、エリツィン大統領の支持率も非常に低くなっているようにも思いますし、このエリツィン大統領の安定性をどう考えていくべきなのかという点について、大臣の御見解をお伺いしたいと思います。
○河野国務大臣 エリツィンさんがどのくらい政権として安定しているかということを私どもが申し上げるのはどうかと思いますけれども、私どもが一番関心を持っておりますのは、ロシアの政治的、経済的な改革というものが進んでいるかどうかということに最大の関心がございます。 私どもは、ロシアというものが安定をして、これが発展をするということは、国際社会、世界経済の中でも非常に重要だと思っておりますから、ロシアに対する支援を行うということを考えているわけでありますが、しかし、それはあくまでもロシアが政治的にも経済的にも、つまり政治的に民主化され、経済的に市場経済の方向に進むという改革が進むことが前提といいますか、そういうことが重要だと思っているわけです。 確かに、経済の面ではややそういう兆しが、進みつつある兆しが見えているやに思いますけれども、政治の面においてはこれは何を物差しとしてはかるかというのはなかなか難しいと思います。 私、先般来ロシアから来られます議員の方々と何度か話をしておりますが、ロシアの政治の民主化への進みぐあいというものをどうやって我々はウォッチしていればいいと思うか、こう聞いてみました。 先方からは、それは一つはちゃんとルールどおり選挙が行われるかどうか、これが一番重要だ。これは議会議員の選挙もそうですし、大統領の選挙も、決められた時期に決められたルールに従ってちゃんと行えるかどうかということが一つある。それからもう一つは、やはりマスメディアというものが健全に活発に活動できているかどうか、マスコミというものが権力によって抑え込まれてしまうということであると、これは民主化が進んでいるというふうには思えないであろう。この二つは特に見ておく必要があるのではないか、こんなことを言っておりました。私は、それはある意味で当たっているというふうに思います。 さらに、我々が気をつけて見なければならぬことは、現在起こっている事象の中ではチェチェン問題だと思います。このチェチェンは、ロシアの方々は国内問題だ、こう言っておられるわけでありまして、この国内問題と言われるチェチェンというものがどういう形で収拾されるか、あるいはこれにどういう形でそれこそエリツィン政権が対応するかということを我々はよく見ておく必要があるのではないか、こんなふうに思っているわけでございます。
○荒井(聰)委員 ありがとうございました。 終わります。
○鈴木委員長 吉井英勝君。
○吉井委員 私は、最初にサハリン地震に関連して伺いたいと思います。 まず、犠牲となられた方に哀悼の意を表し、そして被害者の方に心よりお見舞いを申し上げたいと思います。 このサハリンの地震については、北米プレートとユーラシアプレートのちょうどプレートの境界に沿ってということは、マスコミ報道でも、どの新聞なども載せておりましたから大臣もごらんになっておられると思うのですが、このプレート沿いのちょうど地震の空白域と言われるところで、空白域というのは大きな地震と地震の起こったちょうど真ん中あたりですね、そういうところで百年、二百年の関大きな地震がなかったというふうなところですが、そこで巨大な地震が予測され、警告もされ、実際的中したということが事例としてよくあるわけです。 実は、一九八七年三月に北大の岡田教授らが想定されたものを御紹介しますと、一九四〇年三月の積丹半島沖地震、そして一九八三年の日本海中部地震とのちょうど真ん中に当たるところですね、そこで、後志沖北緯四十三度、東経百三十九度にマグニチュード七・三ないし七・四が想定されるということが指摘されたのです。その想定からちょうど六年後ですね。一札九三年七月に北海道南西沖地震、これは北緯四十二・八度、そして東経百三十九・四度というところでマグニチュード七・八ということでしたから、大体この想定が的中したわけなのですね、位置的にも大きさにおいても。 ところがこのとき、気象庁も地震予知連も全く不意打ちを食らった感じだ、それから観測体制が空白だったと述べたことが、当時マスコミで報道されました。実は、この日本海沖というのは観測の空白地域になっているわけなのです。非常に弱いのですね。 じゃこのサハリンの方はどうかということを、私ちょっと関心を持って見ておりますと、五月二十九日の時事通信の配信を見ておりましたら、サハリン州には二カ所の地震観測所があるが、最も大きな被害を受けた北部のネフチェゴルスクに近いオハの観測所は、給与未払いで閉鎖されてしまっておった。 ですから、日本もロシアもこの北米プレートとユーラシアプレートの境界沿いの、最も私たちが注目しなければいけないところの地震観測予知の体制が実は非常に弱かった、こういうことが改めてわかったわけです。 これは日ロにかかわるプレートですから、日本の体制強化だけではなかなかうまくいかないわけですし、もちろんこれはロシアだけでもうまくいかないわけで、私は、双方とも観測体制を強化するということ、そして同時に、連携した観測体制の強化ということを進めていかなければ、これは大変だなというふうに思うわけです。 そこで、大臣に、外交折衝などを含めて、ぜひこの点で日ロともに観測体制強化に向かって進むように全力を尽くされたいと思うのですが、この点についての大臣の決意を伺っておきたいと思うのです。
○河野国務大臣 今回の大地震は、まことに私ども、人ごとではないという感じがいたします。それだけに、我々としては、まず救助、復旧のために我々としてできるだけのことをしなければならない、こう考えておるわけでございます。他方、今議員がお話しになりましたように、今回のこの地震などにもかんがみまして、観測体制というのでしょうか予知体制というのでしょうか、こういうものを強化するということの必要性というものは当然考えなければならないことだと思っております。 それでは、日本とロシアとの間には全くそういう体制ができないのか、あるいはできていないのかといいますと、これは我々一体どういう枠組みがあるかと考えてみますと、日ロ科学技術協力委員会という枠組みが既にございまして、この既存の枠組みを活用すれば、私は、共同してこうした観測体制をつくるということもできるのではないかというふうに考えているわけでございます。 日ロ科学技術協力委員会というのはどういう枠組みだというのでちょっと欧亜局長に聞いてみましたら、野村局長がそこの委員長に今なっているそうでございまして、直ちに委員長に、こうしたことを考えて、例えば情報の交換とかそういったものを促進するということを直ちに作業をしてみたらどうかということを申しているところでございます。十分検討したいと考えております。
○吉井委員 もちろん情報の交換も大事なのですが、何といっても観測データが決定的に弱いというのがこの地域の問題でもありますので、この点、ぜひ大臣頑張っていただきたいし、国内の方も弱いのですが、これは国内では大臣の掌になるわけではありませんが、しかし、内閣の重要メンバーの一人としてぜひこれを国内でも進めていくように取り組んでいただきたい、このことを要望して、次の問題に移りたいと思います。 沖縄の米軍基地三事案の返還問題について次に質問したいと思いますが、まず那覇軍港の移設、返還について、五月十一日の合同委員会で合意された内容というのは、現那覇軍港より多少縮小して浦添埠頭地区内に新たな軍港を新設するものというふうに伺っているのですが、まずこれで間違いないかどうかを最初に確認したいと思います。
○時野谷政府委員 五月十一日の合同委員会の議を経まして地元にお示しをしました那覇軍港の移設に関する私どもの解決案の内容でございますが、それは、約三十五・三ヘクタールの代替施設が那覇港港湾計画浦添埠頭地区内に移設されることを条件としまして、那覇港湾施設、これは約五十六・八ヘクタールございますが、これの全部、それから牧港補給地区に隣接します約五十メートルの制限水域の全部を返還するというのが第一点でございます。それから、牧港補給地区と新しい港湾施設とを結びます進入道路を提供する、これが第二点でございます。それから、新しい港湾施設には、隣接する約五十メートルの制限水域を設ける、これが第三点。 これが私どもがお示しをした解決案の内容でございます。
○吉井委員 ですから、要するに浦添埠頭地区内に新たな軍港を新設するということになりますが、これまで政府が進めてきた米軍施設の整理統合は、既存の米軍施設の範囲において進められてきたというのが通例だと思うのです。この既存の施設以外の場所に全く新規の施設を建設するというのは、沖縄返還以降初めてのことではないかと思うのですが、もし全く新規のものがあるとすれば、それはどこの施設で面積がどれぐらいかということを伺いたいのです、全くないと思うのですが。
○時野谷政府委員 いろいろな形で私ども施設・区域の追加提供ということをやってきておりますが、今お尋ねの点は、昭和四十七年五月十五日の沖縄返還以降に、地位協定に言いますところの二条第一項(a)に基づいて、すなわち米軍専用の施設・区域として新たに土地が提供された事例、これがあるのかないのか、こういうことであろうと思いますが、そうでございますと、計三件ございまして、いずれも沖縄県外にございます。 その内訳を申し上げますと、一つは東京都所在のニューサンノー米軍センターでございます。それから二つ目は、佐世保市にあります針尾という住宅地区でございます。それから三番目、同じく佐世保市にございます崎辺海軍補助施設。この三つでございます。
○吉井委員 ですから、沖縄返還後、沖縄の中には全くないわけです。新規に建設しようという施設は、那覇港湾管理区域内に、あるいは港湾隣接区域にあるものとなります。 そこで、運輸省にこの機会に伺っておきたいのですが、したがって、この施設を建設する際に港湾法三十七条で言う港湾管理者の許可を受けなければならないということが当然当てはまってくると思うのですが、これは運輸省、どうですか。
○鶴野説明員 御説明申し上げます。 今先生のお尋ねは、港湾法三十七条の水域占用の許可等の場合についてお話がございましたが、もう少しさかのぼって御説明いたしますと、港湾には国の利害に重大な関係を有する重要港湾と、それから、それ以外の地方港湾の二つがございます。それで、港湾区域につきましては、重要港湾については運輸大臣、それ以外につきましては都道府県知事が認可をする、これは非常に大ざっぱなところでございます。 ところで、その港湾につきましては、三十七条の許可等の前に、まず港湾計画というものをつくることになっております。特に重要港湾につきましては必ずつくるということになっておりまして、これは港湾管理者が港湾の開発、利用、保全等に関する事項について、地元にあります審議会の意見を聞いた上で計画を定めまして、それを運輸大臣が施設の規模や配置がいいかどうかという観点等から審査をするということがございます。 したがいまして、まず重要港湾につきましては、港湾計画にない施設でありますとか埋立地をつくるという場合には、まず港湾計画の策定とか変更とか、こういう手続が必要になってまいります。それが終わりました後に、先生おっしゃいましたように、工作物や桟橋みたいなものを設置するのであれば港湾法三十七条の許可を得る必要がございます。それから、そうでなくて、公有水面埋め立てを行う場合につきましては、公有水面埋立法によります免許が必要になる。 大体、以上でございます。
○吉井委員 そこまで詳しく聞くつもりはなかったのですが、大体埋立免許のところから始まって、それぞれにそういう港湾管理者あるいはその他の許可がなければもともとできないということの確認だけてあります。 今回の合意の内容というのは最終的な決定じゃないわけですが、那覇空港の全面返還に関する諸問題を解決するための特別作業班の提起、勧告を承認したという性格のものですね。問題の解決に当たって、那覇空港の全面返還を引きかえにしてどちらをとるかのような選択を迫って、沖縄県や関係自治体が協議して決めなければ問題は解決しないというように、すべて責任は沖縄側に押しつけているように見られても仕方のないような、そういう動きというものが感じられるわけです。 それは、昨年沖縄県民から総批判を受けた基地との共生共存路線の実際版といいますか、実行版といいますか、そういうものになってしまいますし、そこで諸問題の解決のため、これはやはり政府が責任を持って当たる、政府が責任をとるのだ、こういう立場を貫かれるかどうか。 もう一問だけ最後にお聞きしておきたいので、これだけ、その点、ごく簡潔に伺いたいのです。
○時野谷政府委員 簡潔にということでございますので申し上げますが、私どもは何とかこの問題について、長年の沖縄の方々にとっての要望事項でございましたので、解決の糸口を見出そうという認識のもとに専門的に検討しました結果、最良の案として地元に方針を示させていただいたということでございます。国としましてといいますか、私どもとして、これからこの基地の移設の調整について、県を初め、あるいは関係自治体あるいは関係当局の方々と話し合いを行って理解と協力を得たい、こういうふうに思っております。 現在、地元の方に案をお示ししたという段階でございますので、今後、県とかあるいはほかの自治体の御意向等を踏まえて対応してまいりたいというふうに考えております。
○吉井委員 案を県に示したということであって、要するにこれは国において、政府がきちっと責任をとる、それが一番大事な点ですから、その点を踏み外すことのないようにということで質問をしたわけです。 最後に、沖縄タイムズが五月の合同委員会後に県内主要な基地所在市町村長十二人を対象に実施したアンケートによりますと、これは大臣もごらんになられたかもしれませんが、一部の市長、町長を除いて圧倒的多数の市町村長は県内移設に評価できない、反対であると。それから、釈然としないなどの反発や批判の回答を寄せています。 そこで、河野大臣に伺いたいのですが、これまでもこの委員会での古堅議員らの質問などに対して、県民の意見、要望を尊重しながら問題解決の努力をしていくということをたびたび答弁をしておられます。 それで、改めて確認しておきたいのですが、今回の合同委員会の合意内容を決定として強行することはないということを約束をされるかどうかという点なのです。つまり、従来どおり、県民の意見、要望を尊重しながら問題解決の努力をするという立場は、決定として強行するという、強行という姿勢とはやはり違いますから、この点、強行することはないということを約束されるかどうか、これを最後に伺って、私の質問を終わりたいと思います。
○河野国務大臣 私がねてから申し上げてまいりましたのは、沖縄県民の悲願ともいうべき基地問題に対するお気持ちというものを十分受けとめなければならないと。 これは、沖縄にあれだけ多数の基地が存在をする、しかも、その基地の所在地によってはその地域の発展に非常に影響がある、この部分は何とか別の場所に移してほしいんだ、こういうお気持ちもあるわけです。あるいはそれが移る先についての、こういうことは困るというお気持ちもあると思います。しかしまた、長年あったこれを、この部分を何とか別の場所に移してほしいという強い御要望もあるわけでございます。 したがって、私は、地元の方々のお気持ちをよく聞きましょう、そしてお気持ちをできるだけそんたくをしてこの作業に取りかからなきゃならぬということを申し上げているわけでございまして、かねて一人でも反対があったら私はやりませんとおっしゃった方がありますけれども、それはなかなかそういうわけにはいかないこともあるだろうと思うのです。 それで、地元の方々のお気持ちというものは、基地問題を何とか整理していってほしいという気持ちが強いというふうに、これはもう我々かねてから聞いているわけでございまして、そのための作業に取りかかるということもまた私の気持ちであるということをぜひ御理解をいただきたいと思います。
○吉井委員 時間が参りましたので、終わります。
○鈴木委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後三時十五分散会