国会等の移転に関する特別委員会 第2号
- 発言数
- 43 件
- 登壇者
- 14 名
- 会派数
- 7
- 開催日
- 1993/11/30
会議録
○保岡委員長 これより会議を開きます。 国会等の移転に関する件について調査を進めます。 この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。 本件調査のため、本日、参考人としてキヤノン株式会社代表取締役会長賀来龍三郎君の出席を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○保岡委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。 —————————————
○保岡委員長 この際、賀来参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ御出席をいただき、まことにありがとうございます。何とぞ忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。 なお、議事の順序でございますが、最初に三十分程度御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。 それでは、賀来参考人、お願いいたします。
○賀来参考人 賀来でございます。おはようございます。 本日は、参考人としまして私の意見の聴取にあずかりましたことは、非常に光栄だと思っておりますし、非常に喜ばしく思っております。 まず、私は国会移転についての参考人でございますので、遷都という考え方を述べたいと思っておりますが、この遷都というのは世の中にいろいろな角度の問題がございます。例えば分都するとか、または一省一局のいわゆる移転をするとか、または六十キロ圏以内に都を持っていこうというようないろいろな議論がなされておりますが、実は、私が言っております遷都というのは、かなり皆さんとは異質の問題を従来から主張していたわけでございます。 そのために、今から約三十分ぐらいお時間をいただいて、その前提になります考え方そのものをお話し申し上げたいと思います。 まず第一に、現在日本の状態がどうなっておるかという認識から述べたいと思います。 第一に、日本の国が従来、追いつけ追い越せ型で明治以来または終戦後、大いにその目標に向かってやってきましたのは、一九七〇年ぐらいに一応その目標は達成したんではなかろうか、こういう考えを持っております。その理由としましては、一九六八年に、自由世界におけるGNPが第二位になったということが第一でございます。第二には、経常収支が従来ずっと日本の国は赤字で苦しんでいたわけですが、これがようやく黒字に変わった。この二つの事実をもって、一応の追いつけ追い越せは終わったんではなかろうかという時代認識を持ったわけでございます。こういうふうに、日本が明治以来やってきました追いつけ追い越せ型のいわゆる国家の理念というものが一応完了した、こういう認識をまず第一に持っております。 第二番目としましては、冷戦構造の終結でございます。四年前にソビエト・ロシアがあのような状況になりまして、そして冷戦構造が終わった。したがって、国内においても五五年体制というものが終了した。こういう認識を第二番目に持っております。 第三番目としましては、世界全体の問題でございますが、世界には五十三億人の人口が現在住んでおりますが、間もなくこれが百億人にも達するという人口過剰の問題、それと、ニューフロンティアという問題がもう既になくなってから久しゅうございます。そして、この地球上に起こっている問題はいろいろございますけれども、一番大きな公害問題という問題一つとっても、我々人類が解決できるすべは現在のところ持っておりません。このような世界的な変革期が来ているという認識が第三番目でございます。 こういう認識のもとに、現在の日本は大転換期に差しかかっているということでございます。 二番目には、歴史的考察をいたしますと、この転換期という問題は、日本の歴史をそう古くさかのぼる必要はないと思いますが、徳川時代と明治維新と現代、この三つを対比して歴史的にとらえてみる必要があると考えております。 それでは、徳川時代はどういうような内容のことをやってきたかと申しますと、これはもう綿々と説明する必要はございませんが、徳川一族が永遠に日本の支配階層にとどまろう、これが基本的な理念ではなかったかと推測するわけでございます。このことは、その後徳川幕府がやりました諸政策に具体的にあらわれております。 その一、二の例をあらわしますと、参勤交代制というものは、あのころは中央集権的分権制の体制をとっておりましたので、各大名が参勤交代をすることによって、そして正妻を人質として東京の江戸城の中に閉じ込めることによって、我々徳川家が永遠に日本の支配階層にとどまろうという意思がありありと見えるわけでございます。そのほか御三家の制度とかいろいろな制度、それに合ったような制度をしいたわけでございます。したがって、江戸時代二百五十年が無事に過ぎましたのは、そのような構造を整えたということが非常に重要な意味を持ってくるわけでございます。 しかし、二百五十年もたちますと、やはり世の中は大分矛盾が出てまいりました。一つは、国内的に見た場合に、士農工商という階級制度が、ちょうどそれを逆転するような経済的な力になって、商売人が物すごく金を持つ、武士は貧乏になる、こういうような内部的な矛盾が起こってまいりました。それと同時に、やはり現在のような外 圧というもの、当時ロシアから日本の開港を迫ってくる、後ほどにはアメリカから日本の開港を迫ってくる、こういうような外圧という問題。この二つによって、日本の変革をしないといけないという時期になりました。幕末には諸説を持った人たちが出て、あのような状況で終結したわけでございます。 それで、明治というのは一体何だったんだろうかということを我々は考えてみますと、これはもう疑問の余地がないくらいはっきりしておりますが、今度は日本という国を世界の中で豊かな強い国にしよう、つまり、発展途上国になっておりました日本の産業を先進国並みに早く持っていくことによって、国家国民を幸福にしようという意図のもとにやられたわけでございます。これを標語的に言いますと、殖産興業・富国強兵という八文字で代表的にあらわすことができます。そのような国家理念ができた後、それに合うようなシステムを構築したのが明治の時代だったと私は認識しております。 では、どういうようなことをやりましたかというと、これもいろいろございますが、第一に、約三百藩近くあった殿様の国を、全部江戸に集結しまして、そして華族制というものをつくって殿様を全部東京に呼んだ。その後七十二県の都道府県に分けまして、それを官選の知事が支配するというふうに、約三百から七十二までやりました。その七十二県というものが、歴史とともに現在の四十七都道府県に変わった。いわゆる支配体制、政治、行政の体制をつくったわけでございます。 それから、政治の方につきましても、日本の政治というものも憲法というものがやはり必要であろうということで、伊藤博文以下、憲法を調査して、そして憲法をつくり、そして明治二十二年には国会開催という運びになったわけでございます。 一方、今度は産業政策について見れば、やはり富国強兵・殖産興業の意図のもとに、官営八幡製鉄所あたりのものを民営化していくという過程において、日本の重化学工業化を図ったわけでございます。造船会社もしかりでございますし、紡績会社もそのような状況でございました。 また産業政策以外にも、例えば教育政策についても、明治五年には教育改革というものができまして、おいおい時間を追って義務教育制の完成をするというような体制もとってきたわけでございます。 この辺を便々とお話しするわけにもいきませんのでこれぐらいにしまして、日本というものが先進国に追いつくような姿で全力を挙げてやってきたということが申し上げられると思います。 ただ、富国強兵という、強兵というものに明治時代には特に関心を持ちまして、日清、日露、第一次欧州大戦等だんだんとやってくるうちに、非常に強兵に力を入れ過ぎた感がございまして、それで、先回の太平洋戦争が来て日本が没落するという手順を踏んだわけでございます。 そして終戦後、マッカーサー司令部がいわゆる日本の占領政策を画したわけでございます。そのときの政策というのは、つまり日本を近隣の農業国に比べてもよくならないような国にしようというのが連合国のコンセンサスであったわけですが、幸いなことに、冷戦勃発とともに朝鮮動乱その他が起こりまして、日本という国はもう一度工業をやることを許されたわけでございます。そこで、明治以来の日本の国是であった、日本を豊かにしよう、強くしようということが、もう一度そこから再出発をいたしまして、傾斜生産とかそういうようないろいろな知恵を出しながら、現在のような日本になったということが明治時代以来の日本の歩みだったわけでございます。 そこにもってきて、現在が第三番目の転機であるという認識を先ほど申し上げましたが、それでは日本という国を今後どういうふうに持っていけばいいかという基本問題に逢着するわけでございます。そのときに、これは単に歴史的考察をするだけでもわかりますように、昔は、江戸時代は家族が繁栄をするということが、徳川家が繁栄をするということが最大の目標であった。明治時代は日本の国というものが繁栄することが最大の目標であった。そのまま今後これを踏襲することができるだろうかという問題に逢着するわけです。 したがって、日本の国を最も幸せに、幸福にするためにも、ここで考え方を転換しなければ我々はやっていけないという時代に逢着したわけです。それはなぜかといいますと、家族、国家を除きますと、もう世界しかないわけでございます。したがって私は、世界との、世界人類との共生という国家理念にもってきて、そして体制をそれに合うようにつくりかえることが今一番重要なことだと考えております。 そういたしますと、こういうふうな問題から日本の今後の方向という問題の話をしますが、理念的には、今申し上げましたような方法で世界人類との共生、これはわかるようなわからないような言葉でございますが、こういうことをもし日本の国が掲げましたならば、それに合う理念というものだけがあってもどうにも国は動きません。したがって、次のステップとしましては、それに合うようなシステム構築を全力を挙げてすることが必要になってまいります。従来は一国繁栄主義で来たわけですから、そのシステムというのは非常にすぐれたシステムであったと私は思います。ところが、今度は世界人類との共生という理念を国家理念にした場合には、そのような構造を全部それに向かって変革する必要が生じてまいります。 それはどういうことかと申しますと、まず四つほど挙げてみますと、日本の構造、枠組みを変更することが非常に重要になってまいります。 この場合、第一に挙げたいのは、従来の日本のやり方を見ておりますと、官主導で民従というやり方を明治以来とってきたわけでございます。しかし、先ほどの理念に合うような国につくりかえるということでは、もう官主導でやってきたのではいけないということでございます。むしろ極端に言うならば民主導の国家をつくる必要があるということが第一点でございます。 それから、追いつけ追い越せということでやってきたわけでございますから、そのために最も効果のあったやり方は生産第一主義というやり方であったわけですが、もうそれが完了した現在、生産第一主義ではなくて生活者重視の政策に変える必要があるというのが第二点でございます。 第三点は、これも追いつけ追い越せということでやっていくために最も効率のよかった中央集権的体制、これを、追いついた後は今度は地方分権体制に変えていく必要があるということでございます。 四番目は、教育問題に触れますけれども、従来は追いつけ追い越せ型でやってきた教育でございましたから、とにかく知識偏重型教育になったわけです。現在もそれは、幼稚園のころから塾に通わせたり、小学校、中学校に進むに従ってもうほとんど遊ぶ時間もないほど詰め込み教育をやって、それでいい大学に入った後というような教育経過をたどっているわけですが、これでできる人間というものは、中間階層の標準品ばかりができるわけでございます。従来はそれが非常に役立ちました。企業に百人なり二百人採用した者は、もう翌日から戦力になり得るというほどの知識とそういう資格を持っておりましたが、これからはそのような中間層の育成ではなくて、もっと独創力、発想力を発揮するような教育制度に変えて、そういう人材を養成していかなければいけないということでございます。 同時に、終戦と同時に日本は道徳、倫理教育というものが全くなくなってしまいましたが、やはり人間として一番重要なことは道徳、倫理教育でございます。これを、自信を持ってそういう教育をやっていくということに変更する必要があると思います。 今四つの例を挙げましたけれども、いずれにしてもその方向へ日本の国を構造改革をする必要性が非常に出てきているというのが現状の姿でございます。 ただ、枠組みだけを変えても、実際にそれでは 日本という国がやれるのかどうかという問題がもう一つございます。確かに、今のような枠組みを変えてそれで世界に向かっていくときにも、枠組みだけの変更で日本という国が今後十分であろうかといいますと、必ずしもそうではございません。 その例としましては、実は私はこの四月の末に華南の方、広東省の方を五十人ほどの欧米の人を連れて見学に行ったわけですが、そのときに非常に驚いたわけです。二けた以上の成長力をこの十年間続けているということもさることながら、現在では相当の高度の工場を持っております。半導体工場も見学しましたが、もう五年もすれば日本でやっているような半導体も全部できるというような印象を持ったわけでございます。そうしますと、供給基地として考えたときに、もう日本というものはそんな供給基地にはなり得ないんではなかろうか。これからは東アジア経済、または華南経済を中心に世界は展開するであろうということでございます。 一方、そういうふうな華南経済とは別に、もう一つの問題としましては、アメリカからの対日圧力でございます。日本はアメリカの競争力を凌駕して、物すごい勢いの貿易収支を現在も続けております。したがって、経常収支の黒字という問題が当今大きな問題になっておりますが、そのために、クリントン政権はアメリカを強くするためには日本もたたくということをはっきり宣言しております。現状ではそれがどんどんと進行中でございます。包括協議の個別協議にしましても、その一端のあらわれでございます。 それともう一つ非常に大きな問題は、経常収支の黒字をあれだけ抱えて、それを減らすような方策もないような国の政策でございますので、自然に為替レートというものが円高に向かってまいります。ことしに入って二月から円が一五%ないし二〇%も切り上がってきております。 こういう状態を考えますと、去年の終わりごろにアメリカの製造業は日本を凌駕したという認識を私たちは持っております。なぜそれを持っているかといいますと、キヤノンにおきましては、ヒューレット・パッカードとかアップルとかIBMとかコダックとか、そういう企業と非常に協力しながら仕事をやっておりますが、例えばヒューレット・パッカードに我々のつくっているレーザープリンターを輸出しておりまして、これをつくるのはもうアメリカの方が安いというのが去年の終わりごろの段階でございました。ことしになって二割の円高が来ると、もう絶対に日本でつくったんじゃ勝ち目がない。アメリカでつくるか、または華南経済を活用しながらやっていくか以外には、我々は競争力を持たないという状況になっております。 こういう認識のもとに、それでは日本は、先ほど申し上げましたような枠組み、構造を変えても果たして今後世界に君臨できるのかどうか。君臨なんて言うと非常におこがましい発言でございますが、世界の中で生きていくことができるのかどうかという問題を考えますと、私は非常に絶望的な感じを持っております。 このためにも、今後の日本において、やることはもう一つございます。それは何かと申しますと、科学技術の振興。従来も技術立国ということを日本の国是にしておりましたけれども、この技術立国ということは、貿易立国とか、貿易立国は今はもう余りはやりませんけれども、あくまでもそのような問題との並列の形のものにおける技術立国であった。十も我々の目標があるうちのそのワン・オブであったというような状況でございましたが、これからの日本における技術立国というものは、もうそういう並列的な問題ではなくて、国家の最高の理念にしなければ、これからは日本はやっていけないという感じを持っております。 それについて若干付言しますと、例えばGNPの約三%の研究開発費を現在日本国はやっております。アメリカもそうでございます。ただ、非常に違う点は、民間は二・五%ぐらいの研究開発投資をやっておりますが、国家は〇・五ないし〇・六%しかお金を使っておりません。ところが、アメリカは一・一%、西ドイツも一%、大体一%水準の研究開発投資をしております。日本の国は〇・五ないし〇・六、約半分でございます。 したがって、科学技術会議においても最近は倍増しようじゃないかという方針が出ております。これは非常に結構なことでございますが、明確なる目標も余りそれ以上示されておりません。日本は軍備は一%ぐらいでやっております国ですから、軍備をふやす必要は私はないと思いますが、アメリカあたりは軍備拡張に六%、七%の金を使っている。旧ソビエト連邦は一五、六%も軍備に使っていた。それは今後だんだんと縮小していくと思いますが、日本はわずか一%しか防衛費には使っていない。だから、科学技術の方に三%ないし五%の金を使って当然しかるべきだと思います。 そのこととあわせて考えますと、早く倍増計画をして、GNPの一%ぐらいの研究開発投資をしないといけない。しかし、それでとどまっているわけにはいきません。額においてはアメリカのGNPの方が日本よりも多うございますから、研究開発投資もアメリカと金額において匹敵するぐらい早くやらないと、なかなか追いつきません。それが追いついた後でも、日本は先ほど言いましたように三%、五%と、いわゆる科学技術に対するお金を使っていくということが今一番重要な問題かと思います。なぜかと申しますと、アメリカはもう数十年も蓄積のある国でございますが、日本はフローで追いついても、その技術開発のストックで追いつくためにはまだまだ時間が要ります。 そういうような状況から、いわゆる改革の方向としましては、第一に日本の枠組みを早く変えないといかぬ。第二には、研究開発投資を思い切ってやる国にしなければ、今後世界において、現在は生活大国と我々は言っておりますが、十年、二十年たちましたときには本当の生活小国、つまり経済小国になっているであろうと思います。 ここでもう一つだけ申しますが、実は華南経済を見てきて私は愕然としたのは、彼たちは十年前に立てた計画は十年後には全部実施しておりました。そして、飛行機で日本に帰って成田に着きました。成田空港は二十年ぐらい前から計画を持っていながら、最近では運輸大臣が白紙にしましょうというようなことになっている状況で、三十年たっても国際空港一つできない国になってしまった。こんな国になっておったら、ウサギとカメの競争じゃございませんが、もう華南経済が世界の経済の中心になって、日本はアジアの片田舎の国になるというような状況が目に見えております。飛行場一本できない国に何で世界から航空機が飛んでくるか。恐らく、華南の方、または朝鮮のソウルでも立派な空港を持っておりますが、そちらの方にどんどん飛んでいきまして、そして日本にはそれから分かれた地方のいわゆるローカルな飛行機しか飛んでこないという状況になることは、間もなくそうなるであろうということは、はっきり断言することができると思います。 そういうようなことで、改革の方向は、まず国の枠組みを変えること、第二に技術政策を国の本当の政策にすること、この二つがその方向性でございます。 そういう問題できょうお呼ばれしまして、もう時間も大分たちましたが、遷都という問題についていよいよ本論を述べるわけですが、実は、そういうような新しい国をつくろうということを我々が決意したときに何をやるかというと、これは歴史的に見ましても、時代が変わるときには必ず遷都をやっております。私の提唱する遷都はそういう遷都でございます。日本が新しい時代を迎えるに当たって、もう考える余地はございません、まず遷都をすること。それが私の申し上げる遷都論でございます。 その遷都の内容につきましては、後刻、質疑がございましたときにお答えしたいと思います。 ちょうど三十分たちましたので、これでやめ たいと思います。どうもありがとうございました。
○保岡委員長 ありがとうございました。 以上で参考人からの意見の開陳は終わりました。 —————————————
○保岡委員長 これより質疑を行います。 この際、委員各位に一言申し上げます。 質疑につきましては、理事会の協議によりまして、一回の発言時間は三分程度となっておりますので、委員各位の御協力をお願いいたします。 なお、御発言は、委員長の許可を得てお願いいたします。 それでは、質疑を始めたいと思います。どうぞ挙手をしてください。自席からそのままで結構でございます。
○塚田委員 賀来参考人から非常に格調高いお話を聞かしていただきまして、ありがとうございました。 特に遷都の必要性について、日本国自体が生き延びていくためにも、新たな発展をするためにもどうしても必要である、このような意義づけをされたと思います。 そこで、賀来参考人にお伺いいたします。 あなたのお考えになっておられる遷都というのは、いわゆる国会の移転はもちろんでございますけれども、行政官庁その他、行政官庁が出れば当然のような形で経済界すなわち大手企業の本社とかマスコミとか、かなりの部分が新首都に遷都する、このようなことを想定しているのでしょうか、それとも国会だけ移転すればあなたの考えておられる目的が達成されるとお考えでしょうか、お伺いします。
○賀来参考人 お答えします。 私が考えております遷都は、国会が移転するということはもちろん中心議題でございます。 それから、遷都といいますと、皇室はどうするかという問題がよく出てまいりますが、この件に関しては、皇室も必要があれば新しい都に行くことには一向に差し支えないというふうに考えております。 それから、官庁、行政が行くかどうかですが、私は行くべきだと思っております。国会と行政とはつながって行く。ただ、この場合、先ほどの私の主張のとおり、官主導の国から民主導の国にしないといけないということですが、実を言いますと、官というものは非常にすぐれた人を持っておりますし、やはり今後の日本というものは、官主導という面を全く無視してはいけないと私は考えております。ただ、現在、官というものは何をやっているかといいますと、例えば最も重要な外交の問題とか国防の問題とか、そのほかいろいろな問題をやっておりますけれども、現在規制緩和で問題になっておりますような、もう細かいことまですべて、国全体を見ているというようなやり方でやっております。これをやはり先ほどの改革のときに、いわゆる本当の官というものを考えないといけない。 それはどういうことかといいますと、やはり重要な仕事は官がやるべきである。例えば、外交、防衛、そのほか為替の問題にしても、今のような技術政策の問題にしても、これは官主導で引っ張っていかないといけない。ただ、現在やられておりますような、縦割り行政と言われておりますが、運輸とか農林とかそういうような問題の規制は、これはもう全部地方に移していった方がいいという建前でございます。 それでは、地方分権というものについてどういうような考え方を持っているかといいますと、日本の国を十ぐらいに分けまして、いわゆる地方分権をすることが一番いいと私は思います。そうすると、アメリカの連邦制ということがすぐ頭に浮かびますけれども、私は日本独特の地方分権をやるべきであるという考えを持っております。例えば、今日本は一億二千万の人口を抱えておりますので、十で平準化しますと、千二百万の一つの地方になるわけです。ヨーロッパで見ますと、千万ぐらいの単位のものは、国というものが続々あるわけでございますが、日本も、例えば九州地方、道州制で九州地方というものを考えたときに、そこには一千万の単位の人間が住んでおります。その国をつくることが、つまり日本を十の国に分けてその中に国的なものをつくることが一番いいような地方分権だと考えております。 これはどういうことかといいますと、現在、中央官庁は東京に人が非常に数多く集まっておりますが、このうちの五分の一ぐらいを中央に残せばいいだけであって、あとの五分の四なり、数字の点はどうでもいいのですけれども、大多数の人はその十の地方に分散配置する、そしてその人たちに自分たちの思うような地方をつくりなさいという命題を与えて、いよいよ国づくりをさせることが必要だと思います。 十に分かれてやるのですが、何も画一的なその地方の道州をつくる必要はございません。あるところでは国の外交以外のいわゆる小さな外交までできるような、そういう国をつくって結構だと思います。例えば、九州というところに一つの道州を持っていくならば、九州圏というのは東南アジアとの外交も自主的にできるというような国をつくることも必要である。現在国が持っておりますようなすべての規制の問題も、規制緩和をするものはしながら、なおかつ残る規制については地方が持ってしまう、こういうような体制を組む必要があると思います。したがって、今言った五分の一の残った官庁、これが新都となるところに国会とともに移っていくことが私は理想だと思います。 次に、民間でございますが、各企業はやはり情報とかそういう面でどうしても首都にいたいという要請がある面がございます。したがって、そういう必要性を感ずる企業はどうぞ新しい都に移ってくださいということでございます。 ただここで、今の中央集権で一番悪いのは政官財の癒着という問題でございますので、遷都をしたら、やはりそういう必要性があるから行くんだよというのは私は反対でございます。これは、もうそのころには政官財の癒着という姿はあり得ない国になっておりますので、そうじゃない、ただ情報を収集するのに便利であるというような理由で行く企業があれば、大いに新しい都に行ってもらって結構だと考えております。 以上で終わります。
○小林委員 時代が変わるときには遷都が必要だというような大局的な見地から、まさに国会等の移転も含めて遷都というお考えを示されたと思いますけれども、国家のイメージというか貿易立国とか、それから欧米に対するキャッチアップ的な国家像というものから科学技術立国というようなものをイメージして遷都の必要性を唱えられたと思いますけれども、科学技術立国というものを進めていくために最もふさわしい遷都のあり方、それからその立地条件というのですか、日本列島を見た場合に、科学技術立国を目指すために一番ふさわしい立地条件というものはどういうものが挙げられるかということをちょっとお聞きしたいと思うのです。
○賀来参考人 私は、遷都論でも、京都に持っていくとか、名古屋に持ってこいとか仙台に持ってこいとか、既存のいわゆる都市の利益のためにそういうことをやる必要は全くないと考えております。 どういう考え方かといいますと、遷都するぞとなると土地が上がりますので、できる限り土地が上がらないような方策を試みるとともに、私は日本のどんなところに持っていってもいいという考えを持っております。 一例を挙げますと、例えば官僚というのは非常に優秀でございますので、各省庁から一人ぐらいずつ資料を持って集まって、そこで結論を一週間ぐらいで出すということで可能だと私は考えております。そこで出てきた土地に遷都をするということが非常に重要だと考えております。できれば、現在人が住んでないようなところが最も理想的であるというふうに考えております。 今、科学政策との関連で立地条件を御質問だったと思いますが、現在の通信網が発達した日本では、また今後も大いに情報通信網は発達すると思いますので、これはもう日本のどこに持っていっても差し支えないと私は考えております。
○小沢(鋭)委員 今通信網のお話が出まして、そういった観点にも関係すると思うのですけれども、今回のこの遷都を考えるに当たって、一極集中に我が国がなってきたその経緯あるいはその原因、あるいはもしかしたらそれが必然性があったのかといったところが、やはり考えなければいけないことだろうと思うのです。 特に経済界から見たときに、一極集中にならざるを得なかったような話があったのかどうか。これから遷都ということで首都機能を移転したときに、また同じように経済界がそちらの方に行って、そちらの方でまた新たな同じ問題が起こるのでは意味がないわけでありまして、そういった意味で経済界の皆さんはどういうふうにお考えかをお聞かせいただきたいと思います。
○賀来参考人 御質問のとおり、どこかに移っていってまた今の東京みたいなものができるのは全く能のないことでございます。 ただ、その前に私がお話ししましたように、日本の構造改革をなし遂げている一環でやりますので、例えば地方分権をやる、十ほどやりますと、もう中央官庁だけを相手に陳情する必要はもちろんなくなってきます。ですから、企業としても十に分散しなければ従来のやり方もできないというようなことがございます。まず一番重要なのは、従来のやり方そのものがもうその時点では存在してないという前提に立っております。したがって、御指摘の点は、違う首都ができるであろう、そう私は思っております。
○田野瀬委員 時代の変化とともに都を移すべきだという先生のお話でございましたが、さすればその時期はいつがいいのかというふうにお思いでしょうか。
○賀来参考人 時期といいますと、結局、十年単位、二十年単位、三十年単位という時期でございますか。
○田野瀬委員 はい。
○賀来参考人 やはり遷都をするには大体十年単位の仕事だと私は思います。ただ、決めて、早急に決めることは必要だと思いますが、例えば北海道の真ん中に持っていくよ、一例ですが、そういうふうに決まったならば、すぐ大土木工事は始まると思います。それは初年度にやらないといけないと思います。 そうしますと、大土木工事をやるときに、これこそ今問題になっておりますように、日本だけの土木建築会社にやらせるのではなくて、世界に公開して、なぜかといいますと、二十一世紀の新しい世界の都をつくるのだという観点から取り組むわけですから、世界に公開して、例えば下水道工事はアメリカがうまければやらせる、または建築についてはフランスがよければフランスにやらせるというふうに全く公開したやり方でやる必要があると思います。 例えば、今不況ですから建築業者も余っておりますが、本来ならば、人員の点で考えても日本では無理ではないか。そういう労働者が集まらないとなれば、それこそ東南アジアに向かって短期間の約束で、政府間の約束で結構でございますが、労働者を十万人日本に連れてきていいよというような契約のもとに中国から労働者を連れてきて、それで五年間働いてもらって帰ってもらうというような政策でもとれれば、人的な資源も間に合うと私は思います。 そういうことは初年度からスタートするわけですね。それで二年、三年、四年、五年と、実際に都ができるには十年ないし二十年かかるでしょうけれども、国会あたりは、造成工事をやってすぐ建築に取りかかれば、二年か三年後には移転できると思います。それで、行政機関もだんだんと移転していく、民間もそれに従って移転していく。人口の点についても、当初から大きな人口はございませんけれども、三十万の都市には五年後にはなるであろう、十年後には六十万都市になるであろうというふうにだんだんと拡大していくということで、年数は二、三十年の間に完結していけばいいと考えております。
○中島(武)委員 先ほど賀来参考人が結論的に言われた、新しい国をつくるということは遷都が必要である、こういうなかなか独特な遷都論を拝聴しました。 私、「エコノミスト」で同じような見解を述べていらっしゃる賀来さんのものを拝読しております。その中で述べておる部分について伺いたいと思っているのですが、こういうふうにおっしゃっている。地価の高騰問題の原因の一つに東京一極集中があると。それで、「東京は確かに金融センターになって外国からもどんどん企業が来る。東京に来ないと仕事にならんというので国内からも来る。これの対応は遷都しかない。」こういうふうに断言しておられて、「遷都そのものにはもっと広い意味があるが、」というのは先ほどから述べられておることを言われているのじゃないかとは思いますけれども、土地問題だけ考えても相当な供給量を一気に生み出すことができる、だから、そういう観点からいえば、ウオーターフロント計画だとか東京湾埋め立ては大反対だと。これは私も同じ意見なんですけれども、そういうふうに、一極集中の原因は金融センターだ、だから金融センターを解決するのは遷都しかない、こう断言していらっしゃる。 その同じ文脈の中なんですけれども、どこへ遷都するかといったら、全く人家の建ってないところがいいと述べておられて、それで、三権は全部持っていくと。「東京が空いたら緑地を設け、都市計画をもういっぺんやり直して、東京を立派な金融センターにしたらどうか。」こういうふうに言っておられる。 前段で非常に強調していらっしゃることと、それから最後、遷都した後の残された東京のことで、「東京を立派な金融センターにしたらどうか。」と言うのですけれども、これではまた一極集中をさらに加速してしまうことになりはしないだろうかと思う。それから、賀来さんが一番言いたかったのは何だろう。ちょっと矛盾したような言い方にも聞こえるのですけれども、その辺についてちょっとお伺いしておきたい。
○賀来参考人 質問の意味が十分にわからなかったのですけれども、恐らく答えがちぐはぐになるのじゃないかと思います。 遷都した後の東京はどうするかという問題が一つだと思います。これはおっしゃられるとおり、いわゆる産業都市としての東京というものは今後も残るのではなかろうか。場合によっては、金融センターとしての機能を持った東京が残る。それで、政治、行政の中心は新しい都に移るというようなことを大体大筋において構想しております。したがって、遷都という問題が東京一極集中解除のためだけの動機で考えている遷都ではないという点は御理解いただけたのじゃないかと思いますが、そのように考えております。 質問の内容がよくわからなかったものですから、もう一度いただければありがたいと思います。
○中島(武)委員 金融センターに東京がなったことが一極集中の大きな原因だというふうに述べていらっしゃる。その後段では、また東京を金融センターにしたらいいじゃないか、こういうふうに述べていらっしゃる。そうすると、何か矛盾したように私には聞こえるのですけれども、賀来さんが一番根本的に考えていらっしゃるのは、何を考えていらっしゃるのかな。どうも矛盾したように聞こえるものですから、どっちが真意であるのかな。聞き方を変えましたが。
○賀来参考人 ああそうですか、わかりました。 東京一極集中が起こったために遷都しようというのは世間一般の考え方でございますが、遷都をしようという理由で一番違う点は、新しい日本の都、二十一世紀に向かっての都を、ある程度は世界に対する日本の都をつくろうということが一番の大きな目的で、後残った東京が金融センターに なろうがどうしようが、これは非常にウエートの低い問題だと考えております。したがって、東京一極集中のために、金融機関が世界から来たために東京が狭くなった、したがって遷都をしようという論者でしたらそういう議論が成り立つと思いますが、私の言っているのは、東京の問題ではなくて日本全体の問題としての遷都であるということを申し上げたつもりでございます。
○村田(敬)委員 賀来さん、きょうはありがとうございます。かねてからいろいろ拝見しておりました。御意見を拝聴して大変参考になりました。 それで、私もこの首都移転問題に長いこと携わっておるのでございますが、先ほど御質問があった遷都の問題ですね。国会議員が主体になってつくっている新首都推進懇談会という懇談会があります。これは二百四十二人が加盟しているものですが、実は私が会長です。そこで三年以内に移転地を決定しようという決議をして、細川総理のところに私がその決議を持っていったのですね。 先ほど移転の経緯について、十年、二十年、三十年とおっしゃった。これはよくわかります。そして首都を移す、世界の首都にもなるような日本の首都にしていこう、こういうふうにおっしゃいましたが、私はよくわかります。したがって、例にお挙げになった九州は、あれはオランダぐらいの国なのですね、人口約一千万。そして優にECの中の一国に対応する大きな地域です。日本の場合は一億一千万あるいは一億二千万の人口があります。しかもGNPその他においても御指摘にあったようにアメリカに次ぐ大国ですから、そういう国の首都移転というのは世界的な規模にした方がいいと思うのです。 そこで私は、移転地がまず大問題だと思います。その移転地だけは三年ぐらいで国民的コンセンサスの上に決めるべきだ、こういう主張をしておるのですけれども、これに対してどうお考えになるかということが一つです。 それから、十年、二十年、三十年の間でこういうものを考えるべきだということは全く同感でありまして、例えば日米構造協議で、十カ年で四百三十兆円という投資をする。最近のクリントンさんと細川さんの相談では、これをもっと拡大するのじゃないかという気もします。そういう日米構造協議の中の四百三十兆円の相当部分を首都移転に使ってみようじゃないか。例えば二十兆、三十兆という金を十年、二十年で使ってみようじゃないか。その辺の構想についての賀来さんの御見解を承れれば幸いです。
○賀来参考人 前半の方は、私耳が悪いものですから聞き取れない場合が多いのですが、後半の四百三十兆円が五百三十兆円なんという提言もそろそろ出ておりますが、この件に関しては、四百二十兆円という使い方が、現在の縦割り行政ではほとんど比率が変わらないというような問題については、やはり変えていく必要があるということを考えております。なおかつ最近では、四百三十兆円よりも今の公共投資の伸びから見ても五百三十兆円ぐらいは必要ではなかろうかという議論になってきておりますが、それも非常に重要なことだと思います。 それでは百兆円ふえたものを何に使うかというときに、私は遷都などに使うのが一番いいのではなかろうか。もちろん遷都だけじゃございませんけれども、そういういわゆる将来のインフラストラクチャーになり得るものにお金を多く使っていけば、現在の縦割り行政とは全く関係のないお金がそこで使えるということで非常にいいのではなかろうかと考えております。 現在、不況はもう二年、三年続いておりますけれども、その景気浮揚策についても、三十兆円の公共投資をやったけれども余り効果がない。金利も二・五%まで下げたけれども効果が出てこない。現在問題になっているのは、五兆円ないし十兆円の所得税減税を二年ぐらい先取りして消費税を上げるという前提のもとにやろうじゃないかと考えているようですが、これも私は余り効果がないだろうというふうに考えております。 なぜかといいますと、現在我々の企業あたりにつきましては、自動車でもエレクトロニクスでもそうですけれども、給料を下げようというような非常に大変な時期にかかっております。例えばボーナスについても、ある会社は、せっかく春約束したのに、もう秋には五万円下げるよということまで妥結しております。ある企業では、七万円下げよう。来年の春闘においてもなかなか賃上げというのは難しい。そうしますと、一般のサラリーマン家庭においては給料は下がっちゃうわけですね。ですから、所得税減税をしてもその点が埋まる程度の話であって、これは景気浮揚策にはとてもならないという考えを持っております。したがって、そういう面において、この遷都などという材料は景気対策においても最高の手であろうというふうに私は解釈しております。 なおかつ、ちょっと余談になりますが、今の景気対策で一番重要なことはそれじゃどういうことがあるのだろうか。本日の議題とは関係ないかもしれませんが、住宅投資優遇税制をアメリカ並みにしなさい、このことが非常に重要な政策減税になると私は考えております。 というのは、日本の場合の住宅投資優遇税制というのは、例えば所得制限がございまして、割に年間給与の低い人以下しかできない。または今度は面積制限がございまして、何平米以下の家じゃないとつけないよというようなことでついておりますけれども、こんなことは全部外しちゃって、どんな広い家をつくろうが、どんなに所得がある人がやろうが、やはり優遇税制はつけます。アメリカがそうなんですね。アメリカはブッシュ政権になる前までは何軒つくったってよかったわけですが、ブッシュさんになって二軒までに制限したわけです。ところが、日本は一軒もそんなのはないわけです。ところが日本の貯蓄というのは非常に多くて、六百兆円でしたか日本全体にはあるわけなんです。だれが持っているかは知りませんけれども、あるのは確かなんです。 そうしますと、恐らくいわゆる金持ち連中が相当持っているだろうと推定しますと、今金持ち連中が欲しいものといったら住宅しかないわけですね。もう電気製品や自動車は全部持っている。あと住宅しかないとなれば、その辺で市場に発動してくると私は思います。そうすると、六百兆円の五%が市場に投下されるだけでも三十兆円の住宅投資が起こる。その住宅というものは、何も百平米とかそんなような住宅じゃなくて、五百平米でも千平米でもいいから、そういう住宅がどんどん日本じゅうに林立してくるということが一番効果がある景気対策だと私は考えております。 ただ、日本の場合には、従来、平等主義というものを非常に尊重しております。したがって、金持ち優遇なんということに対しては国民が全部そっぽを向くという国家になってしまっていますが、この辺で、やはり日本が今後やっていくためにはもう平等主義では——今、生活できない国民はいなくなりました。これはこれで非常な成果があったんですが、今後は実力主義の世の中に、アメリカみたいにする必要はございませんが、それに接近するような、中間値あたりの実力主義の国に変える必要が、私は一番景気対策の上でもいいんではないかと考えております。
○村田(敬)委員 後段の方は今大変よくお答えいただいてありがとうございます。私も、こういう時期だから景気対策のために新都建設は非常にいい、そのためにはクリーンな環境でやるべきである、こういう意見を持っておりまして、賀来参考人の御説は非常によく理解することができます。 最初の方ですが、もう一回申し上げますが、新首都推進懇談会という国会議員が二百四十二人も加入してくださっている委員会では、三年以内に移転地を決定すべきだ。先ほどの例でいえば北海道とか、そういう新しい移転地を三年以内に国民的コンセンサスで決定すべきだ。これについて、私は非常に必要なことだと思って、それは細川総理に早速持っていってお話をした。官房長官も同 席をして、よく相談をしたわけです。大変これは大事なことだと思うわけです。 また、賀来さんはきょうはキヤノンの会長という資格でおいでになりたいということだそうですが、経済同友会の代表的な幹部でいらっしゃいますから、そういう経済団体にも呼びかけてこういう首都移転問題を大きな声にしていただきたいと私は思います。その意味で最初の質問を申し上げたわけです。
○賀来参考人 私は耳が悪いので、今のせっかくもう一度やっていただいた質問も十分わからなかったんですが、確かに、三年以内に国会を移転しようということは、これは非常に大切なことだと思います。できれば即刻、もうことしじゅうにでもそういう決定を下すことが私は必要なんじゃないかと思います。 経済同友会に私は副代表幹事で関係しておりますけれども、同友会でもこういう議論を再三出したことがございますが、残念ながら一般の経済人はこういうものには耳をかさないというような状況で来ておりまして、今村田先生の言われた、いわゆる国会決議をもっと進めるべきではないかということ、それに対しては経済界では余り関心を持っていないというのが実情のようでございます。
○横光委員 賀来さん、きょうは本当にありがとうございます。 一極集中というところからこういった遷都あるいは国会移転等の問題が私は浮かんできたと思うのですが、先生はそれよりも壮大な遷都というイメージ、考えをお持ちだそうですが、私はやはり今の東京の大変なこの一極集中を是正緩和するためにはまず国会移転、国会そして行政を経済、金融あるいは情報、文化と分けるといいますか、そういった意味で国会、行政関係の移転がまず一番必要じゃないか。 要するに、すべてのものが遷都という形になりますと、また第二の東京というものができる可能性だってあるわけです。新しい移転先はもちろんそのために大変活性化するでありましょう。しかし、東京が、残されるある部分、ほとんどは残るんでしょうが、中心が行ってしまうと、その残った都民の人たちあるいは膨大な財源のことを考えますと、国民にとってもこれは物すごい大変な問題でありますし、国民的な論議というものはまだ私は余り聞いていませんし、そこのところはどのような形で持っていこうとなされているのか、ちょっとお聞きしたいのです。
○賀来参考人 先ほどから私が申しました遷都というのは、正直に申しますと、これは国民の中にコンセンサスを得たものでもないし、また経済の諸団体のコンセンサスを得たものでもございません。したがって、それを浸透させていくということは、私は浸透させたいのですけれども、非常に力不足で、まだまだそういう問題にはなっておりません。このことは、おっしゃるとおり、国民にどういうふうにコンセンサスを求めていくかという問題は大きく残るんではないかと考えております。 ただ、私は、これは皆さん方の反対を受けるかもしれませんが、よく政治では、国民の思っているとおりにやるのがという言葉が必ずどんな政治家からも出てくるわけでございます。国民が思っていればそのとおりやりましょう。私は、それは違うんじゃないかと思うのです。国民というのは、これは何といいますか、よくわかっている人たちが非常に少数しかいなくて、大多数の人は無知蒙味であるというような層からできているのが国民の層だと私は感じております。したがって、政治家たる者は、国民の声に耳を傾けてなんということも重要でしょうけれども、それ以上にもっと重要なことは、自分たち政治をやっている人間が、これこそ日本のために一番いいのであるという線を出せば、国民はそれに大多数当初は反対でしょう、わかりませんから。でもそれをやることが政治だと私は考えております。したがって、すぐ国民が思っているようにやりますなんというのは非常に間違った政治じゃないか。 同じように、この遷都の問題についても、国民のコンセンサスを得るということは、ほとんど不可能に近い問題だと私は考えます。したがって、政治家の方々が、これはいいんだ、将来の日本のためにはいいんだ、ひいては国民のためにもいいんだという信念を持たれたら、もう実行あるのみだと私は考えております。
○上田(晃)委員 先ほど、日本の二十一世紀に向けての進路といたしまして、科学技術立国として世界に発信していく、このような国にならないと生き延びていかれない、このようなお話がございまして、まことに私も同感でございます。 確かに、先ほど御指摘ございましたとおり、研究費の部門、とりわけ基礎研究等におきましては、日本は経済規模に全く見合っていないと言っていいくらいしかお金がかかっていない、こういう現状でございますし、先日の新聞の「声」の欄の中にも、外国の研究者の方が日本にやってきて、共同研究をやるときの大変劣悪な条件というものにちょっとびっくりなさったような声も出ておったりいたします。そういう意味で、二十一世紀へ向けて本当にこの基礎研究部門を中心にした科学技術、ここに国として大幅な力を入れていかなければいけないであろう、私はこのように思います。 そこでなんですが、政治というのは当然プライオリティーがありまして、限られた予算の中で配分していくわけでございますが、例えば筑波とか科学公園都市とかございます。これをまだまだ、もっともっと拡充していかなければいけない部分もあると思うのですが、先ほどのお話を承りまして、こういう研究都市と申しますか科学都市みたいなものの充実というのは私も非常に賛同できるのですが、では、優先順位の高いものとして立法、行政の遷都が先であるというところ、ちょっとその辺のお話のつながりがよくわからない部分もあるのですが、その辺のところをちょっと教えていただければと思います。
○賀来参考人 遷都とのつながりですか。これは、私は枠組みの方の話をまず第一にしたわけです、日本の国はこういうふうに変わらないといけないよと。それが変わった後も、それでは本当にそれだけで日本ができるんだろうか。例えば、私が申し上げたように、世界人類との共生という国家理念を掲げて、それに見合ったような政治、行政、産業、税制それから教育、そういうような改革をもしやったとしても、それがまたできたとしても、国家として成り立つかどうかという問題はまた別であろう。そういう枠組みは、もちろんこれは重要ですからやらないといけないのですが、そういう枠組みに成功しても、先ほど申し上げましたように、世界人類との共生というのは、これはやはり経済大国じゃないとできない問題でございますが、一方で、今の日本を見ておりますと、もう経済小国になりそうだ。小国になってしまったらそんな大きなことを言ってもしょうがないので、全く小さな国として、我々は小さな国の中で小さく生きるという選択をしないといけなくなると思います。 ただ、私は、そういう選択はやりたくないのですね。やはり日本というのは世界の中でも指導国にならないといけないというようなことで考えたときに、枠組みだけが完成しても実際に飯を食える材料があるかないか、それをどういうふうに考えればいいかといえば、日本としては科学技術しかないでしょう。 いろいろな問題があるかもしれませんが、中心的に考えるのは、科学技術をとにかく振興させる。そうしますと、日本の産業空洞化からくるいわゆる空洞化の問題も解決できるだろうし、それからもっと大きな問題は、先ほど言いましたように、世界のために尽くすには日本は科学技術でやるのが一番いいと思います。例えば、公害問題一つでも、太陽電池を完全にマスターして安いコストでできるようになれば、これは世界じゅうの人が喜んでくれる。また、炭酸ガスを出さないような科学技術を日本が確立できれば、これはまた世界にも非常に喜んでいただける。世界に貢献する という面でもいいし、また日本の国が食っていくためにも必要であるという観点から科学技術立国を提唱したわけでございますから、遷都は枠組みの方の問題でありまして、直接関係はないと見ております。 ただ、その遷都の中に、先ほど御質問がございましたが、国会それから行政、そのほかに私は、やはり大学あたりを大いに持ってくる必要がある。そこでいわゆる新しい技術立国のできるような大学システムを考える。また、学園都市みたいなものを同時に近郊に持っても結構ですが、そういうようなことで、あえて結びつきがあると言えば出てくるのじゃないかと思います。
○古屋委員 賀来参考人から、歴史的な、哲学を踏まえての遷都論、大変興味深く聞かせていただきました。私も、日本史だけではなく世界的にも五百年ぐらいの期間で今物が変わっているのじゃないのか。最初はルネサンスだろうし、あるいはその次は産業革命だろうし、そして今は東西冷戦の終えんということからしても、やはり大きな変革の時期に来ているということはもう間違いないことだと思います。したがって、先ほど世界の都をつくるという大変ユニークなお話がありましたけれども、そういった意味からもこの遷都は必要だと思います。 ただ、具体的な面になりますといろいろな問題がございますが、先ほど村田先生の方から御指摘のございました、三年以内に移転場所を決定しろ、決定したい、こういうことでございますけれども、私もその点については、大いにそういう努力目標として全面的に掲げていくべきじゃないかと思います。 ただ、この場所を決めるというのは一番難儀でございまして、そのためには具体的に、例えば国民投票でやればいいじゃないか、あるいは土地が値上がりしないように土地ボンドみたいなものを発行するというのも手じゃないか、いろいろな意見を聞くこともあるわけですけれども、その場所の決定の具体的な方法ですね、どういうふうにしたらいいか。 あるいは、国民的なコンセンサスがなくてはこれはできないわけでありますが、当然のことながら候補地になり得るであろう地域の人は大変興味を持たれると思うのですが、候補地にはなり得ない地域の方はこれは全く興味を持たない、消極的反対あるいは積極的反対論者になるケースが多いと思うのですね。そういったときのために、いわば敗者の論理というか、そういったことをも含めてやはりこの場所というものを決定していかなければいけない。 先ほど皇居の話が出ましたが、例えば、皇居とは別に、北海道や九州に避暑地、避寒地の形で別途建設するとか、そういったことも一つのアイデアでございましょうし、そういう面から、全国的に皆さんがなるほどと納得していただけるような形のコンセンサスづくり、そのためにはやはり私ども政治家が大いに頑張ってやっていかなければいけない、そのとおりだと思いますが、経済界を代表される賀来参考人初め皆様方にもぜひそういう御協力をお願いしたいと思いますし、またその辺につきましての御意見をちょうだいいたしたいと思います。
○賀来参考人 遷都の問題で私が一番考えましたのは、遷都をすると言うと遷都をしないところが非常にひがむんじゃなかろうかという問題は余り関係ないんじゃないかと思うのです。 というのは、遷都と同時に地方分権をもう一つ大きな柱で推進するわけですね。例えば、九州に九州帝国、帝国というのはよくないですが、九州国をつくろう。そのために、今の中央官僚を活用するならば、四分の三の人を全国十カ所に分散して、おまえたちの好きなような国づくりをしなさいよというテーマを与える。一方ではそういうテーマが与えられているわけです。それで物すごく活性化していろいろな国づくりをすると思いますね。片方は国家としては遷都をしましょうというのですから、そんなのはもう国全体としては、自分のところに都が来なかったから自分たちは疎外されたんだという感覚は恐らく持たないんじゃなかろうかというような考えを私は持っております。つまり、遷都だけ、都だけの問題だけで終わるんじゃなくて、同時に地方分権という問題でも非常に忙しく働かないといけないわけですから、そういう意味では問題はないんじゃないか。 ただ、場所をどこに決めればいいかという問題は、実は私もそういう問題については考えておりません。例えば、三十キロ圏、六十キロ圏がいいとか、それ以内じゃないとだめだとか、そんなような考えは一切持っておりませんで、できれば現在過疎地が一番いいんじゃないかと思います。なぜかというと、土地も安いですからね。一例を挙げますと、富士山の国有林。林を切るというのはまた公害問題で問題になりますけれども、例えば演習場の跡地とかあんなところをぼんと決めれば、それで土地の値段だって上がりもしませんし、そういうことで決めればできるんじゃなかろうか。または、どこかいい土地があるということで、既得権を持っている連中がいっぱい住んでいるときは、これは国会の方で五年間凍結命令の決議を出して、土地を凍結しながらやっていくという技術的な方法もあり得るだろうと思います。 土地を決めるにはどうすればいいかという問題ですが、先ほどちょっと言いましたけれども、大蔵省から一人、通産省から一人とか農林省から一人とか、そういう優秀な官僚が自分の持っている省庁の資料を持ち寄って、それで箱根かどこかの山にこもって、合宿でも結構です、そこで本当に何が一番いいんだろうかという議論をして、一週間ほどやりましたら結論は出ると思います。ですから、これは人の意見を聞きながら決めようとしたって決まりませんから、そういう人たちが本当に国家的な使命感を持って決めたものに我々は従う、そこに行きましょうということで決めるならば、私は一週間で決まると思います。 例えば、こんなところでこんな話をするのはいいかわかりませんが、企業経営の物の決め方というのは、大体そういう決め方をやっているわけです。というのは、もうどんどん市場の状況とか世界の状況が変わってくる。そうすると、我々役員たちが十人ぐらい集まってどうしようかということ、決定までそんなに時間がないわけです。ですから、一日か二日合宿してでもそこで決めてしまう、決めたらあとは実行だというやり方をやっているわけですが、これは国家でも同じやり方はできるんではなかろうかと私は考えております。ただ、国会討議に持ち込んだらどうなるかわかりませんけれどもね。
○小沢(鋭)委員 さっきの村田理事の質問にも関連するのでございますが、遷都に関しては幾つかのブーム、遷都論のブームがあったわけでありますけれども、現段階では、国会決議は行ったが、しかし私の率直な印象は、国会の中でもまだ大きなコンセンサスにはなり得ていない気がしております。また、日本全体で考えても、一部のオピニオンリーダーの方々からはそういった御意見は盛んに出てきておりますけれども、まだなかなかそれも力になっていない。先ほど賀来さんの方から、経済界の中でもそれは余り大きな議論にならないんだ、そういったお話があったと思います。 そこで、御質問なんですが、経済界の皆さんというのは直感的に、東京一極集中が効率がよくて、これから遷都をするといったようなことは、理想としてはわかるけれども、何か実利の上で考えると厄介だなといったところがもしかしたらあるんじゃないかなという気がするのです。そのあたりはどんなものでしょうか。 それと、先ほどの村田理事の御発言でもありましたけれども、経済界の皆さんが遷都ということで大いに意見を出していただくというのは、これは国民のコンセンサスをつくっていく上でも大変重要でありまして、一応国会は決議をしておりますから、我々ももっと頑張るわけでありますけれども、それも含めて、お願いかたがた御質問いたします。
○賀来参考人 経済界が反対している理由というのは、おっしゃられるとおり、直感的に、今の東京が最も効率がいい、今の仕事のやり方が最もいい、それに対する抵抗感というのは私はやはりあると思います。 私が申し上げましたのは、そのような、言うならば政官財の癒着構造が非常に居心地がよかったわけですね、つい最近まで。つい最近までといいますのは、例の建設汚職が出てきて余り居心地がよくなくなった人たちも出てきたと思いますが、非常に居心地がよかった。そういうような状況で判断をすると、おっしゃられるとおりの抵抗感を皆持っておるだろうと思います。だけれども、私が言っておるのは日本を変えましょうよという話ですから、そういうようなことから考えれば、経済界はそこまで考えていないという問題はあります。ですけれども、もしこういう考え方に皆さんが賛同してくださるならば、経済界ももろ手を挙げて動き出すんじゃなかろうかなと私は考えております。 なお付言までに、同友会では、私が去年持っておりました委員会、企業と国民生活委員会を担当していたわけですが、そこでは遷都という問題も触れました。ただ、全般的に見ると非常に関心が薄かったということになっておりますが、一応同友会では遷都に賛成であるというのが理事会での決定でもあったわけでございます。
○中島(武)委員 先ほどから賀来さんの自由奔放な御意見を伺っているのですけれども、国民の意見を余り聞かなくてもいいとか、経営者はこうするというお話もございましたね。独特の御意見だと思うのですが、首都を移転させるという問題は、私たちの考えではやはり国民主権の根幹にかかわる大事な問題だ。そういう意味では、国民的な議論を大いに起こす必要があるんじゃないかということ、これは私の意見ですが、申し上げておきたいと思います。 それから、これにかかわって小沢さんの方からもちょっと御意見出ましたけれども、実は最近のものなんですけれども、平成五年一月、経済同友会の名前で発表されています関東百キロ圏中核都市構想というのがございます。経済同友会の副代表幹事でいらっしゃいますからとうに御存じだと思うのですけれども、この一番最初のところに首都機能の移転ということについては大変否定的な見解がはっきりと述べられております。それで、これは名前は経済同友会の名前で出されているので、経済同友会全体の考えとしてこれを受け取っていいのかどうかという問題ですね。あるいは、そうじゃないんだ、これは経済同友会の名前で出ているけれども、まだ本格的に練り上げられたものではないので、経済同友会としての首都機能の移転ということについてはまた別に何か発表しようと思っているのであるか、その辺のことについてお伺いしたいと思います。
○賀来参考人 実は一月に出た提言に関して同友会でやりましたのは、六十キロ圏じゃなくて百キロ圏というアイデアでいわゆる首都を移転したらどうだろうかというのは出ておりました。 ところが、同友会の提言というのは、同友会全体のコンセンサスを得たというものではございませんで、委員会が十幾つかございますが、その委員会の意見として一応理事会でも承認したという関係で出るわけでございます。したがって、現状の問題でそういう問題の委員会をつくったわけでございますので、その委員会が出してきた答申は、その現状の姿の一つの変化としてそういうものを認めようではないかというような立場で認めたわけでございます。 ただ、私が申し上げているのは、これは同友会ではまだコンセンサスになっていないのです。とにかく日本を変えるために遷都をするんだ、日本を変えて同時に遷都をするんだという観点からの議論というのは、まだまだ一般のコンセンサスは得ておりません。
○久保委員 私も今まで何ほかの書物を読ませていただいたのですけれども、ほとんどのものが東京の問題というか東京一極集中というか、そういった点からの首都移転ということへの言及が多かったように思います。そういった点から、きょう拝聴させていただいたお話というのは、ユニークというかちょっと変わった感じのお話で、大いに勉強させていただいたのですけれども、その中で参考人が、日本の構造、枠組みを変えていかなければいかぬということで四つおっしゃいました。官主導から民主導へ、また生産者第一という形から生活者重視へ変えていかなければいけない、あるいは教育の観点、もう一つは中央集権から地方分権へというようなことをおっしゃったわけですけれども、まあ物事には大体ソフトとハードがあります。そういう意味から、日本の枠組みを変えなければいかぬとおっしゃったこの四点というのは、どちらかといえばソフトの部分であると思います。 そういうことに関しては、日本の政府においても、地方分権等についても何度かの調査会の答申等さまざまな点から、過去十数年にわたって、こういうことについて昭和四十年代から議論されてきておるのですけれども、一向に前へ進もうとしていないし、また現実に進んでもいないわけですね。そんなところで、遷都の問題が、これもまた早くは昭和三十年代から浮かび上がってきて、今では国会の決議を経て、法律までできて、この状態にまでなっている。そういう意味では、国会を初めとする中央政府も含めた移転というのは、ハードの部分での国の枠組みに資することになると思います。 と同時に、人間というのはどうしても固陋なところがありますし、固まった部分、また、機嫌ようそれでいっておったらもうこれでええがなというような部分も出てくるものですから、なかなか変わろうともしません。そういう点では、ソフトから攻めるよりは、むしろハードの部分から、ある種強引にでもぼんと変えることによって、先ほどおっしゃったような本当に国民の生活につながるような、官主導から民主導へ、あるいは中央集権から地方分権へといったことを本当に引き出していけるのかなといったようなことを思ったりするのですけれども、このあたりのことについては、ソフト、ハードということも含めてどちらが先であるべきか、あるいはどう相互に関連するのかということについて、もしお考えがあればお伺いできればと思います。
○賀来参考人 御意見、全くそのとおりだと思いますね。 私がきょうお話ししましたのは、日本の国を変える必要がある、変えていく過程において、日本の国をせっかく変えるのだから遷都をそういう観点からすべきであるという御説明をしたと思いますが、今おっしゃられるとおり、時々、いや、この日本の国を変えるなどという大それたことを言ってもだれも見向きもしない、それならば遷都ぐらいは実行して、遷都を契機にして逆に、今言いましたような行政改革とか地方分権とかまたは日本の行き方というものにだんだんとアプローチする方が実際的な方法じゃないかなという考えも、私自身実は持っているわけなんです。いつも、遷都論をずっと出してみたり、または、やはり日本の改革の方が重要なんだというのを出してみたりしておりますが、方法論としては両方あるのじゃないかなと私も考えております。
○早川委員 社会党の早川ですが、きょうはありがとうございます。 幾つかお聞きさせていただいたのですが、自分の意見を含めて一つ聞いておきますと、まず最初に、できるだけ時間を早く決めた方がいいという村田先生のお話もございましたけれども、全くそのとおりと思います。道路整備五カ年計画にしろ、空港整備等々既存の長期計画、公共事業計画がずんずん進むわけですね。そういったことを考えてみますと、当然国際空港が必要になるということもあるわけでして、二十一世紀もそんなに遠くない先のことでありますので、考えるに当たっては早くした方がいいというのが第一でございまして、今行われている政治改革と同じように期限を切ってやった方が実現できるのじゃないかと 思っております。 それから、先ほど来のお話の中で、世界の都市ということ、全く賛成なんですが、その都市をつくるときに、労働力だとかあるいは事業者を公開する、世界から協力というのはわかるわけですが、どういう都市になるのだろうか。御存じのように東京は政治、経済、文化、教育、あらゆるものが集中しているわけですけれども、例えば少なくとも政治と経済は分離するとか、あるいは教育も分離した方がいいのかもしれませんが、そういった意味で考えると、新しい都市はどういった都市なんだろうか。 先ほど大学もいいだろうということをちょっと触れられたのですが、大学にしても、総合大学は要らないから、留学生が非常に多い国際大学だとか芸術大学だとか、そういうふうに限定して大学は一緒にそこへ立地させるとか、特色ある首都にしないと、世界の都市という形、最先端を行く首都という形ではアピールできないのではないかな、こう思います。 そういった意味で、どんな要素を新たに加味すれば世界に誇り得る都市になり得るかどうかということで、何かアイデア的なものがありましたらお聞かせいただきたいと思います。
○賀来参考人 実は、きょうは私付言しなかったのですけれども、今の御質問で言いますが、まず政治ですね。国会移転だけやっても、今の体制の政治で移転したのでは何にもならない。 ですから、これは非常に皆さんに異論があるところだと思いますが、遷都して移る国会は、例えば衆議院は百人でいいと私は思うのです。今五百十一人いますけれども、それを五百人にしようといって小選挙区を導入して並立制をやろうというだけでももう大変な問題になっておりますから、あえて私は言いたくないのですが、そういう都の国会は百人程度でいい。つまり、さっき十の道州制という問題を述べましたが、それから十人ずつ出てくればいいと思うのです。世界の大変な問題をそこで本当に審議して決定していく、日本の将来の大変な問題もそこで審議して決定していくというような政治で、まず国会移転をすべきであろうということが第一でございます。 それから行政についても、これは先ほど申し上げましたが、現在いるような中央官庁の人数で移る必要はございませんから、ごく精選された五分の一くらいの、それも省庁をどうつくるかなんという具体的なことは私は申し上げませんが、そういう世界の、つまり外交とか防衛とか、それから全国一律にした方がいいものがまだいっぱいございますから、そういうものをやる官庁だけを持っていくというようなのが特色でございます。 それから、民間はもう自由にしておけばいいと私は思いますが、そういうような行きたい企業は行けばいいし、やはり町を形成しなければいけないので、いわゆる官庁と国会だけ移ったって、非常に寂れた町になれば、これ自体が非常に問題ですから、やはり民間も行きたいところは行けと。 それと、そういうのが行けば、よく私は例え話を出すのですが、今の官僚は非常に喜ぶだろうというのです。 なぜかというと、今の官僚が遷都をするのを非常に嫌がっているのは、行ってしまうと文化的な生活ができなくなる、学校問題で子供の教育ができなくなる、したがってそんなところには行きたくないという意見が非常に多いと思うのですが、私の構想している都というのは、つまりそういうような国会とか行政が移ったときに、家族はどうしているか。 まず一番いいのは、家を持てるわけです。今東京では、官舎に住んでいる人は関係ないかもしれませんが、もうほとんどウサギ小屋にしか住めないというのが、今度は二百坪、三百坪の土地つきの家を建てて、それも三千万、四千万くらいで建てられるくらいの大きな家を持って、芝生の上で子供たちを教育することもできる。 それから、そういうことですから、文化施設も当然行くべきだと私は考えております。音楽会ができるような音楽堂も、博物館も美術館も図書館も、そしてなおかつ、そういうのが行くから民間も、恐らくスーパーにしても、そういうようなところが率先して進出していくと思います。そうしますと、文化的活動ができないということは全くなくなる。 それからもう一つ、教育の問題です。首都が移るわけですから、東京大学ということはもうそのときは言えないかもしれませんが、やはり一番いい大学ができるであろうし、また高校、中学、小学校、そういうものが必ずできる都市になると私は考えております。 そういうふうな構想で、新しい五十万都市でも百万都市でも結構ですが、つくり上げるというのが新しい遷都の理論でございます。
○豊田委員 新生党の豊田でございます。 いろいろ賀来参考人の御意見、大変興味深くお聞きしておりましたが、私の個人的なことを申し上げて恐縮ですけれども、京都二区の選出ということで、京都の一都市内も入っております。京都の人はいまだに百二十年前の、天皇が江戸にちょっと行きますよと行かれてそのまま、いつ帰ってこられるかと思って待っているのになかなか帰ってこられない、本当にそう思い込んでいる方はごくわずかですけれども、いまだにそういう議論が京都ではなされていまして、来年は平安建都一二〇〇年ということでいろいろなイベントを催そうということなんですね。 いずれにしましても、私申し上げたいことは、遷都なり建都ということ、都を変えるということは大変なエネルギーも要りますし、国会なり政府が旗を上げたからといって、そう簡単にそれが実現するとはとても思えないと思います。明治維新という大激動の中にあって京都から東京に都が移った、これはまさに歴史の中の大きなエネルギーの中での出来事であって、これを我々としても、できれば東京からどこかへ移る方がいいということは、そのように思いましてもそれがなかなかそう簡単に実現するとは私は思えないわけです。 そこに二つ問題がありまして、一つは、もし東京のこの機能をそのまま、例えば政治なり行政、国会なり行政府がそのまま今のような状況で移転するとすれば、またそこに一極集中の問題が起きてくるであろうと思いますし、それから、今申し上げましたように、そもそもそういうものを一挙に移転する、あるいは十年、二十年、三十年の歳月を仮にかけて移転するとしましても、恐らく明治維新とか終戦というような大きな歴史的な転換期でなければ、平時において首都機能を移転するということはなかなか大変なことではないかと思われるわけです。 私自身は、個人的には大いに、首都機能を移転する方が、一極集中分散ということがそもそもの発想の原点になっていると思われますので、この一極集中のメリットもあればデメリットもある、そのデメリットをできるだけなくしていきたいというのが今回の国会移転等の主眼ではないかと私は思っています。 とすれば、地方分権とも絡めて、これは行政が非常に非効率にはなりますが、逆に各省庁単位で分散する、例えば大蔵省はどこどこの地区に、それから文部省はどこどこに行く、あるいは防衛庁はどこどこに行くという形で各省庁単位で行政を分断しまして、そして各地方にブロック単位なり、あるいは都道府県というと四十七単位になりますけれども、できるだけ細かく行政単位を振り分けてはどうか。 そうすればその間の、確かに行政としての非効率性はありますが、人の移動なりあるいは行政関係、大蔵関係であれば財政関係、経済関係の情報を得たい人、あるいはそういう関係の民間の方がそちらへ行くでしょうし、また、防衛関係であれば国防関係の方々がそちらへ行くでしょう。文部省であれば文部省関係の方々がそちらに行くであろう。そうすれば日本全体で人の交流もあるいは会社の移動ということも起こってくるのではないか。そして、それほどダイナミックに首都を、こ の東京を空虚にすることもなく、かつ受け入れ側もそんなに大規模な土地をあるいは大きな受け入れ態勢をつくらなくても、それぞれの都道府県なりブロック単位で行政の主な機能を受け入れることによってその地域の活性化も図れるのではないか、そういうような方向が一つとしてあるのではないかと思います。 これは、私も実は役所の出身で、二十年ほど役所、大蔵省におりましたので、こういうことをされると本当に役所の方は仕事がしづらくなると思います。しかし、本当に地方分権なりを考えるということであれば、思い切って役所の機能を省庁単位なり、あるいはその省庁の中でまた分けてもいいと思うのですが、できるだけ細分化して地方に振っていくというのも一つの考え方、これは非常に御異論もあるかとも思いますが、そのようなことについての御意見を改めてお伺いできればと思います。 先ほど賀来参考人の方からは、一応国会もそれから行政の方も両方全部移転した方がいいというような御意見だと拝聴しましたので、私の個人的な意見を申し上げて、それについてのまた改めて御感想なり御意見があれば聞かせていただければありがたいと思います。 以上です。
○賀来参考人 実は認識が基本的に違うのですね。というのは、現状の認識、一番最初に私はしゃべりましたけれども、今の日本はどうなっているんだという基本認識の持ち方で違ってくるわけなのです。私が対比したのは、徳川草創期の時代と、明治維新の時代と、今はそれに匹敵する転換が必要な時代ですよという認識を述べたわけなのです。この認識自体が国民のコンセンサスを得るかどうかというのは私は非常に難しいとは思いますけれども、これぐらいのことをやらなかったら今後の日本というものはあり得ないし、また世界で顔が見えない国だと言われているような状態の日本ですから。 だから、選択肢は二つあるのですね。小国で結構だから今後長いことやりましょう、もうアメリカから言われるとおりのことで、はいはいと譲りながら、そしてなおかつだんだん国力は弱くなっていきます。そういうように国内で小ぢんまりと生活しながらそれでやっていきましょうという国にするのか、または世界の中のリーダー国にするのかの境目の時期に来ているという認識を持つか持たないかの問題だ。私はどちらかというとそういう認識を持っているわけでございます。したがって、ここで明治維新に匹敵するぐらいの変革をやらないといけませんよということでございます。 ただ、明治維新のときの変革よりも血を流す度合いが非常に少ないというふうな確信を私は持っております。というのは、徳川時代の草創期の変革というのは、これはもう何百万という殺りくがあったわけですね。戦国時代ですから、もうあっちこっちで殺りくがあった。今のユーゴスラビアみたいなものです。それを三代かけて徳川家康が平定した。そこで実現した国だったものですから、変革のために相当な出血があったと思うのです。 明治維新は一応無血革命だと言われているけれども、鳥羽伏見の戦いから始まって彰義隊の戦い、最後には白虎隊の戦い、そういうもの、それから五稜郭までいって、やはり相当な犠牲者は出たのじゃないかなと思うのです。ただ、日本全体が混乱するほどの犠牲者は出なかったわけです。 今回、私が言っていることは、まず無血も無血の革命である、ただし転換の大切さは前二者に劣らない、こういう認識を持っているわけです。 したがって、一つの例は、官庁、官僚に対して、みんな失業しませんよ、ただ、中央官庁には五分の一の人がいて、あとの五分の四の人は地方に向かって地方の国づくりをするんです。官僚だけの話をしましたが、企業人は企業人で、今の企業のやり方はやはり改めないといけないですけれども、みんな今の企業でやっておっていいですよ。代議士だけは、皆さん方一番関係のあるのは、若干の犠牲が出るかもしれません。五百人でやっておったのを百人にしよう。ただし今度は地方分権になりますから、そこで地方議会というものが、今でもありますけれども、もっと充実したものができますから、もちろんそっちに行くということは可能ですけれども、若干の犠牲は出るというような程度でやろうとする改革案であるということです。 したがって、遷都もそういう角度からの遷都であって、今の世の中の、現状維持のままの遷都じゃありませんということからの発想でございます。
○保岡委員長 ほかにありませんか。 では、私から質問します。恐縮でございます。 世界と非常につながりが強くなってくる我が国ですけれども、東京の一極集中というのは、世界都市東京という面から見たらどういう役割を果たしていたのか、あるいは果たしているのか。そしてまた、そういった世界都市の新都ができた場合に、それは世界から見たらどういう機能を担うことになるのか。そういう国際都市東京あるいは世界都市新都というものが、世界から見たらどういう世界の中での機能を担うことになるかということについて、御意見があったらお聞かせいただきたい。
○賀来参考人 この間まで東京は金融センターの中心として、世界の、アメリカの銀行にしても証券会社にしても、どんどん東京に進出したわけでございます。そのために事務所のスペースというものが異常に高くなったというような現象が、つい数年前まではあった傾向でございます。そのときの考えは、例えば金融センターとしては、ニューヨークとロンドンと、それに対比するようなものが東京である、そういうものを確立していこうという考え方で進められたと思います。 ところが、現在、そうじゃなくなっちゃったのですね。その最大の理由は、結局東京にいても、とにかく家賃が高い、土地が高い。そういうようなところで営業するよりは、もう東京を脱出した方がいいよという空気が諸外国などでは非常に出てきております。それで、むしろシンガポールに行くとか香港に行くとか、そっちの方で事務所を持つ方がいいということで、東京はだんだんとそういう問題からは過疎化をしております。 ですから、今のままでいったらそういうものがどんどん進行していく。例えば航空機一つとってみても、成田へのランディングコストというのは世界一高うございます。それじゃシンガポールの空港の方が安いよということで、どんどん向こうに移っていく。しばらくすると、我々日本人は気がつかないのですが、経済大国だといい気になってこの二、三年、数年いたわけですけれども、気がついてみたらもう経済小国になっておる。だから、今の東京でさえ世界的な機能を果たせない状況に追い込まれてくるであろうというのが私の基本的考え方でございます。 したがって、そういうことがないように日本の国を変えていかないといけないよということで、先ほどの遷都とか、基本的にはもう国の政治も行政も全部変えるわけですけれども、それを真剣にやり出して、そこで初めて、残った東京は金融センターとしての機能を持ち得る東京に脱皮できるであろうというふうに考えております。というのは、国会が移り、諸官庁が移って、それでついていく企業があれば、東京がやはり若干の余裕ができます。そこにそういう商業的なものを入れる余地もできますし、また、土地も安くなりますから、そこで世界のいわゆる金融センターとしての機能を存続できるであろうと考えます。今のままだったらだめになってしまうというのが考え方でございます。
○保岡委員長 ほかの皆さん、ございませんか。——それでは、時間はちょっと早いようですが、以上で質疑を終了したいと思います。 賀来参考人には、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げる次 第でございます。 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午前十一時五十一分散会