国際平和協力等に関する特別委員会 第7号
- 発言数
- 54 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1992/05/12
会議録
○委員長(下条進一郎君) ただいまから国際平和協力等に関する特別委員会を開会いたします。 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律案、国際緊急援助隊の派遣に関する法律の一部を改正する法律案及び国際平和協力業務及び国際緊急援助業務の実施等に関する法律案、以上三案の審査のため、本日の委員会に国際連合ガンボディア暫定機構事務総長特別代表明石康君を参考人として出席を求めたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(下条進一郎君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ―――――――――――――
○委員長(下条進一郎君) 国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律案、国際緊急援助隊の派遣に関する法律の一部を改正する法律案及び国際平和協力業務及び国際緊急援助業務の実施等に関する法律案、以上三案を一括して議題といたします。 本日は、明石参考人から御意見を聴取し、同参考人に対する質疑を行うことといたします。 この際、明石参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多忙のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。委員会を代表して厚く御礼申し上げます。 明石参考人からは忌憚のない御意見を承りまして、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。 議事の進め方でございますが、まず、明石参考人から三十分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質問にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じます。 それでは、明石参考人に御意見をお述べいただきたいと存じます。明石参考人。
○参考人(明石康君) ただいま委員長から御親切な御紹介にあずかりました明石でございます。 ただいま、ニューヨークの国連本部から明日カンボジアに帰るわけでございますけれども、その途次東京に寄らせていただきまして、PKO協力法案という非常に重要な法案の審議をなさっておられるこの参議院の委員会の場で、私なりに見ておりますカンボジアにおける国連の役割、任務、当面しておる問題、課題その他について、できるだけ忌憚なくお話し申し上げたいと存じます。 私は、ただいま審議中の法案の内容とか詳細は存じておりませんので、その点についての御質問には十分にお答えできないと思いますけれども、UNTACというものの性格、国連の平和維持活動の実態、その中でのUNTACの位置づけといったようなものについて申し上げて多少の御理解を得ることができれば、その文脈の中での法案の意義なり目的なりというものがある程度浮かび上がってくるのではないかというふうに期待申し上げております。 御承知のとおり、UNTACというのは、基本的には昨年の十月二十三日にパリで締結されましたパリ協定というものを基づいております。パリ協定は、御承知のとおり、安保理五常任理事国であります。アメリカ、イギリス、フランス、それからロシアと中国という五カ国と、カンボジアにおける紛争、戦争の主体であった四派の代表並びにASEAN諸国、ベトナム、ラオス、それからカンボジア和平について大きな役割を担ってまいりました我が日本とオーストラリア、こういったような国が中心になりまして結んだものでございます。これをまた国連の安保理事会がさらに承認いたしまして、事務総長のことしの二月の報告に基づいてUNTACを設立するという決定がなされましたのは二月の二十八日、安保理決議七四五においてそれが行われて正式発足の運びになったわけでございます。 三月十五日になりまして、私はUNTACの中枢になる局長クラス七名と、それから軍事部門の司令官に任命されましたオーストラリアのサンダーソン将軍とともに現地プノンペン空港に立ったわけでございます。それ以来現在に至っておりますけれども、約四千名の文民並びに軍人がUNTACの活動に参加して現在に至っております。二月の事務総長報告書にありますとおり、最終的には軍人一万五千六百人、文民警察三千六百人、文民約三千人、ローカルのカンボジア人約六万人をUNTACは包含する予定でございます。 予算面を申し上げますと、国連のPKOに関する特別の予算枠がございますけれども、これは義務的な分担金の方式で分配されるわけでございます。その額は最終的には決まっておりませんけれども、当初は十九億ドルと思われておったわけでございますが、十八億ドルにやや弱というところが分担金の総額になるだろう。これはUNTACの全期間約十八カ月の総予算でございます。今国連では、予算と行政に関する諮問委員会というところでUNTAC予算が審議されておりまして、来週の月曜日、十八日には国連総会の第五委員会にこれが上がってきて、来週中には予算が採択されるという見込みでございます。 しかしながら、UNTACに関しましては、ああいう二十年の戦火と悲劇の中でインフラその他もほとんど完全に破壊されてしまった国でありますし、この六月に入りますと雨季になりまして交通その他の便宜が非常になくなってしまいますので、国連としては極めて異例のことではございましたけれども、二億ドルの当初立ち上がり予算をともかくも総会によって許可されました。この立ち上がりの二億ドル予算も国連の総会の来週承認します最終的な予算の一部に充当されます。 そのほかに、難民の帰還に関する約一億ドル余りの予算、正式に言いますと一億一千六百万ドルと、それからそれを除きましたカンボジアの復旧、衛生、初等教育、農業改革、道路、橋その他の修復、その他緊急的な復旧に要します予算約五億ドル、難民帰還と復旧部門を足しますと約六億ドルの予算がまたさらにこれは拠出の形で各国からの寄附が予想されております。したがって、合計しますと約二十四億ドルという予算になります。 そういう意味では国連史の中でも画期的な大きな平和維持活動であるということが言えると思いますけれども、私はこのUNTACの特徴は決して予算規模とか陣容の大きさというところにあるものではないというふうに考えております。UNTACの特徴はむしろ極めて多面的なその活動の様相と、国連が与えられておる極めて大きな特殊な権限という点にあるのではないかと考えております。 それで、小さい意味での平和維持活動ではUNTACは決してありません。平和維持活動は、国連のなす少なくとも七つの多面的な活動の一部であるということが言えると思うのでございます。そういう意味では、これは平和の維持の面もありますし、新しい平和をカンボジアにつくるという平和造成の面もございますし、それからカンボジアの民生を向上させ、新しい繁栄の状態にカンボジアを導いていくという平和建設の面、英語で言いますとピースキーピングとピースメーキングとピースビルディングという三局面から成り立っておる、そういう複合PKOであるということが性格の特徴であると言えると思うのでございます。 国連は、こういうような暫定的な統治を旧植民地ではやったことはございますけれども、独立国に関してやったのはこれは前代未聞でございます。 それで、行政監視、監督ということが一つございまして、これは何のためにやるかといいますと、来年予定されております公正民主選挙に至るまでの間、中立的な雰囲気をカンボジアに保つ。四派のうちのどの派を有利にするのでもなく、どうしても中立的な雰囲気を保つことが選挙の前提であるということで、外交、国防、財政、情報並びに国内の治安という五つの部門に関しましては国連は直接の管理権限を与えられております。そういうものを政令とか規則をつくり、調査、監督をやり、必要に応じては勧告を発することによって行政に目を光らすということをやるわけでございます。 それから第二には人権の擁護でございます。御承知のとおり、カンボジアの特にポル・ポト派支配の時代には大変な悲劇がございまして、これは第二次大戦のときのナチの残虐行為にも匹敵すると言われますけれども、約百万人ないしはそれ以上の犠牲者が出たわけでございまして、そういったような記憶が人類の記憶にまだ生々しいわけでございます。そういうのを繰り返さないためにも人権というものをカンボジアの制度の中にくっきりと決めておこうということで、国連のガリ事務総長がプノンペンを訪ねました四月の十八日から二十日の間にも、世界人権宣言に基づく二つの人権規約にこのカンボジアの最高国民評議会の十二人のメンバーが事務総長の前で署名するという儀式がございました。 それから、あるカンボジアの地方で農民の土地の収奪、収用の事件がございまして発砲事件に至ったわけでございますけれども、地方官憲がそれに介入しておるということで、国連側から文民警察それから人権担当者が現地に赴きまして、初めは抵抗があって調査が妨げられたのでございますけれども、カンボジアのプノンペン政権の了承を得てさらに現地へ行って、農民の苦情の問題は解決に至ったわけでございます。その後も国連はいろいろな陳情を数多く受けております。そういう人権の問題が第二の部門。 それから民主選挙でございますけれども、国連は世界各地で選挙の監視をやって現在に至っておりまして、最近の例ではナミビアの選挙の監視、これには御承知のとおり日本からも教十名の監視員が派遣されたわけでございますけれども、カンボジアの場合、単に選挙を監視するのみならず、選挙を全く初めの段階から組織するという任務を担っております。そのことでこちらが世界の選挙法をいろいろ検討しまして、恐らく一番いいと思われるエレメントを摘出して、選挙法の法案を今カンボジア側に提示しております。 まだいろんな問題はございますけれども、この選挙法が採択されましたらことしの秋には選挙人の登録を行う、来年の四月末ないしは五片までには自由選挙を行いたいと思っております。その段階に至っては約一千名の国際的な選挙モニターに監視していただく。それからことしの五月からは約四百人の国連ボランティア、青年協力隊の国連版ともいいますけれども、その人たちにも選挙の準備をカンボジアにおける約二百の郡に二名ずつ展開して手伝ってもらうということになっております。 それからもう一つの部門は、文民警察が行う法と秩序の維持でございます。カンボジアは、不幸なことに二十年の戦争の結果、国じゅうに武器がはんらんしております。そのことで治安が極めて悪い。田舎に行きますと山賊のようなものがよく出てまいりますし、プノンペンの町でも、自由な政治活動を行いたい人たちが何か恐怖と不安のために伸び伸びと政治活動ができないという状況がありますので、そういう状況に対しては、これは基本的にはカンボジアの地方警察の責任なのでございますけれども、その地方警察十五人に一人ぐらいずつ国連から警察を派遣し、治安の維持というよりも、治安を維持しておる地方警察をモニターするという役割を担っております。この長はオランダから出ておりますルースという人が直接の責任者でございます。 それから第五の面としては軍事面がございますけれども、これはあくまでもその四派の間の停戦を厳しく監視するという面と、外国軍隊の撤退、これは一九八九年までにベトナムはカンボジアから軍隊を撤退したと言っておりますけれども、本当にそうなのか。また、一度撤退した軍隊がカンボジアに帰ってきていないかということを監視するということで、カンボジアとベトナムの国境九カ所、タイとの国境七カ所、ラオスとの国境二カ所にそれぞれチェックポイントを設けて監視を行うという機能を果たします。 それから、ことしのこの六月の十三日ないしはその前後から停戦は第二段階に入ろうとしております。そのことによって四派約二十万の軍隊を五十五カ所の場所に集まってもらって、それからその人たちを登録し、軍備を全部取り上げ、武装解除、動員解除を行う。ミニマム七〇%の人たちを動員解除してしまうというのが目的でございます。安保理事会は、できればこれを七〇%以上に、一〇〇%までしてほしいということを言っておりますが、七〇%まで行って、そのできたモメンタムでもってできればそれ以上に進みたいというのが我々の希望でございます。 それから二十五万とか二十七万と言われております各派の民兵、こういったような民兵の武装解除を行い、民兵が持っております武器を破壊するという仕事もございます。そういうものを約一万五千のそういう手KOに関する一連の軍人が行うわけでございます。 こういう今申し上げたような行政監視、人権問題、選挙、それから治安の維持、軍事部門、この五つの部門が国連の通常予算ないしはPKO予算によって賄われるわけでございます。 それから最後の二つ、難民の帰還、これは今でもタイ側に三十七万人のカンボジア難民がキャンプの中で待っておるわけでございますけれども、これをいかに帰還させ、自分の国に温かく迎えられ、カンボジアの生活にこれを溶け込ませるかということは、国連の難民高等弁務官事務所が中心に我々を助けていただいているわけでございますけれども、これをできればことしじゅうにやりたい。しかしながら、御承知のとおり、地雷の撤去その他が予想外に難航しておりまして大変なんでございますけれども、多少のおくれがあっても、我々はプランをある程度手直しすることによってともかくもこの三十七万の難民の自由選挙参加を達成したいと思っております。 それから最後の復旧でございますけれども、国民一人当たりの所得が百ドルくらいと言われておりますけれども、これはお隣のベトナムに比べましても約半分、それからもう一つの隣の国であるタイに比べましては十分の一以下というような状況にございます。アジアの最貧国と言われておりますネパール、バングラデシュ、こういったような国に比べてもなおかつ劣るような状況ではないかと思います。 私も二十五年前に現地におりましたけれども、二十五年前よりもはるかにひどい生活を国民は強いられておりまして、その意味で医療、道路、橋梁その他のインフラの整備、修理、教育の向上、農業改革その他は焦眉の急でございまして、この六月二十一、二十二日に予定されております日本国政府主宰のカンボジア復旧会議というものにも相当大きな注目が浴びせかけられておりますけれども、この復旧部門も極めてカンボジアにとっては重要なものでございます。 それで、これからいろんな努力をしまして、さっきも申し上げたとおり来年の四月末か五月までには自由選挙を行いたいというのが我々の念願でございます。自由選挙の結果、各州ごとの比例代表制をもちまして百二十名の議員が立憲議会に選挙される運びになります。この立憲議会が三カ月以内に新憲法を制定して立法議会に変身いたします。その立法議会が新政府を選ぶ。新政府が樹立した段階で我々はめでたく現地から帰ることができるわけでございます。 果たして、このタイムテーブルどおりUNTACの事業が進むのかという疑問がいろんなところから出されております。確かにカンボジアのインフラは全くユーゴスラビアなんかに比べても問題にならないくらいひどいものです。それから、申し上げたような難民の帰還の問題が前に立ちふさがっております。それから、数はわかりませんけれども、数百万と言われる地雷、その多くはプラスチックであり木製であり、地雷探知器ではとても探知できないような地雷が一部ではなく国じゅうにばらまかれております。それから、今申し上げたとおり雨季の問題、そうでなくとも通行が極めて不便なところで雨季になったら国の半分くらいが水浸しになってしまうというような状況のもとで、果たして任務が達成できるのかという疑問はあります。 UNTAC発足前にも我々の行政部門の担当者は、来年選挙まで持っていくのは無謀な話だ、やめた方がいい、一九九四年を目指した方がいいという議論がありました。 しかしながら、私と事務総長は、それは無理はあるだろう、決してこれがスムーズにうまくいくとは思えないけれども、今の国連の現状から見たら、やはり九四年までこれを引き延ばしたら予算からいっても国連にそういう金はないし、次から次と新しい平和維持活動、新しい地域紛争が噴き出しておる世界でもってそんなにカンボジアに長くかまけているわけにはいかぬ。それから、国連による占領であっても、どんなに良識のある占領であっても、占領というのは長引くと必ずその国民にいい結果はもたらさない、国民の依頼心を強めることにもなるかもしれないということで、来年一九九三年に強行するということに事務総長は決定し、私もそれについてはそうだと思っております。 それで、暫定機関はそういうことで新政府ができるまでの機関でございますけれども、最高国民評議会というのが四派から構成されておりまして、その議長はシアヌーク殿下でございますけれども、私はその最高国民評議会に必ず出席することになっておりまして、シアヌーク議長は私を共同議長だなんて呼んでいただいておるわけですけれども、シアヌーク議長と事前に協議を密接にいたしまして、議題の作成、実質的な提案はこちら側からさせていただくという形にしてやっております。 できるだけ最高国民評議会はコンセンサス方式で決定する、しかしそれが不可能な場合は議長であるシアヌーク殿下の英断にまつということになっております。シアヌーク殿下が決定がどうしてもできない場合は、国連の特別代表である私の方にそのお鉢が回ってくるわけでございまして、選挙方法に関しましてもそういうことが一度ございましたけれども、私は、シアヌーク殿下に決定してほしいという声に対しましては、もう一度やっぱり最高国民評議会の皆さんの間でやってみてくれと。それでも不可能な場合は国連としては権限を行使するのにやぶさかではないけれども、基本的にはカンボジア人の問題であるからそういう新しい民主的な習慣を身につけてほしいということで一度は押し返しております。 カンボジアをめぐる大きな状況を申し上げますと、やはり今ポスト冷戦の時代でございます。カンボジアにおける戦乱がその典型的な例でございますけれども、ある意味で米ソないしは東西両陣営の代理戦争の感がカンボジア紛争の場合はあったんじゃないかと思います。しかしながら、ポスト冷戦の時代になって米ソ関係もよくなりましたし、ソ連という国はもうなくなりましたし、中・ロシア関係もよくなりましたし、中国とベトナムの関係も修復しております。ASEAN諸国はこの一月末の首脳会議でインドシナ半島諸国に秋波を送っております。 そういったふうな新しい状況のもとで、やはりカンボジアにおける戦いのようなものは懲り懲りだという精神が新しい雰囲気、基調になっておるんだと思います。そういうことで、カンボジアをめぐる外的な要因は非常に和平のために楽観的な要因とみなしていいんじゃないかと思います。 しかしながら、カンボジアの中にそれでは平和のための内的要因があるかと申しますと、これは二十年血で血を洗った仲でございますからなかなか深い不信感というものは解消できないわけでございます。そういう背景の中で、国連としましては、この過渡期におきましてできるだけ中立的な、中立不覊な存在として四派の間の橋としての役割を果たしたいと思っております。また、カンボジアを今の状況から民主主義の状況に持っていくための一つのクッションであるというふうにも我々は規定しております。それから、カンボジアに民主主義をもたらすための触媒にも国連はなり得るだろう。それから、タイとベトナムという、より大きな国に挟まれたカンボジアの独立を保障してやるということも国連の責務であろうかと思います。 今や国連のPKO花盛りの時代でございまして、今申し上げたように、冷戦時代にあったような代理戦争の局面は次第になくなっておりますけれども、その反面、歴史的に非常に根の深い新しい人種的、民族的、宗教的紛争がかま首をもたげております。カンボジアの場合、その両面があるのではないかと思います。 国連としましては、そういう新しい時代に対応すべく懸命になって努力しているわけでございますけれども、さっきも申し上げましたとおり、次から次と新しい政治決定を安保理は行っておりますが、その財政的な裏づけになりますと、急にやっぱり国連の主要国の財布の開きぐあいが渋くなります。そういうことで、我々は予算面でも非常に苦渋しております。 それから、過去四年の間に国連が発足せしめた平和維持活動の数はその前の過去四十年のPKOの数よりも多いくらいでございます。そういう状況のもとで、国連の行政機能、ロジの機能はパンク状態にございます。そういう状況で、カンボジアにおりましても、我々はカンボジアの中の問題に対処するのはやぶさかではありませんけれども、国連本部からの十分の支援が期待できないんじゃないかという、そういうフラストレーションに時々陥っておるのが実態でございまして、事務総長に対してもこれは率直に訴えておきました。 そういう状況にございますけれども、やはりこういうポスト冷戦の新しい時代における国連の役割は大きくなる一方でございますし、平和維持活動も従前のような狭い簡単な単純な平和維持活動ではなくて、新しい外交的な合意、枠組みの中で要請される多面的な平和活動というふうになってきております。そういう状況のもとで、押しも押されぬ経済力その他を身につけた日本というものに対する期待もかなり大きくなってきておるということは事実だと思うのでございます。 そういう状況に現在あるということを序言的に申し上げて、これからの御質問にできるだけ私の知識の許す限りお答えしてまいりたいと思います。 御清聴大変ありがとうございました。(拍手)
○委員長(下条進一郎君) ありがとうございました。 以上で明石参考人からの意見聴取は終わりました。 これより質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言を願います。
○岡野裕君 自由民主党の岡野裕であります。 明石特別代表には、カンボジア真の和平の実現と、はたまた自由民主主義に基づく新カンボジア国、それが誕生ということにつきまして、文字どおり全世界が注目する中で日夜にわたりますところの御活動、御努力、まことに御苦労さまでございます。私ども日本国の同胞の一人といたしましても、また同郷同窓の人間といたしまして心から誇りに思っている、そんな次第であります。 きょうはまた、代表、さぞや御多用でありましょうところ、貴重なお時間を御割愛いただき、本来でありますならば私どもがいささかのおねぎらいをしなければなりませんところ、ただいまは三十分にわたりましていろいろと御教示をいただきました。かてて加えまして、PKO法をここで実現をさせるためにこれからの我々の質疑にお答えを賜ると、本当にありがとうございます。厚くお礼を申し上げる次第であります。 さて、質疑に入るわけでありますが、代表も申されましたが、今日、冷戦構造の終えんが言われましてもう久しいものがあろうかと、こう思うわけであります。あの米ソ対立、核戦争もあるかというような脅威にさらされたあの時代を思いますと、ようやくこれでこの地球の上にも春が、平和が訪れるかと非常に楽しい気持ちでおったわけでありますが、はてさて現状はいかがでありましょう。今日の新聞、テレビ、あの血なまぐさいようなそういう報道は、いまだに毎日のように尽きることがありません。いや湾岸あるいはユーゴあるいはアフガンというようなことで、例を挙げても五指、十指を屈するというようなものであろうと思うわけであります。 ここまで雰囲気ができてきたのにまだ戦いか、争いかと、これは人間のさがだろうかというような気もせぬわけではないわけでありますけれども、私はその中でやはり一番大きな期待は、ちょうど時を同じゅうして、明石さんがおいでになるところの国連そのものの平和を開拓し維持するという機能が大きくクローズアップされてきた。あの湾岸におきますところの多国籍軍、これらもそうでありましょうけれども、とりわけ、やはり戦わない軍隊である、平和のための軍隊である、鉄砲は撃たないのであるというこのPKOが世界のいろいろな紛争に出ていかれ、その国々の皆さんからぜひ来ていただきたい、ぜひ何とかしてほしいという招きに応じ、結局その場に平和が現出をする、そういう意味合いで先般ノーベル平和賞もいただかれたという次第であります。 そんなことを考えますときに、私は、PKO、一九四八年にスエズ、パレスチナ、あのPKOができて以来四十四年を数えます。先ほど代表もおっしゃっておられました、四十四年間に数えて二十六ないしソマリアを入れて二十そのPKOが組織をされていると思うのでありますが、その二十六、その中で最近五年間に十四のPKOが創設されております。昨年の四月以来今日までわずか一年そこそこでありますけれども、七つでありましょうか八つでありましょうか、UNIKOM、西サハラ、エルサルバドル、アンゴラ、ユーゴのUNPROFORあるいはUNAMIC、UNTAC、そしてソマリア、数えると八つになるわけであります。代表、本当にPKO花盛りだなという感じがいたすわけであります。 そういうような意味合いで、戦わない軍隊である、平和の天使であるそのPKOが世界の万人に愛されて、ぜひ来てほしいと、おおそうか、それならば多くの国が、よしきた、みんなで行こうというような雰囲気にあるわけであります。いや、PKOというのは戦争につながるものだ、そんなものはいかがなものであろうかなどと言っている国はどこかの国しかない。みんなが来てくれ、やあ行こうという雰囲気が盛り上がってきたこと、明石代表が非常に御努力をされた成果だと思っております。ひとつその辺につきましての明石代表の御感触を承れればまことに幸せであります。
○参考人(明石康君) 今、岡野先生が御指摘になりましたとおり、国連の平和維持活動というのははっきりした目的と性格と手段を持っております。 実は、日本において国連軍ないしは国連平和維持活動が言われる場合に、いろんな形での今までの国連の介入のあり方があったものでございますから、やや議論に混乱が見えることがありますのは非常に残念なことだと思うのでございます。 一つには、朝鮮戦争ないしは湾岸戦争型の介入の仕方がございました。これは基本的には国連憲章第七章に基づく強制措置の一部というふうに考えてよろしいと思うわけでございます。国連憲章第七章第四十三条に決めております国連軍というのはまたちょっと違いまして、国連の安保理五常任理事国から成る軍事参謀委員会の指揮下におけるそういう強力な戦闘を行う、侵略を防止する軍隊の構想がその四十二条には盛られております。これはもう一九四七年、冷戦が始まると同時に、米ソの対立のために事実上棚上げにされて現在に至っております。 それで、朝鮮戦争と湾岸戦争の場合はむしろ国連そのものの軍隊ではなくて、国連のお墨つきをいただいた、国連によって正当化された軍隊、総司令部も国連の外につくられ、事務総長の管轄下にはないという形でのアドホックな国連の軍というものがつくられたわけでございます。 ところが、岡野先生がいみじくもおっしゃったとおり、PKO花盛りの状況になっておる場合のPKOというのはそれとは違って、国連憲章第六章ないしは、正式な規定がないままに六章と七章の間の六章半のところにあるんではないかということが言われるものでございまして、確かに軍人は使用いたすわけでございますけれども、その機能は軍隊的機能というよりもむしろ外交官的な、調停官的な機能である、ないしは警察官的な機能であるということが言えると思うのでございます。 国際紛争、最近の場合は国内紛争解決のそういう紛争処理の一手段として、当事者ないしは当事国の合意ないしは同意を待って派遣される、せいぜい小火器を持つだけの、停戦監視団の場合はそれさえも持たないという形での極めてソフトな国連、そういうものをPKOは担わされております。そういう意味では、第七章下のハードな国連と、第六章下の私がソフトな国連と呼んでおります国連のあり方の違いを念頭にはっきりと置いてお考えになることが極めて重要だと思うのでございます。 私は、これまた国連のPKOに関してはよく例え話をいたしまして、これはデパートのショーウインドーに非常に似ておるということを言うわけでございます。デパートのショーウインドーは、これを壊して中に入って泥棒しようとすればできないことはないわけでございますけれども、ショーウインドーを壊しますとガチャンと大きな音がして隣近所に全部わかってしまって、近所の人たちがあたふたと駆けっけるものでございますから、なかなかデパートのショーウインドーを壊すような勇気を持った、ないしはばかな人間は出てこないわけでございまして、国連のPKOも本質的にはそういう脆弱なものかもしれません。 しかしながら、それを壊すことによって、そのPKOに違反することによって、PKOは国際社会全体の意思を担っておりますから、世界じゅうを敵にすることになるというのがPKOというものの特徴ではないかと思います。 カンボジアに関して言いますと、このUNTACが配備されました三月十五日以前の段階でありましても、UNAMICという先遣隊が現地に行っておりました。その総兵力は数百人の小さなものでございました。しかしながら、UNAMICが配備された六カ所においては停戦違反の事件が一度も起きませんでした。コンポントムというところでのみ事件が起きたわけでございますけれども、それはコンポントムにUNAMICのチームが配備されてなかったからでございまして、それで本部要員を割愛しまして無理をしてコンポントムにもチームを派遣することにしたわけでございます。これは軍事監視員数名から成る小規模なチームでございましたけれども、国連旗を掲げ、国連の威信を背景にしている以上、これに手向かうというのは、軍事的には簡単なことなのでございますけれども、道義的、政治的になかなかできない。それが国連のやはりプレゼンス、存在というものの基本的な価値をあらわしておるんじゃないかと思います。 今度のUNTACはそれに比べますとやや大規模なものになります。これは二十万に及ぶ正規軍並びに二十五万ないしはそれ以上の民兵の武装解除、動員解除の仕事がございますし、兵器の破壊の仕事も担っておりますので、仕事が大規模であるがゆえにそういう規模も、国連サイドの規模も大きくなるわけでございますけれども、PKOというものの本質的なことは、岡野先生がいみじくもおっしゃったとおり、基本的にはそういう前例にないような各国民の意思を代表した新しいタイプの平和維持のための二十世紀が発明した新しい手段である。それは国際紛争解決の一手段であるというふうにお考えになってよろしいんじゃないかと思います。
○岡野裕君 PKOは世界的なトレンドになっている、まことに花盛りでいいなというお話をいたしたわけでありますが、そんな雰囲気の中で、先般のロンドン・サミット、昨年でありますが、この国連の平和維持の機能、安全保障の機能を大いに高めようという決議がありました。またアメリカの今年一月の安保理サミットでは、我が宮澤総理がPKOの基盤というものも確保しなければならない、財政的な面の支援もみんなでやろうではないか、特にPKOが円滑裏にいくように協議グループというようなものをつくったらいかがであるかというような提言をいたしていることを明石代表御存じだと存じます。 というような中で、非常に花盛りになってまいりましたが、そのPKOが非常に規模がどんどんどんどん大きくなっていると思うのであります。ユーゴのPKO一万五千人、それから今度の明石代表のUNTAC二万二千人、こう言われておりますけれども、まだ現在進行中が十一ぐらいPKOがあろうか、こう思うわけであります。そうしますと全体で、いかがでありましょう、四万人から五万人ぐらいのPKO構成員というようなことになる。これは財政負担も大変であろうし、同時にまた要員をどうして供出ができるか、明石代表のお悩みの一つここにあろうかと思います。 先般も、衆議院のお話でありましょうか、ユーゴのUNPROFORの方とUNTACの方でこれぞという要員の奪い合いがあったというように聞いているわけでありますが、今までPKOの歴史の中で、八十カ国、五十万人がこれに参画をしている、こう聞いております。我々日本としましては、国連の分担金、PKOの分担金、任意拠出金、あるいはまたPKOの信託基金、これらも一生懸命協力をしようと我々も勉強しているところでありますが、要員の面の日本の貢献といいますか協力、いささか寂しいものがあるように手前自身は思っております。 ナミビア選挙管理で三十一人が行った、あるいはニカラグアに六人が行ったということでありますが、最初のキプロス、コンピューター技術員が一人であったでありましょうか。今のUNTAC、やはりこれも一人かな。もう今まで五十万人が行っているのに、日本は今まで全部累計して四十人ぐらいかな。五十万人も行っているのに日本が四十人だ、一万分の一以下だと。日本のこの経済力であります。日本の人口も少ない方ではありません。しかしながら、一万分の一とはどんなものかなと思うわけであります。 そういう要員で協力の少ないところが、ひとつ円滑裏にやるために協議グループを開こうではないか、あなたのところは未払い金が大きいよ、もう少し出していかがであるかというようなことを申しておると、何もせぬくせに、えらいおせっかいな生意気なこと重言うのではないかというような受け取り方があったりなんぞしないように我々もしなければならないなど、こう思っているわけでありますが、要員確保の面では明石代表、いかがでございましょうか。
○参考人(明石康君) ただいま岡野先生の御質問、要員確保の面、これはかつては余り国民にとって大きな問題ではございませんでした。紛争の数も少なかったわけですし、国連の出番も多くはございませんでした。それに小国で比較的中立的な国、ネパールとかフィジーとかガーナとか、そういう国は国連側から財政的な支持さえ得られれば、割と欣然として国連の平和維持活動に参加していただけたわけでございます。 ところが、先生はカンボジアのUNTACとユーゴスラビアのUNPROFORとの競合関係みたいなものがありはしないかという御指摘がありましたけれども、まさにそういう問題が出てきております。 例をとってみますと、カナダなんでございますけれども、御承知のとおり一九五六年にカナダの当時のレスター・ピアソン外相と当時の事務総長のダック・ハマーショルドが、二人で合議しまして、合議というとちょっと語弊がございますけれども、相談した上で国連の最初の一九五六年のスエズにおける国連緊急平和軍というものが構成されたわけでございます。それ以来カナダというのは国連平和維持活動の先頭にいつも立ってきております。 私も、このカンボジアの問題が起きたときにすぐ、カナダのようなすぐれた軍隊を持ち、公正な客観的な国際行動で評判のある国にぜひ軍隊を出してほしいと思って交渉したわけでございますけれども、カナダはそれ自身の国内の財政事情とそれからユーゴスラビアにかなり大きな大隊を出さざるを得ないということで、オタワでやってみたけれども、残念ながらカンボジアには兵たん部隊、中隊程度のものでございますけれども、これを一つしか出せないということで、カナダの国連大使が済まなそうな顔をして私のところに説明に参りました。そういったような例は幾つかございます。 そういうことで、やはりヨーロッパ諸国にとってはユーゴスラビアが一番緊急な問題でございますし、地域的なそういう関心のゆがみというのは世界が単一になったといってもまだあるわけでございまして、そういう意味で、今までは日本に期待するものは財政的な期待というのが基本的なものでございましたけれども、要員の面でもPKOがこんなに大規模に、また各地域に派遣されるようになりますと、不足が目立ってまいっております。 それからカンボジアの場合なんでございますけれども、各国に要請される歩兵大隊、これはカンボジアはインフラが整備しておりませんので、六十日全く自給自足で、糧食、水、その他も自給できる、またみずからテントを張って宿営できるような能力を持った、設備を持った一個大隊をそれぞれ要請しておるわけでございまして、アジアの国、ヨーロッパの国はほぼそれが可能でございますけれども、出兵してもよろしいと言った一部のアフリカの国なんかは、設備その他において国連の方がそれを購入してやらないと実際にはカンボジアに配備できないということがございまして、アフリカの一つの国は結局これをリストから外さざるを得ませんでした。 そういうふうなこともありまして、要員の単に数をそろえるということのみならず、その資質と準備のぐあいから言いまして、どこの国からでもとれるものではないという状況がございますので、やはり国連としましては、できるだけ多くのこま、しかもいいこまが欲しいというのが国連のPKOの一つの課題でございます。
○岡野裕君 おっしゃるとおりであると思います。やっぱりPKO常連国といいますか、カナダがそうでありましょう、オーストラリアがそうでありましょう、北欧四国等あると思うのでありますが、しかしPKOは特定の幾つかの国がごそっと協力をするというのではなくて、明石代表、PKOオリンピックなどという言葉を聞いたことがあるわけでありますが、なるべく多くの国々がそれぞれの分に応じて、それぞれ人を出して協力をするというのが本来の建前であろうと、こう思っているわけであります。 さて、そんな中でPKO法案、明石代表御存じのとおり今当委員会で審議中であるわけでありますが、やはり日本国も一億二千万、人口が多いわけでありますので、いろいろな説があるわけであります。これはやっぱり海外派兵につながるのだからどんなものであろうか、戦争に巻き込まれてしまうんだから反対だという声がないわけではありません。 我々が今考えておりますところのPKOというのは、大体建前としてこんなものだ。例えて言うならば、停戦の合意があったところだ。それから当該国の方からぜひ来てほしい、こっちが無理やり行くんじゃないよ、来てくれと、来ていただいて結構だということで行くのである。それから両者にくみしない申立てある。そうして武力の行使というのはもう行わないんだと。あるいはPKOが攻められてどうしようもないというときには、PKO業務を中断し撤収をするのであるというようなことを基本にわきまえて、国連の統括のもとに参画をするというような構想を描いているわけでありますが、マスコミその他、言をなす者がいろいろおりまして、同じざんごうの中で周りの軍隊が鉄砲を撃ってやっているのに我々だけ協力をしないで弾は撃たない、あるいは攻めてこられたから、ほかの国が頑張っているのに日本だけは退却だ、すたこらさっさと逃げなければならない、そんな非現実的なことがあるかと。本当に「指揮」が滑ったの「コマンド」が転んだのというようなことがかまびすしいというようなことが新聞を見るとお感じ取りいただけると思うのであります。 そういうような意味合いで、明石代表いかがでありましょうか、かつてのことであつものに懲りてなますを吹くとか、重箱の隅をつづいているような議論だというような言われ方がないわけではありません。しかし、今お話をしましたような、我々が概念しておりますようなPKOは五つのこういう種類のものだというのは日本だけのものでありましょうか。やっぱり国連PKOというものがそもそもそういうようなものである、撤収ということがあるのである、武力行使はもう本当に原則として絶対やらないのである、それはやるとしても本当のまれのまれのまれのことであると、こう聞いているのでありますが、国連代表の明石さんからお考えをいただければまことに幸せであります。
○参考人(明石康君) まさに国連の平和維持活動に従事するそういう各国のユニットは、基本的に武力行使ということを目的としておりませんし、その能力も持っておらないというのが現状でございます。さっきも申し上げましたとおり、国連のPKOの影響力の基盤をなすものは国際社会、国連の声望を担い、その権威を背景に行動するからでありまして、決して持っておる兵力に依存しておりません。 さっきの例で、国連の先遣隊の例を申し上げましたけれども、国連としましてはできるだけ多くの国の参加を得ることにしておりますけれども、それは例えばたった五十人の国連の平和維持軍でございましても、それが十カ国から構成されておりましたら、本当は一カ国から構成した方が効率がいいのかもしれませんけれども、十カ国から構成されておった場合に、それに対して弓を引くというのはそれらの十カ国に対して弓を引くことになり、国際社会全体に敵対行為をとるという面がはっきりしてくもからでございます。そういう意味で、国連の派遣するそういう平和維持部隊ないしはユニットの持つ国際政治的な意味というものを肝に銘じておかなくてはいけないんじゃないかと思います。 確かに国連の平和維持軍におきましても、武力行使ないしはそれに近いことを行ったことが過去においてなかったことはございません。一九六〇年のコンゴの危機のときにそういうことがカタンガで一度ありました。しかし、それがやはり間違いであったということを国連も反省し、そういったようなことは二度と繰り返すまい。PKOというのは力を、武力を行使してはならない。武力を行使し、戦闘に巻き込まれることによって、国連はそういう戦闘者と同じレベルにまで落ちてしまう。客観的、公正なそういう道義的に上に立つ軍隊じゃなくて、そういう紛争当事者に落ちてしまう、そういうことではいけないという意識が完全に今では貫かれております。 そういう意味では国連は、岡野先生のおっしゃったように当事者、当事国の同意原則、そういうものに基づいておりますし、一九五六年の場合は総会決議、その後はほとんど安保理決議に従って派遣されるわけでございますから、これに抵抗する国内勢力ないしは国の場合は国際社会から手痛いそういうお仕置きを受けるというのは自明のことになっておりますから、国連のPKOはそういう意味では非常に道義的に精神的に強い存在であるということは言えるわけでございます。 また我々も、国連のPKOの現地における配備におきましては、これはさっき申し上げたカンボジアのコンポントムという地域における我々の国連軍、平和維持軍の使い方をごらんになればおわかりになると思うのでございますけれども、一月十五日以来、コンポトムというプノンペン北方のカンボジア中部で何度か戦闘行為がございました。これは四派の軍隊が入り乱れておる戦略的な要衝地帯でございます。ハイウェー六とハイウェー一二の交差点にちょうどありますし、地味肥沃な地帯でございまして、それから現在、乾季の終わりということで、雨季に入りますとそのとった土地を農地とし田んぼとして耕作できるわけでございますから、乾季の終わりには陣取り戦争がどうしても起こる伝統がございます。 そういうことで、コンポントムにも何度か戦闘がございました。しかしながら国連としましては、戦闘行為が行われている間はここに兵力を配備せずに、停戦が成立し、四派の軍隊の相互の分離、これが完了した段階で初めてインドネシアの一個大隊のうち二個中隊を現地に配備しました。そういうことで、既に交渉された停戦が恒久化し安定化するために国連の平和維持軍は派遣されておるわけでございます。 そういう意味で、国連側としては、武力の行使は本当に慎む、それから実際に戦闘状態が行われるところにはみずからを配備しない。ユーゴスラビアでもこの原則は貫徹されております。そういう意味で、国連は腰抜けではないかというふうな批判さえ浴びることがございますけれども、それはやっぱり湾岸型の、戦闘型の国連軍と、本質的には丸腰で国連の道義的な力を背景として行動する平和維持軍との基本的な性格の違いから出ることなんでございます。
○岡野裕君 我々が一生懸命これを可決成立させてしたいものだと思っているPKO日本版が、PKO日本版ではなくて世界のPKOの理念そのものだというお話を明石代表から聞きまして、一安堵、勇気ますます出た、そんな次第であります。 さて、先ほど数あるPKOの中で明石代表のUNTACは在来のPKOとは一味違うものである、ただの平和維持ではない、ピースキーピングばかりではなくてメーキングでありビルディングであるというお話がございました。私は、やはり気宇壮大なこのUNTACだな、なるほど停戦監視もやる、武装解除もやる、パトロールもやるということではありますけれども、これから難民を帰還させるのである、それを選挙民ということで登録をさせて選挙をやるのである、その選挙のためには極めて自由な、表現の自由も確保された民主選挙でなければならない、そのためにはラジオもトランジスタラジオをたくさん配ったらどうだという同僚の御意見もあったりなどするほどで、そのために民主政府ができる、非常に大きいユニークなPKOだと、こう思っているわけであります。 その意味合いでも、これが成功するか否か、皆さんから渇望されている国連のPKO花盛りだと、それがそのとおりに完遂できるかどうか、いわば試金石の一つだと、こう思っているわけでありますが、これだけ世紀の大事業であるUNTACに我々日本もぜひ参画をして、日本の国民子々孫々に至るまで語り伝えられるような、そういう成果を得たいものだと思っております。 同時にまた、日本が外交の方針ということで掲げております、一つは国連中心主義だ、一つは自由主義陣営の中にくみするものである、もう一つアジアの一員である、この三つの原則はそのまま今度のUNTACに合致するものだと思っております。国連のUNTACであります。国連中心主義の日本だという意味であります。はたまた自由主義だ、自由、民主のカンボジア国をつくろうということであります。カンボジアは一衣帯水、日本の、アジアの同僚であります。そういう意味合いで、今の外交三原則は、口で言うんではない、なるほど実行で示すのだと、これがUNTACに我が日本PKOをお送りする一番基本である。言うならば、この外交三原則が試されている試金石、これがUNTACだと、こう思うのでありますが、いかがでありましょうか。
○参考人(明石康君) 岡野先生が極めて雄弁におっしゃったとおり、私は日本の国連第一主義というものを具現する非常にいい、最高の、理想的な場がカンボジアではないかと思います。 先生が今御指摘になりましたとおり、カンボジアの場合、単なる平和維持活動ではなくて、平和の造成、平和と建設、そういったようなものの一部として存在するわけでございます。そういう意味で、国連のサイプラスの平和維持活動のように何年も何十年も永続するような活動ではございません。カンボジアの国づくり、民主社会づくりというものが完成した上で国連はきれいに引き揚げるわけでございますし、そういうポスト冷戦後のああいう小国の独立を守り、ここに民主主義をつくり、繁栄の基盤を確保するということは、国連にとってもやりがいのある仕事でございますし、アジアの非常に重要な国である日本にとっても決してこれをなおざりにできない、そういうケースだと思いますし、ほかの国々はやはり日本がカンボジアでどういうリーダーシップを示すのかというのを大変な期待を持って見ておるんではないかと思います。 私は先週、ワシントンに行っておりましたけれども、ワシントンでもそういう意味で、日本はいろんな点で協力してくれるし、湾岸戦争のときも財政的な拠出は大変なものであったと。しかしながら、何か日本という国はと見こう見してほかの国がどれだけやるだろうかということを見てからお金でも何でも出すので、せっかく出した巨額な金がタイミングを失しているがゆえに効果がないということを言っておりましたけれども、私はカンボジアの場合だけは少なくとも、日本がほかの国の後に付して、驥尾に付して行動するんではなくて、率先してリーダーシップを示してほしい、そういうふうに大いに期待しております。
○岡野裕君 世紀の大事業に我々日本もぜひ参画をしたい、こういう気持ちいっぱいでありますが、ただ、カンボジアの方で歓迎をしてくれるのかどうかというようなことが問題だという話もないわけではありません。やはり初めて出すPKOならば、どこかもっと遠く離れたところから始めたらどうだという声があるわけでありますが、我々が最近聞きますところのカンボジアの意向でありますが、来日をいただいたシアヌーク殿下、あるいはフン・セン首相、それから現地におきますところのチア・シム議長でありますとか、サドリ代理、あるいはオーストラリアから行かれたサンダーソン司令官、やっぱり日本のPKO来てくれよと、自衛隊が来ていただいて結構だ、PKFでぜひやってくれよというようなことで大歓迎であると。過去にいろいろあった、いやいやそんなことをカンボジア国民は考えておらないよ、国民も大歓迎だよという声をそういった要路の皆さんから聞いているわけでありますが、代表は地元カンボジアにおいでになるわけであります。そういう意味合いで、カンボジア八百万の皆さんの声もいろいろ入ってくる機会もあろうかと思います。こういった要路の皆さんの声はカンボジア一般の皆さんの声と遊離をしているのでありましょうか、いかがでありましょうか。
○参考人(明石康君) 私は、カンボジアに関する限り、カンボジア国民で日本からカンボジアのPKOに人が参加するというのに反対する人は恐らく一人もないんじゃないかというふうに考えます。シアヌーク殿下もそういうUNTACの代表に日本人が任命されたということを非常に何度も言葉をきわめて歓迎する趣旨のことを言っておられまして、その場にヨーロッパとかアメリカの大使連中がいて、私は、余りシアヌークさんが日本人とかアジアと言うものですから、かえってはつが悪くなりまして、いや自分は国連からの代表として来ておるんだということで言い直したわけでございますけれども、しかし、事カンボジアに関する限り、第二次大戦中のバッタンバン州の移譲に関して、むしろ私は日本がタイの肩を持ってカンボジアには恐らく不快感を与えたんじゃないかという懸念も持っておったわけでございますけれども、そういう過去の経緯は全くもう意に介しておらず、歓迎されるということは本当に問題なく事実だというふうに考えてよろしいと思います。
○岡野裕君 安心して結構だと、非常にうれしいお言葉でありがとうございました。 もう一つは、カンボジアもそうだけれども、アジアの周辺国はどう思っているだろうかというようなことがちょくちょく問題になります。日本人はやはり見てくれを気にする国民であります。自分はこうだと思っても周りがどう思っているのかなと、どう見られるであろうか、心配りが細かいと言えば細かいのでありましょうけれども、右顧左べんじゃないかというような気がします。 中国、韓国の要路の皆さんの考え方も大分変わってきた、一時は慎重にと言っていたけれども、大分変わってきたようだと。先般、中国工兵隊四百人が現地に行っている。その皆さんが、非常に我々もこのPKOに意義を感じて誇りと思って一生懸命やっていると。それから日本のPKO、決して反対するものじゃないよと、歓迎をするものだというような声があったと聞いているわけでありますが、いろいろ反省をしなければならない国、かつて日本は仏印進駐もあった。なるほどそうだと思うのでありますが、同じような経験は日本ばかりじゃないと思うのであります。 仏領インドシナと言われておりました。あのフランスは侵略の結果あの三カ国を領有した。一九四五年、日本軍が武装解体をした後も二年間ぐらいフランスは領有ということで三国と戦争をしていた、こう思うのであります。中国だって中越戦争というのがついこの間あった。カンボジアではありませんけれども、近くでそういうことがありました。タイ、これは数世紀にわたって侵略云々ということがあります。それを反省した上ででありましょう。なれば率先して行かねばならないというようなとらえ方をこれらの国々はしている。過去にかかずり合うだけではなくて、そういうことがあればあるほど、懸念を払拭するためにも皆さんが一緒にやっている、その中に我々も入るのだと。その態度、行動によって周りの皆さんからも、いや日本は平和だということを認識してもらうのが一番の要請ではないかと、こう思っておるわけであります。 そのためにはいかがでありましょうか。北欧四カ国、PKOのための合同訓練機関を設けてあります。日本も、例えば東南アジアに近い沖縄あたりにASEAN諸国の合同のPKO訓練所をつくるでありますとか、資材の集積場所、これも沖縄ならば便利であります、というようなことをするということで、アジアの国々の皆さんとともにPKOを我々も頑張るのであるというようなことも一つの考えだと、こう思うわけでありますが、いかがでございましょうか。
○参考人(明石康君) 今、岡野先生の御提案なすった二つの提案でございますけれども、アジアにおける国連PKO物資集積所の構想、私自身も大賛成で、いろんな場でそのことを申し上げてまいりました。私の冒頭発言の中で、いろいろPKOをカンボジアに展開する上で挫折感が多かったと。それは国連本部側からの支援体制が十分じゃないためであって、いろんな物資の到着が滞っておるという事態に起因しておることだったわけでございますけれども、国連の場合、ヨーロッパのイタリーのピサにPKOのための物資集積所がございます。ここからアフリカ、中東、ヨーロッパにいろいろ物資が急速に運ばれる体制にございます。残念ながらアジアにはそういうようなところが一つもございません。 私は、カンボジアにもう二カ月近くおりますけれども、なおかつそのプレハブのオフィスビルディングさえカンボジア現地に到着しておりません。そういうことで我々はしびれを切らしておるわけでございます。国連本部ともいろんな意味でけんかをして、一刻も早くいろんな物資を届けてほしい、いろいろ注文をつけておるわけでございます。日本のアジアに最も近い沖縄もその一つの候補地であると思いますけれども、もしそういうところにPKOの資材集積地があったならば、アジアに将来起こり得る地域紛争に国連が速効型の体制を組めるという意味では非常に助かるんじゃないかと思います。 それから、PKOは決して一国のためのPKOではよくないんだと思うんです。私は、やっぱりアジアとの協力、和解のためにも、今回野先生はASEAN諸国とおっしゃいましたけれども、ASEAN諸国のみならずアジア全体の国々のPKOの訓練所、研修所というものを我が国が資材面、資金面でも面倒を見ることによってつくってやる。そのことがアジアにおける日本の存在をまた一段と大きく描き出すんじゃないかと思います。 財政面での大きな支持もこれぜひ期待したいと思いますし、そのほかに、今おっしゃった二つの集積所構想とPKO訓練所構想、これはぜひ国会議員の皆様方に引き続き御検討いただきたいと思っております。
○岡野裕君 そうでございました、ASEANではありません、アジアあるいは環太平洋全域というふうなことでいければ幸せだな。時間がなくなりました。 最後に、やっぱり顔のある貢献をというような意味合いでお話をしたいわけでありますが、私まだ現地に行っておりませんけれども、現地に行かれた皆さんから聞きますと、明石さんのカンボジアUNTACの本部の前に三カ国の旗がずっと飾ってある。しかしながら日本の日の丸の旗がない、非常に寂しいというような思いで、日本も経済的に貢献しているじゃないか、技術、資材でやっているよ、ぜひ日の丸の旗も上げてくれよというような要望をなさった由でありますが、まあ、なかなかやはり人的貢献といいますか、PKOに参画をしているその国の旗だということで日本の日の丸はいまだしたと、こう聞いているわけであります。 やっぱり人的貢献であります。その場合に自衛隊は禁句だなと、だから文民でどうだというような声もあるわけであります。だけれども、湾岸のときもそうでありました。自衛隊じゃぐあいが悪い、まあ後方支援だ、難民輸送だ、ひとつJALさんどうだ、ANAさんどうだ、川崎汽船、ジープを運んでくれよとか、いや自衛医官を出すわけにはいかない、民間のお医者さんどうだと言いましたが、結局まあC130ぐらいでと。それもとうとう行けない、こうなったわけであります。 特にカンボジアは、代表おっしゃいました、もう二十年の抗争の後だ、治安もうんと乱れているのである、地雷がもう三百万発、四百万発というようなことではらまかれている。公務員だとか軍隊の給料も遅欠配だ、懐かしい言葉であります、遅欠配だと。そうして、一部そういう皆さんは盗賊化をしているのだ。武器や弾薬がもうあっちやこっちやちまたにあふれ満ちているというような中で、果たして文民がどれほどやれるであろうか。やれれば文民で結構でありますが、やあ、けが人が出た、どこかの国の軍医さんいませんか。やあダンプが壊れた、どこかの国よ助けてくれよ。いや宿舎がない、日本国は生活水準が高いよ、木賃宿じゃだめだよ、グルメはない。とんでもない話であります。 そういうような意味合いでは、この国連PKOの中にPKO特別委員会がありまして、文民参加の三条件というようなものがある。一つは、即応態勢ができているか。もう二、三日でさっと行けるか。あるいは設備や装備が完全であるか。あるいは自分で防衛をするというような体制というものが完備をしているか。はた迷惑になってはならない、自己完結性がなければならないというようなことを聞いているわけであります。 そういったような意味合いで、日の丸の掲揚でありますとか、あるいは今の装備その他のいわゆる文民の三原則というような意味合いから、最後に代表から御指導いただければまことに幸せであります。
○参考人(明石康君) 今、岡野先生から御指摘のありましたとおり、国連のPKO活動の幾つかの局面には確かに文民も使用できないことはございません。交通面、運輸面において、ないしは医療の面において利用できる余地は十分にございます。 しかしながら、岡野先生がいみじくも御指摘になったとおり、即応性という点、それからいろいろ備蓄その他の点で組織的な形で対応できるかどうかという点。それから国連のロジ部隊、兵たん関係の部隊なのでございますけれども、これカンボジアのようなところですと六十日間の自給体制を持っていかないとだめなわけでございます。そういうことで例えばドイツの場合、医療隊を出してもらっているわけですけれども、これもまた軍の医療隊という形をとっております。それからインドからも医療隊が参りますけれども、これも、これまた軍隊の一部でございます。 そういう意味で、野戦病院をつくる体制というものがやっぱり国連としては、特にカンボジアのようなインフラの整備されてないところにおいては必要不可欠でございまして、その他の面では文民、NGOの活躍の余地も非常に多いのでございますけれども、今先生が申されたような即応態勢その他、そういう設備その他の面の必要性、自給・自生体制、それから自己の安全その他を守る、そういう条件、そういったような面からいいますと、やはり軍隊的な組織と経験を経た者が、機能的にはシビリアンの機能に近くとも組織能力の点からいってやはりそれに軍配を上げざるを得ないという場合も多々あるということは事実でございます。
○岡野裕君 明石代表には、私のつたない質問につきまして懇切丁寧に御指導賜りましてありがとうございました。 これからもぜひ世界のため、カンボジアのため、UNTAC、立派に成功いたしますように御努力をなさいますよう、加えまして酷熱の地であります、ひとつぜひお体をおいといになりますようお願いをいたしまして、岡野裕、質疑を終わります。 ありがとうございました。
○國弘正雄君 明石代表、御足労を煩わせました。きょうこちらにお出ましを願うことになったのは、たしか自民党の皆さんがお呼びになって、私たちも質問をする折をお分からいただいたということでございます。 私は、私ごとになって大変申しわけありませんけれども、かつて国連本部で当時の事務総長にかなり長時間にわたってインタビューをするといったときに、明石さんに大変に御配慮をいただいてお世話になりました。これまた私ごとになって大変恐縮ですけれども、私が代表の一人でありましたある出版社から「国連ビルの窓から」という大変に興味深い御著書をかって出させていただいておる。また後一月ぐらいでございましょうか、今度は「国連から見た世界」という本を御出版賜る。私事にわたりますけれども、私としては大変にうれしいことでございまして、ついこの間も読売新聞の書籍広告を見ておりましたら、私がごく最近に出した本の隣に新しい「国連から見た世界」という明石さんの御著書の広告が出ておりまして、大変に懐かしく、うれしく思った次第であります。 今さら申し上げるまでもないんですが、明石さんは三十五年間国連におられたわけです。そして、五代の総長にお仕えになった。これはもう大変なトラックレコードでありまして、しかも今重責を負ってカンボジアにおられて、国連のお仕事をしておいでになる。大体、歴代の総長を見ておりますと、せいぜい二期で十年なんです。二期やられなかった方もおありになる。ところが、明石さんは三十五年という歳月を日本人として最初に国連にお勤めになった方として続けておられるわけです。かつて国際連盟の次長として新渡戸稲造さんと杉村陽太郎さんが勤められた。これは杉村さんは外務省の大先輩であります。この方たちだって非常に短い期間しか次長としてお勤めにならなかった。 ただ、おもしろいのは、あのお二人とも岩手県の御出身なんです。そして、次長は秋田の御出身である。つまり、東北出身者が国際舞台で非常に見事なお働きをなすったということは、これは私、秋田だのあるいは御郷里の市内などに伺って話をさせていただいたときに、いつも、東北人というのは世の中の常識に逆らって大変に国際的な視野であるいは国際的な活動をしてこられた。明石さんがその一人のいい例であり、五千円札の新渡戸稲造先生がそのもう一人の例だというようなことを申し上げてきたわけです。とにかく大変なお仕事だったと思うんです。 ところが、御著書の中にも出ておりますけれども、長い国連の生活の中で、時には国連の仕事に懐疑的になった、あるいは絶望感を抱いた、やめようと思ったというようなことを述べておられるわけですが、例えばどういうときに絶望され、どういうときにやめたいと思われたか、そのあたりをお漏らしいただければ幸いです。
○参考人(明石康君) 國弘先生とは長い長いおつき合いで、先生と申し上げることさえもちょっとはばかられ、國弘さんと申し上げたいような親しい間柄を持たしていただいておるわけでございます。 東北から国際人が輩出するというお話が今ございましたけれども、私は郷里に帰りますと、半ば笑い話ですけれども、二つの要件を東北人は備えておるからではないかと申すのでございます。 一つは、東北弁には例えば標準語にない音がございまして、イとエの中間音のイエといったような音があります。標準語で英語をしゃべろうとしますとイット・イズになってしまうんですけれども、東北弁でしゃべるとイェト・イェズとちょうどいいぐあいになる。そういう特殊な音があるということが一つ。それから第二のことは、東北人にとりましては標準語の取得が第一外国語の取得でございますから、第一外国語をマスターしてしまいますと、第二外国語、第三外国語の取得が心理的にずっと容易になる。こういう二つの理由で、東北の雄物川とか米代川の水はハドソン川にもテムズ川にも続いておるんだ、したがって、ボーイズ アンド ガールズ ビー アンビジャスと言いますと、皆さん大いに喜んで奮い立つわけでございます。 今、國弘さんから、国連に奉職していろいろフラストレーションの時期があった、そういうことについての御質問がありましたけれども、私は国連というものは、偉い国際法学者がお書きになるような一つのきちっとした制度であり機構であるというふうに思っておりません。国連というのは一つの生き物である。米ソが冷戦を交えておったころは、もう安保理事会は拒否権の乱用でほとんど機能できませんでした。それから一九六四年の国連総会は、まさに国連の平和維持活動の経費をめぐる米ソの対立のために一度も表決さえできなかった非常に不幸な総会、そういう時期がございました。 国連は非常に高い国際社会の理想、理念を掲げる場でもございますけれども、ある意味では非常に低次元の国際政治のどろどろしたものが常に漂っております。そういう意味で国連というのは、掲げる理想の高さと同時に、それを達成できない現実の無力感にさいなまれることが非常に多い場だと思うのでございます。 それから、国連というのは大きな機構でございまして、幾ら一介の青年が頑張ってもなかなか仕事を認められないということもございますし、そういう意味では、日本的な終身雇用社会、年功序列社会のなまぬるい心地よさというものとは全く別の職場であるんじゃないかと思います。私は、決して国連に奉職する人間に特殊な技能とか能力が必要だということを言っておるのではなくて、日本的な意味で、地味にいい勉強をし実力を備えつつも、なおかつ国際社会で働くだけの話学力と行動力を身につけるということが大事だと思うわけでございます。 私は国際人という言葉が大嫌いなんでございまして、すぐれた日本人こそすぐれた国際人になり得る、両者は全く違った存在ではないんだという確信を持っておりますけれども、過去の国連においては、国連自体がそういう矛盾に悩まされ、士気の落ち込む時期がございました。最近は幸い、岡野先生の言葉じゃございませんけれども、PKO花盛りでございまして、国連がポスト冷戦の時代に入っていろいろ新しい要請を次から次とされておる、そういう期待感がございますから、ある意味では仕事をしても張り合いがあるのが事実でございます。 と同時に、さっきも申し上げたとおり、これだけの期待に果たして国連がこたえられるのか、財政的な能力は十分か、行政的な足腰は強いのかということになりますと、内部にいる者として必ずしも安心できない面があるわけでございます。そういう意味では、国連というのはほかの職場と同じく、栄光の時期もあるし悲惨な時期もあるということで、私は決して国連が高尚な職場だとは思っておりません。しかしながら、国際社会にとって使い道のある一つの道具であり手段であるわけで、あがめ奉るべきそういう何か特殊なものではない。 私は、日本人にとっては国連に対するイメージは国際的に決して悪くないわけでございますけれども、国連をやたらに一つの客体として美化したりロマンチックに考えずに、もっと日本の外交のために有意義に使い得る、国際社会で多数の支持を得るために説得し、これをリードし得る国際機関としてダイナミックにとらえる、そういう発想が必要であろうということを折に触れて言ったり書いたりしておるのが現状でございます。 そういう意味で、さっきも申し上げたとおり、国連は生き物である、生き物である以上病気にかかることもありますし、さっそうとして働く時期もありますし、失意に悩まされることもあるわけでございます。 しかしながら、現在の国連は明らかにいろんな可能性、ポテンシャルを持っている場だと思うのでございます。そのためにもそのポテンシャルを生かすのに、日本という我が国はいろんな意味で国連を支え、これを強力ならしめ、今までのような大国主義、国と国とのバイラテラルな形で外交が決まっていくような事態から、本当にマルチラテラルな、多角的な、グローバルな観点から安全保障なり、軍縮なり、開発なり、環境問題なり、そういうものに取り組める新しい時期に立ち至っておるんじゃないか、そういう意味では絶好めチャンスである、これを逃したら同じようなことはもう二度とあらわれないかもしれないという、一面では大きな期待と、一面では危機感を私は持っております。
○國弘正雄君 去年の大みそかにガリ事務総長に口説かれなさって、若干逡巡されたようですけれども、初めはその任にあらずというふうにお考えだったようですが、最終的に決意されたそのいきさつを伺おうと思ったんですが、今お答えがありました。 ただ、そのときに逡巡された一つの理由に、シアヌークさんのようなエネルギッシュな人とあれこれやるのは大変だというような趣旨のお言葉があったんですね。かつて、一年半にわたってタイ国とカンボジアのいわゆる国境紛争をめぐって、バンコクとそれからプノンペンを絶えず往復なさったというような、カンボジア問題あるいはカンボジアの国境紛争の問題については非常に豊かな原体験をお持ちなわけですが、そのシアヌークさんという人が、私の聞いているところではどうも抜きがたい対日不信感のようなものを、今はどうか知りませんけれども、かっては持っていた。かなりそういう趣旨の発言を私も見たり聞いたりしたことがあるわけですね。 一体なぜ日本に対してああ厳しいんだろうというふうに思う一つの理由は、先ほどちょっとお触れになりました、例の戦争中にカンボジアの三分の一近くをタイ国に渡してしまう。随分乱暴なことをしたものだと思うんですが、もしその記憶に対してカンボジアの人が恨みつらみを抱いていてくれないとすれば、彼らの寛仁大度に私どもとしては本当に感謝せにゃいかぬというふうに思うんですけれども、シアヌークさんという人がどうも対日不信感を持っていたというふうなことがあって、大変だなというふうに私は、ほかにも大変なことがたくさんあるわけですけれども、一つの大変なことではないのかなと。しかも、あのSNCというのもかなり混成旅団的な複雑な背景を持っておりますし、フン・センさんのことをカンボジアの首相、カンボジアの首相と、これはマスコミを含めてよく言いますけれども、実際はプノンペン政権の首相でしかないわけでございますから、シアヌーク殿下の存在というものが今後随分といろいろなときに明石代表にとっては大変なことになるのではないか。 しかし、シアヌークさんそのものは別としても、あの非常に複雑な構成を持っているSNCというものの上にある種の統治機構としてお座りになっていらっしゃるわけですが、そのあたり言ってみれば連合政権と言うのでしょうか、あるいは幾つかの派閥から成り立っている政権とでも言うのでしょうか、そこをうまくやっていらっしゃるのは大変な御苦労があると思うし、例えばフン・セン氏だけの言うことを聞いて、フン・セン氏の意見が全カンボジアの国民の総意であるなどと思ったらとんでもない間違いだと私は思いますし、そんなこんなで御苦心のほどが存するだろうと思うんですが、そのあたりいかがでございますか。
○参考人(明石康君) 大変鋭い御質問で、幾つかのアングルがございますのでどこからお答えしていいのかわかりませんけれども、私はこの任務をお受けするときに逡巡した、躊躇した幾つかの理由の一つは、おっしゃるとおりシアヌーク殿下とうまくやっていけるだろうかという不安が一つございました。 國弘さんが御指摘になったように、確かに私は、戦争中に日本がどちらかといえばタイ・カンボジア紛争においてタイの肩を持っだということが少し板として残っておるんじゃないかという懸念もございましたし、それからもう一つは、やはり昨年十月合意されましたパリ協定というものが、国連の役割とそれからSNCの役割とプノンペン政権、その三者のそれぞれの機能、権限の区別に関しまして必ずしも明確な規定をしておらない、これが将来大きな紛争の種になりはしないかというような不安もあったわけでございます。 この最後の点から申しますと、割と国連の存在はカンボジアの四派によって期待もされ信頼もされておる。私は最初から四派に対して公正な客観的な立場で当たろうと。もちろんクメール・ルージュに対しては国際的な批判がいろんな意味で浴びせかけられておりますけれども、クメール・ルージュの指導者に対しても、私は言い分は聞くだけ聞いて納得できるものがあったらそれには応じてやるべきだと思いますし、とにかく戦場の論理を民主主義、議会政治の論理に持ってきてカンボジアの統一と和平を樹立するということが最大の使命でございますから、そういう意味では誠心誠意を持って四派に当たっていこうということで、これからどうなるかはわかりませんけれども、今までのところ割と四派の信頼を得て現在に至っておると思います。 それから、SNCと国連との関係でございますけれども、やっぱりSNCは全く物の考えの違う四つの派閥から成り立っておりますので、なかなかスムーズに合意ができない。そういうことで、UNTACにむしろお鉢を回して妥協点を探ってもらうということが多うございます。そういうことで、それにこたえないことにはやはりカンボジアの事態は少しも改善しませんので、私はUNTACの意思を押しつけることは自分の性格からいっても決して好きな方ではございませんけれども、よくUNTACの存在は戦後の占領期のマッカーサーの存在に例えられます。私は国連というものは決してマッカーサーにはなってはいけないし、何もしない存在だと思いますけれども、こういうカンボジアの一時の政治的な空白期にやっぱり必要な存在である。さっき、国連は四派の間の橋であり新政府に導くまでのクッションであり、カンボジアの独立を保障するそういう存在、ギャランティーであり民主主義をつくる上での触媒であると申し上げましたけれども、そういうふうな役割を果たすならば、カンボジア国民全体の信頼を引き続き得ることができるんじゃないかと思っております。 シアヌークさんも今やお年七十歳に達しましたが、かつてのように今でも才気豊かな人で実に多才な、ある意味ではファウスト的な能力の持ち主で英邁な政治家でもありますし、何としてもカンボジアの農村部に行って感じますのは、もう彼に対するカンボジア農民の崇拝の念は無条件であり極めて高いものがあるわけです。しかも、頭の回転が非常に早いし、日夜そういう政務に専念してなお疲れを知らないというところがありまして、その人たちにとってやや角が取れて円熟したダイナミズムの存在になっておるという意味では、私はやっぱりシアヌークさんと私との信頼関係というものがこのカンボジアの過渡期をうまく乗り切っていく上での一つのかなめではないかと思っております。 そういうことで、シアヌークさんを批判する人もおりますけれども、やはり国連としてはああいう英邁な政治家、指導者を大事にし、議長でございますから、四派の間をまとめる上でもやはりシアヌークさんに対する私の期待は極めて大きいわけでございます。そういうことで協力しながらやっていけるんじゃないかという確信を持っております。
○國弘正雄君 シアヌークさんについてのお話はわかったんですが、ただ、やはり幾ら国連が、これはもうPKOに限らず、ある地域に介入し、介入というか、かかわりを持ったとしても、その人たち自身の政治的な意思のようなものがちゃんと存在しなければ和解もあるいは和平も達成されるべくもない、これはもう鉄則だと思うんです。 その際に、このカンボジアについて四派のまとまりというか、あるいは政治的意思、ポリティカルウイルというものが本当にあるのかどうなのか。特に、旧クメール・ルージュの例えばキュー・サムファンというような人と接触をおとりになって、彼らもまたカンボジア復興の大業に欣然として参加するというような方向に向かっているのかどうなのか、そのあたりが私ちょっと気がかりなんですね。 そして、それに関連するんですが、かつて、これは最近のことではありませんけれども、あの人たちの中に例えば国連軍、これは非常にルーズな定義で言っているわけですけれども、厳密な定義ではございませんが、国連軍よ来たらば来だれと。あるいはだれか、日本であれどこでもいいんですが、軍事勢力、軍事集団をカンボジアに持ってくるんだったら、これは四派でなくて五派になるだけの話だと。つまり、そこでは明らかな戦闘行動が行われるであろうという非常に不気味な予言のようなものをして、そして必ずしも四派のある種の合意に従おうとしないという、そういう傾きというか傾向を見せている。しかも、旧クメール・ルージュ自身が必ずしも一つにまとまっていないというような、それこそ何というんでしょうか、場合によってはまたぞろ灰神楽が舞うような話になりかねない。 もしそういう。ようなことになったとした場合に、そして我々がPKOをもし派遣したとした場合に、これはある種の内政干渉というかあるいは内戦に首までつかってしまうというおそれがあるのではないか、その懸念についてどうお考えですか。
○参考人(明石康君) クメール・ルージュは四派の中でプノンペン政権に次ぐ大きな勢力でございまして、一部の農民層の強い支持を得ておるということも事実でございます。クメール・ルージュの真意が那辺にありやということについてはもちろんだれもわからないわけでございますけれども、キュー・サムファン、クメール・ルージュのリーダーでございますけれども、それからソン・セン、クメール・ルージュの国防大臣、総司令官、この二人と私は何回も会って、SNCの枠内でも、またバイの形でも会っておりますけれども、この二人ともにパリ協定に関してはクメール・ルージュも全面的にこれを支持しておる、また協力するつもりであるということを繰り返し言っておりますし、それを疑うだけの材料を私は持っておりません。 私は、やはり国際情勢は変わっておりますし、冷戦は終わりましたし、クメール・ルージュ側にとってもかつての中国とかASEAN諸国から得ることができたような援助は、中国の場合は完全にもう断ち切られておるというふうにも聞いておりますし、もう自前で行動しなくちゃいかぬ時期になっておる。 それから、クメール・ルージュの指導層はほかの指導層に比べても教育水準その他は高いくらいなんですね。フランス共産党華やかなりしころフランスで大変いい教育を受けて、キュー・サムファンなんかは博士号を経済学について取っておりますし、二人と話すときも非常に立派なフランス語で二人とも話してくれますし、その当時のフランスの共産党の影響とそれから中国の文化大革命の影響を受けて、クメール・ルージュ的な非常にラジカルな出血の多い農業改革、農地改革の抗争にあの人たちがのめっていったんだと思うのでありますけれども、今や事態も変わったわけでございますから、私は、やはり来年春の自由選挙というものをポル・ポト派としてはまとまった形で選挙運動に参加し、幾つかの議席をとるということに政策を決めておるんじゃないかと思います。恐らく多数の政党は過半数はとてもとれないのでありましょうけれども、まずさしあたって幾つかの議席をとる。そのことによってまたプノンペン政権の非能率、腐敗その他を批判し続ける。そのことによって、五年後、十年後になるかもしれませんけれども、いつかは過半数をとれるという、そういう見通しがあるんじゃないかと思うんですね。そういう意味で、戦場の論理から議会政治における闘争の論理にクメール・ルージュも変わっておるんじゃないかということが一つ言われておりますし、それを疑う根拠を私は持っておりません。 それから、今、國弘さんが言われました、クメール・ルージュそれ自体一枚岩ではないのではないかという観測につきましては、私もそういうことを聞いております。私は、ポル・ポトとかイエン・サリとかそういう指導者にはSNCのメンバーでもありませんし特に会っておりません。クメール・ルージュの中が、そういう民主政治に変身しようといういわば柔軟なキュー・サムファンその他の一派と、いや武力闘争を続けるべきだという強硬派とに分かれておる、なかなかそういうことで政策決定が容易じゃないということも観測としてあることは事実でございます。真相はわかりません。しかしながら、SNCの場であらわされる限りクメール・ルージュも国連に協力し民主政治に賛成しておるということも事実であります。 よくアメリカの中にクメール・ルージュを抱き込んだ和平構想というものは間違いではないかという見方もありますけれども、私は、クメール・ルージュを戦争の論理から平和の論理に導き入れるためには、やっぱりこういうパリ協定の枠というのが唯一の現実的な解決策だったと思いますし、アメリカの上下院議員も最近はそういう議論に変わってきているというのは非常に喜ばしい現象だと思うのであります。 武装解除というものを徹底的にやることによって疑似民主主義者転向をできるだけ防止するということ、それから短い期間ではありますけれども、民主主義と人権の保障を制度的にできるだけきちんとした形でつくり、我々が去った後でもそれが一〇〇%覆されないように、カンボジアの有識者とかそういうNGOを育てておくということが国連にとっての急務であろうかというふうに考えております。
○國弘正雄君 PKOについて伺いたいんですが、その前に私、ひとり言を申しますからお答えは結構でございますので、お耳にだけとめていただきたいと思うんです。 それは、今でも数万を数えるベトナム兵がプノンペン政府軍の軍服というか制服を着て政府軍の中に入っているんだというようなことが言われています。あるいはカンボジアには三十万というようないわゆる入植者があちこちにおるということも聞いております。カンボジアとベトナム、あるいはラオスとベトナムとの関係というのは、もう言うまでもなく東北アジアと東南アジアの文化的な抗争というような、そういう色彩も含めて長くいろいろ問題があるわけですが、カンボジア国内に今も残っているであろうベトナムの人々、その中には軍人もいるわけだし入植者もいるわけですが、そういうような人たちが将来非常に大きな問題になるのではないか。 特に、選挙というようなことになった場合に、ベトナムの人にはあるいは選挙権はないのでありましょうから、したがって、その人たちがしかし投票に行くということを試みるかもしれない。ところが監視団といっても、ベトナム人とカンボジア人あるいはラオ人とタイ人との識別が果たしてつくであろうかどうであろうか。我々同じアジア人とは言い条なかなか難しい。 〔委員長退席、理事藤井孝男君着席〕 ましてや、アジア以外のところからやってきた人にとっては、選挙監視と口では言うけれどもそう簡単にはいかないのではないかというような気がいたします。これは私のひとり言でございますからお答えは結構であります。 さあ、そこでPKOなんですが、国連のPKOということを考える際に、日本と国連との間の非常に大きな何といいますかギャップがあると思うんです。それは何かというと、国連憲章は個別的な自衛権というものを認めておりますし、それから集団自衛権というものも当然のこととして認めているわけですね。だからこそ、さっき花盛りという言葉を先生お使いになりましたが、過去において軍事同盟の花盛りであったということが言えると思うんです。ところが、日本国憲法はこの点においては全く国連憲章とは違っておる。もう今さら詳しいことを申し上げる必要はありません。 したがって、この両者のすり合わせというのが大変に難しいのではないか。確かに日本国憲法の前文と国連憲章の字句との間には類似点がたくさんございますけれども、しかし基本的なそういう概念において、考え方において両者が相異なっていると、このすり合わせがそう言うはやすく行うはかたいのではないか、簡単にできないのではないか。そのすり合わせを全くほうったままPKOに参加する、PKOを送るというようなことは非常に重大な問題を引き起こすのではないか。まず第一に、やはり日本国憲法というものを余りないがしろにしない方がいいと思うんです。我々、例えば国会議員であったり、あるいは宮澤さんが総理大臣であったり、あるいは渡辺さんが副総理、外務大臣であったりするのはなぜかといえば、要するに憲法においてその手続が認められ、その憲法の手続に従って総理大臣であり、副総理であり、国会議員であるわけですね。そうすると、我々のよって来るゆえんのものはいわば憲法の中で担保されている、あるいは憲法の中に文言としてうたわれている。ところがその憲法を、その憲法によってある職員を持っておる我々がないがしろにしているということは、これは自己否定にほかならないと私は思います。ですから最近の、憲法なんぞ邪魔だとかあるいは憲法なんぞ古びた、だからもうお蔵に入れちまえというような議論は、我々の自己存在そのものをみずから否定することになりかねないと思うんですね。 その意味において、PKOを論ずるに当たって、やっぱり国連憲章の基本的幾つかの理念と我々の憲法の理念というものとの間に若干のかなり重要な食い違いがある。そこをきちっと埋めていかないで、軽々に何かこう、何といいますか事実でもって乗り越えていくということは、これは日本国憲法にとってもあるいは国連憲章にとっても後々に悔いを残すことになりかねないというふうに思う。この点は私、特に強調したい。そして明石さんの御意見も伺いたいんです。 というのは、私は明石さんの書かれたものは随分よく読ませていただいております。その中で、一九三一年のお生まれと聞いておりますが、私は一九三〇年ですからほぼ同世代なんですけれども、その書かれたものの中で、要するに国民が要望する日本の国連外交というのは一部の国に気兼ねしないで新憲法がうたっておる平和主義の精神を貫くことであると。その平和主義、国際主義のとうとい理念というものが国連の憲章でもあるんだけれども、日本の場合にはさらにそれに加えて憲法第九条という、これはお言葉をそのまま引用いたしますと、「実に世界史の上でも例のない、戦争否定の情熱に満ちた条項を持っている。」と、こう仰せられているわけですね。 そういうことを考え合わせまして、私がさっき申し上げましたような国連憲章とそれから日本国憲法との間のずれというのかな、乖離というのかな、あるいは違いというのかな、そこはきちっとお互い押さえてこのPKOの議論はしなくちゃいけないのではないかという気がいたします。御意見をちょうだいしたいと思います。 〔理事藤井孝男君退席、委員長着席〕 それからもう一つ、ついでです。五月十一日の気圧新聞の社説が「なぜ自衛隊にこだわるのか」という文章を掲げております。その一部を引用いたしますと、「冷戦後の新しい時代における日本の進路や、国際協力のあり方についての視野の広い検討がなおざりにされ、自衛隊派遣問題だけに矮小化する論議がまかり通っている。」、これは毎日新聞の五月十一日の社説の文章の一部であります。このあたりについても、私もそういううらみを感じている一人として、ぜひ今申し上げた幾つか、三つほどのことについて、明石さんの御意見を賜れば幸いでございます。
○参考人(明石康君) ありがとうございます。 私は、国際公務員としての私の立場上、日本がどういう形で国際的な責務を果たすか、国連に対する責務を果たすか、それをどういう態様において行うかということについては、これはとやかく申し上げる立場にありませんし、それこそ内政干渉になりますので言葉を控えさせていただきたいと思います。 しかしながら、今、國弘さんが国連憲章第五十一条の個別的並びに集団的自衛の原則、権利というものについて触れられたわけでございますけれども、私は国連憲章五十一条というのはある意味で国連憲章の異端分子であるというふうに考えております。これは、一九四五年のサンフランシスコの国連憲章制定会議のときに、アメリカの当時の孤立主義者であったバンデンバーグ上院議員らが、国連が機能しない場合、安保理が機能しない場合にもアメリカが行動をとり得るようにということで急に挿入した一種の安全弁でございます。ところが冷戦が始まりまして、そういうバンデンバーグその他が懸念したような冷戦のために安保理が機能しない時期が来たわけでございます。それで五十一条がまさに花盛りになりましていろいろ援用され、北大西洋条約機構の法的な基盤になり、また他方、東側のワルシャワ条約機構の法的な基盤になっていったんだと思うんです。 今、国連で考えられております。そういう集団的な安全保障体制というのは、五十一条に基づくものではないと思います。五十一条に基づくそういうNATOないしはワルシャワ条約機構というのは、まさに排他的な同盟条約だと思うんですね。ところが今国連で考えられておる集団的な安全保障というのは、排他的ではない、包括的な世界的な集団安全の体制であるというふうに考えてよろしいんじゃないかと思うんです。 それで私は、先ほども岡野先生のおっしゃったことに関連しまして、国連のPKOというのは基本的には国連憲章第六章の「紛争の平和的解決」というものの一端として考えてよろしいと申し上げまして、第七章、五十一条も第七章の一部でございますけれども、第七章に基づく外交的、交通手段による経済的ないしは武力による強制行為というのは、やや今の日本的な雰囲気にはなじまない、しかしながら国連の集団安全保障体制の一部には違いない一つの柱である、国連にはそういうハードな側面とソフトな側面があり、PKOというのはソフトな側面の一部と見てよろしいんじゃないかと申し上げたわけでございます。 これからの国連は、今度事務総長になったブトロス・ガリさんも強調しておりますけれども、国連の憲章の第七章も確かに大事である、そういう強制措置、経済的軍事的強制措置も必要なこともあろう、しかしながら基本的には第六章の平和維持活動と第八章の地域的な取り決め、地域機構の活用ということを二つの大きな柱にしてやっていこうということを言っておるわけでございます。 そういう意味で国連の集団的な安全保障体制というものをとらえた場合に、私は、第九条を含める新憲法の精神に違反するどころか、自国の安全を自国のみでやるとか、アメリカとの安保条約のみに依拠する体制から、もっと地域的な、ないしはグローバルなものに移行していこうということがポスト冷戦期への一つの新しい方向であるとすれば、それは国連の精神にも合致しておりますし、新憲法の精神にも矛盾しておらない。そういう意味ではPKO問題にもっと日本は積極的に前向きに対応してよろしいんじゃないかというふうに考えるわけでございます。しかしながら、自衛隊云々のことについては意見を差し控えさせていただきます。
○國弘正雄君 とおっしゃると、PKOも生き物ですから、国連も生き物でございますから、当然時間の経過とともに変貌していくというのはこれはある意味では当たり前だと思うんですね。 ただ、今までのPKOということからいうと、あるいはPKOの持っていた幾つかの原則からいうと、明らかに変わりつつあるということが言えるんじゃないか。例えば、もちろん国連憲章上の根拠がないということは私も知っていますけれども、しかし慣習法的に幾つかのやり方が生まれてきた、あるいは原則みたいなものが生じてきたわけですね。そのうちの一つは同意の原則だと思いますし、それから中立の原則だと思いますし、多少の例外はありますけれども大国を排除する、除外するという原則もありましたし、それからいわゆる武力の行使を差し控えるという原則もあったと思うんですね。 ところが、最近の例えばイラク・クウエート監視団、いわゆるUNIKOMなんかを見ておりますと、この四つないしは三つの原則が全部軒並み破られてしまったということは、これはもうフェアな言い方だろうと思うんですね。特に、またUNTACにつきましても、ただ単に一つの国の平和を維持するというだけではなくて、統治機構を初めとする、そのいわばトップに明石さんおいでになるわけですが、内政そのものの再編成を指導するという形であるとすれば、私は従来のPKOの枠をかなり大幅に乗り越えてしまったんじゃないかという気がする。 と同時に、もう一つ申し上げられると思うのは、国連の名のもとに超大国、実際はアメリカですけれども、の非常な強い意思が押しつけられるという危惧はないだろうか。UNIKOMの場合は私はそうであったというふうに思う。アメリカという国は、もうこれは代表にそういうことを申し上げるのはまさに釈迦に何とかでございますけれども、やっぱりアメリカというのは今までも国連に対して、過度に熱心になったかと思うと全く冷淡そのものになって国連などというものはくそ食らえみたいな、言葉が悪くて申しわけありませんが、そういうやり方をとってきたことがある。かつて国際連盟、ウィルソン大統領が唱道したのに、最後まで入らなかったのがアメリカ合衆国でありました。あるいは今も、幾らか覚えていませんけれども、国連の分担金をあの大国がいまだに四の五の言い立てて全部支払っていないというようなぶざまな状況であります。しかし、いずれにしても、そういうアメリカの意思が対象国に押しつけられてしまうというおそれがないのであろうかということが私の危惧でございます。 それから、時間がございませんからもう一つだけ確認をさせていただきたいんですが、ちょっと話題が変わります。例のSOPでございますけれども、使用する武器も、あるいは自衛のために武器を使うという正当性も、それを決めるのはあくまでも事務総長である、あるいは事務総長が任命したコマンダーである、国連の関係者であって日本国総理大臣ないしその他の日本国の人たちではない、それが基本原則であるというふうに私は了解をしておりますが、その了解は国連のお立場からいって間違いないかどうか、そこを確認させていただきたい。 というのは、この間も渡辺副総理・外務大臣がこの問題に触れて、要するにコマンダーのコマンドに従うということだよ、こう仰せになった。何のことかよくわからないわけであります。コマンダーのコマンドに従うというのは何の説明にもなっていない。いわば同じ言葉のトートロジーというか繰り返しにすぎないわけですね。ですから、このあたりで非常に疑念というか、あるいははっきりしないものを我々覚えているのでありますけれども、とにかく事務総長から命令を受け取る国連の司令官からのみPKOは命令を受け取るというのが国連の基本原則である、このように考えてよろしゅうございましょうか。そのことはひとつ御確認をいただきたいと思うんです。
○参考人(明石康君) ただいま國弘さんから非常に傾聴に値する幾つかのPKOの分析がございました。おっしゃるとおり、PKOというもの自体もその創成期に比べまして脱皮して現在に至っておるんだと思います。冒頭に説明申し上げましたとおり、非常にカンボジアのUNTACの場合多岐、多面的な活動をしておる、そういう意味では、当初のPKOに考えられもしなかったような一種のエボリューショナリーな発展を遂げて現在に至っておるのが事実でございます。 国連と内政干渉、これに関しましても、国連憲章第二条第七項が内政不干渉原則をうたっておりますけれども、人権なんかの点をとってみますと、四十年前には明らかに内政干渉と思われたような各国の、例えばミャンマーなんかに関します人権問題での国際社会の批判、弾劾、そういったようなものが当然許されるという慣行が今や確固として成立して現在に至っております。そういう意味では、憲章第二条第七項というものはますます狭く解釈され適用されて現在に至っておるということが現状だと思うわけでございます。 国連とアメリカの関係につきましては、私自身もいろんなところで書いておりますが、ある意味では非常に迫力的な外交を展開することもございますし、あるときには非常にエモーショナルな、激情的な、そういう予見性の難しい外交に転じることもございまして、ほかの国もそうでございますけれども、全く安定した、バランスのとれた国連外交をやっておるかというと必ずしもそうではないわけであります。そういう意味では、我が日本こそそういうアメリカに対してよき忠告者、よき友人としてもっと均衡のある国連外交をさせる大きな役割を担っておるんじゃないかと思うんです。 今、アメリカの滞納金の問題がございましたけれども、日本こそそういう義務的な拠出をきちんきちんと支払うことによってアメリカに対して忠告者としての強い立場を維持することができるわけですし、問題によっては分担金プラスアルファとして国際社会を新しい方向に導くためのリーダーシップをとる。過去においても、国連天然資源回転基金の創設、UNCTADの共通基金の創設、それから国連大学の創設その他に日本がとってきたイニシアチブ、これは単に分担金を払うという域をはるかに超えた新しい構想の実現であったわけですけれども、私は、そういうような日本のイニシアチブ、ビジョン実現の場としての国連の利用ということをますます創意をもって考えていい時期に達しておるんじゃないかと思います。
○國弘正雄君 それから、SOPの五のdは。
○参考人(明石康君) SOP云々のこと、私はそういう国連のPKOの具体的な軍事部門に関係しておりませんので詳しいことはお答えできませんけれども、PKOがいろんな形で脱皮しているにもかかわらず、基本的に真の意味での自衛に必要なためのそういう軽武器の携行ないしは使用しか許されておらない。その意味では基本線が現在まで貫徹しておるのが事実だと申し上げてよろしいと思います。 御承知のとおり、カンボジアの歩兵大隊の場合であっても全くの軽火器の使用しか許されておりませんし、当初、一番先に到着しましたインドネシアの一個大隊、これはもうインドネシアで最もすぐれた、訓練の徹底した軍隊でございますけれども、プノンペン市内をパトロール、巡回させる、そのことによってプノンペン市民に安心感を与えるということが大きな任務であったわけでございますけれども、大きな国連旗を掲げ、国連のトラックで、国連マークを大きく描いたそういう車両に乗りまして、全く武器を携行しないでプノンペン市街を常時パトロールしたわけでございます。そういうことで国連の、ないしは国連のPKOの影響力、存在は武器に頼るものではないという点では一つ大きく貫徹しておるのが現状であると申し上げてよろしいと思います。
○國弘正雄君 どうもありがとうございました。どうぞ御無事でお帰りくださってよいお仕事をと思います。 最後に、これは参考人に対してではなくて、一つだけちょっと嫌がらせみたいなことを言うんですが、アメリカの西部の言葉ではピストルのことをピースキーパーと、こう言うわけです。それから、レーガン大統領は例のMXミサイル、つまりミサイルエクスペリメンタルというのをピースキーパーと呼んだわけですね。このピースキープとかピースキーパーという言葉はかなり、つまり軍事的な行動あるいは戦争と背中合わせの寒さみたいなものがあるということだけは申し上げます。 ありがとうございました。
○木庭健太郎君 公明党・国民会議の木庭健太郎でございます。 本日は、明石参考人、お忙しい中を立ち寄っていただきまして、私たち今このPKOの法案を審議しておりますし、非常に参考になる御意見をいろいろ賜りまして、心から感謝いたしております。さらに、私たち若い人間にとっては、日本人の一人としてそういう国連の大事な仕事に明石参考人がついていただいているということは我々にとっては誇りでもありますし、本当に今一番難しい中で努力されていることに心から敬意を表するものでございます。 今二人の方からいろいろ御質問があっておりました。私どもも明石参考人がおっしゃったように、この冷戦構造が崩れた中やはり小さな紛争がふえてきている、その現状の中で国連を中心とした平和維持活動、PKOに何とか積極的に本格的に参加できないものかということでこれまでも我々なりに努力もしてきたし、その中で私たちの立場は、本格的に参加するには日本の自衛隊も使わざるを得ない面もあるんじゃないかということまで考えて取り組んでまいりました。 今、UNTACがカンボジアで展開しているわけですけれども、そのUNTACの展開した最初の、三月でございましたか、オーストリアでしたかオーストラリアでしたか、国連のヘリコプターが撃たれるという痛ましい事故がございました。日本で見ていると、ああいうのを聞くとどういう評価になるかというと、ああ危険だな、危ないな、UNTACというのは本当に大丈夫なのかな、そんな論議になりがちなんです。 私は、明石参考人からもぜひお聞きしたいんですけれども、そういう問題が起きたときに、ではUNTAC、PKOはどう対応したのかということが非常に大事だと思うんです。それをきっかけとして何か紛争へ巻き込まれるようなことがあれば、これはPKOの本質を外れることになると思うんです。そこでどう対応したかということが非常に重要になると思いますし、また先ほども指摘になっておりましたけれども、一応小火器を持った人たちがカンボジアに行くわけです。いろんな意味でカンボジアの人たちがどういう評価をしているかという面もあると思います。 私たちの石田委員長が今カンボジアに行っておるんですけれども、その際、先ほどお話がありましたインドネシア部隊の司令官にもお会いをしております。そのときに、先ほど御指摘になりましたプノンペン市内では市民にそういう警戒心を起こさせない、きちんと武器を持たない、国連の旗のもとでやるんだということを明確に述べられておりました。またコンポントムの現状についても、こういうことをおっしゃっております。 コンポントムなどではプノンペン政権とポル・ ポト派の小競り合いもあるが、われわれは一切 関与しない。あくまでも事実をUNTAC本部 に伝えるのがPKOとしてのわれわれの役目で あるからだ。われわれの部隊の目の前で争いご とが起きたら、われわ札はすぐに引きあげる。 なぜなら争いに来たのがわれわれの目的ではな く、PKOの監視、パトロールの活動であるか らだ。まさにこれが私はPKOの本質であると思っております。 明石参考人に一つお聞きしておきたいのは、そういう国連のヘリコプターが撃たれるようなことがあった。しかし、こういうのは極めて例外的なことであって、その後どう対処されたのか。またもう一つ、一応武器を持った人たちが行くわけですから、こういう方たちがカンボジアにおいて、カンボジアの方々にどうUNTACというのが評価されているのか、この辺を簡潔にお聞かせ願えればありがたいと思います。
○参考人(明石康君) このUNTACヘリコプターに対する射撃事件でございますけれども、これはオーストラリアのスチュワート大佐がクメール・ルージュ支配地域の上空をヘリで査察しておったときに幾つかの砲弾でヘリが撃たれまして、スチュワート大佐は腕に負傷をしまして、急遽タイの病院にエバキュエーションという形で運ばれました。幸い、傷も小さい傷ではありませんでしたけれども、治療よろしきを得まして、スチュワート大佐は現地に復帰して今活躍しております。非常に明るい性格の人で、しょっちゅうジョークを飛ばしてみんなを笑わせ、オーストラリア人でありますからカンガルーハウスという家を建てまして、実に仕事も深夜まで、仕事に極めて熱心なのでありますけれども、時たま時間があると羽目を外してそこのプールで泳ぎ、みんなで水球をやり、実に遊ぶ方も上手な男で、そういう国連のUNTACの軍事部門の皆さんの非常にあけっ広げの明朗な性格を典型的に一身に体しておる大佐で、皆さんの注目の的の人でございます。 それで、この事件に関しましては我々の方で徹底的に調べまして、フランスのロリドン将軍がその任に当たりまして、これは国連側としてはクメール・ルージュ側のしわざであると結論せざるを得ないという結論を出しております。これをその後、軍事件業グループというのがありまして、毎週四派の将軍クラスを集めてやっておるわけですけれども、そこでその結果を発表しまして、これに対しましてクメール・ルージュ側は、自分のところも独自の調査をやったけれども、これはクメール・ルージュの兵士の発射した銃砲によるものではないという結論を出したということで、水かけ論に終わっておりますけれども、この五月一日に私どもが国連安保理に出しましたレポートの中ではそういう両論併記という形で発表しております。それで、こういうものが紋続的、反復的な形で行われたら国連安保理は何らかの行動をとるんだと思いますけれども、これはごく一つだけかけ離れた事件でございましたからそういう状況で終わっておるわけでございます。 それで、今、木庭先生のおっしゃったとおり、基本的に国連は武力不行使という線で、軽火器は持っておりますけれども、それの使用は全く肉体的に自分が危機に瀕したときにのみいたし力なく使用することは許されるにしても、そういう問題解決のために武器は使用しない。また、使用に値するくらいの大きな武器は持っておりませんし、そういう意味ではシンボリックな武器にすぎません。私自身、護衛のために何人かの人がついておりますけれども、この人たちも私にピストルの携行をすべきかどうかということを聞いてきたときに、国連である以上、本当に具体的な身辺の危機がない以上はおまえたちは武器は持たない方がいいだろうということを言いつけております。そういう線を国連は厳正に現在でも守っておるというのが現状でございます。
○木庭健太郎君 先ほど明石参考人から日本に対する期待も述べていただきました。あの湾岸戦争以来の私たちの反省というのは、やはり金や物だけじゃなくて人的にどれだけ協力していけるのかというのが、これまで論議をし、またそれをやらなくちゃいけないという決意で今この法案を私は審議をさせていただいていると思っているわけです。UNTACにおいても、もちろん明石参考人がおっしゃるように、お金の面でも日本は頑張らなくてはいけないと思いますけれども、やはり人の面でも憲法の許す範囲内でぎりぎりの努力は、そういう今努力されている方々と一緒になって汗を流すということは、ある意味では日本がこれから国際社会の中を生きていく上で必要不可欠であると私どもは思っているわけでございます。 そこで、まず一点お尋ねしておかなくてはいけないのは、UNTACの中で歩兵大隊はほぼ充足し、先ほどちょっとお話がありましたけれども、それでも一国が参加できにくいような状況になったということを参考人はおっしゃっておりました。そのほかの例えば後方支援の医療とか通信とか復興とか輸送とかロジ部門を含めてですけれども、それがどういう充足状況になっているのかということを参考人から、大まかでも結構ですので、こういう状況ですよということをぜひ日本の国民の皆さんに教えていただきたいと思います。 それと、私たちは、日本の国内においてPKOの問題が本格的に理解されるにはまだ時間がかかる部分もありましょうし、また周辺諸国のいろんな事情また御懸念も考えますと、本当はPKOの中核となるのは確かに歩兵大隊のような部分だろうと思うんですけれども、そういうところは日本としては今すぐやるべきではなく、できればUNTACにおいては後方支援、いわゆる医療、通信、復興また輸送の分野を担当させていただけないかなという希望も持っております。 ただその際に、いわゆる本体をやらないで後方支援をやることで皆さんの評価を得ることが本当にできるのかなという危惧は正直ございます。その辺に対して、そういうものに取り組むだけでいいのかなという点についての明石参考人の御意見を伺っておきたい。 あわせてもう一つ、この後方支援については、我が国の論議の中では、先ほどもちょっとお話しあっておりましたけれども、文民でもなし得るし、そういう人たちを出しても構わないじゃないかという話があるんです。先ほどの御指摘もありましたし、ああいう地域でもございますし、私たちとしては文民では難しかろうと思うんですけれども、その点についてもあわせて御答弁がいただければありがたいと思います。 三つ重なって恐縮ですけれども、お答えいただきたいと思います。
○参考人(明石康君) 木庭先生のおっしゃったとおり、私は日本の国連に対する貢献はバランスのとれた、均衡のとれたものであるべきだと思うのでございます。財政的な貢献の点でも日本は単なるいわゆる応分な、分に応じた貢献以上のものを求められております。これは肝に銘じておくべきだと思います。 それから人の面の貢献、これがおくれておるのは周知の事実でございます。これは平和の維持においてもそうでございますし、私はODAその他に関しても、資金面での援助もございますけれども、人づくり、技術援助、そういったような日本人そのものを介した指導というものが随分立ちおくれておるんじゃないかと思います。 カンボジアのPKOに関しまして、こちらでPKFとよく言われておるもの、国連ではそういう言葉を使いませんけれども、これは歩兵大隊というふうに解釈しますと、歩兵大隊の充足はまだ完全に最後のところまでいっておりません。さっきも申し上げたとおり、まだ不確定要素が幾つかございます。しかしながら、今の御質問にお答えしますと、後方支援の面でまだ幾つかのギャップがありまして、その充足が急務であるということは事実でございます。この充足状況に関しましては日々状況が変わります。それで我々はこういうような細かい表をつくって毎日のごとく充足状況を検討し、評価しておるのが現状でございます。 それで、今先生のおっしゃった後方支援の面、これは歩兵大隊を除いたほかの面というふうに考えますと、停戦監視団、これについても四百八十五人の充足が必要ですけれども、半分ないしは三分の二くらいのところまでしか現在いっておりません。これはできるだけ多くの国の参加を得る必要があるので、一カ国多くとも四十四人以上出してもらうのは望ましくないということで、安保理五常任理事国でも四十四人というふうに限定しておりまして、そういう点もあって国の数を多くするというのが我々の大きな関心でございます。 さっきも申し上げたとおり、それぞれの人の背後にそれぞれの国があるんだ、その国々が結集した国際社会全体がカンボジアに展開されておるんだという、その政治的な意味を重視するからでございます。そういう意味では、日本人が五人であっても十人であっても五十人であっても、決して八百五十人の一個大隊を出すのでなくとも、人を出すということに私は意義があるんだと思うのでございます。 それに関連しましてちょっとエピソードを申し上げますと、この四月十八日から二十日までガリ事務総長が現地に行きまして、インドネシアとマレーシアの大隊を見て非常にすばらしいのに深へ印象を受けました。実によく訓練されており、一糸乱れぬ起居ぶりを示しました。しかも、単に大隊として行動するのみならず、インドネシアの大隊なんかはレセプションのときには実にうまく歌を歌うし、交通整理もカンボジアの警官と一緒になってよくやってくれるし、クメール語の訓練さえ経てきておるものですから実に民衆との交流をうまくやっておるというような面がございました。 非常に感心しまして、事務総長は、インドネシアのスハルト大統領それからマレーシアの総理、それから工兵部隊を出しておりますタイの総理と通信隊を出しておりますオーストラリアの総理に感謝状をぜひとも出したいということでこれが発出されたわけでございます。そういう意味では、別に歩兵大隊でなくても、工兵部隊であってもその他の部隊であっても、いい仕事をすればそれなりに目立ちますし、感謝されるわけでございます。その停戦監視団、まだ十分に充足されておらない。 それから、工兵部隊についてはまだ充足度がかなり不足しております。ああいうインフラのないところでございますから、工兵部隊の需要は極めて大きいわけでございます。航空部隊に関しましては、フランス、オランダからある程度そういう飛行機並びにヘリの提供を得ておりますけれども、これまたイタリアその他と話をしておる段階でございます。通信部隊につきましては、オーストラリアその他から充足されております。 それから医療部隊は、ドイツが我が国と似たそういう基本法を持ちながらも、NATO地域以外に百四十名の医療部隊を出すことを決めたというのを我々は非常に高く評価しております。ほかにインドからの医療部隊がプノンペン以外の地方に展開されることになっておりまして、これがドイツよりも大きな四百人近い大規模な医療部隊で、野戦病院を幾つか一緒に持ってくるわけでございます。 それから、軍事警察、ロジ大隊、兵たん部隊とも言うべきロジ、これも八百数名必要なのでありますけれども、充足状態は十分でございません。それから、海上部隊に関しましてはウルグアイ、チリその他数カ国から来ることになっておりますけれども、これもまた十分の充足状態には現在至っておりません。 そういうことで、各国と話は一応しておりまして、数をそろえるところまで、それに近いところまでいっておりますけれども、例えばデンマークの政府に話して、いいところまでいったけれども結局最終的にはだめになったというふうな例もございますので、充足状態はかなりのところまで来ておるけれどもまだ足りないというのがUNTACの公式の見解でありますし、私のところで軍事部門を担当しておるサンダーソン将軍もそういうことで非常に悩んでおるわけでございます。
○木庭健太郎君 ありがとうございました。
○立木洋君 どうもお久しぶりでございます。時間が十分しかないものですから、ひとつ簡潔にお答えいただければありがたいと思います。 私たちは、カンボジア問題というのを一貫して重視してまいりまして、民族自決権の尊重のもとで真に平和、復興ということが実現できることを願っておりますし、それについては憲法の平和原則に基づいて積極的な協力を行うべきだというのが私たちの考え方です。 そういうことで、二つの点を特にお尋ねしたいと思います。 一つの問題は、今後のカンボジア問題の決解ということ、それから将来の問題も展望したときにどうしても一つの懸念として残るのはクメール・ルージュの問題、ポル・ポトの問題があるんではないかという考えです。 一九七〇年代の半ばにアメリカ軍がインドシナ半島から撤退しまして、それから新しい道を選択するということがカンボジアにも可能になった。しかし、それにもかかわらず、クメール・ルージュのああいうふうな大量虐殺によって大変な事態に巻き込まれたということがありました。そして、この問題に対してはカンボジアの国民の中ではポル・ポトに対する恐怖感が極めて根強く、何としてでもやっぱりポル・ポトの復活、復権は許されないという気持ちが非常に根強くあった。私も何回か訪問しましてそういう話を聞いたんです。 ですから、これがその後の紛争当事国あるいは紛争関係諸国の中でも、この問題についてどうするかということが非常に交渉の対象になってきたという経過もあったと思うんです。 今度の問題では、このパリ協定によっては、第三部の人権の中で人権の侵害の再発を防止するためにというふうなことが立てられ、それについての内容がありますけれども、私は、つまりクメール・ルージュがどういうふうな政策を今後掲げるかという問題だけではなくて、この問題が残したカンボジア民族の中への傷跡といいますか亀裂といいますか、これは大変なものがあるんではないか、ドイツにおけるナチなんかの問題で、今日でも依然としてあれを擁護するような新たな勢力が台頭してきて、これが民族問題として依然としてやっぱり残されているということを考えると、この問題の解決というのはなかなか大変ではないだろうか。 特にポル・ポトの代表がプノンペンに来たときにああいう事件が起こりまして代表が負傷するというふうなこともありましたし、依然として戦闘状態が一部の地域ではあったにしろ続いているというふうなことも見られる、あるいはまた地雷をさらに新しく埋めているんではないかというふうな事態さえ懸念される。今のこの問題を解決していく、問題を進めていく上で、この問題について、先ほど若干同僚議員に対する御答弁もありましたけれども、どういうふうな問題をお考えになっておるのか。それから、この問題の将来的な展望はどういうふうにお感じになっているのか、その点をひとつ御説明いただければと思います。
○参考人(明石康君) 今、立木先生のクメール・ルージュの権力の再現をいかにして防ぐかという問題でございますけれども、これはカンボジア民主主義の将来に立ちふさがっておる大きな問題であることは間違いないところだと思います。カンボジアの民衆の大多数にとってクメール・ルージュの再来というのは決して歓迎すべきものと考えられておらないのも事実だと思います。と同時に、やっぱりクメール・ルージュ出現の経済的、社会的背景としましては、やはりカンボジアの非常に恵まれなかった農民層の一部が都市における富裕層の腐敗と繁栄ぶりを見てクメール・ルージュの革命勢力に引かれていったという、そういう階級的な対立の背景が一つあったと思います。 それから、クメール・ルージュは、ベトナム人のカンボジア駐在ということを非常に問題にします。我々は、それが事実ならばぜひUNTACにそういうことを報告してほしいということを事あるたびに言っておるのでありますけれども、それが本当にベトナムの軍隊がいるのか、軍事アドバイザーなのか、ベトナムの難民ないしはベトナム国籍の住民がたまたまカンボジアで働いておるのか、そこら辺の区別がはっきりしていないものですから何とも言えませんけれども、クメール・ルージュが事ごとに言いますのは、そういうベトナム人の在住、これについてはほかの二派であるFUNCINPECとKPNLFという二派もそういうことを我々に伝えております。我々としても、そういう事実があれば、これはパリ協定違反でありますから、徹底的に調査する用意はございますけれども、なかなか具体的なそういう情報に接し得ないというのが現状でございます。 それから、先生が今おっしゃったとおり、地雷に関しましても、コンポントムの戦闘が頻発しておりますけれども、クメール・ルージュによる新しい地雷の敷設ということも、これは確かにそういう報告がなされております。そういうことで、平和プロセスヘのクメール・ルージュの参加ぶりについては批判がありますし、私もSNCの場でないしは記者会見で、そういう行為は許せないということを言っておりますし、クメール・ルージュ支配地域へのUNTAC要員の行動の自由ということもパリ協定で保障されている以上、これに支障をもたらすようなことは許されないという批判をして現在に至っております。違反行為に対しては厳しく当たっていく所存であります。 そういうことで、クメール・ルージュも、時代が変わりましたし、中国その他の支持もなくなっておりますから、やはり国際情勢の違いを念頭に置いて、選挙の場、民主主義の場でプノンペン政権の欠陥ないしは対象を批判する、そういう方に政策を転換しているとも見られますし、そうであればやっぱり民主主義の制度的な強化ということをやることがクメール・ルージュ再出現に対する一番の有効な対策ではないかというふうに考えております。 そういうことで、国民怨嗟の的でもありますし、クメール・ルージュはカンボジア民主主義の最大の挑戦ではありますけれども、とにかくきちんとした人権の保障、民主主義の保障、いい憲法をつくる。それから、そういうカウンターベイリングないろんな力を社会に育成してやるということが最大の使命であろうというふうに我々は考えて、努力しております。
○立木洋君 もう一つの問題といいますのは、民族自決権の尊重をいかに行うかという問題だと思うんです。 御承知の九〇年五月に常任理事国五カ国がカンボジア問題に対する提案をなされてから、その後いろいろな議論の変遷もありまして今日のパリ協定になったわけですけれども、見てみますと、これは例えば二カラグアなんかにおけるような選挙のあり方と違って、一般行政全体を管理監督するというふうな相当権限の強いUNTACになっている。やはり将来の問題を考えるならば、そこで本当に民族の自決権を完全に尊重するという問題と兼ね合わせて考えた場合に、先ほど参考人は幾つかの点で配慮されている言葉が述べられましたけれども、その点でどういうことを考えていかなければならないのか。将来の民族自決権、カンボジア問題はカンボジア人民自身で、やっぱり将来解決すべき点は、決定はそこにあるわけですから、そこが最も重要な点だと思うんで、その点についてのお考えを最後に簡潔にお願いしたいと思います。
○参考人(明石康君) 確かに究極的にはカンボジア人みずからがカンボジアの将来を、カンボジアの民主主義を担っていくということは間違いのないところでありまして、国連は必要な時間を超えて一刻といえどもカンボジアに立ちどまる、そういう気持ちはございません。しかしながら、シアヌーク殿下も時々言うように、カンボジア人は非常にバッドルーザーであると言うんですね。選挙その他で負けた場合、敗れた方が自分が悪いと思わずに制度が悪いと思ってしまう。それから、カンボジア人は三人寄ると政党が六つできると言われております。それは確かに順列組み合わせを考えると三つじゃなくて六つですね。それほど党派性が強いということで、民主主義のレールをあの国で敷くというのは大変なことだと思いますけれども、また究極的にはやっぱりカンボジア人の民主主義であるべきなんで、それは両型のモデルを盲目的に我々は押しつけるべきものだとは思いません。 そういう意味で、国連としましても十分の自制心を持ちつつも、しかしながら世界に受け入れられている民主主義の基本的な原則みたいなものには相当厳正に適応させるというふうな、柔軟であるけれども厳しい、そういう二重の態度でもって当たるべきではないか。私も日本人であり、アジア人の一人でありますし、国連の職員ではございますけれども、民主主義についてこれが新しいイデオロギー的な教条主義にならないように、やはり人類共通の人間的な価値、そういったようなものを踏まえながら、ある程度柔軟性を持ってカンボジアの将来の政治づくりに全面的に協力するというのが国連の使命であろうかと思っております。
○井上哲夫君 連合参議院の井上哲夫と申します。 実は、ゴールデンウイークに私ども連合参議院はカンボジアに参りまして、明石代表のお留守にサドリ代理の方やサンダーソン司令官、あるいは川上補佐官にいろいろ御教示をいただきました。ありがとうございました。きょうまた、こうして明石代表にお会いをしていろいろお尋ねができることを大変幸運に思っております。 それで、時間が私も十分でございますので、二点ほどお尋ねをいたしたいと思います。 まず一点は、先ほど代表のお話の中に、このUNTACのカンボジアにおける役割、その第四に法と秩序の維持の役割と。そこで文民警察、これは三千六百人の予定をしているということでございますが、カンボジアの大変今不安定になっている警察機構のモニターを文民警察によって行う。その文民警察の御報告があったわけでございますが、実はこの参議院の特別委員会においても、日本から文民警察を早く送るべきではないか、現地では若干の国からの文民警察が集結をしているようであるが、現地においてはもっと早く文民警察に来ていただきたいという声もあるというようなことで議論がなされております。 そこで、お尋ねをしたいわけでございますが、この文民警察、先ほど来代表のお話の中に、なるべく多くの国からUNTACの要員というのは出てもらいたいんだ、したがって二カ国、三カ国から三千六百人を埋めるということではないと。文民警察についても七十五人程度が一つの目安になっているということは私も伺っておるわけでございますが、日本が今文民警察七十五人を送るという場合には、例えば六十日間の完全自給態勢、あるいは現実にプノンペン市内だけでなくて地方に文民警察が行くということになると、特別な素養なり訓練なりあるいは状況なりが必要であるかどうか、まずその点についてお尋ねをいたします。
○参考人(明石康君) 法の秩序の維持と文民警察の役割についての井上先生の御質問でございますけれども、確かに我々は目標値としましては三千六百人の文民警察が必要であろうというふうに考えておりまして、その考えは今でも変わっておりません。ところが、先生この間カンボジアにみずから行かれましてみずからお聞きになりましたとおり、また私はそのとき現地におらなくて大変失礼申し上げました。文民警察の充足率はまだ半分くらいにしか達しておりません。これは軍と違いましてもっと小規模な数をそれぞれの国から出してもらっているものですから、それで先生がおっしゃったとおり、一カ国七十五人くらいが限度であろうということで数多くの国に派出をお願いしておるわけでございます。インドなんかは五百人提供できると言ってきたのでありますけれども、余り多過ぎても困りますし、そういうことできめ細かくいろんな国から得ようということであります。 その資格要件としましては、もちろん各国の治安維持に携わる警官としての何年かの経験、経歴、それからできましたら英語ないしはフランス語を話す能力、軍隊と違いまして大きな単位として動くものではございませんので、二人ぐらいを単位としていろいろパトロールその他をやっていただくということなので、少なくとも二人のうちの一人、できれば二人とも英語かフランス語ができるのが望ましい。 それに現地語、クメール語の通訳をつけて現地の民衆とのいろんな話し合いに従事していただくということでありますので、もちろんそういう職業的な警官としての能力、経験、識見、並びにああいう僻地でございますから、健康上の問題が全くないと太鼓判を押されるようなタイプの人で、しかもプノンペン以外のマラリアなんかのあるところで行動する可能性もございますので、そういう点をきちんと心得ていただくこと。それから、二人単位で行動するわけですから、民衆との接触の上で、やはりカンボジアの文化とか歴史、風習に十分の理解と同情を持って当たり得るような人が望ましいということだと思います。
○井上哲夫君 もう一点は、先ほど来参考人でもあられる明石代表が、PKOについては非常に多岐的に機能分化してきて、かつ過去四十年の数よりも過去四年の数の方が著しいといいますか目立つというぐらいこのところ花盛りになった。そういう中で、日本に対してPKOの参加はもちろんのことであるが、アジアにおけるPKOの物資の集結所、あるいはアジアにおけるトレーニング場所をやはり日本の力でつくってもらいたい、つくるべきではないか、こういうふうなお話を伺いまして、私も非常にその点では同感でございます。 そうしますと、本来日本がこれからPKOの問題で参加をしていこうと思えば、かなり集結場をつくり、トレーニングも兼ね備えということで、そのときそのときのものではなくて常設のもの、むしろ常備隊、常設隊、こういうものが望ましい、あるいはそうでなきゃならないんじゃないかというような考えに私は至っておるわけでございます。 その点で、実際に昨年スウェーデンやオーストリア等を回ってみまして、北欧の場合には四カ国でそういうものを持っておりますが、日本がアジアにおいて先立ってそういうものをつくっていくためにも、この際常備、常設というような大きな一つの組織をつくって、そして即応態勢に、つまり花盛りの体制にも対応していく、こういうふうなことについてもう少し御意見があればお聞かせいただきたいと思います。
○参考人(明石康君) 私は、物資集積所とアジアにおけるPKO訓練所構想は決して常設隊、常備部隊の考えに立っておりません。訓練所自体は常設であっても、そこに来る参加者は、各国から一カ月とか二カ月とかそういう形で交代交代で訓練期間だけ来てまだ自分の国へ帰るというタイプの、そういう各国のそれぞれの軍隊の一部として、特に有事の際は国連のPKOに参加できるように、国連に参加する上での必要な常識、訓練。 それから、ある意味で国連のPKOに参加する軍人というのは軍人であるよりは外交官である必要があると私は思います。違った国の人、文化の人といかにして協力し理解し得るか、そういう意味では、外交官としての能力、それからほかの国の軍人さんとつき合う上での必要ないろんな条件、そういうものを身につけるためにも、また停戦の監視、撤退の監視、武装解除その他に必要なテクニック、そういうものを身につけるためにも訓練所は極めて重要であり、有効であろうと思います。 世界じゅうのいろんなピースキーピングに参加した人たちからの経験談を聞く、失敗談も聞くということも大事でありましょうし、そういう意味では今までの通常の軍隊が訓練を受けていないような新しい意味での訓練が必要でありましょうし、ポスト冷戦時代の地域紛争に有効に対処するためのいろんな技能、経験、これは無数にあると思うんですね。そういうことの難しさを決して軽視してはいけないんで、そういうことを身につけるためにも訓練所は有効であろうと思うわけでございます。単に言葉の問題だけではございません。 それから、現にカンボジアに行っておりますインドネシアの大隊を見て思いますのは、この数カ月の間にクメール語の訓練を非常に集中的に受けたようでございまして、いろんな幹線道路のパトロールをやってもらいましても、それを同じく協力してやっておるカンボジアの警官ないしは兵士とクメール語で非常に和気あいあいと話しながらやっておるんですね。これはすばらしい能力だと思うんですね。 それから、オーストラリアの軍隊は通信隊を担当しております。この人たちはもう数年前から、カンボジア和平が成立する前からインドシナ半島の諸国に人を派遣してそれぞれの国の歴史、文化、風習、政治、そういったようなものを身につけておりまして、そういう政治的な文脈の中で平和の維持を考えるということで、こちこちの一〇〇%の軍人ではなく、まさに国連の軍人外交官。 國弘先生はピースキーパーという言葉が必ずしも本当の意味でのピースキーピングとは関係なしに使われておるアメリカの用法について我々の注意を喚起なさったわけですけれども、私はこれからはアメリカがかつて示したようなグローバルポリスマン、そういう世界じゅうに行って平和をみずから押しつける軍隊じゃなくて、UNピースキーパーというふうな関係者の合意に基づいたソフトなピースキーピング、これがますます要請されるので、そのための必要な訓練をきちんとやっていただくということも焦眉の急になってきているんじゃないかと思います。
○井上哲夫君 ありがとうございました。またお帰りになったら激務が待っておりますので、どうぞお体に気をつけて頑張っていただきたいと思います。
○参考人(明石康君) どうもありがとうございます。
○田渕哲也君 民社党の田渕でございます。 明石代表が国際的に極めて重要な仕事を日本人としてやっておられることに対しまして、我々としましても誇りに感じ、またその仕事が必ず大きな成果をおさめて成功されますように心からお祈りをしたいと思います。 先ほど明石参考人の方から、日本の行う貢献はバランスのとれたものであることが望ましいと。このお言葉は、一つは財政的な面、人的な面、こういった面でのバランスということも含まれておると思います。また人的な面では、例えばUNTACの場合を例にとりましても、たくさんの仕事の部門が分かれておりますけれども、それぞれの部門についてもバランスがとれておることが望ましいという意味かどうか、お伺いをしたいと思います。 特に文民の仕事、軍人の仕事があるわけでありますけれども、しかし要員の中の七割までが軍人である。したがって、特に文民だけでは日本がそれを全部あるいは大部分を引き受けるわけにいきませんから、文民だけとすると大体三割程度の中のさらに何分の一かという数しか出せないわけでありまして、それではやはりバランスのとれた貢献とは言えないというふうに私は理解するわけでありますけれども、この点について御意見をお伺いしたいと思います。
○参考人(明石康君) バランスのとれた貢献、これは各国とも同じような貢献をしていただきたいという意味では全くございません。それぞれの国の特徴、得意を生かしながらも、バランスのとれた貢献ということを私は期待したいと思うわけでございます。 アメリカなんかはまだまだ軍事力を持っておりますから軍事的な貢献が中心になるでありましょうし、ASEAN諸国はどうしても歩兵大隊、近辺でございますからそれを中心に出す。シンガポールのような小さい国は文民警察を中心にする。カナダなんかは伝統的に通信部隊とか兵たん部隊の派遣に得意を見せておりますから、そういう特徴を出してもいいと思います。ポーランドなんかもロジの面で非常に特徴のある活動を過去において見せてきております。 そういう意味で私は、日本は基本的にここまでの大きな経済力を身につけた以上、カンボジアに関しても財政的な貢献は別に恥ずることなく堂々として、私は全体の分担金並びに拠出金の総計の三分の一くらい出してもよろしいんじゃないかと。そういう期待がアジア諸国にもアメリカにもありますし、我が国にはそれだけの力があるんじゃないかと思っております。しかしながら、それだけではどうも寂しいのであって、やっぱり生身の人間が出ていって汗を流し努力をするというのでないと、顔のある日本人が現地で貢献するという印象がいかにも薄いという感じがするわけでございます。 そういう意味で、ある程度まとまった単位の日本人がそういうカンボジアのPKOの一部として自分の得意なところ、しかも自分が得意とするところでも現地が要請するところでなければこれはだめでございますから、空回りになるわけでございますから、国連側が最も必要としております、私が今申しましたそういう兵たんないしはエンジニアリングないしは運輸関係とかそういうもの。まあ医療機関も一時は非常に心配だったわけでございますけれども、幸いドイツとインドがこういう形で出ることになりましたから、医療は当分はカンボジアに関する限り充足されたと言っていいと思います。そういう需給関係を素早くキャッチした上でほかの国にできないような形での人的貢献をやっていただくというのが大事だと思うのであります。 日本の貢献とはやや違いますけれども、もう既に国連の国際公務員として活躍しておる日本人の中で、若手の、特に女性職員なんかが次から次へとカンボジアに出てくる傾向がございまして、しかもプノンペンよりももっとへんぴなジャングルの中で仕事をしたいなんという元気なお嬢さん方もいて、私はもう本当に涙が出るほどうれしく感じておりますけれども、そういうありとあらゆる面において今先生のおっしゃったようなバランスのとれた国際貢献。 日本人は危険なところには行かぬ、地雷があるところは嫌だなんということは、それはだれでもそこへ行くのは嫌なのでございますけれども、今やタイの工兵大隊、UNTACの傘下で一個大隊、それからカンボジアとのバイの関係で一個大隊出ておりまして、地雷の撤去を扱っておるわけですけれども、犠牲者は一人も出ておりません。今まで犠牲者は、マラリアにかかった二人と自動車事故でけがした一人、それからさっき申し上げたオーストラリアのヘリコプターに射撃されたスチュワート大佐、これくらいしか出ておりません。 そういうことで、国じゅう地雷はありますけれども、それなりの注意をしておればすぐ地雷に触れるということではありませんので、余り恐怖観念に陥る必要はないわけでございますから、そういう意味で私は、汗を流す人的貢献というものが財政的な貢献とバランスのとれた形でアジアに印象づけられるということが今の日本にとっては大変な急務であろうかというふうに考えております。
○田渕哲也君 この国会でもカンボジアの問題も含めてPKOのやり方についての論議が行われておるわけでありますが、私はその中で、意見はいろいろありますけれども、共通している部分は、やはり日本の憲法にいう平和主義というものは守っていきたいと、これは意見の対立はないと思います。ただ問題は、PKOの中に自衛隊を派遣することは憲法にいう平和主義に反するあるいは反しない、そういった意味で国民の意見もまた国会における論議も分かれておるように思います。 ただ私は、日本の憲法にいう平和主義といいましても、平和というものは一国だけでできるものではありません。他国との関係、多くの国の関係あるいは二つの国の関係が平和かどうかということであります、内乱の場合は別としまして。したがって、その平和主義というものの考え方はやはり世界の各国に普遍的なものでなければならないと思います。 日本は、第二次大戦に負けたときにやはり平和の国というものを目指したと思います。そして、その場合にモデルとして挙げられた国は、大体スイスとかスウェーデンとかいうのが言われたわけであります。しかし、スウェーデンにしましてもPKOには非常に積極的に参加しておる。スイスもこれに参加しようというような動きになってきております。そういう点から見ますと、PKOに自衛隊を出すこと自体が世界の普遍的な考え方から見て平和主義に反するというふうなことにはとられないんではないか、また我々もPKOに出すことは平和主義に反するという考え方は間違っておるのではないかと私は思うんですけれども、国際的に見てその辺はどういう感じが一般的であるか、お伺いをしたいと思います。
○参考人(明石康君) 今、田渕先生のおっしゃったことは基本的な問題だと思います。私も、平和が一国だけで守れる時代はもう過ぎておると思います。それから、一国の軍事力だけで防げるということはアメリカでさえも今やできないということを認識しておるんだと思います。それが冷戦の残したほろ苦い教訓であろうかと思います。とすれば、私は、国連というものにもっと依拠し国連を活用する、また国連のPKOを強化することによっていろんな地域紛争に対処するということも一つの道だと思うのであります。しかしながら、国連は万能ではございませんし、国連にこれを全部、全面的に依拠するのも間違いでございましょう。ですから、平和を守るためには、いろんなそういう選択肢を併用する必要があるんだと思います。 PKOを支えるためにも、さっきから話がありましたけれども、財政的にも機材の面でも人の面でもいろいろやる道があるでしょうし、PKOをとってみてもなおかつ、そういう工兵部隊を出すのか、兵たん部隊を出すのか、医療部隊を出すのか、いろいろあると思います。それからもちろん、選挙監視、文民警察、いろいろあると思うんです。ただ、平和は一国だけでは決して維持できないし、日本のいろんな人たちが海外に出ていってほかの国の人たちと一緒に汗を流す、そのことで日本のやり方の弱点とか短所も見えてくるでしょう。 私は、自衛隊が出るべきかどうかということはこういう場で諸先生方が十分に論議を交わした上でお決めになることだと思いますけれども、自衛隊が海外に出ていってほかの国のそういう軍人さんと肩を並べて仕事をするならば、むしろ自衛隊が非常に国際的な面に目覚め、自分たちの限界もわかってくるでしょう。そういう軍人外交官的な存在が国連のPKOの担当者でおると申し上げましたけれども、そういう意味では、そういう新しい形での国際平和の維持の仕方に日本の人たちがみずから参加するということは、非常にみずからにとっても学ぶことが多いと思います。そういう世界における安全保障のやり方は、単独の軍事面での安全保障という考え方が背景に退いて、集団的なやり方、地域的なやり方が次第に表面に浮かび上がってきております。そういう新しい状況を酌み取るためにも非常にいいものではないかと思います。 そういう意味で平和は、平和のためにこれを祈念することも大事でございますけれども、具体的な方策をみんなで考える。また、平和は基本的には不可分である。遠いユーゴスラビアの平和が崩れても、それは究極的にはアジアにまで影響してくるかもしれませんし、私は、そういう意味ではヨーロッパ諸国がわざわざカンボジアまで兵隊を出してくるその気持ち、そのとうとさというものを我々は忘れてはいけないんじゃないかと思います。やっぱり、こんなに交通、通信が便利になった時代であっても、日本人は食べ物とかそういうものについては非常にコスモポリタンになり国際的になりましたけれども、自国の平和とか安全保障を考える場合にまだまだ一国中心ではないかと、それが非常に残念だと思います。
○田渕哲也君 ありがとうございました。
○委員長(下条進一郎君) 以上で明石参考人に対する質疑は終わりました。 明石参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多忙のところ長時間の御出席をいただき、貴重な御意見を賜りましてまことにありがとうございました。本委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。(拍手) 明十三日午前十時に委員会を開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午後零時五十一分散会