政治改革に関する調査特別委員会 第11号
- 発言数
- 252 件
- 登壇者
- 24 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1993/04/26
会議録
○田邉委員長 これより会議を開きます。 梶山静六君外二十三名提出、公職選挙法の一部を改正する法律案、衆議院議員選挙区画定委員会設置法案、政治資金規正法の一部を改正する法律案及び政党助成法案並びに佐藤観樹君外二十四名提出、公職選挙法の一部を改正する法律案、衆議院議員小選挙区画定等審議会設置法案、政治資金規正法の一部を改正する法律案及び政党交付金の交付に関する法律案の各案を一括して議題といたします。 本日は、特に、梶山静六君外二十三名提出の各案について質疑を行います。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。今津寛君。
○今津委員 おはようございます。 二十四日の、時事通信社の世論調査が行われまして、全国成年男女二千人を対象といたしまして面接方式で行われました。回収率は七〇・五%でございました。自民党は多少ポイントが上がりまして三一・四%、社会党が多少減っておりまして、相変わらず日本新党が八・四%、〇・六の減ではありますけれども、自民支持の六・三%あるいは社会党支持の一・五%の人が、この次の選挙には日本新党にただいまのところ投票したいということが世論調査に出ているわけであります。 先般ある新聞に江田五月代議士の日本新党に対する意見が実は述べられておりまして、極言すれば日本新党のその四文字のうち「新」という字だけが今受けているのだ、こういうことの批評をいたしておりますが、この日本新党に対する国民の期待といいましょうか、支持率の増加といいましょうか、これについて自由民主党としてはどのように受けとめるか、聞かせていただきたいと思います。
○塩川議員 その世論調査、どういう時点でどういう問いかけをされたのかわかりませんが、世論調査でございますから、ある程度の蓋然性はそこに出ておると思うのであります。 確かに、現在いろいろな面におきまして改革が叫ばれておるときに、新党というのはそれなりの魅力はあるのだろう、こう思っておりますが、しかし、既存政党にいたしましても、やはりちゃんとした政策を打ち出してまいりまして、それに対抗する力はつけていくべきであろうと思っておりますが、日本新党が現在受けておるというのは、要するに新しいものへの、改革への道を何とか積極的に真剣に取り組んでいけという国民の声であろうと、私はそう受けとめております。
○今津委員 その今の江田五月さんの日本新党に対する評価が載った同じ日の同じ新聞に、やはり細川護煕代表の考え方が実は出ているわけでありますけれども、私はこれを読んで実は唖然としたわけであります。新聞記事ですからいろいろとここで申し上げるのは多少問題あるかと思いますが、念のため一度申し上げておきたいと思います。 まず一つは、平成維新の会を評しまして、「彼らからは理念というものが読み取れない。大切なのは理念なのだ。私には、日本新党には旗がある。」理念があるということを言っているわけであります。しかし同時に、「なにも政党というものが五十年も百年も続く必要はない。」これは私も同感でありますが、しかし、「今度は二十人、次は四十人、六十人と」日本の政治を担うように当選者をふやしていこうという考え方はさらさらないんだ、「政権を取るということが目的でないしこここのところですが、「ましてやバッジをつけていることなんか興味すらない。」「日本の政治構造を変える。そのためにはどういう政治運動をやるか、そしてそれをどう定着させるか、それだけのことにしか私には関心がない。」その後「だから一気呵成に勝負する。」 実は私の友人は、破れかぶれに勝負するというのと違うのかということを評したわけでありますが、広辞苑を引きますと、政党というところにははっきりとこう書いてあります。「政治権力への参与を目的に結ばれた団体。」が政党であって、すなわち政党政治というものは、政党が政権を把握をし、これを運営をしていく政治が政党政治だということであります。 今、塩川先生の方から、改革に対する強い意欲が国民に評価を受けているのではないかということでありますが、しかし、同時に私は、やはり政党というものは政権をとるということをあくまでも目指していくべきだ、それが政党の責任だと思うわけでございますが、当の細川代表のこの発言を伺っておりますと、国民の期待に反して、一方では裏切ることになるのではないか、裏切っていくことになるのではないか。国民はムードに期待はしているが、実体というものを知ったときに失望を感じるのではないか、こういう懸念を持つわけでございますが、御見解をお聞かせいただきたいと思います。
○塩川議員 日本新党がどういう政策を打ち出されてこれから本格的に政治活動をされるのか、まあ私は未知数だと思っております。現在はどうもやはりムードが先行しておるような感じがしてならぬのでありますが、私たちは、自由民主党の立党の精神並びに長い伝統の上に立って、これから新しいものを、古い顔を破って新しい顔の自由民主党というものを再生することによって、日本新党であれ他のいろいろな新しい政治勢力が出てくるでありましょうが、それらの諸政党と堂々と政策なり理念なりをもって国民にアピールし、その支持を取りつけていって、おっしゃるように日本の政権の担当をすることによって政治を進めていく、その自信に満ちて行動していくべきだ、私はそう信じております。
○伊吹議員 政治本来の役割というのは、今先生がおっしゃったように、どういうことかをもう一度我々は思い直さねばならないと思いますが、民主主義のもとでの政治というのは、国民のいろいろな考え方を最終的に日本の意思として決定をして、国家を平和に管理し、そして経済を繁栄させ、繁栄した経済の果実を使って福祉を充実し、治安を守り、きょうよりあす、あすよりあさってというふうに国民生活がよくなっていくように動く、これが私は本来の政治の役割だと思っております。 ただ、再三言われておりますように、冷戦構造が崩壊した以降、いろいろな価値観あるいは政治を動かしていく基本的な考え方というものについて日本も変わっていかねばならないし、柔軟に対応しなければならない、そのような状況が現在の状況だと思います。 自由民主党は、戦後一時期を除いて一貫して政権をお預かりしながら、一度も戦争に巻き込まれなかった大きな国として日本を今日まで運営してまいりましたし、経済の成果というものも世界に類を見ない国であったと思います。戦後五十数歳であった平均寿今も、今や八十歳を超えるということになってまいりました。ただ、今までうまくいったけれども、これからうまくいくのかどうかという一つの大きな状況の変化がございます。 それからもう一つは、長期政権のもとで我々も反省しなければならないいろいろな事件が起こり、そのような事件が起こったことに対して政権をかわってやろうという野党が出てこないというもどかしさが国民の前にございます。そういう状況の中で、本来でありますと、選ばれた者の義務というか、本来精神的なお行儀が十分できている人たちの中から今申し上げたような国家の管理技術というか意見の集約ができる素質のある政党、素質のある人が選ばれて政治に携わるというのが私は本来あるべき姿だと思いますが、残念ながら、今問われていることは、その前提条件そのものに間違いがあるんではないか、人品骨柄大丈夫なのかという国民の不満が大変ある。そこへ日本新党というものが出てこられて、いろいろ今塩川提案者から御説明したようなやりとりがあったと思うんでありますが、私は、大切なことは、やはり基本的に政治というものは、日本をどのように平和に安全にして、そして経済をうまくやり、国を運営していくかという、そのことに対する基本的な哲学、理念というものがあって、政策を肉づけして、それを立派な政治家が動かしていくというところにあると思います。 したがって、日本新党だけではなくて、どのような政党であってもその部分が欠落しているものは、本来政党としてはあり得ない。国民の不満や感情を単にすくい取るということだけ、また、すくい取らねばならないような状況をつくり出した既存政党が反省をしなければならないという上に立って申し上げれば、私は、残念ながら、その基本的な理念、哲学というものが日本新党はどのようなものをお持ちなのか、それを体系的に伺わせていただいてはおりません。それを十分国民にお示しの上、やはり御判断をいただくのが私は政党政治の筋だと思っております。
○今津委員 私も全く同感であります。しかし、反省しなければならないのは自由民主党の方にもあるわけでございまして、その上に立ってやはり、新党ということとか新しいものに対する国民の期待が高まったということも事実であろうと思うわけであります。 同時に、最近は政界再編成という言葉が、見出しが新聞の一面を覆っているわけであります。政界再編成四人衆なんという言葉がございまして、羽田派の羽田孜先生、あるいはシリウスの江田五月さん、日本新党の細川護煕代表、維新の会の大前研一さんを四人衆というのだそうでありますけれども、私は、確かに政界再編成、あるいはこれから二大政党に向かっていくということも国民の大きな期待だと思いますが、今現実的に、それでは今の我が国の状態においてこのことが本当に今すぐ望まれているかということをもう一度やはり落ちついて考えてみたいと思うわけであります。 第一に、基本的に、政策、イデオロギー、例えば防衛問題でありますとかエネルギー問題でありますとかあるいは教育、日の丸・君が代の問題でありますとか、そういう問題について基本的な政策が一致しない中で、政界再編そのものを目的として違ったグループが一時的に一緒になって、果たして国民のためになるかどうかということを落ちついて考えてみたいと思うわけであります。 政治の目的というのは政治改革だけではありません。私は、やはり政治改革というのは手段であって、目的は、防衛であり、外交であり、福祉であり、教育であり、国民の生活そのものだと思うわけでございますけれども、それでは今そういう状態の中で我が政権を野党の方にお渡しできるかどうかということも同時に考えてみたときに、例えば、大変失礼な話でありますが、社会党の山花委員長さんが韓国を訪問したいという意思を表示をしながら、しかし、相手国からどうも来てくださいという言葉が返ってこないという現実でありますとか、先ほど日本新党は政権そのものを目指すという意欲は全くないんだということが明確になっていることだとかということを考えた場合に、ここのところはやはり政権を安定させる、その上で政治改革というものにじっくりと取り組んでいくという考え方も当然出てくるわけでございます。 特に、我が党の中でもいろいろな、若手を中心として議論が出ているわけでありますけれども、例えば、私が尊敬をいたしております羽田先生あるいは小沢先生を中心とするグループの方々も、あるときはもう決断をせざるを得ない、こういうことも実は公に申しているわけでありますが、私は、金丸先生の問題が出てきて一挙に政治改革のスピードが加速されたと思っておりますが、しかし、一番大きな派閥の経世会、竹下派にあって、あの金丸信先生を中心としてポストを得、政治的力を得、やってこられたのも、私は同時に羽田先生であり小沢先生であると思うわけでございまして、この難局といいましょうか混乱を招いた責任があると。その立場でも、今のところは自民党の中でしっかりと大きな政治力を発揮する、政局安定に向けての、とどまっての中でのお力を発揮するということがお務めでないかと、私は、大変一年生が生意気なんですが、そういうことを感じるわけでありますが、石井先生今いらっしゃいますから、石井先生に御見解を賜りたいと思うわけでございます。
○石井(一)議員 今津議員の御発言を大変好感を持って拝聴させていただいておるものでございます。 こういう言い方をいたしますと大変恐縮に存ずるのでございますが、私はこの特別委員会の審議が始まりまして以来といいますよりも、政治改革の議論に参加いたしまして以来、政治改革の最大の目的は、我が党においては派閥を解消することである、お互いに派閥次元で物を言い、そのことによって人事が争われ、そして選挙が争われるということを解消するということが最大の目的である、こういう信念のもとに私は現在の立場を持っておるわけでございまして、そういう意味から、派閥次元で物を言ったことは一回もございません。また、今の御質問に対しまして的確に答える立場にもない、私は党の代表である、そういう認識を持っておるわけでございます。 ただ、今言われました一点は、恐らく改革フォーラム21というのは、この機会に与野党が歩み寄りを続けておるこの中に、また国民の不信がここまで高まっておるときに何とか改革を実現したい、その切なる思いをそういう言葉で表現しておるものと理解をいたしております。
○今津委員 自民党案についてお伺いをいたしたいと思います。 四法案は何としても今国会中に成立させなきゃならないと思うわけでございますが、共産党を除いて大体三つぐらいのことが確認されているのではないかと思うのです。一つは、中選挙区には戻らないということでございます。社会党の佐藤先生も、答弁の中で、橋を焼き切ったということを言っているわけでございます。それからもう一つは、今国会で必ず成立させる。三つ目には、次回の選挙から新しい制度で総選挙を実施をするということであろうかと思うわけでございますけれども、それでは次回の選挙、すなわち一番最後に訪れるとして任期切れの来年の二月中旬だと思うわけでございますが、来年の二月中旬に選挙を行うとして、新しい制度で選挙を実施をするということになれば、後ろから逆算して衆議院ではいつごろ、参議院ではいつごろ、いわばその与野党合意の法案を成立させる、最終的な期限的なものが手順の中であると思うわけでございますが、その時期は大体いつごろになるか。あるいは自由民主党の四法案が、これを成立をさせてそして実施をするとなれば、手順としてはどういう手順になるかということを明確にお知らせいただきたいと思います。
○石井(一)議員 法案が成立いたしましてから三段階のステップがあると申し上げていいと思います。 第一段階は、区画の画定委員会のメンバーを任命し、その作業を完了するということでございます。第二番目は、その区画が決定され、答申されましたときに、立法府へ入ってまいりまして立法行為が完了するということであります。最後に、国民の皆様方に選挙を施行するために予知期間といいますか告知期間を置くということでございます。 常識的には、第一の段階は六カ月以内。以内という言葉が重要でございまして、区画の大きさにもよりますし、数にもよりますが、六カ月以内ということは、人間のする行為でございますから、一カ月でやることも可能でありましょう。そして、第二のアクションに関しましてはまあ一カ月以内、しかしながら、国会が開かれておりましたら一日で完了する行為でもありましょう。それから第三の期間は常識的には三カ月以内ということでございますが、二カ月、一カ月の場合も可能でございます。 したがいまして、要は、やる意思があれば、二月ということを想定いたしました場合には必ず実現可能であると、私たちはそのように考えております。(今津委員「期限的な、いつまでに」と呼ぶ)期限的には、場合によっては今国会中に成立あるいは多少延長において成立等々、あるいは秋の入り口に成立いたしましても十分実現可能である、こう申し上げておるわけでございます。
○今津委員 それでは、今先生最後のところに秋の入り口ということをおっしゃったわけでありますが、手続的に、秋の入り口といいますと九月ぐらい、九月初めぐらい、八月の末ぐらい、どういうことでしょうか。
○石井(一)議員 今、私最後のところであなたに対して親切過ぎるぐらい突っ込んで申し上げたわけでございますが、最初に申し上げました以内、以内、以内というこの回答を継ぎ足していただきましたら、おのずからタイムなりそのスケジュールが出てまいると思いますので、その辺でひとつ御賢察いただきたいと思います。
○今津委員 いや、石井先生国民は全くそのことはわからぬわけですよ。今の先生の御説明では、私自身もどこら辺にあるのかなということがわからないわけだし、ましてや国民の方々は、何かオブラートに包んだ雲の中でお話、何か表現があっても余りわからないものですから、やはり私はわかるように、きちっと期限を明示してやられるということが大切だと思うわけでございます。 そこで、各党が今盛んに議論をしている一番問題点は、やはり制度の問題だと思うんです。これがなかなか合意に至らない、また、合意をしなければ成案が成立をしないということで、これから国民の期待にどうやってこたえていくかということが問題でありますが、自由民主党の出されました完全小選挙区というのがやはり私は一番いいのではないかと思っています。 なぜかといいますと、やはり日本の現状に照らした場合、やはり政権の責任を問える形にする、常にそういう形をとっておくということが、やはり政権交代の緊張感がそこに出てくるということでございまして、社会党さんあるいは公明党さんを初めとする野党の方々はこの完全小選挙区制に反対をいたしているわけでございますが、これ、やはり何度も御説明が自民党の方からあったように、チャンスがあれば、自民党の方に不祥事があれば一挙に政権が交代できる制度であるわけでございまして、なぜそのことを評価をしていただかないのか、実は理解に苦しむところでございます。 社会党、公明党案に近いのはやはりイタリアでないかと思うわけでございます。イタリアの場合は、第一の特徴は、下位の政党がキャスチングボートを握り、第一党が第三党、第四党に鼻面を引きずり回されることがまず一つある。 それから二つ目には、連立の過程で妥協が行われるために、出てくる政策は各党が国民に公約したものと似て非なるものになるということだ、いわゆる妥協の産物の中で、はっきり我が党はこういう政策を実現をするということになっていかないという、そういう弊害があるということでございます。 第三の特徴は、どんな失敗をやらかしても議席にドラマチックな変化が起こらなかったということ。すなわち、この結果、キリスト教民主党、社会党、社民党という常に政権の基軸となってきた政党が安住をして、政治腐敗の温床となって、このたび国民投票が行われて、自由民主党が言っているところの完全小選挙区を目指していくという結果になってきたということでございます。 私は、この際、やはり何といっても、歩み寄って、社会党が自民党に近寄るか、私はその方がいいと思うわけでありますが、しかし、自民党も泣いて一つの妥協案を提示してそれをのんでいくのかということを、やはりこれからの限られた期間の中でどうしても成立をさせなきゃならぬということでございまして、時間がないので端的に申し上げたいと思うわけでありますが、その与野党合意を取りつけて今国会中あるいは多少の延長で成立をさせるということについての自由民主党、社会党、公明党、皆様方の一つの強い意欲と御見解をお聞かせ願いたいと思います。
○塩川議員 今津さんの熱心に言っておられますように、政治改革を実現するために、私たちは、この委員会並びに国会全体を通じまして徹底的にあらゆるパイプで話し合ってもらいたいと思っております。強行採決するとかいうようなことは実際この問題でできるもんじゃございませんので、そうであるとするならば、与野党の話し合いをきちっとやっていくということが絶対条件になってまいります。 そういたしまして、ただ話し合いだけすればいいというもんじゃなくて、やはり実現しなきゃならぬと思いますので、その意欲を持って我々も進んでいきたいと思っております。
○佐藤(観)議員 今津さんからもお話ございましたように、まず単独政権をつくるために選挙制度を考えるということの前提に立っている限り、なかなかこれは妥協ということは難しいんではないか。皆さん方自身、今日まで政権を握ってきたことは私も否定をいたしませんけれども、それだけ候補者を出されても、この前の選挙でも四七%の得票率なわけですね。野党がもっと候補者出したら、もっと率は減るわけですよ。ですから、単独政権をつくるということを、初めからその哲学を持って臨んできたら、これは道はないと思うんです。ただ、皆さん方が六〇%、七〇%の支持率を持てば我々の案でも当然単独政権ができるわけでありますから、要は、まずそこの哲学の違い、このことをどう埋めていくかが重要なことではないかと思います。 しかし、いずれにしろ、環境はもう今津さん御承知のとおりでございますから、なお一層積極的に話し合いをして、そして今国会一つの成案を得るというのが私たちの責務であるというふうに思っております。
○渡部(一)議員 今津委員にお答えいたします。 先ほどから熱心な、そして多くの示唆に富む御質問をされておりまして、敬意を表したいと存じます。 ただ、単純小選挙区制というものは、イタリアの例を引いておっしゃいましたが、一挙に野党に政権が渡る可能性もあるではないかという御議論については私はちょっと見解を異にいたします。といいますのは、そういう形で与野党間で政権移動が生じますと、単純小選挙区制の一番悪いところ、すなわち三割台の得票率で九割台に近い議席保有が生じてきてしまう、その結果として極めて不安定な政治社会が構成される。 イギリスの場合を例にとりますと、最近のイギリス病と言われた問題の原因を探ってみますと、あるいは産業を国有化する、次にはそれをぶち壊すというようなことが二度も三度も交代しておりまして、政策の継続性というのが意外になくなってしまうという害が指摘されているわけであります。我が国にはそういう激変緩和措置が社会全体に組み込まれておりますが、その中において、政治がそのように激変容認型の社会になるということは好ましくない。私は、いずれにせよ、それは、そういう形で政権が移動することは決して我が国のためにならない、かように考えているわけでございます。
○今津委員 多少失礼な言い方になって恐縮でございますけれども、例えば社会党の場合、なぜ単純小選挙区に賛成できないのかということを私なりに考えてみますと、まず単純小選挙区になりますと五百人の候補が必要になるわけでございます。政権を目指す生言いながら、現実に今までの選挙では百四、五十名程度の候補者を出しているわけでございまして、やはりそこのところがちょっととてもできない感じがないわけではない、私が見てそう思うんでありますけれども。それから、本音が、どこの選挙区でも、何回も言っているんですが、中選挙区においては今の現職の先生方はやはり全部大体当選できるわけでございます。だから、やはりトラスチックな変革よりは今の状況の方が現職の、社会党あるいは公明党の現職の方々にとってはやはり自分の議席を守れるんだ、こういうものがあるのではないか、そういうことを私なりに思って、やはり私どもも選挙区のくらがえだとかいろいろな問題でこれからそういう血をみずから流すという覚悟ができているわけですから、ぜひ野党の方も単純小選挙区、こういうものに対して理解をいただいて、歩み寄っていただきたいと思うわけでございます。 そして、その中において、実は赤松書記長あたりが、私は彼に対しては非常に期待をいたしておりました。四十四歳の若い書記長が出たということで、改革に対しては強い意欲を示していただけるんだろうなと思っておりましたが、あに図らんや、彼の発言の中には若さとか青年らしさというものが余り出てこない。非常に残念に思うわけでございます。特に、これが、法案が不成立てあれば内閣不信任案を提出をして選挙だということを言っているわけでありますが、私は逆に考えてみると、今国会中に成案が成立をしない、妥協できないということは、もちろん政権政党の自由民主党や宮澤総理の指導力にも問題があるかと思いますが、半分近くはやはり野党の皆さん方にも、歩み寄らないというところにも責任があるわけでありますが、その責任を自民党に転嫁して、内閣不信任案を出すとか選挙を求めるということはやはり私は国民を愚弄するものだと思うわけでございますが、佐藤委員の御見解を伺いたいと思います。
○佐藤(観)議員 今津さんのお話をお伺いしますと、適当なときには、いいときには皆さん方が責任を持って、成立しない責任はこちらにあるみたいな、そういうのは話としては極めて一方的だと思うわけでございます。 今、私たちは、本当に国民の皆さん方が大変な不信の状況の中で、これを何とか成立をさせなきゃいかぬということでございますので、しかも私たちの中に解散説があるのは、これは単にこの問題だけではありません。一体竹下氏の議員辞職問題なんかどうなっちゃったのか、これ。国民の八割から八割五分、どんどんふえているんですよ、調査のことに。こういうことを全く解決せずにやっていること自体、お互いにこれは大きく反省をしてもらわなきゃいかぬので、私たちといたしましては、この問題についてはなお一層、先ほど申しましたように、十分将来の日本の政治にたえ得るような制度をひとつつくっていく、このことのために全力を挙げたいと思っております。
○渡部(一)議員 単純小選挙区制に対してのこの委員会における議論は、経過を見ておりますと、大体論争として七、八割方終わったんではないか。つまり、単純小選挙区制を自民党側が頑張られますと、あらゆる妥協案というのは全部つぶれてしまうわけなんです。私どもの小選挙区併用型比例代表制というのは非常にフレキシブルにできておりますから、幾らでも交渉する余地があると私はあえて申し上げたいと思うのです。それに対して、単純小選挙区制と自民党が言うたびに交渉は途絶するわけであります。その意味では、あなたの正義感はどうぞ貴党の中におられますところの極めて硬直化されたグループに対して向けられた方がより効果的なのではなかろうかと私は残念に思っているわけであります。 私どもとしては、あらゆる犠牲を払いましても今国会におきまして合意案をつくり上げるために最大の努力を払いたいということは私自身申し上げましたし、公明党としてもそう思っておりますし、また、共同提出者であります社会党の代表の皆様方ともお話し合いをいつもしているところでございます。よろしくお願いいたします。
○田邉委員長 今津寛君、質疑時間は終わりました。
○今津委員 時間が参りましたから終了いたしますが、一つだけ最後に申し上げておきたいと思います。 今、御三方の最後の御意見を伺って、だから民間政治臨調あたりの連用制という妥協案がやはり出てくると思うのでございます。やはり何としても今国会で成立をするという意欲があれば、最後に渡部先生のお話の中にありました、あらゆる犠牲を払って私どもは妥協点を見つけるんだ、この言葉を私は信頼をさせていただきたいと思いますし、これから連休明けに向けて、民間政治臨調の連用制を初め、これから最終的な場面に向かって与野党が合意を取りつけるためのあらゆる努力がされるわけでございますから、私はそのことに大きく期待をし、また信頼をし、そのための御努力を、さよう前の方に座っていらっしゃる、今まで大変な御努力をされた皆さんだからこそその運動の先頭に立っていただきたいということをお願いをして、発言を終わりたいと思います。 ありがとうございました。
○田邉委員長 中谷元君。
○中谷委員 自由民主党の中谷元でございます。 私の郷土高知県は、特に何もないところでありますけれども、政治的な意味では非常に変革期に人物が出ていまして、明治維新の坂本竜馬、自由民権の板垣退助、昭和恐慌の浜口雄幸、そして戦後の吉田茂等出ておりますので、私も、先人に負けないように、新しい政治改革をつくるためにきょうは質問をさせていただきます。 まず、一体今のこの民主主義を支えているのはだれか、この民主主義を支えるコストはだれが払っていくべきだろうかという点についてでございます。 先日、私の地元の後援会において、次のような議論をいたしました。もはや政治改革は議論だけてはいけない、もはや言葉よりも実践のときである。つまり、政治家個人として政治改革をできるところから実践していこうという話になりまして、今まで後援会活動の一環として、後援会名簿を集めるカードがありますけれども、あれの負担を、着払いということで五十五円の代金を事務所が払って後援会名簿をつくっていたのですけれども、それを、後援会名簿を集める際に、入会者に四十一円の切手を張って出してもらえばどうかという提案をいたしました。 それに対して、そんな理想的な、甘い、偉そうな態度では次の選挙は勝てないぞ、君は応援するけれども、切手まで張って応援してくれる人は少ないんじゃないか、それから、後援会の入会の勧誘に行っても、お年寄りの年金暮らしの人に切手を出してくれというのは言いにくい、当選したと思っても偉そうなことを言うなと、かなり厳しい返事が返ってきたわけでありますけれども、こういう政治改車を進めていく上において、もはや、やはり政治家が先頭に立って、自分の痛みを伴いながらやっていく必要がありますけれども、それ以上に、国民に対してその負担を求めるような運動も必要じゃないかと思います。 日本にはボランティアの政治は育ちにくいというふうに言われておりますけれども、これからの民主主義のあり方について、政治のコストについて、その哲学並びに考え方についてお話を聞かせていただきたいと思います。
○額賀議員 中谷先生の御質問にお答えをいたします。 今、中谷先生の御質問、御意見の発表を伺っておりまして、今の民主政治というのは主権在民で、国民総参加のもとに政治が展開されていくわけでありますから、その政策決定とかあるいはまた政治活動、いろいろな意味で国民の負担のもとに行われていくのが基本的な考え方であるというふうに思います。 しかし、現実的には、議会制民主主義の中では重要な役割を果たしているのは政党である、政党政治が中心的な存在になっているということであります。したがって、政党政治を考える場合には、政治的な自由をどういうふうに保障をしていくかということであります。したがって、政党を構成する中心的な議員あるいは党員、あるいはそこの主義主張、政策を支持する支持者の皆さん方のそういう御負担のもとに政党政治が運営されていくのが当然のことであろうというふうに思っております。 しかし、最近の情報近代化の中で政治コストというのは膨大になっております。だから、各国ともこの政治コストをどうやって負担をしていくかということが重要な政治課題になっております。 そこで、我々といたしましては、選挙もそれから政治資金調達も、政党中心に展開をしていくことによって国民の皆さん方に御理解をいただこうという考え方に立って今度の制度改革を提案をしているわけであります。また、もう一つは、政党の公的な性格にかんがみまして、政党助成法をつくって、国民の貴重な税金で御負担をお願いできまいか、そういうことで、政治と金の問題についてきちっと透明性を保ち、なおかつ議会制民主主義の健全な発展を図ろうということを考えているわけでございます。
○中谷委員 そういう中で今回は、企業・団体献金枠についてその制度も残したままになっておりますけれども、この点についてはなぜなのでしょうか。それから、政党交付金制度ができたといたしましても、経過措置として、一方ではお金が入るのに、五年間の据え置き措置というのが設けられているのですけれども、それについて御説明をいただきたいと思います。
○額賀議員 お答えをいたします。 中谷先生御承知のように、政治献金につきましては、これは企業の政治献金につきましては、企業というものは社会的な存在であり、納税行為もしております。したがって、当然政治的な自由というものは持っているわけでございまして、その一環として、みずからの主義主張に合ったもの、みずからが好感を持っている政治家を育てる、あるいは政党を育てるという意味で献金がなされることは当然であるというふうに我々は考えているわけでございます。 しかし、我々は、企業をめぐる献金がいろいろな社会問題になっておりますから、企業献金につきましては、個人がこれを受け取ることはない、そして、政党中心にいたしましょうという考え方を御提示申し上げているわけであります。 また、一定の経過措置を設けておりますことは、これは我々、日常生活におきましても、ふだんから絶え間なく国民と接触をいたしまして、どういうことを考えておられるのか、どういう問題点があるのか、そういうことの民意を吸収すると同時に、いろいろな国会における情報、あるいは時代の先端を行く政策立案、勉強、いろいろなことについて国民の皆さん方に御提示、情報を流しているわけであります。国民の皆さん方もそういうことを期待をしておって、そういう材料をもとに政治的な判断をなさっているという面もあるわけであります。そういうことの日常の政治活動がやはり円満にスイッチされていくことが重要であるということで経過措置を設けてあるわけでありますが、なだらかに減らしていきまして、きちっと六年後にはなっていくということでございますから、御理解をいただきたいと思います。
○中谷委員 そういった種類の資金で民主主義のコストが払われるということでございますけれども、それは我々政治家側の倫理観が必要なことではありますが、それ以上に、一般国民にとってそういったことがきちっと理解できるかということにつきましては、国民の監視体制というか、チェックが十分かかるような制度にしていかなければならないと思います。 せんだって、我々はある県で、政治改革を実現する若手議員の会ということで、若手議員の十人ぐらいが街頭宣伝カーで繰り出して、駅前で街頭演説をしたわけでありますけれども、もはや我々の訴えに対してもうだれ一人として足をとめて聞いてくれないというのが実態でもありますし、通行人におきましても、交通の邪魔をするな、また、こういったことをしても何になるのかというような、うさん臭い目で見ているのが実態であります。もっとショックだったのは、我々が演説をしている隣に、某カップヌードルの会社の企業が若手のタレントを呼んでイベントをやっていまして、そちらの方は非常に黒山の人だかりで、列をなして人が集まっているというような実態を見まして、そういった政治に対する信頼回復も必要なんですけれども、国民に対してやはり今政治家が訴える時期に来ているんじゃないか。そうじゃないとこういった公的資金も十分にいただけないような気がするわけでありますので、一体どういう国民のチェックがきくのかということについて、少々お話を伺いたいと思います。 まず、今回の政党交付金ということでありますけれども、国民一人当たりから二百五十円という金額がはじき出されておりますけれども、何ゆえに二百五十円という金額が出たのか、御説明をいただきたいと思います。
○額賀議員 この二百五十円につきましては、一つは、海部内閣時代の政府三法案の政党助成をめぐる話を継承したことが一つでございます。 もう一つは、公的資金の助成に当たりましてどういうことを考えながら我々がこの法案を出したかと申しますと、ここ数年、各政党及び各国会議員の政治資金が幾らぐらいかかっているのかということを通算して、標準的に計算をしてまいりますと、大ざっぱに言って大体九百億円から一千億円ぐらいだというふうなデータを持っております。 そういう中で、我々は、政治資金というものは、できるだけ政治的な自由を確保する意味から、やはり我々議員個人あるいは党員あるいは支持者の皆さん方で負担をすべきでありますけれども、これはなかなか資金調達が容易じゃないという客観的状況の中で、三分の一ぐらいを国民の皆さん方に御負担をしていただけないか。各先進国の状況を見ましても、この政治資金をどういうふうに調達するかということについては悩んでおりまして、大体三割から四割ぐらいはいろいろな形で国庫補助金がなされているというケースもこれあり、我々は三分の一ぐらいは国民の皆さん方にお願いできるのではないか。もちろんその逆に、我々が政治と金をめぐる問題についてきっちりと政治的な不信を解消しなければならないということは前提となっているわけでございます。 そういうことで、二百五十円といたしますと、直近の国勢調査人口にこれを掛けてまいりますと三百億円余りになりまして、ちょうど三分の一ぐらいの負担になるということでございます。
○中谷委員 それでは、国民一人当たり二百五十円という金額で三百億円ということですが、それが、分配して各党に配分されるわけでありますけれども、政党の活動についてなんですけれども、政党の活動にもいろいろあると思います。政策調査費だとか人件費だとか真っ当にかかる資金と、そしてまた、必要ないといいながら、外国からお客さんが来た場合に党がお招きをしたり、いろいろな会合をやる、交際費だとか、党の関係の冠婚葬祭だとか、宣伝だとか、海外に行く費用だとか、すべてがごちゃまぜに党の活動の中にあると思いますけれども、仮に、そういった公的資金が政党の活動に対して注文をつけたり制約をしたり、そういうことも考え得ることなんでしょうか。
○額賀議員 お答えをいたします。 我々が今度政党助成法をつくるに当たりまして最も注意しなければならないと思ったことは、各党の政治的な自由をどういうふうに確保するかということでございます。また、公的資金の今度の依存をきっかけにいたしまして、ずるずるとこの公的資金の依存度を高めていくことによって我々の政治的な自由を侵害してはならないということだったと思っております。したがって、政党助成金を各党に交付する場合に当たりましては、その使途は制限をしない、政党の政治的な自由を保障をいたしますということが大前提となっております。 しかしながら、国民の貴重な税金を各政党に交付するわけでありますから、これはどういう政党に交付したらいいのかということについては一定の枠を設けなければならないということで、いろいろと考えました結果、一定期間、長い期間国民の支持を得ているということ、あるいは国会の中で議員を擁しでそれなりの国民の民意というものを政策や国会審議に反映をしているということ、そういったことが基本的な条件であろう。 それを具体的にどういうふうに示したかと申しますと、各政党に五人以上の国会議具がいなければならないということ、もう一つは、国会議員が一人以上いて、しかもなおかつ、直近の選挙におきまして三%の支持を得ていなければならないということの政党要件を付したわけであります。 もちろん、国民の税金でございますから、この使途については、制限はしないけれども明快にしなければならないということでございまして、収支報告はきちっとするということ。収支報告につきましては、今までの政治資金報告書では内部監査だけでありましたけれども、今度は公認会計士等そういう会計業務に明るい専門家の監査報告をつけて、そして国民の皆さん方の監視と批判にさらさなければならないというふうに思っているところであります。
○中谷委員 その収支報告の内容についてなんですけれども、入る方は、公的資金も入れば企業献金も入るという形でいろいろなお金が入るわけなんですけれども、その中で、出る方は、公的資金の部門はこれだけの金額ですということで、湾岸戦争のときに、戦費に使うか使わないかということで色分けができなかったと同じように、出る方はこちらの範囲ですと言っても、都合が悪いのは企業献金の方に回したりすることもできると思うのです。 その点について、会計監査のあり方について、公的資金で賄った分とそれから企業からもらったような一般の献金についての色分け等が実施できるかという問題についてどのように国民に説明をするつもりでしょうか。
○額賀議員 お答えをいたします。 政党交付金は政党及び政党支部に配付されると思いますけれども、政党と政党支部におきましては、きちっと会計帳簿を別々にいたしまして、何月何日に幾らもらって、その金は幾らぐらいどういうふうに使われたかということが収支報告に盛られなければなりません。それは、だから先ほど言ったように、公認会計士等の専門家によってきちっと監査をされることによって担保されるということでございます。 我々が最も注意をしなければならないことは、政党の政治的な自由が制限されるということと、それから、そういう国民の貴重な税金でありますから収支が明快にならなければならないということをどうやって調整を図っていくかということについて心を砕いたことでございます。
○中谷委員 同時に、その公認会計士の問題等も、監査法人等の指定について政党にすべてお任せして、もう政党に任せ切るのかという問題と、それから自治大臣等に報告することになっていますけれども、どの程度まで報告をされるのか。また、同時に提出される監査意見書の監査というものはどの程度までなのか。具体的には、大ざっぱなのか、それとも詳細にわたってなのか、そういう点も御説明いただきたいと思います。
○額賀議員 今度の一連の制度改革の中で、政治資金報告の中では、支出につきましては、五万円以上の項目につきましてはきちっと明確に報告をすることになっております。自治大臣は、この収支報告を見まして、そしてきちっとなっているかなってないか、あるいは政党要件に適しているかいないか等を法律に基づいて点検をして、もし間違っていれば、これは政党交付金を停止をいたしたり返還を求めたりすることができるようになっております。
○中谷委員 問題は、やはり国民から見て、そういう国民のチェックが働くかどうかでありますから、あらぬ疑惑を持たれないようにするためにもこういう点は明らかにしていただきたいというふうに思います。 それから、助成と議員活動の制限について、自由との関係についてですけれども、一たん党に来た資金が議員の個人活動に分配されると思いますけれども、党内の議員個人の活動に対する公的助成も含めて、いろいろ、選挙に強いとか弱いとか、また党に対する貢献があるとかないとか、また役員であるとか新人議員であるとか、そういう重みもあると思いますけれども、どういう点を勘案をして議員に流れていくのか、この点についてのお考えは何かございますでしょうか。
○額賀議員 政党から政治家個人にお金が流れてきたときは、先日もお答えをしたわけでありますけれども、党則におきまして、我々は資金調達団体にそのお金を通して、そしてその中で処理をして透明性を保っていきたいという考え方をいたしております。 また、その政党交付金が政治家個人に来ましてから、それが選挙資金に使われるのか、あるいはまた日常の政治活動に使われるのか、そこまで使途についてきちっと指図をするわけにはまいらないと思っております。
○伊吹議員 政党交付金を党の判断によってどのように配分するかということは、法律上これは決まっておらぬわけです。したがって、政治資金規正法上は、資金調達団体に配分されることも十分、今額賀議員がお答えしたように可能でありますが、本来政党本位の選挙になるわけでございますから、政党交付金というものは、自民党の党内の配分の考えとしては、各選挙区単位に小選挙区の候補者を持っておる選挙区支部ができるわけでございますから、ここへ党の資金として配分をされると考えるのが私は穏当じゃないかと思います。 それから、議員のやります立法調査活動、これは東京でやっておることでありますが、これについては現在も立法調査費等が交付されておるわけでありますので、議員に政党助成費を配分して政治活動もしくは選挙活動を行わせる、立法調査費等において、あるいは現物給与等において東京で立法調査活動を行わせる、本来概念的にはそのように考えるべきじゃないかと思っております。
○中谷委員 そういうことで、例えば議員の活動にもいろいろあって、日常の政治活動もあれば、次の選挙を目指した選挙活動も後援会活動もありますし、また公的な政治の日常生活もあれば、私的な個人のプライベートの生活もあって、そういった区別がなかなか明確でないという面が当然出てくると思いますけれども、今度自由民主党の中で公私の峻別委員会という会が設けられまして、その点について検討されているということでございますが、この点についての、公私の峻別についての考え方を少しお話しいただければありがたいと思います。
○伊吹議員 中谷先生御承知のとおり、実は現在の法律のもとでは政治資金という定義はございません。それから、どのようなものが政治資金の使途として法律上規定されているかというのは、残念ながら今の法律にはございません。したがって、政治資金として報告をしたものが政治資金であり、政治資金として報告をされたものが政治資金の使途である。ただ、公職選挙法によって選挙活動の使途は決まっておるわけです。したがって、率直に申しますとグレーゾーンみたいなところがたくさんあります。ですから本来は、我々が院からいただいている歳費によって我々の個人の生活はすべて賄い、そして政治活動あるいは選挙費用は政治資金をもって賄う、これが原則であります。その間のグレーゾーンがあるわけでありますから、まあ具体的にこれは個々のケースに当たって判断をしなければならない非常に難しいところがあります。 例えば中谷先生の同窓会に行かれたときの会費、これはどうなるのか。お地元ですから、有権者ではあるけれども、先生個人の出身高校の方々と懇親を深められる。このようなところを今党内できちっとしようじゃないかということで鋭意検討をしておりますので、国民の負託にこたえられるようなものをつくりたいと思っております。
○中谷委員 いずれにいたしましても、国民が政治に対する信頼を失った状態というのはやはり政治とお金のかかわりという面が非常に大きいわけでありますけれども、これがクリアできれば政治改革は非常に前向きに進んでいくんじゃないかなと思います。 それからもう一つ、小さい質問でございますけれども、議員個人と政党活動の関係において、そういう助成をもらう以上は非常に党からの拘束とか締めつけが強くなると思うのですけれども、こういった発言の面において個人の自由がどの程度まで確保できるのか。そして、仮に党紀違反等で除名されたり脱党したときには直ちにそういう助成が打ち切られるのか。また、病気で全く寝たきりで活動してない場合もそういう助成をいただいて個人の事務所にプールされていいのかどうかというような点についての懸念について、お考えを聞かせていただきたいと思います。
○伊吹議員 今お尋ねのようなことは、この法律が通りましたらおのおのの政党のやはり良識によって私は判断すべきことだと思っておりますが、基本的に、国民から、国民の税金からいただきました公的助成というものは、議員単位に配られるということは私はほとんどなくなるんじゃないかと思っております。党組織を中心に配られていくということだろうと思っております。したがって、もちろん党の、おのおのの政党内の規約あるいは取り決め、良識によって今先生がおっしゃった配分基準等については十分留意しながらやらねばなりませんが、お金を配る配らないにかかわらず、政党に属している者はその政党の規律に従う、これは当然のことであると思います。
○中谷委員 そういう面で、あとは議員の個人と政党の決意に基づくと思うのですけれども、悪貨は良貨を駆逐するという言葉がありまして、だれか悪い人がいてその人が得をすれば、本当にまじめにやっている人はもう全く損をしてしまうというような時代でもありますし、また、政治家として何でも調子よくぺこぺこと地元にサービスをして大衆に迎合していたのでは、ますます政治家のレベルは落ちて、カップラーメンよりも見向きもされないようなそういう状態になっていきますので、今こそりんとして、皆、議員個人個人が立ち上がって政治改革に邁進していただくことを心からお願いいたしまして、質問を終わらせていただきます。 どうもありがとうございました。
○田邉委員長 鈴木喜久子君。
○鈴木(喜)委員 鈴木から主に自民党の委員の方々に御質問をいたしたいと思います。 今回のこの問題全体を通じて政治改革は何かというときに、選挙制度ばかりが本当にマスコミにも取り上げられ、その改革があれば政治改革が事足りたみたいな、そういった形が何かつくられて。きているようで、それは国民一般もそう思っていればいいのですが、先ごろ私の開きました小さな集会の中でも、そうではなくて金権腐敗はどうしたんだ、政治改革ばかりやって金権腐敗をどうしちゃうんだというような声が非常にたくさんありました。ですから、この問題の中では、選挙制度というものが私は政治改革の中に必要な要素の重要な一つであることは全くそのとおりだと思うのですけれども、金権腐敗を打破するためのその方法というものもぜひともここでたくさん論じなければいけないと思うし、そのための各党の改革案についての検討も十分にこの場でなされなければならないと思います。 ということで、重点は政治資金規正法と政党助成法の方に置きたいのですけれども、まずその前に選挙制度の方について幾つかお聞きしたいことがあります。 これまでの議論をずっと私もお聞きしておりまして、もう何かいろいろな角度からさまざまな形で議論が出尽くしてはいるのですけれども、最も根本のところの単純小選挙区制とそれから比例代表に基づくところの小選挙区の併用制というものについての出発点というのは、やはり議院の性格のとらえ方の違いにあるのではないかというふうに思われる発言が、自民党の委員の方々に幾つかあったように思います。 民意というものをどれだけ議院のその議会の中に反映することが必要かという問題に帰着するわけですけれども、一番初めのころに、今ちょっと席を立たれていると思いますけれども、多分石井委員だったろうと思います、もし違っていたらほかの先生かもしれませんけれども、そのところで、民意というものは余りこの衆議院には要らないんだ、何が要るかといったら、衆議院というのは政権をとるか否か、政権をゆだねるか否かということに一番意義があるのだというような御発言があったと思います。そのときに、総理大臣を選ぶということを指して政権ということを言っていられるのかどうか私にははっきりといたしませんでしたから、まずその点をお聞きしたい。 それから、この民意が従というか、政権をとる方が先で民意は後からでいいんだというような発言は、私はこれは議会をみずから軽視している発言だろうというふうに思います。ここでは……(発言する者あり)雑音もいいのですけれども、ちょっともう少し全部聞いてからお願いします。 そして、議会軽視ということになることにおいて、衆議院と参議院というものの二院制をとった最初の理由、初めのところから私ももう一度憲法を勉強しようと思いまして、成立の経緯で、金森国務大臣の発言等々において二院制、両院制をとった理由についていろいろと読んでみました。勉強も少しはさせていただいたわけでございますけれども、そこで出てきた問題は、衆議院の優越、それと参議院が一体どのような役割を果たすべきかという議論が主でありまして、衆議院について、これが政権をとるために必要だということは一言も出てまいりません。 ここで出てきている問題は、衆議院においては非常に民意をそのまま反映し、直近の民意というものを反映する解散制度というものを持っているのだから、これについて、そこについてもし直近の民意で余り遠くの方まで見えないようなことがあるといけないから、解散制度のない参議院がよくそれを補完し協調し合うものだというような趣旨がまず大きな大意として私は読み取れたわけでございますけれども、こういうときに、民意というものを衆議院において反映することをまず第一に考えないというお考えについて、なぜそうなのか、議院内閣制というものをどのように考えておられるのか、お答えをいただきたいと思います。
○武村議員 鈴木先生、それは私どもの答弁を少し誤解なさっているのじゃないか。私どもも民主主義の基本は民意だということを十分に認識をしているつもりでございます。そしてまた、今回の選挙制度の議論におきましても、どう民意を反映をしていくか、そこに終始をしているわけでありまして、皆さんの方は、何回も私も答弁しましたが、よくおっしゃるのは、全国的な政党支持の集計で、統計学的な集計で、議員の数がびっちり一致していないといけないんだ、その前提があるのですね。私どもは、単純小選挙区を前提にすれば一つ一つの選挙区できちっと民意を代表する代表が選ばれる、有権者の納得によって選ばれるかどうかということをまず基本にしているわけであります。 そもそも国民の代表者というのは、一つの選挙区で多数を占めた者が代表者である、こういう概念があると思います。そのことが、どういう選挙の仕組みなら国民が納得して我々の代表であるということをきちっと認識をしてくださるか、ここに一つ問題があるので、単純小選挙区制というのは、そういう意味では古来から民主主義の原則である多数が全体を代表するというプリンシプルを貫いているということであります。 同時に、政権のことを主張しますのは、これも民意の反映なんです。皆さんの比例代表制の場合は、残念ながら数多くの政党に分立いたしますから、一つの政党が過半数をとることもあり得るのですが、恐らく過去のデータをほうり込めば、ないという皆さんの御指摘もそのとおりでありまして、そうなりますと、選挙において国民がどの政治勢力に日本国の責任をゆだねるか、この選択ができないじゃないですか。それが永田町の論理、選んだ後の国会の駆け引きで決まるじゃないですか。これで民意の代表になるでしょうか。ここのところをむしろ反間をいたしている次第であります。
○鈴木(喜)委員 また後でもう一度お答えいただきたいと思いますが、このところで、例えば一つの選挙区の中で確かに多数をとった、全部の五百なら五百で多数をとったのが一つであった、でも国民全体をトータルで見た場合に、それが全体として国会に反映される、国会の中の、衆議院の中の議員の数に反映される場合に、トータルを見るとどうもそのパーセンテージが全然狂っちゃっているというようなことになった場合に、これをそれぞれの区域で民意が反映されていて、一つの区域でこうなっているからもうそれでいいんだよということでは、国民全体の納得はいかないのではないか、そこが私たちの考え方と違うところだろうと思います。 その場合に、そこのところについて、石井先生が前のときに、多分二十日ごろの御発言があったのは石井委員じゃないかと思うんですけれども、お聞かせいただきたいと思います。
○石井(一)議員 民意を国政に反映するということは民主主義の原則で最も重要だと認識をいたしております。 しかし、選挙というのは、多様な国民の意思をいかに共通のもとにまとめて政治に有効に反映さすかということが選挙のプロセスでありまして、そういう意味におきまして、多様な民意を数学的にまとめるのが選挙での民意の反映ということでなく、できるだけ民意を共通した、集約したものに持っていって、それを政権につなげるということが選挙の意義でなければなりません。 例えば、鈴木委員の意見の延長線上に申し上げますと、そうすると、だんだんと時代が進むにつれて意見が多様化していく。そうすれば、どんどんどんどん政党が多くなっていく。ばらばらになっていくことが、多党化が民主主義の原則がといえば決してそうではないわけであって、政治というのはやはり集約する機能というふうなもの、これを持ってきてやらなければいかぬということでございます。 その次に、議会制民主主義、内閣制度を我が国はとっておるわけでございまして、大統領制度をとっておりません。したがって、アメリカのように大統領を直接選ぶということができませんので、我が国の国民は間接的に総理大臣、政権をどのようにして選ぶかといいますと、選挙をする母体は衆参両院でございますけれども、参議院には解散はございませんから、衆議院の解散というふうなものをとらえて一つの政権の選択ということをやるというのが憲法の精神でございまして、それは二次的であるかもわかりません。しかしながら、衆議院があり議院内閣制度をとっておるというふうなことは、そこに大きな憲法的意義があるということもお認めいただきたいと思っております。
○鈴木(喜)委員 議院内閣制というのは大きな意義があると思いますけれども、この意義というのは何だとお思いですか。私は議院が内閣をコントロールするという意味で大きな意義があるんだと思っているんですね。もともと議院が内閣をコントロールして、国会が国権の最高機関であるという憲法の精神からいけば、国権の最高機関であるのは、内閣ではなくて、行政機関ではなくて、立法機関の議会なんですから、議会が内閣をコントロールできるという意味において議院内閣制の本来の意味がある。残念ながら、現在の政治の現状というのは、どうしても行政の肥大化、強大化、強力化ということが行われている現状はありますけれども、憲法の根本に戻り、こうした選挙制度の改革というような非常に根本的なところにさかのぼらなければならない理念的な問題を入れた改革の問題についてのときには、やはりこれは現状ということではなく、憲法の理念に基づいたものに持ってこなければいけないんではないですか。
○石井(一)議員 議院内閣制の場合に、総選挙が総理大臣の権限によって行われる、そして与党と野党との政策の違いが鮮明になり、党首の顔の見える中に選択を国民に求める、こういう形が民主主義の一つの重要な、原則的な意義だと思っております。 そうして、その鈴木委員のおっしゃっておられます立法府が決める権限があるんだということは、よく起こります、多党化の現象で起こります、国民にはだれが総理になるのか顔が見えない、こういう形になってくるわけでありまして、国民不在、民意無視ということにもつながってくることではないか。本来解散・総選挙を断行する場合には、政権と政策と、そうしてその内閣の責任者というものが鮮明にならなければいけない。 したがって、野党の皆様方も最近御発言の中には、事前に連立政権に対する協議をいたしますよ、意見の調整をいたしますよ、こういうことを言い出されておるわけでございまして、そこはかえって無責任になるんじゃないかなという御指摘をしておきたいと思います。 〔委員長退席、大島委員長代理着席〕
○鈴木(喜)委員 最初から総理の顔が見えないようなことになるのではないか、それはほとんどあり得ない。 先ほどのような、総理の顔が見えるための工夫をするということもあるでしょうけれども、今多数党から総理を出すということについて、これが話し合いの結果そうでなくて、ごく少数党からの総理が出るというようなことは、まずこれはあり得ないんじゃないですか。 よく考えてごらんになったらいいと思うんですけれども、自民党の中で、これまで派閥の中から総理大臣を選ぶとき、そういうときのことを考えていただければよくわかると思うんです。今だって、どういう総理を選ばれるかというときにはいろいろな話し合いをされて、国民から顔が見えない人がなるわけじゃなく、それなりにできてくるわけじゃないんですか。そうでないとすれば、自民党のあの派閥の中から総理をたれ、総裁をだれを選ぶかということについても今まで非常におかしなことをして選んできたということになってしまうんじゃないでしょうか。 それでは、その次に進みます。 政権の安定ということと不安定ということの比較からいえば、確かに二大政党で、小選挙区が通ればそのようになってくると思うんですけれども、今現在問題になっているのは、先ほども申しましたように、非常にもう金権腐敗の政治の本当にきわみに達している現在の状況からいえば、国民は一体何を望んでいるかというと、この金権腐敗の温床をなくして、政官財と言われているその癒着の問題について、何とかこれを制度的にもきちんと切ってくれるようなそういったものにしたい。そして、そうするためには、選挙制度もどのようにか変えてそういうものを担保することを、自分たちの一票一票を投ずることによってそれが担保できるような、そうした選挙制度にしてもらいたいと思っているんだと思うのです。選挙に関して言うならば、そう思っていると思うんですね。 何もトラスチックな改革であるとか、先ほどの質問者の方が言われていたように、政権党が何か悪いことをうんとすればばっとかわるけれども、悪いことをしなければずっとかわらないというのではなくて、どんなことでも、ささいなことでも悪いことをしたらばこれがかわり得るよという緊張感を持って毎日の政治を行い、選挙に臨むという形が、それが政治家の心の中の腐敗というものに対する一つの予防措置となる。その緊張感、選挙だったらもしかしたら、比較多数ですけれども、多数党でなくなるかもしれない。そういった非常に緊張感を持ったそういった選挙制度というものがあみことが、どんなに立派な金権腐敗を防止するような法律をつくったってどうしようもない、それは小選挙区の問題ではないと思うんですけれども、こういったことで、そんなトラスチックな変え方ではなく、ここではかわるかもしれない、改革によって常にいつでも、そんな大した、物すごい、今度の金丸事件みたいなのではなくて、そういった問題ではなくても、ちょっとしたことでも悪いことをすればかわるかもしれないという制度をつくらなければいけないのに、小選挙区ではそれができないとはお思いになりませんか。どなたでも結構でございます。
○伊吹議員 今鈴木先生がおっしゃったとおりだと思いますが、私はそのような制度が最も担保できるのが小選挙区じゃないかと思っております。 そして、今徐々にどんな小さなことでもということをおっしゃったわけですが、私は社公が提出しておられる今の案が、どんな小さなことでも政権が大きく動くということを担保している案どばとでも、失礼ですが、思えません。 それから、私は政権の移動ということについて社公の提案者の御意見をずっと伺ってみて、公明党の提案者の人は、比較第一党が必ず五〇%を超えてなくても政権の核になるんだという御答弁をしておられますが、佐藤先生の御答弁は必ずしもそうではなかったと思います。これは私は議事録で調べてあります。 それから西ドイツ、今のドイツなどは、第三党の帰趨によって第一党、第二党の間で政権が決まっていくということがございますね。 おのおの制度はやはり一長一短だと思うんですよ。ですから、まずいところばかりあげつらっておっても仕方がないんで、お互いに相手の長所を認め合って、どう考えていくかという議論をしませんといけないと思います。 特に私はぜひお願いしておきたいのは、現行制度でも自民党は、よく佐藤先生おっしゃるように、四十数%の、四五、六%で現在二百八十近くの議席を持っている、この制度はだめなんだということをよくおっしゃいます。しかし、小選挙区になればその傾向がもっと甚だしいとおっしゃいます。もしそれであれば、それだけしか国民の信頼を得てない自由民主党に対して、比例で選挙の終わった後で院内で連合しようと思われる政党が、それを選挙の前に明示的に国民の前にあらわされれば、たちどころに自民党を上回る票が当然とれるわけで、小選挙区の多数決原理によって政権が決まってくるわけですから、それができないのに、なぜ選挙の後で院の中での野党の話し合いによってそれができるのか、その辺をひとつ私は社会党の一員である鈴木先生にぜひ教えていただきたい。みんな国民はそれを聞きたいと思っております。
○鈴木(喜)委員 社会党の佐藤先生の方から……。
○佐藤(観)議員 自民党がこの前の選挙でも、あるいは保守合同以来五〇%の支持率を切っているということは、もう紛れもない事実であります。ただし、その場合には、なるがゆえに政権をつくれるであろう野党が五〇%を超えているということにはならないのでありまして、その数字自体、御承知のように共産党さんも入っての数字でありますから、直ちにそのことにはならないことは御承知のとおりであります。 そこで、私たちといたしましては、たびたび述べておりますように、この中選挙区制というのでは、今伊吹先生御指摘いただきましたように、私たちとしても率直に言って候補者を出すには限界がある。したがって、私たちとしては、もっと候補者が出せる、金のかからない選挙情勢の中でやることによって、大変御心配いただいていますが、私たちとしては事前に、こういう政権をひとつつくるんだ、そしてそのときにはこういう政策をするんだということで、自民党さんと対抗していくという政権構想というのは当然あり得るわけでありまして、第一党が政権の核になることもあれば、それから自民党の政策が悪いということになれば、第二党と第三党と組んでやる場合も当然ヨーロッパの中にもあるわけでありますので、やはりそういう新しい政治、しかもそれは極めて民意に沿った形で新しい政権ができる、そういうシステムを入れるべきであるというふうに考えておるわけでございます。
○鈴木(喜)委員 済みません、公明党の先生にも聞いてくださいと言われました。私も聞きたいと思いますが、どうですか。またもうちょっとやってからにしますか。
○渡部(一)議員 お答えいたします。 比較第一党が、私たちの案によれば、おおむね選挙が終了した後、政権を協議するために第二党あるいは第三党に協議することはもう当然予想されることであります。だけれども、比較第一党が能力的に劣っておりまして、そして第二党を説得できない、あるいは第三党もだめなどということもあり得ないことではない。そういうときは第二党、第三党が当然交渉をなさることは目に見えておるわけであります。その辺はもう予想ができることですね。 それからもう一つは、事前にそういう状態が現出することが明らかになれば、国民の世論は黙っていないし、事前にどういう組み合わせになったらどういう政権ができるのかというお問い合わせは、選挙事務所に殺到することでございましょう。そのときは、事前に第一党と第二党が組んだときはこういう政権ができるとか、第二党と第三党が組んだときはこういう政権ができるとか、あるいは第一党と第三党が組んだらこういう政権ができるとか、それはさまざまに政党自身として返事をしなければならないし、対応しなければならない問題だろうと思います。 それは今のような硬直化した政権の維持というのとは全く違った、民主化された国民の希望というものに反応する政治というものがビビッドに生じてくるのではなかろうか。私はひどく生き生きした政治があらわれてくるという意味で、大変歓迎すべき状況になると思います。それは自民党としても、ここにおられる議員の各位におかれましても喜ぶべき状態ではなかろうか。私は、党議に拘束されてない場所でお話を伺うところによると、自民党の議員の相当数の方々が、いい考えだ、すばらしいアイデアだということをおっしゃっておられるのを何回も耳にしておりまして、ますますこうした考え方には意を強めておる、こういうことなのでございます。
○鈴木(喜)委員 そういうことですけれども、必ずしも多党化が、幾つも幾つもあることが悪いとも思えないし、またたくさんある、どこまでたくさん、うじゃうじゃできるかということもやってみなくてはわからないわけですから、ぜひここのところで単純小選挙区の単純という部分を取っ払っていただくその度量を、ぜひ歩み寄りの努力というものを、そこから話し合いが進んでくると思いますので、よろしくお願いをしたいと思います。 時々というか随分お聞きするのですが、選挙活動に費用がかかる。選挙に一番大変だというのは、今の中選挙区であると、同一政党から複数の候補者を立てるということについてお金がかかり、大変なのだということをおっしゃられたんです。 ここで塩川委員に伺いたいんですけれども、塩川委員の大阪四区、ここは塩川先生お一人しか出ておられない選挙区でございます。そこではほかの複数の選挙区から出ておられる他の先生、ここにいらっしゃる方はあと全部複数区だと思いますけれども、どのくらい、具体的にいいますと努力がなく、まあ先生はもう九回も受かっておられるから、それでなくても大丈夫でしょうけれども、一体どういうふうなお金のかけ方というものが少なくて済んで、それで気楽で、楽でいい選挙というものができるのか、お聞かせいただきたいと思います。
○塩川議員 私の場合は特殊な例でございます。私は地元、大阪四区でございますけれども、野党は非常に大物がたくさん出ておられまして、激戦のところなんでございますが、実は私の方は自民党は一人でございますから、党が中心となった選挙をいたしておりますのでございますから、ほかの議員の方々と比べましたら、いわば選挙活動資金というものは非常に少なくて済むと思っております。 そのかわり、いろんな政治活動資金というものは、ほかの方よりはたくさん要るんではないか。これを具体的に言いますと、地元で、それから選挙区で使っておりますのは、大体年に五、六千万円だろうと思っております。秘書も今は七人、女の子二人入れまして九人でございますから、その程度でございます。東京の方の政治活動では、かなり同額以上のものは必要であろうと思っております。
○鈴木(喜)委員 本来ならば、ここを非常に自民党の方々が強調されるのですから、その資料ぐらいつくって出していただいて、九選挙区について、埼玉五区、東京七区、東京九区、愛知六区、大阪一区、大阪四区、大阪五区、大阪六区、大阪七区、こういった、大阪は随分多いようですけれども、どうして大阪ばかり多いのかよくわからないんですけれども、そういうふうな九区に関して、このぐらいかかって、そうでない区というのが一体どのぐらいかかって、これだけ選挙なら選挙にかかり、また地元での日常の政治活動、また東京での政治活動、そういうものにどのぐらいかかるのかということについて、ぜひ資料としてこういう場所に公表していただく方がわかりやすいと思うのですよ。観念的にかかります、かかります、政策の争いができないからかかります、弁当代がかかりますなどというようなそういう次元の低い話じゃなくて、そういうところを見せていただきたいと切実に思いますので、よろしければどうぞおっくりいただいて、まだまだ審議の時間はありますから、これを示していただきたいと思います。 それから、その次に行きますが、選挙運動の方法について少し具体的に伺いたいと思います。 自民党は戸別訪問を認めないわけなんですけれども、これを認めない理由というのはどういうところにありますでしょうか。
○深谷議員 選挙が大勢の国民の皆さんの努力で明るく行われるということは理想でありますから、戸別訪問についても先々は十分に考えていこうではないかという意見が我が党の中でもございます。 ただ、現時点で具体的な選挙運動を見てみますと、鈴木委員も恐らく東京ですから共通していると思うんですが、例えば電話戦術一つとりましても、今やもう大変な数で電話合戦をやっているというのが実態なんですね。そうしますと、有権者の側は、ベルが鳴って受話器をとると選挙のお願い、やっとかけて台所で仕事をしているとまた電話。つまり、有権者の側で非常に迷惑が多いという声が上がっているんですね。ですから、戸別訪問も完全に自由化した場合に、とにかく家のベルが鳴って出てみると選挙のお願い、それが次から次へとエスカレートしていった場合に、一体有権者がどんなふうにお思いだろうか。そちらの迷惑を考えると、まだ今日の時点では無理ではないかなという判断になっております。
○鈴木(喜)委員 有権者が迷惑するか否かは、もうやってみなくちゃわからないじゃないですか。一遍やってみたらいいと思うんですよ。そんなに、例えば選挙区の中だって何万戸もあるわけですよ。選挙期間、またその前といったって、全部歩くといったって、その全部を歩いて、何回も何回も歩くことはなかなかできないでしょう。例えば当事者とか、一人とかという運動員を限るならば、そんなにたくさんの人たちに、人海戦術でいくわけじゃないんですから、できるじゃないですか。いろいろ考え方をとれば、有権者に迷惑のかからない方法でできると思うんですよ。 これをまず外すというのは、そこにもともとよく言われていた買収の危険性などというものを考えておられるのではないんですか。 〔大島委員長代理退席、委員長着席〕
○深谷議員 鈴木委員にお尋ねしますが、今、数を制限すれば云々というお話があったのですが、たしか野党案では数は制限してないと思いますが、どうですか。お聞きしたい。
○鈴木(喜)委員 してません。ですから、そういうところについてはやはり考えていかなきゃいけないけれども、戸別訪問をしないというふうにもう決めてしまうのではなくて、それがもしもできないのであれば、今は、私たちはそんなにたくさんできないからですよ、幾らいったって。だから、そのくらいのところは大丈夫であろうということがあるのです。 まず、原則はこれは認めないということから出発するというのはおかしいのではないですか。もちろんそれを修正すべき点は、幾ら社会党の案だって、やはり修正しなくちゃならない部分も出てくるだろうと私は思うんですが、その点いかがでしょうか。
○佐藤(観)議員 自民党の中でも、戸別訪問は全面解禁をすべきであるという意見もかなりあったということを我々マスコミ等で聞いておるわけでございまして、政党本位になっていく中で、政策の普及ということのためにはこれは必要なのではないか。必要であるし、やるべきであると思っております。 もしここで買収、供応等々のことの発生になれば、これはかなり厳しい連座制の問題等が発生して、立候補制限云々までかかってくるわけで、その意味では私は、鈴木さん言われましたように、一度ああいうことを御答弁なさるならやってみたらどうだろうか。そしてまた、国民の皆さん方がこれはちょっとひどいと言うんだったら、数を制限していくというやり方もあるだろうし、この際、私たちは民主主義の原点として、政党のあり方自体がそれによって国民に見られることになるわけでありますから、全面的にひとつ解禁をすべきであると考えております。 おととしの政府案のときに十五人ということで、腕章をつけてというお話もありました。それも皆さん方の方でどうお考えになるか。私たちは、もう鈴木さんから御指摘がありますし、そんな非常識なことになっていけば、これは票獲得活動でマイナスになっていくわけでありますから、一定の自制が働くという前提で考えておるわけでございます。
○鈴木(喜)委員 今の問題の戸別訪問のもともとの意義というのは、私たちが自分の政策とか自分の党の政策、自分がどうしたいか、私という人間がどんな人間なのか、信頼してもらうに足りるべき人間なのかどうかということをじかに話して、そこでわかってもらうという本当に選挙の原点の問題だと思うのです。 ここを禁じてしまうと、あとは例えば電波でお邪魔しますで入っていく、電波だとか電話だとかそういうことになりますね。つかみどころのないものになってきます。 特にテレビの場合には、政見放送等々選挙活動の場合には平等を期しますけれども、そうでない限りはなかなか直接、選挙区にいる全部の人たちになかなか会うことができない、こういったことになりますから、ぜひこの点は全面解禁ということ、またそれができないならば、人数を限ってでもやっていく、そろそろでも、おっかなびっくりでも、一遍認めなかったものはやっていくということが必要なのではないかと思います。 そのほかに、先ほどの政見放送の場合なんですが、テレビではどのような形に自民党の方はなるというふうに政見放送は考えておられるのでしょうか。
○石井(一)議員 戸別訪問に関しましては、我が党政府が出しましたときに、十五名ということも出しております。だから、基本的な考え方は鈴木委員の言うのと同じでございますが、それが高じて大変な戸別訪問の洪水になり、有権者に大変な弊害を与えるということに対してどうするかという問題が一番重視しておるところであります。 そこで、政見放送の問題に関しましては、従来ここ何回かの選挙を施行してまいったわけでございますが、政党の候補者、個人の候補者に対する権利の付与という問題よりも、NHKの電力圏のネットワークという問題が一つあるわけでございます。 例えて申し上げますと、東京一区の鈴木議員が出ておられます有権者は三、四十万だと思うのでございますが、ここで行われます放送が何と関東圏全域にまたがりまして、四千万人に広がるわけでございます。言うなれば、対象の選挙区は四十万人、しかし、それを聞いておられるのは四千万人ということになりますと、百分の九十九は直接は関係がない、こういうふうな問題が出てまいるわけでございます。 また、与えられております時間が非常に単調に、同じ姿で同じ形での原稿を読まれるというふうなことになりますと、貴重なNHKのネットワークに対しまして、見られる、選ぶ側からすれば余りにも単調過ぎるという批判があります。そういう中から、政党を中心にもう少し企画を入れまして、全国区の比例でも取り入れておりますけれども、いろいろの候補者が出てまいり、いろいろの分野で政策を訴えるという政党中心のものに転換していきたい、こういうことを考えておるわけであります。
○鈴木(喜)委員 非常に今までおっしゃっていることと矛盾があると思うんですね。顔の見える選挙をしなくちゃいけない、選挙区の人たちに顔が見えて、そういう人を選んでいって小選挙区の中で代表を出して、その多数でもって議会をつくろうよとおっしゃっているのと、今のようにテレビのそこでは政見中心、政党中心でそういうことをやっていって、バラエティーに富んだものをやりましょうということとは非常に矛盾していると思うのですよ。それこそ戸別訪問を禁じておいて、そして一戸一戸にお邪魔しますで入っていく電波でもテレビでも一人一人の顔も入らないで、どうして一人一人の人の顔の見える選挙がまずできるのですか。まずこれ一つが矛盾点。 まだあるから聞いてください。もう一つあります。これは、こういった電波、例えば私のところは確かに三、四十万の、四十万ぐらいの選挙区です。しかし、それに応じて関東一円にその放送がされれば、ああ鈴木が出ているということで、間接的にはいろいろとやってくれる人だって、もしかしたら北海道だっているかもしれないぐらいあるわけですよ。それもまず一つありますね。だから、何もここだけに見せるということが必要だとも言えないということです。 それからもう一つ、なぜそういうふうに電波のことで矛盾が出ちゃってこうしたかというと、単純小選挙区五百もつくるからそういうことになるわけですよ。だからそんなことになって、五百つくったものが、その電波のどこそこでみんなで四千万の人が見ちゃう、そういうことになっちゃうわけで、このあたりが単純小選挙区にするということ、戸別訪問も禁じるということ、そしてこうやってテレビヘも出そうとすると出せないという、このあたりがこの選挙の矛盾をそのまま反映したものではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
○深谷議員 鈴木委員に申し上げたいのですが、私たちが言っている顔が見えるというのは、政党のイデオロギーとか政策とかそういうものであって、候補者の顔そのものではないのです。ですから、広域の放送網を考えますと、むしろテレビ放送も政策、政権を中心にした方針を打ち出すような、そういうテーマにおのずからなっていくと思うのです。これから個人の政治家を中心とした選挙から政党、政策への選挙に変わっていくというのは、そういうものをじっくり聞いていただけるようなテレビを使った啓蒙活動なんです。一人の議員の顔が見えるというのではなくて、政党の顔が見える、ここが一番大事なところなんです。 それから、先ほどもお話がありましたが、例えば戸別訪問も自制がきいていけばいいのですが、激しくなりますと何軒余計回ったかという競争になってくることは、今のポスター合戦一つごらんになってもおわかりのとおり、今や東京の町はポスターのはんらんで、張る方も大変だが、張られる方も甚だ迷惑だということになっている。もっとも、私の選挙区では自民党同士が話し合って今ポスター出していませんで、念のために申し上げると、共産党だけが出していますけれども、いずれにしても、自制がきく範囲が、選挙が熾烈化してくるとそれを超えてしまって、かえって有権者に御迷惑がかかるということも考えていただきたいと思います。
○鈴木(喜)委員 今のことで野党の方からもお答えをいただきたいと思うのですけれども、いかがですか。 私は、今おっしゃったのだったら比例制にすればそれでいいじゃないの、だから顔が見える、それぞれの地元の人の口、だから比例代表制を、先にそこを基準として、それからやるのだったらば、今おっしゃったことがそのまま素直に頭の中にも心にもしみ込んでくる答弁だと思うのですが、いかがでしょうか。
○佐藤(観)議員 深谷さんの御答弁は、まさに今鈴木さんから言われましたように、比例にすれば十分政党の顔も見え、かつ我々の場合には二百の小選挙区があるわけでありますから、そう無理して小さな小選挙区で、石井さんの答弁をかりれば九九・何%が必要ない、直接の有権者じゃないという矛盾も、我々の方が平均六十万でございますから大変大きい方に見ていただくということで、そういう意味の、何といいましょうか、益がないといいましょうか、というものはなくなってくると思っておるわけでございます。 確かに、私たちも昭和五十年のときにテレビをもう少し活用できないかということで四分半を五分半にしたわけでありますしたわけでありますというのは、今石井さんから御指摘があったように、大変テレビのエリアが広域圏になっているものですから、神奈川のものが栃木で見えるということ、大変そういう意味のことは確かにあるわけでありますが、ただ確かに、NHKにもあるいは特に民放の皆さんにも、解散なんということになると大変御苦労をかけることを私も知っておるわけであります。ただ、こういうものがないと、選挙になったんだというのが、有権者の方々がなかなか行ってくれないという問題も事実ございます。 しかし、いずれにしろ今中選挙区制で、たしか私の記憶では千人を切った候補者だと思っておりますが、五百の小選挙区ということになれば、これはさらに候補者がふえると思います。 ですから、こういった面でも単純小選挙区というのは、運動面においても、有権者との関係において私は不合理性が非常に高まるというふうに考えておりまして、言われますように、運動面におきましても比例の方が今自民党の皆さんが御説明があったことを十分吸収し得るなという自信をますます深めたところでございます。
○井上(義)議員 まず第一に、恐らく深谷委員、言い足りなかったのではないかと思うのですね。顔が見えるということは政策やそれから政党ということをよく理解できる、それならば比例代表で十分じゃないかということになるのですけれども、本来顔が見えるというのは、いわゆるその候補者がその政党の政策をしっかり実現できるような人であるかどうかということを有権者が判断できるようにということが候補者の顔が見えるように、こういうことをおっしゃりたかったのだろうと思うわけでございまして、その意味では、まずやはり政党があり、その政党の政策があって、そこが有権者がまず十分判断できる、その上で、我々の場合は顔が見えるようにということで小選挙区を併用しているわけでございまして、趣旨に十分かなうのじゃないか、こういうふうに思うわけです。 それから、もう一つ戸別訪問の問題。深谷委員も最初お話しになりましたように、将来自由化していくということがよろしいのではないか。できるだけ選挙運動は自由化しよう、こういう認識は一致しているのだろうと思うのです。それで、国民の迷惑だから今回は見送ったということじゃなかろうかと思うのですけれども、逆にお伺いしたいのですけれども、ではどういう状況が生まれたら戸別訪問が自由化できるのかということをぜひお伺いしたいなと思うのです。 というのは、そういう国民に迷惑がかかるからという論理ですと、例えば電話、先ほども大変迷惑だ、こうおっしゃっていました。では、電話もやめようじゃないか、あるいはビラ、もう洪水のように来る、ではこれもやめようじゃないか、ポスターも迷惑だ、ではこれもやめようじゃないかという論理につながっていくわけでございまして、今深谷委員お話しになりましたように、自民党同士で話し合ってポスターをやめた、そういう候補者の良識というものがおのずと有権者がそれを判断するということになるわけでございまして、この戸別訪問でもやはりそれは迷惑をかけるようなやり方をすれば当然その票が減るわけでございまして、そういう意味で私は、国民がそういう戸別訪問を自由化しても十分判断できる、そういう良識というものを国民は持ち得ていると思いますし、やはりその良識に我々は依拠してこの選挙運動というものをやるということが一番大事じゃなかろうかな、こういうふうに思うわけでございまして、その点、ぜひ深谷委員にもお伺いしたいな、こう思っておるわけであります。
○深谷議員 公明党さんの御親切な御指摘ありがとうございました。私たちが今テレビ放送でこれからやろうと考えているのは、今までのように一人の候補者が与えられた五分間なら五分間、一方的にまくし立てるのではなくて、例えば政党の党首だとか幹事長だとか、対談形式にするとか、いろいろなことを考えているのですね。候補者自身ももちろん出ますけれども、むしろ政党の代表と対談をするとか、現にやっていることもありますが、そういうことになりますと、メディアの範囲を超えましても両方有効なんですね。だから、そういう意味で、政党の顔も見え、個人の候補者の顔も見えるということをイメージしています。 それから、戸別訪問については、私は将来的には広げていくべきだという考え方を持っていますが、今の状態でいきますと、例えば連呼などの問題でもやめようということですが、連呼と似たような戸別訪問になることがどうもマイナスイメージだという頭が、私たち今までの東京などの選挙を見ると経験的に思うのですね。がらっとあけて、名前だけ言ってお願いします、こう行くような戸別訪問というのはどうもマイナスあるいは有権者の迷惑になる。私たちが今やっているのは、例えば二十人ぐらいの座談会を連日やっていくとかいって、ひざを交えて政策を語るなどということもやっていますが、そういう政策を語るという形でこれが具体化していくという可能性が現実にあれば非常にいいのですが、どうも連呼のような格好の戸別訪問ということが起こり得るような可能性があって、目下これから大いに勉強しないといけない部分ではないかなという判断を持っております。
○鈴木(喜)委員 そのあたりの御配慮というのは確かにあると思いますし、いろいろ孝之ますけれども、戸別訪問の意味というもの、本来の一対一で話し合っていこうというその姿勢を閉じてしまうことなく、これからの話し合い、御研究をいただきたいと思います。 それから、先ほどのテレビの政見放送なんですけれども、私も一回だけ、とにかく生まれて一回だけあの経験をいたしましたけれども、あんな嫌なものはないですね。やっていくのに、五分なら五分の時間を決められて、上目遣いに原稿を見たりしながらもう緊張の、この私が緊張するのはあのときだけという、そういう緊張の仕方で、あの五分間の嫌な思いというのは本当に嫌です。嫌ですけれども、あれしか入っていけないから今のところやっている。 例えば個人の、私の創意工夫でだれかと一緒にお話をする方が、五分間これの方がよくわかるよというなら、私の企画で五分をやってもらうのならこれが一番いい。 ところが、政党がやると、例えば現在の参議院のときに政党の企画でやっていますけれども、視聴率をこれ、調べてみてくださいよ。絶対に、政党の何とかですね、いいですねなどとやっているあれと、個人のだれとかさん、さまざまな人が出てくる、どっちが視聴率高いですか。一人でやっている五分間、同じ名前だけを言い続けている、そういった候補者の人がいても、それの方が視聴率が高いのですよ。みんなはそれの方を見るのですよ。 だから、それは私、やっぱりそれぞれの創意工夫でやらしてもらって、私自身がどういうPRをするのか、ただこんなところでこんなことをしているのは嫌ですけれども、あの硬直化した政見放送は私は大変嫌だと思いますけれども、しかし、やはりそういった一人一人の自由な五分間を、時間を持つ、こういうことは必要であろうと思います。 それともう一つ、立会演説会でありますけれども、立会演説会に実況放送を取り入れるということは両方の党の中の案になっていると思いますけれども、この立会演説会というのも、この中に一つのディベート風の、何といいますか、テーマを設けて、これは判断というかその司会をする人の責任が非常に重大になるとは思いますが、そうした形での、テーマごとに討論をするというような形とか、そういうものを取り入れるというのはいかがでしょうか、これを伺いたいと思います。
○深谷議員 これから有権者の皆さんに本当によくわかっていただくためにどうしたらいいかという工夫は、あなたのおっしゃるとおり、みんなでしなければならぬと思います。今の御提案も、大変おもしろい、具体的な考えるべきテーマだと思います。
○鈴木(喜)委員 野党側はいかがですか。
○佐藤(観)議員 鈴木さんが言われますように、昔は四分三十秒、白黒でしたが、今は五分三十秒、あれは私も本当に死刑台に上がるような、もちろん上がったことはないのですが、まことに本当に嫌なものであることは間違いがないのですが、もう少しいろいろな創意工夫ができないのかということを随分自民党さんともかつて話をしたこともあるのですが、現実にはやはりいろいろなことをやりますとお金がかかってくるという問題がありまして、それに、やれ二百万だ三百万だとかけるということになると、これは金のかからない選挙ということに逆行じゃないかというようなことがありまして、なかなか実現をしないでおるのでありますが、見ている方が、例えば私のこういうところの映っているものを乗せられてというようなことをやるなり、もう少し本当に視覚的にいいものはできないだろうかということを思っておることは変わりないのですが、具体的な壁があることだけは事実であります。 それから、今鈴木さんから御提言があったようなもの、非常にいいアイデアだし、いろいろやりたいとも思いますが、問題は、ケーブルテレビ等がかなり普及しておれば、そういったところでテーマ別に司会者を含めてやるというのはまことに本当は有意義だと思うのですが、具体的なことになりますと選挙の公正ということで、うまく司会が相手候補とできるかどうかというちょっと技術的な問題等がありまして、より一層これから研究課題だ、しかし前向きにやはりこれは考えていくべき価値があることではないかというふうに思っております。
○鈴木(喜)委員 ありがとうございました。 それで、あとちょっと、まだたくさん聞きたいことがあるのですが、もう時間が大分近りましたので、前に、四月の二十日に増子議員の方から質問のありましたことに対する答弁がまだきちんとされていないように思いますので、もう一度確認の簡単な答弁をお願いしたいと思いますけれども、三点ございます。これは法制局に。 一つが、無所属当選者について、これを第一欄の政党投票をキャンセルするようなことになるのは憲法に違反するのではないかということについてのお答え。 それから、政党と政党所属者は異なる党派に投票が可能である、それなのに無所属の場合にはそうではなくて、異党派投票といいますか、クロスボーティングというふうなことができないことになるのは憲法違反ではないか。 それからもう一つ、小選挙区の当選者が欠けた場合に名簿の登載者から繰り上げ補充をするということについては、「全国民を代表する選挙された議員」という憲法の四十二条一項に違反してしまうのではないか。 この三点なんですが、これについてのお答えをいただきたいと思います。
○臼井法制局参事 ただいま鈴木先生の御質問は、過日、第一問に関しましては、増子先生の御質問に対して極めて簡単に御答弁申し上げたところでございますけれども、社公両党共同提出案の九十五条四項に、「各衆議院名簿届出政党等に係る第一欄の記載総数から、第二欄に無所属等当選人の氏名の記載のある投票に係る各衆議院名簿届出政党等に係る第一欄の記載数を減じて得た記載数をもって、各衆議院名簿届出政党等の獲得記載総数とする。」という規定がございます。第二欄で最多を得た者が無所属等候補者である場合には第一欄の政党への投票をキャンセルする、こういう規定がございます。 社公案におきましては、第一欄の記載を争うことを中心に、すなわち政党の議席数争いということを中心に考えられまして、第二欄で最多を得た者であっても第一欄の政党が獲得した議席数枠に入って、そこで一議席獲得、こういうふうな構成になっておりまして、一方、第二欄の最多を得た者が無所属等候補者である場合には、そこで当選、一議席確定、こういうふうな仕組みをとっておられます。ということから、以上のように、無所属等候補者と政党所属者では当選、議席確定というシステムの違いがございます。 以上のようなことから、それぞれの当選に寄与した票を考えてみますと、政党所属の者の当選に寄与した票は、政党が議席を獲得したその議席の中に入って、これで一議席獲得、それで十分な効能を発揮した、こういうことが言えるのに対して、第二欄の最多を得た無所属等候補者に投票した票は、そこで直ちに当選、一議席決定、こういうふうなことになるわけで、そういうことで、一議席確定ということで十分の効能を発揮したということが言えると思います。 そういうことでございますので、無所属等候補者の当選に寄与した票にさらに一議席確定以上の効力であります第一欄の政党記載、この効力を認めてしまうと、なぜそのようなプラスアルファの効果を認めたのか、まあ言ってみますれば二票的な効果を認めるのはなぜか、こういうふうな疑問がございまして、これをキャンセルする、こういうふうにして実質的な一票の価値の平等を図るための措置として適切なものだと判断した次第でございます。 第二問に関しましては、社公案におきまして異党派投票を認めているかということですが、これを禁ずる規定がないことから、認めていると思います。 例えば、第一個にA党、第二個にB党所属の者を記載した人の機能ということを考えますと、第一欄の記載についてはA党さんの議席数枠の拡大に役に立つ票であり、第二欄の記載というのは、その人ではない他の人が投じてB党の議席数枠の獲得に寄与した、そういうふうな場合があったならばこの人をという票であります。そういったことから、第一個にA党、第二個にA党所属の人を記載したのと同様な効果を発揮するものと考えております。 そしてなお、無所属等当選人と政党の間にクロスボーティング、異党派投票が認められないのは、無所属等当選人は第二欄の記載の最多を得たらそこで十分の価値を発揮してしまいますので、一票の価値がそこで尽きたもの、それで、第一問について述べましたように、第一欄をキャンセルするということになっておりますので、その結果、無所属等当選人と政党の間の異党派投票というのは結果的に認められない、こういうことになっております。 第三問につきましては、名簿からの繰り上げ補充というのが、参議院におきましては、名簿登載者に欠員を生じた場合に、名簿登載者で当選を得なかった者から繰り上げ補充がある、そこまでは参議院の比例においてもとられている制度でございますが、さらに今回小選挙区の当選者に対しても、政党の名簿登載者で当選を得なかった者からの繰り上げ補充が認められる、こういうことでございますけれども、それは一つには、名簿届け出政党さんが小選挙区の候補者も届け出ているということ、もう一つは、これこそ実質的な理由だと思いますけれども、先ほどからるる述べておりますように、第二欄で最多を得た者であっても、第一欄の政党が獲得した議席数枠の中に入ってこれが一議席確定、そういうふうなことになっていますので、当該選挙によって政党が獲得した議席数枠の中において欠員が生じたものでございます。こういうことから、名簿登載者で当選を得なかった者からの繰り上げ補充ということが認められる。名簿自身が選挙を経たものであるということ、そして選挙によって政党さんが得られた議席数枠の中の欠員であるということ、以上のようなことから繰り上げ補充ということを認めたものだと理解しております。 なお、超過議席があります場合にはこれは繰り上げ補充とならない、こういうことになっておりまして、憲法四十三条一項の規定に適合するものだと判断した次第でございます。
○鈴木(喜)委員 わかりました。どうもありがとうございました。 時間がありませんのでここでおしまいにしますけれども、最後に一言だけ申し上げます。 前回、大分前です、二十日のころだと思いますが、石井議員の方から、野党はネズミをとらない猫になってしまったという発言があり、たびたびマスコミ等でもその部分がいろいろと放映されております。 ここで政権の交代の可能性というものについて、小選挙区だったらネズミをとる猫になるのかどうかという意味と、それから自分たちを、自分の党のことをネズミというふうにおとしめておっしゃっているのかどうかということ、野党の自戒を込めている表現であればわかるのですけれども、そうでなければ、この開き直りの言葉というのは私は非常におかしなことだと思うのです。 この次の、一時からまた私の質問が続きますので、宿題としてお渡ししておきますから、よろしくお願いいたします。
○田邉委員長 午後一時に再開することとし、この際、休憩いたします。 午後零時四分休憩 ――――◇――――― 午後一時開議
○田邉委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 質疑を続行いたします。鈴木喜久子君。
○鈴木(喜)委員 十二時に中断いたしましたときに、石井委員の方に御説明をお聞きしようということでお願いしておきましたが、いかがでしょうか。もしなければ後の方でも結構でございますが。
○石井(一)議員 御指摘の言葉は、今休み中に同僚から聞いたのですが、中国の鄧小平さんが使われたというふうに伺っております。 いずれにいたしましても、私が主張いたしておりますことは、多少これは表現の上で失礼になったかもしれませんけれども、それぞれに存在価値があるということでございまして、何のために政党の存在があるのかという問題が問われておると思うのでございます。その場合に、政党は、特定のイデオロギーなり思想なり信条なりあるいは地域なり宗教的背景なり、いろいろございますけれども、それを代表するというのも一つの政党という定義になると思いますけれども、本来政党というのは、もっと包括的な意味での国民の世論を集約する、また、全国くまなくその組織が存在し、縦からも横からも斜めからもそれに対する民意が流れ込むというような体制、まあ国民政党とでも申しますか、そういう存在が私は政党として一つの定義ではなかろうか。そして、その政党は常に集約した民意を政権につなぎ、そして国民の要望にこたえてそれを実行する、こういうふうな形になるのが政党としての基本的な姿勢ではないか。 その場合に、どうのこうのと申し上げるわけではございませんけれども、例えばドイツの社民党にいたしましても、特定のユニオンなりなんなりの代表から大きくゴーデスベルク綱領等を通じましてそこへ脱皮しておるというふうな裏づけがあるわけでございまして、私はそういう意味で、今申しました総括的国民政党、そして政権を担当するという意欲、それを問われておるのではないかという問題について、その問題を御指摘させていただいたわけでございます。
○鈴木(喜)委員 伺っておきます。 それでは、次に移りたいと思います。 もう一カ月というと何か随分昔のような気がしてしまいますが、三月二十六日付の毎日新聞に、ずっと金丸氏の問題でいろいろなことを取りざたした後に、「清水建設献金リストに五十七人」とかいうことで、さまざまな政治家に建設会社の大手の会社が政治献金をしていたというような事実が出まして、それから続々と大手ゼネコンの政治献金が新聞紙上で報道をされるような毎日が続きました。 そこで、その献金の処理というのが社内では使途不明金ということでなされているわけでございます。済みません、資料を配付してください。この使途不明金というものを調べてみますと、昭和六十年から平成三年までの間の使途不明金を調べてもらいましたところが、大体三年で五百五十八億円の使途不明金総額がわかった。そして、その中で使途が判明したものというのはかなり少ない。平成三年のときの使途が判明するのが、五百五十八億のうちの百三十九億が使途が判明している。本当に少ない割合になります。その中で政治献金は何億円ぐらいあるかというと、やはり平成三年で見ると二十四億円ぐらいに当たるわけでございます。 こういうのが税務上使途不明金として、調査した結果出てきたものなのですが、私がちょうどたまたま商法の改正がありましたときに法務委員会の方で、これは一体どのくらいの会社をパーセンテージとして調べるのかということを聞きましたら、資本金一億円以上の会社のうちの大体毎年一四%ぐらいを調べた結果だ。一四%の結果がこの五百五十八億ですから、実際にはこれの約七倍、四千億近いものが使途不明金として年間、わからないけれども、ちゃんと調査をされていないけれども、あるという、そういう結果が出ているわけでございます。 使途不明金などというのは、何法上もあってはならない、商法上であろうと税法上であろうとあってはならない概念でございますけれども、会社の方から自己否認というような形をとったりしてこうしたものが使途不明金として処理され、それが益金になって課税の対象になるという形をとられているわけですけれども、しかし、毎年そういう形がとられていても、ごらんになった表でわかりますように、この表では昭和六十年から平成三年までずっととりましても、ほとんど変わりのないような形で捕捉されているということでございます。政治献金は括弧の中に入っておりますから、それもほとんど変わらないような額が出てきているわけでございます。 こういったことは、非常に不明朗な政界への財界からの政治資金の流入という形につながっていくと思うのですが、このあたりのことについてどのようにお考えでいらっしゃいましょうか。自民党側に伺います。
○津島議員 鈴木委員のこの御指摘の数字は、私どももいろいろな機会に見させていただいております。使途不明金の性格については、今かなり正確におっしゃったように、いろいろなものが含まれておるわけでございまして、それが全体が政治献金であるということは、これは事実からかなりかけ離れておるわけであります。 一つだけ委員の御理解を得たいのは、一四%しか調査してないとおっしゃいましたが、実は五年間調査します。ですから、年次からいいますと、五年分合わせて一遍にやっちゃう。ですから、いわゆる実調率ということを、ある年だけとりますと十数%ですけれども、まあこれは本来なら大蔵大臣なり国税庁の方がお答えすべきなのですけれども、私の知る限りでは実態はかなり高い。しかも、問題になる企業を中心に調査をいたしますから、だから、一四%だから全くさわってないということは言えないと思います。 結論から申しますと、私も使途不明金のような存在はできるだけなくさなければいけない、かように思っておるところであります。
○鈴木(喜)委員 ただいまの五年さかのばるということも、非常に不明確なというふうに私は承知しております。三年まではかなりさかのぼるらしいのですけれども、五年、七年ということになるとなかなか、ちょっとあいまいな回答が戻ってまいりましたので、私はそこは承知しておりませんのと、この使途不明金総額の中にそのさかのぼった分も入っているのかどうか、私確認してなかったのですが、はいってますか。――はい。 それで、こういった使途不明金について、会社の企業会計というのは、透明性を保つためのいろいろな方策がとられ、それから法文上も整備がされています。また、会計監査にしましても、会計監査法人等による企業の会計監査もあり、また中での監査役の監査もあり、さまざまな形で企業の業務も会計も監査をされ、透明性が保たれるような法制になっております。しかし、ここで出てきましたような使途不明金、またその各社のそれぞれの中での有価証券の報告書等におきます会計監査報告の中では、こういったことについて問題があるというような指摘はなされていません。皆無でございます。みんな適法である、そして、この認められたものできちんとしているという、そういった報告しか出てこないわけですね。 これは、津島委員も法務委員会におきまして、そのあたりをやはりそのような形で質問をされていたと思うのですけれども、こうなりますと、さまざまなものを会計監査という形をとったからといって、例えば政党に関する流れについての会計監査をやったから、ここではこういった監査人を入れたから大丈夫なんだというようなことはなかなか言えないのではないかと思うのです。やはり、そこでは一番問われるのは、政治家の良心に最終的には帰着して、それを呼び起こすような法制度というものになるべく近づけたものにする、またはこういったことが初めから起こらないような制度にすることが最も望まれるところではないかというふうに思います。 ところで、今回の政治改革の中での政治資金規正法におきまして、自民党とそれから社会党、公明党の出しております政党に対する政治献金を見ますと、これは、一番違っているというかはっきりと違っているところが、企業、団体からの政党や個人に対する献金を認めるか否かというところが一番違っていると思います。 お手元に一応お配りいたしましたフリップというか紙なんですけれども、その中の図で見てみたいと思いますけれども、この図は別に大きくしただけなんですけれども私がっくりましたので、もし間違っている矢印があったら教えていただきたいと思います。 まず自民党案なんですが、この自民党案の中の矢印はこれはできる、それから何も書いてないところは無制限に、まあ無制限にというのは、枠がありますけれども、しかし無制限ですね。ここのところは行っても大丈夫だという矢印を示したものですが、間違いがないでしょうか。
○津島議員 よく今読ませていただいておりますが、第一感でまずぜひ訂正しておいていただきたいのは、公職の候補者、ここのところに政党から入ったり出たりする、しかもこれは随分太く書かれておるのですね。これはもう全部消していただきたいという方向で、先週の委員会で西岡提案者からお話ございましたように、これは政党の資金の使い方のルールの問題でありますが、我が党では、政党から公職の候補者への資金の提供はいたさない、必要がある場合には資金調達団体にしていただく、したがってこれは公開をしていただく、こういうことに、しかと御答弁いたしております。
○鈴木(喜)委員 私は、法文上で見て決めたのと、それから政党が政党の活動として何かをなさるときに公職の候補者に現金を渡すことが全くないということですか、今おっしゃったのは。法文はそうなってないのじゃないかと思うのですけれども。
○津島議員 お答えいたします。 これは政党の活動の範囲内の話でありますから、まさに政党の公的責任において国民の期待にこたえるということで、この国会において正式に私どもとしてはそれはさせないと答えているところでございます。
○鈴木(喜)委員 わかりました。それは実に言い抜けでしかあり得ない言い方だろうと思います。政党の働きであるならば公職の候補者にそのお金を渡すことはあり得るけれども、それは政党の活動で渡すのだから大丈夫であって、その候補者にお金をあげましょうねと言って渡すわけではないからいいのだというだけの話じゃないですか。
○津島議員 尊敬する鈴木委員でございますかも、私ども公党として国会できちっと御答弁していることについては、やっぱりそのとおり御理解をいただきたいと思います。
○西岡議員 お答え申し上げます。 ただいま津島議員からお答え申し上げましたように、我が党の党則等の改正等を通じまして、ただいま津島議員から御答弁申し上げましたことは明確にしていく考えでございます。 それと、ぜひ御理解をいただきたいのは、この私どもが提案をいたしております小選挙区が実現をいたしました場合に、それぞれの小選挙区内における政治活動は、個々人の、これまでのような議員の個人の活動ではなくて、政党の支部の活動になるわけでございますので、党から具体的に個人、何のだれがしに具体的な資金の提供が行われるという形をとることにはならないということをぜひ御理解いただきたいと思います。
○鈴木(喜)委員 御理解をいただきたいと言われましても、非常に理解をしにくいところだと思います。それは、条文上からそうなっていますか。それからまた、政党が、自民党はそうされた、もし仮にですよ、そうされたって、政党というのは幾つも幾つもあるわけですよ。その中の全部の政党がその政党の責任においてそうされるかどうかということは、これはつくってみなくちゃわからないわけでしょう。それぞれの政党の良心に任せた中身でやるということは、これはできないわけじゃないですか。 そうじゃなくて、法文上から解釈すれば、この矢印については私は、そこにどういう言葉で言おうと、どういう表現で言おうと、公職の候補者のところにお金が流れるのではないか。 まあ最初のところで詰まっているといつまでたっても行けませんから、ここは……
○津島議員 自民党の法案は、社公案にもございますように、政党と公職の候補者との間の資金の提供は、両法案において法律では切ってないのであります。そこで、つまり今鈴木委員が言われましたように、政党によっては責任負えないじゃないか。私どもは、社会党、公明党さんがどうされるかについて責任は負いかねます。ただ、自民党は公に、いたしませんと、こう申し上げているので、この案で申しますと、社会党、公明党さんは政党と公職の候補者の間で資金のやりとりをおやりになるようですが、私どもは立場が違います。 それから、もう一つ訂正をさせていただきますが、資金調達団体と公職の候補者の間の資金の流れ、これも認めておりません。
○鈴木(喜)委員 ここでは法律の法文は直さずに、それで私のところの政党は立派でございますから大丈夫でございますと言ったって、それを国民が納得しますか。そんなことはないでしょう。それから、相手の政党がどうなっているかわかりませんというような、そんな法律をつくって、この法律そのものがきちんとした法律になっていなかったら、だれでもが守れるものになっていなかったら、それをそのどこかの政党だけの良心に任せるようなものにしておくなんて、そんなナンセンスな法律ありますか。これは、尊敬する津島委員のおっしゃることでも、私はやっぱり納得することはできないところでございます。 そしてここでは、法文上でいけば公職の候補者から資金調達団体へ向けては、これについては寄附相当の金銭については量的な制限がないということも、これは明文からとっているわけですから、これがなぜ間違いなのか私にはわかりません。 そして、こういった状況から見ますと、企業から政治団体ないし政党に入った非常に多くの、一千五百万から二億円という枠がありますけれども、この団体規模による政治献金が一たん、前にあった金丸さんのような、公職の候補者のところに政治活動と称して、政党の活動と称して入ったものが、またこれが還元されて政党に行ったり、または資金調達団体に行ったりしながら、今度はそれぞれの他の政治家個人のところにも還流することは十分にあり得るんではないかと私は思うのです。 ですから、政党を一つ通るとここできれいになっちゃって、お金が全部きれいになっちゃって、ほかにどこへでも行くというようなことが可能になるような制度では、幾らここできれいにいたします、透明性を保ちますとおっしゃっても、この点は国民が今現在、こんな法律がなくても、これが厳しいとして、今この厳しい法律がなくてああいう形で金丸さんの事件が起きた現在に、そんなことでもって、これでああ大丈夫ですか、信頼してこれでやってくださいと国民が言いますか、言うと本当にお思いですか、この点、もう一度伺います。
○津島議員 政党と公職の候補者の間のこのやりとりについて大変問題にされておるわけでありまして、それでは、私の方から質問者の鈴木先生にお尋ねをいたしますけれども、社公案の場合はどうなさいますか。 寄附者から政党に入ってまいりまして、それでそれを政党から公職の候補者に渡せるということになっておるんですけれども、私どもは、公職の候補者はまず資金調達団体やその他の政治団体からの一切の資金の流れは切ってしまって、資金は入ってこないようになっています。出る方だけは、これは公職の候補者がみずからに与えられた総枠の限度の中で資金調達団体にみずから寄附をする、出す方はできる、しかし受けることはできないというふうに、我々はまず法律的に割り切っておるわけです。それから、政党との間も、そういう御指摘があるから、一切政党と公職の候補者との間の資金のやりとりはいたしませんと言えたのは、資金調達団体というのがございますから、必要な場合にはその調達団体に一定の限度内で、公表の範囲内でお渡しすることができる。 で、先週この当委員会で民社党の方から御質問がございましたが、社公案では、政党と公職の候補者の間のやりとりをやらなきゃいかぬときに一体どうなさるんですか。資金調達団体というのはありませんから、その政治家にお渡しになる以外はないじゃありませんか。だから私は、むしろそちらの方が法律的には問題があるな、こういうふうに考えております。
○鈴木(喜)委員 もともとの前提のところをおっしゃらないでお話をされるのは困ります。 見ていただけば一目瞭然でございますけれども、社公案の場合には、会社とか労働組合とかそういった団体、企業、団体からは何ももらわないと言っているのです。結局、政党に入る資金というものの枠がもう決められていて、もちろん寄附者の個人からばんばん総国民が社会党だけに入れてくれるなら、それは枠がありますけれども入りますけれども、今までそれはもちろんあるわけですけれども、今まで何が問題かといったら、企業や団体からの政治献金が一番不明朗なこの疑惑、金権腐敗というものを生んでいるもとになっているわけで、それになっているものについて、政党に入らないんですから、政党と公職の候補者のところだけの行ったり来たりだけの問題で問題が解決するんじゃなくて、私が言っているのは、会社からや団体からの献金が、これが政党に入った、政党に入った後それがどこかに行くというところで、もう、一遍入ったものはどこへでも、もし仮に政党から公職の候補者に行かないと考えたって、資金調達団体へは行くわけですから、これはぐるぐる回れば幾らでもやりとりができる。例えば……(発言する者あり)いや、そんなことないですよ、よく考えてみてください。よく考えてください、これ。会社、労働組合、そういった団体がある個人の特定の人に上げたいなと思ったとしますよ。だけど上げるすべはない。ないから、このときにどうするかといったら、政党に向かって上げるんですけれども、そこで、政党が何でもちゃんと良心的にやってくれれば、今おっしゃったように。何もありませんけれども、この献金はどこそこさんの方へ渡してください、そこの資金調達団体へ行ってくださいといったら、すっとこう行っちゃうじゃないですか。行ったらその後、資金調達団体からもう一度政党に戻しますよ。そして、政党からほかの資金調達団体、ほかの人の調達団体に行けば、これは幾らでもほかの人の方に、一人の親分のところから子分のところにこういうふうに渡せるようになるではないですか。だから私はこの制度はおかしいというふうに言っているんですけれども。
○津島議員 表自体はさっき申し上げた二点の訂正をしていただくことがまず必要なんですが、どうも鈴木委員は、あの表の読み方に随分いろいろ色をつけて、資金がいい資金と悪い資金が最初からあってどうこうというお考えのようでございますが、私の方から鈴木委員に御質問したいのですが、社会党に企業献金は全く入っておりませんか。つまり、社会党も年間数十億の党財政が必要でありまして、私どもの知る限りは数十億単位の、これはいい政治献金だと私は思いますよ。企業といったって、それは中小企業いっぱいございますからね。 ですから、企業献金がいい悪いでなくて、要するに政党の正規の活動を支えるための民間の御協賛をお願いする、その場合に、政治をゆがめないような一定の節度を保つということで、私ども今議論しているんじゃないんでしょうか。
○鈴木(喜)委員 私からお答えするというのは、私は党の中枢の財政などについてそう知っている議員ではありません、ぺえぺえですからわかりませんが、しかし、その部分だけならわかります。今の現行制度の中で企業献金をもらってない生言ったら、そんなことはないと思います。しかし、それでもらわなくなったら大変だという、その財政状態の危機というものを感じつつもそれを断ち切った案を出して、こうでなければ国民の信頼は得られないだろうという思い切った策を出したわけで、別に今もらっているかどうかということに問題をすりかえるのは非常におかしいと思うのですが、社会党さんの方はいかがでしょうか。
○佐藤(観)議員 今鈴木さんがいみじくも言われましたように、私たちは後ろ暗いという企業・団体献金というのはないというふうに確信をしております。 しかし、たびたび言っておりますように、企業・団体献金というものが今の政治の腐敗を招いたことは事実なのでありますから、私たちといたしましては、各党とも全部それはやめにしましょう、そして公的な助成を入れることによって、政党活動も国民の信頼が得られるものにしていこうということが私たちの基本的な精神でございますので、そのような法律をつくった次第でございます。
○鈴木(喜)委員 それでは、そこは公明党さんも多分同じでしょうから、ちょっとその次に行きます。 その次に、政党に対する企業の政治献金ということが言われるときに、これを認める根拠というのを、八幡製鉄の昭和四十五年の判例をお引きになることが多いのですが、これが政治献金を企業が政党に対してすることを認めるという、それでよろしいのでしょうか。
○津島議員 委員がただいま引用された最高裁の判決において、企業も社会的な存在であって、そのような立場から政治献金をすることは容認できるという判示があったことは事実でありますが、それよりも私どもが基本的に申し上げているのは、国民の基本的な権利の中に、結社の自由、政治活動の自由、言論の自由という憲法二十一条の大変大変貴重な権利がございまして、毎々申し上げておりますけれども、この権利というものが、議会制民主主義を今日私どもに与えてくれた貴重な権利なんでございます。 昔の歴史をひもといてみますと、絶対王権等非常に強い権力に対しまして、一般市民がみずからの持っている力を出し合って今日のような議会制民主主義をつくってきたわけでございまして、このことは大事にしなければならない。その政治のコストに対して国民が自発的にこれを負担をするということがあって議会制民主主義というのは成り立つわけでございますが、それでは野方図に行われていいかというと、そこには問題があるから、だからその節度というのはどの辺になければならないかという議論だと思います。 ところが、今御議論になっておりますのは、企業・団体献金は一切悪いがいいかという議論でございまして、私はそれは憲法の建前に非常に大きな影を投げかける議論だと思っております。 例えば団体献金、組合の献金も私どもはこの際我慢をしようとおっしゃるのですけれども、しかし、鈴木委員にむしろ逆にお尋ねしたいのですけれども、委員は、委員の選挙区の皆様方にもっともっと伝えたいと、コミュニケーションを図りたいと思われることは必ずあると思うのです。正しい意味の、つまりマスコミの報道だけで例えば自民党なり社会党なりのあり方が一般有権者に伝わるのでなくて、党としての、また政治家としての、自分としての訴え方があると思うのですね。そのために、当然これはコストがかかるわけでありまして、そのような情報をきちっと有権者に伝えていくためには、それぞれの党がそれぞれの立場でやはりその党財政の確立を図っていく必要があると思います。 社会党さんの場合には、恐らく労働組合の募金ということが非常に大事でございましょうけれども、これは、日本では組合費の天引きという非常にすぐれた制度を持っておられますから、これが大きな政治献金に、いい意味のですよ、政党に対する政治献金につながり得る。いい意味でない場合もあり得るかもしれませんけれども。私どもとしては、同じように商店街であれ業界であれ、やっぱりそれぞれの立場がもの御協賛を得て党はやっていかなければならない、そして、これを公開の原則に従って国民の批判の目にさらすということが基本だと思うのでございます。 そういうことでありますから、御理解いただきたいと思います。
○鈴木(喜)委員 いや、ここでまず、幾つかおっしゃいました、ずっと先回りして先の方までおっしゃったような感じがいたしますけれども、まず初め、判例の問題なんですけれども、この判例の問題の中でも、昭和四十五年の判例の中では、企業の社会的責任を最高裁は肯定しました。そして、一定限度の政治献金というものは政党に対してはやってもいいと、やらなきゃならないと言ったわけじゃないのですよね、やってもいいという判例になっている。そして、そのときのおのずからの制約いろいろは今のところはないけれども、例えば金権腐敗につながるとか、そのほかいろいろな部分で弊害が出てくるのは、そういうことについてはさしあたり立法政策にまつべきことであって、憲法上は公共の福祉という歯どめがあるだけなのだと、こういうふうな判例の内容になっているわけですね。 ですから、ここで、社会的責任があり、そして公共の福祉に反しない限りという憲法上の制約があり、しかも、もっと弊害が出た場合には、そこではさしあたり立法政策によってこれは考えなければいけませんよと言っている判例を盾にとって、何でもかんでも、例えばこの場合に、二億まで今上限を認めるということになりますと、非常に大きなものになってくると思うのです。ゼロか否かという議論については、この判例も、最高裁に行くまでの地裁の段階では、これは地裁の第一審は否定、第二審肯定、そして最高裁肯定という順序を踏んでいますから、ゼロという議論だって、これは何にもおかしな議論でも全くなくて、きちんとそういうふうに裁判所でも認めてきている過程があるわけですから、その点は考えていただきたいと思います。 そして、この事案によりますと、八幡製鉄は当時三百八十億の資本金で純利益が六十五億、それに対して政治献金は何と三百五十万円ですよ、三百五十万円。現在の八幡製鉄は、新日鉄になってから見ましても、これが四千百九十五ですから四千二百億ぐらいの会社になっています。十倍ぐらいの資本金になっているわけですよね。そのくらいで寄附が一体どれくらいかといったら、何で二億にもなるのですか。もし三百五十万ならば三千五百万とか、せめて物価の何かを考えたって五千万とかいうのが出てくるのならまだしも、現行が一億のところを二億にするような、そんなばかげた、どういうどんぶり勘定でいったかわかりませんけれども、なぜこういう二倍という勘定になったのか、このあたりは教えていただきたいと思います。 そして、みんな社会党の者たちが組合からのそうしたものをもらって政治活動をしているわけではありません。私たちはそれぞれ本当に血の出るような工夫をしながら、選挙民の人たちのところにどうやって自分の活動や意見を伝えるかということをそれこそ身を切る思いでやっているわけです。それについては後で、私の自分の収支報告を持ってきましたので、皆さんのと比べていただきたいと思いますけれども、その前のところまでで、なぜ二億なのかということを教えてください。
○津島議員 これは本会議でもお答えをいたしましたけれども、昭和五十年の政治資金規正法によりまして、今の枠、つまり法人、企業の献金は一億頭打ちにするということが決まったわけでございまして、ちなみに申し上げますが、この法律が通る前は、私どもの自民党に対しまして、この枠を相当超える寄附をいただいておったことは事実でございます。それが非常に厳しい枠にとどめられることになり、しかも、私の知る限りでは、その当該法人、あるいは似たような法人みんなそうでございますが、総枠の中で、自由民主党ばかりでなくて、一定の、ほかの政党にも寄附をしておられますから、枠いっぱいでなく、若干少ないところまでしか献金をいただいていないというのが実情であります。自来十七年間、物価は上がってまいりましたし、何度かのオイルショックなんかもございまして、世の中変化してきても同じように枠が抑えられているということの中で、私も党財政を担当したことございますが、非常に苦労をしておるわけでございます。 先ほどから委員は、企業献金が悪の根源だとおっしゃっておりますけれども、企業献金にもいろいろございまして、正規の、政党、自由民主党が国民政治協会を通じて御協賛いただいた分野においては、今国民から御批判を招いているようなことは私はなかったと、一件も私が知る限りございません。で、やはり党財政を確立をしてきちっと国民に党の政策をお伝えするということをしてきているわけでございまして、私は、今回のこの改正に当たって、社会党、公明党の皆さん方が団体献金も含めてみんなやめてしまうということは果たしていかがなものであろうな、それてそれぞれの政党の本当に力強い国民に対するアピールができるのであろうかな、国民がかえって迷惑するのではないだろうかなとさえ思っておるわけであります。
○鈴木(喜)委員 企業や団体の献金をもしもある程度認めないとかえって国民が迷惑をこうむるというのは、どう考えても、今現在自民党の置かれている立場から考えて、また私たち政治家全体の問題としても非常におかしな議論だと思うのです。いい献金もあるのは当然でございます。表から見えている分で悪い献金などそうないでしょう。しかし今、裏で、先ほど一番初めに申しましたような、使途不明金扱いをしながらたくさんのやみ献金をする、その風潮というのはどこから出てくるかというと、やはり企業・団体献金を認める、その認めていくという厳しくない姿勢から出てきているものだと私は考えざるを得ないのです。 これがないと非常に困ることになるよとおっしゃるのはいわば余計なお世話というものでございまして、そこまで考えていただかなくても結構ですから、今国民がそこの部分について、これに一番疑惑を持っているとするならば、その点を切り倒すということが何よりも、どんなにこっちが痛くてもつらくてもやはりやらなければいけないことじゃないかというふうに思うのですが、社会党はいかがでしょうか。
○松原議員 鈴木委員のおっしゃるとおりでございまして、政治腐敗が頻発のたびに企業献金がその原因になっている。やはりこの機会に、例えば政府の選挙制度審議会なんかでも、本来の政治資金のありようについては個人献金を原則とするというふうな答申さえ出てきたわけでありまして、やはりそういう本来のありように向けて、この際一斉に用意ドンでいこうではないかというふうな姿勢でもって対応すべきであるというふうに考えております。
○鈴木(喜)委員 それでは、その次の質問に行きます。 政党の支部がそれぞれ今度は活動して、それぞれの個人ではないのだという先ほどの説明がありましたけれども、そうなりますと自民党の案では五百の小選挙区のところに大体一つずつぐらいの支部ができて、この支部のところに、どこの支部にでも、その会社として見れば、一つの企業として見れば、二億を枠として、そのトータルであちこちに献金ができるという形になるのでしょうか。
○津島議員 支部の存在が献金全体の構造を変えると私どもは思っておりません。それは現在既に県連とか市町村支部がございまして、今でも党に対する献金はそれぞれの段階で行われる。しかし、報告は、党としては全部を総括いたしまして毎年中央で一括して御報告をしておる、全部公開をしているということで、その姿には変更はございません。
○鈴木(喜)委員 それじゃもう一つだけ。 政治資金調達団体、資金調達団体という実に何ともよくわかるえげつない名前だと思うのですけれども、資金調達団体という名前のついているこの団体ですけれども、なぜこれは二個なくちゃいけないのですか。
○津島議員 これは非常に現実的な考慮からでございまして、大体国会議員は地元の関係と中央の活動と両方ございますから、それぞれに一つずつつくるのが現実的であろうという判断であります。
○鈴木(喜)委員 それはどこの政党にとりましても地元とそれからこの中央というのはございますけれども、今は送金といいましてもどこの、東京であろうが地元であろうが、別に日にちを要するものでもありません。振り込みを使えばどこでも同じでございますし、また手元に現金で入るかどうか、そのあたりはまた透明性の問題もあると思いますけれども、それにしてもその処理は一つの団体で十分に足り得ると思うのに、二つにするという、このますます複雑にしているという意味、これは非常に不可解であるとしか言いようがありません。このあたりと、それから先ほどの政党の支部の問題、そうしたものが企業の政治献金の受け入れ態勢の中で何かうさん臭いなというものを国民の心の中に植えつけると、せっかくの政治改革が、御苦労されている政治改革が水の泡になってしまうおそれがあります。ぜひ御再考を、ぜひとも考え直して、このあたりいい案を、またこれ以上、今自民党の持っていらっしゃる案についてもっとこれを透明性を保ち、また団体を禁止する方向へどうぞ向かっていただきたいと思います。 先ほどから、金のかからない政治ということを目指しながらも、しかしどうしてもかかる必要なものあるじゃないか、自分の言いたいこと、それからやったことを知らせるという意味においても費用がかかるじゃないかということは、まさにそのとおりだと思います。 先般土井委員も自己の収支をおっしゃったわけですけれども、私はそれより多くて、支出は、全部合わせますと、歳費から控除された政治活動費もすべて、それから文書・通信費も当然入りますけれども、全部含めますと、後援会でかかっている費用も含めまして、人件費も含めて四千三百九十万二千四百五十円かかっています。そして、これは国からの歳費とそれから文書通信交通費全部丸々入れて、個人寄附を八百十六万二千円いただいて、それでなおかつまだ二百何万かの赤字でございます。そうすると、私は、一銭も飲まず、食わず、着ず、何もせず、全部のお金を注ぎ込んで、公私混同と言ったらばこれほど公私混同はないのですけれども、すべて私は公だけに使っていると。もし私に配偶者がおりませんでしたら今ごろ飢え死にをして、路頭に迷う以外にはないという、そういった中身なんです。これはまさに真実そのとおりなんです。 それで、公的助成というのはぜひとも必要だと私は思いますけれども、こういった状況の中でも、私は大体年に二回か三回の国会の報告のレポートを出し、それを約八万部ぐらい戸別に配布するかまたは郵送の部分も含めて行い、そしてさまざまな活動を、いろいろな会などを大体毎月一回ぐらい、小さい集会はもう少しやりますけれども、そしてあとは街頭宣伝等々でアルバイトとかそういうものの費用に使っている、また事務所などに使っている経費になっているわけです。 こういう状況の中でも、一生懸命やってどれだけ足りるかわかりません。足りているかどうか、どれだけ浸透しているかもわかりませんけれども、これがもう私の精いっぱいのやれる分であろうと思います。こういう状況でやっている社会党の議員もあるわけでございまして、特に組合から何々というようなものを一銭ももらわずやっているのが一年生議員なんかには非常に多いと思います。 こういった中でも、しかし、やはり企業、団体の献金というものは絶対にここでなくすということを国民の前に約束しない限り、既存の政党の生きる道はないというふうに考えますけれども、各党の方々、どう思われますか。
○津島議員 今の委員の一年間の政治活動に要する経費でありますが、非常に現実的な数字だなという感じがいたしました。というのは、私どももいろいろ検討いたしまして、この制度改正後、個々の政治家の負担に属する部分は、例えば三千万ぐらいにしたいなということが頭の中にございます。 今びっくりしましたのは、歳費まで公私混同でつぎ込む、つまり出してやっておられる。いい御主人をお持ちだなと思って感心をしているわけでありますが、男の側から言いますと、歳費までつぎ込んだら妻子を養えなくなるということもございまして、私ども今、公私峻別委員会でその辺を勉強している中で、やはり自分の生活費はきちっと考えた上で、公の部分は公の部分で、今委員がおっしゃった程度のことにとどめたいというふうに考えているところでございます。 だからといって、委員が企業献金を受けていないからどうこうというのはちょっと論理の飛躍がございまして、やはり社会党の堂々たる東京一区の国会議員として鈴木委員の活動は成り立っておるわけでございまして、それは党の経費というのは党の側ではそれなりに御苦労してお集めになっていると思うのです。その部分を私どもは、お互いに弊害のない範囲内できちっとルールをつくって、しかも国民の監視のもとで集めていきたいということを今討議させていただいているわけであります。
○鈴木(喜)委員 企業、団体からの献金をなくすというのは、これと結びつくということではなくて、こういうことでもやはりこれを断ち切らないことにはしょうがないだろうということを一生懸命言っているわけで、それでなければ、何も恥をさらして自分の懐ぐあいをこんな公の場で言う必要はないわけでございますけれども、やはりこういうふうでも、それは断ち切らなければならないという覚悟でやっているんだという同僚議員すべてを代表したつもりで言っているわけでございます。 そうしたことと、この一定程度お金がかかるということは、私、どうしても仕方がないことだとは思いますけれども、これが、今の私のは一つの例ですけれども、二百、三百の小選挙区の区域ぐらいに分けた場合にはこれで何とかおさまるとは思うんですね。だから、その範囲での政治活動ならば何とかやっていけるかなということは思いますけれども、今自民党の方々が、企業献金を上限二億の枠の中でたくさん集められて、それでやるほどにたくさんのお金というものがなぜ必要なのかと思います。公的助成ということで、国民の方一人一人に、その意味も込めて一人二百五十円ずつというもの、その公的な部分での国民の方々の負担になる部分をいただくということに納得をしていただくためにも、それはなぜそういうことでできるのかといったら、企業献金というものはいただきませんからという、それが一つの、何というか、お答えになるんじゃないかというふうに思うんですけれども、この点はまず社会党、いかがでしょうか。
○松原議員 やはり政治活動には費用がかかります。それを、今度の我々の社公案でも、個人の政治家の負担というものじゃなくて政党中心の方に切りかえていこうというふうに考えております。 その際に個人献金を中心とする本来のありように切りかえていきますので、しかし、必要な費用分を結局公的助成という形で政党に国民の税金によって負担をしていただくことによって、我々の活動で本当に頭を悩ますのは鈴木委員と同じように資金の問題であります。その資金の問題にかかずらわって本来の政治活動をネグレクトすることのないようなそういう仕組みをつくるためにも、あるいは企業献金を、団体献金をなくすというそのかわりに、国保民の皆さんの税による御負担によって正しい、新しい政治をつくっていこうじゃないかということで、今回の我々の措置になったわけでございます。
○鈴木(喜)委員 自民党、いかがでしょうか。
○津島議員 政治活動に金がかかる、かけ過ぎではないかというお話でありますが、私は、かけてはならない部分、節約しなければならない部分と、それからもう少しかけなければいけない部分と明らかにあると思います。 例えば、アメリカの国会議員で申しますと、ワシントンから選挙区の有権者に対する通信は、全部これ公費で見ていただいておるわけでありまして、それがあるからアメリカの国会議員というのは国会報告をきちっと公費で有権者にすることができる。こういう部分は、私は各党平等にやっぱりさせられるような環境をつくらなきゃいけないと思っておるわけでございまして、そのために御協力をいただきたい、一緒に考えようではないかということを申し上げているわけであります。 と同時に、ここでもう一つ申し上げたいのは、私は外国の判例を私の方から言うのはあんまり好きじゃないんですけれども、昨年、一九九二年にドイツで最高裁の判決がございまして、いわゆる政党助成金のまあ言ってみれば均等部分、つまり、政党が自己努力をやらなくても自然に助成を公のお金からいただいて、その上にあぐらをかくというのはいけないよと。ですから、助成金というのはみずから集めた金額を限度とします、全く集めない政党には助成金を上げないという、これはもう非常に注目すべき判決が出ておるわけであります。 ですから、これは我々それぞれの立場から党財政を国民の理解によって、しかも監視のもとに賄っていくということはどうしても考えなきゃいけないということを重ねて申し上げさしていただきます。
○鈴木(喜)委員 済みません、じゃ公明党。
○北側議員 いずれにいたしましても、自民党案によりますと、政党への企業献金の枠が二倍になっております。それではやはり政党交付金を国民の皆様に御理解いただくことはできないのじゃないのかな、やはり企業献金を禁止することによって初めて政党交付金について国民の御理解がいただけるのじゃないのかなというふうに考えております。
○鈴木(喜)委員 もう一つだけ、これは社公とそれから自民党と両方に伺いたいのですけれども、団体、企業の献金を禁止するか否かにそういった対立があることはあるとして、政党から資金調達団体という名前がついているそのものかまたは政治家本人かにお金のやりとりが、今自民党の方がおっしゃったのは、ないけれども、ただ単に手足として、活動として現金が動く場合があるかもしれないとおっしゃる、それから、それは社会党でも同様じゃないかというふうにおっしゃる、その部分について透明性をどのぐらい保てるかということも非常に大事なことだろうと思うのです。 そして、それを例えば申告義務、届け出義務とか、こういうことはきちんと届けなければいけないということとともに、何らかの形で市民の人たちが納得し得る公開ができる、そのための監視制度的なもの、そういったものについてはお考えがあるでしょうか、ないでしょうか。
○津島議員 今の御指摘は全く同感でございまして、まあ政治資金をめぐる状況が常時国民、有権者の監視のもとに置かれるということがやはり基本であろうと思います。そういう意味で透明性の要請があるわけでございますし、また政党がみずからの資金を使っていく場合にも、そのような監視のもとで緊張をして、公党としての責任を問われる形で進めていかなければならないと思います。 しからばその監視をどういう形でするか、もちろんこれは国民が常時監視をされるわけでありますけれども、具体的に違背するような事実が起こったときにどうするかということでありますが、私はやはりここで十分我々が頭に置いておかなければならないのは、直ちに公権力をもって取り締まることが政治の状況を改善する唯一の道であるというような話にすぐ短絡的にいくわけでございますね。しかし、長い間の歴史を振り返ってみますと、公権力が政治活動を常時監視をし、取り締まるようになることが民主政治の大きな障害になるケースがあるわけでございますから、やはり基本的にはまずこの国会において、我々自体の努力で浄化をしていくことが基本ではなかろうか。 そういう意味では、先ほど民間の方のお考えで新たに総理府の外局に新しい機関をつくるということも、私はできることならばそういうことをせずに、今ある仕組みの中で適正な監視が行き届くようにすべきであるというふうに考えております。
○鈴木(喜)委員 いかがでしょうか。
○佐藤(観)議員 政党交付金法につきまして、午前中使途についての議論がありました。正直言って、私たちもかなり細かくまで政党交付金法の使途、個人まで行かせるべきかということについては十分の討議がされておるわけではありませんが、ただこれは、監査法人なりあるいは公認会計士というもので、会計検査院の検査基準に準ずるようなもので監査をしてもらうわけでありますので、何といっても国民の税金ですから、そういう意味での監視機構を考えていきたい。 それから、昔の指定団体というのがないのでどうされるのかというように自民党さんの方から御心配いただいていますが、これは政治団体はあるわけでありますから、私たちのいろいろなかかる費用について、そこで代行してもらうということで十分機能を果たす。何分とも自民党さんほど巨大な金額を我々は扱うわけではなくて、個人献金が主ということでありますので、十分それでたえ得るという根本的な構想になっておるわけであります。 それから、鈴木さんの言われます何らかの市民による監視ということにつきましては、私たちも、国民の皆さん方が、全く今の自治省の、制度的にも政治団体に対する会計報告というものがチェックできないという制度、これはもう政治活動の自由というところから来ているものであることは言うまでもありませんが、ただ、国民の中にはあの報告書は本当なのかということがやはりあると思うのです。 さりとて、私たち二年ぐらい前のときにはかなり懸命に、あの公正取引委員会のようなああいうものができないんだろうか、あるいは全部口座をもって政治資金というものが動くということもできないだろうかということもいろいろ考えてみたのです。もう長くなりますからやめますが、考えてみましたが、結論的には、やはりこの支出がいいか悪いか、正しいか正しくないかは別として、いいか悪いかということは、これは政治活動の自由というものと非常に密着したものですので、やはりそれではまずいんじゃないか。したがって、政治資金規正法違反者に対しましては公民権の停止を科するという、出口において捕まえることが一番現実的ではないか、こういう結論になっておる次第でございます。
○北側議員 収支の透明性を高める、これは自民党案でもそのような施策がとられておるのですけれども、私はこの収支の透明性を高めるという意味には二つあると思うのです。一つは、例えば一万円超の収入については公開する。これとともに、こういう金額を引き下げるとともに、もう一つ大事なことは、やはり国民の皆さんから見てその情報に容易に接近できる、そめ情報に対して、その収支について、国民の皆様がよくわかるような公開の仕方をしないといけないと思うのですね。 現行は、自治省は形式的な審査権しかお持ちじゃありません。また、関連の政治団体もたくさんあるにもかかわらず集まってこない。ですから、国民の皆さんから見て、ある政治家の収支は、トータルとしてこのように収入が入ってこのように出ていくということが、国民の皆さんからその情報に容易に接近できるような仕組みというのは、これは考える必要がある。それをしないと、幾ら透明性を高めるといっても、透明性というのは国民の皆様に対する透明性ですから、ここは非常に私は大事な部分であるというふうに思っております。
○鈴木(喜)委員 今ここで、あと堀込議員の方にかわりたいと思いますけれども、あと一点だけ、ぱっぱっぱっと一言で結構です。 これについても何回も皆さんから念を押されています。どうしてもここでやはり政治改革の案をなし遂げなければならない、だから大胆な妥協ということも考えざるを得ないというふうに思う部分があるのかどうか。 それからもう一つ、各党ともそれぞれ四本ないし六本の法案を出されていますけれども、例えばこの法案はこっちとか、こっちの法案にはこちらの自民党のとか、何というか、四本なら四本がばらばらになるのか、それともワンセット、かっちりこれ全部こうというふうな形で、かっちりした形でワンセットになっているものなのか。成立が四本というときには、自分たちの全部四本じゃなきゃいけないとか、そういうふうになっているものなのかどうか、一言ずつお答えいただきたいと思います。 それで終わります。
○塩川議員 四本一括必ず成立するようにお互いに努力しようということであります。
○佐藤(観)議員 一生懸命ここで議論しておるわけでございまして、いろいろなことを言われておりますが、私たちは、合理性という面からいいますれば、選挙制度につきましては公明党さんと一緒に完璧なものができておると思っております。 ただ、この場合に選挙制度だけが問題なんじゃないんですね、鈴木さんが一番先に言われましたように。政権交代というときに、政治資金の面、選挙資金の面で一体どれくらい政権交代が可能になるような対等な立場に立てるのかどうかということ、私はまたそういう意味においても一括だというふうに思っておりますので、十分ここでそういう角度からも議論を詰めて国民の期待に沿える政治改革をぜひ実現をさせていきたい、こう思っております。
○渡部(一)議員 お答えいたします。 私どもは、法案提出に当たりましてかなり自信を持って一括法案を提出しており、その立場で議論を進めておるわけでございます。ところが、議論しております段階におきまして、特に自民党側提出者の御様子を拝見いたしますと、だんだんと御議論の様子が変化しているように感じられてならないわけでありまして、そういたしますと、いろいろな分岐点があるなというふうに感じております。
○田邉委員長 堀込征雄君。
○堀込委員 関連の質問をさせていただきます。 今鈴木議員の御質問ございましたように、この委員会始まって以来いろいろ議論を重ねてまいりました。私は、ただ、自民党案については、単純小選挙区、政治資金規正法、いずれもやはり議論をしてくる過程の中で多くの問題点、欠陥が出てきたんではないか、こういうふうに思うわけであります。 もちろん、これだけの政治腐敗事件が起こりましたし、象徴的に金丸事件のような事件がありました。政治資金について入りの規制をしなければいけない、あるいは公明性を高めなければいけない、あるいは罰則も強化をしなければいけない、こういうことをただいまも鈴木議員の質問に対して津島先生を中心に非常に理念高くおっしゃられたわけでありますが、ところが、自民党の法律の中はそういうふうになっているかどうかというところがやはり問題だと思うんです。 まず、国民の皆様から二百五十円、三百億円以上の税負担をいただいて政党の助成をやろう、これはすぐやろう、それから、企業・団体献金につきましても、いろいろ縛りはかけるけれども、政党と政治資金団体への枠は二倍にしよう、これは法案が成立したらすぐやろう、こう言っている。 ところが、企業・団体献金、これについては、例えば政治家個人だとか、今までの政治団体については経過措置を設ける。何か都合のいいところだけは経過措置を設けておいて、お金の入ってくる都合のいいところだけはすぐやる、これは国民の納得が得られないと思いますが、まずいかがですか。
○津島議員 私どもの御提案に対して必ずしも正確に御理解を得ていないんではないかと恐れておるわけでありますけれども、私どもはまず、企業献金についていろいろ御批判がございますけれども、はっきりさせていただきたいのは、問題になった企業献金は、全部認められていない企業献金なんですよ。去年の緊急是正までは、認められていない量的制限違反をやってもあの程度の罰則だったから確かに問題がございましたけれども、あそこであれだけの改正をして、禁錮刑も導入した。そういう世界の中で、今までの経験から言えば、正規の企業献金というものは私はそれなりに意義がある。そういう中で、政党に対して一定の枠で献金をしていただく、その枠を十七年間据え置いてきたという事実について御配慮をいただきたい。 一方、今までとかく問題があった分野でありますけれども、政治家個人またはその個人にかわる団体に対する献金については、もう企業献金は会費程度のものにとどめてしまおう。その会費程度のものにとどめてしまっても、それが政党に対する献金に変わってしまうんじゃないかというようなことを、例えば社会党の提案者の皆さん方はしばしばおっしゃいますが、基本的には枠が違いますし、私どもいろいろ計算してみましても、相当の資金のショートを来すと思っております。不足をしてくると思います。いわゆる助成金を御提案している規模でいただきましても、党財政はかなり節約をしなければやっていけないというふうに思っております。
○堀込委員 私は、国民に負担をいただく政党助成は法案が通ればすぐ施行、あるいは政党、政治資金団体への枠はすぐ倍増する、しかし、今までもらっていた企業・団体献金の政治家個人や政治団体への寄附はなぜ五年もかけてやるのか、これは理解を得られないんじゃないか、こういうふうに申し上げているのです。今、回答になっていないと思います。 ちょっと法制局にお伺いいたします。 この自民党案の法律を施行した場合、例えばこの国会で法律を通す、来年一月一日施行としまして、来年は政治家個人へ、一人、これは金銭はだめですけれども、自動車だとか秘書の派遣だとか、これは百二十五万円まで可能だ、それから政治団体へも百二十五万円まで可能だ、資金調達団体へも百二十五万円まで可能だ、こういうことになりますと思いますが、いかがですか。法制局ちょっと。
○内田法制局参事 お答えいたします。 そのとおりでございます。
○堀込委員 そのとおりなんですよ。つまり、今までの法律は、政治家個人へ百五十万円までしか寄附できなかった、あるいは政治団体へは百五十万円、こういう枠があったわけですね。 例えば、この経過措置を置くことによって、来年の場合、一月一日から法改正になった場合、政治家個人に今までどおり百二十五万円の寄附ができます、政治団体にも百二十五万円の寄附ができます、資金調達団体が二つできますから、百二十五万円ずつ二つできるわけです。つまり、計五百万円できるんですね、政治団体の数と資金調達団体の数はちょっと別にしまして。 今まで政治家個人に百五十万円までしかできなかったのが、例えば来年は企業から三百七十五万円をいただいて、政治家個人に百二十五万円、資金調達団体二つに百二十五万円ずつ分けることができる、こういう法律になっているのですね。やはりこれは、この時期に法案を提出して、まさか百五十万円の枠がふえちゃうなんという法律になっているわけでありますから、この経過措置はやはり国民の目から見てもとても納得のできるものではない。 この経過措置は、やはり自民党さんも、さっきから津島先生、国民の信頼を得るに足るやはり改正だ、自民党もきつくなるというふうにおっしゃっていますが、この経過措置がある限り、何か今までより大分緩やかになるんじゃないか、こういうのが今の法制局答弁でも事実でございますから、これは国民が納得できないと思いますが、いかがでございますか。
○津島議員 正確に理解をしていただきたいのは、まず、政治家個人に対する献金は即時中止でございます。それから、現物の給付の関係についてはいろいろ問題がございますから、法律的には問題が残っておることは事実でありますが、それは自民党の案固有の問題ではないと思っております。それから、資金調達団体を二つに絞るということも、これは直ちに始まるわけでありますから、今までのように、言ってみれば、政治団体が相当数存在をするという世界は直ちに変わっていく。 問題は、ですからそういう新しい、会費程度の企業献金しか集められないという状態にどの程度のスピードで順応できるかという問題でございまして、私どもは、やはりある程度の経過期間を置いていただかないと現実の政治は機能しない、こういうふうに判断をしたわけであります。
○堀込委員 今は政治家個人に、企業、団体は百五十万円しかできません。来年、仮に一月一日法律施行になれば、三百七十五万国会業はできる、秘書や自動車、現物の寄附を含めて。それで、政治家個人に百二十五万円を割って、資金調達団体に百二十五万円ずつ割れば、来年は三百七十五万円できる、こういう実態になっているんじゃありませんか、法律は。
○津島議員 今の秘書等の問題については、これは与野党とも実は問題がございまして、これをどのように取り扱うのか。寄附として取り扱うべき場合もあると思いますし、そうでなくて、例えば団体等の職員であるという場合もございましょう。だからこれは、私は自民党案の基本に関する問題ではないと思っております。 今回の我々の提案によって変わってくるのは、先ほど申し上げましたように、政治家個人に対しては即時寄附ができなくなるということと、それから、資金調達団体は二つに絞られ、それを順次逓減的に二十四万の状態に持っていくということに尽きるわけであります。
○堀込委員 野党の場合は企業・団体献金を禁止していますから、やはりこれは自民党案の問題なんですよ、こっちじゃなくて。ですから、そこは誤解のないようにいただきたいと思います。 いずれにしても、今答弁いただきましたが、将来は二十四万円になっていくんだ、こういうふうに、あたかも国民の皆様に、自民党案はそういうふうになっていくんだということになりますが、三年間は今の百五十万よりふえていく、あるいは三年目で同額ぐらいですか、そういう法案になっているんですよね。これは自民党は、党内でいろいろな議論があって、まとめるために御苦労されたことはわかりますけれども、しかし、資金調達団体が二つある、そこへ入れられるわけですから、その逓減の率でいくと、今の百五十万よりかなり多い額が現実にはできる、こういう仕組みになっているということをやはり明らかにすべきじゃないかと思います。
○津島議員 基本的なことを御理解いただかないといかぬわけで、現在は一年百五十万という制限はありますけれども、政治団体、関係団体の数については制限がございませんから、言ってみれば世界が変わるんだということを申し上げさせていただきます。
○堀込委員 この議論はまたやりたいと思いますが、もう一つ問題があるんです。 今度は政治資金の公開基準の問題であります。 この時期に、やはり公開性をどういうふうに高めるかということが国民の関心事であります。例えば自民党案では、政党、政治資金団体、これは今までは一万円以上は公開でございましたが、今度十倍に、物価上昇という話、一億円を二億円にしたときは物価上昇だ、こういうふうにさっき津島先生おっしゃいましたが、これが十倍になっているのは、これも物価上昇ですか。
○津島議員 政党に対する献金を、今一万円を超えたものは全部公開をしております。私は党の経理局長をいたしましたが、これを報告するときに、アルバイトをまことに多数雇って、ずっと書かないと報告できないという状況でございます。これはですから常識の話でございまして、例えば十万円、一年に十万ですよ、一年に十万円を寄附した方は公開をしていただく、その間の寄附を公開をしないというのが非常に問題であると解釈するかどうかということでありまして、事務的な煩雑さということと非常に常識的に比較考量してみた場合に、私どもとしてはまあ十万円ぐらいでどうでしょうかということを申し上げているわけでありまして、ここのところは、率直に言うと、まあ判断の話でございます。
○堀込委員 まあその辺でという判断の話だそうです。 それで、資金調達団体は公開基準六十万円、企業、団体からのやつは三年間は六十万円、その後十二万円にしていく、こういうことですね。これ、政党への寄附は今まで問題なかった、政治家周辺のいろいろなことが今まで問題になったんだ、こういうふうにさっきからおっしゃっていましたけれども、何でその資金調達団体、政治家の周りにある資金調達団体だけ六十万円にしなければいけないのか。これは政党、政治資金団体の十万円となぜ差をつけなければならないのか。まあ今までの経過もございますけれども、論理的な理由を説明してください。
○津島議員 御承知のとおり、今百万円超のものを公開をしておるわけでございますし、それから、関係政治団体の数に対する制限もございません。これを二つの資金調達団体に限るということで、六十万から十二万へだんだんと公開の限度を下げていこう。これも先ほどから申し上げておりますように、どのようなスピードでそういう厳しい状況に対応できるかという判断の話でございまして、ある程度のやはり経過期間を置いた方が現実的であるというふうに考えたわけであります。
○堀込委員 これだけの政治腐敗の中でありまして、政治家個人が襟を正す、そうして政治資金の透明性、公開性を高める、まさに国民の期待だと思うのです。仮にこの資金調達団体の公開基準を政党、政治資金団体と同じ十万円にした場合、自民党としては何かお困りになる点はあるのでございましょうか。
○津島議員 それは現実についての判断の問題だと思います。困る困らないということでなくて、国会における判断の問題だと思います。
○堀込委員 つまり判断の問題で、国民の前にそこまで、政治家個人の周辺の資金調達団体が六十万円以下まで明らかにされては困る、こういうことなんですね、自民党の法案は。 そこでもう一つお伺いをいたします。政治団体の資金の公開基準、三年間は六十万円、その後二年間が十二万円、こうなっているわけですね、その後は一万円、それから、資金調達団体は三年間六十万円、こういうことなんですね。これは、資金調達団体二つがありますから、実際に企業から献金をいただいて、六十万円ずつ二口をいただきますと、百二十万円までは公開しなくてもいいということになるわけですね。現行は百万円以上は公開をしなければならない。つまり、公開性、透明性とも自民党案はこの法律で言う限り経過の三年間だけは低まる、むしろ国民の目にだんだん見えない法案になっている、こういう事実はございませんか。
○津島議員 先ほどから堀込委員、掛け算というのを全然頭に置いておられないので。要するに、今は団体の数は制限ございませんから、ですから百万といったってこれに、皆さん幾つか持っているわけでありますから、掛け算ができると。ですから、これを二つの資金団体に限る、それから政治家個人は一切受けないという世界の話として御理解をいただきたい。
○堀込委員 政治家個人は、今百五十万円までいい、しかし、百万円以上は献金先を明確にしなければならない。しかし、今度は同じ企業から百二十万円政治家個人が受け取っても、資金調達団体に六十万円ずつ分ければ当面三年間は百二十万円までいい、そういうことになるわけですね。違いますか。そういうことになるんじゃないですか。ですから公開性は低まっている、当面の三年間は。
○伊吹議員 先生、それは津島提案者から再三御説明しておりますが、現在の制度では政治団体を置くことは制限されておらないわけですね。ですから個人に、例えばAという政治家に五百万円という献金を申し出た会社が仮にあったといたしますと、五つの団体に分けられてしまうわけです。そうすると、それは全く透明性というものはゼロになります。 しかし、今回は受ける団体は二つに限定をされておりますし、個人としても受けられないわけですから、いわゆる先生がおっしゃっていらっしゃる暫定期間においても透明度ははるかに上がる。それをもっと早いスピードでやった方がいいという御意見はあると思いますが、それは先ほど来お話のある判断の問題だと思います。
○堀込委員 いずれにしても、この経過期間があることによって、非常に今度の法案、献金枠、それから透明度の問題、かなりわかりにくく、あるいは国民の目から見てこれだけの腐敗の中でこの法案で大丈夫か、あるいは自民党の法案が、例えば公開基準を政党や政治資金団体は十万円にして、政治団体は一万円なのに、政治家の周辺にある例えば資金調達団体は六十万円、そしてパーティーなどのパーティー券の公開基準もその六十万円、これは何かおっしゃるようなのとはちょっと違って、やはり政治家周辺の透明度が極めて低いのではないか、こういうふうに理解せざるを得ないわけですね。 そういう意味で、私は、これから与野党の一致を見出していかなければならない、公職選挙法の選挙制度もそうですけれども、この政治資金規正法もどこかで接点を見出してやっていかなければならないというときに、そういう意味で今の国民の政治不信を本当に受けとめた法案内容になっているのかどうか、本当に身を切ってやる中身になっているのかどうかという点から見ると、非常に不十分ではないか、こんなふうに思うわけであります。 あと、例えば罰則問題などでも禁錮刑のみにしている、罰金刑は入っていない、執行猶予中に限っているとか、公民権停止の問題ですね、政治資金規正法違反の公民権停止の問題もそうなんです。どこかやはりできるだけ緩やかにして、何とか政治家周辺の透明性も公開性も、それから罰則もできるだけ緩やかにしていこうという発想がこの法案からやはり見られるわけですね。精いっぱい努力したことはわかりますけれども、しかし、党内の意見をいろいろまとめるためにそういう結果になったのではないか。 これは私は、選挙制度の方も、単純小選挙区というのは、自民党さんはそういうおまとめの仕方をしたのではないかと思うのですね。単純小選挙区なんかがやはり全体としてこの国会で通らないということは明らかであります。しかし、何か今いる議員の皆さんをどこかの選挙区にきちんとはめることができる。特にこれは、野党は今までの選挙区ですと、大概選挙区全体から票を集めますけれども、自民党さんの場合は割合地域的にきちんと信頼があって、その地域では――いや、津島先生笑っていらっしゃいますけれども、例えば青森では、津島先生は青森市で絶対強い、それから大島先生なんかは例えば八戸市では絶対信頼が厚くて強い、こういうものがあるわけですね。議員さんがそれぞれどこかへはまるような制度になっていることは事実なんです。 そういう意味で、政治資金もそういう全体としての自民党の意見あるいは自民党の意見集約がうまくはまって、全体の党内をまとめるために非常に緩やかになっているという印象を持たざるを得ないわけで、社公案と比べて、もう一度ひとつ思い切った経過措置を含めた踏み込みをぜひお願いをしたいと思いますが、いかがですか。
○津島議員 いろいろ御指摘があり議論がございました経過規定、そして公開基準の問題については確かに議論の余地はあると思います。ただ、これは常識の問題でございまして、例えば一年間の公開基準が一万と十万とどのくらい一体問題を起こすのか、六十万というものがどの程度問題なのかということについて、私どもは堀込委員の指摘のような大きい致命的な問題ではないと思っております。 一番大きい問題は、やはり企業・団体献金は一切認めないというこの考え方は、それはある意味では今まで問題を起こした種類の献金だからということにこたえるにはわかりやすいように見えますけれども、しかし、もう一つの政治の基本的な要請でございます国民のために政策、政権をきちっと伝えていくコストをどうするかという観点からいいますと、私は、一切いけないという議論はむしろ国民に対するサービスにはならない、そこはぜひとも社会党、公明党におかれてもお考えをいただきたい。外国にもそのような例はございません。 毎度申し上げますけれども、今まで問題のあった企業献金は全部認められていない企業献金でございますから、したがいまして、公開を基準として正規の献金によって、団体であれ企業であれ広い参加を得て、活力のある議会制民主主義を展開していくというのが私どもの考えなければならないところではないかと申し上げる次第であります。
○堀込委員 終わります。
○田邉委員長 倉田栄喜君。
○倉田委員 公明党・国民会議の倉田栄喜でございます。 既に出された議論もあり、相当重なる部分もあるかもしれませんけれども、自民党案に対する質問を行います。 自民党案の単純小選挙区制度については、提案者の方々はこれがベストである、こういうふうに主張をされておられるわけでございます。選挙制度がベストであるかどうか、それはその見方の問題ですけれども、一番大切なのは、主権者たる国民の側から見て、有権者の側から見てこの選挙制度がベストであると言えるかどうか、そのことがまず大切になってくるのだろう、私はこう思っております。 そこで、自民党の提案者の方にお伺いを、これはお伺いするまでもないと思いますけれども、確認の意味でお伺いをさせていただきたいと思うわけでございますが、自民党提案の単純小選挙区制度がベストであるという意味は、自民党で検討された結果もベストであるし、また、この制度は国民の側から見てもベストである、このようにお考えになってベストであると主張されておられるかどうか、まずお尋ねをしたいと思います。
○石井(一)議員 過去、中選挙区制の節目というのが二回ございまして、大正十四年のいわゆる三派連合を形成したときと、昭和二十二年に当時の自由党、民主党、国民協同党、社会党が、結局みずから生き残るという、そういう次元のもとにその制度が定着をし、今日を見ておるわけでございます。そして、その間、自民党の単独政権が続きました。それで今日の政治不信を招いておるわけでございますから、ここで現状を追認をするよりも、未来への志向に問題を提起するべきではないか。いわゆる根本的な、一つの次元の高い、アウフヘーベンとすると申しますか、そういう形で選挙制度というものを見詰めるべきではないか。そういう観点から、小選挙区制も確かに欠点はございます。欠点はございますけれども、そういう中から政権交代可能な、そして政局に緊張をもたらし、そして問題が起こった場合には直ちに政権の座からずり落ちる、こういうふうな形にしたい、そういう考え方で我々も相当の議論を積み重ねた結果、この結論を出したわけであります。 三割の得票で八割というふうに言われるのでございますが、私はそういうふうなことは起こらないと確信しております。日本の国民は非常に賢明な選択を制度が変わりましたらされると思うわけでございまして、単に自民党が一党独裁を志向するためにこういう制度を導入したというふうなものとは次元が違います。繰り返して申しておりますように、中選挙区におきまして過去四十数年政権を担当したのが我が党でございますから、それを継続していってもいいのでございますが、それでは国民の期待にこたえかねるという判断をしたということをひとつ評価していただきたいと思うのであります。
○倉田委員 私が冒頭あえて国民の目から見てベストである、そういうふうに自負しておられるかどうかというのを確認の意味でお尋ねをしたのは、まず選挙制度が国民の目から見てベストである、こういうふうに言えるべきであろう。国民の目から見てベストであると言えるためにはどういうことなのか。自由民主党という名前をとって恐縮でございますけれども、日本の自由主義社会においてその自由をどれだけ国民の側に保障をしていくのか、それが一つあるのだろうと思います。 いわば、その自由を保障するというのは、政治的自由をどれだけ国民に保障できるかどうか、それが一つ選挙制度にも影響してくるんだろう、こういうふうに思うわけでございます。同時に、選挙制度ですから、国民が主役の選挙制度でなければならないであろう。それで、そういう視点からこの自民党案の小選挙区制度、単純小選挙区制度を見てみたときに、果たしてどうなのかということを実はお尋ねをしたいわけでございます。 それで、民主主義というのは治める者と治められる者の同一性、これは擬制かもしれませんけれども、これが基本として成り立っている。それを、治める者と治められる者の同一性というのをつなぐのが選挙制度、私はそういうふうに理解をしておりますし、それが憲法前文でも言うところの、あるいは憲法十五条、四十二条で言うところの間接民主主義、こういうことなのだろうと思うわけです。 そこで、今まで議論されてきた中で、先ほどちょっと御答弁の中にありましたけれども、いわゆる民意を集約をする。確かに小選挙区制度は民意を私は敏感に反映をする制度であろう、こういうふうに思います。そして同時に、民意を集約をするということをずっと御答弁の中に言われておるわけですけれども、治める者と治められる者の同一性を担保する。例えば、国民という十の円があって、それを一つの円に投影をしていく、これが治める者と治められる者の同一性なんだろう、そこを結ぶいわばベルトの役目が選挙制度なのではなかろうか、こういうふうに私は思っております。 そこで、この集約というとらえ方、るる今まで御答弁もいただいておるわけでございますが、つまり、集約をすることによって単独安定政権をつくる、あるいはリーダーシップを発揮できる、あるいは小党分立を阻止をする、あるいは内閣総理大臣を選ぶという衆議院の役割というものを考えた、こういうふうにお答えになっておられるわけですけれども、しかし、選挙制度というのは、先ほど申し上げましたように、治める者と治められる者の同一性をいかに担保するかというところに視点があるとすれば、それは集約ということが議論の第一歩に来るのではなくて、集約は、本来国権の最高機関たる議会で討論をし、そして意見をまとめるのが集約なのではないのか、こういうふうに考えますが、この点について、もうこれは何回もということになるかもしれませんが、お答えをいただきたいと思います。
○武村議員 既に一度お答えを申し上げたことでありますが、我々一人一人は、やはり一人一人が既にもう全国民を代表する存在だということであります。憲法は明確にそう規定しております。国民の中の、選挙区の中の特定の意見だけを代表する存在ではありません。 そのことを代表と代理という表現で一度申し上げたことがありますが、要するに国民のある種の声をそのまま背中に背負って国会へ運ぶ役割が国会議員ではない。現実に、どんな選挙区制度になりましても、あるいは選挙区がどんなに小さくなりましても、さまざまな意見が錯綜をいたしております。私個人も、議員もそうだと思うのですが、米の自由化一つとっても、賛成の者も反対の者も支持者にはおります。今なお消費税反対の支持者も私の後援会の中にはおります。この選挙制度をめぐっても賛否両論があります。 問題は、やはりある選挙区で選ばれるということは、既に選ばれた瞬間から民意を統合している、民意を代表しているということでありまして、さまざまな民意をそのまま私が運べば、さまざまな意見で私自身がもう頭がおかしくなってしまうわけですが、そういう意見を自分としてはどう実体的にあるいは総合的に統合して、石井さんの言葉をかりればアウフヘーベンして、自分の代表としての意見を国会で表明していくかということだと私は思います。その面があるということ。 ですから、自民党の単純小選挙区の案は、既に一つ一つの選挙区で多数の人が全体の代表として選ばれて、その瞬間から民意を集約した代表になる。同時に、五百名の衆議院ではまたそれぞれいろいろな意見を持ち寄るわけでありますけれども、しかし、ここでも、内閣を選ぶ、法律を決めるという段階では、それぞれ全国民的な立場で一人一人の議員が判断をして採決に加わっていく。既にもうそこでも民意の集約が行われる、こういうふうに私は認識をいたしております。 あくまでも我々は民意の代表者であって、単なる代弁者ではない、代理人ではないということであります。
○倉田委員 間接民主主義ということが、今お答えいただいたいわゆる民意の代表者であって、そのまま直接代理人ではない、そういう御趣旨は私もよく理解はできます。 しかし、今私が集約ということで申し上げたところは、例えば、小選挙区制度によって、一つの議論の対立があって、五一対四九、こういう数字があったときに五一を代表をして国会に出てこられる。それは、消費税に関してもあるいはいろいろな問題に関しても、四九というのは全くの反対意見である、こういう立場で国会に出てこられる。それは、五一の意見をそのまま国会に持ってこられるということではありませんから、そこでその選挙制度の中で集約という言葉を持ち出されるのはちょっとまだわかりづらいな、こういうふうに思うんですが。
○武村議員 いずれにしましても、民主主義を貫く一つの大きな原理が、多数決の、あるいは多数代表という原理でございますね。それはもう一〇〇%満場一致で何もかも決まっていくならそれが一番いいわけですが、最終的にはそういうルールが、これはもう常識として、またこれにかわる知恵がなかなかないということもありまして、世界じゅうで定着をしてきているわけであります。 今申し上げたことでありますが、例えば五一と四九で勝敗が決まったとしますね。五一で当選した人は全体の代表者でございますから、自分を支持してくれた五一%の声だけを国会に運ぶわけにはいきません。当然厳しいぎりぎりの批判にさらされているわけですから、そしてまた次の選挙も当然考えますと、四九%の健全な批判票をかなり絶えず意識をしながら国会で行動をすることになる、当然なるべきであるというふうに私は思っております。
○倉田委員 今、多数決、こういうお話があったわけですけれども、例えば憲法の前文は、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動」をする。つまり、正当に選挙されて、国会における代表者を通じて行動をする。 で、多数決の原則、多数決がなぜ許されるかということに関してもう一度改めて確認をすれば、公開の場で徹底的に討論をする、このことによって小数意見が多数意見に反映をされていく、これがゆえに実は国会で審議をする、そこは一つの信義の原則ということで多数決が許されるということが成り立っているんだろうと思うんです。 ところが、今お答えになったのは、もう選挙制度のレベルの中で意見を集約をし、当選をされた五一の方が四九を代表をするんだ、こういうふうなお話をされたわけですけれども、そこには実は信義の原則、まあ選挙制度に信義の原則を持ってくるのはどうかと思いますけれども、多数決の原則でいけば、公開性も討論性も実は担保されていないのではないのか、こういうふうに私はちょっと思っておりまして、そこがどうなのかな、こういうふうに思います。 そこで、どうして集約ということを言われるのかなと。これはもしかしたらお答えの中にあったのかもしれませんけれども、世界がこれだけ混乱をする中で、急いで意思決定をしていかなければいけない、強力なリーダーシップを発揮していかなければいけない、強力な単独安定政権をつくり上げていかなければいけない、そこにあるということでしょうか。
○武村議員 選挙の段階における民意の集約に絞りましても、どうなりますかね、皆さんのそういう純粋な論理をそのまま当てはめていきますと、スイスには市町村で住民総会という制度が今なお一部で残っているようであります。それは小さな団体ですからそれが可能なんですが、年に何回か全住民が集まって、そして代表を選ばないで、そして直接にみんなが参加をして条例の可否を決めていく。これは小さな、一定の人数だから可能なんでありますが、コンピューターがこれだけ普及しましたから、我が日本も将来は全国民が参加するいわゆる直接投票というのをどんどん導入していくという、そういう考え方も当然起こってくるわけですね。 民意の集約、民意の反映という議論を聞いていますと、例えばアメリカの陪審員制度もそうですが、あれは恐らく有権者の中からアトランダムに代表を選んで、その方に陪審をさしているわけですが、陪審員民主主義という言葉もあるようですが、国民一億、まあ九千万の中から、有権者の名簿で何万人に一人とアトランダムに代表を選んで、この方々に国会議員を負託する、こういうこともその民意の代表だけの論理でいきますと考えられなくはないわけでありまして、それはまさに代理人という考え方なんだと思いますね。 それでやはり、先ほどから申し上げておりますように、一人一人がやはりさまざまな価値観、利害を超えて代表していく、その世論を統合していく責任を私どもは背負っているんだというふうに思わなければ、この巨大な国で民意を、全体を集約する議会制民主主義のシステムというのはあり得ないというふうに思えるわけであります。
○倉田委員 こだわるようですけれども、いわゆる治める者と治められる者の同一性をいかに担保するかということが選挙制度であり、そして担保された、まさに今おっしゃった代表者を通じて国会の、まさに議論の府として公開された討論を行って意見を集約していくというのがこの議会制民主主義なのではないのか、こういうふうに考えるわけです。 民意か統治が、あるいは民意の反映か民意の集約がということは、治める者と治められる者の同一性の上では毅然と区別をすることは確かに難しいんだろうと思いますけれども、しかし、この治める者と治められる者の同一性を担保するベルトのところがゆがんでしまった状態の中で統治ということをもし重視をしてくるとすれば、これはゆがめられた統治になってしまうのではないのか。まさに今回の小選挙区制度が、民意の的確な反映なのか、あるいは強力な単独政権をつくるという意味での統治ということを重点にしてきたものではないのか、こういう論点の立て方があるのではないのか、こういうふうに私は思っておりましてこの議論を申し上げたわけですが、この点に関しては、それぞれ自民党、社会党、公明党、どんなふうにお考えなのか、簡潔にお答えをいただきたいと思います。
○塩川議員 倉田さんは何か言葉にえらいこだわっておられるように思いまして、今聞いておりましたら、どうも言葉の理論で走っておられるような感じがしてならぬのです。 武村君が答えておりますのは、民意は十分尊重しておる、代表を選んで、それじゃそのあとの代表に選ばれなかった四九%の人は、それは絶えず五一%の当選者に対して無言の政治的な圧力、政治的な要請を裏から圧力としてかけておる、それを意識して五一%の当選者は行動しておると言っておるんでございますから、これはまさに民意を酌んでおることではないか、こう思うのであります。これが一点。 それからもう一点、倉田さんの議論をもっと純粋化しますと、現在参議院で比例制やっていますね、現在日本でやっていますね。そうしたら、二十何万やったか十何万の方は、五十番超えたら落選しますね。こういう人、民意は殺されてしまったんですか。どうなんでしょう。 つまり、代表を選ぶということは、そこにやはりおのずから数の限界があるということが一つと、それともう一つは、代表が絶えず落選した人の意向をどういうふうに反映するかということが民意の尊重であって、私は数だけの話ではないんではないか、こう思うのです。 それからもう一つ大事なことは、民意の尊重をおっしゃる公明党さんとしてぜひひとつ、これは全員努力しなきゃならぬことでありますけれども、最近の国政選挙、それから地方選挙もそうですが、投票率の異常な低下、これは一体どういうことのあらわれなんでしょうか。これはまさに私は民意がここに反映しておって、だから、投票に行ってもらうようにする政治、それはみんなが心得なきゃならぬ問題だと思うのであります。けれども、現在議論になるのは、投票に来た人の意見をどうするかということが問題になっておるということで、私はそこらを真剣に考えるべきじゃないか。そのためにはやはり政治の活性化ということが必要なんだろう。政治改革に今求められておりますのは、その政治の活性化が大きいテーマなんだということでございますので、まあ自民党としてのお答えになったかどうか知りませんが、一応申し上げた次第です。
○松原議員 民主主義の政治の場合、いかに統治される者と統治する者との同一性を確保するかというところだと思うのですね。それを確保する回路として選挙制度が重要な意味を持つということはおっしゃるとおりだと思うのです。しかも、選ばれた国会議員は全国民を代表しますから、そういう資格で行動しなきゃいかぬわけですが、しかし、現実の政治を見ておりましたら、国民の意見というのは実は多様に割れているわけです。だからこそ現実に、政党、パーティー、部分の集まりであるパーティーというものが現に存在するわけです、国民の意見に沿って。 しかし、それぞれの政党は、自分の言っている政策、主張が全国民のためになるとそれぞれ思いながら存在し、行動しているわけですね。それが結局国会という場に寄り集まってきて、そして全国民の民意が全体として反映されることになるわけです。したがって、統治者と被治者の同一性という問題を考える場合には、議院、議会として考えるべきなんであって、いかに議会の中に国民全体の政治意思が反映するようにすべきなのかというふうに考えるべきな人ですね。 したがって、議会全体として考えることになりますと、我々の主張するように、やはりどうしても比例制の問題意識を持たないことには、そういった民主主義の本来の要請するものを満足させることはできないだろうというふうに考えております。
○北側議員 例えば、一つの政策を決定していく、またある法律をつくっていく、最終的には民意を集約しないといけないと思うんですね。その民意の集約の大前提として、まず民意が反映された中で民意を集約していくという作業が始まってくるんではないのかなと思うわけです。 選挙制度というのは、最善の、最善といいますか、ほかに劣らない、もうこれしかないというような選挙制度は私はないと思うのですけれども、そういう意味では、民意を最も反映するような、民意をできるだけ反映するような選挙制度、そして民意の反映された選挙制度によって当選してきた議員によって構成された議会で、今倉田委員がおっしゃっているように、討論をし議論をし、そして民意を集約していく、そして政策を決定していくというふうな過程になるのではないかというふうに考えております。
○倉田委員 今塩川先生の方から、いわゆる投票に対する棄権率の高さをどうするんだ、政治の活性化をどう図るんだ、これは私もその部分に関してはお答えのとおりだ、これを何とかしなければいけない、どこが原因なんだ、これを実は考えなければいけない、それが今回の選挙制度の改革であろう、こういうふうに思います。 私が先ほど一番冒頭に、選挙制度というものが国民の側から見て、有権者の側から見てどうなんだ、日本の国が自由主義社会だとすれば、その政治的な自由ということも国民の側にどれだけ大きく保障することができるか、これが大切だ。ところが、本当にある意味では残念なことなのかもしれませんけれども、政権政党を選ぶということについては、日本国民は自由民主党しかなかった、そこに実は問題があったんだろうと思うのです。ですから、これからある意味では、政権政党を選ぶということについて二以上の複数の選択肢を国民にどう与えていくことができるのか、そこに国民の側から見た政治的自由の保障の担保というのがなければいけないんだろう。それは政権交代の場においては、まさに基軸的な二つの大きな政党、その方向に私は進んでいかなければいけないだろう、こういうふうに思います。 同時に、日本国のこの多様な価値観、多様な民意もまた同時に反映をしていかなければ、そして反映をした国会で議論をしていかなければいけないんだろう、こういうふうに思うわけでございますが、自民党の単純小選挙区制度、イギリスそれからアメリカ、この例を見るまでもなく、この単純小選挙区制度というのがずっといきますと、将来的にはいわゆる二党制、理屈の問題として、理論の問題として、現実の問題はどうなるかわからない、過去の例をそのまま当てはめるのはどうかと思う、新しい選挙制度をやってみなければ議論はどうなるかわかりませんよということですから、まず理屈の上でお聞きしますけれども、単純小選挙区制度というのは究極的には二党制になっていくのではないのか、こういうふうに思いますが、この点について提案者の方々の御認識はいかがでございますか。
○石井(一)議員 委員御案内のとおり、政治的な理論といたしまして、デュベルジェの法則というのがございます。「相対多数決制は二大政党制に有利に働く」という公式は真の社会学的法則だ」ということで、ここに書いてございます「第三政党が存在するとして、「有権者が継続して第三政党に投票するとすれば自分たちの票は無駄になることがわかる。それ故、より大きな悪を防ぐために二つの対抗者のうちのより小さな悪に、自分たちの票を移譲する自然の傾向がでてくる」」こういうふうに言っております。 また、現実的にも、小選挙区制をとっております国が二大政党志向になっておる。今、変遷を余儀なくされておるところもございますが、一般的にもそういうことがあるということも、世界の例で御存じのとおりではないかなと思うわけであります。
○倉田委員 言葉の上で、言葉にこだわって恐縮ですけれども、私はいわゆる二党制、こういうふうに申し上げたわけです。二大政党と二党制というのは、言葉の使い方としては本来ちょっと違うのではないのかなと。二大政党というのは、大きな政党、政権交代を可能にする政党があって、その他複数の政党の存在を許すような選挙制度、いわば多党制の方向、二大と大をつけた場合は多党制も含めた、ちょっとまだ検証していませんけれども、そういうふうに理解をして、二大政党ではなくて小選挙区制度の場合は二党制なんではないのか、こういう質問をしたわけですが、どうぞ。
○武村議員 それは倉田さん、言葉の意味では同じだと思うのでありますが、衆議院の五百名が選ばれて、論議をするのはいいんですが、物事を決めるときにはどうしてもやはり多数決原理が原則になりますね。内閣総理大臣を決めるときにこれが一番象徴的に出るわけです。ですから、内閣総理大臣を選ぶ側と、これに反対をする、批判する側とどうしてもこれは二つの勢力に割れざるを得ません。これが政党であるか政党の固まりであるかはともかくとして、与党と野党という存在は避けがたいこと、多数決原理から出てくる必然の結果であります。そのことを基本にしながら、二大政党という言い方をしているわけであります。 それから、先ほど来、国民の価値観が非常に多様化しているから何となく衆議院もさまざまな政党があっていいんじゃないか、こういう御主張のように聞こえるわけでありますが、我が自由民主党は、そういう意味では唯一さまざまな価値観を包括している政党だというふうに思っております。それだけに矛盾も多いです。矛盾も多いんですが、それが国民政党ということになるんでしょうか。 ある調査によりますと、国民の所得階層を五段階に分けて、この階層ごとに各党の支持者がどうバランスしているかというデータがございましたが、唯一自民党だけは富裕層から貧困層までもう共通してうまくバランスがとれていまして、支持者がいる。ほかの政党はかなり偏っていたということを私は記憶をいたしております。 創価学会と公明党さんかどういう関係か私も余りきちっと認識していませんから失礼があったらお許しいただきたいんですが、もしある種の宗教団体を背景にして政党が生まれるということになりますと、日本には古い宗教も新しい宗教も含めて何十という宗教団体がございますね。そうすると、宗教関係だけでも価値観を代表する政党が何十というふうに出てこないとおかしい、こういうことにもなりまして、この辺がさっきの代表、代理の議論にもつながってくるわけですが、自民党の中にはそういう意味ではさまざまな価値観につながる議員がいっぱいいまして、ですから物事を決めるのは大変難航いたしますけれども、まさにこれが国民全体の多様な価値観を日々集約しているというふうに実感をいたしております。
○倉田委員 何十というそういう政党を誕生させなければいけない、こういうふうに私は申し上げているのではなくて、三まで許すのか、四まで許すのか、五までなのか、それは小党分立をある程度避けなければいけないという必然性もわかりますし、そういう意味ではある程度まとまった意見というのが国会の中に反映をされなくてはいけない。それを今、自民党の中でさまざまな意見があって、そして自民党の中でその議論の集約をしてくるんだ、こういうふうな御答弁ですけれども、それは私は本来は国会でやるべきことであろう、自民党の中の議論というのが国会でもっと公に公開をされていかなくてはいけないだろう、こういうふうに思うわけですが、この小選挙区制度が究極的には二党制というふうになっていくんではないのかどうかということについて、公明党、いかがですか。
○井上(義)議員 この小選挙区制がいわゆる二大政党、二党制になっていくんじゃないかということがこれまでの議論でずっと出てきているわけでございますが、特に自民党提案者の方からいわゆる政権交代可能な二大政党制を小選挙区は志向しているんだ、こういう議論がずっと出てきたわけでございまして、私は、小選挙区が二大政党になりやすい、そういう一般的な傾向は認めますけれども、それは幾つかの前提がある。小選挙区だから二大政党になるとは限らないというふうに思います。 例えば、日本のような、現実は自民党が得票率が大体四〇%台で、その他の政党、いわゆる第二、第三政党が二〇%台、一〇%台というふうな状況でこの制度が導入された場合は、比較多数党が議席をもうほとんど占めるということになりますから、私は、この結果というのは必然的にほぼ一党制といいますか、一つの政党だけが最終的に存在をして、ほかの政党はだんだんなくなっていくということも十分考えられるわけです。 これは直接比較するのはいかがかと思いますけれども、先般もちょっと議論が出ておりましたが、例えば県会議員の選挙、定数一の選挙の四十数%がもう無投票になっているわけでございまして、恐らく県会議員と同じぐらいの選挙区で、定数五百ですと、大体人口がそのぐらいになりますから、大体同じぐらいの数のところで選挙をやるようになるわけです。そうすると、何回か第一党の当選者が続きますと、恐らく第二党、三党の候補者は、日本の政治土壌を考えますと無投票という可能性がかなりたくさん出てきてしまうということも考えられるわけでございますし、あるいはイギリスのように政党を代表するような保守党、労働党という、社会基盤を代表する、社会基盤がそういうような状況になっていれば、それにふさわしいような二大政党ができていくと思います。 それから先般、例えばイタリアの例がよく出るんですけれども、イタリアの政治は二五%以上を占めるような政党が今存在しないわけです。しかも、イタリアの政情はかなり地域的に支持率の偏りがある。今イタリアで例えば小選挙区制を導入した場合に、じゃ本当に比較多数党ができるのかどうかということについては、これはいろいろな人がいろいろなことを言っていますけれども、疑問が呈せられているわけでございまして、例えば北部地域で非常に強い北部同盟なんという政党があって、この北部地域はこの政党が全議席を恐らく独占するであろう。いわゆる二五%以上を占めている政党はそれしかないわけでございまして、そうするとイタリアの場合、小選挙区を導入するといわゆる地域政党にかなり分化して、恐らく比較多数をとるような政党はできない。結局、連立政権にまたなるんじゃないかというようなことも実際言われているわけでございます。 小選挙区だから二大政党になる、政権交代可能な二大政党ができるという議論は、幾つかのそういう前提を全く捨ました議論なわけであって、特に日本の場合の政治状況というものを考えますと、やはり民意の反映できるような選挙制度をつくりながら、その中にやはり政権交代可能な勢力というものを育てていくという併用制というのが私は日本の政治の状況に一番合った仕組みじゃないかな、こんなふうに理解しておるわけでございます。よろしくお願いします。
○倉田委員 私は、単純小選挙区制度というのは、ずっと究極的にいくとやはり二党制になっていくんではないのか、これは議論の上で、いわば理屈の問題で申し上げたのであって、現実のそれぞれの政治風土を考えてみれば、今、井上公明党提案者の方からもお話がありましたけれども、それぞれ政治風土によって確かに違うということがあるのかもしれない。 そこで、じゃこの日本の風土においてこの単純小選挙区制度を持ってきたときに、北海道から九州までそれほど民意が特別変わった傾向を示すところはないんではないのか、こういうふうに私は考えます。そうしますと、やはり基本的には政党の数としては一なのか、あるいは選挙から選挙までの、つまり単独安定政権という中には圧倒的に強い、例えば四九対五一で五一をとった同じ政党の候補者がずっと並んでしまうんではないのか、こういうふうに思うんですが、そうすれば、もしかしたらそれは、今の日本の単純小選挙区制度を導入する制度の前提を考えてみれば、実は一党制になってしまうんではないのかとも思えるわけですが、この点についてはいかがでしょうか。
○伊吹議員 日本がどういう状況になるかというのは、これは国民の選択によって違ってくると思いますが、私は、包括的な政党、いろいろな価値観をすべて一つの政党の中でのみ込んでいる政党が、将来的には、選挙の当選ということを考えれば、日本の場合はだんだん二つに集約されてくると思います。参議院の例を挙げると皆さんまたかとおっしゃいますが、ああいうことは現実に起こるわけですから、あのときも何も社会党という政党が大きくお勝ちになったわけじゃなくて、やはり民社党、公明党、社会党を含めて連合というものが成り立っだということが私は大変強い原因であったんではないかと思います。 そして、先生がおっしゃるように、治める者と治められる者というお話がございましたが、私は、現在の憲法のもとでは、治める者は国民であり、治められる者は国民であると思っております。したがって、最後は国民が国の意思について多数決を行使して、どこかの段階で意思決定をしなければなりません。それを小選挙区という選挙の段階で国民の多数決をお願いするのか、あるいは多数決が決まらないまま国会へ出てきて、そして実は国民の多数決ではないけれども、院内会派のお互いの話し合いによって多数決ということになってしまうのか、ここは大きな問題があるんではないでしょうか。
○倉田委員 私は、議会制民主主義、間接民主主義、この理念からいった場合には、治める者と治められる者の同一性というのを国会に現出をしなければいけない。それが憲法前文で言う国会での代表者を通じて行動するということになるんではないのかな、こういうふうに考えております。 そこで、次の質問に移りますけれども、いわゆる単純小選挙区制度を導入すれば安定した単独政権が、まあ安定した政権がつくれる、こういうふうに今まで御説明、お答えをいただいているわけですけれども、確認の意味でお伺いをしたいわけですが、この小選挙区制度で政権が安定をするというのはどういう意味なのか、お答えを願いたいと思います。
○武村議員 倉田議員さんがもうおっしゃっておられますように、小選挙区制は二大政党を志向する選挙制度だという認識に立ちますと、そのことでおわかりがいただけると思いますし、もう一つは、民意の反映論で繰り返して議論がございましたように、やはり多数党にやや有利な結果が出る選挙システムである、このことをむしろ評価をしているわけであります。 韓国なんかは小選挙区でございますが、七十五議席だけ調整的な議席数がございまして、御承知だと思いますが、小選挙区部分で第一党が過半数に達しなかった場合には、この七十五議席の半分、三十八議席をその過半数に達しなかった第一党に優先的に振り当てる、そして政権を安定させる、こういう知恵まで生み出しております。そのことからも御理解をいただきたいと思います。
○倉田委員 私が小選挙区制度で政権が安定をするという意味は、お聞きしたかったのは、例えば選挙から選挙までの期間、多数政権が誕生する、つまり単独政権が誕生するから安定をする、こういう意味なのか、それとも、選挙が終わって、つまりA党ならA党の政権が、例えば十年なり十五年なりそういうふうに続いていく、こういう意味での安定なのか、これをお聞きしたかったわけであります。
○伊吹議員 いろいろな立場の御議論があると思いますが、小選挙区では、少なくとも政権を担当する政党は、選挙の際に国民の負託を得て政権をとっております。ところが、比例制でございますと、多様な価値観、先生がおっしゃるとおり、それを反映した、その比率に応じて議席が配分され、各会派の話し合いによって政権が成立いたします。それはおのおのの問題について必ずしも価値観が一致いたしませんから、政権与党を形成しておる多数の政党は、物事によっては、あるいは一緒になる場合もあるし、反対になる場合もある。それで非常に、だから今の先生の例でいえば、一つの選挙と一つの選挙の間に政権交代が選挙ではなくて起こりやすい、非常に不安定な状態になりやすいということだと理解しております。
○倉田委員 それは、選挙から選挙までの間においては政権の安定、そこが多数的政権なのか、圧倒的多数なのか、それは御議論あるのかもしれませんけれども、多数を占める政権をつくる、そういう意味での単独政権の安定、こういう御答弁だったと思うんですけれども、その場合、そうしますと、例えば単独過半数をとった政権が安定をするということは、いろんな議論、先ほどさまざまな議論をそれぞれの同じ政党の中でも当選をしてきた議員が代表をするというお話がございましたけれども、政党が持っている機能、政党で議論をすることと国会で議論をすることと、全くもし同じ議論をしてしまうというふうな仕組みになってしまえば、国会の本来の役割はどうなってしまうのか。本来国会で議論をしなければいけないことが、もう政党の中で議論をしてしまおうということになってしまうんではないのか、こういうことを実は申し上げたかったわけでございます。 そして、同時にもう一点、先ほど、例えば自民党の場合は、自民党そのものがもういわば各界各層、一人一人の議員が各界各層のいろんな意見を代表してくる議員ですよ、包括政党ですよ、こういう御答弁がございましたけれども、この包括政党という考え方自体も、本来からすれば私はおかしいんではないのか。政党というのは本来パーティーですから、部分、その部分部分の対立があって一つの結果、意見の集約というものがなされるわけだと思うんです。その本来部分であるべき政党が包括的にオールだということにすれば、その政党の定義から見てもおかしいんではないのか、こういうふうに実は問題提起をしたかったわけでございます。 同時に、議会制民主主議ということからすれば、国会の議論をどう活性化させるか。今この選挙制度、政治改革関連法案をこういうふうにしてお互いに議論をさせていただいておりますけれども、これが国民の皆さんから見て、従来の委員会と違う、なるほどおもしろいというか、見ていられるというか、そういうことを国会の中で現出をしていかなければいけないんではないのか。 そこから考えた場合に、過半数、あるいは場合によっては三乗比の法則というのを今認めていらっしゃらないかもしれませんけれども、大きな政党に有利な結果が出るということまでしか認められておりませんけれども、やはり私は小選挙区制度というのは過剰に民意を代表する制度である、また民意を敏感に反映をする制度である、こういうふうに実は思っております。 そうだとすれば、いわゆる議会制民主主義、選挙から選挙の間で圧倒的な、どれくらい多いかということはそれぞれ認識の問題はあるかもしれませんけれども、非常に大きな安定した政権というのは、四年間の間には、それだけ強力な政権を持っているわけですから、解散なんかしません。しないだろうと思います。そうすると、国民は、四年間の間にその一つの単独政権に、大きな議席を占める単独政権にいわば白紙の委任状を与えたのと同様な結果を示すことになるんではないのか。これが果たして国民の望むことなのだろうかと私は思うわけですが、この点に関しては、自民党の提案者の御答弁と、それから野党の方でもお答えがあればいただきたいと思います。
○伊吹議員 先ほど我が方の提案者からもお答えをいたしましたように、政権を仮に四年間白紙委任をされたとしても、私たちは私たちに投票してくれた人たちだけの代表としてここへ出てきているのではありませんから、もちろん小選挙区になった場合の党議拘束であるとか、いろいろ党内的なものはあると思います。しかし、仮に四九%の反対を背負ってきておるとするならば、当然私たちはそのことを背中の重みとして考えながら国政に参画するということになろうと思います。 これは先生、要は最終的には判断の問題になると思いますが、現在の国際情勢あるいは日本の社会情勢の中で、どちらにも確かに欠点がございます、先生がおっしゃるように。その場合に、国民の手の届かないところでお互いに院内で交渉されることによって政権が決まったり、あるいはまたその党派の中で、ある問題については反対、あるものについてはオーケーだという問題が出て政権が不安定になるということを選択するのか、それとも小選挙区で一党を実は国民の投票で選ぶことによって政権を担当させるのかという歴史としての現在を考えたときの、最終的に私はこれは判断の問題になると思います。ですから、公明党さん、社会党さんのおっしゃることも私たちはよく理解しているつもりですが、私たちは歴史の判断として、どうも不安定な、あるいは国民不在で政権が決まっていく、あるいは政権が場合によっては崩壊するという形はどうも感心しないんじゃないかなと思っておるわけです。 それから、包括政党云々、パーティーという問題がございました。これは先生、私の答弁も若干悪かったのかと思いますが、包括政党というのは、少なくとも国家を運営していく上の外交であるとか、あるいは市場原理であるとか、税制であるとか、あるいは福祉の制度であるとか、すべてのものについて一つのトータルシステムとしての回答を持っている政党、そして国民の大勢の人たちがそれを国家運営の指針として理解してくれている政党、こういうふうに御理解いただきたいわけで、すべての国民の人たちじゃなくて、あるグループの人たちあるいはある地域の人たちが支援しているというものは包括政党ではない、こんなふうに考えております。 〔委員長退席、大島委員長代理着席〕
○松原議員 小選挙区制が日本の現状において、よく引き合いに出される三年前の参議院選挙における変化ですけれども、確かに劇的でおもしろかったし、爽快だったわけですが、しかし、それは参議院の一人区における結果がそうだったわけですね。しかしながら、戦後の選挙の例を見ても、参議院でああいう劇的な状態が起こったのは、四十何年目ぶりに一回なったわけですね。ところが、去年の場合には全く違った現象が、逆の現象が起こってしまいました。そういう点からしますと、確かに劇的な小選挙区制による政権交代というのはあり得ますけれども、日本の現状の中ではむしろ一党支配が定着してしまう、それによって非常に圧倒的な議席が政権与党のもとに独占されてしまって、野党はそれでけ散らされておしまいということも十分にあり得る情勢だと僕は思うのです。そういう意味で、小選挙区制が政権交代しやすいという実証論は私は余り説得性がないと思います。 それに対して、野党の併用案というのは、先ほどから議論になっておりますように、できるだけ民意を反映する。そして、ポスト冷戦は、いわゆる多様な人々の意思が噴き出していますから、ヨーロッパを見ても本当に多党化を始めているわけですね。多様な国民の意思というのが生まれ始めていますから、そういう多様な国民の意思を国会という場にできるだけ反映させるようにしないと、それこそ国民を説得してやる政治なんてできやせぬわけです。それを一部除外していくようではだめなわけですね。 そういう意味で、多様性を保障するという意味では比例制に着目し、しかし、のっぺらぼうの比例制になりますと政権が要するに安定しないというふうな歴史の経験もあります。今度のイタリアの例もその一つの例だと思うし、戦前のドイツのヒトラーが出てくる前のワイマール共和国もまさにそうだったわけですね。そういう状態を我々も反省をすれば、政権交代ができる、しかも多様な意見も吸収できるというその調和の中に新しい選挙制度を見出すべきであって、したがって、比例制と小選挙区制のベストミックスという意味で併用制を提案をしている。その中にこれからの政治を担うことのできる思想性が僕は含まれていると思います。
○倉田委員 私が今の点で御質問申し上げたのは、要するに選挙から選挙までの期間に一党の単独安定政権、これを国民が果たして求めているのだろうか。先ほど御答弁者は、そうではない場合は、いわゆる選挙から選挙の期間内で政権の交代あるいは政党同士の組み合わせが起こって違った結果が起こるかもしれない、こういうふうな御答弁だったと思います。(伊吹議員「比例制の場合は」と呼ぶ)比例制の場合ですね。小選挙区制度をとらない場合はそういうことが起こるかもしれないからとらない、こういう議論でしたけれども、それは社公案を今まで議論をされて、決して連立政権というものが不安定なものではないという議論は既にあったんだろうと思うのです。 私が今申し上げたのは、一つの選挙から選挙までの間にいわゆる白紙委任的な要素を日本の国民が与えることをよしとするかどうなのかという議論、国民の側から見てその選挙制度が果たしてベストと言えるのかどうか。私は、日本の国民の方々は非常にバランス感覚にすぐれた、本当にすぐれた民衆というか大衆だと思います。そういう日本国民を前提としたときに、選挙から選挙まで白紙委任的に一党が非常に多数を、大きな多数を占める選挙制度というのを果たして許容するんだろうかという疑念のもとに実はお聞きをしたわけでございます。これはまたいろいろなところで詰めていただければと、こういうふうに思います。 そこで次に、もう既に答弁者の中から問題提起が出てきましたけれども、あえてもう一度自民党の提案者の方々にお伺いをしたいわけですけれども、単純小選挙区制度を導入をするということが政権交代の可能性を求める、政治の緊張性を高める、こういうふうにお答えになっておられました。日本という今の現状を前提とした場合に、単純小選挙区制度、これは過去の例を引かれていろいろな議論もあったと思いますが、確かに政権が劇的に交代をするということは、過去の例がそのまま新しい選挙制度になったときに当てはまるかどうかは私は疑問ですけれども、少なくとも民意を敏感に反映をするというのが小選挙区制度だとすれば、政権が劇的に交代するということは、それは認めてもいいんだろう、私はこういうふうに思います。しかし、かわるときには劇的に交代をするけれども、その政権交代の可能性が高いのか低いのか、この問題は実は小選挙区制度においては実証されていないのではないか、こういうふうに思いますが、この点はいかがでしょうか。
○石井(一)議員 御指摘の点は、日本の場合には単独一党の政権が続くというふうな前提でお話しになっておるように思われるのですが、私は決してそういう考え方に同意できないのであります。可能性として二つの方向があるのじゃないでしょうか。 まず第一は、一カニ分の一政党と言われておるこの制度が二つの政党の流れに変わり、現実的な政権を興す、そのためには野党が意見の調整の中に新しい流れをつくられるということが一つ。 第二の選択としては、もし仮におっしゃられるような方向になったといたしまして、それが安定するということはございません。それは必ず分裂ということが起こりまして、そういう中から二つの流れの中に均衡のある現実的な政策の政権交代、こういうふうな形のものが出てくるのではないか。 私は、どちらかの選択になって、第三の御指摘になっているような方向というふうなものはちょっと考えられないと思っております。
○倉田委員 今私がお伺いをいたしたのは、小選挙区制度において政権交代が劇的に起こるということは、確かに私もそのとおりだと思います。その劇的に起こるという可能性の度合いが、例えば社公案と自民党案と比べて、自民党案の方が高いと言えるのかどうか。その問題の論証はされていないのではないのか。 例えば、過去二回の政権をとる機会というふうによくお答えになるわけですけれども、過去二回劇的に変わったではないのかということで、一人区の選挙制度をとられて御答弁をされておられるわけですけれども、その結果というのは、結局比例区の場合においてもその二回の選挙どちらにおいても当然起こっているわけですから、だから単純小選挙区制度の方が政権交代の可能性が高いということは論証できないのではないのかということを御質問申し上げたわけでございます。
○武村議員 このお尋ねは仮定の話でございますから、確かにやってみないとわかりません。ただ、世界の主な国の、イギリスを例にとっても、選挙のたびに政権が交代するのでは、これは大変不安定としか言いようがありませんが、十年に一回ぐらいというタームで見れば、イギリスは何回か戦後政権交代を繰り返しております。アメリカは、これは大統領選挙でございますが、これもまた共和党、民主党で繰り返しております。 私の県できのう選挙がありまして、第二の市でありますが、人口十万ぐらいの市でありますが、前回現職が勝って、普通、現職ですと二期、三期ぐらいは失敗をしなければ続くのでありますが、そう大きな失敗をしなかったのですが、現職を自民党が推して、新人を連合が推されて、自民党は大敗をいたしました。かなり緊張した選挙になりましたけれども、こういう形で、やはり小選挙区制というのは必死で両勢力が争えば交代が起こるということを経験をしているわけであります。 韓国とか、先ほど井上さんおっしゃったようにイタリーとか、インドもそうですが、特定の地域とか特定の宗教に絡まっている政党が根強い国では、確かに単純小選挙区制でもなかなか二大政党にならない、そういう例外的な国があるのも事実でございます。でもおおむね、これは学者の常識もそうですし、世界の実例から見ましても単純小選挙区制こそ二大政党による緊張した競争が展開されて、政権交代が時々起こるというふうに言えるんじゃないでしょうか。
○倉田委員 お答えは、政権交代が起こるあるいは緊張した政治ができるというのも、いわば二大政党的にそれに対抗する勢力がきちんとある、そういうことを前提にされておられることなんだろう、こういうふうに思います。まだいろいろこの問題は議論をされるんだろうと思いますが、次の問題に移りたいと思います。 自民党案の場合、五百の小選挙区制。そこで私は率直に疑問に思うのですけれども、それぞれの例えは市とか印とか、地域的に現在もまとまりがあります。そのまとまりのあるそれぞれの地域を五百もの小選挙区に、しかも一票の価値の平等性を追求しながら果たして五百もきちんと区分けをすることができるんだろうかな、こういう疑問を持つわけでございますが、その点についてはどのようにお考えでしょうか。
○石井(一)議員 これはあくまでも比較の問題でございまして、中選挙区のサイズから比べますと小さくなるということでございますけれども、小選挙区が比較的古くから根強く行われておりますイギリスあたりでは、六百数十名の定員でございますし、人口は六千万ということでございますから、平均的なサイズというのは大体八万五千ぐらいになっておるわけですね。そういうことから考えますと、今我が党が志向しております制度では二十五万程度を考えておるということでありまして、これが今の中選挙区と比較するべき問題ではなく、そこには当然既にそういう実証済みの例もあるというふうなことであります。 なお、現在、人口が六十万とか八十万とかという都市がございます。人口三十万から四十万以上の都市につきましては、仰せのとおり合理的な区画を施さなければいかぬというのは当然のことでございます。
○倉田委員 私は、その選挙制度というのが、有権者の側から見て、国民の側から見てどうなのか、これを第一の視点に据えなければいけないんじゃないのか。この視点というのは実は選挙制度の区割りのときも非常に大きく出てくるんだろう、こういうふうに思うわけです。単純に一票の等価値を追求しという中で区割りをしたときに、果たして選ぶ側の有権者から見たときに、あっ、なるほどな、こういうふうに納得できる区割りというのが五百もできるのだろうか、こういう実は疑問を持ちましたので、この点の御説明を求めさせていただきました。 もう一つ、先ほどお答えの中にも出ておりましたけれども、五百もの小選挙区に区分をしたときに、可能性として起こることは二つだ、二つ以外あるのかもしれませんが、大きいのは二つだと思うのです。それは、例えば現職はよっぽどのことがなければ落ちないんだけれども、今回はちょっと落ちたみたいなお話がありましたけれども、五百の小選挙区に分けたときに、これが何回か続くと、出てくるのは、そこの地域で圧倒的に強い政権政党の候補者が誕生するから、そうすると、そこには当選を目的として出てくる対立候補者というのは、参加するということで出てくる候補者というのはあり得るかもしれませんけれども、ともかく勝つんだということで出てくる候補者というのはなくなってくるのではないのか。そうすると、国民の側から見て、いわば選挙の自由、選択の自由、これが阻害をされてしまう結果になるのではなかろうか。そして、そのことがさらに投票率の低下、いわば国民の政治的選択の自由ということをいかに多く与えられるかということに関して言えば、五百の小選挙区に分けて、そこで圧倒的に強い政権政党の候補者がずっと当選をし続けるという結果が生まれてくる可能性が一つ大きくあるのではないのか、こう思うわけですが、この点についてどういう御認識と問題点をお持ちでしょうか。
○石井(一)議員 それに関連いたしまして、地方選挙のときに無風区ができたというふうなこともございましたが、私は、地方の場合は、イデオロギーなり政策の対抗というよりも、地方の繁栄というふうなことでございますから、定着度は高いと思うのであります。 小選挙区になりました場合には、いわゆる二つの選択を国民に示し、それを選んでいただくということでありますから、政党は間違いなく対抗馬を出さなければいけません。出さないということであれば、それこそ本当に政党の意義があるのかということになってくるわけでありますから。そういう面では、私、これまで共産党を批判してきましたが、勝ち負けは除いて、百三十選挙区常に出しておられるその姿勢は評価してもいいと思うのですが、こういうことが必ず小選挙区においては起こるということは確かでありましょう。 その次に、日本は人情の社会ですから、圧倒的な多数をとられる候補者が出ますと、それが定着するということは否定できないかもわかりませんけれども、私は、重ねて例を出すようですが、あの平成元年の参議院の選挙に四国の四県、それはもう県会議員も市会議員も国会議員もほとんど圧倒的な自民党の独占区で、なぜ連合なり野党の方が勝たれたのか。東北の六県、これまた同じような状況でございます。ここでどうして野党が勝たれたのか。私は、国民の良識なり世論というものはたくましく生きておる。そこがこの二大政党の非常に妙味があり、選択ができ、いいところでありまして、今後野党なり対抗馬の戦い方によっては、幾らでも国民はついてこられる。それをやる意思があられるのかどうかというところに問題があるのじゃないか、そう思うわけでございます。
○武村議員 これも推測の話でございますが、たびたび首長選挙を持ち出して恐縮でありますが、知事にしろ市町村長にしろ、たまには七選、八選という例外がありますが、どうでしょうか、平均すると三回前後が平均でしょうかね。そうしますと、なぜそうなのかというのは、やはり小選挙区になりますと、今のお話のように最低五一%、しかし目標としては六割、七割ぐらいの支持を絶えず意識しながら政治活動をするわけですね。そうなりますと、有権者の側から見れば、やはり中選挙区制は三人、四人、五人と非常にバラエティーがあって、たくさんいるわけですね、目移りもしますが。ですから、五人いれば、一人か二人はもう当選八回、十回、十二回の人もいる。これも大事にする。しかし、一人か二人は絶えず新しいのにかわっている。こういう結果になっておりまして、小選挙区はもう一手に集中、有権者から見ればその人がおらが選挙区の唯一の代表ですから、首長を見る目のようなことになってくるのではないか。 ですから、一定期間、立派な人であれば二回、三回ぐらいまでは安心して再選、三選をすることができても、六回、七回、八回なんというのは大体飽きられて、もうそろそろかわってもらおう、こういうようになって、なかなかこれは続けさせていただくことは至難のわざではないか。現にイギリスが、そういう意味で国会議員の平均年齢が四十歳代後半です。ドイツは四十歳代前半と聞きました。大体平均十二、三年でやめていくということも。 そういう意味では、小選挙区制だからうんと安定して、長期の議員が続出するというのは当たらないのではないか、首長に近い状況になるのかなと。そういう意味では、お互い自民党の中でも、これから二十年、三十年やろうと頑張っている人にとっては小選挙区制は大変迷惑な話で、ひょっとしたら、河期がやったら飽きられて交代という羽目に陥ることも覚悟しなければならないというふうに、これは推測をいたしております。
○倉田委員 今お答えいただいた話もあるのかもしれません。 もう一つ、可能性の問題として議論をさせていただくと、五百の小さな区分をされた、今の中選挙区制度よりもさらに小さく小さくなっていく小選挙区制度のもとで、次回勝てるかどうかわからない、こういう緊張感をそれぞれの候補者が強いられることになった場合に、いわば今の中選挙区のもとで言われている弊害、国会にいることよりも地元に帰っておくことの方が大切である、これが今言われているわけですね、国政のことはどうなっているんだと。この弊害が、例えば、もしかしたら小さな小選挙区制度の中に強力な対立候補がせき合いをして存在をしている場合、あるいはもっと強烈な保守系の無所属候補が出てくる可能性があるかもしれない、そういうことが想定をされたときに、やはり選ばれた議員はもう地元べったりになってしまう。そういう可能性というのは否定できないのではないかと思いますが、この点についてはどんな議論をされましたか。
○石井(一)議員 中選挙区の個人を中心にした、みずからの金、みずからの組織を駆使した同士打ち、生き残る以外に道はないという考え方よりも、小選挙区の場合には当然政党が中心で、資金におきましても運動におきましてもすべて党が賄うという制度をとってまいるわけでございますから、そこはやはり政党が見識を持ち、個人がそのような行動をとることを規制し、その選挙区でベストの者を出していくという判断をしなければいけません。 それと同時に、やはり国民の良識の向上ということについても期待をしなければいかぬと思うのでありますけれども、中選挙区で一〇%なり一五%の得票率で、しかも三名か五名の枠内へ滑り込む方がやさしく、小選挙区で一つのところへ滑り込もうという場合には、私たちの考えとしては、個人の今のような形での自由な立候補というものは非常に難しいという段階に置かれていくと思いますから、そこは政党が指導性を持ってこれを点検し、そして確実に五一%以上のものがとれるという候補者を推していく。おのずから評価の問題でございますけれども、そういう個人的な問題では勝てない、しのぎ切れない、一〇%や一五%はとれましても、それ以上の大きなものがこの制度の中には求められておるというふうに判断しております。
○倉田委員 政党が中心、政党が指導性を持っていかなければいけない、これは政党の近代化をどう図るかということと同時に重要な問題だろうと思います。 そこで、やはり政党ということの中で、政党自体が非常に強力な権限を持つことになるのではないのか。いわば一党独裁の中央集権的な政党、これが一つこの日本の国土に合わせた場合に誕生してしまうのではないのか、こういう意見もあると思います。この点についてはいかがですか。そういうことがないと言えるのかどうか。
○西岡議員 お答えいたします。 現在、私ども自民党の党内の問題でございますが、この単純小選挙区の導入を前提といたしまして、党の運営をいかに民主的に行うか、党の規約、運営のあり方、決定の過程をいかに明らかにしていくかという問題について鋭意検討いたしておりまして、ただいま議員から御指摘のございました点につきましては、党の抜本的な改革が前提である、このように考えております。
○伊吹議員 若干補足をさせていただきますと、強力な一党独裁ということは私は生じないと思っておりますが、単純小選挙区制あるいは併用制であっても小選挙区というものが前提になっている限り、党の執行部というか、党の中央の力は圧倒的に強くなる、これは先生おっしゃるとおりであります。 したがって、例えば候補者の選定についても、公職選挙法の二百二十四条の三であったと思いますが、選定人に対しての厳しい規制を課しておるわけですし、そしてその後、これは各党の内部のことになると思いますが、定年制の問題あるいは候補者がかわった場合の候補者の一般公募、第三者による資格審査、こういうことをずっと入れていかないと、党中央の独裁という問題は大変大きな問題として残ってまいりますので、自民党としては今西岡先生が申しましたような手を打っておるところであります。
○倉田委員 私は、単純小選挙区制度について、果たして政権交代の可能性が高いと言えるのだろうか、劇的に起こり得ることがあったとしても、政権交代の可能性が果たして高いと言えるのか、この点と、そして単独安定政権を、あるいは選挙から選挙の間においても、あるいは安定的に一つの期間においてもつくり上げるということについて、国会というものが軽視をされるおそれがないのかどうか。今国民が望んでいることは、政治と金の問題と同時に、国会の場で、国会が国権の最高機関としていかに活性化する議論ができるのかどうか、これも求められていることなのだろうと思います。だから、党内で議論を済ませたから国会ではもうすっと通してしまう、いわば国会が立法府ではなくて、法案を単に通過させるだけの役目しか与えられてないような議会というのは変えていかなければいけない、これを申し上げまして、次の問題に移りたいと思うのです。 今、自民党案と社公案は水と油だ、こういうふうにマスコミ等で報道されておりますが、簡潔にそれぞれお答えをいただきたいと思います。自民党案と社公案は水と油で融和できないものであるとお考えになっているか、お考えになってないのか、お答えをいただきたいと思います、水と油がどうかということで結構ですから。
○武村議員 たびたび交わされましたように、お互いに中選挙区制を否定して、新しい選挙制度を論議をしているわけですね。私は、もうこれだけで選挙制度改革は五〇%目的を達したと申し上げているわけであります。 さて、単純小選挙区と小選挙区併用型比例代表、違うといえば大きく違います。しかし、皆さんもおっしゃるように、小選挙区を共有しているというお互い近似点もあるわけでございまして、これは水と油でなしに、まあ酒とウイスキーか、私はかねて、努力すればだんだん日本酒と紹興酒ぐらいに近づいて、最後は一本になるというふうに考えております。
○松原議員 確かに小選挙区という点では共有になっておりますけれども、我々の案は、小選挙区制と比例代表制、これらのミックスの形をとっております。したがって、自民党案が小選挙区に固執をする限りは、それはもう水と油だろう。併用制は本質は比例代表ですから、それは水と油だろうと言うほかはないと思うのですが、そういう意味で、私どもの方が先にベストミックスの形をとっておるということに着眼をしていただいて、自民党の皆さんに歩み寄りをいただくというのが賢明な政治的決断ではないかなというふうに思っております。
○渡部(一)議員 水と油というのがまじらないというのはもう五十年ぐらい前の化学でよく言った例でございまして、最近は水と油をまぜる溶剤はたくさんございます。こういうものは古い意識にとらわれている人がよく言う例であると私たちは思っております。 両案は接点はたくさんございますし、乳化剤を加えればこんなものはすぐくっつくのと同じように、両案を統合することは十分可能であると私は思っております。
○倉田委員 社会党の提案者の方にお尋ねをしたいと思うのですけれども、小選挙区併用制の中で二百という小選挙区というのを導入してこられた。私は一番最初に何回も、選ぶ側の有権者、国民の側から見たらこの選挙制度はどうなんだということから議論をする必要がある、こういうふうに申し上げてきました。この二百という小選挙区を併用している意味は、選ぶ側から見れば、この二百に区画をされた小選挙区の中において一人の代表者を選ぶ、これは小選挙区と同じ、共通の機能を持っているということになりませんか。将来政権政党を担うあるいは政権の軸ということを考えるとすれば、やはりその二百の小選挙区の中でいかに勝っていくかということに政党としては力を示していかなければいけないんではないのか。そうするとその部分においては共通なのではないのかと私は思うわけですが、この点について社会党はどのように考えられますか。
○松原議員 私どもの併用制案は、ドイツにおいて採用されている制度をいわばモデルにして考えたわけです。ドイツにおいてなぜいわゆる単純な比例制にしなかったかといいますと、つまり小選挙区制を入れたかといいますと、やはり先ほどから指摘しておりますように、単純な比例制というのはどうしても非常に多くの多党制、したがって安定した政権ができないという、そういう欠陥を持ちやすいんですね。実際、ドイツでもワイマールのときにはそうだったわけです。そのためにヒトラーというような者が出てきたわけですが、その反省を踏まえて、ドイツでは戦後小選挙区制を入れて、基本的に政権交代ができる基軸二大政党、そのほかに多党制、多様性もミックスして入れる。しかし、基軸二大政党ができやすいようにという発想で小選挙区制を入れたというふうに我々は理解しておりますし、実際は、事実上政治効果として我々の社公の併用制案もそういう側面を持っている。したがって、政権交代ができる基軸二大政党というのを念頭に置きながら小選挙区制を入れたということだというふうに私は理解しております。
○倉田委員 今お答えの中で、基軸二大政党をつくりやすくする、そういう意味で併用ということを入れたんだ、こういうふうにお答えになった。私は、そうだとすればそこの部分については非常に共通の地盤があるのではないのか、こう思うわけです。そして、それを入れた意味は、日本の社会の中に、一方で比例代表的要素を加味しなければいけない、一方で政権交代ということも考えていかなければいけない。この民意を正確に反映をする制度、そして、同時にまた政権交代ということを考えて民意を敏感に反映をする制度、これをミックスをしていく一つの混合型というのが日本の選挙制度としてあり得る姿なのではなかろうかというふうにまた思うわけです。 そうだとすれば、要はその混合型の問題において、例えば前回、海部内閣時代につくられましたいわば並立制、これも私は小選挙区制度と比例代表制を持ってきた混合型であろうと思いますし、また社公のいわゆる併用制も混合型、こういうふうに思うわけです。その混合型というのは、やはり今、繰り返して申し上げますけれども、日本の民意を正確にどう反映をするかという要素と、そしてある意味では政権交代ということを前提に踏まえて民意を敏感に反映をするという制度、そしてまた日本の国民の多様な価値観を国会の中でどう実現をしていくのか、こういうことが基本になっているんだろう、こう私は思うわけです。 そこで、もう時間が大分なくなってきましたので簡潔にお答えいただきたいと思いますが、この混合型の選挙制度、これはいわば小選挙区制度と比例代表制度を単に持ってきて合わせただけなんだから、これは思想がないんだ、こういうふうな言い方もあるのだと思いますが、私自身はそうは思っておらないわけですが、いわばこの混合型の選挙制度というものが思想がないのかどうか、この点について各党それぞれ御見解を伺いたいと思います。
○石井(一)議員 確かに、きょうの委員の議論を聞いておりますと、選挙制度は絶対なものがございませんし、J・S・ミルと、それからその他の激しい論争の中にこの二つが対立しておったわけで、それと同じことがここで起こっておるということでありますから、本来選挙制度、政治機構を将来それで構築するということになれば、どちらかの一つの方向性あるいはビジョンというものを持つべきだと思います。 そういう意味からいいますと、妥協に問題があるということは確かでございますけれども、かといって、政治はやはり妥協の場でもございますから、最終的にはそういうことも考慮しなければいけないる面も出てくるのではないかと思います。必ずしも全面的にそれに対するエンドースメントを与えるわけにはまいりませんけれども、現実の問題として、それなりに柔軟に対応するべきこともあり得るというふうに思うわけであります。
○松原議員 先ほどから申し上げていますように、民意を正しく反映させたい、そして多様な国民の意見を反映させたいとなると比例代表というふうな側面になりますし、一方では、政権の交代あるいは政権の安定という問題を考えますと小選挙区制の側面も考慮するということになりますから、我々の主張してきている併用性も、まさにそういういわば混合型と言われるものの必要性といいますか有用性を認めて、そして最もベターな選挙制度だということで我々が採用したものでありまして、混合型というものには十分に政治思想として私は根拠があるというふうに思っております。
○井上(義)議員 この議論は、日本がどういう政治体制というものを構築していくのかということにやはり帰着するのではないかな、こう思うわけでございます。 それで、単純小選挙区制、考え方としては私どもも理解するわけでございますけれども、ただ、この選挙制度、ずっと議論されておりますように、よく五一%、五一%とおっしゃるのですけれども、事実上は、今の日本の政治状況を考えますと、大体四〇%ぐらいで八〇%、九〇%の議席を得るような可能性が非常に高い選挙制度になっているわけでございます。これは先ほどから参議院の例を何回も自民党提案者がおっしゃっているとおりでございまして、そういたしますと、かってドイツが比例代表か小選挙区がという議論のときに、やはり民意というものを、例えば四〇%台の民意しか得ていない政党が八〇%、九〇%の議席を占めて圧倒的な権力を握ってしまう、かつてのようなヒトラーの再来をやはり防がなければいけないという必要性があって比例代表に小選挙区を併用したという経緯があるように、やはり日本の中でも、今の自民党の皆さんがそうだということは私は決して思っていませんけれども、一党独裁を標榜するような皆さんもいらっしゃるわけで、そういう可能性をこの選挙制度の中に残してはいけない、私はそう思うわけでございます。 そういう意味で、民意が正確に反映すると同時に、今日本の政治に求められておるものはやはり政権の交代であり、政党本位あるいは政策本位の選挙ができる、そういう仕組みというものを日本の政治としてこれから構築しなければいけないという観点から、私どもは比例代表併用制というものを御提案申し上げているわけでございまして、かつてのような、例えば小選挙区と比例代表を並立する、木に竹をつなぐというような仕組み、これは例えばいわゆる議席の二重取りということが生じるわけでございまして、こういう制度を導入するにしても、例えばメキシコなんかは、要するに小選挙区で過半数を得た政党には比例代表を配分しないということで、要するに圧倒的な力のあるといいますか、民意とかけ離れた勢力を持つような政党はつくらないということを一生懸命工夫しているわけでございまして、そういう意味で私は、混合型、その中でこの併用制というのは今の日本の現代社会に合った、これが求める政治の仕組みをつくる上でも一番ベターな案である、こういうふうに思っております。
○倉田委員 私は、小選挙区制度のモニュメントと比例代表制のモニュメント、これを組み合わせた混合型ということについては、決して単純に無思想の妥協ということではなくて、それぞれやはり、それは並立制にしても併用制にしても、そして最近民間政治臨調から出された連用制にしても、それなりの背景を持った思想はあり得るんだ、こういうふうに考えております。 そういう意味で、今自民案、社公案ぶつかっておりますけれども、やはり一つの、それぞれベストのものはないというふうなお答えもございました、国民の側から見て、有権者の側から見てどうなんだ、有権者の側から見てベストだ、そういう選挙制度を我々はつくり上げる必要があるんだと思います。 終わります。
○大島委員長代理 木島日出夫君。
○木島委員 日本共産党の木島日出夫でございます。 きょうは自民党が提案をしております政治資金規正法改正法案を中心にして質問をしたいと思います。 最初に、提案者を代表する塩川委員にお聞きしたいのです。 自民党の改正法案では、政治資金規正法第一条「目的」についても改正しております。現行法の改正される部分と自民党がお出しになっております改正法第一条のところをちょっと読みますので、聞いてみてください。現行政治資金規正法第一条の一部です。「この法律は、」「政治団体の届出並びに政治団体及び公職の候補者に係る政治資金の収支の公開及び授受の規正その他の措置を講ずることにより、政治活動の公明と公正を確保し、もって民主政治の健全な発達に寄与することを目的とする。」 ところで、自民党から出ている規正法一部改正法案、最初です。「第一条中「並びに政治団体及び公職の候補者」を「、政治団体」に、「公開及び」を「公開並びに政治団体及び公職の候補者に係る政治資金の」に改める。」こういう文章ですね。法改正でありますから、非常に技術的であり、わかりにくいと思うのですが、率直に言って、この改正法の文章だけを読んで、どこがどう変わるのかわかるでしょうか。
○塩川議員 ちょっとそれだけ聞いたらわかりませんな。
○木島委員 わからないで当然だと思うのですね。本当に改正法の一条を理解するためには、現行法の全文、そしてどこがどう変わるかの、かわって新しくつくられる改正法案の全文、これを両方きちっと読んで、そして全文の意味を正しく体して初めてわかるわけであります。必ず改正法には新旧対照表が、閣法の場合につけられるのは当然なんですね。 端的にいいまして、ここは何が変わるかというと、公職の候補者、これは政治家と読みかえてもいいかと思います、公職の候補者についての公開ということが削除されてしまった、削除されるということに尽きるわけです。現行法第一条では、公職の候補者いわゆる政治家についての公開の規定が入るわけですが、それが落とされたわけです。なぜ落とされたかといいますと、自民党の提案理由によりますと、今改正法によりまして候補者いわゆる政治家の指定団体、それから保有金、この制度がなくなるから、候補者個人いわゆる政治家は政治資金を原則としては手にすることはないから公開も必要ないんだ、そういう理念からこの一条の条文を変えてしまった、変えたわけだと推察をするわけであります。そういう解説をつけないとこの一条の改正はわからない。 私は理事会で、委員長初め自民党提案者に対して、新旧対照表は実質的な質疑をやるにも必要だということで再三求めているわけでありますが、いまだに新旧対照表を提案なされようとしません。まことにこれは不当な態度だと思いますので、引き続き、委員長におかれましては、提案者から新旧対照表を提出されますように求めたいと思うわけであります。 そこを前置きにいたしまして……(塩川議員「社会党の方もそうだろう」と呼ぶ)そうです。要求しています。一部出していただいています。 津島委員がおられないのでありますが、午前中の質疑の中で、社会党の委員から、自民党の法案に対して、政党から公職の候補者への金の流れの問題を質問されました。何か政党から、今回の法改正ができると、公職の候補者いわゆる政治家への金の流れが事実上なくなるかのごとき答弁をしたように承っているのですが、津島委員がいなくてあれですが、自民党に、この改正法は政党から、もちろんそれは自民党の場合は恐らく八割方企業からの金だと思うのですが、政党から公職の候補者いわゆる政治家への金の流れは禁じられるのでしょうか、認められるのでしょうか、お聞きします。 〔大島委員長代理退席、委員長着席〕
○額賀議員 お答えをいたします。 ただいまの御質問につきましては、我々が一番考えなければならないことは、政党の政治的な自由というものはいついかなるときでも確保されなければならないということでございます。そういう意味におきましては、法律の上では政治家にも政治資金が流される仕組みになっておりますけれども、実体的には、我が党は党則をもって、これを政治家を通すのではなくて、資金調達団体を通してこの政治活動の財源に充てたいというふうに検討をしているところであります。
○木島委員 法律の建前と実態とを分けて答弁をされました。今答弁されましたように、法律の規定そのものは明確に、政党から政治家、公職の候補者に対する金の流れを認めることを大前提にして組み立てられているわけであります。 それは、この改正法案に対する津島委員からの本委員会への詳細説明でもはっきりとそのことは述べられておりますし、自民党が金科玉条のように宣伝をしております改正法第二十一条「寄附の拠出の制限」「会社、労働組合、職員団体その他の団体は、政党及び政治資金団体並びに資金調達団体以外の者に対しては、政治活動に関する寄附をしてはならない。」要するに政治家個人には企業から金は直接行かないんだということをこれで一生懸命説明しているわけであります。 続いて第二十一条の二、「何人も、公職の候補者に対しては、政治活動に関する寄附をしてはならない。」要するに政治家個人はだれからも金をもらっちゃいかぬのだ。しかし、この第二十一条の二の第二項には、「前項の規定は、政党がする寄附については、適用しない。」とはっきりとうたわれているわけですね。政党が政治家へ金を流すことが基本であるという立場に立っているわけであります。それは第十九条の三、特定寄附に関する、政党から候補者、政治家へ金が流れ、その政治家が自分の資金調達団体へ金を流したときには通知をしなければならぬという、そういう新設条文からも前提になっているわけであります。 そうしますと、企業から、個別企業の量的制限はあります。今度倍になって二億円になりました。しかし、政党としては、自民党としては、あるいは政治資金団体、国民政治協会としては、量的制限、総枠制限はないわけです。たくさんの大手企業から総枠制限のない莫大な金を自民党はもらうことができるわけですね。そして、自民党はその金を五百人の小選挙区の候補者に流すことを法律上認めることが前提になっているわけであります。 そうすると、政治家個人には金が渡らないことを、特に企業献金ですね、資金調達団体について、年間一つの調達団体では二十四万、だから合わせても四十八万にすぎないんだということを理由にして、政治家個人は金はさわらないんだから、透明性、公開は必要ないんだという改正法の一条の改正の根本がこれで崩されるんじゃないか。大変なトンネルの役割を政党は果たすんではないかと思うわけでありますが、これについてはどうですか。
○額賀議員 確かに企業からの政党に対する企業献金枠というものは二倍にいたしましたが、資金調達団体に対する枠というものは現状維持でございます。二十年近くなっておるにもかかわらず現状維持にいたしておるわけであります。 また、企業枠を政党向けには二倍にいたしましたけれども、これは何も、木島先生がおっしゃるように、全部自民党に来るとは限らないわけでございまして、これは今度の抜本的な政治改革が行われることによって、イデオロギー論争じゃなくて、真に活力ある議会政治をつくっていくためには、同じ共通の土俵の中で、同じ共通の基盤の上に立って新しい政策を展開していくということでありますから、そういたしますと、各党にも配分されていくということは十分に予想されていくわけであります。 逆に私は質問をしたいと思うのでありますが、今日、これまで二回総選挙を見ましても、共産党は大体百三十の選挙区に候補者を立てておられますけれども、自民党は平均して三百二十から三百五十ぐらいであります。自民党の言うとおりに五百の選挙区ができまして、各党の皆さん方が本当に政権を目指すというようなことであるならば、それは逆に政治活動の裏づけとなる政治資金をどういうふうに調達するのかということについて各党の皆さん方も明確にしなければ、それだけの存在感がないのではないかということもあるわけでございます。
○木島委員 質問時間が短いので、反論権の行使は制約してください。 では、続いて聞きます。 改正法二十一条の二第二項、「前項の規定は、政党がする寄附については、適用しない。」要するに、公職の候補者に対しては寄附しちゃいかぬというのは、政党からはいいんだというこの規定の「政党がする寄附」の「政党」の概念の中に政党の支部は入るんでしょうか。要するに、五百つくられる政党の支部から公職の候補者、政治家への金の流れは、この条文で許されるんでしようか、許されないんでしょうか。
○額賀議員 政党本部及び政党支部については一体のものとして考えております。
○木島委員 政党の支部から候補者への金の流れは許されるということですね。 実は、昨年の十二月十日の自民党政治改革本部の「政治改革の基本方針」という答申を見ますと、議員後援会を移行させて選挙区支部をつくるんだという言葉があります。また、「草の根組織として小選挙区ごとに支部を設立し、現在の議員後援会を移行させる。」とあります。また、本年三月十六日の自民党の「制度改革に伴う党運営方針案」の記載の中にも、要するに全国に五百の党支部をつくって衆議院議員の個人後援会といいますか、それをそれに移行させるんだという記載があります。 要するに、この五百の選挙区支部というのは、小選挙区制ができますと自民党は候補者を五百お立てになる。恐らく今は二百八十から七十ぐらい議席を持っておりますから、現職の皆さんは個人後援会の看板を選挙区支部という看板に変えて前面に出てくるのではないか。しかし、それは看板が変わるだけであって、自民党から政党支部へ湯水のように金を流すことができ、政党支部から候補者個人、政治家個人に湯水のように金を流すことができる仕組みですから、実態は全く変わらないんではないかと言わざるを得ないんではないかと思います。そうじゃないんですか。
○西岡議員 お答えいたします。 我が党は、委員御指摘のとおりに、五百の選挙区支部を創設する予定でございますが、それは市町村に設置されておりますそれぞれの現在ございます支部が中心になりまして、その中には地域支部、職域支部等々ございます。議員御指摘の個人の現在ありますところの後援会はその一部として選挙区支部に包括される、移行ではありません、包括される。幾つかの組織の中の一つとして当然その中に吸収されるという意味でございます。
○木島委員 包括とおっしゃいましたが、文章には「移行」と明確に書いてありますから、私は指摘したわけであります。 政治家個人、公職の候補者が金を手にすることは原則としてあり得ないというこの提案詳細説明の津島委員の御説がいかに成り立たないかのもう一つの大きは例は、政治資金パーティーの問題であります。 お聞きをいたします。これは、四月二十二日の各新聞社の報道でありますが、村上正邦労働大臣が千五百人以上の政治資金集めパーティーを開いた。これは内容がわかりませんから、仮にパーティー参加者一人、パーティー券一枚三万円とすると、それだけで四千五百万です。仮に値パーティー券をさばいたとすると九千万、これが全部企業に買ってもらったということも理論的には、仮定の話ですが、あり得るわけであります。 今回の法改正におきまして、政治家個人が企業からパーティー券を買ってもらうことについての規制、上限設定はあるんでしょうか。
○額賀議員 今回の改正法案では、かつての政治資金規正法の中で決められていることを継続することになっております。
○木島委員 だから、そうなるとどうなのですか、質問に答えてください。
○額賀議員 これは大体百五十万円までを購入限度額として、ワンパーティー百五十万円までということでございます。
○木島委員 一つの企業から一回のパーティーで買ってもらうパーティー券の上限が百五十万ということだけですね。どんなにたくさんの企業から百五十万ずつ買ってもらってもいいわけですね。そういう面では総枠規制は全くないわけですね。 今回の自民党の法改正によりますと、一つの企業なり個人から六十万以上買ってもらったときにはそれを公開せいということになっているのは承知をしています。しかし、頭の規制はないわけであります。 その場合、では村上さんなりどなたかがパーティーをやって、一晩にして仮に何億円というお金が集まったという場合に、報告、届け出、どういう規定ですか。
○額賀議員 この報告につきましては、きちっとお答えをさせていただきたいと思いますが、一千万円以上のパーティーにつきましては特定パーティーといいまして、これにつきましては、パーティーをする前に事前届け出をしたり、収支報告の義務を課しておるわけでございます。
○木島委員 パーティーについては、今回法改正には全然触れておりませんので、一千万円以上のパーティー券の売り上げがあった、総収入が一千万以上のパーティーを特定パーティーと称して、その場合には政治家個人がやっても政治団体がやったとみなして、みなしパーティーですね、それで届け出をさせるというだけですね。ですから何億集めても、売り上げが何億円だったという報告は出ます。そして、六十万以上、一企業、一人から買ってもらった場合は名前は出ます。しかし、実際そのパーティーが行われた結果、支出が幾らかかって実際幾ら利益があったか、利益というと語弊がありますけれども、結局政治資金として純粋に使える金が幾ら残ったかについては、現行法によっても報告義務はないわけですね。わからないわけです。わからないまま政治団体がパーティーをやったとみなされますけれども、それは法律によってみなされるだけであって、その金はパーティーを主催した政治家個人、法律の言葉で言えば公職の候補者が手にすることができるわけですね。莫大な金を政治家個人、公職の候補者は手にすることがパーティーによってできるわけです。 その政治家の個人の金について、今回の法改正で報告その他の義務は全くなくなってしまったわけですから、これは大変なブラックホール。その金をどう使おうと全く国民は見えない、国会も見えないことになるのではないのでしょうか。
○額賀議員 その問題につきましては、政治団体が行うパーティーの収入につきましては、これは常識的な価格で購入してもらうことになっておりますから、事業収入として我々は考えているわけでございまして、その収入につきまして、支出する場合は政治資金規正法に基づきまして政治団体がきちっと明らかにしていかなければならないわけでありますから、これは木島委員がおっしゃるように非常に不明朗なままにお金が使われていくというようなことは考えられません。
○木島委員 いや、法律の仕組みが、候補者個人がパーティーをやったときに届け出るのは総収入だけですよ。パーティー券の売り上げたけですよ。実入りが幾らだったか、届け出義務はないのですよ。だから、例えば一億円のパーティーをやったが経費で一億円かかってしまったと説明すれば、説明が通ってしまうのですよ。法の建前はそうなっているわけです。ですから、そこで全く見えない金が政治家個人に残るのではないかというのが私の質問でありますが、今のは回答になっていないと思うわけです。見えなくなるのではないかということを言っておるわけですよ。 では、続いて聞きます。政党の支部は今改正法によって政治資金パーティーを開くことはできるのですか。
○額賀議員 当然できるわけでございます。
○木島委員 当然できるわけですね。 そこで聞きます。改正法十八条によりますと、一千万円以上の収入を受ける特定パーティーについては十八条の二の規定の適用を除外しています。どういう意味ですか。(発言する者あり)対照表がないからわからないのですよ。 では、言いますよ。第十八条「政治団体の支部」、「政治団体が支部を有する場合には、当該政治団体の本部及び支部は、それぞれ一の政治団体とみなしてこの章の規定を適用する。」が、「この場合において、」「次条の規定は、当該政治団体の支部については適用がないもの」とする。「次条」というのは第十八条の二であります。これは「政治団体以外の者」、個人その他、これが「特定パーティー」、一千万以上の収入の「特定パーティーになると見込まれる政治資金パーティーを開催する場合には、当該政治団体以外の者は、当該政治資金パーティーについては、当該政治資金パーティーを開催しようとする時から政治団体とみなして、この章の規定」、いわゆる記帳とか届け、罰則もあります、「の規定を適用する。」これが十八条の二。そういう規定を適用しない、政党の支部がやるときは。そういうふうに読むのですが、いいですか。 要するに、政党の支部が一千万以上の収入のある特定パーティーを開いたときには、その政党の支部は十八条の二の規定が適用されませんから、記帳義務も報告義務もないと読めるのですが、そういう規定ですか。
○額賀議員 これは共産党の赤旗の事業収入とか、自民党のパーティー収入につきましても、これは事業収入として計算をしておりますから、政党の会計帳簿あるいは収支報告書の中で明快にされていくものと思います。
○木島委員 そんなに明快になってくるのでしょうかね。政党の支部は、十八条によって、それぞれ一の政治団体とみなされるのですよ。別にされるのですよ、法の建前が。政党本部が開いたパーティーとは別に政党の支部がパーティーを開けば、独立した一の政治団体とみなしてパーティーを開くことができるのですよ。ただし、十八条の二の報告とか記帳を外してあげましょうという、そういう条文の規定ですよ。これを、素直に十八条と十八条の二を読めば、何か政党の支部がパーティーを開けば記帳や報告義務が免除されるかのごときに読み取れるのですが、そうじゃないのですか。
○額賀議員 私が理解している分におきましては、各政党支部はそれぞれ本部に会計報告をして、そして国民の皆さん方に収支報告を明らかにしているというのがこれまでの慣例であり、また今後もそうであろうというふうに思っております。
○木島委員 今御答弁のように、その支部と本部の関係がそれぞれの党の自己規律の枠内の問題にある限りは、それが本当に正しく政党内部において報告されるのかされないのか、法律の担保はないわけですね。そこが私は大問題だと思うわけであります。 続いて、時間も迫っております。改正法によりますと、政党の支部からほかの政党の支部への政治資金の流れはできるのでしょうか、できないのでしょうか。例えば、仮に宮城県第一支部が三塚さんの支部であった場合、大阪第四支部が仮に塩川さんの支部長の支部であった場合、宮城県第一支部から大阪第四支部への政治資金の移動はこの改正法によって認められるのでしょうか、認められないのでしょうか。あるいはその法的根拠は何条でしょうか。
○額賀議員 政党支部でございますから、政党活動の自由というのはいかなるときも保障されていると思いますが、現実的にはそういったことはあり得ないというふうに思っております。
○木島委員 私の質問は、現実的にあるかないかではなくて、この改正法が認めているのか否定しているのかということを聞いておるのです。
○額賀議員 法律的にはきちっと明快に書かれていない部分があると思いますが、政党のあり方からすれば、自由にできるのではないかというふうに思います。
○木島委員 要するに、力の非常にある有力な方が政党支部の支部長をやっておるところの政党支部の名前で大政治資金集めパーティーが行われ、多額の金がその政党支部に入る。そして、その政党支部の支部長は、その政党支部から、自分と関係の深い、余り政治的に力のない、金を集めることのできない政治家が政党の支部長をやっている政党の支部に金をどんどん流すことが許される法体系になっておるわけです。これは派閥の存在を全く否定することにならない。現行法体系と何一つ変わらないのではないでしょうか。そこの問題を指摘しておきたいと思うわけであります。 次に、今私が幾つか質問しましたように、自民党の改正法案によりましても、政治家個人、公職の候補者個人が莫大な企業から流れてくる金を手にすることはできるわけであります。そうした場合に、その政治家個人が、自己が保有したその政治資金を何に使うのか、その使途について記帳義務や報告義務、それはあるのでしょうか、ないのでしょうか、政治家個人にです。
○額賀議員 我々がいつも考えなければならないことは、政党というものは今日の議会政治の中心母体であります。この政党が自由な立場を崩壊したときは、民主国家というのは崩壊するわけであります。憲法とか法律に対しても一定の距離を置いておく必要があるぐらいの重要な存在であります。したがって、政党がみずからの政治資金をどういうふうに使うかは、政党自身が判断することでございます。それを受けた政治家は、当然みずからの見識と責任を持って使っていくことになるわけであります。
○木島委員 終わりますが、答えになっていないわけであります。 今回の自民党の改正法案は、よく精査をいたしましても、結局政治家個人、公職の候補者個人はいろんなルートを通じて企業からの莫大な金を手にすることができます。そして、その政治家個人が手にしたお金をどのように使うかについては、全く記帳義務も報告義務もなくなるという法体系になっております。これでは公私の峻別どころか、違法なやみの支出ややみの蓄財を助長することになるのではないかな、第二、第三の金丸さんを生み出す、そういう余地がこの改正法案には大きくある、ブラックホールではないかということを指摘をいたしまして、時間が来ましたから、終わります。
○田邉委員長 和田一仁君。
○和田(一)委員 皆さん、連日御苦労さまでございます。私、初めて質問をさせていただきますので、重複する点はお許しをいただきたいと思います。 この国会で最大の政治課題として政治改革が、国民にとりましても非常に注目の中で審議をされております。選挙法というものを考えますと、どの政党にも、だれにも一〇〇%よろしいというものはなかなかないという議論はもう尽くされていると思います。自民党さんの実とそれから社公の皆さんの案と両案が出まして、連日審議が行われております。そういうのを聞いておりまして、国民にも、なかなか大変な仕事であると、同時に、合意点を見つけてどちらかに結論をつけるということは非常に困難な状態だなと、こういうこともだんだんわかりつつあるのではないかと思うのです。しかしながら、今冒頭申し上げたように、この国会での最大課題として、何とかこの政治改革をなし遂げていきたい、それをまた期待している国民の期待というものは非常に大きい、こう私は思っております。 一長一短それぞれある中で、どうやってその国民の期待にこたえていくか、これは非常に大変な仕事でございます。しかし、議論し尽くしたけれども、結局両案が出ていてだめであったということはもう通用しない。何とか合意点を見つけて政治改革の実に第一歩を踏み出していくということをこの国会は使命として与えられているなと、私どももそう考えておるわけでございます。 それで、きょうは自民党御提案の分についての審議でございますけれども、先ほど来拝聴しておりまして、両案が出て、これだけ真剣に議論が交わされて、非常に活発に、国民にとってもわかりやすい形での今度は審議の形になりました。そういう中で、先ほども御質問で、一体どうして一致点を見つけていったらいいんだ、こういうお話になってまいりました。水と油なのか、こういうお話でございました。いや、共通項はあるというお話と、それから、いや、水と油であるという見解と、いや、乳剤によってまざらないはずのものもまざるんだという大変わかりやすいお話も出てまいりました。私は、そういう意味では、やはりこの論議が実りないものに終わらないようにしていかなければなるまいなと、こういう思いを強く持っておるわけでございます。 そういう思いの中で、まず初めにお伺いしたいと思うのですが、最近の投票、選挙、きのうも実は二つばかり新聞に出ておりました。きのうはどこでしたか、名古屋の市長選挙と、それから青森でございました。いずれも一人の首長を選ぶという選挙でしたが、非常に投票率が低いんですね。私は、選挙というものが国民の政治へ参加の唯一の機会だ、こう思いますね。そのせっかくの権利を皆さんが行使すべきなんですけれども、するかしないかは投票率で出てきます。その投票率が余りよくない、決して高いものではない。棄権率は高い、こういうことでございます。これは一体、政治改革をして選挙法を改めていくという中で、どういう視点でこれをとらえたらいいのか。何とか投票に行かない人たちを参加させていく、そういう魅力ある選挙法というのはないだろうか。これもやはり考えておかなきゃいけないんじゃないかと思うのですね。 私、埼玉ですけれども、埼玉で参議院の補欠選挙がございました。これは平成三年の六月でしたけれども、その前に神奈川かどこかでありました史上最低の投票率と言われていた投票率をさらに下回った。何と一七・八%。私は自分が埼玉にいるだけに、もうこれは何とかして選挙というものに対する国民の関心をもっと惹起しなけりゃいけないし、参加したいという意欲を持たせるような制度を何か工夫していかなきゃいけないな、こういう感じを今強く持っているのですが、選挙におけるこの投票率の低さをどう御認識していただいているか、そういうことを視点の中に入れてこの選挙法を直していこうというときにはどういう手法をとったらいいとお考えか、この点についてお伺いしたいと思うのです。
○塩川議員 和田先生の非常に心配しておられるのは、私も同様でございます。 かつて、五五年体制ができると言われました当時、あの当時、ベルリンの壁が築かれた当時は、国政選挙で八〇%台の投票があった。それが今日、昨年の参議院で五二%。地方選挙もそうでございますが、これは一にかかって、私は政治の緊張がもうなくなってきておるんだろうと思っておるんです。 ひとつ国政におきましても、今はもう安定よりもやはり政治の刺激といいましょうか、新しい政治の手法を求める声の方が高いと思っております。それはやはりイデオロギーが崩壊いたしまして、いわば自由民主の社会をつくるということが世界の趨勢になってしまった。そうならば、政治はその枠の中における刺激を求めるということになってまいりましたが、日本の現状はそうはなっておらないという、そこに、いわば有権者にいたしましたらどうせ投票したってしょうがないじゃないかという、そういう気分が出てきておる。これは非常に残念なことだと思っております。 同様なことが、地方団体におきましてもそうでございまして、いわば多数党の推薦を得た候補者と、それから一般世上で言いますところの普通と違った、いわゆるイデオロギーだけを強調しておられる政党と対立してやりましたら、どうしても県民党あるいは市民党というようなところとイデオロギー政党との選挙というものを見ますと歴然としてそういう勝敗の結果が出てきておるというふうな状況でございますので、したがって、投票に行っても行かぬでも結果は同じじゃないかという、こういうことが私は投票率の低下につながっておる。 そういたしますと、これを何とかしてやはり政治に国民が、一般の有権者が参加してもらう方法をとらなければいけない。それにはやはり議会の者が絶えず有権者と接触するということも必要でございましょうけれども、しかし、政党がお互いが努力して、他の政党に対してこういう点が違うんだということの明確な路線論争というものを、政策論争というものをきちっとやはり絶えずしかけていかなきゃいかぬ。そこには私は政党自身の大変な努力が必要なんだろう、こう思っております。 したがいまして、現在我々といたしましては、いわゆる政権の交代が行われ得るような制度、そのことはやはり小選挙区制が一番いいんだ。このことによって政権の交代が明確になるし、国民が一番わかりやすい。こっちはだめだからこっちの水へ行くということで、わかりやすい制度であるということでございますので、我々は小選挙区制を提案しておる、こういうことでございます。
○和田(一)委員 国民がやはりもう行っても仕方がないという思いから投票に行かない、それは政治に緊張が欠けているからだというお話もございました。それを高めるためには、参加することによって政権が交代できるという形が見えればもっと投票率は上がるのではないか、こういうお考えのようですが、果たして小選挙区がそういう形になるのかどうかなんですね。 私は、結果が見えてしまっていると、選挙、投票に行かない人のパターンの中には、必ずしも単純に一つではないと思うのですね。一つは、政治不信で、全く行ったって、おれはもう政治は嫌だといって不信感から意識的に背を向ける人、これもあるでしょう。それから一つには、自分の意思が反映されるなら行くが、されないんじゃ行っても同じだというのがあるでしょう。つまり、自分の投票行為が生かされない、死んでしまうというのは行ってもつまらない、こういう人もいて行かない。それからいま一つは、やはり変化がない。行っても結果が見えているんだというときには、さっきの市長選やら参議院選挙のような投票率で、もう唖然とするような低い投票率になってしまう。結果は、大方が予想していた結果にちゃんとなるということなので、これでは私は投票率は上がってこない。 私は、小選挙区の一つの心配は、先ほども議論の中にありましたが、大体七、八割がしばらく固定化していくのではないか。そうなってくると、いつまでもいつまでも続かないよというお話もございましたが、少なくもその人に飽きがくるまではその選挙区での投票率というものは下がる一方だと私は思うのですね。これは結果が見えてしまっているとやはり投票行為につながらないという気がするのですが、いかがでしょうか。 それからいま一つは、やはり民意が、自分の投票行為が生かされないということが見えてくると行かない。こういうこの二点において、小選挙区のときには私は投票率は下がる率の方が高いような気がするのですが、違いますか。
○塩川議員 ただ小選挙区制だけにすればいいという、それだけで投票参加の率が上がるというそういう単純なものではないだろうと思いますが、しかし、制度をそこへ持っていくということがまず第一必要なことと、もう一つは、小選挙区制になりまして、今自民党が一つの大きい政治勢力としておりますが、それにかわる勢力、これができなければいけないのではないか。 ちょうど明治維新のときに、薩長土肥というものが統合して対幕府という勢力をつくりました。そういう歴史がやはりございましたよ。そのときにだれが薩長土肥をまとめていったのかという、この運動がやはり私は今野党の各党の中にできてくるべきが当然だろうと思うのです。それができてくることによって一つの大きい政治勢力がまとまっていけば、ひょっとしたら今度は自民党と違う政党ができるかもわからぬぞということになれば、自由民主党が第一大変な活性化をしてくると思うのであります。そうすると、それに対抗する勢力との間にはっきりした緊張感が生まれてきて、久しぶりに日本も生き生きとした政治が生まれてくるのではないでしょうか。 どうぞ、和田さんなんかを中心といたしまして、そういう坂本竜馬のようなそういう役割をする人をぜひひとつつくっていただいて、野党の糾合にひとつお力をかしていただければ、必ず私は刺激が生まれてきて、投票率が上がると思っております。
○和田(一)委員 私も、政権交代ということが可能な体制が政治の緊張感を生み、同時に切磋琢磨の非常にいい形だ、望ましい形だということはわかるのです。しかし、小選挙区制度を導入しないとそうならないということにはならないし、私は、導入してできるものとも、必ずしもそれは即座にできるかどうかは疑問だ。ただ、考えられることは、今自民党さんが小選挙区制を採用すれば圧倒的に強いと思う。これは間違いないことだと思うのですね。その圧倒的な形で一回終われば、私はその姿勢が、その格好が続くんだと思うのですよ。そう簡単に二大政党を形成されていくという姿になるかどうか、なかなかこれは難しいと思いますね。 それからいま一つお聞きしたいのは、とにかく区割りをしていくわけですけれども、この区割りを第三者機関にお任せになるということですが、これは今二つの案が出ている。いずれも区割りが必要なんですが、片一方は総理府ですか、片一方は衆議院というふうなところでそういった第三者機関を置こう、こういうことのようですが、それがどちらがいいのか、これは一遍両方にお聞きしたいのですけれども、区割りをしたときに、これは本当に私は大変なことになると思うのですね、利害関係が直接これは出てまいりますから。しかし、五百という数があればうまくおさまるというお考えかもしれませんけれども、そうであっても、私はこの第三者機関が一遍こうだよと言って答申出してきたものを、全くそのまま受け入れなければならないのかどうか。私は、それはあくまでも一つの案であって、決定するのはここではないか、こう思うのですね。だとすると、私は相当これは具体的に出てきたときに問題があるんではないか。 私は、さっきから申し上げているような意味で、何とか民意がうまく反映できて、そして一票一票の価値が同じである、ワンマン・ワンボード・ワンバリュー、つまり一人一票同価値という原則をできるだけこの改正の中で生かしていきたい、こう考えているわけなんですが、そうなったときにこの区割りによっていろいろな利害関係が出てきてしまう。この利害関係が果たしてうまく調整できるのかどうか。もし、いや、これは大丈夫だというのであれば、どういう案を今腹案としてお持ちなのか。これはもう全く考えてないのだ、すべてそこへ任せるのだというのか。いや、これぐらいのことは腹づもりでもう方向性として持っているんだというものがおありならば出していただいた方がかえっていいのではないかという気がするぐらいなんですが。
○塩川議員 区割りは、これはもう全く第三者機関ができましたらそちらにお任せしなければならぬ。我々がああだこうだということをやりますと、これは当然アンフェアに解釈されてしまいますし、我々としてもそんな原案、下地を持って現在この法案に臨んでおるものではございません。 したがいまして、願わくは、この選挙区画定委員会の法案が成立いたしますときには、各党とも歩調を合わせて、設置されるであろう委員会の原案と申しましょうか、いわゆる委員長に対する提案というものは全党一致、尊重しようという決議をぜひひとつしていただきたい。全党がこの委員会を信頼してお任せするということをせざるを得ないと思っておりまして、これは長い我々の政治経験の中から見ましても、こういう大事な区割りを議員が関係してまいりますとどうしてもそこにエゴイズムが働きかねない、そういうことになりかねないような情勢に、誤解されますので、そういう誤解を避けるためにも、そういう委員会で決定するという措置をとりたい、こういうことであります。
○和田(一)委員 一番大事なところですね。小選挙区というその考え方の中では、どういう選挙区をつくるか、そこでそれぞれが代表を選んでこようという一番根っこのところの大事なところですから、これを第三者機関できちっと決めたものは守るのだというのであれば、選挙制度全体をやはりどこか第三者機関できちんと決めてもらったっていいぐらいなんですよね。 これは利害錯綜している我々が議論しているとなかなか一致点はできない、それぐらいのものだと私は思っているのですが、それはそれとして、これはさっき申し上げたように、民意が公平公正に、一人一票同価値というような格好で守られていくためには、人口が流動的なときに、その流動化する中でこの区割りを変更しなければならない、そういう場合が出てくると思うのです。そのときはどうなさるか。これはやはり第三者機関にその都度その都度お任せするのか、一遍でき上がったものはここで決めていくのか。それから第三者機関で決めたものはあくまでも、国会としてのこれは一つの方向を示されたもので、決めるのはここであるというふうに私は思うのですよ。その辺の関係はどのようにお考えでしょう。
○石井(一)議員 自民党案では十年に一回の国勢調査の時期にそのときの人口の流動等を考案に入れて選挙区の区割りを変更する、しかしながら五年に一度の区間に、その間微調整も行うというふうな形の規定にいたしておるところでございます。 各国の例を学びましても、議員自体がくちばしを入れておるというふうなことは比較的少なく、厳然と第三者機関の決定に従っておるということも多いわけでございます。我が国の場合、ハトマンダーとかゲリマンダーとか言われるような批判をこの際かわしたい。そういう意味からも、願わくは公職選挙法が通りましたときに、区画のこの委員会設置法案が通りましたときに、各党側同意のもとに全会一致で答申が出た場合にはそれを受け入れるというふうな行為をとり、なおかつ立法措置をしなければいかぬわけでありますから、その後本院に入ってまいりましたときに、もちろん基本的な方針に沿っておらないような面がございましたらそれに対しては修正を加えるにいたしましても、原則としてはその答申を受け入れる、こういう方向で臨みたいというふうに提案しておるわけであります。
○和田(一)委員 前回出されたときにも、具体的な区割りが発表されてやはり非常に問題になった経緯がございました。それだけにこの案について私は一番懸念しているのは、そういった区割りについて一体合意ができるかどうか、このことではないかと思うのです。 それから、やはり民主主義で大事なのは、これは多数決原理が当然ですが、少数意見の尊重ということが非常に大事だと私は思う。民主主義は反対意見の存在するところに値打ちがあるわけですね。私は、その意味で、少数意見というものをいかにくみ取っていくか。多数横暴、問答無用というようなそういうものでない、少数意見に静かに耳を傾けて、そしてその意見をくみ上げていくという仕組みが何といっても大事だと思うのですが、小選挙区の場合にはどうもその点についてほかの案より欠けるところが非常に大き過ぎるのではないか、こう思うのですね。 ですから、この点について私どもはできるだけそういった、今時に多様化している価値観の中で多様な意見が存在している我が国ですから、そういうものがよく反映されているような方法というものを私どもは考えて、実は民社党という政党も一つの案を持っておるわけなんですが、そういう意味で私は、どうも我々が考えているのよりは民意の反映の度合いが非常に少ない、こういうふうに思うのです。その点についてはいかがでしょう。
○石井(一)議員 おっしゃられるとおり、少数意見を無視するなどというふうなことは一切考えておりません。 そしてまた、死票という問題でございますが、ウェーステッドボートという概念は、日本ではよくそういう言葉が使われるようですが、外国ではそういう概念はないというふうにまで言われております。結局、票は死ぬのではない、その反対意見を尊重し、常にそれに耳を傾けながら、強引な行動をとったりすることを慎みつつ政治的判断をする。こういう意味において、反対意見についても、民主主義の原則としてそれを守るというのが考え方ではなかろうかというふうに思うわけですし、また、わずかな差をひっくり返すのはその半分が動くことによって決定されるというふうなことでありますから、そういう意味でも小選挙区制が少数意見を無視するというふうなことは一切考えておりません。 それよりも、比例代表で起こります少数意見の横暴というふうなことがございます。要するに、第一党、第二党でなく第三党のキャスチングボートによって民意の大半が大きくゆがめられるというふうな例もあるわけでございまして、制度にはどちらにも一長一短というふうなものがある。原則として小選挙区制がこれを無視するものではないということを繰り返し申し上げて、御理解いただきたいと思うわけであります。
○和田(一)委員 自民党の皆さんが今多数党としてそういうお心がけ、少数意見は大事にしているんだというお心がけはこれは非常に大事だと思うのですが、現実に、私は制度として考えたときに、我々が考えたりあるいは別の案を考えたり見たりしたときに、自民党さんの案は制度的にそういう多様な民意をくみ上げる制度としてはやはり非常に偏り過ぎている、こう思うのですね。その結果、我々は多数党になって少数党の意見は尊重しますよというのはそれは当たり前ですよ。当たり前ですが、制度として、どうも初めからくみ上げられる制度になってない。いわゆる三乗の法則というようなものがあるようですが、非常にその辺がほかの案とは違う、こういうふうに思うのですが、そうではございませんか。
○石井(一)議員 確かにそういう面で一抹の欠点を認めますけれども、例えばアメリカという国をとりました場合には、もっともっと民意は多様だと思うのでございます。人種も違えば地域も広い、それぞれの地域の利害も大変ふくそうしておる。そういう中に、やはり民意を集約しながら、少数意見をも多数との合意の中に接点を求めていく、こういうことが政党政治の一つの重要な意義でありまして、私は、日本の場合も、そういう意味では国民の意識、またそのほか現在の中産階級あるいは国民の共通したものは非常にたくさん似ておるようなところがございますから、少数の一部の意見を国会に反映するというよりも、そこはやはり選挙の過程を経、方向性を示し、国民の対話の中にそれを集約していくというふうなことも重要ではないか。無視をするということでなく、どこの国でもそういう形での努力をしておるということであって、政党という意義がどういうものなのかという基本的な問題に返った場合に、私はやはり政党というのはある程度包括的な、国民政党的な、そして具体的な政策の中で政権が交代できるという制度の方が、一部の少数の意見を反映するということも重要でございますけれども、そういう機能が政党の機能の中に含まれておるのではないか、そう思っておるわけであります。
○和田(一)委員 アメリカの例をおっしゃられましたけれども、やはりそれは予備選挙を持ったりしている制度でありまして、この単純小選挙区制とはいささか違うと思うのですね。 それから、政党としての政策論争が小選挙区の方がはっきりするんだ、こういうことですが、政党としての選択だけを求めるならば、私はむしろ比例代表でいった方がはっきりしていると。これは、政党の選択であれば比例代表というのが一番忠実に反映するのだと思うのですが、私は顔の見える選挙ということが非常に大事だと、日本の風土からいってもやはり自分の選ぶ人というのは自分の地域における顔の見える人、これは非常に大事だと思うのですね。そう考えてまいりますと、やはり私どもは比例代表制というものを加味しながら、顔の見える形で、そして投票がどこかの形で生きて、自分の票が発現されているんだ、生かされているんだ、こういう制度をむしろ考えていくべきではないかなと、こういうふうに思っております。 そういう意味で、私はどうもまだまだ、きょうはもう時間が来てしまいましたので終わりますけれども、この制度で国民が合意できるかどうか非常に不安なんです。で、そういうときに今社公さんの案と両方出ております。こういう両案だけで決着がつくかどうか非常に難しいなと。もう水と油ではないというお話もありますので、何とか接着剤でいい案がないか。私どもの考えている案をぜひ一遍御検討をいただくと、案外これはいい案だなというふうに御理解をいただけるのではないかと思うので、近い機会に、民間でいろいろお考えいただいている案もあるようですので、並行してあわせてひとつ御検討の機会をいただきますようにお願いを申し上げまして、きょうの質問を終わらせていただきます。 ―――――――――――――
○田邉委員長 この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。 各案審査のため、来る五月十一日、参考人の出席を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○田邉委員長 御異議なしと認めます。よって、そのとおり決しました。 なお、参考人の人選等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○田邉委員長 御異議なしと認めます。よって、そのとおり決しました。 次回は、明二十七日火曜日午前九時理事会、午前九時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時五分散会