決算委員会 第5号
- 発言数
- 129 件
- 登壇者
- 18 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1992/05/20
会議録
○草野委員長 これより会議を開きます。 平成元年度決算外二件を一括して議題といたします。 本日は、文部省所管について審査を行います。 この際、鳩山文部大臣の概要説明及び会計検査院の検査概要説明につきましては、これを省略し、本日の委員会議録に掲載いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○草野委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決定いたしました。 ————————————— 平成元年度文部省所管決算の概要説明 平成元年度文部省所管一般会計及び国立学校特別会計の決算の概要を御説明申し上げます。 まず、文部省主管一般会計の歳入につきましては、歳入予算額二十七億一千九百六十二万円余に対しまして、収納済歳入額は二十四億一千二百五十二万円余であり、差引き三億七百十万月余の減少となっております。 次に、文部省所管一般会計の歳出につきましては、歳出予算額四兆八千七百五十三億七千八百三十四万円余、前年度からの繰越額五十四億三百二十二万円余、予備費使用額一億一千百三十九万円余を合わせた歳出予算現額四兆八千八百八億九千二百九十七万円余に対しまして、支出済歳出額は四兆八千五百八十八億二百九十八万円余であり、その差額は二百二十億八千九百九十八万円余となっております。 このうち、翌年度へ繰り越した額は八十八億三千六百八十六万円余で、不用額は百三十二億五千三百十一万円余であります。 支出済歳出額のうち主な事項は、義務教育費国庫負担金、国立学校特別会計へ繰入、科学技術振興費、文教施設費、教育振興助成費及び育英事業費であります。 次に、これらの事項の概要を御説明申し上げます。 第一に、義務教育費国庫負担金の支出済歳出額は二兆四千七百五十五億一千四百万円であり、これは、公立の義務教育諸学校の教職員の給与費等の二分の一を国が負担するために要した経費であります。 第二に、国立学校特別会計へ繰入の支出済歳出額は一兆一千八百四十七億九千六百二十八万円余であり、これは、国立学校、大学附属病院及び研究所の管理運営等に必要な経費に充てるため、その財源の一部を一般会計から国立学校特別会計へ繰り入れるために要した経費であります。 第三に、科学技術振興費の支出済歳出額は六百四十四億七千五百七十三万円余であり、これは、科学研究費補助金、日本学術振興会補助金、文部本省所轄研究所及び文化庁研究所等に要した経費であります。 第四に、文教施設費の支出済歳出額は二千六百五億七千五万円余であり、これは、公立の小学校、中学校、特殊教育諸学校、高等学校及び幼稚園の校舎等の整備並びに公立の学校施設等の災害復旧に必要な経費の一部を国が負担又は補助するために要した経費であります。 第五に、教育振興助成費の支出済歳出額は六千六十三億六千九百七十万円余であり、これは、生涯学習振興費、義務教育教科書費、養護学校教育費国庫負担金、学校教育振興費、私立学校助成費及び体育振興費に要した経費であります。 第六に、育英事業費の支出済歳出額は八百二十七億九千四十万円余であり、これは、日本育英会に対する奨学資金の原資の貸付け、財政投融資資金の利子の補給及び事務費の一部補助のために要した経費であります。 次に、翌年度繰越額八十八億三千六百八十六万円余についてでありますが、その主なものは、文教施設費で、事業の実施に不測の日数を要したため、年度内に支出を終わらなかったものであります。 次に、不用額百三十二億五千三百十一万円余についてでありますが、その主なものは、教育振興助成費で、学校教育振興費等を要することが少なかったこと等のため、不用となったものであります。 次に、文部省所管国立学校特別会計の決算について御説明申し上げます。 国立学校特別会計の収納済歳入額は一兆九千六百六十六億八千七百四十四万円余、支出済歳出額は一兆八千九百五十八億三千五百十一万円余であり、差引き七百八億五千二百三十二万円余の剰余を生じました。 この剰余金は、国立学校特別会計法第十二条第一項の規定により二百十億四千六百六十一万円余を積立金として積み立て、残額四百九十八億五百七十一万円余を翌年度の歳入に繰り入れることとして、決算を結了いたしました。 次に、歳入につきましては、歳入予算額一兆九千二百七十五億六千三百二十四万円余に対しまして、収納済歳入額は一兆九千六百六十六億八千七百四十四万円余であり、差引き三百九十一億二千四百十九万円余の増加となっております。 次に、歳出につきましては、歳出予算額一兆九千二百七十五億六千三百二十四万円余、前年度からの繰越額六十三億七千八百七十三万円余を合わせた歳出予算現額一兆九千三百三十九億四千百九十八万円余に対しまして、支出済歳出額は一兆八千九百五十八億三千五百十一万円余であり、その差額は三百八十一億六百八十六万円余となっております。 このうち、翌年度へ繰り越した額は百十一億一千七百八十五万円余で、不用額は二百六十九億八千九百万円余であります。 支出済歳出額のうち主な事項は、国立学校、大学附属病院、研究所、施設整備費及び船舶建造費であります。 次に、これらの事項の概要を御説明申し上げます。 第一に、国立学校の支出済歳出額は一兆一千百九十六億一千四百三十一万円余であり、これは、国立学校の管理運営、研究教育等に要した経費であります。 第二に、大学附属病院の支出済歳出額は四千四百八十五億二千百十四万円余であり、これは、大学附属病院の管理運営、研究教育、診療等に要した経費であります。 第三に、研究所の支出済歳出額は一千三百六十九億七千七十九万円余であり、これは、研究所の管理運営、学術研究等に要した経費であります。 第四に、施設整備費の支出済歳出額は一千三百六十八億八千四百一万円余であり、これは、国立学校、大学附属病院及び研究所の施設の整備に要した経費であります。 第五に、船舶建造費の支出済歳出額は二十五億七千九百三十三万円余であり、これは、大学附置研究所における研究船の代替建造に要した経費であります。 次に、翌年度繰越額百十一億一千七百八十五万円余についてでありますが、その主なものは、施設整備費で、事業の実施に不測の日数を要したため、年度内に支出を終わらなかったものであります。 次に、不用額二百六十九億八千九百万円余についてでありますが、その主なものは、国立学校で、退職手当を要することが少なかったこと等のため、不用となったものであります。 なお、平成元年度予算の執行に当たりましては、予算の効率的な使用と経理事務の厳正な処理に努力したのでありますが、会計検査院から不当事項十九件の御指摘を受けましたことは、誠に遺憾に存じます。 指摘を受けた事項につきましては、適切な措置を講ずるとともに、今後、この種の事例の発生を未然に防止するため、より一層指導監督の徹底を図る所存であります。 以上、平成元年度の文部省所管一般会計及び国立学校特別会計の決算につきまして、その概要を御説明申し上げました。 何とぞ、よろしく御審議のほど、お願い申し上げます。 ………………………………… 平成元年度決算文部省についての検査の概 要に関する主管局長の説明 会計検査院 平成元年度文部省の決算につきまして検査いたしました結果の概要を御説明いたします。 検査報告に掲記いたしましたものは、不当事項十九件及び意見を表示し又は処置を要求した事項三件であります。 まず、不当事項について御説明いたします。 検査報告番号五号は、架空の名目によって旅費を支払い、これを別途に経理するなどしていたものであります。 東京大学教養学部及び同大学物性研究所において、昭和六十二年度、六十三年度及び平成元年度に支払った旅費計一億七千七百五十五万四千百四十円を調査いたしました。その結果、架空の名目による出張命令伺、旅費請求書等の関係書類を作成するなどの方法により、出張の事実がないのに出張したこととして、不正に旅費を支払っていたものが、物性研究所において昭和六十二、六十三両年度で計二十三件百四十二万八百二十円、教養学部において六十三年度及び平成元年度で計二十四件百六十二万三千六百九十五円ございました。 また、日帰りの出張を一泊二日にするなど、出張日数を付増しして不正に旅費を支払っていたものが、物性研究所において昭和六十二年度、六十三年度及び平成元年度で計八十七件八十三万八千二百八十円、教養学部において昭和六十三年度及び平成元年度で計十五件二十一万二千百十円ございました。 なお、この不正に支払った旅費の金額については、二年十一月末までに全額国庫に返納されております。 また、検査報告番号六号から一七号までの十二件は、義務教育費国庫負担金等の経理が不当と認められるもので、教職員の標準定数を過大に算定したり、諸手当について国家公務員の例に準じて定められたところによることなく算定したりしていたため、国庫負担金が過大に交付されていたものであります。 また、検査報告番号一八号から二三号までの六件は、補助事業の実施及び経理が不当と認められるもので、公立中学校校舎増築事業等において、補助金を過大に交付していたもの及び補助の対象とは認められないものを事業費に含めていたものであります。 次に、意見を表示し又は処置を要求した事項について御説明いたします。 その一は、高等学校定時制課程に在学する生徒への教科書の給与事業及び夜食費の補助事業に関するものであります。 文部省では、勤労青少年の修学の促進を目的として、都道府県が行う高等学校定時制課程に在学する生徒に対する教科書の給与事業及び夜食費の補助事業に対して補助金を交付しております。 近年、定事制課程に在学する生徒は、経済的な理由により働きながら学ぶ者のほか、全日制課程に入学を希望したが果たせなかった者等が増大し、多様化している状況となっております。 そこで、定時制課程の教科書の給与事業及び夜食費の補助事業の対象となっている生徒について、「勤労青少年」の範囲を仮に「経常的収入を得る職業に就いている者」と設定し調査いたしましたところ、これに該当しない者が大部分を占めておりました。 しかし、このような事態は、勤労青少年の修学の促進を主眼とする補助金の交付目的からみて適切とは認められないことから、定時制課程に在学する生徒の多様化の実態に対応して、補助制度の見直しを行い、事態を改善するよう意見を表示いたし次ものであります。 その二は、大阪大学医学部附属病院の特殊救急部が行った救命救急医療に係る診療報酬の請求に関するものであります。 保険医療機関は、厚生省告示に定める施設基準に適合するものとして都道府県知事の承認を受けた場合には、重篤患者に対して行った救命救急医療について高額な救命救急入院料を請求できることになっております。 しかし、同病院は、本院の調査によると施設基準を実質的に充足していると認められるのに、施設基準を充足しているか否かの検討が十分でなかったことなどのため大阪府知事の承認を受けておらず、特殊救急部において行った救命救急医療について一般の保険医療機関と同様の診療報酬しか請求できない事態になっておりました。 したがって、大阪大学は、大学病院に、速やかに施設基準に係る承認申請を行わせ、救命救急医療の実態に適合した適正な診療報酬を請求するための措置を講ずるよう是正改善の処置を要求いたしたものであります。 その三は、国立大学医学部附属病院等の診療棟、病棟等の建築工事における鉄筋の加工組立費の積算に関するものであります。 北海道大学ほか四大学では、鉄骨鉄筋コンクリート構造の大規模な診療棟等を建築する工事を施工しており、これら工事における鉄筋の加工組立費は、文部省が定めた積算指針に基づいて積算することとされております。この積算指針に示された鉄筋加工組立費の歩掛かりは、一般の建築物における鉄筋の径別の標準的な使用割合を基に設定されております。 しかし、実際には、大型の機器を設置するなどの構造となっている診療棟等の場合には、鉄筋の径別の使用割合が一般の建築物とは異なり、太い鉄筋が多く使用されているため、積算額が過大になっておりました。 したがって、文部省において、診療棟等のような大規模な建築工事の鉄筋の加工組立費について、径別の使用割合の実態に即して積算するように積算指針の改正を行うなどして、予定価格積算の適正を期するよう是正改善の処置を要求いたしたものであります。 以上をもって概要の説明を終わります。 —————————————
○草野委員長 これより質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。森英介君。
○森(英)委員 自由民主党の森英介でございます。私は、本日は、大学へ特に理工系の研究費等の問題に的を絞りまして質問させていただきたいと存じます。 まず初めに、産業立国あるいは技術立国日本というようなことがよく言われておりますけれども、今日の我が国の繁栄に大学の理工系が果たしてきた役割をどう評価なさっているかを大臣に伺いたいと思います。
○鳩山国務大臣 よく日本人は非常に勤勉で頭がいいということを言われております。それはまた我が国民や民族の誇りでもあろうと思いますし、また地理的な条件が、わずか三十七万平方キロという大変小さな国土でございまして、そういう中で我が国の発展をしてまいりました歴史あるいはその経過を振り返ってみれば、そうした中で科学技術の果たしてきた役割というのはまことに大きいと思うわけでございまして、もちろんこれは、先生は工学博士でいらっしゃいますが、いわゆる大学院レベルでの今後の研究基盤の強化等が今の最大の課題の一つとなっております。 しかし、そこへたどりつくまでの、もちろん幼児教育から初等教育、中等教育と積み上がってきて、そして大学院の本当の専門的な科学技術研究があるということを考えますと、もちろん我が国の教育制度全体が達成をしてきた幾つかの事柄というものについて、現代的な教育の諸課題はいっぱいありますけれども、基本的な部分については文部省の私たちは誇りを抱いているわけでございまして、今までのことでなくて、これからも我が国は当然科学技術立国という行き方で世界の中で暮らしていく以外ないだろうと考えておりますが、そうした中で幾つかの問題点、例えばいわゆる応用分野では大変に成果を上げているものの、基礎的な科学という意味で世界に誇ったり、あるいは世界に喜んでもらえるようなものがまだ十分できていないとか、あるいはさまざまな条件の劣悪化、施設設備の老朽化等があって、理工系離れとかあるいは大学院離れというような現象が起きている。 特に文科系、理科系を見ておりますと、理科系の修士ぐらいまでは大学院の定員は埋まっていく率がまあまあなのですが、理工系でこれが博士課程になりますと、突然皆、企業の方が条件がいいということなのでありましょうか、あるいは外国へ行かれることもあるのでしょうが、がらあきになってしまうというような状況もありまして、これから科学技術立国の道をたどっていくためには私たちが乗り越えていかなければならない課題は極めて多くあると思っております。
○森(英)委員 ただいまの御答弁に私、全く賛同でございます。 続きまして、一九八二年以来、大学の研究費はゼロシーリングあるいはマイナスシーリングといった状態で全く増加しておりません。物価スライドいたしますと、むしろ実質的には減少していると言っても過言ではないというふうに考えております。大ざっぱに丸めて言いますと、研究者一人当たりの年間研究費は大学が百万円、国立研究機関が一千万円、民間企業が一億円といったようなところであるというふうに思います。もちろん、人件費をどう見るかといったような難しい問題点もありますので一概には申せませんでしょうけれども、およその見当はこんなところじゃないかなというふうに考えるものでございます。 私事で恐縮でございますけれども、私もついこの間まで研究者の端くれでありまして、私見ですが、率直に言って今の時代に年間百万円あるいは二百万円といった研究費でろくな研究はできないと言ってもいいと思います。また、先ほど大臣のお話にもありましたとおり、大学の建物も、この二十年間ほど新築はおろか増改築すらほとんどなされていないということで老朽化あるいは狭隘化が非常に著しいというふうに聞いております。その結果と言っては何でありますが、ここ数年、大学の地盤沈下あるいは空洞化が各方面から指摘されるようになってきております。大臣は、この大学の現状につきましてどのような認識をお持ちでございましょうか。
○鳩山国務大臣 国立大学の施設の老朽化とか狭隘化というのが大問題になって、私も先般、なかなか遠くまで出かけられませんでしたから東京大学を視察をしてまいりましたが、まあ本当に危険きわまりないような状況にございまして、例えば酸素ボンベとかああいうようなものは本来教室の外へ出すべきもののように聞いておりますが、それも狭隘化しておって外へ出すこともできなくて、やむなく室内に置いたままになっているとか、いろいろな薬等を流したりしておりましても何かだれかにひっかかるのではないだろうかというような状況、そういうわきで、それこそ私が今答弁しているこれくらいの台に向かって三人ぐらいの人がレポートを書いたり原稿を書いたりしている姿を見て本当に情けないと思ったわけでございます。 そういう観点で特別施設整備資金というものを大蔵省にも認めていただいて、今回は国立学校財務センターというものを法律上、すなわち国立学校設置法を改正して設けまして、ただ初年度の資金は残念ながらございませんので、財投から二百億借り入れてその財源で平成四年度はやっていこう、とりあえず五年計画で二百掛ける五イコール一千億ぐらいのことはきちんとやろうということでありますが、ただ森先生、国立学校財務センターというものをつくって特別施設整備資金制度を設けましたので、これから大学等が移転をしてその土地を売却したような場合に、現行というか今までの制度のままですと、土地を売ってお金が入ればそれだけ特別会計が潤ったというので一般会計から特別会計への繰入額を減らすという形になってしまうわけです。しかし、今回制度をつくりましたので、土地の売却益等をプールしてそれで国立学校の老朽化した施設設備等の対策をやっていこう、こういうことで新機軸を打ち出したわけではございます。 しかしながら、全般的なことを申し上げますと、文部省予算というものは、昭和五十六年、約十年前ですね、ちょうど財政改革というか財政再建のために厳しくシーリングをやらなければならないということが始まった昭和五十六年当時と十年後の今日を比較してみますと、いわゆる人件費以外で文部省が使うことができるお金が昭和五十六年に大体一兆六千億円ぐらいあったものが、今は一兆円しかないわけです。先ほど森先生は物価スライドの話もされましたけれども、それこそ物価上昇分を引きますと、十年前は一兆六千億円、今は一兆円というのは少なくとも半減以下になっていることは間違いがありません。これは、人づくりなくして国づくりなしと私もたびたび申し上げているわけではありますし、宮澤総理も一定の御理解を示していただいてはおりますけれども、シーリングというものが一律にかかってまいりますと、文部省予算のトータルをそう簡単にふやすわけにはいかない。 ところが大変な人件費官庁でもありまして、いわゆる義務教育費国庫負担制度というものがある。国立大学あるいは病院の皆様方も相当な多数になる。したがって一%ベースアップいたしますと、三百五十億あるいはもっとかもしれません、四百億近い支出増になるわけでございます。それを文部省の予算の枠内で処理しろという仕組みが続いてまいりましたから、例えばベースアップが四%ありますと、千五百億ぐらいはそれだけ使えるお金が減る。 これが十年間続いてきますと、このような情けない形になってしまうというふうに私はとらえておるものですから、国立大学あるいは私立の大学も含めて、大学の施設とか設備とか近代化とか老朽化対策とか考えていく原点には、一つは、教育の予算というものをどのようにとらえていただけるだろうか、すべての国会議員の皆様方やあるいは行政権に属する皆様方やあるいは国民の皆様方が教育の予算というのは特別のものなのだということを御理解をいただければ事態は随分変わるだろう、ある程度予算編成の仕組みに立ち入った変革が起きませんと、この苦しい状況というのはなかなか脱却できないかと存じますので、御協力をお願いをしたいと思います。
○森(英)委員 ただいま大臣から施設費等についてのもろもろの施策についてのお話もありましたし、それから、文教予算の御苦労というか苦衷の一端もうかがわせていただいたわけでありますけれども、やはり総額をどうやってふやすかという問題もありますし、また中でも、これからある程度従来と異なった傾斜配分といいますか、そういったようなことも考慮しなければいけないようなこともあると思いますし、そこら辺を含めまして、文教予算の見直しを初め抜本的な対策が必要であるというふうに考えますが、もうちょっと具体的な今後の方針をお聞かせいただければというふうに思います。
○前畑政府委員 ただいま大臣から基本的な考え方についての御答弁があったわけでございますが、今先生御指摘のように、限られた財源を効率的に配分をするということにつきましては、具体的にはやはり何らかの評価に基づく重点的な配分ということを考えざるを得ないのではなかろうかと思っております。 具体に申し上げますと、この平成四年度の予算で、国会で御審議をいただきました中にも、例えば高度化推進特別経費といったものを新規に四十億お願いをいたしております。これは大学院を特に重点的に整備をしたい、大学院につきましても、すぐれた教育、研究実績を有する大学院あるいは意欲的な構想を持っている大学院といったものを中心に重点的に配分をしていく、さらには大学院が、これも先生御案内と思いますが、特に博士課程の学生につきまして、授業料を払いながら大学院で学ぶ、片や企業の研究所等に行きますと、給与をもらいながら研究をやるといったような問題もあって、博士課程の空洞化ということが指摘をされておりますが、それにも対応する一助になればということで、大学院の学生が学部学生の演習等を指導をする、いわゆるそういうティーチングアシスタントの制度というものを導入をして幾ばくかの報酬を大学院の学生に与えるといったようなことも考えて、予算でお願いをいたしております。 また、先ほど大臣から御答弁ございました特別施設整備事業につきましても、単年度二百億といった限られた金額でございますので、どの大学のどの設備をそれでもって整備していくかということにつきましても、やはり的を絞った重点的な対応を考えなければならないと思っております。 さらに、大学院最先端設備といった予算を従来からお願いをいたしておりますが、これもこの平成四年度の予算では、対前年度三億、約一割増をいたしまして、これもすぐれた研究実績を上げている大学院に対する最先端の教育、研究設備の整備充実ということで、先生御指摘のように的を絞った重点的な配分ということで対処をしてまいりたい、このように考えておるところでございます。
○森(英)委員 ぜひ積極的な今後の取り組みをお願いしたいというふうに思います。 続きまして、最近、大学における外国人留学生の数が非常に多くなってきております。大学院では平均三、四割、多いところではほとんどが外国人留学生といった教室もあるようでございます。この外国人留学生は、大学としては定員外の取り扱いになっているということで、換言いたしますと、外国人留学生については、国からの研究費等の予算措置がないに等しい状況であるというふうに聞いております。彼らはほとんどが学位の取得を目的に日本にやってくるわけでありますので、どうしても学位を取らせなければいけないということで、一人に学位を取らせるためには相当な金がかかるわけであります。 今あちこちの大学の先生に伺いますと、今は何とかやりくりして、言葉は悪いけれども、何とか格好をつけて学位を取らせているというのが実態のようでありまして、余り健全な状態とは言えないと思います。もちろん外国人留学生の受け入れに反対するものではありませんが、このような受け入れ体制のもとでは、せっかく受け入れても留学生にかえって反日感情を植えつける場合もありましょうし、また大学の空洞化を助長する一つの要因にもなるということを危惧するものでございます。 そこで、留学生の受け入れ体制の充実に今後大いに力を入れなければならないと考えるものでありますが、その方策をお聞かせいただきたいと思います。
○長谷川政府委員 お答えいたします。 御指摘の留学生でございますけれども、平成三年の五月現在で、昨年の五月でございますけれども、四万五千人という数になっております。最近五年間の平均の伸び率でいきますと、年間約二〇%というかなりなハイペースで増加してまいっておりまして、これは、想定しております十万人の受け入れ計画、そういう計画を持っておるわけでございますけれども、その想定より一年から二年連いペースで留学生の数がふえてまいっておるわけでございます。 文部省といたしましても、留学生の訪日前から、やってくる前から帰国までを通じました幅広い施策を展開いたしておるわけでございますけれども、具体的には、国費の留学生の受け入れ数をふやす、あるいは大学の教育、研究指導体制の整備、私費の留学生に対する援助あるいは宿舎の確保、帰国いたしましてから後のアフターケアの充実等々でございます。しかし、留学生が想定以上に急増しておるということもございまして、受け入れ体制の整備が後追いの状況になっている面もあると認識いたしておるわけでございます。 御指摘ございました、留学生を入学定員の枠外として受け入れてきたために、留学生の増加が大変に多い大学院におきましては教官の負担は過重であり、また施設設備の不足が問題となっているという指摘があるということは承知しております。昨年の五月に大学審議会の答申におきまして、受け入れ留学生数を勘案した学生定員の設定を行うことを含め、種々の教員組織とか施設設備のための措置を検討する必要があるという御指摘もございました。 平成四年度におきまして、今年度でございますけれども、例えば東京工業大学の理工学研究科の入学定員の増ということに当たりましては、定員に留学生を含むものとして想定いたしまして、これに伴います教官の定員措置を行ってきておりますし、新設の大学院の研究科の定員につきましても留学生を含むものとして設定したところでございます。今後とも、学内におきます体制が整備された大学につきましては同様の措置を逐次実施していくことといたしたいと考えております。 従来、留学生につきましては、定員外ではございますけれども、それぞれ留学生のための経費というのを種々措置しておったわけでございますけれども、教官の定数、それから施設設備等につきまして、相当留学生がふえてきた大学にはやはりきちっとした定員の措置をしていかなければならないということで、今年度からそういう措置をとり初めたということでございます。
○森(英)委員 今のお話で、果たして実情にというか、この状況についていけるのかどうかというのが、若干心配が残るわけでありますけれども、ぜひ何とか現状を改善するように御努力いただくように御期待いたします。 最後にちょっと、やや今までと話が変わるのですが、必ずしも無関係ではないと思うわけでありますが、平成三年に大学設置基準の改正が行われまして、これは戦後の学制で画期的な改革で、私は大筋において高く評価するものでございます。この改正に基づいて、各大学で一般教育と専門教育の見直しか進められておりますが、これは理念としては非常にいいのですが、実際これを行おうとするといろいろな問題もあると思いますし、大学にとっては大変悩みの種になってきているのではないかというふうに思います。ぜひこれに対する、この作業に対する文部省あるいは国としての支援策をお聞かせいただきたいと思います。
○前畑政府委員 昨年の七月に大学設置基準の改正を行いましたことについて御評価をいただきまして、大変ありがたいことだと思っております。 御案内かと思いますが、現在、国立大学の場合、その一般教育をどういうふうな仕組みでやっているかということにつきましては、大きく分けまして二つございます。 一つは、一般教育のための特別の組織により実施しているもの、これが大方でございますが、その一つは教養部というところでやっている。それから、例えば東京大学あるいは岩手大学等のように教養学部なり特別の学部において一般教育を担当しているというものがございます。 それからもう一つのカテゴリーといたしましては、通常の学部で実施をしておるもの、全学的に実施している、あるいは教育学部、人文学部等で実施しているといったようなものと、この二つに大きく分かれるわけでございますが、ただいまの国会で国立学校設置法の一部改正ということでお願いをいたしまして成立をいたしました法律では、京都大学と神戸大学につきましては教養部を改組をして学部にするという構想でお願いをいたしました。これは、基本的には教官は増減なしという対応をいたしております。御案内のような行財政事情でございますし、また国立大学の学部というのもいわば国の組織でございますから、組織の肥大化を避ける、それに伴う人員増を避けるということはやはり十分考えていかなければならないと思っています。 具体に、今後各大学で、そういった京都大学とか神戸大学のように教養部を学部にするという構想でくるのか、あるいはまた違ったような取り組み方をするのか、これはそれぞれの大学が一般教育、専門教育を含めて全学的に各学部としての独自のカリキュラムを組み、総合的な教育を行うための仕組みというものをどういうふうに構成していくかということにかかるわけでございまして、私どもとしては、各大学の検討の状況等も十分踏まえまして、また国の行財政事情にも留意をしながら、各大学の改革構想といったものについて積極的に対処をし支援をしてまいりたい、このように考えております。
○森(英)委員 これから恐らく、平成七年でしたですか、に向けて改革をしようとする大学においてはいろいろな問題が起こると思いますので、ぜひそこら辺も今の御趣旨に基づきまして適切な対応をしていただくことをお願い申し上げます。 全体通しまして大臣からもいろいろお話がありましたけれども、私、今後とも日本が世界において今のような地位を占め、また国民が幸せに暮らしていくためには、科学技術の振興が常に不可欠であるというふうに考えるものでございます。そこの科学技術の振興に当たりまして、大学の理工系の果たす役割というのは増しこそすれ減ることは絶対ないというふうに思います。 そこで、今後とも研究の面また人材育成の両面で非常に重要な役割を果たす大学の理工系に対しまして、文部省としてもぜひ、今大学の破産と言われるような状況でありますから、この状況を改善するために旧に倍しての御努力をいただきますことを心からお願い申し上げまして、質問を終わらせていただきたいと思います。
○鳩山国務大臣 全くおっしゃるとおりで、先生の御質問を大きな励ましとして受けとめてまいりたいと思っております。 科学技術会議が、これは総理老議長とする機関でございますが、基本的に科学技術予算を倍増すべしというようなことをはっきりおっしゃっておられる。それから、自民党の中でも中村喜四郎先生をキャップとする特別委員会ができて、私もいろいろと内容について承ったことはありますが、場合によっては第一次五カ年計画というような形で学術研究あるいは国際交流を含めた予算の倍増を図るというようなことをおっしゃっていただいております。 また、文部省としては、学術審議会の方にどのようなあり方が正しいかをお願いをして、今答申を待っているというところでございまして、そういう意味で、科学技術立国ということは相当定着をしてまいりましたから、いろいろな機関がそのような科学技術予算や研究予算を倍増しなければならぬということをおっしゃっていただいておりますので、ぜひともこれが実現するように先生方にも御協力をお願いしたいと思っております。 なお、先生には局長の方から御答弁申し上げましたが、先生御指摘の、留学生が日本に来て、そして何だ、こんなに条件が悪いのかと言ってお帰りになるようなことがあれば、まさに国際貢献の逆の結果が生じてしまうという先生の御指摘、その同じ憂いや危惧というものを私は持っております。二十一世紀初頭十万人留学生受け入れ計画、この中曽根内閣のときに決定をした一つの方針について言えば、それを上回る速度で留学生の数はふえてはおります。しかし、実態として、冒頭から先生が御指摘されたように、今の日本の高等教育の非常に厳しい状況とか条件の悪さ、老朽化、狭隘化ということを考えますと、留学生の方が十万人見えたとしても本当にそれだけの成果を上げてあるいは評価をして帰っていただけるかどうかということがとても心配なわけでございまして、数の問題もあるけれども、これからは質の問題、留学生の方に思う存分いい条件でやっていただくというふうに対処していかなければならないと存じます。 とりわけアジア周辺諸国でも、例えば私はオーストラリアとかシンガポールとか、ことしちょっと行かせていただきましたが、ああいうアメリカやヨーロッパとのつき合いの歴史的に長い、また深い国では、どうしても第一線級の頭脳はアメリカやヨーロッパに、その次のランクが日本へというふうに留学生が送られてくるというふうに聞いております。これもやはり私は、基本的な歴史の差もあるけれども、むしろ条件の差ではないかななどと思って危惧を抱いておりますので、そのような点も一生懸命やらなければいけないと思っております。
○森(英)委員 どうもありがとうございました。終わります。
○草野委員長 以上で森英介君の質疑は終了いたしました。 次に、小森龍邦君。
○小森委員 まずお伺いしたい点は、学校教育というものが大変荒廃をしておるというふうに私は認識をいたしておりますので、高等学校進学率につきまして、過去五年ぐらいの全国的な状況をパーセンテージでお示しをいただきたいと思います。
○坂元政府委員 全国的な平均で申し上げますと、過去五年間、六十二年度から平成三年度までで、六十二年度が九四・三%、六十三年度九四・五%、平成元年九四・七%、平成二年九五・一%、平成三年九五・四%、大体九五%前後で推移してきておりますし、全般的な傾向としては、微増ではありますが、増加傾向にございます。これは一般的なすべての全国平均でございます。
○小森委員 進学率は徐々に下降線をたどらずに向上線をたどっているというふうにこの数字でわかるわけでありますが、それでは、中途で退学をするという者についての数字も恐らくお持ちだと思いますが、その動きはどうでしょうか。
○坂元政府委員 中途で退学する率で申し上げますと、六十一年度が二・二%、六十二年度が二・一%、それから六十三年度が二・一%、平成元年度二・二%、平成二年度二・二%、大体二・二%前後で率は推移してきております。数で申し上げますと、平成二年度で十二万三千人という数字になっております。
○小森委員 大体の状況はこれでわかるわけでありますが、かねてから私、予算委員会の分科会でも問題にいたしております不登校の状況が、今度は小中に例を取りかえていただきますけれども、小中の不登校の状況はどうでしょうか。
○鳩山国務大臣 正確には政府委員からお答え申し上げますが、いわゆる登校拒否、不登校の問題については、私ども四万八千という数字をとらえておりまして、小学生が八千人で中学生が四万人であるというふうにとらえてはおるわけです。しかしながら、低年齢化が進んでいるのではないかという危惧を持っておることと、この四万八千という数字は、少なくとも五十日でございましょうか、五十日以上学校へ行くことができないという方のみを、いわば非常に重症な方を取り上げて四万八千でございますから、これを例えば年間三十日ぐらい学校へ行けないというような方がおられたらどうなのだろうか、そういう数字についても新しく調査をしなければいけないと思っております。
○坂元政府委員 もう少し詳しく御説明申し上げますと、六十一年度が小学校が四千四百、中学校が二万九千六百、六十二年度が小学校が五千三百、中学校が三万二千七百、六十三年度が小学校が六千三百、中学校が三万六千百、それから平成元年度が小学校が七千二百、中学校が四万、それから平成二年度が、今大臣申し上げましたとおりに、小学校が八千、中学校が四万という数字になっております。 率で申し上げますと、昭和六十一年度から小学校も中学校も、若干ではありますが、増加傾向にあるということでございます。
○小森委員 私の見たところ、中学校とか高等学校が大変荒れて学内の暴力が横行するような一時期がありまして、そしてそれがやや下火になったころ、だんだん学校へ来ない中学生がふえてくる。これは一つの波といいますか、まだ学校の先生に盾突いておる間は多少脈があるが、盾突かないようになってくると今度は学校へ来なくなる、こういう傾向を示しておるのではないかと思いますが、こんな現象について、教育の大きな方向性として文部省はどういうお考えを持っておられるか、お尋ねしたいと思います。
○坂元政府委員 まず最初に、不登校、学校に出てこなくなるということの原因でございますけれども、これは社会的な要因あるいは家庭的な要因、それから学校における先生との関係あるいは生徒同士、児童同士のあつれきなど、いろいろな原因で不登校という事態になっているわけでございまして、一義的にこれが決定的な原因であるというふうになかなか言い切れないところがございます。 それから、不登校に至った経緯もそれぞれの子供によって違いますので、一義的にはなかなか言えないわけでありますが、私どもとしましては、とにかく学校が家庭あるいは社会、地域と十分連絡をとって、校長を中心として一体となってこういう不登校の子供たちをなくす努力をしていく必要があるだろうというふうに考えているところでございます。 先般、私どもの文部省の中にこの問題についての協力者会議を設けまして、そしてその結論をいただいたところでありますが、その結論の中でも、学校に行って楽しい、学校が心の居場所であるというふうに学校運営、学校経営をしなければいけないのだという御提言をいただいているところでございまして、この協力者会議で細かく御提言をいただいたところを各都道府県教育委員会を通じまして学校現場にもこの報告書を流して、この報告書を参考にして学校で一体的に取り組んでいただきたいというふうに指導を強化したところでございます。 それから、高等学校の中途退学の原因ですが、これもいろいろな原因があるわけですが、例えば原因を理由別に見ますと、進路変更、これが約四〇%ございます。学校生活・学業不適応が二七%程度、それから学業不振というのが一一%程度ということで、あとはその他ということになっております。 これらもそれぞれいろいろな理由が絡み合っているわけでございますが、先ほど私が御説明したように、一般的に社会的に大変高等学校の進学率が高まっておるということで、高等学校まではとにもかくにも出さなければならないのだというような義務感と申しますかそういうものが家庭の父兄や何かにあって、本人が余り勉強したくない、進学するのならばむしろ専修学校に行きたいというような子供もどちらかというと高等学校に行っている、そういう問題も一方であろうかと思いますし、それから、やはり高等教育が画一化して子供たちの多様なニーズに対応し切れない、そのために子供たちが学校に魅力がなくなっていくという点もあろうかと思います。 前者の問題は、中学校における進路指導についてその子供の立場に立った進路指導を行っていかなければならない問題であるし、後者の問題として、私どもはそういう観点から高等学校教育を多様化する、子供たちの選択の幅を広げてやる、あるいはそういう意味で単位制高校を定時制でつくっておりますが、現在全日制でも単位制無学年制度と申しますか、その子供の興味のある科目を選択して全体として高等学校に必要な単位数を修得して卒業できる、そういう仕組みを、現在、省内に高校教育改革推進会議というのを設けておりまして、有識者に検討をしていただいている最中でございまして、恐らくこの夏ごろまでにはその結論が出ると思いますので、その結論を待ってそういうことの制度化もやっていきたい。 同時に、現在、御承知のとおりに職業関係と普通関係というふうに分かれておりますが、さらにそこに職業学科的な要素と普通学科的な要素を含めた総合的な学科もこれからつくっていこうということで、これも現在検討をいただいているところでございます。 私どもとしても、子供たちの多様なニーズに対応できる高等学校制度の弾力化に努めてまいりたいというふうに考えております。
○小森委員 一義的にその原因を求めることは困難だ、答弁として、言葉としては理解はできますけれども、やはり現実にこういうことになっておるということになると本当に原因をつかまなければならぬ、かように思います。十二万三千人が中途退学ということになりますと、おおよそ人口三百万ぐらいの県の高等学校が、あるいは三百五十万ぐらいの県になるかもわかりませんが、一校平均千人としても百二十三校が毎年消えてなくなっておる、これは我が国の教育のあり方としてゆゆしき一大事だ、こういうふうに思うわけでありますから、その原因究明ということをもっと手際よくやって、これに対する対応策を講じていただかなければいかぬ、かように思います。 つい、多様なニーズにということが出てくるのでありますが、果たして多様なニーズということで対応したことが子供たちの本当の今日の気持ちに合致するか。はっきり申しまして、普通科高校よりも実業科高校の方が私は退学率が高いと思いますが、その点はどうでしょうか。
○鳩山国務大臣 調べている間に、私、ちょっとお答えを申し上げますが、先生御指摘のように十二万三千人というのは大変な数字でございまして、先ほど先生から高校進学率のお話があって九五・四%という最新の数字を申し上げた。ところが、そういう割合ですと、大体一歳当たりどれくらいの人口がいるかというと、ピークが二百五万人、減っていけば百二、三十万人ということでありましょうが、もちろん私は正確な知識がありません。現在の高校生の数というものは五百数十万人、六百万人は切っていると思いますが、五百数十万人というオーダーでありましょう。その中で十二万三千人。分母に五百五、六十万人を置いて分子に十二万三千人を置くと大したことがないように、大したというかパーセンテージとしてはかなり低いように見えるわけですが、でも考えてみると、これはそうではないのですね。 つまり、一年のときも二年のときも三年のときも中退する危険性というのがあるわけですから、一人の高校生当たりがどれくらいの危機の中に暮らすかというと、百数十万人の高校生のうち途中で退学してしまうのが十二万三千人もいるという数字になってまいりますから、一割まではいかないけれども、少なくとも七%とか八%という数字になってくる。これ以上中退がふえますと、高校生は大体一割中退をするということになってしまう。これはまさに社会問題と言わざるを得ないと考えておりますので、この対処方法は真剣に考えているところでございます。
○坂元政府委員 数字を申し上げます。 平成二年度の私どもでつかんでおる最新の数字で申し上げますと、普通科の中途退学率が一・五%、専門学科、いわゆる職業学科でございますが、これが二・八%ということで、普通学科よりも専門学科の方が率が高くなっております。 それから、ちなみに定時制を申し上げますと、定時制は一五・八%ということでかなり高い率になっておるところでございます。
○小森委員 こうなると、言葉の上で簡単に多様化というだけでは済まない問題が出てくるのであります。つまり、多様化のために実業科高校の各科目をたくさんふやすというようなことも一つの方法として文部省は考えておられるのじゃないかと思いますが、これは生徒諸君を輪切りにした受け皿となって、そこには一つのプライドというものが段々がついて、次第にプライドの低い者がそういうそれぞれの科目に分類をされていく。こうなれば、俗に言われる向学心というようなものが途中で何らかの原因でそがれていってしまうという問題もありますから、簡単に多様化と言われただけでは、私は納得のできないものがございます。しかし、これはちょっと私の意見として申し上げておくわけであります。 さて、もう少し本質的に突っ込んで考えてみまして、普通科高校一・五%で実業科高校が二・八%、全体では大体二・二%ぐらいにおさまっておるのでありますが、文部省が数字としてつかんでおられるかどうか知りませんが、被差別部落出身の生徒の退学率はおおよそどれくらいでしょうか。
○坂元政府委員 最新の数字で申し上げますと、平成二年度、全国平均が二・二%に対しまして四・二%ということで、その格差は二%でございます。
○小森委員 文部大臣、この点は、この数字は重大な数字として受けとめておいてほしいと思います。もし文部大臣にお考えがあれば後ほど聞かせていただきたいと思いますが、こういうふうな数字をずっと調べていきますと、今日の教育荒廃の現象というものがどういうことがもとでなっておるかということの原因を突きとめるこれは一つの数字的なものを手繰っていくコースだと思うのであります。 私の考えをちょっと申し上げておきますが、つまり今日の我が国の教育の荒廃は、部落差別に見られるがごとき社会的病理現象、つまり社会的原因、そういうものが一番奥の深いところに存在をしておるのではないか、こう思っておるのであります。これは、地対室からも来ていただいておりますから後ほどまたいろいろと意見のやりとりをしたいと思いますが、文部大臣はこの二・二と四・二をどう思われますか。
○鳩山国務大臣 その格差の二ポイントというのは、実際には倍近い数字でございますからこれは大変な問題だと思っておりますし、先ほど申し上げましたように、四・二%ということは、これを三倍して一二%以上、一三%ぐらいの方がいわば高校へ入りながら最後までは行かないということになるわけでしょうから、その数字の高さに愕然とする思いでございます。 なお、先生が今御指摘になられたいわゆる同和問題あるいはそういう中における人権というものを軽視する、そういうような社会的な病理現象というものと高校中退というような事柄との関連ということについては私は重く受けとめておりますし、受けとめなければならないと考えております。 それで、私ども教育の仕事をやらせていただいている中で、特に教育に与える外からのというのでしょうか、学校内部という問題ではなくて社会から学校教育に対して与えられるマイナスのインパクトというのでしょうか、マイナスの要素というものが非常に大きくなってきていると考えるわけでございます。いわゆる寺子屋から学校の制度ができていったようなそういうプロセスから、日本の教育は学制頒布以来少なくとも百二十年以上の小学校教育が既に行われているわけでございますけれども、時代とともに文化、文明は先に進んでも、逆に人間の心の問題とか社会の問題とかそういうものが大きくなっていく。例えば学業不振というのでしょうか、あるいは学校に対する不適応というような事柄が中退とかあるいは登校拒否の大きな原因になっておりますが、でも、それでは勉強がうまくいかないとどうなるのだろうか。 そこには当然社会の姿というのが色濃くにじんでおるわけで、いわゆる偏差値輪切り、それは学歴社会である、学歴でいいものが手に入らないと結局世の中で出世できないうまく生きていけない、そういう親の希望がある、自分はそれにこたえることができない、それではもう学校へ行くのが嫌だとか、そういうようないろいろな難しい問題が学校の外に待ち受けておって、子供の悲痛な叫びとかあるいは大きな悩みの源になっているように思えてならないことがございます。有害ポルノコミックの問題等についてもそうかもしれません。いわばそういう社会風潮とか社会全体の病理現象というものが改善に向かいませんと子供たちの今の悩みを解決することができないという部分があるということは、私も強く認識をいたしております。
○小森委員 おおむね私の考えと一致しておるわけでありますが、しかし、後ほどまた部落問題に関するやりとりを文部大臣に聞いておいていただきまして、もう少し文部大臣の考え方に修正を加えていただきたい点があるわけです。それはなぜかというと、社会の病理というものを、例えば文部大臣が先ほど列挙されたようなことが病理なのか、文部大臣が列挙されたようなことをつくり出すもう一つの病理があるのではないか。 これは、簡単に言うと社会経済的状況といいますか、言うなれば人間の精神的状況のもう一つ深いところに、その精神をかくのごとくしからしむるような、そういうものにも目を向けなければ社会の病理を根本から見たことにはならない、こう思いますので、その点がちょっと、まあそれは言わなかっただけでわかっているよということなのかもしれませんけれども、今言われた範囲におきましては私はそれを追加して社会の病理というものを見たい、こういうことを申し上げておきたいと思います。 そこで、既におおよそ一年となりますが、有名な広島県の三原市の小佐木島というところで風の子学園という民間の施設がございまして、そこで炎天下、気温が三十度を超える日に、国鉄から譲り受けたコンテナの中に男女の中学生を、少年少女を押し込めて、そしてついにそこで死に至らしめたという事件がございました。これは他の委員会でも私、取り上げまして、いろいろ文部省から見解を表明していただきましたが、実態調査に行きますかと尋ねたら、事実の調査には行きますということを答弁されまして、その後聞いて、私は直接回答を得たわけではないが、行かれたようであります。これは県庁から聞きました。そこで、行かれたということは、これは非常に熱心なことで、教育に関心を持つ関係者に文部省は本気だという印象を与えるわけでありますから非常によいことだったと思います。 そこで、またしつこいようでありますが、この風の子学園のごとき状況というものが生まれてくる我が国の教育環境をめぐる病理、それは一体どういうものであろうかということと、その病理に対する認識が成り立ては、こういう問題に対してどういうことを文部省とすればやろうとしておられるかということについてお尋ねしたいと思います。
○坂元政府委員 結局これは、登校拒否あるいは不登校対策としてどう対応すべきか、その原因は何であってそれにどういうように教育行政なり学校が対応すべきかという問題に尽きるかと思いますけれども、そういう意味で、私どもとしましては、先ほど申し上げましたとおりに、まずそういう不登校という状況を起こさないような努力を学校全体、教育委員会を含めてあるいは地域社会にも協力を求めてやらなければいけないという点はございますけれども、一たんそういうふうな現象が生じた場合にどうするかという問題でございますが、これは、個々の先生が家庭に行って子供と親といろいろ話し合って学校に出てくるように説得する場合もありましょうし、それから、先生も御承知のとおりに公的機関、市町村やあるいは都道府県で教育相談事業というのを行っておりまして、そういう教育相談センターで、学校には出てこられない子供にそういうセンターに出てきてもらって、いろいろ児童心理や何かの専門家を含めてその子供の学校へ復帰するための努力を重ねるという公的機関の充実ということも必要かと思います。 さらに、結局公的機関が必ずしも数的に十分ではないという結果かもしれませんけれども、公的機関に行かなくて、できることならばほかの、今先生が例に挙げました風の子学園のような民間施設に行って、とにかく学校へ再び復帰できるように鍛え直してもらいたいという、あるいはいろいろと子供の立場に立って教育してもらいたいというような父兄もおりまして、その父兄が、もちろん本人も同意をしまして、そういう施設に行かざるを得なかったのかなという感じがいたします。 ただその場合に、特に風の子学園の場合には、施設について、出す方の側の教育委員会なり学校が、風の子学園というものがどういうものであるかということについての十分なる調査ができていなかった、あるいは風の子学園に行っている子供に対して定期的な連絡を相互にとり合わなかったという、多々問題があったかと思いますけれども、いずれにしましてもこういうことを契機にいたしまして私どもいろいろと対策を考えてまいりまして、まず第一歩としては子供の人権、子供の生命を大事にするという学校教育の基本に立って学校全体で取り組むということを改めてやってもらいたいということを都道府県の教育長会議あるいは指導担当部課長会議等を通じまして再三にわたって指導をいたしました。 さらにハードの部分でございますが、公的機関の充実ももちろんでありますけれども、こういう民間施設の実態について、まことに遺憾なことであったわけですが、文部省自身も全国の実態をつかんでいなかったというようなこともございまして、直ちに実態調査をしまして、全国でどういう民間施設があるのか、そしてその民間施設がどういう類型になっているのかということを調査し、さらにそういうような民間施設に子供を託する場合について教育委員会なり学校としてどういうような対応をしなければならないかということをまとめまして、そして教育委員会の関係者に指導をし、情報を提供し、それから相互に情報を提供し合う、言いかえれば他府県の民間施設に行く例が多いわけでありますので、他府県の教育委員会が自分のところに置かれておるそういう民間施設の実態を把握して、そしてほかの教育委員会なり学校から照会があった場合には非常に正確な実態情報を提供する、そういう仕組みもつくらなければいけないということで指導をし、そういう仕組みを現在つくっているところでございます。
○小森委員 ああいう施設について実態をつかんでいなかったということの中にいかなる本質があらわれておるか、つまり日本の教育は体系的にはいかにしてエリートをつくるか、非常に難しい物理学的な、あるいは化学的な、そういう工業生産に役立つような人間をつくるか、もう一つは文科系なら文科系で申しましても、非常に専門分野にすぐれた能力を発揮する人間をつくるか、こういうところが実はポイントであって、少々下部で一人や二人の子供がどっちに転げようがそれは関係ない。俗に言われる差別と選別、切り捨ての教育、これが残念ながら日本の教育のあり方ではないのか、こう私は思っておるわけであります。 そこで、この風の子学園のことについてお尋ねをいたしますが、対症療法的に申しますと、これは物事が歴史的に起きてきた経過というものを仮定で考えることはできないのですけれども、仮定ですべてを割り切ることは、例えばで割り切ることはできませんけれども、しかし可能性としてあることは、いみじくもこの風の子学園のあった小佐木島を包む自治体、広島県三原市でありますが、三原市の教育長は、せめてこの子が風の子学園に来ておるといういわゆる住民票でも異動があったら私は気をつけているだろう、つまり同和教育の観点に立って子供たちの徹底的な進路指導といいますか、進路保障といいますか、後を追っかけていって教育をする姿勢というものが広島県にはかなり定着をいたしておりますので、そういうことがあっただろう、こういうふうに私は思うのでありますが、文部省、教育の本家本元、教育の大本山の文部省がそういうものがどこにあるかも知らないし、また、そういうときに、七十日も八十日も場合によったら頂ける、あるいは百日を超えて何カ月も預けるかもわからないというようなところに住民票も動かない、それでいて、堂々とそこでは授業料とか入学金とかそんなものを取ってやっておるという状況というものが私は対症療法的に見て問題があったのではないか。もっと社会的病理ということについてはとても一時間や二時間で議論し尽くせるものじゃありませんけれども、そういう点はどうですか。三原市教育長は非常に残念がっておりましたよ。
○坂元政府委員 先ほど御説明いたしました民間施設をめぐる各教育委員会、学校の対応につきまして、いろいろ指導をしたというふうに言っておりますが、まさに私もそのとおりだと思います。 そういう意味で、その民間施設で指導を受けている児童生徒を定期的にフォローアップするということが必要であるし、かつまた、民間施設についての教育委員会間の情報交換の中には、今の風の子学園の例で申し上げますと、三原市の教育委員会と十分連絡をとって、しかも、その三原市にある風の子学園に子供を託するという場合には、三原市の教育委員会にあそこに子供を託しても大丈夫かどうかということを十分聞く、そして大丈夫だと言った後にはその教育委員会とも十分連絡をとると同時に、託した方の、出した方の学校の教育委員会あるいは学校の関係者が定期的にその子供、施設を訪ねて子供の状態をフォローアップすることが必要だというふうに指導をしたところでございまして、先生の御指摘はまことにそのとおりだと思います。
○小森委員 対症療法的には、とりあえずそういうことでもやって、それぞれの地域の教育委員会というものがいろいろ指導したり助言したりする。しかし、それはそういうことについて他府県から来た子供に対して、例えば三原でいうと三原市教育委員会がそれだけの行政的な責任を負わねばならぬのかという問題も出てきますから、複雑な法律の問題と絡んでくると私は思います。 そこで、その対症療法のことはちょっとさておいて、もう少し広域なというか、長期にわたっての議論とすれば、新聞で見たわけでありますから果たしてこれが本当の文部省の方針がどうかわかりませんけれども、このような施設で、子供たちがそういう施設に入っておる間そこで日にちを過ごすわけでありますが、学校へ出席したと同じ扱いをするというのを新聞で私は見ましたが、それは事実でしょうか。
○坂元政府委員 父兄の希望もあるし、本人の希望もあって、そういう施設にあえて行くというのは本人にとっては大変なことで決断であったと思いますが、とにもかくにも、うちに閉じこもるのではなくて、施設に行って学校に戻るための、そういう心身ともにもう一度学校に戻るような状態にする努力を行っておるということは私ども何らかの形で評価してやらなければいけないのでないか。 例えば、従来そういう場合にそれが欠席扱いできますと、例えば、仮にその子が二年生、三年生でずうっと施設にいたということで、努力をしていたけれどもなかなか学校に戻れなかったという場合に、義務教育で最終的に何とか中学校を卒業をしたという状態になりましても、その子の内申書の中の出席簿の中には、欠席日数が何百日というふうに出るわけでございます。そういう場合に、例えば私立の高等学校を受けるような場合には、中学校は卒業しているけれども、こんなに欠席しているのかというようなことで、その子の入学について不利に扱われるおそれが非常に強いのではないか。 私どもは、あくまで義務教育という今の仕組みを前提とはしておりますけれども、何とか学校に戻りたい、そのためにそういう形で努力している子供について、その努力を何らかの形で評価しなければいけないのではないかということで、いろいろな条件はあるかと思いますが、そういう子供については、場合によっては校長が出席扱いにしてもいいのではないかというような考え方を持っております。 そして、現在、ではどういう場合にどういうような施設に行っておって、どういうような施設で教育を受けておるかというようなこと等いろいろな条件を今検討いたしまして、こういうような条件の場合には出席扱いとしてもいいのではないかという一つのガイドラインみたいなものを現在、省内で検討している最中でございまして、その検討結果がまとまったならば、都道府県の教育委員会を通じて各学校にそういう考え方をお知らせしたいというふうに考えております。
○小森委員 子供の側に立つと、何か大変子供に味方をした温かい方針を打ち出しておるように聞こえますが、風の子学園ほどお粗末なものも全国にそう数はないと思いますけれども、しかし、この種の施設というか、あるいは取り組みをしておるものには共通して大体内観室というのがあります。内観室というのは、おのれの内側を見る、おのれを見るという、これは概念とすれば非常によいことですね。人間は常におのれを見るということは非常に大事なことなのでありますが、内観という名におけるせっかんが行われるのであります。 だから、風の子学園は鉄の鎖で体を縛って、第一内観室とか第二内観室とかというのがあって、そこでパンの食いかすなんか残っておりましたけれども、憲法原則に言うところの、犯罪によ名処罰の場合を除いてはいかなる苦役にも服させられない、拷問もさせられないというような原則から大変外れている場合もあるのですね。だからこそ死んだわけですね。 したがって、私は、これは国の教育行政というもの、あるいは青少年に対する保護矯正機関というか、そういうふうな何らかの形で公の支配に属する施設の場合は、出席の判こを押したって、私はそこらが限度だと思うのです。ところが、今のような状況で、広島の人は意外に思っていますよね。じゃ、風の子学園に行っても出席したことになるのか、あの新聞の発表を見たらそう思うのであります。 したがって、その点はもう少しよく実情を考えて、子供たちが更生をしていくためには、やはり更生のチャンスを与えることは大事だ。しかしながら、やはり公がどこまで責任を負うか。公の支配に属さない慈善教育もしくは博愛の団体という言葉が憲法の中にありまして、それは行為を恣意的にするなどいう規制の条文ですね。それと同じように、公の支配に属さない、例えば学校法人の資格を取るとか何らかの形の法人格を持って、国がわずかばかりでもコントロールできるということにしなければ、国が責任を負う義務教育について、国はそこの点で完全に責任を放棄したことになると私は思うのです。その点、いかがでしょうか。
○坂元政府委員 先生のおっしゃるとおりだと思います。私ども、風の子学園みたいなものについては出席扱いにしてもいいじゃないかというような考え方は持っておりません。 したがって、先ほど申し上げましたとおりに、どういう施設の場合、その場合に、今先生がおっしゃった内観室、いかなる場合であっても心身にそういう圧迫を与えてはいけない、そういうようなことをやってないようなこともその一つの条件にも考えておりますし、それからそのスタッフが、どういうスタッフがおるのかというようなこと、あるいは施設設備がどの程度充実されておるかというような点、それから、家庭なり教育委員会との連絡が定期的に非常に密に行われておるかというような点、それから、子供が自由にうちに電話をかけられるという、家庭と情報交換できるようなものになっているかどうかというようなことを総合的に判断して、そういうような施設なうばいいのではないかということで決定しなければいけないのではないかということで、先ほど申し上げましたとおりまさに先生の御指摘のとおりでございまして、現在そういうものを含めて省内で、初中局の中でプロジェクトチームをつくって検討しているところでございます。 原則は、私どもは、教育というものは公の支配に属する学校法人でつくった私立学校が、あるいは地方公共団体が設置者であります公立学校でやるのがまさに学校教育の基本だという、その基本は踏まえても、なおある一定の条件の民間施設については、そういう子供たちの努力を評価する方法として出席扱いということについても考えてもいいのではないかというふうに考えているところでございます。
○小森委員 このことで余り時間をとりますと質問を予定しでおったことが全部崩れてしまいますので、問題だけ投げかけておきたいと思いますが、我が国憲法は、「その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。」と、こうなっております。これは憲法の原則なんであります。それを民間へ、何の資格もない民間に預かってもらって出席の判を押すということは、憲法原則から見た法理として、法律理論として大いに検討してもらわなければいかぬ問題である。これはなかなか法律と事実がうまくマッチしないという場合も、しばしば世の中の現象は文教行政だけでなくてあるのですけれども、しかしながら、ここは特に厳密に、今お考えになっておるようなことに加えて、これはもうどうもしょうがないような問題だから法律外の問題だというような扱いをなさらないように、そこの、厳密な法理にマッチした取り扱いをしていただきたい、こう思います。 そこで、もう一つ申し上げたいと思いますのは、これも同じく広島県因島市で起きたことでありますが、つい先般、因島北高等学校、因島市ですけれども、これは県立てす。広島県立因島北高等学校で留年処分を受けた生徒が六人一斉に退学届を出して、そして退学届が受理された。この間、校長と私、電話で話をしてみましたら、なぜ退学届の出た日から二日さかのぼってそそくさと退学を許可したのか、どうもおかしいですね。ここには説得も何も、そういう具体的な行動に出たときに、説得とか親との話とかいうものはなかったのかと、新聞で受けるような印象ですね、二日さかのぼってやったというのですから。 あと聞いてみたら、授業料の問題だというのですね。そんな銭金の問題ではなくて、子供たちにとって将来の進路の問題なんであります。こんな現象が起きておることについてはどういうお考えでしょうか。なるべく簡単にやってください。
○坂元政府委員 この問題について広島県から報告をいただきましたが、この学校では、三科目または十単位以上の科目が認定されなかった場合には留年とするという内規があって、それに基づいてこの六人の子供たちについて見ると、四科目ないし三科目が認定できなかったということで原級とめ置きをしたというふうに聞いております。また、県教委としましても、この件について保護者との十分な話し合いを行うなど適切な対応をとるよう学校を指導しており、学校においては保護者との話し合いを四月まで重ねてきたというようなことが学校から教育委員会に報告があった。そういう報告を私ども受けているところでございます。 私どもとしましては、単位や進級の認定は個々の学校の校長が決定するものでありますが、文部省としては、従来から各学校における進級認定等については、高等学校は学年制であると同時に単位制もとっているわけでありますから、そういう趣旨を踏まえて弾力的に行うようにという指導をしてきているところでございます。
○小森委員 先ほどの多様性という問題と関係して、これはヒントでありますので、文部大臣を初め初等中等局長におかれてもひとつよく考えていただきたいと思いますが、恐らくこれは、私は多少の土地カンがありますので、申し上げておきたいと思いますが、もう一つ、因島高等学校というのがあるのです。北高というのは新設の学校なんです。新設といっても相当年限はたっていますけれども、社会的な、一般的な評価は因島高校の方が高い。北高の方が少し低いと見られておる。 そこで、学校の焦りもあって、因島高校に負けてはならないというような気持ちがあって、学校内の取り組みを厳格にやっておられるのだろうと思いますけれども、それならばその単位の足らない者を、他の地域の県立学校においては補習授業をしてそれを補って仮進級とかそんな措置を講じて大体みんなと隊列が崩れないような形でやっておる学校もたくさんあるんです。 これはやはり一種の、どういいますか輪切り現象の弊害としてこういう取り返しのつかない、子供にとってはこれから人生観も変わるでしょうし、十代のときにこういう状況に遭遇したということになると、いろいろ世の中に対する考え方も変わってくると思います。だから私は、多様化という問題についてももっと深く深く教育哲学的に考えた対応をしていただかないと、この程度の一つの格差でもこんないびつな現象が生まれてくるのでありますから、その点もひとつ理解をしておいてほしいと思います。 さて、時間が大分迫ってきまして、総務庁の方から来ていただいておりますが、せっかくでありますので、総務庁の方に先ほど来の議論の続きとしてお尋ねをまずしたい点は、大体総務庁は同和問題、地域改善対策と言っていますよね、政府は。どういうところから地域改善対策というような言葉がつくり出されたのか、歴史的には私もよくわかりませんが、しかし、地域改善対策と言っていますよね。世間はそんなことを言う者はほとんどいませんよね。 それはそれとしてよいとしても、こういう教育の実態にあるのに、あれですか、部落問題はおおむね片づいた、一般行政への円滑な移行を検討してもらいたい、地対協にそういうことを諮った。しかし、地対協はそれには丸々乗らなかった、こういうようなことだからよかったようなものの、どうですか、こんなことがあって同和問題がもうおおむね解決しておる、こんなことが言えるのですか。総務庁の答弁をいただきます。
○荒賀説明員 同和問題は、日本国憲法に保障されました基本的人権にかかわる重要な課題であるという認識を持っておるわけでございますが、昭和四十四年以来二十三年間にわたりまして、三たびにわたります特別措置法に基づいて今日まで関係諸施策の推進によりまして同和問題の解決に努めておるところでございます。その結果、昨年十二月の地対協の意見具申におきまして「同和地区の生活環境等の劣悪な実態は大きく改善をみ、同和地区と一般地域との格差は、全般的には相当程度是正され、また、心理的差別についてもその解消が進み、その成果は全体的には着実に進展をみている。」という評価をいただいておるところでございます。 しかしながら、この意見具申におきましては、心理的差別の解消につきまして「同和関係者と一般住民との婚姻の増加がみられるなど改善の方向にあるものの、結婚や就職などに関連した差別事象が依然としてみられ、十分な状況とはいい難い。」としておりますように、その解消に向けて今後とも粘り強く努力を続けていかなければならない状況にあるというふうに認識をいたしております。
○小森委員 ボタンが最初にかけ違っているから、だからここ五、六年というものは実に歯切れが悪いのですね、総務庁は。要するに、八六年の地対協、あのときに一挙に同和行政を追い込めてしまえ、その行政のエネルギー補給源となっておる民間の運動、自主的な運動というものも抑圧してしまえ、こういう弾圧的な態度で出てきて、しかし事志と違って物事は余りうまくいかなかった。政府の思うようにいかなかった。これは野党側はもちろんでありますけれども、自民党の、与党の方でもその点については今回はかなりな理解を示してもらった。 今私が尋ねておるのは、確かにもう二十何年も同和行政をやってきたところでは、道路もでき、水路もうまくでき、不衛生なところが衛生的になり、いろいろな公共施設ができたということは、それは事実でしょう。しかし、まだ全然手つかずのところが、全く行政と縁のないところが千部落あるわけでしょう。 これはきょうここでやる問題でなくて、むしろ建設問題のときとかほかのときにやればよいと思いますけれども、教育のことにかかわって見ると、二・二から四・余の格差があるということは、これは私のささやかな経験でありますけれども、政府が奨学金を貸与でなくて給付の時代には、少なくとも私の目のたう広島県においては、その格差というものは徐々に接近をしておったのですよ。大学の進学率も高等学校の進学率も、政府が打ち切ろうなどというような変な根性を出して各府県にそんなことを言いふらすような時代の前は、だんだん接近したのですよ。ところがこういうことになっておるということは、つまり二・二が四・二だというこの現実を踏まえて、地対室長、答えにくいかもわからぬけれども、これは大変だというくらいの認識をあなたはしてもよいのじゃないですか。
○荒賀説明員 同和問題の一日も早い解決に向けまして、私ども政府も一体となってそれぞれの所管の分野について全力を尽くして取り組んでおるわけでございます。 ただいまお尋ねの教育の問題も文部省から御答弁があろうかと思いますけれども、この意見具申におきましても、物的事業については今先生からも御指摘がありましたように相当程度進捗をしておるという認識でおるわけでございますが、これからの施策の重点課題といたしましては、今お話しの教育あるいは就労、啓発、そういった非物的な事業に重点を置いた施策の積極的な推進が重要であるというふうに認識をいたしておるわけでございます。
○小森委員 時間が大分なくなってきましたから、せっかく来ていただいた外務省と防衛庁の方についでにお尋ねをしておきます。 外務省にお尋ねしたいのは、かかる子供の現状があるときに、せっかく閣議で国会に提案をされておる子供の権利条約、内閣総理大臣率いるところの、自民党総裁宮澤喜一率いるところのつまり自民党が、これはやろうと思えば国会で早くできるでしょう。ところがまだ本会議で提案しませんね。これについて外務省はどういう見解を持っておられるかということ。 それから防衛庁の方は——文部大臣ちょっと聞いてください。なぜ防衛庁来てもらったかというと、子供たちの気持ちをいらいらさすために、今君が代や日の丸が——大きな迷惑を我々は受けておると思う。それはきょうは日の丸・君が代を議論するところではないのだが、かつてペルシャ湾に日本の掃海艇が行くときに、呉の軍港、今は軍港と言わないかもわからぬが、昔呉鎮守府があってあそこは軍港だったですね。あそこから出ていくときに、私はテレビで見ましたけれども、軍艦マーチ、守るも攻めるもというマーチを流しておった。日本は専守防衛、攻めるはないはずですね。その点について防衛庁、どう思われるか、簡単に答えてください。もう一回だけ私、質問したいことがありますから。
○大越説明員 お答え申し上げます。 昨年の四月二十六日にペルシャ湾に掃海部隊が出港する際、呉港におきまして海上自衛隊の音楽隊がほかの曲目と一緒に軍艦マーチ、正式には軍艦行進曲と申しますけれども、これを演奏しました。これは、ペルシャ湾という遠方の熱暑の地において掃海作業に従事するその部隊を激励するにふさわしい音楽性を持つ行進曲だという観点から演奏したものでございます。
○吉澤説明員 児童の権利に関する条約につきましては、三月十三日に国会に提出させていただいたところでございまして、国会における審議の日程につきましては国会の御判断によることかとも存じますけれども、外務省といたしましては、国会の御審議、御承認をいただいた上でできる限り早く批准したい、このように考えております。
○小森委員 最後にお尋ねをします。 社会的病理現象というものを、もちろん同対審答申では言っておるし、またこれまでのいろいろな同和問題に関する文書の中でもそういう言葉は使われております。したがって、その社会的病理現象を、ただいま文部大臣と私とのやりとりで地対室長は聞いておってわかっていただけたと思うが、その社会的病理というものはどこまでも人間を通じて出てくる病理ですから、犬や猿や猫を通じて出てくるものではないのでありますから、人間を通じて出てくる社会的病理でございまして、そうなれば、いつも私が言いますように、同対審がいみじくも分析しておりますように、実態差別と心理差別の相互因果関係、ここでまた実態が出るのであります。 その点について、先ほど来の答弁は、既に物がよくなった、それは具体的な実態面がよくなったのだというような意味のことを言われておるが、あなたは質問に答えるときには実態と心理の関係を時々引用して言われるけれども、今度は個々の具体的な事実になったらそれとは全く違う、実態はよくなった、実態がよくなったのになぜ人間の関係がよくならないのですかというような問題が出てくるので、実態と心理の関係、もう一度お尋ねしておきたいと思います。
○荒賀説明員 実態的差別と心理的差別の相関関係でございますが、ただいま先生からお話もありましたように、同対審答申におきまして部落差別を実態的差別と心理的差別とに分類をいたしまして、その相関関係については、心理的差別が原因になって実態的差別をつくる、また反面では、実態的差別が原因となって心理的差別を助長するというぐあいにこの相互関係が差別を再生産する悪循環を繰り返すというふうに指摘をしておるわけでございます。 まさに私ども、これらの部落差別を実態的差別あるいは心理的差別の両面にわたって解消に向けて国、地方公共団体が一体となって生活環境の改善あるいは産業の振興、職業の安定、教育の充実、人権擁護活動の強化、社会福祉の推進等の特別対策を今日まで実施してきているところでございます。
○小森委員 終わります。
○草野委員長 小森龍邦君の質疑は終了いたしました。 次に、新村勝雄君。
○新村委員 私は、生涯教育についてお伺いあるいは要望申し上げたいと思います。この問題については、予算の分科会でも大臣にお願いをしたことがございますけれども、なお続いてお願いしたいわけであります。 日本の教育については、義務教育から高校、大学と、学校教育に基づく教育については、先般来議論がありまして内容的には幾つかの問題を含むにしても、ほぼ完成に近い域に達していると思います。小中学校の義務制についてはほぼ一〇〇%に近い。また、高校についても、先ほどのお話しで九六%ですか、さらに大学についても五〇%近いのだと思いますが、そのように制度的な学校教育というのは内容についての問題を持ちながらもほぼ完成に近い状態であると思います。これは世界的にもすばらしい実績であると思いますし、その前の段階、義務教育が実施をされない日本の歴史の近世以降の江戸時代のいわゆる寺子屋時代においても、当時の世界のレベルからすれば最高であったというようなことが言われておりまして、学校教育についてはほぼ理想に近づいていると思いますが、一方、学校以外の教育、学齢期の児童あるいは青年が学校という機関の中で勉学をするという形以外の教育、社会教育あるいは生涯教育、こういう問題についてはまだ必ずしもあるべき姿には達していない、理想的な姿には達していないと思います。 こういうことを政府においても考慮をされて、生涯学習について最近取り組まれているということはよく承知をいたしておりますし、文部省の生涯学習審議会というものがあると思いますが、ここの中間報告も最近出された、近い将来正式の答申が出ると思いますけれども、この生涯学習、生涯教育ということについての考え方、それから最近出された生涯学習審議会の中間報告、これについてのお考えをまず伺いたいと思います。
○鳩山国務大臣 いわゆる長寿社会になって、人生八十年という時代、そしてまた社会が非常に複雑化していくあるいは人間の欲求というのも非常に多様化していくという中で、人生全体を通じていつでもどこでも自由に学習の機会を選択し学ぶことができるとするならば、それは充実した人生を呼び起こすことになりましょうし、またそれだけ人間が質的に高まっていくということで、社会全体にも大きなプラスの効果をもたらすだろう、そのような観点で、恐らく臨時教育審議会、臨教審の方々が三年間大変な時間を使って教育のあるいは教育改革の大激論、大議論をやった末に出てきたほんの二つ、三つの大きな柱、その一本が生涯学習社会をつくるということでありました。 社会教育という観点から生涯学習という観点へ移っていった。文部省社会教育局を生涯学習局、しかもこれを筆頭局として位置づけたわけであります。これは決して言葉の遊びではなくて、社会教育というのはあくまでも学校以外でどういうことを教え、育てるかという、主体は教える側、育てる側にあった、それが社会教育であります。それを今は、生涯学習社会とか文部省生涯学習局という考え方は、まさに人生全体を通じて、学ぶ側が主体になって、この場合の主語は勉強する方ですから、機会をとらえて、機会を選んで、そして課題を選んでみずから自発的な意欲を持って勉強する、これが生涯学習ということですから、社会教育と生涯学習というのは非常に似てはおりますが実はイコールではなくて、もっと個々の主体性を重んじるのが生涯学習という今の私たちの大課題であると考えております。 先生御指摘のとおり、五月十三日に生涯学習審議会が「今後の社会の動向に対応した生涯学習の振興方策について」ということで中間まとめを私は伊藤正己会長からお受け取りをいたし良した。七月末を目途に答申にまとめられていく予定でございますが、これを読ませていただきますと、今私が申し上げたような理念のもとで、例えばリカレント教育、例えばボランティア活動、例えば青少年の学校外活動、例えば現代的なその他の課題というようなことで一応四本の柱から成り立っているようでございまして、この四つの大きな課題は恐らく答申段階でも変化することはないだろうと想像をいたしますので、この辺を軸にして私たちも施策を考えていかなければならないと思っております。 なお、放送大学を視察いたしましたときに、たまたま試験等がございまして、全科履修生の方が多かったのかなとは思いますが、学生さんたちが大勢放送大学の本部にお見えになっておりました。ある方はロビーで教科書に目を落とし、またある方々は図書館で勉強をしという姿を見ました。非常に雑駁な物の言い方をすれば、ああ大人の人たちが勉強しているなどいう印象を私は持ったわけであります。 しかし、その余りに真剣な学習態度、もちろん何人かの放送大学の学生の方とは会話を交わさせていただきましたけれども、その本当に真摯な学習意欲というものに触れたときに、我々の学生時代というのは一体何だったのだろうかと、大学卒という肩書を手に入れるために、まあしょうがないからというほどではないにしても何となく学校に通っておった。スポーツをやる方が楽しいなと思ったり、空き時間があればジャン荘へ行ったりという、そういう生活ももちろん学生時代をエンジョイしたという形であったわけでありまして、正直言ってコンプレックスを感じるような気がしました。我々は大学時代あんなふうに過ごしたけれども、こうした方々はむしろ大学で勉強するという機会を持ち得なかったがためにより真剣に今この放送大学というところで勉強しておられるのだ、コンプレックスを強く感じたわけであります。 その後、放送大学の卒業式にも参りましたが、これはもう本当に胸が熱くなるというか冒頭が熱くなるような感動を覚えるすばらしい卒業式でございまして、本当に満足して卒業していかれる方々のお顔を拝見をして、とにかく生涯学習、言葉で四文字で言うは易しいけれども、この生涯学習社会を建設するというのは大変な努力が要るけれども、実際、放送大学を見ればすばらしいものができてきているわけですから、他のいろいろな場面も想定をして努力をしていかなければならないなと痛感をいたしました。
○新村委員 大臣、大変御理解が深いと思います。 教育というものを考える場合に、個人という立場からすれば、やはり自分の可能性を死ぬまで追求していく、そうしていわゆる生きがいを感じていく、そのためにはやはり一定の目標を設定して生涯学習をしていくということがどうしても必要だ。同時にまた、一人一人が勉強し、そして能力を開発していく、その開発をされた成果を社会に還元していくという面もあるわけでありますから、こういうことを考えた場合には、高齢社会を迎えるに当たって、やはり生涯学習はそういう面からも強化をされていかなければいけないと思うのです。 近い将来、一人の老人を四人が支えるとか、あるいは三人で一人を支えるとかというようなことが言われておりますけれども、そういう形がそのまま到来をすれば大変なことだと思いますけれども、その高齢者がそれぞれ学習をし能力を開発し、その能力を社会に還元をしていく、それが集大成をされれば社会的な大きな活力の源泉にもなるわけであります。 そういう点からすれば、必ずしも三人で一人を養うというようなことになってもそんなに恐るべきものではないのではないか。その時代の老人がすべて若い人たちの扶養を受けていくということでは大変でありますけれども、高齢者は高齢者なりに能力を開発してこれを社会に還元をする、あるいは自分の生きるエネルギーを自分で燃やしていくということであれば、仮に高齢社会が到来をしてもそんなに恐るべきものではないのではないか。そういう点からしても、やはり生涯学習、高齢者の学習というのは必要ではないかと思います。 私は、自分ももう既に高齢者の一人として常々そういうことを実感しているわけでありますけれども、その場合に、考えてみますと日本の教育体系というものは今まで学校という機関を中心にして、機関の中で完全な管理のもとに行われてきたということがありますね。ですから、日本の教育は質的にも量的にも世界一級のものではあるけれども、教育そのものは極めて閉鎖的であると思います。 例えば、我々が大学教育を補充的に受けたい、特定の科目を受講したいと思っても、これは必ずしも簡単ではない。大学、いわゆる象牙の塔の中にこもって高度の学問研究をされているということでありますから、現在の日本の大学教育は量的にも質的にも非常に高い段階には達しているけれども、一般の国民に対しては極めて閉鎖的だということが言えるわけですね。ですから、この閉鎖的な学校教育あるいは大学教育を国民にまず開放してもらうということが必要だと思います。 そういう点から、生涯学習審議会でも、いつでも、どこでも、だれでも勉強できる、そういう体制をつくらなければいけないということを言っておるわけですね。ところが、それが現在できていないし、これはやはり文部省がよほど英断をもってお考えになり、また制度的なものをつくっていかないとなかなか難しいのではないかと思うのですね。そういう点で、生涯学習にはやはり何といってもいつでも、どこでも、だれでも勉強できる、そういう環境をつくるということ、それは制度的につくるということ、それからまた、例えば企業の中で勉強したいという幹部職員がいた場合に有給休暇を与えるというようなところまで考慮していかなければ、なかなか実際にはできないということだと思うのです。そういうことで、いつでも、どこでも、だれでも勉強できる、そういう環境をどうつくっていくかということについてのお考えを伺いたいと思います。
○鳩山国務大臣 新村先生のおっしゃること、私は一〇〇%同意見であり、同感であり、先生が今提起されたような生涯学習社会をつくっていくことが私たちに与えられた課題だと思っております。 例えば、今先生の御経歴をちょっと見させていただきましたら、先生は私の父と同じ生まれ年のように見ましたけれども、まだまだお若いと思いますが、先生御自身、私だって高齢者の一人ですよとおっしゃいました。私の父も同じかとは思いますけれども、それは、先生のように国会で堂々と大論陣を張っておられるのは最も生きがいがあってすばらしいだろうと思いますが、全員が全員そういうわけにもまいらないとするならば、いつでも、どこでも、だれでも勉強できるというようなことで、高齢者の皆さん方が学習意欲を持っていろいろなことに取り組んでいかれるということ、これは生涯学習であり、また生涯スポーツであってもいいと思いますが、それは高齢者の皆さん方の充実した生活とか生きがいという意味でも最高のものであろうと思っております。 そして同時に、先生御指摘のとおり、そういう方々あるいは社会人、企業に勤めている方も含めまして、いわゆるリカレント教育という観点でもありましょうが、大学をもっと開放して、いつでも、だれでも大学で勉強したいことを勉強できる、そういう閉ざされた大学でなくて開かれた大学というものを目指すべきだということも全く先生のおっしゃるとおりでございます。 小、まあ幼稚園からありましょうが、幼、小、中、高、人あるいは大学院と一つの教育制度が確定をしていることは、またこれもそれで大切だろうと思いますが、そうした中で特に大学には精いっぱい開放をしてもらおうというのが私どもの考え方で、従来から公開講座を充実していただこうということを申し上げてまいりましたし、また、先ほど私が触れました放送大学は、もちろん生の声を現場で聞くわけではありませんけれども、放送大学の教授陣、講師陣というのはこれはもう超一流のメンバーがそろっておられまして、テレビを通してではありましょうし、また、まだ全国化をしていないのが残念ではありますけれども、超一流の講義を放送大学というものを通じて聞くことができるというのも私は一つの大きな成果であると思っております。 また、夜間学部や通信教育を行う学部に加えまして、いわゆる昼夜開議制度、そして弾力的なカリキュラム編成とかあるいは第三年次に編入学定員を大きく設けていくとか、あるいは入試に当たっては、大学の入試ですからまあ一つの閉ざされた組織体の中に取り込む話かどば思いますが、社会人特別選抜とかいろいろな方法を通じて、少しずつではありますが、いつでも、だれでも立派な高等教育を受けられるように条件は整備いたしておりますが、正直言ってまだまだやらなければならないことは多いと思っておりますので、お知恵もお力もおかしいただければ幸いでございます。
○新村委員 確かに生涯教育、前の時代に比較をしますとかなり便宜は与えられていると思います。しかし、大学にしても放送大学にしてもやはり規則があり管理をされ、その仕組みの中に入っていかなければならないわけですよ。それから通信教育等にしても、まあそんなに難しい試験はありませんけれども、入学をして一定の年限、例えば十年なら十年以内に百二十四単位を取得しなさい、そうでなければ学士にはなれないという限度がありますね。 それから、単位の互換制という問題についても必ずしもこれは自由ではないわけでありまして、音あるいはこっちの大学である一定の単位を取ったけれども、その単位がこっちの大学でそのまま通用できるかというと必ずしもそうはいかない。放送大学についてもこれは必ずしもその点については余り寛大ではないのですよ。 それと、修業年限等についても一定の限度がありますし、また、大学四年という学年別の規制等もあって、一定の単位を持っている者については、例えば百二十四単位のうち半分の単位を持っている場合にはこれは当然三年に編入してくれてもいいわけだし、場合によっては四年に編入してくれてもいいわけなんですけれども、それがなかなかできないわけです。 それから、放送大学等についても今持っている単位をそのまま認定するという問題については極めて厳しいのですよね。ですから、そういう点についてもっともっと寛大にしてもらう。 それで、理想的には、程度は落としてはいけませんけれども、いつでも、どこでも、だれでも大学の講義を聞いて、あるいは場合によっては通信によって自分で勉強して、それで試験を受けて単位を取る、その単位はどこの大学にも通用する、互換制が完全に保証されているということでないと、中高年の人が学士、例えば中高年の人が新たに学位を取りたい、あるいは修士号を取りたい、博士号を取りたいという場合になかなか難しいわけです。そういう点で、技術的な問題ですけれども、これは大臣に御答弁いただくよりはむしろ局長の方がいいと思うのですけれども、そういう単位の認定あるいは互換制、それから年限の撤廃、こういうものを完全に自由にしていただかないと、中高齢の者あるいはOB、もう社会的に一定の責任を果たしてOBになった、これから勉強しようという者が相当いると思うのです。これからはますますふえると思うのです。そういう方々の要望には現在の制度ではこたえ得ないと思いますよね。 ですから、そういう点でのいつでも、どこでも、だれでもというのは、これは言葉の上では簡単ですけれども、制度的にそういうものが保証されていないとその考えが生きてこないということになりますから、そこらの点はぜひひとつ御検討いただいて、七月には生涯学習審議会の正式の答申があるわけでしょうから、その答申を受けたら、ぜひいつでも、どこでも、だれでも勉強できると。 それから、勉強して力をつければそれでいいのでしょうけれども、やはり一定の目標設定ということが必要だと思うのですよ。具体的に言えば、学士になる、あるいは修士になる、博士になる、そういう目標設定をして勉強していくというところに生きがいを感ずることができると思うのですね。 私は専門家ではありませんけれども、人間の頭脳の能力というのは、単なる暗記というのはもう我々の年代になると大変苦手です。しかし、総合力、分析力、判断力、こういう能力は医学者、専門家の説によりましても八十歳ぐらいまでは大体横ばいでいく、八十を過ぎると若干下がるようですけれども、八十ぐらいまでは横ばいでいく、それまでは緩やかに上昇して、六十ぐらいまでは緩やかに上昇していく、六十から七十、八十ぐらいまでは大体横ばいでいく、八十を過ぎて若干下向きになる、こういうことだと言われております。頭脳を構成するシナプスというのですか、あれは百億ですか百五十億かあると言われております。実は毎日それは五万ずつ減っていくそうですけれども、毎日五万ぐらい減っていたのじゃ何でもないのですね、もとが大きいですから。 そういうことで、高齢者の能力を開発する、そしてまた潜在力を顕在化させるということは個人の生きがいを増していくだけではなくて、高齢化社会の社会全体の活力を増すという点からいっても極めて大切だと思う。そういう点からいって、学習の意欲のある人には学習する人の立場に立って制度を整備してもらう、学習する者の立場に立って便宜を図っていただく、こういうことをぜひ大臣、お考えをいただきたいのですが、まず局長のお答えをいただきたい。
○前畑政府委員 今御指摘の中で、まずほかの大学なりあるいは短期大学で単位を修得した場合、そしてそれを持って新しい大学へ入学した場合になかなか単位を認められてないという問題についてお答えをいたしますが、昨年の七月に私ども大学設置基準というものの改正を行いました。そして入学前にほかの大学あるいは短期大学で履修していた単位があるならば、それは入学後その大学で、一定の要件はありますが、その大学の授業科目の履修により修得した単位とみなすことができる、こういうふうな措置を講じたわけであります。したがって、単位の面では、過去に取った単位が新しく入った大学で認められるということは制度的にはかなり改善を図ったつもりであります。 第二点の修業年限の問題は、これは先生御指摘のとおりでございまして、なかなか学校体系ということを考えますときに難しい問題がございますが、今後の検討課題とさせていただきたいと思います。 それから第三点の学位の問題でございます。これは昨年国立学校設置法及び学校教育法の一部改正をお願いいたしまして、学位授与機構というものをつくったわけでありますが、そこでまだまだ要件がかなり厳しいところがありまして、短期大学とかあるいは高等専門学校を卒業した人が一定の単位を大学の科目履修生として修得した場合にはそれを積み上げまして学士の学位を出すという制度は開きました。しかしながら、先生のお心にあると思いますが、いろいろなところで、言葉は悪うございますけれども、いわば単位のつまみ食いをしたものを積み上げて百二十四になったら学士の学位を出すという問題については今後の検討課題となっております。引き続き鋭意検討を重ねたいと思います。 なお、修士あるいは博士等の学位につきましては、学位授与機構の御審議をいただきました衆議院の文教委員会で、「大学における学位授与のあり方を改善するとともに、社会人が容易に大学に学位論文の審査を申請できるようにすること。また、このため、論文博士の認定に当たる大学教授の確保とその待遇の改善に努めること。」という附帯決議をちょうだいいたしております。そういう点も踏まえながら、今後十分研究をし、対処をさせていただきたい、このように考えております。
○新村委員 つまみ食いというのは、これは局長、大変不穏当なお言葉だと思いますよ。そうじゃなくて、やはりそういう意識では、大臣、だめですよ。もう社会的な責任終わったいわゆるOBあるいは高齢者、我々のような高齢者、こういう年代層の人が勉強するというのは、これは若い人、学齢に達した児童生徒あるいは大学生、そういう人たちとは違うのです。そういう人たちについては年限も必要でしょうし、一定の年限の中で単位を取得するということが必要でしょうけれども、生涯学習の場合に年限も言ったのじゃだめなんですよ。それから、単位の互換制についても完全に保証されなければだめなんです。 つまみ食いどころではなくて、これは最も向学心の旺盛な人たちが自分のまだ取っていない単位について単位を取ろう、勉強しようということなんですから、あるいはまた不十分な部分について勉強しようということですから、これはつまみ食いということではないですよね。つまみ食いではなくて、これは最も旺盛な向学心のしからしむるところなわけですから、大臣、ぜひひとつ、そういうつまみ食いという意識ではとても生涯学習を指導する省としては不適当だと思います。 ですから、重ねて申し上げますけれども、年限の制限あるいは単位の互換制の制限、これは完全に撤廃をしていただきたい。ただし、単位を取る場合の学力の程度、それは落としてはいけませんよ。高齢者だからといって、できが悪くても単位を与えるということではいけないと思います。それは若い人と同じような厳しい基準によって単位を与えるということは必要だと思います。ただし、その場合に年限の制限あるいは互換制の制限、それからつまみ食いというような意識、これをぜひ改めていただかなければ生涯学習は成功しないと思います。 ですから、大臣、ひとつこの二つの点をぜひ、生涯学習審議会の正式答申を受けて新しい出発をされるわけでしょうから、そのときにどうしてもこの点を満足していただかないと、高齢者あるいは生涯学習をこれからやろうという人について、とてもその学習意欲にこたえることはできないと思いますから、その点、ぜひお願いします。
○鳩山国務大臣 私、先ほど生涯学習ということで学ぶ意欲のことばかり強調して申し上げましたけれども、人間一〇〇%純粋、単純ではあり得ないわけでして、つまり自分で勉強してその知識が血となり肉となったという知的充実感ですべて一〇〇%満足してくれるわけでないわけで、どうしてもそれが社会から見た評価につながっていくことは当然でありましょう。当然またその評価が一つの目標になって、学位を取るためにあとどれくらい勉強すればいいかというのも一つの大きな励みになりますから、生涯学習という観点からいえばできる限りそういう評価を得やすくできるように精いっぱい配慮するのが生涯学習社会建設ということだろうと思っておりまして、先生の御意見は参考にさせていただきたいと思っております。
○前畑政府委員 つまみ食いというような言葉は不穏当という御指摘がございましたけれども、大変恐縮でございますが、おわびをして取り消させていただきます。 私どもの気持ちは、高齢者の方がいろいろなところで積極的に学ばれたものを、それを取り集めて何とか学士を出す道がないかということを研究したい、こういうことでございます。御理解いただきたいと思います。
○新村委員 終わります。
○草野委員長 以上で新村君の質疑を終了いたします。 午後三時四十分から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。 午後零時九分休憩 ————◇————— 午後三時四十分開議
○草野委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 質疑を続行いたします。志賀一夫君。
○志賀(一)委員 私はこれからいろいろ御質問いたしますが、特に文部大臣、私も同じ階で二十メートルも離れておらないところで、きょうは初めて拝顔いたしますが、今後ともどうぞひとつよろしくお願いをいたしたいと思います。 まず最初に、会計検査院の検査結果についてお伺いをいたしたいと思います。 会計検査院より、平成元年度文部省の決算について検査いたしました結果のうち、不当事項十九件のうち、特に東京大学教養学部及び同大学物性研究所において、昭和六十二年より三カ年間不正旅費の支払い等の問題が明らかにされましたが、その経過及び事後処理等についてお聞きをしたいと思います。
○泊政府委員 お答えいたします。 ただいま先生御指摘のございましたように、東京大学におきまして、いわゆる旅費の不正経理が行われたということでございます。私どもとしてもまことに遺憾なことと考えておるところでございます。 事件の全体の概要でございますが、東京大学におきまして、教養学部につきましては昭和六十三年度と平成元年度の二年間、それから物性研究所につきましては昭和六十二年度から平成元年度までの間に旅費の不正経理が行われていたということで、その金額は四百九万円余りということでございます。 内容的に見てまいりますと、一つは、出張の事実がないのに出張したこととして旅費を別途経理をし、職員の残業等が深夜に及んだ場合の夜食代等に使用していたというようなもの、それからもう一つは、年度末に旅行命令が発せられ、業務が多忙であったということであり、あるいは緊急業務が生じたりということで翌年度に出張したりといったような内容のもの等でございます。 これらの不正に経理された旅費につきましては、平成二年十一月二十二日までに全額国庫に返納させております。また、関係者につきましても、当時の関係職員につきまして厳正に処分を行ったところでございます。 文部省といたしましては、かねてから諸会議等を通じまして、いわゆる綱紀の粛正あるいは旅費の適正な執行ということにつきまして厳しく注意喚起をしてきたところでございます。しかし、残念ながらこういう事例が再び生じたわけでございます。今後再びこういうことがないように、平成二年十二月には、旅費予算の厳正な執行あるいは職員の出張の適正な管理につきまして通知を発し、厳重に指導するとともに、その後、各種の国立学校関係の事務局長会議を初め関係部課長等の会議等におきましてさらに指導の徹底を図っているところでございます。 以上でございます。
○志賀(一)委員 最高学府での不正事件でありますから、その影響するところ、非常に大きいのではなかろうかと思いますし、いろいろ不信感を買うようでは困ったことになりますので、今後そういう指摘を受けないように十分御指導をいただきたいと思います。」次に、米飯給食についてお聞きをしたいと思います。 国においては、早くから学校給食の重要性を認識され、実施されてまいったところでありますが、児童生徒の食習慣が将来の我が国の食糧生活に大きな影響を及ぼすことは、パン給食の普及と米消費量の減退という結果から見ても明らかであります。大幅な米の減反政策などの続く中、米の消費量の拡大策と日本型食生活の定着を図っていく重要性から、国においても学校米飯給食を今日まで年々普及拡大に努めてきたところであります。 さらに、二十一世紀を展望した場合に、世界人口の爆発的な増加、食糧生産用農用地の減少による世界的食糧不足時代の到来や、さらには、我が国における食糧自給率三〇%という低さからくる不安などの事情を考慮すれば、我が国の米を主食とする食文化は、学校米飯給食の普及拡大に期待するところ大きなものがあると思うのであります。米飯給食に伴うわずか二百億円の財政負担が大変だというようなことではまことに困ったことだというふうに思うわけでありまして、将来の学校給食の及ぼす影響を考慮した場合は、少額に過ぎるとさえ思われるのであります。 一層の米飯給食拡大のために、これらの状況を十分御承知の上に、その拡大のために一層御努力をお願いしたい、そんなふうに思うわけでありますが、御見解をお聞きしたいと思います。
○逸見政府委員 米飯給食は、先生御指摘のとおり、さまざまなほかの給食に比べまして利点がございます。例えば、私ども日本人の伝統的食生活の根幹である米飯の正しい食習慣を身につけること、また、食事内容の多様化を図ることができるというふうな見地から極めて有意義であると考えまして、文部省では昭和五十一年度からその推進を図っているところでございます。 その導入以来、着実に改善が図られてきておりまして、現在、米飯給食は、全国平均で週二回実施されております。文部省といたしましては、現在、週三回を目標に実施を進めておるところでございますが、大都市での実施がいま一歩というところもございます。したがいまして、今後はそういった回数がまだ比較的少ない大都市での改善を働きかけ、これを中心にしながら一層の推進を図ってまいりたいと考えております。
○志賀(一)委員 ぜひ、その拡大のために今後とも絶大な御協力をお願いしたいと思います。 次にお伺いいたしますのは、児童生徒の登校拒否あるいは最近の高校生の中途退学等の問題が年々増加しているような状況下にあると思われるわけでありますが、これらの実情、そしてまた原因というのはどういうところから来ているのか、そしてまた、いかなる対策をされておられるのか、まずお伺いしたいと思います。
○坂元政府委員 登校拒否及び高等学校中退の状況でございますが、平成二年度、最新のデータで申し上げますと、登校拒否児童生徒数は、小中学校合わせまして四万八千人、それから、高等学校の中途退学、中退の数は十二万三千五百程度でございます。 これの原因でございますが、特に登校拒否などの原因としましては、学校、家庭、社会のそれぞれの要因が複雑に絡み合っておりまして、午前中にもある委員の先生の御質問にお答えしたわけでございますが、一義的にこういう理由でなかろうかというふうに決めつけるのは大変難しいのではないかというふうに思っております。そういう意味で、私どもとしましては、学校はもとより、家庭、地域社会とも関係者が連携協力して取り組む必要があるだろうというふうに考えているところでございます。 文部省としましては、従来よりこれらの問題に対処するため、児童生徒の個別の問題行動に対する緊急の対応とともに、中長期的な観点に立って児童生徒の生活体験、人間体験を豊かにするため、登校拒否児の適応指導教室の実施あるいは教員研修の実施、それから教育相談活動の推進あるいは自然教室の推進などの施策を実施しているところでございます。今後とも個々の課題に鋭意取り組むとともに、中長期的な観点に立った指導の充実を図り、一人一人の生徒が生き生きと学校生活を送れるように生徒指導関連施策の一層の充実を図ってまいりたいというふうに考えております。 なお、本年三月、文部省の中に学校不適応対策調査研究協力者会議、やや長い会議の名前で恐縮でございますが、その会議で登校拒否についての最終報告書をいただいたところでございます。 本報告書では、登校拒否は単に特別な子供がなるのではなくて、きっかけがあればどの子供も起こり得る、そういう基本的な視点に立って、学校が児童生徒の心の居場所として、学校へ行くことが楽しい、喜々として学校へ行く、そういう学校をつくることが必要だという基本的な提言のもとに、学校なり教育委員会なりあるいは文部省なりがどういうふうにこの問題について対応すべきかという種々の提言をいただいているところでございます。 この提言に沿って、私どもこの登校拒否の問題につきましては適切な対応を行うよう努力もしてまいりたいと思いますし、都道府県の教育委員会、学校等についても指導してまいりたいと考えております。 それから、高校の中途退学の問題ですが、これも午前中の質問にもお答え申し上げましたが、その中退の理由として、三八・九%、四〇%が進路変更による理由、それから学校生活・学業不適応というのが二七%、学業不振というのが一一%、家庭の事情が六・五%、問題行動等が五・九%、このような順番になっております。 したがいまして、これらに対応するためには、高等学校の関係者などに聞きますと、目的意識や学習意欲が不十分なまま高校に入学して、高校で学ぶことの意義や意欲を見出せないまま中退してしまう、あるいは中学校において基礎的な学力が十分身についていないまま高校に入学して、学業不振のまま授業についていけないで中退するケース、アルバイト等の学校外の生活に引かれて中退するケース。それから、中退は定時制高校に多いのですが、定時制課程については、今ついている職業に大変意義を見出して職業に専念する、それで中退していくケース。それから、やはり学校が画一的な授業内容で、学校の授業がおもしろくないということ、あるいは学校内での先生との関係、あるいは同僚生徒、友達との関係がうまくいかなくなって学校嫌いになってしまうというような実情にあるようでございます。 したがいまして、最初に述べましたような点につきましては、中学校の進路指導をやはり本人の立場に立って、個々の子供たちの特性に応じて進路指導をやっていく必要があるのではないか。その場合には中学校の先生が父兄とも十分話し合って本人の進路を決める必要があろうということで、進路指導の充実ということで私ども手引書等をつくり、あるいは研修会等も開きまして中学校の先生の指導に努めているところでございます。 後段の、学校が画一的で自分が習いたいと思う授業が授業時数等の関係でなかなか選択できないというようなこともありますので、私ども現在、多様なニーズに対応できるように高等学校における教育課程の編成や学業指導を充実するような指導をいたしておりますし、制度的には、例えば今職業学科と普通学科とに分かれておりますが、さらにその両者をあわせるような総合学科みたいなものをつくったらどうか、あるいは単位制の高校を全日制にもつくるべきではないかというようなこと等、現在、検討している最中でございます。これらのことの検討結果がまとまりましたら、高等学校教育の多様化の施策を充実してまいりたいというふうに考えております。 なお、学校不適応対策調査研究協力者会議というふうに申し上げましたが、この協力者会議は、現在、高校中退の問題について、むしろソフトの問題について検討を進めておりまして、その検討結果を待ちましてソフトの部分の施策についても充実してまいりたいというふうに考えております。
○鳩山国務大臣 初中局長がお答えを申し上げたとおりなのですが、ただ、私考えますのに、午前中の質疑でも御答弁をさせていただきましたが、物すごく粗っぽく言いますと、今のお子さんたちに社会の例あるいは家庭の側から与えられているさまざまな要素というのがあって、そのために、そのためにと文部省や学校の責任を回避しようというのではありません、世の中が変わって、そのためにお子さん方の意識も変わってくるということを申し上げたいわけでございます。 かの有名な哲学者でしょうか、社会科学者でしょうか、マルクーゼが、人間はその存在から自由になることはできないということを言ったわけでございます。いわゆる意識の存在拘束性、すなわち人間の意識というものは生まれ育ったプロセスあるいは環境によって拘束をされて決定づけられていくという有名な話がありますけれども、時代が変わりますと世の中が変わります。世の中が変わるということはそれだけ環境が変化するわけですから、例えば昭和二十年代に我々が育ったときと現在とでは世の中が全く違う。したがって、そこにでき上がってくるお子さんの意識というのも相当違いがあるわけでございまして、ですから、思わぬような病理現象というのが学校をめぐって、教育をめぐって出てくるわけでございます。 これだけ登校拒否とか中退というものが大きくふえていくとは正直言って予想つかなかったわけでございまして、そのことを、学校教育やお子さんに対して社会が与えるマイナスのインパクト、こういうふうに教育の世界では申すわけでございます。その辺をよく分析をしていきませんと、今の登校拒否や高校中退で示されているいわば児童生徒の悲痛な叫びというものを聞き取って、それをよく聞き分けて救ってあげることはできないわけでございますので、分析をするのも相当難しいことでありますが、現在、文部省があるいは日本の教育界が抱えている最大の課題が登校拒否、そして高校中退であると考えて、懸命に対処していきたいと思っております。
○志賀(一)委員 いろいろお話がございましたが、昔の例で申しますと、例えば校長先生は家族と一緒になって赴任校に行って、そこで自分の子供もその学校に上げる。全部の生徒と自分の子供も一緒に教育する、そういう考え方でやっておりますけれども、最近は、形は校長宿舎があってそこにいるけれども、もう土曜日になるとさあっと行ってしまう。そういう関係で、やはり心がその地域の子供たちと一緒にない。子供たちと一緒になって地域の教育を考えよう、こういう姿勢が欠けているのではないだろうかというふうに私は思うのです。 それからまた、高校の中退等についても、これはいろいろな理由別に中途退学の数が出ていますけれども、必ずしもそのとおりではないのですね。私は県会のときにいろいろ勉強もしてやってまいりましたけれども、そのとおりではない。一番大事なのは、やはり教師と生徒の心の連帯だと思うのですが、そういう積極的な取り組みが若干欠けているのではないだろうか。 これが数字となって、今、例えば五十六年対平成二年度では、小学校では二・二倍、中学生では二・五倍というような増加率になっているというのは、指導要領に基づいてちゃんとやっているよということではなくて、そういう基本的な教育に対する心構えというか取り組み方、姿勢というか、そういうところに問題があるのではなかろうかというふうに思うのですが、いま少しくその辺ひとつ御解明いただきたいと思います。
○鳩山国務大臣 臨教審の結論の一つが個性の尊重ということであったと思います。それは、一人一人のお子さんの個性をきちんと伸ばしてあげる、伸ばすためには、どういう個性であるか、これを見つけていかなければならないという意味で、教育力のある先生というものは、単に教え方がうまいということだけでなくて、児童生徒と一緒に暮らしていく中でその子供さんの特徴をつかんでいくということだろうと思います。 例えば、四十人学級というようなことを実現してまいりましたのも、四十五人よりは四十人の方が目が行き届くだろう、そういった意味では、お子さんの個性を一人ずつ分析するためにはお子さんの数も少ない方がいいだろうというのが四十人学級ですし、初任者研修も、教育力のある先生をつくっていこうということで予算化してこれを完全実施をいたしておるわけでございまして、そういう意味では、あらゆる政策を通じまして、子供一人ずつをもっと丁寧に親切に見守るような、そういう教育を行うことが先生御指摘のとおり大変重要だという認識をいたしております。
○志賀(一)委員 次に、塾の問題についてお聞きをしたいと思うのであります。 塾はたくさんできて、もう東京から地方に至るまでまさに花盛りだというような方向でありますが、この塾の功耳について、大臣、どんなふうに受けとめておられますか、お聞きをしたいと思います。
○鳩山国務大臣 いわゆる学習塾は、私教育というのでしょうか、私の教育の世界のことでございまして、私がどれだけを語ることができるかということは甚だ疑問でございますし、そういう通塾、塾へ通うかどうかというのはそれぞれの保護者や家庭の判断あるいはお子さんの意思の問題ではないだろうか。 したがって、塾については、その功罪を論せよと言われますと、そもそも塾がなくて済むような教育であればいいというのは確かであり、しかし現実としてそのような姿になっていないというのも事実でございまして、功罪の罪の方を申し上げるとするならば、いわゆる過度の塾通いというものがお子さんの自由な時間をなくす、あるいは自由な精神の発達を阻害する。つまり、学校へ行って帰って塾へ行って、どこかで夕食はとるのでしょうけれども、そういう毎日が月曜から土曜まで続いていく、場合によっては日曜日も塾だということになりますと、お子さんのスケジュールがまさに政治家並みのスケジュールになってしまって、全く余暇がない。そういうような状態で本当に個性を伸ばすことはできるわけない。むしろ、自分の個性がどこにあるかだってわからない。 例えば、本当はスポーツが大変得意なんだろうけれども、スポーツに打ち込む時間がなければ、その自分の、スポーツが得意だという部分も出てこないわけです。自民党の藤井先生は大蔵省でおやじの後輩であられましたから、私や兄は小さいころから藤井先生の姿を知っておりますが、いわゆる東大出の超エリート官僚であられましたけれども、同時に東大野球部のキャッチャーをやっておられた。これは、幸いにして学力とスポーツと両方の個性とか才能が花開くいろいろな機会があったのでそういうすばらしい人生を送ることがおできになったと思います。しかし、本当に塾ばかり重視しておったら、やれば本当は野球がうまかったはずなのに、やる機会もなくてというようなことだってあり得るわけでございまして、過度の通塾の弊害というものが、今度学校五日制を九月から導入をするだけに、その辺については塾関係の皆様方にも自粛を促していく予定でございます。 さて、功罪の功の方を言えといえば、ちょっと私はそれを論じる力はありませんけれども、例えば学業が余りうまくいかない場合に、それを懇切丁寧に引き上げてくれるような塾もあるように聞きますし、そういうことでお子さんが救われることがあるとするならば、それは落ちこぼれ対策というのでしょうか、そういうことまで普通の学校の範囲内でやれというお話はありますけれども、それはなかなか時間的な制約等もございますので、そういった意味でいえば、どうしても学校についていけなかったのが塾へ通うことによってうまくいったなどというような話を聞きますと、そういう功の部分もあるのかなと思うことはあります。
○志賀(一)委員 今いろいろお話をお聞きいたしましたが、私自身の受けとめですが、塾がどんどんふえていって、もういわば一つの産業になっているという事態、そのこと自体はやはり文部大臣を初め教育関係者にとっては、こういう言い方は反発を買うかもしれませんが、恥ずべきことだ、こういうふうに受けとめるべきではないのかというふうに実は私は思うのです。やはり塾を必要としないような教育が本来の教育の姿ではないのかというふうに思います。 何かの本で見ましたけれども、アインシュタインも、実は、数学は百点だったけれども、ほかの学科は全部、ゼロではないけれども点数が悪いというので入りたい学校に入れなかったけれども、その才能を認めたある校長先生が立派な学校へ入れてくれて、そして花開いたというふうに聞いていますし、私の選挙区の野口英世博士などは、貧乏であっても、塾に行ったという話は聞きませんが、やはり世界的に有名な医学者になって今なお名を残しているわけであります。 こういうことを考えますと、いま少し塾というものについて、やめろということは言えないと思うのですけれども、塾がなくなるような一つの雰囲気というか、そういう方向を教育関係者の皆さんの御努力でぜひ実現してほしいものだ、そういうふうに思います。 私からいえば、塾に通う子供たちは本当にかわいそうだな、幾ら学力がすばらしくなって優秀な大学を卒業されても、ある側面から見れば、それは何もわからない馬車馬的な教育を受けて、いわば、極端も言い方かもしれませんが、社会に柔軟な順応ができない人間をつくっているというような言い方さえできなくはない、私はそんなふうに思うわけでありまして、塾に対する考え方、見方、そしてあり方を、やはりもっと国民的なコンセンサスが得られる、そういう方向でひとつ積極的に取り組んでいく、そういうことも必要ではないのかなと思いますが、いかがでしょう。
○鳩山国務大臣 先生のおっしゃること、基本的に正しいと思います。 ただ、例えば塾通いが極めて横行をするのが、学校で教える内容が難し過ぎて、いわば、例えば学習指導要領や教科書が量が多過ぎて難し過ぎてそれへついていけるような授業がなされないので、それで子供さんが塾へ行ってみんな学校の勉強についていけるように努力するということであるならば、学校教育の内容や学習指導要領等を変えていくべしという結論に容易に到達するのですが、どうもこの塾通いの原因というのが残念ながらやはり入試というものとひっかかってくる。 入試ということになりますと、これが日本人のいわゆる銘柄志向というのでしょうか、学歴偏重、偏差値輪切り、こういうことで、有名大学を出ているから優秀なので企業へ入っても出世できる。そうすると、世の中の親御さんはみんな、受験地獄解消とは言いながら、実際には総論賛成、各論反対になって、自分の子供だけは少してもいい有名な大学へということで、結局は受験戦争の激化というものは上からおりてくる。 結局、いい大学でなければ出世できないなどというところから話がどんどんおりてきて、それが例えば中学入試あるいは高校入試に色濃く反映してきて、例えば国立大学に何名入ったなどということをマスコミがはやし立てますから、それぞれの高校でも少してもいい中学生をとる、それぞれの有名私立中学が少しでも優秀な小学六年生を集めようとする。 そういう中で、文部省として調べてみますと、そうした中学や高校の入試問題が、いわゆる学習指導要領を逸脱をしておる、すなわち教科書や学習指導要領の内容をわかっておってもできないような問題がもう極めて高い頻度で出題をされる。そういうことでこの辺については是正を求めるわけですが、しかし中学側、高校側にはまた別の論理があってそう簡単には聞いてくれない。 こういうことになりますと、いわば教科書や学習指導要領の範囲内ではできないような問題が出題されるということになれば、当然それを教えてくれるのは学校でなくて塾であるというような傾向も色濃いものですから、やはり通塾ということと入試ということが切っても切れない側面もありまして、日本の社会全体が大きく変わって、入試についても大きくさま変わりするようになって初めて解決できるというような部分も通塾問題には残念ながら含まれていると言わざるを得ないかと思います。
○志賀(一)委員 非行の問題についても、家庭の教育とかしつけとかあるいは生活、社会という一つの環境とか、いろいろございますけれども、それはさておいて、今当面した一つの現場での教育という視点からちょっとお聞きをしたわけでありますが、ちょっと本を読んだのですけれども、アメリカで行われているフリースクールなども非常に優秀な子供を育て上げているという意味では参考になるのではないだろうかと思います。 それはさておきまして、今度は別の問題でお聞きをしたいと思いますが、現代の若者が三Kの職場には勤めない、こういうふうに聞いているのでありますけれども、このことについて大臣はどんな所感を持っておられるのか。また、三Kと言うような若者を生んだ原因というのは、今の教育の中で何らかの欠陥があって、そしてそういう若者ができてしまったのか、その辺について若干お聞かせをいただきたい。
○鳩山国務大臣 残念ながら、社会の風潮と相甚って、お子さんの教育を受けていくプロセス、幼稚園からずっと受けていくプロセスの中で、いわば勤労ということを考えた場合に、きつい、汚い、危険を嫌うというのでしょうか、その仕事の内容、その仕事の社会に対して果たしている役割とか生きがいとか、そういうことよりも仕事が楽というか条件がいいというか、そういう形でしか仕事を選ぼうとしないという傾向があるとするならば、これは大変残念で怖い話だと思っております。これは一つの時代風潮なのかなと思わないわけではありませんけれども、そのような事態が続きますと、日本という社会の健全な発展も阻害をされていくだろうと思います。 したがいまして、今後の学校教育においては、児童生徒に勤労のとうとさとか意義とか、そういうものをもっと理解させるような教育をやっていきたいと思っておりますし、例えばその一つとして、小学校で一、二年生の生活科というものは、黒板での授業というのではなくて外へ出でいろいろなことを総合的に把握する、理解させるということで、そんな中でも勤労のとうとさというようなものは、場合によっては実地にいろいろな作業をさせてみて教えていったらどうだろうかというふうに思いますし、今度の学校五日制の休みとなる土曜日に自然と触れ合う体験とか社会へ出でいろいろな体験をするとかというようなこともありますけれども、勤労体験とか奉仕体験とかあるいはボランティアの体験とか、そういうものを休みとなる土曜日にお子さんに準備できるような施策を考えたいというふうに思っております。 いずれにいたしましても、特別活動もあり、道徳もあり、そうしたすべてで勤労とか生産ということをできる限り教える、そして場合によっては体験的な学習を実施してお子さんの中に望ましい勤労観というのでしょうか、あるいは場合によっては職業観というのでしょうか、自分はこういう仕事をしたい、人間一生の仕事としてこういうことをやりたいというような明確な希望がそれぞれの個性、自分自身の個性を理解させる中に芽生えるように手助けしていく教育をやらなければいけないと思うわけで、それが十分にできておりませんと、仕事というのは、職業というものは条件である、休みは、有給休暇は何日くれるのだろうか、給料はどんなものであろうか、こういうことでしか仕事を考えない、きつい、汚い、危険は嫌うというような単純な風潮を何としてでも打破したいと念願いたしております。
○志賀(一)委員 今お話をいただきまして、私も同感だというふうに思って、そういうお話もまた申し上げようかと思っているところでありますが、まずその一つに、私は福島の阿武隈山系の中から出てきまして、東京に来て感じますのは、やはりこんなコンクリートばかりのビルの谷間に生活していたら本当にこれは人でなしになるな、実は今こういうふうに感じているわけです。 ですから、もっと自然との触れ合い、そういうものを強めるような施策がやはり必要だなと。国会の周辺を歩いている子供たちを見ながら、ここへ住んでいる子供たちはかわいそうだな、そう私は思っているわけでありますが、そういう一つの方策として、これからひとつ木造校舎の増築を積極的に文部省として奨励する、そしてまたそれに対しては補助率もコンクリートの建造物よりも高くくれるというような施策をぜひやってほしいな、そういうふうに思います。 もう一つ、今大臣からお話しありましたように、都会の子供たちは土地も狭く遊びの場も少ない、そういう状態でありますが、農村地域は今土地を荒らしておくくらい土地がたくさんあります。ですから、やはりその土地を使って、子供たちがはだしで、大地との触れ合いをしながら、いろいろな野菜をつくり、果物をつくり、そしてお米をつくる、そういう生産の喜び、収穫の喜び、新聞等で見ますと、そういうことをやっている学校もありますが、そういうことを教科の一つとして取り入れていただいたらば、もっと学校の中が楽しいものになり、すばらしいものになるのではないかな、そういうふうに考えながら、ぜひそういった施策を文部省として積極的にひとつやってほしい、こういうふうに思いますが、先にお話がございましたが、ぜひ促進されるように希望して、若干お聞きをしたいと思います。
○遠山政府委員 私からは、木造校舎についての御指摘についてお答えをさせていただきます。 学校の施設につきましては、従来、主として防災上あるいは安全上の観点から、不燃堅牢化ということが進められてきたところでございます。しかし、御指摘のとおり、学校といいますものは児童生徒の学習の場であるとともに生活の場であるということでございまして、それにふさわしいゆとりと潤いのある環境としての整備が必要でございます。 こうした観点から、近年、学校施設の整備に当たりましては、特色ある学校施設づくりを目指しましてさまざまな創意工夫がなされているところでございますが、特にその木材といいますものは、やわらかな感触あるいは温かみなどがございます。そういうすぐれた性質から、教育環境づくりを進める上で大変大きな効果があると私どもも考えております。最近では、学校施設の内装等に木材を積極的に活用する例が大変ふえてまいっております。 そのようなことで、内装も次第次第に木材をうまく要所要所に用いる、それによって子供たちがはだしで走り回ったり、あるいはその感触を楽しんだりということもできるわけでございますが、同時に、木造の建築につきましても、文部省としても、大いにそれの有効性について考えておりまして、これまでも、学校施設に積極的に木材を活用するように、既に昭和六十年には都道府県の教育委員会あてに通知を発して指導をいたしております。と同時に、木の環境づくりの推進という観点から、木造建築の補助単価の引き上げなどを図る措置を講じてきているところでございます。 今後とも、防災対策等を十分考慮した上、さらに積極的に木材を活用されるように、設置者である市町村に対して配慮を促してまいりたい、そういう考えでございます。
○志賀(一)委員 今度は視点を変えまして、学習指導要領というものはどんな考え、理念でやられておられるのか、その辺について若干御説明いただきたいと思います。
○坂元政府委員 学習指導要領は、全国的に一定の教育水準を確保するとともに、実質的な教育の機会均等を保障するため、学校教育法の規定に基づきまして、教育課程の大綱的基準として定められているものでございます。 この学習指導要領の必要性、合理性につきましては、既に、これは具体的な教育関係の事件でございますが、永山中学校事件という事件で、最高裁の大法廷で、学習指導要領は、全体として全国的な大綱的基準としての性格を持つものと認められ、必要かつ合理的な基準の設定として是認できるという判例をいただいているところでございます。
○志賀(一)委員 大分古い話でありますが、私ども、旧制中学校のころ教わった先生方がいっぱいいます。そういう先生方のお話を聞いて、非常に感銘を受けたわけであります。 あるときは、阿部次郎の「三太郎の日記」を引用しながら、もう教科書そっちのけで専らその話をされる、あるいはまた、漢文にある有名な詩歌をとらえてそのお話をされる。非常にそういったことが、私ども、現在に至るまでやはり心にとまっていますし、私も、そういう意味では自分なりの人間形成に大変勉強になったな、そういうふうに思っているわけでありますが、今、指導要領が法的拘束力があるんだからそれに準拠しなさいと、まあそれはそのとおりでしょう。そういうことも十分大事ですが、それを否定するものでもありませんけれども、しかし、それを超えた教育がやられるようなそういう雰囲気、そういう環境づくりというものが大事ではないかな、私はそういうふうに思います。 そういう点で考えると、やはり教育環境をいま少しよい環境をつくっていくということは、必ずしもその学習指導要領に忠実に拘束された立場、まあ遵奉するというか、そういう立場だけではなくて、それを超えた一つの学校という中での指導、教育、そういうものが必要ではないのかなというふうに思うのであります。 これは私の主張でありますけれども、学校というのは、管理する者と管理される者、そういう会社のようなものであってはならないんじゃないか。学校の中では、校長を中心に、非常に明るい学校全体の雰囲気の中で自由濶達に物を言い合える雰囲気、それがやはり教育的な営みが可能な学校である、そういうふうに言えると思うのです。 一つの決められた方針が決まると、それに従って、文部省から教育庁、県教育委員会、市町村教育委員会、そして学校というようになると、何か大きなしがらみに拘束されたような形で窮屈に一層なってしまっているこの現在の状況に、私は、極めてまずいな、こういうふうに思っておるのですが、そういう状況をどうやって、自由濶達な物の言える、そして明るい楽しい雰囲気づくりをするのかというのが今一番大事だ、それがやはり非行をなくしたり、中退者、退学者を少なくする、なくしていく、そういう一つの方途ではないのかな、そういうふうに思うのでありますけれども、いかがでしょう。
○坂元政府委員 学習指導要領の観点から申し上げますと、学習指導要領は非常に簡潔で大綱的なことだけしか決めておりません。したがって、その大綱的な基準の中で、地域や学校の実情に即して学校や先生が創意工夫を十分発揮して教育課程を編成、実施できるようになっていると私ども考えております。 この点につきましては、さっき挙げました最高裁の大法廷の判例、判決の中にも、指導要領のもとにおける教師により、創造的かつ弾力的な教育の余地や地方ごとの特殊性を反映した個別化の余地が十分に残されており、全体としてなお全国的な大綱的基準としての性格を持つものと認められるというふうに最高裁判例でも示しておるとおりでございまして、問題は結局校長先生を中心にして学校内で自由濶達な意見の交換ができるような雰囲気づくり、地域に密着した、地域の特性に応じたそういう教育を行うという先生の意欲と努力によるのではないかというふうに私ども思っております。 私どもも、むしろ学校現場が校長先生と一体となって、校長先生を中心に先生も含めて、生き生きとした状況の中で、子供たちに生き生きとした教育を行っていただきたいというふうに期待をしているところでございます。
○志賀(一)委員 ひとつ今御答弁いただいたような指導を一層強めていただいて、そういう雰囲気づくりを醸成できますようにやっていただきたいと思います。やはりどうしても、文部省、県教育委員会、市町村教育委員会とこうずっと流れていくと、指導、指示云々ということになっていきますと、だんだんそういう方向になりがちなので、会社のような管理する者とされる者というそういう関係のない雰囲気づくりをひとつぜひつくっていただくように御努力願いたいと思います。 今教育的な環境という意味での非行防止、そういう面からの一つの側面として申し上げたわけでありますが、もう一つは、やはりどのような教師が望むべき、あるべき教師像なのかということだと思うのでありますが、やはり教師の資質とか、教師の持てる教育に対する情熱とか、そういうものも子供に与える影響というのは非常に大きい、そんなふうに思うのであります。 実は、私の地元で、小学校、今はもう百人より少なくなっていると思うのでありますが、そこで転勤のあいさつに来られました。三、四人ほど来られたのですが、最後に女の先生がとぼとぼと一人後をついてくる。私ははっと気がつきまして、これは何かがあるな、こう思って後で聞きましたならば、これはやはり一年の期限つきの先生であったのですね。ですから、その先生が、何年もいた採用されている先生と一緒に歩くことは、これは苦痛にたえないのだろうと思うのです。 それで、私の後輩が校長をしている学校に、私の地元の小学校から別の学校に行ったものですから、あの先生また期限つきでやっているようだけれども、どうですか、こういうふうに聞いたところ、教育熱心で子供たちに大変慕われるし、非常に教育に熱心だ、そういうお話を私聞きまして、あるとき、福島県議会の文教委員会の中でこの問題を取り上げて、教員採用の場合に第一次試験でもちろん点数で、恐らく点数がすべてで採用するということではないでしょうけれども、点数でまず選択をするということでしょうけれども、やはり子供に対して、非常に子供がかわいくてしょうがない、子供に対する教育者になりたいんだという情熱をたぎらせているような教師であったら、例えば試験で採用されるラインが九十点だとすると八十二、三点でもそういう先生を採用した方がすばらしい教師になり得るよという話を実は私したことがあるのです。 だから教師の資質、教員として適任であるかどうか、そういうことをいろいろ考えますと、やはりそういう採用の仕方というものを重視していくべきだろうというふうに思いますので、教育環境をよくする一つには、その環境の中で精いっぱい伸び伸びとやれるような教師をつくって、教育のために情熱をささげる教師をどうやって確保するかということがやはり非行や中退者をなくすることになろうかと思いますので、そういう採用の方法をぜひひとつ文部省としても十分御考慮を願って、各県教委に通達をして御指導していただきたいものだ、こんなふうに思うのですが、その辺、大臣に所見をお聞きして私の質問を終わりたいと思います。
○鳩山国務大臣 基本的に先生おっしゃること、すべて正しいと思っております。 教員の採用というものはそれぞれの教育委員会がやることでありますから、そこにも若干の個性の差があってもいいのかとは思いますけれども、要は教育力の問題であって、教育力というのは教え方がうまいとか黒板に字がきれいに書けるということだけのことではなくして、前にも申し上げましたように、それぞれのお子さんの個性を見分ける力あるいは児童生徒から慕われて、悩みを打ち明けられて相談に乗ってやれる力あるいはクラス全体を明るくさせるようなそういうネアカ的な能力とかいろいろあろうと思いますので、確かにそれはペーパーテストだけで判定できるものとは私は思いませんし、教育力のある先生を採用させていただいて、さらにそういう先生方により効果的な現職研修をさせていただいて、より立派な先生に成長していただくというのがいろいろな教育の諸問題を解決する要請の一つと思っております。
○草野委員長 次に、宮地正介君。
○宮地委員 私は、最初に大学における研究費並びに研究科目の問題について少しお伺いをしてまいりたいと思います。 けさほども大臣は、これからの基礎研究部門、これについてはしっかりとした対応をしてまいりたい、こういうお話がございました。 そこで、まず大臣、いわゆる放射線生物学というのは御存じでしょうか。
○鳩山国務大臣 兄は知っているかもしれませんが、私は知りません。
○長谷川政府委員 お答えいたします。 放射線生物学といいますのは、放射線が生体に及ぼす影響を研究対象としておる学問でございまして、放射線といたしましては、紫外線のような自然の放射線から原爆などの人工の放射線に至るすべてを含んでおりまして、それが生体にどういう影響を与えるかというのを、物理あるいは化学的な側面だけではなく、最近では特に分子生物学的な立場から解析いたしておるものでございまして、品種改良であるとかあるいは食品の保存期間延長のための放射線の照射あるいはがんに対する放射線の治療など、農学とか医学における放射線利用がなされておるわけですが、そういった利用の理論的な背景となっておる学問でございます。
○宮地委員 大臣、我が国は世界唯一の被爆国であります。そういう意味合いから、この放射線の生物学というのは世界の中でもその研究が非常に進んでいる国なのです。今局長からお話しありましたが、これは人間生命に与える非常に重要な研究課題でありまして、この問題について、さらに今後二十一世紀に向けての重要性は今高まっておるわけです。 大臣御存じのように、特にロシアにおきましては、チェルノブイリの原発事故、そして最近におきましては、レニングラードの同じ原子炉による原発事故が発生をしております。この事故に伴っての人間生命への影響というものは大変な問題であります。ましてや地球的な環境保全、人類的な生命の保全ということから、この放射線生物学の研究というのは、むしろ我が国は被爆国日本として、体験者として今までの研究をさらに進めて、世界の中でこの放射線生物学というものの基礎研究は、リーダー的な立場から、今後国内的にも国際的にも、まさに国際貢献をしていく重要な基礎研究なのです。 まず、この御認識について確認しておきたいと思います。
○鳩山国務大臣 つい二日ほど前に映画関係の方がお見えになって、今村昌平監督の「黒い雨」のビデオを置いていかれたものですから、私は、名作と言われておりますが、あの映画を見たことがありませんでしたので、一昨日、夜中に鑑賞をいたしまして、すさまじい映画だなと思いますし、私自身昭和二十三年の戦後の生まれなものですから、広島、長崎の後の者でございますので、どうしても十分理解できなかった部分等が今までありましたが、あのような映画を見て被爆国日本ということを改めて思いをいたしたわけです。 先生に逆に私から質問するのはおかしいかと思いますが、いわゆる放射線が生命体に与える影響をいろいろ調べていくのが放射線生物学であると考えた場合に、これは例えば、広島にしても長崎にしてもあるいはチェルノブイリにしても、マイナスイメージとしてとらえるわけですね。放射線による被害、人体に対する悪影響ということですが、もちろん放射線生物学ということになりますとプラスの側もあるわけでしょうか。すなわち、放射線を使った有効な医療とかそういう意味も含まれるのでございましょうか。先生のおっしゃることはよくわかりますが、逆にお尋ねさせてください。
○宮地委員 先ほど来申し上げているように、放射線の生物学というのは、本質的には基礎生命科学なんですね。ですから、いわゆる被害的な、そうした立場からの研究ではなくて、もっと人間生命というものが今後維持活動していくためにどのような研究をしていくか、必要かつ、これはもう大変に必然性の基礎研究部門なんですね。 このいわゆる放射線の生物学、この重要な学科について、今回この科目が外されようとしているわけです。いわゆる専門的には、皆さん御存じのとおり、各大学の学部の複合領域の分科の細目の中で、今まで十三分科の一つとしてこの放射性生物学が明確に存在をしていた。ところが、今後これが新しい十六分科に拡大をされる中において、この放射線生物学が分科の中から今末抹消されようとしているのです。これは、まさに大臣がおっしゃっている基礎研究の拡充とは逆行しているのです。この点について大臣は御存じでしょうか。
○長谷川政府委員 放射線生物学の重要性そのものにつきまして、文部省としては十分認識いたしておるつもりでございます。 科学研究費の補助金につきましては、昨年度は、採択件数、放射線生物学で三十六件、五千五百万を措置いたしております。それから、放射線の育種の共同利用の経費として八百万円の措置をいたしておるわけでございます。科学研究費の申請の受け付け審査に当たりましては、従来から科学研究費補助金の分科・細目表というのが定められておりまして、これは学術研究の動向を踏まえまして逐次改善を図っておるわけでございます。平成元年の七月に学術審議会から、なお中長期的な観点に立って抜本的な改正の検討を進めるようにということが提言されております。その後、学術審議会の科学研究費分科会というところで検討委員会が開かれまして、平成四年の二月、ことしの二月に審議会の総会に改正案の報告が行われたわけでございます。 検討に当たりましては、既存の分科・細目のある意味ではスクラップ・アンド・ビルド、そういったことも積極的に念頭に置きながら、最近の研究の進歩と研究の多様化、それから申請件数が非常に増大してまいっておりますので、そういったことも配慮しながら全体の見直しか行われているというのが現在の状況でございます。 放射線生物学につきましては、生物学関係の分科・細目全体のあり方の中で検討が行われておりまして、自然科学関係の細目といたしましては、全体で二万三千件の採用をいたすわけでございますけれども、放射線生物学の申請件数が大変に少ない。それから、今後環境科学という大きい枠の中で広くこの分野の研究の動向を眺めようというようなことになりまして、当然これは関係の研究者と十二分に話があってのことでございまして、名前として放射線生物学というのは環境科学の中の一環として統合された案ということになっております。 したがいまして、科学研究費の公募の項目から放射線生物学が消えただとかあるいは学問の戸籍から抹殺されるということは全く当たっておらないわけでございまして、当該分野の研究者が自由に科学研究費の申請を行うことはできるわけでございます。審査に不利になるということも全くないと理解いたしておりまして、申請者が内容を理解しやすくするために、今後キーワードを付した公募要領を出すわけでございますけれども、この記述につきましてもそういった誤解あるいは混乱がないように十分に留意することとしたいと考えております。
○宮地委員 局長、あなたは非常にもっともらしい答弁をしていますけれども、学者さんとか研究者というのは、やはり具体的に現在放射線生物学という戸籍がきちっと残っているわけですな。これが、あなたは統合して環境科学の中に含まれるんだ、こういう安易な発言していますけれども、そんな意識じゃないんですね。これは、学者や研究者というものが、放射線生物学が現在十三分科の中に明確にされておって、そして十七細目が明確にされておる。今後改定をして十六分科の中に環境科学という新たな項目は確かに出ています。 しかし、放射線生物学という言葉、このいわゆる原型はなくなってしまう。それじゃ、三十三細目の中に出てくるのかといえば、全くここにも出てこない。あなた方は、この環境科学の中の放射線生物学については環境影響評価の中に含まれる、こう理解しているのですか。この本籍が、名前が消えてしまうということについては、そんなに簡単に抹消しても研究者の誇りや使命感をそがない、こう理解しているのですか。明確に答弁してください。
○長谷川政府委員 ただいま御指摘のございましたように、環境科学の細目の中に環境影響評価、その中で括弧で含放射線生物学ということで、放射線生物学というもの自身が戸籍から全くなくなるということはございません。そういう意味で、放射線生物学を軽視しておるというぐあいにとらえられるというのはまことに遺憾でございまして、要するに環境科学という大きい枠の中で広くこの分野の研究の動向を全体に見ていこうというのが生物学関係の研究者の議論、それは学術審議会でございますけれども、そこでなされて、私の理解しておりますところによりますと、放射線生物学関係の大半の研究者もそのことは了承しておられるはずでございます。
○宮地委員 じゃ、確認しておきますが、放射線生物学というこの分科はいわゆる環境科学の分科に統合されるけれども、放射線生物学そのものの戸籍はなくならない、また、今後とも今まで以上の補助金というものも、助成措置というものも予算措置はするんだ、こう理解していいんですな。
○長谷川政府委員 全くそのとおりでございまして、この科学研究費の分科・細目表に何々学と出ておるのが学問の戸籍だというようなとらえ方をしておられるわけでございますけれども、それでありましたら戸籍というものは抹殺されたわけではございません。はっきり放射線生物学ということで位置づけられておりますし、先ほど申し上げましたように、特に審査で不利になるということは全くないわけでございまして、関係しておられる先生方が申請されました場合には、従来と全く変わらない審査が受けられるわけでございますから、そういう意味で私どもは誤解や混乱のないよう十分留意してまいりたいと思っております。
○宮地委員 先ほどあなたがスクラップ・アンド・ビルドという言葉を使われました。これが余りまかり通りますと非常に懸念が増大をするわけです。そのスクラップ・アンド・ビルドの中に放射線生物学は含まれていないんだ、こういう理解でよろしいんですな。
○長谷川政府委員 放射線生物学という学問をスクラップした覚えは全くございません。そういうことはございません。
○宮地委員 具体的に、この十三分科の十七細目から十六分科の三十三細目への、いわゆる複合領域分科細目の新旧対照表の中で、この放射線生物学は今までどおりきちっと予算的にも科目的にも、統合はされても残り、生き続ける、こういうことでいいんですな。
○長谷川政府委員 そういうぐあいに御理解いただいて結構だと思います。
○宮地委員 ぜひ私は、国会の中で局長はそこまでおっしゃったので、今後ともこの放射線生物学の我が国における基礎研究の重要性にかんがみ、ぜひとも積極的なフォローをしていただきたい、このように強く要請をしておきたいと思います。 特に、御存じのとおり、今まで学術審議会のメンバーであった、放射線生物学の大家と言われた東大の理学部の教授でありました江上信雄先生が三年前にお亡くなりになりました。そして今回こういうような改定が行われるということで、多くの全国の学者の皆さんは、まさにスクラップ・アンド・ビルドの中で抹消されるのではないか、今後の研究費が削減をされ、後退をするんではないか、北海道大学の佐藤先生を初め全国の学者の先生方が大変心配をされているわけでございます。きょうの局長の答弁によって、恐らく胸をほっとされるのではないか、こういうふうに私は思います。 大臣、今の局長との議論を通じて放射線生物学の重要性をどうか認識をされ、今後とも文部省として責任を持ってフォローを積極的に行っていただきたい、このように思いますが、御決意のほどを伺っておきたいと思います。
○鳩山国務大臣 今先生から御指摘のありました「複合領域」分科細目新現対照表というものを長谷川局長から渡されて見ております。私も科学的な知識の十分な方ではありませんから、それぞれの文字が意味するところが何であるか十二分に理解できているかどうかはわかりませんが、少なくともその細目がどうなったか、分科がどういうふうになったかということが、ある領域が全く意味がないというふうに評価されたとかそういうことと私はダイレクトに結びつくものでは全くないというふうに思っておりますし、これも今長谷川局長から渡されましたが、平成三年十二月二十四日付、田ノ岡先生でしょうか、日本放射線影響学会長、国立がんセンター放射線研究部長の、これは「論壇」に投稿されたものも今読んでおりまして、なるほど大変重要なことだな、放射線生物学というものは非常に重要だなということを私も認識いたしておりますから、その点は学術国際局長ともどもにきょうの先生の御質疑の中身を体して行動はしていきたいと思っております。
○宮地委員 ぜひよろしくお願いを申し上げたいと思います。 続きまして、先ほども少し問題になっておりましたが、やはり政治家として、最近の現場の教育における実態というもの、またその内容あるいは教育費の問題、こうしたものについて相当国民の皆さんから厳しい御指摘をいただいております。 私どもは戦後義務教育でお世話になった一人でありますけれども、大変に最近の、一つは偏差値によって子供たちの教育の水準というものが輪切りをされてしまう。それがまさに小学校、中学校においては、どうしてもよい進学を望めば、特に義務教育の小中学校の子供たちは今や塾に通わなければなかなか思うような進学が難しい。私どものころは、たしか私立の中学や高等学校よりも公立の中学や高等学校、こちらの方の志望が非常に優秀な子供たちの中でも多かったと思います、一部を除いては。そういう点を考えますと、最近の子供たちは義務教育に通いながらクラブ活動を終えて帰ってきて、また塾に通い、夜遅く帰ってくる、こういう大変な現在の教育の実態でございます。 いろいろとこうした問題の解消については文部省としても御努力をいただいているとは思いますけれども、この塾に行かざるを得ない実態というものをどのように改革していこうとされておるのか。私立の中学、私立の小学校、こういうところに行っている子供たちはほとんど塾に行っておりません。先ほども大臣がお話になりました、功罪の功の方でしょうか。若干追いついていくのが大変だから、英語や数学等においてフォローの意味で私立に通っている子供たちが塾に行っているという例はあると思いますが、ほとんど私立の学校の中で消化されておる。実際に通塾している子供たちは、ほとんどが義務教育に通っている子供たちであります。この実態をどういうふうに見られておるのか、この点についてまず大臣の御見解を伺っておきたいと思います。
○鳩山国務大臣 これは日本の教育界における最大の課題の一つであろうと思いますし、先ほど登校拒否とか高校中退のお話がいろいろ議論された中で、今文部省の抱える、日本の教育界の抱える最大の課題でございますと申し上げましたが、当然そういう登校拒否とか高校中退というような事柄と、今先生御指摘の通塾あるいは入試という問題とは極めて密接な関連があるわけでありましょう。これはよりよい、例えば高校入試、大学入試というものがどういうものであるかということは、共通一次試験をやってみたり、センター試験を実施してみたり、大学入試センターにも相当な研究をお願いしたり、いろいろやってきております。 しかしながら、およそ選抜というものは分母があって分子がある。受ける人に対して入る人の人数というのが大体決まっておるというのが日本の、例えば大学等はそういうあり方であって、アメリカのように入りやすいけれども出にくい大学というものではありませんから、どうしても大学入試というのは何らかの選抜ということになってしまうわけで、例えばの話ですが、高校時代のボランティアの実績を大学入試の点数に組み入れたらどうかというようなこともあります。それも一つの案でしょうが、そうなりますと、ボランティア合戦が始まって結局同じようなことが起きるのだろうかというような危惧もございます。 受験者を分母として合格者を分子とすれば、分母分の分子という数字が一定であって、そこに何らかの選抜が行われるとするならば、この問題を根底から解決するというのはなかなか難しい問題だと私は考えておりますけれども、ただそれでも、少しでも高校生やあるいは高校受験をする中学生、中学を受験する小学生というようなお子さんたちの負担を軽くする、彼らの悲鳴のようなあるいは悲痛な叫びのようなものを少しでも軽減してやるにはどうしたらいいかということは真剣に考えなければならないと思います。 また、今先生が、私立の小中に行っているお子さんは通塾は余りしていないとおっしゃいまし本が、これはある意味ではそういう有名私立小学校に入れるために、幼稚園時代にそれこそ塾へ行ったなどというような話逃さんざん耳にするわけでございまして、受験戦争の低年齢化というのでしょうか、世の中の親御さんたちがエスカレーターで行ける有名大学のその附属の小学校、場合によっては幼稚園に入れてしまったら後は勝ちだというようなことで、幼稚園の入園とか小学校の入学試験でまことに厳しい競争があるというのは、まだ物心つかないお子さんたちの世界でおるだけに人間形成上も大きなマイナスがあるでしょうし、これも大問題だと私は考えております。 そもそもは、先ほども申し上げましたような銘柄志向というのでしょうか、社会が、企業が、あるいはそれぞれの家庭が有名大学を望む、この大学は偏差値の上でも大変高いランクにあるから仕事もできるだろうといって出世できる、それがまた学閥を生むとか、そういうようなことが上から下へどんどんおりてきているというか、逆に言えば一番上の社会が高学歴志向であるという部分を、これは官庁の採用、企業の採用まであるでしょうが、これを取り除かないとどうにもならないという面もありますから、社会全般にお願いをするのが文部省の役割だという側面がある。社会が変わってくれないと教育を変えることができないという部分が入試という問題にはどうしてもつきまとうということは先生にも御理解をいただきたいと思うわけであります。 そもそも偏差値輪切りというのが、同じ一つの物差しで、目盛りがついておって全部はかれるような形だからいけないのだろうというふうにも考えます。ですから、大学設置基準も大綱化、柔軟化をしてうんと個性ある大学をつくってもらう。A、B、C、D、Eと五つの大学があるけれども、全く質が違うからこれは同じ物差してははかれないというふうになりますと、受験戦争とか受験地獄と言われるようなものは随分緩むのではないだろうかと私は考える次第でございます。 これは余りに大きな問題で、一度に答弁をして済むようなことではありませんが、社会全体が変わってもらわなければならないという点、社会にあるいは家庭に一生懸命語りかけていくのが私たちの仕事であるという面、そして社会や家庭が変わらなくても、そういう中でお子さんたちの苦痛を少しでも和らげるにはどういう方法があるかということも懸命に考えなければならないと思っております。 今先生がおっしゃった公立と私立の話は、私もちょうどそういう世代で体験をいたしておりまして、例えば昔の東京の都立高校は非常に評価が高かった。そして都立高校はいっぱいありましたから、どこかの都立高校に入れればいいという感じでございましたが、都立の地盤沈下、今東京都の教育委員会はまだこの復興のために単独選抜等の案を出しつつあるようには承ってはおりますけれども、都立高校というか公立高校が地盤沈下して有名私立のようなものが浮かび上がってくれば、当然それを目指しての受験戦争は低年齢化して激しさを増しますから、そういうことも随分違う要素があるななどと考えながら、入試の問題は最大の課題の一つでございますから、本格的に検討をしていかなければならないとは思っております。
○宮地委員 根本的には学校歴とかあるいは学歴偏重社会、そうした大きな環境の改善というものが非常に根っこにあろうかと思います。ただ、やはり文部省は義務教育の小中学校の教育指導の立場にあるわけですから、やはり余りにも私立と公立学校、ここに乖離があり過ぎる。教員の資質の問題あるいはカリキュラムの問題、いろいろとあろうかと思います。 やはり少なくともそうしたところに思い切った改革をしていかない限り、今後とも私立にシフトしてしまう。塾通い、通塾というものがさらに拡大をしていくであろう。この塾の範疇は産業だから通産省マターだなどといった考えはないにせよ、私は、義務教育の一つの大きな中でこの通塾問題というものは見逃すことのできない重要な問題であろう。文部省は決して自分たちの域外であるなんというけちな考えはないと思いますが、この通塾問題についても義務教育の教育との相関関係で積極的に改革に取り組んでいくべきであろう、こういうふうに思います。この点については、後ほど大臣から簡単に見解を伺っておきたいと思います。 あわせて、やはり父母の教育費の負担が塾に対しても非常に大きいということですね。今、文部省は、例えば中学校で三科目の通塾をした場合、一人のお子さんに年間どのくらいの塾の費用がかかると実態を掌握されておりますか。
○井上(孝)政府委員 お答えいたします。 私どもで学習塾に関する実態調査を昭和六十年にいたしまして、その後この調査について検討をしているところでございますが、六十年度に調査いたしまして、その後、平成元年度に保護者が支出した教育費につきまして実際を分析してみますと、例えば公立中学校の全体の家庭教育費の中で補習学習費あるいはけいこ事の学習費をトータルいたしますと、年間で十万七千円の支出をしているという実態でございますし、また小学校につきましては、これも公立小学校についての実態調査によりますと、家庭教育費が十一万一千円でございますが、そのうち補習学習費として家庭教師あるいは学習塾等に要する経費が四万一千円、このような実態を私どもとしては掌握しているところでございます。
○宮地委員 きょうは時間がありませんから、私が地元埼玉県で調べた実態の中から紹介しますと、そんなものじゃないのですよ。 例えば中学生が私立の有名高等学校を受ける場合、今大体三教科勉強しています。英・数・国あるいは英・社・国とか——大体英・数・国です。公立の有名校を受けるためには、さらに社会、理科で五教科ですね。普通、大体英・数・国の三教科ですよ。 この三教科を塾に行きますとどのくらいかかるかというと、授業料だけで毎月大体一教科一万一千円くらいです。三教科やると三万三千円ですよ。そして十二倍で三十九万六千円、約四十万かかるのです。これはいわゆる授業料だけです。それで、御存じのように春と夏と冬には、今度は冬季学習とか春季学習とか夏季学習という特別講習がある。これは今の授業料のほかに、春の場合大体二万三千円、夏と冬は二万九千円くらいです。この特別講習を入れますと、大体一年間に八万一千円かかる。これだけではない。当然、勉強するのですから教材費がかかる。教材費が約二万九千円。 それだけじゃないのです。夏は冷房、冬は暖房、維持費が約一万二千円。模擬試験というのがあるのです。この模擬試験のペーパー代、テスト代、約二万円。そして入塾費はこれは大体一万円です。ですから、中学生が一年間塾に通いますと、何と五十四万八千円かかるのですよ。一人三教科で五十万を超える。これが実態です。これは父母の大変な負担なんです。まさに私立の中学校に合格したお子さんと授業料とか経費を入れますと、何ら変わらない。 私は、この父母負担の軽減について、文部省も大いに研究をして、できるところから改善をするように政府部内でもやっていくべきだ。例えば一つの案として、今所得税法の中で、高等学校と大学の子供を持っている場合には扶養控除というのがある。女房なんか、配偶者の場合は三十五万なんです。ところが高等学校と大学の子供がいた場合には、十五歳から二十二歳までは教育費がかかるということで扶養控除は四十五万円にしてある。実際、義務教育であるということで中学校や小学生は外されているのです。しかし、現実的には義務教育に行っている中学校のほとんどの子供たちが塾に通って大変な父母負担になっている。私が今申し上げたような具体的な例で見ても五十万以上かかっている。 文部省は、その辺の実態を適切に把握をされて、例えば大蔵省に対して今の扶養控除十五歳からの適用を十二歳に引き下げて中学校からに拡大すべきではないか、場合によっては小学生から、政府部内でできる事実上の教育費の負担軽減のためにこれくらいの汗をかいてもいいのではないか、私はこう思うわけでございますが、大臣、いかがでしょうか。
○鳩山国務大臣 今先生がお触れになりました、伸び盛り減税と言われた部分だと思いますけれども、所得税の減税がございました。ただ、今先生の御指摘の数字、あるいは義務教育だからといって伸び盛り減税の対象にはなっていないが、小中学生が通塾した場合には実態として高校生や大学生にかかる教育費と同じかあるいはそれ以上の経費がかかるかもしれないよという御指摘も、私はよく理解することができるわけであります。 したがって、この通塾問題というのは先ほどの質疑にもありましたけれども、決して無視できないわけでございまして、本来、塾などというものが全くないような世の中が現に存在をしておればいいわけですが、残念ながら一気化そのような環境をつくり上げるというのは不可能に近い。先生御案内のように、通産省関係でいわば塾も産業の一つということで認可団体が存在をしておりますし、私も昔出席をいたしたこともございます。 文部省と塾の関係をどうするかということは私たちが今抱えている大きな課題の一つでございまして、例えば学校五日制について坂元初中局長が、いわば学校五日制に理解を求める行脚をいろいろといたしておりまして、塾関係者にもお願いをしておるわけですし、あるいは私立学校に同調をするようにお願いをするとかいろいろ局長が回りますけれども、その対象の一つが塾関係者でもあるわけでございまして、これは過度の通塾についての自粛をお願いじょう、こういうことになっております。 まあ文部省が塾を公認するわけにはいかない。塾がなければ教育はだめになるというような思想は文部省は毫も持つわけにはまいりませんけれども、しかし、そのような形で塾関係者とも接触を持たざるを得ない事態になっておりますので、文部省とそうした皆さんとの関係というのも、慎重には慎重を期しながらも、しかしまた新たな視点を持っていかなければならないかなというふうに思っておりますし、私も塾にかかる経費について何らかの資料を見まして、こんなに安いかな、こんな程度で済むのかなと感覚的にですが思ったことがございますから、今先生がおっしゃったのも一つの例でございますが、文部省としては、実際どのような塾関係の教育費がかかるかというものは真剣に調べていかなければならないなと思います。
○宮地委員 やはりぜひ実態を正確につかんでいただいて、何らかの父母負担の軽減のために政府一体として、特に文部省がしっかりとした意見を持って、今後、今税制上の措置について提案をさせていただきましたが、まだまだ方法はあろうかと思いますので、ぜひ積極的に取り組んでいただきたい、このことを強く要請しておきたいと思います。 最後に、時間も参りましたので一点御確認をしておきたいのですが、埼玉県の坂戸市に、昔の東京教育大学、今の筑波大学ですが、この東京教育大学の坂戸農場が約九万平米ございます。これは今東武東上線の若葉駅という駅前の一等地に坂戸市あるいは鶴ケ島市にまたがってございます。現実はこれは今国有地として野ざらしの状態でございます。ちょうど昭和五十五年の五月十九日、今から十二年前でございますが、国有財産中央審議会の答申によって、この東京教育大学坂戸農場の九万平米については地元の坂戸市、当時は入間郡鶴ケ島町でございましたが、こういうところに払い下げをして、そして地元市民の老人福祉センターとか児童センターとか青少年センターとか、そうした跡地利用に活用すべきである、実はこういう答申が出ているわけでございますが、今日まで何らそうした方向が具体化しておりません。国有地の払い下げについては原則として時価でございますから、地価の高騰などによりまして地方自治体の財政の中では到底対応し切れない厳しい状況にあるわけでございます。 しかし、地元の市民から見ますと、これだけの一等地に九万平米の農場が、若干最近は草を刈って金網をつけておりますけれども、何ら跡地利用されないで放置されてお名、これは有効利用の点から見ると非常に問題である、こういう非常に厳しい御批判もいただいているわけですが、私は、今後文部省としても、坂戸市や鶴ケ島市が対応し切れるのかし切れないのか、場合によっては、財政的に厳しければ一部国立の施設あるいは県立の施設、こういうものも含めて検討をして、この跡地利用についてもできるだけ早い機会に有効利用できるように積極的に取り組んでいくべきではないか、こう思っておりますが、この点についての文部省の見解を伺っておきたいと思います。
○泊政府委員 お答えいたします。 ただいま先生から御指摘がございましたように、昭和五十三年の三月に筑波大学が筑波研究学園都市に移転いたしました。当時の東京教育大学の農学部の附属坂戸農場、約九ヘクタールでございますけれども、この利用につきましては、先生御指摘のとおり、昭和五十五年に国有財産中央審議会の答申を受けまして地元地方公共団体の公共施設等の用地として利用することとされているところでございます。 それで、経過的に、今お話のございましたように、そのうち約四ヘクタールにつきましては既に埼玉県の公園事務所用地あるいは工業用団地として処分を完了いたしているところでございます。残る五ヘクタールの利用の問題が残っているわけでございます。 それで、これにつきましては、これまで、国有財産中央審議会の答申に基づきまして地元の坂戸市あるいは鶴ケ島市に対しまして、その公共あるいは公用施設用地として利用するということになっておりますので、私どもといたしましてもいろいろな形での打診をしてまいってきているところでございます。そして今日に至っているわけでございますが、先生御指摘のような事情もあって、その両市から現在までのところ積極的な利用計画の提示がないということで推移してまいっております。 この五ヘクタールの跡地利用につきましては、国有財産中央審議会の答申があってから相当期間を経過しているということでございます。そこで、私どもといたしましても、今後地元の坂戸市あるいは鶴ケ島市の具体の利用計画の有無等について確かめながら、関係省庁とも協議しつつ新たな観点からの利用ということについても検討をする必要があるのではないかというふうに現在考えているところでございます。 いずれにいたしましても、文部省といたしましては、先生から御指摘もございましたように、国立学校財産の有効活用という観点からも地元の地方公共団体の意向等も踏まえながら、できるだけ早期に処分が適切に行われるよう私どもとしても対処してまいりたいというふうに考えております。よろしくお願いを申し上げたいと思います。
○宮地委員 じゃ、終わります。
○草野委員長 次に、寺前巖君。
○寺前委員 お疲れさまでございます。 文部省の関係の皆さんに言わすと、文部大臣はなかなかの雄弁家でもございますので、二十分という質問時間なんというのは大臣一人の御答弁で終わってしまうのと違いますかというお話もあったぐらいでございますので、私の方はうんと絞って問題を提起したいと思いますが、舌足らずはひとつ御容赦をお願いしたいと思います。 一九八九年の政府統計をちょっと見ておりますと、十八歳から二十一歳までの青年の人口というのは七百六十三万人だそうです。その中で学生が二百七万人、ざっと三分の一弱おります。その学生のうちで、私学に行っている人というのは百五十万というのですから、七二・四%を占めている。大学の人といえば昔はもう手の届かないところの人だと思っていましたが、今ではかなり広い位置を占めているし、日本の将来にとっても重要な役割を担ってくださる方々であるだけに、この大学問題というのは極めて重要な位置を占めていると私は思う。 私、二十数年前に国会に出てきた当時に驚いたのは、当時でいろいろな請願が一年間に二千万余りありましたが、私学の助成をしなさいという請願というのが一千万からあった。あれから二十数年間、これは減ったことがないです。どんどんふえてきて今二千万を突破しています。今いろいろな請願の数といえば年間一億数千万までになっていをのでしょうけれども、どこから考えても、こうやって見る場合に、私学に対する対応というのは国政の上においても極めて重要な位置を占めているなということを私は感じているわけです。 さて、きょうはその私学の問題について聞きたいと思うのですが、親の立場からいいますと、一番突き当たる問題は、子供が入ってもらったときにどれだけ金がかかるかという問題がやはり非常に大きな位置を占めています。学費をちょっと調べてみますと、今年度平均すると百十万八千五百七十九円と出ています。文系が九十五万一千八十五円、理科系が百二十五万五千九百六十七円、医歯系になると四百四十一万五百八十円、その他百二十九万一千三百九十四円、こう数字が出ています。かなりこれは高い金額がかかるな。 総務庁の家計調査年報を見ますと、四十五歳から四十九歳の、ちょうどこういう子供さんを持っておられる家庭の年平均収入が七百十六万六千百二十四円と出ていますから、年間収入の一五・四六%が学費になっている。学費だけでは済みませんから、大学へやろうと思ったら、家から通う人もあるし、遠くからも送ることになるでしょう。受験費用とか住居費など、あるいは最初に行ったときに納める金なんて考えますと、入学時で自宅通学の場合で百三十四万八千円、自宅外通学の場合に二百四万一千七百円という数字が出てきます。この数字を、先ほど言いました七百十六万のこの年齢の方々の平均収入で割ると二八%余り、三〇%近くが子供一人やろうと思ったら飛んでいくということになります。 毎月の仕送りをやるということになってくると、これは十二万前後かかると言われているのですから、そうすると四九・七%、五〇%近くまで子供に飛んでいくということが算術計算で出てきますから、子供もなかなか大変なものだ。もちろん親御さんは大変だ。これだけの高い位置を占めていながらこういう事態になっているということは私はやはり考えさせられる問題だと言わなければなりませんが、大臣はこの問題についてどういうふうにお感じになっているでしょうか。
○鳩山国務大臣 従来から教育の問題といいますと、言わば初等中等教育についての課題、話題が大半を占めておった時代があったようでございます。もちろん、今でも義務教育あるいは高等学校の問題は重要でございますし、登校拒否とか高校の中退とか先ほどからさんざん議論になっておりますが、今ある意味では、高等教育がいい意味で脚光を浴びているのではなくて、非常に問題が多いという意味で話題になる時代になってまいりまして、一つは老朽化、狭隘化という話でございましょう。 もう一つは、高等教育で大変お金がかかる、教育費がかかるという親の悩みの問題でございまして、ただいま先生の御指摘は私学助成の点と絡みまして、人づくりは国づくりの基本であるからして何とか私学助成の抜本的な増額というものが図れて、それによって、大学へ入っても、私立の大学に入っても親に過重負担がいかないようなそんな世の中をつくれたらと念願しつつ、毎日文部省へ通ってきているわけでございます。 先日、自分で買ったわけではありませんが、子供が買った漫画の本が家にありまして、それはなかなかセンスのいい、東海林さだおさんという方のかいた「サラリーマン専科」という漫画でございまして、要するに、想定されている舞台はお子さんが東京へ受験に行くわけでございまして、受かったら会社に電話で暗号で連絡をくれるということになりまして、私立と公立と両方受けるわけです。私立に入った場合の暗号は、どっちみち大学へ入れば東京に住むわけですから、お子さんに下宿を世話してやらなくちゃならない。私立に入った場合の暗号は「北向き四畳半」、そして公立に入った場合は「南向き六畳」という暗号を決めてあって、電話を受けたところ、「北向き四畳半」かと言ってがっくりするというのが落ちでございまして、それだけまだ公私のいわゆる学費等の格差があるということのあらわれ、これがまたサラリーマンの世界では大変一般化した話題、課題となっているということでございましょうから、そういう漫画がかかれなくても済むような時代をつくらなければならないと思います。
○寺前委員 なかなか大臣もよく御心配をいただいているようですが、お話だけでは事は進みませんので、裏づけの予算まで御検討をいただかなければならないということになると思うのですが、私は、東京地区のある私立大学の教職員組合がさきに調査したのを読んでおりましたら、入学時にこんな負担ではたまらないな、「重い」、「大変重い」というように、統計を見ますと、八六・五%の方々がやはり今大臣のおっしゃったような気持ちを書いていました。 そこで、私学助成について一体どうなってきているのだろうか。先ほどの請願署名の話ではございませんが、私学振興助成法というのが一九七五年に成立しました。あの当時は、経常費の二割もいってない段階だったと私は思うのですが、あの法律が通って、そして、とっとことっとこ私学の助成がふえていったと思うのです。二九・五%まで高まっていった。ところがここ十数年、臨調行革と言われるもとにおいてどんどんどんどん減ってきた。それで一三・六%までなってきているわけですが、あの法律が通ったときに参議院の文教委員会においてこういう附帯決議がついていますよ。「私立大学に対する国の補助は二分の一以内となっているが、できるだけ速やかに二分の一とするよう努めること。」そうすると、あの法律を通したときと明らかに違う逆行方向がここ十年来のことになってきている。 大臣は今この問題について非常に心配された御提言をなさっているわけですが、それでは、来年度予算を組む準備の過程において、私学の教育、研究の充実と思い切った私学助成に発展をさせるという概算要求を準備されるべきではないのだろうか、そういう気概を持って臨んでおられるのかどうかをお聞きしたいと思います。
○鳩山国務大臣 私は、教育の予算というものが今までと同じような枠組みで推移をすれば事態は悪化するばかりでございまして、二十一世紀になってこの日本列島の上に住む人間の質の方がおかしくなってしまう、あるいは科学技術立国という目標も果たすことができなくなってしまうと思っております。 そういう意味では、今まで財政再建のために、シーリングとか概算要求基準というあり方が果たしてきた役割は十二分に評価はしますけれども、ただ、その間に、いわば人づくりの予算が特別の扱いを受けることができなかったがゆえにめった切りという状況になってきた。先生がおっしゃった二九・五%というのは、いわば厳しいシーリングを始める前年の昭和五十五年度のことでありました。その五十六年度から今日までの間に、一%のベースアップが三百五、六十億から四百億ぐらい響く。タコがえさがないと自分の足を食っていくように、自分の文部省予算の中でこれを全部処理をしろ、自分の予算を食っていけというようなことでやってまいりました。 私学助成は本当は他の経費に比べれば少しは扱いがいい方なのでありましょうが、経常経費に対する補助率が現在は恐らく一三%台、額はふえても物価は上昇しますし、すなわち、私学全体にかかる経常経費はウナギ登りに上がってまいりますから、前年より二十億ふえました、三十億ふえました、平成四年度は七十二億ふえたわけですが、そういう数字ですと——失礼しました。七十二億というのは私学関係全部ですから、大学だけですと四十二億であったかと記憶をいたしますが、それくらいのふえ方ですと、結局は経常経費に対する割合は一%近くダウンするというような悲惨な状況、この十年間にいわゆる文部省の使える物件費が一兆六千億円から六千億減って一兆円に減じだということは、午前中の委員会でも申し上げたところでございます。 したがいまして、私学助成を含めて、教育の予算というもの全体が何か別の仕組みの中で編成されるように考えていきたい。と申しますのは、例えば、最も重要な経費に義務教育諸学校の校舎等の問題、いわゆる公立文教というものがあろうと私は思います。この公立文教も、ピークには六千億近いオーダーだったものが平成三年度は二千二百八十八億になっておりまして、平成四年度は若干の持ち直しですが、ピークから一番下まで物価上昇を考えると、これは三分の一以上ですね、四分の一ぐらいまで減じたということにもなるわけでありましょうから、そんなことでは国が本当に義務教育に責任を持っているとはとても言えませんから、私学助成を含めて、教育にかかるお金全般を何か特別の見方で編成できないものであろうか。参議院の予算委員会等で宮澤総理が二度ほど、シーリングというものは非常に有効ではあったけれども、デメリットも教育予算、文教予算等ではありましたねという御指摘をされておりますので、その辺も一つの有力な取っかかりではないかと思っております。
○寺前委員 ということは、科学研究費を倍増せよとかいろいろな要求があります。こういう問題を解決していこうとなると、その根っこは、予算編成時における一律のシーリングの枠の問題だ。だから、そういうシーリングの枠でやっていくというやり方に対して、この際に、改善をやっていく必要があるのじゃないかという問題として受けとめてよいのでしょうか。
○鳩山国務大臣 希望としてはそういうことでございまして、今までと同じようなシーリングを続ければ教育的な環境は確実に、破滅というのは大げさかもしれませんが、極めて深刻な事態を迎えざるを得ないと認識いたしております。
○寺前委員 そこで、私は、非常に重要な問題提起だと思いますので、その立場をぜひ堅持していただくことを希望するとともに、現実に、今度は個々の学生さん、親御さんにすると、最近の私立入学者の家庭収入はどんどん高い方へ高い方へ行って、年収入が八百万円以上の人が六二・八%になってくるわけです。そうすると、低所得者の方は入れないという事態が現実に生まれてくる、私はそうなっていると思うのです。 そういう意味においても、大学に対するところの私学助成の面倒をもっと特別に見るという問題もあるでしょう。それから、個々におけるところの学費の補助という制度をどうするのかという問題もあるでしょう。それからまた、今度は、私学の場合に奨学金の貸与率が、国立が二一・八%に対して私学の方は九・八%にしかなっていない。そういうことになってくると、わずかな枠しかないものですから、前年の実績を見ながらということになると、貸してもらえる層というのは低い低い層だ。この間も調べてみたら、親御さんの実際の年収が六百万円台の収入で奨学金を申し出たところが、そのくらいの収入があるのだったら独自でお考えくださいということで、二次選考で漏れてしまうという事態が私学の奨学金制度のもとにおいては生まれる、こういう事態が生まれているわけです。 考えてみたら、貸与人員の拡大とか給費制の導入など、こういう分野でも本当に抜本的な改革方向にこの際打って出ないと、私学の助成の問題と個々人に対するところの進学条件の整備という問題と、やはり両面から真剣に取り組んでいく必要があるのではないだろうか。そういう点では、現在どういうことをお考えになっているのか、関係者からひとつ御説明をいただきたいと思うのです。
○前畑政府委員 お尋ねの中にございました日本育英会の奨学金のことについてお答えを申し上げます。 確かに今先生御指摘のようなケースもあるいはあるかと思いますが、御案内のとおり、日本育英会の奨学金はその目的からして経済的な理由とともに学業成績ということも加味して選考いたしておるところでございまして、今御指摘の問題は家計基準、経済的理由のところでございますが、私どももこの点については鋭意努力をいたしておるつもりでございまして、平成四年度について申し上げますと、いろいろなケースがありますが、給与所得世帯で四人家族、大都市居住の自宅通学者という例をとりますと、これは従来は七百七十七万としておりましたが、これを百七万増をいたしまして八百八十四万の収入のある家庭まで対象になる、こういうふうにしたところでございます。 さらに、ちょっとつけ加えますと、従来、大学院の学生につきましても親の家計というのを問うておりましたが、大学院になりますと、もう親ではなくて自分自身の問題ではなかろうかということで、これも平成四年度から、大学院につきましては本人の収入で判断をするというふうに家計については改善を図ったところでございます。 なお、貸与人員につきましては、今後の十八歳人口、ひいては学生総数ということもありますが、これは六十三年度から平成二年度までに新規の貸与人員で一千五百人の増を図っております。また、平成四年度につきましても、大学生についての新規貸与人員を三百人増員をいたしております。 これらを含めまして考えますと、昭和六十二年度には大学生の貸与人員総数は二十七万七千百九十一人でございましたが、平成四年度には二十八万三千四百五十一人という予算積算をいたしておりまして、その間の増は六千二百六十人、こういう状況でございます。
○寺前委員 ことしの執行しておられる状況は今聞かしていただいて、それなりの御努力をいただいていることは知っておるわけですけれども、一層こういう客観的な事態、破滅的な状態と大臣がおっしゃいましたけれども、そういう立場に立って改善されることを要望したいと思います。 時間が参りましたので、最後に一言。 一九七九年にいわゆる国際人権規約というのを日本は批准しました。この国際人権規約のA規約の中に、中等教育の漸進的な無償化の導入と高等教育の漸進的な無償をうたっているわけです。世界の中で日本とアフリカのルワンダの二国だけがこれに保留条件をつけているんですが、私は、そういう態度が今日人を育てる上において、これからの国家をつくる上において大事な私学助成の過ちあるいは大学のこういう結果全体を生んでいく原因をなしているんじゃないだろうか。私は、積極的に、保留条件をつけずに賛成するという態度をとるべきではなかったのか、また、今改善をすべきではないかというような気持ちでいっぱいなんですが、大臣はこれについてどうお考えになるのか、お聞きしたいと思います。
○鳩山国務大臣 国際人権規約のときのいきさつは私は不敏にして存じ上げておりませんけれども、確かに留保したのは我が国とあとほんのわずかであったというようなことは聞いております。かといって、それでは諸外国がみんな高等教育の漸進的に無償へ向かっているかといえば必ずしもそうではないんだろうとは思いますが、今回の児童の権利条約でも、これは後期中等教育についての部分があって、これはあくまでも例示だということで外務省とともに解釈をさせていただいてはおりますが、そうしたような問題は、精神としてはこれは重んじていかなければならないわけでございまして、特に先ほど先生から御指摘があったように、所得が高くないといい大学へ入れない。これは先ほどの通塾とも絡んでくるわけでありましょうから、そうなりますと、教育の機会均等という私たちが最も尊重しなければならない憲法、教育基本法上の大原則が守られていないということになりますので、私学助成の問題というものはいわば教育の機会均等の問題にもつながるという考え方で懸命に努力をしていかなければならないと存じます。
○寺前委員 ありがとうございました。
○草野委員長 以上で本日の質疑を終了いたします。 次回は、来る二十六日火曜日午前九時五十分理事会、午前十時から委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時五十五分散会