政治改革に関する調査特別委員会 第5号
- 発言数
- 57 件
- 登壇者
- 7 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1994/11/01
会議録
○松永委員長 これより会議を開きます。 内閣提出、公職選挙法の一部を改正する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。 本日は、本案審査のため、参考人として上智大学名誉教授佐藤功君、白鴎大学教授・元衆議院法制局長上田章君及び南山大学法学部教授小林武君に御出席をいただいております。 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。本委員会での審査に資するため、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。 次に、議事の順序でありますが、佐藤参考人、上田参考人、小林参考人の順序で、お一人十五分程度に取りまとめて御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑に対しお答えをいただきたいと存じます。 それでは、まず佐藤参考人にお願いいたします。
○佐藤参考人 佐藤功でございます。 私に意見を求められている事項は、このたびのいわゆる区割り法案によると、小選挙区間の一票の価値、一票の重みの格差が一対二を超えて一対二・一三七となっている、これは憲法上の要求である平等選挙の原則に違反しはしないか、それからまた裁判所の審査にたえ得るか、こういう問題が中心であるように承知いたしております。 まず、私のその点についての結論を最初に申し上げますと、これは違憲ではない、違憲とは言えない、そのように考えるわけでありますが、以下、そのように考える理由について若干述べさせていただきたいと思います。 第一に、この区割り法案は、いわゆる区割り画定審議会設置法が第三条で画定案の作成の基準として挙げております三つの点、すなわち第一は各選挙区の人口の均衡を図ること、それから第二には最大格差が一対二以上とならないようにすることを基本とすること、それからその上で第三に、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行うこと、こういう設置法第三条で定めております三つの基準に忠実に従って作成されたものであると承知をいたしております。そして、この第三条の基準自体は、国会がそれを、何ら違憲ではないばかりか、憲法の要求する平等選挙の原則を具体化、明文化したものであるとして制定されたものであると考えるわけでございます。 したがって、この改定案が「この基準に従って作成された審議会の画定の勧告、それを内閣が尊重いたしまして、そのままに提案されたものであり、このたびの区割り案は、そういう点で憲法の要求に合致する、何ら違憲ではないと考えるものでございます。 次に、問題の中心は、格差が一対二以上となることのないようにすることを「基本」とすると言っている点でありますが、なぜ一対二を超えてはならないのかとされるその理由につきましては、ここに改めて申し述べるまでもないように思います。 極めて率直に申しますと、A選挙区で五万人に一人を選挙することができる、当選させることができる、その次のB選挙区では十万人に一人、こういうことになると、すなわち議員一人当たり人口の比率が一対二となるということになりますと、A選挙区の選挙民はB選挙区の選挙民の二人分の投票の価値を有する、こういうことになる。それは平等の原則の本質に合致しない、こういうことであると申してよろしいと思います。 このような人口比率の原則を「基本」とするといたしまして、そしてその上で、非人口的要素を考慮する、こういうこととなっているわけでありますが、それはこの原則の範囲内で認められる。すなわち、「基本」としてというのは、いろいろの事情を総合的に考慮してというのは、このことを意味するものと考えます。 この場合に、次のことを申し上げておきたいと思います。 第一は、今まで一対二以上という言葉を使いましたけれども、この場合でも、学説と申しますか、いろいろの憲法、選挙法の教科書的なもので言われておりますのは、おおむね一対二以上、おおむ ね一対二ということが書かれているわけでございます。例えば、一対二をわずかに超えて一対二・〇一とか一対二・一とかいうのは、これは、そうしなければならないという点は非現実的であります。できる限り一対二を超えないように、一対二に近づけるということが主張されているわけでございます。 このたびの一対二・一三七というのは、そういう点でぎりぎり努力をして、行政区画その他のほかの事情、これを考慮したぎりぎりの努力を審議会がなされた結果である、一対二に近づけるためのぎりぎりの努力をなされたものであるというふうに了解しております。それが第一点。 それから第二には、この人口比率原則、すなわち人口比率の平等ということを「基本」とするということでありますが、これは、そういう人口的要素と、行政区画あるいは選挙区の沿革とかそういういろいろの非人口的要素と並べて、それを同等の基準とするというのではなくて、先ほど述べましたように、人口比率の原則が最も重要な基本的な基準とすべきであるということでされているということでございます。 この「最も重要かつ基本的な基準」という言葉は、後でも触れます最高裁の有名な昭和五十一年四月十四日の判決の中で使われている言葉でございます。そしてその点は、五十一年判決以前と異なるこの五十一年判決の重要な点であったと思うのでございます。 すなわち、この五十一年判決以前ありましたのが昭和三十九年二月五日の最高裁判決でございます。これは衆議院ではありませんで、参議院の府県別定数の比率が一対四であったということが争われた訴訟事件でございますが、それにつきまして、人口比例、人口に比例して議員定数を各選挙区に配分することは「望ましい」という言葉を使いまして、望ましいが、他の非人口的要素を考慮して配分することも合理的であるというふうに書きまして、人口比例の基準とほかの考慮すべき要素、これを同等のものと見ている。それが五十一年判決では、人口比率の基準が最も重要な基本的基準であるというふうにいたしまして、ほかの基準とは区別して、いわゆる最も基本的な重要な基準であるとしたというところにこの五十一年判決の特色があったと考えるのでございます。そこで、五十一年判決以後の主として最高裁判決でありますが、ここでは以後においても「最も重要かつ基本的な基準」とされているわけであります。 ただ、五十一年判決は以上の点で特色があるといいますか、画期的な判決であったと思うわけでありますけれども、しかしどこまで行けば違憲となるか、つまり具体的にどこまでが許容されるかという点については述べていない、判断を示していないわけでございます。問題となりました一対四・九九は違憲であるということを明らかにしたにとどまりまして、それならば一対四はどうだ、一対三はどうだという点につきましては触れていない。一対おおよそ二、おおよそ一対二までだとしたものではないわけでございます。そこで、その後その点がいろいろ裁判でも争われるようになりまして、この一対四・九九というのがだんだんに下回るということとなってくるわけでございます。 もう先生方御存じのとおりでございますが、一対四・四〇というのが問題となりました事件につきましての昭和六十年七月十七日の判決、これは、一対四・四〇は許容の限度を超えている。いろいろほかの事情をしんしゃくしてもなお一般的合理性を有するものとは考えられない程度に達しているというふうに申しまして、許容の限度を超えている。それからまた第二に、是正のために許容されるいわゆる合理的期間も既に経過しているということから、一対四・四〇の不均衡というものは、定めたあの公選法の規定は違憲であるとしたわけであります。 そしてまたその後におきましても、最高裁としては最近のものでありますが、一対三・一八が争われた平成五年一月二十日の判決におきましては、一対三・一八は違憲の状態である、合理的期間も経過をしているということで、違憲である。ただ、それに基づいた選挙の効力は有効だ。いわゆる御承知の事情判決の法理というものを使いまして、違憲の宣言はしたけれども、それに基づく選挙の効力というものは有効だとしたのでございます。つまり、最高裁のこれまでの判決の流れといいますか、その結果といたしましては、一対三・一八を超えれば違憲となる、こういうこととなっているのでございます。 その場合に、これも御承知のことでございますが、昭和五十八年十一月七日の判決、これは一対三・九四を違憲とした判決でありますが、その判決におきまして、昭和五十年の定数是正の法改正によって最大格差が一対二・九二まで縮小したということに触れまして、これによって不平等は一応解消されたと述べたことがありました。ということは、一対二・九二までは違憲ではないという、そういう判断であったと受けとめられておるわけでございます。すなわち、おおむね一対三までは違憲ではない、そういうのが最高裁の判断であると一般に受け取られているわけでございます。 そこで、その一対三までということに対しまして、学説は批判的でございます。初めに申しましたように、おおむね一対二までである、こういう立場から、そういう最高裁の判断には批判的な学説が多いわけでございます。 それからまた、下級審判決といたしましては、例えば昭和五十五年十二月二十三日の東京高裁判決、これもおおむね一対二を超えれば違憲となるということを判示しておりますし、またもっと新しい最近の平成六年六月三日の東京高裁、これは一対二・八二は違憲ではないとしたものでありますけれども、それの傍論としまして、非人口的要素を考慮するとしても、選挙権として一人に二人分以上のものが与えられることとなってはならないという基本的な平等原則、これをできる限り遵守すべきであると申しまして、最高裁のこれまでのような基準というものに従って違憲判断をするということは、これは妥当、相当ではないということを言ったものがございます。 それからまた、最高裁自身の判決におきましても、御承知の先ほど述べました平成五年一月二十日の判決、これは一対三・一八は違憲の状態にあるとしたものであったわけですけれども、この判決に対しましては合計六人の補足意見ないし反対意見というものが出されております。その六人の中で四人の裁判官は、一対二を超えれば違憲となるということを主張しているのでございます。 そういう傾向というものを見てみますと、最高裁の判断は一応ほぼ一対三までということではあるわけでありますけれども、下級審や最高裁の反対意見あるいは傍論というようなものでは、一対二を超えないようにするべきであるということが主張されるようになってきているということを注目すべきであろうと思います。一対二までに近づけるべきだという考え方がだんだんに有力になってきているということを注目すべきであろうと思います。 最高裁の判断が今後どのようになるか、一対二までということにまで行くかどうかということは、これは予測すべき性質の問題ではございませんが、先ほど言いましたような四人もの一対二までという論者が最高裁自身の中にもあるということから申しますと、将来最高裁が、これはもちろんこのたびの改定案以前の問題として申し上げるわけでありますけれども、一対二までというような方向に最高裁自身の多数意見も変わっていくのではないかということも予想されるというふうに考えております。そして、私は、このような見解に賛成なのでございます。一対二、おおよそ一対二とすべきであるという考え方に賛成するものでございます。 そこで、今回の画定審議会の勧告、そしてそれを尊重したこのたびの法案、これが一対二を「基本」とするという原則を定めているわけで、一対二を「基本」とするとしているものであるわけでございますが、それに賛成するということになります。それが違憲ではないというにとどまらず、 むしろ憲法における平等選挙の原則を今回この改定案によって国会が明文化し、具体化したものであるというふうに考えるわけで、そういう点でこのたびの改定案に私は賛成するわけでございます。その成立を期待しているものでございます。 最後に、甚だ言うまでもないことのようでございますけれども、人口不均衡、定数不均衡の問題というのはもう随分長く前から論議をされてきた点で、それの是正是正ということが言われてきたわけでございます。最高裁も一対三までというところまで来ているわけですけれども、それは私からいえばいまだ不十分というふうに考えるのでございます。 最高裁は、いろいろな判決におきまして、国会に対して、立法を進めろ、抜本的改革を行うべきであるということを強く要望せざるを得ないというようなことまで言っているわけでございますけれども、しかし、言うまでもなく最高裁自身が区割りを決定するということはできませんので、それを国会に強く期待をしている、こういうことであろうかと思います。それは国会のお立場から申しますと、国会にはそれの責任がある、こういうことであろうと思います。 長く論ぜられました定数不均衡の問題を、このたびの選挙制度の改革、これは小選挙区比例代表並立制ということも重要ではございますけれども、それのもう一つの柱というものが定数是正、一対二を基本とする定数の改定ということであったわけでございまして、それがこの法案によって実現されようとしているということで、そういう点で私は、結局問題を解決するのは立法によるほかはないので、そういう立法をなされる責任が国会におありであるというふうに考えるわけでございまして、そういう意味でこのたびの改定案というものに賛成し、それの実現を期待するものでございます。 以上でございます。(拍手)
○松永委員長 ありがとうございました。 次に、上田参考人にお願いいたします。
○上田参考人 白鴎大学の上田でございます。 本日お呼び出しを受けましたのは、案件は公職選挙法の一部を改正する法律の一部を改正する法律案ということになっておりますが、私にお尋ねの件は、先ほど佐藤先生がお話しになりましたように、今度のいわゆる区割り法案におきまして一票の格差が二倍を超える選挙区が若干生じておる、これは憲法十四条の法のもとの平等に反しないかという点ではなかろうかと思いますので、この点に絞りまして私の考え方を申し上げたいと思います。 先に結論を申し上げますと、私も佐藤先生と同じように、違憲ではないという考え方でございます。 実は私、本院の法制局長をやっておりまして、現職の当時、ちょうど中選挙区制における衆議院議員の定数是正の問題にぶち当たりました。私の現職のときには、昭和六十一年のいわゆる八増七減案という改正もお手伝いをさせていただいたものでございます。 定数是正の問題を考えます際に一番問題となりますのは、言うまでもなく最高裁判所の判決でございます。最高裁判所の判決は、先ほど佐藤先生も詳しくお話しになりましたが、昭和五十一年、昭和五十八年、昭和六十年、昭和六十二年、それから平成五年というように幾つか判決が出ておるわけでございますが、これらの判決はほぼ内容は同様であるというように考えていいのではないかと思います。 その判例によりますと、 憲法第十四条第一項の規定は、国会を構成する 衆議院及び参議院の議員を選挙する国民固有の 権利につき、選挙人資格における差別の禁止に とどまらず、選挙権の内容の平等、すなわち議 員の選出における各選挙人の投票の有する影響 力すなわち 投票価値の平等をも要求するものと解すべきで ある。ということを第一に言っております。 しかし、また、憲法は、国会の両議院の選挙に ついて、議員の定数、選挙人の資格、選挙区、 投票の方法その他選挙に関する事項は、法律で 定めるべきであるということを四十三条二項、四十四条、四十七条において言っております。 選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国 会の立法裁量にゆだねているところである。そ こで、投票価値の平等は、憲法上、右選挙制度 の決定のための唯一、絶対の基準となるもので はなく、原則として、国会が正当に考慮するこ とのできる他の政策的目的ないしは理由との関 連において調和的に実現されるべきものであ る。それゆえ、国会が定めた具体的な選挙制度 の仕組みのもとにおいて投票価値の不平等が存 する場合に、それが憲法上の投票価値の平等の 要求に反することとなるかどうかは、右不平等 が国会の裁量権の行使として合理性を是認し得 る範囲内にとどまるものであるかどうかによっ て決するほかない。というようなことを言っておるわけでございます。 この判例は、言うまでもなく中選挙区制の定数是正の判決でございますが、基本的には今回の小選挙区の区割り画定についても同様のことが言えるのではないかと思っております。 ところで、このいわゆる区割り法案といいますのは言うまでもなく衆議院議員選挙区画定審議会の勧告を受けて作成されたものでございますし、また審議会は、各選挙人の投票価値の平等が憲法上の要求であるということにかんがみまして、選挙区の画定案の策定に当たりましては、「各選挙区の人口の均衡を図る」ことを重視するとともに、各選挙区間の人口の格差が一対二以上とならないようにすることを「基本」とするという衆議院議員選挙区画定審議会設置法の第三条一項に規定する基準に従いまして画定案が作成されております。また、人口基準以外の「行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならない。」ということも同じく第三条に書かれているところであります。さらに、第三条第二項では、各都道府県にまず一議席を配分するということも規定されております。 これらは、今申しましたように、衆議院議員選挙区画定審議会設置法という法律が国会において議決されたというそのことに基づきまして審議会の方で勧告をなされたものでありますから、この国会で制定された内容、こういうものを所与のものとして受けとめるべきことになります。したがいまして、さきの都道府県一議席配分の結果、都道府県間の格差が既にそれだけで一・八二倍ということになります。そして、これを前提として各選挙区を画定するにつきましては、人口格差を二倍未満にすることは至難のわざでございまして、審議会において大変御苦心のあったことと思います。 石川会長の言にありましたように、市町村をようかん切りにすることは許されないのでありまして、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮され、結果的に二倍を超える選挙区が多少生じましたとしましても、審議会の審議の経過、さらに今国会先生方が慎重に御審議をなさっておるというこういう立法過程を考え合わせましたときに、これもやむを得ないものではないかと思うわけでございます。 また、さきの最高裁判所判例は中選挙区制のもとにおける定数是正の判決でありまして、今度新しく小選挙区比例代表制が発足するに当たって、一対二未満の投票価値の平等が要請されるのではないかという考え方がございます。 この考え方は確かに一考に値するものと思っておりますが、さきにも申し上げましたように、最高裁判所の中選挙区制のもとにおける定数是正の考え方というものは選挙制度一般についても同様に当てはまるものというように考えられますし、さらに、今回の選挙制度の枠組みは小選挙区のみならず比例代表制をも並立させたものとなってお ります。 この制度を前提として投票価値の平等を考えた場合、両選挙制度によってその価値の不平等の許容限度は異なるのでございまして、比例代表制については各ブロック間における一票の価値はほぼ同じということになっておりますが、小選挙区制につきましては、これに比し、投票価値の平等については緩やかに考えられ、中選挙区制の場合における最高裁判所の判決から推測される三倍以内、この点は、先ほど佐藤先生が詳しく一対三の点はお述べになりましたので省略させていただきますが、裁判所は明確に一対三以内であればよろしいとは言っておりませんが、あえて私が最高裁判所の判決から推定されると申し上げましたのはそういう意味合いでございますが、そういう三倍以内という基準に近いものもある程度は認められるのじゃないかというようなことが考えられます。 しかし、この新しい小選挙区比例代表制を発足させるに当たりましては、一対二未満の平等の要請は重く受けとめるべきで、この点は先ほど佐藤先生もおっしゃいましたが私も同様な考え方を持っておりますが、さきに申しました、審議会でも二倍以内におさまるよう努力をされておるということ、その結果としてやむを得ず格差が二倍を幾分超える選挙区が生じましても、これをもって直ちに憲法第十四条の法のもとの平等に反するとは言えないのではないかと思うわけでございます。 なお、最後に私は、この制度が発足しました後、是正の問題につきまして一言触れておきたいと思います。 と申しますのは、今までの中選挙区制の場合におきましては、別表におきまして「この法律施行の日から五年ごとに、直近に行われた国勢調査の結果によって、更正するのを例とする。」というように書いてございます。「例とする。」というところがくせ者でございますが、いずれにいたしましても、是正がなかなか行われなかったということは事実でございます。 今度の場合には、先ほど申し上げました衆議院議員選挙区画定審議会設置法という法律におきまして、第四条で、「国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から一年以内に」勧告を行うのだということを書いてございます。しかも、これは国勢調査でございますから十年ごとということになるわけでございますが、この原則以外にも、審議会では、「各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情があると認めるときはこ勧告を行うことができるのだということも書いてございます。 したがいまして、今度は法律事項としてこの審議会は内閣総理大臣に勧告をすることになります。勧告をすることになりますと、国会はこれを尊重しないといけないということでございますから、今までよりはより是正が行われやすくなったといいますか、行われることになるのではないかと思いまして、この点は私は今度の制度の方がずっと進歩しているのではないかと思うわけでございます。 いずれにいたしましても、先ほど佐藤先生もおっしゃいましたが、これは法律事項でございますので、先生方の御意思というものが一番中心になる問題でございますから、この点だけ、御認識は当然あると思いますが改めて申し上げまして、私の公述にかえさせていただきます。 以上でございます。(拍手)
○松永委員長 ありがとうございました。 次に、小林参考人にお願いいたします。
○小林参考人 小林武でございます。本院で審議されている小選挙区制の区割りに係る公職選挙法改正案につきまして、参考人として意見を述べます。 このいわゆる区割り法案に憲法に則して検討を加えるに当たりましては、それがさきに成立を見ている選挙制度改正のうち小選挙区部分を完成させるものであることにかんがみまして、その問題点を小選挙区制全体との関連で論じたいと思います。 最大の問題は、この区割りによって、投票価値、いわゆる一票の重みに憲法上許容しがたい不平等が生じる点にあります。すなわち、三百の選挙区のうち人口の最も少ない選挙区と最も多い選挙区との間の一票の格差は、区割り審議会の勧告が基礎とした一九九〇年の国勢調査によれば、最大二・一三七倍、二倍を超す選挙区が二十八、また九四年三月の住民基本台帳では、最大二・二二六倍、二倍以上が四十一選挙区に上っております。 一票の格差に関しましては、最高裁判所は、現行中選挙区制につきまして幾つかの判例を通して、三・一八倍のケースを違憲状態とする一方、二・九二倍は投票価値の不平等が一応解消されたものと評価できるという示し方によりまして、三倍の基準を合憲の一応の目安としているものと推測させてきました。しかしながら、この最高裁判所の考え方は論拠に欠けたものであります。最高裁は、人口に比例した定数配分が原則であるとしつつも、行政区画、地理的状況、社会状況などの非人口的要素を考慮しなければならないとするわけでありますけれども、それが何ゆえに三倍説を帰結することになるのか、全く説明していないのであります。 学説は、これに関して、多数が二倍未満説に立っております。すなわち、人口比例が憲法の規範的要請であることから、あくまで一対一が原則であって、立法技術上の必要や真に考慮すべき非人口的要素を取り入れても、一票の格差は選挙区間で二倍未満とされなければならないというわけであります。格差が二倍以上の制度では、実質的に、一人一票の原則が破壊され、憲法の禁ずる複数選挙制、歴史的にはいわゆる等級選挙制でありますけれども、これが生じることになるからであります。 この二倍未満説の論拠は近代選挙原則に裏打ちされた大変強靱なものでありまして、実は最高裁判決の中にも次のような状況が見られます。すなわち、昨年、一九九三年一月二十日の大法廷判決は、現行中選挙区制の時期における最後の最高裁判決であると目されるものでありますけれども、ここでは、法廷意見は先例どおりの三倍説をとっているかのように見えますが、七名の意見及び反対意見が付されておりまして、そのうち四名の裁判官が二倍未満説に立ち、また二名の裁判官は法廷意見のとった判断方法を批判しております。結局、格差が三倍までなら許容されるとする最高裁判例は、法理論上の根拠に裏づけられたものではなく、むしろ立法府が抜本的な定数是正を一貫して怠ってきた状況への政治的配慮、そしてそれは本来司法府のなすべきではないあしき配慮であると言わざるを得ないわけでありますけれども、そのような政治的配慮を示すもののように思われるのであります。 新制度の小選挙区制に関しましても、選挙区間の人口ないし有権者数の格差は二倍未満にとどめられなければなりません。この原則は維持されるべきであります。これを緩和すべき理由は見出せないと私は思います。かえって、この原則をより厳格に運用することを要請する事情ないし要素が少なからず見出されます。以下、四点述べます。 すなわち、第一に、このたびの新制度導入の経過からいって、選挙制度の変更はいわゆる政治改革の一環とされるものでありますが、導入を主張する側から、この改革で格差を二倍以内にして抜本是正を行うとの説明がなされておりました。そのような事情がございます。また、それゆえにこそ選挙区画定審議会設置法も、第三条第一項で「各選挙区の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が二以上とならないようにすることを基本」とするといたしまして、原則二倍未満の基準を採用しているわけであります。これは、立法者がみずからに課した法的責務にほかならないものでありまして、そのことを強調しておきたいと思います。 第二に、これをめぐりまして裁判所も、小選挙区制導入法成立後に出された一つは東京高裁の九四年六月三日判決、もう一つは広島高裁の同じく 本年九月三十日判決で、それぞれ、最大格差が二・八二倍であった昨年七月の総選挙に関しまして、この格差を合憲としつつも、新制度における格差は二倍未満にとどめられるべき旨を明瞭に判示しております。すなわち、東京高裁でありますけれども、今後の抜本是正では一人に二人分以上の選挙権が与えられることのない基本的な平等原則をできる限り遵守すべきで、そうした基準によって合憲・違憲を判断すべきであるとの趣旨を示しておりますし、また広島高裁も、「議員定数配分規定の抜本的改正、殊に小選挙区制を前提とした改正にあたっては、将来の人口異動を考慮に入れても選挙区間の最大較差二倍以内に納めることが期待される」と述べているのであります。 第三に、小選挙区制には、一票の重さの不均衡を是正するには区割りそれ自体を変えなければならないという構造上の特性があります。小選挙区制には定数の概念がないわけでありまして、あえて言えば各選挙区とも不動の定数一であるわけですから、定数是正によって不均衡の是正を図るわけにはいきません。現行の中選挙区制における定数是正さえ満足にできず、びほう策を講じることで当座を糊塗するのを常としてきた国会にとりまして、区割りを変えることは至難のわざであるように思われます。そのことを考えますならば、この制度を導入する限り、その出発点において可及的に一対一に近いものにしておかなければならないはずであります。 第四の、そして最大の問題点は、今般の区割りで一票の価値に不合理な格差を設けることが、小選挙区制全体との関連においては二重の不平等をもたらすことになる点であります。すなわち、小選挙区制は、周知のとおり、その制度原理上、選挙区ごとに、また全体としても、五〇%程度の死票を生み出します。しかも、政党の組み合わせなど、状況次第でそれがもっとふえることを経験則が教えております。このことは、小選挙区制が、有権者意思の議会への反映という面で有権者の多数を不平等に扱い、かつ、政党間において得票率と議席占有率とが近似すべきことを要求するいわゆる結果価値の平等の原則に違背する制度であることを示すものであります。そうであるとすれば、それに加えて一票の重さ、つまり投票価値の平等まで損なうことは、許容される余地のない事柄であると言えるだろうと思います。 それにもかかわらず、今般の区割り法案は、出発時点で既に約二・一四倍、本年の住民基本台帳によれば約二・二三倍という格差を抱えているわけです。その点で、この法案は、投票価値の不均衡に限っても、その最初の実施をもって違憲と判断されるべきものと思われます。 ここにおいて強調されるべきは、やはり立法府自身の使命ないし責任の問題であります。 憲法第四十七条は、選挙制度の選択を法律事項とすることで、それを国会の一定の裁量的判断にゆだねております。同時に憲法は、この国会の裁量的判断を統制する原則を幾つか設けているわけでありまして、それは、国会が主権者国民により正当に選挙された代表者によって構成されるべきであることを定めた前文及び第一条、平等選挙の原則を詳細に規定した第十四条第一項、第十五条第三項及び第四十四条ただし書き、さらに選挙活動の自由を保障した第二十一条その他にわたりますが、国会は、これらの原則を遵守しつつ、それを積極的に実現する選挙制度づくりをする責務を担っていると考えられるわけであります。このことは、憲法が、国会が主権者国民の代表機関であることを尊重し、かつ民主主義的力量に期待していることを物語るものであると言えます。 それにもかかわらず、衆議院は、みずから一九八六年に行った定数の抜本是正が必要であるとの決議の履行さえせずに、今、小選挙区制導入の仕上げをしようとしているわけであります。そして、この新制度は、遺憾ながら、内容と手続の双方とも憲法の期待するところに背くものと言わざるを得ません。 すなわち、政治的評価はさておきまして、純粋に制度原理上の問題に限って論じるわけでありますけれども、まず、大量の死票を構造的に生み出し、有権者国民の持つ選挙において平等に処遇される権利を侵害するものであります。 また、国民代表制につきましては、これを、国民意思と代表意思の事実上の類似が重視されなければならないという、いわゆる社会学的代表の意味にとらえるのが現代憲法に関する今日の共通理解でございますけれども、それによれば、国民の多様な意思をできるだけ公正かつ忠実に国会に反映させる選挙制度が憲法上要請されることになりますしかるに、小選挙区制は、この要請の対極にあるものでありまして、国民意思の反映にとって最も不適切な制度であると言わなければなりません。 そして、小選挙区制のもとでは、これも制度原理上、小政党が徹底して排除されることになりますが、これは、国民の中の少数意見の切り捨てを意味するものでありまして、立憲民主主義の基本精神とは全く相入れない、重大な問題点であります。 さらに、小選挙区制導入の過程をめぐっても、本年一月下旬の関連法成立手続は、憲法上説明のつきかねるものでありました。とりわけ、法制度上の協議機関とは言えない、当時の内閣総理大臣と自由民主党総裁の間のいわゆるトップ会談を受けまして、国会が、さきに衆議院が否決した自民党案とほぼ同様のものへと修正することを次期国会に義務づけつつ、実施する意思のない政府案をひとまずは成立させておくという立法テクニックを用いたわけでありますけれども、このことは、法的巧緻を通り越しまして、もはや政治的トリックの域のものでありました。 結局、小選挙区制の立法は、遺憾ながら、実体上もまた手続上も、国会に、国民代表議会としての自覚と、憲法を実現する任務を負った最高機関としての責任が欠如していることを示したものと言わざるを得ないのであります。 区割り法案に戻りますならば、さきに述べました意味で、それは選挙における平等の保障を二重に侵害するものであると言えるわけでありますが、このことは、国民の権利の侵害のみを示すものではなくて、国会自体が二重にゆがんだ鏡と化してしまうことを物語っております。国会はそのことによって国民の信頼を失います。また、国会に存立の基礎を置く内閣もその権威を低めるという事態が生じます。このことは必定と申せましょう。私は、そのような事態の到来を心底憂えるものであります。 国会が、我が国民主主義百年の計に思いをいたして、慎重な審議を重ねられますことを心より願う次第であります。 これをもちまして、私の参考人としての意見陳述を終わります。(拍手)
○松永委員長 ありがとうございました。 以上で参考人の意見の開陳は終わりました。 —————————————
○松永委員長 これより参考人に対する質疑を行います。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。林義郎君。
○林(義)委員 参考人の三先生には、御多忙中、また急なときにもかかわらず御出席いただきましたことを、まずもってお礼を申し上げておきます。 きょうは、一票の格差の問題についてということで、恐らく委員部の方から御連絡をしておられたのだろうと思いますが、今いろいろとお話を聞かせていただきまして、大変勉強になったところであります。 順次お尋ねをしてまいりたいと思いますが、まず佐藤先生にお尋ねをいたします。 先生のお話を聞いておりますと、人口比率を基準にする、おおむね一対二に近づけるように努力をする、地方の行政区画その他の問題を考えていかなければならない、これが設置法に書いてあるところの基準でございますからそれでやったのだ、こんなお話でありますし、昭和五十一年以降この定数の問題につきましては長い歴史がございましたから、それの不平等の問題についていろい ろお話があったところであります。 大変詳しく御説明いただきまして本当にありがたいと思いますが、私は最後に先生がお話しになりました中で一つお尋ねをいたしたいのは、最高裁は一対三とまでは言わないけれども大体それに近いような判断をしてきている、長い歴史の上においてずっと変わってきたけれどもそういうふうな話になってきている、下級審の方はいろいろな意見があります、また東京高裁などは傍論という形でもって、一対二をやるべきだ、こういうふうな話をしておられる、そういったところまでお話がありました。 そこで、一対二に近づけるべきであるというのが注目すべき点であって、最高裁の意見も変わってきておるし、先生御自身としても一対二に持っていくのがいいことだ、こういうふうな御発言があったように思っておるところであります。これは要するに、法律として違憲かどうかという問題の前に、定数の問題として、一対二という原則、これは法の前の平等におけるところの原則でありますから、国民の投票権の行使に当たっての原則としては、やはり一対二を超えないことというのが国民的に求められたところの原則だろう。これは学説もそうであるし、また法学者の方々もみんなそういうお気持ちを持っておられる。 しかしながら、それとは、憲法解釈の問題とはちょっと違うところがあるんだ、こういうふうに私は実は理解したのです。もう少し先生のお話を詳しく読めばいいのかもしれませんが、その辺をもうちょっとお話を聞かせていただけるとありがたいな、こう思っているところでございますが、御説明賜われるでしょうか。
○佐藤参考人 投票価値の平等という場合に、先ほど申しましたように、その基準とされておりますのは、学説の方でも、一対二を超えれば違憲となるし平等原則に反することになる、こういうことであるわけであります。そしてその場合に、おおむね一対二ということでそこはおのずからある程度までは許容される、こういうことであるわけでございます。 裁判所、特に最高裁の場合は、一対四・九九から一対四・四〇、それから一対三・九四ということになって、これは大きく言えば一対二に接近しつつあったわけでございますけれども、しかし、一対二というところまでをはっきりしたわけではない。これは不徹底だと思うわけなんですけれども、一方翻って考えますと、最高裁の判決というのは司法審査、違憲審査。そしてその場合に、具体的に、一対四・四〇になっている、それはどうか、一対三・九四になっている、それはどうか、こういう形で問題が出てくるわけですから、最高裁としてはその一対四・四〇や一対三・九四は違憲でないか違憲であるかということを示せば足りるわけなんですね。 それで、最高裁が一対二でなければならぬということを言いますと、実際的には非常に、いわば現実の定数配分というものとはかけ離れてしまう。そこからまたいろいろの混乱といいますか、も生じてくるし、それに反する定数配分規定で選挙が行われた場合には、それが違憲、無効になるということにもなりかねない。ですからそういうことについては私は、最高裁というのはいわば遠慮してというと悪いですけれども、積極的に一対二でなければならぬということは最高裁としては言えない立場であるのではないかというふうに思うわけでございます。 ただ、一対二・九二にまでなったということを、これは判決のいわば主文みたいな、主文といいますか、主な部分で言っているわけじゃございませんで、定数是正のなされてきたプロセスを一応回顧したというようなそういうところで、五十年の法改正でございますか、そこで一対二・九二になった、そして、これで一応定数が是正されたと見るべきであるということを言ったわけなんですけれども、これはそういうプロセス、そういう場所で言ったことでございまして、一対二・九二がぎりぎりの一線だということまで言ったわけではないと思います。 ただ、そう言ったものですから、世間ではほぼ一対三がぎりぎりであるというふうに受けとめられ、そして、現に国会におきましてもその後、昭和六十一年でございましたか、定数是正をなさいました。あのとき、結果として一対二・九九にまでなったのですね。これは最高裁の要請にも合致するのだというふうに受けとめられて、一対二・九九までなさったということであろうかと思います。 しかし、私は先ほど申しましたように、一対二ということが憲法上の基準でもあるし、平等選挙の原則からいっても基準である、そこまでいくべきである、しかし、それは裁判所がなすべきことではなくて立法部がなさるべきことである、そうなった場合には最高裁もほかの裁判所も、裁判所がこれを違憲だとするはずはないというふうに思っているわけでございます。
○林(義)委員 まさに先生がおっしゃるとおりに、原則はやはり一対二だろう、こういうことでありますが、それを超えたからといって、最高裁判所が、現実に一対二・九云々ということになっているときに、これについてどうだというときにどういう判断をするかというのは、最高裁判所としてのいろいろな政治的な配慮もあるでしょう、いろいろなものがありますから、そういった判断をしたところでいい。それは最高裁判所が間違った判断を下しているわけじゃないので、最高裁判所が憲法の規定に基づいたところの判決をしたんだ、こういうふうなお考えだと私は受けとめたわけですね。 そこで先生、一対二以内という原則ですが、私は、これは法のもとにおける平等、投票権の平等の原則だろう、こう思うのですね。 この原則というのは、やはり日本だけではない原則だと私は思うのです。日本国憲法にもありますけれども、フランスの人権宣言にもある。ドイツのワイマール憲法でもかつてそういったものがありました。また、アメリカの下院議員のいろいろな定数の問題につきましても、これは非常にシビアな形での運用がされているわけですね。アメリカの場合には裁判所がやる場合もあります、また立法府がいろいろな定数是正をすることもあります。いろいろな形がありますが、やはりここは是正をしていかなければならないのが法のもとにおける平等の選挙制度のあり方ではないだろうか、こういうふうに私は考えておるところでございまして、裁判所がどうだこうだという前に、当委員会として、当国会の立場において、どういうふうな判断を憲法論として考えなければならないか。これはほかの人じゃない、我々自身が考えるべき問題ではないかということを、この前もやりまして言ったのですが、先生のお考えだと、今私が申したことは行き過ぎだから、それは裁判所に任せたらいいとかというようにお考えになるのかどうか。 私は、この国会でそのことは十分に考えていかなければならない話だろうなということを申し上げて、そういったことをやらなくてはならないな、こういうことだと思いますし、実はこの前、六月に東京高裁の判決がありましたね。この判決の中にも傍論として言われておりますのは、まさに、「抜本改正を必要としてきた国会自身の認識」が今までもあったし、これからもやはり国会が抜本是正をやるときにはそのことを考えてやっていかなければならない話だ、最後にそういうふうに結んでいるのですが、私はこの所論はおかしくないと思いますけれども、先生はこの東京高裁の六月の判決はやはりちょっと行き過ぎだというふうにお考えかどうか。その辺、ちょっとお尋ねしたいのですが。
○佐藤参考人 初めに申し上げますが、将来、一対二・一三七というのがさらに拡大して、一対二・四になったり二・五になったりする。するとその場合にまた訴訟ということになりまして、裁判所がその一対二・五というようなものが違憲かどうかということを判断することになるわけですね。その場合に、私は先ほど申しましたが、おおむね一対二、ある程度一対二を超えるという場合 もこれは認めざるを得ないと思うのですね。それで、それが限りなく三に近くなったりするとそれは問題かもしれませんが、それは、先ほどから申し上げておりますように、現に生じている格差というもののそれぞれについて判断するよりほかしょうがないというふうに私は思うのでございます。 それから、まあ平等の原則からいって、人口比率、いわば究極の理想と申しますか、これは一対一だと思うのですね。しかし、私どもが一対二ということを申しますのは、やはり、選挙区によって一人分が二人分になるということは、これはもうぎりぎり限界を超えるものであるという、だから一対二、おおむね一対二ということを基準にして考えるわけでございます。一対一を基準にして考えるならこれはまた、今の一対二・一三七が違憲だと言われたらこれはもう申すまでもないことになるわけですけれども、私は、理想としては一対一でありましょうが、現実的に考えますと一対二ということがぎりぎりの基準ではないかというふうに思うわけでございます。
○林(義)委員 そこで、もう一つ申し上げますが、こちらの東京高裁の判決の方は、「選挙権として一人に二人分以上のものが与えられることがないという基本的な平等原則を」、こういうことが書いてありますね。 先生のお話は、一人で二人分ぐらいのところであっても、まあその辺はちょっとあってもというふうなお話でありますが、私は、平等原則というものはやはり二人分になったのではいけないのだろうと思うのですね、平等の原則というのは。一対一は、それはもちろん厳密に一対一というのは私は正しいことだと思いますけれども、それはとてもできる話じゃありませんから、やはりそこを言うならば、二人分を超えないというところの線の引き方というのが人の上に人をつくらずという大原則だろう、こう思うのです。私はそういう考え方でございますが、先生は今お話しのごとくでございますから、どうもそこはやはり厳密に守るべきものではないかな、国会として守るべきものではないかなという感じを私は持っておることを申し上げておきたいと思います。 それから、時間が余りございませんので、上田さんにお尋ねしますけれども、さっきちょっと、大体人口格差二倍というようなお話がありましたが、小選挙区制の場合と中選挙区制の場合とはちょっと別に考えるべきではないか。何か、比例代表と小選挙区とがありまして、小選挙区の場合には少し今の一票の価値の原則は緩やかであってもいいというような御発言があったように思っておりまして、三倍以内というのがそれに当たるのだというような話がございましたけれども、その辺はどういうお考えなのか、ちょっと御説明を賜りたいと思います。私の聞き逃しだったかもしれませんので、お許しいただきたいと思います。 それから、小林先生にお尋ねいたします。 先生のおっしゃるとおり、小選挙区になりましたら死に票がたくさん出る、そうすると国民の声を国会に反映できないというのは確かにあると思いますが、私は、これは小選挙区制の持っている宿命の問題だ、小選挙区制でやるならばもうそういうことにならざるを得ないと思うのですね。 そのときに、小選挙区制でやるか大選挙区制でやるかあるいは中選挙区制でやるかというのは制度の問題でございますから、制度はそれぞれあります。その制度がそれぞれある中で、私はやはり、法のもとの平等ということを考えていかなくちゃならないんじゃないかな、こう思っておりまして、小選挙区制だからすぐにこれが法のもとの平等に反するとかという話にはならない。むしろ、小選挙区制でやればいろいろな点で国民の意思が反映されないような形になってくる可能性があるという御議論ならば私は非常によくわかるところでありますけれども、それが法のもとの平等の原則と一緒にされるとちょっと困るように思います。 その辺につきまして、先生は小選挙区制の問題をどういうふうに考えておられるのか。今の話の点についてどういうふうにお考えになるのかということを一つお尋ねをしておきたいと思います。 それから、先生お話がありましたように、二倍の格差というのは、小選挙区制になりましてもやはりこれは原則として重んじなくてはならない話であります。私もいろいろな論文、例えばこの芦部さんのものであるとか、それから辻村さんの論文とか、いろいろな論文を見ましたけれども、大体脚注の中にみんな入っていますのは、二対一の格差の中でおさめるのが学界の学説の多数説である、こういうふうになっていますね。だから、学界の多数説であるし、先ほどお話がありました最高裁判所で、大法廷でしょう、十五人でやって七人の少数意見があった。その七人の少数意見はそれぞれあったという話ですが、こういったような法曹界でのお感じというのは、先生もお若いんだから、お若い方々の裁判官なりいろいろな方々の御意見というのは一体どういうことになっているのか、その二つの点、先生にお尋ねします。 まず、上田さんからお話をいただきたいと思います。
○上田参考人 私がお話を申し上げました中で、小選挙区制と比例代表制とで投票価値の平等の許容限度というものが違ってくるんじゃないかというようなことを申し上げました。 これは、比例代表制というものを考えてみますと、全国を一つとする比例代表であれば、選挙区というものが一つでございますから、一対一であるというのは間違いないわけですね、全然問題にならないわけです。今度のようにブロック制の場合を考えてみますと、AブロックとBブロックとの間では格差が出てくるというような場合が考えられます。しかし、こういう制度は、現在のところ一対一・〇七でございますか、それぐらいの比率でしか格差が出ておらない。 そもそもこういう問題を考えます場合に、初めに投票価値の平等がある、それを大前提にいたしまして、そしてどういう選挙制度を考えるか、すなわち比例代表制をとるか、それとも小選挙区制をとるかというようなことが判断されるわけではないと思うのです。といいますのは、比例代表制をとるか、それとも小選挙区制をとるかということは、比例代表制の長所、特性、小選挙区制の長所、特性というようなものからどういう制度を取り上げるかということが判断されるわけであります。そういう前提の上に立って、その前提の中で投票価値の平等はいかがあるべきかということを考えるべきだということになるわけでございます。 そうした場合には、今申し上げましたように比例代表制という制度の方からは、おのずから投票価値の平等というものについては非常に厳しい結果が出てくるはずである。しかし、小選挙区制という方になりますと、選挙区の数、それから当選者の数、そういうものを総合勘案するといろいろのケースが出てきて、一対二を超えるとか超えないとかいう問題が当然起こってくる。そういう意味合いにおいて、両制度においては投票価値の平等の問題について許容限度の範囲が違ってくる。これはやむを得ないのではないか。 ただし、小選挙区の場合におきましても、私は決して一対二を超えていいというようなことを言っているわけではございません。その点は佐藤先生と同様に、一対二というものをおおむね基準として考えないといけないという考え方は同じでございますが、先ほどから言っております審議会設置法、これは国会で御審議をなされ、法律となったものでございます。この三条は、やはり先ほどから言っておりますように、「基本」とするということが書いてあるわけでございますね。この「基本」とするというのはどのように理解すべきであるか。すなわち、先ほどから問題になりますように、一対二を少しでも超えればこれはだめだということになりますと、「基本」とするという意味合いがどういうことになるんだろうかというような問題が起こってきます。したがいましてこの問題は、私は、選挙区画定審議会設置法三条におきまして、「基本」とするというところである程度もう勝負がついたんじゃないかというような感じ を持っております。 したがいまして、先ほどから申し上げておりますように、小選挙区の場合には一対二に限りなく近づけて、それ以上にはなるべくしないようにするという努力を審議会におきましてもしないといけませんぞ、その努力をされるというそういう立法過程というもの、それから、今現にこの法案を御審議なさっておる国会で今のように非常に慎重に御審議をなさっておるというようなこういう立法過程を考えてみますれば、まさか最高裁判所も直ちに違憲とは言わないであろうというのが私の考え方でございます。
○小林参考人 二点お尋ねがあったと思いますけれども、第一点に関しましては、私の考え方によれば、そして先ほどの参考人発言を次のようにしたわけですけれども、それは、まず小選挙区制というこの制度それ自体、確かにおっしゃいましたようにいわばこれは客観的な制度の問題でありまして、しかも現状況ではそれを既に導入をした、国会が採択をしたというこのことが確かに前提になっておりましょうから、その意味で、先ほどおっしゃいました言葉、一つの宿命である、この上に立って考えるべきで、直ちにそのこと自体を不平等と言うことはできないという、それは確かにそういう論理になってくるのかなというふうに思いますけれども、私の考え方ではこうであります。 小選挙区制自体について、確かに私、現在でも批判的に思っておりますけれども、今の平等論から申しますと、小選挙区制のもたらす不平等問題は次の二つだと思います。 一つは、各選挙区におきまして、有権者の多数の意思あるいは相当多数の意思が国会の議席という形で届かないという点、これが一つであります。それからもう一つは、政党間の、あるいは政党ブロック間の得票率と議席占有率とが比例的でないという、いわば結果価値における不平等の問題ですね。そういう意味合いでの不平等の問題が、小選挙区制という客観的な制度から生じると思います。 他方におきまして、今回のこの区割りの問題でありますけれども、これは有権者にとりましては直接に投票価値の平等として、つまり一票の重みの平等として出てくるわけでありまして、その点での不平等です。 確かにこの両方の問題をそれぞれ私は不平等という言葉を使いましたので、林先生の場合には同じ言葉を使って説明すべきではないというふうにおっしゃっているかもわかりませんけれども、私はそんなふうに考えまして、そしてその限りでは、区割りの方で投票価値を不平等にしてしまった、一票の重みを、私によれば二倍を超えることは許しがたい不平等だと考えるわけでありますけれども、そうしてしまったことは、この客観的制度もその意味で不平等になっているわけでありますから、それを増幅させている、こういう論理でお話をしているわけです。 したがいまして、願わくは、なお残っているこの区割りに関しましては厳格に一対二未満という措置を、まだこの委員会でおとりになる余裕があるわけでありますから、そういう方向への踏み出しを心からお願いをしたというのが、これが第一点でございます。 第二点の問題でありますけれども、芦部先生の説などを参照されましてお話しになりました、厳格な二倍未満説というこの御質問には私も基本的に同感できる部分がございます。私も厳格な二倍未満説に立っているわけでありまして、やはり出発点は一対一だと思うのですね。これが大事だと思います。一対一を厳格に通すことは確かに、立法技術上も、それから非人口的要素を考慮しなければならないという真の事情を考慮しても、これは通せませんから、したがって緩和しなければならないわけですけれども、この緩和できる上限は、やはりそれは一対二だ。一対二になれば、これは一人が二票をとるということで許されない事柄だと考えなければならないというふうに思っております。 こういう考え方が現在の法曹界で広くなってきたかどうかというお尋ねにつきましては、私、そのことについてつまびらかにいたしませんけれども、ただ、私が注目いたしました、昨年、一九九三年一月二十日の最高裁判決では、実に四名の、これは四名でございますけれども、意見、反対意見、七名のうちの四名の裁判官が大変明確に二倍未満説をとっておられるということはかなり刮目すべき状況であるということでございまして、実はあの判決は私、最高裁の裁判官諸公の意識の中ではこの中選挙区制の判決をいわば総括するような、ですからかなりさまざまな問題をここで出しておこうという、その意味で理論的にも大変活発な判決であったというふうに思っておりますけれども、そういう中でそれを注目しているわけです。 そのことに関しまして、御質問の中にもありましたけれども、もし最高裁判所が一対二ということで厳格に判断をしたらいろいろな政治的不都合が起きるという御趣旨のことが出ておりましたけれども、これは、私の考え方によれば司法府のやるべき事柄ではない。司法府は、法律に基づいて、憲法に基づいて、このことに合理性があるかないかということの判断を議会に対して示されればよいということでありまして、最高裁判所は、そうであるにもかかわらず、すべきでない政治的配慮をしてしまっている。それは、一対三倍説をとったかに見える判断にも示されておりますし、それから合理的期間論ですね、ここにも示されておりますし、それからまた、事情判決を繰り返し用いる、事情判決を一度用いることはかなり理由のあることかもわかりませんが、繰り返し用いるという、それらの中に政治的考慮が非常に不必要に出されているというのが私の考え方であります。 国会におきましては、むしろそのようなことをいわば超えまして、国会は最高裁判所の判断どおりに立法をなさる機関ではございませんから、最高裁判所がここまでは最低合憲だという判断を仮に示したとしても、国会はそれ以上の、優に合憲の水準を凌駕できる立法をおつくりになるということが必要でありまして、つまり、非常に優秀な憲法上の合格答案を書かれるということ、これが国会の御使命ではないかというふうに私は思っている次第です。
○林(義)委員 時間も余りないようでございますから、まだ少し質問をしたいのですけれどもこれで終わりますが、最後に私は、今お話がありましたように国会がどういうふうにするかというのを、ここに、この前も引用しましたけれども元最高裁判所長官の岡原さんは、「ほぼすべての学者も最大格差二対一を超えれば違憲と説いている。私もその考え方に賛成である。」ということでありまして、国民の間で、「自分は一票だけしかないが他人は二票以上を投ずることができる、という差別の屈辱には耐えられないというのが偽らない心情であり、一般の常識であろう。」「この国民多数共通の感覚を憲法解釈に取り入れるのが、裁判所の役目であり、それを立法化するのが立法府の責務であると思う。」、こういうふうに言っておられるのですね。 この辺につきまして、やはりそういった考え方で、すぐに違憲だとかいうことではなくて、やはり憲法解釈として取り入れるべきであるという考え方。これは、今お話がありまして、それはぜひ国会がやられるべきだ、こういうふうなお話がございましたけれども、佐藤先生なり、上田先生なり、その辺はどういうふうにお考えになりますか。 特に上田さんにお尋ねしたいのは、もう既に設置法案で決まってしまっている問題だからという話ですが、これは本来は国会が、設置法で出して、いろいろな役所で決めてきました、しかしながら、やはりやってみたならば、これはどうもおかしいぞという判断をしてやるというのが私は国会の責任であろう、国会の見識ではないかな、こういうふうに思うわけでございますが、私の考え方が間違っているかどうか、ちょっとお二人にお尋ねをしたいと思います。
○佐藤参考人 ちょっとはっきりお答えできないかと思いますが、一つは、国民の要望といいますか、それを取り入れるべきだという、そしてそれ は一対二ということが国民の要望であるという前提だと思うのですけれども、私は、どれだけ、国民の何十何%が一対二ということをはっきり要望しているかということは、これはなかなか判断できないことだと思います。ただ、何といいましても、一人分が二人分ということになっているというような点、これはいわばもう常識的にといいますか、感覚的におかしいなということになるであろうというふうに考えるわけでございます。 それから、先ほどの比例代表制と並立制という問題ですが、私は、比例代表並立制というものは、小選挙区制のデメリットをカバーするという意味で比例代表制度をつけ加えたという、そういう制度の問題、そして、小選挙区のそれぞれの選挙区間の人口比率、投票の価値の問題というのは、その制度のもとにおける小選挙区の定数配分の問題であるというふうに考えております。
○上田参考人 私が先ほど、この問題は衆議院議員選挙区画定審議会設置法案、この三条で「基本」とすると書いてある、この点が一番問題であって、このときに勝負があったんじゃないかというような表現を用いました。 その申し上げたいと思う趣旨は、これは法律である、法律であるということは国会がお決めになった事柄である、その国会がお決めになった事柄を忠実に審議会が実施をした結果、「基本」とするとあるのでせっかく努力をした、二倍以内におさめようと努力した、しかし残念ながら二倍をオーバーするところが出てきてしまったということ、これはその三条の規定にもとるものではないという意味合いで申し上げたわけでございまして、最終的には先ほどから各先生方がおっしゃっておりますように立法事項でございますから、最終的に国会がどう御判断になるかという問題かと思います。
○林(義)委員 どうもありがとうございました。
○松永委員長 日笠勝之君。
○日笠委員 統一会派改革の日笠でございます。三人の先生方、公私御多忙のところ、大変にありがとうございました。 最初に佐藤先生にちょっとお伺いいたしますが、先生は選挙制度審議会の委員でもあられたわけですね。今回の区割り法案は、まさに先生方がつくられた選挙制度審議会の答申にほぼ骨格がトレースされておるわけでございます。いよいよ明日、当委員会で採決、本会議でも緊急上程という予定になっておりまして、いわゆる竜に目を入れるという、いよいよこの六年越しの政治改革も完結、大詰めということになったわけでございます。長年御苦労された佐藤先生、いよいよこういう大詰めを迎えて、何か御感想がございますれば一言お述べいただければと思います。
○佐藤参考人 仰せのとおり、私は八次審に参加をしておりまして、あの答申をしたわけでございますが、御承知のような経緯であれは不成立に終わったわけでございます。このたびの政治改革四法案で、特に衆議院の選挙制度、それからこの区割り法の問題は、八次審の答申と基本的には同じものであるというふうに思います。先ほどの「基本」としてというのが設置法にありますが、八次審の場合も「一対二未満とすることを基本原則とする。」という言葉を使ったんじゃないかなと覚えておりますが、その趣旨は同じでございます。 それから、都道府県にまず初めに一議席を配分した上で小選挙区の定数の配分をするという現在の本法案の制度、これも、八次審のときに内閣の方からそういう、諮問といいますか、その点についての諮問がありまして、それについて、それを審議会として、まあ拒否するというと言葉が悪うございますが、というわけにもいかぬだろうということで、それで同じような仕組みにしたわけでございます。そういう点で小選挙区並立制で三百、二百というのも同じでございまして、そういう点では、長年かかりました、数年かかりましたけれども、八次審の答申の趣旨がはっきり受け継がれておると申しますか、実現をする運びとなったというふうに考えておりまして、そういう意味で、個人的にもぜひこの法案を成立させていただきたいというふうに考えるわけでございます。
○日笠委員 ちょっと逐条的な解釈になるかもしれません。先ほど先生おっしゃいましたけれども、八次審の答申も自民党の政治改革要綱も、一対二未満を「基本原則とする。」とあったのですね。今度のいわゆる区割り法案の三条では「基本」とするとあるわけですが、これは、「基本原則」と「基本」というのは何か違うのでしょうか。先ほどの上田先生のお話を聞くと、「基本」ということを相当力強くいろいろおっしゃっておられたのですけれども、何か違いがあるのでしょうか、全く一緒なんでしょうか。
○佐藤参考人 これは私の感触の問題でございますが、あのときの「基本原則」とするというのと、このたびの「基本」とするというのは同じことである、違ったものではないというふうに考えております。
○日笠委員 上田先生、いかがでしょうか。
○上田参考人 「基本」とすると「基本原則」とするとどう違うかというお尋ねでございますが、実はこれは私も明快な回答ができないところでございまして、感触からいいますと同じではないかと思うわけでございますが、ただ先ほどから、私が「基本」とするというところを強調したとおっしゃいましたが、実は一対二以内とするとは書いてないという意味合いで申し上げたわけでございまして、「基本」とすると、一対二以内とするというように明瞭に書いてあるのとの違いを強調したということでございます。
○日笠委員 ではちょっともとへ戻りまして、単純なお伺いなんでございますが、このいわゆる区割り法案は先生方の目で総合的に勘案をされまして一体何点ぐらいの点がつくのでしょうか、また、その理由を簡単に申し述べていただければ。三人の先生にお願いしたいと思います。
○佐藤参考人 採点をしろと言われましても困るのですが、先ほど述べましたように私は、この区割り法案というのが憲法の要請にこたえる、そしてそれを法律で明記し定めたものであるという、これは高く評価されるべきであり、また高く評価しているわけでございます。それで、採点という点は、そういう意味で、しかも長年の懸案がここにこういう形で実現する運びとなったという、そういうこの法案の意味というものを考えますと、これは百点、百点と言ってよろしいのではございませんでしょうか。 個々の選挙区の定数配分の問題ということになりますと、これはまあ、この県ではこう、この県ではこう、それを、ほかの非人口的要素を考慮した上で決められたのだろうと思いますが、それについてはいろいろ御意見も出てくるのではないかと思いますが、全体的に言いますと先ほど申したとおりでございます。
○上田参考人 各選挙区の個々の問題につきましては実は私も非常に疎うございまして、何ともお答えのしょうがないわけでございますけれども、先ほどから申し上げておりますように、区画審議会の設置法に規定されております基本的な考え方、基準の原則、これには、先ほども申し上げましたように各県に一人は配分するというようなことがございますので、それだけで一対一・八二ということになりまして、その枠内で、各県で、また市町村単位その他いろいろの事情を勘案し、また飛び地などもつくらないようにするというようなことを考え合わせた結果お決めになったものでございますから、私は、審議会では先ほど申し上げましたように大変御苦労があったものだと思います。 そういう意味で、私も高く評価するものでございます。点数は差し控えさせていただきます。
○小林参考人 私は、この区割り法自体を切り離して、つまり孤立的に評価することはできないというふうに思っておりまして、本体の公職選挙法改正案、つまり改正法、小選挙区法ですね、並立制法と言ってもよろしいですけれども、これと全体のものとして、一体のものとして考えなければならないと思っております。 そこで、先ほども申しましたように、この小選 挙区制のあり方というのは、国民にとりましては大変な不平等、選挙権における不平等をもたらしますし、また国会のあり方に関しましては、これを民意が反映をしないゆがんだ鏡にしてしまいます。したがって、そういうふうなものとの一体で考えなければなりませんから、審議会の委員各位の御努力というものには十分な評価を払いつつも、何点かと言われますと、私はマイナス点を差し上げるということでしかあり得ないだろうと思っております。 そもそも選挙制度を新しくいたしますことは国民にとっても国会にとっても非常に大事なことでありまして、そういう場合には、今回のような政治腐敗の防止というところから出発したはずの政治改革というもので行ってしまうのではなくて、そうではなくて、いろんな選挙についての考え方、きょうでもいろいろ出されているそういう考え方を、広いフォーラムをつくりまして、私たちの自由な意見を長い期間をかけて交流をした上で、新しい制度に国民が踏み出していくということが大事だろうと思いますし、むしろそういう教訓を残したのではないかというふうに私は思っております。
○日笠委員 確かにこの第三条を見ますと、いわゆる手足を縛って、それで議論をしなさい、勧告しなさい、こういう感じなんですね。そこで、これは法律を通して、その後の国会で同意された、総理が任命した委員の七名の方がつくられた勧告を今回法案にしておるわけでございますが、非常に御苦労があったと思うんですね、そういう意味では。 それについて、過日、九月二日に当委員会にこの審議会の石川会長と味村会長代理がいらっしゃいまして、参考人質疑でいろいろと御答弁されておられます。その中で、これは松永委員長が御質問されたところでございますが、ちょっと読んでみますと、今回の画定案のとおりの選挙区を法律で定めることと憲法が求める投票価値の平等との関係について、審議会としての御意見を賜りたい、こういうことに対して味村会長代理は、「私どもといたしましては、設置法は、これは国会が慎重に御審議の結果成立したものでございますので、これは当然憲法上問題がないものということで、その設置法に基づきまして先ほど申し上げましたように基準をつくりまして画定案を作成いたした次第でございますので、私どもの審議会の作成いたしました画定案は審議会設置法に適合するものでございまして、したがって、また憲法上も問題はない、このように考えているところでございます。」このように端的に御答弁されておられます。 まさに、先ほどからのお話をお伺いすると、このとおりのお話を重複しておっしゃっておられる、こう思うのですが、裁量権のある立法府でこの画定審議会の法案が通って、それに基づいて委員が任命され、熱心な御議論をされ、勧告を出され、それを今回いわゆる区割り法ということで提出された。こういうことを考えますと、もう一番初めの、一段目の、画定審議会の法律が通ったということ、これは憲法上問題がない。もちろん内閣法制局も、憲法上疑義があるかどうかということは慎重に審議をされて、問題がないということで出された。それに基づいてこの勧告が出され、法律になったという、そういうことから見れば、一対二を若干超える選挙区がありますけれども、これはこれとして容認される限界の範囲内だろう、私もそのように思うわけでございます。 ところが、六月三日の東京高等裁判所の判決、先ほど林先生も引用されておられましたけれども、その中身をちょっと紹介いたしますと、「衆議院議員の定数を、人口以外の他の要素をも考慮して配分するとしても、選挙権として一人に二人分以上のものが与えられることがないという基本的な平等原則をできる限り遵守すべきもの」と、「できる限り」というわずか五文字でございますが、入っているわけですね。これは大変意味があると思いますし、先生方はどのようにこの「できる限り」というのを解釈されておられるか、御所見があればお伺いしたいと思います。
○佐藤参考人 そこに「できる限り」という言葉が入ったことから、努力をするけれども一対二を超えることがあり得るという考え方がそこにあるのではないかというようなことは、私、議事録で読ましていただきましたが、今お示しの味村さんの御説明にも見られていたと思います。それは私はそう考えていいのではないかと思いますので、これは先ほどおおむね一対二というようなことで申し上げました点と同じでございまして、一対二にできる限り近づけるということが要請されている、したがって、一対二を超えることがあるいは少しはあってもそれまで違憲だと見るべきものではない、こういうことが「できる限り」というところにもやはり入っているんじゃないだろうかというふうに思っております。
○上田参考人 今の佐藤参考人のお答えで尽きているかと思いますけれども、一対二ということを先ほど設置法の三条では「基本」とすると書いてある、少し弾力的余裕を持たしておるというのと同じような意味合いで、東京高裁も「できる限り」という表現を使ったのではないかと思います。いずれにいたしましても、先ほどからずっと、あとのお二人の公述人の方もお述べになっておりますように、学界では一対二以内というのが多数説であるということは私もあえて否定はいたしません。 ただ問題は、それは今申しましたように、ある選挙区では一票、それに対してある選挙区では二票を持つのと同じような結果になるじゃないかというようなことからだと思いますけれども、ただ、先ほどから申し上げておりますように、制度というものの、選挙制度という枠の中においてこれは考えないといけない問題である。だからその場合に、小選挙区制というものを考えてみた場合には、やはり一対二という原則は非常に重要でございますから、これは守るように必ず努力をしなさい、これはもう当然のことであります。だけれども、努力をした結果、万やむを得ず、ある程度二倍を超えるようなものが出てくるというようなものが出てきたとしても、これは憲法上、憲法十四条の法のもとの平等に反すると直ちに言えるものではないんじゃないか、それが東京高裁では「できる限り」というような表現を用いたのではないかと私は思っております。
○小林参考人 私も、東京高裁がどのような認識をしているのかという点に関しましては、二倍説というものを緩和いたしまして、基本的に二倍という、二倍未満ですね、基本的にそうであればよい、つまり少し超えてもそのことは東京高裁の考え方としては許容できるものと見られる、そういう認識に立っているのだというふうに見ております。ただ非常に大切なことは、私は、国会がこの問題をどのように考えるのかという、これがやはり非常に大事だろうと思うのですね。 先ほど林先生の御質問でも私ちょっと答えたことでありますけれども、立法府は言うまでもなく合憲的な立法をしなければならないわけです。この場合に、裁判所が二倍を少し超えてもいいよというふうな、そういう示唆をしていることをよいことにいたしまして、それを奇貨といたしまして、非常に低いところ、つまり合憲のぎりぎりの立法をつくろうとするような、そういう姿勢は決して好ましくないであろう。立法府はむしろ、十分に合憲的な立法、これを目指していくべきだろうというふうに思います。何か私は、必死に低いハードルを探している、そういうふうな印象を率直に受ける次第でございます。 私は思いますけれども、憲法四十七条というのは非常に大事な条文でありまして、選挙制度に関する事項を法律事項にして立法府の一定の裁量を憲法が認めているのは、やはり立法府こそ、立法府こそ国民代表議会であって、しかもこの憲法判断を最も適切に行い、そして憲法の定めている事柄を最も高いところに実現していくことができるという、そういう国会への信頼に基づきましてこうした裁量権をゆだねているのだ。とするならば、そのような判決のちょっとした低いハードルに依拠されずに、もっと高い水準の立法を目指してく ださるように、国民の一人としてお願いをする次第でございます。
○日笠委員 この「できる限り」というのを奇貨として立法をしたのではないと私は思うのですね。この特別委員会でも、自民党の方は、一対二の許容範囲を広げるべきである、このように審議会の会長代理の方にこういう議論の場で申し上げておられるわけですし、また知事会の……
○松永委員長 ちょっと待って。発言をもう少し正確に言ってください。
○日笠委員 はい、わかりました。六月二十日の当委員会で、自民党の穂積委員と狩野委員がそういう旨のことをおっしゃっております。これは会議録にございます。そういうふうな御意見もありましたし、また全国知事のヒアリングの中にも、広域行政圏の一体化を求めて人口格差の緩和を求める知事さんの声もありました。 こういう大変な中で審議会の皆さんが鋭意つくられた勧告でございまして、そういう意味では、この「できる限り遵守すべき」を奇貨としてやったというのは——大議論があってこういう一つ一の勧告になってきた。そういう意味では、先ほどからの佐藤先生や上田先生のお話を聞く限りにおいては、憲法の許容する範囲であろうと私も思うということを申し上げておきたいと思います。 そこで、先ほど林先生もおっしゃいましたけれども、諸外国、殊にアメリカは非常に厳しいのだとおっしゃいました。ほかの先進国はどうかということで当委員会でも議論になりましたけれども、アメリカの下院の場合は一・七六倍でございますね。これは自治省からの、選挙部長からの答弁にそうなっております。それから英国では四・三八倍になっております。フランスが三・七六倍、ドイツが一・九八倍。 こういうのを見ましても、一生懸命ぎりぎり努力をした、ようかんを切るようにすぱっと切れない、こういう石川会長のお話も承っておりますが、この一対二・一三七ですか、まあまあこれも諸外国から見てもそう劣るとも突出しているとも思えない、このように思うんですが、これは佐藤先生だけにお聞きしたいと思うのですが、いかがですか。
○佐藤参考人 先ほど申しましたように、究極の理想といたしましては一対一と考えてよいのではないかと思うんですが、一対一ということになりますと、現実的には、行政区画その他の事情といったようなものを一切無視して、そして一対一が唯一絶対の基準だということになって選挙区を割るということになってしまう、だがそういうことは望ましくないということで、ぎりぎり一対二ということとなっているのであろうと思います。 ですから、お示しの、いろいろの外国におきまして一対二を下回る基準になっているという点は、そういう点がそれぞれの国でどういう事情であったのかという点を考えませんと、一律に、一対六、一対その国もある、一対二というのは不十分だということにはどうもならないのではないだろうかというふうに思っております。
○日笠委員 上田先生からも。
○上田参考人 私は、ずっと大学で研究を重ねてきた立場とはやや異なるわけでございまして、諸外国の立法例につきましては決して自分でも詳しいとは思っておりません。 ただ、先ほどからお話がございましたように、アメリカは一・七六、イギリスが割に、四・三八でございますか、こういう倍率になっておるということだけは承知しておりますが、こういう問題につきまして、やはりそれぞれの外国の情勢その他というものを勘案した結果こういう倍率をどう評価するかということになるわけでございまして、こういう倍率を見て、我が国の今度の制度が一対二・一三倍である、だから外国よりも低い、高いというような評価はちょっとすぐにはできないのではないかというような感じを持っております。
○日笠委員 最後になりますけれども、ある本にこういうことを書いております。それは、平等原則が直接妥当するかどうかは複数投票制が許されているかどうかも類推しなければならない。例えば参議院においては比例代表選出議員がおりますし、選挙区選出議員がおる、こういう、まあミックスして、一票の格差というものが比例代表といわゆる選挙区ということでミックスされて、相当の、参議院においても一対四とか五でも合憲という判断は出ておるわけですね。 そうすると、今度の衆議院の選挙制度もブロックでありますが比例代表制がありまして、これはこれなりに一票の格差というものは相当近づいておる。で、小選挙区の方が一対二を若干超えるところがある。これはトータルで考えて、二票制ですから、トータルで考えたらいわゆる格差というものは許容されるのではないか。トータルで、比例区の方も衆議院にあるではありませんか、二票制ですよ、一人が二票行使できるんだから。 こういう説がある本に載っておりましたが、こういう説に対して佐藤先生と上田先生の御見解をお伺いして、終わりたいと思います。
○佐藤参考人 参議院の問題につきましてはきょうの問題ではないのではないかというふうに思っておりますが、ただ、今もちょっと仰せになりましたが、最高裁の昭和三十九年の判決というのは参議院の比率の問題として出てきたわけです。あの場合、一対四・〇か何かになっていたわけですけれども。それで、その後さらに一対五・二六、参議院の都道府県選挙区の間の人口比率の問題です、格差の問題です、それは五・二六か何かになった。それに対して最高裁の判決がありますが、これは今仰せになりました比例代表との併存、比例代表とあわせてトータルとしてのという点からそれが違憲ではないとしたのではなくて、参議院の例の半数改選の問題がありますし、また、その仕組みとして都道府県一選挙区としたのは、都道府県という地域代表というものを重視したという、そういうことからいって、参議院のいわば特殊性、これは衆議院の中選挙区制と異なる選挙制度というものを参議院の都道府県選挙というのはあらわそうとしたものであるという、したがって、衆議院の場合のように人口比例原則というものを厳密に考える必要はないという、そういう趣旨で一対五・二六も違憲ではないとしたんだというふうに了解をしております。 それで私は、そういう衆議院と参議院との選挙制度の違いをつけるということで、参議院のいわば独自性、衆議院と異なる独自性というものが期待されるという、だから選挙制度を変えて、衆議院の場合とは異なった選挙制度にすべきであるという、そういう点は私もそのように考えるわけです。ただ、それにしても五・二六、それからまた逆転選挙区というようなものもある、そこまで憲法の平等選挙の原則から容認されるかという点については、私は批判的でございます。
○上田参考人 参議院の定数不均衡是正の判決の問題につきましては、佐藤先生がおっしゃったとおりでございまして、半数改選制、偶数定数制、選挙区割りや定数配分をより長期間固定することで国民の利害や意見を安定的に国会に反映させる機能といったような、こういうものを加味するという意味合いが込められているのではないかと思います。ただし、これの評価については、佐藤先生がお話しになった、私もある程度同感するところがあるわけでございます。 ただ、今先生がお話しになりました今度の衆議院の場合、小選挙区制と比例代表制と両方が並立している、こういう制度をどのように評価すべきであるかという点になりますと、私は、実は初めは、一方に比例代表制という非常に厳しい投票価値の平等性が保たれるような制度がある、それから、そういうことでございますからもう一方の小選挙区制の方は、先ほど言いましたように緩やかな条件というものはある程度は緩和されるということはやむを得ない、やむを得ないといいますか、そういうこともある程度は認められるのではないか、これは最高裁の判例から考えても考えられるのじゃないか、で、合わせて一本というような考え方を持ったこともございました、率直に申し上げて。 ただし、これは制度が全く違うものでございますから、小選挙区制と比例代表制とは制度が全く異なるものでございますから、小選挙区制は小選挙区制だけで投票価値の平等を判断する、比例代表制は比例代表制だけで投票価値の平等の問題を判断するというのが論理的に正しいのではないかと思います。 ただ、両方の制度を一括して、そして衆議院の選挙制度そのものを全体的に見た場合に、私は今言いましたように論理的な問題とは別にいたしましてある程度、何といいますか傍証的にといいますか、そういう、投票価値の平等の問題についてある程度小選挙区制のところで緩やかな基準が認められる傍証にはなるんじゃないかというような感触を持っております。 ただし、先ほど申し上げますように、論理的にはこういうことは正確には言えないというような感覚は私も持っております。
○日笠委員 終わります。ありがとうございました。
○松永委員長 東中光雄君。
○東中委員 日本共産党の東中光雄です。参考人の皆さん御苦労さまでございます。 この定数配分につきまして、私は、一番根本的に考えなければいかぬのは、投票の価値の平等というのは憲法が保障している国民の基本的権利だというふうに思うのです。そういう角度から見なければいかぬのじゃないかと思うのです。 それで、参考人の皆さんにお伺いしたいんですが、佐藤先生が先ほど引用されました昭和五十一年の大法廷の判決ですが、これは一番出発点みたいなものですけれども、ここで憲法十四条について、憲法第十四条第一項に定める法のもとの平等は、選挙権に関しては、国民はすべて政治的価値において平等であるべきであるとする徹底した平等化を意図するものであるという判示事項がありますね。だからやはり、投票の価値の平等というのは憲法十四条一項の根本的な精神なんだ、基本的人権でありますから。というふうに立てて、その後いろいろ論理の展開があるわけですが、この原則自体は、三人の参考人の皆さん、そうだと言われるのですか、やはりそれはちょっと違うとおっしゃるのか、そこからひとつまずお伺いしたいと思います。
○佐藤参考人 今お述べになりました最高裁判決の中の部分、これはもちろん正当だというふうに思います。 それで、徹底的な個人の尊厳といいますか、個人の価値の平等ということを選挙制度、選挙権について言いましたのも、御承知のようにこれまでの各国の選挙制度の歴史から見ますと、例の等級選挙制というようなものがありましたり、不平等選挙、普通選挙でない、財産や性別というようなものによって一方には選挙権を与え、一方には与えない、こういうようなことがあって、それがまさに基本的人権の制限といいますか、基本的人権が無視されておった、個人の尊厳、個人の平等というものが無視されておったということの例証でございます。 そういうことがあってはならぬ、だから普通選挙もその実現でありまするけれども、同時に平等選挙と投票価値の平等というのもその思想の発現である、そういう趣旨でその文句が書かれているものであろうと考えております。
○上田参考人 私も佐藤参考人と同様に考えております。 五十一年の判決を引用なさいましたが、私は五十八年の判決を引用したわけでございまして、趣旨は全く変わらないと思いますが、先ほどお話しになりましたように、選挙人資格における差別の禁止というのが、これは歴史的、沿革的に当然こういうものが問題になった、これが選挙権に関する法のもとの平等で最初に問題になった問題である。しかし、それだけではなくて、選挙権の内容の平等、すなわち議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力、これを投票価値と言っておりますが、こういうものの平等も要求するのが、これが憲法十四条からして当然の帰結であるという点は同様に考えております。 〔委員長退席、古賀(誠)委員長代理着席〕
○小林参考人 平等原則が憲法上の極めて重要な原則の一つであって、とりわけ憲法十四条、そのほかにも根拠条文を持っておりますけれども、に基づく国民の基本的権利の一つである、これは御質問の御趣旨のとおりだろうと思います。 その歴史的背景につきましては、佐藤先生、上田先生のお話にありましたとおりであろうと思います。何よりも、普通選挙というものを、歴史的に、しかも多くの国の国民が努力の結果から取ってきた。まさにその普通選挙を根本に据えて、投票価値の平等に関する二倍説はでき上がっているということを改めて確認をしておきたいと思います。つまり、投票価値において一対二以上に開きますと、一人が二票を持つという、普通選挙に反する形になってくる、等級選挙が事実上でき上がってしまうことになってくる。そうであるがゆえに、二倍未満説というのは大変に強い根拠を持った説だというふうに言えるのだろうと思います。 そして重要なことは、そういう憲法上の根拠やその歴史を多くの人々は共通に認識しながら、それでもなお、現実の適用のところでは今回の法律のようにそれを建前に変えてしまっている。実際にそういう大切な原則であるとするならば、それはやはり法律制定の中では基礎に置かなければならない、これを貫かなければならないというふうに思う次第です。
○東中委員 この原則については各参考人とも異論はないと思うのです。 それで、昨年の一月二十日の最高裁大法廷の判決の中で、木崎裁判官が少数反対意見を出しています。それによりますと、多数意見についての批判をしているわけですが、こう言っています。 選挙区割と議員定数の配分を決する基準とし て、選挙人数と配分議員数との比率の平等(以 下これを「投票価値の平等」という。)という 原則と、国会の裁量に属するその他の考慮すべ き要素とが挙げられてはいるが、両者がどのよ うな割合で考慮されるべきものかが不明であるというのが判例で出された多数説の問題点だとした上で、 右の「投票価値の平等」は、憲法の保障する 国民の基本的権利であるのに対し、「考慮すべ きその他の要素」は、国会が立法府として具体 的な選挙制度の仕組みを決める際に考慮すべき 事項にすぎない。したがって、両者は重要度を 異にする基準であり、国会が制定した選挙制度 の仕組みを定める法律が憲法の保障する投票価 値の平等の要請を損なうようなことがあっては ならないというのがこの反対意見の基本なんです。 先生方、これは基本的な権利だ、そういう投票価値の平等の原理を、しかも憲法十四条からくる基本的な権利を、ほかの立法上のいろいろな事由で侵害するというようなことはしてはならないんだというのが木崎意見なんです。そのことについて、どうお考えでしょうか。 〔古賀(誠)委員長代理退席、委員長着席〕
○佐藤参考人 今、最近の最高裁判決で反対意見がたくさん出ておりまして、あの判決の中の反対意見の一つをお挙げになったのだろうと思いますが、その点は私は先ほど、五十一年判決で最高裁が、人口比率の原則というのがほかの考慮すべき非人口的要素というものと同等なものではなくて「最も重要かつ基本的な基準」であるということを言いました。その点は、今お示しの反対意見の見解というのと違ってはいないのじゃないかなと思いますが、そうではないものでございましょうか。 つまり、最も基本的、重要な基準だということになりますと、そのほかの考慮すべき要素というものを優先させて、それによってこちらの方を侵すということになってはならないというのが最も基本的かつ重要な基準だということだと私は思っております。今お示しの反対意見の中にありましたようなことも、それと異ならないのではないか なと思います。 以上です。
○東中委員 その点については、今度はそれに続いてこの木崎反対意見は、 投票価値の平等を数値で示すならば、当然一対 一ということになるが、公職選挙法は、まず一 定の議員総数を定め、これを各選挙区に配分す る方法によっているので、較差を零とすること は現実には不可能といえよう。しかし、較差が 一対二以上となった場合には、選挙区を異にす る選挙人に対し、一方では一人に対しては一票 しか与えないのに、他方では一人に対しては二 票以上を与える結果となり、明らかに平等の原 則に反することになる。だから一対一がいいんだけれども、なかなかそうはいかぬだろう。しかし一対二を超すと、これはもう許されないのだ、平等の原則を逸脱するから。そこまでならその範囲内において格差があっても違憲とは言えないんだ、こういう立場であります。 この考え方、これは論理的にそうなるわけですね。ところが、佐藤先生も上田先生も、おおむね一対二とかいう話をされるわけですよ。また、一対二に近づけばいいとかね。一票の価値の平等で、一人が二票持つようなことになってはこれは憲法違反である、論理がそうなりますからね。先ほど言われた原則からいけばそういうふうになる。 それを今度の場合は、一対二未満じゃなくて、一対二を超すのが二十八あるいは四十一というふうなことになるということになれば、これはやはり論理的には、いろいろな事情があるでしょうけれども、そういう立法の都合によって出てくるいろいろな事情によって投票権の、投票の価値の平等を損なってはいかぬのだ、それは基本的人権なんだからという点からいえば、やはりはっきりしないといかぬのじゃないかなというふうに思うのですが、三参考人の御意見を簡潔で結構でございますからお聞かせ願いたいと思います。
○佐藤参考人 先ほども申した点でございますが、論理的には一対二ということになろうかと思います。 しかし先ほども申しましたように、一対二ということがおおむね一対二というふうにいろいろの学説などで言っておりますのは、やはり、一対二というのを厳重に一対二・〇一までも違憲になるんだというのでは、現実の区割り、現実の制度としては実現できない。そしてまた、選挙区というのが本当に機械的に幾つかに切ってしまうというようなことであってはならないので、そこに一つのまとまりと申しますか一体性というようなものが満たされるそういう地域、ここに住民の意思というものもあらわれてくる。そういうものをやはり無視するわけにはいかぬのだろうということになりますと、するとその結果として、一対二を若干上回る、あるいはそれは若干下回るということももちろんあり得るわけですけれども、一対二以上になる場合もあり得るということは、これは認めざるを得ないのではないのかな。おおむねというのも、そういう意味をも込めておおむねという言葉を使っているのではないかなと思っております。
○上田参考人 先ほどお尋ねにお答え申しましたように、投票価値の平等というものが憲法十四条の要請するところであるということは確かでございます。で、これを徹底いたしますと、木崎裁判官の少数意見のように、理論的には一対一が一番いい。しかし、一対一というのは非常に難しい。そうなってくると、先ほども申しましたように、ある選挙区では一票であるのにある選挙区では二票を持つというようなことは、これはいかにしても問題があるという考え方、これは私も率直に素直に認めます。 ただし、論理的に突き詰めてみますとそういうことが言えるかとは思いますけれども、先ほど佐藤参考人は、投票価値の平等というものと他の政策的諸要素とは同等ではないという評価をなさいました。これは五十一年判決を読むとそういうことになる。これは私も同感でございます。 しかし、同等ではございませんが、一方、投票価値の平等と、さらに、「国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべき」であるというのが多数説でございまして、私は多数説の方にくみし、そういう立場で申し上げておるわけでございまして、結果的には、後で読み上げましたように、「具体的な選挙制度の仕組みの下において投票価値の不平等が存する場合に、それが憲法上の投票価値の平等の要求に反することとなるかどうかは、右不平等が国会の裁量権の行使として合理性を是認し得る範囲内にとどまるものであるかどうか」ということによって決すべきだ、これは多数説の意見でございます。 で、木崎裁判官はこういう立場をお認めにならない。私は、論理的に突き詰めていきますと私も決してそのことを是認するにやぶさかではございませんが、客観的に眺めてみた場合に、今申し上げましたような多数説の立場に立つというのが私の考え方でございます。
○小林参考人 私も、何よりも、投票価値の問題につきましては一対一から出発すべきでありまして、しかしながらもちろん一対一は、立法技術の上で、あるいはまた正当に評価されるべき非人口的要素というのもございますから、一対一を厳格に貫くことはできない。したがいまして、その許容される上限の問題として一対二未満であるというふうに、常々憲法学の多数説とともに考えております。したがいまして、東中先生の御説には私は基本的に同意をいたします。 それに関連いたしまして、昨年、九三年一月二十日の最高裁大法廷判決における木崎反対意見をどう読むかということで、先ほど佐藤先生は、これまでの最高裁の判例理論と変わりがないのではないかというふうにおっしゃっておりましたけれども、私ちょっと解釈が違いますので、発言をさせていただきたいと思います。 最高裁がこれまで、人口比例ということを原則に置いてそして非人口的要素も加えるという枠組みをとっていた、これは御承知のとおりであります。木崎反対意見は、憲法上の原則を、一対一から出発して一対二未満におさめるべし、これを原則といたしまして、それを損なわない範囲で法律上のさまざまな要請を考慮すべきだというふうに言っているわけであります。 この両者は一見似ているようでありますけれども非常に大きく違う。それは、最高裁は、人口比例ということを原則に置きますけれども、この人口比例の意味するものが何なのかということをこれまで一度たりとも数的に表現をしておりません。したがいまして、結果といたしまして、一対三というこういう基準をそれでいいのだと最高裁は考えているように人々に推測させる、そういうふうな判例態度をずっと続けてきているわけでありまして、それに対してこの木崎反対意見は、憲法上の原則、これを明確に、一対一から出発して一対二未満の基準というふうに示しました点で大きな意義があるのではないかというふうに思っております。 なお、このおおむね一対二未満でいいのだという説をとっていきます場合に、やはり私は、きょうの質疑を通しても感じるんですけれども、政治の現実への、よく言えば調和、悪く言えば妥協といった考え方を感じるわけでありまして、やはり法律の判断としては原点を憲法上の原則に置くべきだ。憲法上の原則が一対二未満であるならば、そこから出発して立法というものを考えていくべきだということを改めて感じている次第であります。
○東中委員 時間が来ましたので終わりますけれども、今までの最高裁の判例というのは、定数アンバランスがずっと出てくる中で、それを是正するという論理ですね。ですから、そういうのと今問題になっているのは違うんですね。 新たにこれから立法する、しかも小選挙区制でやるという事態での憲法上の原則にどう立つかということが問題になっておりまして、明治二十二年の小選挙区制のときも、あのときの配分は一対一・三八だった。それから、大正十四年のときも 一対一・四九だった。それから、昭和二十二年の大選挙区から中選挙区に移ったときの配分も一対一・五一だった。だから、そういう角度で来たわけですね。それが今度は初めから一対二を超している。ここに、憲法十四条というような、前はなかったわけですから、ちゃんとしたものがあるのにあえてやるということについて、私たちは非常に、許されないだろうというつもりでおるわけです。 時間でございますので、以上で質問を終わります。ありがとうございました。
○松永委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。 参考人各位におかれましては、貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。 次回は、明二日水曜日午前十時委員会、午前九時五十分理事会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後三時二十八分散会