P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
126回国会衆議院1993/05/18

政治改革に関する調査特別委員会公聴会 第1号

発言数
143
登壇者
19
会派数
5
開催日
1993/05/18

会議録

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 これより会議を開きます。  梶山静六君外二十三名提出、公職選挙法の一部を改正する法律案、衆議院議員選挙区画定委員会設置法案、政治資金規正法の一部を改正する法律案及び政党助成法案並びに佐藤観樹君外二十四名提出、公職選挙法の一部を改正する法律案、衆議院議員小選挙区画定等審議会設置法案、政治資金規正法の一部を改正する法律案、政党交付金の交付に関する法律案の各案について公聴会を行います。  この際、御出席の公述人各位に一言ごあいさつを申し上げます。  公述人各位におかれましては、御多用中のところ御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。審査中の各案に対する御意見を拝聴し、審査の参考にいたしたいと存じますので、忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。  なお、御意見は、舛添公述人、渡辺公述人、高橋公述人、上条公述人の順序で、お一人二十分程度お述べいただき、その後、委員からの質疑にお答えをいただきたいと存じます。  それでは、まず舛添公述人にお願いをいたします。

舛添要一国際政治学者

○舛添公述人 皆さんおはようございます。  初めに、政治改革の目的とは何なのか、また、なぜ今日、政治改革を断行せねばならないのか、まずこれらの点につきまして、私の考え方を述べさせていただきたいと思います。  私は、ことしの初め、アメリカを訪れましたけれども、非常にアメリカ人の顔つきは明るいということに驚きました。その理由の一つには、恐らく、三期十二年間にわたって続きました共和党政権にかわって、民主党のクリントン政権が誕生することへの期待感があったのだろうというふうに思います。これに対しまして、我が日本の場合、政治及び政治家に対する不信感が大いに高まっているにもかかわらず、政権交代の展望が持てないという閉塞感が、あたかも黒い暗雲が漂っているかのように国民の間に広まっております。権力は腐敗するのでありまして、十年もの間にわたって一人の指導者あるいは一つの政党が政権の座につき続ければ、必ず腐敗が生じ、また国民からも飽きられます。アメリカの共和党、フランスのミッテラン政権、イギリスのサッチャー政権、カナダのマルルーニー政権、イタリアのキリスト教民主党を中心とする連立政権など、その例は枚挙にいとまがありません。  しかし、これらの国の場合、我が国と異なりまして、政権交代が実現したりあるいは実現する展望が持てるのでありますしかるに、日本の場合、一方では政権をとる意欲にも能力にも欠ける野党と、他方ではその非力な野党を懐柔しつつ権力の上にあぐらをかく自民党との間で、政権交代が起こり得るような状態にはありません。政策、とりわけ外交、安全保障政策について、国際社会の現実を無視したユートピア的理想主義に基づく机上の空論をもてあそぶ政党が政権の受け皿となることは不可能であります。  第二次大戦後の自民党政権の歴史を振り返ってみますと、派閥間の競争が、ある種の腐敗防止、つまりチェック・アンド・バランスの機能を果たし、派閥間の政権のたらい回しが疑似政権交代のイメージを国民に与えたことも否定できません。しかし、自民党内でいわゆる田中派そして竹下派の一派支配が貫徹するに及びまして、このチェック・アンド・バランスもほとんど機能を停止し、腐敗の度を増したと言ってよかろうかと思います。  選挙によって政権交代を実現することこそ、権力の腐敗を防止し、政治に活力を生むのであります。私がここで政治と言うとき、それは何も政治家のみに限りません。官僚もまた、永遠に自民党政権が続くという前提で仕事をしているために、一方では緊張感を失い、堕落し、他方ではあたかも日本の政治は自分たちが動かしているかのような大言壮語を弄しております。選挙で選ばれた私たちの代表が政治をリードしていくべきでありまして、選挙の洗礼を受けない官僚たちが自分たちの考えを実現するために政治家を利用するなどということは、本末転倒も甚だしいと思います。さらには、私もそこに身を置いております言論界、ジャーナリズム、マスコミも、政権交代がないために極めて無責任な状態にあります。今日野党的立場であっても、あすには政権党の立場になるという緊張感があれば、もっと真摯な議論が展開されるのではないかと考えます。  以上のように考えできますと、今日議論されております政治改革の目標が、政権交代を可能にするような政治システムを構築するということであることは疑い得ません。政治と金にまつわるスキャンダルの頻発により、金のかからない政治を実現するということが政治改革の最大の眼目のように言われることがありますが、それは必ずしも正しい指摘ではないと思います。繰り返しますが、政権交代を可能にするような政治システムにするということが、政治改革の最大の目標なのであります。  次に、今日なぜ政治改革が必要かという点でありますが、もちろん、たび重なるスキャンダルによりまして国民の政治に対する不信が募っており、それに対して政治を浄化する努力をせねばならないという説明は万人が納得するものであります。しかし、私は、それとともにもう一つ重要なポイントがあることを忘れてはならないと思います。  それは、激動する国際社会の諸問題に対して、世界第二の経済大国である我が国が迅速かつ的確に決断を下す必要があり、そのためには政治システムの改革が不可欠だということであります。とりわけ、米ソ冷戦が終えんしました今日、日本に対する世界の期待は高まっておりまして、我が国が新しい国際秩序の構築に積極的に取り組まねばならなくなっております。いわば、幕末と同様にペリーの黒船が来ているのでありますが、それが、幕末の浦賀沖とは異なりまして、はっきりと目に見えないために、この国会におきましても、湾岸戦争、PKO問題などで国際的常識から大きくかけ離れた議論が展開されてきたことは周知のとおりであります。  不幸にしてカンボジアで亡くなられた国連ボランティアの中田君、そして文民警察官の高田警視、一の高邁な理想のために殉死されたお二人の死を思うとき、痛惜のきわみでございますけれども、一の貴重な人命の損失が、やっと私たちに黒船の存在を認識させたと言っても過言ではありません。彼らの死をまたなければ世界の情勢についてまともな議論すらできない政治とは、そして国会とは、さらにそれを許してきた選挙制度とは、一体何なのでありましょうか。  我が国が悠長なコンセンサスづくりを行うのを、世界の動きは待ってはおりません。国論の統一などという理由でいたずらに時間をかければ、世界の流れから大きくおくれてしまいます。迅速な決断が下せる政治、そして国民をリードできる政治こそが、二十一世紀に我が国が生き残るためにも、今求められているのであります。今回の政治改革も、そのような文脈でこそ実行されるべきものなのであります。  次に、選挙制度の改革について申し述べたいと思います。  私は、これまで政治学者として二十年間にわたり世界各国の選挙制度を観察し、比較研究してまいりましたが、その結果申し上げられますことは、極めて単純かつ当たり前のことであります。それは、いかなる選挙制度も長所と短所があり、完璧な制度など存在しないということであります。したがって、選挙制度の決定は、その時代時代の要請によってなされますし、また党利党略の要素も捨て切れません。さらには、ある国で行われている制度を他の国に移植したところで、それによって同じような政治がもたらされるわけではありません。例えば、日本の中選挙区制をイギリスに移植したからといって、イギリスの政治が日本の政治のようになるわけでも、また逆に、イギリスの小選挙区制が日本にイギリスと同様な政治を根づかせるとは限りません。  今回、自民党は単純小選挙区制を、社会党と公明党は小選挙区併用型比例代表制を提案しておりますが、それぞれの案につきまして、死票が多い、小党分立になるなどの問題点も、また、安定政権になる、民意を反映するなどの利点も、既に大方論じ尽くされた嫌いがあります。したがって、ここではその点は繰り返さないことにいたします。それよりもむしろ、冒頭で述べました政治改革の目標、国際社会の中における日本という私の問題意識、そしてそれは今日という時代が日本に要請しているものと考えますが、そこからいかなる選挙制度が好ましいかということを申し上げたいと思います。  政治改革の目標は、先ほど申しましたように、政権交代を可能にするようなシステムをつくるということでおりますから、そのためには、小選挙区制の方がいわゆる小選挙区併用型比例代表制よりも有効であります。得票率と議席数の間の乖離があっても、代議制民主主義は代理ではなく代表の原理を基本にしていることを考えると、さほど問題ではありません。それよりも、多様な世論が国会の議席に忠実に反映されて、国会がいわば世論の縮図になり、議論ばかりしていて何の決断も下せない方が、現在の激動する国際情勢を考えるとき、はるかに問題が大きいと思います。国際社会から迅速な決断を迫られているとき、甲か乙かの明確な選択肢の提示が国民になされ、その間での政策の選択がなされねばなりません。もし政権党が甲の選択をし、その結果として日本の国益が大きく損なわれるなどして、国民がその政策を失敗と判断するならば、次の選挙で国民は乙の政策を提案する野党に政権を渡すでしょう。これこそが今日求められている政権交代の理想的な姿なのであります。  政治家は、自分を選んでくれた有権者の意見にただ盲目的に従えばよいというものではありません。リーダーとは国民をリードすべきものなのでありまして、リーダーシップなき民主主義が衆愚政治に陥ることは言をまちません。  私は二十代のころ、フランスで政治の研究をしておりましたが、その当時のエピソードを申し述べたいと思います。  フランスでは、一九八一年五月に社会党のミッテラン氏が大統領に当選しましたが、ミッテラン大統領はその直後に国会を解散し、総選挙を断行し、国会でも社会党を多数派にしました。この政権交代が行われる前、フランス社会党は、小選挙区制は保守派を利するのみで、民意を忠実に反映する比例代表制を導入すべきであると主張しておりました。これに対して、フランス社会党の有力なブレーンでもありました私の師モーリス・デュヴェルジェ教授は、そういう主張は撤回すべきである、なぜなら、比例代表制であればフランス社会党が政権につく可能性は小さくなるからである、現行の小選挙区制を利用してこそ、わずかの力関係の変化で社会党も政権を奪取することができると強硬に主張いたしました。ミッテラン氏はこのデュヴェルジェ教授の意見を取り入れましたが、その結果、教授の主張どおり、第五共和制のもとで二十三年間にわたって続いた保守党支配に終止符が打たれ、国会でも安定した社会党政権が生まれたのであります。  フランス社会党に対してデュヴェルジェ教授の行ったものと同じ提案を、私もまた今日、日本社会党に対して行うものであります。  フランスでは、その後まさに社会党の党利党略により、選挙制度が一時比例代表制に変えられましたが、その後再び小選挙区二回投票制に戻っております。その小選挙区制のもとで今春行われました総選挙で、まさにわずかな力関係の変化で保守が大勝し、保守派のバラデュール首相が誕生したことは記憶に新しいところであります。社会党のミッテラン大統領のもとで保守のバラデュール首相が政府を指揮するという、いわゆるコアビタシオン、保革共存政権が再び行われておりますが、フランスの選挙制度もまた日本の選挙制度改革には大いに参考になると思います。自民案と社公案の妥協として、例えば民間臨調の提案しましたいわゆる連用制案が注目されておりますが、それならば、フランスの小選挙区二回投票制も、もっと考察の対象になってもよいのかもしれません。  選挙制度は、有権者にとってわかりやすいものでなければなりません。その点では、現行の中選挙区制も単純小選挙区制も極めて単純明快であります。一方、併用制や連用制はやはり複雑でわかりにくいと言わざるを得ません。比例代表制のもとでどの政党も単独では過半数をとれないとき、もちろん連立政権という選択肢があり、ヨーロッパでは幾つかの国で連立政権が日常化しております。しかし、連立政権が機能するためには、しっかりとした政策協定が必要なのであります。単なる数合わせの野合では、国民のための政治は不可能であります。  国民のための政治をやるためにはどうするか。さきにフランスの小選挙区二回投票制について言及いたしましたが、この制度ですと、一回目と二回目の投票日の間に、選挙協力のためにも政策協定を結ばねばなりませんので、国民の最終審判が下される前に連立政権構想が明らかになるのであります。これに対しまして、併用制や連用制の場合、選挙結果が下って初めて連立談義が行われますので、オランダの例に見られますように、新政権の発足までに時間がかかり過ぎたり、それぞれの党に投票した有権者の意向を無視した形での政策協定が結ばれる危険性があります。  以上のほかにも多々論点はありますが、今日という時代が私たち日本人に、そして日本の政治に求めているものを考えるとき、単純小選挙区制が最も望ましいと考えるのであります。  次に、政治と金という観点からも、小選挙区制の方が現行中選挙区制よりもはるかに望ましいことは、既に議論が尽くされたところだと思います。  私は、さきの統一地方選挙におきまして、自民党より北海道知事候補に推挙される名誉に浴しましたが、知事選挙に必要な総費用を尋ねましたところ、ある選挙のプロは十五億円という数字を提示いたしました。これには、もちろん誇張もあるかもしれません。ところで、昨年の春にイギリスに行きまして、各党の候補に同行して選挙の実態を観察しましたが、選挙費用の上限は百五十万円でありました。十五億円と百五十万円、つまり千対一というこの落差は、もちろん日本とイギリスの政治風土の違いにもよりますが、選挙区のサイズにもよるところが大であります。  政治資金につきましては、現代の自由な民主主義においては、余り制限をしたり、公権力が介入するのは好ましくないと思っております。現代大衆民主主義社会においては、政治にある程度の金がかかるのは仕方ありませんし、選挙費用という点ではアメリカの方が日本よりもはるかにかかっておりますが、だからといって、アメリカの方が日本よりも政治が腐敗しているわけではありません。ポイントは、金の入りと出とがはっきりしている、つまり透明性の確保ということに尽きるのであります。その点からも、政治献金は、個人のみならず、企業にしろ労働組合にしろ、団体が行っても全く構わないと思います。  政党助成制度につきましても、私の立場は、できるだけ公権力の介入を排すという立場でありますので、国民の税金が余り政党助成に注がれることには消極的であります。本来、自由な民主主義とは、政治献金も含めまして個人や団体の自発的な行動によってこそ支えられるべきものであると思います。日本の民主主義の成熟のためにも、この基本は忘れてはならないと思いますし、要は有権者の自覚次第だということであります。  最後に、今日我が国が断行せねばならない政治改革について一言申し述べて、終わりたいと思います。  政治改革とは、選挙制度の改革、国会の改革、政治資金規正法の改革、政治倫理の確立、言葉を加えれば、腐敗防止の徹底、さらに有権者の意識改革など多々あります。これらは一括して実行に移されるべきでありまして、どれか一つを切り離して処理すればよいというものではありません。一部の政治家は、世論の意向だといった理屈をつけて、腐敗防止問題のみを切り離して行うことを提案しておりますが、金のかかる選挙制度をそのままにしての腐敗防止策は画餅に終わるものだと思います。このような分離処理を訴えられている方々の政治改革への熱意を疑わざるを得ませんし、そのような指導者をいただく国民は不幸であります。そして、そのような政治家がこれからも日本を導いていくとするならば、日本に明るい将来はないのではないかという危機感を持っていることをつけ加えまして、私の意見の開陳といたします。  ありがとうございました。(拍手)

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 ありがとうございました。  次に、渡辺公述人にお願いをいたします。

渡辺重範早稲田大学教授

○渡辺公述人 早稲田大学の渡辺でございます。  今、舛添さんからいわゆる一般論でお話がありましたので、私は少々個別に立ち入って話をしてみたい、こういうふうに思うわけであります。  私は、今日の政治改革関連法案につきまして一番大切なことは一体何か。政治でありますから、優先順位をつけることが大切であると思いますけれども、私たちは第一に、まず健全な野党を育成するということでございます。実際に政権交代より前に、健全な応答能力のある野党を育成するのが第一義的でございます。自民党の一党優位体制のもとで選挙という民主主義的な手段で行われてきたじゃないか、その結果国民の大多数の賛成を得ているとおっしゃいますけれども、実は民主主義には手続と、そして質の面があるのではなかろうかと思うのであります。実際、民主主義の質とは何かといいますと、これは国民の実質的な選択の幅である。この実質的な選択の幅がない限り、これは民主主義の本質的な実行は達成されないということではなかろうかと思うのであります。  そのようにして考えてみて、今日、まず選挙制度、それから政治資金、政党助成の三点から意見を述べさせていただきます。  選挙制度でございますけれども、まず第一に、この選挙制度を評価する一つの基準といたしましては、何はともあれこれは国民の目にわかりやすいということ、これが第一に挙げられます。第二には、言うまでもなく、国民の多種多様な利益を代表するという、いわゆる純粋な代表機能であります。第三番目には、言うまでもなく、これは健全な野党を育成し、かつ、政権交代を可能にするということがございます。四番目には、この国民主権を実際に実質化し、活性化していくことだろうと思うのでありますね。この四点から、選挙制度というのは今日顧みられなければならないだろう。そういたしますと、やはりこの点から考えてみますと、いわゆる小選挙区比例代表併用制、この形が一番適当であろうというふうに考えるわけでございます。  まずは、選挙制度が実際の政党制あるいは政党の数に与える影響に関しまして、私はさほど大きな意味を認めておりません。実際は、やはりその国の社会構造によって規定される部分が多いであろう。したがって、小選挙区制も、実際においては健全な野党が存在していれば、十分に機能することは言うまでもありません。したがって、この議論を考えてみますと、今日において、一方では小選挙区制に対するアレルギー症状が非常に多い。一方ではまた、比例代表制に対するアレルギー症状が多い。この二つのはざまで今、その意見が闘わされているのではなかろうかと思うのであります。  そのように考えてみますと、小選挙区比例代表を併用するというこの形は、本質的には比例代表制だと言われます。しかし、ドイツにおける歴史を考えてみますと、これは第二帝政下においては、ドイツにおきましては小選挙区二回投票制でありました。その選挙制度のもとで、社会民主党は非常に不利益をこうむったわけであります。その結果、ワイマール共和制の時代におきましては比例代表制をとった。したがって、戦後のボン基本法制定審議会の中で選挙制度委員会ができたとき、ボン基本法制定審議の中で最も激烈に激しい論争が行われたのは、まさにこの選挙制度委員会であったわけであります。実はこれは、一方では比例代表制、一方では小選挙区制、まさにこれは闘いの果ての、本当の意味での真の妥協の産物であったわけでございます。  そう考えてみるときに、これは今日まずもって、政権交代を可能にする前に健全な野党を育成する、そしてまた国民の多種多様な利益をここに発現していく、この両者を勘案し、かつ国民主権を活性化していくためには、どうしてもやはりこの二つの制度を結び合わさなければならないのではないかというふうに考えるわけでございます。  しかし考えてみますと、小選挙区制の議席数を幾らにするか、比例代表制の議席を幾らにするかという形は、ここで論ぜられているほど、僕は、余り大きな意味を持たないのではなかろうかというふうに思っているわけであります。例えば、社会党、公明党のこの二百、三百という議席も決して絶対的なものではない。すなわち半々、つまり二百五十、二百五十を基準として、やはりそのときの状況に応じて、小選挙区議席二百、三百という形は当然考えられることであるということでございます。それは大した大きな意味を、研究の結果では、持つわけではございません。  それはなぜかと申しますと、この併用型の特性というものは、これは国民の利益を選挙と議会という場で統合していくという統合的な要因と、そして国民の意思を、多種多様な利益を反映していくという代表機能と、最大限結び合わせた制度だと言って差し支えないだろうと思うのであります。したがいまして、ここで与野党の先生方がいらっしゃいますけれども、まさにこれはその中でも選択の幅が一番多いのではないかと思うのであります。つまり、小選挙区比例代表並立制とか連用制に比べて、今度のこの併用制というものはそれだけ選択の幅は非常に多い。  では、どういう点に選択の幅が多いかということからいきますと、まずは小選挙区の議席をどのくらいにするか、これがあると思います。それから、小選挙区の議席及び比例代表の議席に関しまして、ブロックをどのようにするか。ブロック別にするのか日本全土統一にするのか、これは非常に重要な一つの問題だというふうに思うわけでございます。そう考えてみますと、この形は確かに、これでいきますと比例代表制が本質であるからして、当然小党分立を招くという考え方が出てくるだろうと思いますけれども、実はこの政党の状況、政党の数、これはやはりその国々の独特な民主主義の土壌あるいは政治文化に規定される場面が非常に多いわけでございます。  なおかつ今日では、小選挙区と比例代表の併用の場合には二票制ということが一つ問題になると思いますが、もとより一票制も考えられるわけでございます。実を申しますと、ドイツにおきまして、一九四九年の連邦選挙法では、実にこれは小選挙区議席ほぼ六〇%、比例代表議席四〇%、そして一票制でございました。それで、一票がもとより二票の意味を持つわけでございます。そうすることによって、かなりこれは統合的要因とそれから比例的要因を、本当に最大限合致させる制度となったわけでございます。  一九五三年の連邦選挙法によりまして二票制が採用されました。しかし、実はここには理由がございまして、最初選挙区を画定したのが二百四十二でございましたが、総議席数ほぼ四百でございました。そして、これは一九四九年に選挙法が成立してから、その選挙まではたかだか二カ月間でございました。二カ月間でいわゆる選挙区の区割りをした。したがいまして一九五三年には、つまり議員数の増加というものはどうしても必要であるというわけで、何をやったのかといいますと、ちょうど今の一九四九年の連邦選挙法では選挙区が二百四十二であった。そういう六、四よりは、むしろこれを倍加しようということになりまして、当然これは四百八十四という数字が出てきたわけでございます。そういう経過がありまして、これは二票制というものが、こういう理由で二票制を採用するといったような明確な論理的前提があったわけではございません。これはやはりそのときの偶然による事柄が非常に多かった点、これは歴史的に見て明らかでございます。  そういたしますと、小選挙区議席と比例代表議席をどのくらいに割り当てたらいいのか、これが非常に意見の分かれ目になることはわかりますけれども、現実の問題といたしましてはさほど大きな分かれ道ではない、このように考えるわけでございます。  かつ、小選挙区制という形でありますと、これは大政党有利である、あるいは一党に議席が偏るのではないか、こういう考え方がございます。ドイツにおきまして現在まで十一回の連邦議会選挙が行われまして、確かに小選挙区議席というのは、一九六一年の選挙からそれは二つの大きな政党に限定されております。確かに一九九一年の全ドイツ統一選挙におきましては、若干事情が違いましたけれども。しかし、この議席がどちらかの政党に急激な傾斜を見せるというのは、今までの選挙で二回しかなかったのでございます。ここをよく理解していただきたいと思うのであります。  かつ、つまり選挙区ごとの得票と、そして第二投票における比例代表の選挙の得票と、これがどのくらい入れかわるのか、これも極めて重要だと思うのであります。これを、二票制が始まった一九五三年から今日までの選挙の結果を全部分析いたしますと、一九九一年の全ドイツ統一選挙は一応別扱いにしまして、それまでの選挙において最大値は十六でございます。つまり二百四十八選挙区のうちの十六でございます。これが最大値でございます。そしてこの最大値も、一九七二年のあのノーベル平和賞をとったウィリー・ブラントの個人的な人気その他が重なった、いわば東方外交の成果、特殊要因でございます。平均は大体五から七、つまり小選挙区における多数派と、そして第二投票における比例代表制との差というものはそのぐらいでございます。  そういたしますと、やはり政党であれば当然政権をねらうということは、これは政党の本旨でございます。したがいまして、当然小選挙区議席である一定の議席をとることを望めないような政党というものは、やはり今日においてしかるべく考える必要があるのではないか、こう考えるわけでございます。したがいまして、その点におきまして余り僕は、小選挙区議席と比例代表議席の割合に関しましては、さほど大きな意味を持つわけではないということを研究の結果から申し上げたい、こういうふうに思うわけでございます。  そしてまた二票制も、もちろん二票制と一票制ということであれば、当然そこに大きな差が出るだろうとお考えになると思いますけれども、実際において、先ほど申し上げましたように、ドイツにおきましては二票制に対してさしたるいわゆる理論的根底があったわけではございません。むしろドイツにおいて、今日だんだんと非常に大きな有力な説となってきましたのは、一票制こそが首尾一貫したものではないかということであります。そう考えてみるとき、日本において選挙区の議席をどのくらいにするかということは、僕は、二百から三百の間で十分にそれを考えることができるのではないか、こういうふうに思うわけでございます。  それに関連しまして、では、並立制と一体どこがどう違うのか。これは、ドイツにおきましては、言うまでもなく、統合的要因を強調する小選挙区の結果と、そして代表機能をあらわす比例区の結果とでは当然溝ができます。これは言うまでもありません。溝ができるわけであります。そしてドイツでは、それを溝という言葉で表現しているわけでございます。その溝をどうするのかということでござます。そして、当然これは溝ができるわけですから、じゃそのできた溝をどのようにして埋めるのかという一つの発想が、一つは今日言われている民間政治臨調の連用制ということでありましょうけれども、しかしこれは二重の誤りを犯すことになるのではないかというふうに感ずるわけであります。  すなわち、小選挙区議席で出た結果、そして比例代表で出た結果は、小選挙区制で得た議席にハンディーをつけまして割っていくということは、これはまずもって比例代表制から出た結果と小選挙区から出た結果の溝ができる。そしてまた、この小選挙区であらわれた国民意思が、またそういったハンディーをつけることによって、またそこに誤った方向に偽造されていくという、こういう形なのではないかと思うのであります。  もとより、本当に健全な応答能力のある野党を育成し、そして長い期間で見て、政権交代を可能にするような選挙制度というものを考えてみる裏側には、どうしても野党といえどもこのハンディーを乗り越えなければいけないということになるだろうと思うのであります。そういたしますと、確かに政治制度が、その国の民主主義のありよう、あるいはまた政党の数、政党状況にいかばかりかの影響を与えるかに関して、私はさほど幻想を抱いておりません。やはりその国の社会構造、民主主義の質があると思います。  先ほど舛添さんから、フランスの例を挙げて、小選挙区二回投票制、日本におきましてはどうもこの選挙区制に話が収れんされていくのではないか、このような印象を受けるのであります。つまり、小選挙区制でも、単純小選挙区制それから小選挙区二回投票制がある。あるいはまた、そこには単記投票制のもとでも、非移譲式と移譲式とがあります。中選挙区制及び大選挙区制におきましても、制限連記にするのか単記投票にするのか、制限連記にするのか完全連記にするのか、こういう考え方があると思います。これによって投票行動は違ってまいります。言うまでもないと思います、これは。したがいまして、西欧的な考え方をすれば、二人以上の選挙区、いわゆる大選挙区におきましては、これは単記投票という形は考えられない。大選挙区をとった以上、例えば五名の議員を選ぶとするならば、当然有権者はその五名の議員を選ぶ権利があるんだ、当然完全連記という考え方になってくるわけであります。それによって、これは大分投票行動が違ってくるわけでございます。それにもかかわらず、いわゆる小選挙区制、その選挙区制だけに話が収れんされていくという一方における事実があるのではなかろうか、こういうふうに思うわけでございます。  したがいまして、フランスの場合におきますと、忘れてならないことは、今日、絶対過半数をとって第一回投票で確定されるのは大体三〇%から四〇%の間、七〇%から六〇%までの間はやはり二回投票にいく。しかし、忘れてならないのは、二回投票に立候補することができるところにハードルを設けているわけであります。それはどういうハードルかと申しますと、第一回投票において有権者数の一二・五%をとっている政党でなければだめなんです、これは。ここを往々にして忘れがちでございます。すなわち、ここで注意していただきたいのは、これは投票者数の一二・五%ではない、登録有権者数の一二・五%である。登録有権者数の一二・五%がどのくらいの数字になるか。これは圧倒的な数字であります。とするならば、当然、この制度のもとにおいて二回投票制にいくには、どうしてもやはり選挙協定を結ばざるを得ない。どちら側にしても、選挙協定を結ばざるを得ない、そういう状況の中で行われているわけでございます。  かつ、フランスの歴史を見ますと、一方では小選挙区二回投票制、一方では比例代表制という、いわゆる振り子の振動であったかと思います。したがって、その時代時代によってもちろん選挙制度は変わります。しかし、振り子の振動の幅というのはその間でございます。そこをよく理解をしていただきたいと思うのであります。それから、もとよりフランスの統治構造が半大統領制でありまして、日本とはまた違ったものでございます。そういった統治構造の本質もやはり考えに入れなければいけない。  もとより、アメリカの例をとりますけれども、アメリカにおきましては確かに大統領制をとっております。それを考えてみますと、連邦議会、その下院では、皆さんも御承知のように、一九五三年以降、日本よりも長く民主党が議会では勝利をおさめているわけでございます。そういたしますと、日本の議院内閣制とアメリカの大統領制とではもちろん本質は違います。しかし、考えてみるとき、アメリカにおきましては、国民のマンデート、信託を受けているのは大統領だという観念があるわけであります。これは、国民による投票を通じておりますので、国民の信託を受けているのは大統領であるという考え方があるわけであります。そういう考え方のもとで考えてみますと、いわば大統領と議会の多数派とが一致するいわゆる統合政府、及び大統領と議会の多数派とが食い違う分割政府、そういうふうに分けて見た場合に、第二次世界大戦後アメリカにおいては、分割政府が圧倒的長い期間を占めているのでございます。そこにおいて、いわゆるその間での話し合いの、協議の政治が行われている。むしろそこに本質があるんじゃないか、今日におきましては。そこもよく理解をしていただきたいわけであります。  とするならば、日本的な状況において今日小選挙区制をとる、確かにこれは一つの価値を実現するものであろうことは間違いないと思います。しかし、今日の日本の状況から見た場合、これはやっぱり健全な野党の育成には役立たない。かつ、これは、国民の実質的選択の幅が狭まるということになるだろうと思うのであります。私は、そういう結果から、小選挙区と比例代表制を併用することによって、二つの統合的要因と代表的要因とを兼ね合わせることが、今日本にとって最善の結果を生むのではないかと確信するものであります。  時間がなくなりましたが、政治資金と、そして政党助成の問題に関して若干言いますが、つまり政治資金の規制だけを行って、政党に対して何ら援助を与えない。つまりそれは、自由な政治活動のためにはなるべく公の権力を入れない、これはそのとおりでございます。公の権力が入ることは政治腐敗よりは悪いかもしれません。これは間違いありません。しかし、このような中で、このような状況になってきて、例えば諸外国の、とりわけ先進デモクラシーの国々のやり方を見ている場合、むしろ、政治資金を規制するだけで、政党に対して助成を与えないということは、楽観論をはるかに超えて、もう今ではこっけいとしか言いようがない事態に来ているのではないか、こういうふうに考えるわけでございます。  では、確かに、それは事情が違うじゃないか、西ドイツにおきましては、もうボン基本法上二十一条で政党国家を明確に表明しているじゃないか、その結果としてではないかという異論があるかもしれません。しかし、政党が果たしている役割は、憲法上に規定されているか否かにかかわらず、実質的にはどこの国においてもこれは動脈となっております。そう考えてみるときに、健全な政党に対する助成というものは、まさに今それを考えるべき急務を要する問題である。  しかし、そうである以上、やっぱり政治資金の方は、これはまさに透明度を増さなければいけない。したがって、当然企業献金、団体献金はやっぱり廃止する方向に向かうのが一番よろしい、これは言うまでもないことであります。しかし、私は、政治の現状から見てみる場合に、一足飛びにそれを即座にやめるということに関しましては、それはさまざまな問題点が生ずるかもしれません。しかしそれは時間を区切って、当然これは、企業からの献金の禁止の日程を具体的に提示すべき時期に来ているのではないか、こういうふうに考えるわけでございます。そのためにもやはりこれは政党助成して、かなりの部分の負担を民主主義のコストとして、国民の側もそれに対して背負わなければならない時期に来ているのではないか、こういうふうに思うわけであります。  このようなさまざまな意味から考えてみるとき、最後に言わせてもらいますが、小選挙区制をとって、政治資金を規制していく、政党にも助成する、それででは本当に政権交代の可能な政党システムになるか、それに対して私は疑問に思うのであります。それは、イギリスが例外であるからであります。イギリスを例にとりましても、イギリスが例外である。むしろ小選挙区制は、ほとんどの国において、一党優位体制を導く。そして、イギリスにおきましても、このようにいわば保守党の政権担当がなくなるに従って、イギリス政界の日本化現象ということが問題になっているときではあります。  さまざまな観点から小選挙区と比例代表併用制を主張して、私の説明といたしたいと思います。(拍手)

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 ありがとうございました。  次に、高橋公述人にお願いをいたします。

高橋祥起徳島文理大学教授

○高橋公述人 今お二人から、政治改革の基本の問題と、小選挙区比例代表制の野党案、自民党の小選挙区単純案、この二つについて十分に、賛成というか支持の表明がございましたので、私は、政治改革を今の国会でやるべきだとお願いをしたい。この政治改革特別委員会の場よりも、むしろこれは国会がもしテレビ中継でもしていれば、議員の控室の方におられる皆さん方に聞いていただきたい、そんな感じがするわけであります。  初めに私は、この政治改革特別委員会が、本当に政治改革というのが一つの国会改革であるならば、その国会改革の実を今現在、皆さん方が達成しつつある。そういった意味で、政策決定過程の公開とか、あるいは国民に説明をする政治とか、討論の政治、その実を皆さん方が上げておられるということに非常に、ごますりではなしに、敬意を表する次第でございます。ただ、中央公聴会、地方公聴会、それからこの間の本会議を含めて、合わせるとおよそ百時間、公聴会が終われば、まとめの段階に今や来ている、それを各党合意のもとに歩み寄りができないのかどうか、そのあたりを真剣にお願いしたいということを初めに申し上げたいと思うのです。  今度の政治改革論議は、ロッキード事件とかダグラス・グラマン事件のときとは、私も取材を以前にしましたけれども、本質的に違う。あのときは、三木内閣も政治資金規正法の改正とか、そういった、もちろん全般のことは考えておりましたけれども、一部の政治のお金の問題と金の浄化ということに絞った感があった。しかしその後、非常に残念なことなんですけれども、もっと広がりのあるものになってきた。  したがって、今の問題は、一つには総合的に政治改革をやる、これが必要だという問題。第二に、さっきも舛添さんからもお話がありましたように、二十一世紀に向けて国際化した日本、経済大国になった日本として責任を果たすために、二十一世紀の高齢化社会、今何を国会が、政治がなすべきか、それを議論するような新しい政治システムをつくれるかどうか、その面と、これはだから、第一の問題は現在の再検討であるし、第二の問題は未来への問題という、二つの側面からやはり考えていきたい。  私も数年前に政治改革の問題を、ひとつそういうタイトルで本を書こうというふうなことで、サッチャーさんに会いに行ったり、ヨーロッパ各国とかその他取材にも行ったわけでありますけれども、そのときには中心は、数年前のことですが、政治腐敗防止法、イギリスのこの法律、このあたりを中心にまとめたらどうかなということでございました。最近もまた蒸し返されておりますけれども。しかし、さっき申し上げたように、その後リクルート事件が深刻化した。あるいは共和汚職事件、きのうも有罪の実刑の判決があった。佐川急便疑惑、あるいは自民党前副総裁の巨額な脱税問題、深刻な政治不信を招くような問題が続発した。構造的な汚職の問題、これが出てきた。だから、それを改めるためにはどうしたらいいかという、総合的にさっき申し上げたようなことで考えるべきだと、だんだん私自身も変わってきたわけであります。  総合的な改革、幾つかあります。今お二人からもございましたけれども、一つは、やはりもちろん中心は、今の政治腐敗防止の問題、不祥事に対して罰則の強化をするとか、公民権の停止とか連座制の強化とかそういった問題、これはもちろんです。第一義です。しかし第二に、半世紀以上にわたって続いてきた今の衆議院の中選挙区制を中心とした選挙制度、金属疲労というか制度疲労といいますか、これを改めるという問題。第三に、金の流れを透明化する問題、政治資金の問題です。  第四に、規制の強化を保障するために、一方で締めるのだから一方で国の公的な助成を相当考えてもいい、これは私はもう大賛成です。政策秘書を新しくつくるといったような問題も含めて、この方もきちんとやらないと、国民が政治家を信頼してやっていただくようにしなければならない。もらうばかり、いただくばかり、たかるばかり、それではいけない、そういう問題が第四。第五に、そういった問題に関連して、長年懸案になって、ある程度前進はきょうのこういう場と同じようにしておりますけれども、国会改革そのものを大きく前進させるという問題。  第六に、政官財の癒着の構造、これを改めるために、私も行政改革の方を少しは勉強しているつもりなんですけれども、公的な規制を廃止する、緩和する。今一万一千件近くあるわけでありますけれども、そういったことを、この間の政府・自民党の案では一割ぐらいはなくそうということでございますけれども、この規制を廃止したり緩和する、これを側面的に同時にやっていく。それから第七に、それと関連をして、中央の行政の権限を地方に移譲する、言うなれば地方分権の問題。もちろん地方分権は、これはまた汚職の分権ということでは困るのでありますけれども、そういったきちんとした意味での地方分権ですね。パイロット自治体の問題とか、何かこのごろ議論がありますけれども、そういうことを総合的に実施する必要があるということなんです。  この中選挙区制の改革の問題でございます。この政治改革特別委員会の方は、私は感じとして、いろいろ議事録とか拝読いたしまして、かなり国民的なコンセンサス、背景が形成されつつあるのではないか。こちらのこの場はそういう感じがするのですけれども、しかし各党の間とか各政党の内部に、現実論とか、あるいは新しく出てきた案に対しての憲法論とか、そういったことでまだまだこの点だけは七項目の中では合意ができていない。しかしこの際、特に政権政党の方々に申し上げたいのでありますけれども、今国会に提出されております単純小選挙区の案、非常に私は、これはもう理論があるし、哲学があってきちんとしている。しかし同時に、今の衆参の政界の状況、議席の配分の状況ということを考えると、やはり衆議院で多数決、一気に単独で可決をしたとしても、これはもう常識で釈迦に説法でございますけれども、参議院の方では必ず否決される。実現が不可能であるということはもちろん自明の理で、今の国会で成立をする可能性はないわけであります。  そういった意味で、やはり選挙制度は、大相撲の土俵のようなものです。暖流でいくのかあるいは小兵の舞の海でいくのか、いろいろあると思うのですけれども、一つのベストという案はございませんけれども、何とか野党ものめるような案の方に歩み寄る譲歩というか、そのあたりは内部的な意見がございますようですけれども、政権政党として、深刻な不祥事が起きた責任も、自覚という意味でやはり考えていただきたい。  イギリスでも、小選挙区のもとでこれまで、最近は四回というか連続して一つの党が続けているということなんでありますけれども、野党の中にも労働党版・公選独裁制論といったような議論が最近多く出てきておりまして、比例代表の支持がふえております。一九七〇年代以降経済の停滞、イギリス政府が、保守党が対応能力が低下したということで、この制度そのものを問い直そうというきっかけにもなっているわけであります。政治学者のフィリップ・ノートンも言っております。去年の四月九日のイギリスの総選挙の後のハリスなどのいわゆる出口調査では、小選挙区を継続すべきだというのが五二%、比例代表に改めたらどうかというのが四三%、相拮抗するぐらいの形まであのイギリスでも、別にイギリスがいいというわけじゃございませんけれども、イギリスでも小選挙区見直しの小選挙区離れというものが起きているということも、また念頭に置いていただけたらいいのかな。  野党の方々に言わないと、これはバランスを欠く。この際申し上げたいのですけれども、衆議院は確かに全体として少数でございますけれども、参議院ではもう既に与党、野党が逆転をしている。言うなれば、野党全体としては参議院では政権政党と言っても、もちろん現実にまだ握ってないわけでありますけれども、責任政党には十分果たさないといけない義務があると思うのです。社会党、公明党が共同提出のこの改革案が、小選挙区二百議席、あるいは全国十二ブロックで三百議席の比例代表、四対六になっているわけでございますけれども、これではまた、今度これは自民党の方は絶対応じられないということもまた事実でございます。  イギリスでもかつて、古い話でございますけれどもジョン・スチュアート・ミルが、比例代表にも問題がある、少数の特殊利益の代表が集まって、腐敗の温床になる点もあるんだというふうなことを以前に言いましたけれども、そういった面も若干ある。もちろんほかのことでいろいろそれは改めることができるのでありますけれども、またこれも釈迦に説法でございますけれども、比例代表のイタリア、最近は八三%の支持で変えよう、もちろんマフィアとかそういうあちらの政治風土の問題はございますけれども、ここの問題があるわけであります。  社会党、公明党などの中にも歩み寄りの動きがあるようでございますけれども、いずれにしてもこういったそれぞれの問題点があるということを与党、野党それぞれ、ほかの野党の方々にもお願いをしたいのですけれども、今やそれを克服しながら考えて、対応をお願いをしたいということであります。  選挙制度改革を実現をするためには、最低三つの留意点があるんじゃないか。一つは、やはり特定の先入観はこの際排除して話し合いをするということ。第二に、各国の選挙制度改革の歴史を見てもわかるように、選挙制度はある程度、言われましたように、政党の妥協、話し合い、歩み寄りということもある。そのあたりの妥協があって、初めて実現をしている。これは歴史の教えるところであります。第三に、しかしその話し合いはあくまでも、冒頭で申し上げたように、いわゆる国対政治、水面下の非公式な妥協といったようなことではなくて、やはり公式の機関を通じてのオープンの場、まあ途中で非公開、それはあると思うのですけれども、しかし本当に水面下だけのそういうことではない形でのオープンな審議で進めるべきである、そういうふうに思います。  特定の観念を排除するという問題につきましては、例えば小選挙区制は二大政党による政党本位の選挙、政権交代をしやすくなるということについても、まあイギリスの例がございます。あれは、二大政党政治は、一八八三年ですか腐敗防止法ができた。その二年後に小選挙区制が導入をされたわけですけれども、その前からイギリスでも二大政党になっていたということも考えると、その一つの神話はそれはそれとして、やはり絶対固有のものではないということもまたあると思うのです。  アメリカでも小選挙区制、下院だけについて限って見ますと、民主党優位の体制というのは長期間続いている、また同時に、一人の議員がずうっと続いているという面もあるわけであります。もちろん、大統領選挙で政権の交代というのはドラマチックに展開されているわけでございますけれども、まあいずれにしても、過去の選挙の結果だけを見てシミュレーションをしても、それは今後のいろいろな予測とか、採用された場合どうなるかということについては、私はわからない点がある。それはもちろん国民の、有権者のニーズにいかにこたえていくかという問題についての政党のそれぞれの対応をやる。自民党などは、派閥政治があっても、しかしまた同時にそれぞれ新しくニーズを取り入れていったということも、それで生きながらえてきたといいますか、その面もあるというふうなことを考えると、いずれにしても、もとへ戻りますけれども、特定の観念は排除して改めて話し合っていただく、そういうことでございます。  比例代表の方も、逆に言えば、単独政権ができることもあれば、安定した連立政権ができることもあるということもあって、いろいろな政治風土、日本独自の条件というものはあるわけでございますから、そういったことをやるべきだ。だからといって、いろいろ神話がある、特定観念がある、難しい。しかし改革をしなくてもいいんだ、パスをしたらいいんだということにはならないと思うのです。先延ばしをして解散論、今はないようでございますけれども、ムードはちょっと少し、総理大臣が選挙区へ行ったりすると、いやあるのかというふうなことが、私も二週間に一回ぐらい瀬戸内海の対岸の我がふるさと徳島へ行っているんですが、ある。そこのところの感じがあるわけでありまして、私は、いずれにしても、最後に申し上げたいのでありますが、政治資金の問題とか企業献金の問題、政党助成法の問題は後で時間があれば申し上げますけれども、ベストの改革案というものはない。  この間、十五、十六日に日本選挙学会の総会が仙台でありました。私も、二日間みっちり選挙制度の問題について討論した。高名な学者、権威ある学者なんですが、これまた小選挙区から、比例代表の並立制から併用制から、それに連用制から、それとまたもう一つ最近出てきた両立制と、まさに学者の方も乱立制でございます。だから、そういった意味で、これは私が言えというのは無理でございます。だから、そこは率直に申し上げて、比例代表とか並立をどういう割合にするかどうかを含めて、接点は採れると私は思うのであります。  公聴会の日程が終わりましたら、この政治改革委員会の、私はオープンな場というのは、公式の場というのは、関東軍とかなんか言われるんじゃなしに、顔色を見たら、相当な特命全権大使が集まっておられる、本当に。田邉さんだって相当な経歴の方だ。そういうことからいくと、やはり理事会とかあるいは小委員会を設けて何かやったらどうかな。余り非公式な国対型の話し合いではなしに、もちろん党、それぞれの本部と連絡をとりながらやるのは当然でありますが、いずれにしても、今回千載一遇の機会であります。政治改革の実現がしない、政治不信の解消もできないというのであれば、それはもう国民から負託された政治、政党、政治家として、その政党が大きくしっぺ返しを食う。  しかしまた同時に、皆さん方に申し上げるのでなしに、我々有権者の側も、政治についてのきれいな金の使い方、たかりをしないということについての観念はまた奮い起こさないといけないということを最後に申し上げて、勝手なことを申し上げました。お許しください。  どうもありがとうございました。(拍手)

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 ありがとうございました。  次に、上条公述人にお願いをいたします。

上条貞夫弁護士

○上条公述人 今、多くの国民が政治に対して本当に切実に求めていることは、何よりもまず佐川・金丸やみ献金事件に象徴される、巨大な、根深い金権腐敗政治の全容を白日のもとに明らかにすること、そして同時に、こういう政治腐敗の根源である企業・団体献金を一切即時に禁止して、政治腐敗防止のため真に効果のある立法措置を講ずることであります。マスコミ各社のいかなる世論調査も、この要求がトップになっていることは御承知のとおりであります。  ところが今、国会では、この肝心かなめの論議が棚上げされて、政治腐敗をなくするには現行の中選挙区制を廃止することが何よりも必要で、これを廃止しなければ政治改革は一歩も進まないのだという論調ばかり目立ちます。いつの間にか、諸悪の根源が現行の中選挙区制にあるかのように、問題の焦点をすりかえる議論が横行しているのであります。  一体なぜ、政治改革と言いながら、金権腐敗の根源にメスを入れないで選挙制度を最大の争点に据えようとするのか、国民にはさっぱり納得がいきません。しかも、今国会の論議では、しばしば現行の制度が制度疲労を起こしているからこれを全廃するのなどの意見が出されていますけれども、何が一体制度疲労だというのでしょうか。この点、自民党の委員の率直な説明によれば、中選挙区制になれば、中選挙区の選挙では若手の自民党候補者たちが激しい同士打ちと資金負担を強いられて、そこからさまざまな問題が生ずる、それが制度疲労だというのであります。これには驚きました。  もともと派閥と金の争いは自民党の内部問題であって、選挙制度のせいではありません。仮に、小選挙区にして候補者を一人に絞ったところで、今度はだれに絞るかをめぐって派閥と金が入り乱れることに変わりはないのです。そのいわゆる制度疲労論は、金権腐敗政治の根本にメスを入れることを切望する多くの国民を欺くための口実にすぎません。  しかも、現行の選挙制度にかわる新制度として自民党から今国会に上程された小選挙区制法案は、マスコミ各社の試算でも、自民党の得票率が三〇%ないし四〇%台であっても、その衆議院の獲得議席が九〇%台になることを制度として保証するものであります。これほどまで民意をゆがめた虚構の多数派によって政権党の自民党に国会議席を独占させることが、国民主権と議会制民主主義の根本原理からどうして許せるでしょうか。  もしもそうなれば、国会は自民党政府のどのような政策も、それがどんなに国民の利益に反するものであっても、政府の決断がそのまま国会をフリーパスすることになります。国会が政府の独走に歯どめをかける本来の機能は事実上なくなってしまうのです。このような政権党・自民党の独裁は、断じて国民の求める政治ではありません。  もともと小選挙区制は、かつて明治憲法のもとで二回実施され、二回とも廃止されました。小さな選挙区の中から一人だけ当選する仕組みでは、金権絡みの地盤に支えられた地元のボスが票をかき集めて、目に余る金権腐敗が全国に噴出したからであります。そしてまた、二位以下の候補に投票してもみんな死に票になってしまう小選挙区制の本質的な機能が、選挙権の平等の原理に照らして余りにも不合理でありました。我が国ではこうして一九二五年以来今日まで、中選挙区制が実施されているのであります。それを、今になって小選挙区制に戻そうとすることは、まさに歴史に逆行すること甚だしいものであります。厳然たる歴史の事実をしっかりと見詰める必要があるわけであります。  ところで、小選挙区制は、国民主権と議会制民主主義を柱とする日本国憲法のもとでも、これまで保守党派から三たび導入が図られました。一九五六年の鳩山内閣、七三年の田中内閣、そして九一年の海部内閣のときの三回であります。しかし、その三回とも日本の国民は小選挙区制の実現を阻止しました。三回とも小選挙区制が改憲の道と一体のものであることを、多くの国民は見抜いたからであります。  今国会に上程された小選挙区制法案もまた、改憲に連動するその反国民的な本質は既に一段と明白になっているのであります。小選挙区制の導入は、一党単独であれ複数の政党であれ、改憲勢力の絶対多数ないしは安定多数を選挙制度によって実現させ、自衛隊の海外派兵を一層大規模に推し進める道を開くものであります。そればかりではなく、消費税の税率アップ、国家機密法などの警察権限の強化、社会保障の切り捨て、大企業奉仕の政治、これらをより確実に推進させることを可能にするものであります。  ここで世界の歴史を振り返ってみますと、今から百年ほど昔のヨーロッパ諸国では、どの国でも小選挙区制が実施されていました。しかし、選挙のたびに発生した目に余る不正と腐敗、そして明白な不平等、こういう事実に何回も何回も直面する中から、各国では小選挙区制を廃止して比例代表制を求める動向が、今世紀に入るころから実践の面でも理論の面でも大いに高まりました。こうして、とりわけ第一次大戦後、ドイツ、ワイマール共和国の比例代表制を契機に、比例代表制はヨーロッパ大陸諸国に一挙に広まったのであります。  この比例代表制に移行していく過渡期に、ヨーロッパ各国では、小選挙区制の欠陥を取り除く新制度がさまざまに考案されました。中選挙区制はその中の一つでした。中選挙区で、定数を例えば三から五にすれば、少数党派に所属する候補者も当選が可能になります。ヨーロッパではこれを少数者代表方式、ミンダーハイツ・フェアトレートゥンクと呼びました。一九二五年に日本ではこの方式を採用し、これを中選挙区制と名づけたのであります。  実は中選挙区制は、もしも選挙区の議員定数の均衡が正しく保たれるなら、つまり一票の格差が一対二未満に抑えられたなら、ほぼ得票率と議席数が比例する、いわば準比例代表制なのであります。ところが、現在の我が国の議員定数は著しい不均衡を来したまま放置されています。既に最高裁も、一九八三年の判決と八五年の判決で、この著しい定数不均衡を憲法違反とする判断を示しました。そして国会では、一九八六年五月二十一日、衆議院で定数の抜本是正を速やかに行うという特別決議をしたところであります。もしも以前から定数是正がなされていたなら、これまでの総選挙で自民党の得票率が過半数を割っていた中で、政権交代の可能性は何回も生じたはずであります。このことは、マスコミ各社の試算でも以前から繰り返し指摘されている周知の事柄であります。  この衆議院の特別決議こそ、一刻も早く実施すべきであります。そうすれば政権交代も実現可能なのであります。しかしそれをなおざりにして、政権交代がないのは中選挙区制が原因だなどという議論が小選挙区制論者たちによって流布されていることは、まことにゆゆしき事態であります。まさにすりかえ論法の最たるものであり、国民に対する背信行為をあらわに示すものであります。  言うまでもなく、国政選挙は、国民の代表の公正な選出であります。現代の我が国の社会で、国民の政治意識はさまざまな潮流に分かれております。それがいわば鏡のように国会に反映されるとき、初めて国会は、国民の目の前に開かれた討論を通じて、多数意見と少数意見が民主的に形成されるのです。このような国会であってこそ、行政権に対するコントロールを適切に果たすことができることは言うまでもありません。  ところが、驚いたことに、今国会の議論の中には、激変する国際情勢に対して敏速に政府が決断し行動することができるようにするために小選挙区制が必要だ、小選挙区制は国会に民意をありのままに反映しなくても、民意を集約して多数の議席を固めて強力な政権をつくることが衆議院選挙で最も大事な要素だという意見が、小選挙区制論者から強調されているのであります。これはもう、国民の少数意見には国会の議席を与える必要はないとする暴論であります。人為的に少数意見を切り捨てて、虚構の多数派をつくり上げることを集約の名によって粉飾する、その発想の基本にあるものは、まさに議会制民主主義そのものの否定であり、まさにファシズムの思想にほかなりません。こういう公然たる暴論を、私たち国民は断じて許さないのであります。  次に、社会、公明両党による小選挙区比例代表併用法案について、まず、そのモデルとされたドイツの制度の歴史を振り返ってみたいと思います。  もともと比例代表制と小選挙区制は、原理的に本質的な相違があります。それを組み合わせたドイツの選挙法は、一九四九年当時のドイツにおける占領政策絡みの党利党略による醜い政治的妥協の産物でした。その制定された当初三回の総選挙が、この制度の特徴をはっきりと示しています。一九四九年、五三年、五七年と回を重ねるたびに、地域の保守層に基盤を持つキリスト教民主・社会同盟は小選挙区で圧勝を続けました。その勢いで得票率も伸ばしました。五三年から小選挙区と比例代表の議席の比率は五対五でしたけれども、政権党は小選挙区で圧勝でありました。  こうして選挙のたびに議席を大きく拡大し、その反面、第二党の社会民主党以下各党は、いずれも小選挙区で惨敗しました。社会民主党は、比例配分議席を加えても、トータルの議席数において第一党のキリスト教民主・社会同盟との差が再議席も開いてしまいました。一方、ドイツ共産党などの少数政党は、五%条項も作用して、け散らされたのであります。こうして、一九五〇年代の二度の総選挙で二度とも大敗を喫したドイツ社会民主党は、一九五九年の党大会でその基本路線を大転換し、軍事同盟と再軍備、核配備を容認するに至りました。併用制といっても、実際には小選挙区制の機能が決定的に作用します。それは、野党の変質までもたらしたのであります。  そして、この小選挙区制中心の機能は、つい最近の一九九〇年十二月の東西ドイツ統一後初の総選挙でも変わっていません。そのことを、私自身参加した自由法曹団の調査団が、ドイツの現地に赴いて確認したのであります。これがその調査報告ですね。その選挙結果は、統一後初の国会での多数派獲得を目指して戦った社会民主党が、政権党のキリスト教民主・社会同盟から大差で突き放されて敗退しました。ここでも決め手は小選挙区制でありました。  その選挙運動の実際のありさまを、キリスト教民主・社会同盟の選挙対策担当者に直接会って聞いてみますと、何よりも小選挙区の得票を重視しています。小選挙区候補の日常の地元とのつながりが強力な選挙基盤になって、その候補の所属する政党の得票率をぐんとふやしていく、このことがよくわかりました。つまり、地元とのつながりの弱い政党は結局衰退していく。これが併用制の、現実の本質的な機能なのであります。  もしも、こういう制度が日本に持ち込まれたならば、実際にどうなるでしょうか。ほとんどすべての小選挙区で自民党がひとり勝ちします。それらの議員が、唯一の地元代表として地元の利益誘導に奔走し、人脈と金脈を駆使して比例代表でも議席をふやしていくことが容易に予想されます。中央に太いパイプを持つ地元代表という看板を持たない野党は、もうとても勝負になりません。我が国には、ドイツよりもはるかにはるかに根深い利権誘導型の政治風土があることを忘れてはならないのであります。  社会両党の法案には、全国にわたって二百の小選挙区が設けられています。その説明として、比例代表制に顔の見える選挙という要素を加味したと言いますが、しかし二百の小選挙区の選挙は、決して単なるプラスアルファではありません。小選挙区における地元の顔の力が、選挙の全局面を決定的に左右してしまうことは目に見えています。小選挙区制を組み合わせる限り、民意の歪曲は避けられません。ですから、どのような組み合わせであろうと、小選挙区制を導入してはならないのであります。  ちなみに、民間政治臨調、政治改革推進協議会の提案している連用制なるものは、全国三百の小選挙区によって自民党の衆議院における安定多数を確実に保障する、その反面、野党はどうしても過半数をとれない仕組みであります。選挙の平等と民意の反映を妨げること甚だしく、さたの限りと言うべきであります。  政治改革と言いながら、選挙制度の論議ばかり先行して、根本問題をわかりにくくしているのは、国会論議のあるべき姿ではありません。私は、国民の立場から、今国会で論議されるべき根本問題を明らかにするために、その限りで選挙制度論争に対する意見を述べました。  以上、私の意見の結論をまとめますと、私たち国民の求める政治改革とは、直ちに企業・団体献金を全面的に禁止することです。そして、実効ある政治腐敗防止制度を確立することです。そして、一九八六年の国会決議に基づき、現行中選挙区制での議員定数を抜本的に是正することです。これらは、国会がやる気になればすぐ実現できることであります。  なお、自民党から提出されている政治資金規正法案と政党助成法案について、念のため一言だけ触れます。  この法案の中では、金権腐敗の根源である企業・団体献金は相変わらず禁止されていません。これでは法案として失格であります。また、政党助成法案は、各政党に国庫から三百億円を超える交付金を支給することと引きかえに、その支出のすべてを事細かく記帳し報告することを義務づけ、違反には罰則を設けております。これでは政党本来の自主性、自立性が損なわれるとともに、その罰則違反の容疑を口実とした官憲の不当介入を招く危険があります。政党のあり方を根本的に変えさせて、政府が制度的に政党を取り込むのがこの法案の基本構造であります。このようなものを今、小選挙区制とセットに一括して通そうとすることは、まさに民主主義の歴史に逆行するもので、決して許されません。(拍手)

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 ありがとうございました。  以上で公述人の御意見の開陳は終わりました。

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 これより公述人に対する質疑を行います。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。津島雄二君。

津島雄二自由民主党

○津島委員 公述人の皆様方、御苦労さまでございました。程度の差、内容の差はありながら、いずれも参考になる御意見を賜りました。  最初の三人の方は、いずれも全体として今回の改革は、一体として選挙制度、資金関係等々をぜひとも今回実現をしてほしいという点で一致しておられまして、私ども非常に強い感銘を受け、かっ責任を今感じておるところでございます。我々の理解を深めるために、若干の問題点についてお伺いをいたしたいと思います。  まず、選挙制度でございますけれども、舛添さんの御意見、いろいろ参考になりました。とにかく今政権交代が何よりも必要であるということと、それから内外の状況に迅速的確な対応ができる政治制度を確立することが大事だ、そういう観点からやっていただきたいということでございましたが、そういう中で、今まで議論されておる小選挙区制とそれから比例代表制と、その二つだけではないよ、いろんなやり方があるということも言っておられました。  フランスの小選挙区制で二回投票制、これは、私も四年間住んでおりましたけれども、いろんな問題があると思いますが、言っておられました中で、二回投票制であれば二回目の投票の前にしっかりした政策協定ができる、だからこれによっても連立政権がきちっと構築されていくというふうに言われておるのですけれども、実はそこに問題がありまして、ミッテランは最初に選挙で、自分の選挙で勝って国会を解散をいたしましたね。最初の選挙は共産党と共闘したのです。二回目の選挙のときに共産党と共闘をいたしまして、両党合わせたあれで圧勝したということです。そして、最初の組閣では二人共産党の閣僚を入れました。ところが、やっている間にぐあいが悪くなって、だんだん疎遠にして、最後は手を切ってしまった。次の選挙の行われるまでの間に縁は切れた。  つまり、これは二回投票制ばかりでなくて、いわゆる選挙協力をやる、政策協定をやるという仕組みをやる場合に、やはり一番問題になる点だと思うのですね。選挙の時点において政策協定をやっても、時々刻々政治が変わっていきますと割れてしまったり、しかし政治というものは、これは国民のためにずっと続けて責任を負っていかなければならぬものですから、選挙のときに選ばれた仕組みと違う仕組みが出現をしてしまうというのが、これは選挙協力の場合に常に留意をされなければならないと思うわけであります。その点について、もう少し突っ込んだお話、御意見をぜひ伺いたい。これは比例代表制度の場合についての留意点の一つでございますから、お伺いをしたいと思います。  それから渡辺公述人のお話、これもまた大変感銘を受けました。とにかく健全な野党を育成しなければならない、これは政権交代可能な状況をつくるということの裏腹であろうかと思うのでありますが、私も同感でございます。こういう角度から新しい選挙制度を考える場合に、小選挙区制と比例代表の併用制がいいではないかというお考えのようで、その場合に、組み合わせは二百から三百の間でいろいろ考えられる。極めて流動的な御意見でございましたが、そこが実は思案のしどころでございまして、強いて言えばどういうのがいいかというお考えが先生おありになりましたら、もう少し突っ込んでお話を伺いたいと思います。  それからついでに、同じように渡辺先生にお伺いしたいのでありますが、企業献金について、一足飛びに廃止するのは無理であろうという言い方をされました。ただ、私はここでもう一度先生が頭に置いていただきたいのは、どうしてヨーロッパの国では企業献金を法的に完全に禁止した国がないのかということであります。私は、突き詰めてみると、一つやはり結社と政治活動の自由という問題に逢着するのではないだろうか。これはアメリカの最高裁の判決でもはっきりうたっておりますけれども、アメリカでは連邦法で企業献金を廃止してみたけれども、最高裁に上がりましたら、企業といえどもこれは国民の意思表明のために活動をすることは憲法上の権利だ。  そうすると、政治とか政党と全く関係なしに企業が活動をやる。例えば日本で一番いい例が、消費税を導入したときにいろいろな団体が危機感を持って反対運動をされた。これは固有の国民の権利じゃないか、そういう活動をみずからの資金を投入して自発的にやるのであれば、絶対に禁止するということは議会制民主主義の自由な憲法の立場に反するではないか、こういう考えがあるわけであります。そういう立場に立ったときに、先生が、一足飛びには難しいが廃止する方向でだんだんやったらいいとおっしゃる考え方について、今のような意見にどういうふうにお答えになるのか、お教えをいただきたいと思います。  時間の関係で、続けてそれでは高橋公述人にお伺いをいたしますが、高橋さんはマスコミに長くおられたわけでありますが、今のこの問題について、特に一番大事な選挙制度の問題について、国民の理解がまだ一つ不十分であるというような感じを受けておるのです。要するに自分の問題として受け取っていないという感じがいたします。ところが、私ども地元へ帰ってみますと、今でも全国各地域で地方選挙が行われているのですね、市町村の選挙から始まりまして。それでその実態を見ますと、これだけ国会で真剣な議論をやっているのだけれども、地方選挙の実態というのは何か余り違いないじゃないかという声もございます。やはりここのところから変わっていってもらわないと、日本の政治というのは根本的に変わらないという御指摘する面もあるのですけれども、そういう立場から、国民の理解をさらに高めていくために何か今我々としてやることはないだろうか。今週中は地方で公聴会もいたしますけれども、高橋公述人のお立場から何か御提案があれば、ぜひ伺いたいと思います。  一応今の段階では、以上の質問をさせていただきます。

舛添要一国際政治学者

○舛添公述人 フランスの二回投票制についてでございますけれども、私が先ほど申し上げましたのは、どういう政策協定を、例えば比例代表制のときもそうでございますけれども、複数の政党が連立政権をつくるというときに、国民の審判が下る前に我々はこういう連立政権をつくりますよということを言ってくださるかどうかということにポイントがあったわけでありますから、例えば小選挙区比例代表併用制の場合においても、例えば社会党と公明党と民社党とが連立政権をつくるお考えが事前にあって、これはこういう政策協定ですよということを出していただけば、我々はそれに基づいて判断できる。  フランスの例について言いますと、恐らくフランスのミッテラン大統領の政権獲得戦略というのは幾つかの段階に分かれていて、当時は、まず左翼陣営を強くじょう、したがって社会党も共産党もともに伸びよう、そしてしかる後に、今度は左翼に政権が行った場合に、その中での力関係として共産党ではなくて社会党を伸ばしていこう、こういう政策であったわけで、それがそのとおりにある程度進んだということであります。  そこで、一九七一年にフランス社会党はエピネー・シュル・セーヌというところで党大会を開いて、新しい政党に生まれ変わって政権を目指すわけですけれども、七三年の国会の選挙、七八年の国会の選挙、五年に一遍ですから、こういうことを念頭に置きまして、共産党との間でプログラム・コマン・ド・グベルヌマン、政府の社共政策協定というのを発表いたしまして、それは極めて具体的に一冊の本になって、普通の国民が本屋でも買えるような形で発表しました。それに基づいて政権をやっていく。しかしそういう状況というのは、当時のフランスを考えてみますと、右の保守の方ではドゴール派とジスカール派、これがラフに言いますと二五%、二五%、左の方も社会党と共産党が二五%、二五%。つまりフランス共産党というのは四分の一政党で非常に強かったわけです。ところが、だんだん八〇年代に入っていきますとフランス共産党は力を失っていく。そういう中において、その力関係の変化で、先ほど津島さんの御指摘のような形で共産党を切り捨てていったわけであります。  ですから私は、それぞれの国によっていろいろなやり方があると思いますけれども、フランスの例を申し上げましたのは、連用制や併用制、並立制、いずれでもいいのですけれども、そういう制度の場合に、事前に国民の前にちゃんと政権構想協定を示していただきたいということを強調したかったから申し上げたわけでありまして、それが今のままですと、国民はこういう形で投票すると言っているのですけれども、ある意味で政党の親分たちの交渉で、じゃあこれで政策協定結ぼうよということになるのは困るのじゃないか、そういう観点から申し上げました。  それからもう一つ、この二回投票制の問題点は、国民に二週連続日曜日つぶして、天気もいいのにピクニックに行かないで投票所に行けと言えるかということでありますけれども、これは国民の意識の問題でもありますが、私は、フランスはそれなりにかなり有効に機能してきたのではないかなというように考えております。  以上です。     〔委員長退席、中西(啓)委員長代理着席〕

渡辺重範早稲田大学教授

○渡辺公述人 御質問の二点に関して御説明いたします。  二百から三百と幅があるけれどもそれはどうだという御意見でございますが、まずドイツで最初にこの制度が出たときに、これは大変な妥協を行っているのであります。一つだけ例を挙げますと、ボン基本法制定審議会の代表を送るのも比例代表形式で送りました。したがいまして、キリスト教民主・社会同盟二十七、社民党二十七とほぼ同数でございました。このビュルテンベルクフォーエンツォーレルンの州におきましては、比例代表からは二人ともCDUの議員が選出されるはずでありました。しかし、そこの州首相であった方は、こういった本当に国家的な危機の場合にはどうしても穏健な社会主義者の協力を必要とするということで、その州のカルロ・シュミット、自分たちの議席を一議席あけて、カルロ・シュミットをつまりボン基本法制定審議会に送った。それに対して、今度は社民党もまたそれでエールを送りまして、ハンブルクは二名とも社民党の選出でありましたのですけれども、これを一名を割いてCDUに渡しております。このような妥協を行った結果の問題点もあったわけでございます。  そして、この二百、三百の中で、私といたしましては、多分計算上もその他からいってもやはり半々がいいだろう。二百五十、二百五十、これが一番素直であろうと思いますね。しかし考えてみますと、これは多分二百あるいは二百五十でもって、もしそれでもって妥協が図れないというのであれば、これはやはり二百から三百の間で、これはどちらにいってもこの制度の本質というものはやはりあらわれてくるだろうと思うのであります。もう一つは、確かに五百といたしますと、過半数の候補者を立てることができるというのは、どの政党でありましてもやはり政権政党への道であるという強い確信を持っております。したがいまして、二百五十名から三百までも私は可能にしたい。つまり、そのくらいの候補者を立てることができることが政権政党への道だというふうに思います。ただ、計算その他からいうと、半分半分が一番よろしかろうというふうに思います。  二点目でございますが、企業献金に関しまして、私は企業献金を禁止でありますが、諸外国との関連におきまして、これはやはり、諸外国との比較といっても、安易に比較してはいけないと思うのでありまして、ドイツの場合を言いますと、非常に私どもではわかりにくい側面があるわけですね。ということは、政党ごとに、例えばアレキサンダー・フンボルト財団とかエーベルト財団とかいったような財団、そこからもお金が流れているわけでありまして、そしてそういったことをドイツ人たちはさほど深刻に考えておらないわけでございます。したがって、実際にそういった状況を言いますと、私も比較憲法学を専攻いたしまして、この件に関しましては、やはり憲法学者と政治学者では微妙な差があるわけでございますが、私はやはりその接点を行こうと思いまして、このような究極な腐敗が出てきたのだから、これはどう見ても、最終的にはこれは禁止した方がいいのではないか。  それに対して、自由な活動はどうするのか。確かに政党は社会と国家との両方に足を突っ込んでいるわけでございまして、なかなか難しいと思うのでございますけれども、それが余りに規制の面ばかり出てしまって、本当に政党の自由な活動というものが損なわれますと、もっとひどいことになるのじゃないかという形で、非常に言葉を濁した点でございます。難しい点だと思うのでありますね。しかし、今日の状況を見る限り、やはり政権政党といたしまして自民党には、一度この件に関しまして、抜本的に企業献金を禁止することによってあるべき姿を求めてほしいというのが私の願いでございます。  それから、憲法との関連でございますが、確かに結社の自由は言うまでもなく結社しない自由を含む、これはもちろんのことだと思うのでありますね。しかしどう考えても、結社しない自由を含む、政党に対してとありますが、私自身は、その結社しない自由は当然認めます。しかし、ではその結社しない自由で現在のこのような政治の状況に対してどのような処方せんと展望があるかというと、その結社しない自由ということを強調し、政党に対する援助あるいは企業献金その他の問題におきましても余り明確なビジョンが出てこない、これは確かだろうと思うのでありますね。  その点で私は、今日の状況であれば、その結社しない自由を認めつつも、政党のこのような社会的な責任、そして政党の位置づけからして、これは大いに政党に対する助成を行い、そして献金もでき得る限り、これはもう完全に使途を明確にして、そして主権者としての国民に知る権利の場を徹底的に与えるということを前提として、これは長い目で考えていただきたいというふうに思うのであります。そうしませんと、私は究極的には、本来は企業献金はなくて、そしてそれ相当の公的補助を行っていく。この制度疲労のみならず、政治家疲労となって一番お困りになっているのは政治家の先生方だろうと思うのでありますね。そういう点も含めまして、長い目で考えていただきたい、こういう趣旨でございます。

高橋祥起徳島文理大学教授

○高橋公述人 お答えいたします。  政治改革の問題について、できるだけ国民に理解を求めるという点の方法でございますけれども、先生おっしゃるように、地方議員の段階あるいは選挙運動に携わってきた方々については、私は今の細かい、連用制まで含めて相当理解が進んでいると思うのですけれども、全体の、特に若者を中心に非常に縁遠い存在であるということも、私は地方にも時々住んでおりまして、そう思うわけであります。  それで一つは、おっしゃったように地方公聴会とか、そういった機会に地元紙あるいはテレビとかラジオとか、そういったことでやるのは当然でありますけれども、最近行革審の方も、全国九ブロックで開催をした。フロアの方に一般公募をすれば、行政改革の問題、地方への分権の問題、いわゆも業界のあれをどうするかとかいったようなことを含めて、例えば四国の例では、本当に申し込みが殺到して整理に苦労したということがございます、地方公聴会についてもですわ。もちろん今の国会中の問題は、これはもう予定どおりで結構でございますけれども、そういった御努力は、フォーラムの形に変えていくとか、相当内容の形式を変えていくということもまず第一点として必要ではないか。  それから第二の点として、私は地方などへ行っておりまして、明るい選挙推進協会、これも相当制度疲労を起こして、形骸化している面がある。非常に高齢化、高齢者の方々が関心を持っておられるということは非常に貴重なことなんですけれども、若者が参加をしていない。そういった意味で、この抜本的な充実ということは考える必要があるのではないか。最近はスポーツ人口も、プロ野球、長島プロ野球だけかと思ったら、あのJリーグになればまた三十何%といったような新しい発掘される若者の対象もある。そういったことを考えると、形骸化を今克服してやるということは、これは国会の先生方のお考えになることよりはむしろ、私自身も含めて責任を感じているわけでありますけれども、やらないといけない問題だ。  第三点として、選挙管理委員会です。選挙管理委員会の実態を、去年、日本選挙学会の方で私調べたのです。細かいことは省略します。その一部天下り光とか、あるいは各政党のバランスによって選ぶとかいろいろな、これも明るい選挙の運動と同じように形骸化されている面がある、全部が全部とは申し上げませんけれども。そういった実態に合うように改組の、戦後およそ五十年というか時期になったわけですから、ここも検討する必要がある。これも、私たち有権者の問題でもあるわけです。  それから第四の問題として、これは国会ができる問題でありますけれども、情報の公開の問題。土井先生なども情報公開とかいろんな、熱心にされておるわけでありますけれども、国会の資料にアプローチをするということ。おととい選挙学会の総会でも、相当高名な教授の方々もなかなかアプローチが、国会図書館あるいは国会が出版している資料へのアクセスが非常に難しいということなんですね。ましてや一般国民、有権者ということになると、これは難しい。  したがって、もう既に一部テレビの中継とかCATVとか、あるいはマルチメディア時代のこの国会の各審議の委員会の全部の中継、これを実現するという方向で今せっかく先生方が御努力をされているようでありますけれども、そういった議事の内容について国民に公開する、説明する政治という問題について、さらにこの政治改革委員会の先生方が原動力になってブッシュされるということも必要ではないか。

津島雄二自由民主党

○津島委員 各公述人の皆様方、追加的な御説明でさらに認識を深めることができてありがたいと思っておりますが、渡辺先生に選挙制度でもうちょっと突っ込んでお伺いしたいんですけれども、先ほど小選挙区制と比例代表制との間に溝ができる、それが問題だということをおっしゃった。それは、この二つの制度を組み合わせる場合には当然いろんな形で出てくるし、それの処理をめぐって、例えば超過議席をどうするかとか、そういうことでいろんな折衷案が出てきているんですけれども、さっき先生は、連用制というのはその埋め方において二重の誤りを犯しているとおっしゃったんですね。  これは考え方なんですけれども、こういう溝はある、溝はあるんだけれども、これをどうやっても、小林教授が言っているように超過議席が出てきた分をまた分けちゃう。つまり、徹底的にこれは比例代表制の結果を実現するということですから、これは溝を埋めているというより、要するに比例代表制に回帰するという話なんですね、あの制度は。それは片っ方にまた行き過ぎじゃないかという議論も、これは当然あり得るわけですから、そうなってくると、溝は溝のままで並立はどうですか、こういう議論がまた出てくるのですね。その点ちょっと、先生とういうふうにお考えですか。

渡辺重範早稲田大学教授

○渡辺公述人 並立制はどうかという形で最終的には出てくるだろうと思うんですね。ただ、並立制がどうかと言われた場合、並立制で解決される問題は併用制ですべて解決されるということだと思うんであります。ですから、じゃどちらが溝ができないかといえば、当然併用制の方が溝ができない。したがって、並立制の場合で、例えばより一層併用制よりも政権交代がしやすい、あるいはそうであるならば、やはり併用制でも僕は同じことが言えるというふうに思うんですね、これは。  そういたしますと、では国民の側からいたしますと、つまりこの小選挙区議席といわゆる比例代表でもって選ばれる議席との溝が出てきた場合、一体、ではどちらを本当の国民意思と見ればいいのかという問題が当然出てくると思うんですね。そして、そうであるならば、並立制で実現しようとしている事柄は、これはその程度はほとんど変わらなく私は併用制で出てくるだろう、こういうふうに思いますので、したがいまして、そういう点からこの併用制というのは、問題はもう議席のあれをどうするかということに帰着するのではないかというふうに考えております。

津島雄二自由民主党

○津島委員 含蓄がある御答弁で、非常に参考になりましたけれども、似たような問題点について舛添先生、高橋先生、お二人に。  結局、舛添先生のお話は、やはり小選挙区制度というものがこの隠すっきりしているし、当面の課題に一番適切に対応できるであろうという御意見ではございましたけれども、仮に民意の鏡のような反映というような議論に配慮をした場合に、どういうようなことが考えられるかという御意見をお伺いしたいと思うんです。  それから高橋先生も、先ほど余りはっきり結論はおっしゃらなかった。とにかくちゃんと折り合ってやれ、こういうお話なんですけれども、仮に先生だったらどういうふうに折り合われるか、ちょっとお伺いをしたいと思います。

舛添要一国際政治学者

○舛添公述人 最初に妥協ありきというのは嫌なんですけれども、それは私は選択ということを非常に大事にいたしたいと思っていますし、先ほど来、健全な野党の育成というような言葉で渡辺先生はおっしゃっていますけれども、じゃ今の野党は不健全なのか、いつになったら健全になるのかということになりますが、あえて民意を反映させるという点を強調すれば、それは私は、例えば今出ている社会党と公明党の併用制であっても、だから絶対これはいけないということはもちろんないのであります。  ただ、民間臨調が提案しています連用制ということになると、先ほど溝という言葉を渡辺公述人がお使いになりましたけれども、私もちょっと同じような感想を持っていまして、どこまで的確に民意を反映できるのかな。比例の部分でやったものと小選挙区的にやったものとの連動のやり方の問題で、並立はこれは全く二つ置いてやるわけですけれども、だからその工夫の仕方からいって、併用制と連用制でどっちがいいのかなというときは、私は、むしろ連用制よりも併用制の方がいい。どちらかをとれというと、そういう今言った溝という観点から、やはりそういうような感じがいたします。  民意の反映ということでありますけれども、例えば社公の案は西ドイツでしかやっていないわけですけれども、ある意味で、西ドイツでやってきたからそれがそのまま日本で同じ結果が出るとは言えないと思います。それぞれ、例えば五%条項のようなものがありますし、フランスの二回投票制でも、先ほどお話がありましたように、有権者数の八分の一というハードルがあるわけですから、そのハードルを越えたときに、例えば社会党、公明党が提案している制度で、例えば自民党と社会党、最初の二つの大きな政党が二百四十、二百四十ととった場合には、残りの二十議席を持つ政党がキャスチングボートを握るわけでありまして、それは西ドイツで言えばFDPになるわけです。ですから、そういう制度を入れることによって、ただ単に二大政党が、反対派の立場でいうと、横柄に決めるということを阻止することはできるんだろうと思います。  ですから私は、ただ強調したいのは、民意がこれだけ多様な社会ですから、民意の反映そのまましたら全然決断下せないだろう。ですから、代理ではないのでありまして代表でありますから、確実な鏡のような縮図である必要はないので、そこのところは妥協点で、確かに単純小選挙区制も少数派の意見を切り捨てる。例えばこの前の、先ほど例に出しましたフランスの選挙の例を挙げますと、極右のフロンテショナル、国民戦線、外国人排斥を言う、これが第一回投票で一二・四%の得票を獲得しながら議席はゼロなんですね。フランス社会党は九・一八%、つまり極右戦線より少ないにもかかわらず議席は二十二議席とっているわけです。ですから、そういう点を考えると、いろんな問題点がそこに出てくる。だから、完璧なものはあり得ないので、一二・四%の国民が外国人排斥を支持しているのに議席がゼロだというのは、これはある意味でおかしいわけであります。  だから、そういう意味での民意の忠実な反映ということと、それからある段階で決断しないといけないということを総合すれば、それはどこかに皆さん方の御努力で落としどころというか、そういう言葉は悪いですけれども、決まるんじゃないかと思います。ただし、極めてこれは党利党略でありますし、政治的な判断であって、何度も言っていますように、どの制度がいいとは言えないので、今の時代の要請を考えたときに何がいいかという私の政治的な決断、私の政治的な判断を先ほど申し上げたわけですから、それはいろいろな判断があってよかろうかと思います。

高橋祥起徳島文理大学教授

○高橋公述人 私も、同じような点、考えを持っているわけであります。  しかし、例えば一昨年の海部内閣のときに、選挙制度審議会、第八次から受けて、案をまとめた。ああいったときに、三百議席と百七十一というふうに比例代表の部分がさらに少なくなった、そして三百議席になったということであれば、これはやはり民意の反映という意味ではかなり遠いものになったんじゃないかというふうなことがあるわけです。あのときにまとめられたある教授の方は、今度は連用制に回っておりますけれども、しかし同じ並立制であったとしても、並立制なら比例代表部分を大きくする、そういうことは当然考えられると思うのであります。  また同時に、併用制について言えば、これは逆に、私も社会党、公明党推薦ということでありますが、問題点もあると思います。十二ブロック決めた、顔が見えるといっても、静岡、山梨、こういったところのブロックが本当に顔が見えるんだろうか。あるいは、四国で四県はそれぞれ分かれております。よくわからない。そういったことを考えると、この二百と三百で、三百議席の方を比例代表の部分にするということについても、これは絶対固執されないというのであれば、そこの点の歩み寄りということは、決断はできるんじゃないか。そういった意味で、数の問題ということと、その割り振りということはあると思うんです。  超過議席の問題についても、いろいろな研究がございますけれども、それは過去の集計に基づいてシミュレーションをした。五対五というふうな西独制であれば、さっきお話があったように、最高六ぐらい。日本も五対五で、過去いろいろなことをやれば、超過議席が出ないことがある。細かい研究の結果は、これは省略しますけれども、ただ今度のような六対四とか、あるいはもし七対三とか、そういったような形で小選挙区の数の割合を多くすれば、膨大な超過議席が出て、これまた新しく大きな、国会議席をやみくもにふやすのかという批判が巻き起こる、別の大問題が出てくるということで、やはりそれは避けるべきであろう。五対五、そのあたりが限度ではないかと思うんです。  お答えにならないかもわかりませんけれども、以上でございます。

津島雄二自由民主党

○津島委員 どの先生の御意見も、含蓄があって参考になりました。  そこで最後に、残された時間で、ぜひもう一遍お一人ずつ。  今回の改正を是が非でもここで実現しなければならない。その場合に、こういうことであるから、三位一体と申しますか、選挙制度、政治資金等々一体にやるべきであるというのを、私どもばかりでなくて、国民に向けてお話をしていただきたいと思うんです、きょうの私に対するお答えの締めくくりに。  最後に、上条さんに一つだけお伺いしますよ。上条さん、いろいろ言っておられた、国会が政府の独走に歯どめをかける、そういう機能を発揮できない。国会というのは、議院内閣制では政府に歯どめをかけるのが仕事である――それはないとは言いませんけれども、やはり、だれがその政権を構成するかが議院内閣制の基本の課題なんですから、そういう意味で、上条公述人は、政権交代を早く実現することに関心があるのかどうか、それだけ一つ。

舛添要一国際政治学者

○舛添公述人 公述のときにも申し上げましたけれども、我が国は、一方では政治家ないし政治に対する国民の不信というのは極めて募っておりますし、他方では、ポスト冷戦下において国際情勢が激動している。そして、世界第二の経済大国日本に対する国際社会の期待が高まっている。そのときに的確な判断が迅速に下せない。例えばカンボジアの問題にしても、もっと議論すればいいじゃないか。議論して、UNTACが仕事が終わって帰った後、やっと日本が決まりましたということでは、日本の存在がそこにないわけであります。したがって、そういう国際情勢は日本が悠長に議論をしているのを待ってくれない。そのときに、要するに五十一対五十でも決めるんだということが議会制民主主義の本質であるわけであります。もちろんその前提としては、少数派意見の尊重ということがあるわけでありますけれども。  そこで、いろいろな意味で、まさに第二次大戦が終わった直後と同じぐらいの大きな変化が日本に求められている。そのときに、国民は金の問題しか興味がない、だから腐敗防止をやればいいんだということであったら、根本的な制度を変えないで、小手先だけのいろいろな技術的ないじくりというか、それだけをやっていたのでは、私は日本社会は今から国際社会の中で生き残れていけないと思います。私は、二十一世紀にはこういうことでは確実に日本は沈没すると思っていますので、一括してワンセットで、いろいろな形での妥協の仕方はあると思いますけれども、ここにおられる委員の先生方を含めて、一括して今回ぜひともこの政治改革の実を上げていただきたいということを最後にお願いいたして、終わりたいと思います。

渡辺重範早稲田大学教授

○渡辺公述人 私は、その三位一体のあれを賛成いたします。  それはなぜかと申しますと、今日の日本の政治システム自体が、例えば一つだけの問題で解決するほど、もっともっと複層的、多重的である。したがって、一つだけのミクロの点からではどうしても把握できない。したがって、三つを一緒にしないと、木を見て森を見ずというような改革になってしまうのじゃないかと思います。その結果、野党は野党であるという事実に満足し、野党たるべきことを忘れる、政権政党は政権政党で、みずからの使命を忘れがちになるという結果になるのじゃないかと思います。

高橋祥起徳島文理大学教授

○高橋公述人 私も、当初一番最初に申し上げたように、政治腐敗防止の問題、これを確かに最重点を置くべきであるということは、これは変わらないのであります。変わらないけれども、しかしその後の広範な汚職事件の続発といったようなことを考えると、この全体をやはりこの際変えないといけないのじゃないかという趣旨で、同じようなものでございます。一括して早くやるべきである、国民の方もそのあたりをプッシュすべきではないか、そういうふうに申し上げたいと思います。

上条貞夫弁護士

○上条公述人 お答えいたします。  私が言いたいのは、政治改革という言葉は耳ざわりがいいですけれども、具体的な中身が問題なのであります。どうして金権腐敗の根本である企業・団体献金の禁止、世論の圧倒的な声です、ここにメスを入れることをやらないで、なぜ選挙制度ばかり先行するのか。この疑問に対して、この審議会の記録も私全部読んでまいりましたけれども、具体的な答えは、先ほど引用した自民党の若手の議員の、派閥争いと金が絡むという、あとは抽象的に制度疲労というだけなんですね。これでは国民が納得しません。どうして、政治改革なのに選挙制度をなぜ今廃止しなければならないのか。  実は、選挙制度の改革という議論は、それは昔から……(津島委員「私の言っていることに答えてくれますか。政権交代に関心があるのかどうか」と呼ぶ一はい、答えています。そこに行きます。ちょっとお待ちください。

中西啓介自由民主党

○中西(啓)委員長代理 もう時間がありませんので。

上条貞夫弁護士

○上条公述人 はい。  それで、ですから政権交代について、もちろん国民の一人として関心を持っております。しかし、そのために今の制度でもやれることは、八六年の決議を即座に実行して定数をきちっと直すことなんです。そうすれば、政権交代の可能性はまさに生ずる。国民は刮目して見ております。

中西啓介自由民主党

○中西(啓)委員長代理 大畠章宏君。

大畠章宏日本社会党・護憲民主連合

○大畠委員 日本社会党の大畠章宏でございます。  きょうは、それぞれ御高名な公述人の方に来ていただきまして、また先ほどからいろいろと高い識見のもとの御意見をいただきました。大変参考になったところでありますが、幾つか御質問をさせていただきたいと思います。  質問に入る前に、先ほど最初に二十分すっ御意見をいただきましたけれども、その中で何点か私の聞き違いかなというのもありますし、またその御意見の中で時間があったらというお話もありましたので、三人の方にちょっと最初に御質問したいと思います。  一つは、舛添公述人にお伺いしますが、ジャーナリストとして、またマスコミ界でも大変活躍されておりますが、その舛添さんが、先ほどちょっとお話がありましたけれども、国会は代理ではなくて代表である、議論ばかりやっていてはだめだという話がございました。それから先ほども、国際化の時代で悠長に議論している暇はないというような。そういう面もあるかもしれませんけれども、私は今回のこの特別委員会で、八十時間を超える議論の中で、やはり論議というのは大変重要だ。そして、今自民党案あるいは社公案の法律が出されておりますが、やはり意見を出して、議論をして、お互いに利点、欠点を知って、妥協案といいますか、お互いに譲歩するところは譲歩して、お互いに欠点は欠点を認めて、よし、それよりもいいものをつくろう、お互いに賛成できるものをつくろうというものが日ごとに高まってまいりました。  そういうことからすると、私は舛添公述人がおっしゃった、議論ばかりじゃだめだ、あるいは悠長に議論している場合じゃないというような御意見がありましたけれども、まさに私は、日本に足らないのはディベートが足らない。小学校の教育から中学校でもそうなんですが、ディベートすることがなかなかない、最初から一つの正解がある、そういうような感じの社会なんですが、私は、これはぜひ舛添公述人に、そういうものを踏まえて、今おっしゃった真意は何かということをもう一度お伺いしたいと思う。  それから渡辺公述人には、先ほど上条公述人が、ドイツの選挙制度の問題について歴史的な背景を述べられました。いろいろ先ほどからの御意見を伺っていますと、ドイツの国情あるいは歴史等について大変見識をお持ちだという感じをうかがったのですが、これは公式な会議でありますから、議事録にも載ります。したがって、先ほど上条公述人がおっしゃったものが本当に正確にとられているのかどうか、そういう意味でもう一度渡辺公述人から、渡辺さんのこれまでの研究されたものの中から実態はどうなのかということをひとつお伺いしたいと思います。  さらには高橋公述人には、いろいろ先ほど津島さんの方から御意見がありましたけれども、その中で、時間があったら金権腐敗の、要するにお金関係、政治家と金の問題についても言及をしたいというようなお話もありましたので、そこら辺、先ほど時間がなくて述べられなかった点についての御意見をいただきたいと思います。  以上であります。

舛添要一国際政治学者

○舛添公述人 大畠委員のおっしゃることは全く同感でありまして、私は議論するなど言った覚えはなくて、要するに、国会というのはもちろん議論の場所であります。少数派の意見をそこに取り入れて、柔軟な形で政権党が修正をしていく。それはもう基本的にあるべき姿なんですけれども、もう一方で、これは欧米の民主主義社会では子供のときから教えるんですけれども、どうもそこのディベートということもそうでございますけれども、日本で看過されているのは、なぜマジョリティールールというか、多数決主義でいくのか。  これは当たり前のことなんですけれども、議論をしていけば多様な意見がどこかでつじつまが合わなくなって、対立が解けないということがあったときに、やはり採決ということで、先ほども申し上げましたけれども、五十一対五十ででも決めないと社会が停滞してしまって進歩がない。社会を進歩させるほかの手段というのは、例えば軍事クーデターであったり、独裁であったりする道もありますけれども、我々はその道はとらないので、徹底して議論でやります。ただ、そうすると、よく全体主義独裁に賛成する方々が、議会はおしゃべりクラブで何もできない。そういう批判にこたえるためには、おしゃべりクラブだけではないんだ、ちゃんとした議論をやって、少数派の意見も尊重するけれども、ここで決めますよということがないといけないんだろうと思います。  ところが、ほとんどの場合そういうことが行われてきたと思いますし、それは日本の国会における野党の役割という研究をずっとやってきましても、一般に言われているのとははるかに違って、はるかに大きな役割を果たしてきているので、したがって、政府提出法案に対する日本国の野党の賛成率は極めて高いのですね。しかし、対決法案になったときにどうするのか。政権党の方は、つまり自民党の方は力で押そうということをやる、そして野党の方は寝る、まあ審議拒否をやるというようなことをやって、牛歩戦術をおやりになったりした。  そうすると、国民から見ていると、あれは議論する場じゃなくて、牛のまねをして歩く人たちと寝ながら待っている人たちの集合体がということになってしまうので、これだとやはり困りますね。ところが気がついてみたら、国対政治とやら何かで、どこか我々の知らないところで決まってしまっている、どういうからくりで決まったかわからないということもあるわけですから、そういうことの是正のためにも、あえて私が申し上げたのは、民主主義は進歩させるために採決をやるのですよということを実は強調したかったということで、先生のおっしゃることは全く私は一〇〇%賛成でございます。     〔中西(啓)委員長代理退席、委員長着席〕

渡辺重範早稲田大学教授

○渡辺公述人 御質問の件でありますが、私の研究した限りで、事実だけを申し上げたいと思います。  一九四九年の時点でありますが、この選挙制度はボン基本法制定審議会の中でつくられました。政治制度委員会でつくられました。そこで、その定数ほぼ四百、そして五〇%、五〇%でもってこれは小選挙区議席と比例代表議席を分ける、それで一応阻止条項はなしという形で、これでボン基本法制定審議会でこれは承認を得たわけであります。しかしそれに対して、確かに連合国側から実際に問題が提起されました。そして、その問題が提起された結果、その当時は各十一の州首相たちが集まりまして、そしてそこで、その小選挙区議席と比例代表議席を六〇%、四〇%、つまり小選挙区議席が六〇%、比例代表議席が四〇%。そして、ボン基本法制定審議会で入ってなかった五%阻止条項がそこで示唆されまして入りました。そして、またそれで打ち合わせをいたしまして、最終的には連邦レベルの五%阻止条項ではなく、州レベルの五%阻止条項になった。結果といたしまして、小選挙区議席六〇、比例代表四〇、そして州ごとの五%条項が入ったということでございます。  かつ、それからもう一点でありますが、日本と違いまして占領国の直接統治でございましたから、したがって占領国によって、占領国の色彩が入ったことは事実だと思います。イギリス占領地区におきましてはやはりイギリス独自の多数代表制、フランス、アメリカにおいてはもう圧倒的に比例代表制、そういったことが影響を与えたこともまた事実だというふうに思います。しかし、選挙制度そのものの根幹、骨子に関しましては、これはドイツ人そのものが考えついて、そこに対してそれほどの連合国の圧力というものは、それ以外は私の研究の結果ではありません。  かつ、もう一つだけでありますが、実際におきまして、例えば比例代表制をワイマール憲法二十二条で採用した、したがってその結果小党分立になったと一般に言われましたが、しかし実際は違います。これは、もう一九一二年のドイツ第二帝政の最後の選挙のときの政党状況がそのままワイマール共和制時代に流れ込んだわけでありまして、ワイマール共和制時代の小党分立は、ワイマール共和国憲法がその比例代表制を憲法上採用し、そしてライヒ選挙法でそれを入れた結果ではないということですね。  それからもう一点、妥協と申しましたが、それはそういった比例代表という経験と小選挙区の経験、しかしこれは、どちらも譲らないほどの本当に激烈な論争でありました。しかし最終的には、そういった一九四九年というこの時期における国家建設でありましたので、当然冷戦構造のあれもありました。もう選択なき選択としてドイツ国民は受け入れて、そして妥協したということであります。

高橋祥起徳島文理大学教授

○高橋公述人 政治資金の問題、政党に対する公費助成の問題、若干私は自民党に対しては厳しいのであります。こういった一連の事件が起きた後であるだけにというか、そういうことだけではなくて、やはり日本の政治風土というのは、神代の昔から神饌料とかいろいろございまして、特別な政治風土があるわけですね。そういった意味では、私は、時間がかかるけれども、しかしこの際、こういった問題はきちんとすべきであるということであります。  具体的には、政治改革五人委員会という私たちの勉強団体がありますけれども、一つは、政治資金関係について言えば、一万円程度以上は政治資金口座、郵便局なりあるいは銀行なり、そういったものを通じてするというふうにまとめたらどうかということであります。それ以外は問題点としてみなすということであります。  第二の問題として、不正がある、公費助成があって問題点が起きるというふうなことであれば、監視機関をどうするかということでございます。もちろん、先ほどからいろいろ御意見がありました。あるいはまた、先生方の方からございましたけれども、行政権限が国会、立法府に介入をする、影響するということは、これはそういうことがないようにするのは当然でございます。そういう監視的な機能を持った組織を、国会の附属機関として置くことが検討できないのかどうかという問題であります。もちろん第三者のメンバーとして、守秘義務をきちんと持つという意味で、今であれば、自治省の方の政治資金報告も、何回か私も調査に行きましたけれども、ほとんどそのまま受け取る。訂正ということは、よほどどこかほかのところで公になったというので初めて直すという形がかなり多いのじゃないか。そういった意味で、調査に基づいて、国会の附属機関としての機関が、そういう訂正の指示というか、きちんとやるということについてやればいかがかなというふうに思います。  また同時に、第三の問題として、証人喚問であります。これは、直接の政治改革の今度の案には出てないのでありますけれども、この間、いろいろ繰り返して行われました。野党の方も自民党の方も一生懸命されましたけれども、しかし、なかなか実を上げることはできなかった。それは、行政関係の資料、検察関係の資料あるいは国税関係の資料、これは守秘義務ということがございます。そういったことで、その壁に阻まれて一定の成果を上げることができなかったという面もある。  憲法四十一条、国会は国権の最高機関である。であるならば、一定の委員会の議決、その割合はどうするかということは、三分の二以上にするのか全会一致にするのか、あるいはその過半数にするのか、いろいろあると思うのですけれども、議決によって、そういう慎重な扱いをするという条件のもとに、国会にそういう行政情報、行政資料をもらうというような、提供するという制度、これを考えるべきではないか。  あの消費税の問題のときに、参議院でいろいろな案をまとめられた政党、そのいろいろな基礎的な資料が非常に集まらなくて、なかなか間違いが多かった、恥をかいたという面もあるわけでありまして、そういった意味で、行政上の取り扱い、情報の問題、そして今国会に出されようとしております行政手続法とか、そういうことが複雑に絡んできて、今すぐこれをこの場で、あるいは今国会中にということは難しいかもわかりませんけれども、そういった厳しい措置はする必要がある、保障する必要がある、そんな考えを持っております。

大畠章宏日本社会党・護憲民主連合

○大畠委員 それぞれありがとうございました。  ただ一つ、舛添公述人の御説明の中で、一番最後はこれは合意したわけでありますが、途中の経緯が、ちょっと私の説明が余り適切ではなかったのかなと思っております。というのは、舛添公述人のお話では、いわゆる議論している時間はないんだから、したがってはばっと行く、単純小選挙区制の政権で余り議論をせずにだっと走るのがいいんだというような感じのニュアンスがちょっとあったんでと思ったのですが、説明の過程ではちょっとそれから横道にそれた話が出てきましたので、これは別なときにまたお話ししたいと思いますが、それぞれありがとうございました。  次に、それでは、私の方で地元の方、選挙区の方に帰りましていろいろ話を伺いながら、その中のことをちょっとお伺いしたいと思いますが、今まさに地域の方では政治家と金の問題が大変強く指摘をされておりまして、金丸さんの問題等ではその実態が明らかになるにつれ、もうあきれ果てだというのが実態で、不信というよりもあきれ果てて、一体何をやっているんだ、そういう怒りにつながってきております。今、信なくば立たず、政治がまさにそういう国民の信頼を失った場合には力をなくしてしまう、大変な状況に至っているわけであります。  そこで、それぞれの公述人の方にちょっとお伺いしたいのですが、私も前に椎間板ヘルニアをやりまして、はりというのは非常に効くのですね。そこで、今回の金権腐敗の実態の中でどこにはりを打てばいいのか、そのいわゆるポイントはどこなのか。それぞれ、舛添さん、渡辺さん、高橋さんに、そのポイントは何か、そしてそのポイントをどうすればいいのか、一点ずつ挙げていただきたいと思うのです。

舛添要一国際政治学者

○舛添公述人 私の問題意識は政権交代ということでありまして、最高のはりは社会党が一日も早く政権政党になられることであります。  それは、先ほど来るる申し上げましたけれども、いろんな制度を入れたところで必ず抜け道を考える者が出てくる。それから、まさに今回の裏金の話なんかはそうでありますけれども、それは人間は知恵がありますから、法律の裏をかくことをみんな考えると思います。そして、現実の制度がそう変わらなくて金だけ締めつければ、それは何とかして金を手に入れようとする。だから結局、大金持ちかその裏金をつくる才覚のある人間しか政治に出られないということになってしまうと思うのです。  それを、例えば十年に一遍でいいですから、政権交代という形で、古い制度を崩していく。だから、きのうまでは政権党でいてもあしたはあなたは野党ですよ、今度は、きょうまで野党であってもあしたは政権党ですよ、そういうことになると非常に政治に緊張感をもたらしますから、私の最大の回答は、社会党が一日も早く政権党になっていただくことでありまして、そのために一番早い手段は、先ほどフランスの例を挙げましたけれども、小選挙区制だと私は思いますので、社会党が早く力をつけていただいて、私ばと社会党を応援してきた人間はいないと思いますので、土井たか子内閣総理大臣が生まれることをずっと祈念しておったわけですけれども、なかなかそこにいかない。  だから、力をつけられた上で、そうしたらぜひ小選挙区制へいってください。わずか三割ないし四割の力で政権がとれるのですから、それを私はお願いしたいと思います。

渡辺重範早稲田大学教授

○渡辺公述人 私は、政権交代はもちろんでございますが、公正な競争のルールができること、これが第一であります。その結果、応答能力のある野党をつくること、そして政権交代。一切の問題点は、自民党の一党優位体制からきている。一党優位体制が悪いんじゃない、一党優位の体制そのものが悪いんだ。したがって、それを打破しなければいけない。そのためには、何はともあれ公正な競争のルールを打ち立てる。その結果が多分政権交代に結びつくであろう。今は余りにも不公正であるということであります。

高橋祥起徳島文理大学教授

○高橋公述人 先ほど来申し上げているように、ベストの案はないんであります。しかし、そのはりのつぼも一つだけではなくて二つあることもある。私は、一つはやはり金の浄化の問題とか政治腐敗の問題です。これを第一の眼目に置きたい。同時に、やはり選挙制度そのものを政党本位で、また政策本位で戦えるような制度に変えていく。それは、妥協というよりは、私の表現では、歩み寄りで何とか考えられないのか、この二つのつぼを押さえていただきたいと思います。

大畠章宏日本社会党・護憲民主連合

○大畠委員 あと残り時間九分だということなんですが、今それぞれ御意見いただきましたけれども、それぞれ今後の参考にさせていただきたいと思います。  一番最後の公述人の高橋さんの方から、歩み寄りというお話がありました。先ほど、津島委員の方からもそういう趣旨のお話がございましたけれども、私もこの委員会に属していまして、これまで議論していまして、自民党案の先ほど言いましたように利点、欠点、あるいは私どもの案の利点、欠点、それぞれある。ベストな案はないけれども、何とか合意できる案を今探しておるわけでありますが、先ほど言いました舛添さんの三割で政権とれるんですよということは、これは舛添さんは利点として挙げられましたけれども、私どもはそれが欠点だと思っているわけでありますが、いずれにしても、いろんな考えがあります。  今いろんな各界の方から御心配をされて、こういう形でまとめたらどうですかという案があちこちから出されておりますけれども、それぞれの公述人の方が、なかなかこれは難しい話ですが、どういう形でこの委員会でまとめたらいいか、大体の考え、ポイントがありましたら、参考のために四人の公述人の方にお伺いしたいと思います。

舛添要一国際政治学者

○舛添公述人 例えばこの併用制にしても、二百五十、二百五十という数字にするかということも一つかと思います。ただ私は、連用制よりは二百五十、二百五十とした形での併用制の方がいいんではないかなと思っています。  それから、国民に二回投票所に行かせないといけないということがありますけれども、そういう議論の中で、先ほど申しましたようにフランスの二回投票制も、これは少数政党を排除することになりません、一回目の投票でみんな出れるわけですから、それもお考えになってよかろうかと思います。

渡辺重範早稲田大学教授

○渡辺公述人 私は先ほど、公正な競争のルールの確立、そのためにはもう小選挙区比例代表併用制しかない。ただし、やはりそこは政治は数という側面が厳然として残っております。その点、私はリアリストですから、見たいと思うのですね。  その場合に、妥協の余地は、小選挙区比例代表併用制の方が妥協の幅が広いということであります。その妥協の幅が狭いことによってこの機会を逸してもらいたくないということで、先ほど二百から三百という形を述べたわけでございます。

高橋祥起徳島文理大学教授

○高橋公述人 どういう方法で歩み寄りをするかという問題であります。  先ほど申し上げたように、これは税制改革とかいろんなときにございましたけれども、国会の正式機関の外で各党の合意でやるということも、それも一つの案でございますけれども、こういった議論がおよそ百時間近くあった、その根拠を踏まえてやるということであれば、歩み寄りの接点は、やはり委員会の理事会を中心とした、あるいはまた小委員会とかそういった形で、特命全権大使、相当権限を持った皆さん方おられるわけでありますから、それぞれ有力な党幹部経験者ばかりでございますから、そういった形の中でその席で本体をまとめられて説得をする、そういう方向であるべきじゃないかと思います。

上条貞夫弁護士

○上条公述人 先ほど、どこにはりを打つかという、その問題に関連して二つの点、私の意見を述べさせていただきます。  国民の大多数が望んでいるはり、これは企業・団体の献金を禁止する、汚職腐敗の根源を絶つ、そして効果的な汚職、金権のばっこを阻止する立法をするということ。そうして、八六年の国会決議があるわけです。重要な決議があります。これを尊重して直ちに実施する、この点こそ最大のポイントであります。これが第一の柱です。  それからもう一つ申しますと、私はこの委員会でもう一つ大事なことは、議論の焦点を本筋に戻していただきたいということであります。冒頭に申しましたように、どうして中選挙区制を、現行の制度を廃止することがスタートラインにならなければいけないのか、何らの説明はなされておりません。選挙制度を議論するということは議論としてあり得る。でも、この現行制度を廃止することがなぜスタートラインにならなければならないのか、何ら説明はされていないのです。ですからこういう、根拠もなくまず中選挙区制廃止を前提にした議論を進めて、そしてどの選挙制度がいいかという、そういう制度論争をやることは、これは国民の願いに対してずれてしまう。私はこの点、議論を本筋にぜひ戻していただきたいと思うわけであります。  以上です。

大畠章宏日本社会党・護憲民主連合

○大畠委員 今の上条公述人の話ですが、私はこの委員会で、これからどういう形でこの委員会の中で激突しているものをまとめていったらいいかという趣旨で話を伺ったのですが、ちょっと趣旨が違いましたけれども、まあそれぞれの御意見があるのでしょう。しかし、やはり民主政治、みんなで議論をしながら、それぞれの意見を持ち寄りながらどこかで合意点を見出して、そして国民の期待にこたえなければならない。そういう意味では、この場でいろんな議論がされるということは大変いいことだと思います。  私自身、今企業・団体献金の禁止の問題がありましたけれども、私も同じ感じでこの問題に取り組んでまいりました。しかし、なかなかこの実態もございますので、そこら辺の中でどこまで詰められるか。激突して終わるんだったら、それでいいのかどうか。そういうことから考えますと、この委員会の中でとにかく合意を見出さなければならない。そして、そのために一生懸命私たちも行動している、あるいは考えてきている、そういうこともぜひ上条公述人にもわかっていただきたいなと思います。  ちょっとまだ時間がございますが、最後に、実は今回の法案の中で、自民党案も社公案も公的な助成をしていただくというのが入っております。税金を使うわけでありますから、それなりのきちっとした体制が必要だということで、それぞれ税理士さんの監査あるいは公認会計士のチェックというものが入っておりますが、ちょっと国民の目から見ますと、それでいいんだろうか、もっときちっとお金の出入りを明確にすべきじゃないかというような御意見も出されております。  そういうことから、この公的助成で約三百億というお金が政党で使われるという、この法案、いずれの案が通ってもなりますので、そこら辺、大変時間がなくて申しわけないのですが、舛添公述人と渡辺さんの方からそれぞれ御意見がありましたらいただいて、終わりたいと思います。

舛添要一国際政治学者

○舛添公述人 政党助成の問題、今おっしゃいましたように三百億円のお金を使うわけですから、やはり国民が納得できるものでないといけないだろうと思います。したがいまして、その監査の制度、これはだからできるだけやはりガラス張りにしてわかるようにする。  ただ、私自身は、そういうことをやる前に、基本的には自由ということを先ほど来申し上げておりますので、いろんな人が献金という形を含めて政治活動を支えていくということが前提であって、しかしそれでは足りない、それでは余りにかかり過ぎるということで政党助成法というのは出てきているわけですから、それが本末転倒にならないことだけを注意していただけば、あとは政治家の先生方の自覚と有権者の自覚が高ければ、それでいかようにでも運用できるというふうに思っています。

渡辺重範早稲田大学教授

○渡辺公述人 私は、先ほど申し上げましたように、やはりこの段階に至った以上、政党に対する助成、公費補助は必要である。それはあくまでも、なかなか話題に上りませんけれども、前提として、初めから公正な競争が成り立たないんじゃないか。したがって、公正な競争を成り立たせるためにはある一定の補助を行う。しかし、その出の部分に関しましては十分に国民にわかるように説明していただきたい。できれば、もう外じゃなくして国会内部に、そういった政治資金委員会なるものをつくっていただきたいというのが趣旨でございます。

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 倉田栄喜君。

倉田栄喜公明党・国民会議

○倉田委員 公明党・国民会議の倉田でございます。  私、四つの点について公述人の方にお伺いをいたしたいと思います。二十分間でございますので、その点も踏まえてひとつお答えをいただければと思います。一つは、政権交代が起こる確率の比較の問題でございます。もう一つは、先ほど舛添公述人からありました、迅速かつ的確な意思決定が必要である、この点について。それから三つ目は、渡辺公述人がお述べになりました、いわゆる連用制の溝の問題。四つ目が、五百という小選挙の区分の問題についてお尋ねをいたしたいと思います。  まず、政権交代が起こる可能性の問題について舛添参考人は、自民党案の単純小選挙区制度の方がいわゆる政権交代の起こる確率が高いのではないのか、このような御意見であったかと思いますが、私は必ずしも単純小選挙区制度の方が、確かに三割の得票率で政権がかわっていく、いわば風によって政権交代が起こり得るということは認められると思いますけれども、しからば社公案に比べてその確率が高いと言えるのかどうか、この点については必ずしもそう言えないのではないのか、このように考えておりますので、この点は舛添公述人の御意見はもうお述べになっておられますので、渡辺公述人、高橋公述人、お二方にお伺いをいたしたいと思います。

渡辺重範早稲田大学教授

○渡辺公述人 私は、この小選挙区制というのを、これはやはりその国の内情によるわけでありまして、したがいまして、本当にそのオルターナティブを出し得るような、かつ私は得票率三〇%というのを常々主張しておりますけれども、そのような応答能力のある野党が存在する場合には、当然これは小選挙区制においても政権交代の道は開かれるし、多くなるだろう。  しかし、現実の問題といたしましては、どう見ても日本においては政権交代の道は、先ほど言ったようにこの小選挙区比例代表併用制のもとで段階を踏まざるを得ないのではないか、このように考えております。したがって、現実問題として、本当の意味での政権交代は小選挙区比例代表制の段階を踏んで行われるしか道がないだろう、こういうふうに考えております。

高橋祥起徳島文理大学教授

○高橋公述人 制度を変えたからといって政権交代がなるというものではないと思うのです。今お話にありましたように、一つは各政党の対応能力がどうなるのか、本当にその民意を吸い上げて、国民のニーズを吸い上げて自分の政策として実現していくのかどうか、場合によってはそのときに綱領を変え、あるいは党則を変え、憲章を変え、やっていくのかどうか、その対応能力の問題、これが一つ大きくあると思うのです。  それから、第二の点としては、小選挙区だからというのであれば、さっきも申し上げたように、アメリカの下院は一体どうなのか、民主党が長期間続いておる。あるいはまた、最近の長期にわたるイギリスの小選挙区制の中での保守党の優位体制の続き、去年もあわやというところでやはり継続が決まったということでございます。しかし、八九年の日本の消費税、農政、そしてリクルート、また首相の女性問題、四点セットのああいうときのことを、まあ参議院の例でございますけれども考えると、やはり小選挙区制的なものは確かに反映をするということもある。それはやはりそのときの状況だと思うのですね。比例代表の方であっても、政権の交代はもちろんあり得るというふうに思います。しかし私は、だから政権の交代というのは、各党の努力の方をむしろ重視をしたいというのが考えでございます。

倉田栄喜公明党・国民会議

○倉田委員 それから二点目でございますけれども、これも実は舛添公述人のお話の中からお伺いをしておるわけでございますが、舛添公述人は今回の政治改革の必要性に関して、一つは政権交代である。いま一つは、いわゆる国際社会、構造的変化が起こる中で、日本も迅速かつ的確に意思決定をする必要がある、そういう意味でも選挙制度を変えなければいけない、こういう御意見でございました。  そこで、迅速かつ的確に意思決定をする必要がある。これは先ほども大畠委員の方からも御質問があり、議論をすることは必要である、このようなお話でございましたけれども、私自身は、確かに迅速かつ的確に意思決定をする必要がある。これは、選挙制度の問題ではなくて、いわゆる先ほどお話の中にもありましたリーダーシップの問題なのではないのか。つまり、国会で適正、的確にどこまでの民意を反映するのかというのは問題あると思いますけれども、少なくとも国会に民意を反映していかなければいけない、その反映をされた国会で議論をする、そしてその議論を集約する、その決断をするのがいわばリーダー、リーダーシップの問題である。  このリーダーシップの問題で、例えば迅速かつ的確にできなかったという御批判があるのかもしれない。その批判のもとに、あるいはいっぱいいろいろあり過ぎてそれがなかなか難しいというのであれば、それはやはり議会の運営の問題であり、あるいはまさにそのリーダーがみずからの責任を賭して決断をするという問題なのであって、そこをしやすくするためにその選挙制度、あるいは五一対四九であれば、先ほど代表というお話も私はそのとおりだと思いますけれども、少なくともまあ五一で、その人たちは四九も持ってきているのですよという御意見もありますけれども、四九を切り捨てるような形でいわば民意を迅速かつ的確に反映するという、それを選挙制度に持ってくるのはいかがなものか、こういうふうに私は御意見をお伺いしながら思いました。  そこで、その点について舛添公述人に補足をしていただければ。また、私が今こう申し上げた点について、それぞれ渡辺公述人、高橋公述人、舛添公述人のお話も踏まえられて、どのようにお考えになるのか、それぞれお答えをいただければと思います。

舛添要一国際政治学者

○舛添公述人 倉田委員がおっしゃるとおりでありまして、本質的には内閣総理大臣が的確なリーダーシップを迅速に発揮すればそれで事が済むわけでありますけれども、ただ、それだけではなくて、おっしゃるとおり委員会の、国会の運営の問題を含めてたくさんあると思います。ただし、国民にとって選択肢をわかりやすくするという意味では、小選挙区制に基づいて、それはがっちりした形でなくても結構ですから、大きな二つの意見の対立があった方が、政策提示をしてオルターナティブの中から選びなさいというときにはわかりやすいのではなかろうか。  現実に、例えばそういうことは消費税のときにも起こっているわけでありまして、消費税、イエスかノーかで。PKOについて言うと、行くか行かないか、そういう選択肢になるわけで、ただその行くに際してはどういうふうにして自衛隊を送るのであるか、そこでいろいろな条件をつけた。しかしその条件づけの過程において、まあ悪い言葉で言えば、妥協をするためにいろいろなところで無理があったのが今日のそういう事態になっているのではなかろうか。  ですから、一〇〇%これがよくて一〇〇%こちらが悪いということではなくて、そこはいかなる制度であっても運用次第でありますけれども、むしろ今までの日本の政治に多党化以来欠けていたものは、そういうオルターナティブということの概念ではなかったのであろうか。そういう点からあえて申し上げましたので、内閣総理大臣のリーダーシップを含めて、すべての問題がそこにかかわっているということについては全く同意見であります。

渡辺重範早稲田大学教授

○渡辺公述人 リーダーシップの問題は、やはり政治家それ自身に帰属する一つの場面が非常に多いと思いますね。  小選挙区比例代表併用制の西ドイツにおきましても、コンラート・アデナウアーあるいはビリー・ブラント、もう本当に傑出したリーダーシップを持った人が出てきているわけでありまして、しかしまた、その小選挙区制でかなり圧倒的な多数を占めたとしても、つまりその内閣と、そしてその与党内での執行部との意見の分裂によって、リーダーシップが及ばないというときもあるわけですから。したがって、そのリーダーシップという問題は、やはり政治家それ自身の資質にもよるだろうと思います。しかし、やはり小選挙区制だからリーダーシップがとれる、あるいは小選挙区比例代表制だからそれが少しぼやけるというような論理は成り立たないだろうと思います。  なぜかと申しますと、そのドイツにおきましては、小選挙区比例代表併用制のもとでありますけれども、やはりこれはまずもって首相とそれに対する反対党の首相候補者との戦いである、その中で当然その政策も論ぜられる。そして、かつ先ほどから申し上げております、何か選挙が終わってから連立がある。現在のドイツの選挙はそうじゃないのですね。もう初めからどこと連立するかを明確にしなければ、国民が納得しない状況であります。したがいまして、小選挙区比例代表併用制のもとでは、連合の形態が選挙の後であるという形は承服しかねると思います。

高橋祥起徳島文理大学教授

○高橋公述人 選挙制度の問題とリーダーシップ、政策の決定ということでございますけれども、私はリーダーシップ、特に総理大臣とか党首とかいう面については四つぐらい要素があるのじゃないか。第一の問題は政策立案能力、同時に第二は見識、三番目にパワー、四番目に志、本当に政治をきちんとやっていこうという志、お志ではなくて志という、この四つが要素としてあると思うのですけれども、そういったリーダーが本当の意味のリーダーシップを発揮をするということは、小選挙区制であろうが比例代表であろうが、それはそのときの状況と各党の候補者の決め方とか、そういったことで私はおのずから決まってくるというふうに思うわけであります。  ただ、今のような政界の状況ということであれば、なかなかそれが生まれにくいという問題があります。特に、このPKOの問題について、私は、あのときにはやはり与党、野党ももう少し文民の問題、選挙監視要員とかあるいは警察官の問題とか、そういったことを含めて、自衛隊のことだけではなくて、もっと幅広くやるべきであった。そういう意味では私は、舛添さんがさっき言われたような、早く決めてしまおうということではなしに、時間をかけて議論をするということは、それはむだじゃない、やるべきだと思うわけであります。リーダーシップを発揮して早く決めるというのではなしに、細かく項目を分けてやるということも、またこれもなかなか決めないという意味のリーダーシップということが、総理・総裁とか党首にはあると思うのです。そこをお考えいただきたい。

倉田栄喜公明党・国民会議

○倉田委員 ありがとうございました。  三点目でございますが、これは渡辺公述人の御意見の中にあった点でございますが、渡辺公述人は連用制に触れてのお話だったのだろうと思うのです。いわゆる連用制が小選挙区で勝った政党にハンディをつける、ドント式で小選挙区で勝ったプラス一を加えて割るという、この点についてのお話だったと思うのですが、これは渡辺公述人は、溝をさらに深くするものである、いわばこの部分は偽造みたいなことをおっしゃっておられました。この点は、確かにいろいろ考え方はあると思うのです。これは結局比例代表ということに戻るのではないかという御指摘もあったと思いますし、私自身は、それは溝を深くするということではなくて、まさに民意をより的確に反映をする、溝を埋めていく、こういう工夫なのではないのか、こういうふうに考えておるわけでございます。  もし溝の点を言うのであれば、例えば、単純小選挙区制度で三乗比の法則を認められるかどうかということはあると思いますけれども、いわばつくられ過ぎる多数、これが偽造なのではないのか。そうだとすれば、この連用制における工夫というのは、決して溝を深くするものではなくて、私は溝を埋めるものではないのか、このように考えるわけですが、この点について渡辺公述人に補足があればいただいて、そして、この点は高橋公述人あるいは舛添公述人、それぞれ御見解あると思いますけれども、この点についてはどんなふうにお考えになるのか、お伺いをしたいと思います。

渡辺重範早稲田大学教授

○渡辺公述人 私は、それであるならばなぜ比例代表で、例えば二百なら二百の議席を選出するのかという根本的な問題が出てくるだろうと思うのです。そして、元来、制度というのは、今日言われている言葉で併用であれ並立てあれ連用であれ、二つの民主主義の考え方、それを代表しているものですから、もともと違った民主主義に立つ考え方ですから、それを二つに合わせれば、併用制であれ並立制であれ連用制であれ、どこかにきしみが出てくるのです、これは。  では、その中で一番摩擦が少ないのは何かということで、私どもはこの併用制と言っているわけでございます。そういたしますと、では比例代表で選ぶ、それなのになぜこの小選挙区議席で獲得した議席数にハンディをつけてやるのか。それはどちらに移るのであれ、これは厳然として出てくる、形の上で異なった形として出てくる国民意思をこれはやはり変容することになるのではないかというふうに思うわけですね。したがって、溝をさらに深めるだろう。もしそれをやるくらいなら併用制でもって、そこで連用制で言われている事柄のほとんどすべてが、運用の仕方そしてさまざまな選択の仕方によって私は出てくるというふうに思うのでありますね。そしてまた、そのような連用制のもとでは、私の持論でありますけれども、野党であるという事実に満足する政党が余りにも多くなるのじゃないかと思うのであります。  したがって、どんな小さな政党であれ、行く行くは、最初は野党たることを意識し、そしてさらに政権担当というのが私の意見でございまして、その点からも連用制はとり得ないというふうに思います。

高橋祥起徳島文理大学教授

○高橋公述人 連用制については、コメントをしようと思って私は民間人の臨調の方に、三人の方々に詳しく合わせて四時間ぐらい伺ったわけであります。しかし、結局私は、いろいろなバリエーションの中の一つの参考意見として用いるべきであって、連用制を何か一つの金科玉条としてやっていくということについてはいかがなものかな。一つの参考意見として、それはワン・オブ・セムとして、推進の中の参考資料ということでやっていった方がいいのかなと。細かいことは省きます。

倉田栄喜公明党・国民会議

○倉田委員 それでは、もう時間がなくなってまいりましたので、最後に、いわゆる自民党案の単純小選挙区制度でございますけれども、いわゆる五百の選挙区に分けるということが、一票の価値の等価値性を追求しながらやっていくと相当無理が出てくるのではないのか。例えば同一市、あるいは場合によったら同一区の中で線を引かなければいけなくなる事態が出てくるのではないのか。  私は、本来ならば区割りというものはそれぞれの地域的な歴史的な地域のまとまりというものを生かして、そしてそこに一票の価値を置いて、そこからある意味では議員数というのが出てくるべきなのではないのか。五百という数がまず先にあって、それで区割りをしていくということは非常に難しいとも思いますし、また、言論界におられる舛添公述人から見れば、これはいろいろ選挙調査するについても、なかなか無差別にアンケート調査するのが非常に難しいのだろう、いろいろな問題が出てくるのだろうと思うのです。  そこで、五百という区割りの問題について舛添公述人、どのような問題意識を持っておられるかどうか、最後にお伺いをして、私の質問を終わりたいと思います。

舛添要一国際政治学者

○舛添公述人 おっしゃるとおり各地域の特性がありますし、そういう点は配慮して区割りをやらないといけないということでしょうけれども、それじゃ五百にするのか三百にするのか、そもそも議員の定数というのは幾らあったらいいのかというのは、ほかの観点からもできるわけで、その五百人という数が多いという意見もありますし、いや諸外国に比べれば、国民の例えは十万人当たりの議員の数は必ずしも日本は多いと言えない、いろいろな観点から議論ができると思いますので、そこはもうどこかで妥協して数字を決める、それしかないと思います。  後は、識見の高い区割り委員の方々にお任せして、地域の事情もちゃんとできるだけ反映した上で区割りをやっていく。例えば、ある地域によっては三で割った方が、現行の中選挙区制を三つで割るとうまいぐあいに割れるのだがな、しかしこれを二で割らないといけないかもしれない、四で割らないといけないかもしれない、しかしそこは思い切ってやらない限り改革というのは一歩も前に進まないのじゃないかな。みんなが地域の事情ということにすがりついていたならば、結局保守的な改革しかできないのじゃないかな、そういうふうに考えています。

倉田栄喜公明党・国民会議

○倉田委員 以上で終わります。ありがとうございました。

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 木島日出夫君。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 日本共産党の木島日出夫でございます。  私の持ち時間はわずかに十五分だけでありますので、上条公述人から三点についてお聞きをしたいと思います。  公述人は、百年前のヨーロッパ大陸の選挙制度についてお触れになりまして、小選挙区制から比例代表制への大きな転換が図られたとお述べになりました。公述人が著されました「選挙法制と政党法 ドイツにおける歴史的教訓」という出版物の最初にもそのことが触れられております。「いまから約百年も昔の選挙制度論議は、その後の歴史をつうじて、基本的に決着がついている。現在の時点で小選挙区制を導入することが、いかに時代錯誤であるか、またそれが比例代表制とセットになっても基本的な不合理は変わらないこと」を述べられております。そして、「とりわけ注目されるのは、当時、比例代表制への移行過程のなかにあらわれた選挙制度の議論が、今日のわが国の選挙制度改定をめぐる議論と、少なからず共通の論点をもっていることである。」とお述べになっております。  そこで、百年前ヨーロッパ大陸における小選挙区制から比例代表制への大きな歴史の流れに当たって、どういう論点が特に中心的なポイントとして闘わされたのか、参考になると思われますので、五分ぐらいで公述していただきたいと思います。

上条貞夫弁護士

○上条公述人 お答えいたします。  私、参考にしましたのは、一九〇九年にドイツで著されました有名なエルンスト・カーンの著作、それから一九三二年に著されたのですが、カール・ブラウニアスの詳細な各国の選挙制度の分析、これをもとにいたしました。  この当時、ちょうどこの前の九〇年二月の選挙のときに、あの五月十六日の未明に放映されたテレビ朝日の番組「激論選挙制度と政治改革」、この中での唯一の一人区、奄美群島区の徳田虎雄議員の発言がありますが、全く同じことがもう百年も前から繰り返されていたということを、ブラウニアスがこう言っています。「わずか一票の差で当落がきまるから、」「選挙戦は、きわめて異様なはげしさを増す。」「贈賄も、票の売買も、強制も、その他ありとあらゆる、もっとも唾棄すべき手段が横行する。選挙戦は非常に狂暴化する。こうして選出される議員は、いわば選挙民の特使として、自分の選挙区の要請だけを考え、国民全体の利益を忘れる。しかもまだ、能力が乏しくても地元の選挙区に強い地盤のある者は、地元につながりのない卓越した政治家よりも、選挙では優位にたつ。」  エルンスト・カーンの指摘がこうあります。「政党もその候補者も、他の党派の支持者の票を獲得するためには、本来の党の綱領や基本政策と矛盾する選挙めあての公約を、かかげなければならない。」実現不可能であっても、矛盾していても、あらゆる人に「受け入れられるような公約に、ならざるをえない。そこで党の選挙政策は、しばしば、どのような解釈も可能なように、意図的に、できるかぎり一般的で曖昧なものになる。みずからの公約・方針の中身を最小限度しか明らかにしない、まさにそういう候補者が、しばしば多数の票を獲得して当選する。候補者の誠実さが失われ政治の品位が傷つく。」これが指摘であります。  議論としては当時、安定政権、二大政党という議論がありました。これについて、例えば比例代表制で政権が不安定になる、そんなことはない。エルンスト・カーンはこの点、フィンランドの例、スイスの例、そしてドイツの一部の都市で市議会に比例代表制が導入されたヴュルテンベルクとハンブルクの例等を指摘をしております。  それからもう一つ、平等の原理ですね。一人一票という数の上での平等というのは昔から言われてきました。しかし、それは実際に立法に影響を与えることができるかどうかという、票の価値、効果の平等とはほど遠い。この点をエルンスト・カーンは詳しく分析をしたわけであります。「小選挙区制では、すべての選挙人は議員の選出のために協力する、その努力をすることについて平等であるにすぎない。その努力の効果(エアフォルク)は、保障がない。比例代表制では、すべての選挙人は、可能なかぎりその努力の確実な効果を、最初から保障されている。このような実情から、選挙人の平等という思想は、比例代表制においてこそ首尾一貫して実現されるものといえよう。」この実質的平等の原理、これは現代にも受け継がれていることをつけ加えます。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 二つ目でありますが、先ほど公述人は、一九四九年、西ドイツにおきまして小選挙区比例代表併用制が導入されたいきさつについてお触れになりました。小選挙区制を強硬に主張したCDU・CSUに対して、比例代表を強力に主張したSPDその他の野党の主張が闘わされ、大変な激論が行われた。そして、妥協の産物として併用制が実施された。  先ほど私が引用しました公述人の論述の中に、「いまから四十年余り前の、戦後ドイツの民主政治のあり方をめぐる憲法制定審議会での論争を振りかえってみると、そこには今日のわが国にも共通する論点が、いくつも浮きぼりになることを知る。そして、重要なことは、当時すでに、CDU/CSUの小選挙区制導入・民意集約・政権交代・二大政党、等々の主張は、CDU/CSUを除く他の、ほとんどすべての党によって、十分に論破され、論争は決着がついていたことである。」このように明確に論述をしております。  やはり四、五分なんですが、その西ドイツの制憲審議会において小選挙区制が論破され尽くされて、比例代表が基本的には採用された、妥協の産物として併用制になったということでありますが、その議論の中心点をお述べいただきたい。

上条貞夫弁護士

○上条公述人 私が資料として用いましたのは、一昨年の統一後初選挙を自由法曹団で調査に参りました。そのとき、在独の日本の研究者の方々の協力を得て、貴重な資料が手に入ったのです。ある大学の図書館にある、まさに四十四年前の選挙制度審議会、ここで議論された生々しいドキュメント、これをグドゥルン・ジュトルテンベルクという研究者が一九七〇年に詳細な論文にまとめております。これを読むと、審議経過は手にとるようにわかりました。もう一つ、一九七五年に出版されたエアハルト・ランゲという、この歴史を詳細に分析をした、掘り下げた著作があります。  これをもとにして振り返ってみますと、なるほどここでも今日につながる民意集約、政権交代、二大政党等々の主張が議論されました。全部論破されたのですが、その中で念のために、時間の関係で一点だけ、いわゆる民意集約という議論について、どういう議論があったのかということを、その当時の審議会の生々しい議事録から要約すると、こういうことになります。  当時、イギリスを中心とする西側占領軍当局からバックアップされていたキリスト教民主・社会同盟に所属する委員たちは、比例代表制を廃止して小選挙区制を導入すべきだと強調する論拠に、国会は民意の反映ではなくて、民意の集約だという議論を持ち出しました。いわく、有権者の意見の総意を集約し、小政党を大政党に集約して国会に安定した多数派を形成することが必要だ、選挙とは本来そういうものでなければならない、そうでないと、小党が分立して、国会が機能麻痺になって、ワイマール共和国が崩壊したんだと、この議論でした。  ワイマール共和国の崩壊が比例代表制のせいだというこれに対しては、当時、キリスト教民主・社会同盟以外のすべての党派の全国から選ばれた委員たちは、身近にワイマールを経験し、ナチスを経験してましたですね。全然事実に違うということで、これはもう一刀両断、事実を挙げて粉砕いたしました。  もう一つ、この審議会では、キリスト教民主・社会同盟が、いわゆる集約論においても他のすべての党派から論破された。他のすべての党派というのは、社会民主党、共産党、そして自由民主党、それから中央党なのであります。ここでこう言っています。ここから引用しますのは、その多数意見を要約するとこうなります。  「現実に国民の政治意識は、さまざまに分かれている。したがって、すべての政党が選挙で投票された票数の力に比例した数の代表を国会に選出することができるとき、また、このようにして選出されたすべての議員が多数意思と少数意思の形成に参加する機会を持つとき、そのとき初めて、国民のあいだのさまざまな政治意識が、真の多数意思と少数意思に集約される。選挙の原則は平等と公正であり、すべての投票には、数的価値の平等と効果の価値の平等が保障されなければならない。選挙は、本質的には、民意の集約一インチグラチオーン)ではなくて、国民の代表の選出(レプレゼンタチオーン)である。国会は、国民のさまざまな政治意識を鏡のように写し出すものでなければならない。」ということです。そうして、「小選挙区制は、まったくただ、大政党を利するだけ」結局、この大政党に投票する意見を持たない、少数党に投票する人たちは、政治的な故郷を失ってしまう。心ならずも大政党に投票するか、あるいは棄権するかになってしまう。  この中で、ちょっと時間がありますので、私は多数意見の、その代表的な意見を一つ、これは社会民主党のハイランド委員の発言要旨を紹介したいのです。今日にも通ずる本質をついております。「国会を鏡にたとえるとき、そこに写し出される政治の姿は決して美しいものではありません。しかし、そこに真の政治関係が写し出されるとき、国会は、はじめて、すべての党派の「開かれた討論」のうちに明快な政治関係が創り出されるのです。すべての政治グループの参加する討論を必要とする民主主義こそ、「強力な民主主義」なのであります。」この原理論、つまり、国政選挙は国民の代表の公正な選出であって、民意の集約ではない、この原理論はこの時点で決着がつけられました。  この歴史に刻まれた原理論の到達点こそ、時代を超えて共通のとうとい価値を持つものであります。歴史に学ぶ点はこの点であります。この原理論が、やがて占領政策絡みの党利党略の政策論によってゆがめられて、その妥協の産物として独特の小選挙区比例代表併用制がつくられました。ここに出発点の問題があったわけであります。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 ありがとうございます。  そこで三点目でありますが、公述人は、一昨年統一ドイツに赴きまして、実際に現地において併用制がどのような役割を果たしているのかを調べてこられた。大変すばらしいことであったと思うわけであります。そしてまとめられた「選挙制度と民主主義」という「統一ドイツ選挙調査報告」、私も読ませていただきました。  時間がありませんので、端的にお聞きします。そこでは、端的に言いまして併用制、この本質は比例代表制であると言われながら、実際に選挙の現場では小選挙区制の問題が前面に出てくる、やはり小選挙区制効果と言われるものであります。そこで、その具体的な実態について、選挙運動の実態、CDU・CSUがどうであろうか、SPDがどうであろうか、そして緑の党がどういうことをこの制度に対して言っておるか。そしてまた、主権者であるドイツの有権者がこの制度に対してどういうふうに受けとめているか。あと三分ほどありますので、恐縮でありますが、お述べいただきたい。

上条貞夫弁護士

○上条公述人 九〇年十一月二十九日の「南ドイツ新聞」が、この制度についてヘリベルト・プラントルという人の論説を載せております。驚いたことに、四十年たってもドイツ国民の有権者の三四%が、第一投票と第二投票と分かれて、第二投票が政党を選ぶ票であるにもかかわらず、第一投票が決定的で、それが政党を選ぶ票だと誤解している、これが事実であります。  それから、もう一つ。決定的なのは、私たちは、キリスト教民主同盟のボンの本部あるいはボンの選挙区事務所、あるいはキリスト教社会同盟のボンの本部に行って調べました。聞いてみますと、どこでも押しなべて、小選挙区の議員をどう確保するか、その日常的なつながりをどうするか、そこの基盤を重点にしなければ選挙は勝てない、こういうことを繰り返し言っていたわけであります。例えばバイエルン州のキリスト教社会同盟の選挙担当者は、常時五〇%以上の得票を得ることができるのも、ほとんどすべての小選挙区で議席を獲得して、小選挙区選出の議員が地元で日常活動をしている、こういうことを語っております。まさに有権者の現実の意識としても、それから選挙対策本部の人たちの現実の選挙運動のポイントとしても、まさに地元の、直接の基盤を持つ、つながりのある議員をまず押し出す、ここを中心にしてそして得票率も上げていく、これが共通した方針になっておりました。  時間の関係で、緑の党等について一言触れますけれども、選挙政策でありますけれども、したがってどうしても、例えばキリスト教民主同盟のボンの事務所で聞きますと、ボンに対する政策、これが真っ正面に出るのです。当時、湾岸戦争に対してNATOの域を超えて派兵するかどうかが我々から見れば大論争になっていましたけれども、それは後ろに退くか消えるのですね。  それから例えば緑の党、これは百七十八万票の得票を西ドイツで得ながら、例の五%条項のために議席がゼロにたたき落とされた。非常に不合理な選挙制度なのですけれども、ここでは、小選挙区ではとても勝てない、しかしこの湾岸戦争に一体派兵していいのか、これはノーと言え、こういう、本当に平和を願う要求を徹底して行っておりました。ですから政策の上でも、地元中心がそれとも国民の共通の利益が中心に出るのか、これは百年前にカーンやブラウニアスが言ったことと一その意味では共通の問題が出てきてしまうということであります。  以上です。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 時間の関係でほかの三人の公述人に質問できなかったことをおわび申し上げまして、終わります。

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 高木義明君。

高木義明民社党

○高木委員 私は、民社党を代表いたしまして、公述人の皆さん方に心から、ただいまの貴重な意見をいただきまして参考になりました、感謝を申し上げます。  さて、私はまず舛添公述人の御見解をお聞きをしたいと思うわけでありますが、私は、政権交代可能な政治基盤をつくる、このことは全く賛同でありまして、何よりもそれが政治改革の大きな眼目であろう、このように存じております。そこで、広い立場からお話がありましたが、その中で、政治と金についてでありますが、私は、政権を目指そうという政党であれば、やはり選挙区に候補者を立てて戦う、まずこれが何よりも最も大切な要件ではなかろうかと思っております。現実大変厳しい面があるわけでありますが、私はそれが基本になろうかと思っております。  そういう意味で、今の現実を見てみますと、やはり選挙に金がかかり過ぎるという事実もあるわけであります。先ほど舛添公述人から、例として北海道の選挙に約十五億かかる、したがって、そのことが理由じゃないのでしょうけれども御辞退されたということをお聞きをしましたし、イギリスの例をとって、今百五十万だ、一〇〇〇対一、日本とイギリスの選挙費用がそのようなものだというふうなことが述べられました。いろいろありまして一概に比較はできないわけでありますけれども、どうしてこのように違うのか、違い過ぎるのか。  これは我が国の政治風土にも起因することがあると思うのでありますが、まさにここから私たちはどのような方向を目指していくべきなのか、こういうことでいろいろ政治改革特別委員会の皆さん方も熱心に御論議があってきたわけでありまして、それは私は敬意を表するわけであります。したがって、私は、制度だけでこのようなことを変えることが可能であろうか。節度を超えたサービス合戦、サービス合戦というのは私は選挙には多かれ少なかれつきものだと思っておりますが、この節度を持ったサービス合戦が果たして可能であろうか、こういうことに大きなポイントが出てくるのではないかと思っておりますが、この観点についてどのようにお考えであろうか。  このお尋ねにつきましては、渡辺公述人、高橋公述人、御三方にそれぞれお願いをしたいと思います。

舛添要一国際政治学者

○舛添公述人 高木委員のおっしゃるとおりで、制度を変えればすべてが片づくとは思いませんし、例えば民社党が提案しています選挙改革案ですね、都道府県別、あれも非常にいいものがあると思いますけれども、私は、例えばあれが大変大きな選挙区になるということで、金の問題で少し問題かなということを申し上げておるわけですけれども、そのサービス合戦云々についてイギリスの選挙と私の北海道の選挙というのを比べて申し上げますと、やはりイギリスに行って私は感動しましたのは、百五十万円という上限のお金、これは党が払うわけでありまして、それから戸別訪問を許しております。  三党の、つまり保守党と労働党と自民党の候補者について歩きましたけれども、みんなが自分の政策を書いたパンフレットを持っていって戸別訪問していく。何が必要かというと、各候補者が必要なのは靴ですね。靴が四足か五足、戸別訪問しますからだめになる、それだけあればいい。そして、例えば票をお金で買うなんというようなことを、票の売り買いなんということを有権者もやらないし、そういうことが国民の意識としてできないようになっている。  これまた北海道の例を挙げると、十五億円かかります、しかし君、半分で済む手段があるよ、飲み食いさせなきゃ半分で済む。ということは、逆に言うと飲み食いさせないと票が入れてもらえないということでありますから、これはもう一に政治家だけの話ではなくて、有権者の意識改革の問題であろうかと思いますから、こういう委員会の場で議論を皆さん方含めてなさるということがその国民の意識改革につながれば、それは大変結構なんで、最終的には国民一人一人の自覚で、票をお金で買おうという議員は落としますよというようなことがあればいいんだろうと思います。  したがって、そういう意味からも、私は小選挙区制ということを申し上げたのは、政策中心で、そして選挙区が小さければ靴が何足があればいいんで、何億円の金もかからない、そういうことから申し上げて、そういう制度面からもできるだけバックアップしていって、しかし最後は、おっしゃるとおり、意識の問題に尽きるだろうと思います。

渡辺重範早稲田大学教授

○渡辺公述人 私は、一九七五年の政治資金改正法のときと全く政策決定過程が変わり、その点に問題点があるのと、やはりこの問題も、社会の変化に合わせて考えていくということが非常に必要なことだと思いますね。そのために、どう見ても今日の中選挙区単記投票制というもとにおいては、やはりほかの選挙制度と比べて金のかかる要素というものが非常に出てくるということは、またこれは歴然たる事実であろう、こう思うのですね。これに関しまして、やはり制度の面と意識の改革、二つの面からやるべき必要性があると思いますね。  一八八三年のイギリスの腐敗防止法の場合、やはりあの制度による影響も非常に大きいわけでございます。しかし問題は、政治である以上、政治家の金の入りだけの問題ではなくて、出はどうであるのかということが極めて大きな問題になってくるわけであります。その点に関しまして、国民というのは、どうせ政治には金がかかるだろうという考えを持っておりますが、政治家がどのように金が出ていくのかということに関しましては、そう明確に国民一般として持っているわけではないと思うのであります。その点に関しまして、やはりきちっとした国民に対する啓蒙運動が必要であると同時に、まさしくその政治家の金の出の方面、その国民の方の意識の問題というものが重要だと思います。  その二点から、ちょっと時間がかかりますけれども、こういった地味な努力も必要ではないか。しかし、それだからといって、制度による一つの抑制作用ということは、やはり外科的治療としては必要なことではないかというふうに考えております。

高橋祥起徳島文理大学教授

○高橋公述人 もう言い尽くされたことでございます。私は追加するものは余りないんでございますけれども、しかしサッチャーさんに直接私も伺って、御自分の選挙は一万ポンド、一ポンド二百四十円として二百万円少々というふうなことを直接伺ったわけでありますけれども、十一年間務めてメージャー首相にかわったときに、ダウニング街十番地の普通のロンドンの六十歳ぐらいのおばさんが二人、花束を抱えて、その花束がまた非常に薄汚れたと言ったら悪いのですけれども、きれいな色じゃないのですね。それで古い新聞に抱えている。サッチャーさん御苦労さん、涙を流してサッチャーさん、こうやっている姿。  日本に帰ってきましたら、大臣就任ということでありますと、六本木の○○花店とか、あるいは千代田区の○○花壇とか、いろいろなことで同じ花束でも一つ数万円といったようなものが、何とか銀行頭取とか何とか建設の社長とかというふうな名で来る。やはり有権者の問題、またその権限と、いわゆる族議員の問題とかということがあると思うのです。私は、これは政治家の方々も気の毒だと思うのです。野党の方までそういう要望がある。私たちも、自然に、知らないうちにそういうことを親類関係やっているかもしれませんけれども、しかしそういった意味での選挙教育ということ。  それに、進めないといけないのは、余りにも今は制限、制限、制限ということで政治を離れさせている。もう少し一緒に、さっき申し上げたように、サッカーのJリーグでグラウンドの中へ入っていって一緒にやるというふうな若者がそんなことをやれば、少しは変わってくるのじゃないか。一緒になって、金がかからないで心の触れ合いと、朝自分の庭から摘んできた我が家手製の花束を渡す、象徴でありますけれども、そんなようなことでムードを盛り上げていったらどうかなというふうな感じを持っております。

高木義明民社党

○高木委員 議論はかなり尽くされた嫌いがあると私は存じております。  先ほども高橋公述人から述べられましたけれども、制度にはベストはないんだ、まさに今必要なのは政治的決断だけだ。そのときに、やはりまず一つに、先入観を捨ててほしい。二つ目には、政治は妥協である。また三つ目には、水面下ではなくてオープンの場で決着を図ってほしい、こういうことも述べられております。私は全く同感であると思っております。  したがいまして、時間もございませんので、今後はそのような妥協の道が模索されるわけでありますが、改めてただいまの御三方に、それぞれの制度はそれぞれの長所、短所がある、そしてここまできた、しかしその中で民間臨調が出しておる連用制というものがある、これに決まるか決まらないかは別にしましても、これは大きな折衷案の一つであると言っていいと私は思っておりますが、この民間臨調が出しておる連用制にもし欠陥点があるとすればそれはどこなのか、端的にお答えをお願いいたします。

舛添要一国際政治学者

○舛添公述人 先ほど来申し上げていますように、二票制の持っ問題点というのがございますので、例えばこれを一票制にするというのも一つの改革案であろうかと思います。しかし、技術的な問題について言うと、先ほど渡辺公述人がおっしゃいましたような溝ができる問題があるわけで、本当にどこまで民意が正確に反映できるのか、もともと違う制度を二つひっつけた。  それから、政治的な判断を申し上げますと、私はシミュレーションというものを余り信じないので、シミュレーションの意味はないだろう、新しい制度をやるのですから、そう思っていますけれども、現有議席が最も忠実にそのまま継続されるような形での制度であろうかなという感じがしています。したがって、皆様方含めて、現在の衆議院議員の皆様方にとっては一番安全な、一番変革の少ない、結果的にですよ、そういうことになる可能性の一番強いシステムであろうか。  したがって、落としどころとして、妥協案としてこれなら皆さんのめるでしょうという形で出てきた嫌いがあるのですけれども、私はやはり徹底的な原理原則というものを、それからそのときどきの時代の要請というのを踏まえた上でやる必要があって、恐らく連用制で決まった場合に、非常に批判的な観点から申しますと、これは現在の衆議院議員の皆さん方が保身のためにそこに落とし込んだという批判が出ることは免れないのじゃないかな、その点を特に強調しておきたいと思います。

渡辺重範早稲田大学教授

○渡辺公述人 私は、この小選挙区比例代表連用制になりますと、私が希望しております本当に応答能力のある野党が形成されたとき、政権担当する側の政党も、そしてまた本当に野党たるべき意識を持った野党の側、両方ともこれはその時点になって、この制度の欠陥が出てくるのじゃないかと思うのであります。したがいまして、徹頭徹尾ここは理念の面で溝がない一つの制度を主張したいと思います。

高橋祥起徳島文理大学教授

○高橋公述人 さっきも申し上げたように、連用制は話し合い、歩み寄りの過程の中での一つの十分なる参考意見として活用ができる、全面的に否定すべき問題ではないということを改めて申し上げたいと思うのです。  ただ、十七年前に導入されたとき、結局実現されませんでしたけれども、あれはたしか十二のリージョンでそれぞれ選んでいく、そこで一票の価値というか、それが非常に不平等であるといったような問題点が指摘されたわけでございます。また同時に、今回は二票ということであれば、その一票が、小選挙区の方で当選した都道府県ごとのその数プラス一ということで、途中で消えてしまうというそのあたりの、有権者の側からすれば一つ納得できるのかどうかという、わかりにくい点もあります。だからといって、全面的に否定というのじゃなしに、参考意見の一つとして御検討の対象になるのは、私は否定はしないということでございます。

高木義明民社党

○高木委員 時間が参りましたので、感謝を申し上げて、終わります。

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 これにて午前の公述人に対する質疑は終了いたしました。  公述人各位におかれましては、貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。(拍手)  この際、暫時休憩いたします。     午後零時五十一分休憩     ――――◇―――――     午後三時三十九分開議

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  この際、御出席の公述人各位に一言ごあいさつを申し上げます。  公述人各位におかれましては、御多用中のところ御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。審査中の各案に対する御意見を拝聴し、審査の参考にいたしたいと存じますので、忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。  なお、御意見は、宮内公述人、阪上公述人、天谷公述人、西平公述人の順序で、お一人二十分程度お述べいただき、その後、委員からの質疑にお答えをいただきたいと存じます。  それでは、まず宮内公述人にお願いいたします。

宮内義彦経済同友会幹事

○宮内公述人 宮内でございます。  本委員会におきまして、政治改革の実現を目指し、熱心な御討議をされていますことに心から敬意を表します。その御議論の参考にしていただければと存じまして、私なりのお話をさせていただきます。  今日、内外の政治課題は多く、それらが国政の場で十分論議された後、順次実行に移され、実現化されていくことが政治の責任であろうかと考えます。しかし現在は、国民の政治に対する不信が強まり、国民は、政治目標の実行の前に、政治形態の変更を望んでおります。あるいは、別の言葉で申しますと、政治目標そのもののスムーズな実行も、政治改革なしには行い得ないという憂うべき事態を招いております。  その原因の一つとして挙げられることは、これまで我が国が経済的発展を目指し、政官財が一体となってつくり上げてきました構造が、今日の社会的要請と乖離し始めていることにあります。国民の期待にこたえるためには、こうした政官財のネットワークと言われるシステムそのものを変えていく必要があります。  現在、我が国の経済活動の約四割が何らかの形で政府の規制下にあり、自由経済に根差した市場原理に基づいて企業活動を行っている分野は六割程度しかないと伺っております。すなわち、約四割の企業の活動が、さまざまな形で行政との直接間接の接触を保ちながら行われる結果となっております。許認可や規制、あるいは商慣習を背景として成り立っている現在のこうしたシステムを変えるためには、政治改革と同じ意味合いで行政改革が必要となってまいります。  こうした点から、保政治改革は行政改革と表裏一体の関係にある生言えます。行政改革は極めて重要な政治課題と考えますが、行革審で真剣な討議がなされているにもかかわらず、なかなか抜本的な改革に至ってはおりません。こうした現状を打開するためには、政治の強いリーダーシップが期待されております。今こそ、政治がイニシアチブをとって、戦後つくり上げられ、多大な成果をおさめたものの、今やその役割を終えようとし、時代に取り残されつつあるとも言える現在の経済システムの改革を実現していただきたいと希望しております。そのためにも、本委員会で審議されております政治改革関連の四法案を、是が非でも今国会において、一括して成立させる必要があると考えております。  それでは次に、選挙制度改革と政治資金規制の二点を中心といたしまして、私の立場から意見を述べさせていただきます。  まず、選挙制度についてお話をさせていただきます。  選挙制度は、民主主義の基礎でありますので、民意が正しく反映されるとともに、公正な制度であることが求められております。  現行の中選挙区制度も、この点では決して間違っているとは思われません。今日の政治に対する不信が、中選挙区制による保守党の長期安定政権が招いたものだとするのも、少し早計ではないかと考えております。戦後、経済的復興と発展を願う国民が、保守党を支持し、我が国の発展を導いてきたのだと思います。  しかしながら、さまざまな御指摘がございますように、現行の中選挙区制には弊害も生まれてきたことは確かであり、それらを排除し、よりよい選挙制度をつくり上げることこそ大切だと考えます。これは、自民党の政治改革の基本方針でも指摘されているとおり、中選挙区制の抜本的改革が不可欠という認識であり、これについては与野党ともにおおむね異論なく、今国会の審議に臨まれていることと思います。  さて、選挙制度改革案ですが、自民党が提出されております単純小選挙区制は、確かに国民にはわかりやすく、また現行制度に比べ、政権交代を可能にすると同時に、安定した政権により責任の所在が明確になるなど、簡潔な理念に貫かれた制度案だと思います。そして、小選挙区制によって政党間で真の論議が活発になることが期待されます。今日、我が国が抱える内外の政治課題は、積極的な政策論議が必要とされております。政治の役割は、これらの論議を国民の目に見えるところで行い、その信を問い、国民にわかりやすい形で実行することではないでしょうか。  一方、小選挙区制は、過剰な安定多数をつくり、結果として多くの死票が生ずるという指摘がなされております。これは大切な問題で、十分御議論いただく必要があります。しかしながら、国民の関心は、選挙によって選ばれた代表がどのように政策を実行し、また、それによって国が正しい方向に導かれているのかどうか、ここにあるのではないでしょうか。政策が間違っておれば、次の選挙で支持を失います。民意が反映された結果として、政権交代がスムーズに行われるということになるのだと思います。  次に、社会党、公明党の提出されております小選挙区比例代表併用制についてですが、これは比例代表制を基本とする案であり、民意を反映しやすいという点ですぐれており、考え方としては理解できます。その反面、小党分立による連立政権の可能性が高まり、政策に対する責任が不明確になるなど、現実には不安定な政権をつくるおそれがあるという意味で心配がございます。  これまでの御審議を報道等で伺っておりますと、与野党双方の法案に対しまして、その長所、短所につき十分な理解をされた上で、真剣な議論がなされてはおりますが、その議論が平行線になってきているような感じがいたします。選挙制度に完全というものはないのであって、両者の長所を生かし、短所をいかに小さくするか、また、現行制度に比して少しでも改善が見られているかが重要であって、そのためには与野党双方の歩み寄りが大切と思います。  その意味では、民間政治臨調が提案されております小選挙区比例代表連用制は、小選挙区制と比例代表制双方の短所を補う制度として提案されたもので、言いかえれば、自民党案と社会、公明党案の中間的な意味合いを持つ制度案と理解しております。そうした観点より、検討に十分値するものと考えますので、引き続き審議を進めていただきたくお願い申し上げたいと思います。そして、国民の目に見えるところで妥協案を生み出し、ぜひとも選挙制度改革を実現していただくよう希望いたします。今国会での不成立は国民の期待に大きく反することになると思います。  もう一つ、選挙制度に関連して指摘させていただきたい点は、一票の格差についてでございます。  現在の各党の案では、二倍未満という御提案でありますが、憲法によって法のもとの平等が保障されていることにかんがみ、民主主義という社会構造の基本ルールとして、一票の重さを二倍未満というのではなく、さらに今後は一票の重さが限りなく平等になるよう改革すべきです。また重要なことは、それを将来にわたって保持していくため、定期的にかつ自動的に修正するシステムをルールとして構築する必要があると思います。  次に、政治資金につきましてお話をさせていただきます。  政治を行うには、政治活動のための資金が必要となるのは言うまでもございません。政治資金は、民主政治の健全な発展のために必要なコストです。そこでの問題は、政治資金をだれがどのように負担していくかであります。  自民党案では、個人及び企業、団体からの政治家個人への献金を禁止するとともに、政治資金を取り扱う政治資金調達団体を二つに限定し、また、政党以外の政治団体間の政治資金のやりとりを禁止するなど、現行に比べ厳しくし、透明性を確保する措置が講じられております。  社会党、公明党の案は、政治家個人への献金を排除するとともに、企業・団体献金を認めておりません。これは、政治資金は本来選挙民である国民が自発的に広く薄く負担していくべきだという考えに基づいてのことだと思われます。しかし、一般的な個人の寄附行為もまだまだ満足に実行されていない現在の我が国におきましては、個人献金が果たして今すぐ実行され、定着することができるかどうか、現時点では難しいことだと思われます。まず、国民の政治への関心を高め、税制上の優遇措置等により個人献金が行われる土壌をつくることが第一歩ではないでしょうか。  また、企業献金は、企業として日本の自由主義体制、自由経済を守るために行われてきたのであり、政治コストの一部を国民にかわって負担してきたと言えます。我が国においては、企業はその社会的責任を強く求められております。企業は、その責任にこたえ、経済的価値の創造に加え、雇用の安定、従業員の福祉の向上、地域社会への貢献等々、社会の構成員として、経済的組織としての立場から、期待される以上の役割を担ってまいりました。社会の構成員として社会的役割を果たし、日本の社会と政治を支えていくため、企業による政治献金は否定されるべきものであるとは考えません。もちろん、企業など団体による献金は、確かに最良の方法であるとは思いませんが、次善の策としてこれは肯定されるべきものと存じます。  また、この献金は政治全般を支援するという意味であり、一部の企業によって行われたような、使途不明金の一部が政治資金の寄附として不当に充てられることは、まことに遺憾であり、厳に許されるべきではありません。すなわち、利益誘導や業界保護を直接目的とする献金ではなく、その金額につきましても節度ある限度が必要とされることは自明であります。こうした点から、自民党の案は、現行に比べ、本来のあるべき趣旨に沿った改善が図られており、現実を踏まえ、かつ社会的要請に合致した案だと思います。  こうした中で、政治資金を正しく集め、運用していくための政治資金規制のポイントは、透明性の確保と罰則の強化の二点であります。  透明性の確保につきましては、その資金の出と入り及び使途について透明にすることで十分な効果が期待できます。具体的には、既に改正案として論議されておりますとおり、寄附の公開基準やパーティー券購入者公開基準の引き下げ及び政治資金収支報告の公表の伸展などの方策がございます。国民の代表として国政を担う政治家が最も厳格に透明性を求められるのは当然で、そうすることにより、国民の不信感を払拭し、社会的に容認されることになるのだと思います。  また、罰則の強化につきましても、透明性の確保の担保として、公民権の停止、連座制の採用等罰則の強化を図り、厳格な運用を確立すべきだと思います。そのためには、政治資金に対する監督機関を設置し、政治資金収支報告の管理、調査や罰則の適用等について監視体制を強化することも、国民の信頼を高める上で有効な手段と思われます。民間政治臨調の提言などを一つのたたき台といたしまして、幅広い観点からの御審議をお願いしたいと思います。  国民の政治不信を生んだ腐敗をなくすために、政治資金規制は、与野党が指摘されているとおり、大変重要であり、これを厳しく制定することは御異議がないものと理解しております。また国民も、より厳しい規正法とすることにより、政治に対する信頼が高まることを望んでおります。  次に、政党助成につきましては、政党の公的性格や重要性を考えますと、政治資金の一部を財政的負担として国民が負う必要があると思います。反面、政党の自由への介入、政権政党や既成政党の有利性などの問題点も指摘されており、政党助成への過度の依存が起こらないよう、節度を持った制度であることが必要です。提出されております各党の案は、金額も妥当な範囲にあると考えられ、十分な御審議をいただいた上、導入されることを望みます。しかし、政党助成は、あくまでも透明性の確保と罰則の強化を前提として初めて国民が納得するものであり、これらと切り離しての実施はあり得ないということを、念のために申し添えさせていただきます。  最後になりますが、政治改革は大きな問題であり、真剣な御審議が行われているわけですが、さきに申し上げましたとおり、選挙制度や政治資金規制について、完全な制度というものはないのではないでしょうか。現行の制度に対する国民の強い不満と問題点を認識し、現状より一歩でもよい制度にすることこそが重要であり、与野党双方が歩み寄りを図り、ぜひとも今国会で四法案の一括成立を実現していただくようお願い申し上げます。もし成立しなければ、我が国政治において、政治改革という政治形態の変革が最大の課題となり、政局の停滞を余儀なくさせ、その未解決が多くの問題、例えて申しますと、行政改革、税制の抜本的見直し、国際化時代への対応、教育のシステムのあり方等、政治本来に求められているテーマの放置あるいは停滞を招くという、最も避けなければならない事態が発生することになります。  政治本来に期待されている役割を果たすためにも、各党より提出された法案の妥協点を探り、今国会で何としてでも成立させるべきであります。そのためには、多党間で、四法案が成立するまで会期を延長する旨の合意をつくるのも一つの方法がと存じます。関連四法案の一括成立こそが、国民の信頼を回復し、期待にこたえることであることを重ねて申し上げまして、私のお話を終わらせていただきます。  御清聴ありがとうございました。(拍手)

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 ありがとうございました。  次に、阪上公述人にお願いいたします。

阪上順夫東京学芸大学教授

○阪上公述人 御紹介にあずかりました阪上でございます。  私は、長年にわたりまして、政治学者として、また、選挙制度を専門に研究する研究者として、特定の政党の立場に立って考えるのではなく、私なりの良心と今までの研究の成果を踏まえて、私自身の意見を申し述べさせていただきます。  今日、政治改革がこれほど求められていることはございません。その政治改革の核心は、民主主義の確立と腐敗政治の根絶にあります。これにより、国民の政治不信というものを払拭して、そして、真の民主政治を日本に確立することが必要だと考えます。その民主主義の確立のためには、何よりも、主権者である国民の声を正確に政治に反映させることが必要だと思います。  その国民の声を政治に反映させる第一は、選挙であります。選挙は国民の政治参加の基本であり、国民の意思が正確に国政に反映することが民主主義を達成する道であります。  その選挙の基本になる選挙制度は、特定の政党のためとか特定の候補者のためではなくて、共通のルールでございます。残念ながら、現在の世界に、絶対的に理想の選挙制度というのはございません。いずれも長所があり、短所があり、その上、政党により有利、不利が生ずるということがございます。このため、選挙制度の改正は、どこの国でも最大の政治争点となっております。こういう点から、私は、まず、各政党の利害関係をできるだけ度外視して、大局的な見地から、政治の望ましいあり方を考慮して、選挙制度の改革案というものを検討しなければならないというふうに考えますのでは、政党の立場でなく、何の立場かといえば、やはり主権者としての国民の立場ということを基本に考えるべきではないでしょうか。  よく、選挙制度の問題では、まず過去の選挙結果を基本にしてシミュレーションをして、そして、各政党がどの程度の議席を獲得するかといったことを賛否の一つの根拠にしている傾向がございます。しかし、こういったことは、必ずしも正当性があるというふうには言えないと思います。政治は絶えず変化するものでありますし、国民の政治意識もそれにつれて大きく変わるのが必然であります。  例えば、新聞社が、選挙期間中に世論調査をして、そしてその結果をもとにして選挙結果を予測することが通例になっておりますが、そのほとんどが、正確に当てたことはございません。前々回の参議院選挙の与野党逆転といったトラスチックな変化についてさえも、ほとんど予測できなかったわけであります。  このように、政治の変化というものは、一年先、二年先どういう事態になるかということは我々は予想できないわけでありまして、世界の情勢においても、ベルリンの壁の崩壊などというのは、その直前までだれが予想したでしょうか。また、旧ソ連の崩壊といったような事態も予想だにしなかったものであります。  したがって、現在の政党の勢力状況あるいは過去の選挙結果というものをもとにして、私は、選挙制度のあり方というものを論ずるべきではないというふうに思うわけであります。  そういうことを考えますと、日本の現在の政治状況の中で、最も適切な選挙制度は何か、あるいは、民主主義の確立にどの制度がふさわしいのか。私は、二十年前に「日本選挙制度論」という著書を出版いたしました。その中で、当時の西ドイツ型の選挙制度、いわゆる小選挙区併用型の比例代表制を推奨いたしました。そしてこの考え方は、今日でも変わっておりません。したがって、私は、現在の日本に現在のドイツ型の小選挙区併用型比例代表制が最も適切ではないかというふうに考えるわけであります。  その理由は、第一に、この制度は基本的に比例代表制であります。そしてそのことは、国民の意思を正確に国会に反映させることになります。日本の現状を考えますと、日本は二大政党制ではございません。現在は多党制である。そしてこれは、国民の価値観が多様化している現状に私は対応していると思います。そういう意味で、私は、基本的に、できるだけ国民の意思が正確に国会に反映する比例代表制を基本に置くべきだというふうに考えるわけであります。  比例代表制は、小党分立を招き、政局が不安定になると言われておりますが、比例代表制をとっている北欧その他の国々を見ても、必ずしも不安定とは言えない状況であります。イタリアなどは不安定な政治状況がございますが、そういうことは、必ずしもその選挙制度の問題ではなくて、政党政治あるいは政治の腐敗といったようなさまざまな要因が絡まっている問題であろうかと思うのです。例えば日本の中選挙区制度は、比例代表制に近い少数代表法でありますが、世界でも類例のない一党支配の長期政権が続いております。中選挙区制は比例代表制ではないということが言えるかもしれませんが、しかし、比例代表制に近いそういう制度でも、いわば超安定政権が続いているというのが日本の状況であります。  それからもう一つ、国会議員には、私は、国民全体の代表という意義と地域の利益代表という二つの意義があるというふうに考えます。その見地から、比例代表制だけで行いますと、どうしても地域の利益代表という意味が薄れてしまいます。比例代表制は、できるだけ選挙区を大きくするというのが比例代表制にかなったことでございますが、しかし、それでは地域代表という意味が薄れる。そういう意味で、私は、小選挙区制を組み入れたドイツ型の併用制というのが適切である。全体が比例代表制で、国民の意思が公正に反映され、同時に小選挙区制の議員によって地域の利益代表としての役割が果たせる。  また、この併用制については超過議席の問題が生じますが、社会党、公明党の提案された、小選挙区が二百議席ということであれば、ドイツの例からしましても、ドイツは半々でございますが、それほどの超過議席は生じないものというふうに考えます。しかし、超過議席が生ずるということは、これはある意味でいって、多少なりといえどもやむを得ない点がございますので、私は、議員の総定数を本則の四百七十一にするのが望ましい、五百ではなくて四百七十一にできればしていただきたいというふうに思うわけであります。     〔委員長退席、中西(啓)委員長代理着席〕  自民党が提案されております単純小選挙区制の何よりの問題点は、第三党以下の小政党を不当に排除するということであります。国民の価値観が多様化している今日、二大政党制という形で国民の意思を集約するのは、私は、無理があると思います。また、現状では、なかなか二大政党制が確立されるということはない。この小選挙区制の問題点から考えますと、できるだけ二つの政党が拮抗した勢力を持って、そして政権交代がある程度国民の意思に従って容易にできるというのが、小選挙区制の採用される一つの条件だというふうに私は考えますが、現在の日本の状況では、よほど大胆な政界再編成でも行われない限り、二大政党制が確立されるということは無理だろう。  むしろ私は、国民のある程度の意思を分立させた幾つかの政党が連立政権をつくり、その交代によって政権交代をしていく、そういうことの方が日本の政治現状に適合しているのではないかというふうに考えております。そういう意味で私は、できるだけ比例代表制に近い制度を日本では採用すべきではないか。  そういう意味で、現在提案されております幾つかの代案としての、いわゆる並立制あるいは民間臨調の連用制という制度は、実質的に私は小選挙区制であるというふうに考えます。     〔中西(啓)委員長代理退席、野田(毅)委員長代理着席〕  例えば、小選挙区比例代表連用制につきましては、小選挙区で当選した議席を比例代表制度である程度排除して、そして調整をとるという考え方が基本にあるわけでありますが、もし小選挙区で無所属候補が多数擁立されるということになりますと、並立制とほとんど変わりなくなるわけであります。また極端な例で言いますと、大きな政党が小選挙区と比例代表区と別々の二つの政党に分かれて、そして議席をある程度独占するという可能性も考えられるわけでありまして、連用制という問題については、そういった問題点をなくすということが考えられなければ、いろいろな弊害が生ずるのではないか。  小選挙区制と比例代表制をリンクさせるような形で連用制を考えるのであれば、一票制ということになってしまいますが、一票制では小選挙区制の方に各政党がすべて候補者を立てるという形になりますので、連合がなかなかできないということで、大政党が不当に有利になるのではないかというふうに考えます。  このように、並立制あるいは連用制とも、基本はやはり小選挙区で、その運営についても幾つかの問題点があり、これをもって簡単に小選挙区制と比例代表制の妥協案ということにはならないのではないか、そういう意味で、慎重に検討する必要があろうかと私は思います。  次に、政治改革のもう一つの重要な課題である政治腐敗の根絶でありますが、そのためには、政治資金規正法と公職選挙法の改正によって、政治資金並びに選挙資金の流れを透明化することと罰則を強化することが必要だと思います。この点についてはこれまでも十分審議されたことと思いますが、特に私は、今回の改革案に政党への公的助成がセットされているという点を十分配慮する必要がある。国民の税金が政党への助成に充てられるということであれば、私は、問題の多い企業献金、団体献金を禁止しなければいけないというふうに考えます。     〔野田(毅)委員長代理退席、委員長着席〕  これは、もう既に昭和四十二年に、佐藤内閣のときに第五次選挙制度審議会が答申を出し、その答申の中で「政党の政治資金は、個人献金と党費により賄なわれることが本来の姿である」「政党は、できるだけすみやかに近代化、組織化を図り、おおむね五箇年を目途として個人献金と党費によりその運営を行なうものとする」とされております。これが昭和四十二年の答申であります。したがって、このときから既に二十年以上の月日が経過し、おおむね五カ年のめどというものも、既に相当の年月が経過しているわけであります。したがって、もし政党に公的助成を行うということであれば、私は、企業献金、団体献金を禁止し、政党本来の姿、すなわち個人献金と党費により運営される、そういうことにすべきではないか。そして、それに公的助成を行うとういうことであれば、私も、政党の重要性というものを考えて、賛成できるわけであります。  イギリスの選挙浄化の歩みを見てみますと、イギリスで理想的な政治体制がつくられたというのは、何よりも国会議員がその浄化の先頭に立ち、みずから重い罰則をつくり、そして、選挙浄化の実践を行ったためでございます。私も、議員の皆さん方が政治改革の先頭に立ち、またみずからを厳しく律する、そういう立場でぜひ政治改革の実を上げていただくことをお願い申し上げて、私の話を終わらせていただきます。  どうも御清聴ありがとうございました。(拍手)

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 ありがとうございました。  次に、天谷公述人にお願いいたします。

天谷直弘電通総研所長

○天谷公述人 天谷直弘でございます。  私は、こういうところで政治改革について皆様にお話を申し上げるほどの十分な知識を持っているとは到底言えませんので、自信がないのでございますが、お招きをいただきましたので、政治改革につきまして、私個人の率直な御意見を申し上げさせていただきます。お聞き苦しい点が多々あると存じますけれども、御容赦をいただきたいと存じます。  最初にまず、本来政治はいかなる機能を負っているのかということから私の意見を述べさせていただきたいと思います。  私は、本来の政治の役割は、国家の基本理念、基本方向、基本戦略を選択するということが基本的な役割である。例えば攘夷か開国か、江戸城を開城するか戦争をするか、日清、日露、日米の戦争をするかしないか、始めた戦争は講和すべきか継続すべきか、あるいは単独講和か全面講和が、安保は賛成か反対か、自衛隊は賛成か反対か、貿易自由化は賛成か反対か、米の関税化は賛成か反対か、土地税制はいかにあるべきか、地方分権はいかにあるべきか、憲法は今のままでよろしいのか、こういうような問題を徹底的に議論をするということが、そして正しい選択をするということが、本来の政治の負うべき役割であり、責任であるというふうに考えます。  次に、政治の決めた基本方向に従って、時速何キロで進むのか、具体的にルートはどこを通るのか、そういうことを選択するのが行政の役割であるというふうに考えます。  さて、それでは、戦後の政治は、先ほど申し上げましたような本来の役割を果たしてきたのか、こないのかという問題でございますが、私は、二つの大きな問題点があると考えております。二つと申しますのは、一つは自民党の問題点であり、もう一つは野党の問題点であります。  最初に、自民党にかかわる問題点について、私の見解を申し述べます。  戦後の日本の大きな方向決定は、大部分アメリカによって行われました。講和条約、安保条約、自衛隊、単一為替レートの設定、ガット、IMF加盟、貿易・資本自由化等々、こういうような大きな方向決定は、アメリカの意向が強く働いておりました。それから無数の小さな方向決定は、おおむね官僚によって行われました。こういうわけで、本来政治のやるべきことで戦後の日本の政治家に任されたことは、幸か不幸か、余り多くなかったと思うのであります。  その結果、何が起こったか。その結果起こったことは、政治の行政化という現象であると私は考えます。政治が行政の細部に関心を持って、介入するようになってきた。特に注目すべきことは、自民党の政調会と国会の委員会が縦割りになっておる。こういう縦割りの機構が政治の行政化を大いに推進したと考えております。国会議員が一つの部会や一つの委員会に永住する傾向がある。そうしますと、彼らは所管官庁、所管業界の内情を知悉するようになる。そして、相互に多くの貸し借りの関係をつくる。そして、政官財の間で相互接近、相互依存、相互利用の癒着関係が発生する。議員は、国益を代表する議員ではなくて、特定利益を代表する族議員になる傾向がある。  こういうふうに政官財の癒着が進行いたしますと、ますます政治は行政化していく。政治家の国家の基本方向に関する関心は薄くなっていき、判断能力は低下する。逆比例して、瑣末矮小な行政事項への関心は高まっていく。例えば、どこの橋に幾ら公共事業予算をつけるかというような式の、瑣末短小な事項への関心は強まっていく。要するに、大政治は姿を消して、小政治がはびこる。政治の品質の低下が進行するという弊害が起こったと思います。  他方、政治が行政化する裏側では、行政の政治化が進展いたします。例えば、官庁が補助金を配分するに当たって、族議員の意向をしんしゃくし、族議員に貸しをつくるというようなことが行われる。行政が政治化することによって、行政の品質の低下が起こりました。こうして、政治と行政が手を携えて、品質低下の道を進んだと思うのであります。  また、族議員の増大は、中選挙区制と相まって、自民党の派閥を成長させたと思います。中選挙区制のもとにおいては、自民党議員の間で、二つの種類の競争が激烈に行われる。第一は、選挙民に対するサービス競争であります。第二は、大臣その他のポストを争う競争であります。この二つの競争を行うためには、金がかかる、行き届いたサービスをする必要がある、そのためにはサービスのネットワークが必要である。それから、大臣その他のポストを争うためには、組織の力が要る。これらのニーズにこたえるために派閥が発生いたしました。  派閥が発生すれば、当然派閥間の競争が起こる。派閥が大きくなって、派閥間競争に勝つためには、最も必要なのはまず金である。それから充実したサービスネットワークが必要である。そこで派閥が、そういう目的のために族議員の組織化、システム化を積極的に行ったと思います。こうして、派閥と族が強くなりますと、派閥の論理、族の論理、具体的に言えば、金丸さんの論理が党の論理、国家の論理を圧倒するようになる、そういう現象が起こってくる。こうして自民党政治の品質低下が進行したと思うのであります。  次に、野党にかかわる問題点について申し上げます。  戦後の日本では、先ほど申し上げましたように、占領軍ないしアメリカが大きな方向決定を行いました。そして自民党は、これを積極的に受け入れたのであります。他方、社会党、共産党は、単独講和反対から始まって、何でも反対、反米、反政府、反資本主義を叫んだのであります。米帝国主義は日中共同の敵というような非常識な発言までありました。国民は、このように現実離れしている野党に政権を任す気にはならなかったのであります。要するに、野党第一党は、戦後約半世紀にわたって、政権がとれるような政策綱領をただの一度も発表したことはなかった。ということは、政権をとる意思がなかったようにも見えるのであります。  こうして、一方は万年与党になり、他方は万年野党になって、与野党間で、いわば暗黙のすみ分けが行われたように見えます。このように全面的にすれ違っている与野党の間で、いかなる政治問題が、どのように論じられたのか。完全にすれ違っているわけでありますから、本来の政治問題、すなわち国家の基本理念、基本方向、基本戦略等に関しては、共通の基盤がないから、議論にならないのであります。したがって、論じられない。  かくして、野党の政府攻撃は、大部分重箱の隅の短小な問題を根掘り葉掘りつつくというスタイルになり、国会では、テレビのクイズ番組とか三流週刊誌の暴露記事にふさわしいような質疑が延々と行われるということが起こりました。野党は、審議よりも、審議中断の方に熱心である。与野党間で何か実のある議論が行われる場合には、密室の国対政治によって行われる。こういうわけで、国会審議は、文字どおり有名無実、名存実亡ということになってしまいました。要するに、国権の最高機関、民主主義の心臓部としての国会は、正常に機能しているとは言えない状況に陥ったと私は考えております。  政治改革とは、以上述べたような二つの病気の根源にメスを入れるものでなければならないと思います。今国会で議論されている政治改革は、選挙制度改革と政治資金規制の改革が中心である。しかし、これだけでは、根源にメスを入れることには多分ならないと思います。  ということをまず申し上げておきまして、その上で選挙制度、政治資金につきまして私見を簡単に述べさせていただきます。  まず、選挙制度であります。選挙とは一体何を選ぶのかというのが問題でございますが、私は、よい政治を実現するために次の四つの選択をするのが選挙であると考えております。四つとは、人、政策、政党、政権、この四つであります。この四つの要素を深く考えながら、結局、これらを総合して、最終的には政権を選ぶということが選挙の意味であると私は考えます。こういう性格を持っている選択を、できるだけ正しく、しかも実際的に行うためには、私は、二大政党が一番よい制度であるというふうに考えます。  二大政党を育てるためには、先ほども申し上げましたように、野党第一党である社会党の自己改革が必要であることは明らかであります。社会党の自己改革が行われることを前提として、二大政党を育てるのに役立つような選挙制度は何か、役立つような選挙制度がいい制度だと私は思います。結局私は、他と比較すれば、小選挙区制がベターであるというふうに考えます。  次に、比例代表制でありますが、これは、先ほど申し上げました、人、政策、政党、政権の四つのうち政策と政党の選択に関する民意を正確に反映することができるという点ではプラスである。しかし反面、人の選択と政権の選択については、投票者は間接的に参加できるだけである。連立政権をつくるためには、複数の政党の間で、国対政治に似た取引をしなければいけない。国民の方から見ますと、政治が不透明、不明朗で、わかりにくいものになるおそれがある。イタリーの例は、比例代表制がもたらす連立政権が腐敗しやすいことを実証しているように思います。  なお私は、中選挙区制は、これまでの中選挙区制がもたらしたものを考えますと、速やかに廃止すべきものだというふうに考えます。  それで、私は、結論として、中選挙区制をやめて、二大政党のもとで小選挙区制を採用することが望ましいというふうに考えております。しかしながら、これを一挙に行うということは、実際問題として多分困難であろう。したがって、ある程度の相当の過渡期間が必要であるように思います。この過渡期間の間には、小選挙区制に比例代表制を加味したような制度を採用することが考えられるように思います。  では、どういう組み合わせがいいのか。そういう細かい技術的なことになりますと、私は、今私の意見をはっきり申し上げるほどの知識、経験がありませんので、これは遠慮させていただきます。  次に、政治資金について申し上げます。  自由民主主義の国家におきましては、政治活動は、個人であれ法人であれ、原則として自由であ るというふうに思います。しかし、経済の分野で見ますと、原則は自由でありますが、独禁法や不正取引防止法というものがある。同じように、政治の分野でも、例えばわいろのような犯罪的な行為であるとか、あるいは巨額の企業献金のように、平等原則上問題がある行為については規制する必要があろうと思います。無制限な自由は認められない、しかし何でも規制すればいいものではない、自由と規制のバランスが必要だというふうに考えます。  企業献金について考えますと、全面禁止論は、企業性悪説あるいは反企業イデオロギー等の偏見にとらわれた議論であって、私としては賛成しがたい気持ちであります。もちろん、企業献金を野放しで自由にしていいというものではございません。透明性を大きくしなければならない、あるいは巨額の献金を抑制しなければならないということは明らかだろうと思います。また、違法な献金を抑止するためには、政治献金は代表取締役社長の専決事項にする、そして社長の責任を確実に問い得るような方法を考えてもいいだろうと思います。  また、政治資金の入り口に関してルールが必要なら、出口についてもルールが必要であろうと思います。私などがよそ目に政治家の方々の出費を見ておりますと、むだな、あるいは妥当でない出費が少なくないという印象を受けるのであります。法的規制よりも前に、議員の間できちんとした自主規制のルールをつくって、実行を相互監視したらどうかというふうに思います。  政治家と企業の間の贈収賄が行われる大きな原因は、政治家の族議員化にある、あるいは政治の行政化、矮小化、政官癒着の進展ということにあるように思います。したがって、贈収賄等の取り締まり、処罰も重要でございますが、今申し上げましたような、政官財の癒着という構造的な原因を除去するためのいろいろな施策が必要であるというふうに考えます。  以上であります。(拍手)

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 ありがとうございました。  なお、天谷公述人は午後五時三十分に退席されますので、御承知おき願います。  次に、保西平公述人にお願いいたします。

西平重喜上智大学経済学部教授

○西平公述人 よい機会を与えてくださいましてありがとうございました。  私は、統計学者として、各国の統計のデータをいじってまいりました。選挙というものは、実験ができないものでございます。ですから、各国の選挙のデータというのは、貴重な人類共通の文化遺産として、我々はそれから大いに学ばなければならないと思います。  そういうようなことをしておりますうちに、私自身は比例代表制がいいと思いまして、そういう提案をかねてからしているのでございますが、本日は、二つの提案がなされておりますので、それについての意見を申し上げたいと思います。  まず第一に、小選挙区制について考えてみたいと思うのであります。  小選挙区制の第一の問題点は、既に二百年前から指摘されておりますように、過半数をとらない候補者をそのまま当選させるというのは、民意を反映する方法でないということであります。したがいまして、現在のフランス、かつてのドイツあるいはイタリーなどのようなところで小選挙区制を採用したときには、絶対多数二回投票制あるいは三回制というようなことを採用しているのであります。ただイギリスだけが、あるいはイギリスの影響を受けた諸国だけが小選挙区制を採用している。要するに、単純に、過半数でなくても、多数をとった者が当選という方法は原理的におかしい方法であります。  第二番の問題点は、よくアンフェアという言葉であらわされている問題であります。要するに、有権者の意見、国民の意見と議会の構成が違う、それが余りにもかけ離れるということであります。例えば、去年行われたイギリスの選挙では、第三党のイギリスの自由民主党は一七%余りの得票でありました。これは第三十八回の日本の選挙における社会党の得票率とほぼ同じでございます。ところが、イギリスの自由民主党には三%、日本の五百議席ぐらいに比べれば十五、六議席しか与えられてない。これは余りにも格差がひど過ぎるのではないかと思うのであります。  それだけではありませんで、第三番目としまして、一九五一年のイギリスの選挙では、労働党の方が保守党よりたくさんの票をとりました。しかし、できたのは保守党の政権であります。一九七四年にはあべこべに、保守党の方がイギリス人の多くの支持を得たのでありますが、でき上がったのは労働党の政府であります。これが戦後二回既にありますし、今世紀になってイギリスでは何回か見られます。あるいは、カナダとかドイツの小選挙区のデータを見ても、こういうことが起こる可能性が大いにあるのであります。  第四番目は、先ほどもどなたかおっしゃいましたが、死票の問題であります。死票というのは落選者に対する投票でありまして、選挙である以上それは当然あるわけでありますが、昨今のイギリスのデータを見ますと、死票が四七、八%に達しております。少し前の一九八三年には、死票が五〇・二%であります。ということは、イギリスのウエストミンスターの議会というものは、イギリス人の半分以下の国民の代表でしかないということであります。こういうようなことが起こっていいのでしょうか。  それから五番目は、議席の固定化という問題であります。イギリスでは選挙区の変更というものがしばしば行われておりまして、長い統計をとるわけにはまいりませんが、過去三回、十年間は同じ選挙区で行われておりますが、その結果を見ますと、実に八五%の選挙区は一党が占めていて、ほかの政党はその議席をとれないのであります。このようなことがもし日本で採用されたとしますと、今でも問題になっている議員の世襲化というものがますます広まるだろうと危惧するものであります。  第六番目は、小選挙区制によって政権を安定させよう、政局を安定させようという御意見があるようでありますが、政局の安定というものを何をもって図るかが問題であります。議会がしばしば解散されるということは、政局が安定してない証拠だと思います。イギリスは、ヨーロッパの大きな民主主義国の中で、解散の非常に多い国であります。例えば、しかも戦後に限りましても、一九五〇年、五一年と続けて選挙をしなければならない、一九七〇年には二月と十月、同じ年の間に選挙をしなければならない、こういうような状況でありまして、イギリスのような小選挙区によりますと政局が安定するとは限らないのであります。  もちろん、日本は、中選挙区制をずっととってきているわけでありますが、戦後十八回の選挙が行われております。しかも日本の第一党というものは、ほかの国では見られないぐらいたくさんのシェアを持っております。もっとも、注をつけますと、イギリスの保守党、イギリスの労働党が政権をとった場合には、日本の第一党と同じぐらいの議席シェアを持ってはおります。しかし、十八回も選挙が行われているということは、要するに第一党の議席をこれ以上ふやす必要はない、ふやしても、選挙がしばしば行われ、政局が不安定であるということには変わりがないと思うのであります。  最後に、これはつけ加えることでありますが、イギリス人自身も、小選挙区制がいいと思っているわけではございません。世論調査の結果によりますと、比例代表制に賛成する者が四九%、反対が一三%、無回答が三八%ございますが、四九%対一三%で、ほぼ半分のイギリス人は、既に比例代表制に賛成しているのであります。したがいまして、もし日本で小選挙区制を採用するようなことがありましても、将来、イギリスはそのころには小選挙区制でなくなっている可能性さえあるのであります。  次に、実は混合制と言われておりますが、ここで提案されておりますのは併用制でございますが、併用制、並立制、連用制、あるいは両立制というようなものもあるようでございますが、そういうような、一つの選挙に二つの選挙方法を持ち込むということ、それぞれ細かい長所、短所はございますが、それらを一括してここで問題にしたいと思うのであります。  まず第一の問題は、一つの院、衆議院の中に二種類の選挙方法で選ばれた議員が混在する、一緒にいるというような状況は異常であります。先進民主主義国の中ではドイツがそうではございますが、あと民主主義の途上国であるメキシコとかマダガスカルというような国ではそういうことをやられておりますが、ただ、メキシコ、マダガスカルのような国は一院制であります。そしてまた、ドイツの場合も連邦制でございますから、上院には上院としての州の代表という特別の役割があるわけでありますから、そういうことも考慮しなければならないと思うのであります。日本はせっかく二院制を採用しているのでありますから、衆議院の選挙方法と参議院の選挙方法を変えるべきだと思います。  第二番目になりますが、このような、一院に二種類の選挙方法の議員が混在することによりまして、現在、衆議院と参議院の間のねじれ現象ということが問題になっておりますが、同じような現象が一つの院、衆議院の中に起こる可能性があるわけであります。例えば一九八九年の参議院選挙のときに、選挙区選挙では自民党の得票の方が多かったのであります。比例区では社会党の得票の方が多かったのであります。このときは、参議院の中ではねじれ現象は起きておりません。両方とも社会党の議席の方が多かったのであります。しかし、このように、小選挙区制の方ではどちらかの政党が多数を占め、比例区の方では別の党が多数を占めるというようなことで、ねじれ現象が起こることを心配しないでよいでしょうか。  第三番目には、併用制、並立制その他の場合にいつも出てくる問題は、議席の問題でありますが、小選挙区を二百とか、あるいは前の話ですと三百とか、そういうような小選挙区がどういう意味を持っているかということであります。小選挙区制の非常なメリットというのは、小さい範囲で、面積の狭い人口の少ないところで選挙をいたしますから、有権者と候補者の間の接触が密接になるということであります。イギリスでは、人口約十万ぐらいに対して一つの小選挙区を設けているのであります。ところが、二百とか三百という小選挙区というのは、これは人口中規模の都市といいますか、大規模の下ぐらいの都市といいますか、そういうようなところが一つの選挙区になるのでありまして、例えば候補者と有権者とがバスの中で話し合うとか、そういうような小選挙区のメリットは全然生じてこないのであります。ぜひその二百とか三百というものの根拠を示していただきたいと思うわけであります。  四番目は、重複立候補という問題であります。小選挙区と比例の方の候補者が両方立ってよろしいということであります。これは禁止すれば禁止する法律もできると思いますが、それは現実的でないと思います。ドイツでも重複立候補が許されているわけでありますが、現在のドイツの議員は一九九〇年に選出されております。ところが、小選挙区ではなくて、拘束名簿の方から当選した人は三百三十四人おりますが、そのうちの三百二人、九〇%は小選挙区で落ちた人であります。ですから、有権者にとりましては、あの人は我が小選挙区で落としたんだよ、それが議会に座っている。それが例外的であれば、まだいいと思うのです。  例えば、コール首相という人は、小選挙区で今までずっと落ちてきました。一九九〇年の選挙で初めて通りました。しかし、首相の器のあるような方が地盤か何かの関係で小選挙区で当選できない、そういう人を拘束名簿で例外的に拾い上げるというのであれば、これはメリットだと思います。しかし、九〇%の当選者が小選挙区の落選者というのは問題だと思います。  コール首相の選挙区というのは、数字はどうでもいいかもしれませんが、第百五十七選挙区というところでありますが、そこでは、相手の社民党のライマンという候補者と既に三回小選挙区で争っております。過去の二回はライマンが小選挙区で通って、コールが落ちた。しかし、コールは比例代表ですくい上げられてきた。今度はコールが通って、ライマンは比例区で上がってきている。百五十何とかという選挙区の選挙民は何のことやらわからないと思うのであります。  ですから、この重複立候補が起こる、しかもそれが多数起こるということは、有権者にとってはちょっと解しがたいことだろうと思うのであります。  そのほか、拘束名簿というものがやはり残る。拘束名簿というものも、ヨーロッパ諸国の先進民主主義国では党員化、党の組織というものが広く行き渡っていた、少なくとも過去にはいたわけでありまして、そういうような党員の間で拘束名簿がきちんと審議されて決まるというような拘束名簿であれば意味はあると思うのでありますが、いわゆる密室で行われるというような拘束名簿が残ることに対しては、問題があるのではないかと思うのであります。  以上が問題点でありまして、残された時間で私の案をちょっと説明させていただきますと、ほぼ現在民社党がお考えになっている案と同じであります。要するに、選挙区は大体原則として都道府県、大きいところは分割する、そして各党が候補者名簿を提出する。拘束ではありませんから、順序は各党の御自由であります。有権者は、今までとほとんど同じように、候補者に投票する。あるいは、党への投票も許してもいいかもしれません。そして、全国で各候補者の政党別の得票を一括して、参議院の比例区のように、各党へ議席を配分する。各党がもらった議席は、それを今度は、各党の都道府県の得票に基づいて、また比例配分する。そうしますと、これによって各党の各選挙区の議席数が決まります。その議席は、そこの該当地区の個人票の多い順に与える。こういうようなことにいたしますと、比例代表制は顔が見えない選挙ということではございませんで、顔が見える選挙制度になるわけでございます。  ただ、このような方法でも、もちろん欠点はあるわけであります。その一つの大きな問題点と申しますのは、各選挙区の定数というようなものが、今の案では定数をわざと定めてないわけでありますが、人口に比例しない、多少の過不足が生じるということであります。現に、ドイツの場合でも、各州の議席定数というのは決まっておりません。ですから、各州での議席というのは、人口に比例して割り当てたときに幾つかの議席が過不足をしているのが実際であります。イタリーの場合は、計算の都合上仮の定数というものが定められておりますが、しかし、やはり定数にプラス・マイナス一とか二とか、もちろんぴったりのことがございますが、そういうようなことが起きてはおります。  しかし、そういうような現象は、政党の間の票の割れ方、あるいは政党の中でどの選挙区でどういうぐあいに票が割れたかという偶然によって左右されることでありまして、現在日本で問題になっているような一票の重さ、格差というようなことは起きないのであります。しかし、中にはやはりそのことを問題になさる方がございますので、そのような場合には、さらに条件をつけまして、そうして各選挙区の定数を守るというような規則をつくることも可能であります。ベルギーではそういうような方法で議席定数を守っております。  このように、別に、比例代表制であれば顔が見えないとか、そういうようなことはないのでありまして、各国それぞれ苦心をしている。日本でも大いに苦心をして、完全な比例代表制が実現するようにと私は祈るものでございます。  以上でございます。(拍手)

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 ありがとうございました。  以上で公述人の御意見の開陳は終わりました。     ―――――――――――――

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 これより公述人に対する質疑を行います。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。武村正義君。

武村正義自由民主党

○武村委員 四人の公述人の先生方には、大変ありがとうございました。御多用の中、国会にお運びをいただいて、大変含蓄のある、それぞれ御専門なり、深い御経験の立場から、貴重なお話を承ることができました。多少感想を述べながら、お尋ねをさせていただきたいと存じます。  宮内公述人と天谷さん、お二人はともに、政治と行政のかかわりについて鋭い御指摘をいただいたと思っております。双方の矛盾、表裏一体であるというふうにも言えるわけでございます。今日までは、政治と行政の世界と、そして経済界のいわばつくり上げたネットワークといいますか、宮内さんの言葉をかりれば、この構造が日本の国の発展に寄与してきたというふうな御評価もあったようでございますし、天谷さんの方は、むしろそこに、一番大きな日本の矛盾、問題があるんだという御指摘でございました。  特に自民党側の、政権与党側の問題点としましては、鋭く、大きな政治は専らアメリカに依存をし、しなくてもいい行政の分野の仕事に政治がどんどん深入りをしていった、介入をしていった、そのことが政治の行政化を招き、また行政の政治化を招いたという御指摘でございました。要するに、今なぜ政治改革が必要なのかというときに、とらえ方の問題であろうかと思いますが、行政の視点も含めて、日本の政治改革の主張をいただいたというふうに拝察をいたします。  そこで、行政改革は、もう何次にもわたりまして、政府を中心に努力を重ねてきているわけでございますが、今なお、三公社等の民営化はともかく、行政の中枢についてはほとんど改革の実が上がっていないのが現状でございます。そんな中で、お二人に、政治改革と行政改革のかかわりについて、もう一度総括的にお話を承りたいと思うのであります。  特に行政改革の立場から見ますと、今の鈴木会長の行革審も御苦労いただいていますが、何となく政治のかかわりは避けておこう、何か直接かかわってはいけないような扱いのような雰囲気に感ずるわけであります。天谷さんがずばり御指摘いただいたような、族議員の問題、自民党の政調の関係もございますし、あるいは議院内閣制の大臣、政務次官等々の役割の問題もあろうかと思いますし、国会全体の運営と行政とのかかわりでは、ある種絶えず国会が行政を縛りつけて、拘束をして、いわば行政の公務執行をかなり妨害しているという実態すらあるわけでございまして、そんな問題も含めて、行革と政治改革、どっちかといえば行政改革、日本のあるべき統治構造、健全な行政の姿から見て、政治の問題点について、もう一度、同じことを聞くことになるかもしれませんが、まずお伺いをいたしたいと思います。

宮内義彦経済同友会幹事

○宮内公述人 ただいまのお話のとおり、私の経験を述べさせていただきますと、行革審の豊かなくらし部会の専門委員を仰せつかりまして、約一年半、行革審の進行とともに経済人の一人として参画してまいりました。そして、私が非常に疑問に思ったことは、現在の行革審がいわゆる総務庁という行政機構によって行われておりまして、そのときの部会の委員の構成を見ましても、約半分行政のOBの方々がおられる。そういうような中で行政改革を進めていくということは、非常に難しゅうございました。  例えば、パイロット自治体という構想が出たわけでございますけれども、これは、中央の権限を地方へ持っていこうということで部会で取り上げたわけでございますけれども、総務庁が大変御苦労をした割には、各省庁の縦割り行政の抵抗がございまして、結局、できることしかやらないという形でございました。  私は、その専門委員の一人として強く感じましたのは、行政改革は行政府が行うべきではなく、政治がリーダーシップをとって、日本の行政の大きな骨組みを変えていくということで、なぜこれが立法府の中で行われないか、きょうに至るまで非常に疑問に思っていることでございます。例えば、参議院には調査会というふうな制度がもともとございまして、国の長期的な方向づけを考えるということは制度としてあるわけでございますから、そういうところがリーダーシップをとるというのも一つの方法がというふうに強く感じました。  それから、経済人の一人として感じますことは、やはり政財官という三つのネットワークが戦後日本の経済をここまでつくり上げてきたわけでございますけれども、その中で、自由経済の最も重要なことである市場経済といいますかマーケットメカニズムというものを尊重しない、マーケットメカニズムより、もっと啓蒙的といいますか、行政指導によって経済を運営した方が効率が上がるんだ、まさに戦後は上がったわけでございますけれども、高度経済社会になっても同じようなシステムが生きている。  その中に、先ほどお話がございましたように、経済界と行政、まあ政治も巻き込んで、ネットワークが余りにも強くつくられてしまって、これが不正とか腐敗とかと言われるマイナス面を生じさせておりますし、また国際関係から見ましても、日本の不透明性それから規制社会というようなことが批判を浴びてきているわけであります。私は、政財官は、ネットワークの時代が過ぎて、チェック・アンド・バランスの時代に入った、お互いがその機能を追求し、お互いの行き過ぎをチェックしていくというふうな関係に入る時代に来たというふうに考えるわけでございます。  以上でございます。

天谷直弘電通総研所長

○天谷公述人 私は、役人を長い間やっておりましたから、役人のことは少々わかるつもりでありますが、しかし、これは国会の先生方は百も御承知のことでありますけれども、役人は、本能と言っていいかと思いますが、本能的に縄張りを守る性格を持っております。自分の縄張りを守り、かつ拡張するために予算をとる、できれば予算をふやしたい、それから、法律を通していろいろ権限をふやしたい、こういう本能的な性格を持っておりますので、もしその役所の持っている方向が正確であれば、その方向が国家から見て正しい方向であれば、役人が自分の縄張りを拡大しようとして一生懸命働くことは、アダム・スミス流に言えば、予定調和になって結構なことであると思います。  問題は、方向が正しくない場合が少なからずあるということであります。もっと具体的な例で申し上げますと、例えば公共予算のプロラタ制は有名であります。道路の予算、橋の予算、農水関係の予算すべて、何%というふうに割合が決まっておる。決まっているということは、役人が皆縄張りを固執するから、結局、現状維持するよりほか仕方があるまいということで、それを政治が認めているということでありますが、しかし、政治の本来の役割から考えれば、政治が任務を放棄してしまっているということだろうと思います。  経済情勢が変わり、環境が変わるにつれまして、例えば道路にもっと重点を置くべきだとか、あるいは、そうじゃない、新社会資本にもっと重点を置くべきだとか、要するに、どこにウエートを置くかというプライオリティーを状況に応じて変わらせるのが政治の役割である。それを固定してしまうということは、政治が何にもしないということを意味しておる。ですから、今の公共投資の予算のプロラタ制というのは、政治の自殺行為であると私は考えております。そういうことで、政治が自殺して、方向決定を放棄したところで官僚が我田引水ばかりやっておるというのでは、日本全体として国益の大きなマイナスとしか考えられないと思うわけでございます。  同じことは、ゼロシーリングということについても言えます。大蔵省は、財政再建しようといたしますと、ゼロシーリングということをしばしばやりますが、ゼロシーリングというのも価値判断の放棄であります。予算をカットしなければいけないにしても、あるところは大きく削り、あるところは少なく削り、またあるところは場合によっては緊縮予算のもとでも伸ばす必要がある、それが価値判断というものである。そういう価値判断は政治の役割である。行政はそんなことできません、もともとそんなことをする役目を負っていないわけでありますから。行政は、自分の畑を耕すというのが行政の本来の役割である。したがって、例えば農林予算を減らす、そして、例えば大学の施設や研究開発のための予算をもっとふやす、そういうことをやるのは政治しかできないわけであります。  ところが、現実の政治を見ますと、政治と、要するに、例えば建設族と建設省、農水族と農水省というようなものがかたく結合しておりまして、そしてプロラタを変えまいとする。あるいは、横並びで、あるところを余計カットするというようなことは絶対反対と叫ぶ。それは、行政が叫ぶならいいのですが、政治がそれを叫んでおる。そういうことでは、国家の進路はただ過去の延長線上にしかないということになります。国家の方向が中央線の電車みたいに真っすぐに走ればいいときは、政治は何にもしなくてもよろしいと思います。しかし、今のように世界情勢が激変しているというときには、政治は国家の方向を判断して、右せんか左せんか考えなければいけない。役人はそんなことをやりません。ですから私は、政治が本来の機能を取り戻していただきたい。  ただ戦後、日本がパクス・アメリカーナの小さなメンバーであったときには、日本は方向判断をする必要はありませんでした。しかし今や、パクス・アメリカーナなるものはほとんど崩壊してしまっておる。日本が国際社会の中で、自主性を持って、世界のあり方と日本のあり方を考えなければいけない。そのときに、それを判断することができるのは政治しかない、政治家しかないと私は考えております。ですから、それをやっていただきたい、そして行政に進むべき方向を指示していただきたい、こういうふうに私は考えております。

武村正義自由民主党

○武村委員 天谷さんにもう一度お聞きいたしますが、政治改革は、自民党の持っている病と、長年政権を持っている与党の中でできてしまった病と野党の病、この二つにメスを入れることだというお話でございました。それはそれでわかるわけでありますが、それ以外にもたくさん問題があるようなお話もちょっとありました。  御承知のように、政治改革そのものも大変幅も広くて、奥が深うございます。国会の中でも、一部の人は今なお、四法案、六法案じゃなしに、腐敗防止をやるべきだというふうな、大変これこそ瑣末な主張をされる人もいるわけであります。そもそも腐敗防止という問題だけを取り上げましても、これも大変幅も広くて、根が深いわけでありまして、今おっしゃったような問題も、行政とのかかわりも腐敗防止の大きなテーマでありますし、あるいは贈収賄をめぐる刑法そのもののあり方、そういう論議も腐敗防止の中心になるテーマでありますし、また、金丸事件なんかを反省しますと、税制の、まあ法律論もございますが、運用論、ああいう使途不明金の世界も含めた、こういう不明朗な世界に大きくメスを入れるのも腐敗防止の一つの柱になってくるわけです。  言ってみれば、今私どもが国会に提案をしております四つなり六つの法律は、腐敗防止という視点でとらえましても、その目的の単なる第一歩、第一段階の制度論にすぎないわけであります。その中からまた選挙制度を抜いて、何か腐敗防止だけをちょこちょこっとやればスキャンダルはなくなるかのごとき、あるいは国民世論にこたえられるかのごとき議論が一部で出始めているのを大変残念に思っているわけですが、天谷さんの今の御指摘は、この二つの、日本の、まあ与党、野党という立場からお話しになりましたけれども、基本的な構造にまで及ぶ問題意識、そこからごらんになっても、まだこれでも不十分だ、もっと幅が広いんだ、まだほかにもたくさん問題があるというお話がありましたが、もう少しその幅を広げて、もう一度お話をいただけますでしょうか。

天谷直弘電通総研所長

○天谷公述人 先ほども申し上げましたように、政治改革は、大変奥行きが深く、間口も広く、しかもいろいろな利害が絡んでおり、また、物の考え方につきまして、何が正しい政治のあり方かということに関しましても議論が複雑に分かれておりますので、快刀乱麻的な答えというのは不可能だろうと私は思います。  そういうことを申し上げた上で、やはり私は、先ほども申し上げましたように、自民党について言えば、族議員とか派閥の問題というものにぜひとも真剣に取り組んでいただきたい。そして、もっと政治が、横断的に見て、横断的にといいますのは、例えば通産省も農林省も建設省も、あるいは防衛庁も文部省も全部横並びで眺めてみて、日本のために一体どこの行政に重点を置かなければいけないのか、どこにお金をつぎ込まなければいけないのかというようなことを判断するようなシステムをつくっていただきたい。例えば、今の自民党政調会の縦割り部会ではそういう判断はできないんじゃないかと私は考えておりますが、そういうようなこと。要するに、もっと横割りで価値判断をするような政治組織を政党においても国会においてもつくっていただきたいというようなことをまず考えております。  それから、国会について言いますれば、国会の委員会の縦割り制というのは、どう考えても問題が多い。それから、国会の討論の方式というのも、クイズみたいで、これもどうしてこういうことが行われるのか、とても理解できない。それから、さらに根本的な問題としては、衆議院と参議院という二院制になっておりますが、参議院が衆議院のラバースタンプみたいな存在では、何のため存在しているのか。要するに、これは、効率から考えても、コストから考えても、極めて問題が多い。ですから、参議院につきましては、そのレーゾンデートルを明らかにするような改革をぜひ考えていただきたいと思います。  それからまた、国家の基本方向を考える、日本国として一体基本的理念をどこに置くかということを考えますれば、当然のこととして憲法に問題が及ばざるを得ない。今の日本国憲法を考えますと、一つの憲法から百八十度方向が違うような解釈が出てくるのであります。例えば一つの憲法から、非武装中立論も出てくれば、自衛隊を海外派遣しても当然という考え方も出てくる。要するに、一つの書法からそんなに違う解釈が出てくるというのは、憲法が玉虫色過ぎるということを意味しておると思います。私は、憲法は国家の理念を決める上で基本的に重要な文書だと思いますから、これが玉虫色であっては困るのでございまして、やはり政治が国家の基本理念を決める場所であるならば、国会において、憲法の理念というものは一体どこにあるのかというようなことをもっと徹底的に討論をしていただくべきではないだろうかというようなことを考えております。  もちろん、皆様が真剣に取り組んでおられる選挙制度とか、あるいは腐敗防止とか、そういうようなことも当然重要な一環であると思いますけれども、しかし、基本的に大事なことは、やはり国家の基本理念、基本方向を判断する、私は、それが政治の基本的な役割だということをくれぐれも記憶にとどめていただきたいというふうにお願いするものでございます。

武村正義自由民主党

○武村委員 ありがとうございました。  選挙制度については、特に阪上さんと西平さん、御専門の立場から大変詳しいお話を承りました。阪上さんは、もう二十年来、西ドイツの併用制を主張してきたというお話でもございました。おっしゃったような併用制の利点も、それなりに理解ができるわけではありますが、一つ基本的に、この国会の議論もそうでありますが、何となく、民意の反映と民意の集約、あるいは言葉をかえれば、代表論と統合論というのでしょうか、こんな形で小選挙区と比例代表、二つの選挙制度の長短を論じ合ってきたわけであります。  私は、その議論の中でいつも思うのでありますが、西平さんおっしゃったような比例代表制の場合は割合シンプルでありますが、社会党の出された併用案も、西ドイツも、比例を基本にしながらも、それでも三百なり二百の顔の見える小選挙区、いわば相対多数で、過半数どころか比較多数の一番の人を全体の代表に選ぶという仕組みを導入しているわけでありますが、特に日本で考えますと、この比例代表選挙、いわゆる政党に投票をする選挙というのはなかなかまだなじんでいない。これは委員会でも私も答弁したのですが、自治省の明るい選挙の協会のアンケートなんか見ましても、過去四回比例は経験済みでありますが、それでも六割の国民が、わからない、なじめない、こういう答えなのです。  民意というときに、国民、有権者の政党支持の民意だけをとらえて論じておられる、野党の皆さんもそんな感じがするんです。やはり政党支持の民意と、だれに自分の政治意思を託するのか。それは個人であり人物でありますが、同時にそこには、何々党のだれでございますから、当然政党の色分けはあるわけですが、そのことも含めて、だれに民意を代表するか、反映するかという議論が欠けているのではないか。  特に、日本では、まだ政党そのものが国民に十分身近な存在になり切っていないということもありますし、政党みずからも熱していないという点もあるかもしれませんが、そういう状況の中で、政党を選びなさい、確かに政党の中には、比例代表の場合は名簿の順位がずらっと並べられておりまして、個人の名前もあるのですけれども、いわば抽象的な、政党を選ぶ民意だけの議論でいいのかどうか。熟していない日本では、それでは片手落ちではないかという感じがして仕方がないわけであります。そんな意味で、ひとつ阪上さんに、この民意論、民意の反映という抽象的な言葉では全くうなずけるわけでありますが、ここのところを、少しお話をお伺いいたしたいと存じます。

阪上順夫東京学芸大学教授

○阪上公述人 お答え申し上げます。  おっしゃるとおり、民意の反映というのは必ずしも政党支持ということだけではない、そのとおりだと思います。しかし、現在の政治が政党というものを基盤にした政党政治である、そういうことから考えますと、やはり政党の機能として、国民の意思をある程度集約して、国政に反映するということが基本でございます。そういう意味で、それを個人の議員にすべて代表させるという形では、現在の政治というのは成り立っていかないというふうに思います。  そういう意味で、私は、基本的に現在の議会制度の中では、やはり政党というものを基本にせざるを得ない、しかし、ある程度国民としても候補者を選ぶ、そういう意味で、単なる比例代表制ではなくて、小選挙区を加えた、個人の候補者の選択もできる、そういう考え方に立つ併用制が適当であるというふうに考えているわけであります。

武村正義自由民主党

○武村委員 西平さんからは、比例代表制とおっしゃいましたが、民社党が提案をされております都道府県単位のいわば非拘束方式、名簿非拘束の比例代表制のお話がございました。これは一つの案だと思いますし、特にイタリアの下院議員選挙のシステムだろうと思うのであります。私ども、これは、顔が見えるとか、都道府県単位であるというよさも率直に認めますが、同時に、社会党、公明党もそうだろうと思いますが、今回の中選挙区制改革の一番基本である、同じ政党の仲間が厳しい争いをすることをやめよう、そのことが一つの出発点にあるわけでありまして、これだけじゃありませんが、これがそのまま残るわけです。  むしろ、都道府県という大選挙区に広がって、政権党に限らず、人ないしは中の政党は当然複数になってきますから、府県でございますからね、ここで同志が争いを展開していくというこの矛盾がこの提案の中では解決できないというところが一番問題点だと思っています。定数があらかじめ決まらないとか、いろいろほかにもありますが、この点をどうごらんになっていますか。今の私どもの中選挙区制廃止というこの原点にある、一つの大きな論拠である、同士打ちをやめるべし、ここのところが、先生の御提案、あるいは民社党の提案では解消できないという矛盾をどうごらんになっているのか、お教えいただきたいと思います。

西平重喜上智大学経済学部教授

○西平公述人 御返事申し上げます。  今お話のありましたように、お互いの同士打ちということですが、これは、候補者の方から見れば、同士打ちは解消されないのでありますが、有権者の側から見れば、要するに、同じ政党のAという候補者、Bという候補者のどちらかに行くのですから、有権者の側から見れば、それは同士打ちではないわけです。片方が共食い、共倒れで落ちるわけじゃないわけですね。同じ自民党なら自民党のAという候補者とBという候補者の票をプールして、どちらかの議席にするのですから、そういう意味で同士打ちにはならないわけであります。  それと、もう一つ、有権者の方から見ますと、候補者の方々は大いに争っていただきたいのです。その場合に、はっきり申しますと、お金や何かでどうこうという、それはよくないことです。しかし、同じ政党の中の方でも、いろいろな方が自分たちの意見をはっきり言ってくださること、これはもっと今までよりはっきりしていただいた方がいいと思うのです。そういうような意味で、その問題はなくなると思うのです。  それと、もう一つ、定数の方は、もしどうしても守れという方がよければ、それは一つの規則をつくりまして、定数を守るような手段ができます。現にベルギーでやっているのがそういう手段であります。

武村正義自由民主党

○武村委員 十分納得ができませんけれども、まあ承りました。  最後に、企業献金の話は、西平さんはお話がなかったでしょうか。宮内さんと天谷さんからは、廃止をする必要がない、節度をきちっとわきまえて残していいという感じのお話でございましたし、阪上さんは、きっぱり廃止をすべきだという論陣でございました。  私ども、ここで議論しておりますように、今日までも、正規の献金、要するに一定の、企業側から見れば献金の枠ですね、それから政治家の側から見れば受ける枠、これに違反したケースは全くないわけであります。問題は、正規の献金枠を超える、いわゆるやみとか墓とか言われる、そういう企業の金が事件を起こしている。問題は、そこをどうするかというところが焦点だと思うのであります。これはもう繰り返しません。  ここのところ相次ぐスキャンダルで、何となく、どのスキャンダルも根っこは会社にある、企業にある、だから企業献金がだめなんだ、まさに、企業献金性悪論から企業性悪論のような、魔女狩りのような雰囲気だと私は思っておりますが、冷静に考えれば、本当に、これはオーバーな言い方をしますと、幾らルールを厳しくしても、構造を変えても、自動車事故が減らない、一年間に一万人も死ぬ、十万人以上の人が傷ついている。この自動車事故の損害を考えれば、もう自動車そのものを禁止しよう、もうだめだ、こういう議論に近いような感じもするわけです。かつてのアメリカの禁止論もそうでありましたし、まあ最近、私はたばこを吸いますが、たばこに対する世論も、そんな感じもしないではありません。マッカーシズムのような感じもするのでありますが、そんな形で、ムードで、企業献金全体が悪であるというふうな議論の仕方は、大変私はこれは粗っぽいし、後世、禍根を残すのではないか。  現実に、社会党さんにも本当はお尋ねしたいのでありますが、個人献金は一体どのくらい社会党は党として年間受けておられるのか。あるいは、個々の皆さん方ですね、一体、年間どのくらい個人献金があるのか。これは、もう聞かなくても、大変少ないと思うのです。まあ我が日本では、もともと、私もかつて申し上げましたように、そういう献金、真っ白な気持ちで人や社会に金を出すという習慣がまだない民族だという文章も読んだことがあるのですけれども、とにかく現実がそうでありますから、企業献金を禁止するということは、もう金は入ってこない、寄附や献金はないということを覚悟せよという主張になるわけです、現実論として。  ですから、そうなると、だから公的助成だ、これはわかるのですが、公的助成もやはり一定の額、一定の節度がなければいけません。今回は、一応国民一人当たり二百五十円で三百億円前後を想定しておりまして、自民党側でいえば、全体の資金量の約三分の一ぐらいを税金でお願いしようという決断なのでありますが、しかし野党の皆さんから見ると、個人献金がほとんどないとしますと、団体献金も企業献金も禁止するとおっしゃいますが、そうなると、結果論としては、もう八割、九割は公的助成に頼ろうということのように聞こえて仕方がありません。  今後新しい政党が出てきますと、もう公的資金だけでやっていこうという政党が出てきますと、一体政党とは何か。国家の財政によって大半の、ほとんどの資金を賄う政党、これは本当に自主的な政党と言えるだろうか。政党の魂までなえてしまうのじゃないか。そんなことも考えますと、西ドイツのルールのように、例えば寄附、社会党がおっしゃるなら、個人寄附の総額を上限にして、その範囲内でこれこれというふうなルールを本当は決めるのが正しいのじゃないか。個人献金なり寄附は何ぼあろうとなかろうと、もう議員の数なり投票率によってどんと出すんだという、これはちょっと粗っぽいなあという感じすらするのです。  私は、社会党を批判しているのじゃなしに、現実に私どもも、一部お医者さんとかお坊さんとか、数えるほど個人献金を受けております。しかし、まあ頼みにくくて、また頼んでも、個人から一万円いただきますと、企業から一万円いただいたよりは、はるかに義理を感ずるといいますか、感ずるなど言われても、そういう情感まで伴うものでありますから、何となく個人献金がクリーンで、フェアで、企業献金はだめだという、この時流に乗った考え方で事を決めていくのは、将来を考えると、大変心配なのであります。そういう意味で、厳しい節度を設けながら、ルールをきちっと確立しながら、一定の企業献金は認めていっていいと思っているわけであります。  この点について、もう時間がありませんが、一言ずつ、もう明快ですから、阪上さんだけですね、廃止論をおっしゃいましたから、阪上さんと天谷さんに一言ずつおっしゃっていただけますか、企業献金是非論をめぐる問題について。

阪上順夫東京学芸大学教授

○阪上公述人 私は、企業献金すべて悪と言ったわけではございません。ただ、第五次の選挙制度審議会の答申で、なぜ企業献金というものを政党本来の原則からは外すということがうたわれたか。それは、その当時、黒い霧事件あるいはロッキード事件、こういう事件を踏まえて、企業献金は非常に問題が多過ぎるということで、政治のあり方として、まあアメリカに倣って、もう企業献金は廃止すべきである、そういう考え方が審議会の委員の中で合意となって、ああいう表現になって今日まで来ているわけであります。  企業献金がなくなれば政治資金が全くなくなるということは、私は、ないと思うのですね。やはりアメリカなんかでも、基本的に、政治資金というものを広く大衆から政治委員会に集めて、そして選挙運動をやっているわけであります。その上に公的助成というものが大統領選挙に置かれるようになったわけでありますから。ですから、日本においても、もし今回のこの政党への公的助成という、国民の税金を政党にゆだねるということであれば、もう問題の多い企業献金というものをやめて、政党本来の姿と答申でうたわれた個人献金と党費を中心とした政党運営にすべきである、私はそのように考えるわけであります。

天谷直弘電通総研所長

○天谷公述人 先ほど申し上げたことの繰り返しになりますけれども、私は、自由主義社会におきましては、個人であろうと企業であろうと、基本的に自由の権利を有していると思います。その基本的な自由の権利は、経済活動をする自由であり、政治活動をする自由である。政治活動をする自由の中には献金をする自由も含まれているというふうに思います。  しかし、その自由が乱用されて、非常にアンフェアなことになる。経済活動の分野でいえば、独占の弊害というようなことが起こるとか、不公正取引が行われるとか、そういうことは自由の乱用でありますから、制限されなければなりませんし、政治の分野においても、もし企業が巨額の献金をして、それが大きな実質的な政治的発言権を有するということになるのは問題でありますから、そこで平等とか公正という見地から、企業献金について一定のルールをつくるということは必要であろうと思います。  しかし、原則としてそれを禁止するということは、過剰な自由制限であるというふうに考えますので、私は賛成ではありません。

武村正義自由民主党

○武村委員 ありがとうございました。

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 松原脩雄君。

松原脩雄日本社会党・護憲民主連合

○松原委員 社会党の松原でございます。  公述人の皆さん、大変御苦労さまでございます。この特別委員会も、自民党と社公がお互いに案を出して、これまで議論を続けてきたわけでありますが、次第次第にお互いの相違点が鮮明になってまいりました。そして、このまま相違点を持ち越していったのでは最後の結論が出てこないという双方の危機感から、何とか政治改革を実現するために知恵を出し合おうではないかという雰囲気になってきているわけでございます。  そういう意味で、きょうの公述の、いろいろなお立場がありますでしょうが、私どもの委員会が今置かれた、とにかく妥協なら妥協しようという点で、我々の今後の道筋に有益な御示唆をいただければ大変ありがたいと思っております。  私は、今度の政治改革の重要な一つの柱になりました選挙制度につきましては、実は、冷戦時代が終わりまして、いわゆるイデオロギーの対決によって世界が二つに引き裂かれる、それは世界も国内においてもそうだという時代が終わって、いわゆる非常に多様な意見や要求が噴出をする社会になってきたと思います。したがって、我々が選挙制度を今後将来に向かって展望する場合にも、何とかこの多様な意見、社会におけるいわば社会の意見分裂と言われるようなものを政治の世界に何とか反映する仕組みを一つはきちっと持っておかなければいけないだろう、そうしないと国民の本当の統合という問題は生まれないだろうと思います。それが一つ。  しかし他方では、野方図にやっておりますと、いわゆる政権の交代というふうな重要な政治命題については果たしてどうなんだろうか。例えばイタリアのように、多様な民意の反映のみを重視しておりましたら、なかなか政権交代の問題なんか生まれてこない。そういう意味からいって、政権交代にたえ得るような、多様な意見も保障しながら、政権交代にもだえ得るような基軸の二大政党と言われるものをうまく組み合わせて、そして、これからの新しい時代の新しい選挙制度を構築していくべきじゃないかなというふうに私は思っております。  我々社公が提起しました併用は、まさにそういう政治的効果を現実にドイツにおいて持ってきたのではないか。したがって、今後におきましても、いわゆる小選挙区制と比例代表のいわばミックス、混合型と言われるものが、恐らく今後の我々の議論にとって大事な位置を持ってくるのではないか、連用もまさにその一翼になり得ると私は思っております。  そこで、二十年前から併用制に着目をされておられます阪上公述人にお伺いをします。  先ほど、いわゆる小選挙区制を組み入れるのは、比例代表制のよさに、国民の代表を選ぶというよさに、地域の利益代表の面を入れるために小選挙区制を組み入れるという御説明をされました。しかし、そういう面は確かにあるんだろうと思うのですが、現実の政治的効果、例えばドイツの例を見ておりますと、保守党と、それからSPD、ドイツ社民党という大きな二大基軸政党があり、それに自由党ですかFDPのいわゆる第三常があり、そして、例えば緑の党のように、新しい要求をはらんだ政党も中から生まれてくることができる。そういうふうな意味合いで、一定の多様な意見を反映しながら、しかし大きな二基軸政党があって、政権交代が現実に行われてきたといういわゆる効果を発揮してきたと思うのでありますが、その点の私どもの見方については、先生のお考えはいかがなものでしょうか。

阪上順夫東京学芸大学教授

○阪上公述人 お答え申し上げます。  ドイツの選挙制度がそういう組み合わせの混合制度になったというのは、その前のワイマール時代の完全な比例代表制というもので小党分立になり、特にナチスという小さい政党が次第に支持を高めて大きくなって、それが政権をとるまでに至った。その反省に立って、どういう形の選挙制度がいいかということから編み出された制度であります。ただ、その当時の西ドイツの混合方式は、基本的には比例代表制でございます。したがって、必ずしも二大政党というものを前提にした制度ではないわけであります。しかし、一つは、余り小さい政党が出ないように五%条項というものを設定して、そして得票率が五%未満の政党には議席を配分しないという規定を設けて、さらに、基本的な政党としてキリスト教民主同盟と社会民主党、二つの大政党が相対峙するという形の政党制ができたわけでありまして、そういう中で約一〇%の得票率を持つ自由党がその中間に立って、これは絶えず与党側に連立政権として参加するというような形になっているわけです。  したがって、この併用制というものが、必ずしも、二大政党制というものを前提にし、あるいは、まあ小選挙区のように第三党以下を排除するというような形で機能していない。そういう意味では、二大政党制というものが今後日本において併用制で確立てきるかというと、私は、必ずしもそうではない、むしろ逆に、併用制という形で選挙制度がもし設定されますと、多党化の方向に進んでいくんではないかということを考えます。     〔委員長退席、中西(啓)委員長代理着席〕  私は、そういう中で、むしろ幾つかの政党が連立政権を組み、そしてその組み合わせがある程度交代しながら緩やかな政権交代をしていく、そういうのが今後のあるべき姿ではないか。これを無理やり二大政党にするということになると、小さい政党はなかなかこれから代表として出てこれなくなるという危険性があると思うのです。そういう意味で、むしろ国民の価値観が多様化しているという現状から踏まえると、二大政党制に余り固執せずに、むしろ連立政権の方向をとった方がいい。社会党の御趣旨とは少し私の考えが違うかと思いますが、その方が現実的な方向ではないかというふうに思っております。

松原脩雄日本社会党・護憲民主連合

○松原委員 いわゆる小選挙区制が制度の中に入っていますので、事実上、その小選挙区で相戦う二大政治勢力というものがどうしても抽出されてくるだろう。それが結局、ドイツの戦後の政治を、ああいう保守党対社民党という形を軸にして動いてきた効果を与えたのではないかなというふうに私はとらえております。  そこでもう一つ、これは参考までに阪上先生にお聞きしておきたいのですが、やはりこの間の委員会の議論で、自民党も社公も、今の中選挙区制は制度疲労で、これはもう廃棄をすべきであるという点では意見が一致をした。中選挙区制に相変わらずこだわっているのは共産党の方だけであるということなんですが、先生が、中選挙区制ではなくて、いわゆる併用制の説をおとりになったときに、中選挙区制の弊害と言われるものはどのようにごらんになっているのでしょうか。  先ほど自民党の委員が御指摘になりましたように、やはり根本的なところは、一つの選挙区で一つの政党が複数立候補をさせなければいけないというところに問題の淵源がある。一方では、万年与党になる条件がある。しかし、万年与党の中で、それが個人主義がもしくはサービス合戦がというような弊害を生むだろうし、他方では、野党の方では万年野党になる、なかなか複数立てられないというふうな弊害がずっと続いてきて今日に至ったと思うのですが、その点について、同士打ちと言われるものも含めた、一つの政党が複数出さなければいけないということについて要するに中選挙区制廃棄の主張の根拠があるように思うのですが、先生のお考えはいかがでしょうか。

阪上順夫東京学芸大学教授

○阪上公述人 先生のおっしゃるとおり、中選挙区制の一つの大きな問題点は、同士打ちによる個人本位の選挙になるということでございます。特に中選挙区制は、最初に設定されたのが大正十四年の普通選挙法のときなんですね。途中、戦後一回だけ大選挙区制になったことがございますけれども、いわばもう七十年ほどにわたって一つの制度がずっと続いているわけであります。戦後の昭和二十二年に新しい現在の中選挙区制になったわけでありますけれども、それから考えましても、もう五十年近い、半世紀近い日時がたっておりまして、そういう意味で、一番大きな問題点は、同士打ちという問題があるわけですが、それと同時に、やはりこれだけ長く一つの制度が続きますと、どうしてもそこに地盤の固定化ということが生じてきて、それによってなかなか新しい議員が進出できない、そういう問題点も一つ大きくあると思うのです。  そういう意味で、私は、なかなか理想的な選挙制度というのはないのですが、やはり一つの制度を余り長く続けてしまうと制度疲労や問題点が起きてしまう。したがって、私の個人的な意見で言えば、十年くらいの間隔である程度選挙制度を交互に変えるぐらいのことをした方が本当はいいような感じもするのですが、いずれにしても、中選挙区制というものはできるだけ早いうちに改正しなければならない。  そのときに、小選挙区にするか、ほかの制度にするかという問題が起きてくるわけでありますが、私は先ほど述べたような理由で、その当時から、併用制というものが日本の制度に基本的には合致しているのではないか。これは、先ほどおっしゃられたような、小選挙区制というのが一つの基本にあり、それがやはり二大政党制というようなものをある程度育成するような基盤になる、そして、全体が比例代表という形で国民の意思が正確に国政に反映する、そういう考えでございます。

松原脩雄日本社会党・護憲民主連合

○松原委員 今度は宮内参考人にお聞きしますが、先ほどいわゆる妥協が必要だというふうに力説をされて、連用制は検討するに値するというふうにおっしゃったわけでありますが、連用制のどういう効果というか機能に着目をされて、検討に値するというふうにおっしゃったのでしょうか、ちょっとお知らせいただけますか。

宮内義彦経済同友会幹事

○宮内公述人 私は選挙制度の専門家ではございませんので、一経済人の立場で現在の政治改革の行方というものを考えてまいりますと、妥協を図って、何か政治の場を一歩前へ進めるということが一番重要であるというのが大前提でございまして、それで、選挙制度の問題でこの政治改革が流れるということは、そういう意味では、何としても避けたい。そこへ民間臨調から案が出たわけでございますけれども、これは、理念としてどうかというふうなことよりも、いずれにしましても、結果的に自民案と社公両党の実との真ん中ぐらいというふうな判断が出たわけでございまして、私自身、専門的にはわかりませんけれども、もしそれが真ん中ぐらいで、妥協の一つの目安として、政治改革を進めるための妥協の目安としてこれが使えるのであれば、ぜひこれを基本にお考えいただくのがいいのではないか。理念に基づいて両論が平行線をたどり、そのために政治改革が流れるということは何としても避けたい、そういう思いからでございます。  そういう意味で、連用制は激変緩和みたいな面もございますし、いろいろな調査によりますと、両案の歩み寄り可能の位置にあるのではないかという、そういうちょっと政治的判断といいますか、の方が先行しているわけでございまして、理念では、そういう意味では私はそう強いものを持っているわけではございません。  以上でございます。

松原脩雄日本社会党・護憲民主連合

○松原委員 西平参考人にお聞きしますが、参考人の御意見ですと、都道府県単位の比例制になりますね。比例制で、都道府県単位で区切るということじゃなかったですか。私、誤解しておりますか。  そうしたら、いわゆる比例制で小選挙区制を組み合わさない場合に、よく指摘される比例制のいわゆる欠陥として、小党分立もしくは小党乱立、先ほども御指摘がありましたが、ワイマールのときのドイツあるいは今度のイタリアですか、これがいわゆる中心軸を失って、小党乱立や分立になりやすいという指摘があるのですが、この点についてはどんなふうにお考えでしょうか。

西平重喜上智大学経済学部教授

○西平公述人 私があれしておりますのは、立候補は都道府県であるけれども、得票は全国プールするということでございます。  それから、小党乱立というのは、もしそれがいけないことであるならば、それはドイツのような、あるいはスウェーデンのような、イタリーのような、下の敷居を設ける、足切りを設ければいいことだと思いますが、しかし、全体的に見て、やはり今多様化している国民のニーズに応じたみんな代表が出て、そして、いわばにじのスペクトルのように順々に色が違っている、そういうものが、お互いに国民のためにやらなければならないということで一致できないはずはないわけでして、そういうようなむしろバラエティーがある方が、例えば真ん中からちょっと右寄りの内閣、真ん中から左寄りの内閣というようなぐあいにうまく機能していくのではないかと思います。  例えば二大政党制という場合にも、イギリスのように、保守党と労働党という全然違ったイデオロギーに基づいた二大政党になりますと、これは、イギリスの今日のようなむだ、イギリス病というようなものが生じた一つの原因はそういうところでありまして、そういう点では、むしろたくさんの政党があった方がいいのではないかと思います。

松原脩雄日本社会党・護憲民主連合

○松原委員 阪上先生にもう一度、連用制の件で、これはどちらかといえば小選挙区だろうという趣旨のことをおっしゃったように思うのですが、連用制というのは、見方によって並立にも見えてしまうし、あるいは併用の一種じゃないのかなと見えたりするのですね。それで実際、超過議席が併用の場合も一番頭が痛いわけですけれども、超過議席が出ない場合、連用制というのは併用と同じことになりますね。  超過議席が出た場合に、いわゆる違いは、併用制はそのまま超過議席が出た分だけとった人に上げましょうという意味で小選挙区制重視になっていると私は思うのですが、そこのところを連用制では、超過議席の分を、そこをとっていないほかの政党の比例獲得部分のところに押し込んでしまうという意味で、併用と連用というのは僕は違いがあるんじゃないかと思うのですよ。  そういう意味で、超過議席が出ないときにはいわゆる併用と同じこと、比例になっているという点からしますと、小選挙区の一種だというふうな見方は正確なのかなというふうに思うのですが、いかがでしょうか。

阪上順夫東京学芸大学教授

○阪上公述人 今おっしゃるように、ある意味でいって、併用制に近い制度であると思うのですね。しかし、小選挙区が三百というようなことになりますと、これは小選挙区だけで過半数をとるということが可能になりますし、それを比例代表制である程度調整するにしても、やはり五分の三が小選挙区という割合でありますと、これはやはり小選挙区に近い制度であるということが言えると思うのです。  それからもう一つは、連用制の一つの問題点は、選挙となりますといろいろ悪知恵が出てきて、その制度が、当初考えていたものが非常にゆがめられるという問題があるわけですね。例えばその一つの例で言いますと、もし小選挙区でかなり勝てるという政党があった場合に、無所属で候補者を立てて、そして推薦というような形で、公認候補でやらないということになりますと、無所属で当選しているという分では比例代表の配分を第一党として受けることができるわけですね。そうなりますと連用制の意味がなくなってしまうということになるわけですね。  それから、もう少し極端な例で言いますと、小選挙区と比例代表の部分を別の政党というような形にして、小選挙区党と言えるような党で小選挙区を戦い、そして比例代表には別の比例党というような名前で選挙を戦って、そして当選後は同一会派のような形をとるというようなことをもしするとすれば、こうなりますと全く連用制としての機能がなくなってしまうということになるわけですね。そうすると、これは、そういった問題点をどういうふうな形できちんと克服して、そして連用制として、小選挙区で獲得できなかった政党にある程度の議席を回すという本来の連用制の意味を確保するか、そういう点がまだきちんと煮詰まっていないような感じがするのですね。  イギリスなんかでも、ハンサード協会でこういう案が出たときも、やはりいろいろな問題点が指摘されて、採用にならなかったわけでありますが、そういう意味で、単に二つの制度の足して二で割るような形だから、妥協ということで果たしていいかどうかという問題があるわけです。  普通選挙のときも、中選挙区というのは、それまでの大選挙区と小選挙区の足して二で割ったような形で設定されたわけですけれども、そのときも、内務省の理由書によりますと、大選挙区と小選挙区の長所をとって中選挙区というものをつくった、こう言っているわけですけれども、現実には両方の短所がいろいろな形で中選挙区というものには出てきている。そういうことがありますので、選挙制度の足して二で割るような妥協というのは、よほど慎重に審議しないと、問題が生ずるということになると思います。

松原脩雄日本社会党・護憲民主連合

○松原委員 次に、企業献金についてちょっとお伺いします。  宮内参考人にお伺いしますが、企業献金についても、我々がここで案を取りまとめるときに、どうしたらいいんだという意味合いで今直面をしておるわけです。我々の場合は、この際もう企業・団体献金を禁止しましょうという提案をいたしております。それに対して、自民党案も一定の変化はありますが、自民党案のちょっと問題のある点の御意見を聞きたいのです。  一つは、自民党案では、政党への献金枠を従来に比べて二倍にするという案を出してきているわけですね。宮内さんもいわゆる政官財の財の関係者でおられますから、そんなに、企業はこれほどの、従来に比べてその枠が倍になるほどの企業献金をしなければならないのか、あるいは、するのを喜んでしたがっているのか、その辺のところを、私どもはちょっと感覚としてわからないものですから、お聞きをしたい。それが一つです。  それから二つ目に、先ほどいわゆる監督機関について民間政治臨調案を引き合いに出されましたので、ここでついでに、民間政治臨調案では、一つはパーティー券ですね。企業の買うパーティー券を、いわゆる従来の事業扱いじゃなくて、寄附扱いにしようではないか、したがって政党しかパーティー券を売れないようにしようではないかという提案を一つはしているわけですね。  それから、もちろんその前提として、企業献金はもうこの際政党に限ろう、個々の政治家やその政治団体は関係なしにしましょうという意味で、政党一本化という提案もしておられるようなんであります。この点について御感想をお聞きしたいと思います。

宮内義彦経済同友会幹事

○宮内公述人 自民党の企業献金の案でございますけれども、私の見るところ、現行に比べまして、自民党から提出されております案は極めて厳しいものになってまいっておる。透明性という意味と、それから政治家個人というものにはお金が行かないというふうな形になっておりますので、現状いろいろ世の中の批判を浴びております制度に比べますと、私は、著しく進歩したという感じを持っております。  それで、社会党、公明党のおっしゃる企業献金、それに対してゼロという案でございますと、これは、ゼロというのは、やはり企業というものの現在の社会的な役割というものをどうお考えになっているかという、これこそまさに哲学の問題になってしまうわけでございますけれども、なぜ企業の献金はだめなのかという面につきまして、私ども日々経済活動をしている人間にとりましては、非常にわかりにくいところでございます。  そういう意味で、私は、やはり現行に比べまして著しく厳しくなった自民案というもので企業献金というものをとどめておく。まあ広く薄くという形が出てきておりますし、透明性も高まってきているということになるんではないかと思うんです。  果たして企業はこれを喜んで出すのか出さないのかという問題でございますけれども、やっぱり先ほど当初申し上げましたように、企業の社会的責任という意味で、まあいろいろな企業活動、利益だけを追求して、その他のものをすべて忘れて企業活動を許されるような日本社会ではございません。企業というのは、経済の実体を効率よく動かすという役割だけでなく、たくさんの役割の中の一つとしまして、やはり企業活動のスムーズな運営という広い企業活動全体に対するサポートという意味で、企業献金というのを、私ども企業の立場からいいますと、ぜひやらしていただきたい、サポートをしたいという気持ちでございます。  そういう意味で、その辺はちょっと哲学が違うなという感じがいたします。私は、自民党案でいいんではないかと思っております。  それからパーティー券でございますけれども、まあ民間臨調はこれ、寄附とみなすということでございます。この辺はいろいろな考え方があろうかと思いまして、寄附じゃいけないと言い切るほどのことではございません。現在の社会情勢、政治に対する世間の目というものをどのように議員の先生方が御判断されるかということによってその置きどころ、寄附と見るか、いや今までどおりでいいと見るかのポイントが出てくる相対的な問題ではなかろうかというふうに思っております。  政党に限るというのも、やはり社会的な目でございまして、本当は政治の物すごい原点で申しますと、私はこの政治家にもうお金を差し上げて政治運動をしていただきたいというようなことがひょっとしたら原点にあるのかもわからない。そういう意味で、政治家に献金をしちゃいけない、それは悪だというふうなものではないんでございますけれども、現在の日本の政治状況、社会の政治に対する目から見て、この際、政党に限った方がいいんじゃないかという、これもまた相対的な判断だと思います。  したがいまして、自民案でございます資金調達団体を二つに限ってというものを含めた程度で、現行よりも非常に受け入れやすい、今日の社会情勢から見て、受け入れやすいものになったんじゃないかなという私の判断でございますので、自民党の御提出された案でいいんではないかという感じがしております。  以上でございます。

松原脩雄日本社会党・護憲民主連合

○松原委員 終わります。

中西啓介自由民主党

○中西(啓)委員長代理 平田米男君。

平田米男公明党・国民会議

○平田(米)委員 公明党の平田米男でございます。  本日は公述人、大変に御苦労さまでございます。大変含蓄のあるお話を先ほどから伺っておりまして、大変に勉強をさしていただいておるわけでございます。  私自身の現在の政治に対する考え方は、今もうお帰りになりましたが、天谷公述人がおっしゃったことがほとんど私の思いであったなというふうに一致をいたしまして、大変喜んでおるわけでございますが、今回の政治改革というのは、私は、日本の政治システムの機能回復、力を回復するということに一番の主眼がある、端的に言えばそういうことではないかというふうに思います。まあ選挙制度につきましては、民意の反映とか民意の集約とか、いろいろな考え方があるわけでございますが、いずれにいたしましても、日本の政治の置かれている現状をやはり打破して、天谷公述人がおっしゃったように、もう一度日本が政治によって動く時代、これを築けるかどうか、これが今回の政治改革の成功か否かという分岐点になるんじゃないか、こんなふうに私は思っております。     〔中西(啓)委員長代理退席、委員長着席〕  それで、政治がその機能回復をするためにはどうしたらいいのか。これについてはさまざまな考え方があるかと思いますが、私は、一つは政治というのは人によって行われる、もう一つは政党によって行われる、この二つを考えますと、まず政治家の資質向上がなければならないのではないか。資質向上が行われる制度改革がなされれば成功であろう、こんなふうに思います。  もう一つは、政党が近代化あるいは組織化というふうに言われておるわけでございますが、まあこういう言葉がこの情報化社会の中で適切な言葉がどうか疑問なしとはいたしませんが、言葉をかえて言えば、政党の活性化ということが言えるのではないかというふうに思うんです。この二つをなし遂げられるような政治の抜本改革を私たちは目指さなければいけないというふうに思っております。  今、国会の論戦は、どちらかというと、選挙制度改革に集中をしている嫌いがございます。そして、今申し上げたように、民意の集約、民意の反映、私は、これは両方とも重要なものでございまして、どちらか一つを選択するべきものではないというふうに思っているわけでございます。そういう考え方を持っているということを御理解いただいて、その前提でそれぞれの公述人にお伺いをさせていただきたいと思いますが、時間が非常に限られておりますので、簡潔にお伺いをしたいと思います。  まず、政党の活性化あるいは組織化というときに、政治献金というのが一つ絡んでくると思うんですが、現状は、各議員、特に自民党の皆さんに多いのかと思いますが、サービス合戦をしなければいけない、こういうことで、私設の秘書を大勢雇わなければいけない、そのために毎年多額な政治資金が要る、こういう話をよく伺います。しかし、政党の組織化といった場合には、こういう選挙区における議員のサービス合戦はもう要らない、だからそのサービス合戦のために抱えている私設秘書はもう要らなくなるんだ、こういうことになるんではないかというふうに思うんですね。そうすると、これまでかかっておりました政治資金というものは相当コストダウンできる、節約できるということになるのではないかというふうに思います。この点を宮内公述人にお伺いしたいのです。  もう一点は、お話の中で、行政改革をしなければいけないとおっしゃいました。私も大賛成でございます。政治改革は行政改革のためにあるとも思っているわけでございますが、では、企業が何のために献金をするのか。今入札制度、やみ献金等でいろいろ問題になっておるわけでございますが、これは保険のためであるとか、あるいは見返りのためであるとか、こういうふうな言葉が漏れてくるわけでございます。確かに、政治をサポートしたいというち言葉は大変美しいわけでございますが、しかし、現実のどろどろとした企業献金の絡んだ世界の中では、やはりそのような、私たちから見れば、おかしな動機でもって企業献金がなされているという現実があるのではないか。  しかも、行政からの規制が厳しい世界、そういう中で献金が盛んに行われている。今行政改革と言われれば、当然規制の緩和ということが主要な柱になるわけでございます。そうしますと、宮内公述人が、行政改革のために政治改革をやるんだとおっしゃっていることと、企業献金を認めるということは、私は、矛盾してくるのではないかというふうに思うんですね。規制の緩和をしていこうという方向性ならば、今の企業献金の実質上の機能というものは、かえってそれを押しとどめる方向に動いている、実質の効果としては。私は、そういう観点から見ると、やはり矛盾したことになるのではないかというふうに思うのです。  そのコストダウンの点と、実質の企業献金の機能というものをどのようにお考えになっておいでになって、政治改革の中で企業献金、私はできればやめるべきだというふうに思っているのですが、いかがでございましょうか。

宮内義彦経済同友会幹事

○宮内公述人 ただいま先生のおっしゃいました理念につきまして、私も全く同感でございます。  それで、コストダウンが図れるかどうかということを、秘書の数でおっしゃったわけでございますけれども、選挙制度が変わることによって、例えば秘書の数が減るからコストダウンができるという考えもございますし、また情報化社会がどんどん発達してまいりますと、全く別の意味で、政治活動というものにはもっとコストをかけてもいいじゃないかということも一つは言えるわけでございます。サービス合戦のような形でない、本当に政治を国民に理解してもらうためのコストというのは別に出てくるかもわかりませんので、私、選挙制度改正とコストとの関係を一概に言えないのじゃないかなという感じがしております。  それから、献金でございますけれども、先生おっしゃいましたのは、今このネットワークの中で出てきている一番悪い形の献金でございまして、行政に対して何か期待しながら、利益誘導的な献金をするというような面は、確かに行政改革が行われますと必要なくなるわけでございますけれども、その部分は極めて極めて小さく、まあ新聞の三面をにぎわす、にぎわすというのは事件でございますから、本当にごくわずかなことであって、経済界の大部分の企業は、もっともっと自分の事業を大事に、そして志を持ってやっているつもりでございますから、そういうものは本当に例外だというふうに御理解いただきたいわけでございます。  それで、それでもなお、行政改革が行われ、規制緩和になったときに献金は要らないのじゃないかという御議論かもわかりませんけれども、逆にそうではなく、そのとき一体だれが政治のコストを負担するのかということを考えますと、この社会の中で極めて大きな組織として存在しております企業がその負担の一部を担う、それも非常に透明な形をもって、しかも企業が特定利益誘導型でなく、広く薄くという形をできるだけとっていけば、世間の疑惑を招くようなことももちろんございませんし、それよりも、社会の構成員としての企業の責任を果たす一端であるということで、逆に受け入れられるものであろうというふうに私は信じております。  私どもの企業といたしましても、そういう意味の形であれば、コストがかかるというのは企業としては余りうれしいことではございませんけれども、これはやはり企業として負担しなければならないものだというふうに考えられると思いますし、他の多くの企業もそのように考えるのじゃないかと思います。若干その辺では意見が違うかと思いますけれども、私の考えでございます。  以上でございます。

平田米男公明党・国民会議

○平田(米)委員 個人も企業も政治活動をすることができるという前提でのお話かと思うのですが、今日本は企業社会であると言われておりまして、あらゆる面で個人よりも企業の方が優遇されている。税制についてもしかりでございます。そういう中で、経済的には圧倒的に企業の方が強くて、ただ平等ですよ、両方ともできるのですよというだけの言葉でその不平等を克服できるのかなと私は思います。これを議論していても、水かけ論がと思うのですが。  ただ、宮内公述人は、何とか政治改革をやってほしい、妥協してでもというふうにおっしゃいました。私は、今の日本の政治システムを回復することが日本国民のためになり、また日本の企業のためになるというふうに思っております。そういう意味で、おっしゃっておいでになるように、妥協をするということは極めて重要かと思うのですが、今妥協への勢いというのは、さまざまなことが言われておりまして、できるかどうかというのは予断を許しません。万が一できなかったときに、経済団体の役職をしておいでになるお立場として、お金を出すことも政治をサポートするわけでございますが、今は妥協をさせることが一番政治をサポートすることになると思うのですね。しかし、それをしなかった政治に対してどのような対応をされるのか。  一つは、糧道を断つ。糧道を断って、政治家に対して国民の思いを、また、おっしゃったように、日本を支えておいでになる企業の思いを伝えるということも非常に重要なことではないかと思うのです。出すだけが政治をサポートするのではなくて、出さないことも政治をサポートすることではないか、こんなふうに思うのですけれども、万が一政治改革ができなかった場合に、妥協ができなかった場合に、そのようなお考えでもって行動されるようなお気持ちがあるのかどうか、お聞かせをいただけますでしょうか。

宮内義彦経済同友会幹事

○宮内公述人 私、決して経済団体を代表して参ったわけでございません。一経済人としてしかお答えできないわけでございますけれども、糧道を断つというようなことによって、本当に日本がよくなり、日本の経済社会がよくなるということが経済界として十分認識できればそういうことはあり得るかもわかりませんが、妥協ができないことと糧道を断つということとはなかなか結びつかないわけでございまして、万が一妥協ができなくて、現在のままで政治が動くということになりますと、恐らく経済界の大部分は大変失望すると思いますけれども、まことに残念ながら、それが現在の日本の政治のレベルであると、そこで経済界として絶望的な行動をするということは、これはやはり企業の責任ある人間としてはなかなかできないわけでございます。絶望しつつも、次の光を求めていくということしかやりようがないのじゃないかと思うのでございます。そういう意味で、いわゆる企業献金と直接結びつけて考えるというようなことは、なかなか難しいのではないかというふうに私は考えます。  以上でございます。

平田米男公明党・国民会議

○平田(米)委員 政治改革というのは、国会内だけで行うものではなくて、国民こぞって皆さんのお力をいただいた上でやらなければならないと私は思います。そういう意味で、これまで日本の政治をサポートしてきたという自負を持っておいでになる経済界が毅然たる態度をおとりになることが、やはり日本の政治を大きく変える力になることを申し上げておきたいというふうに思います。  それから、阪上公述人と西平公述人にお伺いをいたしますが、今申し上げたように、自民党案と社公案は対立をしておりまして、なかなか妥協のめどもまだ見えてきていないわけでございますけれども、お二人の考えといたしましては、妥協をしてでも成案を得るべきであるというふうにお考えでございましょうか、簡単にお答えをいただけますでしょうか。

阪上順夫東京学芸大学教授

○阪上公述人 現在の政治状況を考えますと、やはり政治改革というものをこの機会になし遂げなければ、なかなか改革の実現というのは難しいと思います。そういう意味で、私自身はドイツ型の併用制というのが最も適切だというふうに考えておりますけれども、やはり政治というのはある程度の妥協というもので成立しているわけでございますので、この小選挙区制と併用制では非常に差があるわけであります。そういう意味で、その中間的なところである程度妥協せざるを得ないという面は否定できないと思います。  しかし、そのときに、今問題になっているのは並立制か連用制がということじゃないかと思いますが、やはり小選挙区制の比率をどの程度にするか。これによって非常に大きく実質的な制度面の効果も違ってまいりますし、それから連用制につきましては、先ほどもちょっとお話ししたような問題点がありまして、これも慎重に検討しないと、簡単に、連用制が当初言われたような形で、小選挙区制で議席のとれなかった政党に比例制で調整するという原則どおりに政党が対応しないというケースも考えられるわけでありまして、その一つが無所属で当選した場合というようなケースがあるわけであります。  そういう意味で、妥協ということで考えていかなければならないけれども、その場合に、その制度が将来どういうような方向で機能していくのか、そのある程度のきっちりした見通しをつけないと、先ほどもちょっとお話ししたように、普通選挙制をとったときに、小選挙区と大選挙区の足して二で割ったような形で妥協した中選挙区制が、今巨悪の根源のような形で言われるようなことになっているわけであります。そういった点を留意していただければ、ある程度妥協の線で、この政治改革の問題を決着せざるを得ないだろうというふうに私は思います。

西平重喜上智大学経済学部教授

○西平公述人 申しわけございませんが、私は妥協すべきではないと思います。  フランスで、第三共和制の最後のころにできた妙ちきりんな比例代表制がございますが、そのとき、時の首相のポアンカレは、コイとウサギの結婚だと言ったのであります。まあ木に竹を接いだようなということでございましょうが、後世そういうような名前で呼ばれるような妥協は図られるべきでないと思います。失礼いたします。

平田米男公明党・国民会議

○平田(米)委員 もう時間がございませんが、そうすると、西平公述人は、現行の中選挙区のままでも場合によればやむを得ないというお考えというふうに伺ってよろしいわけでしょうか。

西平重喜上智大学経済学部教授

○西平公述人 中選挙区制が悪いということは国民の多くの方が合意していることでありまして、それを続けなければならないということでむしろ国民はその異常性を悟ると思います。ですから、続けることはいいとは決して申しませんが、変な妥協というのは、どうしても避けたいと思います。

平田米男公明党・国民会議

○平田(米)委員 終わります。

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 木島日出夫君。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 日本共産党の木島日出夫でございます。  最初に、阪上公述人にお伺いをいたしたいのですが、二十年来のドイツ型の併用制の論者である、基本的には比例代表選挙である、国民代表と地域の利益代表の両方の意味を付与されている、超過議席もそれほど問題ないではないかというお考えだったようですが、先ほど西平公述人から、混合制についての五つほどの問題点を出されましたね。  これは、ドイツ型併用制だけではないかと思うのですが、一つの院に二種類の選挙で選ばれる議員がいるのは異常だ、ねじれ現象、議席二百ないし三百を小選挙区制とするのはどういう意味か、重複立候補、小選挙区制で落選をした人の九〇%が救われていくのはよくわからない、拘束名簿式の持つ問題点、こういう指摘に対して、阪上公述人はどのように考えられているのですか、まずお聞きしたい。

阪上順夫東京学芸大学教授

○阪上公述人 お答え申し上げます。  どの制度をとっても、それぞれ一長一短がありまして、その中でどういう形に、少しでも理想に近づけるという考え方を持っていくかということであります。完全なる比例代表制ということですと、これはやはり地域利益の代表が見えてこないとか、小党分立にもっとひどくなるというようないろいろな問題点がございます。したがって、一つの院の中に二つの制度が混合するということ、これは、私は、それほど大きな問題はない。  例えば小選挙区で出てきた議員と、それから比例代表で出てきた議員というものが差があるとか、区別されるとか、そういうことは、私は、国会議員としては同一レベルにあると思うのですね。そうでなければ、参議院は今比例区と選挙区と分かれているわけでありますが、この二つの議員を区別して差別して、そして扱っているかというと、決してそうではないと思うのですね。  そのほか幾つかの問題点を挙げられましたけれども、やはりそういう問題点が多少それぞれの制度にある。基本的には、それがもとになってどういうような政治体制が形成できるのか、そこに問題が帰結すると思うのですね。そういう意味で、多少の問題が出てくるということについては、これはやむを得ないというふうに思います。  重複立候補の問題なんかにしても、これは一長一短がありまして、比例代表の方で当選してくる議員というものが小選挙区で落ちたということがありますけれども、しかし、これによってコールのような重要な役割を果たす議員が当選できるというメリットもあるわけでありまして、そういう一長一短ということをやっぱり考慮に入れる必要がある。  したがって、重複立候補というものがいけないとは一概に言えないと思います。しかし、もし重複立候補というものが原則的にまずいということであれば、それを切り離せばいいわけで、私は、重複立候補、いわゆる小選挙区で落ちた議員も名簿の方で救えるという面のメリットも、非常に捨てがたいものであるというふうに考えます。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 私、先ほど来お聞きをしている中で、阪上公述人が考えておられますドイツ型の併用制の基本理念と同じものでありますが、社公両党が出されているドイツ併用制に対する意義づけ、どうも基本的なところで大分違うなとお聞きをしたわけであります。  それは、阪上公述人の意義づけは、小選挙区制を入れる意味は、基本的には地域の利益代表、そういう意義づけ、顔の見える人を国会に送り出すという有権者の希望をこれで取り込んでいくという意義づけであったんだろうと思うのです。  最初、この委員会での質疑の中でも、社公両党の説明者からは、顔の見える比例代表制ということでの意義づけがあったわけでありますが、論議が進んでいく中で、それに加えて、小選挙区制を二百入れ込むことの非常に積極的な意義ということを強調するようになったわけです。  それは、小選挙区制を二百併用制に入れ込むことによって二大ブロック化を促進していく、そして大きな二大政党制を志向して、そして政権交代につなげていくという、そういう政局論といいますか、政治論といいますか、そういうものに非常に積極的な意義づけを、社公両党の皆さんの説明を聞いておりますと、前面に出てきているわけですね。  先ほど来、松原さんの質問も、そういう趣旨で指摘をされたのに対して、阪上公述人は、必ずしも自分はそういう意義づけというのを、二大政党制へ志向することには賛成できないとおっしゃられていたんで、全く同じ内容の提案でありながら、その意義づけについて全く違う、これはどういうものかなと先ほど来私、考えていたわけなんです。  実は、その問題は、私が再三ドイツの併用制を批判していた理由に、小選挙区制効果というものがあるんですね。せっかくの比例代表の、民意の公正な議会への反映という、世界の大きな歴史の中での前進面、選挙制度の前進面が、小選挙区制を持ち込むことによって、そのよさが奪われてしまう。奪われるというのは、結局二大政党制が志向されて、第三党以下の少数意見が結局のところは排除されていくという、せっかくの価値が減殺されていくということで、私どもは併用制はとても採用できないという立場であったわけで、まさにその根幹の問題について、阪上公述人と社公両党の意義づけが全く違うということは放置できないごとだなと思っているわけであります。  阪上公述人は先ほど来、基本的に、政治改革の核心は、民主政治の確立と腐敗政治の根絶だとおっしゃられました。主権者国民の声を政治に反映させることだ、選挙というのは国民の声を反映させることであり、共通のルールづくりをすることだから、各党の利害はできるだけ排除しなきゃいかぬ、選挙制度によってこの党が得するとか損するというのはできるだけ排除しなきゃいかぬ、それは国民の立場を基本に考えることなんだとおっしゃられました。私は、まことにそのとおりだと思うんです。  しかし、現実には、やはり小選挙区制効果というのが、世界でただ一つしかないドイツでも前面に出てきている。しかもそれは、提案者である社公両党の皆さんはまさにそこに意義づけを与えて、だから二百の小選挙区制を入れるんだということを最近非常に強調し始めただけに、これはもう気がかりてしょうがない。地域の利益代表という、顔の見えるということをこの比例代表選挙に意義づけするのであれば、必ずしもドイツ型の併用制でなくても、先ほど西平公述人が提案をしたようなやり方でも、顔が見える。いろんな顔の見せ方、顔を見せつつ比例代表制のよさは減殺しない、そういうことは知恵としてはあり得るんじゃないかと思うわけですが、どうでしょうか。

阪上順夫東京学芸大学教授

○阪上公述人 私は、先ほどもお話ししましたように、併用制というのは基本的には比例代表制である、小選挙区制があるからといって二大政党制になるということではないということもお話ししました。  これは実際に、全体が比例代表制なんですから、少数政党にも国民の意思に沿った形で代表が保障されるわけであります。しかし、小選挙区制の中で戦うということになりますと、どうしても一対一ぐらいの形で相争うということが基本的になります。したがって、小選挙区での争いはどうしても、ある意味でいって、与党に対して野党の連合というような形で争われるんじゃないか。それが二大政党化するとは私は必ずしも思いませんけれども、国民の世論というものを二つに集約するという、意味合いはあろうかと思います。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 西平公述人にお伺いしたいんですが、これは「日本の科学者」という雑誌ですかね、一九九一年の九月号ですか、「いろんな選挙の方法」という論文をお書きになっている中で「とにかく混合式では二つの選挙方法の長所が出てくることを期待するより、両方の短所が現れることを心配すべきであろう。」こういう論述があるわけであります。  先ほど来、混合制についての短所といいますか、これに幾つか触れられまして、そのとおりだと思うんですが、その短所の基本的な中心点を、やはり何といっても、小選挙区制の悪い面が前面に出てきてしまうというところに私は置いているわけでありまして、そのことで比例代表制の根幹が壊されてしまうと考えているわけです。  先ほど最初に公述人は、比例代表制がいいと考えていると真っ先におっしゃられました。中心点は、選挙制度はこういう点が一番大事なんで、こういう点が全うされるから比例代表制がいいんだ、その中心点は何に置かれているのかをお聞かせ願いたい。

西平重喜上智大学経済学部教授

○西平公述人 私は、やはり主権者である有権者の意見が国会へ出てくることということを中心に考えると、あと、そこで政治をどうやるかというのは、その選ばれた先生方がまず考えられることであって、国民としては、まず自分の代表者がそこに出てくる、そういう意味で比例代表制がいいと思っております。  それと、もうちょっとつけ加えさせていただきますと、ドイツの基本法では、比例代表制を採用する、ただし、人間の要素を加味した、はっきりした文章を今覚えておりませんが、そういうようなことを言っているのでありまして、そのドイツの基本法の精神を生かすための選挙法というのは比例代表制が基本でありますが、それに人間性を生かす、今の日本語でいえば、顔の見えるようなということだと思いますが、それは、何も小選挙区制を採用しなくても、顔の見えるような比例代表制が実現できると思っております。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 最後に一問、宮内公述人にお聞かせ願いたいんですが、私は、企業献金というのが現実に果たしている役割は、決してコストなどというものではないんではないか。最近の金丸事件を見ましても、建設関係などでは、公共事業の配分にすべて政治家が口を挾んで、事実上そこで決める。大手ゼネコンだけではなくて、地方の中小の建設業界も横並びで、政治家に金を渡さなければ排除されてしまうということを恐れて、一律に有力政治家に金を渡していく。それはもう建設業界だけじゃなくて、あらゆる業界が他の業界との絡みで、政治からもっと有利な利益を受ける、そういうことも基本的にあって、多額な政治献金が表からも裏からも流れている。まさに、それが政官財癒着と言われる構造ではないかと思うわけであります。そうしますと、やはりそれをなくさなければ、国民の期待するまともな政治というのはできないんじゃないか。  そこで、それを本当に断ち切るには、ではどうしたらいいか。私は、やみ献金なども本当に断ち切っていくためには、入り口の方の使途不明金の方にもメスが入らなきゃ、これはだめだろうと思うわけであります。国民は、今六五%の国民、アンケートによって、もうこの際日本では企業献金なくせ、政官財癒着の温床になっているということも言っているわけですが、どうしたら、そういう政官財癒着の曲がった政治がなくなると考えるのか、財界人の立場としてお答えいただきたい。  これで終わります。

宮内義彦経済同友会幹事

○宮内公述人 政治献金の今先生のおっしゃったような部分は、非常に大きい部分でなく、やはりそれは事件なんだと思います。私ども大部分の事業経営者は、そういう意味では、やはり企業の社会的責任の一端として、ごく企業の負担できる範囲内で献金しているのが大部分でございます。ただ、そういう事件が出たものにつきまして反省するところがあるとしますと、やはり企業側の不明な、使途のわからない金が出るというふうなことは問題でございまして、その辺は企業も心して姿勢を正していくということがぜひ必要だと思います。  それから、規制緩和というようなことで、もっと透明性のあるマーケット、経済づくりということはやはり一番重要なことでございます。大部分の企業は、そこに働いている人間、社会に対しまして本当に誠心誠意力を尽くしたいと思って活躍しているわけでございまして、政治献金、お金の出し入れ一つにしましても、おかしなことをしたいと思ってやっているところは全くない。その辺の、善意の企業活動が大部分であるということにつきましては、十分御理解を賜りたいというふうに思います。  以上でございます。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 終わります。

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 川端達夫君。

川端達夫民社党

○川端委員 公述人の皆さん方、長時間大変御苦労さまでございます。また、いろいろと貴重な御意見を賜りまして、心からお礼を申し上げたいと思います。  この委員会は、国民の大変な政治不信を解消し、まともな政治に変えるというために設置をされ、およそ百時間になんなんとする議論を重ねてまいりました。そういう中で、圧倒的な多数の委員の、そしてこの委員会の意思としては、何としてもこの国会で各法案を、選挙制度そして腐敗防止、公的助成含めて全部一括で成立させよう、必ずこの国会で結論を出して成立させよう、こういうことで現在に至っております。そして、きょうの公述人の皆さんの御意見も参考にしながらということでありますが、本質の議論ではまあ議論はかなりやり尽くした、そして、いよいよ結論をどこに出すのかという最後の場面に来ているというふうに思います。  そういう中で、しかしながら、選挙制度に限定して言いますと、法案としては、自民党の単純小選挙区制と社公の併用制というものが理念としては真っ向から対決をするという状況の中で、しかし、何としても、残された期間短い中でもう答えを出さなければいけない。どこに接点を見つけて、答えを出して、国民の期待にこたえるのかというのが今日の現時点での各委員の思い、悩み、そして決意を込めているところだということだと思います。  そこで、時間も限られておりますので、余りたくさんお尋ねすることはできませんが、各公述人の御意見の中で、そういう観点で、みんなが思っているということの参考も含めて、お尋ねをしたいと思います。  宮内公述人には、初め、連用制が検討に十分値するということでございまして、それをお尋ねしようと思いましたが、先ほど松原委員の方から同じような御質問がありましたのでこれは省略をいたしまして、思いとしては、そういう我々の思いと大体同じようなことを思っていただいているという理解をいたします、  その中で、そういうものを何とか結論を出すべきだということと同時に、一票の格差を限りなく平等にすべきではないか、二倍ということではなくて、もっとやるべきだという御主張もあったように思います。実は、これは、総論としては全くそのとおりであります。しかし、選挙制度を考えるときに、このことを最大限に尊重しようと思うと、限りなく比例代表の発想を持ち込まないと実は実現ができない。そして、小選挙区を含む選挙制度では、例えば小選挙区三百ということで連用制なんか提起されていますと、一億二千万を三百で割りますと大体四十万人、二倍以内で二十七万から五十四万、しかも都道府県でも逆転現象が起きないように配分をする等々を考えますと、実は至難のわざで、ぎりぎり、ひょっとしたら無理かなというふうな、本当に一票に限りなく近づけようと思うと、市町村は細切れにして、ある市は四分の三ぐらい残してあとの四分の一は隣の町と隣の印とひっつけるとか、そういうことをやらないとできない話になってくる。  この部分に関して、選挙制度というものを、それをクリアしようと思うと、比例代表制というものに行かざるを得ないという部分と、小選挙区制みたいなものとの思考の中で、これは非常に悩みがある問題なんですが、この点に関してはどのようなお考えをお持ちか、お伺いしておきたいと思います。

宮内義彦経済同友会幹事

○宮内公述人 私は、確かに技術的に難しいことはよくわかるわけなんでございますけれども、特に地方ではそういうことが多いかと思うんですけれども、都市部へ参りますと、いろいろな意味で細切れになっている場合がございます。  卑近な例を申しますと、実は私東京に住んでおるんでございますが、私の家の中に区の境界がございまして、私の子供は面積の大きい方の区の学校に行けというふうなことでございまして、地縁、血縁からいいますと、何の関係もないところで筋を引かれているというようなことでございます。  都会ではそういうことがたくさん行われているわけでございますから、やはり日本の現実を考えますと、たとえ小選挙区制を併用しておりましても、二で満足しないで、もっと細切れということは可能ではないかというふうに思っております。  以上でございます。

川端達夫民社党

○川端委員 どういう御趣旨でおっしゃったかはよくわかりました。しかし現実には、いわゆる過疎過密問題という部分の過密の部分、人口が多いところは割にそういうことはやりやすいのですね。しかし、過疎の部分に、都道府県に定数配分して、その中できちっとやろうという部分に実は悩みの部分が一番あるわけでありまして、それは御意見としてよくわかりました。  阪上公述人にお尋ねをしたいのですが、我々どこに接点を求めるかということで非常に思い悩んでいる中で、一つは併用制の場合の超過議席の問題です。先ほど公述人は、二百、三百ということでは余り問題が出ない仕組みになるだろう。確かにそうだと思うのですね。しかし、現実に接点をどこに求めるかという議論をしてまいりますと、恐らく二百、三百がもう少し変わらないかという、この前のあれでは、自社の接点を求めるなら、石井先生の論だと、三百五十から始めるべきだということでございます。というふうなことになってきますと、例えば三百とかいうことになると、超過議席という問題が当然この制度でもう宿命的に出てくる、この部分はどのように考えていけばいいとお考えなのか。  それからもう一つは、連用制に関して、この制度で、臨調案では各都道府県に小選挙区と比例代表をこのように配分するということはお示しをされていませんので、これは、我々がこの案を検討するときにはどういう考えがいいのかなということも考えなければいけない。たまたま朝日新聞が、こういうことはというシミュレーションの中では、比例配分が一名の選挙区が七つ、二名の選挙区が十二という結果が出てきたんですね。一名という比例というのは比例なんだろうか。これは、制度的に言えば、もう第二党にあげますという制度である。二名だと、まあ第二党と第三党なのか、第二党と第一党かもしれませんが。ということの部分で、この比例代表というのをこういう小さい単位にし、しかも連用制みたいな仕組みにするというと、比例代表というものがこういうものでいいんだろうかという議論があります。この点に関して。  もう一つは、有権者にとっては、小選挙区と比例代表という二票を入れなさいと言いながら、二票目の比例代表は、実は小選挙区の結果によってハンディがありますということですね。クロスボーティングなんかした場合も含めて、こういう問題はどう整理したらいいのかなというのは我々も思い悩むポイントなんですが、この点ちょっと。  要するに、併用制の超過議席の問題と、それから連用制の比例という部分と、二票の一票がハンディつきになるという部分に関してお考えをお尋ねしたいと思います。

阪上順夫東京学芸大学教授

○阪上公述人 まず超過議席の問題でございますが、これは、併用制できちんと比例代表という形をとるということでありますと、どうしてもやむを得ない問題なんですね。御指摘のとおり、社公案のように、小選挙区が二百程度でありますと、比較的超過議席は出てこないというふうに思います。しかし、妥協案として、例えば小選挙区を三百にするというような形になりますと、相当数の超過議席が出るという形になるわけであります。そういう意味で、小選挙区を三百にするような形での併用制というのは、私は、無理だろうというふうに思います。先ほどもちょっと触れさせていただきましたけれども、超過議席ということを考えますと、できれば議員総定数を本則の四百七十一ぐらいに絞っていただいて、多少の超過議席の余裕を見るというような配慮が必要ではないかというふうに思います。  それから、二番目の連用制の問題で、都道府県という形で選挙区をとった場合に、比例部分が小さい県では一とか二とかいうような形になる。比例代表をできるだけ有効にするためには、できるだけ広い選挙区がよろしいわけでありまして、そういう意味でも、社公案のブロック制ぐらいに持っていかないと、おっしゃるような形で、ほとんど比例の意味がなくなるようなことになるわけであります。そういう意味で、都道府県という形で固執しますと、この連用制というものもなかなかうまく機能しないんではないか。  それから、連用制で、小選挙区と比例代表との関係で一票をどういうふうにするかという問題をおっしゃられましたけれども、これは、連動するのか、連動させないで二票制にするのかで、いろいろな面でかなり連用制の運営というのは違ってくるわけでありますが、一票を二票に数える一票制をとるというようなことになりますと、選挙区の中でそれぞれの政党が候補者を立てなきゃならなくなるというような問題が出てまいりますし、それから、二票制で小選挙区と比例代表を別々に一票ということになりますと、小選挙区で投票したものと比例代表に投票するものとの連動性がなくなるというような問題が出てくるわけでありますが、やはり制度というものは、完璧な制度というものはないので、そういった点の矛盾が出てくるのもある程度はやむを得ないかなというふうに考えております。

川端達夫民社党

○川端委員 ありがとうございました。  最後に、西平先生にお尋ねしたいと思いますが、かねがねいろいろ選挙制度では御教授を賜りまして、私たちの民社党案の根幹をお教えいただいた部分では、このことに関しては全く同感であります。私たちも、純粋に、今の日本の政治の中で、一票の格差もなくし、そして選挙制度としてよりよい、あるべき選挙制度はどうあるべきかという議論の中では、非拘束名簿式都道府県の比例代表制が一番いいという思いで提案もいたしましたし、提起もいたしましたし、同感であります。  ただ、現実には、今こういう場で議論をしている部分での議論の一つは、先ほど先生は、選ばれた人がやるべき議論であるということでありましたけれども、実際は、これからの政局論であり、政治論の場で議論がされている。本来選挙制度というのは、本当にそういう立場から離れて、純粋に議論すべきだという立場を持つものですが、一方、そういう現実は無視できないということになっているというのが現状だというふうに思います。  そういう意味で、これから接点を求めてやっていくというときに、長年こういう比例代表を中心にして選挙制度を勉強してこられた先生として、選挙制度を最後に我々が決めていくときに、このことだけはきちっと見据えて、いいかげんにしてはいけないという、そういうポイント、どういうことを我々はいつも念頭に置いていなければいけないかということについて御示唆を賜れば幸いと存じます。よろしくお願いいたします。

西平重喜上智大学経済学部教授

○西平公述人 私は、やはり国民の立場、有権者が納得できるような方法ということ、我々の仲間の政治学者たちも、場合によっては、それじゃ日本の政治が動かないから妥協案としてこういう案なら成立するのではないかという案を出す友人がおります。尊敬する友人がたくさんおりますが、私は、やはり国民のサイドから見て、それが納得されるような妥協案なら妥協案でなければいけないと思っております。

川端達夫民社党

○川端委員 どうもありがとうございました。  終わります。

田邉國男自由民主党

○田邉委員長 これにて公述人に対する質疑は終了いたしました。  公述人各位におかれましては、長時間にわたり御出席をいただきまして、貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。  これにて公聴会は終了いたしました。  次回は、来る五月二十五日火曜日午前十時委員会、午前十時十五分理事会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。     午後六時五十七分散会

国会会議録検索システムで原文を見る ↗