規制緩和に関する特別委員会 第5号
- 発言数
- 47 件
- 登壇者
- 16 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1993/11/24
会議録
○加藤委員長 これより会議を開きます。 規制緩和に関する件について調査を進めます。 本日は、本件調査のため、参考人として元臨時行政改革推進審議会会長鈴木永二君、同専門委員稲盛和夫君、同専門委員得本輝人君、以上三名の方々に御出席を願っております。 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位には、規制緩和に関する問題につきまして、忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。 なお、議事の順序についてでございますが、参考人にそれぞれ二十分程度御意見をお述べいただき、次に、委員からの質疑に対してお答えいただきたいと存じます。 それでは、元臨時行政改革推進審議会会長鈴木参考人からお願いいたします。
○鈴木参考人 御紹介いただきました参考人の鈴木永二でございます。 本日は、最終答申につきまして国会への報告の機会をお与えいただきまして、大変ありがとうございます。 本日は、まず私から規制緩和を含む最終答申の全般について御説明し、その後で政府の役割グループの主査を務めていただきました稲盛さん、規制緩和チームの検討をしていただきました得本さんから、それぞれ御意見を述べていただきたいと思っております。 第三次行革審は、平成二年十月に発足いたしまして、解散までに合計十件の答申を総理大臣にお出ししております。最終答申は、同審議会の三年にわたる活動の締めくくりということになるわけでございますが、既に前の二年間で主として言ってまいりました国際化対応の行政をどうするか、国民生活重視の行政をどういうふうにしたらいいのかという答申、それから、透明、公正な行政を確保するにはどうしたらいいかという問題に加えまして、最終答申としましては、時代の変化に即応した政府部門の果たすべき役割の見直し、もう一つは、縦割り行政の弊害を極力排除した総合的、一体的な行政システムを構築するにはどうしたらいいか、こういう問題を二十一世紀を展望しまして、できるだけ骨太の改革を提言いたしたつもりでございます。 次に、最終答申の内容につきまして、その骨格を御紹介申し上げたいと思いますが、第一に、行財政全般にわたる問題といたしまして、財政問題を付言しております。簡素で効率的な行政を実現するために、行財政全般についてどのような改革をしたらいいか、それから、国民の負担を適度な水準にとどめるべきであるという基本的な考えを述べさせていただきました。 第二に、規制緩和の推進につきましては、今回はその仕組みの整備を中心に提言いたしております。 なお、規制緩和につきましては、後ほど私からももう少し詳細に御説明させていただきます。 第三に、地方分権の推進につきましては、国と地方の役割分担の見直し、国からの権限の移管、地方自治体の財政基盤の強化を図る、これと平行して、自立的な地方行政体制を確立するための改革を進めるべきであるという考えを提示いたしておりまして、具体的な進め方といたしましては、地方分権に関する大綱をできるだけ早く策定し、この大綱に従って合意形成を進めて、基本的な地方分権推進に関する法律の制定を目指していただきたいというふうに提言いたしておるところでございます。 なお、付言させていただきたいことは、この規制緩和、地方分権の問題は一体として把握し、行政システム改革の中心課題であるという心づもりで取り組んでまいっております。 第四に、公的金融、特殊法人の改革につきましてでございますが、郵便貯金、財政投融資、政策金融につきまして、金融市場との整合性や調和を図った運営をしてもらいたいという意味の提言をいたしております。特殊法人につきましては、各省庁において、所管の特殊法人を総括的かつ全般的に見直すように提言をいたしております。 第五に、総合的な政策展開が可能な行政システムの改革につきましては、例えば二十一世紀を展望しました中央省庁のイメージはどんなようなものかということを一つのイメージとして提示いたしております。内閣や総合調整機能のあり方について、また行政を担う公務員のセクショナリズムの是正策等についても提言をいたしております。 第六に、今後の行政改革の推進体制でございますが、これは二本立てで考えて提言しておりますのは、推進体制として、総理を中心とする強力な体制をつくっていただきたいという推進体制、それから権威ある第三者機関によるオンブズマン的な推進監視体制とでも申しましょうか、そういった推進監視体制の提言、この二本立てを提言いたしております。 行革も、言うまでもないことでございますが、提言から実行、強力な実行の段階に入っているということを痛感いたしております。 このほか、最後に、二十一世紀を展望した変革には、政治が本来の使命を遂行していただく、高度の指導力を発揮していただく、こういったことが不可欠であるという考え方から、一項目起こしまして、「政治への期待」ということも表明させていただいております。 以上が最終答申の骨子でございますが、規制緩和について少しく私から説明をさせていただきたいと思います。 規制緩和の推進につきましては、特にその具体的項目につきまして、第三次行革審では昨年の六月の答申、「国際化対応・国民生活重視の行政改革に関する第三次答申」と申しておりますが、その中で、制度、基準の国際的調和の問題あるいは競争的産業における需給調整の視点からの参入・設備規制の見直しの問題、あるいは独禁法の適用除外制度の見直しの問題等々を具体的に私どもとしましてはある程度詳細に個々に提示、指摘して答申したつもりでおります。 そういうことがございますもので、今回の答申は、規制緩和の推進についての仕組みを中心に提言をいたしております。 改革の基本方針としては、原則自由、例外規制、こういう立場に立って提言をいたしておりますが、その仕組みにつきましては、一つは規制緩和に関する中期的かつ総合的なアクションプランをつくって推進していただきたい。二は、計画的、継続的な規制緩和に向けた仕組みの整備、やはりこういった問題は計画的、継続的な取り組みということが大事であるということでございます。第三に、規制緩和推進のための第三者的推進機関の設置、これはオンブズマン的な機構の問題でございます。 規制緩和白書や調査研究、自己責任原則の徹底等規制緩和の基盤的条件の整備等を提言いたしておりまして、私から申し上げるまでもないと思いますが、競争制限の諸規制が内外価格差の温床となり、ひいては日本の産業の低生産性の産業分野を温存するというようなことにもなっておりますので、この新しい世界秩序の中におきましては、どうしても、日本経済の存立の意味からもこういった規制緩和ということが大事だと考えております。 なお、規制緩和につきましては、総理の私的な研究会であります経済改革研究会でも先ほど中間報告が出されましたが、その内容は、大筋において行革審の最終答申と歩調がとれていると私は解釈いたしております。 今回の規制緩和の提言の基本的な考え方を一言で申しますと、公的規制を的確にコントロールしていくという視点に立った改革を目指しているわけでございまして、すなわち、規制緩和の推進に当たりましては、対象となる公的規制の総体を把握するとともに、規制緩和の効果を適切に、的確に評価しつつ、国民のニーズにこたえた改革、改善を進めることが重要であろうと考えております。 公的規制の数については一括して一万一千件弱ということは公表されておりますが、その実態的な内容につきましての把握はこれから、こういうことでございます。このためには、国民生活や企業活動に課せられている実質的な負担や規制の程度も考慮した公的規制の実質的な全体像の把握、それから規制緩和の的確な評価が必要でございますし、公的規制の現状や規制緩和のメリットなどを、公的規制に関する情報として国民へ提供することが必要だと考えております。また、アクションプランの策定や定期的見直し、新設審査など規制緩和の推進の仕組みも整備しなければなりません。これらによりまして、計画的、持続的な規制緩和の推進が必要でございます。 このような措置を通じ、国民のニーズにこたえた効果的、効率的な改革、改善を進めることが重要だと考えております。 なお、最後に若干の時間をちょうだいしまして、私どもが考える行政改革を目指すに当たりましての将来ビジョン、どういった二十一世紀社会を考えて行政改革に取り組んできたかということを、私なりに御説明させていただきたいと思っております。 二十一世紀の日本の社会は、公正、透明で、そして自律、自助の社会であるべきだと考えております。社会のシステムを国際的にも透明で公正なものにしていくことが求められております。そのような意味で、私どもが提出いたしました、このたびの国会で成立しました行政手続法は、第三次行革審の最大の効果の一つではなかったか、このように自負いたしておるところでございます。 また、公正、透明、自律、自助の社会だということを先ほど申し上げましたが、さらにそれにつけ加えたいと私なりに考えておりますことは、ぜひ、公正、透明、自律、自助の社会、これに思いやりのある社会、国際社会から尊敬される、この二点をつけ加えさせていただきたいと思っております。 財政や公的年金、社会福祉、世代間における負担の公平等の問題は、今後急激に高齢化、成熟化が進む我が国にとって不可避の課題でございます。また、日本が国際的責務を果たすことで、国際社会から尊敬される国になってほしいと念願しているところでございます。この意味で、最終答申が前提として頭に置きました二十一世紀の姿、社会システムのビジョンは、先ほども申し上げたことでございますが、公正、透明で自律、自助、思いやりのある社会、そして世界に尊敬される日本ということになると考えております。最終答申で提言しました規制緩和や地方分権、縦割り行政の是正等の改革案も、こういった線の延長線上のものと考えております。 行政改革は、先ほども申し上げましたが、今や実行のときである。臨調以来の行政改革に関する重要課題の的確な実行が求められているところでございます。このため、最終答申としては、可能なものについては極力改革の時期を盛り込むことにしておるところでございまして、答申の末尾に付録として、その時期を一覧表にしたものもつけて出させていただいているはずでございます。 これらの課題を着実に実行するには、内閣みずからの不退転の決意のもとでの取り組みと相まって、政治の強力な御指導が発揮されねばならないと思っております。どうか行政改革につきましても、政治のイニシアチブをぜひお願い申し上げたいと思っております。 これで私の報告を終わります。
○加藤委員長 どうもありがとうございました。 次に、元臨時行政改革推進審議会専門委員稲盛参考人にお願いいたします。
○稲盛参考人 ただいま御紹介いただきました稲盛でございます。 本日は規制緩和につきまして意見を述べよということでございますので、若干私見をお話し申し上げたいと思いますが、私素人でございまして、行革審に三年間おりますときに、初めて規制または官僚制度のあり方というものを詳しく知ることになりました。そのことからいきまして、きょうは、国の規制というようなものがなぜ起こったのかというあたりから若干お話ししてみたらというふうに思っております。 私思いますのに、国にたくさんの規制がありますのは、国を統治する為政者が国を統治するために必要な規制、または社会秩序を維持するために必要と思うような規制というものができたのが最初ではないかと思います。私、理科系の人間でございまして、文科系じゃございませんけれども、日本に初めてそういうものができたのは、たしか奈良朝、つまり天皇を中心としました国家が成立をしたとき、つまり西暦七〇一年にできました大宝律令がその源ではなかろうかなというふうに思うわけであります。 調べてみますと、この律令の律の方は、現在の刑法のようなもので六巻あったそうでありますし、また令の方は、その他の規制等で十一巻あったというふうに思います。と申しますと、既に今から千三百年近く前から数多くの規制が、国を統治するために、また社会秩序を維持するために統治者によってつくられたもの、これは当時、現在の西安、当時の長安、中国で行われておった文物制度というものが導入されてこういう律令制度になったというふうに聞いております。 つまり、国を統治する人が国を統治するために必要な制度として、制度もしくはこの規制をつくっていったわけでありますが、それは奈良朝からずっと、ごく最近は今から約五十年前の終戦まで続いたのではないかと私なりに思っております。特に明治に入ってからでございますと、欧米先進国に追いつき追い越すための富国強兵政策を強力に推進するために官僚制度はさらに強化をされ、そして、そういう規制等も大変強くなったのではないかと私なりに理解をいたしております。 戦争が終わりまして、第二次大戦が敗戦によって終わったわけでありますが、新たに、欧米から強制されたかもしれませんけれども、民主主義の基本原則であります主権在民が新憲法によって宣告をされたと思っております。ちょうど私、当時旧制中学の一年生でございましたが、昨日まで軍国主義の教育を受けた私どもに、突然主権在民という思想を我々は教わったわけで、きょうからは国民が主権者であります、国の主人は国民であります、そして同時に、官僚の方々はパブリックサーバント、公僕として民に奉仕をするものが官僚でありますというふうに、実は民主主義の第一条でそれを教わって、衝撃的な時代の変化を感じたのはほんのこの前みたいに感じております。 そういうふうに大変大きな歴史的な転換を示したわけでありますが、しかし、当時、焦土と化しました我が国を再建復興するためには、やはりこの規制というものは必要であったでありましょうし、また大変社会秩序が混乱しました日本の国の秩序を維持するためにも規制、制度等は厳しいものが必要であったのだろうと思います。そういうこともあって、公僕になったはずの官僚の方々は、戦後も依然としてお上として我々国民を統治する、つまり治めるという意識から脱却できないままに今日まで来たのではないかというふうに私は思っております。 その結果といっては何でありますが、つまり、官僚の方々は一般国民に余り信をおかず、すべて国民のなすがままに任せておったのでは社会秩序は崩壊し、社会正義も守られないというふうにお考えになって、やはり官が指導し、官があらゆる制度を、規制を設けて国民を導くということが大変大事であろうと思って戦後もやってこられたのではないか、このように思っております。その結果、規制緩和を言われながらも一向減りませんで、一万数千件という規制が今でも残っているというふうになっております。 まあそういうことで、社会の構成上、日本はやはり統治する人があり、統治をされてきた民、同時に、いわゆる民主主義、主権在民というものを民がみずからの力でから取ったのではなくて、与えられたものであったということが、欧米との社会構造、また制度の大きな違いになっているのではないかというふうに私は思うわけであります。しかし、このままではいけないというので、行革を中心に、また一般国民の方々の意識も大変強くなってきまして、規制緩和が叫ばれているわけであります。 私はこの規制緩和はなぜ必要かという点で最初に思いつきますのは、我が国は戦後大変な努力を払いまして世界第二位の経済大国になってまいりましたが、これは、諸外国が市場を開放してくれたために我々の商品が売れて日本は強くなったわけであります。諸外国の市場開放は大変進んでいますにもかかわりませず、我が国の市場開放は進んでいないと言われております。それはまさに規制のためだと言われておりますが、我が国が市場開放をせずして他の国が市場開放をした中で、我々の品物だけをたくさん売って経済的に大変豊かな国になったとしますと、これは大変問題だろうと私は思っております。 確かに、今日のすばらしい経済大国、すばらしい豊かな国をつくったのは、戦後一貫して官僚の方々がつくってこられた事細かな規制のおかげであっただろうと思いますし、その規制あって初めて日本の産業が、経済が世界第二位の強さにまでなったわけでありましょう。 しかし、ここまで強くなりました今日、いつまでもこの規制を続けて、諸外国が自由を原則とし、自己責任の原則のもとに自由な経済活動をやっておる中で、日本だけが規制の中であぐらをかき、自分たちだけよければいいということでは、恐らく世界の孤児になるのではないかということが、規制緩和が叫ばれている第一の理由だろう、このように実は私は思うわけであります。 二番目は、一九八五年のプラザ合意によって円高が進行してきたわけでありますが、あの八五年のプラザ合意から今日まで、すさまじいまでの円高が起こってまいりました。その結果、産業界は塗炭の苦しみと言っていいぐらいの苦しみを得ているわけであります。 一方、メリットの方としまして、民の方は円高メリットを享受できなければならなかったはずでありますが、実は、円高によって本来ならば内外価格差というものが解消をされて、日本では大変安い諸外国の物資が買えるということが実現しておるとしますと、産業界が大変な困難に遭遇しておるこの円高も、一方では、国民大衆の方々が、諸外国のものを大変安く買えるというメリットを享受することによって相殺できておるはずであります。しかし、それが、規制緩和がされていないために内外価格差が現に存在しているということが第二番目の問題ではないか、このように思っております。 この内外価格差がいかにいびつなものになったかということを示す資料に、経済企画庁の本年の物価レポートでは、一〇%の円高は年間三兆円の差益を消費者にもたらすと言っております。ことしだけで約二〇%の円高でございますので、もし日本の市場メカニズムが正常に機能しておれば、本年だけで六兆円の差益が国民に与えられ、国民生活をそれだけ豊かにしているはずであります。 しかしながら、民間調査によりますと、本年も内外価格差は広がっております。本年の六月の時点で、食料品や日用品、四十七品目の日本の店頭価格は、アメリカの値段に比べまして四四%も高くなっておりますし、また、昨今海外旅行をされる方が大変ふえておりまして、年間で一千万人を超える方々が海外に行っておられますが、そういう方々が、やはり日本の物価が近隣諸国に比べて高いと大変不満を持ち始めておるように聞いております。 私は、日本の市場をゆがんだ形にしております主な原因がこの規制ではなかろうか、このように思っています。日本を真に市場メカニズムの機能する社会、つまり原則自由、自己責任を原則とする社会に変えていくならば、この二、三年のうちに内外価格差は限りなくゼロに近づいていくと思っております。そうなったときに、私は、初めて日本人は本当に世界で最も豊かな生活を享受できるのではないか、このように思っています。 私、メーカーの経営者としてでございますが、現在の円高を見ておりますと、この状況が続いていきますと、恐らく日本の産業は現在進行しております産業の空洞化がますます進んでいくだろう、特に人件費の安い途上国の方へ製造拠点が移っていくだろうと思いますが、そうなりますと、日本国内には規制によって保護をされた弱い産業のみが残るというふうになるのではないか、そういう危倶を持っております。 つまり、今まで日本の経済を強くしてきた強い企業、製造業は海外へ流出をし、規制のもとで保護された国際競争力のない弱い産業のみが国内に踏みとどまってしまう。そうなった場合のいびつな日本の姿というものは、大変問題になるのではなかろうかというふうに実は私は思っておりまして、このままでは競争力を失った産業と希望の持てない職場のみが日本の中に残り、高い物価は放置されるということになっていっては大変ではなかろうか、このように思っております。 またもう一つ、規制緩和によって内外価格差が少なくなってきますことは、我々国民にとりまして大変大事なことだと思いますのは、地球環境問題それから経済の成熟度、南北経済格差の是正という問題、また長期的には地球エネルギー問題等から、今まで世界の経済を発展させてきました大量消費、大量生産、つまり消費こそ、また使い捨てこそ経済の原動力と言われたそういうシステムが、恐らく是正されていくだろうというふうに私は思うわけです。 そうなってまいりますと、日本の経済成長はもうままならなくなってきて、極端にいいますと成長ゼロの時代といいますか、これは南北問題の解消または環境問題の解決のために、必然的に日本の経済成長は、社会的正義という観点から、抑えられる可能性があるのではないか。そうしますと、ゼロ成長が続きますと日本国民の生活も豊かにできなくなってしまうわけですが、その場合に、内外価格差を解消し、物価が安くなることによって実質購買力が増していくということは、国民の生活を豊かにするという点で緊急を要する問題ではなかろうか、このように実は私は思っております。 三番目に、この規制緩和というのはやはり新しい事業の創出、つまりベンチャービジネスの発生というものを促していくというふうに私は思っております。規制がございますと既存の大企業を中心にしました大きな企業は大変安定でいいとは思いますが、経済のダイナミズムというのは自然界と同じでありまして、やはり大きくなり過ぎた企業は没落していき、その中に雑草のような小さな企業が生まれ育っていく、つまり巨木が倒れ、その巨木を栄養にして新しい若芽が出ていくということが自然界の摂理であろうと私は思いますし、そういうダイナミックな生々発展というものが、また生滅、生まれ滅するというのが自然界の現象でありますから、そういうものを促進するためにも、特殊な産業界を保護するような規制というものは自然の摂理に反するのではないか、このように私は思っております。 しからばその規制緩和をどうするかということで、第三次行革審会長の鈴木さんのもと我々は一生懸命規制緩和に取り組んだわけでありますが、はかばかしい成果が今まで臨調以来生まれているとは思いません。この規制緩和を実現するために、各省庁のヒアリングその他いろいろやってまいりましたが、言うは易しく実行は大変難しいというふうに私は思っております。 それには私ども、今申しましたようなことでいきますと、規制というのは不必要な規制が大半だと思っておりますけれども、当事者であります官僚の方々に言わせますと、規制というものはあるべくして存在するし、必要だからあるんだ。つまり、社会秩序を維持するために、またこの社会を平穏に、平和にあらしめるために必要だというふうにお考えでございますから、これはいつまで行きましても平行線でございまして、なかなか規制緩和は難しいというふうに私は今回の行革審に携わってきまして感じました。 しからば、どうすれば規制緩和ができるかといいますと、私はここに出ておられます政治家の皆さんのお仕事ではなかろうかというふうに実は思うわけです。といいますのは、規制緩和は、官僚の方々が法律に基づいて規制をやっておられますし、またその法律に基づいて指導、通達等を通じて規制をやっておられるわけでありますが、立法府におられる皆さんが法律を改正される、また新しい法律をつくられる、つまり、こういう規制があっては困る、この規制をなくするということを議員立法でつくられれば簡単に規制はなくなるというふうに私は思います。我々が行革でどんな苦労をしてやるよりも、国民の信を得られ、負託にこたえられる政治家の皆さんが、法律をおつくりになることによって規制緩和をやることは比較的簡単ではなかろうか。 しかし、もちろん現在の規制のもとに社会が成り立っていますから、その規制をなくしたときに起こる社会的な混乱、反動というものは大きなものがあります。しかし主権在民、つまり民主主義社会で、自由経済をもとにする欧米諸国と一緒に今後この地球上で住んでいくとしますと、それは早急にやらなければならない問題で、もし規制緩和によってある程度の衝撃を受けられるところ、またそれによって被害を受けられる産業その他があるとしますと、その方々の救済は、規制を残すことによって救ってあげるのではなくて、救済は別個の法律、また別個の制度でもってこれを救済してあげるということが必要ではないか、このように私は思っております。 規制緩和はどんな困難があろうとも進めていくべき重要な改革であります。これは国際社会への配慮のためでもなく、時代の流れだからでもありません。私が先ほどから言っていますように、これは日本の国民大衆の利益になるからでございまして、そういう理念でぜひ政治家の皆さん方にこの規制緩和の法律をつくってやっていただきたい、このように思っております。 これで終わらせていただきます。ありがとうございました。
○加藤委員長 どうもありがとうございました。 次に、元臨時行政改革推進審議会専門委員得本参考人にお願いいたします。
○得本参考人 私は、労働組合の出身なものですから、労働組合の視点と私なりの考え方を含めて話をしたいと思います。もう既に鈴木会長それから稲盛さんからもお話があって、一部ダブる面がありますが、極力ポイントだけ絞らせていただきます。 まず最初に、やはり現在の日本の置かれている状況、時代認識を含め、このあたりについてはほとんど共通すると思います。戦後日本の発展を支えたいろいろな仕組みを全面的に見直しをしなければならない、今まさにそういう転換の時期にある、そういう認識をナショナルセンターである連合もしております。そしてその連合が、十月の七日から八日の大会では日本の進路という提起をして、これについて各界の方々からいろいろな御意見をいただこう。 この中で、今後変えていかなければならない、そういう面では政治のシステムをどういうぐあいにしていくのか。これは、今政治改革関連法案が衆議院を通り参議院段階に送られておりますけれども、しかも、この政治の仕組みを変えるということもこの改革法案だけで済む問題ではありません。今後政党のあり方やまた国会運営のあり方等々になっていく。それから今度は行政のシステムをどう変えていくか、その中には当然中央官僚のあり方とか、またはこの規制の緩和、地方分権の問題とか、そういう中で経済構造、いわゆる産業構造自体も大きく変わっていかざるを得ない、そういう認識の仕方。 そういう中で、今までのような産業、企業の行動のあり方が、いわゆるキャッチアップを前提にして追いつけ追い越せ型から、または横並びの競争から、もっと創造的な競争に変えていくということが大事である。そしてそういうためにも、もっと今度は一人一人が自立した個人、これは先ほど自立自助とかいろいろな御意見がありました。まさに自立した個人をやはり労働組合の立場でもどうつくっていくか、そういうシステムが非常に大事である。 そういう中で、特に経済の構造自体どう大きく変えていくのか。そういう意味では、先ほど稲盛さんが、戦後日本の発展のいろいろな面での有効な役割を果たしていたのが、逆に言うと今度は新しい発展の阻害になっている、そういう規制が非常にたくさんある。そういう面で、私たち自身もこの徹底した規制緩和、これが必要であるという認識を持っております。 ただ、そのときにどうしても組合の立場で、規制の緩和によって、言ってみればデメリット、つまり規制によってメリットを受け取る分野もあれば、逆に緩和するとそこからいろいろな問題が起こるとかという、そういう率直に言うと綱引きの部分もあります。しかし、これはもう意識を、つまり産業のエゴや企業のエゴ、または労働組合のエゴだけにとどまっていたのでは次の新しい発展や変化に通じない、だんだんこういうコンセンサスが連合になってできつつあると私は思う。 そして、そういう中で、今日本の大きな経済構造や産業構造の面で変えていかなければならないのは、要は、比較的生産性の高い分野、国際競争にさらされている産業分野、それから国際競争にさらされてない分野、これが併存をした形で現在あるということが非常にやはり大きな問題だと思います。もちろんこれは、一つは例えば農業であるとか流通部門であるとか建設とか、金融関係も若干自由化だとかいろいろな動きはありますけれども、まだまだ国際競争という面では十分さらされてない。 しかし今までの中では、労働力という面で見れば、こういう比較的生産性の低い分野で結構大きな労働力を吸収する。しかしそのことが、今不況で雇用問題等々いろいろな形で深刻化しつつあるのですけれども、今日までは比較的完全雇用だとか雇用の状態は日本はいいと言われておりましたけれども、今後こういう状況でそのままいいのかどうか。 逆に、何とか低い生産性分野と併存をしながら日本経済があったということは、代償として、いろいろな方々が言われておりますけれども、内外価格差に代表される根元からの物価が非常に高い、つまりお金の使いでを相対的に非常に低くする、そういうやはり弊害を与えていたと思います。 それと同時に、今、私はたまたま金融関係の出身ですけれども、いわゆる行き過ぎた円高というのが、大きな方向として円高自体というのは決して否定するわけではありませんけれども、今日のような百円または百七円、八円とか、そういうのはとてもじゃないけれども、もう輸出産業自体も国際競争の中で太刀打ちができていかない。結局、購買力平価といわゆる為替レート、余りにも大幅なギャップ、そういう弊害ももたらしてきておるんだと思う。そういうためにも、要は保護をされた、または規制されておる産業分野というものをどう変えていくのか、それがやはり規制緩和の一番大きな視点だと私は思うのです。 そのときに、認識として非常に重要なことは、要は、どうしても低い生産性分野で国際競争にさらすということで、それからまた生産性も上げていかなければならないとなると、今まで吸収をしていた労働力を一体どの分野で吸収していくか。 つまり、産業間での労働力の移動ということがどうしても重要になってきます。そして、自由な労働力の移動というのを妨げておる面では日本的な雇用システム、これはこれで雇用をできるだけ大事にしながらという視点というのを決して忘れてはならないと思いますけれども、年功序列型の賃金の体系であるとか、そういうあたりの体系についても改革が求められている。 ですから、一挙にはこういう改革は進みませんから、スムーズな形で労働力の移動をどういうぐあいにやるか、そういう視点を持っていただきたいと思うのです。そして、これはまた進めていかなければ結局日本はじり貧になる。つまり、労働組合はどうしてもこういう雇用の問題、雇用で摩擦を起こしたくないから改革反対だとか規制緩和反対、もうそういうことも主張は通らない。そこをやはり私は割り切らなければならない。そういう面では政治の場でも、労働力の流動化をどうしていくか、その受け皿みたいな形をどういうぐあいにするのかということも一面ではぜひ考えていただきたいと思います。そういう面で、まず大きな状況の認識を統一させていかなくちゃならない。 次に、具体的な規制緩和の問題については三点にわたってお話をしたいと思います。 第三次行革審が指摘をしておる内容、私は基本的に全く賛成です。よく経済的規制と社会的規制ということが言われている。そして、もうともかく今度の規制緩和では、いわゆる原則自由にして例外を規制していく。どちらかというと、経済的規制という形が中心になるのでしょうが、社会的規制の問題も根元から見直しをしていこうという提起をしている。これは私は基本的には賛成です。 ただ、労働組合はえてして、今まで社会的規制ということによって安全や環境の問題等々について、こういうあたりを緩和するとおかしくなるのではないかとかという視点がありました。もちろん、この視点も決して忘れてはならないと思いますけれども、やはり一回ゼロベースで見直しをして、そして必要なものは当然きちんとやる。逆に言うと、安全や環境の問題等々についてはもうちょっとかえって厳しくする、そういう視点も当然大事にもなってくると思う。 逆に、技術立国であるとか、特に環境問題が今後非常に大きな世界的な課題になってくるとなると、かえって社会的規制の安全や環境の問題というのは厳しくもしながら、そしてそれに挑んで、その開発力をつけていく。そういうことが、言ってみれば新しい需要を掘り起こしたりするとか、またもっと国際競争の面でも半歩なりリードをしながら、いい意味で世界に協力をするということも大事である。 しかし、やはり基本的にはゼロベースで見直しながら、逆に社会的規制ということによって、言ってみればかえって過去の既得権に甘えているような側面というのも見直しをする必要がある。特に、こういうときに社会的規制というのはできるだけ大事だからということによって、官僚自体は結構頭がいいものですから、経済的規制を緩和しようとすると、かえって今度は社会的規制の観点から論理のすりかえをして、そして、あたかも社会的規制でこういうことが必要であるかのごとき議論が往々にして起こってくる。 例えば、いわゆるお酒の免許をもっと自由に、スーパーだとかいろいろなところでも、どこでも買えるようにしたらいいじゃないかというぐあいにここで経済的規制を緩和というぐあいにすると、今度は、どんなところでも酒が買えるようになると、青少年の面でいろいろな問題があるというぐあいにすりかえる。そのあたりはぜひきちんとした認識を持って見ていただきたいと私は思います。 それから規制の緩和の二点目は、この最終答申の十ページから十一ページにかけても書いてありますし、先ほど鈴木会長もお話ございましたけれども、公的規制の全体像、それから影響評価の手法を確立する必要があるということで十ページの下の方に書いてある。これは私は非常に大事なことだと思うのです。 つまり、今一万九百四十二件の規制がある。この規制というのは、例えばいろいろな法律をベースにして、政令だとか省令だとか通達だとかいろいろな形で細かくブレークダウンする。これを全部総務庁が事務的にカウントをしたら一万九百四十二件。もとになる法律があって、そこからどういう政令や省令が出、それから例えば通達などが出る、そういう全体の幹になっている部分からの関連というのがどうも不明確である。 こんなばかなことがあるのかということなんですが、どうもこれも私は、やはり各省庁が情報を公開するのを嫌がっておる大きなあらわれではなかろうかと思います。そういう面では、やはりもとになる法律があって、これが一体どういう関連になっているのか。言ってみれば、幹になる木があって、枝がどういうぐあいに出ておって、どこの幹の部分を押していくとどういうぐあいになっていくのか。 そういう面では、一万九百四十二件を第三次答申では実質半減、ただ数だけ半分にしたって、かえって、例えば土光臨調が始まってからは規制の数はふえておるわけですね。しかも特に、例えば電気通信事業法みたいな、ああいうもとのところを、いわゆる独占であったのを言ってみれば競争場裏にさらすということによって規制の数は、正確な数は知りませんけれども、六十とか七十とかふえている。 しかし、幹になる部分を押さえていくということによって、国民生活に及ぼす影響というのは非常に大きい。そういう面では、公的規制の全体像を明らかにしながら影響の面まで把握をする、これもやはり総務庁がある程度事務局になってやらなければならないことでしょうけれども、この作業というのは大いに急がせる必要がある。 特に規制のいろんな緩和等々については、民間やいろんなところが指摘をすることについては、いろんな形で提起はされますけれども、もっと本質的なところで見直す。それからまた、いろいろ今まで行革審が指摘をしても、結果的には、一応ちょっといじって、そうしたらもうこれで改善いたしました、改革は終わりましたとかと、そうじゃない、本当に本質的な面で一体どうなんだ、そういう議論がまだまだ不十分だと私は思います。そういう面でも、情報自体が公開をされていないところに一つ大きな問題があると思うのです。 それからもう一点、今度は見直しの進め方。 これはちょっと、私は、アクションプログラムを五年間つくり、そして政府、細川総理が推進本部長になってやっていくという、これはこれで、今までいろいろと提起をされたことを具体的にこう進めていく、実行させていくという面の有効策としてあるということは決して否定はしません。しかし、これだけで本当に進むだろうかという面では非常に危倶をしている。 そして、先ほど稲盛さんもおっしゃいましたけれども、要は国会の、立法府の中でいろんな規制のもとになる法律はつくられたわけですね。そして、言ってみれば、今度は民間や労働組合、いろんなところが、もう緩和しなければいかぬといろんな形で言っておる。今度は、つくった立法府のところで一体どういうぐあいにするのかといったあたりをもっと、言ってみれば抜本的に考えてほしいと思うのです。 確かに経済改革研究会等では第三者機関、いわゆる三条約織というのでしょうか、三条機関とかということで、公取に似たようなそういうことをつくる必要があるとかという議論、これは行革審の中でも議論はありました。これはこれで有効だと思うのです。 そういう視点での検討と同時に、私はやはり立法府の中で、これは個人的な意見になりますけれども、ちょっと粗っぽいかもしれませんが、二〇〇〇年なら二〇〇〇年までにもう規制にかかわるような法律は全部ともかく廃止をします、二〇〇〇年には。そうしたら、また必要なのはぐんぐん変えたり、同じものが出てくるかもしれませんね、そういうものはやはり立法府の中でチェックをする、そういう機関というものは、例えばこういう委員会だとか、これが見直しをする。 そうすると、よく官僚の人やいろいろな人と話をすると、一番最後のときにどっと出てくるんじゃないかと言う、もう国会のこういう仕事をやっている人は忙しくてとても審議なんかしておる暇がないということをよく言われますが、私は、二〇〇〇年のときにはみんな廃案になるのですよというぐあいにすれば、必要なのは、優先順位等は言ってみれば今官僚組織が一番わかっておるわけですから、もう真っ先にぼんぼん最初から出てくる、一番最後に残せば審議の時間がないとなる、全部廃案。 こうなったって、私は、日本人はばかじゃない、賢明だから、先ほどの稲盛さんとちょっと違うかもしれませんが、ぎくしゃくはなっても結構スムーズにいくんじゃなかろうか、それぐらいちょっと荒っぽいことを立法府としても考えられる、これが稲盛さんもおっしゃった、法律でということだろうと思いますが、それぐらい大胆に進めていく、そしてもう一回ゼロベースで見直しをしていく、そういう進め方が大事なのではなかろうか。一番最後の方は、個人的な見解になりますけれども、そういう荒療治をしないとだめだ。 そして、一番最初に戻りますけれども、要は、やはりどうしても規制の緩和等では、今までメリットを受けた産業または企業等がデメリットになっていく、そういうことで、雇用の問題とかいろいろな形での摩擦が出てくる。この摩擦をできるだけ少なくしながら、スムーズな転換を図っていく。その面でも、スムーズな転換のあたりについても、また受け皿であるとかいろんな施策については、ぜひ補完という視点もお願いしながら、私の話を終えさせていただきます。
○加藤委員長 どうもありがとうございました。 以上で参考人の御意見の開陳は終わります。 —————————————
○加藤委員長 これより参考人に対する質疑を行います。 この際、委員各位に申し上げます。 質疑のある委員は、挙手の上、委員長の許可を得て発言するようお願いいたします。また、発言の際は、所属会派及び氏名並びに質疑する参考人のお名前をあらかじめお告げいただきたいと存じます。 それでは、質疑のある委員は挙手をお願いいたします。
○亀井(善)委員 自民党の亀井善之です。 参考人の皆さん、大変御苦労さまでございます。特に鈴木会長には、十二年間にわたって行政改革推進のために大変な御尽力をちょうだいしておるわけでございますが、この十二年間、行政改革の推進、こういう点で今なかなか進んでないところがたくさんあるわけでございますが、その辺の状況の御感想をひとつお伺いしたいのと、あわせて、この規制緩和の問題で、第三者機関の設置等につきまして先ほどいろいろお話がありましたが、立法、あるいはそれに伴う指導であるとか通達であるとか、いろいろ細部のものがまた出てくるわけでございます。 そういう中で、公正取引委員会や経済企画庁や総務庁と、競争の問題や行政の問題、政策の問題等、いろいろな官庁があるわけでございます。この規制緩和を推進するためには第三者機関、これが必要ということをおっしゃっているわけでございますが、具体的な形としてどんな形のものをお考えになっているのか、あるいは法をもって、いろいろ、このアクションプランでございますか、ある程度年次計画というか、そういうものも必要だと思うのでございますけれども、その辺、どんなお考えか、お聞かせをいただきたいと思います。
○鈴木参考人 それでは、お答えします。 どういう点に苦労したかというふうに理解してよろしゅうございますか。 私は、まず第一、これはだれでもそのように感ぜられているのだろうと思いますが、行政改革の機構と申しますか、あるいは行政全体の機構ということになるのかもしれませんけれども、行政改革の意見は設置法でできるだけ尊重するということになっておるわけでございます。 そういうことで、こっちも実施していただきたいということを前提にしておるわけですが、それが、我々が出しましても、官庁の方としては、最大限尊重するんだから余計我々も同意を得るまで詰めてもらわなければ困る、自分たちが同意ができないようなものを出されても、それは最大限尊重するというのに持っていくことはできないというまた理屈もあるわけです。ですから、そこでよく議論が、行政の厚い壁に阻まれてどうのこうのと、新聞はまずそれを大体骨にして文章を考えていると思われるくらいであります。 それで、私は、難しい問題かもしれませんけれども、行政改革を、対象である公務員、官吏に出すわけでございますから、先ほどからほかの参考人の方も御意見が出てまいりましたけれども、そういうふうに積み上げていって、各次官会議に通って初めて閣議にかけられる。次官会議にかけられないものは閣議にもかけられない。いわゆる、日本の政治、間違っているかもしれませんが、我々が感じますことは、ボトムアップの政治ということの一部とも言われますけれども、そういった問題をどのように解決するか。 最大限尊重するというならば、そこのところの作業のルートをもうちょっと変えていただきたい。直接内閣、国会議員の方々に受け取っていただき、行司をしていただくとか、何とか、これからどのような制度が設けられるか存じませんが、そのところの、言いかえれば自己矛盾的な手続を、どのようにスムーズにいくかということをぜひ考えていただきたいなと思うわけでございます。それで、我々としましては、結局、内閣のリーダーシップということをもっと発揮していただきたいというのが、いろいろな議論のときに出てきた問題ですが、その一部でもあろうと思うのです。 それから第三者機関の問題でございますが、これは委員会でもいろいろ議論のときに、私に言わせれば、時々混線したりいろいろして、議論がまとまるのになかなか時間がかかった問題でございます。 と申しますのは、オンブズマンという存在というものは、日本は、推進と同時に監視と申しますか、日本の全体の、会社でもそうでございますが、監視機関、お目付役というのですか、そういうのが割合と弱い社会じゃないかと思うのです。それで、企業でもいろいろな問題が起きてきて、今そういったものの強化をしなければならない。そういう意味で、推進していただくものは内閣でぐんと推進していただく。しかし、それを第三者的に見て、まだこういったところが行き届かないのではないかというような、俗な言葉で言えばお目付役的な行動をしていただく。あるいは、これからも国民からいろいろな注文が出るかもしれない、恐らく出るだろうと思うのです。そういうのを受け付けて、こういう問題もまだ起きていますよということを推進本部の方へ申し出る。そういうようなことで、執行部隊とオンブズマンとは別だというのが私の考え方です。 議論の最中では、第三者機関というものを今得本さんもおっしゃいました。得本さんはどういう意味でおっしゃったかちょっと私聞き漏らしたのですが、オンブズマンのこと、第三条機関にしたらどうだというような意見も出ましたが、私は、こっちはオンブズマンで例えばそういった意見を言って、こういうふうにしなさいよとかこれはおかしいではないか、これは言うにしましても、行政権を発動するようなものは、もし内閣だけで足らなかったらば、第三条機関でも第八条機関でもおつくりになるのはそれは政府のお考えだ、しかしオンブズマンは別ですということを主張して、ああいう格好で出させていただいたということです。
○太田(誠)委員 自民党の太田誠一です。 きょうこういう形式でやっているのは参考人をお呼びするときは珍しいのではないかと思いますけれども、こういう格好でやっているのはどうしてかというと、議員同士のディスカッションをしたいと思ってこういう格好にしているのです。一回ずつ聞いていると能率が悪いということもありますけれども、こういう形でやることも一つの改革だと思っております。 そして、今の、特に稲盛さんのお話で主権在民ということを強調されたわけですけれども、まさにそのとおりで、この国は、法律をつくるのは役所だとみんな思っているわけですね。それは全くの間違いであって、法律というのは、つまり政府に公権力を与えて国民の自由を束縛したり、あるいは税金を取ったりして犠牲を定めるのは法律なわけですから、そういうことをしていいのは、主権在民のもとでは国民の代表である国会だけしかそれはできないわけです。 今おっしゃったさまざまの問題、どうして行革審でなかなかいい答申が出ないのかというと、それはそもそも相手にしている人が間違っておって、いわゆる既得権を守ろうとする人たちを相手にした答申を出そうとすれば当然そういうことになるわけで、そのことに国会議員も今まで気がついていなかったわけです。国民も気がついていない。 いつか稲盛さんが何かの記者会見をしておられるときの記事を見ましたけれども、それでどうやって実行しますかということについてのお答えが、たしかあのときも第三者機関ということを言っておられたように私記憶しておるのですけれども、それは第三者機関というよりも、立法府にゆだねない限り行政改革はできないのだと思います。 審議会の存在そのものが何か矛盾している、行革審の存在そのものが矛盾しているというふうに私は思うわけでして、前にも大蔵省の証券監視委員会をつくるときにも鈴木会長と何度もやりとりをさせていただきましたけれども、あのときの理屈と、今度何か免許を与えているところがペナルティーを科する機関といいますか、第三者機関と一致しなければおかしいという理屈を言っておったようですが、それはちょうど証券監視委員会のときと同じ理屈を言っておって、免許を与えていること自体が問題なわけですから、やはりそういうふうにはっきり言わなければいけない。当然自分たちの権益を守ろうと思っている人たちはそれは認めないわけですから、どうしても、行政の中の審議会でやっても限界がある。 きょうは、実は私、一回行革審の議事録を出してくれということをお願いしたのですが、議事録を出してもらって、そして、実際に出てきた最終答申と内容が違うのではないかというような疑いを持っておるのです。最終的に出てきた答申に至るまでのギャップを少しお話しいただければと思っていたのです。実際に審議会で発言をされたことと、結果として答申に出てきたこととの間のギャップというのはどのくらいあるのですか。では、稲盛さんに。
○稲盛参考人 今、議論をもってまいりましたことと最終答申とはどういうギャップがあったのかという御質問でございますが、これはいろいろ広範にわたりますので、具体的にこういう点が変わったというようなことよりは、多くの意見が委員から出た。多数決原理ではありませんけれども、その意見を集約して最終答申になるわけでございますから、議論をしたものが全部最終答申に盛り込まれるわけではないと私どもは理解しておりますので、議論と最終答申とは若干違うということはせん方ないことだ、こう思っています。 ですが、概説的に申し上げますと、委員会で審議をします中では、また起草委員等でやりますときには、相当きつい意見といいますか、最終答申に比べて大変きつい意見がたくさん出ておりました。もちろんそれは一部の人の意見でございまして、大半というわけではございません。そういうことは、いろいろな意見を入れて最終答申の形になったということだと思います。 私は、今おっしゃいましたように主権在民なんですから、国民に選ばれた政治家の方々がこの国会という場で、立法府において法律をつくって規制緩和をしていただくということは最もベストな方法だろう、このように思っておりますし、ぜひそれをやっていただきたいと思いますが、同時に、権威ある第三機関というものを我々最終答申でうたったわけでありますが、できればこれも大変権威のある、またある種の行政措置がとれるような、例えば公正取引委員会に匹敵するような公正行政委員会とでもいいましょうか、そういうものにしていただきたいという意見は委員の中ではたくさんございました。ですが、最終答申ではそういう形態にはなっておりませんでしたけれども。 特に、大変残念なことに、我が国では官僚の方々が民に信をおいてないといいますか、民間にすべてのものを任せてしまうと何をするかわからないという不信感が根底にある。つまり、主権在民といいながら民間そのものを信用してないというところに実は大変大きな問題があると私は思っています。 一部には不心得な方もおられて、いろいろな問題は起こりましょうけれども、それはその起こってくる過程で当然解決していく問題で、そしてトレーニングされて民も実は進歩していくのだろうと思います。任さないためにかえって民が進歩しないという面があるのではないかと思いますので、ぜひ国民を信用する、信頼するということがベースではないかというふうに思います。
○村井委員 新生党の村井仁でございます。 鈴木会長初め委員の先生方の長年にわたる御努力に深く敬意を表する次第でございます。 先ほどの太田委員の御発言とも関連するのでございますが、きょうのお話をお伺いしておりまして、私は、稲盛参考人が陳述の最後に仰せになりました、最後はやはり政治の責任だということ、非常に感銘深く伺ったところでございます。 確かに、いろいろ議論はありましても、もとは私どもが何らかの形で関与をしてつくった法律でその権威が与えられる、そこで規制が始まるということでありますから、我々が本当にしっかりするならば、別に第三者機関もオンブズマンも必要ない。本来は我々がそういう役割を果たすべき自覚を持つのが大切なのではなかろうかという思いで実は聞かせていただいたわけでございます。 ただ、そうはいいながら、現実問題としまして、なかなか民意というか、いろいろございまして、例えば最近の例でございますけれども、ちょっと新聞の投書を読んでおりましたら、酒の自動販売機が町中に置いてある、これは青少年が勝手に酒を買って飲むことになるので取り締まれ、こういう議論がある。一方ではまた、酒の販売の問題というのは常にいい例で話題になるわけでございますけれども、規制を緩和するべきである、こういう議論もあるわけでございまして、そのあたりあれやこれやのいろいろな議論がございます。 そこをどうやって調整していくかという部分が私どもとしては非常に苦しい、難しい問題だろう。そういう意味で私は、第三者機関というのがやはりそれなりの一つの御見解を出していただくというのは、非常に結構なお話じゃないかと思ってはおります。 そこで、その位置づけなんでありますけれども、この点をお伺いしたいのでございます。これはどなたでも結構でございますけれども、いわゆる三条機関、八条機関というような政府機関、行政機関の一部、審議会というような形になるのがいいのか、それとも民間臨調というような式の組織がございますけれども、あのようなボランタリーなものである方がいいのか、そのあたりをどんなふうにお考えになるか。答申では一見三条機関あるいは八条機関というようなものをイメージしておられるやに拝察いたしますけれども、その点について一つお伺いしたい。 それからもう一点は、これは得本参考人が主としてお触れになったことでございますけれども、当然のことながら、規制緩和というものが行われますと、いろいろな意味で犠牲を払わなければならない部分が出てくる。その規制緩和の論議というものを表面的にやっておりますと、いかにも役人が反対するからうまくいかない、こういう議論が間々あるわけでございますが、実際にはその役人の後ろに、ある種の国民の中の利益集団というものがございまして、それが当然のことながら反対と叫ぶわけでありまして、これはまたそれなりに傾聴すべき意見があるわけでございます。 例えば、今酒の例を一例にとりましたからこの酒の例で申しますと、酒の販売の免許は、もっともっとどこでも売れるようにしたらいいじゃないか、どうせ財政物資で税金はもうほとんど取っているのだから、実際問題としてどこで売っても特段の支障はないじゃないか、普通の商品と何の変わりがあるのかという議論がございます。しかし現実には、山間僻地などまで含めましたら相当小さな商売でございまして、成り立たない、非常に大変だと思う。 例えば聞いてみますと、ビールなんというものは本当に、現実に運ぶ労賃やら何やらを考えますと非常に利の薄いものなんだそうでございまして、ほかのもので埋め合わせて何とかつじつまを合わせて、それはやはり免許で守られているからだというような話も私ども聞かされるわけでございます。 そういった問題につきまして、本当にどんな救済の手段があるのだろうか。例えば酒あるいはたばこ、そのようなものにつきまして本当に自由にしてしまっていいものなんだろうか。非常に私ども悩む点でございまして、このあたり一つの例でございますけれども、御高見をお伺いできればありがたいと思います。 ありがとうございました。
○鈴木参考人 第一の問題についてお答えしたいと思います。 議論は、先ほどの我々の話を聞いていただいても、最終のポスト行革審の機構については意見がいろいろあってディスカスしたということはおわかりいただけると思いますが、最終的にこういうことでいきましょうということで大体私としては皆さんが了解されたという線は、推進本部は推進本部、それは内閣が中心になっていろいろ考えていただきたい。ただそこに、内閣に、余分なことを申し上げますと、審議会的なものとか何々会議というようなものにそれをやらせることではどうも片手間の仕事になるというようにも思われるので、特別の組織をつくってくださいという注文は陰に陽に申し上げたわけでございます。 そして、片方の組織はオンブズマン的な考え方でございまして、大体今おっしゃいました中では、三条機関とか八条機関とかいうような国家機関というものじゃなくて民間を主体にした、そういった第三者機関というふうに考えておりますので、民間主体の、しかしちゃんと任命された組織をつくって、そうしますと、民間臨調あたりということになるのかな。それはちょっとまだよく考えておりません、何か私どもそこまでは……。
○稲盛参考人 今の第三者機関でございますが、おっしゃるとおり、私は場合によっては議会の方で民間の第三者を使ってそういう監視機構というものをおつくりになってもいいのではないかという気がしますけれども、もし現在の行政府の中でやるとしました場合には、総務庁の中に行政不服審判庁みたいなものがあるわけでございますから、そういうもので行政の方は、もちろん失敗をしてはならないというので皆さん大変慎重にやっていらっしゃいますけれども、人間ですから行政府の官僚の方々も失敗、間違いはあるわけです。 そういう国民に多大の負担をかけたり、また迷惑をかけたものについては厳しく第三者から、同じ官僚同士だった場合には非常にお互いにうまくやっておられますから、そうじゃなくて第三者として、いわゆる監視委員会みたいなものが厳しく問い詰めるというようなことがあって初めて、官僚の中にもみずからを律するという意味でいいものができるのではないかというように思います。いずれにしましても、そういう官僚のミスを起こさないように監視をする制度、厳しい機関というのは要るのではないかというように思います。
○得本参考人 第三者機関の問題については、ちょっと私も舌足らずだったかもしれません。 これは、例えば内閣が推進本部をつくるとか、私は、これはこれで、今まで言われたことはそういうことでしたから、さっき全体像がわかってくれば、これは国会の中に、立法府の中に何か推進体制をつくっていくという、そういう二段構えが必要かと思います。 それと同時に、今度は民間というか、そういう面から、進んでおるかどうかとか、足取りがのろいじゃないかとか、そういうチェックの機関というのは必要だと思います。これは三条機関がいいのかどっちがいいのか、できるだけより強力な根拠に基づいてきちっとやっていく。そういうのは、できるだけ強い影響力なり発言力を持つ機関が必要だと思うのです。これはあくまでも推進をチェックをするということです。 それから確かに、具体的に後の規制の緩和でメリットを受けたり、多くの方々が、例えば極端に言うと路頭に迷ったりするとか、そういうあたりを一体どういうぐあいにするか。これは個別の問題でいいますと本当に大変な問題なんでしょうけれども、結局、こうはいいながら、例えば酒の免許の問題などを一つとってみても、地元の商店街とか駅前商店街とか、いろいろそういうあたりがぐんぐん、スーパーだとか、それからまた移動の手段自体が非常に変わってきておるということから、大きなショッピングモールができたりするとか、現実は常に変化をするわけですね。 しかも、その変化の方向というのはもっともっと加速されるであろう。とすれば、これは個別の問題じゃなくて、そういう大きな転換に伴うような面で一時的にも何か救済をするような、これはある面で施策として必要、いわゆるスムーズな、つまり何でもかんでも小売業でやっていくんだとか、そういうだけじゃなくて、何か次へ転換をしていくというような誘導策とか仕組みは、これはまさに私はいわゆる国の責任というのですか、そういう転換法みたいな形で救済をしてあげるということが必要だと思うのです。 ただ、個別の救済で云々、ケース・バイ・ケース云々になると、結局、森の中で一本一本の木を見るような格好になるものですから、こういうぐあいに大きく構造転換を図らなければならない例えば農業なんかだと、私なんかもっといい面を育てなければならないという視点もあると思うのですが、特に流通業であるとか建設業とか、そういうあたりだと、こういう十年なら十年という単位で変えていくためにも、何か社会的な面での救済の措置が必要になってくるのではなかろうかと思っております。 昔は農業が言ってみれば雇用のバッファーになった時代がありましたね。それからまた失対事業とか云々、こういう言葉はよくありませんけれども、こういう摩擦が起こる途中の転換では、そういう新しい事業みたいな形で一時的には必要ではなかろうかと思っております。ちょっと非常にマクロ的な言い方しかできませんけれども。個別の論理にとらわれておったのでは調整はできないのではなかろうかと思います。
○村井委員 関連して。 今の得本さんの御議論を詰めますと、過去、日本の産業構造の戦後の変化の中で、そういう衰退産業についていろいろな手当てをしてきたケースというのは幾らもあるわけでありますが、その中で、例えば設備の買い上げたとか、相当ドラスチックなことをやっているケースというのがあるわけですね。規制緩和の過程で、そういう不利益を生じた部分につきましては、そこまで突っ込んでいいとお考えになりますか。 要するに、これは一つのぎりぎりの案として私はお伺いしているのですけれども、こういう社会の中でいろいろな利益の調整というものはやはり大変な話でありまして、それを考えますと、例えば繊維における織機の買い上げですとか、あるいは石炭産業における御存じのとおりのいろいろな手当てですとか、ああいうようなことまで考えでいいのかどうか、そのあたりの感触をひとつお伺いしたい。
○得本参考人 余りそこまで詳しく今まで検討しているわけではありませんが、例えばエネルギーの転換期というような大きな変化があったりするときというのは、当然そういう面での措置は必要になってくる。 私は、どちらかというとそれよりは、そこで働いておる人たちの労働力の移動なり、これを一体どういうぐあいにしていくのか、そういう視点では、買い上げたり云々というのは、細々ながらも残していくのか、それとももっと新しい分野に変えていくのかという、この割り振り方のところで変わってくるのではなかろうかという気はしておるのですけれども。
○高木(陽)委員 公明党の高木陽介でございます。 今の村井委員の質問にも関連してくるのですけれども、規制緩和の問題というと、かなり話題として盛り上がってきて、国会でもこういうような委員会ができて、どうしても規制緩和を実施していこうという流れになっているにもかかわらず、総論賛成、各論反対というのがやはり現実の姿だと思うのです。 今、お酒の免許の件でいろいろありましたように、例えば車検制度の問題なんかで、自動車修理工場が八万軒ある。この不景気にその車検制度をなくして、では、その八万軒の自動車修理工場の雇用の問題あるいは商売の問題はどうなるのか。規制緩和、原則ゼロベースで行くということはすごく賛成なんですけれども、実際問題、本当にそういうふうにした場合に、それの影響というのがどれぐらいになるのかというのは、数値だとか、そういうのはなかなか出てこないと思うのです。これはどなたでも結構なんですけれども、そこら辺のところでどういうふうに予測されているのか。 それから、稲盛参考人が言われた、被害があって別の法律制度で救済していく。これは得本参考人も今おっしゃいましたけれども、そうやって保護していく法律制度をつくってしまうと逆にそれがまた規制になっていくのではないかな、結局堂々めぐりで、大もとの規制緩和をしたと思ったけれども、何年かたってみるとそれがまた規制になっていたみたいな形になるのではないかなと感じるのですけれども、その辺についてどう考えられるか。 また最後に、得本参考人にお伺いしたいのは、先ほど雇用システムの改革が必要だということをおっしゃられましたけれども、もう少し具体的に、規制緩和に伴った雇用形態、雇用システム、こういうふうにした方がしやすいというか、そういう形のお話いただければと思います。
○鈴木参考人 一言だけ。やはり原則自由、例外しか規制しないという原則で進めないと、今おっしゃったように、法をつくったら以下はますますというふうに私は思います、まことに抽象的ですけれども。私は、やはりそうじゃない。まあ、稲盛さんが実際に一番……。
○稲盛参考人 確かにおっしゃるように、総論では賛成だけれども各論になれば反対ということは、これは行革をやっておりましてもう全部そうでございました。原則自由というような形でもって規制緩和をしていくとしますと、行政府がやろうと立法府がやろうと、私はやはり哲学が要るのだろうと思うのですね。 確かに各論になりますと、規制を緩和することによってその産業が壊滅するとか、その人たちの雇用の問題から生計の問題、いろいろな問題が出てくると思うのです。それを全部やっていきますと、これはもう手がつけられないといいますか、今まで全部規制緩和と言われておったけれども、各論に入っていくと、余りにも問題が大きいものだから規制緩和ができていない。だから、必ずしも官僚の方々が努力をしないでできていないのではなくて、やろうと思えば思うほど実は問題が大きいというところでできなかったと思うのです。 だから、哲学が要ると私は思うのですね。それは、先ほどちょっと言いましたけれども、自然界というのは諸行無常なんですね。生滅これ法理なんですね。つまり、生まれ滅びるのは、これは自然なんですね。だから、あらゆるものが被害を受けないようにしようということは、もちろん弱者の場合には救済が必要ですけれども、すべての既得権益を持った方々を、既得権益がなくなるために、それを守らなきゃならぬということは、これは過剰な保護だろうと思いますので、その辺は、やはり社会を見詰めていくのに厳しい見方というのは一面では要るのかもしれない。 私は、哲学を持ち、勇気を持ってそれができるかどうかというのは、やはり立法府の政治家の皆さん方の勇気ではないかなというふうに思います。
○得本参考人 ちょっと二点言いたいのですけれども、一点は、規制を緩和したときの影響の度合いというのはいろいろな面があると思うのですね。国民生活の面からのメリットの部分もあれば、今度はデメリットで、雇用の問題だとかいろいろな部分で衰退していくとか、この両面を考えないといかぬというのはおっしゃるとおりだと思います。ただ、残念ながら、この影響がどういうぐあいになるのかということは、把握できる仕組みが今できていないのですね。やはり、これをつくっていきましょう、つまり、全体像それから影響についてもつくりましょうということ。遅いぐらいのことですけれども、しかしこれは今からでも始めることができる。 そういう面では、さっき車検の問題がちょっと出ましたけれども、私たまたま自動車産業の出身ですが、正直言って私は、車検制度というのは、今これだけ国際的にいろいろな輸出がされ、品質自体もいいのに、日本にこういうものがあるというのはやはりおかしいと思う。今までは前整備。前に整備をして後で検査をするという非常におかしなことであった。今度、考え方は整理されましたね。前検査、後整備。これは一つの例です。しかし、それにしたってまだ実際、車検の面で、要らぬ部品までかえたりするとか、その点なんかはまだまだ変わる。結局、ぶら下がっている雇用もたくさんある。そうすると、まずそういう物の考え方を変えながら、本当にそういう面では段階を踏んでいくという必要があると思うのです。 ただ、紹介しますと、整備屋さんというのもだんだん数は少なくなっているのですね。つまり、人がなかなか集まらない。そして、おやじさんとか家族でやっている。そういうぐあいに、もう転換自体を迫られている。しかし、雇用に与える影響というのを考えると、余りドラスチックな形でなくて、これだってある程度段階を踏む必要がある。 それだけに今度は、規制緩和について雇用の仕組み云々というのは、私もまだきちんと分析しておるというのですか、考えておるわけじゃありませんけれども、いわゆる日本的な年功序列型の賃金であるとか、それから長くいればいるほど、特に退職金なんか一番具体的にわかりやすい例ですが、若い、勤続年数が短いときは非常に少ないけれども、ある途中からぐっと上がる。中高年になれば、今までは安い給料でやってきたけれども、今から収穫の時期だ。今、中高年がいろいろな面で、言ってみれば過剰雇用だとか、特に管理職なんかいろいろある。そういう意味では、やはりこういう仕組みというのは徐々に変えないといかぬ。しかし、ドラスチックにはとても変えられません。 そうすると、結局新しい人ですね。今から新しく採用する人は別な体系ですよ。今の人はそういうつもりで入っているのに、急に中高年減らして、なくされて、それで若い人がおります、これはもう企業の中でもきついようでございます。やはり二本立てが必要になってくると思う。そういうコンセンサスを持ちながら、そしてだんだん徐々に変わっていく。 だが、そんな悠長に待っておれるのかどうか。これは何も国内だけの問題ではなくて国際間のいろいろな問題もありますけれどもね。ドラスチックにやらなければならない部分については別な手当ても必要でしょうけれども、基本的に私は、日本的な雇用システムというものはすぐには変えられない、二本立ての構造にしながら徐々に変化させていく、一つの企業にばかりぶら下がるということが逆に言うと転換にプラスということでありますから、そういう移動がスムーズにできるようなあたりを、労働組合の方としても、今までの既得権だけじゃなくて、新しい視点を持たないとだめじゃなかろうかと思います。
○中野委員 民社党の中野でございます。 お三人とも、当然といえば当然ですが、規制緩和、行政改革、大変熱心に、しかも、各論はさておいてでも、やはり総論、明確に確立をしてやっていこうという御熱意についてはよくわかりますし、私も大賛成でございます。ただ、そのときに、今も雇用の問題等出てまいりましたように、具体的な作業をやるときにはかなり緻密な配慮も加えなければいけないことは事実です。 ただ、配慮倒れに終わって規制緩和が進まないという実態が今までは多過ぎたということが言えるのだろうと思います。大胆不敵にやっていく必要があると思いますが、なかなか、企業を含めて社会の抵抗というのはかなり厳しいだろう。その社会の理解をいかにして深めていくかということが、やはりこれはみんなの務めでもある、こう思うのですね。 例えば、今退職金の話が出ました。退職金というのは、私に言わせれば、企業はずるい。言うならば従業員に前借りしているようなもので、退職金を払うそのときまで、本来払うべき、毎月払うべき給料を払わないで、最後までストックしておいて、そして退職金として払う。これはもう、言うならば企業が従業員に借金しているようなものです。そしてまた、それを一つの資金として事業を展開をしたりということもあるわけでありまして、そういう雇用体制から経済体制まで変えていくという覚悟が本当は必要なんだろう。そうしませんと終身雇用制なんというのはぶっ壊れるはずがないわけですね。しかし、そういうことを果たして、企業がずるいという表現を私は今しましたけれども、それだけで済むだろうか。労働者もむしろそれが将来の企業的社会保障制度につながっていくという錯覚を持っていはしないか。そういう意識変革というものも必要だろう。 そういう意味で、例えば規制緩和を進めていくときに、終局的にはそれは国民、消費者、生活者のメリットになるということは理解し得ても各論で反対するというのは、とりわけ私は、規制緩和をするということになれば中小企業者と労働者が真っ先に反対するというか危惧の念を表明するに決まっていると思うのですね。 この前、中小企業リストラ法をつくりました。これは事業転換の促進とそしてまた海外進出の促進、この二つを図るわけでありますが、海外進出に関連をして、経済の空洞化そして雇用問題ということを心配をして、真っ先にちょっと持てという待ったをかけたのは連合だったわけです。というふうに、これからいろいろな問題でそういうことに直面をしていくだろう。ですから、これをやるときにはやはりそれぞれの規制緩和にプログラムが必要なのであろう、こういう気持ちがするわけです。ですから、大胆に進めていくこと、これは賛成ですけれども、しかし、それは計画的にプログラムをつくって進めていくということが極めて大切なのではないかなということです。 どういうことに気をつけ、どういうプログラム、スケジュールをつくっていくのが必要だとお考えかをひとつ得本さんにお聞きしたい。 それから次に、稲盛さんにお聞きしたいと思いますのは、いわゆる大企業、またはいろいろな発想ができる企業、その典型は京セラさんだと思いますけれども、そういうところは、ある意味では、いろいろな配慮を加えなくても、規制緩和、もう総論に即賛成できるというくらいの大胆さと力強さを持っていると思うのです。しかし、先ほど来申し上げましたように、日本の経済、とりわけ中小零細企業によって支えられている傾向が強い日本の経済というものに配慮をする場合にどういうことを考えていかなければいけないか。 これは、政府が考えることと同時に、アメリカからは系列と批判がありますけれども、しかし現実に系列もある。そしてまた、ある意味では中小零細企業に依存する、悪い言葉で言えば、搾取して大企業が成り立っているという部分は全くないとは言えない。そうすると、大きな企業の責任というものもそこに当然生まれてくるだろう。いわゆる経済界としてどういうふうにそのことを責任を持って踏まえていこうとされるかという御決意を聞きたいと思います。 最後に、鈴木参考人にお尋ねをしたいと思いますことは、規制緩和と地方分権は一体のものと考えなければいけないとおっしゃいました。縦割り行政の是正についての御指摘もありました。しかしながら、規制緩和については、ある意味では一歩踏み出した状況にみんなの気持ちがあると思うのです。しかし、地方分権については、全くイメージを描くところさえもまだいっていないと言って過言ではないと思います。 しかし、地方分権はやはりやらなければなりませんが、その地方分権のときに、権限と財源というものが、これは不可分一体のものとして付与されなければなりません。しかし、例えば現在でも、地方分権を声高に叫びながらでも、それでは、先般十九日に政府税調が答申を出しましたが、あの中に地方分権の発想があるかというと、私は皆無に等しいと思うのです。むしろ、中で地方消費税の創設が検討材料として出てまいりました。期を同じくして、全国知事会等から、地方消費税をそれなら我々によこせと言われました。 これなんかは、ある意味ではとっぴな発想です、現段階では。これは、中長期に見れば当たり前のことかもしれません。しかし、現段階では、例えば五兆円減税と言われる、そのうちの三割、一兆五千億はどうせ地方税の減税しろというのだろう、しかし、国は消費税を上げるかもしらぬが地方は財源どうしてくれるという、言うならば開き直った地方からの声が地方消費税ということになってあらわれてきたのだろう。 しかし、本来はそうではなくて、地方の財源というものを真剣に考えられるならば、もっと別の形が出てきたかもしれない。地方分権というのは、規制緩和ほどまだ具体化していないと言っても過言ではないと思います。 長くなって済みませんが、最後に一つだけ例を申し上げます。 私は、こういうことを一つの審議会や一つの国会等で総合的にやはり考える必要がおる。私は、行革審でこれまでやってきていただきましたが、行革審が本当はトータルとして考える場として一番いい。政府税調にもできない。この前の平岩研究会にもそれはできない話だと思うのです。整備新幹線一つ考えたって、新幹線だけで日本の交通網を支えられるものではない。道路から航空機からすべての総合運輸体制というものを考えなければいけないが、日本にそのシステムはあるのか、ないと言って過言ではない。 地方の問題だって、道州制を考えるということが一つの案として出されています。道州制をやる、そして市町村の規模を大きくする。そして、その上に立って、税制は、国は所得課税、道州制をしかれた場合の道州は消費課税、そして、より規模が大きくなった市町村は受益者負担という視点に立っての資産課税というふうに、基礎を整理するという、行政単位や税制や、そして比例配分や、いろいろなものを総合的に組み合わせなければいけない。一にかかってすべて国会の仕事であり、政府の仕事ではありますけれども、しかし、それを専門的に御議論をいただくとすれば行革審しかない。 私は、行革審としてそういう総合的な検討をされたかどうか、そして、今私が申し上げましたことについてどうお考えか、お聞かせをいただければありがたいと思います。
○得本参考人 では、一番最初の、非常に難しい質問で、具体的なプログラムの描き方といっても業種やいろいろな産業によっていろいろ違うわけでしょうから。 ただ、私は、まずどうしても、やはり組合の立場でいうと、雇用がどういうぐあいになるのかということが真っ先に来るわけですよね。経済の構造や産業構造を変えていくという、これは規制を緩和すれば必然的に動く。特に低生産性分野と言われる産業分野から一体どう労働力の移動をスムーズに図っていくか。このときに、今までは非常に荒っぽいやり方だったと思うのですね。結局、中小零細企業あたりだと結構転職が過去に進行したが、日本の今の仕組みというのは、いわゆる転職、企業をかわったりすると不利になっていく仕組みになっていますよね。 これは、確かにいろいろな面でしわ寄せが、例えば大企業と中小企業との賃金や労働条件格差とかと言われておりますが、そういうあたりのことなんかを、結局もうちょっと仕組みを変えていくということを片方ではしていかないと。それからもう一つ、そういう面では、さっき私は、年功序列型の賃金だとか退職金の問題等もですね。かといって、今の人を急に低くしていくものであってはいけませんから、新しい人をという、こっちはそういう仕組みを変えていくということでもすぐにスタートをする。それから、会社の名前が変わっても、要はともかくいわゆる終身雇用とか一社終身雇用じゃなくて、雇用継続、長期の雇用継続をどう図っていくか、そのときに不利にならないような形にどうするか、これも今あしたから云々ということではとてもできる話じゃない。そういうことを労働組合自体がやはり意識して考えておかないと、どうもうまくできないのではなかろうか。 ただ、プログラムのかき方云々という前の、前提条件の整備という形をどうするか。ところが、今はどちらかというと労働組合は守りの立場にいる、特に今は不況が深刻な状況ですから。そうすると、やはり企業の方はコスト削減で生き残りをかけて云々という格好で、どうしてもいろいろなしわ寄せが来る。例えば、今短期は短期の問題としているけれども、中長期で構造を変えていくというときには、そういう条件整備を今からでも始めるぐらいのことをしないと、プログラム自体もかけないのではなかろうか。プログラム云々はちょっととても私も手に負えませんけれども、そういう視点で組合としても臨まないと、結果的にはじり貧になってしまう。 そして、要は国民全体から見れば、さっき申しましたように、高い物価で結局お金の使いでがなくなっているような仕組みになっておるわけですね。これは、みんな共通ですね。そういう中で、言ってみれば確かに痛みを伴う部分のところをどう激変緩和策を進めていくか。こうしないと、さっきの稲盛さんのお話じゃありませんけれども、為替レートが百八十円、百九十円になったときには日本というのは一体どういう成り立ちになるのかということにもなりかねないと思います。
○稲盛参考人 今先生からの御質問ですと、京セラみたいな開発力のある企業は自由の方がそれはやりやすいかもしれないけれども、実際の中小企業の方々は規制緩和は大変ではないかというお話がありました。 私、学者じゃございませんので、私の体験からお話を申し上げますが、実は、私は京セラという会社をつくりました。これは何も規制業種ではないものですから自由に仕事ができましたが、しかしそれでも、絶縁材料をつくっておりましてそれを電機メーカーに納めるわけですが、注文を取りに行きましても、今できたばかりの中小零細企業ですと、日立も東芝もどこも買ってくれませんでした。そのために、私は、もっと自由で正しい評価をしてくれる、自由な国アメリカへ最初に売り込みに行きまして、TIですとかGEだとか、そういうところに買ってもらうことによって、当時は昭和三十年代の前半でございましたのでまだ日本の電機メーカーさんがアメリカの技術を導入していらっしゃった時代でございましたので、GEで使っている、テキサス・インスツルメンツで使っているという材料ですと、もうお墨つきをもらったみたいなもので、即日本で使っていただくということで使ってもらいました。つまり、当時でも、規制はございませんでしたけれども、大企業の系列というのはございましたし、そういう無名の中小企業と取引はできないというのが日本の社会の通常でございました。 私は、規制というのは社会秩序を維持するために実は大きく存在すると思っております。それは、社会秩序というのは、既得権益を持った、ともしますと大企業に実は有利に働くような社会秩序を構成するために規制というのはあると私は思っています。今でもそう思っています。 その証拠には、例えば石油の輸入が自由化されました例を見ましても、これは、いわゆるリファイニング、精製ができるような設備を持たなければ輸入はさせない、つまり巨大な石油産業しか輸入は認めない。石油の輸入の自由化というのは、ガソリンの自由化はされましたけれども、実質的には数社しかない、既得権を持っている大きなところしかできない。これがもし、そういうのがなければ、中小零細の人たちでも石油、ガソリンの輸入はできるはずでございますから。 また、第二電電を私始めましたけれども、それも、私は最初に手を挙げましたので認めていただきましたけれども、あれがおくれて手を挙げておりましたら、京都の中小企業からちょっと成功したぐらいの京セラを母体にしたものには恐らく認めてくれなかったと思います。これは、もっと大きな社会的信用のある企業がやるなら認めてくれるけれども、許可してくれるけれども、あの当時だれも手を挙げなかったものだから、私たちみたいな者でも手を挙げたので認めてくれただけであって、私は、結果論としてはそうであっただろうと思っております。 だから、私は、自由化というのは中小企業の方々にとってはメリットがあって、先生がおっしゃったようなこととは逆だと今でも思っております。
○鈴木参考人 地方分権と規制緩和とは一体のものと考えるということに対する御質問に対してお答えします。 私は、戦後の日本経済をここまで引っ張ってきていただいた社会システムといいますか、行政、政治のシステムは、非常に成功をされたわけでございますが、その中心をなしておるのは、やはり戦後強力に進められた官僚統制型、よく言われますが、官僚統制型の工業規格品を大量に生産する、そして大量に輸出するという生産が戦後、正確に言えば戦時中ということになるのでしょうけれども、戦後いわゆる日本の追いつけ追い越せ政策の中心に持ってこられたのが、今の官僚統制型工業規格品を大量につくって、それで輸出をして外貨を稼ぐという生産であっただろうと思うのです。 そういう意味で、では、官僚統制型工業規格製品の大量生産方式というのは何によって行政の手だてでやられたかといいますと、やはりこれは規格品、いわゆる教育から何から、それから全部のものを規格化して、そして決まったものを大量にどんどんつくるというのが中心的な生産だろうと思います。 そして、それと同時に、東京一極集中、後でいろいろ問題視されておりますけれども、あれも政府の中心の政策で、いわゆる頭脳は東京一つだ、全部東京から発信するんだ、それで同じものをやれ。ですから、学校にしましても規格だとか、それからいろいろな文化的な問題もみんな東京中心ということで来た。それは、東京一極集中ということは地方分散ではない、中央集権ということになります。これはどこの発展途上国でも同じような政策をとったのだろうと思いますが、いわゆる中央集権で規格的なものをどんどん国家統制でやってきたというようなことでここまで来たと思いますので、私は、一体のものだということは、そういった一体になって進めてきた経済政策といいますか、そういった国の政策を方向転換しなければならない時期に今来ている。それは論ずる必要もないと思います。 そういたしますと、やはりそれを、二つのものを別々に見るというよりも一緒に見てすることが、今後の経済の多様化といいますか、一点主義というのじゃないのを進める必要がある、そういう意味において、一体で考えるということは行政改革の視点としては正しいのじゃないかということで、私はこの制度を一体にして進めていくということを主張したのであります。 それから、先生おっしゃいました、そうはいうけれども地方分権と規制緩和とではテンポが大分違うのじゃないか、それはおっしゃるとおりであります。特に規制緩和につきましては、最近はいろいろな、これは各参考人もおっしゃったような理由から、どうしても規制緩和をしなければならないということで進めましたけれども、残念ながら、地方分権はおっしゃるとおりなかなか進んでいないのが実情だと思います。 ここで陰口をきくようなことは慎みたいとは思いますけれども、やはり地方に行きますと、地方分権、分権とおっしゃっている県、知事、市町村の立場が、同じ地方分権とおっしゃるけれどもずれております。それで、私どもの目から見ると、足を引っ張っているのじゃないかというふうに思われる部分もございます。 私は、今これをゼロサムの考えではなくてプラスサムで考えてもらいたい。これは地方分権に非常に熱心な前の宇野会長代行も同じ意見でございますが、やはり、自分が与えれば減るという感覚じゃなくて、知事さんもひとつ市町村に生活関連のものは移していただきたい、そのかわり国からもらって、国はまた外交とかいろいろな対外的なことに力を入れていただくというようにすれば、プラスサムで考える場合考えやすいんじゃないかというふうに思います。 それから、地方分権で、いろいろ地方へ行って話をしますと痛感いたしますことは、若い人は何とか革新的なことを言われますけれども、行政に当たっておられる方はもうほとんどが反対でございます。基礎的自治体で三十万くらいの規模のところは、まあその規模はどうでもいいのですけれども、中心じゃございませんが、とにかく、合併するということは皆さん原則的に反対なさるのですね。結局、二人あった知事が一人になってしまう、三人あった町長が一人になってしまうということが発想の出発点になっていると思うわけです。これは、行政改革全体にわたる問題になるのですけれども、既得権の問題、それから認識のずれの問題、これはどこにもまだある問題じゃないかと思いますが、そういったことを感じております。 それから、地方分権といったって、県に権限を与えることにしても財源をどうするかというお話があります。これは私どもの審議会では相当議論いたしました。理想的に地方分権を考えるといいますと、地方財源を、すぐできるだけ地方で使うということですが、今の状態だと、例えば富裕県とそれから非富裕県というのは極端な差がありますから、それをすぐ地方自治だということで地方の財源を中心にということになりますと大変な格差になります。理想の姿と、それから経過的にそこへ持っていく経過の時代の措置とは非常に違うと思います。 ですから、問題は、地方財源そのものをどのように強くするかということから手をつけなければ、なかなか理想的な姿にはいかぬのではないか、そんなことを感じながらああいう答申を出したわけでございます。
○稲盛参考人 今のに関連してちょっとよろしゅうございますか。 最終答申の中の十二ページの一番下の方に、今中野先生がおっしゃいましたことが書いてございまして、ここには「さらに、規制緩和された市場においては、公正かつ自由な競争が行われることが必要であり、そのためには、独占禁止法の厳正・的確な運用を通じた競争条件の整備が不可欠である。」つまり、大企業の横暴は独占禁止法によって監視しよう。だから、この規制緩和というのは、自由な、そして中小企業の方々が活発になっていくことを我々望んでいるんだということをここに書いてございますので、補足いたしておきます。
○村田(吉)委員 自由民主党の村田でございます。 ちょっと鈴木参考人に御質問を申し上げたいのでありますが、ずっとお聞きし、またこの答申を拝見して、時期が悪いなという点を一つ申し上げなきゃいかぬのではないかと思います。 どういう国をつくっていくのかという視点がちょっとあいまいであるなという感じがするわけなんです。なぜかといいますと、これは行政改革というよりは国家改革まで進めることなんだろうと思うのですね。そのときに、現時点において政府あるいは政治の場で、我々がどういう日本をつくっていくのかというような国家観というか国家論がまだ明確にでき上がっていないというところがあるような気がするのですね。一番初めのを拝見しますと、二十一世紀を展望して果敢に云々とか書いてあるけれども、じゃ二十一世紀に向かってどういう日本をつくっていくのかというのかまだ政治の中でもコンセンサスがない。 それから、政治改革あるいは政界再編が今進行中でありまして、それぞれの陣営においてどういう国をつくり、どういう政治的な再編がなされろかということについても、まだ進行形でございます。 だから、そういう意味で、拝見していて、私は賛成なんでありますけれども、最終目的はどういうところに行くのかなということがあいまいなのじゃないかな。特に、拝見していて、国際的な視点というものがやや希薄だなという気がいたします。 参考人の皆さん方の御意見を伺っているときに、国内だけではなくて、例えば産業間の労働力移動ということをしなければいけないと得本参考人もおっしゃいましたけれども、今労働力の国際的移動というのが我が国の場合には原則として禁じられている、そういうところまで論じないとだめなのじゃないか。あるいは産業の国際的な分業をどうするのかということも論じないと、この答申というのは、あるいは国家改革というのは完結しないのじゃないかなと思いつつ、また、国民のレベルでも、今まではお互いに仲よく生きようや、余り競争を激しくしないで仲よくやっていこう、甘えの構造の中で日本人だけの社会はやってきた。 これが自己責任と自由競争の社会に移行していこうという決意をするときにやはり国民の意識改革というところを、だけれどもそれについては政治が、二十一世紀に向かって果敢に、日本はこういう新しい国家をつくるのだ。この内容は改革ではなくて維新であり、あるいは革命的なことになるかもしれない内容をはらんでおりますから、そういう意味で、このためには、現在進行中であります政界再編の動きがまだまだ決着がついておりませんから、そこら辺が政府の方でもまだ、今の政府の方が、仮に小沢さんが主張するようなニューコンサーバティブの方の一つの陣営と、我々のリベラルという形でいくのかどうかということについても、両陣営がはっきりと分かれないと決着がつかないなということがあると思うのですね。だから、これはもちろん、行革審の守備範囲じゃなくて、我々政治の範疇であるものですから、ちょっと時期がまずいなということを冒頭に申し上げておきます。 それから、第二点といたしまして、いろいろなことがございます。例えば中央省庁の再編とか、地方と国の権力の分割といいますか権限移譲とか、そんなことがございます。終身雇用制の廃止とか、労働の問題になりますと、終身雇用制を廃止すれば後給与体系をどうするのか、年金も六十五歳をめぐっていろいろな問題が起こっております。だから、どういう順序で一つ一つの項目を、さっき中野委員から具体的にどういうプロセスでやっていくのかという質問がありましたけれども、これを全部同時にやったらカオスになるだけなんじゃないかなと思うのですね。 だから、明確な国づくりのビジョンと、それからどういう手順でやっていったらいいのか、相互に結びついておりますから、それをしっかり決めないと、とにかく、あっ、うっかりしていたということになっちゃうかもしれないので、それで大混乱が起きて結局失敗するということになりかねないので、一つはビジョンづくりと、それから大きな項目について、どういう形でやっていったら余り大きな変動、動揺が起きなく、かつまた国民もスムーズに意識の変革ができるように、新しい日本をつくっていくためにどう移行していけるかということを、やはりプロセスまで含めて考えないといけないのじゃないかな、私のとりあえずの個人的な意見でございます。
○佐藤(静)委員 関連して。自由民主党の佐藤静雄です。 原則自由という理念が本当にこれからの正しい理念なのかどうなのか。我が国は、どちらかといいますと、今村田委員も言いましたとおり、みんなでやっていこうという調和の理念といいますか調整の理念といいますか、そういうものを中心として日本の国というのは今まで成ってきたわけですね。中央と地方の関係もそういうところにあるでしょうし、企業の労使関係もそういうところにあるでしょうし、ですから、原則自由のもとに規制緩和をしたときに、果たして一体そういうものが守っていけるのだろうか。我々日本人が長い間持ってきたその調和の理念というものは、本当にこれから、その調和の理念が経済を発展させ、そして社会を発展させてきた大きな原動力であると私は思っているのですね、その大事なものが失われてしまうのじゃないか、そう考えざるを得ないような気がするのですね。 特に、牛乳なんかも、規制緩和になったら例えば農家がつぶれてしまう、地方自治体が成り立たない。大型店舗が出ていく、商店街が成り立たない、結局、地方自治体がもう成り立たないようになってくる。そういうことに対するしっかりとした対応というものを考えた上でやっていかなければならないような気がするのです。 特に、理念の部分で私は非常に、決して規制緩和を反対するわけじゃありませんけれども、その辺をしっかりとして持っていかないと、私は大きな問題として残るな、デメリットの方が多くなってしまうなという気がするのです。
○鈴木参考人 大変貴重な御意見だと思います。言い方が悪うございましたが、私は、思いやりのある社会ということをあえてつけ加えて先ほども申し上げましたのは、今おっしゃるような気持ちで言っておるわけでありまして、そしてもう一つは、対外的な関係として、国際社会で尊敬される日本でありたいという、その二つの言葉だけを理念の中でちょっと申し上げたわけです。 気持ちはそういうことで、ただ、それだからといって、癒着とか、そういう問題をきれいにしなければ国際社会からも見放されてしまいますよということでございまして、私は、簡単な言葉ですけれども、この思いやりという言葉は、まあ場所柄ちょっと何かもしれませんけれども、孔子の教えにも、やはり天命を知るということと、仁、思いやりの気持ち、これが二つ、孔子の教えのすべてだ、こういうふうに理解しております。そういう意味で私は、今先生がおっしゃったような社会になっては大変だ、やはりどんな苦難なことがあっても、みんな思いやりという気持ちを持って、そういう意味の助け合いというものですか、ということが大事だということを言っておるわけでございます。 それから、先ほど村田先生からもおっしゃいました点につきましては、私は、最後に入った二十一世紀の政治のビジョンということで簡単に申し上げたわけでございますけれども、これはずっと私どもが、対外的にどうだ、それから経済に見合った豊かさを、ゆとりをみんなが甘受できるかというような問題をずっとるるやってきておるわけでございますけれども、この最終報告ではございません、一次、二次、三次の答申にあるわけでございますが、実はこれ、お隣の稲盛さんが大変苦労されたのですけれども、対外政策の基本理念ということを最初に取り上げているわけでございます。 これはちょうど湾岸危機の最中でございました。国会でもどう対応したらいいか前例がない、憲法も、あの憲法のままの姿でやれるのか、その後の状態をどのようにするかということで、海部内閣も非常に苦労されたことを痛感しておりますので、むしろああいったことが起きても、対外政策の理念というものをまず固めておけば、そこから出発してPKOの問題とかいろいろなことも対応できるじゃないかということで、ここに国際化対応の行政改革としまして、対外政策基本理念というのを相当論じて、それでODAの問題だとか外務省の機構の問題だとか、そんなことをやっておるわけでございます。 それから、手続の問題も一遍にやったらカオスの状態になるじゃないか、それは確かにそのとおりだと思いますが、私どもは、中央省庁の大くくり制度のビジョンというものを、まあそこら辺は今私どもの提案しています問題としては最後の方の段階として考えていただくということで、最後に、大ざっぱな話ですけれども、大体こんなような手順で考えたらいかがでしょうかというようなことを書いているのです。
○加藤委員長 ちょっと時間があれなので、まだ意見を言う方があるので簡単にやってください。
○村田(吉)委員 ちょっと付言をしておきますと、私の言っているのは、行革でどういうことを言ったというのではなくて、政治の責任として、まだその理念についてのコンセンサスがないタイミングで政府が指導力を持って実現できますか、実現するのはなかなか難しかろうねということだけを私の考え方として申し上げた。だから、その整理をしたあげく、そこでまっしぐらに進んでいけばいいということを私は申し上げたのです。また、政治がアイ・エヌ・ジーだということを私の見解として申し上げたのです。行革審でどう議論したということじゃなくて、それだけ申し上げます。
○松本(善)委員 日本共産党の松本善明でございます。 三人の参考人にそれぞれお聞きしたいのですけれども、順序として、鈴木参考人と稲盛参考人に共通した質問がありますので、先にお話しします。 私どもも無意味な官僚的な規制をなくすのは当然だというふうに思うのですけれども、今佐藤委員からもお話がありましたが、原則自由ということ、極端にやれば弱者が、弱肉強食ということになりかねないのですね。やはりその規制が、一体だれがその規制があることによって利益を受けているのか、その規制を外すことがだれが利益になるのか、やはりそういう点も考えないと。今先ほどは得本参考人から、環境とか安全とか、そういうものはむしろ規制を強化しなければいかぬというお話もありました。やはりこの規制の問題についての一般論といいますか基準といいますか、その問題についてまずお二人に聞いておきたいというふうに思うのです。 同時に、やはりこれは一つ一つの問題が具体的に出てこないとイメージも出てこない。第三次行革審の答申が出た後に経済改革研究会の答申が出て、同じ方向というふうに言われています。平岩さんは、米もこれは入るんだとおっしゃった、規制緩和の対象に入るんだ。これは大問題だと思うのですね。農村だけではなく、やはり世界の食糧事情を考えますと、今五億の人たちが食糧欠乏になっている。毎年一億の人口がふえている。二十一世紀はやはり食糧問題は世界政治の最大の問題なんだ。これはもう簡単に米の輸入の自由化、これも規制緩和すべきだというようなことになったら、これは国際的にも、日本の緊急輸入で食糧欠乏者がふえている。そういう日本の食糧確保という観点からも、世界の食糧政策という点からいっても、簡単に米の輸入の自由化なんということはできない。国会も何遍も決議をしているわけです。そういうようなことについてどう考えるか。 先ほど稲盛参考人は、市場開放の要求がやはり背景にあるということを言われました。これはアメリカからの要求というもの。それから先ほども出ましたけれども、大店法、これも日米構造協議では全部撤廃せよという要求でしたがね。そういうものをやったら、日本の中小企業はえらいことになってしまうわけです。そういうようなことについてどうお考えですか。 それから、経団連の報告では、女性の就労機会の拡大ということで、労働基準法の時間外労働、深夜労働、休日労働に対する規制の見直しというようなことを言っているわけです。労働基準法なんかも規制緩和の対象になるわけです。これは労働運動の大問題です。そういうような問題をどういうふうに考えるかということ、具体問題としても聞きたいというふうに思います。 それから、得本参考人については、今の女性の就労の問題もお聞きしたいと思うのですけれども、やはり大幅な規制緩和をやると多くの失業者が出る。今労働者の移動の問題をちょっと言われましたけれども、やはりこの規制緩和と雇用問題、それは労働運動の指導者としてこの失業問題、規制緩和の問題との関係、どう対応するつもりなのかということ。 それから、やはり日本では過労死が問題になっていますけれども、労働時間の短縮、深夜労働を含む交代制労働の厳重な規制とか、それから有給休暇の国際的な水準への引き上げとか、そういうようなことがやはり必要だと思うのですね。ところが、労働基準法も規制緩和の対象だ、こういうふうに平岩研究会なんかは言っているわけですけれども、そんな何でもかんでも規制緩和したらいいというものでは決してないと思う。その辺はどう考えるか。 それから、ハイタクの部門では、労働組合はナショナルセンターのいかんにかかわらず規制緩和反対ですよね。連合傘下の全自交もそうです。そういうようなことについてどう考えるかということをお聞きしたいと思います。 それから、ちょっと戻りますが、稲盛参考人に、この規制緩和というものが不況対策とか景気回復にどういう効果を持つとお思いになるのか。具体論がかなりないとこれはわからないかもしれませんけれども、一般的に言ってこれはそんなに大したものではないと言う人もいる。どういうふうにそのことを考えられるか。これらについてそれぞれ答えていただきたいと思います。
○稲盛参考人 規制緩和というのが弱者に対する圧力になるのではないかというお話がございました。先ほど佐藤委員からもお話がございましたが、日本には調和の理念があって、立派な理念があったのではないか、そういう調和をする、調和を保つということが日本古来の大変いい伝統であったはずなのに、それを自由競争のもとにさらすということはいかがなものかということがございました。 規制緩和というのは、私どもが言っておりますのは、そういうすばらしい日本古来の調和を重んずるというような理念を壊そうというために言っているのではございません。それは、国際社会の中で日本が今後とも協調して進んでいくために規制緩和は必要だという、つまり日本のもともとあります美徳がだめだと言っているのではなくて、国際社会の中で調和ある生存を遂げていくために規制緩和が要るという、つまり私ども、日本は諸外国の自由な競争のもとでビジネスをして、そして大変豊かな国をつくったわけでありますから、その中で、日本だけは特殊でありますよ、別でありますよということを言うことは許されなくなった時代になったために、世界的な調和、国際的な調和を図るために規制緩和をしなければならぬということを言っておるわけでございまして、必ずしも、決して国内の立派な理念また調和、和を重んずる理念を壊せということを声高に言っているつもりはありません。国際社会と矛盾をするならばそれは直すべきであろうということでございます。 それから最後に、松本先生の方で、規制緩和は経済的な景気対策に何か影響がありますかというお話がありました。私も、格別規制緩和が直ちに景気対策、経済対策になるとは思いませんけれども、一つの例がございます。 私は、自動車電話、現在では携帯電話といっておりますが、これを今からちょうど七、八年前に許可を受けまして、関西から始まりまして東京、名古屋地区を除く全国で地元の資本の方々と一緒になってやらせていただいております。これは現在売り上げたけで約一千億、今までの投資総額で約二千億からの設備投資をいたしておりますが、これは雇用の面からも、経済効果の点からも、規制緩和されたためにそういう新しい産業を生み、新しい需要をつくっていったという点では、この不況の中でも今でもぐんぐん伸びておりますから、規制緩和というのは全部がそうだとは思いませんけれども、相当な部分で新しい経済効果を生んでいくというふうに思っております。
○鈴木参考人 今の点につきましては私もそのように思っております。稲盛さんの挙げられました例もそうでございますが、クロネコヤマトの宅急便あたりは、非常に長く反対がされておったものがようやく認可された。認可されたら全く新しい産業分野ともいうべきああいった輸送形態ができたわけでございます。これからの日本の産業というのは、単に設備をつくる、ハードな面ばかりじゃなくて、ああいうふうに、むしろソフトの面でいろいろこれから優位な地位に立たなければならぬ、こういうふうに言われているのが一般論でございます。 そういう面において、今まではこういうことをしてはいかぬ、こういうことは許可が要る、その許可を得るには五年か十年か、何年かかるかわからないというようなことでは、新しい発想はできないわけであります。新しい発想を自由にして、それは失敗するものもあるでしょうけれども、失敗も自分で失敗する、成功するものは自分で成功するというふうな進め方、そういった発想のもとに置かないと。私が先ほど申しました、戦後のいわゆる官主導の工業規格製品だけを一点集中でつくっておった産業構造を転換するというのには、やはり枠組みを外して一遍考えなさい、そのために自己責任ですよということでやらすということが非常に大事だ、私はそう思っております。むしろ、農業問題にしましても、中小企業の問題にしましても、後継者がない状態をどうすればいいのか、そのことが本当の政策がということについては、私も非常に疑問を抱いております。
○輿石委員 社会党の輿石です。既にいろいろな問題点は論議されてきていますから、重複を避けて一つだけお伺いをしたいと思うわけです。 この規制緩和を推進をしてまいりますと、もう繰り返し言われておりますように、日本の経済構造、社会構造そのもの自体が大きく変わらざるを得ない、そういう状況に今ある。その手順とそのプログラムがどうかというお話もありました。その辺が大変な大きな課題でしょうけれども、どういう国づくりをしていくのか、二十一世紀の我が国の姿というようなものも答申の中で触れられてはおりますけれども、それも明確でない。その中での規制緩和はどうかという御指摘も既にありました。 一番必要なことは、この規制緩和が出てくる法体系をどのように国民に、主権在民という理念もあると稲盛参考人もおっしゃいましたけれども、一番知りたい国民の前にこの規制緩和にかかわる法体系全体をどういうふうに明らかにしていくか、そういう情報公開みたいなものもぜひ必要だろう、こう思うわけであります。 車検の例も出ましたけれども、諸外国に比べて大変な大きな負担を強いられているというその実態、それはどこにあるのかというものを知るところから国民の意識や労働者の意識も変わってくるだろう。これは、産業間の移動による雇用不安というものも、得本参考人の方からも、連合としても労働組合として労働者の意識改革に向けてそういう運動も日本の進路とかかわってやっていくんだというお話もありました。 そこで、官僚の手から離れた形でこの立法府の中でやるという方法も一つあるでしょうけれども、具体的に、その法体系を洗い直す、得本参考人は、二〇〇〇年までに現行の法律を全部ゼロベースで見直す必要もあるのではないかというふうなお話もあったわけです。それへ向けての手順というか考え方というものを、先ほどもお聞きしましたけれども、特に得本参考人から御示唆いただければと思います。 以上です。
○得本参考人 要は、議員の皆さん方が、規制の緩和というのは二十一世紀、いろいろな問題を抱えている日本にとって本当に必要であるかどうかという御認識が、十分コンセンサスが得られれば、言ってみれば大きな法律をぼんとつくってあとゼロベースで見直す、議員の皆さん方の決意の問題だと思います。ただ、今いろいろな御意見の中でも、ちょっと心配をするような御意見等々もありました。 結局、個別の問題、例えば松本さんから規制緩和と雇用問題とか、ハイタクの問題だ、個別に言い出すと確かにいろいろとあるでしょうけれども、本当に日本というのが住みやすいいい国になるにはどうしても避けて通れないという認識を持つかどうかだと思うのですね。確かに個別ではいろいろな痛みが出てくる。これはやはりみんなでどうカバーするか、分かち合っていくのかという視点がないと、結局じり貧になっていくだけじゃないかという危機意識を率直に私自身持っておる。 つまり、今三割も四割も高い物価、これを移行しながら、そういう中で一応全体、今不況の問題で雇用不安とかありますけれども、今までそれなりに雇用問題というのは割合スムーズに来た。しかし、こういうだけで、相変わらず二十一世紀に向けて日本というのはそのまま進んでいけるのかどうか。これだけボーダーレスになったりする中で、やはり先進国間でだんだん共通のルール化を図っていくような、そういう視点がないと、日本だけ特殊だというような、こういう議論では、日本の存在基盤自体も損なわれてしまう、これはやはり、私は、連合だって基本的なスタンスです。 そういう面で、先ほどの女性の問題や労働基準法、例えば基準法の問題でも、週四十時間制の問題であるとか、そういうようなことをやる。こういう場合に、総労働時間を短縮したり、こうする面で進めていかなければならない。これはこれで、我々も法制化だとか、大分労使では対立しておるわけですけれども、進める。これは大事ですけれども、例えば女性の就労の問題、これも連合は基本的には今深夜労働反対ですが、そういうのを何でもかんでも縛ったりするのはいかがなものか、私は個人的にはちょっと別な見解は持っておりますけれども、きょうはこういう場ですから、公式な発言をという……。 例えばハイタク、タクシーの問題ですね。私は、あれはともかく、言ってみれば運賃の問題と、それから車両、車をどれだけ持つかどうか、あれはとにかく基本的には原則自由にすべきだ。確かに今、ハイタク関係、例えば私鉄総連とかいろいろな組合は反対をしている。ただ、これは、やはりまだ経営側に信頼がないということも一つ片っ方にあるのですね。例えば、あのときタクシーの運賃を値上げしたのに、労働者にいい労働条件にするためにという大義名分でやったけれども、本当にきちんとなったかどうか、その辺ではあいまいな面が残されておる。 こういう不安感はありますけれども、私は、やはり基本は、組合という立場であっても、一つは生産者やサービスの提供者ではありますけれども、片っ方では消費者であり生活者である。今まで、余りにもただ雇用を守るとか、もちろん雇用を守るということは大事ですが、こういう産業や企業のエゴというだけではもう済まない。もっとやはり国民的な共通のコンセンサスということを持ちながら、全体で痛みをどう負うか、余りにも高い生活費を強いられている、そこを変えていくという、それがやはり規制緩和でも一番ポイントになるのではないかと思っています。
○加藤委員長 斉藤理事、どうですか。
○斉藤(鉄)委員 もう大体済みましたから。今の質問の中にありましたから。
○吉岡委員 どうも大変御苦労さまです。 幾つかの意見を聞かせていただいて非常に参考になったところでございますが、おっしゃっておりますのは、トータルとして国民の生活に利益をもたらそう、しかし、その上で、国民のコンセンサスも得ていかなければならないというようなことであろうと思います。 そうしますと、やはりそこに、稲盛先生がおっしゃいましたように、政治哲学あるいは政治理念というものをきちんと持ち、そして、ある尺度をつくっていかなければならないだろうというような感じを持つわけであります。尺度とは何だろうかと考えてみるのですが、いわば価値観を変えるということではないだろうか。 そうしますと、今日まで経済発展至上主義と言っていい価値観であったものを、共生の構造に変えていくのだということに通ずるのではないかというように理解をさせていただいておるところであります。そうなりますと、規制緩和というものは破壊と創造が同時進行していく、こういうことになってくるわけでございます。ということは、政策転換をきちんと国会とそして内閣がなし遂げないとできない。その政策転換を具体的に進めるということで官僚の皆さん方の力が要るのだろうというように思うわけでございます。 そんなことを考えてみますと、いわば行革審でアクションプランなり、あるいは内閣の中に推進本部の設置だというふうに言っておられるわけでございますが、その分野というのは、いわば政府が政策として立案をしていくという分野であると思うのです。そしてまた、我々国会議員が議員立法をしていくという方法もあるでしょう。 そういうことの中で、昨日ですか、産経新聞等が、三条委員会にするのか八条委員会にするのかという議論があるということも言われているわけでございます。三条委員会ということになると、いわば首相自身が、政府提案、こういうことにとどまらず、議員立法も必要だというときには、三条委員会というものでいわゆる行政権限を与えていくということになるのじゃないか。そうじゃなくて、強烈にやっていくからということで八条委員会ということになるとするならば、いわゆる首相の直轄の附属機関ということになるわけでありますから、その辺の違いが出てくるのだろうというように思っているわけでございますが、行革審として、三条委員会をお求めになったのか、それとも八条委員会で強烈にやれというふうにお求めになったのか。これはすぐれて政治判断だというふうに言われると思いますけれども、議論の中にありましたことについて伺っておきたい、こう思います。
○鈴木参考人 審議会では、三条機関、八条機関という言葉は出ました。政府がつくるものと第三者機関のオンブズマンというものには、何といいますか、いろいろのそれぞれ発言者の意向によって違ったカテゴリーで論議されております。 最後に、今固まりました、内閣に強力なものを置いてということと、それからオンブズマンということに落ちついた姿からいいますと、こちらの内閣で、先ほども私ちょっと触れたと思いますが、別の機関をつくっておやりになるのか、内閣に強力な組織をつくって国会議員の方もたくさんお入りになっておやりになるのか、あるいは別働隊としておやりになるのか、そのときに八条機関でおやりになるのか三条機関でおやりになるのかは、それは内閣、まあ内閣総理大臣といいますか、その判断によるといいますか、それはお任せするということで、どっちにした方がいいかというような議論は行っておりません。行っておりませんというと誤解が起きるかもしれませんが、そういう意味で詰めてはおりません。どちらでもどうぞおやりくださいということです。
○加藤委員長 稲盛先生、個人的な見解がございましたら。
○稲盛参考人 別にございません。
○加藤委員長 狩野理事、まだ時間が少しありますので、質問はございますか。
○狩野委員 では、一定の時間内で、要望だけ。 規制緩和は、政治改革また地方分権とともに、もう当然私はやらなければならぬ問題だと思うし、貴重な御意見、大変参考になったわけでございますが、そういう中で、現在、何か数字の方が先行しているように思うわけですね。約一万一千ぐらいの規制の対象がありますけれども、今は一割カットというふうに進めておりますが、あと五年で半数のカットをしようかという数字になっておりますけれども、もう少し私は、経済的規制とか社会的規制というものに対しての明確化とか掘り下げをしていく必要があるのじゃないかな。そういう点では、先ほどお話がありましたように、安全性とか最低限の権利保護というものの論議をやはりもう少し進めていきませんと、掘り下げていきませんと、なかなか国民的な理解も得られにくいのではないかなと思います。我々も努力しますけれども、先生にも、ひとつよろしくどうぞお願いいたします。
○鈴木参考人 御趣旨のことも頭に置いて最終答申は書いたつもりでございますけれども、その実態はこれから詰めてもらわなければならない問題です。おっしゃるとおりです。
○加藤委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。 参考人各位には、本当に御多用中のところ御出席いただきまして、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後三時五十九分散会