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123回国会参議院1992/05/26

国際平和協力等に関する特別委員会公聴会 第1号

発言数
174
登壇者
18
会派数
7
開催日
1992/05/26

会議録

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) ただいまから国際平和協力等に関する特別委員会公聴会を開会いたします。  本日は、国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律案、国際緊急援助隊の派遣に関する法律の一部を改正する法律案及び国際平和協力業務及び国際緊急援助業務の実施等に関する法律案、以上三案につきまして、お手元の名簿の六名の公述人の方々から御意見を伺います。  まず、午前は三名の公述人の方々にお願いをいたします。  この際、公述人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。  皆様には、御多忙中のところ本委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございます。委員会を代表いたしまして心から厚く御礼申し上げます。  本日は、皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の審査の参考にしてまいりたいと存じますので、どうかよろしくお願いを申し上げます。  次に、会議の進め方について申し上げます。  まず、お一人十五分程度で順次御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答えをいただきたいと存じます。  それでは、これより順次御意見を承ります。  まず、伊藤公述人にお願いいたします。伊藤公述人。

伊藤憲一外交評論家

○公述人(伊藤憲一君) 伊藤でございます。  それでは、ただいまから十五分ほどPKO協力法案に関連して意見を述べさせていただきます。  最初に、国際情勢の推移と日本の対応について一言させていただきたいと思います。  皆様御承知のとおり、七〇年代そして八〇年代に入っていよいよボーダーレス現象ということが世界的にいろいろな分野に拡大し、かつ深化していきつつあったわけでありますが、そういう中でなお諸国家を隔てる壁として、東西両陣営の対立という現象が残っていたわけでございますが、これも最終的には皆様御承知のとおり、一九八九年のベルリンの壁の崩壊に象徴される冷戦の終えんによって取り払われたわけでございます。  こういうことで、国際情勢の推移といたしましては、貿易、金融といった経済問題だけではなく、間もなくブラジルで環境問題に関するUNCED、環境サミットが開催されますが、この環境問題にも典型的な形であらわれておりますように、一国主義と申しますかユニラテラリズムと申しますか、我々が直面し解決しなければならない問題を国境の壁の中に閉じこもって一国だけで解決する、あるいは他国と相談せずに自分だけの行き方を押し通す、こういった一国主義、ユニラテラリズムが破綻しつつあるわけでございます。そして、このことはまさにこれまで一国主義、ユニラテラリズムの典型であると思われてきた安全保障の分野にも波及しているわけでございます。その典型が、例えばイラクがクウエートに侵攻したときの状況を、世界は他国のこと、関係のないこととして黙視黙認するのではなく、国連決議等を通じて共同の意思と共同の行動をとったということにもあらわれているわけでございます。  このような中で、日本は今、協調の道を進むのか、それとも孤立の道を進むのか、この岐路に立っているものと私は考えているわけでございます。ここのところの選択は、日本の今後百年の国連を左右する重大な選択ではなかろうかと思うわけでございます。  孤立を回避するためには、やはり何と申しましても世界共同体との一体意識を持つことが不可欠ではないかと考えます。問題は、日本が不得意だからやりたくないと言っていることが、世界の目から見ると、危険なこと、つらいこと、汚いことであり、日本が得意なのでそれだけにしてほしいと言っていることが、安全なこと、楽なこと、きれいなことであるということではないかと考えるわけであります。みんなが同じようなことを言ったら全体がどうなるか、それをわきまえることが共同体意識の原点である。そして、日本はこの原点を今問われているのだと私は考えております。  次に、憲法との関係について言いたしたいと思います。  そうは言っても憲法があるじゃ。ないかとおっしゃる方がおられるかもしれませんが、憲法第九条は国権の発動たる戦争と国際紛争解決の手段としての武力の行使を禁じているものであって、憲法前文が申しております、平和を維持しようと努めている国際社会において名誉ある地位を占めたいと思うという文言を勘案するならば、特にここにおいて「平和を維持しこという言葉が憲法前文に既に明記されているわけであります。そして、PKOのPKというのは、まさにこの平和を維持することなわけでありますしかりとすれば、PKOに参加することには何の問題がないだけではなく、むしろ憲法がこれを予想し、参加することを期待しているものと考えるべきではない、かと思うわけでございます。  PKOとは別に、湾岸戦争時の多国籍軍のようなPEO、ピース・エンフォースメント・オペレーションズがあり、私は一定の条件を満たせばPEOに参加することも憲法上許されると考えておりますが、しかし、それは私の私見でございまして、それをここで申し上げるつもりはございませんが、問題となっておりますPKOは、このPEOとは異なりまして、停戦成立後に国連と紛争当事国双方の要請によって参加する非暴力、中立の活動でございます。いかなる観点からいっても憲法上の問題があり得ようはずはないと考えるわけでございます。  次に、しかしなぜ自衛隊でなければならないのかという点について一言させていただきたいと存じます。  一言で申せば、それが国連の要請であり、国際社会の要請だからであります。国連は、自己完結的活動能力を持ちかつ出身国にかかわらず統一的取り扱いのできる組織体として、軍人の資格を有する者の組織の参加を要請しております。自己完結的活動能力と申しますのは、例えば六十日間程度、自給自足で活動できる能力を意味しております。かつてバングラデシュの災害救援活動におきまして、我が国から参加した方々が、主観的にはボランティアとして熱意に燃えていたわけでありますが、ホテルに宿泊して朝出勤し、また夕方ホテルに戻るというような活動をする以外にその能力を持たなかったということで、実際には全く効果的な貢献をすることができなかったという前例を想起したいと思うわけであります。  我が国の場合、このような国連ないしは国際社会の要請を満たすものは自衛隊しかないというのが現実ではないでしょうか。一部に文民、非軍事の別組織の参加を主張する者があるわけでございますが、別組織であっても、武器を携行しこれを使用する可能性があれば、それは第二自衛隊にすぎず、これを別組織とする理由が存在しないわけであります。もし自衛のための武器も携行しないということであれば、それはPKOの中核部分であるPKFへの参加を拒否するものであり、実質的にこれはPKO参加拒否論、PKO非協力論になるのではないでしょうか。  最後に、時町の制約もございますので、二点申し上げたいと思いますが、一点は、しかしアジアの近隣諸国が反対しているではないかということもあろうかと思います。この点につきましては、しかし私が関係しております外交国際問題のシンクタンク、日本国際フォーラムの調査結果を御報告いたしますが、私どもがタイからお招きしたタイ国チュラロンコン大学の国際政治学の教授の方は、彼が承知する限り、東南アジアで日本の自衛隊のカンボジア和平、PKOへの参加に反対している者はいないということを私どもの会合で報告しているわけでございます。  また、私どもの研究員を現地カンボジアに派遣いたしましたが、現地カンボジアにおいてカンボジア人を含む各国関係者とインタビューを終えて帰ってまいりました報告結果を聞きましても、その間日本の自衛隊のカンボジアPKOへの参加に反対するという声が一つもなかっただけでなく、むしろなぜ来てくれないのかという声を多数聞いたという報告を受けているわけでございます。  中国の発言として、この件については慎重に対応してほしいという発言が伝えられておりますが、その中国は、国連の常任理事国として安全保障理事会においてカンボジア和平のPKOに賛成するだけでなく、みずから工兵大隊を現地に派遣いたしておるわけでありますが、この日本に対して慎重にという発言も、私の理解する限りでは、日本側から何回も何回もくどいくらいに意見を求められる中で最後に慎重にということを言っているわけで、その慎重にという意味は、日本に自衛隊をPKOに参加させないでくれという意味ではなく、日本にそのような行動の果てに軍事大国になるような道を歩まないでほしいという意味であって、その点で慎重であってほしいということが中国の真意ではないかと私は考えておるわけであります。  最後に、僭越ではございますが皆様にお願いしたいと思いますことは、いよいよこの委員会における審議も既に六十五時間を重ね、さらに十五時間程度の審議も予定されていると聞くわけでございますが、これだけの審議を尽くした以上は、最終的には採決によって結論を出し、その結果を少数派の皆様にも尊重していただきたいと考えるわけであります。あくまでも物理的抵抗によって採決自体を阻止するということでは立法府の自滅行為となり、民主主義の自殺行為となるのではないでしょうか。本法案の採決は、世界の注視と国民の期待の中で行われることを厳粛に自覚していただければありがたいと考え、最後に付言いたしました。  どうもありがとうございました。

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) どうもありがとうございました。  次に、中島公述人にお願いいたします。中島公述人。

中島通子弁護士

○公述人(中島通子君) 中島でございます。  どうぞお静かにお聞きくださいますようお願い申し上げます。  これまで国会では何度か意見を述べてまいりましたけれども、今回ほど緊張したことはございません。今、日本の歴史を大きく変える曲がり角、すなわち戦後四十六年間とにかく守られてきた憲法九条を変えるのか否かという曲がり角の前に立ち、その責任の重さを痛いほど感じているからです。今、委員の方で笑っていらっしゃる方がいますが、委員の皆様方も歴史の重大な選択をなさる責任を厳しく感じていらっしゃるのではないでしょうか。(「感じているからやっているんだ」と呼ぶ者あり)そうですね。法案賛成の方もどうぞ心を開いて耳を傾けてくださいますよう、心を込めてお願い申し上げます。何で笑うのか、私は理解できません。  いわゆるPKO法案の問題点の核心は、武器を持った自衛隊を部隊ごと海外に派遣することは憲法九条に違反しないかどうかという点です。政府は、違反しないばかりか、むしろ憲法の精神に合致するのだと主張しています。しかし、その説明には余りにも無理があり、法治国家には許されない手続なしの改憲であると断言せざるを得ません。(発言する者あり)憲法改正の手続はしていらっしゃらないじゃないですか。自衛隊が文言上、憲法九条に反するということは……(発言する者多し)ちょっとお待ちください。(「きょうは自衛隊の違憲論なのか」と呼ぶ者あり)それは憲法学者の多数意見、通説でありますけれども、私は今ここでそれを述べるつもりはありません。ちゃんとお聞きになってから、後で質問していただきたいんですけれども、これではちょっと、意見を述べることがとっても困難です。(「委員長からちゃんと注意してください」「委員長、整理して」と呼ぶ者あり)

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) どうぞお続けください、今静かですから。

中島通子弁護士

○公述人(中島通子君) 仮に自衛隊を合憲とする立場に立っても、武器を持った自衛隊の海外派遣はやっぱりどう考えても憲法九条に違反すると考えるのであります。  御承知のとおり、一九五四年、自衛隊法が制定されるとき、参議院で自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議が満場一致で可決されました。このとき趣旨説明をなさった鶴見祐輔氏は、「我々が過去において犯したるごとき過ちを繰返さないようにすることは国民に対し、我々の担う厳粛なる義務である」とし、「何ものが自衛戦争であり、何ものが侵略戦争であったかということは、結局水掛論であって、歴史上判明いたしません。」、「故に我が国の場合には、自衛とは海外に出動しないということでなければなりません。如何なる場合においても、一度この限界を越えると、際限もなく遠い外国に出動することになることは、先般の太平洋戦争の経験で明白であります。それは窮窟であっても、不便であっても、憲法第九条の存する限り、この制限は破ってはならないのであります。」と述べました。  政府は、このとき、決議を十分尊重すると表明し、その後も繰り返し繰り返し、一貫して参議院決議を守り、自衛隊を海月に出さないと答弁しているのであります。  特に、一九八〇年十月には、国連平和維持活動に関する政府の公式見解が政府の答弁書で示されましたが、ここでは「当該「国連軍」」、これはPKOのことですが、「の目的・任務が武力行使を伴うものであれば、自衛隊がこれに参加することは憲法上許されない」と明確に断言しています。同時に、集団的自衛権の行使や海外派兵も憲法上許されないと答弁しています。ここで、目的が武力行使である場合だけでなく、任務が武力行使を伴うものであれば自衛隊の参加は憲法上許されないと言っていることに御注目ください。  事実、PKOの平和維持軍は、国連のガイドライン、SOPにはっきりと書いてあるとおり、場合によってはユース・オブ・フォース、武力の行使をするのです。そのため、一昨年の国連平和協力法案審議の際にも、工藤法制局長官は平和維持軍的なものは参加することが困難な場合が多いと答弁されました。ところが、昨年八月政府は新見解をまとめ、今回の法案を提出しました。これは参議院決議を破り、これまで四十年近く、自衛隊ができた後ですよ、一貫して守り続けてきた政府見解を決定的に変更するものです。  その違憲性について二点申し上げます。  第一に、政府の新見解は、武器の使用は我が国要員の生命、身体の防衛のため必要最小限のものに限る。二、平和維持軍が武力行使をするような場合は独自に撤収する。したがって、憲法九条の禁止する武力の行使にはならないという一点にかかっています。しかし、これは国連のSOPに明白に反することはこれまでの国会審議で明らかになっています。  まず、すべてのPKOは国連の事務総長の指揮下に入り出身国の指揮を受けないと明記し、武力の行使は自衛のためにのみ行うとしていますが、この自衛には任務遂行の妨害排除を含み、完全に同一の方法に従わなければならないと書いてあります。これに対し、日本は特別の条件をつけて参加するからSOPに従わなくてもいいのだと言いますが、軍事行動における二重の指揮権や個人の判断だけで武器を使用するなんてそんなことあり得ないことで、政府の答弁は昨年の段階で論理的に完全に破綻しました。この矛盾については伊藤先生も昨日の毎日新聞に、破綻ということではありませんが、矛盾しているということについては書いていらっしゃいます。ところが、ことし、いわゆる凍結論とともにまた同じ答弁が繰り返されています。ああ、国会は論理を無視し政治的な思惑だけで動くところなのかと驚き、あきれ、先ほどのやじもそうです、日本の国民として情けなく、恥ずかしく思います。  しかし、論理だけでなく実際上も破綻することは明らかです。去る二十一日の朝日新聞で自衛隊幹部の方が、「わたしか国連の司令官の立場なら、日本の部隊は要らない、と言うでしょうね。命令に従わずに独自行動するかもしれない部隊なんて危なくて」と語っています。武器使用についても個人の判断で正当防衛のみというのも無理な要求だし、後方支援こそ最も危険だと言われています。武器や食糧補給のための輸送中に襲われたら、政府の解釈によればみんな捨てて逃げることになります。難民輸送の場合も同じです。そんなことが本当にできると思っていらっしゃるのでしょうか。伊藤先生も毎日新聞に書いていらっしゃる「矛盾に満ちたガラス細工」は、現地で紛争に出会えばたちまち壊れてしまうことは避けようがありません。その際犠牲になるのは自衛隊の皆さんです。このことについてよくお考えください。  第二に、政府は自衛隊の派遣が憲法の理念に合致すると述べて、その根拠に憲法前文の「名誉ある地位を占めたいと思ふ。」の部分を挙げています。これは国連軍への参加の根拠としても最近引用される点です。でもこれは最近出てきたものです。しかし、国会の議事録に出てくるのはすべて経済大国にふさわしい軍事的役割を果たして名誉ある地位を占めたい、カンボジアに二十一本日の旗を立てたいということばかりです。私、議事録全部拝見いたしました。全部そういうことしか述べていらっしゃいません。  宮澤首相は、いわゆる軍事大国に期待されるような種類の軍事的な貢献は期待されないから憲法の精神は不変だと答弁しておりますが、軍事小国としての軍事的役割ならばいいということは、国際紛争を解決する手段として武力の威嚇または武力の行使を永久に放棄した憲法とどうしても両立し得ない。どうして両立し得るのでしょうか。  また、戦争に負けたときには前科者であって謹慎処分、保護観察を受けてきたが、今の変化の時代は日本は一人前の国として役割を果たせという議論も行われていますが、これはまさに憲法を改めろということですね。それは正々堂々と私は議論したいと思うんです。しかし、前科者がもう保護観察を解除されていいというには、あの従軍慰安婦問題を初め侵略戦争の償いをいまだに果たしておらず、アジア各国から法案への懸念が表明されていることについてどうお考えになるのでしょうか。  憲法前文の「名誉ある地位」とは、今議論されているような武器を持った軍隊が大量に海外に出動して勇ましく活躍して勲章をもらうような名誉では決して決してありません。かつての戦争によってアジアを中心とする二千万人以上の人を殺し、日本でも三百万人を超える国民が殺されたことを深く深く反省し、日本は二度と武器を持たないと戦争の放棄を宣言したのです。正義の戦争と不正義の戦争があると言われ、この区別は極めて無理だと思いますが、仮に正義の戦争があっても日本は参加しない。また武力の行使についても、正しい武力の行使、正しくない武力の行使があるとしても、日本は一切の武力行使をしない。そのかわり他のあらゆる方法で世界の平和の実現のために尽くそう、これが憲法の根本的な精神ではありませんか。  前文は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意し」、「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会」で武力によらない平和を実現するために積極的に努力をすることによって名誉ある地位を占めたいと決意したのです。  最近のマスコミの世論調査でも、自衛隊の軍事的な役割に賛成する人はわずかです。読売新聞の調査でも四一%の人がPKOへの自衛隊派遣は憲法の精神に反するので問題だと答えています。中でも女性の反対は際立って高くなっています。これは我が子、我が夫を戦場に送りたくない、殺されたくないだけでなく、殺させたくないという気持ちが強いためということでありますが、しかしそれだけではありません。女性は武力、暴力、ユース・オブ・フォースそのものに反対なのです。  例外の女性もいらっしゃると思いますが、なぜ女性が武力や暴力に反対するのかというと、これまで女性は暴力によって支配され差別されてきたからです。その極端ではありますが象徴的な例が日本軍による従軍慰安婦に対する強制です。この問題に対する謝罪と償いをしないことこそ、力によって女性を、世界を支配しようとすることにつながるものだと言わなければなりません。  時間の関係で急ぎますがいでは世界平和の実現のために日本は何をなすべきかという問題に簡単に触れます。  もちろん日本はやることがたくさんあります。PKOについてもたくさんあります。第一に非軍事の面で世界平和のために尽くすべきこと、難民救済のために、あるいは復旧のために尽くすべきことはたくさんあります。この点について伊藤先生が昨日毎日新聞にお書きになっていたことは、原点を忘れた議論であり、社会党はPKOに協力するのかしないのか何一つ述べていないというふうにお書きになっていらっしゃいましたけれども、私は議事録を全部拝見して、どんなに社会党が、そのほかの政党もそうですけれども、PKOに協力するたのために非軍事、文民による民生分野での協力をいかにたくさんするかということを具体的に非常に詳細に述べて主張していらっしゃいます。これをマスコミが残念ながら報道されないために、知られていません、伊藤先生までそれをごらんになっていないということは、本当に残念です。  この点については、時間がないのでこれだけ述べますが、カンボジアについても明石代表が述べられたことに関して、日本が文民によってやるべきことはたくさんあるし、それについて社会党は具体的にたくさん詳細に述べていらっしゃいます。このことはぜひマスコミの方も報道してください。公正な報道をしてください。  第二に、戦争の原因になる貧困、南北格差、環境破壊などの問題解決のために、あらゆる努力をすべきです。このことについても社会党は詳細に具体的に述べていらっしゃいます。このことについても公正な報道をお願いしたいと思います。  最後に、第三に、憲法九条を守り抜き、さらにこれを世界に広げることこそ、憲法を持っている私たちの平和のための任務、役割だと思います。冷戦後、武力によらない平和の可能性が見えてきました。今、世界の人々も九条を知ることによって支持の声が広がっています。今こそ平和憲法を世界に広げるチャンスです。この半世紀にわたって、経済大国にはなったけれども武力を、軍隊を世界に一度も出さなかった日本が、今ここでそれを出してしまったら、武力によろない平和を世界に実現するという希望を消してしまうことになるのです。私は、そのためにもどうしてもこの希望の灯を消していただきたくない。もう最後にお願いです。  私、公聴会に出るに当たって近所の人たち、友人たちからいろいろ希望を言われました。庶民の意見を聞いてほしいと伝えてほしいと言われてきました。世論調査を見ても自衛隊を海外に出すということが、しかも武器を持って出すということが憲法上問題であるということは国民の半分が答えているわけです。改憲というものは国会の中だけ、さらに国会審議の場ではなく国会の水面下の政党間の駆け引きで行ってしまう、憲法を変えてしまうというようなことは許されません。  先ほどから、論議は十分尽くしたと言われておりますけれども、私が議事録を全部拝見した限り、憲法論はほとんど行われておりません。衆議院の段階で少し行われておりました。その後、参議院でまくら言葉として憲法を守るか守らないかということは言われていますけれども、一九五〇年以降の政府見解、憲法に関する政府見解を今決定的に変えようとして、しかも無理に無理を重ねたこの解釈によって憲法九条を変えようという、このような重大なことについてはほとんど議論されていないことに、私は議事録を読んで初めて本当にびっくりしました。今こそ、これから本格的な憲法論議を正々堂々と尽くしていただくことを心からお願いして、私の意見を終わります。  ありがとうございました。

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) どうもありがとうございました。  次に、波多野公述人にお願いいたします。波多野公述人。

波多野里望学習院大学教授・国連人権小委員会委員

○公述人(波多野里望君) 波多野でございます。私は、学習院大学で三十年近く国際法を教えておりますが、実は私と国連との関係は、それよりさらに五年も長いのでございます。  時間の関係で詳しいことはすべて省略しますが、キプロス、シナイ半島、ゴラン高原のPKOを視察してまいりましたし、タイ国境のカンボジア難民キャンプも訪れました。そのように、国連とは常に密接な関係を保ってきました。したがって、私は学者の中では国連の実態を比較的よく知っているつもりでおります。その意味で、これから私が申し上げることを、学者の単なる机上の空論としてではなく、若干は実践の裏づけのある発言として聞いていただければ幸いに存じます。  まず、結論から申し上げますと、次に挙げる二つの理由によりまして、私はこのいわゆるPKO法案にほぼ全面的に賛成であります。  理由の第一は、この法律の成立によってPKOへの参加の道が開けるのが、日本にとっても国連にとっても極めて望ましいことだと信じているからであります。  理由の第二は、この法案には私の年来の主張の大部分が盛り込まれているということであります。これには若干の説明が必要かと存じます。  実は、私は六人の同志とともに一九八三年に当時の安倍晋太郎外務大臣にある提言を行ったことがあります。その提言の中には、日本政府が次のような段階を追ってPKOに参加すべきであるということを述べてあります。  第一は資金、機材の提供、第二は選挙監視活動への参加、第三が医療活動への参加、第四段階は通信・運輸活動への参加、第五が警察活動への参加、第六が兵たん・補給活動への参加、そして第七が監視・パトロール活動への参加であります。  以上が、私がこのPKO法案に賛成する第二の理由でございます。  結論を繰り返しますと、以上二つの理由によりまして私はこのPKO法案にほぼ全面的に賛成でございます。したがって、一方では本法案が一日も早く成立することを願うものであります。  しかし他方では、本法案が最終的に成立するまでのいわゆるすり合わせの過程で、委員の皆さんが次の諸点に十分に配慮してくださるよう願ってやみません。ただいま全面的にと言わず、ほぼ全面的にと申したのは、本法案に関してはこうあってほしいと思う点がまだ幾つも残っているからであります。時間の制約がありますので、ここでは次の七点についてだけ触れます。  第一は、PKOに参加してやるんだという思い上がった意識を決して持ってはならないというこ とであります。むしろ、今まで参加しなくて申しかけありません、初めは足手まといかもしれませんがこれからは精いっぱい努力しますから、どうかお仲間に入れてくださいという謙虚な気持ちを持つことが大切だろうと思います。何しろ、PKOには半世紀近い歴史があります。さらに、独立したばかりでありながらPKOに既に参加している先輩国も決して少なくはないからです。  第二は、参加する以上は、軍事部門においてもその他の部門においても最高レベルの人と物を提供すべきだということであります。なぜなら、PKOはいわば見本市であり、各国から提供された人や物の資質がPKOにかかわるすべての人々によって厳しく査定、評価されるからです。したがって、員数さえ合えばだれを出しても同じだということには決してなりません。  一つだけ例を申し上げましょう。例えば、ある晴れた日に高い丘に立って下の湖を見おろしたとします。青い水面に白い糸のような筋が何条もあり、それらが、あるいは真っすぐにあるいは緩いカーブを描きながら、糸の端のどちらか一方の方向に少しずつ動いているのを見たら、ああ天気がいいから遊覧船やモーターボートがたくさん出ているんだなと我々は恐らくみんな思うと思います。しかし、それを見たのが後ろに波を立てて走れるほど速く走れる船というものを全く知らない人であったらどうでしょう。何が見えたかと聞かれても、遊覧船とかモーターボートといった答えは決して返ってこないに違いありません。言いかえれば、人は本当の意味で見ることができるのは自分の知っているものに限られているのです。  したがって、同じ場所から同じ時間に同じ方向を向いて双眼鏡をのぞいたとしても、素人の私に見えるものと特別な訓練を受け広い知識を持った人に見えるものとの間には天地ほどの差があり得ます。だからこそ、停戦監視についてもあるいは選挙管理についても、経験豊かな専門家を派遣しなければならないと存じます。  第三は、PKOに参加させる人の適性を事前に十分に調査し判断するための組織、制度を確立することです。  今度は実際にあった例を御紹介します。カンボジアとの国境に近いタイ領内の難民キャンプに日本が派遣した医療団を訪れたときのことです。みずから進んで、あるいは少なくとも納得した上で医療団に参加した人ばかりのはずなのですが、それでも現地に着いてからわずか二、三週間で体重が十キロも減ったため日本に送り帰されるという人が結構おりました。  それと対照的なのがオーストリア国連軍の例です。シリアとレバノンの国境付近にはゴラン高原というのが広がっております。そこにシャイク山あるいはチリ山、英語で言いますとマウント・ハーモン、ヘルモン山と申しますが、標高二千八百メートル余りの山がございます。そして、その尾根にUNDOF(国連兵力引き離し軍)の監視所(OP)、これはオブザベーション・ポストと申しますが、それが置かれております。  そこに勤務する兵士は、ふだんは二週間前後で交代しますが、冬場は雪が深くて交通が途絶します。そのため三カ月ほどは交代できません。そこでオーストリア政府は、PKOに参加する一般の兵士とは別に、冬の間その監視所に勤務すべき兵士に対しては、スキーができる、これは当然でありますが、そのほかに孤独に耐え得るか、あるいは同性愛の傾向がありはしないかといった点まで事前に特別な検査をしている由であります。そのせいか、今までに途中で体調を崩したり問題を起こしたりした例は皆無だと聞きました。  したがって、日本もPKOに参加する人たちに対してこうした事前の適性検査を十分に行えるだけの施設、設備、人員を大至急で整える必要があろうかと存じます。  第四は、PKOに参加する人たちに対して、参加のために必要な訓練を短期間内に効果的に施すことです。  これもタイ国境に派遣された医療団の例ですが、各国から来ている看護婦さんたちが定期的に集まっては情報を交換したり、あるいは悩みを打ち明け合ったりしておりました。ところが、日本の看護婦さんたちは、英語が得意でないということもありますが、さらに免許証を持っていない人が多かったため、その集会にほとんど出席できない。したがって情報も得られなければ、同志として親交を深めることもできませんでした。英語を短期間でというのはいささか難しいかもしれませんが、免許証の方はそれこそ警察や自衛隊の施設を利用して特訓すれば、若い人であるだけに二週間もあれば何とかなるだろうと思います。  また、特に必要なのが現地の言葉です。現地の人と直接に接しなければならない文民警察あるいは選挙管理に携わる人たちにとっては、現地の言葉ができるということが不可欠になってきます。その意味では、現地語を短期集中的に教える機関を早急に設置することが望まれます。  第五は、平和とか人道とかいうだれが見ても正しい崇高な目的のためには犠牲をあえていとわない心構えです。  これは、人を救い出すために我が身の危険を顧みず燃え盛る炎の中に飛び込んでいく消防士、あるいは人質をかばってみずからを犠牲にする警察官、さらにはエイズに感染する危険を冒して治療に当たる医師や看護婦、これらに共通のいわば職業意識であって、戦争とは全く関係のないことです。しかも、PKOは一般に考えられているほど危険なものではなく、今挙げたいろいろな例よりもむしろ危険が少ないとさえ言えます。  そのことを具体的な数字で見てみましょう。PKOには、御承知のように、今までに延べ約五十万人が参加しております。そして七百数十名が犠牲となっております。しかし、そのうちの大部分は病気または事故、交通事故その他で死亡したのであって、戦闘とかゲリラに誘拐された結果として死亡したのはわずか数十名であります。仮にそれを百名として計算しても、そのような形で犠牲となった者の割合は〇・〇二%、つまり五千分の一にすぎません。  他方、赤十字の人たちは停戦協定ができる前の戦場にもどんどん出ていきますから、彼らが負っている危険はPKOの場合と比較にならないほど大きいと言えましょう。それでも彼らは特別なことをしてきたような顔は一切しませんし、新聞やテレビも特に取り上げもいたしません。つまり、その程度の危険を冒すのはそういう立場に身を置く人にとってはごく当たり前のことなのです。したがって、本法案のすり合わせに当たっても、委員の皆さんがその辺の事情を十分に踏まえておいていただければと存じます。  第六は、日本のハイテク技術を最高度に発揮することです。  ただいま述べたように、PKOの危険率は決して大きいものではありません。しかし、それをより小さくするように努力すべきこともこれまた当然であります。殊にUNTACの場合には地雷の除去が大きな問題となっており、中でも木製やプラスチック製の地雷は探知、発見が困難だと言われております。その難しさはよくわかりますが、世界の最高水準にある日本のハイテク技術をもってすれば、木製地雷でも中の火薬を探知する、あるいはプラスチックを探知するということも決して不可能ではないでありましょう。そして、もしこれらの新しい機械の開発に成功したら、それこそ各国からPKOに派遣される何千という青年たちの命を危険から遠ざけることになり、国際的に高く評価されることは疑いありません。  最後に、第七は、PKOに参加する民間人に対する補償制度を確立することです。  先ほど御紹介したタイ国境近付に派遣された医療団の場合、各国に比べて一番最後に参加した上に、ベトナム軍の総攻撃があるといううわさが立った途端に真っ先にバンコクに引き揚げてしまいました。そのために、大和魂はどこへ行ったんだ、日本にはもう武士道精神というのは存在しないのかと失笑を買い、軽べつされる……(発言する者多し)

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) 傍聴人の発言は慎んでください。

波多野里望学習院大学教授・国連人権小委員会委員

○公述人(波多野里望君) これは私が言ったのではありません。外国人が言ったんです。軽べつされたという事実を御紹介しただけでありまして、当時の団員の名誉のために申し添えておきますが、そうした事態は決して彼らが意気地がなかったために起こったのではありません。彼らは日本政府の指示に従って行動しただけなのであります。  では、政府はなぜそのような指示を出したのでしょうか。私が承知している限りでは、国際的なボランティア活動に従事している民間人が死亡したりけがをしたりした場合、補償を支払う法的な根拠が存在しなかったからであります。事実、タイとカンボジアの国境の近くでボランティアとして難民の救援に当たっておりました日本の青年が、アランヤプラナートという町で強盗に襲われて死亡するという事件が起きたことがあります。ところが、今申し上げたように、民間人に対して補償金を支払うべき法的根拠がないために、政府としては総理大臣の名前で百万円の見舞い金を出すことしかできませんでした。  しかし、これからPKOへの参加その他が定着してまいりますと、国家公務員や地方公務員だけでは賄い切れない部分が出てきて、民間人の協力を仰がなければならない事態が早晩起こってくると思われます。その際、せっかく善意で参加してくれた民間人が万一事故に巻き込まれた場合、政府として補償金を一円も払えないというのでは、本人及びその家族に対して気の毒なだけでなく、政府としても民間人の協力を積極的に求めることがためらわれます。  したがって、政府の要請に応じて、または……(発言する者多し)

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) 傍聴人の発言は慎んでください。

波多野里望学習院大学教授・国連人権小委員会委員

○公述人(波多野里望君) したがって、政府の要請に応じて、または政府の了解のもとに、PKOなりそれに準ずる国際的な活動にボランティアとして参加した民間人に限り、万一のことがあった場合にはしかるべき補償金を政府が支払えるよう法的根拠を何らかの形で整えておくことが必要だろうと思います。  以上、いろいろ申し述べてきましたが、それらはいずれもかなりの額のお金を必要とします。しかも、商業ベースには乗りにくいものばかりであります。したがって、国の財政援助が得られなければそれらが実現する可能性は全くございません。だからこそ、私はこの場をかりて委員の皆さんの御理解、御協力をお願いした次第でございます。  これで私の陳述を終わります。御清聴ありがとうございました。(発言する者あり)

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) どうもありがとうございました。  そこで発言しちゃいけません。外へ出しなさい。発言した人は場外に退出してください。  以上で公述人各位の御意見の陳述は終わりました。  それでは、これより公述人に対する質疑に入ります。  質疑のある方は順次御発言を願います。

板垣正自由民主党

○板垣正君 自民党の板垣であります。きょうは、いろいろお聞かせいただきましてありがとうございます。  伊藤公述人にまずお伺いいたしたいと思います。  先生の先ほどのお話で、まさに今、大きな世界的な転換期の中で、日本が共存の道を選ぶか孤立の道を選ぶか大きな岐路に立っている、こういうお話でございました。私も全く同感であります。  戦後の日本外交は基本的に孤立主義ではなかったか、これは京大の高坂教授の言葉であります。また、伊藤先生の御著書でも、平和主義という名の鎖国政治が行われてきたのではないのか。戦後平和主義、平和に徹する、これは我々もまさに最も命がけで守らなければならない。同時に、それが平和をめぐって国論が対立をする、そういう中で冷戦が内部に持ち込まれたような姿で、しかもなお、冷戦が解けて新しい世界情勢の中でこれに対応できないのではないか。  日本が戦後孤立してきたのではないかという、例えば国連の本体約六千人の職員がいるそうですが、この中で占めている日本人はわずか九十人。本体を含め国連機関約五万人、このうちに占める日本人はわずか五百名、つまり一%。また、先ほどお話もございましたとおり、半世紀の歴史を持つPKO活動、日本に対しても従来協力の要請がありましたけれども、ほとんどこれを断ってきている、参加していない。こういう姿は、やはりこれからの国際社会に対応する上において極めて反省しなければならない。  伊藤先生の御著書も拝見いたしておりますけれども、いわゆる法制的、解釈論的な思考法から戦略的、立法論的な思考法へ、孤立主義を脱却して世界的な枠組みに参加をしていく、これはむしろ日本自身の、国民自身の生存、平和、繁栄、そのために絶対不可欠なことではないのか。人類全体のためにプラスになる共同活動に参加することが国際社会から孤立しない道であり、国連加盟国としてこれにふさわしい水準まで日本の立場を引き上げる、これがまさに伊藤先生もおっしゃった岐路に立っているゆえんではないのか。  これは最近、英国の戦略研究所がいろいろ発表いたしております年次報告の中に、日本はまだ主要な国際的役割を果たす用意ができていないようだ、世界の中で本当に尊敬される地位を求めようとする日本の模索はやっと始まったところ、日本の自主的な努力による国際貢献の早急な導入が必要であると、こうした見方もあるわけであります。  この辺を込めましてPKOを含めた国際的なかかわりにおける日本のあり方について、伊藤公述人からもう一言お願いいたしたいと思います。

伊藤憲一外交評論家

○公述人(伊藤憲一君) それではお答えさせていただきます。  去る五月十二日、この同じ参議院のPKO特別委員会で明石国連カンボジア特別代表がこういうことを言っておられます。平和が一国のみで守られる時代ではない。平和は祈念するのみならず行動することも大切である。また、平和は不可分であり、ユーゴの平和もほかの国にかかわってくる。ヨーロッパがアジアに出てきて平和を守るそのとうとさを考えるべきである。日本人は食事ではコスモポリタンになったが、自分の平和という点では個人中心的である。こういうふうに五月十二日に明石特別代表が述べておられます。  明石さんは私も個人的によく存じ上げておりますが、日本人の中では最も国際社会の中に身をさらし、最も普遍的な考え方を身につけておられる方でございます。この方の言葉を私はかみしめてみるならば、失礼ではございますが、先ほど中島先生の方から平和を願う切々としたお言葉をお聞きしたわけでございますが、そしてまたその主観的なお気持ちは痛いほど私にもよく共感されるところでございますが、しかしその目的を達する手段としてPKOに反対されることが、実は世界を平和ではなく混乱と戦争と紛争の世界に導くことになるということにどうかお気づきいただきたいと思うわけでございます。  平和を願う気持ちにおきましては、私は中島先生に何ら劣るところはございません。しかし、国際政治の専門家として私、この道三十年、いろいろな国際政治の現場、戦争と平和の歴史を学んでまいりましたが、学べば学ぶほど、平和は祈念することによってではなく行動することによってしか守られないということを痛感するものであり、その立場に立つならば、今回国連が率先して組織しているPKOに協力することこそは、日本が平和に貢献する唯一かつ最も現実的な道であろうかと信ずるものでございます。(発言する者あり)

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) 傍聴人の発言は認められておりません。御注意申し上げます。

板垣正自由民主党

○板垣正君 次に、中島公述人にお尋ねをいたします。  先ほどのお話で、議事録は全部読まれた、こういうことでございますが、私も質問をいたしております。いろいろ申し上げましたし、またPKOの基本的な問題点なり、あるいはいわゆる社会党の具体的な案なり、こういう点について私なりに相当真剣な論議をしたつもりであります。先ほど来のお話では、どうもそこは十分読んでいただいておらないんじゃないか。  いずれにいたしましても、PKOとは一体何かということについて、これはまさに何か武装した軍隊を送り出すんだ、こういう非常に誤った認識、そうした考え方というものが……(発言する者あり)

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) 再度御注意申し上げます。不規則発言された方には退場を命じます。

板垣正自由民主党

○板垣正君 明石さんも、PKOは平和活動の国際オリンピックだ、こういうような表現も言われておりました。武力行使は目的としないし、その能力もない、兵力に依存しない。問題は、できるだけ多くの国に参加をしてもらい、そして紛争には巻き込まれない。紛争当事者になったらPKOでなくなってしまう。したがって戦闘状態のところには配置をしない。だから、国連のPKOは腰抜けじゃないかという批判すらある。しかし、身を守るための軽火器を持つとしても、普通の軍隊のあれから言うならばまさに実質的には丸腰で、国連という多くの国々のそういう道義的な力を背景として平和維持をやるという、この基本的性格ですね。これは緒方さんも、あるいはいろいろな方が、人類の生み出した知恵だ、国連が創造した一つの平和の組織と申しますか、残念ながら我が国におきましては、そのことが短絡的に武装した自衛隊を出す、海外派兵だ、これは全くPKOそのものの本質を理解しない、殊さらにこだわった見解じゃないのか。その辺、PKOというものについてどういうふうにお考えですか。

中島通子弁護士

○公述人(中島通子君) 傍聴人の方も静かに聞いていただきたいというふうに思いますが、お答えする前にちょっと一言申し上げます。  先ほど私が憲法に違反するという一言を申しましたら騒然となって、こちらの議員の方から、違憲という言葉が出るとわっとなって、それに対して非難、攻撃をするようなこの国会のあり方に対して私は大変恐ろしく感じました。こういうことで憲法論議が……(発言する者あり)

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) 公述人が今発言中でありますので、我々は委員会をまじめに進めているのに傍聴人によって妨げられることは困りますから、規則に従わない方は衛視の方どんどん退場を命じてください。

中島通子弁護士

○公述人(中島通子君) このような雰囲気ではなく、正々堂々と憲法論議をやっていただきたいと思います。違憲という言葉に対して攻撃的なやじがわっと飛び交うような、そういう国会は私はもう本当に情けないです。そのようなことはもうぜひやめていただいて、本格的な議論をしていただきたいと思います。  今の板垣先生の御質問に対してお答えいたします。  先ほどの伊藤先生の御発言でも同じなのですが、大変な誤解があります。私は、PKOに一切反対する、一切協力すべきでないとは一言も申しておりません。むしろPKOに関して、非軍事、文民、民生分野における協力は最大限やるべきだし、そのことはたくさんあるのだということをもう先ほど大分言ったつもりです。しかも、伊藤先生がおっしゃったように、単に平和を祈念するだけ、祈るだけで平和が守られるなんて私は全く思っておりません。平和のためにあらゆる行動、ただし武力行使以外のあらゆる行動をやるべきだと考えておりますし、そのように申し上げております。(「やることない」と呼ぶ者あり)武力以外に、やることないという今こちらの御発言がありましたけれども、武力行使にならないためには、持っていった武器を、自分とそれから周りの日本の同僚の正当防衛と緊急避難に当たる場合について個人の判断でのみ使用する。  それから紛争状態になってほかの国が武力行使に至るような場合には直ちに撤収するという、この世界で現実に紛争状態の中でもうあり得ないような、その前提に立って初めて武力行使はしないと言っているにすぎないんです。このようなことをしたら、先ほど波多野先生がボランティアの方がみんな逃げ出して大和魂なんかなくて情けなかったというお話をなさいましたけれども、今度はこの法律によって自衛隊を武器を持って出して、民間人じゃない、武器を持った自衛隊が、危なくなったらみんな一斉に逃げるという、そういう法律なんですよ。民間人が逃げるのが情けないとおっしゃるならば、武器を持った自衛隊が危なくなったら一斉に逃げる、みんなを見捨てて、難民も見捨てて、そこを捨てて逃げるなんて、こんな情けない、こんなひきょうなことを本当にできるのですか、もうこれこそ私は伺いたいです。  それで、今板垣先生の方から……

板垣正自由民主党

○板垣正君 どうぞ簡単に。

中島通子弁護士

○公述人(中島通子君) はい。  板垣先生の方から、武装した自衛隊、軍隊を出すという誤解があるとおっしゃっていますけれども、自衛隊を武器を持って出すということ自体がこの法案の根幹ですよね。ですから、自衛隊が武器を持って部隊ごと出るということを抜きにすれば、これはPKO参加大いに結構だと私は思います。  ただ、自衛隊が武器を持って部隊ごと出ることだけは、憲法が禁止している武力行使に当たるのでどうしてもそれだけは憲法上できない。この憲法上できないということについて、もっと本気でまじめに真剣に議論していただきたいということです。それで、先ほどの誤解に基づく質問はもうぜひ誤解を解いていただきたいと思います。PKO賛成です。

板垣正自由民主党

○板垣正君 ここで中島さんと議論しても時間がありませんので。ただ、PKOの活動というものは基本的に国連憲章の枠外といいますか、人類のまさに知恵、多くの国が集まり、国連の権威の名のもとに、血を流さない、平和の中で平和をいかにつくり上げていくか、こういうことで積み上げてきた。ノーベル賞も受ける、こういう活動でありますから、私は、平和平和とおっしゃることもとうといことですけれども、余りにも凝り固まったまさに鎖国的な立場では国際社会と本当のおつき合いができないのではないか。  その辺は、先ほど波多野公述人もおっしゃったように、私どもは謙虚に、日本の立場についても謙虚に、今までつくり上げられてきているPKO活動に参加をする。この法律の基本は、もちろん自衛隊の参加が前提でございますけれども、いかにすれば最も有効な協力ができるか。これは長い歴史があり、軍人の仕事でないけれども軍人でなければ勤まらない。そういう厳しい危険を冒しながら、その中で積み重ねられてきた。そういうことで、その経験からも、また現実に日本の体制からも、そういうことに対応できる、組織的な活動に対応できる最も有効な自己完結的な協力体制ということになれば、これはやはり諸外国ともども、そうした軍人、自衛隊の参加ということであって、その辺は見解の分かれるところでありましょうが、私からもぜひもう一度このPKOの本質というものをさらに深めていただきたいと思うのであります。  憲法の問題、いろいろお話がございましたけれども、憲法といえども不磨の大典ではない。ましてこれだけ激動する国際社会の中で、憲法の基本理念である平和を貫くということはもちろん私は日本国民だれ一人反対の者はいないし、また恐らく日本国民だれ一人日本を再び軍事大国にしようなどと考えておる者はおらないはずであります。  そういう中で、いろいろな意見が出されてくる。これは従来社会党系の護憲運動の事務局長まで務められた方が、最近やめられたようでありますが、こういうことをおっしゃっています。旧来の社会党、総評的発想はもう通じない。憲法の平和主義を強調する人ほど国際社会でそれをどう担保していくか考えなければならない。護憲運動もこれからどう幅を広げるかが課題だと。つまり、今までのような反安保、反自衛隊、こういうのが中心の護憲運動は大きな転換期が来ているんだ、こういうことを当のその運動を担当してきた方がおっしゃっておられる。  あるいは中央公論の六月号に、伊藤茂さん、社会党の幹部の先生でありますが「これからの社会の新しい設計図」、こういう中で、反対中心の時代を超えていかなければ、そして先の問題を提案していく、これが本当の野党の立場なんだ、そういう政党にならなきゃいけないのだと。赤信号を強調する社会党から社会の将来への青信号のシグナルを鮮明に示せる政党に変わらなければならない。そういう転機に来ている。万年野党では国民ももう魅力を失っていると。私は、こうした見解というものが出されるということ自体一つの前進だと思うんです。  そういう意味合いで、中島公述人の平和に対するお気持ち、これは私自身よくわかるつもりでございますけれども、もう一歩踏み込んだ転換期、明治維新前、浦賀に黒船がやってきた明治の転換期、ある意味ではまさにこれに匹敵するような、米ソ冷戦の雪解けの中で、新しい世界秩序をどう求めていくか。日本はこれにどう対応していくか。そして平和国家としての日本の本領をどう発揮していくか。そういう立場においては、やはり大きな発想の転換と申しますか、前進が必要ではないのか。これがPKO活動につながって、国民の多くの世論もこれを理解し、支持の輪が大きく広がってきていることは事実でありますが、その点をどうお考えでしょうか。

中島通子弁護士

○公述人(中島通子君) 御質問いただきましてありがとうございます。  おっしゃることの大枠についてはおおむね賛成でございます。今、転換期であり、単に今までの枠を守る、ただ反対するというだけでこの時期、新しい世界を切り開くことはできない、全くそのとおりだと考えております。そのために、じゃ何が必要なのかということです。  先ほど時間がなくて大急ぎで話をいたしましたけれども、ただ日本が日本の中だけに閉じこもって、日本だけの平和といいますか、平穏を守っていればいい時代ではなくなりました。積極的に世界に出かけていって、戦争の原因になるような貧困、南北格差、環境問題、その他の問題について日本人が、日本の人たちが自衛隊ではなくていろいろな形で協力していかなければならない。全く私はそのことを本当に重要なことだと思っております。  そのことに関しては、実は既に若い人たちを中心にたくさんの人たちが世界に散らばってボランティアの活動をしていらっしゃいます。青年海外協力隊もそうですけれども、そのほかの形でボランティア活動、NGOの活動を、生きていくことだけでも大変困難な場所で、特に今問題になっているカンボジア、七九年に一応ポル・ポト政権が撤退して以来、本当に厳しい条件の中で行っている。日本の政府は何もしませんでしたけれども、資金援助という形でポル・ポト派を援助したというようなことはありますけれども、しかし実際にそこに住んでいる人たちは、本当に人間としてこれほど苦難な経験をした民族はありませんが、このカンボジアの人たちが生きていくためのNGOの活動というものはもうそのときから行われているんです。日本は大変出おくれましたけれども、NGOの活動としてカンボジアに対する支援活動、救援活動というものをやっております。若い人たちはそれにどんどん参加しています。  最近の報道によっても明らかなとおり、ボランティアを募集したところ、たちまち定員いっぱいの人たちが応募したではありませんか。このことを見れば、私たちは、ただ黙って何もしないで反対していればいいということでは決してない、私が申し上げているのもそのことです。  それからもう一つ、憲法については、憲法をただ守れというだけではだめだと本当に思います。その意味では護憲運動は新しい展開をしなければいけないと思います。そのことについては、先ほども申しましたけれども、世界に憲法を知らせて、日本にはこの憲法があるのだ。だから、これは苦しくても、特に皆さん方は、ひきょうだとか、日本は何をしているというふうに言われると、実際にそんなことを言っているのはアメリカが中心だと思いますけれども、そういうこと宣言われると男の人たちはとてもつらいと思うんです。  しかし、先ほどの鶴見祐輔議員の御発言のとおり、不便でも窮屈でも、そして私はつらくても、ひきょうと言われることが男としてつらいとしても、あるいは経済大国としてつらいとしても、しかし武力の行使をすることだけは日本は憲法を持っているからできないのだ、これをわかってほしい、そのかわりほかのことをやる。そして、武力によらない平和を世界に広げて、皆さんの国でもこのような憲法を実現してほしいということを積極的に言っていくことこそ、これからの護憲運動であるというふうに私は思っております。

板垣正自由民主党

○板垣正君 大変美しい言葉で語られるわけですけれども、NGOについても私もいろいろ伺っております。若い方が既に向こうへ行って苦労されている、これもとうといことでございますけれども、全体的に我が国の場合そうした体制づくりといいますか、まだまだ、むしろプノンペンで目立つのはアンコールワットの観光客とあるいは商社ですね、商社がどんどん入り込んでいっている。これはそれぞれに結構なことではございましょうが、余りにも対照的。既に二十何カ国の若い方々が各国から参加をされて、危険を冒し汗を流し、極めて厳しい環境の中でまさに国連決議のもとに新しいカンボジアの平和づくりに献身をしておる。これは余りにも対照的ではないのか。  あるいは、社会党の案についても、いろいろやることがある、いろいろ考えているんだとおっしゃいますけれども、その内実は、結局突き詰めていけばやはり自衛隊の持っておる組織能力なり装備なり訓練された陣容なり、それを移しかえてお願いするほかないという現場を見てきた方々の報告なりそういうことであって、文民、非軍事、そういう言葉だけに酔う姿というものはまさに脱皮しなければならない。今我々が直面している、現実的に国際社会の一員になっていく、こういう意味合いにおいてですね。  ですから、中島公述人、日本人は平和憲法でもう命は絶対あると。武器の使用ということも、武器の使用はPKOの目的ではない、PKOの本質をよく理解していただきたいと、こういうことをさっきも申し上げているわけですが、何でもかんでもこれは海外派兵、武力行使だと、こういうもう牢固たる解釈では、なかなか本当のPKOなりそういう若い方が危険に身をさらしてやっておる、そして結果的には非軍事、文民だといっても実質的にはなかなか、青年協力隊を千人出すとか選挙の応援を五百人も出すというふうな全く無責任な数並べであって、実質的に国連はやはり一人でも多く、一つでも多くの国に参加してもらいたい。  例えば、文民警察にしても、やはり人数はこの程度、三千何百名でも四十何カ国から参加してもらう。一国でも多く参加した姿において、国連のこれを侵す者は世界を敵にする者という形で、まさに紛争再発を防止すると、こういう役割を果たしている。まさにこれは平和のために汗を流し危険を冒し、そしてもう限られた来年の五月を目標にしながら懸命に汗を流し努力をしておる。  こういうことを思い比べると、非軍事だ文民だと、こういうきれいごとであるが、結局日本は安全なところでやるんだ、危険なところはほかの国の人にやってくださいと。ほかの人が危険を冒し、また事故が起きる。あるいはいろいろな困難の中にさらされてやっておられる。しかし、私たちは平和憲法です、私たちはもう文民です、非軍事です、これは守るんですと。結果的には、危険なところは人にやってください、危ないところは嫌ですと、こういうことになったんでは一体これ、日本人というものは国際的にどう見られるんでしょう。  いわゆる三K三Kということが今言われておりますけれども、私はこの国が三K国家として国際社会から軽視されるような姿は断じて忍び得ない。やはり日本が国際社会で肩を並べて応分の役割を果たしていく。現に明石さんも言っておられた、カンボジアの国民で自衛隊が来ていただくことに反対している者は一人もおりませんよと。(発言する者多し)

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) 傍聴人の発言は慎んでください。

板垣正自由民主党

○板垣正君 こういうこともおっしゃった。東南アジアにおきましても、日本が国連の決議のもとに、国連の旗のもとにPKOの一翼を担うということについては、これに反対する者はほとんどない。  これは重ねて同じことを聞くようなことになりますけれども、ほかの国の人たちは危険に身をさらしている。我々は安全で危なくない、それを選ぶ結果になるんじゃないですか。

中島通子弁護士

○公述人(中島通子君) 重ねて質問していただいてありがとうございます。  最初におっしゃった、日本人の観光客と商社ばかりが目立つという点、非常にそれは残念なことである、その御意見に私は全く賛成でございます。カンボジアだけでなく世界至るところで本当に大変な状況の中で苦しんでいる方々がたくさんいらっしゃるわけですけれども、その人たちのことを地球の一員、人類の一員として考えて日本がやらなければならないことはもっともっとたくさんあり、そのことについて本気でみんなが考えていくということは全く重要なことだというふうに思っております。  それで、その後の方のことなんですが、きれい宣言葉に酔っているというお話ですが、私は全くそのように思っておりません。そのように言われることは大変心外です。  明石代表の発言というものも読ませていただきました。これに関しては、本当に苦労していらっしゃることがわかるし、明石さん自身の御著書も拝見しておりますし、私は尊敬しております。その尊敬する明石さんが、今カンボジアでお金もなかなか集まらない、停戦自体もいつ破られるかわからないような厳しい状態の中で非常に苦労していらっしゃることはわかりますが、しかしあの御発言を拝見していると、国際公務員としていかがなものかということを残念ながら感じました。  この明石さんですが、先ほどから武力の行使はしないしないとおっしゃっていますけれども、武力の行使はなるべく慎むとおっしゃっているんですね、慎む。もちろん慎んでいただかなければいけない。やたらに武力は行使しない、なるべく慎むのだという御発言なんですよ。だから、武力の行使を否定していらっしゃらないんです。その武力の行使を必要とするところに日本の自衛隊が武器を持って出かけていくかどうか、その問題なんです。核心はもうそこなんです。  それで、今三K(「護身用だ」と呼ぶ者あり)護身用とは言っていません。いえ違います。SOPをごらんいただければ、任務の遂行を妨げる行為に対して武力の行使もあり得るということはもうSOPに書いてあるではありませんか。それで、ゲリラが出るゲリラが出るということを言っていらっしゃるんですね、皆さん方。ゲリラというのは政治勢力ですよ。ゲリラが出たのに対して武力の行使をすると言うんですよ。これは外国に対して軍事不介入の憲法の原則に反するではありませんか。  それで、時間がないので三Kの問題について申し上げます。  危険なことはほかの国にやらせて日本は安全できれいな楽な仕事だけをやるとおっしゃいましたけれども、これは全く逆ではありませんか。波多野先生が先ほどおっしゃったように、武器を持たない人たちが活動をする場面は実に危険なんです。むしろ武器を持った軍隊が、PKFが活動する場面よりもずっと危険なんです。その危険なところで武器を持たないで今ボランティアの人が、ふがいないというお話もありましたけれども、活躍しているのです。自給自足でやっています。  国連職員で日本人が四人ということですが、これはみんな女性だということです。女性は自活できますからね。自分の食べ物を自分で用意できます。男性の方々とはその点違います。決して楽な仕事だけをやろうということではありません。危険できつくて汚いという言い方がいいかどうかわかりませんけれども、三Kと言われるものも進んで引き受ける覚悟はあります。私自身もあります。  ここではっきり申し上げておきますが、それは私にもできることはあると思います。そのような危険できつい仕事を自立して自分で自給自足して平和のために尽くすという覚悟はあります。PKO法案の自衛隊海外派兵に反対している人たちはみんなその気持ちでやっていると思います。そのことだけはぜひ御理解いただきたいと思います。

板垣正自由民主党

○板垣正君 民間の方を危ないところに無責任に、さっき補償の問題もございましたけれども、そうなりますとだんだん何といいますか、一つの精神論ですね。中島公述人のおっしゃった今のお話は、私はある意味の精神論、女は強いんです、行きます、食べられますと。これはそういう方もおられるかもしれませんが、そういうムードでもう何か危険なところにもどんどん行くんだというふうな行き方というものは、私は本当に危険なことだと思いますよ、そういう考え方は。やはりきちんとした論議を尽くし、成立させた法律的な裏づけの中で、これは参加はもちろん自衛隊だけじゃありません、しかし実質的に役に立つ姿において機能を発揮しなければならない。そういう意味合いで、きょうは御意見を拝聴する立場でありますからもうこれ以上申し上げませんけれども。  最後に伊藤先生に、先生のおっしゃる国際社会における日本の新しい方向として、環境の問題もあり、ほかのもろもろの問題もあります。同時に今回のこのPKO問題は、特にカンボジアのUNTAC協力問題はいろいろな意味合いで日本のこれからのあり方を決する、アジアとのかかわり合いにおいても極めて重大な意味を持つ。内外に日本の一つの姿勢を示す。さっきの英国の戦略研究報告にもございましたように、やはり国際社会の見方はそういうことじゃないのか。  もっと応分の責任を行動で、そういうことでこれからのこの問題、現在この法案、私どもも大変憂慮いたしておりますが、万が一にもこの法案が成立てきないというふうな、またまた不成立、こういうような事態に、私は必ず成立すると信じておりまするけれども、しかし最後まで我々は仕上げなければならない。これは単なる一党のメンツとか何かの立場ではありません。日本の基本的な命運をかけた、そして世界に対して本当に仲間入りをしていく、まさに新しいスタートにおいて、こういう意味合いにおいて万一これが不成立と、こういうような場合には私は日本の国益を大きく損なうと思います。  こういうことについて、先生のお立場でどういうふうにお考えになりますか、万一の場合。そうした判断をお聞かせいただきたい。(発言する者多し)

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) 傍聴人は発言はできませんから、慎んでください。

伊藤憲一外交評論家

○公述人(伊藤憲一君) 戦前の日本がたどった道を考えてみますと、それは世界とともに歩むのではなくて、唯我独尊の道を歩むということでありました。その最も劇的かつ象徴的な事件は、松岡洋右代表による劇的な国際連盟からの脱退でございました。あのときは、満州国に関する問題について日本だけ一国が反対して退場するとともに、国際連盟から離脱したものでございます。その後の日本のたどった道は皆様御承知のとおりでございます。私は、今日本が歴史的に置かれている道、岐路に立っていると申しましたが、国際協調、世界とともに生きる道を選ぶのか、唯我独尊で日本だけの一方的な主張を貫き通すことによって国際社会の中で孤立化の道を歩むのか、その分かれ目に来ているのではないかと考えます。  日本は世界経済の運営、地球的規模の環境問題の解決、これらについて世界とともに歩むと全く同じ理由と論理によって、世界の平和を守ることについても世界とともに歩むべきであろうかと考えます。この場合、世界の良識を体現しているものは国連でございます。この国連の要請に対してできるだけのことをする、これが私は今回のPKO協力法案の御趣旨ではないかと考えておりますが、これに対しまして反対の立場をとっておられる、例えばただいま中島先生、私はPKOに反対しているわけではないとおっしゃられましたが、しかし社会党さんの考えておられる案によれば、果たしてそれはPKOを肯定していると言える内容でございましょうか。  PKOとは何でございましょうか。PKOとはこれまで互いに血を流し合い、不信と猜疑心に包まれている紛争当事者間においてようやく停戦の合意が成立した後、しばし当事者間に事態の鎮静化の時間を与え、相互理解と相互信頼を生み出すための条件を客観的な第三者である国際連合が力をかそうとするものでございます。そのような条件を満たすために必要なことは、まずとらわれ人となっている双方の捕虜の交換を実現することでございます。また、紛争両当事者の間の境界線を画定することでございます。双方が持っている武器を廃棄、処分させることでございます。(発言する者多し)

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) 先ほどから御注意申し上げておりますが、傍聴人は発言は禁じられております。発言された方は直ちに衛視に従って退場してください。

伊藤憲一外交評論家

○公述人(伊藤憲一君) また、せっかく武器を処分いたしましても、新しい武器が外部から搬入されては意味がございませんので、武器の搬入を検査する必要がございます。また、かっての紛争当事者が直接相対峙していては不測の事件が起こりかねませんので、両者間に緩衝地帯を設け、その緩衝地帯に中立的、国際的プレゼンスを確保する必要がございます。こういったことが……

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) 伊藤公述人に申し上げますが、時間が参っておりますので、手短にお願いします。

伊藤憲一外交評論家

○公述人(伊藤憲一君) こういったことがPKOの中核をなすPKFの業務でございます。そして、社会党さんのこの案を拝見いたしますと、こういったことには一切参加しない、関知しないと申しているのでございます。そして、周辺的なことにだけ参加、関知すると言っているわけでございます。これで果して本当にPKOを自分たちも尊重し、協力するのだと言えるでございましょうか。私は、そのような態度が日本を国際社会で異端視させ、孤立化へ道を開いていくことにつながるのではないかと危惧しているということでございます。

板垣正自由民主党

○板垣正君 ありがとうございました。

波多野里望学習院大学教授・国連人権小委員会委員

○公述人(波多野里望君) 委員長、議事進行について質問があるのですが、よろしいですか。

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) どうぞ。

波多野里望学習院大学教授・国連人権小委員会委員

○公述人(波多野里望君) 今、中島公述人が、板垣委員の御質問の途中で私に二度メンションをされました。しかし、二度とも誤解しておられるようであります。今後私も質問を受けるかもしれませんので、ちょっとその点を訂正させていただきたいと思います。

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) どうぞ。

波多野里望学習院大学教授・国連人権小委員会委員

○公述人(波多野里望君) 二点ございます。  第一点は、さっきの医療団がバンコクに出ていったというときの話でありまして、民間人が逃げ出した、大和魂がなくなったのかと思って情けなかったというふうに私が……(発言する者あり)

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) 先ほどから不規則発言をしておられる方は退場してください。  どうぞ続けてください。手短に願います。

波多野里望学習院大学教授・国連人権小委員会委員

○公述人(波多野里望君) 誤解をされたようで、今もそういう誤解があったようでありますが、それはさっきも申し上げたように、大和魂どうこうと私が言ったのではございません。これはフジヤマ、ゲイシャと同じように、外国人の間でもカミカゼ、大和魂というのは定着している。それを外国人が使ったということが一つです。  それから、逃げ出したというので情けなかったと言いますが、逃げ出したのではない、彼らは心ならずも指示に従って行ったんだということも申し上げたはずであります。それから、情けなかったと私は一言も申しておりません。そういう事態がありましたということを御報告したのでありまして、誤解がないよう願います。  第二点として、私がどうも何か武器を持たない分野の方がPKFよりも危険だ、危険が大きいと言ったように中島公述人はおっしゃいましたけれども、私はそんなことを言った覚えはさらさらございません。議事録をお確かめ願いたい。  以上でございます。

細谷昭雄日本社会党・護憲共同

○細谷昭雄君 社会党の細谷でございます。  きょうはお三方の公述人の皆様方からそれぞれ極めて明確な賛成、反対という立場からの御所見を伺いました。大変参考になるわけでございます。  現在、本院におきましてPKOの協力法案につきましてはいろいろ活発な議論をしておるわけでございますけれども、本院ばかりではございません、国を挙げてそれぞれの立場から各層のいろいろな議論が巻き起こっておるわけでございます。  例えば、最近における新聞の世論調査におきましても、五月一日の朝日新聞では、いわゆる自衛隊のPKF参加は、賛成四七%、反対四一%、まさに二分されておりますし、五月三日の読売新聞を見ましても、これに対しましては、それぞれ賛成四四・九%、反対四一・一%、これまたまさに二分されておるという状況でございます。  私どもも反対という立場から、地元を初め全国各地の特に女性の皆さん方、それぞれ一般市民の皆さん方から、毎日のように陳情それからはがきが参っております。もうとても持ち切れませんので仏その一部を持ってきておりますが、少なくともこういう人々の声というものを国会に反映させたい、こう思ってここに持ってまいりました。それぞれ非常に切実ないろいろな要望、陳情が自分たちのそれぞれの立場から書かれておるわけでございます。  私は、そういう立場で考えますと、いろいろな点で今も議論がございましたが、少なくとも本院におけるいろいろな発言の中で各党各会派とも共通しておる問題は、国際協力、国際貢献はできることからやろうじゃないか、これはもう一致しているんです。問題点はたった一つ、憲法という一つの壁を越えてやる海外派兵と言われる自衛隊のPKF、PKO参加を許すか許さないか、その一点にかかって国論が二分されておるという状況でございます。  そのことはひとつ公述人の皆さん方、伊藤先生、波多野先生も、いわゆる国論が二分されておるということ、そしてそれは自民党さんが言うように、政府が言うように、単に法案の中身を知られておらないからというのではございません。これはもう世論調査の結果の動向によってもはっきりしているわけです。むしろ、わかればわかるほど憲法をどうしても守らなくちゃいけない、この点では、憲法という観点でははっきりしておるわけであります。  例えば、先ほど申し上げました五月一日の朝日新聞では、憲法という観点で考えますと問題がある、PKOに対するいわゆる自衛隊の海外派兵問題ありというのが五四%。五四%が問題があるというふうに答えておるわけであります。これは、先だっての四月の二十六、二十その調査というふうに言われておるようですが、中身がわからないので一般の人々は反対なんだという論拠はないわけであります。まさにこれは国論を二分する問題である、私はそういうふうに受け取っておるわけであります。  そこで、私たちは、決していわゆる国際協力、国際貢献という点でノーと言っているのではない。そのためにこそ、いわゆる政府案に対案としまして国際平和協力法案、いろいろ今も議論がございました、伊藤先生はもうあんなのはそれには当たらないという言い方をされておるようですが、我々は少なくとも憲法の壁を乗り越えない、憲法の枠の中でできることだけやろうという観点で、いわゆる非軍事、文民による民生部門の協力はこれはぜひともやろうじゃないかという形で提案をして、そして真摯な討議を政府と、政府案と対比しながら本院で行ってきておるわけでございます。我々は決して何でもかんでも孤立主義だとかそういうふうに言っておるのではなくて、それはまことに私は誤解だと思うわけであります。そういう観点で、先生方にそれぞれ御質問申し上げたいと思うわけであります。  最初に、伊藤先生にお伺いしたいと思います。  先生は、非常に強烈な政府案の支持者であるということをお伺いしました。いわゆる国際協調がないしは孤立か、こういう二者択一の立場において今回のPKOは積極的に自衛隊派遣をやるべきだというお考えのようでございます。そこに欠落しておりますのは、なぜ憲法ができたのか。先ほど中島公述人からお話がございましたとおり、日本の長い戦争の歴史がございます。その反省ということによって生まれたのがこの平和憲法と言われる憲法であるはずなんです。たくさんの肉親を失いました。恐らく伊藤公述人の身辺でも、お身内でもそういう方がおられるかと思うんですよ。  血を流すことを男らしさ、美しいと言う人もおります。しかしながら、少なくとも現在、日本国憲法を考える場合に、長いそういう日本のアジア侵略の歴史を忘れて論ずることはできないと思うんです。その結果が現在の国論の二分だと思うんですよ。その点が欠落していると思うんです。  伊藤公述人のお話を聞きますと、憲法はどうでもいいや、そんなのは古臭いよと言わんばかりなんですね。そういうふうに聞こえるんですね。憲法の平和条項をどう解釈されておるのか。そして政府の解釈を伊藤公述人の場合の解釈ははるかに越えておると思うんですよ、私は。  そこで、先生の憲法解釈をもう一度お聞かせ願いたい。さらに、これは国民のそういう国論の二分という点でも、なおかつ先生は海外に自衛隊を派遣するということに少しの抵抗感も覚えられないのか。それから第三点は、憲法学会はほとんど自衛隊違憲論を唱えておるわけであります。八〇%と言われております。そして、そういうことに立ちまして、今回のPKOに対する自衛隊派遣はこれは違憲であるというのが憲法学会の多数意見でございます。このことについても先生はいわゆる逆の方向で現在解釈されておるわけでありますので、これに対する先生のお考え、この三点について、まずお伺いしたいと思います。

伊藤憲一外交評論家

○公述人(伊藤憲一君) 早速私に御質問いただきまして、ありがとうございました。  細谷先生の冒頭の御発言で、社会党もまた国際貢献ということには何ら反対ではない、やぶさかではない、ただ憲法の壁があるだけであるという御発言がございましたが、そのことをお聞きいたしまして、少なくともそこまでの先生の論理には私も結構なことであると喜んでおるわけでございます。なぜならば、私もまた同様の論理で考えているからでございます。  問題は、したがいまして国際貢献はしたいんだけれども憲法はこれを阻止しているのかということになろうかと思うわけでございます。まあ言ってみれば、このPKO協力法案の御審議の模様を私院外から拝見いたしておりますと、例えばこれをボクシングのリングに仲間の代表を選手として送り出す場合で考えますと、送り出す以上は健闘して勝ってほしいというはずであるにもかかわらず、社会党さんのおっしゃっていることは、このボクシングの選手に足には鎖をつけ手には手錠をかけ背中にはサンドバッグをしょわせて、それで戦ってこいといってリングに押し上げるような姿に見えてならないわけでございます。  したがいまして、私は果たして社会党は本当にPKOをやらなければならないと思っているのか、国際貢献をしなければならないと思っているのかと質問したわけでございますが、それに対しまして細谷先生は思っているということでございましたので、その点に関しましては私も安堵いたしたわけでございます。したがいまして、その先は、果たして憲法はボクシングの選手に足かせをはめさせたり手錠をかけたりサンドバッグをしょわせたりすることを要求しているのかということでございます。  憲法九条の解釈につきましては、私は詳細を申し上げるのは時間の制約もございますし、別途単独の著書の中で申し述べておりますのでポイントに絞らせていただきますが、私は憲法九条の趣旨はただ一つ、再び侵略戦争をしてはならないということに尽きると考えております。したがいまして、それでは他国から攻め込まれたときの自衛はどうなのか、あるいは国際社会が一体となって平和を維持するための活動を行うときそれに参加することはどうなのか、こういう問題については、私は憲法九条は全く関知していない、何ら述べていない、そのようなものに参加しろとも言っておりませんが参加してはならないと禁止してもいない、このような解釈でございます。  他方、憲法には前文がございます。この前文を見ますと、先ほども申し上げましたとおりに、「平和を維持」「しようと努めてみる国際社会においてこ、「平和を維持」というのはPKOのPKでございます。PKを「しようと努めてみる国際社会においてこ日本は「名誉ある地位を占めたいと思ふ。」というのが前文の明白な言葉でございます。これは既に一九四六年において宣言されている言葉でございます。  この言葉によるならば、日本の平和主義というのはただ単に自国が他国に対して加害者にならないという消極的平和主義にとどまるものではなく、日本にその能力が備わったときには、また国際社会がそれを日本に求めるときには、日本は世界の平和のために貢献するという積極的平和主義も内包されていることを憲法前文は示していると考えるわけでございます。したがいまして、そのような立場から私は今回のPKO法案につきましては憲法上何らの問題もないと考えている次第でございます。  さて、細谷先生が机上にうずたかく投書のはがきを積み重ねられ、世論調査の結果を御紹介になられて、国論が二分しているときになおかつこのようなことを行ってよいのかという御指摘がございました。その御指摘自体は、私は真っ当な御発言だろうと考える次第でございます。  しかし、先生によくお考えいただきたいことがございます。最終的にはもちろん国民の意思に従うべきことではございますが、しかし、国民というのは皆それぞれ生業を持って、床屋さんは朝から晩までお客さんの頭を刈らなきゃなりませんし、お百姓さんは田畑に出て土を耕さなければなりません。工場の労働者は、工場に出て汗、油まみれになって一日じゅう働いていなければなりません。そういう立場にあって、戦争と平和の問題、PKOが果たして本当に人類及び日本にとってよいことなのか悪いことなのかを徹底的に研究し、そして結論を出し切ることはなかなか困難でございます。もちろんそういう……(発言する者多し)

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) 傍聴人は静かに願います。傍聴人は発言は禁じられております。制止に従わない方は私の方からまた退場を命じますよ。

伊藤憲一外交評論家

○公述人(伊藤憲一君) そこにおいて日々これらのことを専門家として研究し、考えに考え抜いているのが第一に政治家の皆さんであり、第二に言論人でございます。  私は、言論人、政治家の責務というものは、ただ単に世論調査の結果に従うことではなく、まず国民を啓発するために、最初は少数意見であっても説得の努力によって理解してくださる国民大衆をふやすよう啓蒙する。そしてその結果、最終的 にはもちろん国民の意思に従うべきことではございますが、その過程において国民を啓発、啓蒙するために、最初は孤軍奮闘の形であっても良心と信念に基づいて研究し尽くした結果を、考えに考え抜いた結果を訴える勇気をまず言論人と政治家は持たなければならないと思います。  私は、その後で国民の審判を仰ぐというのが民主主義だと思います。その努力、手続を経ずに、最初から世論調査の結果に従うということであれば、国民の大多数は既存の秩序、既存のやり方、既存の考え方になれ親しんできているわけでございますから、これを変えようという提案、提言に対しましては、なぜそうする必要があるのかということをよほど丹念に時間をかけて説得、説明を受けなければわからないのが当然でございます。  私は、日本国民のこの点に関する意識と理解が湾岸戦争の前と湾岸戦争の後で激変したことを指摘せざるを得ません。湾岸戦争の前、一昨年十月の世論調査では、自衛隊の海外派遣に対してあった賛成と反対が、その一年後の昨年六月の世論調査では賛成は二倍になりました。そして、反対は何と五分の一になったわけでございます。

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) 公述人に申し上げますが、手短にお願いいたします。

伊藤憲一外交評論家

○公述人(伊藤憲一君) はい。一言で申し上げまして、私は、本委員会の御審議もそういった国民の啓蒙に寄与せられておることを高く評価いたしておりますので、先生の今後の一層の御活躍をお祈りして、終わります。

細谷昭雄日本社会党・護憲共同

○細谷昭雄君 大変な御高説を拝聴しましたけれども、やはり私は、先生の憲法解釈というのは私たちが非常に危惧しておりますいわゆる解釈改憲、解釈改憲そのものだというふうに思うわけであります。むしろ政府は、非常に何といいますか神経を過敏にしながら、今回の法案を出す場合にも五つの原則なるものを出してきたわけです。  そこで、もう伊藤先生がきのうの毎日新聞で書いておられますように、ガラス細工的な、いわば極めてあやふやな法案になっちゃっている。あいまいさ、そしてこれで一体行けるのか。実際現場の自衛隊の隊員自身、幹部自身が、こんなPKOに自衛隊が行けといったらおれは行かぬよ、こういうふうにはっきり言っているんです。それを言っていることは、それほどあやふやさを持っている、ガラス細工、いみじくも伊藤先生がきのう指摘されたとおりなんですよ。  ですから私は、まず自衛隊派兵ありき、どうも先生からお聞きしますとそういう気がするんですよ。今の憲法論議ではちょっとやっぱりわかりにくい。私がわかりにくいと同時に、恐らくここに聞かれております皆さん方も憲法解釈としては極めて、いわば政府の解釈を超えるものじゃないのかと、こんなふうな気がしてなりません。  時間がありませんので、大急ぎで波多野先生にお伺いしますが、手短にお願いします。  先生は、いわば国際法学者として、しかもPKO活動の現場にたくさんお回りになっているというふうにお伺いしております。それで、豊富な御経験をお持ちですので具体的にそのものすばりお伺いするんですが、今回の指揮権の問題なんです、指揮権。この自衛隊の指揮権、私は秋田ですのでちょっと秋田弁で申しわけございません。この指揮権の問題で、国連のSOPでも、国連文書でも明確に、一元的にこれは国連にあるぞというふうにはっきりしておるわけであります。ところが、この指揮権がどうも二元化している。指揮権が二重式になるという点で我々がこの場でいろいろ議論をしておるわけであります。  この指揮権のいわゆる二重構造といいますか、国連にあるのか、それともいわゆる現地というのか、日本側にあるのか。指図とそれから指揮というふうな区分けをせざるを得ないというぐらい非常にあやふやなものなんですよ。この問題について現地で具体的にどういうふうになっておるのか、いわゆる国連のPKOの中で。  それから同時に、武器の使用の問題なんです。武器使用の問題につきましては中島公述人からお話がございました。本法案では非常に厳格に今回は規定してあるというふうに言っているわけです。いわゆる個人の判断、決して指揮官が弾を撃てとは言わない、撃つなとだけ言う、それほど厳格なんです。  ところが、実際問題として、これは後方支援であれどこであれ、例えば具体的に言えば難民の救助に行った場合、難民のいろんなあれの場合、これはもう後方支援でありましても、何者かによって襲撃される場合がないとも限らない。先生の御経験でもあるというふうに言っておられる。その場合に一体全体、もう今の法案でいうとそういう場合にはいわば弾は撃つな、そして業務を中断してすぐこれは退避しなさい、ないしは避難しなさい、逃げなさい、こうなっているわけですよ、武力行使を禁じているという立場から。そうすると、結果的には日本の自衛隊はさっと逃げてしまう。そして、結局被害を受けるのは避難民ということになりかねない。そうですね。  先生は国連人権委員でもございます。難民の皆さん方の人権なり生命、財産を守るというために行っているそのところに、日本の自衛隊はこの法律では役に立たぬじゃないのか。避難民の生命、財産をどうして守るのか。財産はないと思うんですが、生命をどうして守るのか、人権をどうして守るのか、この点の具体的な問題で、本法案は大変なこれはガラス細工、あやふや、あいまい、これが残っておるというふうに思うんですが、先生の豊富な御経験から端的にこの点についての御見解をいただきたいと思います。

波多野里望学習院大学教授・国連人権小委員会委員

○公述人(波多野里望君) 簡単にお答えいたします。  御質問二点ありましたが、第一点の指揮権の方です。豊富な経験と言っていただいて大変光栄なんですが、実は私が参りましたところでは指揮権の問題は全然取り上げられておりませんでした。デンマーク、スウェーデン、イギリス、いろんな国のPKOを見て、それからその司令官とも会いました。それからまた、ノルウェーやスウェーデンは国防省まで訪れまして、待機軍のリクルートの問題その他を議論したことがありますが、しかし我が国ほどこの点に敏感といいますかセンシティブでないものですから、問題として全然上がってきておりませんでした、事実として。ですから、そういう問題をほかの国も持ってそういう問題に対面していれば、うちはこういうふうにしたよとか、うちはこういうふうにしたよという例をお話し申し上げられるんですが、実はそういう問題意識を持っている人には会ったことがございません。それがお答えでございます。  それから第二点の武器使用の問題でございますね。これも似たような問題でありまして、それぞれ現地にいる人は武器を使っていいかどうか悩むこと、これは私もよく承知いたしております。けれども、そのときに、今御指摘があったようなときに難民を捨てて逃げだというような例は私は承知いたしておりません。また、そういうことを義務づけた法律というものを持っている国があるとも承知いたしておりません。  というのは、そういうことがやはり問題となっていない、もう彼らの間では少なくとも。そういうPKOに出している国の政府とそれから国連との間では、その辺はもう何といいますか、合意といいますか暗黙の合意がある。つまり、意見の違いがあれば議論してどこに着地させるかということになるんですが、そういうことがおよそ見受けられませんでした。申しわけありませんが、私が知る限りではそういうことが論点としては浮かんだことがないと思います。  以上です。

細谷昭雄日本社会党・護憲共同

○細谷昭雄君 この点、先生からは具体的にお教え願いたいと思ったんですけれども、大変残念でございます。  それでは、ちょっと観点を変えまして、先ほど伊藤先生にもお聞きいたしましたが、まさに国論が二分されておる。先生は賛成というお立場でございますけれども、もうはっきり国論が二分されておる。その国論が二分されておるという背景は私が先ほど述べたとおりでございます。いろいろそれぞれの深い思い、それぞれの苦い経験、体験、これが原点、原体験としてあるということはもう否めない事実なんですね、日本人の場合。しかし、それは事実なんですね。その人力が意識が低いとか国際的な感覚がないとか言ってみても、これが我々日本人なんです。  そういう日本人の少なくとも憲法上疑義ありというのが五四%、これをおいて今の法案をどんどんやっていくことに対しての先生のお考え、それから憲法とのかかわりの問題、この二点について簡単で結構でございますからお教え願いたいと思います。

波多野里望学習院大学教授・国連人権小委員会委員

○公述人(波多野里望君) 非常に大きな問題を簡単に答えると言われて、難しいかと思いますが、努力してみます。  まず、国論が二分されている、これはおっしゃるとおりだろうと思います、その事実はですね。しかし、これは今度のPKO法に限らず、我が国においても例えば単独講和か全面講和がとかいろんなところで国論が二分したケースがございます。また、外国においても、例えば人工中絶を認めるか認めないかとか、いろんな問題で国論を二分いたしております。ですから、これは二分したときにどう対処するかというのはそれぞれ各国の、それこそ憲法だけではありません、憲法以下の法律に従ってその為政者、皆さんを含めて議会あるいは政府の方々がどういうふうな方向に指導なさるか。いずれどっちかを選ばなきゃならないわけですから、二分されたら何もできないというのではない、どっちか選ぶんですね。それはその人たちの識見であり力量であろうと思います。  ただ、一つ私の方からむしろ細谷委員に伺いたいのは、現在五四%、反対、懸念を示すのが五四%だということを強調されるということは、仮に将来そのパーセントが低くなっていったというときには細谷委員も、じゃもう世論がこうなんだから自衛隊のあれに賛成だと、こうおっしゃるつもりなのか。つまり、世論のパーセントというものをどういうふうにお使いになるつもりか、これは一般論として。その辺はどちらかというと自分に都合のいいときに使うのはいいんですけれども、都合が悪くなったときどうするかということも考えておかないと議論がちょっと弱くなるように私には聞こえました。  それから憲法との関係でございますが、これは私は伊藤公述人ほどの熱烈なあれではございませんので、ただ私は憲法に違反していないと思っておりますけれども、ただし違反していると思う方もたくさんいらっしゃることは承知しております。これは最終的にはやはり憲法に定められた手続によって合憲か違憲かの結論を出すべきだと。世論も参考にはなりますけれども、あくまでも参考です。  憲法学会の多数意見がどうだといっても、憲法上、憲法学会に解釈権を与えているわけではありません。最終的には最高裁ですね。ですから、それが出るまでは議論は自由にしてもいい。ただし、意見が割れて合憲、違憲という両論があることは承知しておりますから、それをどの辺で着地していくか、これは政治の問題だろう、こういうふうに承知しております。

細谷昭雄日本社会党・護憲共同

○細谷昭雄君 最後に中島先生にお伺いしたいと思いますが、第一点としまして国際協力のあり方をどう考えるべきなのかという点でございます。  政府はこれまで国連中心主義、これを標榜しておりますけれども、中身は、私から考えますと、これは西側、特にアメリカ外交、これの追随ということをカムフラージュするというふうなためにやっていったり、ないしは独自の外交的な展開をすべきところをやれないで、そのための言いわけとして国連中心主義を言ってみたりというふうな大変腰の定まらないものであったのではないか、こんなふうに思うわけでございます。先生の国連への対応と我が国外交のあり方、これについての御所見をお伺いしたい。  その際、人道的な国際救援活動、これにつきましては、本法では安保理決議があればいつでもどこへでも自衛隊が海外に派遣できれというふうになっておるわけでございますが、これも含めてお考えのほどをお聞かせ願いたいと思います。時間が余りありませんので手短にお願いします。

中島通子弁護士

○公述人(中島通子君) じゃ、まずその問題についてだけ先に申し上げます。  国連中心主義というものについて、もちろん私は賛成でございます。それで、これまで国連に対して大きな期待を持って、信頼して国連に対する要請行動その他をいろいろやってまいりました。これから将来においても国連がやはり本来の姿で世界平和のために、安全保障のために大きな決定的な役割を果たすようになっていただきたい、それを願う気持ちは変わりありません。しかし、残念ながらあの湾岸戦争のころから国連が大きく変わりつつある。これはまだもとに戻る可能性は十分ありますけれども、現在のところ大きく変わりつつある状態だということを大変残念に思っております。  一番典型的なのはこの前のイラク侵攻以来の国連の対応なわけですけれども、これは明らかに国連が大国による支配の一つの道具になってしまったとやっぱり言わざるを得ません。この点については、昨年の宮澤総理の御答弁の中にも、国連軍が将来は構想できるという御発言の中で、現在の大国支配の国連が変わればという条件をおっけになっていることからもわかるように、現在の国連が残念ながら大国支配、それも冷戦構造が崩壊した中でやはりアメリカの支配によって動かされているということは認めざるを得ないと思います。  その結果として、この前の湾岸戦争のときに日本は百三十億ドルという莫大なお金を提供したわけですけれども、そのお金によってあのイラクの子供たちを、防空ごうの中に避難していた子供たちを爆撃して黒っ焦げにして焼き殺してしまった。そのために使われた。あるいはイラク兵がざんごうに隠れているのをブルドーザーのような兵器で生き埋めにして、その上を踏み越えて進んでしまった。何万人ものイラク兵が生き埋めにされてしまったというニュース、これはもうテレビで明らかになっております。このような本当に恐ろしいことに日本のお金が使われた。国連の名のもとに、国連協力の名のもとに使われてしまったということは、私はもう本当に悔やんでも悔やみ切れない思いです。  その意味で、国連協力というのは、国連が本当の意味での大国による支配ではなく、国連憲章にあるように、すべての大小各国の同権に基づいた本来の意味の平和のための機関につくりかえられることによって実現するものであると思います。日本はそのために最大限の協力をしなければならないと思っております。  それから、もう一つの人道的援助の問題ですけれども、このこともこの法案の大変大きな問題で、時間がなくて触れることができませんでしたが、これは安保理だけではなくその他の国連機関の決議、要請によって、これはもうPKOではないので国連の事務総長の指揮も完全に離れて、何らの指揮もなく自由にといいますか勝手にといいますか、紛争地、危険なところ、しかも相手国の同意もなしに、一万当事者の後方支援的なことも可能になっております。  これは、日米安保条約が一定の枠を設けているわけですけれども、この人道的援助の名のもとに安保条約の枠をも超えて日本が例えばアメリカの支援のために世界のどこにでも行くことができる、そのような法律です。日本が、自衛隊が武器を持って例えばアメリカの協力のために世界のどこにでも出かけるという大変な法律であるということもこの法案に反対する大きな理由であるということを申し上げたいと思います。

細谷昭雄日本社会党・護憲共同

○細谷昭雄君 二つ目は、実は世上報じられておりましてここの場では全然出てきておりません。私も新聞紙上でしか見ることはできませんけれども、自公民三党の再修正案というものが現実の法案、法律として浮上してくるやに報じられておるわけであります。これは政府案のうちのPKFを凍結、凍結という言葉を使っておるようであります。そしてPKFの国会事前承認、これが二つ目の条件。三つ目の条件は三年後の法律見直しの明記、これを修正の中身にしておられるようでございますが、これは実際出てこないとわかりません。しかし、そういうふうに新聞には報じられておるわけです。これに対しまして中島公述人はどういうふうにお考えなのか。  私の考え方を最初にお話しします。今回の法案の本質は、いわゆる国際連合のいろんな条件、三条件、五条件がございますが、その五条件を前提にして自衛隊を海外へ派遣するという法律でございます。この中のいわゆる本体、PKF本体、PKO本体といいますか、このPKFの部分は除いてそして行くということなんですが、本質的には今回の法案の海外の自衛隊派遣そのものは全く変わっておらない。一時的に凍結ですから解けることがあるんです。その解けるときは国会の事前承認ということですから本法とほとんど違わないじゃないのかというふうに私は思うんですが、中島公述人のこれに対する御見解、これは予想ですからまだ現実には出ておりません。しかし、それを前提にして、新聞に書いておることは本当だという前提のもとにひとつ議論をしたいというふうに思うんです。

中島通子弁護士

○公述人(中島通子君) 修正案として議会外で水面下で議論されていることについてはマスコミなどで私も承知しておりますが、凍結論については、これは憲法上問題があるし危険がある。危険というのはさっきからの危険ではなくて、憲法に違反する危険があるので、しかも国民がそれに対して理解を示していない、まだその大多数が賛成していないという、そのために凍結という案が出てきているわけですね。  そうであるなもば、つまりそういう問題があるから凍結するというのであれば、これは当然削除すべきです。削除しないで凍結というこそくなごまかしの手段によってこの法案を通してしまうということは、この凍結論をおっしゃっている方々、公明党と伺っておりますけれども、公明党の皆さん方は憲法を守るために党をおつくりになったと私は承知しております。その立党の精神からいって、憲法上問題になるということを認識しながら、それを凍結してしまっていつかは解凍しようという、こういうこそくな方法、みずからを裏切るような方法は何とぞおやめいただきたいと、もう心から切実にお願い申し上げます。  そのほか、ちょっと修正論として出ていますが、事前承認の問題、これは当然ですけれども、事前承認をすることによってこの法案の決定的な違憲性は何ら解決いたしません。  それからもう一つ、けさの新聞で連合参議院が併任・出向案というものを出していらっしゃいますと拝見しましたけれども、これもその本質を全然変えないで単に出向・併任ということでは、やはり全く先ほどから申し上げている違憲の問題は解決いたしません。  最後に、済みません、先ほど私、人道的な援助と言いましたけれども、人道的在国際救援活動ですので、訂正させていただきます。

細谷昭雄日本社会党・護憲共同

○細谷昭雄君 最後の点でございますが、私ども社会党は、先ほど申し上げましたとおり、政府案に対置していわゆる国際平和協力法案、これを提出して並行して審議をしておるわけでございます。これに対する中島公述人の御批判、あえて御批判と申し上げますが、それと何といいますか、先生はどんな国際協力をイメージされておるのか、先生のこの国際協力のイメージもあわせまして、我が党の問題に対しまして御意見を伺いたいというふうに思います。

中島通子弁護士

○公述人(中島通子君) 社会党の法案は拝見させていただきましたが、この中身が武器を持った自衛隊を一切出さないということであれば私は賛成いたします。  この点について先ほど伊藤先生の方から、それはボクシングの試合で足かせ、何ですかサンドバッグその他をつけて負けさせるようなものだという御発言がありまして、ああやっぱり男性は、社会党の男性方は違うと思うんですけれども、試合に勝ってこいよ、ボクシングの試合に勝ってこいよと自衛隊を送り出そうという、そういうお考えなんだなと改めて思いました。私たちが考えているものはそうじゃないんです。世界に出かけていってボクシングの試合で勝ってくるなんで、そんなことを今やるべきことではないでしょう。  それで、先ほどからそんなことをやっても何にも意味がないというようなことをおっしゃいましたけれども、例えばカンボジアのPKOに関しては明石さんもおっしゃっておりましたけれども、先ほど伊藤先生がおっしゃったのは全部軍事部門ですね。軍事部門以外に、選挙監視、行政管理、それから人権擁護、警察、難民帰還、復興・復旧と、これだけの分野があるわけです。今の軍事部門以外の部分、ここで言うと六つですけれども、六つの分野に関してやるべきことはたくさんあるわけです。特に、復旧・復興、難民のための生活援助、病院、それから教育、子供たちのための保育園を含めてやることはたくさんありますので、これらを社会党の法案によってぜひぜひ実現していただきたい、そのように考えております。  どうもありがとうございました。

細谷昭雄日本社会党・護憲共同

○細谷昭雄君 終わります。

太田淳夫公明党・国民会議

○太田淳夫君 本日は、公述人の先生方にはこの委員会で大変に貴重な御意見を賜りまして、感謝申し上げております。  最初に、時間の関係もございますので、波多野先生にお尋ねしたいと思います。  先ほど、PKOに対します豊富な御視察あるいは御体験を通していろいろな御教示を賜りました。第一点は、我が国が国際平和維持に人的な貢献をぜひ行う必要があると、こういうふうに私たちも今まで認識を持ってこの委員会でも論議してまいりました。その点からPKOへ積極的に参加することを主張してまいりましたが、しかし現時点では、このPKOの本体と申しますか軍事部門と申しますか、このPKFへの参加につきましては、国民の皆さんあるいはアジアの諸国民のいろんな理解を得るためにはもう少し時間が必要ではないかという考えを今持っているわけでございます。  しかし、考えてみますと、PKFの参加につきましても、本来はこの法案の中にしっかりと軍事行動、武力行使はできないという歯どめもしております。そして、私たちは平和の建設のためにこれに参加するんだということもこの法案の中には明記されているということは私たちはよく理解をしているわけでございますが、先ほど申し上げましたように、この本体の部分につきましては、多少やはり国民の皆さん方あるいはアジア諸国の皆さん方に御理解を賜らなきゃならない時間が必要ではないだろうかということで、PKFの本体への参加については一応凍結をしておくべきではないか、こう考えているわけでございます。  そこで、この中心部分を凍結してでもこの法案を成立させまして、我が国としての国際貢献を果たす必要があるという立場を私たち持っておりますけれども、先生としてはどのようにこの点はお考えになりましょうか。

波多野里望学習院大学教授・国連人権小委員会委員

○公述人(波多野里望君) お答えいたします。  先ほどの私の陳述の中で申し上げましたように、今から九年ほど前に私が提案いたしました案も段階を追ってということでございました。つまり、先ほどの世論あるいは学会の解釈その他全般をにらんで、やはりこれは政治でございますから不可能なことをやれと言っても当然できるはずございません。したがって、私も逐次できるところからやっていこう、やっていくべきだというのが基本的なスタンスでございます。  そこで、現時点でこのPKO法案を見ますと、今太田委員がおっしゃったように、本来ならば全体の姿で、しかも十分な歯どめができていると私も思いますから、そのままで成立すれば一番望ましいと思います。ただし、このUNTACは御承知のように十八カ月という期限を限られております。したがって、それに少しでも参加をする道を開こうとすれば、おのずからやはり現時点でできることを考えなければなるまい。  先ほど中島公述人がおっしゃったのをもし私が聞き違いでなければ、こそくな手段とおっしゃいました。こそくという意味によりましょうけれども、まあその点、PKFについては世論の機が熟するまで先延ばしにするというのは、私は残念ではありますけれども、しかし政治的には一つの選択肢だろうと、かように思っております。

太田淳夫公明党・国民会議

○太田淳夫君 伊藤先生は、この点をどのようにお考えでしょうか。

伊藤憲一外交評論家

○公述人(伊藤憲一君) 私は、このPKOというのは大変これからの世界の平和と安全を考えていく上で重要な役割を担う機能でございますので、日本としては全面的にできるだけのことをすべきであり、憲法上も問題はないと考えておりますので、凍結ということは大変私個人の考え方からいたしますと残念なことであると思っておりますが、しかし、波多野先生もおっしゃいましたように、政治は可能性の技術でございますし、また民主主義のルールに従ったプロセスの産物でございますので、社会党さんを初めとしていろいろな意見がある中で、最終的に日本国の選択を形成する場合に、多数党が耐えがたきを耐えて忍びがたきを忍んで譲歩、妥協をしているのかなと、このように観察いたしておるわけでございます。  これは冒頭申し上げましたように、既に六十五時間の審議を重ねているそうでございますが、そういった民主的なプロセスの産物としてやむを得ないかなと思って受けとめているということでございまして、かくなる上は少数派の皆様も、最終的には民主主義のルールに従って採決の結果を尊重していただくことが、またそのためになされた犠牲というか妥協であったのではないかと、かように受けとめております。

太田淳夫公明党・国民会議

○太田淳夫君 波多野先生にお尋ねしますが、もしこの法案が成立をしないで、我が国がPKOに参加できないような事態になった場合、我が国は国際貢献という立場で大きくおくれるとか、あるいは批判を受けるとか、そういう国際的な悪影響というものを私たち心配しているわけでございますが、その点はどのようにお考えでしょうか。

波多野里望学習院大学教授・国連人権小委員会委員

○公述人(波多野里望君) お答えいたします。  人的な面で日本の国際貢献が非常におくれていることは御承知のとおりであります。大変残念ではありますが、それは事実であります。  PKOに類するものとしましては、もう今から三十年以上前の一九五八年に既にレバノンの内戦のときに人を出してくれと言われたのに、当時は藤山愛一郎さんが外務大臣でありましたけれども、断りました。それ以来何度がお誘いがありまして、そのうちに、何度も断っているうちにお誘いがかからなくなりました。  ですから、私は、もしこの法案が通らなかったとした場合に、今まで以上に非常に落ち込む、急に落ち込むということはないと思います。ただし、やはり期待はありますから、殊にこれだけ議論が重ねられていることは承知しております、外国、国連の人たちも。したがって、がっかりはするでしょう。ただ、今まで以上に悪くはならない、やっぱり同じかという意味の反応は出てくると思います。もちろん、通ればそれなりに高く評価されるでしょうが、通らなかったからといって非常に大きなマイナスが現時点であるとは思いません。ただし、がっかりして、それがいろんな形であちらこちらに響くだろうということは、それは当然あり得ると思います。  特に今、明石代表、先ほど明石さんに対する評価は伊藤公述人と中島公述人とで大きく分かれました。たまたま明石君は私と同級生といいますか、同じ年に同じ大学を出まして、しかも同じ年に国連に入った、私も一度入ったことがあります。そういう意味でよく存じておりますが、彼が一生懸命やっております。それは、彼を任命したというのは、やはり国際社会が日本の貢献、日本の参加を期待しているのだと思いますね。  ですから、そういう意味で、日本は今まで何もコミットしたわけではありませんから、約束違反だとかそういう非難は受けないと思いますけれども、しかし大きな落胆をさせると思います。それは、難民高等弁務官の緒方さんの場合もそうですし、御承知のようにWHO、世界保健機関では中嶋さんが事務局長になっておられる。日本人がそこまで出てきたのは、やはり日本に対する期待がそれだけあるからでありまして、それを裏切らないということが肝要ではあろうと思います。  ただし、これをあれしたら次の安保理で落っこちるよとか、これをしたらどうだと、そういう近視眼的な、近い目に見えるマイナスがあるとは私は思いません。大きなうねりの中では大変大きなマイナスになるとは思います。  以上です。

太田淳夫公明党・国民会議

○太田淳夫君 それから、波多野先生にお尋ねいたしますが、PKOに反対される人たちの主な意見の中に、先ほどは憲法問題もありましたけれども、PKOの参加が自衛隊の武力行使につながる、あるいはPKOで自衛隊の海外派遣を許せば、将来自衛隊の侵略的な派兵に道を開くという議論がいろいろあるわけでございます。  しかし、PKOの本質あるいは使命ということから考えてみますと、私は、戦争をしない、平和を願う諸国が協力し合って平和を創出し、維持するということがこのPKOの本質あるいは使命であると、このように理解いたしております。  そういう点から考えますと、これらの議論というものが、PKOの本質と使命というものを悪く言えば歪曲して考えておみえになるんじゃないかという感じがしてなりません。私たちも決して日本の自衛隊の皆さんに戦争に行ってもらいたい、あるいは民間人の方々に行ってもらいたいなんてことは少しも思ってはおりません。(発言する者多し)

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) 傍聴人は発言を禁じられております。

太田淳夫公明党・国民会議

○太田淳夫君 しかし、こういう冷戦構造の崩れた中で、これからの世界の平和というものは、それぞれ皆さん方が使命を感じて力を合わせて築いていかなきゃならないことではないかと思うんです。  そういう点から先生に、PKOの本質と使命という点から、このいろんな議論についてどのようにお考えになっていらっしゃるか、お聞かせ願いたいと思います。

波多野里望学習院大学教授・国連人権小委員会委員

○公述人(波多野里望君) お答えいたします。  戦争という言葉と、それから武力の行使というのは必ずしも同じではないので、今の太田委員の御発言の中でも両方が並立的に使われていましたし、今までの議論を伺っても、どうもその点が若干あいまいなのではないかなというふうに思っております。  ピストル一発撃つのも武力の行使だと、物理的に言えばそういう意味の武力の行使を言うのか、あるいはあるまとまった数のものが一つの政治的な目的を達成するために一定の方向に動いた、それが武力の行使が、こうなると戦争に近くなるわけでございます。その辺の定義の問題がございますけれども、その辺を少しファジーといいますか、あいまいのままで議論を進めます。  確かに小さい意味の武力行使、物理的な武力行使ということは、これはあり得ると思いますが、戦争に近いような意味の武力行使ということはもちろんPKOの目的でもございません。そのことは議論だけではなくて、私は事実によってかなり裏づけられているというふうに承知いたしております。  二つだけ例を挙げます。一つは、スイスでございます。  スイスは国連の非加盟国でございます。しかも、御承知のように永世中立国ですね。したがって、スイスは、周りが戦争に巻き込まれ戦争が始まってもどちらにも参戦してはならない。つまり戦争に参加してはいけないことになっております。これは一国の憲法とか法律で決めているだけでなくて、条約で決まっているわけです。  にもかかわらず、スイスは非加盟国であり永世中立国でありながらPKOに人を出したり物を出 したりしております。具体的には、飛行機をパイロットつきで提供して、PKOの人たちの輸送に充てたりいたしております。  ですから、これはもしこのPKOが戦争だということになれば、スイスは永世中立条約に違反している。しかも、それを世界じゅうの国が認めたということになります。それが第一です。  第二は、オーストリアの例でございます。  オーストリアは、国連の加盟国でございますからスイスとは若干事情が違います。しかし、オーストリアも永世中立国、形は違いますが、一応永世中立という形になっております。そのオーストリアも盛んにPKOに参加いたしております、先ほど私も例を引きました。オーストラリアは国防軍をPKOに参加させることが憲法上許されておりませんでした。そこで、六四年の憲法を改正して、そして国防軍を、国防軍の中の有志でありますけれども、とにかく国防軍に籍を置いている者を国連のPKOに参加できるような道を開いたという例がございます。  したがって、これも永世中立国であり、戦争に参加してはならないはずの国が憲法を改正してまで参加をした。しかも、それを国際的に高く評価されているという二つの事実を申し上げておきます。

太田淳夫公明党・国民会議

○太田淳夫君 どうもありがとうございました。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 日本共産党の吉川春子でございます。  三人の公述人の皆さん、本当にきょうは貴重な御意見を伺わせていただきましてありがとうございます。  まず、伊藤公述人にお伺いいたしますが、先ほど最初の公述の中で、PKFへ参加しないことはPKOへの非協力であると言われました。今PKF切り離しの修正が行われるという方向で水面下で動いているようですけれども、私どもはPKOとPKFの切り離しといっても、法案にその言葉自体がありませんし、技術的にも非常に難しいと思いますが、何よりもこれは憲法をクリアするため、国民の非難があるのでそういうものを抑えるためにしばらく凍結しておくんだということで提起されたと私は承知しております。伊藤公述人はPKFへ参加しないことはPKOへの非協力であると言われたわけですが、この修正についてどういう御見解をお持ちでしょうか。

伊藤憲一外交評論家

○公述人(伊藤憲一君) お答えいたします。  もう一度前に言ったことの繰り返しになるかとも思いますが、PKOというのはそもそも何を目的として何のためにつくられているのかといえば、これまで対立関係にあり、不信と猜疑心に満ちている二つ、三つまたは四つの紛争当事者を、紛争が続いている間は関係しないわけでありますが、停戦合意が成立した後、せめてその合意を継続させ、そして一定の鎮静期間を設けて恒久的な平和と安定に道を開こうという、そのためには第三者、しかも国際連合という高い権威を持った客観性、中立性のある機関の要員がそういう紛争鎮静化の役割を果たす必要がある。  これが出発点でございますから、どうしましてもその中核部分というのは、やはり先ほど申し上げました捕虜の交換であるとか、境界線の設定であるとか、武器の処分であるとか、武器搬入の検査であるとか、緩衝地帯への駐留であるとか、さらには停戦の監視であるとか、こういったことにならざるを得ないわけでございます。そしてその周辺に、そういった活動、作業の結果を踏まえて、それを前提としてそれをさらに発展させるために、もちろん選挙の監視であるとか、設備等の復旧であるとか、汚染された環境の回復であるとか、こういった仕事が続くわけでございます。  しかし、あくまでも本来の使命との関連で直接的、中核的役割を果たす部分は、冒頭申し上げたような部分であるわけでございます。にもかかわらず、これらの部分には全く関係しないというのであるならば、これは私はPKO本来の目的に対しては貢献しない。その周辺の人道的な救援活動、被災者の救援活動、こういったことをするというだけになることをとらえて、PKOに対する実質的な参加拒否というか、非協力というか、の論理に支えられていなければそういうことは言えないんじゃないかという意味で申し上げただけでございまして、私は、周辺的な努力は必要がないとか、周辺的な努力は無意味であるとか、そういうことを申し上げているわけでは全くないわけでございます。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 私、時間が六分しかないので、恐縮ですが、波多野公述人にお伺いいたします。  私どもは、大体、憲法前文、九条の立場から、自衛隊の海外派兵はとんでもない、憲法違反だ、こういう立場でございます。  PKOからPKFを切り離すという議論なんですけれども、PKOからPKFというものを切り離せるかどうか。先日、明石代表は、国連では大体PKFなんという言葉は普通使わないのだ、こういうふうにおっしゃられておりましたし、法案の中にもPKF、PKOの区別はありません。そういう中で、こういうことで凍結をして国会を通すというのは私は国民の目を欺くものだという立場ですけれども、公述人の御見解を伺いたいと思います。

波多野里望学習院大学教授・国連人権小委員会委員

○公述人(波多野里望君) お答えします。  可能かどうかということと、それが適当かどうかということは別だと思います。私は、可能かという第一の御質問につきましては、言葉の使い方は別としまして、先ほど中島公述人の御指摘もありましたように、いろんな分野がありまして、全部が全部今おっしゃるPKFのところに人を出さなければPKOに参加したことにならないとは思いません。そういう意味では論理的には切り離すということも可能だろうと思います。ただし今までは余りそういうふうに意識してPKFだけをどけたということはございませんけれども、可能ではあろうと思います。ただ、今度は第二点で、この法案の中でそれを切り離すとか、先ほどの凍結とかいうことが国民に対してどうであるか。これは今度は政治的判断の問題でありまして、これは私の守備範囲ではない、皆様方の御判断によるべきことだろうというふうに承知いたしております。  以上です。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 最後に、中島公述人にお伺いいたします。  PKO法案反対は少数意見だとか国民の限られた意見だとか、こういうことを盛んに言われるんですけれども、私はそうじゃなくて、やっぱり憲法の平和原則を守りたい、自衛隊を海外に送りたくないというのが多数派の意見だと思いますが、簡単に御見解を伺います。

中島通子弁護士

○公述人(中島通子君) 全くそのとおりだと思います。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 時間が来ましたので、終わります。

井上哲夫連合参議院

○井上哲夫君 私は、連合参議院を代表して御質問をしたいと思います。ただし六分しか持ち時間がございませんので、その意味では非常に残念でございます。  それで、中島公述人に御質問するわけじゃないんですが、先ほどちょっと誤解をされてみえるんではないかというような趣旨の御発言がありましたので、誤解を解いていただきたいと思って特に申し上げます。  私どもは、併任を認めておることは全くありません。退職自衛官の参加、どうしてもぎりぎりの判断のときに、休職・出向も考え得る余地がある、こういうことで別組織というものを非常に強く出しておりますので、その点は御理解を願いたいと思います。  さて、そこで私は、波多野公述人にお伺いをしたいと思っております。  先ほどからお話を伺っていまして、波多野公述人は、現地の実情にもあるいは理論的な面にも随分御苦労されているというお話でございます。そしてその提言も、PKOの参加については段階的、抑制的あるいはいわゆる先輩の国々に対して謙虚な気持ちで参加をしていくべきだというような御趣旨の発言があり、派遣に際して特に留意すべきことを七項目おっしゃいました。私は、その御見解に対しては十分耳を傾けてお聞きしたわけでございますが、二点ほどちょっと私と考えが違うというか、疑問が出ておりますので、お尋ねをしたいと思います。  その一つは、PKOは見本市であるから最高の優秀なものを提供すべきである、このお考えをおっしゃいました。しかし、実は私も昨年スウェーデンに行って訓練所を見てきた際には、スウェーデンのかなりの責任のある方が、スウェーデンが世界で随分PKOに参加していっているけれども、スウェーデン部隊というのは腰ぬけだ、だらしかないとよく言われる。極論すると、お酒にも目がないし、いわゆる女性にも目がないんだというふうに言われる。しかし、そのぐらいでちょうどいいんですよと。我慢に我慢をして、鉄砲を決して撃つちゃいけないわけですから、そのぐらいのだらしない腰抜けでいいんですよと、こういうことを話されました。そのことを考えまして、私どもはむしろ最高のものを出すべきではないんだというふうな考えを持っております。  それからもう一つは、派遣する人間については最高の資質を持っている人を出しなさい、オーストリアの兵士の場合にゴラン高原で立派に活躍をしたじゃないかというお話でございますが、実はこれも私どもオーストリアの高官からどういうことを聞いたかというと、過去にこれまで事故死をしたオーストラリアから派遣した二十九人のうちの実に八人は自殺者であったということを聞いております。つまり、そのくらいの事態があるんだと。そういうことを考えますと、ちょっと先ほどの公述人のお話とずれが私の認識ではある。  そういうふうな意味では、最後にまたハイテク技術の最高を発揮した方がいいと、これも私は逆でありまして、日本のいろんな形で最高技術を発揮すると競争に勝つんだと、それはちょっと私はいささか疑問が解けない。これは短い時間でのお話だったから言葉足らずで私がそのように受け取ったかもしれませんが、お尋ねをしたいと思います。

波多野里望学習院大学教授・国連人権小委員会委員

○公述人(波多野里望君) 残りが二分しかございませんので、簡単にお答えいたします。  今の第一の見本市と、これは先ほど御紹介がありましたように、明石君はオリンピックという言葉を使っている。オリンピックはややボクシングの試合に近い。私はそうではなくて、むしろ見本市、ショーウインドーだというふうに実は認識しております。競争するのではない。ただし、そこに出たものに対しての評価、いろいろな目、これは十分認識しなければならないと思います。  今、スウェーデンはそこそこの人を出していると言いました。これもちょっと時代によって違うと思うんですけれども、しかし、スウェーデンは御承知のように国防軍でないスタンバイフォースというものを出しておりますけれども、これもひところは六倍以上の応募がありまして、その中から選考して、さらに訓練して出しておりました。  もちろん、それでも少しだらしのないのはいると思います。私も今後ずっと最高の者を常に出し続けると言っているのではありません。日本はおくれて出ていくんです。おくれて出ていって、最初に来てみんなが見ているときに私はだらしのない者をあえて出そうとは思いません。行った者がいいと思ったのがだらしかないというのはこれはありますよ、しかし初めからだらしないと認識した者を出そうという気には私は少なくともなりません。それは日本にとって決して得策ではないと思います。これはもうみんなが注目しているわけですから、そういう意味ではトップの者を出したいなと。  これは御年配の方は御記憶があろうかと思いますけれども、日本が第二次世界大戦で負けたとき進駐車が入ってきました。最初に入ってきたのほかなり優秀でしたね。だんだん後で質が落ちてくる。これはもうしょうがないんですね。最初に一番いいのを持ってくるんですから、残っているのは二番、三番になるわけで、ローテーションとすれば必ずそうなります。ですから、いい者を持っていっても、自然に交代をしていきますとだんだんこうなる。スウェーデンはそういう意味では歴史が長いからそうなっているんだと思います。  それから第二の、オーストリアとおっしゃったのと二度目にオーストラリアとおっしゃったのでちょっとどっちだかわかりかねますが、これもそういう成功した例で、そこでは起こらなかったと申し上げただけで、よそではいろんな事故が起こっていることは確かです。それから麻薬におぼれる人も出てきますし、兵器を横流しする人もおりますし、それはどうもこの軍隊でも起こるようなそういうトラブルはたくさんあります。しかし、それをミニマイズするために、小さくするためには、できるところはそういうふうに万全の措置を講ずるべきだということには変わりはないだろうというふうに私は承知しております。  それから、最後のハイテク、これは競争しろと言っているわけではなくて、日本がそういう技術を持っていれば、例えば先ほどの地雷の探知、もしそういうことが可能であれば、競争というのはある意味で、例えばマーケットの市場価値のあるもので勝って独占しようとかそういうことではない。さっき申し上げたようにコマーシャルベースに乗らない分野ですから。ですけれども、そこにあえて金をかけ技術を投入して、もしそれがなければ触雷して死ぬかもしれない人を三人でも五人でも十人でも救うことができれば、私はそれはすばらしいことだなと。そのためにハイテク、それを支える技術、施設を皆様方にお願いして提供していただけたらと思っただけで、競争しようとか、そういうことを考えているのではございません。  以上です。

井上哲夫連合参議院

○井上哲夫君 時間がないので終わります。

田渕哲也民社党・スポーツ・国民連合

○田渕哲也君 民社党の田渕でございます。  先ほどからの各公述人の御意見をお伺いしておりまして、また同時に、この委員会におけるPKO法案の審議の意見の対立的、そういうものを考えたときに、いろいろ意見はありますけれども、そのもとになるのがやっぱり憲法の理念をどうとらえるか、それから自衛隊と憲法との関係、さらには自衛隊の海外派遣と憲法との関係、それが一番対立の中心点になっておるような気がいたします。  そこで、まず憲法の問題につきまして伊藤公述人にお伺いしたいと思います。  私は、民主主義の国においては、基本的には理念とか価値観というものは個人に属するものだと思います。しかし、その中でできるだけ共通項というものを定める、そしてそれに基づいてルールを決めるのが憲法ではないか、このように考えておるわけでありますけれども、ただ、憲法をめぐって非常に意見が対立しておるのがいわゆる戦争の問題、軍備の問題等であります。これはまさに百八十度違う意見の対立てあります。  ところが、憲法の条文というのは同じ言葉ですね。反対する方も賛成する方も同じ言葉を見て判断される。そして、言葉であいまいな点があれば憲法をつくられたときの立法者の意図とかあるいはその経緯というものを参考にして物を決める。立法者の意図というものも、それからそれが変遷していく経緯というものも、これは歴史の事実でありますから一つであります。言葉も一つ、つくられた経緯も一つでありながら、このように大きな対立を生むというのは一体どういうことなのか。国民の間の共通項であり共通のルールであるものが、これだけ意見が対立するというのは一体どこに原因があるか、この点について伊藤公述人はどう考えておられるのか、お伺いをしたいと思います。

伊藤憲一外交評論家

○公述人(伊藤憲一君) お答えいたします。  私思いますには、田渕先生のおっしゃったことはすべてそのとおりでございますが、加えてもう一つあると思います。憲法に限らず、法律というものはすべて目的を持って制定されております。 その根本目的は、国民の幸福と福利を確保し増進するということでございます。しかし、この目的を達するためには、具体的なその時代と場所の環境、条件を勘案して対応しなければ、画一的な対応で国民の福利と幸福が確保されるものではございません。したがいまして、そのような国際情勢あるいは日本の置かれた状況の変化ということを憲法の解釈に織り込みながら、いかにして国民の最大の福利と幸福を確保、達成するか、かかる観点からなされるのが憲法解釈のもう一つの重要な視点ではないかと考えるわけでございます。  この観点に立った場合、昭和二十年代の敗戦に打ちひしかれ、一億総ざんげして二度と再び加害者にならないということを誓ったときの状況、その精神は引き続き受け継がれるべきでありますが、世界が何も日本に期待しているのではなく、期待していることはただ一つざんげすることであったときと、それから幾星霜を経て今日、世界GNPの一五%を占め、世界の隅々に日本商品を売り込み、その結果としてこの未曾有の繁栄を謳歌する日本国民に世界が期待している責任、義務、連帯感というものを考えるとき、この相違はおのずと憲法解釈に反映されるべきものではないか、かように考える次第でございます。

田渕哲也民社党・スポーツ・国民連合

○田渕哲也君 時間がなくなりましたけれども、私は先ほど波多野公述人がおっしゃいましたように、憲法に規定しております、憲法の最終審判は最高裁がやるべきものと。ただ、最高裁が合憲か違憲かはっきり決めていないときは、これは政治的な判断によると。そうすると、その場合はやっぱり国会の意思というものがかなり私は尊重されるべきだと思いますね。自衛隊というものも、国会が多数で自衛隊法というものを決めて設置しておるわけです。そうすると、そういうものを憲法違反だと言うのは本来からいうと間違っているのではないかと思いますけれども、中島公述人はどうお考えでありますか。

中島通子弁護士

○公述人(中島通子君) 国会が憲法について解釈し、法律をつくるということは、全くそのとおりです。  しかし、今回のPKO法案については、憲法論議が行われていないんです。今、伊藤先生が敗戦直後の特別の状況のもとで憲法がつくられたときと現在は大きく違っているとおっしゃいましたけれども、先ほど私が申し上げたのは、一九五四年に自衛隊がつくられたとき、それは敗戦後の混乱を、あるいは占領という事態をもう脱し切った後ですね。その中で参議院の決議が行われ、それから三十年間にわたって武力の行使はしない、自衛隊は海外に出さないという、そういう解釈が一貫して何度も何度も毎年のように続けて行われてきた。このことを変えようとするならば、形の上で変えないで、しかしあり得ない前提をつけて実質的には変えようとしているわけです、このことを真正面から見据えてぜひこの委員会で議論していただきたい、それが私の心からのお願いでございます。

田渕哲也民社党・スポーツ・国民連合

○田渕哲也君 終わります。

喜屋武眞榮参院クラブ

○喜屋武眞榮君 御三名の先生方、大変御苦労さんでございます。私が最後でございます。沖縄に生まれ、沖縄に育ち、そして沖縄戦を体験し、生き残った私でございますが、結局この問題は私も憲法と自衛隊の問題に集約されたと思っております。その関係はどうするかということについては、まさに国民的コンセンサスをこの機会にきわめなければいけない、こう思いつつ、たった三分間ですので何か一言ずつでもと、お礼の意味を兼ねて申し上げたいと思うのであります。  まず、伊藤公述人にお聞きしたいことは、憲法九条の問題はないというお言葉がございましたが、そのことをもう一遍、ちょっぴりという時間ですけれども、お聞かせ願いたい。  次に、中島公述人にお聞きしたいことは、自衛隊の参加は許されない、こういうお言葉がございましたが、自衛隊をPKOに派遣する以外に日本の国際貢献はないとお考えかどうかということ。  次に、波多野公述人にお聞きしたいことは、人と物のお話がございました。特に人の場合、訓練をする必要があるというお言葉がございましたが、その訓練の内容、どのように訓練すべきでしょうか。ちょっと一言でもお聞きいたしたい。  以上でございます。

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) 各公述人に申し上げますが、時間が迫っておりますので手短にお願いいたします。

伊藤憲一外交評論家

○公述人(伊藤憲一君) それでは、一言で申し上げたいと思います。  憲法九条が禁止しているのは、国権の発動たる戦争、国際紛争解決の手段としての武力の行使であります。これは対等なる二者間のいわば決闘において日本が参加することを禁じたものであります。  他方、PKOは、当事者間の紛争が停戦によって終息した後、国連とその紛争当事者の要請によって参加する非暴力、中立の活動でございます。いかなる意味でも憲法九条の禁止するところと抵触することはあり得ないと考えております。

中島通子弁護士

○公述人(中島通子君) 済みません、この場をかりて、先ほど連合参議院の方の御発言に対しておわびを申し上げたいと思います。私はそのつもりはなかったんですが、併任という言葉を使ったとしたら、これは言い間違いなのでお許しください。休戦・出向でもやはりこれは思い直していただきたいということでございます。  自衛隊参加以外のPKO、国際協力というのはあり得ないかということでございますが、これはもちろんあり得ます。先ほどから何回か申し上げてきたと思いますけれども、社会党がお出しになっている法案で具体的に書かれている。あるいは先ほどカンボジアでは例えば軍事以外でこれだけのことが文民によってできるではありませんかと申し上げました。そのことについては先ほども申し上げたとおりでございますので、どうぞよろしくお願いいたします。

波多野里望学習院大学教授・国連人権小委員会委員

○公述人(波多野里望君) 先ほどお話ししたつもりでございますが、現地に行くお医者さんに今さら医療技術を教えるとかいうことではございません。現地の言葉、UNTACで言えばカンボジア語をまずは理解するように短期集中的に訓練したい。言葉を学ぶことによってその地域の文化、習慣も同時に習得できる、かように存じております。  以上です。

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) これにて公述人に対する質疑は終わりました。  この際、公述人の方々に一言お礼を申し上げます。  皆様には、長時間にわたり有益な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。拝聴いたしました御意見は本委員会の審査に十分反映してまいりたいと存じます。委員会を代表いたしまして心から厚くお礼を申し上げます。(拍手)  午後二時に公聴会を再開することとし、これにて休憩いたします。    午後一時七分休憩      ―――――・―――――    午後二時二分開会

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) ただいまから国際平和協力等に関する特別委員会公聴会を再開いたします。  休憩前に引き続き、三案につきまして、午後は三名の公述人の方々から御意見を伺います。  この際、公述人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。  皆様には、御多忙中のところ本委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございます。委員会を代表いたしまして心から厚く御礼を申し上げます。  本日は、皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の審査の参考にしてまいりたいと存じますので、どうかよろしくお願い申し上げます。  次に、会議の進め方について申し上げます。  まず、お一人十五分程度で順次御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答えをいただきたいと存じます。  それでは、これより順次御意見を承ります。  まず、佐藤公述人にお願いいたします。佐藤公述人。

佐藤欣子弁護士

○公述人(佐藤欣子君) 公述人の佐藤欣子でございます。  本日は、この委員会で国連平和維持活動等に対する協力法律案その他二件につきまして意見を申し上げることを得まして、本当に光栄に存じている次第でございます。  私は、PKO活動への参加の重要性、それからPKO法案と憲法との関係、憲法と自衛隊、自衛隊のPKO活動に関する協力、参加についての問題、アジア近隣諸国の反発と言われる問題、あるいはPKOと国民感情といったようなことにつきまして私の信ずるところを申し上げたいと存ずる次第でございます。  まず第一に、PKO活動への日本の参加の必要性ということでございますけれども、冷戦が終結いたしまして国際連合の平和維持機能というものはますます期待が高まっているところでございまして、日本の繁栄の基礎である世界の平和ということに対して、国連の平和機能を強化するために日本も応分の寄与をしていくということは非常に必要なことであるというふうに存ずるわけでございます。  PKO法案は、既に歴代の総理あるいは外務大臣が繰ヶ返し国際連合等でその成立を約束しているところでございまして、いわば日本の国際公約とも言うべきものでございまして、いまだに成立に至っていないということは、まさに内外の侮りと嘲笑を招くことではないかというふうに、私は日本の国際的信用という観点からも非常に憂えている次第でございます。  それで、なぜPKO法案が成立しないのか。これはもちろん政府案の平和維持活動等に対する協力に関する法律案のことを申しているわけでございますけれども、なぜ成立しないのかということについて私の考えるところを申し上げたいと思うわけでございます。  PKO活動といいますのは、申し上げるまでもなく停戦が成立して、停戦の合意が紛争国、当事国において成立して、そして当事国の同意があることを条件として、しかも非強制・中立の立場で、国連の権威と説得のもとで活動するというものでございまして、これは我が国の平和維持活動への参加に当たって、PKOへの参加に当たっての基本方針、いわゆる五原則によっても明らかにしているところでございます。  このようなものでございまして、しかもPKO活動というものは既に四十年を超える歴史を持ち、国際の平和と安全維持のために多大な貢献をしたということでノーベル平和賞を授与されているというものでございます。そして、世界の八十カ国から五十万人以上の要員が現在までに参加をしたということでございまして、これは皆様方よく御承知のとおりでございます。  我が国でもしPKOに反対するというならば、それはこのような世界の意思に我が国が反対の意見を表示しているということを示しているわけでございます。現にカンボジア、現在問題になっておりますカンボジアでは、二万人に及ぶPKOの要員が世界各国からはせ参じてきているわけでございます。  それに対して、日本人はカンボジアのUNTACには何人いるかといいますと、これはきょうの読売新聞でございますけれども、「各国の視線」という記事がございますが、これによりますと、こういうふうにPKO、UNTACにはたくさんのPKOの要員が集まってきているけれども、日本人は六人ほどいる、しかしそれは全部国連の職員である、本当の日本人はいない、日本の国旗は立っていないんだということがございます。しかも、それなのに、プノンペンの市内には、日本の商社五社が既に現地事務所を構えているんだと。そして、先ほどもお話がありましたように、観光客も来ているんだということでございます。このようなことが世界の人々の目にどう映るかということを日本人はよく考えなければならないわけでございます。  私は、日本が、憲法前文及び九条が明らかに規定しているように、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」する、そういう国家として「国際社会において、名誉ある地位を占めたい」ということを考えるならば、PKOのあらゆる活動に積極的に参加すべきであるということは言をまたないところであるというふうに思うわけでございます。そして、PKOに参加すべきだというのは国民の大多数の意見であるというふうに思うわけでございます。  ところが、PKOは憲法と問題があるんだというお話がございます。しかし私は、憲法を勉強いたしましても、PKO協力法案が憲法のいかなる条項に反することもないということを私は確信を持って申し上げる次第でございます。憲法が禁止するのは、我が国が国際紛争を解決する手段としての戦争あるいは武力による威嚇、武力の行使というものは日本は行ってはならない、すなわちこれが憲法の禁止していることでございまして、PKOとはまさに国連の平和のための活動でございまして、決してこの憲法の条項に触れるものではございません。  なお、午前中にもございましたが、武力の行使という言葉でございます。武力の行使というのは、憲法のコンメンタール、これはそもそも宮沢俊義さんの日本国憲法のコンメンタールでございますが、ここに武力の行使とは何かということが書いてございますが、憲法の禁止する武力の行使とは戦闘行為であるというふうに明らかに書いてございます。それは必ずしも戦争ばかりではないけれども戦闘行為である。それは武器の使用ではございません。そのことをはっきりと分けて考える必要があるわけでございます。  PKOは違憲ではないとしても、自衛隊がPKOに参加することには反対だという意見がございます。それからまた、そういう方々は自衛隊が違憲だからというふうにおっしゃるわけでございます。また、仮に自衛隊が違憲ではないとしても、やはり自衛隊がこのようにPKO活動に参加することは違憲だという御意見もあります。  それについて、私はちょっと私見を申し上げたいわけでございます。  憲法九条にはさまざまな解釈がございますことは皆様方御承知のとおりでございますが、私が憲法を読み、かつ勉強いたしました限りにおいては、憲法九条というものは極めて簡単なことを言っているにすぎないと私は思うわけでございます。それは、憲法は、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」と定めて、第二項は、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」ということでございます。  しかしながら、この規定が非常に多くの解釈を生んでいるというのはなぜかといいますと、これは、そもそもこの憲法のもとになりましたマッカーサー草案というものが日本に関する武力解除、武装解除の規定を入れていたからでございました。そのマッカーサー草案をその当時の我が国のリーダーといいますか、国会で審議をしておりますときに、いろいろと検討いたしまして現在のような法文の形になったわけでございます。  それは何が問題であったかというと、もともとのマッカーサー草案では、我が国を武装解除する、すなわち日本は戦争をしてはならない、戦力を持ってはならないと。こういう規定を日本が、せめて自衛のための戦力、自衛権というものを保障するのだと、そういうふうに直すためにいろいろと御苦労をなすったからでございます。  そして、現在の条文は決して自衛権を放棄したものではない、自衛のための戦力を持つということは決して違憲ではないということを明らかにしたわけでございまして、これは芦田均氏が、当時の憲法審議の責任者であったわけでございますけれども、昭和二十一年十一月三日の憲法公布を前にして刊行した「新憲法解釈」の中で述べていらっしゃることでございますが、第九条の規定が、戦争と武力行使と武力による威嚇を放棄したことは、国際紛争の解決手段たる場合であって、これを実際の場合に適用すれば、侵略戦争ということになる。したがって、自衛のための戦争と武力行使はこの条項によって放棄されたのではない。また、侵略に対して制裁を加える場合の戦争もこの条文の適用以外であるというふうにはっきりと書いていらっしゃるわけでございまして、これはこの占領憲法を受諾することの子々孫々に至るまでの重大な責任を考え、しばしば涙にむせんだ芦田均氏の後世に残す言葉であったと私は思うわけでございます。  実際、当時の憲法審議においても、社会党の鈴木義男議員も、この憲法は自衛権の存在まで抹殺するものではないことはもちろんであるというふうに述べていらっしゃいますし、共産党の野坂参三氏も、我が国は確かに侵略戦争という悪い戦争をした、不正義な戦争をした、しかし自衛の戦争というものは不正義ではない正しい戦争である、我々はその侵略戦争は放棄する、これを明らかにするのが最も的確なことであるというふうに述べていらっしゃるわけでございます。  このように、我が国の自衛隊というものは決して違憲の存在ではございません。しかし、論者によっては、自衛隊が違憲ではないとしても、自衛隊をPKOに参加させるため海外に派遣することは違憲である。まあ違憲違憲とすべておっしゃるわけですが、いわば遺憾ということなんだろうと思いますが、違憲ということがございます。  しかしながら、なぜそれが違憲だというと、PKOに自衛隊が参加すれば日本は軍国主義となって憲法の改正をやるようになるからだというふうに扇動をされるわけでございます。また、PKO派遣をすれば憲法が改正されて恐ろしいことになるんだというような、いわばデマゴーグも大手を振ってまかり通っているわけでございます。しかしながら、それは国民が、いわばこの憲法を平和憲法として世界に冠たるものであり、非武装こそが世界に誇るべき日本の国是であるとした長年にわたる教育をされてきたからでございます。そして、この非武装こそ平和というスローガンを広く受け入れてきたからでございます。  しかしながら、私は考えますけれども、平和というものは無条件に存続し続けるわけではございません。私たちが憲法九条の言うとおり、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求するならば、国連憲章の言うとおり、国際の平和と安全の維持のために我らの努力を結集しなければならないわけでございます。  PKOを適切かつ迅速に行うためには、自衛隊の持つ知識、経験、組織的な機能を活用することが必要なことは言うまでもないわけでございます。PKOは、何と申しましても少し前までは紛争が行われていた厳しい環境での活動でございますから、みずから十分な装備を持ち、通信、交通手段を手当てできることが必要でございますし、このような自己完結的な組織は我が国には自衛隊しかないわけでございます。自衛隊の参加なくして、我が国としてPKOに十分な協力を行うことができるというような主張は全くの幻想なのであります。  この点で、社会党を中心とされた国際平和協力業務及び国際緊急援助業務の実施等に関する法律案についての私見を申し上げますと、この提案者が、我が国が平和の創造に向けて努力すべきであるというふうに主張されることはまことに敬服するに足るものでございますけれども、政府案は自衛隊の活用を規定しており、平和憲法の理念、近隣諸国の疑念、世界の潮流とも逆行するものであるというふうにされることには私は反対をせざるを得ないわけでございます。自衛隊は、前述のとおり憲法に違反するものではございませんし、PKO活動に自衛隊に行っていただくことがなぜ平和憲法の理念に反するのか、私にはわからないわけでございます。  提案者は、非軍事による貢献を主張されていらっしゃいますけれども、もしこの軍事というものが戦闘行為を意味するものであるならば、それは私も当然非軍事でなければならないと思いますけれども、PKO活動は、例えばカンボジアの人々が心から待ち望んでいる活動であり、停戦監視、地雷の除去、通信、医療、ロジ等、すべて軍事部門における活動でございまして、PKOの生みの親と言われるブライアン・アークハート卿が指摘するように、基本的に軍人でなければできない非軍事的活動なのであります。PKO活動というものはもともとが非軍事的活動なのでございます。  もし本案の主張者がおっしゃるように、例えて言えば、川に子供がおぼれている、そのときに私どもが川の岸の上に立って、ここまで泳いできなさい、そうすれば助けてあげましょう、そうすれば手当てをしてあげましょうと言っているようなものではないか。私たちが川に入ることは家訓によって禁じられているということを言っているように思うわけでございます。あるいは、おなかをすかせて泣いている子供に、茶の湯の作法でお茶をたてるからそれまで待っていなさいと言うようなものではないかと私は思うわけでございます。  また、この社会党案は、二千人程度の常設の国際協力隊を置き、病院船などの船舶や輸送機やヘリコプターなど必要な装備を持ち、訓練センターを設置する別個の常設の国際協力隊を設置するというふうにおっしゃいますけれども、これは第二自衛隊にほかならず、この組織を設置するためにはおよそ八百億円もの費用がかかると言われているわけでございます。これは大したことはないでしょうか。これは国民はこんなことを望んでいるでありましょうか。  その次に、このように危険で厳しい仕事にあえて従事していただく自衛隊員に対して、尊敬と感謝の念こそ表することが必要だと私は思います。それなのに、この自衛隊員に退職しろとか休職しろとかよく言えたことではないでしょうか。  私は、憲法の解釈が一貫して矮小化され、縮小されてきている、誤った解釈が行われてきているということを指摘せざるを得ないわけでございます。  我が国は国連加盟以来、一貫して国連憲章の尊重と国連中心主義の外交政策を推進してきているわけでございますから、PKOは国連の活動であり、我が国も当然これに積極的に関与すべきものであると私は信ずるわけでございます。それこそが我が国の現在の繁栄を維持するための必要的な条件なのでございます。  それから、論ずる方はために論ずることもございますが、いわゆるアジア近隣諸国の反発ということを言われるわけでございます。PKOへの我が国の自衛隊の参加に関して、確かにアジア諸国の中には自衛隊の海外派遣には慎重に対応してほしいということをおっしゃるところもございます。しかしながら、もしそのような反発が強ければ、国連から日本に対してPKOの協力依頼をされるということはないでありましょうし、また、私どもはここで思い出さなければいけないのは、中国が我が国に対しては慎重を求めながら、みずからは誇りを持ってカンボジアのPKOに五百名の工兵隊を送っているということでございます。  そして、日本に対しては強い希望、日本の自衛隊が参加することに対する強い希望と支持が寄せられていることも看過するべきではないのでございます。特にPKOの参加こそ、平和日本が世界において名誉ある地位を占めたいという、そういう希望に基づく正当な行為であるということを誠実に我が国は世界各国に説明するべきであると思うわけでございます。  第五でございますけれども、PKO協力法案と国民感情ということがございますが、我が国の国民は長いこと、占領下の憲法のもとに我が国の安全をアメリカにゆだねて生きてきたことでございます。  もちろん平和は貴重でございますけれども、私どもは、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求するならば、正義と秩序を基調とする平和を侵す者に対しては断固として立ち向かわなければならないわけでございます。私どもがその努力を重ねて、世界の平和のために貢献をするということがいかに必要であるかということを学ばなければならないわけでございます。  そして、最近の世論調査も、日本人の間にも確かにより積極的に世界の平和の維持に参加し、国際社会において名誉ある地位を占めたいというふうに考えるものが徐々に上がっている、その割合が高まっているということが明らかになっているわけでございます。  私は、国会が速やかにこの世論に対応して本法案を成立させることを心から期待するものでございます。

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) どうもありがとうございました。  次に、小林公述人にお願いいたします。小林公述人。

小林孝輔札幌大学教授

○公述人(小林孝輔君) 小林孝輔でございます。  話のレジュメをつくってまいりましたので、それを読むことによって公述にかえさせていただきます。  いわゆるPKO協力法案でありますが、等につきましては、私は市民の一人として、かつての学徒兵の生き残りの一人として、また憲法学を勉強している者として、そしてとりわけ、過去四十年余り憲法の教師として学生に対して、憲法こそ日本社会において人間社会の平和と人間人格の尊重のために我々の仲間あるいは先輩たちが血と汗を流して、あるいは生命を賭して確定した最も崇高な社会的価値であり、子孫のために絶対に擁護する責任があると教えてきました教師として、この法案について深い関心を持つものであります。  一九四五年六月二十六日に成立しました国際連合憲章の理念は、これは前文でありますが、二回にわたる大戦の惨禍から将来の世代を救うため、基本的人権と人間の尊厳等を確認し、国際平和と安全を維持し、共同の利益のためにだけ兵力を持ち得るというふうにしております。その具体的方法として国連憲章第二条三項は、加盟国は、国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全及び正義を危うくしないように解決しなければならないと規定しております。また、同じく国連憲章二条四項は、加盟国は、国際関係において、武力による威嚇または武力の行使を、いかなる国の領土保全または政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならないと規定しております。  この国連憲章制定一年余りほど後に制定された日本国憲法は、憲章の精神、つまり反戦、非武装を継承して、前文において、二度と再び戦争の惨禍の起きないようにすることを決意し、平和のうちに生きる権利を宣言しております。これは憲法の前文であります。そして具体的方法として、これまた国連憲章の前記二条三項をより積極的表現をもって継承し、周知のように九条一項において、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、戦争と、武力による威嚇と武力行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄するというふうに規定しておりますし、さらに具体的な方策として、二項では、そのために陸海空軍その他の戦力は保持しない、国の交戦権は認めないということを規定しております。つまり、国連憲章の趣旨と規定とをそっくり、より現実的に積極的に生かしたのが日本国憲法そのものであります。  したがって、我々日本国民が国連の加盟国として国連憲章に忠実であろうとする限りにおいて、何よりも日本国憲法に忠実に従い、これを尊重すること、これが最大にして最善の承継である、こういうふうに思います。  さて、この観点に立ってみると、法案の内容は国連憲章にも日本国憲法にも著しくそごし、もしくは違背すると言わざるを得ないというのが私の考えてあります。  いわゆるPKO法案は五章二十七条と附則などから成りますけれども、諸点において憲法上、法律上、疑問が多いのでありますが、それを一々ここで検討するわけには時間的にも私の能力からいってもまいりません。  とりわけ私が注目しています点だけを申しますと、第三章、国際平和協力業務及び物資協力と、中に含まれている諸条項であります。自衛隊を海外の紛争地域に派遣し、国連の平和維持軍や停戦監視団に参加させ、兵力の引き離しや武装解除の監視に参加させることを内容としているところの規定でありますが、とりわけ平和維持軍は自衛のため、あるいは安保理事会決議に基づき、必要ある場合には武力行使を行う武装部隊であることは周知のとおりであります。このような部隊への自衛隊の投入は、自衛隊が憲法の禁ずる武力行使に踏み込まざるを得なくするものであります。  政府は、平和維持軍に参加する自衛隊が武力行使の危険が生ずれば、業務の中断あるいは部隊の撤収を行うと言うが、国連事務総長の指揮下にある平和維持軍にあっては、日本政府の一方的な判断で業務の中断などを行うことができないことは、いわゆるSOPガイドラインなどの外交文書によって明らかであります。  法二十四条三項の武器使用が違憲ではないという見解もまた、軍事行動の実態やPKO活動の実態を見ない議論と言わざるを得ない。ゆえに、この立法は、憲法的にも国際法的にも国際政治的にも問題があると私は考えるわけであります。  すなわち、第一に憲法違反であり、第二には国際連合憲章違反であり、第三には国際政治にもとる、こう思うのでありますが、第一に国連憲章を継受した日本国憲法の平和主義原則は今や世界に知られ、外国にも熱烈な支持者を持つことは既に知られているところであります。憲法の基本原則というのは、憲法学上、国民主権の原則、基本的人権の尊重の原則と並び、憲法の改正手続をもってしても変更不可能な重要規定、これがいわゆる学説にいうところの憲法の基本原則でありまして、平和原則はまさにこの一つであります。  したがって、これを無視することは、あるいは無にすることは、日本は憲法なき国家であることを世界に表明することになり、国際信用あるいは国際声価を今よりもさらに低下させずにおかないというふうに考えられるわけであります。  第二に、国際連合憲章違反という点でありますが、国際的平和と安全の維持のために四十一条をもって平和への脅威排除、侵略行為鎮圧のため、非軍事的措置等を法は規定しているわけですけれども、したがって、憲法に反し、PKO法案等により自衛隊を海外派遣するごときは国連的理念に逆行する以外の何物でもないというふうに考えられるわけであります。  なお、国連憲章は非戦、非武装を規定する一方で、四十二条では、紛争停止措置として軍事的措置をも規定しているのは事実であります。しかし、これは国連加盟国に対する強制規定ではありません。ゆえに、国連協力をもってPKO法案立法を正当化することはできない、そのように私は考えるわけであります。  第三に、PKO法案は、国際協力ところか、その否定になるのではないかと。  自衛隊の海外派兵は、かつて日本軍によってじゅうりんされたアジア諸国から強く警戒されていることは周知の事実であります。かような現実を無視して海外派兵を強行することは国際協調に逆行し、さなきだに努力するほど逆に悪化をたどっていると言えなくない日本の国際環境を一層劣悪にし不安定にするに違いないと、このように考えるわけであります。  以上の理由から、私は、我が国の他国の国内紛争の軍事的関与という形の国際協力にすこぶる疑問を持ち、反対せざるを得ないのであります。  これで私の意見は終わるのでありますけれども、ここで私の個人的な感懐を一言つけ加えるこ とをお許し願いたいと思います。  私は、先ほど申しましたように、かつて学徒兵として召集されました。召集されたのは四三年の十二月一日でありますけれども、そのときに、与謝野鉄幹の有名な歌、「老いたるは者かしこかりこの国に身を殺すものすべて若人」、という歌をつくづくと思ったものであります。今私は古希でありまして、七十歳でありまして、もはや兵隊に行くことはありません。しかし、だからといって自衛隊に感謝するんではなくて、法成立のときに現実にそれを担うであろうところの青年をつくづく考えざるを得ないのであります。  以上であります。

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) どうもありがとうございました。  次に、渡辺公述人にお願いいたします。渡辺公述人。

渡辺洋三帝京大学法学部教授

○公述人(渡辺洋三君) 御紹介を受けました渡辺です。  一番最後に話をするのが一番得なようでありますので、お二人の話を聞きながら、私は法案に反対の立場から問題点を六つ考えてみました。時間がなければ適当になりますけれども。  第一点は、この法案は論理的な構造が幾ら読んでもよくわかりません。  例えば、重大な武器の問題ですけれども、二十四条第一項は「小型武器」と、自衛官以外は小型に限定しておりますけれども、第三項では自衛官については「武器」とのみ限定し、武器という場合には小型でない武器という想定になっているわけですね。これは第八項からも言えます。「小型武器又は武器」と書いてありますから。この後の「武器」というのは、小型でない武器、つまり中ないし大型の武器を持つ、そしてそれを自衛官は持つと。そして、それは装備として持つということでありますから、だれが見てもこれは軍隊としての機能だということは明らかではないでしょうか。  そこら辺のところをはっきりさせないために、論理的にも何が正当なのか、何が相当の理由がとか、何が合理的かとか、要するに言葉のあやですね、形式的に言葉のあや、形容詞や副詞を並べている。具体的な基準は何もここから出てこないと思います。私の知的水準では、とてもこの法律は論理的整合性がないというふうに思いますし、これはもともとやっぱり憲法に反するものを憲法の枠の中だと説明しなければなりませんから、そのためにわけのわからないものになるのであろう。この点はよく審議いただきたいというのが第一点であります。  それから第二点は、さっき佐藤公述人もちょっと触れましたけれども、他のアジア諸国との関係でありますが、この際やっぱり徹底的に考えていただきたいのは、ドイツと比較した日本の地位です。  ドイツの場合には、ヒトラーの残虐行為を正式に謝罪しまして、その残虐行為をやった人間を戦争裁判で追及する、そういうことをやりました。これはアデナウアー以来今日のコールに至るまでそうであります。そこで、ドイツは戦前の悪夢を清算して、国際社会にわびて、国際的な信用を得ました。  だけれども、どうも日本の政府は逆のようであります。ユダヤ人虐殺に匹敵すべきなのは南京虐殺事件でありますけれども、私も南京に行ったときにどんなひどいことがあったかということを南京の人からいろいろ伺いました。しかし、この南京虐殺なんというのは少し大げさに言い過ぎるとかいうようなことをむしろ言われるような人もいる。これは一例でありますけれども、日本人の中国人あるいは朝鮮人へのいろんな虐殺がありました。それについて日本は本当に謝罪したんだろうか、本当に償いをしたのであろうかということについては非常に具体的に言えば懐疑的な人々が多いわけで、だから慰安婦問題のような問題まで尾を引いちゃったと。まあ慰安婦問題なんというのは小さな問題じゃないかというふうに見る人もいますけれども、なぜそれが出てくるのかというのは、やっぱり戦後が清算されていないということだと思います。  というふうに、私の考えでは、やはりドイツと日本とでは戦後の清算の仕方が違っている。戦後処理を十分にしていない、そこへもってきて自衛隊を海外に出すということになると、やっぱりアジアの人たちの目は複雑になっているのが現状であります。アジアの政府の中には、むしろ日本の政府からお金をもらいたい、ODAその他でお金をもらいたいために日本の政府のやることにそう反対はしまい。だけれども、民衆はちょっと違うんですね。民衆と話していると、やっぱりそれが残っている。その辺のところをやっぱり前提問題をきちんとしておかなければいけないのではないか、これが第二の問題であります。  それから第三の問題は、PKOそのものの問題でありますけれども、御承知のとおり、制定法上の根拠がありませんので慣習法上ケース・バイ・ケースでやってきたわけで、非常にいいPKOというか非常に役に立ったPKOと全然役に立たなかったのと両方ありますけれども、むしろ湾岸戦争以降はちょっと問題になってきているわけですね。特に、去年できましたイラク・クウエート監視団、UNIKOMと通称言っておりますけれども、ここはほとんど当事者である多国籍軍が中心となってつくったということで、これではPKOの従来中立とか同意とかいうのをせっかく積み重ねてきたその原則が崩れるのではないかということでデクエヤル事務総長も非常に心配したわけですけれども、そういうことで湾岸戦争以降どうもPKOというものの存在理由がいろいろ問題になってきているわけであります。  こういうPKOができますと、これはPKFというべきでしょうか、PKFと多国籍軍との区別がつかなくなってくるのを恐れるわけです。ついでに言いますと、多国籍軍という名称も、これは皆さん方は御存じかと思いますけれども、全くインチキな訳語であるわけですね。西側の名称はアライドフォーシズですから、文字どおり多国籍軍というのは国連とは縁もゆかりもない古典的な軍事同盟軍のことであります。それを西側は当然のこととして前提としております。  国連中心主義という問題も後でちょっと触れますけれども、前の国際連合平和協力法案というのは湾岸戦争に人を出そうという場合に、それはまあ前提が全く違うということでありまして、ついでに自衛隊というものは、私は自衛隊そのものには問題があると思いますけれども、安保を前提としても安保条約第五条がありますから自衛隊が動ける範囲というのは領域の中と縛られているはずなんで、だから今度PKOで日本の領域の外にもし自衛隊を出すというのなら、どういう名目であろうと安保条約第五条をむしろ改定してからでなければ論理的にはおかしいのではなかろうかというふうに思っております。この安保との関係も十分御議論していただきた。いというふうに思います。  そしてもう一つは、最近国際法学の間では、PKFとへうものはやっぱり限界があるんだということがいろいろ言われております。つまり、一種の武力行為というのは、やっぱり一時的な役には立つんですね。だけれども、紛争というものは、紛争の原因があって起きるわけですから、紛争の根本的原因をなくなさないことにはPKFが撤退した後また紛争が起きるということになるわけで、そういうことでありますので、そういう意味でPKFについての問題が多国籍軍などと絡んでくるということであります。  第四点は、国連中心主義について若干触れますけれども、国連とは主権国家の集合体ですから、それぞれが自分の国の独自の主権等を持ってそれをお互いに尊重し合うということで国連をつくっているわけです。だから、国連中心というのは私も賛成ですけれども、その場合にはそれぞれの国の独自性や憲法は尊重されなければなりません。日本は独自の憲法を持っているんだから、その憲法に従って独自の立場で活動しますよと、これが日本国憲法の国際協調なんですね。ということで、別に国際協調ということと非武装の貢献ということとは矛盾はしないわけであります。  最後になりますけれども、日本の国際貢献という場合には、やはり憲法のもとで考えるならばどうしても非軍事ということにならざるを得ない、これはほかの国の人たちも言っていることであります。  最近ではフランスのル・モンドという代表的な新聞が、これは東大の樋口先生の本の中に出ておりますけれども、日本は憲法上の平和主義に基づく積極的政策をとらなかったために、国際外交舞台に登場するチャンスを逃がしたといって大きな記事を出しております。つまり日本が日本らしいことをやらなければだめでしょうということを言っているわけです。この記事は、こういうことを日本が言えば、非武装だから日本はだめですよというふうなことを言えば、これは合衆国を大いに怒らせるだろう、しかし怒らせても率直に言うことがやっぱり尊敬に値するというふうに思われるんだと。人間もそうなんで、お互いに自分の意見を率直に言うことでその人間が尊重されるので、言うべきことを言わないで、ただ相手を怒らせまいという行動様式はちょっと日本的なのではなかろうかというようなことを批判しているわけで、この点も含めていろいろ議論していただきたい。  私は、非軍事でやるということが、胸を張って平和憲法を世界に広げていくということがむしろ日本の国際貢献だということを信じておりますので、結論的には最初に述べました佐藤公述人の考え方と大分違うことになりましたけれども、最終的にはこの国会で議論していただくことになりますので、ともかく憲法上の問題でありますから、やはり憲法問題を含めて議論していただきたい。憲法を棚上げするというのは私はちょっとおかしいというか、法治主義の建前からいって憲法のもとで議論していただきたいわけで、憲法のもとで無理ならば、やっぱり憲法改正を素直に提起した方がいいのではないかと、むしろ私は個人的にはそう思います。  ドイツはそれをやりました。だから、ドイツは憲法を改正してECの外に出れるようにしたわけですけれども、日本もやるんだったら、もしこれは政治的問題でやるんだったら、少なくとも憲法改正の手続を踏んだ上で、その上で国民に信を問うべきであるという私の意見をもって、終わりたいと思います。  どうぞ御議論をお願いしたいと思います。

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) どうもありがとうございました。  以上で公述人各位の御意見の陳述は終わりました。  それでは、これより公述人に対する質疑に入ります。  質疑のある方は順次御発言を願います。

尾辻秀久自由民主党

○尾辻秀久君 自由民主党の尾辻と申します。どうぞよろしくお願いを申し上げます。  本日は、先生方にはわざわざお越しをいただきまして、貴重な御意見をお述べいただきまして、私からも御礼申し上げます。ありがとうございました。  ただいまより質問をさせていただきますが、私は専ら佐藤先生にお尋ねをいたしたいと存じます。  考えてみますと、わざわざ先生方にお越しをいただいて十五分でお話しくださいというのは余りに短い時間だと思いますし、渡辺先生もおっしゃいましたが、先にお話しになりますと、後の先生はそれに触れてお話しいただけるわけでありますが、佐藤先生、最初にお話しになりましたので、お二方の先生のお話についてもお触れいただいた方がいいのではないかと思います。そんなことで私の質問をさせていただきますが、質問だけにこだわっていただかずに、先生が言い足りないと思っておられることをこの際でございますからお述べいただければと、あらかじめ申し上げたところでございます。  私がいただきました時間は四十二分でございまして、もちろん先生がお答えいただく時間を含んででございますが、既に一分過ぎたようでございまして四十一という数字が出ておりますが、これがゼロになりますまでが私の持ち時間でございますから、十分お使いいただきますようにあらかじめお願いをしたところでございます。  まず、先生も十分おわかりの上お述べになったところでありますけれども、私から申し上げてみたいと思いますが、このPKO法案、私たちは随分長い時間をかけて審議をしてまいりました。もう議論も大分尽きたと私は思っております用意見の食い違いというのも随分はっさりしております。  私なりに整理して申し上げますと、これは先生もおっしゃったことでありますけれども、人的に国際貢献をしよう、このことについては異論はない、そのように思います。ただ、そのやり方でございますし、そのやり方もせんじ詰めれば、これはもう先生方もおっしゃったとおりでありまして、自衛隊を出すのか出さないのかということでございます。自衛隊を出さない方がいいと言っておられる方々の中にも、大半の方は自衛隊の能力は使わざるを得ない、このように言っておられるようでございます。  私は、自衛隊を堂々と使うのが国際的にも常識だと思うのでございますけれども、申し上げたように、自衛隊を使わない方がいいと言っておられる方々がある。これはちょっと刺激的な表現がなと思いますが、その表現しかないのでそのまま使わせていただくんですが、やっぱり私に言わせていただくとこそく狂手段だと、こういうふうに思うわけでございます。あえて私に言わせてもらうならば、こそくな手段を使おうとなさるのか。  じっと私は聞いておりまして私が理解しましたのは、これまた先生がまさにおっしゃいましたように、一つには自衛隊そのものが憲法違反の存在なんだ、それからもう一つは、よしんば自衛隊が憲法違反の存在でなくても自衛隊を派遣することは憲法違反なんだ、こういう御意見であります。それからもう一つ、大きくはアジア諸国の皆さんの反応が日本がPKOに人を送ることに好意的でない、もっと言うと非常に心配をしておる、だから反対だと、こういうことになるようであります。私がそのように私どもの議論を認識しておるということでお尋ねをさせていただきますということを申し上げた次第でございます。  そこで、既に先生が言われたことでありますが、いま一度基本的なところから、先ほど申し上げたようなこともありますので、先生にこの際さらにお話しいただこうということでお尋ねをいたします。  まず、自衛隊と憲法との関係、それから特に自衛隊が海外に出ることについて憲法違反だという方がおられるわけでございますが、その辺については先ほど先生は余り詳しくお述べにならなかったと思いますので、自衛隊の海外派遣と憲法との関係、特にこの辺についてまずお尋ねをいたします。

佐藤欣子弁護士

○公述人(佐藤欣子君) では、お答え申し上げます。  私は、憲法、日本国憲法でございますけれども、これがやはり非常に歴史的な文書であるということでございます。それはどういうことかといいますと、この憲法がつくられましたのは、御承知のとおり、公布をいたしましたのは昭和二十一年の十一月三日でございますし、施行されたのが二十二年の五月三日ということでございます。このころ日本は大戦に負け、太平洋戦争に敗れてアメリカの占領下にあったわけでございますし、本土は焼け野原になって多くの植民地から人々が引き揚げてくる。本当に四つの島でもとのもくあみになって、国民の生活は塗炭の苦しみの中にあった。そういう状況のもとにこの憲法というものはできたのであるということでございます。  そして、そのときに我が国を占領した連合国最高司令官マッカーサー元帥の指示のもとにこの日本国憲法というものが起草されたわけでございます。そのマッカーサー・ノートというものがございますし、その後にマッカーサー草案というものがございまして、そのマッカーサー草案を訳したものが日本国憲法ということになっているわけでございます。  ですから、私どもは憲法のことを考えるときに、日本はそのころどういう状況にあったのか。そのころには言論の自由もございません。本当に何かを言えば唇寒し、東京裁判の犯人がいつ、だれが捕まるか、そういう時代であったわけでございます。そのときに、一番先に日本の軍事、防衛をどういうふうに考えるか、日本の安全をどう考えるかということでございますけれども、マッカーサーは当時、この四年半もアメリカや世界を相手に戦った強烈な日本という国が武装解除をすること、二度と再び戦争をしないこと、二度と再び軍備を持たないことということをまず念頭に置いたわけでございます。  それは既に明らかになっているところでございます。毎日新聞が今年の五月二日に発表しておりますけれども、当時マッカーサー・ノートというものに、日本は戦争をしてはならない、日本はいかなる軍備も持ってはならない、こういう規定がございましたひしかもそこには、独立国として自己の安全を守るために「自己の安全を保持するための手段としての戦争」もしてはならない、こういうふうに書いてあったわけでございます。  しかしながら、そのマッカーサーの部下でありましたケーディス大佐という、日本の憲法を作成する担当者でございましたが、この者が、幾ら何でも独立国として自衛の権利を持たないというのは考えられないということで、この条項「自己の安全を保持するための手段として」というところをカットいたしました。そして、日本は戦争をしてはならない、国際紛争を解決する手段としての武力の行使、武力による威嚇をしてはならない、こういうふうに規定したわけでございます。マッカーサーも軍人でございますから、それは当然であるということで受け入れたわけでございます。  それは日本を完全に武装解除する、そういう占領軍の目的に適合したものであったわけでございまして、第一、日本はアメリカの占領下にあるわけですから、日本の安全を日本が考えることは必要はなかったわけでございます。  このようなもとに、マッカーサー草案というものは当初、ここに英文がございますけれども、「ウォー」「イスアボリッシュド」、日本は戦争をしてはならない、そして日本は国際紛争を解決する手段として武力の行使ないしは威嚇をしてはならない、こういうふうに書いたわけでございます。そして、そのために日本はとにかくいかなる戦力も持たない、陸海空軍はこれを持たない、交戦権も持たない、こういうふうに書いたわけでございますけれども、しかし当時我が国の指導者は、これでは日本の安全はどうなるか、日本は占領が終わったときにどうなるか、日本の独立をどうやって保持していけばよろしいのかというふうに考えざるを得なかったわけでございます。  ところが、それに対する解答というのは実はございまして、それが憲法前文でございます。憲法前文をよくお読みいただきますと、これをいろんな方が、我が国が「名誉ある地位を占めたいと思ふ。」とかなんとかということで議論なさいますけれども、この憲法前文をよくごらんになりますと、要するにこれは我が国は自分の国を守ることができない。それならばどうするかといえば、それは日本国民は要するに平和を愛好する国々すなわち連合国の国民の公正、正義と信義、お情けに頼って我々の安全と、サバイバルですから要するに生存といいますか、存続を保持しようと決意したというふうに書いてあるわけでございます。すなわち、この憲法前文はまさにポツダム宣言の受取証、そして日本国民の世界に対するわび証文であったわけでございます。  このような状況であったわけでございますけれども、当時の憲法を審議した特別委員会の中でいろいろとこの条文についての工夫が凝らされたわけでございます。そして、それを芦田均氏が後に述べていらっしゃいますように、これでは我が国の自衛権というものが保障できない、これは将来の日本にとってゆゆしいことである。ですから、これをどういうふうにしたらよろしいかということで、現在の憲法九条のように直したわけでございます。  マッカーサー草案と現在の憲法九条との違いを見ますと、そこは、第一項に「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求しこと、この文章を一番前に持ってきたわけでございます。そして、「戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」と。要するに「国際紛争を解決する手段としてはこというのを「戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」というすべてにかけたわけでございます。  すなわち、これは芦田均氏の言われるように、我が国は自衛のためには、自衛権及び自衛の戦争はすることができるんだと、自衛隊を持つことはできるんだということを反対解釈として確保する、そのためにこの文章を直したわけでございます。私は、これは本当に非常に御苦労のあったところだと思うわけでございます。  そして、第二項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」というふうにあったものを、これに「前項の目的を達するためこというのを一つつけ加えたわけでございます。これによって我が国は、確かに侵略戦争のための軍力、部隊は持たない、陸海空軍は持たない、しかしながら自分の国を守るための戦力というものは保持することができるのであるということを明らかにしたわけでございます。  これは私は、本当に日本の将来のことを思った当時のいろいろな方々の御苦労のたまものであったと思うわけでございますけれども、この文章は確かにいかにもわかりにくい。わかりにくいように書いてあるわけですからわかりにくいわけでございまして、その後さまざまな解釈が行われるに至ったわけでございます。  しかしながら、この九条の、日本側の自衛のための戦力は持つんだという意思は的確に理解されたわけでございまして、当時極東委員会というのが日本の占領に関して設けられておりましたが、極東委員会はこの条文を読んで、それで憲法六十六条の第二項に「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。」という条項を無理につけ加えさせたわけでございます。ということは、これはもう貴族院で既に審議が始まっておりますのに大急ぎでつけ加えたわけでございますけれども、これは「文民でなければならない。」というのはなぜかというと、この九条によって日本は将来軍隊を持つことがあるかもしれない。そのときに、内閣総理大臣その他の国務大臣が軍人であってはならない、現職軍人であってはならないということをここにつけ加えたわけでございます。  それをはっきりさせなかったのでございます。それは、その経緯をよく知っている、これは現在ではもういろいろな文書からはっきりしているわけでございますけれども、当時東大で憲法を教えていらした宮沢俊義さん、私も宮沢さんに習いました、良しかくれませんでしたけれども。しかし、その宮沢先生はそのことをお書きにならなかったわけでございます。  それで六十六条第二項に何というふうに書かれたかというと、これは六十六条におけるこの「文民でなければならない。」などということは意味がわからないというふうにお書きになっているわけでございます。というのは、日本には軍隊がないのに何で「その他の国務大臣は、文民でなければならない。」と書いてあるのかと。そこで、しょうがないからいろんな解釈をしたわけでございます。というのはいろんな説がある、文民の意味についてはいろんな説があると。ある人は、「「文民」とは、軍人でない者をいう。軍人であっても、軍人をやめたときはこ「「文民」になる。すなわち、「文民」は、非軍人の意である。」、そのとおりですね。  しかしながら、それでは憲法九条があらゆる軍隊を否認していると解するならば、憲法のもとでそのような軍隊はあり得ず、したがって軍人もあり得ないわけではないか。軍人があり得ないとすれば、日本国民はすべてここに言う文民ではないか。それなら何でこんなものを入れるのか、理由がないと。「せいぜい本項は、日本国憲法の平和主義を特に強調することに役立つと説明できるくらいのものである。」というふうにお書きになったわけでございます。そして、それでもどうしても意味があるとするならば、これは職業軍人の経歴のない者をいうんだとか、あるいは強い軍国主義思想の持ち主でない者をいうんだとか、こんなふうにいろいろな解釈をつけ加えられたわけでございます。  しかし、その経緯は明らかでございまして、我が国は自衛隊を持つことができると、そうでなければ困るということがその当時の指導者のしっかりした先見の明であったわけでございます。  我が国の憲法解釈というのは実は非常に政治的によじ曲げられてきたわけでございまして、本当は憲法制定のころ、先ほど申し上げましたが、社会党の鈴木義男氏にしてもあるいは共産党の野中参三氏にしても、どんな国でも自衛権というものがあるんだ、それを否定することではないんだというふうにおっしゃっていらしたんですが、いつの間にか我が国は自衛権もない、自衛隊もないということになったわけでございます。  それは一体なぜなのか。先ほど、我が国の憲法学者の八〇%はPKOは反対だ、自衛隊は違憲であるという意見であるというふうにおっしゃいましたけれども、多数意見が正しければ世の中苦労はないわけでございます。少数党の皆さんは全くそうお思いになるだろうと思うわけでございますけれども、何もみんながそう言うからといって正しいわけではないわけでございます。政府が何を言おうと、あるいは学者の先生が何を言おうと、私は私が真実であると思うこと、信ずることを申し上げたいというふうに思うわけでございます。ですから、我が国が自衛隊を持てない、自衛隊は違憲であるというお考えは実におかしいわけでございます。  憲法九条の解釈についてもいろいろ三十何説だか、ある人が勘定したそうでございますが、私は勘定したことはございません。しかしながら、司法試験を受けますときには一説に限ったわけでございまして、それはすべて違憲であると。それが一番簡単でありますから、すべて違憲であるというふうに書けばよろしい、そういう問題が出たらそう書けばよろしいと思いまして、参考書の中の九条はクリップでとめて勉強はしないことにいたしたわけでございます。何を言っているんだかわからないというのは、すべてのものが正解でありすべてのものが間違いであるということになるわけで、絶対に試験問題には出ないだろうというふうに思ったわけでございます。  いろいろ学説の分布というものがございますけれども、大体この九条の(「政治家になった方がいいよ」と呼ぶ者あり)ありがとうございます。いえ、なかなか政治家にはなれませんで。  九条をごらんになっていただきましても、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求しこというのがございます。そして、国際紛争を解決する手段としては戦争はしない、武力は持たない、武力の威嚇も行わない、こういうふうに書いてあるわけでございます。これはそのまま読めば何かといえば、侵略戦争はしないと、不戦条約ですね、侵略戦争はしないという意味なんでございます。これは世界の法律の能力のある方は読めばすぐその意味であるということはわかるわけでございます。  ところが、本来それだけの意味なのになぜこれがすべての戦力を否定し自衛権も否定し何もというふうに言うかというと、これは非常に政治的な意図があるわけでございまして、それは反米親ソの勢力は日本の再軍備をもちろん望まないわけでございまして、日本が武力がないことの方が非常にいいわけでございます。  我が国の武器は憲法九条であるというふうにおっしゃるところもあるわけでございます。憲法九条が武器である。なぜかというと、我が国はこの九条のおかげで一回もよその国に攻めていったことはない。九条が武器だと。しかしながら、この九条でなぜ日本の安全が保障できますか。我が国を侵略しようとする国が何でこの九条を守らなきゃいけないか。それをお聞きしたいんですね。日本が安全を保ってこられた、こんないい加減なことを言って安全を保ってこられたのはなぜか。それは冷戦構造があって、アメリカが圧倒的に強く、日本とアメリカは同盟状態にある。日本はアメリカの核の傘のもとにある。だから日本を攻める国がなかっただけの話でございます。  そうして、しかもこの条項をこういうふうに非常に政治的に解釈をしてきたのはなぜかといえば、これはそういう政治的な要請があったからであり、日本の国民はこの九条こそが世界に冠たるものである、日本は非武装申立て戦争はすべて嫌だと。戦争は嫌だ、平和がいいと。それはだれでもそうです。しかし、平和を守るためにはどうしたらいいのか。その平和というものが奴隷の平和であってもいいのかということについてはだれも考えない。先ほどどなたかナポレオンの平和とおっしゃいましたね。それはすべて不正義であり、そして国民を弾圧し押さえつけ、それでもなおかつ平和であればいいのか。そのときに我々はどうすればいいのかということはだれも教えなかったわけでございます。  そして、現在の憲法の中核になっていらっしゃる学者の方でいらっしゃいますけれども、本来、国際紛争を解決する手段としてというものは、侵略戦争をしない、侵略戦争だけを放棄するということなんだと。しかしながら、あえて従来のそういう一般的な解釈、国際的にも通用する一般的な解釈の意味を超える意味を盛り込んで、これは本当に非武装中立なんだよというふうに解釈することも許されないことではないだろうと書いている。これが学説です。許されないことではないだろうと。どうして許されないことではないのか。それは政治的必要があるから許されないことではないだろうということでございます。  こういうふうに前文と憲法九条というものを私は考えるわけでございます。そして自衛隊が、そういったいろんな国民の蔑視、税金泥棒と言われるようなことがありながらも、なおかつ日本の国を守るためにスクランブルを組んで国籍不明機が来れば飛んでいく、私はその姿を見ると本当に感動するわけでございます、よくやってくれていると。ところが、日本国民は一般に、騒音がうるさい、差しとめろと言っているのが日本の国民でございます。きっと、国籍不明機が来てもその方は安心していられる、まくらを高くして寝ていられるんだというふうに考えていらっしゃるようでございますが、私はそうは考えないわけでございます。自衛隊については私はそう考えます。憲法九条についてもそう考えます。  憲法九条の解釈が千々に乱れたということは、戦後の我が国の長い歴史の中でいろいろなさまざまな要素というものがあるわけでございます。  例えばある方々は、日本は軍備がなければ占領するのにちょうどいいというスターリニストの見解もございましたでしょう。それから、何もするのは嫌だと。これぐらいいい話はない、日本はまだ貧しかったですから経済的に強くなるまでは何もしないでいればいいんだ、アメリカがやってくれるんだから日本は金を稼いでいればいいんだというような非常に功利的なエゴイスティックな考え方もあったでございましょう。それから幻想的な、世界は一つ、もうどこの国も日本を攻めることもないし、みんな平和を愛好する国である、みんな一緒になればいいんだというようなそういろ幻想的な世界連邦主義というようなものもあったでございましょう。  いろんなことがあったと思いますけれども、結局においては、日本国民はその自己の責任を果たすということからうまく逃れられればそれがよら しいと、非常に腐敗した平和主義、非常にエゴイスティックな態度をとってきたわけでございます。しかもそれは、先ほど午前中でございますが、どなたかおっしゃいました。とにかく私たちはどんな不正義であっても戦うのは嫌だ、正義の戦争でも日本は参加しないんだというふうにおっしゃったわけでございます。しかしながら、そのような態度を日本人が取り続けてきたということでございますが、それは今まではそういうことが許されてきたわけでございましょうけれども、これから許されることになるかどうか。米ソの対立が終わった後、日本は自分の国の安全というものを十分考慮していかなければならないわけでございます。

尾辻秀久自由民主党

○尾辻秀久君 非常に御丁寧に御説明をいただきました。要するに私は、このPKO法案と自衛隊との関係で憲法の問題でいえば、自衛隊も憲法違反の存在ではなくて、そしてまたPKOに自衛隊を送ることも憲法違反ではない、このように先生は明確に言われたと理解をさせていただきます。もし違っておりましたらまた後ほどお答えをください。

佐藤欣子弁護士

○公述人(佐藤欣子君) つけ加えさせていただきますと、自衛隊が海外に行くということについて、これをすぐ海外派兵、自衛隊の海外派遣で武力の行使をもって行くんだと、こうおっしゃるんですけれども、PKOはそんなことではないわけでございまして、PKOは非軍事活動であるということはもう明らかなところでございまして、軍人でなければできないけれども、それは非軍事的な行動であるわけでございます。  ですから、自衛隊がそれに参加したって、それをもって直ちにまるで戦争に行く、憲法違反であるというわけではございません。そのように言うことが国民に対する宣伝、デマゴーグであると私は言わざるを得ないわけでございます。

尾辻秀久自由民主党

○尾辻秀久君 ただいまの先生の御意見でPKO法案に反対なさる方々の御心配の一つは片づいたんじゃないか、こう思うわけでございます。  もう一つの御心配でございますが、アジアの諸国の皆さんがいろいろまさに心配をなさるということについて先生の御意見を伺ってみたいと思います。  私はこの議論をずっと聞いておりまして、一遍御専門の方にお尋ねしてみたいなと思っていることが一つございました。それは、日本の戦後処理を国際法的に見たらどのように評価されるのか、これはアジアの皆さん方の感情とは別に、国際法的に見たらどうなるんだろうと思いながらこの議論を聞いておりましたので、いい機会でございますから、先生の御意見を伺ってみたいと存じます。

佐藤欣子弁護士

○公述人(佐藤欣子君) まず第一の御質問でございますが、アジア諸国の反応ということでございます。  しかし、アジアといっても応うございますね。東北アジア、中国とか韓国、北朝鮮、それから南西アジアヘ南アジア、インド、パキスタン、バングラデシュというような国もございます。それから東南アジアもございます。いろいろなところがございます。アジアの反応といいましても、ですから私どもが考えるときは、特に韓国とかあるいは中国という国々がどういう反応をされるか、これはよく言われるように慎重にしてほしいということでございますね。  しかしながら、先ほども申し上げましたように、確かに日本だってもちろん慎重でございます。それは何も日本がしなくてもいいことで、自衛隊にお願いをするというようなことはする必要がないと言いますが、もちろん十分に慎重でございますけれども、しかし、おまえの国は黙っている、口は出すな、金だけ出せばいいんだと言われることは一体日本国民にとって耐えられることでございましょうか。  中国は誇りを持って五百人の工兵隊を出した。おまえの国は金だけ出せ、黙っている、手も出すことはないということを言われては、それは国際社会におけるみそっかすではないでしょうかと私は申し上げたいわけでございます。そのようなことであって一体よろしいのでございましょうかということでございます。しかも、カンボジアにまかれた地雷というものはほとんどが中国製であるというふうに私は承っている次第でございます。次に、アジア諸国で、UNTACですね、カンボジアに派遣している国々を見ますと、これは実はアジアの国々も非常に多いわけでございますね。インドネシア、マレーシア、バングラデシュ、それからシンガポール、フィリピン、パキスタン、それから中国というような国々も参加している。もちろんロシアも参加していらっしゃるわけでございます。オーストラリア、カナダその他も参加していらっしゃる。ドイツ、アメリカ等も参加している、オランダも参加している、イギリスも参加している、フランスも参加しているというわけでございます。  ですから、私どもがいたずらに一部の国々の御反対を恐れて、あるいはその方々がちょっと文句を言うかもしらぬということで、世界的に地球上の国々のことを考えないで行動をするということは非常に視野狭窄症のおそれがあるのではないかというふうに私は思うわけでございます。  ですから私は、アジアの反発とおっしゃいますけれども、先ほども申し上げましたけれども、カンボジアのさまざまな要人がぜひ日本にも参加してほしいと言っていることも明らかでございます。それからUNTACの明石さんにしても、やはり日本も参加してほしいと思っていらっしゃる気持ちは本当によくわかるわけでございます。このような行為に日本も地道に参加するということが必要であるというふうに私は思うわけでございます。  さらに、先ほどの御質問でございますけれども、戦後処理の問題でございます。  日本は、戦争に敗れてから講和条約を結ぶまで、昭和二十七年に講和条約を結んだわけでございますけれども、東京裁判というような私どもの歴史にとってまさに忘れがたい事件もございました。このことも私どもは十分考えていかなければいけないと思いますけれども、しかしこのように戦後処理についてはサンフランシスコ条約というのがございます。そのようなことで、また二国間の平和条約その他の条約に従って日本国が誠実に戦後処理問題に対応してきたということは否定することができないことであると私は思うわけでございます。  主要諸国、例えばいろんな地域との賠償問題あるいは財産・請求権の問題、あるいは日本がいわゆる分離した国々、日本が植民地にしていた国々の間の問題というようなところの処理というものは、もちろん韓国については日韓請求権・経済協力協定というものが一九六五年に結ばれて、両国、両国民間の財産・請求権問題は完全かつ最終的に解決されたということが確認されているわけでございます。そして日本は無償では三億ドル、有償では二億ドルの経済協力を供与したわけでございます。  また、中国に関しましては、中国の賠償請求権は中国側が放棄をいたしたわけでございますけれども、その後、日中共同声明というものが出た以上は一切そういう問題は存在していないということになっているわけでございます。日本はこのことを大いに多としてさまざまな経済協力をしてきたことは申し上げるまでもないわけでございます。  台湾についても、サンフランシスコ平和条約及び日華平和条約に基づいて処理をされるということであったわけでございますけれども、日中国交正常化によってそういう取り決めを結ぶことができなくなっているわけでございます。  そのほか、賠償協定でミャンマー、ベトナム、インドネシア、フィリピン等にはそれぞれ処理をいたしているわけでございます。  このようなことで、我が国としては誠実にその国に対してあるいは国民に対して賠償あるいは補償ということに当たってきたわけでございまして、日本も今こそ豊かになりましたけれども、大変戦後苦しい時代を経たわけでございます。ほとんど四十年ぐらいの間は日本人はもう本当に苦しい思いで一生懸命働いてきたわけでございまして、その私どもの先代の努力というものを私たちは無にするようなことをしてはならないとつくづく思うわけでございます。

尾辻秀久自由民主党

○尾辻秀久君 それじゃまた、一生懸命整理させていただきながら聞いておりますので、私の理解したところを整理させていただきますと、日本とアジア諸国との関係は国際法的に見ても日本は誠実に戦後処理をしてきた、そしてまた諸国の皆さんの感情としても、今日本がPKOに行くことに対して決して反対はなさらないというふうに先生は考えておられる、このように理解をさせていただきますし、もしまた違いましたら後ほど御指摘をいただきたいと思います。  せっかく三人の先生方にお越しいただきまして御質問申し上げないのも余りにも失礼でございますので、残り時間が少ないんですが、小林先生にまず一つ聞かせていただきます。  先ほどちょっと気になったんですが、PKO法案が国連憲章違反だというふうにおっしゃったと私は理解をいたしたんです。それで理由を一生懸命聞いていたんですが、時間の関係で先生詳しくお述べになりませんでしたが、そこのところをいま一度御説明をいただけませんでしょうか。

小林孝輔札幌大学教授

○公述人(小林孝輔君) 国連憲章につきましては、先ほど申しましたように、二条三項でその精神を言っていると私は思うのでありますが、それは国際紛争を平和的に解決し、国際間の安全を保障するということであります。そういう規定から見ると、その国連憲章の理念、趣旨、規定に違背するのではないか、そういうことであります。

尾辻秀久自由民主党

○尾辻秀久君 これ以上ここで議論するときじゃないと思いますので、先生のお説を伺ったところで、渡辺先生にも一問、もう極めて素朴な質問をさせていただきたいと思うんです。  先ほど先生が、従来のPKO、いいものもあって悪いものもあったよと言われました。今、私どもが一番問題にしているといいますか、目下のところ急務だなと思っていますのがカンボジアでございますから、このUNTAC、先生はどういうふうに評価をしておられるか。まだ途中でございますが、今後どういうふうになるのか。先生のお使いになった言葉で言えば、いいPKOになりそうかどうか、先生の率直な御意見を伺わせていただければと思います。

渡辺洋三帝京大学法学部教授

○公述人(渡辺洋三君) UNTACそれ自身は、私は、今動いているところですからいいとも悪いともまだ判断しかねるという状況です。しかし、こういう状況のもとでカンボジアの間に中立同意があって動くという、それは原則は守られていますから、さっきのイラク・クウエートの監視団なんかとは違うという意味ではそれ自体を否定はしておりません。しかし、日本が加わることについては、さっき言ったようにちょっと疑問はありますけれども、それ自身は、日本は自衛隊が加わらなくともいろんな参加の仕方はあるだろうと思っております。私は、そういう非軍事の協力はもっと積極的に、これは日本政府のみならず日本の国民全体がやるべきだとは思っております。

尾辻秀久自由民主党

○尾辻秀久君 それでは、最後にまた佐藤先生にお尋ねをいたしますが、先生が言われました最後の国民感情のことでございます。  私は、掃海艇の派遣などで国民の皆さんのこうしたことに対する御理解というのは最近十分できてきたと思っておるんですが、先生はどういうふうに思っておられるか、最後に、ごらんのとおりに五分残っておりますので五分でお述べをいただげればと思いますので、よろしくお願いいたします。

佐藤欣子弁護士

○公述人(佐藤欣子君) 日本国民は、戦後長いこと非武装・中立、あるいはとにかくどんなことがあっても戦わない、不戦の誓いということを国是にしてきたわけでございます。私どもが本当に戦没者追悼の日に不戦を誓っているその日に、世界の各国では、戦没者追悼の日に戦うことを誓っている。自分たちの先代、自分たちの親たちが自分たちのために戦ってくれた、自由を守ってくれた、それに対して自分たちも恥じないように戦うんだということを誓っているということを日本国民は実は知らなかったわけでございます。それで、誓っていることも知らないし、すべての国がみんな不戦を誓っているんだというような幻想を持って生きてきたわけでございます。それが我が国の長いことの国是でございます。日本がこの国是からどうやって目覚めていくのかということはなかなか難しいことであろうかと思うわけでございます。  ですから、問題は、政府ないしはそのリーダー、指導者あるいは政治家の皆様方あるいはさまざまな分野の方々が、やはり自分の信じることを断固として主張されるということが必要であろうと私は思うわけでございます。その意味で、国民の九九%が賛成したからやりましょう、八〇%が賛成したからやりましょうというのは実は民主主義に似て非なものである。リーダーたるものは断固として決意を持って国民にその信を問い、自分の考えることを訴えていかなければならないのではないかと私は思うわけでございます。その意味で、国会の皆様方の責任、責務も非常に大きいものがあるというふうに思うわけでございます。国民感情というものはなかなか難しいものでございます。その意味ではマスコミも大きな責任があると思います。  それからまた、国民感情ということについて言えば、東南アジアあるいはアジアの方々が日本人に対して持つ感情というものも複雑なものがあろうかと思うわけでございます。私どもがいかに努力をしてもその記憶、追憶というものはなかなか消し去ることはできない、一代、二代ではなかなか消えないものかもしれません。私どもは、平和というものは長い息をもって、親交という、平和友好というものは長いレンジのもとに考えなければならないと思うわけでございます。  もちろん私どもは、日本人が経済力がついてきたあるいは強くなったというようなことで傲慢になり、自分たちの考えることが一番正しいのだというような考えを持ったり、あるいは貧しい国をばかにするというようなことがあってはならない。醜い日本人になってはならない。そして、この富を世界のために、そして日本のためにも本当にためになるように使っていかなければならないというふうに私は考える次第でございます。

尾辻秀久自由民主党

○尾辻秀久君 きょうは本当にいろいろ御意見いただきまして、ありがとうございました。最後は私どもを励ましていただきまして、心して頑張っていかなきゃいけないなと、こういうふうに思ったところでございます。  二分残っておりますが、終わります。

櫻井規順日本社会党・護憲共同

○櫻井規順君 きょうは、我が国のオピニオンリーダーでありますお三方に公述人として御出席いただきましてありがとうございます。  ここに取り出しましたのは、さきの同僚の議員と同じですが、自衛隊の海外派遣は許すな、新たな平和協力のあり方というのは経済建設、地域社会づくり、新しい行政機構の確立という面の民生分野で頑張ってくれ、そういう趣旨のはがきが来ておりますものですから、この次、一般質問させていただくときには封書も持ってまいりますが、以下、質問をさせていただきます。  貴重な時間でございますのでできるだけ簡潔に質問させていただきたいと思いますが、最初に質問の趣旨を少々話をさせていただきたいと思います。  これからの我が国の国際平和協力のあり方というのはどうあったらいいかということを考える場合に、我が国として考えるべき基本的な幾つかの点があると思います。  一つは、さきの太平洋戦争の教訓というものをどう踏まえるか。その教訓から我が国の憲法が生まれてきたわけでありますから、この憲法というものをどう踏まえるかという問題がまず第一だと思います。それから第二に、今日なおあの戦争の傷跡といいましょうか負の遺産というものがあるわけであります。これから我々が国際協力を考える場合に、この負の遺産というものを信頼関係を確立する上においてどう整理するかという問題が二つ目にあると思います。それから、はしょっちゃうわけでありますが、合いわばポスト冷戦という時代を迎えているわけでありますが、このポスト冷戦という時代に我が国の自主的な外交の基本というものはどこにあるのかというのが三つ目だというふうに思います。  そして、国際的な平和協力を考える場合に地域紛争というものにどう対処していくかという課題があると思いますし、最後に、我が国の国際平和協力のあり方、こういう問題があると思います。こうした全体の問題に対してきちんとした回答が我が国の外交としても展開されなければならないというふうに思うわけであります。  以下、そんな趣旨に沿いながら質問をさせていただきたいというふうに思います。  最初に、戦争の教訓でございます。  小林先生からまずお伺いをしたいというふうに思います。  小林先生も渡辺先生も戦争の体験を少丸お話しになりました。私も十歳のときに終戦を迎えまして、予算委員会でも少々触れたわけでありますが、親に連れられて括弧づきですが満州に行きまして、おやじとおふくろと兄貴を失いまして、十一歳のときに帰って、さんざんな目に遭って戦争が終わったわけであります。私は、参議院に出馬するときもいろいろ考えたんですが、歴史あるいは社会というものに流される人ではなくて、歴史、社会というものをつくる人間でありたい、こういうことを嫌というほど感じて今政治に挑んでいる者でございます。  さて、それで憲法の評価の問題でありますが、最初に小林先生にお伺いいたします。  先生の著作や論文は多く読ませていただいている者でありますが、まず、今日の国際平和協力というものを考える場合に、憲法前文なり第九条の果たしている役割というものを先生とうごらんになっているか基本的なお考えをお聞かせ願いたいじ、先生は御存じかどうか、宮澤総理も時々言うんですが、我々の方を向いて一国平和主義であってはいけない、こういう主張をされます。この一国平和主義の意味は、先生誤解されると困るわけでありますが、こういう趣旨のように私は感じます。湾岸戦争のときにこの言葉は自民党さんや総理の方から出てきましたが、自分の国さえ平和であれば他の国は顧みない、それがいわば我が国の憲法を支持している社会党の考えであるかのようにおっしゃっております。この一国平和主義という、今の私の説明で足りないわけですが、どんなふうにとらえておられますか、お聞かせ願いたいと思います。

小林孝輔札幌大学教授

○公述人(小林孝輔君) 平和というのは一体何だろうかということから考えていきますと、甚だこれ難しい問題でございます。我々だけが、よそが戦争しても我々の方が平和であればいいという意味の平和であるというふうに今おっしゃいましたけれども、そういう意味の平和であるならば、まさにそういうような平和は日本国の政治は考えていないと、そういうふうに思います。  といいますのは、例えば安保条約を見ますと、加盟国のどちらかが襲われた場合には共同防衛しようということを書いていますし、一九七〇年をもってどちらかが一方的に解除してもいい、破棄してもいいという内容はありますけれども、破棄しておりませんから、ですから戦争が起こったらばそいつをわき見で拱手傍観しているというような一国平和主義はおかしいというのでしたらば、そういう態度はとっていないのではないかというふうに思います。  けれども、平和主義というものが安穏に幸福に生活する状況ということを意味するのでしたらば、まさに憲法は「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から」除いて、そして「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する」という権利、そういうものを平和というのでしたらば、恐らくこの願い、要求、状況というものは我々のものとして憲法に書いてありますけれども、しかし「われらは」と言っているのは後から「全世界の」とありますから、これは一国のみならず全世界の平和を望んでいるというのが状況ではないでありましょうか。  以上であります。

櫻井規順日本社会党・護憲共同

○櫻井規順君 ありがとうございました。  次に、いわばこの前の日本の侵略戦争の負の遺産とも言うべき問題をどうお考えになっているか。負の遺産といってもなかなかたくさんありまして、全体的に言えば、前回の侵略戦争の事実確認なり、あるいは反省あるいは謝罪と、こういう問題に要約できるかと思いますが、具体的には広島や長崎での被爆者の外国人の問題もありますし、強制連行問題、そして最近特に大きくなっています従軍慰安婦の問題、あるいは心の傷の問題が教科書等の問題にあらわれてきておりますけれども、そうした問題があります。  こうした問題についてたくさんのまだ傷跡が残っておりまして、その問題の解決というのが非常に急務であろうというふうに思いますが、いかがでしょうか。PKO法案の問題と関連しながらお話しいただければありがたい。

小林孝輔札幌大学教授

○公述人(小林孝輔君) まさにお説のとおり、負の遺産というものはたくさんあるし、それを清算するということが最も重要な国家、国民の課題ではないかというふうに思います。  多少関連しますが、話は延びますけれども、私個人もそうでありますし、多くの人が、非常にまずいことを我ながら自分に対してもし、人に対してもし、アジアの人たちにもしというふうに考えている人が少なくないということは、私もいろんな文献からわかるのでありますけれども、しかしなお決して十分ではないということを私は感じます。  その例を二つほど挙げたいのでありますが、一つは、私、日本学術会議、ここにおられる渡辺教授も一緒のメンバーであり、彼は部長だったのですけれども、学術会議におりましたときに、二国間交流計画というのでバンコクの学術交流に参ったことがございます。そのときに、あそこに世界的に有名な比較憲法の学者がおりまして、その方が座談会が終わりまして私をホテルまで送ってくれましていろんな話をしていたのですけれども、とにかく第二次戦争によって非常に学問も学問施設もひどい目に遭って、それの復興ができていないのだということを、まだ今から五、六年前でありますけれども、そういうふうに言いました。  私が、タイには世界戦争のことはなかったはずだがと思うので、どことの戦争ですかと言ったところが、お国が攻め込みましてと言うんで、いやあ日本が行ったのかというんで私はそのときにいささか申しわけないと、自分で知らなかったので申しわけないという気持ちを持ったわけであります。  私は、主としてドイツ憲法を勉強していまして、ドイツに何回か、長いときは一年ちょっと、短いときは二週間ぐらいということで十回前後ドイツに滞在しましたけれども、いつ行ってもびっくりしますことは、例えばシュピーゲルなんという雑誌があって、また幾つかの雑誌と週刊誌やら新聞やらございますが、ナチスドイツによって自国内でのさまざまな蛮行、例えばユダヤ人の虐殺でありますとか、それから近隣諸国に対する侵害、権利侵害、財産侵害、あるいは人身侵害含めまして侵害があったことについて、悪かったと、こういうことをやったということを見ないときはございません。非常にいわば負の遺産に対する自己批判というものがいろんな場合に見える。あるいは文学で、あるいは学問で、あるいはさまざまな政治ニュースで目に触れるのであります。  それを見ますと、やはり我々はいかに考えてもまだ反省し切れない面が非常にある。それをしないうちに例えばこういう軍隊の派遣なんということを考えるということは、やはり非常に問題があるとされてもこれはやむを得ないんだろうと、こういう気がする次第であります。  以上です。

櫻井規順日本社会党・護憲共同

○櫻井規順君 戦争の、前太平洋戦争の惨禍をも見ず、憲法の精神も酌まず、そして負の遺産に対する真剣な対応もなく、自衛隊の海外派遣のPKO法を急ぐということは非常に問題だと私は意識として持っているわけでございますが、いま一つ、今ポスト冷戦という時代を迎えまして我が国の外交の基本姿勢の問題で、これも小林先生にお伺いいたします。  今、ドイツのお話が出ましたけれども、ドイツの対応を見てみましても、東西ドイツの統一の問題を含めまして今まで相対峙していた国が、東ヨーロッパに向かっても信頼を醸成する措置というレベルではなくて、統一の努力をして、アメリカのいろいろな核戦略や軍事戦略に対して、独仏にせよ自立した外交を展開しようという努力をしているということ、あるいはソ連、東欧に向かって一緒に全欧安全保障会議に入りましょうという提案をしているというようなこと、あるいはユーゴスラビア等の紛争に対しても調停の努力で、外交の努力でもって解決をしようとしていること、非常に自主的にポスト冷戦という問題に対して積極的に対立関係をなくすために努力をして、軍縮もまた進めているわけであります。  こうした基本的対応というものを、我が国の外交を見てみた場合に、先生、どんなふうにお感じになっておりますでしょうか。

小林孝輔札幌大学教授

○公述人(小林孝輔君) 外交問題は私よく勉強しておりませんのですけれども、冷戦ということは結局米ソ対立ということであると思いますが、ソビエトロシアの崩壊によっていわゆる冷戦がなくなったということは非常に結構なことだと思いますし、幸福なことだと思います。そのような状況をポスト冷戦というならば、ポスト冷戦が政治的に経済的に社会的により継続するような努力と助力をするということが、外交だけではないでしょうけれども、少なくとも外交においても最も重要な根本線であろう、こういうふうに私は思います。  甚だどうも抽象的ですけれども、問題が大きいものですから、失礼します。

櫻井規順日本社会党・護憲共同

○櫻井規順君 大変恐縮でございます。専門家に少々、生の外交問題で恐縮でございました。  次に、渡辺先生にお伺いいたします。  ブッシュ大統領が一九九〇年八月二日の演説で新世界秩序構想というものを打ち出しました。この同じ日にイラクのクウエートの侵略があったわけであります。この新世界秩序構想というのは、御案内のように地域紛争をどう解決するか、地域の覇権主義にどう対処するかということが基本になっていて、その基本構想を発表された日に今の事件があった。実は、歴史的事実というのは今だんだん明らかになってくるわけでありますが、イラクがクウエートに侵略をするということは、一九九〇年の八月二日の前、七月の末にイラクの外相がアメリカの大使を訪ねたときの会談でかなりはっきりとほのめかされているわけであります。  そこで、私は地域紛争の問題についてお伺いするわけでありますが、地域紛争はカンボジアを見てもわかりますように、シアヌーク殿下が統治していた非常に支持率の高かったあの政権が、御案内のように、千九百七十何年でしたか、アメリカのバックアップのロン・ノル政権に倒される。その後、中国のいわばバックアップのポル・ポト政権に倒される。その後、今度はベトナムのバックアップのヘン・サムリン政権が成立するというふうに、地域紛争というのは地域に自生的、内生的に発生するのではなくて、外因によって発生するという面が強い。特にイラクのあの多国籍軍の戦いは、自分たちの売った兵器を相手にして自分たちが戦うという姿をつくったわけであります。  こうした地域紛争の解決という問題は基本的にどう対処されるべきものか、お考えがあればちょっとお聞かせ願いたいと思います。

渡辺洋三帝京大学法学部教授

○公述人(渡辺洋三君) 詳しいことはちょっと時間がありませんけれども、原則は、さっき言ったいいPKO、悪いPKOという基準は、やはり民族自決権と内政を尊重して内政干渉にならないPKOがいいPKOで、かつて内政干渉になったのがあるので、それは悪いPKOだと、私の基準からいえばそうなります。  地域紛争というのは、お説とちょっと違うかもしれませんけれども、基本的には国内に要因があると思うんです。だから、国内的に血も流し合っている、そこへ持ってきて外から国連軍とかあるいはPKOが入ってきてまた血を流し合うことになると、逆にますます解決しないこともあり得る。そういうこともありまして、今、国内紛争というものは同時に外国の武器なんかみんな使っています。大国の、今までアメリカとかロシアのそういう武器をみんな使ったり、フランス、ドイツの技術を使ってやっているわけですから、北側諸国がそういうことをやっていることが逆にその悲惨な戦争を大きくしているわけですね。それが南北問題でもあると私は思います。  だから、もともとはその地域の中に紛争の種があるんだけれども、その紛争の種をややこしくしているのはむしろ北側の処理の仕方にある、そうなってはいけないんだということと、さっき小林先生が言われましたけれども、国連憲章も、だからできるだけ平和に解決してくださいということで、湾岸戦争の場合にもできるだけぎりぎりのところまで待ってくださいということを言っていた。それがちょっと私は早過ぎたと思いますけれども、武力行使に突入するのが。もっと経済的制裁、その他の調停、そういうものがいろいろあったわけですね、フランスその他。そういうふうにできるだけ血を流さないような処理の仕方を考えて外交努力をするというのが、ほかの国でもそういうことですけれども、特に日本の憲法のもとではそれがいいんじゃないか、基本的にはそう思います。

櫻井規順日本社会党・護憲共同

○櫻井規順君 政府提案のこのPKO法案の内容で仮に自衛隊を派遣する場合に、安保条約では第六条で極東条項というのがあって、日米周の安全保障の措置を講ずる地域というのは限定されているわけであります。この内閣提案のPKO法案は全く地球どこへでもという考えになるわけでありますが、こうした現行安保条約並びに憲法の趣旨に照らして、この内閣提出のPKO法案の問題点といいましょうか、それは渡辺さん、いかがでしょうか。

渡辺洋三帝京大学法学部教授

○公述人(渡辺洋三君) 私個人の立場では、憲法の規定を厳密に解釈すれば、先ほどの佐藤公述人とは違って、やっぱり自衛隊それから安保そのものも違憲だと思ってはおりますけれども、しかし、安保は成立しております。六〇年安保ができましたので、そのもとで考えても、あのときにやっぱり自衛隊は外には出しませんよということで第五条を設けたわけですから、それとの整合性があるんだろうかということをむしろ国会の皆さんにお伺いしたいということと、それから、やはりPKOとか多国籍軍、むしろ同盟軍ですね、この関係が今はっきりしなくなりつつありますので、湾岸戦争のアジア版が起こった場合に、どうもその安保の枠が広がってきて、事実上領域を超えた本来禁じられている集団的自衛権というものの方にこれは弾みがかわりはしないだろうか。これは政治的な憂慮ですけれども、法律的には安保条約五条との関係をすっきりさせていかないと議論がまずいんじゃなかろうかというふうに思っているわけです。  そういう点について、やはり何といっても日本国憲法は特殊であるということは世界的にも認められているわけですから、その特殊性を最大限生かすことが、先ほど申しました日本は日本らしいやり方で国際貢献しましょうという私の趣旨であります。

櫻井規順日本社会党・護憲共同

○櫻井規順君 今度は小林先生にお伺いいたします。  地域紛争を解決する上で、先ほど国連憲章のお話をお聞かせいただいたわけでありますが、何か地域紛争解決の決め手が日本の自衛隊の派遣であると、これは余りにも短絡的な考え方ではない か。今まで触れましたように、我が国の政府として国際平和外交の面でなすべきことがいっぱいあるのにかかわらずこういうことになるのも一つ大きな問題ですが、これからの我が国の国際平和協力のあり方というものを考えてみた場合に、地域紛争の原因というのはやはり経済的貧困ということが一つの大きな土壌としてあると思います。それから先ほど言ったように周辺のいわば大国を中心とした干渉があるというふうに思うわけであります。  そういう中で、結局平和協力のあり方というのは、あるいは地域紛争を起こさせないポイントというのは、一つは、我が国がやっているわけですが経済協力の推進ですね。それから、紛争を予知、予防といいましょうか、イラク・クウエートの場合もこれは十分予知できたわけであります。問題は、予防措置がわかっていてもやらなかった。むしろああいう状態にしてたたくということが中心になったかと思うんですが、それはあくまでもやっぱり予知、予防措置を講ずる外交努力だというふうに思います。そして信頼醸成の措置というものをやっぱり展開することにあるというふうに思うわけでありますが、この武力によらざる地域紛争の解決のあり方、事前の解決のあり方、こういう点について何かお考えがあればお聞かせいただければありがたいんですけれども。

小林孝輔札幌大学教授

○公述人(小林孝輔君) 私の若干これは思いつきみたいなことも入るかもと思いますけれども、いわゆるアメリカとソ連の対立した冷戦時代には、しばしば地域紛争というふうに見られたものは代理戦争の趣があったことは知られているとおりであります。そこで、米ソ対立、二大勢力、実は片一方は余り大でなかったんですけれども、二大対立というものがなくなった後のいわゆるポストコールドウォー下の地域紛争になりますと、どういうようなものが原因であるのか、どうもはっきりわからないのでありますけれども、しかしあるのは事実でありますが、どうも見ていますと国内の内紛、派閥争いみたいなものではないか。それが激しくなっていく。  ですから、私も本当にまた外交問題というのはよくわかりませんですけれども、内紛でいろんな派閥争いというのは決して外国ばかりの話じゃないですけれども、非常に派閥争い、覇権獲得競争がいわばもっとトラスチックな物理的な方法を用いて行われているというのが多くのいわば内紛、地域紛争じゃないのかというように思われます。けれども、決して好ましいことじゃないのでありまして、今もおっしゃいましたように、確かに一つは貧困もある。これも結局権力で、自分が権力を握ればもっと豊かにしてやるということが名目であるところの経済戦争であるならば、結局これも権力闘争となります。  ですから、それはどういうような原因なのかということによって対応が違ってくると思いますけれども、いずれにしても武器をとって殺し合うということは極めて不都合なことでありますので、例えばだれがどういうコースで武力を売っているのかという、その武力を売る死の商人というか死の国家を探り出し、それに対して、国連の名なりあるいは直接のいわば申し入れなりでもいいですけれども、武器を売るなということをもっともっと強烈に国連は動くべきじゃないだろうか。  少なくとも日本のような憲法を持って、武力はつくっていないはずであります、それから軍隊もないはずでありますから、日本こそ、そういうような、国連に対して強硬に、武器を売り買いするな、あるいは製造をするなということを言う権利も資格もある国が積極的に動くべきだろう、こう思います。また、そういった武器を搬入させないということ、これはさまざまな経済的な方法もありますし、ルートの、輸送の問題もありましょうししますけれども、とにかくそういうことをやる。  それから、和議をする、仲介工作をとるということでありまして、ついでに言いますと、それに武器を持った人員を派遣して、そしてそれを遂行させるということは、むしろこれは火に油というようなことになるのではないかというふうな気がいたします。  若干どうも感想が入ってしまって申しわけありません。

櫻井規順日本社会党・護憲共同

○櫻井規順君 この国連平和協力法の三条の一は、国連総会決議、国連決議に基づいての我が国のPKOの派遣、PKFの派遣といいましょうか、になっているわけでありますが、三条の二になりますと、附属機関ということでその幅は広くなっております。そしてまた提案の趣旨にありますように、国連の指揮下に明確に入って動くということではなくて、内閣総理大臣のもとでやるというかなり弾力的な対応になっているわけであります。  その場合に、これからの近隣諸国と日本との関係でどういう事態が発生するかわからないわけでありますが、国連決議以外にも、我が国のPKFに自衛隊の派遣の道というのが開かれる危険性があるというふうに思うわけでありますが、国連憲章の趣旨から見まして、そうした我が国の自衛隊の派遣という問題に、いかがでしょうか、小林公述人にお伺いします。

小林孝輔札幌大学教授

○公述人(小林孝輔君) 私も、先ほどの渡辺公述人と同じように、そもそも自衛隊の派遣どころか自衛隊法自身が合憲性が疑わしい、憲法上の正当性がないというふうに思っているものですから、その質問はどうも基本的に私はちょっとお答えしにくいんですけれども、ただ私自身が軍隊へ行きまして、敵が来たらば逃げるとか、武器を持っていても使わなければいいんだ、使うような命令は出さないというようなことは、口では言え、文字では言えましても、実際には全くこれは空疎なことであります。  例えば歩哨に立っていますと、もうすべてのやみの風の動きさえも敵に見えて、猫なんかが通ってもすぐ引き金を引きたくなっちゃうんですね。ですから、敵がいて、武器を持っていて、あるいは敵が来るかもしれない状況にあって、仮に来なくても、来なくてもよく警察官が誤射をしたというので責任を問われますけれども、場合によってはピストルを持っていること自身で非常に怖いのであります。  モンテーニュという随筆家が昔おりましたけれども、彼が自分の持っていた国がついにあの百年戦争の中でも全然国内よりも、外国からの侵略も受けなかった、それは自分の領土は一切武器を持たなかったからだということを書いておりますけれども、やはり武器を持っている、一人でも非常に怖いのでありますから、派遣した軍隊が軍事行動をとらないとか弾を撃たないということは非常に望ましいことかもしれませんけれども、それは現実性が全くないと言っていいというのが私の体験、経験でございます。

櫻井規順日本社会党・護憲共同

○櫻井規順君 渡辺先生にお伺いしますが、今言ったようなわけで、この内閣提案のPKO法案は国連決議以外にも自衛隊の海外派遣の道が開かれる法律になっていないかどうか、そしてまた武器の行使はないと五条件で内閣の方は説明しているわけでありますが、武器の行使という危険性についてお感じになっているかどうか、その辺いかがでしょうか。

渡辺洋三帝京大学法学部教授

○公述人(渡辺洋三君) 後の方からお話しします。  これは先ほど述べましたように、二十四条の第三項というのは、どう見ても中大型の武器を持った組織としての装備を持った軍隊でありますから、それが必要ないのならばこういう書き方、こういう文章自身も要らないわけで、むしろこういう法律案ができるということは、そういうものを法律的に許容しているということを意味するわけです。だから、この法律が通れば、どのように自衛隊が中大型の武器を持って出ていってもこの法律には違反しないということになりますから、その辺で、もともと武器を使用しないということならば武器の規定も要らないわけですね。だから、武力行使と武器の使用とを分けるということ自身にやっぱり問題があると思います。  そして、一般の隊員の小型というのは限定されておりますからいいですけれども、自衛官の場合には、中大型というのはどこまで伸びるのか、少なくとも法案の、これは政令、規則その他でまた具体的にできれば定まるんでしょうけれども、法律に関する限りは、これで通っちゃえば、この枠の中で自衛隊の行動というのをコントロールできる法律的、論理的根拠はなくなるというふうに思います。  それは法律論ですけれども、それから政治的にはまた、さっき言ったようにPKOとかそれから多国籍軍とかだんだん入りまじってくるとすれば、そういうPKOじゃなくて多国籍軍の中に日本の自衛隊が入っていくということもそれはあり得ると思いますね。危険性はないとは言えない、何が起こるかわかりませんから。湾岸戦争のアジア版というのは常に考えておかなきゃならない問題だと思いますので、そういう場合に備えて、日本はそれを軍事の方で解決しようとするのか、むしろ非軍事の方で解決しようとするのかというところの境目にきている、そういう法案だと思いますので、これが通ればやっぱり日本の状況は一変するというふうに私は思います。

櫻井規順日本社会党・護憲共同

○櫻井規順君 小林先生に対する質問としては最後ですが、この前の太平洋戦争を考えてみた場合に、アメリカと乱本の経済力格差というものほかなり大きな格差があって、かなり軍部独走の戦争という性格が強いわけでありますが、アメリカが今世界に軍事戦略を展開しているのは、やはり世界の平和ということと、アメリカが世界に置いてある資産を守るということが一つ大きな目的があるというふうに思います。  今、我々がポスト冷戦、今日の段階を見てみた場合に、アメリカとの経済力というのはむしろ経済摩擦が起きるほど力をつけて、それから近隣のアジア諸国には大変な日本の資産があるという状況の中で、日本と現地の皆さんとの間にどういう問題が起きるかわからない。そういう状況の中で、地域紛争、自衛隊の派遣の道と。そうすると、その資産をいわば軍服の制服軍隊が守るというイメージもこれはもう私は出てくる可能性大だというふうに思うわけでありますが、そういう心配を私はしていますが、取り越し苦労でしょうか、いかがでしょうか。

小林孝輔札幌大学教授

○公述人(小林孝輔君) お答えする前に、私、先ほど申しました歩哨の経験でございます。私、戦地へ行っておりません。歩哨をしておったときの緊張感の話をしたわけでございまして、戦地へは行っておりません。戦地での歩哨の怖さというものではございません。  今の御質問の内容なんですけれども、軍隊を外国にやった場合にはその軍隊は国益を守るためにのみ動くものではないかというような御趣旨でしょうか。

櫻井規順日本社会党・護憲共同

○櫻井規順君 そういう面が、そういう機能が出てくるんじゃないでしょうか。

小林孝輔札幌大学教授

○公述人(小林孝輔君) それは当然だと思います。そうなると思います、また、もちろんそれだけじゃないかもしれませんけれども。国益というものは多くはやはり生命、財産の保護でありましょうけれども、もちろんそのほか、国の名誉だとか、今後の政治の方向を有利にするためだとかあると思いますけれども、直接的にはやはり生命、財産の保護、保障ということじゃないかと思います。

櫻井規順日本社会党・護憲共同

○櫻井規順君 先生、ありがとうございました。  要するに日本の国際協力は、もう本当に日本の場合は軍人は似つかわしくない、本当に民間の技術者なり専門家の人と人との交流というものを中心に考えるときに来ているということを私、痛感しておりますし、先生のお話からもうかがい知るわけであります。  佐藤欣子先生、時間がなくなって恐縮でございますが、ちょっと三つ質問させていただきまして、お答えいただければありがたいというふうに思います。  先生の本を読ませていただきました。第三十一回国連総会の第三委員会に日本の代表として御出席されたと。国連の機構の中でもわかりますように、安保という分野が今までウエートが高かったわけですが、他の環境や文化や教育やいろんな分野がますますその任務が重くなってくる。特に、東西問題よりもむしろ南北問題がこれから国連の主題になるべきだというふうに思います。そういう点で先生のお考えはどうか。  いま一つは、この我が参議院では、自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議というものを自衛隊法と防衛庁設置法を議決したときにしております。その中で、鶴見祐輔参議院議員がこういう発言をしております。「我が国の場合には、自衛とは海外に出動しないということでなければなりません。如何なる場合においても、一度この限界を越えると、際限もなく遠い外国に出動することになることは、先般の太平洋戦争の経験で明白であります。」。こういう発言と参議院の決議というものをどういうふうにお受けとめになっているかということが二つ目でございます。  もう一つは、従軍慰安婦という傷跡について日本はどう解決をしたらよろしいか、簡潔に御答弁いただければありがたいと思います。

佐藤欣子弁護士

○公述人(佐藤欣子君) 国連総会に二回ほど私は日本政府を代表して参加させていただいたわけでございますが、私が国連で感じましたことは、とにかく当時でも百五十カ国ぐらいございましたが、これらの国々が東西南北の軸の上にあるということでございます。  東西というのは何かといいますと、これは自由と不自由、要するに共産主義体制と自由主義体制、東と西の対立てございます。それから南北の対立。これは北と南、豊かな国と貧しい国でございます。そして北の豊かな国と南の貧しい国との間の差は、量的な差ではございますけれども、それは大変な差があるわけでございます。南の国は北の国に対して絶えず援助を求める。もっとよくしろという、自分たちの資源をもっと高く買えという要求になる。OPECが出る前でございましたけれども、そういう動きは既にございました。そういうことを私はつくづく実感したわけでございます。  そして、世界のすべての国々は自由で豊かな国になりたいという大きな動きを示しているというのが私の感じでございました。そしてすべての国々がその軸上で自分たちのナショナリズムですね、自国の利益を最大限に発揮し、守りたいというふうに思って行動している、それが私のひしひしと感じたことでございます。南北問題の解決というのは非常に重要でございますけれども、それは各国の自助努力もございますし、さまざまな北と南との間の対話ということが行われなければいけない。そして、もちろん我が国は資源の浪費をしないというようなこと、あるいはさまざまな技術移転によって南を助けるということは非常に必要なことである。それはもちろんだれも否定することのできないことであろうかと思います。  第二に、海外出動をせざることということでございました。  自衛隊の海外出動というのはどういうことかといいますと、これは申しましたとおり、武力の行使の目的あるいは国際紛争を解決する手段として武力の行使をする、すなわち制裁戦争をするということ、そういうことはもうとんでもないことでございまして、私も平和を祈る気持ちは全く人後に落ちないつもりでございます。私も先生と大体同じぐらいの年代あるいはちょっと前でございますから戦争の悲惨さというものは十分知っているわけでございます。そういうことで、自衛隊の海外出動ということは私どもは十分考えなければならない。  ただ、PKOと海外出動あるいは武力の行使をもって海外派遣をするということとは全く違うわけでございます。国連にはPEO、ピース・エンフォースメント・オペレーション、要するに強制的に平和をつくり出すという第七章がございます。これはいまだにできませんが、国連軍の行為でございます。それからPKO、平和を維持するための活動ですね。そしてPMO、平和をつくるための活動と、三つの領域に分けることができました。  私どもが今論じているのはPKOの問題でございます。それを混同されますと、お話が限りなく混乱をしていくわけでございます。そして結局、一たびPKOであろうと自衛隊が海外に行くと恐ろしいことになるぞということは、先生方もう皆様おっしゃるのでございますけれども、これは日本の民主主義に対する軽蔑、侮辱の言葉であると思うわけでございます。日本人はそれほどばかではなくなったと思います。それこそ、戦後の長い民主教育、そして戦前の経験、戦前の恐ろしい戦争への反省ということから日本人は賢くなっていて、そんなことで簡単に民主主義制度を否定するような、何かあったらすぐ軍国主義になって恐ろしいことになるというようなもうおどかしか効くような国民ではないと私は信じております。それだからこそ、私は日本国に未来があると思うわけでございまして、そのようなおどかしをするということはフェアなことであるとは思えないわけでございます。  簡単にお答えを申し上げました。この辺で終わりたいと思います。

櫻井規順日本社会党・護憲共同

○櫻井規順君 どうもありがとうございました。

常松克安公明党・国民会議

○常松克安君 何はともあれ、本日三人の先生方にお越し願いまして、心より改めて重ねて御礼申し上げます。ありがとうございました。  さて、私は佐藤先生に御意見並びにいろいろな角度からお教えを願いたいと存じます。ただ、申しわけございませんが十三分でございますものですから、先生は先ほどから雄弁、多弁でございますので、どうか三点ほど、現実即応はどうあるべきかということについてお伺いをいたしますので、大体一問で四分以内におまとめ願えれば幸甚かと存じますので、よろしくお願いいたします。  我が国はあの湾岸戦争を契機に、国民の中にも国際社会に対する我が国の協力または貢献に対する反省がようやく沸き上がり、一国平和主義ではいけない、金、物だけではなく、人の貢献をとの声が上がってまいりましたことは御存じのとおりであります。私たちはこういう中で、国連のもとで平和を守るとうとい活動であるPKOに寄せてせめて参加していこうと、このPKO法案の成立を目指して努力してまいりました。既に国際貢献の論議を始めて二年有余に相なったわけでございます。  ここで先生にお伺いいたしたいのは、国際社会の日本に対する評価であります。万が一にもこの法案が成立しないようなことになったとするならば、私は国際社会の中で取り残されるとの深い危惧を抱くものであります。国際経験の最も豊かな先生であります。この御意見をお述べいただければ幸せと思います。お願いいたします。

佐藤欣子弁護士

○公述人(佐藤欣子君) 簡単に申し上げます。  私は、あるイギリス人と湾岸戦争の開戦の直前にちょっと食事をしたことがありまして、あしたからどうなるだろうと申しましたら、彼女は平然と、私たちは戦う準備ができていますと言われました。なるほどそうか、私たちは戦う準備ができていますというのは、要するに同盟とはともに戦うことである、ともに戦っだということが同盟を強くする、そのことを私はつくづく思ったんです。私どもはそんな覚悟ができていない。ただ、イギリス人はアメリカ人と強い同盟を持っている。自分たちは同盟とはともに戦うことであるというふうに考えている。だれだって、自分の子供や自分の夫や自分の父が戦争で死んでしまうことをだれが望む者があるか、私は本当にそう思うわけでございます。それをやはりやらなければならないときはやる、そこにこそ初めて強い同盟というものはあるんだということでございます。  できるだけそういう機会はないようにしなければいけませんけれども、一たび事が起こったときには同盟とはそういうことである。そうしますと、アメリカ人が日本人に対して、何だ、おまえたちは今まで自分たちの同盟国だと思っていた、友人だと思っていたら、いざとなったら後ろを見せて逃げていってしまった。これは日本人に対する大変な憤激の思いがございます。  私は、そのころアメリカ人に手紙を書いたことがあります。それは別にこんなことを書いたんじゃなくて、ただまた会いたいねとか、この間ありがとうというような手紙でした。そうしたら、そのアメリカ人が私の書いた手紙の裏を使って返事をしました。近くに来たら寄ってくれと、ニューヨークの人ですけれども。私はそのときに、別にアメリカ人のその人が何も日本の態度を非難したわけではありませんけれども、なるほどこんなところに日本人に対する憤激の思いというものがあるのかなと思ったわけです。それは違うのかもしれません。しかし、私がそう思ったことは間違いないのであります。こういうことで反米感情あるいは嫌日、嫌米といいますか、そして日本に対する要するに反日感情というものがつくられていくのかと私は思ったわけでございます。

常松克安公明党・国民会議

○常松克安君 次に、論点を変えて申し上げます。  私ども公明党は、現在国連のPKO、UNTACが展開しているカンボジアに石田委員長を初めとする調査団を派遣し、現地をつぶさに調査してまいったところでございます。その結果、まさに戦後の混乱期であり、さらに厳しい風土も加わり、治安あるいはまた水、食糧、その上四十八度にもなるような気象条件の中で、何一つとってもとても文民で本格的な支援をすることは難しいのではないか。このときに自衛隊の能力を活用することが最も適切であるとの判断に至ったわけであります。  文民が本格的に活躍できるのはUNTACの活動が十分にできてから後のことであるとの考えを持っている方もたくさんいらっしゃいます。特に先生は、報道関係の取材に対してこういうふうにもまた角度を変えておっしゃっておられます。火事のときに危険であってもあえて火事を消すのを助けることこそ大事だ、まず必要だ、非軍事、民生の援助は鎮火の後だ、こういうふうな端的なコメントを聞かされているわけでございます。我が国の人的貢献のあり方について自衛隊の活用を含め、御意見を各種さまざまと伺いたいと存じます。

佐藤欣子弁護士

○公述人(佐藤欣子君) 公明党が現地をごらんになられて、自衛隊がどうしても必要だというふうな結論に達せられたことはひどく私は敬服するわけでございます。といいますのは、やはりこのような場合には自衛隊のような経験、そして組織、そしていろいろな知識というようなものが必要であろうかと思うことでございます。そして、今おっしゃられましたように、私は、それはもちろん非軍事といいますか、PKOというのはもともとが非軍事でございます。軍事の行動ではございません、非軍事でございます。しかしながら、とにかく先方がしてほしいんだということをしてあげるのが、これが援助であろうかと思うんです。協力であろうかと思うわけでございます。  カンボジアの人たちが何を日本にしてもらいたいのか。例えば地雷を除去してもらいたい、道をつくってもらいたい、平和にしてもらいたい、武器を放棄してもらいたい、それをしてあげることが本当の援助であって、日本は、我が国の憲法に基づけばこうこうこうであるから、もう少し終わってから薬と食べ物を持ってくるよというのは、これは向こうの求めるものでもないし、それは我が国の独善と自己欺瞞にすぎないだろうと思うわけでございます。この社会党の提出されました法案を見ますと、本当にいわば自己欺瞞、自己満足というものがあって、我が国はこうしかしませんと言っているわけでございます。  そこで、先ほど私が申し上げましたように、子供が川に落ちておぼれようとしているときに、とにかく岸までいらっしゃいよ、そうしたら私たちはあなた方を岸の上に上げて、そして薬でも手当てでもしてあげますということを言っていることは決して援助と感謝されるものではない、国際社会で十分評価されるものにはならないでしょう。日本人は大体そのような情けない国民であったんでしょうか。日本人はもっと雄々しい、そして美しい心を持った国民であったんではないか。日本人はいつの間に法匪といいますか、細かい法律のあっちやこっちをやって、そして三百代言の国になったのかというのが私の考えでございます。  私は弁護士でございますけれども、三百代言ではないつもりでございます。

常松克安公明党・国民会議

○常松克安君 どうぞ、時間を気になさらず、もっとおっしゃっていただいて結構でございます。  私たちも自衛隊の活用を含むPKOへの本格的な参加は国際社会の中で日本が果たさねばならない当然の協力であり、責務と考えております。しかしながら各種の世論調査を見ると、PKOへの理解は深まりつつあるものの、いまだに国民の完全な理解を得るまでには至っておらないとも考えられます。特に、PKOへの自衛隊の参加が戦争への第一歩などの誤解からか、子供を持つ母親や戦後御苦労をなすった御婦人など、男性よりむしろ女性の不安が強く出ているようにも報道にございます。  私どもは、こうした国民の理解が正しく行われるまでの間、いわば軍事色の濃いPKFの本体業務を凍結し、その他の分野からPKOに参加し、現実を重視される女性の皆様にまずPKOの実態を知っていただくことを考えていかなきゃならない、こういうふうにも考えております。  先生にお尋ねいたしたいのは、PKOへの国民の理解と、特に女性の理解を得るためにはどうすればいいかという点であります。女性の皆様が佐藤先生のように率直な認識を持っていただくとまことにいいのではないかという考えもこれはあります。存分に御意見を承りたいと思います。

佐藤欣子弁護士

○公述人(佐藤欣子君) 私は、言論活動というものが、特にマスコミの啓蒙活動、いろいろな場で議論を闘わすということが非常に重要なことであるというふうに思っております。私が女性の皆様方によくお話をするときに例をとりますのは、世の中にはいじめっ子がいる、すごい悪いやつだと。いじめっ子が悪いことはみんなよく知っている。それからいじめられっ子というのがいて、いじめられている、泣いている、悲しい思いをしている。これがいることも確かである。しかし、問題はいじめっ子といじめられっ子ではなくて、それを見ているその他大勢の子供たちにこそ問題があるのではないかというふうに申し上げるわけでございます。  それは、その他大勢の子供たちがいじめっ子を抑え、それからいじめられっ子を慰め助けてあげれば、いじめという現象はなくなるのではないかというふうに思うわけでございます。日本人自身はかっていじめっ子でございました。世界からさんざん非難を受け、戦争に負け、いじめられっ子、もう二度と私どもはいじめっ子にはなりませんと。しかしながら、世の中にいじめられっ子がいて、いじめっ子がいるときに、日本は私どもは知りませんと、これが一国平和主義ですが、そのときに何ら手をかすことはいたしませんということではこれはいけないのではないでしょうか、それはいじめという現象を減らすことにちっとも役に立たないのではないでしょうかというふうに申し上げるわけでございます。そうすると女性の方々もおわかりいただけると思うんです。  しかしながら、とにかく恐ろしいことになるんだといういわばデマゴーグといいますか、宣伝といいますか、やはりそういうものが非常に強い。ですから、私などがこういうことを申し上げると、女にあるまじき言動である、どんな恐ろしい女がというふうに思われるわけでございますが、それをあえて申し上げているわけでございまして、そういうあえて申し上げる女性がふえてくれば、これは自然に変わっていくのであろうというふうに思うわけでございます。  お答えにはなりませんが、先生のますますの御活躍を期待するわけでございます。

常松克安公明党・国民会議

○常松克安君 以上で終わります。

立木洋日本共産党

○立木洋君 日本共産党の立木洋といいます。貴重な御意見、どうもありがとうございました。  早速、質問させていただきますが、まず最初に、渡辺公述人にお考えを述べていただきたいと思います。  現在問題になっているこの法案、これがこのまま通るなんというようなことは政府自身も思っていないという状況にあるわけです。ですから、さまざまな修正論議が報道されております。その一つに、PKF凍結論というふうな論議もあります。もともとパリ協定では、カンボジアのUNTACの軍事部門はすべて一体であって、武装して武力行使が認められているというふうに定められております。それを、その一部の軍隊、部隊を、これはより軍事的な色彩の強い部隊に自衛隊が参加するのはだめで、他の支援部隊に参加することはよいというような論調がありますが、私は全くこれは成り立たない論議ではないかというふうに思います。結局は、自衛隊を部隊として海外に出すということにならざるを得ないというふうに思うんですが、最近のこの修正論議を踏まえまして、先生は憲法上この論議をどのようにお考えになっておられるのか、お考えを述べていただければ幸いです。

渡辺洋三帝京大学法学部教授

○公述人(渡辺洋三君) 先ほど言ったことの繰り返しになりますけれども、私はPKOそのものには反対じゃないことは確かですけれども、このPKOの中でもPKFというものが中心になっている場合が多いわけですね。  それで、この法案を見ても、どうしてもPKF中心のやはり軍事立法というような感じがあるわけで、先ほど申しました武器の問題にしてもそうであります。そういう前提があるというそういうPKOの活動については、憲法上の制約をやっぱり超えているということを先ほどお話ししたわけでありまして、そういうことをやるのならば、むしろもう憲法改正という問題に率直に結びつけて国民に議論してもらった方がいいと私は思っているわけです。だから、憲法改正という手続を踏まないで自衛隊を海外に出すということだけを通すというのは手続的に見てもおかしいんじゃないかということを先ほどお話ししたわけです。  だから、今その修正とかなんとか、私よく知りませんけれども、新聞報道で出ているようですけれども、凍結とかなんとかあっても、この本体部分について私はおかしいと思っているので、それを凍結したら直るという、凍結は解除されることもありますし、凍結ならば反対、反対ならばこの法案全体意味がなくなりますから、公明党が凍結を主張されるんだったら、むしろ反対と言われた方が私は筋が通ると思います。  そして、間もなく選挙もあるわけですし、選挙で国民のその意見を聞くということで、この選挙の前に慌てて通す必要は何もないんじゃないでしょうかと私は思います。筋を踏んでいただきたいということがむしろ法治主義的な筋じゃなかろうかということであります。まだその法案の修正もできていないんでしょう、再修正も。だから、出てみなきゃわかりませんけれども、本体部分はそう変わっていないということであれば、やっぱりこれはまずいのではないかということであります。  どうしても無理して法案をつくっているから、先ほどの論理を逆に私が援用すると、この法案はかなり三百代言的だというように思っております。

立木洋日本共産党

○立木洋君 それじゃ、次に小林公述人にお尋ねしたいと思いますが、先生も先ほど申されましたように、この法案の重要な問題点に憲法違反の内容があるという御指摘がありました。  それで、私が申し上げたいのは、このPKOが非軍事だというふうに誤解なさっている向きがあると思うんです。このPKOの標準行動規定という国連の文書には、中心が軍事活動であって、これが軍事部門であるということは国連の文書に明記しているんですから、PKOが非軍事だと言われるのはやはり一種の誤解ではないか、国連の規定から見て誤解ではないかというふうに私は思います。  その点で、今日出されている法案、結局この軍事活動を行う場合にこれはPKFが中心になるわ けですが、そこでは武装した、そして武器の使用が認められた軍隊が活動するということになるわけですね。ところが、この法案では、自衛隊の部隊が海外でこれに参加をして武器を使用する場合に、国連の指揮によって行うものでもない、それから自衛隊の指揮によるものでもない、これはすべて自衛隊員個人の判断にゆだねられる、こんなふうになっているんですね。これが憲法違反になる武力行使なのかどうなのかということが、こんな重大な問題が個々人の自衛隊員に任されるということは私は重大な問題だと思うんです。  ところが、この問題では、この法案には武力の行使にならないような禁止規定、つまり、このようなことをしたら武力の行使になるからだめですよという具体的な規定というのは全くないんです。こういう法案を見れば、まさに憲法違反にならないという保障はこの法案の中にはないんではないかというふうに指摘せざるを得ないと思うんですが、この点についての先生の御見解をお聞かせいただきたい。

小林孝輔札幌大学教授

○公述人(小林孝輔君) 全く同感でございますので、もうそれにはつけ加えることはございません。  自衛隊を海外紛争地に派遣して、そして維持活動や停戦監視団に参加させ、兵力の引き離しや武装解除の監視に参加させるというだけですと何の変哲もありませんけれども、この平和維持軍が武装部隊であり、そしてそれに応じて行動するようになりますと、軍隊そのものを多少とも見たり聞いたりすれば、そういうようなばかげたことはあり得ないということで、もうこれは絶対に軍事行動になるというように思います。  それから、この際ついでに、先ほど言うまでもないから言わなかったことなんですけれども、立木先生じゃありませんで、櫻井議員の発言のとき、海外に武力を派遣することは財産の保全のためであるのだろうかとおっしゃったのでありますけれども、それはそれだけじゃなくて、いろんなことを目的にするのであろうと私は答えました。しかし、そういうような目的を武力によって行うということは理論的に見ても事実の上からいっても実はあり得ないというので、目的は恐らくそうなんであろうと私は言ったわけでして、だけれども、そうなるものだというふうに私は言ったわけじゃありません。言うまでもなく、歴史的な経験に照らしても理論的にでもそういうようなことは、むしろ逆にこそ作用すれ、財産、生命の保全になることは全く考えられないということをつけ加えてついでに申し上げます。

立木洋日本共産党

○立木洋君 時間が来ましたので、ありがとうございました。

井上哲夫連合参議院

○井上哲夫君 私は、連合参議院を代表して、わずかな時間でございますが御質問をいたしたいと思います。  私は、国会決議、先ほど櫻井委員が話題にされましたが、参議院で昭和二十九年六月に自衛隊の海外出動をなさざる旨の国会決議がございます。この国会決議について、これは私ども議員がもちろん判断をすることでありますが、御専門の公述人の方にお尋ねをしたい。  佐藤公述人についてのお考えは先ほど伺いましたので、時間もありませんので、小林公述人と渡辺公述人に、国会決議についてどのように今これを受けとめるべきか、そして今回の法案についてはどういうふうにそれと絡まるのか、御意見をお聞かせいただきたいと思います。

小林孝輔札幌大学教授

○公述人(小林孝輔君) どちらに質問の矢が来るかわからなかったものですから、ちょっとぼんやりしていました。失礼しました。  確認させていただきますと、自衛隊法の違憲性ないしは合憲性についてどう思うかということでございましょうか。それについて違憲の決議をしたのだけれども、(「参議院の国会決議」と呼ぶ者あり)参議院で決議したけれども、それに対する感想でございましょうか。

井上哲夫連合参議院

○井上哲夫君 もう一度お尋ねを繰り返します。  実は参議院で、昭和二十九年に自衛隊法ができたときに、自衛隊員を海外に出動させない旨の国会決議がその当時の国会議員超党派で成立をしておるわけでございます。この国会決議がその後何度も選挙を重ねてきて、今生きているのか死んでいるのか、生きていてどういう力を持っているのか、さらに、その既定の国会決議は佐藤公述人の御見解では今回のPKOには関係がないという御解釈であったわけでございますが、小林公述人にその点の御見解、さらに続いて渡辺公述人に同じ質問で御見解を承りたい、こういう趣旨でございます。

小林孝輔札幌大学教授

○公述人(小林孝輔君) よくわかりました。  自衛隊そのものを私は、先ほど申しましたように憲法に妥当しない、こう考えております。それは、「国際紛争を解決する手段としては」ということを条件づきと見ないで、条件づきの戦争否定ないしは戦争肯定というのは結局においては戦争肯定であるというような理論あるいは歴史的事実からであります。  けれども、憲法学の中には、「国際紛争を解決する手段としては」というのを専守防衛ならば認める、攻撃は認めないというふうに条件づきで認める学説がございます。そういう学説に立ちますと、防衛上の軍隊、つまり自衛隊なら認めるということになりますけれども、しかし、その学説に立ちましても、それは国内的ないわば防衛ならば軍隊を認めるけれども攻撃的なものは認めないとなりますから、海外派兵は許さない。この憲法が存在する限りにおいては先ほど伺いました決議というものは妥当である、こういうふうに私考えます。よろしゅうございましょうか。

渡辺洋三帝京大学法学部教授

○公述人(渡辺洋三君) 私も院の決議は賛成です、どんな理由でも海外に出すことはない方がいいと私は思いますから。院の決議ですから、恐らく院でまた責任を持ってあの決議を取り消すまでは院の決議として皆さん方を拘束しているのでしょうね、これは。

井上哲夫連合参議院

○井上哲夫君 今、渡辺公述人のお話は、院の決議ができてその解除の決議がない限り引き続き国会決議というのは生きておる、こういう趣旨でございますか。

渡辺洋三帝京大学法学部教授

○公述人(渡辺洋三君) それは事情変更の原則が。ありますから、事情が変わったらということで院の決議をまた変えるということは論理的にはできますね。だけれども、それをやらない限りはやっぱりそれに拘束されているんじゃないですか。

井上哲夫連合参議院

○井上哲夫君 その点は今、小林公述人は触れられなかったのでございますが、その点はいかがでございますか。

小林孝輔札幌大学教授

○公述人(小林孝輔君) 妥当であると申しましたのは生きているという意味でございます。今でも決議が生きていると考えなければならないと思います。

井上哲夫連合参議院

○井上哲夫君 それで、もちろん今の国会決議によって今回の法案はやはり触れるものであるということでございますか。

小林孝輔札幌大学教授

○公述人(小林孝輔君) 全くそのとおりでございます。ですから食い違っているというふうに思います。

渡辺洋三帝京大学法学部教授

○公述人(渡辺洋三君) そうだと思います。  ただ、変わる場合には無定見に変わるわけにいかないでしょうから、こういう理由があって今回は変えますよという院の決議ができれば別ですけれども、それまでは拘束されているはずです。

井上哲夫連合参議院

○井上哲夫君 時間がないということで慌てていろいろかいつまんだ質問をいたしまして、公述人の方に少し戸惑いを与えましたことをおわびして、私の質問を終わります。

田渕哲也民社党・スポーツ・国民連合

○田渕哲也君 民社党の田渕でございます。  佐藤公述人にお伺いをします。  最近の雑誌に佐藤さんはこういう言葉を書かれております。  「日本の滅亡は始まった――これが、私の実感  である」一九九〇年十一月二日付の産経新聞  「正論」紙上で、私はこのように書いた。そし  でそれは、現在もなお私の実感である。それと  ころか、日本の政治の推移は、その実感をさら  に深めるのみなのである。最近の平和と安定した我が国の社会では一般の国 民が見ればこれは非常にショッキングな言葉だと思いますが、私はこの言葉が肺臓に突き刺さるような気がします。  そこで、佐藤さんにもう少しこれを詳しく説明いただきたいと思います。

佐藤欣子弁護士

○公述人(佐藤欣子君) 本当にどうもありがとうございます。私の書きましたことをそのように胸にとめていただきましてありがたいと思っております。  といいますのは、私がそれを書きましたのは、やはり日本の現在の政治の推移でございますね、そして新しい国民の要求がいろいろあるのにそれを国会、政治が十分吸収し得ない、そして、国民が非常にそれをもどかしく思っている。それはこのPKOについても同様でございまして、本当だったら日本はなぜこのPKOにちゃんと参加できないのだろうか、それを私は思うわけでございます。  そして、国が非常に栄えているように見えるとき、実は既に衰亡は始まっているというのがすべて事実であろうかと思うわけでございます。戦後日本は、非常に四十年間営々として努力をして世界にもまれに見る経済発展をしてこのような立派な国になったわけでございますけれども、実は日本は、日本の近代を四十年ずつに区切って非常に衰亡を繰り返しているということ重言われるわけでございますけれども、日本が国際的に期待されている役割を果たし得ないとき、日本が自分がどういうことをすべきか、世界からどういうふうに思われて何を望まれているのかということがわからなくなったときに、日本はいつも滅亡への第一歩を始めている。  それはかつて昭和二十年ですね、四十年前、日本が太平洋戦争で敗れて、本当にひどくなってしまった。その前の四十年実は日本はすべきことをしなかった。そのためにその後、日本は衰亡の道をたどったんだということが言われるわけでございますけれども、昭和六十年以降まさに日本はそういう道をたどっているのではないか。  例えば、これは申し上げれば日米の緊密な同盟関係というものが戦後の日本を支えたわけでございます。日本の繁栄というものを支えてきた。アメリカは日本に市場を提供し、安全を提供し、そして日本を国際社会に復帰させた、そういう国であったわけでございますけれども、その日米間の親密な関係というものも今や危うくなっている。そして、アメリカはアメリカの問題の上に非常に大きな困難に直面をしている。ソ連はこのように旧ソ連が崩壊をしている。そして、中国もあれば北朝鮮もある、韓国もある。  そういう世界の情勢の中で日本は本当に何をすべきかということについて見通しを持っているのだろうか。ここにいらっしゃる政治家の皆様方が本当に日本の将来を憂え、先憂後楽という思いで日本の将来を考えなければ日本は本当に危ういのではないか、日本の経済繁栄はもう終わりではないかというのが私の実感でございます。  そんなことでそういうようなものを書いたわけでございます。

田渕哲也民社党・スポーツ・国民連合

○田渕哲也君 私も前々から人間の歴史を振り返ってみますと、永遠に繁栄した国はございません。また、繁栄の中にこそ衰退の芽は生ずるという西洋の哲学者の言葉もございます。ただ、そういう繁栄から衰亡に向かうときにはさまざまな原因があり、さまざまなきっかけがあろうかと思います。その中で最も普通なものは、情勢が変わったのにそれに気がつかない、従来の発想とか従来の論理というものから抜け出ようとしない、そういうことが衰亡のきっかけをつくるという例は非常に多いと思うのであります。  私もこの国会のPKOの論議に参加しておりますけれども、かっても国論を二分するような重大な政治上の論議がありました。戦後は単独講和か全面講和がという問題、日米安保条約反対か賛成がという問題、その都度国論を二分するようなことで国会も紛糾して決まりました。  確かに、単独講和より全面講和の方がいい、これは理想としてはそうです。しかし、もう既に東西の力の抗争が始まった状況では、これは理想論であって現実的ではありませんでした。それから、日米安保条約を結べば戦争に巻き込まれる、中国、ソ連こそ平和勢力だ、こういう議論もありました。しかし、今日振り返ってみると、あのときの決定というものは間違っていなかったと思うんです。単独講和に踏み切って日本が西側の一員として戦後の独立国の第一歩を踏み出したことは間違っていなかった。そして、ヤルタ体制の中で東西の抗争がある以上は、日米安保条約を結んで日本の安全保障を図るということも間違っていなかったと思います。  このPKOの論議でも、くしくもこの賛成、反対の勢力を見てみますと、その当時のときとよく似ておるわけです。私は、その意味で、今こそ旧来の発想をもう一歩前進させて新しい世界をつくるために、新しい日本をつくるために整々たる論議で結論を出すべきだ、このように考えておりますが、御意見を伺いまして私の質問を終わりたいと思います。

佐藤欣子弁護士

○公述人(佐藤欣子君) 全く先生のおっしゃるとおりだと思います。  新しい発想に立って我が国の行方を見詰めるということが本当に必要であり、そのためには政治的なリーダーシップが大いに発揮されることを心から期待する次第でございます。

田渕哲也民社党・スポーツ・国民連合

○田渕哲也君 終わります。

喜屋武眞榮参院クラブ

○喜屋武眞榮君 参院クラブの喜屋武眞榮でございます。たった三分間のつまみ食いをお許し願いたいと思います。  まず、佐藤先生にお尋ねします。人間一人の人権は地球よりも重いと言われておりますが、この基本的人権ということをどうお考えですかということをお尋ねします。  次に小林先生にお尋ねしたいことは、平和は人間が人間らしく生きていく上に最低の条件であるとも言われておりますが、この平和というのはどうお考えですか。  次に渡辺先生にお尋ねしたいことは、持つことは使うなりであるという至言もございますが、実は武器の行使についてであります。  人類の軍備の歴史の中で、兵器を持って、つくって使わなかった歴史はない、こう言われておるようでありますが、このPKOに関連しても武器の行使ということが非常に大きな問題になっておるようでありますが、それぞれ一言承りたいと思います。よろしくお願いします。

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) それぞれ手短にお願いいたします。

佐藤欣子弁護士

○公述人(佐藤欣子君) 先生の御質問の要旨は、国家と個人の関係がと思います。基本的人権をどう考えるかというお話でございます。  もちろん、個人にとって自分の命ほど大切なものはない、自分の人権ほど大切なものはないわけでございますけれども、それはその個人にとっては大切でございますけれども、そのほかの人にとってはその人のほど大切ではないのでございます。これが事実でございます。国家と社会の関係、国家と個人の関係はそういうものであると思います、ですから、もし施政者が個人の人権は地球より重いと言ったら、そのときその施政者は政治指導者としての資格を失ったと言わざるを得ないと私は思います。

小林孝輔札幌大学教授

○公述人(小林孝輔君) 平和とは何かという御質問でございますけれども、非常に難しいことでありますけれども、私の一言でもって言わしめれば、自由と平等の社会状況だと思います。それは物理的な力の行使をやめることだというふうに思います。

渡辺洋三帝京大学法学部教授

○公述人(渡辺洋三君) 武器は使用するために持っていくわけですから、だから、私は絶対にいけませんよというように言っているわけです。

喜屋武眞榮参院クラブ

○喜屋武眞榮君 ありがとうございました。

下条進一郎自由民主党

○委員長(下条進一郎君) これにて公述人に対する質疑は終わりました。  この際、公述人の方々に一言お礼を申し上げます。  皆様には、長時間にわたり有益な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。拝聴いたしました御意見は、本委員会の審査に十分反映してまいりたいと存じます。委員会を代表いたしまして心から厚くお礼を申し上げます。(拍手)  明二十七日午前十時に委員会を開会することとし、これをもって公聴会を散会いたします。    午後四時四十六分散会

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