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126回国会衆議院1993/03/02

予算委員会 第17号

発言数
32
登壇者
8
会派数
1
開催日
1993/03/02

会議録

粕谷茂自由民主党

○粕谷委員長 これより会議を開きます。  平成五年度一般会計予算、平成五年度特別会計予算、平成五年度政府関係機関予算、以上三案を一括して議題といたします。  本日は、経済・政治改革等についての集中審議を行います。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。中川昭一君。

中川昭一自由民主党

○中川委員 おはようございます。きょうは集中審議ということで、今までの予算委員会の審議を通じまして内外の諸問題について質問をさせていただきます。  まず、今までの予算委員会の審議を振り返りまして、長時間審議をしてまいったわけでございますが、私が一つ感じたことを申し述べさせていただきます。  予算委員会というのはまず総括質疑というもので始まるわけでございまして、総括質疑、今回は七日間、四十七時間三十八分行われたわけでございますが、総括質疑というのは、何か慣例によりまして全閣僚出席ということになっているようでございます。総理大臣初め二十一人の閣僚が四十七時間三十八分お座りになっていただいたわけでございます。その間、実は一日七時間とか八時間お座りになっていて一度も答弁に立たれなかった大臣が少ない日で四名、多い日は十名、つまりもう閣僚の約半分がただ一日お座りになっていただけという状況であります。これは大臣から進んで答弁を求めるということはできないわけでございまして、質問者の要求にこたえて初めて答弁に立つわけでございますが、そういう意味で、大臣、こう一日お座りになっていて、あるいは一週間お座りになっていて、まあ四十七時間お座りになって、しかもその間、七日間一度も答弁に立つことのできなかった閣僚もいらっしゃいます。たった一回という閣僚もいらっしゃいます。  私は、これは総括質疑、特に予算の審議でありますから、閣僚は最優先で予算審議に出ていただくのは当然のことでありますけれども、最初から質問の要求がない大臣までこうやってただただ朝から晩まで七日間座っているというのはいかがなものかというふうに思わざるを得ないわけであります。ちなみに七日間、宮澤総理大臣は二百五十八回答弁に立たれました。渡辺外務大臣は七十四回、林大蔵大臣は六十四回、七日間で答弁に立た れました。残りの十八人を平均しますと九回、つまり一日に一回ちょっとという状況でありまして、七時間のうち、時間は別にしまして、御答弁に一回立つか立たないかという状況というのは、私は何もほかにやることがないんであればお座りになっていただいても結構だと思いますけれども、要求もないのにただ座っていなさいというのは国政多端な折いかがなものかと私は思わざるを得ないわけでありまして、政治改革の中の重要な一つの要素であります国会改革に私はこの面でも、これは我々自身の問題としてしっかり今後考えていかなければならない問題ではないかというふうに問題提起をさせていただきたいというふうに思うわけであります。  さて、今予算審議は、まあ五年間続いたと言われる超景気好調、いわゆるバブルと言われているものの後の不況の中での予算編成、また国会を初め政治改革、国民の政治に対する信頼回復という大きな二つの柱を前提にした予算審議であります。  そういう中で、この予算委員会が始まった後も、例えば国連のガリ事務総長が来られる、あるいは昨日までコール・ドイツ首相が来られる、あるいはアメリカ議会の指導者であるフォーリーさんが来られた。あるいはまた国内の経済情勢も、公定歩合が第六次の引き下げになって、今二・五%という最低の水準にまで金利水準を下げて何とか景気を浮揚させようという状況になっているわけであります。また、つい最近は急速な円高で瞬間的に、これはニューヨークでありますけれども、百十五円台まで突っ込んだという状況で、この円高というものも、後で御質問いたしますが、経済に与える影響、また世界に与える影響というものも大きいものがあるという意味で、この予算審議の一カ月ちょっとの間にも大きな内外の出来事が日本に関して起こったという状況であります。  その間、渡辺外務大臣、林大蔵大臣が強行日程のもとでアメリカに行かれて大統領初め要人にお会いになった。あるいは先週末にはこれまた五時まで審議をしてそのまま飛行機に乗ってロンドンに行かれて、また週末戻ってこられた。大変私は御苦労なことだろうと思います。できれば、国会審議長優先でありますからやむを得ないとはいえ、できるだけいいコンディションで、体調も含めて、時差の関係ありますので緩やかなコンディションで行っていただきたいなと思うのですけれども、今回については御無理もやむを得ないのかな、本当にお気の毒なところであります。  そこでお伺いしますけれども、きのうの夕刊にG7を何かテレビ会議でやろう、そうすれば頻繁にやれるということで、そういう提案があったというふうな記事が出ておりますけれども、大蔵大臣、これ御存じですか。

林義郎自由民主党大蔵大臣

○林(義)国務大臣 大変御心配いただきましてありがとうございます。大変元気でやっておりますので御放念いただきたいと思います。ありがとうございました。  テレビ会議でやるという、そんな話、あの会議ではもちろんそんな話は出ておりませんでしたし、それから後で、食事のときとかそれからコーヒーブレークのときとか各国首脳といろいろとお話をしましたけれども、そんな席でも全然テレビ会議をやろうなどというような話はちょっと私も聞いておりません。どこかでお話があったのかもしれませんが、そんな話は全然出てなかったということでございます。

中川昭一自由民主党

○中川委員 ああそうですか。  委員長、失礼しました。今新聞記事を大臣にお渡しをいたしました。御了承いただきたいと思います。

粕谷茂自由民主党

○粕谷委員長 わかりました。

中川昭一自由民主党

○中川委員 それでは、当面緊急の最も最近の話題として、この円高というものが起こったわけであります。振り返ってみますと、大体去年の八月くらい、日本でいうとちょうど日本の景気がいよいよこう落ち込んでくるということをみんながもう認識をして、大変だ大変だと言われたぐらいの時期から大体円は百二十三、四円台、つまり円高の状況のままでずっと今日まで半年くらい推移をしてきたわけでございます。  そういう中で、先ほども申し上げましたように、先週ですか急速に円高になりまして、東京市場においてもついに百十六円まで突っ込んでいった。そしてまた、ニューヨークでは一時百十五円八十八銭、これは瞬間値でありますけれども、百十五円台に突入したという状況であります。十円近く円高になったということでありまして、この原因というのは、まあ私なりに考えますに、一つには相場が、大蔵大臣も委員会で何回も答弁されているように思惑というもので相場が動きやすい、これは否定できないところだと思います。  そういう中で、百二十三円、四円でずっと推移をしてきたということに対して、何かきっかけがあれば動きたいというのが私は為替相場の心理だろうと思うわけでありますけれども、それが例えばベンツェンさんの発言でありますとかバーグステンさんの発言でありますとかそういうもの、あるいはまた日本のこの経常収支の大幅な黒字とか、あるいはファンダメンタルズが、アメリカが上向きになったとはいえ、やっぱりアメリカ、欧州に比べて日本のファンダメンタルズは、比較の問題ですけれども、まだまだいいんじゃないかという、そういう状況の中でのいろんな要人の発言が急速な円高に向かった、この時期になって急速な円高に向かった。日本は今大変な景気不況でどうしようかという状況なんですけれども、まあ投機家といいましょうかマーケットはそういうきっかけで急に円高に振れたというふうに私は判断をしているわけでございますけれども、大臣はどういうふうにお考えになりますか。

林義郎自由民主党大蔵大臣

○林(義)国務大臣 今中川議員お話のありましたようなことで、私も認識は共通にしておるところでございますが、G7の会合でも私から申しましたけれども、為替相場はファンダメンタルズを反映して安定的に推移してもらうことが望ましいものだということを申し上げ、また為替相場の動向については、注視し、必要に応じて各国とも緊密に連絡をとりながら適時適切に対処してまいりたい、こういうふうに考えておるところでございまして、依然として状況は注視をしておかなければならない状況だろうと思っています。  けさの、先ほど入りました情報では、ニューヨークは百十八円幾ら、こういう形で若干円安の方に振れて動いてきているというような状況でございます。

中川昭一自由民主党

○中川委員 G7でも円高誘導とかそういう合意はなかったということを大臣は強調されておるわけでありますし、これ以上の円高というものは今の日本の経済を考えても決してプラスにはならないし、これは各国の合意が、暗黙かもしれませんが、あったと思います。  ただ、相場というのは、一ドル三百六十円が今から二十年ちょっと前に崩壊をして、三百八円に一たんなって、その後変動相場制になって、ずっと円高になってきておる。相場というのは、例えば二百円に突っ込んだとき大変だ大変だ、百五十円に突っ込んだとき大変だ大変だ、百二十円になったときに大変だ、こうなりましたけれども、相場というのは、何かそれが一週間ぐらい続くと、何となくそれが一つの基準みたいに安定をして、今度は百十六円なり十七円が基準になって、例えば百二十円に行けば円安になる、また百十四円ぐらいになれば円高になる、そういう心理状態になりがちだろうというふうに私は思うわけであります。  今大臣おっしゃったように、百十八円台できのう東京マーケットもニューヨークも推移したといいますけれども、聞くところによると、マルクの金利下げの要因につられたというような為替の見方もあるようでありまして、私は、やはり当面はマーケットの見方というのは百十六円、十七円をベースにしての、まあ仮に安定的に推移するにしても、それをベースにして一円、二円の幅で上下する。基本は、今までがさっき申し上げたように百二十三円、四円がベースで続いたとするなら ば、まあいつまでかはわかりませんけれども、当面は百十七円とか十八円をベースにして多少の振れがあるというのが今までの相場の動きではないか。  逆に言いますと、こういう状態が続くと今度は百十六円、十七円というのが一つの当たり前といいましょうか、それが水準になって、今度はそれをベースにしての円安、円高という感じ方にマーケットはなるのではないかというふうに思うのでありますけれども、大臣、どういうふうにお考えになりますか。

林義郎自由民主党大蔵大臣

○林(義)国務大臣 中川委員は前に銀行におられましたし、相場の方は御自分でもおやりになったのだろうと思いますから、相場の動きその他につきましては御専門でありますから、私から専門家のお話についてどうだということはないと思いますが、私は、今相場の水準がどうなるかこうなるかということを私から申し上げるのはいかがなものだろうか、この辺についてはコメントを差し控えさせていただきたい。  基本的に申し上げますならば、ファンダメンタルズを反映して為替相場が安定的に推移することが望ましいのだ、また今後も為替相場の動向に注意して考えていかなければならない、こういうふうなことで今申し上げているということでございます。

中川昭一自由民主党

○中川委員 それでは、次に国内経済について御質問いたします。  たしか去年の三月、総理が緊急経済対策ですか発表されたときに、あのときの総理のコメントは今でも記憶しておりますけれども、景気循環ということで在庫調整が終わればという御発言があったやに記憶をしております。確かに五年間景気拡大、今資産デフレという言葉がよく使われますのでそれを逆に言いますと、この五年間が超資産インフレの時代だったということで、その調整というものが確かにいつかは来るだろうということであったわけでありまして、それがいよいよ来たのかなということでありますけれども、しかし、今の時点で考えますと、これは単なる景気循環、いわゆる調整要因だけではなくて、今までの循環型だけではない大幅な資産デフレ、つまり土地は常に値上がりするものだとか、株は多少のあれはあっても基本的には上がっていくものだとか、そういう神話が完全に崩壊をしてしまった。  いろいろな要素、日本の置かれている経済的な立場がとにかく内需でもって世界経済を引っ張っていく時代になったぐらいでありますから、総理はもう戦後の経済を文字どおりだれよりも御存じであり、だれよりもその処方せんを御存じであるわけでありますけれども、今回の、何と名前をつけていいのでしょうか、複合不況とか内臓疾患型不況とかいろいろ言葉があるようでありますけれども、今回の不況というのは今までにない形の不況ではないか。つまりアメリカが風邪引けば日本が肺炎になるとか、あるいは石油の値段がどうなったから日本がおかしくなるとか、輸出がいきなりストップしてしまったから不況になるとか、円高不況だとか、そういう何か単純な、まあ単純なといいましょうか簡単な理屈でもって今回の不況というものを一言では言えない状況になっている。だから、公定歩合をどんどん下げてもなかなか個人消費がふえない、あるいは中小企業を中心としてお金の動きがなかなかない、マネーサプライの伸びも見られないということで、私は何か今までにない、まあ病気に例えるのは大変申しわけないのですけれども、新しい形の、今まで発見されなかった新種の病気のようなもので、非常に診断も難しいし、また処方も非常に難しいというふうに私は思っているわけであります。  その一つのさらに悪いきっかけというのは、政府の景気の見通しのベースになるものがどうも実情に合っていなかったのではないか。その一つが我々もよく使わせていただくいわゆる日銀の短観と呼ばれているものがありますけれども、これが急速な落ち込みの時期にどうしても二、三カ月調査をまとめるのにおくれがちであるということ、これはある程度やむを得ないことだと思うのですけれども、これが一つ政府の対応策のおくれの原因になったのではないか。  それからもう一つ、この日銀短観というのを見ますと、企業種の統計、これは聞き取り調査なんですけれども、これを見ますと、全国の企業十二万六千社を調査しておるようでありますけれども、今の調査の実態を見ますと、どうしても製造業の方が非製造業よりもウエートが高い、あるいはまた特にサービス業はもっとウエートが低い、それから大企業の方がいわゆるカバー率というのでしょうか、分母の集団に対して調査対象企業数のウエートが中小企業よりも大企業の方が大きいとか、それから業種でいうと新しい業種、例えばコンビニエンスストアとか、まあ宅配ピザなどというのはどの程度景気にウエートを占めるのかわかりませんけれども、今回の短観のもとは六十一年に選んだ業種がベースになってずっとやっておるようでありますけれども、この短観のもとになる企業の聞き取り、重要な要素だと思いますけれども、これが経済がソフト化していく、サービス化、サービスのウエートが高くなっているという状況の中で製造業に偏っている、あるいは大企業のウエートが高いということが、今の景気の第一線の実態を把握する上で正確に伝わっていかないのじゃないかという感じがするのですけれども、総理、いかがでしょうか。

宮澤喜一自由民主党内閣総理大臣

○宮澤内閣総理大臣 最後の部分、お答えをいたしますけれども、そのとおりだと思っております。ずっと日本の経済の戦後の動きを見ていて感じますことは、今まさに中川委員の言われたそのことでございますが、つまり、消費がGNPの五〇%以上になった。あるいは経済の中で一次産業、二次産業、三次産業とございます三次産業のウエートが非常に大きくなってきたといったような、そういう変化にこの統計が十分に対応していないというのは、まことに私は御指摘のとおりだと思っていまして、例えば国民消費の動向というのは、それはデパートの売り上げとかなんとかいうもの、あるいはスーパー、場合によりまして新車登録台数とかいうようなものは伝統的にございますけれども、基本的な家計調査のような部分はだんだんだんだん実は統計の整備が難しくなっております。それは、家計簿をつけて、そしてそれをいわば資料として提供をしてくれる家庭というものが大変少なくなってまいりまして、第一お互いが字を書かなくなりましたので、そういうことも実際にございますのです。ですから、家計消費、家計調査というものは大変にカバレージが狭くなり、難しくなってきております。しかし実は、限界消費性向というようなことを申しますけれども、一番もとになるそういうデータが大変に実は心細いというのが一番大きな問題と思います。  それからもう一つ、今度は産業について申しますならば、三次産業のウエートがこれだけ大きくなりましたが、三次産業に関する統計というのは、実はこれはまた非常に弱いわけでございまして、役所の機能分担を見ておりましても、やっぱり三次産業というものについての対応は、かつての重工業なり長大産業に対するほど十分でありませんが、したがって、その三次産業についてのまた統計が非常に弱うございます。  それから、産業の中でも製造業と非製造の中で、非製造のウエートはこれだけ大きくなっておりますけれども、その資料がまた余り十分ではない。  もう一つ、大企業と中小企業の中でも、中小企業の設備投資というのが、恐らくもう全体の設備投資の私は半分になってきているんではないかと思いますけれども、それも大変に薄いというようなことでございます。  経済がこれだけ変形をしつつありますのに、それに対応する統計側のおくれというのは大変に目立っております。もっともっとこの統計で経済の動向を判断するというのは、先ほども御指摘になりましたように、何カ月かのラグがある上に、統計そのものが実はそのように整備されていないという、そういうことは私はおっしゃるとおりだということを自分も痛感しております。

中川昭一自由民主党

○中川委員 総理からも問題意識を持っていただいているようでございますので、ひとつ実態をできるだけリアルタイムに近づけるような形で対応策がとれるように御配慮をいただければというふうに思います。  ところで、この予算、今審議をしている予算というのは、去年の年末に政府原案ができまして、去年の年末時点の最上の景気対策を含んだ予算というふうに我々は認識をしておるわけでありますけれども、それからもう三カ月ぐらいたちまして、その間に新たな実は不況の要因が出てきたと私は思っているわけであります。  一つは、先ほど申し上げた円高というものが、やはり日本の経済の成長にとって少なくとも短期的にはマイナス要因、ある調査によると、円高が一〇%続くと、これは一年間ぐらい続くとGNPに与える効果はマイナス〇・五%というような調査もあるようでございますし、こういうこの円高というか、今の水準を中心にしての円高がどの程度続くかというのは、これはまた相場ですからわかりませんけれども、少なくともあの当時に比べれば七、八円の円高で今推移をしておるという状況が一つ。  それからもう一つは、バブルの崩壊という中で、地方は比較的バブルのときも、まあいい意味というか、バブルの影響も受けなかったかわりに、バブルが崩壊した影響というものもそう受けでいなかったというのが、例えば私の地元の日銀の人のお話なんかを聞いても、去年の秋あるいは初冬ぐらいまでは、いや、バブルの影響はこの地域は受けておりませんよ、農業と公共事業が中心ですからバブルの影響は非常に受けておりません、逆に堅調ですというような表現すらあったわけですけれども、去年の年末からことしにかけては、いよいよその全国的な不況がついにそういうところまで押し寄せてきた。これもやっぱり予算編成時にはなかった要素がまた生まれてきたのではないかというふうに思っているわけであります。  したがって、今当面我々がやるべき最大の仕事というのは、当時つくったとき最善であるこの予算を一日も早く通す、年度内に通して四月からすぐに執行する。しかし、新しい要素がその後出てきたわけでありますから、それを執行した後に必要であれば、円高とか、さっき言ったように地方にどんどんどんどんこの不況が広がっているという状況等々を見据えて、新たな状況に対して対応をする必要があるときには機動的に、追加のといいましょうか、新たなといいましょうか、そういう対策を私はとる必要が出てきたときにはもうすぐにやらなければいけないというふうに思っているわけでありますけれども、前提条件づきではありますけれども、総理、ぜひともその辺を、そうなった場合にはぜひとも早急に対策をとっていただきたいと思うのでありますけれども、御決意のほどをお願いいたします。

宮澤喜一自由民主党内閣総理大臣

○宮澤内閣総理大臣 前段の中川委員の御質問にも関係することでございますけれども、確かに今回の不況というのは、今までの循環的なものだけではない、いわゆる逆資産効果というのが、家計にありましては消費の沈滞になりますし、企業にありましては設備投資をやはり抑える原因になっております。そのほかに、その逆資産効果からきました銀行、金融機関の融資対応能力の低下、あるいは証券市場におけるエクイティーキャピタルの調達の困難といったようなものは、先ほど中川委員の言われましたように経済の循環器系統にも当たるような部分かと思いますが、その部分が機能を甚だしく喪失をいたしておりますので、それが今回の景気を複雑なものにしておると思います。  この後者の点は、やはり金融機関の不良債権の処理であるとか、あるいは証券業の活性化であるとか、具体的に対応をいたしつつございますけれども、何分にも非常に大きな資産の目減りがございましたものですから、循環器が積極的に活動するに至っていないということかと思います。  政府が昨年の、御指摘のような総合経済対策以来やっておりますことは、主として公共事業を中心に内需の振興を図る、あるいは雇用を維持する等々のことでございます、住宅にしてもそうでございますが。日本経済は御承知のような市場経済でございますから、政府がそうやっててこ入れをいたします、それはどうしても市場経済そのものが活発に動いてくれなければなかなか順調にいきません。その間の努力を政府は中央も地方も一生懸命いたしておるわけでございますが、そういう状況でございますので、従来のような常識で経済を見ておりますと、もうそろそろ循環が終わる、在庫調整は済んだはずだ、したがってというようなふうにすぐに動いてくるとは決まらないような要素がございますので、そこは十分に注意をして対応をして、そして機動的にそれに対していかなければならないということはかねて当委員会でも申し上げておりますけれども、これは常に欠いてはならない心がけでございます。  御指摘のように、この予算をできるだけ早く成立とともに新年度に施行をさせていただきたいと思います。昨年度の補正の残りもあわせますと相当な景気引き上げ効果になるとは思いますけれども、先ほど申しましたようなことがございますので、状況によりまして機動的に対応することは常に心がけてまいらなければならないと思っております。

中川昭一自由民主党

○中川委員 ここでちょっと視点を変えまして、私は前から素朴な疑問を持っておりまして、どうして予算の執行というのは、つまり会計年度というのは四月一日から始まるのかなというのを疑問に思っておりました。というのは、私は北海道でございます。つまり積雪寒冷地帯でございますから、ことしはそういうことはないと思いますけれども、大幅な暫定なんというときには大変に工事発注がおくれるんですね。御承知のとおり、もう年の半分は非常に雲あるいはまた寒さに追われ、今総理もおっしゃった補正なんというのは、今ごろ工事をやっておるものは、凍った地面の上で作業をやったり、凍った地面を穴を掘ったりして、実は請け負った企業はもう赤字覚悟でやっているところもあるぐらいでありまして、非常に工事をするのにも苦労をしておるという状況であります。まあ、もちろん通年施行というのは、一つのメリットがあるわけでありますし、事業の平準化というものもこれは必要であり、やっていただいているわけでありますけれども、できるならば、とにかくこの積雪寒冷地帯というのは、仕事が外でできる状態になったときにはもうすぐに全力でできる、そのためにはどうも四月というのはもうぎりぎり、何かあったらすぐもうおくれてしまう。  四月一日にどうして決めたかというと、実は明治政府が一番最初にできたときは、とりあえず一月、暦年制だったんですけれども、明治の二年には十月からスタート、明治五年には今度は太陽暦が使われまして、また暦年に戻った。明治七年には、今度は七月−六月というふうに改めた。そして明治十九年からは四月ということで現在まで続いておるということなんですけれども、実は根拠がよくわからないというか、ないと言ってもいいんだろうと思います。  一説によると、明治政府の当時の主流を占めていた方が長州とか薩摩の方で、お正月ゆっくり国で休んで、そして仕事始めは四月がいいんじゃないかという説、これは大蔵大臣、うそか本当かわかりませんけれども、いずれにしても、会計年度というのはフランス、ドイツ、スイスあるいはロシア等は一月、イギリス、インド等は四月、アメリカ、タイは十月、主要国でもばらばらでありまして、私は、四月一日というものを変える議論、いろいろメリット、デメリットあるわけでございますけれども、四月一日のデメリットが積雪寒冷地帯にはあると思うわけでありますが、積雪寒冷地帯の代表として北北海道開発庁長官、ひとつ御所見をお伺いをしたいと思います。

北修二自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○北国務大臣 中川委員からただいまお話がありました北海道は寒冷地帯でございますから、一月、二月、三月、こういうのはほとんど公共事業 は進まないことは御案内のとおりでございます。  今お話のありました経済の平準化あるいは雇用の安定という観点からいうと、一月に予算をやっていただくということにつきましては、北海道としては大変結構なことではないだろうか。仲間でございますからそういうように理解を、北海道でございますからそういうように思うわけでございますが、御案内のように、今のお話のありましたように、明治十九年、まあ百年以上、今日も踏襲をされておるわけでございまして、なかなかこれを変えるということは至難なことではないだろうか、かように思うわけでございます。法人並びに企業等もいずれも三月決算、こういうことに相なっておるわけでございます。  また、いま一つは、今北海道のお話のとおり、公共事業については御案内のように、ぜひ早くやってもらいたい、こういう希望があることはもう言うまでもないわけでございますが、しかし総合的に言うと、非常に厳しいものがあるのではないだろうか、かように私は理解をいたすわけでございます。  今後北海道の公共事業については、まあ中川委員の言われるのは、北海道では通常四月から発注されると七月ごろでなきゃ仕事が始まらぬ、どうしても不安定だ、そういう意味でゼロ国債をぜひお願いします、こういう御意見が地元で多いわけでございます。しかし御案内のように、いろいろ調べてみますと、四月には一五%、五月には四四%発注をいたしておるわけでございます。そのつなぎとして今ゼロ国債を御配慮いただいておるわけでございまして、今後ともこのゼロ国債を恒久化するならば御理解をいただけるんではないだろうか、かように思っておるわけでございます。  大変貴重な御意見でございますので、我々今後大いに検討させていただこう、かように思います。よろしくお願いいたします。     〔委員長退席、石川委員長代理着席〕

中川昭一自由民主党

○中川委員 ゼロ国債というのは、ある意味じゃ暫定的といいましょうか、つなぎといいましょうか、国庫債務負担行為でありますから、できればこれは原則的にはない方がいい、つまり一月からやった方が本来的にはすっきりするのではないかと思うわけであります。  もう一つは、学校がまたなぜ四月一日なのかなという素朴な疑問を持っておりまして、これも明治五年に学制公布のときはもうばらばらだったそうでありますので、明治三十三年までの間にだんだんだんだん四月に統一をされていったということでありますけれども、現在、二百カ国調べてみますと、九月入学が四九%、十月が一二%、一月が二二%ということで、四月入学はスイス、パキスタン等五カ国しかない。今北大臣もおっしゃったように、企業とかいろいろ、まあ役所とか地方自治体、いろいろあるとは思いますけれども、私はそれはそれで別の議論として考えるべき問題であって、そもそもという議論をしたいんでありますが、入学が四月である必然性があるのか。確かに、桜の咲くころ入学というのは一つのイメージでありますけれども、北海道ではまだ桜咲いておりませんから、雪の中での入学式でありますから。  私が考えるのは、夏休みの時期を挟んでの一年間というのはいかがなものかな。つまり、非常に長い休みの間を挟んでの一年間というのはいかがなものかなというのが一つ。それからもう一つは、やっぱり今申し上げたように国際的な学生の行き来ですね。日本で卒業すれば、九月、十月ですから、まあサマースクールでも行って少し語学の勉強をして新学期ということですけれども、向こうで六月に卒業して日本に帰ってくると、ほぼ丸一年、中途編入する以外はまあ遊んでいるというか、何か別のことをしていなきゃいけないということで、私もこれは非常に前からどうしたらいいかと思っていたんですけれども、森通産大臣は文部大臣のときにこの件について御発言をされたと私は記憶をしております。また森大臣は、おととしの議運の委員長のときに、国会改革というごとで一月国会召集、大変御努力されまして、一カ月間の、まあ休んでいる国会を使おうということで一月召集、大変な国会改革に御尽力をされた御功績もあるわけでございますが、四月入学の改正について大臣はどうお考えになりますか。

森喜朗自由民主党通商産業大臣

○森国務大臣 中川先生の今の御提言は、昨年私が党の仕事をしておりましたときにも、そういうお話がございまして、大変興味深い問題だし、長期的にやはり国際化に順応させていくという意味では大事なテーマかもしれませんね、党で少し勉強会でもやりましょうかと言っているうちに、私が党の仕事を離れてしまいまして、そのままになっておりますが、ぜひ長期的にいろいろ勉強していただくことは私は大変意義のあることだなと思っております。  今たまたまお尋ねのように、私は文部大臣をしておりましたときに、このテーマを実は臨時教育審議会で少し検討してほしいなと思って提言したことは事実でございます。その理由は、今申し上げたし、それから委員からも御指摘がありました国際化ということが非常に大事だということと、もう一つは、やはり三学期というものは完全にやってほしいなと。みんな、受験のためにほとんど学校を離れてしまう。思うどおりの進路に行けばいいけれども、思うどおりにならなかった人は卒業式にも何となく気まずい思いで出てこないというようなことがあって、やはり学校の一番いい思い出というのは、卒業式を完全に三学期まできちっと修めるということが大事だ、こう私は思って一つ申し上げた。それからもう一つは、やはり進路というのは非常に大事であって、三月卒業するかと思うともうすぐ四月入学ですから、進路はもう学生時代、在学中にやっていくということになりますから、秋の入学の方がゆっくり進路について勉強できるし、いろんなことも考えられるだろう。できれば、奉仕活動をやったり、社会体験をやってみたりすることも、秋の進路を決めることに非常にいいのではないかというふうに思いました。  それからもう一つ、今私の所管にも関係することでございますが、どうしても四月に会社が新年度始まりますと、結局お父さんだけが転勤地にひとりで行ってしまう。子供はその前に学校が決まっていますから変わりたくないということになると、結局、言われるように札チョン族とか東チョン族というのがあらわれてくる。これは、宮澤内閣が目指しております生活大国からいえばほど遠い話であって、やはり家族が一緒に健全な家庭を営むということが生活大国の最も大事な柱だ、こう私は考えますと、やはりお父さんの勤務が決まった後に、私ならば十分学校の進路について考えられる、そんなことも当時私は理由として提言をしたわけでございます。  なかなか、いろんな考え方があって、さまざまな考え方があって、これは将来ともに検討していくということになりましたけれども、一つには、今中川委員がおっしゃいましたように、桜の花の咲くころに孫が入学するという、何となくこういう感傷的なものもやはりまだ残っておるのかなというふうな感じがいたしますが、会計年度とあわせて、一つのきちっとした理由はないわけでありますから、これから何といいましても国際社会と肩を並べていくという意味では、だんだんだんだん国際的な水準のところ、平均のところに準拠していくことの方が私はやはり望ましいのではないかなと考えております。  どうぞこれからなお一層中川先生御健聞いただいて、ぜひまたいろんな角度からそういう問題を国民的に多く意見が求められるように啓蒙をなさったらいいのではないかなというふうに思います。

中川昭一自由民主党

○中川委員 総理、今までの議論を聞いて、最初に改正ありきとは申しませんけれども、ひとつ検討してみようかなというお考えを持っていただけるかどうか、ひとつお答えをいただければと思います。

宮澤喜一自由民主党内閣総理大臣

○宮澤内閣総理大臣 この問題は、臨時教育審議会の答申が昭和六十二年にございましたときに提言があったと承知をしております。  そのときに、その直後ですか、世論調査を総理府でいたしました際には、秋季入学に賛成が二七%で、反対というのが五一%あったそうです。これは、ただ現状を変えるということになりますと、こういう反応が出てくるのは普通でございますから、このように世論が考えているかどうかは必ずしも一遍の調査ではわからないと思いますが、今森大臣の言われたこともいろいろよく勘案しながら、教育上あるいは行財政上の問題もありますので、あわせまして研究を進めていく必要があるというふうに思います。

中川昭一自由民主党

○中川委員 それでは、外交関係について御質問いたします。  ロシア関係についてでありますが、ゴルバチョフさんが一九八五年に登場して以来八年間、実はロシアとアメリカの関係、あるいはロシアとヨーロッパ、特にドイツとの関係、あるいはロシアと東欧の関係、そしてまたロシアと中国、ロシアと韓国となりますと、これはもう本当に想像ができ、ないぐらいの前進があったわけでございますが、事日本とロシアということになりますと、本当にお隣同士なのでありますけれども、民間の交流は今盛んにふえているんですけれども、事政府間ということになると、さて、八年間振り返ってみて日ロ関係どう進展したかというと、一言で、大きく前進したとは言えないのではないかと私は思っているわけであります。そこには当然大きな前提があるということは言うまでもないわけであります。  そこで、ロシア支援というのを総理はコール首相とも話されたやに聞いておりますけれども、ロシアという国はアジアとヨーロッパにまたがっている唯一の国と言ってもいいんだろうと思いますが、我々が見るのはどうしてもアジアのロシアということで、それで、一番身近にあるのがサハリン州ということになるわけですけれども、サハリン州の州知事さんでフョードロフさんという人がいます。いろんなことを言ったりやったりするものですから、我々にとっては決してその、何というかタフな知事さんだなという感じがするわけでありますけれども、このフョードロフさんが何か解任されて、近く州知事選挙があるという情報が聞こえてきたのですけれども、これは事実でしょうか。     〔石川委員長代理退席、委員長着席〕

野村一成外務省欧亜局長

○野村(一)政府委員 お答え申し上げます。  私どもの得ております情報によりますと、二月二十五日のサハリンの州議会におきまして、全体代議員九十四名による秘密投票の結果、賛成五十二、反対十八、保留等二十四によりまして、フョードロフ知事に対する不信任案決議が採択されたということでございます。  今後どういうことになるかということでございますけれども、何分、私どもが得ております情報によりましてもいま一つ定かじゃない面がございまして、一つはサハリン州におきます選挙を実施するということ、もう一つはエリツィン大統領に新しい知事の任命を要請するという二つの方法があるようでございますけれども、今まだこの点について議論が進められておる、定かでないというふうでございます。  いずれにしましても、地理的には非常に近いところでございますけれども、北海道に隣接するサハリン州の動向というのは、私どもそれを非常に的確に把握するということが必要であろうと思っておりまして、積極的に情報収集等に努めてまいりたい、そういうふうに考えておる次第でございます。

中川昭一自由民主党

○中川委員 サハリン州というと、北海道にとりましても、いわゆる環日本海の地域にとっても非常に身近なところ、そこが政治的に混乱をするということは、これまた日ロ関係、特に民間ベースで今いろんな交流をやっておりますので、非常にこれまた余りいいことではないな、一日も早く安定というか、新しい政権がしっかりしてもらいたいなと思うわけでございます。  総理にこれは本当にお願いということでございますけれども、総理は一九七六年、日ソ国交回復二十周年で初めて北方領土視察をした外務大臣という地元に名を残されておるわけでありますが、総理の北方領土視察というのは、地元住民あるいは近隣市町村の皆さんのこれは大変な願いであるわけでございます。私は、北方領土視察をすることは、必ずしもロシアを刺激するとは思わないわけでございまして、むしろ、ゴルバチョフさんがあの新思考外交のスタートを切ったのが、ウラジオストク演説という有名な演説があって、あそこまで行って一体何を言うんだろうかと思ったら、あそこで世界に向かって外交を変えていきますよという演説をやられたわけであります。  総理もぜひ、初めて外務大臣として視察された実績、鈴木総理が視察されてもう十二、三年になるわけでございますけれども、ひとつ北方領土を視察して、その北方領土から世界あるいはロシアに向かって新しい日本の外交を提唱するようなお気持ちをぜひ持っていただくことになれば、決してロシアを刺激するために北方領土を見に行ったということにはならないと思うわけでありますけれども、関係者の皆さん、総理が来て地元の皆さんの話を聞いたり、また世界に向かって何か御発言をされるということを非常に期待をしておるわけでございますが、総理、ぜひとも、お忙しい日程の中とは思いますけれども、北方領土の視察という近隣の人たちの悲願をひとつ受けとめていただきたいというふうに思うわけでございますが、お願いをいたします。

宮澤喜一自由民主党内閣総理大臣

○宮澤内閣総理大臣 ただいまお話しになられましたように、そこから起こってまいります外交的な反響への考慮、あるいは現実には国会その他の日程等々いろんな問題がございますが、地域にあってこの問題に人一倍関心を持っていらっしゃいます中川委員のその御発言は、十分私も心にとめておきます。

中川昭一自由民主党

○中川委員 サミットが七月七日から開かれるわけでございますが、このサミットには、ロシアのエリツィン大統領が少なくとも前回参加をされておる。きのうの報道によると、ロシアの外務大臣は、呼ばれるのは当然だ、しかし東京に行くかどうかはわからないぞというような、まあ報道ですから事実かどうかわかりませんけれども、何か別に、来るのは何のために呼ぶかというと、お前たちを支援してやるんだからいらっしゃいよという話だと思うのですけれども、その支援してもらう方は、呼ばれるのは当たり前だけれど行ってやるかどうかはわからないよというのは、これはちょっと私は、その報道が事実だとしたらいかがなものかなというふうに思うわけでございます。  そのロシア支援を含めたサミットの議題になるわけでありますけれども、その前に、きのう通産大臣はコール首相と会談をされたと聞いておりますけれども、東欧支援、あるいはまた、ロシアというのは前提がありますから、そう簡単にすっと日本国の方が支援するわけにいきませんけれども、残り旧十四カ国を含めた支援について、通産省としてどういうふうにお考えになっていらっしゃいますか。

森喜朗自由民主党通商産業大臣

○森国務大臣 昨日コール首相とお目にかかりましたときには、やはりドイツの統合を果たされました大変な政治家でございますし、ドイツ東部に対する日本側の投資あるいは経済的な支援、今そういうものが極めて少ないということについて、日本の大いに投資を歓迎しておるというようなお話もございました。それからもう一つ、やはり、いわゆるロシア、旧ソビエト、それからNIS諸国に対する支援も積極的にやってほしい、ぜひドイツと一緒にやりましょうというようなお話がございました。そう時間もございませんでしたから細かなお話はいたしませんでしたが、そういうコール首相としては強い希望を持っておられるということがお話の中からうかがうことができました。  通産省としましては、ロシアを除く旧ソ連諸国につきましては既に市場経済化のための技術的支援を展開をしておりまして、これを着実にこれから支援をしていきたいと考えております。それから、特に中央アジア諸国につきましては、ことし の一月一日からODAの供与対象国となったことでもございますので、今後積極的なこれも支援を行っていきたいと考えております。  それからまた、東欧諸国につきましては、今後の協力のモデルということで、先般ハンガリーを訪れまして、生産性向上、投資促進等の分野を重視した新たな経済協力施策を示してまいりました。かかる協力を通じまして、これが一つのモデルになって、東欧諸国の市場経済化を積極的に支援していきたいと考えております。  それからなお、旧ソ連、東欧諸国の企業改革、それから軍民転換、貿易振興等、ミクロ面について議論をいたすために、G7と旧ソ連、東欧の十八カ国、それにOECD、EC委員会等の国際機関も参加します第二回の東西経済・産業・貿易大臣会合をこの四月の二十四、二十五日に東京で行いたいと考えております。この第一回目は昨年ドイツのミュンスターで行われたものでございますが、これによって、旧ソ連、東欧諸国の経済改革のさらなる進展のための東西協力を積極的に進めていきたい、このように考えておりまして、この点につきましても、昨日コール首相にも申し上げ、大変コール首相からも歓迎といいますか、喜んだ御発言がございました。

中川昭一自由民主党

○中川委員 そこで、そのサミットに向けて、このロシアをどうするか。呼ぶのは議長である宮澤総理を初めサミットの七カ国でありまして、呼ばれる方が、さっき言ったように、呼ばれることは決まっているけれども、支援されるために行ってやるかどうかわからない。その原因は日本だから、領土問題だ何だ、四の五の言われちゃたまらぬよということだろうと思いますけれども、日本もお隣の国ですから、しかも困っているわけですから支援したいんですね。しかし、したいけれども、さっき言ったように、北方領土を不法占拠をやったり、しかもそれについて議論にすら今乗ろうとしていないという状況でありますから、これは日本としてもやはり主権国家として言うべきこと、あるいはまたやるべきことがあるわけであります。  しかし、総理も四月にクリントン大統領とお会いになるというふうに新聞報道で聞いておりますけれども、その前に、クリントンさんはエリツィンさんと四日ですか、会うという話もあるようでございまして、日本としてこのサミットにロシアを呼ぶ、来たけれども、領土問題の話は一切抜きよということになると、これまたさっきの北方関係者あるいは領土返還運動を頑張っている皆さんから見れば、これまたなかなか納得できないところであります。  しかし、かといってこの決断をいつまでも延ばしているというのもなかなか国際的にいっても難しい状況だと思いますけれども、総理は、ロシア、エリツィンさんの招致についてどういうお考えで臨まれるのでありましょうか。

河野洋平自由民主党内閣官房長官

○河野国務大臣 総理御答弁の前に、私から状況だけ申し上げたいと思いますが、エリツィン氏を東京サミットにお招きするかどうかという問題については、現在まだ結論は出ておりません。これらは、委員御承知のとおり、G7のメンバーの合議、合意によって決定すべきものでございまして、またそうした合意を取りつけるという段階にまで至っておりません。余りおくれてもというお話がございましたけれども、まだまだおくれるという段階ではないというふうに思っております。  先ほど委員から御指摘がございました、通信社かどこかが報道した報道については、私も拝見をいたしましたけれども、事実関係、まだ正確にわかりません。呼ばれることになっておるが、行くかどうかわからぬというような内容であったと思いますが、これは、内容についてもう少し正確に伺わなければ、何ともこれについてはコメントできない。我々から見ると、ロシアが来れるような国内情勢であるかということも実は問題があって、行くかどうかわからないというのは、行けるかどうかわからないということだってあるかもわからないわけでございまして、今通信社の報道をそのまま受けて、感情的に過剰反応することはない。もう少し事態を冷静に見た方がいいというふうに思います。これらを全部ひっくるめてG7のメンバーと協議をする。コンセンサスを得るまでは、招致するかどうか未定であるというのが我々の立場でございます。

宮澤喜一自由民主党内閣総理大臣

○宮澤内閣総理大臣 ただいま外務大臣が言われたのが背景でございます。関係国と相談をいたしまして、議長として最終的に決定をするわけでございますけれども、御承知のように、そのためにシェルパという個人代表が各国から出ておりますが、アメリカのシェルパの任命が非常におくれておりましたために、まだ第一回の会合を開いておりません。任命されましたので、やがて開かなければなりませんが、したがいまして、まだ相談の場ができていないということが一つの問題でございます。  それから、私がもう一つ思っておりますのは、昨年ミュンヘンで会合がございましたときにエリツィンさんが見えまして、そしてそのときは、ロシアの経済に対する援助というものを、IMFとロシアとの協議の進捗に従ってそこで合意された内容に我々が支援をする、そういうことで全員が合意をしておるわけでございますけれども、昨年、ついにIMFとロシアとの合意ができませんでした。その後ロシアの経済が御承知のように非常に悪くなっておりますので、今年になりましてもIMFとの協議が全く進んでいないという状況でございます。これから夏までのことを予測いたしますと、具体的にIMFとの協議がどうも進むということはなかなか私は難しいのじゃないかと思いますが、そうした場合に、さて対ソ援助というものをどういうベースの上で考えるかという、そういうベースがなくなってしまうという心配がありまして、したがって、せんだって林大蔵大臣の行かれました七カ国蔵相会議でも、IMFとロシアとの協議をひとつできるだけ進捗させてもらいたいという、そういうことを七カ国では合意をしていると申しますか、まさにそうだなということになっているわけでございますが、その問題が一つございまして、それらのことも少し見きわめなければならない。  かたがたそんなことで、今まだ未定であるということでございます。

中川昭一自由民主党

○中川委員 質問時間が終わりましたので、最後に総理の生活大国づくり。  これは住宅を幾らで、何時間で、どのくらいの広さということをよく例に出されますけれども、それは大都市の話だろうと思いますが、地方における生活大国づくりということで、その大きな柱は、私は地方拠点都市というのがその大きな柱の一つだろうと思います。  実はその指定を受けた地域、私の地元にもあるのですけれども、今戸惑っておりまして、指定は受けて頑張るぞというのですけれども、どうして頑張っていいかわからないというところがありまして、そこはやはり地方分権の一つの意味合いが強いと思うのでありますけれども、これはできるだけ地方からの要望を国土庁事務局、そして主務官庁六省庁、ほかにもありますけれども、場合によっては科技庁にも相談に行きたい、あるいは外務省にも相談に行きたいということで、これはもう全省庁を挙げて縦割りではなくて行政がまた一つになって、一つの広域市町村とうまくチームワークができる、人的交流もできる、情報交換もできる、いろいろなアドバイスもできる、相談も受け入れるということで、国の窓口が一体となってひとつ地方拠点都市をバックアップするというのが、地方に対する生活大国づくりの私は一つの大きなポイントだと思いますけれども、総理のお考え、御決意を聞いて、終わらせていただきます。

宮澤喜一自由民主党内閣総理大臣

○宮澤内閣総理大臣 全くそういう趣旨でできた法律であり、そういう趣旨で指定をしつつあるわけでございますけれども、私も中川委員の言われますような苦情を地方から聞いております。これはまた役所同士の悪い癖が出ているんじゃないかと思いますので、よく内閣官房が中心になりましてこの法の趣旨がそのとおり実行されますように、十分に私もよく気をつけてまいります。

中川昭一自由民主党

○中川委員 自治大臣と国土庁長官には、先ほど冒頭、質問もしないのに座っているだけで申しわけないと言いながら、通告をしておいて一時間座りっ放しで、まことに申しわけございませんでした。ありがとうございました。

粕谷茂自由民主党

○粕谷委員長 これにて中川君の質疑は終了いたしました。  次に、水田稔君。  この際、暫時休憩いたしまして、再開は午後一時をめどとする、各党の理事の皆さんからの御意見を聴取しまして、委員長はそういう裁断をいたします。  委員長からお願いをします。  委員会の委員の方々は、どういう事情で委員会が休憩、ストップになったかを承知しておりませんから、各党の理事が責任を持って委員の方々にその事由を説明していただきたい、こう思います。  それでは、休憩いたします。     午前十時四分休憩      —————◇—————     〔休憩後は会議を開くに至らなかった〕

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