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132回国会衆議院1995/02/07

安全保障委員会 第2号

発言数
122
登壇者
13
会派数
4
開催日
1995/02/07

会議録

神田厚新進党

○神田委員長 これより会議を開きます。  国の安全保障に関する件について調査を進めます。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。中山正暉君。

中山正暉自由民主党・自由連合

○中山(正)委員 お許しを得まして、今回の阪神大災害に対します問題を中心に、これは国の安全保障に大いに関係があるわけでございます。  私は、国家の四本の柱、特に国の専権事項というのは国防と治安と外交と教育の中身、何を国家として教えていくか、この四本が私は国政の柱だと思っております。災害というのは、これは治安、その後に乱れるという心配が往々にしてあるわけでございますが、まずこの日本が、地震国といいますか、太平洋プレート、それからフィリピンプレート、そして北米プレートという三つのプレートの上に、日本の下を潜ってマグマが入り込んでいくという地震多発地帯に国家が位置しているわけでございまして、たび重なる地震に犠牲者が出たわけでございます。今回も五千数百という亡くなられた方を出し、まずその皆様方に心から御冥福をお祈り申し上げたく、また私は、ちょうど小学校六年生のときに戦争が終わりましたが、三月十四日に大阪の大空襲がありまして、その大空襲のときの死亡が四千七十八名だったと覚えておりますが、大空襲よりも死亡者が多かったということに私は大変ショックを受けております。  そういう意味でこの問題を私どもは大いに今後の戒めとして、初動にいろいろな問題があったということも聞いておりますが、特に戒めにしなきゃいけないのは、ちょうど一五九六年でございますが、これは伏見桃山城が崩落をするという、伏見大地震というのがありました。これは明治になりましてからも地震加藤と言われ、加藤清正が太閤さんからしかられて謹慎をしておりますさなかの伏見城の大崩落、このときは伏見城で五百七十人の犠牲が出ております。一五一九年にも地震があっておりますし、その一五九六年のときはちょうど太閤秀吉が亡くなる二年前で、徳川家康が朝鮮出兵をやめたらどうかということを諌止をしております。ちょうどそのときも地震が起こったように、私は、ある意味では天罰が当たったのではないかな。  今また一年のうちに四人も総理大臣がかわるという政治的に大変不安定な時期を迎えておりまして、そのときにこういう災害が起きたというのは、その災害が起きた場所も神様の戸口、神様の戸、神戸と書いてございますが、これは私は、日本に反省を求めるための神の試練であった、犠牲になられた方々には本当にお気の毒な犠牲だと思いますが、これは後の日本人のために大いにこの災害を、災いを転じて福にする、そんな心づもりが我々政治をする者にとって必要なのではないかということを思わせていただくわけでございます。  阪神、大阪の阪という字と神戸の神という字を書いて阪神と言っておりますが、私も日曜日の朝、大阪市内も大変でございますと言われるので、此花区の伝法というところへ行ってまいりました。スーパー堤防の方は大丈夫であったのですが、古い堤防の方が、まるでチョコレートの板を粗割りにしてそれを箱に詰めたような、もう大変な災害でございます。気の毒なことに、その上を早朝ジョギングをしていた人が四人、その瓦れきの下から出てこられた。  この災害に関しての不幸というのは、世界じゅうに出回っておりますタイムという雑誌の表紙にも、お母さんが瓦れきの下になって、救い出しに行ったけれども火の手が迫ってきて、お父さんとその娘さんにお母さんが、「もういいから火が来たから行ってください。」そう言われてその場を立ち去った、我が家の焼け跡にうずくまって合掌する女性が載せられています。生きている母をそこに残して私は立ち去りましたと、そのタイムの表紙になった方がテレビに出られての生のお話を私は伺いまして、本当に大変なことだったなと思います。そんな話があと幾つも出てきました。新婚の御主人に、倒壊家屋の中から助け出そうとする結婚したばかりのお嫁さんが、「あなたもう行ってください、また次生まれてきたら結婚しましょう。」と言って目の前で火に包まれていった話なんというのは、本当に涙なくしては聞けない話でございます。  戦争末期にも、私の記憶に残っております昭和二十年三月十四日の大空襲のときに、荷物と赤ん坊を抱えて出た、荷物は水につけておけばやがてとりにきたら大丈夫だろうというので、そのころはまだ井戸がたくさんありましたから、井戸に荷物を捨てた。さあ避難所へ行っておっぱいを飲まそうと思って、赤ん坊だと思ってあけてみたら荷物だった。どこへ捨てたかわからない。戦争の災害も悲劇をいっぱい生みました。  この地震の災害も大変な悲劇を生んだのでございますが、それに防衛庁の皆さんが大変な努力をしてくださった。玉沢さんという我々が大変信頼をする防衛庁長官が今ちょうどいてくださいますし、自衛隊の現場の方々も大変御苦労していらっしゃいます。その自衛隊の災害救援に当たってくださった方々に、私は心からまず感謝を国民の一人として申し上げたいと思いますと同時に、ある意味で連立てよかったなと私は思っております。  社会党の総理大臣をいただきましたから、村山さんの人柄で、自衛隊は結構でしょう、沖縄にいる米軍もこれはアジアの平和に対して非常に結構な存在です、日の丸も国歌も結構でしょう、そうおっしゃってくださって、社会党の中で話がついたのかどうかは別に知りませんが、それを堂々と言ってくださった方が今いらっしゃるからこそです。  私は、これからの自衛隊の主な任務というのは、敵の侵略を未然に防ぐこと、それからその侵略に対応すること、そしてまた、災害の救援をすることですが、三つ目の任務は、久保次官ぐらいのときまではこれは裏芸でございましたが、これが表芸になってまいりました。特に自衛隊は、いざというときには命をささげていただくということでございますから、ふだんは余計なところへは出ていただかずに訓練を重ねていただくということでございますが、これを遊休労働力みたいに思う方々がふえてまいりましたから、災害救援に特別の働きをしていただくということは大変ありがたいことであるし、これが自衛隊の任務として国民の信頼感を得る上で重要な任務であることは当然だと思います。  我々の子供のときには、演習があると家に兵隊さんが三人も四人も来て、私ども子供をひざの上に乗せてくれて、そしておもしろい話をたくさんしてくださったという思い出があります。そのときは、おじさんが徴兵制度で兵隊にとられている、お父さんが行っている、だから慰問袋を送ろう。あのころの、戦前の軍隊というのは、いわば家族が働いている場所であったわけでございますが、今はそうもまいりません。  そんな中で、自衛隊に対する信頼度をいかに高めていくかということ、そしていかに対応していただくかということでございますが、社会党の総理大臣をいただいているから対処がおくれたと言う人がいます。自民党の総理大臣ならばもっと早く対処したんじゃないかというと、私はそんなことないと思います。これはだれの責任でもない、早期に知り得るような組織になっていなかった、そんなふうに思っております。  まず防衛庁から、初動でどんな対応をされたのか。いろいろ出版物で、きょうで災害以来二十二日目になりますから、二十二日目のせいもあって、いろいろな官邸の内部の話が外へ出てきております。まず、その初期にどんな対応をされたのかというところからお伺いをいたしたいと思います。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 十七日の五時四十六分に地震が発生をいたしました。管轄は中部方面隊でございますので、中部方面隊は、六時に幕僚に非常呼集をかけまして、同時に、伊丹にいる第三師団に対しましても、同じように非常呼集がかかっております。さらに、名古屋の第一〇師団、広島県海田町の第一三師団、香川県善通寺の第二混成団等の中部方面隊隷下の部隊に非常呼集をかけ、午前七時十四分より、陸上自衛隊中部方面航空隊等のヘリコプター二機が、八尾から神戸及び淡路島方面に目視による偵察を行っております。次に、午前七時五十八分及び午前八時二十分に、伊丹駐屯地に所在する陸上自衛隊の第三六普通科連隊を阪急伊丹駅及び西宮市に派遣をいたしまして、人命救助を実施をいたしております。  海上自衛隊は、午前八時十一分より徳島の教育航空群のヘリコプター一機が徳島から淡路島方面の航空偵察を行い、また、九時四十分及び五十分には、呉より輸送艦等二隻を阪神基地に向け、出発をさせたところであります。  航空自衛隊におきましては、午前九時三十三分に航空幕僚長から、所要の待機態勢をとるよう指示したところであります。  さらに、午前十時に兵庫県から災害派遣の要請を受けた後におきましては、直ちに姫路所在の第三特科連隊が現地に向かい、以降、各部隊が派遣をされまして、人命救助、物資輸送を実施したところでございます。  以上であります。

中山正暉自由民主党・自由連合

○中山(正)委員 自衛隊は、大変初動鮮やかに、連絡があるのを待ち受けてくださったと思いますが、官邸の中は大変混乱したようでございます。  五時四十六分に地震があって、七時に総理大臣はテレビで地震のニュースを見られたと聞いております。私の娘は大阪におりまして、私は国会が始まるものですから十六日の夜にこちらへ来たのですが、今大地震があったといって娘から電話がかかってきたのは二分後でございました。何もかも、本棚も倒れた、人形棚から人形が落ちて割れた。私は大阪の東淀川区というところに住んでおりますものですから、家具は少々そういうことがありましたが、被害は大したことはなかったようでございます。  八時に総理大臣は公邸を出発されておられます。ホテルオークラに行かれまして、ある大会社の会長さんと食事をされておられます。九時十九分に官邸に戻ってこられております。記者団と、非常対策本部をつくらなきゃいけないんじゃないかということを歩きながら話をされた。九時二十分に月例経済報告。何事もなかったように各閣僚が出ております。九時五十分、警視庁、初めて被害の具体的報告。そのときは、死亡二十二名、負傷二百二十二名という報告でございます。それから十時四分、定例閣議。このときも別に話が出ておらないようでございます。十時三十分、玉沢防衛庁長官、五十嵐官房長官、官邸入り、対応を協議された。これが十時三十分でございます。それから十一時五分、このときは二十一世紀地球環境懇話会。十二時七分、河野さんと武村さんと政府・与党首脳会議。秘書官から二百人を超えたと聞かされて、首相がそのとき、ええっとおっしゃったそうでございます。二時七分、執務室、武村、河野外務大臣、それから首相の首席内閣参事官、これは施政方針演説について話をされておられます。そのときには、まさか施政方針演説の冒頭に災害に対する話が出てくるとは思わなかったという話でございます。それから夕刊で、千人が死んだと。三時二十分に藤原国土庁事務次官が官邸に入られて、そして四時にやっと緊急記者会見。  それから自民党の方二人が、何やっているんだということで電話をかけた。大先輩の後藤田先生もそのとき電話しておられたようでございますが、早く記者会見をした方がいいんじゃないかという電話が官邸にかかった。  首相秘書官、警察庁から出ておられる秘書官が、お父上がお亡くなりになったために、福岡へ帰っておられた。携帯電話で電話したが、それのバックアップ体制がなっていなかった。秘書官がどこにおられても、電話をかければそれで動き出すという組織になっていればよかったのですが、それも動いていない。  こういうことを葬式済んでの医者話と申しますが、もう今さらこんなこと繰り返してもしょうがないのかもわかりませんが、まあ一応、今の長官の自衛隊が六時から動き出したというのと、それから内閣がいかに遅かったかということの時間差を示すために、私は細かい話をしたわけでございます。  こう考えてまいりますと、八十三条の二項、三項では、自衛隊は自分の判断で出かけられることになっていますが、一体何で自衛隊が出かけなかったのかということもちょっとお伺いしておきたいと思います。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 今、委員が閣議のことについてもお触れになりましたので、正確を期すために申し上げておきたいと思います。  まず第一に、私のことでございますが、私は、六時に秘書官より連絡がありまして、大変な震災が起きておる、こういうことでございましたので、できるだけ状況把握に努めて、そして対応にも万全を期すようにと、こう申し上げまして、防衛庁には九時に当庁いたしたわけでございます。そこで警備隊の激励を行いまして、九時までの段階で三自衛隊がとった措置につきまして報告を受けまして、十時の閣議に出まして、その際におきましては、もう既にこの閣議では地震の話は出ております。  今、委員は、話がなかったようなお話がありましたが、国土庁長官からは、地震が相当の被害を及ぼしているということで、自分自身としてできるだけ早く閣議が終わったら現地に飛ぶ、こういう話がございまして、自治大臣それから防衛庁長官、建設大臣等からそれぞれ所管の問題について発言がございました。私自身も九時までの間においてとりました措置につきまして、閣議に報告をいたしておるわけでございます。そこで、国土庁長官を本部長といたしまして対策本部を設置する、こういうことになったわけでございまして、自後、事態の推移を見ながら対策を講ずる、こういうことになったわけでございますので、村山内閣の名誉のためにも、当日の十時の閣議には態勢を整えておったということだけは明確に申し上げさせていただきたいと思います。

中山正暉自由民主党・自由連合

○中山(正)委員 ありがとうございました。  まさかそんなことはないだろうと私も思っておりましたが、閣議の中でもそういう対応がなされた、そういうことを聞いて、しかし私は、現場の自衛隊がその場に直行しなかったという話は、自衛隊の方々は知事から依頼があったりするまで、それから上からの命令があるまで動かないでおこうと思っておられたのじゃないか。  私は、それで思い起こすことがあるのでございます。五十三年のことでございましたが、週刊ポストで関野英夫という人と栗栖統幕議長が対談をなすった。もし何かあった場合には、まだとからの指令がないときには現場の指揮官の判断で行動をしなければしょうがないという発言があったことが大問題になりました。当時の金丸防衛庁長官が、おまえの顔も見たくないといってあっという間に首を切ってしまわれました。もう五十三年のことですから、随分日にちがたっております。私は、それ以来自衛隊の方々はそういうときの判断が萎縮してしまわれたのじゃないかなと思っているのです。  きょうも上原康助先生が日本経済新聞に有事立法のことを書いておられますが、有事のときに一体どうするのかという有事立法関係について、防衛庁長官はどういうふうにお考えになっておられるのか。  特に、戦前は憲法十四条に戒厳令規定というのがありました。旧憲法の十四条には「天皇ハ戒厳ヲ宣告ス 戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム」となっていました。ところが、今の日本国憲法には、全く緊急事態に対応する規定がないのです。世界じゅうの憲法の中で戒厳令規定がないのは日本だけでございます。  今度の場合は地震災害でございますから、地域的な問題でございますので、それに対応するにそういう有事立法の話は別段持ち出す必要はないかもわかりませんが、今度起こるときには、特にお隣の隣国にはノドンとかテポドンとかいうような大変物騒なミサイルが核弾頭を載せて飛ぶかどうか、そんなこともささやかれておるときでございますから、そんなことに対して一体どういうふうにこの有事という問題を考えていらっしゃるのか。  有事にいかなる対応をするか、この有事法制が今は全く欠落しています。これはマッカーサーが日本にいましたから、マッカーサーがおれがいるから大丈夫だよという意味の、アメリカからもらった憲法の中には、米占領軍の軍事力というものを背景にして日本には軍事力を与えない。それから警察はばらばらにする。国家警察というものを全般的にばらばらな組織にする。  そして今度も、大災害に際しての消防の対応がいかなるものであったかが知りたくて、大阪の消防へ私ちょっと行ってきましたが、東京は消防庁が委託をされておりますから、一遍に消防庁がやればすっと指令が全地域に行き渡るのですが、大阪の場合は、三十二の衛星都市に全部電話をかけた。一本五分ずつ、出動してくれと。そうしたら、慌てていたので電話をかけないところがあって、出動しなくて、後で何で連絡しないかといって大変にお目玉を食らったというようなことまであるわけでございます。  ですから、有事に対する対応を防衛庁はどういうふうに考えておられるのか。これは大変議論を呼ぶことでございますが、連立政権であればこそ、私はあえて防衛庁長官並びに防衛庁のお考えというものを伺っておく必要がある。  そういう時代が来たんだ、五五年体制は崩れた、東西の対立もない、しかし、まだ共産主義を政治の主体にして経済は自由という不思議な国もいろいろあるわけでございまして、そういう観点からまだまだ、体制は崩れたけれどもそれぞれの国の国益は何の変化もない、こういうことでございますから、国益によって日本に危機がもたらされることはあるかもわかりません。現に、日本に援助を求めながら北方領土というのはなかなか返ってきませんし、ヨーロッパではヤルタ体制というのは崩れたといいますが、日本ではまだそれもそのままでございます。世界の議論にも何にもなりません。そんな中での有事法制というものに対してどういうふうにお考えか、ちょっと伺っておきたいと思います。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 有事に対するお考えを御質問いただきましたが、まずその前に、今回のケースにおきまして、地震発生直後に出動要請がなくても出動できるのではないか、あるいはもっと部隊を大量に投入することができなかったかよく議論をされておるところでございますので、若干事実を明確にしておきたいと思いますので、お許しをいただきたいと思います。  まず、地震が発生をいたしましてから、七時十四分にヘリコプターを飛ばしまして、相当の被害であるということはわかったわけでありますが、これは同時に関西地域、阪神、関西、相当広範囲にわたっておりまして、大阪も奈良も被害が及んでおる可能性がございます。そうなってまいりますと、限られた、兵庫を中心とする大阪の部隊、大体四千人ぐらいでございますけれども、これをどこに最も効果的に投入して人命救出、災害救済をやるかということを当然考えなければならぬわけでございますから、したがいまして、地域防災計画に従いまして、その場合は直ちに派遣要員を各自治体に連絡をし派遣をするということになっておるわけであります。  そのような措置を七時半以降、例えば第三特科連隊は兵庫県に行く、それからまた第三師団からは近隣の町村、各市、兵庫県も含めて大阪とも連絡をとる。そういう形の中で、奈良県からは、県下全部連絡をしましたけれども自衛隊への要請を必要としない、こういうような連絡等もありまして、そうなってまいりますと、地域がだんだんと限定をされてまいるわけでございます。  そういう中におきまして、なかなか県庁との連絡がとれませんで、八時十分に辛うじて第三特科連隊、姫路から連絡がつきましたが、その時点におきましては、県当局はまだ被害の状況が皆目わからない。後にわかりましたことは、八時半になって県警のヘリコプターが兵庫県では飛んでおるようでございます。  そういうことがありまして、地域が特定できませんと、どんなに大量に部隊が投入されたといたしましても、なかなかこれは困難を来すのではないか。そういうことから、できるだけ正確な情報に基づきまして迅速に行動するということを心がけておったわけでございまして、第三特科連隊の副連隊長は、どうしても県庁との連絡がとれないということで、急遽八尾の方から姫路までヘリコプターを飛ばしまして、そのヘリコプターに乗りまして十時過ぎに県庁に入りまして、県庁の防災会議に出席をして、自後、部隊がそれぞれ連絡に基づきまして被災地に向かった、こういうことでございますので、出動要請をだんだんとただ待っておるということではなかったということだけは御理解をいただきたいと思うわけであります。  今、兵庫県警のヘリは九時十五分というのが入りましたので、これは訂正いたしておきます。  いずれにせよ、災害におきまして迅速に行動し国民の生命財産を守るということは当然のことでございますので、その点におきましては、今後反省のあるところは反省をいたしまして、できるだけ効果的に活動することができるような検討をしていかなければならぬ、こう思うわけでございます。  それで、有事立法におきましても当然、我が国の防衛を確保する、こういう点におきましては、これはよく対策を講じておかなければならぬ、こういうことでございますので、委員御指摘のとおり、防衛庁におきましては有事法制の研究をずっと続けてきたところでございます。昭和五十二年八月に内閣総理大臣の了承のもとに、防衛庁長官の指示によって開始されたものでございまして、自衛隊法第七十六条の規定により防衛出動を命ぜられるという事態において自衛隊がその任務を有効かつ円滑に遂行する上での法制上の諸問題を研究の対象とするものであります。  その研究作業が進みまして、昭和五十六年四月には、有事法制の研究の対象となる法令を、防衛庁所管の法令(第一分類)、他省庁所管の法令(第二分類)及び所管省庁が明確でない事項に関する法令(第三分類)に区分した上におきまして、第一分類についての問題点を取りまとめ、報告を行っております。第二分類につきましては、昭和五十九年十月に検討項目と問題点の概要を取りまとめ、報告を行っております。第三分類におきましては、現在、内閣安全保障室におきまして、各省にまたがるものでございますので、種々の調整が行われておる、こういうことでございます。  防衛庁といたしましては、これらの検討結果に基づきまして法制が整備されるということが望ましいと考えておりますが、いずれも高度の政治判断にかかわるものでありまして、国会における御審議、国民世論の動向等を踏まえて、今後検討してまいりたいと考えております。

中山正暉自由民主党・自由連合

○中山(正)委員 この問題は改めて真剣な議論をしなければいけないと私は思います。  私が先ほど申しましたように、連立政権がある効果を出すかもしれないと思っていますのは、勝海舟と西郷隆盛という敵の大将同士が品川で会談をしたわけでございます。それから幕末、明治維新、大発展をする日本の礎が築かれた。どちらかというと勝海舟と西郷隆盛の話し合いと似て、五五年体制の中では社会党と自民党が防衛問題なんかでは全く対立していたものが一つになるということでございますので、チャンスが来た、こう私は思っておりますが、自衛隊と地方自治体とがそんなにうまくいっていたのかな。私は特に、国会議員が二十八人おります大阪で、たった五人しか自民党がいないという大阪の出身でございます。四十七年以来、大阪は一切自衛隊に共同訓練も何も申し入れておりません。特に神戸市は、四十九年以来、自衛隊さん、御遠慮くださいということでございます。  私は、自分の経験があるのでございますが、これは世界帆船祭りというのを大阪で、大阪港開港百周年記念にやってほしいというので、外務省の経済局と連絡をとりながら、世界じゅうから帆船をお願いして、集まってもらいました。チリからはるばると十八世紀の軍艦、見事な美しい帆船が来たのでございますが、これは戦争に反対するの反戦じゃございませんで、帆柱を立てた船という帆船でございますが、それがやってきたのですが、チリからえっちらこっちらやってくるのに、二億円かけて来てくれました。ところが、神戸港はこれを軍艦だといって入れなかったのです。航空母艦で音速を超える飛行機を乗せて世界じゅうを走り回る時代に、歴史上の軍艦でしかないものを、神戸港はそれも軍艦だといって入れなかった。私ども大阪でもいつも、もし大阪で大飢饉が起こったり大災害が起こった場合には大阪港に自衛艦を入れないでどうするんだと言い続けてまいりましたが、いまだに実現しておりません。  これまた子供のころのことを申し上げて恐縮でございますが、海軍兵学校の卒業式を終えましたら、遠洋航海に出発する途上、まず第一番に寄港したところが大阪、神戸でございました。そして、子供心に覚えておりますが、大阪の中之島の堂ビル清交社に海軍兵学校の若き士官たちを招待して、そして振りそでのお嬢さんが花束を渡した、昔のこんなことはもう郷愁でございますから、今さら言っても仕方のないことかもわかりません……。  この自衛隊と地方自治体との間が今どんなふうになっているのか、これをひとつお伺いしたいと思います。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 災害対策基本法によりますと、地域防災計画を立てる場合におきましては、自衛隊も立ち会いましてともどもに計画を立てることに相なっておるわけでございます。計画は立てるわけでございますけれども、災害が少ないというふうな認識をされておる地方自治体におきましては、訓練も十分ではないというところは多々あろうかと思います。  今回の大阪、神戸でございますが、余り大きな災害等もない、こういうこともあってかどうかはわかりませんが、例えば、神戸市に対しましても自衛隊から共同訓練等申し入れもしたようでございますけれども、神戸市におきましては、みずからヘリコプターを持っておるというようなお話もあり、遠回しにお断りをされた、こういうようなこともあるようでございます。  それぞれの地方自治体によりまして濃淡があるようでございまして、熱心なところは熱心である。例えば、九州各地域におきましては、毎年水害等がございますので、常に自衛隊との連絡強化を強めておる。そういうところにおきましては、地方自治体と自衛隊との間の大変な連携がとれておるように思います。各地域においてもほとんど、自衛隊との連携といいますか、訓練はしてきたようでございますが、それぞれの地域において事情も異なり、連携についてはそれぞれ、こういうふうに申し上げておきたいと思います。

中山正暉自由民主党・自由連合

○中山(正)委員 実は、これは一九八二年に出た「おもしろデータバンク」、この中に、大地震が発生しやすいところといって、名古屋、大阪、ここにちゃんとマークがついているのですね。一九八二年に出版されたものです。今一九九五年ですね。表紙のデザインで国会が崩れるところもちゃんとかいてございますけれども、東京以外でも危ないところがちゃんと指摘されています。それから、ここにおもしろい新聞が出ております。「古代人が残した巨大な地震計」「古墳は知っていた」、関西の古墳から大地震が起こったことがわかる。  これは今の「おもしろデータバンク」からとったものだと思いますが、同じ地図が出ております。これは大都市、名古屋、京都、神戸、大阪と、指定都市が四つも入っていますね。この中にこれだけ指摘されていながら、私は東京偏重じゃないかと思うのです。東京のことだけ準備して、一極集中もここまでくればひどいものだと思っておるのです。今、地震が少ない地域じゃないかということが思われている。確かにそんな感じがいたしました。  私らは何も知らないものですから、地震が済んでみていろいろ読んでみると、それは目まぐるしいほど年代別に、天正十三年(一五八六年)に大垣の城が崩れ、全壊した上出火。焼失した長浜城では、城主山内一豊の息女も圧死した。言経卿日記、これは山科言経という人がずっと日記をつけておるのなんか見ても、さっき言いました伏見大地震、文禄五年・慶長元年(一五九六年)七月十三日、伏見城倒壊、慶長地震とか、秀吉は難を免れましたが、女房、侍女五百七十名ばかりが圧死、もうそれは大変な地震が発生しているわけでございます。  時間が短いのでなかなか時間が使いにくいのでございますが、この間、関西国際空港、一兆四千四百億円の空港ができました。二十四時間空港。何とその防災訓練に自衛隊は呼ばれてないのですね。ロシアなんか行くと、空港を警備しているのは青い帽子に帯を巻いた国境警備隊。空港は国境なんです。それが、関西国際空港の、開港をしたそこに、自衛隊が呼ばれてないというのですね。  あちこちしますが、先ほど言いました栗栖さんが何を言っているか。栗栖さんは金丸さんにどう言ったかというと、防衛出動というのは、つまり国が有事であると認めた後いかに行動をするかということを規定したのが有事立法である、自分が言っているのはそれじゃないのだ、その前の段階、国が有事と認めるまでの段階をどうするのか、ここなんですね。それが首になったのです。これで、制服組は皆、もう何を判断するにも大変逡巡をする遠因になったと私は思います。  これは毛沢東語録式に言いますと、戦争には二つの正義がある。共産主義が広まる戦争を正義の戦争と言い、それを阻止する戦争を不正義の戦争と言う。我々は正義の戦争をもって不正義の戦争に反対する。戦争に二つあみことを言っているのですね。これは共産主義であろうが何であろうが、正義は二つあります。夫婦の間でも、夫の正義、妻の正義、敵の正義、味方の正義と、正義は普通二つあるわけです。しかし、天災というのは天が相手でございますから、これは緊急避難、正と正、自分が守ろうとする法益よりも大きな法益を守るために少々傷つけたってしょうがないというのを、これは緊急避難というのですね。子供が自動車にひかれかけた。危ないよ、どんとぶつけたら向こうの壁にどんと当たって、おでこを傷した。これは、命を救ったからおでこの傷ぐらいは傷害罪にならないんです。  そんなことからしますと、私は、防衛庁が有事立法を研究していただいているということでございますが、これからの研究の材料に、栗栖さんの残された言葉、これもよくひとつお考えをいただきたい、かように思います。  きょうは自治省は来ていただいていますか。——私は、先ほど言いましたように東京偏重、東京都が首都であるという法律はないんですね。日の丸が国旗である、君が代が国歌であるという法律もありません。日曜日が休みだという法律はありませんね。これはみんながそうだと思っているから法律は要らないのです。だから、本当は遷都論というのはおかしいのですね。首都をどこに移すかなんというのは、これは厚かましい話だ。だから、東京都という都が一つである必要はないと思うのです。もう一つ都があっていいと思う。  消防はばらばら、占領政策の残映ですね、これは。そういう軍事組織に転用できるようなものが一つにまとまっていない方がいいという、マッカーサーがやっていったまま、これは社会党、村山総理大臣の責任ではなくて、長い間の自民党が極楽トンボだったということですね。それを、つまらない法律と言ったら法律を書いた人に申しわけないかもわかりませんが、つまらない法律を通すために、大臣の首、本当のこと言ったらみんなぽんぽんはねていった。はねなきゃ国会が進まない。この悲劇の繰り返しをやっていたわけであります。  ですから私は、消防の組織とかそんなものは、東京は消防は消防庁に委託しているらしいですね。だから、ボタンをぼんと押したら、全部ばっと集まってくる。大阪は電話がけなきゃいけない。そういう組織に関してそんなことにしておいていいのかということです。  大阪湾臨海地域開発整備法という法律ができて、明石架橋一兆八千億円。この橋が何と、きょう参議院の井上幸先生に聞いたら、一メートル動いたそうですね。横に一メートル四十センチ動いた。よくあの三百メートルの橋脚が倒れなかったものだなと私感心をしているのですが、あの方は土木の専門家ですから、一メートル延びたから、まだ橋げたをつくっていなかったんで、一メートル延ばした橋げたをっくったら平成九年に橋がっく、こうおっしゃっていました。  何を言いたいかというと、余りこれはマスコミにも出てこないのですが、私は、港都神戸、それから古都京都、それから古都奈良、それから商都大阪、これを一つにしてしまったらどうかと思うのです。都制をしくのですね。道州制なんていったら、自治省は入省早々から何とか知事になりたいと思っている人が山ほどいるものですから、四十七都道府県ないと自分の行き場所がなくなると思うから、幾ら言ったって道州制なんてできないですよね。だから私は、都制をしく、そういう府県合併を議員立法してやろうかと思っているのです。  そういうように、近畿を一つにする。そして都が二つ。そうしないと、おかしなことに、外人がよく歩くようなところに行くと、目黒区なんて書いてないですね、目黒シティーと書いてあるのです。非常に不思議だと思うのです。だから私は、機能をもっと大型化しないと、大都市のこういう震災には対応できない命令系統になってしまうのじゃないか。  これは自治省の方にしてみたら、あなたにそんなこと言ったって、私たち役人は法律を守っていくのが仕事なんで、それだけ言っていればいいという皆さんに対して、我々政治家は夢を語らなければいけませんから。政治家は、想像力、空想力、そういうものが私は政治家の一番持っていなければいけない資質だと思います。ただ今ある法律だけ守っていたら、賛成要員、全体主義国家の賛成要員になってしまいますから、私は、あえて自治省の中で考えていただきたい。  昔は、広域行政論なんて、もう山ほどありました。昭和三十八年ぐらい。私も地方議会にいたときは、革新市長が出る前にはしきりに広域行政なんて言っていましたが、今度出てきたら、労働組合に反対されて一遍にしゅんとだめになってしまったのですね。  どう思われますか。もう一つ都があってもいい。都というのは一つでなくてもいい。首都は東京という法律はない。天皇陛下がおられる、国会がある、中央官庁がある、それだけでみんなが首都だと思っているだけですから、首都は東京だという法律はないのですね。もしやられるなら、首都は東京だという法律を出してもらわなければいけないのですが、それができないのならば、もう一つ関西に、そして二眼レフ構造で世界を立体的にとらえるという地方自治体。特に私は、国会だけ小選挙区をやって、地方議員はみんな中選挙区ですね。山ほど市長がいて、三千三百二十五も自治体があって、この行政改革というのもやらなければいけないと思っていますが、その突破口に私はそういう都政を関西にも一つしく、自治省、どうですか。

松浦正敬自治省行政局振興課長

○松浦説明員 大変大きな御提案でございまして、私どももまた実は勉強させていただきたいと思っておりますけれども、現在、先生御指摘になりました都道府県を超えたようないろいろな広域行政事業がございますので、実はこういったものに対応するための仕組みといたしまして、協議会であるとかあるいは一部事務組合という制度がございます。  さらに、いわゆる新しい分権、地方分権というふうな観点から、昨年の六月でございましたけれども、地方自治法の一部改正をしていただきまして、広域連合制度というものをつくっていただきました。  私ども、今後、都道府県におきまして、こうした広域連合制度を中心にいたしまして、ひとつ積極的にこういった制度を活用していただきたいというふうに思っているところでございまして、このような形で、御指摘ありましたような都道府県の区域を超えるような広域行政事業、こうしたことに対しましても対応していただけるのではないかというふうに期待をしているところでございます。

中山正暉自由民主党・自由連合

○中山(正)委員 それができるころにはあなたは偉い人になっておられるでしょうから、これから生ずる将来の、何といいますか希望の星にお願いをしておきますが、とにかく関西は一つなどという言葉があるのです。悪口を言う人は、関西は一つ一つなんて言うのです。それは、京都とか大阪とか奈良とか神戸とか、肩を並べるような大きな市があるものですから、うまくいかないのですね。  だけれども、ちょっと兆しが見えてきたなというのは、京阪奈学研都市ですね。これは、京都と奈良と大阪で一緒に新しい、筑波学園都市のような官製の学研都市ではなくて、民間主導型の新しいものをっくったということでございますが、ぜひひとつそういう方向で物事を考えていただきたい。国家の安全を守る組織というのはできるだけ広い方がいい。一ダースなら安くなるという言葉さえあります。ですから、市でもずっと合併していけば、そこにたくさんの議員なんか要らないですし、知事は、もし六つの道州制にするとしたら、もう六人で済むわけでございます。狭き門になって、自治省の人にはまことに申しわけないとは思いますが。  そんなことは別にして、今、外国では、この間タイムという雑誌の漫画を見たら、富士山が後ろにかいてあって、新幹線二百七十キロと書いてあるのですね。その下に、カタツムリを救急車にして、時速二百七十メートルと書いてあるのですね。これは皮肉な話でございます。日本が被害をこうむって、ふだん生意気なことばかり言っているのに、さまを見やがれというような風潮がいっぱいあるということも聞きます。  日本の高速道路は落ちない、そんなばかな話はないのです。生者必滅会者定離といいまして、これは、生あるものは滅びるし、形あるものは崩れるというのは当たり前のことなんです。できるだけ完全に近いものをつくろうというのが人間の人生だと思います。  その意味で私は、外国に対しても、関西がこの地震でだめになったということではなしに、関西がこれからよくなるぞ、よくなりましたという最後の証拠を見せる必要があると思うのですが、ちょうどうまいぐあいに、大阪市がオリンピックに手を挙げているのですね。これは二〇〇八年か二〇〇四年といいます。それから今度は。ことしの十一月十六日から十九日までAPEC、アメリカも含めて十八カ国日本に集まる、こういうことでございますから、そのAPECの後は、APECで首脳会議が大阪で成功したら、紀元二〇〇〇年には今度はサミットが大阪で行われるだろうと思うのです。それに合わせて復興計画もやりながら、こんなに復興しましたということを私はオリンピックで示す必要があるのじゃないかと思うのです。これは政府の支援が必要です。きょう文部省来ておられますね。

笠原一也文部省体育局競技スポーツ課長

○笠原説明員 今先生御指摘いただきましたように、オリンピック競技大会を我が国で開催することになりますと、我が国のスポーツの振興や国際親善、それから開催国、開催都市の活性化に大きく寄与するものと考えております。阪神地区におきましては、大阪市がオリンピックの開催を希望しているところと承知をしております。  ただ、オリンピックの開催立候補は、国際オリンピック委員会のオリンピック憲章によりまして、開催を希望する都市がその国のオリンピック委員会、日本の場合には財団法人日本オリンピック委員会の承認を得て行うものとされております。したがいまして、地震災害からの復興のアピールとして阪神地区から二〇〇四年のオリンピックの開催を希望する特定の都市があれば、日本オリンピック委員会と連携をとりながら対応していく必要があると思っております。

中山正暉自由民主党・自由連合

○中山(正)委員 ありがとうございます。もう間もなく手が挙がってまいりますので、ひとつそれをしっかりと受けとめてやっていただきたい。これは、都市が立候補するものですから今御答弁のとおりだと思います。  それから消防庁、せっかく来ていただいておりますので、まことに恐縮でございますが、先ほどの広域消防のことについて、東京と大阪、言っちゃ悪いですが、なぜそんなに地方扱いするのか。一点集中を排除するために消防設備も——大阪府下の地方生産力といいますか、これだけでカナダ一国と同じなんですよ。カナダと大阪府と匹敵するほどのGDP、カナダのGDPと大阪と一緒なんです。ひとつどうぞお願いします。

高田恒消防庁防災課長

○高田説明員 地域の防災につきましては、それぞれの市町村、都道府県、それぞれの事情に従いまして地域防災計画を定め、実行いたしているところでございます。  御指摘のように、関東は関東としてのいろいろな事情を勘案しまして広域的な防災体制を敷いておりますし、また関西におきましても従前そういう観点からも広域応援体制というのがございます。今回の災害におきましても、消防、水道、医療を初めといたしまして、被災者の受け入れ、物資の搬送と、幅広い分野におきまして広域的な支援が実施されたところでございます。  ただ、各地においてなかなか広域体制がまちまちであるということで、全国的な規模でこういう応援ということになりますとまだまだ足りないところもございますので、今後、私どももそういった教訓を踏まえまして、全体的な広域応援体制というものを見直してまいりたいと考えております。

中山正暉自由民主党・自由連合

○中山(正)委員 ありがとうございます。  今度はヘリコプターも、大阪は消防局で二機持っていますが、一機はオーバーホールをやっていたそうで使えなかったのです。大阪市は二千七百億円の市電の軌道敷を国に寄附して市電を廃止しました。その後、私は、ヘリコプター事業をやれ、市電のかわりにヘリコプターで、奥地に安い土地を買って、そこへ市営住宅つくって、そこへ定期便を走らせたらどうかと。しょっちゅう予算要求のときなんかに、市電の事業をなくしてそのままあとは地下鉄だけというようなそんなみっともないこと、それから、バスの中で運転している人がそのバスに乗っている人の中で一番月給が高いというふうな、そんなバス運行している必要はないんじゃないかと私言っていたことがあるのです。  私が関西国際空港ができるときの質問に立ったときの答弁では、日本はそのとき十四カ所しかヘリコプターの飛行場がありませんでした。この間運輸省に聞いてみたら、今五十五カ所、そのうち官製のヘリコプター飛行場は十九しかないのですね。何年か前に聞いてみましたら、これ、アメリカは二千四百カ所あります。だから、消火のときでも、消火弾というのはあれは酸欠にする薬ですから、人間のいるところではヘリコプターは消火弾を落とせないそうですし、それから、火事のところには上昇気流が発生しますから危険ですし、それから、埋もれた人は虫の鳴くような声で助けを求めているわけですから、ヘリコプターがバリバリ飛んでいったら、やかましくて声が聞きとれず、助かる人も助からないですね。静かにしなきゃいけないというのが、これは今度得た教訓のようでございます。  時間がございません、あと五分ということでございますから。ついでのことでございますが、これは本当は一番大事なことなのでございます。  防衛庁長官、去年だけで中華人民共和国が台湾上陸作戦の演習を十一回しているのです、これは今、日本のマスコミでは余り出ないのですが。これは今台湾でベストセラーとして、日本では二月十日に売り出されますが、「中国台湾侵攻」、これはもう大変なことでございます。私は入手したのでございますが、ここに「一九九五年八月」、これは香港が吸収されたら、台湾は二つの中国で独立をするかもわからない、置いておけない。これは時間があったら、江沢民が演説している春節の演説の原稿があるのです。二つの中国は絶対だめだと言っているという演説をしています。中身はいずれまた改めて時間をいただいてやろうと思うのですが……。  これを書いた人は大陸の出身の人ですが、自分が、中国内戦が起こったころ、お父さんに対して、うちの国は危ないんじゃないのと言ったのに、お父さんは、いや、大丈夫だと言いながら晩飯の笑い話にしていた、またそれと同じことを子供にしたくない、自分が予見をしていたということを言いたいから書きたいのだと言っている。これに書いているのは、上陸作戦をやる。上陸作戦というよりも、一説によると、内部から蜂起するのではないかという説さえあるわけでございます。大変物騒な本でございます。  台湾は毎年二万人ずつ海外に移民していますが、去年は六万人出ております。三倍。逃げ出しているのですね。  それから、さっき言いましたアメリカのガルーチというのが来て、北朝鮮の核を一生懸命抑えます。それは抑えるはずです。イスラエルにぶち込む、シリアとかイラクとかイランにスカッドミサイル。ノドン。ノドンというのは盧泰愚の盧と洞。韓国では村のことを洞と書く。そしてノドン。あれはアメリカの軍部がつけたコードネームでございますから。労働一号なんて訳していますけれども、本当はノドンというのは韓国語で「慮の村」。それからテポドンというのは大浦洞と書きます。これは二千四百キロ飛ぶというミサイルの名前です。グアム島が目的だといいますが。  これはアメリカは、イスラエルを攻撃するかもわからない中近東の国々を何とか抑えるために、日本から四十億ドル出してもらって、そしてまた、武器売り込みに関係する人は、それの日本防御網を買いなさい。片一方では四十億ドル出しなさいということと、二つ、アメリカにタカ派とハト派があることがこれでもうよくわかります。アメリカが北朝鮮の頭を一生懸命なでるのに日本を使う、韓国を使うというのは、これは中近東情勢でございますから、それが失敗したらアジアも崩れるということでございます。  時間がありませんから、去年の五月二十八日と二十九日に四発、北朝鮮が能登半島の沖にぶち込んでおります。ところが、これ、どこから情報が来たかというと、アメリカから来ているのですね。日本は知らなかったのです。  今度の災害に総理大臣がなかなか対応しなかったといいますけれども、自民党の福田さんのときには、これは台湾のところに機関銃をそろえた中国の船が二百隻入ってきたときに、長谷川峻先生から聞きましたが、総理大臣が知るまでに七時間かかっています。三木武夫総理大臣のときには、ミグ戦闘機が地球すれすれ、これはスキーインクというらしいのですが、海面上五十メートルに高度調整をして入ってきました。地球は丸い、電波は真っすぐしか行かない。地球の陰に隠れて見えなかった。三木さんの耳に入るまでに四時間かかっておりました。  こんなことで日本はいいのか。もしミサイルが何発も落ちたら、それこそもう自衛隊はそんな災害救助どころの騒ぎでなくなるわけでございます。  それやこれやあわせまして、最後にお伺いをしておきたいのは、これは防衛庁長官の御答弁はもう、この問題でまた改めてやりますからそのときにお願いするとして、今総理官邸を建てかえようというときですね、その中に、マルチメディアの時代ですから、マルチメディアというのは、ディジタルとそれからインテグレーティブといいますか、相互性ですね、総理がボタンを押して、兵庫県知事、画面に出てくださいと言ったら、ばっと押したら、向こうの画面に知事、市長が出てくる。そして話ができる。一般の企業ではそれをやり始めているのに、政府が総理官邸という孤島にいた、これはもう哀れでございますから、そういうマルチメディア、ディジタルと相互性とそれからボーダーレスといいますか境目がない通信、それを今もう日本の役所は一生懸命やっておるわけですね。それをどうぞ総理官邸に入れて、今度災害が、起こるなんということはもうないがいいのですけれども、これはもうしようがありません。日本列島というのは四回ぶつかっているそうでございます。最後に伊豆半島だけが来て、そしてそれが潜り込んでぶち上げたところが富士山でございます、だからあの辺が一番災害が多いと言いますけれども。そういうことを考えますと、日本列島というのは非常に物騒な島でございます。  今度の淡路島、北淡町が一番ひどいのですが、あそこは、私どもの子供のころには、イザナギ、イザナミノミコトが天から矛をぶち込んで、そしてかき回して上げたらぽたぽたと落ちたのが淡路島だと、神話の中では日本に最初にできた島に育っています。だからオノコロ島と申しますから、そのオノコロ島で、神の戸で、神の入り口で災害が起こったことに、ひとついろいろな意味で国政に直接参画していらっしゃる皆さんとともに、これからの日本の将来がかかっています災害対策に万全を期さねばなりません。破壊は一瞬です、建設には暇がかかります、その一瞬の破壊にどう対応するかというのが私ども国政に参画する者の責任だと思いますので、よろしくひとつそれぞれの立場で御活躍いただくことをお願いいたしまして、ちょうど時間となりましたということでございますので、失礼をいたします。

神田厚新進党

○神田委員長 赤松正雄君。

赤松正雄新進党

○赤松(正)委員 去る一月十七日の未明に兵庫県南部の淡路や阪神地域を襲いました震度その大地震から二十二日がたちました。  改めましてここで、五千二百人を超すとうとい命をなくされた方々の御冥福を心よりお祈り申し上げますとともに、家屋を失って、今避難所で不自由な生活をなさっておられる被災者の皆さん方に心よりお見舞いを申し上げる次第でございます。また、連日復旧対策に追われておられる防衛庁長官を初めとする自衛隊の隊員の皆様、そしてすべての関係者の御心労に心より感謝を申し上げる次第でございます。  さて今、神話の時代から今日まで歴史にさかのぼって、また世界に目を転じての中山正暉大先輩の、極めて造詣あふれる、示唆に富んだ御質問の後を受けまして、私も若干のお時間をいただいて、この阪神大災害、また防衛関連の問題について若干の御質問をさせていただきたい、防衛庁長官と議論をさせていただきたい、こんなふうに思います。  先ほど中山代議士がおっしゃっておりましたけれども、政治家というのは想像力である。この言葉、先ほどのお話の中で私幾つか感銘を受けましたけれども、とりわけこれについては全くの同感をいたします。テレビとか新聞とかさまざまな人々が今回の震災に対して、想像を絶する、想像を超えたという言葉を異口同音に皆さんおっしゃっておりました。私も政治家の一人といたしまして、こうした大震災が起こり得ることを想像し得なかった自身の想像力の弱さというものを深く反省をし、大変に無念に思うわけでございます。  通常国会の冒頭から連日展開をされております予算委員会、また災害対策特別委員等の審議を聞いたり、またマスコミを通じましてさまざまな意見が出ております。幾つか印象に残ることがありますが、私は、集約的に、結論的に申し上げますと、この辺は先ほどの中山代議士とは違うのですけれども、やはり村山総理の初動段階における極めてのんきともいうべき対応の弱さ、のんきさというのが決定的な問題を残したというふうに思わざるを得ません。昨日も、予算委員会で私どもの同僚議員の質問、追及に対しまして総理は、反省すべきは反省してなどと言われましたり、あるいは、批判は甘んじて受ける、こうおっしゃっておられるのですけれども、どうもその言い方の背後から白々しいものが漂ってくるという印象は否めないわけでございます。  その辺のことにつきましてはさまざまなことが言われております。自衛隊違憲、合憲、この辺の大きな政策転換に対しての説明が極めて希薄である。せんだっても、予算委員会冒頭の私ども新進党の総務会長の質問に対しましても、政策を変えたんだ、憲法の解釈は変わってないというふうな、私たちには極めてわかりづらい説明をなさっておりました。こういったことがやはり全体的に大きな影響を及ぼしていると言わざるを得ないという感じがいたします。  それと同時に、もう一点。初動のおくれということが指摘されている中にありまして、私は、防衛庁長官の発言を丹念に、私どもの先輩の二見伸明あるいは山口那津男、こういった議員の質問されているのをビデオで繰り返し見たりいたしました。防衛庁長官の発言をずっと迫ってみました。そのときに、私は非常に特徴的だなと思いますのは、はっきり言いまして兵庫県のせいにしておられる部分がちょっと強いなと。もちろんともに反省しなくてはいけないとおっしゃっているのですけれども、兵庫県の方にちょっと、言葉はかなり選んでおられますけれども、かなり言いたいことがおありだなというふうに私は印象として感じた次第でございます。したがって、そういう防衛庁長官の姿勢が、幾ら総理が反省すると言われましてもそうは聞こえないということの裏づけになってしまうというふうに私には思えてなりません。  では、その辺の、具体的にどういうことかということを少し述べさせてもらいますと、せんだっての二見委員の質問に対しまして、予算委員会の総括質疑ですけれども、機動的な対処をするために自衛隊法八十三条を見直してでもというふうな角度を述べられた質問に対して、こうおっしゃっております用地域防災計画は兵庫県との間で打ち合わせをしてできておるわけです、どこに連絡をしたらよいかというマニュアルまでできておるわけでございます、また、県知事さんが不明の場合におきましても、当直の方から連絡があればできる、そういう点で、要請がなぜおくれたかという点も見ておかねばならない、ふだんからやはり防災計画と訓練をしっかりしておきますならば、初動のおくれはできるだけ解消できたと思う、こういうふうにおっしゃったり、あるいは、中央の危機管理も大事だけれども、地方の危機管理も大事だ、こういうふうに述べられておる。  また、山口那津男議員の質問に対しましては、防衛庁と兵庫県の間では、災害の起きた場合の対応については打ち合わせがある、これを知っていたか知らなかったかわからないけれども、かなりのおくれがあったと指摘せざるを得ない、こんなふうな答弁をなさっております。  改めまして防衛庁長官に、兵庫県知事の要請がどうしておくれたのかさっき、見ておかねばなりませんというのがありましたけれども、現時点で貝原兵庫県知事の要請がなぜおくれたのかというふうに考えておられるのか、お聞かせ願いたいと思います。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 まずその前に、災害にどう対処して最も効果的な救生活動なり災害活動をするかということについて申し上げておきたいと思います。  まず、災害対策基本法と、また自衛隊法の八十三条の趣旨は、やはり災害が起きた場合におきましては、その災害が県の段階で救済し得るものもあるわけでございます。県の段階でなかなかそれができないという判断をした場合には、速やかに要請をいただきまして、そして防衛庁がそれに対応する、こういう趣旨になっておるわけでございます。  これは各国でも、やはり基本的には地方自治の精神もあり、また地域に最も精通しておりますのは地方自治体でございますから、例えばアメリカのFEMAがよく話題に出ますけれども、アメリカにおいても、災害が起きた場合はまず地方政府が州政府に対して報告をし、州政府がFEMAの本部に報告をし、FEMAの本部からホワイトハウスに連絡が行きまして、そこで連邦政府が救済活動に入るかどうかという判断をするという形になっておるわけであります。  私は、災害といいますのは一義的にはやはり地方自治体が対処するということが第一である、こういうふうに考えるわけでございます。したがいまして、自衛隊法によりましても、災害出動、また県知事の要請による治安出動の場合におきましても、消防、警察がその災害あるいは治安問題に対しまして対処いたしますけれども、それが対処し切れない範囲の大きなものであれば直ちに自衛隊に対して出動を要請するという形になっておるわけであります。したがいまして、私は、もし地方自治体がみずからの持っておる能力を超える範囲のものであるというふうに判断した場合はできるだけ速やかに出動要請を行う、こういうシステムになっておるということを御理解いただきたいと思うわけでございます。  私も二度にわたりまして現地に参ったわけでございますけれども、五時四十六分に地震が発生をいたしまして、それ以来なぜ十時までかかったかという点について見てまいりますと、いろいろ現場が混乱しておった、あるいは早朝であったということ、あるいは全体の規模を特定するまでに時間がかかった、こういうような観点からやはり県の要請がおくれたんだというふうに見てまいったところであります。  以上です。

赤松正雄新進党

○赤松(正)委員 十時までなぜおくれたかということについて余りよく今の御説明ではわかりませんでしたけれども、十時に県から要請が来て、それから動いた。先ほど中山代議士の質問に対して、姫路の第三特科連隊のお話を防衛庁長官はなさっておりましたけれども、十時から県から要請が来て動いたにせよ、この第三特科連隊、私の地元なんですが、これが神戸に着くのが十三時十分、三時間十分かかっているわけなんですね。その辺のことについてどういうふうにお考えですか。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 地域防災計画によりますと、第三特科連隊が県庁との間の連絡をとるということになっているわけであります。したがいまして、この第三特科連隊は県庁自体と連絡をとる、こういう観点から、七時半に三ルートにわたりまして派遣要員を出発させた。ところが、道路が非常に破壊をされておりましたり瓦れきがたくさんあるために、これらはいずれも時間がかかっております。また同時に、連絡をとると同時に地域の被災地を見て回るという偵察の業務もあったと思いますので、三班行ったうちで一番遅く県庁に着いたのは夜八時であった、こういう状況でございます。  逐次第三特科連隊にはそれらの派遣要員から連絡があったと思いますが、六十キロ離れておるところでございますけれども、ふだんでは高速道路を通れば一時間以内で連絡がとれると思いますが、これは連絡がとれませんから、結局第三特科連隊からは県庁に対しまして電話での連絡を試みた。八時十分に連絡がつきましたけれども、県庁の方ではまだ被害の状況が全然わかりませんし、情報がない、こういうことでございますから、結局要請するかどうかということについてはわからない。また、知事さんもその時点では登庁しておらないわけです。八時半という話もありますし、九時という話もある。しかも、県庁の方におきましては、県警のヘリコプターが上空に飛んだのは九時十五分である。そうすれば、当然どこでどのような被害が起きているかということはわからない。また、第三特科連隊におきましては、近傍災害のおそれもありますから、姫路市内においてどのような被害があって、場合によってはそこで人命救助を行わなければならぬということもあったかと思うわけでございます。  そうした経過がございまして、連絡をとりながらも、先ほども申し上げたように、この第三特科連隊の副連隊長はヘリコプターを八尾から呼び寄せまして、それに飛び乗って県庁の屋上におりて、そして十時半からの防災会議に出席をしておる。十時に県警を通じての要請がありまして、県警の方から、パトカーを用意するのでそれによって部隊を神戸の中心部に派遣してくれ、こういう要請がありまして、パトカーで先導しまして十時十五分に姫路から出発をしたわけでございますが、瓦れきと道路の崩壊その他がありまして、かなり緊急に行ったわけでございますけれども、市の中心部に着いたのは委員御指摘のとおり十三時十分、こういうことになるわけでありますから、三時間かかったということでございます。

赤松正雄新進党

○赤松(正)委員 私が聞いたことに一番最後でちょこっと答えられましたけれども、要するに、いろいろとおっしゃっておりますが、私、姫路にいまして思いますことは、姫路はほとんど全く災害がなくてということはすぐわかるわけでございます。その第三特科連隊が神戸に駆けつけるのに、今おっしゃったことは、一言で言えば交通渋滞に巻き込まれたということなんだろうと思いますけれども、災害が起こったときの非常事態、そうした交通渋滞が起こるなどということは当然計算に入っていないとおかしい、こう思うわけであります。  そして、県の対応も遅かったかもしれませんが、先ほど私が申し上げた防衛庁長官御自身の答弁の中に、マニュアルができている、あるいはさっき県知事がいらっしゃらないとありましたけれども、不明の場合においても当直の方から連絡があればできる、そういうシステムもできているというふうなこともおっしゃっているわけで、姫路から神戸に駆けつけていく場合に、私も随分難渋して行きましたが、陸路であると難しいということは、大災害の予測をしている段階で当然わかっておられると思うのです。そうなると、今、八尾からヘリコプターを呼んでそれに乗っかっていった、それは神戸での会議に副連隊長が行かれたということなんでしょうけれども、そういうふうなことから見ましてもわかりますように、陸路だけじゃなくて海とかあるいは空から、こういうふうな角度のことを常に考えていなければいけないということを、当然のことながら指摘したいと思うわけであります。  私はここでどちらに非があるかということをあげつらう気持ちはありませんけれども、これくらいの大震災では、やはりこの一番最初の時点できちっと問題点ほどこにあったのかということをお互いによくしっかり知っておかなくてはいけない、そういう意味であえて今のようなことを申し上げたわけでありますが、やはり今の防衛庁長官のお話を聞いておりますと、現場、県、市、そういったところからの対応の遅きというものが全体的なおくれにつながっていったというふうな形に聞こえてまいります。  そこで、先ほど中山代議士の方からも質問がありましたけれども、兵庫県のことについて防衛庁長官はお答えになりませんでしたが、こういった日常的な自衛隊と地方自治体との共同訓練の実態という問題であります。  いろいろな新聞報道あるいはいろいろなものを見ていますと、やっているところ、やっていないところがあるように書いているのもありますし、一方ではすべてやっているというふうに、報道によってまちまちであります。正式にきちっとお聞かせ願いたいんですが、各自治体とそれから防衛庁との共同訓練というのは全部過去において行われているんでしょうか。それともやってないところがある、年によってやっているときとやってないときがあるということなんでしょうかその辺について。

村田直昭防衛庁防衛局長

○村田(直)政府委員 自衛隊は、地震等の災害の発生に備えまして、先生御指摘のとおり、全国で行われております防災訓練等に各地方公共団体の求めに応じまして参加して、災害派遣等の能力の向上を図っているところでございます。特に、地震災害の対応に適しました総合防災訓練におきましては、災害発生時に迅速かつ的確な救助活動、救援活動を行うことができるように、人命救助、物資の輸送、情報連絡等の各種訓練を実施して、各地方公共団体との連携の強化を図っているところでございます。  各都道府県主催の防災訓練への自衛隊の参加の実績については、これは部隊からの報告でございますが、ちなみに平成六年度においてでございますが、一部を除いたほとんどの都道府県の訓練に参加をしているということでございます。このうち、平成六年度につきましては、都道府県主催の総合防災訓練で自衛隊が参加していないのは、京都府と大阪府と沖縄県の三府県であるということでございます。  ただ、このうち京都府につきましては、府の訓練自体が隔年に行われているということもございまして、その前年には参加しているというようなことがございます。  それから大阪府でも、府主催の林野の火災消火訓練というものには参加していますが、総合的な防災訓練には参加をしておらないということでございます。  ただ、この内容につきましても、我々としては今後さらに強化していく必要があると思いますのは、人員的にも、各県によってかなり規模的にばらつきがありますが、割合少ない規模、五十人とか多いところでは数百人というのもございますけれども、そういうもの、それから車両が参加をする、あるいはヘリコプターが数機参加をするというようなことが、大体全県を通じてそういう状況でございますので、この点については今後ともさらに実践的な訓練をしていく必要があるんではないかと考えております。

赤松正雄新進党

○赤松(正)委員 恐らく今までの防災訓練というのは、特に関西地域におきましては、極めて確かなる知識に基づいたものはないわけですけれども、東海地域あるいは関東地域に比べて関西地域は地震が余りないのではないかというふうな、いわば非常に神話めいた話があって、至っていいかげんになされてきたのではないかということを危惧するわけでありますけれども、今後そういった防災計画に基づくところの防災訓練にしっかりと、ともに自治体そして防衛庁もかかわっていっていただきたい、こんなふうに思うわけでございます。  ところで、私はせんだって、日曜日ですか民間の某テレビを見ておりまして、そこで元内閣安全保障室長の佐々淳行さん、松島中部方面総監あるいは元北部方面総監の志方さんですか、こういった方々が出ておられる番組を見ておりまして、あのときに一つ興味を引きましたことは——まず、これを防衛庁長官、ごらんになりましたか。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 見ました。

赤松正雄新進党

○赤松(正)委員 その中で佐々さんが、志方さんあるいは松島さんは言いづらいだろうからということで、言葉をとる格好で大災害地誌の話を持ち出されましたけれども、この大災害地誌なるものについての内容をかいつまんでお話をしていただきたいと思います。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 「大震災地誌」京阪神編、陸上幕僚監部が平成六年三月に研究をし、基礎資料として作成したものであります。

赤松正雄新進党

○赤松(正)委員 この「大震災地誌」ですか去年の三月、これはいわゆる地域防災計画、兵庫県なら兵庫県を中心とする今回の震災に遭った地域、特に県でいえば兵庫県なんですが、その防災計画との関係というか、その自治体の「大震災地誌」に対するとらえ方というのはどういうものだったのでしょうか。

村田直昭防衛庁防衛局長

○村田(直)政府委員 お答えします。  「大震災地誌」と申しますのは、これは京阪神編のみならず、東海編でありますとか南関東編でありますとか中京編というものをつくっています。私どもの考え方は、陸上幕僚監部が平成六年三月につくったものでございますが、これはその地域における地震災害に関する研究、災害派遣に関する検討の際の基礎資料として役立てようということからっくっておるものでございます。

赤松正雄新進党

○赤松(正)委員 余り時間がないので詳しく聞けないのは残念ですけれども、あのテレビを見ておられた方の印象としては、この「大震災地誌」を活用していればこの災害に対する対応がうまくできたのにというふうなものが印象に残ったと思うのです。  例えば、私思いますのは、さっきの蒸し返しになりますが、今回の第三特科連隊、これは姫路にあって、仮に神戸で起こったときに、そこの第三特科連隊の自衛隊の皆さんは、やはりその「大震災地誌」の中でも陸路をもって神戸に駆けつける、こういうふうな記述になっておるのでしょうか。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 まず「大震災地誌」は、兵庫県では残念ながらこれはないわけです。防災の中に取り入れられてないのです。  ただ、私が知る限りにおきましては、つまり、この「大震災地誌」によりますと、震災が起こった後は交通規制をできるだけ早くいたしまして、部隊の通行その他につきまして必要な措置をとるということが書いてあるというふうにも、テレビでも言っていましたが、そのとおりだと思います。

村田直昭防衛庁防衛局長

○村田(直)政府委員 その点についてちょっと補足して申し上げますと、これらの「大震災地誌」は、京阪神それぞれの地方自治体に配付をして相互に共有して持っておるという状況で、私どもとしても、今大臣から申し上げましたように、災害派遣の際にこれを参考にするということでございますが、災害派遣計画そのものはこの中に入っておるわけではございません。

赤松正雄新進党

○赤松(正)委員 あのテレビの中で、実は松島中部方面総監の涙のわけというような部分があったのですが、一般的に、新聞報道等で見ますと、初動のおくれ等に対して的確な対応ができなくて残念、申しわけない、そういう意味の涙であるというふうな報道がされておりました。あそこでは、そういう大地震地誌等を含めての自衛隊が持っている災害に対する対応というものが全部受け入れられなかった、これは全部そういう言葉でしゃべったわけじゃありませんが、県あるいはまた首相官邸、それも含めて、中央地方全部ひっくるめて、そうした予測していたことがとっさの段階で果たし得なかったという無念の涙である、こういうふうな、どちらかというと二つの角度で見られるのかなという気がいたしますけれども、昨今、松島さんの行動につきましては若干厳しい指摘をする評論家の言動等もあり、なかなかこの辺の評価は分かれるところかなというふうに思いますが、長官はその辺についてどう感じておられますか。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 私は、中部方面総監は現場で一人でも多くの人々を救出したかった、こういう気持ちを率直にあらわしたのがあの涙の会見であった、こう思っております。

赤松正雄新進党

○赤松(正)委員 自衛隊の本来的な任務に、こういった今回のような大災害、この災害救助の位置づけというものが、自衛隊にとって極めて微妙な位置づけが現段階ではなされている、そういうように思います。自衛隊の本来の業務は外敵の侵略にどう対応するかであって、災害援助は本来の仕事ではない、そういう思いがやはり自衛隊の皆さんの中にも強いのではないか、こういうふうな感じがいたしますけれども、実際に国民の側からすれば、いざ災害が起こるということになりますと、自衛隊の持つ役割に対して大変な期待というものがかかってくるわけであります。  そういった観点から、今、国民のそういう期待も強い。一方で、それと比例する格好で、それは表裏になっておるわけですけれども、雲仙・普賢岳の災害でありますとか、あるいは北海道南西沖地震ですとか、ここ数年の間にさまざまな大災害が、地震が発生をしております。そういったときに対しまして、これからも起こるということを予測されるそういった将来の事態に備えて、自衛隊の主たる任務に災害援助を位置づけるという法改正が必要だ、こういう考え方が今急速に出てきております。さらに、自衛隊法八十三条二項のただし書きについても見直すべきでないかこういうふうな考え方が今あります。  私は、この問題につきましては、余りそう慌てることはない、急ぐべきテーマではあるけれども慌てるべきではない、じっくりと検討していくべきだと思いますけれども、現在の時点で、防衛庁長官のこういった点についての考え方を聞かしていただきたいと思います。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 委員御承知のとおりに、自衛隊は我が国の直接侵略、間接侵略に対応することを主たる任務とする、そしてまた、公共の秩序の維持を図る、こういうことでございますが、災害におきましては、公共の秩序の維持を図る、こういう観点から自衛隊の本来任務とされておる。  したがいまして、これを主たる任務とするということになった場合におきましては、これはかなりの、先ほど言いました災害対策基本法そのものも変えなければいかぬ、いろいろな意味での組織の改編その地やらなければいかぬ、こういうことになると思いますので、私はやはり自衛隊の主たる任務といいますのは、やはり国の防衛に対処する、そして災害あるいは治安の問題につきましては地方自治体がしっかりとやりまして、その第一義的なところが能力に限界があるという場合におきまして、自衛隊がこれに協力要請を受けてしっかりと任務につく、こういう形でやっていくのが必要なのではないか、このように考えます。

赤松正雄新進党

○赤松(正)委員 時間があと五分になりました。今度はちょっとテーマを変えます。時間が短いわけですけれども、かいつまんで御質問いたします。  村山自社さきがけ連立政権は、軍縮を看板に掲げているわけであります。政権発足に当たりまして、昨年六月二十九日の社会党とさきがけの皆さんとの政策合意の「新しい連立政権の樹立に関する合意事項」の中ではこうあります。「自衛隊と日米安全保障条約を維持し、近隣諸国間の信頼醸成活動に力を入れつつ軍縮を進める。」とあります。また、昨年の予算編成に当たりまして、来年度予算、つまり平成七年度予算は軍縮予算だという説明もなされております。軍縮というのは村山内閣の基本方針と理解してよろしいでしょうか。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 東西冷戦構造の崩壊によりまして、世界的な秩序の変化ということがございます。そういう中におきまして、世界の情勢はやはり不安定な面あるいは不透明な面が多々あるわけでございます。  そういう中におきまして我が国の防衛政策というものを進める上におきましては、三党の合意事項でございますけれども、まず近隣諸国との信頼醸成というものを確保し、そしてそれらの条件というものを満たした場合において軍縮を目指す、こういうように私は理解をいたしておるわけです。したがいまして、やはり信頼醸成というものが確立をされていく中におきまして、軍縮が可能であるならばそれを進めていく、こういうように私は受けとめております。

赤松正雄新進党

○赤松(正)委員 九五年度の防衛予算は前年度比〇・八五五%増、四百億四千五百万増の伸びとなっておりますけれども、これはただ防衛費の伸びを対前年度比〇・〇六五%、増加金額にしまして二十八億六千四百万円抑制しただけでありまして、防衛関係費そのもの、防衛費自体は、平成六年の四兆六千八百三十五億円から四兆七千二百三十六億というふうに四百億円ほどふえているわけであります。これで軍縮予算と言えるのでしょうか。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 細かい内容についての検討は、時間がありませんからあえて申し上げませんが、委員に御理解いただきたいと思いますけれども、今回の予算におきましては、人件費の伸び率よりも低い伸び率で対処しておるということも見ておいていただきたいと思います。

赤松正雄新進党

○赤松(正)委員 私がここで言いたいことは、もう時間がありませんのであれですけれども、村山さんを中心とする、今の社会党左派の人々を中心とする政権の考え方というのは、要するに極めて恣意的に、自分たちの過去の軍縮を強調してきたものを今回の予算に引き当てて主張しようとしているのではないかという気がしてならないわけであります。例えば、九四年度の防衛予算の前提となりました為替レートは一ドル百六円、九五年度予算の積算レートは一ドル九十八円と、八円の円高によるところの、いわゆる円高メリットと言っていいのでしょうか、そういうふうに八円の円高分だけで防衛費が少なく済む勘定になっております。  これ、一々お聞きすればいいのですけれども、私が既に聞いたところによりますと、平成五年の海外調達費におきまして二千九百三十億円、また油の購入費において平成六年度では四百三十八億円、五年と六年ですから比べる年度が一年違うわけですけれども、大体合計三千三百億円前後のお金が自動的に、自然的に少なくなってきておる。その上、しかも自衛官の定年を延長している。退職金の支払い総額は約七十五億円引き下げになっておるわけですから、一年延長するということによって七十五億円引き下げている。言ってみれば、この七十五億円、それから円高によるところの差額は百二十六億円というふうな話がありますから、約二百億円前後の防衛費が自然に下がってくる。  こういった形で、言葉はあれですが、いわば見せかけの防衛費抑制になっている、こんなふうに指摘をしたい。実際は、事実上は六年度予算の伸び率よりふえている、こういういわば数字上のトリックのようなものが行われている、こんなふうに指摘せざるを得ない。

秋山昌廣防衛庁経理局長

○秋山(昌)政府委員 ただいま多少数字のお話が出ましたので、私の方からちょっと説明させていただきたいと思います。  調達費の二千九百三十億円ですとか油の四百三十八億円、これは予算自体がいわゆる為替レートに影響するという根っこの数字でございまして、最後に委員がおっしゃられましたように、平成六年度と七年度では為替関係では百二十六億円程度、それから定年退職の延長等による退職金の節約というものが七十五億円あるという点は御指摘のとおりでございますが、他方で、例えば概算要求時点から政府の予算成立時点までの間に、日米間の特別協定に伴います負担の予算計上につきまして約百二十五億円増加させておりますとか、そもそも人件費が七百三十億円ぐらいふえるといったような、全体の中でこの〇・八六%というものを考えていただきますと、平成六年度が〇・九%、平成七年度が〇・八六%、大変我々としては厳しい予算を強いられているというのが現状でございます。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 今お話がされましたように、極めて抑制的な性格の予算である、このように御理解をいただきたいと思います。

赤松正雄新進党

○赤松(正)委員 終わります。

神田厚新進党

○神田委員長 西村眞悟君。

西村眞悟新進党

○西村委員 私は、自衛隊員の名誉のために、整理して質問を申し上げたい。  自衛隊が出動がおくれたというマスコミ報道がございますけれども、私は、個々の自衛隊員に対しての批判ならこれは不当である、自衛隊は命令があれば動く、命令がなければ動かない、この前提で、出動がおくれたのなら命令を発する内閣、シビリアンコントールのもとでのヘッドクオーターの問題である、この前提でお尋ねをいたします。  一月二十六日の予算委員会の議事録、また今、赤松議員の質問に対して長官は、自衛隊の出動はおくれた、その原因は現地のやむにやまれぬ状況から発する知事の要請のおくれにある、このように申されておりますが、これでよろしゅうございますか。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 五時四十六分に地震が発生をいたしまして、いろいろな事情があったかとは思いますけれども、十時に出動要請があったということは、私は、時間がかかっておるな、こういう印象であります。

西村眞悟新進党

○西村委員 知事は出動の命令権者ではございません。以前予算委員会で玉沢長官は、戦車を削ればいろいろな民生の費用は出るじゃないかという委員の質問、沖縄戦を例に挙げて説明されておりましたから、私もさきの大戦のことを例に挙げて申しますと、ノモンハンとかガダルカナルとかインパルにおきましては、常に東京は、現地の努力不足であると言って、みずからの決断の遅いか早いか、適切であったか否か、それについての議論は避けておった。このような歴史が国全体を破滅に導いたと私は痛感しておるのであります。命令権者たる長官において、また内閣総理大臣において、おくれたという事実は認めなければなりません。  私の親友の息子に関口貴祐という二十三歳の青年がおるのですけれども、中央区雲井通りに住んでおりまして、三宮までニキロあたり、雲井通りで震災に遭いまして、ニキロ勤務先の三宮近辺に走るまでに、方丈記の表現をかりれば「憂へ悲しむ声耳に満てり」という状況で、彼はそこで六人の人命を仲間とともに救助しております。消防署に走っていけば、出動できないと言うので、道具を貸せと言ってはしごを、そして建物の柱を割るまさかり等を借りて、走っていって人命救助をした。これが地震直後からニキロばかり歩く間の出来事でございます。  長官、この事態は人命救助に緊急を要する、特に緊急を要する事態と私は思うのでありますけれども、いかがお考えですか。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 人命救助には一刻も早く対処するということ、そのとおりでございます。

西村眞悟新進党

○西村委員 特に緊急を要する事態であったということはお認めになりました。  要請を待ついとまがあったのか否か、その要件に移りますけれども、現実には十時まで待っておりました。長官が地震を認知したのは六時でございます。私は地震に遭いましたからすぐわかりましたけれども、直ちにテレビをつけました。震源地淡路島付近震度六、大阪震度四、そのほかは震度六以下の地震でございます。そして、テレビに状況が上空からヘリコプターで映し出され始めるのは七時になってからでございますけれども、阪神高速道路の倒壊、阪神電車の脱線転覆、数カ所から黒煙が上がっておる。そのような状況の中で、特に緊急を要するのであれば、八十三条二項ただし書きの要件にありますけれども、前項の知事の要請を待ついとまがないとなぜ判断できなかったわけですか。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 まず災害の場合におきましては、これは決して言いわけではありませんけれども、現地の状況といいますのはやはり現地の部隊が一番よく知っておるわけです。したがいまして、現地がどのように判断をするか。私としましては、状況をよく把握し、適切に万全を期す、こういう考えで指示いたしたわけでございます。  まず八十三条の二項のただし書きで、こういうことでございましたが、その前に、八十三条の三項で出動を開始しておるわけであります。これは近傍災害でございます。したがいまして、テレビによって、高速道路が崩壊したとか、いろいろな時点があると思いますね、そこになぜ行かなかったかということでございますけれども、私としましては、まず近傍災害で人命救助を要するという判断が優先をされてそのような行動をとったと思っております。姫路の部隊におきましては、近傍災害出動が必要であるかどうかということを当然情報としてとったと思います。結局、姫路におきましては、その必要ない、こういう判断であったと思います。  つまり、できるだけ早くスタートしなければなりませんが、どの場所においてどのような人命救助の行動をとらなければならぬかということを、できるだけ的確に状況を判断して対応するということが一番必要である、このように思います。

西村眞悟新進党

○西村委員 よくその点はわかっておりますけれども、要請を待ついとまがないという判断の前提で、長官はどういう状況であるかということは情報収集されたと思うのです。情報は当然入ってきておったと思うのですけれども、七時十四分、八尾飛行場発の偵察ヘリからの情報はいつ長官のもとに入りましたか。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 まず、先ほど来お話しいたしておりますのではしょりますが、九時の時点におきまして、私の方にそれぞれの自衛隊がとった処置についての報告がありました。その場合におきましては、ヘリコプターは七時十四分に飛び立っておるわけでありますが、帰ってまいりましたのが八時五十分、それから海上自衛隊の方におきましては、八時過ぎに飛び立っておるわけでありますが、これは九時過ぎ、こういうことでございますから、私の方に入ってまいりましたのはリアルタイムではございませんで、現在偵察中である、こういうことでございましたから、私は、閣議におきましては現在偵察中であるということを報告いたしたわけであります。

西村眞悟新進党

○西村委員 特に緊急を要するという事態であることは把握されておりながら、なぜ八十三条二項ただし書きを凍結されたのか、私は全くわからないのでございます。  内閣総理大臣においては、朝が早かった、初めてのこと、これは特に緊急を要するという要件でございまして、総理大臣としては対応がおくれた言いわけに使われたようですけれども、初めてであったこと、朝が早かったことというのは、倒壊した家の中に人がすべておるということでございますから、これは特に緊急を要することである。  地震直後にテレビのチャンネルをひねりさえすれば、震度六という、後に七に訂正されましたが、その表示はあった。ただいま偵察中ということは、通信不良を意味していることである。その証拠に、姫路の連隊から兵庫県庁に行くまでの道程でその報告は当然入っておる、通信不良ぐらいは。火災の現認はされておったと思う。また、神戸が百三十万の密集した大都市であったことは、これは公知の事実である。これらの要件からして、要請を待ついとまがないんだ、いつ来るかわからぬ要請を待っていれば一刻を争う人命救助におくれをとるんだという判断でなぜ行動を起こされなかったのかこの事情がわかりません。お答えいただきたい。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 委員も八十三条を見ていただければわかると思いますが、第二項は、主文におきましてはあくまでも県知事の要請ということになっております。県知事の要請ができなかった、例えば物理的に完全に、県知事が死亡したりした事態が生じた場合、それをどういうふうに判断するかの問題であります。  要するに、二項の後半におきましては、ただし書きでございますから、ただし書きといいますのはあくまでもこれは抑制的、例外的な場合にのみ適用する、こういうふうになっておるわけでありますから、普通考えまして、大部隊を投入していくという場合におきましては、やはり今まではそういう点におきましての発動はないというふうに御理解を賜りたいと思います。

西村眞悟新進党

○西村委員 今回はまさしく例外的事態でございました。その証拠に県庁との連絡はとれなかったはずでございます。県知事との連絡もとれなかったはずでございます。まさに例外的な事態であった、このように私は思うのでございます。  そこで、法律ですから要件に照らしてお伺いいたしますけれども、私は今、私の友人の息子の人命救助の状況、そしてテレビから知り得たこと、内閣総理大臣の感想、神戸が大都市であるということ、この点から八十三条二項ただし書きに該当する要件を備えておると申し上げますが、長官は、該当するか該当しないかいずれかと思われますか。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 個々のケースをどのように解釈するかと言われましても、ちょっと意味がわかりません。

西村眞悟新進党

○西村委員 法律とは抽象的な文言で紙に書かれたものでございますけれども、それを適用する任務にある、特に自衛隊を動かすという任務にある長官は、個々具体的なケースにおいてそれを適用する任務を負っておる。人の生命、身体、我が国家の赤子の生命、身体に対して、それを守るために、適用するか否かの要件を吟味して、適用という決断をする責務を負っておると私は思うのです。したがって、そう聞いておるのです。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 つまり、人命救助、近傍災害、その場所が特定して救援の要請が来た場合は直ちに行かなければならないと思います。委員のおっしゃる方は大変お気の毒でございますが、自衛隊にそういう要請をなさったのかどうかという点を聞かなければならぬわけでありますが、当然、そういうふうに場所が特定した場合は私は出動できたのではないかと思います。

西村眞悟新進党

○西村委員 混線しておるのです。自衛隊は県知事の傭兵ではございません。長官と内閣総理大臣が命令して動かす国家の機関でございます。したがって、混線しております原因は、長官はあくまで県知事の要請の有無云々にこだわっておられる。これは先ほど申しましたように、いつも我が軍の最高責任者が犯してきた病弊でございます。シビリアンコントロールというのは、現場の人間のせいにして、命令を出すか否か、決断する場所の責任の所在を不明確にしておってはシビリアンコントロールは機能しないのでございます。  だから私は、これから教訓としてお聞きしなければならない。どうしても、八十三条二項ただし書きの要件に本件の災害が適用される要件があるか否か、このいずれかをお聞きしなければならないと思って、この一点に絞って質問させていただいております。どうぞその点にお答えいただきたい。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 八十三条の二項のただし書きにおきましては、これは今まで航空救難とかそれに類するものでなければ発動いたしてない。(西村委員「今回の事態は該当するか否か、この一点」と呼ぶ)  今回の反省ということになるわけでございますが、どうしても連絡その他つかないという場合におきまして、例えば方面総監の方から長官の方に出動要請というようなことがあった場合におきましては、これは決断をしたということもあり得ると思います。

西村眞悟新進党

○西村委員 ということは、八十三条二項ただし書きの要件に該当したというふうにお聞きしてよろしいですか。ただし書きの要件に該当したと長官は判断されているというふうにお聞きしてよろしいですか。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 例えての話をしたわけでございますが、必ずしも断定はいたしません。

西村眞悟新進党

○西村委員 例えての話じゃない。五千二百名が亡くなっているこの震災に関してお聞きしているんです。お答えいただきたい。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 やはり、人命救助といいますのは、また大災害に対処するにおきましては、最も効果的なのは八十三条の第二項の主文において行うということが最も大事である、それを何回も繰り返しておるわけであります。

西村眞悟新進党

○西村委員 それは平時においての適用であって、ただし書きは、非常時においていかに行動するかを決めております。自衛隊は非常時に国家国民、民族の役に立つ組織ではないのですか。百年兵を練って、百年に一度のことでも、そこで役に立つために我々は自衛隊という組織を尊厳を持って扱わねばならないという視点から私は聞いておるのです。シビリアンコントロールのヘッドクオーターがその要件においてあいまいな答弁をされるのは非常に心外であります。  出動のおくれを認めながら、では長官は、内閣総理大臣が本会議で申したように、本件において万全の措置をとったと同意見でございますか。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 私は、最善の措置をとったとは一言も言っておりません。できるだけ迅速に行動した、こういうことを言っておるわけでございます。つまり、この場合におきましても、やはりあくまでも、大災害でありましても、八十三条の二項の主文において行動すべきことが最も正しい、こう考えております。

西村眞悟新進党

○西村委員 角度を変えてお聞きせざるを得ない。  総理大臣に社会党委員長。今回の事態に関して、総理大臣から午前十時前に何か指示がございましたか。知事の要請前に何か指示がございましたですか。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 総理は、適切な対応をするように、こういうように言われたと伺っておりますが、それは全体に対してということであると思いますが、防衛庁におきましては、私がそのような指示を既に出しておるわけでございます。

西村眞悟新進党

○西村委員 内閣官房副長官という人がおられまして、彼の言動がマスコミに報道されたところによると、十時前に、防衛庁に、局長に連絡して、早く動かすようにせいというふうに言ったという報道がなされておる。私は、この副長官の言動はけしからぬと思う一人でございます。  内閣は、先ほども申しましたように、自衛隊を動かすか否か、これを決定する中心でございます。その決定する中心が、自己弁護もできない自衛隊、部下に対して、その方向に出動のおくれの批判の矢を向けようとしておる、私はこう解釈して、ふんまんやる方ないんです。長官にきつい言葉で申し上げておりますけれども、私は、社会党の、ある意味では今まで自衛隊が違憲と言ってきた内閣が、天網恢々疎にして漏らさずといいますが、一番日本の危機管理の弱い部分に今回の天災が起こった、このように解釈しておるのです。  内閣官房副長官の言動に関して、防衛庁長官、何か感想がございますか。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 内閣官房副長官が九時の時点で防衛庁の防衛局長に指示をしたという報道がありましたので、私は直ちに本人に、本人つまり官房副長官に問い合わせたところ、そのような事実はない。また、村田防衛局長にも確認をいたしましたところ、午後二時の時点においてはもっと自衛隊を投入を急いだらいいんじゃないかという話はしたけれども、九時の時点ではないということが明らかになりました。  以上です。

西村眞悟新進党

○西村委員 内閣官房副長官、自衛隊を動かすヘッドクオーターの中にいる人間が自衛隊批判をしてはならないのと同様に、長官は自衛隊の出動がおくれた点について県知事の責任にしてはならぬのです、命令権者なんですから。(玉沢国務大臣「ちょっと待ってください」と呼ぶ)答弁は求めておりません。  長官、私に答弁するなら、八十三条二項ただし書きに該当するのか該当しないのかこれを明確にしてから、その点についてお答えいただくのならお答えいただく。筋違いでは私の質問の時間もないので、もしそれを明確にされるならされてからお答えいただきます。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 決して県庁の対応がすべてであったとは言っておりません。あくまでも、対応におきましては、両者がこの八十三条の第二項の趣旨に従いまして迅速に行動をするということが最も正しかった、こういうことを言っておるわけでございます。

西村眞悟新進党

○西村委員 本件に関しての法律を適用して執行する立場にいる長官において、シビリアンコントールの中心たる長官において、現行法制に対する解釈、適用の決断の明確な御判断をいただけなかったのは、私は残念であります。自衛隊の長官の頭も大分硬直しておられるのかな、このように思いますよ。  そこで、危機に関して、なぜ政治全体がこうも硬直的な頭を持っておるのかそこには歴史がございます。時間がありませんから、二点だけお聞きする。  自衛隊の諸君は違憲とみなす政党がございましたので、自衛隊の個々の諸君の耳に聞こえてくるその趣旨からの言動は、税金泥棒という言動である。私の出身の京都大学においても、自衛官の入学は認めておらなかった。社会党は自衛隊は合憲と変えた、この前提でお聞きしますけれども、これが自衛隊というものに関して迅速果敢な決断を現内閣てはなし得なかった要点ではないかな、不幸にも、細川連立政権においても社会党がいる限り同様であったのかな、我々はこのように思っております。  そこで、八十三条二項ただし書きの適用を凍結した背景にあるもの、これが私が今申し上げたことでございますけれども、長官、昨年十二月十八日、社会党全国都道府県代表者会議で、村山内閣総理大臣は、軍縮を掲げている以上防衛費は可能な限り減額すべきだと発言しております。また、社会党の考え方はこうでございます。自衛隊は大きくなれば違憲だが、小さくしていけば合憲なんだ。こういう考え方は、自衛隊が拡大されていく姿は違憲だという、村山内閣総理大臣の予算委員会の一月二十七日の発言、このような内閣中枢で、一体我々は、自衛隊に尊厳ある行動、生命の危機を冒してでも現地に飛び込む行動を期待できるのでしょうか。どう考えておられますか。今紹介した、内閣総理大臣、社会党の委員長の一連の言動に対して、どう考えておられるか。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 私は自由民主党員でありますから、他党の政策についてはとやかく言うことはありません。

西村眞悟新進党

○西村委員 わかりました。内閣の閣僚ではございませんか。内閣の閣僚は、自由民主党員とか社会党員とかいうよりも国家の機関でございまして、その国家の機関の中にこのような考えの内閣総理大臣をいただく内閣の一員であるということに、何ら感想はないのですか。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 総理は自衛隊合憲、日米安保条約堅持を明確に示しておるわけでありますから、その範囲で適切なる行動をとっておる、このように評価しております。

西村眞悟新進党

○西村委員 明治維新は、五箇条の御誓文で万機公論に決するという志のもとに、我々の先達は近代国家を始められた。平成になって、我々はぼつぼつその初心に返って、公正そして率直な公論をこの国会で闘わせたいな、私はこのように思っておるのです。  それで、軍縮である。防衛費を削減した。先ほどから長官及び内閣総理大臣は、午前十時の段階で、自衛隊が現場の自己の判断において出動したことをもって自衛隊の任務の説明をされておりますが、あの時点における現場の出動の決断というものは、訓練名下の決断でございましょう。今、防衛費が圧縮されて一番しわ寄せが来るのは、訓練、指揮、練度の部分なのではないでしょうか。現場の指揮官が訓練名下でヘリコプターを飛ばすという決断が、例えば内閣中枢にいる方々よりも決断を要したというふうに私は感じて、長官、日本の自衛隊の中に尊敬に足る人士がおるなと、私は安堵の思いをいたすのでございます。  長官、それで、今回の現地に入った自衛隊の諸君の、あなたの部下の評価について一言お聞きして、私の質問を終わらせていただきます。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 先ほど訓練の一環として偵察をしたと言われたのでありますが、あれは訓練ではございませんで、調査活動の一環でございます。それだけ御理解いただきたいと思います。  現在、困難な状況の中におきまして、日々寝食を忘れて救助活動に邁進している隊員の皆さんに対しまして、心から敬意を表する次第であります。

西村眞悟新進党

○西村委員 最後に一言。  敬意を表すべきは現地の自衛隊の諸君であって、決して内閣中枢にいる命令権者ではないということを、私は今回の事態で申し上げておきたい。そしてこれは、かつてあった、我が国が戦争をしておる段階においても、それはそうでございました。我々は今回を教訓として、同じような精神構造のもとに動いておる、これを正さねば、本当に我が国の危機管理体制は成り立たない。正すべきはやはり責任の所在を明確にした公論を国会の場で尽くすことであって、そこには、自己の地位を守るとか守らぬとかいう配慮が一切あってはならぬのだということを申し上げて、私の質問を終わります。ありがとうございました。

神田厚新進党

○神田委員長 土肥隆一君。

土肥隆一日本社会党・護憲民主連合

○土肥委員 私は神戸を選挙区とするものでございますけれども、今、それぞれの発言、そして大臣の答弁を聞きながら、これは相当時間をかけてじっくりと今回の災害の分析をしなければならない。私は災害特別委員会でも質問いたしましたけれども、本当に五千二百名を超える亡くなられた方の思いを考えますときに、すべての情報を、そして記録を公開し合って、そして今後の激甚災害にどう対応するかということを、やはり半年、一年あるいはそれ以上かけて検討しなければならないことだと思います。  それで、だれが悪いのかとか何が不備だったのかというのは、もう少し時間をかけなければ本当のところは出てこない、そのような感想を持っております。自然災害というものはこんなにも恐ろしく、そして突然やってくるものかということを思いますときに、万全の備えなんというのはほぼ不可能だというふうに私は思っております。  しかしながら、災害が起こった後どう対応するかしかももう三週間を超えている今日、なお二十五万人の方が苦しい避難場所での生活をしていらっしゃるということです。そして、今やもう本格的に神戸市も復興の兆しが少しずつ見えてまいりました。そして、自衛隊の皆さんが懸命になって作業をしていらっしゃる。これからは、瓦れきであるとか建築廃材の撤去にもかかわっていただくということでございまして、それは大変結構だと思います。  今、神戸市役所の本庁舎は、これは倒壊することなく立派に残った建物でありますけれども、その一階は全部避難民が、歩くところもないくらいのところに、もう本当に足のそばで寝ていらっしゃる、過ごしていらっしゃるという状況の中で、私は、壁に張ってある一枚の文書を見たのです。それは、自衛隊ありがとうと書いてありました。市民のこれまでの生活の、あるいは震災直後のいろいろなエピソードというのはたくさんございまして、恐らく自衛隊の皆さんに人命救助にあずかった、あるいは家族がそういう救助をしてもらったという経験があるのでしょう、いろいろなありがとうがいっぱいあるのです。例えば、たまたま家の前にだれかが不法駐車していて、それに柱が寄りかかって、その陰で助かったという人もいるのですね。そうすると、今度は自動車に、持ち主さんありがとうと張ってあるのですね。生き残った方、亡くなられた方、みんなそれぞれの悲喜こもごもの事例がたくさんございます。それも拾い上げていかなければならない。そして、すべての情報を公開し合う。  我々が危機管理というような言葉で一言で言うことは本当にたやすいわけでありますけれども、私は、現地におりまして一番思うのは、やはり震災直後からどんな救援体制がとられたかということを思うわけであります。  当日十七日午前十時に貝原知事が自衛隊に出動要請をしたということが事実上残っているわけでありますが、知事さんと話してみると、自分もどういうことなのか、どういう程度の震災なのかということがわからなかったとおっしゃいます。知事公邸は県庁の少し山側にありまして、県庁から山側は被害の少ないところなのです。その反対に、浜側、南側がだあっとやられているわけでありまして、電気も切れている、電話もないわけでありますから、御本人もなかなか戸惑っておられたということです。市長さんに聞きますと、市長さんはちょっとまた別のところに住んでおられて、割に災害に近いところだったものですから、慌てて市庁舎に出かけられたということであります。  ここに兵庫県防災行政無線の図が出ております。ここにあるのですけれども、新聞などにも出ておりましたように、兵庫県は八十億円をかけまして、そして衛星回線を使いまして、二十五カ所に同時に通信ができるようになっているのです。天網恢々疎にして漏らさずというのがありましたけれども、実にもうこれ以上ないという無線図が出ているわけであります。県庁が発信源なのですけれども、ここが一挙にやられてしまいましたから、この衛星回線を使っての二十五回線のパラボラアンテナが全部死んでしまったわけですね。  とにかく通信が途絶えるということが最大の悲劇です。なぜあんなに神戸市にどっと人が車で入ってきたかというと、安否がわからないからなのです。みんな肉親を心配してどっと神戸市に入ってまいりましたから、もうどうにもこうにもならなくなってしまいました。  私は、防衛庁の関係ではございませんけれども、通信網というものを何回もバックアップ体制をとりまして、そして最後は無線網で、しかも基地がやられるようなこういうものではなくて、基地がだめだったら次の基地、バックアップ基地をつくっておかなければならないなと。そして、自衛隊がすぐ入ってまいりまして、我々自衛隊の本部も行かせてもらいましたが、もう自衛隊の無線がどんどん活発に動いているわけですね。なるほど、自己完結型の部隊というのはこういうものかということを初めて経験したわけであります。  きょうは私は、自衛隊の皆さんが大変献身的に作業をなさっている中にありまして、やはり初期活動、初動がどうだったかということをどうしても聞かざるを得ないのです。なぜならば、もう大抵の職場に行きましても、あるいはある種の団体に行きましても、あるいは商店街の皆さんのところに行きましても、必ず数名から十数名、学校の教師も死んでおります、もちろん子供も死んでおります。五千二百名というのは相当な、百五十万県民のうちでパーセントとしては非常に少ないのですけれども、その密度からいうと、この四区か五区にわたった集中的な地震によりますと、ああ、生きていたんですかというのが私たち神戸市民の合い言葉なんですね。  自衛隊が八十三条に基づいて災害派遣ができる。自衛隊が動きましたその記録をずっと拾ってまいりますと、自衛隊の皆さん大変親切に——これは警察に行ってもまだ教えてくれない、県警はどうだったんだ、消防本部はどうだったんだという人命救助や遺体収容に関する報告ができない、このように言いますので、また後日それはやらなければいけないと思いますが、自衛隊の報告によりますと、十八日から毎朝六時にその日の活動の報告が出ております。  十七日は人命救助も遺体収容も何にもございません。消火活動もございません。十八日も実は何名救助したか何人収容したかも出てまいりません。消火活動は実施した、こうなっておりますけれども、どういうふうに実施したのかは報告されておりません。いずれまた落ちつきましたら詳しい報告が出るでありましょう。そして十九日に、三日目でありますが、人命救助百三十四名、こう書かれております。四日目、二十日に百七十六名、こう出まして、そのとき初めて五百二十八体の遺体を収容した、こういうふうに書かれております。百三十四から百七十六、こうふえてまいりましたが、当然数字が後で狂ってまいりまして修正されております。そして十一日目の二十七日、百五十七名が恐らく確定数字のようでありまして、人命救助をなさったのは自衛隊では百五十七名。海上自衛隊もかかわりを持っておりますが、これは八名であります。では遺体はどれだけ収容なさったかというと、先ほど言いましたように、第四日目の二十日から最後の十八日目の二月三日の記録しかまだ手元にありませんけれども、千二百十六遺体を収容なさったということです。  これは全部記録をとってみなければいけませんけれども、県警はどれだけの救助をしたのか、そして遺体はどれだけ収容したのか消防局はどうなのかというようなことを全部とらなければいけませんけれども、自衛隊の活動としては、以上出ている数字でございます。人命救助で百五十七名、遺体収容で千二百十六名、これは陸上自衛隊。海上自衛隊は、人命救助八名、遺体収容は十八名、こうなっております。  私は、一番疑問なのは、五千二百体を超える大量の死者を出したということで、どうしても救援に入られた自衛隊の活動がどうだったのかということを、批判などするつもりはございませんで、実際どうだったのかということをお聞きしたいわけであります。この第一日目、第二日目、十七、十八と最も大事なときにどういう活動をしたのかそして、もし今できるならば、そのときのそういう活動の中から反省点があれば、あるいは改善点があれば説明していただきたいと思います。

村田直昭防衛庁防衛局長

○村田(直)政府委員 自衛隊の当初の立ち上がりの活動でございますけれども、再々御報告しておりますように、災害発生後直ちにと申しますか、七時五十八分に、第三六普通科連隊が伊丹駅のところに近傍派遣ということで出ております。それから、引き続きまして、今度は西宮の病院の裏の人命救助ということで出ております。  したがいまして、立ち上がりでございますが、この際に、伊丹の駅のところにおきましては、一人の警察官の方を救出し、一人の御遺体を収容したという活動でございます。また、西宮の病院裏につきましては、六人の方々を救助し、二十九人の御遺体を収容したというふうに承知しております。ただし、当初立ち上がりの人数、その日の人数についてはまだ全体として集計というものができておりませんで、それは三日後ですか、先生が御指摘になったようなところから記録として残しておるわけでございます。しかし、当初の立ち上がりからそのように派遣された部隊が人命救助並びに御遺体の収容等に当たったということはあったわけでございます。  また、途中の日に、今まで百七十六人というような御報告をしておったわけでございますけれども、その後、救助者、救助された方の人数について百五十七という修正をいたしたわけでございますが、これはいろいろな手続の関係、検死等の関係もありまして、ダブルにカウントしておるというようなことが途中でわかりましたものですから、その時点で適正に修正をさせていただいたということでございます。  繰り返すわけでございますけれども、立ち上がりの十七日の時点から、人命救助が主とした自衛隊の派遣目的でございまして、人命救助に全力を尽くして当たっておったということでございます。

土肥隆一日本社会党・護憲民主連合

○土肥委員 記録によりますと、そのとき陸上自衛隊が二千三百名入った、こうなっておりますね。芦屋と伊丹、一つは近傍出動であるでしょうし、西宮も芦屋も相当な被害を受けておりますからそれは当然だと思いますが、姫路から入った姫路の部隊などなど、二千三百名というのはどういう展開をなさったのでしょうか。

村田直昭防衛庁防衛局長

○村田(直)政府委員 ちょっと今、調べましてお答えいたします。

土肥隆一日本社会党・護憲民主連合

○土肥委員 事前に言ってなかったので……。それではまた後で答えてもらいましょう。  もう一点は、火がすぐ出るわけです。これも私は余り独断で物を申し上げたくないのでありますけれども、九割が圧死というふうに言われておりますが、圧死というのはいろいろなケースがございまして、いろいろな市民の言葉を、証言を拾いますと、火が出てやむなく退避せざるを得なかった、それで、そこで別れの言葉も交わしながら肉親が生死の別れをするわけです。  自衛隊には、どうなんでしょうか初期活動で消火活動というのはどれくらいできる能力をお持ちなんでしょうか。

村田直昭防衛庁防衛局長

○村田(直)政府委員 自衛隊の場合は、消防車等につきましては、主として基地の消防ということで、基地に持っておるとしましても数台ということでございます。自衛隊の場合には、消火というのは、八十三条三項の近傍の派遣というようなところにもそういうことを想定されて、そういうもので消火に出ておりますけれども、全体として消火活動に当たるという能力は持っておりません。近傍派遣というような場合に、近傍の火災に出るということが通常でございます。

土肥隆一日本社会党・護憲民主連合

○土肥委員 よく自衛隊が山林火災などに出動して空から消火剤あるいは海水をまくなどというふうな話で、そんな能力もあるだろうというふうなことを言う評論家がいたりするわけでありますけれども、そうしますと、火災が起こっても、あるいはそこの現場に自衛隊の隊員さんがいたのかどうかわかりませんけれども、消火能力はほとんどない。いわば瓦れきや倒壊した建物から人命救助をすることはできても、そもそも防災活動の中に消防活動の機能はほとんどない、このように理解していいのでしょうか。

村田直昭防衛庁防衛局長

○村田(直)政府委員 先ほどもお答えしましたように、消火活動につきましては、やはり基地の消火ということで消防車等を保有しておりますけれども、これを広く地域に展開して消火するという能力は持っておりません。

土肥隆一日本社会党・護憲民主連合

○土肥委員 そうしますと、火災現場で、相当な火災なんですから、上空にヘリコプターで飛んでいって、例えば上空から消火剤あるいは海水を、水を落とすというようなこと、そういう機能も、そういう訓練もしてないというふうに理解していいのでしょうか。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 それも検討いたしたようであります。山林火災の場合は、我が方がヘリコプターを提供いたしまして、地方自治体が水をくみ上げるものを持っておる、それをヘリコプターに積みまして上空から投下する、こういう形になっておるわけですね。それで、都市火災の場合におきましては今までそのような消火活動はしていない。今回の場合におきましても、検討はし、我が方もその可能性をいろいろ探ったようでございますけれども、兵庫県当局が、あるいは神戸市当局でございますか、その要請はしなかった、こういうふうに伺っております。

土肥隆一日本社会党・護憲民主連合

○土肥委員 そうすると、自衛隊の皆さんに過度な期待を、過大な期待を市民が持ってもいけない、こういうふうに思うのですね。それぞれ本務がございますから、何もかも自衛隊を出せば片づくということじゃないだろう。それはもう私ども神戸市民も十分知っていると思いますが、ややもしますと、評論家の皆さんが自衛隊がやれば万能だというふうなことを言いますので、私が今確認しているところでございます。  それならばそれで、そういう限定、限界の中でそれぞれが、自衛隊、そして中央政府、地方政府、自治体が一体となってこういう大災害にどういうふうに対処したらいいのかということをこれから決めていかなきゃならないわけであります。  そのときに、自衛隊がやってくるときに、十七日の段階で十三時十分、姫路の第三特科連隊が二百十五名入った、あるいは十四時には伊丹の第三六普通科連隊が百十八名芦屋に入った、こうなっておりますが、十七日の午後となりますと、もう大混乱でございまして、陸上、つまり普通の通常の道を、道路を使ってやってくるのはもう到底できるような状態ではございません、大体十メートル動くのに三十分、四十分かかる状況でございましたから。どうでしょうか二千三百名投入なさって、数字は出たかと思いますが、大量に投入するにはヘリコプターしかないだろうというふうに思うのですが、神戸市に大量に陸上自衛隊を空輸するというか運んでいくのに何か大変不都合な町なんでしょうかどうぞ御説明ください。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 ヘリコプターの大量輸送というものも期待されるところでございますけれども、中部方面隊におきましては、航空隊におきまして八尾があるわけでありますが、これは連絡とか偵察部隊が主なわけでございます。当日は、千葉の第一ヘリコプター団がCH47というヘリコプターを急遽回しまして、それによって第三特科連隊の一大隊が中心部に空輸されておるわけでございます。  なおまた、市内におきましては適当なヘリコプターが発着できるような場所は極めて限られている、こういうふうに聞いております。

土肥隆一日本社会党・護憲民主連合

○土肥委員 数字が出たら教えてください。

村田直昭防衛庁防衛局長

○村田(直)政府委員 陸上自衛隊のその当日の派遣でございますけれども、先ほど言いましたように約二千三百名、こういうことでございます。三師団の方から、主として神戸市内あるいは淡路島、その他芦屋、西宮等でございますが、約千七百名の者が出動しています。そのほか、守山の一〇師団の方から約二百五十名、それから一三師団の方から百三十名というようなことでございまして、全体として、先ほど言いましたように二千三百名という数字になるわけでございます。

土肥隆一日本社会党・護憲民主連合

○土肥委員 十七日の午後にはやはり一万名ぐらい送り込んで、見通しが立たないとか情報が不足だということがございますけれども、もうこれは大混乱の中で、結局それぞれの現地の司令者が判断して、自衛隊でいうと、よく部隊の組織がわかりませんけれども、百名単位ぐらいで、その師団長ですか、それが判断して現場でやらざるを得ないのですね、中枢機能が全部破壊されておりますから。そういう意味では、自衛隊さんもどうやらそんなにひどい災害だと思わなかったという節も考えられるほどの立ち上がりの遅さであります。これはどうしてもいろいろ法的な規制、今ほかの委員からも説明がございましたけれども、この初期活動を実効あらしめるものとして自衛隊法の改正が言われたりしているのですが、この八十三条の第二項のただし書きがこの出動のおくれにつながったのかどうか、その辺のところを大臣から御答弁いただきたいと思います。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 先ほど来答弁いたしておりますように、やはりあくまでも八十三条の二項の主文によって行動すべきもの、このように私は判断をいたしております。

土肥隆一日本社会党・護憲民主連合

○土肥委員 それは先ほど大臣、そうおっしゃっているのですが、私が申しておりますように、もう現場が混乱している中で、やはり我々は法社会に生きているわけでありますから、法を尊重する、法律を尊重するということは当然のことでございますが、それじゃ、このただし書きがあるからといって出動がおくれたというようなことはないわけでしょうか。情報の不備などもおっしゃいましたけれども、それが関係あるのかどうかを端的にお答えいただきたいと思います。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 これは常に反省に基づいて検証していかなきゃいかぬことだと思いますけれども、私は、県庁がつぶれたわけではございませんし、知事さんが行方不明になって所在がわからない、あるいは生死が不明になった、こういうことでない限りは、やはり八十三条の主文によって、運用において十分対処すれば、地方自治体と自衛隊の連携というものはもう少し迅速に行うことができたのではないかこのように評価しております。

土肥隆一日本社会党・護憲民主連合

○土肥委員 私も、いたずらに自衛隊が飛び出せばいいということじゃないというふうに思います。ですから、知事もあるいは神戸市長も選挙で選ばれた政治家ですから、その責任を自覚して、即座の判断ができなきゃならない。同時に、防衛庁長官、あるいは内閣もそうでありますけれども、やはり自分の職員をかけて、たとえそれが後で非難されようとも、決断がおくれるということが数千名の命を失わしめる原因になるんだということを痛切に感じております。そういう意味では、県、市会の議員さんやあるいは国会議員の我々も、一人一人危機管理というものをきっちりしておかなきゃいけない。例えばハムの無線の技術ぐらい持っておかないといかぬのじゃないか。それを担ぎながら走らなきゃいけない。それから自衛隊も、やはり初期行動の中では火事ですよ。私は、九割が圧死じゃなくて焼死じゃないか、半分は焼死じゃないかと思うのですね。それくらいに思うわけでありまして、消火器を担いで第一陣がおりていく。とにかく、助けてくれと言っているわけですから、その周りで消火活動をしながら助けないとできないというようなことを考えますと、これからいろいろ、消火器を抱えた自衛隊ということは考えたことがないのでありますが、それくらいのものがないと助からない、そういうふうに思っておるわけであります。  さて、兵庫県あるいは神戸市が自衛隊と余り仲がよくなかったのじゃないかというふうなことを言う人がまたいるわけであります。防災訓練に県や市が自衛隊を入れたか入れなかったかということですが、そのことによって、もし自衛隊を防災訓練に参加させていただけなかったとするならば、それはやはり今後の大震災の初期活動あるいは防災活動に支障があるというふうにお思いでしょうか。

村田直昭防衛庁防衛局長

○村田(直)政府委員 まず、訓練の参加の状況でございますけれども、先ほどもお答えしましたが、兵庫県主催の総合防災訓練への自衛隊の参加につきましては、平成六年度について八月四日に行われました兵庫県総合防災訓練に参加をした。また、五年度には同じく八月四日に兵庫県の総合防災訓練にも参加しています。このほか、兵庫県で、県主催の林野火災消火訓練でありますとか石油コンビナート等の総合防災訓練にも参加をしているということでございまして、全くそのような訓練がなかったということではございません。  ただ、この参加人員等は約七十名、あるいは平成六年度においては六十名、車両が平成五年度で二十八両、六年度で十四両、ヘリがそれぞれ各年一機ということでございまして、これから将来のことを考えますと、やはりもうちょっと実践的な訓練ということを心がける必要があるのではなかろうかと思います。

土肥隆一日本社会党・護憲民主連合

○土肥委員 最後に、今、自衛隊の皆さんに消火器を担いで走ってきてほしいという話をしましたが、いつも自衛隊の予算の中で、装備だとか設備だとか備品だとかいろいろ問題が出るわけであります。災害活動を中心におやりになるとするならば、していただきたいわけでありますが、今後やはり災害に対する設備、装備など、あるいは単にヘリコプターにいたしましても、火災の現場に飛んでいけるようなヘリコプターが一体あるのかどうかよくわかりませんが、そういう面について検討する余地があるかどうかお答えをいただきまして、私の質問を終わりたいと思います。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 自衛隊は、災害派遣時におきまして、状況把握に活用し得る観測ヘリ、偵察機等の航空機、それから人員、物資の輸送に活用し得るトラック、多用途ヘリ、輸送ヘリ、輸送機等の航空機及び補給艦、輸送艦等の艦艇、その他施設作業、宿泊、医療、給水、給食等の各種ニーズに対応し得るドーザー、天幕、救急車、野外手術システム、水タンク車、野外炊具、野外入浴セット等の装備品を保有いたしております。  今回もこれらの装備品を有効に活用して災害派遣活動を実施しており、基本的には災害派遣活動に必要なものはそろっていると考えておりますが、自衛隊の災害派遣活動のためにさらにどのような装備が必要であるかにつきましては、今回の経験を踏まえて検討してまいりたいと考えております。

土肥隆一日本社会党・護憲民主連合

○土肥委員 ありがとうございました。

神田厚新進党

○神田委員長 東中光雄君。

東中光雄日本共産党

○東中委員 日本共産党は、自衛隊は違憲の軍隊だと思っております。違憲の軍隊である自衛隊が防衛出動や治安出動をやって武力を行使する、あるいは武力による威嚇をする、こういうことは憲法上許されないという立場であります。そのことと、その自衛隊が災害発生時に災害派遣をやる、自衛隊法に基づいてのそういう活動をやるということとは、それは当然やるべきことだというふうに考えておりますし、法律もそうなっておるわけであります。だから、今度この災害があって、この問題が起こったから、これを機会に防衛出動や治安出動に結びつくような有事立法だとか、あるいは今度の教訓に従って危機管理を強化するのだとかいう方向へ発展していくとすれば、先ほど自民党の中山さんが言われましたけれども、そういうふうにいくとしたら、これは全く違った方向に行くということ、そういう立場で質問をしたいと思います。  災害派遣について、自衛隊の災害派遣に関する訓令というのがございます。その第八条によりますと、「指定部隊等の長は、災害派遣の必要が生じた場合において迅速かつ適切に活動することができるように常に災害に関する情報を収集し、あらかじめ災害派遣に関する計画を整備するほか、災害派遣に関する準備を整えておかなければならない。」ということになっています。それで、その計画をつくるについては、「都道府県知事等と密接に連絡調整を行うものする。」というふうになっておるのです。  それでお伺いしたいのですが、今度直接被災地域に関係のあった指定部隊の長に相当するのは、伊丹の第三六普通科連隊、それから東灘にあった阪神基地隊、それから姫路第三特科連隊、そのほかに師団もありますけれども、ここらが直接的にそれぞれその地域の情報を含めてそういう計画というものを策定、整備しなければならないというか、整備してあったと思うのです。今度、実際の発動として見て、この計画がちゃんと機能したかどうか全く想定していた情勢と違う状態になってしまって、全く計画と関係なしになってしまったのではないかという感じがするのですが、その点どうですか。どういう計画があって、どういうふうに実際やられたのか。

村田直昭防衛庁防衛局長

○村田(直)政府委員 先生御指摘のように、災害派遣に関する訓令の中でそのように規定されておりますとおり、私どもとしては、その指定部隊ごとに災害派遣計画というものを作成しているわけでございます。  これは、災害一般を対象とした部隊行動の準拠となる文書ということでございまして、その内容はおおむね、それぞれのところによって若干の違いはありますが、総則として計画の根拠でありますとか目的、それから状況、災害の見積もりでありますとか、関係する部隊、機関、それからどういうふうに対処するかという構想、それから部隊としてのそれぞれの任務、あるいは後方支援をどういうふうにするかというような問題、指揮・通信というような事柄を内容として、それぞれの指定部隊において定めているところでございます。

東中光雄日本共産党

○東中委員 そんな項目を聞いているのじゃないのですよ。そこに言ってある災害の見積もりというのがあるでしょう。その部隊において災害の見積もりをどういうふうにしておったのか、今度のような事態、見積もりしていなかったのじゃないですかということを私は言っているのです。  そうでなかったら、例えばこういう記事があります。朝雲の記事ですが、「今回の地震で東灘区魚崎浜町の埋め立て地にある阪神基地隊も大きな被害を受けた。液状化現象で地盤は一メートルも陥没し、地中から噴き上げた泥水で基地内は泥沼状態。庁舎も損傷したが、幸い百五十人いる隊員は全員無事だった。家屋の倒壊などで道路が寸断、この期すぐに登庁できたのは三十人だけで、」百五十人のうちの三十人だけで、「仲摩徹弥司令も一時間かけ、官舎から駆け足での登庁だった。「基地にはなにしろ人が集まらず、自隊での災害派遣は無理だった。」しというふうに仲摩司令は言っている。こういう状況ですね。自分のところも直撃されているのです。これは三項事態になるわけですね。だから三項で災害派遣もせないかぬけれども、とても無理だったと。(玉沢国務大臣「近傍災害」と呼ぶ)だから、その条項が適用されることになるのに、とてもじゃない、だって一時間走ってやっと着いて、それで三十人しか集まっていない、それどころじゃない、できなかったと言っていると書いてある。  朝雲は、言えば自衛隊と親類筋というのかもしれませんが、そういうことで、私はこれが実態だったと思うのですね。それを非難しているのじゃないのです。そういう格好で、見積もりと違った状態が起こったときに、この体制でどうしたのかと。自衛隊が偵察するとかなんとかじゃないのですよ。それに対してどうするのか。  自衛隊としての行動の第一番目は、私の聞いている範囲では、七時五十八分、伊丹の陸上自衛隊第三六普通科連隊四十八名による災害派遣実施、これは伊丹駅の倒壊に対して実施に行った。これは三項ですね、三項でしょう。三六連隊としては、その状態を見て出たわけでしょう、もう要請とかなんとかじゃないですから。そうでしょう。それは、どこでどういう情報に基づいてだれが判断してその四十八名が出たのか。  その前に、そのとき四十八名出だけれども、阪神基地隊では人が集まらない、司令もおらぬという状態だったわけですが、この三六連隊では六時三十分に全員非常呼集がかけられましたね。かけたときには、隊内には大体どれぐらいいて、全員呼集やってから隊員が集まるのは、三六連隊では、何人ぐらいおったか、どうなったのかということを聞きたいのです。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 三六連隊は、発災十分後に連隊長の判断によりまして非常呼集をかけております。  人数の集まりぐあいにつきましては、人事局長の方から報告させます。

萩次郎防衛庁人事局長

○萩政府委員 伊丹にございます三六普通科連隊でございます。現員は約八百四十名ほどおりますが、学校に入校しておる者等を除きますと、そのときの現在員と申しますか、これは約七百二十名ということで、その前日の夜には約二百名が所在をしておったと報告を受けております。その十七日の地震発災直後、外出しておりました者も帰っていたということで、およそ三百五十名弱が部隊に待機をし、そして七時の時点で約四百五十名が集合をしたということで、その後、八時少し前に災害派遣として出動した、こういう状況でございます。

東中光雄日本共産党

○東中委員 そうすると、この出動の段階では、近傍で伊丹駅のことはわかった。ところが、この段階になりますと、西宮も芦屋も倒壊がいっぱい起こっているということがもうわかっていますね、当然。そういうのに対する近傍救援という格好でその部隊長は判断しなかったのかどうか。もう四百人か五百人か集まっているのですから。四十八名にして伊丹駅へは行った。ほかで倒壊した、もうじゃんじゃん出ていたわけですね。もう高速道路の倒壊まで出ていたのですから。あんな遠いところではなくて、すぐ伊丹の近傍ですよ。それに派遣はしなかったのですか。なぜ伊丹駅だけ四十八名出して、ほかは派遣しないんだと。

村田直昭防衛庁防衛局長

○村田(直)政府委員 自衛隊は、まずその前に、発災と同時に非常呼集をかけ、ヘリコプターを二機、陸上自衛隊が飛ばして偵察を行うという行為をしています。それから海上自衛隊については、やはり同じようにヘリコプターを飛ばして淡路島等の状況を偵察しているというほかに、先生が御指摘の七時五十八分に第一回目の、三六普通科連隊が近傍派遣ということで四十八名を出しておりますが、さらに八時二十分の段階で第二回目の近傍派遣ということで、二百六名の隊員を西宮の市民病院の裏の災害現場に出動をして人命救助に当たっておるということでございます。

東中光雄日本共産党

○東中委員 それは知っているのです。だから、西宮も伊丹も近傍だということで派遣されているわけでしょう。その市民病院の付近だけじゃなくて、もう芦屋も宝塚も同時に起こったのですからね、大体が。だから、それを見たら、それこそ全力を挙げて派遣すべきじゃなかったのかということを私は言いたいわけです。  それが、今度は伊丹の三六普通科連隊のつかんでいる範囲でいつでも、救援というのは、この際、大変な事態、人命救助で大変なんだから、だから要請が必要だというような問題じゃなくて、もっとやらなければいけなかったのじゃないか。  そのほかに、それと同じような状況の把握というのは、その近辺にいた師団ですね。例えば第一三師、第一〇師団、(玉沢国務大臣「第三師団」と呼ぶ)第三師団、それから第二混成因、こういったところですね。これはやはりあれだけの情勢がわかってきたら、テレビでどんどん報道されているんだから、それで近傍だということで現に動いているんでしょう。(「動いてない」と呼ぶ者あり)いやいや、西宮まで行っていますがな。伊丹も行っていますがな。同じ近傍の宝塚はもっと近いかもしれない、あるいは芦屋だってひどいのが起こっていましたよ。そういう格好で、近傍ということで行けるんやけれども、ただし書きの方は発動しない、要請がなかったから。十時になって、要請されて初めて行くんだ。要請が遅かったんだというようなことを非難するような形で出されているけれども、そうじゃないじゃないですかもっとやはりやれたじゃないかということを私は言っているのです。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 委員も地図を見てよく御理解をいただきたいと思いますが、第一三師団は広島におるわけでございます。そこから近傍災害といたしましても一日以上かかる、これは御理解をいただけると思います。第一〇師団は名古屋におるわけでありますが、まあこれは近いといたしましても、確かにその夜までには何名か急行されております。香川の第二混成団でございますが、これは当日のうちに淡路島に派遣をされておるわけでございます。  したがいまして、近傍災害、こういうことでございますが、かなり遠方におったということを理解をしないで、地図で見れば確かにすぐそばのように見えますけれども、かなり距離が何百キロメーターも離れているということを理解した上で近傍災害ということを言っていただきたいと思います。

東中光雄日本共産党

○東中委員 僕が言っているのは、近傍災害で出動しなければいけないという態勢があって、三六連隊は二隊で行っても、伊丹駅と西宮は行くけれども、芦屋へ行くのは要請が来てから行っていますよね。何でそんなことをするんだと。もちろん、やれることをやったら、情勢をつかんだら、偵察機を出さなくたって、それぞれの師団、関係のところは、第三師団も含めて構えるということをすべきじゃないか。少なくともその日のうちに、もう十時には今度は要請来ているわけですから。それは姫路へ言ったにしろ、陸上自衛隊全体に言っていることになりますね。そういう態勢ですぐ準備に入るべきではなかったか、そういう点でやはり不十分なんではなかったかということを私は言いたいわけです。遠いところとか遠方とかじゃないです。ただし書きじゃなくて、十時からはもうただし書きじゃないのですよ、二項ただし書きじゃなしに二項本文でしょう。

玉沢徳一郎自由民主党・自由連合防衛庁長官

○玉沢国務大臣 地域防災計画によりますと、それぞれの地方自治体に派遣要員を出して連絡を取り合ってやるということになっております。西宮と伊丹の場合はできるだけその情報が早く来たと私は見ておるわけです。芦屋の場合はすぐ連絡がとれなかったものですから、派遣要員を出しまして、そしてその状況を見て部隊を派遣しておる、こういうことでございますから、決しておくれてはない、こう思っております。

東中光雄日本共産党

○東中委員 知事の要請が遅かったから、だから発動ができなかったんだというのは、それは違いますよ。盛んにそういうことが言われていますからね。それで、知事の発動が遅かったから、だから今度はただし書きでいけということを言われているけれども、私としては、ただし書きでいくのがいいかどうかというのは、それはもうやむを得ない場合のことで、だからそれをどうこう言っているのではないのです。やはり、実際人命救助ということが非常に大切なんだということ、それがこの場合の任務なんだ。「救援」と書いていますからね。消防、防災と書いてないのです。消防、防災を自衛隊がやるようなことを、それもできるように、自衛隊が何でもできるようにというような、こんなことを言い出したら、これはもう大変な暴論になってしまうわけです。しかし、それがまかり通っているのです。  この知事からの要請ですね、要請した場合の救援活動の内容、要請してきた内容、ちょっと示してください。

村田直昭防衛庁防衛局長

○村田(直)政府委員 知事から要請をしてきた内容でございますが、これは被災者の救出、炊き出し、給水、医療、防疫、人員及び物資等の緊急輸送、避難住民の救援施設の設営、その他の救援活動ということでございます。  また、今のは陸上自衛隊でございますけれども、海上自衛隊につきましては……。

東中光雄日本共産党

○東中委員 いや、もうそれだけでいいです。だから、陸上自衛隊の言われているのが、これが基本ですので。自衛隊の救援の任務というのはこういうことなんだから。  ところが、あのときは十万戸の建物が倒壊したのですからね、損壊したという発表ですから。だから、救出というのは、下敷きになってその中で動けなくて火事でやられたということもありますけれども、大体倒壊なんだから、その救援というのは、これこそ自衛隊が何をおいてもあのときに全力を尽くすべきだと思うのですけれども、十時以後、自衛隊全体として、その日のうちに、救出、炊き出し、その他を含めて、それで参加された部隊は十七日中に何人いましたか。

村田直昭防衛庁防衛局長

○村田(直)政府委員 先ほど申し上げましたように、初日の十七日に全体として派遣された者は約二千三百名でございますが、実際に各駐屯地まで集まってくる時間、先ほど大臣から御説明しましたように、広島でありますとか名古屋でありますとかそういうところから来る部隊ございますから、主としてその日のうちに今言ったような任務についてきましたのは三師団でございまして、これがおおむね千六百名程度の人員でございます。

東中光雄日本共産党

○東中委員 その日、結局二千三百人なんですね。これは、遊んでおられたと言っているのじゃないのです。全力を挙げられたと思うのですよ。それは短時間の急なことですから。しかし、実際上の被害の程度が十万戸倒壊という事態であったから、これじゃとてもじゃないがいかぬわけですね。私、現地へ行ったときに、自衛隊の人に若干会いましたけれども、四日後になって救出された人もいますね、七十九歳の人が二人も救出された。その間で圧死して死んでしまった人もいるし、ここのところが緊急の態勢なんだということを思うのです。  二十三日の資料をいただきましたけれども、第一三師団は四千百人、それから第一〇師団が三千八百人、それから第二混成団が五百六十人、それから第三師団が三千九百人、その他航空とかいろいろありますけれども、直接救出なんかに行く人は、これだけの人がどっと、だからこういうのがさあっと行って最初にやれたらということを私は現地へ行って、悲惨な状態を見ておって思いましたよ。そういうところこそ私たちとしては今度の教訓にせないかぬのじゃないか。単なる有事態勢というようなことを言って、自衛隊が偵察したってわかりゃせぬですよ。現場の警察、消防が地域をよく知っているのであって、それと連携しながら行くわけでしょう。そういうのが任務なんだ。  それから、医療の問題でも私は非常に遅かったと思いますよ。現場では、東灘区、長田区なんというのは半分ぐらい民間の医者がやられているのですからね。だから、大変な状態が起こっているというところへ、自衛隊がさっと医療部隊を持っていくとかいうことが機敏にやられたらと思っております。  そういう点で、変に自衛隊が消防、防災の中心部隊になるような、そういうふうな装備とかなんとかいうようなことに発展するのは、これは間違いだ。本来の消防なり防災なりの部隊をちゃんとせないかぬのです。せないかぬところを、自衛隊にしわ寄せするというのは間違いだ。自衛隊はオールマイティーじゃない。オールマイティーにしてはいかぬのだというのが私たちの主張でございます。  終わります。

神田厚新進党

○神田委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午後四時七分散会

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