本会議 第14号
- 発言数
- 45 件
- 登壇者
- 17 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1994/12/01
会議録
○議長(土井たか子君) これより会議を開きます。 ————◇————— 日程第一 オゾン層を破壊する物質に関する モントリオール議定書の改正の受諾につい て承認を求めるの件(第百二十九回国会、 内閣提出、参議院送付) 日程第二 国際産気通信連合憲章及び国際電 気通信連合条約の締結について承認を求め るの件(第百二十九回国会、内閣提出、参 議院送付) 日程第三 国際電気通信連合憲章、国際電気 通信連合条約及び業務規則に係る紛争の義 務的解決に関する選択議定書の締結につい て承認を求めるの件(第百二十九回国会、 内閣提出、参議院送付) 日程第四 千九百九十三年の国際ココア協定 の締結について承認を求めるの件(第百二 十九回国会、内閣提出、参議院送付)
○議長(土井たか子君) 日程第一、オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書の改正の受諾について承認を求めるの件、日程第二、国際電気通信連合憲章及び国際電気通信連合条約の締結について承認を求めるの件、日程第三、国際電気通信連合憲章、国際電気通信連合条約及び業務規則に係る紛争の義務的解決に関する選択議定書の締結について承認を求めるの件、日程第四、千九百九十三年の国際ココア協定の締結について承認を求めるの件、右四件を一括して議題といたします。 委員長の報告を求めます。外務委員長菅直人さん。 ————————————— オゾン層を破壊する物質に関するモントリオー ル議定書の改正の受諾について承認を求める の件及び同報告書 国際電気通信連合憲章及び国際電気通信連合条 約の締結について承認を求めるの件及び同報 告書 国際電気通信連合憲章、国際電気通信連合条約 及び業務規則に係る紛争の義務的解決に関す る選択議定書の締結について承認を求めるの 件及び同報告書 千九百九十三年の国際ココア協定の締結につい て承認を求めるの件及び同報告書 〔本号末尾に掲載〕 ————————————— 〔菅直人君登壇〕
○菅直人君 ただいま議題となりました四件につきまして、外務委員会における審査の経過及び結果を御報告申し上げます。 初めに、モントリオール議定書の改正につきまして申し上げます。 オゾン層の保護を目的とするウィーン条約を補完するため、昭和六十二年にモントリオール議定書が作成されました。同議定書は、平成二年の改正を経、平成四年十一月二十五日のコペンハーゲン会合において、さらに規制措置の強化を図るための改正が行われました。 本改正は、オゾン層保護のために規制すべき物質の範囲を拡大し、特定の物質については、消費と生産を一定期間内に全廃すること等について規定しております。 次に、国際電気通信連合憲章及び同条約並びに選択議定書について申し上げます。 本憲章及び条約は、平成四年十二月、現行の国際電気通信条約にかわる恒久的文書として、ジュネーブにおいて作成されたものであります。憲章には、連合の目的、組織、分担金の拠出義務等基本的性格を有する規定が、条約には、連合の組織に関する細目等一定の間隔で改正を要する可能性がある規定が、それぞれ定められております。 また、選択議定書は、憲章及び条約が作成された際に、同じく恒久的文書として作成し直されたものであり、憲章、条約及び業務規則の解釈または適用に関する紛争を、一万の当事国の請求により、義務的仲裁に付することができるようにするものであります。 最後に、国際ココア協定について申し上げます。 本協定は、世界のココア市場の安定に寄与することを目的とする千九百八十六年の国際ココア協定が平成五年九月に失効するのに伴い、新協定の作成交渉が行われた結果、平成五年七月十六日にジュネーブで開催された国際連合ココア会議において採択されたものであります。我が国は、平成六年二月、この協定を暫定的に適用する旨の通告を寄託者に対して行っております。 本協定は、協定の実施機関である国際ココア機関並びにココアの市場安定手段である生産管理計画及び消費振興のための措置等について規定しております。 以上四件は、第百二十九回国会に参議院から送付され、今国会に継続されたものであります。 四件について、去る十一月二十八日、提案理由の説明を省略し、質疑を行い、引き続き採決を行いました結果、四件はいずれも全会一致をもって承認すべきものと議決した次第であります。 以上、御報告申し上げます。(拍手) —————————————
○議長(土井たか子君) 四件を一括して採決いたします。 四件は委員長報告のとおり承認するに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(土井たか子君) 御異議なしと認めます。よって、四件とも委員長報告のとおり承認することに決まりました。 ————◇————— 日程第五 日本放送協会平成二年度財産目 録、貸借対照表及び損益計算書 日程第六 日本放送協会平成三年度財産目 録、貸借対照表及び損益計算書、
○議長(土井たか子君) 日程第五、日本放送協会平成二年度財産目録、貸借対照表及び損益計算書、日程第六、日本放送協会平成三年度財産目録、貸借対照表及び損益計算書、右両件を一括して議題といたします。 委員長の報告を求めます。逓信委員長高橋一郎さん。 ————————————— 日本放送協会平成二年度財産目録、貸借対照表 及び損益計算書及び同報告書 日本放送協会平成三年度財産目録、貸借対照表 及び損益計算書及び同報告書 〔本号末尾に掲載〕 ————————————— 〔高橋一郎君登壇〕
○高橋一郎君 ただいま議題となりました両件について、逓信委員会における審査の経過及び結果を御報告申し上げます。 両件は、放送法第四十条第三項の規定に基づき、会計検査院の検査を経て内閣より提出された日本放送協会の決算であります。 まず、平成二年度決算について申し上げます。 財産目録及び貸借対照表によりますと、一般勘定の資産総額は四千六百十七億円、これに対し、負債総額は二千五百三十三億四千万円、資本総額は二千八十三億六千万円であります。 損益計算書によりますと、一般勘定における経常事業収入は四千八百八十四億七千万円、経常事業支出は四千四百二十四億一千万円であり、これに経常事業外収支差金等を加えた当期事業収支差金は三百六十六億円となっております。 次に、平成三年度決算について申し上げます。 財産目録及び貸借対照表によりますと、一般勘定の資産総額は五千五十八億六千万円、これに対し、負債総額は二千三百七十四億八千万円、資本総額は二千六百八十三億七千万円であります。 損益計算書によりますと、一般勘定における経常事業収入は五千二百三十億四千万円、経常事業支出は四千七百九十五億八千万円であり、これに経常事業外収支差金等を加えた当期事業収支差金は六百億一千万円となっております。 両件につきましては、「検査の結果記述すべき意見はない。」旨の会計検査院の検査結果がそれぞれ添付されております。 本委員会におきましては、去る十一月九日、両件につきまして郵政大臣及び日本放送協会から説明を聴取し、質疑を行い、同日質疑を終了し、昨十一月三十日採決の結果、平成二年度決算は賛成多数をもって、平成三年度決算は全会一致をもって、いずれも異議がないものと議決した次第であります。 以上、御報告申し上げます。(拍手) —————————————
○議長(土井たか子君) これより採決に入ります。 まず、日程第五につき採決いたします。 本件の委員長の報告は異議がないと決したものであります。本件を委員長報告のとおり決するに賛成の皆さんの起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○議長(土井たか子君) 起立多数。よって、本件は委員長報告のとおり議決いたしました。 次に、日程第六につき採決いたします。 本件の委員長の報告は異議がないと決したものであります。本件は委員長報告のとおり決するに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(土井たか子君) 御異議なしと認めます。よって、本件は委員長報告のとおり議決いたしました。 ————◇—————
○山本有二君 議事日程追加の緊急動議を提出いたします。 議院運営委員長提出、衆議院規則の一部を改正する規則案は、委員会の審査を省略してこれを上程し、その審議を進められることを望みます。
○議長(土井たか子君) 山本有二さんの動議に御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(土井たか子君) 御異議なしと認めます。よって、日程は追加されました。 ————————————— 衆議院規則の一部を改正する規則案(議院運 営委員長提出)
○議長(土井たか子君) 衆議院規則の一部を改正する規則案を議題といたします。 委員長の趣旨弁明を許します。議院運営委員長中村正三郎さん。 ————————————— 衆議院規則の一部を改正する規則案 〔本号末尾に掲載〕 ————————————— 〔中村正三郎君登壇〕
○中村正三郎君 ただいま議題となりました衆議院規則の一部を改正する規則案につきまして、提案の趣旨を御説明申し上げます。 今回の改正は、国会改革の一環として、委員会議録等の議院外への持ち出し禁止に関する衆議院規則第五十八条を削除しようとするものであります。 本条文は、委員会議録等の取り扱いに関して現状と合致しないため、削除することについて、議会制度に関する協議会で協議を行い、合意を見た次第であります。 本規則改正案は、本日の議院運営委員会において起草、提出したものであります。 何とぞ議員各位の御賛同をお願いいたします。(拍手) —————————————
○議長(土井たか子君) 採決いたします。 本案を可決するに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(土井たか子君) 御異議なしと認めます。よって、本案は可決いたしました。 ————◇————— 臓器の移植に関する法律案(第百二十九回国 会、森井忠良君外十二名提出)の趣旨説明
○議長(土井たか子君) この際、第百二十九回国会、森井忠良さん外十三名提出、臓器の移植に関する法律案について、趣旨の説明を求めます。提出者森井忠良さん。 〔森井忠良君登壇〕
○森井忠良君 ただいま議題となりました臓器の移植に関する法律案について、提出者を代表いたしまして、その趣旨を御説明申し上げます。 欧米諸国では、既に脳死をもって人の死とすることが認められており、脳死体からの臓器移植は日常的な医療として完全に定着をしており、毎年八千件を超える心臓や肝臓の移植が行われているのでございます。その成績も、新しい免疫抑制剤の開発などにより年々向上しており、多くの患者がこの医療の恩恵を受けているのでございます。 一方、我が国においては、脳死は人の死か、脳死体からの臓器移植は認められるのかについて議論が続けられており、その間にも臓器移植以外では助からない多くの患者は、迫りくる死の影におびえつつ、移植を受けることができる日を一日千秋の思いで待ちわびながら無念の涙をのんでおられるのが現状でございます。ごく一部の方は移植を受けるために海外に渡航しておられますが、海外においても多くの患者が移植を待っており、外国人である我が国の患者に対する門戸も徐々に狭まってきていると聞いております。こうしたことから、患者やその家族からは、我が国においても脳死体からの臓器移植の道を開いていくことが強く求められているのでございます。 このような状況のもとで、平成二年に臨時脳死及び臓器移植調査会が内閣総理大臣の諮問機関として設置され、二年間にわたる審議の結果、平成四年一月には、脳死を「人の死」とすることについては概ね社会的に受容され合意されているといってよい」とした上で、一定の条件のもとで脳死体からの臓器移植を認めることを内容とする答申が提出されました。しかしながら、その後も、臓器移植に関する法制が整備されていないこと等のため、脳死体からの臓器移植は現実には行われておりません。 我が国においても、心臓、肝臓等の移植医療を国民の理解を得つつ適正な形で定着させ、人道的見地に立って移植を待つ患者を一人でも多く救済できるようにしていくためには、脳死体から臓器を摘出できることを明確にするとともに、臓器提供の承諾を初めとする臓器の移植に関する手続や臓器売買の禁止など、総合的な観点からのルールづくりが必要であります。もとより臓器提供者となられるのは、可能な限りの医療が尽くされたにもかかわらず不幸にして回復されず、厳密な判定基準に基づき脳死と判定された方でありますが、このルールづくりの際には、移植を待つ患者を救うことと同時に、臓器提供者の側への配慮も忘れてならないことは言うまでもございません。 そこで、これらの内容を盛り込んだ法律を制定することがぜひとも必要であると考え、ここにこの法律案を提出した次第でございます。 なお、この問題につきましては、超党派の生命倫理研究議員連盟や各党各会派の代表者から成る脳死及び臓器移植に関する各党協議会などの場で検討協議が重ねられてまいりましたが、この法律案も、本年一月、同協議会において取りまとめられたものでございます。その際、同協議会におきましては、この問題は人の生死という極めて重大な事柄にかかわる問題なので、国会の場で開かれた形で十分審議を行う必要があるとの共通の認識があったことを申し添えさせていただきます。 以下、この法律案の主な内容について御説明を申し上げます。 まず第一に、この法律は、移植医療の適正な実施に資することを目的とすることとしております。 第二に、臓器の提供に関する本人の意思は尊重されるべきことや、臓器の提供は任意にされたものでなければならないことなど、臓器移植の基本的理念を定めております。 第三に、医師は、臓器提供についての承諾がある場合には、移植術に使用するため、脳死体を含む死体から臓器を摘出することができることといたしております。ここで、脳死体とは「脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定された死体」をいい、その判定は、一般に認められた医学的知見に基づき厚生省令で定めるところにより行うこととしております。 第四に、臓器提供の承諾について、本人が提供の意思を書面により表示していた場合で遺族が拒まないときは臓器の摘出ができること、本人が提供を拒否していたときは臓器の摘出ができないこと、それ以外の場合は遺族が書面で承諾しているときは臓器の摘出ができることとしております。 第五に、臓器売買及び臓器の有償あっせんについては、これを禁止することといたしております。 第六に、業として臓器のあっせんをしようとする者は、厚生大臣の許可を受けなければならないことといたしております。 このほか、この法律の施行後五年を目途として検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるべき旨等を規定するとともに、この法律の制定に伴い現行の角膜及び腎臓の移植に関する法律は廃止することといたしております。 なお、この法律の施行期日は、公布の日から起算して三月を経過した日といたしております。 以上が、この法律案の趣旨でございます。 何とぞ、慎重かつ十分御審議の上、速やかに御可決くださいますようお願いを申し上げます。(拍手) ————◇————— 臓器の移植に関する法律案(第百二十九回国 会、森井忠良君外十三名提出)の趣旨説明 に対する質疑
○議長(土井たか子君) ただいまの趣旨の説明に対して質疑の通告があります。順次これを許します。山口俊一さん。 〔山口俊一君登壇〕
○山口俊一君 私は、ただいま議題となりました臓器の移植に関する法律案につきまして、提出番及び関係大臣に質問をいたします。 脳死と臓器移植の問題は、近年ますます高度化、複雑化する医療が、人々の生命観、倫理観に投げかける本当に難しい問いの一つであると痛感をいたしております。 他の多くの国々がこの困難な問題を乗り越え、望ましい形での移植医療のあり方を模索する中で、我が国は、二十六年前のいわゆる和思臓移植以来、医療に対する人々の不安感、不信感の象徴として、この問題に関する論議をタブー視する傾向さえ見られたと言っても過言ではなかったと思います。 しかしながら、医療は直接私たちの生命、身体にかかわる問題であり、また、今このときにも、移植以外には助かる道のない多くの患者の方々が、明日をも知れぬ命の灯を懸命にともしながら移植が受けられる日を待ち続けておられることを、決して私たちは忘れてはならないと考えております。 私は、我が国の患者の方が移植を受けるために海外に獲られるという話を聞くたびに、その方の手術の成功を心からお祈りいたしておりますが、同時に、我が国が世界に冠たる医療先進国と称しながら、日本人は外国人の臓器をもらうことには一片の疑問も抱かないが、日本人の臓器となると話は別となるというのは、何と身勝手な国民なのかと受け取られかねないことに強い危惧を抱いております。 また、私は、去る三月、衆議院欧米各国の脳死等医療問題に関する調査議員団の一員として、欧米における脳死・臓器問題について調査をさしていただきました。既に諸外国でも多くの方々が移植を待っており、いつまでも我が国が外国に依存をするわけにもいかないのではないかと強く感じました。その意味でも、この問題の解決は今や喫緊の課題であり、いたずらに結論を先延ばしにすることは人道的な見地からも許されないものと考えております。 言うまでもなく、この問題は、脳死を人の死と認めてよいかという点が最も大きな論点の一つであります。まず、この点についての提出者の基本的な考え方をお聞かせいただきます。 既に、いわゆる脳死臨調においては、二年間にわたる審議の結果、脳死は人の死との答申を出されたわけですが、いまだ国民の間には脳死についてさまざまな考え方が存在をし、脳死を人の死とせずとも、本人の書面による同意があれば脳死体から臓器を摘出しても許されるとする考え方もありますが、この考え方に対する提出者の明確な見解をお示しいただきたいと思います。 次に、脳死を死と受け入れることにちゅうちょする方々への配慮という問題についてお尋ねをいたします。 御承知のように、脳死とは、脳の機能は不可逆的に停止をしてしまったが、人工呼吸器の力により心臓は動き続けておる状態であり、外見上は眠っておるように見えるとさえ言われております。また、脳死は、長期間入院をしておった方々が陥るケースよりは、クモ膜下出血等の病気や交通事故等普通に生活をしていた人が突然脳死となってしまうケースが多く、従来の心臓死に比べ、遺族にとって受け入れにくい、頭ではわかっていても気持ちでは納得するのに時間のかかる死であると言えます。 したがって、私は、脳死が真に国民の間に定着をするためには、脳死を死と受け入れることにちゅうちょする方々への配慮が必要不可欠であると考えております。この点について提出者の御所見を求めます。 次に、臓器移植の実態についてお伺いをいたします。 諸外国においては、脳死体からの移植医療は日常的な医療として定着をしていると聞いております。諸外国における脳死体からの臓器移植の数及びその実績はどうか。我が国においては角膜や腎臓などの移植は現在行われていますが、諸外国並びに我が国における脳死体からの移植医療についてどのように評価をしておられるのでしょうか。提出者の基本的なお考え方をお伺いいたします。 我が国では脳死からの移植の問題がこれほど論議を呼んでいるのは、この医療が、現代の医療全般に対する人々の不信感、不安感の一つの象徴として見られているという部分もあるのではないかと思います。移植は、一般の国民からの善意の臓器提供が前提であるため、国民の信頼感がより一層求められるところであり、その意味で医の倫理の確立が急務であると考えます。この点について厚生省としてどのように対応していくのか、厚生大臣の御答弁を求めます。 また、この問題に関し脳死と並ぶ大きな論点の一つは、臓器提供における本人と遺族の意思の取り扱いの問題であります。 法案の第二条に、「基本的理念」として、本人意思の尊重、臓器提供の任意性等がうたわれていますが、本人の諾否の意思が明らかな場合、それを最大限に尊重することは当然であり、また、臓器提供の強制等があってはならないことは論をまたないところであります。 ただ、本人の意思を尊重することは、必ずしも遺族の意思を全く排除するということではないと考えます。そもそも遺族が臓器提供について考えるときに、本人の気持ちを全く考慮しないで判断することは考えにくいところであり、臓器提供の承諾に当たっては、本人の意思が文章等により明らかでない場合であっても、遺族が諸般の事情から本人の提供の意思を認めている場合には、臓器の提供を認めてもいいのではないかと考えます。ただ、一方で、本人の意思が安易にそんたくされることがあってはならず、そんたくが認められるケースについては、きちんとしたルールをつくっておく必要があると考えます。この点について提出者の見解を伺います。 また、その際、間違っても臓器の提供が強制をされるようなことがないよう十分な配慮が必要と考えますが、どのようにしてこれを担保するつもりなのか、明確な答弁を伺います。 先般、新聞報道で、脳死者から腎臓を摘出し、移植をした例が公表されておりました。このようなことから見ても、早くルールをつくらなければなりません。また、腎臓の売買をあっせんしようとする業者などについての報道もありましたが、現行の角膜及び腎臓の移植に関する法律では、臓器の売買は禁止されておりません。このようなことが起こらないようにするためにも、取り締まりのための法律の整備が早急に求められます。 私は、今回の法案の審議が、国会議員一人一人が自己の良心と信念に従って、よりよい形の法案となるよう虚心坦懐に議論をし、また、そのことを通じて国民にこの問題について考えていただく、これがまさにこの問題を解決する最も近い道と言えるのではないでしょうか。 ちなみに、この法案が提出をされた去る四月以降、本年既に四人の方が海外で心臓移植を受けられました。そして、移植を待ちながら数多くの方々が亡くなられたやに聞いております。一日も早い本格的な議論が求められるゆえんであり、国民の命を守る国会の責務でもあろうと考えます。 最後に、脳死臨調は、二年間の審議の結論として、「「人の死」についてはいろいろな考えが世の中に存在していることに十分な配慮を示しつつ、良識に裏打ちされた臓器移植が推進され、それによって一人でも多くの患者が救われることを希望する」と、その答申を締めくくっております。私の思うところも全くこれと一であると申し上げて、私の質問を終わります。 御清聴ありがとうございました。(拍手) 〔自見庄三郎君登壇〕
○自見庄三郎君 山口俊一議員にお答えをいたします。 脳死を人の死として認めることについてのお尋ねでございますが、脳死とは、御案内のように、脳の機能が全体として不可逆的に停止していることであり、脳の外傷、出血あるいは窒息などの原因により起こりまして、全死亡者のうち、脳死を経た後、心停止となる者は約一%でございます。諸外国では、多くの国々で脳死をもって人の死とすることが定着していると承知をいたしております。 また、我が国の脳死臨調におきましても、まず、脳死は「もはや「人の生」とは言えないとするのが、わが国も含め近年各国で主流となっている医学的な考え方」といたしております。さらに、社会的にも法的な観点からも、「脳死をもって「人の死」とすることについては概ね社会的に受容され合意されているといってよいものと思われる。」としているところでございます。提出者といたしましては、そのように考えている次第でございます。 次に、脳死を人の死とせずに、本人の書面による同意があれば脳死体からの移植が許されるという考え方についてのお尋ねでございますが、これについては次のような問題があり、採用できないと考えております。 すなわち、脳死を人の死とする立場をとらない以上、脳死判定を受けた方は生きているということになり、その方から生命維持に必須の臓器でございます心臓や肝臓を摘出する行為は、当然、殺人罪あるいは承諾殺人罪に当たることになります。これらを許容するような立法は、事柄の重大性にかんがみて極めて困難ではないかというふうに考えております。 また、レシピエント、すなわち臓器移植を受ける人でございますが、その方の生命を救うためであれば、脳死判定を受けた者から心臓や肝臓を摘出してその生命を奪うことも許されるという考え方は、本来平等であるべき生命の価値に軽重をつけることになるわけでございます。 さらに、死とされていない状態の者から臓器の摘出を行うことは、これまでの医のモラルから見て到底認められないとの批判が出てくるところでもございます。 また、脳死を人の死とする立場をとらないとしますと、脳死体については、刑事訴訟法上の死体であることを前提とした検視等ができず、必要な捜査が行われる前に臓器摘出が行われて、証拠が散逸し悪質凶悪犯を見逃すという不正義が発生するおそれがございます。 以上のような理由から、脳死を人の死とせずに脳死体からの移植が許されるという考え方をとることは困難であるというふうに考えるものでございます。ちなみに、御指摘のような考えに立った立法は外国ではないというふうにお聞きをいたしております。 次に、脳死を受けることにちゅうちょする方々への配慮についてのお尋ねでございますが、この点についても我々で議論を重ねたところでございます。 その結果、まず、脳死判定は家族の理解を得て行われることが望ましいとの考え方から、運用上、脳死判定を終えるまでに、家族に対し脳死について理解が得られるよう必要な説明を行うことといたしました。 また、脳死が人の死ということになれば、脳死判定後は保険の給付が打ち切られ、経済的な面から人工呼吸器の取り外し等が行われざるを得なくなるのではないか、こういう疑問もありますが、このことに関しまして、健康保険法等の規定に基づく医療の給付に継続して脳死体への処置がされた場合には、当分の間、当該処置は当該医療の給付としてなされたものとみなすということにしているところでございます。 次に、諸外国における脳死体からの臓器移植の現状等についてのお尋ねでございますが、諸外国では毎年、心臓移植が三千件以上、肝臓移植が五千件以上行われており、その成績も、心臓移植の五年生存率が約七〇%、肝臓移植が四年生存率で六四%であり、このうちかなりの方々が日常生活に復帰されるなど、欧米諸国では移植医療は日常的な医療として定着しております。このことは、私も、三月に衆議院欧米各国の脳死等医療問題に関する議員調査団の一員としてドイツ、イギリス、アメリカの実情を調査させていただきましたが、実感したところでございます。 こうした点を考えれば、善意、任意の臓器提供意思に基づき、移植を必要とする人が一人でも多く救済される方途を講じていくことが、今後の移植医療のあるべき基本的な方向であると考えております。 以上でございます。(拍手) 〔桝屋敬悟君登壇〕
○桝屋敬悟君 続きまして、山口議員の質問にお答えをいたしたいと思います。 本人意思のそんたくについてのお尋ねでございます。 臓器提供における本人と遺族の意思の取り扱いにつきましては、本人の意思が不明な場合、本人の意思をそんたくするについて最もふさわしい立場にある近親者が、肉親としての人間関係を前提として、本人の生前の行為等も含めて総合的に判断することが、諸外国の立法例などから見まして適当ではないかと考えたものでございます。 ただ、この法案が提案されましてから、各方面からさまざまな意見が出されております。よく承知をいたしております。その中でも、臓器提供の承諾の問題は一つの大きなポイントではなかろうかと考えております。そういう意味で、国会におきまして十分な御審議をいただければと考えておるところでございます。 次に、臓器の提供が強制されることがないようにするための担保の問題でございます。 臓器の提供については強制があってはならない、このように考えておりまして、この法案の「基本的理念」の中に臓器提供の任意性が掲げられております。また、各党協議会における論議を受けまして、厚生省のワーキンググループにおいて、そんたくについてのルールも含め、臓器提供の任意性の担保、強制の排除等を盛り込んだ指針骨子案が取りまとめられているところでございます。 以上でございます。(拍手) 〔国務大臣井出正一君登壇〕
○国務大臣(井出正一君) 山口議員にお答えをいたします。 私に対しての御質問は医の倫理についてでございますが、移植医療等の医学の進歩に伴い、医の倫理の確立は大変重要になってきております。しかしながら、この問題は人間の生命観、倫理観に直接かかわる事柄でありまして、行政施策のみならず、医療関係者を初め国民全体の広範な議論が必要であると考えております。 なお、脳死臨調の答申におきましても、医療に対する信頼を確保するための医学界、医療界の自主的な取り組みが求められているところでありまして、関係学会においても移植医療の倫理について検討が行われていると承知しており、このような取り組みがさらに活発になることを期待したいと考えております。(拍手) —————————————
○議長(土井たか子君) 塚田延充さん。 〔塚田延充君登壇〕
○塚田延充君 私は、ただいま議題となりました臓器の移植に関する法律案について、提出者及び厚生大臣に質問いたします。 私は、平成四年一月、臨時脳死及び臓器移植調査会、いわゆる脳死臨調の答申が出されたとき、これで我が国でもようやく病気に苦しむ人を助けたいという無償の善意を生かす道筋がつくられたとの思いを抱きました。多分、移植だけを頼りに、わらにもすがる思いで待っておられた患者とその御家族の方々、そして技術も設備も整いながら、断腸の思いでただ患者が亡くなっていくのを見守ることしかできなかった医療現場の方々も同じ思いであったろうと思います。しかし、あれから二年以上たった今も脳死体からの移植手術は行われておりません。 他方、諸外国では脳死体からの移植が行われており、日本人で外国へ渡航され移植を受けられた方もかなりおられ、国民の間に、なぜ我が国で移植手術ができないのかという点について疑問の声があるのも事実であります。 さて、移植を必要とされる患者は、大体余命が一年未満の方だと聞いております。もしこれまで移植が行われなかった理由の一つが移植に関する法制の未整備にあるのであれば、脳死臨調の答申に一筋の光を見出したにもかかわらず、今なおその思いを果たせないでいる患者の無念さに心をいたすとき、私は身の引き裂かれるような重い責任を痛感するのであります。こうした思いから、私は、脳死及び臓器移植に関する各党協議会において、この問題を望ましい形で解決すべく微力を尽くしてまいってきたところであります。 そこで、まず脳死についてお尋ねいたします。 脳死は人の死か、これが脳死・臓器移植に関して最初にぶつかる問題であり、そして最大の問題であります。私は、本年三月、衆議院欧米各国の脳死等医療問題に関する調査議員団の一員として、この問題について諸外国の状況をつぶさに見てまいりました。訪問した英国などでは、脳死は人の死とされており、脳死判定後は通常、人工呼吸器を停止するとのことでしたが、我が国及び諸外国の医学界においては脳死についてどのような見解を持っているのか、厚生大臣にお伺いいたします。 私自身は、諸外国の状況や脳死臨調等での検討からも、脳死は人の死と考えてよいのではないかと思っておりますが、初めは、脳死を人の死と思えない方々に十分配慮しながら事を進めていくべきだと考えます。脳死を人の死とすることに反対される方々の中に、この法案が成立して広く脳死が人の死として取り扱われるようになると、脳死判定後は医療費の保険給付が打ち切られ、人工呼吸器も外されることになるのではないかとの不安の声も聞かれます。この点について、提出された法案においてはいかなる対応が考えられているのか、明確に提出者のお考えを伺いたいと存じます。 次に、臓器移植についてお伺いします。 先ほど申し上げた衆議院の調査団が訪問した国では、米国では毎年、心臓移植が約二千件、肝臓移植が約三千件行われており、ドイツではともに約五百件、イギリスでは心臓移植が約三百件、肝臓移植が約五百件行われており、文字どおり日常的な医療として完全に定着しているとの印象を受けました。そこで、世界全体でこれらの臓器移植がどの程度行われ、その成績はどうなっているのか、厚生大臣に伺います。 また、現在、我が国で心移植及び肝移植を受ければ助かる方がどれくらいおられるのかという点について、医学界の調査結果があれば厚生大臣の御報告をお願いします。 さらに、最近において、日本人で臓器移植を受けに外国に渡航された方が何名くらいおられるのか、また、このうち実際に移植を受けられた方が何名くらいおられ、その生存率はどのくらいになるのか、厚生大臣が承知されている限りで報告をお願いします。 実は、衆議院の調査団がドイツを訪問した際、視察した心臓センターで、偶然にも日本から心臓移植を受けるために渡航してこられた少女に会うという機会があり、頑張ってくださいという意味で花束を差し上げてまいりました。まだ小学校低学年の少女でございました。このような異国の地で、いつあらわれるかわからないドナーを待ちながら、大手術を受けなければならない彼女の心の内を思い、その不安はいかばかりかと胸が痛んだところであります。幸い、この少女にはドナーが見つかり、手術は成功し、現在、日本で元気に学校に通っておられると聞いております。しかし、ドイツの病院では、主治医の先生から、なぜ日本では移植ができないのかと問われ、返答に窮するという苦い経験を味わいました。 私は、外国での日本人の移植の成功を伝える報道に接するたびに、一個人としては心から祝福するのですが、外国でも多くの患者がそれこそ命の順番を待っている中で、我が国の患者が臓器をいただくということは、とても我が国のあるべき姿とは思えないのであります。もちろん、これは移植を受けに行かれた方々が責めを負う話ではありません。むしろ、日本に生まれたばかりに外国に助けを求めに行かざるを得なくしている我々を初め政府、医療関係者すべての責任であります。結局、一番弱い立場にある患者の方々に、言葉も通じない外国での治療や高額の費用という形でしわ寄せがいっているのではないかと思うのであります。 次に、この問題のもう一つの大きな論点は、臓器提供の承諾であります。 この点については、調査したいずれの国でも、本人の意思が明らかな場合はそれに従い、それ以外の場合には遺族が承諾すれば臓器の摘出が許されるという形でした。聞くところでは、フランスなどにおいては、本人が拒否の意思を持っていなかった場合は遺族の意思と関係なく摘出を認める例もあるようです。この点について、この法案ではどのような取り扱いになっているのか、提出者の見解を伺います。 私は、法案の「基本的理念」にある本人意思の尊重の観点から、また、国民の理解を得て移植を進めていくという意味からも、臓器提供の意思をあらかじめ明らかにしておくドナーカードの果たす役割は極めて大きいものがあり、今後その普及に努めていく必要があると考えます。イギリスでは年間約五百万枚、国民の約二割がドナーカードを所持しており、ドイツでも百万人が所持しているとのことでした。今後のドナーカードの普及についてどのように考えておられるのか、提出者の見解を伺います。 この問題は、国民の間にもさまざまな意見があることは私もよく承知しております。ただ、一方に、自分が死んだときには臓器を提供したいという人、あるいは亡くなられた家族の臓器を提供してもよいという人があり、他方にその臓器をもらって一日も長く生の喜びを得たい人がいる。また逆に、一方では臓器を提供したくないと考える人がいて、他方に他人の臓器を得てまで生きたくないという人がいる。これらの意思は、どちらかがよいとか悪いとかいうのではなく、すべての意思がひとしく尊重されねばならないのであって、我々が考えなければいけないことは、これらの意思が正しく生かされるようにすることではないかと思います。 その意味で、我々政治家は、この問題を考えるとき、単に自分が移植をいいと思う、あるいは悪いと思うということで判断するのではなく、大局的な見地に立って、これらすべての意思が生かされるような仕組みをつくっていくことが重要であると考えます。無論、そのためには臓器提供の強制があってはならないことは言うまでもないことであり、さらに臓器売買などが許されないことは論をまちません。 最後に、私は、このような懸念に十分配慮しつつ、国民の一人一人の期待にこたえてこの法案をいかに前向きに審議するかに国会の良識が問われていることを申し上げ、私の質問を終わります。(拍手) 〔国務大臣井出正一君登壇〕
○国務大臣(井出正一君) 塚田議員にお答えをいたします。 まず最初に、内外の医学界における脳死の見解についてのお尋ねでありますが、外国の医学界では、例えばイギリスの王立医学会は一九七九年に、脳死を確認した場合には患者は死んでいることを意味するとの見解を発表しており、また、ドイツの連邦医師会も一九八二年に、脳死は人の死であるとしていると承知しております。また、アメリカでも一九八一年に、大統領委員会で作成された、脳死が確認された人は死亡したものとする死の判定に関する統一法案を全米医師会が承認しているところであります。 他方、日本の医学界においても、日本医師会の生命倫理懇談会は昭和六十三年に、従来の心臓死のほかに、脳の死すなわち脳の不可逆的な機能喪失をもって人間の個体死と認めてよいとの報告を行い、また、日本救急医学会も平成四年の理事会見解で、脳死を人の死として認めるとしていると承知しております。 次に、臓器移植の件数等についてのお尋ねでありますが、肝臓移植については、欧米や豪州で年間約五千件以上の移植が実施されており、また、その成績については、欧州では四年生存率が六四%であると報告されております。また、心臓移植については、世界で年間約三千件以上の移植が実施されており、その成績は五年生存率が七〇%であると報告されております。 次に、我が国で臓器移植を受ければ助かる方の数についてのお尋ねでありますが、心移植については、日本胸部外科学会の試算では年間約六十人から六百六十人とされております。また、肝移植については、肝移植研究会の試算では年間約三千人とされていると承知をしております。 次に、日本人の海外における移植の状況についてのお尋ねでありますが、心臓に関しましては、全国心臓病の子供を守る会の調査によりますと、移植を求めて渡航された患者数は把握されておりませんが、最近五年間に海外において十四名の患者が心臓移植を受け、そのうち現時点において生存しておられる方の率は、十三人で約九三%になるとのことであります。 また、肝臓に関しましては、胆道閉鎖症の子供を守る会の調査によりますと、本年八月までに胆道閉鎖症等のため移植を求めて渡航した患者は八十八名であり、また、最近五年間に海外において三十七名の患者が肝臓移植を受け、そのうち現時点において生存しておられる方の数は二十四人で、率は約六五%になるとのことでございます。(拍手) 〔桝屋敬悟君登壇〕
○桝屋敬悟君 塚田議員の御質問にお答えしたいと思います。 初めに、脳死判定後の健康保険等の取り扱いについてでございます。 脳死が人の死ということになりますれば、御指摘がありましたように、脳死判定後は保険の給付が打ち切られ、経済的な面から人口呼吸器の取り外し等を行わざるを得なくなるのではないか、こうした声もありますことからしまして、健康保険法等の規定に基づく医療の給付に継続して脳死体への処置がされた場合には、当分の間、当該処置は当該医療の給付としてされたものとみなす、このようにしているところでございます。 次に、臓器提供の承諾についてでございます。 私どもが提出いたしました法律案では、本人が提供の意思を書面により表示していた場合で遺族が拒まないときは臓器の摘出ができる、そして本人が提供を拒否していたときは臓器の摘出ができないこと、このようにしているわけでございます。そして、本人の意思が不明な場合、本人の意思をそんたくするについて最もふさわしい立場にある近親者が、肉親としての人間関係を前提として、本人の生前の行為等も含めて総合的に判断することが、諸外国の立法例などから見まして適当ではないかと考えたものでございます。 ただ、先ほども申し上げましたように、この法案が提案されましてから、各方面からさまざまな意見が出されております。特に臓器提供の承諾の問題は、その一つの大きな議論のポイントではないかというふうに考えております。そういう意味では、国会において十分な御審議をいただきたいと考えているところでございます。 最後に、ドナーカードの普及についてどのように考えているかというお尋ねでございます。 移植医療は臓器の提供があって初めて成り立つ医療であり、その際、願わくばドナー本人の自発的、積極的な意思に基づいて提供されることが望ましいのではないかと考えております。その意味で、臓器提供の意思をあらわす手段であるドナーカードの普及を図ることが、国民の理解を得つつ臓器移植を普及させていくためにも必要なことと考え、この法律案では、政府において、ドナーカードの普及のための方策について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずることとしているところでございます。 以上でございます。(拍手) —————————————
○議長(土井たか子君) 金田誠一さん。 〔議長退席、副議長着席〕 〔金田誠一君登壇〕
○金田誠一君 私は、本法案に反対ないしは疑問を持つ立場から、自由民主党、日本社会党、新党さきがけ、与党三党の御理解を得て、質問をいたします。 衆議院において、大政党がそろって党議拘束を外し、あるいは外す方向でこのような自由な議論が行われることは、憲政史上初めてとも言えることであり、まことに感慨深いものがあるわけでございます。 このことは、一面では、脳死は人の死であると法律に規定することがいまだ国民的合意に至っていない証左ではありますが、同時に、我が国の国会が、党議拘束により数がすべてを決定する対立の場から、最大公約数を探り国民的合意を形成する場へと脱皮するための初めての実験の舞台になったことを意味すると考えます。 この機会は、臓器の移植に関する法律という人の命にかかわる法案を通して訪れました。惜しむらくは、民主主義の命にかかわる法案、すなわち、さきの選挙制度改革の際になぜなされなかったのかでございますが、それはともかくとして、この機会を生かすか否かは、国民の政治に対する不信と失望を一掃する可能性を秘めたものと確信をいたすところでございます。 したがって、この法案審議の過程は、移植医療のみならず、救急医療、終末医療等のあるべき姿について国民的合意を探るプロセスとして位置づけられるべきであり、原案にこだわらず柔軟に対処されるべきものと考えますが、提出者の御所見を伺いたいと存じます。 ところで、この法案提出までには極めて特徴的な経過がございました。それは、一九八五年の超党派による生命倫理研究議員連盟に始まり、このたびの脳死及び臓器移植に関する各党協議会に至るまで、一部の国会議員サイドが積極的な役割を果たしてきたのに対し、政府の側は一貫して常に一歩下がった対応であったということでございます。このことは医療行政としては異例であり、恐らく、行政としては、率先して脳死を人の死として臓器移植に道を開くことはできない、イニシアチブは当然専門の医師がとるべきとの立場であったと推測をいたしますが、いかがなものでしょうか。 また、結果として議員立法となったがために、移植医療の位置づけや医療施設、医療費、人員配置を初め行政内部の調整や医療業務としての整合性が十分詰められていないと考えますが、前段とあわせて厚生大臣の御所見を伺いたいと思います。 さらに、この法案は、医療行政としては異例な、前もって特定の新しい医療行為を正当化するというものであり、それによって医学界が本来果たすべき責任があいまいにされているわけであります。本来、医学界は、脳死状態からの臓器移植を特殊な医療行為として社会的認知を得ようとするならば、医療職能集団としてのイニシアチブを発揮し、まず現行法の枠内で実績を積み上げ、社会的信頼を得るべきが本筋であります。その上に初めて法制化が図られるべきであって、それは諸外国における移植医療においても、また我が国の医療全般においても、同様にとられてきた手だてであります。 しかるに、今、脳死状態からの臓器移植について、その当然のプロセスを回避し、一方で大阪や横浜などの極めて問題のある事例を放置したまま、法律の制定によってのみすべてを解決しようというのであれば、医学界の責任は果たされるのか、移植医療の信頼は得られるのか。私はノーと言う以外にございません。このことについて、提出者並びに厚生大臣の御所見を伺います。 さて、以上のように、医学界がイニシアチブを発揮せず、しかも政府が前面に出ることなく、議員立法という異例の手法で脳死は人の死と規定されることにより、重大な問題が派生じてまいります。法案附則第十一条には、脳死判定後の治療を健康保険の対象とするのは「当分の間ことされ、さらに、日本救急医学会は理事会声明によって、「法成立後は、臓器提供とかかわりなく脳死で死亡宣告をする」としたところであります。これは救急医療、末期医療の重大な政策変更であり、しかもそれは法案の提案理由にないばかりか、法案策定過程においても検討されていないものと理解をいたします。 年間数例程度の臓器移植のためだけに死者の対象を広げ、救急医療、末期医療のあり方まで変えてしまう、それがこの法案の必然的な結果であり、したがって法案自体に欠陥があると考えますが、提出者並びに厚生大臣の御所見を伺いたいと思います。 私は、以上申し述べましたように、立法化のみを急ぐべきではないとの立場をとります。しかし、それでもなお法律が必要というのであれば、最低でも次の要件を備えるべきと考えます。 それは、まず、諸外国の多くがそうであるように、脳死は人の死と規定せず、医学界の責任のもとに厳格な自己規制のルールをつくり、施設は東西二施設程度に限定して、最高の設備とスタッフを備え、事前に臓器提供の意思が明確に確定されたケースに限り、カルテを含むすべての情報を開示することを条件に行うとすべきであります。これは、法的には違法性阻却論をとることとなろうかと思います。また、移植に伴う医療費については、医療保険制度によることなく、国費の支出を含め別途方策を立てるべきと存じます。 私は以上のように考えますが、提案者並びに厚生大臣の御所見を伺いたいと思います。 さらに、法案の中で不備と思われる点がございます。 第一に、生きた臓器提供者の保護について規定がありません。生体部分肝移植などについても同じように、本人同意などの倫理原則と罰則などを定めるべきと考えます。第二に、法第六条の臓器摘出規定に違反した場合の罰則を定めるべきですし、第三に、皮膚や骨など人の組織も対象に規定すべきは当然であります。 以上三点について、提出者並びに厚生大臣の御所見を伺います。 最後に、検視との関連ですが、法律案第七条では、当局に早目早目に検視を急がせる圧力が生ずると考えます。法医学の専門家も介在させることとし、必要なら臓器摘出後も検視を続け、解剖までできるよう規定を整備し直すべきと考えますが、法務大臣の御所見を伺います。 以上で私の質問を終わります。ありがとうございました。(拍手) 〔森井忠良君登壇〕
○森井忠良君 金田議員の御質問にお答えいたします。 脳死状態からの臓器移植については国民的合意はなく、原案にこだわらず、十分に時間をかけて国民的合意を図るべきであると思うがどうかというお尋ねでございました。 本法案を取りまとめるに当たりましては、脳死臨調の二年間にわたる調査審議に基づく答申を受けて、超党派の生命倫理研究議員連盟における検討を経て、さらには一昨年十二月には脳死及び臓器移植に関する各党協議会を設け、計十三回にも及ぶ会合を開き、検討協議を重ねてきたところでございます。また、これと並行して、各会派におかれましても検討が重ねられてまいりました。そのような四年余りにわたるさまざまな検討の経緯を踏まえ、この問題については既に国会の場で国民にオープンな形で十分論議を行うべき段階に来ているという認識のもとに、本年四月十二日に国会に法案を提出させていただいたところでございます。 本法案につきましては、長期間にわたり、法制面、運用面を含め、さまざまな点を十分に検討した上で御提案申し上げているところであります。ただ、この問題は個人の死生観等にも密接にかかわる奥深い重要な課題でもありますので、提案者といたしましても、本法案をもとに、さらに公聴会の開催等を含め、さまざまな角度から十分な御論議が行われることにより国民の御理解を得たいと思うわけでございまして、ぜひよろしく御審議のほどをお願いを申し上げます。 次に、脳死状態からの臓器移植について、法律の制定によりすべてを解決しようというのであれば、医学界は責任を果たせず、移植医療に関する信頼を得ることはできないのではないかとのお尋ねでございますが、移植に関係する医学会では、脳死臨調において臓器移植を適正に推進するために必要と指摘された課題に対応するため、臓器移植に関係する十一の学会が参加をいたしまして移植関係学会合同委員会を設置いたしまして、検討が行われていると承知をいたしております。この合同委員会では、問題事例を審査するための審査委員会のあり方、さらには移植医療の倫理等について精力的な作業が共同して進められているところと聞いております。 今後とも、医学界全体が移植医療の信頼を得、その責任を果たすためには、自主的、自律的に、自覚を持って、これらの課題に対して一層の取り組みを重ねていくことが重要であると考えております。 次に、本法案は移植が目的であるが、移植の場合に限らず一般に脳死は人の死となり、提案理由にない内容を含んでいる、移植のために人の死の概念を広げるのは問題ではないかというお尋ねでございます。 本法案の趣旨は、死体からの移植医療が我が国において適正円滑に実施できるようにすることでありまして、そのような観点から、臓器摘出が可能な対象を明確にしておくことが不可欠であるため、脳死が人の死であることを前提として、脳死体が死体である旨の確認的規定を置いているものでございます。本法案は臓器の移植に関する法律であり、一般的な人の死の判定に関する法律ではありませんので、本法の考え方が当然に他の法令の解釈尊他の分野に波及することにはならないと考えますが、人の死は、事柄の性質上、客観的に把握されるべき事実であることを考えれば、特段の事情がない限り、脳死は人の死であることを前提として本法と同様の解釈、運用がなされていくのではないかと考えております。 なお、臨調答申にも述べられておりますとおり、脳死は人の死かどうかという課題と、脳死体からの臓器移植はどのような条件のもとで認められるかという課題は、実際面で分からがたい関係を持ってはおりますけれども、本来は別個のものでございます。本法案は、あくまでも脳死が人の死であるということが医学・医療界における共通認識であるとともに、社会的におおむね受容され合意されているということを前提としているものでございまして、臓器移植の推進のために死の概念を広げようとするものではないということを申し上げておきます。 私からは、以上でございます。(拍手) 〔野呂昭彦君登壇〕
○野呂昭彦君 続けて、金田議員に私からお答えをいたします。 脳死を人の死とせずに、本人の書面による同意があれば脳死体からの移植が許されるとするいわゆる違法性阻却についてのお尋ねでありますけれども、これについては、いろいろな問題、次のような問題もございまして、その考え方を採用することができないと考えております。 すなわち、脳死を人の死とする立場をとらない以上、脳死判定を受けた方は生きているということになり、その方から生命維持に必須の臓器である心臓や肝臓を摘出する行為は、当然、殺人罪あるいは承諾殺人罪に当たるということになります。これらを許容するような立法は、事柄の重大性にかんがみれば極めて困難なことではないかと考えられます。 また、レシピエントの生命を救うためであれば、脳死判定を受けた者から心臓や肝臓を摘出してその生命を奪うことも許されるという考え方は、本来平等であるべき生命の価値に軽重をつけることになるわけでございます。 さらに、死とされていない状態の者から臓器を摘出するということは、これまでの医のモラルから申し上げても到底認められないという批判も考えられるところでございます。 また、脳死を人の死とする立場をとらないとすると、脳死体については、刑事訴訟法上の死体であるということを前提とした検視等ができません。必要な捜査が行われる前に臓器摘出が行われて、証拠が散逸して悪質な凶悪犯を見逃すというような不正義が発生してくるおそれも生じます。 以上のような理由から、脳死を人の死とせずに脳死体からの移植が許されるという考え方をとることは困難であると考えるものでございます。ちなみに、そのような考えに立った諸外国の例があるとは聞いておりません。 移植医療のルールにつきましては、移植の関係学会によります合同委員会においてさまざまな自主的なルールづくりに取り組んでおります。移植施設につきましても、移植を実施するにふさわしい施設の基準を定めて、その特定を行っていると承知をいたしております。 次に、本人の意思のそんたくについてのお尋ねでございますけれども、臓器提供における本人と遺族の意思の取り扱いについては、本人の意思が不明な場合、本人の意思をそんたくすることについて最もふさわしい立場にあります近親者が、肉親としての人間関係を前提として、本人の生前の行為等も含めて総合的に判断することが、諸外国の立法例などから見ても適当ではないかと考えたわけであります。 ただ、この法案が提案されてから各方面でいろんな議論が行われておることは承知をいたしておりますので、この臓器提供の承諾の問題は一つの大きなポイントであみと承知をしております。そういう意味で、国会において十分に御審議をいただきたいとお願いを申し上げます。 なお、移植に伴う費用については、現在、角膜及び腎臓移植に保険適用がなされていると承知しておりますけれども、他の臓器の移植についても、移植術の安全性とか有効性、普及性、そういったものを総合的に勘案をいたしまして検討されるべきものと考えております。 次に、生体移植についても本人同意などの倫理原則と罰則を定めるべきではないかというお尋ねでございますが、第五条の「定義」におきましては、人間の臓器であれば生体臓器も死体臓器も対象としておりまして、また、臓器売買等の禁止については、特にその必要があるため、その禁止の対象といたしております。 ただ、生体間移植は、通常、ごく限られた親族の間で行われておるものでありまして、現在、格別問題もなく行われております。そういったことで、本法におきましては、死体臓器についてだけ承諾要件等の臓器の摘出に関する規制を及ぼすことといたしておるところでございます。 なお、生体から本人の同意のないままに臓器を摘出すれば、刑法の第二百四条の傷害罪に該当をいたし、同法によりまして処罰されると考えられるところでございます。 次に、法案に臓器摘出違反の罰則を設けるべきであると考えるがどうかというお尋ねでございます。 死体からの臓器摘出は、刑法の第百九十条の死体損壊罪の構成要件に該当する行為でありますから、正当化事由がない限り死体損壊罪が成立することになります。第六条の定める要件に従って臓器摘出が行われる場合には、形式的には死体損壊罪の構成要件に該当する行為でありますけれども、刑法第三十五条の「法令」「二因リ為シタル行為」ということになりまして、当然に死体損壊罪が成立しないことになります。他方、第六条に違反した場合には、このような効果を受けることができず、死体損壊罪の成立の危険にさらされることになるものと考えております。したがいまして、第六条違反の罰則は設ける必要がないものと考えております。 人の組織も対象にすべきではないかという次のお尋ねでございますけれども、皮膚あるいは骨等の組織の移植につきましては、従来から特段の法律の規定に基づかずに、現在もう既に医療として定着をいたしておるところであります。本法の目的は、我が国において、脳死臨調の答申後においても種々の事情から脳死体からの臓器移植が行われていない状況にかんがみまして、脳死体からの臓器移植を含む移植医療に関して必要とされる法的な枠組みあるいは諸条件について規定をすることによりまして、移植医療が国民の理解を得つつ適正な形で実施できるようにすることにございますので、既に定着をいたしております皮膚、骨等の組織の移植につきましては対象としなかった次第でございます。 以上でございます。(拍手) 〔国務大臣井出正一君登壇〕
○国務大臣(井出正一君) 金田議員にお答えをいたします。 まず最初に、臓器移植の推進についての行政の立場は、これまで医師がイニシアチブをとるべき、とのことではなかったのかとのお尋ねでありますが、脳死臨調の答申においては、二年間にわたる慎重な審議の結果、国民のさまざまな考え方に十分配慮した上で、善意、任意の臓器提供意思に基づき、移植を必要とする人が一人でも多く救済される方途を講じていくべきとされているところでありまして、政府としても、この答申を尊重し、この問題に取り組む旨の対処方針を閣議決定しているところであります。 この問題については、各党協議会等における御論議を経て法案が議員提案されているところであり、今後、国会において十分に御審議が尽くされ、国民の幅広い理解を得て法律が制定され、望ましい形で移植医療が実施されていくことを期待しているところであります。 なお、脳死臨調の答申においても指摘されているように、医療に対する国民の信頼感の確保のためには、医師が自主的、自律的な自覚を持って取り組むことが肝要と考えるものでございます。 次に、行政内部の調整や医療業務としての整合性が十分詰められていないのではないかとのお尋ねでありますが、脳死及び臓器移植に関する各党協議会におけるこの法律案の取りまとめの過程においても、厚生省ほか関係省庁が出席を求められ、協議に御協力してきたところであります。 また、医療としての整合性に関しましては、医療費については、現在、角膜及び腎臓の移植に保険適用がなされておりますが、ほかの臓器の移植についても、移植術の安全性、有効性、普及性を総合的に勘案し、中央社会保険医療協議会の議論を踏まえ、適切に対処してまいりたいと考えるものであります。 また、移植施設については、移植の関係学会による合同委員会において検討がなされ、移植を実施するにふさわしい施設の基準を定めて、その特定を行っていると承知しております。 さらに、移植医療の位置づけについては、欧米諸国においては移植医療は日常的な医療として定着していると承知しており、我が国においても、脳死臨調の答申にあるように、臓器移植をめぐる国民のさまざまな考え方に十分配慮した上で、善意、任意の臓器提供意思に基づき、移植を必要とする人が一人でも多く救済される方途を講じていくべきであると考えております。 三番目に、脳死状態からの臓器移植について、法律の制定によりすべてを解決しようというのであれば、医学界は責任を果たせず、移植医療に関する信頼を得ることはできないのではないかとのお尋ねですが、臓器移植については、関係する十一の学会が参加して移植関係学会合同委員会を設置し、移植医療の倫理に関する指針を初め、適切な移植が進められるための体制等について鋭意検討が行われてきているところと聞いております。 今後とも、医学界全体が自主的、自律的に、自覚を持って、移植医療に関する課題に対し一層の取り組みを重ね、移植医療の信頼を得、その責任を果たされることを期待しております。 四番目に、移植のために死者の対象を広げるのは問題ではないかとのお尋ねでありますが、この法案は、脳死が人の死であることを前提として立案されているものと承知しております。これは、移植のために人の死の概念を広げるということではなく、脳死臨調の答申にもあるように、移植とは別の問題として、医学的に見て脳死は人の死であり、また、社会的にも脳死が人の死であることは受容され合意されていると言ってよいということを受けて規定されているものと受けとめております。 この法案によって救急医療等のあり方に影響が生じるのではないかとの御指摘でありますが、臓器移植は患者に救急医療活動が尽くされて後に初めて考えられるものであって、移植のために臓器提供者に対する必要な治療がなおざりにされたりするようなことはあってはならないものと考えております。 五番目に、脳死を人の死とせずに、本人の書面による同意があれば脳死体からの移植が許されるとする考え方についてのお尋ねでありますが、御指摘の考え方については脳死臨調においても検討がなされましたが、さまざまな問題があり、採用できないとの結論であったと承知しております。 移植医療のルールにつきましては、移植の関係学会による合同委員会においてさまざまな自主的なルールづくりに取り組まれ、移植施設についても、移植を実施するにふさわしい施設の基準を定めて、その特定を行っていると承知しております。 本人意思のそんたくについてのお尋ねでございますが、脳死臨調の答申では、本人の意思を最大限に尊重すべきものとしつつ、「本人の承諾がドナーカード等の文書でなされていない場合においても、近親者が諸般の事情から本人の提供の意思を認めているときには臓器提供を認めてよいものと考える。」とされておりますが、この点も含め、今後、国会で御審議があるものと存じます。 なお、移植に伴う費用については、現在、角膜及び腎臓の移植に保険適用がなされておりますが、ほかの臓器の移植についても、移植術の安全性、有効性、普及性を総合的に勘案し、中央社会保険医療協議会の議論を踏まえ、適切に対処してまいりたいと考えております。 六番目には、生体移植についても本人同意などの倫理原則と罰則を定めるべきではないかとのお尋ねでありますが、法案提出者でない私がお答えすることが適当かどうかとも思いますが、この法案では、人間の臓器であれば生体臓器も死体臓器も対象としており、また、臓器売買等の禁止については、特にその必要があるため、その禁止の対象とされていると承知しております。 ただ、生体間移植につきましては、通常、ごく限られた親族の間で現在格別問題もなく行われているため、この法案では、死体臓器についてだけ承諾要件等の臓器の摘出に関する規制が及ぼされるものとされたと認識しております。 七番目に、法案に臓器摘出違反の罰則を設けるべきであると考えるがどうかというお尋ねでございますが、死体からの臓器摘出は、正当化事由がない限り死体損壊罪が成立することとなります。厚生大臣としてお答えすることがこれまた適当かどうかという点もありますが、法案の第六条の定める要件により臓器摘出が行われる場合には、当然に死体損壊罪が成立しないこととなり、他方、第六条に違反した場合には、死体損壊罪が成立し得るとのことでありますので、第六条違反について罰則は設ける必要がないと整理されているものと考えております。 最後に、人の組織も対象にすべきではないかというお尋ねでございます。 これも法案提出者でない私としてお答えするのはいかがかとも思いますが、皮膚、骨等の組織の移植につきましては、従来から特段の法律の規定に基づかず行われておりまして、既に医療として定着しているところであります。このため、脳死体からの臓器移植を含む移植医療に関して必要とされる法的な枠組み、諸条件について規定することを目的とされる今回の法案におきましては、これら皮膚、骨等の組織の移植につきましては対象とされなかったものと考えております。 以上であります。(拍手) 〔国務大臣前田勲男君登壇〕
○国務大臣(前田勲男君) お答えを申し上げます。 検視との関連で、法医学の専門家を介在させ、必要であれば臓器摘出後も検視を続け、司法解剖までできるようにすべきではないかとのお尋ねでございますが、この法律案は議員の御提案に係るものでございますので、個々の規定の趣旨、考え方、そのあり方につきまして、法務大臣としてはお答えすべき立場にないことをまず御理解をいただきたいと存じます。 なお、この法律案がこのとおり成立いたしました場合には、検視及び司法解剖は臓器摘出に優先して実施されることとなりますので、捜査には支障は生じないものと、さように理解をいたしておるところでございます。 以上でございます。(拍手)
○副議長(鯨岡兵輔君) 山本孝史君。 〔山本孝史君登壇〕
○山本孝史君 私は、ただいま議題となりました臓器の移植に関する法律案について、慎重な審議を求めるという立場から、提出者と厚生大臣に対して質問を行います。 私も、この法律案要綱を作成した脳死及び臓器移植に関する各党協議会のメンバーとして議論に積極的に参加させていただきましたが、その過程を振り返っても、さらに議論を深める必要があると痛感をいたしております。 以下、具体的内容について質問をいたします。 第一は、これまで呼吸と心臓の停止及び瞳孔の散大のいわゆる三徴候をもって死としてきた死の概念を、この法律により、根本的に変更してよいのかという点です。 この法律案では、「死体(脳死体を含む。)」という表現で脳死を人の死としようとしています。これは明らかに死の概念を広げています。脳死は、見た目には死と明確には理解できない、見えない死であると言われています。人工呼吸器が規則的に呼吸を管理していますが、当初は体も温かく、その患者の家族にとっては人の死としてなかなか受容しがたいものと考えます。 脳死を人の死と認める人は、平成四年の朝日新聞社の世論調査では四七%、平成三年の脳死臨調の世論調査でも四四・六%という数字が出ています。国民の約半数は、脳死を人の死と思わないか、迷っているという状態ではないでしょうか。脳死患者を見舞うのに、香典を持っていくかあるいは見舞いを持っていくのかというふうに聞かれたときに答えに窮するという事実は、現在の脳死に対する理解の度合いと困惑を明快に示しています。 刑法第三十五条には、医師の行う外科手術などの「正当ノ業務」による治療行為は、たとえ刑罰法規に触れる場合でも処罰の対象にはならないと規定しています。その正当業務行為の法理によって立法することができないのか。つまり、国民にさまざまな混乱を強いる死の概念の変更を行わなくても、臓器移植を行う立法はできないのか。その法技術的検討はどのように十分に行ったのか。提出者の明快な答弁を求めます。 第二は、臓器提供の承諾手続における本人意思の確認と家族の代理承諾の問題です。 交通事故の犠牲者が臓器提供者として最善であると言われています。しかし、御家族が事故に遭われましたとの突然の電話で病院に駆けつけたその家族が、ベッドに横たわる肉親の姿を前に、脳死とは何かを理解し受け入れられる状況にあるでしょうか。脳死を頭の中では理解できていても、自分の身内の人間が脳死となったとき、その事実をすぐに受け入れられない人もおられるでしょう。まして、家族に臓器提供承諾の最終判断を迫る本案のような場合、動転した心理状態で後々後悔しない臓器提供の承諾が行われるか、これまでに報道された事例を見ても極めて心配をするところです。 医療の現場には、末期の患者家族に昼夜分かたぬ献身的な医師の姿を印象づけ、亡くなった際には家族が解剖の献体を断れない雰囲気をつくっておくという手法が公然と語られる、そんな実態があると言われています。このような、現在の日本の、対等とは言いづらい医師と患者家族との関係の中で、臓器提供の承諾の際に強要が生まれる余地がないと断言できるでしょうか。 この法律案の趣旨は、臓器を提供したいというドナーと、臓器を必要とするレシピエントの間をつなぐものであると考えます。脳死臨調答申でも、「本人の意思は近親者の意思に優先すべきものであり、脳死者からの臓器の提供にあたっては、本人の意思が最大限に尊重されなければならないものと考える。」とか、「臓器移植をめぐる国民の様々な懸念にも十分な配慮をした上で、あくまで、善意・任意の臓器提供意思に基づくべき」などと指摘しています。しかしながら、本法律案では、本人の意思を推察して、家族だけの承諾で提供を決定してよいとされています。 大変異例なことではありますが、本法律案については、その提出以前に、脳死及び臓器移植に関する各党協議会に対して、本来は法律成立後、その施行までの間に整備される厚生省令に盛り込まれるべき事項をあらかじめ示していただきました。その中で、臓器提供の承諾等に係る手続についての指針骨子が有職者のワーキンググループから答申されています。その中には、「本人は、死んで後も肉体の一部が生き続けることを望んでいた。」とか、「本人は臓器移植について何も言っていなかったが、もし聞いてみたら、本人の平素の言動からみて臓器提供の意思を表明したと思う。」このような例が、本人の意思をそんたくして判断すれば臓器提供を認め得る具体的事例とされています。 仮に本人意思が書面により表示されていなかった場合、このような程度のことで本人の意思を推測して臓器提供を認めてよいのでしょうか。提出者の認識を伺います。また、この指針骨子を厚生省としてはどのように評価されているのか、脳死臨調答申の言う本人意思尊重の指摘との差についても認識を伺います。 第三は、臓器提供が実際に行われる救急医療の現場の問題についてです。 救急医からは、この法律が成立をすると救急現場が混乱することを憂える声が数多く寄せられています。つまり、救命救急センターに運ばれてきた救急患者に対し、後に移植用臓器をいただこうとするかどうかで救急処置の治療方針が天と地ほど異なるという指摘です。臓器を移植に適するようにと考慮すると、命を救う医療はできない。つまり、臓器を生かそうとすれば、脳死に移行せざるを得ない消極的医療しかできないということです。命を救う医療と臓器を生かす医療は根本的に相反するものです。したがって、救急医が移植を念頭に置くことによって、救急医療の質の低下、ひいては命を軽んずることにならないだろうか。この点の提出者の認識について明快な答弁を求めます。 また、救急現場での混乱や積極的な救命治療が臓器移植のための臓器の質のためにはマイナスに働くという点について、厚生省の認識を御答弁いただきたいと存じます。三第四は、我が国における医療不信の問題についてです。 脳死臨調答申は「臓器移植もまた、その前提に国民の信頼感があって初めて円滑に進め得る医療である。移植医療に対する不信感が人々の心の底にあっては、善意に基づく臓器の提供自体おぼつかない見通しとなるからである。」と述べています。また、「少なからぬ医療現場では、いまだ権威主義的姿勢ないしパターナリズムが残存し、医師の間にこうした不安感に十分こたえる姿勢が欠けていることが、医療に対する不信感をもたらす結果となった」とも指摘しています。 脳死臨調の指摘を待つまでもなく、我が国における医療不信がどれほどのものであるかは想像にかたくありません。これら移植医療の信頼獲得と不信感の払拭に当たっては、厚生省は具体的にどのような施策の中でその実現を図っていくおつもりであるのか、御答弁を願います。 医師の倫理規範の最高の指針とされる「ヒポクラテスの誓い」の中で、古代ギリシャの医師ヒポクラテスは「我が力を尽くし、我が誠の心を尽くし、病人のたかに手だてを尽くし、危害を阻止するように専心すべきであります。第一に患者の安寧を思い、不善不義を遠ざけ、殊に男女を問わず、自由市民と奴隷とを分け隔ていたしません」と述べています。ここには、現代の移植医療にかかわる者が傾聴すべき示唆が多く含まれています。 移植を一日千秋の思いで待っておられるレシピエントの皆さんの存在は、私も十分に認識をいたしております。しかしながら、臓器提供の際に強要が起こらないように、またドナーとレシピエントの双方の人権をいかにして守ることができるのか、それらの点に十分に配慮をしつつ、厚生委員会においては拙速を慎み、慎重にも慎重を重ねた審議を求めたいと思います。そして、大多数の国民の支持が得られるような法律をつくるという立法府の責任を全うすべきであると思います。 最後になりますが、戦後日本の憲政史上初めて、本案の採決に当たっては、各会派において党議拘束を外す方向で今検討が進んでおります。死の概念を変更し、日本の終末期医療に根本的な変容を迫るこの重大な法案でございます。どうぞ議員諸氏の真摯な取り組みをお願いいたしますとともに、立法府の英知を結集し、より矛盾の少ない法律を制定できるよう慎重な審議を求めて、私の質問を終わります。(拍手) 〔野呂昭彦君登壇〕
○野呂昭彦君 山本孝史君の御質問にお答えをいたします。 正当業務行為の法理によって立法することにより、脳死を人の死とせずに脳死体からの臓器摘出を可能にするという考え方についてのお尋ねでありますけれども、これについては脳死及び臓器移植に関する各党協議会で真剣に検討をいたしてまいりましたが、次のような問題がございまして、採用できないと考えております。 すなわち、脳死を人の死とする立場をとらない以上、脳死判定を受けた方は生きているということになり、その方から生命維持に必須の臓器である心臓や肝臓を摘出する行為は、当然、殺人罪あるいは承諾殺人罪に当たることになります。このようなことを許容するような立法というのは、事柄の重大性にかんがみれば極めて困難ではないかと考えられます。 また、レシピエントの生命を救うためであれば、脳死判定を受けた者から心臓や肝臓を摘出してその生命を奪うことも許されるという考え方は、本来平等であるべき生命の価値に軽重をつけることになるわけでございます。 さらに、死とされていない状態の者から臓器の摘出を行うことは、これまでの医のモラルから見て到底認められないとの批判が考えられるところでございます。 また、脳死を人の死とする立場をとらないとすると、脳死体については、刑事訴訟法上の死体であることを前提とした検視等ができません。必要な捜査が行われる前に臓器摘出が行われて、証拠が散逸し悪質凶悪犯を見逃すというような不正義が発生するというおそれも生じてまいります。 以上のような理由から、脳死を人の死とせずに脳死体からの移植が許されるという考え方をとることは困難であると考えておるところであります。なお、御指摘のような考え方に立った立法が諸外国にあるということは聞いておりません。 次に、本人意思のそんたくについてのお尋ねでございますけれども、本人意思をそんたくするについて最もふさわしい立場にある遺族の方々が、故人の生涯を回顧して臓器提供の意思があったと判断されるのであれば、そのような判断を尊重して臓器提供を認めてよいのではないかと考えた次第であります。御指摘の指針骨子案に示されております例というのは、そのような観点からの一例を示したものであると理解しておりますし、法案も、そのような観点から摘出可能な要件を定めているところでございます。 ただ、この法案が各方面から大変な御議論をいただいておることも承知をいたしております。特に大きなポイントのところでないかと思いますので、今国会において十分な御審議をお願いを申し上げたいと思います。 以上でございます。(拍手) 〔自見庄三郎君登壇〕
○自見庄三郎君 お答えをいたします。 救急医療は、医師の持てる知識、技能及び医療資源を最大限に利用して、生命の危機にある救急患者の命を救うことを目的とするものでありまして、救急医療に従事している医師にとっても、このことは医の倫理上からも当然のことであるというふうに考えております。 また、臓器移植については、救急医が全力を尽くして救命救急活動を行った後に不幸にも脳死その他の死を迎えた場合、初めて考えられるものであると認識いたすところでございます。 また同時に、ライフセーブ、命を救うこと、あるいは患者さんの命を一分でも一秒でも長くもたせるために医師が治療に対して全力を挙げるということは、救急医療のみならず、医学・医療の大原則であると認識いたすところでございます。 こうした観点から、救急医療と移植医療とは相反するものではなく、臓器移植を急ぐ余り、臓器提供者に対する必要な治療がなおざりにされたりするようなことがあってはならないというふうに考えております。 以上でございます。(拍手) 〔国務大臣井出正一君登壇〕
○国務大臣(井出正一君) 山本孝史議員にお答えをいたします。 まず最初に、臓器摘出の承諾等に係る手続についての指針骨子案の評価についてのお尋ねでありますが、指針骨子案は、脳死及び臓器移植に関する各党協議会の御指示により、厚生省が専門家から成るワーキンググループをつくって、各党協の法案要綱に示された臓器提供の承諾手続等の運用の指針として取りまとめられたものでございます。 この指針骨子案の前提となった法案要綱の考え方は、本人の意思が明らかでない場合には、遺族が故人の意思をそんたくして提供の承諾をすることを認めておりますが、これは、脳死臨調の答申で述べられた、本人の意思を最大限に尊重しつつ、「本人の承諾がドナーカード等の文書でなされていない場合においても、近親者が諸般の事情から本人の提供の意思を認めているときには臓器提供を認めてよいものと考える。」という趣旨に反するものではないと考えております。いずれにいたしましても、今後、この点も含め国会で十分御審議がなされるものと考えるものでございます。 二番目に、臓器移植の推進は救急現場を混乱させるのではないかとのお尋ねでありますが、臓器移植は患者に救急医療活動が尽くされた後に初めて考えられるものでありまして、実際の救急現場において、救急医療活動の間に、移植のために臓器の質を保持することを念頭に置いた医療が行われるべきでないことは当然であると考えております。 なお、日本救急医学会理事会においては、一般社会及び医療現場での混乱を避け脳死患者からの臓器移植が正しく行われるためのマニュアルが作成されているところであり、このような点からも救急現場においての混乱は生じないものと考えております。 次に、移植医療に対する信頼の確保等についてのお尋ねでありますが、脳死臨調の答申でも述べられているとおり、移植医療は国民の信頼がなければ円滑に推進することが難しい医療であると考えております。 このため、厚生省におきましては、臓器提供の手続に関するワーキンググループにおいて脳死体からの臓器摘出のための手続等についての検討や、日本臓器移植ネットワーク準備委員会において公平かつ公正な移植が実施されるためのネットワークの整備の検討などを行ってきております。移植に関係する学会では、合同委員会において、移植実施施設の特定や問題事例の審査を行うための審査委員会のあり方、臓器移植の倫理に関する指針の作成などが進められております。今後とも、関係する学会等と連携をとりつつ、移植医療を含め医療に対する信頼の確保に努めてまいる所存であります。(拍手) —————————————
○副議長(鯨岡兵輔君) 岩佐恵美さん。 〔岩佐恵美君登壇〕
○岩佐恵美君 私は、日本共産党を代表して、臓器移植に関する法律案について、現状では脳死について国民の間にさまざまな意見がある中で性急な立法化はすべきではない、そういう立場から提案者に質問いたします。 その第一は、脳死を人の死とすることについて、国民的な合意が得られていないという問題です。 脳死を人の死とすることについては、厚生省の脳死判定基準であるいわゆる竹内基準も、竹内氏自身が「脳死をもって死とするという新しい死の概念を提唱しているわけではない」と述べているように、脳死を人の死として扱うということを言っているわけではありません。脳死臨調最終答申も、脳死を人の死とする多数意見に対して、これに反対する少数意見が併記されています。ところが、この問題の検討を求めた私に対して、さきの各党協議会では、提案者にもなっている座長を初め、脳死臨調で決着済みと称してまともな検討を回避しました。 さらに、医師・医学界内部では、脳死の移植に対する慎重論、消極論が根強く存在しています。また、日本弁護士連合会からも再三強い慎重論が出されています。しかも重要なことは、全国の総合病院の救急医療現場では、脳死判定後、八割以上の患者が人工呼吸器を外さないと報告されており、実際の医療現場で脳死状態と判定されても、患者の家族の圧倒的多数が、それをもって人の死として扱うことを受け入れていないというのが紛れもない現実です。 このような実態を踏まえれば、脳死状態を人の死とすることに社会的な合意がないことは明らかではありませんか。こうした実情を無視して脳死を人の死とする法案を性急に立法化すれば、社会的にも医療現場でも大きな混乱を招くだけではありませんか。提案者の明確な見解を求めます。 第二に、そもそも脳死そのものを個々のケースで医学的にどこまで判定できるのか、その基準をどうすべきかという問題です。 脳死状態を判定するいわゆる竹内基準にしても、今なお医学者の中でもさまざまな議論があり、十分な論議が尽くされたとは言えません。ましてや、脳死を個々のケースで人の死と扱うことを広範な国民が納得できるような医学的な判定がどこまで可能なのかという点になれば、現代医学の到達点を含め重大な疑問を持たざるを得ません。国民のこうした不安に対して納得のいく説明を求めます。 第三は、脳死は人の死と認めない患者、家族の人権が損なわれ、末期医療における十分な浴療が保障されないのではないかという問題です。 脳死を人の死とする本法案では、脳死判定が一律に行われ、脳死が確認されれば、臓器を提供しない場合、当然医療行為が中止されることになるのではありませんか。臓器移植のために、まだ呼吸もあり、心臓も動いている患者の死を早め、救急・末期医療、検視を粗略にし、国民がひとしく十分な医療を受けられる権利を侵すことになるという危惧が医療関係者、国民の間から上がっています。当然のことと考えますが、いかがですか。 第四は、本法案では、本人の意思が不明な場合、家族が提供者の生前の意思をそんたくして臓器摘出ができるとしていることです。 この考え方は脳死臨調最終答申からも大きく後退するものです。このことは、結局、本人の意思とは無関係に、家族の意思だけで臓器の提供を可能にする道を開くおそれがあるのではありませんか。そして、臓器の確保を至上目的に追求することになるのではありませんか。お答えいただきたいと思います。 脳死臨調でさえ、脳死体からの臓器移植を認めることは結局は人の生命を絶つことを認めることになる、さらに、「二つの生命の間に価値の差を認め、一方のより高い質を有する生命を持つ患者の救済のために他方のより質の低い生命を持つ患者を犠牲にするという考え方につながりかねない」と述べています。 私は国会の厚生委員会の海外視察に参加しましたが、臓器移植が行われているドイツでは、脳死を人の死と法律で定めることに国民の七割が反対と言っていて、今なお法制化されていません。それは、脳死の法制化がすべての人々の生命にかかわる大問題だからであります。 日本では、国民の人の生死への考え方はヨーロッパと比べても慎重であり、それだけに、現状のままで性急な立法化を図ることは、医療現場に混乱と不信、不安をもたらし、医師と医療に対する国民の信頼を深く傷つけることになります。それは、ひいては臓器移植を切実に求めておられる患者と家族の皆さんの願いにも反する結果を招くことになるのではないでしょうか。 このことを指摘して、質問を終わります。(拍手) 〔野呂昭彦君登壇〕
○野呂昭彦君 岩佐議員にお答えをいたします。 脳死状態を人の死とすることに社会的な合意がないことは明らかではないか、こうした実情を無視した立法は大きな混乱を招くだけではないかというお尋ねでございますが、脳死をもって人の死とすることについては、脳死臨調の答申におきましても「概ね社会的に受容され合意されているといってよいものと思われる。」としております。また、近年の各種の世論調査等を見ましても、国民の脳死についての理解は、逐次、確実に深まってきているものと理解をいたしております。 また、性急な立法化は問題との御指摘でございますけれども、国会議員間におけるこの問題についての検討、議論は、平成元年における脳死臨調設置法案の議員提出を含め既に十年近くも続けられてきており、また、本法案につきましては四年余りにわたるさまざまな形での慎重な検討を踏まえてまとめさせていただいたものであり、慎重との評価を受けることがあっても、決して性急に立法化しようとしているものとは認識しておりません。いずれにせよ、国会の場でさまざまな角度から十分に御審議のほどをお願いいたします。 次に、脳死の医学的判定は現代医学で可能なのかどうか国民は疑問を持っていると思う、こうした不安に対する説明いかんというお尋ねであります。 脳死が適切な判定方法を用いれば臨床的に確実に判定できるということは、既に内外の医学・医療界における共通認識になっていると聞いております。我が国において脳死の判定に多く用いられるいわゆる竹内基準は国際的にも厳格なものであるとの評価が医学界では一般的であり、脳死臨調でも、五人の専門家に詳細な調査を依頼するなどの検討が行われた結果、「竹内基準は現在の医学水準からみる限り妥当なもの」であると結論づけております。 また、この脳死判定基準につきましては、厚生省に設置されました臓器提供手続に関するワーキンググループにおいても検討され、竹内基準は現時点での医学水準から見る限り妥当であり、さらに、必須項目以外の補助検査のうち聴性脳幹反応については可能な限り実施することが望ましいとの結論が得られたと聞いております。 この基準によって判定がなされれば、誤って脳死と判定されるようなことはないと考えております。 以上、私の方からお答え申し上げます。(拍手) 〔森井忠良君登壇〕
○森井忠良君 脳死を人の死とすると、臓器を提供しない場合でも脳死判定が一律に行われ医療行為が中止されることになるのではないか、これは臓器移植のために死を早めることであって国民の医療を受ける権利を侵すものではないかというお尋ねでございます。 脳死による死の判定は、臓器提供が行われる場合か否かにかかわりなく、三徴候説による人の死の判定と同様、医療の現場において医師が個々の患者について治療方針の決定等医療上の必要があると判断した場合において、死亡という客観的事実を確認するために行われるものでございます。ただし、各党協議会において、「脳死体に係る判定に当たっては、不可逆性の確認を終えるまでに、家族に対し脳死についての理解が得られるよう、必要な説明を行うものとする」との合意を得ておるのでございまして、そのような合意にのっとり、患者や家族の十分な理解を得ながら行われるべきものと考えております。 また、脳死と判定されたものは死体でありますので医療行為の対象となることはありませんが、脳死臨調の答申では、「脳死と判定された場合、脳死を「人の死」と認めることを躊躇する人に対してまで、医師は一律に人工呼吸器のスイッチを切らねばならないとすることは、余りにもこうした人々の感情や医療現場の実情から掛け離れる可能性も考えられる。したがって、こうした予想される状況に対して十分な配慮を払った対応をしていくことも重要なことと思われる。」とされておりまして、医療現場において十分な配慮を払った対応が行われることを期待したいと思うのでございます。 なお、医療保険等の給付に継続して脳死体への処置がされた場合には、附則第十一条において、当分の間、当該医療保険等の給付としてされたものとみなし、その給付の対象とすることとしたところでございます。 次に、本人意思が不明の場合、家族が生前の意思をそんたくして臓器摘出を承諾できることとすることは、家族の意思だけによる臓器の提供に道を開くものではないか、また、臓器の確保を至上目的とすることにつながるのではないかというお尋ねでございます。 本人の明示の意思表示がない場合におきます臓器提供の可否は、各党協における議論を踏まえ、運用上、遺族にあっては本人の生前の意思をそんたくして判断するという条件のもとに、遺族の判断にゆだねることにいたしております。故人の死を一番悲しむであろう近親者が肉親としての人間関係を前提として判断するわけでございますから、人間自然の情として、当然本人意思をそんたくして判断することになるのではないかと考えますが、本人意思尊重の理念にかんがみ、特に遺族に対し本人の生前の意思をそんたくして判断することを求めることとしたものでございます。 このように、本人意思をそんたくするについて最もふさわしい立場にある近親者が本人の行為等を含めて総合的に判断するものでございますから、本人の意思を恣意的に評価し、家族の意思だけによる臓器の提供に道を開くことにはならず、また、臓器の確保を至上目的とすることにつながるものでもないと考えております。脳死臨調の答申においても、本人の意思が文書で示されていない場合には、「近親者が諸般の事情から本人の提供の意思を認めているときには臓器提供を認めてよいものと考える。」としているところであります。 なお、臓器提供の承諾に関する諸外国の立法例と比べまして決して緩やかな条件であるとは考えておりませんが、各方面からの御意見がたくさんある点でございますので、今後、国会において十分御審議いただけたらと考える次第でございます。(拍手)
○副議長(鯨岡兵輔君) これにて質疑は終了いたしました。 ————◇—————
○副議長(鯨岡兵輔君) 本日は、これにて散会いたします。 午後三時十七分散会 ————◇—————