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129回国会衆議院1994/06/01

国会等の移転に関する特別委員会 第3号

発言数
43
登壇者
14
会派数
6
開催日
1994/06/01

会議録

保岡興治自由民主党

○保岡委員長 これより会議を開きます。  この際、去る四月二十七日の議院運営委員会における理事の各会派割当基準の変更等に伴い、理事の辞任及び補欠選任を行います。  まず、理事辞任の件についてお諮りいたします。  理事井上喜一君より、理事辞任の申し出があります。これを許可するに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

保岡興治自由民主党

○保岡委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。  次に、理事補欠選任の件についてお諮りいたします。  ただいまの理事辞任に伴いまして、現在理事が二名欠員となっておりますので、補欠選任を行います。これは、先例により、委員長において指名することに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

保岡興治自由民主党

○保岡委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。  それでは、理事に       安倍 基雄君 及び 山岡 賢次君を指名いたします。      ————◇—————

保岡興治自由民主党

○保岡委員長 この際、国土庁長官から発言を求められておりますので、これを許します。左藤国土庁長官。

左藤恵改新国土庁長官

○左藤国務大臣 このたび国土庁長官を拝命いたしました左藤恵でございます。よろしくお願いを申し上げます。  国会等の移転につきましては、来るべき二十一世紀を展望した極めて重要な国政上の課題であると認識いたしております。衆議院におかれましては、平成二年十一月の決議に引き続き、平成三年八月には特別委員会が設置され、参考人意見聴取など、本問題に率先して取り組んでいただいております。また、平成四年十二月には国会等の移転に関する法律を制定していただくなど、その活動に対し、深く敬意を表する次第であります。  同法に基づき設置された国会等移転調査会におきましては、移転の具体化に向けて積極的な検討がなされており、今月中には「移転の意義と効果」について中間報告が取りまとめられ、内閣総理大臣から国会に報告される予定であります。  国土庁としては、今後とも、調査会の調査審議の円滑な推進に協力するとともに、国民的合意の形成を図るなど、移転の具体化に向けての積極的な検討を行ってまいりたいと存じます。  保岡委員長を初め、各委員の御指導、御鞭撻をお願い申し上げまして、私のごあいさつといたします。(拍手)      ————◇—————

保岡興治自由民主党

○保岡委員長 次に、国会等の移転に関する件について調査を進めます。  参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。  本件調査のため、本日、参考人として米国三井物産ワシントン事務所長寺島実郎君の出席を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

保岡興治自由民主党

○保岡委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。     —————————————

保岡興治自由民主党

○保岡委員長 この際、寺島参考人に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、御多用中のところ御出席をいただき、まことにありがとうございます。何とぞ忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。  なお、議事の順序でございますが、最初に三十 分程度御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。  それでは、寺島参考人、お願いいたします。

寺島実郎米国三井物産ワシントン事務所長

○寺島参考人 御紹介いただきました三井物産ワシントンの寺島でございます。  きょうは、海外より見た国会等の移転の意義についてということで、若干御参考になるようなお話ができればと思っております。私の基本的な立場は、首都機能の移転というものに賛成という立場から議論をさせていただきたいと思います。  先日発表になりました国会等移転調査会の基本部会の「明日の日本と新しい首都」という報告書に大変要領よくポイントが整理されておるかと思うわけですが、私といたしましては、米国のワシントンという政治首都に現在住んでおるという立場から、特に私は、ニューヨークに四年働いて、そのままワシントンに回り込んで四年たっておりますけれども、いわゆる経済首都としてのニューヨークと政治首都としてのワシントンと、この両方に住んだ経験を踏まえて発言させていただきたいというふうに思います。  まず、最初のポイントといたしまして、最近のワシントン及びその周辺の変化にポイントを置いて若干御報告させていただきたいと思うわけですが、もともとワシントンといいますのは、ちょうど一八〇〇年という年、米国の独立二十四年目にワシントンに首都が定められております。御承知のように、一七七六年の七月四日にアメリカは独立宣言を出しているわけですけれども、それから二十四年間首都というものが実は八カ所を転々と、いわゆるキャピトルといいますか議会中心の国ですから、議会が転々と移転することによって恒久的な首都というのが存在していなかったわけですけれども、一七九〇年に恒久的な新議事堂を建設しようじゃないかという決議がなされまして、それから十年かけてワシントンに首都を建設しております。  当時、国務長官のジェファーソンと財務長官のハミルトンとの大変な綱引きがございまして、南部のバージニア派を代表するジェファーソンと北部を代表するハミルトンとの綱引きの結果、ジョージ・ワシントン自身が決断する形で現在のワシントンDCのところに首都をつくろうということを決めております。  土地はバージニア州とメリーランド州がそれぞれ供出する形で、十マイル四万、ちょうど正方形の十マイル四万の土地を提供する。つまり、十マイルといいますのは十六キロメートル四万の土地を提供するような形で首都が定められ、しかしながら、その中のどこに議会をつくるかということで最後までもめまして、結局バージニア側のアレキサンドリアという古い町とメリーランド側のジョージタウンという町との綱引きで、結果としてその真ん中のところに建てようということで、現在のキャピトルヒルというのが建てられたわけですけれども、それでもわだかまりが残りまして、結局バージニア側にキャピトル、つまり議会を建てずにメリーランド側に建てたために、バージニアが後で自分が供出した土地を返してくれという話になって、結果的に、正方形だったワシントンDCの形がメリーランド側だけの土地になってしまっているのが現在の状況でございます。  それで、フランス人の技師ピエール・ランファンという人が現在のワシントンDCの町並みを設計しまして、財源としては一エーカー当たり二十五ポンドで土地を競売するような形でワシントンを建設することにしたというような記録が残っております。  これはあくまでも御紹介にすぎないわけですけれども、最近のワシントンは大きく変わってきてまして、単にアメリカの政治首都というだけじゃなくて、御承知のように、世界銀行であるとかIMFであるとか国際機関が非常に集中しておるために、我々の言葉で言うプロジェクトコーディネーション、さまざまな国際プロジェクトの、いわゆるプロジェクトファイナンスのセンターみたいな機能もワシントンDCが持ってきておりますけれども、それに加えまして、最近、ワシントンの周辺が全米でもトップ級の研究開発センターに変わりつつあります。  ついこの間までのアメリカ知識、アメリカの研究開発センターというと、西海岸のシリコンバレーであるとか東のボストン、そういう認識が一般的だったわけですけれども、最近発表になりました全米の州別の有望ランキングといいますか、この先どの州が大きく成長するだろうかというような資料を見てますと、一位バージニア、二位メリーランドということで、ワシントンDCを取り囲む地域に一つの成長ゾーンというのができてきております。  それはなぜかといいますと、ワシントンの周辺に、特に北バージニア地域なんですけれども、有力企業の本社が移転してきたり、例えばニューヨークの四十二丁目に巨大なビルを持っておったモービルという石油会社が二万人の従業員を引き連れてバージニアに移ってきております。それから、ナイアガラフォールズの近くのロチェスターに名門企業としてイーストマン・コダックというコダックフィルムの本社があったわけですけれども、それが今ワシントンの郊外に移ろうとして大変また話題になったりしております。それから、メーカー企業の中央研究所であるとかワシントン独特の研究開発型の企業というようなものがどんどん立地してきております。  背景には、これはアメリカにおきましても、ハイテクの開発における連邦政府の役割、つまり技術開発に向けての政府の助成とか規制という要素が大変重要なものだから、ワシントンのひざ元に研究開発センターを置こうという発想が大きくなってきておる。それこ追い打ちをかけるように、クリントン政権下で、御承知の産業政策論という、日本の産業政策なんかも非常に研究した、インセンティブを政府みずからが研究開発、技術開発につけていこうという流れがございまして、それが勢いワシントンの周辺にそういう研究開発センターを誘導してくるような新しい動きの背景になっております。  それからもう一つは、御承知の軍事産業の民生転換というもので、アメリカのとらの子産業というのは軍事産業が大変大きな比重を占めているわけですけれども、この軍事産業を民生転換するということが、民生分野で活用していくということがアメリカの産業政策上の最大の課題と言ってもいいような状況でございます。したがいまして、ノーザンパージニア地域、北バージニア地域に立地してきておる研究開発センターの大きなねらいは軍事産業、本来は軍事目的で開発した技術を民生分野で活用していくような、そういうシェルターになるような会社が大きく育ってきております。そういったことが背景になりまして、ワシントンDCの周りがひとつ性格を変えてきているというのをまず御報告さしていただきたいと思います。  それから次に、政治の首都が経済のセンターから分離されていることの意味ということについて、私なりの考え方といいますか、ニューヨーク−ワシントンを月に四、五回往復するような生活をしておりますけれども、痛感しますのは、政治と経済の適切な距離というのは別な意味で重要だなということを最近思っております。  日本の場合には、霞が関と丸の内と永田町が極めて狭い地域に近接しているということが便利だという意味ももちろん今まであったわけですけれども、やはり政治と経済の適切な距離というのは、今後の日本のあり方なんかを考える場合にも重要じゃないか。政策立案の視点が変わるという表現をすると言い過ぎになるかもしれませんけれども、東京問題にどうしても手間をとられる傾向のある一極集中に対して、全国を広く視界に入れあるいはグローバルな視界に入れあるいは生活優先的な視点を政策に盛り込む上で、やはり今までの政治と経済の密着というものを一回転じてみるということは大変意味があるんではないかなというようなことを、最近往復しながら考えております。  それで、もう一つの分離されていることの意味としては、むだの効用ということをちょっと申し上げたいわけですけれども、一見、政治と経済のセンターが分離していますと、それを往復するだけでも時間がかかるし、大変じゃないかという気持ちがするわけですけれども、離れてますと、つなぎといいますか、コミュニケーションということに問題意識というのが別な意味で大変高まってきまして、そのための新しい試みが行われる非常に大きなきっかけになる。  例えば交通においても、ニューヨークーワシントンというのはシャトル便というのが三十分置きにつないでおります。今またニューヨークとワシントンの間を新しい交通システム、地上系の交通システムでつなごうというインフラ整備の議論なんかが大きくクローズアップしてきています。日本で言うとリニアみたいな、アメリカではマグレブと言うわけですけれども、磁気浮上の高速交通システムみたいなものを導入してくる最初の実験プロジェクトというのはこのニューヨークーワシントンをつなぐという、ノースコリドーと言っております北東部の回廊をつなぐというのが最初のプロジェクトになる可能性が非常に大きい。  さらに、話題の通信インフラの整備。どうしてもこういう時代ですと、情報のインフラ整備というのが政治と経済の間をつなぐ機能として当然問われるわけですけれども、後でも申し上げますけれども、今アメリカにおいて一番顕著に変化しているのが情報インフラの整備。ゴアの情報ハイウエー構想に象徴されるようなものが急速な勢いで進展している。そういう、つまり政治と経済が距離的には分離していても、それをつなぐ新しいネットワークの仕組みがそれをサポートしていくことができるような状況というものを考えてみた場合、一見二重投資のようですけれども、そういうものに取り組むことがかえって経済の新しい活性化なり政治の活性化にとってプラスになるんではないかなということを私などは考えております。  それから、二番目の大きなポイントとして、海外からもわかりやすい内需拡大構想としての意義ということをこのメモに書かせていただいておりますけれども、これは何が申し上げたいかといいますと、御承知のように、現在の円高をてこにしまして、日本の産業というのは急速に海外生産シフトを強めております。いわゆる空洞化論というものなんですけれども、通産省の発表しております資料では、日本のメーカー企業、製造業の海外生産比率、つまり海外で今日本の物つくりの人たちが生産している比率は、九二年に七%という数字が出ておりますけれども、これが今世紀中には一五%を超すだろうというふうに予想されます。それから、別の調査で、もう既に海外に三つ以上の工場を持っている企業の海外生産比率、海外で生産している比率というのは一四%を超えておるという数字が出ておりますが、これが今世紀中に三〇%を超す流れの中に円高をてこにして一気に進んでおります。  したがいまして、日本という国が魅力ある投資の対象として巡航速度で成長していくシナリオを持たないと、日本の産業基盤というのは急速に空洞化していく流れの中に今直面してしまっている。つまり、そういう意味でも内需拡大型のきちっとした構想というのが今問われている、そういう環境にあるというのは御承知のとおりなわけですけれども、私が申し上げたいのは、特に日米関係とか対アジア外交の視点からも、日本がいかに今内需拡大型の構想というものを問われているかということを申し上げたいわけです。  日米関係の間に横たわっている御承知の貿易摩擦の問題とかあるいは生産力をつけつつあるアジアからの日本の市場に対する期待とか、そういうことを考えてみた場合に、やはり我々は内需の懐を確実に広げていくシナリオが求められておる。しかも一番申し上げたいのは、簡単明瞭な、明快な、海外に対して説明力のある内需拡大のシナリオというのが問われているということを申し上げたいわけです。  といいますのは、我々ワシントンあたりで仕事をしていますと、アメリカ人と議論をする中で、日本はどういう内需拡大の構想を持っているんだ、どういうプランがあるんだということをたびたび聞かれるわけです。もちろん、宮澤内閣、細川内閣と景気刺激策を打ってきていて、累計何兆円のプランをやってきたということをるる述べることは可能なわけですけれども、簡単に言えば、どんなレベルのアメリカ人にも、議員のようによく勉強しているレベルの人から、ジャーナリストあるいは家庭の主婦に至るまで、日本が今どういう内需の懐を広げようとしているのかということについて一分で説明できるようなシナリオといいますか、つまり、こういうことをやろうとしているんだということがはっきりわかるような、ビジブルなものがやはり必要なんじゃないか。  それで、そういったときに、例えば日本はこれだけの内需拡大効果のある首都移転というものを  これから十年、二十年かけてやろうとしているんだ、それに対しては海外の企業も非常にフェアな形で参画できる、一種の市場開放のシンボルのプロジェクトにもなり得るんだということを話したときの目の輝きというか、そういうものを考えてみたときには、簡単明瞭な内需拡大のシナリオとして、それは何もこの首都機能移転だけではないと思いますけれども、代表的なシナリオとしてこういうものが存在しているということは、僕は間違いないだろうというふうに思うわけです。  それからもう一つ、日本の社会改革のきっかけとしてということをここにメモで書いてございますけれども、外から見ていまして、日本という国は、幸いにして高度成長の中で大変豊かな国になって、物的には豊かになったと言われているわけですけれども、衣食住、そういう要素別に考えてみた場合、食べ物とか着るものにおいては世界に冠たるレベルだというふうに、値段は高いけれども、そういう印象がございますけれども、問題は、住環境と情報環境だというふうに私などは思うわけです。  それで、住環境についてちょっと申し上げますと、アメリカの統計上の国民一人当たりの住居スペースというのは六十・九平米だというふうに言われております。日本の方は二十五・二だ。あくまでも統計上の数字です。約二倍強アメリカの方が一人当たり広い。まあ国土が広いから当たり前だといえば当たり前なわけですけれども、ただ、この数字も所得格差の大変に激しい国のアメリカの平均値ですから、中間的な所得の人が住んでいる家というものを両国で比べた場合には、この格差はもっと広がるだろうと私は思います。しかも、住宅の価格が高いというのは私が申し上げるまでもないことで、いわゆる年収倍率というものが、つまり、平均的な家を平均的な人の年収何年分で買えるかという年収倍率という数字がございますけれども、アメリカの場合は約三年、日本の場合には約六年という統計が出ております。単純に言えば、二倍の年収を投入して買った家が、アメリカの平均的な家よりも半分以下というか、多分三分の一以下の家しか買えないという状況、平たく言えば、これが日本の住環境の現状だろうと思うんです。  それに対して、なぜ首都移転が大きな意味があるかといった場合に、これをきっかけにして、日本の住宅のスペースというものを広げて住環境を整備する大変大きな引き金になるんじゃないか。例えば移転した先の国家公務員住宅にしても、思い切って二戸当たりのスペースを広げてみる。スペース制約、これでは内需が出ない。特に、いわゆるGDPの六割を占めているという個人消費がなぜ出ないかというと、客観的に言えば、スペース制約という部分が大変大きいと思うんです。これ以上住居スペースが広がらなければ何も買えないというのが、収納スペースがないというのが、多分消費が出ない大きな制約条件になっているだろうと思われるわけです。  そういう中で、この住環境整備の一つのシナリオを突き詰めていけば、やはり土地問題、東京問題というのに行き当たるわけで、それに突破口を見出すために、首都機能移転的な発想というもの がやはり求められているんではないか。  それからもう一つの情報環境といいますのは、先ほどもちらりと申し上げましたアメリカにおける情報のインフラストラクチャー、情報ハイウエー整備、さらにはインターネット的なデータベースネットワーク、あるいは企業、家庭におけるパソコン等の利用状況等を見てみますと、やはり日米間の格差というのはここへ来て一段と広がりつつある。  今、アメリカにおいてはオンラインのサービスで、情報にアクセスすることが限りなくただに近づきっつあるというか、非常に安くなってきている。例えば、この秋からワシントン・ポストのオンラインサービスというのを始めて、朝起きたら、コンピューターのスイッチを入れさえずればワシントン・ポストの朝刊の記事の、もちろんすべてにアクセスできますし、過去のワシントン・ポストの情報検索にもアプローチできる。しかも安い。約三十ハドルというふうに言われておりますけれども、毎月の新聞講読料、つまり四千円ぐらいでそういったような情報にすべてアクセスできるようなシステムが日常生活の中にどんどん入り込んできておる。連邦証券取引委員会の企業情報でも、世界銀行のカントリーレポートでも、すべてオンラインで、ほぼただでアクセスできるような形にどんどんさま変わりしてきておる。  日本における情報環境整備がおくれている、例えばケーブルテレビの普及にしても、やはり土地問題あるいは規制の問題というものに行き当たるわけで、それも突き詰めていくと、東京に一極集中していることによる壁といいますか、そういうものにどうしても問題意識が行かざるを得ない。そういうことから、日本に残された課題を解決していく一つの引き金として、首都機能移転型の構想というのは大変意味があるのではないかというのが私の意見でございます。  それから三番目に、実はこれが一番言いたくてここに参上させていただいたわけですけれども、新しい視点からの首都機能の移転といいますか、ワシントンといいますと、先ほど、必ずしもアメリカの政治首都という機能だけではありませんということを申し上げさせていただいたわけですが、特に御紹介しておきたいのが、何度もワシントンにお見えになっている方にはなるほどと思っていただけるかと思うんですが、ワシントンには御承知のように、議会とリンカーン・メモリアルをつなぐあたりに、スミソニアンという大通り公園のような、グリーンベルトを挟んで九つの博物館と三つの美術館があるスミソニアン・インスティチュートというのがございます。ここはスミソニアンの博物館群と言われるわけですけれども、年間約二千六百万人の人を呼び込んでいる。何も政治ロビイストとかそういう人だけが徘回している町ではなくて、全米及び世界から、年間二千六百万人の人をスミソニアン、インスティチュートだけで呼び込んでいる。これは、東京ディズニーランドの入場者の倍以上の人を呼び込んでいる博物館、美術館ということでイメージしていただけるかと思います。  問題は、博物館というと、何だかカビ臭い、骨とう品が倉庫に集まっているような雰囲気が日本にはあるわけですけれども、大変私などが重要だと思っておりますのは、二つございまして、一つは、このスミソニアンの博物館群自体がアメリカを理解させる装置になっているということなわけです。  分権化が進み、地方分権に支えられた連邦制というシステムをとっている国として、逆に統合というものが大変重要な要素になってくる。その際、やはりワシントンというのは連邦制のシンボルであるわけで、そこにやってくる、例えば学生にしても、小学生から高校生あるいは大人にしても、アメリカの歴史博物館だとか宇宙航空博物館だとか、そういうものを見ることによって、アメリカという国がどういう国なのか、どういう歴史を背負ってきたのか、あるいは何を目指そうとしているのかということを理解させる装置になっている。それが大変に重要なポイントじゃないか。しかも、そのいわゆる博物館群を支えているのは万の単位の、つまり、延べにして正確な数字を調べておりませんけれども、ボランティア活動に支えられた、非常に生き生きとした博物館のシステムというものが維持されておる。  私が申し上げたいのは、日本の新しいいわゆる首都機能の中にそういった文化性といいますか、そういうものをぜひ盛り込んで、無機的な新首都ではなくて、文化性の高い新首都というものをつくる。  御承知のように、来年、日米の戦後五十年という年になるわけですけれども、戦後五十年の日本の経済、産業、技術の集積というものを、そろそろ二十一世紀に明快な形で残していくようなシナリオなりシンボルが非常に問われているのではないか。そういったときに、非常に文化性の高い新首都というものをつくるというのは我々の世代にとって本当に大切なことじゃないか。  しかも、ぜひこれを機会にと思いますのが、世界の若者、若者といっても芸術家、建築士、そういう人たちが情熱を燃やしてこういうプロジェクトに参画していけるような回路というものをつくる、そういうメッセージを世界に対して発信してみるというのは、日本にとって大変意味のあることじゃないか。特に、顔が見えない日本とか表情がない日本というようなことを盛んに指摘されるわけですけれども、芸術家にしろ音楽家にしろさまざまなレベルの人が、日本の新しい首都のプロジェクトに情熱が燃やせるような企画というものをぜひ展開してみるべきではないかというふうに私などは考えております。  大体三十分くらいお話しさせていただいたので、最初の話まそれぐらいこさせていただいて、後は補足的に説明させていただきたいと思います。

保岡興治自由民主党

○保岡委員長 どうもありがとうございました。  以上で参考人からの意見の開陳は終わりました。     —————————————

保岡興治自由民主党

○保岡委員長 これより質疑を行います。  この際、委員各位に一言申し上げます。  質疑につきましては、理事会の協議によりまして、一回の発言時間は三分程度となっておりますので、委員各位の御協力をお願いいたします。  なお、御発言は、委員長の許可を得てお願いいたします。  どうぞ。どなたからでも結構でございます。

久保哲司公明党

○久保委員 ちょっと感想をお伺いしたいのですが、アメリカという国に行ったりすると、至るところで国旗がひらめいておって、また州旗がひらめいておって、それを見て一体これは何なのかと思ったときに、当然多民族国家ですから、あんだらばアメリカ人なんやアメリカ人なんやということを植えつけようとしているのかな、そういう一つの求心力が必要なのかな、そんな思いを物すごく強くするのですね。その割に、今の寺島さんのお話を伺ったり、また自分自身の実感として、アメリカの町というのは決して画一化されることなく、ワシントンはワシントン、ニューヨークはニューヨーク、またロスはロス、いろいろな形でそれぞれ独自性を発揮しながら町が成り立っていっているような思いも非常にします。  それに比べて日本というのは、アメリカに比べればはるかに歴史が深い、また長いというか、単一民族国家であるにもかかわらず、何かすべてが東京志向のような印象が物すごく強いのです。ここらあたり、我々日本にしか住んでおらぬものですから、たまにしか旅をせぬものですから、アメリカに長く住んでおられる寺島さんとしては、僕自身の感じておる差というのは、どのような印象をお持ちかあるいは感想か、もしお聞かせいただければと思うのです。

寺島実郎米国三井物産ワシントン事務所長

○寺島参考人 全くおっしゃるとおりで、絶えず求心力というものを意識していないと、各州の、あるいは各地域のいわゆる独立性というものが大変強く働いている国ですから、それゆえに先ほど申し上げたようなワシントン的な機能がより問われるということも逆にあるんだろうと思います が、僕自身が思いますのは、やはり町づくりとか地域づくりに対するボランティア、ボランティアというのは何もただ働きという意味じゃなくて、それぞれの職能から汗を流して参画しようという意識が地域ごとに全然違うというか、そういう意味で、大変個性的な地方というものができ上がってくるエネルギーというのはどうもそういうところにあるんじゃないか。  だから町づくりに対して、どんな小さなコミュニティーでも、自分の職業をベースに何か一働きしてやろうという形で参画してくる人たちが大変情熱を持っているのに僕らはいつも驚かされるのですけれども、そのあたりが、今先生がおっしゃったような、非常にそれぞれ知恵を出し合った地域づくりみたいなものができ上がっているエネルギー源じゃないかなと私などは思っているのです。  一つのキーワードとして、ボランティア精神というか、ボランティアの参画の度合いが違うというのが大変大きなポイントだろうと思います。

安倍基雄改新

○安倍(基)委員 私は首都移転論で非常に抜けている点が一つあると思うのですけれども、東京というのは何十年に一回大地震があるのですよ。ワシントンとかあるいはキャンベラ、私も豪州に三年間いましたが、アメリカの地盤的な構成はどうなんですか。余りこれは論議されてないのですけれども、日本だったら、やはり巨大な投資をするためには相当地盤的なところを前提にしなければいかぬと思います。ロサンゼルスあたりはしょっちゅう地震がありますけれども、その辺はどうなのか、ちょっと一点。

寺島実郎米国三井物産ワシントン事務所長

○寺島参考人 先生おっしゃったように、ロス、サンフランシスコというのは絶えず周期的な地震に襲われているわけですけれども、東海岸、特にニューヨーク、ワシントンというのはそういう点では地盤が大変強いようで、それがニューヨークあたりはああいう摩天楼的なものが建っている一つのあれにもなっているわけですけれども、全く地震がないかというとそうでもないようです。ワシントンについて言えば、これは決してそれを考えて首都をつくったという意味ではなくて、結果的に、いわゆるそういう危機管理の面からもかなり懐の深い地域にワシントンというものが立地しているという形になっているだろうと思います。  最近、耐震構造なんかの技術が非常に進んでいますけれども、ワシントンというのはニューヨークに比べて、多分そういうことも意識したんだと思いますけれども、美観と危機管理に大変配慮していて、ああいう摩天楼みたいなビルは建てちゃいけないことになっているのですね。ですから、ニューヨークと全く雰囲気が違うというか、ワシントンを訪ねてこられた方が非常に何か快適な印象を持つのは、ビルの高さが、人間の生態系の限界を超えたような高さになっているようなマンハッタンだとか香港だとかとはちょっと違って、百メートルくらいの高さに最大限抑え込んでいて、これなんかもある面では多分危機管理なんかも配慮したところから始まっているんだろうというふうに思ったりしております。

安倍基雄改新

○安倍(基)委員 特にそういった関連で、首都移転を論ずるのに、日本におけるどこがいい地盤かという研究はされていないですか。寺島さん、それは知らないですか。

寺島実郎米国三井物産ワシントン事務所長

○寺島参考人 私は、日本におけるそういう地盤の話は全く門外漢でございます。

青山二三公明党

○青山(二)委員 一極集中の原因は、私たち地方に住んでいる者の思いからいたしますと、大学が東京に集中いたしておりますね。それで我が地域でも、足利市というところでございますが、毎年二千人子供が生まれるのですけれども人口が全然ふえない、マイナスになる。これはなぜかといいますと、やはり東京へ進学したい、この思いが強くてなかなか人口がふえない。一生懸命頑張っておるんでございますけれども、東京へ東京へと子供たちが目指してやってくる。それで過疎化している地域というのはたくさんあると思うのですね。そういうことで、では本当に首都を移転すると一極集中がなくなるのかというようなことをいつも考えてみるのですけれども、大学が東京にある限り、なかなかその方向には向かわないのではないかということが一点。  それから、今お話を聞きますと、アメリカのワシントンに首都が置かれたという経緯と、日本は東京の首都をどこかに移転しよう、この発想が違うわけですね。首都を移転してほしい、来てほしいというところは大変歓迎というようなことで大きな期待があろうかと思います。しかし、去られる東京の住民の感情、人々の思いはどのようなものかななどと思ってみることもあるのですけれども、先生はそのような点をどのようにお考えなのか、お聞かせいただきたいと思います。

寺島実郎米国三井物産ワシントン事務所長

○寺島参考人 大学の点は、先生御指摘のように、これは大変重要な要素だろうと思います。ですから、あくまでも国会等の、行政を含む政治機能の移転ということで、本当の意味でいわゆる東京の環境がよくなるかということになると、確かにそういう疑問点が残るわけです。  アメリカでは、御承知のように、例えば東海岸だけでも、アイビーリーグなんて言われている代表的な学校だけでも非常に分散しております。ボストンとかニューヨークでも、ニューヨークのマンハッタンの中にあるのはコロンビア大学ぐらいなもの、まあNYUとかそういうのはありますけれども、アイビーリーグ級の大学ですと、むしろ同じニューヨーク州の中でもかなり離れたところに分散している。さらに、ワシントンにも御承知のジョージタウン大学だとかジョージ・ワシントン大学だとかという大学もあって、大学生の数もそこそこ相当な数に上るかと思うのですけれども、やはり大学というのがそういう形でバランスよく分散しているということも東海岸だけでも事実なわけで、そういう面で、今おっしゃっているようなポイントも一つの別の視点として重要視しないとだめだろうなということは私も全く同じように思います。  それからもう一つ、去られる東京の気持ちというもっともな視点なんですけれども、やはりいわゆる生活環境の根本的な改善という意味からいけば、これによって東京都に残る、特に経済機能にかかわっている人たちについても相当プラスになるかと思うのですね。それは、例えばそれをきっかけにして東京の土地の値段ががくっと下がるとか、ビルを持っているオーナーが困るとかというそういう視点でのことはあるかもしれませんけれども、やはりこういうようなリシャッフルをしないと、さっき申し上げたような住環境だとか情報環境だとか、将来の日本が絶対整備していかなければいけないインフラが大きく立ちおくれてしまうという意味から考えたら、やはりそういう活性化効果に向けての思い切った決断というのが必要なのではないか、バランスで考えてみた場合に。東京都民にとってもこれが結果としては、住居スペースだとか土地の込み方だとか、それから生活全体の快適さということから考えたら、僕は断然プラスの方が多いだろうというふうに判断します。

古屋圭司自由民主党

○古屋委員 寺島参考人、大変興味を持って聞かしていただきました。  今ワシントンが建都してから約二百年ということでありますが、その中で、今日本が首都機能の移転をするときに幾つかの条件を挙げています。例えば、土地がしっかり確保されていること、あるいはアクセスがしっかりしていること、経済首都との一定の距離があること、あるいは水が豊富であるとか、あるいは災害がない、あるいは今寺島さんが指摘されたような文化の創造ができる、こういったところだと思うのですが、ワシントンDCを見た場合に、これらの条件は大体当てはまっているのかな、なおかつ当てはまりつつあるのかなと思います。そういった意味では、最初につくったという歴史的経緯、日本のように途中から移転しようとしているのではないということからも条件としては非常によかったなと思うのですが、寺島さんとして、こういう面はワシントンDCで失敗している、もし仮に日本もそういう事業をする場合は、こういう面は反面教師としてしつ かりと指摘しておいた方がいいというような点があったら、まずお聞かせいただきたいなと思います。

寺島実郎米国三井物産ワシントン事務所長

○寺島参考人 今先生がおっしゃった中で、私自身がワシントンに生活をしていて一番不安なのは、これは日本の状況とは全く異なりますので参考になるかどうかは別にしまして、ワシントンにおける最大の問題というのは治安の問題なんですね。  どうしてそういうことになっているかといいますと、これは差別発言的なニュアンスでとられると大変まずいのですけれども、現実問題として、連邦政府のおひざ元だということで、アフリカンアメリカンとアメリカでは言わなければいけないのですけれども、いわゆる黒人の人たちの人口がワシントンDCの人口の七割ぐらいになっちゃっているわけです。  ワシントンというのは、これはもう客観的な事実ですし大事なポイントなんですけれども、ニューヨークよりも人口当たりの殺人発生率なんというのははるかに高いのです。全米トップなんです。どうしてそうなっちゃったかといいますと、ドラッグ、麻薬の取引にかかわるような殺人だとかそういうものが物すごく多いのです。ある一定の地域にそういうスラム化した地域が集中してはいるのですけれども、人口のバランスがそういうことになってしまったために、悩み深い最大の問題が実はそこなんです。  したがいまして、日本の外交官であるとか我々駐在員だとかメディアのジャーナリスト、今ワシントンこま日本のジャーナリストが百人特派員という形で東京から来ています。日本大使館に約百人日本から派遣された人がいる。それ以外に、各省庁が大使館とは別枠で置いているさまざまな派遣、世界銀行に出向しているだとかという官の方たちが、大蔵関係だけでも三、四十人、通産関係だけでも三、四十人、いろいろな形で出向しておられますけれども、そういうような人たちは、我々自身も含めて、ワシントンDCの中ではなくてメリーランド側かバージニア側かに大体住居を持ってしまっているわけですけれども、その最大の理由は治安です。  ですから、この治安という問題は、先生おっしゃる意味での反面教師というよりも、特殊なアメリカの人種の問題とかさまざまな問題が背景にございますので簡単には言えないわけですけれども、連邦政府のおひざ元だから差別が少ないだろうということでなだれ込んできたようなところがございまして、それが今、現実にワシントンの最大の問題というのは何なのといったら、その問題が一つ横たわっている。  あと、我々の側から見ますと、先生おっしゃった土地の問題、アクセスの問題、経済首都との距離、水、災害、文化、どれをとっても。今申し上げた問題以外に決定的な問題があるとすれば、やはりアメリカにおいて一番不人気な町でもあるわけですね、別な言い方をすると。  不人気な町というのは、盛んにクリントン大統領なんかも選挙戦のキャンペーンの中で、ワシントンに対する憎悪ということをエネルギーにした。それはどういうことかというと、政治プロ、ロビイストを含む政治プロの徘回する町として、つまり、政治をインサイドで取り仕切ってしまうその空間としてワシントンに対する敵対心みたいなものがシンボル化されて表現されることが非常に多いわけです。  私自身、ワシントンに住んでいますと、若干それには誇張があって、インサイドベルトウエーという言い方があって、ワシントンの周りにベルトウエーという、四九五という道路がベルトのように取り囲んでいるわけですけれども、その中だけで通用するロジック、つまり、日本でいうとちょうど永田町の論理というふうに言われる表現と同じような表現でインサイドベルトウエーという表現があるわけですけれども、そこにつまり政治機能が集中し過ぎることによって、政治をなりわいにするさまざまな政治マフィアみたいな、あるいはロビイストみたいな人たちが徘回し、政治ジャーナリストが徘回することに対するある種の、そういう空気に対する反発みたいなものがあって、それが一つのワシントンの問題、客観的に言ったときの。若干誇張されている嫌いはあると思いますけれども、そういう点があるのかなというような気がしたりしています。

中島武敏日本共産党

○中島(武)委員 参考人の寺島さん、きょうは御苦労さんでございます。  さっきから私、意見を伺っていて、率直に、きょう幾つかお尋ねしたいなということを思っているのですけれども、その一つなんですが、首都機能の移転という問題を、海外に説得力のある内需拡大策として考えるべきではないか、一分間で説明しろと言われたときに説明できないじゃないか、やはり一分間で説明できるように首都機能の移転という問題を考えるべきじゃないか、どうもこういう御意見のようなんです。  発言を聞いておりますと、市場開放のシンボルとして考えたらどうか、こういうお話でした。それで、今ちょっと私の感じからいいますと、ちょっとアメリカのことを気にし過ぎているのかなという、まあ率直な気持ち、そういうことを思ったのです。それで、日米貿易の摩擦の原因というのをどう考えておられるかなということを、率直な意見を聞きたいと思うのです。  私は、その点についていいますと、やはり日本の、自動車を中心とした洪水のような輸出、あるいは電気製品やなんかもその中にもちろん入るわけですけれども、この問題の規制を抜きにして、それで日本の内需を拡大する。どんどんアメリカのものも日本が買う、あるいは資本もどんどん入ってくる。これでいいのかな。その辺のところについては寺島さん、率直なところどうお考えになっていらっしゃるのかと思って、まずこれを一つお尋ねしたいと思うのです。

寺島実郎米国三井物産ワシントン事務所長

○寺島参考人 私自身、貿易の水際でもっていろいろ仕事をしていますので、今御質問の点はまさに根幹にかかわってくるところなわけですけれども、一言申し上げたいのは、一つの事実として、昨年の日米貿易の赤字、先生御承知のように五百九十三億ドルというところまでいってしまって、それがクリントン政権をしていわゆる経済、つまり、通商外交政策の非常に優先度の高いものとして日本との通商問題というのを取り上げているというのは、背景はそのとおりなのですけれども、構造をちょっと申し上げますと、日本人が若干誤解しているところがあるのですけれども、日本がアメリカに対して一体どういう貿易上の位置関係になっているかというと、産業全般がアメリカに対して競争力を持っているのじゃなくて、まさに先生さっきちらりとおっしゃったように、極めて特殊な分野だけに競争力が突出している産業構造になっているのですね、日本の場合。  つまり、例えば対米輸出品目というのを項目別に見てみますと、上位十品目で大体六六%になっちゃうんですね。三分の二は上位十品目で支えている。上位二十品目ということになると七五%を超えちゃって、四分の三で支えている。別の言い方をしますと、日本人が今外貨を得てこれだけの生活レベルをエンジョイしているというか、さまざまな形で享受しているわけですけれども、その根本というのは結局上位二十品目のこの分野に大きく依存しているのですね、この生活レベルというのは。いい悪いは別として、事実として。  問題は、おっしゃるように、その構造というものを基本的に変えていかざるを得ないという大きな分水嶺みたいなところへ差しかかっているわけですけれども、ところが、今何が起こっているかというと、その上位二十品目の分野の人というのは、一ドル百円前後でもぎりぎり戦えるかなという競争力を目指して、例えば経営のレベルで言えばTQC運動だとかRアンドDだとかで血眼になって戦ってきて、一ドル百円なんて時代をつくっちゃったわけです。この人たちが一番国際競争の厳しさを知っているわけです、逆に言うと。したがって、このまさに一ドル百円で戦える上位二十品目の分野こそ、我々が調べてみても、雪崩のように今海外に出ようとしている分野なんですね。  ですから、さっき申し上げた数字のように、もう五年ぐらいたっちゃったら、アメリカのエコノミストの中には、日本はアメリカに売る物がなくなるんじゃないか、なぜならば、生産力をどんどん海外に移転していて、その移転したところから迂回輸出という議論が出てくるとすれば、それは正しいわけです。例えば、発展途上国、特にアジアの発展途上国に生産力を移転して、そこからアメリカに輸出していくというような構造になって、二国間の貿易統計上は、今抱えているような貿易摩擦の数字というものが全くあれは何だったんだろうなというぐらい一気に変わっていくような、そういう今大きな転換期にあるわけですね。  したがいまして、私が申し上げているのは、対米配慮という問題じゃなくて、一番言いたいのは、日本の急速に進みつつある産業空洞化のためにも、日本の内需で日本の物づくりがある程度潤える基盤をつくっていかないとだめだという部分が一番申し上げたいところで、そのためには、巡航速度で日本の内需を拡大していくシナリオをとらないと、もぬけの殻になりますよというところが最大のポイントです。  その次に、まさにおっしゃっているように、何も米国に対する配慮だけではなくて、アジア及び欧州だって全く同じことなんですけれども、日本がやはり巡航速度で拡大していって内需を広げて、アメリカの産品、それからアジアの急速に力をつけつつある産品、あるいは欧州の産品というものを受け入れていけるような土壌というものをきちっとつくっていくということをしないとまずい。もちろん、出していくものについて、ある種の制御というものが働かなきゃいけないという先生のおっしゃるポイントも全く正しくて、その問題意識が今日本の産業人の中でもようやく出てきているタイミングだろうと思います。  いずれにしましても、申し上げたいのは、海外に対して我々も我々なりに市場開放の努力をしているのだとか、内需拡大しようとして努力しているんだということを相当熱弁振るってもなかなか伝わらない。そういったときに、私は、もし一分でという意味は、こういうことをやろうとしているんだということが明快に伝わるわかりやすいシナリオ、それがどうも必要なんじゃないか。そういうときにこの首都移転というのは、変な言い方ですが、まことに都合のいい、迫力のある、説得力のあるシナリオじゃないか。  それから、市場開放のシンボルというのは、ちょっとだけエピソードを言いますと、私がきょうお配りしている資料の一番最後についておりますけれども、日経新聞の「経済教室」という欄に「首都移転、内需拡大の柱に」ということで、四月五日の日経新聞に出た記事でございます。私驚きましたのは、この記事を英文に翻訳して配信したのかどうか知りませんけれども、アメリカのエンジニアリング会社から、特にベクテル社から私の方に連絡がありまして、六月の末にスペインのバルセロナか何かで世界のスーパープロジェクトに関するコンファレンスをやるから、その中の非常に重要な、スーパープロジェクトといいますのは、世界にGIF構想なんというのがよくございますけれども、要するに超大型の需要拡大プロジェクトといいますか、例えば第二パナマ運河であるとかボスポラス海峡のブリッジだとか、そういうどでかい話ですね、特にヨーロッパのトンネルみたいな。ああいうたぐいのスーパープロジェクトの一つとして日本の首都移転というものを位置づけたいので、ぜひ、あなたの個人的な意見でいいから会議に参加してくれないかという招待状が来たのです。  逆に言いますと、それだけアメリカのエンジニアリング会社なんかも含めて注目しているといいますか、これは間違いないだろう。そういうことを一つのきっかけにして、例えば海外のエンジニアリング会社、建設会社、それからさまざまな、それをきっかけにアイデアなり製品を売り込みたい人たちに対して大きく門をあけてみるというのも、日本の将来にとって大変意味があるのじゃないか、それが私の申し上げたいポイントであります。

根本匠自由民主党

○根本委員 大変示唆に富んだ御意見をお伺いしまして、ありがとうございました。私、多少抽象的になるかもしれないのですが、首都機能移転のインパクト、それがどのぐらいあるのかなといった観点から御質問したいと思います。  首都機能移転をしますと、日本では例えば六十万人移転しますね。そういう試算もありますけれども、これまで一極集中の是正ということで昭和三十年代にいろいろな工場を、東京でも工場あるいは大学の立地を整備をして地方に工場を移転させる。それから、筑波研究学園都市をつくって現地の研究機関、これを外に移す。ですから、今残っているのは首都機能ということで、国会あるいは行政、中央政府、それから司法、これを移そうということで今考えられているわけですね。  その場合に、国会なり中央政府なり司法が移った場合にぶら下がってくる、特に経済界の機能ですね、それがどの程度動くのか。これはワシントンとそれから東京、要は分権型のアメリカとそれから中央集権型の日本という一般的な見方で考えた場合に、その辺の程度の差もあるんだろうな、ぶら下がって移転する場合ね。  じゃ、ワシントンでは中央政府、国会が立地していることによって経済界の機能はどういう分野が立地していて、じゃ日本が移った場合に、日本はどういう部分で付随的に移転していくのか、その辺のことについてお伺いしたいと思います。

安倍基雄改新

○安倍(基)委員 関連質問ですけれども、結局、アメリカにしてもオーストラリアにしても連邦政府なんですね。ですから、非常に連邦の権限というのは限定されています。そして、日本の場合には連邦じゃないものですから、首都がどっと移転すると、許認可行政がいろいろとどっとやはり一緒についていく可能性があるのです。ですから、首都移転というのは、そういう政治構造が一緒に変わらないと。国会が移転する、そうすると政治機能が移転する。それは全国的なネットワークがありますから、どっと移転せざるを得ないのですね。ですから、キャンベラの場合にはシドニーが中心、アメリカも分かれています。これはどうしても大きな国家構造の変革があった上であるのかないのかということが大きくかかわるので、その辺をどうお考えですか。

寺島実郎米国三井物産ワシントン事務所長

○寺島参考人 それでは、最初に、根本先生の方のお話からですが、国土庁の方の試算で、これはかなりひとり歩きしているのですけれども、よく十四兆円のインパクトという数字が出ております。これは、あくまでも根幹のところの移転にかかわる建設費だけです。  おっしゃるように、ワシントンでは、主力の米国の企業というのは、ガバメントアフェアーズ担当ということで、つまり政府関連担当副社長みたいな人を中心にして、ワシントン事務所というのをほとんど例外なく持っている。それで、日本の企業も、さっき申し上げたように、何もワシントンの情報活動ということだけでなくて、そういうワシントン周辺のビジネスの機能が物すごく拡大しているものですから、ワシントンにでさえ、日本企業は今はもう百社になっております。  そういう意味で、その十四兆円というのはあくまでもコアのことで、これに伴って、民間企業のオフィスの立地だとか、それからそれに附帯するサービス、例えばホテルだの何だのさまざまなものがあれするわけで、ざっと試算しても、すごく少な目に見積もっても、最低に見ても百兆円プランだなというのが多分エンジニアリングの世界の人たちの常識だろうと思います。さらに、もっと外延的なもので、アクセスの交通システムだとか、あるいはさまざまな外延的なサービスを考えてみた場合には、多分、かなり控え目に言っても二百兆円のインパクトはあるんじゃないかなと思うのです。  仮に、一番ミニマムが百兆円だとしても、日本の実質GDPを二%ずつ十年間押し上げるという試算を私は書いておりますけれども、実質GDPを二%押し上げられるプランなんというのはまずこれ以外にはないと、僕はいろいろなことを考え てみて思います。だから、現実問題として、十年間、二%GDPを押し上げる計画なんというのは、思いもつかないというか、もしそれが二百兆円ということになれば、ざっと二%前後、二十年押し上げていくようなプランになるわけです。  例えば、経済が成熟してくると、アメリカなんかは、御承知のように、アメリカの経済を考えるときにキーになる数字というのは、GDPが年間二・五%ずつぐらい伸びれば巡航速度だというふうに言われているわけです。いわゆる潜在成長力論争なんというのがあるわけでございまして、それはどうしてかというと、生産性の上昇率が年間一%ぐらい、労働人口の上昇率が一・五%ぐらいということをベースにして、二・五%少なくとも成長していないと成長実感がない。二・五%成長させるということは、成熟してきた経済にとっては大変難しいことなのです。ところが、この首都移転を中心にして、日本が年間二%ぐらいの実質GDPをこれから十年間押し上げていけるような計画を持つということは、これは世界経済にとってどれほど重要なものであるかということ、これはもう大変なポイントだろうと僕は思います。  それから、御指摘いただいた、連邦政府制のもとでの首都としてのワシントンと東京の違い、これはまさに根幹にかかわるポイントでして、それは政治構造と一緒に変わるものではないか。国家構造というものの変革プランと並行しながらでなければ、この首都移転の議論というのは組み立てられないのじゃないかというのは、実は、私自身、本音のところでというか、心の中で常に思っていることで、それが、今盛んに日本でも議論されておる政治改革、行政改革などというものと実にタイミングよく並行して進もうとしているということで、このタイミングがまことにいいポイントなのだなと。そういう意味で、外から見ていて大いに期待したいというのは、いわゆる日本の政治構造の変革というものがなされていこうとしているタイミングで、日本の新しい首都というものがシンボリックにでき上がって、そこで新しい展開が行われていくということにまず基本的には期待したい。  それに伴って、先生がおっしゃっているように、私自身としてはプラスの文脈で議論しているわけですけれども、新しいその政治首都ができたら、多分日本も、アメリカのワシントンがそうであるように、主力企業はほとんど、それを新東京と呼ぶかどうか知りませんけれども、新東京にいわゆるガバメントアフェアーズ関連の責任者を中心にしたオフィスを置くだろうと思うのですね。それに伴って、新しい求心力を持った新首都になっていくだろうということは予想にかたくないと思うのです。それは、ある面では、分散を加速させるという意味では、いいことではないかというふうに私などは考えております。

村田敬次郎自由民主党

○村田(敬)委員 寺島さんの御認識、私は非常にいいと思います。それから、各委員から充実した御質問があって、問題のポイントは非常に狭まって議論されてきていると思うわけであります。  先ほどの寺島さんのお話の中に、ワシントンがユナイテッド・ステーツ・オブ・アメリカ、アメリカのユナイテッド・ステーツ、州としての役割を果たしているということを御指摘になった。日本の場合は、明治時代は、御承知のようにドイツ法あるいはフランス法を模倣しましたかち、中央集権だったのですね。明治初年には三千万だった人口が一億二千万になって、資本主義の上昇に伴って、文字どおりの中央集権国家ができてしまった。したがって、この首都移転問題の出発点は、アメリカとは手法、制度は逆のところから出てきております。  それで、日経のあなたのお書きになった百兆円の話、これは非常に有名になっています。だから、私はこれを読ませていただきました。私も同じ効果があると思います。確かに国土庁で言ったのは十四兆円、私は二十世紀の間に、日米構造協議の四百三十兆円の中の一割ぐらいは持ってきていいということを言っていたのです。それを百兆円という言葉で表現していただいたのはありがたいのです。  したがって、御質問は二点です。  一つは、日本の場合はアメリカと違うスタートで首都移転の問題が出てきたのだけれども、しかし、その重要性は極めて高い、二十一世紀のグランドデザインだということを言っている。そういうことについて、アメリカのことをごらんになって、日本のこれからの首都移転を、特にどういうことを考えておられるかということが第一点。  第二点は、私は、首都移転は地方分権の始まりだと思っています。だから、私の言葉で言うと、真珠のネックレス構想ということを言っていまして、中央の真珠は東京でいいし、また新首都にもなるだろうと思うけれども、そのほかにも大、中、小の美しい真珠の玉が輝いている。だから、首都移転と同時に地方分権も推進する、それが政治改革のまさに中心的ポイントであるということを言っていて、今の日本の政局は首都移転のような問題で大同団結をする大事なときだと思います。だから、小さな問題を国会が議論して永田町の議論で日本国民の議論を踏みつぶすような、そんなばかなことをやめて、日本国民の議論で永田町は判断しなければいかぬ、こう思っています。そういう考え方について、どういうふうにお考えになるか、二点です。

寺島実郎米国三井物産ワシントン事務所長

○寺島参考人 今、村田先生がおっしゃった後半の部分は全面的に私は賛成です。心の中にある問題意識を表現していただいたというふうに思います。  それから、二十一世紀に向けてのこのプロジェクトのメッセージとして、外から見ていて感ずることは、さっき一部申し上げたのですけれども、あえて繰り返しになりますけれども、やはり戦後五十年の集大成というものを日本がどうしてくるかということは、アメリカのみならず、これは誇張ではなくて、外から大変注目されていると僕は思うのですね。  といいますのは、アメリカに伝わってくる日本のイメージというのは、これは我々にも責任があるし、この種の企画をやっている人たちに僕はすべて責任があるのだろうと思うのですけれども、要するに二極分化したイメージなのですね。非常に先端技術、特に汎用化した技術、基礎技術ではなくて汎用化した技術で売れ筋の商品をつくって大量に売り込んでくる、その先端技術的イメージ。つまりソニーだとかパナソニックだとかに象徴されるような、ホンダ、トヨタに象徴されるようなイメージと、日本人がアメリカで日本を紹介するために一生懸命発信しようとするメッセージというのは、大体日本の文化性とか伝統性というものを強調したいがために、やれ桜祭りのイベントだ、ニューヨークでの何とかイベントだというと、必ず伝統芸能だ、歌舞伎だ、能だ、お茶だ、お花だという、いまだにそういうお話になってしまうわけですね。  だから、こっちサイドにある伝統芸能イメージと先端技術のイメージの間にまた裂きみたいになって、本当に日本人が考えている、普通の日本人が次の時代に何をしようとしているのかということがなかなかわからない。僕は、こういう種類の首都移転型の新しい生活環境整備というか、先生おっしゃったように地方分権を進めたり規制緩和をする一つの引き金としてこういうことをやろうとしているということは、アメリカに日本の将来の進路を説明する上でこれほど説得力のあるものはなかなかないんじゃないかな、繰り返しになりますけれども。  それで、戦後、我々産業人というか経済の中で生活している人間の側からいえば、やはり何のために繁栄したのか、何のために技術を蓄積してきたのか、つまり二十一世紀の子孫に何を残そうとしているのか。やはり、東京の集中した過密の空間というものを残すだけで、戦後の繁栄というのがあだ花だったというのじゃちょっとまずいのじゃないか。やはりどんな文明も、急速に成長した文明というのは何か一つのものを残している。  その辺でどうも我々の中に欠けてきている視点として、ある方が話をしたのを聞いていると全く そうだなと思ったのですけれども、京都に建都してからことしが千二百年になるらしいのですね。千百年というときが百年前にあって、その百年前のときは明治の、変な言い方ですけれども、まだ日本が非常に貧乏だった時代に、頑張って、驚いたことに平安神宮というのをつくっているんですね。平安神宮というのは、僕らの世代からいうと平安時代からあったのかと思うぐらいなんですけれども、百年前に明治時代にできている。千百年を記念してつくった。それで、千二百年になって、これだけ経済力を持って、技術力を持って、世界に冠たる国だと言われているのに、千二百年で残そうとしていることというのは、大体企画会社だとかイベント会社が企画するようなものに乗っかって、全く未来に残らないお祭りイベントみたいなものだけが繰り広げられて、何も残らない。  このままいくとそれがシンボリックに東京にも当てはまって、いわゆる繁栄した時代があったけれども結局何も残らなかったということで、次の時代に、積み上げてきた技術だとか富が全く生かされないんじゃないかということを大変に不安に思うと、これはアメリカのプロジェクトエンジニアリングにかかわっている人たちが日本に対して向けている問題意識でも僕はあると思うのです、私が勝手に言っているだけじゃなくて。このポイントというのはとても重要だと思うのです。だから、五十年の成果というものを、日米の終戦五十年記念のイベントをやるだけじゃなくて、やはり何かそういうメッセージをしっかり持たなければいけないんじゃないかというのが私などが最も感じているポイントでございます。

田野瀬良太郎自由民主党・自由国民会議

○田野瀬委員 寺島参考人の話を聞きながら、これは早くやらないといかぬなという焦りを覚えるようなそんな思いに浸っておるのですが、参考人さんから今の首都移転の進捗状況、日本における進捗状況を見られて、どんなふうにお思いなのか。あるいは、我々は漠として、二十一世紀ぐらいにどこかへ移るのかなという思いなんですが、これから進めていく中で、果たして二十一世紀でいいのかどうか、あるいはもっと作業を進めていかなければならないのかどうか、その辺の思いがあれば聞かせていただきたいと思うのです。

寺島実郎米国三井物産ワシントン事務所長

○寺島参考人 これはもう本当に、過去のことをずっといろいろ読ませていただくと、例えば村田先生初め大変長い間これは御苦労されてきているテーマで、敬意を表しているわけですけれども、進捗状況については、これが単なる空理空論じゃなくて、いわゆる国会における決議を経て、もう我々で言う青写真の段階までかかりつつある。ここからがもう胸突き八丁で非常に大切なところだ。それで、御承知のように経団連にも委員会ができていて、経済界のそれに対する関心とか対応もようやく盛り上がりっつあるかという、そういう局面だと思うのです。  大体この種の話というのは、今まで、いわゆる大型インフラ整備型の内需拡大構想という方法論自体はちっとも新しくないわけですよね。円高に直面するたびに絶えず日本がとってきたシナリオで、田中列島改造論というのも七一年のニクソン・ショックをてこにしてできたシナリオだ。その次の内需拡大というのもプラザ合意以降の一つのいわゆるシナリオとして前川レポートだなんだと、規制緩和と内需拡大というのは必ずパッケージになって出てきているわけです。それで、今どうも規制緩和の方だけがばあっと、平岩委員会レポートなんてこう出てきていますけれども、やはり内需拡大型のインフラ構想というのは絶えず非常に重要性を持っていると僕なんかは思っているわけです。  それで、今までは素材産業というのが非常に元気のいいときは、具体的に言うと、新日鉄なんかを中心にした素材産業の開発部隊というのが東京湾架橋だとか関西新空港ぐらいまでのレベルの構想のときにはえらいハッスルして旗を振っていたわけですけれども、今、経済界の状況からいうと、この種の発想に取り組むような元気がない。それはどういうことかというと、バブルがはじけて、物すごい過信状態にあったのが一気に今度は急に自信喪失みたいな雰囲気になってしまっている。だからこそ、こういう構想が逆に重要だというか、そういう意味で、経団連の会長もかわりまして、新たに豊田さんがつい数日前にああいう形で就任されたわけですけれども、やはり豊田さんを中心にした経団連あるいは経済界がこれからやはり真剣に議論し一気に積み上げていくべきシナリオの一つだろうというふうに思っていまして、我々サイドからもできるだけの努力をしながら積み上げに協力していきたいなというふうに思ったりしております。だから、進捗状況については、率直に言ってこれからがもう本当に重要なタイミングなんだということで考えております。  それで私自身は、これは二十一世紀になってやるべき話だというようなことではなくて、できるだけ早くにもう具体的な取り組み方の方針を固めて青写真をどんどん国民に見せていく、それによって産業界もそれに呼応していろいろな研究開発なり投資なりというものが動き始めるということにしないとだめなんじゃないかなというふうに思っています。ですから、もう本当にできるだけ早いタイミングでこういう議論が詰まっていくということを大いに期待したいというふうに思っております。

横光克彦日本社会党・護憲民主連合

○横光委員 私も今の田野瀬先生、そしてまた寺島参考人の意見、早急にやるべきだという意見に非常に賛成なんです。やり一極集中の弊害、これはもう一年ごとにどんどん厳しくなるわけですし、そういった意味では早急に対処する問題であろう。移転するために試算では約十四兆円とかいう金が必要だということ、これはまあ交通関係とかそういったものは入っていないということですが、それでも余りある量の内需拡大ですね。一番小さく見積もっても百兆円の経済効果があるだろうと言われていることを考えますと、これは大変な大きなプロジェクトである。  それで、先ほど村田先生がおっしゃったように、これは永田町あるいは政治家だけの問題じゃなくて、国民世論を喚起して、やはりもう一つこの問題が国民の世論の中に浸透していない部分があると思うのです。関心があるのは、やはり東京あるいは東京近辺の人たち、あるいは移転先として候補地に挙がっているようなところの人たちぐらいじゃなかろうか。そう思いますと、もっともっと国民の中にこの問題を浸透させなければいけない。その一つの手として、結局、もう移転先の候補地をある程度複数に絞って、要するにいろいろな地域の人たちをもこの問題に関心を抱かせる必要があると思うのです。  そういったことで、最終的に一番問題になるのは、この問題が進んでいって最後に問題になるのはやはり移転地の問題であろうと私は思うのですけれども、そのときに政治調整といいますか、政治絡みでそれを決めるということが最もよくないことであろうし、また、そこには各県各地域の利権、利得が絡んでくると思う。やはり、六十万から百万都市になるわけですから、その地域にとっては大変大きなプラス効果が出てくるわけで、この移転先の候補地の、いわば分捕り合戦ということですね。こういったものを考えると、非常にこれからまた困った問題が起きるのじゃなかろうかなという思いがするのですが、そのことに関しましてはどのようなお考えをお持ちでしょうか。

寺島実郎米国三井物産ワシントン事務所長

○寺島参考人 私は、今おっしゃったように、当然最後は具体的な話になるとどこに移るんだということになるわけで、村田先生なんかがいろいろなところにお書きになっているように、世界にも納得のいくような形で、ある種の民主的な手続ですっきりやるべきだ。  それにはやはり、日本というのは余り国民投票ということをやる機会のない国ですけれども、私自身は、幾つかの、こういう責任ある代表者によって選ばれた方でいわゆるその候補地を絞り込んで、国民投票的なものですっきり決めるというようなことを試してみるべきじゃないかと。それによって、日本人の問題意識というか、このことに対する関心というのはもう一気に盛り上がる。  しかも、これは当然、土地の高騰だとかあるい はこれによってしたたかに一山当てようみたいな話になっていくのが一番まずいわけで、そういう意味で、村田先生なんかもまさにお書きになっていますけれども、いろいろな専門家が出してきているような、その候補地になったところをフリーズするような形も含めて、やはりこれは未来への投資なわけで、国民全体のアセットとしてやっていこうとしている話なので、これによって極端に、もちろん経済効果は底上げ効果としてはあるわけですけれども、特殊な会社だけが特殊な形でもうかるようなシナリオにしてはいけないということだけは万全の配慮をしてやっていくべきだろうというふうに思います。

中島武敏日本共産党

○中島(武)委員 ちょっと話は戻るのですけれども、先ほどから、早く首都を移転したらと、こういう話も意見として出ておりました。それで、戻るといいますのは、さっきちょっと議論になっておりましたそのコアだけでも十四兆、それから社会、産業その他の改革を加えれば、まあ百兆どころか二百兆の波及効果と、こういうお話があって、私、寺島さんが考えておられるところは、従来の大型公共事業を考えていらっしゃるなと。御自分でも認めていらっしゃるようですけれども。  それで、二つお尋ねしたいのですけれども、アメリカとの関係でいいますと、日米構造協議で四百数十兆円ですか、約束をした。それで、アメリカというのは、何かずうずうしいのですよ。これを受け入れたら次は米だといって、米の輸入自由化を押しつけてくるわけです。これも受け入れるのです。そうすると今度は、何かいいものはないかと、首都移転で百兆円だと、おれもそこへ参入するぞと、こういう話ですよね。  これは、僕の言うのは、まあ率直な言い方をしているんだけれども、これは幾ら譲っても譲っても、アメリカというのはどこまでも押してくる。だからこそクリントンなんかも率直に、武力を背景にしてどんどんアジアに出るんだということも言っているわけですね。これは余り譲りに譲っているというのはどうかなということが私の意見なんですけれども、寺島さんもその辺、米国におられてどんなふうにお感じになっているのかなということが一つなんですよ。  それからもう一つは、こういう大型プロジェクトですね。これはしかし、今までもそうだし、それから今度の場合でも、私は非常に恐れるのですけれども、大手ゼネコンが結局のところ大もうけする。それで、結局は、国民はどうなるのかという問題を考えたのじゃないと思うのですね。  これは、内需を拡大するというのですけれども、内需拡大の六割は、寺島さんもよく御存じのように個人消費が六割なんですね。この個人消費、六割を占めているものに対して、これがもっと伸びていくということなしには日本の経済はうまくいかぬのじゃないかという気がするのですね。だから、これについての政策をしっかり立てなければいかぬ。いや、しっかり立てなければいかぬというか、今まで政府がやってきていることというのは、もっと転換しなければいかぬのじゃないか。政府のいろいろな審議会なんかもその種のことについて提言もしているわけですよ。  その二つですね。これは私の意見が何か主になって恐縮なんですけれども、寺島さんがどうお考えになるか。

寺島実郎米国三井物産ワシントン事務所長

○寺島参考人 私の意見をもう一回整理して申し上げさせていただきますと、大型公共投資のプロジェクトじゃないかというふうに総括してしまえば、確かにそういう部分もある。ただ、公共投資のポーションというのは、多分その十四兆をコアにした部分だと思う。私の言っている百兆円というのは、大部分民の動き。それの波及効果として出てくる民の部分を中心にして百兆とも二百兆とも申し上げているわけで、公共投資を一つのてこにした大型の内需拡大構想というふうに私自身の頭の中では総括しております。  それでもう一つは、米国に対して配慮するという説明が若干ひとり歩きすると、その部分だけにこのプロジェクトのねらいがあるみたいな印象で受けとめられてしまったかもしれないのですけれども、これは基本的には日本側の主体的な政策シナリオであって、それをアメリカ側が知恵を絞って、フェアな形で参入してくれるようにしておいてあげるというだけが我々サイドにできる限界なわけで、アメリカ企業のためにこんなことをやろうとしているわけでも何でもないわけです。  ただ、要するに私が言いたいのは、個別のネガティブな問題について、足して二で割るようにたたき合って妥協点を見つけ出していく形の日米交渉よりも、日本が主体的にやろうとしているメッセージをしっかり持って、そういう中で、あなたたちの努力によっては問題の解決にもつながるようなものが日本サイドにも準備されていますよということをどんどん積み上げていくことが大変重要なのじゃないか。そういう意味で、僕は、対米関係にとってもこのシナリオはプラスのシナリオだというふうに判断しているポイントがあるわけです。  それからもう一つは、結局、首都機能移転、公共事業、この種の方法論というのは新しい方法論じゃないとさつき申し上げたわけです。新しい方法論じゃないけれども、僕がここは重要だと実は思っていますのは、規制緩和も、長い目で見たら必ず一つの内需の拡大になるし、内外価格差というものを解消していく、日本の競争力を強めていく大変重要な政策論だろうと僕は思いますけれども、日本の産業にとって得意のパターンというのがあるわけですね。  当面、これから十年、二十年と、要するに失業率を五%なんかにしてはいけない、やはり二%台で、今もう新卒の人たちが十五万人、卒業しても就職できないなんということがけさ報道されておりましたけれども、中には、日本も低成長に耐えて、アメリカ型の六%、七%の失業に耐えていくべきだなんということを言っているエコノミストがいるわけですけれども、とんでもない話で、六%の失業というのがどういう状況なのかということを真剣に考えてみると、大変悲惨なことになるわけです。  したがいまして、言いたいのは、つなぎの議論というとあれですけれども、要するに規制緩和は下手間違うと、規制緩和というのは日本人は非常にポジティブな部分だけでとらえておりますけれども、アメリカが七〇年代から八〇年代にかけてやってきた規制緩和、整理して言いますと、七〇年代のアメリカのGDPの二〇%ぐらいが公的規制の分野だった。それをどんどん自由競争、自由競争ということで規制緩和していって、今七%ぐらいに下げてしまったのですね。それで何が起こったかというと、もちろんサービス、財の価格を抑え込むという面では、競争が激しいですから大変プラスになった。しかしその一方で、大変な失業と、それからパンナムみたいな企業さえつぶれてしまったという物すごく激しい競争の中で、トンネルをくぐり抜けてみたら、変な話ですけれども、結局強い企業が勝って寡占体制がばっちり整って、弱い者は全部け落とされて、ロサンゼルスの暴動みたいな話になってしまった。  そこで、そういう規制緩和を進めていくにも、その環境として、巡航速度による成長というシナリオをしっかり責任ある形で持ってないと、規制緩和がとんでもないことになってしまう。しかも、それでけつが引けて、規制緩和なんかやめた方がいいというような議論の方が大勢を占めてしまう可能性だってある。したがって、巡航速度による成長というのがいかに重要かということ。  つなぎの議論といいますのは、日本の産業にとってやはり得意のパターンというのは、一つの目標のもとにみんなが投資をし、工夫をして、それを目指して少し元気を出して前向きにやっていこうよということで、大型公共投資を呼び水にしながら、それにみんなが自分たちのプロジェクトを付加させて展開していくというパターンが一番得意のパターンなんですね、ある意味では。その得意のパターンというものを併設しながら今までやったこともない規制緩和という分野をやっていくような展開が政策論的に言って正しいのではないかというのが私自身の腹の中にある話で、そうい う意味で、方法論的には、また大型公共投資の話かということだけではない部分がいわゆる今回のこの首都機能移転というプロジェクトにはあるだろうというふうに思っております。

小林守日本社会党・護憲民主連合

○小林委員 大変示唆に富んだお話をお聞きしているのですが、先生の方のお話の核は内需拡大という面から構成されているわけでございますけれども、最終的にこの首都移転というものが、先ほどお話にあったように、日本の戦後五十年の集大成とか二十一世紀のグランドデザインをどう描くかとか、そういう視点から、二十一世紀の世界や世代に向かって何を日本は伝えようとしているのかというような観点からとらえる必要があるということで、大変感銘を受けたわけです。  先生の方からお聞きしたいと思いますのは、例えば日米関係とか対アジア外交の視点からというとらえ方、内需拡大というような、三点からお話があったわけですけれども、もうちょっと、先ほどの戦後五十年の日本の集大成とか、そういう観点から考えてみた場合、日本はどういう国家を目指すのかというものをやはり集大成して示さなければならない、示すべきプロジェクトなんだろうというふうに思いますね。  それで、先生の方から、日本は世界に向かって、特にアメリカやアジアに向かってどういう国家像を目指すべきだとお考えになられているか、何か御意見があれば教えていただきたいと思います。

寺島実郎米国三井物産ワシントン事務所長

○寺島参考人 今おっしゃっている質問と関連して、今回の首都機能移転の話とはちょっとお答えがずれるかもしれませんけれども、今のお話に沿ってちょっと意見を申し上げさせていただくと、今ワシントンの雰囲気の中で一番重要なのは、日米関係の話において一番重要だと実は僕が思っておりますのは、日米関係というのが日米の二国間の関係で自己完結しなくなってきていると思うのですね。  それはどうしてかというと、一番重要な要素は、突拍子もないことを言うようですけれども、中国の台頭なんですね。それで、中国という要素がアメリカサイドから見ていて物すごく大きくなってきているわけです。去年の世界銀行のレポート、IMFのレポート等で、中国が二十一世紀のアジアの経済の中心だ、購買力平価ベースで換算し直して、二十一世紀の初頭には日本のGDPを追い抜いて、アメリカを追い抜いて、中国が世界のGDPのトップに立つというようなレポートまで出始めているわけです。  したがいまして、クリントン政権がつい先週、中国の最恵国待遇見直しが極めてスムーズにいったのも、八百のアメリカの経済団体がクリントンに圧力をかけた、いわゆる中国との最恵国待遇の延長というものに大変な圧力をかけた。それはなぜかというと、簡単に言うと、中国はおいしいというか、中国の一〇%を超すような成長力というものに対してビジネスもそれからアメリカのアジア外交の当事者も大変な注意を向け始めている。  何が言いたいかというと、日米の二国間の関係で幾ら同盟外交だといって仲よくしようと必死になって包括協議をまとめようとしたって、アメリカからアジアを見たときの視点の中に、一九三〇年代から続いてきている問題意識なんですけれども、アジア外交の基軸を日本ととるのか中国ととるのかという綱引きの中で、絶えずアメリカのアジア外交というのは歴史的に展開されてきているわけですね。今、それが九〇年代から二十一世紀に向かって、明らかに中国というものがアメリカにおいてばあっと大きく盛り上がってきている。  つまり簡単に言うと、そういう中で、今、日本の経済の状況というのは、円高を一つのてこにしながら、本当に苦しいものだから、アジアの中の嫌みな老人みたいな雰囲気になってきているわけです。要するに、アジアに対しては、おれのところの市場を荒らすなと言い、アメリカに対してはダンピングだとかさまざまな問題に苦しみ抜き、要するに、明るく前に突き抜けるシナリオがないわけですね。したがって、老大国化してきた雰囲気の中で、人に対して嫌みったらしくなってくるわけですね。先生が御指摘のように、ちょうどアメリカが日本に対して嫌みったらしくなってきているようにですね。  それで、日本がアジアに対して向けていくスタンスがだんだん嫌みに満ちてくる可能性があるわけですね。今までアメリカが日本にしてきたことを、これからどんどん力をつけてくるアジアの国々に対して向けていく可能性があるわけですね。そういう悪循環を断ち切るためにも、日本自身が未来に向けての明るいシナリオを持たなければいけないということは絶対必要なのですね。  やはり中国が我々がどうすることもできないほどの勢いでもって伸びていくならば、アメリカのビジネス、アメリカのいわゆるアジア外交というのは日米中のトライアングル、さらには二国間から多国間のスキームに大きく変わっていくだろうと思うのですね。そういうときに、日本が本当にアメリカのビジネスにとってもアメリカの政治にとっても魅力的で方向感を持ったシナリオを出し切れないならば、まさに急速なイメージ低下というか、そういうものに苦しまなければいけなくなってしまう。  したがいまして、何もそのすべての解答が首都機能移転というようなものにあるとは思いませんけれども、この種の創造的な、クリエーティブなアイデアを政官民、本当に知恵を出し合ってやっていこうとしていく決意というか、気迫を今見せなければいけないときに来ているのではないのか。  そういうものがないと、水は高い方から低い方に流れるように、経済人というのは、ちょうど地方公共団体の長の人が我々の県に工場来てくださいよと言って一生懸命誘致合戦などしているのと同じように、どんどんその逆で日本から出ていってしまって、気がついたときには、日本の主力の産業というのは全部海外に移転して、間接税を一〇%、二〇%取ろうが財政も賄えないというような状態になることは火を見るよりも明らかだと僕は思うのですね。しかも、それは何か二、三十年先の話でしょうなんていうとぼけた話ではなくて、もうかなり近づいてきているというか、そういうときに、やはり新しいメッセージにつながるような構想というのは余りない。このあたりの話がやはり一番迫力あるのではないかというふうに僕は思ったりしております。  外交の話はもういろいろあるのですけれども、もし許されるならば、今の先生の御質問に答えたつもりで書いた、この十日に出る中央公論という雑誌に私が書いたものが多分そのお答えになっているだろうと思いますので、お時間があれば御一読いただければと思います。

保岡興治自由民主党

○保岡委員長 もしなければ、私から。恐縮でございます。  せんだって、我々委員、九人でしたか、筑波研究学園都市を現地視察してまいりまして、我々、行ったメンバーは異口同音に、やはり改めて首都移転というものを頭に置きながら、ああいう計画都市というものを見ましたときに、これが持つ大きな可能性というのですか、迫力というのですか、そういうものを非常に身近に感じました。  そういう意味で、これが新首都とかあるいは政治都市の建設ということになりますと、先生が言われましたようなこの五十年あるいは百年の日本の歴史的な成果、結果を内外に示す、あるいは次の時代に向けての我が国の進むべき道やあるべき姿を象徴するような、日本を感じさせられるような、理解できるような、そういう役割を担うようなメモリアルということを考えると、先生のきょう述べられたようなことが大きな日本の歴史を画するというのでしょうか、非常にそういう意義を持つということがよくわかるような気がしたのです。  そこでまた一方、先生のきょうのお話に関連して、筑波研究学園都市のその現場で聞いたときに、お役人あるいは学者の皆様、研究員の皆様がおいでになって、住むおうちが、やはり天下の公僕だから国民よりかでかい家に住んではいけないというので非常に小さなものというのが考えられて、今、時代の変化の中で非常に手狭で困ってい るようなお話でした。私は、先生が言われたように、そういった意味では逆に国民が目をむくような、将来の日本の住宅というものがこういうふうな住宅に変わるんだという、国民が多少反発をするぐらいの大きな住宅、あるべき住宅をつくるということに大きな意味があるというように感じたのです。  そういうふうに国民の意識をいろいろな分野で大きく変えるきっかけになるという意味で、地方分権とも関係するのですがお尋ねしたい点は、国と地方の役割の分担ということで、これから国は世界の情報をいかにコミュニケーションを深めながら正確、的確に深く知り、またその分析能力を持つかということがとても大事だという気がするのですね。そういった意味で、首都機能が持つ情報インフラについてこれからの日本の方向を示すべき意義があるというお話もございましたが、そういった国の情報機能あるいはまた民間のシンクタンクみたいな情報機能、こういったものにどう貢献する余地があるか、そういう観点からちょっとお話をしていただければと思います。

寺島実郎米国三井物産ワシントン事務所長

○寺島参考人 今の御質問、実は、そうだそれを言わなきゃいけなかったんだというところを指摘していただいた気がするのですけれども、ワシントンの持っている非常に重要な機能の一つに、世界の政治経済の情報のセンターとしての機能というのが確かにございます。それで、我々が本当に冷静に戦後の五十年の反省として考えなければいけないのは、日本がこれだけ経済力を持っていながら、トーシューズを履いた巨人という表現をよく海外からされますけれども、トーシューズを履いて非常に危うい感じがするのは、情報力がないというところに僕は集約すると思うのですね。  それは何かというと、七不思議とも言われていますけれども、これだけ経済力がありながら、まともな通信社とシンクタンクが一つもないのですね。そんなことないじゃないの、共同通信だって時事通信だって朝日新聞だって何だってあるじゃないの、世界に特派員云々という話があるのですが、いかに跛行しているかということをちょっとシンボリックに表現するために申し上げますと、日本の最大級のメディアである例えば共同とか朝日クラスでも、世界に派遣している特派員の数というのはせいぜい七十人なのですね。世界じゅうにばらまいている特派員というのは七十人程度なのです。  世界の四大通信社と言われるような例えばUPだとかAFPだとかのクラスになりますと、けたが全然違うわけですね。二けたぐらい違うのです。本当に、国の存亡さえ問われるような状況にある例えばロシアでさえタス通信というシステムを今でもきちっと維持している。中国でさえ新華社を持ち、情報のインフラという部分での、ワイヤーと我々呼んでいるのですけれども、通信社というものをしっかり持っている。  私は国策通信社を育てろなんというそんな安っぽいことを言っているのじゃなくて、もう少し知恵を出して、情報のパイプというものを太くしてこなかったから、例えば北朝鮮の問題が起ころうが何がしようが、自分で判断する材料なんか何もなしに他人依存で生きていかなければいけない丸腰の世界みたいな状態になってしまっている。まず通信社というものを、まともなものを持っていないということ。  それからもう一つは、シンクタンクですね。シンクタンクというのも、日本にはシンクタンクあるじゃないのと言う人いるわけですけれども、二つしかないわけですね。パターンとして。一つは企業の冠がついた、例えば野村総研とか三菱総研とか、あくまでも企業内調査部の発展過程にあるようなシンクタンクか、あるいは簡単に言えば政府の、官の組織の補完型のシンクタンク、財団法人だとかという名前のついているような、例えばエネルギー経済研究所は通産省が見ているとかいうようなたぐいのシンクタンクしかない。  ところが、ワシントンの機能のもう一つ非常に重要な魅力といいますか、これは例えば私自身お世話になったところなんですけれども、民主党系のブルッキングス研究所だとか、共和党系のCSISだとかあるいはアメリカン・エンタープライズ・インスティチュートとか、さまざまなシンクタンクがある。しかも、それはアメリカが第一次世界大戦の前後に世界に対して発言しなければいけなくなってきたころに、ビジネスとか政界とか官界がみんなで努力して育ててきたシンクタンクなんですね。  何が違いがあるかというと、中立性というか、いろいろな人から支援されているために、どこかの丸抱えじゃない、官の組織でもないわけです。したがって、絶えず政策代替案を目指すタイプのシンクタンクが二重、三重の重層的に育ってきている。したがって、それは政策に関する議論を物すごく強いものにしているわけですね、代替案について。  どういうことかというと、例えば湾岸戦争が起こっても、日本の場合には、政策オプションというのは官僚機構がつくったシナリオに対して賛成か反対かということしかなくなってしまうわけです。みんなが利用できるような共通基盤になっている政策選択軸というものが何もない状態で選択していかなければいけない、走っていかなければいけないという状況になってしまう。  ところが、ワシントンの非常にあれなのは、さっき申し上げたスミソニアンにもウィルソン・センターというのがあって、世界じゅうから若い研究者を集めていろいろな研究をさせている。ブルッキングスも途上国からいろいろな人を集めて地域研究などをさせている。そういう議論が政策の選択の幅を物すごく広げているのですね。Aという事態が起こったら、政府がやろうとしているシナリオに対して代替案がオプションとして出てくる。それに対して、政治にかかわっている人たちがその代替案をたたきながら自分たちの考えなりなんなりをまとめ上げていく、練り上げていくというものがつくられている。  したがいまして、通信社だとかシンクタンクだとか、本当はまともな経済大国だったら絶対持っていなければいけないはずのものがないまま、片肺のように経済力だけが突出していっているようなところがあるわけです。  そういう中で考えてみたときに僕が思いますのは、新しい首都の移転を機に、さっきはスミソニアン・インスティチュート的な一種の博物館、文化性ということを申し上げましたけれども、もう一つは、情報性のある新しい機関をこれを機会に育てて新首都に配置していくような構想というものが民から力強く出てくるようなことになれば、日本というのが大変プラスの方向に向かう大きなエネルギーになるのじゃないかなというふうに思ったりしております。

河村たかし改新

○河村(た)委員 今言われましたアメリカのいわゆるシンクタンクですけれども、この場合は、最近ちょっといろいろ話題になっておりますけれども、ノンプロフィット・セクターとかノンプロフィット・オーガニゼーション、皆さんお金を出し合って、財政基盤を自分たちで新たなところから支えているので自由なことが言えるということが基本的に非常に大きいと思うのですね。だから、そういう意味で、独立するシンクタンクをつくろうという話がよくあるのです。  首都移転の話とは直接関係はないのですけれども、財政基盤の話まで突っ込んで制度づくりをやっていかないと、大蔵省さんどう言われるか知りませんけれども、そこら辺にかなり基本的な問題があるのじゃないかなと私は思っているのですが、いかがなものでしょうか。

寺島実郎米国三井物産ワシントン事務所長

○寺島参考人 全くおっしゃるとおりです。  一つは、例えばシンクタンクにかかわる法律上の制約というようなものもある種の取り除きというか、やっていかなければいけない部分がもちろんあると思います。それから民の方も、シンクタンクというと自分の会社の冠のついたシンクタンクでなければ何だか不安だというような発想から変えていかないと、いろいろな企業が支えているから逆にニュートラルになるということがあるわけで、一つのところの丸抱えでやっていくという ようなシステムから脱却しなければいけないのじゃないかなというふうに思います。  その点、やはりアメリカのシンクタンクのマネジメントというノウハウは相当なものだな、いろいろな企業のつくっている財団から幅広く薄くお金を集めて、全体としては大変大きな財政規模というものを維持していけるようなシステムをつくっているノウハウというのは大変なものだなと。今、先生おっしゃったとおりなんです。  そういうことで、シンクタンクというようなことについても相当知恵を出して変えていかなければいかぬ。そうでないと、いつまでたっても政策代替案のないまま、最大の日本のシンクタンクとしての官僚機構に政策基盤を依存しなければいけないようなジレンマを断ち切れないのじゃないかというふうにワシントンから勝手に思ったりしております。

保岡興治自由民主党

○保岡委員長 それじゃ、もう一点。  この間行ってきた筑波研究学園都市は非常にフラットなところにつくってあるのです。先ほど美観とか環境を大切にワシントンもつくられているというお話もございましたが、どういう候補地があるのか頭には全然ありませんけれども、多少起伏のある山とか森とか川とか、そういう自然に恵まれた、日本の風土を感じさせるというのか、日本のそういう姿を感じさせるような美しい首都ができればいいなという、先生方ともそんな話をしたのです。たわいもないようなことですけれども、しかし、大事な要素かもしれません。そういう点から、先生はどんなふうに、新しい首都の景観というのですか、場所のイメージというのでしょうか、もちろん地震とか安全とかが基礎になければいけないと思いますが、いかがでしょうか。

寺島実郎米国三井物産ワシントン事務所長

○寺島参考人 今まさにおっしゃったことの繰り返しになるのですが、あえてあれするとすれば、例えば国際空港とのアクセスとかそんなことが非常に重要になってくるわけで、多分、国際空港及び東京とは何らかの形の新交通システムでしっかり効率よくつなぐことを考えなければいけないと思うのですね。それが仮に東京から百キロ以上、あれでは六十キロ以上ということになっていますけれども、百キロ以上あるいは二百キロ以上離れるにしても、いわゆる国際空港、特に間もなく二十一世紀の初頭、一〇年ぐらいになってくると、超音速航空機の開発が完全に目に見えて実用化してきて、東京−ニューヨークというか、仮に成田からつなぐとして成田−ニューヨークは多分四時間とかそういう時代が来ると思うのですね。  そうしますと、今アメリカでもなぜ地上系の交通インフラの整備が非常に議論が始まっているかというと、超音速航空機の時代、国際化がより進んで国際間の移動がより多くなる時代ということになった場合に、成田から四時間で飛んでいった人が、JFKに着いてからダウンタウンにたどり着くのに、今の試算でいくと三、四時間かかるのですね、いわゆるマストランスポーテーションの効率的なシステムが確立されないと。そこで、マグレブというかリニアの議論が非常に脚光を浴びてきていて、もうJFKは空港利用税みたいな形で旅行で行った人からも一人につき三ドルずつ取っているわけです。それを積み出してダウンタウンにアクセスする、つまり新しい交通システムをつくろうということで、そのプロジェクトに関連して日本の開発しているマグレブの技術とアメリカの技術をドッキングさせて共同プロジェクトにしようという話が、実は私自身もこれに巻き込まれているのですけれども、HSSTというジャパン・エアラインの技術と、アメリカの防衛産業の雄の一つであるグラマンの技術を組み合わせて、まずJFK−ラガーディアをつなぐ実験線の話にそれを展開しているのです。  要するに、空港アクセスというものは、二十一世紀を想定した場合には、すごく重要なファクターになってくる。だから、今の成田を前提にして、滑走路が一本しかない空港を前提にして、これから始まる超音速航空機の時代にどう対応するのかということは、大変な制約になってしまうわけですね。この部分をどうするのかというのが大変重要なファクターになるのじゃないか。だからそういう面で、国際空港とのアクセスというところは、新計画の中で極めてきちっとしておかなければいけないポイントじゃないかと思っております。

保岡興治自由民主党

○保岡委員長 ありがとうございます。  ほかにございませんか。——いろいろ充実した質疑も十分尽くされて本当によかったと思います。  以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。  この際、参考人に一言お礼を申し上げます。  寺島参考人には、貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表して厚くお礼を申し上げます。  次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午前十一時四十五分散会

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