文教委員会 第2号
- 発言数
- 243 件
- 登壇者
- 23 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1993/11/09
会議録
○委員長(石井道子君) ただいまから文教委員会を開会いたします。 教育、文化及び学術に関する調査のうち、文教行政の諸施策に関する件を議題とし、質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言を願います。
○宮崎秀樹君 本日は大変空気のきれいなところで質問させていただきますのでありがたく思っています。禁煙の委員会の席というのは非常に気持ちのいいものでございます。 これから質問をさせていただきますけれども、何せ私は野党になって初めての経験でございますので大変戸惑っております。しかし、今そちらにお座りのかつての野党の方々の質問を聞かせていただいておりまして大変勉強になっておりますので、それに近いような状況でできればいいなと思っておりますが、本来、国会での国会議員の質問というものは、私は与野党を問わず是は是、非は非ということで申し上げる、これはもう基本的な問題だと思います。 そこで、最初に大臣に道徳問題についてお伺いしたいと思います。 文部省から出ています「小学校指導書道徳編」というのがございます。そこには大変いいことが書いてありまして、低学年のところには、「教師は児童のいわばモデルという役割を担うことになる。そのため、教師は、道徳的な善悪を明確に把握して、道徳的に望ましい行動を一貫して教えるように慎重な配慮をしなければならない」。また、中学年になりますと、「道徳的に好ましい具体的な経験を日々の生活の場で可能にする配慮も求められる」。高学年になりますと、「教師は児童の自律的な傾向を適切に育てるように配慮しなければならない。特に社会的な認識能力が発達するにつれ、より広い立場から民主的社会を維持し発展させるための基本的な価値観を養う必要がある」。これは一部でございますけれども、大変いいことが書いてあります。 私は、この道徳教育の効果というもの、これは大変大切なことだと思っているんですが、やはり人間社会ですから、先生の中にもどこの社会にも不祥事を起こすような方が出てまいります。そういうことで教師に対する指導と申しましょうか、そういうものに対してどういうような対応をとられているか、またこの道徳教育の重要性というふうなことを大臣はいかが認識されていらっしゃるか、まずその所感をお伺いしたいと存じます。
○国務大臣(赤松良子君) 道徳教育についてのお尋ねでございますが、子供のときから正しい道徳教育を受けておくということが大変大事なことだと思います。そして、それを教える先生が道徳的に高くなげればそういうことを教える資格がないということでございますから、先生方が高い道徳的な水準を保ってくださることが非常に重要なことだというふうに考えております。
○宮崎秀樹君 大臣もその必要性を十分御認識していらっしゃると思うんですね。 この中に、「うそをついたりごまかしをしたりしないで、素直に伸び伸びと生活する」という項目があるんです。 ところで、これはある新聞の投書欄なんですが、中学生の十四歳の子供さんの、「子供は大人を見本に育っているのです。それなのに見本となる大人がルールを守らない。もし、ルールを守らない大人が子供に注意しても、子供は「自分だってやっているのに」くらいにしか思いません。大人も子供も社会ルールを守って、大人がきちんと子供をしかれる世の中になってほしいです」、こういう投書があります。 また、二十四歳の大学生からは、「われわれ国民は口巧者な政治家の演説に惑わされ、”本当の政治、本物の政治家”が分からなくなってしまったのだろうか。本来、政治は国民の夢や希望の象徴であり、虚説を振り回すニセ政治屋や錬金術師はいらないのだ」と、まさにこういう指摘がございます。 私ども政治の一端に携わっている者は、これはやはり自戒しなきゃならない。大臣もこの道に、今の大臣という職責につかれたということは、行政を長いことやってこられて、今はもう政治にかかわっていないんだということは言えない状況にあると思うんですね。 そこで一つお伺いしたいのは、きょうここに与党の先生方いっぱいいらっしゃいますけれども、この先生方は皆さん立派な方だと私は思うんです。しかし、今の閣僚の方々の中には、お名前を一々言いませんけれども、まさにうそをついているような状況の方が大勢いらっしゃると思うんですね。うそつきと呼ばれてもしょうがない。久米さんのニュースステーションぐらいですかな、連立だから仕方ないんでしょうねなんということを言っていますけれども、その他だれに聞いてもおかしいよと。例えばマージャンをやっていて、かけたことがないなんという方もいらっしゃるようでございます。 とにかくそういうような非常に何と申しましょうか、道徳的に見て基本的に欠けるところがあるんじゃないか。その辺のところを文部大臣という道徳を指導する最高責任者の方が閣議なりで閣僚の方々に御忠告なりして、とにかくやはり、うそをつきました、申しわけない、これからうそをつきませんというような態度で政治をやっていけば別ですけれども、まさに何と申しましょうか、ずうずうしく居座っていると申しましょうか、そんな状況が続いていくと国民は不信感を抱くんじゃないか。その辺、大臣、いかがお考えでしょうか。ちょっと大臣の御所感をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(赤松良子君) 私ども子供のときから、正直のこうべに神宿るとか教わりました。 それから非常によく覚えておりますのはジョージ・ワシントンの子供のときの話で、ジョージ・ワシントンが自分の庭のリンゴの木を切っちゃった。そうしたらお父さんが、それは大事な木だったのにだれが切ったんだと非常に怒った。そのけんまくがすごいから自分が切ったというのを非常に言いにくかったんだけれども、正直でなきゃいけないと思って僕が切りましたと言ったという話を教わった記憶が非常に鮮明にございます。 そういうふうに正直であることが大事、いいことである、正直でなければいけないということを子供のときから教えられてきたように思うわけでございます。ジョージ・ワシントンはそういうふうに正直な立派な徳性を持った子供だ、お父さんもまた、リンゴの木を切ったのはよくないが、正直に自分がしたんだと言ったことを褒めた、こういう話だったと思います。 そういうふうに正直であることをよしとして教える必要があると思うわけでございますが、近年はそういう徳性というものが非常に高い地位にある方に求めにくくなっているのかな、それは大変残念なことというか、もっと危険なことなのではないかと思うわけでございまして、新聞を開けばもう一面トップに、今まで立派な方だ、地位の高い方だと思われていた方のスキャンダル、あるいは証拠が出るまではそういうことは決してございませんというふうに否定されて、すぐその後でもう次の日ぐらいに証拠が出ちゃって、やっぱりそうだったかというようなことを言わなきゃならなくなる。本当に嘆かわしいことだと思います。 これでは先ほど申し上げましたように、先生方に、ちゃんと道徳教育をしてください、道徳教育の中にはうそをつかない、正直であるべきだということももちろん含まれているわけでございますから、そういう教育をしてくださいと幾ら言っても、先生方がそれを生徒に教える場合に非常にむなしい気持ちがされるんではないかと危惧をしているわけでございます。
○宮崎秀樹君 何かイソップの話で終わってしまったようなことでございまして、肝心なことは、閣僚の方々にもそういう方がいらっしゃるんじゃございませんか。そういう方々に対してその職責の大臣として、やはり改めるところは改めなさいということをきちっとおっしゃっていただきたい、こういう私の要望でございますから、それはそれで結構です。 この話はこれぐらいにいたしまして、次は国旗の話でございます。 大臣は国旗に対しては大変御理解があって、日本の国の象徴ということでお認めいただいております。これは船舶法とかいろんな法律の中では標識という感覚で皆さん認識されております。この国旗に対してまた国歌に対して法律があった方がいいのかどうなのか。これは世界各国を見ると、あるところもあるし、ないところもございます。全国的な状況を見たときに、ここに統計がございますけれども、一〇〇%のところとそうでないところとまちまちでございます。しかし、最近かなり普及率が上がってきておるようでございます。 指導要領というのが文部省の方から出ております。これは各教育委員会に通達が出ておるわけでございますが、一〇〇%実施に向けて具体的にこれを実行せしめるには法律があった方がやりやすいのか、むしろそうじゃなくてもっと指導というものをきちっとやっていく中で理解させていく方がいいのか。これはいろいろ御意見があると思うんですが、大臣はこれに対してはいかがお考えでございましょうか。
○国務大臣(赤松良子君) 入学式とか卒業式とかで国旗を上げて国歌を歌うということが非常に大事なことだという指導をしているわけでございまして、先生ただいま御指摘のように、年々国旗を掲揚したり国歌を歌ったりする状態というのは改善を見ているわけでございます。また、格差が多少あるということもこれは事実でございますが、それも改善の経過において上がるところと余り上がらないところがあるということで格差が出てきているわけで、悪くなって格差が起こっているというのではないように理解をしております。 そこで、学習指導要領に基づいて文部省が指導をしてきた成果がそういう形であらわれているのではないかと思いますので、今後とも学習指導要領に基づきましてその指導を続けてまいりたい。そうすることによってより今の状態が改善されるのではないかというふうに考えております。
○宮崎秀樹君 法律があった方がそういうことはやりやすいかどうかという問題でちょっとお答え願いたいと思います。
○国務大臣(赤松良子君) 法律というものはそれはあればやりやすいという面もあるかもしれませんが、先ほど申し上げましたように、今まで学習指導要領で効果が上がっているということにかんがみまして、その方向で続けたい。また、国旗と国歌とは一体的なものとして指導されるのが望ましいのではないかというふうに考えております。
○宮崎秀樹君 やはり国旗と国歌というものは一体という考えでこれを普及していくという方針と承っておきます。 それでは次に、科研費についてちょっと御質問を申し上げたいと思います。 文部省の予算の中には、理工系の教育設備のハイテク化とか大学院の充実と改革というような中でいろんな新しい高度の先端設備というようなものもございます。こういう科研費の中の査定とかいろいろなことをやるについて、どうも聞くところによりますと文部省には理工系の技官がいない、科学技術畑の方がいらっしゃらない、こういう話でございますけれども、やはり専門的な知識を持った人がいてきちっとこういう予算については内部で議論をし、そして積み重ねていくということが必要だと思うんです。それに対して実情はどうなっておるでしょうか。
○政府委員(佐藤禎一君) 科学研究費につきましては、おかげさまで皆様方の御支持を得まして、今日、平成五年度の予算額で七百三十六億円を計上するところとなっておりまして、今や大学等におきます基幹的な研究経費として機能しているわけでございます。 その配分の審査についての実態のお尋ねでございますが、この研究費は主として大学等の研究者によって使われる経費であることから、私ども学術審議会の中に科学研究費の分科会の審査部会というものを設けております。そこでは延べ約二千人弱の大学の研究者が実際の審査に当たるということになっておりまして、実際の審査事務というものは大学の先生方によって行われているという実態がございます。 二つ目に、その審査の事務でございます。審査の事務は当然担当の部課でそれに当たっているわけでございますけれども、その事務の執行に当たりましても大学の先生方の御意見も適宜拝聴することが必要であると考えておりまして、私ども大学の教官と併任をいたしました学術調査官という職を設けておりまして、やはり大学の教官に文部省の事務の中に入ってきていただいてお手伝いをいただく、こういう体制をとらせていただいているわけでございます。 なお、こういった大学を中心とした科学研究費の補助金ではございますが、試験研究という区分がありまして、これは応用を目的としたものでございます。こういうものにつきましては、適宜他省庁の研究機関でありますとかあるいは民間の方々にも審査員をお願いするといったような形で工夫を回らせていただいている、そういう形で各専門の方々の御意見をお聞きする機会を十分に設けている、こういうつもりであるわけでございます。
○宮崎秀樹君 その審議会とか外部への委託というのはよくわかるんですけれども、例えばバイオテクノロジーの問題一つとりましても各省庁またがって予算が重複して、内容についても何の研究をやるのかとかこれは非常にむだのあることが行われている。ですからある予算をとりますと、今度バイオテクノロジーになると、同じ研究室でやっているやつが名札だけ変わるんですね。やっていることは一緒だ。そういう実態がありますので、きちっとわかる人が文部省の中にいないと、これは外の人に委託すればいいんだと隠れみのでみんな審議会でやるというのはやはりおかしいと思うんですよ。 だから将来ちゃんとした、例えば科学技術庁から出向してもらったっていいじゃないですか。そういうきちっとした人に来てもらってやるように、やはりこれは国民のために使う税金ですからむだのないようにひとつやっていただきたい、こういうことでございます。それに対してちょっとお答えいただきたい。
○政府委員(佐藤禎一君) 研究費を適切に執行していくというのは委員御指摘のとおりだろうと思っております。 先ほど私の御説明がちょっとラフに過ぎて十分でなかったかもしれませんが、学術調査官というのは実は大学から文部省に出向してきていただいている方々でございます。もう少しシニアの教授の方々はまた科学官という形で出向してきていただいておりまして、常勤ではございませんけれども、随時私どもの日常の事務の執行についてアドバイスをいただく、こういう形でやらせていただいているわけでございます。 なお、その科学研究費のあり方そのものにつきましては、別途、学術審議会の中に企画部会という部会を設けておりまして、その中でそれぞれの研究目的に即した適切な執行ができるかどうかということについて常にレビューをする体制も持っているつもりであるわけでございます。
○宮崎秀樹君 それはそれで結構ですけれども、大学から来てもらう、そういうことになると偏ったところへ行きがちなんですよ。中立的に文部省として全体を見た中で何をするのがいいのかこういう視点に立ったら、文部省としてきちっとわかる人がいることが私は大切だと思うんですよ。だからそこら辺は今後ひとつ検討をしていただきたいと思います。これはこれで結構でございます。 次に移ります。時間の関係がございまして、きょうは最初ですから幅広く薄くということで突っ込んでやれないんですけれども、次は国立美術館の問題をちょっとやってみたいと思います。 十月二十六日にこの参議院の文教委員会で国立西洋美術館を視察してまいりました。そこで、この予算を見ましたら、実は美術品の購入費というのが平成元年が一億六千九百十二万六千円、平成二年も一億六千九百十二万六千円、三年も四年も五年も同じ額なんですね。一体これは単年度予算を組んでいてどうするんだと。今、名画になればこんな値段で買えるわけがない。そうしますと、安い版画なんぞを買ってつじつまを合わせているというのが実態だそうでございます。 これは建設省の道路の予算と違うんですから、こういうことをやっていると日本の文化が疑われるわけでございます。基本的にこういう単年度予算で、しかも使い切らないと来年度の予算は削られるというようなことをやっていたんではこれは私は日本の文化が泣くんじゃないかと思うんですが、この考え方なりこれを従来やってきた経緯と申しましょうかそれについて御説明をお願い申し上げます。
○政府委員(林田英樹君) 国立美術館の美術作品の購入予算の問題でございますけれども、確かに先生御指摘のように、近年増額を図ることができないできておるのは事実でございます。現在、国立の美術館が四館あるわけでございますけれども、それぞれおおよそここ数年ほとんど対前年度伸びはなしというような形でまいっておったわけでございます。各美術館がそれぞれの収集方針に基づきまして収集したいものがいろいろございますので、計上いたしました予算の中でそれぞれの収集方針に基づきまして収集に当たってまいっておるわけでございます。 国立西洋美術館につきましても御指摘がございましたが、過去、例えば平成三年、平成四年度で申しますと、今の御指摘ございました一億六千九百万円でございますけれども、この予算で平成三年度は五点、平成四年度十二点というような作品をそれぞれ予算の中で工夫をして購入しておるというのが実態でございます。しかしながら、先生御指摘のように、この予算では近年の美術品の価格の高騰ということもございまして十分でないということはそれぞれ各館からも要望が寄せられておるわけでございまして、私どもも何とか増額を図ろうということで努力をしておるわけでございます。 平成五年度におきましては、美術館に関しまして実は二億二千八百万円の増額を図っております。ちなみに平成五年度の先ほど申しました国立の四美術館の美術品購入費の総額は八億二千万円ということでございますけれども、このうちの二億二千八百万円は対前年度から比較いたしまして増額を図ったものでございます。 ただし、今、先生のお話もございましたように、これを各館に分散いたしますとなかなか思うようなもの、高いものを買えないということもございましたので、平成五年度につきましては東京国立近代美術館の方にこの増額の二億二千八百万円を計上したところでございまして、先生御指摘のようなもう少し高いものも買えるようにということで措置をしたところでございます。 なお、平成六年度の予算要求の中におきましては、御指摘の国立の西洋美術館につきまして増額の要求ということも考えておるわけでございまして、そういうものを実現する中で今のような御指摘に対応していきたいと努力しているところでございます。
○宮崎秀樹君 大蔵省と話をして、一つの目的、例えば十億のものを買いたいというようなことがあったときに、これは累積して置いておくと。 例えば防衛庁なんかの場合には、いろいろ機種の選定とか一つの目的でもって予算をとりますね。これはこれで結構なんで、やはりこういう考え方、発想を変えて、日本の文化的な資産としてこういうものを欲しいんだということになれば、そこら辺はひとつ予算のあり方というものを基本的に考えて見直すことはお考えになったことはありますか。また、そういう交渉をしたこともありましょうか。
○政府委員(林田英樹君) 正直に申しまして、いろんな機会に御指摘のような御提言は私どもとしても伺っておるわけでございまして、事務的にいろいろ研究はしておるわけでございますけれども、現在の予算制度、先生御承知のとおり、会計年度は単年度主義ということになっておるわけでございまして、実際の運用におきましては相当この原則というものは厳しく運用されておるというふうに承知をしておるわけでございます。現実の問題としてはなかなが御指摘のようなことを実際の行政として実現していくことは難しい面があると思っておりますけれども、そういう意味で、先ほど御説明申し上げましたような単年度主義の中でもできるだけ高額な作品を購入できるような措置をということで工夫を図ったつもりでございます。 今後いろいろ幅広く研究はしていきたいと思っておりますけれども、実際の運用になりますとなかなか難しい面があるということを御理解いただければと思っております。
○宮崎秀樹君 何かわけのわからないような御返事だったですけれども、大臣、どうでしょうか。これは大臣ならできるんじゃないですか。ひとつこういうことは閣議で、大切なことなんだということを訴えていただくわけにいきませんか。
○国務大臣(赤松良子君) 私は、個人的には美術、特に外国からいい絵を買いたいという気持ちは十分持っておりますが、単年度主義という予算の原則を崩すというのはなかなか難しいのではないか。先ほど文化庁の次長がお答え申し上げましたような方法で、一つのところへ集中的に増額分を配賦することによってかなり、解決まではいきませんが、少し高いものもそこでは買える。次の年はまた別のところへどんと増額分を配賦するという方法はなかなか工夫されたやり方ではないかなというふうに思っております。
○宮崎秀樹君 どんとというのがどんとじゃないから申し上げているので、その辺はどんとの方をふやすなりなんなりしていただくようにひとつお願い申し上げます。 それでは次に参りたいと思います。 次は、大学の医学部、医科大学の学生定員の問題でございます。 これに関しましてはいろいろ定員削減という方向で文部省と厚生省との話し合いができておりまして、実行に移すということはかねてから行われているのでありますが、しかし昭和五十五年から公立学校の定員、これは八校でございますけれども、一人たりとも減っていない。また、国立大学は平成二年から削減されていない。私学はほんの少しですけれども漸減をしてきておるような状況でございます。 一〇%削減、こういう目標を立ててやっているのですが、実際にはそこまでいっていない。このまま放置しますと、人口十万に対して相当な医師の数になってくるわけです。例えば昭和六十三年には十万対百六十四人だった。これが平成三十七年には三百人になるんです。三百人というのはいかにも医師の数が多過ぎる。 医師の数がどのくらいが適正かということについては、これは議論が随分あるんですね。つい最近の新聞なんかでは医療経済の問題で多過ぎるんだなんということまで言い出してきている。しかし、医師のこれから働く分野というようなことをいろいろ考えていくと、それじゃ文部省として一体どのくらいが適正なんだという確とした理念、哲学をお持ちでしょうか。まずそれをお伺いしたいと思います。
○政府委員(遠山敦子君) 御質問の趣旨は、今後の医師の需給といいますか、そういう観点での考え方の御質問でございましたけれども、その前にちょっと数値的なことで御説明をさせていただきたいと思います。 医学部の学生定員の削減計画は、平成七年度を目途に新たに医師となる者を一〇%削減すべしという計画で進んでおりまして、この点につきまして文部省としましては、国公私を通じましてこの削減等の措置を講じるように指導してきたところでございます。この結果、昭和五十九年に八千二百八十名でありました入学定員が六百二十五名削減されております。削減率の平均は七・五%でございますが、国立大学につきましては一〇・五%既に削減をいたしております。公立大学は、先生御指摘のとおり、まだ〇%でございます。私立大学につきましては四・八%ということでございまして、現在入学定員が七千六百五十五名となっております。その点御説明をさせていただきました。 また、将来の医師過剰の問題につきましては、文部省自体がこのことについて結論を出すと申しますよりは、今後の医師需給の見直しについて御検討をされている関係省においてさらにそのことについての御議論が深まっていくものと承知しているところでございます。 文部省としましては、その意見も踏まえた上で、国公私立の医科大学関係者の意見も聞きながら対処してまいりたいと考えております。
○宮崎秀樹君 国立大学なり公立大学、私学でも定員を減らすことによって、講座数だとか、いわゆる教職員のポジション、そういうものの削減まで入ってくる。いろんな関連した付随的なものが邪魔をしているという話も聞いているんですけれども、今後いろいろ医療の多様化、高度先進医療というものが入ってきますし国民のニーズも多様化してきますので、例えば救急問題とか、それからいろいろな標榜科目もいわゆる頭頸科なんて頭と首の科とか、今後いろいろ専門分野が細分化されてきます。 ですからそういう教員の削減ということと即結びつけてやっていくということが一つの弊害になっているというふうにも私は感じるんですけれども、その辺のことについてはどういうふうにお考えでしょうか。
○政府委員(遠山敦子君) 入学定員の削減が直接に教員の削減に響くかということでございますけれども、国立大学に関しましてはそのように直ちに連動するということはいたしておりませんで、むしろ先生のおっしゃいましたような新たな医学分野の需要に対しましては必要なものについて措置を順次やっていくという形で対処をいたしております。 むしろ国立大学につきましては目標を達成しているわけでございますが、公立大学、私立大学につきまして、ではどうしてその計画が達成されないかということを御説明した方がいいかと思うわけでございますけれども、公立大学につきましては、もともと入学定員六十人の大学が二大学、それから入学定員八十人の大学が三大学、入学定員百人の大学が三大学というように非常に規模が小さいということや、あるいは地域医療を担っているということを理由として地元の反対が強いというふうなこともありまして入学定員の削減はなかなか進展していないという状況でございます。 また、私立大学につきましては、もうこれは御説明するまでもないかと思いますけれども、経営に大きな影響を及ぼすというふうなこともございまして入学定員の削減については強い抵抗がございます。 しかし、これまでも既に私立医科大学協会におきまして、平成元年度に入学定員百二十人の大学につきましては募集人員を百十人にするというふうな申し合わせが行われたり、あるいは医学部を持っております私立の大学が新たに他の学部、学科の設置を申請する際に入学定員を削減するように指導したこと等によりまして、私立大学につきましても百六十五人の削減が行われているところでございます。 ということで、ややそれぞれの設置形態によりまして事情を異にいたしておりますけれども、私どもといたしましては、この点につきましてさらにいろんな方法で指導を行ってまいりたいと思っているところでございます。
○宮崎秀樹君 公立大学は、今おっしゃったけれども、前はもっと少なかったんです。倍ぐらいになったんです。だからそこは認識を改めてもらわないと困るんです。これはぼんとふやしたんです、ある時期にみんな。八十名のところは四十名ぐらいだった。昔は定員数が少なかった。それをある時期にふやしてきたものだからこういうことになったのでもとへ戻せと、こういうことでございます。そこら辺は、もともと少ないからと言うが、もともと少なかったやつがふえたという認識でひとつ御指導を願いたい。 次に移ります。次は叙勲の問題でございます。 まず叙勲ということに対して、大臣、いろいろまた御意見があると思うのですが、現閣僚の中でも、いわゆる官尊民卑である、民間が非常にだめだと。それから大臣のように、女性にもひとつ目を開きなさいよと、いろいろ意見があると思うんです。 この叙勲というのは、私は、本当に地域社会に国に裏方として一生懸命尽くされた、そういう努力に対して感謝の念をもって表彰を申し上げる、こういうことだと思うんですけれども、大臣、この叙勲ということについてどんなふうにお考えでございましょうか。
○国務大臣(赤松良子君) 先生のただいまおっしゃいましたとおりだと思いまして、叙勲がそういう功績のあった方に対して正しく行われる、そして公平であるということが大事なことではないかと思っております。
○宮崎秀樹君 そこで、ちょっと個別な問題になりますけれども、学校医、学校歯科医及び学校薬剤師の叙勲の基準というものが実は昭和六十二年三月二日付で文部省の体育局長から通知が出ているんです。従来、これは昔の話ですけれども、大体三十年学校医、学校歯科医、学校薬剤師をやった方は叙勲の対象となって表彰されていた。それがいつの間にか今度は四十年になった。四十年になったところに今度の通達では二つの学校医を兼務してやっている人でなきゃだめだ、こうなったわけです。さらに詳しく聞いたら、千人以上の規模の学校を二つやらなきゃこれは対象にならない。二つの学校というのは至難のわざでして、特に内科の先生、歯科の先生はとてもじゃないけれどもできないわけなんです。物理的に不可能です。 ある時期は三十年でよかった、あるときは今度は四十年になった、あるときは二つ以上、こうくるくる変わってくる。そうすると、三十年でもらった時代の先生方はいいですけれども、四十年になったら長生きをしないとまずもらえませんね、これは。それから最初大体三十七、八から皆さん学校医なりになるわけですから、これはやっぱり相当なお年寄りになるまで働かなきゃできない。 こういうふうに変わること自体、非常におかしいと思うんですけれども、これについて私は前々からおかしいじゃないかということを申し上げていたんです。一向に御返事がないんですね。だからここで私は黒白をつけようということできょう質問しているわけですけれども、文部省さんに言わせるとこれは賞勲局がやれと言ったからやったんだ、こういう御返事だったんです、この間私のところへ質問をとりに来たときに。賞勲局さんに聞いたら、もう十カ月前にどうしてこういうような状況か実態を聞かせてくれと言ったら、それきり十カ月ほったらかしたと言うんです、担当官が。だから非常に僕は不誠意だと思うんです。 そういうことをはっきりさせてもらいたいと思ってきょうは質問しているんですが、まずこの通達を出したいきさつについてちょっと御返事を願いたいと思います。
○政府委員(奥田與志清君) 学校医の先生方には大変御尽力いただいておりまして、先ほど大臣が申し上げたように、叙勲におきましてもそういう御努力に報いるような方法、これが大事なことであると考えております。 今、先生お話しのように、学校医等に対します叙勲につきましてはどういうふうな基準で推薦をしたらいいのかというふうなことで、実態も十分考えながら、また関係当局の意見も聞きながらこれまでやってきたいきさつがございます。その結果、現在、先生御案内のような状況になっておりまして、今、我々の方におきましても現状につきまして何とか新しい基準をもう少し模索する方法はないのかというので鋭意検討をいたしているところでございます。
○宮崎秀樹君 何か今のお話で、関係のところへ聞いているとかなんとかおっしゃいましたが、関係というのはどこでございましょうか。
○政府委員(奥田與志清君) 文部省内におきましてはこの関係を総括的に取り扱っておりますのは大臣官房でございますし、それから政府全体ということになりますと総理府の賞勲局の方で扱っておられますので、そういうところのお知恵も拝借しながら、先ほど申し上げましたように、どういうふうにするのが学校医の先生方の御労苦にお報いすることになるのかということを検討しているところでございます。
○宮崎秀樹君 検討というのはいつまで検討なさるんですか。 賞勲局、ちょっとその辺のところを実際具体的に文部省とどんな折衝に入っているか、お聞かせください。
○説明員(井上達夫君) ただいまの件についてお答えいたします。 最初に、基本論というか一般論で恐縮でございますけれども、今、先生からもあるいは大臣からもお話ありましたように、勲章というのは縦横のバランスといいますか、時系列も含めましてその縦横のバランスを保つというのが非常に大事な制度であろうと思っております。したがいまして、その継続性というものを非常に重視しなきゃならないということは先生御指摘のとおりだろうと思います。 ただ、もろもろの状況、社会の状況その他経済の状況いろいろ変わるわけですから、その変わったものに応じまして叙勲の内容も直していかなきゃいかぬ、既存のものを見直してあるいは新しいものを取り入れていかなきゃならぬのもこれまた事実だろうと思いまして、具体的にはそういう継続性を重視するということに十分留意しながら、春、秋にまとまった叙勲をやっておりますけれども、そういう機会をとらえて関係省庁からの推薦、申し出に基づきまして、新しいことがあるか、直すべきことがあるかということについては個々に協議をしているというのが実態でございます。 今のは一般論でございますが、ただいまお話しの学校医の扱いにつきましては、私が先生からきょう御質問をいただくということで調べましたところ、ことしの一月に文部省から学校医の現状の取り扱いについて、特に単独校医につきまして取り扱いを直してほしいという強い要望があるという申し出があったことが事実としてございました。 ただ、先ほど申しましたように、一つは継続性をどう考えるか、それからほかの分野とのバランスをどう考えるか、それから学校医の実態というものがどのように変わってきているのか、そのあたりを十分に承知しませんと具体的な検討に入れないということで、そのあたりについて御説明をお願いするように一月段階でうちの担当官が申したそうでございますが、残念ながらそれ以後具体的な話し合いが持たれておらないということで、現状においては、一月段階でそういう要望、強く直すことについて検討したいという申し出を受けたことは事実でございますが、現在に至るまで残念ながら具体的な話し合いには入っていないと承知しております。
○宮崎秀樹君 今、実態がつまびらかになったわけですけれども、はっきり申し上げまして、二つというのは私の現在所属している医師会では一人もおりません。無理です。それはできないんです。そんなむちゃくちゃな無理難題を押しつけて、そして叙勲というものの対象を絞ってくるということはこれはおかしいと思うんです。内科の先生はもう不可能です。そういうことである一定の方に偏っていくわけです。 だから十カ月間、今のお話したとそのままで、文部省の方は何をしていたのか。その辺のところをきちっと御説明をお願いしたいと思います。
○政府委員(奥田與志清君) 今、総理府の方からお話がありましたが、私どもの方は、お話のように、文書でこういうふうに変えたいというふうなことで御意見を伺ったのは確かにことしになってからでございますけれども、問題意識を持ちまして事実上のいろいろ御相談を申し上げておりましたのはそれ以前からでございます。 現在、先生がお話しの点について申し上げますと、学校医の叙勲基準につきましては、学校保健の領域におきまして国の発展に貢献しあるいは社会、公共の福祉の増進に寄与したと認められる方にお出しをする、これは先ほども賞勲局の方からお話ございましたように継続性が重要でございますので、ずっとこの方針は変わっておりません。 そして、昭和五十二年だと思いますけれども、これに二つの要件をつけておりまして、一つが関係団体の役職歴がおおむね二十年以上ある方、これは今も変わっておりません。それからさらに加えまして、先生御指摘のように、学校医としての業務歴が四十年以上でかつ複数校兼務という方を対象にしているという状況でございます。 先ほど申し上げましたように、ぜひこの点については何とか実態に沿うようにしたいということで私どもが関係方面に今御相談申し上げておりますのは、児童生徒の健康管理、健康指導など地域の学校保健活動による貢献が顕著な学校医につきましては、先生御指摘のように、複数校兼務ということに限らず単独校勤務の方にも叙勲対象になっていただけるように、今そういう方向で協議をお願いしているところでございます。
○宮崎秀樹君 可及的速やかに賞勲局と打ち合わせをして結論を出していただきたいと思います。いつまでも検討検討、協議協議では困るわけでございますから、ひとつそれはお願い申し上げます。 それでは次は、時間も余りないのでちょっと急ぎますけれども、学校の安全衛生委員会というものについてお伺いいたします。 安全衛生管理規程というのが学校保健活動の中で新しく取り入れられたわけですね。これは職員数が五十人以上の学校には衛生管理医というものを置く。そして五十人未満の学校にも法定外になるが衛生管理医を設置するということで、予算が五十人以上のところは年間七万八千六百二十四円、五十人以下がその半分で三万九千三百十二円、これを産業医の報酬並みに地方交付税の中へ入れて国が出す。こういう話なんだそうですけれども、実際、学校へ行ってそこの事務長さんあたりに一体そういうものが来ているのかと言ったら、全然そんな予算は来ておりませんと言うんですね。 一体、実態はどうなっているんでしょうか。果たして来年度の予算の中にもこれはきちっと組み入れられてあるのか。その辺はいかがですか。
○政府委員(奥田與志清君) 今、先生お話しのように、学校におきましては教職員の健康管理、もちろん児童生徒の健康管理も重要でございます。学校保健法に基づきましてこれらを行うことにいたしておりまして、特に学校医の先生方にはいろいろな御努力をお願いしているところでございますが、この所要経費につきましては、御指摘ございましたように地方交付税で措置をいたしておりまして、当然のことですけれども、市町村立の学校にありましては市町村、したがってこれを教育委員会が計上し各学校に示達をするというふうな手続を踏んでいるものと考えております。
○宮崎秀樹君 末端になるとこの地方交付税というのは全部薄まっていっちゃって、市町村の懐へ入ってほかに流用されているというようなことも十分あるので、きちっと上から下へ筋を通してやっていただかないとこれは実効が上がってこない。こういうことでございますので、その辺は御認識いただきたいと思います。 それから次は、大学特に私学の委託研究の問題、きょう大蔵省は来ていますか、それについてちょっとお伺いします。 これは大変、一時新聞ざたになったわけであります。大蔵省側と大学側との見解がまさに違うわけでありまして、委託研究は大学本来の学術研究の一環である、課税すべきではないというのが大学側の見解でございます。文部省としても一生懸命これは応援していただいているようでございますけれども、特に私学の場合は研究費が全く足りないわけでございまして、研究と教育と診療と三つの分野をやっているのが医科大学の特徴であります。 そこで、この委託研究というものについて、純粋なる研究費ということがはっきりわかる、そういうような手続ができればこれは課税対象としない。今までそこらがはっきりしていなかったところに私は問題があろうかと思うんですが、そこら辺について大蔵省さんはどんなような見解をお持ちか、お尋ねしたいと思います。
○説明員(玉木林太郎君) お尋ねの学校法人の委託研究費の課税上の取り扱いでございますが、御案内のとおり、学校法人は、財団法人、社団法人と同様に、公益法人等としてその公益的な活動を目的とするという観点に着目して原則として課税はしておりません。ただ、公益法人等におきましても、収益事業として列挙されている事業を行っている場合に限ってその事業から生ずる所得に対しては法人税を課税させていただいております。 御質問の学校法人の受託研究でございますが、一般的に収益事業のうち請負業に該当するものとして課税が行われているものと承知しております。学校法人の場合には、収益事業から利益が出た場合であっても半分を無税でその本来の目的とする公益事業の部分に充当することができるという特典が与えられておりますし、法人税率そのものも一般の法人に比べて低い税率で課税がなされているということは御了解いただきたいと思います。 御要望の受託研究の非課税の取り扱いの問題でございますが、それ自体として現状では法令の規定に基づく事業でもなく、また民間レベルでも同様の事業が行われ得るということで、我々の考えております競合関係があるという判断にならざるを得ないかとは思いますが、実は文部当局からもこの点御要望をいただいておりまして、よく議論をさせていただき、特に税制としての整合性というものに十分配慮しながら検討してまいりたいと考えております。
○宮崎秀樹君 ぜひ検討していただきたい。やはりこれから難病がいろいろ出てまいります。エイズの問題もあります。そういう研究に対して、委託研究とはいえ純粋なる学問をやるわけですから、どうかその辺のところを勘案して御検討をお願いしたいと思います。ありがとうございました。 次に、学校には保健室というのがあるんですね。私も実は学校医をやっているんですけれども、保健室にベッドが置いてあるんです。このベッドが一つならいいけれども、複数置いてあるところが多いんです。ベッドで子供たちがよく寝ている。何で寝ているんだと言ったら、おなかが痛いとかなんとかかんとか言って寝ているんです。 翻って私どもは、中学時代とか小学校時代にはそういうベッドで寝た記憶もないし、なかったですな、昔は。やはりそういうようなベッドというのは、ぐあいが悪ければもう授業ができないんだから帰宅させるべきであるし、前の日に眠れなかったからそこで昼寝しているというようなのもはっきり言って甘えがあるんですから、かえってああいうものがあると、駆け込み寺みたいな存在であればいいんですけれども、そうじゃなくて何かサボるような者を養成していきそうな感じがするんですね。私どもは、寝ている子たちを見まして本当に寝ていなくちゃいけないのかなという判断、そこら辺が一つまた問題があろうかと思います。 例えば養護教員の問題もございます。今、二年短大卒の方が多いようでございますけれども、カウンセラーというようなことができるだけの教育を受けた方がなるのが私は理想だと思うんです。 その保健室のあり方について真剣に、保健室に対する法律なり、法律はなくてもいいけれども、通達とか通知とかそれに対する内容とかございましたら、もうあと時間一分しかございませんから簡明にお答えいただきたいと思います。
○政府委員(奥田與志清君) 先生がお話しのように、学校で子供が急に体調を崩す、そして学校医の先生にお出ましをいただくということはあると思います。特にそういう場合などに備えまして保健室に最低限備えておいてほしいというものを通知で示しておりまして、先ほど先生御指摘のベッドなどもその中に入っておりまして、いずれにしましても、申し上げました趣旨は、緊急の場合に必要だというふうなことが主なねらいでございます。
○宮崎秀樹君 もう時間ですから、最後に。 薬だとか常備薬とかいろんなこともそこに書いてあるんですか。それだけちょっとお答え願います。
○政府委員(奥田與志清君) 常備薬と一般に言われるものは入っていないようでございますが、最低限必要なものとして示しておりまして、したがってそれぞれの学校、地域におきましてさらにこの程度のものは加えておきたいというふうなもので置いているところはあるかもしれません。
○宮崎秀樹君 その辺のところは非常にあいまいですから、一度整理されて検討されることを要望します。 終わります。
○田沢智治君 平成六年度の予算編成の時期に当たりまして、まず補正予算に関してお伺いいたしたいと存じます。 低迷する景気へのてこ入れとして政府は去る九月十六日に緊急経済対策を決定し、その裏づけとなる補正予算が近く提出されると理解しております。その中に当然文教予算も対象になると思いますが、その内容等について御説明をいただきたいと存じます。
○政府委員(吉田茂君) お尋ねの補正予算の関係でございますが、これは先般の緊急経済対策におきまして、生活者、消費者の視点に立った社会資本整備を推進するために一兆円の事業費の追加を行うということに相なったわけでございます。 御質問の文部省の関係でございますが、一つのくくりといたしましては、文化の薫り豊かな質の高い生活にかかわる社会資本整備ということといたしまして、豊かな文化を享受できるような博物館、美術館等の整備、それから知的資産の形成に役立ちます学術研究施設の整備、あるいは地域住民が利用しやすいような小中学校施設の多機能化の推進ということでございます。 もう一つのくくりといたしましては、豊かで美しい生活環境の実現できる社会資本整備ということで、大学病院施設の整備であるとか、あるいは身体障害者の方々が利用しやすい学校施設の整備であるとか、あるいは郷土を育ててまいります文化財の保存、活用。この今申し上げましたような事柄について現在考えているところでございます。 なお、具体的な事業内容、規模につきましては、現在、財政当局と折衝中でございます。
○田沢智治君 緊急経済対策は総額六兆二千億円と言われておりますが、対策の中には教育減税、円高差益の還元あるいは規制緩和の推進という項目が含まれていると思われます。 文部省関係ではどのようなものが対象になっているか、また実施のスケジュールとその効果はどう見込まれるのか、明らかにしてもらいたいと存じます。
○政府委員(吉田茂君) ただいま申し上げましたようないわゆる予算措置以外に幾つかの事柄が含まれておるわけでございまして、御指摘の一つは規制緩和でございますが、これにつきましては、公共事業等の実施に係る事前の埋蔵文化財発掘調査に関する文化庁長官への届け出の受理等の事務を都道府県教育委員会に実施していただくという内容でございまして、これによりまして公共事業等に係る埋蔵文化財の発掘調査に要する時間の短縮を図りたいということを内容といたしております。 また、円高差益の還元につきましては、日本体育・学校健康センターから都道府県の学校給食会へ供給しております脱脂粉乳などの学校給食用物資の売り渡し価格の引き下げということでございます。さらに輸入書籍・雑誌、洋盤レコードあるいはCD、あるいは海外芸術家の公演の入場料につきまして、この秋、関係団体へ円高差益の還元を図るよう協力要請を行ったというような内容で現在鋭意努力しておるところでございます。
○田沢智治君 私はいつも疑問に思うんですが、どうも景気対策とかあるいは緊急経済対策とか補正予算、本予算も含めるわけでございますが、やはり国連の隆昌は一、二の英雄にあらず、その国を組織する国民の教育力、文化力にあると、私はそういう信念を持っていまして、細川内閣もいろいろな直面する課題が多うございますが、生活者、消費者に重点を置くというような考え方もいいと思うけれども、やはり教育、文化、学術研究という面に重点を置かないとこの国の発展の行き先は非常に難しくなるんじゃないだろうか。 これから学術研究費の問題もとらえて私は御質問申し上げたいと思っておるんですけれども、とにかく生活者、消費者ばかりに目を向けているが、国連の隆昌を図る基礎的な文化力、教育力というものに対して社会的資本投資という次元の中で国家百年の大計の基礎づくりをする、そういうところに重点的に眼を開いてそれを担っていく内閣であってほしい、私はそう思うのでございますが、文部大臣、お考えはいかがですか。
○国務大臣(赤松良子君) 教育は百年の大計だという点は全く同感でございます。生活者中心というのは、教育を受ける国民あるいは次代を背負う若者がもちろん含まれているというふうに理解をしておりまして、生活者重視ということと先ほど先生御指摘の点とが矛盾するというふうには理解しておりません。 その点、今の内閣におきましても、従来先生方が一生懸命育ててくださった文教政策の基本的な点を受け継いで教育を重視し、文教施策を一生懸命やっていくという点については、先生方の御努力を無にしないようにいたしたいと思っております。
○田沢智治君 文部大臣は、生活者、消費者を重視する内容の中では、豊かな文化生活を保障していくという果実の中で生活者、消費者が豊かになっていく、そういうお考えだと思うんです。私もそれは同感だと思います。やはり文化力、教育力をより豊かにするということになると、豊かにする政策をもう一つの柱としていい意味において独立した重点項目としてその中に位置づけていく、そういうものを具体的に政策として出してもらえるような努力を一面においてしてもらいたいということを私は御要望申し上げたいのでございます。 埋蔵文化財等の処理についても規制を多少緩和してもらえるような話を承りまして、ぜひそういうものについては、必要な規制は残していいけれども、必要じゃない規制、必要じゃないということよりも規制しなくても十分に埋蔵文化財を取り扱う人たちがそういう配慮をしながらやっていくという意味において、やはり早く国民全体にあるいは世界の多くの人たちにその文化財というものを提示していく努力というものは日本としてやらなきゃならぬと思うんです。 ですから大いに教育関係あるいは学術文化関係、史跡等を含めてそういう規制緩和に力を入れてもらいたいというふうに思っておるんですが、官房長、このほかに規制緩和について何か具体的にございますか。
○政府委員(吉田茂君) 現在のところ、埋蔵文化財の発掘調査にかかわることが中心でございます。
○田沢智治君 次に、来年度の予算の問題に触れたいと思います。 既に八月末には各省庁が概算要求を財務当局に提出していると思いますが、厳しい経済財政状況の中で財政当局の財布のひももかなりかたいように予想しております。しかし教育は、先ほども文部大臣がおっしゃったように百年の計とも言われるのでありまして、年々地道な積み重ねの中で進展していくものであると私は思っておりますが、そのときどきの財政事情に大きく左右される性質のものでもあると思います。 このような観点から、文部大臣には大いに頑張っていただきたいと思っておりますが、概算要求の中で特に重点を置いているものについて二、三お伺いしたいと存じます。
○国務大臣(赤松良子君) 先生御指摘のように、大変厳しい財政事情ではございますが、既定経費の見直しなどいろいろ工夫をしながら、重要な文教施策に積極的に対応するために精いっぱい努力をいたしたいと存じております。 平成六年度の文部省所管概算要求額は一般会計で五兆六千百三十七億円でございまして、本年当初予算に比べて三・五%の増となっているところでございます。 お尋ねの重点事項といたしましては、将来の我が国社会の基盤形成のための基礎研究、学術の振興を図るため、大学、研究機関における老朽狭隘化対策として、基準面積の改定、施設・設備の充実、科学研究費など基礎研究の充実、私学助成の充実。次の大きな柱といたしましては、個性豊かな人間を育てる学習指導要領の改訂等に対応するため、ボランティア教育、環境教育の推進、第六次公立義務教育諸学校教職員配置改善計画の着実な実施。三番目の大きな柱といたしましては、文化等の分野における国際協力を図るため、新たに舞台芸術の高度化、外国公演の助成、識字教育推進のためアジア地域にパイロットスクールを設置することなどを重点として要求しているところでございます。
○田沢智治君 ただいま文部大臣、重点項目を挙げられまして、私も全く納得するものでございますが、一つ一つ大切な重点項目でございますので、前年度に比して三・五%増ということでございますが、これは満額とってもらえるように全力を挙げて努力していただきたい、こう思っております。 さきに宮崎委員が御質問されたとお伺いしておりますけれども、西洋美術館をこの間視察に行ったわけでございます。その中で特に美術品の購入費というものが一億七千万程度きりないということですね。西洋美術館は国立てあるということになると、美術館としての特色ある主体性を明確にしなければならぬと思うんです。 同美術館は、ルネサンス以降の作品を体系づけて収集展示した美術館として位置づけたいという一つの目的、使命を持った国立の西洋美術館である。しかし、現在その年代の作品に穴があいているということで、これを埋めたいという要望があるということを文化庁は承知しておりますか。
○政府委員(林田英樹君) 御指摘の国立西洋美術館でございますけれども、館といたしまして作品の収集の基本方針を持っておるわけでございまして、主要なポイントを申し上げますと、近代フランス美術を中心とする松方コレクションの欠けている部分を補うというふうなこと、それからゴシック末期以降の西洋美術の流れを概観できるよう幅広く作品を収集するなどの方針を定めまして現在収集に努めておるところでございます。 御指摘のように、平成五年度の国立西洋美術館の美術作品購入費は一億六千九百万という予算でございます。その中で、今のような基本方針に基づきまして、館としてこの予算の範囲内でということで数点購入の計画を今されておるというふうに承知をしておるところでございます。
○田沢智治君 問題は、表現をきつく言うと欠陥西洋美術館になっちゃうんですね。ルネサンス以降のものを体系づけて位置づけるということは、生徒学生がその美術館へ見学に行っても、なるほどルネサンス時代からこういうような作品が体系づけられているんだなというふうに、俗に言うと教化する上においてちゃんと位置づけるような年次計画を立てるべきだと思う。もちろん、松方コレクションを基盤としてやったというけれども、穴があいていたのでは効果は余りないわけです。魅力がないわけです。 しかも、新社会資本というような投資を考えようと政府が言っているんだから、特にその中には大学等の研究費あるいは美術館、博物館の展示品等を社会資本として位置づけていこうというような物の考え方に立つとすれば、一般予算とは別にそういう意味における新社会資本投資という中に十億だとか二十億ぐらいのものを計上させて国立西洋美術館というものの特色と主体性を支えていってもらうというのは、国の財産をふやすことなんだからみんなが喜んでくれるんじゃないのか。それはやはり新社会資本の投資という意味においては意味があると思うんです。 それは道路つくった橋つくった下水道つくったということもいいけれども、従来はそういうものに眼を向けなければならないそれほど日本というのは貧乏な国だったわけです。しかし最近は、物の豊かな日本は外国へODAで一兆円近くを援助していながら、自分のところの美術館の実態の中では本来主体的にルネサンス以降のものを位置づけようというところですらできていないなんということになると、やっぱり日本というのは文化国家じゃないんだなというふうに思われるし、一番世界が日本に期待するものは、日本の技術と文化というもの、日本の顔を位置づけるという意味においては、そういう新社会資本の投資という次元の中でこういうものの充実を図っていくべきじゃないかと思うんですが、文部大臣、いかがですかそういう私の物の考え方は。
○国務大臣(赤松良子君) 物の考え方という点におきましては本当に同感をいたします。 私も、外国へ行くようなチャンスには必ず外国の美術館等を見学するチャンスをつくりたいというふうに常に思っておりまして、外国で非常に質の高い文化遺産と申しますか芸術作品に触れるたびに、我が国にもこういうものがあったらなということを常々感じている次第でございます。 また一方、先日は正倉院がオープンになりましたときに拝観するチャンスがございまして、我が国に千数百年前にこういうすばらしいものがあって、それが非常にいい状態で保存されているということにも感銘を受けました。 両方これは実に大事なことだというふうに思っておりまして、このために私がすることがあれば微力を尽くしたいというふうに思っております。
○田沢智治君 文化庁もそういう次元でひとつ努力をしていただきたい。あえて御答弁を求めませんが、大臣のその心情に対して努力してもらいたいと思います。 次に、研究費の問題ですが、我が国の研究費の総額は米国、英国、ドイツ、フランスの主要先進諸国と比較すると、米国に比べれば半分以下であること、英国、ドイツ、フランスに比しても日本の研究費というものはやはり実態的には大変問題があるというふうに思っております。 特に研究費の中で公的負担の割合が一九九〇年には一七・九%、あとはみんな民間の研究費になっておるというような実態は、このまま放置していいかな、大変問題点があるんじゃないだろうか。特に公的負担が低いということにおいて、利益につながらない基礎研究に大きな影響を及ぼしているのではないかと私は心配しておるのでございます。 基礎研究は大学等の公的研究機関が主体であって、その充実は喫緊の課題と考え、今後どのように施策を推進していくのか文部大臣の御所見があれば伺いたいと思います。
○国務大臣(赤松良子君) これまた先生が今いろいろお述べなさいましたことに全く同感でございまして、基礎研究の重要性、それに対して学術研究の中心的な担い手としての大学の役割は非常に重要なものと考えております。 ところで他方、大学の研究施設が老朽化するあるいは狭隘化する等、環境が非常に悪くなってきているということで各方面から御指摘がございまして、これも非常に心を痛めているところでございます。
○田沢智治君 日本の研究費は一九九〇年では十三兆円。アメリカは三十兆もあるんですね。日本は半分以下なんです。よその国を見ても、人口比あるいはGNPの公費負担額から見ても、日本はGNPの〇・五四%、アメリカが一・三二、イギリスが〇・八二、ドイツが〇・九一、フランスが一・一三、こういうふうな次元の中では国際比から見ても日本の研究費というのは少ない。しかし、かなり努力して成果を上げているということは世界的な次元で評価されている。それだけ研究者が苦しんでいるんですね。 それにもかかわらず、先月の六日の朝日新聞によると、今年度の科研費の補助金については大蔵省から減額の要請を受け、重点領域研究のうちの二十数テーマについて先月からテーマ一つ当たり一千万前後の凍結を求められている、こうなっているんですが、本当ですか。
○政府委員(佐藤禎一君) 今、科学研究費についてのお尋ねでございます。 科学研究費は、先ほども御質問がございましたように、我が国の基礎研究を支える基幹的な経費として成長させていただいているわけでございまして、それだけに期待も大きく適切な執行を要するわけでございます。 先ほど宮崎委員からも御質問いただきましたように、審査方法の改善も重要な課題でございますが、あわせて早期にこれを執行していくという要請もこれまで大きかったわけでございます。つまり年度遅くなってから配賦をされたのでは十分な研究ができない。そういうことから逐年早期の執行に心がけまして、最近では年度当初近くに執行することができる、こういう状況になってございます。 一方、今お話がございましたように、全体の予算、特に補正予算ということを考えますと、年度途中に節約といった措置が行われることもこれまた私どもとしてはやむを得ない措置でございます。そのため補正を見越しながらぎりぎり多くの経費を早期に執行したいという努力を私どもさせていただいているわけでございますが、本年は歳入減のため予想以上の節約率というようなことになってまいりまして、そのため私どもやむを得ず、一般研究等の経費については手をつけておりませんけれども、調整可能性のある大型の重点研究に限りまして繰り延べすることができないかということを御要請申し上げ、一方では財政当局に対しましてできるだけそういうことのないような配慮を要請してきた、こういう事実でございます。 科学研究費につきましては、節約措置につきましても従来半減をするなどの措置もとられているわけでございますが、文部省といたしましては、引き続き大学等の学術研究に実質的に大きな障害がないような努力を最大限させていただきたい、このように考えているところでございます。
○説明員(田村義雄君) お答え申し上げます。 科学研究費補助金の重要性自体につきましては、ただいま大臣あるいは局長から御答弁がございましたように私どもも理解しておるわけでございますが、先生御案内のように、五年度予算、昨年度に引き続き厳しい税収状況に対応するために歳出の徹底した見直しを行っておるわけでございまして、一般歳出の伸率も極めて抑制されているわけでございます。 ここからさらに留保、節約を図るのはなかなか各省庁にとっても容易でないということは十分理解をしておるわけでございますけれども、現在までの状況を見ますと、税収自体が私ども予想していた以上に補正後予算に比べてさらに相当の減収となることが懸念されておりますし、また一方、歳出面の方は義務的経費等の追加財政需要の発生が見込まれるということでございますし、また予備費も既に先般の補正予算において二千億ほど減額をしてしまっておりまして、本年度末まであと五カ月弱残っているわけでございますが、もう残高が既に千百億円程度しかないということでございますので、当年度五年度の財政事情はまことに深刻な状況となっているところでございます。 そこで、今、局長からも御答弁がございましたが、各省庁には行政経費等既定経費につきまして過去最大の留保を図りました特例公債を初めて導入しました昭和五十年度、あの留保に匹敵します一五%ということでお願いをいたしておるところでございます。ただし、今、先生御質問になっている科研費とかこういったものにつきましては、率を低減いたしましてその半額ぐらいのところでお願いをしているところでございます。 ただ、この科研費補助金、今、新聞記事等も御引用されましたが、これ自体につきましては基本的には文部省予算の執行の問題でございますので、一次的に財政当局、私どもからコメントすべき立場にはないと思いますが、科学研究費補助金について言えば、対象となるそれぞれの個々の研究者にしわ寄せが及ばないように、ここは文部省におきまして予算全体の執行過程の中で適切に対処されるよう検討されているものと、そのように承知をいたしております。
○田沢智治君 大蔵省の見解はわかりましたが、とにかく基礎研究ただ乗り論というのは、やっぱり世界の多くの国々は見ているわけね。日本は応用技術はすぐれ生産能力はあるけれども、基礎研究というものは余りやっていないんじゃないかと。だから極端に言うと、基礎研究という次元の中での学術研究振興というものは、重点項目としてこれはさわってはならない聖域にしていいくらいなんですよ。私はそう思うんです。 そのくらいやらなければ日本の科学技術というものに対する世界の評価は、もうかることはやるけれども、もうからないことはやらぬと。もうからないこととは何かというと、地道な研究を積み重ねて人類の福祉のために将来役立つ研究というもの、これが目立たない地道なものなんです。そういうものに金をけちったということになるとやっぱりぐあい悪いんじゃないだろうかと私は思うので、大蔵省が一五%減ずると言えば文部省は出すところがないからこういうところをやらざるを得ない面もあるんだろうけれども、そういうような意味ではもう少し大蔵省も御理解をいただきたい、こう私は要請します。 また、文部省も研究費は余りけちらない方がいいと思う。若手研究者というものに多少潤沢な研究費を与えて大きく育てていくということは、国力の増進を図るという意味では重要なことだと思うんです。私は、それを心していただきたいということを要請しておきます。 次に、オリンピックの報奨金等への課税問題について二、三質問したいと思います。 御承知のとおり、税制の問題でございますけれども、JOCは去年のアルベールビル・オリンピックからメダル獲得選手への報奨金制度をスタートさせて、金メダルには三百万、銀は二百万、銅は百万という額を決定して、選手の栄誉をたたえ労苦に報いる制度をやっておるわけです。この報奨金、お祝い金とも言いますかあるいは今後頑張ってほしい、御苦労さんという意味もあるかわかりませんが、報奨金に課税をしているということでございますが、これは事実であるか。これは大蔵省が。
○説明員(玉木林太郎君) JOCから支給されておりますオリンピックの報奨金についても一時所得として課税対象になっているものと承知しております。
○田沢智治君 そこをあなたは問題があると思わない。
○説明員(玉木林太郎君) オリンピックの報奨金については、これが国民的な快挙であるということからその所得課税を免除してはどうかという議論があることは十分承知しております。ただ、所得に応じた負担を求めるという所得税の考え方におきましては、報奨金、賞金という所得についても相応の負担をしていただくことはやむを得ないものと考えております。
○田沢智治君 これは本来、国が顕彰すべきものなのですね。世界の祭典と言っているんだから、世界の平和に貢献しているというんだから、貢献して一番になった者にJOCが出した。これをあなたの言うように一時所得なんだと言えば、理屈はそうだけれども、そういうような国柄でいいのかということをやっぱりもう一遍大蔵省は考えなきゃだめですよ。 というのは、ノーベル賞も文化功労賞も非課税なんです。二十一項目あるわけでしょう、今。よその同等のレベルのそういうものに対しては非課税である。それはオリンピックの選手で一番になるというのは大変なことだよ。そういうものの頭金はねるなんてどういうことなの、一体。
○説明員(玉木林太郎君) オリンピックの報奨金を具体的に考えてみた場合にも、オリンピックに限らず各種の国際的なスポーツ大会等において賞金等の授与が行われていることから、オリンピック報奨金に限って非課税とすることの是非が一つには問題になるかと思います。非課税所得をつくるということにつきましては、ほかの所得との関係で、やはり税負担の公平という面で極めて慎重な議論が必要かと存じます。 委員が御指摘になりましたように、私どもこの税制上の取り扱いの議論を行う前提として、オリンピックのメダリストに対する報奨を国としてどのように位置づけるかという点をまず明確にすることが必要ではないかと考えているところでございます。
○田沢智治君 国としてどのように位置づけるかが問題であるとすれば、どのように位置づけるかを大蔵省、ちゃんとあなた勉強して考えてください。
○説明員(玉木林太郎君) 文部当局とも十分検討してまいりたいと思います。
○政府委員(奥田與志清君) オリンピックメダリストに対します報奨金の問題でございますが、先生御案内のように、従来こういうことをしていなかったわけでございます。日本オリンピック委員会におきましては、昨年のアルベールビル・オリンピックの入賞者、メダリストからこれを対象にするということにし、これを制度化するようになってきているというふうな状況にございます。 それから一方、国といたしまして、文部省といたしましてもこの快挙に対しまして顕彰をするというふうな制度は前からやっておりますけれども、当然のことでございますが、文部大臣からスポーツ功労者として顕彰をいたしますと同時に、副賞といたしまして銀杯を贈呈しその栄誉をたたえるということをいたしているところでございます。
○田沢智治君 大蔵大臣の指定が行われているのは、国内国外合わせて二十一の賞金、奨励金等について指定している。指定されたものは非課税になっているわけですね。これは平成二年十一月十七日が最後で、その前を見ると四十五年八月八日以降一年置き前後に大体追加しているわけです。ということになるとこれは二十二番目に大蔵大臣が指定をすれば非課税になるんだから、私ども全力を挙げてやるから大蔵大臣に指定してもらえるように事務当局もひとつ前向きでやってくれますか。
○説明員(玉木林太郎君) 繰り返しになりますが、大蔵大臣の指定と申しましてもやはり基本的には非課税措置でございますので、税負担公平の面で慎重な判断が必要という基本的な考え方に変わりはないと思いますが、関係各方面の御意見を十分賜ってまいりたいと思っております。
○田沢智治君 これは議員立法で場合によっては出そうかという考えなんです。これは与野党一緒だよ、多分。反対する人はいないでしょう。だからこれは前向きでひとつ大蔵大臣に言ってください。 ということは、やはりオリンピックの分だけ奨励金は非課税にしないよと言ったって、じゃ、ほかはやらないかというと二十一やっているんじゃないの。似たようなものがいっぱいあるよ、挙げれば。だからそういう意味では、公平の原則をあなたが言うならば、公平の原則によってこのJOCの支給する報奨金は非課税の対象にするようにひとつ検討してほしい、そういう意味の要請をしますが、いかがですか。
○説明員(玉木林太郎君) 委員の御指摘も踏まえて、関係各方面の意見を十分賜ってまいりたいと思います。
○田沢智治君 文部省、頑張れよ。
○政府委員(奥田與志清君) 今、先生御指摘のような趣旨、大勢の方の御意見もいろいろちょうだいをいたしております。そこで、来年度の税制改正要望におきましても大蔵省の方にもお願いを申し上げているところでございます。
○田沢智治君 ぜひこれは実現してさしあげて、もっと国威を、いい意味の文化の国威高揚というのは物すごくいいんですよ、理屈じゃなくて。ほかの国威高揚は余り私は賛成しないけれども、こういうものの国威高揚は我が国にとっても世界にとってもほほ笑ましいことだから、少しはいいことをやってくださいよ。それをぜひ要望いたします。 せっかく大蔵省が来ているから収益事業の問題についてちょっとお伺いしたいんですが、私のところへ、私学の財政基盤の強化は教育研究水準の向上とともに父母負担の軽減にとって必要不可欠のものであるので、収益事業の収益繰り入れの損金算入の限度額をもっと上げてくれぬかというような要請があるわけです。 私も学校経営をやっている関係で、五〇%または二百万円というのは、学校法人会計基準に基づいて一生懸命経営基盤の強化を図って努力して収益事業で収益を上げたならばそれはやはりもっと上げてやるべきじゃないだろうか。五〇%じゃなくて七〇%にするとか、まあ八〇%にするというのは余り大きいじゃないかというなら七〇%でもいいけれども、二百万を五百万ぐらいにするとかという努力をして私学の経営基盤を国が支えてあげる。よそから金を持ってきて国からよこせというんじゃないんだから、みずからが努力した分を報いてあげるというのはこれは資本主義社会の根幹だと私は思うんだが、その観点に立ってどういうような見解を持ちますか。
○説明員(玉木林太郎君) 公益法人等に対する課税といたしましては、先ほど宮崎委員にも御答弁申し上げたように、収益事業に限って軽減税率で課税をしているわけでございます。ただ、収益事業も公益事業に充てる費用を賄うという側面があることから、収益事業から公益事業のために支出した金額については、社団法人、財団法人等一般の公益法人等につきましては実は収益事業から生ずる所得の三〇%相当額まで損金算入を認めております。 さらに学校法人及び一定の社会福祉法人につきましては、この限度額を収益事業から生ずる所得の五〇%相当額あるいは年二百万円のいずれか多い額という特別な取り扱いを認めていることから、十分な配慮をさせていただいていると考えておりますので、この点御理解いただきたいものと思います。
○田沢智治君 それは御理解できないわけよ。だから五〇%、二百万というんじゃなくて、やっぱり学校法人会計基準に基づいてやっているんだから、無原則にやっているわけじゃないわけだから、時代の進展と同時に変な規制はしない方がいいんだよ。規制緩和だよ、これ。 だからそういう意味でもっともっと民間の活力を生かすとなれば、こういうような規制は漸次直していきながら、やっぱり働けば働いた分だけが結果として報いられるという世の中をつくる。生活者、消費者の国にしようというんだろう、細川さんは。だからそういう方向で規制緩和をしながらやらなきゃならぬ。この収益事業にもっと税金かけちゃおうなんというようなばかみたいなことを言っている人がいるけれども、そうじゃなくて、やっぱり民間団体が一生懸命努力をするような前向きの姿勢。 この五〇%、二百万というのはいつ決められた率ですか、何年前に。
○説明員(玉木林太郎君) 昭和五十年の税制改正において決められたものと承知しております。
○田沢智治君 五十年。今、何年。
○説明員(玉木林太郎君) 平成五年十一月でございます。
○田沢智治君 だから何年たちますか。
○説明員(玉木林太郎君) 十八年経過しているかと存じます。
○田沢智治君 十八年たってもそのままぶん投げて、物価上昇も経費の増加もあるわけよ。大蔵省は経費の増加については認めていながら、何で十八年ぶん投げてこの税率でずっとしているかというんだよ。 こういうものも見直しながら、時代の進展に合わせたようなそういう服を着せてやることが思いやりじゃないかと思うんですが、あなたはどう考えるかな。
○説明員(玉木林太郎君) 基本的には、学校法人であってもその収益事業に該当する事業を行い、収益から費用を差し引いて一定の所得が生じた場合にはしかるべき負担はやはりしていただかなければいけないかと。その際の特別な配慮として今の五〇%という基準が設けられているわけで、これは時の経過に従って見直すべきではないかという御指摘については、私ども毎年毎年税制は改正の議論をしておりまして、不断の見直しを行っているつもりでございます。いろいろ各方面の御指摘を受けて検討してまいりたいと思います。
○田沢智治君 非常にいい御回答をいただいたからこれ以上は言いませんが、十何年間も同じ税率で置くということももうそろそろ、オリンピックの問題もそうだし、やはり前向きで見直す時期ですよ。それはもうこういうような時世の中で一番大事なことは、その時代のニーズに合うような税率。税は取っていいんですよ、取っちゃいかぬと言っているんじゃないから。それにはそのような見直しをしていくということが民間の活力をもっともっといい意味において活用できる。そうすればそうするほど国の財政もよくなるんだから、そういう努力をしていただける、そういう努力をしましょうということですから、私はそれ以上あなたに要求はしません。ぜひそういう方向で頑張っていただきたいと思います。
○説明員(玉木林太郎君) 今の御議論でございますが、収益事業に対する負担の問題、現在、政府の税制調査会等で公益法人等の課税のあり方についてどうあるべきかという議論をさせていただいております。その過程でいろいろな議論を政府税調の中でもちょうだいしておりまして、それらを踏まえて今後適切に対処してまいりたいと思っております。
○田沢智治君 ぜひお願いいたします。 きょうは消費税についていろいろ質問したいと思いましたが、時間がもうないので、これはまた別の機会にさせてもらいます。 次に、大臣に二、三お伺い申し上げたいのでございますが、教科書問題について、これはいろいろなところでいろいろ問題がありまして、私も参議院の議運の一人としてやっている関係で、山花さんの二千万人戦争犠牲者が出たという発言を取り消ししなさいということで取り消しをさせてもらった経緯があるわけでございます。 社会が教科書に寄せる信頼は非常に高いものがございます。この信頼のもととなる教科書の公正さ、中立さ、そして正確さというものが求められることは当然でありますが、山花大臣の発言の内容、いわば根拠の薄い記述が教科書にもなされていることに大変驚いておるんです。 この問題については既に予算委員会においても取り上げられていますが、二千万人という数字の根拠について、その記述に対する検定の経緯、文部省の今後の対応策を含めて、文部大臣でも所管の局長でも結構でございますが、御見解を伺いたいと存じます。
○政府委員(野崎弘君) 二千万人についてのお尋ねでございますけれども、さきの戦争におきます我が国を含めましたアジア地域全体の死者の数につきましては、一部の高校日本史教科書において昭和六十三年度改訂検定以降、例えば二千万人以上に達すると推定されるなど記述されているところでございます。 この点に関しましては、今、御指摘ございましたように、先般の予算委員会等におきまして大臣の方から、各種資料において必ずしも確定はされていないけれども、そのような説もあるところから、従来より特に検定意見を付していないということ、それから現在、高校日本史教科書につきましての調査審議をお願いしているところでもありますので、その中での審査に関連して国会での御指摘を教科用図書検定調査審議会で紹介し議論を深めていただきたい、このように答弁を申し上げたところでございます。 今後の方向ということでございますけれども、それは現在、教科用図書検定調査審議会で議論を深めていただく、こういうことで考えているところでございます。
○田沢智治君 審議会は具体的な教科書検定以外に特定の問題について審議ができるのでしょうか。またあわせて、過去においてこのような検定済み教科書の特定の事項について審議を行った例はあるかないか、お伺いしたいと思います。
○政府委員(野崎弘君) 教科用図書検定調査審議会におきましては、文部大臣の諮問に応じまして検定申請に係る教科用図書を調査することなどを目的として置かれているものでございまして、このため審議会におきましては、個別、具体的な申請図書の記述に係る調査審議とは関係なく審議を行うということは基本的に予定をされていないところでございます。 先ほどお答えいたしましたように、高校の日本史教科書についての調査審議をお願いしている、その中での審査に関連して議論を深めていただきたい、このように私どもは考えておるわけでございます。 過去ということでございますけれども、昭和五十七年のいわゆる教科書問題に際しまして文部大臣から歴史教科書の記述に関する検定の基準のあり方について審議会に諮問し、審議会の答申に基づきまして検定基準にいわゆる近隣諸国条項を追加した例はございますが、これはあくまでも検定基準のあり方についての議論と、このような例があるわけでございます。
○田沢智治君 そこでお伺いしますが、審議会の結論を得るまで現行の教科書はどうなるのか、修正等は必要であるかないか、お伺いしたいと思います。
○政府委員(野崎弘君) これにつきましては、今お答えいたしましたように、現在、高等学校の日本史教科書についての調査審議をお願いしているその中で議論を深めていただく、こういうことでございますので、まさに審議会にゆだねられた事項でございますので現時点でこれ以上お話をするということはいかがなものかと、このように考えておるわけでございます。
○田沢智治君 いかがなものかじゃ困っちゃうんだけれども、いかがなものかと言うから、いかがなものでしょう、早く結論を出してきちっとした体制を整えてほしいということを要望します。 それから審議会で議論する際には、二千万人との記述の是非、根拠だけではなくして、家永裁判も踏まえて、例えばこれまで議論がしばしば行われてきた侵略であるとかあるいは侵攻であるとか進出であるとか、さまざまな見解があり必ずしも定説のないさきの大戦についての評価やその歴史的な位置づけなどについてもこの際あわせて議論をしてみる考えはありますか。
○政府委員(野崎弘君) 先ほどからお答えしているわけでございますが、教科用図書検定調査審議会におきましては具体の教科用図書を調査するということを目的にしておるわけでございます。 したがいまして、そういう審議会の性格上からいたしますと、一般的に各歴史的事象の位置づけ、評価等を行うということには問題があるわけでございまして、そういうようなことを審議会にお願いするということは考えていないわけでございますが、具体の教科書記述の審査に関連しまして学界等の状況などに関して教科用図書検定審議会において議論が行われるということはあり得るものと、このように思っております。
○田沢智治君 あり得るものであるということですから大いにあり得ていただいて、真剣に検討していただきたい。 審議会でやるということについて妥当性があるかないかいろいろ意見があろうかと思いますが、これは大臣にお伺いします。 教科書は公正さ、中立、そして何よりも正確さを求められているという次元においては、さきの大戦の評価とか歴史教育の充実方策について、特に先ほど申したように、侵略戦争であるのかどうなのかというのはいろいろ大きな問題点を提起して、このまま子供に与える影響を考えると、やはりそれなりにさきの大戦についての標準的があるいは一般的があるいは学問的か歴史的か、いろいろあるでしょうけれども、一応の国としての見解を出すべきじゃないだろうか。そういう意味では、審議会が不適当ならば大臣の特別の諮問研究機関などを設置してそこで今後幅広く議論をするという必要性が私はあると思うんですが、大臣の所見をお伺いさせてもらいたいと存じます。
○国務大臣(赤松良子君) 文部省といたしましては、従来から教育課程審議会においていろいろ有効な議論がされているというふうに認識をいたしております。歴史教育、特に近・現代の歴史を若いときから勉強をしていただく、そしてそれにふさわしい教科書がつくられるということは非常に望ましいことだというふうに考えております。教育課程審議会が立派な審議をしていただくということを期待いたしたいと存じます。
○田沢智治君 最後に、男女平等社会の実現に大臣も大変お力を入れて努力されていることに私は敬意を表するのでございます。大臣は先般、横綱審議会委員に女性が一人もいないのはおかしいじゃないかという御見解を持たれて、私もそう思うんですが、出羽海理事長を初めとする日本相撲協会の幹部との懇談の際、理事長は横綱審議会の委員に女性の登用を検討したい旨発言をされたと聞いております。 横綱審議委員会は、横綱の推薦について日本相撲協会の諮問に対して答申を行い、また横綱に関する事柄について進言を行うところでありますが、これまで女性の委員が一人もいなかったというのは事実であります。日本相撲協会は財団法人で民間団体でありますが、赤松大臣のように相撲を愛好し深い理解を有する女性の識者は数多くいらっしゃるものと私は思うのでございまして、女性の委員の登用というものに対してぜひ大いにやるべきだと私は思っておるんですが、大臣のお考えを聞かせていただきたいと思います。
○国務大臣(赤松良子君) 一般論で申しますと、政府の審議会に一人も女性がいないというのは非常に困ることだと、政策全般について女性の視点というものが反映されることは非常に重要ということを前々から考えているわけでございまして、これは政府については直接申し上げることもできるわけでございますが、民間の団体については民間のそれぞれの立場でお考えいただいて、しかしこういう原則が今、世の中で非常に重要と考えられているということは御理解いただきたいというふうに思っていたわけでございます。 そのことを相撲協会に理解していただくことができまして、先般、表敬訪問をお受けした際に理事長からそういう方向で考えているというお話を伺いましたので、大変喜ばしいことというふうに感じた次第でございます。
○田沢智治君 ぜひそういうお考えを浸透させていただきたい、こう思います。 特に女性の立場から、相撲社会に反映させるべき問題点、自分としてはこういうような問題を相撲社会の中に反映させるともっと国民に喜ばれる大相撲ができるんじゃないかというような所見があればお伺いしたいし、女性お一人を入れるよりもお二人ぐらい入れて、そしてやはり独善的にならずにお互いに話し合いの中で女性としての物の見方、考え方を大いに進めていただく、そういう努力も必要ではないかと思うんですが、大臣のお考えはいかがでございますか。
○国務大臣(赤松良子君) 横綱審議会の審議内容といいますのは、先ほど先生御指摘のとおり、かなり限定されたものだと思います。これ以外にも相撲の中でいろいろ改革されるべきことが女性の視点から考えてあるのではないか、これは相撲協会がよくお考えいただけるのではないか。 相撲のファンというのに女性が非常に多いんだと、これは江戸時代までは相撲を女性は見られなかった、それを明治の初めに女性が見られるようにしたというような大きな改革もされているわけでございます。それ以外にも相撲協会は一生懸命改革には取り組んでおられる。よき伝統を残しつつ必要な改革をするというのがいいのではないかとその会見の際にもお話し申し上げて、これは理事長初め御同行になった理事の方々も、もっともというふうにうなずいてくだすったのではないかなと思いました。 そこで、先生がおっしゃる後段の部分でございます。審議会にはたしか十五人いらっしゃるようでございますが、ゼロというのは非常に極端な数なわけで、それが国の場合は昨年一〇%という目標が達成されました。次に九五年までに一五%というような目標も掲げられているわけでございます。これとは若干違いますが、それは相撲協会の方でお考えになってその後のたしか新聞会見か何かで、一人では寂しいんじゃないか、二人ぐらいが適当ではないかと思うと理事長が言われたというふうに私は読んだ記憶がございまして、そういうふうに協会の方でお考えになっておられるとすれば大変喜ばしいことだというふうに考えております。
○田沢智治君 ぜひお二人ぐらい入れられて、やはり変わったなというような魅力ある大相撲で国民を喜ばせてもらうように努力していただきたいと思います。 時間でございますので、これをもちまして私の質問を終わらせていただきたいと存じます。
○委員長(石井道子君) 午前の質疑はこの程度といたしまして、午後一時まで休憩いたします。 正午休憩 ――――◇――――― 午後一時開会
○委員長(石井道子君) ただいまから文教委員会を再開いたします。 休憩前に引き続き、教育、文化及び学術に関する調査のうち、文教行政の諸施策に関する件を議題とし、質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○南野知惠子君 本日は、文部大臣にお越しいただきまして、お見かけいたしますところ御健勝ではございますが、このたびは看護の問題について御質疑申し上げたいと思っておりますので、しばらくの間ベッドの上でお休みになるイメージをお持ちになりまして、看護の問題についてよろしく御高配いただきますようにお願いいたします。 では質問申し上げます。 最近の医学、医療の進歩には著しいものがございます。こうした中にあって看護婦の役割はますますその重要性を増してきておりますが、特に医療の高度化の進展に伴いましてチーム医療の必要性が指摘されているところであります。チーム医療の一員としまして看護婦に、より高度な知識と技術が求められているところであります。また一方、高齢化社会の進展に伴いまして地域社会における高齢者の在宅ケアなどの役割も重要で、幅広く展開されようとしている今日でございます。看護婦がこうした役割を果たすためにもより高い専門的な知識と技術、さらには対象者を思いやる豊かな人間性が求められております。 文部省におかれましては、既にこうしたことを踏まえ、より高い資質の看護婦を教育養成するために看護系大学の設置を推進しておられると承知いたしておりますが、改めて文部大臣の看護婦の職務に対する御認識と看護大学の設置推進についての御所見をお伺いしたいと存じます。よろしくお願いいたします。
○国務大臣(赤松良子君) ただいま御指摘のございました、看護婦さんと呼ばせていただいてよろしいかと思いますが、看護婦さんの資質の高いというのは、つまり先生のお言葉にありました看護技術がすぐれていることと心が温かいといいますかハートがいいということが非常に大事なことで、こういう看護婦さんに恵まれた患者は幸せ、そうでないととても不幸ということになるのだろうと思います。看護婦さんが不足すると本当に国民はいつかはそのための被害を受けるわけでございまして、このことは自分が今、健康だからといって決しておろそかにできない問題だろうと思います。 今、ベッドの上に寝ているつもりで聞けよとおっしゃるのはまさにそういうことでございまして、私どもはいつもいつも健康でいたいと思ってもそうはいかない、年をとることはもちろんだれにでも起こるわけでございますが、病気になることもけがをすることもいつ起こるかわからないわけで、そういうときに、あああのときもっと看護婦さんのことを一生懸命やっておけばよかったとか考えておけばよかったとかと思っても手おくれでございます。早くからそれに対して手を打っておかなければ悔いを残すだろうと、こういうふうに思っているわけでございます。 それで、具体的には、看護婦さんの養成についてはいろいろと文部省も考えてきておりますが、大学レベルでの養成が重要ということは先ほどのすぐれた技術を身につけた方が必要という点から当然だろうと思いまして、国公私立大学を通じまして看護系の大学を整備するという点に積極的に対応しているところでございます。
○南野知惠子君 ありがとうございました。 看護婦に当たり外れがないように我々努力するところでございますが、一つお伺いいたしたいのは、短期大学の卒業者の大学編入についてでございます。 短期大学卒の看護婦は大学三年時に編入することができますが、その定員は余りに少ないのではないでしょうか。ある雑誌に受験者の記事が載っておりました。この看護婦は、より高度な看護学を勉強しようと大学編入を決意し、月十回以上の夜勤をこなしながら二年間受験勉強を続け、三年目には退職してまで受験したのでございますが、定員枠が十名程度ということのために不合格となったというふうに聞いております。 ニーズに応じて受け入れ体制をもっと拡充するような措置をとっていただくべきと私は考えますが、現在の編入定員、応募者数、倍率等の現状はどのようになっているのか、お伺いしたいと思います。
○政府委員(遠山敦子君) 先生御指摘のように、看護短大卒業者の大学への編入学を図るということは看護婦の資質を高めるという上で大変重要なことと考えておりまして、近年その方向でいろいろ私どもとしても努力をしているところでございます。 今、実態のお尋ねがございました。看護系短期大学卒業者の四年制看護大学への編入学の状況について申し上げますと、現在四つの大学におきましてこの受け入れを図っているところでございます。平成五年度について申し上げますと、四つの大学におきまして編入学定員五十名でございます。志願者が四百六十七名でございました。そして、編入学者が結果的に五十八名でございました。志願倍率九・三倍ということで大変志願倍率は高いわけでございます。 平成五年度はこういうことで推移をいたしておりますけれども、最近、看護系の大学における編入の制度の拡大あるいは関係大学の設置ということで努力をいたしておりまして、今後の見通しといたしましてはさらに受け入れ定員はふえていくものと考えております。これは大学を新設いたしましても、御存じのように、学年進行で受け入れるわけでございますので、三年時への編入ということになりますと、平成五年度に新設をいたしました大学につきましても受け入れは平成七年度ということになるわけでございます。 そういうこともございまして、過去に設置されたものについてのことも含めて申しますと、平成六年度には編入学の定員六十名ということで考えておりますが、平成七年度につきましてはそれが百二十名になるという予定でございます。今後、さらに看護系大学が整備されてまいりますればその数はふえてまいるというふうに考えているところでございます。
○南野知惠子君 ありがとうございました。ぜひ期待させていただきたいところでございます。 続きまして専修学校の卒業者についてでございますけれども、専修学校で取得しました単位を大学の単位として認定する措置が平成三年から認められましたが、現状はどうなっているのでしょうか。もし活用されていないのでありますならば、積極的に活用するよう各大学に御指導されるお考えはありますでしょうか。 また、専修学校で取得した単位を大学で認めるのであれば、あわせて大学編入についても考慮すべきと思いますが、いかがでございましょうか。 同じ国家試験に合格し同じ職務に従事する看護婦でも、短期大学卒業者は大学の三年時に編入できるのに対し、専修学校卒業者はその実績を認められず一般の高校と同様一年生から入学しなければならないというのは不合理のように思われます。例えば現場での一定の臨床経験を編入試験の受験資格として認定するとか大学の単位として認定するなど、専門知識を生かして大学教育を受けやすくする体制づくりが必要ではないでしょうか。 大学審議会で検討中とのことでございますけれども、専修学校卒業者の大学編入につきまして文部省のお考えをお伺いしたいと思っております。
○政府委員(遠山敦子君) 御質問は二点あろうかと思います。 第一の点は、専修学校専門課程における一定の学習につきまして大学の単位として認定する道が開かれたが、その結果はどうかということであったかと思います。 この点につきましては、大学以外の教育施設等におきます学習の単位認定に関する規定を整備いたしまして各大学でこのための道を開いているわけでございますが、その規定を整備した大学の数が国立十八、公立二、私立大学二十六ということでございまして四十六校、全体の大学数が五百十五校ということに照らしますと、今四十六校にとどまっているわけではございますけれども、順次整備されてまいると思います。 その結果、実際にそれを活用して単位を認定したかどうかということにつきましては、この規定が整備されてから日時もたっていないということでございまして私どもまだ十分把握していないところでございます。 第二の点の看護専門学校卒業者の大学編入学についてどうかというお尋ねでございますが、このことに関しましては、三年制の看護婦養成所の大部分が専修学校専門課程として位置づけられているわけでございますけれども、先生十分御存じのとおり、専修学校は学校制度上はいわゆる一条学板とは別個のものでございまして、大学、短期大字あるいは高等専門学校に比べまして緩やかな基準のもとに設置、運営されているわけでございます。また、その教育内容もさまざまであるということでございまして、専修学校の卒業者に対しましては、現在、制度上大学の途中年次への編入学が認められていないところでございます。 しかしながら、専修学校卒業者の大学への編入学につきましては、特に看護婦等の医療技術者の養成に関しましてより高度の充実した教育機会を確保するために大学への編入学の道を開いてほしいという御要望があるということにつきましては十分認識をしているところでございます。したがいまして、編入学制度全体の整合性など各般の要素も考慮をいたしながら、現在、大学審議会において御議論をいただいているところでございます。
○南野知惠子君 それをお聞きして安心いたしましたが、なるべく早くいい方向で御検討いただきますことをお願いしたいと思っております。 次に、看護系以外の大学または短大を卒業されて看護婦を志すという人がかなりおられるというふうに聞いております。しかしながら、学士や準学士の学位を持つこれらの卒業生が看護婦教育養成所に入学した場合も、高校の卒業生と同様に三年間の課程を履修しなければ看護婦の受験資格が与えられないところでございます。こうした人にはもう少し短い期間の履修で受験資格を得られるようにすべきというふうに考えておりますが、厚生省の御意見をお伺いしたいと思っております。
○説明員(久常節子君) 高齢化社会を支えていくためには国民一人一人が看護や介護について理解を深める必要があると思いますけれども、昨年成立いたしました看護婦等の人材確保の促進に関する法律及びそれに基づく指針などによりまして、看護への理解を深めるいろんな活動を行ってきております。 それらの積み重ねが功を奏しまして、看護系ではない四年制大学を卒業後看護職を志す者がふえてきております。ちなみに本年四月、看護課程あるいは准看護課程の入学者の例を申しますと、大学卒の者が三百二十八名、短大卒の者が九百二十二名に上っております。 一般の四年制大学を卒業した者が他の学部へ入りますときには編入という形をとりまして、例えば三年生なんかに編入するということができるわけですけれども、これらの人々が看護系の大学あるいは短期大学、養成所へ入学した場合には、カリキュラムが学年進行、学年単位で進行していきますものですから一年の課程から履修しなければならないというふうになっております。それで大学との均衡上非常に問題ではないかという問題が指摘されております。そこで、資質の高い看護職員を広く確保する観点から、大学教育を修了した者が看護婦等の養成所へ入学する際には、カリキュラム面での配慮など条件整備について検討が必要であるというふうに考えておりまして、これを今、検討中でございます。 いずれにしましても、高齢化社会を支える看護マンパワーの確保のためにはいろんな角度から検討を加え努力してまいりたいと思っております。
○南野知惠子君 ありがとうございます。検討を進めていただきたいと思っておりますし、また検討なさるには予算も必要かと思いますので、ぜひその予算の取り方もよろしくお願いしたいと思っております。 次は、複雑な看護婦養成制度とその一元化ということについてお伺いしたいのでございますが、短期大学と専修学校でこのような差が生じているというのは看護婦になる道が多様で二元化しているところに原因があるのではないかと思っております。厚生省所管の養成機関ということで、看護婦は医師の補助者という旧来の保守的な見方が助長されていることも否めないと思いますが、進学率が向上している現在、養成機関を厚生省と文部省に分けておく必要があるのかどうか、お聞かせいただきたいと思います。 私は、将来的に看護婦の教育、養成につきましては文部省が責任を持って行っていただき、厚生省は看護婦の資格基準等についての責任をお持ちいただく体制をとるべきだと考えておりますが、文部大臣、厚生省の方に御意見をいただきたいと思います。よろしくお願いします。
○国務大臣(赤松良子君) 看護婦養成につきましては御指摘のような実態でございます。 文部省の所管しております大学、短期大学、高等学校専攻科は定員約一万人でございます。それからその他の看護婦養成所、これは厚生省の管轄でございますが、定員が約三万五千人でございます。そういたしますと、文部省がこの看護婦養成をすべて文部省の所管しておりますところで行うということは現実的に困難と言わざるを得ないわけでございまして、やはり従来どおり厚生省と文部省とで分担をして養成を行っていく必要があるのではないかというふうに考えております。
○説明員(久常節子君) 文部大臣の御答弁とも重なりますけれども、この二つの教育体系についてそれぞれ教育制度の趣旨、目的からいろんな違いがあります。最終的には厚生大臣の試験によりまして看護の水準が確保されているところでございます。 現在のところ、それぞれの教育体系について制度が普及していることあるいは多様なニーズがあること、一元化するための条件整備が容易でないことなどから一元化ということは考えておりませんけれども、看護内容の高度化あるいは専門化が進むため、大学、短大での教育の比重が高まっているところであります。 本件につきましては、看護教育の御専門であります南野先生からの有意義な御提言として受けとめさせていただきたいと思います。
○南野知惠子君 今、大臣及び厚生省の久常課長さんからお話をお聞きいたしましたが、大変困難なことだとは思っております。これもいろいろな省庁にまたがりますとそれぞれ学生、需要者、受益者といいますかその人たちのいわゆるメリット・デメリットが出てまいりまして、同じ国家試験という到達目標に達しましてもやはりそこら辺での問題が出てくる。 きょうは準備いたしておりませんでしたが、学位授与規定の問題についてもそこら辺の差が出てまいりますのでできるだけ早い時間に、文部大臣、困難とおっしゃらないで、そこら辺を一元化していただくということを切にお願い申し上げますので、何らかの段階でお考えいただき、御配慮をさらにお願いしたいというふうに思っております。これは今、数多くいる看護婦たちの大きな要望でございますし、マジョリティーがそれを要求しておりますこともお話し申し上げまして、ここら辺でベッドからおりていただければうれしいかなというふうに思っておりますが、よろしく健康的に御解釈いただきたいと思っております。 そこで、少し話は変わりますけれども、我が国のエイズ患者、HIV感染者は近年急増傾向にございます。国としても総合的な施策を行うことが緊急の課題となっております。教育は最良のワクチンとも言われております。これ以上の拡大を防ぎ、また今後一層の増加が予想される患者、感染者と社会がいわば共生を図る観点からもエイズ教育あるいは性教育の充実が望まれております。 こうした中で、文部省が性教育の充実を図り、またエイズに関する教材や指導資料を作成するなど積極的な施策を行っておられることは承知いたしております。しかしながら、性教育やエイズ教育は今始まったばかりであり、教師や親から戸惑いの声も上がっているのが現状でございます。今後、充実した指導を行うためには、教員への情報や教材の提供、学校現場の条件整備、教員の養成、採用、研修の充実、学校と地域、家庭との協力などが必要であり、なお多くの課題が残されていると思います。 私は、性教育、エイズ教育ということにつきましては、今のとうとさだとか大切さというものを基本にしたいわば命の教育であるべきであると思います。そして、性教育という性の字をとらえてみましても、その字が示すとおり、心で生きると書いてございます。そういう意味では性教育というのは人間教育だというふうに考えております。 性の問題は心と体だけではなく社会のあり方ともかかわる難しい課題であります。充実した指導を行うためにはやはり学校内に中心となる人が必要ではないだろうかと存じます。私は、こうした役割を果たすのは医療や看護の専門的知識を持っている養護教諭が最適ではないかなと考えます。また、学校内だけの取り組みでは不十分であり、地域や家庭との協力をどのように図っていくかも重要なポイントとなると思います。 地域との協力という観点から、例えば生命の誕生に関し専門的にかかわりを持つ助産婦による学校内での講義、講演、またPTAとの懇談、あるいは保健婦、学校医を活用するなどさまざまな人材活用の工夫の余地があるのではないでしょうか。学校や地域の実情に応じた幅広い協力体制を確立することが今後ますます必要となると思いますが、文部大臣の御所見をいただきたいと思います。
○政府委員(奥田與志清君) 今、先生御指摘の特にエイズは非常に深刻な社会問題になっておりますし、これに関連いたしまして御指摘ございましたように、学校におきましても性に関する指導や命の大切さに関する指導、これは非常に重要な課題だと考えております。 御案内だと思いますけれども、学校教育の基本的なねらいといたしまして心豊かな人間の育成を図るということが必要であると認識をいたしておりまして、学校におきますところの教育活動、保健体育などの教科あるいは特別活動、道徳などのすべての教育活動全体を通じまして関係の教職員が協力しながら取り組むということが必要ではないか。とりわけ、御指摘ございましたように、保健指導や保健管理の専門的能力を有しております養護教諭につきましては、他の教職員と連携を図りながら中心的な役割を果たしていただくことが期待されているわけでございます。 ただいま申し上げましたようなこともございまして文部省におきましてもそれぞれ必要な施策を講じておりますが、何と申しましても中心になっていただくのは養護教諭でございますので、このような職務の重要性にかんがみまして養護教諭を対象といたします多様な研修会を実施いたしているところでございます。
○南野知惠子君 駆け込み寺とも言われる養護教室が今、学校の実態ではないだろうかというふうに思っております。そういった問題につきましても私たち関心を持っているのでございますが、さらに性教育という問題につきましてまだまだ拒否反応があるのではないだろうか。また、性教育という言葉が正しく理解されていないのではないかというふうにも思っておりますので、そこら辺も踏まえましてどうぞよろしく御検討いただきたいと思っております。 そこで、最後になりましたが、来年度から使用されます高校生の教科書、これは日本史、世界史、地理、現代社会、倫理、政治・経済など二十一点にわたりまして従軍慰安婦という言葉が載っていると報じられており、そのサンプルも入手いたしておりますが、単にこの従軍慰安婦という言葉を教えるだけでは何の解決もしないというふうに思っております。現代日本の社会のあり方、また彼女たちの置かれた状況などを幅広く学ぶ中で、生命のとうとさ、人間の尊厳、そして性のあり方についてみずから考えていくことこそが今の子供たちに求められているのではないだろうかと思っております。 従軍慰安婦にかかわる指導についてこうした観点を重視することを強く御要望申し上げるとともに、文部大臣の従軍慰安婦ということについての定義づけがございましたらお聞かせいただき、このことに関する指導方針、どのようになさるおつもりなのかお伺いして、質問を終わらせていただきたいと思っております。よろしくお願いいたします。
○政府委員(野崎弘君) 従軍慰安婦の問題につきましては、今、先生御指摘ございましたように、教科書に記述されておるわけでございます。従軍慰安婦の定義というのはなかなか一概には言えないと思いますが、教科書の具体的な記述で見ますと、従軍慰安婦とは旧日本軍の兵士の性的慰安のために置かれた女性のことであるというようなことなどが記述をされておるわけでございます。 先生御指摘の実際の指導をどうするかという、大変私どももこれは大事なことだと思っております。教科書ではもちろんそういうことで記述されておりますけれども、教科書を主たる教材として客観的、学問的な研究成果等を踏まえて、そして児童生徒の発達段階ということも十分考慮しながら指導することが大事だ、このように思っております。先生の御指摘の趣旨をよく踏まえながら学校を指導してまいりたい、このように思っております。
○南野知惠子君 従軍慰安婦という大変難しい問題、また私たちには悲しい思いがいっぱい募ってまいります。これは外国人のみならず日本人の我々もいろいろと関係を広く広げますと体験しているところでございますが、そういったものに関連しましてぜひ性教育という場面からも一つのアプローチをお願いしたいというふうに思っております。 また、教科書にも侵略という文字も出ておりますが、それにつきましてはきのう参議院の決算委員会におきましても長々と歴史の解説がございました。それらも踏まえながら侵略という問題またはそれに関連する従軍慰安婦という問題を含めまして、我々は子供たちの人間的な育成、成長というものを見守っていきたいというふうに思っておりますので、文部大臣の御所見、本当にありがたく思っております。 また本日、厚生省の方もおいでいただきましてありがとうございました。お答えいただきましたことにつきまして我々も十分検討させていただきますが、ぜひさらなる御研さんをしていただき御高配いただきたいと念願いたしております。 どうもありがとうございました。
○上山和人君 日本社会党・護憲民主連合の上山和人でございます。 きょうは新政権がスタートしてからちょうど三カ月目に当たる日になるんじゃないかと思うんですけれども、この間、大臣には各面にわたって積極的にいろいろと御努力いただいていることに最初に心から敬意を表する次第でございます。 私たちは、ほぼ一カ月前、十月十二日に大臣の所信表明をお聞きいたしました。何しろ三十八年ぶりに政権交代が行われてその新政権の初めての大臣の所信表明でございましたから、私は大変大きな期待を寄せて大臣の所信表明を実はお待ちしておりました。ところが、大臣のお話をずっとお聞きしながら、私はどこかでか聞いたことがある、そして一通り終わってから、余り新しいものが本当に何も感じられない、率直にそう思ったんです。 実は、これが二月十八日の森山文部大臣の所信表明の内容、これが今度の十月十二日の赤松文部大臣の所信表明、白表紙で全く同じです。中身もほとんど同じです、率直に申し上げて。接続詞の表現を変えたり、幾つかの言葉をつけ加えたり、行を変えたりなさってはいらっしゃいます。ページ数が赤松大臣の方が一ページ多いんです。でも、それは行をかなり変えていらっしゃるし、そしてワンパートのところで二行プラスされているところなどもあります。お互いに真剣に審議をするために申し上げるんですけれども、ほぼと言っていいか、中身は全くと言っていいほど同じなんですね。 これは私のひとり勝手な期待だったのかもしれません。少なくとも、日本で政権交代が行われなかった、そして三十八年ぶりに新しい政権が発足した、どちらかといいますとそういう歴史的な状況の中での私たちの期待する文部大臣の所信表明でございましたから本当に期待したんですけれども、今申し上げたような内容でございました。 率直にお尋ねしますけれども、大臣は同じだということは御存じの上での所信表明でしたか。
○国務大臣(赤松良子君) 大体承知をいたしておりました。 私の考えを申し上げさせていただきますと、文教行政、日本の教育についての考え方というのは、先ほどもお話が出ておりましたが、教育が国家百年の計を考える基本でございまして、政権が変わったからといって百八十度変わるような性格のものではないのではないかというふうに考えている次第でございます。大きな点については前政権も、文部行政、教育については一生懸命やってこられたという認識に立っておりまして、それを基本的に受け継いでいきたいというふうに考えていることからそのような、今、先生御指摘のあったような結果になったというふうに理解いたしております。
○上山和人君 今、大臣おっしゃるように、文部行政が政権が変わったからといってその途端に変わり得るものでない性格のものだというのは私たちもよくわかっているんです。しかし、三十八年ぶりの政権交代という歴史的な状況の中で、私は正直に申し上げて大臣の生の真情を吐露されるものだと思っておりましただけに、それに接することができなくて大変寂しい思いをしたのであります。 確かに変わり得る性格のものではないし、基本的には政策を継承する部分も特にスタートしたばかりですからあると思うんです。でも、三十八年間の自民党政権のもとでの文部行政の結果の現在の子供たちを取り巻いている状況は一体何だろうかということ、それをどのように大臣が評価なさって新しい大臣に就任なさったかということで、やっぱり所信表明に当たって最初に大臣の教育論といいましょうか教育理念をお聞きしたかったんです。 そこで、こういう席でしかお尋ねできないんで、難しいことでしょうけれども、三十八年間の自民党政権下の文部行政をどのように、大臣の就任要請があったときに随分苦労されたんじゃないかと思うんですが、お引き受けになった決意をなさったときには、三十八年間の文部行政がもたらしている今の状況を一定の評価をなさって、そして問題があるなら、新しい政権だから、三十八年ぶりに交代する政権だからどうしよう、そういう御決意があったと思うんです。 繰り返し申し上げますけれども、三十八年間の自民党政権下の文部行政がもたらしている現在の状態を、大まかで結構です、基本的な問題で結構です、どのようにとらえていらして、新しい政権のもとでの文部行政でどのようにそれを前に進めていこうとなさっていらっしゃるのか。大臣の教育論といいますか教育理念とでもいいましょうか、そういう点でお答えいただければありがたいんですけれども、ぜひお聞かせいただいてから少し前に進みたいと思うんです。大事なところだと思います。
○国務大臣(赤松良子君) 基本的には前政権の方針が間違っていたということではないと思いますが、いろんな局面で弊害があらわれてきているということはもちろんあるかと存じます。 基本的に間違っていなかったと申しますのは、やはり日本の教育水準が非常に高い、そして日本の社会全体が非常に教育に対して熱心であるということは、これはすばらしいことではないかと思っているわけでございます。 しかし、それが例えば学歴偏重になる。いい学校へ行かないといい企業に行けない。だからすごい過当な競争を子供に強いる。その結果、小さい子供までが塾に通って知識を頭に詰め込むことに終始して、自由なクリエーティビティーと申しますか自由な精神を育てることよりも知識を多く得ていい成績をとるということに非常に重点が置かれているというようなことは、教育熱心、教育が大事ということの裏側と申しましょうか、欠陥がそういう形であらわれているのではないか。 これはやはり改めるべきことでございまして、もっと自分の頭で物を考えられる人間、豊かな感性を育てて創造性のある人間、そしてただ成績がよくて人よりもいい点数をとっていい学校へ行くだけを考えるのではなくて、もう少し他人に対する思いやりだとか温かい心だとか、そういうものを持った人間を育てるということが大事ではないかというふうに思っております。
○上山和人君 よく理解できるんです。 それで、今の細川内閣に対する世論の支持率というのはごく最近の世論調査の結果でも七五%、過去に例のない高い数字でございます。細川政権というのは発足して三カ月しかまだ経過していませんから、ほとんど実績がないといえばない状態です。あの支持率を与党の私たちは本物の支持率と思っていません。新しいものへの期待度だと受けとめているんです。 したがって、これからその国民の期待度にどうこたえていくかというまさに正念場を新政権が迎えようとしているんじゃないかと思うんですけれども、そういう新政権への高い期待度が新政権のもとでの文教行政に対しては具体的には例えばどこに求められていると大臣はお考えですか。
○国務大臣(赤松良子君) 今までいろいろ私どもに寄せられている国民からの御要望とかということは、先ほど私が申し上げましたのは、そういうものも踏まえてこういうことが期待されているのではないかなという観点で私の受けとめている点を申し上げたつもりでございます。
○上山和人君 そこで大臣、先ほどお話がございましたが、私はきのう婦人公論を買いました。婦人公論という雑誌を買い求めましたのは初めてです。新聞の雑誌広告の中に、文部大臣の自己採点という内容がございましたので、びっくりして買い求めて読ませていただきました。ここで初めて大臣の教育理念に触れた思いでした。これを所信表明のときにもっと聞きたかったなというのがきのうこれを読んだ後の率直な思いでございましたけれども、今、改めて大臣から直接ここでお聞きすることができて何よりだと思います。 まさに今、大臣がおっしゃったように、私は少なくともこの新しい政権の文部行政に対して国民が期待しているものは、今おっしゃった大臣の理念にあらわれているような背景とでもいいましょうか、そういうものに積極的に取り組んでほしいという期待ではないかと思うんです。本当に集約的に「私の教育行政についての基本的な考えをいわせていただくと」という以下に今おっしゃったような内容がずっと掲載されておりまして、読み上げるのは時間の制約の関係もありますからいたしませんけれども、整理されておりまして、委員の皆さんもお求めになってお読みになったら大変すばらしい内容だと思いますので御紹介申し上げておきます。 話を進めますけれども、ぜひひとつ大臣、そういう今の御披露いただいたような大臣の理念に基づいて、七五%を維持している新政権への国民の期待度にこたえる文教行政を、おっしゃったように簡単に変わるものじゃないと思うんですが、やっぱり変えなくちゃならないところがたくさんあると思うんです。そういう点については大胆に、大臣のたくましさで、一番最後の方に、私の仕事もそろそろ佳境に入るころだ、与えられた仕事の場を活用するのはこれからだと心に決めているとおっしゃっているわけですから、ぜひひとつそういう前向きの姿勢で今後文教行政に取り組んでいただきたいと思うんです。 そこで、この委員会の大変大きな課題だと思うんですけれども、日本のこれまでの教育を集約的に問題としてあらわしているのが、子供たちが長期にわたって学校に行かない、登校拒否をする子供たちが年々ふえている状況じゃないかと思うんです。先ほどおっしゃいましたように、一番日本は残念ながら学歴社会が是正できない状態で進んでいる国ですから。 文部省の資料でございますけれども、昭和五十年かも十八年にわたりまして年間五十日以上の登校拒否者の数は一年たりとて休むことなくふえ続けています。そして平成四年度、年間五十日以上の長期欠席をした小学生の数は実に一万四百三十六人です。対前年度比七百七十四人プラスである。中学生の方は実に五十日以上欠席したのが四万七千四百八十二名、対前年度比三千六百八十八人プラスです。十八年もの間、減った年は一年もないんです。一年たりとて休むことなくふえ続けている。ここに私たちがいつも目を向けなくちゃならない日本の教育の現状を集約的に問題としてあらわしている現象があるんじゃないか。 したがって、この状態をどう克服するかということから根本的に文教行政は力を入れてスタートし直していただきたいものだ、私は少なくとも具体的にはそう思います。この問題をどうするのかという観点で新しい文教行政をスタートさせていただけないものか、そんなふうに思っております。 そこで問題になりますのは、大臣は、自由な精神で自由な発想でクリエーティブな人間をつくる教育の場を整えるといいますか、それが課題だとおっしゃいました。そういう教育の場をつくっていくためには、やっぱり教育を進めていくのは人でございますから、教職員配置、つまり大臣の所信の柱の何項目かで、定数法の改正がスタートした、それを円滑に進めてまいりますと述べていらっしゃるんですけれども、円滑に進めるということの意味を、時間がありませんからやや一方的になりますけれども、私はこんなふうにしてほしいと思うことがあるんです。つまり人が教育をするわけですから教職員配置については万全を期していただきたいというのが一つの大臣へのお願いでございます。 実は、おっしゃっていますように、この四月から新しい第六次義務標準法、第五次高校標準法が向こう六年間にわたってスタートしております。ところが、よくこれからごらんになっていただきたいんですけれども、このせっかく六年間にわたって改正した義務標準法、高校標準法の内容は、改善計画ですけれども、改善の内容が非常に薄いんです。 大変な努力を厳しい財政下で文部省当局の皆さん方もされたということもよくわかります。そういう面で評価をしますけれども、例えば義務標準法を見てみますと、今度の改正で六年間で三万四百人ふえるんです。でも子供たちが少なくなることによって起こる自然減が六万四百人ですから、差し引き三万人この六年間で義務教育の現場から先生たちの数が消えるわけです。六年間の改善計画なんですけれども、プラス・マイナス三万人学校の現場からこの六年間で先生方の数が少なくなっていくわけです。 高校標準法についても同じなんです。改善することによって二万三千七百人ふえるんですけれども、生徒たちが減ることに伴う自然減が三万三千四百ですから、九千七百人も教職員の数が減っていく計画なんです。これが改善計画の中身なんですね。 私たちは、子供たちが減るときにこそ手厚い改善ができるんじゃないか、見直してほしいと随分迫りましたけれども、厳しい財政事情も背景にあって文部省の御努力だけではどうにもならない問題がありました。したがって、原案どおり通って今申し上げる内容になっているんです。 しかも、目玉でありましたチームティーチングを導入されたんです。このチームティーチングの導入に伴う教職員増を見ましても、六年間にわたって小学校では三校に一人しかふえない。一年で三校に一人というならまだ話がわかるんですけれども、向こう六年間で小学校では三校に一人しかチームティーチングを導入することによって教職員はふえない。中学校では二校に一人です。行き渡らないんです、六年間で。選択履修を拡大することによる加配だって、中学校では向こう六年間で六・五校に一人なんです。六校に一人しか配置できないんです。ふやせないんですね。 そんな状況でございまして、多くを申し上げませんけれども、たくさん課題を内包しながらスタートしたのがこの四月から施行されている義務標準法、高校標準法でございますから、そういう多くの問題を補うためにこの委員会が、もちろん本会議もそうでありますけれども、九項目にわたる附帯決議をしました。 これはお聞きになっていらっしゃると思いますけれども、この附帯決議の九項目は、今申し上げているような新しい改正法が内包している問題を何とかして克服しようという内容の決議でございます。円滑に進めてまいりますといったしか表現だったと思うんですけれども、その円滑に進めていくという意味の中に、この附帯決議は、森山文部大臣ここにいらっしゃいますけれども、これに対する所信をそのとき表明なさいました。これを尊重して進めるという趣旨の御表明をいただいているわけですから、ぜひ毎年の予算編成に当たってもこの附帯決議が着々と実現される方向で積極的にお取り組みいただきたい。 そうでないと、今スタートしております定数法は、たくさんの問題点を抱えてなかなか現場の要求、お父さんお母さんたちの御要望にこたえられる状況にならないと思うものですから、六年間という期間も長うございますので、ぜひ附帯決議について前の大臣が表明をされたように、これを尊重、当然のことです、満場一致で決めた附帯決議ですから、尊重していただいて具体的に実現するよう御努力いただきたいという私の願いに対して決意をお聞かせいただきたいと思います。
○国務大臣(赤松良子君) 先ほど申し上げましたように、前内閣で決まりましたことの中でいいものは大いに受け継いでいきたいということでございまして、ましてその附帯決議につきましては全会一致で決定されたものでございますから、当然これを尊重することになると存じます。今後とも改善計画の着実な達成に向けまして最大限の努力をいたしたいと存じます。 もし細かい点でお答えする必要がございましたら、政府委員に答えさせます。
○上山和人君 きょうは所信表明に対する質問でございますから細かい点は、これからこの委員会も開かれると思いますし、各論についてはまだその都度いろいろと審議に参加させていただきたいと思います。 そこで、大臣が教職員配置に万全を期す努力をされますと、その過程で必ず予算面では衝突をなさると思うんです。文教予算の特徴というのは人件費の高いことで、これはもう全国的にいろいろ知られているわけでございます。平成五年度の文教予算の内容をここで繰り返す必要もありませんけれども、五兆四千二百六十五億円、文教予算の総額です。そのうち実に四兆一千八百七十八億は人件費、七七%でございます。したがって、政策展開に充てることのできる財源というのは二三%しかありませんから、勢い非常に窮屈になります。午前中に田沢委員の方から、社会投資的にと。社会投資とおっしゃいませんでしたか、それに近い表現で文教予算のことは考えるという御提言がございました。全く同じことなんですね、私が申し上げようとしておりますのも。 人件費が高いのは文教予算では当たり前だと思うんです。人が教育を進めるわけですので、人件費が高いのは当たり前です。だからといって、政策展開の予算がそのことによってしわ寄せされて圧縮されるのは文教行政の発展を妨げる、子供たちに非常に大きなしわ寄せを結果として及ぼすことになる問題ですから、ぜひこの点を大臣のこの時期に解決してほしいという切なる気持ちを持っております。 つまり一律シーリングに文教予算も他の予算と同じように封じ込められておりますから、この人件費の比率が年々高くなっていますので、そのことによってシーリングのもとで政策展開の予算が圧縮されていく。そして義務教育国庫負担の一般財源化が進められ、自己収入の努力といって文部省の皆さんは大学の授業料をお引き上げになる。公立高校の授業料は、十八年ですか毎年上がり続けている。そういう状態が続いているわけでして、収入の自己努力と言われて父母負担にその分が転嫁されていく状態がずっと続いて、若いお母さんたちが教育費がかさむことに大変頭を痛めている今日の現状です。ほかの問題に比べまして一番教育費の負担感が強いわけです。 そういう状態は御存じだと思いますけれども、どうですか、今こういう文教予算の置かれている状態というものを、文部大臣、どのようにお考えになってこれからどうなさろうというお気持ちがあるか、ぜびこの点をお聞かせいただきたい。私は、この点を大臣の時代に何とか糸口だけでも軌道に乗せてほしい、そう思います。
○国務大臣(赤松良子君) 私、文部大臣に就任いたしましたのが八月の初めでございまして、すぐに概算要求という時期でございましたので、事務当局からいろいろ予算の内容について勉強をいたしました。 そのときまず感じましたことは、先ほど先生もお触れになりましたが、要するに長い間予算にはシーリングがあって、その中で文教予算をそれほどふやすことはできなかった。そしてその中の内訳は、人件費が年を追ってふえてきた。そのしわ寄せと申しますか人件費はどうしても上げないわけにはいかない、その分が事業費と申しますか、人件費以外のところを圧迫、言葉は適当でないかもしれませんが、圧迫をして長い間だってきているというのが私の率直な感想でございます。 これは大層残念と言えば残念でございますが、しかし人件費を削るわけにいかないわけでございますからどうしたものかと。シーリングをやめちゃえということはこれは言うことはできるかもしれませんが、今日のような財政事情のもとで、シーリングをやめてしまえとかあるいは文教予算についてだけは例外にしろということもなかなか困難というのが一方の実感というか認識でございます。 それで、何とか厳しい財政状況のもとでいろいろ工夫を凝らして、ともかく絶対に必要なものは確保する。そして、いろいろ午前中も出ておりましたけれども、税金が今かかっているものでも課税対象から外すというようなことができるのであれば、そういうことをしていただくように財政当局にも折衝をするというようなことも含め、この重要な文教予算をとにかく確保し充実させるためにいろいろ努力をいたしたい。微力でございますが、そのために懸命な努力をいたしますと、こういうことしか申し上げられないのが非常に残念でございます。
○上山和人君 シーリングを外せと言いたいけれどもなかなか言いにくいという趣旨の今のお答えがございましたけれども、やっぱりここは外してもらわないと解決できない問題じゃないでしょうか。 ほかに例がないわけじゃありません。防衛予算がしかりです。ODA関係予算がしかりです。別枠です。なぜ防衛費の予算が別枠でODA関係予算が別枠でシーリングを外しながら、教育は国家百年の計だと田沢委員も言われて、それに呼応して大臣もそのとおりだとおっしゃいましたが、まさにそのとおりで、次の時代を担う子供たちが育つ環境を整えるのにどうして防衛予算並みのあるいはODA関係予算並みの取り扱いができないのか。私はそれを長い間理解できない状態でずっと来ているわけです。やっぱりどこかでここはクリアしないといつまでたっても、今、文部大臣が残念だとおっしゃる状態が続いていくんじゃないでしょうか。そこでとまってしまうんじゃないでしょうか。 これはいいことですから、新しい政権にかわった今、国民の皆さんの支持率の高い新政権への期待度がどこにあるかというと、一つはこういうところにあるんじゃないでしょうか。三十八年間やりたくても、やっていい問題なのにやれなかった。この機をおいてほかにないと思う。シーリングを外す努力をしてもらわないと片づかないんじゃないでしょうか。いかがお考えでしょうか、改めてお聞きします。
○政府委員(吉田茂君) ちょっと事務的な部分もございますので申し述べたいと思います。 文教予算につきましては、御指摘のような人件費、物件費、大きく分けて二つの分類があるわけでございますが、約七七%を占める人件費につきましては、これまた他の物件費とは別枠のシーリング、別枠という形になっておるわけでございます。残り約二三%の物件費についてはいろいろな他省庁の予算とも共通的に、経常費についてはマイナス一〇、投資的経費についてはプラス五%と、こういう形に相なっているわけでございまして、人件費につきましてはこの七七%分、これは別途の枠で計算をする、こういう形になっておるわけでございます。 他省庁の予算でも例えばODAについては確かに伸び率も大きいわけですが、例えば防衛予算なんかにつきましてはそれぞれの年によっていろいろの上下もあるというような中で、それぞれの経費の性格に応じまして統一的な基準が示されている。その中で大臣を先頭にしていろいろな努力をし予算の確保に邁進している。こういうことでございますので、事務的な点を御説明申し上げましたが、御理解を賜りたいと思います。
○上山和人君 大臣ひとりにこの問題を背負わせる気はちっともございませんので、みんなで力を合わせて、与野党一緒だと田沢委員もおっしゃいましたので、大蔵省の方はここにおいでにならないと思いますけれども、これは大蔵省の皆さんの理解を得て何とかして実現しなくちゃならないことだと思います。 宮澤総理が去年の臨時国会で社会党の代表質問に対してお答えになったことがあります。文教予算について宮澤総理は、文教予算というのは人件費が多いわけだから、シーリングのもとで非常な犠牲になっているのではないかとおっしゃっている。シーリングも長いことやっているが、非常なメリットがある一方で弊害が起こることもあり得ることであって、文教予算についてそれがかなり顕著にあらわれているのではないかと私は思うと、宮澤総理はそう言われたんです。これは本会議の御答弁です。 そして、問題があることを認識しておりますから、シーリングは建前は建前としてそれをどう是正できるか、現実にやってきたし平成五年度もそうやってまいりたいと言われて、最後の方で、何といっても教育は将来の我が国を決定するものでありますから、これについてはどれほど大事に考えても考え過ぎることはないというふうに私は思いますと言って答弁を終わっておられるわけです。 宮澤総理のこの答弁を見ますと、文教予算がシーリングの大きな犠牲になっていると総理みずから認めていらっしゃるわけですから、もうはっきりしているわけです。シーリングを外すべきだという点で環境はでき上がっているものと思います。したがって、ぜひあとは大臣の御英断とみんなの努力を結集して大蔵省に理解をしてもらうということじゃないかと思うんです。来年度予算で実現することは大変難しいかもしれません。でも、せめて平成七年度の予算編成に向かっては何が何でも実現するんだという構えでこれからずっとこの問題に取り組んでいただきたい、再度お願いをしたいと思います。
○国務大臣(赤松良子君) 大変力強い応援のお言葉だというふうに理解いたしております。 既に、先生おっしゃいましたように、六年度の予算のシーリングというのは八月の時点、もっと前の時点で決定されているわけでございまして、来年度の予算については要求をした範囲を実現するということが残されているわけでございます。そのためには、これから十二月決定の時期までに大いに努力をするつもりでございますが、七年度以降の予算につきましてはその時点で改めて考えさせていただくということしかまだ今の時点では申し上げられないのではないかというふうに思います。
○上山和人君 時間が参りましたので最後になりますけれども、文教予算のその問題を解決しなければ教育費の父母負担はふえる一方、これは解消されないと思うんです。今、出生率が一・五になって大変な状況に置かれていますけれども、これとて教育費の負担感が一位になっていることはいろいろな世論調査の結果でも明らかなことでございますから、そういう点もお考えいただいて、とにかく教育は国家百年の計とおっしゃるように、次の時代を担う子供たちが育つ環境づくりの問題ですから、ぜひ経常的経費じゃなくて今こそ投資的経費として文教予算を位置づけて一律シーリングから外す、このことに全力を挙げていただきたいと重ねてお願いを申し上げます。 それで、冒頭、大変失礼な御質問を申し上げましたが、今、政府委員制度を廃止するしないの議論が新政権の中で行われております。その是非を議論する場ではございませんからそれには触れませんけれども、九カ月前の前政権の文部大臣と三十八年ぶりに交代した新政権の大臣の所信表明の内容がたまたまといいますか必然的に同じなんです。これは書かれた人がだれかわかりません。いろいろ知恵を集めておつくりになった労作だと思いますけれども、それにしても三十八年ぶりにかわったのに全く同じというのでは、やっぱり私たちも寂しい気がするので、これからぜひ大臣もいろんな場で大臣の生のお気持ちを私たちにお聞かせください。そして御一緒に子供たちの未来に責任を持つ文教行政が発展するように頑張りたいと思いますので、今後ともどうぞ御健闘ください。 きょうは失礼いたしました。終わります。
○肥田美代子君 先ほどから、お医者様の立場から、それから看護婦さんの立場から御質問がございました。次は薬剤師の立場からひとつ質問させていただきたいと思います。 先日、帯状疱疹の治療薬でありますユースビルという新薬と抗がん剤が一緒に患者に使用されまして死亡例が出たことを厚生省が公表いたしました。この二種類の医薬品による死亡事故は恐らく二けたに上るんじゃないかというふうにマスコミは報道しております。 それで厚生省は、今、大臣のお手元にもお届けしたと思いますけれども、緊急安全性情報というのを出させましてこれに対処いたしておりますが、抗ウイルス剤と抗がん剤が一緒になると抗がん剤の作用がかなり増幅されてしまいまして副作用が強く出る、そういう状況というのはこれは発売前からわかっていたわけですね。そして使用上の注意にもはっきり記載されていたわけです。このように二つのお薬でもって副作用が大きく出るという場合がままあるわけです。 これはさておきまして、大臣は、薬局でお買いになる例えば風邪薬だとか胃腸薬だとかの能書は多分お読みになると思いますけれども、病院でもらわれるお薬の能書についてお読みになったことがありますか。
○国務大臣(赤松良子君) 薬局で購入する薬についてのものは読んだことはございますが、病院のものは多分専門家の方にお見せするものではないかと存じますので、今、手元に少しございますが、それ以前には読んだことはございません。
○肥田美代子君 お手元に届いております。その能書を大臣もごらんになってお感じになりますでしょうけれども、とてもぎっしり書かれているんですね。 医薬品というのはそれこそ情報の塊と言われているくらいで、今の能書のバックには大変大きな大きな情報がたくさん含まれているわけです。そういう情報を私たちは、恐らく普通の患者としては目にすることができないし、目にいたしましても恐らくわからないと思うんですね。そこのところを医療現場にきちんと情報を提供したりする仕事が私は薬剤師の仕事だと思うんです。患者さんに医薬品を安全に有効に服用していただくために指導したり情報を提供したりという、その薬剤師の仕事について今これから少し大臣とお話しいたしたいと思うんです。 医療法の改正が昨年行われまして、医療機関の機能による体系化の一環として特定機能病院という制度ができました。これは国立大学の医学部の附属病院と大学病院にはいずれこの特定機能病院の承認を与えていくというふうにお聞きしておりますけれども、そういうふうに理解してよろしいですか。
○政府委員(遠山敦子君) 御指摘のとおり、昨年六月に医療法の一部を改正する法律が成立いたしまして、ことし四月から施行されたところであります。高度の医療を提供して一定の要件に該当する病院で申請をし、厚生大臣の承認を得たものは特定機能病院となることができるとされたところでございます。 大学病院につきましてはほとんどが特定機能病院となる要件は充足していると考えるところでございますが、それぞれの病院が申請するか否かにつきましては、特定機能病院となることによって大学病院の果たしている教育研究という使命でありますとかあるいは地域医療の中核としての役割にどのような影響を及ぼすかという点につきまして、改正医療法施行のための厚生省令でありますとかあるいは診療報酬等を踏まえまして十分検討した上で、各大学の実情に応じて各大学が自主的に決める問題であると考えております。 今、一部の私立大学につきまして既に特定機能病院としての承認がなされております。国立大学につきましても今、検討中というところでございます。
○肥田美代子君 この特定機能病院は、高度の医療を担うということを目指す病院であり入院患者が中心になるわけですね。その一環として薬剤師の配置についても、今までは調剤数に応じてのみ薬剤師が配置されましたけれども、それだけではなくて今度は入院患者三十人に薬剤師が一人という基準ができたわけです。 そこで、薬剤師は病棟に行きまして服薬指導を行いますとか薬剤使用歴を作成いたしますとか、そういういわゆる病棟活動というものが重要視されていくわけでございます。この薬剤師の病棟活動を四百点業務と言うわけですけれども、今、国立大学病院では四百点業務の実施状況はどうなっていますか。
○政府委員(遠山敦子君) 平成五年六月現在で、国立の四十二大学附属病院のうち二十一の病院におきまして既に全部もしくは一部の診療科におきまして薬剤師の四百点業務が実施されております。さらに四つの病院におきまして四百点業務の実施の承認を受けるために現在も試行を行っているところでございます。
○肥田美代子君 国立大学病院が特定病院になるということになりますと、この趣旨からいきましても薬剤師による病棟活動はますます必要になってくるだろう。そういたしますと、先ほど申し上げましたけれども、医薬品の情報活動でありますとかそれから服薬指導の徹底というのはこれはもう特定病院にはなくてはならない業務になるわけですね。お医者様の方は診療に大変な労力を割がねばなりませんから、恐らく医薬品の適正使用にまでは十分目が届かないだろう。一生懸命お医者様は頑張ってくださっていますけれども、恐らく目こぼしも出てくるだろう。そういうふうになりますと、この膨大な医薬品の情報収集についてはかなりの能力が薬剤師に要求されるわけです。 最近、薬学教育についていろんな議論があります。今の薬学教育は、医薬品の合成でありますとか分析でありますとか製剤など基礎薬学に偏重した内容になっていますが、今後、病態生理でありますとか患者心理とか臨床薬理、そういう医療に必要な教育カリキュラムが必要になってくる、私はそういうふうに思います。 薬学関係者の中には、薬学部は薬剤師の養成機関ではなく薬学研究者の育成機関であるので、医療に必要な教育カリキュラムは格別必要ないんじゃないかと言う方もいらっしゃいます。しかし私は、これからの医療に携わる薬剤師は医療人である、医療の中の仕事人である、そういう感覚を持たなければ社会のニーズに応じられないと思うんですね。 高齢化社会を迎えまして、ますます薬物医療の中での事故が増加してくると思います。先ほど申し上げましたように、二つの薬を一人の患者が飲んだために大変な事故になるというのはこれからも起こり得ることであると思います。私は、やはり文部省が今ここで率先して、薬学教育についていかにあるべきか、医療人としての薬剤師をどういうふうに育成していくかを真剣に考えていかなければいけない段階に来ていると思います。 厚生省では薬剤師の国家試験制度の改善の動きがあるようですけれども、先進国ではほとんど薬剤師教育は六年とか五年とかになっておりますし、これから医薬分業がどんどん盛んになり新薬もどんどん出てくる、そして多くの情報がはんらんしてくるということになりまして今までの薬学教育がこれでいいのかということになると、私は四年では足りないと思います。製薬会社に送り込むための薬剤師だけを養成するならいいのかもしれませんが、薬の情報提供者として患者と接しながら医療の世界で活躍することが求められるとすれば、やはり四年では少ないというふうに私は思います。 文部省が国立大学病院に特定機能病院として高いレベルの医療サービスを提供させようとおっしゃるのであれば、これはまさに文部省自身の問題であると思います。薬学教育の改善について赤松文部大臣に真剣に考えていただきたいと思います。 薬は人間の体にとってあるときはとても必要なものであるにもかかわらず、使い方によっては体を痛めてしまう、ついには死に至らしめてしまうという大変なものです。その薬の責任者としての薬剤師の教育については真剣に考えていただきたいと思うんです。大臣、いかがでございましょうか。
○政府委員(遠山敦子君) 大臣から総括的なお話がございますと思いますけれども、その前に私の方から、大変多方面にわたる御質問だったかと思いますが、一、二の点について御説明したいと思います。 まず患者に対しまして的確な治療を行うという観点から、薬剤師によります服薬指導でありますとか医師に対する情報の提供というのは大変重要なものでありまして、この点に関しましては今、医薬品の情報につきまして新たなネットワークをつくっております。国立大学附属病院の間の大学医療情報ネットワークというのがございますけれども、ここで医薬品情報のデータベースを作成しまして的確な医薬品情報を伝えられるように努力しているわけでございます。こういうことも努力の一環でございます。 また、先生御指摘のように、これからの薬学教育というものは、もう少し医療の実態に応じた実践的な能力を持つような薬学教育が重要であるという点につきましては、私どももその御趣旨については理解するところでございますが、大学側もそのことについては近年、大変努力をしているわけでございます。 日本の薬学教育の卒業者につきましてはその進路は、薬局でありますとか病院等の薬剤師のほか、関連の製薬企業への就職あるいは大学病院等、各方面への進路をとっているところでありますが、いずれの方面に進むにいたしましても、薬科大学が専門的な教育を実施する上で、臨床、薬理でありますとか調剤、あるいは病院実習、医薬品情報等の実践的な内容を重視することが非常に大事であると考えているところでございます。 現在、御存じのように、大学におきましては大学改革という角度からカリキュラムの見直しということが行われているところでございまして、薬学教育の面におきましても、それぞれの大学におきまして医療と結びついた実践的な内容を取り入れたカリキュラムの改善のための努力が行われているところでございます。 今後の薬学関係の教育の充実も見ながら、さらに薬学教育の充実について私どもとしても努力をしてまいりたいと思っております。
○国務大臣(赤松良子君) 私のめいが実は薬剤師をしておりまして、その父親も、私の兄でございますが、薬剤師だったので、ずっと代々薬局もいたしております。そのめいが最近、私が大臣になったということがございまして、その属しております薬剤師の偉い先生方と一緒に話をしに参りまして、先生の先ほどおっしゃったような六年制にすべきだというようなこともそのときに聞いたわけでございます。 文部省の中でこういう意見を聞いたけれども、どう思うかということも私なりに聞いてみたわけでございますが、確かに薬剤師の方たちの資質の向上というのは非常に重要なことで、御指摘のとおりでございますから、薬学教育の修業年限を六年にするというのは一つの有力なアイデアだというふうに思います。しかし一方、現在の四年制の制度の中でもかなり改善ができるのではないか。先ほど遠山局長の方から申し上げたようなカリキュラムの改善だとかいろいろあるわけでございますから改善も相当できるんじゃないか。だからそれでやれることも結構あるんじゃないかという意見が片一方にはございます。 そういうわけで、必ずしも六年というのは全部の方が言っておられるわけでもなさそうでございますので、もう少し慎重にいろいろな御意見も承って考えていく必要があるのではないかというふうに考えております。
○肥田美代子君 文部大臣の身内に薬剤師さんがいらっしゃるということで、とっても力強い思いがいたしました。 それで、遠山さんの先ほどお答えの中で、必ずしも医療現場に行く薬剤師ばかりじゃない、製薬に行く薬剤師もかなりいるというふうにおっしゃいました。そうなりますと、製薬会社に行く薬剤師それから医療現場に行く薬剤師、両方が薬学の基礎をしっかりと身につけてそれぞれのことに従事するということになりますと、四年で何とかカリキュラムを都合していけばいいじゃないかという考え方もございましょうけれども、やはりこれは人の命を預かる仕事でございます。先ほども南野先生へのお答えにありましたように、看護婦さんも四年制大学になっていく時代でございますから、いま一度お考えいただきまして前向きに検討していただきたいと思います。大臣、いかがでございますか。
○政府委員(遠山敦子君) 大臣もお答えいたしましたように、文部省といたしましても薬学教育の充実の必要性については認識をしているところでございますが、その充実方策につきましてはさまざまな意見がまだあるところでございます。先生の御指摘の点も含めまして私どもとしても検討したいというふうに考えております。
○肥田美代子君 それでは次の質問に移らせていただきます。 読書週間も終わりまして、今、それこそいい季節でございまして、灯下親しむの秋というふうにまくら言葉で使われているわけでございますけれども、前国会の衆議院の本会議の代表質問で我が党の赤松書記長が、これからの学校教育は学校図書館活動を重視したものに変えるべきだという御質問をいたしましたのに対しまして、細川総理は、学校図書館は知的な活動を促し人格形成や情操を養う上で重要な役割を担っている、今後とも学校図書館の充実が図られることを期待するとお答えになりましたけれども、この考え方は文部大臣も同じだというふうに私たちは考えさせていただいてよろしゅうございますか。
○国務大臣(赤松良子君) 総理のおっしゃったとおりだと思います。
○肥田美代子君 つい最近、文部省の学校図書館の現状に関する調査結果が発表されましたけれども、その中で年間図書購入費が小中学校では五年前に比べて三〇%近く減少しているらしいですね。 それで、司書教諭の設置状況についてそちらの方からお答えいただきたいんですけれども、設置されている数とそれからパーセンテージ、ちょっと教えてください。
○政府委員(野崎弘君) 司書教諭の有資格者がいる学校の割合、これは全体の二、三割ということで、小学校が二一・六%、中学校が二七・七%、高校が二九・三%。しかし、実際に司書教諭の発令がされているのは極めて少ない状況でございまして、小学校ですと〇・一%、中学校で〇・二%、高校ですと〇・四%、こういうような結果でございます。
○肥田美代子君 聞いていても本当に寂しくなるような数字です。 次に、ことしの学校読書調査というのがございまして、そこで一カ月に一冊も本を読まなかった小学生が一二%、それから中学生が五一%、高校生になると六一%というふうになっております。これは三十九年前からずっと同じ質問をしてきた定点観測的な調査なんですけれども、この調査でことしが一番悪い数が出たそうですね。どんどん子供たちは読書離れを起こしている、それがかなりの数になっているというふうに私たちは思うわけです。 その一方で、もっと読書したいと思っている子供の数は小学生で八割あるんですね。それから中学生、高校生になりましても六割がもっと読書をしたいというふうに考えている。これは子供が本から離れているというんじゃなくて私たち大人が子供から本を引き離しているんじゃないか、私はそういうふうに思えてならないんです。そして、このことに関してはかなり大人側の責任があるように思うんですけれども、大臣はどういうふうにお考えになりますか。
○国務大臣(赤松良子君) 私なんかは本を読むのがとても大好きでございまして、時間があればできるだけ本を読みたいと思っておりますが、最近なかなか本を読む時間がございませんで、これはだれが私から読書を奪っているんだろうかと思うときも結構ございます。 子供の場合は一体何が原因で本を読まないのか。よく言われておりますのは、昔よりはずっとほかのいろんな子供の興味を引くことが多くなった。テレビを見るとかゲームをするとかいろいろあるので、本よりもそっちの方がイージーに楽しくやれる、こういうことで本を読まなくなったのかなというふうに思っていたんですが、先生の今のお話だと、もっと読みたいというんだったら本は今たくさんあるわけで、なぜなのかとちょっと疑問に思っております。 一時、本がとても手に入りにくい時代というのは確かにございまして、そのときは本当に、むしろそういう時代の方が本に飢えていて、本があれば飛びつくというような感じじゃなかったかと思うんです。かえって本が余りにもあって読まないということも起こっているのかというふうにも思っていたんですが、それも先ほどの御質問にはちょっと答えにならないようにも思いますし、確たる結論がまだ今のところ頭の中で整理できません。
○肥田美代子君 大臣がおっしゃるように、私も本当にこれはたくさんの要素があると思うんです。 例えば先ほどの文部省の調査によりますと、司書教諭の発令数が平均して〇・二%というのは随分と過酷な数だと思うわけです。やはり子供たちが生まれて人生の中で最初に出会うのが学校図書館なんですね。ですから学校図書館の中に人がいない、ただ本が並んでいるだけ、そういう状況では私は子供の手に本を渡せないと思うんです。恐らく子供たちには学校図書館を使う方法も知らない子が多いだろうし、そして本当に本の楽しさを教えてくれる先生も少ないんじゃないかと思うんです。 例えば教職課程をとる段階で子供の本を先生方に読ませるというシステムがあるかどうかを聞きますと、ないようですね。やはり先生方が子供たちの本をしっかり読んでくださって感動なさると、子供たちはそれについていくと思います。 それで、読書調査の中で、どこで一番本を読むかといいますと学校だというんですね。大臣も今たくさん本が子供の世界にはあるとおっしゃいましたけれども、学校図書館が子供たちにとって本当に開かれたものになっていないと思います。教育の中心に学校図書館を置いていただきまして、それこそ子供たちがみずから自分の得たい知識を自分で選んで得ていく、そういう教育方針を我々がこれから目指そうとするなら、私は学校図書館というのは本当に大切になると思います。 文部省では昨年から学校図書館について大変な努力をしてくださっています。私はそのことを大変うれしく思っておりますけれども、これからの施策が何かありましたらお答えいただけますでしょうか。
○政府委員(野崎弘君) 今の御指摘に、司書教諭の発令が少ないと。これは先ほど申し上げたような数字で大変少ないわけでございますが、いわゆる学校図書館担当の教員がどうなっているかという調査もあわせていたしました。それによりますと一校当たりで平均二・二人いる。その位置づけは図書係とか図書主任あるいは図書委員というような形で発令されておりまして、教員の中で校務分掌としてそういう形でやっていることはやっているわけでございますけれども、なかなか司書教諭の発令が進まない。ぜひ私どもも有資格者をふやし、そして発令が促進されるように各学校を指導していかなければいかぬ、このように思っているわけでございます。 そんなことを含めまして十月二十七日付で局長通知を出しました。学校図書館の図書の計画的な整備、司書教諭有資格者の確保、そして発令の促進、学校図書館の計画的利用と機能の活用などについて指導を行ったところでございます。 また、具体的な施策といたしましては、本年度から学校図書館図書整備新五カ年計画をスタートさせておりまして、本年度を初年度とする五カ年間で学校図書館の蔵書冊数を現状の約一・五倍にふやすことにしたい、こう思っております。その経費といたしまして約五百億を見込んでおりまして、初年度である平成五年度におきましては約八十億円を地方交付税により措置したところでございます。この点につきましては、市町村の教育委員会の関係者が集まる席あるいは都道府県の関係者が集まる席などで十分PRをいたしまして、財政当局に予算要求をするように指導しているところでございます。 また、調査結果を踏まえまして本年度から児童生徒の読書意欲の向上に関する調査研究を実施することにしておりまして、近く調査研究協力者会議を発足させたいと思っております。この調査研究の中で学校図書館の運営を含めました読書指導のあり方について検討を進めていくこととしている次第でございまして、今後とも学校図書館の充実を図るための施策に努力をしてまいりたい、このように考えております。
○肥田美代子君 今、学校の図書委員の数はまあまああるというふうにおっしゃっていらっしゃいましたけれども、やはり先生方は大変忙しい中でそういう役目を自分の授業以外に持たされているわけですから十分な活動がどうしてもできないと思いますし、ましてや発令数が少ないという理由は、授業の上にまだ図書館の仕事をしてくださいというための発令ですから、恐らく先生方は発令をされると大変な負担だと思うんですね。ですからどんどん発令数は減ってくるというふうに私は思います。 それで、四十年前に学校図書館法ができまして、学校図書館の中には司書教諭を必ず置くという決まりがあるんですね。ところが附則の二項で、当分の間置かなくてもいいと、そういう迷惑なおまけがつきましたものですから、四十年間学校図書館は司書教諭を置かないでやってきた。恐らくことしがちょうど四十年目あたりに当たると思いますので、私はやはりここで文部省さんが思い切って、もともとどおりの学校図書館への理想を実現できるようなそういう姿にしてほしい。 最初、多分、議員立法で出ておりますので、私たちも議員立法で与野党一緒になって出させていただければ一番ありがたいなと思います。今、議員連盟をつくってそういうことに動いていこうかという皆さんの御意向もありますので、これからは文部省さんと一緒になってやっていきたい。そして、文部省さんに大いに力を発揮していただきたいと思いますのでその辺もお願いいたしまして、最後に文部大臣のこれからへのお気持ちを伺って、質問を終わらせていただきます。
○国務大臣(赤松良子君) 先ほど来申し上げておりますように、子供のときから読書に親しむということは非常に人間の形成にとってあるいは教養という面から重要なことだと思います。そのために学校の図書館というのが整備される、司書がおられて子供の読書意欲をちゃんと受けとめて適切な指導がなされるということは非常に有意義なことだと存じます。そのために文部省のできることはぜひ一生懸命やりたいと思っております。
○浜四津敏子君 先ほどから赤松文部大臣御自身の御経験も交えながら大変率直な御答弁をいただいているのを伺いまして、私も期待を込めて質問させていただきます。 初めに、教育の目的は何か、また日本の教育がどういう人間像を目指しているかについて伺いたいと思います。 教育の語源は、引き出すという意味のラテン語にあるというふうに言われております。すべての人々が内に秘めております力とか個性とかあるいは無限の可能性を引き出すことができるか、そこに教育の重大な眼目があるというふうに言われております。よく言われることではございますけれども、将来の日本を担うのは青年でありまして、日本の未来は青年にかかっている。その青年をどう育成していくのか、教育の使命は極めて重大であるというふうに考えております。教育がどのような人間像を目指しているかということは、将来の日本の社会、どういうような社会を築くことを目指しているのか、こういうことと同じ意味を持つものであるというふうに考えております。 さらに、すべての問題は教育に帰着するというふうに言われます。福祉の問題あるいは環境の問題あるいは平和の問題も結局は教育に帰着するというふうに言われております。 また、教育の目的についてはこれまでさまざま語られてまいりました。僣越ですけれども、あるイギリスの教育者の方は教育の目的は二つあるというふうに述べております。その一つは知識そして技術の習得である、二つ目は人格形成である、こういうふうに言っております。また、日本を代表するある高名な教育者の一人は、人格の価値を高めるのが教育の目的である、こういうふうに言っております。知識のみあるいは自分の利益のみの狭い閉ざされた人格ではなくて、偏らない開かれた人格、そして崇高な人格を育てるのが教育の使命なんだと、こういうふうに述べております。 また、さらにこの教育者の方は次のように教えておられます。人間としての本当の偉大さとは何か、人は何のために生きるのかを教える、そして平和への貢献あるいは人道への貢献あるいは人間主義、人間の尊厳あるいは人類への貢献こそを最高の価値とする、そういう崇高な人格を持つ人間を育てるのが本来の教育の目的であるというふうに教えております。 文部大臣は、こうした教育者の意見をどのように評価され、またそれを通して文部大臣御自身、教育の目的は何なのか、そしてまたどういう人間を育てることが教育の使命とお考えなのか、お聞かせいただきたいと思います。
○国務大臣(赤松良子君) 午前中から、この委員会、本格的な審議になったのは最初でございますので一生懸命参加させていただいているわけでございますけれども、大変すばらしい委員会だというふうに実感をいたしております。 というのは、先生方が皆様、大変教育について高い見識をお持ちで、それをこもごも披瀝して私の考えを聞いてくださっているということで、今の浜四津先生のいろいろ先人のあるいは教育者の言葉を引用しておっしゃっていただいたのは、まさに私の日ごろ考えていることと本当に一致しているわけでございまして、何かつけ加えることがあるか伺いながら考えておりましたが、ほとんどないのではないかと思ったわけでございます。 先ほども婦人公論の中の私のつたない言葉などもお引きくださったわけでございますが、私が所信表明で申し上げたこととこれとはちっとも違わないんじゃないか。こちらの方はややかたい表現で書いてある。こちらはもう少し砕けて自分自身の言葉でというか、もう少しやわらかくというか易しくというか、話し言葉で言ったそれが書かれているということの違いであって、内容がそんなに違うわけでは決してございません。 私の考えていることは、先ほど前の質問者の先生がおっしゃったこととこれとは余り違っていないし、したがって私の思っておりますのは、技術、知識ももちろん必要でございますけれども、何よりも自分で物を考え、自立てき、そして社会のためあるいは他人のために尽くそうという気持ちを持った心の温かい人間、そういう人間を育てるのが大事なのではないかと、一言で言えばそういうふうに思っているわけでございまして、それをもう少し上手にちゃんと整理をして述べたのが先ほど先生が引用なさったような偉い方たちの見解だというふうに理解をいたしております。
○浜四津敏子君 ありがとうございました。 次に、こうした教育の目的達成のために日本の教育のあり方が十分に機能してきたのかどうか、十分に資するシステムになっているのかどうかについてお考えをお伺いできればと思います。 現代は、一面的かもしれませんけれども、享楽と欲望に流される社会であるというふうに言われております。そして、そうした人間をあるいは人格を向上させるという精神の推進力とでも言うのでしょうか、そういうもりが失われつつあるというふうに言われてまいりました。権威主義とかあるいは権力志向とかあるいは自分の栄誉栄達というようなことが目的となったエゴ社会になっているというふうにも批判されております。 こういう社会をつくってきたのは人間でありまして、その人間を育ててきたのが教育であるということを思いますと、教育の大切さ、本当に何度言っても言い過ぎることはないというふうに思うわけでございますけれども、日本の教育がその本来の目的を達成するのに十分こたえるあり方であったとすればこれほどの、目を覆うばかりのという方もいらっしゃいますけれども、欲望とエゴがむき出しになった社会ではなくてもっともっとすばらしい社会が築かれてしかるべきと思いますが、残念ながら現状はそういう状況でございます。 これまでの教育のあり方に何か問題があったとお考えか、あるいはどのように改善していけばよいというふうにお考えなのか、御所感を伺わせていただきたいと思います。
○国務大臣(赤松良子君) 先ほども申し上げましたが、日本の教育制度というのは、明治以来、先人の御苦労が実った形で非常に整ったよい制度ができ上がってきていると思います。しかし、世の中が一方では大変変化をいたしまして、高齢化、少子化あるいは科学技術の急速な進歩、あるいは情報が満ちあふれている、あるいは人口が農村から都市に急激に移った、そういうような大きな変化の中でそれに十分に対応できるだけのフレキシビリティーというか、そういうものが多少後手に回るというようなこともございまして、いろいろ至らないところも発見されるということは多々あるかと存じます。そういうものに対応していろいろ時代に応じたふさわしい教育制度を常に見直して改善をするということが必要ではないかというふうに考えております。
○浜四津敏子君 ありがとうございました。 現在、政治改革と同じように教育の改革も日本の将来にとって不可欠であるというふうに私は考えております。従来の偏差値重視とかあるいは知識のみの教育、そして集団的、画一的、管理主義的な教育がさまざまな弊害を生んできたのではないかというふうに考えております。その一つがよく言われる日本の肩書社会の弊害でございます。肩書社会を目指したこうした画一的あるいは集団的教育にはまり切れない、あるいはさまざまな事情によって外されていかざるを得ない子供たち、こうした子供たちになかなか光が当たりませんで、あるいはそうした光を当てる取り組みがなされたとしても極めて不十分なものだったのではないかというふうに思っております。 きょうは時間の関係でそのうちの代表的なものについて何点か伺わせていただきます。 まず初めに、不登校児について伺います。 先ほどもお話に出ましたけれども、調査によれば不登校児の数、大変大ざっぱな数ですけれども、小学校で約七万人、中学校で約十万人、そしてその数は近年増加の一途をたどってまいりました。高校生については正式な統計がないということでございますけれども、いずれにいたしましても、こうした不登校児を受け入れている学校外施設というのがございます。東京シューレというのがその一つでございますけれども、本年の九月にこの東京シューレを訪ねまして子供たちの授業風景を見させていただき、また関係者の方々のお話を伺う機会がありました。 私どもが伺ったときにちょうど環境についての授業が行われておりました。教室で教えていらした先生はある有名な航空会社の国際線の現役パイロットの方でございました。生の魚を子供たちと一緒に解剖して、それを通して環境の問題、そしてまた生物のことなどを学んでおりました。普通の高校にはどうしても行けない、こういう子供たちが東京シューレの中でほとんどの子が楽しそうに授業を受けておりました。その東京シューレ代表者の奥地圭子さんという方がいらっしゃいますけれども、このようなお話を伺いました。 今、学校がストレス空間になっている。子供の命が育つ場として非常にゆがんでいる。それなのに一方で、学校に行くことが最も重要で、行かなければ人生を外れるという学校絶対視がある。その二重の抑圧の中で子供の心と体が学校に通い続けることに拒否反応を出しているのが登校拒否だと思う。そして登校拒否というのは異常なことでもあるいは特別なことでもない。病気でもない。病気と見たりあるいは罪悪視するそうした社会の偏見が問題を余計に複雑深刻にさせてきた。こんなお話でした。 そしてある調査によれば、現に登校拒否をしている子供を含めまして子供たちの約半数が学校には行きたくない、こういう感じを持ったことがあるという調査がございます。 なぜこれほど多くの子供たちが学校を拒否するのか、その原因と理由をどのようにお考えになっておられるのか、また登校拒否をどのようにとらえておられるのか、お答えいただきたいと思います。
○政府委員(野崎弘君) 登校拒否の原因ということでございますけれども、その背景にはいろいろまた複雑な要因が絡み合っているものと私どもも考えております。 一つは友人関係あるいは学業不振など学校生活にかかわること、あるいは親子関係をめぐる問題など家庭生活にかかわること、それから激しい受験競争にかかわる問題など、学校、家庭、社会のそれぞれの要因が複雑に絡み合って起こるのではないかこのように思っておるわけでございます。この問題の解決のためには、これらの学校、家庭、社会の関係者が連携協力しまして一体となって取り組むことが大切である、このように考えております。 学校は教育の専門機関でございます。今、学校に行きたくない子供がいるという御指摘もあったわけでございますけれども、やはり学校におきましては児童生徒の一人一人の個性を生かして人間味のある温かい指導を行う、こういうことが大切だと思っておりまして、そういう意味の指導を私どもも続けてまいっております。今後ともそういう考え方で指導していきたい、このように思っております。
○浜四津敏子君 ところで、昨年の三月に文部省は登校拒否への認識の転換を図られまして、学校外の施設への通学を正規の出席と認める、こういう扱いをしてくださることになりました。また、さらにことしの三月には、こうした学校外の施設に通っための交通費につきまして通学定期の適用を認める通達を出してくださいました。 文部省がこうした前向きの努力をされていることにつきましては評価しております。しかし、登校拒否の子供たちを持つお母さんの声によれば、こうした通学定期の適用の通達もまだ現場には必ずしも十分徹底されておりませんで、かなり多くのお母さんたちが学校からその証明書の発行を拒否された、こういう声もございます。再度、通達の徹底を図られるように希望いたしますけれども、その徹底、具体的に取り組んでいただけますでしょうか。
○政府委員(野崎弘君) 登校拒否問題についての対応でございますけれども、先ほどもお答えいたしましたように、学校において取り組むことがまず大事だと。私どもの前提は、やはり子供たちが学校に通っていただく、特に小中学校は義務教育でございますから学校に全部の児童生徒が行っていただくということが基本にあるわけでございまして、ただそういうことを前提にしながら、なかなか学校の方に通えないという者につきまして、いわゆる公的なものとしては適応指導教室というものがございます。これも現在大分数がふえてきておりますけれども、そういうところでまず対応していただく。さらにはこういう公的な機関に通うことも困難というような場合には民間の施設も考慮する、こういうことでございまして、私どもとしてはあくまで例外的な措置という考え方で処理をしておるわけでございます。 ただ、この公的機関等におきまして相談、指導を受ける期間が長期に及ぶこともあることから、児童生徒の適所に要する交通費の負担の軽減について検討を求められていたということで、運輸省と協議の結果、通学定期乗車券制度の適用ということでこの三月に各県に通知を出したところでございます。 学校によってはなかなか厳しいという御指摘もございましたが、恐らく学校としてはまず学校に通ってきていただきたい、こういう気持ちからそういう指導をしているわけでございます。しかし、やはり現実に通えない子供がおるわけでございますから、都道府県の教育委員会の指導主事連絡会議、こういうものがございまして、そういう場でも既に今の御指摘の趣旨の徹底を図っておりますけれども、今後ともいろいろな会議におきまして指導の徹底をしていきたい、このように思っております。
○浜四津敏子君 次に、学習障害児、いわゆるLD児について伺います。 LD児は、できることとできないことの落差が大きい点が特徴であるというふうに言われております。そのために見えにくい障害と言われております。知能が劣っているわけではありませんので、教え方や伝え方に注意を払えば大きな支障もなく学校生活が送れるというふうに言われております。しかし他方で、その理解が及びませんで発見がおくれたりあるいは対応がおくれますと、それがひいてはいじめや登校拒否につながるというふうにも言われております。 LD児につきましてはアメリカでの研究が進められてまいりましたけれども、日本でのLD児教育はちょうど二、三十年前のアメリカの状況と同じだというふうに言われておりまして、日本に一般に知られ始めたのはごく最近のことであります。アメリカでは一九七五年に全障害児教育法ができまして、それによって特別な教育が必要な子については一人一人個別のプログラムで教育を受けられるシステムになっております。日本におけるLD児の数は大体子供の二%ないし三%、数にして恐らく数十万人に上るのではないかというふうに言われております。一クラスに一人ないし二人の割合で存在するというふうに言われております。 しかし、現在、日本におけるLD児は法律上の位置づけもございませんで、そのために国からの援助もまた対策もとられておりません。学校現場でもほとんど何らの対策もとられていないのが現状でございます。また、LD児の存在すら知らないという先生方も多いのが実情でございます。こうした実情を踏まえまして質問をさせていただきます。 まず第一点ですが、現在の通級制度では小学校段階がほとんどでございまして、中学はほとんどありません。しかも、今の通級というのは障害児学級があるいは言語学級しか主なものございませんで、LD児対象のものがありません。LD児のための通級なりあるいはサポートの教室等を設けていただきたいと思いますけれども、いかがでしょうか。
○政府委員(野崎弘君) LD児についての御指摘でございます。私ども学習障害ということで理解をしているわけでございますけれども、内容としては、一般的に全体としての知能にそれほどおくれはない、しかしながら認知能力のアンバランスのために読み書き、計算などの一部に学習上困難を伴う状態がある、こういうふうに言われているものと承知をしておるわけでございますけれども、この点につきましては専門家の間でも用語の定義あるいは判定方法等がまちまちでございます。また、医学的な原因についても必ずしも明らかにされていないこういうような状況でございます。 今、アメリカよりも大変おくれているという御指摘も受けたわけでございますが、実は国立特殊教育総合研究所におきまして平成四年度から四年計画で基礎的な研究を現在進めております。そして、平成四年度から文部省に調査研究協力者会議を設けまして学習障害等の指導方法等に関する実践的な調査研究というものを実施しておる段階でございまして、こういうような調査研究の結果あるいは成果、そういうものを踏まえて対応策を検討してまいりたい、このように思っておるわけでございます。 今、先生御指摘のような具体の措置のところまでまだ進んでいませんけれども、ぜひこういう調査研究の成果というものを見守りながら将来的に適切な対応をしてまいりたい、このように思っております。
○浜四津敏子君 定義あるいは判定方法を確立するということも大事ですけれども、現に苦しんでいらっしゃるお子さんたち、そしてまたこうした問題を抱えて悩んでいらっしゃるお母さんたち大変多いものですから、何とか一日も早くそうした受け皿づくりあるいはサポートできるシステムをつくっていただきたいというふうに思います。 現在、LD児のための教育施設、これも学校外施設でございますけれども、名古屋に高校生を対象とする見晴台学園と、それから川崎市に飛翔の会が設立したフリースクール、恐らくこの二つだけではないかと思います。この名古屋の見晴台学園は無認可でございますので、当然に高校卒の資格が取れません。また、これらの学校外施設に通っても、先ほどの登校拒否児のための学校外施設とは違いまして、その出席日数は正規の出席日数に算入されません。また、通学定期の適用も現在ではまだ受けておりません。要するに国からは何の援助もない、子供たちのために親たちが必死で孤軍奮闘している、そんな状況にございます。 この川崎市の飛翔の会がつくっておりますフリースクールで、こうしたLD児の子供たちが狭い教室で一生懸命勉強しているその現場を見させていただきましたけれども、何とかこうした施設に対する援助とかあるいは子供たちに対するきめの細かい支援をしていただきたい。その一つに、出席日数に算入することとかあるいは通学定期の適用を受けるようにしていただきたい。いろいろございますけれども、そんなことに取り組んでいただけないでしょうか。
○政府委員(野崎弘君) 今、学校外の施設に対するいろいろな助成ということでございますけれども、なかなかこの施設の設置形態あるいは指導内容、多種多様でございまして、文部省としてまたそれをこういう形でということで決めるわけにもいきません。 そういうことからすると、そういう民間の施設に対して文部省としていろいろな措置を講じていくということは大変難しいわけでございますけれども、先ほども答弁いたしましたようなLD児に関する調査研究の中でどういう方法が一番いいのかというようなあたりにつきましても十分調査研究をしていただきたい、私どももこの協力者会議の方に先生のような御指摘があったことをよくお伝えしたい、このように思っております。
○浜四津敏子君 それと、LD児につきましては、先生方にLD児についての認識がほとんどない方が多いというのが現状でございますので、ぜひとも先生方に啓蒙していただきたいというふうに希望をいたします。 先ほどの不登校児を対象とするフリースクールもまたLD児を対象とする施設も、いずれもこうした問題に取り組み、また受け皿づくりを先行しているのは民間の人たちあるいは施設でございますので、できれば国がこうした取り組みを、民間の後追いをするのではなくて少なくとも教育に関しましては問題を先取りして、そして現場の声を聞いていただき、また現場に足を運んでいただいて、ぜひ現場に直結した文部行政に取り組んでいただきたいということを希望いたします。 次に、病児教育について伺います。 文部省は、病気療養児の数、そしてこうした子供たちに対する教育の実情、院内学級が設置されている病院の数、また院内学級がすべての都道府県に少なくとも一つは存在しているのか等の数あるいは実態を把握しておられますでしょうか。
○政府委員(野崎弘君) 先生の御指摘なさったすべてについて数字が今あれでございますが、まず病院内に設置されている学級いわゆる病院内学級でございますけれども、これは平成四年五月一日現在で小中学校合わせまして二百四十八学級が設置されております。実際にそこで指導を受けておりますのが八百二十三人、こういうことでございます。 ただ、都道府県別に見た場合に病院内学級の設置状況にかなりばらつきがございまして、病院内学級を全く設置していない県が十五府県ございます。実情としてはそういうような数字でございます。
○浜四津敏子君 院内学級につきましては、東京都では現在は二つしかないというふうに理解しております。そのうちの一つ、武蔵野赤十字病院の院内学級を先日訪問させていただきました。この院内学級では、病院側の好意によって場所を提供してもらっての学級運営でございました。病院にとっては、経営上の観点だけからすればなかなか評価もされず、どちらかといえばマイナス面しかない施設というふうに言われております。武蔵野赤十字病院の院内学級も積極的な支援も余りないまま、お医者様とかあるいは看護婦さんあるいは先生方など関係者の方々の熱意と苦労に支えられての院内学級というふうにお見受けいたしました。 こうした病児の中には、がんとかあるいは白血病など死と直面しながらの日々を送っている子供たちも大勢おります。そうした子供たちが最後まで希望を持ち苦しい状況に耐えてまた挑戦できる、そういう大きな力になっているのが院内学級での勉強あるいはベッドサイドに先生が来てくださっての勉強であるというふうに伺いました。 文部省としまして、今後こうした病児教育について院内学級を充実させる予定がおありなのかどのように取り組まれるのかをお教えいただきたいと思います。
○政府委員(野崎弘君) 病気療養児の教育につきましては、大分昔と病気療養児自体の態様が変わってきているという面もございます。昔ですと割合長期に入院をしているという例がございましたが、最近では断続的に一たん退院してまた入らなきゃいかぬとか、そういう病気療養児の実情が大分違ってきておりますので、現在、病気療養児の教育に関する調査研究というものをしておりますが、その調査研究の中で病気療養児の児童生徒の実情というものを十分に調査し、そしてその中で病院内学級の問題も含めまして充実方策について検討していきたい、このように思っております。
○浜四津敏子君 それでは、その調査の結果、そしてまた充実の方策について伺わせていただけるのを楽しみにしております。 また、細かい点になりますけれども、この院内学級運営上、現場の方々が困っておられる点が何点かございましたので、ちょっと伺わせていただきます。 院内学級の教員の配置というのは毎年四月一日付の児童生徒数を基準に決められておりますけれども、院内学級に関して言えば、病児は入退院を繰り返すことが多いものですから、四月一日に固定して決められるとなかなか現実に即さない結果となるというふうに言われております。この院内学級に関しましては、年間をトータルした児童生徒数を基準にそれを参考にした教員の配置にしていただく、そうした柔軟な対応をしていただくように要望いたしたいと思いますが、いかがでしょうか。それが一点でございます。 次に、短期入院児の通級制というのは大変煩瑣な手続をとらなければ通級できないということで、なかなかとりにくいという声がございました。こうした面倒な手続をとらずに短期入院の子供であっても臨機応変に通級できるシステムに変えていただきたいと思いますが、いかがでしょうか。
○政府委員(井上孝美君) ただいま先生からのお尋ねの第一点でございますが、院内学級についての教員配置の問題についてまずお答えを申し上げます。 先生御案内のとおり、教職員の配置につきましては、公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律に基づきまして、児童生徒数を算定の基礎に学級編制及び教職員定数を定めているところでございますが、先生がおっしゃるように、各都道府県教育委員会の学級編制の認可については、三月末までに何回かの児童生徒数の調査を行った上で各学校の翌年度の児童生徒数の見込みを把握して、それをもとに一般的に四月以降の学級編制の仮認可を行って年度当初の配置教員数を決定しているところでございます。 また、ただいま御指摘がございました例えば院内学級につきましても、四月当初に対象児童生徒がいなければ学級編制の認可をすることができないわけでございますので、そういう点で年度途中においても院内学級大級者が生じる場合にはその時点で都道府県教育委員会が市町村教育委員会の申請に基づきまして新たに学級を認可できることとしておりまして、その時点から教員について国庫負担にできることとしているわけでございます。 そういう意味で、したがいまして年度途中における対象児童生徒の発生をあらかじめ見込んで年度当初に学級編制を行いまして教員配置を行うことは不可能であるわけですが、年度途中に院内学級を設置する必要が生じた時点におきまして学級編制の認可、設置について制度上可能でございますので、今後ともそのように適切に指導してまいりたいというように考えております。
○政府委員(野崎弘君) 院内学級について煩雑な手続というお話がございました。確かにどこの小中学校の籍に属させるとか、そういう手続面でいろいろ煩雑であるという話は私どももよく聞きます。そういうことも含めまして病気療養児の児童生徒の実情というものを十分調査しながら適切な対応策について考えていきたい、このように思っております。
○浜四津敏子君 ありがとうございました。もう時間ですので、これで終わらせていただきます。
○小林正君 先ほども話題になりました女性の月刊誌での「文部大臣三カ月目の自己採点」というのを私も読ませていただきまして、先ほど文部大臣の所信についてとこの内容については全く同じだというふうにおっしゃいましたけれども、やっぱりあの月刊誌の内容というのが大臣の本音で、これは建前かなというふうにも読ませていただきました。労働省で長年お仕事をされて、そのキャリアとして女性の地位の向上や社会参加への大変な御尽力をされてきたことに本当に心から敬意を表したいと思います。 それで、おわかりのとおり、前文部大臣も女性なんですね。そして正面に座っておられる石井委員長も女性で、理事会の構成、正式には五人なんですけれども、五人のうち四人が女性なんですね。ちょっとこれは進み過ぎじゃないかなという気もしないでもないんですけれども。 この本の中で、ある審議会、女性が二〇%を占める審議会がつくられたというお話をされているんですが、どういう種類の審議会ですか。
○政府委員(吉田茂君) 事務的なことでございますので私からお答え申し上げたいと思いますが、二〇%あるいは二〇%を超える女性委員の割合を持つ審議会は、保健体育審議会、それから文化功労者選考審査会、生涯学習審議会、大学審議会と、文部省、文化庁の審議会では以上四つでございます。
○小林正君 そういう点ではかなり文部省も積極的にこの問題について推進されているなどいう実感を持つわけであります。 ところで、横綱審議会の委員二名云々という話もお聞きしたわけですけれども、先日テレビを見ておりましたときに、一人がこういうことを言いました。そういうことも大変大事だ、しかし、ではなぜ国立大学で女子だけのものをつくっているのか、この問題についてはどういうふうに考えるのかというようなことを、これは意地悪な言い方かもしれませんけれども、言った方がおられるんです。お茶の水女子大と奈良女子大と二つあるわけで、これは保護の垣根としてそういうものを高等教育の場に設けたのかどうなのか、その辺はどうなんでしょうか。
○政府委員(遠山敦子君) 確かに国立大学にはお茶の水女子大と奈良女子大の二つの女子大学がございます。ただ、これらの大学はいずれも戦前の女子高等師範ということで発足をいたしまして、長く教育面での女性の指導的な地位に立つ人たちの教育ということに非常に重要な役割を果たしてまいったわけでございます。 この二つの国立大学は女子のみを受け入れているわけでございますけれども、この問題について御指摘のような視点もあるわけでございますが、他方、高等教育機関への女子の進学率ということから考えますと、平成四年度の四年制大学への進学率を見ますと男子は三五・二%でございますが、女子はまだ一七・三%でございます。四年制大学と短大を含めますとほぼ同じような進学率でございますが、まだ四年制大学につきましてはそのような実態でもございまして、女子大学の存在は女子教育の振興の観点から十分に存在意義があるというふうに考えているところでございます。
○小林正君 そういう面からしますと、進学率という面からとらえて保護の垣根を設けておく必要がなおあるという御認識なんだろうと思いますが、やはりこういうものは積極的に解消していくのが歴史の趨勢だし今日の情勢、そして共同社会をつくっていく双方の担い手ですから、特別に垣根を設ける歴史的使命は既に終わっているんじゃないか、私はこれで議論する気はありませんけれども、そういうふうに考えました。 それで、大臣もかかわってこられたというふうに思いますが、国連の国際婦人年以後の十年の行動計画の最終年にナイロビで会議があって、ここで二十一世紀へ向けた将来戦略が提起をされた。その中で、マネージメントの業務に従事する女性の割合を三〇%にするという国際的な目標みたいなものが設定をされて、スウェーデンなどでは相当そのことが具体的に取り組まれて、従来の男社会が変わって全体としてそういうスウェーデンの極めて進んだ状況が今、関心を持たれているという状況にまでなっているわけです。 そういう点からしまして、日本もその目標に向けて前進しているんだというふうにも思いますし、当委員会のように極めて進んだところもあるわけですけれども、学校現場で、例えば小中学校の中で、男女の教頭、校長といったような管理職の割合、特に女性の割合がどのようになっているのか、ちょっとお聞きしたいと思います。
○政府委員(井上孝美君) お答え申し上げます。 公立小中学校の校長、教頭等管理職教員のうち女性の占める割合でございますが、平成五年五月一日現在で小学校校長は千六百八十人で七・一%でございます。小学校教頭は三千九百六十二人で一六・六%を占めております。また、中学校校長は百十八人で一・二%、中学校教頭は四百三十三人で四・〇%となっておりまして、近年、管理職に占める女性の割合が高くなってきているところでございます。
○小林正君 全体として割合が高くなっているというお話を伺いましたが、どちらかといいますと教師の仕事というのは伝統的に女性の分野の仕事として長年にわたって定着をして、その人数もふえてきているという現場実態の状況を反映した形で管理職の割合が出ているのかというと、決してそうじゃないですね。やっぱりこれは変えていく必要があるんじゃないでしょうか。 私もかつて西ドイツやカナダ等の学校現場にも何回か行きましたけれども、校長さん、管理職の方はほとんど女性です。もっとも教員もほとんど女性だという実態もあるわけですけれども、そういう状況になっておりまして、日本でも女性の割合が大変多い職域ですから、当然のこととしてそれをきちんと反映するような管理職の登用というものが求められるんだろうというふうに思いますので、引き続いてこの点についての御努力をお願い申し上げたいと思います。 次に、きょうもいろいろ話題になっておりましたけれども、三十八年ぶりに政権交代が行われて、そして年度途中で政権交代ということですから、所信表明の問題もいろいろありましたけれども、私はこの間進められてきた基本政策というものの継続性、そしてもう一つは細川首相がおっしゃった責任ある変革、この問題をどうとらえていくかというそのことが問われているんじゃないかな、こういう気がするわけであります。せっかく政権が交代したのであれば、野に下った自民党の立場からすれば違いを明らかにせよとおっしゃるのは当然だろうというふうに思いますし、その継続性とそれから変革を求める積極的な姿勢との関係がこれからどうなるかということが問われるんだろうと思います。 私は、今の内閣の最優先事項が政治改革課題、そして行政改革、経済改革ということに突き進んで、教育改革を引き続いてやる、こういうようなことも聞いているわけですけれども、教育改革の問題というのはそうした課題とは別個の、優先順位をつければ何番目といったようなテーマではないだろうというふうに思うわけです。 そういう点で申し上げますと、明治五年、一八七三年の学制発布から去年がちょうど百二十年という節目の年で、そして一九九七年が戦後教育のスタートした四七年から数えて五十年、そういう時期にも当たっております。ここで五十年の経過を考えてみますと、四六答申の問題ですとか臨教審の問題ですとかいろいろ教育改革への試みが行われてまいりましたけれども、それが必ずしも全国民的な合意形成の中で結実しなかったという側面を持ちながら今日の教育制度がそのままあるという、この状況を変えていく必要があるんではないかというふうに思うわけです。 その第一の理由として、戦後教育の背景というものを考えてみますと、一つは冷戦構造というものがあった。教育現場もそういう意味で言えば政治的な対決の争点にさらされてきたという現実があったわけです。そしてその中で管理というものが推し進められて、いわゆる管理教育と言われるような状況が一方で進行した。これもまた事実であります。だから保革のイデオロギー対立というものが冷戦構造下で日本社会のいろんな面にあらわれてきた、その一端として教育の面にもそういうものがあって、本当に共通の土俵で教育改革について、あるべき教育について論議をするような条件を満たしていなかった時代がずっと続いていた、こういうことがあったと思います。 今日、そういう点で言えば、まさに冷戦構造が崩壊をして国内的にもいろんな価値観の多様化の中で新しい視点からの教育改革を求める声が大変大きくなっているわけですから、そういう視点に立って考えられる条件が一つ整ったと言っていいと思うんです。 それから二つ目の問題としては、やはり焼け跡からスタートして成長経済という歩みの中で教育が一定の役割を果たすという部分がありました。そのために早期に人材を養成して、そして産業に奉仕していく。教育本来の、人生のそれぞれのライフステージを楽しめるような教育のあり方というものがなおざりにされてくる。そういうことの背景の中で教育荒廃のさまざまな問題も出てきたわけです。細川さんのおっしゃっているような意味で質実国家という言い方がありますが、虚業が栄えて実業が滅びるようなそういう今までの状況に対して、実学が栄えるわけがないじゃないかという言い方もありました。 そういう点を考えてみますと、今日やっぱり安定成長ということが求められて、生活を見直そうという大きな反省期に入っているわけですから、そういう意味で教育現場あるいは教育本来の目的というのは何かということを問い返していく条件もまた一つ出てきたんじゃないかというふうにも思います。 もう一つの問題としては、先ほども指摘がありましたように、児童生徒数が急増していってそのために箱をつくらなきゃならないということに追われていた時代から、少子社会の中で教育の質が問われる時代に入ってきた。この問題もやはり条件の一つだろうと思いますし、さらには諸悪の根源と言われます学歴社会への反省というものもあって、学歴より能力だと。そして今、個性豊かな人間が産業社会の中でも迎えられるような時代が来ているわけですから、そういう点でもより広範な議論ができる条件が整ってきた。そういうさまざまな条件がこの時代に入って新しく生まれてきた。そのことを踏まえてこれからの教育改革を進めていく必要があるだろう。 一九九七年がちょうど五十年ですから、今からスタートをして九七年をめどに、二十一世紀、各自治体でも今、二〇一〇年を目標にしてさまざまなプランが立てられているわけです。そういう方向性の中で、さっきから百年という言葉の単位も言われてきましたけれども、これからの時代社会の進展というのは百年ということではなくて中長期的な物差しの中でどうするかということが求められているというふうに思うんです。そういう、大ぶろしきという意味ではなくて、今そのことをやっていかないと本当に千載に悔いを残すことになるというような時代ではないでしょうか。 クリントン政権が誕生いたしまして、クリントンを支える民主党の進歩的政策研究所、PPIというのがございますが、そこでさまざまな提言が行われております。教育の分野についても、大きな三つの柱立ての中で教育改革を進める。これは社会経済発展計画の中に位置づく教育ということの中で、教育の自己目的も持ちながらそうした改革に今、着手しているわけです。やはり日本でもそういうことについて一刻も早くスタートをさせる時期に来ているというふうに思います。 今まで中教審そして臨教審というものが設置をされてその中で審議がされてまいりましたけれども、冷戦構造という基本的な構造の中で国民的合意形成を困難にしてきた。そのことに対して反省をして、より合意形成が広く得られるような審議機関の設置と、強力な政治力によってそれを実行していくというものを設置していく、そのことが必要じゃないか、私はそのように考えております。 ぜひ広く国民的な合意形成が得られるような審議機関の設置について新文部大臣が閣議の中で声を高めて主張していただきたい、そのことをまずお願いしたいんですが、いかがでしょうか。
○政府委員(吉田茂君) 大臣の答弁の前に事務当局から御答弁申し上げたいと思うんですが、現在、臨時教育審議会の答申、これを基本にいたしまして各種審議会の答申あるいは広く各界の意見を踏まえつつ、特に最近の著しい社会変化、こういったものに対応した教育改革の推進に最大限の努力を払っているところでございます。 御指摘のございましたような臨時教育審議会の答申が基本的な考え方として掲げております個性重視の原則、生涯学習体系への移行、あるいは国際化、情報化などの変化への対応、こういったことは現時点においても極めて重要な課題であるというふうに考えておるわけでございます。 こうした考え方のもとで、現在、着手されて間もないものも含めて改革が広範に展開されておるわけでございまして、御指摘のような今日的な視点あるいは教育本来の基本的なあり方、こういったものも踏まえつつ、成果を見守りながら推進に一層の努力を重ねていくことが現在求められているものではないかというふうに考えておるわけでございます。
○国務大臣(赤松良子君) 先生の歴史的な視野に立った御指摘を大変感銘深く伺わせていただきました。 臨教審の答申というのは、私も今度改めてよく読んだわけでございますが、臨教審が設置された時点でのいろんな批判があったというのは、先ほど先生がおっしゃった、冷戦構造の中でせっかく民主的な教育改革がなされた戦後すぐの時期の精神がゆがめられるんじゃないか、変えてしまわれるんじゃないか、後退するんじゃないか、こういう危惧というか疑惑というかそういう観点に立っての反対だったのではないのかという気が今になっていたします。先ほど先生おっしゃったのもまさにそういうことではなかったのかなと思うわけです。もっと虚心坦懐に臨教審の、膨大なものではございますが、それを先入観なしに冷戦構造というあれを離れて読むと、中身としてはこれは非常に実践していい内容のものなのではないかという気がするわけでございます。 今、審議会の答申を受けていろいろそれを実行に移している段階でございますから、この内容が非常によくない、戦後のせっかくの民主的な教育制度を覆してしまうとかぶち壊してしまうとか、そういうことならばそれはもっと違う方向を打ち出さなければいけないと思いますが、そうではなくて、そういう民主的な教育制度を根幹にしながら新しい時代にふさわしいものをということで個性化とかいろいろ書かれているわけでございまして、これはなかなかかなり先を見通した御答申なのではないかなというのが私の今の実感でございます。したがって、これを実行に移す時期がまだ終わってはいないのではないかというように認識いたしております。
○小林正君 臨教審が設置された経過の中で一番問題点と指摘されたのは、教育現場の代表の位置づけの問題と、それから教育専門家、教育学者、教育法学者等の代表というものの顔が出ていないというようなことがあって、そういう指摘も随分その経過の中では私どもしてきたわけです。そういうことで言いますと、大体、臨時教育審議会、教育が百年の大計であるにもかかわらず臨時というまくら言葉がつくのはどうなのかということまであったわけです。 私は、その構成メンバーの問題や何かを含めまして生まれ出るまでの経過、結論からいいますと、確かに虚心に読めば云々というそのことも端的に否定するつもりはございません。しかし、今申し上げましたような新たな時代社会の情勢の中で、ここで改めて、今、確かに途中経過にあるかもしれませんけれども、私が言ったのは、九七年という一九四七年にスタートした戦後教育の五十年、そのくくりの中で、やはり新たな二十一世紀を展望するそうした審議機関の設置が過去のそれとは異なったものとして位置づけられる必要があるんじゃないかという指摘をさせていただいたということでございます。 時間もありませんが、幾つかお尋ねしたいというふうに思っているんですけれども、今、そうした時代社会の進展の中で一番大事な問題として言われておりますのは、一つは情報教育の問題なんですね。 この問題で教育の国際会議の中でもよく出るのは、先進国の中で、従来のいわゆる読み書きそろばんというようなものの識字率が問題になるということはございますけれども、特にコンピュータリゼーションが進行していく中でコンピューター言語を理解できないというのは、かつて識字率が問題になったと同じ次元の問題を発達段階の子供たちに今もたらしている。こういう指摘がされて、これへの対応を相当取り組む課題として位置づけておられる国もあるわけであります。 日本でもコンピューターの問題というのは、人間的な営みの側面の大変大きい教育の現場の中に持ち込むこと自体に抵抗感がまだないわけではございませんけれども、さっきも出ました子供たちに自立して生きるための知識と技術をどうつけさせるかという学校教育の大変基本的な重大な問題の中で、コンピューター言語あるいはハードやソフトについて理解が深められて社会に出ていくということがこれからはどうしても避けて通れない課題だろうというふうに思っているわけです。 そういう点でかなり文部省でもいろいろ努力をされていることも伺っておりますし、調査結果についても報告がされておりますけれども、まだコンピューターを操作できる教師が全体の三割程度、そしてそれに基づいて指導できるのが一一%というような数字も出ております。 新学習指導要領の中で、平成五年度から技術・家庭という教科の中で情報基盤の授業というものも展開をされ、そのことについて、これを操作できる担当教諭というのが大体八〇%、指導ができる人が七〇%。これも場合によってはコンピューターは購入したけれども操作できないあるいはそれに基づく指導ができない、コンピューターそのものがブラックボックスになっちゃっているような実態もあるというふうにも聞いているわけで。これらの問題について、これから生きていく子供たちを迎える社会がそういう方向で進んでいる中でどこまで子供に指導できるかというテーマは、やはり避けて通れない課題だろうというふうに思います。 そういう意味で、総理の所信表明演説の中でも、良質な社会資本の整備とそして国民生活の向上、新たな需要の創造というような視点に立って、研究開発施設の整備高度化、そして教育機関、行政の情報化の推進というようなことがうたわれているわけであります。そういう点も考えまして、この問題についてやはり積極的な取り組みが今後求められるであろうと思うんですが、いかがでしょうか。
○政府委員(野崎弘君) コンピューター教育につきましては、私どもも社会における情報化の進展という中で学校教育で積極的に取り組んでいかなきゃならないと思っております。御指摘のように、ハードウエア、ソフトウエア、そして実際に指導に当たります教員の力、こういうものが相まって整備されなきゃならない、こう思っております。 ハードウエアにつきましては、小学校では半数を超える、中学校、高等学校ではほぼ一〇〇%に近い設置率ということでございます。そしてソフトウエアにつきましては、種類、本数とも急速に増加しておりますけれども、なお一層の整備充実が求められているということでございます。ハードウェアの関係につきましては国の予算もございますけれども、地方交付税措置等を通じながらさらなる充実を考えていかなきゃいかぬ、こう思っております。 そして教員の研修につきまして、情報処理教育担当教員等の養成講座などを前から実施しております。そういう研修を通じまして先生方の力というものを伸ばしていくことが大事だということで、以上、ハードウエア、ソフトウエア、教員の研修といういずれの施策につきましてもさらなる充実に向けての努力を重ねてまいりたいと思っております。
○小林正君 次に、規制緩和ということがかなり言われてまいりまして、これは今後の時代を開くキーワードのようにもなっているわけですけれども、文部省段階における規制緩和として午前中幾つかお話がございました。私は、そういう一般的な意味での規制緩和という概念でとらえますと、文部省の場合には、やはり行政指導というような面での重圧感というものが学校現場にどうしても色濃く残っている、そのことをまず取り去っていくことが大事じゃないのかなという気がしております。 十月二十日に教科書検定で家永の第三次訴訟についての控訴審判決も出ました。そしてまた、学習指導要領の問題もさまざまな形で論議をされているわけでありますけれども、これに法的拘束性を持たせる形で指導が強化をされていくというような点についてもやはり規制緩和すべきだと。この問題が出てから、新聞の投書欄を見ましてもまさに教育における規制緩和が求められているという指摘がかなり出てきているわけです。 そういう意味で言いますと、文部大臣の本音の部分の月刊誌の文章で、はたから見るよりも中に入ってみるとかなり自由な雰囲気で個性が尊重され云々ということの発進基地になっているという指摘もされているんですけれども、周りから見ると決してそう思っていないというのが実態なんですね。ですからそのギャップをぜひ埋めていただきたいというふうにも思います。 それから最大の規制は何かというと、受験体制そのものじゃないかという気もいたします。そういう意味で、教科書の問題それから学習指導要領の問題、そして受験体制そのものという基本的な規制を取り払うことによって教師や子供や親たちに与えている重圧感を取り除くこと、それがまさに文部行政における規制緩和の最大のテーマじゃないかな、こういうふうにも思いますのでぜひお取り組みをお願いしたい。これは要望だけにしておきます。 もう時間が、ありませんから、最後に私学助成の問題について申し上げたいと思います。 三月時点で自民党政調会長の私学助成の憲法問題を検討するということの発言があって話題を呼んだわけですけれども、憲法八十九条で言っているところの「公の支配」という問題が私学助成で常に問題になってきたという歴史的経緯があります。今日、多くの教育関係者は、私学の存在というのはそういう八十九条云々でとらえるべきテーマではなくて、やはり教育の機会を与えるための憲法二十六条、その根底に立って考えるべきテーマである、こういうふうに述べているわけです。 私も全くその立場に立つものでありまして、法的支配に私学が服していないのかといえば、さっきの学習指導要領も含んで検定を受けた教科書が使用されているわけですから、まさに公の支配の範疇の中で、そして学の独立を目指して頑張っているのが私学ですから、どうも子供の数が多いときは余り議論になりませんけれども、子供の数がだんだん減ってきて私学経営が苦しくなってこれに対する支援措置が求められる段階になると八十九条が顔を出す、こういう関係になっているので、私はやっぱりこれは間違いだと思うんですね。 二十六条に基づいての私学の存在、そしてそれがまさに国民の多様な選択にこたえていく上でも重要なテーマだろうというふうに思いますので、文部省として私学助成をこの間やってきた経緯からして従来とってきた立場に変更はないのかどうか、ぜひその一言だけお答えいただいて、私の質問を終わりたいと思います。
○国務大臣(赤松良子君) 私学助成につきまして従来の立場に変更がないかという御趣旨だと思いますが、学生の数が減ってきたから八十九条を持ち出してこれを規制するなどというような考えは私どもにはございません。 八十九条に関する見解については、従来、法制局長官が明らかにしたところでございまして、この点について何ら変わるところはございませんで、今後とも私学の発展について私どもは一生懸命やっていきたいというふうに思っております。
○小林正君 どうもありがとうございました。終わります。
○橋本敦君 具体的な問題から質問に入りたいと思うんですが、一つは国立大学の授業料の値上げの問題であります。 この問題を質問する背景ということになりますと、私は、今まさに国民の教育を受ける権利、教育の機会均等ということが教育費の大変な増大の中で重大な危機に直面していると言っても過言ではない状況がある、そのことを非常に憂えるわけであります。 言うまでもありませんけれども、憲法二十五条は、すべて国民は健康で文化的な生活をする権利があることを宣言をいたしました。人間らしい文化的な生活となりますと、教育を受ける権利というのはまさにその根幹をなすわけであります。続いて憲法二十六条は、国民はひとしく教育を受ける権利を有するということをこれもまた明確に宣言しているわけです。ですから進学したいという希望と、そしてまたその能力があり人生の未来に対する大きな希望をみずから持っている若い人たちが貧しさのゆえに進学できないというような、そういった事態はたとえ一人であろうとも起こしたくないというのがこういった憲法の理念に込められている思いだと私は思うんです。 そういう意味では、まさにこの憲法理念を実現するということが、今の日本の教育の実情の中でもあらゆる面にわたって繰り返しそこに立ち返って検討していかなきゃならない教育行政の基本的な眼目の重大な柱であると私は思っておりますが、大臣のお考えはいかがでしょうか。
○国務大臣(赤松良子君) 御指摘のとおり、教育を受ける権利というのは国民の基本的な権利でございまして、それを実現するために私どもの仕事は非常に重要だというふうに考えております。
○橋本敦君 そういう観点で見直してほしいのが私が最初に言いました大学の学費問題であります。 私学助成という問題が大きな社会問題になって多年にわたりますけれども、私立大学の初年度納付金はついに百万円を超え、今年度は百十三万六千七百円にもなっているという実情がありますし、国立大学も毎年のように授業料と入学金が値上げされてきました関係で、平成四年度入学者の初年度納付金は六十七万一千六百円になっているという状況であります。 こういう学費の値上げ、高過ぎる教育費ということが父母や学生にどれくらい重くのしかかっているのであろうかということが一つは重大な問題であります。この点で、平成四年度の経済企画庁が出しました国民生活白書をひもといてみますと、教育費の増大、学生生活の問題についてこういう記述があります。 「最も支出額の大きかった私立コースの下宿の場合、大学一年の一年間では初年度納付金等も含めると約二五九万円必要となるが、これは、親の年間実収入七五二万円(平成三年家計調査、全国勤労者世帯の世帯主年齢四五~五四歳の平均年間実収入)の三四・四%にあたり、一人の子供を大学に通わせるだけでもかなりの負担となる」と。もうまさにそのとおりで、だから自分は何とか進学ができたけれども、かわいそうに弟はあきらめざるを得なかったと言っている学生もあるぐらいです。 そしてまた、白書は別のところでこう言っています。「重い教育費負担」というところで、「親の七割前後が自分の子供を大学まで行かせようと考えている一方で」、親の願いはそうですね。「教育費の家計に対する負担は非常に大きなものとなっている。第四章でみたように、私立大学に入学した場合、初年度の納付金は親の平均年収の三四・四%に達しており、複数の子供を大学に行かせた場合の家計への負担は極めて重いものとなっている」、こういうことですが、「教育は人間に対する投資という意味を持ち、それは時代を担う人材の育成に欠かすことのできないものである」、こう言って深刻な状況を白書も指摘しているところですね。 ですからこういう問題を考えますと、まさに今、教育予算をふやして学費、教育費の父母負担を抑えるということにまず全力を挙げるということが、先ほど指摘をして大臣もお認めになった憲法上の教育の理念を実際に生かすという上で非常に大事な緊急の課題になりつつあるということはもうはっきりしていると思うわけです。 この点は、東京の私立大学教職員組合連合が九二年度の私立大学新入生の家計負担調査を行いまして、その実態を文書で報告しておりますけれども、まさに白書と同じような実態を明確に浮き彫りにしておりました。 こういうわけですから、私は国立大学の授業料をさらに一〇%も値上げするという問題が出ているということには強く反対をせざるを得ないのでありますが、それと同時に多年にわたって大蔵省が考えてまいりました一つの問題として、いわゆる全学部一律の授業料をやめて私立大学並みに文科系、理科系、医歯系など学部によって格差をつけることを計画しているということが伝えられているわけであります。 現に九月十八日の東京新聞は、大蔵省の見解として「学部別格差制度を導入する方針を固めた」、こうはっきり報道いたしまして、「一九九五年四月入学者の授業料値上げについて文部省と協議する際に、この方針を説明する」、こう言っているわけです。 もしもこういうことが行われますと一体どういうことになるか。国立大学の授業料を一〇%引き上げた上に、推定としてこういった学部別の授業料体制になると一体どういうことになるか。私どもの試算的見解によりますと、理科系は文科系の一・五倍、約六十二万、医歯系は五・四倍の二百二十二万、こういった状態になりまして大変なことになる。まさに学部の選択は金次第、家計次第、そういったことになってきて、教育の理念、若者たちの希望の選択ということがこういったことでゆがめられてしまうのかということで、もう慨嘆にたえない状況になると思うんです。 この点について文部省はこれまで慎重な態度をとってこられたんですが、現在どういう態度であるのか、そこの点をまず明確に聞かせていただきたいと思います。
○政府委員(遠山敦子君) 国立大学は、学部の種類や教育経費の多少を問わないで同一の授業料を設定することによりまして学生がみずからの能力と適性によって希望する学部に進学するということを可能としてまいりまして、大学教育への機会均等の確保の役割を果たしてまいったところでございます。 学部別授業料という話が出てはおりますけれども、現実にはまだ具体的な動きはございません。進学の機会に経済的要素が加わるということになるわけでございますから、結果的には高額を要する学部への進学を阻害するということになるわけでございます。そのようなことになりますと、現在進行中の若者の理工系離れというふうなものをより決定的なものにするということ等の問題がございます。 文部省としましては、この問題については慎重な検討を要するというふうに考えているところでございます。
○橋本敦君 御趣旨はわかりました。今おっしゃった答弁では、慎重に検討を要する問題だ、つまりにわかに賛同できる問題ではないという立場ですが、この際、大臣自身のお考えも明確にお伺いをさせていただきたいと思います。
○国務大臣(赤松良子君) ただいま政府委員が申し上げたことと私は全く同意見でございます。
○橋本敦君 そういたしますと、大蔵省がまだ具体的に話していないというお話ですから、仮にそういった問題を大蔵省が提起をしてきても文部省としては慎重な立場を貫いて大蔵省のそういう見解には賛同しないということで大臣としては対処していただけると、こう考えてよろしいわけですね。
○国務大臣(赤松良子君) そのように考えていただいて結構でございます。
○橋本敦君 では、この問題についてはそういうことで大臣の御見解に期待をいたしまして、次の問題に移りたいと思います。 次の問題は、十月二十日にございました東京高裁でのいわゆる教科書裁判に関連して質問をさせていただきたいと思うのであります。 この教科書裁判では三点にわたって検定の違法性が指摘をされたわけでありますが、私は判決を読みまして、東京高裁の判断というのはその部分については極めて明確で妥当性があるというように受けとめております。 まず第一の点ですけれども、いわゆる南京虐殺というあの歴史的な事実に関する記述について、文部省の方のこの問題は混乱に巻き込まれて偶然に惹起されたと言わんばかりのそういった書きかえ要求ということがありまして、激昂裏にあのような事態が起こったということに記述としてはなったわけでありますけれども、その問題について判決は明白に、この修正意見は通説、定説とは認められない見解をもって記述することを求め、その結果、検定基準がみずから排除している一面的な見解だけを十分な配慮なく取り上げていたり未確定な時事的事象について断定的に記述してはならぬというその基準をみずから誤ってしまっているということを明確に言っているわけです。 なるほど当時この問題について学界の状況は、虐殺の原因、態様について多様な説がありますけれども、南京大虐殺と呼ばれる虐殺行為のすべてあるいは大部分が激昂裏に偶発的に行われたものだというそういった見解は一つもないわけです。だからこの点は、まさに判決が指摘しているように、定説や通説とは認めがたい一定の見解を押しつけたというそういう違法性があると指摘されたことは、これは私は当然だったというように思います。 それからさらにもう一つの問題は、日本軍の残虐行為として婦人に対する貞操侵害、この記述の問題であります。この問題で修正意見はどういうことを言ったかといいますと、御存じのとおりに、軍隊においては士卒が女性を暴行する現象が生じるのは、いにしえからどの時代のどこの国の軍隊でも共通のことであるから、日本軍についてのみ記述するのは特定の事項を特別に強調し過ぎるというのである、こういう意見を付した。 私は、これは反省も人権感覚も全くないとんでもない意見だ、こう思うんですが、さすがにこの点について判決は厳しく、しかし個人の人格が尊重され女性の貞操侵害が厳しく非難されるとともに、非戦闘員の人権の保護が国際的規範をもって重要視されるようになった近代における戦争と古来からの戦争を同一に考えることに合理性があるとは考えられない、まずこう言っています。そのとおりです。そして、行為の態様、与えた被害の内容等を考慮しないで一律に世界共通の現象だといって論ずることにも合理性があるとは到底考えられない、こう判決は言っております。私もまさにそうだと思います。 学界の状況に基づいて判断すると、南京占領の際の中国人女性に対する貞操侵害行為は、行為の性質上その実数の把握が困難であるものの、特に非難すべきほど多数で残虐な行為であるとして指摘をされ、中国軍民に対する大量虐殺行為とともに南京大虐殺と呼ばれて、南京占領の際に生じた特徴的事象とされているのが支配的見解であると認められる、こう判決は判断をしているわけであります。 こういうわけですから、こうした通説的そしてまた歴史的真実の事象、この問題を、今述べたように、修正意見がまさに学説状況の認識を誤ったかそれとも検定基準の解釈適用を誤ったもので、その判断過程に見逃しがたい誤りがあるというほかはないと、こう判決をしているわけであります。私は、これはこの部分について言うなら全く妥当な判断だと考えておるわけであります。 この判決が出まして、そして文部大臣は談話を出されておったわけでありますけれども、その談話はともかくとして、この厳しい判決の指摘は謙虚に受けとめるべきではないのか。細川首相がその歴史観として過去の戦争を侵略戦争であったということをお述べになっておられるというそういう状況もあるわけでありますが、文部大臣としての私が指摘したこの二点についての見解をまずお尋ねしたいと思います。
○政府委員(野崎弘君) まず南京事件に関する記述について先生お話してございましたけれども、検定意見は、南京占領直後に軍の命令により日本軍が組織的に中国の民間人や軍人を殺害したかのように読み取れるが、南京事件に関する研究状況からしてそのように断定することはできない、こういう修正意見をつけたわけでございます。これにつきましては、虐殺のすべてあるいは大部分が軍の上部機関からの指揮、命令によって行われたと読み取られる危険性が多少でもあるとすればこれを修正するよう求めることには合理的な理由があるというべきであるということで、この修正意見自体はこの高裁判決は認めておるわけでございます。 御指摘の点は、我が方側の修正意見がそういうことを出したときに家永氏側が自主的に修正をしてきた中に「激昂裏に」という言葉が入ったわけでございまして、その「激昂裏に」ということが入ったことをとらえまして判決は、当時の学界の状況は虐殺の原因、態様については多様な説があって、南京大虐殺と呼ばれる虐殺行為のすべてあるいは大部分を「激昂裏に行われた」と説明し得る状況にあったとは到底認められないのである、こういう意見をつけて、こういうことで修正意見は看過しがたい誤りがあるというべきであると。私どもとしては家永氏側が自主的に直してきた「激昂裏に行われた」ということをとらえてこのような判決が出されたというところに奇異な感じを一点持っております。 それからもう一点は、南京事件におきます婦人を辱めという部分についての意見は、このような事実があったことは認められるが、人類の歴史上との時代のどの戦争にも起こったことであり、特に日本軍の場合だけ取り上げるのは選択、扱いの上で問題がある、こういう修正意見を付したものでございまして、その当時の判断に問題があるというふうには考えていないわけでございます。 いずれにしましても、この東京高裁の判決に対しまして十月二十五日に家永氏側が上告をしておりますので、国側といたしましては最高裁において引き続き争っていく、こういうことでございます。
○橋本敦君 正確に私の質問に答えてもらわなくちゃ困りますよ。 私は、日本の軍隊の組織的犯行であったという部分について判決がこう言っているああ言っているということを一つも言っていないでしょう。判決が指摘しているうちの二点について言ったんです。その二点について私の指摘したとおり判決が判示をしているという事実は、これは判決にそう書いてあるんですから何と言ったってそのとおり間違いがないことだと、そのことをまず前提としてはっきりしてもらわないと議論が進まないんです。 間違いないでしょう。私の指摘したことは判決が指摘していることとして間違いないでしょう、二点については。
○政府委員(野崎弘君) 先生、一部の部分を引用されたものですから私から全体的にお話をさせていただいたわけでございますが、いずれにしても、これは上告されているわけでございますので最高裁で争っていくことでございます。
○橋本敦君 私が指摘した判示がある、裁判所の判断が示されている、その事実は間違いないでしょう。率直に聞いているんです。それだけです。それをどう解釈するかは別の問題だよ。
○政府委員(野崎弘君) 先生が言われた言葉を今、逐一追っておりませんけれども、私が今、判決の文を読み上げた意味でございますので、私が読み上げたのと先生が読み上げられたのが同じであればそれは同じであると、このように考えていただいて結構かと思います。
○橋本敦君 失礼なことをあなた言いなさんな。私が読み上げたところは、判決がそう書いてある事実は間違いないかと聞いているんです。あなたが読んだことを私に聞くとは何事ですか。私が読み上げたことは判決の判断から離れて私が勝手に言っていることじゃないだろうということを確認しないと議論にならないから言っているんだよ。
○政府委員(野崎弘君) 先生が判決を読み上げたということで、私は全部言葉を追っておりませんから、判決を読み上げたかどうかという点を私にあれされてもあれですが、まず先生が判決を読み上げたということにつきましては、私もそういう点については同じ意見でございます。
○橋本敦君 それで、さっきあなたがおっしゃった「激昂裏に」というのは、あなたがおっしゃった経過は確かにある。しかし、裁判所はその経過をよく知った上で、修正の方法として、繰りかえし、この南京事件が混乱の中であるいは混乱に巻き込まれてというように書き加えるようにこれを求めてきている。それを受けて家永さんの方が激昂裏にということを、趣旨を酌んでそういう記述をした。だから結局、背景には文部省のそういった修正意見の問題があって、それがまさに判決として批判されたという経過であることを判決から明確に読み取ることができますから、そういう点で指摘をしているわけです。 この問題について私が大臣の所見をお聞きしたいのは、大臣は、十月二十三日付の朝日新聞によりますと、閣議後の記者会見で「あの時代ならそういう検定も無理はなかったと思うが、このごろの教科書はあの程度のことは書いている。学説や社会の評価も変わってきている。(当時の検定には)むしろネガティブな印象をもっている」、こういうように反省的に批判的に述べられたと報道されている。そういう報道もあるんですが、こうした歴史的な事実について、判決が示した文部省の検定について指摘した問題も含めて、大臣としては今どうお考えになっているか所見を聞きたい、こういうことです。
○政府委員(野崎弘君) ちょっと事実関係だけ先に私からお答えさせていただきまして、大臣からは後ほどお答えがあるかと思います。 これは何と申しましょうか、すべてで争われまして、そのうち三点が高裁判決で指摘を受けたわけでございます。これらについていずれも現在の教科書ならば認めているということでお話のあったものと私どもも承知をしていないわけでございまして、ただ昨年の検定におきまして南京占領の際の女性に対する貞操侵害行為に関する記述につきましては許容する扱いとなっている、こういうことは事実でございます。
○国務大臣(赤松良子君) 今、先生がおっしゃいましたその記者会見で私が言った言葉というのは、ちょっと今あるかどうか聞いたんですが、手元にございません。 会見の場合はいろいろなふうに報道されることもございますので、その文言がちょっと手元にないものですから失礼いたしますが、私の気持ちは、例えば今年の六月でございましたかウィーンで世界人権会議というのがございました。これは短期間でございましたが私も出席できたわけで、ずっと長い経過があるわけでございますが、特に近年は女性に対する人権侵害、特に暴力という問題は世界的に大きく取り上げられて、これは簡単に言えばよくない、非常に女性の人権をそういう形で侵しているというような事象について大きな非難の声が上がっているという認識が私はございます。それは十年前の事態とは随分世界的に認識が変わってきているというか改善されてきているというか、進んでいるわけでございます。そういうことを頭に置いて新聞のコメントもしたというような記憶がございます。 先ほども申し上げましたように、具体的な文言についてはちょっと手元にございませんのでコメントを差し控えさせていただきます。
○橋本敦君 文部大臣は、たしか私の記憶では就任後のインタビューでも戦争という問題の総括についてお触れになりまして、今おっしゃった婦人の問題、従軍慰安婦の問題など、臭い物にふたをするというようなこれまでの態度はよくないということも御指摘をされて、悪かったことは悪かったと認めなくちゃいけないんじゃないかという趣旨のお話もなさっていると私は記憶しておるんですね。 私は、まさに我が国の新しい戦後の出発としてその原点は、歴史的な反省から出発をするというのが憲法の原点でもあったし、我々は広島でもう二度と過ちは繰り返しませんと言ってあそこに書いてあるその思いがあるわけでして、教科書検定というものに我々は批判的な意見を持っておりますが、こういう歴史の事実については、これはやっぱり戦後政治の出発点である我々の侵略戦争への反省、そういったことをしっかりと踏まえながら、そして学界の提出した事実を正確に見て、それに反するようなことで一方的に検定によって歴史の真実をゆがめるようなことには絶対なってはならぬという気持ちがあるものですから、この問題を改めて細川新政権になったもとで一体文部省はどうとらえるかということを私はお聞きした。 先ほどのお話で公然と上告審で争うということをおっしゃっておる態度というのは、私が質問をしている気持ちから見ればまことに許しがたい態度だというように言わざるを得ないんですが、教科書検定のあり方と同時に日本の歴史をどう振り返るかという問題も含めて、今後とも大臣としては慎重な御配慮を賜ることを要望して、時間が来ましたから質問を終わります。
○北澤俊美君 障害児教育について、最近の判決に基づいて御見解をお伺いいたしたいと思います。 御案内のように、昨年のたしか三月だと思いますが、神戸地裁で玉置君という学生の筋ジスの病状をもとにした高等学校の不合格に対する不服の訴訟、それからまた本年の十月、つい先ごろでございますけれども、留萌市の山崎さんの特殊学級への大級を拒否するという裁判の判決があったわけでございます。これはわずか半年の間でありますけれども、片方は新聞に「普通学校へ広がる門戸障害者の夢「拒めぬ」」という記事、活字が大きく躍っておるわけであります。今回ものは「決定、校長の権限」、中学生の訴えを退けると。障害を持った子供の親あるいはこれに大きな関心を持つ者、それから障害児全体に与える影響、そういったようなものからすると大変に落差が大きいわけであります。 まず最初に、文部大臣はこれについてどういう御感想をお持ちでありますか、お聞かせをいただきたいと思います。
○政府委員(野崎弘君) 尼崎高校入学拒否に関する神戸地裁判決とそれから旭川地裁の判決、二つのお話ございましたので、私から事実関係についてお話をさせていただきまして、また後ほど大臣の方からお話があるかと思います。 市立尼崎高校入学拒否に係る訴訟と申しますのは、学校長の行った処分が裁量権の範囲内であるのか……
○北澤俊美君 いやいや、それはわかっているからいい。それは説明せぬでもいい。感想をお聞きしたい。そのことは調べてあるから。
○政府委員(野崎弘君) 我どもとしては、両方の争い方が違うというふうに理解しております。
○国務大臣(赤松良子君) 障害の程度あるいは種類に応じて教育を適切にするということが望ましいわけだというふうに思います。 しかし、それを決定するのはそれぞれの教育委員会の責任で行う、その教育委員会は医師や教育職員や児童福祉施設の職員等いろいろ各方面の専門家の御意見を伺う、教育委員会が独断的に判断をするというわけではないという制度になっているわけで、これはその制度が適切に運用されれば心身に障害のある子供たちの教育を受ける権利がそれによって守られるのではなかろうかというふうに思っております。
○北澤俊美君 文部大臣にとんちんかんということを言うと失礼だけれども、私は感性でどういうふうに感じたかということをお聞きをしようと思った。これは文部省の事務方がきちんと私の質問の趣旨を伝えてなかったから仕方がないと思う。大変心根の優しい方のように私はずっと拝見をしておりましたから、かなりきちんとした感想を述べていただくと思う。 私の感想をちなみに申し上げれば、極めて悲しいというふうに思ったんですよ。子供が教育を受けることについては憲法あるいはまた教育基本法できちんと述べられておる。ここはそのとおりなんですね。今日の教育法の多数説でいけば、能力というものについては極めて確定的に述べられておる。御案内のように、ひとしくその能力に応じてという一文でありますけれども、これは能力発達の仕方に応じて、なるべく能力発達ができるような教育が保障されるんだと、こういうふうに言っておるわけですね。一方で能力とはどういうことかというと、固定的ではなくて発展的に把握されなければならぬというわけです。 したがって、障害を持った子供がより自分の能力を開発しようとする努力をして教育を受ける、その形態を選択するのはまさに子供にあるわけです。親にあるわけです。そこのところを否定されたわけですから、これは大変に子供にとっては悲劇的なこと。一方で神戸地裁の判決を受けた子供はそれを保障されたわけです。同じ教育基本法、憲法に保障された問題が、今、局長はそれは中身が違うと言うけれども、その個別の条件を言っておったんでは憲法の精神も教育基本法の精神も生かされないわけですよ。そこのところを私は申し上げようと思っておったわけです。 私は時間が短いものだから、文部大臣の穏やかな答弁は大変ありがたいんだけれども、手短にしながらちょっと論を進めさせてもらいたいと思う。改めて感想を申していただければ。 じゃ、よしましょう。もう局長でいいです。 校長の判断は、これは裁量行為なんですか、規則行為なんですか。
○政府委員(野崎弘君) 先生どちらの御指摘があれですけれども、市立尼崎高校の入学拒否に関する訴訟、これでは校長が入学か不合格かの判定をするということで、この場合には校長が不合格処分をしたわけでございまして、それに対して高校の入学許可処分については校長の裁量権の逸脱または乱用があるとして取り消しを命じたと、こういうことでございます。 片方の旭川地裁につきましては、この争う方が留萌中学校長の行った特殊学級大級措置について本人及び保護者に特殊学級か通常の学級かを選択する権利があるということで争いがあったわけでございまして、それは保護者ではなしに決定権限は校長にある、こういうことで争っているわけでございますから、今、裁量行為がどうかというお話はいずれのお話かはちょっと私もつまびらかではないので、判決ではそういうことを述べているということだけをお答えさせていただきます。
○北澤俊美君 私は図らずも与党だから、準備を怠ったことだけはきちんと申し上げておきますよ、きちんと質問通告をしたにもかかわらず。私は与党である以前に議会人でありますから、よく承知しておいていただきたい。 そこで、神戸地裁の判決の後は、新聞の中で当時の高校課長が「従来から、単に障害があるというだけで門戸を閉ざしたり、不利益な扱いをしないよう指導しており、今後も同様にする」、そしてさらにまだいろんな問題の学校があることを前提にして「こうした学校には、判決は大きな影響を与え、門戸はより広がっていくだろう」、こういうふうに言っているんです。半年後の今度の判決は「特殊学級への入級が子供本人や親の意向に反するとしても、学校教育法に基づく権限によって校長が合理的に判断した結果であれば、違法ではない」と言っている。 私が裁量行為か規則行為かと言ったのは、これは裁量行為なんですよ。裁量を校長に任せた。裁量というのはキャパも広くなったり小さくなったりする。規則行為であれば私たちはその規則に基づいて足らざるところは変えていくことができる。裁量行為というのは校長が判断してやるわけでしょう。そういう中で半年の間にこういう二つの違った判決が出た、こういうわけです。そこのところを私は申し上げたかった。 時間がありませんから前へ進めますけれども、ちょっとこれは文部大臣、聞いていてください。養護学校へは行きたくないという子供のことなんですが、過日新聞で報じられた長野市の竹内哲哉君の来年度就学に関する例であります。 竹内哲哉君の場合は、これは三点歩行の子供ですが、しゃくし定規に処理いたしますと養護学校に入れられなければならないのであります。しかし、父母や哲哉君をよく理解しておる方々は、哲哉君の将来のためにぜひ健常児と一緒に就学をさせたいと強く希望をいたしておるのであります。そして、まず自宅と目と鼻の先にある信大附属小学校に入学を希望いたしました。ところが、学校側から副校長独自の判断で抽せんを拒否され、次に通学区内の小学校に行ったところ、養護学校に行くべきであると言われ、養護学校へ行ったところ、今度はそこの先生はみずからの体験を通して、哲哉君の残された能力をより高く開発させるためには普通小学校へ入れるべきだと助言をされたんですね。 僕はこのときちょっとかかわっていたから、それ以来、大学の附属学校というのは本当に無用の長物だと、害悪をむしろ流しておるというようにその対応を聞きながら思ったのを今思い出しておるんです。 養護学校は本来、肢体不自由児の専門養護学校でありますけれども、今日の実情は、社会的変化もその原因であろうかと思いますが、重複障害者が圧倒的に多くて、肢体不自由児の残された能力に対しより一層の期待をかける者にとってはまことに頼りがいのない現状である、こういうことです。これはそこの先生もそういうふうに指摘をしておるわけであります。 そこで、哲哉君の将来のために哲哉君の就学希望をかなえてやるということは、ひとり哲哉君のみならず、あらゆる障害児とその家庭に希望を与えることになるのであります。一人の障害児を救済することは、制度や行政の仕組みで救済する性質だけのものではなくて、教育的見地から教育愛の発露をもって救済すべき性質のものである。こういうふうに、これは十五年前に私がたまたま県議会に当選したばかりのころに遭遇した問題について県議会で質問したんです。そのときに、今はお亡くなりになったが当時の長野県の教育委員長がこういうふうに答弁をしているんです。 「機能障害を克服するということは教師としての教育的な営為と信じております。早ければ早いだけ、自分の能力なり自分の心身の故障なりの理解を深めまして、その上に立って自分の進路というものは決めていくという、そういう両点があるわけでございます。正常な学級の中に普通児と同様な教育をすることが好ましいのであります」、 こう言って、この哲哉君は結局、目と鼻の先にある付属小学校には拒否されたままでありますけれども、その後また普通小学校も拒否されたけれども、そこは今度は入れてくれたわけです。 そこからスタートしていって、途中で三点歩行から車いすになりましたけれども、長野高校へ進み、そして長野高校を卒業して今は有名私立大学へ車いすで通っている。こういう例がある。これは十五年前、ちょうど養護学校の義務化が行われた年にこの子は入ったわけです。 そこで、こういう現実があって、今の論争を聞いているとこのときとちっとも変わっていないんですよ。それほどある意味では個別の事象というのは、さっき局長も盛んに個別の事象を言おうとしたけれども、複雑なんですよ。複雑なんですけれども、私は文部省の見解が背景にあるからこういうふうになると思うんです。一人の子供が自分の能力を伸ばすために選択しようとしたことが最終的に裁判で争わなきゃならぬという教育の現状は、これはやっぱり悲しむべきことだと、私はそういうふうに思う。 そこで局長、ただいま申し上げたようなところから、文部省としてはその最終判断をどういうふうに各都道府県や市町村の教育委員会の方へ指導をされておりますか。
○政府委員(野崎弘君) 基本の原則は、障害の程度の重い児童生徒は養護学校、障害の程度が軽い児童生徒は小学校、中学校の特殊学級等でそれぞれ適切な教育を行うということが基本でございます。 ただその前提は、校長の話が大分ぱっと出ましたけれども、校長が勝手に決めているわけじゃございませんで、これは先ほど大臣からの御答弁もございましたように、具体的な就学すべき学校の決定というのは、医師、教育職員、児童福祉施設職員等、各方面の専門家から成ります就学指導委員会の検討の結果を受けてやっておるわけでございます。 その制度の運用に当たりましては十分に児童の状態というものを把握する、そして保護者に対して十分な説明を行うなどして保護者の理解を得るよう最善の努力を行ってほしい、こういうことで私ども各都道府県、市町村を指導しておるわけでございまして、先生の御指摘もよく親の理解を得てと、こういう御趣旨のように私ども承りますので、その辺のことにつきましてはこれからも十分気をつけていきたいと思っております。
○北澤俊美君 改めて聞きますが、裁判で決着をつけるということは好ましいことですか。これは文部大臣に。
○国務大臣(赤松良子君) 日本という国の風土は、余り裁判に訴えないと一般的には言えると思うんです。外国もいろいろございますでしょうが、すぐ裁判に持っていく国もございます。どちらがいいか必ずしも一概には言えないと思いますが、なるべく話し合いでやるというのが日本的なやり方なのではないかなというふうに思っております。 しかし一方、裁判を受ける権利というものはもちろん基本的にあるわけでございまして、裁判に出して悪いということはないと思います。
○北澤俊美君 障害児教育は文部省の大きな仕事ですよ。このことについての認識がただいま言われたような認識だったら、これはもう障害児教育に携わる者は夢も希望もないですよ。単純に日本社会の中における裁判制度のことを言っているんじゃなくて、障害児教育の中で、しかも障害を負った子供がわずかの自分に残された能力を生かすために自分の希望を言って、それが入れられないからそこで裁判にまでいくという、そのことについて私は言ったんです。まあいいです。 一貫してこの論議は国会でもされておるんですよ。当時の鈴木総理は、好ましくないと言っているんです、調整したりすることは。また、森文部大臣も調整はいたしませんとはっきり言っているんですよ。ただ、微妙にそのとき必ず局長が言葉を添えて、粘り強い話し合いを継続するように指導していますとか、こういうふうに言っているんです。 結局、就学指導委員会で出た結論に基づいて校長が判断をするわけですよ。私は、裁判にまで行くということは教育の現場としては大変に残念なことだというふうに思うんです。裁判へ行かないために今度は就学時に就学ができないで残るという問題もあって、これは違法かどうかという論議もさんざんされた、国会の中で。どうも調べてみると、それは違法ではないが適当ではないということで終わっておるようで、これは法律的にいうと何だからっともよくわからぬけれども、しかし教育の現場であるから超法律的に、多少期間が過ぎても一生懸命に説得していくと、こういうことだというふうに思うんです。 そこで、ちょっと提案を申し上げますが、私は県会議員からこっちへ来てまだ一年そこそこでありますから国全体のことはよくは承知しておりませんので、よく承知している長野県の例を申し上げると、長野県は学校の中に肢体不自由児の特殊学級を設けてないんですよ。それはどういうことかというと、就学指導委員会で出た結論のうち、ほぼ毎年二〇%近い者がそれに対して不服なんですよ。従わないんです。それに対して校長は強制をしない。強制をしないから本人の希望に沿うわけでありますけれども、こういう方法。それで、その後に本人が体のぐあいが余計悪くなったり、耐えられなくなってみずから自分で違うものをまた改めて選ぶという、そういう道をたどっているわけです。 局長、それをどう思いますか。一つの方法だとは思いませんか。
○政府委員(野崎弘君) 長野県の事例、私もよくは承知していないわけでございますが、やはりその子供に一番適切な教育をしなきゃならないということで今の制度ができているわけです。 この特殊学級というのは、いかにも子供がそこに入れられちゃうというような感じで議論がされますけれども、つまり財政的な措置とかいろいろなことを考えたときに、そういう学級をつくることによって、そういう学級がある場合には定数措置をいたしますとか、財政的な問題も絡むわけでございます。 今、先生のお話のようなことですと、結局その子供は普通の学級に行っているわけでございましょうから、特別の定数措置などは当然今の制度の中でできない。そうすると、やはりその子供に対する教育的な配慮というあたりが果たしてどうなのかなという点は危惧として感ずるわけでございます。
○北澤俊美君 済みません。時間が過ぎたようですが、最後に。 あなたのお話を聞いていると、障害児教育に対する感覚が、教育というのは国が当然の義務として与えるものであるのに何か与えてやっているという、定数の問題が出てきたり、そんなことを私は言っているんじゃないんですよ。本来、人間が教育を受けるということは個人が自由になるということでしょう。いろんな障害を持ったりあるいはいろんな家庭環境を持ったりして生まれてきた。あるいはまたもっと宗教的に言えば生存することそのこと自体が原罪であるというようないろんなものがある。そこから自由になるということが教育を受けるということの行為の一番基本だと、私はそういうふうに思っておる。 そういうことからすれば、一番スタートの義務教育の段階で自分の教育の受けられる形態を本人が選ぶときに、これはもう全くこの教育権というのは本人に属するし、あるいは親に属するというふうに思うんですよ。それを校長の裁量、校長の権限でやるという判決が出たということは、これだけ発展してきている我が国の教育の現場とすれば極めて悲しいことでして、そのことを何とか前向きに、半年前に違う判決が出ているんですから、そういう方向というものを見出すような努力はぜひしていただきたい。 ここに、今お聞きをしたらあなたの前の前だという菱村さんという初等中等局長が平成三年に季刊特殊教育という本に書かれたものがある。ここに誇らしげに、養護学校の義務化によって我が国の義務教育制度が完成された、こう言っている。しかし、その後十年間というのは試行錯誤を繰り返して大変だったというふうには言っています。ただ、この中に文部省の考え方が非常に鮮明に出ている。 障害の程度が重いにもかかわらず通常の学級に就学した障害児の場合、適切な特殊教育を受けた障害児に比べて、成人期においても社会生活の面で困難性を示す傾向が高いという研究報告もなされていることを指摘しておきたい。 こう言うんです。文部省の決めたとおりに行った子供の方が将来幸せですよとここに書いてあるんですよ。これは大間違い。こういう考えを持っているから子供が特殊学級へ入りたくない、普通学級へ入りたいと言っているんですよ。 ここにヨーロッパの統合教育の論理がまた蒸し返されている。日本は日本なりのいいやり方をしてきたし、試行錯誤を繰り返して随分努力をしてきたと。義務制をつくったためにこういう問題がまた起きてきたんですよ。ここでしっかりと解決してもらわなかったら障害児教育また逆戻りする。
○委員長(石井道子君) 北澤委員、時間がオーバーしております。
○北澤俊美君 そういう意味で最後に答弁をいただきたいと思います、解決方法を。
○政府委員(野崎弘君) 障害児について、その能力を最大限に伸ばして可能な限り社会の自立の達成を図るという点では先生と私どもも全く同じでございます。 ただ、やはりそういうことを図る上で、それは財政的な措置の話をしますと先生は、いやそれは付随的な与える教育になると言いますけれども、実際上はそういう先生方のいろいろな教育的配慮のもとでその子供は伸びていくわけでございますから、先生方のいろんな措置をしようということになりますと、やはり制度としてつくっていきませんとなかなかそういう面ができない。そういう中で現在の学校制度というものができていると思います。 ただ、先生御指摘の親の理解をよく得るようにするということは、私どももこれは大事なことだということでかねてから指導しておるわけでございますので、そういう点の努力をさらに重ねていきたいと思っております。
○北澤俊美君 どうも大変失礼しました。
○江本孟紀君 最後はおなじみのスポーツでございます。 スポーツの問題でことし三月、予算委員会や文教委員会でプロ・アマ交流の促進を求めてまいりましたけれども、平成六年度の予算の概算要求において六百万円のプロ・アマ交流予算が示されたということで、我が国のスポーツ振興に新たな視点を築くことでありますので、予算額の大小にかかわらずスポーツ界挙げて高く評価すべきことだと考えております。ぜひ今後の予算編成の中で政府案として実現されるよう期待しております。 そこで、今後プロ・アマの連携を促進していく上でも国民のプロスポーツに対する関心度を把握しておかなければいけないと思いますが、最近顕著な例として、先日カタールで行われましたワールドカップ予選の最終戦の視聴率、これは大体どのくらいか御存じでしょうか。大臣にお願いします。
○国務大臣(赤松良子君) 資料によりますと、最高視聴率五八・四%、平均視聴率は四八・一%というふうに承知いたしております。
○江本孟紀君 十月二十八日のテレビ東京は平均で四八・一%、瞬間で五八・四%ということですけれども、一%は大体百万人です。そうすると五八%ということは、すぐ計算できないんですが、約五千八百万人、正確な数じゃありませんけれども、平均それぐらいの人が瞬間的には見ておったということですから大変な関心度だと思います。余談ですけれども、また誘うようですが、もしプロサッカーを一度ごらんになりたければ御紹介しますので、ぜひ一度見ていただければ幸いだと思います。 そういうことで、この前のサッカーのように、プロスポーツが国民に感動と活気を与えているということはわかると思いますけれども、同時にプロスポーツの高度な技術が青少年を初めとするスポーツ愛好者の技術の向上に貢献し、そして国全体のスポーツ水準の向上に大きく貢献しているということも御理解いただけると思います。 こうしたプロスポーツの社会的役割を踏まえながらプロ・アマ交流の最近の傾向を見ますと、バルセロナ・オリンピックのバスケットボールだとか、このときにアメリカのドリームチームが大活躍して世界じゅうが大興奮したんですけれども、それからテニスなどでもプロ選手が参加を認められるなどプロ・アマの関係は世界的に大きく変化をしております。 しかし我が国は、野球界の例を見てもわかるように、優秀なプロスポーツの技術をアマチュアの世界に還元することはさほど進んでおりません。アマチュア野球の選手がプロに入るんですけれども、プロからアマチュアには入れないというようなことで、競技の活性化、プロ選手の社会的活用には今までのことで言えば本当につながっていないんじゃないか。ぜひその辺を考えていただきたいと思います。 さらにスポーツ振興のための基本法でありますスポーツ振興法からもそういうことで言いますとプロスポーツという言葉が除外をされております。非常に現状に合わないということがあると思うんです。 プロスポーツの果たす社会的役割を考えたとき、国としても、我が国全体の競技スポーツ、生涯スポーツの両面にわたる水準向上のためこれまで以上にプロ・アマ交流の促進に力を注ぐべきだと考えますけれども、文部省の考え方をお伺いいたします。
○政府委員(奥田與志清君) 先生お話しのように、今日のスポーツ界の大きな流れ、特に御案内のように、オリンピックにおきましても種目によりましてはプロの参加が認められるというふうな傾向にございます。そういうことにつきましては、国内における各協議団体におきましてもそういう趨勢を十分踏まえてこれから対処していくことになるのではないかというふうに思いますし、また期待もいたしているところでございます。 今、先生御指摘のように、文部省におきましても、御紹介くださいましたように来年度の概算要求で、アマ・プロの交流会議などを促進いたしましてプロが持っております。そういうすばらしいノウハウをアマの競技力向上のためにぜひ活用させていただきたいというふうなことで予算要求もいたしているところでございます。 一方、御指摘がありましたスポーツ選手の社会的地位の向上、わけてもプロの選手の点につきましては、お話しございましたように、見るスポーツということで最近国民の関心が非常に強まってきております。平成元年におきます保健体育審議会の答申におきましてもこの重要性が述べられております。 文部省といたしましても、この答申を踏まえまして、一つにはプロスポーツ全体の健全な発展に資するために、平成二年の十二月でございますけれども、プロスポーツの統括団体であります財団法人日本プロスポーツ協会の設立を許可しておりますし、また二つ目には従来アマスポーツを対象にしてきておりましたスポーツ功労者顕彰制度を平成二年度からプロの選手にも拡大をする。さらにまた三つ目には、平成三年度からでございますけれども、例えばプロゴルフのトーナメント等に対しまして後援をしあるいは文部大臣杯を授与するといったようなこと等を講じてきておりまして、可能な限りプロスポーツをサポートするというふうなことをし、同時にアマとの交流につきましても関係者の理解、協力を得ながら努力をしてまいりたいと考えております。
○江本孟紀君 大変力強い姿勢に期待をしてまいりたいと思います。 お聞きしましても非常に一つ残念なのは、野球界においては事実上交流がなされておりません。前にもどこかでいろいろ話したことがあるんですけれども、その中で特に退団者が高校野球の指導者になるためには十年間教員をしなければなれないというようなこと、これは職業安定法だとかというようなことからも職業選択の公平性というのが損なわれているんじゃないかと思います。別の角度から見ますと、今後、十八歳人口の減少に伴って指導者も質の向上が求められるといった時代の要請もあると考えられます。 島根県出雲市に出雲ドームというのがございますけれども、実はきのうそこでプロ野球の出身者、OB選手ら四十名ぐらいが参加しましてプロ野球OB野球というのを野球の啓蒙のためにやったんです。今後、参加選手はもちろんのこと、球団、それから年齢、実績にかかわらず広く呼びかけましてプロ野球OBの社会的団体を結成して、そして今までの経験や技術を生かして地域の活性化や社会貢献を目指しながらこうした問題にも取り組んでいこうということに皆さんの御理解をいただきました。出雲の市長さんは岩國さんという結構有名な方ですけれども、きのうは来られて昔のスターやそういった人を見て大変感激され、そして地域の活性化に協力をしていただいて大変感謝しますというようなことで、きのうはそういう活動をしてまいりました。 ぜひそういったことも踏まえて、文部省としましても、所管される野球機構や団体とか、きのう発足しましたOB団体とかとの円滑な話し合いによって、日本のプロ・アマを超えた野球の発展、そしてプロ野球経験者のスポーツによる社会的貢献の道を開くため関係団体に対して適切なる助言をしていただきたいと思いますが、文部省の御見解をいただきたいと思います。
○政府委員(奥田與志清君) 先生のお話、大変失礼ですが、今初めて承りました。これからいろいろ具体的なお話を承りまして、私どもがお手伝いできることがありましたらさせていただきたいと思います。
○江本孟紀君 そういうことで、ひとつよろしくお願いします。 野球ばかりではなくて、他のスポーツについても安全で楽しくまた正しく指導してくれる指導者が存在することが身近で至便性に富んだ施設の整備と同時に重要でありますけれども、現状は施設があっても指導者がいなくて十分活用されていないとか、それから指導者自身も熱心な人がボランティアで細々とやっておるということで限界があるという話をよく聞きます。このような現状では地域に根差したスポーツの盛り上がりも難しい、そして結局国民全体のスポーツの水準の向上も進展がないと思います。 スポーツ振興法では指導者の充実について、「指導者の養成及びその資質の向上のため、講習会、研究集会等の開催その他の必要な措置を講ずるよう努めなければならない。」と規定するだけで、もっと体系的な指導者の整備をすべきだと考えます。つまり身近なところで質の高い専門の指導者による指導を受けられる体制を築くことがより重要だと考えます。こうした指導者の確保についての文部省の見解を伺いたいと思います。 なお、その際、高い水準を備えたプロスポーツの経験者を活用するということもあわせて考えるべきだと思いますが、いかがでしょうか。
○政府委員(奥田與志清君) 先生御指摘のように、スポーツを振興する上で大事な要素が幾つかあるかと思いますけれども、特に指導者の養成ということは非常に大事なことの一つだと思っております。 特に、先生御存じかと思いますけれども、御指摘のようなことを踏まえまして昭和六十二年に、スポーツ団体が行う指導者の養成事業につきまして奨励すべきものを文部大臣が認定するという制度を新たにつくりました。これによりまして質の高い指導者を養成するということで関係団体いろいろ御努力をいただいておりまして、現在のところ認定種日数で六十五種目に至っております。既に資格を取得された方が五万人余になっておりまして、こういう方々の御活躍によりましてさらにスポーツが振興されることを期待したいと考えております。
○江本孟紀君 プロ、アマを問わず、スポーツ選手が果たしている役割にふさわしい社会的評価を受けていないように思われます。スポーツというのは非常に定義は難しいんですけれども、その中でトップレベルのスポーツはオリンピックやJリーグの例を見るまでもなく多くの国民に深い感動を与えており、スポーツは芸術と並ぶ国民の文化として位置づけるべきで、知識偏重教育の是正の方針からもその実質を伴わせるべきと考えます。 スポーツ選手の地位向上を促進することについての文部省の決意を伺いたいと思います。
○政府委員(奥田與志清君) お話しのスポーツ選手の社会的地位を向上させるということにつきまして、これは文部省あるいは都道府県、市町村あるいは関係団体、いろいろなところでそういう方々のすばらしい功績というものを評価していただくということが大事だと思っております。 特に私ども文部省におきましては、先ほどもちょっと触れさせていただきましたけれども、プロ、アマを問わずすばらしい成績を上げられた方、例えばオリンピックのメダリストであるとかあるいはその指導者であるとかいうふうな方に対しましてはスポーツ功労者として顕彰をさせていただくということをいたしておりまして、こういうことをさらにきめ細かく拡充してまいりたいというふうに考えております。
○江本孟紀君 このたび超党派の議員で構成されますスポーツ議員連盟でプロジェクトチームを設け、そしてスポーツ振興方策全般にわたって検討することになりましたけれども、文部省としてはこれをどのように受けとめているのか、大臣の所見を賜りたいと思います。
○国務大臣(赤松良子君) スポーツ議員連盟がプロスポーツを含めたスポーツ振興方策全般について御検討を始められたということにつきましては、私どもとしては関心を持ってというか好意的に見守ってまいりたい、かように考えます。
○江本孟紀君 ぜひお願いしたいと思います。 私の質問はこれで終わります。ありがとうございました。
○委員長(石井道子君) 本日の調査はこの程度といたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後五時三分散会 ――――◇―――――